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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
55/222

二人の紡ぐ物語~セイルとユリアの冒険~2

                 セイルとユリアの大冒険 2




                   ≪基点の宿へGO≫




セイル達は、マーリに紹介された宿屋に、このアハメイルを去るまで逗留する。 その期間は20日も在るかどうかだが。 その間は、様々な不安と衝撃の連続だった。 


さて。 セイル達は、手代の男性と共に外へ出た。 頭にバンダナを巻き、鼻の頭をしもやけで赤くさせた手代の男性。 目じりが飲酒の影響で垂れ下がったと思わせる、4・50代の人の良さそうな人だった。


雪が止まない路地に出て、積もる路地の雪をユリアは見ながら、手代の男性に。


「この脇道って、雪が降っても道が狭いから、人が多いと危ないわね」


「えぇ。 あっし等は、朝に先ずは雪掻きしたり、路面の凍った氷割りをします」


「うはっ、毎朝大変だわ」


「なぁ~に。 マーリ様は、あっし等みたいな元は仕事に炙れた“塒無し”(ねぐらなし=路上生活者)に、仕事と寝る場所をくれるンす。 冬は仕事が限られるから、あっし達みたいなその日暮しの者には、有り難い人ですよ」


「へぇ~、セイルのウチみたいな事してるのね」


見られたセイルは、苦笑い顔で。


「ウチは、地位を護る為の慈善活動だよ~。 こっちのマーリさんは、私財を使って自分の意思でやってるから、もっと偉いと思うよ」


手代の男性は、皺の滲む赤い顔を綻ばせ。


「マーリ様は、年末とか長休みに入る時に成ると、貧しいみんなへ臨時給金くれたり、貰い物をくれたりするんだ。 故郷に里帰り出来る様に、手土産くれるンす。 マーリ様みたいな貴族は、何時までも居て欲しいよ。 アレでまだ独身だなんて、世の男は何処を見てるンだか」


クラークは、軽く微笑み。


「少し気が強そうだが、気風が良さそうで悪い女性では無いな。 綺麗な女性でも有るしの」


「んだんだ、マーリ様はベッピンださ」


雪の降る建物が立ち並ぶ通りを抜け、街灯や並木が雪化粧する人通りの多い道に踏み込んだ。 そして、道を曲がった所で。


「ホレ、此処だ」


その案内された建物を見て、セイル以下皆は固まる。


ユリアは、セイルに。


(セイル・・デカいよ・・)


(だね。 一瞬、大貴族の屋敷かと思った・・・)


雪の降る中で遠目に見上げる建物は、ドーナツの半分の形をした様な館だった。 ズデ~ンと見渡せる横にも長く、上にも高い屋敷で、敷地面積はかなりのものだと思える。 庭も雪色の森の様で、格式高い宿とは一目で解る。 正直、アクストムの斡旋所で利用していた二階から上の宿など、安いだけがウリの寝泊り宿だし。 ワダルの街でも、馬車さえ置ける宿であれば良かった様なもの。 こんな格式高い宿などに、お目に掛かるとは・・・。


心配に為った御者の男性は、セイルに弱弱しく。


「本当に私も泊まっていいんでしょうか・・・」


だが、マーリの紹介が有ると腹を括ったユリアは、勢いに任せて。


「当ったり前じゃん。 偶には、イイ部屋泊まっちゃおうっ!!!」


そして、夕方が近付き暗く成り始めた空模様の下。 様々な色をした個人持ちの馬車や、裕福な客を乗せる高級馬車屋が使う黒塗りの馬車が、大通りを来る。 そして、次々と大門の開かれた入り口を潜り、宿へ向かう光景が目に映る。 一同は、やや大門手前に在る徒歩専用の入り口で、庭の森の中を抜ける石畳の道を見つけて敷地内へと。


手代の男性は、入り口前でマーリの元へ戻った。。 


宿屋まで辿り着く頃には、皆が雪を被る。 大きく長いガラス戸の入り口前には、寒い中でも客を迎える礼服の男性達が常に居て。


「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」


と、馬車から降りるゴージャスな服を着た貴族の女性や、身形の良い商人などの相手をして。 宿の中へと案内をする。


入り口前の軒下を見たユリアは、何故かムカムカと来て。


「セイルっ、蔑まれたら名前出せっ!! オートネイルの名前出しちゃえっ!!」


苦笑いのセイルは、最初の旅立ちの言い交わしを忘れていると思い。


「何で? その名前は、基本出さないで旅するヨテ~でしょ? あは・あははは・・・」


ウンウン頷く鼻水姿のクラーク。


アンソニーは、顔に手をやり。


「ゴメンよ。 僕が名前を出せたら楽なのに・・・、隠密って大変だね」


[何処が?](作者)


