K特別編 秘宝伝説を追って 第一部 ④
K長編・秘宝伝説を追い求めて~オリヴェッティの奉げる詩~第1幕
≪Kとリュリュはマブダチ?≫
チームを結成し、夕方前に船へと戻ったKやオリヴェッティ。
「はぁ・・。 コイツは、本当に疲れるオニモツだ」
夕日に成り掛けた陽の姿が、甲板に上がった三人の遠く彼方の水平線を色づかせ始めていた。 Kは、着いて来ているリュリュを見て、何十回目かのため息を吐いた。
リュリュと云う美少年は、プゥっと顔を膨らませ。
「なぁ~んでよ~。 保護者、シッカリ説明して」
一緒に仲間に成れた事を非常に喜び。 初めて街中を訪れた田舎者の様なリュリュは、見るもの珍しいものアレコレに質問をして来た。 オリヴェッティは、年下で何も知らないリュリュに、色々と教える事を苦とも思わないが。 Kは、保護者代わりでアレコレ突かれるから機嫌が悪い。
「ルッセぇ」
Kは、何処か本当に嫌がっていた。
(どうしたのかしら・・)
オリヴェッティには、どうも其処が腑に落ちない。
船の上に上がると、甲板で炊き出しをする仮小屋が出来ていて。 地下の船内に泊まっている客が、列を作って並んでいた。
Kは、珍しい光景だと見るオリヴェッティに。
「ありゃ、クラウザーが遣らせてるのさ。 船内食料の残りで、痛んではいるがまだ食べられる物を集めて、タダで振舞ってる。 身銭の乏しい地下の客が、腹を空かせたりして悪さしないようにって考えての事。 クラウザーって男は、苦労人であり、大きい男さ」
すると、リュリュはKを見て。
「ケイさんも、ボクを助けてくれたよね~。 何百匹ってモンスターに囲まれたボクを、とぉ~、てやぁ~って、カァ~ッコ良く」
リュリュに褒められても呆れしか出ないと云った顔のK。
「アホウ。 お前が死んだら、御袋さんが暴れるだろう。 人間に相当な敵意を持ってたあの当時だ、トバッチリを食う村だの町が有っちゃ~困るだろがぁ?」
「えぇ~っ、ママってそんなに人嫌いなのぉぉぉ?」
Kは、ワナワナした手でリュリュを見ると。
「お前が馴れ馴れし過ぎるんだっ!! ノコノコとこんな場所に来クサってからにっ!!!」
後頭部を撫で、照れるリュリュは。
「エヘヘ~」
「褒めて無ぇっ」
苛立ったKは、朝と夜だけは船内で立食の食事が出るので。 リュリュとオリヴェッティを置き、サッサと船内に戻ろうとしてしまう。
「あっ、ケイさぁ~ん、まってぇ~」
オリヴェッティは、邪険にされてもリュリュがめげない様子に、随分とKに対する信頼が厚いと思えた。
そして・・。
(所で。 な・何百匹ってモンスターを相手に・・・勝ったの? まさか、ケイさんて凄い冒険者? あぁっ、クラウザーさんが云ってた事って、本当に本当なのねっ?!!)
初めてクラウザーを見た時、クラウザーはKを“化け物”と云った。 その言葉は、本物なのだとオリヴェッティは思う。
どうして、一人なのか。 どうして、有名に成る事をしないのか。 どうして、知識が深いのか。 オリヴェッティは、底知れぬKの奥深さに、惹き込まれてる自分を見つけた。
さて。
船内のバーラウンジや、食事を頼めるカウンターに向かうKは。
「リュリュ、此処では猛食するなよ。 船は、一旦港を出ると、次の港までは補給が出来ない。 お前一人で、何十人分と食べられると困る」
Kの脇を軽快にステップして行くリュリュは、笑顔のままに。
「はいは~い。 食べないなら、食べないで風のエネルギー貰いまぁ~す」
「あ、お前にはその手が有ったな。 何で、人の食い物に手を出すんだ?」
「美味しいから~」
「カァ~、味占めやがってからに・・」
さて、後から遣って来るオリヴェッティの分も含め、またカウンターでパンを頼むK。
「わぁ~、人いっぱい」
リュリュは、冒険者達や旅人などが何十人、いや、百人以上は集まるホールを見回して。 その様々な格好の人々に、興味の目を巡らせていた。
Kは、注文してから。
「長いパンに挟んで貰うから、3つで我慢だぞ」
「うんうん」
オリヴェッティが合流し、リュリュを連れて壁際に。 其処でオリヴェッティは、冒険者達が壁に集まっているのも見つけ。
「何かしら」
と、リュリュを連れて行って見る事に。
集まった冒険者達が入れ替わり立ち代りで見るのは、クラウザーの出した仕事の応募だ。 明日と明後日、船内清掃に20名。 船の動力である魔力水晶体にエネルギーの魔力を込める者、40名。 船体清掃に、10名。 雑務に、5名を雇うとしている。 賃金は一律で、一日50シフォン。 二日遣る者は、倍貰える。
リュリュは、どれを見ても何が何だか解らず。
「センナイ・・え?」
と、張り紙を見て困るばかり。
そんなリュリュが可愛く思えるオリヴェッティは、一つ一つ丁寧に説明してやった。
Kは、パンを受け取り。 借りたバスケットに入れて貰った。
(アイツ等、一体何処・・・。 ん?)
