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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
87/222

K特別編 秘宝伝説を追って 第一部 ⑭

         K長編・秘宝伝説を追い求めて~オリヴェッティの奉げる詩~第1幕




       ≪【前】  引き裂かれた二つの魂 雪の街に悲しみが満ちる時・・・≫




船から、Kが消えた。


後から気付いたブライアンとウィンツは、港を離れる前だから、Kも街でのんびりするのだろうと思って気にしなかった。


逆に、夜の入りに飲食店で飲み食いしたオリヴェッティ達。 一緒に働いた別の駆け出しチームも誘い、ワイワイガヤガヤと楽しい時間を過ごしていた。


誘ったのは、いずれも23歳から17歳と云う若い者達だけのチームだ。 6人と云う人数と、バランスの取れた戦力の面々で。 “ディオス・ペノラード”(どこまでも突っ走れ)と云う古い演劇の題名を、そのままチーム名にした彼等。


女性と男性半々の彼等は、リーダーを若き男性魔法遣いのシェローナゥが務めている。 灰色の髪を短くした上に、フードをしてバンダナを巻くシェローナゥ。 ニキビがまだ残る顔は、純粋な印象の村人の様だ。 しかし、元気で活き活きとした喋りは明快で、雪掻きを一緒にして気が合った。


他に、自然魔法を扱う背の低い引っ込み思案の少女の様な印象を受けるのが、ロロ・カルカッテ。 大剣を扱う太った戦士のニッチョフ。 手先が器用で盗賊の様な技能を持った学者で、剣士も扱える細身の女性クロナ。 “夜のしじまのエリス”と云う珍しい神を崇める若者で、口の軽い僧侶のザボッセ。 剣士で、一風変わった“剣殺し”(ソードキラー)と云う剣を佩く年長者の女性ライラック。


聞けばこの6人、それぞれが放り出された面々だと云う。 金の取り分に厳しいチームや、リーダーの強引な方針に従えない。 人生の流転から元盗賊と云う生い立ちがあり、その噂を聞いたリーダーが嫌って出された者。 他に、一時のみの、頭数揃えにチームに入っていたなど。 初めてチームを組めるのは、自然魔法を扱うロロだけだ。


リュリュは、ロロやクロナに興味を示して、ズケズケと質問を繰り返す。


一方で、ルヴィアとオリヴェッティと云う中々の美女二人に、口の軽いザボッセや、シェローナゥは話を投げかけた。


ニッチョフ・ビハインツ・ライラックは、互いに戦士や剣士と云う立場から会話を重ねた。


大雪と云う影響以外、然したる話題も無い中で。 他愛ない内容から、旅先の事など様々な話が飛び交う。


さて・・。


合わさった10人が一つの会話に到った。


それは、ルヴィアが。


「そう云えば、此処に居ないケイと云う仲間が居るのだが。 何でも、風のポリア殿と面識が在るとか。  2年近く前、どうして風のポリア殿は突然に有名に成り出したのだろうか?」


と、云う一言から始まった。


ロロ以外の面々は、このホーチト王国に長く居る3人を中心に、幾度かモンスターとの戦いも経験した者達だった。 それなりにも冒険者事情に通じた面々の様で、その当時の事を知っていた。


先ず。 シェローナゥが、カリカリに焼いた魚の中骨を手にしながら。


「俺がこの街に来た時、“風のポリア”なんて異名は無かった。 ポリアと、その仲間のマルヴェリータの二人が有名なのは、絶世の美女二人が揃ってるって噂されるだけ。 正直、殆ど仕事も回して貰えない屯組みだったんだぜ」


フラストマド側から渡って来たロロは、影の薄い村娘みたいな素朴さで。 女らしさの薄い、物静かなままの様子から。


「そうなんですか。 私が学院を卒業する頃には、“風のポリア”様のお名前は聞きましたよ。 今年の初めぐらいでしたか」


でっぷりとした身体をのニッチョフが。


「確かに、シェローナゥの云う通りダス。 ポリアどんは、此処から北に有る町で行方不明に成った若い娘を探す仕事を引き受けたッス。 そいでもって、丁度その時に町へ出て来たモンスターを退治したんダス。 町の森の奥には、ふる~いお城が在ってぇ。 其処に、とんでもねぇ~モンスターが巣食ってたど。 そのモンスターを排除したのは、ポリアどん達のチームに加わっていた包帯を顔に巻いた男だどか。 名前はぁ~・・わかんねぇダス」


