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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
73/222

ウィリアム短編

                冒険者探偵ウィリアム短編 その1-3





                      3




夜が更けるまで深い話し合いをしたウィリアム。 あの暴言の後も、レナと事件経緯について話し合った。


今・・・。


彼は、明かりの落ちた深夜近い街中を宿へと歩いて戻る。 そしてウィリアムは、尾行の気配を感じていた。


(まぁ~ったく、自分等の主の為に云った諌めも解らないのかよ)


ウィリアムは、気配で殺し屋や暗殺者の類では無く。 組織的に訓練された護衛集団や、密偵の類の気配だと看破していた。 そうなれば、相手は見なくても一目瞭然。 レナの一家を守る護衛部隊であろう。


ウィリアムは、態と大回りをしては、ヘキサフォン・アーシュエルの中央噴水まで遣ってきた。 広く、住み暮らす人の少ない場所を選んだのである。


「面倒な忠誠心ですか? それとも、命令ですか? どっちにしろ、俺を尾行してどうするつもりなんですか。 ヘッタ糞な尾行で、俺を騙せるとでも思っているのですか?」


こう言いながら立ち止まって振り返るウィリアムの視界には、灯りなど持ってはいない。 だが、晴れた空の下、星明りで十分に黒い衣服の者を解っていた。


突然。 ウィリアムを4人の黒い衣服に覆面をした者達が囲む。


だが、ウィリアムは、寧ろ失笑すらして。


「フフッ。 黒い衣服を着て目眩ましですかぁ?」


と、言って。 正面の者の目を射抜く様に見つめると・・。


「俺の後ろの人は、女性ですね。 右と左の人は、中年の男性だ。 だが、正面の人は、まだ若い男性ですね」


ウィリアムを囲んだ4人は、微かに身動ぎをする。 ・・・当たっていた。


ウィリアムは、後ろに振り返り。


「女だろうと手加減はしないッスよ。 俺は、仲間のスティールさんとは違いますからね。 それから、匂いや身体のラインで性別なんて見当付くんです。 胸が出てる出てないとか、言葉を発しなければ解らないだなんて思わない事ですね。 さて、・・・眠いので、さっさとしますか」


ウィリアムは、気配を一気に最小限に抑え、緩やかに移動し始めた。


「あっ」


「えっ?!」


「うぬっ」


ウィリアムを囲んだ4人は、夜とはいえ広い広場で囲んだウィリアムが、忽然と消える様な感じがして動揺した。


人が物の情報を目や耳で得ているのは、常識だろう。 だが、其処に居ると思い、認識する時。  その相手がどうゆう様子なのか、どう動こうとしているのか。 目の動き、姿、気配あらゆる所に気を配る。 戦いの玄人と成れば成るほどに、相手や周囲の気配に気を配り、相手の行動を察してどうするかの判断を下す訳だ。 暗殺者は、その身の気配を抑える事で、行動に移す際に何もしていない様な姿から、急激に動いた様な錯覚を引き起こさせる。 


一番若いと云われた正面に居た覆面の人物に、ウィリアムは音も無く近付いた。 間近まで迫られてから気付いた相手は、到底対処のしようも無く投げ倒される。


気配の察知を鈍らせる事で、ウィリアムは相手の認識を後手後手にした。 ウィリアムを囲んだ左右と背後の三人は、意表を突かれてしまった訳だ。


「・・」


「・・・」


動揺しながら三人は視線を交わし、ウィリアムを叩きのめすべく立ち向かった。


声を出さない様に戦う訓練をしていると思われる覆面集団だったが、その実力はウィリアムには程遠い。 暗殺者としての修行をしてたウィリアムに、次々と投げられたり、当身を急所に受けて地に這い蹲った。


ウィリアムは、4人を路面に沈めてから。


「其処に居るのがオヤブンですか? 部下が遣られてるのに、のうのうと見物とはイイご身分で」


と、自分の来た方角のレンガトンネルの中に広がる闇を見る。 トンネルを作るのは、レンガで出来た歩道橋。 段に成った高台の家へ行く橋代わりである。


気付かれていると解った相手は、


「・・・貴様、一体何者だ?」


と、月並みな台詞を吐いて出て来る。 少し背の高い覆面の人物だ。 声は男、身体つきを見ても武芸に心得が在る。 剣術なのだろう。 両脇の腰には、バスタードソードが佩かれている。 ただ、尺のやや短い軽量化された物だ。 腕力さえあるなら、両刀で使える。


