K特別編 秘宝伝説を追って 第一部 ⑤
K長編・秘宝伝説を追い求めて~オリヴェッティの奉げる詩~第1幕
≪不安の蔓延る海≫
危険な海域を通る航海を避け。 来た航路を戻る形で、北の大陸の南側沿岸を沿う様に航海をするクラウザーの船。 クルスラーゲの交易都市を出て、3日目の夜の入りである。
操舵室の窓から外を見るカルロスは。
「クラウザー様、凄い濃霧ですな」
と、不安を覗かせる言葉を漏らす。
夕方から、穏やかだった北からの風が南からの風に変わり。 最も大陸から離れた海域に達する明日を前に、不安を齎す濃霧の中へと入った。 陽の光を遮る程の濃霧の中に入った船は、目隠しをされたのも同然。 クラウザー達船員は、コンパスと経験を頼りに、速度を落とした状態で航海を続けている。
カルロスの言葉を受けるクラウザーは、静かながらも言葉鋭く。
「カルロス、気を引き締めろ。 今夜は、見張りを少し増やせ」
その言葉に、カルロス以下船員達がクラウザーを見る。
操縦士の女性魔術師が。
「クラウザー様、モンスターでも出るのですか?」
「いや、そうでは無い」
「では、何故に見張りを?」
「いや、な。 さっき霧が出始めてから、客の僧侶数人が気分を悪くした。 ワシは、若い頃に2・3度ホラーニアン・アイランドや幽霊船に襲われ掛けた経験がある。 ヤツラは、霧の後に出没していた。 もし、この霧がその予兆とも云えなくない。 航海には、必ず念には念を入れる時が来る。 だから、そうするんだ」
カルロスは、船の警備を担当する船員に目を向けた。 向こうも、頷いて受け止める。
クラウザーは、夜遅くまで起きる事にして。 一階のホールや二階の高級ラウンジなどを見回った。 霧に不安を見せる客が出るのを見越し、自ら出向いて落ち着きを促す。
一方で、ダンスや音楽を見たがったリュリュを連れ、一階まで降りていたK。
人の多い場所を見回っていたクラウザーは、そんなKを見つけた。 食事の出来るラウンジ前で、中一階の広いホールを見るリュリュと共に、手摺に身を預けて居るKに近付き。
「珍しいな。 御主が、人の多い所に居るなど」
果汁の入ったグラスを持ったKは、脇のリュリュを見てやって。
「コイツが、ダンスを見たいとせがむからだよ」
クラウザーは、リュリュを見る。 目を輝かせて、下で行われる手品やダンスなどに見入っているリュリュが居た。
(なんだかんだと、コイツも面倒見のイイ奴だ)
と、Kを見て思う。 しかし、直後にKへ身を寄せるクラウザーは、顔を引き締めて。
「なぁ、僧侶が相次いで気分を悪くした。 何か、悪い前触れではないかな」
Kは、アッサリ頷き。
「んだ。 此処から東南に離れた場所。 其処に、幽霊船か悪霊島が居る」
クラウザーは、目を凝らしてKを見て。
「本当か?」
Kは、果汁を一飲みしてから。
「あぁ。 感じ方としては、微か。 恐らく、向かって2日は掛かる場所だ。 普通で行けば、先ず遭遇しない」
「そ、そうか」
「だが、気に成る」
クラウザーは、Kの言う事なだけに。
「何がだ? 言ってみろ」
「ん~、普通よ。 幽霊船や悪霊島ってのは、こんなに遠くでは感じられないんだ。 幽霊船は海に沈んで居たり。 悪霊島は、島に近付き擬態する。 動かない状態のアイツ等は、精霊の波動を抑えるからな。 俺だって、もっと近付かないと解らん。 だが、今は解るんだ」
「お前、それはつまり・・」
「そう。 ヤツは、動いてる。 これだけ遠くからハッキリするって事は、獲物を見つけてる可能性も在るな」
クラウザーは、顔色を曇らせた。
「この船でなければイイがな・・」
すると、Kは。
「いや。 恐らく違う船だろう。 この航路の南下は、コンコース島を経由する航路の一つなんだろ?」
クラウザーは、手摺りに身を預け。 南側に指を向けると。
