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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
3/222

始まりの編:第一部:その男、伝説に消えた者3。

その5.Kの推理と、森の奥に潜む闇の何処かへ。


       ★


二度目のモンスターの襲撃を終えて、刻々と迫るその時・・。

Kとポリア達は、雨の止むのを待って。 クォシカの愛した公孫樹の森に、分け入る事にしようと思っていた。


       ★



次の日の朝。 Kの予想通りに、まだ雨が降り続いている。


昨日ほどの寒さでは無いが。 ポリアも、マルヴェリータも、早朝からベットを離れたくないと、渋ってみたいのが本音だが。 気合いを入れて起きるシスティアナには、中々勝てるものでは無い。


さて、


“シェラハの元に行くぞ”


と、Kがいきなり言って来た。


それは、ポリア達が起きてからの事で在る。


「? あら、ケイ・・・あなた、雨に濡れたの?」


食堂にて、マルヴェリータの見たKの髪や包帯が、うっすら濡れている事に気付いた。


「あぁ、詰め所に行って来た。 あれからどうなったのか、聞いて来たんだ」


「で?」


「農家と地主の元で働く力自慢な男が数人、見回りに協力するべく出張るらしい。 みんな、町を守る為に本気みたいだゼ」


「そう、モンスターに遭遇しないといいわね…」


こう言うマルヴェリータの顔は、やや曇り気味である。 役人ですら勝てないモンスターに、一般人が太刀打ち出来るわけが無い。


「だな。 だから、これからシェラハの所に行く。 日中の内に、色々と話して於かなければならない」


「じゃ・・明日は、森の奥へ動くの?」


「当たり前だろう。 あんな数のモンスターを嗾けてる奴を、放ったからして置けるかよ。 それにモンスターの親玉だって、遊びで嗾けてる訳じゃねぇさ。 町の住民を皆殺しにする為に寄越してるんだ。 撃退ばかりしてジレた親分が町に来られたら、町が戦場に変わる。 こちとら、動ける時を十分に利用しないとな」


「でも、勝てるの?」


「さぁ、な。 だが、勝てなきゃ~町が不味いんじゃ~ねぇの」


余裕を残して、Kは食事に入った。


全員揃っての食事だが。 ポリアも、既にアレコレと言う気力が失せていた。 だから朝の食事は、静かなものだった。


そのうち、食事が終わる頃。 宿の食堂に、何故か警備隊長がやって来た。


「あらら、何か有ったの?」


と、ポリアが問えば。


Kが。


「いや、俺が馬車を頼んだのさ。 シェラハの家までの足に、な」


「へ? 何で、隊長さんが直々に?」


「どうしても、事件の一連の事情を知りたいんだとよ」


と、此方に来た警備隊長をフォーク指すK。


理解したポリアは、頷くだけ。


さて、皆の元にまで来た警備隊長は、K達の前に来て。


「馬車を持って来たぞ」


「ありがとうよ。 んなら、行くとしますか」


頷くポリアは、宿の女将にまだ泊まることを告げて。 警備隊長が操る馬車にて、シェラハの屋敷に向かった。


雨の中、幌馬車に乗って向かう。 どんな話が行われるのか、全く解らないポリア達四人は、ただ黙っていた。


さて、シェラハの家に着くと。 シェラハがKからの連絡を待っていたのか、直ぐに出迎えてくれた。


通された応接室には、K達五人に加えて。 警備隊長と、シェラハと、コルテウ氏が集まった。


クォシカが描いた絵の前に立っているのは、Kのみ。 他の皆は、ソファーなどに座り、暖炉の前にKが歩み寄って立つ。


Kの動きに皆が注目して、視線が集まった中。 視線を集めたKは、先ずこう言った。


「これから話す事は、俺の推測が混じる。 状況や証言を踏まえ、流れを推理して分析して見たモノ、とそう思ってくれな」


誰もが頷く。


Kは話を続けて。


「隊長。 それからコルテウさんよ。 これから俺が話す事は、これからもを含めて誰にも言わないで欲しい。 内容は、ラキームの地位に関わる事だからよ。 下手に情報が漏れたとしたら、どんな事態になるか解ったものでは無い。 いいな?」


「解った」


「約束する」


コルテウ氏、隊長が、それぞれ言った。


この事を踏まえコルテウ氏は、強い命令で人払いをして在った。


その返事を見てから、Kは。


「では、話す」


こう始まったKの話は、シェラハには信じ難いモノであった。


「先ず、クォシカの安否だが。 ほぼ確実に、死亡している可能性が高い。 恐らくクォシカの亡骸は、公孫樹の森の中の何処かだろう」


言い切ったKの推理は、こうだ。


ラキームは、クォシカとの結婚が破談したことに怒り。 クォシカを自分のモノにしようと、ガロンを遣って金で何でもする無頼か、冒険者を雇った。


だが、誘拐される前か、襲って来た時にクォシカは異変を察して、彼等に捕まらず逃げ出したと思われる。 だが、町中へと逃げるほどの余裕も無かったか、他人が巻き添えと成ることを憂いだかし。 町の住人が相手では無いことから、クォシカは土地勘の有る公孫樹の森へ。 一時的な避難として、追っ手を撒きながら逃げ込んだのだろう・・・と。


あの、ゾンビとして現れた新しい遺体の冒険者らしき者達は、そのクォシカ誘拐犯達で在り。 無頼の様な冒険者が目撃されたのが、警備隊長の詳細な聞き込みに因れば、クォシカ失踪の前日で在ると云う。 そして、その無頼の様な冒険者達と待ち合わせていたのが、あのラキームの護衛ガロンで在る事を言った。


Kの推理に、反論や疑問を返す余地は無い。 荒らされたタンスは、彼女が何処かに去ったのかを確かめる行為と思えた。


「なんてことよ・・嗚呼っ、クォシカっ!!!」


衝撃的な推理を聴いたシェラハは、顔を両手で覆った。 一抹の望みでも、クォシカには生きていて欲しいと願っていたから。 この推理は、絶望的な告知とほぼ同じだろう。


一方のKは、淡々と推理を語り続ける。


さて、そう成ったとしていたら、この事態に一番焦ったのは誰でもなく、誘拐を企てたラキーム本人だろう。 何せ、クォシカを捕まえに遣った冒険者も、目当てのクォシカも、一緒に忽然と居なくなった訳だから…。


クォシカが失踪したと知ったラキームとガロンは、薄汚い冒険者達が美人のクォシカを見て欲情し。


“彼女を自分達のモノとすべく、何処かに連れ去ったのでは?”


と、こう思った。


対策を話し合った二人だが。 この一件を事件として扱い役人を動かすには、公に明かせない部分が多過ぎる。 また、町から出るにも限界が在り。 勝手な自由の利かない自分達では、遣り様にも限界が有ると感じたのだろう。 その苦し紛れの思案から、その行方を別の第三者。 詰まりは、自由の利く冒険者に捜させる事にした訳だ。


また、クォシカ誘拐を任せた冒険者達とラキームの関係がバレさえしなければ、万が一に依頼を請けて来た冒険者へ事態が漏れたとしても。 町史代行をする己の権威を使って、色々と言い訳が効くとも踏んだのだろう。


だが、あの強権を好むクセに、己の欲望以外へ金を使うのも渋るラキームの性格である。 依頼の為に身銭で大金を使う事も、第三者と成る冒険者を遣う事にも、多大な躊躇をしただろうが。 手元にクォシカの身柄がない事とは、色んな意味で不安だった筈。 だから仕方なく、町の住人にバレると解っても依頼したのだろう。


そして、更にKは続けて言う。


「昨日の夜に、ラキームの手下として動くガロンが直々に警備施設へ来て、俺達の倒したゾンビを検めたと云う。 恐らくはラキームの奴も、ガロンの知恵で大凡の事態は察した筈だ。 どう判断して処理するかは、今は俺も解らないが。 一応は安心しただろうよ。 ‘死人にクチナシ’、だからな」


其処まで聴いたポリアは、ラキームの汚らしさに激怒して。


「そんなのって最低じゃやないっ! 人一人っ、死に追いやっておいてさっ!!」


だが、Kは冷静そのもの。


「だな。 ・・・だから、明日は元凶のラキーム氏にも、森への捜索に来て貰おう・・とな、こう思ってる」


「あんな性格よっ? 言ったって来る訳無いじゃないっ!!」


ポリアが怒鳴る。 シェラハ同様、余りの悪巧みに苛立ちが収まらないのだ。


処が、だ。


「いや、そうでもない。 遣り様に因るがな、あの性格を逆手に取れば来させる方法は有る。 確実性を重視した策を考えるならば、シェラハの行動次第では絶対に動いて来ると思うゼ」


白羽の矢を立てられたシェラハは、充血した赤い眼をKに向けて。


「私が? 一体、・・どうすればいいんですか?」


するとKは、声を幾分か緩やかにして。


「いいか。 これは、先に言って於くぞ。 ラキームに来て貰う意味は、あくまでも現実たる事件解明の為だ。 クォシカの仇を討てるかどうかは、全く解らない。 そして、君に協力して貰うと言ったが、要は君とクォシカを餌にして、ラキームとガロンを罠に落とすと云うことだ。 確実にあの2人を罠に嵌める為には、魔物の潜むあの公孫樹の森にも、餌と成る君に来て貰わなければ意味が無い」


自分を危険に晒す必要を説かれたシェラハは、表情を強張らせた。


そんな彼女を見据えつつも、Kは話を続ける。


「もし、君が本気で森へ来るのなら、我々が全力で守る事は約束する。 だが、町にゾンビやスケルトンが出た様に、向かう場所は非常に危険な所と理解しろ。 冗談抜きで、‘命懸け’に成る覚悟は必要だ」


Kの前置きの説明を聴くコルテウ氏は、心配な顔で娘を見た。


「一体、むっ、娘に何を?」


「その話は、とても簡単な事だ。 彼女に、一芝居を演じて貰う」


「‘芝居’?」


「あぁ。 芝居の内容は、実はクォシカがまだ生きていて。 森に隠れて居るからシェラハに迎えに来て欲しい、と。 そんな手紙が見付かった・・とでも言って貰えればそれでいい。 彼女がラキームと直に顔を合わせ、そう言って意固地に成り迎えに行くと言えば。 ラキームもクォシカが生きているかも知れないと焦って、嫌でもガロンと一緒に出て来るサ」


とんでもない計画だと、コルテウ氏は慌てふためき。


「じゃ、じ・じゃあ、貴方々はどうするのですか? ラキームはくくっ・口封じに、娘のみを連れて・・行くかも」


「その心配は要らない。 俺等は、恐らくラキームからの要請が有るだろう。 要請が有れば、ラキーム側として同行し。 万一に無ければ、このシェラハか、貴方に頼まれた・・と言い。 捜索へ着いて行けばいい」


娘が心配なコルテウ氏。 もう気が動転してしまい。


「そんな、上手く行くのかっ? シェラハに何か有ったらっ、わっ・私はっ」


と、娘とKをオロオロして見る。


だが、Kには確信が有る様だ。


「十中八九、間違いなくラキームは我々を連れて行くさ。 一に、依頼主として雇って居るし、役人にバレたく無い事だから自由に遣えるのが俺達だ。 二に、森に行く事をラキームが決めれば、身を護る必要を何より最優先に考える。 二度もモンスターを撃退した俺達は、願っても無い同行者だ。 ま、モンスターとの戦いは、仕事に全く想定されて無いから。 向こうもガロンの入れ知恵で、金を使うか、依頼の延長と言い張るだろう。 だが、罠にさえ掛かったならば、何等かの理由を付けてでも俺達を連れて行く。 何よりも可愛いのは、自分な奴だからな」


説明を聴いて居たシェラハは、Kの話終わりに続ける様にして。


「それでクォシカの身柄を捜せるなら、今直ぐにでもやりますっ」


と、言う。


父親で在るコルテウ氏は、娘の様子にギョっとして。


「シェラハっ! そんなことをっ、簡単に言うもんじゃ・・」


だが、シェラハの方は、Kの心情を一部察していたのか。


「いいのっ、お父様!」


と、父親の口を止めさせて。


「町に来るモンスターに、もうクォシカは殺されてるかも知れないし。 今は、あんな恐ろしいモンスターが、この町に何度も来てるわ。 クォシカの捜索は多分、モンスターの退治にも成ると思う。 この人は、其処まで考えてるのよっ」


と、Kを指差した。


ポリアも、マルヴェリータも、意外に鋭い感性だと思った。


指を差されたKは、一つ頷くと。


「ま、結果的には、そうゆう事でも在るな。 クォシカの遺体が有るとするならば、それは恐らくはモンスターの主の元だろう。 我々が公孫樹の森の奥へと侵入して来たならば、向こうも帰す筈が無い。 なら、退治してしまうのが手っ取り早い」


簡単と云うか、アッサリと云うか。 そんな感じに言って居る様なKを見たコルテウ氏は、蒼褪めた顔で。


「それが・・君達に出来るのか?」


軽く首を傾げたKだが。


「出来っこない事なら、最初から遣らないさ。 死体掘りが死体に成ってちゃ~どうしようもない」


「う・うむ、然し…」


狼狽える父親に、シェラハは言う。


「お父様、もっと多くのモンスターが襲って来たら、町のみんな死んじゃうよ。 大丈夫、この人達、強いから…」


此処でKは、


「もし、君に遣る気が在るなら、今日の明るいウチに遣るしかないぞ。 もし、シェラハの行動を無くして、モンスターの度々の襲来から我々が依頼されて、か。 若しくは、ラキームの命令にて役人が森への討伐行動した場合。 ラキームの町史としての地位は、確実に安泰となるだろう。 ラキームの自発的な討伐の行動が、それを後押しするからだ。 無論、ラキームを動かすのはガロンだろうが。 そうなれば、町の人がどう騒ごうがラキームは父親の死後に町史となって、一昔前の様な圧制に出るだろうな。 あの性格だもの。 そして、ラキームの存在には、それだけの隠れた権力が在る」


その話を聴いていたポリアは、その意味が良く解らない。


「町史でも、そんなに権力って有るの?」


だが、Kは一同を見て。


「実は、これは非公開の情報だが。 ラキームの父親ってのは、今の現国王の弟なんだよ」


全員の動きが、ピタリと止まった。 ポリアは、Kを見返して。


「う・・嘘でしょ?」


然し、否定で肯定を示す様に、首を左右に動かすK。


「ラキームの父親で在るアクレイ氏と云う人物はな。 前国王と、専横の激しい内政大臣の娘との間に、密かに生まれた子なのさ」


驚く者達の一人、警備隊長が。


「そ・・そんな方が、何でこんな片田舎の町史なんかに?」


「それは、兄で在る現国王の仕業さ。 元々、王子の頃からこの町の圧制を知り、密かに憂いで居た現国王で在り。 然も、離れて育った弟のアクレイ氏は、学者肌の正義感溢れる人物に成った。 兄弟と云う関係をその当時は、一方的にしか知らなかった兄の現国王だが。 やはり、実の弟を想ってたんだろう。 他の貴族が維持し続けて来た強大な権力に勝つ為に、兄の現国王が即位した後に、自分の弟を町史へ指名したのさ」


大商人の娘で在るマルヴェリータは、祝い事などで謁見した過去からか。 現国王の事は少しながら知っている。


「今の国王陛下は、非常に強権や圧政を嫌う人よ。 弟さんが立派な人なら、その行動は解るわ。 けど・・本当に…」


「ま、表向きは弟じゃなくて、王の友人で同学の士と云ったらしいけどな。 アクレイ氏が国王の弟と知る人物は、この場の人間を除いたら、世界に十人と居ないんじゃないか」


「まっ・まさか…」


驚くコルテウ氏に、Kは呆れさえ見える口調で。


「あのな~、良ぉっく考えて見ろよ。 この町の町史ってのは、アクレイ氏の就任前までの代々に渡って。 私腹を肥やす内政大臣なんかを歴任した男の一族が、ず~~~っと世襲して来た様なモノだった。 その事実は、町の民で在る御宅等が、既に知っていた筈だろう?」


震えているかの様に、ジワジワと頷くコルテウ氏。 確かに、有名貴族の血を引く者以外が町史に成ったのは、彼が記憶している間でもアクレイ氏のみ。


Kは、その様子を窺ってから。


「その挿げ替えに、その辺の一般人が選ばれるものかよ。 この町の利権に、商人と役人の癒着が在ったのを知っていて。 その改革の為に王族の遠縁で、王の肝入りと成る息の掛かったアクレイ氏が、国王によって選ばれたのさ」


「ま、まさ・・か、そんな理由が…」


「一緒に圧制と戦ったお宅からすると、衝撃的な事だろうよ。 ま、当時の内政大臣は、自分の娘の子供だからよ。 完全な首の挿げ替え、そんな風に思っていただろうがな。 アクレイ氏が改革に乗り出したのは、全くの大誤算だったろう」


コルテウ氏の驚きの顔は、相当なものだ。 アクレイ氏と二人して、怪物の様な権力者との戦いである。 二人して似た様な一般人として、重い苦労を分かち合った仲だと思って来た。 コルテウ氏自身が、そう思っていたのだ。


言葉の無いその場にて膝すら崩すコルテウ氏と、父を心配するシェラハ。


だが、過去より現実、とKは続けて。


「あの専横が好きなラキームの事だ。 親父が死んで町史に成ったら、また昔の様な仕様に戻してしまうつもりだろう。 今の内政大臣も、前内政大臣の血を引く欲深い男だし。 マルタンの街で聞き込んだ処では、既にラキームとの接触が在るみたいだ」


Kの情報に、コルテウ氏も、シェラハも、警備隊長も、Kを見る。


その中でシェラハが、


「本当にっ?」


と、鋭く問い返せば。


「お互いに、目論む意見は一緒さ。 美味しいお金の生るオガートの町、その復活を大喜びだろうよ。 それを阻止する為、ラキームを町史に就任させない様にする為の手立ては、汚い事で・・の遣り方を除くと一つしかない」


するコルテウ氏は、更に震えた声で。


「おし、教えてくれ。 な・なんで、君はそんな・・事を・知ってるんだ?」


核心に迫る質問がされて、Kの包帯の隙間に見える眼が、ギラっと鋭く細まった。


コルテウ氏とシェラハの親子は、ブルッと背筋に冷や汗を覚える。


「この話は、他にするなよ。 ラキームの曽祖父、詰まりアクレイ氏の祖父と成る事態ってのは、この四・五年前にやっと死んでる。 九十八歳まで生きやがった、或る種の怪物だが。 その死は、暗殺だと噂に云われててな。 その頃に、俺の居たチームがその怪事件巻き込まれヤッカイに成った訳さ。 事件の後始末は、国の方で内々に処理された。 だから、今まで黙ってたんだ」


然し、この噂話は、この国では有名なものだ。 病気も罹っていなかったその老人の変死は、オガートの町にまで噂が流れた程なのだ。


すると、跪いたコルテウ氏は、何とも悔しそうに膝を握り締め。


「そっ、そうかっ! ぐぅ・・・、アクレイが・・あんなに命を張って、この町の為に頑張ったのはっ! 己の・・・自分の家の不正を・・憎んで…」


共に戦ったコルテウ氏だから、その気持ちが解るのだろう。 町史アクレイ氏は、町に蔓延る不正の全てを憎んだ。 そして、自分と知り合ってからは、一層に敢然と権力と戦った。


だが、共に戦ったコルテウ氏も、不思議に思う処が在る。 国に対してアクレイ氏が直々に訴える時、不思議な影響力の強さが在ったのだ。 然し、今に聴いて思えば、どうして不正撤廃が上手く行ったのか。 コルテウ氏は、十分に理解が行く。


