二人の紡ぐ物語~セイルとユリアの冒険~2
セイルとユリアの大冒険 2
≪護衛は無事に≫
「ぶぁっくしょんっ!!!!!」
セイルとユリアが、同時にくしゃみをした。
鼻髭を白くするクラークは、降り続く雪を見上げ。
「全く、出発してから5日・・。 良く降り続きますなぁ~」
クラークの間近に居るアンソニーは、事も無げに。
「今日の夕方には、ワダルの町に入れますよ。 極夜の続くこの国では、一月雪が降り続く事も在りますからね。 5日ぐらいでは、大雪とも思えませんよ」
サハギニーを肩に乗せるユリアは、セイルの脇を歩きつつ。 雪が一面に降り注ぐ街道と、雪の積もった壁を見渡す。
「しっかし、凄い雪の壁~。 道の両脇が山みたいに、雪・雪・雪だよぉ~」
護衛する馬車を引く中年の御者は、アーメットハットに黒い厚手のコートを着ている。
「この雪の壁は、毎日“道守”(みちもり)って呼ばれる兵隊さんが、街道の雪掻きをしている所為なんだよ。 街道の所々に見える細っこい脇道は、雪を運び出す裏道さ」
「へえ~、兵隊さん大変だぁ~」
驚くユリアに、アンソニーが。
「王都には、昔から数百万以上の人が住んでいます。 その生活のためには、真冬でも商人の働きが不可欠なんだよ。 だから、荷馬車を雪で立ち往生させない様に。 5日交代の当番制で、兵隊が騎士の指揮下で道守をするんだ。 只の兵士として仕事する夏の手当てより、道守の手当ての方が高いらしいね」
「ふ~ん、稼ぎ時なんだぁ」
ユリアは、自分の数倍以上は積み上げられた雪の壁を左右に見て、感心した。
だが、ニコニコしているセイルは、あまり言葉を発しない。
(まだ、尾行けて来てる・・・)
そう。 後ろから、ピッタリと距離を置いて尾行する気配がする。 擦れ違う馬車や冒険者達に気を配りながらも、セイルが一番気に成るのは、尾行の気配。 馬を休ませる意味での小休止がてらに、小用でも足しながら近付こうとすれば消え。 何時の間にか、また歩いていると気配がする。 セイルは、かなりのプロがやっていると緊張したのだ。
(このまま行けば、何処までも尾行される。 積荷を引き渡す相手の所まで、尾行されちゃうなぁ~)
一番の危惧だ。 自分達では無く、積荷を届けた相手が襲撃されては困る。
セイルは、正直困った。
夕方。
ユリアは、夕方で暗く為った空を見上げて。
「なぁ~んか、少しだけ夕方らしかったね」
アンソニーは、頭に溶けない雪を乗せていたのを払い落としてから。
「ワダルの町は、極夜圏の入り口だよ。 この町を過ぎると、昼間がもっと長くなる。 ワダルの町までは、少し標高が高いのさ」
夜。
ワダルの町に入ったセイル達。 馬車を止められる宿と為ると、探してみなければ為らない。 クラークは、長年旅慣れて居るから、宿屋などの密集地を知っている。 大き目で厩舎を持つ宿を探して回り、手頃な宿を見つけて泊まった。
さて。 地下にレストランを持つ宿だった。 セイル達は、御者の男性を含めて、軽く食事を楽しんだ。 金を払って頼む温かな食事は、旅の間の食事とは違って、心地よい満足感を味わえる。
入れ込みのテーブル席で食べ終わる頃。
「あの~、チョットいいですかぁ~?」
セイルは、皆に相談をする。 無論、尾行者の事。
「え゛っ、此処まで来てるの?」
