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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
83/222

K特別編 秘宝伝説を追って 第一部 ⑩

         K長編・秘宝伝説を追い求めて~オリヴェッティの奉げる詩~第1幕




          ≪深夜の真実・前 男達の生きた道 隠し通した絆の素顔≫




Kの御蔭で、急に自由になってしまったウィンツは、建物を出た所でKを見た。


「あ~・・・、助かった」


と、呟く様に云ってしまった。 まだ、Kのやった事が激し過ぎて、混乱が気持ちを支配している。 思うままに、言葉が出ていた。


すると、Kはウィンツを見て。


「別に。 俺は、半分本気で言ったまでよ」


「・・・どうゆう意味だ?」


「アンタに、別の仕事を頼みたい。 だから、まぁ・・・利用されて欲しいって事さ」


そう言うKを見たウィンツは、またも意味が解らず。


「・・・解る様に教えてくれ。 俺は、アンタの頼みなら出来る限り・・」


気持ちを込め出すウィンツの言葉を遮り。


「ま、船に戻ろう。 今夜は、ウルサイあのガキ達も街に泊まるし。 クラウザーも居ない。 アンタと、二人きりで話し合いたい事が有るんだ」


ウィンツは、Kの雰囲気がまた変わったと思った。 ジョンソンを威圧した彼でもない。 リュリュやオリヴェッティ達と居る彼でもない。 そして、自分の師であるクラウザーと居る時の彼でもない、そんな様子なのだ。


「・・・解った」


歩き出す中、すれ違う少女二人をやり過ごしたKは。


「恐らく、あの助けた船員達もクビなんだろ? 支えてやるのは、アンタしかいないだろうな」


「・・かもな。 ブライアンは、昔の怪我が元で足が悪いし・・、ジョベックも腕の怪我が完治しても後遺症が残るって云うしな。 ま、アンタが居なかったら、確実に止血もままならず死んでいたらしいから。 生きてるだけでも儲けもんだろう」


二人で並び歩き出す視線の先。 雪に染まった街は、何とも云えない独特の雰囲気が有る。 そして。 サラサラと降る小雪から、ぼたぼたと降る雪に変わる空を見上げたK。


「俺の尻拭い・・なんだがな。 俺じゃ~無理なんだ。 だが、クラウザーの認めたアンタなら、出来るかも知れない。 俺の今の旅は、過去の清算と・・罪の償いさ」


ウィンツは、あの最強無比の強さを誇るKが、急に弱くなる姿を見た。


「・・・、アンタでも弱まるんだな。 バケモノかと思ったが・・、だいぶ人間臭いな」


口元を緩め、髪に雪を乗せるKは。


「はは、そりゃそうさ。 リュリュみたいなクソガキに、遊ばれて絡まれてるオレだぞ?」


そんなKを見るウィンツは、つくづくKは不思議な男だと思った。


さて、その頃。


「んん~・・・、おいちぃ~~~~」


リュリュが、満足そうに大きなサイズのケーキ1ホールを平らげ様としている。


ケーキなどのデザートを専門で作る職人が、個人で開く飲食店に入っていたオリヴェッティ達。


オリヴェッティやルヴィアは、カットされたケーキや、果物を工夫して野菜とサラダにしたものをゆっくり食べるままに。 目の前で繰り広げられる、リュリュの大食いを見ている。


「はぁ~、何度見ても凄いわぁ・・・」


と、ため息交じりのオリヴェッティに。


「いやいや、この食いっぷりは、流石にあのケイにも負けないな」


と、笑っているルヴィア。


自身も甘党だと自負するビハインツは、リュリュに張り合ってケーキを1ホール頼んでいた。 ま、まだ半分ほどしか減っていないが・・。


ルヴィアへ、オリヴェッティは。


「あの。 今夜は、みんなでゆくっりとお風呂の有る宿に泊まりませんか? 明日は、この国の図書館などに行きたいんです。 市内観光なんかもしてみたいので、ご一緒して下さい」


