ポリア特別編サード・上編
Kが、ジュリアと別れて、ステュアート達とギャンブルの国に渡ってから、一年後。 一人で彷徨っていたKが、オリヴェッティと出会う。 だが、その間に様々な事が起っていた。 特に、ポリアにとってこの一年は個人として、チームとして羽ばたくと共に激動の一年と為る。 その入り口が、此処に綴られる。
ポリア特別編:悲しみの古都
ポリア編プロローグ
ポリア達が名を馳せる中で、幾つかの大きな事件を経験する。 Kと会った事件もそうなれば、他にも幾つもの・・・。 その中でも、この事件は公に為っている部分と為っていない部分に大きなアンバランスが生じ。 ポリア達だけの手柄と為っている事件だが、その裏で交錯した人々の記憶には、何チームもの冒険者達が居合わせた事を刻み付けているに違いない。 そして、口には語れぬ事も多い。
★
スタムスト自治国に半年近くも居たポリア達は、すっかり有名人に為っていた。 2度目の合同チームを経験した首都を始めに、スタムスト自治国の大きな都市は全て巡って幾つか仕事をこなして回る。
チーム“ホール・グラス”が有名に成り、別の有名チームの挨拶を受けるように為った。
世界を放浪するチーム“デラシネアス”(根無し草)。 リオン王子がリーダーのチーム“スターダスト” 通称モンスターキラーと異名を取るチーム“バヴロッディ” 更には、後に非業の死を遂げるチームにも出逢った。
中でも一番驚いたのは、“スカイスクレイバー”(摩天楼)。 世界最高のチームとも出逢ったのだ。 だが、意外に驚いたのは、挨拶を受けた最初だけ。 やはり包帯男Kほどのインパクトは、世界最高峰のチームにも無かった。 何よりポリアが、シェラハの事件で出遭ったガロンの殺された死体を発見したのがこのチームだと聞いていただけに、その姿をスカイスクレイバーのリーダーであるアルベルトに聞いた時の事。 世界最高の天才剣士と言われた男が、ポリア達が居るその場で敗北宣言をしたのだ。
“あんな芸等は私でも出来ない。 神の領域だ”
そう語るアルベルトは、絶望的な顔色だった。 世界に負けない自信を持っていた彼だけに、到底到達出来ない技量を風来坊の様な者に遣られては・・・。
だが。 スタムスト自治国で冒険を続けるポリア達のチーム内にも変化が起こり始めた。 ある時期からだが、他の冒険者達持て囃されるポリアの名前にダグラスが嫌悪を示し始めた事である。 時々、チームとして“いい迷惑”と言いながら。 ポリアを持て囃す者達に鋭い視線を投げる事が多く為った。
新たな出会いと、幾多の仕事を切り抜けて。 ポリア達は、7人のチームとして最初の冬を迎えた。
★
「寒過ぎるぅぅぅぅ~~~~~っ!!!!!!!!」
薄暗い夜明け頃の様な空模様が天に広がる雪原の真っ只中で大声を上げたのは、ダグラスだ。
年末、“星の月”に入ったスタムストは、もう雪が毎日の様に降る。 今。 チームは、ハラハラと雪が舞い散る雪原が彼方まで広がる高地を歩いていた。
「スッゴイ雪だわ~、一面銀世界」
白いマントを羽織り、顔までスッポリとフードで覆ったポリアは、疎らに木々が点在するだけの雪原を見て感歎を込めて言う。
ガチガチと歯を噛み合わせるダグラスは、ポリアが意外に寒さに強くて驚いている。 マルヴェリータやシスティアナは、余りの寒さに言葉が出ないのに。 ポリア・ヘルダーは至って元気である。 ポリアもヘルダーも寒い冬を毎年経験して生きていたのが如実に現れている様だった。
黒いマントのゲイラーは、大きな体のクセにか細い声でポリアに。
「ポ・・ポリア。 古都シュテルハインダーまでは後どれくらいなんだろうか・・・。 凍死しそうだゼ」
先頭にて、膝まで積もった雪を掻き分けて進むポリアは、手付かずの広大な雪原と山を遠くに見ながら。
「えっ? あ~・・・多分、あの山越えればじゃない?」
ゲイラーは、この広い丘の先に見えている山を見て、ポリアが嫌がったのに行きたいと言った自分達に怒鳴りたかった。