「あぁ。 北の大陸の西側の国から、東の大陸に船を出す場合の一般航路だ。 10日から、14・5日でコンコース島に着く」
Kは、その指の向きを見て。
「・・、少しズレるな。 感じるのは、向こうだ」
と、自身も指を向けた。
クラウザーは、そのズレを見て。
「角度にして、10℃ぐらい。 確かに、コンコース島へ行く航路から少しズレている。 その方向は、ホレ。 この前に話した、孤群諸島の在る方向だ」
Kの目が、其処で細まった。 直ぐに反応した様な、斬り返しの間合いで。
「おい、クラウザー・・。 もしかして、もしかするぞ」
「ん?」
「ホラ。 アンタの弟子の船・・・」
クラウザーは、グッと目を見開き。 そのまま、固まった。
果汁を飲み干したKは、はしゃぐリュリュを見てやってから。
「航海法では確か・・、モンスターに襲われた船を助けちゃいけないんだったよな? ミイラ取りが、ミイラに成らない為に」
緩やかに俯き出すクラウザーは、
「そうだ・・」
と、呟くのが精一杯だった。
海上で孤立した船がモンスターに襲われた場合。 乗っている冒険者などが優秀でも無い限りは、助かる可能性は限りなく低い。
(嗚呼・・、まさか)
導き出された予測に、クラウザーは絶望に身を抱かれた気がした。
★
霧が立ち込める中、朝を迎えた。
オリヴェッティが起きて、クラウザーの居る船長室に向かうと。 昨晩、遅くまで起きていたクラウザーは、もう起きていた。
「おはよう御座います。 昨日、かなり遅かったのに。 お早いですね」
テーブル前に座ったクラウザーは、オリヴェッティに驚き。
「おっ、おお。 あ~、おはよう。 いや、霧が濃くてな。 乗客に不安を感じる者も多く、こっちまでな」
オリヴェッティは、自分とリュリュが寝た後。 Kを船長室に呼んだクラウザーなだけに、“何か不安でもあるのではないか”、と、思っていた。
その意味が周知に成るのは、霧が晴れた昼である。
珍しく、操舵室にK達を居れっ放しにしたクラウザー。
カルロスなどは、部外者が居るのは気に食わない様子である。
昼食を操舵室内の、クラウザーが詰める指令場で済ませたKは。
「クラウザー、霧が完全に晴れた。 奴等、獲物に狙いを定めた可能性強いぞ」
緊張の顔を解かないクラウザーは、椅子に座ったKに。
「やはり、霧は関係在るのか」
「あぁ。 濃霧でも、奴等の吐き出す“瘴霧”(ノウズミスト)は、独特だ。 奴等の動く周りは、魔の力と闇の力が混ざり、温度が下がる。 其処で発生する濃霧には、奴等の纏う瘴気が含まれるんだ。 それに隠れて、獲物を探して回り。 襲う時に、霧を風に乗せ方々に切り離す」
「何で、そんなに回りくどい事を?」
「簡単な話さ。 風を捕まれたら、奴等より今の船は早い。 先回りするために、姿を隠す隠れ蓑にしてるんだよ」
「では、晴れたと言う事は・・・」
「あぁ。 もう、襲う相手が補足出来たんだろうな。 しかも、今は意外に近い」
「なぁ、なんだとっ?!」
大きく驚いたクラウザー。 その声に、カルロス達が一斉に顔を向け。 操舵室の外れで、椅子に座っていたオリヴェッティやリュリュも二人を見た。
二段ほど高い指令場の床に備え付けられた大型チェアーから、勢い良く立ったクラウザーは、険しい顔で。
「何処だっ?!」
Kは、南東に指を向け。
「この方角。 感じ方からして、船で四半日と掛からない所だ」
クラウザーは、一気に焦り出し。
「なんだとっ?!! 昨日は・・」
Kは、慌てるクラウザーを見て。
「落ち着け、クラウザー。 奴等は、恐らく深夜から朝方に掛けて、海に潜ったんだ。 早い海流に乗り、先回りをしたんだろう」
クラウザーは、一段高い指令場から窓の外を見た。
(解っていても、助けられんっ!!!!)