さて。


ウィリアムは、相手との戦いに於いて無用な手加減などしない。 寧ろ、徹底的に有利に持ち込む事を考える。


(ま、剣の腕はそこそこですかね)


と、現れた人物を見ながらも、這い蹲った一人に近付くと。


「おい、起きろ」


と、その人物の肩を蹴り上げた。


「う゛ぎっ」


小さい悲鳴は、肩の骨が外れたからだ。 ウィリアムに蹴り起こされた覆面の一人は、噴水の縁に転がる。


ウィリアムは、次に女性と思われる覆面の人物に踏み寄る。


これには、流石に現れたリーダー格の男も動揺し。


「おいっ、相手は俺だ」


だが。 ウィリアムは、転がった曲者の女性の右太股に足を置き。


「関係無いね。 これから、アンタが俺に半殺しにされる所を見る見物人作りさ。 冒険者が、みんなみんなフツーだと思ってるアンタ等に、変わった者も居るって教えてやる」


と、足に力を・・・。


「あひぃっ!」


小声ながらも、悲痛な叫びを上げた女性の右足が、ダランとする。


「関節外しただけですよ。 痛みに耐える訓練が甘いですね」


冷めたウィリアムの言葉が、呻く覆面の者に降りる。 確かに、今の悲鳴の声は女性だった。


ウィリアムは、残り二人も同様に肩と左足の関節を蹴っては外す。


「キ・・キサマっ」


怒りに声を震わせ、剣に手を掛けた覆面集団のリーダーだが。 目の前で凶行に及ぶウィリアムの気配を掴み切れず。 “斬れる”と思えなかった。 それに、気配を消し。 無手で人を殺める術の意味を知るだけに、恐れも在ったのだろう。 全く動けなかった。


こうなるとこの相手は、ウィリアムにして見れば、暗殺者のセオリーとも云うべき術中に嵌った獲物も同然だ。 相手の弱い部分を突き、動揺や憤怒を誘発させて冷静さを奪う。 絶対的に有利な形で、相手を奈落の底に追いやる暗殺者の手法である。


「さて」


ウィリアムは、リーダーらしき人物に向いた。


「お前・・・暗殺者・・。 “ハナレ”かっ?」


鋭く云う相手に対し、ウィリアムは涼やかに。


「さぁ。 彼方が勝てたら・・・教えましょうか?」


その言葉で、リーダーらしき覆面の人物は剣を左右の手で引き抜いた。


だが、此処で。


(ま・・・負けっぱなし・・で・)


女性と思われた覆面の人物が、ウィリアムの踵を掴もうと手を伸ばす。 足を掴み、少しでもウィリアムを不利にしようと試みるのだった・・。


しかしそれは・・、逆鱗に触れる行為でしかない。 ウィリアムは、その手を見ずして瞬時に掴みをかわして、ガツっと鉄の踵で手を踏んだのだ。


「あ゛!!!! いぎひぃぃ・・・」


踏んだウィリアムが、踵をよじる。 女性と思われた覆面の人物は、骨の砕けた手の甲を踏み躙られて、熾烈な痛みに完全に戦意を捨てた。


ニタリと笑ったウィリアムだが、この覆面の曲者を殺すのは訳無い。 そうしないだけ、“手加減”をしているのだ。 寧ろ、不用意にレナの傍を離れ、自分を尾行するなどと云う馬鹿げた事をしたこの覆面集団に、返り討ちの恐ろしさを教えるぐらいの気構えだった。


リーダーの相手が斬り込め無い事に、ウィリアムは嘲笑う様に・・。


「その剣は、お飾りですか? 部下には軽装をさせて置いて、どうやら彼方はベルトプロテクターを着けていますね。 衣服の下に着込んでいても、微かな服の擦れ方で解りますよ」


心理的に揺さぶる為に、相手の隠してる物を言い当てるのは効果的だ。


結局、リーダーらしきこの相手は、そのままウィリアムに斬り込む。 それは、見ている部下達には、寧ろ幻想的な様子だった。


「くそっ!!」


右手の剣で斬り込んだ相手に対し、ウィリアムは左足を相手の腕に宛がって止める。 苦し紛れで、左の剣を振り込もうとする相手の懐に飛び込むウィリアムは、右足を相手の左脇に差し込んで、両足で相手の胸部を挟み込んだ。 そして、相手は左へと捩られる様に倒れ込む。 路面に相手が倒れる時、首は関節を極められ右を向いたままに、ウィリアム余った右手の指が・・・相手の両目に入る直前で止まっていた。


(殺される・・・)


