★番外編・特別話 壱★
この物語は、書かれる事の無い場面の影に光が差した回想録であり。 また、これから綴られる物語と物語の狭間の出来事。
特別編
①ダグラスの誤算
「ダグラスっ!!」
雪がチラつく中、山の岩陰で隠れていたクリスティーが、やっと現れたダグラスの様子に驚いて飛び付いた。
「あ・ああ・・・。 い、行こう・・・」
ダグラスの声が珍しくブレていた。 クリスティーが驚くのも無理は無い。 ダグラスは、左肩を負傷しながら現れたのだから。 ダグラスが掻き分けて来た雪の上に、赤い血の跡が点々と見えている。
「ああ・・どうしたの一体っ?!」
青い厚手のコートの肩口に傷を作り。 コートに血を滲ませるダグラスは、薄暗い昼間の雪空を見上げた。
(ポ・・ポリア、気を・・付けろよっ!!)
人を殺して逃げ出したダグラスには、今は祈る事しか出来なかった。 クリスティーを連れて、深夜にシュテルハインダーの街を抜け出す時。 自分達を尾行する何者かに気付いた。 クリスティーを先に逃がす形で、その男を南門で斬ったのはダグラスだった。 その何者かに尾行の理由を尋ねると、尾行して来た男はいきなり襲い掛かって来たからだ。
「ダグラス、こっち!! 怪我の手当てをしないとっ!!」
街から2里(5・6キロ)離れた山間の山道で、クリスティーはダグラスを自分の隠れてた岩陰に引き込んだ。
「クリスティー、こ・この洞穴・・奥は?」
ダグラスの腕を肩に回すクリスティーは、
「少し深いわ。 地熱の所為か、地面が剥き出しで暖かいの」
ダグラスは、連れられながらも辺りに警戒を配った。
(クソっ!! 最悪だゼっ!! まさか、こんな事に為るなんて・・・、ああっ!! )
悔やむダグラスは、運命の歯車の乱れがポリア達に牙を向くのを感じる。 もう、自分がのうのうと街に引き返す訳にも行かない。 だが、ポリア達に危険が迫っているのも確かだ。 知らせに行けない自分の罪に、今生の歯痒さを覚えたダグラスは目を瞑った。
確かに、知り得た危機の予兆は仕事の中に見えていた。 そして、斬った不振な尾行者や、此処まで自分達を追って来た追跡者は、明らかに組織的な臭いを放つ殺し屋だった。 ダグラスは、追って来た3人の追跡者を諸共斬った。 だが、相手も確かに強く。 肩に投げられたダガーを受けてしまった。 毒を塗ってあるかと思ったが、その痛みは無い。 だが、出血が酷く、これ以上の無理も難しかった。
(ポリアっ、気を付けろ・・気を付けろよっ!!!)
喘ぐ様に叫んだ心の声。 ダグラスは、うねる運命に己の無力さを痛感した。
②別れ
ピンクのドレスを着たお嬢様の様な長身の女性が、ギャラリーを掻き分けてカード勝負をしている包帯男ににじり寄った。
「ねっ、ケイっ。 もう一回っ」
指を立てて頭を下げる。
「やだよ。 何回目だつ~の。 お前、自分のはど~した?」
「う゛・・・スった」
「カレシにでも借りろ」
「むぅぅっ」
ピンクのドレス姿の美女が、集まるギャラリーの中に戻って行く中で。 シャンデリアの明かりが広い広い室内を照らす。 足を組んでストゥールに座る包帯男のKは、自分の手の内のカードをテーブル上に投げた。
「・・・・、勝ちです。 どうぞ」
蝶ネクタイをするディーラーが、お手上げとばかりに賭け(ギャンブル)で遣う専用のメダルをKの前に押し出した。
「わ~お・・、スゴい」
大きな胸に引っかかる位にしかドレスを着せていない美女が、際どいスリットの入るスカートから生足を魅せながらKを見て驚いている。
いや、驚いているのは美女だけでは無い。 礼服を着る老若男女や冒険者達が、ギャラリーとなって銅色のコインをテーブルに溢れさせるKに感嘆していた。 勝負のプロであるディーラーが全く勝てないので、済ましてカードで遊ぶKは注目の的だった。
