K特別編 秘宝伝説を追って 第一部
K長編・秘宝伝説を追い求めて~オリヴェッティの奉げる詩~第1幕
≪海に轟いた伝説の男と、影に埋もれた伝説の男≫
寒い・・。
冷え始めた冬の荒れた海が、白亜の大型旅客船を波で持ち上げたり。 また、波の底へと揺り動かす。 強い風に吹かれて飛び交っていた小粒の雨が、薄暗く為った夕闇の中で雪に変わりそうな様相を呈していた。
この船の地下には、数階に渡って雑多なベットばかりが並ぶ共同寝所が在る。 古い木造の床や壁は、外見の美しい白亜の姿からは想像も付かない程に汚い。
ランプの灯りもまだ入れられて無いから、丸で暮れた夕闇の様な中で、鬱葱とした森に踏み込んだ様な暗さが広がっている。 酒気、隠れて吸われた煙草、男達の体臭、湿った木が吸った臭いが混ざり、何とも微妙な臭いが立ち込める。
此処は、非常に安い寝所だ。 地上部の二階から上には、様々な等級の寝室が数百も在り。 貴族や、商人や、一般の旅人などが宿泊しているのだが。 地下一階から似たような寝所の広がるこの場所は、最低限の運賃で船に運ばれる。 階級的に言うなれば、底辺の旅人が寝泊りする場所なのだ。
訝しげな人々の掃き溜めの様なその場所。 女性も紛れるが、大多数が男。 まっとうな人の道を歩んでいるのかと、疑いたくなる様な者ばかりが多く目立つ。 目付きの悪い訝しげな冒険者、黒いローブを頭まで被った怪しい者、痩せこけた薄気味悪い老婆、妙に爛れた雰囲気を纏う中年・初老の女性。 汚れた衣服を着る子供や、その親らしき家族。 社会の底辺で、その日暮しをする様な男の働き手など、その面々はそれぞれに・・。
二段ベットが狭い通りの隙間を残して、数多く敷き詰められた中。 洗濯物を吊るした紐が、ベットからベットへ、ベットから天井の梁へと伸びていたり。 壁際には、フックに掛かったボロ布の様な衣服が在ったり。 その雑多な様子は、まるでスラムの様だ。
さて、地下二階の暗い中。
長い黒髪を背中に流す女性は、豊かに突き出た胸元の3番目のブラウスのボタンと外し。 右手の指二つを差し込んだ。 そして、何かを取り出すと。 向かい合うベットの下の段で座り直した、黒い影の様な何者かに差し出す。
「コレ・・。 私の曽祖父が書き残したメモなの」
その透き通る様な女性の重み在る声は、大人びた姿を連想させた。
黒いシルエットの様な人物は、女性から受け取った何かを見る。 こんな暗い中で、何が見えるのか解らない。 だが、その渡された物を見つめる人物は・・。
「なるほど、この書かれた文章の意味は、場所を示している。 だが、東の大陸に渡らないとな。 魔法学院自治領の、カクトノーズに行く必要が在る」
闇に流れる声は、男の物だ。 静かな物言いだが、まるで何処までも聞こえて行きそうな澄んだ声だった。
女性は、今まで自分の一族が解読出来なかった文章の意味を、渡した紙を見て一瞬にして見抜いた様な男に驚く。
「そんなに・・簡単に解る事なの?」
相手の男は、紙を女性に返し。
「さぁ。 この意味は、古代から超魔法時代の始まる直前まで、世界の海を股に駆けていた海旅族の文明を知らないと無理だ」
女性は、戻された紙を握り締め。
「ウォーホランダリンって・・、海賊の事でしょ?」
「ま、一般的には、海旅族は海賊の始祖と云われる。 だが、海旅族は、諸島王国を築いた文明人であり。 その地域で得ていた金や海域資源を奪われ、海を回遊しながら海賊に為らざる得なかった部族なんだ」
女性は、初めて聞く話で。
「そんな話、誰も知らないわよ?」
