★番外編・特別話 参★
普段からエターナルを読んで頂きありがとうございます。
さて、今回のお話ですが。 どうしても一度で終われない長さになってしまったので。 K編を3部に分けて掲載いたします。 内容が長くなり、数日色々変更してみましたが、元のままが一番解り易いと思い。 そのまま掲載いたします。
特別編:K編
別話 記憶を運ぶ者 中編
不安と心配で食欲を失ったセロ達三人に、Kは強引に食わせて昼を過ごした。
だが、事が緊急事態に為るかも知れないので、直ぐに旅立とうと考えるセロ達を他所に。 Kは、レストランを出ずにゆっくりと構えて。
「アホ。 何も手掛かり無くて突っ込むのか? 全く、本当に頭の回らない頭数だけが揃ってやがる」
と、Kは、セロにその実家の商店の名前を聞いた。 “ウィンフィールズ家の雑貨屋:風来店”は、Kも名前の知るスタムスト国内に幾つもの大型店舗を持つ商家だ。
「おいおい、そんな大きな商店なら、情報を得るのは容易いだろうがよ」
レストランで紅茶をシメるKは、呆れた口調でセロ達を見回す。
セロは、Kが名うての冒険者だと思って。
「済みません。 正直、素人の僕には何をどうしていいか全く解りません。 Kさん、どうか力を貸して下さい」
「解ってるさ、そのつもりだよ。 先ず、真っ先に必要なのは現状の情報収集だ。 明日に着ける場所じゃないし、セロが命を狙われている事も考えなければならない」
シーキングは、全く回らない頭だから、Kの意図が全く解らない。
「どうすればいい?」
「この都市にも、系列の直営店が在るはずだ。 先ず、其処へ行こう」
「み・・店に行くのか?」
Kは、ギョッと目を開くシーキングが本当にバカに見えて。
「もう・・いいや。 とにかく、着いて来いよ」
と、席を立った。
正直、ベンソンやセロもKの言っている意味が解るが、どうしたらいいか解らない。 単刀直入に聞いても、答えてくれるか怪しい。 なにより先ず、自分たちが一番怪しいからだ。 大っぴらに向かって、実はまだセロの事を誰も知らない状態なら、逆に他人を巻き込みかねない。 周りの誰も信じ切れないと云う恐怖や心配も在った。
だが、Kと云う人物は剣の腕だけではない。 あらゆる物事に対応する場数を経験している男だ。 繁華街の大通りの角という最高の立地条件の場所に、四階建てのがっしりとした石造建築の総合店を構える系列店舗“風来屋”へ入り。
「済まないが、この店の主は何方だろうか」
と、一階の開かれた雑貨屋で働く手代の者に問う。
日に焼けた肌をしたガッチリとした大男の手代が、
「何方様で?」
と、Kに聞き返せば。
「私は、フラストマドの貴族ブラムトルーダ様と所縁が在る者だ。 此方は、私の主である若旦那のトーマス様である。 後ろの二人は、旅の護衛に雇った冒険者二人だ」
と、Kは、セロを商人の若旦那としてしまい。 ベンソンとシーキングを護衛で雇った冒険者としてしまう。
「・・・」
Kの鮮やかな語りに、口も挟めない三人は呆けてしまう。
Kは、更に。
「実は、今度我が主が空き店舗としてウォルムとルカ・ルナに土地と家屋を手に入れる事と成りましてね。 此方の国に土地勘が無いので、何処か有名な商人の方にお貸ししようと云う事に成りましてな。 白羽の矢が立ったのが、御宅の系列なのですよ」
すると、手代の男性は自分の処理できる話では無いと思って。
「ああ、それなら奥にどうぞ。 この店の店主をしておりますエルス様を応接室にお呼びします」
「ああ、そうして頂けると助かります」
Kは、嘘を巧に話を纏めてしまった。 数階の階層に渡って店を広げる店舗の中では、一階に能力の在る従業員なり手代を置く。 店へ入る客の入り口であるから、怪しい者が来たなどのチェックから、各階層の商品を聞かれてもサッと答える応用力が必要だ。 Kは、その辺も良く知っている。
(凄い・・)
(ですな)
驚くばかりのセロとベンソン。 シーキングなどは、どうして嘘がバレないのか解らなかった。
さて。 店の奥の応接間に通されたKとセロ達。 Kが、待つ間にセロに聞いたのは、身分を示す何かを持っているかどうか。 セロは、義母からの手紙と、一族だけが持つ事を許される証のメダルペンダントを持っていた。 しかも、護身用の短剣は、ブラムトルーダ家紋入りの王家賜り物なのである。
「よし。 身分を保証出来る品がそれだけあれば完璧だ。 あとは、これから会う人物に合わせて計画を考える。 信用が出来そうな相手なら話すし、出来そうも無い相手なら嘘で通す。 ま、俺に任せとけ」
Kは、何より先ずメイドの対応を見ていた。 出す紅茶の種類や、お茶請け。 そして、メイドがどうゆう形で自分達へ対応をするか・・。 薫り高い紅茶は湯気を上げて、その価値を教えてくれる。 嫌な客と歓迎する客では出す茶葉に差が在り、それはお茶請けに同様が云える。 次に、指図を受けて対応に来るメイドは、主に客の素振りや印象を伝える役目も在る。 年季の入ったメイドや支給係は、主の目を借りていると認識していい。
