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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
72/222

ウィリアム短編

               冒険者探偵ウィリアム短編 その1-2




                         2




さて。 事件かもしれない不審死の話は、更に更に長い物だった。 ウィリアムは、レナの語りがのんびりで、更に感情移入して表現が豊か過ぎるのに困り。


「あの、客観的な把握が先ずしたいので、資料を見せて貰えませんか?」


と。


レナは、もう夕方の日差しが茜色と成り。 部屋が明かりも無い中で、影の支配を受けて薄暗く為り始めたのに気付いた。


「あらら~、すいませぇ~ん。 ではぁ、屋敷に来て頂けませんかぁ~?」 


ウィリアムは、資料が此処に無いのかと困り。


「あの、資料は公文書なのでしょ? 勝手に持ち帰っては、チョット不味いと思いますが・・」


レナは、自分の頭に手を遣り。


「てへ。 最近、また何か閃くかなぁ~っておもってぇ~」


そのどうしようもない表現を見たウィリアムは、もう“今日はどうでもしやがれ”と云う気分に成り。


「じゃ、此処で別れましょうか」


と、仲間に。


アクトルは、何を言い出すのかと思い。


「んぁ? お前ぇ・・一人で家に行くのか?」


「ええ。 資料だけ読んで、さっさと宿に戻ります。 皆さんは、先に帰っていて下さい」


スティールは、ジト目で床から見上げ。


「浮気だぁ~、ミレーヌのお姉さまに言い付けるぅぅ~」


と、レナの真似をするが。


ウィリアムは、気にもしない様子で。


「俺に、色恋沙汰は必要無い物品です。 スティールさんに、ぜぇ~んぶあげますよ」


ガクリと床で崩れたスティールは、


「うぅ・・、俺の献身的な教育も・・このクールなヤツには全く通じないぃぃ・・・。 ウィリアムちゃんの凍えるハァ~トに、春は来ないのかぁぁ~」


ウィリアムは、其処でバッサリと。


「死んでも在り得ませんな」


と、言い切った。


ロイムとアクトルは、確かにその通りかも知れないと思う。


一方。 その断言は、クローリアからするなら微妙だ。 複雑な思いで。


(はぁ・・、なんかとても絶望的な一言ですわ・・。 ふぅ)


ウィリアムは、レナに。


「レナさんは、此処へは毎日馬車で?」


「はぁい」


「じゃ、後ろにでも捕まって立ちますか」


馬車の後ろは、使用人などが捕まって立つ幅が設けられている。 それは、大小の大きさに関わらずである。 ウィリアムは、住居区などへの道のりなど大した事ないので、そうしようかと思う。


だが、可愛く困るレナは。


「うぃりあむさぁ~ん、そんなぁ~外でなくてもイイ~ですよぉ~」


しかしウィリアムは、それに何も云わずしてクルリと出口へ向くと。


(るっせーのが多いんですよ。 資料見て帰るんですから、何処に乗ろうと構わないと思いますが)


と、冷めた意見を心に吐き。 もうミレーヌのお陰で馬車のある厩舎も解っているので、一足先に向かうのであった。


スティールは、全く女性に心動かさぬウィリアムを思い。


「アーク。 ウィリアムちゃんに女性を救えるイイ人は、何処かに居らんだろかぁ~」


「フン。 女狂いは、お前だけで十二分だ」


ロイムは、ウィリアムの後を出ようとするレナを見ながら。


「すげぇ~・・。 十二分って、余り出てる」


スティールは、ロイムの言い方に引っ掛かるものを感じ。


「ロイム先生よぉ~、余りがどうだって?」


ロイムは、急にそっぽを向き。


「さぁ~、手に余るって事でしょ?」


「ほぉ~、ハァ~ッキリ言ってくれるじゃないか。 余り散らかして、ロイムにも余り食らわせてやろうじゃないのっ」


「意味解んなぁ~い」


可愛く言って無関係を装うロイムだが、スティールは目をギラギラさせ。


「ふはははっ、この街を出たら、次の街でパブにチョッコーだぁぁっ!!! 女体に塗れて遊ぼうぜぇっ!!!」


ロイムは、セコセコと歩いてアクトルの先に逃げて行く。


スティールは、一人部屋に残され高笑い(?)をしていた。




                       ★



白い丸型のゴンドラ馬車に乗ったウィリアムは、レナと向かい合いながら。


(すげぇ~お姫様趣味だ・・。 確かに、後ろに乗らなくて正解かも・・)


