★番外編・特別話 弐★
小話で草案だけ在った話を、K編で前後編。 ウィリアム編で一話作り【特別編】としてお送り致します。 尚、急激に練り上げた話なので、時期的にまだ本編では語られていない部分が小話程度に出て来る事も在りますが。 それは、後々に綴る事も在ると思うので、読み飛ばして下さい。
特別番外編~K編
別話 記憶を運ぶ男 前編
それは、Kが一人で旅をしていた春先の事。
(ふぅ~・・。 ポリアの奴、ありゃどんどん有名になるなぁ~)
森の中で野宿をするKは、高い木の上に上がって枝に腰を下ろしては満天の星空を見上げていた。 雲一つ無い夜空には、様々な星が輝きを放っている。
(しかし・・空の外には、どんな世界が有るのだろうか・・。 地上に飽きたら、空の果てに行きたいね)
一般の人にこう言ったら・・、誰もが阿呆を見る目で呆れ笑いを返すだろう。 空の果てを考える者は、極々一部の学者のみだからだ。
木の枝の付け根に腰を落とし夜空を見上げる包帯男の手には、何故か片手で持てる大きさの壷を持っている。 何が入っているのだろうか・・。
★★★
それから、数日後。 良く晴れて麗かな春の陽気が広がる昼下がりである。 其処は、フラストマド大王国から、スタムスト自治国に入った街道だった。
突然、一斉に森の木々に羽根を休めて止まっていた鳥達が羽ばたいた。 普段なら荷馬車がのんびりと通るぐらいの音しかしない田舎街道で、一斉に湧き上がった男達の大声が原因だ。 声を上げた男達は、誰もがゴロツキ風で垢染みた顔に危険で凶暴な光を目に湛えている。 次々と叫び上げる声は、どうやら何者かを森の中から何処かへ追い込んでいるらしい。
「回り込めっ!!!」
「逃がすなっ!!」
森の中の街道から横に逸れた丘の上。 高い岩盤を背にして、遂に襲撃を仕掛けた悪党共に追い付かれた何者かが、向かい合う悪党一味と争っていた。
「ベンソンっ、囲まれたっ!」
「ああ、見りゃ解るさシーキング。 どうやら、簡単には見逃してくれんらしい」
人一倍の長身で赤茶けた短髪の戦士と、スラリとした身体に長い黒髪をマントの背に流す剣士が言い合う。 彼等の背後には、この緊迫した様子の中でも朗らかに微笑む少年の様な杖を持つ若者が居た。 柔らかい金髪は緩やかなウェーブを描いて首筋や目元に垂れる。 やや青緑色の碧眼は、何処までも澄んでいて。 この剣を抜き合って争う場面に彼は似合わない。
三人を取り囲んだゴロツキの様な、一見すると冒険者崩れとも思える悪党共の中から、頬に深い傷跡を見せるモヒカン頭をした中年男が前に出て。
「やっと探し出したゼ。 さ、その若いガキを渡せ。 俺達は、ソイツを始末出来ればイイんだ」
赤茶けた短髪で背のかなり高いシーキングが、背中から大剣を勢い良く抜いて構え。
「我等が仲間を誰がお前たちに渡せるかっ!!」
と、鋭く言い放ち。 続いて、整った顔の美顔な剣士ベンソンは、ゆっくりと抜いた剣を八双に擡げ。
「その辺でゴロ付く輩が、我等二人に敵うか? 仲間を襲うと云うなら、自力で奪ってみろ」
と。 この二人、10数人の悪党に囲まれては明らかなる多勢に無勢。 たった二人で若い青年を護ろうと云うのに、顔にも態度にも余裕が見える。
目立つ頭の男は、二人に易々と言い返されてしまい顔に怒りを浮かべ。
「コッチが死体一つで済まそうとしてりゃ勝手な事をっ!! 野郎共っ、構わねぇから三人纏めてブッ殺せっ!!!!」
「うおおおおおおーーーーっ!!!」
殺気立った男達の声が森の中に開けた丘の中で湧き上がる。
先陣切って斬り掛かって来たゴロツキ共の男達3人の内、二人の細剣と小剣をシーキングは大剣で一気に受け止め。
「邪魔だぁぁっ!!!」
と、大声と共に腕力で振り払う。
「うわぁぁっ!!」
押し返されてよろめきもんどり打つゴロツキ二人。
一方でも、ダガーを投げてから小剣で斬りかかる戦法をとるゴロツキの男だが、ベンソンは難なくダガーを剣で弾いてから小剣の突き込みを同じく剣で受け返す。
「ふんっ」
「クソッ」
直ぐにまた振り込んだお互いの剣と小剣が噛み合うが。 相手の小剣をグィと押し込んでから左へいなすベンソンは、流れる様な動作で剣の柄を相手の鳩尾へと叩き込んだ。
「うぎゃっ!!」
痛みでゴロツキの男は悲鳴を上げながら後退し、野原の上に倒れ込んでなだらかな傾斜を森へと転げて行く。
リーダー格のモヒカン頭をした男は、自身も長剣を引き抜き。
「ビビるなぁっ!!! 3万シフォンの為だぁっ!!」
と、大声を上げて斬り掛かった。
多勢に無勢と云うハンディと、腕の差と云うハンディのどちらか優位か。
「セロっ、離れるなっ!!」
ベンソンは、4人目のゴロツキを斬り伏せて手負いにしてから、背後に居る守るべき相手へ言う。
コクンと頷き絶えぬ笑みを湛える若き青年は、ゴロツキ達と遭わない様にベンソンの背後に動く。
