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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
221/222

第三部:新たなる暫しの冒険。 11

        第11章



  {成長する者達の日々。 そして、この街で最後の依頼}



その日は、Kがサリーに不思議な冒険者チームの話を語っていた。 あの少年チームの続きだ。


練習で書き取りをするサリーは、もう基本文字と数字はマスターしていて。 本来ならば学者や魔術師しか勉強しないだろう、“古代魔法文字”も覚えてきている。 その習得を見てきたオーファーは、文字に強いサリーに感心した。


さて、本日。 2階では、ミラとミシェルが、これと見込んだ冒険者チームのリーダーを集めている。


ミシェルが、先ず。


「5日後、教皇王様がこの街へいらっしゃるわ。 本日から急ぎで、街道の安全を保つ為に兵士が大規模化な街道警備を開始するの。 斡旋所には、その協力依頼が来てるわ」


話を繋ぐ様にミラが。


「昨日までに、幾つかのチームは街道警備の依頼を受けて仕事に行ってる」


今は、セドリック、ブラハム、スチュアートの三人を前にするミシェルとミラ。


ミシェルは、この辺り一帯の地図を広げて。


「さて、取り分け警備の問題に成ったのは、鮫鷹が多数襲来する東南東の開けた場所が一つ。 もう一つは、北東の街道から外れた山の麓。 モンスターが出てきていて、皇都から来る道が近いからが理由。 最後は、大問題…」


三人のリーダーが、ミシェルを見返した。


見られたミシェルは、地図の一点を指差す。


三人が見ると、其処は街道とはかなりかけ離れた場所。


ブラハムが、ミシェルに習い北側の一画を指差し。


「此処は?」


これに対して、スチュアートが。


「もしかして、前に僕達が行った方…」


頷くミシェル。


「大地の裂け目と呼ばれる場所から現れた巨大な樹木のモンスターが、この辺りで暴れたの」


「あ、ミラさんが行った討伐の時の…」


頷くミラ。


「あのとき、怪しい商人が居たって言ったでしょ? その一件で、兵士が街道周辺で調査をしたら、まだ裂け目に出入りする人が居て。 その同行に、どうも冒険者らしき者達が関わっているらしいの」


「通りすがりの冒険者に、金で護衛でも遣らせてるか?」


セドリックが言えば、ミシェルが頭を抱えて。


「みたいなんだけど、問題は誰も戻らないのよ。 見掛けた冒険者や断った冒険者には、話が聴けるんだけどね」


だが、あのトレガノトユユ地域に向かったスチュアートは。


「って言うか、みんな死んでるじゃないですか?」


「貴方も、やっぱりそう思う?」


「はい。 だって、僕達が農場を襲うモンスターを退治した時、最後は悪怪物が来ましたよ」


「‘悪怪物’っ?!!」


セドリック、ブラハム、ミラが一斉に驚いた。


スチュアートは続けて。


「裂け目の深部に行くのは、ダロダト平原や魔の大陸に行くのと変わらないって・・ケイさんが」


悪名だけは高く、街一つが貪り尽くされたなどと言われる悪怪物。 それをアッサリ倒すKだが、普通の冒険者で在るセドリックやブラハムは、背筋に冷や汗が流れる。


ブラハムは、もう冒険者として50歳を迎えるが。


「冒険者に成って35年近いが、未だ悪怪物などと云うバケモノとは戦った事がない。 下級の悪魔ですら、手強いのだぞ」


セドリックも、凶悪なモンスターの中で名声が揚がるモンスターとはまだ戦った事が無く。


「悪怪物なんて出るんじゃ、慎重に行かないとな」


考えるスチュアートは、


「実力をケイさん抜きで考えたならば、僕達を三ヶ所の内で1番似合う場所に行かせて貰えませんか?」


と、ミシェルへ。


首を傾げる姉妹二人で、ミラが。


「ケイは・・どうするの?」


「ブラハムさんか、セドリックさんに同行させて、裂け目に行って貰うんです。 僕達じゃ、裂け目にはとても行けません。 トレガノトユユ地域の時の様に、行く途中で引き返す事になるかも。 行けたとしても、ケイさんに全部任せる事に成りますよ」


「ん~」


考える姉妹の二人。


この時だ。 2階で、そんな様子も在る斡旋所だが。 下の一階にて。


「失礼する」


男性の声がする。 一階のカウンターの方で対応するミルダは、珍しい人物を見た。


「まぁ、貴方って・・グレゴリオ?」


少し伸びた白髪を後頭部に纏め、長身のオーファーと変わらない身の丈。 青い使い古しの上半身鎧を着る年配の剣士が、グレゴリオなる人物だ。 腰に佩く剣は、在り来たりな長剣だが。 背中には、薙刀の業物が背負われる。 但し、顔は何処かやつれていて、服や装備がかなり汚れていた。


