ポリア特別編サード・中編
ポリア特別編~悲しみの古都~中篇・古都で惹かれ合う絆
≪怒れるポリアの剣 雄々しきゲイラーの奮迅≫
遂に、悪党達が姿を見せた。
アランの命を狙った細身で身動きの素早い男を追うポリア達は、正面ロビーに出て驚いた。
「嘘っ!! こ・こんな・・・」
もう、外来で来た人や外に逃げ出した患者などは、外で騒いでいる。 だが、ロビーには、医者・患者・僧侶の斬られた人々が大怪我をして呻いている。
また、別に目を移せば。 ゾセアの居た兵士達の休憩所では、仕切りの幕が床に落ち。 ゾセア以外の兵士の遺体が3体転がっていた。
「なっ・・なんじゃこれはっ!!!」
ポリアの後から出て来たハソロ達は、その凄惨な現場に唖然とした。
ポリアは、外に出る出口へと向かいながら。
「ハソロさんっ!! 寺院の僧侶と連絡を取って怪我人をっ!!!!」
「解ったっ!! ポリア殿も無茶はイカンぞっ!」
ハソロは、人命が一番だと寺院に配下の者を連れて向かう。 一人二人の僧侶では間に合う怪我人では無かったからだ。
さて。
混乱が増す中で、医者や助手に聞きながら裏手の外に出たゲイラーは、施設の左側面に出る。
「くっ、子供がいやがる」
外には、庭の敷地内で遊んでいた子供達が、建物内から悲鳴を上げて逃げだす大人達を見て固まっていた。
ゲイラーは、右回りで大通りに向かう中。
「怖い奴が暴れてるぞっ!! 逃げるっ!!! 他の建物に逃げろっ!!! 見つかったら殺されるぞっ!!!」
と、叫びながら子供達を逃がす。
“わっ!”っと子供達が逃げる時、建物の向かい側や彼方此方から悲鳴が上がる中。 逃げる悲鳴とは異質な声が在った。
「うひゃひゃっ!! 逃げ惑えーーーっ!!」
と、歓喜に似た声が上がって。 ゲイラーは、耳に聞き覚えの在る声だと見てみると。
(ん? アイツ等っ!!!)
逃げる人々が大通りを走って居る中で、その人々を見ながら傍観を決め込み。 逃げ惑う人々の様子を見て喜んでいる二人。 薄暗い曇りの早朝の様な中だが、影に成らない場所に居た二人を見たゲイラーは、アランの家に押し入っていた悪党の二人だと解った。
二人も雪を強く踏む足跡に振り返る。
「あ゛っ!!」
驚くのは、背の高いハンマーを背負う男。
「チィっ、また出やがったっ!!」
と、舌打ちするのは、細剣を使う細身の男である。
「テクト、此処でやっがぁ?」
ハンマー遣いが、細剣遣いの男に言えば。
「エブール、当たり前だろ。 まだ、イーナムの野郎が逃げ出してねぇぇっ!」
ハンマー遣いエブールと、細剣遣いのテクトと云う二人は、ゲイラーを迎え撃つべく武器を抜いた。
ゲイラーの脳裏に、苦悩するポリアや泣いていたシスティアナの事が浮かび。
「お前等ぁぁぁぁっ!!!! 落とし前はキッチリつけて貰うぞっ!!!!」
と、気合いの大声を上げて大剣を手にした。
「う゛かぁ~」
「ふぅ・・」
テクトとエブールは、その裂帛の一声に身体へ怯えを感じる。 純粋に強い者の強い意志は、覇気として伝わるものだ。 人を殺す事に躊躇わない二人だが、その腕は確実に真っ直ぐなものでは無い。 完全に、ゲイラーに気圧される形で戦いに成った。
一方。 略施設の真後ろに出たヘルダーは、薬草栽培をしている植物園の裏手近くに出る。
「・・」
逃げる人の悲鳴などが、施設の表側から響いて来ている。
(不味い、パニックが起きている)
裏側の辺りを見ると、遠くの公園に避難して行く大人達が見え。 その後を追う様に、そっちに走る子供などが見える。
(とにかく、早く表に向かって回り込まなければ)
ゲイラーの居る左手では無く。 右手の方に走っていくヘルダー。
だが、寺院施設と成る突き出した施設裏には、疎らな木々と降り積もった雪が絨毯の様であり。 左回りに行くには、施設を迂回して行かなければ成らなかった。
急ぐヘルダーが施設に沿って側面に出た時だ。
「うわぁぁ~っ!!! 助けてくれぇぇぇっ!!!!」
と、一人だげポツンと走る毛皮のコートを着た男が、目の前を雪に足を取られながら逃げて行く。
(?)
ヘルダーは、丸で直ぐ後ろに追っ手が迫っている様な逃げ方をする男性に疑問を感じ。 直ぐに側面の方に走った。 視界の先には、立つ男が剣らしき物を持っていると思え、全力で走り寄ると。 その男の前には、雪に滑って転んだ様な女の子が居て。
「大丈夫かい? 直ぐ、楽にしてやろう」
と、剣を上に構え出す男が黒い影の様に見えていた。 目の良いヘルダーだから、光沢などの弱い光の反射で解るが。 黒いマントに黒い胸当てをし、腰周りには剣の鞘らしき動くものが見える。 明らかに、影の男は女の子を殺す気だった。
(非道なっ!!)
恐怖でヒクつき泣く事すら出来ない女の子の脇には、大人の動かない姿が在る。 ヘルダーの心の中に、噴出す様な正義感が燃え上がった。
「父親と同じ所に行けっ」
不気味な微笑すら浮かべた影の男は、雪の上に腰を落とした幼い少女に剣を振り上げた。 だが。 剣を振り下ろす前に、影の男の耳に雪を蹴る足音がする。
「むっ?」
ヘルダーの方を見た影の男は、鋭い跳び蹴りを見た。
「くっ!!」
不意打ちに近い間合いであった。 影の男は、咄嗟に剣を引いて宛がったが。 鉄の具足を履いたヘルダーの強襲の一撃を防げる訳も無い。 剣の平たい面を蹴り込まれ、胸に蹴りをそのまま食らう形で飛ばされた。
「・・」
着地したヘルダーは、雪の上に転がった影の男を見据えながら屈み。 女の子を立ち上がらせた。 そして、動かない大人を脇目に見ると、首筋を斬られて既に息が無い。
「くそっ!! 何者だぁっ?!!」
転がってマントや髪に雪を付けた影の男は、立膝で身を起してヘルダーに誰何する。 鈍い陽の光で漸く顔をハッキリ見えるその男は、日焼けした様な肌の武人然とした勇ましい男だ。 痘痕の後も残る顔で、鷲の嘴の如く曲がった鼻が印象的である。
ヘルダーからするなら、人を殺めて於いて誰何とは気に入らぬ。
「・・・」
女の子に、大声で呼ぶ大人達の方に行けと指を指したヘルダーは、身を立たせて目を細めた。
(これが悪党とは云え、人のする事かっ!!! 許さない・・絶対に許さないっ!!!)
