third episode
冒険者探偵ウィリアム 3部
まだ少年のウィリアムは、暗い真夜中で物陰からその人物ジョーに姿を見せた。
相手は、ウィリアムの現れに驚き。 そして、納得した様でも在った。 この場は危険で、長居は出来ない。 ジョーは、ウィリアムを連れて自分の隠れ家に向ったのである。
スラムの地区でも、最も寂れ。 家と云うより、壊れた佇まいが密集する無法地帯の一角。 壁が半壊した家の脇の地下。 其処がジョーの仮住まいだった。 空のワイン樽を退けて、薄い板を退かせば現れる石の降り階段を降りた。
ジョーは、ウィリアムに木のコップで水を出し。 一部屋しか無い間取りの中央にある足の壊れたテーブル前に座る。
渡された水。 ウィリアムは、その中に睡眠の薬が混入されているのを嗅ぎ取って、ジョーが姿を消すのだと悟った。 もう、薬師や医師の元に手伝いに行っていたウィリアムの鼻は、薬には鋭く研ぎ澄まされいた。
その夜のジョーは、今までに見た事の無い程に饒舌だったとウィリアムは記憶している。 丸で、別人の様だった。 そして、彼は追われる理由を何故か教えてくれた。 その真意は、未だにハッキリしない。
ジョーは、何処かの国の貴族の家に生まれたらしい。 名門で、家柄は古く。 その国の重臣に列席するほどだから、大した家なのだろう。 大人数の兄弟が居て、彼はその末っ子だったらしい。 やんちゃで、楽しく過ごした青年期までは何処かの貴族の娘を貰って、貴族の分家として生きる方向だったとか・・。
だが、その転機は運命的に訪れた。 彼は、ある公爵家の令嬢と恋仲に成ってしまった。 何事にも恐れを知らなかった若きジョーは、その娘を口説き。 出逢ったその夜に体の契りを結んでしまったのである。
所が、その令嬢にはすでに婚約の相手が居た。 別の国の公爵家の男性だ。
そして、最悪の事に。 その愛した令嬢は身篭った。
婚約をしていた相手の男は、見ず知らずの男に肌身を許して懐妊したその令嬢に激怒し。 結婚をするならば子供を殺せと・・・。 迫られた令嬢は、涙ながらに母親に成る事を強く望んだ。 そして、なんと婚約の破棄を申し出たとか。
だが、こうなると面目を潰されたその婚約相手の男は腹の虫が収まらなかったらしい。 その令嬢をかどわかし、幽閉して我が物にしようと企んだのだ。 破棄を認めず、書面で持って令嬢の周りの知人の爵位を賜る家に嘯いた手紙を送り。 令嬢が自分を騙したと追い詰めようとする。
ウィリアムは、その話に。
“何故、そんなに婚約相手の男性と距離が近いのでしょうか? 話からして・・、どうも同じ国内に居るような気がしますが・・”
と、聞くと。
その、令嬢と政略結婚の婚姻を結んだ相手は、親善大使として他国からその国に来ていた公爵家の一人息子だったらしい。 ジョーは、その男の顔を知っていた。 何故なら、その男の配下として働く者に、自分の兄が居たからだ。
ウィリアムは、其処まで聞いて。 令嬢とジョーの出会いの連想が出来た。
さて、ジワジワと令嬢家を追い詰めて、その女性を我が物にしようとするその男を。 ジョーは、闇討ちにして斬った。 幼い頃から、元冒険者の開いた武道場で剣術を磨いたジョーは、仕官の道を自らの武術と教養で勝ち取れる才能が在った。 女性にもモテた方だし、その令嬢との恋も一瞬の迸りだけだったのかも知れない。
だが、困って自分に泣き付いた令嬢のお腹には、自分の子供を宿している。 ジョーは、男気と若き覇気に任せて殺してしまったのだ。
そして、ジョーは行方を眩ませた。
夜の犯行で、直接的に犯行を知る人は居ない。 ジョーの子供を令嬢が宿した事を知るのは、お互いの過程の極々身内のみ。 殺した男は、近々令嬢の懐妊を姦通罪として言い触らすと脅しに掛かっていた。 まだ、方々にもそこまで言っていなかったのだろう。 証拠もすくないく、横柄な態度で敵も多い婚約者の殺人事件は、迷宮入りになり。 解決出来ない事件と成って埃を被った。