また、グレゴリオの背後には、小柄な魔術師風の人物も。 フードを被り、黒いステッキを手にする。 色褪せた黄土色のローブは、酷く汚れて草臥れた感じがする。


ミルダの目が、そのローブの方に移ると。 グレゴリオは、そちらを見ながら。


「こっちは、同行者だ。 レメロアと言って、魔想魔術師なんだ」


二人しか居ないグレゴリオに、ミルダは疑問が沸いた。


「他の仲間は・・どうしたの?」


紅茶を二人に出すミルダ。


カウンターに荷物を下ろして座るグレゴリオとレメロア。


「いやいや、人間の心は移ろい易い。 仲間のアテロイとチューニストが辞め、新たに仲間を迎えたのだが。 仲間内で、報酬の分配に異論が止まらなくてな」


「今、出来高を謳って、分配に差を望む冒険者が増えてるものね。 依頼に因って、役割は替わるからって…」


「ん」


紅茶を半分ぐらい飲んだグレゴリオは、手拭いで汗を吹くと。


「然し、良い斡旋所だな。 リスター・ザ・ウィッチは、主を遣らしても優秀らしい」


誉められたミルダだが、Kが居ては胸も張れない。


「ま、私達なりに、何とか遣ってるわ」


其処へ、サリーが戻り。 昼に作った一品で、芋と野菜の炒めものを皿に。


二人の前に一品を出すミルダで。


「お昼過ぎだけど、お腹が空いてるならどうぞ」


「おぉ、来たばかりで助かる。 朝から何も食べてないんだ」


云うグレゴリオの脇で、頭を下げるレメロアなる人物がフォークを手にする。


食べたグレゴリオは、塩加減が良い香辛料の味付けに。


「ん~、旅した体には堪らないな。 これは旨い」


食べきるグレゴリオは、紅茶で口を空けると。


「東の大陸に居たのだが、チームの解散を期に此方へ来てみた」


皿を引くミルダ。


「あら、まだチームを結成してないの?」


「うむ。 このレメロアは口が利けずに、東の大陸の港で困っていた。 二人してチームを作ろうと此方に降りたが、南側の街は雰囲気が悪くて難儀した」


「貴方ほどの人が、チームに困るなんてね」


「嫌々、私がなまじ少しばかり名前が売れていた所為か、チームを解散して入るだの。 要らない仲間を切るから入れだのと、な」


紅茶のお代わりを出したミルダは、


「でも、無理してチーム結成を焦らなくていいわよ。 若い冒険者が多い此処は、少し見極めが必要かも」


と、レメロアに甘い砂糖をまぶした炒り豆を出し。


「貴方は腕が一流だから、差が在る仲間と組むなら尚更だわ」


こう言って、揚げ菓子をグレゴリオに出した。


「これは助かる」


頭を下げるグレゴリオ。


皿を洗うサリーに、一声掛けて労うミルダ。 カウンターの内の椅子に座ったミルダは、グレゴリオの姿を見て。


「街に来たばかりで、懐は大丈夫? 困るなら、数日は安く泊まれる宿とか紹介するわよ」


「ミルダ、宜しいのか?」


「一応、この斡旋所と街の商業会が提携してるの。 それに、或るチームがイイ形の成功をしてくれてね。 今ならば、まぁ~口も利きやすいワケ」


「ほう、中々に遣り手だわな」


其処へ、2階よりスチュアート等とミシェルやミラが降りて来た。 スチュアート等は、仲間が待つ席の方へ。 一方、頭を抱えたミシェルがカウンターの一角に来ては。


「はぁ~~…って、あら。 貴方は、確か・・グレゴリオ?」


こうして、ミシェル、ミルダ、グレゴリオの三人が話す。


ミシェルは、グレゴリオの境遇を聴いて。


「ね、グレゴリオ」


「ん?」


「来たばかりで申し訳ないんだけど、或るチームと一緒に溝帯の鮫鷹駆逐に行って貰えないかしら」


唐突な話に、グレゴリオの方が面喰らう。


「あ、何だと?」


「チームの人間性については、私が絶対の保障をするわ」


「だ、だがなぁ~」


「あのね、もうすぐこの街に教皇王様が来るの」


「皇都から、バベッタの辺境にか?」


「事情が有ってなんだけど。 教皇王様が来るまでに、街道の安全を高めたい訳」


「ふむ、それは解る」


話し合う其処へ、2階から降りて来たスチュアートより意見を求められたKが来て、ミシェルへ。


「おい、優先順位を間違えるなよ」


「ケイさん、どうしよう」


この時に、包帯を顔に巻いたKを見返すグレゴリオ。


(何時の間に。 気配も、足音がしなかった…)


さて、グレゴリオも見ないK。


「とにかく先は、エロールを迎える準備に集中しろ。 裂け目の調査は、後回しで構わない」


「でも、兵士の殺害が絡むのよ?」


ミシェルが真顔で眉間に少しシワを寄せた。 緊急性と重大性を認識してだろうか。


「そっちは、俺の推測が正しいならば、面倒臭い案件だ。 とにかく今は、街道警備の案件に集中しろ」


「・・ん、解ったわ」


「鮫鷹の5000だ10000何ぞ、俺が居るからスチュアートの方に任せろ。 まだ溝帯の不安定さは続いているんだろ?」


「えぇ…」


だが、後から来たミラが。


「ケイ。 貴方、裂け目の一件に心当たりが在るの?」


「聴くな。 これは、斡旋所も深く関わらない方がイイ」


こう言ってKは、溝帯の地図に道の補足情報を伝えると。


「ミシェル、ちょっと上に来い」


主の長となる彼女を二階に呼び、次に。


「スチュアート」


「はい?」


「ミシェルと話したら、俺はちょっとジュラーディの所に行く。 宿は、あの前に恥を描いた宿屋にしとけ」


「あ、はぁ…」


「それから、その二人も連れて行け。 討伐行動に主が参加させるってなら、明日の朝っぱらから連れて来るに限る。 どの依頼に入って現場に行くにしても、一日以上は掛かるからな。 現状を話してやれ」


グレゴリオとレメロアの事を示したKは、ミシェルと二階へと消えて行く。


すると、グレゴリオがミルダに。


「ミルダ、あの人物は何者だ? かなりの猛者と看たが」


Kを見ただけで力量を看破したグレゴリオ。


どう言って良いか解らないミルダだが。


「説明するのが難しいんだけどね。 彼は、私達姉妹の恩人なの」


「恩人…」


「えぇ。 貴方に此処で信じて貰えるかどうか解らないけれど、彼の力量は一流なんてものじゃあ~ないわ。 何で一人で居るのか解らないくらい。 それで、一時加入者として、このスチュアートのチームに居るわ」


「ふむ、世界は広い、実に広いな…」


「確かに、そうよ。 でも、彼の判断に間違いは無い。 彼が居なかったら、今ごろ私達姉妹は死んでたかも…」


ミラも。


「言えてるわね」


Kから色々と言われたスチュアートは、困ってミラとミルダの前に。


「あ、あの、此方の方は…」


グレゴリオの事を聴くと、彼は東の大陸で【ゴルディックス・フラシミアーヌ】と云うチームを組んでいたとか。


その話を座って聞いていたオーファーが。


「ゴルディックス・・聞いた事が有るな。 クルフの知り合いだった様な…」


それをまた聴くセシルは、向かい合う席から身を乗り出し。


「ねぇ、私達が前に居たチームって、ガンダールナイツって云うの」


すると、グレゴリオが眼を丸める。


「なぬ? クルフのチーム仲間か?」


見返されたスチュアートは、これは積る話が有ると。


「あの、ちょっと向こうで話しませんか? リーダーと知り合いならば、話が長く成りそうなんで…」


「お、おう。 レメロア、向こうの席に移動しようか」


口が利けないと云うレメロアは、小さく頷いた。


一方、スチュアートとグレゴリオが移動した事で、暇が出来た姉妹はヒソヒソ話に入る。


「ミルダ姉さん、ケイの話って何かしら」


「何か、ちょっと真剣な雰囲気が有ったわね」


「ケイの知識や経験の深さって、底が知れないわ」


話す二人の脇を過ぎて、サリーが紅茶の入った薬缶を持って行く。 スチュアート達の席を回り、ブラハムが連れるチームの一部が居る席を回り、最後はセドリックのチームを回りお代わりを。


キザな剣士ソレガノは、まだ少女ながらに最近は心が安定してか女性らしさが見えて来たサリーに礼を云う後で。


「有り難う、サリー。 気の利く女性は、私の好みだ。 将来を誓い合うかい?」


彼なりのジョークなのだが。


「おい」


セドリックがハットごと頭を鷲掴みにする。


恥ずかしがったサリーは、ササッとカウンターに戻って行く。


仲間に苦情を貰うソレガノは、ジョークだと説明するが。 前科が有るからだろう、セドリックから説教されるハメとなる。


一方、ブラハムは4人の仲間を相手に、説明された仕事内容を伝える。 どの仕事に宛てられるは、まだ解らないが。 駆け出しの仕事以外だと、街道の警備が熱い依頼と成る訳だ。