ヘルダー同様に立った鷲鼻の男は、嗚咽の混じる泣き声をやっと放って逃げ出し始めた女の子を見る。 盾にとれるなら、と。
だが、ヘルダーがその視界を塞ぎ、ゆっくりと男に身構える。
「くそっ、せっかくの狩りがっ!!」
人殺しを楽しもうとして邪魔されたかの様な言動をした男は、一気にヘルダーを斬り倒そうと思えど。 いざ構え合うと、隙の無いヘルダーに踏み込む間合いが計れない。
「むぅっ・・」
男は、大きく一歩引いてヘルダーと見合う。
其処に。
「サヴュラー、ソイツは強い。 貴族の屋敷に居た冒険者の仲間だ。 二人掛りで時間を稼ごう」
ヘルダーと対峙する男の後ろに、ヌッと乾いた声の男が現れる。
“サヴュラー”と呼ばれた剣士は、背後に少し顔を向け。
「ハンセン、コイツがか?」
すると、サヴュラーと云う剣士の脇に、厚手のマント風コートを纏った小柄で黒い布を顔に巻く者が現れる。 目元を見るに、意外に若そうな印象だ。
だが、ヘルダーは、その現れた人物を見て目を細める。
(コイツか・・)
その現れた男が手に持つダガーは、何と丸型の針の様な物。 そう、ポリアとイルガがオッペンハイマー邸の襲撃で動けなくした曲者二人や、逃げ出した曲者の手下を皆殺しにした相手だと推察出来た。
サヴュラーと呼ばれた剣士は、脇に来たハンセンと云う男に。
「二人掛りで足止めかっ?!」
と、焦りを込めた言葉を飛ばすも。 ハンセンと云う目元以外の顔を隠す小柄な男は。
「そうだ。 コイツと大剣を使う大柄な奴は、相当強い。 セヴゥリンが居るなら勝てるが、俺達では互角かそれ以下だ」
サヴュラーは、少し驚いた様子の声で。
「じゃっ、セヴゥリンをっ」
此処で、ヘルダーが動こうとしたのに合わせ、ハンセンは丸い針型のダガーを投げる。 話し合う中で、ヘルダーの不意を突くつもりだったのだが。
「・・」
ヘルダーは、難なく鉄扇でダガーを弾き、宙を回って遊ぶダガーの柄に閉じた鉄扇を引っ掛け、回す回転で上手に操りながら投げ返したのだ。
「・・・おっと」
飛んで来たダガーを屈んで避けたハンセンは。
(おいおい、話以上じゃないか。 俺が自分のダガーすら受け取れないとは・・)
返されたダガーの鋭い勢いに、受け取る事が出来なかったハンセン。 ヘルダーが予想以上に卓越した技能を有すると判った。
焦るサヴュラーは、再度ハンセンに。
「セヴゥリンはっ?!!」
「表で、兵士の頭と斬り合ってる。 意外に向こうも楽しんでるみたいだ」
「くそっ、こんな強い奴が居るとは聞いてないっ!! モグテルとモンマルトは?」
「さぁ、そろそろ来ると思う。 だが、博士が間に合うかは微妙だな」
そう聞いたサヴュラーは、頻りに舌打ちを繰り返した。
ヘルダーとゲイラーが悪党達と相対する中。 ポリアもまた、その男と対する事に成る。
「大丈夫っ?!! ねぇっ!! しっかりしてっ!!!」
ロビーから外に出る大廊下を急ぎながら、倒れる人々に声を掛けるも何人かは死んでしまっていた。
(何で此処までするのっ!!!)
逃げる一人の男に、何人の罪無き人が殺されるのだろうか。 ポリアの心は、何時にも増して怒りに燃えた。 剣を抜き払い、心に憤りを叫ぶポリアに対し。 ブルーレイドーナですら掛ける声を躊躇った。
廊下を走り、外に飛び出すポリア。 だが、雪が舞い散る中、其処で見たものは・・。
「うがぁっ!!!」
白い世界の大通りの上で、黒いマントを羽織る金髪の男に、兵士が胸を刺されて血を吐き倒れた。
間近に居たゾセアは、此処に来た最後の部下を殺されて怒り狂い。
「キサマ等ぁぁぁぁぁっ!!!! あああ・・ああああおのれぇぇぇぇっ!!!」
と、その男に向かえど、片腕に怪我を負っているのかマントの男に軽くあしらわれる。
ヨロめき尻餅を着くゾセアの背後には、血の滴るナイフを構えた病院の制服を着た男が居る。 アランを狙った男だ。
黒いマントを羽織る男は、ゾセアより少し高い長身だ。 その肌は、雪の如く白い女性の様な柔肌であり、癖の見える金髪は柔らかく首筋や耳元に纏わる。 切れ長い目といい、その見目の麗しさでは、人気な二枚目役者も顔負けしそうな貴公子然とする人物だろう。 だが、その鋭い目つきには、殺しを楽しむかの様な狂喜すら滲み出ていて。 アランを殺そうとした男に言うのだ。
「イーナム、この役人を殺したらずらかるぞ。 また潜る前の余興だ、ズタズタにしてしまえ」
アランを狙った男は、口元を隠していた医療用のマスクを外していた。 どぎつい殺気を纏う目、ゾセアを見てニヤける笑みは、殺し屋特有の残忍さが滲み出ていた。 “イーナム”と黒いマントをした男に呼ばれた男は、ギラギラと殺気を宿す目をゾセアに向け。 その手に持つナイフを閃かす。
「リョーカイ、頭 どうも役人だの兵士だのってやつぁ~見てるだけでムカムカする。 気が済むまで、ズタズタにしてやるさぁ」
黒いマントを羽織り。 雪の中でも青い光沢が映える上半身鎧に、黒いズボンを穿く長身の男。 この男こそ、悪党達を束ねる男ゼヴゥリンだ。 その見目の麗しさは、ただ澄ましてて居るなら貴公子の様で美しい。 だが、その内在する冷徹さと残忍さは、嘗てポリア達が出遭ったガロンよりも上手だろう。
(さて、高みの見物とでも・・ん?)