だが、その殺された男の母親は、諦めなかった。 ジョーの殺した男の父親は、婿養子の弱弱しい男なのだが。 その奥さんは、貴族の偉ぶった気質丸出しの気の強い女性で。 娘は何人も居たが、息子はその一人だけだったものだから。 殺されたと聞いての怒りは天地を揺るがす程だったらしい。
ジョーが逃げてから3年後。 最初の刺客が現れた。
もう、自分の故郷の在る大陸から離れたジョーに取って、3年もしてから刺客に襲われるのは驚きだった。 冒険者として、チームに溶け込んで居たジョーだったが。 仲間の皆に迷惑を掛けれないと、姿を消した。
そして、ジョーの逃亡生活が本格的に成った。
在る時は、寝込みを襲われて酷い怪我を負った事も一度や二度では無い。 転がり込んだ街で、隠れ蓑として働く飲み屋で女性と恋に落ちて悩んだ事も在ったとか。 結局、その恋も刺客に狙われて断念したらしい。
しみじみ語るジョー。
親善大使として来ていた男を殺すのにも、相当な葛藤は在ったであろう。
自分の兄の役目を潰し、罪人に成って家に恥を塗りつける結果に成るし。 かと云って、親善大使の男の下に令嬢を嫌々行かせたとするならば、行かされたら最後子供は殺されるだろう。 何より、令嬢の家を潰して面目だけを保とうと考えた相手の男に、同じ貴族として憤った自分・・・。 全ての葛藤の中で、思い詰めた果てにして退けた殺人は、自分に全ての矛先を向ける代わりに。 令嬢を守る事を最優先にした意志だった。
ジョーは、最近。 コンコース島へ来る前に、自分の子供を見に行ったらしい。 母親に似た美女で、今やその国の第三王子の妃に成っているとか。
ウィリアムは、幾つか質問したが。 ジョーは、全てに答えてくれた。 殻を脱いだジョーは、確かに魅力の在る男らしい男性で。 50に届いた年齢と苦労が滲む顔は、大人の渋みが溢れていた。
危険の迫った中で、時間も経つのを忘れた二人。 だが、時間は朝まで待ってはくれなかった。
そう・・・、スラムの隠れ家も刺客に襲われたのだ。
ウィリアムは、不思議とジョーを助けたく成った。 刺客に襲われ、剣をかわすウィリアムは、ジョーを連れてスラムの一番危険なマフィアの敷地に逃げ込んだ。 当然、なんの許可も無く踏み込んで来た刺客達とスラムのマフィアの小競り合いが起こって居る間に、ウィリアムはジョーを逃がした。
それっきり、ジョーは姿を消す。
ウィリアムとジョーの事を知らないままに、刺客と小競り合ったマフィアは。 刺客達を裏の伝で指名手配した様で、ウィリアムの家にその刺客等が来る事は無かった。 ただ、店からの帰りに、命を狙われた事は二度ほど在る。
コレは、仲間にも云えない話だが。 その二度ともウィリアムは相手を返り討ちにしていた。 殺してはいないが、もう反撃も出来ない身体に成っているだろう。
ウィリアムが、ジョーとの思い出を語った場所は、宿の地下でランプの明かりが栄える食堂。 ウィリアムと仲間の皆は、食事をしながらその話を聞いていた。 彼方此方から、冒険者達や旅人達などの話し声・・笑い声が聞こえる中。 静かにウィリアムは全てを語り終えた。
シメの紅茶を飲むウィリアム。 もう、前に出されたコース料理は食べ終わっている。
ウィリアムがサバサバしている語りで全てを語った後に。 スティールが、思ったままに。
「でも、結局は終りじゃ~ないんだろ? その、いたちごっこはよ」
と、果汁の入ったグラスを持って聞けば。
「ですね。 依頼主の親善大使の母親が生きている限りは・・」
アクトルは、ウィリアムの今の年齢を考えるからに。
「だが、も~そのバ~サンも死んでるだろうさ。 下手したら、ジョーって男もな」
ウィリアムは、素直に頷いてそれを肯定する素振りを見せた。
しかし、ロイムは・・。
