K特別編 セカンド 1
K特別編:理由
1:序話
夜、月の明かりが森の中を走る山道に木漏れ日の様に注ぐ。 満天の月明かりの下で、ギラリと白刃が閃く。
「どおりゃああーーっ!!!!」
「うわあっ!!」
咆哮を上げた大男の振るった大剣を、青い鎧を着た女性剣士が自身の長剣で防いだのだが。 大男の筋肉からも想像出来るその強い怪力で振り込まれた大剣の重みに弾き飛ばされる。 力を逃がす為に、女性剣士は態と横に転んだ。
「エルレーンっ、無理するなっ!!!」
大男の横に立っている若い男の声が飛び。
「そりゃっ!!!!」
鎖鎌を手にする若き褐色の肌をした男性が、右手に持っていた分銅の方を大男の足元に投げつける。
「ぬぅ!」
身の丈2メートルは楽に超えるであろう体躯の大男。 違和感に左足の足首を見れば分銅を付けた鎖が絡まる。 自分の足に冷たい金属の感触を覚えた大男は、足元へと鎖を投げた若い男性を睨んで叫ぶ。
「このおおおっ!!!」
若い男性は、鎖を引っ張ってビンと弛みを無くすと。 グイッっと大男の後ろに走り込む。
大男は、足を絡め取る気だと悟って。
「させるかあっ!!!」
左足を思い切り前に蹴り上げて若い男性を引き止めようとするのだが。
「待ってましたぁっ!!!!」
若い男性はそのタイミングで右手の鎖を離す。 ジャラっと音を上げて、鎖は引っ張られるが、それは2メートル程か。 鎖はまだもう少し長い。 若い男性は、そのまま走って鎖を引きながら張りを戻し。 大男の一本になった右足を脹脛辺りから掬い引く。
「おわああわわおおおっ」
ドス〜ン!!! 大男は、後ろにバランスを大きく崩して倒れた。
「一気に行くよ!」
若い男は、そのまま大男の足を封じてしまおうとする。
しかし、大きい体躯の巌の様な大男も黙ってはいない。
「このやろおおおっがあっ!!」
鎖を絞られる前に大剣を鎖の隙間に入れて隙を作り。 鎖の絡まって無い右足を何とか引き抜いて体勢を立てようとする。
「このっ、往生際が悪いんだよっ!!」
大男の正面から、“エルレーン”と呼ばれた女性が長剣を構えて走り込み。 大男の肩口に切り込む。
「うるせえっ!!!」
大男は、長くて大きい大剣を片手で振り上げて長剣を弾いた。 そして、エルレーンがバランスを崩して後ろに退いた瞬間に、鎖をグイグイ引いている若者を睨み。
「舐めやがってっ!! オラあっ!!!」
鎖を左手で握りって引き回す。
「うあわあああっ!!!」
強い力で鎖ごと引きずられて、若い男性は地面に倒されて引きずられた。
「ステュアートっ!!!! 大丈夫?!!!」
エルレーンが大声で叫んだ。
大男は大剣を杖代わりにして、緩んだ左足首の鎖を外しながら立ち上がる。 月明かりに照らされた大男の顔には、無精髭の辺りに幾つも斬り傷がある。 悪党ヅラだが、確かに強い。
大男は、顔を抑えながら立つステュアートと云う若者や、エルレーンと云う中々綺麗な女剣士を交互に見て。
「ガキの冒険者のくせにはまあまあだ。 だがなあっ!! この盗賊の“破壊王ウオーレン”様を捕らえようなんざ千年早い。 女は捕まえてたっぷり痛振って遊んでやろう。 若い男は真っ二つにしてやるっ!!!」
残忍な殺気が大男ウオーレンから溢れる様に声で伝わってくる。
其処に。 ウオーレンの正面先、山道上に何者かが姿を見せる。
「ん?」
夜なので、色が良く解らないが。 黒っぽいコートローブを着ている。 背丈は、ウォーレンまで行かないが、かなり高い。 右手に、木の杖を持っていた。
ウォーレンは訝しげに片目を上げて現れた男を睨み見て。
「なんだテメエは、こいつらの仲間か?」
エルレーンが肩の痛みを堪える必死の顔で振り返り。
「オーファーっ!!! 砦はっ?!!」
瞑っているような目、団子鼻が印象的なオーファーは笑って。
「もう、制圧した。 300人、盗賊は捕縛したぞ」
「マジっ?!」
驚くエルレーンに、オーファーは微笑み返して。
「ああ、ケイ殿が見張り倉の見張りを潰してくれたのでな。 セシルが空を舞う警戒用の鮫鷲を倒せた。 騎士様と兵士達が一気に雪崩れ込んだ。 寝込みを襲ったのだ。 もう、刃向かう暇すら無かったよ」
その会話に、ウオーレンはギロリと目を見開き。
「貴様あああっ!! 国の奴等と釣るんでやがったなああっ?!!!」
スッと杖を構えるオーファーは、不敵に口元を微笑ませて。
「悪足掻きもここまでだ。 そこもとは、私が捕らえよう」
ウオーレンもガシっと大剣を構えて、そのオーファーの言葉に応える様に動き出す。
「遣れるもんなら遣ってみろおおっ、うおおおおおーーーっ!!!!」
と、走り出すのだが。
「大地の力を我に、“地割れの息吹”(クラックブレス)」
オーファーが静かに瞑想して杖を上げると・・・。
走り込んで来たウオーレンがもう3歩踏み込めば、オーファーに斬り掛かれる所で。 突如、グワアァ〜っと自分が宙に持ち上がったのが解った。
「うおおおおあああっ!!! なっなんだああっ?!!!」
驚いて慌てふためくウオーレン、エルレーンやオーファーを森の木々の上から見下ろす様になったのだ。
「うはっ、スゴ」
見上げるエルレーンは、魔法の力に驚いた。 地面の一部がグイっと隆起している。 ウォーレンは、その隆起した頂点に立っているのだ。
「なっなななななにしやがんだああっ?!!!!!」
驚くウォーレン、下手に動いたら落下するのに慌ててバランスを取りフラフラ踊る様に成る。
それを微笑み見上げる自然魔法遣いオーファーは、微笑みを浮べ。
「降ろして進ぜようか?」
「当たり前だあああああっ!!!」
大声でウォーレンが怒鳴った瞬間、オーファーは杖を振る。 すると、ス〜っと隆起した地面が元の高さに戻るではないか。
「うあわわわああああまてえあああああああ・・・」
