third episode
冒険者探偵ウィリアム 3部
馬車が向ったのは、ヘキサフォン・アーシュエルの北部の一角に佇む3つのペンタグラフを画いた建物の右側の一つ。
マーケット・ハーナスは、商業国家であり。 行政の主権は、10人の商皇王と云う地位に居る商人達だ。 商売の規模や、街で催す様々な行事に安定した出資の出来る商人達の中で、数年に一度の選挙が行われて決められる。
深い話は省くが、その末端のから上までの選考基準に立ち会うのは市民であり。 ただ売り上げや財力が在るならいいと云う訳にも行かないのだ。 そして、この行政のトップの椅子に長年君臨する一族が、前の話で出て来たセイルの家、“オートネイル”家。 現当主でセイルの父親は、ひ弱なお坊ちゃんであるが。 セイルの祖父は、嘗て剣神皇とまで云われた男であり。 その引退しても悠然と有する発言権は、恐ろしいモノが在ると云われた。
さて、余談を挟んだが。 その商人達が運営する都市国家政府の中枢が、広大な土地に作られた3つの省庁である。 法治国家でもあるマーケット・ハーナスは、非常に悪事には厳しい。 賄賂が横行する一方で、一度罪に問われれば死罪は軽い物である。
更に、その政府の省庁内に於いても、法治政府省と云う役所は非常に大きく力が強い。 この部署に直轄で加わるのは海運・運輸・公正取引分野であり。 ミレーヌ達が所属する警備警察管理部門は、その法治政府省のエリートが出向してくる一部分に過ぎないのだ。
しかしながら、その与えられた権限は、犯罪に対してだけは絶大な権限を持つとか。 特に、ミレーヌ居る上級警察室長は、一個師団レベルの役人の数が与えられて。 20の室長がそれぞれ独自の捜査権を持って事件に当る。 役人をも、室長自ら雇い入れる権限を持ち。 国から降りてくる配分資金の範囲内で自由に雇えるのだ。 つまり、役人は国に雇われて居るのではなく。 室長に雇われて居ると言って良い。
これは、ウィリアムが後々に知り事だが。 ミレーヌは、女性ながらにこの室長を勤めるエリートであり。 彼女自身が文武両道の指揮官で在るのが一つの理由なのだ。 だから、ミレーヌ配下の役人でミレーヌを悪く言う者は居ないだろう。
実際、ミレーヌの父親も同じ室長であり。 父親の頃から引き継いだ役人の中には、ミレーヌの為なら命も惜しまない者も多い。 その意味は、ミレーヌの父親の度量の広さと、ミレーヌの指揮官としての配慮の広さがそうさせるらしい。 他の室長の役人の中には、私服を肥やす違反者も出たらしいが、ミレーヌの配下ではいままで一人も出していない。 父親の頃から数えるなら、40年以上は無傷とか言われる誇れる役人達の一団らしい。
さて、霧が少し薄らぎ始めた頃。 警備警察部署のある大きな建物の前にミレーヌとウィリアムを乗せた馬車が着いた。
「着いたわ」
ウィリアムが、ドアに手を伸ばそうとすると、ミレーヌが先を奪い。
「お客様だから、エスコートしてあげるわ」
ウィリアムは、この色気は在るが嫌気を見せずにそれを堂々とやる美女に呆れつつも感心し。
「重役待遇ですね」
ミレーヌは、微笑んで。
「そ~よん」
と、ドアを開ける。
降りた先は、直ぐ入り口の玄関。 黒いクラシカルな両開きの扉は趣きがある。 建物自体は、石の建築物と見て取れた。 ただ、霧に隠れてその全貌が見えないのが残念か・・、だがかなり大きい建物と見て取れた。
ミレーヌは、施設を見上げているウィリアムに。
「押収物は、3階に並べて在るわ。 まだ、コンラン一家は食事もしてないだろうから、食べさせて来る。 案内するから、来て」
ミレーヌの元に向うウィリアム。
開かれたドアから中に入れば、床が木製で。 歩くと特有のギシギシと成る。 建て付けが悪いのでは無く。 木自体の収縮で出来た隙間の所為だろう。 さて、廊下を歩いて右奥に。 途中、施設内に詰めていた役人が帰宅する所と擦れ違った。
「お疲れ様~、娘さんにヨロシクね~」
ミレーヌが、中年の男に言えば。
「ありがとうございます。 最近、帰りがまちまちなんで、顔が見れないってボヤかれましたよ」
「休みはしっかりね。 緊急時以外で無理しないでね」
「どうも」
ミレーヌと一般役人の距離が、非常に近いのをウィリアムは見た。
(人格は、確か・・・みたいですね)
ミレーヌは、誰とでも声を交わし、疲れを見せずに笑う。 ウィリアムは、確かな人物を見た気がした。
(モルビットさんが女性になったみたいだ)
脳裏に、今頃はどうしているか解らぬ男の顔が浮んだ。
南側の階段で3階に上がる二人。 ウィリアムは、階段から廊下に出た右奥正面の金属製の扉に案内された。
「此処。 中には見張りの役人が居るけど。 気にせずに見ていって」
と、ミレーヌはギィィ~と音を上げて重そうな扉を押し開いた。
ウィリアムを連れて中に入ったミレーヌに、
「ご苦労様です」
敬礼をして出迎える役人の男性。 昨日、事件の有った店でウィリアム達を店の奥の家まで案内した男性だった。
「おはよ、ごくろ~さま」
労うミレーヌの後ろから入ったウィリアムは、見覚え在る顔の男性役人に気付き。
「おはよう御座います。 失礼します」
と、挨拶を。
