ポリア特別編サード・上編
ポリア特別編:悲しみの古都
≪崩壊市街地へ赴く朝≫
早朝。 ポリア達は、寝泊りしていた別棟の屋敷から母屋の屋敷に移動する為に起きた。
ポリアの祖父が住んでいた別棟は、手入れをして空き家の様に成っていた。 オッペンハイマーは、自分の父親に可愛がられたポリアに、是非に都市の滞在中はこの空き家を使って欲しいと懇願したのである。
部屋数も多く、幼少の一部を過ごした離れの居心地が良かったポリアは、母屋の屋敷に移動する庭の中で昼頃まで明けない夜空の様な空を見上げて。
「あ~、都市に居るうちは此処に住もうかな~。 宿代浮くし、住み心地イイわ~」
雪が冷たく、剥げ頭に乗るのがイヤなイルガはフードを被りながら。
「私は住んだ事が有りませんでしたが、お嬢様にとっては御懐かしい御屋敷ですな。 確かに部屋数も多いので、宿代わりに最適です」
客間だと云う処の上質なベットに寝たゲイラーとヘルダーは、寝心地の良い中を起きる為にベットから離れなければならなかった事に少し躊躇っていた起床時を思い出す。 ゲイラーは、苦笑して。
「街を離れて安い宿に泊まったら、硬いベットに寝れなくなるかもな」
と、ヘルダーに言えば、ヘルダーも頷いて微笑む。
マルヴェリータと一緒にポリアの嘗て寝ていたベットに寝たシスティアナは、雪の中でピョンピョン跳ねながら。
「ポリちゃんのベットって~、フッカフカ~。 マルタしゃん涎流してたぁ~」
「う゛、こっコラ、システィったら」
小雪が舞う暗がりの中、顔を赤らめたマルヴェリータだが。 ポリアを見ると、
「凄い貴族風のベットよね。 あんなに寝心地の良いの初めてだったわ」
祖父の嘗ては使っていたベットに寝たポリアは、薄く微笑んで。
「ベットの周り・・・御祖父ちゃんの生きてた頃の雰囲気有ったな~」
と、呟いてから、ポリアはマルヴェリータを見返し。
「私が遊びに来るの楽しみにして、私のベットって御祖父ちゃんが特注で作らせたみたいよ。 私も、何度も涎流して枕にシミ作ったわ」
ダグラスを抜いた一同は、明かりの点いたオッペンハイマーの待つ母屋の屋敷に着いた。
ゲイラーは、寒がって屋敷に入る皆を他所に空を見上げる。 ふと思うのは、この場に居ないダグラスの事だ。 ゲイラーは、前日の夜にダグラスの事をポリアに直ぐ言って謝った。 同じ同郷のダグラスだからこそ、自分が代わりにと・・。 だが、ポリアは気にする気配も無く。
“ダグラスだってイイ大人だわ。 仕事以外は自由にするのが悪い事じゃないし、明日合流するって言うんだから任せましょ”
と。
新たに7人のチームに成ってから、ポリアはリーダーとして相応の度量を身に付け始めている。 余り小さい事に拘らず、クセの感情的な状態からも冷静に戻るのが早くなっていた。 ゲイラーは、成長するポリアを見る度に思う。
(やはり、俺はリーダーの器じゃ無いな。 ポリアには、感謝のし通しだ)
ゲイラーは、ポリアとならシスティアナも居るから地獄の果てまでも行けそうな気がする。 そこまで信頼が出来る気がしていた。 一方、自分勝手な行動が目立ち始めるダグラスには、愛想を尽かし始めていた。
さて、オッペンハイマー氏を迎えて食事を終え。 アラン老人をポリア達が迎えに行く。 フロマーも着いて来ようとしたが、ポリアがお屋敷の御仕事に従事していいと押し留め。 皆だけで迎えに。
キノコの様なアランの家に向かえば、もう起きていたアランが出迎える。
「おお、早いの」