女性の趣味が爆発している馬車は、貴族の貴婦人などが愛用する変わったもの。 男として、その馬車に乗っただけでも身震えがでそうであった。


馬車の側面に付いた斜めの窓。 夕日が差し込み、港を一望出来るメインストリートを見るレナは。


「凄い馬車でしょ?」


と、やや大人びた口調で言う。


ウィリアムは、先ほどとは口調がガラリと変わったと思い。


「ですね。 貴族の居ないこの国ですと、政治を動かす商人がその代わり・・。 何処にでもこうゆう物がある物だなぁ~と」


レナは、愛らしさは残しながら、年齢に似合った優しさの滲む微笑を見せ。


「ですわ。 私の母上の趣味ですの。 小さい頃から、お嬢様として育てられる筈でしたが。 父の仕事の関係上、私は前妻の子なので。 一時、叔父のイフハハンさんに預けられたの。 だから、叔父から捜査のイロハは教わった・・。 でも、やっぱり女っていい様に扱われるんですのよ。 14に成って、家に戻ったら。 直ぐにお嬢様教育の始まりだったわ」


そのレナの語りは、微妙に必要な部分を欠いている。 だが、ウィリアムは、それが態とだと思い。


(なぁ~んだ、この話・・。 丸で興味を惹いて欲しそうに、事実の一部を抜いて話してるじゃないか・・・)


と、思った直後。 ハッと何かに気付いた。


(ん? 斡旋所の主、ブレンザさんのした遣り方そのままか?。 もしかして・・、二人は知り合いか?)


ウィリアムは、ブレンザが数ある仕事の中で、どうしてこの事件を自分に紹介したのかが見えて来た。 ブレンザが引っ掛けをして事件を回したのでは無く。 このレナが、ブレンザの見込む相手に興味を植え付けさせる様な回し方を頼んだのではないか。 と、そう思う。


イフハハンと云う人物を通じて、レナとブレンザが知り合いでもおかしく無いと思うウィリアムは。


「其方が本当のご自分を出されたと思いますので。 今、お聞きします」


レナは、大らかな女性の雰囲気で、


「はい、何でしょう?」


「斡旋所のブレンザさんとは、古いお知り合いで?」


レナは、スッと目を見開いた。 だが、その驚きの様子は仄かな一瞬で、また穏やかな目に戻ると。


「隠しても始まりませんわね。 えぇ、叔父の知人として、ブレンザさんが駆け出しの頃から知って居りますのよ」


「なるほど・・。 では、この事件に興味を持たせる為に、小細工染みた匂わせる様な言い方をブレンザさんに吹き込んだのも・・貴女とか?」


レナは、ニッコリ微笑み。


「流石に、敵いませんわ。 そうです。 事件を解決出来そうな方が居たら、どうにか興味を持って頂ける様にと言いましたの」


ウィリアムは、女性二人にして遣られたと苦く笑い。


「はは、そうデスカ・・」


と、繋げるだけ。


だが、レナは、ウィリアムを真っ直ぐに見て。


「実は、彼方達が3チーム目ですのよ」


「ほう、先に2つもチームが?」


「えぇ。 最初は、世界最高峰のチームと噂に名高い“スカイスクレイバー”の皆様でしたわ」


ウィリアムは、世界最強を謳われるチームの名前を二度目に聞き。


「本当ですか?」


「えぇ。 ですが、事件に興味は無かったらしく。 軽く事件の概要を聞いたら、直ぐにお断り為さいましたとか。 ブレンザさんが、商談に失敗したと知らせてくれましたの」


ウィリアムは、もう一つのチームも聞いてみたくなって。


「他のチームとは?」


レナは、顔を困らせながらの笑みに変えて。


「冒険者の方々の事に詳しく無いのですが。 なんでも・・その筋では有名な・・ヴァ・リレ・・エル・・なんとかと云うチームですわ」


ウィリアムは、直ぐに有名なチームを思い付き。


「もしかして、“ヴァルモリレイ・ファオ・エルドラド”ですか?」


レナは、パッとスッキリする笑みに変わり。


「あ、ソレですわ」


ウィリアムは、顔を顰めて街を眺める窓に向き。


(おいおいおいおい・・・、あのチームは、頭脳仕事を請け負う有名株だぞ。 遺跡発掘やら、謎解きにはやたら強く。 しかも大人数のチームで、戦闘要員を別に、学者二人に魔法使いが5人も居る“ファランクスチーム”だったはず・・。 ブレンザさんも、凄いチームに声掛けたんだなぁ~。 レナってこの人に、それなりの肩入れしてるじゃないか)


