ウィリアム短編
冒険者探偵ウィリアム短編 その1
1
ウィリアムとチームの一行は、マーケット・ハーナスに一月半程滞在する。 その中で、幾つもの仕事をこなし、また一気にチームの名前を有名にする訳だが。
しかし、ダレイ殺人事件の直後。 3日を経て次に受けた仕事は、たった二日で成功させたものの、内容を深く知るのは斡旋所の主と配下の者のみ。 周りの冒険者達には、その記憶は無い。
その始まりは、曇り空でムシムシとした夏の入りの昼間であった。
ダレイの事件の事で、ヘキサフォン・アーシュエルの街中は今だ役人が慌しく動いていた。 新証言や新事実で、逮捕者が文字通りに“芋蔓式”に出る。 事件を担当し、捜査指揮の中枢を担うミレーヌは、慌しい日々で辣腕を奮って居る頃だろう。
ウィリアムは、仲間を連れて街中を歩いていた。 曇り空の隙間から、ギラギラと太陽が光を振り撒き。 何処かの庭木には、煩い蝉の声がしている。 往来を行き交うごった返した人の様子は、蒸し暑さに嫌気を感じている様で。 通りの店には、値段は張るが人気の高いブッカキなる清涼メニューが並び出していた。
ウィリアムの目指したのは、ダレイと云う老人が殺された事件の最大の被害者でもあり。 噂が渦巻く中心に居るエレンの元だ。
店の裏に回り、見知った老僕に訪問を告げてみると・・。
「あ、ウィリアムさん。 皆さんも」
見た目元気に出迎えてくれたエレンだが、母屋の店の営業は依然停止状態だ。 無論、脱税や不法な密輸の御蔭で、離れた場所の店も昨日まで営業停止だった。
だが、エレンが祖父の残した帳簿を元に、不正な輸入品を全て提出してしまった為。 密輸とは全く関係の無い部分の営業は、裁判が下されるまで続ける事を許される。 ミレーヌの寛大な気持ちの御蔭なのだろう。
ウィリアム達を迎えたエレンは、その後の事をウィリアムに話した。 ウィリアム達もまた、エレンがもう前に向いているのが安心の材料に成った。
そして、昼前にエレンに別れを告げて、斡旋所に向かう一同。
香水の匂いを纏うスティールに、ウィリアムが。
「スティールさん、子猫ちゃんは如何ですか?」
悪党の家でメイドとして居た女の子を助けたスティールは、そのまま彼女と関係を結んでしまった。 ウィリアムに聞かれると、突如ニヤけた顔をして。
「ヌフ・・ヌフフ・・・、あの娘さ。 脱ぐとすごぉ~いんだこれが」
呆れ笑いのウィリアムだが、スティールを非難する素振りは微塵も無く。
「確かに、見てからにそれは・・」
「だぁろぉ? なっつってなぁ~、まずはお胸がよぉぉぉ~」
卑猥な話に、ロイムやクローリアやアクトルは閉口。 人通りの多い街中で、そんな男女の秘め事を聞くなど・・。
ウィリアムは、話術巧にメイドの女性の身の降り方に焦点を当てると、スティールは顔を正し。
「そこだよな。 ミレーヌの姉さんに頼んでみようかと思ってる。 ま、まだ捕まったローウェルのメイドって記憶が真新しいから、直ぐは働き口の世話ってのは難しいかな」
ウィリアムは、それを聞いて。
「んじゃ、仕事頑張りましょうか。 スティールさんの所帯運営の為にも」
「おっと、うぃりあむ~。 お前は、流石に人が出来てるぅぅ~。 綺麗な服でも買ってあげたいんだわさ、何でもいけるよぉぉ~」
スティールの言い草に、ウィリアムは微笑し。
「女性の為なら、頑張れますか?」
スティールは、ニヒルに。
「当たり前さ。 女の為に頑張らず、誰の為に頑張る? 女体が俺を待っている」
と、前髪を掻き上げる。
通りすがりで台詞を聞いた人がスティールを見て、バカを見るような顔をしている。
義兄弟の気違いを見続けてきたアクトルは、首を左右に振り。
「バカだ、コイツは。 治らない・・、一生無理だな」
ロイムやクローリアなどは、敵視に近い目である。