驚くユリアや御者の男性を他所に、アンソニーやクラークは、薄らとそんな気配はした様な感覚を持っていたらしい。
ユリアは、フォークにジャガイモのバターグリルを刺しながら。
「セイル、ど~するのよ。 もぉ~し届けた先で何か在ったら・・・ヤバくない?」
セイルも困った顔で。
「ヤバいよぉ~。 まだリオンも来てないなら・・テトロザさんに頼むしか無いよ」
クラークやアンソニーとて、一度は襲撃されて居るだけに。 尾行されていると感じるだけでも、笑い事では済まされない。
御者の男性は、困った顔で酒を呷り。
「とにかく、届け先まで尾行されたら困りますよ。 どうにか出来ませんか?」
ユリアは、馬車の荷台を、ソックリ別物に変えて見たらいいと思う。 そして、荷台に皆が隠れれば、OKだと・・。
しかし、アンソニーやセイルは、尾行者の確保が最優先だと思う。
クラークは、それなら一芝居打てばいいのではと言い。 ランプの火に導かれて遣って来た火の下位精霊の、“火廻り”(ヒマワリ)と云う燃えた花の精霊と共に、コソコソ話をした。
次の日。
遅めな時間帯で、もう町に人が歩き回る頃だが。 起きたセイル達に朝が来た。 幾分太陽が遠めな感じだが、雪雲の切れ間に陽の光が弱く見えている。
「ご宿泊ありがとうございました」
馬車付きの宿泊だったから、馬を面倒見ていた厩舎の係りが、セイル達を見送ってくれる。 ま、夜通しでセイルやアンソニーが馬車の見張りをしていて。 厩舎の守番には、チョット不気味な一行だとは思われただろうが・・・。
さて。 宿屋が立ち並ぶ界隈の道を行き出す一行だが。
「クラークさん、ゆっくりして下さいね」
馬車を護衛する面子には、何故かセイルとユリアだけしかいない。 セイルは、馬車の荷台の扉を半開きにしてこう言った。
(居る・・)
セイルは、荷台の扉を開いて言葉を発しながらも。 近い何処かで、誰かが此方を窺う視線を感じるのだった。
アンソニーは、具合が悪いのか。 荷台前の運転席隣にてグッタリしている。
「悪いね。 陽の光が有る朝は、少し弱いよ」
と、横に居たユリアに言って、紳士帽子を深く顔に被った。
「アンソニー様、マジでモンスターみたい」
「うむぅ・・」
雪を掻いて運ぶ人々が働く光景などが見える宿屋街を抜け、ワダルの町を出て行くセイル達。 また、雪が道脇に高々と積まれた街道を行く。
それは、昼だった。
(やはり、アハメイルへ行く気だな・・)
白いローブに身を包む覆面の何者かは、遠くからセイル達の引く馬車を見つめている。 ラヴィンに雇われた手の者だ。 セイル達の動きに、追跡者として細心の注意を払い。 時として街道から外れて、積みあがった雪の山の上に上ったり。 先廻りする形で前に出たりして、尾行をハッキリさせない手段を取っていた。
ラヴィンから、馬車の行き先として、アハメイルに行くと言う情報を貰った。 アハメイルへ向かう街道は、大きく分けると一般的には、二つしかない。 尾行する側とするなら、見つからなければいい話の楽な部類だ。
確かに、セイルが尾行自体には気付いている事を、尾行する側も気付いた。 だが、雪が降り積もる旅路で、どれだけ急げど行き先は知れている。 尾行の経験が深いこの曲者にしてみれば、捕まらなければ馬車を追跡するなど容易い事なのだ。
(相手が気付こうが、俺が捕まらなければどうって事は無い。 寧ろ、俺を歯痒く思いながら、荷物引渡しの場所まで導くのが関の山だろう。 ガキがリーダーなチームだなんて、簡単なモンさ)
