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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
79/222

K特別編 秘宝伝説を追って 第一部 ⑥

        K長編・秘宝伝説を追い求めて~オリヴェッティの奉げる詩~第1幕



              ≪クラウザーの弟子 ウィンツの決意≫




海上の上空で、魚を狙うワシが急降下を辞めた。 狙いを定めた所に、猛スピードで近づく何かを見たからだろう。


「・・・」


二つ並んだ船の二艘目の後尾に立ち、グングンと風に乗って加速する船の舵を切るのがKだ。 櫂を海に入れ、うねる船をコントロールしている。


時折、波にぶつかり、“ブワン”と跳ね飛ぶ船。 オリヴェッティは、何度驚きの嬌声を上げたか解らない。


だが、舵を取る櫂を腰に据えたKは、ただ一点。 向かう先を見つめている。


霧が晴れ、青い空の下。


(あぁ・・、もう乗ってた客船なんか見えないわ)


オリヴェッティは、遥か彼方に消えた大型客船が見えなくなっているのに、不安を感じてしまう。


しかし、先頭の船では。


「イェ~イ。 ヒャッホ~」


と、跳ね上がる船に喜ぶリュリュが居る。


Kは、リュリュに。


「リュリュ。 ヤツラのボロ船に乗り込むは、俺だけでいい。 着いたら、近くを行く襲われてる船にオリヴェッティを連れて上がれ。 船に乗ってる人を、お前が守れ」


リュリュは、はしゃぎなら。


「はいは~い」


オリヴェッティは、ボンボン持ち上がる船に蹲りながら。 その疾走する音に負けない声を出す為に、悲鳴に近い声でKに。


「なっ・何でギリギリに助けにっ?!!」


Kは、前を見ながら。


「ヤツラは、目標の間近まで海に潜って近づくんだ。 潜ってる時は、早い潮流に乗る事も有るから捕捉出来ない。 狙いを定め、海面に浮上して来るのを待ってたのさ」


「じっ・じゃっ・・キャァ! じゃあっ!! 私達の乗ってた船が狙われてたって、ウソぉっ?!!!」


オリヴェッティは、態と狙われていたと言って。 巻き込まれた形を話作り、襲われる船を助ける口実を作ったのではないかと思った。 何故なら、まだまだ自分達の乗る大型客船と幽霊船は、こんなに離れているからだ。


Kは、船のバウンドで大変そうなオリヴェッティ見下ろし。


「違う違う。 幽霊船は、正しく二つの獲物を狙ってる。 これから助ける船を襲うだけなら、もっと早い場所で待ち伏せするさ」


「ではっ、どっどどどうしてっ? 今に?」


「クラウザーの弟子とやらは、何らかのアクシュデントで航路から外れ。 南よりの諸島に流れてしまった。 船をどこまで直したのか知らんが、航海が出来る所までは修理したんだろう。 俺達の乗る船が行く一般航路に向かうべく、今は北上しているんだ」


「では、そのまま行けば、私達の乗っている船とっ?!」


「そう。 確実に鉢合わせするな。 船が軽い分、これから助けに行く向こうの方が早い。 北風が吹く大陸とは違い。 暖かいこの海域は、南よりの風が吹いている。 風を捕まえて置けば、夕方・・・いや。 昼下がりの遅くには、お互いが見えるだろう」


「まさかっ!! 其処まで尾行してくる気?」


「そうゆう事。 幽霊船の方が、やや強い南風を捕まえている様だ。 クラウザーの弟子が操る北上する船と、ジリジリ幅を狭めながら。 俺達の乗ってるクラウザーの船に目掛けて、目標に定めて居るかの様に、一直線に向かって来てる。 恐らく、二隻が合流する近くで、先ず北上しているクラウザーの弟子が操る船を襲い。 そのまま、俺達の船も襲う気だろうな」


Kの説明を聞いたオリヴェッティは、幽霊船を操る相手が随分と海や船に詳しいと思う。


「あっ・あ・・あのっ!!! 幽霊船を操るモンスターって、そんなに航海術に・・キャッ! ・・・ハァ。 あ・・詳しいんですかっ?!」


波にぶつかった勢いで、大きく揺さぶられたオリヴェッティは、もう疲れ始めた顔。 Kに何とか向って、聞くのが精一杯な様だ。


オリヴェッティを見て、薄く笑みを見せたKは、また前を向いて。


「幽霊船を存続させてるのは、強力な力を持ったゴーストモンスターだが。 その手下として船を操作しているのは、生前は船乗りだったり、船長だった幽霊を集めた高位のゴーストだったりする。 航海術などの深い知識をそのままに残した彼らは、船を存続させるモンスターの忠実なしもべとして、生きた人の乗る船を狙う」


