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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
53/222

二人の紡ぐ物語~セイルとユリアの冒険~2

               セイルとユリアの大冒険 2





                   ≪朝を迎えて≫




次の日の朝。 雪が降り続き冷え込みが厳しい。


暗い中で起きたユリアは、ギシギシと筋肉痛のする全身が鉛の様に重くて。


「う゛~、イタイなぁ~」


ベットの横でランプ台に座る闇玉は、灯りの消えたランプに寄り掛かりながら。


「そりゃ~そ~だろうさ。 ちょーしこいて、合成精霊秘術なんか使うンだもん。 魔力の消耗が激しくて、全身が筋肉痛みたいだろ~。 まだまだユリアっちには、早過ぎる芸当だゼ」


ステッキを本当の杖代わりで起きたユリアは、不機嫌に下着とタオルの準備をしながら。


「う゛~、うるさい。 セイルやクラークさんに、無理ばっかりさせられないでしょ」


「? 風呂でも入るのかぁ~?」


「あう。 2階から別館の浴場に行けるの」


「ふ~ん」


闇玉は、納得したが納得出来ない部分に突き込みたくなった。


「あの槍のオッサンやセイルが、そんな疲れてたのかぁ~?」


ユリアは、暗い部屋で溜め息を吐くと。


「クラークさんも、セイルも、アンソニー様の屋敷でガイコツと戦った時のキレ、昨日は無かったでしょ? セイルは、魔法剣の時に魔力を使い過ぎた疲労。 クラークさんは、セイルと一緒に初めて戦うので、使った事無い神経使って全身に疲労してたのよ。 アンソニー様だって、手が干からびる危険を平気で冒そうとしてる・・。 自分の責任を感じて、自分の国を守る為。 口にしないけど、み~んな無理してるわ」


闇玉は、コロンコロン左右に転がりながら。


「あのイクシオとか云うオッサン達も、それなら無理してたしな。 誰も・・死なせたく無いからか?」


ユリアは、闇玉に向いて。


「アタシが死んでもイイ?」


「・・・」


闇玉は、黙る。


「ヤミちゃんだって、人と同じ思いを持ってる。 だから、黙るでしょ? アタシや、セイルも同じ。 知り合った人・・、死んで欲しくない。 多分、セイルだけじゃない。 クラークさんもそうだけど、私と知り合った人の中には、精霊を無益に殺すトコ見たら・・・怒る人いるよ」


「・・・ユリア。 人と精霊って、仲良く成れるのか?」


ユリアは、着替えを抱えて。


「全ての人が、仲良く出来るなんて思わない。 でも、ほんの一握りだけの人だけが仲良く成れるとも、思わない。 仲良くしてくれる人から、仲良く成って行けばイイって思う」


闇玉は、転がるのを止めると。


「ユリアとセイルと・・・、あの槍のオッサンだけでもイイよ。 友達・・・」


ユリアは、笑って。


「ヤミちゃん、一人増えたね」


「・・・」


闇玉は、ユリアに背を向けた。 精霊でも照れるらしい。


その頃。 朝に為っても雪が降る中だ。


ポリアは、今日まで墓地の奥の森へと行く冒険者達を一緒にして、封鎖区域の旧墓地前に集まっていた。 ポリアのチームとサーウェルスのチームは合同で、イデオローザの隊と共にあの恐ろしく成長したヘイトスポットの浄化に向かう事を確認する。


ステュアートのチーム、カミーラ・イクシオ・マガルを軸にした合同チーム、寄せ集めながら戦力の整った合同チームは、それぞれに聖騎士の隊と一緒になり。 ポリア達の向かうヘイトスポットから更に湖に近付いた所で、仕事として最後の掃討作戦を展開する事に為っていた。


さて。


フラストマド大王国宮廷魔術師の副総長である女性が来て。 ポリア達だけに、恐るべき事実を教えてくれた。


この墓地一帯は、かなり古い昔に無縁墓地と成ったのだが。 アンソニーが賜った屋敷や土地も含めて封鎖されたと記述されたのは、隠蔽の一環だったらしい。 超魔法時代に、この墓地で巨大なヘイトスポットを生み出し、悪魔を召喚しようとした暗黒魔術師が居たのだとか。 魔術師は、王家の王位継承に文句の在った公爵家の誰かで、魔術師自身は王国の騎士達に倒されたのだが。 その生み出されたヘイトスポットは、完全に浄化出来ないままに結界で封印したと云うのである。 


事実を知ったポリアは、これには目くじらを立てて抗議。 ほったらかしにして、墓地の中やその周辺がどうなっているのかも確かめないのは、怠慢だと・・。


だが。 事態は何も解らないままに、浄化されていると思い込んでいた王国政府であり。 モンスターを定期的に駆逐しておけば、それで何とか成ると軽視していた王族。 何より、アンソニーの一件や、大使館を置く場所を安易に決めた過去の王国の歴史など様々な事が絡み合って。 “臭い物には蓋”で、此処まで通って来たらしい。 だから、墓地の中の調査は、何一つ遣っていないので、実情を把握出来ない王国なのだ。


実は・・・。 宮廷魔術師の副総長が直々に来たのは、リオン王子の指示だ。 嘗ては父親が娘にしたかったポリアの危険を回避するために、事情を話して。 この先は、近衛騎士と聖騎士との合同部隊に任せる様に説得する為だった。 が、ポリアの性格で引き下がる訳が無い。


王族の一員である自らが、その浄化をすると決めたポリアの意思決定に、王国に仕える聖騎士の一部は逆らえる訳も無く。 ポリアの行動に、一丸と成って突き進むチームの仲間達。 そして、相変わらずの行動力と威勢の良さに、意気を感じたグランディス・レイヴン以下冒険者の皆が、ポリアの元に一つに成ったのである。 恐らく、ポリアのリーダーの資質は、こうした人を動かす雰囲気や気持ちに在るのだろうが。 あの包帯男が見ていたら、何と云うだろうか。