カジノで国益を賄うギャンブの国で、秋の今は博打の祭典が行われている。 各国から、貴族・商人などの金持ちや、旅人に旅行者や冒険者達が集まり。 盛大に開かれる各賭け事のトーナメント戦や、予選を戦っている。 クルスラーゲより、Kと共にこの国に渡って来たステュアート達。 冒頭でコインの借りをKに断られたのは、セシルだった。 もう借りに来たのは4度目で、予選に出場する気も無いのにギャラリーを沸かせるKとは対照的に、予選会で惨敗続きなのだ。
カードを楽しむテーブルが、150席集まる大会場。 白亜の石柱が二重螺旋を描いて中心の噴水から外に伸びる。 会場は、広大な楽園をモチーフに観葉植物と水路で区画され。 予選の行われるテーブルと、只のゲームのテーブルを分けていた。
「どうも、お久しぶりですな」
「いやいや、ご無沙汰ですね」
貴族や商人達が、知った顔の誰かと久しく顔を合わせて挨拶していたり。 ワイングラス片手に大剣を担ぐ剣士が闊歩していたり。 会場の所々には、音楽を奏でる楽士団や、踊りを披露する旅の一座が居て人目を楽しませているし。 無料でワインなどの飲食物を配る場所も有る。
数万人の来客がごった返す会場でセシルは、仲間のエルレーンと落ち合った。 青いドレス風のワンピースを着る踊り子の様なエルレーンは、言い寄って来た金持ちを追い払ってセシルに向かう。
「どうだった?」
と、エルレーンが尋ねれば。
「もう駄目だってぇぇ~。 “カレシに借りろ”って、ステュアート何処ぉぉ~?」
と、泣き声のセシル。
エルレーンは、人が溢れる会場を見回しながら。
「そ~れがね~、オーファーやアンジェラも含めて解らないのよ~。 ケイみたいに黙ってても目立つと楽なんだけどね」
セシルも会場を見回しながら、
「オーファーなんてツルっ禿げが解らないなんて~、どんだけ人が多いのよっ!!」
「外に出たらもっとよ。 明日からの冒険者の参加出来る賭けレースに向けて、チェックしてる人や出場する冒険者達で溢れ返ってるし。 商業区なんて、出店や催し物に集まる観光客で人の川みたい」
「う゛-っ!! お祭りに来たからには、ギャンブルがレースのどれかに出たーーーいっ!!!」
賭け事の予選に惨敗のセシルは、地団駄を踏んで唸り上げる。 貴族出身のセシルながら、お嬢様と云う素振りでも無い。
「あ~、君達」
ナイスミドル的な紳士が、また二人に声を掛けてくる。
「間に合ってるわ」
「うざいっ」
二人は、紳士が誘うデートの申し出を断った。
セシルもエルレーンも、人と亜種人の混血だ。 見ての愛らしさ・美しさも有るが。 何よりも独特で美しく少女の様な幼声に、男心と云うか情欲がそそられるらしい。 セシルも、エルレーンも、そんな男の下心など速攻で読み取る。 声を掛けられても、全く誘われてみたいとも思わない。
さて。 セシルとエルレーンの探す三人は、夕暮れ迫る外の受付会場に居た。
「凄い人ですね。 お城のお庭が、人でごった返していますよ」
と、ステュアート。 鎧や武器は宿屋に置いて来た。 褐色の肌をした好青年と云った風貌である。
「うむ。 どうやら、明日からのレースに参加する冒険者達と、その冒険者達を品定めする金持ち達で一杯の様だな」
と、脇のオーファー。 禿げた頭のデカい図体。 見た目に杖を持っていなければ、武器を置いて来た戦士と云った風貌である。 緑のローブに黒いズボンを穿き、手には杖を持っている。
「冒険者の参加するレースとは、そんなに面白い物なのでしょうか・・」
人の多さと、賭け事の話ばかりが盛り上がる夕方の大庭園に嫌気が差しているのは、僧侶のアンジェラである。 純白のローブに身を包み、杖を片手に辺りを見回す。 男性が目を奪われそうな豊満な胸を揺らして、大勢の客の中を二人に着いて歩いていた。