リーダーと思われる覆面の人物は、動けなくなった。 剣を持った腕を微かに動かしただけで、指が目を突き破って来ると理解出来るからだ。 相打ちを狙うには、首を折られた時点で無理だし。 目を潰されても攻撃する自信が、自分に無かった。


ウィリアムは、徐に身を前に倒し。 相手の耳に口を近づけると。


(これでも手加減してやってるんです。 部下を連れて帰るのに、彼方だけ残します。 相手を見縊って安易に尾行するのは、もう止めた方がイイですよ。 もし、彼方に命令した人が居るなら、その人に伝えて下さい。 不要に俺を刺激するなら、次は頭を狙うと・・・)


覆面の人物は、ウィリアムが大体を察していると解った。 この若者は、野に放たれた危険な“トリックスター”(ジョーカー)なのだと・・・。


相手を自由にしたウィリアムは、何事も無かったかの如く宿に帰った。





                        ★



次の日の朝だ。


宿の地下にあるレストランで食事をするウィリアム一行が居て。


「ふぁ~あ。 なぁ~んでぃ、レナちゃんとフシダラしなかったのかよ」


大欠伸をした後、乱れた上着をそのままに不適切発言をするスティール。


パンを千切ったウィリアムは、


「する訳無いでしょう? 相手は、世界的な規模で銀行を持つ超大商人の令嬢ですよ? スラム生まれのわたくしめは、分を弁えておりますですぅ~」


子猫ちゃんの匂いを漂わせるスティールは、ぞんざいな座り方で水を飲みながら。


「ケッ。 そんじょそこらの学者より、遥かに頭脳のイイお前が。 “分を弁える”だなんて笑っちゃうぜ。 突き抜けろ、ぜ~んぶひっくり返せ~」


アクトルは、それも一理と思いながらも食事に夢中。


スティールのムチャクチャな言い方に、呆れるロイムとむず痒い顔のクローリア。


しかし、当の本人であるウィリアムは、サラっとした物言いで。


「そんなに上手く行きますかね? 大体、あれだけ讒言したら・・」


“もう顔も見たく有りませんわぁ~”


「とか云われそうですがね」


レナの物真似などするウィリアムが珍しい。 だが、かなり冷めた目線で、全てを見ているとも感じられた。


しかしながら、ウィリアムをやさぐれた目で見るスティールは、


「バッカ言えぇ~。 自分より頭のイイ男に叱られたって、寧ろお前のスゴさと頭の良さに心酔しちゃうわよ~だ。 ミレーヌの姐さんに然り、島の女だってそうだったじゃねぇ~か。 金と豊かさに満たされる女で、しかも頭のイイ女ってのはな。 テメェの理詰め染みたプライドや思いを叱られたりしてコナゴナにされると、元の素顔が出てくんだよ。 修行が足らんな、弟子よ」


と、女に玄人らしい言い方をする。


パスタをクネらせるウィリアムは、素っ気も無い様子で。


「そぉ~ッスかねぇ~」


と、パスタを口に運んだ。


ウィリアムが何故にレナを扱下ろしたか・・。 それは、自分とレナの会話を聞いていた第三者が、あの場所に居たからだ。 何処かそっと見張れる場所から、自分とレナを監視、若しくは見守っていたのだろう。 だから態とレナの父親を扱下ろし、その内容を父親に届かせる狙いである。 昨夜に尾行を撃退したのは、自分に構うなど時間の無駄だと云う為だ。


さて。 食事を終えたウィリアムは、仲間を伴って警察施設に向かった。 一応、これから再捜査の聞き込みを始める旨を、律儀にレナへ言いに行った訳だ。 許可を正式に貰って置けば、後々何か在っても公を盾に使えるからである。


霧が咽ぶ様な朝の街。 朝から動く馬車も人も、事故が無い様にと緩慢とした動きであった。


施設間近に迫る時、石とレンガで風景が出来上がる中央の行政区大通りにて。


「ウィリアムちゃんっ」


と、ミレーヌの声がする。


振り返れば。 徒歩で勤めに出て来る人が大通りの脇を歩く中。 ミレーヌの馬車が、直ぐ其処にまで近付いて来ていた。


(頼みますよ・・・。 街中で“ちゃん”は止めて下さい)