曲者は、慣れて卓越した技術を有するだけに、凡そ(おおよそ)の事態を想定して尾行をしていた。 何が起こっても驚かない自信が有ったのだ。
だが・・。
セイルが後ろを気にし始めた昼頃。 この曲者は、距離を離して街道脇の雪の上から、こっそり見ようと脇道に反れた。 そして、緩やかに蛇行しながらも一本道の続く街道を、上から見渡そうとした瞬間。
「あ」
思わず小さな声を出した。 凄い勢いで街道を走り始めた馬車が見える。 曲者は、呆れて苦笑いを目じりに見せる。
(おいおい、冬の街道を馬で走ったって、夕方前には馬がバテる。 そんな浅墓な事で、俺の目を眩ませると思えるのか? あははは、全く子供の考える事だぜ)
曲者の男は、内心でセイルを蔑み笑った。 雇い主のラヴィンは、
“あの若いガキには気を付けろ。 生半可なヤツじゃない”
と、言っていた。 だが、尾行のプロであるこの曲者からするなら、剣の腕は確かでも、尾行される事は無いから、知識が浅墓なのだと思った。
(どれ。 少し楽させて貰うか)
丁度、勢い緩く走る荷馬車が、後方から見えて来た。 幌馬車だが、馬の足取りからして、積荷を運んだ帰りなのだろう。 走るスピードも速めだし、荷馬車の揺れる音が軽い。 曲者は、雪道の街道に飛び降り。 通り過ぎる時に、荷馬車の脇に飛び付いた。 幌を張る木枠に掴み掛かり、脚を荷台下に走る木に掛けたのだ。
荷馬車の荷台は、人も居ない。 いざと為れば、隠れられる訳だ。 曲者は、楽な尾行で高い報酬を得ようと思い、ほくそ笑んだ。
しかし。
然程も行かない所で、なんと走っていたセイルの護衛する馬車が、普通にノロノロと進んでいる。
曲者は、チョットだけ走って行って距離を稼いだのだと理解して、笑いそうに為った。
(おいおい、そんな少しで俺の目を眩ませると思ったのかよ・・。 あんな槍遣いの有名なオッサンも居るってのに、浅墓過ぎるだろ?)
そう、曲者はこう思って、声に出して笑いたい気持ちだった。 いや、実際に誰が見ても、そう思える。 重い荷物を運ぶ二頭立ての馬車では、これから先に4日程の旅路を想定しても。 この先、馬に無理はさせられない。 だから、少しだけ先に行きたかった。 恐らく、届け先を見届けられたくないとか、そんな理由だろう・・と。
幌馬車の荷台に急いで入った曲者は、行過ぎる過程で馬車の両脇に歩くユリアとセイルを確認。 馬を操る御者の横には、未だにグッタリと眠るアンソニーの姿を見た。 少し先に行った街道上に曲者は飛び降り。 後から来るセイル達を、積まれた雪の上からでも遣り過ごしながら見て居ようと思った。
街道脇に積み上げられた、雪の上。 セイル達の護衛する馬車を待った曲者は、また今まで通りの尾行が続くと思った。
曲者の思い通り、セイルとユリアの護衛する馬車が間近に迫る。
だが。 この数日間の中で、今までと違う局面に成っていた事を、曲者は気付いていなかった。
それは・・。
「・・・」
曲者は、今まで先回りしても、遠目にセイル達を確認して、馬車の間近には絶対に近付かなかった。 行く方面が一緒なのだから、少し離れても関係無い。 この街道を旅する冒険者や旅人も居る。 自分を特定する事が出来ない以上、待ち伏せも難しい。 だが、この見ている場所は、最後の分岐点の分かれ道だ。 直進する街道と、迂回して辺境都市を通って西の街道を行く。 二つのルートの、最後の分岐点と言っても良かった。 此処を見届ければ・・・。