セヴゥリンは、剣を脇に下ろしてゾセアが殺される様子を見ている気だった。 だが、背後から自分に視線が注がれるのを察し。 まだ、逃げ遅れた獲物でも居るのかと思い、後ろの病院の入り口に顔を向けると。
「たぁぁっ!!!!」
一撃必殺の気合いと共に、ポリアが剣を構えて間近に迫っていた。
「なぁっ?」
長剣の一般的なブロードソードより長く、幅も刀身の太さも違う大降りの剣を上げたセヴゥリン。 “ガキン!!!”と金属同士が激しくぶつかり合う音がし、剣を振り込んできたポリアと相対した。
「キサマぁぁっ!!! アラン先生を再度狙うなど凶悪にも程が有るわっ!!」
蒼に翠が薄らと煌く風の力を感じているポリアの瞳は、セヴゥリンに対し殺意すら含む。
鈍く蒼翠色の光を帯びたポリアの剣を受け止めたセヴゥリンは、これまたそうそうに出会える美人とは思えないポリアを見て。
「ほほう。 これはこれは、有名なホール・グラスのポリア殿か。 そんな美しい顔をしてるとは、お近づきになれて嬉しいですなぁ」
ポリアとセヴゥリンが剣を合わせて睨み合うその様子を見たゾセアは、ポリアが出て来たお陰で二人を一度に相手にしなくていいと思うと。 怪我をして血の滲む肩の痛みを堪えながら、
「簡単には・・死なんぞぉぉっ!!」
と、イーナムに剣を振るう。
「おっと」
下がったイーナムを見て、我慢しながら身を立たすゾセア。 腰の下、鎧の途切れた場所に軽く刺された傷が在り。 肩から腕に掛けて衣服も皮膚も薄く斬り裂かれている。 しかし、部下の兵士4人全員を殺され、痛みも怒りで麻痺し鈍かった。
イーナムは、立ち上がったゾセアを見て。
「チィ、邪魔が来やがったか。 ま、手負いのテメェなんざぁ~俺一人で十分だ」
と、せせら笑う様な笑みを見せた。
その直ぐ間近で斬り合いを始めたポリアとセヴゥリンだが。 押し合いではラチが明かず、お互いに蹴るなりなんなり隙を狙おうとする視線がぶつかる二人。 だが、その探る視線をお互いに嫌い、パッと押し合って離れ、また対峙する。
「フフフ・・、これほどに美しいとはな。 君も誘拐の対象にすれば良かった」
セヴゥリンがそう言うなら、ポリアは死んだ冒険者達を思い出す。
「やはり・・やはりキサマ達かぁぁぁっ?!!!!!!! 学者達をあの様に惨い目に遭わせたのはっ!!」
「フッ。 俺は、タダ詮議したまでだ。 学者達を拷問したが、殺したのは内の二人。 女二人を食い散らかし、男の可愛いのに手を出したのは仲間さ」
そのセヴゥリンの言い方は軽々しく、殺すと云う文句に抵抗の“て”の字も匂わせない。 ポリアは、最も許せない相手だと感じ。
「二人も殺めて、キサマも同罪だっ!!! 国の法に照らし合わせ処罰させるっ!!!」
と、斬り掛かった。
だが、それは相対していたセヴゥリンとて同じ。 セヴゥリンとポリアは、同じ間合いで斬り込みあう。
ポリアが右から剣を振るえば、セヴゥリンも同じで打ち合い。 左、右と剣を打ち合ってから、セヴゥリンの突きを払う形で弾きながら踏み込んだポリア。 しかし、セヴゥリンも剣の弾かれた方向に飛び込んでお互いが擦れ違う。
「フンっ」
「せいっ!」
振り返り様で剣を振り込むお互いだが、そこもまた打ち合わせ。 ポリアの実力とセヴゥリンの実力が伯仲している。
今までその姿が殆ど判らなかった悪党達。 此処で、遂にポリア達と悪党達の総決戦とも云うべき戦いが始まった。
★★★
ポリアとセヴゥリンが戦う時。 ゲイラーは施設側面の広い庭で、エブールとテクトの二人を相手にして圧倒していた。
「うおらぁっ!!!」
エブールの振り込むハンマーを軽々と打ち返し。 その大剣を馬手(利き手・右手)だけで持ち、斬り込んできたテクトに一閃するゲイラー。
「うおわぁぁっ!!!」
細い身体で細剣を使うテクトは、その振り込まれた水平の薙ぎ払いを受け切れずに弾き飛ばされる。
「あっ、テクトっ!! この野郎ぉぉぉっ!!!!」
幾らか力は在ると自慢していたエブールだが。 この巨漢の剣士ゲイラーには勝てる気がしなかった。 テクトにゲイラーを釘付けにさせない様にするのが精一杯で、本気で殺す間合いまで踏み込めない。 渾身の力で振り込むハンマーを、意とも容易く弾き返される上。 突き、払い、斬るのどれもが鋭い剣筋で子供扱いされている様な彼だった。
ゲイラーの強襲にフッ飛ばされ雪の上を転がったテクトは、辛うじて細剣を手放さなかったのが精一杯。
(チ・チキショウっ!! 何でこんな強いんだっ!!!)
朦朧としそうな心身を踏ん張って起こし、グッと握った雪を左手で掴むと。
「食らえぇぇっ!!!」
と、ゲイラーの顔に投げる。
だが、テクトが動いた時に脇目で見ていたゲイラーは、雪を投げ付けるのに合わせて。
「そんなモンかぁぁーーーーっ!!!!!」
と、テクトに突進するのだ。
「あっ!!!」
投げた雪は、俯き加減に為ったゲイラーの頭部に当たり、目を塞ぐ事が出来なかった。 こうなると、テクトはもう逃げるしか行動が無くなる。 ゲイラーの強襲を受け、細剣が“ヘの字”に曲がって来ていたからだ。
「テクトっ!! にげっ逃げろっ!!!」
慌てたエブールは、テクトを追うゲイラーの後ろを追う事しか出来ず。 助けになど間に合わなかった。
同じ頃。
「うおっ、わぁっ!!」
ヘルダーに肉薄され、サヴュラーは剣で鉄扇の斬り込みを受け流し。 更にヘルダーが踏み込んで斬り上げる鉄扇を、身を捻って避けるのだが。 もう、その間合いはヘルダーに有利な間合い。 斬り返すより距離を取って仕切り直ししなければ、全てが後手後手に回りそうだった。
(このっ!!)
ヘルダーの背後に回ったハンセンと云う男は、顔を覆う布の隙間に見える瞳に殺気を含ませる。 ヘルダーに針型のダガーを突き立てようと、背後から迫ろうとした時だ。 サヴュラーが焦った様子で引くのに合わせ、ハンセンに向かないままに左手の鉄扇を鋭く突き出すヘルダー。
「あっ!!」
ヘルダーに踏み込んで、首筋にダガーを突き立てようとしたハンセンだったが。 気合いすら発せぬままに鉄扇を向けるヘルダーが、自分を感覚的に捕捉していると解ってしまった。 危険を感じるのが早い分、相手に踏み込もうとした足が止まってしまった。
「・・・」
ヘルダーが顔をゆっくりと動かし、背後に立ったハンセンに向く。
ハンセンは、そのヘルダーの強い視線に思わず2・3歩引いた。 踏み込まれたら、自分ではまともに相手に成らないと思えた。
「死ねぇぇいっ!!!」
ヘルダーの背後に向け、今度はサヴュラーが斬り込む。 ヘルダーは、少なく引いて斬撃をかわす。 刃風を顔に感じる中で、身をクルリと回しながらサヴュラーの左に回り込む。 元のヘルダーの居た位置の頭部を狙った軌道で、ハンセンの投げたダガーが駆け抜け、雪の落ちる空を刺した。
「ぬぅ!」
素早いヘルダーは、ハンセンをサヴュラーの背後にする為、サヴュラーの左肩を狙って鉄扇を振り上げる。 全力で身を動かしながら防いだサヴュラー。 ヘルダーと対峙すれば、お互いの立ち位置が替わり。 ハンセンは、ヘルダーを見る為に動かざる得ない。
ヘルダーは、1対1の間合いにサヴュラーへと詰め寄る。
(チクショッ!!)
