二人の紡ぐ物語~セイルとユリアの冒険~2
セイルとユリアの大冒険 2
≪敷地の中へ≫
「来たか」
森の中に広がる暗さが、少し弱まった中。 松明を片手にしたマガルは、カミーラのチームと一緒に居て。 霧の中で迫って来た馬車の足音を聞いて、声と共に其方を見た。
雪の重みで木の枝を揺らし、地面へと落ちる音が闇の中で聞こえた直後。 馬車を引き連れたセイル達が、待っていたマガルと再会した。
「どうも、ありがとう御座います」
セイルが、マガルとカミーラ達に言えば。
「なんの」
「チョット遅かったね」
と、二人から返って来る。
セイルは、マガルの仲間が一緒にいないのを見て。
「チームの皆さんは、別行動ですか?」
「いや、仲間は向こうで見張りをしている。 モンスターと一回戦っただけで、随分と怯えてな。 だから、モンスターの来ない方に隠れさせてると云った所さ」
「そうですか。 此処まで来るのに、3チーム程襲われていた方々の所に加勢しましたが。 なんだかモンスターの数が多いです。 僕達が中に入ったら安全を考えて、もっと出入り口へ近い方に行ってもいいですよ。 どうせ我々は、夜中に成ってから抜けますから。 それまで、此処で待っているのも危険です」
マガルは、最初に助けられた時を思い出す。
自分は、セイル達と一緒に戦って、ギリギリの戦いの中で充実した手応えを得た。 だが、先に引き返した仲間は、恐怖が植わってしまった。 マガルとて、まだ若かった駆け出しの頃は、モンスターとの戦いで臆した経験を持つ。 だが、このままでは、チームとしてやって行けないのも事実だ。 だから、セイルに寧ろ強い目を向けて。
「いや、無理の無い程度には残る。 寧ろ、前に植わった恐怖を振り払うに、良い機会だ。 このままでは、仕事を請けるにしても、先に進めない。 チームとして、冒険者としてな。 それに、君にこのまま置いて行かれるのも、実に虚しいではないか」
このマガルの言葉に、冒険者としての意気地を感じざる得ないことに、セイルは微笑んだ。 一緒に一時を共に組んで戦った事が、大事な思いで出に変わると思える。
しかし。 そんなセイルに、マガルは辺りを見回してから近寄ると。
「所で、セイル殿。 一つ、御主の耳に入れて置きたい事が・・・」
「はい~、何でしょう?」
セイルがマガルより聞いたのは、目を見張らざる得ない話だった・・・。
さて、その頃。
アンソニーは、カミーラの後ろに居る二人のマント姿の人物を見てから。
「一昨日に、ポリアさんと一緒に来てくれた方ですね?」
カミーラは、死人の顔をしたアンソニーに警戒をした眼を返し。
「あぁ。 感情を持ったモンスターを見るのは、初めてだよ」
棘の在る言葉だったが、アンソニーは、緩く微笑む。
その様子を黙って見ていたユリア。 理解していない人には、アンソニーはモンスターでしか無いと云う事を再認識した。
が。 アンソニーは、カミーラに。
「モンスターでも、人でも成り切れてない。 それが私ですよ。 所で、ポリアさんは、禍々しい気配を追って西へ。 西側には、かなり強いモンスターが出ます」
「えっ?! 西側に入ったのか? それなら、掃討作戦だから加勢に向かうかな」
「いや、止めた方がいいです。 此処ですら、もう危険な区域だ。 見た所、僧侶も魔法遣いも居ない様ですね。 十分に気をつけて下さい。 危険と在らば、直ぐに退く事をお勧めしますよ」
カミーラは、鋭い視線をアンソニーに送る。 だが、直ぐに視線を元に戻すと。
「解った。 だが、仲間に加わったからと云って、セイル達を軽んじるなよ。 置いて来る様なら、私が敵にお前を倒すからな」
アンソニーは、静かに頷いた。
マガルやカミーラが辺りを見張る中。 セイル達は、屋敷へ向かう敷地に踏み込んだ。 マガルやカミーラの事は、ポリアが了解している。 流石は、公爵筆頭の家柄であるポリアの一言には、騎士達も控えて聞く。 モンスターを掃討する仕事の中で、
“王家所縁の敷地に踏み込む者無き様に、見張りを立てる”
と、言ったら。 騎士達は反論もしなかった。
門の先に踏み込むセイル達。 幻惑魔力の解けたアンソニーの屋敷へ向かう敷地内は、荒廃した荒地に、枯れ掛かった木が佇んでいると云った様な感じだ。 恐らく、魔力が解けて一気に時間の経過が襲って来た為だろうか。 脱出するときに見た光景よりも、更に寂れてしまっていた。
「あっ!! モッモモモ・モンスターっ!!!!」
驚き馬車を停めた兵士が、枯れた木の下を指差す。
警戒した一同が見るのは、動かないままのゾンビや蟠っているだけのゴーストだ。