ウィリアムは、そう思いながら窓から顔を出しているミレーヌ見る。


ミレーヌは、もう施設が間近だからウィリアム達と歩いて行く事にして。 馬車を先に行かせる。


ミレーヌを含めた一行は、歩きながら話をし出す。


「ハァ~、ウィリアムちゃんも災難ね。 あの、超お嬢様のレナが出した依頼を回されるだなんて・・」


しかし、ウィリアムはハッキリと。


「レナと云う方は、確かにお嬢様には違い有りませんがね。 洞察力や推理力と云う点では、ミレーヌさんより優れていますよ」


ミレーヌは、全く意識もしない言葉がウィリアムから出たのに驚き。


「ひ・酷いわぁ・・。 アタシって者が有りながら、あんな若くて胸が大きいだけの娘に肩入れするぅだなんてぇぇ」


と、イジケ出す。


だが、ウィリアムはあくまでも冷静に。


「彼女の普段は、親の目を欺く上に、失望させたくないという意思からの道化ですよ。 流石に、元は優秀な捜査官だった叔父のイフハハンと云う人物の傍で、密かにずっと事件に関わっていただけ有ります。 難しい毒殺事件の細部を、幾らかしっかり見通して居ました」


「え?」


ミレーヌは、漸くウィリアムが冗談を言う彼では無いと解る。 レナに対する所内の評価とは、全く逆の評価だ。


「なら、どうして閑職なのよ」


「親が裏に手を回して、女は結婚して家庭に入って居ればそれでいいと・・。 彼女の部署に人が居ないのは、親の影響で辞めさせられているからですよ。 大体、彼女の部署に、全く活動費が入れられて無いとか。 金が有るってだけで、公的機関を麻痺させるだなって、正直アホらしいにも程がありますね」


ウィリアムが本気で怒っているのだと理解したミレーヌは、レナの能力にウィリアムが太鼓判を押しただけに。


「ウィリアムちゃんのお墨付き有るのなら、私の部署に引っ張ってもイイのになぁ~」


ウィリアムは、真面目な話にまで“ちゃん”付きかよと思いながらも。


「それは素晴らしい案ですね。 彼女は、性格的に頭脳作業には秀でています。 ですが、捜査を突き進んで指揮する行動力に欠ける。 押しも斬り込みも出来るミレーヌさんとは、逆にウマが合うでしょうね」


聞いてるアクトルやスティールからするなら、たった半日でそこまで読み切るウィリアムが怖い。 だが、逆に信用も出来る。


さて。 ウィリアムから、レナの相談して来た事件の話を聞くミレーヌは、


「自他殺不明の案件をそのままにかぁ~。 ・・って、その奥さんを亡くしたイレグさん? 未だに再婚相手も探さないし、お見合いの話を片っ端から蹴って、仕事と深酒しかしない人に成ったみたいよ。 可哀想に・・奥さんを愛し過ぎてたのね」


と、思い出すように教えてくれる。


ウィリアムは、粗方事件が見えて来ているだけに。


「重かったのですかね・・。 いや、旦那さん以上に、奥さんが愛し過ぎてしまったのか・・。 悪い人を只捕まえる事件に比べたら、途方も無いぐらいに遣り切れない事件かも知れません」


「それって・・どうゆう事?」


ミレーヌは、ウィリアムの云わんとしている意味が解らない。


しかし、ウィリアムは、そんなミレーヌを見て、少し悪戯っ子の様な笑みを見せると。


「御姐様。 先ず見て、推理能力は・・完全に負けてますねぇ~。 若いだけって娘に・・・」


ウィリアムの言葉に、キョトンとしたミレーヌ。 だが、直ぐに意味が解り出して。


「そんな事無いわよぉ~。 私だって脱いでも凄いんだからぁ~、試してみるっ?!!」


と、ムキに為ってウィリアムに絡み出す始末。


(関係ねぇ~ってよ)


煩そうにミレーヌから逃げるウィリアムは、一つの引っ掛かりを胸に抱いて居る。 恐らく、此処が重要な気がしていた。 只聞き込みをするより、見えない急所に為っている部分に斬り込む気だった。



                         ★



レナの元に向かった一行は、早々と出て来ていたレナに遭った。


「よ、おはよ~」


スティールが気軽に挨拶するのに対し、レナは丁寧に頭を下げ。


「おはようございます」


と、しっかりとした口調だった。


ウィリアム以外は、昨日の緩いお嬢様の様なレナしか見てなかったから。 何か凄いギャップを受ける。


しかし、ウィリアムだけは冷静に。


「今日からは、素に戻りますか?」


レナは、穏やかな笑みで目礼し。


「はい。 昨日、父と母に自分の本心を伝えました。 私は、叔父から受けたものを生かしたいので、家を出ると」


「ほぉ~。 それは、まぁ~身内のお話ですからね。 それ以上は、無用です。 それより、捜査する上で聞きたい事が出来ましてね」


レナは、ウィリアムの対応にも大人しく従う様に。


「はい、何でしょうか?」


「捜査資料に、ジェミリーさんの家庭環境について、両親までしか有りませんでしたね? 彼女は、元々この街の住人で?」


「あ、どうでしょうか。 お父さんは、家具や楽器を作る職人だそうで。 母親は、近くの商店で武器屋を営む者の次女と・・。 それが、何か? 死んだ奥様や、残された旦那様の親兄弟、そして知り合いに、漁師は居ないと思います。 街の地下運搬水路の管理者だったり、港の管理をする者は居りますが・・・」


