ポリア特別編サード・中編
ポリア特別編~悲しみの古都~中篇・古都で惹かれ合う絆
≪その不審は大きく 暗躍する者は息を潜める≫
兵士と役人総勢200名の部隊が到着する頃。 ポリア達はモンスターを排除し、周辺のモンスター捜索をしていた。 マルヴェリータとシスティアナに加え、寺院に居た司祭や助司祭、寝泊りしていた僧侶など数名も加わってである。
ハソロも、役人3名に施設の安全を警戒させ。 イルガに引き続きアランを守って貰う代わりに、モンスター捜索に加わる。 少々剣も遣えるハソロは、施設に侵入した曲者数名と戦って斬り伏せた。 これ以上街に不安を残せるかと、雪の舞う中でも意気込んでいる。
さて。 兵士120名。 役人80名の部隊が到着すると。 ハソロは、兵士部隊を率いるミズリーに雪の降る路上で食って掛かる。
「ミズリーっ!!!! お前っ、何故にアラン殿を一人にする形を取ったぁっ?!! こんな大それた襲撃など、計画性が見え見えだろうがっ。 内部情報が漏れている可能性は非常に強いっ!! 今後、役人は独立した捜査を行うなっ。 ショーターに、全事件の詳細報告書を纏めておけと言っておけっ!!!!」
ミズリーは、冷静に。
「お前に指図される言われは無いが」
すると、ハソロは。
「構わん。 全ての経緯を裁判部に報告し、各政治運営部並びに要職の貴族・騎士様に打開行動を促す。 これだけの被害を出し、犠牲者も多い。 中央に連絡を取る事も仕方なしだ」
ミズリーは、その手段は治世を行う皆に、人事の刷新と言う言わば危機を招く事も在ると思い。
「中央が出張れば、フロイム統括以下、要職の方々の刷新も行われる可能性が在るが?」
すると、ハソロは怒りに燃える目を向け。
「キサマぁぁぁ・・・、自分の仕事を何だと思っているだ?! あぁっ?!!! 我々、お前も含めた役人や兵士の無能で、此処までの甚大な被害を出し。 街中にモンスターを出すなどと云う不始末まで導いておいて。 未だに地位や身分を守る事が重大だと云うのかぁぁっ?!!!」
ハソロとミズリーの言い合いの中。 兵士や役人達ですらミズリーを異常者でも見るかの様な視線で見る。 何とも云い難い遣り切れぬ空気の中、皆の視線を自ら一身に集めたミズリーは、流石にもう危機感を募らせる。
(チィ、被害が大き過ぎたか。 全く、この時にあの冒険者達が来ていたとは・・。 やつ等も逃げる為に大騒ぎしたんだろうが、追い付かれて仕方なくモンスターまでとはな。 計画が破綻しそうだ)
ミズリーは、事の大きさに頭が回らなく成りそうで、怪我をしたゾセアにも労いの言葉すら無かった。
寺院に居る僧侶の総出で、ポリア達が戦っていた間に治療を受けた者は100名近い。 イーハンに斬られた人々や、再度アランを狙って進入した賊数名に患者が斬られたり。 死者は、11人。 重体の者が20人以上は居る。
モンスターの捜索は、この時で一段落した。
だが、被害や事件の状況を事情聴取するべく、役人が施設内で聞き込みを始める時。 外から此処に、巡回の兵士達が逃げる悪党達と鉢合わせして、内数人が殺されたと云う住民の通報が舞い込んで来たのである。
報告を受けたミズリーは、冷めた目で兵士を施設前の大通りに集め。
「逃げた悪党の討伐行動を行う。 我と一隊は、住宅区から東に。 他は、100名を二手にして、賊の逃げた北西方面と北東方面に。 連中は、非常に危険だ。 魔法を扱われる様なら、情報だけで良い。 後に、情報を元に郊外の捜索を策戦化して行う」
その様子を見ているポリアは、施設の正面入り口にて、壊れた白い扉の所に身を預けている。 顔には、薄く斬られた傷も見えるし、膝にも衣服諸共薄く斬られた痕が。 白いマントには、無数の斬られたり突かれたりした場所が見えていた。 冷たい風に顔を吹かれ、冷めた顔が雪で出来たかの様に白い。
「ポリア、傷の手当して貰いなさいよ」
彼女を探して、マルヴェリータが来た。 脇には、ゲイラーとイルガが居る。
だが、ポリアは視線を外さず。
