K特別編 秘宝伝説を追って 第一部 ⑦
K長編・秘宝伝説を追い求めて~オリヴェッティの奉げる詩~第1幕
≪最強のゴーストバスター 此処に降臨・・だよ(リュリュ)≫
海上を疾走するKやオリヴェッティを乗せた船は、ドス黒い靄の塊を見つけた。
(嘘っ! こっ・・これが・・・幽霊船っ?!!)
晴れた昼下がりの夕方に差し掛かる目前の空の下。 オリヴェッティは、黒い靄の塊の上一帯だけ、雷雲が蟠るのを見た。
灰色というより、くすんだ鉛色の雨雲は、絶えず落雷の様な音を伴った稲光を発し。 その雲にまで届こうと云う靄。 丸で、靄の壁と雨雲の屋根を持つ、巨大な城が海を動いていると思えるのだ。
その靄に近づくと・・。 不気味と云うべきか、丸で胸騒ぎを掻き毟りたくなる様な闇の波動が、息づく胎動の様に木霊して感じられるのが解る。 オリヴェッティは、強い波動に気を引き締めた。 気をしっかり保たないと、恐怖が心に居座って動けなくなりそうな・・。 そんな畏怖すら、この靄からは感じられる。
そして、靄の掛かる所に近づくと、リュリュは身構えた。
急にリュリュが身構えるので、オリヴェッティが何事かと思う時。
ーヴア゛ア゛アァァァ~ー
不気味な呻き声が聞こえ。 人の悩み苦しむ様な顔をしたゴーストが、フワ~リと青黒く光って現れたではないか。
「モッ・モンスターっ!!」
驚くオリヴェッティは、船底に転がしたままの杖を手に取った。
が。
それより早く、リュリュの両手が淡く蒼翠のオーラに光り。 空気を裂く音を奏で、半透明なオーラで出来た爪が現れる。 リュリュは、引き締めた顔で目を凝らし・・爪を振るった。
オリヴェッティの目が、見開いたままに止まる。
(斬った・・、亡霊を・・、爪で)
群がる様にリュリュに纏わりついて来たゴーストだが、リュリュに素早い爪に斬り裂かれて消えて行く。
一般武器を持たず、魔法も使わずしてゴーストを倒したリュリュ。
Kは、靄の中に船を走らせる風が、一気に弱まったのを解った。 闇の波動が垂れ込めた海面にぶつかり、風の力が弱められている所為だろう。 だが、風の力が強いから、そのまま靄の中にまで船が進むのだ。 リュリュの力と、この船を動かす主の力は、微妙にリュリュの方が強いらしい。
リュリュに戦いを任せても、何の動揺も見せないK。 “子供”だの、“ガキ”だの言っていた彼だが、リュリュの能力に一つの安心を持っていると云えよう。
さて。 緩やかに靄の中に突入する中で、最初に見えて来たのは、何かの影。
Kは、舵取りを止め。
「リュリュ、交代だ。 俺がボロ船に乗り込んだら、右側先に離れ。 直ぐ其処に居る船に近づけ」
と、云ってから。 オリヴェッティの肩を軽く掴むと、前のリュリュの船に乗り移りながら。
「オリヴェッティ。 助ける船に乗り込んで、船長に事の次第を説明してくれ」
オリヴェッティは、震えそうな唇を強張らせ。
「それ・それだけ?」
「後は・・・、そうだな。 靄を伝って、船を襲う為に遣って来るモンスターの排除のみ。 リュリュが一緒だから、まずは大丈夫だろう。 只、逃げる船の進み方がなんだか変だ。 壊れてるかもなぁ」
リュリュも。
「海面を伝わってる波紋がヘンだよねぇ~。 左右に震えてるみたい」
「だな。 蛇行し始めてる所を見ると、船の上にモンスターが乗り込んでいる可能性も有る。 二人も、気を引き締めろ」