Kやセロへ支給をするメイドの作法は理に適い、そして何処までも対応しようと云う雰囲気が見えた。 Kは、怪しい見てくれながらにその作法や礼儀などの所作をセロ達以上に弁える。 語り掛ける言葉遣いも正しく崩さない。 ベンソンやセロは、Kが何処かの王侯貴族なのではないかと疑ってしまった程だった。
さて、昼下がり。
「どうも、お待たせいたしました」
昼の木漏れ日が差し込む落ち着いた応接室に、メイドと入れ替わりで穏やかな口調の女性が入って来た。
Kは、ソファーで立ち上がり。
「店主殿のエルス様ですかな?」
長いクリーム色の髪を後ろで髪留めを使って螺旋に纏めて胸元に右回りさせて流し。 前髪を左右に分けたエルスと云う女性は、知的な印象が漂う大人の女らしい人物だ。 Kの姿に驚く事も無く、微笑み返して近寄っては。
「はい、私が姉ケイトからこの店を預かります、店主のエルスです」
鮮やかな桃色と黄色のコントラストが美しい裾元をしたドレスを着た女性エルスに、シーキングはうっとりして固まり。 ベンソンは、男心を擽られた。
一瞬だけチラリとエルスの入って来た廊下と通じる扉を見たKは、挨拶だけ交わしてエルスを席に誘った。 そして、開口一番に。
「実はですね。 我々は、貸主への内情調査を致しまして、一つ心配が在るので事情を聞きまわっています。 此方の若旦那トーマス様は、土地などの貸し借りの仕事は初めてでして、私が仕切っています」
と。
「え?」
驚く顔で、意味を把握出来ないエルスへ。 Kは更に、
「実は・・・、ウィンフィールズ家の内々で、権力の争いが起きていると噂を耳に挟みましてね」
エルスは、スッと顔を引き締め。
「その様な事は御座いません。 我が姉が店もしっかりと仕切っています」
Kは、態と眉を片方上げて。
「ほほぅ・・。 ですが、そちらの系列を仕切るケイト様には男子が無く。 生まれた四人のお嬢様は、皆が何処かに嫁ぎ・・跡取りが不在とか」
「そっ・それはっ」
エルスは、急に慌てて感情を顔に出す。 痛い一族の内情を触られて、思わず焦ったのだろう。
Kは、更に。
「何でも、ケイト様の従兄弟の男性が、“ウィンフィールズの家を継ぐのは自分だ”と、方々に云い回っていると云う噂も聞きましたが?」
エルスは、ギョっとした目つきを見せ、Kに慌てる素振りを残したままに。
「そ・それは間違いですっ。 私達姉妹と従兄弟のヤイコフは、一部の商品取引を合同で行い、。 同じ血縁の誼で事業の一部を協力し合う関係なだけですっ。 それに、姉の無くなった夫には、別の女性との間に男子が在り。 彼を以って、跡取りと致します。 姉は、それを強く望んでいます。 そして、私達姉妹や系列店の一同は、それを心より待っている最中です。 ヤイコフの下らない噂を盾に、貴方は何を言いに来たのですかっ?! 下らないお話なら、これでお帰り下さいっ」
と、Kに自分の入って来たドアを指差しエルスは怒鳴った。
ベンソンやシーキングは、これでは話に成らなく為ると思い。 セロは、Kに驚きの眼差しを向けている。
だが、Kは此処で。
「へぇ~、そうかい。 でも・・・」
と、意味有り気にエルスを見ては、
「悪りぃが、その夢は半ばで潰えるかもなぁ~」
と、鋭くもせせら笑う様な視線をエルスに向け、言葉遣いまで急に伝法となる。
セロが、Kに怒ろうと思った一瞬。 Kが、セロの膝を掴んで微かに揺すった。
(黙れ)
セロに、その意味が伝わった。 自分の代わりに動こうとしたベンソンとシーキングへ、ソファーに隠れた処で二人の手を片方ずつ握って引いた。 ベンソンやシーキングは、これにまた驚きKからセロに顔を向ける。
急変したKを見るエルスは、席から立ち上がり。
「それはどうゆう意味ですかっ!! 下手な強請りなら騎士様か警備役人を呼びますよっ!! 血縁にもその関わりが御座いますからねっ!!」
と、更に大声で怒鳴る。
しかし、Kは、此処で大して動揺する素振りも無く。
「ああ、そうかい。 呼ぶのは勝手だが・・確か、その腹違いの男の子・・、セロって云うんだろ? 俺は、よ~く知ってるぜ」
と、嘲笑を顔に浮かべる。 言葉の使い方もガラっと変わり悪人の様で、その余裕を持って空ける言葉の間合いは不気味なぐらいだ。
エルスは、“セロ”と名前が出た事で顔色を強張らせた。
「あっ・貴方・・セロの事を知ってるのっ?!!」
逆に問われても、自分の間合いで冷め始めた紅茶のカップを手にするKは。
「あぁ。 今なぁ、セロには・・・多額の賞金が掛けられてるのさ。 何と、3万シフォンだぜ?」
「え゛っ?!! さっ・・3万もっ?!」
驚き強張る顔のエルスを見上げるKは、ニヤリと口元を微笑ませ。
「誰が金を賭けたかよ~くは知らないが。 俺達ゴロツキや殺し屋の間ではよ、そのセロってガキの命を狙ってみぃ~んな殺気立ってる。 俺は、その居所を調べに来たのさ。 おいアンタ、手荒な事も出来るがぁ、命はアンタだって惜しいだろ? 教えろよ、セロは・・何処だ?」
此処までKがエルスを脅す時、初めてセロ達三人はKの行動に可笑しいと気付いた。 Kが、何かを考えてこう言っているのだと悟る。
「ああぁ・・ああああ・・ヤイコフ、ヤイコフねっ!!! な・なんて事をっ!!!!」
セロが命を狙われていると知ったエルスは、錯乱した感情のままに応接室の入り口に突然走り。 白い取っ手の赤いドアを引き開けた。