ルヴィアとオリヴェッティは、見合って頷き合い。


「ケイ殿だな・・」


「恐らく・・」


ニッチョフの後に話を繋いだのは、僧侶のザボッセで。


「だぇけんどさぁ~、その後はおでれぇ~たよなぁ~。 今、斡旋所の手伝いしてるグランディスのリーダーのサーウェルスと、結婚した僧侶のオリビア達が魔の森マニュエルに行ったまんまになってさぁ~。 その救出の為にって合同チームを作るった上に。 ポリアのチームと、ゲイラーのチームと、後・・誰だっけ? 魔想魔法を遣ってたクソ生意気な野郎の・・・、あ。 そうそう、フェレックだ。 あの三チームで、助けに行ったんだよ」


シェローナゥが、補足とばかりに。


「そのチームのリーダーだったのが、包帯を顔に巻いた男だった。 助けて戻った時には居なかったし、居ないヤツの噂は流せない。 しかも、ポリア達も誰もが当時の事を話そうとしないから、良く解らない事だらけだがさ。 北の町で最強ランクのゴーストモンスターを倒し、あの魔の森やモンスターの巣窟と成ってる山にポリア達を連れて行って、また死人出さないで戻したって事を考えると・・」


ライラックは、ビールを一気に呷ってから。


「・・、凄腕」


クロナは、其の頃は人を殺めずに身包みを奪う追い剥ぎをしていた頃だった。 だから、良くは知らないと云った顔で。


「そうなのか?」


と、ライラックに問う。


焼いたジャガイモの薄切りを手に摘むライラックは。


「私は、ホーチト王国に来る前は、クルスラーゲに居たんだ。 向こうでは、ポリア殿が有名に成り始めた頃、ステュアートと云う若者がリーダーとなるチーム“コスモラファイア”が、突然に有名に成り始めようとしていた。 何をしたかは良く解らないが、交易運河の流れる都市で、秘密裏に行方不明に成った兵士達の行き先を突き止め。 北方の山間に開いた洞窟の奥深く、地中に湧いたカエルのモンスターの群れを一掃したと・・」


シェローナゥは、その話を知らず。


「え゛っ?! マジで?」


「あぁ。 その事件から、王都での国家転覆未遂事件。 その事件に付随した、20年昔の女性の自殺事件も、彼らが解決したとか・・。 そして、ステュアートのチーム内で、彼に助力をしていたと噂されるのが、その包帯を顔に巻いた男らしい。 黒尽くめながら、相当に強いと・・」


ニッチョフも、その話は知らず。


「ほへぇ~。 んだば、その包帯を顔に巻いたってダンナは、凄い冒険者なんだな~」


ライラックは、色男に似た女の顔を真面目にし。


「話に、その包帯を顔に巻いた男は、クルスラーゲの大臣や騎士とも通じていたとか・・。 一体、どんな人物なのか、話をしてみたいものだな」


オリヴェッティは、ルヴィアに。


(ケイさんは、面倒とかイヤそうなタイプですから、話すのは止めた方が良さそうですね)


(多分・・。 だが、噂だけでも凄い人物だな。 ま、幽霊船を一撃の下に沈めたあの力を見れば、全てが納得出来る)


ビハインツは、リュリュが何も云わないので。


(リュリュ、何か云わないのか?)


