K特別編 セカンド 6
K特別編:理由
15過去の誼と、裏側の混乱
霧雨の降る朝方、クリアフロレンスの商店街。
まだ仕事に行く人も起きてこない頃。 アダマンティアランの施設内に於いて、唯一朝まで営業している飲み屋がある。 【井戸の踊り子】と云うカフェだ。 毎日、吟遊詩人や見世物小屋、曲芸などを広々としたステージで披露し。 お客は円形ホールを囲む席で、思い思いの飲み物を左右の壁際のカウンターで買い込んで楽しむ。 朝までオールナイトで、様々なアーティストや曲芸師が集う夜の芸術座でもあった。
夕方に店が開く頃は、何時も道化師やコメディアンが舞台に上がるのだが。 決まって最後のトリを勤めるのは歌姫だった。 色は毎日違うが、彩取り取りのドレスを纏い。 背中空き、胸元際どい派手な衣装に身を包む中年の美人女性である。
「いいよなぁ・・・スカーレットって・・」
「ああ・・・一晩だけでも・・・寝れないかなぁ・・」
「お前見たいのが、無理無理~」
労働者二人が、疎らに埋まる席の一部で、これから歌うスカーレットを見た。 少し垂れた黒い瞳には色香が漂い、真紅の唇は心地良さそうな肉感がある。 白い肌、緩いカールが解けそうな金髪は長くて、やや崩れそうに右脇に結って垂らしてある。 張りのある胸元はドレスから溢れ、ドレスを少し下げれば全て見えてしまいそうな感じだ。 今から、14年ほど前にこのステージに上がる様になってから、略毎日この時間帯に歌を一曲だけ歌うスカーレット。
男性ばかりの客が、ウットリとしてスカーレットの歌を耳に抱いた。 ピアノとヴァイオリンのみの演奏で、恋する少女の歌を歌い終えるスカーレット。 彼女の歌が終わると、この劇場カフェは閉まるのだ。
客が、歌い終えたスカーレットの周りに御ひねりの小銭を投げる。 演奏者二人が、それを拾い集め、スカーレットはお客に手を振り笑みをあげたり、投げキッスや、ウィンクを飛ばす。
だが・・・。
「えっ?」
スカーレットは、放物線を画いて自分の胸元に飛び込んだ物が突然見えて笑みを消した。
立ち上がる客、帰る客、自分に熱烈なラブ・コールを送る客の中で、スカーレットは自分の胸の谷間を見ると・・・。
(まあ・・・金貨)
と、確認してから背後のカウンターを振り返ると・・・。
「あら・・・」
一人の包帯を顔に巻いた痩せ型の男が、バーカウンターに凭れてスカーレットに脇姿を見せている。
「お兄さん、楽屋に入らして。 御持て成しするわ」
「・・・・」
濡れた髪、包帯、服をそのままにKは黙って頷いた。
「なっ・・アイツなんだよっ」
スカーレットが楽屋に客を呼ぶのは今までに無い。 女性歌手が楽屋にお客を呼ぶのは、アバンチュールを過ごす男を呼ぶか、恋人と相場が決まっていた。
Kは、黙って客が去る方向とは別の右端にある芸人出入り口に向かう。
歌手スカーレットは、ドレスの裾を持ち上げて、胸揺らせながらKの行った楽屋方面に向かって行く。 丸で、恋人に会う女性の様に・・。
汚れた仕事着の技師や、労働者の数人が、訝しげな顔や憎たらしい顔をして。 目の前から去って行くスカーレットの先に消えた、Kの見えない姿を睨んでいた。
朝が明けた。
各大臣達。 その下で調整を行う長官達。 そして、マルフェイスの支配する総括部の幹部達が、個別や少数の纏まりで会談を重ねて、マルフェイスの許可を持ってして両方の評議会を開く事を決めるまでに至ったのだ。
しかし、肝心のマルフェイスが体調不良で夜中に消えた。
もう、ゴルドフが拘束され、事情聴取が終わった。 更に、エロールロバンナの一族の面通しで、ロザリアが本物である事が判明していた。 Kの齎した記憶の石の内容が、明らかにゴルドフの弟とジョージのやり取りの一部始終を記憶し。 ゴルドフがその内容の中で、己の知りえる範囲で全面自供して、供述の一致も略全て同じだ。 もう、間違った判決で記録された封印文書を書き換える事に異論は少ない。
だから、マルフェイスの承認が必要に。
「・・・」
食事もしないで動き回ったハルフロンが、憔悴した顔を死人の様にして自室に戻っていた。 今日は、副大臣と交互に休んで政務をする事に成りそうだった。 雨が降り続く朝、そろそろ下級の僧侶や役人達が出勤して来る時間だろう。
「ハルフロン様、少しは何かを口にしたほうがいいぞ」
初老の副大臣が、休憩から起きてハルフロンと政務を交代すると言って出てゆく。
膨大な事件判例や、供述調書が収められた10メートル近い本棚が幾重にも並んで、ハルフロンの座るデスクを囲むように波状型で広がっている。 法務大臣室は、膨大な資料室でもあるのだ。
ハルフロンと入れ替わりで、副大臣が出て行った直後だ。 部屋の扉がノックされた。
「すみません」
女性の声だったが。 ハルフロンは、声を聴いて誰と判断出来る感覚が今は無かった。