ウィリアムの思う“ファランクスチーム”とは、10人を超える大所帯チームである。 馬車やテントなどを持ち、家族や大人数の仲間で移動する冒険者達の総称である。 全員が全員で仕事をすると云う訳では無いらしく、戦ったりするのは固定のメンバーなのだが。 ブレイン(頭脳)として働く者や、大所帯を切り盛りするだけの仲間が居たり、社会的・家族的なチームだと聞いている。


そんなチームの中でも、“ヴァルモリレイ・ファオ・エルドラド”(無限に光輝く楽園へ)と云う古代名詞を付けたチームは、世界でも名の売れたチームだ。 遺跡調査や学術調査、物品捜索、捜索調査などに関しては、他の追随を許さないチームならしい。


ウィリアムは、何で断られたのかが知りたくて。


「どうして断られたのかが、とても知りたいですね」


「ウフフ、それが・・」


“人殺しなんか新しい事件に興味は無い”


「だそうです。 この街には、旅の補給で立ち寄っただけだったみたいなので、仕事をする気にはならなかったみたいですわ」


ウィリアムは、どうやら見捨てられた事件だと複雑な思いがする。


(なぁ~るほど。 断った2チームが凄いなだけに、成功させたら知名度の広げに苦労は要らないのね。 だからあんなに簡単にも、成功報酬の値上げに前向きだった訳か・・。 だが、本当に殺人なのか・・。 それとも違うのか・・。 慎重に考える必要が在るな)


ウィリアムは、殺された女性の姿を想像し。 レナに当時の様子を聞いてみた。


さて。 白い馬車は、居住区の豪勢な住宅が立ち並ぶ区域に来た。


レナは、右手に首を傾げ。


「ホラ、この塀の中の屋敷が、私の家ですわ」


左に向いたウィリアムは、ピタリと凝固した。


(ん・・・。 アレ、この塀・・何時から続いてた?)


この馬車が沿う様に走っていた石壁の塀は、ちょっと前からずぅ~っと続いていた様な気がする。 そして、屋敷を見ると・・・。


(・・・、何処の城だ?)


その黄土色に近い黄色の外壁をした巨大な屋敷は、丸で四角い城だった。 人の住む家と云うレベルを超えた館風の巨城に、力が抜けたウィリアム。


レナは、その屋敷を眺めながら。


「我が家は、代々古くから“皇商10傑”に入る家柄です。 元々、議会や政治を行う場の無かったこの国では、この屋敷がその最初の政治施設だったのです。 公平性と開かれた政治を行う為に、今の場所に政治の場が移行されましたが。 この屋敷は、“皇商最高実権の3家、オートネイル、アーリィ、サクソンブルクの3家にて話し合われ、文官として功績の高かった我が家にしようと決まったとか」


ウィリアムは、其処で重大な事に辿り着いた。


(え? この人・・・まさかっ? 世界私営銀行のドン、アーリュリーレイ銀行の総元締め、ソルルナーダ・アーリィ家の正当な娘ぇぇっ?!)


世界の流通商人の総元締めは、商王とも呼ばれるオートネイル家であり。 世界の武器や衣服などの製作をする工業の王手が、発明女王と謳われた女性を祖に持つサクソンブルグ家。 そして、世界で運営される私営銀行の最王手は、“金の万人・政府資産の番人”と異名を受けたソルルナーダ・アーリィ家。 この3家は、“世界各国の王すらも凌ぐ”と云われる商業界の3本柱なのだ。 その一家の娘が、目の前に要るのである。


(ヤバイ・・ヤバイぞ。 帰ったら、スティールさんに注意しとかないとなぁ・・・)


