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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
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K特別編 秘宝伝説を追って 第一部 ⑰

          K長編・秘宝伝説を追い求めて~オリヴェッティの奉げる詩~第1幕




               ≪アハメイルまで、短くも長き旅≫





リュリュが氷山の浮島を壊した翌日の午前。


「ホラ、しっかり集中せい」


K達が泊まる部屋の中で、特訓が行われていた。


「うむむむ・・・」


胡坐を掻いたリュリュは、Kを手本にイリュージョンの魔法を繰り返していた。 グラスや瓶をイメージして具現化。 その数を増やしたり、大きさを変えたりする。


一緒に練習するオリヴェッティは、リュリュの魔力の強さに驚いたり。 Kがイリュージョンを天才レベルで使いこなすのに呆れ果てた。 Kは、然程の集中を要さず、部屋の宙にグラスを無数に浮かべる上。 多角的・多段的にグラスを具現化してみせ、更には拡張・縮小・消去を自由自在に行える。 下手な高位を謳う魔術師より、Kの出来る事は凄い。


一方。 まだ精神年齢が幼く、集中力に欠けるリュリュは、魔力を消費して一気に数を増やしたりは出来るものの。 集中して、少ない魔力の消費で数を増やしたり、減らしたりする事が難しい。


宙に出来た無数のワイン瓶を消してしまったリュリュは、床に寝転がり。


「ぐわぁ~ん。 ケイさぁ~ん、むづかしいよぉ~」


と、弱音を吐いた。


Kは、床に座ったままソファーに腕を預けた様子で。


「リュリュ、何度も繰り返せ。 お前の魔力なら、自然魔法だけでなく、魔想魔法も遣える」


横に成ったリュリュは、


「ケイさ~ん、どうしても必要なの?」


ビハインツやルヴィアが居ない中で、Kは淡々とした言い方で。


「あぁ、必要だ」


オリヴェッティは、少しリュリュの肩を持ちたくなって。


「ケイさん、今直ぐに出来るように成る必要は無いかと思いますが・・。 リュリュ君は、まだ子供なのでしょう?」


しかし、Kは詰まらなそうに外を向くと。


「コイツの母親も含めて、人目の触れない所に居るならそれでいい。 だが、人前に出ては、子供だからなんて言い訳にも成らん。 もし、リュリュが魔法を暴走して唱えれば、人に被害が及ぶ。 リュリュが好んで抱く赤子にも、知らずと被害を与える事となる。 リュリュが何かを起こして、もし被害を出したら・・」


「・・・」


オリヴェッティは、何も言えなくなった。


リュリュは、身体を起こして。


「う゛ぅ・・、人の姿ってタイヘンだぁ~」


と、また訓練を開始する。


「リュリュ、人の居る場所にこれからも来たいなら、魔力の制御は出来る様にしろ。 鋭い爪を出して、赤子や女を抱き抱える様な事は、お前も、お前の母親にも面倒を招く」


「ほわぁ~い」


その様子を見るクラウザーは、リュリュが子供ながらにKに言わんとする意味を理解しているのを見知った。 ドラゴンの子供なれど、妹の様にマリーをあやし、女性に対して素直な様子を見せるリュリュが、非常に興味深い。


(人と同じ考えを持つモンスター・・。 同じ生き物である事には、変わり無いと云う事か・・。 しかし、その橋渡しを自然としとるコイツは、さっぱり不思議な男よなぁ)


と、しみじみ傍観していた。


さて、午後に入り。


クラウザーは、Kを連れてデッキに。


リュリュとオリヴェッティは、ルヴィアやビハインツの居る下に。


3階の一部には、ゆったりと寛げるリビングフロアがある。 囲んだり、向かい合ったテーブルとチェアーや、窓の外を眺める長椅子。 一階のラウンジで買った物は持ち込めるし、紅茶などの飲料は此処でも飲める。


夜泣きをするマリーの面倒などで疲れるライナを休ませる為、マリーを抱いたモナが其処に居た。 人見知りの少ないマリーは、大声で喚く事などでも無い限り、育て易い赤子だった。 何処までも醒めた感じのするモナがだが、マリーを抱く時だけは微かに笑顔を見せる。