凄い地響きを立てて、ウオーレンは地面に叩きつけられる。 さっきの後ろに倒れた比では無い衝撃を全身に受けて、ウォーレンは泡を吹いて気絶した。 恐らく、全身の骨があちこち折れて、熾烈な痛みに耐えられなかったのだろう。
顔を地面に引きずった傷を抑えつつ、ステュアートが仲間の元に寄った。
「凄い怪力だった・・・。 ケイさんの言う通り、オーファーが来るまで待てば良かったぁ」
エルレーン、少しずれかけた肩の骨に違和感と痛みを覚える。 全身に掻いた汗が、冷え始めた空気で尚更冷たくなる感覚を覚える中で。
「マジ、やばかった・・・・」
深夜の満月の月明かりが木漏れて来る中で、オーファーは仲間の二人を見て。
「だが、善戦していて良かった。 捕まっていたら、私も難しかったぞ」
エルレーンもステュアートも苦笑いである。
2:クリアフロレンス(クリアーフローレンス)
宗教大国クルスラーゲ。 フィリアンタ教を国教とする宗教統治国家であり。 世界で最も信者の多い宗教の総本山になる。 首都、クルスラーゲは人口500万を軽く超え、その都市内は非常に教会が多い。
この都市を含めてクルスラーゲに住むのに信仰の制限や別段の税金の納税は必要なく。 無宗教・他宗教でも住める。 だから、都市内の教会を巡れば、多種多様な神の神殿がある。
この地は、伝説に由来した人々を悪魔より救済に降り立った神々の場所なのだとか。 だから、全ての神々を祭る神殿が集まっている。
人の住まいもまた、そんな古き教会や神殿の周りに同化して溶け込む様に建てられ、総本山の象徴たる神殿を囲む城壁の外側には。 海から顔を半分出した日輪の様に波状して建物群が数キロに渡って伸び。 その先また数キロは広大な農地等が広がる。
今、朝の日差しが眩しい早朝の終り。 白き白銀の甲冑に身を包み、馬に跨りフィリアーナの刺繍が金糸で画かれる白いマントをはためかす女性騎士が見目麗しく僧兵軍を率いて凱旋した。 左隣のバクチで国政を成り立たせる国、王国グットラックとの国境に巣食った悪党団を壊滅させて凱旋したのである。 略全員の盗賊を捕縛し、向こうの死者3名、こちら0という素晴らしい内容であった。
暦では夏の終りである今、朝晩の空気がヒンヤリし始めている。 市内と農村の別れ道、女性騎士を含めて僧兵達は悪党団の一味を引き連れて裏道から入城するらしい。 朝は、働く人々が市内で動き回るので邪魔になるし、何か起きても困る。 第一、捕縛した盗賊の数が多いから、人が多い市内を通りたくない。
「おい、騎士さんよ」
女性騎士の後ろを歩いている包帯を顔に巻いた、襟の高い黒コートを纏う男が呼び止める。
「ん?」
馬の歩みを止めて振り返る女性騎士、左目の下に宝石を填めた様な涙黒子を小さく一つ。 黒髪のウェーブが艶やかな美女である。
包帯男は市内に行く道に身体を向けて。
「俺達は此処で。 市内回ってから、報酬受け取って寝るわ。 斡旋所に通達ヨロシクな〜。 後は、よろしくやってくれや」
と、いい加減な口調で左手をヒラヒラ。 一緒に居るのは、あの大男と戦ったステュアート達を含めて5人。
向きを半身に変えたKを見下ろす馬上の女性騎士は、少し名残惜しむ目を細めて。
「そうですか、解かりました。 協力、感謝します。 後で、お礼に出向くやもしれませぬが、出会えた事に感謝致します。 彼方方に、神のご加護があらんことを」
胸の前に手を添え、馬上から一礼する女性騎士。
包帯男は仲間と道に反れながら、
「心解の礼節をする相手では無いだろう? ただの冒険者だ」
と、言葉だけ残す。 馬上の女性騎士の行為は、親愛なる人物などに行う馬上礼儀だ。 冒険者の身分に交す挨拶では無かった。
包帯男の後ろで、白いローブに金髪のグラマラスな美女が、馬上の女性騎士に恭しい挨拶をして仲間の後を追う。 馬上の女騎士のマントと同じ女神の刺繍をローブの背中に入れている。 二人、同じ宗派の信者ならしい。
「・・・」
冒険者一行を見送る女性騎士は、明らかに包帯男に何か惹かれる物を感じている。
「フッ・・・・行くぞ」
僧兵に進行の合図を送った。 少し笑ったその顔には、女が見え隠れしていた。
さて。 耕していない黄土色の硬い地面を剥き出しにした通りを行くステュアートは、包帯男に向かって。
「ケイさん、何か食べて行きますか? 住宅の多いこの辺過ぎれば、飲食店街ですよ」
包帯男は両手を上に上げて、なっさけない大欠伸しながら。
「ふああぁ〜そうな〜・・・なんか、ガッツリ行きたいね」
すると、背の高い可愛らしさと綺麗さが調和する少女の様な顔立ちをする女性が手を挙げて。
「はいは〜い、エリアリブ食べた〜い」
と、明るく言い放つ。 その女性、顔はまだ14・5の少女の様な面持ちなのだが。 背はKに近い高さが有り。 黒いミニの皮スカートに、膝まで伸びる美しいストレートの髪をした体格は、大人びた女性と云うアンバランスさを見せる。
聞いてるK、呆れて少女の様な仲間を見返し。
「セシル、お前昨日・・リブを何束食ったよ?」
Kの言葉に反応したステュアート、思い出しながら両手の指で数えながら。
「一人で7ぐらい食べましたよ。 あ・・・8かな?」
住宅の中から、店や工場に働きに出る住人達が通りに出てきている中。 Kは回りも気にしていない様子で。 後ろでクスクス笑ってる金髪美女のアンジェラの声を受けながら。
「お前だけで10人前とかか? 最近の女は食い過ぎだ。 大体、エルファレイムやエルフって小食だろ?」
と、呆れ倒す。
だが挙手したセシルは、ムスっと剥れて。
「何時までも同じな訳ないでしょっ!! 進化すんのっ、進化っ!!! アンジェラっ、笑い過ぎぃっ!!! アンタだって2人前は食べたわよっ!!!」
「進化じゃね〜よ、膨張だよ。 背丈に取られてるんじゃ〜あるまいな」