人数は多いブラハムのチームだが、仲間内の二人は戦う者ではない。 然も、三人はまだ10代の若さで、無理をさせられる訳でも無いのだ。


それぞれのチームで、様々な話し合いが行われた。


夕方、二階よりミシェルが降りて来る。 カウンターを掃除するミルダが。


「姉さん、ケイとの話は終わった?」


お腹を抱えて降りて来たミシェルは、サリーにお茶を頼み。 空いた椅子に座ると。


「スチュアートさんや他のみんなは、もう帰ったのね?」


テーブルの掃除をするミラとサリー。 ミラが。


「明日、朝一で来るって」


するとミシェルは、戻って来て紅茶をくれたサリーに。


「サリー、ちょっと其処のお店に買い物を頼んでいい?」


「はい」


「有り難うね」


最近、サリーを抱き締めるのが日課のミシェルは、甘いものが切れたから、ミラと二人で行って欲しいと頼んだ。


さて、ミラとサリーが出て行くと。


ミシェルは、流しを背に立つミルダへ。


「あの一件、過去にも有った事例みたい」


「‘裂け目’の事?」


「そう」


ミシェルが紅茶を飲むのを待った妹は、


「ケイの見立て、当たってそうなのね?」


と、言えば。


「そう。 協力会の本部に、手帳で対応を問うてみたらね」


「うん」


“表面上の処理をして、後は関わるな。 クルスラーゲ政府には、知らせずにして構わない”


「だって」


「あ、・・何それ」


「後で、ミラと一緒の時に教えるわ」


「解ったわ」


九官鳥を見るミシェルは、頭を抱えて。


「主の仕事って、思った以上に大変。 貴女達二人が居て、やっぱり助かるわ」


と、お腹を擦った。


少しして、戻ったミラが見慣れた黒い厚紙の箱を抱えている。


ミルダは、また無駄買いしたと。


「ミラ、ま~たチーズを買ったのね」


嬉しそうなミラで。


「いいじゃなぁ~い、どうせ食べるんだし~」


ジャガイモも買ったミラは、何を作るか決まっているらしい。 ミラとサリーの存在は、夫が大変な時期の二人には有り難い。 馬車で家に帰る三姉妹は、馬車の中でも喋っていた。


代わって、セドリック、ブラハムのチームは、先に飲食店の広がる方に向かった。 仲間が多い彼等は、それなりに集まるまで時間を要したり。 また、泊まる宿も選ぶのだろう。


スチュアート達は、グレゴリオとレメロアを連れて宿屋へ。 洗濯、風呂、食事の三点がサービスで付く。 が、以前に下らない事で言い合い、スチュアートに恥を描かせた宿屋だ。


宿帳に記入を済ませると、大部屋にしたスチュアート。 仕切りを使えば、男女に部屋を隔てられる。 一人一人のベットは、8人部屋にしても綺麗だ。


さて、仕切りだけして、荷物を置こうとなるのだが。 レメロアが、隣になるアンジェラやセシルに訴え掛ける。


“このベットに寝ていいの?”


「貴女のベットよ。 明日まで、此処で寝て」


アンジェラが説明するが、レメロアは何か落ち着きが無い。


其処に、グレゴリオが来る。


「レメロアは、どうも学院を卒業したばかりの様だ。 学費も無く、先生の誰かの下働きをして魔法を学んだと。 レメロアと一緒に来た若い魔術師が居たが、彼は直ぐにチームを見付けたらしい。 文字なら、彼女も解るぞ」


書いてやり取りをする事にしたが、やはりレメロアは綺麗なベットが初めてと云う。 東の大陸の街に居た時は物置小屋で暮らし。 卒業した後は、船代を稼ぐ為に何日も極貧の生活をしていたらしい。


臭うレメロアを連れて、装備を外した女性三人は風呂へ。


一方、男性三人は先ずは一息吐く為に、テーブルを部屋中央に持ち出す。 椅子など持って来たグレゴリオが。


「然し、あのクルフが引退したとはな。 アイツは、死ぬ時まで冒険者をすると思った」


スチュアートは、クルフを知るグレゴリオも先輩と。


「リーダーと一緒に旅立ったなんて、もうビックリしか無いですよ」


其処に、お湯が届き。 ハーブティーを煎れた所へ、ケイが戻って来た。


「ケイさん、御疲れです」


入って頷くKは、椅子に座るなり。


「スチュアート」


「はい?」


「あの裂け目に行く一件だが」


「あ、はい」


「請けるとしても、一切の事情を知ろうとするな」


「へぇ?」


何事かと、スチュアートはオーファーと見合う。


「あ、あの…」


困るスチュアート。 知ろうとするな、とは何だか怖い。


「いいか、スチュアート」


「はい」


「この世界には、国家の常識が大きく噛み合わない場所が在る」


「あ、僕の居る大陸の…」


「あぁ。 お前の国の南側、西の大陸の広大な中央部分は、今や戦争をしているからそうだ。 だがな。 この北の大陸でも、東の大陸でも、普通の常識が通用しない場所が在るんだ」


「え?」


「例えば、北の大陸ならば、スタムスト自治国の西側だ」


「あ、嗚呼…」


「スタムスト自治国の西側は、モンスターが蔓延るダロダト平原までの間に、旧式の支配形態を引き摺る貴族絶対主義の領域が存在する」


オーファーがお茶をKに差し出し。


「世界の国々からは認められてない、支配領土ですね?」


ハーブティーのカップを手にしたKが。


「そうだ」


其処へ、グレゴリオも入り。


「東の大陸で云うと、東側の島国や、中央西側に突き出た自治三国。 海賊に支配された島々も、正式な国家認定は無いですな」


左手にカップを持つKは、グレゴリオに右手を出して。


「こっちの云う通りだ」


ハーブティーを飲むKに、スチュアートはまだ話が見えないと。


「それが、どう関係するんです?」


「ん・・。 ま、旧い遣り方に囚われた貴族、古い地域に居続ける閉鎖された国もそうだがな。 所詮、この世界の通用通貨は、銀貨のシフォンを中心とした金だ」


「はい」


「閉ざされた領土でも、やはり金の流通は在るのさ」


「はぁ~」


「だがよ、大手を振って交易をしない領土では、普通ならばシフォンなんてそうそうに入って来ない筈だろ? 国境を封鎖され、自分達も閉鎖した領土内にのみ生きて居るんだからな」


「ま、そうですよね。 外国と交易をしないんじゃ…」


「あぁ。 然し、金が流れなきゃ支配階級は、領土内で出来る物しか手に入らないだろう?」


「当然ですよ」


「処が、な。 そんな貴族の支配国家に行ってみると解るが、それなりに物は流通してるんだ」


「え?」


「東の大陸の未承認国家は、特定の古い頃から仲の良い国とだけ交易をして、それを可能にしている。 だが、北の大陸の貴族支配の国家は、どの国とも交易をしてないから、違う手法をとる」