(俺達のバカ野郎・・・)
2日前。 スタムストの北東。
州の集まるスタムスト国内でも一番大きい州の都市に居た一行は、仕事が減ってきたので移動しようと云う相談をした。 ポリアは、色んな国に行って見たいからとホーチト王国に戻って、船で西側に移動しようと提案。 Kの消えた方だと思われる神聖王国クルスラーゲに行きたいと・・・控えめに言う。
しかし、スタムスト自治国と右隣のフラストマド大王国の境に有る山岳地帯のド真ん中には、国境都市シュテルハインダーが有る。 この都市は、世界でも異色な経歴を持つ都市として有名だった。 古い石造建築と宝石の文化を色濃く残した所で、世界の極選名所にも選ばれる有名な所なのだ。 雪の降る時期は止めようと云うポリア・イルガ・ヘルダーに対し。 風情が有る今の時期に行きたいと言い張った残りの4人だった。
そして、事態はポリアの懸念した通り大変な旅である。 ヘルダーが毎日夕方に為ると、男手と共に雪倉と云う雪で作る小屋の寝床を作ってくれる。 野晒しで寝る事の無い状況を作ってくれているからまだいいが。 大雪で、街道の夜営所も見えないし、森も半分雪に埋まっている様な感じだ。 他の旅人も難儀して戻る人が多いと云うのに、大した用も無いのに雪の中を旅をしているのがアホらしく思える。
吐く息が長く白く、困難な旅を希望した4人は口数が異常に少なく為った。
「システィ、大丈夫か?」
ゲイラーは、無言のシスティアナを気遣う。
「だいろ~ぶデス~」
特に元気の無いシスティアナ。 それもそうだろう・・・。 旅の初日に大はしゃぎしたシスティアナは、雪を丸めてゲイラーやダグラスとぶつけ合って遊んでいた。 雪の中で遊ぶのは、意外に全身の筋肉を遣う。 普段大して動かないシスティアナは無論、使ってない筋肉を使うから3人は筋肉痛に成り。 システィアナは、それが一番酷い。
ポリアは、そんなシスティアナを気にしてはいるが。 自業自得とも言える。
そんなこんなの雪の中の山越えは7日に及び、高い山脈地帯で雪の中に埋まった様な古代高地都市シュテルハインダーに到着した頃。 チームの男達は髭が伸びて、更に雪を付けた雪男みたいになっていた。
「・・・風呂・・・入りたいな・・・」
と、呟く生気も失せ掛けたダグラスは、山道の斜面で2回も滑って崖から落ちそうに為り。
「ああ・・、美味い酒があれば生き返る・・・」
と、ボ~っとしたゲイラーは、2日前に雪の中で熊のモンスターに襲われた。 だが、粉雪の塊を被ったゲイラーと白い熊のモンスターの区別が皆付かず。 殆ど一人で戦ったのである。
「ああ・・、フラストマドの領地に踏み込みましたな」
感慨深いイルガは、何度雪に没して這い出れなくなったか・・。 彼が生じ背が低いだけに、一度埋まったら大声で叫ばないと埋まっている事に気付かない皆。 一度、見棄てられそうになったイルガは、生まれて初めて泣きそうに為って助けを叫んだのである。
山は、例年以上に大雪が降った様だ。
この広い世界の都市の中でも、この街ほど水に恩恵を与えられているのも珍しい。 古い巨大な岩盤を刳り抜いて作られた都市は、雪の都市。 雪原から都市に入って、石造建築の街並みを歩くヘルダーは、直ぐにポリアの肩を叩いた。
「ン?」
湯気の上がる底の浅い水路を左右にした広い大通りを歩く中で、ポリアはヘルダーに向く。
「・・・」
ヘルダーは、水路が湯気を上げる様に見える所や、大通りに雪が殆ど無いのを不思議がって見せる。
「うん。 此処シュテルハインダーは、物凄く温泉が有名でね。 夏は、都市に張り巡らされた低い水路に雪解け水を流して都市を冷やし。 冬は、温泉を流して都市を雪に埋まらない様な工夫がされてるの」
マルヴェリータが、遠くの樅の木越しに雪下ろしをしている家々を見て。
「み~んな雪下ろししてるわ。 直ぐ溶けるの?」
ポリアは、フードを取って雪の様に白い肌を見せた。