ウィリアムを見て頷く役人は、ミレーヌに向いて。
「何か御用でしょうか?」
「うん。 このコがね、押収物を見たいって言うから連れて来た訳。 ま、盗みはしないでしょうから、好きに見せてあげて」
「は・・はあ・・・」
ウィリアムは、入って正面と右手の壁に窓が広がり、外を一望出来る簡素な部屋の中へとミレーヌを越えて進んだ。 広さだけは有る部屋には、幅広いドッシリとした長い木の机が何列か見える。 その上には、押収された物や、証拠物件らしい物が置かれていた。
ウィリアムの目は、もう役人もミレーヌも見えていない。 直ぐにテーブルの上の押収物に向って行く。
「・・・」
そんなウィリアムが、何処か学者の様な一本気を思わせ、ミレーヌにはなんとなく可愛く見える。 役人の男性に、小声で。
「事件に関係するかも知れないから。 あのコを邪魔しないでね。 じゃ、一家の様子を見て来るわ」
「は」
ミレーヌは、静かに退室して行った。
さて、押収物を見ているウィリアムは、一家の私物すら少ない押収で、手掛かりは無い収穫だったと見て取れる。 その中で、机の上に何百枚と云う高さで積まれた紙の束が、同じ高さで10近く並べられる机に移動した。
少し離れた窓側の椅子に向った役人の男性は、ウィリアムの様子が気に成った。
(おいおい、アレは店の輸入記録や経常利益の収支報告だぞ・・・。 事件とは関係無いハズだろう)
押収された書類に目を通し始めたウィリアム。 その一枚の白い上質紙にビッシリ書かれた内容を読むスピードの早いこと・・・。 後ろで見ている役人の男性は、一枚を手にとって見始めてから次の紙に移動するまでの時間が歩く歩調と同じなのに驚いた。
「・・・、マジかよ・・。 読んでるのか?」
掠れる様な小声で呟いたつもりだが・・。
「ええ、読んでますよ」
と、ウィリアムが紙を読みながら言い返して来たので。
「あっ」
と、声を出してその場に直立してしまった。
ウィリアムは、ドンドンと読み進めて行く中で、有る資料で手を止めた。
「・・・」
急激に動きを止めて、じっくりと何度も紙の内容を読み返す素振りに成ったウィリアム。
(ど・・どうしたんだ?)
後ろから見ていた役人は、ウィリアムの動きが止まったのに怖い物見たさに似た興味が湧いた。
ウィリアムは、数枚の紙に注目しながら。
「この資料を見ると・・」
「えっ?!!」
急に喋ったウィリアムに驚く男性。
振り返りもしないウィリアムは、紙をヒラヒラさせて続ける。
「この輸入資料を見ると、ダレイ氏の店は他にも有りますね?」
「あ・・、ああ。 ホラ、昨日言っただろう? ポルスとか言う老僕が行ったって言う別の店舗だよ」
頷くウィリアムは、男性に背を向けたままに。
「はい。 ですが、輸入記録にはその他も有りますね」
「えっ?!」
「この資料に載る商品記載仕入れ数を見る限り。 何処か、宿かレストランに野菜や塩などを卸している気配が・・・。 ダレイ氏の商業関係の繋がりで、提携などの繋がりは?」
「あ・・い・いや・・、解らない・・」
「そうですか・・。 店先に出す品数と、記載の品数に食い違いが有りますし。 収支の記載にもバラつきが見えます。 もしかすると、抜け商業でもやってたとか?」
男性は、ハッとして驚きの顔で口を大きく開けた。
「あ・・あああ~っ!!! 商業法の違反じゃないかぁっ?!!」
ウィリアムは、資料を見ながら。
「ダレイ氏は、ご自分で2隻の運航船を運営しています。 他に、輸出・輸入に3社の運送業者と提携してますが。 どれも北の大陸の運航ルートの物ばかり。 なのに、並ぶワインの銘柄などが曖昧記載で、東の大陸のワインなどが混じっていると見受けられます。 コレは、何処かに金を掴ませて報告をボヤかしてる可能性も」
役人の男性は、ウィリアムの脇に走って来た。
「ホントかッ?!!!」
ウィリアムは、資料を見せて。
「解りますか?」
「あ・・・、いや・・・俺はそうゆうのは、明るくない・・」
ウィリアムは、脇目で男性を見て。
「こうゆう事の解る方は、此処には?」
「ああああ・・じ・・事務方をやってる奴なら・・。 まだ、出勤してないかも知れない」
「なら、後でこれを持って、商業の監督基準部から手を裏回しして調べ為さった方が良いですよ。 事件のドサクサに紛れるのはいい遣り方ではありませんが。 暴けるなら、そうした方が」
「あ・・あああああっ。 わっ、解った」
ウィリアムは、この男性役人が随分と慌て性だと思う。 実は、この役人は入って日の浅いお坊ちゃんであった。
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陽が少し上がり。 役人達がそれぞれの部署に出勤して働き出す頃。
2階の左奥。 観葉植物が所々に配された木目の柱が落ち着きを醸し出すモダンな一室に、ウィリアムとミレーヌ。 そして、3人の役人が部屋の四隅に散った中での部屋中央。 三面鏡の様に配置されたソファーへ、7名の人物が坐っている。
各ソファーの前には、ティーテーブルが置かれ。 少し渋みの香りが湧き上がる高山産の紅茶が煎れられて湯気を出す。 部屋に漂う紅茶の香りに、緊張の面持ちで連れて来られた一家の面々は少しも解れずに黙って坐っていた。