食べるビハインツは、


「いい観光に成るな。 この街の中心にある植物園や動物園は、移動式のガラス屋根をした倉庫に包まれる。 薄暗いが、冬ならでわの植物は、見ていて中々面白いぞ」


オリヴェッティは、そう云うビハインツへ。


「良く知ってますね」


「あぁ。 この国は、オレの故郷さ。 まぁ、オレの出身は、もっと左の国境都市だがな」


「あ~、なるほど」


リュリュは、其処で。


「モグモグ・・ボクもこの国だよ・・。 もっと・・山奥だけどね・・モグモグ」


ルヴィアは、紅茶を啜りながら。


「ほう。 近いのか?」


まだ、ビハインツやルヴィアは、リュリュの正体を知らない。


オリヴェッティは、“マズイ”と思い。


「あっ、リュリュ君っ!! 夜は、何が食べたい?」


と、引き攣った顔で話を切り替える。


フォークを上に向け、思案にクビを揺らすリュリュは。


「う~ん・・、お肉がいいな~。 血のポトポト落ちる生肉とかぁ~、おっきいカエルのモンスタ~とか美味しいんだよねぇ~。 どっか無いかなぁ~」


その要望に、ルヴィアとビハインツはギョッとした顔のままに硬直。


(まぁっ)


慌ててオリヴェッティは、


「リュリュ君、そぉ~んなレアなステーキは、そっそうそうに無いわ。 うふ・ふふふ・・・」


と、周りを見ながら口を濁す。


「・・・」


出来上がったケーキを運んでいたウェイトレスや、ケーキの下準備をするカウンター内側の主まで固まっていた。


キョロキョロするリュリュは、


「なぁ~んだ、ないんだぁ~」


と、安穏とした言い草でケーキの残りを食べきる。


「はぁ・・・」


横を見てため息を吐くオリヴェッティは、


(マズイわ・・、バレる日は間近かも)


と、不安になった。


さて。


夕方までまだ少し時間が有る頃。


港の東側。 寺院の様な石造建築の佇まいをする施設内の、小さな一室。 “以心伝心の秘書”で、交信を行う魔法遣いを介して、雇い主と色々打ち合わせをしたクラウザーは、大きく胸を撫で下ろした。


使用を終え。 速やかに金を払って部屋を出て来たクラウザーは、次の使用者である商人らしき初老の人物とドア前で擦れ違う。 磨き上げられた石の廊下を行くクラウザーに、待っていたカルロスが近寄り。


「クラウザー様、向こうは如何にと?」


微笑む安堵を見せたクラウザーは、


「どうやら、幽霊船の被害者は、別にも多く出ていたらしいな。 幽霊船の撃滅を、主は喜んでおった。 悪天候などの支障続きの航海だから、万事ワシに任せると。 フラストマドの近海は、更に吹雪いて大変だそうだ。 安全第一、難破などしないようにゆっくり来てくれとな」


「そうですか。 他にも・・そんなに」


「あぁ。 被害を大きく云えば、渡航する利用客や荷物の輸送量が激減する。 商人達の中には、その事を船長達にすら隠す者も・・・な」


「なぁんとっ?!」


「いやいや、怒るなカルロス。 船に殆ど乗らぬ商人など、目先の利益が先んじる。 それも仕方の無い所よ・・。 ま、最近南に頻繁に出没した幽霊船は、あのケイが潰してくれたからな。 これで、少しは安心材料が増えると云うものよ」


「は・・・」


「補給はともかく、寒波の影響で航海路は大時化だ。 おそらく・・、最低でも4日は船が出せん。 ホーチトの南岸にある王都マルタンですら、この雪だ。 安全には、倍も倍々も気を遣おう」


