二人の紡ぐ物語~セイルとユリアの冒険~
セイルとユリアの大冒険 1
≪帰還≫
斡旋所に、夜遅く戻った一行。 子供達を抱きしめて・・・怒って・・・。 親達は、その喜びを全身で現した。 夜も更け出した頃。 斡旋所の主の手配で、子供達の家族全員と、冒険者一行の宿が無償で宛がわれた。
さて、いくらズタボロでも。 話が出来るならば報告は必要だ。 ポリア達合同チームと、セイル達の子供達の捜索を請け負ったチームに別れて。 ランプの明かりの灯された斡旋所の広間のテーブルに就いては、報告を行った。
成功の報告を受けた主は、先ずカミーラ達や救出された冒険者などを休ませると言って人払いをする。 そして、セイルのチーム・イクシオのチーム・ポリアのチームを残して。 仕事の深い報告を受けた。 中でも、悪魔の事よりもアンソニーの事を告げると、主は深く頷く。
「そうか・・・。 これで、やっと終わるか・・」
ポリアは、主がその事を知っていたのではないかと思い。
「ねぇ、マスターって・・、その事を知ってたんでしょ?」
疲労の色が見える80過ぎた老人の様に見える主は、カウンター内の椅子に座り込んで。
「全て知っていた訳では無い・・。 前の斡旋所の主からの言伝で、あの封鎖された森の奥には、王族縁の場所が在り。 その場所を魔に魅入られた森が覆う。 だから、定期的にモンスターの排除をしてくれと。 王族縁の事だから、他言無用で・・・。 と、言われて居た。 なるほど、聞けば・・ナルホドだ」
出血が酷くてもう気絶し掛けたイクシオは、もう上で寝ている。 その代わりとばかりに、エルキュールが。
「じゃ、悪魔が居たのは知らなかった訳ね」
エルザは、呑気な話の様で呆れた。
「当たり前でしょ。 知ってたら、それなりの対処するわよ」
「まあ・・そうね」
すると、主は。
「実は、前に秘かに大量のモンスターをチーム“スター・ダスト”の面々に退治して貰った事が在ってな。 その時に、スター・ダストのリーダーであるリファランス・ハピルマッハ殿から苦言を貰った。
“主殿、これは何か在る。 一度、秘かに奥まで調査為さった方が良いと思う”
「とな。 でも、王に今更奥を調べさせて欲しいと言い難くてな。 今度、リファランス殿が口添えをして仕事にしようと相談しておった所なんじゃよ」
主の話に出たチーム“スター・ダスト”は、世界に有名なチーム3傑に入る。 10傑までにしたら、ポリア達も入るだろう。 仮面の天才剣士リファランスは、実はこの国の現王の第二子、王子リオンその人である。 ま、その事を知っているのはかなり少ない極一部の者のみであるが。
主の話では、リファランスがリオン王子と知人なので。 一緒に調査を進言してくれると言う事だったらしい。 ただ、リオンは世界最大の貿易都市にして、この王国最大の都市であるアハメイルの統治者だ。 忙しい身なので、手の空く年明けにしようと話をしていた・・と言う。
ユリアは、ヘバってテーブルに半死しているセイルを突っついて寝かせずしながら。
「面倒な話。 王様に直で言えばいいのに・・」
「うむ・・、面目ない」
と、主が言う。
しかし、ポリアが呆れた嫌々な言い方で。
「ど~せ、内政大臣辺りが進言にごねるからよ。 仕事の依頼にしたら、お金は掛かるし華やかな所は冒険者に持って行かれるから。 それが癪で、取り次ぐのを嫌がるわ・・、きっと」
主は、もう父親との大喧嘩を機に、皆にポリアが筆頭公爵家の娘だと知られているのを弁え。
「流石は、ポリア殿。 よ~くお城の内情をご承知ですな」
と、苦笑い。
頷くポリア。
「だって、あの内政大臣って元冒険者に成ろうとしたのよ。 しかも、金ずくで有名に成ろうとして失敗したから、冒険者を忌み嫌ってるド阿呆。 器がチッサイのよ。 アホらしくて笑いにも成らないわよ」