「ねぇ、マルタ。 あのミズリーって男どう思う?」
疲労による影響か、感情の少ないマルヴェリータは、掃討行動に行くミズリーの部隊を見て。
「気味が悪いぐらいに冷静な人ね。 ま、今回は一番怪しいわ。 ゾセアにアラン様を一人にしてでも引継ぎをしろと言ったのは、ショーターでは無く彼らしいし。 その個人的な話し合いの情報が、事前に悪党に漏れてるなんておかしいもの。 でも、それが故意か、盗み聞きしていた別の誰かが流したのか解らない。 決定的にコレって云う証拠は、無いわね」
「確かにね・・。 でも、あの冷めた感じって、なんかおかしいわ。 仲間4人に、巡回の兵士まで殺されて、丸でそれはどうでもいいみたい。 ついでに云うと、彼にとってショーターが統括みたいな態度が、尚更気に入らないわ」
「どうしたいの?」
マルヴェリータに問われ、少し俯いたポリア。 だが、沈黙は短く。
「・・直接フロイムさんに掛け合って、ミズリーとショーターの素性調査を願い出るつもり。 もう・・、我慢できない」
イルガやゲイラーは、ポリアが本当に怒ったのだと解った。 これ以上の被害は、絶対に出さないとポリアが覚悟を決めたのだと・・。 もし、フロイムに素性を言えば、方々に知られる可能性もある。 中央に伝えられ、下手をすれば身柄の送致もあるかも知れない。 ポリアの父親は、ポリアの逃亡を非常に悔やんだと伝わっていたからだ。
だが、ポリアは腹を決めた。
ポリア達の事情聴取は、ハソロが直々に行う。
昼を大きく回り、また空が暗くなる頃。 捜索から戻った兵士達が施設を守る事に成るのだが。 ポリア達は、そのままハソロと一緒に馬車で街中に戻る。
ポリアの希望で先ず向かったのは、キャタピコームと呼ばれる総合施設だ。 大きな丘の様なドーム型の石造建築物で。 一階は、広大な商業店舗が犇く集合商店街であり、二階は、貸し店舗飲食店が広がり、バザーも行える場所も在る。 その上の階は、宿泊施設や賭け事などが行われる雑多な場所となる。
施設の中に、街がそのまま入った様な場所だ。 雪が多く降り積もるこの地域で、金の在る商人などは、此処と外に別々に店舗を持つ事を考えるのだとか。 一・二階は、冒険者や旅人や一般人が集まる繁華街と言っても過言では無かった。 この一階の一部に在るトンネルを使えば、地下通路を経由して、斡旋所や、各大型施設に出れる。 雪が酷くなると、この地下通路が大通り代わりと成るのだ。
だが、流石に医療施設での騒ぎが伝わっていたのだろう。 キャタピコームの中に入ったポリアは、いつに無い人気の少なさに気が重くなったのは仕方の無い事である。
さて。 ここの宿に泊まっていた仲間を殺された冒険者達に会ったポリア達。 ポリアは、男性の居る大部屋に全員を集めた。 仲間を心配し、地元で家も在るブロッケンも居たので、好都合であった。
窓側の外を伺ったポリアは、カーテンを閉め。 ランプの薄い灯りとなった部屋の中で言う。
「みんな、今日・・医療施設にまた賊が来たわ。 アラン先生を殺すつもりだったけど、私達に阻止されて、暴れながら逃げ出す気だったみたい」
ブロッケンは、直ぐに。
「捕まえられたのかっ?!!」
現れた相手の面子やその技能をポリア達は話した。 僧侶は、暗黒魔術師の存在に苦悩の漂う顔をするし、他の面々も手強い上に数も多いとざわめいた。
憎しみや怒りに混じり、まともに遣り合って勝てる気が起きない悔しさも覚えるブロッケンは、ポリアへ。
「あんた達と同じ力量じゃ、俺たちでは返り討ちに遭うな。 なんて不味い事だ。 しかも、俺等の街にモンスターまでっ!! クソっ」
あの夥しいスケルトンは、どうやら墓地の骨を使った様だ。 近くの墓地に埋葬された骨が、根こそぎ無くなっていたし。 残った骨が少なかった所為だろうか、不完全な姿で這い蹲っていたスケルトンも居たと・・。 緑色のスケルトンと、赤いブラッディ・ロア以外は、現地調達で街の墓地の骨を使ったと見れた。
僧侶でリーダーであるリリーシャは、青褪めた顔を悲痛に変えて。