Kも窓の方を見て、
「警戒しろ。 恐らく、奴等と狙われる船が出会うのは、俺達の乗ってる船から目視出来る可能性が在る。 奴等、“二つの獲物”を狙ったんだ」
Kのその話を聞き、クラウザーは最悪の事態を理解した。
「ま・・まさか・・、この船も?」
「そうだよ、クラウザー。 俺達の居る海域は、アンタの見せてくれた地図からするなら、陸地から断続的に続くラグーンを形成する浅瀬の外側。 小型商業船や、中型貨物・旅客船なら、浅瀬ギリギリの早い潮の流れに乗り込めるがな。 この大型船では、浅瀬付近へは無理だ。 幽霊船を操るのは、海で死んだ船長などの亡霊を従える死霊や悪霊。 モンスター相手だからと、奴等が船や海に詳しくないなんて無いんだぜ?」
「なんだとっ?! だがっ、昨日の距離では、此方の船など見えないハズだっ。 それとも奴等は、こっちが見えてるのか?」
「多分。 “見渡し”の魔法は、魔想魔術や暗黒魔法の高等呪術。 見えている可能性は高いし、親玉のモンスターも相当に強い。 第一、こっちはクソ多い人が乗っかってる大型客船。 生命波動を稲妻の様な大音量で発生させている様なモンさ。 この海の上でそんなもんは、高位のモンスターなら直ぐ解る。 奴等は、ソレを求めて彷徨う狩人と同じだからな」
クラウザーは、死ぬかも知れない恐怖が間近に差し迫っている事に震え。 Kをギリリと見て。
「お前、解ったなら何で・・・」
すると・・。
クラウザーを見たKは、フッと口元を微笑ませた。
(なぁっ・・)
この非常事態の中で、尚も余裕で笑えるのが不思議だった。 クラウザーは、思わず焦りを忘れた。
Kは、緩やかな声で。
「クラウザー。 アンタ、助けたい・・だろ? 航海法からするなら、片方が狙われても助ける事は出来ないだろうが・・。 両方狙われたら、助け合ってもイイんじゃ~ないか? ドサクサだしなぁ~。 要は、相手を潰せばイイ話だしさ」
と、クラウザーの目を見抜く。
クラウザーは、簡単に言ったKの狙っていた魂胆を見せられた気がした。
(コヤツ・・、俺の為に?)
椅子を巡らせたKは、緊急事態だとだけは察して居るカルロスや、他の船員達を見回しながら。
「クラウザー。 アンタが俺を、“化け物”と称した。 その褒め言葉に、今応えようか。 ・・、旅の道連れに来る仲間が、終始塞ぎ込んでる時化た冒険なんざ~詰まらないからな」
と、言うと。 カルロスに視線を合わせ。
「これから、俺が向かって来る幽霊船に乗り込む。 別の一隻の船も助けるから、このまま航海してくれ。 もしかしたら、助ける船は壊れてる可能性も在る。 余分に客を収容出来る準備だけしてくれ。 表立った余計な警戒は要らないゼ? 下手に騒ぐのは、無駄だからな」
と、席を立った。
“幽霊船”と聞いたカルロスは、もう気がおかしくなる様な驚きと焦りを滲ませ。
「なぁっ・何だとぉっ?!! お前っ、フザケてるのかぁーーーーっ!!!!!!」
操舵室に、金きり声の様な怒声を叫び上げた。
Kを高みに見上げる船員達の顔は、緊張と怯えに満ち始めたもの。
オリヴェッティに到っては、杖を持つ手を微かに震わせながら。
(ゴ・ゴゴ・・幽霊船って、世界で船を沈める悪霊の巣窟に成った船でしょ?!! 今まで助かった事例なんて、ほんの一握りだけだわっ!!!)