「何てことだ・・。 国王陛下すら、見て見ぬフリと思うてたがっ。 アクレイが・・アクレイが全部…」


そう呟く父親に、涙を浮かべたシェラハは真剣な眼差しを向けて。


「お父さん。 私、どうしてもやりたいっ。 クォシカの遺体を取り戻したい。 それに、あんなラキームなんかに、町の平和を乱されたくない…」


娘の覚悟を聞いたコルテウ氏の目に、涙が止めどなく溢れた。


「解った、お前の好きにしなさい…。 病気のアクレイも、どうせラキームの悪行を止められるならっ、私の身内の方がいいと思うだろう」


すると、Kは淡々と。


「お嬢さんの安全は、この我々が責任を持つ」


シェラハの座っていた椅子を頼って、ヨロヨロと立ち上がったコルテウ氏は。 Kに向かって、深々と頭を下げ。


「どうか、娘をお願いします」


その意志を確認したKは、警備隊長を見て。


「いいか。 アンタも、誰にも言うなよ」


真面目な眼差しを凝らす隊長は、しっかり一つ頷いて。


「解ってる、これは男の約束だ。 今の私は、アクレイ様に仕えてるのだ。 ラキームに仕えている訳では、無い」


こうしてKは、シェラハに細かい芝居の内容を説明した。 虚と実。 虚実を交えて嘘を信じ込ませるには、嘘にあやふやな真実味を持たせる必要が在る。 実質、手紙が来る事は有り得ない。 それを如何に来たと思わせるか、それには頭を遣う必要が有った。


そして、細かい指図が終わるなり、ポリアに。


「さ、帰るぞポリア。 後は、事態が動くまで、静かに待つだけだ」


と、彼は促す。


話が終わったのなら、直ぐにこの家から去るというのである。 長居していて、町の噂にされても困る。 町に買い付けに来ている商人の中には、あくどい者も居るのだ。 金に成る為なら、何でもやる者も居る。


警備隊長の馬車にて、全員が宿に戻った。


          ★


クォシカの親友となるシェラハの家は、オガートの町でも一番の地主だ。 Kの作戦は、其処を利用するものだった。 シェラハ以外にラキームを挑発する事は誰も出来ないと、Kは解っていて作戦を立てたのだ。


然も、コルテウ氏はアクレイ氏の病気の為にと、毎日その日に穫れた新鮮な野菜を家に卸している。 Kの作戦を聴いたシェラハは、その届ける時を利用するしていたが…。


ポリア達は宿に戻ると、部屋から出ないで夜を待った。


だが、Kは秘かに女将にだけ。 何かを言ったらしいが…。


さて。 Kが、何処までラキームの行動を予測しているのか…。 また、どんな解決を望んでいるのかは、ポリア達も全く解らない。


只、ラキームとガロンが、二人してまた夜に宿に遣って来た時。 ポリアは、Kの思惑は全て、予定通りに運ばれているのだと認識した。


陽が暮れ落ちて、夕食時で在る。


Kを含めたポリア達が円卓に就いて、見た目のんびりと夕食に向かっていると。


「どけっ」


食堂へと受付の方から遣って来た男が、入り口付近に居たお手伝いさんに乱暴な口を利いた。


その声が聞こえても、Kは見ないが。 ポリア達がコソコソと見れば、またラキームとガロンが遣って来た。


(ホントに、来た~)


Kの思惑通りだ、と驚くポリア。


(ですな)


頷くイルガも、ラキームを見るまでは半信半疑であったが。 こうなると、相手の行動を読むKの眼力が空恐ろしい。


さて、何の要件かは解らないが。 ラキームとガロンは、ズンズンとポリア達の前に遣って来た。


間近まで来たのを知るポリアは、ポカーンとした顔すら浮かべて二人を見返し。


「あら~、町史さん。 どうしたの?」


と、言って見せれば。


ラキームの顔は、かなり焦っているようで。 イライラが全部、面に出ていた。


「どうしたもっ、こうしたも無いっ!!! お前達っ!! 何でこっちに情報を流さないんだっ?!!」


怒鳴られた一同だが。 首を竦めたりするポリアやシスティアナとは別に。 Kは、全く知らないような素振りで、噛み続けていた肉を飲み込んだ後。


「あ? 情報って何だ?」


と、素知らぬ顔を二人に巡らせた。


すると、ギラっと此方を睨んで来たガロンが。


「今日、コルテウの娘から言われたのだ。 クォシカの行方が、遂に解ったと。 明日は、我々と一緒に迎えに行って貰うぞ」


「おいおい、ど~ゆう事だよ。 居場所が解ったって云うなら、アンタ等で迎えに行けばイイじゃないか」


このいい加減な言い方に、我慢の限界を迎えたラキームは、指を横に向けて。


「クォシカの居るのはっ、あの公孫樹の森の奥だぞっ!!! 呪われた森にっ、貴様等はっ、我々だけ行かせる気かーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!」


怒り任せに、とんでもない大声と成った。


一同が見るラキームは、全身全霊を賭して怒鳴ったのか、肩を怒らせ全身で大きく息をする。


その横に居るガロンは、周りの客や宿の人の眼も在るのを見据えて。 ラキームの興奮を宥めつつ、ポリアやKを見て。


「いいか。 今、ラキーム様の言う通りで。 モンスターが出没し始めたあの公孫樹の森の奥に、クォシカを迎えに行かなければならなく成った。 町の警備も在る故に、警備隊長以下の役人を連れて行く事は無理だ」


やっと事態を把握しては、


‘面倒な事に成った’


と、云わんばかりに、Kの顔が余所を向いて。


「何だそりゃ。 そんならアンタ等の護衛は、どうなるんだ? 依頼にその辺の危険は全く書かれて無いのに、俺達に押し付けってか?」


Kの文句にて、話の続きを邪魔されたガロンは、一歩を踏み込んで来て。


「最後まで聞けっ。 ラキーム様の守りは、私と町史付きの専属兵が行う。 だが、不死のモンスター相手では、我々だけでは手が足らぬし。 一人で迎えに行くと強情に言い張るコルテウの娘を守るのには、御主等の手助けが必要なのだ」


これを聞いたKは、ガックリと項垂れて。


「マジかよ。 お宅等の依頼を請けたからって、キーキー・キャンキャンと煩ぇ農家の娘を、モンスターの居る森の奥まで護衛しろってか?」


嫌がる素振りを見せるKやポリア。


その様子をじっくりと、監視する様に睨み見るガロンは。


「クォシカの捜索は、依頼の柱だ。 そのクォシカの生存の話が出たなら、来るのは当たり前だろうが。 それに我々は、モンスターの出所と云うべき根城を何としても確かめる必要が在る。 その為にも明日は、森の奥へ絶対に付き合って貰うぞ」


その言葉や態度には、脅迫めいた物々しい雰囲気が窺え。 モンスター退治やシェラハ護衛が、さも依頼に沿った仕事だと強調している。


処で。


冒険者に依頼を出す場合。 依頼の内容の範囲を決めるのは、基本的に依頼主だが。 剰りにも依頼の範疇を超えた仕事を求めたり、犯罪に手を出させる様な要望は協力会の掟で規制されている。


ガロンがこの様に言って来るのには、その辺の事で違反ではないか・・と文句を出される事を先んじて牽制しているらしい、とKは読んだ。


さて、仕事の範疇と言われたポリアは、嫌々の滲む困った顔をして。


「ハァ~、もう濡れたり汚れるのは、イヤだわ~。 毎日、依頼と関係ないモンスター退治でずぶ濡れだったし・・・。 ねぇ」


最初の打ち合わせ通り、Kに言われた通りに態と渋って見せる。


此処でラキームは、先程から右手に在った膨らんだ小袋を、


“ドン!!”


と、テーブルに叩き置いた。 


「おいっ」


「あわわ~」


システィアナ、イルガ、Kが、叩き着ける勢いで落ちそうになった皿やコップを受け取る。


乱暴をしたラキームだが、全く気にもしない横柄な態度で。


「これでどうだ!。 袋の中には、別手当ての三千シフォンが入ってる!!」


皿を戻すKは、適当に頷いて見せ。


「なんとも、妥当な危険手当だな」


と、言うのだが。


‘お金’と聞いたポリアは、態と喜んで見せ。


「あら、アハハ~。 報酬と合わせたら、合わせて八千よ~。 凄いわっ!」


と、ゲンキンに喜んで見せる。


金が出た事で、まんざらでも無い素振りに変わるK。


「ど~するよ、リーダー。 コレを貰って、護衛を引き受けるかい?」


わざわざ袋まで開き、金を確かめるポリアも。


「イイ~んじゃないっ? 明日は、雨が上がりそうだって町の人も言ってたし。 濡れなきゃいいわよ~」


金に目を奪われた様に見せ掛けた。


リーダーの了承を得たとKは、ラキームに顔を向けて。


「護衛の件も含めて、公孫樹の森の奥に行くのは引き受けよう。 で? これは確認だが。 我々は・・、あの地主のナントカ云う娘の護衛と、モンスターの排除を専門に遣ればいいんだな?」


このKのセリフを聴いて、ガロンは想う。


(‘地主の娘’、か…。 やはり、夕方に来たシェラハの様子と合わせると、双方には対して繋がりが有る訳でも無さそうだな…)


このガロンは、自分から人を欺いて生きて来た。 シェラハとK達が会っていたのは、既に自分の情報網から知っている。 もし、余りにも仲が良い雰囲気なら、クォシカの情報すら怪しく思えるが…。 見た処では、そうでもない様だと安心を得た。


昼間に来たシェラハは、K達の事も含めて冒険者を信用してない素振りを見せていた。


“クォシカの家財を引き取ったシェラハに面会して、何等かの情報でも共有したか?”


こうガロンは疑っていたのだが。 シェラハの態度も、K達のシェラハに対する態度も、金を受け取った様子も、全て一応の安心材料であった。


だが、ポリアがお金に眼が眩むのも。 シェラハの事を嫌がり他人行儀に言うのも。 そして、仕事にやる気が無い素振りも、全てがKの計画に入っていた。


そして、この為にKは女将にまで吹き込み。


“ラキームとガロンがもし来たならば、見て見ぬ振りを貫いて欲しい”


と、密かに頼んで於いた次第で在る。


仕事の話が通ったと錯覚させられたラキームは、


「明日の朝には、森の入り口に来いっ! 貴様等、俺より遅れるなよぉ…」


と、威張り腐ってこう言った。


「へ~へ~、金を貰ったから行きますよ~」


いい加減な口調でKがこう言えば。


「ほ~いほ~い~ほ~い」


と、システィアナも続く。


美しいポリアがまだ金を確かめている様子を見るラキームは、苦虫を噛み潰した様な表情へ変わり。


「フンっ。 全く、金ばかり使うわっ」


するとポリアは、珍しく艶かしく眼を細め。


「お金が無いんじゃ、美貌も維持が出来ないわよ。 ね、マルタ」


「当然でしょ? イイ女って生き物は、それだけ金が掛かるモノよ」


絶世の美女と言って良いマルヴェリータが優雅に脚を組み替えて言うのだから。


一瞬でも見入ったラキームは、二の句が繋げず。


「ムムムっ。 ガロンっ、帰るぞっ!」


完全に敗北したとラキームは感じてか、命令してマントを翻した。


「は」


従ったガロンも、もう一度だけポリア達を睨んでから、踵を返してラキームに従う。


煩く、態度のデカい二人は、こうして去った。


ラキームとガロンが、暴風雨の様な存在感を残した去った後。 酒も控えた商人達が直ぐに次々と立ち去る。


‘明日は、晴れる’


ポリアが言った事もそうだが、モンスターの襲来する町に長く留まる気も失せて。 また、コルテウ氏が気を利かせ、売る機会を見定め様と残していた野菜の一部を例年の価格より少し落として売り払ったのだ。


“土から、根から離れた野菜は、早く運んで売るに限る”


永く保存の利かない野菜だから、商人達も自分達の仕事に忙しく成った次第。 次々と商人達が部屋へ去り。 少し長居して食事を続ければ、ポリア達だけと成る。


それを見送ってから、ポリアは肉を食べつつ。


「ケイ、いよいよね」


頷きもしないKは、丸で要らぬ物を弾く様な様子にて、金の入った袋を眺めつつ。


「オッサン、金はそっちで持って居てくれ。 見るも邪魔臭い」


「うむ」


ポリアより金の入った袋を受け取るイルガは、自分の足元へと降ろした。


Kの計画通りに、ラキームは手玉に取られた様だ。 こうなれば、後は明日に臨むのみと。 全員が酒も控えて、早く寝る為に部屋に戻った。


さて、女性三人の部屋で、寝る準備に入った三人だが。


ベットの上で、マルヴェリータは、


「ケイは、どうするつもりかしらね」


と、呟くと。


ポリアは、雨の弱まった夜の外を窓に見て。


「何が? クォシカの事?」


「ううん、全部。 ラキームの事とか、依頼の事とかも」


「さぁ、私達がどうしていいか、全く解らないのに。 あんなに凄いKの頭の中なんて、サッパリ解んないわよ」


「ね・・、ポリア。 クォシカさんって、本当に死んでるのかな?」


こう聴かれたポリアは、答えが見えずに黙った。 先が見えないマルヴェリータの気持ちは、ポリアも解る気がする。 


「マルタ…」


不安や戸惑いを抱いたポリアだが。


「さ、もう寝よう。 明日は、その答えも解るし。 ね」


ポリアが言う事で、マルヴェリータは俯いて髪に顔を隠し。


「そうね・・、負けられないのもね」


そんな二人の耳に、システィアナの寝息が聞こえて来た。




         ★


次の日。


「ふわ~あ」


まだ陽の出が過ぎたばかりの早朝に、よく寝たポリアが起きた。 昨日、早く寝たから熟睡しただろう。 起き抜けのポリアが他のベッドを見れば、マルヴェリータも、システィアナも、まだ寝ている。


「あら~、早すぎたわ」


天候を心配して窓から外を見れば、顔を見せた朝陽が綺麗で。 昨日まで雨を降らせていた雲は、大分が過ぎ去っていた。


毎日、働き手の女性により入れ替えられる汲み置きの水を、金製の水挿しから透明なコップに移して飲むポリア。 トイレに行き、それから部屋でぼんやりしていると、マルヴェリータやシスティアナも起きて。 仕度を整えていた其処に、Kが呼びに来た。


朝、商人や旅人など誰も起きて無い。 宿を手伝う女性も来て居らず、まだ女将しか居ない頃合いの中で、五人はサッとした軽い食事だけする。


食事を粗方出した老女将は、Kに。


「アンタが一緒に着いて行くんだ。 ちゃんと、みんなで帰って来るんだよ」


頼られた包帯男だが、スープを一口飲んで。


「なぁ、味付けが薄くないか?」


場の雰囲気からして‘とんちんかん’な事を言って。


「贅沢を言うんじゃないよっ」


と、女将にどやされた。


だが、その後の静かな雰囲気に落ちる所で。


「解ったよ」


短く言うK。


それだけを聴くと、女将は他に何も言わずして厨房へ静かに下がった。


“応えは、貰った”


と、了承した様に…。


旅仕度を終えたKとポリア達が宿を出たのは、まだ早朝の頃だった。


晴れた事で町に住む農家の人達が、長雨が降った事も心配してか。 早め早めに畑へ出たり、牧草刈りに出たりと動き出している。


“冒険者さん、まだ居るんだね”


などの話を受けて礼を言われるが。 ただ、どうも不安な面持ちの人が多いのは、モンスターの影響だろう。


さて、モンスターと二日続けて戦った、あの公孫樹の森の前の道。 Kとポリア達がやって来てみれば、まだ誰も居やしない。 砂利の道は濡れているから、射し込む朝陽の光がオレンジに光っている。


待つ事に成ったポリアは、ラキームの腹立たしい顔を思い浮かべて。


「あんにゃろ~、偉そうなコト言って来て無いじゃない…」


と、ボヤく。


一方のKは、


「慌てる必要は何もない。 直ぐ来るさ」


と、言って。 それから、公孫樹の森を見ると。


「それより、今日は波動がキツイなぁ~。 大して強くなって無いが・・。 なぁ~んか、企んでやがるかな」


Kの個人的な、独り言に近い意見に。 近く居たシスティアナが、頭を抱える様にイヤイヤして。


「おっかないですぅ~・・。 気絶しちゃったら、ごめんなさいですぅぅぅ~」


と、不思議な事を言った。


このシスティアナの言っている事は、神の加護を受ける僧侶には重要な事なのだ。 神聖なる力を授かった僧侶は、魔や闇の波動に対する感受性が、その修得した魔法の所為で強くなる。 然し、一方では感じる畏怖も強く作用してしまう。 強大な力を持つアンデットモンスターの前では、先ず恐怖に打ち勝たないと気絶してしまうのだ。


ポリアやイルガは、マルヴェリータとシスティアナからその説明は受けていた為に、心配するのだが。


「ま、そん時は、そん時だ」


然程も気にしていないK。


一度は冒険者から引退して、ポリアに付き従ってまた復帰したイルガからすれば。 この余裕が消えたら、Kは一体どうなるのか。 タガが外れた時こそが、怖い。


さて、待つこと少し。


「おぉ、ご苦労ご苦労」


眠い眼を擦っていたような顔をしたラキームが、装備から荷物までしっかり準備したガロンを従え。 装備が役人より上と成る、三人の兵士を連れて来た。 


「命令した割りには、遅い登場ね」


ポリアが嫌みを言ってみれば。


「フン! 司令官は、遅くていいのだ」


と、偉ぶる始末。


だが、イルガに然り。 ポリアに然り。 ラキームの連れて来た兵士が、見回りをしていた役人と戦う腕が違うのを一目で察した。 装備が違うのは別にしても、面構えから立ち姿まで、訓練で鍛え上げたと云う雰囲気が醸し出されて居た。


だが、現実に於いてのラキームの本心では、これでも不安で一杯だ。 実は、昨日の夜の事だ。 Kとポリア達の元へ来る前に、警備施設へ赴き。 あの大柄な隊長にも、今日の捜索に向けて同行を求めていた。


だが、ラキームと面会した警備隊長は、町の住人や病気のアクレイ氏の安全を守る為に。 自分達や寺院の僧侶は町に居るべき、とハッキリ主張した。


これも、Kの先読みから彼は言い含まれ、計画的にこう成った訳で。 警備隊長は、Kの言う通りにしたのだ。 本来ならば町の安全を守る為にも、警備隊長や兵士が先頭を切って行くべきなのだ。


“まだ森にモンスターが残って居て、自分達が不在中に襲来した場合を想定し。 警備隊長や兵士を残した方が良い”


こうKが、警備隊長に言い訳を教えた訳だが。 その本音は、ラキームとガロンのみを誘き出し、クォシカの捜索に乗じてその罪を明らかにするのが狙いだ。 もし、ラキームと一緒に警備隊長や兵士が来てしまえば、如何なる場合も警備隊長はラキームを護る使命を免れない。 何しろ、罷り成りにもラキームは、町の全権を預かる‘町史’の代行者。 ラキームが悪事を起こしていたとしても、今はまだKの推理段階なのだから。 ラキームの権力は維持されている。 それに、推理段階で警備隊長や兵士が逆らう事は、彼等に後々の面倒を及ぼすと理解して居たのだ。


こうして横暴で我が儘なラキームが、Kの計画した罠に乗った。 早起きまでしてガロンと兵士を連れて来た。 ラキームが来た直ぐ後に、町の裏道を通って罠を仕掛けたシェラハが遣って来た。


