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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
89/222

K特別編 秘宝伝説を追って 第一部 ⑯

        K長編・秘宝伝説を追い求めて~オリヴェッティの奉げる詩~第1幕




              ≪雪が止み。 そして、船は動く≫




Kが戻って、話を終えた後。


「・・・」


ライナが赤ちゃんを抱き、授乳を始めた。 悲しみに暮れる暇など、子育てには無い。 ライナの悲しみなど、今のマリーにはどうでもいい事なのかも知れない。 寧ろ、母と自分が今を繋げるなら、其の外の全てなど二の次と云う事か。


いや、前に進むと云う事は、そうゆう事なのかも知れない。


さて。


授乳時に人が多いのも悪いと思ったオリヴェッティは、ルヴィアと共にビハインツやリュリュを連れ、夕食をするために一階へ行く。 今夜は、船に乗る楽師達や踊り子が合作を興じるとかで、少し場を外そうとした訳だ。


Kは、長いソファーに座って横になり。


「疲れた・・。 寝る」


と、リュリュが勝手に使っていた自分の毛布を取り返して寝てしまう。


そして・・。


「うぅ・・ん」


静かに成った部屋の中で、モナが目を覚ました。


「あっ」


ガバっと跳ね起きたモナは、直ぐに自分のお腹を触れる。


寝ているKが、モナを見えていない筈なのに。


「そこの母親に感謝しろ。 フツーなら治る筈の無い怪我を、奇跡の力で治した」


モナは、近くに立って赤ん坊に乳を飲ますライナを見て。


「あ・あか・・。 無事だったんだね・・、良かった」


と、顔を俯かせた。


Kは、


「悪いが。 役人にオタクの事を言うのも面倒だから、死んだ事にした。 悪党に、赤ん坊を守って刺されたとしておいた。 役人も、極悪な凶悪犯とジョンソンの一件で忙しく、オタクなんかどうでもいいみたいだな。 この船に乗れば、フラストマドまでは行ける。 そこで、勝手にやり直すんだな」


と。 そして、黙った。


Kの言い草は、彼を知らない人間からはいい加減で気に入るものでは決してない。 モナは、ベットのシーツを掴み。


「勝手な・・、誰が助けてくれって・・・」


と、憤る言葉を漏らす。


しかし、ライナはモナに近寄り。


「神が、貴女を助けたのです」


モナは、ライナをジロっと見上げ。


「神? そんなお話の中のものなんて・・」


だが、ライナは腕の中の我が子を見て。


「貴女が、この子を守ってくれた・・。 だから、私は貴女に慈しむ心を向けれた」


モナは、顔をライナから背け。


「アタシは・・その子が金蔓だから世話したんだ・・。 助けようだなんて・・そんな甘い事はっ」


と、悪ぶった言い方をする。


しかし、モナを見るライナは、それが嘘だと解る。 今のモナには、厭らしい気配や、悪意の様なものが見えないからだろう。


「この子のおしめ、凄くまめに代えられていましたね。 肌に、汚い処が見られない。 襲われる前同様に笑うし・・、痩せ衰えた様子も・・・、傷付けられた処も無い。 赤子は、何も出来ない泣くだけの生き物。 愛情なくして、こんな甲斐甲斐しい世話など出来ないと思います」


モナの心を見透かして言ったライナとて、乳房から口を僅かに離し穏やかに眠たそうな様子を見せる赤子を見て、この今泣き叫びたい中でも安らげ。 そして、微笑める自分が居る事にそっと気付く。