一同、どうして主が第二王子の口添えを待ったか、ポリアの話で理解した。
クラークも、生じ貴族の一族で。 その辺の面倒は身に染みて知っている。
「管理職も、色々ですな」
主は頷くと、テーブルの上に金の入った麻袋を幾つか出した。
「ま、仕事は全員で成功と見做すよ。 セイルのチームと、イクシオのチームには、少ないが危険手当や特別報酬を加味して全額の半分づつで、5000シフォンづつを。 マガルには、2000。 ポリア殿には、6000を。 これしかもう無いが、スマン」
ポリアは、この主が救出の為に方々へ金を使って根回しもしていたのだろうと想い。
「途中でみんな帰って来たしね。 6000在れば十分よ。 イクシオ達も、子供達も無事だったし。 不死皇王なんてスゴイモンスターが復活されなかったのが一番の朗報だわ。 場所が場所だもの、あんな所で」
主も、深々と頷いて。
「ホントじゃ」
ポリアは、セイル達を見て。
「本来なら、ミンナは王にでもお礼言われて当然だもん」
エルキュール達も、ユリアもこれは言い過ぎと思う。 エルキュールは、エルザに向かって。
「そ~んなに・・・凄い?」
「ま~・・不死皇王の復活阻止って所?」
ユリアも、ポカ~ンと。
「王様にお礼ねえ~。 アンソニー様の事かな~」
すると、クラークが。
「確かに、我々は世界の戦争に及ぶかも知れない火種を消したんだ。 そう成っても、おかしくは無いな」
「はあ?」
「へえ?」
エルキュールとユリアが、クラークを同時に見る。
其処に、マルヴェリータが。
「良く考えて。 あの封鎖地区の横には、森を隔てて各国の大使館が存在してるのよ。 もし、いきなりモンスターが現れて他国の大使が殺されたりしたら・・。 皆、親善大使として、各国との橋渡しに来てる外国の重要人物なのよ」
キーラやマガルは、此処まで聞けば直ぐに解る。 キーラが、ポリアを見て。
「もし、秘かにモンスターの温床となる場所を王族が代々残していたとしたら・・。 もし、モンスターの事で大使に死人が出たら諍いに成りますね」
ポリアは、重大な事だと重く頷く。
「下手したら、戦争よ。 この世界で一番平和な我が国は、世界の国々の平和の象徴をも担ってる。 其処で大使が殺されでもしたら・・・、一大事よ」
ユリアは、口に手をやって驚いてから、ワナワナしてセイルに掴み掛かって。
「すっ・・凄い事しちゃったね」
揺さぶられるセイルは、右手を上げるのみ。 テーブルにつっぷして死んでいる。
主は、一同を見て。
「皆さん、今回はありがとう。 家族一同を代表して、もう一度頭を下げさせて貰うよ。 孫を・・子供達を助けてくれて感謝する」
ポリアは、それに返す様に。
「もう、とにかく休みましょ。 み~んな、疲れてるし。 今回の事は、どうせあんまり噂として知名度を広げる働き掛けは出来ない事になりそうだし。 明日にしよ」
ポリアは、事の内容が内容だけに。 この仕事の成否でチーム名の広がりを大っぴらに出来ないのは解っていた。 だから、サラリとして貰う物を貰って終りにするのが一番いいと思う。
クラークも。
「ふむ。 確かに王族の事が絡んでいる以上は、全て公にするのは些か面倒になろうな。 ま、いい経験が出来たとしておくのが一番だろう」
セイルも、うつ伏せながらに。
「さ~んせ~」
と、右手を上げて呟く。 かなり、声に元気が無い。
ユリアは、自分も疲労感で横に成りたい処なのにと、セイルの頭をテーブルにグリグリ押し付けて。
「おめぇーっ、も~ちっとシャッキリしろぉ~っ」
セイルは、ジタバタと苦しんで。
「あひぇ~・・・いだだだだ・・・」
カウンター前の広間に居る一同がドッと笑う。