自分と同じ背丈の、ある意味大女になるセシルを見てKは呆れ眼。
「るっさい!」
叫ぶセシルの後ろで、月夜で凶悪な大男を難なく捕らえた禿げ頭のオーファー、静かに瞑目して。
「背丈と後ろの見てくれは大人、痩せた体型と顔の見た目が少女・・・・異常だ・・・・」
クワっとセシルはオーファーを睨んで。
「うっさいわねっ!! もう身体も心も大人よっ!!! 21よっ、20過ぎてんよっ!!」
尖った耳、黄緑色の瞳、血の様に赤い唇、セシルは確かに人間とは食い違う。 彼女は、“エルファレイム”と呼ばれる亜種人の者だ。 人よりも魔力に優れ、精霊や様々なエネルギーの感知能力も高い“エルフ”と呼ばれる種族の血を引いている。 人などの他種と交わった種族をエルファレイム。 そうでない純粋種を“エルフ”と呼ぶ。
一方、笑っているエルレーンも一般の人間とは少し違う。 尖った鼻、ロウソクの蝋の様に白い肌、体型は、セシルより大人の女性らしいが。 彼女は“エンゼルシュア”。 天使の末裔と謳われる“エンゼリア”の混血種。 歌声の美しさ、魔力の高さ、そして背中に羽が生える特別な種族。
背中の羽根は、普段は見えないらしい。 何より、青い金属の鎧、白鋼の具足などを着けるエルレーンは、着ている重量が重くて飛べないらしいとか。
冒険者のチームは色々あるが、この亜種2種の混じったチームも珍しい。
朝っぱらから賑やかに市民の注目を集めながら、このパーティーは朝食の臭いが漂う街中の飲食店街に入った。 街角に出店が並び、鉄板の上で様々な物が焼かれている。
「あっ、リブだ。 リブ〜」
匂いで目的の物を見つけたセシルが屋台に向く。 牛肉と豚肉のばら肉を帯状に串に巻いて、スパイシーな味付けで釜に入れて焼く焼肉を買いに行く。
「あ〜、店事買うな・・。 無くなる前に俺も一つ買うか・・」
と、K呆れ調子。
「お腹空きましたね。 私も、一つ買います」
と、金髪美女アンジェラ。 フィリアンタ教の僧侶である。
「匂いが良すぎるのだ・・・。 私も買うか」
オーファーも釣られた。
瞑っていそうな眠たい目、人より大きい団子鼻、ニキビの痕がブツブツしている長身の自然魔法遣いオーファー。 緑のコート風のローブに、青いズボンを穿いた青年だ。 見た目は老けて見えるが、中年の手前だとか。
結局、屋台先に出来上がっている串全部が無くなった。
「・・・・おめえぇ・・よ」
Kが呆れて横目に入れる亜種人の美少女?・・・は、両手の指の間に拳大の固まり肉の串を4本づつ入れて食べている。
瞑目するオーファー、静かに。
「目覚めたな・・・これも、一つの開眼か・・・」
するとエルレーンが、リブを持ったステュアートを横目に見て。
「ま、悪いのはステュアートよね〜」
「えっ、僕ぅ?」
リブを持ちながら次の屋台を捜すステュアートは、困った顔でエルレーンを見返す。 確かに、思い当たる事はある。
焼きたてのパンの匂いを早くも嗅いだK、出している店に一同で動きながら。
「全ては、ボドルフィンの町で始まったな・・・。 確かに、コイツに責任の一端はあるがな」
と、ステュアートの頭を左手でクシャクシャにする。
「あぐ・・・あの時・・・止めとけば良かった・・・」
と、ステュアートは嘆いた。
今から十日前、バベッタの街から四日掛けて中継の町ボドルフィンに立ち寄った。 丁度、豊作の願いを込めた祭りが行われていて。 様々な催し物が町に出ていた。 セシルとステュアートは二人で食べ歩きをしていたのだが。 大食いの客が居ないと捜していた主催者に目を付けられ、引き込まれたのがステュアートとセシル。 だが、そのカップル・夫婦の参加する大会。 負けて最下位になったら、費用を負担しなければならない決まりが・・・。
「あの時、人助けの言葉に乗らなきゃ〜・・・」
思い出して唸るステュアート。
ステュアートのお人良しに漬け込まれたのである。 さて、元々食の太くないステュアートなど大して食べれる訳が無い。 一応、様々な郷土料理が出るので飽きはしないが、量が3人前基準で出てくるので半端な量ではなかった。 しかし、此処で意地を見せたのがセシル。 払えない費用では無かったが。 払う事に不満を爆発させた彼女が開眼したのである。
Kは、げんなりしているステュアートを横目にジト見して。
「あん時、何位だったっけ?」
聞かれたステュアートは、立ち寄る屋台先で野菜を摩り下ろしたジュースを器に貰いながらKに少し振り返って。
「3位でしたね。 60組中で、3位・・・。 凄い」
今、こうして思い出してもセシルの勇姿は凄かった。
Kは事実に鼻先で笑い。
「フッ・・お前、別れるまで尻に敷かれるぜ」
「あぶ・・・やっぱりか」
ゲンナリするステュアート。 セシルとステュアートは、どうも相性がいいらしいので、仲が良い。 ステュアート自身、強気だがエネルギッシュなセシルを嫌いでは無い。
さて。
買った物は、近くの公園や噴水前などにあるベンチで食べる。 店に入って食べるより、量が多くて料金が同じくらいだから、朝の人々は市内に出て食べる人が多い。
K達は、子供達が追いかけっこして走り回る林の中の噴水公園に入った。 様々な信仰の対象と成っている神々の像が、広い公園内に樹木の植わる空間を開けて、グルッと囲むベンチに中心に立てられる憩いの広場だ。 色づく紅葉の先走りが木々の葉っぱに見受けられる木陰の下。 ベンチに座る一同。
「もう、朝晩の空気が秋に近づいてますわ・・」
と、アンジェラがKを脇に黄昏て言えば。
「右端で、秋を待たずして食べ捲くってる人居るぜ〜だこりゃ」
と、半呆れ半笑いのK。
「はい・・・紅茶・・・」
直ぐ其処の公園の入り口で買った、陶器のコップに注がれた紅茶をセシルに差し出したステュアート。
「サンキュー」
セシルはコップを受け取り、買い込んだ大量の朝食を食べている。