サヴュラーは、何時もの殺しの時の様に楽に殺せる相手では無いヘルダーに苛立ち。 冷静さを失いつつあった。
さて、ポリアは・・・。
ポリアとセヴゥリンの戦いは、白熱の一途を辿る。
「鋭っ」
「はっ」
振り込むポリアの剣と振り上げるセヴゥリンの剣が相打ち。 突き込むセヴゥリンの剣を払うポリアは、剣を持つ相手の手に狙いを定めて剣先を薙ぎ付けるも、相手も腕にした鉄の腕宛で受け払う。
ポリアが間合いを2歩引くと。 斬れたマントの腕辺りを見たセヴゥリンは、端正な顔を少し歪めた。
「全く、面倒な女だっ。 仲間が此処に来ないのは、貴様の仲間と戦っている所為だな。 現れるタイミング良過ぎるだろ? 騒ぎの後で来ればいいものをっ!!」
と、懐に左手を忍ばせ、ナイフをいきなり投げ付けるセヴゥリン。
何か言おうとしたポリアは、ナイフを払い落とせず大きく左へ飛び退く。
(今だっ)
勝てる為なら何でもするセヴゥリンは、これで先に斬り込めば間合いは自分の有利なモノに成ると確信した。 一気に攻め立てようとポリアに走り込む。
イーナムと鍔迫り合いを繰り返す手負いのゾセアも、脇目にポリアが斬り込まれると解った。
だが。
「風よっ!!」
飛び退いたポリアは、瞬時ながら風をイメージして剣を突き出す。 ポリアの身体から、半円の方向に瞬間的に突風が吹き上げる。
ポリアの避け切れない角度から攻撃しようとしたセヴゥリンは、飛び込もうと跳躍し掛けたのだが。
「うおわっ!!!」
自分を押し飛ばす様な突風とぶつかり、宙を飛びながら押し戻される。 なんとかバランスを取りながら、手を大通りの凍った路面に付いて着地した彼だが。 ポリアとは更に距離が離れた。
蒼翠の風のオーラを目に宿すポリアは、ゆっくりと身構える。
立ち上がり、ポリアを鋭く睨んだセヴゥリンは。
「それが“風のポリア”の意味かっ! 煩わしい武器なんか持ちやがってっ!!!」
セヴゥリンの苛立った声が、冷たく引き締まった外の空を響いた。
微動だにしないポリアと、構え直したセヴゥリンが互いに睨み合う。 頬に雪が落ち、その雪が肌を滑りつつ水に変わるのを感じるポリア。 脳裏に、Kの姿が浮かび。 焦る相手を落ち着かせない様にと、態と微かに微笑み。
「見た目良くても、今の顔は薄汚いバカ面ね。 観念して、罪に問われなさいよっ」
「ほざけぇぇっ!!」
二人がまた駆け込み、一気に接近して剣を打ち合う。
セヴゥリンの斬り払いを屈んで避けたポリアは、低い体勢から素早く斬り上げる。 だが、セヴゥリンも左に引いて逃げると、片手一つでポリアの足を掬いに斬る。 ポリアは、フワリと跳躍して斬撃をかわし、右足でセヴゥリンの肩を蹴った。
転がり衝撃を幾分逃がしたセヴゥリンは立膝。 着地したポリアは立って、お互いにまた睨み合う。
イーナムの接近を剣で制し、有利な間合いを保とうとするゾセアは思う。
(あの女達が来たのは、俺にとっちゃ天の助けだな。 はっ・は早く援軍が来ないものか・・)
痛みと焦りからか、肩で息をするゾセアは限界に近かった。
さて。 ポリアとセヴゥリンが戦う大通りから先に、北門と北東の郊外へと続く通りの上で、異変が起こった。 雪の塊が持ち上がり、鋭い氷柱を形成したのだ。
「うひひ、あの美しい女剣士の鮮血は、どんなに綺麗だろうなぁぁ~」
古びた緑色のマントをローブの上に纏う魔法遣い風の男。 杖を持つ手は干からびた様な灰色の皮膚で、風ではためき捲れ上がったフードから覗ける顔もまた変わっている。 黒い墨の様な異質な眼球、大きく唇に垂れ下がった鼻は、普通の人には見られない特徴だ。 戦うポリアから施設前の更に向こうへと離れた路上に居るその魔法遣いは、杖を擡げ。 宙に浮いた氷柱をポリアに向けようとしていた。
だが。
「んっ?」
魔力その物の現れを感じた魔法遣いは、病院の方を見ると。
「あら、気付いたのね」
丁度、施設内で怪我人を助けていたマルヴェリータが、其処には居た。 身体の回りに稲妻のカーテンを纏わせ、魔法を成立させていた。
「クソっ、あの夜の魔女かぁぁっ?!」
魔法遣いの男が驚いた。
マルヴェリータは、スッと杖を振るうと。 稲妻のカーテンが、放電する様に氷柱に襲い掛かった。
“バシュンっ!!!!!”
空気を震わす音が幾重にも轟き始め、マルヴェリータの魔法と氷柱がぶつかり、対消滅を起すかの如く魔法の氷柱が消えていく。
「マルタっ!!! 来たのねっ?!!」
ポリアも、セヴゥリンも、その轟音で魔法戦が起こったと解り。 睨み合う中で、そっちを見る。
セヴゥリンは、苦々しい顔で。
「モグテルっ、モンマルトンとメンファルースのジジィはどうしたっ?!!!」
亜種人の魔族“デヴラメシアン”と言う種族の自然魔法遣いモグテルは、マルヴェリータに氷柱を壊され苦虫を噛み潰す口元をギリギリと震わせた後。
「博士は解らんっ!!!! モンマルトンは、手下何人かと裏に回ってるっ!!」
セヴゥリンは、ポリアと構え合いながら。
「裏がカタ付くまでは持ち堪えろってかぁっ?!!!!」
マルヴェリータが稲妻のカーテンを守りに遣いながら、モグテルの間近に来る。 モグテルも再度雪から氷柱を生み出しながら。
「そうは上手く行ってないゾっ!! 裏の4人が来ないのは、こっちと同じく苦戦してるガらだんべっ」
マルヴェリータは、モグテルと云う男が生み出す自然魔法を見て。
「貴方ね? あの夜に、仲間の曲者を魔法で殺したのは・・・」
と、モグテルに問い掛ける。
身体の回りに、ボンワリと黒い魔力を纏うモグテルは。
「あの夜の美人だな・・、俺の魔法ば打ち消したのは大したモンだ。 だが、今日は殺してやるど」
と、気味の悪い顔をニタニタと歪ませる。