「まぁっ、生前の技能が・・」


「魔法を扱えるゴーストが居るのが、いい例だ。 ゴーストが何故に、自然魔法や精霊魔法を使えないのかは、生きているエネルギーを呼べるのが、生きた人間だからって話さ。 魔想魔術は、創造の産物で。 ゴーストでも、思念が強くハッキリしていれば使える。 それに、魔力は死人でも普通の人でも変わらず存在し続ける。 だから、悪魔やゴーストの一部には、より強い魔力や力を得る為に。 死んだ人のソウル(魂)を食うのも居る」


ソウルイーターと呼ばれる部類のモンスターには、魂を食い成長をし続ける様々なモンスターが居ると、オリヴェッティは聞いた事が在る。


(なんて知識の深い・・。 本当に私がリーダーでいいのかしら)


オリヴェッティは、自分ではKに何も言えないのではないか。 自分は、リーダーでも只のお飾りに過ぎない気がする。


所が・・。


リュリュが、突然に。


「あ」


と、はしゃぐのを止めて言葉を発した。


波の上を走る音が凄い中、オリヴェッティはその声を耳に掠めたので。


(え?)


と、リュリュを見ると・・。


Kも舵を取りながら。


「不味いぞ。 幽霊船が、いきなり向きを変えた?」


オリヴェッティは、今度は驚きで。


「えっ?!!」


と、Kの方を振り返った。




                       ★




老朽化した木造船“シー・フランク”の舵を取るのは、クラウザーの手元で10年を過ごした男、ウィンツ・ボクマンである。 40過ぎの男ながら、やや童顔の面は若く見える。 大きく丸い瞳は特徴的で、魚眼に似た雰囲気があった。 やや小太りながらもガッシリとした身体で、2メートル近い大男ながら。 古い手で回す舵を取らせたら、クラウザーも認める繊細な舵取りを行う玄人だ。


萎びた青いバロンズ風のコートを羽織り、船長特有の黒いツバの広いキャプテンハットを被るウィンツは、3階の操舵室から窓枠だけとなった窓を見上げた。


(このまま、真っ直ぐか)


船の前方、カモメなどよりも遥かに高い空に、鳥の様な影が見える。 しかし、あの影は只の鳥では無かった。 半獣半人と言う特異な姿をした種族のハルピュイアだ。 手は、大空を飛ぶに適した翼であり。 足は、鷲や鷹の様な鋭い鉤爪を持っているが。 顔や肉体は、人間の女性と云う、モンスターに近い生き物なのである。


ハルピュイアの影を見上げたウィンツへ。 大き目の羅針盤を片隅で見る若い船員は、汗や垢で汚れた顔を向け。


「キャプテン。 しっかり北東方面に北上しています。 恐らく、夕方には航路に戻れるかと」


ウィンツは、ひとつ頷き。


「解った。 なんとか助かりそうだな」


と、返した。


十日近く前の事。


老朽化が激しく、魔力水晶体による動力が死んでいるこの船で、もう一度航海をしろと言われたウィンツは、雇い主に激しく噛み付いた。


だが、冬特有の風が強い嵐の様な雨が近づく航海を、ウィンツ以外の誰も怖がって尻込みした。 そして、雇われ船長達は、腕の良いウィンツに押し付けて来た。


遣りたくない航海だったが、自分以外に出来る人材が雇われ仲間に居なかったのだ。 一番安全に航海をして、乗客と船員を無事にフラストマド大王国まで送り届ける事が出来るのは自分しか無いと思い。 渋々ながらも引き受けてしまった。


冒険者30名、一般客47名を乗せたシー・フランク号は、航海二日目で嵐の中を揉まれ。 舵が利かなく成って、船の一部が岩の突き出た島に掠って損傷。 成す術も無いままに、1日漂流して、漁村を持つ島に行き着いた。


島に一つだけ存在した漁村の人々は、幾度と漂流して来た船を相手にして来た海の漁師達とその家族。 ウィンツ達を温かく迎え入れ、船の修理まで手伝ってくれた。


さて。 ウィンツ達を手伝ったのは、漁村の人達だけでは無い。 流れ着いた諸島の中でも、船に使う木材は貴重なもの。 それを取るのは、漁村の人々と一緒に協力して漁を手伝うハルピュイア達だ。 灰色の艶やかな羽根を持つハルピュイアは、皮のコルセットベストにショーツやパンツで、人としての身体の部分を隠した姿をする。 手足が人なら、ショーパブにでも居そうなセクシーな女性そのものだった。 