「ええ。 各家の脇には必ず水路が有って、そこに落すの。 雪の解けた水は、下流域の川を凍結させない為に川に流し込んで川の水量を保たせるの・・・。 懐かしい、御祖父ちゃんに色々教わったぁ~」
ゲイラーは、ポリアがもっと南の首都の出身と聞いていたので。
「ポリアの家の縁は、此処か?」
「・・・・」
答えないポリアは、この仲間とは行き着く先までチームを組みそうだから、そろそろ本当の事を話してもいい様な気がしている。
また、知らないながらに、ゲイラー・ダグラス・ヘルダーもポリアには高貴な貴族の香りを感じ始めていた。 どんなに森の奥に行って汚れても、天候の悪い日が続く旅の中でも、戦い続けて傷だらけになっても、ポリアには消え失せない気品と美しさが有ると思える時が何回も有った。
“自分達とは何か違う”
そう思えた。
ま、イルガと云う従者が居る上に、“お嬢様”と呼ばれていて。 更にそこいらではお目に掛かれない名剣まで持っているのだから、解らない方が鈍感だろうが。
雪に強い木々が植えられた並木は、通りに沿って雪化粧している。 一行は、ポリアが街の地理に明るいので任せ。 中心地の繁華街に向った。
≪日々、精進≫
古都シュテルハインダーの朝は、非常に遅い。 極夜が続く冬は、曇りの日も多く。 一月が55日と云う暦の中、厳しい厳冬の中で3ヶ月以上にも及ぶ極夜の時期が続く中、陽の見える晴れ間が見られるのは20日と無いだろう。 深々と降り続く雪の中、ポリアとその仲間は都市中央の寺院脇に建てられた黒い館に居た。
【古代都市の囁き】
そう名付けられた斡旋所。 だが、真冬に為ると仕事を斡旋する場と云うより、仕事に焙れた冒険者達が金が無い為に行く場無く屯する集会所の様な所に変わる。 一階は広く大きな酒場で、格安の料金で様々な物が食べられる。 地下1階と2階は、雑魚寝の寝床だ。 石の床なれど、温水の通る床は常時暖かで、寝るだけなら真冬の冷たいベットよりイイと云う冒険者も居る程だ。
さて、斡旋所の本来の仕事をしているのは、3階と4階。 3階は一般依頼で、4階は特別依頼。 3階は、円形のだだっ広いフロアで、受付が奥にポツンと有る以外は、張り紙がピッシリ張られた掲示板が犇く。
「さてと、次は何しよっかな~」
ポリアが仲間とガラガラに空く3階フロアで、掲示板と睨めっこして仕事の品定めをしていた。
奥の受付カウンターから、初老の太った女性がポリアに。
「し~っかし、アンタ等も元気だね。 この真冬に、駆け出しの仕事を幾つもこなすなんてさぁ~。 “ホール・グラス”って言ったら、最近一番有名に成ったチームだよ? 上の特別依頼の所にでも行って、高額の仕事でもすればいいのにさ」
声も呆れ調子ながら、その顔も呆れている。 テーブルの上に肘を付いて、ノンビリとポリアや数人の別チームを見ている初老の女性。
ポリアは、微笑み。
「だって、仕事こんなに有るのに、誰もやらないなんて詰まんないじゃない。 凄い冒険って、仕事の大きさや金額だけじゃ無いわ」
「・・・」
女性の主は、ポリアに目を向けっ放しに為った。
ゲイラーやダグラスも、ポリアと組んでからこの意味を理解した。 依頼の内容がどうこうより、その依頼をどうゆう形で成功に導くか・・・。 その内容がチームの名前に箔を付け、徐々に広がって行く。 駆け出しの様な仕事でも、一般依頼の中には突発的だったり、波状的に思いがけない進展を見せて難解且つ難易度の高い仕事に成る事も有る。 そうゆう依頼に対応出来る程に、特殊な依頼や仕事に対応出来る行動が身に着く。
ダグラスが、ボケ~っと張り紙を見ながら。
「つ~か、一般の依頼ってさ。 要領を覚えると、デカイ仕事より稼ぎ易いよな。 一日で片の着く仕事が多いし。 回転的に幾つか受ければ、元手要らない仕事多いから報酬の殆どが懐行き。 数回こなせば、一人1000以上は楽勝でやんの」
近くで、マルヴェリータが腕組みしながら。
「“効率良くやれば”でしょ? 回転的って、回し飲みじゃないんだから」
「どっちでもイイ~」