真っ黒い靄の壁の中は、意外に視界は良好だ。 その内、靄を抜け切ると、高さの有る古い船が見えて来た。 甲板に出る建物は、操舵室のみで。 船体の幅は中型船なのに、高さだけは大型船並みの船だ。 船体の所々に穴が開き、部分部分が壊れている。 マストを形作る三本の太い柱は、どれも軒並みヘシ折れている様だ。 確かに、藤壺や磯巾着のこびり付いた船体などは黒ずんでいて、海底から引き上げられた沈没船の様な姿の見たとおりの幽霊船だった。
幽霊船を見たリュリュは、
「うひゃ~、スンゴイね。 ボ~レイさんの塊みたい」
オリヴェッティも、そのリュリュの表現の意味は解る。 闇の力が蟠り、船全体を取り巻いている。 感受的な感覚を研ぎ澄ませると、返って受け止め過ぎて気絶しそうな程に感じられてしまうだろう。 それ程に、闇の波動が強いのだ。
Kは、船が幽霊船の船体下に近づいたのを見計らい。 壊れている船体の穴の開いた場所から突き出した木の板に、軽々と飛び上がる。
(凄い・・・)
見ているオリヴェッティは、その飛び上がった高さですら、自分の倍以上は有る様に見えて。 Kの見せぬ能力の高さに、限りが有るのか解らない。 どうして、自分がリーダーでいいのかが、解らなかった。
一方。
ただ壊れて乗っているだけの木の板に飛び乗ったKは、手前の海側に板をずらしたりする様子も無く。 丸で体重が無いかの様に歩いて、船体の中に入って行った。
それを見送ったリュリュは、オリヴェッティを見て。
「んじゃ、いくよぉ~」
ハッとKの行った方から我に返ったオリヴェッティは、
「えっ? あ、えぇ」
リュリュは、モワモワと回りに漂い近づいて来るゴーストを、また風のエネルギーで生み出した爪で斬り裂くと。 海上を駆ける風の力を強めて、二人の乗った船を先に進ませる。
「・・・」
心配になり、Kの行った穴を見たオリヴェッティだが。 炸裂する光の様な強い力が一瞬だけ鼓動し、穴の周囲に蟠る闇の力が、丸で削り取られる様に弱まったのを感じた。
(戦っているんだわ。 一瞬の煌きの様な力・・・なんて神々しいんでしょう)
その瞬間、実感出来た。
“Kは、絶対に負けない”
と・・。
リュリュは、幽霊船の脇を抜けながら、船の甲板にドス黒い闇と魔の力を持った何者かが居る事を悟る。 そして、その周りに、次々とモンスターが生み出されている事も。 逃げる船に向かって伸びる暗闇の靄に中には、ゴーストの呻きや鈍い光が感じられている。
(い~そご)
数の多さに、リュリュも少し怖かった。 助けた船の人が、殆ど死んでいるのではないかと思えたからだった。
★
K達が幽霊船に辿り着く少し前だった。
「船長っ!! もう駄目だっ!!!」
操舵室の後部窓から、ブライアンが叫んだ。 幽霊船を取り巻く靄が、この船の直ぐ其処に伸びて来ているからだ。
波とぶつかる難路の逃げ道を行くウィンツは、追い風や向かい風の力を使って回る風水車輪の軋みを聞いて焦っていた。 風の受ける方向で、前回りや後ろ回りをして前に進める様に工夫された風水車輪だが。 強い海流や波に逆らう形では、回転が鈍って軋む。 その音が、ギィギィ・・ギシギシと聞こえているのだ。
「諦めるなっ!! ラグーン地帯は、もう直ぐ其処なんだっ!!!」
見上げる空には、マキュアリーが先行している。 頻りに前を翼で示し、水平線の直ぐ先にラグーンが見えていると訴えている様だ。
怪我をして動けないジョベックは、片隅で蹲る。 出血が酷く、やっと血の出は鈍ったが、出た量も衣服を染める血で解る。 早急に手当てし、医者が僧侶の手を借りなければ死んでしまうと思えた。
甲板後尾に出ていた下働きの船員が、
「靄がぁぁっ! 靄が掛かるっ!!!! わっ、わぁぁっ、ゴーストだぁぁっ!!!!」
と、大声を上げた。
(チィっ!!! 追い付かれたぁぁっ!!!!)