あちらこちらに点された魔法の光を放つ大きな水晶球。 金額にしたら一つで何万シフォンもする代物だが、大庭園を隅々まで照らす用意が為されている。 丈の低い石の台座の上で、光の魔法を閉じ込めた水晶体が照らすのは、芝生と手入れのされた庭木が並ぶ大庭園である。
屈強そうな冒険者達がチームで集まって気合いを入れているのを見て、ステュアートはオーファーに。
「オーファー、彼らはレースに出るのかな?」
「ん? ・・、多分。 リーダーらしき魔法使いがゼッケンを持っているから、恐らく出場するな」
アンジェラは、後ろからオーファーに。
「所で、レースとは何を競うんですの? まさか、走ったり飛んだりしますの? 冒険者同士で戦うのなんて、見るのは嫌ですわ・・・」
オーファーは、Kと自分がこの首都に来るまでに何度か話していたレースに関しての話を、このアンジェラは興味無く聞いていなかったのだと理解し。 再度説明してやる。
このギャンブルの祭典“カジナ・イル・ア・レイナー”(賭博を愛す徒の雄たけび)では、大きく二つの賭け事が行われる。
一つ目は、カードなどの一般ギャンブルのトーナメント戦である。
二つ目は、冒険者が参加して行われるレースだ。 知恵部門と、バトル部門に分かれていて。 知恵部門では、用意されたヒントを謎解き、次々とヒントを探してゴールと云うべき隠された秘宝を探す。
バトル部門では、モンスターの蔓延る五つの舞台を切り抜けて、山の中に安置された旗を取る争奪戦。 基本、冒険者同士の戦いは禁止で、旗を取ったチームが優勝者に為る。
カード戦に然り、レースに然り。 ギャラリーは、出場者に金を賭ける事が出来る。 大穴を当てれば大金持ちに為るチャンスが有る為に、一般客も旅行がてらに訪れる事も多いとか。
特に、レースやカードで優勝すれば、多額の賞金に加えて知名度も上がる。 未だ地方から抜け出せぬ冒険者のチームにとっては、燻る現状を打開する手段でも有るから、優勝を夢見るチームがわんさかと訪れる。 何せレースの優勝には、賞金以外に宝物が進呈される。 凄く高額な名匠の作った武器や、宝石。 時には、奇跡の妙薬と謳われるエリクサーの原料や、数百年に一度しか咲かない花など、毎回毎回賞品は豪華なのだ。
賭け事に加えて、テーマパークを運営して年間1億人以上の旅行者を呼び込むこの国だが。 その5分の1の来訪者は、たった10日間足らずの期間で開かれるこの祭典の時期に集まるのだ。
今日の昼前に首都へ着いたステュアート達。 前にも来た事の有るセシルが、エルレーンを誘ってドレスアップを貸衣装でして、宿だけ押さえてこの会場に来た訳だ。 大小の湖の中に残された孤島が珍しい名勝の一番大きな湖の中に立てられた巨城で、カードなどのギャンブが行われている。 その湖畔周辺に、商業区や居住区が延々と外側に広がり。 南東部は、港が大々的に整備された広範囲な都市。 それが、この首都だ。
さて。 チームの面々がそれぞれが楽しんでいる。
だが、Kは・・・、絡まれていた。
「ケ~イ゛ィィ・・うぅぅ・・・たァ~すけてぇ~」
仲間が見つからずに、包帯男に再度頼るセシルと付き添いのエルレーンが居た。 セシルは、ギャラリーの目も気にせず、ストゥールに座るKに抱き付いて泣きじゃくる真似をするのだった。
「ハァ~、わ~ったわ~った。 この勝ったコインを二人で全部持ってけ。 もう、カードに飽きた」
ストゥールを立つKの姿に、見ていた数十人のギャラリーが沸く。
「えっ?! 全部貰っていいのおお~?」
少女チックに潤んだ眼をキラキラさせるセシル。
「うっ・うそぉっ?!! あのコイン・・全部っ?!!」
と、テーブルの上に溢れそうなコインにビビるエルレーン。
Kは、コートの皺を叩き。