「そうですな。 マルタンの左右には、幾つもの川が流れて海の水が薄まる。 ヘタをすれば、氷の塊が出来る可能性もありますな」


「うむ。 何十年来の寒波になれば、その可能性もあるな」


「では、今夜は・・・港の船宿宿場へ?」


「うむ・・、他の船長の話を聞く為にも、その方がいい。 恐らく、一度出港した船でも戻って来る船もあろう。 他の船長とも、もっと話し合おう」 


クラウザーとカルロスは、港の一角にある古く立派な屋敷へと向かう。 許された船長達が集う集会場と宿が一体化した施設で。 停泊をする船の船長が集まる場所だった。


雪が舞うマルタンの街を、観光気分で行くオリヴェッティ達。 温泉の有る広い敷地を持った宿に宿泊を決めた。


つまり、船に戻ったのは、Kとウィンツのみであった。





                        ★




夕日が、雲に隠れたままに沈み。 暗く寒い夜が訪れた。 雪は、静かに街へ舞い降りる。


Kは、帰り掛けで買い込んだ物を持って、隠された部屋へとウィンツを伴って戻った。


「ほぉ・・、シークレッツ・ルームか。 流石に、下手な客船の部屋とは格が違う・・」


ウィンツは、部屋を見回して、部屋の素晴らしさに素直な感嘆を漏らした。


パンなどの入った紙袋を、円くシンプルなデザインのテーブルに置いたKは。


「まぁ~、下手な船だと物置みたいだからな。 この船は、それなりに気を・・遣ってるってことさ」


「あぁ・・」


「さ、椅子に。 今夜は、喧しい面々が居ないからな。 俺も、気が楽だ」


「寂しくならないのか?」


薄く笑って云うウィンツに、Kは。


「恋人の去ったアンタほどじゃないさ」


「そこを突くか、一番弱いな・・・」


背凭れの長い椅子に座ったウィンツの前に、歩み寄っていたKがワイングラスを置いて。


「アンタ、クラウザーの弟子だっただろ?」


Kを見返すウィンツは、


「了承が必要か?」


「いいや」


と、ワインの瓶を紙袋から取り出したKは、音も無くコルクを引き抜き。


「恐らく、キャプテン・ウォーラスは知ってると思う」


注がれるワインへの礼を忘れ、ウィンツは。


「ウォーラスって、あの“疾風船団のウォーラス”か?」


「あぁ、知ってるだろ?」


「当たり前だっ。 あ・あぁ~・・ウチの親方とライバルで、その所持した最新式の船十数艘から成る“疾風船団”は、荷物輸送の早さでは世界最速だと謳われた程だぞ」


「だな。 だが・・・ウォーラスがもう船長で無い事は?」


「知ってる。 何でも、禁制品を伴った抜け荷輸送に一役買ったとか云う話で、船長としての全ての権威を失ったとか・・・。 もう、6年以上前の話だと?」


Kは、もう調理されたパンや、チーズの塊を取り出しながら。


「・・・、では。 ウォーラスとクラウザーは兄弟弟子で・・・、クラウザーがライバルに到る元凶・・。 いや、そうなる事をしてしまったと云う過去は?」


その話に、ウィンツは口を空けて。


「あ・・・は? どうゆう事だ? ウォーラスは、世界最大の船団を築いた親方に名声が傾き、その所為で嫉妬したのだろう?」


手にグラスを持ちながら、テーブルの近場にソファーを寄せようと足で引きずるKは、背中をウィンツに向けた状態から、顔だけ後ろに反らし。


「クラウザーは、そう言ったか?」


ウィンツは、自分の兄弟子達や周囲の船員達からそう聞いていた。 だが、クラウザー本人からは、一度としてその様な事を聞いた事が無いと思い出し。


「いや・・。 だが、俺達はそう聞いている。 兄弟子や、周りも・・。 ウォーラスの船の船員からも、そう言われて絡まれ、二・三度大ゲンカした事だって在ったぞ?」


ソファーに座るKは、ワイングラスを見て。


「恐らく、理由はどっちも言えなかったんだろうな。 クラウザーは、非道と罵られるだろうし。 ウォーラスは、男として最大の恥を晒す事が出来なかった・・・。 意気地やプライドを張るのも仕事の内・・・。 海の男のヘンなしがらみに縛られたが故だ」


ウィンツは、どうしてKが今更にそんな事を言うのかが解らない。


「なぁ・・、何が言いたい?」


Kは、リンゴの果汁を詰めた瓶を取り出し。


「これから言う事は、もうクラウザーとは関係無い。 だが、俺の頼みをアンタに言うに当たって・・、クラウザーとウォーラスの過去は、踏まえて貰えた方がいいと思う。 俺がアンタに頼みたいのは、もう先行きの無いそのウォーラスを、死ぬ前に救ってやって欲しいって事だ」


急に言われ、一瞬言葉を出せなかったウィンツ。


「・・・、何だって? アンタ・・掟破りのウォーラスを・・・俺に助けろと?」


ウィンツの声には、意味が解らない故の困惑と少しの憤りが膨みかけた様子が伺えた。 海の男として、一番やってはいけない罪に手を染めた者を助けるなど、同業でも恥だと言われて育って来た。 いくらKの頼みでも、それには譲れないものが疼き出す。


果汁をグラスに注ぐKは、雪の降る静かな夜の様に澄ました声で。


「ウォーラスは、実は罪に手を染めてない。 俺が・・・彼の船で禁制品を見つけたんだがな」


「アンタが?」


「あぁ。 実際の処、ウォーラスは知らずに輸送の片棒を担がされてたんだ。 だが、自分の船員をそっくり罪と関係無いとする代わりに・・・事実を一人抱えて闇に消えたんだ・・。 その船員を引き受けたのは、アンタの親方。 裏で手を回して、自分の息の掛かった船団に引き取らせた」


