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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
88/222

K特別編 秘宝伝説を追って 第一部 ⑮

         K長編・秘宝伝説を追い求めて~オリヴェッティの奉げる詩~第1幕




              ≪【後】 ・・・Kと云う魔王が現れる≫




かなり夜遅く。 船に戻ったオリヴェッティ達は、Kが居ないのに少し驚いた。 置手紙も無いし、Kの少ない荷物もそのままだった。


「こんな夜更けに、居ないなんて・・。 何処へ?」


オリヴェッティは、Kが何処に行ったのか気に成った。


だが、一緒に部屋に来たルヴィアは。


「街に出たのであろう。 この雪では、出港も遅れる可能性が高い。 誰か、知人にでも逢いに行ったかも知れぬ。 今度は、我々が待つ側なだけだ」


ルヴィアは、オリヴェッティの頼みで、今夜から一緒にこの部屋に寝泊りする気でいた。


ビハインツは、一人で個室に入って寝ていた。


リュリュは、たらふく食べた直後なので、目を手で擦り。


「ねむひぃ・・」


と、ソファーに毛布を取って向かう。


オリヴェッティは、温かい空気を取り込める配管の口を開き、大き過ぎるベットにルヴィアと一緒に寝る事に。


その頃。


繁華街の賑わいも収束し、ポツン・・ポツンと飲み屋街の明かりが落ちる頃。


ライナが静かに娘に祈りを捧げて居ると、背後の離れた場所から声がした。


「やっと見つけたゼ。 ダンナのシミ臭せぇ~女が、何処に逃げ回ってたんだかな」


と、嫌悪を覚える様な言い草。


(来た・・)


ライナは、その声が“ラムド”とジョンソンに呼ばれていた剣士の用心棒の物だと解った。


ライナに向かう足音が幾重にも重なる中。


「探したゼ。 ガキと一緒に、あの世へ行きな」


と、“ロッパー”と呼ばれていた男が言う。


ライナを尾行してきた男とは違う3人の男達が、ライナに向かって寺院の中央辺りまで踏み込んだ時。 スクッと立ち上がったライナは、振り返り様に。


「私の赤ちゃんは何処? 殺すと云うなら、私と赤ちゃんを同時に殺しなさいっ」


ライナは、娘のマリーが生きているかどうかの一つしか気持ちが無かった。 娘を失ってまで、生きたいとは思っていない。 ただ、娘の姿を見たかった。


ライナの声に、3人の男達は立ち止まり。


「さぁ~な。 生きてるかどうかなんて、お前ににはもう関係無いさ。 此処で、死ぬんだからな」


一番声の印象悪いズスタが言う時。 彼等の背後から。


「そいつは困る。 どうしても、吐いて貰わにゃ~な」


ライナは、真っ暗な中でKの声が響いたのを聞いて。


(どうするの・・・)