興味深いとスチュアートは、身を少し乗り出して。


「どんな手法ですか?」


「移動する行商人の流れに、支配下の商人を紛れ混ませるのさ」


「・・はぁ?」


「様々な薬や違法な薬物の原料を売って回りながら、儲けた金が貴族の懐に入る」


「な、なんですか、それ」


ビックリしたスチュアート。


キナ臭いと感じるオーファーが。


「それは、摘発されないんでしょうか」


「無理だ。 もうルートが出来上がってる。 仮の住まいは、領土外の外国に作られ。 本人の居住身分証明書も、出身などの情報は偽装だが本物が存在する」


「用意周到ですな」


「だが、問題なのは、その交易に使われる商品の半分以上は、テメェ等の領土内に無いって事よ」


スチュアートは、直ぐにピンと来て。


「それじゃ不法に他国へ入国して、勝手に商品となる物を採取してる訳ですか?」


「そうだ」


其処に、グレゴリオがまた入り。


「そんな事をして、大丈夫なのか?」


「向こうは、スタムスト自治国を挟むから手出しは出来ないって腹を括ってる。 商人が死んでも、代わりを出すだけさ」


「何と、そんな感じなのか?」


だが、不思議に思うスチュアート。


「あの、何で解決しないんですか? その貴族を捕まえれば…」


だが、首を左右に動かすKは、またハーブティーを含んだ後。


「…。 貴族の支配下は、もうモンスターの蔓延る森林地帯。 下手に貴族共を掃除すると、スタムスト自治国はモンスターが蔓延る領域と国境を接する」


其処に、グレゴリオがまた入り。


「なるほど。 貴族達が支配する領域を干渉地帯とし、モンスターと貴族達の競り合いでスタムスト自治国の国境を守っている訳ですな?」


流石、長く生きてるだけではない。 情勢を察したグレゴリオは、深く頷く。


「東の大陸でも、海賊や未承認国家が支配する領域は、モンスターの行動が活発な領域。 一番の驚異がモンスターならば、小さい驚異は解った処で処理だけすれば良い」


「その通り」


グレゴリオの話を肯定したKは、スチュアートに。


「だからな、スチュアート。 その商人を潰して、後は詮索するな。 斡旋所の依頼、国の知りはしない態度の捜査で、一時ばかり封じ込めるだけだ」


だが、スチュアートにはまだ疑問が湧く。


「あの、スタムスト自治国と貴族の支配下を地理的に考えると、貴族は真南に来れば危険な森には入れそうに思えますが…」


「いや、貴族の欲しがる高値となる商品の一部は、裂け目にしか無い。 真南に入って来たんじゃ、モンスターに皆殺しにされて終わる。 それに、身勝手にしてる貴族共も、それぞれの貴族の領土に入るのは諍いの元だ。 互いに諍いを起こせば、血の臭いからモンスターを呼び寄せて、自滅する。 あの領域に居る貴族達は、微妙な力関係で成立してるんだ」


「では、騒ぐ方が迷惑に成るんですね」


「自力解決は元より、他国間同士に本格的な諍いを産む可能性が出てくる。 モンスターなんてものがいなければ、お前の考えるそれも一つの解決案だろう。 だが、あの貴族達を排除した処で、事態はそう簡単には変わらない。 求めるバカが何処かに居る以上、貴族の代わりは悪党がやるだけさ」


まだ若いスチュアートには、この割り切れない社会情勢がもどかしい。


落ち込む様なスチュアートを見るK。


「人間の世の中ってのは、問題と欲望がこんがらがって出来上がってる。 その縺れを糺すならば、命を掛けて一生を懸ける覚悟が必要だ。 冒険者は、手を貸すなら其処を見極める必要が在るんだ」


「はい…」


「さて、風呂にでも入るか。 後処理は、ジュラーディに言って来たしな」


立ち上がるKに、オーファーが荷物を渡す。


座って俯くスチュアート。 それを見るグレゴリオ。


さっさとKとオーファーが消えて。


冷めたハーブティーを呷るグレゴリオが。


「難しい事だ。 考える理想は簡単なのに、人がそれを難しくする。 支配し、権力や栄華を欲しがる者が居れば、普通が普通で無くなる」


「僕は、まだ未熟者ですね」


「ふむ、確かにそうだな」


「はぁ~」


「だが、若い力が旧い遣り方を正すことも在る」


「はい」


「然し今に、あの包帯を巻いた人物が言ったが。 その問題に一生を懸けないと、こう言った問題は解決しない場合が多いのも事実だ」


「一生・・」


「うむ」


考えるスチュアートだが、風呂から上がった女性達が部屋に戻って来る。 セシルは、まだ風呂に入って無いスチュアートを見て。


「スチュアート、まだ入って無かったの?」


「あ、うん」


「何か、気落ちしてない?」


「あ~・・、考えちゃった」


「何を?」


「ううん、お風呂に入って来るよ」


答えの見えない話をセシルにしたくなくて、スチュアートは逃げた。 一緒に行くグレゴリオは、女性達へ。


「レメロアと一緒に、先に下へ行ってくれ。 我々の注文は、後回しでもいいぞ」


セシルは、他の女性達に振り返り。


「だって」


一階に有る食事処は、夜に成ると様々な注文も可能と成る。 バイキング形式の用意されたものは、基本的な宿泊代に含まれる。 初めて体験するレメロアは、バカみたいに皿へ盛るセシルに驚いたが。 自由に食べていいと聞いて、慌てて自分も皿に取り始める。


汚れた衣服一式を洗濯に出し、宿の用意したブカブカの地味なローブを纏うレメロアは、銀髪に藍色の瞳をして、肌はキメ細やかな肌色の少女だった。


テーブルに着いた女性達に、下心が有りそうな男前の商人が話し掛けた。 先ずは、洗い髪が麗しいアンジェラに矛先を向ける。


が、アンジェラは、この手の男性には拒絶反応を示す。 理由は、魔法学院にて、商人だの役人だのと云う男性より、性的に下世話なアプローチを受けた為だ。 酔っ払いに胸を触られた事も一度や二度ではない。


「スミマセン、仲間と一緒なので…」


逃げるアンジェラは、テーブルに戻るなり。


「はぁ、面倒ですわ」


エルレーンは、そんなアンジェラに。


「でも、今のうちに馴れなきゃ」


「どうしてですの?」


「だって、アンジェラは仕官したいんでしょ? 役人の7割以上は男だよ。 この僧侶の世界だって、男女なんて半々。 そんな世界に入ったら、アンジェラなんか見た目からして毎晩に誘われそう」


頭を抱えて、サラダをフォークで弄るアンジェラ。


「仕官は、諦め様と思ってますの」


「へぇ?」


セシルとエルレーンが、目を丸くする。


だが、アンジェラは物思いに耽る様で。


「仕官しても、しなくても、信仰の道に変わりはない事が解りました。 亡くなる方々や彷徨う霊を鎮めるには、冒険者が一番の近道かも」


アンジェラを見詰めるエルレーンは、切った肉を放置して。


「アンジェラは、それでいい訳?」


あまり使わない分、まだ金が余るアンジェラ。


「今、私が貰ったお金が在れば、弟たちの学費は賄えます。 頭が良い弟たちならば、修学を終えれば自立できます。 子供に掛かる手が離れれば、両親や祖父母は生きる事が楽になります」


其処に、セシルが。


「でもさ、アンジェラ。 スチュアートの性格は、弛い冒険者なんか遣らないと思うよ。 大丈夫?」


この一月のアンジェラからして、こう言われても仕方ないが。 アンジェラ本人は、薄く笑って頷き。


「ケイさんについて行くよりは、まだ優しいかと」


“そりゃそうだ”