「はい・・どうぞ・・」
ハッキリ声に成らないままに、声を発したハルフロン。
扉が開き、ヒョッコリと顔を出したのは、幾分血色が薄いレイチェルであった。
「ハルフロン様、宜しいでしょうか?」
優しい声が、ハルフロンの耳に届く。
「ああ・・何事かな・・」
普段着のドレスの上に、夜の制服であるガウンを羽織ったレイチェルが中に入って来た。 静々と、弁えた女性の歩き方でハルフロンの前に来たレイチェルは笑顔を消さず。
「お疲れ様で御座います」
と、腰を落として女性の挨拶を見せる。
「ああ・・・少し・・疲れたよ・・。 で、どうした? 教皇王様は・・・如何であるか?」
「はい・・」
少し顔を曇らせたレイチェルの語りでは、エロールロバンナも、ロザリアも別々に泣き疲れて眠ったらしい。 ただ、エロールロバンナは、ロザリアを養いたいと云うのに対し、ロザリアはもう自分の生家とは無縁で居たいと完全に意見の決裂が起こっていると云う。
「そっ・・そうか・・。 ロザリア様のお気持ちからするならば・・・それも当然かもしれんな・・」
ハルフロンは、死んだエリザベートを思いガクリと項垂れた。
見るレイチェルの眼の中で、愛する者を一筋に結婚もしなかったハルフロンが、絶望を再び味わって立ち直れるかどうか解らないと思える。
「ハルフロン様・・・、事実を・・何も知らなかった・・のですか?」
すると、ハルフロンは自分の顔を両手で覆い、思い返される思い出に堪えられない涙が、また。
「ああ・・・う゛っ・・と・突然だった・・・。 変わり果てた姿で・・エリザベートが・・突然に・・・」
ハルフロンの当時の嘆きは如何程だろうか。 しかも、事件に関与する事を危ぶんだエロールロバンナの側近達は、遺体を引き取りたいと願うハルフロンに自重を求めた。 事件に、微塵も関与する事を厳しく叱った。 エロールロバンナも、腹を割って話せるハルフロンを失いたく無かったのだろう。 苦渋の顔で、それを黙認したのである。
「御可哀想に・・・」
ハルフロンの悲しみを見受けるレイチェルは、デスクを回ってハルフロンの前に来た。 呻いて泣き出すハルフロンは、20年間もこの涙を飲み込み続けて、吐き出せなかったのだろう。 Kに怒られはしたが、それで全てを振り切れる訳でもない。
レイチェルには、マルフェイスに会う前に教皇王の様子を訪ねに来たジュリアの脇に、静かにそっぽを向いていたKが、去る時に突然に耳打ちした言葉を思い出した。
“ハルフロンにも、後で声を掛けてやってくれ。 誰か、優しい人の声が必要に成るだろう”
(あのお方・・・何処までもご理解されていらっしゃいますのね・・・)
レイチェルが、優しくハルフロンの背中に手を置き。 慰める言葉を述べて擦る。 ハルフロンには、その温もりを拒絶する心が・・・残っては居なかっただろう。 レイチェルに縋り付き、声を押し殺した慟哭を吐き出すのが・・・精一杯だった。
「・・・大丈夫・・大丈夫ですわ・・。 ハルフロン様が耐えた全て、フィリアーナ様も、エリザベート様も、ご理解下さいますわ・・」
優しく包み、頭を撫でられるハルフロンの顔に浮んだ青白い死相の様な憔悴の顔が、少しづつ・・少しづつ赤みが差して呻き声が落ち着いて行く・・。
その様子を、廊下でドア越しに聞いていた者が居る。
「・・・・」
食事を届けようと部屋に入ろうとした副大臣は、表の表示を・・・“不在”に変えた。 トレイに乗せた紅茶とパンを、静かに持ったままで消えて行く・・・。
さて。 事は起った。 そして、事実がこうして明るみに成った。
その日、ジュリアの忙しさは多忙を極める。
出勤してきた上官の聖騎士達と、聖騎士団長の秘密会議に列席して部分部分を隠しながら詳細を説明し。 今後の対応も含めて話し合う。
一番難しい内容は、事件を蒸し返して旧教皇女王・メッリサの息の掛かっている保守派に飛び火した場合の行動態度や、別の事件に飛び火した場合の方針についてだ。
マルフェイスは下位爵位の人物だが、今は総括のトップ。 他にも、教皇王のお傍周りに残る古きメイド長や、副大臣数人などメッリサの頃から残る要人も多い。 そして、この要人達が、マルフェイスと親しいのだからやり難い。
聖騎士達の中にはその爵位の血筋や、親密な一族も居るだろうし。 聖騎士達の間でも、副団長・団長・総師団長・副総師団長などによって派閥に似た勢力関係が潜む故に、この問題は非常に難しい話し合いに成ったのである。
昼過ぎまでの大論戦が繰り広げられた会議の中、ジュリアは力関係に怯える聖騎士団長達と、それを纏められない総師団長の頼り無さに呆れるばかりだった。 もう、メリッサは死んでいるし、マルフェイスとて、このまま居れるかどうか解らないのにだ。
16、現れた権威、示された悪意
