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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
222/222

第三部:新たなる暫しの冒険。 12

        第11章 続



{仕事に向かう前の大事。 そして、遂に裂け目へ}



だが、依頼とは関係の無い問題は、準備の二日目に起こる。


先ず、朝の事だ。


さっさと買い物を済ませていたKは、1人で斡旋所に居た。 レメロアやグレゴリオを含め仲間やセドリック等が薬を探す事に苦労するのも、既に知っている。 大概の薬やら必需品は買い終えただろうが。 一部の品は探し回ると察していた。


処が、霧も無くならぬ頃。 セドリックのチームの魔術師アターレイが、斡旋所に独りで来た。 カウンターに座るKに近付くなり。


「ね、ちょっと話が在るの。 後ろの席に、イイ?」


と、話し掛けて来る。


その様子を見たミラは、アターレイがKを口説く気だと思って目を細める。


一番後ろの向かい合う席に就くや、周りを窺ったアターレイが小声で言う。


「ねぇ、貴方。 “パーフェクト”って云う異名の人を知らない?」


いきなり、Kの過去に踏み込んで来たではないか。


ま、それで顔色など変えるKじゃない。


「噂には・・、な」


気持ち身を前にしたアターレイは、テーブルに腕を置いて。


「私は、カプネテ・クラナズブールを捜しているわ。 セドリックのチームに加わったのは、彼を捜す為よ」


「あんな極悪人を捜すなんざ、女の身を理解してないな」


すると、アターレイの眼が明らかに鋭くなる。


「私は、カプネテをこの手で殺すの。 アイツは、自分が死んだと噂を流して逃げた。 でも、アイツは生きてると思うの」


アターレイの秘めたる殺意を見抜くKは、彼女の言葉に嘘は無いと感じる。


「それと、裏の始末屋を捜すのと、何の関係が?」


「噂に聴くパーフェクトは、どんな依頼も遂行するって…。 アイツを捜して、私と一緒に殺して貰う」


「だが、パーフェクトって奴は…」


過去の自分の非道を思い返すKなのだが。


「解っているわ。 彼がこれまでにどうやって来たか、私もそれなりに調べて来たから。 その為の代償は、全部払うつもり。 この体でも、大金も用意してある」


この語りから彼女の頑なな意志は解ったが、無駄な事だと知る。 首を揉むKは、首を回して解した後に。


「パーフェクトを捜す前に俺から言える事は、な。 先ず、お前のその念願は、既に叶ってる。 これだ」


アターレイの顔が驚きに変わる。


「どうして?」


「カプネテ・クラナズブールは、噂では無く確かに死んだ」


“嘘っ!”


激しい口調で、小声が小声で無くなりそうにアターレイが云うのが解るK。 だから、彼女が口に出す前に。


「どうしてハッキリ云えるか、と云うのはな。 奴の首に掛かった賞金を貰ったのは、俺の友人だった奴だからだ」


「あ・・え?」


「今から・・もう何年前か忘れたがよ。 お前の云うパーフェクトが、或る悪党組織に集められた盗賊団と武装した無頼集団を潰した事が在る。 散り散りに成った悪党やら盗賊を刈るパーフェクトで、その手から逃れ掛けたカプネテだが。 森の中を逃げる途中で、モンスターに襲われた様だ」


「モンスターって、どうして?」


「この話を知らないのか? パーフェクトは、世界に暗躍する悪党組織に遺恨が在るらしい。 その奴等に加担する悪党等を刈る時には、様々方法を使って殲滅を狙うそうだ」


「あ、あぁ・・それで、カプネテは?」


「ん。 俺の友人が街に向かう途中で夜営していた時、カプネテが血だらけで逃げて来た。 奴の顔を知っていた友人は、カプネテに止めを刺して。 その遺体を斡旋所に運んで賞金を貰った」


「嘘、嘘よ…」


動揺を見せたアターレイに、Kは詰まらなそうに。


「その首を出して賞金を貰った所は、俺も見ている。 詳しい真実が知りたいならば、マーケット・ハーナスの首都の斡旋所に行って主に話を聴け。 それでも信じられないならば、セドリックのチームの仲間に入り。 名声を挙げて、アハフ自治国に行け」


「な、どっ、どうしてアハフ自治国に?」


「あの国の軍事部門の頭を張る将軍ラスタカディオは、カプネテに懸かった賞金を受け取った本人だ」


Kの話に、アターレイは言葉を失う。 冒険者の国で在るアハフ自治国で、軍事部門の将軍に任命されたラスタカディオとは、ファランクスのチームを率いていたリーダーだ。 槍、斧、薙刀を遣う傭兵で。 登り詰めた腕を買われ、アハフ自治国に永住する事を許された。


「あの・・ラスタカディオが、しょっ、賞金の受取人…」


「アハフ自治国は、冒険者の国だ。 だが、一般の外国の民の入国は厳しく制限され、冒険者とて国へ入る為には、何処かの国の首都の斡旋所で推薦状を貰う必要が在る。 その為には、有名チームの20傑に何年も入る位の地名度が必要に在るだろう」


頭を抱えるアターレイ。


「そんな・・まさか」


語るKはサバサバして。


「死んだ奴を捜す無駄よりは、狙いが明確に成って良かったじゃねぇーか。 裏稼業の奴に払う大金が余れば、冒険者を辞めても生活に困らん。 安心が増えたな」


Kを見据えたアターレイのその眼は、少し戸惑いを秘めて。


「ねぇ、アハフ自治国にお金で行けないの?」


「手っ取り早く行きたいならば、アハフ自治国の商人と結婚するとか。 アハフ自治国の商人と取り引きの在る商人に支えるとかだな」


「どうして、旅人として行けないのよ」


「西の大陸では、大陸北方のスチュアートが生まれ育った国と、アハフ自治国は中立を保っているが。 真ん中の国は内戦状態が続いている。 だから、国境の警戒は厳重だ。 また、アハフ自治国は冒険者の国だが、誰彼と入国させない。 昔に、そうゆう取り決めをしたんだ」


「んん…」


呻くアターレイ。


Kは、アターレイの理由を聴かず。


「まぁ、後は好きにしろ」


席を立つ。


カウンター席に戻るKに、待ち構えていたミラが。


「何の話をした訳ぇ?」


面倒臭いことの上塗りに、Kも呆れ果てた。


「煩ぇな。 奥のテーブルの若い奴等の相談でも乗れよ」


其処へ、ドアが開いて九官鳥が御決まりの台詞を言う。 ブラハムのチームが戻る、採集依頼を終えて戻ったのだが。


「今日は、御一人か」


装備やマントを汚したブラハムが、Kの横に来る。


「スチュアート達には、依頼に向けての下準備をさせてる。 今回は、念入りな準備が必要な依頼だからな」


「なるほど」


ブラハムの姿を見返すK。


「随分と汚れてるな。 風嵐でも遭ったか?」


「あ、いや。 あのヒリクナスなる生物に、火だるま蟻の影響か。 モンスターと戦う事が多くてな」


「そら、難儀したな。 一緒に行った薬師か商人が、時期を見誤ってたんじゃないか?」


「こればかりは、運命だ」


「ふっ」


軽く笑い飛ばすKで。


「ちげぇねぇ」


と、伝法な口調で言う。


ミラに報告をするブラハム。 ミルダが二階に報酬を取りに上がる。


処が、またドアが開いて九官鳥が御決まりの台詞を言う。


軽く首を巡らせるKと、黒服の警察役人の顔が鉢合わせした。


(この役人は、確か・・ラヴェトルフの事件を捜査していた…)


Kが思う中で、四十半ばを過ぎた感の男性役人は、ミラに頭を下げた後にKの前へ。


役人が一人で汗を流して来た様子から、何かの要件が在ると察したK。


「どうした?」


面前に来て、冒険者相手に頭を下げる役人。 管理職として現場指揮官らしい人物なのに、改まり。


「貴殿に、協力を仰ぎたい」


「冒険者の俺に、か?」


「実は、奇病を発症した冒険者が、神殿病院に運び込まれた。 ニルグレス様が、貴方を連れて欲しいと…」


「ニルグレスって、あの神殿には腕利きの医者が何人も居るじゃね~か」


「ですが…」


Kに顔を近付ける役人が声を抑え。


(異病ではないか・・と)


とんでもない事だと解ったK。


「解った」


席を立つKは、ミラに。


「明日まで戻らない場合は、スチュアート達を待たせて於いてくれ」


緊迫した雰囲気を感じるミラ。


「わ、わ・わかっ・たわ」


役人の男性と出て行くK。


見送るミラは、ブラハムにお金を渡しながら。


「彼は、頼りになり過ぎね」


だが、聞こえてしまったブラハム。


「主殿、あの役人の人物、‘異病’と言ってましたぞ」


ミラとミルダは、眼を見開いた。 異病とは、魔界の病気だ。 人の街に蔓延すれば、街一つが滅ぶと言われる。


ミルダが、昼間の料理の材料を書き出しながら。


「天才的な薬師のケイだから、ニルグレス様も頼ったのね。 生きた知識や技能は、人に頼られるものね」


と、サリーに紙を見せて。


「サリー、材料ってこれだけだった?」


紙を見るサリーは、香り付けの香味野菜をどうするか聴いて来る。


「姉さんが欲しがりそうだから、買いましょうか」


頷くサリーは、野菜を書き足した。



          ★



今、スチュアート達も、セドリック達も、今回の旅に必要な物を買い揃える為に街中を動いていた。 然し、その様子は和気藹々としていて、楽しそうなものだ。


だが、この街に一ヶ所だけ、今だけは酷く緊迫した様子の場所が在る。 それは、ニルグレスの居る神殿だ。


その神殿の奥の離れでは。


「離せっ!!」


大柄な神官戦士のオリフォカが、役人3人に押さえ付けられている。 首に縄が掛かり、後ろに回した両手が縛られていた。 この姿は、罪人を縛る遣り方である。


神殿奥の隔離された離れとなる石造の一室に、老僧ニルグレスと医者が居て。 裸にされた女性を前に話をしていた。


ニルグレスは、非常に険しい顔をし。


「暫し、暫し待て。 我が友が来れば、事態を考えられる」


だが、白色の礼服に身を包む中年の男性医師は、若い男女の僧侶を後ろにして。


「いえ、ニルグレス様。 これには、猶予が御座いません。 この病気が異病ならば、今直ぐにでも街の外へ出さなければ」


部屋の一角、片隅に押さえ付けられたオリフォカ。 その脇には、同様に縄で縛られたヤーチフとエチログが。 この3人は、セドリックの仲間だ。


この異様な状態を招くのは、石の寝台に寝かせられた裸体の女性で在るのは明らかだ。 長い栗色の髪をして、成熟した肉体からして20代から30過ぎ。 ほっそりした体ながら、女性らしさは女性特有の肉感から窺える。 また、顔は知的な雰囲気がする、整った顔立ちだ。


だが、異変は顔に現れていた。 顔の顎から左目に向かい、太く黒い筋の様な線が浮腫んで走る。 また、胸の乳房の膨らみの間には、黒く浮腫む痼の塊が盛り上がる。 そして、右足から陰部の近くの腹部を走り、心臓部分まで走る、赤子の腕ぐらいの太さの黒い筋が…。


部屋の入り口で困るオリエス。


(ケイちゃんは、まだ? これはイケない、凄くイケない…)


ニルグレスと医師の男性に交わされる話は、Kを巡り平行線を辿る。


其処へ、


「おい、オリエス」


と、Kの声が。


「あっ」


庭を来るKと役人の男性を見たオリエスが。


「お爺ちゃんっ、ケイちゃん来たっ!」


人生の酸いも甘いも噛み分けて来た様な飄々としたニルグレスが、この時ばかりはオタオタと。


「とっ、友よ。 病人を診て貰いたい」


ニルグレスと会うKは、蝋燭が掛かる寝台の女性を見てからオリフォカ達までを見る。


「お前等は、セドリックの仲間…」


Kを見上げるオリフォカは、もう死に物狂いにもがきながら。


「んんっ! 頼むっ、マナを棄てないで欲しいっ。 わ、我々がっ、外へ運ぶ!」


いきなりのこの事態は、Kでも驚きだ。 が、匂いを嗅いで。


「って、何で腐森林特有の菌糸の臭いがしてやがる」


こう言いながら寝かされた女性の前に来た。


Kに対し、白色の礼服を纏う男性医師が。


「異病らしき病を患うらしい」


と。


だが、蝋燭の灯る燭台を手にしたKは、寝かされた女性の肉体を診て。


「これは、異病じゃねぇ」


医師らしき男性は、Kに。


「何の病気か。 如何なる書物にも、この病気は載らない」


男性の話に、頷くK。


「この症状に至らせる菌は、在る意味では異病と同じく恐ろしい。 だが、この女に巣食った菌も含め、即効性で死に至らしめる病気がわんさかと同居してる場所が、腐森林だ」


「“腐森林”…。 だが、この近くに在る危険な場所は、北の山や森の筈」


「違う、コイツは北の大陸の菌じゃない。 東の大陸の腐森林に棲む、人喰い茸の菌糸だ」


「東の大陸っ? ですが、資料や文献にも、何処にも載って無いっ」


「当たり前だ。 世界でも人の居る場所までは、腐森林に潜む病気に罹れば保てず。 大概の病人は死ぬからな。 この病気の詳細は、特定の国のデカい図書館などにしか無いのさ」


こう言ったKは、燭台を置いてオリフォカ達の前に来る。


「お前等、東の大陸の腐森林に入ったな。 一体、どれだけこのままだった? 一月や二月じゃねぇだろ」


Kに問われたオリフォカは、震える口で、


“この状態が、もう一年近く。 腐森林に入ったのは、一年半ぐらい前だ”


これを聞いたKは、目元を凝らし。


「お前等、この女をどうしたい? このまま放置すれば、胸の瘤と頭や腹から生まれる瘤から茸が生まれ。 その茸が出す胞子で、行く先々の街が壊滅するだろう」


Kの話に、オリフォカ、ヤーチフ、エチログがギョッとした。


オリフォカは、押さえ付けられながらに。


「このっ、びょ・病気は、異病・・なのか?」


「異病じゃ無ぇが、異病と同じぐらい危険なモンだ。 腐森林に生える茸の類いでも、生き物に取り付く固有主。 太陽の光りが苦手だから、腐森林以外での肉体への侵食はとんでもなく遅々としたものになる。 が、肉に食い込んだ場所を早く抉らないと、この状態になり茸を葺かす。 人間から生まれた茸の胞子は、人間に寄生し易い。 このままならば、茸が傘を開けばバベッタの街が滅び。 お前等が運び出して匿えば、お前達が旅の最中で胞子に侵されるだろう」


押さえられつつも、オリフォカはKへ向かって身を乗り出す様に膝を動かし。


「もうっ、助からないかっ?」


必死に此方を見てくるオリフォカで、その眼を見抜くKは、


「助かったとしたってな、もう体の力が入らなくなり。 誰かの補助が無ければ生きられないぞ。 然も、こんなに菌糸が根を張ったら、生きられるのだって数年。 尻や陰部の力も弱まり、もう子供だって宿せねぇだろう。 人間として、只々に生きるだけだ」


と、説明するが。


「それでいいっ、生きてくれているならばそれで構わないっ! 頼むっ、マナを、彼女を助けてくれ…」


オリフォカの後に、セドリックが、


“無口で、感情の起伏が少ない、ぶっきらぼうな奴”


と、言わしめた剣士ヤーチフも。


「た、助けてくれっ、頼む…。 金が必要ならば、冒険者で稼ぐっ!」


それに続いて、あの普段は陽気そうな葉っぱを噛む癖の有るエチログも、悲愴感を顔に溢れさせ。


「何でもする、マナさんをっ、どうか助けてやって欲しい!」


3人の様子を見たKは、これはセドリックのチームにも少なからず影響が出る、と察する。


「はぁ…」


溜め息を吐いて、寝かされた女性の元に戻るK。


ニルグレスが脇に来て。


「友人よ、助けられるのか?」


その問い掛けは、まるで信じられないと云う様子。


女性の体を眺めるKは。


「助けられなくは、ない」


「本当に、か?」


「あぁ。 幸いか。 まだ、菌糸が脳に達してねぇ~し。 心臓に出来た瘤も、状態を見ると株として笠が噴き出してねぇ。 生死は掛かるが、取り除けば助かるだろうよ」


「何と…」


女性を見るニルグレスは、信じられないと繰り返し思う。


其処へ、オリエスが。


「ケイちゃん、何が心配なの?」


「問題は、助かった後だ」


「助かった後?」


「もう、普通の人間として生活するのは難しい。 片足が利かないだの、腕が利かないなど、そんぐらいじゃ~済まない。 回復が何処まで至るか解らないが、首から下に力が入らなくなるかも知れねぇしな。 思うように成らない体を持つのは、生き長らえても本人には生き地獄になるやも…」


「はぁ・・なるほど」


Kの心配を深く理解したオリエスは、捕まった3人の中でもオリフォカの方に向かい。


「異なる神を信仰する同胞の方。 貴方は、御自分の思いを押し通そうとしている様に見えますが…」


話ながらオリフォカの前に来て、その面前に屈む。


「この方を生かせたとして、苦しみだけを与えて悩ませはしませんか? 保てて数年しか生きられない体を苦しみや悩みで蝕ませては、助けた意味が無いかもしれませんよ」


こう語るオリエスは、そう云った人物を沢山に見てきた。 せっかく助かったとしても、普通に生活が出来なくて、自殺した者も居れば。 生活が苦しく、意地から言わずに餓死した者も居る。


「助けて・・欲しいぃっ。 助かったならば、私は冒険者を辞めて彼女の助けをするっ。 だからっ、頼む! た、助けをぉぉぉ…」


懇願するオリフォカの姿に、オリエスは仲間との絆を見る。 ヤーチフやエチログも、役人を降りきらんばかりに云うからだ。


黙って聞いていた、女性を診ているKが。


「ふぅ・・・仕方無ぇ、遣るか」


脇に立つ白衣の男性が驚き、裸体の女性とKを交互に見た。


「ニルグレス、オリエス、傷を塞ぐのは任せるぞ。 それから、今すぐに大量の湯を沸かせ」


こう言ったKは、自分を呼びに来た役人に。


「その仲間は煩ぇからよ、向こうに控えさせろ」


外科的な処置を施すと解って、


「無理だっ、こんな状態だぞっ?」


厳しい口調で医者が言う。


然し、薬の準備を言うKは、ニルグレスとオリエスを動かすと。


「北の大陸にも、腐森林やモンスターに支配された場所は幾らでも在る。 例え、この女を棄てたとしても、街の外で胞子がばら蒔かれた場合。 旅人や商人が再び持ち込まないなんて言えねぇさ。 病人を破棄すりゃ異病やこう云った病気を回避できるなんざ、知らない奴の思い込みだ」


「ならばっ、燃やせばいいだろうっ!」


怒鳴る医者だが、Kは詰まらなそうに眼を遣り。


「お前は、他の病人を診て来い。 諦めた奴は、この場に要らねぇ」


「君は医者じゃ無いだろうっ!! 家族の居るこの街でっ、こんな危険な病気を蔓延させられるかっ!」


怒鳴る医者も、家族が居る。 街を壊滅させる様な病気を見棄て、この場を離れられない。


「だったら、黙って観てろ。 異病やこの手の病気をどうやって黙らせるか、見せてやるよ」


事態を知っても全く焦らないKは、様々な知識や経験を持つ。 何よりも、処置をする自分が一番に危険な訳だ。 自分が遣る以上は、誰の指図も受けないのは彼の日常で在る。


さて、其処に残るのは、役人の指揮官となる男性だ。


「あ、あぁ・・本当に、この女性を助けるのか?」


“信じられない”、そう言いたげな顔は、見れば良く解るが。 Kは、金の入った袋から金貨を二枚ほど取り出すと。


「悪いが、遣いを頼めるか」


「あ、何だと?」


蝋燭の明かりで紙に何かを書くK。


「斡旋所に、これを届けて欲しい。 この女の処置で、俺は動けなくなる。 薬に必要な原料だ。 主の誰かに届ければ、それでいい」


「わ・解った」


役人だが、この異様な状況に呑まれた。 遣う立場で、遣われる事に成るが。 それに細かく思う気が持てなかった。


そして、湯が運ばれるや。 ナイフを消毒するKは、近くに来た僧侶とオリエスに。


「この女から出た血、肉は、煮沸して焦げ付かせろ。 それも含め絶対に、水路や街の外に廃棄はするな。 それから、此処からは布で口を塞げ。 血一滴も飲まない様にな」


其処へ、ニルグレスが僧侶に薬や原料を運ばせる。 麻酔薬、血液を凝固させる薬を素早く煎じるKの手錬は、第三者が口を挟めるものではない。


Kの手際を見た医者の男性は、自分が素人に思えてしまい。


(この男、何者だ?)