振り返って二人を捜そうとしたKは、同じく冒険者の群がる壁を見つけ、その方に向かった。
オリヴェッティの脇に来たKは、数歩離れた場所から張り紙を見て。
「早速、応援応募が出やがったか。 下手に急ぎで大勢の人を雇うより、楽な手だ。 ま、早めに寒波が南下して来たのは、確かに予定外だった」
オリヴェッティは、その声でKに気付き。
「あ、見ました? 明日、リュリュ君と魔力を注ぐ仕事をしようと思います」
すると、Kはギョッと目を見開き。
「バカっ、コイツは別なのにしてくれ。 魔力水晶体がブッ壊れる」
オリヴェッティは、目を丸くして。
「はぁ?」
顔を歪めたKは、
「いいから、上に。 リュリュ(コイツ)の事を教える」
と。
リュリュは、身を捩り。
「いやぁ~ん」
と、おどける。
そんなリュリュの姿に、フツフツと湧き上がる苛立ちを覚えるKは、
「全く、ポリアの何見て覚えてくるんだかっ」
と、階段の有る方へ。
リュリュは、Kの後をスタコラと追い掛ける。
張り紙をを再度見たオリヴェッティは、またもや意味が解らずに困った。
(こ・・壊れる? あの、魔力水晶体が・・・ですか?)
船を動かす動力は様々だが、最も高性能で自由自在に船を操れる動力は、魔力を衝撃波・爆出噴射のエネルギーに変える魔力水晶体である。 この魔力水晶体は、非常に高額で。 大型船を作る費用の半分が、その水晶体の費用だとか。 クラウザーが、教えてくれた事である。
さて。 この水晶体。 長旅の航海に付ける物は、100人以上の魔術師の魔力が必要と云われ。 港では、その仕事が良く斡旋所に来ている。
オリヴェッティは、Kの云う意味が良く解らず。 首を傾げながら後を追った。
★
部屋に戻った一行をクラウザーが待っていた。 ワインの入ったガラスのデキャンターをテーブルに置き、ソファーに座って飲んでいた。
入ったKは、直ぐににアルコールの香りを嗅ぎ付け。
「クラウザー。 ワインを航海中に飲むとは、なぁ~んか有ったか?」
「有ったも有った。 ワシの雇い主が、ワシ達よりも前に戻った船を強引に行かせたらしい。 大きく南下したルートで行けとな」
リュリュと共に入ったKは、クラウザーの前まで来て。 パンの入ったバスケットをテーブルに置いてから。
「相当な自殺行為だな。 南下ルートは、魔の海域の一つ。 大荒れの海域に入った途端、船が大破するゼ」
ワインを呷ったクラウザーは、怒りを飲み込む様に。
「あぁ・・。 後に戻って来た船が、その破損した一部と死体を回収してた。 海を知らん大バカがっ!!!!」
Kは、瓶入りの果汁を奥の戸棚へと取りに行きながら。
「アンタ、何で自分の船団を捨てた?」
この質問より一瞬先に、クラウザーはリュリュを見つけ。 Kの質問と語尾を被らせる形で、
「あ? おぉ、お仲間も一緒か?」
と、自分を不思議そうに見つめるリュリュを見つめた。
後から来たオリヴェッティも部屋に入り、ドアが閉まった。
Kは、丁度良いと。 コップを棚から取り出しながら。
「クラウザー、それからオリヴェッティ。 今の内に云って置く。 そのリュリュには、正直気を付けてくれ。 万が一にも、正体がバレない様にして欲しい」
クラウザーは、いきなり何の話だと思った。 オリヴェッティを見てから、またKを見て。
「何だ? また、どこぞの貴族とか王家の誰かか?」
Kは、果汁の瓶のコルクを指先で引き抜きながら。
「いやいや、そんなハンパなモンじゃ無い」
「あ?」