そう。 セイルは、此処に曲者を招待したのである。
気配を間近に感じたセイルは、グッタリしているアンソニーに近寄った。
この時。
曲者は、分岐する分かれ道手前で、雪の上からセイル達を見る。
瞬間。
「あ゛っ」
曲者は、自分の視界の中で、今までグッタリしていたアンソニーが急に身を起こして、紳士帽子を真上に・・。 つまりは、自分の視界の中で、自分の居る上に放ったのに驚いた。
この時をセイルは、見逃す訳が無い。 先立って荷台を軽く叩いて、クラークと連絡を取り合っていた。
「それっ」
セイルが声を出した。
「おおっ」
声を出したクラークが、馬車の荷台から飛び出す。
「ちっ!」
焦った曲者は、セイルとクラークが、自分を捕まえる為に動くと予想。 雪の積み上げられた急斜面を、林の点在する雪原へと逃げようと思った。 が・・・。
「ハッ」
曲者が息を呑む音を口に出した。 立ち上がった目の前に、アンソニーが立ち塞がっていたのだ。
「・・・」
目に、赤々とした炎の様なオーラを湛えたアンソニー。 マントにカジュアルな服装の軽装ながら、曲者を見る目は怒りに近い。
「あ・・ああ・・・」
驚くばかりの曲者に、アンソニーは・・。
「尾行する理由を、答えて貰おうか」
と、強い口調で問う。
だが、曲者の属する集団は、普通の集団では無かった。
(此処までかよっ)
曲者は、口を動かす。
「待てっ」
アンソニーが曲者の口に手を宛がおうとしたが・・・、遅かった。
「むぐぐぅ・・・」
曲者は、舌を噛んだのである。
雪の上を急ぐクラークとセイルへ、アンソニーは。
「済まない。 自決されてしまった・・」
途中で止まったクラークは、大いに驚き。
「なっ・何とっ?!」
だが、セイルは上まで遣って来た。
死んで口から鮮血を吐き、雪を赤く染める曲者を見ると。
「裏の集団に属するプロですね。 失敗して捕まる者は、集団の掟で死が待つと言います」
セイルは、曲者が纏う白いローブの下を検め出した。 黒い布で覆う顔を晒し出すと、歳は中年ぐらいの色黒な男性だ。 死んだ顔にすら、何か不気味な印象を受ける。 そして、衣服を検め様とすると、首筋に蛇に絡まれた財宝の刺青が見つかる。
セイルは、それを見て。
「わぁ~お、これはヤバイ。 世界的に盗賊依頼や隠密依頼を引き受ける組織で、“オブシュマプ”(呪われた金貨)だ・・。 凄いのに狙われてるよぉぉぉ~」
アンソニーは、雪の上で佇みながらセイルに。
「そんな恐ろしい組織を知っているのか、君は?」
高々と積み上げられた雪の上から、セイルは馬車の横に居るユリアを見下ろす。
「むか~し、僕の誘拐をしようとした組織ですよ。 まだ孤児院へ来たばかりのユリアちゃんが、僕の代わりに誘拐され掛けて、祖父の組織する警護隊に阻止されました。 それから半年ばかり、影で遣り合ったらしいです。 祖父は、首謀者を見つけては、処分したと・・言ってましたが。 まさか、また遭うなんて、運命なんですかね。 笑える」
アンソニーの目に映るセイルは、笑ってなど居ない。 寧ろ、危惧すら滲ませる顔だ。
「セイル君・・」
セイルは、アンソニーに顔を向けて。