だが、スティールに言わせるなら、斡旋所の主の方がもっと“変態”と云う処らしい。 身体は女だが、白粉で真っ白に塗った顔は演劇で遣われる仮面の幽霊の様で。 何時もシースルーの透けたベール服装に、薄っすらと見える下着姿。 見た目、オッサンかと思えるオカマちっくな顔は、気持ち悪いの一言だとか。 何より、美人だのブスだのと云う前の問題として、異常に上から目線が嫌いなのだと言い切る。
で。
その話題の主の前に、ウィリアム達は遣って来た。
「ふぅ~・・・」
煙管パイプで紫煙を吹く主のブレンダは、円形カウンターの中央に備わった大きな玉座の上で座って居た。 頭に被る薄黄緑の帽子は、顔に倒して被ると顔の半分以上を隠してしまう。 元はかなり有名な冒険者で、精霊使いのブレンザと云う主は・・。
「おや、もう来たのかい?」
と、ウィリアムを眼下にした。
「はい。 暇なのは、どうも面倒なんで」
ウィリアムが答えると。
「フフ、なるほど」
ブレンザは、そう頷き。 真っ赤な舌を舐めずる。
(ウヒィ~、気持ちワリ~ィィィィっ)
と、ビビるスティール。
(確かに、アレもゲテモノだな)
と、アクトルも気味悪く思える。
だが、またパイプを咥えたブレンザは、ウィリアムに不気味な流し目を向け。
「ウィリアム・・とか云ったね。 アンタには、本当に感謝してるよ。 余所者のアンタが活躍した御蔭で、斡旋所に屯してたアホウ達が仕事を選ばず受け始めた」
クローリアは、辺りを見回す。 初めて来た時や、報酬を受け取りに来た二日前のガヤガヤとした斡旋所が、今は嘘の様に静かなのに驚いていた。
ウィリアムも周りを見て。
「静かでいいですね。 でも、その様子だと・・駆け出しの仕事は随分と掃けましたか?」
ブレンザは、煙を口の隅から立ち上らせながら。
「そうさねぇ~、3・4割り程は」
「そうですか。 では、後一つ二つ請けてまた移動・・・に成りそうな」
と、腕組むウィリアム。
そんなウィリアムを、高台の様な玉座から見下ろすブレンザは。
「所で、ウィリアム。 アンタに一つ伺いたい事がある」
ウィリアムにして見れば、この主の性格にしては、“伺いたい”などとは敬語だと不思議に思いながら。
「何でしょうか?」
紫煙を吐き、ゆっくりと視線を巡らせるブレンザは、左手の敷地内観葉植物の植わったガラス越しの庭を見て。
「毒殺において、完全犯罪って可能なのかい?」
ロイムやクローリアは、事件の匂いがしてきて困る。
だが、ウィリアムは。
「真の完全とは、無いでしょうね。 ただ・・、錯覚や盲点などを突く小細工に惑わせられると云う様に、捜査陣が犯人に劣るなら、手玉に取られる“不完全”な完全犯罪は、確実に可能だと思います。 用は、犯人に至る、若しくは、犯人を決める客観的で決定的な証拠が無ければいいのですからね。 或いは、替え玉が居れば・・それでも」
「ふ~ん・・。 じゃぁ、魚介のスープで人は殺せるのかい? 市販の貝や魚で?」
スティールは、どうゆう意味なのかサッパリ解らず両手を挙げ。
アクトルも同意に頷く。
しかし、ウィリアムは、軽く考えてから。
「本当に市販の物を使ってと云う条件なら、カサゴの仲間や貝の仲間に毒を持った種が居ます。 売り手が下処理を怠って、結果として人が死んだ・・・と云うのがセオリーですかね」
ブレンザは、煙管パイプを咥え。
「他には?」
ブレンザは、ウィリアムの言い方にいくつもの方向性が有ると読み取った。 だから、すんなりこう聞き込む。 この辺は、流石は元有名な冒険者であり。 物事を把握する能力もそれなりに高いとウィリアムに覗わせる。
「ええ。 貝や海草の極一部には、類似していて採取禁止の物が有ります。 見た目は相当似ていて、素人処か、漁師ですら見分けの付かない物も在るとか。 ですが、誤って食べると貝などは凄まじい猛毒で、直ぐに解毒しないと死に至ると聞きますよ」
ブレンザは、其処まで聞くと。
「成るほど、それは確かに怖いねぇ」
此処で、ウィリアムは軽くため息一つを吐くと。