こうして、解散と成った。
・・・・・。
深夜。 カウンター内で、一人ポツンと浮かない顔をしているのは斡旋所の主。 右手に持つウイスキーグラスの中は、手も付けて居ないままの量が残り。 ボンヤリと明かりの消えた店内を見つめて白い息を吐いている。 溜め息の音が、孤独な店内に無限回帰の如く一定の間を置いて吐かれる。
その主の頭上にだけ灯ったランプの明かりを頼りに、トイレに起きたポリアが態々1階まで下りて来た。
白いマントを羽織って鎧も着けて居ないポリアは、髪もそのままに年頃の色気も手伝ってか。 何時もとは違う気品と艶やかさが見える。
「マスター・・・、ど~したの?」
主は、急に人の声がしたので驚いた。
「あっ・・・おお、ポリアさんか・・・」
何時もは荒くれ冒険者ですら一喝する主が、ポリアに“さん”だのを付ける。 ポリアは、不意の無防備に声を掛けたのだと悟りながらも。
「こんな寒い中で、何時まで起きてるの? この2日は寝てないんでしょ?」
「あ・・、ああ・・・」
虚ろな返事の主は、生気が感じられなかった。
カウンターの前に立ったポリアは、斡旋所の主としての何か憂いでも在るのかと慮ったが。
「明日からは、店を開けないといけないでしょ? そんな顔してたら、冒険者達に舐められるわよ」
すると、主は力無く俯き。
「かもしれんな・・。 今回の仕事で出た犠牲は13人に及ぶ。 主として、失格かもしれん」
ポリアは、主が何故にこうなったのか・・、意味を理解した。 だが、ポリアからしてこれは筋違いと思い。
「マスター・・・自惚れてる?」
「なっ?!」
いきなりの応えに、主の老人はポリアを見る。 ギョロっとした目で、驚きしか其処には無い。
ポリアは、真面目な顔で。
「仕事を請けて、続けるか否かの判断は全て冒険者側に在るのよ。 主のマスターは、仕事に見合う力量を見量って、仕事を割り振るだけ。 死んだ冒険者が、逃げるかどうかの判断なんてマスターに任されていないわ。 冒険者は、何時も死を背負って生きてる。 だから、状況判断が求められる。 その仕事に応じた状況判断が出来るかどうか・・・。 マスターは、もう理解してるはずよ」
主は、グッと下に俯いた。 今回の仕事は、最初から力量関係の無い公募にしたのは、確かにその事が有るからだ。 居なくなった時点で、モンスターの有無は解らなかったし。 冒険者達の命に関わるとは、解ってない。 だから、情報だけでも、少しの報酬を出せる公募依頼にしたのである。
ポリアは続ける。
「お孫さんが絡んだからって、自分で全部背負うなんておこがましいと思う。 マスターは、神じゃない。 私だって、合同チームを人以上にやって来ちゃったけど。 我儘で自分勝手な冒険者をあやし切れる実力なんて無いのよ。 死なせた事だって・・・在るわ。 今回だって、森が危険な場所は最初から言って在って。 奥の門の先の事をマスターの一存で言えなかったのは仕方の無い事だわ。 生きた冒険者・・・、死んだ冒険者・・、皆・・自分で歩いた自分の道なのよ・・」
目を瞑った主。 嘗ては、この主も冒険者だ。 しかも、それと知れた剣神皇エルオレウや、斬鬼帝ハレイシュとも冒険を共にした事の有る強者であった。 仕事のアレコレや、冒険者の心構えなど、ポリアに言われるまでも無い処のハズが・・。
「フッ・・・、ワシも弱ったかの。 ポリア殿の様な若者に叱られるとは・・・」
ポリアは、主に背を向けると。
「疲れてるからじゃない? まさか、もう呆けたとか言わないでね?」
ポリアは、嘗てはこの主に喰って掛かった事も有る。 まだ、マルヴェリータ達と会う前の事だ。 初めて家出して、冒険者に成ろうと一人でこの斡旋所に来て、後から追って来たイルガと2人でチームを組もうとした時、この主と大喧嘩した。