夕方。 何故か各大臣・副大臣達・総括部各役職・聖騎士団長達が、“危亡の塔”の地下大会議場に集められた。 そして何故か、ジュリアも呼ばれた。 青い半円に並べられた重厚な椅子の群れの中央には、本来ならば教皇王が立つ高みの壇上がある。
「どうしたと云うのだ・・」
「此処は、確か国家存亡の危機の時にしか使われない場であろう?」
集まった一堂は、段々に列を作る椅子に腰掛け、前後左右の誰かと不安げに会話している。 大臣達は皆泊まり込みで、疲れた顔をしていた。
ハルフロン大司祭と列席したジュリアは、隣のハルフロンに。
「陛下のご容態は・・?」
隈を目じりに見せるハルフロンは、少し声のトーンを落とし。
「未だ、静養中だ。 ロザリア様のご息女を犠牲にしてしまったショックが大きいようだ」
「そうですか・・・」
ジュリアにしてみれば、エロールロバンナの身体は心配だが。 どこか自業自得と思えるからそれ以上の言葉が続かない。
少し声の枯れたハルフロンは、更に続けて。
「ジュリア殿。 恐らくは、レイチェル殿から後で聞くと思うのだが・・」
「はっ・・何でしょう?」
「うむ。 ロザリア様の身柄、少々其方で預かって頂きたい」
ジュリアは、その内容に驚き。
「わっ・・私の元で・・でしょうか?」
「うん。 ロザリア様の様子も芳しく無い。 レイチェル殿とそなたに、ロザリア様は甚く信頼を寄せているとか・・。 今更スラムに戻して、何か有っては困る。 生活のご用立ては此方から用意する故に。 身を、落ち着ける場所を・・」
ジュリアには、教皇王よりロザリアの事が心配だったのは事実。 同じ女として。 更に、病気で自分を置き去りにするのを悔やんだ母や、嘆き死んだ父親を見ているからだろう。
「解りました・・。 お預かりする事には、異論は御座いません」
ジュリアは、きっぱりとハルフロンに伝える。
その直後。
急に、会場がざわめいた。 見た事の無い黒い礼服には、フィリアーナが悪魔を踏み抑える刺繍を胸と背に見せた中年の背の高い男性が、なんと壇上の脇に立ったからだ。 腰には、黒い柄の軍剣が見えている。
整えられた髭、鋭い眼をしたその男性は会場を一瞥見渡して。
「ご一同、静粛にっ!!!! これより、弾劾総務長官、ヴァイオレット・ヨファーソン様が御出でに在らされる」
その職業名に、会場がどよめいた。
ジュリアは、Kが動かしたのだと直感して。
(ほっ・・本当に・・動かしたっ!!!)
壇上のデスクの脇に立った男が、静粛を呼びかけて声が治まる中。 壇上の後ろで、教皇王のみが通れる筈の白い扉が開かれて、黒い礼服のドレスを纏う仮面の女性らしき人物が進み出て来たではないか。
ジュリアの眼の中、眼の周りを隠す金色の仮面を被った白肌の女性らしき人物は、壇上から見下ろす形で自分達を見回す。 ウェーブやカールの掛かる金髪の髪は長く、腰辺りまで優雅に下がっていた。
そして・・・、確かに一度。 その女性らしき人物は、自分を見て止まったのをジュリアは確認する。
壇上脇に立つ男が、一同を再度見渡してから。
「今、教皇王様が体調を崩し、そして国政の中に於いて不穏な闇が蠢いている。 教皇王様の杖をお借りしたヴァイオレット様が、一時断罪の任の為に皆の上に立つ。 全員、これから始まる査察調査には全面協力をするように。 もし、隠し事をして発覚する時には、永久投獄、爵位取り潰し、死罪等の極刑罪が適用と成るので注意するように」
皆、女性の右手に持たれた黄金の杖を見て言葉が出ない。
壇上の脇に立った男の話が終わると、女性が壇上デスクの前に進み出て。
「これから、任務を言い渡す」
と、喋った。
(女性だ・・)
透き通る歌声の様な言い方で、場が静まり返った。
「先ず・・ハルフロン大司祭殿、立たれよ」
一同の目が、ハルフロンに集まる中。
「ハッ」
枯れ声のハルフロンはその場に立った。
弾劾総務長官ヴァイオレットは、仮面の間に覗ける眼を立ったハルフロンに向けて。
「明日より、20年前のエリザベートの事件の封印を解く。 捕まえたゴルドフ殿の証言、提出されし弟チャグリンの証言と照らし合わせて、その真相を明らかにして新たな裁判を開きなさい」
「ははっ」
ハルフロンが、臣下の礼節を見せると。
「良いか、その過程で別の事件が明らかに成った場合は、全て詮索の対象とせよ。 違反・不正・犯罪の全てだ。 例え、前・現の教皇王様が介入為さっていたとしても、正しく暴け。 手を緩めた場合は、そなたに責任を問う」
ハルフロンが、深く一礼した。 相手が誰であろうと、これで調べる事に躊躇が出来ない。 また、誰も権力を使ってそれを隠蔽出来なくなった。
ヴァイオレットは、次に財務大臣を立たせて。
「そなたは、ハルフロン法務大臣と協力しながら、向こう50年の財務出資の全てを調べ直せ。 疑わしい場合は、全て黒として捜査しなさい。 無論、その対象が自分で在れ、教皇王様で在れ、手を緩める事は罪に当ると心得よ。 特に、総括部の全ては末端まで調べ尽くせ」