ポリア達が徒手空拳ながらに作戦を立て。 聖騎士一同を含む兵士軍と連携して、最後の作戦を決行すると動き出した頃。 セイル達は、約束の場所で、王都の入り口でもあるヴィクトリーゲートに集まった。


「うはぁ~、寒いっ!」


足踏みをするユリアは、マントに手袋を着けて、耳まで隠せる毛の付いた耳宛帽子を被りながら呻く。


「ズズズ・・・、言っても言わなくても寒いね」


鼻水を啜るセイルが、寒さで肌を白くさせて言う。 疲れも有ってか、元気が鈍い。


薄いマントを羽織るだけのアンソニーは、キザったらしく前髪を避けて。


「死ぬって、恩恵も有るのだな」


クラークは、死んでまで寒さをやり過ごす気には為れず。


「アンソニー様、嫌味に・・・」


「思わず、ごめん」


苦笑いのアンソニーだった。 


今。 アンソニーと3日も夜を共にした女性僧侶は、未だに一糸纏わぬ体をベットの上に横たわらせていた。 昨夜の激しい行為は、アンソニーに愛情と共に魔力をぶつける全力の思いだった筈だ。 アンソニーとて、彼女を抱く時は本気だったのだろう。 手も元に戻っていたが、何より顔つきが人だった。 物憂げな感じは消えていないが、死人の様な肌が心なしか若返って見える。 


(ありがとう。 僕は、君を忘れないよ・・)


息も絶え絶えに、ベットで気絶し掛けた女性僧侶へ。 そっと抱き寄り声掛けたアンソニーは、今も此処で微笑んでいる。 彼女から受け取った愛情を、胸に抱いて・・・。


「おお、皆さん御揃いですな」


馬車を引き連れたのは、御者と兵士二人とハレンツァ。 そして、リオン王子である。


「あ゛」


セイルは、目を細めているリオンに驚く。


セイルと9歳違うリオンだが、セイルの前に来るなり。


「お~ま~え~、随分と楽しい事してるじゃ~ないか」


と、親しげに言う。


「あはははは・・、だってさぁ~。 ユリアちゃんが、冒険に出るって言うんだモン」


ユリアは、苦笑いでセイルのお尻をつねる。


(言うなバカっ!!)


リオンは、ユリアも含めて見て。


「まぁ、大体は・・そんな所だろ~とは思ってたがな」


と、言ってからセイルを再び見て。


「護衛頼む。 セイルもユリアも、クラーク殿などが一緒だから安心だが、襲撃されても遣り過ぎるなよ。 そのうち黒幕捕まえて、直ぐに黙らせるからさ」


セイルは、リオンの役職を知っている。 だから。


「リオン~。 アハメイルには来ないの?」


「そりゃ~そのうち帰る。 弟と父上に事を頼んで、腹心のアンサムス卿に任せる。 俺より事務処理や裏方の遣り方は、あの人の方が上手いからな。 黒幕は、父上からシメて貰えば大丈夫だろう。 あんまり、テトロザとみんなに留守を預けっ放しも悪いし」


セイルは、ニコやかに。


「解った。 んじゃ、向こうで仕事でも請けて待ってるよ。 何れは別の国に行きたいし、向こうでお別れに奢って貰う~」


「コイツめ、もう奢らせる計画付きかよ」


セイルとリオンは、気心知れている様に笑い合う。 一緒に笑ってるユリアを含め、確かに付き合いの長さと深さが窺えた。


アンソニーは、リオンに近付き。


「リオン様、助けてくれてありがとう。 我の後始末で、迷惑を掛けて済まない」


リオンは、アンソニーを鋭くも笑みをも残した瞳で見た。


「気にするな。 多分、俺が貴方で同じ事情なら、同じ事したかも知れない。 それに、王子の証を悪用しようとする輩が悪いのであって、死んだ後まで誰も責任なんて持てない。 後は、今の人に任せてくれ。 今更、貴方に出張って貰っても混乱を来たすだけだ」


「はい。 宜しくお願いします」


「もういいさ。 それより、セイルを頼む。 コイツ、見た目に反して俺以上にブッ飛んでる。 ユリアも同じ跳ねっ返りだから、デンジャーなのが二人居るんだ。 誰か一緒に居てやらないと、知り合いとしちゃ大変だぜ」


セイルとユリアは、お互いに見合って。


「ユリアちゃん、だって~」


「るっさい。 お前と一緒にすんな」


その通りだと思ったクラークは、しみじみとウンウン頷き。 ユリアに睨まれて、ハッと大焦りで横を向く。


苦笑のアンソニーは、リオンに頷きを見せて。


「楽しませて貰うよ。 難破船に乗るのも、一興です」


セイル達と共に、南の交易都市アハメイルまで、馬車の扱いと共に同行してくれる中年御者が馬車を引いて来た。 護衛をするセイルとクラークに挨拶をし。 ユリアには、馬車の前に座る事を薦めてくれる。


リオンは、カンテラをぶら下げた馬車の後部を見ながら。


「アンソニーさん、王家は貴方の家だ。 もし、眠る気なら戻ってくれていい。 死ぬとしても、王家は貴方の事を恥と思わない。 俺は、貴方を信じる。 セイルとユリアを頼む」


アンソニーは、リオンが丸で兄弟の様にセイルを思っているのだと感じた。


「大丈夫、彼らは強い。 それに、助けられた恩がある。 私より先に、このチームの誰も死なせやしないさ。 それは、私をチームに受け入れてくれた彼らへの、私の誓いだよ」


筋肉痛を理由に、馬車に堂々と乗るユリアを笑うセイル。 セイルに合わせて笑っているクラーク。 そんな二人に怒るユリア。 三人をリオンと共に見つめるアンソニーは、リオンに静かな約束を置いて馬車に向かった。