「当然だろう。 もう、海旅族の地上神殿などは、彼等の国を奪った者達に因って尽く破壊され。 その記憶が留まるのは、地図にも載らない諸島の外れに在る孤島の地下深く。 俺だって、数年前だがその神殿を見つけて、安置された記憶の石を見るまでは解らなかったさ」
女性は、声を押し低めながら。
「“記憶の石”・・。 貴方は、魔法が遣えるのですか? 見る所・・杖などの発動体を持っては居ない様ですか・・」
女性は、魔法遣いらしい。 彼女の脇には、ベットに傾けられた杖が有る。
「俺は、軽い基本魔法を遣えるだけさ。 基本魔法は、古代語さえ知っているなら、特有の魔法では無いから発動体も要らない。 それなりに扱い方を心得る必要は、有るがな」
「でも、古代の神殿に、あの様な貴重なアイテムがそんなに在るのですか?」
「古代の人々にとって、オールドアイテムの代名詞である“記憶の石”は、意思を、記憶を託す唯一の物。 古代神殿を見つけると、大抵出てくる記憶は、過去を知る重要な手掛かり。 まだ発見されてないと思われる神殿は、人の踏み込んでいない場所・・。 つまりは、非常に危険な所に在るわけだが。 確かに、手付かずの神殿には多い。 ま、俺はそれを持ち帰らないがな」
女性は、人の知らない発見をして、それを世界に示して証明し。 学者の地位は、世間的に確立すると思っていた。 自分の一族は、数多くの発見をし。 その功績から、世界で名を馳せた学者一族にも成った事が有る。
だからか・・。
「そんなっ・・。 誰も知らない新事実ですよ? 学者として、人に認められる最高の発見では在りませんか・・。 人の前に持ち出さなければ、証明が出来ない・・」
しかし、影の様な男は。
「かもな・・。 だが、俺は有名に成る気も無い。 そして、その証明をしたとして、だ。 古代の知識を、今の人間が何処まで正しく利用出来るかは、疑問だ」
と。
女性は、少し俯き。
「それは・・そうかも知れませんが・・・」
「一つを例に挙げるなら。 話に出した海旅族は、今の海賊の様な悪人とは違う。 人を殺めず、金持ちからしか取らず、自然と海を愛した部族だ。 その部族を海賊としたのは、彼等の持つ自然の力や、航海技術を欲した魔法遣い達だと云う。 彼等を陥れ、新たに生み出した超魔法で、凄まじい殺戮をして行った・・。 俺の見た記憶の石では、諸島の森を焼き、海旅族の住処を破壊し尽した魔術師達が見えた。 そして、その魔術師達が掲げた旗は、諸島王国・モッカグルの旗だったよ」
口に手を当て、黙る女性。 今も存在する王国だが、そんな野蛮で殺伐とした政治はしていない国である。
影の男は、女性の様子も当然と云わん頷きをして。
「驚きだろう? 今のモッカグルは、穏やかな情勢が有名な封建王国。 漁業と砂金と塩が有名なだけの国。 だが、未だに王家を守るのは、強力な自然魔法兵団を中心とした王国騎士団であり。 嘗ては、超魔法の時代が終わりを告げた時、国土の人口が9割減ったと云われる。 事実を踏まえるすれば、あの記憶は当て嵌まる」
女性は、紙を握った手を見て。
「では、カクトノーズに行けばいいのですね?」
此処で男は、女性に正しく向き。
「あぁ。 ・・、どうだ。 カクトノーズに渡って、宝を探すなら。 その宝を夢見て、時代を駆け抜けた男も誘わないか? 信用は出来るし、チームを組むなら、面子も欲しいだろう?」
女性は、魔法遣いの修行の為に、カクトノーズの首都に居た事が有る。 世界的に有名な魔法学院に、魔法遣いに成るべくして彼女も入学していた訳だ。 入学から、たった5年半で自然魔法を遣える様に成り。 卒業と同時に学者兼魔術師として、冒険者に成る決意をしたのだ。