最近のダグラスは、もっぱら飲み代を稼ぐ事しか頭に無かった。 この所、どうもポリアやマルヴェリータに素っ気の無いダグラスである。
ポリア達がこのシュテルハインダーの街に逗留して、もう20日近くが経っていた。 行方不明者捜索や、学者・魔法遣いの依頼で図書館に篭ったり。 小金を稼ぐ仕事は幾つも有った。 焙れている冒険者達は、デカイ仕事を夢見ているのかモンスター退治や遺跡調査の仕事ばかりを待って何もしない。
20日間でポリア達がこなした仕事は、全部で13。 もうチーム“ホール・グラス”は、この斡旋所でも名前が売れた。
このシュテルハインダーの街でポリア達が仕事を請け始めた頃だ。 一階の酒場で、ポリア達を見かけた冒険者の一人が鼻で笑い。
「はんっ、名前の売れたチームって言っても、駆け出しとかばっかりやってるチームかよ。 ただ成功率を良くする為に、楽な仕事を選んでるだけじゃないか? あんなの、実力の有るチームじゃないな」
と、言った。 スタムスト自治国に居た別の冒険者が、ポリア達を見て周りに言った聞えのイイ噂が立った為に、この冒険者は僻んで言ったのだ。 昼間から酔った冒険者の中には、その言葉に同調する者も居た。
だが。 実際にポリア達のこなした仕事は、そんなに甘い仕事ばかりでは無い。 日に日に、その仕事の噂が舞い込んで来る様に為る。
ある依頼で、行方不明者を探す中。 嗅ぎ付かれる前にと襲って来た殺し屋と冒険者の集団を返り討ちにして、誘拐された人を助けた事や。 毒を作る方法を探していた魔術師の殺人計画を阻止したり。 夜な夜な現れる亡霊を鎮める傍ら、その亡霊を産む切っ掛けに成った悲恋を解決したり。
その噂が20日も経つと、冒険者達の間ではポリア達を褒める内容しか噂が出なくなってしまった。 話題に毎日上がるポリア達に、諂って媚を売る者も出始めたが。 肝心のポリアは相手にしなかった。
さて。 そんな、ある雪の舞う夕方だった。
「フウ~、終わった~終わった」
勢い良くドアを開いたダグラスが、大きな斡旋所の館の中に足を入れた。 頭の雪は払い落としたものの、髪の毛が濡れて湯気が立つ。 入って直ぐに、一階酒場の彼方此方に火が灯る暖炉に向かった。 知れた顔に為った屯組の冒険者の男が、ダグラスに向って。
「ま~た仕事して来たのか? 成功か?」
震えるダグラスは、暖炉に当たりながら。
「ああ。 ど~やら地下水路の奥底に湧いたモンスターが湯詰まりの原因だった。 退治したから、春までは大丈夫だろう。 事件絡みか、大きい水路に人の死体が在ったみたいでな、それを狙ってモンスターが入り込んだ様だ」
コップに残る様な少量のビールをチマチマと舐める屯組の冒険者は。
「お仲間は?」
「ポリアと数人は、先走って怪我した役人を病院に運んでる。 俺と他二人は、役所に報告をして戻って来た。 戻った他の二人は、外で斡旋所の主と立ち話してるゼ」
この斡旋所は、夫婦で営んでいる。 奥さんが一般依頼の仕事を切り盛りし、旦那は特別依頼と厨房を管理していた。 薪を取りに外に出ていた主人と出くわしたゲイラーとイルガが話している。
その後にポリア達も戻って、揃って報告したのは真っ暗になった夜だ。 極夜なので、夕方には真っ暗に成ってしまう。
さて。 一般依頼の受付カウンターで報酬を受け取った後だ。 少しやる気の無い顔を何時もしている主の女性が、報酬を分け合うポリアを見て。
「処で、アンタ達。 一つ変わった仕事をヤル気ないかい?」
ポリア達は、これから外の飲み屋にでも行こうと話し出した所でこう言われて、全員が黙った。 リーダーのポリアは、主である女性の前に進み出て。
「“変わった”・・って、どんな仕事?」
「明日、上の特別依頼の方に行って欲しいのサ。 依頼の内容は良く解らないけど、遺跡探索の護衛をして欲しいンだとさ。 先方サンのお話だと、よこす冒険者に条件つけててさぁ~。 信用出来て、腕の立つ冒険者が欲しいらしい。 今、この下で屯してるのは、見かけの威勢はいいがね。 イザと成ったら依頼主ですら見捨てそうな奴等さ。 おいそれ、誰にでもイイって仕事じゃないみたいだし・・・、どうだい?」