オーファーは、セシルの隣に居るリーダーのステュアートを見て。
「大きいヤマを一つ遣ってしまいましたね。 報酬金額も高いし、市内観光でも2・3日しますか? それとも、仕事で?」
チーム“コスモラファイア”(たゆたう炎)のリーダーであるステュアートは、そう聞かれて。
「うん、少し街を見て回りたい。 歴史ある街だし、教会図書館にも行きたいし」
セシルとエルレーンが、同時に。
「さーんせー」
と、声を上げる。
オーファーも短く。
「同意」
するとアンジェラが。
「私が案内しましょうか。 私も、実家にお金を置いていきたいので、丁度いいです」
思い出したとKは優しげな美女アンジェラを見て。
「あ、此処の出身って言ってたな」
「はぁい。 農村の方です」
「そうか。 総本山周りは貴族や役所のお偉方しか住んでないしな〜。 農村の方の出身だと、魔法学院時代のカクトノーズではどうしてた? 仕送りか?」
アンジェラはその当時を思い出して、皆で分けて食べる大きい塊のパンを千切っては懐かしい目を緑に向ける。
「僅かながら・・・。 足りない分は、学食で働いてました」
Kは朴念仁の様に食べている隣のオーファーを見て。
「学食のマドンナだったな、間違いない」
「惜しい・・・見れなかった」
モソモソ食べるオーファーは、アンジェラの働き出した頃には卒業していたとか。
アンジェラは、Kとオーファーの会話に顔を赤くして。
「そんな感じでは在りませんよぉ。 作る方に入ってましたから・・売る方では有りません」
すると、Kとオーファーは同時の動きでアンジェラの突き出た爆乳をローブの上から見ては意味深に。
「だって・・・なあ・・」
「ええ・・・正に・・・女神」
二人の微妙な視線にアンジェラは胸を両手で隠して顔を赤らめる。
「そっそんな目で見ないで下さいましっ」
と、恥ずかしがって横に身体を反らした。
エルレーンが其処に突っ込んだ。
「セクハラっ、其処っ。 ミイラと潰れ目っ」
「チョエ〜ス」
と、顔を前にK。
「いや・・・かって手に目が向いた」
と、頭を掻くオーファー。
エルレーンは、スパイシーな塊肉のリブに齧り付きながら。
「んぐんぐ・・・これだから・・んぐ・・・男は・・・もぐもぐ・・・しょうがない」
と、呆れている。
其処には逆に全員一致で。
(喰ってから喋れ)
で、ある。
話は纏まったと思うステュアートはKに確かめるように。
「では、全員で観光ですね」
すると、Kは首を左右に。
「俺は一人で行く。 知り合いに彼方此方会って来るよ。 この街には、いい加減な知り合い多いからな〜。 ま、明日一日で事足りたなら、合流するよ」
「じゃ〜宿は同じで?」
「ああ。 もうそろそろ秋だ。 後、一月半でカジナ・イルアレイナーのお祭りだぜ。 バクチの祭典。 もう一稼ぎ二稼ぎして行きたいし。 顔見せはさっさと終わらすに限る。 ん〜・・・風がいい風になった」
と、涼しく心地よい風に背伸びするK。
誰も、Kに深くは問わない。 この男、稀代の冒険者でも比類ない凄腕の冒険者だ。 ステュアートなどには、一緒にチームを組ませて貰えるだけでも光栄に値する。 だが、偉ぶった素振りも無いし、何処かいい加減で、何処か優しい、不思議な人物である。
前回、突発的な事件で助け出された僧侶のアンジェラは、Kに対しての思いが強すぎてこのチームに入って来たし。 なんとなく、誰もが頼りにしてしまう男だった。
さて、食事も終り。 器も返したりして一行は街中に戻った。 何処の国に行っても似たような物だが。 人の多い賑う場所に斡旋所は在る。
クリアフロレンスの斡旋所は、最も物流が多く、人の流れが日中は途切れる事を知らない商業区の中心にある。 地上5階建ての大型の石で出来た建造物、“アダマンティアラン”。 意味は“万能なる王冠”。 上の屋根が半円の巨大なドーム型で。 下は、丸で大型の神殿の様だ。 長い横幅が、凡そ980メートル、縦幅が460メートルの巨大建造物だ。
「くはあ〜、いっつ見てもおっきいわね〜」
エルレーンが腰に右手を当てて見上げる。
「中は、通り抜けられる商店街みたいなものですからな。 見て、入って、恐れ入る」
オーファーが静かに呟く。
この建造物の外見は、巨大な大聖堂の様なレリーフや装飾を細部にまで施された外観を魅せるのだが。 中は、北東から西南西に緩やかにカーブして通り抜けられる商店の集合体なのだ。 北東側から入れば、食料店や飲食店が多く。 西南西から入れば、武器防具などの冒険者の装備から、本・楽器・食器や生活用品が売られる。
中でも世界的に有名なのが2階・3階部。 東西に隔てられてはいない広い窓なしフロアが広がっていて。 毎朝になると先ずは生鮮品の競り市が開かれ。 昼前から夕方までは市民も参加できる“ノミの市”(フリーマーケット)が開かれている。 非常に自由に物の流れが動くので、訪れた誰もが2日は潰せると噂が広がっていた。
4階は舞台や演劇や歌などを旅芸人が披露していたり、緑豊かな展覧公園だ。 5階には病院と役所の出向所と警察活動をする警官僧兵が詰めている警備僧兵詰め所が揃う。
クリアフロレンスの生活の基盤が、この“アダマンティアラン”と言って過言では無い。
“アダマンティアラン”の周囲をぐるっと囲む幅の広い川が流れていて。 周囲8箇所に儲けられた出入り口には、それぞれ橋を渡らなければならない。
その一つを渡りながら、セシルは深く急な流れの幅広い川を見ながら。
「しっかし、良くもこんなの作ったわね・・」
走って行過ぎる子供達や家族連れなどを見ながらK。 のんびりな声で。
「今よりもずっと昔は、この辺は溝帯内部の砂漠の様に暑かったらしい。 今の気候に成ったのは、東の大溝帯が出来上がってからみたいだ」
好きな歴史の話だけにオーファーも乗って来た。