「ウィリアム・・、何で・・助けたの? その人、人を殺したんでしょ?」
上目遣いにウィリアムを見る目が、少しだけ非難を含んでいた。
果汁を手にするスティールは、古い話にケチを付けても仕方無いと思う。
「おうおうセンセ~よ。 別に悪いヤツを殺った訳じゃ~無いし。 古いお話だぜ? それは、硬すぎる質問だ」
「・・・・」
クローリアは、微妙な思い出言葉が出なかった。
ウィリアムは、笑ってロイムを見る。
「もし、起きた国に居て出遭ったら・・・通報したかもね。 我儘で殺人を犯したんだから、罪は償うべきかも知れない。 でも、あの時の其処にそれは無意味だった。 逃げるあの人の苦労も考えると・・・、逃げ続ける生き方も罪の償いなのかも知れないと今は思う」
「う~ん。 そうかな~」
素直なロイムにしてみれば、まだ解らない所なのかも知れない。 だが、アクトルもスティールも、冒険者の生活が長い分だけ、その辛さを慮れた。
スティールは、グラスを置いて。
「安住の地は無いしよ。 まぁ~、自由も無いゼ。 派手に大手振って生きれない。 人目を忍んで、コソコソの生活だ。 死刑に成らないのなら、労働刑の方が楽だろ?」
アクトルは、苦笑いし。
「それは云い過ぎだろう。 だが、一応は罪を償ったと云う刑での贖罪を経て生活を許されるからな。 周りの目や陰口は有るが、罪を償えば赦される・・。 だが、追っ手が居る逃亡は大変だ。 逃げる方は“殺されるか”・・“逃げるか”・・しか無いからな」
ロイムは、真っ直ぐな目でアクトルを見る。
「自首すればいいと思う」
すると、アクトルは薄く苦笑った。
「出来ない時も有るんだ・・ロイム」
「う~ん・・・」
ロイムは、難しい顔に成った。
ウィリアムは、キリを良くしようと。
「ま、これは過去のお話ですよ。 さて、俺は斡旋所に出向いて見ます。 いい仕事有るか、見てきますよ」
アクトルは、懐の心配は今の所は薄いので。
「おう、俺は少し寝るわ。 昨日、スティールの鼾が煩くて寝れなかったからよ」
ロイムも、横目にスティールを見て。
「“ガオ~”って鼾してたよね・・。 モンスターじゃないの?」
スティールは、両手をニギニギさせて。
「だ・れ・がっ?!!」
ウィリアムは、テーブルにお金を置くと。
「では、行って来ます」
と、見たロイムとスティールは、言い合い合戦を始めて聞いていない。
「だってさっ!!!!」
「お前はよおおおっ!!!!」
辺りに居る客が何事かと見たり、ボーイが注意しようかと云う素振りを見せる中。 二人は顔を近づけて言い合う。
「仲がいいなあ~」
ウィリアムは、苦笑いで歩いて行く。
其処に、クローリアが。
「あっ、私も行きますっ」
と、急いでお金を出そうとする。
アクトルは、ウィリアムを気にしているクローリアはそうすると踏んでいた。
「おう、一緒に行って来な。 此処は、色んな店ばかりで楽しいぞ」
お金をテーブルに出したクローリアは、アクトルに頷いてウィリアムの後を追って行った。
杖を手に小走りで走って行くクローリアを見送るアクトルだが。 喧しく口喧嘩し出したロイムとスティールを見て頬杖を付いて。
「はぁ・・・。 何処までも飽きない奴等だ・・」
と、目を細めた。
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雲が幾分晴れた外は、人が多く賑わい出していた。 裏路地の様な宿から出たウィリアムは、クローリアを伴って大通りに出る。
「まあ・・・こんなに海が・・・」
強い風にフードを捲くられそうに成ったクローリアは、大通りに出て初めて凄く海が近いのを知った。
ヘキサフォン・アーシュエルは、大きく三日月形に凹んだ湾曲の丘に創られた街である。 ウィリアムとクローリアの二人が大通りに出れば、東西に伸びる大通りの南側一面に湾としての海が見えていた。 南側のレンガで出来た手摺りに寄れば、段々畑の様に街並みが港に向って降っているのが解る。