所が。 其処には、何故か下働きをしている格好の中年男が居て。
「あっ・奥様・・」
と、突然エルスが扉を開いた事に驚きの顔を見せる。 見ていたKやセロ達には、それが少しヘンに映った。 強いてハッキリ言うなら、“態とらしい”と云う感じだろうか。
逆に開いたエルスは、其処に居るはずの無い人物が居た事で更に動転を加速させ。
「何を・何をしてるのアレイブっ!! あっ・・貴方っ、今日は川の船着場勤めでしょう?」
と、混乱した顔のままに呆気に取られた。
エルスにそう言われて、言葉を詰まらせ焦る素振りのアレイブと云う男は、
「あっ・いや・・奥様の大声に驚きまして・・」
すると、Kはニヤリと更に笑い。
「なぁ~んだ、セロの命を狙う輩は此処にも侵入してた訳か。 チィ、聞き耳立ててる様子を見ると・・セロは此処に来ちゃ居ないかぁ」
と、態と大声で言いながら。 半分飲んだ紅茶を置き、他の香り付けをするドライフルーツが入れられたガラス瓶へと手を伸ばす。 まるで、我が庭の様に横柄な振る舞いで。
その言葉を耳に入れたエルスは、Kを見た視線をアレイブと云う中年男に移し。 もう混乱を来たしては。
「えっ? あ・アレイブぅっ、貴方は何者なのっ?!!」
と、髪の毛を振り乱してヒステリックに怒鳴り出した。
こうもエルスが感情的に乱れていては、聞き耳を立てていたアレイブと云う男も言い訳が効き難いと感じて本性を現した。
「クソっ、狙ってる野郎が他にも居たかッ!!」
自分を殺し屋呼ばわりしたKを睨むアレイブと云う男は、俄かに顔色を悪党の様な顔つきに変え店の裏口へと走り出す。 恐らく、Kの様子を見て同業者と感じてしまったのだろう。 蛇の道は蛇で、同じ穴の狢ほどお互いの事を察するものだから・・・。
だが、豹変した使用人がセロの命を狙う者だったと見たエルスの興奮と混乱は、一気に最高潮へと上り詰めてしまう。
「あっ・・あああっ!! 誰かぁぁっ、誰かぁぁっ!!!!」
と、もう気を乱して誰かを叫び上げた。 その声を聞いて直ぐに、手代の男が応接室の在る廊下に走って来て。
「奥様っ、如何なされましたッ?!!」
廊下と応接室の境の壁に凭れるエルスは、アレイブが血相を変えて走って行った方を指差し。
「アレイブが逃げたっ!! セロがっ、セロが命を狙われているのぉっ!! あぁっ!!! ああぁっ!!! どっ・どうしましょっ・・どうしましょっ!!!!」
顔を紅潮させ、人目を憚る事も忘れて狼狽し泣き出すエルス。
手代の男は、泣き叫ぶエルスに寄り添いながらKを見る。
Kは、セロに。
「潜り込んでやがったな」
その一連の流れに呆然とするセロは、Kが全て悟ってやったのだと理解し。 驚きの眼差しで見て。
「態とやったのですね。 私の居所を隠す為に・・・」
頷いたKは、手代の男性に。
「アンタ、そのまま不審者を追う素振りで役所に走りな」
と、言い。 一緒に此方を呆然と見るエルスへ、
「騙して悪いな。 狙われてるセロは、此処に居るよ。 マジで刺客に狙われているから、一芝居打たせて貰った。 込み入った話に成るから、信用の出来る者以外はこの周りに残すな」
涙目をそのままに、急な展開で意味が飲み込めないエルスは、セロを見て手を伸ばしながら。
「う・・嘘・・・せ・ろ? セロ? あ・・貴方が・・セロ?」
エルスへ向かって立ち上がるセロは、深々とお辞儀をして。
「はい。 父の血縁で、ブラムトルーダ御爺様に育てられました。 セロです。 セロ・キロマフィル・ウィンフィールズです」
「あ・・・」
エルスは、その名前に伸ばし掛けた手をクタクタと床に落とした。
★★★
Kと手代の男性が、応接室に篭って手早く話をし出した。 手代の男は、中々実直で出来る男だった。 直ぐに今日の営業をエルスの体調不良を理由に閉め、一部の階の業務のみにして従業員を帰し。 古くからエルスの元に勤める者を二人だけ残した。 メイドの女性は、エルスと関係が深い家の者なので、着替えさせて業務に当たらせる。
だが、これまでの事をセロがエルスに説明をする中で知るのは、なんとあの午前中で別れた騎士のシャンテは、このエルスの旦那とは従兄弟に成ると言う。
事実を知ったKは、何とも云えぬ半笑いで。
「せめぇ~世の中だ。 是非、その騎士様を呼んでくれ。 話が早いや」
と。
手代の中年男性が、アレイブを追う素振りで役所に行く者と、他にもセロを狙う者が居そうな川の荷揚げ場の港へ従者を手配する。
さて、セロがエルスに示した手紙や身を明かすメダルは、エルスが確認して本物だった。 エルスは、セロを見て心配と安心とで涙を流し、セロを抱きしめた。
「あぁ・・セロ・・。 命を狙われる事に成っているだなんて・・何も知らなかった・・。 あぁ・・、何も知らなかった」
「叔母様、ご心配と迷惑を御掛け致しまして済みません」
「いいの・・、いいのよ。 あぁ、こうして見ると、無くなった義兄のデーヴィス様に似てる気がするわ。 姉は、貴方を見て泣くわね・・。 デーヴィス様が亡くなった時、何日も泣き臥せったもの・・。 義理とは云え、息子の貴方がこんなにも立派に成って、姉には嬉しい限りよ」