セイルは、天女などの装飾を表面に施された、太い石柱が支える立派な軒先に入り。 先ずは其処で雪を皆で落とし合ってから、礼服姿の宿屋従業員に声掛けた。


「あの~、博物館の館長をしている・・、マーリさんの紹介で来た冒険者なのですがぁ・・・」


客を見ていて、自分達以外で冒険者らしき者など、誰一人として見なかった一同。 生まれは、ユリア以外は人並みを遥かに超えた存在だが。 セイルは、控え目な姿勢で尋ねてみる。


「あぁっ、ミカハリン様の申された皆様ですね?」


「はぃ・・」


「お待ちして居りました。 皆様の事は、我が宿の運営をされて居ります主の、エメラルダ様から仰せ付かって居ります。 これから皆様の事は、別の従業員によって接待させて頂きますので。 ロビーの中にお入り、お待ち頂けますでしょうか。 早急に、係りの者を呼びますので」


セイルは、返事が首だけで。


(マジっすか?)


対応が、おかしいと思う。


さて。 入ったロビーは、凄かった。 絢爛豪華な大小のシャンデリアが、高き天井から昼間のように広々としたロビーを照らし。 内装は、光と合わさって黄金の様な色をしている。 純度の高い大理石の床、高級な絵が壁を彩り。 曲がったり角と為るスペースに、四隅を見せぬ為に配された生け花の入れられた花瓶が、どれもデカい。 


待たされる間に通されたのは、個室の応接室。 備わった菓子や紅茶は最高級品で、支給してくれる専属の可愛いメイド付き。


此処で、ユリアは、アンソニーがメイドに甘い囁きをすると思っていた。 メイドの若い女性は、絶世の美青年のセイルと、大人びた絶世の美男であるアンソニーには、可愛らしさと照れ染みた素振りを見せるからだ。 だが、クラークが羨む中で。 セイルもアンソニーも、何故かメイドの若い女性より、最近の時事による世間話に花を咲かせていた。


そして・・、此処に新たなる運命が・・。


「お待たせ致しました」


と、ドアが開く。 その現れた声の通りはとても聴こえの良い、トーンとしては低めでやや年配の大人びた女性を思わせた。


皆で声に向いて立ち上がると。 ドアの前には、黒服の男性従業員二人を従え、大きめと云って良いふくよかな女性が立っていた。 黒いドレス風のロングスカートで、首や顔は化粧の少ない白い真珠の様な肌だ。 しなやかで艶やかな黒髪を後頭部に結い上げ、落ち着いた髪飾りで留めている。 指だけ出し、手の甲などを隠すレース風の薄い婦人用のレディラテックス(手袋)をする姿は、正しく貴族の女性らしい。


先ず、その女性に対してセイルが、


「どうも、済みません。 マーリさんの紹介ながら、冒険者風情がこんな格式高い宿に来まして。 真に失礼いたします」


と、紳士の示す一礼をすれば。


「雪に汚れた姿での訪問、失礼致します」


と、アンソニーが流麗な挨拶をする。


クラークも、貴族の見せる礼儀の一礼を示し。 ユリアと御者は、慌てて頭を下げた。


少し低い声がとても魅力的な、このふくよかな姿の女性は、温かな母性の滲む優しい笑顔で皆を見ては・・。


「皆様は、身形は外して礼儀の確かな方々ですわ。 マーリ様は、私の姪でして、従兄弟のエメラルダとは、幼い頃からの親友ですのよ。 私は、シンシアと申します。 これから、皆様が居る限り、身の回りの事をお世話させて頂きますわ。 エメラルダは、外せない用事でお客様への挨拶回りをしているので、先にお宿へ案内させて頂きますわね。 お食事も支度が出来上がってますから、直ぐにでも大丈夫ですよ」