ウィリアムも、クローリアと並んで海と街を見た。 数多くの船が停泊する広大な港が小さく見えている。 湾を行き来している船は、目に余る。
「この通りは随分と上ですね。 まだ、港まで6・・7段は街並みを抜けないと行け無いようです。 凄いなぁ」
クローリアは、ふとウィリアムの横顔を見る。
(二人きりって始めてかも・・)
ウィリアムは、直ぐに大通りの店に顔を向けて。
「売ってる物でも見ていきましょうか。 他の都市と見比べてみたい」
クローリアは、大きく頷いて。
「はい、リーダー」
と、突き出た胸の前に拳を固めて置いた。 良く、スティールやロイムがウィリアムにする軍人の敬礼ポーズである。
ウィリアムは、クローリアに苦笑いし。
「クローリアさんまでやるの・・。 ロイムかスティールさんに何か言われました?」
「いえ。 リーダーには、素直に従うのが基本です~」
クローリアが、こんな冗談を言うのは初めてだ。
ウィリアムは、仲間に対して気持ちが解れて来たのだろうと思った。
さて。 ウィリアムは、クローリアが自分に肩を並べる時。 槍を片手に、走る黒い服装の男性二人を見掛ける。
(ん? 役人さんかな?)
制服染みた服装だったから、そう思ったが。 東の方に走って行くのが見えた。
「人が多いだけありますね」
「え?」
クローリアが聞き返せば。
「ホラ、役人らしき人が走ってます」
「あら・・まぁ」
「事件の様ですね。 あの忙しい走り方は」
呆れるウィリアムに、クローリアは笑って。
「ウィリアムさんの出番ですね」
ウィリアムは、苦笑して。
「からかわないで下さいよ」
クローリアは、くっくっと笑った。
歩き出して、大通りに並ぶ店を見て回る二人。 果物などが木箱に入れられて売られている値段を見ても、然程に安い値では無い。 だが、飲食店の数は非常に多い。 ただ、店がどれも色鮮やかに派手な表向きをしているのは確かだった。
商業国家のマーケット・ハーナスは、娯楽の場が異常に多いのが特徴だ。 舞台や音楽などの芸能は、大掛かりな舞台装置や魔法などでかなり派手やからしいし。 動物園・植物園に加えて、遊園地なる大人も子供も遊べる場所が有る。 世界でも、有数の観光地であり。 この国だけの特有な商品も多く。 特に、香水や鬘などのを始めに、金持ちや商人などが沢山押し寄せる。
更に、季節により様々な催し物が開かれ。 “世界歌詩祭”・“世界園芸祭”・“世界奇術師祭”などなどの催し物が開かれるし。 4年に一度、“世界武術祭”と云う武道と魔法の闘技が行われ、世界中から魔法使いや剣士・戦士などが集まる時もある。
そして、その様々な催し物に合わせて、そう云った芸術などの腕を磨く場も数多く有る。 武術の訓練の出来る武芸場・武道場や、詩小屋・見世物小屋・奇術小屋なども有る。 様々な夢を追い求めて集まって来る人と、商人達の集まりがこの都市を生み出しているのだ。
「あら・・、歌を唄ってますわ」
クローリアは、歌声に顔を向ける。 この大通りから、下の段の大通りへと行き来出来る階段が在り。 その階段の脇に、ヴァイオリンを弾きながら慣れた唄い声を響かせる老人が居る。
ウィリアムは、老人の横に足の悪い娘さんが花を売って居るのも見つけ。
「横の娘さんの為にしているのでは? 唄っている方の顔を気にせず、花を売っている彼女の笑う姿を見る限り、お知り合いだと思いますよ」
「ああ・・・、ナルホド」
その歌い手は、御ひねり等を求めている様子は無く。 人目を惹く為に演奏していると見て取れた。
更に歩けば、海側の低い壁沿いでは、所々で奇術師や吟遊詩人などが芸を披露している。
マーケット・ハーナスは、暗黒街などを持たない都市である。 暗い暗部も街には在るのだが、スラムの様な場所を作らせない工夫をしている。 しかも、芸術には税金を掛けないので、こうした光景を至る所で見られるのだ。