すると、ウズウズした様子のリュリュは。


(ケイしゃんに、余計な事云うなって脅されちゃったのぉ~)


(なるほど、それは怖いな・・・)


ビハインツは、その話を聞いて尻の穴が引き締まる思いがする。 断崖絶壁を見下ろした時の恐怖心に近いものが・・・。


オリヴェッティは、そこで線引きしようと。


「なるほど、凄い方なんですのね・・。 一時とも、チームに入って頂けただけでも嬉しい限りですわね。 所で、皆さんはずぅ~っと北の大陸にいらっしゃったのですか? 我々は、東の大陸に移動する途中なんです」


と、話題を変えようとした。


だが、ザボッセは、


「なぁ、その包帯を巻いた男に会えないかな。 俺、当時の話を聞いてみたい」


これには、シェローナゥやライラックも同意を示す。


オリヴェッティは、軽はずみに聞いたと困った。


代わる様に、ルヴィアが。


「余計な話をせず、寝てばかり居る。 恐らく、此処の皆で押し掛けても迷惑とするだけだろう。 何せ、我々も深い話は何一つ聞けぬのだ。 本人が嫌がっている以上、会わせる手段が無い」


すると、ちょっとキツイ印象の長い赤髪をしたクロナが。


「嫌がる相手に、知らぬ我々がズケズケと会いに行くのも無礼なんじゃないか? 大体、デカい事件には、おいそれと他人に云えない裏事情もあるだろう? 聞いたって、教えてくれないんじゃないかい?」


その一言に、皆が黙った。


 


                       ★




夜も更けたマルタンの街中。 深々と雪が降る中で、顔を露にしたライナが一人で歩いている。 真新しい青のマントを羽織り。 首元には、ハイネックの黄色い衣服が見えている。


「・・・」


少し俯き加減で、どこか虚ろな目の運び。 一体、Kと何処に消えていたのだろうか・・。


店に入る素振りも無いライナは、金髪の頭に雪を乗せ。 人通りの少ない方へと歩き続ける。


彼女が、大衆的な宿と酒場の融合した店の脇に曲がった。


その姿を、大衆向けの大きな酒場の先、飲み屋の店先に置かれた樽の陰で見ている人物が見つけた・・・。


(見つけたっ、あのアマ・・・、やっぱり男を捜してうろついてやがったかっ!)


そう思うのは、垢染みた肌の色黒い顔をした男だ。 ライナを探して聞きまわる男の仲間だろうか・・。 マントに身を包んで、装備は良く解らないが。 腰脇に突き出るのは、剣の類の柄。 冒険者・・・、若しくは身を崩した何物かと見受けれる。


この男。 直ぐにライナを追わず、その樽の置かれた酒場の裏に回った。 店脇の勝手口を開き、カウンター前に立つ目つきの悪い主人に。


「探したぞ。 尻尾掴むから、所々で繋ぎを頼む」


「・・」


酒場の主人は、何も言わずに頷いた。


ライナを見つけた男は、急いでライナの後を追いかけた。


雪の降る街中だが、古いホーチト王国の首都であるマルタンにも、闇の一面がある。 住宅や市民の生活圏となる区域と、商業区の狭間。 過去の大地震で陥没した一帯は、狭いながらに放置されている。 此処は、浮浪者や盗賊などの住処になっている場所で、地元の住民でも近寄らない。


時々、移住してきた移民が紛れ込んだり、死体が出たりと不審な雰囲気が渦巻いていた。


街中を縫う様に歩き、都度都度の門で後方を確かめるライナは、この場所に向かっていた。


(うひひ・・、あの辺に隠れてたのか・・。 全くをもって好都合だ)


尾行する男は、ライナがどんどんと人気の少ない方へ向かうのにほくそ笑んだ。 曲がる角の雪を踏み、そこに火薬の様な黒い粉を少量撒く男。 この粉は、微かに異臭を放つ上に、不凍の一面を持つ。 尾行をする時に、盗賊などが目印に遣う。


繁華街の賑わいが、喧騒に変わるまでに離れた頃。


日中だけ人の溢れる卸店や、貿易商などの事務所が多い所まで来ると、もう建物から漏れる明かりすら少なく。 人の息づく気配すら無い。


ライナは、灯りすら持たずに静々と雪の敷き詰まった道を行く。 新雪が降り積もるので、キュ・キュとその踏み進む足音が微かに起きた。


彼女を尾行をする男は、物陰からライナを見張りながら。


(あぁ・・今に襲っちまおうか・・。 イヤ、一応は金で頼まれてるから順番は守らないとヤベぇかな。 んん・・・、だが、流石はあのジョンソンのダンナが見初めた女だ。 イイ面してからによ・・。 あぁっ!! 早く捕まえてぇ~ゼっ)