ポリアは、頷きを見せながら。
「解ったわ。 明日、話を聞いてみる。 出来そうも無い仕事を請けてもしょうがないけど、一応は聞くだけでもね」
ポリアは、Kと云う偉大過ぎる冒険者を見ている。 彼に近付く事は出来ても、同じには成れないと解っていた。 出来ない事を、さも出来る様に振舞って遣る事はイヤだった。 だから、謙虚にこう言って置いたのだ。
その夜、ポリア達は少し良い宿に泊まって寝ていた。 毎日、頭をフルに使って時には危険に対処する。 この雪に閉ざされた街の中でも、ポリア達は充実の日々を送っていた。
そして、次の日。
朝、まだ暗いがもう商売をする人々は起きて仕事に向かう頃。
「ふああ~・・、こうも暗いともっと寝たいのは俺だけか?」
眠そうなダグラスが、気温差で水煙が煙る公園の池の縁に坐った。 噴水も持つ池だが、今の時期は停まっている。
ポリア達は、古い石で出来た公園広場の彼方此方に停められた屋台を巡って朝食を買い込む。
「ポリア~、きょう~のお仕事ってなぁ~にぃ~?」
隣を歩くシスティアナが、ポリアの腕の袖を掴みながら聞いて来た。
「なぁ~んだろうね~。 遺跡調査の護衛とか言ってたけど」
噴水の縁に腰を降ろしたポリアが、ダグラスにパンとハムを包み紙ごと渡す。
「悪い・・、でも護衛か・・。 もしかして、まぁ~た雪の中を何処かに行かなきゃならないのかね~。 クソ寒いのに、街の外には出たくないな」
ゲイラーは、鼻水を啜りながら。
「でも、こ~んな時期に調査ってなぁ~」
イルガは、ヘルダーと買ったパンの具を分け合いながら。
「もしかしたら、今でなければ為らぬ事かも知れぬぞ」
マルヴェリータは、朝に弱い。 生気も失せた肖像の様な顔で。
「気温・・雪・・・水・・・う~ん。 冬に、何か関係するのって・・・何かしラ~」
と、ボ~っとしながら陶器の器に入ったミルクティーを飲む。
寒い朝、まだ夜明け前の様な暗さながらも公園を行き交う人は多く。 残飯を貰いに鳩や野犬・野良猫がうろついている。 考えて解る事は無く。 7人は直ぐに斡旋所に向かった。
斡旋所に行くと、旦那である主に迎えられた。
「いや、本当に助かる」
夫婦の旦那の主は、ノッポで色黒。 剥げ頭にニットの帽子を被り、厚手の重そうなコートを羽織って外で薪を割っていた最中だった。 館の裏庭で、雪が残る芝生の上でポリア達7名は話を聞いた。
「実は、この街の古い歴史研究をしている学者で、市街統括も歴任した事の有るオッペンハイマー様と云う侯爵さんが居る。 その人が、友人の学者さんと二人で市街地の向こうに在る遺跡に行きたいらしい。 その護衛を兼ねて、遺跡調査に同行して欲しいんだ」
説明を受けて、皆はリーダーのポリアを見た。
するとポリアは、意外なまでに即答に近い様子で。
「請けるわ。 直ぐにオッペンハイマーさんに面会するから、仕事の受付をして」
あまりの速さに、皆はポカ~ンとしてしまった。
だが、イルガだけは俯いている。
(ああ・・・、ワシは・・・・)
≪特別な仕事は、チョー特別≫
胸元から引き裂かれたドレスの様な形をしているシュテルハインダーの街。 街を斜めに切り裂いた様に切れ目を入れて流れる川が、世界一の大河に繋がってゆく。
さて、例えるならドレスの右の胸部分に当たる場所に斡旋所やら宿などが犇く商業区が広がるのに対して、左の胸の辺りに広がるのが住宅区。 貴族の住む場所も一般人の住む場所も混同する為に、石造建築の家が犇く傍らに、広大な土地を有する屋敷が有ったりする。
ダグラスは、身形の良い貴族が歩いて出勤し。 しかも、一般人と普通に挨拶をしているのには驚いた。
「なんだ此処・・・、貴族が歩いてるし」
先頭を行くポリアは、雪の踏み固まった上を気を付けながら。
「雪が多すぎて馬車の通れる道が少ないのよ。 それに、貴族だって歩いて普通。 バカじゃないなら挨拶ぐらいはするわ」