「あぁ・・、神よ。 この様な愚行はもう沢山です・・・」
と、呟く。
他の冒険者達は、仲間内で話し合う。 その内容は、
“これからどうすればいいか”
の、一点だ。
ポリアは、此処で。
「実はね。 役人側から冒険者に、昼夜の見回りに協力を申し出たいって意思が在るの。 今は、そう思うだけだけど。 上にお伺いを立てて許可されたら、警戒・巡回の仕事が来るかもしれない。 兵士は、基本犯人の捜索に街の郊外まで範囲を広げるから。 依頼が来る可能性は強いと思って。 別の兵士達がそれぞれの仕事に向かうと、国境警備隊との交代も此処の兵士の管轄だから、手勢が薄くなるから尚更見回りの必要が出てくる。 みんな、もし出来るなら、見回りに協力して欲しいの」
ブロッケンは、流石にこの街に住むだけに。
「当たり前だ。 俺一人でも見回るぞ」
仲間は、ブロッケン一人の問題では無いと協力に異論を言う者は居ない。
リリーシャ他も、敵討ちの為にも協力はすると言う。
ポリアは、なるべく冒険者同士で連絡を取り合い。 斡旋所を砦にして、犠牲者が出ない様に勤めて欲しいと言い残す。
実際、次の日には、この内容が仕事として斡旋所に回される事と成る。
キャタピコームを出たポリアは、次にオッペンハイマーの屋敷に戻った。 叔父は帰っていなかったが、襲撃の噂を聞いた叔母とマシュリナ、そして執事やフロマーは、もう気が気で無かっただろう。 無事なポリア達を見て、安心して泣き出した叔母だった。
ポリアは、叔母と抱き締め合ってから、離れに戻ると。 背負い袋の奥に仕舞っておいた白いマントを取り出す。 そして、袖の在る青いコートマントを叔母から借り受けて、都庁政府にハソロと共に向かう。
そのマントは、普通のマントでは無かった。
≪ポリアの決意 そして、凶行は迫る≫
暗くなった夕方。
街の一角に聳える城が在る。 所々に伸びる搭の黒い屋根、白い外壁に囲まれた青い壁面。 異質な建築家が作ったとされる嘗ての領主の居城であり。 今は、都庁政府と成った“キャッスル・フォアージ”と呼ばれる施設だ。
その右の搭には、ポリアがアランを見舞いに行った事に憂いで、大急ぎで帰り仕度をしていたオッペンハイマーの私室が在る。 赤い絨毯か敷かれ、本棚が人一人しか通れない隙間で並んでいる。 その隙間にも、学術書などが積もられている。 オッペンハイマーが忙しく鞄に書類を詰めるデスク周り以外、人の入る隙間が無い様に思えた。
ーコンコンー
ノックがして、
「オッペンハイマー様、お客様です」
もう帰る所で来客とは、と、オッペンハイマーは手を止め。
「どなただ? 私は、急ぎたいのだが?」
「は。 姪御様のポリア様と、捜査官副総長のハソロ様です」
案内して来たキャッスル内衛兵の声に、オッペンハイマーは気が抜ける思いがして。
「・・・どうぞ」
扉を開いたポリアは、直ぐに中に入って。
「叔父・・、凄い部屋」
と、その本だらけの狭さに驚いた。
オッペンハイマーは、心配して胃がおかしく成りそうだった所にポリアが来て。
「はぁ・・。 心配していたんだ。 ぶ・・無事だったか」
と、ヨロヨロとチェアーに身を崩した。
だが、入って来たポリアは、午前の惨事を語り。
「叔父様、私は・・これからフロイム統括に面会します。 同席して頂けませんか?」
顔をポリアに向けたオッペンハイマーは、その意思を悟り。
「直訴するのかね?」
「はい。 ロバートの事も含めて、ショーターやミズリーに任せては置けません」
「身元を明かしてまでも?」
「これ以上・・犠牲者を出さない為にも。 秘密主義を貫くショーターとミズリーの素性調査を願い出ます」
アランを一人にする朝の引継ぎと、その合間を狙ったアランの暗殺未遂。 これは、出来過ぎている上に、内部情報が漏れている可能性が強いとポリアもハソロも指摘。 更に、兵士や一般人にこれだけ被害が出ているのに、騎士に警戒行動の指揮要請を行わない事もおかしい。 ハソロの知り合いの騎士は、何度もショーターやミズリーに騎士が総指揮を受け取ると打診したのに、フロイムを通じて言い包めて留意させていると告げたのだとか。