セイルは、前に出て来たハレンツァに。
「こっちのモンスターは、使役の為に生み出されたモンスターです。 まだ数日は、自分からは動かないでしょう。 真っ直ぐに屋敷へ」
眉間に皺を寄せ、厳しい緊迫した表情を示すハレンツァは、動かないモンスターを見て。
「なるほど、解った」
と、兵士に進む合図を送る。
進みだす馬車と共に歩き出すアンソニーは、動かないモンスター達を哀れみの目で見つめ。
「私の魔力が完全なら、彼らを土に返して遣れるのだがな・・。 こうゆう時は、何時も歯痒い思いだね」
霧が北西側の湖から流れ込んでくる中で、セイルは笑った。
「あはは、完全に取り戻したら、モンスターに傾きますよ~。 じっくり戻した方がイイっす」
「・・・、君は詳しいね」
「前に本で、似た様な人の話を読みました。 急激な力の追求は、欲望色を強めてモンスター化を促進させる様です。 魔族と人の間に生まれた亜種の方々や、アンソニー様の様な方は孤独なので。 人一倍力を望む傾向に在ると・・。 心は、力では維持できません」
アンソニーは、初めてセイルの全てに疑問を抱き始めた。 疑念でも、疑心でも無い。 何故、強いのか。 何故、こうも成熟しているのか。 全く経験や苦労の無い人物の言葉とは、思えなかった。
さて。 霜が地中に立って、地表を浮き上がらせる。 屋敷まで一直線に伸びていた石畳の通りすら、時間の経過の影響を受けてデコボコし。 馬車を通せないから脇の地面を通らせるのだが。
ユリアは、右肩にシェイド、左肩に土蜘蛛とサハギニーを乗せながら。
「改めて感じると、此処って不思議ね。 こんなにも闇や魔の力が強いのに、土や風なんかの自然な精霊力が低いみたい。 精霊達が、居心地良くないって言ってるよ」
怯えて馬を引く為に、動きが遅い兵士達の前に出て。 セイルの近くに居たユリア。
アンソニーは、ユリアの肩の精霊達を見てから前を向き。
「済まない。 それは、私の所為だ。 この場所に長く留まり、悪魔を住まわせた。 悪魔は、精霊の力を魔の地場に変えるオーラを持っている。 ギャリスパは下級の悪魔だったが、長く留まっていたので、少しずつ力が変換されただろうね」
「ふ~ん。 でも、それじゃ~此処には、これから草木とか中々生え難い不毛の土地に為っちゃうね。 私も、精霊神とか呼び出せるなら、力を活性化出来るけど。 実力から云っても、そんな事出来ないし・・・。 長く時間を掛けて、自然の力が増えるのを待つしか無いね」
「その通りだ」
広大な敷地を行く中で、不安な顔を見せるのは、アンソニーやユリアだけでは無かった。 騎士として来ていたハレンツァも、この敷地を見回し。 同時にアンソニーの後姿を馬車後方から見ていると、表情が歪み出す。
それに気づいたクラークは、ハレンツァが体調を崩したのではと心配した。
「ハレンツァ殿、先程からお顔が優れぬ。 何処か、具合でも悪くされましたか?」
ハッとして、取り繕う笑顔を返したハレンツァは、
「あぁ、いやいや。 久しぶりにプレートメイルを着ては、この重さを思い出しましたわい。 若い頃とはどうも違い、上手く慣れませんな。 全く、王も信用第一とは云え。 70を過ぎた私をコキ使うのも、どうかと思いますわい」
「なるほど」
そう合わせたクラークだが。 マントを着ける肩や、頭に落ちた雪を残すハレンツァを心配する。
「鎧は冷えますからな。 確かにこんな日は、着たくも無いでしょう。 もし御身体の具合が悪いならば、馬車の荷台にお乗り下さい。 屋敷までは、戦闘も無いハズですから」
「うははは、私も年寄り扱いされますな。 全く、年齢とは厄介だ」
だが、クラークは笑うに笑えない。 ハレンツァが前を向けば自然と俯く。 明らかに、何か心配事でも在る様だった。
その答えは、屋敷に着いて解る事だった。
そして、屋敷へと到着した。
「ふぁ~、ホントにボッロボロ~。 2・3日前に泊まった場所とは、と~ても思えないわ」
空が白み始めた。 そろそろ昼も近く為って来た頃だろう。 ユリアは、アンソニーの屋敷と対面して溜め息を吐いた。
屋敷全体を見上げるアンソニーも、一人だけ白く無い溜め息を漏らし。
「ハァ・・・。 マリアンヌの為に作った庭園も、何もかもが朽ちた。 時間を止めた代償は、見るも無残に恐ろしい事なのだな。 コレなら、私が死んで。 誰かに土地や屋敷を渡した方が、まだマシだった。 嗚呼、私は愚かだ」
その懺悔を間近で聞いたハレンツァ。
(マリアンヌだとっ?!!!! アンソニー・・アンソニーっ?! まっ・まさかっこの方はっ?!!!)