貪欲な男の野性を滾らせるこの男は、ライナを甚振る事しか頭に浮かばなくなって来ていた。 ライナを見つけたら、存分に楽しんで殺すと云う前提の約束を交わしている。 金で雇われた中、その建前で順番を守る必要が在るのだが。 雪の中を歩くライナの顔を見て、男は欲望を掻き立てられてしまっていた。


そして、またライナを尾行しようと物陰から出ようとした男の肩に、何かが乗った。


「っ?!!」


不意を突かれた様な驚きを覚え、パッと振り返った男の目の前には、影の様な大男が居て。


(気付かれちゃいないな?)


と、小声で声を掛けられる。


男は、雇い主の一人の声と判断し。


(ダンナ・・、脅かさないでくだせぇ)


(フフ、すまん)


ライナを尾行していた男は、ライナの曲がった門の方を顎で示し。


(向こうに。 このまま行けば、ブレイク・サーズ(壊れた一角)の所に行きやすゼ)


マントにフードをした大男は、


(そうか。 なら、先に追え。 俺は、他の二人と合流して追う)


(了解)


(殺す事を条件に、最後はお前にあの女をくれてやる。 人に気付かれず追い詰められる場所までは、悟られずに尾行しろよ)


(解ってますよ、任せてくだせぇ)


男は、暗い中で卑しい笑みを浮かべて云い。 ライナの後を追って、通りへと出た。


その後、姿を見た大男は、


(精々頑張れ。 お前の楽しむ時間は、俺達が十分に味わってやるからよ)


と、不気味に微笑んだ。


さて。


ライナは、顔を少し強張らせながら、灯りの消えた建物の間を歩いていた。


この先に、通りの右側には暗黒街に近い崩壊した区画が有る。 地盤沈下して、崩れた家や転がった建物などがそのままに。 時々、大声で喚き上がる野蛮な声がしたりする。 10日ほど前にも、此処で死体が出た。


ライナは、Kとこの区域の中で待ち合わせをした。


(私には・・私には・・・・)


ライナの気持ちを必死に奮い立たせているのは、たった一つの希望だ。 その希望だけは、決して失いたくはなかった。 だから、Kの言い成りに成ったのである。


ライナの右側、続いた建物の並びが突然途切れた。 深い闇の淵が広がり、遠く向こうまで真っ暗に見える。 その闇の一角に沿う道端は、人がどう頑張っても這い上がれそうに無い斜面となっている。


(あぁ・・、神よ)


その崩れた通りの一部に、なだらかな斜面で暗部の街へと降りる道が出来ていた。 ライナは、何度も神に祈りを捧げ。 そして、その斜面に足を踏み入れたのである。 雪で滑る斜面を、瓦礫の破片で作られた手摺を頼りに下り、なんとか壊れ掛かったレンガ通りに来れた。


其処で。


(後ろを振り返るな・・。 尾行してるヤツが、降りようとしてる)


ライナの耳に、Kの声だけがする。


(本当に・・この人・・)


ライナは、自分を狙う相手を誘き出す為にエサに成れと云ったKが、自分を陰ながら見守っていたのを悟った。


Kの話は続き。


(そのまま、壊れた下水道沿いの道を行け。 左右二股に分かれる所の手前に、階段を降りて行ける壊れた寺院が在るから。 其処に入れ。 なぁ~に、心配するな。 もう、此処の暗黒街を仕切る頭には、俺が面通しをした。 アンタを襲うのは、付狙う奴等だけさ)


ライナは、こんな街の暗部と繋がる者共の頭と顔見知りであるKが、只の冒険者とは思っていない。 しかも、もう自分を襲わない様に手を回したと・・。


(私は、一人じゃないっ)