「そのリュリュは、風の神竜ブルーレイドーナの子供だ。 年月年齢で云えば、まだ4・5歳だろうな」
Kの話を聞いたオリヴェッティとクラウザーは、一瞬何を云われたのか理解が出来ない。
オリヴェッティが先に、Kやクラウザーを見回し。
「あ・・・あの、かっ・風の神竜・・て?」
クラウザーは、ワインを注ぐのも忘れ。
「確か風の神竜って云やぁ・・、フラストマドからホーチト・スタムストなんかに跨る魔の森の奥地。 神々と魔王の戦が在ったって云う山に住むとか云う、ドでかいドラゴンだろ? 一・二度、天を飛ぶ影だけ見た事が有るが・・・」
戻って来たKは、コップと瓶をリュリュの前に出し。 リュリュは、長いソファーに座って食べ出す。
手の空いたKは、クラウザーに向き。
「俺は、数年前にその山に行ってな。 モンスターに殺され掛けたコイツを見つけ、助けた経緯が有る。 コイツは母親に似ず、この通り人に興味を持ってるみたいだ。 変化の呪術で人に化け、こうして遊びに来やがった」
クラウザーは、どうゆう気持ちでリュリュを見ていいか解らない。
「おまっ、あの人間嫌いと云われた神竜の子供だろっ? 大丈夫なのかっ?!!」
リュリュと一緒の席に座るKは、食べるリュリュを見て。
「俺の所だから、安心してんだろな。 フツーなら、街を破壊してでも探し回るハズだ。 つか、居る場所は直ぐに解るハズ。 迎えに来ない所を見ると、遊ばせるみたいだな」
クラウザーは、子供を殺された恨みで、過去には国一つを滅ぼし掛けたと噂されるブルーレイドーナだ。 “遊ばせる”と云われても、爆弾を抱える様な事だと青褪める。
「おいおい、遊ばせるって・・。 公園や野原に子供や孫を連れて行くのとは、訳が違うぞ」
「仕方ない。 下手に追い返して、目の見えない所で危ない目に遭ったら、それこそ大変だ。 秘宝探しが終わったら、俺がまた連れ帰る」
と、Kはリュリュの頭をクシャっと撫で。
「全く、迷惑極まりないガキだ」
リュリュは、美味しそうにパンを齧りながら。
「えへへ~」
と、笑う。
オリヴェッティは、Kの脇に座り。
「ケイさん。 リュリュ君は、ドラゴンなのですか?」
Kは、コップに果汁を注ぎながら。
「あぁ。 風のエネルギーそのもので生まれた、最強の神竜種に属したドラゴンの一匹。 コイツの魔力で魔法をぶっ放したら、この船なんぞ一撃で木っ端微塵だ」
クラウザーは、ホロ酔いも一気にすっ飛ぶ衝撃を受け。
「なっ・・なぬぅ?」
「マジマジ。 能力は高いが、未熟さはまだ幼児みたいなモンだから、精神的な集中が全く成ってない。 常に全力で魔力使うからな~。 威力は、ハンパ無ぇよ」
「な・・なんとデンジャラスな・・」
クラウザーは、Kが居ては退屈する暇が無いと呆れてしまった。
オリヴェッティは、リュリュを見てやっと全てが腑に落ちた。
(あぁ・・、それでモンスターとか生肉を・・・)
と、先ほどの爆弾発言の意味を理解した。
Kは、クラウザーに。
「まぁ、コイツの面倒は俺に任せてくれ。 なるべく一緒に行動するし、オレかオリヴェッティから離れない様に云っておくから」
丸で、腫れ物の様な存在のリュリュを見るクラウザーは、老いた顔を疲れさせ。
「あぁ・・。 頼むから、母親を呼び寄せる様な真似は勘弁してくれよ」
Kは、流石のクラウザーでも、リュリュには度肝を抜かれたらしいと見て。
「アンタでも、流石にビビるんだな」
と、薄笑う。