もしも、スティールがレナにアホウな真似をしてしまったら・・。 暗殺者にでも命を狙われる可能性も十分に在る。


そしてウィリアムは、この馬車に乗り込む前から気に成っていた事に、漸く納得が行く。


「あ・・、あ~ぁ」


と、一人声を発しながら頷くウィリアム。


そんな彼を不思議に見返すレナは、


「如何なされましたか?」


「いえ、ね。 此処に来るまでに、この馬車を尾行する人が、街の彼方此方の物陰に居た様な気がしましたが・・。 もしかして、警備ですか?」


ウィリアムのこの一言には、レナは本当にビックリした顔で口に手を当てる。


「まぁ・・、私でも存在しか知らない警護の者を、彼方はお分かりに成りますの?」


ウィリアムは、レナの両親がどうして金ずくに、このレナに役人の業務をさせ無い様にしているかが解る気がしてきた。 この愛らしいレナだ。 求婚も多いだろうし、政略結婚に遣うにしても、何処に出しても自慢出来る。 そんな娘が役人で、しかも血生臭い捜査の最前線に居るのは、様々な意味で心配のタネでしか無いだろう。


(ハァ・・。 世の中に、こうゆう変わった方って多いんだな~・・)


ウィリアムから見るレナは、ある意味の奇人で在った。


優雅な草花や蔦を模った黒いアーチ門を潜り、馬車は花の咲き乱れる庭園の中に進んだ。


ウィリアムは、その花の咲き乱れる光景に一瞬事件を忘れ。


「凄い・・、幻の薔薇と謳われる“マリー・ロイナーフ”だ。 あっ、向こうに在るのはロイヤルローズ4世? わわっ、寄生する薔薇の“ブラッド・ワイソン”も在る・・。 おっ? “至極の紅”と謳われた薔薇の“ワイナリーレッド・エンペラー”まで・・・。 何だ、この凄い薔薇園は?」


と、窓に張り付いては、その庭や温室に咲く薔薇を見て子供の様に驚く。


レナは、冷静沈着なウィリアムが、たかが薔薇でこう成るとは微笑ましいと。


「降りて見て行かれますか?」


「え? あっ、事件が先で・・。 しかし、凄い薔薇の種類ですね・・。 薬師としても、学者としても、何と云うか・・血が踊る場所です」


レナは、穏やかに笑い。


「此処は、私の庭ですわ。 貴重な薔薇の一部は、医薬にも使われます。 父や母の様に、日々を楽しく社交的に生きるのも一つですが。 私は、この草花を愛して、医薬に役立てたいと思ってしています。 私の母は、医者の娘でしたから・・」


ウィリアムは、深く関わり合いたく無いので。


「そうですか・・。 ま、人の生き方は自由でイイと思いますから。 それも一つですね」


と。


だが、これだけ世界的に有名な家柄の人物が、医者の娘と結婚しているとは不思議である。 医者は、幾ら有名に成っても、その社会的地位は、薬師より上ぐらい。 大金持ちの医者なら解るが、本当に只の医者の娘だったとしたら。 結婚したとしても、その後に迫り来る障害が多難だったと推察出来る。 古い家柄の続く一族など、習わし・家訓・伝統・・・訳の解らないしきたりの潜む伏魔殿なのだ。


屋敷の裏手に在る厩舎に向かう中。 レナは、ウィリアムに。


「ウィリアムさんは、どうして冒険者に?」


もう、何時もの平静に戻ったウィリアムは、涼やかに。


「母も祖母亡くなりまして、一人に成りましたから。 身軽で、誰も悲しむ身内なども居ませんしね。 世界を見回って、見識や知識を深めようと思いまして。 正直、一介の冒険者です。 大した志など在りませんよ。 責任の在る身分でも無い、スラムの掃き溜めに居た俺ですからね」


と、軽い口調で云う。 レナと一線を画す為、自分を蔑んだウィリアム。


だが、レナには、ウィリアムが輝ける至宝の様に見える。


「生まれや育ちなど、大した要因では在りませんわ。 彼方の様な知性は、生まれ持った物では無く。 培われ、挫かれても曲がらない意思が在って光る才能。 彼方なら、必ず御自分の為すべき使命を見つけますわ」


「使命・・。 そうですかね」


ウィリアムの好きでは無い言葉だった。


レナは、触る事実をことごとく読み切るウィリアムが凄いと思えていた。 だから、同じ対等な視線で会話の出来る相手と見せたかった。 だから、自分の秘めた過去を持ち出す。


「ええ。 正直、私も何度か冒険者に憧れ、斡旋所に行きましたの。 でも、直ぐに下々に見つかり、連れ戻されました。 ですから、叔父の任命を受けた時は嬉しかったです。 でも、父の力には敵いません・・・。 私など、家柄だけが良い凡人の様です」