ローブ姿では無くなっているアラン老人は、魔法を扱う冒険者でもあった。 ただ、魔法を具現化出来ないエンチャンターであり。 その得物は、投擲主体のダガー。 投げナイフのトレジャーハンターと云う処か。 着替えた恰好も動き易く、鎧は皮製。 具足は鋼の補強を施す皮製だった。 腰周りにも薄めで軽量の皮製プロテクターを着け、ピック状の先を持つステッキを手に井出達が整った。
「アラン様、そうゆう恰好ですと雰囲気有りますわ」
と、微笑むマルヴェリータが言えば。
「ウム。 若き昔は、冒険の疲れを御主の様な美女で癒したモンじゃ~」
と、腕組みして思い出に浸り出すアラン。
「・・・」
ポリア達、返す言葉が無くて苦笑いのままに立ち尽くす。
アランは、全員が黙ったのに違和感を覚えて。
「ぬっ、信じて居らぬなっ。 その眼・・眼が云うて居るっ!! よしっ、昔貰った恋人からの手紙を見せて進ぜよう。 たしか~・・・」
と、螺旋階段を上がろうと向うアランに、ポリアは驚いて。
「先生っ、遺跡の捜索が先ですっ!!」
アランは、ピタリと足を止めて。
「あ、そうじゃった。 うぬぬ・・・、捜索が終わったら探す。 お主等、見るまでは街を去るなよ」
と、眼を細めたアランは、何も言い返せぬ一同に振り返って云うのだ。
イルガは、ポリアの隣から小声で。
(お嬢様・・、少々気性に難の有る御仁ですな)
(うぅぅ。 言葉に気を付けようね、イルガ)
ポリアは、叔父だけでは無く。 無駄に元気な人物を発見した気がして先が思いやられる。
だが。
オッペンハイマーの屋敷に戻ったアランとポリア達は、フロマーの支えでヨチヨチ歩く鋼鉄の甲冑を見る。
アランは、黒い帽子の雪を落しつつ。 オッペンハイマー氏宅のロビーで、甲冑を見ると。
「まさか、中に入ってるのはオッペンハイマー君か?」
重くて、フロマーの助けなくして動けない甲冑からは。
「はい。 わっ私も・・なんとか自分の身は・あああ・・自分でまっ・守ろうとおおぉ・・・」
その声は、正しくポリアの叔父の声。
顔を抑えて言葉の無いポリアに、踵を返したアランは呆れ果てて。
「重い荷物じゃ、置いて行った方がエエかのぉ~」
無言で頷いた者が5名。 一人は、無邪気に甲冑をに近付いて触り出す。
「うわ~いうわ~い、動くカッチュウーさんだぁ~。 叩いてもヘイキ~?」
システィアナが、杖で甲冑を外から小突く。
「うおおおおわぁっ!!!!」
バランスを崩し、カシャンカシャンと可笑しく動き回る甲冑・・・。 後に倒れたのは、言うまでも無い。
甲冑を剥がしたオッペンハイマーの着替えが済むと、一同はマントを羽織って暗い外に出た。 アラン老人の話では、博物館の館長をしているスコット氏とは、崩壊市街の入り口で待ち合わせとの事。
「じゃ、其処に向かいながらダグラスと合流しましょ」
黒いマントを着たヘルダーは、腕組みで済ます。 嘗てはスタムスト自治国の首都で、小奇麗な斡旋所の女性主の事でいがみ合ったダグラスであり。 しかも、幾度と無く別の都市に行っても節操の無いダグラスを注意するヘルダー。 ダグラスとヘルダーは、性格の食い違いから仲が宜しくない。 年上で、技量的にも上回るヘルダーに、ダグラスも多くは言えないのを自覚していた。 だから、眼の上のタンコブみたいなヘルダーに、ダグラスが警戒する。
二人の仲裁もポリアかマルヴェリータが。 ヘルダーは、以外にフェミニストで女性には勝とうとしないからだ。
さて、荷物を各々が背負って雪の舞う外に出た。
「ああ・・アラン。 こんなに少ない荷物で大丈夫かな?」