シェラハは、K達とラキームが一緒に居る様子を見るなりに、当初の予定通りに行動する。


「あ゛、ラキームっ! それに、彼方達もっ!!」


自分が一人でクォシカを迎えに行こうとしていた、と印象付ける為の芝居で在る。


だが、彼女を見たラキームが、シェラハの視界へと一歩前に出て。


「シェラハ。 我々もクォシカの迎えに同行するよ。 二日間連続してモンスターが現れた森だ。 君一人では、クォシカと会えたとしてもその安否が気に掛かる」


やんわり言われたシェラハは、グッとラキームやK達を睨んで。


「そんなの要らないわっ!!」


と、拒絶を呈す。


すると、Kが芝居に合わせるべく、直ぐにシェラハへと向き。


「処で、一つ確かめたい。 本当にアンタは、クォシカの行き先を知ってるんだろうな? ガセの情報なんかを掴ませて、俺等に無駄骨を折らせるなよ?」


鋭く冷めた視線を向けて、疑心を込めた言葉を選んで言う。


その、在る意味の‘変貌・豹変’と言って良いKの怖さに、ビックリしてシェラハが後退った。


「し・知ってるわよっ。 この森のずっと奥には、古い古いお城があるんだからっ…」


この、切羽詰まったと云うか、気圧されて口走った様な情報を聞くKが。


「ほう、それは見てみたいな。 昔の城ってなら、金目の物も在りそうだ。 流石に、地主の娘だけ在る。 本当に城が在ったなら、土地勘は買えそうだ」


何処となく見下した様子を含みつつ、少し関心した様にも言う。


ポリアやイルガは、Kには感心するばかりで在る。 全て解っていて、この態度や物言いが出来るとは、流石としか無い。


すると、Kの威圧感にたじろいだシェラハに、何かを感じたのか。 ラキームが宥める様な雰囲気を持った様子にで。


「冒険者よ。 シェラハの云うそれは、本当らしいぞ。 この森の奥には、貴族政治が最高を極めていた頃から、この辺り一帯を治めた昔の領主の城が有ると。 昨夜に検めた古い歴史文献に、しかと載って在った」


その情報を聞いたKは、ラキームとシェラハを交互に見て。


「そうか。 じゃ~其処に行けばいいんだな?」


頷く事もせず、強張った顔を崩さないシェラハだが。 ラキームは得意げに威張って。


「そうだっ。 恐らくクォシカは、其処に隠れているに違いない」


目的地が決まった、とKはシェラハに近寄って。


「じゃ、其処までの道案内を頼むぞ。 とにかく夜までに行かないと、特に不死モンスターが活発化するからな」


Kへの恐怖心が溶けきらないシェラハは、演技抜きにして畏怖し。


「わ・解ったわよ」


と、距離を置く。


他人行儀な楽観視をする姿をしたポリアは、彼女に笑って。


「貴女の身の安全は、こっちが保障するわよ。 アッチの依頼主から、前金が出たから」


と、警護を買った事実を含めて言った。


これを聞いたシェラハは、Kが最初に予測した計画がすんなり行ったのだと確信した。 こうなったら予定通りに、ガロンとラキームには目的地まで誘導すべく。 此方の仲を感づかれては、まだ不味いと想い。


「前金って、お金? 目の前にぶら下げられた餌に飛び付くなんて、如何にも冒険者らしいわねっ」


と、吐き捨てる様に言う。


シェラハが厭味ったらしくポリアにこう言えば。


「流石に、金の有りそうな家の者よの。 だが、金が無ければ、此方も飯も食えんのだ」


まるでシェラハを子供扱いした様に、こうボヤいたのはイルガだ。


ラキームは、その仲の悪い様子に前途多難と嫌がって顔を背けたが。


彼の脇に控えたガロンは、その様子を食い入る様に、しっかりと見ていた。


(シェラハの父親は、下働きの男を助けられてか。 この冒険者達を好意的に迎え入れたらしいが…。 矢張り、シェラハだけは違うか。 クォシカの捜索を請け負った冒険者には、酷く冷たい態度だとは聞いたが…。 これほどとは、な)


目の前の様子と、秘かに人を遣い集めた情報を精査する彼。 このガロンは、シェラハとK達の結託には要注意と気を配って。 シェラハの家に通う下男の一人に、こっそり金を掴ませていた。


だが、買収が出来たのは、下男と云う最も低い身分だから。 日々の仕事を放棄してまで、自由勝手に調べられる訳では無いし。 また、クォシカの父親と成るコルテウ氏に長年に亘って仕えるメイドや使用人は、非常に義理堅く仕事熱心だ。 従って、その眼を掻い潜って得られる情報には、様々な制限が掛かったり、範囲が絞られてしまう。


それでも、探った範囲で得られた情報と、目の前の様子が合致するのは、ガロンにとって安心材料で在る。 流石、長年に亘り冒険者として人をダシにして生き抜き、剣の腕を持ってしてラキームに取り入った人物だ。 その疑る用心深さも、ラキームとは格が違う。


さて、ポリア達に護衛される事を嫌がるシェラハを先頭に、一行は公孫樹の森に入った。


春が遅れる北の大陸。 大陸南部の国とは云え、雪解けからひと月も経って無い春先。 公孫樹の森は新緑の青い葉に彩られ、濡れた枝には雨粒が光っている。


「凄い森だな・・これは」


兵士やガロンに守られたラキームが、鬱蒼とした森にこう呟く。 蒼い上質の服に、シルバーメイル(銀製の上半身鎧)を装着し、白いマントを背負う彼。 マントが汚れない様に、と気を付けて歩くのだが。 木々が密集していて、風がそよぐだけでもマントが露に触れて濡れる。


一方、シェラハの脇にて森を見るKは、木々の一つ一つを見て。 


「こりゃ~本物の原生林だな。 大木も彼方此方に在るが・・人の手入れが全く入って無いから、奥に進むのは難しいぞ」


Kの横に少し離れて居るシェラハは、常にガロンの眼が此方へジッと向いていることに気付いていた。


「冒険者って、意外にヤワなのね。 これくらいの森に、根を上げるの?」


「ヤワだ、タフだって話で、事が住むか。 森のこんな中を彷徨ってたら、モンスターの格好の餌だ。 こっちは、まだ戦う仕様のある程度は保てるがよ。 アンタや町史は、はぐれた途端に餌食だろうし。 警備隊と僧侶しか居ない町だって、不安はデカい。 野道なり何なり、分け入り易い場所は在っただろうが。 捜しに行く娘は、この森へ良く来てたんだろう?」


Kの話に、不安からラキームがガロンを見る。


そのガロンは、Kとシェラハの話に気を配っていたが…。


倒木の斜めに成ったものを、手を使わずして乗り越えたシェラハは。


「森を知り尽くしたクォシカじゃないんだから、そうは簡単に行かないわよっ。 でも、もう少し先に行けば、街道みたいに開けた道に出るわ」


これはシェラハが幼い子供の頃に、クォシカに連れられて来た経験からの情報だ。


Kは、其処で目を細め。


「‘街道みたいな…’だって? それはもしかして、周りの森より地面が少し下がった様な道か?」


「あら、そうよ。 良く解ったわね」


シェラハの、気持ちが籠もらない適当な誉め。 それを聞いて無い様なKは、


「昔の領主の居た場所・・・ふむ、なるほど。 それは恐らく、昔の‘花道’の可能性が在るな」


と、独りで納得した。


然し、細い倒木を忌々しげに踏み倒して越えたラキームは知らない事を耳にしてか、教養の薄そうなバカ面にて。


「おっおいっ、何だっ! その・・‘花道’ってのはっ?」


だが、彼の存在も、声も感じたくないのか。 Kは珍しく。


「ポリア。 後ろのお偉方に説明しやれよ」


後ろに続くポリアは、睨む様にして眼を細め。 話を振って来たKの背を見ると。


(この~、誰でも知ってる事を振ってさ~)


と、思いつつ。


「王城や高位貴族の大邸宅正門に行く道を、古い昔から特別視して使われた呼び名よ。 貴族社会が隆盛だった昔は、王や王妃とか。 公爵家、侯爵家なんかの偉い家主が通る道沿いには、花壇を作って飾っていたから、そう言うのよ」


処が、知らない知識を得て感心したラキームは、斜め後方よりポリアを見て。


「流石は、美しい者だな。 知識も豊富だ」


と、ヌかし誉めて来るではないか。


だが、嘗てはKが名前だけで驚く様な、そんな家柄に生まれているポリアだ。 そんな彼女からすれば、こんな話は王都に居る子供でも知っている事と、そう認識している。 ひけらかす蘊蓄にしては、余り立派な知識とは云え無かった。


それに、Kの態度を見て解る通り、彼は全て知っていたのだ。 システィアナやガロンやシェラハが知らないのは、別段に不思議でも無いが。 嫁を捜しに王都まで来ていたラキームが知らないと云うのは、付き合いの幅が知れると云うもので。 語るポリアの方が、アホらしいので在る。 また、ましてや。 Kに何かを教えて、彼から褒められるなら嬉しいが。 バカ丸出しのラキームに、となると逆に屈辱と思えてくる始末。


(う゛~、なんか、私ってバカにされてる感じが…)


こう苦虫を噛む彼女の心中を察したのか、振り返りもしないKが。


「ポリア、素晴らしい説明だ」


と、言うと。


「せつめいだぁ~~~」


ニコニコ顔のシスティアナまでが続く。


(むぐぅぅぅ~、完全にバカにしてるじゃないのっ)


苛立ちを逆撫でされて居ると解るだけに、無知過ぎるラキームが腹立たしいポリア。


それに気付くマルヴェリータは、横に顔を向けて堪え切れずに笑い。


マルヴェリータとシスティアナを守る様に並ぶイルガは、二人に困って沈黙を貫いた。


さて、それからそこそこ歩いた辺り。 まだ分け入る前は、森の木々に日差しが遮られ加減だったのに。 気付くと陽が上がってか、森の底辺にまで光が木漏れ日と成って差している。


これにて雨が蒸発し始めて、やや森が蒸れて来る頃。 シェラハの言った通り、ガクッと森の地面より一段下がった、道らしき場所に出た。


森に左右を覆われているのだが。 その幅広い道に出ると、Kが道を眺め。


「こりゃ~立派だ。 もう手入れがされていないから、道に木が生えていたりもするがな」


イルガは戟槍を道幅に傾け。


「確かに、‘道’だったらしいの。 乗用車の馬車なら、三台は横に成れるか」


と、続ける。


二人の話がすんなり頷けるぐらいに、誰の眼から見ても幅のある道だ。 恐らく手入れがされていれば、街道の様な立派な道だろう。


道を見回すKは。


「だが、向こうは途絶えてるな」


と、南の道を指差した。


この道らしき形が少し先で、森に変わっていた。 また、近くから水の流れる音も響いて来る。


森の静けさ故か、Kの脇に添う様に立つシェラハは、その疑問に応える。


「向こうは、前に川の氾濫があった場所よ。 父の話じゃ、地盤の沈下が有ったって。 でも、噂から住民が森を怖がって、沈下した所は埋め立てて放置したみたい。 だから、あんな風に森へ変わったみたいね。 それから、聞こえて来る水の音は、町に来てる川の分流みたい」


此処で、Kが北東に伸びる道の先を見て。


「さぁ~て、やっぱりなんか・・森の奥に居るな」


と、森の洞窟を抜ける道を睨む。


既に解っている事だが。 モンスターの巣窟と理解したガロンからすれば。


「ならば、死霊使いか、暗黒魔法使いか…。 何れにしろ、厄介な相手だぞ」


と、言い返して来た。


少し前から空ばかりを気にするラキームが。


「然し、妙だなガロン。 私が昨夜に調べた文献からすると。 昔の領主の城とは、天高く聳える様に立派な物とか。 この道に出て、森越しにも全く見えないと云う事は、既に崩壊でもしてるのか?」


と、疑問を呈した。


これを聴いたガロンすら、


(そんな風に書き記した高い建物なら、遠くからでも見えて当たり前の様なものだ。 恐らく、崩壊しているのだろう)


と、ラキームと同意見を持った。


処が、ラキームの話を聞いたKは、


「フッ」


と、微笑を浮かべて歩き出すと。


「これは恐らく、昔の“マジックモニュメント”に使われた技術の一つ。 “ハーミストケイジ”、だな」


然し、それを聞いた一同、誰もKの言った事を理解出来ない。


一応、リーダーのポリアだが、Kの言った事など何のこっちゃやらチンプンカンプン。 なのに、ラキームやらガロンからは、説明を問う視線が来るのだ。 シェラハと共に、Kの後を追いながら。


「あの~、言った意味が全く解りません。 ケイってか、センセ~」


その後に、イルガやマルヴェリータと一緒に歩くシスティアナは、ポリアにニコニコ顔で。


「し~らないって~、ポリアの~お~ばか~ちゃん~」


‘お馬鹿’呼ばわりされたポリアは、


「グッ、システィっ!!、アンタだって知らないでしょっ?!!」


と、鋭く問うと。


「は~い」


手を挙げて応える、ニコニコ顔のシスティアナだが。


だが、そんな仲間などKは無視して。


「今に言うなら、“隠者の籠”って名前か。 広大な土地を以て、その中心に建物を建てる。 一方で、建造物の周りの土地を起伏のある波状にしながらも、擂り鉢状にして行くんだ」


ポリアは、森の彼方此方を見回しながら。


「擂り鉢状・・ねぇ」


そんなポリアを無視するKは、公孫樹の森を抜ける道を眺めながら。


「然も、珍しい事に。 この場所の‘ハーミストケイジ’は、螺旋まで画いてやがる。 ご丁寧に、所々のデカい木々へ魔法を掛けて。 中心の建物が見えない様に、幻視ミラージュの効果を与えてるな。 古・・と言うより。 300年以上前の、超魔法技術崩壊前に見られた、特殊技術さ。 今でも各国の観光古代遺跡には、似た様に施した場所が在るがな」


先頭を歩き始めたKは、サラ~ッとそう説明するのだが。


「………」


誰もがポカ~ンとして包帯男を見る。 皆の歩みが遅れるて、先を行くKが立ち止まると。


「ほら、ボサっとすんな。 消えた娘を助けに行くぞ」


「あっ、は・・はいっ」


返事をしてハッとしたシェラハが、彼の元へ急ぎ。 皆が続く。


Kの話を聞いても理解が出来たんだか、出来なかったんだか解らない皆だが。


そんな中で歩きを早めたガロンは、ポリアへと近付き。


「おい、アイツは一体何者だ?」


いきなり間近へと迫られ、驚くのはポリアで。


「うわっ、ちっ近寄らないでよっ!」


距離を空けるポリアは、一番警戒するガロンを睨み付け返すままに。


「何者でも無いわよ。 学者なんだから、博識なのは当たり前でしょ?」


ポリアの曖昧な返しを聞いたガロンは、急速にKに対して興味が湧いた。


(いや、アイツの知識は、その辺に掃いて捨てる程に溢れる、只の学者とは訳が違うぞ。 貴族社会が隆盛期の、‘超魔法時代’の事を知る者などそんじょそこらに居る筈が無いっ)


このガロンとて、嘗ては幾多の者と一時凌ぎのチームを組んで、世界を冒険して渡り歩いた。 その彼が見て、こんなにも博識な男は珍しい。 今の学者なんて云う者とは、その辺で溢れる本で読んだ知識をひけらかし、それっぽく言うだけの者ばかりと思っていたからだ。


さて、道を行くこと、更に暫く。 大体、太陽の傾きを見れば、大凡の頃合いが解ってくるのだが…。


もう少しで昼に差し掛かろうか、と云う頃。 公孫樹の原生林に囲まれた道が、何故か一回り狭まった。


この手前で、煩いラキームの為に一度だけ休憩をしたが。


Kは、


“長く休むと、疲労感から動けなくなるぞ”


と、食事も少なくさせ、短い休憩で直ぐに歩かせた。


Kの遣ることに喚く噛み付くラキームだが。 ガロンは、旅に慣れて無いラキームやシェラハと、こうした訓練はしていない兵士達の事を考えるなら。 確かにKの為す事に納得が行くので、寧ろ説得に回った。


少し細く成る道を歩き始めて、幾らかすると。 静かな異変は、先ずシスティアナに起きた。 歩みが少し遅くなり始め、話もしなくなった。


この時にKは、コートを捲って杖を腰から引き抜くと。


「マルヴェリータ。 後で、何れ必要に成ると思われるだろうが。 事態が急変する事も予測して、先にコイツを預けておく」


「何?」


Kから彼女へと差し出されたのは、二本の短い杖で有った。 細く成る方が持ち手だろうが、太く成る先端には、半透明な硝子に似た輪が嵌っていた。


その杖を注視したマルヴェリータは。


「これって・・もしかして、ライトスタッフ?」


渡して歩き続けるKは、


「あぁ。 その内に必要になる」


と、だけ。


Kが差し出したのは、杖の先に光の魔法の力が宿る魔法アイテムだ。


一昨日、か。 ゾンビと戦ったマルヴェリータが、暗くなった道を照らした灯りを産み出した魔想魔法。 アレである。 封印された魔法を開放してやれば、いくらか長く光を放ってくれる。 二本を上手に用いれば、寝る前から朝方までの一晩、光を放っているだろう。


然し、何故か。


「?」


空を見上げたマルヴェリータ。 まだ、こんなに明るい昼間だと云うのに、おかしいと思ったのだが。


処が、そんな不思議を余所へやる程に。 原生林に挟まれた道なりに、奥へ奥へと向かうにつれて。 今度は、マルヴェリータまでが身体に負担を感じ始める。


(ふぅ、ふぅ・・・。 な、何・・なのよ、この重圧感は…)


一方、マルヴェリータより酷く、苦しさを見せるシスティアナが居る。 汗を額に溢れさせ、顎から地面に滴り落ちる程。


仲間のポリアも、そうでないシェラハも、システィアナが病気に成ったのではないか、と心配していた。


ポリアは、腰の水袋を片手に。


「システィ、アンタ大丈夫? 水、飲む?」


だが、首を左右に振るシスティアナ。


「だ・だいろ~ぶで・ですぅ」


異変を察知したポリアは、‘疲れた’とブツブツ煩いラキームも居るので。


「ね、ケイ。 もう一度、少し休んだら? 急な長丁場の歩きで、システィやマルタが具合を悪くしてるみたいよ」


と、仲間を心配して言った。


するとKは、システィアナをチラッと看て。


「ポリア、無駄な事を言うな。 休んで体調が変わるなら、もう既に休んでるさ」


Kに言われたその意味が、ポリアには全く理解出来ず。


「ケイ、それってどうゆう事よっ?」


と、鋭く問う。


ポリアに問われても歩みを止めないKで在り。


「町を襲わせた張本人に近付いている所為で、暗黒の力が森にまで強まっている。 その答えとして、後ろを振り返って見てみろ」


こう言ったKの声に。


「え?」


「はぁ?」


と、皆が思い後ろを振り返ると…。


「あ゛っ!!」


と、驚いたポリア。


その直後には、


「道が消えてるっ!!」


と、シェラハまで。


後ろへ振り返ると、どす黒い渦の巻いた空間が、来た道を塞ぐ様にして広がっている。 慌てて空を視たポリアは、薄暗く異様な色合いに染まった空まで見る事となった。


「ケッ、ケイ!!!!!」


驚き叫ぶポリアに、Kは。


「これも経験だからな、覚えておけ。 この異様な場所は、ダークネス・フィールドと云う。 暗黒魔術師と云うより、死霊使い(ネクロマンシャー)や、最高位の死霊モンスター。 他だと、高位の悪魔などが、僧侶や魔法遣いを拒む為に張る結界だ。 この結界を抜けない限り、マルヴェリータやシスティアナの疲労は、徐々に増すばかりだぞ」


その悠長な説明に待ったを掛けるべく、慌ててラキームが前に遣って来ると。


「だだだ・大丈夫なのかっ?!! おいっ、帰れるのかぁぁぁっ?!!!」


非常に情けない声で叫び上げる。


然し、説明したKは淡々として居て。


「一度でもこの結界に入ったら、主を倒さない限りは出られない。 そうなれば道は、先を急ぐしか無いぞ」


と、歩き続ける。


そんな冷静なKを見て、ポリアは想う。


(アナタっ、こう成る事も知ってたのねっ!!)