マルヴェリータは、目に赤紫のオーラを強く宿し。
「いい加減にして・・。 人の命をこんなにも無駄にして、楽に死ねるとは思わないでね」
彼女の身体の回りを囲む稲妻の魔法が、落雷でも起すかの様にバチバチと膨張する。 マルヴェリータが怒ったのだ。
モグテルの杖とマルヴェリータの杖が動いたのが同時。 マルヴェリータに向けて氷柱が数本飛び込むも、稲妻の魔法はマルヴェリータを守る。 マルヴェリータ自身も、襲い来る氷柱を打ち払うべく杖を振るう。 稲妻にぶつかって消える氷柱も有れば、マルヴェリータの放つ放電で打ち消される氷柱も在る。
人を超える氷柱と稲妻のぶつかり合いが、大通りで美しい光景を見せた。
★★★
この時。 ゲイラーは。
「そ~らよっ!!」
曲がったテクトの細剣を受け止めた直後。 彼の襟首を左手で掴んで振り回し、雪を被った木の方に投げた。
「おわぁぁっ!!!」
ゲイラーの怪力で投げられては、テクトの様な身軽な者など子供と同じ。 右の肩口を向けたままに木に激突し、肩に噴出す様な痛みを覚えながら雪と共に雪の積もった地面に落ちた。 完全に、ぶつけた肩の骨は砕けただろう。
「テクトっ!!!」
仲間に走ろうとする大男のエブールだが、その行く手をゲイラーに遮られ。
「退けぇぇっ!!!!」
と、ハンマーを振り回して突進する。
だが、ゲイラーからしてその闇雲な攻撃は、無意味なものだ。 大剣でハンマーをカチ上げて、ガラ空きになったエブールの腹に蹴りを見舞う。
「うブッ!」
蹴飛ばされたエブールは、勢いそのままに医療施設の壁に激突し。
「うご・・ぉぉぉ・・」
と、呻くだけに。
剣の構えを解いたゲイラーは、
「しみったれるなよ。 お前達は、何人もの人の命を奪い、冒険者達にあんな酷い真似をしたんだっ!! 命で償って貰う。 覚悟しやがれよっ!!!」
と、怒りを混じえた感情を露にする。
戦いが終わったと思えた其処に、システィアナの声が飛ぶ。
「ゲイラーさぁんっ、うしろあぶないですぅぅぅぅっ!!!」
「んっ?!」
振り向いたゲイラーは、少し離れた向こうの先に、杖を構えて剣の魔法を生み出している黒いローブの魔法遣いを見つけた。
「死ねがぁっ!!!」
前頭部のみに灰色の髪の毛を残す中年のギョロ目男は、青黒いオーラを目に宿して剣の魔想魔法をゲイラーに飛ばした。
「っ!!」
ゲイラーは、なんとか魔法を避けて雪の上に飛び退いた。 魔法は、ゲイラーを刺せないままに施設の脇を走り抜け。 大通り向かいの家の庭木に突き刺さる。 剣の魔法は、直後に衝撃波を生み。 家の3階までの窓ガラスを木っ端微塵にして、木を落雷に遭った様に半裂きに破る。
魔想魔術師のモンマルトンは、もう動けないテクトと、ヨロヨロとテクトに這い蹲って行くエブールを見ると。
「全ぐ使えないアホがぁっ!! さっさ逃げれっ!!!!!」
と、怒鳴り散らすと、雪の上を走りゲイラーに近寄るシスティアナを見て。
「ガキの僧侶もいっしょがぁっ?! 二人纏めて殺してやンがっ。 想像のヂカラをぉぉっ、おが(俺)の魔法を限界にさせいぃっ!! オーバーフォォォスーーーーっ!!!」
杖と共に両手を掲げたモンマルトンの全身から、淡い魔力が溢れ出す。
その姿は、北東側の施設裏で戦うヘルダーにも見れた。
「・・」
向きを変えようとしたヘルダーに、
「お前の相手は俺様だろうがぁっ!!」
と、サヴュラーが斬り込んで来る。
ヘルダーは、ゲイラーの応援には行けなかった。 ハンセンのダガーも油断できない上に、下っ端の曲者3人も応援に出て来た。 本気で攻めないと、彼等を撃退出来なかった。
そんな中。
「魔想のヂカラは、万能なるチカラ。 想像のヂカラよぉぉっ!! 敵をヤブル矢にガわれっ!!!!」
魔想魔術師モンマルトンが魔法の詠唱を吼え上げた。 その頭上には、巨木の如き青白く光る矢が浮かび上がった。
「デ・・でけぇぇ・・・」
システィアナと合流したゲイラーは、今まで見たことの無い程に大きい魔法に気が抜けた。
システィアナは、目を丸くして。
「あわわ~、まほ~さんのデッカくなる手法ですぅぅ」
ゲイラーは、あんな魔法を施設にぶつければ、アランの眠る施設ごと崩壊を起すと恐れた。
「システィ・・あんなの喰らった。 寝てる教授もイルガもヤバいぜ。 どうしたらいいっ?」
システィアナは、ゲイラーに微笑み。
「だいじょ~ぶです。 でも~わたしは~動けなくなりますから~」
「あ?」
ゲイラーがシスティアナを見ると、システィアナは杖を手に。
「慈愛の女神フィリア~ナさま、まほ~をはじく光の衣を御貸しくださぁ~い」
モンマルトンが限界に力を注ぎ込んだ魔法を成立させた時。 ゲイラーとシスティアナの周りに、ユラユラと揺らめく光り輝くベールが包み込んだ。 歌で表すベールとは、少し違っていた。
全身を震わせながら魔法を維持するモンマルトンは、頬にこの寒い中で汗を流しながら。
「魔法を打ち消す神聖魔法がぁぁっ?!! おがの魔法のヂカラを受け切れるがぁぁぁっ?!!!!! やれるもんなが、やってみがぁぁぁっ!!!!!!」
杖を両手で持ち、出来上がった太く長い魔法の矢を、重い石でも持ち上げて投げるかの様な感じで飛ばしたモンマルトン。
システィアナは、杖を胸の前に持ち。
「ゲイラーさんは、わたしのたぁ~せつなひと。 ねむってるアラン先生も、まもるイルガしゃんもまもります。 フィリア~ナさま、悪しき魔法を挫くこの思い、うけとってくださいな」
システィアナの祈りが深まると、ゲイラーとシスティアナを包む魔法のベールは更に高く上がり。 煌く光は強くなった。
そして、モンマルトンの放った魔法の矢が、システィアナの生み出した魔法のベールにブチ当たる。
“ビシィィっ!!!!!!”
