記憶の片隅に宿る思い~K~
Kの旅の中では語られず過ぎ去る一場面だが。 彼を知る者がフッと呼び起こした記憶の断片。 物語の間を繋ぐ、物語。
K編セカンド:エピローグ
「・・・・」
曇り空の中に、途切れ途切れで陽が差し込む隙間を見せる空模様の中。 高みの窓越しにジュリアが立っている。 窓に身体を預けて、鎧を纏っていない碧き薔薇の画かれたピアリッジコートを羽織る姿は、何処かの美男剣士の様な所も含む。
(妾に・・・無理難題ばかり置いて行きおって・・・)
ジュリアの眼から、涙が流れた。
“凍眼のジュリア”
そう異名を取った冷静沈着な彼女が、涙脆く為ったのは或る男の所為だろう。 そして、その男は、今日に隣の国に旅立って行った。 もう、大手を振ってこの国に戻って来る事は無いだろう。 自分の本気の愛は、注がれる場の無いままに心の奥底に隠して行かなければならない。
ヴェルハラントモリナリスの中でも、西側の塔。 聖騎士達が詰める塔の一部屋を割り当てられていたジュリアだが、今は元自分の父親が詰めていた場所が新しい部屋に為った。 しかも、今日はこの聖騎士から別の役職に正式任命を受けて変わる日。 だから、この今居る聖騎士の頃の部屋を片付けて出て行く必要が在り。 掃除をして荷物を移動に出した。
自分と妹の命を助け、悪しき陰謀を潰した包帯男のKは・・・。 自分の任命を受けた晴れ姿見る事も無く消えて行った。
★
あの大事件の後・・数日後。
少しずつ秋めいたクリアフロレンスの街を歩くステュアート達。 腹を押さえたKが、歩きながら唸っている。
「あぁ・・・、何で俺まで」
腹をポンポン叩くセシルは、ニコニコして。
「い~じゃない。 団体の方が賞金高いンだからさ」
細身の長身女で、エルフと人間の混血種のセシルは満足げである。
「うぷっ・・・、ケッ・・ケイさん・・・、宿まで持ちますか?」
チームのリ-ダーで。 小柄な好青年のハズのステュアートは、口に手を当てて青い顔をしている。
「わ・・わからねぇ・・・」
包帯を顔に巻いたKは、必死で前に進んでいる。
起伏の有るレンガ敷きの大通りの中を、ヨロヨロと歩くこの一団を見る通行人の目は様々だ。
剥げ頭の僧侶の様な長身の男性は、自然魔法遣いのオーファー。 その横に苦笑顔で歩くのは、僧侶でグラマラスな美女のアンジェラ。
「だっらしないなぁ~。 男でしょ?」
セシルの脇で、吐きそうなステュアートとKを見ている少し変わった顔の美人が剣士エルレーンである。
Kは、呻く様にエルレーンを見上げて。
「うっ・・・うるへぇ・・。 お前達の方が・・どうにか成っちゃってるんだ・・。 あ・・アホだ」
と、顔を左右に振るう。
これは、一体どうした事か・・・。
朝、いつもの様に屋台巡りをして朝食を取ろうとしている時。 市内の目立つ場に立て掛けられる掲示板に、“大食い者求むっ!!!!”の張り紙が・・・。 読めば、新しく開くパスタや小料理を出す店が、広告の一環として大食い大会をやると云うのだ。 しかも、一番食べた者には賞金も出る。
「コレはちゃーーーーんすっ!!!!」
元気に乗り気なセシルの様子に、同調するエルレーンが居て。 Kとステュアートは苦笑いで、傍観するつもりだったのだが・・・。 行って見れば、個人と団体があり。 参加人数がチームの面子とピッタリ。 首根っこをセシルとエルレーンに捕まれたKとステュアートは泣く泣く参戦させられて。 死にそうな程に食べさせられた。
オーファーは、最強無比な実力を持つKが、弱弱しくなる一面にほくそ笑みながら。
「まぁまぁ、優勝して賞金1000を貰ったのですから。 お二人の頑張り有ってですぞ」
笑っている彼を細めた目で見返すKは。
「うっ・・・うるせ・・・。 少食の俺が・・・なっ何故に・・3人前も・・」