だが、別のゴロツキ3人を再起不能にしたシーキングが、一番厄介そうなリーダー格の男と大戦斧を持つ肥えた巨漢を引き受けている間に、少しずつベンソンとの距離が離れて間を生んだ。 其処に、すばしっこい動きが取り得の小男が二人、チャンスとばかりに入り込んだ。
「よぉしっ!!! 一気に囲んで殺せっ!!」
肥えた巨漢の男の背後に下がったリーダー格の男が、ベンソンとシーキングの間を広げた事で優位を見て吼え上げた。 相手が二手に分けれた事に、残った10人近いゴロツキ達が獣の様に殺気を強めた顔を見せる。
だが。
「なぁっ?!!!」
「んっ?!!!!!」
驚愕と云っていい声を出したのは、なんとシーキングとベンソンである。 向かい合うだけに、声を上げたリーダー格の男に起こった異常を真っ先に見た。 なんと、下がって声を上げたリーダー格の男が、首から上の顔を大声を上げたまま宙に残して。 身体を先にゆっくりと野原へと崩したではないか。
急に意味の解らない異常で驚いたベンソンとシーキング。 彼等の視線と、
「背後がガラ空きだ」
と、誰もが聞き慣れない声にゴロツキ共も異変を感じ始めた時。
“ドサっ”
草むらに何かが落ちた音が・・。
聞き慣れない誰かの声と草むらの地面ね何かが落ちた音に、リーダー格の男に最も近かったゴロツキの男は、シーキングとベンソンから視線を外し、耳慣れない男の声と異音のした背後を振り返った。
「あっ?!!」
向いた視界にリーダー格の男は居ない。 代わりに、包帯を顔に巻いて痩せ型で黒尽くめの姿をした男が居るのを見て驚いたのだ。 そして、直ぐにリーダー格の男を捜そうと視線をグルリと動かすと・・。 草むらの野原の上に、何かが置かれた様に有ったのが見えた。 それが、斬り落とされたリーダー格の男の首だと認識するのには、一瞬の時間が必要だったはずだ。
「うわっ・うわわ・・・うわああああああっ!!!!!」
思っても見ない光景に恐怖して大声を上げるゴロツキの男は後退り、大戦斧を持つ肥えた悪漢の背中にぶつかる。 このゴロツキの異様な言動に、他のゴロツキ達は一斉に後ろを振り返った。
包帯を顔に巻いた男は、死すら感じさせぬ間で絶命させたリーダー格の男の首を見下ろし。
「賞金首掛かるバッカ共が、大人しく街中で隠れてりゃいいものを」
と、吐き捨てた。
肥えたゴロツキの巨漢が仲間を殺されたと悟って、包帯を巻いた男にギロリと殺気の篭る目をを向け。
「貴様ぁぁっ、病み上がりがぁっ!!!」
と、大戦斧を持ち上げた瞬間だった。
「遅い」
そう発せられた包帯男の声は、なんと巨漢の男の横から聞えたのである。
・・・。 巨漢の男は、大戦斧を振り上げたままに止まり。 直後に、大戦斧の重みで落下する腕だけが先に背後へと落ち。 呆然と立ち尽くすゴロツキ達とシーキングやベンソンが見ている中で、首と身体がバラけて前に崩れて行く。 血は、ドッと溢れる様子も無く。 斬られた身体からタラタラと野原へと零れる様に流れ出た。
異次元の様な強さを見せる包帯男。 目に見える剣技では無い手前で、リーダー格二人の死で言葉無く気力を失ったゴロツキ達。
包帯男は、ゴロツキ達の前にゆっくりと歩み。
「三下共、その内来る街道巡察の騎士と兵士に捕まれ。 なら、命は助ける。 それとも、死んだ二人みたく成りたいか?」
予期せぬ事態でこう云われたゴロツキ達。 包帯男の近くで震え出したゴロツキの一人が。
「こっ・ここ・・この三人の・・一人に、さっ3万シフォンの・かっ・かっかか金出す人が・・」
すると、包帯男は、先にベンソンとシーキングを見て、最後にセロを見てから。
「高々一人に3万だぁ? そんな大金積んで人殺しする奴は、ロクでも無い事考えるバカ野郎だ。 それをのうのうと請けるお前達もな。 大体、テメェ等みたいな輩に3万も払う奴が居るか? 罠だよ、いい様に遣われて、後で役人に売られるか始末されるのが落ちだ。 バッカな事しか出来ないから、そんな都合の良い話に騙されンだよ」
と、情けない者へ吐き捨てる様に云う。 ゴロツキ達は、皆が戦う事を諦めたかの様に仲間を見る。
包帯男は、武器を手放した者すら居るゴロツキ達へ、
「大金が掛かってる賞金首二人はどの道死刑だからいいが、お前等三下なら島流しか労働刑で済むだろう? 此処で死ぬか? 捕まって刑に服すか? 命懸けで考えろ」
この時、街道の方から馬の嘶きが聞えた。 街道を通る馬車や人から、この丘は森の木々の切れ間から覗ける。 荷馬車か巡視の騎士が馬を止めて見たのか、立ち止まった馬が何かを感じて啼いたのだ。
そして、包帯男は後ろを見ずに。
「役人だな」
と。
そして、街道の方の森の中から五人の兵士が現れた。
「そこのお前達っ、この場で何をしているっ!!」
そして。
兵士達にゴロツキ達は捕まった。 なにせ、リーダー格の男と肥えた巨漢は、数え上げたらキリの無い程に前科の有るお尋ね者。 捕まえたゴロツキ達の中にも、前科の有る手配された者が居る。 それこそ、この場に通り掛かった騎士と兵士にしてみれば、のんびり街道の巡察をしていて大手柄を楽に手に入れられる現場に出くわした様なものだった。