それに対するセイルは、


「行き届いた持て成しに、感謝致します。 所で、1・2日ですが、御者の方の寝室もご用意出来ますでしょうか?」


シンシアと云う女性は、穏やかに微笑み。


「はい。 そちらも含めて、伺って居りますわ。 皆様には、他のお客様の目を気にしない様に、宿の方では無く。 別宅の離れへ、ご案内致します。 そちらは、部屋が全個室で6部屋御座いますので、皆様のお泊りが可能です」


ホッとした笑いで御者を見たユリアは、場違いな場所に来てガチンガチンに固まった御者の男性を見てしまった。


(あ~らら)


シンシアは、皆を離れの別宅へと案内する。 気取った貴族などが訪れ、受付をするロビーのカウンターを横切り。 一階に広がる豪華なレストランや、個室の飲食場が犇く廊下を行く。


「ロビーの奥の一階は、各地方の郷土の味を生かしたレストランが、幾つも入って居ますの。 もし、お好みのお店が在りましたら、私めに仰って下さいね。 お料理をお持ちいたします」


シンシアが、セイルやアンソニーに向けて言った。


しかし。


「まぁ、冒険者?」


「冒険者が入れるのか?」


「なんだ、アレ?」


「何か仕事でも依頼したのか?」


「だろうよ。 じゃなければ、この宿に入れる訳が無いさ」


貴族や商人は、ステイタスを格好に委ねる。 みてくれの服装が、明らかに冒険者と解るセイル達。 皆を見る客の視線は、確かにいい物では無い。 勝手に蔑み、下らない噂話をし出す者達が廊下に居る。


だが・・。


「まぁ・・、あのコ・・」


肩を丸出しにしたドレスの中年婦人が、擦れ違って見たセイルの美しい顔に、うっとりと魅入ってしまった。


「はぁ~素敵。 お母様・・見て」


まだ、大人の女性に踏み込む手前の少女が、溜め息をして母親の腕を引いた。 視線の先には、麗しく儚さ漂う美男のアンソニーへ向かっている。 無論、母親も見て、そのままに動かなくなる。


「ふむ、出来るな」


男として嗜みで、剣や武術を習う男性などは、堂々としてバロンズコートを閃かせるクラークに、腕の違いを感じたりする。 名前を聞けば、冒険者の噂に通じた者なら、このクラークを知っている筈だ。


恐らく、精霊を呼吸のように召喚し、誰も真似出来ない魔力の篭った精霊魔法を見せれば、ユリアとて瞬く間に一目を置かれるだろう。 現に・・。


(可愛いなぁ・・。 もっと綺麗な格好すればイイのに)


二十歳前後の貴族の青年が、初々しいユリアの愛らしさ漂う顔に、男心を惹かれる。 着飾った貴族や商人の娘などには少ない。 溌溂とした爽やかな可愛らしさが、ユリアには在る。


セイル達に身形を問うなど、懐の狭い事だ。 遠目で蔑んだ者も、いざ間近を通って行き去るセイル一行に、理解のし難いオーラの様な雰囲気を感じた事だろう。 セイル達チームの4人は、それぞれ生まれや育ちは違えど。 その堂々とした風貌には、自然と宿る雰囲気が在る者なのだ。


店舗ごとに違った趣向や内装の豪華レストランの間を抜けた先。 奥まった所に扉が有り。 シンシアが開いて行くのは、赤い色のトンネルへ下る、大理石で出来た階段。 開いた瞬間に、外の様な冷たい空気が身体を包んだ。


赤いレンガ積みの壁や天井窺わせる廊下を歩むアンソニーが、シンシアへ。


「地下回廊ですか?」


問われたシンシアは、顔色はあまり良くないが、優しく微笑み語り掛けて来たアンソニーに、やや赤らめた顔をして。


「はい。 此処から先は、迎賓館でして。 王侯貴族の方々や、世界でも名の通った特別なお客様のみが泊まる、別館に向かいます」


ユリアは、外も見えない地下回廊を行きながら。


「でも、食事ってさっきの場所じゃないの?」


シンシアは、頷きを返し。


「えぇ。 あちらは、宿に泊まられる方々の所。 皆様には、専属で料理人をお付け致します。 館にお泊りに為られる方々には、そうしていますのよ」


ユリアは、影の差す唖然とした顔で。


(せっ・専属ぅ~? す・凄過ぎるぅぅぅぅぅっ!!!!)