自分の知りうる知識を引いて、この船に差し迫る緊急事態に恐れ戦く。
だが、階段を使ってカルロス達の居る場に下りて来たKは。
「デケぇ声出すな。 客に聞かれた、無駄にパニックだ。 誰も、アンタ等に期待なんかしないさ」
と、カルロスの前を歩き抜け。
「お~い、リュリュ。 一暴れしに行くぞ」
と、リュリュに声を掛ける。
緊張し始めた周囲を見回しながらも、何が起こってるのか今一解ってないリュリュは・・。
「ケイさぁ~ん、何処に行くの~?」
と、暢気な質問をKに返し。
「海の上に、亡霊の集まった船が在るんだ。 その船に、この船と別のもう一隻の船が狙われてる。 ちょっくら行って、ブッ潰してしまおう」
と、Kも、何の差障りも無い様な言い草で言うのだ。
操縦士の魔術師達や、カルロスの周りに居た船員達は、その場違いな空気を出すKに言葉が出ない。
「わぁ~いっ、モンスタ~退治だぁ~。 イクイク~」
一人ではしゃぎ出すリュリュは、ルンルン気分でKの方に歩み出す。
Kは、立ち尽くすクラウザーを見上げると。
「クラウザー、魔術師や僧侶達が騒がないように手を回せ。 そろそろ、勘のイイ奴等は気が付く筈だ。 それから、向こうの船が壊れてた場合も想定して、客室に人を入れられる用意も頼む。 あと、緊急用の船を借りるゼ。 こっちから乗り込むからよ」
その、まるで食事の注文でもしているかの様な言い草。 聞いたクラウザーは、Kでなければ気狂いだと思う。 呼吸を整える為に、少し間を置いたクラウザーは。
「・・解った。 それだけでいいか?」
「あぁ。 所で、脱出用の船は、幾つ在る? 横付けされてる2隻だけか?」
「そうだ。 一般の小船よりは、二回り大きいヤツだがな」
「了解した。 んじゃ、そろそろ行く。 手配は早くしろよ。 金持ちは、一端騒ぎ出したら、アホみたいにウルサイ。 俺とリュリュのする事は、知られる必要も無い事だからな」
言ったKは、首を回らせオリヴェッティを見ると。
「どうする? 暇つぶしに、来て手伝うか? スリルだけは味わえるゼ」
「え?」
聞かれたオリヴェッティは、クラウザー以下船員や仲良く成り始めた操縦士の魔術師達に見られた。
だが、Kとリュリュが行くのであるなら、リーダーの自分が逃げる訳にいかないと。
「はい、行きます。 先に襲われる船は、別の船なんですね?」
「多分な」
「では、一般の方を助ける為にも、行きます」
「ん。 じゃ、下に下りろ。 ホレ、その右奥の扉は、甲板まで降りてる」
リュリュは、スキップをして非常用の連絡階段に出る扉に向かい。
「わ~いわ~い、ゆっれい退治~ゆっれい退治~」
リュリュの後を歩くKは。
「リュリュ、お前は怪我するとメンドーだから、立ち見でもいいぞ」
「や~だやだ、ケイさんみたいに戦うんだぁ~」
「やるのはいいが、怪我するなよ。 ピーピー泣かれるのは、面倒だ」
「泣かないモンっ。 男の子なんだぞぉ~」
Kとリュリュの雰囲気は、何処かに遊びの探検に行く子供の様な雰囲気すら醸し出す。 これから、モンスターと戦う者達の様子では無かった。
Kの後を行くオリヴェッティは、不安げにクラウザーを見上げたり。 言葉を忘れた様な船員達を見る。 本当にモンスター退治に行くのか、実感が湧かない自分が居るのを持て余す気分であった。
先に非常用の扉を開き、高い場所に在る操舵室から下に降りる階段の踊り場に出たリュリュは、冷たい風に吹かれ。
「イイ~風さん。 わぁ~、此処って高ぁ~い」
Kも、外の狭い踊り場に出ては、
「全く、これだけ金を掛けた船の割に、脱出階段は連結梯子って・・。 バカじゃないか?」
と、二階づつ下の外付け廊下に降りる梯子階段を見て呆れた。
リュリュは、嬉しそうにさっさと梯子階段を降り出す。
Kに到っては。
「面倒だな」
と、オリヴェッティの出て来た目の前で、10階建てに相当する高みから、梯子を使わずに飛び出した。
「ケっ!!!」
目を飛び出さんばかりに驚いたオリヴェッティは、Kの飛び出した方の手摺に飛び付く。 高さの恐怖も忘れて下を見れば・・。 Kは、梯子階段を下りた下の踊り場の手摺に掴まっていた。
そして、丁度Kの居る踊り場に降りたリュリュがKを見つけ。
「あ~、ケイさ~んずるぅ~い~」
「俺はイイの。 オリヴェッティとゆっくり来い。 船を風で動かすのは、オマエなんだからさ」
「ふぇ~い」