「は・・・ははっ」
財務大臣の中年男性は、血色の悪い顔を蒼褪めさせていた。 見るからに、自分自身にも疚しい部分を持っているのでは無いかと思える。
次々と大臣を立たせて、命を言い渡すヴァイオレット。
しかし、最後に呼ばれたのは、なんとジュリアであった。
「ブルーローズ卿・・ジュリア・ブルーローズ殿」
「は・ハッ!!」
呼ばれた事に驚いたジュリアは、緊張を一気に高めて声を出した。
立ったジュリアにヴァイオレットは顔を向けて、一歩前に出た。
「今から、聖騎士の全員と、我が手の者数人。 そして、法務・財務の政務官何人か使わす部隊の長に就任を命ず」
俄にざわめく広間。
「は・・・」
礼するジュリアに、ヴァイオレットは続け。
「聖騎士団長全員と総師団長に癒着の疑い有りて、そなたが暫定の長に成れ。 全ての各大臣の見張りと協力をし。 此処最近の不正事件の疑いのある疑惑から全て監督して調査せよ。 ハルフロン殿は、調査の報告を受け、事件の立件、裁判に従事する故。 そなたは捜査・査察指揮権を得て、各役職達の監視監督、そして現実的な捜査はそなた以下、組織された部署で行う様に。 不穏な動き在らば時は、直接この妾に申し出て構わぬ」
「ハッ」
これは、今この場に居る皆には由々しき事態だ。 ジュリアは、あの20年前の事件以降で、全ての名家・爵位家との信頼・親交は断絶状態したままの権威失墜の後を歩んで来た。 何処かの家と深く親交はしていない。 逆に言うならば、追求の手を緩める必要も、気持ちも起こらない。 ジュリアの高潔さは、周知の通り。 賄賂も通じない。
ジュリアが座り、場がシーンと静まった。
ヴァイオレットは、最後に。
「これから、猶予期間を設ける。 4日以内に、ジュリア殿に預けた機関、若しくはハルフロン殿に自ら不正を申し出た場合。 余罪等無ければ、悪質な罪の物では無い場合に限って罪の軽減を考慮する。 但し、それ以上を過ぎて発覚・申し出は厳しい刑罰に成ると心得よ。 それから、今から今夜この“ヴェルハラントモリナリス”は、封鎖する。 一同、自宅に戻って明日より各自の仕事に向かう事。 本日、怪しき動きをこの場でする事は許さぬ」
こうして、この会議は終りを迎える。
ヴァイオレットが立ち去って、ハルフロンは溜息を着いた。 周りでは、怯える大臣達や、何かを追及する役員や副大臣の声も響く中でだ。
ジュリアも、呆然とその場に座り。
「あの男・・本当に動かした・・。 まさか・・弾劾総務長官が・・女性とはな・・・」
と、呟く。
ハルフロンは、ジュリアの呟きを聞いて。
「では、覚悟するんだな、ジュリア殿」
「え?」
「あの女性は、断罪者・・。 緩い言い訳や報告は蹴られるぞ。 4・5年前、私もこの様な大っぴらでは無い中で任命された事が有るが・・。 情状を聞いても、呵責の緩めはしない人だった」
ジュリアの脳裏に、あのKの話が浮び。
(ああ・・・やはり、その前の事件でも暗躍していたのか・・。 大事にしなかっただけで・・)
Kの連絡を受けて、こうして皆の前に現れた弾劾総務長官。 もしかしたら、この一連の事件や調査が思わぬ広い発展を見せるのではないかとジュリアは怯えた。
そしてその始まりは、劇的に直ぐ様起ったのである。
「御姉様、今夜はゆっくり為さいませぬと」
「うむ、話し合いが終われば、もう休む」
馬車の中。 夕暮れがどんよりと曇った空の下で見えない。 レイチェルとロザリアを連れて、ジュリアは教皇庁を馬車で出た。 先に、残っていた礼服二人の使用人を荷馬車で帰し。 ジュリア達は、他の聖騎士3人と自宅に戻る事にしたのだ。
他の聖騎士達3人は、己の馬車や馬でジュリアの馬車の後に従う。 この3人は、ジュリアが指名した部隊の纏め役候補の内の3人。 まだ若い伯爵家の若者一人。 民間出身で、苦労人の初老男性一人。 そして、ジュリアと歳の近い女性で、大柄な怪力自慢の男爵家の者。 この3人は、ジュリアと同じく権力に縁とは離れた無骨な者達だ。
3人も、こうなっては誰かがやらねばと気持ちを持ってくれたようで、今夜は少し話し合いをしようと一緒にジュリアの屋敷に向かって着いて来た。
だが。
馬車がブルーローズ家の正門に近付いた時だ。
「ジュリア様っ!!!!! 入っては成りませぬっ!!!!」
礼服姿の使用人の内、年配者の男性の声が飛んできた。 しかも、かなり切羽詰まった叫び声である。
「むっ、何事だっ?!!!」
と、剣を腰にしたピアリッジコートのままにジュリアは席を立ち、耳に剣の噛み合う音を聞いた。
「止めろっ!!!」
ジュリアは御者に命令を飛ばしてから、ロザリアを脇にしたレイチェルに向かって。
「車の鍵を閉めよっ、私の合図無しに外に出ては成らぬっ!! ロザリア様を」