ウィンツも、此処まで来て限界とは悔しい。 少しでも先に逃げ様と思う気持ちが、焦り拗れて思考を鈍らせた。
丸で、逃げる船を捕まえる黒い大きな掌の様に、広がりながら忍び寄って来た靄。 下働きの船員達6名と客などが一緒に成って、服やマントや麻袋を振り靄を退けようとしていたが。 遂に、靄は船の後尾にフワフワと辿り着く。
靄を振り払おうと近くに走った船員の目の前に、仄かに蒼黒い光や青白い光に暗い緑の筋を光らせるゴーストが見えた。
「うわぁぁぁーーーーっ!! モッ・モモモモ・・モンスターだぁぁぁっ!!!!」
その苦悩するゴーストの顔を見た家族連れの客である父親は、娘を抱き抱えて船内に逃げようとする。
其処で、マントを捨てたルヴィアが。
「船長っ、このまま逃げろっ!!!! モンスターは、我々が引き受けるっ!!!」
と、鋭い声を発する。
ビハインツも、船員や客達に。
「逃げろっ!! 前の甲板に逃げろっ!!!」
と、両手にアクスを握った。
(チクショウっ!!! 只の武器で・・・)
ゴーストを普通の武器で倒せない事は、十分に理解している。 歯軋りをするビハインツに、
「使えっ」
と、ルヴィアが差し出したのは、取っ手の付いた薬壺だった。
「これは?」
と、聞き返すビハインツに、ルヴィアは。
「聖水だ。 武器に掛ければ、少しはゴーストを切れる」
「おぉ、成る程。 これで斬れる、助かる」
左のハンドアクスを脇に抱えたビハインツは、ルヴィアから壺を受け取った。
ルヴィアも、自身の細剣を引き抜き。 もう一つの聖水の壺を開いて、剣に掛けた。
重い舵を支えるウィンツは、
「大丈夫なのかっ?!! ゴーストに普通の武器は効かないだろうっ?!!」
と、大声を掛ける。
ルヴィアは、靄がジリジリと向かってくる方に走り出しながら。
「聖水を持っているっ。 武器に使えば、この通りだっ!!」
と、女声を張り上げ、靄の中に見えたゴーストを一振りで斬り倒した。
窓枠にヘバり付いていたブライアンは、その光景を目の当たりにし。
「き・・斬ったぁぁ・・。 ゴっ・ゴゴ・・ゴーストを・・斬ったぁっ!!」
ブライアンの大声を聞いて、少しでも足掻く手段が出来た事を知るウィンツは、
(何がなんでも逃げてやるっ!!)
と、心に叫び上げた。 戦う二人の為にも、最後まで諦めたく無かった。
しかし、事態はどんどん悪化してゆく。
「うわぁぁっ!! 中に入って来たぁぁぁっ」
怖くて、一人で地下の船室に逃げた旅人の男性は、ヨレヨレのツバ広帽子を何かに引っ掛けたとベットの上で見上げると。 なんと其処には、壁を擦り抜けてきた亡霊の顔が見えていたのである。 大慌てでベットから転げ落ちる彼は、廊下へと飛び出した。
一見、ただ彷徨うだけの亡霊だと思うが。 その恐ろしさは、攻撃態勢に入ると解る。 ピカピカと光り出し、呻きが喚きに変わると・・・。
ーピシっ!!-
空気を切り裂く音と共に、部屋の中に備えて有る花瓶が宙を飛んだ。 ポルターガイストである。 思念を念動波に変え、窓を割ったり花瓶を飛ばしたりする。
この攻撃の最大の特徴は・・・。 甲板の後尾で、その威力が伺える。
「ビハインツっ、気をっ・・・」
鋭く言い放たれ掛かったルヴィアの注意は、途中で遮られた。 自分の目の前を、強力な思念の波動が飛んで行った為だ。
「うおおおっ!!!」
目に見えない衝撃波を突然に食らったビハインツは、馬車にでも撥ねられたかの様にフッ飛ばされ。 甲板の縁へと転がった。
ーウワアァァァァァァっー
船の甲板後尾には、小さい亡霊に囲まれた、一際大きな亡霊が居る。 雄叫びの如く呻き、ウネウネと伸び上がった。
そう、亡霊達は集まり、その力を増幅出来るのだ。 この亡霊に取り囲まれると、人の精神を慄かせて絶望させる“恐怖の囁き”を行う。 恐怖に魅入られた心は、短い間に亡霊から切り離し。 僧侶の魔法や、踊り子・吟遊詩人の歌う魂静めの歌を聴かないと、自我が壊れてしまう恐れが出てくる。
「くっ、はっ」