地下回廊を抜けて上り階段を上がると、更に寒い風が吹き付けて来る。 裏庭なのか、中庭なのか解らないが、外と思われる場所に出た。


「向こうに建物が見えますな」


と、クラークが。


視界のまだ利く所に、3階から5階建ての凝った館が二つ見えた。 そこまで行くのも、窓は無いが、屋根の有る外の渡し廊下を通って行くのだ。 庭は雪化粧しているが、美女のオブジェを備えた噴水や、雄雄しき神を象った石像などが配置されているらしく。 恐らく、晴れた日にでも見れば、のんびりと暇潰しの散歩が出来そうな広さが有る。 広い庭園の敷地内に、幾つもの屋敷が有るのだろう。


シンシアは、広い段々の階段を持つ、すり鉢状のホールを右回りで進み。 最初に見えた右側の外廊下へと踏み出し。


「皆様には、一番部屋の広い館を用意致しました。 白亜の外装をした“白鳥の館”です。 3階建ての一番小さい館ですが、各部屋は広いので、ごゆっくり出来るかと思います」


セイル一同。


(十分過ぎるってさ・・・)


と、思う。 思うだけだが・・。


夕闇の中、ランプの掛けられた外廊下を行き。 明りの灯った光が窓から漏れる館に着いた。


「此方で御座います。 さ、寒いので中へ」


重厚な白い木製のドアを潜れば、其処は暖炉の火が灯されて暖かい屋敷の中。


「うわ、暖かい」


驚くユリアは、喜んで中に入る。 丸で春の様に暖かい。


シンシアは、皆が入ったのを確認して扉を閉めると。


「エメラルダからお話を聞いて、部屋が決まり次第に暖めて置きました。 この国の冬は寒いので、ごゆっくりして下さい」


セイルは、御者の男性に向け。


「核所へは、明日にしましょうか。 今まで長旅だったので、今夜はゆっくりしましょう」


恐縮する御者の男性は、


「あ・・、俺も一緒にですか?」


と、遠慮気味に云う。


すると、アンソニーが、


「共に旅した仲ではないか。 ゆっくりしよう」


と、部屋を見に、団欒の出来るリビング先の中央階段へ向かう。


荷物を下ろすユリアやクラークも、


「そうそう。 一緒に仕事したんだからいいのよ~」


「うむ。 同じ身だ」


クラークの“同じ身”は、襲撃される可能性を含む。 近くに居た方が、彼の安全も保障出来る。 此処まで来て、彼にもし死なれたら悔やんでも悔やみ切れない。


さて、各部屋は、広い一室が二階と三階に3部屋づつ用意されていた。 クラシカルな家具に、大きめのベットが備わり。 本棚などにも、手軽に読める書物が10冊ほど入っている。 間接照明のランプは、洒落たグラスランプで、手入れの行き届いた部屋に清清しさを感じた。


二階にクラークとユリアと御者の男性が入り。 三階には、一部屋空けてセイルとアンソニーが入る。 部屋の壁は厚みが有るのか、部屋に喜んで入ったユリアの声が聴こえなかった。


荷物を置いて一階に戻ると、料理をする音と匂いがする。 皆が集まれるリビングの右に食堂が在り。 専属の恰幅な中年シェフが、料理を作り出していた。 もう、下拵えは終わっていたのだろう。


リビングの左には、壁で仕切られた浴場が3つ程有り。 どれも地下から温泉を汲み上げて、湯船に湯気を見せている。 タオルなどの準備も万全で、直ぐにでも入浴できそうだ。


セイル達は、ステーキやら手の込んだスープやらと、豪華な食事に喜び。 風呂で身体を温める事にした。 食事中に、マーリの伝言を知らせる遣いが来て。 セイルは、衣服を改めてから向かうと言伝したのである。





                ≪その夜は、寒さに愛が萌ゆる≫




セイルは、身を綺麗にした後で。 マーリが使いを遣し、今後の打ち合わせをしたいと云って来たので、会いに行く事にした。 クラークは、襲撃を恐れて同行すると云い。 ユリアも、夜の博物館を見たいのから行くと云った。 御者の男性も、馬車を引いたのは自分の馬なだけに、様子を見に行きたいと云う。