「赤ちゃんって、かわいい~」


と、マリーを見る一緒に来たリュリュ。 オリヴェッティやルヴィアは、ビハインツと共に雑談に興じる。


モナは、過去の殆どが使役される生活で、他人の過去などと思ったが。 決死の覚悟でモンスターなどと戦う経験話には、別世界を覗く様な興味をそそられた。 マリー以外に笑顔を見せない彼女だが、醒めた顔は少し形を潜めた。


前日のリュリュの魔法のお陰と、風邪の様な流行病などもあり。 リビングフロアに人は少ない。


モナは、オリヴェッティにやや素っ気無い言葉遣いで。


「アンタ達・・このまま何処まで行くんだっけ?」


「東の大陸まで・・。 フラストマド大王国を出たら、長く船旅になりますね」


「そうかい。 じゃ、コンコース島を経由して、東の大陸に行く訳かい」


「はい」


「じゃ、次の港でお別れだねぇ」


「ですね。 モナさんは、どうしますの?」


モナは、マリーを見下ろしながら。


「アタシか・・、何をして生きてイイんだかねぇ・・。 今まで支配されて、彼方此方で飼い慣らされて来たアタシなんか、突然自由になっても・・生き方が解らないよ」


ビハインツやルヴィアには、長年強制された人生を歩んだモナに掛ける言葉など見つからない。


だが、リュリュは。


「赤ちゃんって、誰でも産めるの?」


と、モナの腕の中に居るマリーの手を撫でて云う。


モナは、15・6には見えるリュリュから、意外な幼い言葉が出たと呆れて笑い。


「女なら、誰でも産めるさ」


すると、リュリュは屈託の無い笑顔で。


「じゃ~、モナおね~さんも産めるんだ」


モナは、ハッと息を呑んだ。


リュリュは、マリーを見て。


「赤ちゃんいっぱい居るとイイねぇ~。 可愛いし~、淋しくないし」


いきなりの事に驚いたオリヴェッティは、リュリュに何か云おうとするのだが・・。


「・・そうだねぇ。 赤ちゃんも、一人だと淋しいもんね。 いっぱい居た方が、仲良く楽しいかもね」


と、モナはマリーの手に指を絡める。


「モナおね~さんや、ライナおかあさんの腕の中って、優しいところなんだね。 赤ちゃんがイイキモチ~で寝てるもん」


リュリュの見た目にずれた発言は、モナには悪くないようだ。


「ウフフ。 優しい所か・・、マリーちゃんにはそうかもね」


モナの顔は、この二日で少し変わった。 夜の女特有の憂いが、少し薄まった様で。 何処か、いい年齢をした女性に見える時がある。 ルヴィアやオリヴェッティの瞳には、マリーと過ごす時間はモナにも必要なのだと感じた程だった。



                      ★




人の人生とは、不思議なものだ。


外に出ない人には、それなりの。 出る人間には、それなりの運命が待っている。


Kとて、誰とて、そんな人の運命など用意は出来ない。


そして、その運命に手を伸ばす気が在るかどうか・・。 その小さな繋がりが結ばれた瞬間、人の運命は廻る。


モナのKとライナに救われた命、そしてマリーに癒される時が、モナ・・。 いや、アムリタと云う女性の運命を導いた。


夜になって。


Kが乞われ、ディーラーとしてカジノに立っていた。


リュリュ達は、ライナと共に一階ホールに降りていた。 クラウザーのお陰で、顔パスで。


モナは、人を避けて4階後部の展望テラスに出ていた。 寒い風が吹き、曇った空は黒いぐらいだ。


「・・・」


暗い海を眺めるモナは、ルヴィアに貸して貰った赤いカーディガンを纏い。 リュリュから借りたマントを羽織るだけでいる。


一人に成って、アムリタはモナの名前を捨てる気持ちを固め始めた。 今さっき、一人旅の裕福そうな紳士の男性が、金で一夜の遊興を求めて来た。 アムリタは、マリーの顔が浮かんでしまい、冷たい言葉を残して紳士を帰した。


(金をぶら下げる男なんて・・・)


アムリタは、もう金で男と寝るのは嫌だった。 しかし今は寒い風に吹かれ、凍える身体の軋みで心の悲しみを凍らせようと思う。 未来が不安で、どうしようにも無いのも現実。