「少し見ない間に、何度も笑う様になりました。 こんなに、日に幾度も笑うマリーは初めて・・」


モナは、躊躇う素振りながら、ライナを見て。


「そっ・・それよりさ。 母親のアンタは・・これからどうするんだい? もう、夫の男は・・戻らないと思うよ」


涙を浮かべながらも、赤子をゆっくり揺り動かし背中を刺激し。 そして、ゲップを見たライナは、


「解っています・・。 さっき、あの寝ているケイさんから全てを聞きました。 マリーは、私が育てます」


「そうかい・・。 で? 身体は・・大丈夫なのかい? あのジョンソンって男も、用心棒だった奴等も、アタシ等女には汚かったはずだろう?」


ライナは、モナも暴力を受けたのだと察した。 ジョンソンなどがどうゆう性格をしているのか、モナが知っている事が、それを証明すると言っていいからだ。


「体の彼方此方が痛いです・・。 心は・・・この子が居なかったら保たなかったかも」


眠りに付くマリーを見る中で、言うライナは暴力に耐えた日々を思い出してしまった。 子供を起こさない為にも、泣く事も堪える彼女の肩が微かに震える。


モナは、自身も女身でありながら、今も、今までも成す術無いと俯き。


「・・そうかい。 母親は・・・強いね。 確かに、子供は生きてる。 奪われないだけ・・マシかもしれないね」


その語りに、ライナは母親に成り損ねた女の姿を見た。 ベットの隅に腰を下ろし、Kの寝るベットを見てから。


「貴女も、子を宿した事が?」


モナは、母親の腕で静かに眠るマリーの寝顔を見て黙った。


ライナも、また。


だが、健やかに、穏やかに眠るマリーの顔を見るモナは、心の奥底の記憶を思い出す。 ポツリ・・またポツリと身の上話をし始めた。


天災で幼い頃に親を失ったモナの人生は、娼婦として過ごす女の良くある話だった。 だが、客との間に子供を宿しても、娼婦に僅かな金を払うだけの雇い主が産む事を許す訳も無い。 堕胎させる微弱な毒を飲まされる悪質な習慣は、世界の暗部に今だ残る事実だった。


モナは、20代で4度も降ろされた。 30代に入って、妊娠所か・・月ものすら来ない身体に・・。


子供を宿すと、女の体も母親の準備をし始める。 それを途中で勝手に奪われる事は、性根のまともな女なら悶える様な悲しみを産む。 幾度、失った我が子を思って、自然と涙を流した解らないモナだ。


モナは、今にマリーの寝顔を虚ろな目で見て。


「最初・・ジョンソンの旦那から金でこの子を面倒看ろって渡された時・・、正直、嫉妬したんだ。 私の子供は・・身勝手に奪われてしまって生まれも出来ないのに・・、何で今になって・・・他人の子供をって。 でも・・でも・・・。 泣かれて、仕方なくあやした時・・胸を・・・弄られて。 初めてお腹に出来た子供を奪われた時・・・まだ半年も宿してないのに・・奪われた後にさ。 涙・・涙みたいに・・お乳が出たの・・思い出して」


モナは、静かに泣きながらに声を詰まらせ。


「嗚呼・あぁ・・アタシなんかに、・・この子・・・笑うんだよ。 自分の赤ん坊すらまともに・・ま・まも・・守れなかったアタシなんかに・・。 ・・・日に日に・・この子可愛くなって、娼婦でもないアンタが甚振られて・・。 この世に、神の救いなんて・・無いって思ってたのに・・」


モナの嘆きを前にライナは、絶望を抱えていたモナのお腹を静かに優しく触れる。


「・・・ごめんなさい。 私の掛けた完治の秘術が、貴女を癒しました。 昔には戻せないけど・・身体は戻ったはずです。 今からなら・・貴女でも産める・・・」


涙を落すモナは、その言葉に目を見開いた。 涙が跳ね、膝に落ちた。


「そ・そんな事・・・」


「今更って・・思いますよね。 本当に、ごめんなさい・・。 でも、マリーを守ってくれた貴女を助けたくて、凄く難しい大魔法を遣ったの。 一心不乱だった・・でも、神は願いを聞き届けてくれた」


「い・いま・・? 今になってなんてっ」


声を大きく上げそうに成ったモナ。


その彼女を見つめ。 そして、そっとお腹をを擦るライナは・・。


「遅いと思う、でも・・・手遅れじゃないって思えるの。 貴女の望んだ事じゃ無いのは、・・謝るわ。 でも・・でもね。 マリーを愛しんでくれた心は、捨てないで欲しいの」


モナの見るライナは、涙目で。 その姿は、懇願している様にも。


手を離したライナは、マリーを見て。


「夫に捨てられても、この子に・・」


“貴女の命を守ってくれた人が、私以外にも大勢居る。 心を曲げちゃ駄目よ”