さて。 カクトノーズの国には、学者が多い街や、魔法遣いが商人として住み暮らす街も在る。 其処には、学術的に研究をする者が多く。 歴史や、魔法や、魔法技術を遣った創作等に、彼等は日々を費やしている。 恐らく、この男。 Kと名乗る男が言う人物も、其処に居るのだと思われた。
「そうゆう方がいらっしゃるのですか・・。 カクトノーズの何処で、その方と会うのですか?」
すると、黒尽くめの男Kは、荷物を持つながら。
「これから、直ぐに。 此処では、君が面倒の種だ。 その誘う相手に掛け合って、使わない部屋を一つ借りよう」
女性は、いきなりの話に話が飲み込めず。
「え・・あ? い・今からですか? ですが、私はお金など・・」
立ち上がる男は、軽い言い方で。
「その辺は任せろ。 それとも、毎日襲われる危険の在る此処で、残りの日数を過ごすか?」
女性は、さっき自分を乱暴しようと遣って来た男達を思い出し。
(面倒は避けた方がいいわね)
と。
今、目の前に立つKと云う男が居なければ、自分は男達に乱暴されていたかも知れない。 女性は、このKと云う男を信じる事にした。 一応自身も学者だが、自分一人で、謎に包まれた秘宝を探し出せるとは限らないし。 寧ろ、この男が云う事が本当に当たっているのか、知りたく成った。
「解かりました」
少ないながら、衣服などを仕舞った背負い袋を手にした女性・オリヴェッティは、暗い中でKと云う男の後を付いて行った。
★
旅客船の中でも最も大きい部類に入るこの船は、地上部に宿泊出来る客の数だけでも1000人を超える。
その為、船の一階と二階。 そして、地下一階と一階の間の中一階は、地下に泊まる者などが、居る事を憚れる様な思いに駆られる世界が存在していた。
海上特有の強風で、小さな粉雪が乱舞する船の甲板に出てから、船の壁面を抜ける外廊下を行く。 オリヴェッティを連れたKと云う黒尽くめの男は、側面の入り口から一階に踏み込むと・・。 優雅な曲が流れ、丸で昼間の様な世界が飛び込んで来る。
「まぁ~ったく・・。 こんな金掛かる内装してるから、地下の寝泊まり料も高いんだ。 金持ちに、俺達の分でも払わせろよ」
包帯を顔に巻くKは、その豪華な内装に悪態を付いた。
赤い絨毯で敷き詰められた床。 旅人や冒険者に混じり、正装・ドレスアップした上流界の紳士・淑女が歩いている。 火を使う事を極力避けた照明には、明かりの魔法を閉じ込めたクリスタルをシャンデリアや、壁掛けのグラスランプに入れている。 影が出来るのは、本当に施設の一部や人の立つ足元ぐらいではないか?、と、思わせる程に煌びやかな明かりだ。
一階は、中地下一階の大ホールで行われる舞踏会や、楽師、旅芸人、役者などの行う芸が行われているホールを見下ろせる様にと、吹き抜けを幾つも持った階であり。 壁際には廊下部分が伸び。 奥に軽食から酒まで飲めるバーラウンジ、静かに暇を潰せる図書館も在る。
Kは、オリヴェッティに。
「腹は?」
オリヴェッティは、その中地下一階で行われる舞踏会に目が行っていて。 いきなり話掛けられしまって、返答を詰まり。
「えっ? あ・・・お金無いから・・」
Kは、包帯の隙間から覗ける目を笑わせ。
「なら、気にするな。 ま、何か持って上に行こう」
「え?」
オリヴェッティは、この船では何をするにしても金が掛かる事を知っている。 だから、この包帯を顔に巻いた男の言動が、何も理解出来なくなりそうだった。
(気にするなって・・。 お金持ってるの?)