だが、Kの後を遅々とでも追いかるのは、他でも無いシスティアナ。


その姿を見るポリアは、システィアナへ近寄って。


「システィ、歩いて大丈夫? 苦しいなら、背負うわよ?」


然し、腰の曲がった年寄りの様な動きにてポリアを見るシスティアナは、鈍く辛そうながらに笑った。


「だいろ~ぶです~、しゅ~ちゅ~してましゅから~」


この返事を聞いたポリアは、パッとまたKの背を見た。 これまでの様々な事が、一気に納得する事と成る。


(まさか・・。 一昨日まで、あんなにマルタやシスティにハッパ掛けてたのは・・、この為?)


Kが、魔法遣いに必要な集中や鍛錬を語り。 システィアナとマルヴェリータは、その事を考え始めた。 然し、こんな事の伏線として、あの様な事をしていたとしたら…。


(信じられない・・。 アナタって一体、何者なのよ)


衝撃的と云う程に、Kの思考能力が底知れない物とポリアは思えた。 リーダーをする自分など、偉そうに何も言えないとすら感じた。


然し、Kの内面はどう想うのか。 彼からするのならこれも只の場数の違い、それだけなのだろうか。


さて、既に敵の手中へと入り込んだと解り、前に進むしか無いと誰もが歩く。 鬱蒼としている森の中を通る道だが。 辺りが更に薄暗くなる処か、ジワジワとしながらも顕著に暗くなり。 そして、遂に夜の様に暗くなった。


「おっおい!!! 包帯男っ、コレは一体どうゆう事だっ!!!!! キサマっ、何とか答えろっ!」


ちょっとの変化に、皆を苛立たさせる程に煩いラキーム。


一人で喚く彼に、歩くKは云う。


「ガタガタと煩ぇぞ。 結界の中に広がる、‘最後の壁’の辺りに入ったんだ。 とにかく、勝手に戻るなよ。 後ろから迫る魔法に呑まれて、気が狂うぞ」


此処で、Kの合図を受けたマルヴェリータが、肌や髪を汗に濡らしながらも先程の魔法アイテムと成る二本の杖に、解呪の魔法を唱えて光を生み出した。


それをKは両方貰い。 一つをガロンに投げ渡した。


だが、道の左右に広がる森が、どんどんと闇に包まれて。 気付けば、洞窟の中の様な暗黒の世界と成り、森も道も解らない。


闇に怯えるラキームは、ガロンの後ろにへばり付いて。 もうフラフラとするシスティアナは、ポリアに手を引っ張られて進んだ。 何かをブツブツと呟いているシスティアナの表情は、死人のように蒼褪めて。 冷汗は、大粒の雫を生んで流れ落つる。 同じく集中して耐えるマルヴェリータだが。


(いけ・・な・い、このままじゃ…)


魔法遣い、と云うだけのマルヴェリータで、この重圧感と恐怖感に苦しむ程。 僧侶で在るシスティアナは、もう気絶してもおかしくない状態だ。 魔法を会得したが故に、身に付けた感知能力がこの結界の中では、障害に変わっているとも云える。


今のマルヴェリータが、見えない重さに押さえ付けられそうで。 集中を解いた瞬間には、頭を抱え叫び上げてしまいそうなのだ。


魔や闇の力を強く感受する僧侶のシスティアナなら、精神をあらゆる方面から押さえ付けられ。 見えない恐怖と怒号にて、責め抜かれる様な感覚だろう。 そんな心配と苦痛から、マルヴェリータの集中が外れて終いそうな時。


「そろそろ、負の圧力を受ける結界を抜けるぞ。 どうやら最短の道を真直ぐ来れたみたいだ」


Kが言う。


「ん?」


Kの話を聞いたラキームが、誰よりも早く辺りを見回せば。 不気味だが、樹海の様な森の中へと出ていた。


(たっ! 助かったっ!!)


喜ぶ彼の視界の先へ、街道の様に拓かれた道はまだ続いていて。 鬱蒼とした公孫樹の原生林は、風景を変えずに蔦などの影響から密林の様に成っているだけだった。


然し、空を見上げたガロンは、


「ラキーム様、あの妖しき色の空を御覧下さい。 まだ、手放しでの安心はして成りませんぞ」


と、警戒を促す。


兵士達も、晴れた空とは言えない不気味な空に、不安感を募らせる。


だが、やはり我が儘なラキームは、その精神面も非常に幼稚で在る。 Kが、再三に渡って説明した事で、既に此処はモンスターを生む主のテリトリーで。 その主を確かめ、クォシカを救うべく来たのだ、と理解しても良さそうな処なのだが。


「な゛っ・・、何だこの天気はーーーーーっ!!!!!!!! てっ、ててててっ、天変地異かっ、それとも呪いかっ?!! 見よっ、紫の色をしているぞぉっ!」


と、喚き上げる。


煩過ぎて呆れたイルガ。


(見れば、誰でも解るわい)


ラキームの騒ぐその妖しい空を見上げて居た。


雨雲の去った筈の空は、鉛色の雲に覆われていて。 また、これから向かう先の所で、竜巻が天に向かっているかの様に、凄まじいまでに巨大な渦を巻いて動いている。 然も、血染めの夕方の様な赤紫色の光が、雲の表面に染み込んでいた。


同じく、黙って空を見上げたガロンも、冒険者の生活を永く遣って来た方だが。 こんな異様と云うべき空模様は初めて見た。


もし、この公孫樹の原生林へと来ず、町に居たならば。 今は、まだゆったりと過ごす真昼頃だろう。 〔ダークネス・フィールド〕と云う場所を過ぎた所為か、感覚は幾らか狂い始めているが。 休憩から長い時を経た訳では無い筈で在る。


(空が、一点を渦にして変異している。 一体、これは…)


ラキームを騒がせたく無いので、内心にて思ったが。 知る者が居るのなら、直ぐにでも説明を迫りたい処だ。


其処へ、Kが。 森の先と為ろうか、渦を巻く空の真下の宙を指差して。


「ほら、あの辺を見ろ。 塔みたいなものが、何となく見えてる。 アレが、目的の場所なんじゃないか?」


“何処だ、何処だ”


煩いラキームを皆が無視する。


マルヴェリータとシスティアナを心配するポリアの横で。 塔の様な建物が、渦巻く雲を目指して聳えて居るのを見るシェラハ。


(クォシカ・・、貴女っ)


こんな恐ろしい場所へと逃げてしまったのか、と怒りや悔しさから拳を握るシェラハ。


そんな彼女へ近付くガロンは、辺りに感じる不吉な気味悪さから。


「おい、こんな所にクォシカが逃げ込んだのか? あの娘は、本当に生きているのか?」


と、鋭く問う。


「生きてるわ・・。 たっ、助けを書いた布切れが・・見付かったもの」


俯いて云う彼女の精一杯の嘘だった。 近くで煩いラキームに、咽元まで罵声が出掛かったが。 クォシカを見付けるまでは我慢しよう、と心に決めていた芝居をする。


だが、その間近にて。 楽に成ったシスティアナに、体調を聴く為に話し掛けていたポリアが。 ギリッと、刺す様な視線をガロンへ向けた。


(こんな所で、無事な訳ないじゃないっ!!)


思わずに、心の中で吐き捨ててしまう。


一方、時を無駄遣いしたくないイルガは、Kの後ろに来て。


「いよいよ、ゾンビやスケルトンを生んだ主が居る、根城に行く訳じゃな?」


こう問うのだが。


何故か、辺りを窺う様に見回しているK。


「さ~て、そう簡単に行かせてくれるかな」


意味深な物言いをした彼に、イルガは。


「ん?」


辺りを窺っていたKは、蠢き始めた森の一部へ顎を遣り。


「ホラ、出迎えが御出なすったぜ」


この意味深な言葉を聞いたポリア、マルヴェリータ、システィアナが、急に身構えて森を視る。


ガロンや兵士達も、その緊張感を知った時だ。


‘ガサガサ’、‘ワサワサ’と、左右の原生林の低地に広がる茂みが俄かに動き出した。


そして。


「キャーーーっ!!!」


シェラハの悲鳴が、不気味な空に支配されし原生林へと響き渡る。


一体、また一体と。 公孫樹の原生林から道へ、スケルトンやゾンビが現れる。 行動の鈍いゾンビは原生林から道への段差を転げて、腐乱した身体を道に落とし。 ゾンビより身動きが確かなスケルトンは、薄汚れた骨の体にボロボロの剣を片手にしつつも、人間らしく身軽な様子で飛び跳ねて来た。


待ち伏せされてモンスターに囲まれた、と察するK。 戦いの狼煙代わりに、と。


「マルヴェリータとシスティアナは、まだ戦うな。 シェラハを守って、後ろに下がってろ。 現れた数はまだ少ない。 ポリア、オッサン、一気に潰せっ!」


司令官の様な鋭い言葉を受けたポリア、ガロン、イルガが、武器を構えてモンスターに向かった。


クォシカを捜して、公孫樹の原生林の奥深くに分け入ったKとポリア達に。 突如、襲い掛かる死霊モンスターの群れ。 一体、この森の奥に聳え立つ巨城には、何が居るのだろうか。


そして、クォシカは本当にこの場所に来たのだろうか…。



          ★



遂に、敵の根城を見つけ出したポリア達だが。 洗礼代わりか、モンスターに襲われた。 現れたスケルトンやゾンビの数は、総勢15体。 騒ぐラキームを無視するKは、大した数では無いと言い切る。


武器を抜いた兵士達3人は、ラキームを守って下がり。 率先した戦いはどうやら行わない様だ。 


真っ先に攻撃へと動くのは、戟槍を構えたイルガ。 シェラハを守るシスティアナやマルヴェリータに近い、スケルトンの一体に突撃した。


「退けぇっ!」


槍の刃先をスケルトンの喉に当て突っ飛ばしたイルガは、スケルトンを仲間に寄せ付け無い様に、身体を張って戦う様子を示した。


それを見たポリアは、更に前に出て。 スケルトンが集まるのを阻止し、各個撃破を狙う。


二人が率先して戦う。 其処へ、同じく前に居たKが。


「ポリア。 イルガに着いて、スケルトンにだけ集中しろ。 倒すのが面倒なゾンビは、俺一人で十分だ」


と、間近のスケルトンをどうやったのか、頭蓋骨を粉々にした。


Kの簡潔にして響きが良い声に、ポリアとイルガはスケルトンへ集中する。


そして、道を切り開くべく抜刀したガロンだが。


(ゾンビを任せろだと? 病み上がりみたいな学者が、五体ものゾンビを面倒を看るとか。 フン、こっちのあの冒険者達に加勢して、その口が本物か確かめてやる)


と、思った。


腹を決めたガロンは、流石に動きが早い。 歯を噛み鳴らしてイルガを包囲しようと云うスケルトンに、猛然とした体当たりを喰らわし。 すっ飛ばしたスケルトンには目もくれず。 左前方の間合いに踏み込んで来たスケルトンへ、右足を半歩踏み込んでから乱れ無い剣捌きにて掬いに斬る。


その様子を見たラキームは、兵士に守られながら。


「おぉっ、流石はガロンだっ!」


ガロンの振るう剣にて、首の骨から頭蓋骨までを真っ二つにされたスケルトン。


倒れるスケルトンに踏み込むガロンは、追撃とばかりに金属の具足を履く左足で、頭蓋骨を踏み砕いた。


暗黒のエネルギーが詰まるスケルトンの頭蓋骨は、割られて暗黒の力が漏れる事から脆く成る。 やはり冒険者としての経験がものを云うのか、ガロンにスケルトンは雑魚らしい。


一方、イルガと協力して骨の腕や足を斬ってから、二手、三手を重ねる事でスケルトンを倒すポリア。 素早い動きから大きく戦うポリアを見ると、手解き程度の剣術しか受けてないラキームには、中々の見応えが有る。


然し、ガロンからするなら…。


(ふむ、あの包帯男以外は、まだ駆け出し程度か。 このポリアとか云う娘は、磨き次第で化けるだろうが。 戟槍を遣う中年男は、高みまでは無理だな)


動きを見て、それなりに先行きを見抜けたガロン。 ポリアの剣術は勢い頼みが大きいが。 若い頃から剣術を習って培った動きには、まだまだ飛び抜けそうな天稟が窺えた。 然し、イルガの方はもう動きに磨けを掛ける事は出来ても。 更なる高みに突き抜ける余白が無い、ある種の‘硬さ’が窺えた。


次に相手するスケルトンの顔を斬り飛ばしたガロンは、ポリアがスケルトンを倒すまで隙間を作ってやろうと想い。 二体の脚を掬い斬りから斬り払って、歩けなくした。


(これで、スケルトンも手数に成らんな)


自分が率先せずとも戦いは目処が立った、そう思ったガロンはKを視ようと思った。


だが、振り返った瞬間だ。 ガロンの眼が、ガッと見開いた。


(アイツ、いま・・・何をした?)


首筋に隠された暗黒の核を噴き出させ、ゾンビが道に倒れて行く。 それを見たガロンは、冷静で居た思考が急に騒ぎ出す。 冒険者だったガロンとて、ゾンビがただ斬ったくらいで死ぬことが無い事は先刻承知である。 白銀製で在るポリアの剣ならば、何の支障も無く斬って倒せるだろうが…。


その驚くガロンの前で、新たにゾンビの顔が真っ二つと成り。 暗黒の光が飛び散って、ゾンビがまた倒れた。


唖然とすらしたガロンの視界の中で、Kは素早かった。 直ぐに、先に見える新たに現れた一体を含む、三体のゾンビへ消える様に向かって行く。 まるで、逆にKから襲われた様なゾンビ達。 最初の一体は、腹。 次の一体は、首。 そして、最後の一体は、胸元に核が在ったが。 全て、瞬時に斬り払われて、その場に崩れる。 何とスケルトンが半分倒される前に、ゾンビの退治は終わった。


「たあっ!」


「うおりゃ!!」


ポリアとイルガは、ガロンが脚を斬ったスケルトンも含めて、次々とスケルトンの頭を破壊する。


その横にて、間近にスケルトンが迫り、苛立ったガロンが。


「ふん!!」


二振りの斬り払いで、迫った二匹の頭を破壊してから。


「其処の御主っ! 一体、どうして普通の剣でゾンビを斬れるかっ。 然も貴様は、急所の核が在る場所まで解るのかっ?」


鋭くガロンから問われたKだが。 既に自分の仕事は終えた、と口元に不敵な笑みを見せて。


「戦う敵を想定し、対処の仕方を考えて於くのも努力のウチさ。 大抵の人間には、強かれ弱かれ魔力は在るもの。 在るものをフル活用するのも、自分の気持ち次第だろ?」


言い返されたガロンは、


(う゛ぬ゛っ! そんな簡単に出来るならっ、この世の誰が苦労するかっ!!)


と、胸の中で唸った。


今のガロンでは、Kの様にゾンビを倒せない。 在る意味、理解不能な者がKだった。


だが…。


(それってっ、一体どんな努力よっ!!!!!!!!)


彼の話を聴いて居たマルヴェリータも、心の中で叫ぶ。


実は、魔力を遣える様になる訓練は、生半可なことでは無いのだ。 魔法を教える魔法学院で、一般的に皆が教わる引き出し方ですら、ほぼ全ての魔術師の卵達が気絶する。 詰まり、それ程に追い込む訓練でやっと、魔力を魔法に遣える様に引き出せるのである。


そして、問題はKのやり方だ。 マルヴェリータはKに聴いてはいないが。 彼が魔法学院に入って魔力の扱い方を修得したとは、ちっとも思っていない。 剣術を極めて居そうなKは、体術も扱える。 そんな彼が、時間の掛かる学院での修行法など、悠長に時を遣う暇は無い筈なのだ。


学院にて教わった事を思い出すマルヴェリータは、Kの事を少しだけ慮った。


(恐らく彼は…。 モンスターとの戦いの中で、魔法を扱う精神の遣い方に覚醒したのね)


だが、これがどれほどに恐ろしい事か…。 マルヴェリータは背筋が震えた。


解り易く例えるならば。 体中を紐で縛りつけ、逆さまに水へと顔を入れらてから、溺れ死ぬギリギリ手前で引き上げられる。 そんな行為を何百回も繰り返して、死ぬのが先か、覚醒が先か…。 それ程の危険が付き纏う様な限界に、身を置く必要が在るのだ。


Kは、いとも簡単そうに言ったが。 修得したいと想っても、普通の精神状態で行えるものでは無い。 詰まり・・。 Kの過去には、それだけの危険に身を置く事が在った。 そうゆう事なのだ。


スケルトンを蹴散らしたガロンが、理解不能なKを睨む。


唇を噛む想いのマルヴェリータは、ポリアを見て経過を待った。


最後のスケルトンへ踏み込んだイルガは、振り上がったスケルトンの骨の腕へ、刃元から横に突き出た戟を絡ませ。


「鋭っ、応っ!」


と、捻って引きずり倒した。


其処に踏み込むポリアは、スケルトンの頭蓋骨を一刀の下に半壊させる。


こうして、本日最初の戦いは終わった。


その後、辺りを窺ったKは直ぐに。


「さ、行くぞ。 もう此処は、相手の腹の中。 休みは、歩きながらだ」


この場に居る誰もがこの場所に漂う、只ならぬ空気を感じていた。 Kを先頭に、慌てて荷を担ぐ全員が歩き出した。


文句を云うラキームだが、モンスターをあっさり倒したポリア達。 彼女達が居ないと成ると、自分が危険と渋々動く。


さて、公孫樹の原生林を抜ける道を、更に奥へと行くと。 其処には、川が流れる上に架けられた石橋に行き着いた。


公孫樹の落ち葉に塗れた橋を見て、ポリアは観察しながら。


「何これ、は・・し?」


橋の手前に立つKは、足で敷き積もる公孫樹の枯れ葉を退けると。


「らしい、な。 積もった公孫樹の落ち葉が絨毯の様だが。 紛れも無く石橋だ」


その橋には、公孫樹の枯れ葉が敷き詰まり。 所々がかなり汚れ。 部分的に罅割れて、欠けてもいる。


近寄るシェラハは、屈んで欄干を横から見ると。


「でも、其処らに在る石橋じゃ無いみたい。 手摺りの部分の側面には、風雨で削れてるけど模様が見えます」


ポリアやマルヴェリータも観察すると。 町に在る石橋なんかよりも、その造りがとても立派で。 風雨に曝されて削れているが、欄干には彫刻がボヤけながら残っていた。


橋の真ん中へ立つKは、間近に迫った城の外壁を森越しで見て。


「へぇ~、こりゃあ驚きだ。 あの城は、昔の“神殿風雅造り”じゃないか。 やはり・・流石になぁ~」


その彼の横に来たガロンは、四角い土台の外壁が軽く見上げるほどの高さを誇り。 その土台の上に建てられている、巨大な塔型をした城を見上げた。


シェラハとシスティアナを視界に入れつつ、辺りを窺うイルガだったが。


「この建物の構造を知っているのか、ケイ?」


と、尋ねると。


建物を眺めたKは、


「知っちゃ~いるさ。 だが、僧侶のシスティアナには、いい話じゃないゼ」


Kの話に、怪訝な顔に成るシスティアナ。


「ケ~イさん。 それは~、どぉしてですかぁ?」


「ん? それは、な。 昔、或る一時を過ぎた頃から。 栄耀栄華に花咲かせた王侯貴族は、自分の権威を高める事に執着し始めた。 己の価値や地位を神に似せる為に。 新たに創る建築物を荘厳華麗にして、天に近づくと云う意味で神殿と同じ物を造り始めた」