(変わらぬな・・・。 いや、随分と成長しても、変わらぬ部分が有ると云う事か・・・)
主は、自分を恐れずして喰って掛かったポリアを思い出し。 その目を開いた。
「ポリア様」
ポリアは、今度は“様”が付いたのにムスっと振り返る。
すると、主は深々と頭を下げて。
「流石は公爵家のご令嬢。 あの頃と変わらぬ物言いで、ご教授在り難き事で」
その主の顔に生きた表情を見たポリアは、フッと笑みを見せると。
「や~っと何時ものマスターみたいな嫌味が戻ったわね」
主は、グラスのウイスキーを一気に呷り。
「久々に時化たよ・・。 全く、冒険者の世界は未だに恐ろしい世界だわ」
ポリアは、頷くだけしてトイレに消えた。
直に、主も休みに消えて。 斡旋所の長きに渡る2日の慌しさは終わった。
≪レッツ・オ~ジョ~(王城)へ≫
次の日。
「うう・・・寒い・・。 あ゛~、身体イテエ・・・」
まだ早朝の明け方前の様な、朝も遅く成った頃。 何時もより遅くランプの明かりが灯った斡旋所の1階に、イクシオ達のチームが屯している。 リーダーのイクシオは寒がりらしく。 昨日の怪我の後遺症からの気怠さと厳しい雪空の寒さに。 朝からホットワインを飲んで、斡旋所の何時もの賑わいの中でダラ~ンとしている。
イクシオは、この場に居ないエルキュールとボンドスを思い。
「2人はどうした?」
エルキュールも、リザードバイターの毒の影響で起きて来ないらしい。 エルザは、寝ている4階を見上げる様にして。
「そ~と~傷が痒くて寝れなかったみたいね。 神経の軽い麻痺と、鎮痒剤の効き目で鼾掻いてるわ」
一緒の部屋だったキーラは、ボンドスの今の様子を思い。 微笑を少し呆れさせて。
「今日は、な~んにもしたくないそうです。 どうせ、斡旋所の宿なので。 夜まで寝て、起きたら地下で賭け事するって言ってましたよ」
セレイドは、雪で霜焼け仕掛かった頭を撫でながら。
「ん? この下は、オークションの場では無かったのか?」
イクシオは、だらしなく笑い。
「セレイド。 甘い。 ケ~キの如く甘いよ、お前。 オークションの場で、裏のカジノは当然の暗黙了解でんがな」
セレイドは、ポカンと呆けて。
「そ・・そうなのか・・」
年の功で、その辺の事情には慣れているエルザは。
「カジノも悪く無いわね。 明日は、王立図書館にでも行きたいけど。 今夜ぐらいは、カジノで頑張ろうかしら」
セレイドは、神官なのにこの柔軟さは何だとエルザを見る目が細める。
さて、もう起きているポリア達は、お金を行った全員で等分し。 他の冒険者からの羨望の眼差しを避けて、イクシオ達の近くでカミーラ達と雑談をする。 その内、アンソニーの居た館での出来事を知りたくなったポリア達と、イクシオ達が一緒になって大きな丸テーブルを2個独占し。 昔話や、思い出話や経験談を語り合う。
斡旋所は、昼頃に200名を越す冒険者達が集まる賑やかな何時もの場に戻っていた。 流石に、昨日の今日で、話題の中心はセイル達の行った仕事の事。 助かった冒険者達と、戦力の足りないチームや、新たにチームを結成しようとしている新顔などを含めて喧騒の絶えない処に、セイルとユリアとクラークが下りて来た。
「ふぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~い」
見ているだけで力が抜け切ってしまいそうなセイルの大欠伸。
ユリアは、それでも王子様の様なセイルが腹立たしく思える。
「だらしなくてもカッコいいって、ある意味罪だわ」
クラークは、羨ましそうに。
「いいのお~。 得だ」