「って、言いたい。 貴女の事、感謝をもって教えたい」


モナは、言葉を返せずに押し黙る。 モナの心の中で、様々な記憶や思いが混ざり合う。 怒り、悲しみ、嬉しさ、そして絶望。 完全に醒める様にして、日々を繋ぐべく金を求めて男に身体を渡して、床から床へと夜を這いずり回った過去は、決して消せる訳が無い。 だが、生きる事。 そして、昨日今日動かされた心の躍動は、凍えきったモナの心に、僅かな春の訪れを齎す波紋を起こしている。


何時しか自分のお腹を触れるモナは、何事も言わずに。


少しして、近くで汽笛が鳴った。 また、一隻の船が港に到着したのだろう。


ライナは、そっとマリーをモナに差し出すと。


「トイレに行きたいの。 貴女にも、何か食べるもの買って来るわ。 マリーをお願い、起こしたくないから・・」


一瞬震えたモナだったが・・、マリーを受け取るままに。


手拭いを洗う気なのか、ライナは遣った手拭いを取って部屋を出た。


見送ったモナは、自分の腕の中で眠るマリーを見ていた。 モゴモゴと動かす口や、ニギニギと動く拳が愛くるしい。 見つめていて、飽きないモナは無意識に。


「・・・、可愛い子」


と。 涙と混同した思いで歪んだ顔が、マリーを見て徐徐に和らいで行く。


すると。


「・・だな。 母親に似て、美人に成るかも」


Kが言った。


「あ・・」


起きていたのかと思ったモナに、Kは。


「“モナ”・・、オタクの呼び名。 確か、この国の俗称的な言葉だったな。 飲み屋に居る女や・・娼婦なんかの括った呼び名だったか・・」


モナは、男のKに言われてグッと顔を俯ける。


Kは、更に続け。


「でもな。 この名前ってさ、実は昔に居た女が由来なんだゼ?」


「え?」


思わずの反応で、顔を上げた彼女に。


「元々、ある大貴族の一人娘にモナっていてな。 才色兼備をそのまま人にした様な女で、学者顔負けの知識と、麗しい容姿、完璧に弁えられた礼儀作法から、世界中の王侯貴族から求婚されたってよ。 だが、な。 最愛の男を、嫉妬した別の男に奪われてから、人生を変えた女なのさ。 毎夜、そのモナって女はパーティーに出席し、一人身の若い貴族や学者と哲学や歴史の解釈を論じ、誰と構わず選んだ男と床を共にしたんだとか」


「そ・そんな人が居たの?」


「あぁ。 モナは、生涯旦那を作らず。 自分の美貌が老いに負ける前に、美しいままで居たいって自殺したって話さ。 サラっと聞くと変な女かも知れないが、本心は違ってたんだろう。 愛する男を失い、自分を欲した他の男を恨んだ。 だから、大金積まれても誰かの女では無く。 誰とでも寝て、女の本心を見せ付ける為に敢て・・な。 今じゃ、その娼婦の様な一面だけ残って、大事な本人の思いなんか忘れ去られてしまった・・」


モナは、その本当のモナの気持ちが解らないとは言えない。


「・・・男って、何時も身勝手で残酷ね」


「かもな。 ・・オタクにも、本当の名前在るんだろ? そろそろ、本当の名前で生きてみたらどうだ? 今、オタクを縛った糸が切れた。 纏わり付く柵の糸は消えていないだろうが、風に舞う枯葉みたいに自由だろ? 駄目元で、いっぺんだけ上見上げてもいいんじゃ~ないかと思うゼ。 ・・その腕の中の子供にしてみれば、汚れたオタクでも大切な命の恩人と成る」


「でも、アタシは・・」

 

モナの内心に、過去の全てが縛り付く様で。 新しい生き方など、出来無そうで怖い。


「脅える必要在るか? オタクの抱える子を産んだ親は、男に汚されても心を汚さなかった。 だから、オタクを助ける魔法を唱えられた。 身体なんて、生きてりゃ幾らでも汚れる。 だが、心は真っ直ぐにすれば、幾らでも清められる」