さて、そのソファーに座る人々と対峙をする形で立ったウィリアムとミレーヌ。 ウィリアムが、3階の押収物で注意した事は、ミレーヌは事件の裏側で内々に調べると言った。
ミレーヌは、少し憔悴した人物も居る中で皆を見回しながら。
「皆さん、警察部上級警察室長のミレーヌです。 今回は、非常に珍しい毒が使用された変死事件ですので、昨夜から今日までお泊り頂きました。 事情聴取が終了し、後に必要事項を告知後。 皆さんの身柄は戻します。 但し、殺人の可能性も色濃い中で、勝手な行動は差し控えて頂きます。 絶えず見張りが着くのは、皆さんの潔白にも繋がりますので。 数日の間は、我慢を」
皆、黙って居る。 ただ、目つきはそれぞれだ。 少し虚ろな目をする者も居るなら、緊張と警戒に染めた目つきをミレーヌに向ける者も居る。
ミレーヌは、ウィリアムをあえて紹介もせず。
「では、これから事情聴取を始めます」
すると、身の丈が高く。 ガッシリした筋骨隆々の少し尖った目つきをする30位の男が。
「役人さんよ。 その横の男は何なんだ?」
ミレーヌは、早くも来た質問にすこ~し詰まらなく思えるのだが。
「彼は、冒険者でウィリアムと云う者よ」
すると、その男は少し威圧する目つきでミレーヌを見て。
「おいおいっ、冒険者なんざ~何で此処に?」
待っていたかの様に、ミレーヌは目つきを鋭く変えて。
「何か不満?」
女だと甘く見たガタイの良い男だったが。 ミレーヌの斬り付ける様な視線に声が出ない。
「・・」
ミレーヌは、この一撃で場の7名に先制の威圧を示したのだ。 ウィリアムに違和感を思わせ、質問させて返す。 7名の中に、緊張の空気が強まった。
「先に言って置くわ。 私は、事件の担当であり、一つの部署を任された役人よ。 誰を雇おうが、私の一存。 彼方達に、その選択の余地は無いの。 私でも、横の彼でも質問された事には答える様に。 私は、無駄で無用な人間を取り調べに呼ぶ気は一切無いわ」
役人は、普段は市民に権限行使は認められない。 だが、容疑や事件に関われば別の話。 ミレーヌは、其処をピシャリと示したのである。
すると。 ウィリアムはミレーヌの前に出た。
「皆さん、私は冒険者でウィリアムと云います。 今回、斡旋所からの回しで今回の事件解明に参加しました。 ですが、皆さんに先ずお聞きしたい。 ダレイ氏の命を奪った毒の事を、誰かご存知ですか?」
「・・・」
7名は、黙る。
ウィリアムは、ミレーヌを見ずに。
「今回使用された毒は、非常に高価で、希少で、作るのが難しい毒です。 この中で、薬の調合や生成に精通した方は?」
すると、頭に白髪の混じる40代半ばから50前後と見て取れる男性が、ウィリアムが見て左のソファーから。
「この中に、其処までの技術を持った人は居ませんよ。 エレンお嬢さんとポルスさんが、軽い調合を出来るだけだ」
ミレーヌは、ウィリアムに耳打ちで。
「彼は、あの店の仮店主で、住み込みで働くジョーンズさん。 年齢は52歳。 隣のふくよかで50前後に見えるメイドのテーラーさんとは夫婦」
頷いて了承したウィリアムは、ジョーンズを見て。
「では、事件の時の事を詳しく教えて下さい。 ジョーンズさんでしたか。 貴方から」
日焼けした顔で、角ばった細い顔が印象的な男性ジョーンズは、奥さんでメイドのテーラーを見てから。
「ああ。 俺は、基本は一日店番だ。 朝から、下働きで俺の右に居るタンデと二人で客相手さ」
ジョーンズの右脇に居る赤髪がクセ毛に伸びる真面目そうな若者が気弱そうに頷き。
「間違い無いです」
ジョーンズは、直ぐに言葉を繋いで。
「あの時は、昼頃で客足が多かった。 俺が勘定を受けて、コイツが品物を紙袋に入れてた時に、“キャアーーっ”って云うお嬢さんの悲鳴を聞いたんだ。 だから、店をコイツに任せて、俺は奥の家に戻った。 そしてら、お嬢さんが奥の居間で倒れてて、旦那様が死んでるって。 毒で死んでるって云うもんだから、驚いて店を仮閉めしちまおうと・・・。 確かに、浴槽も除いたら死んでたからな・・、目ぇ開けたままで・・・」
と、俯く。
ウィリアムは、ジョーンズの奥さんで、メイドとして厨房を預かるテーラーと云う婦人に顔を向けて。
「では、テーラーさんでしたね。 当時の事を教えて下さい」
ウィリアムに言われるまで、俯いて皺の多い悲しげな顔をしていたテーラーは。 こう言われてビクンとした。 握っていた安物のスカートの膝辺りを、パッと放してである。
夫のジョーンズは、年下であるウィリアムにグッと目を向けて。
「コイツはっ・・」
と、言う。
だが、ウィリアムは。
「貴方に聞いては居ません。 どうぞ、お静かに」
言われ方が冷めた物だから、ギュっと拳を握るジョーンズ。 その手を擦るテーラーは、
「アナタ・・、此処は取り調べよ・・」
と、言ってから。 不安を顔に満ち溢れさせて。
「あ・・あの。 私は、お嬢様の悲鳴が聞こえるまでは、厨房に居ました。 最初に、旦那様が外からお戻りに成られて食事をするご用意をし。 旦那様がお風呂に入られてからは、付き人のサレトンさんの食事をご用意していました」
其処に、最初威勢の良い言い方をミレーヌにしたガタイの良い男が。