「ほう、なるほど」
セシルはKの話に今一理解が行かずに目を細めて。
「関係アンの?」
「ああ。 当時、日中の強烈な日差しと灼熱の熱風で、日射病・熱射病・熱中症の被害者が多くてな。 死体を媒介に伝染病の病気も多かったとか。 そこで、大型の病院を作った。 それが、この建物」
セシルはエルレーンと一緒に建物を見上げて。
「えええっ?!! これが・・・病院?」
「元、な」
オーファーは、事情を知るに今の施設の構造を思い出して納得だ。
「なるほど、それで施設を冷やす為に、この建物の彼方此方に地下の風を取り込む坑道の様な穴が開いている訳ですか?」
「その通り。 この街の地下は、非常に硬い岩盤で、水が染み込まない部分がある。 底まで穴を掘り、川を周囲に張り巡らして地下を冷やしてその空気を建物内部の冷却に使ったのさ。 運良く、地下の亀裂を吹き抜ける風穴も見つかって、建物内はかなり冷やされた。 だから、病気の人で無くとも集まる様になり。 建物の上に増改築工事が繰り返されて今の姿に成ったとよ。 ま、今の気候は、当時とは大きく違って来たからな。 冷たい風は夏しか取り込まれないが。 昔は真冬でもアケッパだったらしいぜ」
話を聞くステュアートも、直ぐに思いつく関心で話を繋ぎ。
「では、今の様に商店の塊みたいになったのは、つい最近のことなんですか?」
「ん〜、気候が落ち着き始めたのが文献だと800・・・900年前。 その頃から、人が集まるから内部でキャラバンの様な物流販売が有ったらしい。 高温が収まれば人も活動し易いし、病気も少なくなる。 必要性が、病院から商業に転化したんだろう。 ま、未だにその名残で、4階の展覧公園の西側は湯治場が公共温泉に成ってるし。 5階と、1階には病院もある」
地元でこの都市出身のアンジェラは、自分以上に知っているKに驚きだ。
「本当に、良く知っておいでですね」
と、笑うと。
Kはゲンナリした様子で。
「昔、此処で呑んだ暮れの学者に絡まれて、半日その話を聞かされたぜ。 耳から離れない」
ワインやリキュールの特産国の一つが、アンジェラの生まれこの故郷なだけに苦笑い。
「大変でしたね」
セシル後ろ向きで歩きながら、エルレーンとアンジェラに笑いかけて。
「ね、直ぐ寝ると変な時間に起きるから、温泉入って行こうよ」
「いいわよ。 汗、流したいし」
「はい、ご一緒いたしますよ」
ステュアートも、Kとオーファーに。
「自分たちも入りますか?」
頷いて晴れた空を見上げたK。
「ああ、宿のお湯より熱いが、サッパリするな。 ついでに、自然公園で動物でも見ていくか? 世界の動物がわんさか居るで」
動物と聞いては男心擽られるステュアート、目をキラキラさせて童子の様に変わり。
「みたぁ〜い」
セシル、半笑いで。
「おこちゃまか」
だが・・・某口数少ない大男も、キラキラさせて。
「是非〜」
だが・・・。
「いこいこ、温泉が待っている〜」
エルレーンが無視した。
「キモイって〜の」
セシルは、あっさりと切り捨てる。
「・・・・」
後ろを向いて背を丸めるオーファーに、Kとステュアートが肩と背中を軽く叩いて。
「気にするな」
「オーファー、うんうん」
ささやかな男の友情だった・・・。
3:報告と報酬と休息
陽の光がステンドグラスから降り注ぐ。 女神フィリアーナ像が巨大な石像姿で、慈愛に満ちた微笑みの顔を広い講堂内に向ける大聖堂の壇上前に、中年の男性司祭と共に教皇王が姿を現した。 赤い刺繍の入ったカーディガンを肩に掛け、白い白銀の煌きを魅せる法衣に身を包み。 右手には黄金のフィリアーナを象った杖を持ち。 頭には法王として、教皇王としての証である白銀の冠をしている。 背が高く、蓄える髭も優美で威厳と風格が満ち溢れ。 歳は見た目からして50代・・・60前後だろうか。 髭や、髪に白い物が多く混じっていた。
「聖騎士ジュリア、ご苦労だった」
教皇王が、穏やかな声音で労いを掛ければ、ずっと膝間付いて胸に右手を当てて臣下の態度をしている女性騎士が。
「は、陛下の為、この国の為ならば」
と、深く礼をする。
すると、教皇王の脇に控える高位の司祭と思われた中年の男性が、法衣を礼服に作り変えた様な服装で女性騎士の前に進み出て。
「ジュリア殿、面を上げよ」
「はっ」
顔を上げれば、K達と共に凱旋した女性騎士であった。
教皇王は、自分を見上げるジュリアに目を合わせてから一歩前に進み出て。
「兵士に怪我人無く、賊を討伐した功績。 私は忘れぬ。 手際が良かったな」
女性騎士ジュリアは、教皇王を見上げたままに首を左右に一度振り。
「いえ、今回は共に働いた冒険者の手柄です」
「ほう・・・、冒険者が」
「はっ、包帯を顔に巻いた一見は怪しき人物ですが。 その手練、頭脳は類稀でございました。 奴等のアジトに潜入し、見張りを瞬時に制圧。 仲間の冒険者達が首領格の一人を誘き出して、分断。 別の場所から我々が寝込みを襲って手下共は一斉に制圧。 首領格の大男も、冒険者達が捕らえてにございます」
教皇王は静かに鋭く。
「別の首領格は?」
報告の中でジュリアが、首領を一人に限定していなので。 複数の首領格が居ると読んだのだ。
「は。 暗殺者の身を崩した男は、包帯男に剣撃ただの一撃で破れ・・自決致しました。 ですが、もう一人・・・我々を苦しめた・・・」
と、其処で教皇王が厳しい目をする。
「死霊遣い(ネクロマンシャー)だな?」
「は。 その男が、己の全魔力と引き換えに、死霊騎士のデュラハーンを・・・召喚しました」
教皇王も脇に控えていた高位の司祭も顔色がガラリと変わって、緊迫しそうな真剣な面持ちに。 デュラハーンと云えば、死霊の中でも高位のモンスターだ。 普通ならば、今回の手勢で怪我人が出ないとは不思議な事である。
「して、デュラハーンは?」