「ふぅ。 主さんにしては回りくどいですね。 俺にそんな話を聞かせて、興味を誘う気だったのですか?」
ブレンザは、少し顔をウィリアムに向け。
(全く、人の腹を何処までも見透かすボウヤだよ・・。 ま、其処が魅力的なんだがねぇ~)
ウィリアムは、只クールに。
「回したい仕事が有るのなら、俺がチャレンジャーである以上は、与えられれば遣らざるえないです。 ま、恩でも売るために引き受けてもイイですがね。 報酬ぐらいは、それなりに見積もって下さいよ」
ブレンザは、的を獲たりとニヤリと口元を綻ばせて。
「ま、こっちの我が儘で、半年近く前の事件を回すんだ。 報酬は弾む」
「そうですか。 俺達は、然程チームの名前を広げて貰う必要は無いので。 その料金でも回して下さい。 それより、その事件の詳細は、どうすれば知り得ますか?」
すると、サークルカウンターの内側に居る無表情な若者が、スッと紙を出した。
ブレンザは、それを見て。
「その紙に最低限は書いてある」
「前と同じですね」
ウィリアムは、紙を受け取った。
紙を覗くスティールは、
「ど~れどれ? お金持ちの・・貴婦人が殺されました。 私、捜査官のレナ・アーリュは、捜査官に成り立てで・・。 おいおい、なぁ~んか随分と脱線した個人情報が多い文章だなぁ~」
ブレンザは、呆れた顔を見せて頷き。
「そうそう、・・。 そのレナ・アーリュは、その半年前の事件で初捜査だった。 叔父のイフハハンと云う人物が非常に優秀な捜査官で、その男が病死してしまってさぁ。 なんとまぁ~その死んだ捜査官は、今際の際で、役人仕官学校を卒業したばかりのそのレナって子を、自分の後釜として上級捜査官に指名した。 アタシから見ても、その人選は間違いだと思うね。 ありゃ~只のアイドルでも作る為の顔だけ捜査官だよ」
スティールはその話に、スッとクールに前髪を掻き上げ。
「ほう・・、そう云うなら、本人は可愛い訳だ」
「あぁ、丸で少女の様だ」
スティールは、ニヒルな笑みを見せ。
「女性の窮地を救うのは、男の使命だな」
その後ろでは、クローリアは完全にそっぽを向き。
半目のロイムは、
「へんたぁ~い。 子猫ちゃんもう居るのに、浮気だ。 うわき~」
と、騒ぐ。
ウィリアムは、紙を見ながら。
(おいおい、全うな男の捜査官出せよ・・)
と、誰かに文句を言った。
★
さて。 ムシムシする初夏の空は、雲が増え始めていた。
鎧を脱いでいるウィリアムやアクトルは、事件絡みの仕事だからと落ち着いて居るが。 スティールは、一人元気で。
「う~ん、どぉ~んな子猫ちゃんだろか・・。 おしとやか系? いやいや、捜査官に成るんだから、元気溌溂なボーイッシュ系? うむむ、まさか・・・ウィリアムに似た冷静な方面かぁ? うぬぬ、読み難いぜっ!!」
そんなスティールを、呆れ目で見るウィリアムからするなら、
(人相や性格を読めたら、アナタは神ですよ・・。 でも、捜査官初就任の初仕事で冒険者に依頼だなんて、学者を求めると云っても他力本願な感じしますねぇ~。 意外に、オッチョコチョイな人物とか・・・)
この予想が当たるかどうかは別に、ウィリアムは、自分の女運を呪う破目に成るのは確かだった。
さて。 ミレーヌも居る大きな捜査本部施設に遣って来た5人。 其処で、丁度出て来た黒い捜査官らしい井出達のミレーヌと、偶然にバッタリ出会った。
「あらっ、ウィリアムちゃんっ!!!」
大声で呼ばれ、ウィリアムは頭を抑える。
(おいおい、ど~してアナタまで“ちゃん”なんだ・・)
仕方無さそうにウィリアムは、さっさと済まそうと思い。
「ミレーヌさん、こんにちわ。 あの、レナ・アーリュと云う捜査官は、何処の辺にいらっしゃいますかね?」
ウィリアムの質問を聞いたミレーヌの顔は、見る見る卑屈な怨めし顔となり。
「ウィリアムちゃん・・・私って者が有りながら・・。 あぁっ、やっぱり若いコに浮気するのねっ?!」