と、言い置いて、正門前の路上にドアを開けて飛び出した。
「なっ・・・」
飛び出したジュリアは、庭先を見て目の前の光景に驚いた。 遠くに見える館の間近の入り口近くで、何者かが10人以上の覆面の武装した曲者に囲まれている。 正門前から広い庭に入った芝生の上では、二人の礼服姿の使用人の男性が、5・6人ほどの曲者と死闘中である。
「うおおりゃっ」
長い槍を使い。 金属鎧を上半身に纏った大柄の曲者が、ジュリアの家に仕える二人の使用人を圧倒せんばかりに攻め立てている。
この異変に、後から来た聖騎士達も気付いて剣を手に馬車から飛び出したり、馬から降りたりして助けに来る。
「何をしておるかっ!!!」
ジュリアは右手に剣を抜いて、背を向けていた槍遣いに斬り掛かった。
「うぬっ」
向こうも気付いて、ジュリアの方に槍の柄を旋回させて牽制して来る。
「ジュリア殿っ、助太刀いたすっ!!」
「同じっ!!」
「我は向こうをっ!!!」
一人の聖騎士は、大勢に斬り付けられて血だらけの礼服の使用人に向かった。
「どりゃっ!!!」
対峙したジュリアに、激しく突きを見舞う槍遣いの覆面の大男。 ジュリアも、槍を剣で払い除けるが、その突き込みの鋭さに驚いて、間合いを取りながら気を引き締め直した程だ。
他の軽鎧を着た曲者達と聖騎士二人が応戦状態に突入する。
これは、一体どうゆうことなのか。
「・・・何者だ、キサマ」
剣を構えてジュリアは、低い探る声で相手に誰何する。
だが、槍を構えて大男は口元をニヤつかせると。
「いい女だな・・。 安心しろ、お前と妹は殺さねえ・・。 ヘッヘッ・・」
と、覆面から覗ける口元に醜い笑みを見せた。
グッと眼を凝らしたジュリアに視界に、あのKがゴルドフの雇った冒険者を連れて来た時に、御者をしていたらしいマント姿の小男が居て。 それを、曲者が大勢で囲んでいる様子が見えた。
(あの者・・・確か、ケイの・・。 我が家を見守らせて置いたのか?)
槍遣いと睨み合うジュリアの視界の中で、その小男は細剣を片手に、大勢の男と素早く動いて戦っている。 だが、数的に多勢に無勢。 護っているのが精一杯の様だ。
「キサマっ、あのような大勢で一人を囲み卑怯なっ!!! 其処を退けいっ!!!」
すると、槍を上段に構えた覆面男は、ジュリアに余裕の笑みを見せて。
「はっん、面倒な手下を残しやがって。 御蔭で、お前が戻って来るまでメイドでも遊んでやろうと思っていたのに。 あの野郎が全員を地下牢に逃げ込ませて扉を閉めやがった」
「なっ!!! おのれ・・下衆めっ!!!!」
「ほほう、下衆ねぇ。 今に後ろの奴を殺して、俺の手下がメイドやクソジジイを人質に連れてくるわっ!!!! それまで、鍵を取り返すまで遊んでやる。 さっ、来いっ!!!」
濁声に近いこの槍を使う男、確かに強かった。 ジュリアとは、力量で互角。
他に、礼服の使用人の二人を怪我させた覆面の男達も、それなりの使い手だ。 聖騎士4人に対して、相手は槍遣いの大男を含めて6人。 互角の熱戦が繰り広げられて、ジリジリと時が過ぎて夜が来る。
これだけの争いが起っているのに、私有地の中の事とは言え役人が来ないのが不思議である。
だが・・・、街中では、昼過ぎから放火らしき不審火が相次いで、てんやわんやの大騒ぎが起っていた。 野次馬と僧兵役人がごった返し、見回りに回せる役人が居なかったのである。
その火を付け回っていたと思われる魔法遣い風の男を含めた怪しい者達は、通りすがりで放火する所を目撃した冒険者の一団に取り押さえられた。 夕暮れになってからの事だ。
さて、夜の闇が訪れて。 まだ、雨を降らせた雲が厚く空に残って、夜の闇を強くする中で。
「うわっ!!!」
「ぎゃっ!!!」
「なっ・・なん・・ぐおっ!!」
突然、ジュリアの屋敷の本館脇より、あの小男を取り囲んでいたと思われる複数の曲者の男達が次々に悲鳴を上げた。
「ん?」
ジュリアの腕に軽い切り傷を負わせていた槍遣いの大男は、背後で立て続けに湧き上がった男の叫び声に注意が削がれた。
その隙を見逃さずにジュリアは、大男の間合いに飛び込んで。
「鋭っ!!」
「おあっ」
突然のジュリアの突撃に、驚き間合いを見失った大男。 なんとか槍を側めて、ジュリアの突きを槍の柄で防いだが。 完全に防ぎ切れずして顔の覆面を斬り裂かれる。 スパッと頬が斬れて、少量の血が暗闇に飛んだ。
更にジュリアは、大男にグッと肉薄する様子を見せる。 大男は夜の中で間合いを見極めきれず、槍の柄を苦し紛れに振り上げた。 がら空きの左脇にジュリアは走り抜け様。 腰を落とした体勢から男の右足を斬り払った。
「ぎゃっ!!!!」
滾る様な大男の声が出た。 大男は、そのまま芝生の庭に仰向けで倒れて行く。