と、二人も食事に移る。


其処に、Kとオーファーが来た。 セシルが経過を知りたがるが、Kは聴くなとはぐらかす。


「なぁーんでよぉ~」


駄々っ子の様なセシル。


エルレーンは、少し大人だ。


「ケイや他の人が対処してるんだから、それでいいのよ。 セシルが関わっても、解決しないって」


ウンウンと頷くオーファーに、セシルは眼を半開きに向けて。


「ゲーハー、随分と納得してるね」


「はっ、年上に対しての口の利き方を知らない子供に、怒る気力も湧かないな」


「ほぉ~う」


其処に、Kが。


「お前等、今日は外で寝るか?」


Kに脅されては、セシルも口を押さえる。


スチュアートがグレゴリオとテーブルに就く時、既に小食のKは食事を終えていた。 同じく小食のレメロアは、無理に食べて呑み込めない状態で、皆に笑われる。


眠る時、明日からは忙しくなると確認し合った。


そして、次の日の朝。 窓より東の空に昇る陽の出を見たスチュアート。 朝食が用意され始めると仲間を起こす。 眠いセシルもぼんやりしながら起きた。


食事を済ませると、一行は斡旋所へ。 早起きしたサリーは、ミルダと二人して斡旋所を開けたが。 到着は略同時。


さて、斡旋所に入ったスチュアート一行に、準備をしながらミルダが言う。


「昨日の夜中に、北側の街道警備に向かったチームが戻って来たわ」


真夜中と聴いてスチュアートが。


「急いで戻って来たんだ」


ミルダも頷く。


「街道警備の兵士が6人も亡くなり、冒険者のチームも7人中3人が亡くなり。 二人はもう冒険者は出来ない体に成ったって…」


グレゴリオは、厳しい顔をし。


「何が起こったか? モンスターか?」


竈で火を熾すサリーの合図で、ミルダは薬缶を掛けると。


「それが、旅人が助けを求めて来たって。 後を着いて行けば、溝帯に近づいた開けた場所で、植物系のモンスターに襲われたとか」


「何と」


其処に、Kが。


「昼間か?」


「いえ、戦ったのが夕方。 植物のモンスターは倒したみたいだけど、被害が大きすぎて引き返したみたい。 怪我人を連れ帰るだけで、途中で街道警備から帰る軍の馬車に収用されたそうよ」


「で? その旅人って奴は?」


「さぁ、モンスターに兵士や仲間が殺られた時点で、もう混乱を極めたから・・」


腕組みするKは、


「その経緯、まるでミラが若い冒険者を連れた夜と似てるな」


と。


ミルダも、


「あ、そう言われて見ると、そうね」


と、Kを見る。


何か、嫌な共通点が見えた。 レメロアは意味を呑み込めなかったが、グレゴリオは腕組みし考える。


そこへ、セドリックのチームが来た。 珍しく、10人勢揃いで。 チームの仲間、協力者の全員が居る。


「スチュアート、もう来てたのか」


「セドリックさん、今日は大勢ですね」


仲間を見たセドリックは、


「これが、俺の仲間全員だ」


と、紹介する。 神官戦士オリフォカ、剣士のヤーチフとエチログの二人も居た。 口数の少ない3人。 だが、紹介されただけなのに、エルレーンとアンジェラは、この3人に言い例えられない寒気を覚えた。 男性から言い寄られる事が多い2人からして、生理的に受け入れられない何かを感じた。 確かに、この3人が2人を見た時、明らかに全身をしっかり見てきたのは確かで在る。


その直後、ミシェルとミラが別の馬車で到着。 中に入って来たミシェルは、慌てながら。


「あ~っと、直ぐ、仕事を回すわ」


バタバタとミシェルはカウンターに座り。


「セドリックさん」


「おう」


「ブラハムさんのチームと一緒に、南東部の鮫鷹を駆逐して頂戴。 それから、街道周辺の調査もお願いしたいの。 報酬は、13000シフォン。 ブラハムさんのチームとは別に、よ」


“合同チームか、協同依頼か?”


こう思ったセドリックが、


「二チームも、鮫鷹の駆逐に回すのか?」


と、問えば。


「数が普通じゃないの。 然も、モンスターの目撃や遭遇が相次いでる。 二チームで手分けした方が、討伐範囲は広いわ」


ミシェルは説明し、直ぐにスチュアートを見て。


「貴方達には、北東の溝帯に近づいて欲しいの」


スチュアートは、ミルダの言った話を思い出す。


「昨夜の真夜中の事ですか?」


頷き返すミシェルは、Kを見て。


「貴方じゃないと、この不可思議な事件は解らないかも」


頷いたKは、


「スチュアート、請けたらそのまま行くぞ。 日差しが真上に成る頃には、溝帯に分け入る道に行けるだろう」


と、荷物を手に外へ。


依頼を請けるスチュアートは、報酬が解決の度合いに由るとして出て行く。


それと入れ違いで、ブラハムのチームも全員で遣って来た。 鮫鷹討伐の依頼を聞いたブラハムは、


「解りやすい依頼なだけに、安心する。 まだ土地勘も無いから、これの方が仲間ともやり易い」


と、了承する。


依頼を説明したミシェルは、街の南を指差し。


「同行する兵士は、もう待機しています。 合流して、出発して頂戴。 それから、溝帯に近付くのは明白。 モンスターだけじゃなく、自然の動物にも気をつけて。 ケイから教わった知識が、最大限役立つ筈よ」