アンソニーを見送ったリオンは、


「セイル、アハメイルでな~」


「うぃ~。 リオン、またね~」


クラークも、一礼し。


「忙しい中、見送りまでありがとう御座います」


リオンは、クラークに手を挙げ。


「向こうで一杯やりながら、共に話せる機会を楽しみにしますよ。 “槍のクラーク”殿とは、ゆっくり話がしたいですからね」


「恐縮です」


ユリアは、動き出す馬車から顔を見せて。


「待ってる、リオン様」


微笑むリオン。


「精霊達に宜しく、向こうで会おう」


クラークとアンソニーが馬車の後を行き。 最後までリオンを見たセイルが、雪の降る暗い中で拳を握って笑った。


リオンは一つ頷くと、サッと踵を返す。


(アハメイルに行く前に、王都にモンスターを残せるか。 今日は、俺も出張る)


気持ちを決めて、城に戻る為に馬へと跨ったリオンだった。






                  ≪最後の激戦の果てに≫





昼前。 ポリア達は、赤紫色に変色した巨大な溜池の様なヘイトスポットの浄化・封印を行う。 


朝、成長したヘイトスポットを囲んだ結界の外側には、前日に倒したモンスターの死体に寄って来た新たなる群れが・・。 モンスターを食らうモンスターの群れが、一晩で溢れていた。 結界の弱い部分は綻び、モンスターの侵入を許している所もあり。 ポリアは、その討伐の進行具合と再結界作業の行方を見守っていたのである。


気を吐くステュアートのチームを始め。 国を守る気持ちと、モンスターに対する慣れも出始めた聖騎士達が、宮廷魔術師達と寺院の僧侶達を上手く指揮し始めて来た頃。 遂に、リオンが近衛騎士と聖騎士に加えて。 高い能力を買われて、国に仕えている魔術師兵団を合わせての一個師団を連れて来た。


助太刀がてら、森に散開して戦っていたポリア。 湖に向かう森の中で、小隊に分かれてモンスターを掃討するリオンが来ると、開口一番に。


「遅いっ!!」


リオンは、急襲して来たジャルダージュを、馬上にも関わらず斬り倒し。


「そう言うなよ。 ポリアンヌを助けに来たんだぜ」


ポリアは、リオンの一団で、集まって来たモンスターは大丈夫と思い。 近場で戦っていた仲間に、結界の内側へと引き上げを言い渡してから。


「これから、ヘイトスポットの浄化を試みるわ。 森のモンスターは、リオンに任せるわよ」


リオンは、ポリア達がこれから相手をするのは、赤紫色の光を黒い靄の中から発する。 それこそ異常に成長したヘイトスポットなだけに。


「ポリア、本気か?」


「ヘイトスポットを見張ってる、サーウェルス達と一緒にやるわ。 此処に居る僧侶で、システィとオリビア以上の司祭様は居ない。 対不死者、対モンスターでも私達が一番優れてる。 リオンは仲間連れて来て無いんだから、無理されても困るわ」


「おいおいっ、万一の事が・・」


と、馬上から降りようとするリオンに、ポリアは背を向け。


「大丈夫、考え有るから。 代わりにって云うと何だけど、僧兵と寺院の僧侶は借りるわよ」


と、言う。


ポリアは、自分を待つサーウェルス達と仲間の下に戻った。


ヘイトスポットは、大きく年季が入ると、邪悪な瘴気を常に吐き出す様に成り。 死体が在ればゾンビやゴーストを。 モンスターが居れ活性化、死ねば死霊モンスターを生む。 其処に力を蓄えて成長する中級モンスターが生まれれば、モンスターは更に増えるし、生み出す元凶が増える。 


ポリアは、冒険者の自分達以外に。 イデオローザ以下聖騎士数名に、その各隊に配属されていた僧兵と。 更には、寺院から来てくれている僧侶達を集めて、浄化に同行させる。


「あああ・・あの・・・」


「怖い・・です・・」


怯える僧兵や僧侶。 オリビアやシスティアナも、じわりと冷や汗を顔に浮かべている。 ヘイトスポットの瘴気と、その中に居るモンスターの強烈なオーラに、戦う前から怯えてしまっているのだろう。


ポリアは、オリビアとシスティアナに。


「お願い。 ローザを主軸にして」


オリビアは、心得ていた。


「また、遣らせればいいのね? あの時同様・・。 応用にこんな事するなんて、チョット驚きだけれども・・・」


オリビアは、ポリアの応用力に驚きだった。


先ず、ヘイトスポットをぐるりと取り囲む様な輪を、何重も作り立った僧侶と僧兵達。 別の聖騎士隊に所属していた僧侶や、参加を申し出てくれた冒険者の僧侶達も居る。 総勢、100人以上。


そして。 馬数歩分の間を空けて、ヘイトスポットを取り囲む様に騎乗したイデオローザは、配置に着いた聖騎士達に向け、自らの剣を上げて合図を送る。 イデオローザを視界に入れ、ヘイトスポットを囲む別の聖騎士達が、彼女の合図を真似て剣を掲げ。 ヘイトスポットから二十歩以上も離れて取り囲む僧侶・僧兵達が、何と一斉にレクイエムを歌い出した。


湖の方に向かってモンスターを討伐しつつ、ポリアに気を揉んだリオンだったが・・。 そのレクイエムの合唱を聞いて、ハッとした。


(な・・、そうかっ!! ヘイトスポットの浄化は、中に入らなければならない。 だが、外からレクイエムを歌う事で、ヘイトスポットの中のモンスターに“聖なるブレス”を与えられるっ!! あのレクイエムが歌われる限り。 ヘイトスポットの中のモンスターも、魔法の詠唱等に負荷が掛かり、発動が上手く行かなくなるかっ!! 即死の魔法とて、失敗する可能性が増える筈・・・。 ははは・・、ポリアンヌ、流石だっ!!!)