クローリアやロイムは、修羅場が起こりそうな予感に数歩引いて行く。
ため息を吐くウィリアムは、
「ふぅ。 どうしてそう成るんですか? 斡旋所から次の仕事貰ったので、仕方なく来たんですよ」
だが、ミレーヌの乙女チックな泣き顔は納まらず。
「うそぉ~ん。 だってぇ、あんな可愛いレナなんかにぃ~、冒険者が逢いに来るなんてっ! うぅ・・浮気だわっ!!!」
「はいはい・・、お仕事でしょ。 もう、自分で探しますよ・・・」
と、ウィリアムは廊下に入ろうとする。
だが、ミレーヌは泣き。
「行っちゃいや~ん」
と、追い縋ろうとする。
其処に、スティールが進み出て。
「姉さん、俺が慰めようか」
と、格好良く決めて見るのだが。
「うわぁぁ~ん。 バカは嫌いっ!!!!」
即刻宣言をされたスティールは、ガックリと項垂れて。
(ろ・・露骨だぁぁぁ・・・。 バカと云われて何度目か・・、そろそろ気持ちが折れそうな予感)
ウィリアムは、美女の叫びを背中に受けながら奥へと進み。
(全く、捜査官なんだからさ。 公私は、ちゃんと分けてやってくれよ・・。 益々ヘンに噂されるよ・・)
と、苦情を心に滲ませながら二階へ上がり。 丁度上がった場所の目の前、廊下を歩く年増の女性役人に声を掛けた。
「すみません・・お尋ねしても宜しいでしょうか?」
背が高く、小太りでごつい顔の女性役人は。
「あら、何かしら。 見た所・・冒険者?」
「はい。 斡旋所から捜査協力の仕事を頂きまして、レナ・アーリュ捜査官を尋ねたいのですが。 何処に行けばよろしいでしょうか」
尋ねられた女性の役人は、階段を上ってきたスティールやクローリアを見ながら。 ウィリアムの丁寧な対応に、冒険者にも礼儀を知っている者が居るのかと思いながら。
「この廊下を右に真っ直ぐ行って、奥の正面の扉の二つ手前に赤い扉が有るの。 其処が、レナ様の私室だよ」
「有難う御座います」
そう言ったウィリアムの後ろに、仲間の全員が揃った時だ。 場所を教えてくれた女性役人が、
「で~も、アンタ達も“風前の灯火”って云われてる部署に行くだなんて、随分と物好きだわね」
スティールは、アクトルなどと見合いながら。
「“風前の灯火”・・?」
聞き返されて、なんとも面倒な顔に成った女性役人は、
「そうそう。 もう就任から半年も経つのに、何一つ大きな事件を解決出来ないお荷物捜査官が、貴方達がこれから尋ねるレナ様。 ま、お金掛けても手下役人が居着かないし、本人は可愛いだけの無能だし。 ど~しようも無い部署。 その内、人選の交代で只のお嬢様に成るんじゃないの? 御家は、商人も遣ってる大金持ちだしね」
と、足を動かし廊下を行く。
それを見る一同は、なんとも言い難い思いで。
アクトルは、女性の役人を目で追いながら。
「ミレーヌの姉さんとは、だ~いぶ逆の捜査官って訳か。 面倒事を解決する俺等だが、それでも嫌う面倒も有るが・・・。 ま、仕事だけ聞いてみようか」
ウィリアムも。
「ま、引き受けた以上は、仕方ないですよ」
と、廊下を右に向かった。
さて。 赤い扉を探して木造の廊下を行けば、確かに突き当たりの扉から二つ手前の扉が赤い。
「此処ですね」
ウィリアムは、表に螺旋の白い紋様模様が見られる扉見て言う。
ロイムは、自分を指差し。
「僕みたいな人が捜査官なのかな?」
と、言えば。 スティールは、ロイムの頭をクシャクシャと撫で。
「お前みたいに、下の毛が産毛みたいな娘でど~するよっ」
クローリアは、その全ての表現が卑猥だと思い。
(もう・・悪人と認定した方がよろしい方ですわ・・)
と、窓に向く。
アクトルは、とにかく話が先だとばかりに。 “ゴンゴン”とノックした。
「あっ、はぁ~い」
その聞こえて来た声の幼さは、10代前半の少女の様で。
スティールは、ウィリアムへ。
(おいおい、マジで口説くのは犯罪レベルの年齢か?)