「カード予選は、決められたディーラーに勝って、今夜の締め切りまでに使うコインの量を各自で収める決まりがある。 予選を突破すれば、残りのコインを多く積んだ者ほどシード権を取れるから、コレで少しは頑張って見ろ」
「ホントっ?!」
現金にコインに飛び付くセシル。
見ていた客の一人が、ディーラー代わる代わるの相手を5人も無敗で勝つかノーゲームにしたKを惜しみ。
「包帯のお兄さん、アンタもカードの祭りに出なよ。 それなら必ず賭けるよ」
「そうよ。 こんな大勝ち見せ付けられたら堪らないわ」
と、Kを見続けていた巨乳の美女も甘い視線を投げて言う。
だが、Kはその気が全く無い。
「優勝も何も興味は無い。 クセや如何様を見破れるのに出ても詰まらないだろう。 アンタ等金持ちを儲けさす気は更々無いね」
と、テーブルの有る小高い場所からギャラリーの中に降りる。
「う~ん・・、勿体無い・・」
唸る小太りの礼服男性に、Kは捨て台詞の様に。
「スリルを味わえ、それがギャンブの醍醐味だ。 勝ちと負けのギリギリが一番楽しいンだよ。 なんなら、この二人に賭けてみたらど~だ? 感情的な女二人だが、勢いに乗れば大穴かもよ」
と、セシルとエルレーンを指差してから会場の外に向かって歩き出す。
ざわめくギャラリー達は、コインを借りた布袋に豪快な様子でブチ込むセシルに釘付けと為っていた。
しかし、Kの姿をセシル達が見たのは、この時が最後だった。 何故なら、Kは夜には姿を消したからである。 夜遅くにチーム一同で戻った宿には、Kからの言伝が預けられており。
“楽しかったゼ。 コレでお別れだ”
と、Kの手紙が残されていただけだった。
③ほくそ笑む老人
シャンデリアが、天井に等間隔の間を空けて五つも並ぶ。 幅が大人の両手を広げた程かのテーブルが、延々と横長い部屋の暖炉前から、奥の入り口の重厚な合わせ扉前まで伸びていた。 広い部屋だが、人の姿は見当たらない。 ただ、暖炉で燃える乾いた木の音がする。
「父上っ!!!! ちっ・ちちち・・父上っ、たたっ・たい・大変ですっ!!!!」
大慌ての男性が、合わせ扉の片側を開いて中に入って来た。 ブロンズカラーを基調とした刺繍素晴らしい絨毯の上を、大慌ての足取りで転げそうに歩く男性。 背凭れの長い木造りの椅子が整然と並ぶ長いテーブルの脇を、暖炉の方へと男性は小走りに為っていた。
「騒々しいぞ。 サムソン、少しは物静かな息子を見習え」
暖炉前のテーブルに備わった椅子が、斜めに為っていて。 火の入れられた暖炉のパチパチと云う音を音楽に本を読んでいた老人が、走って来た男性に言う。
大焦りの様子で顔に汗を浮かべた色男な中年男性は、老人の前に来ると膝を折った。
「父上っ、そっ・その子供・・。 セイルが居なくなりましたァっ!!!!! ああ・・」
と、心配を丸出しに気が狂いそうな様子で呻く。
男性を見る老人は、そう聞いても平気そうに。
「そうか。 ユリアと冒険者にでも成ったのではないか?」
その言葉に、男性はビックリした顔をガバッと上げる。 驚愕と云う顔の男性は、差し詰め心臓でも止まってしまった病人の如く青褪めた顔色だ。
「な・・あ・あああ・・・ぼぼ・ぼぼぼぼぼ・・冒険・・者ぁぁぁ・・・」
そんな男性を見る老人は、益々呆れを見せて。
「サムソン、ワシの息子よ。 セイルは、お前の3男じゃ。 順序から云っても、家督を継ぐ順序では最後だぞ? ユリアと二人、自由に冒険でも何でもさせればイイ。 全く剣術の心得も学べない軟弱なお前より、孫の方がずぅ~っとマシじゃ」
「あ~・・あああ・・父上ぇぇ・・。 何故に・・何故にそんな事を・・」
老人は、膝の上に置いた本を閉じると、膝に掛けた寒さ凌ぎの薄い黒のタオルを取る。
「“何故”? サムソン、お前は私の心が解らぬのか?」