度肝を抜かれた彼の目の前で、Kの処置が始まった。 先ずは、女性の片目だ。


「瞳が白濁してないな。 ん、まだ菌糸が入ってねぇ」


ス~っとナイフで薄皮一枚の皮膚を裂けば、姿を現すドス黒い筋が肉体の中で、異様な太い血管の様に見える。


「脈打つ様子からして、もう血を吸い上げてやがる。 この菌糸を引き抜いて行くぞ」


菌糸の造る血管から血が溢れないうちに、と顔の皮膚を絶妙に揉みながら菌糸の細い根を引き抜き始めたK。 切除すれば、穢れた血が流れる。 それを最小限にするべく、ナイフで引き抜いたり、患部を解す事で菌糸を引き抜こうと云うのだ。


僧侶の二人が、見馴れ無い処置に気分を害して外に走り出す。 間違いなく吐くのだろう。


だが、喉の皮膚まで切り裂くKは、太い血管を傷付ける事なく。 焼いたナイフで切り分けた体内の表面を熱して、出血を抑えて素早く処置を施す。


「オリエス、顎まで顔の傷を塞げ。 消毒は力を込めず念入りにしろ」


我から加わるオリエスは、極まった場所を塞ぐと云う腕の要る治療を魔法で行う。


その様子を見ている医者の男性は、神憑り的な処置に身動きが出来なく成った。


(何て静かで、無駄が無い…)


その道の玄人だからこそ、食い入る様に観てしまう。


(首の太い血管周りに、小さな瘤と根がびっしりと…)


自分が処置したならば、細い根を切る処だが。 Kは、ナイフの先を器用に使い、絡まる根をほどいて剥がす。


「よし、首の傷を塞げ。 いいか、消毒の際に脈打つ血管を破るなよ。 俺が言う通りに、消毒をしろ」


頷くオリエスは、繊細な作業に脂汗を掻く。


一方、指示を出しながら心臓の辺りを切り開くK。


「やっぱりか」


脈打つ心臓の上に、真っ黒い瘤が出来上がり。 その瘤から延びる沢山の根が心臓の表面に刺さっていた。


その絶望的な様子を見たKだが。


「さぁ~て、此処からが峠の入り口だ」


ナイフと針の様な短剣を消毒してお湯にくぐらせ拭うと。 そのナイフの刃を返し、峰の切っ先で心臓をスゥ~っとなぞる。 少しだけ、刺さる菌糸の根が浮く瞬間、針の様な短剣でその根を抜く。


(ぐぅっ、何て手際だ。 この人物、この病の処置を知っている)


医師の男性からして、考えられない処置だ。 刺さった根を抜く事に失敗ばかりすれば、心臓を負傷させてしまい、この患者を殺すだろう。


だが、Kは狂いの無い手つきで、菌糸の根を次々と抜いて行く。


この処置が半分ばかり終わる頃か、神殿にスチュアート達が来た。 Kが指定した薬の原料の幾つかを買い、届けに来たのだ。


ニルグレスが対応し、アンジェラが手伝いを申し出る。


劇的な変化を見せたアンジェラに、ニルグレスが。


「よくぞ、また道に舞い戻ったの。 これからは、己の進む信仰を貫くがよい」


と、言った。


神殿内部に入るアンジェラだが、スチュアート達は。


「ニルグレス様」


「ん?」


「まだまだ原料は足りません。 これから、商人会の方々に掛け合って来ます。 もうちょっと、ケイさんに待って貰える様に伝言を」


「よしよし、それは解った。 どれ、儂からも一筆を添えようか」


「後、セドリックさんのチームも来ると思います。 向こうも、足りない原料を持って来ると思うので、受け取りをお願いします」


「あい解った」


こんな事が在り。


アンジェラが離れの部屋に向かうと、吐いている僧侶が入り口に居る。


この時、心臓の瘤から延びる根を全て取り除いたK。


「オリエス、この瘤を離す。 消毒は俺が遣るから、魔法で素早く傷を塞げ。 先に、心臓へ魔法を施してから、傷を塞ぐんだ」


「解った」


軽くナイフを動かすK。 スパッと皮膚ごと瘤が切り離された。 動く心臓に消毒を施す、在る意味でとんでもない事をするK。


一方、心臓の全体に治癒魔法を施してから、胸の傷を高等な治癒魔法で塞いだオリエス。


「次は、内臓だ。 心臓以上に、根が張ってるぞ」


強力な回復魔法を遣い、処置を行う石台から数歩離れ一息吐くオリエスに、グラスに入った少量の水が出された。


「ありが・・」


貰う相手がアンジェラだから、眼を見張るオリエス。


一方、相手を見ずに、針の様な刀身の細い短剣を横に出すK。


「アンジェラ、先ず布で口を隠せ。 それから、これを消毒しろ。 消毒液で拭ってから、熱湯で血をしっかり落とせ」


「はい」


この間に、Kは女性の腹を裂いた。 熱した別のナイフで、切った場所を熱して出血を抑える。


(これ・が、人の内腑ですの?)


人間の内臓を綺麗なままで初めて見たアンジェラ。 胃、各腸、肝臓までハッキリ見えた。 Kは、この際だからと、アンジェラに臓器の軽い説明をしてやった。


(あ、嗚呼…。 この方は、何と恐ろしくも、また神々しい…)


自分の間近に居るのは、気まぐれな神ではないか。 そう思えたアンジェラで在る。


内臓に向け、無数に張った菌糸の根。 それを全て取り除くKは、焼いた肉の一部を薄皮一枚剥がす様に切り離しては、治癒魔法で塞がせる。


此処で、明日も在るオリエスが休み。 代わりに、ニルグレスが回復の手として入る。


腰部から股の処置に入るKは、陰部の手前までの皮膚を切り開き。


「ん~、これは不味いな」


「友よ、何か悪い事か」


「あぁ。 菌糸の先っぽが、子宮など子供に関係する胎内の彼方此方に届いてる。 体が回復しても、女特有の月ものが来ないならば、子を宿す事も無理だろうよ」


菌糸を抜きに掛かるKへ。


「のぉ、友人よ」


「ん?」


「この菌とやらは、その腐森林とやらならば何処にでも在るのかの」


「いや。 それぞれの大陸に散らばる腐森林には、固有の病気や菌が居る。 北の大陸の腐森林には、皮膚に入り込んだ所から壊死させて生えるカビだったり。 傷口の中で生える茸なども…」


「奇っ怪で、なんと恐ろしい…」


「こんな陽当たりの良い場所に住んでるから、そう思うんだニルグレス。 生物は、その環境に適応しているに過ぎない。 限られた栄養を分け合い、奪い合うのが生物の基本。 人間なんて栄養の塊があんな極まった環境に行けば、そりゃ~この手の生き物に集られる」


「うむむ、それはそうか」


「だから俺は、必要な知識と準備をする。 しないで入れば、殺されるんだ」


下腹部から陰部までの傷を塞がせて、大腿部分の皮膚を切り裂き菌糸の根を抜くKは、


「然し、陽射しに当てれば直ぐに死滅する菌なのにな。 一体、何で此処まで成長させたか…」


と、独り言を。


その様子を間近で見るアンジェラは、肉体の内部の構造を知り尽くすKに感心しながらも、恐怖する。


(この方は、一体どうしてこんな知識を知り得るのでしょうか。 嗚呼、恐ろしくも在り、また素晴らしくも…)


さて、外科的処置が足下まで来た。 Kは、もう完全に青黒く変色した片足の親指を眺める。


「もうこの親指は、回復の魔法も受け付けないな。 完全に壊死してやがる。 切除するから、ニルグレス、頼むぞ」


「ん、任せるがよい」


切除の全てを終えたKは、この女性より出た血、肉の処理の指示をする。 菌糸に触ったら、血や肉にも菌糸の破片が付着している可能性が在る。 この破片は、どれだけ小さくても再生する力を持つ為に、廃棄する処置は気を遣うのだそうな。


菌糸を不活化する薬を作るKで、僧侶達に手洗いから衣服の交換まで指示を出し。 自分も、上着を熱湯で洗う。


ニルグレスは、Kの為に客用の白いコートを貸した。 彼にして、珍しく白い上着姿に成ったが。 離れの間から神殿内部の一室に女性を運んだK。


「さて、問題はまだ続くぞ。 意識がほぼ無い。 この状態では、エクリサーも、エリクサーも、他の強い回復薬すら劇薬だ。 体が拒絶したら、それで死んぢまう…。 どの栄養分を先に入れるか、な」


持ち込まれた薬の原料から、何を先んじて作るか考える。


Kの治療を見たあの医者は、真似が出来ないと敗けを悟り去った。


薬を作り始めたのは、夜の入り頃か。 血や肉の掃除を終えた僧侶を休ませるニルグレス。


薬を調合する為、竈の在る部屋に移動したK。 ほぼ飲まず食わずで作業するのに、疲れた様子は無い。 木の机の上に原料や使う器を置いて作業をしていた。


この時点で、もうオリエスは寝てしまった。 神経を遣う作業の連続と、高等な回復魔法を極まった狭い場所に施す熟練術に、彼女も疲れ果てたらしい。


最初の薬を調合するKに、持ち込まれた原料を運ぶアンジェラ。


「ケイさん、これで全て揃いましたか?」


部屋の片隅では、椅子に座るニルグレスが一息入れていた。


「あぁ、揃った。 アンジェラは、スチュアート達と帰っていい。 明日は、昼頃に街を出ると伝えてくれ」


驚くのはアンジェラだ。


「あ、明日・・出立なさるのですか?」


「下らない事で、依頼を遅らせる必要は無い。 この女の事はニルグレスに頼むから、あの仲間の3人も引き摺ってでも連れて来させろ」


「え? あ、あ・・セドリックさんのお仲間の?」


「そうだ。 これだけ周りに迷惑を掛けたんだ。 採取の荷物持ちに連れて来い」


「はい…」


強引な話だが、街の商人にまで迷惑を掛けた。 Kが先を読んでこう言っているのは、アンジェラにはもう解っていた。


この部屋から出て帰ろうとしたアンジェラに、ニルグレスが座ったまま。


「スチュアート達は、まだ居るのかな?」


「はい、ケイさんの追加の要望が有れば、と…」


「ほほ、流石に仲間のリーダーじゃ。 配慮が利いてるわい。 明日からは、オリエスを頼むと伝えておくれ」


「はい、承りました」


去って行くアンジェラを見送るニルグレスが。


「友人よ、あの娘は良き僧侶に成やもな」


だが、薬を作るKは。


「はっ、見た目に騙されてンじゃねぇ~か? まだ、遣える様に戻っただけだ」


「ほっ、手厳しい」


腹が減ったのか、僧侶が持ってきた焼き菓子をポリポリと口にするニルグレス。


薬を調合するKだが、アンジェラが疲れたからドアを閉め切らなかったのを察し。 自らドアを閉めに動き。


「遣える様に戻ったがな、まだ魔法が初心者だよ。 14・5才の魔術師より、魔法水晶体に魔力を注げないなんざ、その証しさ」


「ふむ・モグモグ…。 まだ、信仰・心と・・集中が…」


齧りながら喋るから、口から溢れた菓子の破片が床に落ちる。 その細かな音すらも聞こえるKで。


「ニルグレス。 解るから、喰ってからにしろい」


「わ、悪い…」


紅茶で口を空けるニルグレスは、寝かされた女性の方を見る。 この部屋に居る訳ではないが、間近の部屋に居るので。


「然し、だな。 あの仲間の神官殿や剣士の2人も、命懸けの様子じゃったな。 余程、あのリーダーの娘が大切なのか」


すると、調合に戻るKが。


「いや、ただ単に大切って云う雰囲気じゃなかった。 これは、俺の推測だがよ。 あの男3人と寝てる女、男と女の関係も在るんじゃねぇ~か」


「な、なんじゃと?」


「話して無いから事実は解らんが。 あの女の体、夜の女みたいに見えた。 揉まれ馴れた胸、使い込まれた陰部の様子から、な」


「ふむぅ…」


腕を組むニルグレス。 人の人生を読むなど、生なか易しい事ではないが。


(その手の事では、友人の眼力は尋常ではないからのぉ…)


薬の一つを早々と作り上げるK。


「ニルグレス、先ずはこれを飲ませろ。 殆ど栄養を入れてない体だから、鶏肉なんかの茹で汁に溶かして飲ませろ。 2、3日で眼を覚ましたならば、次の薬を用いるんだ」


「段階を経て、じゃな?」


「あぁ」


次の薬に取り掛かるKだが。


「ニルグレスよ」


「ん?」


「あの女の世話は、必ず女の僧侶に任せろよ。 あの手の女の体は、男の欲望をそそる。 眼を外すと、女に免役が無い僧侶の野郎には、在る意味の毒になる」


「ん、なるほど・・な」


Kの注意に、ニルグレスも思い当たる節が在り。


「真、人の欲望の蠢きは、独りでは抑えられん事が在るものじゃ」


「そうだ。 俺が言うのもどうか、だがな」


「ほほ、己を知るから、そんな言葉が出るんじゃ。 またまた、随分と様変わりしたの」


「フン」


鼻で返すK。


だが、ニルグレスの興味は、病気の元となる腐森林の様子。 駄話も含め、二人の話は真夜中までも続いた。


一方で、それは夕暮れを過ぎた夜の始まりの頃…。


所は変わり、宿屋街の一角。 大衆向けの飲食店や飲み屋を一階に持つ宿屋で、スチュアート達とセドリック達が落ち合った。


あの役人の現場指揮官となる中年男性が、Kと話し合ってオリフォカ達3人を釈放してくれた。 彼等が病気の危険性を認識して無かったからだ。


然し、手下となる警察役人は、一歩間違えば街が大惨事に成っていたかも知れないので。 先の見せしめの為にも、彼等を重罪に処すべきと言った。


そのやり取りも聞いていたオリフォカ達3人。 彼等を引き取る際に、激しい罵倒や苦情を貰ったセドリック等チーム。 釈放はされたが、手放しで喜べる訳も無く。 バベッタの街を市中引き回しに遭う罪人の様な気分で帰って来た。


「セドリックさん、戻って来れたんですね」


スチュアートと会うセドリックは、憔悴した顔を頷かせた。


アターレイの脇に近付くエルレーン。


「釈放、して貰えたんだね」


「なんとか・・みたいよ。 ケイの口添えやスチュアートの存在が無かったら、処刑も有り得た」


「え゛、処刑…」


アターレイが、今度はエルレーンに近付き。


「貴女達、役人に貸しが在るみたいね」


「貸し?」


「サニアって兵士隊長が来たり、聖騎士も何人か来たわ。 オリフォカ達ではないけれど、スチュアートの名前を引き合いに貸しを返したいって…」


「あ~、そっち。 まぁ、色々とね。 でも、貸しを作ったのは、ぶっちゃけるとケイだよ」


「やっぱり、ね」


そんな気がしたアターレイ。


だが、エルレーンがスチュアートを見て。


「でも、ケイさんを動かしたのは、スチュアートかも」


「“動かした”?」


アターレイの眼が、またスチュアートに向く。


「うん。 ケイは、あの通りに何でも出来るけど。 割り切れる処は、スッパリ割り切っちゃう。 でも、スチュアートはまだそうじゃない。 我が儘かもしれないけど、スチュアートは最良の形に運ぶ為にケイに良く頼んでた」


「頼んでた…」


「仕方ない、そうゆう感じなんだろうけど。 ケイがスチュアートに付き合ってくれたりしたから。 遣ってくれたのはケイだけど、頼んで動かしたのはスチュアートかも」


「ふぅん」


中途半端な納得をしたアターレイ。


この時にスチュアートは、立ち話も何だからと宿にセドリック達を誘った。


宿を取り。 部屋で鎧などを脱いでから、風呂で気を落ち着けた。 その後は、一階の飲食店となる場所にて、腹を満たす事にした両チーム。


ビアを手にしたが、呑むに呑みきれないセドリックが、何度目か解らないが。


「スチュアート、本当に済まない。 今日は助かった」


果汁の入ったコップを手にするスチュアートで。


「もういいですよ。 それより、明日から仕事に行きます。 午前中で、残り3方の持ち物も揃えないといけませんね」


「あぁ、全くだ」


頷くセドリックは、漸く一気にビアを呷った。


彼の左側。 3人向こうの席で、アンジェラを向かいにするアターレイが。


「でも、ケイって凄いわね。 戦う腕も超一流なのに、薬師としても超凄腕なんて」


と、淡い色のビアをグラスで飲む。


リキュールの紅茶割りを飲むアンジェラ。


「先ず、あの手術に際する集中力も、手際も、神業としか思えませんわ。 然も、薬を作るのも天才としか…」


長い一列の席に、四角いテーブルと向かい合える様に配置された椅子。 その右側の隅では、オリフォカとヤーチフとエチログが黙って居る。 役人に罪人として捕まり縛られた3人だから、顔にも痣が見える。


スチュアートの脇に居るセシルは、焼き上がったばかりの芋の料理をつまみながら。


「でも、おっそろしいカビとか茸とか病気ってサ。 腐森林って場所も怖いね~」


同じくつまむエルレーンも。


「異病と同じぐらいって、マジで怖いわ。 どんな所何だろう」


オーファーは、嘗てのリーダーだったクルフとの付き合いが長かったが。 一度だけ、腐森林に行った経験が在る所為か。


「腐森林は、とても恐ろしい場所だ。 夜の様に真暗い森の全てが腐っている」


間近に居たソレガノより。


「“腐ってる”って、どうゆうこと?」


「どうもこうも無い。 本当に、木々から大地まで、腐敗しているのだ。 茸やカビが支配するあんな場所では、モンスターですら生きるのが難しいだろう」


果汁を瓶から注ぐスチュアートが。


「オーファーは、腐森林を知ってるんだ」


「ん。 一度、ほんの一時を迷って入り込んだのだ。 だが、危険な場所と知り、クルフの指示で直ぐに逃げた。 だが、あの短い間でも、同行した狩人が一人、亡くなった」


リブの塊を一人で取ったセシルより。


「何で?」


「手を良く洗わないままに、動きながら飲み食いをした所為らしい。 生きながらにして内臓が腐り、片目が爛れ落ちてな。 最後は激しく吐血して亡くなった」


「う゛~わ、ヒサンじゃん」


「ん。 あの森の中では、あらゆる全てが毒だと思う。 ちょっと何かに触れた後、街に帰ってからも半月は痛みや痒みが取れなかった」


聞いていたエルレーンが。


「あ゛ぁっ、この前の毒蛇の痛痒い奴を思い出した」


と、ムズムズする。


興味を持ったアターレイやソレガノが話を聴く事で、色々と話に花が咲く。 ジュディスやベイツィーレも加わり、場の雰囲気も解された。


だが、スチュアートとセドリックは、沈痛な面持ちのオリフォカ達を気にした。


人数が多い食事は楽しいもので、スチュアートのチームは女性が多いから話は尽きない。 短時間で走り抜けた様なこの一月半。 目まぐるしくて、数日を一緒に過ごしても語り尽くせない。


だが、鎮痛な面持ちの3人だけは、早々と部屋に下がった。 明日からKの言う通りに仕事に同行する、と約束して、だ。


宿屋の大衆的な飲食店で、宿泊客が少なく成るのは夜更け頃。 今日は、突発的なゴタゴタで疲れた一同。 まだ宿泊客が多い中でも、酒を控えて夜更け前には休むことにする。


大部屋に戻ったセドリック達。 先に寝ているオリフォカ達。 部屋に戻ると、現実に戻され皆が無口に成った。


ベットで横に成るセドリックは、薄い布を被る3人を見て。


(もっと早く、リーダーの女をケイに看せるべきだったな。 協力者として距離を保っていたが、まさか異病に匹敵する病気だったとは…)


取り返しがつかない処まで病気が進行していたら、街を悲劇のどん底に突き落としたかも知れない。


(はぁ…)


背筋に震えが来そうだ。


(スチュアート達が後腐れの無い者が多くて助かる)


ベットの袂に座ったセドリック。


(役人の剣幕は死刑に・・だったな…)