リオンは、ポリアが奇知的なアイデアで、難敵のモンスターに対抗するのを知って勇躍した。


「戦う皆に告ぐっ!! 声を上げろっ、ヘイトスポットの浄化はもう直ぐだ!!! モンスターを一気に壊滅せよっ!! 今日で・・全てに決着を着けるぞっ!!!」


剣の腕を誉れるリオンの存在は、兵士や騎士達にしてみれば、軍神のような信頼が有る。 その声が森に響き、各個撃破で小隊に分かれた聖騎士や近衛騎士達も勇む。


「皆の者っ、怖じ気ず戦えっ!! モンスターはっ、激減してるぞっ!!!」


「おーっ!!!」


「リオン様が勝ちを確信したぞっ!!! 負けは許されんっ!!」


「はっ!!!」


兵士や騎士の活気は、一緒に戦う冒険者達にも伝わる。


「兵士や騎士が、一気に近付いてきてるよっ!! ステュアート、森のモンスターは向こうに任せて。 アタシ達は、このまま風穴に乗り込もうっ」


銃に鉄の矢を込め直すセシルが、モンスターの逃げ込んだ大きな風穴を指差す。


ステュアートは、アンジェラを聖騎士に任せて。 また、前線に来ているオーファーに向いて。


「オーファーっ、僕とエルレーンを先頭に突っ込むよっ!!」


「うむ、セシルと共に後ろを行く。 今日の俺は一味違うから、安心して行け」


頷くステュアートは、エルレーンと共に風穴に向かった。


オーファーは、魔法を唱えて岩を地中から生み出し浮遊させる。 守りにも、攻撃にも使える“ストーン・ヘリンジ”(岩の偶像)と云う魔法だ。 昨日の掃討作戦で、森の魔域化に歯止めが掛かり。 失われてつつあった精霊の力に、息吹が戻り始めていた。 自然魔法に対する自然の応え方に、一定の力を感じたオーファーは、中級の魔術を惜し気もせず使っている。


さて。


ポリアは、遂にヘイトスポットに踏み込んだ。 ヘイトスポットの中心には、紅い血の色のスケルトンが、青黒いオーラを纏ってズタボロのマントを羽織っている。 上位モンスターが居座っていたのだ。 その上位の死霊モンスター“ハィエスタード”と云う死霊は、強力な暗黒魔法を使用する。 魔法で数種類のスケルトンを瞬時に生み出したり、即死の魔法をも使う強敵だ。


しかし。 神聖魔法には、その死の魔法を成立させない特殊な魔法が在る。 高位の司祭であり、グランディス・レイヴンのリーダー・サーウェルスの妻でもあるオリビアに、その魔法を掛けて貰うポリア達。 一撃の即死魔法を使う上位死霊モンスターと対峙するポリア達は、耳に響くレクイエムを胸に、モンスターを見る。

 

ヘイトスポットの中まで聴こえる、縦横無尽の大合唱と成ったレクイエム。 聖騎士を軸に、レクイエムの歌を合唱する僧侶や僧兵達。


このレクイエムの歌の使用用途には、幾つかヴァリエーションが在り。 その特異的なのが大合唱による祝福ブレスと云う効果だ。 歌の届く範囲で聖なる地場を生み出し、暗黒魔法などの使用に強いプレッシャーを与える。 神聖魔法とその加護を授かる僧侶達には、暗黒の力が支配するヘイトスポットの間近では、その交わらぬ対象の属性から精神的な圧力を受けるのだが。 それを跳ね返し、逆転させる唯一の対抗策を、逆手に取ったポリアのアイデアなのだ。 レクイエムの歌で、周囲に張った結界の力を増幅して、僧侶達を護ると同時に。 レクイエムの別の歌を、ブレスとして歌う。 聖なる歌の乱れぬ合唱が相乗効果を生んで、強固な力を生み出し始めた。


レクイエムの御蔭で、精神的な恐怖を克服し、ハィエスタードに戦いを挑んだポリア。 だが、死霊モンスター・ハィエスタードとて滅ぼされまいと、ポリア達にモンスターを生み出して嗾ける。 直ぐに30体程のスケルトンを生み出して於いて。 更にスケルトンの中でも剣術に優れた、セイバーズ・ボーンと云う二刀流の青紫スケルトンをも、10体近く召喚して決戦が行われた。


システィアナとオリビアは、このヘイトスポットの中に入って、仲間の為に防御魔法を掛け浄化に備える。 神聖魔法の使い手で地場の浄化を行う以上、彼女らに無理はさせられない。 そうなると、魔想魔術の効かないモンスターが多い相手の中では、剣士や戦士達が、セイバーズ・ボーンと激しい斬り合いをするのは必死だ。


グランディス・レイヴンのサーウェルス達は、その生み出されるモンスターに合わせて、ハィエスタードが呼び寄せる他のモンスターをも相手に、死に物狂いの戦いをする。 強力な聖なる力を備えたポリアの剣は、ゴーストバスターとしては最強の剣だ。 ハィエスタードにポリアをぶつける為に、モンスターを左右に押し退けて道を切り開こうとする。


「往生際が悪いんだよおおおっ!!」


ゲイラーは、炎の力を含んだ大剣を構えて、戦士ダイクスと学者ミュウを取り囲もうとする無数のゴーストに向かう。 強力なヘイトスポットに成長する過程で集まったゴースト達は、何十と云う数だった。 


「・・・」


「参るっ」


システィアナに聖なる加護を武器に授けてもらったヘルダーとイルガは、一人で深く斬り込んだアリューファに加勢しようと突撃した。


「退けっ!! ザコは退けえええぃっ!!!」


怒声を上げて奮闘するサーウェルス。 魔想魔術師のデルとマルヴェリータの後ろ盾を貰い、サーウェルスと剣士オリバーが、襲い来るセイバー・ボーンを左右に押し退ける。


その時だ。


「コシャクナ人間メッ!! 死ネェェェェッ!!!!」


ハィエスタードが、骸の口を大きく開いて即死の魔法を・・・。


「今だっ」


ポリアは、即死の死神召喚術を唱え出したハィエスタードに走った。 両手で暗黒魔法を発動させるハィエスタードだが。 ポリアは、風の力で飛んで来た暗黒魔法を蹴散らす。 ギラギラと光るヘイトスポット。 その中心に居座ったハィエスタードを、生み出される一歩手前の死神ごと自身の剣で突き倒し。 