「当たり前じゃろうがっ!! 大体、お前ぇっ。 あんな人の踏み込めない秘境の奥地に居る神竜などと面識が有るなど、普通じゃないぞっ。 ま・全く、エライ奴とワシも知り合いに成ったモンじゃわい」
それからと云うもの。 オリヴェッティとクラウザーは、Kにじゃれ付くリュリュを頻りに見ては、首を傾げたりしていた。
特に、Kに対してリュリュが全く遠慮を見せず。 また、Kも遠慮しない二人の様子は、お笑い役者芸人の様な滑稽さと、心を互いに通わせ会った雰囲気が在り。 Kの意外な一面が見えている気がして、面白かった。
★
さて。 次の日。
午前中のいい頃合。 オリヴェッティは、クラウザーと共に、募った魔法遣いや僧侶と船体の地下へ。 動力部に有る魔力水晶体へ魔力を注入に行く。
地下5階の動力部は、金属で作られたスクリューに、衝撃を伝えて回したり。 専用の部分から爆裂して推進力を生み出す独特な船の心臓部。 立ち入るには、船長と副船長だけが持つ鍵で踏み込まなければ成らない場所に在った。
オリヴェッティは、中型船に装着された魔力水晶体への魔力注入には、以前に加わった事が在ったが。 その時は、操舵室から注いだ。
だが、水晶体を初めて見る今回は、水晶その物を目で見る事に成る。 金属の部屋に安置されていて。 その高さだけでも、自分の3倍以上。 大きな水晶を囲むのに、自分が何人も必要な大きさだった。
(これが、魔力水晶体・・・、なんて大きな水晶なんでしょう。 傷や曇りも微塵に見当らないわ。 凄い・・・)
初めて見る大きな水晶に、目を奪われてしまった。
クラウザーは、30名ほどの魔法遣いや僧侶達を見回し。
「では、この注入球の水晶から送り込んでくれ。 一気に注ぎ過ぎると、立ち眩みを起こす。 脱力加減を考えて、交代で頼む。 見張りと詳しい説明は、操縦を担う操作員の魔術師達が教えてくれるだろう」
と、云った。
大きな魔力水晶体の周囲には、手を当てて魔力を注ぐ小さな水晶体が在った。 立って水晶に手を翳し、魔力を送り込むスペースが、計5つ。
オリヴェッティは、真っ先に注ぎ込むべく、先頭で進み出た。
さて、その頃。
船体を見上げる港で、
「リュリュ、船体の掃除だ。 はしゃぎ過ぎるなよ」
と、Kが居て。
「は~い」
と、布で出来たモップを持つリュリュが居る。
監視で出てきたのは、数名の管理船員とあの眼帯をした小男の副船長カルロス。
冒険者13名に、下働きの船員15名を一緒にして港に立つ中。 カルロス自身は、白亜の船体をバックに立ち。
「では、今日は、船体の半分を洗って貰う。 冒険者達は、汚れや海草など、付着物を落としてくれ」
と、云ってから、船員達を見ると。
「船員達は、外装の塗装に向かえ。 前日までの航海で、漂流物に船体が結構ぶつかっている。 油分塗装を怠れば、直ぐに錆びる。 念入りに傷を樹脂で塞ぎ。 しっかりと塗装してくれ」
今日も外は冬晴れ。 海からは、冷たい風が吹き付ける。
リュリュは、清掃の為に散開すると、Kと一緒に最後尾に行く。
「ケイさ~ん、この大きい船さんの、何処まで掃除すんの~?」
Kは、何の気なしに。
「届く所までだよ」
すると、リュリュは。
「んじゃ~、上までだね~」
Kは、変な返答が返って来たので。
「んぁ?」
と、リュリュと見ると・・。
「ほぉっ!!! とぅ!!!」
リュリュは、荷物を運ぶ馬車や旅客が他の船着場に見える中。 風の力を遣い、船体上部まで凄い跳躍をしていた。
「・・・」
Kは、無言で拳を握る。
“ゴンっ!!!”