セイルは、アンソニーを見ると。 紅茶の用意などをするシンシアが、キッチンに居る方を見てから。


「アンソニー様は、此処に居て下さい。 尾行が付いているかどうか、探ります」


アンソニーも、まだその不安が残るのは、十分に理解している。 もし、此処を襲われたら・・と、危惧もした。


「ああ。 私も、少し外に出て探ってみる」


アンソニーが、その力を取り戻し始めて居るのを、セイルは理解している。 アンソニーは、早々に死ねる肉体では無いし。 本気を出したら、最も強いから残したのである。 正直な話、尾行のプロぐらいならいいが。 暗殺のプロが出て来られたら・・・。 セイルでも、自分と仲間の皆で護り切るのが、精一杯だと考えていた。


セイルは、シンシアの連れて来た男性の従業員と共に、宿の所有する馬車を動かして貰える手筈と為ったので。 居残るアンソニーに一声掛けて、一緒に外に出て行った。


「・・・」


アンソニーは、すっかり暗く為った雪の舞う外に出る。 マントも外し、黒く膝に膨らみを見せるズボンに、上は、ユリアが選んだ襟の高いカジュアルな白いシャツ。 洗った髪は、まだ少し濡れている。 アンソニーは、死んだから風呂など無用だが、生前の風呂好きでだろう。 気分だけでも味わいたくて、人と同じ行動をしていた。 ま、行動の中には、人としての心を捨てたく無い心持ちも含まれるからだろう。


ヒュ~っと、冬特有の冷めた無情の風が吹く。 恐らく、雪が溶ければ、芝生が顔を覗かせる庭園なのだろうが。 今は、積もり出した雪の絨毯が、暗い中で宵闇の中へと続く光景のみ。


(気配は無いな・・。 人気がこっちの庭園には感じられないから、オーラを探るのは容易い・・)


玄関前の左右は、庇の下を潜ってバルコニーとテラスへ移動出来る。 自然が多い庭園なのか、小動物らしき気配がする奥。 アンソニーは、浴場のガラス窓前のバルコニーに立ったり。 食堂のガラス窓前から、庭先まで広がるテラスに出て気配を感じた。


(今までの尾行は、少なくても無いな。 自決したあの男が、一人だった為だ)


と、思った時だ。


「アンソニー様、お寒いでしょう? 紅茶の準備が出来ましたので、どうぞ中へ」


一人残ったシンシアの声がする。 シェフは、別の手伝いで、大きな城の様な宿屋の館へ戻り。 二人居た男性従業員や、若いメイドの女性も、他の仕事に向かう。 それだけ、自分達が突発的に予約された訪来者と云う事なのだろう。


年末の前後を含めた一月は、地方に住む貴族や商人が、めかし込んで大都市に滞在する。 これが、今時代の流行りなのだとか。 クラークやセイルが旅の間に、アンソニーへ語った話であり。 宿へ押し寄せるこの客の多さを見ても、窺い知れる。 年末は、大都市で派手なパレードや催し物が多く開催され。 見世物や演劇・歌劇などが盛大に行われる。 商人や貴族は、それを楽しみに来るらしい。


玄関を潜ってリビングに戻ったアンソニーは、ふっくらと肥えた身体で支給をするシンシアに歩み寄り。


「急な訪問で済みませんでしたね。 冒険者なので、御構い無く。 ミセス・シンシア」


と。


すると、シンシアは口に手を当てて。


「あら、済みません。 私、まだ結婚はしてません」


と、困った顔で恥ずかしがる。


アンソニーの目に、そのシンシアの姿が初々しく見えた。 彼女は、どう見ても30はとっくに過ぎているだろう。 太って顔が大きいが、痩せれば優しそうな美人に為るのは、確かだ。 男性に嫌われるタイプでも無さそうだし、貴族の女性で未亡人でも無く、この歳まで結婚していないとはめずらしい。


「これは失礼しました。 紅茶、頂きます」


優雅にソファーへ座り、レモンの香りが漂うミルクティーを啜るアンソニー。


そのアンソニーの傍らに立つシンシアは、


「いえ。 私、少女時分は鬱を煩って、屋敷の中に篭りきりでしたの。 それに、こんな姿でも在るので、男性とは縁が無くて・・・」


と、曇らせた顔を横に向ける。


アンソニーは、そんなシンシアの顔を下から見て。


(こんな女性が、憂いを・・)