腰がよろける程の荷物を背負う袋にパンパンと詰めたオッペンハイマーが、心配そうに聞くのだが・・。
「大丈夫、御主一人居なくても問題無いわい」
と、呆れるアランの背負い袋は、オッペンハイマーに比べて半分以下の萎み様だった。
その頃。
仕事に出向く人も多く移動している広い広い噴水公園。 石畳で作られた広場、周囲は石材建築の古い神々を祭った神殿や博物館などでで囲まれる。 風が吹いて小雪を舞い散らす中で、アートモニュメントの石柱の裏で重なり合う影の様にキスをしてる男女が居る。
「・・・ねぇ、今夜もイイ?」
唇を離して縋る様に云うのは、昨夜にクリスティーと名乗った女性。
「ああ、今夜も一緒に居たいね」
と、ダグラスがクリスティーを見つめて云う。 クリスティーの胸を、コートの上から右手の甲でなぞり上げ、代わって左手で彼女の頬を触る。
「もう一度、キスいい?」
艶かしく強請る彼女をダグラスは抱き寄せ、無言で唇を重ねて吸った。 クリスティーも、ダグラスの首に腕を回して体を密着させるのだった。
(迷いは・・無いな)
ダグラスは、身銭の少ないクリスティーに金を渡して宿に返した。
一夜は、儚くも長い。 毎日遣って来る夜だが、誰もが誰かと過ごす夜は特別だ。 まして、床を共にする男女が本気で語り合う一夜がどれだけ長いか・・。 一瞬が、時には永遠に思える。
ポリア達が暗い広場の噴水前でダグラスと会う時には、クリスティーの姿は無い。
「おはよ。 飲み明かしたの?」
噴水前で落ち合ったポリアが尋ねれば。
「あ~、古い冒険者の旧友と会ってさ。 冒険者を引退してたが、色々積もる話有ってな」
久しく明るい声のダグラスが返す。
だが、ポリアも、マルヴェリータも、そしてヘルダーも気付いた。 ダグラスの体から、男では決して遣わない甘い香水の匂いがして来た事を・・・。 しかしポリアは深くは尋ねず。
「じゃ、仕事行くわよ」
ダグラスは、何時に無い柔らかな笑みを見せて。
「おう。 土産代多く遣ったから、是非に成功させたいね」
笑い返すポリアは、頷いて返し。 アランを先頭にこの広場を突っ切った。
≪崩壊を向かえた場所≫
崩壊市街地と人の住み暮らす街の間には、仕切る壁などは無かった。 だが、崩壊した都市に踏み込むまでは、人も住んでいない広大な石畳の地面に無数の瓦礫が転がる中を越えて行く事に為る。
遮る物が無い瓦礫の転がる荒野の様な崩壊都市部は、非常に風が強い。 ポリア達は、目元のみを残して鼻や口を布で覆い隠し、フードを深く被る。 オッペンハイマーも、姪のポリアに教えられて寒さ対策にしている。
さて。 その荒野と云うか、虚無の世界とでも言った方がいい様な景色の中を歩いて行くと。 無惨に崩れて下の一部だけ残る石壁の近くに人が数人居た。 その一団が、アランに願い出て遺跡の調査に同行する博物館館長のスコットと、彼の護衛を勤める役人達だとアランが教えてくれた。
その一団と合流し、アランがポリア達の軽い紹介をした直後だ。 スコットと云う人物が、偉そうに咳払いをして。
「私は、今回の調査に同行する博物館館長で、都市の文化長も勤めるスコットと云う。 君達が雇われた冒険者か、くれぐれも邪魔はせぬように」
背が高く、角張った感じの威厳を張る中年男が言う。 スコットの脇には、この国の正式な装備に身を包むマント姿の兵士5人と。 赤いマントに剣を佩く目つき鋭い戦士が控える。
スコットが、横の戦士に眼をやってから。