「消えて居なく為れっ!! バケモノめーーーっ!!!!!」


神竜ブルーレイドーナとポリアが、一瞬シンクロした。 その時、風の力が膨張するのに合わせ、剣に宿る聖なる力が加味されて。 蒼く神々しい光の、爆発的なエネルギーが迸った。 剣に秘められた聖なる力と神竜の力を借りて、悪魔の様なハィエスタードを、灰に消し飛ばすポリアだった。 


強力なモンスターが死ねば、辺りを覆う瘴気や暗黒の力は弱まる。 生み出した親が滅んで、動きを止めるスケルトン。 ポリア以下皆は、蠢くゴーストを始めにモンスターを駆逐する。 その合間を縫って、システィアナとオリビアは力を合わせて、このヘイトスポットの浄化を試みる。


其処で、更なる助力が訪れた。 居座ったボスが消え去って弱まったヘイトスポットを、何と外から歌うレクイエムが、包括的に押し込み始めたのだ。 急激に衰退し集束したヘイトスポットは、システィアナとオリビアによって浄化されてしまった。


モンスターを倒しきって、その状態を雪が舞う中で見届けたポリアは、一気に気が緩んだのかガクリと膝を着く。


「お嬢様っ」


「ポリアっ」


「ポリアンヌ様っ」


驚いたイルガ、サーウェルス、イデオローザだが。 


ポリアは、即座に。


「すんごいビビッたあああああーーーっ!!! 即死魔法マジ怖いっ!!!」


と、大声を出した。


マルヴェリータとゲイラーやヘルダーは、互いに見合って笑う。


「確かに、ね」


「おう。 死神が見え出した時は、本当にな」


「・・・」


こうして、掃討作戦は夕方で終わった。 リオンが森の中を縦横無尽の如く馬で駆け回って、モンスターを次々と倒すし。 後からポリア達も応援で来た事で、討伐の勢いが加速度的に勢い付いたからだ。


死者は、2日目に兵士3人と冒険者5人。 3日目に、兵士1人と騎士2人に冒険者1人。 何れも初日に大怪我をした者が殆どだった。 その葬儀は、王国が取り仕切る事となる。 


この3日後。 リオンの肝いりで、危険手当と成功報酬に対して追加報酬が出た。 ポリアやサーウェルス達は王城に呼ばれ、第一王子から勲章と高価なマントを全員が賜った。 一緒に呼ばれたイクシオやカミーラ、そしてステュアート達も、火の鳥の刺繍されたマントに驚いていた。







                 ≪水面下で蠢く欲望≫





ハレンツァは、この日も朝には登庁して仕事に就いた。 ポリア達がヘイトスポットを完全に浄化した・・次の日である。


「寒いですなぁ~」


「いや~、本当に」


老いた騎士や聖騎士が詰める執務室。 紅い絨毯を敷いた広い部屋では、暖炉が3つもある。 甲冑を首から下に着込むハレンツァ以外、周りはピアリッジコートやバロンズコートなどの貴族らしい者ばかり。 此処は、騎士や兵士を指揮・指導する、引退した騎士や聖騎士などが働く場。 


太った老人が、ハレンツァなどに机上から話し掛ける。


「しかし、今回のモンスター騒ぎは、随分と大変でしたな」


「うむ。 だが、ポリアンヌ様を始めとする冒険者達の活躍で、3日でカタが着きましたよ。 冒険者も、流石に流石に・・・」


「いやー、ポリアンヌ様は美しいし、強い。 ウチのドラ息子の嫁にでも成って下さると、助かるんじゃが」


「なにを。 尻に敷かれて、逆に追い出されるんじゃ~ないですか?」


「うはは、違いない」


「そう云えば・・。 リオン王子が、今回の作戦に参加した冒険者への報酬を、更に上乗せしたいと話しているそうですよ」


「ほ~。 まぁ、気持ちとしては、上乗せしても構いませんな。 だが、あの冒険者嫌いの財務大臣が、すんなり了承しますかね」


「私は、すべきかと思いますね。 今回は、ポリアンヌ様や・・あ~ホラ。 有名なグランディス・レイヴンの方々も参加しておる。 見っとも無い報酬では、我が国の恥を晒す事に為りはしないか? 王都の民も喜んでおるしの」


「出した方が賢明じゃな」


「うむ」


老人達の他愛ない雑談に、笑ったり相づちだけのハレンツァ。


(何事も無ければいいがの・・・)


昨夜から彼の胸中は、気味の悪い胸騒ぎに襲われている。


“ハレンツァ殿。 この一件、穏便に行くのは難しいぞ。 早めに策謀の芽を摘み取るのが、先決だと思う”


リオンは、王子の証を受け取った時に、暗い部屋の中でこう云った。 そして、ハレンツァが王から受けた命に協力すると約束し。 代わりに、事を荒立て無い為にも、暫く王子の証の事は、有耶無耶にしようと話し合った。


リオンは、数年後には王に成る兄を憂い。 そして、心配の種を摘み取って、他の取り入り争いに楔を打ち込む気でいた。 ハレンツァも、それは望む所。 だが、昨夜に不振な影を屋敷前の物陰に見たりして、護衛に行ったセイル達が心配に成った。


その予感・・、当たっていたのかも知れない。


その日の夕方。 


冒険者達への報酬を増やす事を、財務大臣と関係者が白熱した議論で話し合い。 旧墓地の見回りや湖側の森への巡回、モンスター討伐などの継続作戦などの事で、王国政府の関係政務官並びに大臣などが、騎士などと慌しく“会議、会議”と忙しく動く。 のんびりした何時もの城には、似合わない慌しさに包まれた中だ。


「ハレンツァ殿」


騎士が慌しく走って行った廊下。 帰る前に用事を終わらせようとしたハレンツァが、廊下で呼び止められた。


「?」


振り返ると。 あの運び出した積荷の保管を仰せ付かったヘンダーソン卿と共に、背の高い威厳の有る30代の男性が居た。 軍人の様な立派な風貌で、軍服に身を包み。 鋭い視線は、ハレンツァなど斬り倒す圧力がある。