これが他の国の都市ならば、指定された場所でしか行えず。 また、場所の利用料を求められたり。 スラムや暗黒街では、悪い奴等が上前を撥ねる。
ウィリアムとしては、コンコース島で半殺しに遭った芸人などは数多く見ているだけに、非常に感心して。
「凄いですね。 本当に自由なんだ。 だから、誰もが人の迷惑に成らない場所を選んでやってる。 自由と規制のバランスがいいんですね」
街行く人々が、耳に目に芸を留めて。 気に入れば小銭を置く。 その光景のなんと自然な事だろうか。
クローリアは、先程の老人の横で売っていた花を持ち。 ウィリアムと肩を並べて街並みを見て歩いた。
以外に広い街並みを、少しの時間で全て見るなど無理だ。 ウィリアムは、1刻ほど散策した所で露店の店主に斡旋所の在る場所を聞いて。 仕事を探す為に斡旋所に向かった。
大通りの途中から東部に向う道を選ぶ。 東部に向えば向うほどに、段々と落ち着いた石造りの店構えに移行する街を見た。 武器や防具などから、文房具・生活必需品・楽器屋・薬屋などなどの専門店が目立ち、飲食店や生物を扱う店は見えなく成った。 だが、宿屋や医者、小さい寺院などは混じっている。
ウィリアムは、太い通りから、脇道にに入る上に掛けられた通りの名前の書かれた看板を見ながら斡旋所へ向う道を探した。
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“道の先”
と、云うストリートに入り。 少し進んだ行き止まりに、ドデカい円形の石造建築物が見えた。 外観は無骨で、石窟寺院の様な建物にも見える。
「此処・・・ですか?」
クローリアは、確かに戸の付いてない大きな出入り口から冒険者と思える者達が出入りしているのを見るが。 どうも、信じられないと思って口にした言葉。
ウィリアムは、出入り口の上に彫られた文字を見て。
「ホラ、あそこに“協力会”との文字が。 此処ですね」
「あ・・・、です・・ね」
クローリアは、白っぽい色の壁に浮き彫りに彫られた文字が、少し朽ちて来ていたので見えなかった。
ウィリアムは、今し方建物から出てきて。 何やら話す直ぐ傍の冒険者の一団の話し声に耳を澄ませながら出入り口に向かった。
「ま~ったく、喰えねえ~オヤジだよな~」
「ホント。 たった今入って来た仕事の話でも教えてくれないってあるぅ?」
「でも、本当に役人が仕事を持って来るんだな~。 刑事活動や治安活動に冒険者を使って依頼にするって聞いてたが・・・、見るまでは半信半疑だったゼ」
「でっもさぁ~、殺人事件なんか冒険者に任せてど~するのって話っしょ?」
ウィリアムの脳裏に、先程役人らしき姿で二人組みが走って行ったのが連想された。
(まさか・・・、ありうるかな)
そう思いながら中に。
建物の中は、ロビーの様な場所であり。 左右に廊下が伸びて、その先には木の扉が見える。 殺風景なロビーだったが、右の“入り口”と書かれた扉から中に入ると・・・。
「あら・・・まあ・・・」
クローリアは、広々とした店内が、賑やかに彩られたパーティー会場の様で驚いた。 赤い絨毯の敷かれた店内は、中央に向かって緩やかにスロープと段で降りている。 中央には、円形のカウンターが有り。 細い身体の何者か解らない人物が、カウンター内真ん中の王座の様な椅子に座っている。 カウンターに集まった冒険者の相手を直接しているのは、若い手下の様な無表情の者達二人だ。
ウィリアムは、建物の四隅に置かれたドリンクバーや、軽い食事のできる物を売ってる場所と。 テーブルや椅子に観葉植物の置かれた公園の様な様相を見て呆れた。
「屯する場所を許容してるんですかね」