「この者は、我が都市の兵士長であるショーターだ。 彼が守るのは、我とオッペンハイマー殿やアラン殿のみ。 君達には気を向けないからそのつもりで居てくれ」
なんとも尊大と云うか、横柄と云うか。 その態度を見て、ポリアはアランに小声で。
(兵士や役職に就くってそんなに偉いんでしょうかね)
アランは、公爵家筆頭の家柄のポリアに言われて苦笑し。
(皆、それぞれに自負を持ちたいものさ。 御主の素性を知らずに・・・、クックク・・・偉ぶっておるわえ。 クッ・ククク・・・面白いのぉ~。 お前さん等が居なくなった後に、素性をバラしてやろうかな)
ポリアは、アランが意地悪したくてしょうがないと見れて、自分も苦笑してしまった。
顔や首周りを見るに、少し細身ながらショーターと云う兵士長は中々の腕前と思えた。 スコット自身もそれなりに剣を遣うと見れ、身体つきに無駄は見えなかった。
「・・・」
ショーターは、ポリアの目元を見据えて前に進み出ると。
「貴殿は女か? ・・・女の割に遣うな。 チーム名は?」
ポリアは、素直に。
「ホール・グラス。 私は、リーダーのポリア」
すると、ショーターと云う兵士長の顔が一瞬だけ曇った。 歪んだとも云えるが、明らかに何か変わった。 しかし、直ぐに顔を平静にしたショーターは、ポリアの仲間を見回し。
「スコット様、この者達に無用な気遣いは要りません。 腕も確かな最近この辺で一番上り調子のチームです。 下手な夜盗の群れなら、我々とこのチームだけで難無くかわせると思います」
雪の降る暗がりの中で、スコットと云う男は拍手をし。
「そうか、そうか。 オッペンハイマー殿も、お金を出したと見える。 なら、大手を振って現場に行くとしようか」
偉そうに云うスコット氏。
「う・うぬぬぬ・・・」
堪えているのは、オッペンハイマーだ。 ポリアは、“皇族”の公爵。 しかも、筆頭である。 その家の娘を、たかだか成り上がりの地方博物館館長風情にバカにされたのでは、自分が罵られているのと一緒だ。 だが、ポリアとアランに事実を口外しないようにと云われて、必死で我慢しているのだ。
さて、アランとオッペンハイマーが、ポリア達を伴って先に歩く。
瓦礫が散らばる間を通る幅広い石畳の道を進む。 雪が細かくなって瓦礫を覆うサラサラした雪を、時折に強く吹く風が吹き飛ばす。 だからか、瓦礫は雪まみれて居ながらも、所々薄らと見えているのだ。
ポリア達の中で、最後尾を歩くのはダグラス。 マントにフードを深く被り辺りに注意していた。 その横に、何故かショーターが肩を並べる。
「・・・、何か?」
違和感だけを声に、ダグラスが彼を見ずして言うと。
「いや、御主のリーダーは、名剣を持ってるそうだな」
「・・、まぁな」
「視た所、剣の腕も立つがまだ若い。 そんな名剣を持つには早すぎる気がするがな」
ダグラスは、ショーターを脇目に見る。 鋭い眼には、明らかに何かを欲する欲望の色が見えた。 しかし、ダグラスは無用な欲は仕事の邪魔だと思い。
「かもしれない。 だが、ポリアはいずれその剣に相応しい剣士に為るさ」
「そうかな?」
「ああ、少なくともアンタよりは強くなるね。 それに、誰もポリアの剣は握れない。 彼女だけに資格が有る」
「フン。 剣は強きものが持つ資格を有する。 違うか?」
「違うね」
ダグラスは、ハッキリ言えた。
「本気か?」
ショーターは、ダグラスに問う。
ダグラスは、呆れも込めた眼をショーターに向け。