近づく亡霊の一匹を突き、更に回り込んできた亡霊を振り返り様に斬り上げたルヴィアは、ビハインツの元に走り寄った。
「おいっ、大丈夫か?」
鉈の様なブレード型のハンドアクスを手に、少しヨロめきながらも膝を上げたビハインツ。
「だい・・大丈夫だっ。 クソ・・ゴーストのクセに、・や・・遣りやがるゼ」
完全に飲み込まれた後尾先端を見るルヴィアは、
「集まったゴーストは、力を強くする。 集まり出したゴーストは、優先的に斬った方がいい」
「そ・そうか。 ゴースト系と戦うのは、これで二回目なんだ・・。 腕が足りねぇ~な」
と、ビハインツは苦し紛れの気持ちを吐いた。
ルヴィアから見て、ビハインツの腕前が駆け出しとは思えなかった。 恐らく、今まで相手にしたモンスターの方向が一方的なだけで、戦う能力の劣りとは思えなかった。
立ち上がったビハインツと、彼の脇に構えたルヴィアだが。
ーバァーーーーーンっ!!!!-
と、凄い破壊の音が耳を劈く。
「わぁっ」
「うおっ」
音と共に、大きく揺れた船体。 体勢を崩した二人は、粉々に成って散って行く木の破片が舞い上がったのを左に見た。
「一体何だぁっ?!!!」
舵を大きく取られて、船体が傾き横倒しに成るのではないかと思える程に驚いたウィンツ。
足を取られながらも、甲板の縁に跳び付いたルヴィア。 船体側面を見下ろした所で、視界にとんでもないモンスターを入れ。
「不味いっ! “ニーブガイスト”だっ!!!!!」
と、海上に声を響かせた。
ーウワウワウワウワァァァ・・・。 シネ・・シネ・・・シネェェェ・・・-
男だか女だか区別の付かない不気味な声が、幾重にも重なった様な恐ろしい声が響く。
膝を甲板に崩しながらも、近寄ってきたゴーストを斬り払ったビハインツは、
「何だそらぁっ?! そりゃっ!!」
と、また向かって来るゴーストを斬る。
ルヴィアは、いきなり震える声で。
「あああ赤い・・大きなゴーストだぁっ!! 大きな人の頭蓋骨が、炎の様なエネルギーの中に浮いている亡霊モンスター・・・」
そんなルヴィアを見返すビハインツは。
「強いのか?」
問うたビハインツは、自分の質問に対し。 脅えた目を向けて来たルヴィアを見て、相手にしているゴーストなど足元にも及ばないモンスターなのだと解った。
(最悪だぜっ!! 此処までかぁっ?!)
ビハインツは、海に飛び込んでも逃げる事など出来ないと解っていた。 命を捨てる時が、此処に来たと思い。
「仕方ねぇ、死ぬまで暴れ捲くるしかねぇな・・。 行くぞおぉぉぉっ、オラァァァァァァ!!!!!!!」
立膝の体勢から、立ち上がるのと同時に走り出したビハインツ。 目指すは、更に大きく融合しようとしているゴーストにだ。
「待てぇぇっ!!!」
ルヴィアは、ビハインツの姿に驚き。 竦み掛かった身を立たせた。 彼女の脳裏に、過去の記憶が甦る。
前に一度、“ヂュラハーン”に出会った時、その恐ろしいオーラに逃げる事しか出来なかった。 高位の僧侶が3人も居るパーティに入っていた彼女だが、リーダーが死んでチームがバラけたのである。 正直、亡霊に対しての対処する知識は持ち合わせるが。 何度も恐ろしい目に遭った亡霊や死霊を相手にするのは、嫌だった。
だが、もうそんな事を言ってられない時なのは、彼女も解っている。
(今、跡を行く。 ロアーダ、私を待っていろっ)
彼女の居たチームのリーダーであった神官戦士ロアーダ。 無骨で不器用な男だった彼は、貴族の家を飛び出し冒険者に成ったばかりの、二十歳そこそこのルヴィアを仲間にしてくれた。 腕前を問わず、仲間として色々教えてくれたロアーダ。 彼は、何事にも真剣なルヴィアに恋心を抱き。 幾度と告白を重ねて来た純粋な人間だった。
だが。 ルヴィアも理由が在って。 25に成る今まで、男性に不慣れな生活を貫いてきたルヴィアは、その告白に結局は応えられなかった。
大怪我をした仲間の一人を助け、デュラハーンから逃げた自分。 殿と成って、仲間を逃がして死んだロアーダ。