役人には、オリフォカ達を釈放するに中り、激しく責められた。 危険は街に居る誰でも等しくて、スチュアート達から文句など言われても仕方がない処だ。


そんなセドリックの元に、こっそりとアターレイが来る。


「セドリック、ちょっといい?」


「レイか。 どうした?」


「実は、お願いが在るの」


「珍しいな」


ベットに腰かけたセドリックの前に立つアターレイ。 窓の外を眺め。


「明日からの仕事が終わったら、私はチームを離れるわ」


何時か、そんな日が来ると思っていたセドリック。


「そうか。 レイの目指す場所が見付かったか」


だが、頭を振るアターレイ。


「そうじゃ無くて、真実を確かめたい」


「真実?」


「えぇ。 マーケット・ハーナスに行けば、その答えが解るみたい」


「随分と急いでいるみたいだな」


「・・ごめんね。 どうしても、確かめないと我慢が出来ないの」


「まぁ、レイがそうしたいなら、それでいいさ」


理解したセドリックだが、更に。


「だがよ、無茶な真似はするなよ。 焦ったって、正解とは限らないからよ」


「解ってるわ…」


こう言ってベットに下がるアターレイは、彼女にしては珍しく思い詰めた顔を見せた。


色々な意味で、今回の仕事はチームの岐路に成ると察したセドリック。


そして、この今日の混乱は、まだセドリックのチームとしては終わって無かった。


それは、真夜中のことである。


昼間に歩き回ったセドリックだから、抑えたとは云え酒を飲んだ。 汁物や野菜料理も多かった所為か、珍しくトイレに起きる。


「ん…」


ぼんやりとベットから抜けてトイレへ。 廊下を行って、上下間の階段脇を過ぎてバルコニーに出る扉前がトイレだ。 大柄なセドリックだ、用を足すにもじっくり構えて出しきる訳だが…。


(誰か来たな)


木の床を軋ませ歩く音が聞こえて、小用を終えたセドリックが大瓶に入っている水を杓で掬い、白い水受けと成る場所で手を洗っていると…。


「セドリック」


オリフォカの声がする。 男性4人は入れるトイレだ。


「ん? オリフォカもトイレか」


すると、扉が少し開き。


「済まないが、バルコニーで話をいいか」


押し殺した声にして、改まる様子が窺えた。 今日の一件で、彼に対して警戒心を持ったセドリック。 真夜中に二人だけの話となり、不安に駆られた。


2人してバルコニーに出る。 丸いテーブルが2つ、椅子が10ちょっと在るか。


もう、宿屋街でも灯りの大半が落ちていた。 荷馬車の往来も終わり。 警戒の為に巡回中の兵士3人が、この宿屋の前を橋に向かって歩いて行く。 貴族や商人が使う馬車などがたまに通るが。 通りに見える一般人は、酔い足で家路に向かう者が数名ぐらいだ。


晴れ渡る夜空に星が見えて、秋が近いらしくそよ風が涼しい。


大きなテーブルに腰を預けたセドリック。 もう鎧やら装備も脱いだ今は、洗い晒しの古い衣服姿だ。


「オリフォカ、真夜中にどうした?」


二人掛けの木製椅子に座るオリフォカは、俯きなから。


「本日は、酷く皆に迷惑を掛けた。 誠に、済まない」


何度目となる謝罪だろうか。 だが、セドリックもこれで最後にしようと。


「ホントだ。 ケイが居なけりゃ、スチュアート達が役人に貸しがなけりゃ、今頃はお前や他の2人も牢獄行きだ。 話に聴くだけでも、お前達のリーダーは異様な状態だった筈。 ジュディスが助けられた時点で、ケイが凄腕の薬師だった事は話した。 お前の判断次第では、もっと早く処置が出来たし。 騒ぎに成る前に…」


セドリックの話に、何度も頷くオリフォカ。


「済まない・・誠に済まない…」


繰り返すオリフォカの姿に、セドリックも小言を言う方では無いから言葉に詰まる。


処が、今度はオリフォカより。


「我々3人は、どうしても・・どうしても…。 マナを、マナに対してだけは、命を掛けねば成らんのだ」


絆とも感じ取れる話だが、盲目的なニュアンスも感じ取れる。


「な、オリフォカ。 お前、あのリーダーの事を好きなのか?」


すると、涙を隠さないオリフォカ。


「私は昔から、女を求める欲望を抑える事が出来なかった。 神官に成っても変わらず、駆け出しの頃より金を得ては、・・夜の仕事をする女を買っていたのだ」


「オリフォカ、お前はまさか…」


勘繰ってしまうセドリックだったが、オリフォカは頭を振る。


「疚しい事は、無かった。 だが、マナは東の大陸でも南方の生まれで。 古い掟が隠然と残る貴族の末端に生まれたらしい。 奉祀の代わりに、少女の頃から血筋の上位貴族の愛娼とされた」


「な、何だそりゃ」


「詳しくは話して貰えなかったが。 其処から逃げ出したマナは、あのレメロアの様に魔法学院の治める国へ流れ。 娼婦として働きながら金を得て、学院を卒業した様だ」


「マジか?」


頷くオリフォカは、拳を握り締める。


「私はぁ、よ・弱虫だっ。 卒業したばかりのマナに出逢い、酒を呑んで話す最中、彼女の身の上を幾らか聞いた。 娼婦だった・・と云う事にそそられ、彼女に同情を持ったが。 それと同時に、抱きたい、と本能に駆り立てられた。 屯する冒険者の存在に私は、彼女が悪い方向に向かう事を考えた。 だから、その場でっ、その・ち・チームに加える約束をして、彼女を仲間にする契りとして・・抱いた」


このオリフォカは、もう40を超えた。 だが、リーダーの女性は、まだ28と云う。 然も、学院を卒業したのは数年前と云うから、経験を積んだ冒険者が、体目的で卒業したての魔法遣いを仲間にしたとも思える。


「オリフォカ、お前がチームのリーダーだったのか?」


頭を振るオリフォカで。


「女性の多いチームに居て、その仲間の一人とは体だけの関係が在った…」


「はぁ…」


セドリックとて女性が嫌いな訳では無いし、この今で全くそっちの経験が無いとも言えない。 だが、自然の神を信仰するとは云え、オリフォカはどうも病的な気がした。


「まさか、とは思うが。 あのリーダーの女を巡って、チームでイザコザか?」


頷くオリフォカは、頭に手を遣り。


「セドリック、お前が言いたい事は解る。 だが、マナは男の欲望に晒され、その抑えがたい衝動の姿を知っていた。 チームから外された私は、マナをリーダーにしてチームを結成した。 無論、私がマナを手離せ無かったからだ…」


絶句してしまったセドリック。 チームには、ソレガノと云う女好きが居る。 確かに、面倒を起こすソレガノだが。 彼よりも犯罪に近い気配が、このオリフォカの話には在ると察する。


黙るセドリックに、オリフォカは懺悔する様に続ける。


「彼女に欲望を預ける事で、私は安定を得てしまった。 それからヤーチフとエチログを入れるまで、仲間は女性や年輩者しか入れなかった」


「お前とあの女の関係は、何年も続いたって訳か?」


「あぁ…」


「なぁ、オリフォカよ。 ヤーチフとエチログは、どう思っているんだ?」


「どうもこうも無い。 あの二人も、私と同じだ」


「同じ?」


「ヤーチフは、幼い頃から孤児で母親の愛情を知らず。 エチログは、11人兄弟の真ん中に生まれた商人の子。 二人して行き場が無くて剣を学び、兵士等の仕官を目指したが失敗した。 逃げる様に故郷を飛び出し、行き場の無い冒険者をしていた」


「それを、お前達が?」


「あぁ。 マナが気に掛け、二人をチームに引き入れた。 マナは、二人の心の闇を察したのだろうよ。 あの二人も受け入れ、心と体で愛した。 私より、彼女の方が僧侶に相応しいかも知れない」


こう聞いたセドリックは、


(まぁ、愛欲の女神を信仰する者も居るからな…)


と、オリフォカの言っている事が解らない訳では無い。 が、違和感を感じる。


「んじゃ、3人であの女の世話に成った訳か。 なんだか、複雑な関係だな」


頭を抑えるまま、俯くオリフォカ。


「セドリック、お前は気味悪さを感じるだろう」


「まぁ、一抹の違和感は感じるよ」


「恐らく、それが普通の人間だろう。 だが、私でもマナを便利遣いする気は無い。 寧ろ、マナから安住の心を与えられた様な感じさえしたのだ。 だから、彼女を軽々しく見棄てられん。 私は、彼女が死ぬまで傍に居たい。 体の交わりが出来ないとしても、彼女を愛したい…」


「・・・そうか。 ま、覚悟が在るならば、それはそれでいいがよ。 にしても、明日からの仕事だけは参加して貰うぞ」


「解っている」


「金がいいのは、この際は横にする。 危険な病気の為に、スチュアート達に迷惑を掛けた。 神殿や役人にも、多大な迷惑と心配を掛けた。 病気の事で、商人にも薬の都合で助けて貰ったし。 その為に、斡旋所の主にまで迷惑を掛けた。 その恩を返す為にも、明日からの仕事で恩返しを出来る様にしなければならん」


「なるほど、其処まで迷惑を掛けたのだな」


「そうだ。 迷惑の穴埋めをする為に、ケイが沢山の採取をするかも知れん。 お前達、俺達は、その手助けを人一倍もしなきゃな」


セドリックの説明に、深々と頷いたオリフォカ。


「マナの命を助けられた以上、全力を尽くす」


「んじゃ、俺は先に寝る。 明日は、朝から商店を回るからな。 眠かろうが、叩き起こすぞ」


片寄り過ぎた男女の話に気持ちが覚めて、セドリックは先に寝る事にする。


(ふぅ、俺もお人好しだな。 だが、あのケイには頭が下がる。 よくも、街を滅ぼしかねない恐ろしい病気を処置してくれた。 スチュアート共々、何かの折に触れて力を貸さないとな)


改めて、セドリックはKの底知れない能力や技能に敬意を持った。 この出会いと経験は、大切にしたいと想い。 朝まで寝る事にした。


        ★


明けた朝は薄曇りが広がって、バベッタの街中には霧が残っていた。 斡旋所に集まったスチュアート達は用意された馬車2台を借りて、都市中央北部の船着き場に向かう。 以前、トレガノトユユ地域に向かった時に利用した北の町に比べると、乗船料金が少し割高となる。 馬に与える塩やら特別な餌を買って積み、荷物を積むスチュアート達。 セドリック達は、オリフォカ等3人の必需品を買いに行っていた。


やや生暖かい北風を感じるKが、


「この風が来る様ならば、本格的な秋が間近だな」


と、雲が広がる空を見上げた。


運河沿いの船着き場で、船に荷馬車を乗せる船乗りの中年男が。


「御客さん、この街の生まれかい?」


「いや、だが解る」


と、Kは馬を撫でた。


「ほぉ、街の生まれじゃ無いのに、この“方秋風”を解るなんて学者さんかい?」


「まぁ、そんな処だ」


風を感じるオーファーは、季節風を肌で理解しながら。


「ケイさん」


「ん?」


「この風が、季節の変わり目を報せるものなんですね」


他の乗船客に気を遣いながら、セドリック等を待つのはスチュアートに任せたK。 オーファーと2人して赤い船体の魔力水晶を備えた船に乗るまま。


「この風が吹いた後、冷たい風に合わせて鱒が河を遡上し始める。 河のあちこちで、漁が見られる様になるんだ」


「鱒・・、美味しそうな話ですな」


「実に、旨い。 特に、メスの卵を塩漬けして、寒風で自然乾燥させたヤツだったり。 雄の白子をソテーしたものは、秋から真冬までの名物になる」


「ん~、酒が進みそうですな」


「だな」


一緒に居るグレゴリオは、レメロアと後ろを行きながら。


「この大河の様子は、東の大陸の水の国に流れる運河と似ている。 ま、生きる生物は違うだろうが…」


船の甲板に上がってから階段を更に上っての中2階、船尾に在る備え付けのテーブルが集まる処に来たKが。


「アンタ、冒険者としては長いんだろう? 北の大陸に来るのは、初めてか?」


レメロアに椅子を運ぶグレゴリオが。


「あ~、いや。 北の大陸の東側、フラストマド大王国や商業大国マーケット・ハーナスには行った。 だが、何時も時期が悪くて、真冬だった。 だから港街にしか滞在した事が無いんだ」


「ほう」


「まぁ、私は農民系移民の出身だから、固定化された食文化を余り意識しない。 どの国へ行っても食べ物に好き嫌いは無いから、それについて嫌な思いもしなかった」


「この街でも、随分と食事が楽しそうだしな」


Kが言えば、グレゴリオも笑みを浮かべて返し。


「ん。 この街の食べ物も、実にいい」


さて、話し合うK達の元に、塊肉の焙りとパンやら摘み立て野菜の合わせ盛りを持ち込むセシルが、スチュアートやエルレーンなどと合流。


まだ食べる気か、と呆れたKで。


「セシル、それだけ喰って成長が来ないんだ、アレは諦めろ」


朝の食事は済ませたのに、もう間食を始めるセシル。


「ヤダ。 絶対、方法を見付ける」


彼女の猛食ぶりに、もう絡む気力も失せたオーファー。


「スチュアート。 セドリック達を待たなくていいのか?」


「もう来たよ。 アンジェラさんが、オリエス様と会って話してる」


「よし、全員が揃ったな」


出港予定の昼までまだ時は残る。 だが、この船が早く出発しても、他の船が幾らでも在る。 早めに出発し、他の船より先に街や村や船着き場を訪れ、乗船客や荷物で儲けを狙うかは船長の判断となる。


予定の予約者リストの確認印を見た年配者となる船長は、身近に居る船員を捕まえて。


「鐘を鳴らす様に、港員に言え。 予約客は揃った」


事前に入った予約者が揃ったらしい、早めに出港して先を急ごうと云う訳だ。 マストの高見台に居た船員へ、甲板の船員が合図し。 高見台に居た船員は、旗を振る。


すると、リーンリーンと街に甲高く鐘が鳴り響く。 高らかに鳴る鐘に、駆け込み乗船する客が来て、行く先を聞いては金を払い乗り込む。 旅客4人、馬車3台を追加で乗せた船は、北上する様に出発した。


途中までは、前回のトレガノトユユ地域に向かうのとほぼ同じ道のり。 だが、この船は北端の町に早く向かい、早く折り返す目的が在る。 町や村や、それに街道沿いの船着き場には寄港するが、夜も速度を落として遡上する予定で。 前回よりは早く予定地に向かえる、とスチュアートは聞いていた。


そんな、初日の夜だ。


甲板と室内に二つ作られた食堂。 室内の食堂に集まったスチュアート達やセドリックの仲間は、仲良く飲んだり話したりする。 湿気た雰囲気で部屋に籠ろうとするオリフォカ達3人も、セシルやソレガノに掴まり。


“謝る以外に何か話せ”


と、付き合わさせられていた。


あの女性リーダーとの事実を直隠す3人だが。 とてつもない迷惑を掛けた負い目が在る。 困りながら、口を濁しながら、話に付き合う。 セシルやソレガノも、嫌な事を聴くのは遠回しにするが。 近々に行った仕事の話、違う土地の話、出来る話でもして気まずさを流そうとする。


これからは仕事で付き合う一時の協力者同士。 全く何も知らないで気遣いが出来るKの様でも無い皆。 こんな時でも口を利けば、何等かの時に話がし易かったり。 相談や話し合いも腹を割れる事が出来るだろう、と云う気持ちからの事だ。


スチュアート達に仲間を任せたセドリックは、さっさと食事を終えて。 先に外へと消えたKを探して甲板に。 1階の共同甲板には、薄くなった雲の間に見える星と月を肴に、酒を飲む客がチラホラする。


歩き回ったセドリックは、階段を上がった船首に居るKを見付けた。


「こんな所に居たか」


北の空を眺めるK。


「明日は少し天候が荒れるが、明後日からの仕事に支障は少なそうだ」


横に立ったセドリックは、雲の多い空を眺め。


「俺には、全く解らないな」


河を吹く風が強い。 コートをはためかせるKは、遠く遠くの彼方に小さく見える山の影を見て。


「明日の昼過ぎから夕方までに、短く雹が降る」


「雹かよ」


「秋の天候の乱れとなる象徴だ」


「なるほど」


此処でKは、セドリックを脇目に入れて。


「どうした。 昨日の礼や謝罪は、もう要らんぞ。 仕事でコキ遣うからな、後悔するゼ」


だが、セドリックの顔は、この空と同様に雲っていた。


「何だ、相談か?」


彼の顔から推察したK。


「あぁ、実は…」


昨夜、オリフォカから聞いた話をKにしたセドリック。 こんな異様な話は、経験が豊なKでもないと無理だと思ったのだ。


然し、昨日にそれを察していたKで…。


「セドリック」


「どう捉えていいか、解らなくて…」


「普通にしてろ」


「ふ、普通に、か?」


「あぁ」


「ん゛~」


困るセドリック。


だが、Kからすれば大した事でもない。


「世の中に冒険者が増えただけ、そのチームの形は其々だ」


「そんなものか?」


「お前、仲間の全員が男色のチームだって在る。 中には、チームの中で男女がみんな肉体関係で繋がるチームだって在る」


Kの話に、セドリックは驚いた。


「マジか? チームの内部で全員が…」


「普段は見せないから、解らないのも仕方ない。 が、チームの仲間が裸で相手を入れ換えて交わり、チームの結束を確認し合う奴等も居るし。 嘗て過去には、冒険者と娼婦を使い分けて世界を流れて生きたチームも居た」


「な、何ぃ?」


「驚くほどでも無い。 現に、冒険者の幾らかは斡旋所に屯して、悪党に片足を突っ込む様な事をする奴等だって居るんだ」


「あ、嗚呼、なるほど…」


人間の性は、全て正しい形に収まるとは限らない。 セドリックとて、それはもう理解しているつもりだ。


Kは、人間として歪みが余り無いセドリックだから、変わった人の性が不思議に見えると解る。


「お前は人間として、スチュアートと似て真っ直ぐだからな。 あの3人みたいな姿は、変わって見えるだろうさ。 だが、異様な奴等は、あんなモンじゃない」


「そうなのか?」


「当たり前だ。 過去に俺が見たチームには、もっと化け物みたいな奴等が居た」


「もっと化け物・・本当か?」


「挙げたらキリが無いが。 或る奴等は、表向きはチームを組んで世界を巡り。 旅好きな冒険者を装いつつその裏側では、流離いながら殺人を起こして回った化け物が居た」


「人殺しをして、なのか?」


「あの奴等にすると、役人にバレる事なく現地の住民を殺す事が旅の思い出で在り。 また、冒険だった」


「なっ、何だよ、それ」


「だが、そいつらも異様だったが、数在るチームの中の一つに過ぎない。 他に、或る一人の嗜虐が好きなサドの権化とも云える人物と。 その奴に心身を苛められる事に悦びを見出だした、マゾの仲間で出来上がったチームも居た。 肉体的だけじゃなく、精神的に従属させられる事に快楽と偏執な愛欲を見出だしていた」


「何だ、そりゃ」


「事実だ。 他にも、貴族至上主義を掲げるバカのみで結成されたチームも在ったし。 基本的に、家族のみで結成されたチームも在った。 言って於くが、只の家族じゃないぞ。 性愛も共にする、変わった家族だ」


「信じられない…」


「おいおい、今更に何を言うかよ。 数の中には、あの消えたルミナスとか云った人間の様に、商人や貴族の子供が自己満足の為にリーダーをやり。 その仲間は、金で引き抜かれただの、借金だったり負い目が在る家族の身内に遣らせる様な、完全なる主と主従か奴隷関係だったチームも居た。 仲間内で肉体関係が有るなんてな、大して驚く事でも無い」


「そ、そうか。 あのチームは、そんな関係だったのか…」


依頼を自己斡旋させたままに消えた形になっていたルミナスのチーム。 死んだ顛末は、Kとジュラーディ以外は知らない。 噂は仲間から聴いていたセドリックだが、Kが云うだけで、“そうなんだ”と納得する。


そのセドリックを横目に入れるK。


「既に、色んな仲間を抱えたお前だ。 目を養えば、人の異変なんぞ直に解ることよ」


「ん…」


「実は、な。 セドリック」


「あ、何だ?」


「昨日、あのリーダーと云う女の体を診た時点で、あの女の体は男女の交わりに馴れた体だと解ってはいた」


「な・・何だって?」


(裸を見ただけで、そんな事も判るのか…)