ハレンツァは、アンソニーの独り言を聞いて、アンソニーの事に気づき始めた。
馬車を裏庭に回し、宝物の眠る地下に向かうべく中に踏み込んだ。 もはや、アンソニーが眠ってた時の面影は、屋敷に残って無かった。 埃の噴く廊下は黒ずみ、天井は施された装飾が霞んでしまっていた。 蜘蛛の巣が埃を纏って落ち、床の隅などに堆積している。 本当に此処で寝泊りしたのか・・。 ユリアは、信じられなかった。
一行は、魔法の光を指輪に宿したアンソニーを先頭に、地下の水路が横たわる回廊に降り。 そして、あのゴーレムと死闘を繰り広げた空中広間に来た。
「あれれ・・・、壁に走ってた緑っぽい光が弱まってる」
ユリアが指指せば、セイルも。
「だね~」
アンソニーが、二人の後ろに来て。
「壁に走っているのは、魔力を変換したエネルギーだよ。 この屋敷を中心に我が敷地を幻術に閉じ込める為に、設けた力場の中枢が此処なんだ。 私が母体と為って、魔力をこの地下に在る魔方陣に送り続けていたんだが。 もう、酷く弱まっている。 早く物を運び出そう。 宝物の場所には、時間の影響を受けない魔法が張られている。 解ける前に魔法を正しく解けば、中の物に時間の経過が襲う事は無いハズだ」
ユリアは、光りの走る壁を見ながら。
「じゃ、急いだ方がイイよね」
と、言った時だった。
「恐れ多きながらっ!!!」
突然だった。
ユリアやセイルは勿論、クラークや兵士も声に驚き。 アンソニーの後方を見ると・・。
「あっ・ハッ・ハレンツァ様っ!!」
兵士が驚き、土下座したハレンツァの脇に向かう。
「・・・」
後ろに振り返って見下ろすアンソニーの前で、何とハレンツァが土下座していたのだ。
≪西方の激戦区≫
大きく振り上げられたイクシオの鞭が、骸骨のモンスターの足へ振り込まれた。 更に撓った鞭が蛇の様に飛び。 骸骨のモンスターが振り上げた腕に巻き付いて、その動きを止める。
「たっ助かったァァっ!!!」
骸骨のモンスターであるスケルトンに、斬られそうに為っていた若い冒険者。 怪我して転んだ体勢から、助けてくれたイクシオに叫んだ。
「フンっ」
イクシオが鞭を引っ張れば、その勢いで回転を生む。 骨の腕を後ろにへしゃげ曲げたスケルトンは、腕と身体を鞭に巻かれてしまう。
「おいさっ!」
近くで別のスケルトンを壊したボンドスは、次に。 イクシオの鞭で動きを封じられたスケルトンの背後から迫って、頭蓋骨を片手斧でカチ割った。
そこから近い所で。 青い肌をした、ゾンビの上位モンスターであるレヴナントも混ざる群れが在った。 エルザ・キーラ・セレイドは、その亡者の群れを倒しきった処でイクシオに向き。
「向こうも終わったわね」
と、エルザが助けた冒険者の怪我を診に動き。
「もう居ない・・ですね」
キーラは、注意深く辺りを探る。
「エルキュールが、近くの聖騎士と僧侶の部隊を呼びに行った。 早く怪我人の手当てを済ませて、ポリアさんと合流をした方がいいな」
厳しい顔のセレイドは、予想以上に多いモンスターの数に不安と緊張を隠さなかった。
広大な旧無縁墓地の敷地内を、湖に向かって西に移動したイクシオ達。 そこで見たのは、スライムや肉食大蜥蜴のモンスターなど、水辺や湿地の近くで生息するモンスターの存在だった。 隔絶された封印の中で、浄化されない暗黒の力がモンスターを生み出したり、誘き寄せていたのだろうか。 世界最大の湖の周辺は、人が足を踏み入れぬ場所も在り。 昔からモンスターが住み着いてはいたらしいが、この墓地と繋がる結界の綻びが在ったのか。 モンスターが大量に侵入して、繁殖していた。