オッペンハイマーは、ポリアの決意と現状の不穏な気配を知り。
「解った。 ポリアンヌ、私に任せなさい。 どれ、そのマントを貸しなさい」
ポリアは、叔父の顔が引き締まるのを見て。
「叔父様、何を?」
「私が、脅しを掛けよう」
「え?」
「遺跡調査で、あのショーターと館長のスコットには屈辱を味わったからね。 今度は、私が味遭わせる番だ。 それに、この現状はこの街を愛する学者として、住む住人・貴族として、そして嘗ては治世を預かった元統括として見過ごせない」
「お・・叔父様」
「フフ、ポリアンヌ。 少しは、年配者に花を持たせて貰えないか? いや、君の元気な姿を見て安心したら、俄然やる気と勇気が出てきたよ」
ポリアは、自分の祖父のヨーゼフが、息子である叔父を言うに“気弱い学者”と言っていたが。 それは、間違いだと見えた。
ポリアが畳んだマントをデスクに置くと。 オッペンハイマーは、スクッと立ち上がり。
「ハソロ殿、ご一緒願えるか? 捜査官総長殿と、主任騎士長にも同席を求める」
「ハッ。 この街に平穏を取り戻せるなら、何でも致します」
「有難う。 ポリアンヌ、仲間の皆さんと此処で待っていてくれ」
オッペンハイマーは、マントを大切に抱え、ハソロと共に部屋を出る。
狭い部屋の中に入ったマルヴェリータは、ポリアに。
「なんか、オッペンハイマー様って急に強くなったわね」
ポリアは、叔父の姿を見て。
「なんか、お祖父ちゃんに似て来たみたい」
と、鈍く微笑んだ。
ポリアの覚悟は、オッペンハイマーの意地に応援を加えた。
派遣される騎士を束ねる屈強な偉丈夫の主任騎士長ローラブラムス、ハソロの上司で痩せたインテリ老人の様な捜査官総長のグラーミランは、オッペンハイマーの話に二返事で了承をした。
もう、外は暗い。 一足も二足も早く夜が訪れていた。
統括執務室で、ショーターや腹心の政務官補佐などと会議を開いていたフロイムは、突然のオッペンハイマーの面会に驚き。
「廊下で会う」
と、廊下に出て逢った。
忙しいフロイムは、白い息を吐きながらやや早口で。
「オッペンハイマー殿、この忙しい時に何用だ?」
だが。 オッペンハイマーは、言葉より先にマントを開いた。 白きマントの背中の部分には、剣を口にする炎の鳳と、その下で輝く太陽の紋章が。
「これが・・」
何かと尋ね様としたフロイムだが、見覚えの有るエンブレムが何かを理解した時。 彼の言葉は停まり、目は開いたままに成った。
オッペンハイマーは、フロイムの耳に顔を近づけ。
(フロイム、君も知っていたハズだよ。 我が父の下に、毎年姉の娘が剣の修行をしに来ていたのを。 君は中央に出向いていたが、生まれも育ちもこの街だ。 我が父ヨーゼフが剣の手解きをした娘は、孫の彼女しか居ない)
フロイムは、小刻みに震える顔をオッペンハイマーに向けた。
「な、何を?」
オッペンハイマーは、今度は声を普通にし。
「君と話がしたい。 中に居るショーター達を退室させ、ハソロ氏やローラブラムス殿などの話に耳を傾けて欲しい。 統括として、正しい判断を頼む。 その判断が偏ったなら、彼女も僕も、他の騎士や貴族も。 中央のセラフィミシュロード様に連絡を取るだろう。 フロイム、犠牲が大き過ぎる」
フロイムは、中央から離れたこの土地で、このエンブレムを目にしようとは思わなかった。 だから、その驚きと云ったらショック死しそうな程である。
幽霊の様に部屋に戻ったフロイムは、ショーターなどを戻らせた。 話が途中だと言ったショーターに、怒声すら張り上げた彼の心中は、乱れに乱れていたのだろう。
代わって中に入るハソロは、何が起こったのか解らない顔をするショーターを見て。
「ショーター、お前の観念する時が来たぞ」
と、部屋の中に入る。
そのハソロの言い草に、ショーターは不気味な確信を見た。
(不味い、野郎・・何かしやがったなっ?!!)