「確かだ。 俺は、厨房でメシを待ってたゼ。 目の前に、テーラーが居た」
ウィリアムは、記憶を手繰りながら。
「確か・・・、お風呂の準備は、貴女と・・・奥さんのルイスさんと云う方が一緒に為さったと聞きましたが・・。 その辺は?」
俯くテーラーは、なんとかしっかりと伝えようとする素振りで。
「旦那様は、い・何時も外回りが終りお戻りに成られると・・お風呂に入られます。 特に・・、夏場や冬場は毎日・・。 ですから、奥様がお水を張り。 私が、外から火を熾して沸かしました。 旦那様が、先にお食事をされると言ったのは・・何時もの流れです。 ですから、食事の下準備の合間に、湯加減を奥様が見て居られました。 途中までは、交替するように見ていましたが・・、沸く直前はお食事の支度に忙しく。 奥様が見ると仰ったので・・・私は食事の準備の方に。 後は、旦那様と食事をご一緒したエレンお嬢様と二人で、洗物や旦那様にお出しした皿などを引っ込めたりして・・。 エレンお嬢様が、ご自分のお仕事に向かわれてからは、サレトンさんのお食事のご用意と・・・忙しかったです」
ウィリアムは、頷きを返して。
「悲鳴を聞いた時は?」
「は・はい。 旦那様がお風呂に入られて・・、その後に店先に何かを言いに行ったお嬢様が中にお戻りに・・。 奥様は、旦那様が入浴されている前から頭痛がすると三階のご自分の部屋にお戻りに為られていました。 旦那様へ、奥様がご用意したお着替えとお湯の足しを窺いにお嬢様が行かれたのをサレトンさんと二人で見送った矢先に・・・悲鳴が・・」
ウィリアムは、其処で。
「解りました。 では、サレトンさんでしたか」
と、右手のソファーに座るガタイの良い男に向う。
「おう」
サレトンと云う男は、黒いシャツ一枚に草色の迷彩の厚手のズボンを穿いている如何にも用心棒の様な男性だった。 筋肉からしても、腕っ節には自信が在るのだろう。 だが、同じソファーに座る物静かで細身の黄色いドレスを着た女性とは距離を置き。 少し遠慮をして居る。 恐らく、この女性が未亡人のルイスなのだろうと解った。
サレトンは、角刈りの頭を揺らしたりしながらに。
「旦那は、毎日の日課をしてた。 朝、港に出向いて、その日に来る船の運航を聞くんだ」
頷くウィリアムは、心得て居る様に。
「船が入港する前日から、伝書鳩で港に連絡が入りますからね」
「おう、良く知ってるな。 ま~、その報告を聞いてからは、港に近い段の街中に有る別店に行くんだ。 品物の痛みとかのチェックじゃね~。 売り上げの金を巻き上げる為よ。 そんで、昼前まで女の所に時化込んで。 昼頃帰って、メシ喰って・・風呂入って、昼寝して。 夕方には、母屋の店の売り上げを巻き上げて、一人自室に篭って銭勘定って訳。 昨日も、死ぬ前までま~ったく同じ様子。 変わりは、何も無い」
ウィリアムは、少しも声のトーンを変えずに。
「詳しく言ってくださいと・・皆さんにも言いましたが・・」
サレトンは、微笑するウィリアムを一瞥してから身を少し正し。
「あ・・ああ。 見回りから帰って、メシを喰う旦那には必ず付き合う。 帰った時、店先にはジョーンズのオヤジとタンデが働いてて。 お嬢さんが品揃えや整理をして、ポルスのじ~さんが仮棚に置いてある在庫の調べ入れてた。 だが、旦那が帰ったから、お嬢さんが下着を買って来た事を告げながら一緒に家ン中に戻った。 風呂に入る旦那のタオルとかは、奥さんが用意して食堂の隅にある棚の出っ張りに置いたよ。 旦那が、お嬢さんを一緒にメシに誘って喰ってて。 奥さんは~、頭痛がするからメシは後にするって言って奥に行っちまった。」
此処で、サレトンは紅茶に手を伸ばす。
ミレーヌは、ウィリアムに耳打ちで。
(一応、証言は一致してる。 昨日と、略同じよ)
頷くウィリアム。
サレトンは、紅茶を一飲みしてからカップを置かずに。
「正直、お嬢さんは使用人達の休憩を埋める為に後でメシ喰うんだが。 時々、旦那が我儘言って一緒に食事する。 旦那は、お嬢さんを何でも金を稼ぐ商人に嫁がせたくてな。 最近は、その事を言い含める為に昼に呼び付けるのさ。 その愚痴ったらしい文句を言った旦那は、タオルを持って先に風呂に。 着替えの下着は、いっつもお嬢さんか奥さんが後から届けてる。 昨日もそうだった。 お嬢さんが、テーラーの手伝いして後片付けして。 店先に顔を出してから、戻って来た。 多分、旦那の世話が一段落したから、店先で働く二人にメシを交替で取らせる為だろう。 でも、奥さんの用意にバスローブが無くてさ。 旦那の衣服を上の二階に取りに行ったお嬢さんが、上から戻って来て。 旦那が二階で残した洗物をテーラーに届けた時。 こう言ったんだ」
“今日の御祖父ちゃん・・、具合悪いのかしら? お湯を使う音が聞こえないわ”
「ってな。 そう、何時もなら俺がメシとか食うあの時間。 旦那はアホみたいにお湯を使って身体を洗う。 外まで聴こえないだろうからって、ヘッタクソな歌を唄ったりさ・・。 でも、あの時は最初だけ・・、最初だけお湯を使う音がしてただけ。 少しして、直ぐに静かに為った。 だから、お嬢さんがそう言った時。 俺も、不思議に思ったさ。 そして、お嬢さんがテーラーと会話を交わしてから、手に持った旦那の下着を届けに行って・・。 直ぐに悲鳴が」