馬車が止まり、話を切って外に出たウィリアムは、雲が晴れた夕方の夜空との境を見上げて。


(今日は星が綺麗だ。 明日は、暑いかも)


レナに連れられ、表に回ろうとする時。 ウィリアムは、直ぐに。


「自分は、裏から入ります」


御者の中年男が、それに直ぐ反応し。


「お嬢様、私が裏から中にご案内致します」


その一言に、レナは、ウィリアムに突き放された思いがする。 だが、正式な客として招待された者だけが正門を潜るのは、古い昔からの風習である。 それを弁えるウィリアムだが。 レナにしてみれば、対等に見る相手にこうされては、正直心痛い。


だがしかし、ウィリアムも解ってやっている。 こんな凄い家柄のレナと対等に付き合える自分で無い事は、スラム時代から異常な差別で育っているから、骨身に沁みる程に理解しているし。 こんな事や場所で、自分を対等に扱えと偉ぶる気も無い。 ただ、事件の資料を見に来ただけだ。 一つの流れに則り、さっさと用件を終えたい所だった。




                      ★




国営図書館の様な広い広い書斎の二階で、蔵書の収められた本棚の森を見下ろせる場所に案内されたウィリアム。 全く下に人の気配すらない静けさが漂う中、メイドがシャンデリアに火を入れ。 窓側の丸いテーブルに案内されたウィリアムに対し、ケーキに紅茶も出された。


(お構い要らないっての・・)


帰りは、歩いて帰ろうかと思うウィリアム。


少し待って居ると。


「お待たせしました」


遣って来たレナは、資料の書かれた紙の束を出した。


「コレが、詳細です」


ウィリアムが先ず最初に目を付けたのは。 奥方が死んだ要因と成ったと思われるスープの模写と、具として遣われた貝の模写である。 忠実に描かれた貝は、二種類在り。 色まで入れられ、今にも生きて出てきそうな模写の出来なのだが・・。


「コレは?」


ウィリアムに問われたレナは、


「資料にも書かれて在りますが・・。 “オオウミシマアサリ”と云う種類のアサリ貝です。 私も、この貝が使われたパスタやスープは好きですが。 毒物として特定されたのは、この貝でした。 料理に使われず、台所に在った金のバケツに入ったこの貝からは、非常に強い毒性が確認されたんです。 ですが、本で見てもこの貝に毒性は無く。 叔父や私は、この貝に毒を浸み込ませたと考えて捜査していました」


と、当時の事を思い出しながら説明をした。


だが、ウィリアムは、二つの貝の縞模様に色の違いが在るのを見逃さなかった。


「いえ。 毒物は、混入されたのでは在りませんよ。 この貝が出した毒です。 断定して言うなら、この右側の白の縞模様に、本来目にする食用の貝には在り得ない赤黒い縞の混じるヤツが、毒を吐いた犯人ですね」


レナは、テーブルの席に着き掛けた所で止まり。


「え? でも・・その貝は養殖された物ですよ?」


ウィリアムは、右側の貝の模写をレナの方に差し出し。


「養殖をしている現場に行って、この貝と全く同じ模様の貝が在るか、御自分の目で確認して見るとイイですよ」


レナは、今まで誤った部分に光りが射し、動揺した様子で。


「あ・・、どうしてこの食用貝が、そんな猛毒を出すんです? この貝は、世界でもポピュラーな食用の貝ですよ?」


事件の詳細な資料に目を落とし始めたウィリアムは、


「今から、50年以上前の話ですがね。 フラストマド大王国の海辺の漁村で、住民の大量死事件が起こった事が在ります。 原因は、このアサリの異種が要因でしてね」


「このアサリが・・ですか?」


「ええ。 この“オオウミシマアサリ”ってのは、他の貝とも簡単に交配してしまう多様な繁殖力を持ちます。 元々の小さなアサリに、大振りに成るだけのハマグリを交配させて作ったのが、このアサリとか。 もう、養殖の歴史だけでも数百年在ると言われますが。 学者で知識の深い者から言わせるなら“毒貝の卵”とも言われます。 極一部の毒性を持った貝と交配させると、弱い毒性を持つ貝としても知られ。 その中でも、先祖返りの交配をすると、その猛毒性は毒キノコに勝るそうです」