また、驚くセドリック。 


「ニルグレスと話し合ったが。 仲間の3人の様子があの通りだからな。 何となく、そんな感じがしたんだ」


「はぁ、全く・・。 冒険者として、お宅には何も敵わないな」


頭を下げて振るセドリック。


一方のKは、セドリックを脇目に眺め。


「そうか? 俺からすると、あんな胡散臭い奴等を仲間にする、お前の胆の太さには感心だ。 あのアターレイも含めて、な」


「ん? アターレイだと?」


顔を上げたセドリック。


「そうさ。 あの女、復讐が目的で渡り歩く冒険者に成ったらしい」


「あ、・・アターレイが?」


「そうさ。 もう死んだ、極悪人を捜してたらしい」


「そうか、そうか…」


自分の仲間なのに、Kには本心を告げていたらしい事。 また、やはり仇討ちと云う秘密を抱えていた事。 謎の多いアターレイだったが。 Kから聴かされるのは、やはりリーダーとしてのセドリックには堪えるものが在る。


そんなセドリックの心情を察するK。


「落ち込む必要は無いぞ。 相談しなかったのは、あの女の知ることをお前達の誰も知らなそうだからだろう」


「聴いて、無駄に自分の秘密を知られたくない・・ってことか」


「そうだ。 あの女から始末屋の話を聴かれなかったか?」


「始末屋…。 ん、そういえば…」


セドリックでも心当たりが在る。


「あのな、セドリック。 他人の心など完璧に把握するのは無理だ。 例え信頼が在ろうと、全て打ち明けるかどうかは人のそれぞれ。 あの女が狙ってたのは、相手が国の役人だろうが、名うての冒険者でも構わない極悪人。 お前に言わないとしても、不思議じゃない」


「・・ん」


此処で、Kが夜空を見上げる。


「お前も、スチュアートも、悩みながらも歩めば、立派なリーダーに成れる。 一番に肝心な事は、仲間を見続けて遣れるか、どうかだ。 信頼は、ちゃんと後から付随する」


「そんなものか?」


「あぁ。 現に、あの面倒な3人も、アターレイも、お前をリーダーとして従っている。 信頼は、既に在るんだ。 だが、自分の希望が、信頼の路に添うとは限らない。 だから隠したり、嘘を言う。 一本に成らない感情は時に、信頼を惑わせる。 が、自分も人ならば、信頼とは別に言えない事が在ると直に解る」


「“秘密”か」


「そうだ。 その秘密が、実にややこしい。 その意味をお前やスチュアートが理解すれば、それで成長さ」


「んん、難しいな」


「はっ、そんな簡単に割り切れて理解が行くなら、この世に問題なんか起こらん」


「んん…」


難題にぶち当たったかの様に、頭を左右に振るセドリックだが。


「セドリック。 これは、俺の感覚としての印象だがな。 信頼と秘密を秘める事は不思議に、心の在る場所として近しく思える。 だが、それは中々どうして歩み寄らない事が多い」


「言ってる意味が解らん」


「まぁ、そうだろうよ。 然し、信頼は語らずとも、普段の態度や接する行動で目に見え感じられる。 一方、秘密ってのは語らないし、隠すから目に付くのに解らない」


「なるほど。 見て判るものと、判るのに解らないものだな」


「そうだ。 だが、秘密を語るか語らないかは別にして、あの女やあの3人は、依頼の最中にお前を軽んじた事をしたか?」


「いや。 記憶にない」


「本心を隠そうが、秘密を持とうが。 それが信頼してない訳じゃねぇ」


考えるセドリック。 アターレイは、確かに秘密を語らなかったが。 旅の中では常に結束を乱さず、自分の相談相手としても、仲間を気遣う事もしていた。 オリフォカ等3人だって、仲間を軽く見る事はしない。 金は必要だから当然だが、依頼で疲労や怪我が重なっても文句を撒き散らした事は無い。 斡旋所でバラバラに成ったあの複数のチームの様な迷惑は、あの四人からはほぼ無かった。


黙るセドリックに、Kは。


「不思議なものだろう? あんな秘密を持っているのに、お前に対して一定を超えた信頼が在る。 それは、セドリック。 お前と云う人間に、そうさせるに足りる気持ちが在るからだ。 ま、秘密は何時か、何等かの切っ掛けを以て話される事も在る。 何よりも問題は、今回の様に他人が巻き添えに成る可能性を持った事態の時だ」


「……あぁ、本当だな。 アンタからの話をスチュアートから聞いて、背筋が凍ったよ。 もし、キノコの胞子が出ていたら、バベッタの街は人の住めない街に成ったかも知れないんだろ?」


「だな。 俺も、今回は久しぶり本気だった」


「然し、外科技術や異病にも詳しいとは、畏れいるよ。 何で、一人なんだ?」


セドリックの質問に、眼や口だけで黙秘の微笑みを浮かべて見せる。


“勝てない”


こう苦笑いのセドリック。


然し、Kが夜空を見上げ。


「これから行く場所も、異病や危険な生物が存在する。 裂け目に分け入ったが最後、いや。 街に戻るまで、如何なる時も安全と思うな」


「解った。 スチュアート達も含め、誰も欠かさずに戻る」


「フン。 当たり前だ」


夜空を見上げる2人。 河を遡上する船は、靄を上げる川面を進む。


楽しく大勢で喋る側。 外で話す二人。 出逢いは、運命を紡ぐ。 明日はどうなるやら…。


さて、次の日。


「うはっ、なんか寒い」


朝陽を見ようと仲間と一緒に甲板へ出てきたセシル。 空は、雲が依然として多い。 昨日よりまた黒い雲が増えた気がする。 寒がる彼女はプロクテターも外していて、盗まれたく無い為に武器だけ背負う。


にしても、霧が濃い。 セシルの黒いラバーコートが霧に霞むし。 スチュアート達の全員が、仲間を確認するには抱き合うぐらいに固まらないとダメなほど。


スチュアートは、北の方角を指さし。


「向こうから風が来てる」


自然の風だから、本質的に感じられるオーファーも。


「涼やかだ、これは秋の風だな」


また、この国出身のアンジェラだから。


「この秋の風が降りて来ますと、どの街も冬の支度をし始めます。 農家は野菜を収穫して売ったり、保存の準備を。 畑で時期をずらしたりして野菜を植えてますからね。 冬の前に傷みそうなものは、早々と売り買いされます」


船の縁に身を預けるオリエスも。


「そろそろ鱒が河を上って来るわ~。 バター焼きも美味しいし、生身を塩と酢で〆て野菜と合わせても美味しい。 卵の塩干しなんか、お酒のお供にサイコーなんだからね」


「その話は、昨日にケイさんがしてましたな」


オーファーが言えば、グレゴリオも頷く。


縁に立つエルレーンも、鎧を脱いで女性らしく在り。


「あ、チョー大きな魚」


風で霧が払われる一瞬、見えた川面に魚が跳ねた。


並んで見るレメロアは、背が低く近くが見られない。 グレゴリオが手伝い、魚を見れたレメロアが笑顔に成る。


東の彼方に横たわる溝帯を閉じるかの様に聳え立つ山脈が、時おり吹く強い風に霧が斬り割られて見えると。 丁度、赤い太陽がその姿を山の向こうに見えていた。


1日で、随分と北に進んだらしい。 山間から平野に暮らす、黄色に近い体毛のマギャロが群れていて。 運河沿いに集まっては、水を啄む様に飲んでいる。


「マギャロ~、元気か~」


2回も北側の山に入ってマギャロを見た所為か、マギャロに親近感を抱いたセシルが手を振る。


ボンヤリした雰囲気で、此方を見返してくるマギャロ。


仲間の皆は、


(気安いな、マギャロを食おうとしてたクセに…)


と、無言で突っ込んだ。


Kが居たらもっと的確に、クールに突っ込んだかも知れない。


スチュアート達の後から甲板に来るのは、セドリック達だ。 オリフォカ達3人は居ないが、アターレイが一緒に居る。 朝食まで、まだ時が在るが…。


ソレガノが、テーブルに備わる椅子を2つ引いた。 その後に隣の席から1つ外して椅子に向かう。


2つの椅子には、アターレイとジュディスが。 アターレイの隣に座るセドリック。


仲間が座り、霧の風を受ける彼等。 テーブルが大きいから、向かい合う相手が時々に霧で霞む。


「イイ風だなぁ~、秋めいて来た」


言ったのは、呑んべぇのアンドレオ。 二日酔いには涼しい方がいいと言いたげだ。


セドリックは、仲間を前にし。


「これから向かう裂け目は、とんでもなく危険な場所だ。 今のうちに、良く寛いでおけよ」


帽子を被り直すソレガノが。


「あの猛者が居るんだ、楽勝じゃないの?」


すると、仲間の全員から見返されるソレガノ。


チーム内では最も若いジュディスが。


「ソレガノさん、それは…」


真面目な顔して言う。


「冗談、冗談だって」


昨日から、何処か他人任せな発言をするのが目立ち始めたソレガノ。


このソレガノは、美人優先の女性に対して口八丁手八丁なのは皆知っている。 だが、初めての協力依頼に慢心しているのか。 Kとの冒険の意味をまだ知らない所為か。 何処か、他人任せな様子を見せるので在る。


だが、Kに全てを任せて只遣った仕事など、金を貰うに値しないと感じるセドリックやアターレイ。 何故に、ミシェルがスチュアート達だけではなく、セドリック達も付けたのか。 その意味を理解するならば、皮肉でも気軽に言われたくない言葉に感じる。


皆、朝の一時を緩やかに過ごそうと来た訳だが。


「セドリック。 ちょっといいかしら?」


アターレイが落ち着き払った声を出す。


「ん?」


向き合った2人に、仲間の眼が集まった。


自分の過去について、口を開き始めたアターレイ。


彼女は、元は“シャーギー”なる女性がリーダーをするチームに居た。 チームは、男女半々8人のチームだった。 主に、北の大陸の北方や、王都圏までの街を回って活動していた。 雪の中は移動が制限される為に、駆け出しの仕事にばかり頑張ったとか。


だが、今から8年ほど前に、大きな街から少し離れた場所の或る村が盗賊に襲われた。 救援を呼ぶ村人が街に来た時に、開いたばかりの斡旋所に来たのはアターレイ達だけで。 街の兵士にこれから伝えるからと、斡旋所の主から助けの先陣を頼まれた。


遅い春先の雪解けを迎えた時期。 大地に生えた丈の短い草が凍る野道を馬車で向かった。


村を襲ったのは、カプネテなる極悪人の率いる盗賊30人ぐらい。 アターレイ達が村へ着けば、残党の数名が女性を襲ったりし。 隠れる子供や老人が家捜しから見付かり、口封じに殺害されている所。 アターレイ達は魔法を遣い、残党の8人を速やかに掴まえた。 


が、その村人の生存者と掴まえた残党を馬車に乗せ、街に帰ろうとすると。 其処に、不意討ちと魔法が撃ち込まれた。 アターレイは魔法を察知したが、馬車の中からでは対処が遅れる。 衝撃波を喰らって馬車は横転し、馬が殺された。


どうやら村に近付くアターレイ達を見張りが発見し、知らせを聞いたカプネテが引き返して来たのだ。 向こうにも魔法遣いが居て、一気に総力戦へと突入する。


この時にアターレイは、初めて人に対して攻撃魔法を遣った。 魔想魔術師2人と自然魔法を遣う悪党を3人も含む大勢を相手に、アターレイ達は善戦した。 アターレイが魔法を上手に遣い、相手の魔法を相殺したからだ。


だが、頭数は向こうが上で、何十と云う弓矢が飛び。 最初は囲まれて劣勢での戦いだった。


その後、村の中で乱戦となる。 だが、やはり純粋に冒険者を遣る者と悪党では、戦う力の質が違う。 アターレイ達は二手に別れ戦うと、ジワジワと盗賊の数が減る。 悪党側の魔法を遣う者3人を含む十数名が無力化されると、相手側の戦える者が限られてアターレイ達に勝機が見えた。


この時。 形勢を逆転されてか怒り出したカプネテは、なんと爆弾を遣う。 爆弾用の火薬はとても高価で、戦いに爆薬を使うなど普通の野党や盗賊では有り得ない。


敵の魔法遣いをやっと封じ込めたのに、傷付いたアターレイ達へ爆弾は驚異だった。 爆弾の爆発で、乱戦状態だった為に相手側の負傷した盗賊達も、アターレイの仲間や馬車の荷台までぶっ飛んだ。 荷台に乗って居た住民は、茂みに避難していたが。 縛られ乗せられて居た悪党等は、爆発の影響で死んでしまう。


そして、逃げ惑うアターレイ達が集まろうとした時だ。 爆音で朦朧とする中でもアターレイは、更に投げ付けられた爆弾に魔法をぶつけて空中で爆発させた。


だが、それでも爆弾が威力を発揮した事に変わりはない。 爆発の衝撃や爆風にてアターレイ達が戦えなくなるや、馬に乗ったカプネテは残る仲間へ逃げる様に声を出す。


さて、カプネテの悪辣非道から来る悪名は、セドリックやアンドレオでも知っていた。 別の大陸まで悪名轟くカプネテは、只で逃げる様な人物ではない。


“よくも俺の手下を潰しやがったなっ! お前達も、生きて帰さないゼ”


自分の作った盗賊集団を潰されたと感じた彼は、腹心の仲間が逃げる間にアターレイ達の方へ馬を走らせた。 真っ先に犠牲と成ったのは、アターレイの居たチームのリーダーだ。


“耳が、耳がぁぁぁぁっ”


爆音で耳をヤられて跪く、そこを馬で激しく踏み、首の骨を折って殺される。


また、リーダーの女性を好いていた僧侶の男性が、怪我に傷む体を押して助けに入ると。 その男性の喉を剣で斬り裂いて殺した。


其所に、離れて行くカプネテの腹心から何か声が。


退き時を知ったカプネテは、アターレイと同じく女性らしい見た目の学者で狩人の女性が、頭を振りながらヨロヨロと立ち上がったのを見付け。 獲物を見付けたかの様に下劣な笑みを浮かべ、馬の首を巡らせ走らせた。 彼女は爆音で耳を劈かれ、馬の足音も、仲間の声も聞こえない。 その背後にカプネテは近付き、矢筒のベルトを引き摺るかの様にして掴まえた。


爆風を受けて茂みに飛ばされたアターレイは、カプネテが悪辣な高笑いをして去る姿を霞む眼で見た。 激戦の跡に残されたアターレイは、応援に来た兵士と冒険者達に助けられる。 気を失ったそのままに、近くの街の神殿に運ばれた訳だが。


それから2日ほどして。 気が付いた彼女に、神殿の僧侶から話がされた。 カプネテと仲間の2人を抜いた盗賊は、死んだか、確保されたと言う。 だが、アターレイの仲間も、彼女を抜いた全員が亡くなった。


拐われた仲間の事を聞いたが。 女性として惨たらしい姿にされるまで乱暴をされてから、滅多刺しの末に腹を斬られた。 爆発そのもので死んだ仲間は、頭を木に打って潰れた。 爆風で飛ばされた仲間は、壊れた柵の破片に体を裂かれ死んだ。 唯一、爆弾の衝撃を逃れた傭兵をする若者が、連れ拐われる狩人の仲間を助けようと追い掛けたが。 カプネテの部下が放った弓矢を片眼に受け、鏃に塗られた猛毒が回り死んだ。


アターレイ以外の仲間は、全員が無惨な死に様だったとか。


唯一、生き残ったアターレイ。 怒り、悲しみ、憎しみ、そして無念に悩み身を焦がした。 爆発する様な感情をぶつける相手は、生き残ったカプネテしか居ない。 もうカプネテを殺す事しか、アターレイの頭には無かった。


それからは、Kの様に“流れ狼”なる流浪の冒険者に成り。 あっちこっちのチームに入りつつ、カプネテの行方を捜し回った。


北の大陸を動いてカプネテを捜し回ったが。 奴は東の大陸に逃れたと聞いて、大陸を移動したアターレイ。


東の大陸に来ても、目的が在るからチームの仲間と常に一緒とは行かない彼女。 セドリックがリーダーをする前に入っていたチームに、間借りする様に居た彼女だが。 セドリック等が抜けてバラけた時、チームから離れて一人流浪っていた。


さて、捜せども捜せども、カプネテの情報が掴めない。 卑下な冒険者に絡まれたり、騙され掛けながら過ごす中で、3年ほど前か。


“カプネテならよ、随分と前に死んだ筈だよ。 野郎も悪さが過ぎたんだよ”


目標を見失う話に、アターレイは気が遠退いたとか。 だが、悪辣非道でモンスター並にしぶといカプネテ。 アターレイは死んだとは信じられず。 過去にも死んだと噂を流して、指名手配を逃れた事が在るので。


“死体を見た話じゃ無いならば、死んだなんて解らない。 奴は生きてる、私がカプネテを見付けてやるわ”


死んだ確証を得るまでは信じられないと思った。


処が、他の元悪党の冒険者より。


“カプネテは確かに死んだぞ。 裏の始末屋、『パーフェクト』に狙われたんだ。 あの化け者に狙われたんだ、生きている訳が無い”


こんな情報を得る。 こうなれば、そのパーフェクトを捜し出すしか無いと考えたアターレイ。


そんな時だ。 北の大陸に移る前に、仕事をしながら移動するセドリック達に再会し、協力者としてチームに加わる。 セドリックの性格は頼れるとアターレイは感じていて、彼のチームならば我が儘も幾らか言えると思ったのだ。


だが、パーフェクトの話は、各斡旋所の主すら金を積んでも話せないと敬遠し。 屯する冒険者も、ガセな情報しか持ち合わせない。 セドリックに着いて行き、北の大陸に渡ることに。 また北の大陸へ戻る事にしたのは、違う国でカプネテの情報を得る為だった。


其処まで聞いたソレガノより。


「アターレイは、そんな相手を仇にしたのか。 だが、雇うって言っても、その・・金は? 裏家業の凄腕ってなら、かなりの大金が必要なんじゃ…」


「それは、冒険者で稼いだわ。 それに私、商人の娘なの。 私名義の口座が世界銀行に在るし、手を着けてない仲間の遺金が在る」


次に、ベイツィーレより。


「今に成って話すなんて、そのパーフェクトって人が見付かったのかい?」


「それが、ね。 普通に聴き回ってもダメだって思ってた時に、とんでもない凄腕が見付かったでしょ?」


誰の事か解るのは、セドリック。


「それが、ケイか?」


「えぇ」


Kとの話を皆にしたアターレイは、


「彼の話は、かなり詳しい話だった。 事実を確認したいから、マーケット・ハーナスに向かうわ。 私の故郷は、マーケット・ハーナスとフラストマド大王国の国境となる、地方都市ブルジョミンなの」


と、話すと仲間の皆を見て。


「この仕事が、みんなとの最後に成ると思うわ。 でも、手抜きなんてしないわよ」


こう述べて、ソレガノを流し見た。


責められた、と感じて首を竦めるソレガノで。


「だから、冗談だってばさ」


重ねて弁解した。


アターレイの身の上から協力者として旅する真実を知った仲間は、話をする雰囲気を打ち消されたが。


もう先を見据えたセドリックが。


「なぁ、レイ」


「ん?」


「事実を確認し、カプネテが死んだと成ったら。 冒険者は、辞めるのか?」


先となる答えを求められると、髪を撫でて俯く彼女。


「まだ解らないわ」


「だが、あのケイが云うならば、真実と思える。 復讐する相手が亡くなっていたならば、レイの目標は無くなるぞ。 その時に、レイはまだ冒険者を続けたいのか、どうなのか。 今から考えて於いても、損は無いと思うが」


靡く髪を軽く押さえ、霧に霞む、昇る陽の彼方を見たアターレイ。 年齢に似合う成熟した大人の女性に見え、その顔には悩んだ後の定まった落ち着きが香していて。


「・・本当に、本当にカプネテが死んだって云うならば、辞め様と思ってるの」


実力の在るアターレイだから、まだ粗削りな冒険者のクリューベスにしてみると勿体無い気がして。


「目的が消えたからって、辞める必要が有るのかい?」


「私も、もう30の半ばに近付くわ。 冒険者をしていたら、身を落ち着けない」


「落ち着けたいのか? 冒険者が嫌に成ったとか?」


「父が病気でね、体が悪いらしいの。 家業は兄が継いでるけど、これまで私は我が儘ばっかりだったから…。 助ける為に辞める事は、前々から考えてたわ」


話を聴いていたセドリックは、昨夜のKとの話をこの場には出さないで。


「レイの人生だ、レイが思うように決めればいい。 俺としては、何よりも悔いが残らない選択をして欲しい、それだけだ」


セドリックの意見に、彼女の説得をして欲しいぐらいのクリューベスが。


「セドリックの気持ちとして、今のは本当に本音かい?」


食い付く様なクリューベスに対して、セドリックは慌てた素振りも無く。


「勿論だ。 俺の本音としては、カプネテが本当に死んでいる事を願う。 レイが復讐の為だけに世界を彷徨い、人生を無駄にせずに済むんだ。 況してや、狙う相手があの極悪人カプネテってならば、尚更だ。 あんな悪辣非道の塊みたいな奴を狙うなんて、女の身のレイには無謀が過ぎる。 パーフェクトって奴が殺してくれたならば、その方が絶対に良い」