「ポリアの剣は、ブルーレイドーナの力を秘めた風の秘剣だ。 だが、彼女がブルーレイドーナに許されて力を貰った。 その秘剣は、今や“インテリジェンス・ウェポン”となり、持ち主のポリア以外を受け入れない。 もし、ポリアを殺して剣を手に入れようものなら、神竜の怒りを買うだろう。 この世で、あの人を忌み嫌う神竜と対話出来るポリアだ。 欲望の代償は、命だけじゃ~済まないゼ」
驚くべき事実に、聞いたショーターは唖然とした。
「う・・嘘だろ?」
ダグラスは、歩くポリアを見る。
「アンタから見てもまだ未熟と思えるポリアが、何で稀代の名剣を持てる? そう成るに至る経緯と、許された加護が有るからさ。 しかも、彼女が剣士として強く成り出したのはこの半年ちょっと。 まだまだ天井知らずだ。 こんな田舎都市で剣士気取ってるアンタ等なんか、直ぐに追い抜くよ」
ダグラスは、自分自身も仕事の中で磨かれてるのを感じている。 ポリアの成長する速さは、それ以上だ。 こんな所で、兵士長辺りに馬鹿にされるのも心外である。
ショーターは、自分に手に出来ない剣を思って目を細めた。 明らかに、何か悔しさを滲ませる顔である。 大体、他人の持つ武器をどう取り上げる気だったのか・・・。
「そうか・・、上り調子なだけはあるな」
ダグラスは、離れたショーターを見ずに。
(もし持てるとして、どうする気だったんだ? 気に入らないヤツだな)
と、内心に思う。
向う一行に雪を吹き付ける風の中、次第に瓦礫が積みあがって高さを見せる様になって来た。 瓦礫が道端や土地に転がってる様な感じから、崩壊した建物の残骸が塁を築いた様な様子に変わり。 そこに雪がへばり付いて氷に為っているから、小高い丘の様にも見える。 そして、積みあがった所々には、瓦礫の隙間が黒い目の様に見えていて。 想像を絶する大惨事が有ったのは一目瞭然であった。
白み始めた東の空。 それを見上げたポリアは、隣を歩くアランに。
「凄い有様ですね。 一体、何が・・・こうさせたのでしょうか」
アランも同意の様で、頷きが鈍く少し声のトーンが落として。
「ウム。 何が有ったのか、未だに掴めていない。 この崩壊市街は、あの滅びた超魔法時代に新生都市として栄えた場所じゃ。 魔法の力が隆盛を極め、昔からの今に至る都市部に陰りが見えていた。 おそらく、魔道士達が挙って此処に移り住み暮らしたのだと推察される。 崩壊直前まで、商業の中心が嘗ては此処に集まり出し、都市の中でも一大生活圏を産んだのだと考えられているのだよ。 ただ、この様に崩壊した経緯が判らない・・・。 何が有ったのか、天変地異なのか、モンスターなのか、神の怒りなのか、諸説は色々だが明確な答えは導き出されていないのだよ」
ポリアの横に居るマルヴェリータは、直ぐに疑問を感じて口にする。
「あの、アラン様。 一つ疑問が在るのですが・・」
「ん?」
「この崩壊した都市は、何故に再建をされないのですか? 奢った魔法遣いに対する反感からでしょうか?」
確かにマルヴェリータの云う事も最もだ。 問われたアランは、崩壊した瓦礫が雪化粧するのを見つめながら歩き。
「ソレよりも、先ず此処に来て感じる事は無いか?」
そう云われるなら、マルヴェリータやシスティアナやオッペンハイマーは歩くのが少し辛そうである。 明らかに、足取りが重々しい。
システィアナは、フードに隠れた顔を頷かせて。
「荷物が重重でしゅ~。 上から押さえられてるみたひでしゅ~・・・」
アランは、そのシスティアナの言葉を聞いて微笑み。
「“オー・ソシアス”(その通り)」
と。