ショーターは、流石に感じ取る所は凡人では無い。 フロイムの急変やハソロの様子から、自分が危うい立場に追い立てられる気配を感じ取った。 自分とウマの合わない主任騎士長まで一緒と言うのが、彼にしてみれば決定打だっただろう。
(クソッ、ミズリーに相談しなければっ)
一体フロイムはどうしてしまったのかと首を傾げて階段を下りる政務補佐官達の間を押し退ける様にして、ショーターは兵士宿舎の方に戻った。
★★★
フロイムは、オッペンハイマーの連れて来た3人に話を聞かされ、その心はクチャクチャだった。
アランの命を狙った犯人が大勢の人を殺傷し、しかもその不手際や誘引の一因は兵士のミズリーやショーターに有ると言う。 このまま殺人事件が続けば、全ての責任はフロイムが負う事に成ると。
執務室のデスクで頭を抱えるフロイムは、オッペンハイマーに。
「オッペンハイマー殿、あのマントは・・ご一族がか?」
「ああ。 今、本人が君に直訴するつもりだった。 だが彼女は、今は身を隠している身。 私が代わったまでだ」
フロイムは、愕然とした顔で。
「ま・・まさか、君の離れに居る冒険者・・」
「そうだ。 君も知っているだろう? 政略結婚を嫌った彼女が、夜這いに来たフィアンセを叩き伏せ、もう家には戻らないと書状を残したのを。 彼女の父上は、娘に断絶を言い渡したが、本心では無い。 いや、もし娘が国内の憂いを届けたら? いや、彼女を是非に養女にと欲しがったクランベルナード王に、その意思を認めた書状でも届けられたら?」
「あ゛・・・」
フロイムは、クランベルナード王が子供達以外で、“自分を父と呼んで構わぬ”とすら許されたポリアの事を思い出し、背筋が凍える思いがする。
オッペンハイマーは、フロイムに、主任騎士長と捜査官総長の二人の指揮に依る捜査と言う形で、ショーターを主任から外し。 ショーターとミズリーの素性調査を行う事を打診した。
フロイムは、躊躇っていた。 自分が中央で推薦して彼を兵士にし、自分の腹心として此処までしたのだ。
「どっ・ど・・・どうしても、ショーターを・・外さねば駄目か?」
苦し紛れに言うフロイム。
だが、ハソロは言葉を少なめに。
「なら、ショーターと共倒れのお覚悟在りますな?」
と、聞かれては、自分可愛さも出て返事が出来ないフロイムだ。
大体、アランやオッペンハイマーが襲われた時点で、その指揮に騎士が出るのが当たり前。 オッペンハイマーを密かに迎えた晩餐会でも、フロイムの不手際や対処の遅さが指摘されていた。 もし、フロイムが騎士や貴族の不満を買い過ぎれば、こちらから裁判部を動かされ兼ねない。 オッペンハイマーは、同郷で後輩のフロイムを心配し。
「フロイム、この街の騎士や貴族、商人までもが君に不満を唱え始めている。 君が自分の手の内ばかりに固執すれば、その不満は裁判部に及ぶだろう。 君は、もっと人との折り合いを図るべきだ。 このままでは、君自身が君の意思に陥れられる。 どうか、一部の意見だけを聞くのは止めにしよう。 もう・・人が何十人と死んでいるんだ」
フロイムは、自分の思うままに動かない事全てを呪った。 だが、このままでは本当に自分は失脚して、罪にすら問われかねない所まで行きそうな気がしてきた。
「解った・・。 ショーターの軍は、一時主任騎士長に全軍預ける。 街を脅かす者から、都民を守ってください。 後の事は、明日に・・」
フロイムの混乱は、仕方の無いものだっただろう。
騎士を束ね、私的に軍すら動かせる特権を持つ主任騎士長だが。 やはり、統括との折り合いは図って置きたい所だった。 フロイムを部屋に残し、今日はそっとしておこうとオッペンハイマーは先に退室した。
★★★
さて。 自分の私室に戻ったショーターは、ミズリーを探す様に兵士に言った。 だが、ミズリーはまだ朝の一件の後処理で戻っていないと言う。
(仕方ない)
ショーターは、馬を引かせ。 この雪が本降りに成る中で単騎、馬を走らせた。
このショーターの行動は、焦りから来たものだが。 ミズリーが傍に居たなら、軽率だったと云わざる得ない。
何故なら。
「君、重要参考人であり、オッペンハイマー様を狙ったとされる賊が捕らえられている牢屋は、何処だろうか?」