ワインを忘れたウィンツは、目を凝らして驚き。


「何で親方がっ?! 罪を犯した船長の手下だって、同じ様に蔑まれるハズだろうに?」


「・・・。 ウォーラスは、寧ろ騙された側。 深い知り合いの商人に騙されて、人買いの手伝いをしてた。 行く当ての無い孤児や・・片親を亡くして路頭に迷う家族を働かせる為に、一隻分の客船を動かした。 だがそれには、巧妙に旅人や家族を装い、客と紛らわせて運ばれる人買いの連れた子供や、若い働き手・・・そして女達。 みんな、バレたら殺されると脅されたり。 貧しい家族を助ける為に、金と身代わりで望んで売られる者。 必死で、旅客を演じてたんだよ」


「じゃ・・じゃっ、あの噂はっ?!」


「噂の大半は、嘘。 マーケット・ハーナスとフラストマドの街中で、奇妙な発狂事件が起こってな。 薬の出所を探し回って突き止めたのが、不審な旅客に扮した若い男女。 俺は、その怪しい奴等が乗る船へ密航に扮して乗り込み、その現場を突き止めた」


「それが・・ウォーラスの?」


「そうだ。 と、言っても。 その船は、クラウザーやウォーラスの兄弟子が運航していた船で。 ウォーラスは、貧しい人が働き場を探し易い様にと、旅客船を貸していたに過ぎない。 しかも、その兄弟子と結託してた商人の背後には、貴族や所の悪党などが噛んでいた。 そして、その中には・・・クラウザーの奥さんの・・弟が居た」


クラウザーの身内に近い人間が居た・・・。 ウィンツには、その話は衝撃的過ぎる。


「そっそ・そんなっ、・・うっ・・嘘だろ?」


「其処で、どうしてもクラウザーと、ウォーラスの仲違いの訳が必要に成る。 ま、話すからワインでも飲んでくれ。 少し長い話だしな」


もう平常では居られない話だ。 慌てる素振りでワイングラスを持ったウィンツは、グッとワインを呷った。


Kとウィンツの話が、深く深く堕ちて見えない部分に近づく頃。


宿屋では・・・。


「オーケイっ!!!! 紳士淑女が何だってんだっ!! 軽快にダンスでも踊って楽しもうゼぇっ!!!」


「イエェ~~~~~~~いっ!!!!!!」


宿と提携をする酒場が、4つの宿の境に設けられている。 その中では、ピアノやハープを軽快に奏でる楽師や、派手な衣装で歌を歌う奇抜な吟遊詩人が、ステージの上で激しい動きの踊りを披露している。 そのダンスを見るリュリュは、嬉しそうに歓声を上げるのだった。


「やっほ~~~~いっ!!! いいぞぉぉ~~~~、空でも飛んじゃえ~~~~~っ」


一方で。


「何だ・・・これが音楽か?」


カルチャーショックを受けるルヴィアは、宿に落ち着いて風呂に入った後だから、白い優雅なデザインのコート風ローブに身を包んでいる。 解いた髪が膝まで長く、随分と女性らしい。


鎧を脱いだビハインツは、黒い上下の井出達。 だが、だいぶに酒を飲んでいて、リュリュと肩を組んでは、


「いいぞいいぞっ!!!! 脱ぐかっ?!! アレでもコレでも見せちゃおうか~~~っ?!!!!!」


と、壊れている。


そんなリュリュとビハインツに何も云えず。


(何だか、凄くウルサイわね)


と、苦笑いのオリヴェッティは、ドレス風の普段着であった。


中年から若い客達が集まり、ワイワイ騒ぐ酒場。 若さ弾ける美しい女性が、赤を貴重とした露出の多い魅惑的な衣装で踊る様子に、リュリュはもう騒ぎ捲くり。


「サイコ~~~~っ!!!!。 ケイさんいねぇぇぇぇ~~~っ!!!」


と、大喜び。


オリヴェッティは、Kが居ない事にチョットだけ嬉しくなかった。




                        ★




客船の一室で、核心に踏み込む話がウィンツに語られ出した。


クラウザーと云う男は、老いて尚も魅力を感じる渋い男だ。 だがそれは、老いた今に限った事では無かったのである。


生まれて直ぐからの境遇も有るが、盗賊を自らの手で倒した事に加え。 オリヴェッティの曽祖父との冒険などで、本人の人間が磨かれた所為も在るだろう。


気の短い海の男には珍しい落ち着きと、潜り抜けて来た人生の荒波が大らかさを彼に具わせた。


知らぬ人間からするなら、カリスマ的な存在と見えるクラウザーなのだろう。 だが、クラウザーとは、文字通りの“玄人”“苦労人”なのである。


そんなクラウザーだが、フラストマド大王国とマーケット・ハーナスに拠点を持っていた老練の船長に弟子入りしたのは、19歳の頃。 その時既に、兄弟子としてクラウザーより二つ年下のウォーラスも、下働きの船員として働いていた。