「アンソニー様。 その・・誘拐の事は、ユリアちゃんには内緒で」
「・・・、解った」
アンソニーは、何故ユリアに“内緒”なのか解らない。 だが、セイルの本気の目が鋭く、何か深い理由が有るとだけは読み取れた。
≪護衛終了。 でもでも≫
フラストマド大王国の王都アクストムから、世界最大の交易都市アハメイルへ、10日以上も掛けて荷物を運んだセイル達。 雪が降る午前中に、様々な高さの建物だらけが見渡せるアハメイルに入った。
「うひゃ~、此処も人と馬車だらけ」
街中に入ったユリアは、雪の降る中でも太い通りを行き来する馬車や人の多さに驚いた。
セイルは、この都市には何度も来てるし。 マーケット・ハーナスの首都ヘキサフォン・アーシュエルでも似た光景は見れるからか。
「ユリアちゃん。 あんまり、ヘキサフォン・アーシュエルと変わらないと思うケド・・・」
途端ユリアは、セイルの胸倉を瞬時に掴み。
「何事もな、ムードが大切なんだよ。 ムードがぁ~」
「へっ・ヘイっしゅ」
クラークは、この活気溢れた街を久しぶりに見て嬉しそうだ。
「いやいや、やはり人の活気はイイですな」
アンソニーは、しみじみと。
「私の昔の頃より、活気有りますね。 雪が降っていても、溶かしてしまいそうだ」
セイルは、荷馬車の届け先の場所を聞きに、街を巡回する兵士を探した。 このアハメイルでも指折りの博物館を運営する貴族の、マーリ・チェキスト・ミカハリン。 爵位は古くからの侯爵で、クランベルナード王の母方と血筋関係に当たる人物ならしい。
博物館“マロードビションズ”(知識を飛ばす鳩)と云う名前は、この都市では有名だった。 場所を兵士に聞けば、其処まで案内してくれると云うので、誘われるままに文化区へ。 博物館や美術館に演芸場など、犇く文化的娯楽施設と知識を深める場が融合した区域も人が多く。 傘を差して羽根の団扇を持つ貴婦人なども居れば、冒険者や旅人なども蠢いていた。
その様々な様相の建築物を見ていても、半日は潰せそうな程の多式多様な建物が並ぶ通りを行けば。 3つの塔型の建物が特徴的な、全体的に城を思わせる大型の建物を発見。 敷地を囲む朱色の外壁を雪の中で掃除するオジサンなどが、歩く路上から見える。
「アレがそうだよ」
と、兵士が教えてくれる。
セイルは、裏側の入り口まで教えて貰い。 その塔を見上げながら客に混ざって、外側の外壁を歩き沿うのだが。 五十歩百歩歩けど端が見えない。
途中で館内へ入館する事が出来る門を、ゾロゾロと潜る旅人や、アカデミアンローブ(通学ローブ)を着た学生などを見たユリアが。
「なんか、スッゴイ館だね。 お城違うの?」
門から中を覗いたセイルは、入館料を受け取る女性の働き手を見て。
「寒い中でも美人は美人~」
クラークも、庇の有る小屋の中で、カウンター側から入館料を受け取る中年の美女を見て。
「うむ~、良いですな~」
アンソニーは、瞑目して。
「フッ。 そろそろ愛の手が欲しい頃かな。 まだ、身体も完全では無い・・・」
アンソニーが言葉を途中で止めたのは、異常な魔力の上昇を背後に感じたからであり。
「うほっ、燃えているっ!」
ユリアが覇気を燃やして怒る姿に、御者の男性が驚いた。
馬車が再び歩き出す頃。
「うう・・イタイ」
頭を押さえて涙を浮かべたセイルと。
(うむむむ、何でワシまでぇぇぇ?)