彼が死んで初めて、自分もロアーダを好いていたと悟ったルヴィア。
残ったチームの仲間達が、もう一度一緒にチームを組もうと言って来た。 だが、ロアーダを見捨てた面子で、のうのうと冒険など出来ないと思ったルヴィア。 自分の弱さを恥じ、再結成の話を蹴ったのである。
ビハインツの捨て身を見て、ロアーダの姿を見た気がするルヴィア。 逃げる場所が無いと解っているだけに、此処で散る決意を固めたのだった。
「最後まで・・・諦めはせぬっ!!!」
再び、気炎を吐いて亡霊の群れの中に飛び込むルヴィア。 この亡霊達を守り、また守られるのが靄の様だ。 亡霊達を斬り倒せば、息を吹き掛ける程度だが、靄も薄まる。
纏わり付く亡霊を倒し捲くった二人。
一方で、地下の船室を見て来たブライアンが、操舵室のウィンツの元に戻り。
「キャプテーーーーーーンっ!!!! 赤いバケモノがぁぁっ、船体の壁を壊し回ってるっ!!!!!」
おぞましい亡霊を見てしまった彼は、もう発狂寸前の様な顔をしていた。
船の推進力を生む風水車輪が壊れたのを、ウィンツは舵の揺らぎから解っている。
「ブライアンっ!!! もういいからジョベックを連れて行けっ!! 甲板の前にっ、行けぇっ!!!」
この緊急時でも諦めもしないで。 そして、船員を第一に考える船長を、ブライアンは初めて見た。
「キャプテン・・死ぬのは、みんな一緒ですぜ・・・」
縋る様に、前に出て言うブライアン。
すると、ウィンツは鬼の様な怒りの形相を見せ。
「バカやろうっ!!!!! ラグーンに逃げ込めたとすればっ、俺が死んでもお前達が生きてりゃ何とか成るっ!!!! 望みってのはなぁっ、死にゃ諦めるられんだっ!!!! せめて死ぬまでっ、男なら喰らい付けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」
バランスを失いそうになる舵を、必死に堪えて握るウィンツ。
ブライアンは、死ぬ最後でいい船長に逢えたと思い。
「解りやしたっ。 客の安全は、アッシが必ずっ!!」
と、気を失い掛けているジョベックを担ぎに向かい。 操舵室を出る時に、敬礼をしてブライアンは出て行った。
ーアァァァ・・・ウワァァァァ・・・・-
亡霊の呻きが、ウィンツの耳にも大きな声で聞こえ出す。 パッと見上げた窓の外には、近場にまで下りていたマキュアリーの姿が見える。
最悪、マキュアリーに幼い少女だけを託そうと考えたウィンツ。
戦い続ける冒険者の二人が気になり。 絶望的な戦場と化した後尾を振り返り見た。
ウィンツが振り返る手前。 死に物狂いで戦うルヴィアとビハインツは、亡霊の蔓延る靄に包まれてそうだった。 纏わり付く様に、自分達を取り囲む亡霊達の呻き声。 船体が部分部分で壊される度に体勢を崩し。 そして、亡霊達に取り巻き付かれるのを、必死に振り払うかの様に斬り捲る。
そして、ビハインツが融合しそうな亡霊を斬り。 ルヴィアが、別の亡霊に細剣を突き込んだ瞬間。
(あっ!!)
驚愕に近い見開いた二人の目は、亡霊を擦り抜けるだけしか出来なくなった己の武器を見た。
(此処まで・・・だな)
(終わった・・。 今、逝く)
戦う手段を絶たれた二人の目が、静かに交錯し。 靄に完全に包まれる二人を、ウィンツは振り返る所で見た。
「にげ・・・・・」
言葉を吐き出すのと同時に、噴火する様な絶望の焦りを覚え。 ウィンツは、思わず舵を握る事を放棄し掛けた。
その瞬間である。
ウィンツの視界の中で、靄が爆発する様に一気に吹き飛ばされた。 靄に包まれた筈のルヴィアとビハインツが、千切れ飛ぶ靄の後に見えたのである。
「・・・あ・・。 どう・・した?」
ウィンツは、事態の理解が出来ない。 成るべき方向とは、全くの逆の予想外の事態だった。
すると、
「とぉ~~~~」
と、間延びした若い少年の声がして。 ローブを身に纏った者が、女性らしき誰かを抱えて後尾の甲板に着地したではないか。
(えっ?! 俺はぁぁ・・・幻・・・見てるのか?)