深々と降る雪の無音が、静寂と云うカーテンを庭園に張る。


「あ」


シンシアは、冷たい感触に驚いて顔を向けると・・。 いつの間にか、アンソニーに手を触れられていた。 驚き、手を引こうと。


「あ・・アンソニー様・・、こんな私めの手など・・」


すると、アンソニーはそれを優しくさせず。


「僕には、良く解らないな。 貴女の様な慈しみ深い女性を、今まで捨て置く男性が・・・。 全く解らない」


シンシアは、恐らく生まれて初めて、男性にこんな事を言われたのかもしれない。 それも、アンソニーの様な美男にだ。 身体と心を貫く優しい言葉が、恋と云う病の様な思いを熱くさせる。 急激に壊れんばかりに高鳴る胸の鼓動に、気を乱したのか。 シンシアは、


「そっ・そんな・・」


と、アンソニーの手から逃れようと、更に手を引こうとする。


だが。 アンソニーは、その一瞬手前で、ススッとシンシアの腕まで手首から撫で上げると。 引く途中で、シンシアの手は止まってしまった。


「・・・」


恋した少女の様に恥らうシンシアの瞳と、緩やかに見上げたアンソニーの目が、しかと噛み合う。 アンソニーの瞳は、魔力を現した赤い眼に変わっていた。


「あ・・アン・・ソニー様」


ソファーを立つアンソニーは、シンシアと云う女性の半分しか無い自分の痩せた身を、彼女に寄せて手を回す。


「あぁ・・」


女性として羞恥を感じる部分に、アンソニーの抱き回す手が触れられた時。 シンシアは、完全に只の女性としての顔を、恥じらいの艶色つやいろに染める。 


アンソニーは、自分を見て動けなくなったシンシアを見つめ。


「口付けも知りませんか?」


と、優しく微笑む。


「はっ・はい・・」


アンソニーの瞳から、自分の目を逸らせなくなったシンシアは、問われるままに応えた。 後ろに回されたアンソニーの手が、女性として自分を求める手つきで触っている。 今まで感じた事の無い感触に、シンシアはアンソニーの手中へと・・堕ちた。


・・・。


生まれて初めて、母親以外からの口付けを感じ。 自分を軽々と抱き上げて、寝室に連れてゆく男を見つめたシンシア。 寝具へ寝かされ、服を脱がされる時ですら、幻想的な世界に踏み込んでしまった感覚で。 まるで、夢現のままに、一糸纏わぬ姿にされる。 


(夢・・ですか?)


接客していても、アンソニー程の美男など何人居たか。 美人である姪のエメラルダに、色目を送る紳士は数多く居ても、自分には無いのが当然と、諦めて認めていたのに・・。


セイル達が戻るまでの一時は、シンシアには永遠に思えた。 生まれて初めて、女として乱れる悦びを知る時、彼女は、心の中の何かが溶かされる思いを知ったのだ。


・・・。




                  ≪出来る事は・・・≫





さて。 セイル達は、馬車でマーリの元まで戻った。 博物館の応接室に、まだ残っていたマーリと執事。


ユリアは、小難しい話はセイルに任せると、まだ明りの落とされていない美術品の鑑賞に行くと言い。


「では、私も」


と、クラークが付き合う。


セイルは、マーリとの話し合いも短く終わったので。 ユリアとクラークを博物館に残し。 御者の男性と共に、核所へ行く事にした。 夜も深まる前で、仕事は終わっている役所の中枢だが。 気の抜けない状況のセイルにしてみれば、マーリの周りを早く警備して欲しいのは、本心だった。


雪の降る街中を、馬車に揺られて見るセイル。 御者の男性は、セイルの乗った馬車の後ろから、宝物の運び込みに使った馬車で着いて来ている。 文化区を抜けると、街灯の明りも少なくなる。


アハメイルの東に広がる要塞の様な巨大な施設と、広い演習場。 要塞の様な施設は、移住や様々な許可などを貰いに、住民や移民が手続きを行ったり。 各行政監督省が出先機関を作って、対応する施設であり。 半分は、軍部や警察活動を担う役人などが詰めたりする場所だ。 地面剥き出しの広い演習場では、毎日数千人の兵士が日々訓練をする。 都市の都政を司る中枢なのは、前にも書いたので此処までとして。