抓られた腕を摩るクラーク。
「遂に・・、私までか・・・」
向う脛をユリアに蹴られて、肉体的痛みが無い代わりに、精神的にダメージを負ったアンソニーが居て。 顔に手を当て、何かに悩んでいる。
「ガルルルル・・・男共ってムッカツクっ!!!」
怒ったユリアが、馬車の先頭をズンズン行く。
雪の積もった館沿いの道上。 珍しく降りて歩くサハギニーは、槍仲間のクラークを見上げて。
「正直・・・同情する」
「済まぬ・・」
サハギニーは、クラークの肩にフワリと現れて。
「男・・・だもんな」
「精霊と男同士を分かち合えるとは、嬉しい限りですな」
「槍のダチとしてな、ウンウン」
さて、距離的には、300メートルを優に超えた長さを誇る館の外壁を、人の行列も在る中でやっと曲がり。 3つの塔の裏側に回り込む時には、昼頃だったのかも知れない。 文化区の中に設けられる、施設付随のレストランに入る人が目立っていた。
警備の兵士が護る戸の開けられたアーチゲート前で、リオン王子から預かった書状を見せて、敷地に入る一同。 細かい砂利を敷き詰め、人や馬車の通る黒い石畳の道を浮き立たせる手法の景観は、完璧な手入れが行き届いていた。 建物の裏手をハッキリ見せず、また殺風景にもさせない裏庭。 雪木蓮と云う冬に花を咲かせる樹木が、頭上を赤く小さな花びらを咲かせて彩る場を潜り抜けると。 其処には、裏手の入り口がひっそりと存在する。
アンソニーは、セイルの脇で。
「この手入れをする執事か庭師は、芸術的に感性が豊かだね」
セイルも、流石に育ちからかそれが解る。
「植物を良く知っている手際ですね。 木の剪定で生み出す枝と枝の間・・この空間の開け方が完璧です」
そう。 木の剪定とは、庭師の腕と感性が見える。 枝ぶりを強調するだけでは、ダメなのだ。 庭と木が一体に成る絶妙な隙間を枝に生む事で、木々の間から庭を窺わせる。 一つの風景美を、隠しながら芸術的に生み出すのだ。
クラークやユリアも、その意味はなんとなく解る。 雪が舞う中で、極夜では無くなった暗がりの昼間。 雪の中で咲く花や、常緑の木々と落葉した木々の枝の間から、裏庭の向こうを窺わせる雰囲気。 情緒・・・。 その繊細な感性を窺わせる仕事ぶりなのだ。
見惚れる一行の耳に。
「何方ですかな? 今日に、来客のお約束は御座いませんが・・」
と、少し老いた男性のハッキリとした、だが優しい声が響く。
「・・」
御者も含んだ5人の顔が、裏口の前に出て来た紳士に向かった。
・・・。
「そうで御座いましたか。 これは知らずとは、云え失礼を・・・」
荷馬車の荷物の中身を知った執事の老人は、セイル達を博物館内の応接の間に案内してくれた。 セイル達は、早く荷馬車の御者を王都に戻す為、帰り支度をさせてやりたいので。 宝物を安置する場所への運び込みにも、このまま付き合う事にしていた。
早速、積り積もる話をする為に、貴族の女性を描いた肖像画や、昔の著名な名画が壁や装飾台の上を飾る応接室にて、館長である貴族の女性を待つ事にした。
「紅茶でも御召し上がってお待ち下さい。 本日、主は、冒険のお仲間とお会いに成って居ましたので。 そろそろお戻りに為られると思います」
温かい紅茶が欲しいと見ていたユリアは、ポカ~ンとして。
「え? ぼ・・・ぼ~けんしゃなの?」
白髪を短くし、背の高い身体を恐縮させる執事の紳士。 メイドが運ぶ紅茶に添える砂糖や、砂糖漬けしたドライフルーツの瓶をテーブルに並べながら。
「ええ。 何ともお恥ずかしいお話ですが。 お嬢様・・いえ。 主は、美術品を捜索する考古学者でも有ります。 古代の墓などの捜索や、古い美術品を見つける旅に同行する事も御座いまして・・」
ユリアは、その行動的な姿勢に共感。
「カッコいい~」