さあ。 セイル達が3人しか居ないのは、この2日間で知れ渡った事実。 あの有名なチーム名にして、今回の大仕事をこなした訳だ。 冒険者達の中でも、チームを乗り換えたいと思っている者や、新たに加えて貰おうと言い出して来る者が10数人は現れた。
「なあ、俺もチームに加えろよ。 手が足りないのは事実だろ?」
「それより、俺はどうだ? この道もう10年に成る。 加えて損は無いと思うが?」
コレにはセイルはもう呆れるばかりで、苦笑い顔を浮かべているだけ。 色仕掛けで、セイルを見てくる女魔法遣いも居たし。 “ヴレイブ・ウィング”のチーム名に対する熱意を此処で熱弁する者も・・・。
(最初に言えよ・・・)
半笑いのクラークを始め、聞いてるポリアやイクシオ達も呆れていた。
セイルの代わりに怒ったのは、ユリアだ。 チーム結成時の最初は、皆にあんなに文句を言われたのに。 今に成ってチヤホヤされても、ち~っとも嬉しく無い。 言い寄ってきた冒険者達を、全て一蹴してしまった。
そして、ユリアとその言い寄った冒険者の数名が本気で言い争う手前で、遂に主がカウンターの内側から声を出す。
「喧しいぞッ!!! 止めないかっ、バカ者等がっ!!!!」
騒がしかった広間が、シ~ンと静まり返る。
暖炉の手前で、カウンターにも近い場に座ったマガル達は、その一部始終を静観している。
主は、しつこく言い寄る冒険者達を睨み付けて。
「昨日の仕事で誰がセイル達のチームに相応しいか、相応しく無いかは解ったハズだ。 仕事に対して、いい加減な気持ちしか持たねぇ~ゴロツキ共が、何を偉そうに押し付けがましい言い合いしてやがるっ!!!! お前等のチームの加盟なんざ、先ずは俺が認め無えっ!!! 孫を助けたチームのツラを汚せるかっ!!!!」
その歯に衣着せぬ物言いの気持ちの良い事。 ユリアを年下だと舐めて掛かった冒険者達を、黙らせた主。
静まった一同の中で、主は。
「おうい、クラーク殿。 それから、若い2人」
3人は、今の迫力のある主の直後だから返事が出来ずに、顔を向けるだけで応える。
「すまんが、これから王城に行ってくれ。 王と、あの一緒に帰還した男が会いたいそうだ。 イクシオ達も、行けるなら行って欲しい。 今、迎えの馬車が裏に来たそうだ」
「ええええええええええっ?!!!!!!!!!」
広間中から冒険者達の驚きの声が湧き上がった。
実は、アンソニーの事はセイル達とイクシオ達はポリア達にしか教えていない。 こうゆう事を全て語ると、恐喝紛いの輩が現れたり、噂が恐ろしい程に尾鰭を付けて広まるのは当然の事。 冒険者達は、その喋る限度を弁えてナンボの所が在るのは皆が承知。 マガルも、チームの仲間には全て教えていないし。 カミーラ以外の助け出された冒険者達ですら、戻る時に先頭に居たアンソニーが何者なのかは深くは知っていない。 助け出された死人で、魔の力を持った者と認識している程度だ。
子供達が事実を知らないのだから、冒険者達がベラベラ喋らない限りは森の中の出来事は関係者達のみの知る処と成るはずである。
イクシオは、ポリアを見て。
「行った方がいいかな? 俺、王城に入るなんて初めてなんだけど・・」
頷いて見せるポリアは、微笑んでイクシオ達を見回し。
「ご褒美貰えるかもよ。 一応、行った方がいいわ。 今の王様って、気取らない気さくな人だし。 逢って害の在る王様じゃないわよ」
エルザは、一大叙事詩の詩を作るのには最高の経験と思って。
「行こ、行きたい~」
セレイドは、緊張の色を顔に見せて。
「失礼の無い様に、会って置くのがいいと思う」
クラークは、ボロく成った自分の服を見て。
「昨日の今日で、この服装だが。 ま、行かなければ成るまいな。 あの御仁も逢いたいと言って居るのだから・・」
セイルは、鈍い明るさの空が見える窓を見て。