半月交代で森の街道を巡視・巡察して往復する騎士と兵士は、Kと襲われた三人を一緒に小さな砦へ引き返す事に成る。 捕まったゴロツキ達は神妙にしていて、騎士の女性が証拠にと刎ねられた首を麻袋に入れて馬にぶら下げた。
★★★
夕方、森に一足早い夕闇が訪れた頃。 街道の一番大きな分岐点に構えられた砦を、赤い夕日が差込み赤と黒のコントラストを見せる。 包帯男Kを始めに、争っていた全ての者が此処に連れ込まれた。
「では、身に覚えが無いと云うのか?」
「はい」
「その若い者に3万シフォンもの大金を賭けられ、彼を暗殺しようとあれだけの悪党が雇われたと云うのに?」
「無い物は無いとしか云えない」
大女の騎士シャンテ・ベルテモンドは、砦内の応接部屋にてシーキング、ベンソン、セロの三人を一緒にソファーへと座らせて事情を聞いていた。 だが、セロと云う青年は、少し知能遅れなのか微笑んで居ながら魔法の初歩術でイメージ手品をして遊んでいる。 受け答えするベンソンもシーキングも、襲撃される身に覚えは全く無いと主張したのである。
「ふむぅ・・」
柄に似合わない長い長い黒髪を後ろに流すシャンテは、筋骨隆々とした大女で、肌は白いが顔は厳つい田舎の中年男の様にも見える人物。 だが、兵士達はシャンテの次々と出す命に身を直ぐ動かす。 面倒見は良いのだろうか、意思の疎通は図られた出来る人物と見て取れる。
ベンソンは、部屋の隅で壁に凭れて此方を見ている包帯男のKを視野に入れながら。
「我々は、冒険者です。 もしかして奴等は、野党で身包みを剥ぐ目的を誤魔化す為にそう云っているかも知れない。 確かに、私とシーキングはとある国の元兵士だったが。 今は、この通り悠々自適な冒険者に落ち着いています。 これ以上の取調べをしても、何も云えませんよ」
シャンテは、腕組みして二人掛けソファーを独占しつつ。
「ふむ・・」
と、また頷くのみ。 どう考えて良いか判断し兼ねる処だ。
其処へ、立っていたKが。
「御宅等、チーム名は?」
と、横槍を入れて来た。
シャンテも、ベンソンとシーキングも、Kを見る。
「あ、・・・」
いきなりの事で言葉を出せないシーキングに、Kは再度。
「長く冒険者を遣ってるなら、チーム組んでるんだろ?」
その時ベンソンが、一瞬滞った時間を進める様に。
「“スウォウジーバシュラ”だ」
Kは、
「聞かないチーム名だな。 何処からか流れて来たのか?」
「あ、ああ。 仲間の幅が少なくて、田舎町のマリュンからこの先のオーマス州都のキーリへ行こうと思ったのさ」
頷くKは。
「そうか、そりゃ~難儀だったな。 ま、襲われた事に関しては悪党達の人違いも在るかも知れないが・・。 忠告するなら、キーリは炙れた冒険者の巣窟だ。 仕事をしたいなら、自治国の首都ウォルムへ行くか。 南東部のエルル・ルカ・ナンデ州の州都ルカ・ルナに行くのがベストだ。 ま、後二人は人員補強した方がいいがな」
と、廊下へ出る扉に向かう。
その姿に呆気したベンソンは、急に思い出した様に。
「あっ、待ってくれ」
ドアを開いたKは、
「ん?」
ベンソンは、その場で頭を下げて。
「仲間共々助かりました。 お礼を言わせてくれ」
ベンソンを一瞥するだけで、直ぐに廊下の方へ顔を向けたKは、
「ま、アンタ等二人でも十分に倒せた相手だ。 少々の怪我付きでだが・・、ま~通り掛かりの御節介だよ」
と、廊下に消えて行く。
何故か、その姿だけしっかり見ていたセロは。
「アノ人・・強い」
と、おどけた言い方で言った。
それは、ベンソンやシーキングのみならず、シャンテも理解していた。 斬られた二人の首などの切り口を見れば一目瞭然である。
シャンテは、捕まえた一味を連行する手筈を明日の交代に合わせて行うつもりで居た。 だから。
「とにかく、明日の警備交代に合わせて悪党達の身柄をキーリに移動する。 行く所が一緒なら、御主達もキーリまで一緒に同行して貰うぞ」
面倒だと思うベンソンとシーキングは、セロを挟むソファーで見合った。
さて。 その日の夜。
砦に詰める兵士10人と一緒に食事をするシャンテ。 彼女の左には、ベンソンとシーキングに挟まれたセロが揃って長椅子に座って食事をしている。 彼等3人と向かい合って右側には、ゆっくりとした運びで食事をするKが居た。 石で出来た広間の食堂だが。 兵士達と一緒に世話をする下働きの青年や老爺なども居て、意外に賑やかな食事風景だ。
一緒のテーブルを薦めたシャンテは、Kに。
「御主は、一人で旅か?」
レンズ豆のスープをスプーンで掬ったKは、
「ああ、流れ狼をやってる。 チームでワイワイ遣るのは飽きたからな」
と、スプーンを口に運んだ。
ブ男顔のシャンテだが、年齢はまだ30。 力有り余る筋肉を魅せる彼女は、興味の湧いたKへ更に。