この二人の意見の違いは、それぞれの生き方の場が違っていて、偏見や見て来た世界の違いである。
ポリアは、地図も貰わず場所の説明も受けずにオッペンハイマー氏の屋敷に来た。 まだ、昼にも為らない頃に。
赤いレンガ造りの大きな屋敷。 雪が雪原の如く広い庭に降り積もって純白の風景美を魅せる。 洗練された青い蔦をイメージに作られた格子の壁に囲まれた広大な敷地が、そのオッペンハイマー氏の物だった。
ポリアは、門の前に立つと。 敷地内の通行路の雪掻きをしているズングリムックリの中年男に声を掛ける。
「フロマーっ、フロマーーーッ!!!」
ゲイラーは、いくら使用人相手でも何で名前を知ってるのかと思うからビックリ。
「あ゛? 名前を知ってるのか?」
イルガは、もうヤケに為った笑い顔で。
「ああ、知っとるともよ」
幅の広い燕帽が少し綻びを見せるその使用人らしき男が。
「ぁ? 誰さだ? オラの名前を呼ぶのは・・・」
と、門の前に箒を片手にやって来た。
ポリアは、その男に笑顔を見せて。
「フロマー、お久しぶり。 叔父さん居る?」
ブラウンヘアーを帽子から零し額に掛けるその使用人は、ポリアをマジマジと見てから“アッ”ッと驚く顔に変わった。
「あんれま~っ、ポリアンヌ様でね~かよっ!!!」
ポリアも気付いたと解り、顔色を微笑ませて。
「久しぶりね。 前に来たのは・・・、4年前かしら」
フロマーと云う使用人は、急に顔を喜ばせては急いで門を開く。
「はあ~、キレ~に成ったですね~・・・ポリアンヌ様。 おろ? イルガさんも一緒じゃね~べか?」
イルガは、ポリアの脇にて。
「久しいの」
と、頭を下げる。
「ささ、我が主もポリアンヌ様の顔を見たら歓ぶさ~。 どんぞ、どんぞ入ってお屋敷に」
ポリアは、フロマーの横に着いて敷地内に踏み込んだ。
代わって、イルガの脇や頭上には仲間達が顔を寄せて。
“ど~ゆう事?”
と、言わんばかりの表情を向ける。
イルガは、黙って前に進むのも気が引けて。
「ポリアンヌとは、お嬢様の正式名の一部だ。 それから、オッペンハイマー様は、ポリアお嬢様の母方の叔父に成る。 お嬢様の御母上様から見て、弟に為る方だ」
「ああ・・、そうなのね」
歩き出すイルガと敷地に入るマルヴェリータ。
「おじおじさ~ん」
システィアナも、ポリアの家柄を知っているので共に行く。
理解しながら取り残されたのは、後から加わった3人。
腕組みのダグラスは、ゲイラーに顔を寄せて。
「解った?」
「ああ・・・」
「つまりさ」
「んん」
「ポリアって・・・貴族のスンゴイおじょ~さま・・・って事だよな?」
「多分・・・」
3人は、ポリアの身分の凄さに気付き始めて来た。
大きな屋敷の扉を開くと、赤を基調にした内装で、床にはレリーフ画の画かれた広いロビーの広がる間が在った。
雪の長い国ほど家具を愛するとは言ったもので。 通された客間は、木目の綺麗な家具が配された所だった。 丁寧な造り、実用性と耐久性を重視したデザイン。 しかし、磨きの掛かる表面を見ても、椅子・机・台、どれも職人の技光る一級品である。
暖炉に火が燈されて、ポリア達は応接室に残された。
ダグラスは、まだ聞いてなかった事なだけに。
「ポリア、君は貴族だったのか?」
坐り慣れた様子で揺れる大きな椅子に座ったポリアは頷く。
「ええ。 冒険者に身分はカンケ~無いでしょ?」
ゲイラーは、大きく頷く。
「確かに。 誰でも成れる」
だが、ダグラスには違和感が残った。 自分自身がもし貴族なら、決してその日暮しの冒険者になんか成らない。 彼は生きる手段で成ったまで。 ポリアの様な貴族が冒険者に成るのが、丸でお遊びの様に思えてしまう。 イルガと云う従者を連れて、楽に生活出来るのに冒険者などと云う不安定な生き方をする事が・・・。
(何でだ? 何で、貴族が・・・)
ポリアの冒険者としての姿勢に間違いは無い。 だが、理解の出来ない事だった。
しかし、ヘルダーがポリアに聞く。
(何で、冒険者に?)