若い冒険者二人が、デートしてるみたいに向かい合って木の器に注がれた何かを回し飲みしている。 他の国の斡旋所は、冒険者が仕事を求めてごった返す活気が溢れるが。 この斡旋所は、中央のカウンター周り以外は、室内公園の様な雰囲気がして、何処と無く冒険者の集まる寡た感じが無い。
クローリアとしては、明るい雰囲気で楽師の奏でる音楽まで流れるのには好印象である。
「雰囲気はいいです。 入り易いと思いますよ」
ウィリアムは、殺伐とした中でも生きて来た生い立ちからか、何となくそれが逆に味気ないと思いながらも。
「ま、女性や少人数のチームでも居た堪れ無いって事は無さそうな場所ですかね」
と、カウンターに向って歩き出した。
観葉植物の鉢植えを避けて、ガヤガヤと人が行き交い話し声が立ち上る中央円形広場。 なだらかな降りスロープの床を数歩降りれば、踊り場の様な幅の広い段差が2段。 そして、まだスロープの床を数歩で、今度は段差が3段で底に下りる。
さて、金属の手摺りから手を離して降りたクローリアが辺りを見て、ガヤガヤと会話する冒険者達を見回しながらウィリアムと並んで歩き出した次の瞬間。
「あっ」
小声を上げたのは、誰かの背中にぶつかったからだ。
「ごっ、ごめんな・・・」
見上げた背は、ウィリアムの背中だった。
「あ・・え?」
驚き戸惑うクローリアを他所に、ウィリアムは凄い至近距離で何者かと対峙していた。
「・・・、これは、失礼・・。 君、チョットやるね」
ウィリアムと対峙する男性が声を出す。
「?」
クローリアは、何事かとウィリアムの脇から前に顔を見せると・・。 ウィリアムより少し背の高い男性が立っていた。 純白のスーツ姿だが。 スーツの上着がコートの様に成っている。 胸元には赤いバラの花とハンカチが添えられていて。 白い上着やズボンには豪勢なドラゴンの刺繍が金銀派手やかに。
その男性は、クローリアに笑顔を見せて。
「ご機嫌宜しいですかな? 麗しき僧侶様」
と、恭しい礼をした。
クローリアも、ウィリアムの後ろに少し隠れる形で頭を下げて。
「これはご丁寧に」
と、頭を下げる。
白く並んだ歯並び、化粧をしている様な白目の肌艶、少し鋭い瞳に高い鼻。 何処かの貴公子ではないかと思われる見目麗しい若者がその男性だった。
ウィリアムは、目礼だけして。
「何か御用ですか?」
と、その男性に尋ねた。 その男性は、右手にステッキを持っている。 本物のクリアレベルの高い水晶の大玉が、杖先に付いている。 魔法遣いの様だ。
美しき顔の男性は、ウィリアムに大きく礼を見せて。
「これはこれは、ご紹介が遅れまして。 私は、冒険者で、チーム“エンゼルフェザー”のリーダーのヒュリア・グラスナータ。 麗しき僧侶様と御近づきに成りたいと思いましてね。 失礼を致しました」
ウィリアムは、素直に。
「不躾に唇を奪うのは本当に失礼ですね。 貴方ほどの容姿と教養が在るなら、正しい態度で臨めば必要の無い無礼だと思いますが? 紹介をされた以上、此方も。 俺は、チーム“セフティ・ファースト”のリーダーで、ウィリアムと云います。 此方は、仲間のクローリアさんです」
ウィリアムは、態々“教養”の行を言ったのは。 “出る処出てるんだからしっかりしろよ”と云う皮肉を込めたのである。
一方。 紹介されたクローリアは、頭を下げながらヒュリアから目を離せなかった。 目を奪われたのでは無い。 ウィリアムの話で、警戒したのだ。
一瞬キョトンとしてから、フッと破顔させたヒュリア。 ウィリアムに、非礼を詫びる様な一礼をしてから。
「これは恐れ入った。 私のしようとしていた事がバレていたとは・・」
と、クローリアに優しそうな柔らかい笑みを向けると。
「クローリアさん。 お見受けするに・・・田舎チームの一員でいらっしゃる様だ・・・。 貴女の様な美しい方が・・・、こんな田舎臭い方々とチームを組んでいるのは、どうみても些か陳腐の様な気が致します。 是非、私らのチーム御出で頂けませんか? ご安心を、ちゃんと仲間には女性も居ますし。 世界に羽ばたくのも約束致しますよ。 楽しい冒険の毎日を、私と愛を育みながら共に生きてみませんか?」