ウィリアムは、その話が出た所で目を細め。


「その事は、資料に書かれて有りませんでしたね」


レナは、今度は頭をしっかり下げ。


「正規の捜査が出来なくなった後の情報です。 叔父が亡くなり、直ぐに私を指名して頂いたのですが・・。 父の影響で捜査が続かなく成りまして・・申し訳ありません」


「俺に謝っても仕方ないですよ。 長々と事実を判れず、仕事に逃げて涙を呑む旦那さんに謝るべきでしょ? ま、貴女の事だ。 もう、謝っては居るのだと思いますがね」


レナは、深く俯いた。 事件を捜査出来なく成ったレナは、イレグから頭ごなしに叱責された。 その様子は、憤りや理解の出来ない事態で心が乱れた彼の鬱積した感情が、レナに向けて爆発したと思える程だった。


その様子に、内心では相当な重荷を抱えて居ると察したウィリアム。 仕事に話題を移し。


「所で・・・今さっき小耳に挟んだのですが。 なんでも、イレグさんに見合いを勧めた人が居るとか・・。 奥さんが死んで半年足らず、微妙に早いですね」


「あ・・、それは」


顔を上げたレナは、直に説明を口から滑らせた。


「マーケット・ハーナスでは、特にですが。 商人をする男性は、早い結婚を望まれる風潮が有ります。 早めに身を固め、商売に精を出す為です。 ですから、奥様を亡くしてから半年での見合いは、然程の珍しい事で有りません。 ただ、イレグさんへの見合いは、厳密には奥様が亡くなられてから半年処か。 たった半月で申し出が有った様です。 無論、イレグさんは断ったそうですが・・」


ウィリアムは、其処でレナに斬り返す速さで。


「それは、早いですね・・。 一体、何方です?」


「それが・・・、ちょっと驚きでおかしい話なのですが。 死んだ奥様、ジェミリ-さんの親友と云う“カトリィン”と云う女性です」


「その方の詳細な情報は?」


「あぁ・・っと、確か・・」


レナは、記憶を直ぐに呼び起こし。


「その女性は、小細工屋のお嬢様で、若い頃に一度近くの宿屋の男性と結婚しました。 ですが、4年しても子供が生めず、出されたそうです。 その噂で、中々他のお誘いの話が来なく。 幼い頃から教育施設で共に学んだジェミリーさんと編み物をしたり、絵の制作などの生活だったとか」


ウィリアムは、疑問が湧いたので鋭く。


「その方っ、もしかして・・・イレグさんと親戚とかでは? 血縁の近い間なら、姉の後に妹が奥さんに成るとか在りますよね?」


ウィリアムに言われ、記憶を更に呼び起こしたレナは。


「あっ、そうだわ。 確か、このカトリィンと云う女性の父親と、レグレさんの叔父が従兄弟に成ります。 イレグさんと血の繋がった叔母に成る方の旦那さんで。 確か・・・地下水路の管理を為さっていたかと・・・」


ウィリアムは、それで推理が繋がったと思える。 だが、最大のネックも見つかった。


「それは・・、なるほど。 ですが、俺達だとネックが一つか・・。 どうするかな」


レナは、ウィリアムが或る程度に事件を読み切ったのだと悟り。


「あのっ、出来る事は何でもしますっ!!」


と、思いに任せた勢いでウィリアムに言う。  


ウィリアムは、冷静に脇目でレナを見据え。


「地下水路の底を攫えば、答えが見えて来るかも知れません。 只、運搬水路の底に敷く砂は、数年に一度入れ替えられるとか。 その入れ替えが行われていなければ・・、の話ですがね。 しかし、運搬水路の運行を止めて攫う必要が在り、それを押して作業執行する捜査権が・・今の貴女に在りますか?」