ハルピュイアは、人との関わりを深く持った半獣半人で、人と共に漁をし。 その分け前を、自分達の住む断崖の岩穴の住居に持ち帰ったり。 季節毎に諸島のアチコチで取れる果実や、ハーブを物々交換の物品として利用し生きている。 美しい美声の声音で、ハルピュイアは人間の言葉を喋るのだ。


ウィンツの船を航路へと誘導してるのも、そんなハルピュイアの一人。 島の人々は、ハルピュイアを大切にし、決して“一匹”とは数えない。 ハルピュイアを捕らえようとする人間には、断固たる姿で戦うのだとか。


先導してくれるハルピュイアの影を見上げたウィンツは、


(人間よりも慈しみ深い半獣人族か・・。 危ない航海の船長なぞ辞めて、あの漁村で穏やかに暮らしたほうが気が楽だな・・・)


と、思う。


大嵐の時に濡れた上にボロボロに成った地図が、机の上に散らばっている。


地図を無くしたウィンツに、船が多く通る航路までの案内を買ってくれたハルピュイアは、“マキュアリー”と言う名前の美しい者だ。 母親を人に攫われ、漁村の人が彼女を育てたらしい。 悲しい運命にも挫けず、人を嫌わないマキュアリーに、ウィンツは一目惚れしそうだった。


飛んでいるマキュアリーの影を見上げて、ウィンツが思い返すのは、4日前の嵐を抜けた朝の事だ。 舵が思う様に利かず、破け掛けた帆を張って漂流していたウィンツの船。


何処かに停泊出来る島は無いかと、船首に立って望遠鏡を覗いていたウィンツの前に、突然マキュアリーは現れた。 魚を買い付けに来る船とは明らかに違うシーフランク号を、マキュアリーは怪しんだのだ。


だが、マキュアリーの姿に驚く素振りも見せなかったウィンツ。 ハルピュイアの事を知っていたからだ。


赤い艶が陽の光の当たる黒髪に生える、うら若い18・9の娘の様なハルピュイアのマキュアリー。 いきなり現れた瞬間。 ウィンツは、妖精や精霊が人の姿を借りて現れたのではないかとすら思えた。


凶悪なモンスターと間違えそうになる船員や、客の冒険者を宥めたウィンツは。 疑うマキュアリーへ船が壊れた事を告げた事で、漁村の場所を教えて貰えたのである。


さて。 島に有る漁村と諸島以外は、マキュアリーにとって外の世界と言って良かった。 大陸の事を知りたがる彼女は、気の大らかなウィンツに度々話し掛け。 悪い気のしないウィンツは、何かと朝晩話合った。 お互いの身の上話までし合って、マキュアリーの母親の事を聞いたウィンツ。


“大陸に戻ったら、俺が探してみようか”


攫われた母親の事を、ウィンツは探してやりたかった。 漁村で過ごした最後の夜、マキュアリーに言った言葉だ。


だが、マキュアリーはその申し出を静かに断る。 続けて出て来たマキュアリーの話は、ウィンツの男義と正義感を揺さ振るものだ。


ハルピュイアは、同じ獣人族の種類でも人と交わりの深い一族で。 その反動は、肉体に押し寄せているのだとか。 妊娠をすると、赤子は人に近い姿をして生まれる為。 非常にエネルギーを使う。 ハルピュイア達は、40歳過ぎぐらいまでしか生きられない身体な上に、生涯で妊娠出来る回数も2・3度なのだとか。 そんな身体を人に攫われ、欲望の捌け口の代償に使われたら・・・。 攫われたハルピュイアの寿命は、持って1・2年と言う話は、嘘では無い。


ウィンツはその話に、久しく寝かし付けた正義感を燻らせ、横暴な人間に対して怒りを覚えた。


(同じ人間でも、ムカつくな)


船長でも雇われで、自前の船や船員も持たない自分は、いい様に扱われる道具に過ぎない。 だから、船長として好きな航海に出られるのだからと、不条理にも怒らず、不満の殆どは飲み込んで来た。 だが、この話には、正直我慢が出来なかった。


思わず怒ったウィンツの姿は、マキュアリーには好感良く見えたのだろう。 外部の人間と初めて長々と話したマキュアリーだが、随分年の離れたウィンツに案内まで買って出てくれた訳だ。


前日の朝に漁村を出立し、丸一日航海をしているウィンツ。


マキュアリーは、海に潜った岩などの障害が在りそうな場所では、目立つ様に数度旋回して教えてくれるし。 ラグーンの様な場所では、余裕を持った距離で、方向の修正を飛ぶ向きで教えてくれる。 夜は、速度を落とした船の地下で休み。 その入り口は、ウィンツが見守る。