(さぁ~。 何より、四方八方の異性を口説くのが人道を外れるかと・・。 ですが、一応仕官学校出れる年齢なんですから、法に触れる年齢では無いと思いますが?)
(カタイよ、ウィリアムちゃん。 ギンギンに成ったアレぐらいカタいよ~)
(グニャングニャンに萎えたアレみたいなスティール師匠より、幾分はマシかと・・・)
二人の不毛な会話は、開かれた扉で中断と成る。
「何方様でしょうかぁ~」
現れたのは、薄い銀色の髪が桃色に映える女性だった。 癖の見えるフンワリとした髪は、その細い首筋や肩に緩く絡んでは戯れ。 本当に背丈はロイムと似たり寄ったり。 大きく見開かれた目は、穢れ無き素直さを現す。 その少女と思える印象とは、随分ギャップのある突き出た胸に沿うリボンネクタイが良く似合っていた。
白いロングスカートに、白いジャケットを着て。 淡いピンクのブラウスを着たその愛らしい女性は、ウィリアムやその仲間を見回し。
「あの~、何か用でしょうかぁ~?」
と、首を傾げる。
スティールは、初雪を蹂躙する時のドキドキ感を覚え。
(う・・ウィリアムちゃんっ!! ア・アレが起きそうだ・・。 凄く・・凄くね、男として、汚して染めてみたい欲望に駆られるのは、もはや自然の掟だと思う)
(だったら、今から宿に帰ってイイですよ。 子猫ちゃんが居るでしょう?)
ウィリアムは、その目の前に居る女性の愛らしい様子に、本当に捜査官なのかどうなのか解らず。 仲間の某一名以外が固まってしまったのを脇目に見ながら。
「失礼。 自分は冒険者で、チームのリーダーをしてますウィリアムと言います。 貴女は、レナ・アーリュさんですか?」
すると女性は、胸の前で両手を組み。
「まぁっ! もしかして、ミレーヌ様の下でご活躍された冒険者のウィリアムさんですのっ?!!」
ウィリアムは、“ハァハァ”言い出すスティールを疲れた目で見ながら。
「はぁ・・、そうですが」
すると、女性は満面の笑みで。
「あぁっ! 天は、私を見捨てなかったのですねっ。 斡旋所から仕事を請けて下すったのでしょう? さ、中へどうぞぉ~」
と、部屋に戻る。
狼の様な目つきに成ったスティールが、我先にと駆け込もうとすれど。
「まてい」
と、アクトルがその首筋を掴んで持ち上げる。
スティールは、空中を走り出し。
「アークっ!! 止めてくれるな、止めてくれるなっ!!! オラの伸縮自在の棍棒が、元気一発を望んでるぅぅ~」
気にする気すら失せたウィリアムは、スティールをさっと潜って部屋に入る。
そのジタバタと動くスティールの足に、顔を蹴られそうに成ったロイムは思わず。
「危ないなぁっ、コノっ」
と、杖の短い方でスティールを突っ突こうとして、その先はダイレクトにお尻の辺りにスボっと刺さった。
「うおぉっ!!!」
と、下半身を突き出したスティールの間近には、ウィリアムの後に続いて行こうとしたクローリアが居て。
「あ」
アクトルは、思わず声が出た・・。 スティールの下を潜って抜けた処で、此方を振り向いたクローリアの顔に、丁度スティールが腰を突き出したからである。
「・・・」
スティールの突き出された腰を面前にして、完全に固まったクローリア。
それを見て固まるロイムやアクトル。
刹那後。
「キャアアアアっ!!!! 不潔っ!!!!」
と、スティールの局部を杖で殴ったクローリアが居た。
ウィリアムは、毎度毎度に騒々しい仲間に慣れ。 騒がしい方を見もしないで、部屋の奥に向かう。
一方で、喚き声や悲鳴を上げる残りのチーム一同を見るレナと云う女性は、目をパチクリさせ。
「あのぉ~、お戯れでしょうか?」
と、ウィリアムに尋ねる。
ウィリアムは、局部を殴られ顔が歪んで泣き呻くスティールを見て。
(何処までアホに成れるんだ? 究極のアホへの高みを目指す気ですかねぇ~)
と、思った後に。
「仲間同士のスキンシップでしょう。 ま、仕事の話は俺一人でも・・」
と、女性を見たウィリアムは、視界に女性が居ない事を確認。
(アレ?)