自分と同じ地下に寝泊りしていた男が、食事の料金を気にするな等とは驚きだ。
そして、一緒に行けば。 立食の出来るテーブルのみが置かれたホールと、注文を受けるカウンターが見えた。 カウンターの両サイドには、テーブルがオープンテラスのカフェの様に、奥目の一角に広がる飲食の場も見える。
夕方を過ぎ、丁度夕食時の真っ最中で。 一般客として宿泊する大勢の旅客が居た。 家族連れ、一人の旅行客、冒険者、吟遊詩人らしき旅人や、楽師、踊り子、旅芸人など様々な様相の人々が、広い絨毯の上のフロアを行き交う。
その様々な人々の出す喧騒を聞くオリヴェッティは、杖を握り直し。
「私は、何でも食べれます」
聞いたKは、短く。
「ん、待ってろ」
と、カウンターに向かった。
オリヴェッティは、間近に在る下を見下ろせる手摺り近くの角、鉢植えの観葉植物脇に下がった。 青々とした長い草が、自分の背丈以上に伸びる。 ヒールを履く訳でも無い彼女は、女性としては背の高い方だが。 その自分の頭を撫でそうに伸びては垂れる植物は、何度見ても珍しいと思えた。
さて。
冒険者などがワイワイやりながらカウンターから席に移動して。 Kは、その空いたカウンターに向かう。
「おきゃ・・・」
鼻下にチョビ髭を生やし、7:3に分けた髪が白く成る部分を見せる中年の男性は、Kを見て手を止めた。 仕事着の白い料理人の衣服を着た彼だが、この包帯を顔に巻いたKの事は、直ぐに思い出せた。
「あ・・アンタ、あの・・あの時の・・・」
Kは、口元に笑みを見せ。
「久しぶりだな。 パンに、ハムとチーズと・・野菜を見繕って挟んでくれ」
調理人のその男性は、何故か極度に緊張し。 ゴクリと唾を飲んで。
「俺は・・もう足を洗ったんだ・・」
「あぁ、解ってる。 俺も、あの殺伐とした頃の家業は捨てた」
「そっ・そうなのか・・。 てっきり、俺は・・・」
「小悪党だったアンタを、今更殺してどうするよ。 真っ当に生きてるんだ、もう詮索などしないさ」
「そそそ・・そうか・・」
Kは、パンを出したり、ガラスのケースに入れられた具材を、ぎこちない手つきながらタングで取り出す調理人に。
「二人分を頼む。 これから上の船長を訪ねるから、立ち食いだ」
調理パンを作るその男は、少しほぐれた顔で。
「クラウザー様にか。 アンタも顔が広いね」
「まぁ、ね。 所で、あの子はどうした? もう、18ぐらいに成っただろう?」
「あぁ。 来月、結婚するんだ。 宿屋を営む家の長男の所に・・・。 花嫁衣裳ぐらいは、父親代わりとして出してやりたいからな。 借金してでも、なんとかするさ」
「出来る事は・・・か?」
「あぁ・・。 俺の、俺なりの罪滅ぼしだ」
「そうか・・」
「ホレ。 サービスで、一種類多く巻いた。 代金はいいよ」
男性の調理人は、ザラ紙(灰色の安い紙)にパンを包んで二つ出す。
Kは、それを受け取る前に。
「なら、コレは俺からの餞別だ。 今のアンタなら、コレで身を崩すまい」
と、光る石を出した。
「あ・・、こりゃ・・」
調理人の男性に差し出されたのは、二本指で掴める大きさのキュービックゴールドだ。 金塊の最小形だが、軽く見積もっても値段は数百シフォン以上するだろう。
「あ」
男性は、その金塊の受け取りを拒もうとしたが、もう目の前にKは居ない。
「身を崩すな。 アンタは、真っ当な道に戻ったんだからな」
Kの声だけが、何故か聞こえた。
(変わった・・・)
男性は、次の客が前に来るのに合わせて、キュービックゴールドを仕舞った。 内心に思うのは、悪魔の如く恐ろしかったあの男が、丸で神の如く穏やかに成っていた事である。 貰った金は、自分が命を殺めてしまった者の遺族である娘に、全てくれてやる気だった。 悪友と云う親友の娘だ。 その晴れ姿は、殺めた奴の代わりに見たかった。
Kは、男二人に声を掛けられていたオリヴェッティの元に向かう。
「すみません、仲間が来たので・・」
絡まれ困っていたオリヴェッティは、Kの姿を見れて足早に男二人の前から立ち去る。
Kを見返り、睨む冒険者風体のやさぐれた男二人。
(好きだねぇ~。 つか、まぁ~ずその危ない面から直せ)
冒険者二人の睨み目を見ても、せせら笑いしか出なかったK。 来たオリヴェッティにパンを渡し。
「ホレ。 上に行くぞ」
「あ、ありがとう」
何も詮索されず、ヒョイとパンを渡される事が。 オリヴェッティからすると、不自然過ぎる自然な様子で、彼女も拍子抜けしてしまう。 だが、パンから香る鶏肉を焼いた香ばしい香りと、マスタードバターの香りがガーリックのタレに混ざり、食欲を突いて刺激する。