「封鎖された中に立ち込めた暗黒のエネルギーを吸って、死体がモンスター化するのは解るが・・。 此処まで多いとは、チョイと驚きだぜ」
イクシオは、鞭を腰に仕舞ってボンドスに言う。
「ホントだな。 このまま壁に沿う形で西に向かっても、モンスターは多そうだ。 直接北西に突っ切ったポリア達は、大丈夫かの」
ボンドスは、嘗てKと云う凄腕の冒険者の下、一緒のチームに為ったポリア達の事を心配した。 だが、お互いに二手に分かれて、生存者を助けながら行くと決めた以上は、そうして行くしかない。
その頃、ポリア達は・・。
「私達が本体に当たるわっ。 みんなは、倒せる相手に束で掛かって。 救援隊が来るまでの辛抱よっ」
20人近い冒険者達を指揮するポリアは、墓地の敷地中央付近で、迫り来るモンスターの群れを迎え撃っていた。 モゾモゾと動き迫るスライム。 デカい巨体を見せるギガースゾンビ。 更に、人並みの大きさをしている蛭のモンスターや、全身が凍った長いワームまで現れた。
周りからは、スケルトンやゴーストが襲って来る中で、怪我人を一点の木の下に集めたポリア。 動ける冒険者達を集めて、聖騎士の討伐隊が来るまで戦い抜く為に、指揮し出したのである。
「ポリしゃんっ、次キタ~っ」
システィアナが、霧の煙る森の先を指差す。
「行くわよっ!!!」
頬を昂揚から紅くさせて、剣を構えたポリア。
「ビビるなっ!!!」
「ポリアさんに付いて行けっ」
冒険者達は、有名なポリアが指揮をしてくれるだけに、勝手な行動を起こさず難局を乗り切ろうと必死に声を出している。 まだ、死人だけは辛うじて見ていないポリア達。 此処でモンスターにヤられる訳に行かなかった。
(噂には危ないって聞いていたケド・・。 奥の敷地の魔術が解けたら、今度はモンスターがウジャウジャ這い出て来てるじゃないっ!!!。 我が国の王都で、こんな場所が在るなんて・・・)
改めてモンスターの多さに驚くポリア。
そこへ、少し離れた北側より。
「聖騎士様達の本体はっ、既にこの敷地内には到着してるハズだっ!!! 怯むなっ!!! モンスターを押し戻して打ち倒せっ!!!」
悲鳴に近い怒声がする。 騎士数名が指揮している、兵士と宮廷魔術師と寺院の僧侶で組織された小隊が居たのだ。 ポリアを護衛するつもりで来たのだが。 モンスターなどとの戦闘訓練の経験が無いのか、小隊の士気は低く。 騎士が率先して戦っているので、なんとか逃げ出さない程度だ。 当てに為らない所か、ポリアの心配を増やしてくれていた。
ポリアは、ヌウ~っと見えた前方の大きい陰を見つけて。
「イルガっ、ヘルダーと一緒に兵士達の方にっ!! ゲイラーは、私と前線へっ!。 マルタ、援護期待してるわよっ!!」
目を強く凝らしたポリアの剣が、薄く青い光を放って風を呼んでいる。
「御意っ、お気をつけて」
ヘルダーと並んだイルガは、ポリアに気遣いを述べて騎士と兵士の小隊の応援に向かった。
「ポリア、準備はイイぜっ!!!!」
自分の体格と程近い大剣を構えたゲイラー。 黒い刀身の大剣は、脈打つ様に紅い波動を鍔元から切っ先に向けて走らせる。 炎の力を帯びる、魔法の加護を宿した大剣なのだ。 仕事の中で、死に行く冒険者から受け継いだ剣だった。
青い絹地で、厚手のマフラーの様なベールを頭から肩まで被りながら。 鋭い目を細めて、杖を構えるマルヴェリータが。
「ポリア。 貴女の正面から、大きいのと不死者が来るわ。 魔法を打ち込むから、一気に畳み掛けて」
その時、霧を破って現れたのは、巨大な骸の骸骨モンスターだった。
「デっ・・デカいっ!!!」
後ろで見ていた冒険者達が、見上げる程の人骨モンスターに立ち竦む。