クラウザーは、兄弟子ながら裕福な商人の三男に生まれたウォーラスが、非常に真面目な人物だと思って好いていた。


逆に、年齢に見合わない落ち着き。 そして働きながら教えられる事を、丸で真綿が水を吸う様に覚えるクラウザーに、ウォーラスもまた一目を置いてくれた。


二人は、将来は各々で大船団を持って、それぞれの夢を抱いて世界を駆け巡りたいと大望を語り合ったとの事だ。


さて。


クラウザーの結婚は、船団を持ち始めた30前後らしい。 ウィンツが弟子入りした頃は、もう結婚していた。


だが、クラウザーとウォーラスがライバルの様に成ったのは、ウィンツもクラウザーが結婚した前後の様だとは聞いていた。


確かに、この時。 ウォーラスは、商人である実家の援助を貰い。 個人で巨額の高速運搬船を買い入れ、優秀な船長としての技能を活用し始めた。 マーケット・ハーナスから東の大陸に行くのに、中継点コンコース島を経由しない航路で輸送をし始めた頃であり。 一方のクラウザーは、数隻の大型船を抱え出した頃。


二人の船長としての向かう道筋が、ハッキリと別れた頃でもあった。


だが、Kの話は、二人のライバル関係は、実はウォーラスの一方的なライバル視する行動が元であり。 クラウザーは、ウォーラスの事をライバル視していないと云う話だ。


ウィンツも、ウォーラスの事を話さなかったクラウザーを覚えている。 周りの船長仲間に炊き付けられたとしても、一度として彼をバカにするような話を、クラウザー自身から聞いた事は記憶に無い。


(そう云えば・・。 親方は、兄さん達がウォーラスの事をバカにしたら、逆に叱った記憶が・・・)


何時も叱る時は、大声で一撃の雷を落とすクラウザーだが。 その時だけは、低い声で睨み付ける様な、本気の憤りを見せたのを思い出す。


そう。 正しくこの二人には、シコリが在ったのだ。


その原因は、クラウザーの妻である“リドリー”なのだとKは言う。


リドリーは、フラストマド大王国の中流貴族の父親と、愛人であった商人の娘の間に生まれた庶子である。 問題なのは、リドリーが長女と云う立場である事。 そして、貴族の父親と結婚していた正妻が子供を儲けたのが、リドリーが15歳にまで育った頃なのだ。


先ず。 生まれたリドリーは、乳離れと同時に半ば実母と引き離された。 貴族の父親と結婚していた正妻は、継母としてリドリーを育てる事になったのである。


そして、正妻の女性が弟を生むまで、父親の一族もリドリー以外に家を継ぐ子供が無く。 更に、母親の家である商人の家にも子供が恵まれず、リドリーしか両方の跡継ぎが居なかった現状が続く。


15歳まで、双方の家に取り合い状態で居たリドリーは、弟の出生を非常に喜んだ。 自分を認め切れない正妻の貴族である継母に、密かに弟誕生の喜びと共に実母の家に去ると別れを告げた。 貴族の父親は、可愛い一人娘ながら、跡継ぎとしての男児が生まれてしまったので。 面倒を避けるべく、リドリーを実母の下に返した。


だが・・。


リドリーと腹違いの弟を生んだ正妻は、病気で呆気無く死んでしまう。 残された長男は、僅か3歳。 リドリーの父親は、娘ながらに頭脳の明晰なリドリーと、愛人関係を続けた娘の母親を正式に身請けし。 商人の家を自分の一族に融合させ、リドリーを将来の主にして勢力の拡大を狙った。