(今日の夕方で、彼女とはお別れか・・)


ウィンツは、マキュアリーとの別れが淋しく思えた。


しかし、だ。 異変は、そんな昼頃に遣って来た。


上空に高く舞い上がっていたマキュアリーが、何故か急に高度を落として来たではないか。


ウィンツは、何事かと思い。


「ジョベック、舵を頼む」


と、若い船員に言い。 舵取りを代わると、年配で足を悪くした船員頭のブライアンの肩を叩いて、彼は廊下に出て行った。


「ブライアンさん、どうしたんでしょうか?」


舵を握った細身の青年ジョベックは、硬太りの先輩船員で、天辺ハゲのブライアンに問うた。


「さぁ、ハルピュイアが降りて来たからな。 なぁ~にか在ったかもなぁ」


「もしかしてっ、別の船?」


「だといいな」


二人の会話が交わされる中。 廊下を走って甲板に出たウィンツ。 船首の方に降りて来たマキュアリーの方に駆け寄った。


一方、長い赤く艶やかに靡く黒髪をした美しい娘の様なハルピュイアのマキュアリーは、翼で風を受けてフワリと甲板に降り立つ。 そして、ウィンツの方に振り向くと。


「タイヘンっ、直ぐに引き返してっ!!」


と、歌声の様に美しい声を張り上げた。


マキュアリーの目の前まで来たウィンツは、


「一体どうした?」


マキュアリーは、翼そのままの右腕を東に向け。


「向こうに幽霊船が居るわっ!!」


ウィンツは、海の危険でも一番恐ろしい“幽霊船”と聞いて。


「何だってっ?!!!」


と、東の海に顔を向けた。


マキュアリーは、酷く脅えた様子で。


「漁村なら、聖なる結界が張られてるから助かるわっ。 海の上じゃっ、皆殺しよっ!。 幸い、向こうは結構近くに居るのに、こっちに気付いて無いみたい。 逃げれば、何とか成るわっ」


しかし、船長として経験の長いウィンツは、青褪めた顔で首を振り。


「気付いて無いハズは無い。 幽霊船は、数十里離れた場所でも、先の船や人を感じるらしい。 それに、無理だ・・。 漁村に戻るには、向かい風と成る。 風に逆らう航海では、このボロ船じゃ逃げられない・・。 戻るにしても、1日以上掛かる。 最悪だ・・」


マキュアリーは、空を見上げながら。


「私、助けを呼びに行くっ。 もう少し先に、別の船が居るかも知れないっ」


と、羽ばたこうとする。


しかし、ウィンツは、そんな彼女の肩を掴んだ。


「駄目だ。 それだけは、出来ない」


ウィンツの一言は、マキュアリーには驚きだった。 再度彼に向いて、


「どうしてっ?!」


一人で決意を固めるウィンツは、東の海を睨み見て。


「海の上で、幽霊船に狙われた船の殆どが死滅する。 他の船を呼べば、死ぬ仲間を増やす様なモンだ。 航海をする船長の掟でも、幽霊船などのモンスターに遭遇した場合。 助けを呼ぶのも、行くのも禁じられているのさ。 被害を最小限にする為にな」


マキュアリーは、そんな絶望的な掟など恐ろしいとしか思えない。


「そっ・そんな・・、おかしいよっ! 助けを呼んじゃイケないだなんてっ!!」


ウィンツは、それでも船長としての意地は捨てられない。


「仕方ない。 幸い、この船に乗ってるのは少人数だ。 後で島に遣って来る商業船に乗って、クルスラーゲに戻ると言う客は大半で、君の住む漁村に残った。 今、この船に残るは、少なくなった10人程。 この船を囮にすれば、漁村の方々に貸して貰った小船に客を乗せて、ラグーンの先の小島にでも逃がせる。 俺がこの船を操縦し、幽霊船に突っ込むから。 マキュアリー、君は、小船を誘導してくれないか?」 


ウィンツに驚く様な事を頼まれたマキュアリーは、激しく顔を振り被った。


「いやっ、そんなの嫌よっ!!! 私のお母さんを探してくれるって言ってくれた人を、このまま見捨てるだなんてっ!!」


だが、ウィンツは冷静だった。 マキュアリーの肩を両手で掴むと、彼女の目を見て。


「マキュアリー、変だと思わないか?」


感情的なマキュアリーは、涙すら浮かぶ強いめでウィンツを見つめ返し。


「何がっ?!」


「幽霊船は、獲物を見つけたら直ぐに襲ってくるのが普通だ。 君の目に、幽霊船はどう見えた? 襲って来る様子だったか?」


「・・いえ。 この船より少し先を、同じ方向に向かって・・・」


その言葉は、ウィンツには確信を与える物だった。 ウィンツは、自分達の目指す筈の北東を見据え。


「そうか・・。 恐らく、我々の進む先に、別の船が来ているのだな。 幽霊船の奴等め、態と船がお互いに見える所まで襲わない気なのだ。 一人でも多く、生け贄を求める気なのだっ」