「おお。 これはヘンダーソン卿に・・クシャナディース様。 何用ですかな」


ハレンツァは、ヒョイヒョイとした好々爺の面持ちで一礼した。


ヘンダーソンと一緒に居るのは、軍人系貴族で。 最近侯爵から、公爵へ格上げされたクシャナディース家の若き当主。 名前は、ヴォルグラス。 力自慢の軍人で、他国との戦争をする時に真っ先に切り込む役割の、“ファースト・ブレイダー”と云う一個師団を預かる将だ。 春先に大不祥事で刑死したオグリ公爵に代わっての格上げであり。 かなりの金を方々に回して、今回の格上げを決めたと噂される。 出身は国内西方の衛星都市であり。 港と交易中継の基点となる所なので、商人の顔も持っている男だと噂される。


ヘンダーソンは、クシャナディースの威を借りているのか、強気な姿勢でこう言った。


「ハレンツァ殿、実はな。 御主の連れて行った兵士に聞いた所に因ると、貴殿はアンソニーとか言う男を“王子”と云ったらしいな。 しかも、その男が宝物の選別をし。 運び出した物には、何やら王国の証を刻んだ勲章と、前掛けに酷似したした物も有ったと証言した。 だが、その様な物は、積荷には無かった・・・。 貴殿、不正を働いたのでは有るまいなっ?」


ハレンツァは、内心で不安を覚えた。 自分の命は別に、あの王子の証を巡って蠢く貴族が居る事に、不安を覚えるのだ。 何故、こうも欲するのか。


クシャナディースも、ズイっとハレンツァを押し潰さんばかりに踏み込んで。


「ハレンツァ卿、ヘンダーソン卿の話は本当か?」


脅迫紛いにドスの効いた低い声。 下手な兵士や騎士では、怯えてしまう圧力が有る。


「さて。 私には、荷物の誤魔化しなどする意味が無いと思うがの~。 王族所縁の品がもし有るなら、それこそヘンダーソン殿か・・王に渡さねば王政府国家に災いを招く。 そんな大事な物を隠し持つなど、あ~怖い怖い。 有るなら怖くて、捨ててしまいたい気持ちに駆られますわい」


惚けたジジイの様な素振りで言うハレンツァ。


クシャナディースは、眉間に皺を寄せて、厳つい日焼けした顔を怒らせると。


「貴殿っ、まさか・・勝手に始末したのでは有るまいなっ?! 重要な物は、王かそのご一族の許可を持って消去すべき物。 それを一存で勝手にと有らば・・・、罪にも問えるぞっ」


しかしハレンツァは、呆れた顔で。


「煩い事ばかり言うお方達じゃ~。 有ればの話で、無いのだからどうしようも出来ん。 何を根拠に、そのような・・・」


ヘンダーソンは、ハレンツァを酷く睨み付けて。


「王がお帰りに成り次第、この一件はご報告させて頂く。 ハレンツァ殿、肝に銘じられよ」


すると、ハレンツァは、瞬時に鋭い目を二人に返す。


「このハレンツァ、疚しい所は一つも無いっ。 その様な事なら、今すぐに王子にでも言えば宜しかろうに。 だが、ワシからするなら、御主等の方が解せぬわっ。 亡き王子の証を、其処まで有ると思うて働き掛けるのは、なんの思い有ってか? 数年後には、トリッシュ様が王に成られる。 それで平和な王国を維持しようと云う大事な時に、その様な不穏な事を方々で調べ回れば、どの様な噂が立つか・・」


もう壁掛けのランプに火が入れられ、仄暗い廊下を照らす。 ハレンツァに顔を寄せたクシャナディースは・・。


「王国の転覆まで危ぶまれる品が有るかも知れないから、こうして申しておるのだっ、ハレンツァ殿」


すると、ハレンツァは・・。


「うは・うはははは・・、コレは可笑しい。 可笑しいわい」


と、笑うのだ。


グッと憤りを浮かべるヘンダーソンとクシャナディース。


ハレンツァは、二人を見ると。


「軍人と王の身の回りを仕事とする者が、そのような事を言う必要は無い」


「何っ?」


歯を噛み言うヘンダーソンに、ハレンツァは一瞥し。


「ワシは、王から直々に不穏な動きをする者の事を、細部に亘って調べる様に仰せ付かった。 何でも、旧墓地と奥の王子のお屋敷を、数日前に早々と警備したいと打診した誰かが居たとか・・」


クシャナディースの顔が、俄かに曇る。


ハレンツァは、話を続けて。


「まだ国王様ですら・・あの奥のお屋敷で何が有ったのかも解らぬ時に。 その言った御仁は、なんでそんな事が言えたのかの・・。 それから、昨日からの調べで、一つ妙な事が解った」


ハレンツァは、身を少し引いたクシャナディースと、斜めに向くヘンダーソンを交互に見つめ。


「そもそも封鎖区域に、子供達が行く要因を作ったのが・・なんだか不思議なローブ姿の男だと云う事だ。 武器屋の主人が大使館の区域へ、頼まれていた品物を届けに行った後を付けた子供だが。 その途中で、マントにローブ姿の男と出会ったらしい。 そして、塀の向こうの封鎖区域の事を聞いたとな」


“面白い場所で、古いお屋敷が眠っている”


「と・・。 その男は口止めに、子供へこの事を云ったら呪われるぞ・・と、魔法を見せたらしい。 子供は、本当に怪しき男の事を他言したら、自分が呪われると思って云わなかった。 昨日、何故あの墓地の奥の事を知っているかを、兵士に問われるまでな」


「それとこれとは関係が・・」


と、云うクシャナディースに、ハレンツァは声を大きくして遮る様に。


「それとっ。 子供達が侵入する以前から、度々に渡って封鎖区域を護る兵士と騎士が、理由無く眠りこける事態が有り。 彼らの飲食した水などに、眠り薬が混入されているらしい事もな・・」