廊下とのドア前に居たKは、そんなに簡単な話かと思いつつも黙って見ている。
だが、セロは、エルスを見上げると。
「叔母様、私は・・心配で此処に参りました。 私の命を狙う人が、もし義母様や叔母様の従兄弟だとしたら、義母様は大丈夫なのでしょうか・・」
エルスは、セロを抱きながらソファーで見つめ。
「先月、私は姉と一緒に御父様のお墓参りをして来ましたから、姉は元気で居ますよ」
気配を再度出入り口で調べてからドアを閉めて、身を返して窓際へ歩くKは、其処で二人の会話に口を挟み。
「だが、セロを殺す気に成ったなら、その仕切ってる義母のケイトと云う人物も邪魔に成るのではないか? 今の当主代行なのだろう?」
そう言われると不安に思えるエルスは、少し顔色を強張らせるも。
「でも、ウィンフィールズの家を正統に継ぐには、姉と私と義兄一族の兄弟二人の了承全てを得ないと・・。 それに姉の側には、義兄デーヴィス様の頃からの従者で剣技に秀でたダジェドが居ります。 もし姉に何か在るなら、直ぐに我々へ連絡が来るかと・・」
腕組みし、窓辺に腰を預けてたKは。
「でも、セロを殺る気に成ったなら・・・、正統な継承権や承認権を持つ者を軒並み殺す気も考えられる。 ま、利権や金絡みで先ずは懐柔を誘うだろうが・・な」
するとエルスは、眉間に皺を見せ。
「誰があんなヤイコフをっ、何度言われても絶対に私は認めないわっ」
Kは、空かさず。
「゛何度・・”ね。 もう、一度は仄めかされた訳だ」
「あっ・・、何度もよ。 数年前からね」
「おいおい、そんなかよ」
Kは、もう進行形で画策してると読んだ。 だが、遣り方が露骨過ぎるのが気に成る。
エルスを案ずるセロが、エルスに声を掛ける。 セロに声を掛けられ、安心するエルスはセロをまた抱きしめた。 セロは、何処か女性らしいしなやかさを持つ青年で、女性には好かれるタイプだろう。
其処で、Kへ近寄ってきたベンソンは、セロを我が子の様に抱きしめて放さないエルスとの様子を見て、同じくそれを見ているKに。
「だが、正直安心したよ。 俺は、セロが一族に受け入れられるのか心配だったが・・、エルス殿が受け入れる姿を見れたのは安心だ」
「だな~。 しっかし、話し始めて直ぐに聞き耳立てる奴の気配したから、ちぃ~っと呆れたゼ」
同じく近寄ったシーキングは、それを感じてあんな芝居を打ったのかとKに驚き。
「アンタ、怖いよ」
逆にKは、それを感じる事も出来なかったシーキングに呆れて。
「アンタ等、それぐらい感じろよ。 マヌケな騎士様様だぁ~、修行一からやり直せ」
シーキングは、ガックリと首を垂れた。
★★★
あの大女騎士シャンテが、夕方には遣って来た。
「御主達・・」
エルスの店の応接室にて、Kとセロ達一行を見たシャンテは、随分と呆れた顔を窺わせる。 だが、エルスとは義理の姪に成るシャンテは、12人兄弟の9番目の娘なのだとか。 だから、エルスの夫と従姉弟とは云え、年齢差は親子か伯父伯母の様に成る訳だ。
シャンテは、ソファーの上のセロを見つめて。
「セロ・・、これがエルス殿の言っていた跡継ぎ・・。 話は薄らと聞いたが・・、命を狙われてるとは・・」
と、言ってからベンソンやシーキングを見て、少し不満を込めた表情をし。
「何であの時に言わなかった? 私は、しつこく聞いたであろうに・・」
ベンソンは、一礼した後に。
「私が誰にも言わないと決めたのだ」
すると、セロも二人を庇う様に。
「済みません。 フラストマドの街中では、金で動かされた役人まで手先でした。 所持品を検められたらバレるので偽名は使いませんでしたが・・、そうゆう経緯も在りまして・・。 僕は、障害が在る者をを演じていたんです」
「ふむぅ」
確かに納得も出来る話だと不満を飲み込むシャンテは、Kを見て。
「で? これからどうするのだ?」
一人用の椅子にどっかり座ったKは、
「明日にはルカ・ルナに旅立つ。 殺し屋がこうもウロチョロしてるなら、元凶を絶つのが一番。 セロをケイトと云う人物に会わせて、その場に従兄弟の野郎を呼び出して問い質す」
シェンテは、大胆に行くと思い。
「大変だぞ?」
「いや、このエルスさんから荷馬車を一つ借りる事にした。 日数を縮める事も出来るし、身を隠す事も可能だ。 だが、その他の一番面倒な処の部分を、アンタになんとかして欲しい」
シャンテは、セロと同じソファーにどっかりと座り。 セロを見てから、またKを見て。
「どうしろと?」
Kは、紅茶を一口して。
「ルカ・ルナに、アンタが信用出来る役人の知り合い居ないか? その人物へ、アンタからの事情を認めた一筆を貰いたい。 それから、出来れば軍用の馬も一頭貸してくれ。 いざと為ったら、セロと誰かを二人で生かす為にな」
シェンテにしてみれば、いざと為ってもKが居れば怖い者など無いと看破し。
「ふむ、それなら・・、私が一緒に行こうか?」
これには、Kも目を少し大きく開き。
「本気か?」
セロやベンソンも驚き、シーキングは人数が増えてどうなるか不安に為った。
気が強く男勝りな義理の姪なだけに、エルスは心配する。
「シャンテ、大丈夫なの? 夫はこの都市の運営をする長官、アナタが勝手な事をしたら・・」