そこへ。


「お客さん・・、中へどうぞ。 これから、少し吹雪きますよ」


アムリタは、掛けられた声にハッとして振り返る。 廊下の扉を開いているのは、汚れた船員服を着た若い感じの男だった。


「あ・・ごめんなさい」


見回りをしていたジョベックは、此方を振り返ったアムリタへ。


「新しい乗客さんだね。 今夜から明日の昼過ぎまでは、船内に居て下さいって船長命令出されてます。 お客さんに何か有ったら困るんで、中へどうぞ」


アムリタは、ジョベックの元に。


アムリタと入れ替わりに外に出たジョベックは、丸いガラス窓の付いた扉を閉めてベランダを見回す。


(・・この人・・・)


アムリタは、ジョベックが片腕を畳んだままにぎこちない歩みで進むのを見て、目の前の船員は怪我でもしてるのかと思った。


戻ったジョベックが中に戻ると、まだ立っていたアムリタを見て。


「お客さん、どうしました?」


アムリタは、ややジョベックの半身を見てから。


「怪我してるの?」


自分を卑下して頭を下げる態度を見せたジョベックは。


「ええ。 傷はもう治ってるんですが、後遺症というか・・、障害が出てます。 見苦しかったらすいません」


「そう・・」


「上に泊まってる包帯を顔に巻いたお客さんに助けて貰ったんで。 ホントなら、死ぬ所だったですか・・生きてるだけでも儲けモンです」


アムリタは、Kを思い出して。


「アナタ・・も」


ジョベックは、身体を上げて。


「あ・・・、“も”って?」


あっと思ったアムリタは、強張る顔で。


「いや・・、ちょっと私もその人に助けて貰ってね。 この船に・・乗せて貰えたから」


「あぁ、そうでしたか。 あの人凄いなぁ~。 人助け出来るって・・いいですよね。 俺の様な様に成ったら、もう人助け処か助けて貰うばっかりで・・」


照れる様に、しかし有り難いと見せるジョベックを見るアムリタは、Kが自分以外にも人を助けていると解り。


「ねぇ。 少し話し出来ない?」


急に言われてしまった感の有るジョベックは、ポカンとして。


「・・。 あ・・・俺とですか」


「ええ。 その助けられた話、聞かせてくれない?」


ジョベックは、妙に色艶の漂うアムリタに気を奪われた。 だが、仕事も残る上に客と親しくするのは咎められる事もある。


「あぁ・・いや。 俺達船員は、お客さんと馴れ馴れしくは・・」


と、断りを示した。


アムリタも、K繋がりで興味が湧いてしまった自分がらしくないと思い。


「あ、まだ・・・仕事してたのよのね・・・。 ごめんなさい、我儘だったわね」


ジョベックは、頭を下げ下げして。


「すいません」


と、外の見回りに向かおうと廊下を先に行った。


此処で、身なりが良く身体の大きな肥えた男と、廊下のぶつかる角に向かったジョベックが出くわした。


ジョベックは、手前で立ち止まり階段へと向かう道を譲った。


だが・・。


「ん~? おい、アンタぁ~」


酔った声を出した客は、ジョベックを見て云う。


「はい、何でしょう?」


下手に出たジョベックだったが。


恰幅な身形の良い中年男は、ジョベックの歪な身体の動きに何かを感じたのか。


「お前・・身体壊れてるのかぁ~? キチンと挨拶してみろ」


と、偉そうに高圧的な態度を見せて言う。


ジョベックは、出来る限り姿勢を正し。


「御気に障りましたら、すいません」


と、頭を下げる。 だが・・、神経を痛めたジョベックは、正しい礼が出来なかった。


「フン」


酔った男は、突然に鼻で一つ息をすると、アムリタの見ている視界の中でジョベックを蹴り飛ばしたではないか。


「まぁっ」


驚いたアムリタの視界の中で、蹴り飛ばされたジョベックは壁側に激突。 大きな音を立てて床に転がった。