セイルは、この演習場側から閉められた門を開いて貰って、敷地に入った。 王国の紋章が裏側に入った荷馬車を見れば、何か重要な物を運んだのだと兵士は一目で解る。


「テトロザ様は、王子の部屋の隣で事務に就いています」


セイルと御者の案内をする軍部の下級兵士長は、その部屋の前までセイルを導く。 


“コンコン”


兵士長が、テトロザの居る重々しいドアをノックすると。


「うむ。 何用か」


少し老いた男性の声が返ってくる。


「はっ。 王都より、荷物を運び込んだ冒険者と、御者が参っております。 何でも、リオン王子がまだ此方に来ていないので。 テトロザ様にお話が有るとの事で・・」


「解った。 とにかく入りなさい」


剣の腕を恐れられる近衛騎士団副団長のテトロザへは、兵士の誰もが畏敬の態度を祓うとか。


「はっ。 では、失礼致します」


扉が開かれ、兵士長を先頭に部屋へ入ったセイルと御者の二人。


幅広いデスクを前に、書類へ眼を通していた気持ち面長の初老男性が、鋭い視線をセイルに向けた。 一礼する兵士長とセイルと御者。


だが、セイルを確認するなり席を立ち上がるテトロザは、平静の顔では無い驚きの顔だ。


「あっ、もしや・・セイル様か?」


世界でも最強と謳われた二人の剣士の一人であるエルオレウは、テトロザの憧れた人物でも有る。 その孫で、リオンとも兄弟の様に仲の良かったセイルを、此処で見間違えるテトロザでは無い。


「えっ?」


「様っ?!」


テトロザに、“様”を付けられたセイルを見て、驚くのは御者と兵士長。


セイルは、ニコニコして前に出ると。 応接用の琥珀色をしたソファーの後ろを抜けて、デスクの前に行きながら。


「お久しぶりです。 リオンとクラン王様に言われて、荷物を運んで来ました」


驚くテトロザは、態々デスクを回って、黒い軍服の肩から背中に靡くマントを忙しく動かして、セイルの前に来る。


「どっ・どうしてセイル様が、お荷物を?」


「あはは、ユリアちゃんと一緒に、こっそりと冒険者に成りまして。 仕事の色々で、込み入った事に成ったんです。 あははは・・・」


テトロザは、直ぐに普通では無い気配を感じ。 御者の男性には、隣の部屋で一服しながら待たせる事にして。 セイルと二人で話し合う事を決めた。


そして、少しして・・・。


「なるほど。 リオン様が中々お戻りに成られないのは、その様な事情からでしたか・・。 モンスターの事等は耳にしていましたが・・、過去の王家の事情が・・・」


テトロザは、リオンが何時も以上に時間を掛けて、嫌う王都に逗留している事が気に掛かった。 リオンは、次の王は兄と腹を決めているので、無用に王都へ居続ける事を嫌う。 自分が居る事で、勢力争いを好む貴族たちが、次の王に相応しいのは誰だ彼だと言い出すからだ。 

 

セイルは、ソファーで向かい合うテトロザへ。


「宝物を運び込んだマリーさん博物館を含め、周りの巡視警戒をお願い致します。 それから、明日か明後日頃には、御者の方を王都へ送り届けて欲しいんです。 我々への尾行は、ワダルの町まで続きました。 連絡を取り合う別の誰かが居たなら、情報を狙う意味で、御者の方の帰りは危険です」


心配を見せるセイルは、冷静な顔でヘラヘラしていない。 その様子を見たテトロザは、深々と頭を下げ。


「はい。 その事は十分に・・。 いや、我等の国の使用人に、その様な深い心配を頂き有難う御座います。 双方の件、このテトロザがしかと聞き届けました。 早速、今夜から交代で見張りの強化を行います」


「有難う御座います。 御者の方は、今夜は我々と一緒に宿の方に泊まらせて。 明日に、此方へ行かせますね」


と、笑うセイル。


「はい」


鋭い目つきのテトロザも、セイルには微笑む。


だが。 セイルは顔を困惑させ。


「しかし、リオンは黒幕捕まえるって言いましたが・・。 根っこが凄く深そうな感じします。 何でも、僕達がアンソニー様を連れ帰った夜に、王様へ旧墓地の見回りを進言した誰かが居るなんて・・。 驚きですよ」