だが、シャンテは豪快に笑い。
「あはははは、大丈夫です小母様。 私は、今回の盗賊討伐の功で、中央に行って報告をする事に成りましてな。 従兄弟で兄には幾らでも言い訳が効きます。 こんな一族の危機に対峙出来るとは、正しく楽しみ。 小母様の心配を払う意味でも、これは是非にご一緒したい」
と、Kを不適に見て。
「良いな」
Kは、紅茶のグラスを持ち上げ。
「面倒が剥げて気楽だ。 序に、面倒な襲撃も在れば任せるか。 俺が出張る相手など居ないとタカを括ってさぁ~」
シャンテは、その言い草に呆れた笑いを見せ。
ベンソンやシーキングは、いい加減な様子に困った顔をした。
・・・。
★★★
それから5日が経った。
エルル・ルカ・ナンデ州の州都で、スタムスト自治国の中でも3番目に大きい都市ルカ・ルナの商業区のど真ん中。 最も太い通りで、日中一番賑わう“剣の十字路”と呼ばれる交差点が在る。 山を越えて山岳街道を来ると、スタムスト自治国としてはこのルカ・ルナの都市に最初に入る。 それは、フラストマド側、ホーチト側どちらも同じ。 どちらの街道も、ルカ・ルナのこの通りに通じる為か。 旅人には“基点街道通り”などとも呼ばれる。
さて、その馬車数台が横に成れる大通りの十字路。 角には、このスタムスト自治国を代表する商人が出す店が立ち並ぶ。 中でも、この街が拠点のウィンフィールズ家運営の風来屋は、武器・防具から薬なども扱う一番大きな城型店を構え。 白灰色の城の内部には、吹きぬけた各階の広いホールが専門店だったり、品数豊富な雑貨屋だったりする。 ドアとして廊下と店内を仕切りの戸も透明なガラスで、内装もスッキリした珍しい大型店だった。
その城型の商店の地下は、左右上下の他店に繋がる地下道に為っていて。 昼間から様々なオブジェに象られたグラスランプが、色彩豊かな光を放つ自由市場として開放されている。 店を持てない露天商に、少ない地代で貸し出されている有名な場所なのだ。
さて、その名物的な様相をした城型店舗から、店を挟むこと10数西に離れた場所にある二階建ての店が、アンダクィル家が営む“名品館”である。 店主は、ヤイコフと云う40そこそこの男で、口煩い男で有名な・・とはいかなかった。
店主のヤイコフの商才は中々で、20半ばで主と成ってから更に2店舗を増やす繁盛ぶりだ。
その店の周囲で、今日の午前中に話を聞き回ったフードを被った何者かが居た。 その何者かが、ヤイコフの営業する店の事を、店の周囲に点在する別の店の店員などに尋ねると・・。
“ヤイコフさんは、姉の嫁いだウィンフィールズ様の事が絡む以外では素晴らしい人だよ”
“ヤイコフは、見ては大人しく無口だがね。 心の方は中々だよ”
“ヤイコフさんは、しっかりしてる。 先ず、金払いはキッチリ。 しかも、使用人を面倒見良く長く見る。 怪我や病気で永く休んでも絶対切らないし、家族が増えるとか、結婚するとか門出を迎える従業員には、働きに応じても在るけど手当てを必ず上げるのさ。 店の内部の上下関係には、躾け厳しい処も在るけどさ。 イジメや横暴は絶対に許さないんだよ”
“あのヤイコフって、何故か独り者なんだよなぁ~。 金も在るし、女の一人を囲ってたり、嫁さん居てもおかしく無いのに・・。 何処か暗くてね、だけど他人の不幸話は嫌いみたいだね。 特に、男女の悲恋や別れには涙を見せる事も在ったらしいよ”
“ヤイコフって、女に優しいんだぜ。 何時だっけか、借金に塗れて自殺しかけた娘さんが居てね。 身体を兄弟の為に売ってたんだけど、好きな人が出来ちまって・・・。 でも、ヤイコフはその娘さんを助けたんだぜ? 借金まで肩代わりして、今では、その娘さんは好きに成った男と結婚して、ヤイコフの別の店で働いてる。 あの身売りしてた頃の暗い影さしてた頃とは別人だよ”
“ヤイコフは、過去に何か有ったんじゃないかね。 普段は物静かで、そりゃ~やり手の商人なのにさ。 時折、何かに我慢出来ないみたいにウィンフィールズの店や、主のケイト様の所に行っては横暴な事を云うらしい。 一度、夜中に酔っ払って、“ウィンフィールズの家を潰してやる”って息巻いてたのを聞いた誰か居たってさ”
聞き込んだのは、実はもう現地に踏み込んだKとセロ。
人通りの多い大通りを春の気持ち良い風に吹かれながら行くセロは、ローブとフードで顔を隠す隣のKに小声で。
(ヤイコフさんて、随分とイイ人ですね。 本当に、僕を狙ってる人なのか判らなく為りました)
(人は、色々な側面を持つ。 ま、それなりに理由を伴う側面も有れば、性根と云う性格から来る側面も有る。 確かに、ヤイコフとは悪人と思える人物では無いかも知れん。 だが、一部に狂った様な一面を覗かせる様だ・・。 その全てが理由有ってか、それとも性格からか・・。 其処を見極める必要が在るな)
Kの感想に、セロは確かに云う通りだと思った・・・。
さて、この二つの家の母屋はと云うと。 これまた商人や高給官僚などが住む、“特別住居区”と市民が言う小高い丘の一等地に在るのだが。 ウィンフィールズ家は、それこそ公園や森林園などとも程近く、井戸も倉庫も持った大きな家だ。 土地の面積だけでも凄いが、また所有する倉庫の数も半端では無かった。 一方、アンダクィル家の家は、その一等地の周辺に在る大きめな屋敷であるが・・。 倉庫を建てる場所も無ければ、井戸なども共同の物だ。