倒れた男の放した槍を蹴飛ばしたジュリアは、直ぐに仲間の聖騎士に声を掛けた。
「大丈夫かっ?!! 皆の者っ」
其処で視界に見えたのは、ジュリアの乗ってきた馬車の御者の男がランプを灯して、馬車に掛けた火の明かりの中。 最も若き聖騎士の若者が、曲者と剣を交えた直後。 体を外されてバランスを崩し、其処に蹴りを見舞われて後ろに倒れた様子である。
「危ないっ!!!」
慌てて走るジュリア。
他の曲者達と剣を打ち合わせながら、倒された聖騎士を見る仲間。
だが、若き聖騎士を蹴り倒した覆面の曲者が動き素早く。
「死ねっ」
と、倒れて眩暈を起こした聖騎士の青年の脇に走り寄った。 顔に目掛けて剣を突き立て様と、素早く剣を下に向けて構える時。 闇の中をジュリアよりも早く何かが飛んできて、その男の頭を撃った。
「ぬおおっ!!!」
そのぶつかった衝撃がかなりの物だったのだろう。 倒れた若き聖騎士の頭の上の方に、覆面の曲者がヨロけて前のめりに屈む。 其処に走り込んで来たジュリアは、覆面男の右腕を掬いに斬った。
「たぁっ!!」
「う゛ぎゃああっ!!!!!」
絶命染みた叫び声が夜空に響き。 切断された曲者の右腕が放物線を画いて薔薇の垣根に飛び込む。
「見事っ!!」
「うらああっ!!!!」
残りの聖騎士二人が、狼狽し始めた覆面剣士達を気力で圧倒し始め。 ジュリアは、倒れた若き聖騎士を守りながら、覆面剣士を脇から牽制して注意を削いだ。 直ぐに、曲者の一人が大女の聖騎士の体当たりを食らって倒れた所に、ジュリアが走り込んでサーベルの柄で起き上がりを奇襲して気絶させる。
「ジュリアっ、思う存分やれッ!!!」
あの、小男を囲んでいた方から、Kの声がする。
(やはり・・・)
槍遣いの男を斬った後も、向こうから男達の呻き声や叫び声が上がり。 館の方で何者かを囲む人影が見えなくなった。 闇に慣れて来た夜目には、地面に転げまわる曲者共らしき姿が見えていたので。 もしや、と思っていたのだ。
完全に形成逆転したジュリア達は、残る曲者共も叩き伏せてしまった。
「ケイっ!!!」
戦いが終わって、闇の中を館に走るジュリア。
曲者共を縛り終えたKが、本館の正面脇から声を飛ばす。
「大丈夫、使用人の皆は無事だっ」
夜の闇の中で、Kの前に来たジュリアは、包帯男の周りに縛られて呻いて転がる曲者達を見て。
「何者なのだっ?!!」
「良く解らん。 最大の問題は、マルフェイスと息子が消えた」
それにはジュリアも驚いて。
「な・・・何だと?」
Kは、転がる曲者を見ながら。
「朝方、ヴァイオレットに話を付けて。 昼前には奴の屋敷に探りを掛けたんだがな。 教皇庁から、何度も迎えの役人が来たが。 使用人達がオロオロするだけで、マルフェイス親子が見当たらないと大騒ぎだった」
「にっ・・逃げた?」
「さ~。 だが、夕方まで街中も大変だったしな。 逃げたかもしれないな」
「何故だ?」
「コイツ等の仲間か、放火を彼方此方でしやがって。 僧兵役人ははそっちに掛かりっきりで治安維持も儘成らない感じだ。 さっき、漸く犯人が冒険者達に捕まって、応援の兵士が着たからな。 君に、動いて貰おうと思って来たらこのザマさ。 知り合いのウィズリーを見張りに残しておいて正解だった」
ジュリアは、メイドや執事達を解放してきたマントにフードを被った人物が屋敷から出て来たのを見て。
「済まない・・助かった」
すると、そのウィズリーと云う姿を見せない人物は頷き。
「ケイの旦那は、俺の昔の恩人であり、リーダーさ。 この人には、家族を助けられた事もあるからな。 どんな命令でも聞くさ」
と。 やや老いの滲む男性の声だった。
Kは、ジュリアにこの曲者を地下牢に運ぶと告げた。
17、悪魔と呼ばれた男の横顔
「おいっ、お前っ!!!! 何故に放火したっ!!!」
アダマンティアランの5階。 僧兵役人の詰める役所内の取調室。 無精髭に垢染みた顔の小汚い風体をした魔法遣いの男は、白い繋ぎの服装をした僧兵役人に取調べを受けていた。
「・・・」
怒鳴られようが、罵られようが、叩かれようが、放火をしていたこの男は何も口を利かなかった。 クルスラーゲは、宗教国家。 世界でもいち早く拷問をしなくなった国だ。 ふてぶてしく、黙って座る魔術師の目は、完全に僧兵を舐めて据わっていた。
「なんて奴だ・・」
取調室を見ていた40絡みの僧兵が、その冷め切った眼に一種の畏怖を感じた程だ。 恐らく、拷問しても事情を吐く事はしないだろう。
その状況と同じ事が、ジュリアの屋敷の地下牢にて起っている。
「お前の主は、何者だっ?」
鉄格子と、石に囲まれた小部屋の中。 あの槍を遣っていた大男が、覆面も取られて縛られたままに転がっている。 灰色の石壁、床の上で、汗に塗れた伸び放題の髪を乱し。 何ヶ月も身体を洗っていない汚れた顔は、丸く、鬼の様な睨みを見せていた。