其処でポリアが、


「貴族至上主義の始まりね」


「あぁ。 そして、その後。 魔法技術の大発見と発展が進み、〔超魔法時代〕と云う時の間。 王侯貴族と強大な魔法を扱う魔術師が、更なる栄華を極める事に成るのさ。 特に、何の取り得も無い王侯貴族は神にすら成った気分で、住まいを神殿より立派で威厳の漂う。 詰まり、こうゆう物にして、な」


その話の内容には、ポリアがとても複雑な顔をして。


橋の袂に立つラキームは、苛立ちを秘めた眼をする。


貴族出身のポリアと、身分が保証されたラキームでも。 その話に関しては、意見が違うらしい。


片やポリアは、罪の意識すら感じ。


片やラキームは、王侯貴族が栄えた歴史を馬鹿にするKに苛立っている様だ。


だが、システィアナはトコトコとKの横に来て。


「どぉ~~んな人でも、神様いじょう~にえらぶったら、イケないんですぅ~」


と、ムクれて言う。


すると、此処でガロンから。


「それよりも、何故にその栄耀栄華が終わったのだ? 超魔法時代の魔法は、何故に滅び去る運命に至った?」


それに同調するイルガも、また。


「当時、何が起ったのだ?」


問われたKだが、その真実を知る者は何処にも居ないと云う様に。


「さ~、その真実を知る者は、ある日を境に全て消えた。 人伝に研究する学者から聞くのは…」


“魔法の臨界点を越えた超魔術に因って、魔法を遣う者や施された施設が、『破滅して壊れ逝く魔法』に滅ぼされてしまった”


「とか、色々だな」


語るKは、橋を渡りつつ。


「その結果から確実に言える事は、どんなに権利や金を持っても、最強無比の力を得たとしても。 行き過ぎた行為は、破滅の扉まで開いちまうらしい。 歴史書や王国歴など文献で確認が可能な凡その範囲だが、今から時を遡ること三百年以上前に。 魔法技術が大崩壊をして、世界の人口が6割減った。 研究する学者の一説では、崩壊時には“時空”と云うこの世界の理の根幹にズレが起って。 確認された三百年前と崩壊時の後とは、年月にして千年近い時が過ぎているとも云う」


その果てしなく永い時の経過に、


「千年って・・マジ?」


と、ポリアが驚く。


だが、橋を渡ったKは、古い古い形態の城を見て。


「人も、魔法が施された建造物や場所も、全て消え失せたが。 見ろ」


と、城を指差して。


「その名残が、こうゆう建物さ。 マジックモニュメントの一端は、破滅の超魔法に触れなかったのか、または超魔法に非ずか。 それとも、建物の中に魔法が封印されて眠る為か、こうして崩壊を逃れた物も在る」


皆は、これから向かう建物を見て、未知の領域へと踏み込む様な。 一抹の畏怖を覚えた。


ポリアは、先を向くKに‘待った’を掛ける様に。


「ね、ケイ。 貴方の考えからして、その崩壊は必要だったと思う? 崩壊は、必然だったの?」


背中を見せるKは、


「さぁ、どうだかな~」


と、言った。


ただ、その後にちょっと間を開けてから。


「一つ言えるのは、貴族至上主義から一般の民へも拓かれた大改革が、世界中で巻き起こったのは事実だろうよ。 世界最古にして、最大の王国フラストマドだって、民衆も含めて一緒に考える政治に転換したのが、正にその頃だろ? そして、このホーチト国でも、“無血の交代”と云われる改革が行われたしな」


すると、ポリアも彼に近付きつつ。


「そうよ。 我が国でも、学力と政治に明るい学者や市民が役人と成って、次第に国の要職へと参加する事が出来る様に成ったわ。 確かに、貴族の権力や威光は、まだ根強く有るけど」


「なら、それでイイんじゃないか? それが必要だったとか、必然とかは、後の人間が遣う言葉だ。 事実として、超魔法時代の文明や文化が崩壊して、人の大勢の人を含めて様々なものが消え去った。 その傷が酷すぎて、一部の王侯貴族だけじゃ仕事が回らないから、必要とか、仕方無いとか、理由をみっけて改革したんだ。 それで大多数が良ければ、それでイイのさ」


Kの意見に、システィアナが出張り。


「いい~のさぁ~~」


と、言った。


さて、ちょっとした長話をして、全員が石橋を渡った後。 原生林を抜けて、普通の森と成る建物の傍に来た時。


皆の方に半身と成ったK。


「よし、それなら全員、此処から走る準備しろ。 また、危険な場所を抜けるぞ」


‘危険’と聞いたラキームは、恐怖からやや引きつった声で。


「な゛っ・何でだっ! 危険って何だっ?!」


先程は、知らず知らずに結界へと踏み込んだが、もう二の轍は踏まないと。 こうゆう時だけは敏いラキームだ。


然し、向かう先を指差してKは。


「道は、こっちだ」


彼が指し示した方向は、立派な建造物の脇にて森が洞窟の様になっていた。 然し、その森を抜ける通りは、まるで暗黒の口を開けた悪魔の胎内の様な、不気味な暗闇に染まっている。


「真っ暗だわ…」


シェラハを背にしたポリアは、道を覗いて呟いた。


シェラハの横では、システィアナが見えない道の先を窺いながらも、何故かガタガタと怯え。


「アワワワ~~~。 このなかはわわ~モウジャさんが、いぃ~~~っぱいいますよぉぉぉぉぉぉぉ」


‘亡者’と聞いたラキームは、Kに噛み付くぐらいの勢いで。


「亡者がいっぱいだとぉっ?!! 貴様っ、ふざけるなっ!!! 私を殺す気かーーーっ!!!」


その怒声を聞くKは、耳に右の小指を入れて動かしながら、‘面倒くさい’と困った様子を浮かべる。


シェラハは、不安げな顔で道とKを交互に見て。


「どうしても、この先に行かないといけないんですか? 何だか、凄く暗くて、不気味な場所ですが…」


そんな二人を見たKは、大した事も無さそうな態度を見せながら。


「この建造物へ入るには、正面の入口を探す必要が有るんだから。 行く必要が有るのは、当たり前だろうが。 それに、亡霊や亡者が居るのも当たり前だ。 コイツは、〔ゴーストネスト〕だからな」


「‘ゴーストネスト’? それは、一体…」


と、問い返すシェラハだが。


その近くで、ガロンが訝しげにKを見て居ながら。


「死霊の巣窟・・か。 極狭い暗黒の空間の中に、夥しい数のゴーストが居る。 空間の距離はさして無いが。 立ち止ってしまったら最後・・・、ゴーストに取り憑かれて、狂い死に至る」


ガロンからそう聞いたラキームは、口をぶるぶる震えさせて。


「い・い゛っ、イヤだぞっ!!! 私はっ、そんな所には絶対に行かないぞぉっ!!!!!!!!」


湧き上がる‘怯え’を、そのまま‘怒り’に変えて吐き出す。


ラキームが激しい拒絶を見せて、ポリアやシェラハは計画が失敗すると思った。 だが、全く動じる気配も無いKは。


「そうか。 なら、此処に居てくれ。 だが、俺等が中に入って掻き乱すからよ。 そのうちゴーストの方が痺れを切らして、夜にはウヨウヨ出てくるわな」


「な゛ぁんだとぉ?」


Kが全く言うことを利かない上に、見捨てる様な言葉を吐くので。 憤りに全身を震わせたラキームだが。


Kは、ポリア達に向くと。


「ちょいと、ポリアよ。 お前達も、此処で待つか?」


と、質問を投げた


ラキームの怯える様を見たポリアは、Kの意図を何となく察して。


「あ~らら。 私達は、シェラハを護衛して、居なくなったクォシカを捜しに来たのよ。 行かない訳ないじゃない」


行く意志を述べると。 今度は、ポリアが振り返り。


「マルタ、システィ」


と、仲間の二人を見た。


ポリアに呼ばれたシスティアナは、


「なぁに~?」


と、見返し。


マルヴェリータは黙ってポリアを見返し首を傾げ、話を誘う。


二人の視線を貰うポリアは、


「どうする、二人は残る?」


と、今度は仲間二人の意志を問うた。


腕組みして目を細めるマルヴェリータは、ラキームを脇目に見てから。


「こんな野蛮な男達と、何で残る必要が在るのよ。 行くに決まってるでしょ?」


その言葉を聴いたポリアは、システィアナを見て。


「システィは此処に残って、残る人のお守りする?」


と、ラキーム達を指差す。


「イヤで~す。 シェラハさんを、おまもり~ぬで~す」


二人の意志を確かめ、頷くポリアは。


「イルガ」


「は」


「このシェラハが行くなら、守るわ。 行かないなら…」


と、言う途中で。


「行くわよっ。 クォシカを捜す為に、絶対に私も行く」


前のめりにシェラハが言い切る。


すると今度は、Kがラキームを見て。


「こっちの意思は決まった。 それから、先に教えとくが。 ゴーストに剣などの武器は一切効かない。 倒せるのは、俺と、マルヴェリータと、システィアナと、ポリアのみ。 だが、誰も此処に残らないそうだ。 だから、残るなら留守番を頑張れよ」


‘ゴーストには、普通の武器が利かない’


こう聞いて知るラキームは、俄かに慌て始める。


「おいっ、おいっ! 私はっ、貴様等の依頼主だぞっ!! だっだだっ、誰かっ! 私を守る為に残れっ、此処に誰か残れぇぇっ!!!!!」


怯えて狼狽えるラキームが、ポリアにはいい気味で仕方ない。


(誰が残るのよ。 ゴーストにでも追い回されてなさい)


珍しく笑った彼女は、Kに向いて。


「処で、先に誰が入るの?」


暗闇の森を窺うKは。


「そうだな、ポリアとシスティアナが先頭だ。 次が、イルガとマルヴェリータだ」


ポリアは、武器を持って戦うには、システィアナよりイルガと思い。


「システィ? イルガじゃなくて?」


「戦う必要は無い。 闇に入ったら、ひたすらに前へ走れ。 逆に、ゴーストを見ても決して止まるな。 ゴーストは、殿となる俺が潰す」


こう指示を出したKは、シェラハにも。


「それから、シェラハ。 君は、前にポリア二人、後ろにマルヴェリータ二人の間で、前だけ見ろ。 決して、後ろを振り向くな」


勝手に、先へ進む為に話し合うK達を見て、更に慌てだすラキーム。


「おっ・おい、おいおいおいいいいいいぃっ!!! 勝手に行くなーーーっ!!!!!!」


すると、行く覚悟を固めたシェラハは、ラキームをキッと睨み。


「私は、クォシカを迎えに来たのよ。 アナタに指図される覚えは無いわ」


其処で、ガロンはラキームに近寄って。


「ラキーム様。 此処は、あの闇へ入ったほうが得策ですぞ」


「な゛ぁぁにぃぃぃぃっ! ガロ・がっ、ガロンっ、亡霊の巣窟だぞぉっ?!!」


道が消える闇を指差して喚くラキームは、泣きそうな程だ。


「それは重々に解っております。 が、あの冒険者達よりも真っ先に入れば、殿しんがりはあの包帯男ですから。 そうなれば、ゴーストに取り憑かれるのはあの男が最初です。 然も、浮遊するゴーストは、人のゆったり歩く速度ぐらいしか動けません。 遅いより、早い方が…」


其処まで聞くや否や、ラキームは森に入ろうとするポリア達を見て。


「そ・そうなのか?!! なっなら行こうっ!! 者共っ、先に行くぞ!」


勢いから決断したラキームは、我先にと兵士よりも早く走り出す。


「ラキーム様っ」


「お待ちをっ」


兵士達も慌てて、彼の後を追う。


ゴーストネストと云う闇の中へ、がむしゃらに走り込むラキーム。


それを見たKは、呆れた眼をして。


「はっ、やりゃ~出来んじゃないか。 早よしろよ」


と、言った。


そしてKは、先程に使った光の杖をポリアへ渡す。


それを受け取ったポリアは、皆を見て。


「行くわよ」


声を掛けて走り出した。 走り込んだ道は、本当に森の中と云う感じでは無く。 漆黒というか、暗黒と云うべき真っ暗な洞窟でしかない。


ポリアとシスティアナが先頭で入り。 後にシェラハが続く。 イルガは、マルヴェリータを先にする様に闇の中へと入った。


全員が闇の中へと入り。 残されたKは、一番刃渡りの長い短剣を引き抜く。


「………」


黙ったままに眼を細めると、殿と成り闇の中へ踏み込んで行く。


Kが暗闇の中へ踏み込む時、先の方ではラキームの絶叫が上がる。


だが、その直後には、


「走って下されっ!!! さぁっ、ラキーム様っ!!!」


と、ガロンの叱咤が飛ぶ。


その意味は、他の皆にも直ぐに解る。


― あ゛あ゛あ゛…。 ―


不気味な人の唸り声がする。 嫌、‘人’というのは、何とか聴こえる声になっているからであって。 声の質感は、これまで現れたゾンビのものに似ている。 地の底から湧き上がる様な、不気味な‘音’と云っても良かった。


そして、今。 シェラハの横にも、ボンヤリと人の死んだ姿が浮かび上がる。 眼球の無い青白い顔のみで在る。


「キャッ!」


驚くシェラハへ、直ぐにポリアが。


「走って!! 止まっちゃ駄目よっ!!」


と、声を掛ける。


ラキームの後を追うポリア達の辺りから、どんどんとゴーストが湧き上がる様に現れる。


「ポリアっ、何よこの数っ!」


「喋る暇無いっ、走ってマルタ!」


真っ暗闇の空間だったのに、走り始めて直ぐの筈が。 赤、青、黒の光を宿す亡霊の出現で、闇が亡霊の色に染まりそうなのだ。 先頭を行くラキームが喚く所為なのか、ポリア達の周りの彼方此方から亡霊が現れ出る。


その時。


「シェラハっ、亡霊を見ないでっ!」


と、振り返るシェラハに言うマルヴェリータ。


その後ろからだ。


― あ゛ぎゃあああああああーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!! ―


凄まじい声が、爆発する様に沸き上がった。


“何事か”


走るまま振り返るポリアとマルヴェリータ。 すると直ぐ後ろでは、青白い色、黄色や赤い炎の様な色の混じるゴーストが、一瞬だけ湧き上がる黄金の光に因って消し飛んでしまうのが微かに見えた。


(ケイ!!)


一体、どうやって倒しているのか。 二人にもさっぱり解らない。


走るポリア達の後ろからは、度々に今しがたの様な絶叫が発せられる。 あれは、亡霊達の断末魔の叫び声なのか。 不確かだが、体で解ることが在る。 現れた時の声に含まれた敵意や憎悪は絶叫には含まれず、感じられるのは悲鳴と同じく、悲哀や恐怖。


その声に、ポリア達は何度も振り替える。


其処へ。


「どんどん先へ走れっ!!! 遅いっ!! 亡者に追いつかれて、死にたいかっ!!!」


暗闇の空間に、Kの大喝が発せられた。


声だけなのに、ビリッと気迫と畏怖が皆に叩き付けられる。


「ヒョェェェェェっ!」


聴いた瞬間に、システィアナが飛び跳ねる様にビックリし。


「ヒャっ!」


と、首を竦めたシェラハ。


「わっ!!」


急な事で、驚くポリアで在り。


「ヒィっ! なんて声よっ」


一番驚くのは、走る皆の後ろに居るマルヴェリータとイルガだ。 叱咤の声で背中を叩かれたかの様な驚きを受けて、シェラハを追い越そうかと云う感じに成る。


一方、前を走るガロンは、亡霊が此方を察知して出て来る前の闇の中を走りながら。


(くっ、なんて声だっ。 余程に道を極めた者だな、あの男めっ)


と、腹の中で唸る。


これはどんな形で在れ、武術の手練を積んだ者なら解る。 腹からの声は、その鍛え方に比例するからだ。


そして、現に。 走り去るポリア達の脇に現れ掛けたゴーストが、動けずにまごまごと蟠っていた。 Kの一喝に因り、亡霊すらおののいたのだ。


そして、ラキームの前に出て走る兵士の一人が、前方に明るい場所を見て出口と察し。


「ラキーム様っ、あと少しで出口ですぞ!」


「おっ、おわっ、おわおわお…」


‘終わりか’、も言えない程に情けない声を出すラキームだった。 ガロンの持つ杖の光で見える顔は、鼻水と涙で酷い間抜け面である。


どんどん出口に近づいて、兵士、ラキームとその背を押す二人の兵士が飛び出した。 その直後には、続いてガロンも外へ出た。


「ん?」


立ち止まるガロンの脇では、息の荒いラキームは転がり這いつくばっている。


然し、ガロンはラキームよりも、目前に広がる森に囲まれた湖が気になった。


(・・この背筋に走るのは、悪寒か? 何と、不気味な湖か…)


ガロンがこう身構えるのも、無理は無い。 先ず、湖がとても臭い。 腐った水の匂いが、辺りに漂うのだ。 湖の水面すら薄気味悪い藻か、カビ色に濁り。 湖畔に突き出している木も苔生しているのではなく、腐って爛れている様に見えた。


「ラキーム様、もう少し下がりましょう」


兵士も湖に不安を感じてか、土の上で這いつくばっているラキームを草の方に誘導しようとしたのだ。


だが、其処に。


「うは~、でれまヒたぁ~」


やや遅れて抜け出して来たシスティアナが現れ。


「早く早くっ!!」


後ろに言いながらポリアが闇の中から出た。


シェラハを守り庇う様に、イルガとシェラハが出て。 続く様にマルヴェリータが出る。


暗闇の所為か、ラキームを蹴飛ばしそうに成りながらガロンの更に脇へ出るポリア達。


そして…。


息切れして仰向けに寝転がり空気を貪っていたラキームの前に、沢山のゴーストを纏わり憑かせたKが、ガバッと現れ出た。


「うわっ!! あわあわあわわわわ…」


目玉をひん剥いてビックリし身を起こしたラキームだが、突然の事に腰が抜けたらしく。 逃げようにも前に進まないと云った感じで、這いずって逃げ出すラキーム。


一方、纏わり付くゴーストを全く気にもしてない様子で、


「全員、出たか」


と、Kが言う。


「ケっ、ケイ!!」


ゴースト達の顔が歪み、悪鬼の様になった。


“Kに襲い掛かる”


と、ポリアが慌てる。


だが…。


Kの剣が、眼にも止まらぬ速さで閃いた。 彼に纏わりつく沢山のゴーストは、瞬時に金色の閃を引いてバラバラと斬られる。


― お゛お゛お゛………。 ―


気持ちの悪い、呻きか唸り声を上げ。 ゴースト達は霞の様に消えていく。


それでもK本人は、ゴーストなどには気にも留めず。 ガロンが見ていた湖に歩み寄って、その全体を窺うと。


「チッ、これは厄介だな。 湖全体が暗黒の力を受けて腐り、死霊の巣に成ってやがる」


この稀に見る凄腕の包帯男をガロンも見て。


「やはり、湖の全体が取り憑かれてるのか?」


「あぁ、早く建物の中に入る所を探そう。 その内、湖からモンスター共が這い上がってくるぞ」


這い蹲った事で、鼻水に土が着いて汚れた顔をするラキームが。


「ひょんな所がっ、ごこにあふぅっ?!」


息が上がって恐怖に戦き、また驚きを繰り返し口が云う事を利かないのだろう。 喋る声が嗄れて上擦り、ハッキリした言葉に成っていない。


“そんな所が、何処に在る”