鈍い音がして。
「バカガキ、目立つなよ。 おらぁ~、オマエの母親ほど甘くは無ぇ~ぞ」
冷め冷めとしたKの言葉が・・・。
頭を抑えたリュリュは、その場に蹲り。
「ひぇ~い・・、痛ヒぃぃ」
しかし、清掃に入ったKは、剣とモップを遣う。 無造作の様な素振りに見せながらに、キレイに汚れを落とす。 普通、剣など使えば、船体に傷を付けるだろう。 だが、そんなヘマをする彼でも無かった。
船員から、Kが剣を使っていると聞き。 驚いてすっ飛んで来たカルロスだったが。 船体に傷を付けず、丸で撫でる様に付着したフジツボ等をこそぎ落とすKの手練を見て。
(こっ・ここ・・こりゃぁ~本物だぁ・・。 クラウザー様(親方)よりも、ずっと・・ずっと・・・)
ある意味、負けた様な意識を植え付けられたカルロスがKの後ろから去り。 昼の休憩を挟んだ午後。
粗方の清掃を終えたKとリュリュの元に、クラウザーが遣って来た。
Kは、気配だけで察知し。
「どうした? なぁ~んか優れない顔をしてるな」
穏やかな気配の時のクラウザーとは違い、少し気が苛立った彼だと察する。
船体を眺めるクラウザーは、
「おうよ。 悪い話が続いてる」
Kは、首をクラウザーに向け。
「どうした?」
苦虫を噛み潰した様な顔のクラウザーは。
「俺の弟子で、40半ばに成る船長が居るんだが。 改修の決まってたボロ船で、強引にもう一航海に出されたらしい。 木造の中型客船だが、造船されてから50年。 相当な老人船だ」
「行き先は?」
「マーケット・ハーナス」
「ふぅん。 いい話じゃ無ぇな。 俺たちがこの港に来た時、東の海上には雨雲が広がってたらしい。 リュリュ(コイツ)が云ってたから、間違い無い。 ボロで、冬の荒波をやり過ごすのは大変だろうな」
クラウザーも、リュリュの脇に来て。 彼の落とした海草を見つけ、足で海に落としながら。
「あぁ。 船長のヤツは、航海士として腕はいい。 だから、危ない橋を渡らされる。 全く、商人からすると、ワシ達は使い捨ての道具みたいなモンだ」
Kは、昨夜の質問をせず。
「航海法、変えられないのか?」
クラウザーは、苦々しく笑い。
「はぁっ。 役人は、人の命より金の餌が大好きさ。 各国の議会に話は出るが、商人の負担が増えると何処も却下。 裏で、随分な賄賂が回ってる」
その、どうしようもない話に、Kも鼻先で笑い。
「フン。 取り返しのつかない大事に成るまで、決めなきゃ後が無くなる所までは無理だな」
「あぁ」
リュリュは、クラウザーに。
「ねぇ。 もうオソウジ終わっちゃったよ?」
「みたいだな。 上で、何か手伝うか?」
「いいよ~」
素直なリュリュを見て笑ってから、クラウザーはKに。
「上に来てくれ」
と。
「あぁ、解った」
Kは、安物の短剣を仕舞い。 モップを海水で洗い始めた。
さて。
Kとリュリュを呼んだクラウザーは、雑務ではなく。 操舵室へと向かった。
仕事を終えた操縦士の魔術師達や、後を管理の船員に任せたカルロスも居る。 そんな中で、クラウザーは、Kとリュリュを部屋中央の机の前に立たせ。
「この地図を見てくれ。 一枚は、世界の地図。 二枚目は、明日・明後日にこの街を出る船の航路図。 三枚目は、数日の気候を書いた天構表だ」
Kは、地図を広げ。
リュリュは、クラウザーに。
「良くわかんない」
クラウザーは、笑って頷く。
「ケイ、明後日の朝に、我々は出港する予定だ。 何か、意見は?」
聞かれたKは、リュリュを見てから。
「明後日の朝は、多分天候良くないゼ? 大陸から来る風は、天候に準じて変わる。 二日ばかり日差しのイイ天候が続いてた。 風の変わり目は、リュリュ、何時だ?」
聞かれたリュリュは、意味の解らない地図に首を傾げながら。
「明日のよ~る~。 夕方から、クモクモ出るよ」
「やはり、な。 んで? 明後日の朝は、風が荒れるだろ?」
「う~ん、スッゴク」
Kは、クラウザーに向き。