取り囲む聖騎士達。 若い聖騎士の者は、強かに頭を打って居たので家に帰した。 一応、伯爵家の跡取りだから、ジュリアも配慮したのである。
Kは、鉄格子の所に凭れてランプの明かりを見ていた。
執事の老人は、この大男に打たれて大怪我を負っていった。 だから、ジュリアの怒りはもう頂点に達している。
「言えっ、言わないと斬るぞっ!!!」
剣の柄に手を掛けて凄むジュリアだが、右足を略切断された男は、脂汗の滲む顔を醜く悪意の笑みに変えて。
「斬れよ・・。 斬れるモンなら、斬って見ろ。 手か? 足かっ?!! それとも眼を潰すかあっ?!!! ア~ハハハハっ!!!!」
突然に笑い出した頭目らしきこの男。
「きっ貴様っ!!!!」
怒りを堪えきれずに剣を抜き掛けたジュリア。
其処に、Kが。
「ジュリア~。 そいつは、いっくら痛め付けても無駄だぞ~。 そうやって、お前達がムキに成れば成るほどに喜ぶからな~」
この2日間の事態で疲労を抱えたジュリアは、やや血色の鈍った白い肌に感情的な色を覗わせ。 薄暗い牢屋の中で、掴み掛かる勢いでKに向き。
「何故だっ?!!」
問われたKは、ゆっくりと腕組みを解いて転がる男を見下ろす。
「コイツ等は、元が冒険者とかでな。 世界を渡り歩いてテロ的な活動で金を設ける組織の傭兵部隊達だ。 一時期に比べたら、数は激減して。 今は、幾つかの組織を残すだけと成ったが・・。 未だに、政治の暗部に取り入って動く奴等さ。 コイツ等は、それなりに訓練も受けていてな。 拷問には、非常にしぶとい忍耐力を持つ」
大女の聖騎士が、驚いた顔で曲者を一瞥してからKに向き。
「そんな・・者が、我が都市に居たのか?」
Kは、薄気味悪くニヤける曲者の大男を冷たい眼差しで見据えて。
「コイツ等は、自分を捕まえた相手が中々殺さずに、拷問するか。 殺すかの二択しか無いと教え込まれてる。 怒り、拷問するのは、知りたい事を知れずに躍起になると見て。 肉体的に追い込まれた中でも、上からの目線で相手を見る。 拷問する相手に喋らない事によって、逆にする側は焦り、される側は焦る相手を見て追い込んでいると立場の逆転を想像して悦に入る。 そうして、喋らない事に、一種の快楽を覚えているのさ」
「な・・なんと・・」
ジュリアは、その異常とも云える心持に畏怖を覚える。 身体を斬ろうが、死ぬまで責めあぐねる此方を見て、優位に立っている様に思わせるとは・・。
すると、説明をしたKに、横に寝ていた曲者の男がニヤけた顔で。
「よお~く知ってるじゃないか・・・。 無駄って事がなあ~・・。 あはははは」
と、高笑いするのだが。
その男の笑い顔を見てからからKは、困惑するジュリアに向いて。
「俺に、任せて見るか?」
この2日の疲労と新しい責任で疲れていたジュリアは、自分とは明らかに生き方の違うKならと思う。
「・・お主なら、出来そうかもな」
すると、Kは口元を微笑ませて。
「俺の昔を見せてやろう。 驚くなよ」
と、聖騎士3人と入れ替わって、男の前に歩み出た。
「誰がやっても、変わらないね。 にひゃはあっ」
笑う曲者の大男。
「そうか」
Kは、直ぐに1枚の布を大男の口に当てて猿轡をしてしまう。
「んふがふん・・・」
“こんな事をしても無駄だ”
と、言わんばかりばかりの顔だが・・。
Kは、相手を喋れなくすると・・・。
「舌を噛まれても困るからな。 大丈夫、時期に口は開放してやるさ」
と、腰のサイドバックに手を伸ばした。
(どう・・するのだろうか・・)
(さあ・・。 見てみよう)
聖騎士達二人とジュリアは、鉄格子にまで下がってKのする事を見守る事に。
さて、余裕の冷たい笑みを浮かべるKは、汗まみれの男を見下ろしながら。
「お前達は、“二択”しか無いと教えられているがな。 正式には、三択在る。 “吐かせられる”と云うのを、教えられていない」
大男の目は、ギラギラと殺気立ち。 そのKの言葉を否定している。 痩せて華奢にさえ見えるKを下から見上げて、縄を解こう物なら食い掛かりそうな様子を見せていた。
が。 Kは、その凶暴な炯炯と光る曲者の大男の目を詰まらぬ素振りと見返し。 更に乾燥した言葉使いで一蹴する。
「アホウ。 肉体の苦痛で喋らないなら・・精神的な苦痛で喋らせてやるさ」
と、ガラス小瓶を取り出した。
ランプの真下。 ドロリと黒い液体の入る小瓶を大男に見せると。 Kは眼を鈍く鋭いものに変えながら、やや声を凄みの効いた低い声で。
「これが何か、お前に解るまい。 コイツは、地獄の悪魔ですら、原液で飲めば恐怖に怯えて心に余裕を持てなくなる麻薬さ」
「え゛っ」
思わず大女の聖騎士が、ギョっとして声を出した。
寝転がる曲者の大男も、スッと顔の笑みを消し始めた。
Kの口元が、余裕とサディスティックを混ざる笑みを浮かべる。