オリヴェッティは、やはりKとリュリュは人を超えた何者かだと確信した。 Kの突拍子も無い行動に、全く驚かないリュリュもリュリュだ。
(はぁ。 とんでもない方々とチーム組みましたね・・、私)
あまり高い所が好きでは無いオリヴェッティだが、仕方なくその梯子階段を下りる事にする。 海風が強めに吹き付け、降りる瞬間から怖い。 長いが、タイトな白いスカートを穿いていて、今日は正解だったと思う。
先に飛び降りたKは、甲板の上に。
濃霧の影響で、甲板には客の誰も出してない中。 Kを見つけた下働きの船員がやって来て。
「お客さん、今は甲板には・・」
と、言って来るのに対し。 Kは、
「緊急事態だ。 クラウザーの頼みで、脱出用の船を二隻借りたい。 何処に在るのか、教えてくれ」
下働きの船員達は、クラウザーと肩を並べて対等に話す黒尽くめの包帯男を噂にしていた事も在り。 Kの言葉を聴き。
「緊急事態だって?」
「あぁ、厄介なモンスターが近くに居る。 チョイト行って、撃退してくるのさ。 ま、この船に近づけると面倒だから、こっちから出向く。 このまま、客は外に出すな」
“モンスター”と聞いては、下働きの船員も顔を驚かせ。
「どっ・何処にっ?!」
「まだ、少し離れてる。 目で見えたら、大変な事になるぜ。 モンスターの事は、俺達に任せろ。 とにかく、俺達がモンスターの方に向かったら、悟られない様に静かにクラウザーへ指示を仰げ」
「あっ・あぁっ。 脱出用の船は、後ろの右側だ。 ロープで括り付けてある」
甲板の後尾に向いたKは、その船員に。
「解った。 じゃ、リーダーの女性と若いのが、この緊急避難用の梯子で降りて来るから。 俺の居る脱出用の船に案内してくれ。 俺は、先に行ってる」
Kは、甲板の後尾へと向かった。
オリヴェッティとリュリュが降りると、Kに言われた船員の案内で脱出用の船に案内される。
先に船に乗り込んでいたKは、甲板の縁に回してあったロープで船の前後を繋いでいた。
脱出用の船に射した影に気付いて、上を見上げたK。 覗き込んで来たリュリュとオリヴェッティを見て。
「行くぞ、船に乗れ」
オリヴェッティは、まだ海に降ろしても無い船を見て。
「えっ? あっ、でも・・」
と、言うのだが。
「わ~い、モンスタァ~退治だ~」
と、リュリュがヒョイと縁から飛び降りる。
「わぁっ」
驚く船員だが、リュリュは難なく船に着地。
Kは、少し高さの在る中。
「受け止めてやるから、早く」
と、オリヴェッティに言う。
甲板に出たオリヴェッティは、死霊系モンスターや亡霊モンスター特有の禍々しい闇のオーラを、右手から仄かに感じる。
(本当に居るんだわ・・、行かなきゃ)
と、勇気を持って甲板の縁から下に飛び降りた。
オリヴェッティを抱き止めたKは、直ぐに降ろし。
「リュリュ、前の船に乗って風で運べ。 俺は、後ろで櫂を使って舵取りをする」
「“舵取り”?」
意味の解らないリュリュに、Kは抜く手も見せずして船を繋いだロープの繋ぎ目を斬った。
「きゃっ」
いきなり落下し始めた船に、オリヴェッティは驚くも。
船員が身を乗り出して見下ろす中。 二艘の木製である脱出用の船は、バシャンっと飛沫を上げて海面に落ちた。
しがみ付くだけで精一杯だったオリヴェッティは、顔や髪に波にぶつかった飛沫を受けたが。 立ったままのKとリュリュは、余裕の態度でバランスを取り。 何事も無かった様に動き出す。
Kが先に。
「説明は後だ。 風で波の上を走れ、リュリュ」
「ういういさ~」
応えたリュリュは、ニコリと微笑み。 闇のオーラがする方に向くと、その目を蒼翠のオーラで光らせる。
瞬間。
(はっ)
船にへばったオリヴェッティの身体を、貫く様な風の力が駆け抜けた。 濁り無き強く爽やかな風が、自分を抱きしめた様な・・。 そんな感じを受けた。
二艘目の後尾の縁際に立ったKは、船を漕ぐのに使う櫂を海に差し込む。
「ケイさ~ん、いっくよ~」
「オーケーっ、ぶっ飛ばせっ!」
「はぁ~い」
そのやり取りが終わった時、突風の如き追い風が吹き始め。 三人の乗った船は、大型客船の脇を走り出す。
「えっ? えぇっ?!!」
勝手に動き出した船に驚くオリヴェッティ。 乱れる髪を押さえ、船の脇を見れば。 海上を疾走する風の流れを見た。 精霊や魔法で生み出される自然のエネルギーを、光と色と言う視覚的に見える自然魔法遣いの目には、蒼翠に光る風の流れが、船を前に前にと突き動かす様子がハッキリ見える。
(すっ・・凄いっ!!!)