「船体掃除は、明日は早めに終わらせた方が無難だ。 明後日の朝がヤバイし、風向きを考えると・・。 明日の夕方以降の出港も、俺に言わせればイイ判断じゃない。 早めるか、遅らせるか、どっちかだな」
クラウザーは、ニヤリと笑い。
「俺と同じだ。 夜、港に居る船長達が挨拶に来る。 そう云っておこう」
Kは、その何枚か在る地図の一つを見て。
「しっかし、あの孤群と言って良い諸島ショーウィンって、意外に此処から近いな」
Kの話を聞いて、クラウザーも地図に目を落とし。
「あぁ。 島民500人ぐらいの漁村が一つ在る島以外は、全部岩山みたいな島が在る所だろ?」
Kは、その地図上に小さく点在する島々を指差し。
「そう。 此処、何でも、この島民が居る島の山には、半獣半人のハルピュイアが住んでるんだろ?」
「あぁ。 フラストマドの北、古代都市の山には、同じ姉妹種族のケライノア。 東の大陸にも、確か同じ姉妹種族のオキュペティナが居る。 どの彼等も、何故か人と一緒に暮らしてるみたいだな」
聞いて頷いたKは、それはそうだと云う様子で。
「確かあの種族は、生まれる全てが女でさ。 人間のタネが無いと、妊娠出来ないんだ」
それを聞いたクラウザーは、聞いて納得の大きな頷きを返し。
「あ~ぁ、なるほどな。 それで、たまぁ~にハルピュイアを攫う悪党が?」
「そう。 あの種族は、エルフやエンゼルシュアの様に声音が美しい。 しかも、胸や局部は人間と同じだろ? 金で客相手させようと狙うアホウが、たまさか攫うのさ」
クラウザーは、馬鹿な事だと目を細め。
「全く、女を真っ向から口説く事も出来ん虚けが、そんな事に金を出すんだろうさ。 大方、告白の仕方も知らん貴族辺りじゃないか? そんな相手を買うのは」
「いやいや。 相手が相手だ。 浮気に成らんと思って、買うバカ結構居るゼ?」
下世話な話だが、これも風俗。 Kやクラウザーは、寧ろ一般知識の様に語り合う。
カルロスは、女性の航海士や船員も居るので。
「おいおい、そんな話を此処で・・」
と、窘める。
弱く目を笑わせたKは、
「スマン」
と、云って置いて。 クラウザーに向くと。
「な。 さっきの話に出た船、嵐に遭うのこの海域のやや北辺りだ。 もしかしたら、船が壊れても助かりそうじゃないか?」
クラウザーも、地図をマジマジと見て。
「おぉ、そうだな。 あの島には、魚の買い付けで定期船が行ってる。 漂着さえ出来れば、十分に・・。 だが、改修をしてないだけで、壊れ切った船では無いからな・・。 無事に切り抜けてると信じたい所だよ」
Kも、
「アンタの弟子だしな。 腕の見せ所だ」
クラウザーも、何処か嬉しそうに頷いて見せた。
★
Kとリュリュの予想は、ものの見事に当たった。
次の日。
昼頃までは、良く晴れていたのに。 昼下がりから、大陸側からのやや暖かい風が来て。 港で風が舞う様に成ると、天気は一気に急降下。 夕方には、パラパラと冷たい雨が降り始め。 真夜中には、強い風が吹き始める。
さて、深夜。 揺れる船の中。
「ケイさ~ん、オフネがゆれてるぅぅぅ~」
と、ソファーに寝るリュリュが言い。
「寝ろ。 明日は、昼に出港だ。 それまで、俺は寝る」
別のソファーに寝るKは、リュリュに背を向けて毛布に包まっていた。
一人で広いダブルベットに寝るオリヴェッティは、リュリュの声に毛布とシーツを被った。
(どうしよう・・、ドラゴンなのに)
急に気に成るのは、リュリュだ。 無邪気なままに、昨日から自分と一緒に寝たがるリュリュ。 中身が子供なだけに、身体に甘えられると弱い。 初めて兄弟と云うか、弟が出来た様に思えるオリヴェッティは、リュリュが可愛くて仕方無くなって来た。
そんな中。
「よいしょ、よいしょ」
暗い部屋の中で。 リュリュは、自身の寝るソファーを動かし始め、Kの寝るソファーに近付ける。
寝返りをして、薄目を開けてその様子を見つけたKは。
「おいおい、近付くな。 お前、鼾ウルサイんだから」
「イイ~じゃん。 “男ドウシ”でしょ?」