「先祖返りの交配? それは、どう言ったものなんですか?」


ウィリアムは、顔を上げず資料を読みながら。


「そうですね・・。 たとえば、元の小さいアサリを“1”と仮定します。 そして、交配させたハマグリを“2”と仮定しましょう」


「はい・・」


「1と2を交配させ、生まれたオオウミシマアサリを“3”に仮定し。 この貝に毒性の強い“4”の貝を交配したとして、その子供を“5”とした場合」


レナは、直ぐに紙にその事を書き出しながら。


「はい、解ります」


「この番号で仮定された貝の5番目と、再度4番目以前の貝を交配させる事を、古い言い方で[先祖返りの交配]と云うんです。 更に、それで毒性が増さない場合。 別の毒性の強い貝と3番目か5番目を交配させ、更に生み出した6,7,8番目と生まれた貝同士を交配させても、異常に毒性の強い貝が生まれる可能性が在ります」


必死に紙に書くレナは、


「貝の交配には、そんな危険が伴うのですか」


此処でウィリアムは、漸く顔を上げ。


「海に行けば、この種の貝は結構採れます。 ですが、野生のオオウミシマアサリは、漁師の殆ど誰もが食べません。 その意味は、どの貝に毒が含まれるか解らないからなんです。 自然にその貝しか居ない漁場は、広い世界の海岸でも限定されているとか。 そうゆう場所以外では、養殖物しか食べられません」


「あ・・、なるほど」


「問題なのは、人を殺すほどの毒性を持たせるのには、方法がまだ在りましてね。 この毒性を持った貝を、劣悪な環境下に置く事です。 汚い場所で生き残る為に、毒性を貝自体が高めるんだそうです」


「まぁ」


「フラストマド大王国で起こった大量死事件は、貝を食べた為の中毒事件でして。 特別な条件が重なった環境下で起こったんですよ。 自然に取れる漁場に、異種の毒貝が赤潮などの影響で進入し。 その交配で生まれた子供は、比較的浅い河口に住み着いた。 その頃、上流では山を崩した鉱山の発掘が行われていて、その採掘に際して泥が川を汚していました。 その条件下で、貝は毒性を増し。 それを知らずに、河口で採った食べた漁村の人々の身体に毒が蓄積して。 個々に致死量に達した人からバタバタと死んで、大量死を招いたとか」


レナは、街を流れる川に汚れなど見えない事から。


「でも、今回は人為的な物ですわね?」


「多分。 この赤い縞は、普通では入らない模様。 一個二個なら、自然で偶然と思われますがね。 バケツに入っていた貝の量が解りませんが・・・。 このスープの模写を見る限り、皿に入っている5粒の貝の内・・4粒が毒の貝。 普通に皿へと無作為に盛ったと仮定するなら、食用の物と毒性の物は半々ぐらいだったのでは無いかと推察出来ます」


「つまり、犯人は毒性を吐いた貝と、食用の貝を混ぜて食べさせたと?」


「でしょうね・・」


そしてウィリアムは、レナを放り出すかの如く無口に成り。 また、資料に目を落とす。


しかし、レナは、ウィリアムの邪魔をしなかった。 ウィリアムが読み終えるまで、静かに座って待っていた。 寧ろ、ウィリアムさえ居るなら、どんな難事件だったとしても解決出来そうな予感を感じたからだ。


読み終えたウィリアムは、眉間に指を当てて瞑目し。


「まさか・・・、自殺か?」


レナは、その呟きに。


「その推理は、死んだ奥様の方々への言葉からですか?」


と、問うた。


死んだ奥方のジェミリーは、極親しい友人だけに誘われて食事会やお茶会をしていた。 芸術の才能が高いジェミリーは、歌を唄ったり、絵を描いたりと一人の趣味が幅広かった。 声は美声で、描く絵は画家も顔負けの腕。 だが、その活動範囲は極狭い範囲で。 彼女の才を人に見せる活動は、もっぱらその才能を認めた女性の友人達が行っていた。


さて。 人前に出て行かないジェミリーは、非常にイレグとの生活に悩んでいたらしい。 子供を求めるイレグに対し、自分と同じ病気の子供を生んだら迷惑を掛けると、夫婦の営みを遠慮していたらしい。 さらに、夫が愛人を持つ事も許容する様な素振りだったそうだ。