「・・・」


モナは、マリーを見つめる。


Kは、最後にと思い。


「生きたその赤子を抱いただけで、オタクは憎しみや過去の悲しみで枯れた心を潤わせた。 まだ、立ち直る一面を持っている証さ。 過去は、あくまでも過去、塗り替えられはしない。 でも、今は変えられる。 この数日、色んな運命の今が変えられたのがいい例だ」


と。 後は、モナが決める事だと思った。


だが。 


モナは、マリーを見て堪えきれないままに。


「アタシなんか・・・そんなに強く生きられないよ・・・。 子供も居ないし・・、みぃんな奪われた能無しさ。 母親に成り損ねて・・のうのうと生きる・・ゴミなんだよ。 赤子は、親を選べない。 失ったお腹の子供だって、アタ・・アタシなんかに宿らなけりゃ・・・」


モナの話を聞くKは、昔を思い出していた。 そして、声を押し殺して泣くモナに。


「親が子を選べないとか・・、子が親を選べないとか・・。 そんなの、言い訳だ。 アンタだって、見てきたハズだろう? 夜の女として働く者にだって、時として家族があり。 未熟さ・・、いや、自分の我儘から子供を死なす親・・。 逆に、男の前では爛れた女なのに、金を掴んで家に戻れば普通の母親に変わる女も居る」


「・・男なのに・・」


涙目のモナは、頭が混乱していた。 Kは、随分と女の内面を知っていると思え、それを認めるのが躊躇われた。


すると、Kはソファーに起きていた。


「見てきたからな・・」


モナは、チラっと見たKの背中を見て、目を向けたままに。


(・・この男・・・泣いてるの?)


自分の目に溜まる涙の所為でそう見えたのか・・。 だが、何度見てもその背中には、悲しみでも背負っているかの様な憂いが見え隠れしている。 不思議な男だった。


Kは、少し脇を向いて。


「前にな、行きずりで娼婦とその子供を助けた事が在った。 親子して、別々の病を患って胸を病み。 互いに咳しながら・・・血を吐いてな。 毎日の僅かな生活の糧を得て、身体を癒す場所を求める為、母親は壊れた身体を売ってた。 旅をしながら、街を変えながら・・」


「一番下の人間だね・・。 病気持ちの女なんて、客も一度で嫌がる。 客が取れなくなったら、街を変えるしかないから・・」


「・・、ああ。 もう、その二人は手遅れでな・・俺は、その二人を看取った。 だが、子供は・・・7歳で死ぬそのときまで笑顔でさ、母親に・・“ありがとう”って・・・感謝して逝った。 産んでくれた事を、素直に感謝して逝ったよ。 泣いて悔やんでた母親も、最後にはその言葉に救われてた。 俺は、あの時だけは確信した。 この子供は、望んで・・この母親に産んで貰ったんだとな。 母親も、身体をすり減らしてその子供の感謝に応えた。 “選べない”んじゃないさ。 俺があのライナを助けたのには違いないが、母親として俺に繋がる運命を手繰り寄せたのは、母親として必死だったライナ本人。 その子供だって、ライナを母親として望んで、小さな心で決めて生まれたと思うゼ」


モナは、寝ているマリーの顔を手で軽く触れた。 触られた事で、また・・モゴっと口を動かす。 マリーの頬を撫で、小さな手に小指を当てると・・。 ニギニギと手をを動かす。 マリーの手に小指を入れてみると、その温もりが伝わる様で。 可愛くて・・可愛くて・・・。