「あはははは・・・・いきなり謁見ッスか~・・・」
一体ど~なるやら・・。
まだ、雪は降り続く。 豪雪地帯の入り口に在ると云っても良い世界最古の王国の王都は、本格的な雪の世界と成った。
セイル達3人と、イクシオ達4人が雪の外にマントを羽織って出た。 店の裏側に停められた馬車は、赤い色をした美しい造りの大型馬車。 引く馬も4頭である。
セイルを先頭に馬車に近付けば、固太りの白い軍服の様な正装をした男性が馬車の中から顔を覗かせた。 少し偉ぶる雰囲気の漂う中年男性で、イクシオは好かない相手だ。
「失礼しますが。 本当に王様が僕達を?」
セイルが、その男性に聞けば。
「ええ。 何でも、昨日尋ねて来られた方お2人で、皆様とお会いしたいとか。 しかも、あの因縁深い封鎖地区の元凶を絶って頂いたとか。 此方と致しましても、それはとても嬉しい事です。 はい」
言い方のアクセントが貴族臭い男性だったが。 口調からするに、アンソニー様の事を知らないのだろうか。
その貴族の誘われるままに、セイル達は馬車に乗り込んだ。 雪の降るレンガ敷きの通りに轍を残しながら、その青い屋根と白い壁のコントラストが美しい王城へ向かう事に。
王城へと伸びる楓並木の凱旋通りへ出てから王城への正門を潜り、低い庭の木々が雪化粧している大庭園の間を抜ける形で緩やかに曲がりくねった道を進む馬車は、王城の正面入り口では無く。 壁側の裏出入り口に停まった。
貴族の臭さが漂う小太りの男は、馬車の扉を開けて。
「実は、王様が直に私室でお会いに為られたいとの事で。 裏からこそりとお願いします。 冒険者の方々を毛嫌いする貴族も多い上に。 何か大切なお話が在ると云うので・・」
車内でイクシオ達とセイル達は顔を合わせた。 何やら、少し深刻な臭いもする。
裏口も何処かの高級宿の正面玄関の様に金属のレリーフが施された重厚な木製の合わせ扉で。 取っての形が鷲か鷹の様な装飾がしてあって、流石に王城だと思わせる。 入った場所は、二階へ上がる階段の二つに挟まれた廊下が伸びている場所。 エプロンに青い制服のドレスを着たメイド達が忙しく行き来したり。 軍服の様な制服を纏い、胸に勲章を幾つも付けた偉そうな人物が歩いて居たり。
「此方へ」
小太りの男性の後に従って、二階へ上がり。 大きい廊下では無く。 裏手の様な細い廊下を進んだ。
「凄いね」
ユリアが、小声で言う。
「うむ、確かに」
と、クラークが返す。
細い廊下ですら、等間隔において花瓶を置いた高い値段のしそうな台が在り。 赤い絨毯の敷かれた廊下、白く美しい壁、芸術的な装飾際立つ天井・・。 城その物が一つの莫大なお宝の様な印象である。 途中で、裏庭か中庭か解らぬ森を見渡せる吹き抜けの回廊に差し掛かると、冬の風に雪が舞う幻想的な景観を見れた。
寒さに逃げ腰のイクシオも、流石に興味を覚えて擦れ違う美人メイドや、城のインテリアをまじまじと見渡していた。
セレイドは、緊張してか喋らず。
エルザに色々と相槌をせがまれるキーラは、圧倒的な城の雰囲気に飲み込まれて生返事ばかりだった。
「此処でお待ち下さい」
長い廊下を直進し、突き当たった左右のT字路を右に曲がった先の直ぐ右手のドアの部屋に通された。 開いたドアの中、部屋の中はもう煎れ立ての紅茶の香りが漂い。 甘いメープルシロップの香りがお供を為す。
「直ぐに、王様が起こしに為られます。 ゆっくり、御寛ぎ下さい」
と、云う小太りの男。
中に入ったセイル達へ。
「どうぞ、皆様。 お好きなソファーにお掛け下さい」
紅茶の湯気を上げるポットの横に、赤いドレスを着た中年の金髪女性が微笑んで招き誘って来る。 メイドとは明らかに違う印象で、微笑には気品が漂い。 煌びやかは抑えたドレスは、造りの確かな刺繍が目に付く。