思った時。


「うがぁっ」


「ぎゃぁっ」


「げぶっ」


と、三様の声が一度に起こったのを聞いた。


闇の中、呻く男の声に重なり。


「おい、赤ん坊は何処に居る? 吐かないなら、地獄を見せてもイイぞ」


と、Kの声が涼やかに恐ろしく聞こえた。


ライナは、何故かKが怒っていると解った。 声の響きが、微妙だが明らかに違う。


「だ・・誰がお前なんかに・・・」


ロッパーと云う男が、右からそう声を絞り出した時。


「そうかい・・。 なら、こっちも相応の対処を取らせて貰う」


と、Kが言った。


Kは、直ぐに。


「ライナ、其処に居ろ。 直ぐに終わらせる」


Kは、あくまでも静かにそう言った。


暗い中で、何が起こったかは見えないライナだったが・・。 Kは、どうやら男達3人を外に連れ出したらしい。


雪の上に男達3人を投げ出したKは、ロッパーと云う魔法使いの男と、ズスタと云う大男の口に雪を強引に押し込み。


「少し黙ってろ。 直ぐに順番が回る」


と、小さく言い放ち。 そして、ラムドに向かって言った。


Kが彼にした事は、“拷問”と云うには甘すぎる。 汚い遣り方で生き抜く彼を、直ぐ様に恐怖で脅えさせ。 そして、全てを喋らせるに至った。


「まっまま街のっ・はずれぇぇぇ~~~っ!!! 農村区にっ、ふ・ふふ・・風車が3つ・・丘の上の家だぁっ!!!!! やつ・等、住民ブッ殺して・・・中に・・。 ガキ・・と、おお・女・・・と見張りがふっふ・二人っ!!!! 頼むっ、助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


深夜の宵闇の中で、リーダー格のラムドがあっさりと喋ったのを聞いた他の二人は、どんな心持ちだっただろうか。 悪党同士の諍いに金で手を貸し、捕まって拷問を受けた事もあるラムド。 口の堅さと恐怖に対する精神力は、並外れている彼だった。 その男が・・・ものの少しで脅えきって・・・。


ラムドを雪の上に投げ出したKは、


「生きてるのか?」


瞬きすら出来なくなってKを見るラムドは、激しく頭を縦に振り。


「まっ・まだ・・は・は・はな・しが纏まって・・・無い」


Kは、ラムドを見下ろすままに。


「で? 何で、あの彼女の一家を狙った?」


雪の積もった寺院の庭の上で、寒さに震えるのか、それとも恐怖にか解らないラムドは、ガチガチと噛み鳴らす口元のままに。


「詳しくは・・しっ・しら・・知らないっ。 ジョンソンのダンナがっ・・裏の・ベベ・別件で・・ううっ受けた話だっ」


「でも、つるむ為に結託の話を通したんだろう?」


「あああ・・あぁ・・、俺達は・・あのっ・・・女を・・・」


Kは、寺院を指差したラムドを見つめ。


「下っ端に成り下がった訳か?」


「だだだ・だって・・・つか・捕まったら・・・」


「そうか。 だが・・俺に殺されるより、役人に捕まった方が楽だろう?」


ラムドは、激しく頭を縦に振った。


Kは、寺院の方を見て。


「パゴサナル、もういい。 俺は、赤ん坊を助けに行く。 このアホの始末は、アンタ任せにするぜ」


すると・・。


「解った」


寺院の裏手や、敷地内の別の建物の物陰から、人影が何人も現れた。 人影は、ラムド達に近づき、直ぐに縛り上げる。


Kの前には、小柄で目つきの鋭い50絡みの男性が現れた。 黒い痛みの見えるマントを纏った男ながら、その身に隙は見当たらない。 引き結ばれた口には、厳しさと荒々しさが垣間見れ、眼に宿す光は不気味なものがある。