ポリアやゲイラーなどは聞いても解らない言葉だったが。 マルヴェリータは、解った。
「“その通り”・・、アラン様。 この重苦しい状態と、崩壊後の復興が成されなかったに訳が?」
マルヴェリータは、Kと一時を過ごしてから物事に対する洞察力が格段に増した。 ポリアの良き相談相手であり、ブレーンの役割を担いだしたのである。
アランは、魔法に遣われる古代語の一種で。
「“オファ・ソシア”(そうだともよ)」
と云う。 そして、言語を元に戻すと。
「上に石を投げて見ると解るが、落ちる速度が速い。 どうやら、崩壊時に異常な力場が発生してしまったみたいだ。 一般的に強力な魔法でも時折一時だけ発生をする力場が、300年以上を経て消えない様な現象が起こったのだよ。 物が全て重く為り、風が一定の方向にのみ強く吹く。 更に、重き力場の影響でか、水などの流れを思う様に操作出来ず、都市の復興は断念された訳じゃ」
ポリアやマルヴェリータ達は、この広大な都市の空にそんな異常な力場を造る災害・異常事態とは何なのか・・・。 想像も出来なかった。
アランが語るに、オッペンハイマーは神の怒りで滅んだと考えている様で。 アラン自身は、超魔法の大暴走が、魔法を扱う者に共通する何かに作用して大消滅を招いたと説明する。
此処で、ゲイラーは。
「未だに良く解らんが。 そもそも超魔法の大崩壊って何なんだ? 何がそんなに凄いんだ?」
アランは、ゲイラーに。
「仕事が終わった後、“ロハ”で講義しちゃる。 御主達は冒険者として実力有るんじゃ、色々覚えて損は無い。 ワシの自慢話込みで、なが~く教えて進ぜよう」
ヘルダーは、フードの隙間から目を細めてアランを見る。
(そんな事言って・・・、恋文も自慢げに見せる気だ)
声は出せぬが、その辺の慮る洞察力は鋭い。 コレは、他の皆も推察出来た。
さて、生き物の気配すらしない崩壊市街は、虚無と瓦礫が支配するだけの場所。 マルヴェリータは、辺りの気配を探っても生命の波動が感じられないのには、寒さ以上の震えを覚えた。
「此処、寒い以上に怖いわね。 何か、世界の果てって感じで・・・」
呟くマルヴェリータにポリアは、森も林も雑草すらも見えない雪を纏う瓦礫群を見渡し。
「そうね・・、生きてる必要性を拒絶する様な静寂だわ。 吹き荒ぶ風の声が、凄く悲しく聴こえる」
“ヒュ~”っと地面の石畳を走る風が、粉の様な雪を吹き飛ばしてゆく。 極夜も手伝う薄暗い世界では、ポリアの言う様な思いを持っても不思議では無かった。
≪地下神殿へ≫
凍て付く荒涼とした廃墟の市街地を抜けてゆくと、崩壊した残骸が高さそれぞれに広範囲に渡って南側に伸びる場所にやってきた。
アランは、短く。
「此処じゃ」
アランの説明に由ると、このシュテルハインダーの街は特別なのだとか。 超魔法時代の崩壊時、いずれの国でも崩壊が起こったのは超魔法の施された建造物や魔術師に関係する場所。 しかも、魔術師と云っても、魔法の言語となる古代語を読み解き新たな詠唱語を生み出し、魔法の力の限界を破った魔想魔術師と自然魔術師のみの9割9部が死に絶えた。
そして、その崩壊による大惨事の被害が最も酷いと云われる場所が、フラストマド大王国と商業大国マーケット・ハーナスと東方皇帝国家ウセアンである。
この国の名前の中に、魔法学院自治国カクトノーズが入らないのは、魔法学院では基本的な魔術の扱い方のみを教えているからだ。 魔術の研究は個人管理で、卒業後に各自勝手にやるからである。 さらに、カクトノーズの建物には、超魔法とは別で強力な古代魔法の防御陣が施されており。 それが、人以外の建物の崩壊を最小限に食い止めたらしい。