「はぁ?」
近付け終えたリュリュは、ソファーの上に寝ながら。
「ポリアちゃんの所に居る大きい人が、男ドウシならなんとかって寝てた」
Kは、直ぐにゲイラーだと気付き。
(何が起こってるんだ? あいつ等・・趣向が変わって来たんじゃあるまいな)
と、意味が解らず、怖くなる。
実は。 と或る時、野宿をするのポリア達が、街道に作られた東屋の様な石造りの小屋に寝泊りした時だ。 身体の大きいゲイラーが、狭い部屋の中。 システィアナと隣り合って寝るのを恐れ。 イルガの方に移動して、窮屈になっただけの話なのだ。
Kは、随分とポリアの事に詳しいリュリュに疑問を抱き。
「お前、何でポリア達にそんな詳しいんだ?」
「え? ケイさんが、ポリアさんにママのゲキリンあげたじゃん」
「おう、まぁ」
「そのゲキリン、ポリアちゃんの剣の中に入ったの」
「それも知ってる。 だから、お前の母親は、ポリアの剣を通してポリア達が解るんだろ?」
「そそ。 んで、ボクもママの身体に触れてると、見えるの」
「かぁ~。 ガキのクセして、覗きとはいけ好かねぇ~な」
すると、リュリュは身をソファーから乗り出し。
(ね。 ポリアちゃんと、マルヴェリータちゃんて、オッパイすごいよね)
Kは、まぁ~た爆弾発言をしたと顔を引き攣らせ。
「このぉ・・エロガキ。 何処まで見てるんだよ・・」
コソコソ声で言うリュリュは、顔を赤くしながらも興奮して。
(だぁ~ってさぁ、オフロってのに入る時、ぜぇ~んぶ見えたのぉぉぉっ!!!)
引き攣った呆れ笑いしか出ないKは、
(もし今度逢ったら、教えておくか。 全く、竜族の男は好色とは言ったモンだぜ)
と、思う。
身振り手振りで、Kにポリアとマルヴェリータの胸の大きさを勢い良く教えるリュリュ。
その内、
“ゴキン”
と、鈍い音がして。
「はよ、寝ろ」
と、Kは向こうを向く。
頭を殴られたリュリュは、
「うぐぐ・・、せっかくおじえてるのにぃ~」
と、呻いていた。
所々だけ聞こえるオリヴェッティは、何を話しているのかが微妙に気に成り。 寝返りを繰り返しては、聞き耳を立てていたが・・・。 その内、リュリュとKが寝静まってしまい。
(はぁ・・、何ですか。 この、同姓で無い詰まらなさって・・)
と、ため息を漏らすのであった。
さて、夜が明けた。
早朝の終わり頃。 まだ眠いのに、目を覚ましてしまったオリヴェッティ。 揺れ動く船の音と、激しく打ち上げる波の音でである。 強風が吹き荒れ、波を岸壁などに打ち付ける轟音が聞こえたのだ。 船長室に行けば、クラウザーも渋い顔で港の海を見つめていた。 船の出港など、無論無理であった。
起きた一同は、隠し部屋でクラウザーも含めて軽食を取る。
明かりをつけない薄暗い部屋で、吹き荒ぶ風の音を聞くオリヴェッティは。 ふと、思い。
「ケイさん」
リュリュと二人で並び、甘いパンを齧るkが。
「ん?」
「あの・・、リュリュ君って風の神竜ですよね? この風、どうにか出来ないのですか?」
すると、クラウザーも。
「あ、そうゆう手も有るか」
と。
だが、Kは。
「駄目だ。 それは、しない方がいい」
「どうしてですか?」
「神に近い能力を持つ神竜だろうが、所詮は世界を巡る精霊の流れの一部だ。 気象とは、様々な精霊の力が絶妙に絡み合って、全てが一つで出来ている。 嵐をどうこうしようとすれば、リュリュはケタ外れの魔力を遣い、直ぐに気絶しちまうよ。 どんな気象も、大地と空と海が息づくエネルギーの流れ。 それを身勝手で制しようなんて、傲慢な考え方だ。 嵐は、静かに過ぎるのを待てばいい。 雨も風も、季節と共に命を営む力なんだ」
オリヴェッティは、自分が我が儘を思った様で。
「すみません・・」
と、謝る。
「ま、風の神竜のコイツが居れば、来る気象は千里眼の予期の如く知り得る事が出来るからな。 対処に余裕が出来るだけでも、有り難いと思えって事よ」
リュリュは、キラキラさせる尊敬の眼差しでパッとKを見つめ。