廊下を巡回していた兵士は、主任騎士長のローラブラムスが、ハソロを連れてやって来た所に遭遇した。
背が高く、立派な鼻髭を蓄える武人然とした色黒の中年騎士ローラブラムス。 その何時も着てる赤い軍服は、兵士の間では“紅の威厳騎士”とも渾名される男で、一目見れば解る。
癖の無い短い髪が上向く偉丈夫へ、サッと敬礼をした兵士は。
「は、地下二階の重要収容牢です。 ご案内いたしましょうか?」
「うむ、取調べもしたい。 私の私室に連れて来て貰えぬか? 手枷や足枷は不要だ」
「は、ですが・・問題が」
「ん? ショーターの事なら、もう構わん。 今回の一件から、主任を外されたからの」
「いえ、違います」
ローラブラムスは、ハソロと見合って不審を抱き。
「どうした、連れて来られない事情があるのか?」
ハソロは、ショーターの云っていた通り風邪が悪化したのではと心配したが、事態はそれ以上に悪く。
「実は、ショーター様が厳しく取調べをし過ぎまして・・。 体の彼方此方の骨が砕けて、もう自力では立てません」
ローラブラムスは、厳格だが。 よほどの悪人でも無い限り、拷問など許さぬ大らかな男。 ショーターが身勝手に規律を破ったと聞いては、捨て置ける訳が無い。
「何だとっ!! ワシは、取調べに規律を設けているハズだっ?! 誰が一介の兵士長に許可を出したっ? どの騎士だっ?!!!」
ローラブラムスの剣幕に驚く兵士は、
「いっ・いえ・・、独断かと。 フロイム様の命の下・・」
「バカ者っ。 兵士の規律や責任は、この私に全権が在るのだぞっ?!。 フロイム様がどう云おうが、私を通さずして規律違反など以ての外だっ!。 今直ぐに軍医施設から医者を呼べっ。 それからアルロバート為る者を、私の私室に移動させろっ!! 勝手に死者など出されてたまるかっ」
そう、殺される前に、アルロバートが助け出された事だ。 これが、ショーターの運命を大きく変える事に成る。
助け出されたアルロバートを見たハソロは、その様子に気がおかしくなりそうだった。 顔は、骨が砕けたのか変形し。 全身の骨格が潰れてクニャクニャになっているのではないかと思う様な様子だった。 足など、座らせた際に力が入らず骨抜きの肉のみの様に左右に分かれて、自力で立つ力が入らない様な感じであった。 まともに座り続ける事も出来ない彼をして、今まで受けた拷問の酷さが伺えた。
「おぉ・・、なんと云う事だ。 こんな姿、ポリア殿に見せたらどう思うか・・」
大きい私室を二つ持つローラブラムスは、私的に客を招く部屋に彼を運び、ソファーに寝かせた。 そのアルロバートを見て、ハソロは思わずポリアの事を口にしてしまった。
すると、細い息ながら黙っていたアルロバートが顔を上げ。
「ポ・・ポリア・・?」
ハソロは、顔を起こして向いたアルロバートに。
「嘗て同じ師の下で修行したお方を覚えていたか?」
ボロボロの姿ながら、ハソロの言葉に、ポリアンヌとして修行していたポリアを思い出したアルロバートは。
「いっ・いい・・居るの・か?」
「あぁ。 お主が崩壊市街地で捕らえられた時、遺跡の中にはオッペンハイマー様とアラン殿が居た。 兵士とは別に、そのお二人の護衛をしていた冒険者のリーダーがそうだ。 お主は知らずとは云え、ポリア様に剣を挙げたと同じだ。 そのお主の病弱な父親を守り、オッペンハイマー様のお屋敷に引き取ったのもポリア様だ。 お主、随分と不肖を仕出かしたな」
ハソロの話を聞きながら、過去と今の事を思ったアルロバート。 見えぬながら、父親の姿や様子が解る気がした。
様々な手配に動くローラブラムスの代わりに、部屋に居たハソロ。 気が動いたアルロバートに、更に話し掛けてみた。
「お主、その姿ではもう仕官も叶わぬだろうな。 だが、誰に頼まれて遺跡を見張ったのだ? それだけは、言って貰わねばなるまいぞ。 今、この街では暗殺が横行し始めた」
ハソロは、持っていた残された証拠の図形を見せ。
「アルロバートよ、見えるか。 この図形の意味を知りたいが為に、10人以上の学者が殺された。 その親近者も巻き込まれ、逃げる犯人に因って罪の無い者達も死んでいる。 連続殺人の犯人達は複数で、冒険者の技能を有している。 お主は、その一味なのか?」