黒尽くめの何者かに縛られたラムドは、その宵闇の中で小男に向き。


「まさか・・、この一帯を仕切る暗黒街のボス・・。 “残渣のパゴサナル”かっ?」


Kの前に立った小柄の初老男は、ギロリとラムドを睨み。


「お前に通り名を呼ばれる筋合いはねぇ。 生まれたばかりの赤子を金のネタにするなんざ、ドブの残り滓の俺でも毛嫌いするわな」


小柄な初老の男は、黒尽くめの何者か達に。


「連れてけ。 コイツ等は賞金首みたいなモンだ、役人に突き出して明日の酒代でも稼ぐとしよう」


Kは、そう言った男に。


「助かる。 貸しにしといてくれ」


と。


すると、小柄な男のパゴサナルは。


「なぁに、アンタに命を助けられた上に、アイツの命まで助けて貰った。 アイツは、今じゃ俺の娘の父親代わりなんだろう?」


「まぁな」


「フン。 なら、これぐらいじゃ・・・昔の借りを返した内にすら入らないさ」


「そうか・・。 さて、子供助けないとな」


呟くKに、パゴサナルは。


「アンタ・・随分変わったな。 あの時は、偶々に助けられた訳だが・・。 今は、見ず知らずの親子を助けるってか? 全く、信じられんな」


Kは、相手を見返し。


「おたくも、だろう? 昔なら、あの捕まえた奴等側だったろうに・・。 今じゃ、此処を治めて筋を通してる。 汚い世界でも、ソレが在るか・・無いかは、偉い違いだ」


すると、パゴサナルは雪を目身うけながら顔を歪ませ。


「俺を此処に連れて来たのは、アンタだ。 ま、俺が生きるには、此処を仕切る以外に術は無かったが・・。 だが、底辺を生きる者達も必死だ。 この場所に来て、確かに身勝手では生きられなかった・・・。 だから、かもな」


寺院へと歩き出すKは、


「なら、全うしてくれ。 娘の晴れ姿でも、心に思い描いてな」


初老の印象を深く目じりに皺を寄せたパゴサナルは、


「・・・あぁ」


と、寺院へ向かうKの背中を見送り。


「赤ん坊を奪ったのは、ジョンソンの手下で、この区域から締め出されたクズ中のクズだ。 生かしておけるのは、誰も居ない」


その声に、Kは、軽く手を上げて寺院の中に入った。




                       ★




ホーチト王国の王都マルタンの郊外には、農地が点在する区域がある。 海が近い場所では、潮風で作物も限られるが。 北西と北東の草原や丘一帯は、農地として耕されいた。 冷害や水害などで作物の収穫が少ないと、人の多い街は直ぐに飢える。 その対策で作られた古い農業区域だった。


街の中心へは、歩いて少し掛かるが。 城壁の外周に囲まれた街の一角ではある。


その農村の入り口の丘。 此処には、もう隠居した農家の老夫婦が住んでいるハズだった。


だが・・。 その農地のど真ん中に小さく盛り上がった丘の上。 風車3つに囲まれた木造の古い家には、こんな夜更けにも関わらず灯りが付いていた。


その家の窓辺で、外を伺う男が居る。


「ったく、アイツ等遅っせぇ~なぁ~」


顎に古い切り傷が見え、浅黒い肌をした顔は怖いぐらいの威圧感が伺える。 悪党面の男が、暖炉の温かさが溜まる部屋の中に戻り。


「たかが僧侶の女一人殺すのに、朝方まで掛ける気か?」


頑丈さだけが取り得の様な木の机を前に、毛布や布に包まれた赤子を抱く女性が、醒めた目を悪党面へ向け。


「あ~んたみたいに、アイツ等も女に汚いんだろうからねぇ~。 朝まで、弄ぶ気なんじゃないのかい? 母親と子供を殺すなんて出来るんだ、どこまでもアンタ等は人間が腐ってるんだろうね」


と、やや爛れた口調で、避難がましく言う。


悪党面の男は、ギロっと赤子を抱く女を見て。


「モナ、ガキを世話する内に変わったか? 夜の盛り場で客取りしてた娼婦のお前が、そんな棘の効いた口を利くなんざ~気に入らねぇな」


垂れ目がちで、やや化粧の濃い中年女性のモナ。 胸元が大きく開いた赤いロングドレスに、金のチェーンネックレスをし。 耳には、蒼い宝石のイヤリングまでしているハデな姿・・。 顔を見ても、随分醒めた印象ながら、細い足首や腰つきには似合わない胸やお尻の肉付きは、色香を溢れさせていた。


モナは、自分に近寄る悪党面の男から目を逸らし。


「アタシは、金さえ貰えればイイ話さ。 だが、この子をどうするか決まってないんだろう? 相手方に売れるなら、高い身代を取れるかもしれないじゃないか。 大事な金蔓だから、丁重にしてるのよ」