教皇王が尋ねると、ジュリアは顔を俯けて。
「はい。 話に出しました包帯男が、一瞬で消滅させました。 我々にはとても見えない速さで後ろに回りこみ。 蹴った・・・と思うのですが。 良くは・・・」
教皇王は、暗殺者崩れを剣で倒したと云うのに、今度は“蹴った”と云うのに唖然とした顔で。
「“蹴る”・・・その男は、格闘術の使える僧侶か?」
「いえ、あの光は神聖魔法では有りませぬ。 黄金の光がデュラハーンを貫き、一気に灰に化しました。 死霊遣いは、もう全力を出し切っていたので、易々と捕らえる事が・・」
教皇王は理解したのか、深く頷き微笑む顔に戻った。 感心の頷きながらに。
「そうか。 それは、恐らくは気孔術の一種じゃな。 体内の生命エネルギーを魔法の様に遣う武術じゃ。 死霊や悪霊は負のエネルギー。 反するのは、生きている生のエネルギー。 強き一方のエネルギーは、相反するエネルギーを消し去る。 そうか、凄まじい手練の冒険者も居たものだ」
其処にジュリアは、教皇王にグッと前に進み出て。
「陛下、もし宜しければ・・・」
教皇王はジュリアの言いかけた事を心得ていると頷き。
「解っておる。 それほどに世話に成ったなら、チーム名の広がりを依頼しても良いだろう。 悪党の処罰が決まり次第、ジュリア。 斡旋所に私の遣いで赴いておくれ。 また、そなたも顔ぐらいは見てくるも良かろうて」
「あ・・・はっ」
言われたジュリアは顔を赤くした。 内心、Kに興味を覚えたのを教皇王に見抜かれたのである。
下がって行く教皇王の後を続く高位の年配司祭らしき男性が、一度立ち止まり。
「ジュリア殿も、年頃か。 いやいや、凍眼のジュリア殿にも春が来たかな」
その言葉に、ジュリアは恥ずかしさで顔が上げられなくなった。
その頃。
「ヘ〜クシュンっ!!! あぁ・・・風邪か?」
大浴場の深い湯船に浸かるKが、包帯を巻いた顔で鼻を擦る。 タイル張りの浴場施設内。 白いタイルの大きい浴槽の中に、Kもオーファーもステュアートも入っていた。
オーファーは湯船に顔半分だけ出し。 赤く色づいたタコの様な姿で。
「いいですね・・・噂されて」
先ほどの無視を引きずっているらしい。
汗だくのステュアートも、頭に手拭いを畳んで乗せながら。
「ですよね。 ケイさんに風邪なんて怖くて取り憑けない。 アンジェラさんか、バベッタのミラさん辺りでも噂してるんですよ」
痩せて引き締まる身体のK、気持ち悪い目で見てくるオーファーに。
「アンタ、逆上せるぞ。 茹でタコみたいだし・・・」
離す今にも、オーファーの鼻から鼻毛の代わりに足がニュルニュルと出てきそうな瞬間。
「うはっ、アンジェラの胸大きい。 メロンだ、メロン〜」
セシルの声がする。
「・・・・」
オーファー・K・ステュアート、無言で黙る。 他に入浴している一般人男性達も同様だ。 男の本能だろうか・・自然と耳が女湯の方に・・・。
「あっ・・セシルさん、揉んだらぁこまりますぅ」
艶っぽいアンジェラの声が、男湯の一同には耳に甘い。
すると、直ぐにエルレーンがバカにした笑い声で。
「アハハ〜セシル、アンタ5・6歳の子供みたいじゃない。 下着要らないんじゃない?」
「ぬわにをぉぉぉっ!!!!」
怒るセシルの声。
オーファー・Kは“うんうん”頷き。 ステュアートは、顔が真っ赤に染まる。
すると、今度はアンジェラの声で。
「エルレーンさんは、凄く張りが有りますね。 弾力で弾けそうな・・」
「フッ、いい男を垂らしこむわ。 女王様に成るんだからっ!!」
エルレーンのセリフにK、無言で顔に手をやる。
ステュアートはここぞとばかりに小声で。
「あの時だ〜、ケイさんが言ったんだっ。 その気に成った〜。 ケイさんの所為だぁ〜」
と、囃す。 Kを囃せるのも中々無い機会だ。
茹で上がったタコの様に赤く火照ったオーファー、突如顔を湯船の上に出し切って。 右手の指を一本づつ立てながら・・・。
「1、爆乳っ。 2、張りが最高の丁度いいサイズっ。 3、膨らみの無い少女タイプっ。 貴方なら、ハウマッチっ!!」
「・・・」
周りの知らない男性達を含めて男湯に居る7・8人の男達が、各自指で1・2・3のどれかを上げて居るのが見えて・・・Kは溜息を吐いてげんなり。
3を上げるステュアートと、1を上げるオーファー、ジリジリとKににじり寄って。
「どっちじゃ〜」
「そうだあ〜」
「どれじゃ〜」
「こたえろ〜」
Kは半目で呆れ笑いしながら、迫り来る不気味な二人に堪らず指を出した・・・。
さて、昼を前にした4階屋外の展覧公園で。
「ふう〜、いぃ〜お風呂だった〜」
と、湯上りのセシルは果物を食べている。
「ですわ。 家族で昔は良く来てましたね」
と、アンジェラはストレートティーを冷やした物を。
「くふぁ〜、茹で上がった後の冷たいミルクティーがサイコ〜っ!!」
と、噴水前の石のベンチでエルレーンが咆える。
その頃。 女性3人のベンチ横、植物の植え込み一つ隔てたベンチには。
「あづ〜・・・あづい・・・」
「はあ、はあ、はあ・・・」
逆上せ上がるステュアートとオーファーがKを挟んで潰れていた。
真ん中で、勝ち割り氷の入ったアイスティーを啜るスマートな姿勢で足組みのK。
セシルが、Kに意味が解んないと云った表情で。
「その二人どうしたの?」
と、ステュアートとオーファーを指差せば。
一人涼やかなKは、爽やかに吹いてくる風に前髪を靡かせて、ニヒルに。
「聞くな、男には時には譲れないものが有るって事さ・・」
何がよ・・・一体。
聞いていたセシルも、何か非常に重たい話に目を細め。
「アンタ、また昔話を語ってたんじゃ〜ないでしょうね?」
「違う。 もっと根源的な問題だ。 男の・・な」
どうでもいい事も、哲学的に言えば様に成るようだ。