モナの内面が、壊れそうな程に熱く揺らいでいた。 Kの話を聞いて、反発出来ない自分を見つめ出したモナが其処に居る。


「・・喉が乾いたな。 紅茶、飲むか?」


モナは、か細い声で。


「この子の・・母親の分も」


「解った・・」


Kは、一つ下の階に在る給仕場に向かった。 


モナは、マリーを抱きながら問うた。 自分の気持ちを・・自分に。 逃げ続けるべきなのか、立って上を向いてみるのか。 マリーを見ながら、問うた。 問うた・・・。


その部屋にライナが戻ったのは、その直ぐ後。


Kは、少しの間戻らなかった。




                     ★





「お・・おい・・。 お前、何をし始めたんだ?」


次の日、朝には戻って来たクラウザーは、女性が増えて賑やかなシークレット・ルームに肩が落ちた。


リュリュは、マリーを抱えてクラウザーの前に来ると。


「ホラホラ~、ジィ~ジ」


紅茶を飲むソファー上のKは、眠そうな目で。


「色々在ってさぁ~。 客が・・増えた」


ウィンツの身柄を自由にする所から、その後の事件の話を聞いたクラウザーは、何よりもKに呆れた顔を向け。


「お前・・本当に病気じゃないのか? 前のお前なんか・・それこそ一人救って、5人不幸にする様なヤツだったろうに。 何だ、ぜぇ~んぶ助ける人に成っちゃったのかよ」


クラウザーの口から、“成っちゃった”とは笑える。


せせら笑いを浮かべ、目を細めるKは。


「仕方ないだろう? んじゃ、誰か見殺しにした方が良かったか?」


リュリュの抱く赤子を見るクラウザーは、


「信じられん・・、悪魔が神に変わったみたいだ・・。 おかしい、なんかおかしい」


「ウルセエ。 それより、出港は?」


「ん? 今日の夕方前だ」


Kは、リュリュと見合い。


「妥当か・・。 数日は雪が少ないし、強い風も減るからな」


操舵室のデッキでは、カルロスがウィンツに礼を述べていた。 船の管理において、見事に働いていたからだ。


船の各階には、続々と客が戻り始めていて。 出港に向けた準備が行われていた。


もう、ライナとモナに脅威は無く。 この部屋じゃなく、ルヴィアの居た部屋に移る事も容認され。 その移動をルヴィアとオリヴェッティが手伝う。


夕日が冷たく澄んだ空を赤紫に染め、暗い夜の訪れを示す空に星が見える頃。 汽笛を鳴らしたクラウザーの船は、出港した。


さて・・・。


静かに成った部屋で、Kは紅茶を飲んでいた。


其処へ、船長室から降りて来たクラウザーが見え。


「お、紅茶か。 一つ、ワシも貰うかな」


Kは、テーブルの上に用意されたティーセットからカップを一つ表に返し。


「クラウザー、何かと迷惑を掛けた。 済まない」


一人用のソファーに座るクラウザーは、


「お前に似合わない言葉だな・・。 ま、犯人側の女を助けたのには疑問を思ったが・・、赤子を助ける為に裏切ったと聞けては、な。 ・・・、女は水物。 いや、母性ってのは、強いものか」


紅茶を注ぐKは、静かに。


「だな」


カップを手にしたクラウザーは、その香りに。


「いい香りだ・・、そこの棚に在るヤツか?」


「あぁ、一手間加えてあるだけさ」


香りと啜った味で、ワインが入ってるのはクラウザーでも解る。 だが、ワインティーのそれとは、どうも赴きが違う様で。


「これ・・ワインが入ってるのか? ・・だが、にしては酒っぽくないな」


「熱湯にワインを落して、少し待ってアルコールを飛ばしてある。 少し醒めたその湯で、長く煮出した紅茶さ。 そこの棚に在ったワインで、一つ助けた二人に似合ったワインが在ったからな。 昨夜、これと同じものを二人に出した」