酔った中年の男は、床に転がったジョベックを見下げ。


「こんな豪華な船の船員に、お前ぇ~みたいな壊れモンが居るなんて気に入らんっ」


と、更に踏み込んだのである。


アムリタは、苦しみながらも声を上げないジョベックを見て、思わずに身体が動いた。


「チョット待ちなよっ!!」


中年の男は、声に首を巡らせる。


「・・・。 なぁんだ、女かぁ」


ジョベックを蹴った男に睨まれたアムリタにしてみれば、こういった金持ちの高圧的な男を相手にさせられて生きて来た。 自由になった今、こうして見ると腹が立つ。


ジョベックの元に来たアムリタは、キツイ視線で中年の男を見上げると。


「客だかなんだか知らないが、抵抗も出来ない船員をイジメて憂さを晴らすのかい。 男のクセに、みみっちい事するんじゃないよっ!」


アムリタの上げた声で、部屋へ帰ろうとした客なども彼方此方から顔を見せる。


其処で、ウィンツとブライアンが他の船員と共に来た。


人が集まって来た事で、ジョベックを蹴り飛ばした中年の男も居心地が悪く成って来たのだろうか。


「フン、醜い。 醜態を晒す船員など、見たくもないっ」


と、階段を上がり始める。


アムリタは、急に震えるジョベックに屈み。


「アンタ、大丈夫かいっ?」


と、様子を見ると・・。


頭部を激しく激突させたのか、ショックで鼻血を出した上に、一時的な痙攣症状を引き起こしたジョベックは、ガクガクブルブルと全身を震わせるままに。


「かっ・かかかか・・・かあ・・かかか・・・」


と、言葉を震わせてる。


「どうしたっ、ジョベック?!」


「大丈夫かっ?」


走り寄って来たウィンツは、慌ててブライアンとジョベックを抱えて船員医務室へ運ぼうと。


アムリタは、ハッとKを思い出し。


「あのケイって男・・。 薬師だって云ってたね」


ウィンツは、今はディーラーとしてカジノに立つKを知っているだけに。


「ダメだ。 ケイは、今は親方の頼みでカジノのディーラーをしてる。 高等船舶客のお相手だ、途中で止めさせるには・・」


「何をこんな時にっ」


アムリタは、そんな事は関係ないと動いた。


Kは、玄人の客相手にカードゲームをしていた。 もう、顔見知りばかりになった頃合で。 アムリタが来た事に少し驚けど、話を聞いて直ぐに。


“お客さん、チョイト面倒事だってさ。 また、明日にでも”


と、云えば。 客達も、Kの見事なディーラーに惚れ込んで来ているので、明日の約束を喜んで切り上げさせて貰えた。


アムリタから話を聞いたKは、船内を歩きながら。


「傷は治ったが、身体の状態は中途半端なんだ。 壊れた身体に慣れてない所で衝撃を受けたから、身体の利きがショックを受けたんだろう。 早く薬を飲ませないと、本当に壊れ切るな」


船員医務室に入ったKは、医師の真似事が出来る僧侶の男性とジョベックの治療に入った。


Kは、誘眠作用の有る弱い弱いの麻薬に神経痛に効く薬を混ぜて飲ませる。 少しして、ジョベックの痙攣は治まり。 Kは、彼の全身を少し触診して、とにかく休ませる様にとウィンツに告げた。 


アムリタは、自分の事を知る数少ないKとウィンツに。


「あの蹴った男はどうするんだい・・。 人一人をこんなにして、見逃すのかいっ?!」


と、喰って掛かる様に。


Kは、アムリタが少し変わったと思いながら。


「それは、クラウザーと話す。 それより、良かったら此処に居て、彼の様子を見ててくれないか。 震えながら、母親の事を言っていた。 死を覚悟して、心底から脅えたんだろう。 起きたら、ショックに脅えたり、塞ぎ込む・・」


Kは、ジョベックが震える声で言う意味を理解していた。


“母ちゃん、すまねぇ・・”