サレトンは、ウィリアムを見上げる。 ウィリアムも、サレトンを見下して。
「死んだ訳ですか」
「ああ・・、正直言って旦那の死体見てぶったまげたゼ・・。 お嬢さんが、口の中に黒い点が有るって云う通り。 旦那の口の中にゴマみたいな黒い粒が浮き上がって来てよぉ。 お嬢さんが、“毒殺だ”って云うから・・思わず役人に届けに走った・・」
ウィリアムは、確かにと頷く。 そして、首を僅かに動かしてルイスと云う女性を見た。
「・・・」
俯いている姿は、亡き夫の父親の死を悲しんでいる様に見えるが。 黄色い所々に透ける刺繍の花が画かれたドレスは、急いで着たのか。 ほっそりとした体つきながら、妙に胸や太股に付いた肉感は女らしさを強調する。 ミレーヌやクローリアの様なパッと見て解る美人では無いが。 白い肌に可愛らしさが残る顔は魅力を湛える。 しかも、静かに俯いて坐っている姿が慎ましやかで、男の同情を誘いそうな色気が有った。
(・・・・)
しかし、ウィリアムは鋭い程の視線でルイスを見ている。
(どうしたのかしら・・・)
ミレーヌは、静かに成ったウィリアムが気に為った。
ほんの少しの沈黙が流れてから、ウィリアムは突然の様に。
「ルイスさんは、貴女ですね?」
と、本人を見て問う。
「あ・・、は・・はい・・・」
か細い声で、少し上目遣いに為りウィリアムを見返すルイス。 潤いを光らせる目は、しおらしく。 40前後と云う年齢を忘れさせる。
しかし、ウィリアムは夜の飲み屋で子供の頃から働いて生きて来た。 欲望や衝動に対する自制心や冷静さは人一倍であり、女性に対する免疫は最早枯れ木の如く。 周りで黙って見守る役人の目線も、ルイスには一瞬の迷いが起こるのに。 ウィリアムは、鋭い視線を崩す事も無い。
「先程、テーラーさんが貴女の行動も説明していましたが。 補足等合わせて、事件当時の説明をお願い出来ますか?」
「はい・。 私は、午前中から編み物をしながら、テーラーを手伝ったり・・御義父様の身の回りの事をするのが日課ですので。 あの時も・・そうでした。 大体、お昼前にお戻り為られる御義父様が、この時期はお風呂に入られるのは日課です。 ですから、その頃合いに合わせるまでは自室で編み物をし・・。 昼前に・・、そう。 エレンがポルスと戻った声を聞いて、そろそろお湯を沸かそうと思いまして。 下に降りて・・準備を」
ウィリアムは、間を置かずに。
「エレンさんが帰って来た声・・・ですか。 下着を買いに行ったエレンさんは・・・貴女ですね?」
ウィリアムの真正面。 ソファーに座るうら若い20歳までどうかという女性が、70近い様子の男性と二人並んで坐っている。
「はい。 私がエレンです」
少しハスキーながら、弾む声は若い。 掠れた声と云うより、低めのシッカリとした良い声だ。 大きく見開かれた目は、少し黄色味が光に反射する瞳で。 化粧ッ気の無い肌は肌理細やかで、肌色が綺麗だ。 薄い桃色と紅色の間の唇をし、黒髪は無造作に束ねて背中に流している。 スッきりとした顔立ちの美人は、ウィリアムを見返す目に宿る光の強さは目力とでも云うのか。 真っ直ぐな視線を返すのは、気持ちが坐っている証だ。
だが、今度はウィリアムは少し意外な顔をエレンと云う娘を見つめ出す。 マジマジと、よ~く顔を見回す様にだ。
ジロジロと見られたエレンは、ウィリアムに。
「何か?」
すると、ウィリアムは・・。
「貴女のお父さんと云う方は、印象深い人では在りませんでしたか?」
すると、エレンの顔が少し沈んだ。
「・・・解りません。 私の父は、私が幼い頃に港で原因不明の水死をしているので・・・。 父の顔の面影も解りません・・」
しかし、この質問に驚いた人物が居る。 ルイスと・・エレンの隣に座るポルスと云う老人だ。 皮のチョッキに草臥れた青い襟の有るシャツを着て、下には厚手のズボンと云う働き手特有の恰好だ。 いきなり、バッとその場に立ち上がったポルスと云う老人は、元は仕事で鍛えぬいた幅広い肩を精一杯に張って、右目が潰れ加減ながらに怒りを湛えて怒鳴りだした。
「うぉまえは何様だぁっ?!! ウチのお嬢さんに因縁を付ける気かぁっ?!!!!!」
興奮した老人に向かい、役人達が向かう素振りを見せる。 ミレーヌも、何かを云おうとした・・。
ポルスの横に坐るエレンが、ポルスの急激に変わった言動に驚いて落ち着きを促す。
「ポルスっ、怒らないでっ」
だが、役人やミレーヌを差し置いて、誰よりも先に行動したのはウィリアムだ。 少しポルスと云う老人に身を前に出す様にして顔を向け。
「おや。 私は“印象深い”と云っただけ・・。 なるほど、貴方はエレンさんのお父さんをご存知ならしい。 では、此処でハッキリと聞きましょうか?」
「あ゛・・・」
ウィリアムの嘲笑とも取れる微笑を浮かべた顔で言い放たれた言葉。 ミレーヌや、言い合う二人を見るサレトンやジョーンズとテーラーの夫妻ですら何が何だか解らない。 だが、急激に血の気を顔から失わせたルイスと、大きく口を開いて驚きの顔のままに固まったポルスと云う老人は、明らかに様子が違っていた。