50人前ほど出た中の3人前である。 オーファーや細身のエルレーンの方がもっと食べた。 アンジェラですら、見かけに由らず5・6人前は食べている。 ま、一人で30人分ほど食べたモンスターも1名居るが・・・。
「勝った・・・唯一ケイに勝てるモノがあるっ」
嬉しそうなセシル。
ステュアートは、セシルに涙目で。
「僕を巻き込むのヤ・メ・テ~」
「フン」
セシルは、そっぽを向いて無視。 何時も仲が良さそうなKとステュアートに対する嫉妬が見え隠れしている。
しかし、ステュアートは、解ってて着いて来たKに親近感を抱いた。 この凄腕の男は、どうも何処か憎めない。
「お・・おい、何処かで・や・・休もうぜ・・・」
Kが、吐き気を覚えて言う。
セシルは、前をズンズン歩いて。
「宿までもう少し。 あるけ~歩け」
(おのれぇ・・・ツンツルお胸のツンデレがぁ・・・・)
唸る小声のKに、ステュアートが。
(そんな事言うと、お腹押されますよ)
(やったら顔に吐いてやるっ)
レンガと石の古都をなんとか歩き、宿に辿り着いた一行。
だが、夜に成ったらジュリアが迎えに来た。 宿の共同休憩所で死んでるKと集まった皆に、会えて嬉しそうな顔を見せて来たジュリアと妹のレイチェル。
“妹と久しぶりの休日を頂いたが、ロザリア様も含んで3人での休みは寂しい。 是非、お時間を貸して頂けぬか?”
夕食を共にと来たジュリアに、セシルは大喜び。
だが、まだ食べると聞いてソファーの上からKはセシルに。
「お前はバカか? あれだけ喰ってまだ喰うのか? 喰いすぎて死んでしまえっ! オプッ・・・大声出しすぎた・・・」
セシルは、腰に両手を当てて。
「別にケイは食べなくていいわよ。 アタシが食べる。 話し相手でもしてあげたら~」
と、言ってからステュアートに向いて。
「行こ行こっ、折角の御招きだもん~」
Kは、ホンキで頭を抱え。
「負けた・・・アレは倒せない・・・」
こうして、ステュアート一行はジュリアの屋敷に世話になり。 ジュリアとレイチェルの休日を共に過ごした。 事件の解決によって、明るみに成った真実。 子供を二人も失ったロザリアの気の落ちようは確かに心配だが、レイチェルが毎日帰る特別勤務で面倒を看ている御蔭で良くなっていた。
ジュリアは、仮の代行で嘗ての父親の職に就いたが、そのまま居る気は無かった。 また、聖騎士に戻る気で居たのだから、休暇はしっかりと取った。 寧ろ、そうゆう仕事に就きたいと意思を見せる者にどんどん仕事を回して・・・。
休日。 ジュリアはK達の下に来て、冒険者の真似事にまで参加した。 目的にKの存在が有ったのは確かだが、剣の腕を磨いてもっと俗世に眼を向けようと云う気持ちも働いたみたいだ。
モンスター退治や、掘削の崩落で現れた地下寺院の調査などをするジュリアは、仕事の疲れも見せず歓び行動を共にしていたその姿・・・。 見ているステュアート達にも、こう見ていて日々に成長していると思える程だった。
しかし・・。 一月が経ち。 ステュアートはこの国を離れる決意をした。 そろそろ、バクチで成り立つ国でカジノの祭典が行われるのだ。 間に合う様に旅立たねば為らない。
その旅立ちの日は、ジュリアを、父親の嘗ての職に正式就任させる日だった。 ジュリアは、その申し出を断ろうと思っていて、Kに相談したくステュアート達を屋敷に招いたのだ。 丁度、旅立つ2日前の夕方にだ。
夜、ジュリアはKを寝室に招いた。 何もしなくても、この男と共に寝れる安らぎは何物にも変えられない。
「ケイ・・、私は明後日の任命を断ろうと思っている。 私は、聖騎士で居ようと思う」
蒼い下着の様なナイトドレスに身を包むジュリアが、部屋に備わったテーブルに就くKに向って言った。
すると、Kは。