さて、この二つの家の関係は、それこそセロの父親が当主に為った頃に接近した。
元々、ケイトと云う正妻やエルスの姉妹と一家が住み暮らしていたのが、今のヤイコフが住む屋敷であり。 生計を立てて居たのが、同じく彼の持つ店。 ウィンフィールズ家にケイトが嫁ぎ、妹で歳の離れたエルスが、ウィンフィールズ家と近親のウォンバッハ家(エルスの夫の家)の長男と許嫁関係と為った事で、ケイトの一家はウィンフィールズの一族に加わる。
さて、そうなれば元のアンダクィル家は跡取りが居なくなる。 其処で、ケイトやエルスの父親は、自分の弟夫婦に店の営業を引き継がせ、自身は隠居してケイトの世話に入った。 だから普通から考えても、ヤイコフの一族がウィンフィールズの家を統合しようとなど狙うのは大それた事であり。 周りからすれば、“恩知らず”・“恥さらし”と噂される通りなのである。
だが、当のヤイコフは、周りの言う事など全く耳に入れず。 従姉弟であるケイトの娘と結婚しようとしたり、娘が全員有力者に嫁ぐと、今度はケイトに無断でウィンフィールズ家の商店に出向いて我儘を言うのだ。 それでいて、第三者に対するヤイコフの態度は礼儀を弁えた大人と変わる。 周りの人々が、ヤイコフを変人扱いするのがこのギャップである。 だから、ヤイコフはいままで独り者なのであろう。
今年で御年54歳に成ったケイトは、ヤイコフの我儘に手を焼いていた。
大きな母屋と似た大きさの離れがモダンな様相で隣り合う薄桃色の館。 その離れ側の一階には、芝の広がる中庭を眺める事が出来るテラスを備えた一室が在った。 その部屋の窓辺には、白い鉢植えで花をつけた植物が植わっている。 その鉢に水を与えているのは、頭が真っ白の初老女性である。 少し目の釣りあがった目じりの両端だが、顔つきは美しかった若き頃を思わせる品質が残り。 黒いレースのドレスに纏われた身体つきは、未だに張りの在る女性らしいラインをしっかりと残す。
「お前達、しっかり水を御飲み。 もう直ぐ、セロが来ますからね。 萎れた姿など見せてはいけませんよ」
微笑む顔で草花に語り掛けるこの女性からは、母性が明らかに滲み。 皺の見える顔ながら、何処かに安心の出来る麗しさが漂った。
さて、其処へドアが開き。
「奥様、お客様が来ております」
と、少し低音ながら通りの良い男性の声がする。
水遣りの手だけを止めた女性は、顔を少しだけ声の方に動かし。
「またヤイコフかい? ダジェド、お前・・」
そう言い掛けた女性・・、いや。 この屋敷の主でもあるケイトの声を遮る様に、腰に剣を佩く大柄で黒い厚手の衣服をしっかり着る男が室内へ入室し。
「いえ、奥様。 来たのは、エルス様御一族の従姉弟殿です。 名前は、シャンテ・ベルテモンド様と云うお方で・・」
その名前を聞いたケイトは、数年前にエルスの義理の父親が死んだ時に葬列へ出向いた事を思い出す。 その時、代々軍人や騎士を輩出するエルスの夫の従姉弟で、ベルテモンド家を紹介された。 老骨ながら逞しい父親と共に、雄雄しく武人然とした若き娘を見た記憶を思い出す。
「あぁ、正しくシャンテ殿・・。 ダジェド、直ぐに此処にお通しして」
「あ・・はぁ・・」
生返事で引き上げる彼は、ケイトとこの一家を護る為に仕える剣士ダジェド。 ケイトに仕える執事の女性と結婚してケイトの用人と成っていた。
ケイトは、人として本当にキリの良い金を払う。 多くも無く少なくも無く。 結婚や出産を重ねる家族には給金を厚くし、能力の在る者には金より仕事の充実を以って功と成す方向を見出していて。 その使用人達の忠義心は非常に厚い。 皆、ケイトの考えを理解し、ヤイコフを毛嫌いしていた。
だが、このダジェドだけは、ケイトの金払いに不満を持っている。 デーヴィスは、金持ちのボンボン丸出しな部分が有って、金にはざっくばらん過ぎる使い方をする傾向が有ったのだが。 ケイトに代わるとそれは無くなったのである。 つまりは、デーヴィスを持ち上げて金を貰っていたダジェドなどは、詰まらないと云う事になる。
(全く、近親者だからとホイホイ入れるのか?)
ダジェドは、玄関ロビーで待たせた大女のシャンテと、その従者であるローブにフードを深く被った4人を向かえ。
「奥様がお会いに為るそうです。 此方へ」
と、離れのリビングへ案内した。
大きな屋敷で、離れには一階と四階にあるどちらかの回廊を行く事になる。
「・・・」
シャンテを先頭にロビーへ入ったセロ達。 Kの提案で、ケイトと話の出来る態勢が整うまでは顔を隠そうと云う打ち合わせだった。 エルスの所にまで殺し屋が潜り込んで居た訳だから、此処は尚更警戒しなければ為らないのは当然だろう。
ロビーに踏み込んだ正面奥には、二階へ向かう大階段が在り。 その階段越しで奥の壁には、中々渋みの効いた中年男性の肖像画が大きく飾ってある。 絵を見ても気品が有り、大商人の主らしい風格が見えた。 だが、肌の色は黒くも無く白くも無い。 髪の毛は黒で、目の色も黒。