リドリーを跡継ぎにするならと、母方の両親も納得。 リドリーには、その後に実母が生む弟も誕生し、二つの家の融合化は上手く事を運んだかに見えた。


しかし。


死んだ正妻の一家は、一族の繁栄の為に出した娘が死に。 後添えに商人の娘を入れて、正妻の生んだ長男を持て余し始めたリドリーの父親に恨みを募らせた。


リドリーは、見た目華やかな美しさと言うより。 スマートで一歩控える慎ましさと、知的な印象の魅力を備えた才女と成り。 後に続く弟達3人より期待されてはいたが、両親に不審を抱いていたのである。


リドリーは、死んだ正妻の女性に同情をする人間性を強く持っていた。


腹違いながら、分け隔て無く弟達に接したリドリーは、正妻の生んだ弟を母親の様に面倒見ていた。 愛情希薄な両親に代わり、まるで恋人の様に愛して接していた。 正妻の一族は、リドリーの存在を嫌いながらも、一族の血を引く正妻の子供に期待を寄せたのである。 彼がリイドリーよりも立派になって超えれば、もっと優秀な人物になれば・・・と。


しかし、リドリーを将来の主にしようと思う両親とその一族は、正妻の生んだ弟を遠くの学院へと入れて、リドリーから引き剥がす。 リドリーに結婚を促す目的も在ってだろう。 リドリーと長男の年齢は離れている。 リドリーを早期に結婚させるとしても、父親から娘に家督を継承させる上で面倒は欲しく無い訳だ。


さて、リドリーの婚約者には、下手な貴族の阿呆では無く。 今の時代を切り開ける能力が求めらたと云って良い。 つまり、実利主義的な観点だ。


その槍玉に上がったのが、船長としても優秀であり。 実家の商売を一気に手広くしようとしていた、最速運搬船の船長ウォーラスだった。 彼の実家である商家は、先ず先ずの規模と財産を所有していた。 そして、マーケット・ハーナスの治世にも関わる親族が多い。 ウォーラスほど、リドリーの家に都合のいい相手は中々他に居ないと思われた。


ウォーラスの家としても、リドリーとの結婚は渡りに船。 貴族と云う名誉と、勢いの在る商家と提携できる訳だ。 ウォーラスが双方の家の店先に並べる商品や、取引する商品を一括で運んでくれれば。 輸送費を安く出来るので、他の輸送費に金の掛かるライバルを出し抜ける。


本人同士に話は伝わらないままに、結婚の話はトントン拍子で進んだのは当然である。


或る日、先にとリドリーには、見合いと相手の事を教えられた。 しかし、リドリーは人並み以上の才女である。 父親の言い成りで、操り人形の如くウォーラスに嫁ぐのが嫌だった。 家は、弟達に任せ、最もしっかりした者を軸に運営した方がいいと思っていた。


世の中は、まだ女性を軽んじる傾向にある。 しかも、ウォーラスと結婚したとしても、それは自分とウォーラスの両親達が画策した形に填まるだけ。 人間としてのお互いの幸せも考えず。 只勢力を拡大し、只規模を膨らませるだけの謀略結婚としか思えなかった。


利巧なリドリーは、何れ結婚したとしても、自分もウォーラスもそのジレンマに悩む日が来ると思った。 そうなれば、利害だけで結ばれた家は滅茶苦茶に成ると予想したのである。


こんな彼女だ。 真面目で、やり手なバリバリのウォーラスより。 大らかに時勢を見つめ、弱い船員をも掬い取って働かせる人間味の濃いクラウザーに、その心情が行ってしまうのも仕方の無い事かも知れない。


と或る夜。 フラストマド大王国の貿易都市アハメイルで開かれたその晩餐会は、商人と商いをする貴族へ、個人船団を持つ船長達を紹介する一席だった。


いきなりの見合い話をその日に聞かされ。 リドリーを紹介されたウォーラスは、その礼儀を弁えたリドリーに一目惚れしてしまった。


だが、リドリーの瞳は、どんな貴族や商人にも堂々と接し、対等に立ち向かう少し醒めた様子のクラウザーに向いていた。


リドリーは、晩餐会以前にもクラウザーを見知っていた。 航海中に事故で死んだ兄弟子の家族を養い。 自分の知人の店に、未亡人と成った奥さんを働かせる口利きをしに来たと云うのだ。 クラウザーは、弱い立場の者に手厚い気を傾ける。 その姿勢の噂に、彼女は心酔し始めていたのである。


煌びやかな晩餐会の席で、クラウザーを見たリドリーは、次々を娘を紹介される彼を見ていた。 美しい娘を嫁がせようと、クラウザーに紹介する商人達の魂胆を、何処と無く嫌うクラウザーは淡々としていた。