「君の本意はそれでもいいが・・・、それではいずれこの国は混乱する。 その時、君は混乱を収拾する立場に為って苦渋を舐めるだろうよ」
その苦言の様な言葉に、ジュリアは困惑して。 Kの前に坐り。
「どうゆう意味だ?」
Kは、白い花柄の赤いティーカップを手にしながら。
「エロールロバンナの遣りたかった事は、あくまで民衆の望んでいた事だ。 この国で代々生きて来た柵の強い貴族達が望んでいた事じゃない。 君が任命されるのを蹴って、その代わりにその職に就くのはエロールロバンナの事を理解した人物か? エロールロバンナが仮に亡くなった時、他に彼の意思を継げる貴族は?」
「そ・・それは・・・」
ジュリアは、眼を瞑った。
Kは、静かに。
「君が成ればいい」
ジュリアが、ハッと顔を上げる。
「わっ・・私に野心を持てと云うのか?」
「違う。 エロールロバンナの跡を受けて、民衆に政治を開く橋渡しをしろと云っているんだ。 君の継承を否定する者は少なく、後の混乱も少ない。 君が降りれば、後の混乱は多く、都度都度に渡って諍いが絶えない。 公爵筆頭のブルーローズが民衆に開かれた法王をする事は、他の公爵家への新たな道標を指し示す。 ジュリア、大儀を欲や偽善と履き違えるな。 大義名分を振り飾る愚か者と、遣い処を弁えた者の差は天地の差だぞ」
「ケ・・・ケイ・・・妾に、そっそんな事を言わないで・・・」
ジュリアの眼が・・・姿が・・女に変わる。
だが、Kは涼やかに。
「ジュリア、君は確かに綺麗だ。 ・・・容姿云々では無く、心が。 幼き頃に起った試練を必死で歩いて来た君は、汚れず・・堕ちず・・・此処まで来た。 それに引き換え、俺は真逆だよ。 逃げて・・失って・・堕落して・・・、何人の人をこの手に掛けたか・・・。 フッ・・フフフ・・・死神・・・そう呼ばれる時に落ち着くのは・・自分の罪や汚れた身体に似合っているからだろうさ」
「ケイ・・・」
ジュリアは、初めて弱弱しい自虐的なKを見た。 包帯に隠したのは顔なのか・・、それとも心なのか。
Kは、鋭い眼をジュリアに向ける。
「ジュリア、俺は悪魔と変わりは無い。 何時までも綺麗な人では居られない。 俺に心を許すな、俺に現を抜かすな。 君の向う道の上に、俺の向う道は重ならない。 力は貸せる・・・道を交差出来ても・・・重なりはしない」
ジュリアは、この一ヶ月に冒険者の仕事を手伝ってKに近付きたかった。 少しでも理解し、傍に居れるならと。
「ケイっ、妾は・・・」
ジュリアの言葉を、Kは短く遮った。
「俺の背中には死霊が居る。 ジュリア・・・君でそれを拭う気は無いぞ。 君には、君の仕事が有る。 俺は、その仕事を放棄して闇に堕ちたんだ。 俺は、何れは消える人間だ、道連れは必要ない」
ジュリアは、Kがもう何者も受け入れないと決めているのを感じた。 この男にそうさせたのは誰だろう、この男の心に居るのは誰なのか・・・、先に逢えなかった自分が悔しく思える。
「・・・解った。 なら・・・今夜だけは一緒に居てくれないか・・・ケイ・・・」
涙が浮ぶ瞳を、ジュリアはKに隠さなかった。
「“最後の晩餐”だぞ?」
Kの瞳は、何時もの涼やかな物に戻っていた。
「構わぬ・・・」
そして、Kは次の日には居なくなった。
放心状態のジュリアは、ロザリアと二人で気も漫ろに昔話をし始めた。 お互いに在った事や、苦労を語る内に・・・涙が流れて来る。
だが、ロザリアも弟のエロールロバンアを拒絶しながらも、今の行いは賛成していた。 ジュリアには、その意思を継げる資格が在ると認めてくれた。 ジュリアは、意思を変える事にしたのは・・・、何時かまた会える時を願って。 彼が懸念する不安を取り除き、この国を平和に営む日々を維持できたなら。 そう・・・して行こうとするのなら、彼は何時でも自分の前に姿を見せてくれそうな・・。 そんな気がしたからだ。 何より、エロールロバンナの身の回りに幾度も欲望で渦巻く闇が暴れて、今回は自分もその闇に飲まれそうに成った。 自分が少しでもその闇を小さく出来るなら・・・、ジュリアは法王でも何でも成ろうと決意したのである。