ジョベックがそう言うのは、死を感じたからだろう。


モナと云う名前を捨てたアムリタは、寝るジョベックを見て。


「金持ちってのは、こんな事しか出来ないのかい・・。 何も悪い事してないってのに・・・」


切羽詰った事に追い込まれた場で、アムリタはその本性を見せ始めた。 マリーを助けた彼女は、どうやら真心を見せた様である。


ウィンツは、Kを廊下に連れ出し。


「なぁ、いいのか? この女性ひと・・借りて」


と、影で言う。


「大丈夫だ。 悪い女じゃない」


「だが・・、悪党の手先だった女なんだろう?」


「金も無いジョベックを、悪い女が助けに入るかよ・・。 それより、仕事に戻れ」


Kは、ウィンツを仕事に戻し。 自身でライナの元にアムリタの事を言いに行き。 その後、デッキに向かった。


ジョベックが目覚めたのは、朝方だった。


だが。


「うわぁっ!!!!!」


跳ね起きたジョベックは、もう錯乱した様になり。


「あわわっ!!! はっ・はっ!!!」


と、呼吸を激しく乱し、まともに喋れないままに脅え出した。


部屋続きの奥で寝ていたアムリタは、椅子に座って目を閉じていたKと共に急いでジョベックに近寄る。


Kが、


「大丈夫だ、もう大丈夫だぞ」


と、落ち着かせようとして言うのだが。 ジョベックの“ひきつけ”を起こした様な震えと脅えは、全く治まらない。


アムリタは、ジョベックに抱き寄り添い。


「しっかりしなっ、もう大丈夫だから・・。 もう大丈夫だから・・」


母親の事を狂った様に言うジョベックは、また薬で眠らせないといけないと思われた程。


だが、Kの言葉より。 アムリタの抱きしめが徐々に効果を現した。


「あ・・・あああああ・・・」


目の焦点が少し合って来たジョベックは、アムリタの覗き込む真剣な目を見て次第に落ち着きを見せ始め。 そして、それと同時に激しく慟哭するようにアワアワと泣き出したのである。


「大丈夫・・大丈夫だから・・・」


と、ジョベックを抱きしめてKを見るアムリタに、Kは“そのまま”の仕草を。 彼女は頷き、そして続けた。


Kの知らせを受けてウィンツが見に来た時、ジョベックは昏睡するように横に成っていた。


旅客船は金持ちが乗る事も多い分、こうした船員に対する暴力も多いとか。 ジョベックを看ながらその話を聞くアムリタは、何処にも格差による暴力が存在するのだと思い知った。


その後。 目覚めないジョベックを看てウトウトするままに居たアムリタは、悩む間を奪われたままに至る。 ジョベックの容態が気に成り、入り込む様な悩む時間を与えられなかった。




                     ★





ホーチト王国のマルタンを旅立ち、5日目の早朝。


まだ夜の様に外が暗い中で、アムリタは仮眠から起きた。


あれから、一度ジョベックは起きたものの。 死にそうになった恐怖が大きかった所為か、食事も出来ない程にオドオドして緊張し、薬でまた眠りに落ちた。


この時になって、初めてジョベックは失禁をした。 取替えをKが考え、手伝ったアムリタに。


“余程に怖かったんだろうな。 一日近くも身体が強張っていた証だ”


と、言っていた。


休む以外、なにかとジョベックが可哀想で、看病しながら時折震えるジョベックの手を擦ったアムリタ。 見知らずの若者だが、Kと関係が在ったり、同じ船に居候している様な雰囲気から親近感は湧いていた。


眠い目を軽く拭いて。


(はぁ・・。 世の中も末だわ・・)


と、虚ろに思いながら起きたアムリタは、ジョベックの様子を窺いに。 すると、ジョベックは起きていて、目を開いたままに薄暗い明かりの天井を見ていた。


「起きてたの?」


声を掛けてみるアムリタに、ジョベックは弱く頷いた。


「あ・・ありがとう」


弱弱しく吐き出したジョベックの言葉に、アムリタは安心して。


「災難だったわね・・。 あの客、数日前も別の船員に手を挙げてた人みたい・・。 船員も、あんな客ばっかりじゃ身体持たないわね」


頷くジョベックは、また・・。


「ありがとう・・」


と。


その声を聞くと、アムリタも何か聞き返したくて。


「お母さんの事言ってたみたいだけど・・、国に残してるの?」


ジョベックは、首を弱く左右不対象に動かした。


一般的に国許へ母親を残さないとは、亡くなったか、もしくは移住したか。 こうゆう身の上話を経験上重ねる事もある仕事だったアムリタは。


「・・。 居ないの?」


「はい・・・」


ジョベックは、貧しい村の出。 金も身寄りも無い母親は、病弱で死んでいた。 ジョベックは、その冷たくなった母親と三日暮らして居たらしく。 死人の冷たさは知っていた。 あの男に蹴られた時、急に身体が冷たくなる感覚を覚え、母親の様に死ぬのだと感じたらしい。