「だが、御主程の剣の腕は、そこら辺の冒険者で比べても敵うまいよ。 本気になれば、世界へ羽ばたけるチームを作れるのではないか?」
しかしKは、自分の顔をスプーンで指し示し。
「ン年前にパタリ病をやってな、高熱の御蔭で顔が歪んで記憶も部分的に抜けちまった。 世界をのんびり旅して、記憶を取り戻したいのさ。 ま、正直な処は有名に成る意欲がスッカラカンだし、面倒だ」
シャンテは、Kが強過ぎるので逆になんとなく素直に納得した。
さて。 そんなシャンテ達を見ている兵士達の中で、一人老いているが身形が少し違う者が居る。 騎士でも兵士でも無い格好で、文官の様なローブに似た服装の人物だ。
スタムスト自治国では、街道巡察へ向かう騎士に必ずブレイン的な意味合いで現役引退騎士か文官が付く。 何せ、政府の出先機関が遠い場所で、国交に係わる問題や事件が起こると面倒である。 基本的に州の経済は独立しているが警備や治安維持は国家運営なだけに、地元の者だけで編成されない兵士や騎士が地方で面倒を起こす事も考えられる。 この老人達の様に、秘密裏に不正無き様に見守りながら、騎士の相談役として判断や知性を補う人物が時として必要に成る場面が出て来る事も有る訳だ。 その役目担っているのが、この老人補佐官達なのである。
さて、この白髪老人で、目つきの大らかな人物はナスマー副補佐。 彼に、まだ若く入隊したばかりの様な兵士が、こう質問した。
「ナスマー補佐殿、一つ質問を宜しいですか?」
「ん?」
「シャンテ様が斬られた二人の切り口を見て、直ぐにあの包帯を顔に巻いた冒険者を“剣の神か?”と仰いました。 ですが、見た所に襲われて戦っていた二人の冒険者の方が強そうに見えます。 本当に、あの包帯を巻いた者は強いのですか?」
彫が深く小顔の老人ナスマーは、微笑みの顔で相手を見返し。
「なるほど。 では、こう説明しようかな。 仮の話だよ」
「は」
「もし、御主の言うあの悪党共の襲撃に反撃していた二人の冒険者が、仮に此処で叛乱を起こしたとしよう」
「はい」
質問した兵士が聞く態勢に入り、一緒に食事をする3名の兵士も同じく耳を傾ける。
ナスマーは、若い兵士からシャンテや周りの食事をする兵士達を見て。
「あの二人が叛乱したのなら、この場に居るそなた達兵士やシャンテの実力からして取り押さえる事は可能じゃ」
と、云う。 そして、今度はKを一点に見て。
「じゃが・・、あの包帯をした冒険者がもし叛乱したとするなら・・、誰も逃げれず殺されるな。 我々と一緒に、保護した冒険者の剣士二人が加勢してくれたとしても事態は寸部も変わらん」
兵士達は、一瞬言葉を失った。
食事に気持ちを戻し、パンを千切るナスマーは、
「あの包帯男に斬られた二人の切り口。 どちらも完全に水平で、しかも斬った断面に乱れが微塵も見えない。 後から溢れた血も、只流れ出ただけの様子だとか・・。 剣の振るう速さが尋常では無いから、早過ぎてそうなる。 昔、似た仕業をする剣士を一人だけ見たが、あの包帯男の手練はそれより上かも知れない」
別の兵士が、身を乗り出さんばかりに。
「他にもそんな凄い者が居たのですか?」
「うむ。 皆も名前は知っとるよ」
兵士達は、誰の事を言っているのか有名な剣士を次々と思い出しては食事をする事を忘れた・・。
さて。 包帯男Kは、木のテーブルの上をモジモジ歩く天道虫を見つけ。
「流石に春だな、もう虫が生きてる」
と、指に天道虫を乗せて開かれた窓の方に出した。 Kの指先をウロチョロした虫は、春の風が木々を揺らす夜の外に飛んで行く。
虫の行方を見てから目を食事に戻そうとしたシャンテは、ふとKの腰にぶら下った壷に目が行く。
「それは、壷か? 薬師の知識も在ると言っていたな。 何かの薬かな?」
Kは、パンを食べる事に気を戻しながら。
「食事中で悪いが、コイツは骨壷だ。 中には、粉にした骨が入ってる」
ベンソンとシーキングは、少し驚いて目を見張る。 シャンテも同様で。
「骨壷・・。 だが、小さいな。 子供か?」
「いや、大人だ。 厳密に言うなれば、身体の3分の1しか骨に出来なかった」
「・・、だろうな。 そんな小さな、片手でも掴める壷だもの」
「チョット前の話だが、行きずりで魔物が隠れ棲む国境の山を通った。 其処で、モンスター退治を請けて逆にモンスターに殺されかけたチームを見つけた」
Kは、此処でパンにバターを塗る。
シャンテは、話で完全に食事の手が止まっていた。
「ほう。 して?」
「・・、ん。 リーダーの剣士が、駆け出しの仲間達を庇ってモンスターに食い殺された」
「では、その壷の中はその者の・・?」
「ああ。 そのチームの仲間全員が駆け出しの若い奴等ばっかりでな。 しかも、チームを結成したのがフラストマド側ならしい。 面々の出身地もバラバラで、死んだリーダーの男の出身地を知ってる者が一人も居ない。 だから、知ってる俺が死んだ男の遺言を聞いて散骨しに行く途中だったって訳さ」
ベンソンは、興味をそそられ。
「何処まで?」