Kは、肖像画を見て気に成った。 案内をするダジェドへ、
「ちょっと、失礼」
と、声を掛ける。
「え? 何でしょうか?」
立ち止まり振り返ったダジェドへ、Kは。
「この絵は、亡くなったデーヴィス殿ですか?」
ダジェドは、同じく絵を見上げて。
「あ、あははは、そうですよ。 先代のデーヴィス様です。 向こうの廊下を行く途中には、過去の代々当主の肖像画が小さくありますよ」
シャンテは、その会話に踏み込み。
「ケイト殿の肖像画は飾らなくて良いのか?」
「あ、それは、奥様が嫌がっています。 “無駄に金を掛ける必要は無い。 私は、夫の跡を継ぐ者へ橋渡しする役目だから、絵は要らない”だそうで」
廊下を案内される中でも、Kだけは何故か代々の当主の顔をしっかり見て来た。
さて。
離れのリビングに案内され、シャンテは室内に入ると。 窓際に佇む女性を見ては、
「ご機嫌麗しゅうに」
と、ケイトへ一礼した。
ケイトもまた、数年振りで会う遠縁の者に微笑み返し。
「いらっしゃい、サクトルマ様のご葬儀以来ですね」
と。 サクトルマ・ウォンバッハは、エルスの夫の父親である。
「ええ、エルス様に頼まれまして、ケイト様のお顔を窺う様に・・」
しかし。 此処でシャンテは、一緒に中に入ろうとするダジェドへ。
「済まぬ、御主は外して欲しい。 今から、ケイト殿と一族の大事な話が在る。 エルス様には、ケイト様のみにと言伝を預かっている。 貴殿は、外して欲しい」
と、少し鋭い口調で言った。
ケイト一家の身の回りを護るダジェドは、ムッとした顔に変わり。
「何だとっ?! 其方はこの様に不気味な面体も解らぬ者共を連れてるのにか?」
シャンテは、ローブにフードを被る誰か解らないセロ達四人を見て。
「この者は、私の配下の者で、本来は隠密の作業を頼む腹心中の腹心。 今は、御主の意見を聞く時では無い」
いきなりの事で、ケイトは怪訝な顔をシャンテに向けて。
「シャンテ殿、どうゆう事です?」
シャンテは、ケイトに一礼し。
「は。 エルス様から、此方に来る手筈に為っていた人物についての重要なお話が・・」
シャンテは、俄かに顔色を曇らせた。 丸で訃報を伝える様な素振りに成る。
一方のケイトも、“此処に来る手筈”の人物はセロ以外に居ないと直感して驚き。
「ダジェドっ、直ぐに下がりなさいっ!! それから、この離れから人払いをして、シャンテ殿が来た事を夕方まで伏せなさい。 いいですねっ?!」
その焦る中でも鋭く指図を出す様は、流石に大きな商人の奥方だと感じるに十分だった。
「は・・はっ」
困惑するダジェドは、ケイトに云われては仕方なく一礼して退室する。
ダジェドが去ったのを確認するシャンテ。 そのシャンテにドレスを引いて近付くケイトは。
「あぁ・・、シャンテ殿・・まっ・まさか・・セロが・・セロがッ?!」
シャンテは、今にも泣きそうな目をするケイトを見下ろし。
「ケイト様、ご安心んされ。 セロ殿は、此処にお連れした」
「えっ」
驚くケイトへ、シャンテは半身と成り。 背後の一番背の低いローブの人物へ、ケイトへの道を譲った。
セロは、フードをゆっくりと取った。
「・・・・」
セロを見つめたケイトの顔が、セロを見た瞬間にこれ以上無い驚きの顔と変わり。 震える手を微かに伸ばしながら、戸惑う足取りでセロへ寄って行く。
この時、K以外のシーキングとベンソンもフードを取った。
「あ・・・あ・・あぁ・・嗚呼ぁ」
セロへ辿り着いたケイトは、セロの顔を見て小声を発し。 それが嗚咽と変わって泣き出したのだ。
「あぁっ!! ああっ!!!」
大声で泣き出すケイトを、セロは心配する。
「義母様、セロです・・」
ケイトの手を支え、崩れるケイトの身体を抱き寄せて一緒に床へ座るセロ。 そんなセロへ、ケイトは。
「ごめんなさい・・ごめんなさいっ。 私が悪かったの・・全部私が悪かったのぉぉっ!!!」
押し殺そうとする嗚咽や泣き声は、溢れる思いの強さで止めが利かなかったのだろう。 ケイトは、セロに縋り付いて泣いた・・・。
少しして涙の勢いが落ち着き、ケイトはセロの顔を両手で触れ。
「何て・・なんてお母さんに・・そっくりな顔・・。 あの人が・・貴方を可愛がったのを解る・・。 あぁ・・、私はどうして・・あんなに・・」
セロは、母性と慈しみの涙で顔を綻ばせる義母が不思議に見えた。 この人物が、自分の母親を追い出したのかと思うと信じられなかった。
「義母様、僕は・・そんなに似て居ますか?」
「ええ・・ええ、目や鼻はあの人に薄らと・・、唇や輪郭は・・母親にそっくり。 あの人の若い頃に・・面影が・・・」
と、ケイトはセロに顔を近づけ、額をくつけては目を瞑り。
「アナタ・・セロが・・セロが来てくれたわぁ・・」
セロは、自分を途中から許し、生活の面倒を見てくれたケイトを抱きしめた。
「義母様・・正直会いたかったです・・」
「セロ・・」
見ているシャンテは、亡くなったケイトの夫デーヴィスが若返り、再度ケイトを抱きしめている様な錯覚を一瞬覚える。
(待っていたのか・・、記憶の中で二人がこうなる事を? デーヴィス殿、見て居られるか?)