★
ピアリッジコート姿の涙を拭いたジュリアが、聖騎士の部屋から総括長官の命を受けて就任と成った。 ハルフロンや財務大臣の詮議が終り。 早く政治の安定を望むエロールロバンナの意思が、若いジュリアへ異例の任命として現実に成ったのである。
後に、39の年齢でジュリアは法王に成る。 “清廉法王ジュリア”は、民衆に愛されて、民衆の中から夫を選んだ初めての法皇と成る。 長く即位し、貴族支配の緩和を進めて新しき国の理を押した法王として、数少ない“聖王列席”を崩御後に受けるのであった。
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K編・・?:プロローグ
冬の入り。 暗い曇り空の上を危ぶみながらも航海をしている大型旅客船が見える。 風が凍える様に冷たく、荒れた海は青黒い。
駆け出しの冒険者オリヴェッティは、船の先で一人海を見渡している。
(絶対・・・絶対に見つけるわ!!! 死んだ父さんも、御祖父ちゃんも嘘吐きじゃないっ)
青い石を中央に抱くサレットを額にし、黒いステッキを脇に側めた褐色の肌をした若い女性のオリヴェッティは、彼方此方のチームを追い出された。 見た目は20前後で、黒髪の長い彼女。 大きな眼、インテリ風な顔、薄い唇、綺麗と言ってもいいが。 エキゾチックで印象の深い存在だ。 黒いスカートのに似合ったタイトな白のブラウスにクッキリと形出た胸が更に魅惑的である。
彼女の姓ロヴハーツ家は、世界に名の轟いた学者の一族だったが、古い宝の地図を手にしてから没落の一途を辿った。 その最後の子孫であるオリヴェッティ。 今は無き海賊王が残したとされる地図を求め。 その暗号が記された手掛かりの紙切れ一枚を手に世界を放浪する・・・。
14歳で天涯孤独と成ったオリヴェッティは、住んでいた仮住まいも追い出されてしまった。 冒険者として、12歳で魔法の修行を終えた逸材なれど、宝の事を無念に思う一族の鎖を棄てる処か掴み取った彼女。
「お~い、ネエチャン。 波が強くなって外は危険だ。 夜に為るし、部屋に戻りなよ」
甲板を見回る老水夫が言って来る。
「済みません」
オリヴェッティは、雪が降りそうな空を見てから、踵を返して船室に戻って行ったのである。
20歳に成ったオリヴェッティは、見た目はもう3歳は上に見てもいい容姿だ。 その所為で、今まで色々な目に遭って来た。 いい意味のモノよりは、悪い意味の方が多い。 孤独な一人旅が長い所為か、冒険者としてチームに加えて貰おうとすると、良く“一人狼”に間違われた。
さて、彼女の乗る大型旅客船は、全7階の600室と云う客室に広がる一番大きい形の船である。 白い船体に羽ばたく鳥と舞い散る花が画かれ、木と金属の両方を遣った船体だ。
この船は、北の大陸と東の大陸を周航する航路で、全日程150日程を見込んで航海する。 基点は、フラストマド大王国の大都市で湾岸都市でもあるアハメイル。 アハメイルを出港してからは、進路を西にして北の各都市の湾岸都市を巡って客を運び。 北の大陸の最西端でギャンブルの国の湾岸都市を離れると、東の大陸の最も北に位置する魔法学院自治領・カクトノーズの湾岸都市に向う。
「・・・・」