味わいながら飲むクラウザーは、紅茶の香りを感じながら。


「確かに、女性らしい味わいだな」


「あぁ。 ・・所で、フラストマドには、何日停泊する?」


カップを置いたクラウザーは、深く腰を沈め。


「ん、短くで3日か。 客の半分を降ろすし、魔法学院領土に行く人を集めなければならん。 このままでは、チョイト足が出過ぎる」


「確かに、ちぃ~っと日数食ってるからな。 高級部屋を借りる金持ちにでも乗って貰いたい所だ」


「そう、その事よ」


クラウザーは、少し黙っていたが・・。


「そう言えば・・、あの赤子の母親。 旦那も襲われたとか言ってたが、旦那はどうなった?」


ティーポットから紅茶を自分のカップに注ぐKは、そのままに。


「どうもこうも・・。 今頃、フラストマドとホーチトの国境都市に着いた頃じゃないか?」


背凭れに首を預けていたクラウザーは、少し顔を起こし。


「あ? 無事なのかいよ」


と、訛りを交えた。 素直に驚いたからだろうか。


「当たり前だろう。 ライナを襲ったジョンソン連中の目的は、旦那であるユリアンとか云う男の身柄確保。 ライナと娘は、とばっちりを食ったってだけだ」


「とばっちりって・・・おい。 母親の女をかどわかし、娘の赤子を盾に犯してたのは・・・只の遊興ってか?」


クラウザーは、ムカムカっと来るままにKへ聞き返した。


「そうだ。 当初、ユリアンって男を捕まえて、或る貴族の家に届ければ良かっただけの依頼だった。 だが、ユリアンと云う男には、ライナと云う女と赤子まで・・。 腐り切ったジョンソンは、それを聞いて金を多くせしめ様とライナと赤子を誘拐したんだ。 ユリアンと云う男が貴族で、彼の身柄を欲したのも貴族出の商人だったからな」


「理由は、一体なんでじゃ?」


「どうでもいい内容さ」


と、Kはクラウザーに全てを語った。


ユリアンと云う男の名前は、偽名だ。 彼は、ホーチト王国とフラストマド大王国の国境都市に根付く名門貴族の次男だった。 顔が良く、習った剣の腕前も悪くない彼だが、次男である以上は家督など継げない。 しかも、若さ故の反発から冒険者に。 実は、ユリアンは後妻の連れ子で、正式な血統では無いのだとか。


何処にでも有る話のようだが、趣が変わるのは此処から。


ユリアンの実家を継承した長男夫妻は、地元でも名の売れる程に勤勉で真面目な貴族だったとか。 しかも、その一族の本家は、フラストマドの王家に近い侯爵筋で、そこに事件の根幹が在るのだった。 


3年前。


その本家の当主が死去した。 妻には娘二人しか居らず、その二人も既に嫁いでいる。 本家筋に、分家の当主が売り込み合戦を始めた。


だが。


仮の当主となった奥方は、流石に上流貴族の出だけあり、野心旺盛で金を使って売り込みに来る分家の面々を毛嫌いした。 そして、唯一分家としての分を守り通すユリアンの兄の一家に目を付ける。 息子2人に、娘4人。 時期当主の跡取りも在り、方々の貴族に出す誼を見込める娘も多く。 本人とその妻が至って真面目。 正に、望む跡継ぎがその一家だった。


直ぐに・・、では無く。 侯爵本家は、幾つもの式儀を分家筋に任せ、その取り仕切る姿を見せた。 中でも、何の無駄も無いユリアンの兄一家が確かな一家だと周りに知らしめた上。 去年に家督相続の申し出を出した。 最初は固辞したユリアンの兄だが、本家の当主代行である婦人にに懇願され。 分家より、本家を守れと周囲の説得も在り、今年の夏に申し出を承諾した訳だ。


さて。


こうなると、問題はユリアンの実家の家督が宙に浮くと云う事。


これに目を付けたのが、もう死んでいたユリアンの母親を出した家だ。 同じホーチト王国の貴族で、分家出の商人だったユリアンの実の祖父は、ユリアンを呼び戻してその家督を継がせようと思惑を立てる。


ユリアンを金で手を回して探させる一方。 ユリアンが見つかったなら、早期に身を固めさせる為に落魄れた貴族の娘で、気立てや美しさの栄える若い娘まで探しておいた。


しかし、いざとなって余計なオマケの存在が居た。 そう、ライナとその子供のマリー。


ジョンソンは、ユリアンに妻と子供が居ると知って、ユリアンの身柄を押さえると強請りを始めた。 ユリアンの身柄引き渡しに、報酬の増額を求め。 金をせしめた事に味を占めて、ユリアンの血を引くマリーを身代に、更なる金を要求した訳だ。