セロに抱かれるケイトの顔が見ているベンソンやシーキングには、ケイトの顔が心なしか若返った印象で見え。 丸で、夫婦の様な親子の様な雰囲気を見せたのである。
さて。
落ち着いたケイトは、皆を応接用のソファーに座らせた。 そして、紅茶の用意をさせ、シャンテに深々と礼を述べる。
シャンテは、ベンソンとシーキングを紹介し。
「彼等が、命懸けでセロを護ったのです。 何よりの礼は、この二人に」
ケイトは、態々立ち。 シーキングとベンソンの前に来て厚い礼を述べる。
ベンソンは、
(此処にもアイリス様の様な人物が居たか・・。 セロを護れて良かった)
と、思い。
シーキングは、ガチンガチンに固まって恐縮し。 何度頭を下げたか。
ケイトは、少し席を外し。 戻るとセロへ。
「これ、貴方に返さないとね」
と、金色の縁取りが輝きを色褪せるブローチをハンカチに乗せて差し出した。 深紅の薔薇を一輪草原に描いたデザインだった。
ブローチを受け取ったセロは、そのブローチを手にケイトを見て。
「義母様、これは?」
席に戻るケイトは、悲しみを滲ませる自虐的な微笑で俯き。
「それは、貴方のお母さんの物よ」
「え?」
ケイトは、セロに頭を下げ。
「ゴメンね、セロ。 私は、親の一存と夫の熱望で20歳の時にデーヴィスへ嫁いだの。 10年程して・・、女の子しか産めない私に不満を募らせて処で、あの人は貴方のお母さんに激しい恋を抱いたの・・。 彼女は、元々親無し子みたいで、育児施設に住んでいたらしくてね。 施設の運営者の口ぞえも有って、日雇いの仕事でウチの店に売り子として来ていたのだけれど・・。 アイリスを見初めたデーヴィスは、半ば強引の様に別の場所に住まわせ、そしてアイリスは貴方を身篭った。 若くて・・まだ世間を知らない私には夫が初めてで・・、人の心を知る事の出来ない愚か者だった・・。 だから、嫉妬して・・貴方が生まれてその性が男の子だと知った時・・負けたと思ったの・・。 私には・・女の子しか・・」
セロや皆は、エルスから大体を聴いていた。 アイリスに熱を上げるデーヴィスを見て、ケイトは捨てられるのではないかと不安に駆られ、裏切られた事に絶望したのだと。 だが、デーヴィスは、熱愛の証をブローチにしてアイリスに送り。 逆に、信頼と永遠の愛を象る花の絵を填め込んだ指輪をケイトに送った。
しかし、ケイトはそれすらも気に入らなかった。 自分と同じ対等の処にアイリスを置いた主人と、ブローチを送られたアイリスを・・。 アイリスの居る別宅に乗り込み、このブローチを奪ったのである。
セロは、ブローチを見つめて。
「お父さんは・・同時に二人を愛したのですね・・」
「ええ・・、そう・・」
俯くケイトは、本当に悲しそうだ。
ブローチを納めたセロは、ケイトへ。
「義母様、母は・・義母様を恨んで居ませんでした」
「えっ?」
驚くケイトへ、涙を浮かべるセロは。
「母は、僕を産む前から、良く自分を遠くへと父に頼んで居たそうです。 気を乱した義母様が、壊れて子供を殺めてしまうのではないかと危惧していました。 父は、初恋の義母様以外を家に入れる気は無かったらしく、苦心の末に僕と母を爺やの元に預ける事を決めたそうです。 当時、父の両親は、おかしく成ったケイト様を出そうと考えていたそうです。 ですが、父は、それだけは出来ないと母に告げたと・・」
「・・デーヴィス・・・アナタぁ・・」
男女の仲は、お互いが一番知っている。 ケイトは、まだデーヴィスとは顔を見知っているぐらいの間柄だった時に、突然のタイミングで初恋の相手だと云われた・・・。 大商人の家を捨てる覚悟もして求婚してきたデーヴィスの若き姿を思い出すケイト。 確かに、アイリスが出来る前も、後も、愛情に変わりは無かった。 両手で顔を押さえるケイトにとっては、だからこそ愛人を作った事に嫉妬と絶望を見たのである。
セロは、ケイトに。
「義母様、本当に僕でいいんですか? このウィンフィールズの家を継ぐのは、僕でいいのですか?」
ケイトは、涙を拭きながら顔を上げると。
「ええ・・。 私を恨まず、こんなに立派に育った貴方しか居ないわ・・。 お願い、私の代わりに、この家を継いで頂戴・・セロ」
話が、一つの纏まりを見せた所で。
「所で、チョット聴きたいんだが」
それまで黙っていたKが、口を挟む。
ケイトは、未だにフードを取らないKを見る。
セロは、
「僕を此処まで導いてくれたケイさんです。 冒険者の方ですが、凄く強くて頭のイイ方です」
Kは、ケイトに。
「先ず、何でヤイコフって奴がこの家を欲しがる? 最初ッからそんな奴だと解って、ヤイコフの父親は店を継がせたのか?」
ケイトは、直ぐに否定し。
「いいえ。 元々ヤイコフは、とても真面目な子でした。 私やエルスが結婚する前、アンダクィルの店にはヤイコフの両親が手代として働いて居たの。 忙しいヤイコフの両親の代わりに、私達姉妹がヤイコフ達従姉弟兄弟を面倒見ていたわ。 ヤイコフは本当に優しい子で、人を殴ったり詰ったりするのは大嫌いだったのに・・」
この話に、K以外の皆は軽く驚く。 エルスの話でも、若い頃のヤイコフは真面目な子供だったと。
Kは、更に。
「思い出してみてくれ。 ヤイコフが狂い出したのは何時頃だ?」
と。
ケイトは、非常に難しい顔をして考え込む。
「私が記憶してるのは、夫がアイリスを愛した頃からだと思います。 ヤイコフとアイリスは同じ歳で、私が夫の事で気を揉み始めた頃から屋敷に来ては、私を蔑ろにする気かと・・私以上に怒ってくれたのがヤイコフです。 ですが・・、アイリスがセロを連れて預けられる頃に成ると、ヤイコフは人が変わった様に今の様な事を言い出し始めたの。 夫が死んでからは、何かに狂った様にこの家を欲したり・・、店を統合して自分が引き継ぐだなんて言い出したり。 最近では、私の言う事も無視して店に来たり・・・」
この話を聞き、ベンソンは。
「では、最初はケイト殿の事を思って、デーヴィス殿が他に女性を持った事を怒っていたのが。 その内に次第にエスカレートして、最後には怒りの矛先を死なれて見失った・・と云う事ですか」
ケイトは、身内の恥を晒す上に、今だ続くヤイコフの暴走に苦痛の表情を見せる。
「はい・・、そうだと思います」
シャンテは、詰まらぬ事だと憤慨し。
「全く、もう過ぎ去った話ではないかっ。 ウジウジ引き摺る男は嫌いだ」
と、そっぽうを向いて言う。
だが、Kは腕組みをし。
「・・・」
何も言わなかったのである。
どうも、騎龍です^^
K編全文は出来上がっているので、土日連載で掲載予定です^^
ご愛読、ありがとう御座います^人^