被害が大きかったのは、著名な魔術師達が住み暮らし、その魔術師達を歓迎し受け入れ魔術を国創りの礎にした国が被害を多く被った。
さて、その被害の中でも何故に先ほど挙げた3ヶ国が酷かったかと云うと。 魔法を国の発展の礎にし、新たな超魔法で都市を築き上げたからだ。 魔法の力で天災の脅威を緩和する術を施し、魔法で便利に物事を運ばせる試みを施し、超魔術の研究に費用を莫大に費やした国々がこの3ヶ国。
中でも、最も被害の大きいこの都市は、幾ばかりか残る文献に由ると、巨大な魔法陣を都市に施して近未来と云うべき国の姿を形成しつつ在ったらしいのだ。 つまりは、超魔術の粋を結集し、想像も出来ない様な都市を建設していたらしい。
アランや数々の研究者の見解で略と云っていいほどに一致するのは、この都市が魔術師のみならず一般市民の住み暮らす場までもが崩壊している以上。 この新しい市街地に住み暮らす誰もが、当時は超魔法の恩恵に与っていた・・・、と云う事だ。 そうゆう意味でこのシュテルハインダーの都市は、歴史ミステリーが溢れて、その研究者を吸い寄せる街でもあると云う訳だ。
さて。
「あぶなっ」
「ポリア、そこ大丈夫?」
「アラン殿、踏んで大丈夫か?」
様々な声が交錯する。 アランを先頭に、目的の場所に向って瓦礫群を横断し始めたのだ。
「うおあっ、クソっ!!」
体が重く、武器や装備も重いゲイラーには、脆い足場は脅威だ。 片足を踏み抜き、余った足に力を込めるのも危うい。 アラン・ポリア・マルヴェリータ・システィアナ・ヘルダーが先頭に並び、足元を確かめながら先導しても、兵士やゲイラーが危なく。 歩みの横柄なスコットは、何度も瓦礫を崩して転びそうに為っていた。
半氷の雪が固まり付く瓦礫を越えて行くと、奇妙なまでに円形に形作る大きな瓦礫の山にぶつかった。
「此処が神殿跡と推察する場所じゃ」
瓦礫の上から見下ろして、アランが言う。
ポリアは、アランに。
「先生。 此処に地下が?」
「うむ。 市街地に地下が在るのは、地下倉庫のためじゃが。 崩壊の時に略埋まっている。 しかし、この神殿跡のみは、深い地下が在る様じゃ。 神殿に地下を造るのは多い事じゃが。 この広い敷地の真下が全て地下にもなっている様で、彼方此方にその崩落現場が見て取れる。 さて、行くぞい」
その神殿の在ったと思われる場所に下りた一同。 石畳の地面が何か強烈な力で地割れを起し、円形と思われる地上部の神殿は真下に潰される様に崩壊していた。 白濁とした神殿を形成していた石材が無惨にも砕かれて、雪を上に乗せている。
ポリアは、自分の10倍近い大きさの地面の石畳が地割れして、斜めに地下に沈むのを見て。
「わ~お、壮絶ね。 でも、此処から地下に降りられそう」
脇に立つマルヴェリータは、直ぐに。
「明かりの小石あげましょうか?」
「うん。 マルタ、お願い」
チームとしてポリアの周りに集まった一同。 ポリアは、直ぐにゲイラーとイルガを次々に見て。 眼を合わせて。
「二人で支えて、私が降りて地下を確かめる。 ダグラス、縄を固定の場所を見つけて」
少し離れて立つダグラスは、もう辺りを見回し始めながら。
「オーケー」
システィアナもヘルダーも、ポリアが手を見せて何かを手繰る様子を見せれば云われる間も無く縄を取り出す。 ヘルダーが教えた“ジェスチャー・サイン”(手話)をアレンジし、チームのみの合図を造っていた。