ジョベックの様な働き盛りの若者が、ジョンソンの様な者の下で出す安い給金でも働くのは、いい加減な船長の下働きに付くしかない現状が在ったのだろう。


だが・・・。


アムリタが何よりも驚いたのは、ウィンツが見舞いに来た時だ。


身動きも出来ないジョベックは、ウインツに迷惑を掛けた事にひたすら謝り。 ウインツの部下を辞めると言った事だった。


「バカ野郎。 お前一人ぐらい、俺が面倒看てやる。 一緒に此処まで来て、お前を見捨てられるかっ」


と、ウィンツは怒るままにまた仕事に戻る。


ウィンツの気持ちも最もだったが・・。


ジョベックの目覚めを知り、安心したウィンツが去った後だ。 Kが持って来たリンゴや梨を剥くアムリタは、細かくしてジョベックに食べさせながら。


「ホラ・・。 ねぇ、無理しなさんなよ・・、その身体じゃ~まともに働けないよ」


と。


だが、夜が明けて船内に客が動き出す頃。


ジョベックは、船員の現状を知らないアムリタに、助けられた経緯を話した。


ジョンソンの呪縛から逃れ、独立した様に一人に成ったウィンツだが、その実態は船も保有しない船長だ。 商人に雇って貰うか、船持ちの船団に雇って貰うしかない。 そうなると、どちらにせよ賃金は交渉に成るだろう。 怪我をした船員は、その交渉では負の査定対象に入る。 ウィンツにブライアンの他船員として経験を買えるのは、誰も居ない。 ブライアンだって足の怪我と熟練の経験は相殺で、賃金としては一般船員ぐらいしか貰えないだろう。 其処に今のジョベックが加われば、交渉自体を敬遠されかねないのだ。


アムリタは、ジョベックの話を聞いて。


(確かに、誰に迷惑を掛けて生きたいだなんて・・思わないね。 でも、このままじゃ・・)


この若者にすら、自分以上に未来は無いと思えた。


フラストマド大王国の交易都市アハメイルまで、遅い速度で10日近くを掛けた。


その間、アムリタは名前を完全に戻し。 そして、ジョベックの看病に落ち着いていた。


Kやライナなどが見舞いに来る他、ジョベックの身の回りを世話し続けたアムリタは、若いながらに必死に生きて来たジョベックを可愛いと思い始めたのは、男と女の情の通いからだろうか。


ジョベックは、母親の様な一面を持つアムリタに感謝を繰り返した。


自由に生き始め、人の感謝を受ける事に満ち足りた気持ちを見つけたアムリタは、働いてジョベックを助けてやりたいと思った。 何より、性根を曲げてないジョベックは、普通に良い青年だった。


家族も居ない幼い頃からの苦労、そして雇われの苦労を互いに滲ませる二人には、歳の差より同情や労わり合いが先んずる。


互いの身の上などは、同じ時を過ごせば上るもので。 アムリタが悪ぶって元娼婦と云う事を聞いたジョベックは、顔色を変える事もなかった。 寧ろ、天災で親を亡くしたと聞いた時、アムリタに涙を見せたジョベックは、純粋な感情をそのままに。


その部分部分を見ていたKは、自分の言葉より確かな誠意を見せたジョベックと、看病をするアムリタの取り合わせを気に入った。


(人の縁なんざ、何処で好転するか解らねぇ~モンだ。 しかし、あんなに愛情深い女がライナの他に居たとはね。 ゴーストシップのお宝の使い道が、また一つ決まったなぁ~。 ウィンツのオッサンには、一肌脱いで貰うとしよか~。 ・・・全く持って、どんな状況でも誰かを思い歩む生は、死より強い)


Kの仕業で不幸を背負った人が集められ、所々で小さく運命が回る。


やや醒めた面とは裏腹に、アムリタと云う女の内面は自由を得て、新しい人生を見つけれそうな様子だった。


そして。


アハメイルでKは、全てに決着の糸口だけ見つける事を望んだ。


生きるのは本人で、決着と新たな生き方は本人達が切り開いていく必要が在る。 だが、強引に変えたKである以上、その糸口だけは模索してやる気構えだった。


快晴の冬晴れの昼。 遂に、アハメイルへと船が入る。


Kは、オリヴェッティにだけ金の使い道をどう考えているのかぼんやりと明かし。 そして、一つ一つ動く事にするのだった・・・。

どうも、騎龍です^^


バカみたいに早く出来たので、2・3話だけペースを上げます。


インフルエンザが流行している様ですが、御気をつけて。


ご愛読、ありがとう御座います^人^

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