歯の浮きそうな・・・、いや抜けそうなセリフを聞いたウィリアムは、横を向いて。
(なぁ~んだ・・、勧誘か・・・。 それなら、俺が細かく言える立場では無いかな)
と、黙る。
クローリアは、いきなりの話に困った。
「あ・・あの・・ウィリアムさん・・」
助けを求める様にウィリアムを見た。
ウィリアムは、クローリアを見て。
「思うままに返事をされたら如何かと。 ヒュリアさんも、クローリアさんの本心をお聞きしたいでしょうから。 素直に云っていいですよ。 俺のチームみたいに、一瞬で巨額の借金を作るなんて事は無いと思いますし」
つい20日ほど前までは、大型船2隻を沈めて巨額の借金を抱えたウィリアム達である。 今思い出しても、シャレに成らない苦笑話だ。
さて、チームとは、結束の集まりであって。 縛り付ける集まりでは無い。 チームに入るのも出るのも、基本は個人の自由だ。 ウィリアムは、無礼を赦すのはしないが、個人の自由を奪う気も無い。 こうゆう話は、誘われた個人の問題になる。
クローリアは、邪気の無い様なヒュリアの顔を見て、ハッキリと云う。
「真に申し訳御座いませんが。 お申し出はお断り致します」
ヒュリアは、口元を綻ばせ。
「柵ですか? チームとか、恋人とか?」
すると、クローリアの顔が少し沈んだ。
「いえ。 貴方の様な方は、信用できません。 平気で、他のチームから人を引き抜く様な方は、嫌いです。 しかも、顔でどうこう云われるのは、正直もっと嫌いです。 私は、自由の意志でこのウィリアムさんのチーム入りました。 ですから、抜けるつもりは有りません。 ごめんなさい」
ウィリアムは、クローリアの横顔に陰りを見た。 何か、生理的に拒絶する様子を窺えたのである。
其処へ、か細い女声の様な響きで。
「ヒュリア、いい加減にしないかい。 お前の腕で、世界に羽ばたけると本気で思ってるのかい?」
ウィリアムは、その声を出したのが、あのカウンターの中央の玉座に坐る主らしき人物だと見て。
(女性? さっき、外では冒険者の人たちが“オヤジ”とかなんとか云ってなかった・・・?)
理解に苦しんだ。
円形カウンターの中央に置かれた玉座の様な紫色のソファー。 其処に座るのは、真っ白い燕帽子を被った細身の色男風の人物だ。 白粉でも塗っているかのような肌に、目元鼻元は燕帽で隠しているが。 右目だけは見えている。 刈り上げた項が少し見えて、髪もブラウンカラーながらに長くは無い。 男だと思っていたのに、声の響きは明らかに女声である。
ヒュリアは、カウンターに振り向いて。
「マスターさんは、人の素行にまで口出すんだね。 そんなの、規定に無いでしょうに」
すると、ウィリアムはヒュリアの脇を通り過ぎながら。
「斡旋所の主は、冒険者達の規律を乱れを窘める許しを受けているハズですよ。 横暴な行動や、チームを無闇に壊す様な言動に注意するのは極自然な事です。 それも解らないのに、冒険者遣ってるんですか・・・。 懐が見えますよ」
クローリアも、態々ヒュリアの反対側にウィリアムを迂回して周りカウンターに向った。
「おいおい、ヒュリアがバカにされてるゼ」
「ほお~、そいつはおもしれえ~」
周りの冒険者達も、ザワザワとヒュリアとウィリアムの様子に注目し出した。
奇抜なシースルーの黒いベール服に身を包み。 玉座の上に女坐りした主は、興味をそそられた瞳でウィリアムを見て。
「随分と詳しいね」
ウィリアムは、笑う素振りも無く。
「元、少しお手伝いしてましたので」
頷く主は、長い煙管を取り出してタバコの用意をしながらに。
「チーム名は、“セフティ・ファースト”って云ったね?」