仲間達は、セドリックがもう覚悟と云うか、腹を括ると云うか、アターレイの気持ちを組んで腑に落としていると察する。


“これから先は、協力者達の四人を外して駆け抜ける事に成る”


それを彼は受け入れて居る、と感じる。


同じ魔術師として、アターレイが姉さんみたいだったジュディスとベイツィーレで。 彼女にやや甘やかされて来たベイツィーレが。


「居なくなるって感じると、淋しく成りますね。 レイさんには、色々とお世話に為りましたし…」


優しさがネックの様な、そんなベイツィーレ。 彼の事を気に掛けるアターレイは、その辺りが心配に成る。


「何時までも、他人に面倒を看させないの。 セドリックだって、これからまた人をチームに入れる事も在る。 駆け出しの若い子ならば、貴方が教えたりしなきゃいけないのよ」


「あ、そ・そうですね」


学者の気質が強いベイツィーレは、確かに手の掛かる可愛い後輩の様に見えたアターレイ。


一方で、もう緊張するのはジュディス。 アターレイ在りきでの、今は助手に似た立場の自分だが。 彼女が居なくなれば今度は戦力として、自分が頑張る様にならなければいけなくなる。


彼女のそんな気持ちを知らずか、ソレガノが。


「別れを前にしても、行く場所が場所だから。 その為にも、今回は死ねないな」


アンドレオも眠そうにしながら。


「そん為に、あんな準備をしたんじゃないか。 死んでたまるか」


セドリックが失笑して同意。 笑う彼を見て、仲間も安心を得る。 Kの人を見る眼は、やはり間違ってないらしい。 このチームは、誰でもなくセドリックがリーダーで纏まる。


甲板では、スチュアート達がセシルを軸と愉快に話している。


2つのチームが、それぞれに早朝の一時を過ごす。


その時、Kは…。


彼は、薄暗い船内に居た。 地下に行き、馬の様子を見て来た後。 果物の一つを厨房で貰い、誰かが連れてきた猿の子供を相手に食堂で喉の乾きを潤し。 大部屋に戻ってはノンビリとし、旅の商人と雑談をしていた。


が、河より水煙が上がっていると聴いて。


(暖かい河の水に冷たい風が入って来ているな。 例年に比べても、今年は秋めくのが少し早い)


こう感じる。


自然の森羅万象と移り変わりを感じるのは、学者で在る彼の癖と言える。 眼で見て、五感で感じようと思い、ベットから立って廊下に出た。 船内を移動する通路には、朝の今でもランプが灯る。


が、廊下に出ると。


「あ・・済まないが」


男性用大部屋より出たKは、別の部屋から出てきた様に装うオリフォカから声を掛けられた。


「何だ?」


「少し、話せるだろうか」


首を縦に動かすK。


珍しい取り合わせと成る二人は、話しているセドリックやスチュアートのチームを避けて、船首の縁に来た。


Kと並ぶオリフォカは、ぎこちなく頭を下げる。


「マナの命と我々の罪を助けて貰い、感謝する」


「ふん、罪が帳消しに成って良かったな。 俺が居なけりゃ、何処かの街を滅ぼす事で名前が残ったぜ」


彼の毒舌は治らないらしい。 だが、Kの話にオリフォカは粛々と頷く。


「実は、彼女を連れて私の伝が在る町に腰を据えようと思う。 恐らく、彼女が亡くなるまでだから、私もこれが冒険者として最後の仕事になろう」


「まぁ………かもな」


空けた間合いは、マナなる女性の行く末を彼なりに推し量ったもの。 長いのか、短いのか、その幅は凡そ人の当たり前の寿命からしたら短いが。 然りとて、助かってから次に訪れる死期までの間を、様々な要因が長短を決める訳だ。 語らずに推し量ったKは、まだ此れからの未知なる要因の全てで決まると思ったのだ。


さて、オリフォカが、何故にKへ声を掛けたか。 その答えが、口に出る。


「実は、不安が在る。 ヤーチフとエチログだけは…」


「なるほど。 んで? 本人達はどうしたいと?」


「ん。 まだ、ハッキリした答えは聞いて居ない。 マナが亡くなるまで、答えを出さずに任せるのがいいか。 此処で、しっかり新しい道を探させるか、若い彼等をどうしたら良いものか…」


「既に、先が見えてる末路もあるし、な?」


「あぁ、そうだ」


二人は、オリフォカとマナの事を言っているのは明白だ。 オリフォカとマナに、あの二人が付き添ったとしても。 これまでの様な、ダラダラと冒険者を続ける環境が在るとは思えない。 僧侶として居れるオリフォカはまだとしても、中途半端な剣士などに何の仕事が在るのやら。


若い二人を憂うオリフォカに、まだ二人の事を良く知らないKより。


「ま、覚悟も無く冒険者なんぞ遣った所で、どうしようもない。 その2人は、剣の腕としてどうなんだ」


「私の見た処、ヤーチフはまだまだ伸びるだろう。 彼の問題は、自信を自分から握り獲るまでの気持ちが出せるかどうかだ」


「ほう。 んで? もう一人は?」


「うん。 エチログの方は、先ず気持ちの持ち様に由る。 まだ剣を振り回している感じが抜けないのだ」


「それはまた、チョイと微妙だぞ」


聞けば、ヤーチフとエチログの問題は同じ処に在りそうだ。 が、分けて云うからには、別々の問題なのだろう。


「やはり、そうか…」


Kのその言葉で、黙るオリフォカだが。


「だが、よ」


「あ、・・ん?」


「それぞれにどうしたいか、自分で何時かは探さなきゃならん。 人間だから、其処は仕方ない。 俺の感覚で何かを言えってなら、無理にお宅の一存では変えず。 どうしても同行したいって云うならは、先ずは連れて行け」


「んん…」


口ごもるオリフォカに、Kは被せるかの様に。


「気持ちの引っ込む奴は、無理に何かさせる場合はピンキリになる。 上手くそれで独り立ちが出来れば、問題が無くて楽だろうがよ。 失敗してダメにしたら、後が大変だ。 どうしても連れて行けないならば、セドリックに頼むこった。 病気のあんな大迷惑にしたら、これは小事・・だろ?」


「ん、…」


「突き抜けられない剣士なんか、この世に腐るほどいる。 然も、御宅等3人の集まる理由が同じ女なんて、可笑しいっちゃ~可笑しい。 其処に来た今に、普通の形に拘る必要はねぇよ」


「そうか、な」


「嗚呼」


Kの言葉を受けて、オリフォカは悩むまま黙った。


さて、霧に咽ぶ河面。 時折、野生の生き物がその川縁に顔を見せる。 水煙が霧と成るが、その霧を払うかの様な風が、強弱を以て駆け抜ける。 その風が、時折に風景を霧の狭間に見せて来た。


その様子を眺めているKだが。 この濃い霧から見える河の様子は、以前に通った光景とはちょっと・・いや。 格段に違うと感じた。


そして…。


「ん?」


霧の先に、横切る大地が見えたが。 船から見える大地の景色が、いつの間にか高く見える。


(こんな場所、前に通ったか?)


霧に見え隠れする周囲の様子に集中していると。 次にまた河川沿いの大地を見れば、渓谷へ下りるかの様に僅かだが斜めと成る。


「可笑しいな」


少し黙っていた二人だが、急にこう発したKで。


「ん、ん?」


聞いたオリフォカが、唐突に言ったKに顔を向け。


「どうかしたか?」


東側の方に顎を動かすK。


「見ろ。 船が傾いて進んでいる」


オリフォカも、言われて縁に身を着けるや。


「あ、これはどうした? 傾いている」


霧の中で周りを見るKが。


「どうやら航路を間違ったか。 封鎖域の湖に向かってるな」


「“封鎖域”とは、なんだ?」


知らないオリフォカが問う。


「東側の街道筋と、この運河の本筋の狭間に在る、地底湖だ。 モンスターが棲息していて、今は全く船が入らない場所の筈なんだ」


「なんと…」


「それ、整備された河川を過ぎてか、川幅が狭まって崖っぷちが横に迫って来たし。 船の進む早さも、この深い霧の中で加速し始めた。 こりゃあ~不味い」


急速に悪化しているらしい事態に、連続して驚くオリフォカだ。 どうすれば良いのか、緊張感が増して来た。


だが其処へ、足音が幾つも近付いて来た。 Kとオリフォカの2人が同時に振り向けば、船長と船員がゾロゾロと現れた。


その様子に、オリフォカが怪訝な顔をしたが。


Kは、


「キャプテン」


と、声を掛ける。


60の峠を越えていそうな船長がKに顔を向けると。 Kが縁より離れていた。


「この船は、側溝河川に入らないのか?」


髭を綺麗に剃る船長は、丸みの在る顔を険しくした。


「悪い。 ウチの船員が霧で入り口を見間違えた。 本来の入り口を見えずに、側溝運河河川に入り込め無かった」


話を振ったKは、彼等がゾロゾロと出てきた理由を知る。


「そうか。 なら、御宅は操舵に専念しろ」


「何だと?」


「乗り掛かった船って奴だ。 船を襲うモンスターは、此方が潰してやる。 全員まで連れてゾロゾロと出てきたって事は、だ。 この先を切り抜けるに当たっての事を考えると、魔力水晶に残る動力の魔力が不安なんだろう?」


「あ? あぁ、じゃが…」


霧の中へ、また船首に向かうKより。


「オッサン。 セドリックとスチュアートを呼んで来い。 “モンスターを倒す”って言や、仲間も来るだろうよ」


足に遣われたオリフォカだが、モンスターと聞いては捨て置けない。


「解ったっ」


理解に困る船長は、


「おい、闇雲に…」


と、Kに云うも。


霧に消えたKが。


「本来ならば危険だが、今は非常事態だ。 飛ばせる余力が在るならば、河川の真ん中を行け。 縁を行くと船底に集まる雑魚を払うのが面倒だし。 岩や砂に擦って乗り上げたら、それこそ乗客が死ぬぞ」


「然し、真ん中は…」


「デカいモンスターなんざ関係無い。 船を潰させなきゃいいんだろ? 船底に穴が開いたら、下の馬車を引く馬が死ぬ」


今に、何が起こっているのか。 この包帯男が全てを察している様だ、と感じた船長。


「野郎共、計画を変える。 湖の真ん中を行き、速やかに危険な地帯を抜けるぞ」


船長が言えば、船員達が慌ててバタバタと船の中へ戻る。


さて、船上が薄暗くなる。 地下に下り入るまま岩影に入ってしまった。 船首の先端に立つKの元に、スチュアート達やセドリック達が来た。


また、アンジェラが。


「ケイさん大変ですわっ。 この船は…」


船首の縁に佇む、霧の衣を纏う様なK。


「らしいな。 この船は、季節の変わり目で異常に湧く霧に惑わされ、側溝運河河川に入れ無かったみたいだ」


セドリックは、もう霧の向こうの何処にも川縁が見えないと。


「河なのに、難破したのか? アンジェラが云うに、迷った・・と」


船首先端より皆の方を向くK。


「いや、迷った訳じゃ無い。 この南北を行く運河の北には、モンスターが住み着いた、広大な地底湖が2ヶ所在る。 その場所を回避する為に、大河の一部に“側溝運河河川”と云う回避路を作った。 が、今回は霧の所為でそれに入れ無かったそうだ」


ヤバそうな事態とスチュアートは感じて。


「モンスターって、襲って来ますよね?」


「だろうな。 奴等から見たら、此方は餌も同然。 セシルに好物のリブを見せる様なモノさ」


引き合いに出されたセシルは、不満面をし。


「例えが、美しくないっ」


言い返した、其処へ。


「貴様で美しい例えなぞ、エルフの血筋と食べ終えた後の皿だけだ」


オーファーの弄りに、両手をワキワキと動かし鳴らすセシル。


「ゲーハー、一々に煩いっ」


そんな二人に、エルレーンがやや苛立つ。


「アンタ達、ケイに頼んで囮にするよ。 今の状況、解ってる訳?」


だが、Kはそれすら無視。


「湖には、“首長魚”や剣先の様なクラゲが居る。 甲板へ飛び込んで来次第に倒し、湖に返せ」


こう言ってる側から。


「うわぁっ、船の側面を何かが登ってきてるっ」


人の声がする。


もう危険な地帯に来たのだと感じ、スチュアート達が声の方へ向かう。


声の方に振り返るKの手には、既に刃渡りの長い短剣が抜かれ、仄かに輝く黄金のオーラを纏う。


彼の姿に戦闘開始の知らせを悟ったセドリック達。


「モンスターが来るぞ。 スチュアート達が東側に行ったから、俺達は西側の甲板を守る。 行くぞ」


武器を取りに走るセドリック達だった。


武器だけ持って居たスチュアート達が見付けたのは、背の低めな女性ほどの体長をした魚で在る。 下顎が出っ張り、アンコウの様な印象を受ける。 タコより強力そうな吸盤を長い胸ビレに持つ首長魚、マルダオピランナ。 “首長魚”と呼ばれる意味は…。


甲板に上がって来たマルダオピランナに対し、へっぴり腰ながら船員が槍を構えるや。 その槍にマルダオピランナが首を伸ばす。


「わぁっ」


槍の先を鋭い牙で噛まれ、刃先の付いた柄の先端部分を壊された。


それを見たスチュアートは、


「うわわ、2・3歩は首が伸びるよ!」


と、驚くし。


鋭い牙の威力を見知ったグレゴリオ。


「これは厄介な」


言いながらもマルダオピランナに向かう。 薙刀で掬いに斬り上げ、見事に切り裂きながら湖に飛ばし返すも。


「スチュアート。 この魚の鱗は、中々に硬いぞ。 あの伸びる首辺りが、一番の弱点やもしれぬ」


「あ、はっはいっ!」


危険が迫ると感じるレメロアは、船の縁から少し出っ張る見物場に向かい。 船の側面を見下ろして、声の出ない口を開いて指を指す。


彼女の様子を見たスチュアート達は、一斉に甲板の縁に付いて身を乗り出して船の側面を見下ろすと。


更に登って来るマルダオピランナをセシルが見付けた。


「あぁっ、もう少し前ぇだっ」


エルレーンは、別の個体を見付けた。


「アイツの後ろにもっ」


船の上で暴れられたら大変な事に成ると、スピードを上げた船で奮闘する事になる。 只、スチュアート達は、着ける余裕が無いので防具を着けぬままに。 セドリック達も、足や腕の防具は着けぬままに戦う。


さて、先のKの話では、二種類のモンスターが挙がったが。 湖面から矢の如く鋭く飛び上がって来るのは、頭がイカの様に鋭いクラゲ、“ソードアスペリー”。 このモンスターは、特殊な能力がキノコの傘の様な頭に隠されている。 湖から飛び出す時に折り畳んだり、危険を察知すると岩の様に硬化するのだ。


そのモンスターへ対応するセドリック達は、甲板にベニャ~っと潰れた様になりながら、伸びる触手を使って這いずるソードアスペリーに苦戦する。 触手を斬って短くするなり、湖に武器で掬い返す。


その中で、年齢に見合う能力を見せたのは、アターレイ。 円状の武器具現化魔法を唱え、それをノコギリの様に使ってクラゲの頭部のみを斬り飛ばす。


一方、ジュディスは礫の魔法を産み出し、湖面から飛び上がるクラゲを撃墜するも。 三匹に一匹は撃ち漏らす。


朝からとんでもない事に成った。 然し、進行方向より来る大型モンスターを含め、数百匹を超えるモンスターを軽々と潰したK。 先ず一つ目の湖を切り抜けたと思いきや、怪我の治療をするセドリックやスチュアート等の怪我を診る。


「旅に出たら、常に危険と背中合わせと思え。 絶対に安全な旅は何処にも無いぞ」


こう諭す。


もう一つ、湖を切り抜ける必要が在り。 今度は全員が武装して臨んだ彼等。


湖に返したモンスターにモンスターが集り、次第に襲撃は収まって断崖に挟まれた地底湖を切り抜ける。


さて、これはKからの余談だ。


この二つの湖は、嘗てこの一帯が無法地帯の山野だった頃から在った。 この湖の地下には、あのダロダト平原の下に位置する広大な森林地帯の山の奥地を水源とする水脈を持ち。 古き頃から飲み水に使えない湖と語り継がれていたのだ。


その湖を含む広大な土地を手にした神聖皇国政府が、流通の為に築く運河の中継地として地底湖を活用しようとしたらしい。


が、地下水を通じてモンスターが来るのでは、湖のモンスターを退治をしても意味は無く。 湖に繋げた運河を迂回の河川で繋げて、湖を通る運河を塞き止め切り離そうとしたが、モンスターの所為で幾度も失敗。 大魔法で一時は切り離したらしいが、また湖より湧くモンスターが運河の水を求めて堰を壊したりし。 運河と湖は複雑に蛇行する人工河川で繋がっていると云う。


陽が昇り、霧が晴れると解るのだが。 この湖二つは極まった渓谷の様な場所に在り。 謝って侵入する時は、下りの進行。 湖を二つ経て元の運河に戻る時は、登りの水路を遡上する形に成る。


これも、Kの話だ。


“湖の水は、どうやら東側の溝帯地下に向かっている。 渓谷の断崖に開いた亀裂の中に入り、東へ流れているらしい。 実際、溝帯の内側、広大な砂漠地帯には水源など見えないが。 地下深くの長い場所まで根を張る植物だけは生き延びれる。 その植物や地下に潜むモンスターを始めとした生物を、あの湖の水が支えているのかもな”


だが、問題はそれ処では無い。 本筋となる運河に戻る頃、船の推進力が著しく下がった。 ノロノロとした鈍足進行に成り、船員が魔力水晶の力が無くなったと騒いでいた。


        ★


雲の目立つ空へと陽が昇り、霧がだいぶ晴れる頃。 何とか坂となる河川から抜け出した先の、最寄りとなる停泊所に着けた。


だが、この辿り着けた停泊所は、休憩の為だけの停泊所だ。 町や村までは遠く、見張りの兵士も居ない。 北の山岳地帯へモンスター討伐の任務が在った際に、軍隊が使う為だけに設けられた、そんな放置された停泊所だ。 何の防御も無いからか、船長や船員を含めて休むにしても緊張感は残る。


この停泊所にて、Kが。


「スチュアート、セドリック。 双方の魔術師を船の地下に遣り、魔力水晶に魔力を注いでやれ。 船が動けないと、この辺りはまだ河の流れがまだ早いからよ。 動力が枯渇しては下手すると、難破したりするぞ。 それから僧侶は、念の為に参加させなくていい」


本当は、此処よりもっとずっと先で降りる事にしていた。 が、予定に無い湖を切り抜けた所為で、船の動力と成る魔力をほぼ使い果たした。 魔力を注ぐのは、船を動かす為だが。 速度は落として進まなければ成らないから、予定の港に行くまで時を倍に要す。 もう陸路を行った方が早く着くので、Kは此処で降りる事にした。


何の借りも返せないが、せめても・・と。 停泊所の外で簡単な料理を作るとしてくれた船長。


地下に向かうセシルは、モンスター退治に次は魔力注入と。 面倒臭い事ばかりだからブツブツ文句を垂らす。


セシル、レメロア、オーファーに、アターレイやジュディスと云う魔法遣いが、グッタリするまで魔力を注いだ。


さて、遅れた朝の食事を川縁で行う最中。 サッサと軽く済ませたKは、降ろした馬車に向かう。 そして、何故か。 馬車から馬を外して停泊所の柵に繋ぐではないか。


グテェ~っとしながらも、モシャモシャ食べるセシルはKの様子を眺めている。


「なぁ、・・にして・・るのかな」


同じく、魔力を注いで疲れていたオーファー。


「不具合でも直すのではないか?」


と、セシルの視界より外れた肉を確実に取る。


馬に軽く餌と塩を与え、水を飲ませるK。 次に馬車の車輪を全て外す。


少食のソレガノは腹を満たすと、色気の有る女性客を見ては近付いて行く。 モンスターを排除した一人だから、話の取っ掛かりに苦労は無いが。 その女性には家族が居て、甘い言葉をかけると嫌煙された…。


疲れたもののまだ普通に動けるアターレイは、戻って来たソレガノが口説きを失敗したと云うや喋る気も失せた。 たが、目の前を自分と同じ様な筈のレメロアが歩き、Kの方へ行くのを見ていた。