これが、今の叫んだ内容だ。


彼に見向きもしないKは、四角い巨大建造物を指差して。


「今、走り抜けて来た“ゴーストネスト”になってる道が、建物の南側に添う茂み。 この湖の前は、建物の西側だ」


学者的な見解に基づいた説明だが、ラキームには何のこっちゃ解らない。


「だからどうしたっ!!!!」


怒鳴る声すら泣き声の様に聞こえて来るラキームにで在り。


間近で見るポリア達は、その姿にうんざりする。


怒鳴られたKは、詰まらなそうに続けて。


「昔の‘神殿風建造物’ってのは、太陽に窓を向けて光を取り込み。 ステンドグラスや石像を拝む、そうゆう造りに成ってる。 つ~事は、入り口は基本的に全て西側に作られる」


その説明を受けたラキームは、立て膝となり。


「前置きが長いっ。 要点だけを早く言えっ!!! この愚か者っ!!!」


と、吠えた。


彼を見たくもなく、声を聴きたくも無いポリアは、次第にイライラして来た。


「煩いわねっ。 それより、その汚い顔はなんとか成らないの?」


言われて気付く土の違和感に、ラキームはハッとして急いで服の袖で拭うも。


汗を軽く手袋で拭ったマルヴェリータが、冷たくラキームを一瞥し。


「あら、余計に汚い顔になったわね。 土に塗れた方が、綺麗だったわ」


と、歩き出すKの後に続いた。


然し、既にラキームなど眼中に無いシェラハは、ラキームの顔すら見てない。 ラキームの護衛として来た兵士達は、司令官をコケにされて威勢も張れずに困る。


さて、森と湖に囲まれた神殿型の城は、巨大な正方台形の土台をしていて。 その土台の中心にして、土台の上に円錐の山のように聳える塔を有する。 土台の下の壁は、真っ白い石だったのだろうが。 今は、不気味な苔と蔦が外壁に生えて、見栄えは悪い。


建物を窺うガロンは、その塔の上に雲が渦を巻いているのがとても気に為った。


「あんな風に、雲が渦を巻くのか。 ・・初めて見る」


そう呟くガロンに、Kが。


「当たり前だ。 こんなもの、今に、街に出てきたら大問題だゼ。 此処は、城を根城にする怨霊に因って異界化した、幻想空間だ」


「な、なんだとっ?!! 現実の世界では無いのか?」


「当たり前だろう。 此処は、城に居る主がテリトリーとして、過去の世界を生み出す為に時間の流れを堰止めたんだろうさ。 凶悪なゴースト、悪魔などのモンスターが持つ能力さ」


その見解を聴くガロンは、慌てる様にズィっとKに近寄った。


「お前っ!! こんな能力を持つモンスターなどっ、そうそう居ないだろうっ!!!!!」


怒鳴られたKは、苦く笑って。


「そんなの、ちっと考えれば解る事だろうが。 恐らく上に居るのは、最高位のゴーストモンスター辺りじゃないか?」


Kの話を聴くガロンは、眼をギョロっとさせる。 ゴースト自体が、倒すのに面倒なモンスターなのは十二分に承知だ。 そのゴーストの上位モンスターの恐ろしさも、冒険者が長かったガロンは知っている。 理解が進むにつれて、ガロンの顔が焦りに染まり。


「お前ぇっ、敵の見当がついてるなら言えっ!! 一体、どんなモンスターなんだっ!!」


「さぁ~、な。 遭うまでは、ハッキリとは言えないが・・。 赤い炎のような人型なら、〔ジェノサイスホロウ〕。 黒い人型で骸骨姿なら、〔アビレイス・インフェルノ〕・・だろうな」


「な゛っ」


Kの挙げたモンスターの名前を聴くガロンは、その場に震えて黙る。 余りの強敵に、目の前が真っ暗に成る思いがする。


一方で、事態が全く見えないラキームは、ガロンに近寄って。


「な・・なんだ、ガっ・ガロン? アビレなんとかとか・・、ジェノなんとかホロウって、なんだ?」


此処で、僧侶で在るシスティアナがブルブル震えて。


「ションなの、ぜぇったいにかてませ~んよぉ。 ど~っちも、死霊系最強モンスターでぇす~」


ガロンの驚きやシスティアナの怯え様を見ていたポリアも、事態の意味が解ってきた。


「ちょっ、ちょっと待ってよ・・・ケイ。 死霊って・・確か、高位に成るとさ。 人を呪い殺す、とんでもない呪術を遣うんじゃないの!!?」


周りが慌てるのに、ぞんざいな動きでKは頷く。


「まぁ~な、即死術にも種類が在るが。 此処に巣喰う主なら、訳も無く遣えるんじゃ~ないか?」


その返事にて、全員がKを見た。


もう、恐怖に気が狂いそうな顔のラキームが。


「かかか勝てるかぁーーーーーーーーーっ!!!!!!」


と、喉を潰さんばかりに怒鳴り散らした。


然し、入口を探すべく歩き出すKからは。


「何で、わざわざ死にに来るんだよ。 それより、早く入り口を探すぞ。 日が暮れる前に粗方の始末を終えないと。 それこそ、俺以外はみぃ~んな死んじまうぞ」


その余りにも余裕過ぎるKの態度を見たガロンは、或る疑問が浮かび上がった。 そして、それを確かめずには居れなくなり。


「貴様ぁぁ・・、こう為る事と全て知っていたのかっ?!!」


問われたKは、其処に落ちた物でも拾うかの様に、これまたアッサリとして居て。


「まぁ、大凡では、な」


「何故だっ?」


「この建造物で起った歴史的事件を、俺は或る伝から聴いて知っていた。 だから、大体の想像はついてたさ」


こう聴いたガロンは、此処までラキームと自分が引きずり出されたと確信した。 だからこそ、今の涼やかに入口を探そうとするKの本音に、自分とラキームに向かう悪意染みたモノを感じて。


「何でっ、キサマ一人で来なかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!!!!!!」


と、有りっ丈の怒声を吐き出した。


辺り一面に響き渡る怒号は、ガロンの息を乱した。 スケルトンと戦っても、‘ゴーストネスト’の中を走っても、さして乱れなかったガロンの息を、だ。


入り口を探すべく歩き出そうとして、その怒号に因り立ち止まったKは、誰も居ない横を向くと。


‘ニヤリ’


包帯から覗ける口元を動かした。


ギョッと眼開いたガロンは、しかとその含みの在る笑みを見た。


明らかに、包帯から覗ける口や眼が、ほくそ笑んだ。 そして、ガロンやラキームを見る訳でもない素振りながら、やや間を置いてから。


「そんなのは・・・、決まってンだろうが。 テメエと、その横に居るバカ町史のお陰で、こんな場所へ逃げ込まなきゃいけなくなり。 足掻く手段も無くて、無惨にも死ぬハメに成った女が居る。 この救出作業は、その弔いだ。 町に戻るまで、しかとその薄汚ぇ眼で見ておけよ。 自分達の撒いた悪行の末を、な」


そう言ってKは、ガロンとラキームに向くと。


「仮に、お前達が雇った冒険者達が、失踪に見せ掛けてクォシカを誘拐したとして。 お前は、そしてそのクズ野郎の町史様は、一体どうした? あ?」


この問い返しに、ガロンは自分達の悪行が悟られている、と言葉を失う程に驚くのだが。


一方のラキームは、Kから‘クズ’呼ばわりされて苛立ち。 その感情的な性格から想うままに。


「喧しいっ! ウルサイ、ウルサイっ、ウルサーーーーーーイっ!!!!! 全ては、クォシカの方が悪いんだっ!! 婚約破棄などせずにっ、俺の女になれば良かったモノを・・・断りやがってぇぇぇっ!!!!!!!!!」


己のした事を知られ、焦りから怒って癇癪を起こし始めた。


だが、彼の感情的なままに垂れ流される話に因り、遂に自白がされた・・と、云って良いだろう。


クォシカを詰るラキームの声に、シェラハが堪らずラキームに寄った。


「やっぱり・・やっぱりっ! 貴方がっ、クォシカを襲わせたのねっ?!! 卑怯者っ、貴方は最低のクズよっ!!!!」


こう責め立てられたラキームは、シェラハにもヒステリックに怒鳴り返す。


「ウルサイっ! ウルサイっ、ウルサーーーーーーイっぃ!!!!!!!! 黙れ愚民っ、俺は町史だぁーーーーー!!! お前等とはっ、各が違うんだぁーーーーっ!!!!」


怒鳴り散らす事で更なる本性が現れたラキームは、気が狂って居るかの様な人間だった。 止まらない罵詈雑言を張り上げ、クォシカのみならず自分の父親まで馬鹿にする始末。 この醜すぎる様子には、ガロンも、兵士達すら辟易とした顔をする。


そして、喚き続けたラキームが、シェラハにまで狂暴な眼を向けて、何をするのか迫ろうとしたその時。 誰よりも先にポリアが剣を引き抜いて、ラキームの首に突き付けた。


「はぁがっ」


切っ先が喉に向かって来たので、ラキームも息を呑んで声が出なくなる。


これに驚くのは、ガロンと兵士達だろう。


「貴様っ!!」


と、ガロンが怒鳴って、剣の柄に手を掛ける。 


一触即発の緊張感が溢れ出し、ポリア達とガロンや兵士達の互い間に、緊張が走った。


然し、ポリアは、ガロンや兵士を睨んで。


「勘違いしないで。 まだ入口も見付かって無いのに、煩いのよ。 コイツ」


と、言ってから、ラキームを睨み付け。


「この異界を生み出す親玉を潰さないと、町にも帰れないんだから。 死なない様に、アンタも協力しなさいよ。 元は、全部アンタの撒いた種でしょ? 死にたくないなら、コッチの妨げにならないでよね」


珍しく、ポリアが冷静に判断をした行動をする。


「はっ・・はいっ」


暴走から静まって、了承したラキームの首からポリアの剣は離れた。


「シェラハ、先に行くわよ。 喧嘩してる暇は無いわ。 クォシカを見つけるのが、最優先よ」


怒り心頭に発して、爪が痛い程に拳を握ったシェラハだが。 確かに、此処まで来た目的はクォシカを捜す為、と思い返してポリアの言葉に従った。


ラキームを焚き付けたKは、其処までの様子を見て。


(フン。 存外にポリアは、いい冒険者に成るかもなぁ。 ま、まだまだ経験が足りないが、・・な)


ポリアの精神を見定めて、冒険者として立派に成るかも知れない素養を見つけ出したKだが。 今にすべき事を優先して、入り口を探す事にした。


黙ったラキームと庇う様に前へ出たガロンを見捨てる様に、Kは先へ行く。


城壁の様な西側の壁伝いに歩き、湖の全体を見渡せるまん前付近まで来ると。 大きな二枚の両開きとなる、木の扉が在った。


かなり腐食している扉だが、重厚感はまだ持っている扉を見るポリアが。


「これが残るって、‘異界’に為った所為?」


と、Kを見た。


扉の前に立つKの頭が、丁度半分ぐらいの高さに来る。 Kの倍以上は在りそうな扉が、風化して朽ち壊れかかっている。


「だろう、な。 片側の扉は、嵌ったままで動かないが。 もう一方の扉は、開きそうだ」


扉の前に集まるK達から、ラキームの方は少し離れていた。


そんな事など気にもしないポリア。


「ケイ、中に入るんでしょ? 片側でも、開けっ放しにしとけば?」


然し、扉を見ているKは。


「いや、もう中身が腐ってる。 こんなものは、蹴り倒せば問題無い」


と、‘おもいっきり’でもない足蹴りを扉に見舞う。


― ギッ、ギギ~~~。 ―


不快な音を立てながらも、扉は閉まった姿のままに外れて、建物の中に倒れてしまう。


― バタァ~ン!!! ―


内側のロビーと成る床に倒れた扉は、かなりの埃を舞い上げた。


開けた中を見て、Kは開口一番に。


「ほ~、こりゃまた流石だね。 建物の中は、昔の芸術品の塊だゼ」


埃を除ける様に手を動かし、中へ踏み込んで行く。


‘埃臭い’、と腕で鼻と口を塞ぐ格好をしたポリアは、


「学者って、こんな非常時にも知識欲が沸く訳?」


と、Kの知識欲に呆れた。


「ですな~」


同感と頷いたイルガは、恐々と先に入ろうと足を進めるシェラハを気遣い、一緒に中へ入った。


さて、皆が入った建造物の中は、既に何百年も経っているのに。 当時の当主が居た権威を窺わせるものだった。


先ず、広がるロビーは、埃と蜘蛛の巣が体積してゴミばかりなのに。 その隙間から汚い床に見える絵は、神々に因る伝説の天地創造を描いた大作である。


また、周りを見れば、入り口の壁に沿って入った直ぐの左右の奥には、廊下と思しき空間が開いていて。 その壁一面にも、飾り絵の壁画が施されて在る。


だが、一番の圧巻は、まだ光る杖を持つポリアと共に進む先の空間だ。 入り口より、東側へと向かう先には、うっすらと大階段らしきものが見えていたが。 入り口より大階段が見える様に成るには、ロビーを半分ほど進まねば成らぬ。 その幅たるや、普通に歩いて五十歩以上。


ロビーの真ん中より、今度は天井を見上げるならば。


「う~っわ゛、天井までが高っ」


と、驚くポリアの言う通り。


かなり強い光を発する魔法の杖だが、その光でもぼんやりと二階へ上がる階段の裏側が見える程度。 ロビーのこの空間だけで、そこそこの大きな屋敷がすっぽり入る。


大商人の家柄となるマルヴェリータも、家が立派で国内でも有名な方だが。


「昔の貴族って、凄い威勢を誇ってたって聴くけど。 この建物だけで、それが解るわ。 この建造物と、マルタンの王城と、どっちが大きいかしら…」


だが、イルガだけは心の中で。


(お嬢様の本家御屋敷と、大差変わりない規模だの。 塔の部分だけ見れば、高さでは桁違いじゃ)


眺めながら大階段まで来ると。 二階へ上がる大階段から左右へ向けば、離れた壁際にドアの枠だけが暗い口を開けていた。


大階段を光で照らすポリアは、


「これ、相当に高級な絨毯よ。 古い年月を経ても、形がまだはっきりしてるし。 模様も、手作りの古い柄だわ」


絨毯を照らして見て、感ずるままに言った。


Kは、後ろから来るラキームに聞かれたく無い為に。


(否応無しに、上質なものばかり見て来たってか? ま、ポリアの言う通りだかな~)


内心で想うに留める。


分厚い最上質の絨毯が、大階段に敷かれていた。 その階段を上がった先は、祭壇の様にも見える踊り場になり。 其処から前方に、更に上へ行く階段と左右に分かれ二階へと上がる階段に分かれる。 踊場から先に上がる階段は、恐らく塔となる上部に向かう階段と思われる。 一方、二階へと半円形に伸びる階段は、二階の壁に設けられた、円形の廊下に行く。 塔を形作る上部の為か、二階の廊下はグルリとロビーを見下ろせる。 それはまるでバルコニーの様だった。


「地方でこの立派さは、凄いかもね」


ポリアの呟きに対して、その広さと造りの全てに他の皆は圧倒されそうだ。


「お嬢様。 こんな建物は、お城でもそうそうに在りませんぞ」


と、イルガも言う。


大階段前に居るK達へ、後ろから探り探り来たラキーム達も近付いた。


「な・なんと云う広い建物だ。 我が屋敷など、蟻の様ではないか…」


廃墟と云う虚無感の中に、こうも古い昔の豪華絢爛たる様子が残せるものなのか。 ロビーを見るだけで、圧倒される雰囲気に呑まれてしまう。


皆、ロビーの中に伸びる光の杖が照らす様子に、見る事へ気を奪われ目的すら忘れ掛けた。


処が、其処へ。 気付けの様に、Kが言葉を投げる。


「さて、どうやら親分から合図が出たかな? 檻に入った俺等を殺しに、亡者共が現れるみたいだゼ」


Kの話に、全員が警戒して身構え、辺りを窺う。


「何処?」


「建物の奥かっ?」


次々と声が上がり。 廊下、扉の無いドア枠の先、大階段、二階・・・と。 光の杖を持つガロンとポリアが、解る範囲の彼方此方を探る。


然し、Kは前の大階段の方を向くままに。


「違う。 外の湖だ」


びっくりした全員の顔が、慌てる様に、睨む様に、外へ向いた瞬間。


― う゛う゛………。 ―


― あ゛ぁあ゛………。 ―


先ほど、スケルトンと一緒に現れたゾンビが発していた声が、此処でも聞こえて来る。


「なっ!!!! なんだぁっ?!!」


嬌声の様な裏声にて、ラキームが不気味な声に反応する。


僧侶のシスティアナは、背後から沸き上がる津波の壁の様な暗黒の力にアワアワと驚いてしまった。


この一向の中でも眼が良いポリアは、湖から這い上がって来た人影を見付ける。


「ゾンビだわっ! 湖からホラ・・次々と上がって来てるっ」


ポリアの言っている間にも、湖より一体・・また一体とモンスターが這い上がってくる。


‘モンスター’と大まかに括ったのは、外に出れば解る。 ゾンビ、スケルトン、ゴーストに加えて。 カビの色か、何の色かは解らないが、蒼い肌をしたゾンビまで現れていたのだ。


「ケっ、ケイっ!! 数がっ、尋常じゃないわっ!!!!」


悲鳴に近いマルヴェリータの声が、建物に響き渡る。


ゾロゾロとこの建造物の入り口に集まるモンスターも群れは、もう目では数え切れない。


「あ゛っ、あんな数っ、どど・どうするんだぁっ?!!!」


逃げる場所を探すラキームが、ガロンと共に階段に来た。


モンスター達の様子を窺うKは、前に出ながら皆に。


「二階じゃ無く、周りの物陰に隠れてろ。 モンスター達を俺に照準を合わさせるんだ。 いいか、息を殺して声を出すな。 さ、早く散れ」


こう言って、一人で皆の間を抜けて入り口に向かった。


こんな危険極まりない戦いに、参加する気など失せたガロン。


「ラキーム様っ、早くこちらへ」


兵士とガロンに連れられて、もう腰砕けのラキームは大階段の右側と成るドア枠の先の部屋に連れ込まれた。


シェラハを庇い、隠れるマルヴェリータやイルガ達。


ポリアだけKの傍に居て。


「一人で大丈夫なのっ?!!!」


と、流石に心配する。


だが、Kの様子に、焦りや緊張感がまだ見えない。


「それより、足手纏いが邪魔だ。 お~ば~かチャンのポリアに心配されるとは、俺も引退期が近いかね~」


もう、集まるモンスターの先頭が、蹴倒した扉を踏みつけて入って来ようとしている。 モンスターの群れを見て、焦りむくれたポリア。


「もし駄目だったらっ、化けて出てやるんだからっ!!」


怒鳴ると同時に、隠れる為にKから離れる。


離れ行くポリアをチラッと見たKは、入って来たゾンビを見て居ながらに。


(おいおい、駄目なら俺も死んでるってよ。 誰に化けて出るんだ?)


そんな事が詰まらなくも、彼には笑えた。


壁を突き抜けて来たゴーストが、真っ先にKへ襲い掛かる。 既に、何時の間にかKの剣は腰から抜かれて、二体のゴーストが斬られて掻き消されるように薄れて消える。


一方、隠れたシスティアナが、ガタガタ震えながらも興味津々と覗き見て。


(アワアワアワ・・レヴナントまで、いましゅ~。 ご・こわいでしゅ・・)


ブツブツ云うこの声を聞いたマルヴェリータは、知らないモンスターの名前に。


(システィ、それって何なの? もしかして、蒼いゾンビの事?)