一方で。 リドリーの気持ちを悟れないウォーラスは、この夜に婚約を前提にリドリーの家と提携する事を決める。


さて。 晩餐会が一番盛り上がった頃。 これ見よがしにクラウザーへ娘達を紹介する商人達だが、能率と利益優先を押し付けると噂される商人に飼われるのを嫌い。 晩餐会の途中で、会場を抜け出すクラウザーが居た。


体調不良を理由に、同じく晩餐会を抜け出しその後を密かに追ったリドリーは、この夜に変身した。 なんと、夜の女を装い。 クラウザーが歩いて帰る所に現れ、一夜の誘いを掛けた。


突然に誘われたクラウザーだが。 よく見ると、淫靡で爛れた感じの或る夜の女には無い魅力を、現れたリドリーに感じた。 軽いやり取りを重ねた後、彼女を宿に連れてしまう。


何の事情も知らぬクラウザーは、初めてだったリドリーに驚くのだが・・。


“娼婦にならなきゃいけないの・・。 貴方に、初めての男に成って欲しくて・・・。 一夜だけ・・、一夜だけでいいから・・・”


と、弾ける若く瑞々しい肉体を差し出すリドリー。


クラウザーも、夜の女とは違う新鮮な女性の魅力に溺れる気に・・。 しかも、弟を助けたいとの云う意地らしいリドリーに、人間として興味を覚えたのである。


・・・。


何も知らぬウォーラスは、リドリーと結婚出来ると思っていた。 船長として、リドリーの家を助ける傍ら。 時々屋敷へと立ち寄っては、彼女を誘うのだが。 どうにも反応が微妙で解らない。 夜の逢引に誘っても反応は無いし。 気持ちを伝えても、曖昧にかわされる。


その内、二月ほどして・・。 別の商人から、リドリーが度々に朝帰りをすると聞き。 遂に、現実を知る事に到る。


リドリーは、夜に成るとあくまでも娼婦を演じる。


逆に、彼女と逢うクラウザーは、リドリーが余計な汚れを覚えなくていい様にと、彼女を自分の愛人の如く金で養って居るかのように思わされていた。


更に、リドリーは高い教養を備えていた事。 これが、二人の絆を生む事に・・。


落魄れた貴族と嘘を言う彼女の言葉を、完全に信用していたクラウザー。 一夜を共にする傍ら、リドリーから様々な教養を教わる。 礼儀や、貴族のしきたりに始まり。 普通では意味の解らない様な雑学や、世情など・・。


更に。 字は大体読めるが、正式に書く事が出来なかったクラウザーは、彼女から教わる事に。 それまでのクラウザーの文字は、“棚から文字が零れ落ちる程に汚い”と云われていた。 だから、書き物は他人任せだったクラウザー。 航海の無い時は毎夜愛し合い、ベットの上で文字を習う。 彼女の御蔭で、正式な書類の作り方まで習った。


クラウザーと夫婦の様な、先生と生徒の様なやり取りをし。 その一時に安心と、幸せを覚えていたリドリーの狙いは、無論金では無い。 惚れたクラウザーに逢いたい、そして共に夜を過ごしたい一心なのだ。


クラウザーも、今までに出会ったことの無いタイプのリドリーなだけに、彼女に男として本気に成っていた。


だが。 婚約を願って、彼女を思い続けていたウォーラス。 弟弟子のクラウザーの愛人として、共に宿に消えたリドリーを見て、どう思ったのだろうか。


次の日、クラウザーと別れたリドリーを待ち伏せした彼は、狂う寸前だったのかも知れない。


しかし。


リドリーは、家を継ぐ気も無く。 弟に全てを預け、自分はクラウザーの愛人として生き。 その全てが明るみに成る頃には、自分なりの決断を下すと云った。 欲望に塗れた一族を嫌い、喩え愛人でも愛した男に添い遂げると誓いを立てた女性。


その意気地を見たウォーラスは、自分の気持ちを吐き出せ無かった。 クラウザーとは、何処までも対等に遣って来たと思ってた自分が、完膚無きまでに負けたと思い知らされた一瞬だった。


ウォーラスは、その決断の中には彼女の“自決”も含まれると解った。 娼婦に見せて、クラウザーに近づく彼女だが。 普段の彼女には、清廉な気高さも垣間見える。 もし、クラウザーとの結婚が出来ず、肉体関係すらも拒絶された後。 恥を罵られたり、生きて浴びる世間の言葉を無にすべく。 何らかの行動を起こすと・・・。