そう言って、赤子をに目を移すモナは、虚ろな目つきで眠る赤子を覗き込む。


モナに近づき、寝ている赤子の顔が覗ける場所まで来た悪党面の男は、モナの胸元を見下ろしてから彼女の耳に顔を近づけ。


「ケッ。 ガキも用が無いなら、さっさと殺すからな」


と、言葉を吐いた。 身を戻した悪党面の男は、酒の有る土間の広がる方に歩いて行った。 内心では・・。


(ガキもそうだが、モナも足手纏いだな・・・。 分け前をやる相手でも無い・・・、いずれはガキと一緒に・・・)


と。


この男を含めて、ジョンソンとグルに成った悪党達は5名居る。 その中でも、ジョンソンの手先として悪事の依頼を請けたり、ジョンソン本人へ繋ぎとして対面していた30半ばの男がリーダー格だ。 モナに恐ろしい言葉を言ったこの男も、その下っ端に成る。


だが、彼らは焦っていた。 ジョンソンが急死し、僧侶の母親が逃げたと言う。 何時、役人に手が回るとも知れない中。 儲け話が半端に成って、大金をせしめて逃げられるか。 それとも、役人に嗅ぎ付けられて逃げるか。 その境に居る。


リーダー格の男は、その話を纏め様と出ずっぱり。 


仲間の二人は、そのリーダー格の男と共に行き。 赤子を隠しているモナの護衛として一人。 周囲の見回りや、連絡の繋ぎをしている男が一人。


正直、ジョンソンの飼い犬だった用心棒達3人は、僧侶の母親を殺すぐらいにしか価値が無い。 逃げるには、腕の達つ者が欲しい所なのだが。 それ以上に、彼等は悪い意味で顔を知られ過ぎている。 集団が大きく成れば、何を行うにしても目立ち始める。 彼等を外で歩かせる目的は、バレた時の的代わりに近い。


ジョンソンの妾だったモナが、ジョンソンの死にも動じず此処に居るのは、彼女が金目的でしか無いと誰もが思っていた。


さて。


悪党面の男は、土間の広がる奥の壁際、窓の下に備えられた竈の前に置かれた丸太を椅子にした所に腰を下ろした。


「年寄りがやってた農家の割に、ワインはたらふくありやがる。 潜伏には、丁度いい所だぜ」


この家の持ち主である老夫婦は、もはやこの世のものでは無い。 馬や牛の繋がれた納屋の中、その糞に塗れる様に棄ててあった。 時期に馬や牛は、餌を求めて啼いた。 煩いので、牛も馬も殺されてしまった。


この悪党面の男も含めた5人は、あの陥没した区画の暗黒街ですら鼻抓みに出された男達である。 金に対する意地汚さと、極悪非道さは目に余ると云う理由だ。


悪党面の男が、一人ワインを飲み始めた直後。


「変わりは無いか?」


裏手の勝手口が開き、口元を隠した細身の何者かが現れた。


土間に居た男は、ワインの瓶を挙げ。


「ジラン、なぁ~んも変わり無ぇぜ」


入って来た男は、頭髪を雪で凍らせていて。 ワインを飲む男に歩み寄りながら、チラっと赤子とモナの居る方を見る。


「・・・」


モナは、椅子に座って背を向けたままだ。


(丁度いい)


ジランと呼ばれた男は、そっとワインを飲む男に近づいた。 そして・・・。


(おい、朝方に向こうの二人を始末しろ)


ワインの瓶を片手にした男の目が、一気に殺気を孕んで光った。


(殺っていいのか?)


(あぁ。 どうやら、話が付きそうだ。 先方は、あの男の一件で払った金が精一杯ならしい。 金を安く見積もって、ガキを始末する話に傾きそうだ)


(身代には成らねぇってか?)