その話が出た所で、クシャナディースはピタリと黙り。 ヘンダーソンは、少し俯いた。 ハレンツァは、そんな二人を見て更に話を続け。


「良いか。 あの子供達が侵入する前日にも、怪しいローブとマントを羽織った男は、武器屋の子供の所へ現れたそうじゃ。 そして、武器屋の子供に、脅迫めいた言葉を残している。 友達を誘導し、あの封鎖区域に侵入させる様な仄めかしをしたそうじゃ。 それに、ワシが王の命で封鎖区域に踏み込んだ時も。 子供達が侵入した時も、兵士や騎士は、酷い眠気に襲われて眠りこけたとな」


二人は、何も喋らない。


ハレンツァは、踵を返すと。


「とにかく事実関係を調べ、解った事は全て、お帰りに為られた王にお知らせする。 忙しいわが身に、下らん世迷言の様な言い掛かりは、止めて貰おう」


と、歩き出した。


そう。 ハレンツァが事件を調べ出した昨日。 武器屋の甥で、セイル達に子供の居場所を教えたジュンガと云う子供が、遂に本当の事を喋った。 何故、彼が肝試しが出来る場所を知っていたか・・。 そして、どうして教えただけだったのか・・。 それは、脅されたのである。


“あの封鎖区域の先には、皆がウソで隠してるお屋敷が有るんだ。 森の奥にね・・・。 私は、其処から来た悪魔だ。 お前を連れて行こうとしたが、一人では足りない。 仲間を遊びに遣しなさい。 そうすれば・・・お前の命は助けよう・・・”


ジュンガは、伯父の後を尾行して行った。 だが、大使館の広がる地区の中で、ローブにマントを身に纏う男に捕まってこう云われたのだ。 一度は開放されて逃げ帰ったものの。 そのローブにマントを着た男は、再びジュンガの前に突然と現れ、また・・・。


“お前が約束を護らないなら・・父親も母親も伯父さんも殺してやろう・・。 命が欲しい・・命が欲しい・・・”


そして、霧の中に消えたその男。


相手を悪魔だと信じ込んでしまったジュンガは、それに怯えて友達に嗾けた。 肝試しを嗾けたのだ。


ハレンツァは、策謀の匂いを嗅いだ。 だが、それを証明する痕跡は無い。 武器屋の周りに、自身の配下の兵士を聞き込みに遣っているが、まだ目撃証言が無い。 極寒の極夜時期は、人々の姿勢は俯き加減で、ハッキリと人や物を見分けられるのは、一時明るくなる昼間だけ。 朝や夕方は、殆ど夜と変わらない。


しかも。 あの肝試しをした子供達の侵入の前後に渡り、何度も兵士や騎士が居眠りをして、内の一人は凍死している。 今まで無かった事だと思われたが、数年前にも、似た事が数日有ったらしいと云う所までは聞き取った。 だが、水や食事は当番制で。 係りの兵士が、入れ替わり立ち代りで運ぶと為っているだけ。 一般兵を何処まで疑えるかは微妙だ。


ハレンツァは、今回の仕事を、自分の死に場所の様な気持ちで当たっている。 何が出てくるか解らないからだった。


・・・。


しかし、その夜。


何処かの宮殿の様な佇まいを見せる屋敷の奥。 蝋燭の明かりがさめざめしく、ぼんやりと光る一室で、金色をした玉座に身を預ける何者かが居る。 黒いフードを被った何者かだ。 肘掛に這う手は老いた皺の見える手で、フードから覗ける口元や高い鼻は、高齢の為にシミも出来た老人の物だった。


「・・・と、云う訳で御座います」


その玉座に座る人物の前。 高さの無い階段を3つ下った先の床に、謁見の動作で居るのはヘンダーソンとクシャナディース。 しかし、それに加えて、なんとあのセイル達を襲撃して逃げた曲者の姿が見える。 報告をしたのは、ヘンダーソンだ。


玉座に座る人物は、右に身体を傾け頬杖をする。


「フム。 では、ハレンツァが持っている可能性が強いのだな?」


ヘンダーソンは、ハレンツァに見せた強気な態度を隠し、床に膝を着いて一礼して肯定する。


「は、恐らく。 ですが、一つ気に為る事は、あのアンソニーと云う人物です」


すると、クシャナディースがヘンダーソンに。


「しかし、もし王子だとして、生きていたら200年以上も生きている事に為る。 過去の粛清を行った王の弟である王子と同名だからと云って、簡単に信じられない」


「ですが。 積荷を仕分け、屋敷の内部に精通しているのは、やはりおかしいと思います」


其処に、玉座へ座る人物が。


「それは確かめれば良い事だ。 それより、クシャナディース殿よ」


「は」


クシャナディースも、この何者か解らない人物に膝を折る。


「“粛清”とは、悪しき者を正す事だ。 昔の彼の王がしたのは只の横暴・・、間違えて貰っては困る」


「あ、これは済みません」


一個師団を預かる将が、老いた人物の言葉に驚き頭を下げる。 公爵に格上げされたクシャナディースが平伏すとは・・。 この老人と思える人物は、一体何者なのか。


そのフードを深く被った人物は、一つ頷き。


「とにかく、だ。 トリッシュが王に成った後は、私の一族の天下を作らなければ成らない。 過去の粛清などと云う悪行を正し、王に異常な権限を与えた今の王政府の間違いを正さなければ・・。 クシャナディースよ」


「はっ」


「そなたを見込んで、まだ伯爵に過ぎなかったそなたを、数年がかりで公爵まで引き上げたのだ。 公爵は、王家の血筋を必要とし、彼の公爵家から娘を一人調達するのに、それこそ莫大な金を必要とした。 ま、その金は春先に死んでくれたホローや、他の商人で掻き集まったがの。 目障りなリオンの小倅の御蔭で、資金源が無くなったわい。 御主や、そして我が遠縁のヘンダーソンなどが協力をして貰わねば、我が願いは成し遂げられぬ。 公爵まで引き上げた恩、努々に忘れるでないぞ」