ウィンツは、終に自分もおかしく成ったと思った・・・。
★
亡霊達。 そして、幽霊船の襲撃は、此処で終わりを迎えた。
壊れた幽霊船の船体に入り込んだK。 海水が彼方此方に沁み、海草を生やしたボロボロの船内に於いて、彼は身体の回りに美しい黄金のオーラを纏わせ。 迎え撃ってきたスケルトンやゾンビの群れを、駆け抜けるままに瞬殺して塵に返す。
ーオオォォォォ・・・-
自分に向かって来る事を躊躇うゴーストを見るKは、不敵な笑みを口元に現し。
「人間を殺す目的で生み出されたんだろう? ビビったって、お前らチビる事も出来無ぇんだからな」
と、ゴースト達にゆったりと歩み寄り。 後退さるゴーストに、指を弾いてはエネルギーをぶつける。 次々と消える仲間に慄き切ったゴースト達は、破れかぶれの様なままに一斉にKへと襲い掛かるのだが・・。
一瞬で消滅させられてしまった。
代わって。
甲板に風の力で飛び乗ったリュリュは、オリヴェッティを降ろすと。
「オリヴェッティのオネ~サンって、ホ~ントやわらかぁ~い」
恥ずかしい事を平気で言うリュリュだ。 オリヴェッティは、少し顔を赤らめ。
「変なコト言わないの」
「はぁ~い」
目の前で、完全に場違いな会話をするリュリュとオリヴェッティを見るのは、覚悟を決めた筈のビハインツとルヴィア。
「・・・あ」
「・・・あの」
二人に声を掛けられ、ハッとして。
「あ、あら・・。 いらっしゃったのですか」
と、苦笑いするオリヴェッティは、二人に一礼し。
「助けに来ました。 乗客の皆さんや、船の船員さんは大丈夫ですか?」
と、言う。
その彼女に対し。
乗って来た船を繋いだロープを、何処かに結ぶ所を探そうとしたリュリュは、女性の様に美しい男性の様な感じのルヴィアを見つける。 彼女の着るコートの開かれた首周りを見て、膨らむ女性らしき胸を見ると・・。
「わわっ。 この人もオネ~サンだぁ」
と、ルヴィアの前に進み出る。 そして、
「ねね、オネ~サンでしょ? ココ、オッパイだよね?」
と、いきなりルヴィアの胸を指差したリュリュ。
「まぁっ、ちょ・リュリュ君っ」
と、驚くのはオリヴェッティ。
「なぁ・・」
張り詰めた極限の緊張が解けない中で、いきなり変な事を言われたルヴィアは、返答に困って硬直した。
が・・。
フッと顔を緩ませるルヴィアは。
「あぁ、私は女だ」
と、子供相手の様に言った。 ゴーストと靄が千切れた事の方が、嬉しかったからだ。
そんな中、ウィンツの声が。
「おーいっ、一体どうなってるっ?!」
と、聞こえる。
ルヴィアは、オリヴェッティに事の次第を聞こうと。
「お・・」
と、何かを言い掛けた。
其処で。
ーウワ゛ア゛ア゛ア゛ァァァァっ!!!!ー
凄まじい雄たけびとも、喚き声とも聞こえる声が轟き。 ルヴィア達の脇、甲板縁の外側である宙に、真っ赤な炎の塊が現れた。
「まぁっ!」
オリヴェッティは、丸で人の背丈を軽々越えた髑髏が、紅蓮の炎に包まれているかの様なモンスターの出現に杖を構える。
「くっ、まだ居たのかっ」
と、リュリュを庇う様にしてルヴィアは剣を構えた。
「くそうっ、コイツがニーブガイストかっ!」
ビハインツも、ルヴィアの脇に出た。
太陽の光に包まれた夕方前の甲板の縁に、おどろおどろしい頭蓋骨の姿をしたモンスター“ニーブガイスト”は現れた。 ブルブルと震えて、何処と無く苦しんでいる様に見え。
ーオ・・オノレ・・・ハラダタシイニンゲンガァァァァー
と、甲板の上に圧し掛かる様に進んで来る。
だが、リュリュが。
「ウッサイなぁ~~。 せっかく、びじ~んのオネ~サンと挨拶してるにぃぃ~」
と、ルヴィアの前に出るのだ。
「コラっ、危険だっ」
と、焦ったルヴィアが、リュリュの腕に手を伸ばし掛けた時。 吹き上がる風の感触に驚き、思わず手を引っ込める。
(な・・何?)