「この薬を飲めば、動く物が全て幻覚で化物に見えて恐怖の虜に堕ちる。 更に、聞かれた事を答えないと、秘密を持っていては気が狂う程に精神的に追い詰められて恐怖のどん底を見るのさ。 自我なんて維持出来ないぜ。 俺等を見て、意味も無く助けを懇願し。 飛んでるハエすら、自分を食べるバケモノに見える」
Kの説明を受ける大男の顔から、完全に余裕が消えた。 Kの手に在る小瓶を見て、俄に怯え出す。 首を左右に振り、明らかに恐怖による震えが現れ出した。
「怖いか? だから、自殺されないように口を塞いだまでよ。 さて、鼻から飲ませてやろう。 苦痛でっ、恐怖でっ!! 俺の問答に耐える事の出来ぬ永遠の苦悶地獄に堕ちるがいいっ!!!」
Kの瞳がギラリと光り、男の顔を髪の毛を掴んで持ち上げると、グィっと上向きにして口に小瓶の蓋を咥える。
「ンンンンンッ!!! ングッ!!!! ウググンンっ!!!!!」
完全に大男は怯えて、Kに向かって首を左右に激しく振る。 痛みより、恐怖が先行しているのだろう。 kに髪の毛を鷲掴みにされているのに、激しく顔を振って拒否を示す大男の髪のプツプツと千切れる音がする。
ジュリアも、他の聖騎士も、そのKの姿に悪魔を見た。
「嫌かっ?!! 自分で死ねないのは嫌かぁっ?!!」
必死で頷く大男は、涙目を浮かべて恐怖に心を喰らわれた者の様に毒気が抜けていた。
Kは、ジュリアに紙と筆を用意させ。 男の右腕だけ自由にさせると、次々と質問し。 聞きたい事を全て書かせた。 男の鼻の中に、小瓶の蓋を開けて突っ込み。 少しでも妙な真似や躊躇をしようモノなら、即座に頭を後ろに反らせる体勢で在った。
口を塞がれながらも必死で泣き叫び、呻き咽び、Kの拷問染みた質問に全て答えて鼻から小瓶を抜かれた大男は、グッタリと縛られたままに横たわって震えてしまい。 もう、ジュリア達に見せた余裕は微塵も残っていなかった。
絶句した聖騎士達と共に、地下牢から上がって来たKは。
「はっ、やっぱりマルフェイスが雇ったのか。 随分と怖い所に知り合いを持った役人だこと」
(アンタの方が・・・怖い・・・)
ジュリアも含めた3人の聖騎士の意見だ。
大女の聖騎士が、距離を置くような言葉遣いでKに。
「お主・・何時もあんな危険な薬を持ち歩いているのか?」
「あ? んな訳無いだろう」
「は?」
ジュリアを含めた聖騎士3人は、声を揃えて呆気に取られる。
「アレは、只の咳止めの原液。 ドロっとしてて、臭くて、グロいからな。 脅しに使えると思ってやったまでよ」
ジュリアを含めた3人、ポッカ~ンとあの恐ろしい名演技をした包帯男に気を抜かれた。
(あ・・・在り得ない・・・本当に悪魔に見えた・・。 嘘・・だったのか・・)
頬に薄い掠り傷と、腕に刺し傷を持ったジュリアは。 直ぐに気を取り戻し。
「ケイ、これからどうするの? マルフェイスの居る所は、旧美術館の廃神殿が在る場所の地下よ。 此処は、街中に近い市内地だわ・・」
Kは、書かせた紙を見ながら。
「明日、朝一で行こう。 ジュリア達も疲れているし。 あの悪党共を教皇庁に送らなければ成らないし。 マルフェイス親子も、おいそれと隠れ家から出て来れないからな。 無理する必要無いさ。 居場所が解れば、今夜は十分」
「だが・・」
言い掛けたジュリアの前に、Kは人差し指を立てた左指を出して床を指し示し。
「未だ、この屋敷はさっきの襲撃で怯えている。 君は当主。 使用人達を落ち着かせるのが、先ずの勤めだろう?」
「・・・」
ジュリアは、それが当然の事だから返す言葉は無い。 さっきの襲撃で、怪我人の手当てをしてくれたのはロザリアだ。 20年前の事件からの尾を引いて、今に至るのを嘆いていた。 メイド達も怯えて、礼服の剣士達も大怪我をしている。
そこに、大女の聖騎士が。
「ジュリア殿、このお方の云う事にも一理ある。 もしや、また襲撃が無いとも言えまい。 私は、今夜は泊めさせて貰う。 公爵家筆頭のブルーローズ様のお屋敷を堪能させて貰おうかな」
老練の聖騎士も。
「ウム、私も心配だから泊まる。 この上、ジュリア様を失っては面目が立たぬ。 皆、一日休めば落ち着くだろう」
ジュリアは、二人の心使いが嬉しかった。
Kは、ジュリアに曲者の大男の書いた告白書を渡し。
「明日に動け。 俺は、仲間に会って来る。 いい加減、放ったらかしも悪い。 チームの面々に、顔ぐらいは見せないとな~」
と、玄関口に片手をヒラヒラさせて行くK。
ジュリアは、仲間二人を泊めて、尚もKに居て欲しいとは恥ずかしくて言えぬと思い。 切ない顔をして包帯男を見送った。
次話、数日後掲載予定
どうも、騎龍です^^
すみません・・・;>;
ラストが、製作して行くと恐ろしい文字数で、本文を全文載せられないので、2・3回に分けます ;人;
ご愛読、ありがとう御座います^人^