身振り手振りで、素直に。
「う~ん・・・。 実はね、強引に結婚させられそうに成ったの。 結婚する相手は自分で決めたかったし、剣の腕を磨きたかったしね。 それに、イルガに小さい頃から冒険者の事を聞いてて、憧れてた部分の有ったからかな~。 貴族なんて、意外に自由無いしね。 特に女と、跡取りは」
笑って言うポリア。 ヘルダーも、ポリアの性格を理解してか、笑って納得。 ゲイラーなど、システィアナと笑い合って。
「ポリアの性格まんまだな」
「まんま~、まんま~」
苦笑いしているイルガも居る。 ポリアの口からハッキリと、
“憧れていた”
と、出ては・・・尚更の責任を感じる。
仏頂面をしているのは、ダグラスだけだった。
(貴族・・・約束された生活・・・名剣・・・リーダーとしての資質・・・凄い飛躍・・・何でポリアがそうなんだ? 選ばれるのは、俺でも誰でも良かったじゃないか? どうして・・・不公平だろう?)
どうしてダグラスの心にこんな事が思われたのか・・・、彼自身も解らないだろう。 だが、ダグラスは、昔から自分の生まれに不満が在った。 だから、こんな事を思ってしまうのだろう。
其処に、ドアを開いてポリアを見た男性が。
「おおっ、本当にポリアンヌじゃないか・・・。 ああああ・・・姉さんに何て言ったら・・・」
と、黒い礼服を着て現れた。
全員の顔が、そちらに向く。 ポリアは、椅子から立ち上がった。
「叔父様、お久しぶりです。 ご迷惑ながら、仕事の為に来ました」
灰色の髪を綺麗に分けた長身の紳士の前まで行き、リーダーとして頭を下げるポリア。
「ん? 仕事? じゃっ・じゃあ・・・護衛の仕事を請けてきたのは・・・ポリアンヌか?!」
驚く中年・・いや、初老の紳士に。
「はい、叔父様。 ごめんなさい」
と、ポリアは、少し悲しみを滲ませる微笑を持って頭を下げる。
「おおお・・・、あの下らない婚約は私も大反対だった・・。 だがっ、それで家を飛び出して冒険者に・・。 ポリアンヌよ、君の家はフラストマド大王国公爵家筆頭だよっ。 最も王位に近い公爵家だ。 その身に何か遭ったら・・・、ああああ・・・気がおかしく成りそうだ」
泣き言の様に言うオッペンハイマー氏。
ポリアの身分を知って、度肝を抜かれたゲイラーとヘルダー。 ダグラスは、驚きながらも何か気に障ったのか窓の外を見る。
だが。
「アナタ、大声で何を言ってるの?」
と、女性の声が一足先に響いてくる。
何も言えない一同の視界に、派手な赤いドレスを着た化粧の濃い婦人が現れる。 金髪で、少し目元が垂れる気の強そうな奥様婦人であった。
「叔母様、お久しぶりで御座います」
ポリアが、言うと・・・。
「えっ? あっあら・・・んまぁ~ポリアンヌ? ポリアンヌだわ~」
皺の見える初老の厚化粧をした女性が大喜びでポリアに抱き着いて来た。 しかも、護衛の話を聞くや。 夫であるオッペンハイマー氏に向って。
「アナタ。 アナタの身の上を態々心配して、隠れて旅をしていたポリアンヌが協力してくれるって言ってるのよっ。 な~にが不満なの。 さっさと遺跡に行ってきなさいっ。 ポリアンヌと買い物に行けないじゃないのっ。 さっ、早くっ」
と、青筋すら浮かべて言うのだ。
「はぁ?」
ポッカ~ンとするゲイラーやマルヴェリータ。
イルガは、皆に。
「ポリアお嬢様は、この繋がる血筋の中でも数少ない女性で、しかも美人じゃ。 親族の皆々様が、お嬢様を自分の娘に引き取りたいと申し出た事かあるくらいなんじゃ」
と、説明を入れる。
ゲイラーは、美貌と飛び出す行動力を備えたポリアだからと納得。
「な~る」
ヘルダーも、納得して頷いた。
奥さんに叱られて、落ち着いた・・・・と云うべきか。 しょ気たオッペンハイマー氏は、ポリア達に仕事の説明をする。
このシュテルハインダーの街は、新市街、旧市街、荒廃市街の3つに分かれている。 その中、“荒廃市街”とは、超魔法時代の崩壊の頃に、魔法遣い達が多く住んでいた昔の繁華街と住宅区らしい。 だが、その市街地は復元不可能な程に破壊されてしまった。 力の暴走なのか、神の怒りなのか、その原因の事は良く解っていないが。 局地的な大地震が来た様に、その地域の建物は軒並み崩されてしまったのである。