夫の事業が成功する中で、顔の事を気にして外に中々出れない自分を嫌い。 夫の支えとして仕事の出来ない自分を、非常に恥じていたと云う。


だが・・。 レナに問われたウィリアムは。


「いえいえ、証言は付属ですよ。 以前の問題です。 普段、質素な礼服を着て、人前に出ず慎ましやかに生きていた彼女ですが・・。 この死んだ日に限って、今までに見ない赤い派手なドレスを着ていた。 このドレス、お祝いなどで着る礼服と書いて在ります。 もう寝るだけの夜に、こんな衣服に化粧をしっかり施して死んでいたなんて・・。 どうもヘンですよ」


レナは、事件当時を思い出し。


「確かに・・。 ご主人は、死んでいる奥様の姿を見て、誰か別の男性と浮気をされていたのではないか。 誰かに惑わされ、言い寄られて、お金でも取られていたのではないかと・・思っていた様です」


ウィリアムは、旦那の気持ちも解る気がする。


「でしょうね。 夜の添い寝を断られ、愛人を持つ事にも咎をしないなんて・・。 だが、もしかすると・・、これはもっと悲しい愛の悲劇かも知れませんよ」


レナは、自分の思った推理の一つに、それと思える筋書きが在り。 それを確かめようと。


「問題は、メイドさんが死んでいた事ですよね?」


ウィリアムも。


「はい」


レナは、資料を見つめ。


「料理を作ったのがメイドなら、味見は必ずします。 その時点で事件は発覚する筈なのに・・奥様が死んでいる・・」


ウィリアムは、ジェミリーの死んだ様子を思い。


「身を飾り立てた上。 毒を食べて苦しい筈なのに、喉を掻き毟ったり、何かを掴み荒らす様な苦しんだ形跡が、遺体にも、周りにも見当たら無い。 しかも、スープを溢したりした乱れも無く。 奥さんは、スープの脇に寝る様に座った状態から身を倒れ込ませている。 何か、作為の匂いも在りますが・・。 戸締りがしっかりしていた上に、玄関には夫婦のみが持った鍵で開く施錠もされていた・・。 毒を持った貝の出所さえ解れば、一気に隠れた部分が見えますね。 夫婦の知り合いや近親者などを徹底的に洗えば、見えて来る筈です」


レナは、真剣な顔で。


「明日から、再捜査ですわ」


と、気負いを見せた。


だが、此処でウィリアムは・・。


「冗談じゃない。 資料を手掛かりに、我々が聞き込みをしますよ。 失礼だが、貴女に出張られては困る」


「どっ・どうしてですかっ?!」


「当たり前でしょう? 世界的に有名な銀行のトップとして居る大商人の娘である貴女が、我々と外で居たらどんな噂が流れるか・・。 それに、歩くお金みたいな身分の貴女を、彼方此方と捜査の現場に連れ出せば、周囲に心配が増えるだけだ」


レナは、現実を告げられ。 グッと俯き拳を握る。


ウィリアムは、更に。


「大体、貴女の父親がもっとバカだ。 才能有る娘の手足で在った人手を奪い。 娘に深い苦悩と、お嬢様ぶる様な、自分を偽ざる得ない状況を生み出している。 人の親が、自分の子供の心に歪みを生む様な真似を平気で出来るのだから。 一般の我々からするなら、滑稽な親子劇を見せられているのと同じですよ。 もし、貴女が我慢出来ず飛び出せば、更に心配は増えるでしょう。 また、親に負けて貴女が結婚したとしても、貴女は素の自分を失って苦しむ筈だ。 自由に捜査出来る環境さえ与えておけば、貴女はミレーヌさんにも負けない捜査官として働け、捕り物などは有能な部下に任せれば事済むでしょうに。 お金持ちの下らない事情で、一つの事件すらも解決出来ない状況に追い込むなんて、公私混同甚だしいにも程が有る。 “公金の番人は、天命である”と仰って、不正を許さず民を第一に思った先祖を持つ一家とは思えない。 ま、今回は我々が手を貸しますが。 後は勝手にして下さい。 死んだ叔父さんも、あの世で貴女を指名した事を悔やんでいる筈だし。 自分の実家の情けなさに、墓石を涙で濡らしてますよ」


と、声を大きくして言い放ったのだった。 澱み無く、冷静な口調で淡々と言われると。 返って、怒鳴られるより、その言葉は厳しく聞こえる。


レナは、現実を理解するだけに、ウィリアムの言葉に対しての反論は出来ない。 自分の父親のした事に、同じ思いを抱いていたからだった・・。

どうも、騎龍です^^


ご愛読、ありがとう御座います^人^

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