瞬間的に魔法で生み出す風より、もっと純度の高いエネルギーが。 海を吹く風を集めてはレールの如く道を引いて、船を猛スピードで走らせ始めたのだ。
船員の数人が甲板の縁から、下の海上に降り立ったK達の乗る船を見下ろす。 丸で、早馬で駆け抜けてゆく一騎の如く。 考えられないスピードで走り出した船は、直ぐに大型客船を追い抜き。 一路南東を目指して疾走してゆく。
見ていた船員の一人は、完全に呆気に取られ。
「すげぇ~・・、ハヤブサや海燕が飛んで行くみたいだ・・・」
と、彼方へ去って行く船を見送った。
★
K達が消えた船内では、操舵室が異様な警戒の雰囲気に包まれていた。
クラウザーは、カルロスに航海の予定をこのまま守るように言い置いて。 自ら管理船員2名を引き連れて、足早に船内を回り始めた。
先ず、クラウザーの元に来たのは、Kと会った船員だ。 2階に在る、高額宿泊者専用のカジノバーに入ろうとしたクラウザーを見つけた下働き船員が。
「船長、クラウザー船長っ」
と、小走りに走り寄って来る。
クラウザーは、その小声に近いものが乱れているのを聞き。
(Kから聞いたか)
と、悟りながらも。
「ん? どうした?」
と、穏やかに対応をしてみせる。
クラウザーの前に走り寄って来た船員は、辺りを見回しながら押し殺した声で。
(あの、ゆっ・幽霊船がぁぁ・・)
聞いたクラウザーは、事も無げに。
「あぁ、解ってる。 ワシの知り合いが、対処に向かった」
「嗚呼・・。 脱出用の船を・・・やっぱりそうなんですか」
「ん。 だが、油断は禁物だ。 客が騒がぬ様に平静を装いながら、しっかり監視をしてくれ」
微かに震えるその船員は、ピシッと直立不動の体勢をし。 胸に拳を当てては、上官に対する敬礼を見せ。
「は。 各船員にも、そう伝えます」
「頼む」
クラウザーは、自身の不安を億尾にも見せず、その船員を見送る。
そして、クラウザーはカジノバーに入った。 優雅な音楽が流れるやや暗めの落ち着いた証明の中で、貴族や商人などの客が遊んでいる。 普段通りなカジノバーの様子を伺ったクラウザーだったが。
場を去ろうとした所で、入り口に立つ管理船員から。
「船長、お客様が」
と、声が掛かる。
「ん?」
振り返れば、4・5名の僧侶や魔法遣いの男女が、顔面蒼白だったり、恐ろしく緊張した顔で立っていた。
(遂に、感づいたか。 此処は、俺の正念場だな)
船の上でパニックが起こると、孤立無援な上に逃げ場が無いので、客は狂った様な行動を起こす事が在る。 クラウザーが船員の下っ端で働いていた頃。 そうした場面に幾度となく遭遇した。 だから、どんな事が起ころうとも、腹を括ると落ち着ける。 クラウザーは、大らかな姿で廊下の待合ロビーへと出た。
「お客さん、御揃いでどうされましたかな」
クラウザーが言えば、青いローブを纏った若き魔術師の男性が。
「船長っ、南東にモンスターの気配が」
と、今にも大声を上げそうな声音で言う。
その一言を皮切りに、僧侶達が幽霊船かホラーニアン・アイランドの存在を仄めかす。
クラウザーは、軽く頷き。
「あぁ。 存在は、昨夜から解っているよ」
魔術師の男性は、カァーっと血の上るのが見て解る程に顔色を赤らめ。
「アンタ、わっ・解っててそんな・・ゆ・・悠長に?」
クラウザーは、大した事では無いとばかりに。
「あぁ、そうだ。 雇った優秀な用心棒が、既に幽霊船を潰しに向かってる。 実力は、このクラウザーが良く解ってる人物だ。 大騒ぎし、客に伝えたら混乱して面倒に成る。 それが、どうかしたか?」
僧侶の大人びた女性は、白いローブのフードを上げて。