(・・・、男性の誘惑に勝てても、この誘惑には無理だわ)
朝から何も食べず、僅かな飴の欠片と水だけだった。 このパンの匂いは、正直嬉しかった。
★
Kとオリヴェッティが二階に上がれば、モダンな黒と赤を基調とした様相に、落ち着きの垂れ込める空間が広がる。
上に行く階段を求め、長い廊下に入れば。 等間隔で各部屋に行く扉や黒い壁側と、海を見渡せる窓ガラス側が現れ。 赤い絨毯の廊下を行けば、壁に掛かった瓦版、絵画、風景画と詩、各国の大型劇場で催される劇や音楽会の宣伝などが額縁で貼られ。 部屋に入る扉と扉の間を埋める。
さて。 操舵室や船長室の在る最上階の一つ手前の階へは、どの階段で行っても中央階段を最後に上らないといけないらしい。 Kは、大して船内経路図を見る事も無く。 最短で行く経路を歩んでいた。
三階に上がれば、幅広い廊下と、扉と扉の間隔が広い中部屋になり。 五階に上がれば、大部屋であるリッチな内装の個室が、廊下を隔てた個々に独立する。
余談だが、全7階と地図に表示される船内。 だがしかし、地下は隔離船室として階層に入っていない。 船内案内地図に載せる必要の無い、簡単な造りで有る事も確かだが。 船を運営する船主の、差別的な意思も含まれて居る様だ。 醜い部分を、地図にすら載せないのは、権力を持つ人の見栄なのかもしれぬ。
五階へ上がる手前。 オリヴェッティは、黒いスーツにマントを羽織るナイスミドルな男性と擦れ違うのだが。 甘く流し目を受けて、返って嫌だった。
(なんだか、誘われるの気味悪い・・・)
大金持ちらしい身形の恰幅な初老男性が、嫌に露出の多い若く淫靡な金髪女性の肩を抱いて歩いていたり。 神経質そうなインテリ然とした貴族風男性が、休憩場でソファーに座って本を読んでいる。 室内で読めばいいものを、何で此処に来ているのかと思えてしまう。
何を見るにしても不安気なオリヴェッティに、Kは脇目を向けながら。
「変わった奴、多いだろ?」
「えぇ・・。 下の方が、居心地良さそう・・」
「はっ。 金持ちは、どうも少し何かズレていくみたいだ。 ま、長い船旅に成ると、だんだん普段のテメェが日常に出る。 女狂い、人付き合いの上手・下手、孤独好き・・。 意外にこの階層は、人間観察には持って来いだ」
オリヴェッティは、ふと見た方で目を見開く。 大きな窓を前にした廊下の曲がり角で、身なりの良い若者と、少し年増と思えるセクシーなドレスに身を包んだ女性の二人が、急に見つめ合う格好から抱き合い。 人目も憚らず、濃厚な口付けを交わすのを見てしまったのだ。
(あ・・、嘘)
恥ずかしくなって、パッと目を背ける。 人前でのこうゆう行為には、なんとも嫌な思いを抱く。 初と云うより、男性やキスなどの肉体を重ねる行為に、彼女自身イイ思い出が無いのが原因かもしれない。
(何で・・嫌なのかしら)
まだ20歳の自分だ。 熱烈な恋愛でもして、誰かと周りを忘れて愛し合う事が、決して悪いとは思っていないのに・・。
Kは、やや薄暗い明かりの照明のみが光る階段前で。
「さ、この上にクラウザーが居る。 海の兵とのご対面だ」
オリヴェッティは、不安な顔をそのままに。
「こ・怖い・・・人ですか?」
階段に一歩踏み出したKは、そのまま止まり。
「悪いヤツと横暴なヤツには、な。 君には、多分はぁ~紳士に見えるかも」
「そう・・そうですか」
Kは、口元を微笑ませて階段を上りだした。
オリヴェッティは、そんなKの背中を見て階段に踏み出す。
上の階に上がったKは、踊り場から真っ直ぐ扉に向かう境でオリヴェッティを待って。 そして、彼女を連れて白い扉を押し開いた。
いきなり扉が開いたので、操舵室の中で働く者達は、一斉にKとオリヴェッティを見て来た。
入り口間近の横に在る白い机に向かい、紙に何かをを書き込んでいた人物が居る。 小柄な体躯をして、着流せる白と蒼の模様で彩られたオーバーコートを着ていた。 その人物は、顔を上げてKとオリヴェッティを見ては、強面の右目に眼帯をした顔をKに向け。
「お客さん、いきなり入って来られたら困る。 用件が在るなら、下の支配人にでも言ってくれ」
しかしKは、操舵室を見回しながら。
「いや、支配人じゃ話に成らん。 クラウザーは何処だ? 知り合いだが、ちっと込み入った話が有る」
すると、小柄で眼帯をするイカリ肩の中年男性は、Kの方に踏み寄り。
「知り合いと云う証明は?」
Kは、苦い笑みを浮かべ。
「本人に逢わせりゃ解るだろ? 元、“P”(パーフェクト)と名乗ってた男が来たと言えば、死んでなきゃ会うさ」
オリヴェッティは、その話を真後ろで聞いていて。
(パーフェクト? この人・・・名前が無いの?)