守らなければ成らない者が居る。 ライナは、心を強く持った。 どんなに体が疲れていても、まだ動ける。 死ぬまで、諦めきれない。


ライナを其処まで支えるのは、自分の産んだ赤ん坊だ。


歩き出すライナ。


そのライナを見ながら、こっそりと斜面を下る男。


Kの張ったワナに、暗躍していた悪党達が誘い込まれていた・・・。




                       ★



ライナは、子供を人質に取られ。 そして、ジョンソンの愛妾に成った。


ライナがこの街に来たのは、子供を産んで1ヶ月頃の10日前。 宿に夫のユリアンと子供のマリーを連れて泊まった。 その夜、食事に出掛けた帰りに、悪漢に襲われた。 夫と引き離され、子供を奪われたライナは、死か・ジョンソンの愛妾と成るかを迫られたのである。


僧侶である以上、その精神は清くと教えられる。 神に許され魔法の加護を得た者にとって、この理不尽な選択を迫られ、赤子を守る為にと妾の道を選んだライナの心は、もうボロボロだ。 それでも、母親としての母性や精神が、辛うじてそれを支えていたのである。


Kは、港でライナの胸元と見て、ジョンソンの横暴で染み出た母乳の痕跡を見つけたのだ。 そして、自分のした事で、何かが起こったと読んだ。


Kの知人で、街中で飲食店を営む夫婦の下に行ったライナは、全てをKに話した。 聞いたKは、只一言。


「解った・・・」


と。


それからは、ライナに何を詮索する訳でもなく。 赤子を助けるべく、ライナを付狙う輩を誘い出そうと云った。


実は、ライナは逃避行中の身だった。 夫のユリアンは、何故か追っ手に追われる身分で。 知らずに冒険者として一緒のチームに属したライナは、40絡みの渋い紳士的なユリアンに惹かれて、身篭った。 子供を産む為に、何処かで“根降ろし”として、生活を続けようと話し合った二人。 だが、その居場所を探す旅中で、こんな事態に成ってしまった訳だ。


ジョンソンは、母親に成ったばかりのライナを責め嬲り、母乳を搾り出す事でサディスティックな欲望を満たしていた。 ライナは、何度赤子に与える乳を搾るなと嫌がったか・・。


自分に起こった理不尽より、今は逢えなくなった赤子が心配なライナ。 ジョンソンが生きて居た時は、毎夜授乳の時だけ逢えていた。 だが、Kがジョンソンを殺した夜から、全く逢えていない。


泣きながらでも、我が子にお乳を与える時間だけが、ライナの心の拠り所であるのに・・。


あのジョンソンが殺された深夜。 ジョンソンの遺体を見て呆然としていたライナは、急に誰かが入って来た気配に身を隠した。 大きい棚の開き戸の中にである。


入って来たのは、用心棒に雇われていた3人である。 何時もなら、其処に黒いローブをスッポリ被った女性らしき者が居て。 ライナは、束の間の母親としての働きが出来る。


所が、入って来たのは三人だけの様で。


“おいっ、ダンナが死んでるぞっ”


“クソっ、あの女も居ないっ”


“もう契約まで行きそうな時に、ダンナも居ないで。 しかも、あのガキの母親を生かしておいたらヤバいぜ?”


“どうする・・、ラムド?”


ラムドとは、ジョンソンの身辺警護をしていた剣士の名前だ。


“そうだな・・。 とにかく、ダンナの死を直ぐにバレちゃ不味い。 俺らは、過去に幾つも傷が有る。 役人に詮索されたら、斡旋所あたりから情報が漏れて真っ先に疑われる”


“確かに・。 ロッパー、何かイイ考えは無いか?”