ハソロは、その事を確かめる気で此処に居る。 医師の診断に立ち会えば、アルロバートの体を見れると思ったからだ。 刺青が在るかどうかを確かめる為に・・。
だが、顔を弱く振り被るアルロバートは、
「おれ・俺じゃ・・ない。 俺達は、ス・すすぅ・・スタ・ムスト・じっ自治国の・・手の者だ」
ハソロは、何故に隣国の手がこの都市に回るのか理解出来ず。
「なんだと? スタムスト自治国? お主、斥候で来たのか?」
「ちが・・ちがう・・」
たどたどしい言葉で語るその話は、実に奇妙な話だった。 アルロバートの雇い主は、隣国スタムストの州都で商人も営む地主の人物。 その勢力の中には、州都の政治に関わる者も多い。 その男が、仕官を条件に、用人として雇っていたアルロバート以下護衛の3人に、数年間このシュテルハインダーに住み。 あの遺跡を見張る様に言い付けたのだとか。 深い理由は語られなかったが。 どうやら遺跡を盗掘か調査する手筈を整える気だったのだろう。 そして、アルロバート以下の人物を手引きし、その手下として動くゴロツキを紹介したのは。 なんと学者殺しの3件目で死亡した、大きな私営博物館の館長をしてたソービシェムと言う初老の男なのだ。
その事実を聞いたハソロは、何が起こっているのか解らなく成る。 博物館の館長をしていたソービシェムは、学者を狙った悪党一味に殺された。 だが、そのソービシェム自身も、何かを企てていたと云う事になる。
(ソービシェムの事と、このアルロバートの事は関連が在り。 学者を狙った一連の事件は、また別と云う事・・か? 深い・・、この事件は深いぞ)
ハソロは、事件の構図を今一度考え直して見る気に成った。
★★★
運命と言う言葉は、軽々しいものでは無いだろう。 まして、人の生死を運命で片付けるのも虚しいし、簡単な事では無い。
だが。 悪党達の運命は、調子の良かった途中までの軌道を外れ始めていた。 その最たる行動は、ショーターの軽はずみな行動だ。
だが、それとはまた別に、逆の最たる行動はポリアである。 オッペンハイマーと共に屋敷へと戻る気だった彼女だが。 待たされている間に戦いの中の記憶を仲間と反芻し、思い出した事が在る。 疲れているのを押して、ハソロに再度会うまでは残ると。 この政治施設から離れた左側に立つ、大きな警察部の施設に移動し。 面識の有る役人を頼っては、ハソロの私室にて待たせて貰う事にした。
夜遅くまでアルロバートに付き。 主任騎士長のローラブラムスと話を重ねたハソロは、そのまま家に帰ろうと思ったのだが。 騒ぎの在った後始末や聞き込みなどの状況を聞くべく、まだ捜査官総長が残っているかどうかを確かめに警察部へと戻って来た。
この巡り合わせは、ハソロを。 その先の運命を変えるものだった。
若き上級捜査官副総長のホプキンスは、40歳まで2・3年を残す男性だ。 その働き盛りの年齢から、体調を崩している総長グラーミランの命を受け。 代理としてバリバリと動いては、捜査官を総動員して様々な手配を済ませていた。
其処に、ハソロが戻ったので、ローラブラムスとの遣り取りと聞かせて貰い。 更に、次の捜査方針の骨格を練り始める。
ハソロが上級捜査官副総長ホプキンスと話していると、其処に帰宅前の捜査報告書を持って来た下級役人が来て。
「あ、ハソロ様、お戻りでしたか」
「おぉ、今な。 今夜は、徹夜に成りそうだ」
と、苦笑いをする。
ホプキンスは、尊敬するハソロに。
「ハソロ様、どうか今日はお帰り下さい。 私が、これから夜勤で動きます。 明日、昼に捜査方針を決める会議を開きますから、それに間に合う様に御出で下されば」
捜査官として脂の乗ったホプキンスだ。 ハソロの弟子みたいな者で、一番優秀で思慮が深い。
「そうか、では・・・そうさせて貰うかな」
此処で、報告書を持って来た下級役人が、会話に口を挟めるタイミングを見て。
「ハソロ様、そういえば・・お客様がお待ちでしたよ」
ハソロは、こんな遅い時間に客とはヘンだと。
「一体誰じゃな? グラーミラン様か?」
「いえ、今日の一件で活躍した冒険者達です。 どうしても・・ハソロ様に申し上げたい事が在るとか」