アランは、言われるまで動く事もしないスコットや兵士達をチラ見してから。
(チームの信頼厚い皆じゃわい。 こりゃ~今のチーム評価も通過点に過ぎんの~。 まだまだ伸びるぞ、このお嬢さんのチームは)
マルヴェリータが光の魔法を閉じ込めた小石を取り出し、魔法を掛けて発動させる頃。 ポリア・ヘルダー・システィアナの持っていた縄が結ばれて長くなり。 その縄をゲイラーとイルガが持って支える支度を始めた。
ポリアは、システィアナを見てから来た方に目配せを。 次にヘルダーを見て頷く。
システィアナは、危険の無い場所にトコトコと離れ。 ヘルダーは、ポリアの次に穴に入るべく縄を崩落の穴に垂らして頷き返す。
チームの息が有っていた。 流石に、普通のチームがこなす数の倍は様々な仕事をして場数を経験して来ているチームだ。 ポリアは、少し忙しくとも矢継ぎ早に仕事を請ける。 経験を積み、あらゆる仕事に対応しようとチームで決めての行動だった。 Kに出会う前まで、一年で請ける仕事など5・6件だったのに。 出会ってから今日までで、100近い仕事こなして来た。 仲間達の意思の疎通も確かなら、都度都度で何をするか基本的には皆が把握して来ている。
ポリアは、ダグラスを探すと。 ダグラスが、
「ポリア。 神殿の一部を形成してた柱がある。 だが、少しロープの長さが足りないぞ」
ポリアは、叔父のオッペンハイマーに。
「オッペンハイマー様、用意していたロープを。 アラン先生、下の安全を確保したら言います。 ヘルダーの後に降りてください。 二人先に降りれば、大丈夫かと思いますので」
アランは、自分の荷のロープをダグラスの元に投げてから。
「ふぉふぉふぉ、良く出来たお嬢さんだわい。 ワシが若ければ、仕事のパートナーにしとるぞ」
ポリアは、フードから見える目元で笑い、マルヴェリータから小石を受け取ると胸元に掛けられたリングペンダントに付け。 ロープを持った。
ダグラスは、オッペンハイマーの出したロープとアランのロープを解きながら。
「地上の見張りは、役人の誰かがやるのか?」
と、ショーターに声掛ける。
ショーターが、スコットに伺いを立てて向く中。 ポリアは、斜めに地下に壊れた石畳の床をロープのみで滑り降りてゆく。
「あわわわ・・アッ・アランっ・・・大丈夫だろうかあああ・・」
オッペンハイマーは、姪の心配をしてアランに聞く。
呆れ顔のアランは。
「御主じゃあるまいし、心配要らん。 あのお嬢さんは、相当場数踏んどる。 するなら、な~んも経験の無い自分の心配せい」
と、オッペンハイマーを残して降りるポリアの様子を見に行った。
スコットは、アランに。
「アラン殿、冒険者を先に降ろして大丈夫だろうか?」
アランは、宝物に眼の行くスコットを細めた目で見つめ。
「なら、危険を冒して御主が先に行くか?」
「あ・・、いや」
たじろぐスコットに、アランは背を向けて。
「彼等とは、事前の打ち合わせで宝物は全て私に差し出すと合意してある。 契約を破るなら、斡旋所を経由して物を差し出させるまでじゃろうが。 ま、御主よりは信用は出来そうじゃがな」
と、アランはポリアの降りた穴の方に行く。
ポリアを盗人の様に疑われるオッペンハイマーは、拳を握り打ち震え。
(ポリアンヌは、貴様の様な強欲人間では無いわっ!!!!)
オッペンハイマーの心が、何時まで我慢出来るやら・・・であった。
どうも、騎龍です。
再び、掲載を開始致します。
ご愛読ありがとう御座います^人^