辺りに爆発的な音が広がった。 その飛び込んで来た魔法の矢が当たった一瞬、火花の様な魔法のオーラが打ち消しあう光が飛び散った。
「うぐっ・・・うぬぬぬ・・・」
鬼気迫る形相で杖を押し込むモンマルトンだが、生み出した魔法が神聖なるベールを貫けない。
「・・・」
一心に祈り。 静かに瞑想に入るシスティアナは、この凄まじい魔法の圧力を感じていないかの様な姿だった。
この様子は、気配でマルヴェリータも感じていた。 だが、魔力は勝れど魔法遣いとしての年数がその差を埋めるのか。 マルヴェリータとモグテルの魔法対決は互角である。 雪が降る中なのが、モグテルの魔法を生み出し易くしているのだろう。 モグテルの魔法の氷柱が途切れる事が無く。 また、モグテルはポリアを狙っているフシが見受けれた。 セヴゥリンと戦うのに必死なポリアが、此方に気を向けるのは難しいと理解するマルヴェリータは、システィアナの魔力にブレを感じないままを祈った。
(全く、数で上回られてる分面倒だわ)
稲妻をナイフの様に飛ばし、投げ付けられた氷柱を打ち壊すマルヴェリータは、今の現状の均衡は、ギリギリの所だろうと察していた。 何処かで戦う誰かが決着を着け、他に助けに回れる方が有利になると読んでいた。
その魔法遣い二人の戦いの傍で。
「ふっ、はぁっ!」
突きから斬り払いで間合いを詰めたポリアだが、
「この女っ!!!」
セヴゥリンが剣を打ち払ってから繰り出す蹴飛ばしを避けて、横に側転してかわす。 そのポリアへ、追い打つ様に背後から、イーナムがナイフを突き込んで来る。
「きゃぁっ」
脇腹の所を鎧の上ながら突かれ、バランスを崩して驚くポリア。
上手く走れないゾセアを他所に、乱戦に変えたイーナムの奇襲だった。
「この卑怯者がぁっ」
ゾセアは、背中を見せたイーナムに斬り掛かるが。
「おっと、待った」
と、踏み込んだセヴゥリンが剣でそれを受け止める。
「このっ」
脇に腕を入れられたポリアだが、肘鉄をイーナムに繰り出して顎を打ち退かせた。
深く踏み込んだ為に避けれない肘鉄を喰らい。 ヨロめき退いたイーナムは、
「いでぇっ、クソっ。 鎧着てやがるかぁぁ・・」
と。 金属の上をナイフが滑った感覚に悔しがり、痛む顎を押さえてポリアを睨む。
ポリアは、直ぐにセヴゥリンに斬り掛かり。 打ち負けそうなゾセアを助けると、ヨロヨロのゾセアを庇って施設の入り口の方角に引いた。 セヴゥリンにイーナムが寄り、二人を正面に受けて対峙する形を取ったポリア。
セヴゥリンは、ポリアの意思を読み。
「イーナム、この女・・俺達を同時に相手するらしい」
少し血の混じった唾を路面に吐いたイーナムは、
「頭ぁ、女先に殺しましょうや。 この女剣士を人質に取れば、魔法を遣う女も殺せます」
「だな」
ポリアを相手に、二人が身構えた。
「ま・・待て・・・」
ゾセアは、ポリアの脇に出ようとするが、出血が多く成って来たのかフラフラに。
ポリアは、ゾセアを庇い。
「もういいわっ。 貴方まで死ぬつもりっ?!」
その隙を狙って、セヴゥリンとイーナムはポリアに迫った。
「お前の血を見せろぉぉっ!」
二足早くセヴゥリンが大きく振り上げた剣をポリアに打ち下ろし。 その剣を受け止めたポリアの首筋を狙い、イーナムが駆け込む。
だが、これはポリアの誘導だったと気付くのは、二人は後に成ってからだろう。
「風よぉっ!!!」
ポリアの声に応呼し、また風が突風を吹き上げた。
(やべぇっ!!)
間近で噴出す風の圧力をモロに食らったセヴゥリンは、見えない手で身体を押し返されるよに後ろにヨロめいた。 出来た事は、剣を下向きに構えて盾代わりにする程度。 先に踏み込まれて来たら、防ぎ切れるか解らなかった。
だが。
ポリアは、何太刀も振り込む必要が在るセヴゥリンを狙う無駄をしなかった。 風に吹かれてグッと動きが弱まり、踏み込みが止まったイーナムに大きく一歩を踏み出し。
「せいっ!!」
剣を振り下ろした。
「うぎゃぁぁっ!!!!」
滾る様な声が、風が強まり駆け抜ける大通りで上がった。
「あっ、イーナムっ!!」
声に驚いたセヴゥリンは、腕を押さえながら伸び上がったイーナムに近づこうとすれど。 ポリアがサッと剣を自分に振付けるので、彼女の間合いに踏み込めない。
「うわぁぁーーーっ!!! 腕がぁっ、腕がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」
ナイフを突き出そうとして止まった右腕が、スッパリと斬り飛ばされた。 少し離れた所に落ちた腕は、降り積もる雪を赤く染め出す。
「イーナムっ、先に逃げろ。 テメェぇっ!!!」
セヴゥリンは、ポリアとイーナムの距離を離すべく、素早い動きに変えて斬り込んで行く。
ポリアは、これでまた1対1でリーダーのこの男と戦えると思う。
(みんなは大丈夫かしら・・・)
ポリアの心配は、見えない仲間の事だった。
★★★
戦局は、ジリジリと一瞬一瞬変わり出す。
その最たる場所は、ゲイラーとシスティアナの居る場所だった。
「うぬぬぬ・・ガキがぁぁぁぁっ」
集中しながらも、自分の魔法を受け止めるシスティアナに渋い顔を見せるモンマルトン。
そのモンマルトンを援護すべく、曲者達の下っ端が5・6人が出て来たのだが。 ゲイラーは、システィアナを狙う輩に激怒。 魔法のベールから飛び出し、向かって来る下っ端を捕まえては、同じ下っ端に投げ飛ばし。 突き込まれたダガーを手っ甲で打ち払って、大剣の柄で殴りつけては自分の身長以上に飛ばし上げる。 システィアナに向かう為、ゲイラーの背後に回り込もうとした曲者は、ゲイラーの大剣のスゥイングを背中に喰らってブッ飛ばされた。
「うぎゃぁぁっ!!!!」
「なんだコイツはぁぁっ!! ばっバケモノだぁっ!!」
雪の上に倒れ込み、痛みに喚く曲者や、その雄々しき戦い方に恐れを為した下っ端。 ゲイラーの相手では無かった。
「む」
残る相手とモンマルトンに目を向けたゲイラーが、
「待ってろよ。 ザコ掃除してお前に向かう」
と、剣を向けた。
これが、モンマルトンの集中の乱れを誘う。
(ヤベェがなぁっ!!!)
と、一瞬魔法よりもゲイラーに集中するしてしまうモンマルトン。
その時、魔法の圧力の緩みを感じたシスティアナは、その隙を狙って。
「マホ~さん、きえてっ!!!」
と、杖を振り上げる。
「あっ!!」
モンマルトンの振り込む杖から圧力が消え。 光のベールに押し留められていた魔法の矢が、ベールに侵食され始めた。
「やっ・やややべぇがっ!!! に・・に・逃げろっ!!!」
モンマルトンは、全身に凄まじい脱力を覚えて雪の上に膝を崩す。 見ている中で、システィアナの生み出した光のベールに浸食され矢先が消えた魔法は、そのまま衝撃波も生まないままに消滅してしまった。
(くそっ、やらかしてしもたがな・・)
疲労に因る冷や汗を顔にびっしょり掻くモンマルトンは、悔しさで顔を歪める。
悪党達にとって、この決着は敗戦濃厚と云う瞬間だった。 だが・・・、此処で突然に。
“カシャン・・カシャン・・・-
奇妙に乾いた音が聞こえて来る。 施設の敷地の北西側。 ゲイラーにやられたテクトをエブールが抱えて逃げた方向から、何体ものスケルトンが雪の中をやって来る。
ゲイラーは、システィアナに寄りながら。
「こんな街中でスケルトンだとっ?!!」
「さいあくですぅ~、あんこくまほ~を使える人が居るみたいでしゅ」
と、システィアナが言う。 凄まじい魔法のエネルギーを放っていたモンマルトンの魔力で、他の遠くの力が解らなかったのだ。 今感じるシスティアナの身体には、全身を這う様な不気味な暗黒の力が遠くに感じられ。 スケルトンの存在で蟠る闇の波動も感じられる。
一方で。
モンマルトンは、そのモンスターを生み出したのが誰か解った。
(来たがなっ!! 逃げるのは今しか無がぁっ!!!)