だが、なによりもセイルは、その女性を見て顔を俄に驚かせると。
「ク・・・クィーン・レジェンド・・・」
と、呟く。
クラーク・イクシオ・エルザ・キーラは、その女性の頭に輝く宝石の鏤められたティアラを見た。
中年女性は、にこやかに微笑み。
「まぁ、流石にアンソニー様をお連れしてくれた冒険者の方々ですわ。 この王妃冠を知っていたのですね」
と、女性は頭上のティアラに少し上目を向けてから。 また一同を見る。
セイルは、中に進んで皆を代表する様に真摯の礼を呼ばれる作法を用いて一礼をした。 左足を引いて一礼しながら右手を前に流す仕草が、何故か様に成っている。
「今回は御招きありがとうございます。 冒険者の井出達のままにお会いする無礼をお許し下さい」
ユリアとクラーク以外の皆は、セイルが社交の礼儀を弁えているのに驚いた。
クラークも、女性の前に進んで。 セイルとは別の騎士の一礼の行為を見せて王妃に挨拶をする。 直立から、腰を屈めて臣下の態度を示す。
「水の国ウオッシュレールの公爵家、エステムルスの現当主の弟にしてクラークと申します。 御招き在り難く。 冒険者の身ゆえ、武器を佩いての謁見の無礼をお許し下さい」
王妃の顔が、少し驚いた。
「まあ、あのエステムルス様の御縁の方とは・・」
セイルは、内心に。
(あはははは・・・過去に王様も輩出してる有名貴族じゃん・・・)
クラークの家柄が、東の大陸では最上級の名家であると今知って笑える。
丸く繊細な造りのティーテーブルを囲む3つのソファーに、カチンカチンに緊張し出した皆と。 王妃との雑談を交わし始めるセイル・クラークの両名。 はて、一体どうしたことか・・・。
≪決意を汲んで≫
皆に紅茶が行き渡り。 王妃はそのフリル付きのドレス姿を一同の前に立たせてお礼を述べた。
「皆様、今回は真にありがとう御座います。 我が王族縁のアンソニー様を救って下さって・・・」
セイルは、直ぐに。
「救ったかどうかは・・・。 成り行きで、助けただけです。 でも、何でこんな場所で?」
王妃は、メイドを下がらせてから。
「長年に渡って、王家にはアンソニー様の御意志を汲んで、あの敷地をあのままにしようと言う意見の一方。 大臣や重臣には、粛清を行ったアンソニー様達の遺物を残すのを嫌がる者多く。 王家と家臣との間の諍いの元だったの。 アンソニー様が、あの土地を王家に戻すとしたので、その諍いが無くなる・・。 肩の荷が一つ降りましたので・・、お礼を言いたくて御招きいたしましたの」
しかしユリアは、あのセイルの話を聞いていただけに。
「粛清って・・、愛する人を殺されて興らない相手がどうかしてるわ。 やり過ぎよ・・・あっ、す・・スイマセン」
勢いに任せて言ってから、相手が王妃だと思って謝るユリア。
だが、少し顔を悲しませる王妃もまた、頷く。
「貴女の言う通りです。 貴族の重臣は、王と対等の意識を持ち過ぎる・・。 アンソニー様の愛したマリアンヌ様は、確かに王家縁では無いけれど。 その気品の漂う美しさや慈愛精神の強い所は、当時の王家が誰もが御認めに成られていたの。 何も・・・殺める必要は無かった・・」
イクシオは、漸く少し緊張が解れて。
「あ~・・・、で。 今回は・・、我々に何か用あが・・・その・・在りまして・・呼んだ訳ですか?」
どう言って良いか解らずに、変な言葉遣いに為ったイクシオ。
王妃は、頷く。
「ええ」
そして、セイルを見ると。
「貴方がセイル様ね」
同じ金髪の頭の後頭部をガジガジと掻くセイルは、王妃に“様”を付けられて恐縮の限りである。
「は・・はい~・・」
横では、ユリアが腕をグリグリ押し込んで来て。
(様か・・、お前が“様”か・・)