Kの元に向かったレメロアは、Kのする作業を見ている。 その後ろに、スチュアートも来た。


「ケイさん。 モンスターの襲撃で壊れました?」


スチュアート達に、予めバベッタの街で買う様に頼んだ物を出す様に言ったK。


「お前にだけ、ちょっと違う買い物も頼んだが。 その一部は、馬車に使う物だ。 伸縮性に富み、強度の高い“カバカマ松の革”は、車輪の外側に巻き付けて打ち合わせれば、走った時に馬車の揺れを軽減する」


「へぇ」


手伝うスチュアートとレメロア。 作業が終わると、今度は薄い缶の入れ物を開くK。


「また、ニカワに似たこの接着剤は、水分を吸って安定すればな。 吸着性が長続きしながら車輪の接続部分の振動・衝撃を和らげるんだ」


「今のウチから、運ぶ時の準備ですね」


「そうだ。 然も、逃げると成ったら、馬車にも無理をさせる。 壊れない様に、用心をするのさ」


「嗚呼。 これから向かうのは、整備もされてなければ他の馬車も通らない原野ですもんね」


「そーだぁ」


モンスターとの戦いが一回ぐらいでは、スチュアートも落ち着きが無くなる様な事は無くなった。 話ながら手伝い、遣り様を覚える。


荷馬車二台の車輪8つを補強して、先に出港する船を見送るスチュアート達。 この停泊所から半日ほど東に向かえば、あのスタムスト自治国との国境に近い野営施設に着く。 然し、今回は此処から西へ向かう。


馬を無理させない為に水路を使ったが、霧の所為でモンスターと戦うとは…。 とんだ手間である。


さて、突発的なモンスターとの戦いにて、降りる場所も遠くの場所と成ったが。 とにもかくにも馬車に乗り込んで出発する。 先頭の馬車には、馭者をKがやり。 一緒にレメロアが隣り並ぶ。 荷馬車の荷台には、セドリック達が乗った。 2台目の荷馬車は、馬の扱いに馴れたスチュアートとグレゴリオが馭者と成る。 荷台には、セシル達とオリエスが乗る。


オリエスがKと一緒を止めてでも此方を選んだのは、ソレガノが鬱陶しいのと。 オリフォカ達3人に対し、オリエスが警戒心を持ったからだ。 一昨日の事は勿論だが。 オリエスとアンジェラに対する彼等の視線が、どうも気味悪いらしい。 意識してか、無意識か、異性をどう見てしまうのかも人のそれぞれだが。 一緒に狭い空間に居るとなると、やはり違和感を感じる相手とは居たくないのは仕方無い。


走り出す荷馬車の中で、グデェ~とするセシル。


隣り合うオリエスが、潰れたクラゲみたいなセシルに。


「だらしないわね。 高がちょっと魔力を注いだだけでしょ?」


喧嘩する気力も無いセシルだからか、手をヒラヒラ扇ぎ。


「しこたま注いだぁ~。 運賃を返せぇ~」


似たようなオーファーだ。


「致し方なく、注いだがな。 正直、怠みは今日一日は続くだろうよ」


武器を確かめるエルレーンだが、甲板での戦いを思い返し。


「あんな地下に入り込んだ湖にモンスターばっかりってね。 周辺に町や村が無くて当たり前だわ」


オリエスも同じ感想だ。


「あの湖って、原始の文明記から在ったみたいよ。 地下水が絶えず沸いてるからか、河の水を塞き止めてもモンスターが死なないって」


「へ~、Kの話の通りに、塞き止めた事が在ったんだ~」


オリエスと仲間達が喋る声を聴くスチュアートが、何故かチョットだけ笑った。


只、馬車を走らせると、地面の細かい起伏にも難なく走る馬車の車輪を感じる。 丸い車輪でも、原野の均されてない地面を行けば、起伏には当然ながらに引っ掛かりを感じる。 然し、それがかなり滑らかになっていた。 また、そんな起伏に当たれば、感じる揺れも大きいが。 今は、腰から臀部に感じる揺れも抑えられている。


(学者って、只単に知るだけじゃ無いんだな。 その知識を如何に冒険の総てに応用が出来るかどうかなんだ…)


後方を行くスチュアートの操る馬車には、同じく馬車を操れるグレゴリオや仲間も居る。


今、スチュアートの右側と成るのは、硬い土と岩場が丘を作る光景が見える。 原野と云うか、荒野と呼ぶべきこの辺り。 以前に、兵士を捜したりした、あの森に続く入り口の辺りだろう。


一方、先頭を行くKの操る馬車には、レメロアが馭者席に並び。 セドリック達のチームが乗る。


荷台の中で、特にグッタリするジュディス。 その脇に、心配して座るセドリック。 その彼女を対面から見たアンドレオが。


「ジュディスは、随分と疲れているな」


頷くソレガノも。


「魔力の注ぎ過ぎかい?」


然し、疲れては居るが、グッタリするまでも無いアターレイより。


「違うわよ。 ジュディスは、未熟だから潰れただけ。 ほら、馭者席に居るあの若い娘は、こうなってないでしょ?」


クリューベスは、年下のレメロアを見下してか。


「それって、余り魔力を注がなかったからだろ?」


全く見当違いの発言に、アターレイの方が疲労感を覚え。


「バカねぇ。 全然違うわよ」


ジュディスを見たセドリックが。


「どう違うんだ?」


アターレイは幌に空く窓の先に居る、レメロアの方を見て。


「あのレメロアって娘は、ケイに教えられてからもそうだけど。 日頃から、イリュージョンで集中する訓練を怠ってないわ。 常に唱える魔法も、出来る限り小さく制御しようとしているし。 魔力水晶に魔力を入れるのだって、落ち着いてじっくりと遣っていた。 あのレメロアって娘は、経験次第じゃ早くからモノに成る。 私が抜けても、あの娘を加えれば一年か二年で、私みたくなるわよ」


「マジ?」


ビックリするソレガノ。


然し、アターレイの目は、今度は幌の窓の向こうに居るKに向かう。


「あの包帯を巻いたお兄ちゃんは、最高の教師だわ。 レメロアの知的好奇心を汲んで、その有り余る知識を教えてる。 語らずとも興味を見れば、ホラ。 あんな素人の若い娘に、馬車の動かし方を教えてるわ」


幌の前に、剥がせる形の窓からオリフォカが眺める。 頷くのは、アターレイの話を肯定するからだろうか。


何時だか。 Kを仲間にしようと、引き抜きを仕掛けた冒険者達が居た。 その出来事を思い出すセドリック。


「誰がケイの恩恵に与れるかは、最初から決まってンだよ。 バカな奴は少なく、前向きで純粋に成長しようとする者ほどに多く与れる。 その意味は、あの斡旋所に置かれた小冊子の情報にも通じる。 それすら見ずに、利用もしようとしないでケイに頼ろうとするから、跳ね返される」 


クリューベスと見合ったソレガノが。


「ん゛~、言葉が無いな」


あのKに、セドリックとグレゴリオが稽古を付けられる様子は、ソレガノや気の強いクリューベスでも畏れ入ったし。 また、先ほどの地底湖を抜ける際、自分達が倒したモンスターとは思えない量の死骸が浮いた。 聴くまでもなく、Kの仕業だろう。


レメロアとKの様子を眺めるオリフォカが。


「セドリックよ」


「ん?」


「この仕事が終わったら、我等もアターレイも居なくなる。 あの少女を仲間に加える事、本気で考えても良いのでは? もしかしたら、あのグレゴリオと云う猛者も一緒に来てくれるのではないか?」


そんな意見を貰うセドリックだが。


「いや、あの娘には先約が居る」


「ん?」


オリフォカが顔を車内に戻すと。


セドリックとアターレイが見合った。


先に、アターレイが。


「願望を言った手前、何なんだけど。 昨日、夕方にね。 グレゴリオとレメロアがやり取りしてるのを見ちゃったの」


と、言えば。


同じセドリックが。


「あのグレゴリオってオッサン。 どうも本心からリーダーを遣る事に対して嫌気が出たみたいだ。 強さと統率は違うとな、あの娘に何処かのチームに一緒に入ろうって、相談していた」


クリューベスが、水の入った水袋を手に。


「それで?」


「レメロアは、スチュアートのチームがイイらしい。 ケイが居なくなった後の事も考えても、セシルやスチュアートやオーファー達が一緒に居る事を望んでいた」


「ナンだかな~」


負けた感じのソレガノ。


すると、薄く笑ったセドリック。


「実は、この仕事が終わったら、移動を考えている。 レイをマーケット・ハーナスまで送りがてら、ケルシードやスピルヘゥツに会おうと思うんだ」


怪我が痒いアンドレオは、腕を掻きベイツィーレに注意されると。


「俺達より一年ぐらい先に、東の大陸を離れた奴等だな」


「そうだ」


「向こうに居るのか?」


「らしい。 噂だと、まぁまぁ活躍している様だ」


「ほぉ~」


この間も、アンドレオは腕を掻く。


「あ」


先ほどの船上での戦いで、モンスターに薄く切られた傷が開く。 流れ出た血に頭を抱えるベイツィーレ。


「ダメですね。 やっぱり、布で巻きます」


「なんでだよ、だ・大丈夫だぁ」


嫌がるアンドレオだが、傷を化膿させる事については大人と思えないほどに周りへ迷惑を掛ける。 セドリックから言われ、クリューベスが押さえ付け様とする。


「解った、解ったっ」


包帯で巻かれる事に成るアンドレオ。


その幌一枚向こうでは、馭者の座る席で手綱を握るレメロアが居る。 Kが一緒だから馬も任せてくれるらしい。 手綱を握り潰さんばかりに掴んで、馬の動きを見詰めるレメロアに。


「力む必要なんか無いぞ~。 地面の凹凸を見て、避ける必要の在る所だけで指示を出せばいい。 それ、あの凹凸を右だ」


緊張に強張る表情のまま頷くレメロア。 生まれて初めての馬車の操作に、喜びと緊張感で心が爆発しそうに成った。


さて、代わって。 後方から着いて来る馬車を操るスチュアート。 一緒に座るグレゴリオは、前を行く馬車を眺める。


「レメロアには、ケイが一番の手本だな」


「皆ですよ。 自分も、色々と叩き込まれてます」


「ん、そうだな」


此処で、スチュアートは何の気無しに。


「処で、グレゴリオさん」


「ん?」


「グレゴリオさんは、いつ頃に街を出ますか? レメロアちゃんとも一緒に、御別れはしたいので」


「うむぅ」


「僕等もこの仕事が、バベッタでの最後の大仕事に成るかも知れないので…」


すると、神妙な面持ちとなるグレゴリオが。


「実は、な。 スチュアートよ」


「はい?」


「もし、君がいいのならば、だ。 儂とレメロアを、チームに入れてくれまいか」


「あ、・・はっ?」


ビックリするスチュアートは、危うく手綱を離しかけた。


「えっ、あ・・はい?」


驚きから気持ちがグラグラと揺れる。


この話は、幌の向こうの荷台に居た仲間もビックリである。


スチュアートは、Kの存在が大き過ぎると。


「あっ、あの、僕らが斡旋所にお世話に成れるのは、ケイさんのお陰です。 ケイさんが居なければ、周りの駆け出しのチームと何も変わりませんよ。 グレゴリオさんみたいな有名な方が、そんな不名誉な事をしなくても…」


処が、どうしてだろうか。 陰を見せるまま俯くグレゴリオで。


「実は、スチュアートよ」


「はい」


「私がチームを抜けたのには、理由が有る」


「あ~確か、報酬の分配を巡って・・でしたよね?」


頷くグレゴリオ、だが…。


「然し、本質的な問題は違うのだ」


「はい?」


今、川沿いの原野を、霧に包まれた大山に向かって走っていた。 船に乗る間は遠く離れ遥か先だった大山が、霧が晴れた今では随分と近くに見えていた。


この霧と雲に包まれた大山は、以前にセドリック達が仕事で向かった場所で在る。 黒い雲が目立つ空だが、所々に晴れている。 この原野に棲むノスリの仲間が、東側の空に舞っていた。


そんな光景を眺める様に成ったグレゴリオは、酷く老けた顔をして。


「私は17より、がむしゃらに冒険者の道を来た。 運良く仲間にも恵まれ、30も半ばを過ぎるまでは、冒険者として楽しかった」


「はい」


「だがな、スチュアート」


こうしてグレゴリオは言葉を切り、スチュアートを見ると。


「それからだ。 其々に理由が生まれて、仲間が冒険者を辞めて行く様に成った。 結婚、怪我、自分や家族の事、色々とだ」


「はい。 自分のリーダーも…」


「あぁ、クルフもそうだ。 仲間が辞めて行くに従って私は、自分の現状を見詰め直すべき機会に迫られたのだと思う」


グレゴリオの話に、スチュアートは引っ掛かった。


「あ、あの、“迫られたのだと思う”って、・・何ですか?」


問われたグレゴリオは、それも当然と感じた。 ゆっくり頷くと。


「君の感想は、最も正しいよ。 私は、この今日まで子供だったらしい」


「“子供”? ・・でも、グレゴリオさんは立派に…」


言うスチュアートの話をグレゴリオが首を左右に振って制した。


「私は、家を継ぐ身でも無ければ、武術以外に何の道も無い人間だ。 冒険者をし続ける事に、何の疑いも無い」


こう言ったグレゴリオは、また前を向くと。


「あのケイの様に、一人で何でも出来て、また経験が在るだけに新しい仲間もちゃんと選び、また導けると勝手に思っていた。 長らく冒険者をしていて、それなりに知名度も在った方だから。 ある程度の必要なものは、凡て身に付けた気に成っていた。 …だが、最後まで一緒に居てくれた仲間二人が抜けた後に、私のチームに残ったのは子供の集まりだったよ」


「あ・・グレゴリオさん?」


もう、誰に話して居るのか、グレゴリオの独白の様にも成る。 だが、グレゴリオの話は止まらない。


「自分の好きな事、それだけをして仲間に身を預けて来た。 そのツケが、今に回って来たのだ」


「グレゴリオさん。 そんなに酷かったんですか?」


「あぁ、・・実に、ん。 実に、酷かったよ…」


まだ若いスチュアートに、グレゴリオの話は難しい。 だが、このチーム結成より短い間ながら見てきた景色は、それを理解も出来ない程に遥か遠いものにはしなかった。 それは、スチュアートが斡旋所のマスターをする父親の傍で、色々な様子を見てきた事も影響しているだろう。


俯くグレゴリオは、ボンヤリとさえして。


「全く、バカな話だ。 思い返せば、私の不備はチームの仲間が補ってくれていた。 その時に私は、自分の至らぬ部分を見詰める事は幾らでも出来た筈なのに、それをしなかった」


その語るグレゴリオの姿は、幌の窓の向こうに居たセシルやオーファーなどから見ても驚きの姿だ。


セシルが小声で。


「リーダーって、ヤッパ誰でもイイ訳じゃ無いんだね」


頷くのは、オーファーやエルレーン。


その間も、グレゴリオの独り言の様な話は続く。


「チームに、私が一人で取り残された感じだった。 報酬の取り分に勝手を云う若者にすら、私は満足の行く説得が出来ず。 仲間が小さい事を取り上げ何だかんだ言うのにも、リーダーとしてしっかり叱れない。 いや、それだけじゃない。 仲間を選ぶのだって、先に居た仲間が仲良くなったから入れてくれと。 抜けた穴の様な場所に填まる戦力だから・・と言われて入れてしまった」


「でも、チームの出来上がる最初なんて、そんなものではないですか?」


スチュアートの家は、ぶっちゃけ斡旋所だ。 小さい頃から父の傍で冒険者を見てきた。 その景色は、グレゴリオの様子と酷似する。


一応、頷くグレゴリオだが、だ。


「然しな、スチュアートよ」


「はい」


「儂やクルフが一緒に居た頃、そんな風にして簡単に作るチームもいっぱい居た。 だが、儂等は違った。 駆け出しのペーペーでも、熱く夢を語り、肩を組んで呑みながら話し。 時には胸ぐらを掴みあって喧嘩し、それで居て背中を預け合った。 先に、リーダーとして抜けたクルフだって、別れ際には君の様に一緒に呑みに誘ってくれたよ」


「………」


黙るスチュアート。 嘗てのリーダーだったクルフの別れ際の姿を、このグレゴリオに重ねるからだ。


「私が最初に組んだ仲間は、それこそ寄せ集めさ。 あっちのチームから追い出された。 こっちのチームから捨てられた。 また見放されただのとな」


昔を思い出すグレゴリオの様子は、もう引退をする冒険者の様に見えた。 可笑しな話しだが、スチュアートにはそんなグレゴリオの姿が、本当に駆け出しの冒険者の様に見えた。 


「・・だが、最初に集まった仲間とは、自分の事、他人の事、全部の愚痴を言い合って、聴き合って、皆で炙れた者の集まりと納得して結成した。 年齢の差だって、男女の色恋だって在ったが。 それでも助け合い、報酬が等分なのは当たり前。 誰がに金が必要ならば、儂やレメロアに金を使った君の様にしたんだ」


こう語るグレゴリオの目に、何時しか涙が浮かんだ。 彼の、自分に対する情けなさや悔しさ。 また、解り合えていた仲間との別れの寂しさが窺えた。


「グレゴリオさんは、僕がリーダーで構わないんですか? 20以上も歳が下ですよ。 仲間だって女性が多くて、解り合うのも大変かも」


「クルフの仲間ならば、全く問題では無いさ。 寧ろ、武術の腕を外せば、儂もまだまだ未熟だ。 ケイと打ち合い、自分の隠して来た未熟さに目が向かった。 正直、見捨てるつもりは毛頭無い。 が、レメロアの事すらどうして良いか解らなかった。 だか、今を見て見れば…」


前を行く馬車を眺めるグレゴリオ。


「あのケイに懐くレメロアを見れば、彼女に何が必要か解る。 それを与えられるケイと、持ち合わせない私は…」


この話に、幌の内側で聞いていたオーファーが。


「全く、ケイさんの存在は素晴らしいが、反してとても残酷だな。 レメロアといい、あのサリーと良い。 只、守るだけでは無く、何が必要かを知らしめて来る。 与えるだけでは無く、本人の努力や興味を引き出し、満たし、成長させる。 それを見知る他人には、年齢を重ねてもそれが出来ない無能さ、自分の本質的な未熟さを露呈させて来るのだ。 あの人に気に入られたスチュアートは、確かにそれだけで普通では無いのかも、な」


チーム結成の時を何故だか思い出すエルレーン。


「私は、先に呑んだり語り合ったりしなかったけど、このチームで良かったって思ってる。 セシルとミラが喧嘩してた時に、繋がったのか~もね」


ミラに扱き下ろされた事を思い出すセシル。


「何時か見てろ、アタシが上に行っちゃる」


力むセシルに、アンジェラより。


「セシルさん。 無理に力みますと、お腹が空きますよ」


「あ、アンジェラ。 もしかしてケイの才能が宿った? もう、少し空き始めた」


この話に、仲間3人が頭を抱える。


流石に、魔力を注いだ所為も在り。 オーファーですら毒を吐く気力が失せた。


「食費だけで、あの得た金を散財が出来るとは。 ん…、何とも恐ろしい。 エルフとは少食と聞いていたが、混血に成ると話は違うらしいな」


もう当たり前に成ったエルレーンが、オーファーに。


「オーファー。 既存の知識なんて通用しないわよ。 大体、エルフならば精霊魔法に傾倒するわ。 それが、魔想魔術のエンチャンターよ。 もう、人間に近いのよ」


「フム。 色褪せて絵具が剥げ掛かった絵画みたいなモノか」


二人の話が心に引っ掛かりを感じさせる、とセシルは半目になり。


「ナニ、その例え。 ハゲはそっちじゃん」


「すまん。 魔力を注いだからな、少し疲れている」


また、セシルはエルレーンにも。


「自然魔法に傾倒してなくて悪かったわね」


サラッと横を向くエルレーン。


「見たまんまを言ってるだ~け」


オーファーも幌の後ろ側から外を眺めつつ。


「お前がエルフの規格外なのは、これまでで良く解った」


二人のやり取りを目を細めたまま、ジィ~っと眺めるセシル。


「二人して、アタシの悪口を継続かいっ」


揺れる馬車の中で、セシルとエルレーンがじゃれ合い始めた。


その様子に困るのは、僧侶のアンジェラの方。


「皆さん、そんな無駄口で暴れて。 先程に塞いだ傷が開いても、今度は治療を致しませんよ」


皆で、何処か気の尖るアンジェラを見る。


真っ先にセシルが。


「てかさ、アンジェラ。 アンタってば、なんか顔色がチョッと悪いよ」


同じく、朝からそう感じていたオーファーも。


「アンジェラさん、どうしました?」


然し、エルレーンは、何となく理由が解って来て。


「多分はアンジェラって、昨日に生理が来たからよ。 まだ体調が本調子じゃ無い処で、この旅だもんね」


同じく女性だからセシルも理由が解り。


「嗚呼、な~るほど」


一方で、事実を言い当てられて顔を赤くするアンジェラ。


「エルさんっ、そんな恥ずかしい事をっ!」


「いいじゃない、女なら当たり前だし。 ケイに覚られて、酔い止めも加味した薬を貰ってたしさ」


男性の居る前で急に言われては困るアンジェラ。


また、何故か急に黙るオーファーで在る。


さて、太陽が真南に上がり、昼となる。 馬も休ませたいからと休憩するや、Kとレメロアにスチュアートが馬の面倒を看る。 周りに生える雑草は、馬が臭いで判断するから良いが。 野菜を発酵させて乾燥させた餌は、馬の栄養失調を防ぐ為のものらしい。 少し臭うからか、セシルが臭さに文句を垂れる。