理解したブラハムは、二人の仲間を連れて外に。


後に続けて出ようとするセドリックは、ふと気付いたかの様にミシェルを見て。


「なぁ、裂け目に関する依頼を後回しにするとして、どうするつもりだ? ケイは、何を知ってたんだ?」


すると、ミシェルが珍しく無表情に近くなり。


「セドリック」


「何だ?」


「貴方、この街に根を降ろし、冒険者として死ぬ気持ちが在るの?」


意外な答えが返って来て、セドリックは驚いた。


「何で、そうなる?」


其処に、ミルダが。


「そんな質問をしなければ成らない事態が在るとしたら、貴方はどうするの? 事態が冒険者だけでは解決が出来ない、長期に渡ってどうにかしなきゃ成らないとしたら?」


主二人から問われたセドリックは、自分達の及ばない何が裏に在るとは解る。


だから…。


「・・解った。 もう、この件には聴かない」


と、仲間を連れて外に出る。


朝陽の日差しがまだ紅い光りを帯びる空は晴れ渡り、旅立ちには悪くない。


セドリックと共に出た年長者のアンドレオは、


「あの三姉妹も、主らしく成ってきてる。 一番柔和に見えた姉も、覚めると怖いわい」


と、セドリックを見た。


少し俯くセドリックは、


「俺は、引退しても主は嫌だぜ。 幾つの顔が必要だが、解らない」


と、歩き出す。


仲間の中でも一番に秘密めいた女性魔術師のアターレイは。


「それも、冒険者をゴタゴタから護る為だわ。 依頼に宛てる冒険者と、関係しない冒険者の選り分けをする」


剣士ソレガノは、キザに立ち振舞いをキメてから歩き出し。


「美人を怒らせないに限る。 せっかくの美貌が、くすむからな」


まだ冒険者として熱いセドリックは、深刻な問題を先送りしてないか戸惑ったが。 女性の三姉妹を少し甘く見ていたと察した。


さて。


今回、スチュアート達には、グレゴリオとレメロアが協力者として参加する。 旅の必需品を買いに向かえば、二人がもう所持金の持ち合わせが無い事を知った。


だが、Kのお陰で、スチュアートなどは金が余る。


「グレゴリオさんとレメロアさんの物は、僕が立て替えますね」


さっさと買い揃えるスチュアートに、グレゴリオが頭を下げるも。


「ケイさんのお陰で仕事が全て成功しますから、余裕が在るんですよ」


説明するスチュアートの脇では、みんなの3分の1しか所持金が無いセシル。


「う゛~ん、少ないよ」


そのセシルの肩を叩くKが、良い匂いを出す露店を指差し。


「買い食いを止めろ」


言い返せないセシルは、急にニタニタし。


「よぉ~し、こうなったらモンスターを片っ端からブッ倒す。 金に成るモンスターが居れば、後はケイに任せれば・・ムフフ…」


と、手を揉むのだ。


エルレーンと並ぶアンジェラが、何とも困り顔になり。


「何だかセシルは、ケイさんに似てきてる様な気がしますわ」


エルレーンとしては。


「って云うか、密猟者みたいだけどね」


必需品を買ったスチュアート達は、北の門で兵士二人と合流する。 馬車はなかったが、早々に街道へ旅立った。


さて、旅立ちより一日を経て。 セドリックのチームとブラハムのチームは、鮫鷹の群れが襲来すると云う溝帯側の山に入った。 同行する兵士は、各チームに二人づつ。


無数の小石の転がる斜面で立つセドリックは、遠くから鮫鷹の声が聴こえるので。


「随分と集まっているな」


ブラハムも。


「鮫鷹も群れれば、侮れない」


兵士達は、悲壮感が顔に出る程に緊張していた。


セドリックは、ブラハムに。


「ならば、俺達は北側から回り込んで駆逐する」


ブラハムも。


「解った。 我等は、南側より討伐に入る」


二人の居る場所は、突き出した大岩の前。 この岩を北側か南側に迂回すると、鮫鷹が群れて集まる一帯に出る。 その山間の枯れた森は、何故か森が化石と成った場所。 南北に10里ほど、東西に6か7里ほどだが。 これまた奇妙な程にモンスターが溜まり、兵士や冒険者が度々に討伐を行うのだ。


さて、南北に別れた2つのチームは昼前に、山間の森の入り口にて早速の挨拶とばかりに鮫鷹の襲撃を受けた。


セドリックのチームには、アターレイとジュディスなる魔術師が居る。


「礫よっ、我が敵を打ち払えっ」


礫の魔法を発動するジュディスは、仲間の負傷を心配するのか。 とにかく隙を作らない様に、細かく分けて群れに飛ばす。 然し、まだ戦いに馴れないのか、性格上で穏やかな彼女の所為か、緊張が解れないままに力んで魔法を唱えていた。


一方、年上のアターレイは、


「剣よ!」


群れを一気に潰せる様に、態と大きくした剣の魔法を産み出した。


「行けっ」


向かって来る鮫鷹をも切り裂いて群れの中に突っ込んだ魔法の剣。 それを止めて、杖の動きで振り回した。 そして、鮫鷹が散ろうとすると。


「散りなさいっ!」


魔法を炸裂させて鮫鷹を巻き添えにする。


一気に3割ほど削るアターレイだが、次は礫の魔法に切り替える。 消耗戦をのっけから遣る訳には行かないからだ。


その魔法を扱う様子を見ても、アターレイの方が集中も早く覚悟が据わっていて、熟練者と思える。


セドリックや仲間の肉弾戦を行う者が、急降下する鮫鷹を次々と迎え撃つ。


だが、鮫鷹の数は半端ではない。 次から次と襲来する鮫鷹と戦い続けなければならない。 力量を試される仕事で在る。


一方、ブラハムのチームは、南側に回り込む過程で、自然動物の襲撃を受ける。 あのルミナス達に最初に襲い掛かった、ハンミョウの種類となる昆虫だ。


ブラハムには、学者で剣士をする同年代と見える頭脳役の男性が居た。 生物を見るや、ブラハムは彼に対処を頼む。 彼は、嗅覚を狂わす油を撒いた。 昆虫には酷くキツい香料を溶かした油だから、ハンミョウ達も臭いに惑わされて動きが可笑しくなる。


昆虫の襲撃を回避したブラハムは、仲間達と先を急ぐなりに。


「早くモンスターを倒そう。 鮫鷹の死骸は、肉食生物の餌になるそうだ。 鮫鷹は数が多い分、倒せば倒すだけ目眩ましになる」


昼間。 鮫鷹の住まう化石の森に来た。


学者で剣士となる中年男性は、その魔界の様な場所に身震いし。


「この暗い場所は何だ? 既に陽が真上に成ろうと云うのに、此処はどうも薄暗く見える」


ブラハムも。


「化石と成った木々が、何故に腐ったかの様に紫がかった黒なのか」


何か暗黒の力にでも支配されたかの様な場所。 僧侶の仲間も身震いして緊張するため、この予想は当たっていると感じた。


その時、仲間の自然魔法遣いとなる女性より。


「鮫鷹が来るよぉっ。 然も、結構いっぱいっ!」


遂に、戦う事になるとブラハムは気持ちを張った。 ブラハムのチームは、魔法遣いが多い。 自然魔法遣いが男女の2人。 魔想魔術師も2人居る。


然し、魔想魔術師を含めた仲間3人は、冒険者に成り立てだ。 別の国で仲間に入った若者達だが、まだ経験も無いから緊張でガチガチである。


鮫鷹の討伐が始まり、昼間を越して夕方前まで。


汗をびっしょり掻いたブラハムは、仲間の怪我を僧侶や学者の仲間に診させながら、新米に声を掛けて様子を見た。


「よし、初日はこれぐらいにしよう。 鮫鷹の死骸を喰わせれば、自然動物も落ち着く。 明日は、もっと討伐するぞ」


鮫鷹の死骸を遠くの四方の投げ飛ばす仲間の傭兵や魔法遣い。 鮫鷹が仲間を喰らっては、ブラハムの目論見が中途半端に成ると思ったのか。


山に入った。 戻る道に警戒したが、昆虫は居らず。 もう地面に潜ってしまったらしい。


ブラハムは、セドリックと別れた所から少し下った場所へ、自分達のチームの馬車を停めて置いた。 特注の大型の荷馬車で、馬が5頭で引く。 食事を作ったりする世話役の年配女性と、足を引き摺る痩せた年配男性が一緒だ。


このブラハムは、長年に亘り冒険者をしている。 が、その出生は、行商人が行きずりの女性に作ったり子供だった。 そして、彼と仲間を組む頭脳役の学者の男性の家に引き取られた。 学者の男性の家は、格式の在る貴族の家柄で、ブラハムは下男として養育された。 だが、若くして剣術に才覚を発揮し、護衛用人として終始仕える予定だった。