ポリアは、叔父の坐る席の脇に腰を屈めて。
「行くって“崩壊市街”なの? 叔父様?」
「ああ。 友人のアランが地下寺院を見つけた。 考古学者のアランは、私の古い友人でこの街一番の歴史学者だよ。 彼が私に、一緒の同行を申し出て来たんだ。 崩壊市街地は、私も行ってみたい場所だったからね、ど~しても同行したいんだ。 だから、斡旋所に護衛の仕事を頼んだのだよ」
ポリアの叔父オッペンハイマーは、若い頃から魔法の修行を終えると学者としてこの地に移り住んだ。 其処で知り合ったのが侯爵家の娘で、今の奥さんなのである。 恋愛結婚だが、全て奥さん主導で運んだらしい。 研究しか取り得の無い様に見える彼だが、経済の知識も明るく。 2度、この都市を運営する統括に選ばれた。
まだ疑問が晴れないゲイラーが、オッペンハイマーとポリアを見て。
「市内なのに、何で護衛が必要なんだ?」
ポリアが、それに答える。
「崩壊市街は、悪党とかの隠れ家だったりする事あるのよ。 未だに盗掘とかあるし、良くゴロツキ同士殺人事件が起って、死霊や亡霊なんかのモンスターが現れた事もあるわ。 荒廃市街地の地下には、封鎖された水路なんかが有って、スライム系や肉食モンスターの類が隠れ住んでる事も在るみたいね」
マルヴェリータは、街中だと云う事で。
「ぶっそう~ねぇ」
と、頬に手を当てて困って見せる。
その脇では、
「ブッソ~、怒ったマルタしゃんみたい」
真似をしたシスティアナが居て。 その姿を見たヘルダーが、ゲイラーが、イルガが、何故か横を向いて肩を揺する。
眼を細めたマルヴェリータは、静かに拳を握る。
ポリアは、意外に。
「マルタ、許可は出すわよ」
笑った男は、ギョっとした顔をポリアとマルヴェリータに向けた。
少し経過。
「・・・、はっ・・はははは。 女性は、何処でも強いね」
苦笑いのオッペンハイマー氏。 頭を抱える二人と、手の甲に青い痣を作ったデカイのが嘆いていた。
ポリアは、制裁が終わったので。
「叔父様、出発は何時です? 我々は、何時でも構いませんが」
すると、オッペンハイマー氏は頷きを返し。
「ああ。 アランは、明日には行きたいと言っていた。 此方から彼に連絡を入れればいいとして・・、ポリアンヌは、明日でもいいのかい?」
「はい。 依頼者の都合が最優先ですから」
控えるポリアの姿に、オッペンハイマー氏は逆に恐縮している様子だ。
(なぁ)
抓られた手の甲を擦るゲイラーが、殴られた頭を擦るイルガの袖を引く。
(ん? 何じゃ?)
(あの依頼者さん、何でポリアに恐縮してるんだ?)
イルガは、もうバレたのでいいと思ったのか。
(我がお嬢様の御家は王家の血筋で、王子を除くと最も王位に近い御家だ。 オッペンハイマー様は、確かに侯爵家だが。 ポリアお嬢様のお母上の弟で在るも、その元々の地位は下がる。 お嬢様は、現・国王陛下も養女に欲しいと言われたお方。 そのお嬢様に仕事の依頼など、事実国に解ったら大事だ。 お嬢様もその辺は理解しているが、叔父のオッペンハイマー様の身の危険を捨て置けずに請けたのだ)
ゲイラーの身が、カチンコチンに固まった。
(ポ・・ポリアって、凄いじゃないか・・・)
話し合いの結果、そのアランと云う学者に明日行くと連絡を入れる事に為った。
ポリアは、聞けばその学者の家が近いと云うので、自分が行くと言う。 何より、守る上でもいきなり明日会うよりは、今日のうちに顔見せはしてもイイと思ったのである。
だが、この仕事がポリア達の運命を大きく変える仕事に成るとは・・・。 誰も予想など出来なかった。
どうも、騎龍です^^
何だかんだで、やっと全主要キャラのプロローグ的なお話が粗方終り。 本筋に入ってきます。 ポリア編は、急遽強引に作った話ばかりなので、少し修正などで話にズレなどが出たら済みません^人^
ご愛読、ありがとう御座います^人^