「向かった方々は、そんなに強いのですか? 今の内に、速度を上げて逃げては如何でしょう?」
クラウザーは、それ来たとばかりに。
「逃げる? 何処へ?」
と、ややからかい気味におどけて言う。
背の高い、赤い神官服と鎧を纏う偉丈夫の初老僧侶は、
「決まってるっ、陸へだっ」
と、指を指した。
クラウザーは、何ともばからしいと言う素振りを見せて。
「馬鹿を言うな。 それこそ、死にたいのか?」
「ぬっ。 なんだとっ?」
相手の焦った顔色を見回したクラウザーは、近くの大きな額に入れられた地図の方に向かい。
「我々の現状を説明してあげよう。 こっちに来て、地図を見るといい」
誘われた冒険者達は、皆が緊張した重い足取りでクラウザーの後を着いて行く。
世界地図の前に来たクラウザーは、冒険者達を一瞥してから。
「良いか。 我々は、昨夜から北の大陸のやや西側で、大地溝帯付近の海域へと入った」
と、砂漠の広がる溝帯を指差した。
「・・」
冒険者達は、真剣な目で食い入る様に見て来た。
クラウザーは、更に続け。
「この溝帯沖の海域は、ラグーンが遠浅の海を形成していて。 この大型客船は、そのラグーンの切れ間に開けた幅狭い潮流の水路上を通っている。 船を航路から外せば、浅瀬に乗り上げ座礁。 強引に速度を上げれば、舵取りが上手く行かずに複雑なラグーンの岩肌に衝突する。 陸に向かって脱出用の船で行けば、モンスターの鮫鷲や、ウツボの“死を招き”(カーミング・デスター)に襲われ全滅。 奇跡的に陸に辿り着いても、今度は砂漠に住む飢えたモンスターが相手。 逃げるなんて、到底無理だ。 それこそ、空でも飛ばなきゃな」
若い女性僧侶は、もう絶対絶命なのだと床にヘタり込み。
「あぁ・・、神よ」
と、言うのだが。
クラウザーは、何の悲観もした様子を見せず。
「済まないがな。 我々は、海に関しては素人では無い。 幽霊船が出ようが、モンスターが出ようが、嵐が来ようが、それに対応する手段は持ち合わせている。 今さっきも言った様に、対処の手段は講じている。 本当に危険なら、君達より先に我々が慌てるよ。 無用に悲観されたり、騒がれても困るのだがな」
先程、クラウザーの言葉に怒った若き魔術師は、クラウザーの余裕が理解出来ず。
「私は、そんなに楽観出来るアンタが信じられない」
と、睨むのだが・・。
クラウザーは、ハッタリも必要だと思い。
「フン。 この海の兵と称されたクラウザーは、お前達の様な駆け出しの冒険者に見縊られる程、落魄れちゃ~いないさ。 大体、お前達如きが騒いで、何が出来る。 過去、こうした状況で危険なのは、客が騒いで面倒を起こす事が殆どだ。 玄人に指図をするなら、それに見合う実力を持ってからにしろい。 高々海の上で幽霊船のオーラを感じたぐらいで、状況も調べず逃げるだのと騒ぐしか能の無い言われ方をしたんじゃ、こっちが迷惑だ。 返り討ちにするぐらいの実力も無いなら、引っ込んでて貰おうか?」
歯切れの良い言い草で、啖呵を切られた冒険者達。 生じ有名なクラウザーなだけに、その姿は堂に入る。 蔑まれも、気風がいいと返って説教にも繋がるのだろうか。 冒険者達は、無理やり騒ごうとした自分達を省みる気持ちを持った。
年配の戦女神を信仰する神官戦士は。
「では、大丈夫なのだな?」
クラウザーは、事も無げに。
「あぁ。 幽霊船は、我々の前に先回りしようとした様だが。 それに失敗している。 このまま進めば、夕方を待たずして北上するルートに船が向き。 そして幽霊船を振り切れる。 ま、差し向けた手勢が、先に駆逐するかも知れぬがな。 それより問題は、別に在る」