さて、まだ眠くも無い一同。 下の1階、建物内のど真ん中に一番大きいスペースを陣取っているモダンなチェックの壁紙に包まれ。 壁沿いを囲む様に設置された長椅子とテーブルを配して、窓側の縁などに骨董品を並べる何屋だか解らない雰囲気の斡旋所に向かった。
「はい〜、いらはいな〜」
グルグル眼鏡をして、散りじりパーマの白髪を茸の傘の様に頭に乗せた皺皺の顔、ずんぐりむっくりの小柄な老人が入って来たステュアート達を見る。
「おお帰って来なすったか〜。 いひっひっひ」
も〜んの凄く乱雑に紙の束が高い木の戸棚に詰め込まれた様子を背にして、白衣を着た怪しい斡旋所の主はカウンターで言って来る。
Kが腕組みして、リーダーのステュアートに。
「報告〜」
「はい」
すると、主はニヤリと笑って、皺皺の顔をステュアートに向けて。
「要らんがな〜。 教皇庁から連絡来てる。 満額出すぞい」
其処にK、腕組みして半身の横目で。
「最初の説明に有った危険手当は?」
「ぁ?」
斡旋所の主、途端に耳の遠い仕草をメンバーに見せる。
店内に居た別の冒険者達が苦笑いで、“また惚けるぞ”とか噂話すると・・・。
Kがいきなりカウンターを“バン”と叩いて。
「デュラハーンでたんだぞっ!!! ええっ?!! ホラ見ろっ、肘擦り剥いたしっ!!!!」
と、服を巻くって肘を見せて、赤い線の見える僅かな所を指差す。 さっき、湯船で付けた跡だと思う様な赤い線だ。
続けてエルレーンが、怒った顔で青い鎧の肩に触って、
「相手にした相手のデカさ知ってる訳ぇっ?!!! 脱臼し掛けたんだからっ!!!!」
オーファーは小声で頭を差して。
「髪、無いし」
ステュアートも怒った真剣な顔を指差して。
「僕なんか顔擦り剥いたし!! オマケに死に損なったしっ!!!!!」
オーファーの身体をを退けて、セシルはギラギラした目で怒声を張り上げて。
「元暗殺者だったのも居たんだぞっーーーー!!!!! 死に掛けたんだしぃっ!!!!!」
Kの脇で、祈るアンジェラ瞑目して。
「神が、危険手当を欲しています」
と、真顔で頷く。
オーファーがセシルの脇で鼻水垂らして。
「危うく、茹でタコに成り掛けました」
再度、右手小指を立てて。
「私はコレで、湯船で死に掛けました」
Kは畳み掛けるが如く服の斬れた部分を差して、
「そら見ろっ、刺されたんだぞっ!!! えっ、見えるかっ!!!!」
もう、やんややんやカウンターで言われて、主はビックリした。
「あああーーーもう解った!!! 解ったっ!! 危険手当も満額出すっ!!!!」
すると全員ピタリと静まり。 うんうん頷く。
この店主の金にガメツイのは周知もいい所、Kの作戦に全会一致で乗った結果である。
ドンと、カウンターに麻の金袋が出て。
「満額の8000だっ、持ってけっ!!」
素直に金が出てきて、Kは何かを察する。
「ほ〜。 どうやら、教皇庁からの報告がすこぶる良かったか」
もう迷惑がる顔で主は、内情を読む包帯男を睨み。
「そんだ。 ま、今回は斡旋所の手回しが良かったとお褒めを貰ったでな。 満額払ってやるだよ」
エルレーンはステュアート向かい合ってハイタッチ。
「苦労の甲斐あった〜」
「あの大きい盗賊の人、本当に怖かった〜」
セシルは腕組みの仁王立ちで。
「見張りに呼び出された鮫鷹をぜ〜んぶ撃ち落してやったんだかんね。 これぐら貰ってと〜ぜんだって〜の」
金を受け取り、外に出る一行。
昨日の夕方前、一行はこのクリアフロレンスに来て。 いきなり突発的に今回の仕事を請け負った。 報酬の内容で、乗ったのだ。
ステュアート達が喜ぶ中で、一人で向かいの店に顔を向けるKを、斡旋所の主は見て首を傾げる。
「・・・あの包帯男・・・・何処かで・・・」
主はKを以前に見た事が有る様な気がして成らなかった。 この主は、この職業が好きなようで、全ての依頼の管理をしている。 だから、此処には上級の受付が無い。
「う〜ん・・・」
去ってゆく一行を見て、主は思い出に耽った。
都市の北東側から外に出て、そのまま大通りを抜ければ広大な公園に辿り着く。 世界中の国から親善目的で贈られた動物や植物が公園内の土地に離されていたり、育てられていたり。
水の無い庭の場所で黒々としたペンギンが砂浴びをしているのにステュアートは驚く。
「うわわ、ペンギンが砂浴びしてる」
「砂漠に住む固有種だ。 ああして身体に砂を塗して、水分の蒸発を抑える」
と、説明を入れるK。
今度はプールに入る身の丈20メートルと云う巨大なナメクジを見てオーファーは目を丸くして。
「モ・モンスター・・・」
「違う違う。 あれは“プトレオオオウミウシ”。 海に住む海神の遣いとも言われる動物だ。 青紫の肌、巨大な触覚からモンスターに間違われるが、列記とした動物。 アレの小型な奴が魔法学院カクトノーズの海岸にも春先から夏に来るはずだが」
アンジェラは見上げるウミウシに唖然としてガクガク頷き。
「ええ・・・た・・確かに、浜に打ち上げられる屍骸を食べて、土壌を肥沃にするフンを落としますが・・。 これほど大きいのは・・・」
Kは指差しで檻の中のウミウシを見るに。
「フツ〜は、海底で荒波に揉まれてるのっさ。 此処では3食昼寝付きだもの、大きくなるがな。 でも、コイツはメスだな〜」
確信して言うKに、ステュアートは驚いて振り返り。
「解るんですかっ?!!」
「ああ、オスは頭の先から、尾っぽにまで白い筋が入るんだが。 コイツは、首周りからコシと云うのか、ケツと云うのか。 その辺までしかない、メスの模様の入り方だ」
更に奥へと移動すれば、檻の中に猛獣も。
「うは〜サーベルレオだ」
「うむ、山岳に住む4本牙のライオンだな〜」
ステュアートとオーファーは子供の様に喜んでいる。
Kも穏やかな目を包帯から覗かせて、動物を見ていた。