学者の男性の家柄は、歴代に大臣やら軍隊の高官を輩出した。 頭脳明晰な彼は、若くして将来的に大臣を期待される。


処が、一族で強欲な叔父が、彼の家督を狙う。 無能な者が跡を継ぐなど赦せない、と彼は様々な陰謀や画策を遣り過ごす。


だが、学者の男性が恋に落ちた女性が、なんと叔父の愛人の娘だからややこしくなる。 結ばれないと解った学者の彼に、叔父は家督と引き換えにして結婚を許すと…。


知識を研く事に夢を抱く彼は、叔父が自分を追い落とそうとする事が後まで長引くと考え。 遂に、王に謁見し、冒険者に成るとして叔父を後継者に指名した。 無茶苦茶な事だがその時、既に彼には家族が無く。 リーダーとしてチームを設立。 護衛用人だったブラハムと、下男の脚が悪い男性、下女のメイドだった女性を連れて冒険者に成った。


だが、人間には得手・不得手が在る。 学者の男性は、知識を研く事に日々を費やす傾向が強く、仲間の面倒を見る事が疎かになるし、計画を立てると無理矢理にそうしようとしてしまう。 だが、自分より2つ年上で護衛用人だったブラハムは、周りに公平で優しく、計画の難を見れば引き返す柔軟さが有った。


チーム結成より2年ほどし、リーダーをブラハムに替えた。 彼は参謀に替わり、チームのゴタゴタは少なくなる。 今、学者の男性も、チームが家族であり。 ブラハムをリーダーとして扱う傍ら、年上の親友としている。 ブラハムは、彼に対して言葉や態度は仕える崩さないが…。


一日目、セドリック達は、800近い鮫鷹を討伐。 ブラハムのチームも、500以上は倒しただろう。


セドリック達も、近場の洞窟に引いて野営をする。


二日目。


朝から討伐を開始したセドリック達は、アターレイとジュディスが積極的に魔法を遣う。


その最中だ。 まだ朝だが、青空が広がる空の下、何故か薄暗く成る化石の森の中で。


仲間の僧侶で、知識の神を信仰する優男のベイツィーレが。


「なぁ、セドリック。 さっきから、奇妙な動物が遠巻きに此方を窺っているよ」


鮫鷹の襲撃を凌ぐセドリックは、以前にKから聴いた事を思い出す。


「もしかして、小動物みたいな猿か?」


「あれ、そうなのかな」


遠くを指差すベイツィーレに、視力の良い美男のソレガノと小太りの剣士ヤーチフが周りを眺めながら。


「猿・・な」


「顔が、カエルみたいだけど」


2人の意見に対し、剣の血をボロ布で脱ぐったセドリックが。


「ケイの話だと、あれは“クシャマフ・ロフッド”と云う肉食生物らしい。 死肉でも何でも食べる動物で、この辺りで掃除屋の一翼を担うとか。 腹が満ちると、半月ばかり眠って過ごすと云うからな。 少し先へ移動し、鮫鷹を喰わせてやろう」


優男のベイツィーレは、Kの知識が羨ましく。


「私も、暇ならば図書館に行きますが。 あの方の様に記憶を出来ないのが辛いですね。 然も、話に因ると凄く強いとか。 多才で究められるとは、羨ましい限りですよ」


ソレガノは、駆け出しのチームを導く方が信じられなく。


「言えてる。 あのスチュアートのチームは、もう評価として絶大な信頼を主から得ている。 何とか、ミラの信頼だけでも欲しいものだ」


それを聞いたアターレイは、額の汗を腕で拭い。


「貴方が欲しいのは、ミラの体でしょ」


「アイタ、これは見透かされたね」


皆、呆れる程に彼の性格を見抜いている。


先へと移動するセドリック達。 その中で、協力者の立場に在る神官戦士をする中年の偉丈夫オリフォカが、セドリックと肩を並べた。 くすんだ鉛色の上半身鎧に、金属と革で造られた籠手、具足、腰から膝まで守る防具に身を包む完全武装の出で立ち。 背中に着流すマントには、狼を従え、大木を背に立つ自然の神が描かれる。 年齢は、もう40に成る彼は、苦味走った渋味の在る面構えをし、程好い癖毛で伸びた髪がまた似合う。 日焼けした顔に、何ヵ所か古傷を持つが。


「だが、御主には良い人物と見た」


「オリフォカ、急にどうした?」


「以前の御主は、チームの事は考えるがな。 依頼に入ると、ややがむしゃらな処が有った。 然し、あのケイなる人物から助言を受けて以降は、ベイツィーレやジュディスを伴い、情報収集を怠らなく成った。 チームを長生きさせる事を自然と為す様に動く御主を観て、そう思う」


こんな事を言われたセドリックは、何とも背中に痒みを覚える気分だが。


セドリックの後方から、十字槍を片手に引っ提げるアンドレオが。


「だが、仲間に聴く処、剣の腕もとんでもないんだろう?」


「らしい。 悪怪物を一撃でズタズタにするし、‘覇気’(バトルオーラ)と体術から産み出すオーラを合わせて、黄金の覇気を産み出せるらしい。 最強クラスのアンデッドモンスターも倒せるらしいから、相当な腕前だろうな」


「見た処、まだ若い感じがするがな。 一体、どうやってそんな域にまで到達できるんだか」


Kの強さに興味が沸くアターレイ。


「今、世間で噂される剣士って、フラストマド大王国の王子サマのリオン王子と、天才って言われるアルベルトの2人よね?」


ソレガノは、顔も良い2人なだけに。


「その2人より強いと有り難い。 顔が良いあの2人より、強い誰かが居て欲しいな」


或る種の僻みだと思う仲間達。


だが、新たな鮫鷹の群れのオーラを察知したジュディスが。


「また、鮫鷹が来そうですよ」


顔を強張らせて言う。


鮫鷹の死骸より少し離れた所で、セドリックは迎え撃つべく。


「よし、再戦だ。 ジュディス、アターレイ、まだへばるなよ。 ソレガノ、オリフォカ、ヤーチフ、エチログ、怪我をしたらベイツィーレに頼め」


化石に成った森の枝の向こうに、鮫鷹が群れて来るのが見えた。


一方、同じ頃。


南側では、ブラハム達が森の中を後退していた。


「皆っ、森の入り口まで逃げぃっ。鮫鷹は、何れ我々を狙い遣って来る!」


後退する仲間の中で、まだ10代の様に若い金髪の長身剣士が片腕を抑えながら居る。


「ブラハムさん、すいません…」


呻く様に言う若者の二の腕辺りからは、ジワッと血が垂れている。 魔法で塞いだのか、僧侶の若い女性が心配している。


周りを警戒するブラハム。


「気にするな。 御主が彼女を庇わなけれ、誰かが餌食に成った。 命に関わらず後退ができたのだ、気にするな」


まだ、昨日に倒した鮫鷹の死骸が残る辺りまで後退したブラハムは、怪我をした若い剣士を女性の僧侶に任せて馬車まで引かせる。


其処へ、仲間の小柄な女性の自然魔法遣いが。


「ブラハム、新手の鮫鷹が来たみたい」


「解った。 皆、此処で迎え撃つぞ」


応えたブラハムの脇に、学者の剣士が来て。


「ブラハム、この場所は想像以上に危険だな」


「その様ですな。 いやいや、斡旋所の冊子に載っていた肉食の芋虫が、こんな場所にも現れるとは。 あの情報が無ければ、軽んじて戦っていましたぞ」


「そうだな。 だが、書物から観ても、かなり危険な芋虫の様だ。 数年周期で一斉に繁殖期を迎える様だが、その当たり年が今年とは」


2人が話す間に、鮫鷹の群れが目視が出来る。


また、ブラハム等も戦う事になる。


自然の動物を駆逐すると、モンスターは一気に増える。 モンスターの存在も許容して生きる生物を、危険だからと頭ごなしに敵視するのは間違いだ。 無駄に戦う事になり、全滅する可能性が在る。 Kの説明する自然の話と冒険者の経験から纏められたあの小冊子だが。 それなりに内容を理解した2つのチームは、数日を掛けて鮫鷹を討伐して行った。