ウィンツは、このボロ船を嫌って下りた冒険者の中に、魔法遣いや僧侶が居た事を今更に悔やんだ。


今、航海している船に乗る冒険者は、チームがバラけたらしい若い戦士と、学者で剣士の女性のみ。 他は、新たな働きの場を求めて移住する家族3人と、目つきの宜しくない浪々者らしき男性2名。 そして、年配の男性旅人1名と、吟遊詩人と踊り子。 客は、計10名。


ウィンツは、ぐずぐずしては居られないと思う。 もし、この船が他の船が見える所まで行ってしまえば、巻き添えをし合って、皆殺しにされてしまう。 少しでも生存者を増やす為には、誰かが犠牲に成る必要が在る。


(俺だけで、俺だけで十分だっ!!)


ウィンツは、直ぐに動いた。 助けを呼ぼうと願うマキュアリーを抑えながら、甲板を行き操舵室に向かって。


「ブライアンっ!!! ジョベックっ!!!」


と、二人だけの管理船員を名指しで呼ぶ。


操舵室に居た二人は、ウィンツの大声に驚き。 窓枠だけの窓から顔を出した。


ウィンツは、二人を見て。


「幽霊船が間近に居るっ!!!」


と、言い放った。


「げぇっ?!」


「ひやぁぁぁーーーっ!!!」


驚く二人に、ウィンツは怒声の如き声で。


「ブライアンっ、手下の船員2人と一緒に、漁村で借りた船に客を乗せて脱出の準備をしろっ!! ジョベックは、同じく手下船員4人と協力して、船に積める最大限の食料を運び出せっ!!! 客と船員達は、このマキュアリーが案内するっ!!」


恐怖で震えるジョベックは、窓枠にしがみ付きながら震える声で。


「ききき・・キやプテンはぁぁっ?!!!」


「俺がこの船毎、襲って来る幽霊船の囮に成るっ!!! この先は、船が頻繁に行き来する航海路だっ!!! あの海の道まで、幽霊船を案内する訳にイクかぁっ?!!!! 正念場だっ!! 気合を入れろっ!!!!!」


ウィンツは、流石にクラウザーの弟子だけ在った。 その冷静な判断とは裏腹に、手下を叱咤して気合を込めるだけの情熱や気持ちを持っていた。


船員としては、かなり経験の長いブライアンは、ウィンツの行動に意気を感じ。


「応っ!!! 任せて下せぇっ!!!!」


と、50を迎えた身体を起こして吼えたのである。


考え直してと叫ぶマキュアリーを他所に。 ウィンツは、リビングや食堂と成る二階の屋根に上って、窓枠から操舵室に上がり込む。 そして、舵を握ると、一気に大きく右へ切った。 船は、小回りで旋回し、南東方面に向き。 更に、更に南へ向いた。


船が一転して南へと逃げる方面に向いた直後。 ウィンツは、慌てて遣って来た冒険者の二人と面会した。


灰色のロングコートに、全身を包む鎧のプレートメイルを着た大柄な男は、片手用のハンドアクスを三振りも扱う戦士のビハインツ。 ちょっと面長の顔ながら、細い目や大きい鼻などが、顔の潰れた様な印象を与える老け顔の人物だ。 ブラウンの髪は短く、剛直な気性を伺わせる。


もう一人は、学者ながら細剣を腰に帯びる女性である。 長い金髪を知恵の輪の様に結って垂らすのだが、服装は男装の様な凛々しき美剣士とも見える。 艶やかな赤いコートには、花の刺繍が素晴しい。 名前は、ルヴィアと云った。