と、思う。 コードネームで呼ばせる冒険者は居る。 だが、幾つも変えると云う事は、背中に古い傷を持つと云う事でも有る。 一体、このKと云う人物が何者なのか・・。 オリヴェッティは、益々解らなく成った。
Kに向かって近付いた眼帯船員は、
「面倒な、下に居ろっ。 後で取り付くっ」
と、Kを追い出しに掛かるのだが・・。
「あっ・・・」
Kに掴み掛かったつもりだったのに、何故か空気を掴んでしまい。 つんのめる様にオリヴェッティの前に。
オリヴェッティもKが捕まれたと思ったのに、急に眼帯をした船員が見えたので。
「嘘っ」
と、驚いてしまう。
Kは、操舵室で船を動かす魔法遣いなどが、杖を構え掛けるのも見捨て。
「クラウザー、姿見せろ。 海賊として貶められた海旅族の秘宝、探す気は無いか?」
と、声を響かせる。
すると・・。
「久しぶりに逢いに来たと思ったら・・、期待以上の手土産を引っ提げるな。 フフフ、お主と逢う時は、退屈と云う言葉はゴミ箱に入れないとイカン」
扉の左側。 曲がった内に有る階段から、老いた野太い男性の声がする。
Kは、その方に顔を横顔で向け。
「やっぱり、上の船長室だったか。 おいおい、まだ夜の始まりだぜ? 隠居じいさんみたいに早寝とは、驚きだねぇ」
と、軽口を叩く。
眼帯をした船員がそれを聞き、
「おいっ!!! クラウザー様になんて口利きやがるっ!!!!」
と、怒り。
その声に反応して、屈強な体格をした船員2・3人も威嚇の様子を伺わせた。
しかし、だ。 左側から歩いて来た男は、
「止さないか。 此処に居る全員が束に成ったって、その男は殺せない。 “始末屋”・“闇の冒険者”として、世界の悪事や不可能な無理難題を全て解決した化けモンだ」
と、云ってから。 眼帯船員に目を合わせ、
「カルロス、少し血気逸り過ぎだぞ」
と、注意を云うのだった。
オリヴェッティは、Kを見て。
(え? こんな細い人が?)
と、驚いた気持ちは、この場に居る全員の思いだろう。
一応、褒められたKだが。
「海の兵、下ろした碇の如くと称えられたアンタが、俺をそう云うかい?」
と、問題の人物に向く。
「うはは、昔の話さ。 お前さんみたく、現役バリバリと云うにはいかねぇ~よ」
そう豪快な言い方をする人物を見るオリヴェッティは、噂に聞いた嘗ては偉大な大船団の船長だった男を瞳に映した。
Kの前まで遣って来た男性は、Kより頭一つ半は高い偉丈夫だ。 引き締まった身体つきは、嘗ての逞しい身体を伺い知る事が出来る。 白いマーメイドの刺繍を背に入れたロングコートを羽織り。 黒いYネックのシャツに、白いズボン。 船長のみが許される帽子は、独特な形をする黒くツバの立派な物。 日焼けした肌、白くなった髪を後ろに流し、男らしさと頑固さの覗える顔は、何とも老いて尚も魅力の香る男前だ。 渋みが効く、苦み走ったと云うのは、こうゆう人物を云うのだろう。
クラウザー・ウィンチ。 世界の海を知り尽くし。 時には大嵐を切り抜け、時には迫り来る幽霊船を振り切り。 その身一つで、50を越す大船団を率いた“大海原の主”、“海の兵”と渾名され。 頑固で男気溢れるその気の強さには、“下ろした碇の如く”と喩えられた。
クラウザーは、Kに。
「旅客名簿に、お前の名前無かったぞ」
Kは、ぞんざいな様子ながら親しげに。
「今は、“K”と名乗ってる。 それに、泊まってたのは、地下だ」
その話を聞いたクラウザーは、驚く様な、呆れる様な顔で。
「おいおい。 まさかお前さんが、特等室料金をも払えない訳無いだろう? 今だに、ホレ。 遊ぶ女連れて居るじゃないか」