そう問われたレナだが、既に決意を持っていた様だ。 弱気を見せず、ウィリアムに。


「この事件だけは、迷宮入りには出来ません」


「ですが。 俺の思惑が、本当に当たっているとは言い切れませんよ。 あくまでも、推理ですから」


「構いません。 今を逃して、この事件を解決出来る日は来ないと思います。 ですから、ウィリアムさん。 私の部下として、一時手を貸して下さい」


レナは、深く深く礼をする。 冒険者風情のウィリアムに、こんな真摯な礼節をする役人や有力者が何人居るか・・。 しかしレナは、それを示した。


すると、スティールが。


「よぉ~よぉ~ウィリアムちゃんよぉ~。 そう邪険にせんでエエ~じゃないのさぁ~」


と、絡み。


ロイムも、ぬるぅ~んとウィリアムに擦り寄り。


「そぉ~だよぉ~、レナさんも頭下げてるしぃ~。 これって仕事だしぃ~」


アクトルは、


「ウィリアム、さっさと終わらせようぜ」


と、言いながら。


(何だかんだ言って、ロイムもスティールも肩入れしやがったな)


と、心で笑う。 こうゆう時に成ると、この二人は仲が良くなるのが面白い。


ウィリアムは、一つ頷き。


「では、真っ先に地下水路の底を攫いましょう。 問題は、水路の中でも最も汚れの堆積しそうな場所ですよ」


面を上げたレナは、本当に嬉しそうに。


「はいっ」


と、答えた。



                       ★




レナは、少し高齢に成る捜査官を束ねる捜査部門の長官に面会し、事件の解決の為に単独でも動くと言った。


いきなりレナに捜査開始を告げられ、二句が繋げなかった長官。 70に成る高齢官僚で、名誉職に近い管理職だった。 痩せた身体に、司法をイメージした裁きの書を持つ賢者が刺繍された青い法衣を着た人物だが。 その妻は、レナの血縁に当たる。


「ああ・・・レナ殿、その捜査はもう良い・・」


何とか声を出した長官は、唖然としてしまった直後なだけに。 モゴモゴと、どもりそうな口調であった。 レナの身に何か在っても困るが、レナが手を汚して捜査するなど驚きものだ。


だが、レナの顔には、強い意思が現れていた。


「いえ。 一捜査官として、公私混同はいけません。 それに、今を逃して捜査の進展は無いと思いますので。 父には、昨夜に私から決意を言いましたから。 では、失礼致します」


と、部屋を出て行くレナに、慌てた老人の長官は。


「レっレナ殿っ!!! どうしてもするなら、配下を組み敷きっ、しっち・しし指揮をっ」


レナは、長官に振り返り。


「私には、部下を雇う元手など有りません。 只働きなど、させられませんわ」


「ひっひひっ・費用は計上してあるっ!!! 後で資金配布書を出す故っ、とにっ・とにかく部下を組織してくれいっ!!!!!」


レナの突然の決起染みた動きに、長官も思考が麻痺してしまったのだろう。 席を勢い良く立ち上がり、大声を出した。


一緒の部屋に居る事務方の年配女性が、長官の様子に驚いて固まってしまった。


レナは、正式に許しが出たので。


「では、その様に致します」


と、微笑み。 一礼して退室して行く。


閉まったドアを見つめた長官は、ドサッと大きな椅子に腰を落とし、深く息を吐いた。 だが、次の瞬間には、この事をレナの父親に知らせないといけないと思い。


「あっ、あわわわわ・・・。 てっ・手配をおぉぉ・・・」


と、また慌てふためき動き出したのである。


さて。 ウィリアム達の下に戻ったレナは。


「ウィリアムさん、正式に部下の補充も許して頂きました。 今まで、密かに情報を持って来て頂いていた方々で、叔父の頃からの部下数人に声を掛けてみたいと思います」


聞いたウィリアムは、いきなりの事だったから逆にすんなり行ったのだろうと理解して。


「それは、お任せしますよ。 我々の及ぶ領域では有りませんからね」


「はい。 では、少しお時間を頂きますね」


捜査は、昼過ぎから本格的に開始と云う事に成る。


先に部屋の外に出たウィリアムは、錆付いた運命の歯車がまた一つ。 緩やかに動き出す音を聞いた。


レナが呼んだ者は、たったの6人。 元のイフハハンの部下は、正規の者だけで100人を超えて居たと云うから。 他の者達はそれぞれ生き方を変えたり、別の捜査官の下に付いたりと成っていたのだろう。 だが、今回の事件に関しては、この人数でも十分だった。