その二人を見るウィリアムも、済ました顔では無く。 こう、何かを見つけた目で、感情が顔に見えていた。
ミレーヌは、何かが起こった劇場の様なこの場に唖然とすらして。
(何・・何よ・・)
と、驚く事しか出来なかった。
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黙る事で、ウィリアムの口を止めたポルス。
そのウィリアムとポルスの様子に蒼褪めた顔で愕然としていたルイス・・。
ポルスが黙った後、動揺を隠せないままのエレンがウィリアムに問われて事件の当時を語った。 話の内容は、他の皆が話したエレンの事を総合した内容であり。 お風呂場に入り、声を掛けてもピクリともしない祖父を心配してタオルを取ったら死んでいたと。 口の中に黒い粒が浮き上がり、ガアッと見開いた目を見て毒ではないかと思ったとか。
ミレーヌは、エレンに毒だとどうして解ったのかを少し突っ込んで質問した。 だが、エレンからのそれ以上の回答は引き出せず。 家族全員の話の流れが纏まって見えた。
ミレーヌは、休憩を言い渡し。 部屋にウィリアムと二人きりに為る。
「・・・」
考え込んでいるウィリアムに、ミレーヌは直ぐに聞いた。
「ねぇ、ポルスってオジイチャンとのやり取りは、一体何な訳?」
ウィリアムは、ミレーヌをを見て。
「確実な事はハッキリ言えません。 まだ、推理段階ですから。 云える事なら・・・“顔”、ですかね」
ミレーヌは、呆気に取られる顔つきに変わり。
「顔・・・顔?」
と、自分の顔を指す。
ウィリアムは、頷いた。
「・・・意味が解らないわよ。 そんなの・・・。 で、何か解った?」
ミレーヌは、少しもったいぶるウィリアムにムカついたかの様に剥れて見せる。
しかし、ウィリアムは冷静なままに。
「第一発見者のエレンさんは、犯人で有る可能性は非常に低いですね」
「そうかしら、彼女の衣服や手足・・髪の毛にも毒の反応が在ったのよ。 あの毒、数年前に殺しで使われて判別する医者が専門に居たの。 昨夜、お願いして全員の身体を調べたら、エレンって娘と、ルイスって奥さんの身体や衣服には毒の反応が凄かったらしいわ」
ウィリアムは、軽く頷いて理解を示す。
「なるほど、お湯の在った状態の浴槽と云う条件で入った二人に反応が強いと? では、遺体はそのままにミレーヌさん達が呼ばれた訳ですから。 同然の事ですね。 多分、浴室に入った全員の衣服からは毒の反応が出て。 遺体・・、いや。 浴槽に近付いた人ほど反応が強いでしょう?」
ミレーヌは、確かにダレイ氏を直接見に浴室に入ったサレトン・ポルス・ジョーンズの衣服から反応が出た事を思い出す。
「まぁ・・、そうだけど・・・」
「多分、あの毒・・。 お湯の中に混入されていたんでは?」
「え? タオル・・・じゃなくて?」
「ええ。 湯船の底・・・もしくは、何らかの方法で塊のままに沈められていた・・。 其処に、ダレイ氏が入ってしまう・・・。 全身に壊死の反応が見られたのは、毒に浸かったからだと考えています」
「まぁ・・、昨日の医者と同じ意見だわ・・・」
驚くミレーヌ。
しかし、そんなことよりウィリアムが引っ掛かるのは、やはり浴室自体だ。
「俺は、それよりも浴室自体が引っ掛かりますね」
「え? 現場の事?」
「ええ。 何で、あそこを現場に選んだのか・・・。 犯人は、事件の現場に何かの思い入れが在って選んだ・・。 そう思えるんです。 特別な毒を使い、特別な場所で殺す・・・。 多分、これは殺人です。 それも、相当にの憎しみを持った人物に因る・・ね」
ミレーヌを見るウィリアムは、何か確信めいた雰囲気を持ってそう言う。
「・・・」
何も言えないミレーヌ。 研ぎ澄まされた感性と知性が、推理をするウィリアムには光を放つ様に迸って見える様な時が在る。 何時ものノンビリとして済ますウィリアムでは無くなっていた。 ミレーヌには、この知的な男の雰囲気が香るのが堪らず。 背筋にゾクゾクする様な法悦というか、陶酔を感じた・・。
ウィリアムは、更にミレーヌに。
「あの。 エレンさんが、“お父さんが変死した”と言ってましたよね?」
「ええ。 ウチの父が最後の頃に担当した不審死検案よ。 でも、殺しとも何とも・・。 父は、殺しと思っていたみたい。 私に、事件の引継ぎを頼んだもの・・」
ウィリアムの目が、キュっと細まった。
「済みません。 その、捜査資料を見せて頂けませんか? それと、押収した輸出・輸入のリストも写しを貰いたいんですが・・」
ミレーヌは、何かが大きく進展する気配を感じた。 迷宮入りしそうな事件が、何か小さな切っ掛けで急に進展する時の感覚と同じ物だ。 腕組みで微笑むミレーヌは、少し間を置いてから。
「いいわよ。 今回は、徹底的に協力してあげるわ」
すると、ウィリアムは口元を微笑ませて。
「ありがとうございます。 御姉様」
と。
思わぬ一言で、ミレーヌの背中はまたゾクゾクした。
(何か・・凄く手玉に取られちゃいそう・・・)
ミレーヌは、普段は逆の立場だけに。 どうも、新鮮な感覚であった。
・・・・・・・。
さて。 時は進んで夕方だ。