まだ若々しい僧侶に成り立ての様なあどけなさが残る、黒髪の女性が不安げに。
「何でしょうか?」
「いや、直接関係は無いが・・。 ワシ達の居る方向に向かって、別の船が来ている様だ。 伝書鳩で、救難の文をよこした。 差し向けた手勢が、もしそれを助けて来たら・・全く面倒。 客が増えても、利益が出ない。 もし襲われていたとしたら、船毎助かって欲しいモンじゃと、な」
航海法の有名な部分を知っていた若き魔術師は、それに違和感を示し。
「助けていいのか? 航海法では、違反だと思ったが?」
「解釈を間違えるな。 襲われている所に、態々別の船が出向いて助けるのは違法じゃ。 じゃが、幽霊船を撃退した後、只の壊れた難破船を助けずに捨て置く訳には行くまいよ。 第一、我々も狙われておるのは確か。 同じ危険に遭遇した中で、脅威が去った後も助けぬのでは、それも違法に成る」
「なっ・・なるほど。 航海法では、確か・・・モンスターに襲われている船を、別の船が向かって助けに行くのが不法・・。 客や積荷の安全を第一にとの観点から・・だったな」
「そうだ」
二人の会話を聞いた老いた神官戦士は、理解を示して頷き。
「つまり。 モンスターの脅威が排除されたり、同じ脅威に晒される場合は、また違うと言う事か・・」
クラウザーは、敢てその解釈に理解を示し。
「ま、こっちから脅威に近づく事はせん。 言葉通り、逃げるが勝ちだ。 だが、対処を講じた先で、様々に道は分かれる。 その場その場、有効な対処を迫られるって所だ。 ささ、無用な不安は要らぬ。 船内で寛がれよ。 旅芸人なども多く乗っている故、今日は昼からショーを催す。 夕方にでも成れば、全てにカタが着いていよう」
クラウザーの語りで、冒険者達は落ち着いた。 最も感受の鋭い冒険者達を安心させる事は、後から気付く冒険者達の説明役にも成ろう。 少々、ハッタリや虚実の混同した内容だが。 クラウザーはKを信用しているので、何て事無いと思った。
冒険者達を戻した後も、クラウザーは船内の方々を回り。 無用な混乱を避けるあらゆる手を講じた。
先ず。 昼過ぎから、クラウザーの肝いりで行われる無料の演劇ショーと、誰でも参加出来る公開カジノイベントをでっち上げ。 旅人や、冒険者達の不安を散らす措置を取る。
次に。 夕方には、地下の下々にも食事を只で振舞うとして、噂話の関心を一方に逸らす。
恐らく、Kがモンスターを排除したとしても、助けて来た客船は無事では済まないだろうと先読み出来た。 もし、何らかの救助や助力を行えば、次の立ち寄るホーチト王国の王都、大交易都市のマルタンにて、過分に補給を余儀なくされるだろうと思われた。 だから、消費出来る物は消費し、補給の出来る口実を作る事にしたのである。
クラウザーは、全てをKに託した。
あの包帯を巻いた下の素顔を知るクラウザーは、Kの恐ろしき実力も目にしている。 幽霊船如きに、この船が沈んでも死ぬ男では無い事は理解していた。 だから、船の命運を半分預けたのである。
クラウザーは、不思議とKを思う。
前の彼なら、自分の弟子の事など捨て置いただろうし。 余計な事をしない非情な男だった。
だが、今は違っている。 こんな非常事態の中でも。 Kやリュリュ、オリヴェッティと居る事で、一人の人間として、まだ若かった頃の生き生きとした気持ちが甦って居た。 久しぶりに、生きる一瞬一瞬が楽しいと思える自分が居た。
(楽しいなぁ・・。 こんなに血が熱く物事を真剣に考えるのは、久しぶりだ。 アヤツ等が戻るまで、じっくり待つとしようか)
どうも、騎龍です^^
ご愛読、ありがとうございます^人^