「スタムスト自治国の南南東に在るマウワ村だ」
シャンテは、随分と南方のホーチト国とフラストマド大王国の国境の農村だと知り。
「そうか。 此処からでも街道を伝って・・・、徒歩なら早くて15日は掛かる場所だ。 ご苦労だな」
Kは、更に千切ったパンをスープを浸して。
「ま、暇だしな。 旅のついでさ」
シーキングも、やはりKへ興味を誘われたのか。
「所で、その死んだ御仁を襲ったモンスターは?」
「あ~、ゲルドレックスの成体だった。 ま、チームの事情も在るし、仕事を成功させないと後々のチームが大変だろうから俺が倒した。 その支払われた報酬の一部から、この依頼料が出たって訳さ」
Kの話すゲルドレックスとは、ドラゴンの下級種だ。 だが、硬く赤い鱗に覆われた身体も大きく4メートルを超え。 炎を吐くし、鋭く長い爪は薄い金属鎧を一瞬で切り裂く。 駆け出しの冒険者が何人束に成っても、簡単に勝てる相手では無い。 寧ろ、余程の腕に自信が無ければ、何より先に死人が出る事を心配する必要が在るモンスターだ。 それを簡単に“倒した”と言い切るKに、ベンソンもシーキングも敬服の心境であった。
★★★
「疑わしい所は無いが、本当に命を狙われたかも知れん。 気を付けて行かれよ」
スタムスト自治国北東の州都キーリで、警察・警備統括施設と云う大きな木造施設から出て来たベンソン、シーキング、セロの三人は、見送りに外まで出て来たシャンテにこう言われた。
ベンソンは、今朝まで5日間一緒だったKの姿が今に見えなかったので。 別れ際にシャンテへ尋ねてみた。
「所で、あのケイと云う包帯男はどうされたのか」
施設へと踵を返すシャンテは、
「朝に別れた。 今頃、宿を探すか目的の為に旅立っているかのどちらかだろう」
「了解した。 ご迷惑を掛けました」
シャンテは、背のマントを靡かせて施設へと帰って行く。
さて、やっと自由に成った気がするシーキングは、ベンソンに。
「これからどうする? 目的地のルカ・ルナまではまだ10日以上は掛かる。 本当に仕事でも請けるのか?」
問われたベンソンは、杖を回して遊ぶセロを後ろに見て。
「あの包帯男でも仲間に加わってくれたらルカ・ルナにだって直行するさ。 だが、懐も寂しい上に俺達は二人。 警戒する相手の懐に堂々と飛び込める今じゃ無いゼ」
「・・・そうか。 じゃ、少し時間を潰すか?」
「ああ、出来れば秋ごろまでルカ・ルナには行きたく無いな」
ベンソンは、シーキングそう言ってから道に向いて。
「仕方ない、斡旋所に行ってみよう」
そのベンソンの言葉を聞くシーキングは、何処と無く困った顔つきをして。
「俺は、冒険者の真似事など嫌いだ。 また、ガラの悪い奴等を見るのか?」
セロを背後にして一緒に歩き出すベンソンは。
「田舎の斡旋所じゃ“地元組”しか居ないから嫌味やからかいも多い。 だが、此処は大きい都市だから、田舎に比べたら少ないよ」
「ホントか?」
「シーキング、お前がからかわれるのは自分の所為だぜ」
ムッとした顔に成って賑わう大通りに歩き出すシーキングは。
「どうゆう意味だ?」
ベンソンは、シーキングを脇目に見て。
「お前、前の職業が全身に出てる」
「なんだそりゃ?」
「俺は、元は一時期でも冒険者だった。 だが、お前は根っからの役所人間。 冒険者でも炙れてる奴等は、そうゆう人の匂いには鋭い。 お前って、ど~もカタいからな。 いきなり成るしかなくて成ったにしても、プンプン匂いするから嫌われるのさ」
シーキングは、顔をムズムズと歪め。
「お前なっ、俺は親も一族も軍人でっ、おまけに今年の頭まで軍人だった男だぞっ!。 お前みたいに、辞めたらサッサと冒険者に成れる様な崩れた生活はしていないっ」
ベンソンは、ニヒルに微笑み。
「それはそれは、お疲れ様」
「全くっ」
この二人、いやセロも含めて何者なのか。
春先の風が心地よく。 大通りに植えられた桜が開花している。 商店が広がる中に設けられた公園などの脇を通れば、子供達が都市を貫く川辺で釣りをしていたり。 孫や子供を連れた大人が桜を見ていたりする。
スタムスト自治国の北東の州で最大の都市キーリは、林業や農業などを中心に紙等を生み出す職人の多い都市でもある。 都内を幾つも流れる小川は、清らかに澄んでいて。 水が美味しいとも評判だ。
しかし。 人の縁の巡り合わせとは不思議なものだ。 関係が無ければ只の他人事なのに、些細な関係が瞬時に大きく膨らむ事がある。 それは、ベンソンが二人を伴って斡旋所に入った所でだ。
「おに~さん、あのガモンドとホシキンスを挙げるなんて遣るじゃない」
「偶々だ。 旅人を街道の直ぐ脇で襲ってるんだから、見つかり易い奴等だと思うが?」
その男女の話し声に出て来た“ガモンド”と“ホシキンス”とは、ベンソン達を襲ってKに首を斬られたあの二人。
「ン?」
ベンソンは、パン屋のカウンターの様な受付で金を受け取っているKを発見した。
(偶然過ぎるだろ?)