と、思った直後。
「私も仲間に入れてくださぁ~い」
と、声が背後から聞こえ。
「う゛ごぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!」
と、スティールの断末魔の呻きが上がる。
(はぁ?)
と、驚きも混じるままに、ウィリアムが声の方を振り向くと・・・。
「あ・・・」
クローリアの杖を持った女性が居て。 その杖は、スティールの局部に打ち込まれている。
(・・・死んだな。 子猫ちゃんの相手・・出来なくない?)
引き攣る口元をヒクヒクさせたウィリアムは、スティールに仄かな同情を送った。
★
全く配下の者の姿が見えない、レナ・アーリュの私室。 非常に本が多く。 窓を前にするデスクの両脇には、捜査資料などは無く。 古代文学や魔法物語などの本が多い。
死んだスティールをソファー脇に置くアクトルは、出されたティーカップをスティールに向け。
「飲むか?」
床の上で涙を流して微かに辞退するスティールは、男性としての自信を失っている様だ。
ウィリアムは、レナに。
「随分と本が在りますが・・。 事件の捜査資料などとかの保管は、此処でしてないんですか?」
レナは、その可愛らしい顔を凹ませ。
「はぁ・・。 叔父の意思を継いで、なぁ~んとか捜査官に成ったのですがぁぁ。 我が父も、母も、女は結婚して家庭に入るべきと決め付けましてぇ・・。 捜査官総主任で在らせられる知人に裏から手を回してしまって、わたくしに事件が回って来ない様にしているんですぅ」
ウィリアムは、凄まじく素直に。
「この部署、無駄じゃないですか?」
レナは、泣きそうな顔に変わり。
「コレでも、無くし物の捜索とかぁ~。 不倫や土地の売買などでの諍いなど、示談や仲裁には行きますよぉ~。 無くし物を探したりするのは、かなり得意ですしぃ。 事件をちゃんと回して貰えて、配下を雇えるならガンバレますぅ~」
ロイムやクローリアには、どうも子供のお遊びの様な感じが・・。
だが、ウィリアムは至って冷静に。
「では、事件の話を」
「はい~」
急に元気に成るレナへ、アクトルは。
「資料とか出さなくていいのか?」
と、尋ねるも。
「だいじょ~ぶです。 これでも、記憶力はイイんですぅ~」
と、レナは得意がる。
さて、話は半年前。 去年の暮れに起こった。
航海商人のイレグ・ポートマンと云う人物が航海で商いを終えて、一月ぶりに屋敷に戻ると。 何時も出迎える妻のジェミリーが出て来なかった。
(どうした? メイドまで居ない)
イレグは、そのまま奥に向かった。 ロビーで再度声を出せど、誰も出て来ない。
玄関ロビーに、イレグと共に航海をして戻った男二人が荷物を運び込む。
イレグは、荷物を運び終えた二人を引き連れ、誰かを探して一階を歩くと。 少しだけ開いたドアが気に成った。 其処は食堂であり。 イレグは、妻の名前を呼びながら、手代として一緒に航海に出ていた中年の大男と、新しく雇った若者を連れて食堂に入った。
其処でイレグが見たのは、血を吐いてテーブルに倒れ込んだ奥方のジェミリーであり。 急いで厨房に行くと、食事の支給から奥方の身の回りの世話をする年増のメイドが、同じく血を吐いて死んでいた。
狂いそうな程に慌てたイレグは、直ぐに役人を呼びに行かせ。 賊でも侵入したのではないかと、各部屋を検め回ったり。 近所の家に、何か変わった事が無かったかと、凄い剣幕で聞き回ったとか。
その時。 その事件を担当したのは、倒れる直前のイフハハンであり。 レナは、叔父の片腕として、捜査員の一人として踏み込んだ。
此処まで聞いたウィリアムは、
(あの斡旋所の主のブレンザさんが云うに、非常に優秀な捜査官だったイフハハンと云う人が・・。 しかし、そんな優秀な捜査官が、何故にこのレナさんを片腕にしたのか・・。 第一、半年前の事件記録を全て覚えてる? この女性、周りが云うほど無能じゃ無いんじゃないのかな?)