「なあ。 役人が見張ってるゼ。 今日は、もういいんじゃねぇ?」
スティールが、仲間を見て言う。
「僕も、そう思う。 長く・・・居過ぎだしぃ」
と、紅茶を飲み干したロイム。
4人が居るのは、殺されたダレイ氏の店先が良く見える斜め向かいの喫茶店だ。 昼前から入店し、窓の前に陣取って見張りを続けていた。 昼を大きく回った頃。 役人が家族を連れて戻って来た。 通りを往来する客が多い時間帯に、周りからジロジロと陰口を囁かれる様子が、アクトル達4人にも見えていた。 その馬車が去ってから、だいぶ経ってからもう一台の馬車が店先に停まった。 何事かと思ったのだが、やはり役人と家族の残りを連れて来た馬車であり。 その他に変わった事は起きないままである。
さて。 アクトルも、流石に長時間居座る事で店員などに何度も何度も見られている手前。
「そうだな・・、今日は一端帰るか」
テーブルの上には、食べきったケーキ2ホール分の皿と、10回以上は入れ替えてもらった少し容量の大きいティーポットが置いてある。
そんな雰囲気が漂う中で、クローリアは店の中からウィリアムが出てくるのを見つけて。
「まぁ・・・、ウィリアムさん・・」
ウィリアムの名前に、一同は揃って窓の外を見ると・・・。
ミレーヌと店先で話しているウィリアムが居る。
「なんだよ・・全く・・」
スティールが席を立とうとするのを、
「待てぃ」
と、アクトルが肩を掴んで留める。
「ちょっ・なっなになに・・」
坐ったスティールは、アクトルに。
「何すんだよ」
アクトルは、当初の目的を完全に忘れているスティールに。
「朝の会話を思い出せ、アホウ」
「おあっ・・、そっそうだった・・」
店の中に戻る素振りのミレーヌと、別れて道へ向おうとするウィリアムが見えて。 別れた直後に、ウィリアムはアクトル達の見ている窓に4つ指を立てた手を見せて、囲む様な素振りから宿の在る方角へと手を振り上げる。 そして、自分の服を軽く払った。
アクトルは、冒険者などが秘密で使う合図信号だと解った。 時折、手分け捜査で役人なども遣う仕草なのだ。
「よし。 お帰りだ。 ただ、ウィリアムには宿まで会わず、別の道から迂回するぞ」
ロイムは、いきなり立ち上がって言うアクトルに。
「えっ? えっ?!」
クローリアも、ポカンとアクトルを見る。
スティールは、個人個人でクセのある“レクチャー・サイン”を使うウィリアムを見ていただけに。
「抜かりねぇ~。 アイツって・・・」
と、勘定の用意を懐に求めた。
その日の夜だ。
余りやってはイケない事なのだが。 出店や屋台で出来合い物を大量に買い込んだウィリアムは、仲間の全員を男達の寝る4人部屋に集めて。 中で食事をしていた。 基本、寝室の床を食べかすで汚すのはマナーとして嫌われる。
ウィリアムとアクトルの寝るベットに向かい合って坐るロイムとクローリア。 部屋に備わっている椅子に坐って、丸いテーブルを囲むウィリアム・スティール・アクトルの3人。
「・・・・つまり、話の流れからして怪しいと決め付ける事が出来る者はエレンとか言う孫娘だけって云うんだな?」
分厚いベーコンを野菜とマヨネーズを一緒に挟んだパンを食べるスティールが、酒の無い事を悲しむ手つきで言った。
ウィリアムは、チーズを挟んだりしてパンを食べながら。
「表向きは、・・ですが。 家の細かな間取りを見ると、実際は色々と怪しい人は出てきますよ」
アクトルは、白いブドウを口に放り込んでから。
「例えば?」
「先ず、キッチンとダレイ氏が食事した食堂は壁が無く丸見えでしたが。 其処に居たのはテーラーと云う年配のメイドと、ダレイ氏の用心棒をしているサレトンと云う男のみ。 その時、浴室前の廊下の奥に当る行き止まりの裏勝手口は開けっ放しでした。 全く他人が出入り出来なかったと云う話ではありません」
スティールは、パンを軽く持ち上げて。
「嫌な現実だ」
ウィリアムは、その話には頷くだけに留めて。
「2階、3階へ続く階段は、食堂と居間の間を抜けている廊下の先で。 しかも、その階段へ向う廊下とは、食堂の出入り口より浴室に近いんです。 浴室に近い食堂のドアは、エレンさんが閉めたと言いますから、こっそり行けばルイスと云う未亡人の奥さんにも犯行は可能です」
アクトルは、頭痛で引っ込んでいたと云うルイスが元々からの酷い偏頭痛持ちだったと云う付け加えを聞いて。
「でも、マジなら動けないかも・・。 俺のお袋も偏頭痛持ちだったからな~。 酷い時は、ベットから起き上がれなかった・・」
その姿を知るスティールも、何かを懐かしむ様に頷いた。
そんな二人を見るウィリアムは、ゆっくりと間を開けて続ける。
「後。 老僕のポルスと云う人物・・。 棚の在庫を調べて居たそうですが、簡単な調合で作られた薬や一部の商品の保管庫は、家の中の左倉庫に在って。 事件の起こった頃、数度に渡って家の中と倉庫を行き来していたと云う話も有ります」
聞いていたロイムは、口の周りにチキンサンドのタレである照り焼きソースをベタベタ着けながら困惑の顔で。
「じゃ~、もしもそのキッチンに居た用心棒とメイドさんが嘘を言っていたとしたら。 客前に出ずっぱりだった二人の男性以外はみ~んな怪しいじゃん・・」