(そっ・そそそそ・・。 つよ~いつよ~い憎しみで、ゾンビしゃんになったモンスターですぅ・・。 人のオニクが、大好きなんですぅ~。 あのモンスターさんに食べられちゃうと・・、死んだ人は呪いからカクジツに、ゴ~ストになっちゃうんですぅぅぅ)


ゴーストに成った自分を想像したマルヴェリータは、


(物凄く、嫌ね)


すると、勢い良くマルヴェリータに振り向いて来るシスティアナ。


(しかもっ、レヴナントは、モ~ドクを爪とぉ~歯にもってましゅっ! ドクドクネイルとドクドク噛み噛みでぇす)


独特な語りはそのままに、何処となく興奮しているシスティアナ。


勢いに気圧されたマルヴェリータは、目元をヒクつかせながら。


(システィ…。 こんな状況でも、そんな言い方が出来る余裕・・・在るのね)


Kに向かうモンスターをまた食い入る様に見るシスティアナは。


(くっ、クッセ~でしゅ)


聞いたマルヴェリータの方が、理解するのに一瞬の間を要してから。


(クセ・・でしょ?)


皆が、経過を見守る中で。 先行して来るゴーストを斬り払いつつ、ゆっくりと後退するK。


ポリア達とは反対側から窺うガロンは、Kが態と後退しているのは直ぐに解ったが…。


(あの包帯男、一体あのモンスターの群れをどうするつもりだ?)


Kは、左手だけでモンスターを斬っている。 不思議なのは、その左手が淡く黄金の光を湛えている事だろう。 使わない右手は、背中に回してコートの下に入れているだけだ。


先に向かって来た、二十体以上のゴーストを倒した時。 スケルトンやゾンビ達が、全てロビーに入った。


(う゛わぁ~、気持ちワルゥ)


群れるゾンビやスケルトンを見るポリアは、腐乱したゾンビの姿が薄気味悪く。 背筋にゾクゾクと悪寒を覚えた。


その踏み込んで来たゾンビやスケルトンは、後から後から来る後続に押し込まれ。 ロビーの左右に広がり、全てが入ると何十体もの群れとなって、Kに襲い掛かるべく歩みを速めた。


ゆっくりと下がっていたKだが、もう入り口に来る影すらも見えないと解るや。 一気に振り向いて走り、大階段の下から三段目ぐらいまでに駆け上る。


(何っ?!!)


その駆け抜ける一瞬の早さたるや、瞬間移動したかの如く。 見ていたガロンを始めポリア達も固唾を呑み、手に汗握る息詰まった状態へ。


モンスターの群れが大階段に近付いた時、モンスターの群れに向かってKは右手を動かし。


「苦しみから解き放ってやる、もう眠れ」


と、右手に持った何かを投げた。


(あ゛)


(何っ?!)


成り行きを窺う皆の眼に映るのは、Kの手より放たれた白い拳大の真珠の様な珠であった。 流れる様に放物線を描いて、モンスターに飛び込んで行く珠の様子は。 見ている皆には、酷くゆっくりとした光景にすら見えたが・・。 それは、実は一瞬の事。 そして、群れの中に吸い込まれる様に落ちた後。


「うわっ」


「キャっ」


「ちょっ」


白く目映い光が、珠の落ちた場所から零れ出す。 光は一気に膨張して辺りを包み込んで、ポリア達も、ラキーム達も、様子を見ていられなくなった。


(ケイっ! 何処よっ?)


と、白くなった前を捜すポリア。


だが、彼女が一瞬だけ見たKは、光に背を向けつつ横顔をモンスターに向け立って居た…。


さて、溢れる光の中からは、白い鳥の羽が溢れんばかりに現れて飛び散り、ロビーに殺到したモンスターへと降り注ぐ。 光は、モンスターの身体を貫いて動きを止め。 舞い降り注ぐ羽は、モンスターの身体を溶かすように光を放つ。


すると、どうだろう…。 スケルトンは、ボロボロの剣を落としてはガラガラと解れ崩れて逝き。 ゾンビやレヴナントも、憎しみ苦しみに歪んだ顔が心なしか穏やかに成って、塵に為って逝く。


「・・・」


光が収まってゆくと共に、見直す全員の前で羽に浄化されたモンスターは塵と成り果て。 床に落ちて消える羽と共に、群れの姿は消えていた…。


全てが消えた後、ポリアがロビーに出てきた。


「き・キレイ。 ・・な、何これ?」


階段の上に佇むKは、ポリアの方を向いて。


「今、モンスターに投げたのは、“天使の羽ばたき”と云う魔宝珠だ。 光の上位精霊の一人が、羽を持つ天使でな。 三百年前は、こうしてその力を宝珠に出来たらしい」


後から出て来たマルヴェリータは、最後に消える光の羽を見て。


「でも、この羽根に触れた時、なんか・・ゾンビの顔が穏やかになったけど?」


後から出て来たシスティアナは、喜んでいる。


「すごぉ~いですぅ! み~んなみぃ~んな、にくしみや~うらみから開放されたんです~。 フィリア~ナ様みたいです~」


ポリア達が出た事で安全を知るラキームは、ノコノコとロビーに現れると。 Kに向かって胸を張った。


「フン、いいもの持ってるじゃないか。 さて、後は主だけだろう?」


と、楽観視をした。


だが、馬鹿を見る様に半眼のKは、


「バ~カ、まだ他にもモンスターは居る」


「あ?」


「この建物の他の階層からは、まだ雑魚モンスターの気配がしてる。 此処まで倒したモンスターの数は、ざっと見積もって全体の七割くらいか」


これまでに現れたモンスターを思い浮かべたラキームは、三割と云うなら十体や二十体で無い事ぐらいは解る。


「なんだとぉぉぉ…。 まだ三割も残ってるのにっ、あんなイイもん使ったのかっ?!!!」


理解してくれた事に、Kは余計な説明が省けたとニヤリ。


「あぁ、そうだ。 最後の群れは、町史サマの武勇伝に取っておいてやった。 主は引き受けるから、雑魚は頑張って倒してくれ」


「うむむむ・・・ふざけるなぁっ!!!」


と、怒鳴ったラキームだが。


ポリアが青筋を立て、ラキームを睨み付け。


「首斬られないと、解んないかしらねぇ」


殺気を感じたラキームは、慌ててガロンの後ろに隠れる。


さて、此処でおかしい点に気付いたのは、マルヴェリータだった。


「ケイ、ちょっと待って…。 なんか、なんか変じゃない?」


「マルタ、どうしたのよ急に」


ポリアは何も気付かないから、何が変なのか解らない。


マルヴェリータは、包帯男に問う。


「ケイ。 どう考えても、モンスターの数が多すぎるわよ。 だって、そうでしょ? 百年近く前に、子供を捜して行方不明に成った町人は、確か五・六十人でしょ? ゴーストの数にしたって、ゾンビの数にスケルトンの数を足したら、ゆうに二百は超えちゃうわ」


ポリア達は、確かにそうだと気付くのだが。


Kは、然して驚く事も無く。


「ま、そうだな」


その余裕を見て、ポリアが含みが在ると思い。


「まさか、ケイ。 この城で亡くなったのって・・・、主だけじゃないの?」


その問い掛けに、呆れた様に成るK。


「おいおい、ポリア。 貴族出のお前なら、それぐらいは解るだろうよ。 世界の城で、主だけの城なんてそうそうに無いゼ?」


Kの態度で、マルヴェリータは確信した。


「やっぱり…。 アナタ、本当に此処がどうゆう所か、前もって知ってるのね?」


頷いて返すKは、ロビーを見回しながら。


「まぁ、な。 此処は、誰にも知られなかった或る惨劇の舞台さ。 そう、“アデオロシュの惨劇”、のな」


Kが言った通りに、誰も聞いた事が無い言葉だった。


Kは、話を続けて。


「この国の国民が知る歴史・・“無血の交代”。 アレには、封印された裏が在ってな。 この場は、無血と謳われた革命の中に決して語られぬ、大勢の血が流れた或る惨劇が在った場所なのさ」


その語りに、シェラハはおろか、ラキームですら目を見張る。 この国で歴史を学ぶ上で、貴族や一般人と境界線は無く。 誰もが学ぶ歴史が、‘無血の交代’だった。 その改革をした王は、〔革命王レブセテイル〕と呼ばれ。 ホーチト王国では、第一に人気の高い英雄だ。


この国の出身で在るマルヴェリータは、この国の歴史を汚された気がして。


「嘘よっ!!。 レブセテイル王の行った革命に、血なんて一滴だって流れてないわっ!!!」


感情を露わにして反論する。


その声を聞いたKは、不敵に笑って口元を変えた。


「おいおい、そんなに人間がキレイな生き物かよ…。 ま、改革の旗印に成り、成らされんだ。 それくらいの伝説も、民衆と云う新しい力を造る意識の結集には、確かに必要だわな」


一人でゆっくりと振り返ったK。 一歩、一歩と階段を上がって、その話を掘り下げ出した。


歴史的大変革、〔無血の交代〕。 それは、このホーチト王国の栄光と言えた。


三百年ほど前の或る時まで、この王国も絶対王政の下に貴族至上主義が敷かれ。 厳しい階級制度と貴族中心の政治が国民の上に君臨していた。


当時、革命前の王は、専横の激しい冷血人間だったが。 自分の子供達の中でも第八王子のレブセテイルだけは、正に依怙贔屓と言って憚りないほどに可愛がっていた。


処が、その時のホーチト国は、まだ平和な国の方で在ったが。 ホーチト王国の北に在る大国は、既に秩序無き内戦状態に在り。 ホーチト国は、北側の国境を封鎖していた。


然し…。


今は、〔スタムスト自治国〕として、民主的な政治が行われる北側の国だが。 大変革の前は、理想を掲げていた解放軍も、貴族と王族から成る王国軍も、その狭間で無秩序に力のみを掲げる多種小数の勢力も、百年以上の内戦状態で疲弊していた。


そんな中、北側の国で戦う解放軍と政府軍の双方が考えていたのは、自国の南部に位置するホーチト国に戦争介入させ。 最終的には、北の大陸最大にして世界最大の国土を誇る、ポリアの生まれた国のフラストマド大王国を巻き込み。 最悪の泥沼化にして、どちらか一方を他国に殲滅させようと企て始めたのだ。


その陰謀の魔の手は、当時は既にホーチト王国へ伸びていた。 改革王レブセテイルの父と成る当時の王には、自分が選り好みして妻にした婦人とその子供達が、次の王座を狙い暗躍し合っていた時で。 国王も、まだ王位を退位する気が全く無いのに、婦人達と子供達が出しゃばる事に対して強い不快感と不信感抱いていた。


また、婦人達と子供達は、大臣や軍人の将を巻き込み、戦争への介入派と反対派に分かれていて。 その分裂する要因を作る切っ掛けは、北側の国からの策謀に因る間者の暗躍が、影響を大きくしていた事は確かだった。


戦争介入を反対していたこの国王は、自分の息子8人の内、5人をその疑心暗鬼から殺してしまった。 理由は様々だが、一番の理由は次期王座の約束を勝手に取り付けようとした事。 二番目は、戦争介入に向けて母親と共に内通した事が理由とされた。


さて、そうした環境下にて、まだ少年の頃からレブセテイルは、新しい国の構想を持っていた。 貴族のみが支配する政府の階級制度を緩和して、学者などの識者を国家運営に参加させると共に。 商業や農業を一般国民に開放し、経済力と文治で国を動かそうというのである。


この当時。 全ての街・町・村は、領主たる大貴族が支配し。 土地・商業・農業の権利は、大貴族から赦された地方貴族が持ち。 一般の民は生かされて居るだけの奴隷に近かった。


然し、この時は既に転機は訪れ始めていた、と言って良かった。 貴族支配を永らく助長していた超魔法技術だが。 その技術の崩壊により、戦いに扱えば街も人も消し去る力が滅びて無くなった。 貴族が大金を出して、用心棒の様に威勢を張る助けをしていた魔法遣いが消えたのだ。


また、或る街では、超魔法の恩恵を受けていただけに、街の大半が崩壊したり。 空中に浮いていた巨大浮遊都市は墜落して、滅亡した。


王侯貴族が絶対的な力となる超魔法を失った事で、数千年を超える間に抑え付けられていた民衆だが。 遂に、反抗する機会を与えたのだ。 その過程で、世界最古にして世界最大の王国フラストマドでは、民衆から政治家や商人を抜擢して、政治に組み込む試みが行われつつ在った。


最も古く貴族支配の強い国で改革が始まったのだから、貴族支配が横暴に至る街や国では、解放の志を持った民衆が団結し始めたので在る。


民衆の様子を気にするレブセテイルは、


“早くこの国も改革に着手しなければ、北側の国の様に内乱へと陥るのではないか”


と、危惧したのだ。


そして、父親の強権に守られ育った彼だが、遂にその転機の始まりが訪れる。 それは、レブセテイルの結婚に在った。 皇族の遠縁にて、当時の軍事権の大半を持っていた大将軍が居た。 その娘が、レブセテイルの妃に成ったのである。


この将軍は、レブセテイルより四十歳以上も年の離れた人物だったが。 レブセテイルこそ、新たな国を創る王に成ると信じていた。


そして、結婚から数年してレブセテイルの父親、つまり国王が死んだ時。 大多数の貴族が集まった葬儀の式典時に合わせて、クーデターを起こしたのだった。


そのクーデターでは、王位継承権1位の座に居たレブセテイルを王と認めさせて。 民衆に開放を宣言し、自由の息吹に湧いた国で新たな政策が作られた。


国王と成ったレブセテイルは、直ぐ様に人事の法を改めた。 国を造る人材は貴族だけではなく、農民と商人も含むとして。 貴族支配の下では無く、王国統括の下で農業を推進し。 商人には、不正無き下で自由に商売をしろと広めた人物の為。 今では、商人の崇める王と為っていた。


クーデターは起こしたが、その時に無血での改革を断行した。 その為に、世界でも類い稀な改革の象徴として、レブセテイルは有名な王となった。 だからこそ、レブセテイルをバカにする者など、ホーチト王国の民や商人には居ない。 悪く言うのは、一部の古い思考に凝り固まる貴族だけで在る。


然も、今や商人達が財力を持ってしまい。 貴族出の大臣達とて、商人達を無視できない。 何せ、国政に携わる半分の政治役人は、商人や学者などの一般人の知識人だからだ。


Kの語る革命の道筋を聞くマルヴェリータは、一層にその流血の惨事と云うのが気に入らない。


「ケイっ、無血の改革の成り行きを知ってるのにっ! 惨劇って、一体どうゆう事よ?!!」


感情的に吼える彼女も、商人の家に生まれた人物。 この彼女の態度がこの国の商人を代表する、と言っても言い過ぎでは無いのかも知れない。


階段を上がり切った所の踊場に立つKは、何処か冷めた様な雰囲気を纏いながら。


「あのな。 当時の王位継承権の第1位は、既に遺言からレブセテイルに在ったんだ。 邪魔と成る他の王子は、父親が疑心暗鬼からほぼ殺した。 普通に考えてみろ、レブセテイルが王位に就くんだ。 クーデターなんか、必要ないだろう?」


「それ・は…」


問い返されたマルヴェリータは、咄嗟に反論など出来ない。 燃え上がった感情に、冷や水を浴びせられた感覚だろう。


だが、聴いていたポリアは、Kの話に引き込まれた。 確かに、状況からしてKの言う通りで在る。 貴族の強い権限は、全て王が認めて成り立つ。 反対は出ようが、軍事権限を掌握した近衛大将軍が見方するのだ。 街に回された軍隊も、改革の手に反逆するのは難しいだろう。


言い返す言葉を探して俯いたマルヴェリータに、Kは答えを送る。


「そう、その改革に、クーデターはどうしても必要だった。 起こった事を現実として受け止めればいいだけだ。 必要だったから、将軍はクーデターを起こしたのさ」


此処で、マルヴェリータに代わってイルガより。


「して、その必要性とは、何が理由なのだ?」


「今、この国の民で、強大な権力を持っていた‘アデオロシュ家’を知る者は、殆ど居ないと言っていい。 もし、今でも知ってい居たとするならば、それは改革当時に居た王公貴族の一部…。 恐らく、それぐらいしか知らない筈だ。 じゃ、マルヴェリータよ。 それは、何でだと思う?」


そんな王公貴族の事など、全く知らないマルヴェリータだ。 出来る事は、首を左右に振るぐらい。


すると、踊り場にてKは暗い闇が支配する上を見た。


「アデオロシュ家…。 それは当時、レブセテイルとその彼の弟に次いで、第三の王位継承権を持ち。 過去の代々の当主は、幾度と在ったモンスターとの戦いや侵略する地方部族との戦いにて、特別な武勲を立てた事で有名な王公貴族だった」


この説明で、マルヴェリータがまた顔を上げた。


「継承権の三位って…。 まさか、レブセテイル王の親戚?」


「そうだ。 そして、改革時にクーデターを起こす必要を迫られたのは、このアデオロシュ家の存在が強かったからさ」


「でも、継承権三位だから、直ぐには王位に名乗り上げられないじゃない」


「処が、そうでもなかったのサ。 実は、当時の地方貴族達は自分達の持つ情報筋から既に、レブセテイルの性格を知っていたらしい。 農民や商人を働かせて、自分達は気儘に遊び暮らす。 そんな生き方を永劫の様に続けて来た貴族が、ある日突然に生き方を変えろって言われたって、そりゃあ~無理な話さ」


「ま、まさか、それって・・ケイ?」


「マルヴェリータ。 お前が今に思った、その通りだ。 専横政治を続ける為に、この神殿城の主だったアデオロシュ家の当主のアデオロシュ十四世を王にしよう、とな。 先に、アデオロシュ公と近しい間柄の貴族達が、クーデターを画策していたんだよ」


「まっ、まさか・・そんなっ」


言葉が詰まるほどに動揺したマルヴェリータ。 無血の交代は、作られたものだと言われているに等しい。


「だが、良く考えてみれば、それも当然の動きだろう? 貴族の誰もが、権力の上で楽園人生だったんだゼ? 何で王が代わったからって、その楽チンな金蔓を手放したいと、貴族全員が想うんだ? 例えるならば、今この国にいる商人達で、いざ改革の為に自分の財力や土地や影響力を全て捨てていいって想うのは、何人ぐらい居る?」


グサりと、刺されるかの如く問われた気分のマルヴェリータは、返す言葉が無い。 自分の父親とは、商人としては機転が利いて鋭敏だが。 一方で、人間としては酷く冷たい人間とも言える。 少し穿った見方をするならば、ラキームの様な貴族と変わりが無い。 商売人に徹する為、心を捨ててしまった様だ。


また、その場に居る誰もが、Kの問に答えを持たずに黙った。


その沈黙に、答えは明白とKは話をまた続けて。


「アデオロシュ十四世とは、非常に気性の激しい人間だったらしい。 貴族至上主義・絶対王政に、もっと拍車を掛けたいとすら想っていた、本物の野心家だ。 それに、戦争介入をして欲しい北側の国も、どちらかと云うならアデオロシュに王位をと望んで居ただろうよ」


話が見えて来たポリアは、黙るマルヴェリータに代わり。


「じゃ、クーデターを起こしたのって。 そのアデオロシュって当主の承認無しで、レブセテイルって人を王に即位させる為?」


「ん。 そう言っていいだろうな。 もっとハッキリ云うならば、クーデターを起こした近衛大将軍としては、だ。 国王の葬儀の式典に合わせて来ず。 自分を支持する貴族達の集結を待ったアデオロシュは、そのまま生かして置けなかった。 いや、クーデターと同時か、その直後に殺しておかないと。 この神殿城に集結した貴族の加担で、反旗を翻す事は確実だった。 だから、“無血”の為に、必要な流血を行った」