(そうだ。 念のため、母親を始末しに行った冒険者達の連絡を待つバウンスを待て。 母親が始末出来たなら、もうガキを生かす必要は無い)


(うひひ・・、そうかい)


ワイン瓶を持った男は、ニタリと笑ってモナの居る方を見た。


ジランと云う男は、直ぐにまた出て行った。


少しして・・。


「へへ・・、モナ」


ワイン瓶を持った男は、ニヤニヤした顔で居間の方に戻って来た。


赤子を抱き、目を瞑っていたモナは。


「・・なぁによ、私に構わないで。 アンタ、赤子の鳴き声嫌いなんでしょ? 私が赤子を放したら、途端に泣き出すわよ」


と。


この数日、モナは常に見張りとしているこの男から、下心の篭った視線を向けられていた事は解っていた。 だが、初めて下心が言葉にも含まれたのを薄っすらと感じ、嫌に気味悪く思えた。 だから、釘を刺す意味でこう云ったのだろう。


しかし、ワイン瓶を持った男は、瓶をテーブルに置くと・・。


「別に、泣いたっていいさ。 ・・黙らせればイイ」


と、モナの首に手を滑らせた・・。


この瞬間、モナはハッとして。


「アンタっ?!! もう殺す気なのっ?!」


と・・、振り返った。


「・・・」


爛れた悪女の様なモナの瞳の中には、悪辣な笑みを浮かべた男が居て。


「驚くこたぁ~無ぇだろ? お前を殺す訳じゃないんだから」


モナが大きく動いた事で、布や毛布に包まれた赤子が泣いた。


悪党面の男は、ギロっと赤子を見下ろし。


「うるせぇガキめっ。 乳だのクソだの世話遣らせてたが、此処で終わりだ」


と、モナの腕に手を伸ばす。


「お止しよっ!!!」


モナは、赤子を守る様に男の手を遮り、赤子を抱えて立ち退いた。


モナに払われた男は、怒りを顔に表し。


「オメェ・・・意味解ってンのかぁ~?」


と、刃渡りのやや長い短剣を引き抜いた。


モナは、暖炉の前から赤子を抱えたままに右へ右へと逃げ。


「やっぱり、気が変わったわ」


そう言って、表の扉に向かうままに逃げ出した。


「このアマっ!!!!」


男も一気に殺意を剥き出しにしてモナに向かう。


内鍵代わりの衝立を外したモナは、蹴破る様に薄い木戸を開いた。 冷たい空気がサッと彼女を襲い、家の中へと押し込む。 雪がまだ舞う外に飛び出し、雪の積もった道へと走り出すモナ。 しかし、女の赤子を抱えた逃げ足など、高が知れている。 外に走り出したモナが、雪で埋もれた畑に挟まれる雪道を走り出したが直ぐ。 足を雪に取られ、体勢を崩した。


其処にモナの後から飛び出して来た男が近寄り。


「ガキ諸共死にやがれっ」


と、剣を・・。


「う゛っ・・」


モナの背中へと刺さった剣が、体内を通って表の腹部を突き破った。


「うひゃっ!! 死ねぇぇっ」


泣き喚く赤子の声を攫う強い風の中。 狂気に悦した男は、確実にモナを殺すべく剣を捩った。 内臓を傷付ける為に・・。


「あぐぅぅ・・・」


内臓を切り刻む火傷の様な痛みに悶えたモナは、ブッと口から血を・・。 肺にまで傷が及んでしまった為だ。


剣を男が引き抜くと、赤子を抱いたままに、雪に倒れこむモナ。


「ら・・だ・め・・・」


死の匂いを伝える自分の血の匂いが解る中でも、モナは赤子を抱き竦める様に微かに動こうと・・。


そんなモナの姿を見下ろした男が、モナの身体に覆い被さる様に中腰で近づき。


「死んでまでガキを守るってか? 無駄な事をっ!!」


と、モナの心臓諸共に赤子を刺そうと剣を振り上げた。


其処で。


“ドン”