「あ゛~、デイクドバイタ~ですぅっ!! 真っ黒マホ~さんのゴーレムモンスターです~」
アワアワと慌てるシスティアナ。 “真っ黒マホ~”とは、暗黒魔法の事。
ゲイラーの3倍強は有る背丈をして、腐肉をこびり付かせる人骨が、赤子の如くヨチヨチと霧の中から這い出てきた。 この巨体が歩くのに、振動すら起こらないとは・・・。
“カタカタカタカタ・・・・”
大きく黒ずんだ頭蓋骨が、人を一飲みしてしまいそうな口を噛み合せる。
マルヴェリータが魔法の詠唱を始めた時。
「群れが来たぞっ!!!」
離れた場所で、騎士の男性が吼える。
固まる冒険者の中に居る僧侶達が、また群れて来るスケルトンやゴーストの気配を間近にまで感じる時。 マルヴェリータが巨大な骸のモンスターに魔法を打ち放ち、ポリアが。
「負けないでっ!!! 生きて助かるのよっ!!!」
と、風を全身に纏わせながらモンスターに走り出した。
アンソニーの目覚め。 それは、魔物を閉じ込めていた結界中で、新たな勢力闘争を引き起こしたかの様なモンスターの動きを導いた。 その渦の中に飛び込んだ冒険者達は、命懸けの掃討作戦をしなければ為らなかった。
≪王の計らい≫
(セ・・イル、ど~しちゃったの? あのお爺さん)
ユリアは、目の前で土下座しているハレンツァに驚くばかり。 セイルに寄り、耳打ちする。
(見てれば解るよ)
セイルは、冷静に傍観する構えだ。
ハレンツァを見下ろすアンソニーは、小さく鼻で溜め息を付き。
「ご老殿、立たれよ。 無駄な時間を費やしてはならない」
だが。 土下座をして額を床に擦り付けたハレンツァは、左右から立たせようと来た兵士を退けた上で。 顔を低く見上げた。
「貴方様は、古きに粛清を行ったフランソワ王の弟君、アンソニー様ですなっ?! わっ・私めはっ・・かっかかか・・」
恐縮と興奮を交えたハレンツァは、その老いた顔を更に老けさせて強張らせる。 言葉の所々が震え、どもって上ずるのはどうしてか。
アンソニーは、セイルを見る。
「・・・」
セイルは、静かに見つめるのみ。
セイルが成り行きを見届ける気構えと知るアンソニーは、目を瞑り上を見た。
(あぁ・・・。 あの王が、何故にこの老人を遣わしたか・・、今に解った気がする)
ハレンツァは、鼻水を垂れ流し出し。 丸で泣いて居る様に咽びながら。
「わ・わわ・・私わぁ・・私め・・わああああ」
言い出しきれぬハレンツァのその後を。
「解っておる」
と、アンソニーは、繋いだ。
「あ゛っ!!!!」
その言葉に、あの好々爺と云った雰囲気のハレンツァが、急にギョッと目を見開き。 丸で絶命した死人の様な形相をした面を、アンソニーに上げる。
アンソニーは、ハレンツァの着る全身鎧の胸を指差し。
「その刻まれた紋章。 平和の証である鴛鴦と、ユズリハの葉を組み合わせたるは・・・アンチャールズ家の家紋だ。 余が、忘れる訳在るまい」
「あ・・・・」
ハレンツァは、アンソニーの言葉に稲妻に撃たれたかの如く硬直したと思いきや。 次第に力を抜かして、クタクタと前に平伏した。
「申し訳・・ありません・・。 王・・じ・・もうわけ・・・」
瞬時に慟哭を全身から吐き出すハレンツァは、腰から剣を抜く。
「っ?!」
驚くのは、クラーク。 これは何事か。 そのハレンツァの姿は、丸で自決する者の仕草だ。
ハレンツァは、剣をアンソニーの前に押し出し。
「どうか・・どうか私目を・・・」
アンソニーは、それを見て遠き日を思い出す。 笑顔を浮かべ、世間話にとこの屋敷を訪れたマリアンヌを・・・。
(戻らぬ・・戻らぬよな・・。 マリー、俺は・・・。 俺は、この時代で生きて見る。 だから憎しみは、此処に捨てて行くよ)