ロッパーと云う名前は、用心棒の魔法遣いである。


“それなら、先ずは・・・。 ズスタ、お前は朝に此処に居て。 受付のオッサンと、料理人の若いヤツを殺せ。 ダンナの遺体を見つけられては、朝には通報される。 居ないあの女に罪を擦り付けたいが、あの女自体も殺さなきゃならねぇ~から。 前後を考えると、発見を少しでも遅らせる事が最善だ”


ズスタと云うのは、あの長柄の戦斧を持った男の名前であった。


その話を聞くライナは、生きた心地がしなかった。 略裸で、隠れているしか手が無い状態なのだから。


しかし、三人の話は更に進み。


魔法を遣うロッパーの声で。


“ラムド。 俺ともう一度、奴等の溜り場に行こう。 あの昼間の包帯男、なんかダンナと関係有りそうな感じだった。 下手に船員とかに手が回ると、俺たちに飛び火する。 あの奴等と話し合って、さっさと事を運んでしまおうぜ”


“それしか無いか・・。 確かに、昼間の船長達も殺した方が、俺達の面体を知ってる奴等を消すにいいが・・。 あんな強い包帯男が一緒じゃ手出しはヤバイ。 とにかく逃げる為にも、早くガキの始末で金を得る筋を付けねぇ~とな”


ズスタは、其処で。


“長くダンナの死を隠すなら、どっかに死体を埋めた方が良くないか?”


すると、ロッパーが。


“何処にだ? 血の痕を外に残す事に成るし。 ダンナと受付の朝の打ち合わせは、仕事上不可欠。 俺達が嘘で隠しても、仕事が滞って直ぐにバレるさ。 ダンナの我儘は、周知の事実。 前にも、料理人や受付の二人を次の日まで飲みに連れ出したりしてた。 殺して、有耶無耶にしちまった方が無難だ”


それにはラムドも乗っかり。


“ズスタ。 ロッパーの云うとおりにしろ。 俺達の雇われた成り行きや、あの女の存在を深く知る二人だ。 生かしてベラベラ喋られたら、それこそ面倒・・。 口を封じてしまえ”


“わかった。 んじゃ、あの女の捜索を知人に頼もう。 歓楽街を根城にしてるゴロツキに、何人か知り合いが居る”


“大丈夫なのか?”


“探して貰うだけさ。 見つけたら、どっかで始末しちまえばイイ”


“だが、金も必要だろう? 見せかける為にも、少しは前金を渡して置かないと”


“金なら、三階の金庫に有るじゃないか。 それに、逃げたあの女は上物だ。 女の身体をエサにすれば、意地汚い奴等だからホイホイ話しに乗って来るさ”


“そうか・・、ソイツは名案だ”


“よし、じゃ~金庫を開けよう”


“鍵の有る所は、確か・・・あの女を食ってた寝室だったな”


こうして、少しの間。 3人が屋探しをする音がしたり、何やかんやと音がした。


暖炉の御蔭で、最初は寒さも緩かった部屋だが。 金を運び出す頃には、彼方此方に人が出入りして温度が下がった。 ライナは、震える自分の息を殺すのが精一杯だった。


そして、男達が去った後。 ライナは、其処を飛び出して、壁に掛かったローブ一枚と。 男達が落した金庫の中身の金を僅かに持って、建物内から逃げたのである。


役人に申し出ようとしたライナだが、役人を手が回ったら逃げるしかないとも言っていた男達。 最も足手纏いに成る自分の子供は、格好の人質で有ると同時に、身の危険な存在だ。 それなら、あの包帯を顔に巻いた目立つKを探して、ジョンソンを殺した事を盾に取り。 ジョンソンの事や、あの用心棒達の情報を聞き出そうと考えたのである。


ライナは、Kがジョンソンを嘗ては裏切ったかなんかした仲間だと思っていた。 だが・・、まさかジョンソンがお尋ねの脱獄逃亡犯とは思っても居なかったのだ。 お尋ね者を殺しても、何の罪にも問われない。


Kを縛る手立てを失ったライナは、気持ちを落した。


しかし・・。


Kは、急にギラギラとした目を小部屋の窓に向け。


“あのクズ野郎が・・・。 もう、3日か。 誰かの世話が無いなら、赤子は危ないな”


と。


ライナは、子供が痩せたり、折檻を受けた様子も見ない数日だったので。


“恐らく、誰かが世話をしてくれていると思います。 でも、何かの話が付いたら、殺すと・・”


Kは、久しぶりに怒りが身体を駆け巡る気分を覚え。


“どうせ、あの悪党の下のバカ共だ。 始末した後で、事件は役人に任せればいい。 少し、此処で休んでろ。 夜に成ったら、奴等を誘き出す為に歩き回って貰う。 赤子の為だ、あと少し・・・危険を我慢しろ”


このKの言葉に、ライナは耳を疑った。


(この人・・、私の為に動いてくれるの?)