と、思いながら。
「成る程、上級捜査官のイフハハンさんに付き従って、レナさんが捜査に加わっていた訳ですか。 しかしその時には、捜査する役人さんは大勢居たのでしょう? 今・・・此処には誰も居ませんね」
と、話題を変える。
後頭部を撫で撫でするレナは、
「それがぁ~、私のお父さんがみぃ~んなお金で逃がしちゃったんです」
「そうですか・・。 公私を混同するのに、財力まで投入とは、なんとも・・」
レナは、ウィリアムを見ては目をキラキラさせ、ウンウン頷きながら。
「そぉ~ですよねぇ~、私もそう思いますぅぅぅ・・・」
クローリアは、何故かこのレナに対し、フツフツと対抗意識が芽生える気がして成らなかった。
(何故でしょうか・・、この・・・何とも云えない胸騒ぎは・・)
だが、そんな事など露知らずのウィリアムは、表情に寸部の変化も見せずに。
「では、続きを・・」
ニコニコ顔のレナは、
「はぁ~い。 それでですねぇ・・・」
手広い仕事をするイレグは、結構な金持ちだった。 大型船を6艘も持つイレグは、荷物を運んで金を得る傍ら、自身でも商品を仕入れ。 船で運びながら移動行商の様な事をし、拠点を各国の大都市に幾つも持っていると云うやり手だった。
その奥方であるジェミリーは、肉体の素晴らしさは何処に出しても見劣りしないのだが。 幼少期に高熱を出して死線を彷徨った経緯から、顔が少し歪んでいた。 しかも、その歪みは左側の眼と唇などに見られ。 本人は非常に気にし、外には殆ど出ない影暮らしの妻だった。
だが、この夫婦の仲は頗る良く。 夫のイレグに浮ついた話も無く。 レナなどが聞き込みをしても、夫婦の悪い噂は全く無かった。
さて。 年末の年の瀬。 ジェミリーとメイド以外に、屋敷には人が居なかったかと云うと、そうでも無い。 執事の中年男性に、力仕事などをしたりする下働きの初老男性。 近所から掃除や洗濯の手伝いに来る若い少女がそうだ。
しかし。 先ず住み込みで常時居るはずの執事は、母親の容態が非常に悪く。 イレグは、もしもの時は、母親の元に駈け付ける様にと言い置いてあり。 ジェミリーもまた了承していた。 そして、その通りに。 執事は病気の母親を看取りに、実家へ戻っていた。
次に、下働きの初老男性は、季節外れの台風で壊れた二階の手摺りを修理していて、誤って転落。 足と肩の骨を折って入院していた。
最後に、手伝いに来ていた少女だが。 奥方のジェミリーにて、お金と共に暇を出されていた。
ウィリアムは、此処でまた。
「それは、最後の月の何日目だったのですか?」
レナは、すんなりと。
「最後の10日目ですね。 その二日後に、イレグさんが帰って来てます」
「なるほど・・」
レナは、ウィリアムに向き直り。
「でもぉ、この少女は怪しくありませんでした。 ジェミリーと云う女性の母親と、この少女の祖母が同じ教育学校に行っていた幼馴染でしてぇ。 この少女は、病気で身体の不自由な母親の代わりに、お屋敷に働きに来ていました。 本来なら、メイドでも雇って遣らせる仕事なのですが。 ジェミリーさんが母親から頼まれ、この少女を雇い入れたんだそうで。 年末年始は母親と一緒に過ごさせる為に、毎年早めに暇を出してあげていたそうです」
アクトルは、大した心意気だと思い。
「素晴らしい人だな、その奥方さまって人は」
レナも、ニッコリとして。
「はぁい」
だが、ウィリアムは。
「しかし、そのお陰で誰にも見られない不審な死を遂げた・・。 事件だとしたら、無用心では在りますね。 所で、他殺か自殺が迷う様な証言は無かったのですか?」
レナは、軽くため息を見せると。
「そ~れが、い~っぱい有るんです」
「なのに、他殺と判断した訳ですか?」
「いえ、まだ断定はしていません。 自他殺不明として在りますよ~」
ウィリアムは、此処で。
(なんて事だ。 あの主さん、二重に嘘を云ったって訳か。 興味を態と惹かせる口調に、俺も騙された訳だ。 全く、遣ってくれるよ)
と。 ブレンザの術中に嵌ったと呆れるのだった。
どうも、騎龍です^^
ウィリアムの短編をお送り致します。
ご愛読、ありがとう御座います^人^