クシャナディースは、額を冷たい床に擦りつけんばかりに平伏して。


「ははぁっ。 その恩は、一族の一生の恩と理解して居ります。 美しき姫君を妻に賜り、公爵の地位まで引き上げてくださった主への恩は、一生忘れぬ事で御座いましょう」


頷く人物は、覆面をするセイル達を襲撃した曲者に視線を合わせ。


「ラヴィン」


「はっ」


「“あの者達”との連絡は?」


「はっ。 つい先日連絡を取れました。 ただ、金が足りないと言っていたそうです」


頷く人物は、白い溜め息を吐き。


「ならば、襲った場所から全て奪えと掛け合え。 それ相応の物品が展示されている筈だし、足りないなら主の女も好きにしろと言え。 もう手持ちが少ない。 襲う相手で賄えるなら、どんな言い方をしても構わぬ」


「はっ、交渉を続けます」


「うむ。 しかし、護衛の相手が、あのエルオレウの孫で。 その保護者が、水の国のエムステルム家の武人とは、実に嘆かわしい。 エルオレウ殿とは、面識も有るが・・。 こうなっては、御孫殿一人は死んで貰わねば・・。 だが、ラヴィンを簡単に退ける剣の腕は、惜しい・・。 実に惜しいのぉ~・・」


この人物、どうやらセイル達を殺す気らしい。  


ヘンダーソンは、膝を進め。


「ですが、御老。 目下、一番面倒な動きをしているハレンツァは、如何致しますか?」


頬杖を解いた人物は、少し間を空けてから。


「・・・先ず、ハレンツァの始末と屋敷の捜索だ。 あのバカの元に無いのなら、何としても探し出す為にも、護衛の荷馬車が積む王子の遺品を奪う必要が出て来る。 様子を見て、ハレンツァには死んで貰う。 それまでは、御主達は大人しくしておれ。 王の命で動くハレンツァに、我が権力を用いても意味が薄いからな」


「ハッ」


「御意」


ヘンダーソンとクシャナディースは、夜も更けた中でこの人物の元を去った。 


謁見の間の様な部屋には、ラヴィンと呼ばれた曲者と顔を隠した人物が残り。


「のぉ、ラヴィン」


「は」


「お前から見て、あの二人は使えると思うか?」


この人物の口調は、ヘンダーソンとクシャナディースを“物”の様に言う。


ラヴィンは、臣下の態度を崩さずして。


「どうでしょうか。 主の意向に沿う気持ちは十分に在りましょうが・・、実現まで導く手腕は微妙かと・・」


「フム。 お前もそう思うか・・。 しかし、未だに王家へ忠誠を誓う貴族は多く。 王子に取り繕う阿呆は出来ても、政治や国の理を変える気構えを理解する賢き者は少ない。 今一度、今一度に大臣や重臣達の働く政府へ、権限を戻し。 王家は、お飾りにせねば我が一族の恨みは消えぬ。 あのハレンツァが靡くのは、過去の粛清を正しき事と思うて居るからよ・・。 馬鹿馬鹿しいにも、程が有るわえ。 マリアンヌを殺したの、は王家の為、政治の混乱を無くす為ぞ。 それが理解出来ん輩は、誰でも全て阿呆よ」


「御意に」


「ラヴィン。 金を回す故に、アグジに暗殺を頼む。 数日の間に、我等が裏切り者同然の“老いぼれ盾”を殺せ。 これ以上嗅ぎ回られては、後々の面倒じゃ」


「は。 ですが、アグジは別件で働き、まだこの王都に戻って居りません。 戻るまで、暫しお待ちを」


「うむ。 細かい所は、お前に任す」


「はっ」


ラヴィンは、スッと立つのと同時に、背後の闇に溶けて行く。


誰も居なくなった間に残った人物は、両手を叩く。


「ユーシス、ユーシスよ」


すると、玉座の後ろから、金髪を長く伸ばした女性が現れる。 腰には短い短剣を差している。 顔を見ると中々の整いで、肉体的にも色めかしい上に、まだ若々しい肌艶だ。 白い服でスカートを引き摺る様に近付き、自分を呼び寄せた人物の脇に来ると。


「ご主人様、お呼びですか?」


「ああ、寝室に連れて行ってくれ。 今日はもう休む」


「畏まりました。 では、御手を」


ユーシスと云う女性の手を掴んで、身を立たせた人物。 ユーシスの身体に寄り添いながら、ヨチヨチと歩き出す。 そして、玉座の後ろに有るドアに近付いた時。 左手を、ユーシスの胸に置き撫で出した。


「ユーシス、お前に頼んだジャニスの事だがな。 どうだ?」


胸を触られても、全く顔色を変えぬユーシスは、怪しくも冷たく微笑み。


「流石に、ご主人様のお孫様ですわ。 覚えは早く、私を見るとベットに連れ込みます」


「おお、そうかそうか。 アレには、子供を儲けて貰わねば成らん。 もう少しで、5大公爵家の一人の娘を、アレに嫁がせて貰える手筈が整う。 そうしたら、お前に教わった作法で、早々と孕ませて貰わんとな。 ま、子供が出来たら用無しだが」


この人物、自分の孫ですら物扱いの様だ。 


だが。 ユーシスと云う女性も似たり寄ったりか。 その言葉を聴いても顔色を変えず、冷徹な笑みを浮かべて。


「まぁ、ご主人様は恐ろしい方ですね」


「ふふ、野望の為よ。 ユーシスよ、孫に子供が出来たら・・後の処理は頼む。 どうせ、魂まで腑抜けた孫だ。 お前の身体を定期的に預ければ、死ぬまで腑抜けになる。 殺すには気が引けるから、精精快楽と3食だけは与えてやるわい」


老人は、こうして女性と暗い廊下に消えて行くのだった。

どうも、騎龍です^^


ご愛読、ありがとうございます^人^

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