苦笑いのセイルとクラークは、何故か誰も居ない横を向く。
さて。 執事も消えた応接室で少し待って居ると。
「今頃届いたの? クラン小父様の使者って遅いわね」
出入りの扉の向こうから、張りの有る女性らしい声が聴こえて来た。 事態を知らないからこう云うのだろうが。 セイル達一同からすると、皆が苦笑いである。
「ご苦労様~」
元気な声を上げて応接室に入って来た女性。
(うわぁ)
ユリアは、その女性に目を見張る。
入って来た女性は、黒いズボンをタイトに穿きこなす。 スマートで大人びた女性だった。 鋭く上がった目じりは、気の強さを見せ。 赤いルージュの塗られた唇は、とても女性的なのに、白い肌は化粧を匂わせる白い肌。 色合いの薄い金髪の髪は、首に絡む様に切れ込みが入った緩いストレート。 首筋に揺らめく毛先が、躍動感を魅せる。 黒い上着のチョッキタイプのジャケットに、白いフリル袖のYシャツ。 翡翠色の細いネクタイが、小振りにハッキリ膨らむ胸のラインへ沿う。
その女性は、セイル達の前に来て。
「同じ冒険者同士として、堅苦しいのは抜きね。 私は、この博物館の館長もしているマーリ。 今回は、護衛ご苦労様~」
そんな元気なテンションのマーリを見て、一同が思うのは・・。
(この人で、あの宝物を護れるのかな・・・)
だった。
さて。 一応は、持ってきた宝物の事を語らなければ成らない。 セイルは、気楽に構えるマーリを同席の元に置いて、宝物の危うさを語った。 やはり、金目の物と成る財宝の様な品も有る。 警備上、兵士とは別に、私兵で剣の腕が達つ者数名に、魔法の心得者も雇うマーリ。 そして、時折仕入れる情報で、探検に向かうチームを、何時も斡旋所で結成しているらしい。
だが、先ずマーリが疑ったのが、アンソニーの事だ。 宝物の重要性や、王に直に謁見してどうこうの話に成るのだから、仕方も無い。 セイルは、執事の人に人払いを頼み。 マーリと執事以外はチームの面々のみにして、時間を掛けて初めから全てを語る事にする。
マーリは、王が昔の王子の遺物を、心無い者に渡したくないから、自分を指名して引き渡したのだと思っていた。 だが、セイルの家の事実。 クラークの家の事実。 そして、アンソニーの秘密と、蠢く策謀の末端の臭いを知らされて行く内に、自然と顔が引き締まって行く・・・。
セイルは、リオンが戻り次第に、この博物館の警備を強める事を頼むと言う。
少し声の高いマーリは、腕組むままに顔色を曇らせ。
「その尾行して来た怪しい奴は、結局自決したんでしょ? 此処に運ばれた事は知られて無い訳だし・・、そこまでする必要有るの?」
「死んだ人の首には、“オブシュマプ”の集団に属している刺青が有りました」
マーリは、口を開かせて驚き執事と見合う。
「チョット待ってよっ。 金で犯罪を手伝う大型組織じゃないっ!!」
「はい。 僕も昔に誘拐されかかった事が有るらしくて、その集団の事は祖父から聞かされました。 ですが、問題なのは、彼等は金で機械的に犯罪を成功に導く為に暗躍する組織。 つまりは、頼むクライアントが居ると云う点では、我々冒険者と同じ・・。 其処に有る事実は、依頼主が金を出して求める何かが有る限り。 彼等は、何処までも目的の物を求めて、これからも行動して来ると云う事です」
ユリアは、難しい顔に怒りを孕ませて。
「いい迷惑っ」
アンソニーは、本気で考え込むマーリに。
「とにかく、王都では、今回の黒幕をハレンツァ殿がリオン王子の手の者と捜索して居ます。 主犯格の黒幕が判り、依頼が成立しなくなれば、自然と狙われる危険は去ると思います。 それまでは、暫く警戒をするか。 宝物を何処かに隠すなどの手段を講じて下さい。 本来なら、運び出すのを悟られる前に持ち出す気でしたが。 どうやら、全ての事に、陰謀めいた手が回っている気配が在ります」