アンソニーは、瞬きをすると目を引き締めた。 そして・・。
「我が愛おしきマリアンヌの、暗殺を命じた一族の者よ。 王子として、最後の命令を御主に下すぞ。 アンチャールズ家の者よ・・」
ユリアもクラークも、アンソニーの一言に目を見張った。 兵士達は、何が起こっているのか解らずにうろたえ。 セイルは、静かに成り行きを見守っている中で。
「はっ!! あ・有り難き仰せ付けに、感謝致します。 な・・な・何なりと・・ご命令をっ!」
ハレンツァが泣き声を張り上げて、再度土下座した。
其処に掛けられた言葉は、
“もう良い”
と。 アンソニーのただ一言だった。
アンソニーが口を開く瞬間。 ユリアやクラークなど、見守る皆には時が止まったかの様だった。 だが・・・。 ハレンツァがその顔を上げるのと同時に、時が動き始めたと皆が感じた。
「あ・・、お・王子・・」
ハレンツァの顔が、情けない泣き顔に変わる。
アンソニーは、ハレンツァの前に進んで身を屈めた。 老いた男の目を見つめるのは、まだ若さも残す男の目。
「ハレンツァ殿・・。 御主の一族は、打ち首と成った当時の当主殿以外、我が兄の手で他国に追放と成った。 その御身一族が何故に戻されたのかは、我にはもはや関係無く。 現・国王が信頼をして、御主を今日に遣わしたのだ。 古臭い事は、もう良い」
「あぁ・・でっ・ですがっ、王子っ?」
縋り付く様なハレンツァに、アンソニーはしっかりとした声で・・。
「良いか。 我は・・、余は、もう冒険者に成った。 200年を経た今を、この目で見回ってみたいが為よ。 御主を憎しんだら、余はモンスターに変わる道へと踏み込んでしまう。 余をモンスターへと変貌させる気か?」
「そっそんな気は・・毛頭もっ!!」
「ん。 なら、もう剣を仕舞って立つが良い。 御主に与えられた仕事は、何だ? この謝りは、私事なるぞ。 政務の中で、私事を遣って時間を無駄にさせる気か?」
「はっ・・・ははぁっ!!」
ハレンツァは、血相を変えて再度頭を下げる。
立ち上がったアンソニーは、セイルを見て。
「手間を取らせちゃったね。 さ、地下の宝物庫へ行こう」
その顔は、笑顔だった。
ユリアは、見ていてアンソニーとセイルには、似た雰囲気が在ると感じる。
(セイル、中々度量の広い王子様だね)
(うん。 マリアンヌ様の思い出を汚したく無かったんだよ)
(モンスターに成ったら・・忘れちゃうもんね)
(うん。 誰だって、好きな人を汚したくない。 もう、戻って来ないのをアンソニー様は知ってる)
立ち上がったハレンツァは、アンソニーに騎士の示す忠誠の一礼を示した。
アンソニーは、静かに頷いた。 その仕草は、主従関係のソレであり。 アンソニーは、王族の仕草を今も覚えていた。
何故、現・国王がハレンツァを遣わしたのか。 それは、200年前の遺恨を背負った二人を、此処で会わす為でも有ったのだろう。 ハレンツァが信用に於ける人物で在ったからこそ、国王も遣わしたのだ。 そして、アンソニーの心の中から、憎しみを取り去る狙いも在ったのかも知れない。 今のハレンツァを見て、アンソニーが手を下す事は無いと。 あの強かな国王は、理解していたのかも知れなかった。
≪懐かしき顔≫
「ポリアっ!!!! こっちは終わったぞっ!!!!」
ゲイラーの大声が、霧の中から響く。
「たぁっ!!」
二体のレヴナントを、一太刀づつの一撃で斬り倒したポリア。 激しく動いて汗ばむ顔を、声のした方に向けて。
「こっちもっ!!」