カウンター前で、主らしき人物と対峙する形を取ったウィリアムは。
「はい、リーダーのウィリアムと云います」
男だか女だか解らないその人物は、シャレたピンク色のガラス瓶に似せたグラスランプの火で、優雅に気だるい手つきでタバコに火を付けてから。
「まだ、結成して一月程しか経ってないチームだね」
ウィリアムは、頷き。
「ですかね。 月跨ぎなんですが、日にち的日数では、一月も無いかもしれません」
この世界は、一月が55日で、年間が550日。 確かに、ウィリアム達はまだ、チーム結成から一月を経過して居なかった。
主らしき人物は、鋭い右目の視線でウィリアムを見て。 一服含んでから。
「アタシは、噂はあまり信じない。 此処では、あのスター・ダストの連中でも、スカイスクレイバーの連中でも駆け出しの仕事から遣らせた」
口から白い紫煙を出しながら云うその人物を見るウィリアムは、当然の事だと思うから黙ったままに頷く。
しかし、聞いていたヒュリアは。 小バカにする様な素振りで。
「マスター、その言い方ってどうゆう事? まるで、この田舎チームが凄いみたいじゃないか」
すると、マスター=主であるその人物はヒュリアにジロリと目を向けて。
「当たり前だろう? お前よりは、腕は確かだ。 結成時のコンコース島で、殺人事件を解決して巨悪の密輸ルートを壊滅させ。 フラストマド大王国では、古の大魔法遣いが作ったマジックモニュメントの中を切り抜けた。 しかも、アハメイルで起こった殺人事件で冤罪になり掛けた女性を救い、その殺された男の絡む強盗グループの摘発もしてる。 1月経たずしてこの結果は、今までに他のチームでもそうそう見た事が無い。 丸で、チーム“ホール・グラス”のポリア達が一気に駆け上がったのと似てるよ」
ヒュリアは、ギョッと驚いてウィリアムを見る。
「こっ・・コイツがか?」
周りに居た冒険者達も、一気にざわめき出した。
ウィリアムには、これは嬉しくない様子である。
「ま、別にそれとこれは別です。 では、駆け出しの仕事をお願いします。 何か、ご紹介頂けませんか? 自分はチャレンジャーなので、何でも請けます」
主は、鋭い視線をウィリアムに向けた。 ロイムでは、怯えてしまう様なキツイ視線だ。
「・・・・」
「・・・・」
見つめ合う二人。
周りでは、ウィリアムのチームの事を知っていた他の冒険者チームに、知らないチームが情報を得ようと聞き出したりたりして。 ちょっとした騒ぎが出来上がりつつある。
クローリアは、周りから注目され出したのが少し怖く。 ウィリアムに寄り添いながら辺りを見回す。
そんな中。
「・・・よし。 なら、一つお手並み拝見と行こうか」
と、主は目元を緩くして瞑目した。 そして、
「仕事は、今決めた。 請ける前に、何か質問在るかい?」
と、主が目を開いた時である。
ウィリアムは、腕組みしてからクローリアを見る。
「?」
不安げなクローリアは、首を傾げる。
そして、ウィリアムは主を見ると、真剣な顔で。
「では、1つ」
キセルを口から離して、紫煙を吐く主は。
「何だい? 泣き言は嫌だよ」
ウィリアムは、ズイッと前に進んでカウンターに手を付き。
「あの~・・・、マスターさんって。 男ですか? 女ですか?」
「・・・・」
周りの空気が、一瞬で凍り付いたのは確かだった。
次話、予告。
仕事を請けたウィリアムに、後から来たスティールが合流した。 仕事は、急ぎと云うより、今から始めないと面倒な仕事であった。 その、仕事は・・・。
次話、数日後掲載予定
どうも、騎龍です^^
ウィリアム編、ス-パー早く終わらせて行きますっ!!! ・・・・多分^^;
年末には、モバゲー内で期間限定掲載の座談会と、ポリア特別編を頑張ってみますね~。
では、寒くなってお鍋が美味しい時期ですが。 太りたくない作者でした^^;
ご愛読、ありがとう御座います^人^