テトロザも眼を凝らして、テーブルを見つめ。


「ですな・・。 ハレンツァ様やセイル様のお仕事に襲撃を掛けたのも、恐らくは事前に情報を知り得てでしょう。 用意が整い過ぎています。 それに、その情報は、極々一部の者のみが共有出来た事・・。 下手をすると、国王陛下かリオン様の周りの誰かが、密かに手引きした張本人かも知れません」


「はい、そう思います。 でもそうなると、かなりの大物ですよね? 黒幕って・・」


「ですな。 一筋縄で行く事では有りません。 うむむ、まさか・・。 春先の一大事と、繋がっていなければいいのですが」


「あ、5大公爵様の御一人が係わったって云う事件ですよね?」


「えぇ。 結果、罪の無い住民にまで、被害が拡大致しました。 その事件の一部は、未だに根の見えない所も有りましてな。 刑事部の役人が、粘り強く調べております」


「リオンも大変ですね。 こりゃ~こっち来るの遅くなるかなぁ~」


「かも知れませんな」


「そう云えば、向こうでポリア様を見ました。 スッごく美人で、剣の腕も強いッスね~」


彼女を知るテトロザは、微笑み。


「それはそれは。 一昨日に来た手紙では、旧墓地のヘイトスポットの浄化は終わったそうです。 モンスター掃討作戦は成功だと・・。 恐らく、ポリアンヌ様が活躍されたのでしょうな」


「ですね~、グランディス・レイヴンの方々も来てましたし~」


「ほほ~、有名所のチームが二つ一緒ですな。 ま、我が王子は、とんとポリアンヌ様には頭が上がらないので、会うのは偶にでいいそうですが。 ふふ」


「気が強そうですもんね」


「はい。 セイル様の所のユリア殿と一緒ですな。 あははは」


テトロザが大きく笑えば、セイルは苦笑い。


「ユリアちゃん強過ぎですよ、あははは・・。 もう、僕とクラークさんが犠牲に・・」


「ほほっ、あの“双槍のクラーク”殿も負けますか」


セイルは、あの王城での出来事を話して聞かせた。 ユリアが、クラン王とタメで話し合って、王妃に色々バラして修羅場を作ったのを語ると。


「は・・はは。 陛下も、色々と隅に置けませんなぁ~。 クランベルナード陛下にとって、セイル様とユリア殿はお気に入りですからな。 ユリア殿にバラされては、観念の潮時ですわい」


テトロザは、流石に王妃に怒られる国王を想像してか、呆れ笑いしか出なかった。


盛り場や飲み屋などが最も人が入って、賑わい盛り上がる頃。 セイルは、御者の男性と共に、ユリアとクラークの居るマーリの博物館へと引き返した。 積荷を運ぶ馬車をこっちに移せたのが、大きな安心だ。 この軍部に馬車が在れば、積荷を探し回っても、マーリの元へと辿り付くには時間を要す筈であるからだ。


広い博物館の中の展示品や美術品を見て、すっかり堪能したユリアとクラーク。 応接室に戻り、マーリと楽しく雑談していた。


そこへ戻ったセイルが、今夜から警戒の巡視が行われる事を言うと。


ユリアは、驚いた顔で。


「うはっ、仕事速いね」


クラークは、感心した顔で。


「もう話が通りましたか。 流石に、セイル殿」


マーリに至っては、執事と見合ってから。


「流石ね、テトロザ様ともマンツーマンで話し付けて来るなんて・・、助かるわぁ~」


セイルは、一つの安心を持って来た。 皆、今夜は良く寝れそうな気持ちに成る。


だが・・。 セイル達は、別の不安を覚える事と為る。


それは、宿に戻った直後だ。


「あっ、みっ・み皆様、お帰りなさいませ」


離れの屋敷に戻った時。 顔を赤らめたシンシアが、何と衣服を直しながらセイル達に頭を下げる。


ユリアは、唖然以上の衝撃的な顔をして。


(セ・・イル、まっ・まさか・・さぁ・・)


と、耳打ちするが。


セイルとクラークは、全身の力を抜かして項垂れつつ。


(喰った・・・。 アンソニー様、選りによって・・この人を喰った)


と、頭痛の種が身近に居る事を再認識した。


当の本人は、しれ~っと上着の首元を肌蹴さしたままに、優雅な姿で紅茶を飲んでいたのである。

どうも、騎龍です^^


ご愛読、ありがとう御座います^人^

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