文句も言わないレメロアは、自分の食事も後回し。


「………」


馬を観て、馬を撫で、馬も仲間とする旨を告げるまでも無く。 閉ざされた環境から飛び出したレメロアは、その全身で馬と向き合う。


そして、間近の岩場で湧く泉で手を洗った後に。 Kの周りに皆が集まり、漸く間近に見えた霧に包まれる大山を見る。


先ずセドリックが、


「この山に近づいて来たな。 前に俺達は、南側のど真中辺りから入った様な」


と、言うと。


聴いていたKは、山の西側に沸く霧と雲を指差す。


「あの山へ流れる雲や霧の向こうに、大地の裂け目と呼ばれる場所、タラヌゥ・ロブホアヤが在る。 今回は、“竜の右手”から入り、一日。 次は、“竜のアギト”から入って“竜の胸”まで分け入り、二日ぐらい採取する」


セドリックの仲間のソレガノから。


「“竜”って、何で付くのかい?」


頷くK。


「あの大地の裂け目って場所は、伝説上ではな」


『魔王の化身で在る大山の如き巨大な竜が倒され。 その死骸が化石になりながらも胎内から流れ出た血が大地を溶かし、地下に穴を開けた…』


「なんて云われる」


想像するセシルは、珍しく食べる手を止めて。


「事実なの?」


「さぁ、俺はその当時に居合わせない。 事実かと問われても、実際の処はどうか解らないさ。 だが、裂け目の形は、その伝説を裏付けるかの様な形をしている。 超どデカい竜がくたばって、化石化した様な形をしていて。 裂け目の内部へと侵入するには、“竜の右手”、“竜の(こうべ)”、“竜の左手”の名前が付く3ヶ所のみ」


セドリックは、地面に指で簡単な竜の形を描いて。


「そうなると…、南側を向いてくたばってってか?」


「だな」


スチュアートは、食べ滓を落とす為に手を叩き。


「その他から侵入する事が出来ないのは、どうしてなんですか?」


もう食べ終えたKは、山を眺めながら。


「先ず、超ドデカい竜を想像しろ。 体のデカさは、この行く手の北に見える大山のそれ以上だ」


皆、首を上に向けて山を見る。


「この山よりもデカい竜が死に。 その皮や骨が化石化して岩壁に成ったとしたら。 その場所の上に雲が沸き上がり、視界が極めて悪いとしたらどうだ?」


「そんな場所なんですか?」


「そうだ。 だから、入り口もほぼ決まっている」


一応、この旅の面々だけには、依頼の意味も話されていた。 悪党組織の関与は話さないまでも、怪しげな商人の事も含めて話して在る。


既にオリエスは、暗黒のオーラの存在を微かだが遠くに感じていて。


「ケイちゃん。 でも、この悪魔や不死者のとても強い気配は、どうして在るの?」


「さぁな。 本当に魔王の化身だった竜が死んだってならば、永い時に亘って暗黒の力は蟠る」


「そうなの?」


「あぁ。 例えば、アンダルラルクル山の地中深くに、魔王の死骸が横たわっていたが。 ありゃ、数百年から千年以上も瘴気を垂れ流し、死霊や亡霊のモンスターを産み出す土壌を保たせる筈だ」


「ま、魔王・・って、本当に今でも居るの?」


「おい、オリエスよ。 魔王が居ないならば、悪魔も居ねぇよ。 イヴィル・ゲートなんてもの、魔界から魔王でも呼ぶ意味が無いなら生まれないさ」


“魔王”など、今やお伽噺に近い存在の全員。 ポカ~ンとするエルレーンで。


「やっぱケイは、経験から感覚のケタが違ってる。 私なんかには、魔王なんて信じられないよ」


「そうかよ。 んなら、神竜なんか見たら腰を抜かすな」


「“神竜”っ!?」


驚くエルレーンだが。 その話に着いて行けないアンドレオ。 横のアターレイに。


(なぁ。 神竜って、何だ?)


(酔っぱらいの頭じゃ、永久に理解の出来ない存在よ)


理解の幅を超える話に、頭を抱えるセドリック。


「なぁ、ケイ。 神話に出てくる神竜は、実在するのか?」


そろそろ出発しようと腰を上げるK。


「居るさ。 世界に広がる精霊の力が、一際強く宿る場所に、な。 世界に流れる10の精霊の力を乱さない様に、定められて生きるのが神竜だ。 その昔、人間が力を欲して神竜の力を狙って以降、人とは交わらない場所に隠れたのさ」


荷物を纏めるオリエスだが。


「人間の一部って、本当にバカよね。 神竜を殺したら、その司る精霊の力が消えるのに。 自分が良ければ、何でもする」


この意見に、オリフォカ達3人は何故か俯いた。


また、アターレイは一抹の苛立ちを顔に出した。


そして、Kが。


「差詰、神竜が喰って旨いなら、セシル辺りは狙いそうだな」


と、チクリ。


一気に不満全開のセシル。


「誰が竜なんか食べるかっ! 罰当たりだわいっ!!」


然し、オリエスやセドリック等も含め、仲間から遠い眼で見返されたセシル。


「何で、皆アタシを見る訳サ」


間近で見たオーファーが。


「気にするな、自然な事だ」


腰を上げて荷物を馬車に運ぶ。


皆、納得するかの様に、立ち上がって馬車に荷物を積む。


そこで、Kに向かってレメロアが紙を見せる。


“何が有っても、お馬さんは食べないですよね?”


急に、ツボを突くレメロアの意見。


「フッ、フフフ…」


つい笑ってしまうKで。


「うぉいっ、何の笑いよっ!」


セシルが鋭く気付くから、堪らずに声を出して笑ったK。


また、レメロアから直に。


“お馬さんは、絶対に食べないで下さい”


と、紙に書かれて云われるセシル。


スチュアートやらセドリックを含め、皆が大笑いしてしまった。


レメロアの誤解を解こうと言う一方で、笑う者へ怒りまくるセシル。 そんな彼女にエルレーンやらオーファーやらオリエスが毒を吐けば、もう周りの笑いは止まらない。


モンスターも生息するこの辺りで、こんな騒がしいチームも珍しい。


弄られたセシルがスチュアートに泣き付いて甘え、皆はアホらしいと無視をする。


その後、出立してどれ程か。

空の雲が黒く大きく纏まる様に成る頃、巨大な大山を真横に見る。 常に雲や霧が掛かる大山は、森を鬱蒼と育んでいた。


それから然したる時を置かず、空に雲が増えるに伴い。 騒がずとも山側に繁殖した人間の少年ぐらいに大きなハエのモンスターが、人間や馬の臭いを感じたのか。 蜂の巣を軽く突っついたかの如く、集団で飛来した。


これを皮切りに、山と裂け目に近づいたのだろう。 スチュアートやセドリック達は、依頼に沿った危険に襲われる事になる。


“馬を急がせて振り切るのは、これからの事を考えると得策では無い”


Kのこの判断で、両チームは馬車を守る為にハエのモンスターを倒す事にする。 魔術師の皆が、午前に魔力水晶へと魔力を込めた所為で戦力が落ちるが。


「それ、仲間が常に万全な状態なんてな、旅立ち初日でも当たり前とは云えん。 怪我、病気、採取、色んな状況下では、戦いに於いて戦力は様変わりする。 頭数が多いんだ、慌てる状況では無いぞ~」


余裕のKは、前線でモンスターと入り乱れて戦うスチュアートやらセドリックに、馬車の間近から言うだけ。


襲来したハエのモンスターを相手に、鞭を軸に中型の片刃の剣でトドメを刺すソレガノは。


「言うだけかよっ、チクショウ!」


飛んでいるハエの羽根を傷付けたりして、不満を垂らす。


近くで戦うエルレーンが。


「文句はっ、後! 助けられてるんだからっ!! それっ! 鋭っ」


「何処が助けられてるよぉっ」


トドメを仲間のアンドレオに任せるソレガノが、漸く半減してきたモンスターの合間に怒れば。


グレゴリオと双璧で戦いを主導するセドリックが。


「ソレガノっ、終わるまで集中しろ!」


大声で怒鳴る。


彼の周りでは、スチュアートとグレゴリオとクリューベスが居たが。 周りを見ないクリューベスを気遣うグレゴリオは、ハエが何度か撃ち落とされている事を知っていた。


(ケイは、全体を観ている。 本当に危険な処だけを助けているな)


何を使っているのか、魔法では無い何かでハエが倒されている。 誰が遣ったか、明白だ。


一方、魔術師は控えるのみだが。


「………」


レメロアが、抑えながらも礫の魔法を産み出す。


その脇では、セシルが銃に矢を込めた。


「レメ、あの女の人を助けて。 周りは、アタシが見てるからね」


セシルは、戦いの先陣で無謀に近い戦い方をするクリューベスが心配になる。 エルレーンやソレガノ、オリフォカ達の補助は単発の補助となるが、自分が継続的に遣る事に。


エチログとヤーチフが、二人背を合わせて3匹のハエに翻弄されて居た。 その一匹をセシルは狙い撃つ。


疲労が在るレメロアは、礫のサイズを小さくして、セドリックやスチュアートの上空を舞うハエを撃ち落としたり。 クリューベスの死角を狙うハエに礫の魔法の一部を飛ばす。 飛行が出来なくなるだけでも、戦う者には助かる。


まだ暑い空気に、山側から涼しい風が来る。 上空の空模様がジワジワと怪しくなる中。


「倒し終えたら、サッサと馬車に戻れよ」


余裕タップリのKが、戦った皆に言う。


助けられていた事を全く知らないソレガノとクリューベスが、ぶつくさ文句を垂れていれば。 遠くから見ていたアターレイやジュディスやベイツィーレが、現実を教える。


また、戦い終えたスチュアートは。


「セシル、レメロアちゃん、魔法を遣って大丈夫?」


まだ現地に到着してない為に。 疲れ切られては困ると配慮する。


笑顔で頷くレメロアは、Kの乗った馬車の方に走って行く。


それを見たセシルは、


「まだ大人に成らないのに、頑張ってるよねぇ~。 それに比べて、ブツクサ文句を云うのがウザいわよ」


と、セドリックの仲間を見た。


セシルを馬車に促すスチュアート。


「ケイさんの配慮は、時に解り難いから。 それより、早く馬車に乗ろう。 まだ、野営する場所に着いて無い」


「だね」


だが、馬車に戻ると。


アンジェラとオリエスの様子が優れない。


オーファーが、スチュアートに。


「スチュアートよ」


「ん?」


「どうやら向かう先は、以前に行ったトレガノトユユ地域の様に、暗黒の地場に支配された場所かも知れないぞ」


「危険な場所なんだね」


「うむ。 オリエス様やアンジェラさんが、とても不安を感じている」


「解った」


話を聞いてから馬車に乗るスチュアートは、これからもまだ戦う必要が在ると感じた。


この事実は、セドリック等も、僧侶のベイツィーレや神官戦士で在るオリフォカから聞いた。


そして、また走り始めてからどのくらいか。 もし晴れていれば、空の片側の色が夕方らしい赤に染まる頃。 大山の正面から西へ伸びるなだらかな尾根と森林の前の荒野を行く。 この麓に向かう尾根の向こう。 あの兵士が消えた辺りの森とも繋がる深い森林地帯は、多様な生物やモンスターの棲息域。 以前、ミラが駆け出しの冒険者達を集めて調査依頼をした際に。 夜中、巨大な植物のモンスターを見た。 あのモンスターの棲息域が、大山の向こうの大森林に成る。 Kだけが知るが、どうやら長期に亘り、悪質な採取は続いている様なのだ。


さて、昨日のKの予想通りに、真っ暗な雲が空を支配し。 パラパラと小さな雹が降り始めた。 馬車に乗っていたセドリック。 そして、スチュアート達は、Kの予想通りと思う。 馬に目刺しの厚い布を被せて、体には枯れ草で編んだ安い御座みたいなものを被せ。 速度を落として走る。


夕方で日差しが遮られた辺り一面は、夜も近付いてか薄暗く。 次第に降る強さが増すと共に、親指大の雹も混じるモノが地面に落ちる音がバラバラと辺りに響き渡る様になった。


然し、目的の場所まで目前に迫った時だ。 急に馬が止まるや。


「セドリック、仲間を降ろせ」


Kが荷台に声掛けた。


いや、荷台に居たアターレイやらベイツィーレが、迫る脅威の力を感じていた。


“モンスターだ、不死者が居る”


“この辺りは、もうモンスターの棲む場所だわ。 でも、何でこんなにゾンビやゴーストの気配がするの?”


魔術師や僧侶の感じるモンスターの存在に、セドリックは早くから戦う覚悟を促していた。


馬車を丈の低い木に繋いだ。 降りた一同は、向かって北西方面の間近、霧に包まれた大山を望め。 前方には広大な原野を見渡せ。 左側には、なだらかに下る斜面と、その彼方先に細い川が窺える。 雹が降る今、冷たい風が吹いていた。


「さぁ、スチュアート。 今回の依頼の根幹に関わる戦いだ。 先ずは、思う存分に遣れ」


Kの声がして。


「はいっ!」


馬車から降りた二つのチームは、此方に迫る不死モンスターに対峙した。 生きる者の力を感じたのだろうか、ゾンビを主体とするモンスターの群れが、ワラワラと集まって来た。


その夥しい数に、フードを被るレメロアやアンジェラにジュディスは震え上がり。


魔術師の感覚として解るセシルは、


「うわぁ~、前に行ったナンタラ地域みたい」


と、鳥肌の立つ肩を擦る。


「ん。 正に、トレガノトユユ地域と似ている。 だが、あのゾンビ等は、何と負のオーラが強いことか」


一緒に居るオリエスが。


「多分、強い無念が在るのよ。 それより、こんなにいっぱい居るなんて…。 然も、短期間で中級の不死者も生まれているわ」


体がモンスターに喰われながらに、モンスターとして蘇ったゾンビ。 更に、強い無念や怒り等の怨念を抱き、緑色の皮膚をするのはグールなる不死者。 青み掛かった肌のゾンビは、レヴナントと呼ばれるゾンビの種だ。


「騙されて死んだ者の憎しみや怨みが、モンスターへの変異とする促進剤に成ってるのかしら」


モンスターを前にしても動じず、周りを見る余裕も在るオリエスだが。


「神よ、神よ。 我を護りたまえ。 わが仲間を護りたまえ…」


恐怖を振り払う為に、集中するに忙しいアンジェラ。


一方、身震いして顔面の血色を失わせるのは、セドリックの仲間となるベイツィーレ。


「いきなっ! あ、あぅ…」


僧侶は、相反する対極の力となる暗黒のオーラには、他の者より強く影響を受ける。 アンジェラが集中するのは、これまでのKから受けた仕打ちの様な教訓からだろう。 流石、司祭となるオリエスは、このモンスターならば気が絶える事も無いらしい。


「グールやレヴナントは、普通の武器では刃が立ちません。 銀等の対処が利く武器では無い方は、僧侶に魔法の加護を貰いなさい」


オリエスが戦いの画を描こうと指揮力を発揮する。


その最中だ。


ステッキを握り締め、僧侶でなくても受ける恐怖の圧力に耐えるレメロア。


その横にKが来て。


「レメロア。 あの不死となるモンスターは、憎しみや怒り等の怨み暗黒の力が混ざる核を持つ」


雹の降る最中。 Kを見上げるレメロアは、冷や汗を顔に浮かべていた。


だが、冷静な態度を保つKは、此方に四つ足で迫って来るグールと云う不死モンスターに顎を遣り。


「あの、緑色の人形となるモンスターの首の右側に、暗黒のオーラが強く蟠るのが解るか?」


言われてまた観るレメロアだが、恐怖が先行して感知が上手く行く訳も無い。


「今すぐには無理だろうが。 それが解るだけでも、戦い方が変わる。 どれ、見てろ」


こう言ったKは、武器に魔法を施して貰い前線を作ろうとするスチュアートやセドリック達の前に出て。


「今回は、疲れて居る魔法遣いは下がれ。 セドリック、エルレーン、スチュアート、オッサン、色男他、武器を持つ奴等だけで行く」


魔術師やセシルの5人も下がらせて、ゾンビ等を相手にするとは正気の沙汰と思えないアターレイが。


「どうする気よ?」


思いのままを口にするのだが。


オリエス、アンジェラ、ベイツィーレ、オリフォカの4人が、武器を持つ者の武器に聖なる加護を与えた。 特殊な素材の武器だからと、聖なる加護を超えて威力を発揮するのは持ち手の力量も必要だ。 スチュアートやエルレーンも、早々とアンジェラに聖なる加護を掛けて貰った。


武器を持った者が前線に揃うと、Kはモンスターを睨みながら。


「さぁ、スチュアート、エルレーン。 先ずは、お前達からだ。 俺の左側から近付くゾンビは、前から腹、次が左腰部に暗黒の核が在る。 その武器で斬り裂け」


スチュアートやエルレーンの返事も聴かないK。


「次は、セドリック。 お前達だ。 右側に迫る緑色の皮膚をしたグールは、向かって首の右側。 その後ろから迫る青みの在る皮膚のレヴナント2体は、左寄りが胸部だ。 右寄りが左腕近くの脇腹に在る。 グールは力強い上に素早く、レヴナントは力が有り鋭い爪などに固有毒を持つ。 さぁっ、此ぐらいで負けるなら、この先は行けないぞ」


Kの話に早くも武器を構えるスチュアート。


「エルさんっ、手伝って下さいっ」


「オッケー!」


Kの云う意味が解るスチュアートは、ゾンビに走ってその足に分銅を飛ばす。 足に鎖が絡まり体勢を崩すゾンビが、グラッと仰向けに倒れるなり。


「今っ!」


云うスチュアートと同時に、ゾンビの上を駆け抜けたエルレーンが、地面に剣の切っ先を擦らんばかりにして振り払う。 “ブシュ”っと音がして、暗黒の核が聖なる加護を宿した武器で斬られ、空に散る。


塵となるゾンビから鎖をそのまま引き摺りながらも、次に向かうスチュアートは鎖を手繰り。


「もういっちょ!」


「楽勝よっ」


2人の連携を見たセドリックは、遣り方を理解して。


「此方も負けてられねぇ。 いくぞぉっ!」


先んじる様に動き出すセドリックは、迎え撃つ様に襲い掛かって来たグールの首を大剣で切断する。


後から来るレヴナントには、クリューベスとアンドレオとソレガノが束で掛かり。 別のレヴナントには、セドリックが一人で分断に向かい。 オリフォカ、ヤーチフ、エチログが加勢する。


経験豊かなグレゴリオには、Kは何も言わずに任せる。


Kの脇に来たグレゴリオは、先ずは・・とスチュアートやセドリック達の戦いを観察した。


太陽が遮られ、ゴーストもチラホラ漂う。 以前にも戦ったブュブュヌも、左側のなだらかな斜面の下から現れる。


「スチュアートっ、色男っ、戦いの場で協力を躊躇うなっ!! 先のゾンビは、首左側。 次に、真ん中が左大腿部。 左側より迫るのが、頭だ」


指揮するKは、皆の無駄を見れば容赦無く叱咤し、ゾンビなどの弱点を示す。


また、クリューベスやらエルレーンは、ゴーストやブュブュヌに回るからか。 チーム同士に混じって戦う訳だ。 躊躇をすれば、此方にも誰にでもKの注意が飛ぶ。


後ろに控えたアターレイやジュディスは、不思議な連携をする仲間を観る。


一方、セシルと並び、戦いを見るオーファーは。


「何れ、我々がこれを出来なければ成らないな」


こう言った。


「感知は、オーファーに任せたいけど。 やっぱエルフの力が入る所為かな。 何となく、暗黒の力の強く出る所は解りそう。 でも、先ずはビビらなく成ってからだわ」


セシルが返す。


だが、前では。


「クリューベスっ、何度も言わせるなっ! 無謀に斬り込めば、セドリックの邪魔になるっ!! お前は死にたいかっ!!!!」


クリューベスを護る為に、セドリックが気を遣い。 アンドレオやソレガノも気を遣う。 こうなると、自由に戦い始めたグレゴリオも気を遣うし。 その影響か、スチュアートやらヤーチフ等が孤立する場面が生まれる。


叱られたクリューベスは性格が災いしている。 Kの叱りについてはびっくりした顔をするが、周りから助けられている事の自覚は薄いと見える。 慌てる様なまま、がむしゃらに次の標的を探す。


このクリューベスに困るのは、周りで一緒に戦う皆。 言われても気にすればまだいいのだが。 その修正をする気配が無い。


それを見兼ねたグレゴリオは、近付いて来たゴーストを一刀で払い。 次にブュブュヌを斬って、エルレーンの後ろに来た。


「エルレーンよ」


「えっ? あ、グレゴリオさん」


「あの危なっかしい女剣士の方に向かえ。 此方から来る雑魚は、この私が請け負う」


「わ、解った。 グレゴリオさんに任せるっ」


「おう」


ブュブュヌの集まりに一人向かうグレゴリオは、近付く個体から薙刀でバッサバッサと斬り倒す。


増えて来たゴーストに向かうオリフォカとエチログだが。 ゾンビ側との間に居るヤーチフは、確かにクリューベスが危なっかしく見えると加勢するのだが。 然し、クリューベス自身は全く彼を見ていない。


連携するスチュアート達は、次々とモンスターを倒すが。 その出現はまだ止まらない。


この時、スチュアートの居る方にゾンビが多数近付き。 セドリックやアンドレオやエルレーンが、そちらに加勢すると動けば。


「大物はアッチかいっ」


クリューベスが意気ってか、我先にゾンビの方へ向かう。


「あ゛っ。 おいっ、クリューベスっ!」


ソレガノが彼女を護る様になり、彼女の後を追う。


すると、クリューベスを助ける為に、彼女の相手にしていたブュブュヌと戦うヤーチフだったが。 ブュブュヌを相手にしている処に、間近へとゴーストが近付くのだ。


完全に彼が孤立する様子を見たオリフォカが。


(これは不味いっ)


驚く時。


「あ」


一歩を踏み出し掛けるや。 確認は出来ないが、黄金の力を纏う何かが空を飛んで来て。 ゴーストを貫き、撃ち抜いた。


(ケっ、ケイか?)