或る夜。 ウォーラスは、リドリーに内緒でクラウザーを港へと呼び出した。


全ての事実を聞いたクラウザーは、ウォーラスに土下座した。 そして、自分は船長を辞めると覚悟を示す。 何処までの兄弟弟子としての分は守って来たクラウザーは、全てを捨てようとする。


だが、クラウザーの抱える船員数や、社会的な衝撃を考えたウォーラスは、自分が身を引くと決めたのである。


“リドリーを幸せにしてくれ・・。 俺は、彼女の家を引っ張る”


此処で、ウォーラスとクラウザーの決別たる別れが・・。


ウォーラスは、全てを胸に仕舞い。 更にライバル的な関係を二人の間に築いて、リドリーを二人が愛した事を封印した。


リドリーの逢引を密かに手助けしていたと、ウォーラスはリドリーの家族に嘘を付き。 勘当されたリドリーは、クラウザーが抱き上げた。


その後、生涯妻を娶らなかったウォーラスの心には、リドリーの事が在ったのだろうか・・・。


だが、問題は残っていたのだ。


リドリーの弟達の中でも、正妻の残した弟は歪んだ環境で育ち。 リドリーの愛情も虚しく、その性根が曲がってしまった。 分割された商業力を保持出来ず、悪党達や悪徳商人とつるむ人間に堕ちる。


そして、仲間が密かに始めた禁制品の売買や、人攫い・人買いの悪事に加担し。 そして、ウォーラスを騙す事態を招いてしまうのだった。


ウォーラスの船が、悪事の片棒を担いでいたと噂が立った時。 クラウザーは、密かに彼と連絡を取った。 二十数年ぶりに・・。 事実を知ったクラウザーは、兄弟子は騙されたんだと、周りに声を上げると決めようとする・・。 役人や知人に申し出て、全ての関係を調べ直して貰おうとした。


だが、しかし。


ウォーラスは、自分をクラウザーが擁護しては、世間の中傷にクラウザーもリドリーも巻き込むと押し留める。 真面目なウォーラスは、硬い部分を持っている。 自分の子分と言っていい船員達とその家族。 そして、表に出なかったリドリーの事を含めてクラウザーに任せ、全部一人で背負う事を決めて、片棒を担いだと自供した。


クラウザーは、涙を呑んだ。 兄弟子の気持ちを心で握り締め、何日も酒を呷って航海が出来なかった。


だが、もうウォーラスは自供している。 悔しさや憤りを、兄弟子の思いと共に心に閉じ込めたクラウザー。 当時、最盛期であった己の大船団を幾つかに分け。 自分の息子達、自分に付き従う船長達に分散した。


その作業の中で、足らぬ船員の穴埋めにと、遠回しにウォーラスの配下の船員達を雇って組み込み。 世間で浴びる罵倒の渦に消されるウォーラスを、静かに見つめていた。


港を旅立つ或る日。 汚い格好をした兄弟子が、一瞬だけクラウザーを見送りに来て。 その後、旅人から彼の手紙を受け取ったクラウザーは、延々と綴られた感謝に泣き叫びそうだった。


その後。 自前の船団を操る引退前のクラウザーは、気の抜けた老将の様だったとか。 殆どの作業を若い船員や、船長候補に任せ。 何時も何時も、海や単調な景色の続く空を見上げていたらしいと。


ウィンツは、クラウザーとウォーラスが、男の友情で堅く堅く結ばれているのだと解った。 師が、何故にライバルのウォーラスを、自分の部下に罵られて怒ったか・・。 その真意は、今でもクラウザーには、最高の兄弟子がウォーラスなのだと・・。


(親方・・・、アンタって人は・・。 二人で、必死に女一人を守るのかよ・・。 嗚呼っ、親方に会えた俺は、誰より幸せ者だな・・)


マキュアリーの事で、自分を叱ったクラウザーの言葉が甦る。


“お前、何時から人の気持ちが解らなく成った?”


クラウザーは、確かに人の心が解る男だった。


表立って唱える正義や、隠し事をせず真実を明るみに出す事も正しき事かも知れない。


だが、犠牲を払うだけが正しさだろうか。 クラウザーは、兄弟子のウォーラスと沈黙を貫いた。 守るべき者を、守る為に。


ウィンツは、今夜は寝れそうに無かった・・・。

どうも、騎龍です^^


ご愛読、ありがとうございます^人^

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