クローリアは、手拭の手拭いをロイムに差し出して。
「ロイムさん、お口周りが・・・」
と、言った後にウィリアムを見て。
「毒は特定出来ましたが。 肝心な処は何も解らず仕舞いですね・・。 私には、サッパリ解りませんです」
すると、ウィリアムはアンチョビを瓶から手に取り出し、パンを片手にアンチョビを見つめると。
「毒と云うのは、致死量であるならば飲ませるのが一番なんですよ・・・」
仲間の全員が、ウィリアムを見る。
ウィリアムは、更に続けて。
「確かに、皮膚も息をしているので。 気体で殺す事も可能ですが・・・。 一番は、食わせるに限るんです。 吐いても、量を超えれば死にますから」
スティールは、ウィリアムが冷静に言うので怖くなり。
「お・・お前が言うと・・コアイ・・な」
ロイムも、ギュッと股を窄めて。
「う・・うん・・」
だが、クローリアは。
「やはり、では今回の殺害の仕方は・・何か意図が在ると思っていらっしゃるんですね? ウィリアムさんは・・」
頷くウィリアムは、アンチョビを食べて噛み砕いた後で。
「先ず、事件に関係在るか・・・無いか・・、それは別にして。 二つの事実が解りました」
アクトルは、ヌ~っと顔をウィリアムに寄せて。
「何だ?」
「ええ。 一つ目は。 あの店に、在っては為らないモノが並べられています」
スティールは、ロイムと見合ってから・・。
「まさか・・・、裸体のガールズとか?」
窓の外に、“バキィ!!!”と云う音が響く。
「はぐぅ・・・はぐううぅ・・・」
陥没したスティールの顔と、仕置き終了を継げるアクトルの頷き。
ウィリアムは、スティールを見捨てて。
「あの店に並べられている品物の中に、もう滅多に出回らない西の大陸の物産が置かれています。 赤い塩、灰色のランプ専用の固形燃料、赤い色をした宝石で“コーラル”と“カーネリアン”を使った伝統民芸彫りの筆・・・」
アクトルは、嫌な気配を覚えて。
「おいおい・・、ま~た密輸とかか?」
「はい。 ダレイ氏が利用してる船に、西の大陸の荷物を運ぶ船は無く。 今、あの塩や宝石の民族民芸品を作る国は、凄い内戦状態で他国と国交を断絶しています。 ちょっとやそっとでは仕入れるのすら無理・・。 しかも、その他に幾つかの品も含め、輸入リストに記載が無ければ、売り上げ・決算の内容に購入費用が無い商品がチラホラ。 多分、役人に金を掴ませて、“雑出費用品”と云うあやふやな品名で、雑費扱いにしてますよ」
スティールは、スッと顔を元に戻し。
「何だ? そりゃ?」
ウィリアム以外の全員は、
(一瞬で元に戻った・・・)
クローリアは、更に。
(か・・回復要らない体質ですわね・・)
と、呆れる。
ウィリアムは、自分の手に在るパンを見せて。
「船の乗組員が、行った先の国や都市で食費などに使うお金ですよ。 経費には、船員の生活は面倒見る傾向が在りますので。 他に、船で云うなら緊急の補修費用や、旅人を貨物船に乗せると“雑入費”と、貰った運賃のお金を云う言い方に変わります」
スティールは、真面目な顔で。
「ウィリアム先生、仕入れ先で・・・その・・・おでいと等をした費用も・・・ですか?」
「はい。 懐ゼニを出さずに経費で出せば・・」
「うぬぬぬ・・・、素晴らしいシステムだぁ・・・。 船乗り・・・、サイコー」
馬鹿馬鹿しいスティールの安易な想像に呆れる皆。
しかし、ウィリアムは違って。
「ですが、お金を預けられる船長は、その使用道の権限が有る訳では在りませんよ。 戻ったら、船主に使った費用の使い道は聞かれますから」
「あら・・・、不都合な・・・」
力を抜かすスティールに、アクトルやロイムが声を出さずに“バカ”と云う。
ウィリアムは、写させて貰った書類を思い出しては、スティールに続けて。
「しかし、異常です。 一般の雑費経費には在り得ない金額が記載されてますし。 逆に、あの店で扱われている記録に無い高価な品を買うには不足です。 完全に、誤魔化しですよ」
スティールは、思い出した様に。
「んだば~、そうそう。 もう一つは? 解った事が二つ在ったって言ってたよな?」
ウィリアムは、水をコップで飲んでから。
「ええ・・、こっちは奇妙な話でしてね。 なんと、あの家では20年近く前に別の変死者が出てました」
4人揃って、ウィリアムに驚きの顔を向ける。
アクトルが、思わずの様に。
「誰だ?」
「はい。 ルイスと云う奥さんの旦那さんです。 今回死んだダレイ氏の息子・・、孫娘エレンさんのお父さんですね」
クローリアとスティールは、そんな話を役人から昨日聞いたのを思い出した。
「あ」
「まぁ」
お互いで見合って、ウィリアムに向いた。
次話予告。
ウィリアムは、ミレーヌとは別行動で事件を調べ始めた。 先ず、孫娘のエレンから詳しい話を聞こうと外に連れ出した。 二人きりで話をしようとエレンに言って訪れたのは。 エレンの父親の親友が運営する高級レストランだった。
次話、数日後掲載予定
どうも、騎龍です^^
どんどん、書き上げて掲載して行きます^^
クリスマスぐらいまでにウィリアム編が終わるなら、なんとか特別編に移行出来そうな^^;
ご愛読、ありがとうございます^人^