ハソロは、その話にワッと驚いた顔をして。
「バッカモンがっ!!! なぁ~んでそれを早く云わんっ!!! お前ぇ、ポリア様はオッペンハイマー様の姪だぞっ?! こんな遅い時間まで引き止めていたら、叱責されるわいっ」
「あっ、す・すいません」
ハソロは、ホプキンスに一言を置いて退室した。 私室に駆け込めばソファーにて、マルヴェリータの膝を枕にシスティアナが寝息を立てていた。
「おぉ、ポリア殿すまない・・。 少し、手配などが遅れて・・・」
と、云うハソロに、ソファーに座っていたポリアは直ぐに立ち上がると。
「ハソロさんっ。 過去のの事件で姿を消した、暗黒魔法の死霊呪術を遣うメンファルースと云う人・・。 もしかしたら、あの悪党集団の中に居るかも知れません」
「えぁ・・・」
ハソロは、急な話にポカンと口を空けた。
驚愕のハソロは、俄に信じられなかった。 だが、悪党達とそれぞれに戦った皆は、仲間同士で名前を呼び合う悪党達の名前と特徴を書き出した。 すると、どうしてもセヴゥリンが一度だけ、“メンファルースのジジイ”と云った人物が居ない。 だが、博士と呼ばれる人物と、メンファルースと言う人物が重なるとポリア達は思えた。
深く話を聞くハソロは、同じく一緒に思え。
「そうか・・。 墓地の骨を遣っての仕業・・確かにアヤツなら遣り兼ねん。 しかし、その様な魔法を遣う相手と成ると、益々冒険者達に手を借りねば成るまいな・・。 魔法兵団は、中央のみの組織。 此処には、その様な者は少ない」
其処に、マルヴェリータが。
「ハソロ様。 冒険者に仕事を打診する一方で、医療施設に居る僧侶にも協力を求めては如何でしょうか? 早くこの事件を解決する上で、雪に閉ざされたこの時期。 街に居る者には、得意と成る分野で手助けを頼むのも一案かと。 何も、巡回や警備ではなく。 モンスターに対する助力ならば、引き受けて下さるかも」
腕組みするハソロは、役人だの兵士だのと敷居を高くする現状ではないと誰よりも理解していた。
「うぬぬ、確かに。 起こる事が大き過ぎて、モンスターなどとは手が焼けるでは済まない。 その案、ワシは賛成だ。 今から、ホプキンスに相談しておこう」
ポリアは、待った甲斐が在ったと。
「ハソロさん、来て下さって有難うございます」
「ほほっ、なんの。 それより、もう少しお待ち下され。 ワシと共に、大馬車で帰りましょう。 オッペンハイマー様のお屋敷まで送ります」
「はい」
ポリアは、ハソロともう少し話したかったので、そう返した。
ハソロは、ホプキンスの元に舞い戻った。 夜の見回りの陣頭指揮を取ろうと仕度していたホプキンスは、ハソロが戻って来たのに驚いた。
「ハソロ様、まだ残っていたのですか?」
「いや、ホプキンス殿、それが少し事態が悪い。 ま、聞いてくれ」
妖術も扱える暗黒魔術師のメンファルースの事を語り。
「僧侶に協力を求めてみる事と、墓地の見回りもしたほうがいい。 それから、冒険者に依頼をした後、請ける冒険者が居るなら、斡旋所に繋ぎが必要だろう」
「なるほど。 それは重要な証言ですな。 名前だけならいざ知らず、モンスターが出ている以上は含めて考えて然るべき。 ・・解りました。 今夜は我々だけですが、一応兵士と合同で見回りますので、向こうの方にも連絡して置きましょう」
「あぁ、頼む。 君の事だから、万事安心して任せる」
「は、了解です」
「ふふ、何時までも部下の態度はしなくていいぞ」
と、笑ったハソロに、ホプキンスは笑い返し。
「なぁに、貴方の退職後にデカい態度させて貰いますよ」
「そうか、じゃ~後は頼む」
「お疲れ様です」
ハソロは、ホプキンスの部屋を出た所で笑った。
(いずれにせよ、アイツ等に跡を任せる時が近いな。 俺が駄目になっても任せられるヤツが居るってのは、不思議と有難いモンだ)
ハソロは、ポリア達の待つ私室に戻った。 帰る為に、私用の馬車では無く。 護衛用の大型馬車を使わせて貰う事にする。
ポリアと共に馬車に乗ったハソロは、ゆっくりとオッペンハイマー邸に向かって馬車を動かした。
どうも、騎龍です^^
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