「い・いいえ・・。 ですが・・、ですがっ!! 商才もっ、気持ちも度胸の据わったセイルは、長男のアルスよりも跡継ぎに相応しいハズっ!!! もし・・ああ、もし冒険で命でも落としたらあああ・・」
すると、老人はその場で立ち上がり。 震え上がる息子を見下ろすと。
「サムソン、それならそれだけの男だったと云う事よ。 セイルは、確かに覇気も有り知恵の回る子。 だから、その身に宿る力に押されて旅に出た。 その旅に耐えて戻れぬ様では、ワシの跡は継げないぞ。 お前が冒険の一つも出来ない惰弱な子故、今に為ってもワシが裏で方々に眼を向けねば成らん。 イイ年をしたお前も、その息子で孫のアルスも、二人揃ってこのオートネイル家を潰す気か?」
「そっそんなっ!! 滅相も無いっ!!」
大慌てで否定する中年男サムスンだが、その息子を哀れな感情の滲む眼で見下ろす老人・・エルオレウは、
「サムソン、良いか。 抱える物が大きい我が家じゃ。 才無き者が跡目を継げば、家は没落する。 我々一族が、長き昔からに渡って大勢の嫁や婿を抱える形を取って来たのは、方々に誼を結ぶ為だけでは無い。 優秀な跡継ぎを作る為だ」
サムソンは、ガクリと項垂れる。
「は・・・はあ・・」
エルオレルは、ギラリと鋭い眼をサムソンに光らせ。
「お前は、ワシの云う事を聞かずに妻を一人と決めた。 ワシは、己が強かったから一人としただけじゃ。 お前が跡を継いだのも、他に密かに作った子供が諸共使えないからじゃっ。 ・・全く、なんとか出来た跡継ぎのセイルを、此処で一人前にせねば我が家は没落するっ!」
「は・・ハイ・・」
項垂れたサムソンと云う男は、父エルオレウの言い成りの如く頷くばかり。
「良いか、セイルが生きて戻れば、お前達の望み通りに当主として跡継ぎにさせる。 だがっ、セイルが死ぬことも考えるなら、アルスに教育を厳しくしろっ。 それが駄目なら、長女であるクリューヌに然るべき相手を見つけておけっ!! 高々息子一人が旅立って、成長を喜び望むより心配とは情けないっ!!!! 万一の為だっ、エリザベスにもう一人二人生ませろっ!!!」
厳しく云われ、サムソンは怯みっ放しで怯える様な顔を父に向ける。 冷や汗に塗れた顔は、涙も浮かべる情けないものだった。
「はいっ!!」
息子の顔を踏み付けるが如く睨み付けたエルオレウは、本を片手にナイトローブ姿をサムソンの入って来た扉の外に消すべく歩き出した。
父親の去る姿を見て涙目に変わるサムソンだが、内心では気が狂いそうだった。 セイルの母親でもある妻エリザベスは、美貌と才気の同居する没落した貴族生まれの女性だ。 半ば借金の形として、エルオレウが晩生の息子に宛がった愛人の様な関係だったのを、サムソンが心底に愛して妻にしたのである。 だが、エリザベスは、利発だが身体は強く無い。 夫の為に、無理をして5回も出産をし、生まれた子供の内二人は死産だった。 そしてその時が超難産で、母も子共々に死に掛けたのである。 今やエリザベスは、床を離れられるのは2・3日に一度。 これ以上妊娠させたら・・命に関る。
(ああ・・セイル・・。 駄目な父を許しておくれ・・)
サムソンは、セイルの内心を理解していた。 祖父エルオレウが、セイルに態と辛く当たって冒険に遣らせ、剣士として成長させて跡継ぎにしようと画策しているのを逆手に取ったのを・・。 母親の事を十分に理解している子供達の中でも、セイルは母親の乳を一番吸えず。 物思いが着く頃には、床に伏せる母親しか知らない。 今、エリザベスが生きているのも、セイルの成長とアルスの家督相続を夢見る故の希望に縋っているからだ。
セイルは、歴代のオートネイル家の当主の中でも、辣腕を揮い裏で威勢を示す祖父・エルオレウを引き摺り下ろす為に冒険に出たと云っていい。 エルオレウの横暴ぶりは、表に出ないだけで酷い所が有るのだ。