考えれば、賞金首を挙げたKには金を貰う権利がある。 今日まで、街などに滞在出来る事は無かったので、此処に居て当たり前と云えば当たり前なのかも知れない。
近付いてみると、カウンターの内側には随分とグラマラスな年増の女性が胸元の見える長袖の白いワンピースドレスを着て、Kに金を出した後に色目を投げ掛けている。
四角いカウンターを囲む様に古びたテーブルが点在し、ガラス窓張りで中庭を見渡せる席には冒険者達がそれぞれチームでか固まって、Kを見てはヒソヒソと囁き会っている。 Kが受け取った金額が多額だった事もあるんだろうが。 張り紙で賞金首を賭けられた二人の名前が有名だった事もあるのだろうか。
金を受け取ったKに、近くの椅子に腰を掛ける毛むくじゃらの顔をした田舎者っぽい大男が声を掛ける。
「おい、随分なお手柄だったな。 今夜は、何処かで一杯やるのか?」
Kは、“地元組”の男とは受け答えをする気も無いのか、
「俺は流れだ、名前の掲示は要らない。 あの二人の死んだ事だけ書いとけ」
と、受付をする中年女性の主に言った。
「チィ」
小さく舌打ちした毛むくじゃらの顔をした大男。 何かに託けて、目の前で受け取る大金のお裾分けを奢りで預かろうとしたのだ。 大して仕事が出来ない分、余計な知恵が付いている。
そんな冒険者を他所に、やや爛れた感が在るが美人でもある主の女性はカウンターに肘杖をして。
「あら、討伐者の名前を書き込まなくていいの? せっかく何処かのチームに入れるチャンスじゃない。 極悪な悪党のハンティングは、紹介の時にいい口実に成るのよ」
「要らん」
Kは、見向きもしない様子を見せそう捨て置いて出口へ。
必然的に、立ち止まっていたベンソンやシーキング達とは顔を合わせる。
「・・何だ、来てたのか?」
Kは、ベンソンを見てそう一言。
「ああ、来て見た」
ベンソンの前で立ち止まったKは、虚空を見て微笑んでるセロを一瞥した後。
「役者としちゃ不足だな」
と、小さく一言。 そして、ベンソンを見て。
「苦労してるな。 ま・・精精頑張れ。 目的を果たすまで、な」
と、外に出てゆく為に出入り口に向かう。
シーキングは、何を言われているのか解らず。
「何をいきなり・・」
と、驚くが。
遊ぶのを止めたセロは、Kを直視して。
「バレてる」
と、小声で。
ベンソンも、顔色を急に焦らせたモノにして。
「何で我々の事を理解してるんだ・・・」
と。 ベンソンは、シーキングに。
「おいっ、ケイを追うぞ」
言われたシーキングは、ボンヤリとしてしまい。
「えっ・・あっ? 仕事するんじゃなかったのかよ」
だが、ベンソンは我先と追い掛け出した。 セロも、ベンソンの後を行く。 シーキングは、二人に引っ張られる形でまた外に出て行く。
Kが去り。 入って来た冒険者が直ぐに出て行く様子を見た主の女性は。
「なぁ~んか詰まんない」
と、目を細める。 尖らせた唇には、厚めに塗ったルージュがヌラヌラと光っていた。
逆に、毛むくじゃらの男はKを睨んで居る。
(チキショウめ、同じ流れなのに気に入らねぇ~奴だぜっ!!)