セシル動物を見飽きて、隣に隣接された遊園地を見つけて。
「あああああああっ、此処って遊園地が在るっ!!!! 乗ろうっ、遊ぼうよっ」
と、言って走ってゆく。
腕組みのK、呆れてセシルを見送る。
「聞いておいて、返事を待たないのかよ。 やっぱり、顔とオミソは5歳児」
オーファーはスススっとステュアートに近寄り。
「そこもと、アレでいいのか?」
「いや・・・多分・・・進化すると・・・。 自分で言ってるし・・」
苦し紛れの言い訳に近いステュアートだが。
エルレーンも遊園地は面白そうと思って居るのだろうか。 セシルの後を追いながら。
「ま、お金無い時なんか首都に居ても屯するだけだもんね〜。 観光する気分になりゃしない。 はしゃげるだけ、幸せよ〜」
冒険者は、常に金欠との戦いだ。 安い仕事では、安めの宿屋に十日も泊まれば稼いだ金は消えてしまう。 況してや、身の回りの物を新調したり、武器や防具を買えば大金が吹き飛ぶ。 金が無い駆け出しの冒険者など、毎日安い居酒屋や斡旋所に屯して、簡単に稼げそうな依頼を待つしかない日々なのである。
さて、遊園地と云うテーマパークは遊び場に最適だ。 何せ、ゲートに有る制限高さ以下の子供は無料だし。 家族連れも料金は格段に安くなる。 だから、子供連れや家族には憩いの広場なのだ。
「ぬわにいい、入場料が200もすんの?」
園内の入り口で、料金表に文句言うセシル。 冒険者や一般男性は高い。
専用のゲート小屋に入っている店員はシレ〜と横を向く。
K達が追いついて、渋々金を払って中に入ったセシルだが・・・。
「やっほ〜っ」
二人一組で、トロッコに乗り。 手漕ぎハンドルを二人で交互に押してトロッコを押す遊びで大はしゃぎ。 無論、相手はステュアート。
ハンマーでバネ測りを殴って金属の玉を押し上げてベルを鳴らす遊びでは、エルレーンとアンジェラとオーファーが四苦八苦。
一人・・・。
「フッ」
Kは、輪投げ・ダーツ・鶏掴みの種目で目隠ししてパーフェクトを出し、景品をゲット。 二つは、アンジェラに“家族にやれ”とくれてやり。 自分で、一つはで持った。
セシルは頑張った割りに景品を全く取れず。
「いいな〜景品」
と、物欲しそうにKを見る。
「おこちゃまが・・・、友人にあげるんだ」
「くっそうぅ・・・今度もう一回来て、景品根こそぎ奪ったる」
オーファーセシルに別の方を向いて、ボソッと。
「追い剥ぎだ・・・」
楽しく一遊びすればもうそろそろ皆眠くなる。 何せ、昨日の夕方前に此処に到着して、突発の依頼だった盗賊退治なのである。
クリアフロレンスの街は、飲食店街と宿屋は同じ区域に乱立している。 その為、一部の区域を除いて、街灯ランプが落ちてから騒ぐ事は禁止されているのだ。
昨夜捕らえた盗賊の一味は、前々から夜中の旅人を襲ったりして金品を奪い。 度々クリアフロレンスで飲み明かして大騒ぎを繰り返す。 しかも通報を受けた警察僧兵を怪我させて、更に命も奪っていた。
街中で、5度もモンスターを召喚されて、僧兵の手に負えなくなった。 遂に騎士と兵隊のお出ましとなった訳だ。 相手に死霊遣いが居るので、万が一にもの為にと雇われたのがステュアートのチーム。 流石の盗賊達も、Kが居たのでは“税金の納め時”である。
てな訳で、人通りの多い交差点を見下ろせるレンガ造りの宿に泊まってゆっくりした一行。 決して高い宿では無いが。 ゆっくりベットの上で寝れるなら何処でもと泊まった。
次の日、朝。
「ベットが硬い・・・」
宿を出たセシルが、ポツリとぼやく。
食事も出ない安宿だった。
なれど、Kは快適だったと云わんばかりの爽快な目覚めだったらしく。
「いいんでない? 寝返り打つのが楽だったし」
宿の出口でオーファーは振り返り宿を見上げ。
「雑魚寝よりはマシだろう」
朝の混雑は始まっていた。 店を開ける支度をする人在らば。 騒音防止の為に、地下に設けられた飲食店街で働いていたキワドイ衣装を纏った年齢様々の女性が帰宅しているのも見受けられる。
店を開く場所に屋台を引く者も目立つ。 湯気の上がる屋台、炒め物を鉄板の上で作る屋台は、人目を引く。
ステュアートは、毎日の営みの如く賑やかに人が集まりだす生きている市内を歩いて見ながら。
「こうして見ると、クリアフロレンスって独特ですね。 建物もレンガ造り多くて、道路もレンガ敷き。 あちらこちらに、下に道路をかわす為の橋が架けられて。 街並みが二重三重に重なってるみたいです」
「起伏の激しい丘に創ったからな〜。 ま、大聖堂のある所には、神々が降臨したって云われの石場があるしな。 此処は、街を作るに適してなかった場所だから、こうなったんだろう」
受け答えしながら、Kは何を食べようか屋台を物色。
セシルは、エルレーンを連れてもう何かを買っている。
K・オーファー・ステュアート、セシルが買っているのがリブと解った途端に見て見ぬフリを。 遠くで、“また来たのか”と笑うオバチャンの声がしている。
別の屋台を見て居ながらにKは呆れ口調で呟く。
「此処に腰を据えたら、あれは名物になるな・・・」
アンジェラも、オーファーとステュアートに混じって頷いた。
さて、Kはアレコレ仲間と朝食の相談しているステュアートに。
「夕方に成ったら、アダマンティアランの展覧公園か、一階の茶屋に居る。 見えやすい所にいるからな」
と、離れて行った。
「はい、解りました」
ステュアートの返事に、Kは手を振るだけだった。
どうも、騎龍です^^
9月30日にアップ予定でしたが、サイトのリニューアルで混乱やアクシュデントも予想されるので、今のウチにK編の冒頭話だけ掲載しておきます^^
次話は、10月に入り、回線トラブル等無いと見てから掲載しますね^^
尚、今回はあえて次話の予告は無しで^×^:
ご愛読、ありがとうございます^人^