近くでは、馬の嘶きが聞こえる。 “聖騎士”と呼ばれる神の加護を得た神官騎士と、その率いる一団が到着していた。 高位の魔術師団と僧侶が騎士達の中に組み込まれた、対モンスター精鋭部隊で。 魔法の加護が無き武器では、太刀打ち出来ないモンスターをも一気に蹴散らした。 この隊に組まれる騎士の武器は、魔法の加護が施された特別品なのだ。
戦闘が終わり。 ポリアは、聖騎士の小隊長で、面識も深いイデオローザと云う女性と対面する。
白いマントを靡かせ、白いプレートメイルと云う全身鎧を来た黒髪の騎士イデオローザは、ポリアの面前で平伏した。 目つきの優しく、褐色の美少女と云う印象が持てる。
「これはポリアンヌ様。 この様な所でお目に掛かるとは・・」
ポリアは、剣を仕舞って。
「ローザ、久しぶり。 もう身を起こして、此処は戦場と変わり無いわ」
「は」
身を立たせたイデオローザへ、ポリアはイルガの向かった方に向き。
「ローザ。 向こうに騎士と小隊が居るけど、もう引き返させた方がいいわよ。 此処は、何故かモンスターが多過ぎる」
「は、受けた報告ですと、どうやらその様で」
「うん。 私は、仲間ともう少し奥まで踏み込むわ。 ローザ。 私の事より、怪我をした兵士や冒険者に気を配りなさい」
「えっ?」
イデオローザの顔が、驚きに変わる。
「ポっ・ポリアンヌ様っ!! これ以上は、もうお止め下さいっ」
ポリアは、嘗ての騎士養成所に居たイデオローザを見た気がする。 まだ冒険者として飛び出す前まで、彼女とは手合わせを幾度もした間柄だった。
「ローザ、私をまだ姫扱いする気か? 貴女にまだ負ける程、弱って無いわよ。 ウフフフ」
「ですがっ、此処はもう危険ですっ。 もし・・もし、ポリアンヌ様の身に何か遭ったらっ。 嗚呼、全軍統率をリオン王子よりお任せされる、貴女様のお父上様になんとお詫びをすれば良いか・・。 あぁ・・、想像しただけでも末恐ろしい」
イデオローザのその顔は、確かにポリアを心配する物だ。
そこで、ポリアの元に、イルガとヘルダーが遣って来る。
「お嬢様。 騎士様一団は、此方に来て控えておりますが・・如何致しますか? 深い傷を受けた者が、2名。 その他戦いで疲れて、戦意を失ってる方も見受けられますが・・」
「イルガ、それはローザに任せる。 これから、もう少し踏み込んでモンスターを倒しながら、冒険者や兵士の捜索を続ける」
「は。 どうやら、別の騎士隊から逃げて、奥に向かった者が居るとの情報も有ります」
「うん。 助けた冒険者達が見た別のチームも、逃げ惑いながら奥に踏み込んでいたって言ってたわね。 死人が出る前に助ける為にも、急がないと」
「は。 もう、システィが怪我の手当てなどを終えて動けます」
ポリアは、イデオローザに向き。
「ローザ、お先に行ってるわよ。 心配なら、着いて来なさい」
「ポリアンヌ様っ、そっ・そんなご無体なっ」
危険の中枢に飛び込むポリアに、聖騎士イデオローザは唖然としてしまった。
ポリアは、戻る冒険者達に頼める事を伝えに行く。
(ああっ、こんな所でっ)
イデオローザは、焦り出して部隊の召集を掛ける。 ポリアを先に行かせて、何か有ったら自分の失態と同じと思ってしまったのだ。 手早く命令を済ませ、ポリアの後を追う気だった。 イデオローザは、まだ今のポリアの実力を知らないのであった。
どうも、騎龍です^^
間隔が空きましてすみません。 もうそろそろゴールデンウィークですね。 5月5日までに、エターナルとインテリジェンスのお話を4・5話更新しようと少し更新を遅らせました^^
近未来サバイバル・ホラーと銘打ったインテリジジェンス・クライシス。 もし、ご興味在れば読んで見て下さいね^^
ご愛読ありがとう御座います^人^