と、ヘルダーと戦う仲間を見る。
施設の北東側の裏では。
「うおわぁぁっ!!!!」
サヴュラーがヘルダーに蹴飛ばされ、10歩近くは雪の上をフッ飛んだ。
「はぁ・・はぁ・・・、なんてこったっ! 噂以上に強ぇ・・」
ハンセンは、自分の投げたダガーを鉄扇で弾き落としたヘルダーが、サヴュラーの斬り込みを受け切った後に、鉄扇を畳んで鋭い突きをサヴュラーの肩に入れ。 ヨロめいた彼へ、跳び蹴りからの回し蹴りを見舞って大きく蹴り飛ばしたのに腕の差を見た。 もう、勝てる気など微塵も無い。 裏口から誰か逃げれば人質にも取れるが、誰も出てこない。
其処に、モンマルトンの声が。
「二人とも逃げろやぁっ!!! 博士がモンスター連れて来たでぁっ!!」
ゲイラーも。
「ヘルダーっ、こっちにスケルトンが10体近く来たぞっ!!! 施設の中に賊もモンスターも入れるなぁっ!!!」
ヘルダーの気が、ゲイラーの方に向いた。
(しめたっ)
ハンセンは、サヴュラーに走り寄り。
「おいっ、ずらかるぞっ!!」
「あぁっ、っわ解ったっ」
サヴュラーに手を貸したハンセンは、サヴュラーと共にモンマルトンの方へ。
「・・」
それを見たヘルダーだが、二人を追い掛けてはモンスターをゲイラーただ一人に任せる事になる。
(街中では、モンスターの駆逐が優先かっ。 ・・いや、あの元凶を逃がす訳には・・)
と、苦く思うと。 モンスターの見える所まで逃げる二人を追って見た。 だが、丁度モンマルトンに負い付いたサヴュラーとハンセンの前にも、2・3体のスケルトンが現れる。
(くっ、こっちにもっ!!)
ゲイラーの方に多く出たスケルトンの中に、色の変わったのも見える。 ヘルダーが判断に迷う中、モンマルトンを助け起こすサヴュラーが逃げ出そうとする中で、ハンセンが何かをしている。
(何だ?)
警戒したヘルダーの視界の中で、突然に黒い煙が地より噴出した。
(あっ。 ・・・あれが噂のスモークトラップか)
植物の樹液と火薬を混ぜ、少しの間に黒煙を撒き散らす罠が在ると聞いた事が有った。 あの黒煙には催涙作用もあり、無闇に近づけば面倒な事に成るらしいとか。
(追っている暇は無いか)
システィアナの元に、ヘルダーも向かった。 他にまだ悪党の仲間が居るなら、流石に仲間に危険が及ぶと考えたからだった。
システィアナの様子を伺ったヘルダーは、中級の魔法を唱えた影響だろうか。 顔が苦笑いの様に為っている彼女が疲れていると悟る。。 モンマルトンの強力な魔法を受け止めたのは、やはり骨の折れる作業だった様だ。
「モンスタ~さんをお願いしますぅ~」
と、ヘルダーの武器に神聖なる力を宿す魔法を施すシスティアナ。
先に魔法を掛けて貰ったゲイラーは、一階の施設の窓を開けて見て来たイルガを見つけ。
「オッサンっ、モンスターまで出やがったっ!!! 中の人を外に出すなぁっ!!!!」
「お嬢様はっ、如何したぁっ?!!!!!」
心配するイルガに、システィアナが。
「おもてにいましゅぅぅ~~~!! ポリしゃんはだいろ~ぶっ、こっちの方がたいたいへ~んっ!!!」
イルガは、それを聞いて一安心し。
「そうか。 中の安全は任せろっ。 侵入して来た賊も叩きのめした。 ハソロ様も居るでな、手分けして守る」
頷いたゲイラーだが、スケルトンの中に不気味な緑色のスケルトンも混じる群れを見て。
「ヘルダーっ、もう一踏ん張りだ」
だが、もう肩で息をするシスティアナは、何故か施設に戻らない。
「システィ・・」
“戻れ”と言おうとするゲイラーだが、システィアナは。
「いやです~。 ポリしゃんの方にも、モンスターさんが回ってますぅ。 気配を感じれるわたしがここにいないと、こまりんですよ」
すると、ため息一つをしてゲイラーは。
「ふぅ・・。 よし。 じゃ~システィは少し休むんだ。 俺が守る」
すると、システィアナはゲイラーの背後に歩いて。
「解りましたです~」
ヘルダーは、緑色のスケルトンに目を奪われていた。 明らかに、普通のスケルトンとは異質な存在だ。
ゲイラーも。
「あの緑のスケルトンは、ちまっと強そうだな。 死霊のスケルトンと違って、ゴーレムタイプみたいだ」
システィアナが、
「そ~ですぅぅ。 ゴーレムさんです、すごぉ~く古いお力を感じますぅ~」
「システィ、こいつ等の生みの親は、ポリアの方か?」
「はぁ~い。 今、ポリしゃんと少しはなれたぁ~ところで止まってますぅ」
システィアナの話は、まさにその通りだ。
セヴゥリンと戦うポリア。 モグテルと戦うマルヴェリータ。 その二人の下に、スケルトン10数体と“ブラッディ・ロア”こと、血の色をした赤いスケルトンが数体現れて。
「何で街中にスケルトンがっ?!!」
と、驚くポリアに、セヴゥリンが。
「ふはははっ、俺のブレイン(頭脳)が到着した訳だっ!!」
と、勝ち誇る笑みを浮かべる。
ポリアは、
「マルタっ!!!! モンスターに気をつけてぇっ!!!!」
スケルトンに入れ替わろうと身を引くセヴゥリン。 だが、更に後方の路上には、亡霊の如くボンワリと佇む何者かが現れる。 灰色をしたフォーマルなロングコートを羽織り、紳士が愛用する黒のハットを被った何者かは。
「セヴゥリン、苦戦中ですか?」
と。 か細い声なのに、少し老いた男性の声が彼の耳に響く。
セヴゥリンは、その声に振り返り。
「博士っ、助かったっ!!!」
「セヴゥリン。 もう、此方に兵士と役人の一団が向かってる」
「解ってるっ、これだけ騒げばなぁっ!!」
「だが、兵士と役人の足止めには、スケルトン5体しか回せなかった。 早く逃げろ。 ハンセンやサヴュラー達は、もう逃げ出したよ」
セヴゥリンは、今まで戦ったポリアに怒り狂った様な鋭い目を向け。
「だがっ、コイツ等を始末しないと後が大変だぞっ?!!」
しかし、博士と呼ばれた男は。
「無理をするのは得策では無い。 エブールとテクトは、多分使い物に成らんし。 もうモグテルも疲れてる。 冒険者の数人を殺しても、然程の儲けにもならんよ」