サムソンなど、父親のエルオレウに良い様に操られる仮初めの当主に過ぎないのである。
サムソンは、何よりも一緒に旅立ったユリアを怖がる。 ユリアは、打算的にセイルの妻候補としてエルオレウが見初めた。 エルオレウの表向きの妻であるリリューナ、我が妻エリザベスにも愛され、セイルと同等の生活で居た。 ユリアが、もしセイルの本心に気づいた時、エルオレウの本章を知らずに心酔している一面があるだけに怖かった。 それ以上に、ユリアとセイルが結婚でもしようものなら・・、エルオレウはユリアに何を吹き込むか解らない。 生じ捨て子で、拾ったエルオレウを敬愛するユリアが、サムソンは怖かったのである。
その夜は、マーケット・ハーナスの首都で年末の祭りが終わる前日であり。 セイルとユリアが旅立ってから二日目の夜だった。 冬の訪れを告げる木枯らしが強く吹き、民家の暖炉では部屋が暖まりきらなくなる頃であった・・・。
④消えた理由・・終わらせる者
夜。
ギャンブルの国の港。 海沿いの高台に並ぶ木作りの倉庫群の中の一つで、影が蠢いていた。
「今夜、一気に殺す。 我々が手を組むなら、実力の有る冒険者であろうとも負けぬ。 我等が認めた頭達を聖騎士達に突き出し、生温い法王の行いを正そうとしたマルフェイス様を捕まえた冒険者達を、恨みを晴らすべく殺すっ!!」
「おうっ」
闇の中で、月明かりが格子戸の隙間から倉庫に差し込む。 その光の中には、20人近い者共が立って喋る男を見上げている。 どの者も、腰にダガーやショートソードを装備し、井出達も軽装ながら冒険者と変わらぬ。 しかし、ギラギラと光る眼には、異常な殺気が宿る。
すると・・・。 突然にその倉庫の扉が開いた。
「むっ」
立っていた男を含めて、全員がその方に向く。 扉の開かれた所に、ユラユラと人影が・・。
「コンジか?」
立っていた男は、見張りに遣らせた男の名前を呼ぶ。
「あ・・・かっ・・・かし・ら・・・、バレ・・」
絞る様に声を出した男は、その場に倒れる。
「おいっ!!」
異常を感じ取った男達は、一気に立ち上がり警戒する。 そんな中・・・。 また人影が開かれた扉の中に浮かぶ。
男達の誰もが尋ねる前に、現れた影の男が。
「フン。 ゴミ共が集まって、俺達を殺す算段か? 盗賊の三下と殺し屋に雇われたゴロツキ共が寄って集って、暗殺組織の真似事なんざ~詰まらねぇ~ぞ」
その声は、K。
立っていた男は、聞き覚えの有る声に。
「お・お前っ!! あの仲間の包帯男かっ?!!」
闇の中で、Kは薄く微笑んだ。
「クルスラーゲで、ず~っとテメエ等の尾行を感じてたよ。 集まった所を一網打尽にしてやろうかと思ったが・・・、一度散って民家に押し込み働いたんだってな~。 急に強盗が増えたってから、直ぐに解ったゼ」
「気付いてたのかっ?!!」
「フフ・・・、暗殺者も返り討ちにして来た俺に、テメエ等達みたいに下手なスカウトの真似事など通用するかよ」
「うぬぬぬぬ・・・、抜けっ!。 者共っ、コイツから血祭りだっ!!!」
立っていた男がダガーを引き抜いた。 他の者達も、一斉に武器に手を掛ける。
すると・・・、Kは中に入って扉を閉める。 真っ暗に成った中で、声だけのKが居た。
「役人に通報はしたぜ。 だが、生かすのは一番下っ端数人だけだぞ。 残りはどうせ死刑なんだから・・・、手間を省いてやる。 ジュリアを何度も付狙いやがって、消える前の大掃除だな」
それから、斬り合う者達の怒声や悲鳴が倉庫で響いた。 武器を持たぬ一般人を平気で殺めた悪党達だが、頭数を集めても狙った相手が悪かった。