Kを見るオリフォカだが、ヤーチフが苦戦していて声を出す。


「お、此方かっ」


慌てて助太刀に向かう。


冒険者の戦いは、一見すると個人戦の様に思えるが。 チームが入り乱れれば、それなりに協力も必要と成る。 近い仲間ぐらいは見て頭に入れて戦わないと、周りが迷惑するのは当然で在る。


後ろから戦いを見ているアンジェラは、クリューベスを見て気持ちが強張る。


「あのクリューベスさんは、何を考えてるのでしょうか? ケイさんに怒られても、言われてる意味が解らないみたい…」


一緒に居たアターレイが。


「あれが、前のチームから外された本質的な理由みたい。 本人は、報酬の分け前で揉めたみたいに云うけれど。 クリューベスは戦いになると、あの通りに見境が無くなるのよ」


皆に呆れられたクリューベスは、何故に言われたそれをしないのか。 まるで戦いが好きで狂ってるか、倒す事に快感を覚える子供みたいである。


この間、空に巨大な肉食ペリカンのモンスターが現れるなりに、Kが剣圧烈風波を飛ばして真っ二つにし。 ゾンビに挟まれてクリューベスが危ないと、安物となる石のナイフを飛ばして助けている。


オリフォカとヤーチフは、間近に真っ二つと成ったモンスターの死骸が落ちて来て驚くも。 間近ではゴーストが集まり始める。 ゴーストは集まると、強力な念動から衝撃波を起こす。 オリフォカがその気配を感じて、ヤーチフとゴーストに集中する。


さて、戦いを見ているオリエスが、何よりも心配するのは不死モンスターの数である。


「17・・、嗚呼。 ゾンビの類いが、もう18体。 ゴーストは、もう30を超えてる。 一体、どれだけの冒険者が騙されたのかしら…」


頷くアンジェラも。


「異国間の摩擦を懸念しなければ成らないとは云え、善意や生活の元になる金銭で誘われてですから。 やはり遣り方が悪質な気が致しますわ」


そして、似たような事は経験したセシルも。


「だよねぇ。 困った人を助けようとしたりするのは、全く悪いことじゃないし。 旅の生活にお金は必要だからサ。 釣られた方が悪いって言っても、何か丸々は受け入れらんない」


処が、戦いの線を押し上げる様に、少し前に出たKだが。 その脇に来たレメロアは、Kのコートを引っ張る。


前を観るままのK。


「心配ならば、戦いを観ながら手伝え。 下手に戦いの中に入れば、邪魔になるぞ」


強く頷くレメロアは、イメージしやすい礫の魔法を生み出した。 真っ先に、グレゴリオに集るブュブュヌの群へ礫の魔法を分散して、次々ぶつけた。


間近の個体を斬って倒したグレゴリオが、誰の助けか確認する時。 次に前を向くレメロアは、素早い動きでクリューベス達を翻弄するグールに目標を定める。 しっかりと集中し、“幻視の魔法”を飛ばす。 これは以前に、ポリアの仲間のマルヴェリータが、オウガに遣った幻惑魔法で在る。


アンデッドモンスターに、魔想魔法が効き難いのは常識となる。 だが、動きを止める事には成り、正に一瞬の隙を作った。 逃げ回っていたクリューベスとソレガノは、今とばかりに暗黒の核が在る場所を攻撃した。


その彼女の様子を観ていたオリエスが。


「あら、あの娘は中々の逸材だわ。 幻惑魔法の適正が高いし、攻撃魔法も制御が届いてる。 経験さえ在れば、短い年月でも強力な魔法を遣える様に成りそう」


同感するセシルが、少し嫉妬しながら。


「ぬ゛ぅ、ケイの教育が実に成ってるぅ。 イリュージョンの効果かぁ…」


たまに、オーファーやセシルもイリュージョンで集中の訓練をするのだが。


「お前は、雑念が多すぎるのだ。 イリュージョンの訓練に、リブを想像して産み出すから悪い。 訓練をしているのに、食欲が勝るなど在るか?」


「ゲ~ハ~、煩いっ」


こう言ったセシルは、既に銃へ矢を装填していて。 前に出る。


「ケイ、ヘタらない程度にヤる~」


「構わんが、ご褒美のリブは無いぞ」


「戦いの最中に、無駄な雑談を聴いてンな゛っ」


離れた遠くに現れたゾンビらしきモンスターに、魔法を這わせた矢を飛ばすセシル。 まだ、半歩の差ですら軌道を曲げられ無いが。 動くゾンビらしきモンスターの顔に目掛け矢を飛ばし、額に青筋を浮かべる程に集中して曲げ。 当てると炸裂させてしまう。


「うひぃ~~~、つぅ、疲れるよぉ」


唸るセシルへ、誰かを護る為にナイフを飛ばしたKが。


「やはり射程内でも、遠いと遣り易いか」


「見える範囲ならね~。 自由に曲げられるのは、飛び出してから直ぐはまだ無理」


「ならば、敵の顔をリブにしてみろよ」


「リブ、リブね…。 うぬぅ、悪くないかもぉ~」


スチュアートへと斜め背後から忍び寄ったブュブュヌが、側面からKの投げたナイフを受けて斜面の先に消えた。


「いて、あたっ、雹が邪魔だよぉ~」


フードを浅く被る頭に、親指大ぐらいの大きさを含む雹が当たって来る。 矢を装填するセシルは、ハラハラと戦いを観るレメロアの脇に来て。


「レメ、グレゴリオさんの方に行っていいよ。 アタシ、あの二人を助けるサ」


オリフォカとヤーチフは、山から降りてきたカマキリのモンスターに苦戦していた。 グレゴリオは苦戦して居ないが、とにかく迫るブュブュヌの数が多い。 まだ駆け出しのレメロアは、どう助けていいか焦り、動きが止まったのだ。


然し、チンタラと戦うのは、この広い場所でもやはり不味い。 そして、沢山のモンスターを相手にしている所為だろう。 山でモンスターの気配が蠢く。 控える僧侶や魔術師は、その気配の蠢きが大きくて心配になる。


「オリエス、オーファー、もう前のモンスターは少ないからよ。 練習に、俺の代わりを頼む。 俺は、山側のモンスターを潰す」


オリエスとオーファーが前に来る前に、オリフォカとヤーチフの脇に現れたK。 スチュアート達やグレゴリオへの協力をオリフォカ等3人へ促すと、飛来したカマキリのモンスター数匹を瞬時にズタズタにした。


続いて餌を求め、イタチのモンスターが山から出て来た。 その後に、3階建ての建物に相当しそうな大型モンスターが現れる。 先程のペリカンのモンスターとはまた違い、嘴が剣の如く長く、体は蝙蝠を思わせるが、尻尾から背中に鱗を這わせる。 翼鳥部類のモンスター、“ハリグノォブロール”で在る。


「珍しい奴が来たな。 スローグスロクサリを喰らう奴だから、人の肉も好きだってか?」


感想を言ったKの前で、ハリグノォブロールが真っ二つに成る。


その後からも、森からスライム型のモンスターが現れる。


さて、次第に降る雹がまた小さく成る。 アンデッドモンスターの出現は、その雹に合わせて収まって行く。 残すはブュブュヌのみと成れば、向かうスチュアート達はグレゴリオに加勢してブュブュヌを駆逐する。


一方で。


「アンドレオ、クリューベス、ヤーチフも、もういいから怪我を治せ。 直に、夜に成る。 野営する場所に向かう時に、スチュアート達にまで待たせる様な暇を取らせるな」


戦いの終わりを感じたセドリックは、細かい怪我の目立つ3人を下がらせ。


「ソレガノとエチログは、スチュアート達の方に行け。 此処まで来てから怪我人を出させるな。 オリフォカ、ベイツィーレ達と怪我を診てくれ」


そして、宿る光が薄れ始めた大剣を構えるセドリック。


「さぁ、残りの弱点は何処だ?」


合わせて前に出るのは、治療をオリエスに任せたオーファーだ。


「まだ慣れぬ遣り方だが、宜しく頼む」


「おうっ、大体でも判ればいいゼ」


「最初のゾンビは、下腹部・・右寄り辺りだ。 次は、胸部の心臓辺りだ。 後ろから来るレヴナントは顔、いや顎の奥らしい」


「よしっ、貰った!」


Kに稽古を附けられて、感覚は鋭く成った様な気がするセドリック。 能力が伸びた訳では無いが、気持ちが定まるに迷いが無くなって来た。


そして、セシルの矢の援護も有って、新たに来たアンデッドモンスターと早々戦い切ったセドリック。


“誰に協力すべきか”


と、直ぐにKを見返すや。


「うわっ」


思わず驚いた。


Kの周りには、薄暗い中で沢山のモンスターが死体を晒し。 死肉を漁るネズミや虫が森から出て来はじめる。


(仕事が早いゼ、全くよぉ)


余力を残党みたいなブュブュヌに向けたセドリック。 雹が小さい霰みたくなる頃には、もうモンスターは居なかった。


モンスターを退け、皆が動けるとなれば馬車を動かすK。


「それ、休む為に移動するぞ。 早く馬車に乗れ」


見た目、量、相手にしたモンスターの強さ、どれもKが一番で。 ソレガノも文句を言えずガッカリする。


馬車に乗る前に、オリエスがクリューベスに近寄り、先程の注意についての苦言を呈したが…。 戦わない相手に貸す耳が無いのか、余り気にしてない彼女だった。


馬を走らせ他の生物を避けて。 裂け目から沸く雲に包まれたと云う大山から伸びた麓の終わる辺りに向かえば。 平地の森を塞き止める様な岩場の一部に、立派な空洞が見えた。 馬車から馬を中に入れても余裕が在り。


「虫除け、ゴー!」


セシルが火を熾したKに応援を送る。 蚊だの蝿の小さい奴が、人や馬の臭いに寄って来る。


「焚いたぞ」


Kが云うや、布を顔に巻いた怪しいセシルが洞窟に突入。 後から続く皆で掃除をし。 オリエスが結界の魔法を施して、アンジェラやベイツィーレが補強の為に協力する。


準備を見届けたKは、明日に備えて休みとした。


湧水が在るこの洞窟では、その湧水が何と温水だ。 汗の発酵した臭いは、蚊やダニを呼ぶ。 体を洗う皆が、この洞窟には人の使った跡が真新しいと解った。 何せ、汚れた装備品なども放置して在るし、壊れた武器も残る。 また、火を熾した跡もしっかり残っていた。


さっぱりしたセシル。 濡れた髪をラバーコートの中に入れて、干し肉を炙り始めながら。


「炭まで残ってると、火を熾すのも楽だよねぇ~」


だが、洞窟の或る一角に行っては何故か、下を見て屈んでいるKが居る。


その脇に来たスチュアート。


「ケイさん、どうしました?」


嘗ては水が流れていたのか、鑢を掛けたかの様な滑らかな岩が表面の洞窟。 その隅の一部に、黒ずんだ液体が干からびる手前で残る。


Kの持つ薪に付いた火の灯りで観るスチュアートは。


「これ・・血、ですか?」


眺めて居るKが頷く。


「吐血したらしい」


「“吐血”ですか?」


「腐って青色のカビが生えてる小さい何かは、恐らく食べ物だろう」


「病気、ですかね?」


「いや、血に混じる匂いからして、毒物だな」


「どっ、毒物…」


何が在ったのか、勘繰ると不安が増すばかりだ。


立ち上がるKは、馬に近い岩壁のシミも見ると。


(この洞窟内で、何が起こってたやら…。 あちこちに、血の痕が残ってやがる)


こんな事を言って、気味が悪く思われても面倒だから言わないが。 まだ、安心する訳には行かないらしい。


朝からなんやかんやと動いた訳で。 レメロアやセシルは寝袋に入れば、直ぐに寝てしまう。 他の者も、寝袋を使い寝てしまう。 野営の番としてはKが起きていて。 同じく起きる様子を見せていたグレゴリオも疲れてか、ウトウトして寝てしまうのだが…。


一人、起きているK。 真夜中になり、洞窟内の一部に繋がれた四頭の馬が、何故か一斉に洞窟の外を見た。


その時だ。


「フッ」


薄ら笑いを浮かべたK。 そして、いつの間にか立ち上がると、音を立てず気配も消して洞窟の外へ出た。 雹の後に雨が降ったが、それも今はほぼ止んでいる。


暗い外だが、Kは一点を見据え歩く。


(もう居ねぇって思ったが。 …まだ居やがるな)


草むらを幾らか歩き始めたKは、次第にフワッと闇へ消える。


その後に、大山側へ少し戻った原野に生えた木の陰より、黒い影が一つ、二つ、三つ現れた。 マントにフードを被る影は、Kが歩いて出た辺りを眺める。


「今、誰か出て来たと見えたな?」


「確かに、来たぜ」


「でも、居ないですぜ?」


「一人ぐらいは、どうって事は無ぇさ。 それより、寝込みを襲う事にしよう。 何の為に来たかは解らねぇがよ。 冒険者の中に、女が何人も居ただろ?」


「うひゃひゃ、女の体にありつけまさぁ~ね」


声からして、3人は男性だろう。 その3人が話して居る真後ろに、Kがフワリと現れた事など気付きもしない。


3人の中で、声音からして話し方がまともな一人が。


「慌てるな。 とにかく、誰かを人質にするのだ。 そして、男どもを遣い採取させるのだ。 先日に冒険者を逃がしたお陰で、斡旋所に我々の存在が明るみに成ったらしい。 神殿に収容されたから、確実にバレた。 見積りからしてまだ捌く量が足らない今、あらゆる手を尽くして採取をするのだ」


この人物の話に、最もガタいの大柄な影の、手下の様に話す人物が。


「ダンナ、まぁだ必要なんですかい? 馬車にして三台分は集めて、捌く方に回したじゃ有りませんか」


これには、一番小さい体躯ながら、言葉遣いが無頼の様に粗っぽい人物が応え。


「いいから、こっちの旦那の云う通りにしとけ。 女は、俺が躾てやる。 殺す前に、たっぷりと楽しませて貰わないとな」


「親方、アッシの分も残してくだせぇよ」


「楽しみたいなら、野郎達で早く採取を済ませるこったな。 通り掛かった俺達も、此方と同じく御尋ね者に成る。 逃げなきゃ成らないんだ、その猶予は自分で作れ」


「へ、へい。 人遣いの荒いダンナだよぉ~」


「だが、今回の奴等は骨が在りそうだゼぇ。 あれだけのモンスターを死体にするってならよ、たんまり採取を出来そうだあ゛っ!!」


その時、小柄で口の利き方が粗い人物が、話していた最後を発する言葉を上擦らせて消えた。


物言いだけは育ちの良さそうな人物と、大柄なへりくだる言い方をする2人には、烈風の様な勢いの力を一瞬だけ感じた。


「ぬ゛っ、何だ?」


「ひぃえっ」


その烈風の駆け抜けた後に。


「ダンナ、だ・ダンナ?」


大柄なへりくだる言い方の人物が、小柄で物言いの粗い人物を探すのだが。 ・・・居ない。


次に。


「ぐぇっ!」


カエルの鳴き真似を不気味にした様な短い声が上がり。


「・・ん? これ…。 おい、どうしたのか?」


物言いが育ちの良さそうな人物を残して、2人が消えた。 明かりを持たない彼で、まだ空は曇り、辺りは深い闇夜で在る。


周りを探る残った人物は突如、真後ろに人の気配を感じた。


「おい、何が在ったのだ」


振り返って尋ねると。


「てめぇは、前と同じくシャーレック侯爵の腹心か?」


彼の聞き馴れない声がした。


「誰か?」


「以前、ユクナーセテって爺が、同じことをしていたよな」


この尋ねる声は、Kのものだ。


「何ぃっ?」


不審人物の声が、俄に怒りを帯びた。


「なぁ~る。 名前を聴いて怒るとは、肉親か、知り合いだったか」


「貴様あっ、我が父をどうっ、ぷっ・・ぶぶぅっ…」


これ以上は問答無用と、手にする短剣を相手の腹に突き刺したK。


「これまで、てめぇ等が殺した冒険者へ、何か配慮でもしたか? 父親に良く似たお前も、同じ目に遭え」


「あ・・」


刺した短剣を捻るK。


夕方の雹が降る最中、スチュアート達が倒したゾンビやアンデッドモンスターは、酷く醜い顔をしていた。 騙されてモンスターと戦った上に、生かされる事も無く死に絶えたのだ。 また、女性のゾンビの姿には、性的にいたぶられた様子も残っていた。 男女を問わず、殺害された。 恐らくは必死で採取をしたのに、生きたくて相手の薄汚い事にも耐えたのに、用済みと見捨てられたのだ。 その無念に、どんな言い訳も許す気は無い。 向こうに勝手な都合が在れど、此処は向こうの言い訳が許された場所では無い。 スチュアート達やセドリック達に、余計な面倒を掛ける気も無いKだ。


「テメェなんぞ、ゾンビに成る権利も無ぇよな。 前の2人同様、ブュブュヌにでも喰われちまえ」


短剣を抜いた後で倒れる人物を軽々しく蹴っ飛ばして、なだらかに運河の方へ向かって下る斜面の方に消したKだった。


半生半死のままに、闇夜を蠢くモンスターに襲われる人物が居る。 完全に死んだ最後の人物は、痛みや恐怖は無く楽だったかも知れない。


結界を張ったオリエスは疲れ、もう滋養強壮の効果の薬湯の効き目からぐっすり寝ている。 人の生命のオーラを感じる者で起きるのは、もうKだけで。 このモンスターのオーラが強く感じる場所では、人が食い殺され様が悟られる事も無かった。


洞窟に戻ったKは、そのまま誰も起こさずに寝ず、番をしていた…。 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 外科手術とは。回復魔法を使った手術描写はファンタジーではありますが、やはり便利そうですよね。その分、凶悪なのも多そうですが。ていうかモブの医者さんの反応的に切開自体は結構一般的なのかな。 …
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