操舵室に踏み込んできた二人を見たウィンツは、


「おう、お二人さん。 大変な事に成った。 悪いが、船員達と協力して、逃げる準備をしてくれ」


ガラガラ声の戦士ビハインツは、


「アンタはどうするっ?!!」


舵をする輪を、軽く二度叩くウィンツ。


「この船で、幽霊船に体当たりする。 皆が逃げる時間は、稼ぐつもりだ」


ハルピュイアのマキュアリーが、必死に考え直してとウィンツに言う。


学者で剣士のルヴィアも、やや貴族調子の言い方で。


「船長が死んだ所で、我々が助かるとは限らないのでは?」


と、意見を言うのだが。


ウィンツは、決意を固めた顔で。


「少しでも大陸から離れ、お前達が航海路に逃げる間に、向こうにダメージと生け贄をくれてやるまでさ。 それしか、君達を助けられない」


「だがっ」


と、犠牲を嫌って言うビハインツへ。 ウィンツは、顔を怒りの形相に変えると。


「バカヤロウっ!!!! 航海路はっ、数多くの船が行き来する海の街道だぁっ!!!! 奴等がのんべんだらりと俺達を進ませるのは、他に巻き添えで引き込む船が近くに居る可能性を示してンだぁっ!!!!」


ウィンツの話に、ビハインツとルヴィアは言葉を失くす。


前を向くウィンツは、冷静を取り戻そうと顔だけを歪めながら。


「巻き添えを出す訳には・・・、船長として絶対に許されない。 アンタ達を見す見す死なせられもできねぇしな。 犠牲を最小限にするしか、今は方法は無いんだ・・。 早く、この船から離れてくれ・・。 時間が無いんだからよ」


一人に成ってるビハインツとルヴィアだが、仲間意識や人情の無い冒険者では無かった。 ウィンツの必死な意気込みが、事態の切迫した緊張を伝える。


二人が黙ってしまった中で。


「キャプテーーンっ!!! てぇへんだぁぁぁっ!!!!」


と、ブライアンが走りこんで来た。


ウィンツは、直ぐにブライアンを見つめ。


「どうした、何か有ったか?」


“ゼーハー”と息をするブライアンは、硬太りの身体を揺すって海に指を向けると。


「くっくくく・・」


「落ち着け。 ハッキリ言わないか」


「あ・・くっ黒い霧に包まれた何かがぁっ!!!」


その言葉にハッとするウィンツは、操舵室後部の窓枠に走り寄った。


ルヴィアとビハインツも、彼の後を追う。


皆が見る窓枠の外。 海上の遥か彼方に、黒い何かが見える。 海全体では無く、その一部だけが黒い。


歯を食い縛ったウィンツは。


「噂通りだっ。 昼間に船を襲う時、幽霊船は黒い靄で狙う船を包み、その行く手を阻んでしまうと聞く。 奴等、やっぱり近いこの船を標的に据えてたんだっ!」


すると、学者のルヴィアは。


「それだけじゃないハズ。 あの靄は、闇の結界なんだわ・・」


と、眉間にシワを寄せた難しい顔をして言う。


ビハインツは、ルヴィアに。


「どうゆう事だ?」


「陽の下では、死霊系や亡霊系のモンスターは活動がしにくいのだ。 でも、あの結界の中に狙う船を閉じ込めてしまえば、自由にモンスターを差し向け襲わせる事も可能と成る。 幽霊船を操ってるモンスターは、凄い高位のモンスターだ」


その時。 後からまた手下の船員が来て、ブライアンに何かを言う。


話を聞いてギョっとしたブライアンは、


「キャプテンっ!! こんな時に大事だっ!!!!」


振り向いたウィンツに、ブライアンは続け。


「あの客として乗ってた放浪者の野郎等、ドサクサに紛れて客から頂いた運賃を持ち逃げする気だっ!!! 今、船長室から出て来たその二人と、ジョベック達が逃げる小船の奪い合いを上でしてるって・・・」


「何だってぇっ?!!!」


これには、流石のウィンツも思考が止まる程の驚きを感じた。


ビハインツは、ルヴィアを見て。


「二人で取り返そう。 このままじゃ、取り返しがつかない事に成るっ」


頷くルヴィアも、


「当たり前だっ!! そんな身勝手なヤツ、先に幽霊船のエサにしてくれようっ」


と、即座に了承だった。


ウィンツは、二人に。


「皆の逃げる船だ。 必ず奪い返してくれ」


二人は頷いて、ブライアンの空けた廊下に飛び出して甲板に向かった。


舵を取りに戻ったウィンツは、


(肝心な時にツイてない・・。 親方の言う通りだゼっ!!)