役人・・、この国では私兵警察であるが、倉庫に駆け付けた時に見た中は地獄絵図であった。 恐怖に気を狂わせ、泣き叫ぶ悪党達が数名。 他は、一撃の下に殺されていた。 中でも、押し込み強盗を働き、人殺しを行った数名は・・・殺され方が尋常では無かった。 生き残りの民間人や、下見に来た男達の人相がもう役人達に知れていたので、直ぐに悪党達と解ったが。 血の海と化したこの倉庫の中で、悪党達を殺した相手は悪魔としか言い様が無い有様だった・・・。 血祭りを狙った側が、たった一人の男に血祭りにされたのである。
次の日。
ステュアート達は、私兵警察に連行された。 狙われる事情を聞かれて、仕事の話をしたら土下座に近い扱いで指揮官に開放を言い渡される。 ブルーロズ家当主であるジュリアの家柄は、私兵警察の指揮官も知っている。 その知人を不当に捕まえたと云う事のままに、悪党達の詮議を進めるのは宜しくない事態に為ると解ったからだろう。
カードの予選に惨敗したエルレーンとセシルは、見物と云う事でレースの行われる会場の方に向かう為。 人のごった返した大通り上で、消えたKを思い出していた。 先に、セシルが、
「あ~、もしかしたら・・、アタシが騒いでたので見つかったのかな。 ケイ、だから尾行者を追い掛ける為にコインくれたのかも・・」
エルレーンは、もう少し読んで。
「かも。 でも、そもそもあのケイが、あんなに目立ってカードしてたのが狙いだったんじゃない?」
人の流れに大きな身体を不自由に困らせるオーファーは。
「うむ。 可能性は高いな。 ケイ殿は、追跡者の気配を窺い、向こうから発見させる為に態と派手に勝っていたのかも知れぬ」
一番Kを慕っていたステュアートは、どうも昨夜から沈み気味で。
「・・・、ケイさん・・、僕達の最後の安全まで考えてから消えるなんて・・凄いなぁ・・。 どんなに頑張っても、僕はケイさんみたいには無理だよ・・。 ハア・・お礼も言えなかった」
アンジェラは、Kの心に踏み込めなかった自分に意気地が無いと思いながら。
「ステュアートさんは、ステュアートさん。 ケイさんは、ケイさん。 同じに成らなくてイイと思いますよ」
エルレーンは、そう言ったアンジェラに昨夜から思っていた事を聞きたくなった。
「アンジェラ、貴女はこれからど~するの? ケイは居ないケド、チームに居る?」
アンジェラは、そう聞かれても笑顔を消さず。
「ええ、皆さんが良ければ、私はチームが在る限り居ようと思います」
そう聞いたオーファーは、何処か嬉しそうに微笑み。
「ふむ。 麗しい花は残ってくれるとは、嬉しい限りだ。 これもケイ殿の恩恵かな」
アンジェラを美化して形容した事にセシルは、オーファーを横目にジトっと睨んで。
「こぉんのスケベ禿げ。 一々、“花”に例えンの? やらしい言い方」
非難を受けるオーファーは、口先をを尖らせ他所を向く。
「全く、全身胃袋のオバケ姫は煩いな」
その例えに、セシルの目がギラリと光る。
「うっ」
「うそっ」
「この人ごみでですかぁっ?」
ステュアート・エルレーン・アンジェラがセシルの青筋に怯えた直後。
「この禿げタコがああああああーーーーーっ!!!!! ケイが居ない以上アタシが仕切るっ!!!!!!」
通行人が、その怒声に注目した。
その頃。 Kは、船の中で寝ていた。 小型の旅客船で、向かうのはフラストマド大王国。 まさか、冬の真っ只中に北へ旅してみたKが、またまた運命的な大事件に巻き込まれるとは・・。
Kが引き寄せるのか・・。 Kが引き寄せられるのか。
だが、その事件はKを必要としていた。 いや、関る誰もがKを必要とするだろう。
運命の歯車には、Kすらも敵わない。 導かれるまま、進む先でKに触れる人々の運命は、Kと云う人物を通して人々に訴える。 人間の愚かさや、物悲しさ、そして・・・。
どうも、騎龍です^^
ご愛読ありがとうございます^人^