更に驚かされたルヴィアと、二人を見るオリヴェッティやビハンツの目の前で。 スタコラと進み出たリュリュは、その本領を発揮する。
「ユ~レイのぶんざいでぇ~。 ケイさんとマブダチのボクに歯向かおうなんて、センネンはやいのだぁ~」
凝らしたリュリュの瞳に宿るオーラの光が、一際強く成る。
ーナッ・ナンダっ! コノツヨキジュンスイナチカラハッ?!-
ニーブガイストは、リュリュから感じるエネルギーの波動が、生半可な強さでは無いと感じれたのだろう。 予想外の相手に、驚く事が先になってしまう。
そして、
(嗚呼・・。 なんて聡明で強い風のオーラ・・・)
オリヴェッティは、戦ぐ爽やかな風の力を、幾重にも強く重ねた爽快感さえ迸る風のオーラを感受した。 その身に、ある種の快感に似た嬉しさを感じる。 長き冬を耐え、暖かな春の日差しと柔らかな風を感じる様な感覚だった。
さて。 オーラを全身に纏ったリュリュは、両手に煌く風のエネルギーを集めると・・。
「オマエなんか~きえちゃえっ!!」
と、その両手をニーブガイストに向けて押し出した。
「うわっ」
「何だぁっ?!!」
眩しい蒼翠のエネルギーが迸り、ルヴィアも、ビハインツも、リュリュの手とニーブガイストを直視出来なくなった。
リュリュの手から放たれた強烈なエネルギーの波動は、膨張する様にニーブガイストを押し潰す。
ーウガガガガァァァッ!!!! コンナ・・ジュンスイナ・・カゼノ・・・-
逃げる事も出来ないニーブガイストは、エネルギーに貫かれ。 巻き起こる風圧と共に掻き消されて、消滅してしまった。
その衝撃で揺れる船だが。
遠目から、その一部始終を見つめていたウィンツ。 舵を握る事も忘れ掛けた中で、リュリュを見て。
「す・・・すげぇ」
と、呟くのが精一杯だった。
眩しさから開放されたビハインツは、ニーブガイストが消えているのを確認して。
「あ・・・、あ? あ・・いねぇ。 助かった・・のか?」
ルヴィアも、腰に手を当て可愛い高笑いをするリュリュと、消え去ったモンスターの跡を交互に見て。
「の・様だ・・・な」
と、信じられないままの空回りした緊張感に惚けてしまう。
オリヴェッティは、そんな二人に。
「よく頑張りましたね。 もう、大丈夫ですわ。 さ、逃げる準備をしましょう」
ビハインツは、いきなり現れたオリヴェッティの言葉が飲み込めない。
「あ? 貴女は、一体誰だ? に・逃げるって・・一体何処へ?」
ルヴィアは、やや冷静に。
「そうだ。 しかも、まだ幽霊船が動いてるっ」
と、黒い靄の渦巻く方を指差した。
ニコやかに笑むオリヴェッティは、
「大丈夫ですわ。 あちらには、私達よりもっと強い方が乗り込んで居ます。 逃げる為の船も用意しましたし、私達が乗船している大型客船も、皆さんの帰りを待ち侘びてます」
と、二人を見た。
この時、事態の様子を伺いに、船首甲板の方から操舵室を覗くブライアンとマキュアリーが居て。
「キャ・・キャプテン?」
ブライアンの声に、ウィンツはリュリュ達の方に釘付けに成ったままで。
「ブライアン・・舵を持て。 どうやら・・助かったみたいだ」
と。
「えあっ?!!」
驚いたブライアンは、慌てて二階の屋根に上り。 ギシギシと木の部分を軋めかせながら、操舵室に入る。
舵を代わったウィンツは、急いで甲板の後尾へと向かった。
オリヴェッテイと話すルヴィアは、一人単身で乗り込んだKに驚き。
「バっ・バカなっ!! 亡霊亡者や悪霊や死霊の巣窟の幽霊船に、一人で乗り込むなど・・気狂いだっ!」
一方で、リュリュの運んで来た船二艘を見下ろしたビハインツは、
「とにかく、この船もヤバい。 丁度、持って来た船が二艘有る。 下に有る船に乗り込んで、一艘で避難し。 もう一艘で、幽霊船に行った誰かを助けよう」
と、焦ってそう言う。
だが、リュリュは。
「そんなのいいよ~。 助けが必要なのはぁ~幽霊船に乗ってるモンスターだって」
と、Kの真似の様な軽口を叩いてみせた。
ウィンツが此処で、ルヴィアの後ろに来て。 ルヴィアは、暢気なリュリュに何かを言おうとした。
しかし、此処で好転した事態は、最後の追い込みに向かう。
魔法遣いのオリヴェッティと、魔法の力を感じる事の出来るリュリュは、幽霊船の方から急激に爆発する様な力そのものの波動を受け。
「まぁっ?!!」
「うわぁ~おっ」
と、声を上げて振り返る。
ビハインツ・ルヴィア・ウィンツは、そのままの位置で見えた。 幽霊船を覆い尽くす黒い靄が、いきなり強烈な爆風でも受けたのか四散していく様を・・。
その場に居た5人の内、リュリュ以外の者は甲板後尾の縁に飛び付く。 何が起こったのかを知りたくて、驚きの衝動に突き動かされるままに。