悔しい目つきで、斬り落とされたイーナムの腕をチラっと見たセヴゥリンは、早くもスケルトンと斬り結び。 一体目の頭蓋骨を斬り飛ばしたポリアを見て。
「風のポリアぁーーーっ!!! この決着は後で必ず着けるっ!! 俺の事を忘れるなっ、愛してるゼ・・・俺のマドゥミーナっ!!(下世話な愛人の意味)」
その声を聞き。 崩れるスケルトン越しに、悪辣な笑みを浮かべながら身を翻すセヴゥリンを見たポリアは。
「逃げるなぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
と、悲鳴とも絶叫とも聞こえる様な大声を上げる。
走り去るセヴゥリン。 同じく、スケルトンに後を任せて引くモグテル。
二人の後を追うポリアとマルヴェリータだが。 その行く手を絶ち塞ぐスケルトンに、戦わざるえない。
更にポリアは、剣を杖代わりにまだ外に居るゾセアを見捨てる事も出来ない。 悔し過ぎて、気が・・・遠退く様に思えた中。 悪党達は、雪の降る中を逃げて行く。
★★★
さて。 同じくモンスターと戦うゲイラーやヘルダー達は。
「どりゃぁぁっ!!!」
ヘルダーに緑色のスケルトンを任せ。 他の白いスケルトンを次々と薙ぎ倒したゲイラー。
「あっ! あぁぁ~っ、ゲイラ~さぁんっ!!!! まっくろ(暗黒)マホ~を遣うひとの気配がきえちゃいましたぁぁ~」
スケルトンの頭を突き砕いたゲイラーは、そう慌てる声で云うシスティアナに云われ。 直前に響いたポリアの大声が気掛かりで。
「システィっ、ポリア達は無事かっ?!」
「はぁい。 でも、ホネホネさんに囲まれてましゅ~」
ゲイラーは、白いスケルトンが残り3体と見るや。
「ヘルダーっ、ポリアの方に行けっ!!! 此処は、俺が受け持ったぁっ!!!!」
と、声と共に大きく大剣を振り込み。 スケルトン2体を豪腕の一撃で砕き散らす。
ヘルダーは、緑色のスケルトンが見舞うボロボロの剣を受け止め、鋭い蹴りをホネの顎に繰り出しフッ飛ばすと。
「・・・」
静かにゲイラーとシスティアナを見て、ヘルダーは頷いた。 そのまま表の大通りに向かって走しり出す。
起き上がる緑色のスケルトンを見たゲイラーは、注視する事も無く飛び掛って来た最後の普通のスケルトンを斬り上げて真っ二つにした。
さて。 起き上がった緑色のスケルトン。 頭蓋骨の中が黒いエネルギーで満たされて。 しかも、眼球らしき赤い光も見える。 見た目からも、ブラッディ・ロアやスケルトンとは明らかに違う。 この緑色のスケルトンは、頭部・足腰・肩の骨などが変形して短くとも鋭く尖る。 両手に剣を持ったその姿は、確かに強そうな印象である。
雪の舞う中で、ゲイラーはシスティアナを庇う様に立ち。
「システィ、ホネホネの残りはコイツだけか?」
「はぁい。 裏側にいるのはぁ~、こ~の緑さんだけですぅ」
「よし」
ゲイラーは、此方に向かって来る緑色のスケルトンに剣を向け。
「後は、お前だけだ。 引導、渡してやる」
と、まだ淡く白い光を宿した大剣を構えた。
一方。 ポリアの元に応援に向かったヘルダーは、大通りに溢れたスケルトンと赤いスケルトンのブラッディ・ロアに囲まれているポリアを見つけ。
(数が多いなっ)
直ぐ様、背後を向けるスケルトン二体に走り寄ったヘルダーは、頭蓋骨を鉄扇の突きで打ち壊す。
ブラッディ・ロアの剣を弾き、
「風よっ!!」
と、守りの強風を起こしたポリアは、体勢を崩したブラッディ・ロアに踏み込んで、その頭部を突き崩した。
「ヘルダーっ、気を付けてっ!! 建物の影に居る可能性も在るわっ」
鋭く注意を飛ばしたポリアは、更に屈みながら踏み込んでスケルトンの斬り払いをかわし。 環に自分を囲むスケルトンの外に出ながらスケルトン一体の腰の骨を砕く。 乾いた音が上がり、上半身を空に上げたスケルトン。 そのスケルトンが落下する場所に向かったヘルダーは、旋風脚を繰り出して数体のスケルトンを蹴り飛ばし。 着地に合わせて、広げた鉄扇にて落下して来たスケルトンの頭蓋骨を斬った。
ポリア達のチームの真骨頂は、個々の力以上に強固となるチームワークの戦いだ。
ポリアとヘルダーのコンビネーションは、二人が素早いだけに絶妙な息の合い方である。 マルヴェリータが魔法でスケルトンを全て撃退した直後。 ポリアとヘルダーの相手をするスケルトンの数は激減していた。
そして、ゲイラーも。
「そらぁっ」
斬り合った後に間合いを離れた緑のスケルトンに、ゲイラーは剣を雪の中に入れて雪を飛ばす。 大剣の広い幅で掬われた雪は、“バサッ”っと緑のスケルトンの顔に。 頭部を振るって雪を落とした緑のスケルトンが見たのは、大きく振り被りながら走って来たゲイラーであり。
ーカカツカツっー
威嚇の為に噛み合わせた歯が鳴らした音も、中途半端のまま。
「どりぁぁぁーーーっ!!!!!!」
渾身の上段からの斬り込みを繰り出したゲイラーの大剣を、緑のスケルトンは防ごうと剣を上向ける。 が、その動きは完全に遅れを取った。 辛うじて届いた剣先は意味を為さず。 振り下ろされたゲイラーの大剣は、ボロボロの剣先をヘシ曲げて右肩の骨を砕き斬った。
「終わりだっ!!!」
右腕を失った緑のスケルトンは、苦し紛れの様に左腕の剣を振り上げる。 だが、吼えるゲイラーは、全力で大きく体を回して勢いを付けた斬り上げを、緑のスケルトンの頭部に。
「わわぁっ」
緑のスケルトンの剣が振り上がるのに慌てたシスティアナだが。 それは、無用な心配だった。
左腕の肘を裏側から大剣で斬られる形と成り、振り降りる左手のボロボロの剣は、ゲイラーに当たらない。 神聖なる力を宿したゲイラーの大剣は、斜めに緑のスケルトンの頭部を粉砕した。
勝負が在った。
表の大通りの路上でも、ポリアとマルヴェリータとヘルダーにて、トライアングルの形で囲まれる8体程のスケルトン。 見る見る破壊され、昼頃には戦いが終わった。
非常に犠牲が多く出た戦いは、事件解決の決定打とは成らなかったのである。
どうも、騎龍です^^
ご愛読、ありがとうございます^人^