強制捜査として、地下水路の捜索が行われた。 真っ先に見つかったのは、海の生き物で淡水には住まない黒い藻だった。 問題のアサリの食料で、塩分の希薄過ぎた水路の砂地に定着出来ず。 もう、僅かな量しか残っていない。


だが、その藻が見つかった事自体が異常だった。 船底の磨耗防止の役割や、ゴミの移動を少なくする目的で、水路の底に敷かれた砂とは。 全て浜辺の海岸から離れた場所から採取された、乾燥し切った物だからだ。


そして、次に見つかったのは、死んだ黒い貝。 繁殖期に毒を分泌する貝で、アサリの種類である。


捜索が続けられた夕方には、遂に水路の奥で問題の毒アサリが見つかった。 家庭用の下水の推量を一定に保つ為の引き込み貯水場の底に、そのアサリは生きていたのだ。


ウィリアムは、真っ先に水路管理者の一人で、イレグの近親者だった男性を詰問した。 ウィリアムの鋭い質問に怒り、そして思わずと口走った言葉でボロを出す。


“俺が殺した訳じゃないっ!!!”


その一言は、ウィリアムに付入る隙を与えたのと同じであった・・・。




                         ★



それから、2日後。 全てが明るみに成った。


全ては、ウィリアムの推測通りだった。


イレグの妻ジェミリーは、夫を深く愛していた。 いや、し過ぎていた。 遊びに来るカトリィンに対し、こう洩らす。


“不憫な病気を持った・・、自分の様な子供を生むかも知れないから。 私、とても恐いの。 夫の求めるままに、子供が作れない”


ジェミリーは、教養の有る真っ直ぐな女性だった。 事業で成功する夫に相応しい家庭を築いてあげたいが、自分に全て不安の要因が在ると自責の念に悩んでいたのだった。


処が、だ。


娘のカトリィンからその話を聞いた父親は、従兄弟でイレグの親戚筋に当たる地下水路を管理するこの男に相談した。 その相談とは、ジェミリーを自殺に追い込み、カトリィンとイレグを結婚させる事である。


小細工屋として、アクセサリーや武器などに、細かい装飾を施す仕事を細々とやっていたカトリィンの父親にとって。 イレグが息子に成る事は、もう願っても無い事だ。 商売を広げ、イレグに売買を手伝わせる事も出来る。


一方で。 イレグの親戚筋で、地下水路管理者をする人物も。 従兄弟がそうなれば、安い給金の役人をオサラバし。 従兄弟と一緒に商人が出来ると、自分勝手な夢を抱いてしまった。


たった一つの過ちを犯せば、あとは堂々と商人の街で胸を晴れる・・。 そんな欲望で団結した二人は、事件を起こすべく結託した。


イレグの親戚筋に当たる人物は、地下水路でアサリを育てた。 漁師の知人や親類から、密かに毒アサリの事を聞き出して・・。


一方でカトリィンの父親は、こっそりとジェミリーに会い。 娘のカトリィンが、イレグを間違って愛してしまっただの。 密かに関係を持ったなどと吹き込んだ。 心根の綺麗なジェミリーは、密かに生きて純粋だった分だけ、穢れを持たない女性だったのだろう。 親友と夫なら許せるし、自分の不肖な身体を呪うが故に、悩みながらも託す事を考えた。


ジェミリーが少しでも怒り、カトリィンに問い質せたら変わったのだろうが。 カトリィンに何かと仕事を与えて、ジェミリーから遠ざけたカトリィンの父親には、抜かりが無かった。 世間から孤立して、夫が不在気味のジェミリーの元を訪れては、様々な脅迫や有りもしない噂を吹き込み。 そして、自殺を誘発させる文句を云うのだ。


実は、ジェミリー自身。 自分の家族筋から、子供を作る事に強い要求を強いられていた。 イレグと云う成功者を、親戚筋から手放したく無い欲求からである。 無論、両親にさえ、口酸っぱく言われていた。


ジェミリーは、それでも夫の将来と自分の至らなさを天秤に秤り。 親友で社交的なカトリィンなら、成功する夫を支えられると・・。 愛する夫の将来が、何よりも大事だった。 こんな醜い自分を受け入れてくれた夫の為なら、死をも厭わないと思ったのだ。


そんなジェミリーを、最後の不運が襲う。 流行り病を患った事だ。 夫が半月以上も居ない中、激しく咳き込み、高熱を出したジェミリー。 医者を呼んだ中で告げられたのは、自分の幼い頃に罹った病気は、子供に受け継がれる可能性が有ると云う事・・。