ライナは、直ぐに殺す手はずだったが、母親としての魅力が女らしさを増しさせていたのをジョンソンは見初め。 モナの代わりの愛人にしてしまったと云う所。


此処まで聞いたクラウザーは、Kに怒りの顔を向け。


「カラス、良くやった。 ちきしょうめ、ウィンツの事も含めて、ワシが叩き斬っても良かったわえっ」


と、息巻いた。


しかし。


運命は、其処から変わった。


ウィンツの一件で、Kがその中に入ったからだ。 ジョンソンが死んだ御蔭で、ライナは逃げ。 そして、悪党達はトントン拍子で進んだ脅しと儲け話が消えかかる事に焦った。


ジョンソンの影の手先として働いていた悪党の頭目は、狡猾なジョンソンを失って交渉を難航させた。 そして、早期に逃げるべく、安い金で赤子と母親の抹殺の代金で手を打とういう事になり掛けていた。


ま、Kによって全ての陰謀と計画は瓦解したが。 国境を越えて逃がされたユリアンは、お咎め無しになる。 ユリアンの祖父は、もう隠居して小口の金貸しをしているだけだと云うから、裁きにはその老人のみが首謀者として掛けられるだろうが。


クラウザーは、腸の煮えくり返る様な憤りを覚えながら。


「んで? ユリアンとか云うそのアホウは、実家に帰ったって訳かよ。 あ?」


「そうだ。 若くピチピチの美人を娶れて、待望の貴族の実家を継げる事に喜んでたらしい。 なんせジョンソンにな、邪魔になってくるライナとマリーの事をどうしたらいいか訪ねたのは、男親のユリアンとか云うその男からだそうだ。 ジョンソンは、その一言で計画を転換。 更に、金をせしめる策を考え始めたとか・・。 俺に言わせたら、別れて正解さ。 そんな男と一緒に居たら、何れ今回の謀略が無くても、ライナと赤子は捨てられてた気がする」


「うむ・・、ワシも同感だ」


「つ~か。 本気で邪魔に成ったら・・・、父親に娘が殺される可能性も・・・な」


「在りうるわい。 そんな薄情な男じゃ、全くを持って・・・。 しかし、そうなると何処までも可哀想なのは母子。 寧ろ、此処で決別出来て正解かも、の」


「あぁ。 だが、ライナの心に付いた傷は大きく深い。 娘が居なかったら、自殺してかもな」


「なるほどのぉ、僧侶じゃから尚更じゃな」


クラウザーの語りが落ち着き、ジサマ染みて来る。


Kは、紅茶を啜ってから。


「聖職者は、厳格な教えのみで帰依し、魔法の加護を得る。 だが・・、教えられる事では、汚された後の苦しみは拭えない。 ・・神ってヤツは、妙に味付けを変える様だ」


「あ? どうゆう事だ?」


「モナ・・。 ライナに、モナを引き合わせる運命さ。 ライナは、モナに同情してる。 モナも、その逆に。 その二人の間に居るのが、赤子のマリー・・。 辛辣な運命を用意しておいて、微妙に優しさを残してる。 運命なんて用意を神がするなら、どうも面倒な仕方だと呆れるよ」


すると、クラウザーはKを見つめ。


「それを云うなら、お前と云う救済者を引き合わせた采配に、ワシは拍手を送ろうかな。 無実の母子が救われ、俺の弟子のウィンツが自由になった」


Kは、クラウザーが食えないと失笑。


「はっ。 俺は、自分のした事の後始末をしただけさ。 ン年前、ジョンソンのアホを生かした俺の不手際のな」


「なにを・・。 お前、其処でそんなガキみたいな」


「いいじゃないか。 アンタより、十分に若い」


クラウザーは、褒めた自分が詰まらなく見える言い草に。


「おいおい、そうゆう問題かよ」


と、目を細めた。




                       ★




次の日。


「うわぁ~、バリバリいってるぅ~」


晴れた朝。 海に張った氷を頑丈な船体の前部で割り進むので、衝撃による転落防止に船首甲板には客を出さない様にと指示が在る中、Kとリュリュだけが船首に居た。 氷の張り付く手摺の外、海面は凍り。 氷を割って進む船を見るリュリュは、白い息を出して珍しそうに見下ろす。