・・・。 鈍い音だ。 だが、モナの耳にもその音は聞こえた。


モナの上に覆い被さる様に居た男が、強風で飛ばされる枯葉の様に宙へ持ち上がった。 左のこめかみに、丈の短い短剣を刺して・・。


暗い闇夜の支配する雪の敷き詰まった畑に、道沿いの柵を越えて転がる男。 衣服や髪の毛に雪を纏わせ、動きが止まった時には息は無い。


その直後。 モナの元には、


「おい、刺されたのか?」


と、耳慣れない男の声がした。


「あ・だ・・れ」


モナは、抱えたままに雪に埋もれそうな赤子を出そうと、動けない身体を動かす。


其処へ、


「マリーっ!! マリーはっ?!」


と、ライナの声が。


Kがライナを連れて馬で駆け付けたのだった。


モナは、ライナの声を聞いて。


「あ・・あか・・ちゃ・・・」


と、自分を覗き込む顔の良く解らない誰かを見上げた。 暗い中で、しかもKは包帯をしている。 失血で視覚が失われ始めた彼女に、Kの人相を確かめる余裕など在りはしない・・。


Kは、直ぐに赤子を取り出しライナへ。 そして、仰向けにしたモナの傷口に手を伸ばす。


「チィっ!!! 内臓が切られてズタズタだ。 コレでは、普通の治癒魔法ぐらいでは治せないぞっ」


腸の一部が、血と一緒に切れて飛び出しているのをKは確認したのだ。 普通の魔法では、傷を塞ぐ事は出来ても、千切れた内臓などまでは元には戻せない。


赤子の安否を確認したライナは、まだ息の在るモナを見て。


「ケイさん、彼女を家の中に。 私が、なんとかします」


Kは、縫合手術も出来ない程に内臓が損傷していると解るので。


「癒しの魔法では、到底無理だぞ」


すると、ライナは。


「更に上、完治の魔法を遣います。 今の私なら、出来る」


Kは、ライナの抱える赤子を見て気付き。


「しか、手は無さそうだっ」


と、雪でモナの傷口を冷やし、直ぐに彼女を抱えた。


ダラダラと血を流すモナは、もう意識を失っていた。 失血に因るショックの死が間近に迫っていた。


家の中にモナを運び込んだKは、頑丈な木の机に彼女を寝かす。


ライナは、蹴飛ばされて転がる椅子を起こしモナの間近に置くと、泣くままの我が子を置いた。 そして、Kと入れ替わる様にモナの前に立つと、目を瞑る。


「貴女がマリーを守っていたのね・・。 何の痩せも、怪我も無いマリーを見れば・・・貴女のした事が解るわ・・」


ライナは、集中し始めた。 モナが犯人の一味で在ったとしても、彼女に感謝し・・そして助けたいと強く願える。 神聖魔法は、只の帰依した気持ちでは中途半端な効果しか生まない。 その感情の揺ぎ無い強さが、奇跡の力を高める。


Kは、辺りに注意しながら、モナとライナを見た。


(母親たる愛情を持ちて、本当に穢れ無き思いは奇跡の力を高める。 どんなにあのジョンソンのゴミに汚されても、この母親の気持ちは汚せなかったか・・・)


それは、一瞬の様な奇跡だった。


「神よ・・、フィリアーナ様。 未熟な私を母親として、温かき光の様な命を授け下さった事に感謝をいたします。 この者に、我が子を救った私の慈悲を与え給え・・。 完全なる癒しを・・・今・・此処に」


神聖治癒の魔法でも、完治の秘術は高等魔法の極みに位置する。 下手な駆け出しの僧侶が唱えても、その気持ちと信仰心だけでは中途半端か、失敗に終わるだろう。 だが、慈愛・優愛の女神フィリアーナは、数少ない地上に残った女神で。 人との間に子供を産んだ女神。 母性に対する思いを汲み取る意思は、他の神の比ではなかったとか。