「さっすがぁ、かぁーっちょええ~」
すると、Kはリュリュを睨み。
「オメェ。 もし、ママのお出迎えで海が荒れたら、責任取れよ。 甲板で、みんなに土下座100回だからな」
カチっと固まるリュリュは、
(チョ~怖いッスヨぉぉぉ~)
と、母親に来るなコールを思った。
クラウザーは、窘められたオリヴェッティを脇目で見てから。
「だが、もし操ったとして。 そんなにペナルティが有るとは思えないが?」
すると、Kは肩を揺すって。
「ヘッ」
と、笑うと。
「コイツの母親なら、楽に操れようがな。 リュリュは、まだまだ子供。 風や暴風雨を堰き止める事は出きるだろうが、後は大変だぞ。 川の水を堰き止めたと一緒で、何倍にも成って遣って来る。 夏に来る台風の何十倍ってハリケーンが来て、直ぐに街が壊れるよ」
「そうか。 未熟に操るとは・・そうゆう意味なのか」
クラウザーは、Kが言う意味が解る。 川の水を堰き止めて、貯まった水量が多ければ多いほどに濁流となるだろう。 それが、風で起こる訳だ。 今以上に強い風などが来れば、街は崩壊してしまう。
Kは、リュリュがガバっと取ったパンを横目に見て呆れながら。
「そう。 自然は、台風でも、大雨でも、キリにいい所で纏めてる。 人間や動物にとっては過酷でも、自然にとってはキリのいい処。 なんとかそれに耐えうる物を作っときゃ、それでいい訳だ。 船も、家も、街もな。 強引に歪ませれば、そのしっぺ返しを食らう。 ほどほどが一番って訳ですがな」
そう言ったKは、完全に何処か冷めていた。
オリヴェッティは、Kを外した視線の視界で捉えながら。
(ハァ・・。 嫌われたかしら)
と、思った。
港の船を大いに揺らし、波止場代りの入り江を作る岩壁をも越える程の荒波を生み出した強風だが。 早朝も過ぎた頃に成ると、落ち着き始める。
先に出港予定だった中型客船が戸惑う中で、クラウザーは風が穏やかに成るのを見越し。
「カルロス、出港の合図を出せ。 もう、直に風は止む」
操縦士達の前でカルロスは、どの船も動く気配が無いのを望遠鏡を見ながら。
「いいんですかい? もう、出港して? あっし等は、昼過ぎを予定したハズですゼ?」
クラウザーは、操縦士として動力を動かす魔術師に合図を送ると。
「このまま昼過ぎを待ったら、各船が近付き過ぎる連結出港に成る。 古いタイプの風と魔力の両方を使う客船も紛れる中で、込み入った出港は事故の元だ。 一番大きいこの船なら、この風なかでも十分に出て行ける。 航路を2日南寄りに退いて行けば、後から来る足の早い船と接近する事も無いだろう」
クラウザーが言った後、一緒に操舵室に来ていたKが。
「今の時期。 クルスラーゲ東方の溝帯砂漠沿岸は、朝晩の気温差で霧が出易い。 変に曇った後なら、尚更だ。 霧の中で船が近付いても中々解らないからな。 クラウザーの判断は、間違いじゃない」
カルロスは、まだ若いKに言われては、何処か腹立たしい感も有るが。 常人離れした才を見て居るだけに、何も言えなかった。
「出港準備っ。 合図の汽笛を鳴らせっ」
操舵室内の窓から、船員が白旗を振る。 外に居て、準備をしている船員に合図を送ったのだ。
外れた所の窓前に立っていたオリヴェッティとリュリュは、見下げる甲板で船員達の動きが慌しく成るのを見ていた。
空が晴れた頃合で、クラウザーは船を出した。
昼過ぎまで海を行けば、風も穏やかに落ち着き。 晴天の心地よい船旅を満喫できそうな冬晴れと成る。
甲板に出入りが許されると、乗客や旅芸人が出て。 演奏が行われたり、社交場として話し合う客が景色を見る緩やかな時間が流れ出したのである。
それから、2日。 海も穏やかで、クラウザーの船を時折追い越す船が見えるだけで、何事も無い日々が過ぎる。
だが、そんな穏やかな船旅が急に緊迫した状況に陥ったのは、出港から3日目の夜事だった・・・。
どうも、騎龍です^^
ご愛読、ありがとう御座います^人^