と、舌打ちする。


十代後半でクラウザーに弟子入りしたウィンツは、航海士として船長としての知識・技術を習得するのは、非常に早かった。


だが、クラウザーは、彼を中々独り立ちさせなかった。 他のウィンツと同じ年頃の者を、己の船団の各船を率いる船長にしても、ウィンツだけはさせなかった。


ある航海上の夜。 別の見習いが、クラウザーにその事を問う時。 ウィンツは、その受け答えの内容を聞いて驚いた。


クラウザーは、質問にこう答えた。


“アイツは、才能だけなら俺より上さ。 度量も、器量もある。 恐らく、十分に船長として通用はするな”


“では、どうしてクラウザー様は、ウィンツさんを手放さないんで? 各小さな船団を率いる船長にしてもいいと、自分は思うんですがね”


“・・、口で説明するのは難しいんだが・・。 言い方を解り易くするなら、ヤツには運が無い”


“運? あの、博打とかで重要なヤツですか?”


“おうよ”


“そんな物が、船長には必要なんですかい?”


“おいおい、運をバカにしちゃ~いけねぇよ。 例えば、嵐を予期するのは、知識と経験だ。 だが、そんな中に突っ込まされる依頼が舞い込んで来るとも限らない。 幽霊船やホラーニアン・アイランドの様なモンスターに遭遇するんだって、一つの運次第・・だろ?”


“まぁ・・そうでしょうが”


“世間的な意見からすると、船長ってヤツは腕と技能と度胸と言われる。 だが、その三つの条件を揃えた優秀な奴でも、時として死ぬ者も居れば。 劣って居ても、死なないヤツも出てくる。 その命運は、ツキってヤツよ”


“んじゃ~、ウィンツさんは、そのツキが無いんですか?”


“そうだ。 アイツを副船長に据えると、必ず何かしら起こる。 一人で解決出来る範囲の面倒事なら、それでイイがな。 それがそうも行かなくなると、実に危険だ。 船長は、多くの船員と、積荷や旅客を預かる。 運の悪いヤツに任せたら、安全なものも安全で無くなる時が必ず来る”


クラウザーは、こう言った。


それを聞いた十数年前。 ウィンツは、クラウザーもヤキが回ったと飛び出す決意を固め。 金を積む商人の引き抜きの話に乗っかった。


だが、結果はクラウザーが正しかった。


独り立ちしたウィンツだが、その船長人生は波乱に満ちたものだった。 雇われて半年して、雇い主が偽者の商品を輸入して店を潰した。 その積荷を運んだのは、誰でも無いウィンツ自身。 その次に雇われた所では、一番大きな船を動かしていた時に海賊に襲われてしまう。 客の女性の大半と、積荷を奪われてしまい。 責任を負わされた彼は、クビにされて投げ出された。 三度目と雇われた所では、長く船長を出来た。 が。 彼を雇う商人の座が、親から息子に譲られると。 インテリ然として、人を駒としか見ない息子とウマの合わないウィンツは、煙たがられ解雇させられた。


そして、四度目の因業な雇い主に雇われた末の、今回である。


(嗚呼・・、親方の言わんとしてる意味が、今頃に解るなんてなぁ・・。 しかも、俺も死ぬ運命だ。 全く、ツキが無いのは仕方ない)


クラウザーの元を離れた他の船長達とは、確かに巡り合わせは大きく違っていた。 御蔭で、腹を括る速さだけは人一倍に成れた。


ウィンツは、皆を逃がしてから少し逃げ回り。 追い付かれた後は、幽霊船に船毎体当たりして死のうと考えた。




                       ★




さて、ブライアン達を伴って、老朽化の目立つ甲板に出たビハインツとルヴィア。 飛び出す様に甲板の上に出た二人は、“わーわー”と騒ぐ方に顔を向け。 後から出て来たブライアン達よりも先に二人で見合って、甲板脇の通路に踏み込んでゆく。


所が・・。


「クソったれっ!!!! もどれぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!」


若い男性の大声が、海上の上に響き渡った。


ビハインツとルヴィアには、通路の先で縁から乗り出す若い船員と他の客が見える。 何かを必死で言っているのを見て。


(まさかっ?!)