リュリュは、直ぐに解った。
(ケイさん元気だぁ~)
強まる南風と波の影響で、略その場に止まったシーフランク号。
一方で、シーフランク号に船体を横向きにする幽霊船は、靄を失って丸見えに成った。
「カァ~、なんて古い型の船だ・・・」
と、ウィンツが驚く。
何故か、小雨が降る幽霊船の回り。
ルヴィアは、幽霊船の船首近くに、誰かが立っているのを見つけ。
「人かっ?!」
と、声を上げた。
其処には、全身黒尽くめの男が、ギラギラと滾る様な黄金のエネルギーを手や身体に纏わせ、ユラ~リと立っていた。
しかも・・。
ギョっと目を見張ったビハインツは、黒尽くめの何者かの方を指差し。
「お・おい・・おいおいっ!! あの男が掴んでるのは・・ロトンフラッパーとミジュルホムガニスじゃないかっ!!!!」
海に生息するモンスターも数多いが。 死霊バエと言う人並みに大きいアブのモンスターの種類の一つが、“ロトンフラッパー”と言う。 腐った様な頭に、黒ずんだ緑色の身体をした肉食アブで、群れて海辺周辺の洞窟や無人島に巣食い。 エサを探して住処周辺をを飛び回る。 テリトリーに入り込んだ船を集団で襲い、人の身体を唾液で溶かしてその液を吸うモンスターだ。
もう一方のミジュルホムガニスとは、体長10メートルを超えるウツボのモンスターだ。 蒼白い頭に、脂漏化した様なブヨブヨの身体で、小船に乗る人などを海に突き落として食べる。
Kの右手には、首の無いロトンフラッパーの羽が持たれ。 千切れた身体が、黄土色の体液をダラダラと垂れ流している。 そして、左手には、大人の頭程の大きさをした蛇の様な、ミジェュホムガニスの頭部だけが握られていた。
そのモンスターをも惨殺している様なKの姿は、悪魔そのものに見える。
さて。 信じられない光景を見るルヴィアは、Kの前に見えるモンスターを知っていた。 ドス黒い液体の様な身体で、人型をしている。 “シャドゥ・バノォード・アビス”。 “アビス”(魔界の俗名)を受けるだけあり、最高位に属する亡霊モンスターだ。 人を甚振り、嬲り殺しにするのがその思念で。 悪辣にして非道、陰険にして残虐な行為を好む。
だが・・。
ルヴィアの見るそのモンスターは、脅えているかの様に見えた。 黒尽くめの何者かが、その手に持ったモンスターの残骸を甲板に落とし。 シャドゥ・バノォード・アビスに一歩近づくと。 絶対強者的な力を示すゴ-ストモンスターが、ぶれる様に身をたじろがせるではないか。
(まさ・まさか・・。 あの凶悪な思念の塊であるモンスターが・・脅えてるのか? ・・そんなバカなっ!! 4人もの高位の司祭を相手に、丸で支配者の如く振る舞い立ち向かって来るあの・・モンスターがっ?!!)
そして、その一瞬は訪れた。
Kに向かって苦し紛れに魔法を放ったシャドゥ。
だが。 Kは、なんと暗黒魔法の念動波を掴み。 そのまま握り潰す。
怒り狂った様に黒いオーラを迸らせ、狂人の様な唸り声を轟かせKに襲い掛かるシャドゥだったが。
「終いにしようや」
と、呟いたKは、その身を消した。
次の瞬間、シャドゥの背後に現れたKは、シャドゥの頭部を鷲摑みにし。
「船毎、海底に沈んでろっ!!」
と、掴んだ左手にオーラを集めながら、シャドゥの身体を甲板に叩き付けたではないか。
その時、何かが周囲に広がった。
“ブォン!!!!!!!”
と、広大な範囲で空気を震わせる、目に見えない何かが・・。
叩き付けられたシャドゥは、黄金のオーラの侵食を受け。 砕け散る甲板と共に、海に向かって船底へと突き抜けて行く。
「わぁ~お、ドはでぇぇ~~~」
一人ではしゃぎ、Kの活躍を喜ぶリュリュ。
圧倒的な、一方的戦いであった。 皆の見る中で、シャドゥの突き抜ける勢いと共に幽霊船は前後に壊れて、船首側と操舵室を伴った後尾側に分かれてしまう。 どんどんと砕け行く裂け目を上にして、傾いて行く幽霊船。 船首と後尾から海に潜らせる様に、沈み始めるのだ。
「あっ、ケッケイさんっ!!」
オリヴェッティは、Kがどうするのかと焦るのだが・・。
「・・・」
傾く船の砕けた船体の縁をスタスタと歩くKは、慌てる様子も無く。 割れた船体の一部から飛び散った木の板を海に蹴落とし。 沈み込む船が海に潜るギリギリで、浮かぶ板に飛び移る。
リュリュ以外の4人には、その全てが在り得なかった。
しかも、Kは何かを抱えている。
はしゃぐリュリュが、大声でKに何かを呼び掛ける中。
(ホントに・・凄い)
オリヴェッティは、その全ての様が凄すぎて気が抜けてしまった。
どうも、騎龍です^^
ご愛読、ありがとうございます^人^