地下2階まで降りたオリヴェッティは、薄暗いランプの掛かる廊下を歩く。 地下4階から2階までは最も料金の安い相部屋の段々ベットが隣り合う仕切りも無い広間が在るだけの場所。 男の汗臭い匂いがしたり、酒の匂いが漂ったり。 時折、火事の原因に為る為に禁止されているタバコの臭いもする。 女一人で泊まる場では無い。 冒険者でも女性ばかりのチームは、少し高い金を払ってでも上の大部屋個室に泊まる。 身の危険を回避したり、無用な問答を避ける為に。
(おい、女だ)
(へえ、いい身体してるな)
小声で話し合う男の声が聞こえて来る。
オリヴェッティも金が有れば上に泊まる。 無いから、下に。 ギャンブルの国から船に乗り込み、もう3日。 擦れ違う男の異様な視線を受ける時もあるし、寝る時は態と音の出る小瓶をベットの前に置いたりしていた。 別に、同じ女性の姿を探せど、こんな危ない雑多部屋に泊まるのは限られる。 老婆や、怪しい雰囲気の女性、片足を引き摺る強面の年増など。
ただ・・・。
(誰・・かしら)
彼女の最大の不安は、自分の寝ているベットの前隣の客である。 この3日、一度も顔を見ていない。 夜中にトイレに起きたり、少し何かするだけで寝たままの様だ。 自分は、寝る時以外は上のラウンジや食堂、何処の図書館にでも置いてある様な本の集まった図書室と、音楽や劇団の催す演劇が演じられる大ホールなどで暇を潰す。 人の多い時間は、安全なそっちに移動しているのだ。
船の2階の一部には、夜遅くまで運営されるバーやカジノハウスも有る。 残念な事に、そんなカジノなどに費やす金は無いが・・・。
廊下を一番奥の角まで行った彼女。 そこに在る2段ベットの下がオリヴェッティの寝床。 隣は、足を向ける方と、壁に面した前隣。 足を向ける方のベット一つに客はおらず。 自分の寝る上も居ない。 唯一隣接しているのが、前隣のベットの下なのだ。
(寝るまでは、上に居よう・・・)
肩に羽織るマフラーを取りに来ただけのオリヴェッティだったが・・。
「んぐぅっ・・・・」
それは、一瞬だった。 自分のベットの前に立ち。 ベットに掛かるカーテンを開こうとした時、いきなり口に何者かの手が掛かり。 そして身体を抱きすくめられた。 心が凍り付く瞬間、耳元に人の息が掛かり・・・。
「・・・・」
小声で声が・・・、眼を見開いたオリヴェッティは、そのまま前隣のベットの下の段に吸い込まれる様に消えて行った。 薄暗く、等間隔で吊り下げられたランプは、油が悪い物なので炎が弱い。 薄暗い明かりの中で、誰もその様子に気付く者は居なかった・・・。
それから少しして。
「おい、マジで女かよ?」
「おおっ、この下に若い女が泊まるなんてそうそう無い。 もしかしたら、夜の女かもしれないぜ」
「じゃ~、遊べるか?」
「かも」
小汚い恰好をした冒険者風の男3人が、ニヤニヤと顔を笑わせて遣って来た。 冒険者の類には、何でも強引に押し通そうとする輩も居る。 暴力的な者も居る。 そんな輩が、オリヴェッティの寝るベットの前にやって来た。
「此処か?」
「ああ、寝てるみたいだ」
「好都合じゃね~か。 殺さなきゃいいだろう」
“身を何時洗ったのが最後か”
と、問うなら。 呆れる様な答えが返って来ると思える男達。 その中でも、垢染みた顔に毛虱の動く髪を振り乱した男がベットを隠すカーテンを引いた。
「あ・・・・?」
3人は、目の前の様子にボー然とする。 そこには、顔に包帯を巻いた痩せ型の男が寝ていたのだ。 その男は、包帯の間から覗ける瞳を開き。
「何だ? ふあああ・・・、人の眠りを妨げて、何か用か?」
3人の中で一番背の高い男が、イラつき始める眼をギラッと光らせ。
「おい、此処に女が寝てたろう?」
すると、包帯を顔に巻いた男は片目を上げて。
「お前等に何の関係が在る? こんな所で問題を起せば、船の上から棄てられても文句は言えないゼ? この船の船長は、泣く子も黙るって異名をとるクラウザー・ウィンチ。 女子供に手を出して、黙ってるひ弱者じゃない。 アンタ等、黙って回れ後ろした方が身の為だぞ」