話の筋が通り過ぎていると感じるガロンは、階段の前に進み来て。


「お前ぇ…。 三百年以上も前の、そんな秘密裏な出来事だぞ。 何で知っているんだ?」


「嗚呼、それも含めて、これから教えてやるさ」


こう答えたKは、この神殿城で起こった惨劇を語り始めた。


三百年以上前の、亡くなった国王の葬儀式典が始まった日。 マルタンの街では、式典に代わってクーデターが在ったその夜に。 アデオロシュ家の居城と成るこの神殿城へ、将軍の配下と成る軍勢が一気に攻め寄せる事に成っていた。


その作戦に先んじて、国王が危篤状態と成った時に手が回された。 オガートの町の民には、先方工作兵が家々を回り。 これからの改革で変わる自由を説いて、住人に厳しい緘口令を敷いていたらしい。


実際には、国王危篤の情報が、両者の作戦への決断に繋がった。 近衛大将軍は、次期王座確実のレブセテイルに対しても対等にしか取り合わないアデオロシュへの隠密行動。 一方のアデオロシュは、各貴族へ自分の王座就任に対する秘密裏な協力要請。


気性激しく尊大な性格のアデオロシュは、王国政府より来た再三の登城要請も無視した。

その行動が、彼の本音を物語っている。


さて、その日の深夜。


明けた次の日には、アデオロシュ支持の貴族達を纏め、王都マルタンへ葬儀出席を果たすと彼は示し合わせていたので。 客人として、地方の一部だが頭数としては数十の貴族達がお供を連れて、この神殿城に泊まっていた。


詰まり、アデオロシュと一緒に遣って来る貴族は反逆者として決め、クーデター軍は攻めたのだ。


当のレブセテイルは、国王の葬儀式典を取り仕切り。 その義父となる近衛大将軍は王都マルタンの警備に忙しいだろう、と密かに集結を企んだアデオロシュだったが。 その企みは、既に近衛大将軍側に漏れていた。


さて、クーデターが起こった事を知らず、この城ではアデオロシュ王の誕生に沸いていた。 その気分の高まりが、逆に静まり返った町の様子を見えなくしたのかも知れない。 深夜過ぎ、周辺の森に隠れていた奇襲の兵にこの神殿城は包囲され。 城内の寝静まりを待って暗殺作戦は始まった。


処が、その時。 唯一この城に、襲撃が在ると知らせに走った者が居た。 それは、この城に自分の家族が奉公していた、学者となる親族だ。 彼は、王公貴族の儀礼知識から内政の才に優れ、この日の夕方まで城に居た。 それが、家に戻るや家族から襲撃を聴かされ、命を擲ってでもと知らせに走ったのだ。


だが、彼は間に合わなかった…。


其処まで聞いたポリアは、この場所で起ったことを想像してゾッとした。


「まっ、まさか…。 無血の改革の為に・・生き証人は作らせない作戦だったの?」


「実に、その通りだポリア」


そう、この襲撃は、王国政府のほぼ誰もが知らず。 また、王座に着いたレブセテイル王すら知らない出来事だ。


その襲撃時、この城には死んだ王の葬儀に態と遅れて行く示し合わせで、アデオロシュの一族を始め。 彼を王に、と支持をするべく応呼した貴族も合わせて、数百名を超える者が居た。


近衛大将軍の計画は、反逆者と成りうる分子掃討だ。 従って、城に居た全員が襲われた。 その中には、アデオロシュの子供らも含めた家族。 城に使えた使用人から住み暮らしていた奉公人も。 そして、その家族すらも全て、町に帰らなかった全員が対象となり。 そして、殺された。


「嘘・・、本当なの?」


と、聞き返すポリア。


その脇では、マルヴェリータが顔を抑えている。


「信じられない・・、そんなの信じられないわっ」


嫌がったシェラハも、歴史の波に閉ざされた凄まじい悲劇に愕然とした。


此処で、Kは言う。


「この城を取り巻く強烈な呪い、これまで現れたモンスターが、その殺戮の何よりの証拠だ。 それに・・・アデオロシュ家とは、交差する二本の剣と燃え上がる炎が家紋」


此処で、後ろを指差して。


「ポリア。 光る杖を高く掲げてみろ」


皆に見られたポリアは、皆を見返しながら杖を掲げる。


すると、其処には。


「あっ」


ポリアやマルヴェリータは、短く驚きの声を上げ。 シェラハは口を手で押さえた。


そう、Kの後ろには、壁に巨大なステンドグラスが嵌っていた。 そして、其処には何と、紅い炎を背景にし、手前で交差する白い二本の剣が在った。


Kは、そのうっすらと見える家紋に向いて。


「唯一の生き証人。 この神殿城へと異変を知らせに走った学者は、間に合わずして殺戮の現場に来てしまい。 その後、一人で町から逃げた」


何と云う境遇か。 時代の波に呑まれてしまったとしても、その悲しみは大変なものとポリアやマルヴェリータは思う。 ポリアに仕えるイルガは、想像するのも嫌になるし。 僧侶のシスティアナは膝を折って祈り、無言で涙を流した。


然し、シェラハは知りたくて。


「その学者さんは、一体どうなったんですか?」


「無論、行く宛も無い。 アデオロシュに使えていた家族は、兵士に殺されてしまった。 先ずは町に戻ったが、町に残った家族や親族は、改革の為、自由の為に、その人物へ真実を語るなと迫った。 アデオロシュ公と貴族を含めた皆々の屍は、封印するために放置された。 そして、近衛大将軍は、アデオロシュ公と集まった貴族は、レブセテイル王の国王を由とせず。 国外に逃げた・・と報告した」


何と云う事か? ポリアは信じられず。


「レブセテイル王は、それを信じたの? 沢山の無関係な人すら殺されたのに?」


「ポリア、今に生きるお前の感覚からすると、使用人などの従者は無関係だろう。 だが、当時の感覚では、関係者だ」


「解んない、解らないよ」


「近衛大将軍は、暗殺の一切をこの町の、この城の敷地に封印するつもりだった。 だから、生き証人は誰一人として必要としなかった。 また、アデオロシュ公と貴族が逃げた形にする為にも、真実を必要とはしてない。 また、家に仕えるとは、忠誠を誓うことだった。 昔の風習や感覚から、当時の近衛大将軍も決めたんだろうよ」


余りにも酷い事に、ポリア達は何も言えない。 だが、先程の大量のモンスターとそれを産み出す遺体の存在は、Kの話に添っていた。


黙る皆の中で、シェラハが。


「それで、その逃げた学者さんと云う人は、どうなったの?」


「殺戮の記憶を抱えたその人物は、役人主体の行政に変わる変化を受け入れられなかった。 町に居場所を失い、彼は他の街に流れた様だがな。 国内の何処に行こうと、改革の機運に湧く民衆の波が有った。 街や村は、全て王国政府の統治下に成り、貴族はその市政に参加する様に、と命令が下る。 権力から解放されて喜ぶ人々に、もう自分の見た事実を語れず。 流浪の後に厄介と為った友人の家で、悲痛のまま床に伏せて死んだ」


光る杖を持つポリアは、Kを照らし。


「その人、死んじゃったのね」


ま、三百年以上前の話だ。 死んでいるのが当たり前だろう


然し、Kは語る。


「だが、その死ぬ時まで彼を愛して世話していたのが、彼を匿っていた友人の娘であり。 俺に、証拠と成るこのアデオロシュの内情を語った学者の、実の祖母に成る」


「へぇ? か・家族が居たの?」


「あぁ、何年も前の話だがな。 或る依頼で、屋敷に取り憑いた幽霊を払った事が在ったが。 成仏させる上で、色々とその経緯ついて知る事と成った。 だが、まさか…。 その惨劇が在った地に来ようとは、露ほども想わなかったがな」


杖が発する光が、一段階弱く為った。 ポリアは、Kをもっとはっきり照らしたくて、大階段を一つ二つ上って。


「貴方が、成仏の仕切れなかった生き証人の学者さんを?」


「そうだ。 それが依頼の内容だったからな」


そう言ってからKは、一呼吸を置いて。


「ま、こんな事を世間で語っても、誰も信じはしないだろうと思っていた。 然し、この場所に来るとなると・・・な」


然し、聴いて居たマルヴェリータは、アデオロシュ十四世の事が気になった。


「ねぇ、ケイ。 でも、そのアデオロシュ家の当主が、何でモンスターに変化したの?」


「おい、そんな質問をするのかよ」


「だって、勝手に王座を狙ったのは確かでしょう? それならば、怨むって言ったって一方的じゃない。 何で、親戚だからってクーデターなんか…」


「はぁ・・、良く考えてみろ。 身近な重臣の執事から末端の使用人のメイドまで。 それに加え、家臣の家族を含めて皆殺しにされ。 自分の家族も皆殺しにされた。 その上、自分を支持する貴族達も軒並み殺されたんだぞ。 その屈辱と怒りで身を焦がし、当時に於いてその美しさは〔オガートの花〕と謳われた自分の妃すら、自分の手で殺した男だ」


「嘘っ、お・奥さんをっ・・自分で殺したのっ?」


話を聴いたKの話す内容は、こうだ…。


暗殺と云う殺戮が行われて、建物のあらゆる場所が血で染まった神殿城にて。 不粋な兵士に妻を殺害されるぐらいならば、自分で殺すとして妻を刺したアデオロシュ候は、この階段で叫んだと云う。


― おのれっ! 下衆な将軍の兵士共めがっ!! この高貴たる我が身体に、貴様らの様な薄汚い輩の刃を入れて死ぬ事など出来ぬわっ!!!!!! 此処に来たゴミ共、しかとその耳で聴き覚えていよっ。 我は、この国の全てを呪い、全ての民と王族を怨み、命の全てを滅する怨念と成ってくれるわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!! ―


彼はそう叫んで、自ら自分の首を斬ったとか。


殺戮が終わった後は、将軍の兵に紛れて居た当時の宮廷魔術師達がこの神殿城を、公孫樹の森ごと封印した。


本当ならば、時間を掛けて埋葬をするべきだった。 然し、事件が明るみに成る事だけは、どうしても避けたかった近衛大将軍の意向に因り。 また一夜の内に、この場所から撤収する為にも、その後永らく誰も入れない様にした。


聴いた事を語るKだが、彼の心境は遣り方を見下している。


「だが、お粗末な始末だぜ。 返ってそれが亡者を守るの温床となり。 遂には、死んで悪霊と成ったアデオロシュ候が、怨霊系のモンスターとして力を付ける事に為った」


まだ若いポリアは、その無情な仕打ちに顔を歪める。


「そんなの、最低じゃない。 勝手に殺しておいて…」


然し、それもまた政治の駆け引きと悟るKで。


「仕方ないのさ。 第一の理由は、この凶行をレブセテイル王に知られるのが、何よりも不味い」


「何で? 誰の為の凶行よ」


「ポリア。 それも政治の駆け引きだ。 もし、こんな凶行を知られたら、話に聴くレブセテイル王の性格からしてアデオロシュ候を弔うだけじゃなく。 何らかの処罰を、自ら自分に下しただろう」


「でもっ、何百って人が殺されたのよっ。 それぐらいは、王様がしたってイイじゃないっ!」


「個人的な感情ならば、そうも言える。 だが、レブセテイル王を含めて、クーデターで屈服させた貴族達に。 解放されて新しい制度に喜ぶ民衆の意識を見せ付け、変わる事に否応なく流れを向ける為には、‘無血の改革’と云う旗頭が欲しかったのさ」


「そんな・・そんなのって!」


犠牲が多すぎる、と納得の行かないポリアだが。


Kは、マルヴェリータやシェラハを見ると。


「この国で生まれちゃ居ない俺やポリアには、それ程の意味は見えない。 だが、信じていたマルヴェリータやシェラハを見れば、その偽りに宿る威力が解るだろうよ。 流血の事実は、レブセテイル王と改革には必要が無く。 新しい国の維持に向かう王には、無粋な現実を知る必要は何処にも無かった訳さ」


「ケイ…」


貴族生まれのポリアには、そのKのする説明が何となく現実的と思わせる気がする。 それが、また返って悲しいポリアだ。


然し、此処でKは、


「だがな。 今のアデオロシュは、既に人でもなんでもないぞ。 あらゆる生命を憎んで、人を亡霊に変える怨霊でしかない。 俺からすれば、只の最低な愚か者だ。 結局は時代そぐわず、時世の流れに逆らった。 地位と利権の為に、自分の寿命も、一家の寿命も消したんだからな」


と、上を睨む。


すると…。 いきなり頭上から、


- ホッ、随分な事を言うてくれるな、不届きな侵入者の分際で。 ―


と、聞き慣れない声が降りて来るではないか。


「わっ」


「な・何っ?!」


「こわいです~、人じゃないですぅ~」


一番怖がるシスティアナには、その声の主がもうこの世に生きていない者の声と解る。


真っ先に睨み付けたKは、上に伸びる塔を見上げて。


「偉そうな声だけか? アデオロシュさんよ」


動じず。 また、初めから其処に射たかの様に語り掛けたK。


誰もが、そう言ったKを見て驚く顔をした。


頭上からの声は、非常に威厳に満ちた男の声で在り。


― 気安く我が名を口にするなっ、下等の民がっ! ―


空間に響く声は、まるで雷鳴か落雷の様な迫力が在り。


「ひぃっ!!」


声に怖れたラキームは、その場の平伏してしまった。


(くっ、なんて威圧感の有る声なの)


実は、本当に王族とも血縁の濃い家に生まれたポリアだが。 こんな威厳に満ち溢れる声は、父親以外に聞いた事がない。


皆、声だけで威圧され、気圧されている。


だが、Kだけは恐れも無いらしい。


「御大層な物言いだこと。 だが、家柄に縛られてる戯け者より、まだマシだよ。 これから俺が、貴様を祓いに行ってやる。 そっちは、安穏と上で待つか? それとも、こっちの手間省きに降りて来るか?」


すると、上から響く声は。


― フンっ! 下賤成る者が、大そうな自信だな。 それなら我が、貴様の身体を八つ裂きにしてくれよう。 上って来い。 我は、最上部で待ってやろう。 ―


話を聞いたKは、呆れた様子で上を見る。


「何処までも、上からだなぁ」


これにポリアは、ポツリと。


「貴方も、似てるわ…」


踊場からKは、ガロンを見て。


「おい、話の通りだ。 俺は、このまま上に行く。 御宅も、一緒に来るか? それとも、此処の調査でもしてるか?」


問い掛けられたガロンは、Kの腹の内を読んでみたように。


「そうは行くか、貴様の手にはもう乗らんぞ。 我々は、この場の調査と退路の確保をする」


返事を聴くKは、あっさりと頷いて上を目指す様だ。


一方的な話の遣り取りが、ガロンとKの間で行われて。 Kは、上を目指して行こうとする。


其処に、


「ちょ・ちょっと!!!」


と、ポリアがKに待ったを。


ポ~ンと五段を飛ばして駆け上がったKは、


「ん? どうした?」


と、振り返った。


「“どうした”、じゃないわよ。 私達はどうするのよっ?!!」


ポリアに叱られた様なKは、襟首に手を入れて首をさする。


「さぁ、自由にしていいゼ。 其処のボンクラ町史と手分けして、下を調査してもいい。 一番の問題は、クォシカの身柄が何所に在るのか、まだ解らないからな。 捜索の目的は、正にそれだ」


Kの意見を聴いたポリアは、呆れてげんなりしてから。


「目的って、依頼の内容がそれなんだから、捜すのは当たり前じゃない。 第一、クォシカがその主の処に居たら、どうするのよっ」


「それは、連れて来るが…」


此処でポリアが、ロビーを指差して。


「こんなデカイ城みたいな場所を、私達だけで探してたらっ! それこそ明日になるわよっ!!!!」


だが、Kもそんな事など承知済みだ。


「なら、適当に捜しながら待ってろよ。 ポリアの言う通りに、こんなデカイ城だからよ。 恐らく、上の最上階に行く手段として、“魔法床陣”ぐらいは在るだろう」


言い訳をされたと感じるポリアは、此処まで来てから一人で行くとは、全く想像してなかった。


だが、ラキームを見たKは、更に続けて。


「ま、この人数ならば俺が居なくても、そのバカ殿を守れるだろう?。 俺が一番に心配するのは、クォシカの今の姿だ」


これには、寧ろマルヴェリータの方が心配しては、頷いて。


「まだ・・モンスターとしても、出て来てないものね…」


同調して頷いたKは、頭上を向いて。


「前に聴いた話だがな。 自決したアデオロシュ十四世って人間は、生前の頃から烈気激しい性格だった。 その上に今は、人のあらゆる存在を呪う魔物。 クォシカの様に純粋な者には、どんな悪辣非道な事をするか。 正直、解ったものじゃない」


先程に、惨劇の事実を知り。 アデオロシュ十四世の声まで聴いたポリア達は、Kの推理を想像するのが怖い。 中でもシェラハは、死体をゾンビやスケルトンなどに変えて、町を襲わせてる主でも在るからと。


「ケイさん。 上の最上階に居る方を倒せば、クォシカの姿がモンスターで在ったとしても、亡骸には戻せるんでしょうか」


「さぁ~、どうだかな。 ソイツは、今のクォシカの姿次第だな。 ゾンビやゴーストに変わって居たら。 アデオロシュを潰して、マルヴェリータに解術の魔法を掛けて貰えば、・・なんとか成る。 だが、高位のモンスターは、もっと面倒なモンスターにも変異させる事が可能だ」


「そん・なっ」


絶望的な宣告を受ける様なシェラハだが。


Kは、更に。


「それから、アデオロシュを潰したとしても。 奴自体が掛けた呪いを終わらせる事が、倒して直ぐに出来るとも限らない」


これを聞いたガロンは、それは聞き捨てならないと。


「待て、包帯。 お前は先程、‘主を倒せば終わる’、と言ったではないかっ」


鋭く問われたKは、一つゆっくり頷き。


「確かに言ったゼ。 だが、正しく言うなら、倒して手順を踏めば終わる。 だからその為にも今は、足手纏いが来るのは非常に困るのさ」


「“手順”だとぉ?」


「そう、この辺り一帯を異空間と変える、その力を持った結界を張ったんだ。 そうなれば、この建物の何処かに必ず、結界の存続を赦す魔方陣が在る筈だ。 それが、これから行く奴の元に在るなら楽でいいがな。 無いと成るならば、探さないといけない」


「何と面倒なっ」


「然し、其処に来ての問題なのは、上に居る野郎が態と怨念を見せびらかすようにしてる。 魂胆は、魔方陣の波動を消す為だろう。 そんな訳で、奴の元に無いなら倒してから波動を探さなきゃならん。 俺は、邪魔をする上の始末をしてから探す」


安全に居たいラキームは、唸りながら。


「なら、我々は下からか…」


「そうだ。 ま、主のアデオロシュを倒せば、マルヴェリータやシスティアナが魔法陣の波動を感じられるだろう。 最高位モンスター相手に、俺以外を連れて行き死人が出ても困るし。 手分けするなら、そっちに手は多いほうが楽だ」


Kは、あくまでも勝った後を考えていた。 然し、その言動はポリアやガロンには受け入れ難い。


「つ~訳だ。 さっさと済ます為にも、俺は行く。 だからポリア。 捜索するならば、モンスターには十分に気を付けろよ」


こう言いおいて、上に行ってしまうK。


踊場より真っ直ぐに上がる階段を駆け上がり、瞬く間に三階より螺旋階段となる塔の上部へと、Kは消えて行く。


その様子を、ポリア達は心配そうに見上げていた…。

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