と、二人も甲板の縁から身を乗り出し、海を見下ろすと・・。


幽霊船から逃げるこの船と枝分かれする様に、一艘の小船が離れて行く。


「あばよっ!!! 幽霊ゴーストにヨロシクっ!!」


と、小船を漕ぐ背の高い男が、自分達をからかう様に言ってよこし。


その男と向かい合うもう一人が、


「コイツは返すゼっ!! ヒャッハーっ!!」


と、海に人を突き落とした。


すると、甲板に居た女性が。


「キャァっ!! アナタっ」


と、口走る。


小船から突き落とされた者は、必死に海でもがき出す。


「たっ、うぷ・・助けてくれっ!!」


若い船員ジョベックは、右腕を抑えた様子で。


「はっ・早く・・ロープをっ!! 暴れる音を嗅ぎ付けて、サ・・サメがくるっ」


下働きをする繋ぎを着た船員達は、大慌てでロープを用意し出した。


ルヴィアは、直ぐにジョベックに走り寄った。


「船はあの一艘だけっ?! ・・って、酷い怪我っ」


ジョベックの右腕には、斬り付けられた傷が出来ていた。 汚れた白い上着の一部を、真っ赤に染める程の出血であった。


怪我に因る痛みから、ねっとりと脂汗を掻くジョベックは。


「ク・クソ・・。 アイツ等・・船長室の金を奪って・・逃げ・・・。 すま・済まねぇ~・・キャプテンっ」


と、言い。 涙を浮かべる。


その近くでは、泣きじゃくる女の子が背中の衣服を引き裂かれたままの姿で、母親らしき女性に縋り付いていた。


逃げた二人は、最初この少女と母親を奪い人質にしようとした。 だが、咄嗟に庇った父親が身代わりに成ったのである。


さて、引き上げられた家族の父親を見たルヴィアは、ブライアンに。


「他に逃げ場は?」


斬られた船のロープを手繰るブライアンは、真剣な目で。


「解らねぇっ、キャプテン次第だ」


と。


ルヴィアは、ビハインツを見て。


「船長に言いに行こう。 このままでは、何れ・・」


と、云う言葉を途中で止める。


甲板の上で、二人は立ち尽くす踊り子達を見た。


幽霊船を包む黒い靄は、ハッキリと目視出来る様に成って来たのだ。 船員や客達が、その靄を見て立ち尽くしていた。


急いで操舵室に戻った二人は、舵取りをするウィンツに事を告げる。


「何てこった・・、このままじゃっ。 クソったれがっ!!」


脱出用の船を既に奪われてしまった事に、ウィンツは憤りを隠せなかった。


ビハインツは、南側の外を指差し。


「帆を張って、とにかく逃げようっ」


顔を回らせたウィンツは、操舵室の入り口に見えたジョベックが大怪我をしているのに驚く。


「ジョベックっ、お前どうしたっ?!」


ブライアンと他の下働きの船員に支えられるジョベックは、泣き声で。


「キャプテン、す・すす・・すんません。 奴等に船・・奪われちまった・・。 身体張って止めたんだがっ、奴等はぼ・冒険者崩れだった・・」


こう言われて思えば、ウィンツも逃げた二人には不気味さを覚えていた。 ハルピュイアを見る目が不気味だったし、何かと客の中でもコソコソと孤立していたのだ。 恐らく、手配でもされる輩の類だと思えた。


「いい、気にするな。 ブライアン、ジョベックの手当てをしてやれ」


「へい。 ですが、この先は一体?」


ウィンツは、また振り返り。 遠くにハッキリ見える靄を見て。


「この先には、“船の眠る丘”と呼ばれるラグーン地帯が在る。 無理に入り込んだ船が、尽く座礁する所から付いた名前だ」


「知ってやす。 一度乗り上がったら、二度と海に戻せない場所ですな?」


「おう。 だが、俺はクラウザー様と一緒に居た頃。 とある理由から、あのラグーン地帯に入り込んでしまった事が在る」


「マ・マジですか?」


「あぁ。 だが、実はな。 あのラグーンは広大だが、切れ間から海の続く中に入ると、獣道の様な切れ目が縦横無尽に走っていて。 コンパスさえあれば、この船の大きさなら縫う様に進んでいける。 その中に入れば、幽霊船もやり過ごせるし。 上手く南西に抜ければ、漁村の在った島にも近道出来るはずだ」


ルヴィアは、目を見開き。


「助かるな」


と、ビハインツと頷き合う。


だが、ウィンツの顔は、非常に難しい顔のままで。


「だが、障壁が多大だ」


ジョベックは、痛む顔のままに。


「そ・そうですよっ。 だっ・だって風は・・」


ウィンツも頷き。


「そう。 風が南風。 帆を張って風を掴み、早く進めない。 海流も不規則で、上手く乗り切れないのが現状だ。 今、何とか進めているのは、修理出来た風で回る風水車輪のお陰さ。 だが、船体脇に付いてる風水車輪だけでは、風を味方にするのに不十分。 更に、前の嵐の時で、非常用の人力で漕ぐ大櫂もヤラれてる。 ラグーンに入る前に、幽霊船に追い付かれる可能性も十分に強い」


ルヴィアは、最早イチかバチの勝負だと悟る。


「出来る事は、祈るだけなのか・・」


と、一瞬でも逃げ切れると喜んだ自分が、実に間抜けに思えた。

どうも、騎龍です^^


ご愛読、ありがとうございます^人^

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