この斡旋所では古株なのか、周りのテーブルに座る冒険者達もこの男とは距離を置いて座っている。 古株で流れの冒険者は、“地元組”と云う他の地に行く実力や行動力すら無い冒険者達の中でも鼻摘み者が多い。 欲ばかりが強くて、駆け出しの冒険者などに絡んで金をせびったり、美味い話を持ち掛けられるチームに手数が足りないと見ると偉そうに売り込むからだ。
他のテーブルでチームとして固まる冒険者達の間では、Kの事を何やらイイ意味で囁き合う声がしていた。 颯爽としていて、ドライでクールな処がまたイイ様に映ったのかも知れない。
さて、斡旋所の外に出てから直ぐに、人の賑わう繁華街の中を突っ切る川沿いの通りに入って行くKを追い掛けたベンソンは、直ぐに追いついたKの脇を歩いて。
「アンタ、俺達の素性を解るのか?」
「さぁな」
同じくKに追いついたシーキングは、遠くを歩くカップルや市民を見て。
「なんだ、なんなんだ? えっ? ベンソンよぉ」
その時、セロが。
「そんなに僕は役者下手ですか?」
と、後ろからKに。
シーキングとベンソンがセロを見て止まり。 Kも、呆れた様にセロを見て振り返る。
「成ってない。 何処の貴族か王族か知らんが、出来の悪い従者一人に中途半端な従者が一人。 そして、素性を明かす手掛かりをチーム名にした愚かな君。 冒険者が全員節穴の目を持つとでも思ってるのか? 理由は知らんが、殺される前に国へ帰れ」
Kは、セロに容赦無く言う。
ベンソンとシーキングは、いきなりの事で返す言葉も無く立ち竦んだ。 ある意味、当たっているからだった。
★★★
昼頃。 Kとセロ達3人の姿を大衆的なレストランの一角に見る事が出来る。 合い席の出来る仕切りの無いフロアでは無く。 その奥で折りたたみの仕切りと観葉植物に囲まれた円卓にて。
席に座って手を拭くKは、チーム名の意味を知らなかったベンソンとシーキングに。
「“スウォウジーバシュラ”ってのは、“愚かに見えた王”と云う昔々の話を小説にした題名で。 童話に脚色した物語の題名はまた別だ。 今は、“ストゥルー・キング・ストーリア”(真実を見抜いた王の物語)と云う題目の演劇で知られるがな」
ベンソンは、耳にした事の有る題目で。
「聞いた事が有る・・」
Kは、更に続けて。
「もう原本となる本は数冊しか残ってない話だが・・、元の実話は確か、妻を亡くした王が息子に王位を譲って、美貌の冴えた後妻を貰い悠々自適に過ごし出す。 だが、その後妻は王と成った義理の息子を殺し、先々自分の生んだ子供を王にしようと画策するのさ。 其処で、王と成った若者は愚かな王を演じ、毒を盛られた杯を摩り替えて後妻の女性を騙して逆に殺してしまう。 広く読まれた方の童話だと、後妻に子供が出来たが何度も王を殺そうとした事がバレて、前王の怒りを買い処刑されかかるが。 息子で在る王が、腹違いの弟を母無しに出来ないと継母を許し助ける。 後妻は、そんな優しい王に心を打たれて改心する・・だったな」
神妙にして席に座るセロは、俯いたままに。
「良く知ってますね。 古い本で、何処でも読める本では無いのに・・」
「学者だって言ったハズだぜ」
と、Kは、冷たい紅茶の入れられた大きい水差しから、全員分のコップに紅茶を注ぐ。
ベンソンは、周りを見てから。
「それだけで解ったのか?」
Kは、ベンソンの剣を見て。
「お宅の剣。 柄や鞘の紋章を削ってるが、騎士が賜る一品だ。 柄の造りや鞘を見るに、物はフラストマド大王国」
「な・・」
驚くベンソンを他所にKは、次にシーキングを見て鼻で笑った。
「フン。 コイツは、大バカ。 かなりの重症者だ。 剣の鞘や柄の紋章は削らないで、布を巻いてあるだけだし。 着ている鎧はマントで隠れているが、地方軍部の騎士が着る特注品だろう? ついでに言うなら、注意して向かわせる視線が警備警戒の遣り方そのまんま。 騎士や貴族が王国に忠義の証として腕輪かリングを賜るが、今だにその腕輪を逆さに着けてるしな。 隠す気が無いな、うん」
細めた目でセロとベンソンに見られたシーキングは、大きなガタイを円卓に沈ませる気で俯いている。
Kは、最後にセロへ向き。
「知的障害を装っているんだろうが、ただ意思の疎通が出来ないフリをしてるだけだ。 目の運び、気配、どこにも抜かりが無さ過ぎる。 玄人が見れば、直ぐに悟られるよ」
セロは、静かにまた俯いた。
ベンソンは、取り繕う様に。
「あ・・あぁ、ケイ。 最初から・・我々の素性を見抜いていたのか?」
「ああ。 襲われている所を観察してて、なんだか金も取れない芸人が襲われてると思った。 ま、大体の意味を把握したのは、チーム名を聞いた時だがな」
ベンソンは、こうも隅々まで看破されてはお手上げだった。
「済まないが、訳を聞いて貰えないか? 正直、このセロが命を狙われ出して我々も困っているんだ」
「ふ~ん。 ま、云ってみな」
ベンソンの語る話は簡単な物だ。 セロは、都市ルカ・ルナと云う所に住む無従貴族で商人の家の御落胤である。 愛人の子供であるセロは、正妻の女性に男の子がまだ生まれていない状況なだけに父親に喜ばれ、逆に正妻には愛人である母親と共に憎まれた。 嫉妬に怒り狂った正妻が、気を乱して自分の生んだ子供まで育児放棄をし掛け、悩んだ末にセロの父親が親戚の老人に二人を預けたのである。
呆れ笑いのKは、包帯の間から見える目でセロを見つめて、
「そりゃ~そうだろうな。 正妻にも女の意地が在るし・・、すんげ~修羅場だっただろうなぁ」
セロは、意外なまでに済まなそうに神妙な素振りである。
さて、ベンソンは、更に続きを話す。