ライナの静かな全身全霊を掛けた大魔法は、眩い光を彼女の手に与え。 そして・・・、傷を塞ぎ。 破れた内臓を元に戻した・・。


「・・・・はぁっ」


大量の血を溢れさせ、息が止まり掛けたモナの口が、再び呼吸の仕草をして落ち着いた。


「で・・出来たわ」


ライナは、そう呟いて気を失った・・。




                      ★




「はぁ?!」


「あえっ?」


「何だっ?!」


オリヴェッティ・リュリュ・ルヴィアが驚いて跳ね起きたのは、もう朝方の頃だろうか。 まだ真っ暗の部屋の中に、急に赤子の泣き喚く声が入って来たのだから・・。


Kは、シャンデリアに明かりの魔法を掛け、室内を一気に明るくした。


「・・・」


ポカ~ンとして、入って来たKを見たオリヴェッティ達3人。 その眼に写るのは、Kが赤子を背にして、二人の誰かを抱えて来たと云う様子だった。


「ど・どうしましたの?」


と、言う寝る時の黒いドレス風の服のままのオリヴェッティへ。


「悪い、この二人を寝かせたい。 ベットを空けてくれ」


と、Kが。


急いでベットを明け渡すルヴィアだが、Kの背負う赤ちゃんを見て。


「あ・・赤子なのか?」


Kは、ベットにライナを寝かせた後。 薄笑いを浮かべ、


「母親は、疲れて気絶した。 お二人さん、女なら乳は出ないか?」


と、ルヴィア・オリヴェッティを見る。


「バっ・バカっ!!」


「出る訳っ・・」


と、恥じらい顔を赤らめる双方。


Kは、モナも寝かすと、気を失っている二人の女性を見つめながら雪で濡れた髪を掻き揚げ。


「フッ、だろうな」


ルヴィアもオリヴェッティも、モナの衣服が血で汚れているのを見つけ。


ルヴィアが、


「ケイ・・、この御仁は怪我をっ?!!」


と、云えば。 オリヴェッティも続き。


「医者・・僧侶の手配をっ」


と。


Kは、慌てる二人に。


「もういい。 怪我は、治ってる」


「え?」


「あ?」


驚く二人を前に、赤子を背負う為に遣った帯を解くKは。


「先に寝かせた女は、僧侶だ」


女性二人は、ライナを見た。


Kは続け。


「母親の愛情ってヤツは凄いね。 悪党に剣で刺され、内臓を切り刻まれたこっちの女の傷を、完璧なまでに治した・・。 “信愛の恩恵”・・、子を持つ親で。 その愛情の宿った思いが傾けられた時、慈愛の女神フィリアーナが及ぼす奇跡と聞くがよ。 何度みても、凄い効力だ」


Kは、泣き上げる赤子を腕に抱いて見て。


「いい大声だ。 この子は、きっと美人でイイ女に育つぞ」


気を失ったライナとモナ。 そして、赤子をオリヴェッティ達に託したK。 事情は後回しで教えるとまた出て行った。


実は、連絡の繋ぎで戻って来た悪党の一人を捕まえたので、モナとライナを安全な場所に移しに来たのである。


Kは、そのまま夕方まで戻らなかった・・。



                        ★



夜が明けると、何かと忙しくなるオリヴェッティとルヴィア。


「おはよ。 何か・・・」


ビハインツと共に、部屋に入って来たウインツが赤子の鳴き声に驚く。 二人に説明するだけで四苦八苦した。


オリヴェッティは、朝に旅客の人々を巡り。 乳の出る女性を探して赤子を落ち着かせた。


リュリュは、一気に女性が増えた事で興奮していたが。


“リュリュ、この4人を守る為なら、何してもいい”