3人の小汚い冒険者達は、その船長の名前を聞いて目を見張る。 元は大船団を率いて船長をしていた荒くれ者の頂点に立った男であり。 年老いて旅客船の船長と為っても気炎を吐き続ける“海の兵”とも呼ばれる男だ。
「おっ、おいっ。 クラウザーはやべえって」
「あ・・・、知れたら海に棄てられるぅ。 俺、前に聞いた事在るっ」
「やっ・・やめるか・・・」
「ああ、そうしようぜ」
男達3人が、訝しげに包帯を顔に巻いた男を返り見ながら暗がりの中を去った。
「もう、出て来ていいぞ」
包帯を顔に巻いた黒ずくめの男が、足を下ろして前隣のベットに声掛けると・・・。
「あっ・ありがとう・・・」
オリヴェッティがカーテンを開いて顔を覗かせた。
包帯を顔に巻いた男は、指でジェスチャーしながら。
「交替しよう」
ベットを移り変わったオリヴェッティは、包帯男に震えた声で。
「何で、助けてくれたの?」
包帯男は、ベットに横に成る途中で動きを止めて。
「助けない方が良かったか?」
「あっ・・いえ・・そうじゃなくて・・・」
俯くオリヴェッティに、包帯男は気の無い声で。
「女の一人旅は危険だ。 理由が何にせよ、冒険者としてチームでも組んで移動しろよ。 斡旋所で相談すれば、主が口利きしてくれる」
すると、オリヴェッティは力の抜ける腰をベットに落としながら。
「口利きのお金無くて・・、何チームか相談したんだけど、変な条件ばかり言われて駄目だった・・」
寝る態勢に入った包帯男は、ぞんざいな言い方で。
「見た目が生じイイからな。 だからだ。 ま、駆け出しの冒険者でも集めてチームでも作れ。 もし、変な男に絡まれる様なら船長室に駆け込めよ。 クラウザーは、見てくれは海賊みたいなジジイだが、中身は紳士だ」
オリヴェッティは、その包帯男が不思議な男だと思った。 何処か捌けて居ながらに、何処か優しい雰囲気を持っている。
「あのっ・・・あの、貴方は・・・冒険者?」
「まあ、学者だな。 薬師の知識も有るが」
(“学者”・・・)
オリヴェッティは、魔法の修行を終えて学者の知識も積みたかった。 だが、嘗ての自分の屋敷に有った膨大な書物は、借金の形に全て取られてしまった。 無一文に近い生活と成った彼女が読める本は、街の図書館の本のみ。 自分の知識では、ヒントの紙に書かれた文字の意味を読み解けないと思っている。 今まで何度、学者と云う冒険者へ紙に書かれた文書を見せて来たことか・・・。 その先々で騙されて襲われたり、冷たくあしらわれたり・・。
「・・・」
躊躇うのは、今までの無駄な過去がぶり返すからだろう。
だが・・・、
「ねぇ・・、ロヴハーツ家って知ってる?」
オリヴェッティに背を向けて寝た包帯男が、闇の中で少し頭を上げた。
「ん? あの、没落した学者一族か? 伝説の秘宝を追い求めて、道半ばに消えたって言う・・・」
(知ってるっ!! この人、知ってるっ!!!!!)
没落した事を知ってる者は多い。 だが、失われた秘宝の事まで知ってる学者に今まで会った事が無かった。 オリヴェッティは、心の魂が震えた。
「ねぇっ、これから上でお話しない? 私、その一族なの・・・」
包帯男は、グルンとオリヴェッティに身体を向けた。
「探してるのか? 秘宝を・・一人で?」
オリヴェッティは、包帯の間に覗ける瞳を見て頷いた・・・。
どうも、騎龍です^^
K編は、この先は少し間を置く事に為ります。 登場しない訳では在りませんが、視点としてK本人の視点ではない物語と成りますので。 此処で、ステュアートのチームから、次の新たなKのお話に繋ぐ物語をショートで掲載しておきます。
ご愛読ありがとうございます^人^