クラークは、深々と頷き。
「ですな。 先ず、我々が完全な隠密行動をしているのに、丸で手の内を知られて居るように襲撃された。 そして、運ぶ間も尾行が付いていた・・・。 自決したあの曲者が、その様な組織に属するなら、他にも仲間も必ず居るはず。 果たして、此処までの運び込みが知られていないとも・・、云い難い」
するとマーリは、大きく一つ頷き。
「解ったわ。 今日から、この博物館の警備を増やすわ。 私の入るチームは、斡旋所に2・3つ居て。 今は仕事が少ない時期で、炙れてるチームも居るし。 その皆に声掛けて見る」
セイルは、頭を下げて。
「宜しくお願い致します」
マーリは、サッパリと笑い。
「重要な話だからいいわよ。 それより・・、一つお願い有るんだけど」
セイルは、仲間と見合ってから。
「はい、何でしょうか?」
「実は、私の博物館と美術館って、この横の通り沿いの下った所。 ん~、宿屋街と商店街が合わさる商業区と隣接してるの。 んで、私の運営する館内でレストランを営むのは、従兄弟の伯爵家の一族でね。 商人として、隣に宿屋も経営してるのよ」
ユリアは、話が見えず。
「それで?」
マーリは、気の合いそうなユリアを見て。
「うん。 君たちはリオン王子とも仲イイし、冒険者としての腕も有るんでしょ? このアハメイルに少し留まって、その宿で控えてくれないかな? 日中は人目も有るし、居なくてもいいの。 問題は、人気が一気に無くなる夜・・」
セイルは、それには直ぐ反応し。
「いいですよ。 どうせ我々も、リオン王子が戻るまでは、この街を離れる気は有りませんし。 チョット事態が不安なので、長逗留も悪くないと思いますから」
すると、マーリと云う女性は元気な笑顔を見せ。
「良かったぁ~。 なら、私が直に頼んで手配するわ。 結構部屋数多い大きな宿屋だから、個室で頼んであげる」
セイルは、先に宝物を運び込む事を聞く。 馬車を操る御者は王都の住人で、何時までも此処に残すのは可愛そうだ。
マーリは、地下金庫の所に運び込む事を決め、セイル達にも手伝って貰う事にした。 運び込みを指示して、マーリは直ぐに併設レストランへと向かって行く。 今なら、まだその宿を営む一族の誰かが居るからだった。
宝物を運び込むのは、深い地下へ掘られた大きな人工洞の地下保管庫。 ヒンヤリしているが、水分を余り感じない石窟洞窟で。 キチンと部屋割りに区画され、各部屋に向かう為には、頑丈な鉄格子の門を潜らねば成らない。
セイル達、他の屈強な男手の作業員へ宝物を運び込む指揮は、執事のヘレーニムがする。 静かな振る舞いながら、指示は手際良く。 能力の有る執事だと窺えた。
セイルやクラークは、運び込みをしながら御者の男性と話し合う。 この人物も情報源の一人。 一人で帰せば、途中が危ない。 セイルは、核所と呼ばれる、アハメイルの行政中心地に行く事を話し合った。
軍部の人に護衛して貰う為にである。
さて。
セイル達が運び込みをする間。 マーリは、レストランに来ていた宿屋を運営する貴族の若女将と、宿泊の話を付けて来たらしい。
「セイル君だっけ? 先に宿に行って見て。 一晩二晩なら、御者の人の寝室も提供してくれるから」
一汗掻いたセイル達。
「はい。 では、そうさせて貰います」
応接室に戻ったセイルは、マーリから案内役の手代の男性を紹介して貰って。 馬車は、明日にでも引き取る事にして。 一旦マーリの元を後にする事にした。
どうも、騎龍です^^
セイルとユリア編も、漸く前半の折り返しを過ぎます^^。 この後は、ポリア編の続編をお送りする予定ですが。 何分内容が濃い~ので、もしかすると別の話を挟む形に成ります(謝り)
ご愛読、ありがとうございます^人^