王妃は、セイルの前に来ると。
「実は、アンソニー様が自殺を図ろうと致しました」
その場の全員が、驚いたり、紅茶の飲む手を止めたり、ポカンとしたり。
セイルも、目を真っ直ぐにして王妃を見る。
「本当ですか?」
「ええ・・。 もう、半分・・・いえ、肉体がモンスターに成ってしまい。 昨夜遅くに、死して自分を消そうと、我が王の持つ聖なる力の宿る宝剣にて。 間一髪、その場に居合わせた私の息子のリオンが、その剣を弾いて助けはいたしました・・」
一同、何故かホッとするのは。 あのアンソニーと言う人物が人の心を持っている所為だろう。 マリアンヌの事も在るから尚更か。
セイルは席を立ち。 王妃の前に屈んで、王妃を見上げては真顔にして。
「僕に、アンソニー様を助けろと云うのですか?」
敏いセイルは、先を聞かずして何かを悟ったのだろう。 王妃は、セイルを縋る様な眼差しで見下し。
「昨晩を掛けて、我が王がアンソニー様を説得為さいました。 そして、アンソニー様に冒険者に成ってはどうかと・・・お勧めしたのです」
皆、王妃に目を奪われた。
ユリアは、ギョッとして。
「うは~・・大胆な・・」
しかし微動もしないセイルは、黙って王妃を見る。
王妃も、セイルを見た。
クラークは、筋書きは読めた。 セイルのチームにアンソニー様を同行させて欲しいと云うのだろう。 その過去を知っている者のチームで在るなら、アンソニー様に無用な軋轢を生ませずして旅人に為れると思ったに違いない。
セイルは、強く思いを湛える王妃の瞳を見て。
「どうせ死ぬなら・・、生き抜いて死ねと言うのですね? ですが、それは意志を存続する故に、生きる苦しみを招く事には・・・為りませんか?」
王妃は、顔に陰りを見せて俯く。 生きて死ねる身では無くなったアンソニーだ。 何れは・・・、滅ぶか人目を避けて生きる形を選ばなければ成らない。 そこまで生き続けるのは、過酷な人生になるだろう。
その時だ、ユリアはセイルに。
「セイル、アンタはどう思ってるの? アンソニー様を冒険者として加える事」
皆の視線が、ユリアに動く。 王妃も、ユリアに顔を向けてから、セイルに降ろす。
セイルは、ユリアを見ずに。
「僕は、構わないよ。 でも、押し付けは嫌だ。 アンソニー様の意志が、欲しい」
王妃の目が、緩やかに為る。
ユリアは、紅茶にメープルシロップの瓶からスプーンでシロップを移し入れながら。
「アタシも、セイルと一緒」
と、短く空気を繋いだ。
クラークも、また。 目を瞑り頷く。
「私も、異論は無い。 リーダーであるセイル殿の意志に同じ」
少しの沈黙が、その場に漂い始めた。 イクシオ達が口を挟める空気は無く。 セイルと王妃は見つめ合って止まり。 ユリアは静かに紅茶を飲む。 クラークは、不動のままに目を閉じて居た。
だが、不意にその空気は破られる。 セイルと、ふと目を開いたクラークは、目線を王妃の後ろの先に見える入って来たドアに移す。
セレイドとエルザも、ハッとして辺りを見回した。
そして、ドアが開かれた・・・・。
冒険者の生き方は、それぞれに・・・。 セイルとユリアの新たなる旅立ちは、此処から生まれる。 クラークと云う猛者を仲間に、セイルとユリアは何を求め、何を目指し、何処に辿り着くのか。 悠久の冒険の大地に、新たなチームが生まれた始まりの話である。
どうも、騎龍です^^
今回で、セイルとユリアの旅立ちのお話は終りですが。 この物語は、世界と冒険者の流れの一緒を画ければな~と思って書いていますので。 中途半端に成った最後は、第2部の冒頭に移る形に成ります^^
次話ですが、ウィリアム編に入ります^^
次は、完全なる推理話ですが、よろしくお付き合い下さいませ^^
ご愛読ありがとうございます^人^