今は、セロの実の父親は既に他界し、セロの実の母親も病気で死んでいる。 セロは、その預けられた老人の孫子として育てられていた。 だが、商人として結構な規模を誇る実の一家は、最後まで正妻に息子が生まれず。 生まれた娘は皆が嫁いで跡取りが居なくなってしまった訳だ。 正妻の老女は、セロを迎えて跡を継がせようと呼び寄せる手紙を遣したのだという。
Kは、先付けで出された茹で豆を齧りながら、セロに。
「よ~く行く気に成ったな。 ま、その誘い自体が罠じゃ無い様に見えるが・・、命狙われてるのに」
セロは、意外に冷静で。
「事実は簡単です。 正妻の方は、一時は僕と母を憎んでいましたが。 自分が母親で、男の子を産めない事で苦しんで居たようです。 僕の事を後々不憫に思ってくれたらしく、僕が魔法を学ぶ費用や幼い頃から勉学の本代を多額のお金で爺やに送ってくれていたそうです。 その方が、自分の血筋の従兄弟の方に店の跡目を狙われていると云うのです。 自分が殺される前に、戻って跡を継いで欲しいと手紙をくれました」
「ふ~ん。 母性は、憎しみすら溶かすのか。 その正妻の女、寂しい思いをしてるのかもな」
Kは、気の無い言い方でそう言う。 大体普通なら、正妻がもうセロを殺す理由など無いから、疑う必要も無い。 寧ろ、セロを育てた老人は、下級貴族でフラストマド大王国に住んでいた。 だから、憎むなら関り合わないはずである。 それなのに、まだ5歳くらいの頃からセロに毎年金を送り続けた正妻の行動は、確かにセロを夫の子供として認めていた証なのだと理解できる。 金の送り主が正妻なのは、セロを育てた老人やセロの実の母親も認めていた事だったらしい。
Kは、気の無い目をベンソンに向けて。
「で? そのセロを育てた老人と親交の厚いアンタ等騎士様が、態々に暇を国に提出してこのセロを護る為に旅人に成ったと?」
ベンソンは、沈んだ顔でKの入れた紅茶のグラスを取り。
「そうだ。 セロ殿の母上であるアイリス様は、それは美しく優しい方だった。 まだ36と云う年齢で・・・心配しながらセロ殿を残して死んでしまったアイリス様だが。 それまでは、隠居なさったブラムトルーダ男爵殿の世話をしながら、都市の役所で我々騎士や兵士の食事係としても働いていた」
Kは、シーキングも含めて見て。
「二人して、こっちの若いのの母親に相当世話に為った訳だ」
「・・ああ。 田舎貴族の3男として生まれた俺は、正直兄貴が居たから親に目もあまり掛けられずいい加減に育ち。 一人息子でボンボンに育てられたこっちのシーキングなどは、今の通りに世間を知らなかった。 俺とコイツは同じ年に地元の兵隊に入隊し、兵士の頃などに一般民と貴族の差別を敵視する同僚と喧嘩も多く、同じく生まれに偏見を持つ上司からの嫌味で不貞腐れていた時期が有った。 だが、アイリス様は、そんな俺達を含めて誰一人差別せず励ましてくれた。 セロ殿を育てたブラムトルーダ男爵殿は、地元の子供に剣術の手解きを教える道場の師範でもあった。 俺にもシーキングにとっても、ブラムトルーダ殿は最初の剣の師でもある。 そんな御二人の世話を受けていた我々だ、セロ殿を送り届けて欲しいと頼まれたら断れん」
シーキングも、黙って肯定を見せる。
Kは、シーキングやベンソンにとって、セロの母親のアイリスと云う女性が初恋の相手の様な印象が在るのだと悟る。 まして、初めて剣の手解きを教わった師の育てているセロだ。 確かに義理立てする理由には十分過ぎる。
だが、セロの元に正妻の手紙が来てから少しして、行くか行かないか迷っていた時に命をゴロツキに狙われたのである。 その時は、従者の助けが有って逃れたセロだが。 黙っていては育ての祖父に迷惑がかかると思い立ったセロは、意を決して正妻に会う事にした。 そして、シーキングとベンソンは、男爵にセロの事を頼まれる。 身体を壊した師を良く見舞う二人を、ブラムトルーダと云う人物が見込んだのだろう。 ベンソンは、兵士をする前には冒険者だった事も有り。 セロを連れて冒険者のフリをしようと考えたと云う訳だ。
Kは、何の気無しに。
「今まで何回狙われたんだ?」
と、聞くのに対し。 ベンソンが、指を折って。
「ザッと考えて5回程」
「ぶっ」
Kは、その回数の多さに噴出しそうに成って、口の中の物を飲み込むと。
「おいおい、そんなにか? 露骨過ぎるなぁ・・、その正妻の女の身柄自体が危ういんじゃないか?」
云われたベンソンは、セロやシーキングとも見合って。
「どうゆう意味だ?」
Kは、会話を止め。 運ばれてきた料理を受けて、先付けで勘定に足りる金をウェイターに払ってしまってから。
「あのな、一応は商人としての家はその正妻が仕切ってるんだろ?」
「ああ、その様だ」
「なのに、その後釜を狙う従兄弟がもし殺し屋を差し向けているとして、そんなに大っぴらな行動に出てるとしたらそれなりに金も使うだろう。 その従兄弟が資金に苦労しないならいいが、もしそうでないならその正妻を抑えて商いの権利を一部持っているかのどっちかだろうよ。 下手したら、もうその正妻って殺されてる可能性も有るかも知れないぞ。 その正妻の女性は、今は一人なのか? 家族の誰も周りに居ないのか?」
セロは、そのKの読みにベンソンと見合って顔色を急変させる。
「ベンソンさん、まっ・・まさか義母は・・」
「いや、それは行って見ないと・・」
と、セロを見て言ったベンソンは、焦りを見せながらKに。
「向こうの内情は・・正直な話に、我々も手紙の内容以外には良くは解りません」
Kは、純粋なセロにまだ先を読む力は無いと思い。
「こりゃ~面倒そうだな。 ま、先に喰え。 仕方ない、行く途中だから付いていってやるよ」
この一言に驚き合うセロとベンソンとシーキングは、料理を食べ出すKを見つめた。
どうも、騎龍です^^
ご愛読、ありがとう御座います^人^