Kは、リュリュに。


「リュリュ、アレ」


「ん~?」


リュリュは、Kの指し示す方向。 海上の彼方に、氷の島の様な尖った形の物を見る。


「ケイさん、アレなぁ~に?」


「氷の浮島、“流氷”よりも大きい氷山ってところだな」


この寒い中、マントのフードすら外して然したる厚着でも無いリュリュは、物珍しそうに目を輝かせて。


「コオリで島が出来ちゃうの~? スゴイスゴ~イ」


「確かに、凄い。 上に見えている島のン倍ものデかい氷が、その下の海に沈んでる。 この船でも、ぶつかったら壊れる」


リュリュは、風の流れや潮の流れは、真っ直ぐその氷山へ向かっているので。


「ケイさん、このまま行ったらヤバヤバ~?」


Kも、あっさりと。


「ンだな」


「壊しちゃおうっか」


「大丈夫だろ~、クラウザーはポンコツ船長じゃねぇ~し」


「でも、あかちゃんノってるしぃ~」


「やるなら、今やらんと。 あの大きさの氷山を壊すには、相当の力が必要だ。 近くで壊したら、砕ける爆風で船が危うくなるぞ」


すると、リュリュはフワッと風の力で浮いて。


「んじゃ~いく~」


と、氷山に向かって飛び出した。


Kは、喜び勇んで飛ぶリュリュを見送り。


(随分と人に慣れちまったなぁ~。 全く、危機感をどう教えていいやら・・・)


リュリュの様な神竜の子供は、その莫大なエネルギーから時として人の悪意に狙われた。 欲望に目を奪われた者と、それを阻止しようとした者。 そして、神竜を巻き込んだ歴史は、平坦な信仰対象だけのモノではない。 過去に、幾度か神竜の子供は殺され、人と神竜の絆は壊され、摩擦を起こした事例がある。


事に、ブレーレイドーナの過去とは、悲惨な例だ。


人間が欲望の果てに、世界に二つと無い精霊の力の篭った神器を作ろうと企み。 そして、ブルーレイドーナの卵を奪った。 怒り狂ったブルーレイドーナは、その卵を取り返そうと奪った者達の逗留していた街を襲う。 だが、ブルーレイドーナを脅迫した盗人達の誤りで卵は壊れ、四散した風のエネルギーを吸ったブルーレイドーナは怒りで暴走した。


住人の全てを失った街の他、その後のブルーレイドーナの暴走と、嘆きによる長き暴風雨。 ホーチト王国・フラストマド大王国・スタムスト自治国に及んだ被害は、代償と云うには軽過ぎる悲惨さであった。


ブルーレイドーナは、後に話し合いに来た賢者に言う。


“ヒトナドミタクモナイ。 ワタシノセイカツケンニフミコムモノハ、スベテコロス”


と。


その時から世代を超えて、Kが何かの理由でブルーレイドーナの棲む山に入り、リュリュを助けた。 その数年後には、ポリア達と・・。


Kに助けられ、母親の与えた逆鱗によって人の生活を見ていたリュリュには、母親の味わった悲しみより興味が先行している。 特に、Kとポリアには、丸で友達か幼馴染のお兄さんお姉さんと云った親近感を持っているようで、Kとしては微妙な思いだ。


「・・・」


リュリュの向かった方角から、蒼いエネルギーが光って見えた。


(おいおい、なんちゅう~力を・・・)


呆れて見ていたKの視界で、彼方に見えた氷山が小さくコナゴナに散った。


直後。


轟く爆音の様な強風が、海面の凍った氷を粉々しながら疾走して向かって来たではないか。


「ヤバ」


Kは、スっと船首で手を前に翳すと・・。


耳を劈く不思議な音がした。


最も大きい大型旅客船が、眼に見えない力で押されて動きを止める。


「・・・」


Kが手を下ろすと、船の左右に分かれた強風・・。 いや、爆風の疾走は、更に海上を駆け抜けてゆく。


“ザブ~ン”


船が激しく波を立てて落ちた。 今の風の力で、少し宙に持ち上がったのだ。


「きゃあああーーーっ」


「うわぁぁぁぁーーーーーーーっ」


船内から、客の悲鳴が無数に上がる。


その声を聞いたKは、そ知らぬ顔を横に向け。


(し~らね)


と、思いながらも。 戻ったリュリュに魔力と集中に纏わる講義が必要だと再認識した。 Kのお勉強会が、この日からまた始まる。

どうも、騎龍です^^


ご愛読、ありがとうございます^人^

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