無論、この情報は、カトゥリンの父親が金で頼んだ事である。


事件は、そんな渦巻く陰謀の手が、純粋なジェミリーの手を引いて起こった。 アサリをバケツに入れて持ち込んだのは、カトリィンの父親である。 そして、ジェミリーは、最後の晩餐を迎えたのだ。


メイドの死亡は、どうしても自殺を止められず。 長年ジェミリーに世話に成った忠誠の証としての殉死と、ウィリアムは指摘する。 奉公する者と、仕えられる者の間には、時として非常に強い絆が生まれる。


確かに死んだメイドは、ジェミリーに対して強い忠誠心を持っていた。 その事実は、自殺前に暇を与えられた少女が証言している。 メイドの女性は、嘗ては夜の女で、犯罪に加担させられた経緯を持っており。 ジェミリーが雇うまで、非常に過酷な生活環境を生きていたらしい。 メイドや少女にとって、ジェミリ-は、正しく女神の様な存在だったと・・。


事実が判った後のスティールやアクトルは、憤慨して先に飲みに消えた程。 ロイムやクローリアも、悲しい話に居た堪れずに、宿に帰った。


ウィリアムは、犯人の二人の逮捕。 そして、自供まで付き合った。


父親の逮捕と同時に、事実を知った親友の中年美女カトリィンの嘆き様は、もう悲痛の極みを見る様で。 レナは、涙を覚えて顔を背けた程だった。


人の欲は、良くも悪くも燃えると直走る時が在る。 権力、金、名誉、栄光、成功、その甘美な豊かさの象徴は、時として人を狂わせる。 そんな人の弱く醜い部分に、穢れを知らず過ぎた無垢な心が狙われたのだ。


ウィリアムは、愛情も言葉が足らないと擦れ違う事を見せ付けられたと思う。


その日の夜は、初夏の割に冷えた星の輝く空だった。




                       ★



さて、それから更に2日後。 事件を解決したレナは、凄い決断をする。 何と、捜査官の地位を辞退し、一下級役人として捜査の手先に成ると云う事だ。


これには、もう長官も親も相当に悩み、悶え抜く様な苦悩を味わっただろう。


だが、其処に救世主の様にレナを是非にと請うたのが、誰でも無い。 あの女性捜査官ミレーヌである。


女性の上級捜査官であるミレーヌから、レナをブレインとして頭脳捜査官兼副官に欲しいと云う願いは、苦悩していた長官と父親にしてみれば、願ったり適ったりの渡りに舟。 レナの意思をどうこうでは無く、ミレーヌの申し出の有った夕方に即時決定する。


一方のレナも。 ウィリアムの親しい相手で、噂からして優秀な上級捜査指揮官のミレーヌに会い。 彼女と話し合って、直ぐに心が合致した。


「私で宜しければ、ミレーヌ様のお傍で」


商人として古い家柄のレナは勿論だが。 役人として代々古い家系のミレーヌとレナの取り合わせは、いい取り合わせだったのかも知れない。


先ほど、ウィリアムの解決したダレイ殺人事件から、余波を引いた不正や癒着の事件も。 法律にも商業にも詳しいレナのお陰で、著しい捗りを見せる事に成る。


マーケット・ハーナスに、後々称えられる捜査官ミレーヌとレナの名活躍は、此処から始まるのである。


しかし、一方では。


これは、後々の余談で、ウィリアムは予期してレナに注意をしたのだが。 それでも救えない事実が有った。


一つは、最愛の妻を失った夫、イレグである。 イレグは、自分の所為でジェミリーを失ったと責め。 ジェミリーの一回忌に、その命を絶つ。 雪の舞う年の暮れ。 妻の墓の前で自決したその彼は、翌日に冷たくなって発見された。


更に、ジェミリーの親友だったカトリィンは、父親のお陰で凍える様な冷遇を周りから受ける事になり。 街に居た堪れなくなり、二ヶ月後には母親と共々夜逃げする事に成る。


レナは、自分の力で二人を守ろうと、度々両者に会い元気付けていたのだったが。 失ったジェミリ-と云う人物の存在は、意外にも大きく。 そして、強い存在だった。


情とは、かくも儚く。 そして、強い絆を生むのだとレナに教える事と成った。

どうも、騎龍です^^


ウィリアム短編は、これにて一先ず終了です。


次回からは、物語の構成の進行上。 早く出来上がったK編を先に回し、セイルとユリア編、ウィリアム編、ポリア後編と云う流れで進行を予定します。


K編は、もう2話程出来上がっている状態なので、K編をお送りするのは、確定と云う事だけは云えると思います。



ご愛読、ありがとう御座います^人^

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