と、Kが任せた事を何より喜び。 何かと合間に赤ちゃんをあやしていたのが印象的だった。


昼に起きたライナは、オリヴェッティ達から説明を受けた。 そして、Kのした事の全てを教えた。 ジョンソンの暗殺から、マリーを助ける一件まで・・。


死んだ様に呼吸する以外は寝っぱなしのモナは、昼間も起きずに寝続けていた。


さて、夕方にKが戻った。


「いや~、疲れた」


雪で衣服までを濡らし、戻ったKはどっかりと一人用のソファーに座る。


どう声を掛けていいか皆が困る中。 ルヴィアが、腕組みをして。


「随分遅かったな」


と、脇に立つと・・。


「あぁ。 知り合いの将軍に会って役人に手配させた上に、犯人達の確保まで手伝ったからな。 御蔭で、事件の中身がぜ~んぶ解った」


ライナは、Kの左側へ歩み寄り。


「ではっ、ユリアンの居場所は?」


Kは、ライナを脇目に見て。


「知りたければ全てを教える。 だが・・、先に言って置くぞ。 アンタの旦那は、アンタと子供をゴロツキに売り渡した。 ・・それに、生きちゃいるが、もうアンタの手の届か無い場所に向かってる。 聞きたいのなら、覚悟だけしろ」


一気に只ならぬ話と成り、赤子をあやすリュリュと何故か居るビハインツは、真剣な顔に・・。


オリヴェッティは、Kの様子に。


「良くないお話・・・ですの?」


頷くKは、宙を見て。


「頗る・・、いや。 最悪?」


ライナは、顔を強張らせた。 だが、全てを聞かないと心のけじめが付けられない。


「・・・教えて・・下さい」


事の発端に始まり、全てをKが語り終え夜に落ちる頃。 ライナは、打ちひしがれる様に泣いていた。


オリヴェッティやルヴィアは、怒りや同情で無言となり。 リュリュとビハインツは、自分達を気に入ってか笑う赤子を見て虚しく成った。


Kは、語り終えた後に。


「まぁ~・・、男は諦めろ。 ロクでも無いバカなんぞ、さっさと忘れてしまうがイイさ。 アンタには、まだ男なんか霞む程の宝を持ってるからな」


と、ビハインツの腕の中に居る赤子を見た。


Kを見るライナは、泣きながら。


「私・・無理かも・・」


と、言うのだが。


Kは、ハッキリと。


「先ず、大丈夫だね」


と、言い切る。


ルヴィアは、解ったばかりの最中で、それは無いと。


「そうは言い切れんだろうが・・」


すると、Kは。


「あのな。 赤子の面倒を見ていたとは云え、その寝てる女は犯人だぜ? その女に、中等魔法すら遣えない母親が、感謝と慈しみの思いだけで治癒の高等大魔法を成立させるなんて、フツーに無理だって。 よっぽど愛情が深く強くなきゃ、神が手を貸すかって~の」


Kは、ライナに目を遣さずに。


「子供を助けてくれた悪党を許せる気持ちが在るなら、子供を育てるのなんか簡単だ。 アンタが身を滅茶苦茶に汚されても、心が汚れなかった証が其処に在る。 信じていた男が駄目でも、アンタにはまだ信じれるものが幾つも在る証だ・・。 赤ん坊は、アンタを救う神からの贈り物だ。 救いの手は、まだアンタの背中に差し伸べられている。 下らない男一人の為に、その手を払うな」


ライナは、床にへたり込んでいたままからKを見た。


いつの間にか、Kもライナを見ている。


「アンタの愛情や慈しみにをくれた赤子を駄目にする価値が、ユリアンとか言う男に在るか? アンタの心に残る男への愛情は、何時しか生きる道の行き先で満たされるさ」


此処で、赤子が泣いた。


Kは、ビハインツの腕の中の赤ちゃんを見て。


「ホラ。 何時までも厳つい兄さんのツラは見飽きた~、腹減った~って言ってるゼ」


「・・・」


ライナは、泣く我が子を迎えに立った。


Kは、ライナは大丈夫だとだと解った。 その意味は、後日に解る。

どうも、騎龍です^^


ご愛読、ありがとうございます^人^

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