と、顔でオリヴェッティを示す。
Kの愛人の様に思われ、困った様に顔を赤らめるオリヴェッティだが・・。
K自身は、ただただに苦笑い。
「クラウザー、止せ止せ。 名前を変えた以上、もう過去のバカは遣らかさん。 女も辞めた。 酒も、裏家業も、な」
クラウザーは、やはり苦労人だ。 Kの語りを聞いて、何かを悟ったのだろう。
「な~る、悪魔の様なお主だったが。 今は、丸で別人の気配・・。 お互い、年月で変わったな」
Kは、そんなクラウザーの目を見て。
「クラウザー・・、アンタその目」
「ん?」
「保ってどの位だ?」
クラウザーも、Kに自分を見透かされた事を悟り。 ホロ苦く微笑んでは・・、
「ふふふ。 後・・何度か桜・・雪を見れるかな」
Kは、小さく頷き。
「そうか・・。 ま、いいや。 それより、土産を持って来た」
と、云うと。 オリヴェッティを見て。
「オリヴェッティ。 クラウザーに、あの紙を見せて遣ってくれ」
「え?」
驚く彼女だが、Kは。
「大丈夫。 クラウザーは、俺より信用出来る」
「あ・・、はい」
オリヴェッティは、詩の書かれた紙を取り出し、クラウザーに近付いては差し出す。
クラウザーは、オリヴェッティの目を見抜いて。
「いい女だ。 北西の血を引く肌に、その知的で澄んだ瞳。 中々、意思の強そうな娘だの」
Kは、紙を受け取るクラウザーに。
「ホレ、50年ほど前にか。 “嘘吐き”呼ばわりされた、あのロヴハーツ家の娘さ。 もう、彼女しか居ないらしい。 ハルベールの家族は」
オリヴェッティは、自分の曾お祖父さんに当たる人物の名前を出され。 心底に驚き、Kとクラウザーを交互に見つめては。
「し・・知って・る・・・の?」
すると、紙に書かれた詩を見たクラウザーも。
「知ってるさ。 ワシは、特にな」
と、云いながら、詩を目で読み。
「・・・。 やっぱり、あの時尻尾を掴んでたのか・・。 俺も、今にこの意味が解る。 ふぅ・・・。 老い先短いこの場で、夢をまた見るとは・・・な」
染み染みと紙を見つめるクラウザーを見たK。 少しの沈黙を置き。
「なぁ、一緒に来るか? 在るか、無いか・・・確かめて見るか?」
クラウザーは、自分の元にKが来たのを不思議がった。 意味は解るが、自分の知る嘗ての悪魔の様だったKなら、こんな真似はしない筈である。 だから、自然と疑問が口を滑る。
「お主、ワシをわざわざ誘いに?」
微笑するKは、オリヴェッティを見て。
「彼女は、どん底まで落ちても諦めていない。 丸で過去のアンタの様に・・・」
と、云った処で話を止め。 今度は、クラウザーを見ると。
「アンタもまた、諦め切れないから船長をしてる。 こんな閑職の様な客船でもな。 心残りは、少ない方がいいだろ? ン年前、俺に夢を語ったアンタは、未だまだ生きてる」
Kに見られ、俯き紙を再度見たクラウザーは。
「・・・まったく、苦笑いしか出ないぐらいに見透かされるな。 だが、俺も最後に、男をもう一花咲かせられるかも知れん。 フフ・・・フフフ。 久しぶりだな、心が熱く為るのは」
Kは、今度は軽く笑い。
「はっ。 老けて呆けるには、チィ~っと早過ぎるさ」
クラウザーも、今度は本気でニヤリと笑い。
「ぬかせよ。 小僧に舐められるまでは、コチとら耄碌してないぞ」
Kとクラウザーは、不思議なまでに見えぬ意思の疎通をして。 お互いに笑うのだった。
オリヴェッティは、そんな二人が何処か面白く。 何処か、可愛いと思えた。
(なんだか、似てるわ。 この二人・・・)
と、微笑が滲んだ。
どうも、騎龍です^^
K編のスタートです。
ご愛読、ありがとうございます^人^