夜。 迎えに来たKは、ライナの衣服まで飲食店を営む夫婦に頼んでおいてくれた。 下着すら着ていないままのライナは、手足が凍傷に・・。


Kは、休んだライナに、指輪の発動体まで用意して。


“自分で癒せ。 少ししたら、出るぞ”


と。


ジョンソンの死後。 温かい部屋と、食、そして僅かの休息。 ライナは、その時間を娘に与えたかった・・。 娘と迎えたかった・・。


夜の街に出たライナは、突然にKの姿が見えなくなった。 驚くライナの耳に。


(俺の格好は目立つ。 俺は、隠れてアンタを尾行するから、とにかく歩き回れ。 誰かの尾行が付いたら、行く道の指定をする)


Kの声だけが響いた。


街中を暫く歩いたライナは、Kに尾行者が現れた事を聞き。 言われるがままに、此処まで・・。


そして、今。 暗闇の中を歩くライナは、左右に分かれる道の前に来た。 左手に、大人の半身ほど沈んだ敷地へと下る階段が見える。 ライナは、Kに言われるがままに階段前に。


雪の敷き詰まった庭の先には、少し右に傾いた石造寺院が影の様に見えている。


(ここね)


部分部分の壊れた凍り付く石階段を5・6段下り。 更に、建物に向かって地面が見えない雪の上を歩いて行く。 少しヨロけるライナだが、もう心は座っていた。


(良いか。 寺院の中は、もうだだっ広い広間が有るだけだ。 奥に行って、其処で待て)


Kの声が耳元の後ろに聞え、微かに頷くライナ。 何故か、身体を彼に支えられている様な気さえした。


(アンタを尾行する男の他に、顔を隠した何者か3人が来てる。 恐らく、ジョンソンの用心棒をしていた冒険者達だろう。 奴等が中に踏み込むまでは、俺は様子を見てるから。 もし、尾行の男が襲う様なら、隠れてる知り合いが助ける)


ライナは、静かに、微かにまた頷いた。


真っ暗な夜の中で、人気の無い裡捨てられた寺院は不気味な静けさを放っている。


「・・」


ライナが寺院の入り口に来て見れば、入り口の枠が在るだけで。 木の扉の残骸すらも無い。 足を中に踏み込ませると、闇に食べられる様な感覚を覚えた。


ライナがコツコツと靴の音を立て、雪の舞い込んだロビーへと進んで行く。


尾行をして来た男は、そっと入り口の外脇に身を潜めた。


真っ暗な寺院の中の一番奥。 本来なら神の像を祭る場所には、空虚な空間がポッカリと開いていて。 其の前には、古びた祭壇の名残の様な物が残っているだけであった。


ライナは、その場で膝間づいた。 何の神を祭っていたのか、それを示すものが見当たらないが。 寺院で在るなら、神を祭る神殿の代わり。 優愛・慈愛の女神を心に思い、我が娘の安否を祈る。


母親として、娘の安全だけを祈るライナの眼には、涙が音も無く浮かんでいた・・・。

どうも、騎龍です^^


12月31日に怪我をして(マヌケな私)、挙句に携帯を壊し。 身動きが取れない正月を送っていました(泣笑)


そろそろK編の第一幕が終了となります。 次回は、セイルとユリア編をお送りする予定です。


ただ、長時間座ると足腰に痺れと痛みが出ますので、やや掲載スピードが落ちます。 真に申し訳御座いません。


入試などの試験が始まり出す頃で、学生さんの息抜きにでもなれば幸いです。 


ご愛読、ありがとうございます^人^

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