然し、戦うだけが、自然の動物だけが驚異ではない。


2つのチームは、今回はその意味を身を以て知ることに成った。


         ★



〔教皇王エロールロバンナ〕がバベッタの街へ来た日は、暑く照り付ける太陽が秋の日差しの様相を見せた。 また、微々たるが、風向きも変わったと思わせる。 住民からして、


“今年は秋が早足か”


と、感じさせた。


北の大陸は、夏らしい夏は短い。 秋の気配が日々に感じられると、陽の出る長さが短くなるにつれて、夜の冷え込みが一日一日と感じられ、秋には一足早く強まって来る訳だ。


さて、バベッタの街に来た教皇王は、亡くなった兵士の合同葬儀式典を行い。 祈りの儀式には、ニルグレスとオリエスが立ち会って祭事の一切を仕切る。


その後、行政神殿にて一般の者を入れての公開説明会が行われる。 亡くなった兵士の遺族や事件の関係者が優先に神殿内に入れられ。 聴きに来た一般の者や見物客は、外の広場で報告を別の公報官から聴く事になる。


先ず、犠牲と成った兵士の遺族には、一定額の補償金を出す事を約束した。 そして、イスモダルの血筋で、その計画に関わる一族は総ての家督や名誉を失い。 彼とその事件で中央政府と繋がっていた者は、連座として重罪に課せられるとなった事を告げた。


また、ミシェルやミルダの夫は、妻やお腹の子を盾に取られた事で致し方無くの部分を考慮し。 一般役人への降格と10年の減俸を課すとする。 等々、事件の経緯や事後処理の全てを、行政神殿にて一般の住民を入れて報告させた。


“約束を守る第一歩として、既にイスモダルは処刑されている”


こう言った教皇王は、多額の金をジュラーディに託した。


今、冒険者達に街道警備の依頼が回されている件については、ジュラーディより報告を受けた教皇王だが。 Kの事は知らされなかった。 また、経過として冒険者の依頼の一端を聞いたが。 その深い部分までは知らされなかった。


教皇王は数日に亘り滞在する。 その間、住民の声を聴いたり、ジュラーディの報告を聴いて行政を視察し。 新たな長官候補の人選の内容や、街の聖騎士の仕事ぶりまで監察。 休み無く動いて仕事をし、住民に見送られて街を去った。


が、教皇王が去る前日だ。 セドリックとブラハムのチームは、やっとの様子で街に戻って来た。 斡旋所に、2つのチームのリーダーだけが入った。


「あら」


他の様々なチームの対処をしていたミシェル達。 だが、体中を汚した二人のリーダーを見て、仕事が大変だった事を察した三姉妹。


サリーが紅茶を出すなり、二人は溢す事も厭わず一気に飲み干した。


一息吐いたセドリックが、腕で口を拭くと。


「鮫鷹は、一応・駆逐した。 だ・だが、風嵐に見舞われてよ。 2日ほど、穴でやり・・過ごした」


続くブラハムも。


「此方も、同様だ…。 また、一緒に来た兵士が怪我をして、仲間も、な…」


話す間合いを取らざる得ない彼等の様子を見て、疲れ切っていると察して心配になるミルダは、セドリックに。


「そっちは?」


「外の、馬車に居る。 正直、俺も含めて、怪我人だらけだ」


ミシェルは頷くなり。


「オリエス様の居る神殿に行って。 斡旋所から寄付をして在るから、治療も安く遣って貰えるわ」


頷く二人だが、行こうとしたセドリックが顔をまた戻し。


「スチュアート達は、どうした?」


すると、ミルダが表情を困らせて。


「一緒に行った兵士が、グレゴリオとレメロアを連れて、今朝に帰ってきたわ」


「二人だけ連れてって、おい、何だそりゃっ」


何事かと、セドリックはカウンターに張り付く。


が、ミシェルも頭を抱えると。


「セドリック、勘違いしないで。 彼等は、仕事を成功させているわ」


「なっ・なら、スチュアート達は・・どうした?」


「他の宙ぶらりんに成ってる依頼に関わる物が、行った場所に有ったみたいね」


姉の話に、ミルダがもう酷く困惑した表情をした。


「ねぇ、モンスターとかで儲かるからって、報告を他人任せで採取とかする? 私じゃ考えられないわ」


ちょっと理解するまで間を空けたが、緊張が空回りしたと解ったセドリック。


「何だよ、驚かすな。 あ、痛つつ、傷が痛むぜ」


脇腹を押さえたセドリックは、馬鹿馬鹿しいと外へ。


残ったブラハムは、もう呆気に取られた。


「報告を他所に、他の依頼の採取か。 これは参った、なんたる余裕。 流石だ…」


チームを連れて神殿に向かう二人は、もう疲れ果てたと話し合う。 報告は後回しに成るが、それよりも休みたかった。 太陽が高く上がれば、青空が広がる今日も暑い。 鎧などの防具を通り抜けて来る暑さは、残暑は続くと思わせる。 冒険で疲れた体には、旅慣れた彼等でも辛く感じた。


一方、斡旋所に帰った、と云うグレゴリオだが。 疲れ果てたレメロアの身柄を一時、斡旋所の三姉妹に預けた。 そして、Kの遣いで行政神殿を訪れた。


“顔に包帯を巻いた冒険者より、使いを頼まれた”


現れたジュラーディの側近に成る聖騎士に手紙を渡した。 Kから2人分の滞在費を貰った手前、生真面目な性質が在るグレゴリオもちゃんと届けた。


何故か、グレゴリオも良くは解らない。 が、Kの事を告げるや、聖騎士は素直に手紙を受け取る。 そして、忙しい筈のジュラーディがわざわざに現れ、グレゴリオに手紙は確かに受け取った事を告げに来た。


ジュラーディの登場には、本当に驚いたグレゴリオ。 政治に携わる者に会うのは久しく無かったから、酷く緊張して頭を下げた。


さて、行政神殿よりレメロアを迎えに、また斡旋所へと戻るグレゴリオ。 引き返す最中、通りを行き違う街の人に見られたりする。 真新しい傷跡を頬に残し、顔の窶れ具合からしても仕事は大変だったと窺える。 だが、戻る道すがらにも、心には疑問が吹き出していた。


(あの旅人を、ケイなる人物はどうしたのか。 まさか、あの旅人なる人物も、あの貴族が支配する領土の関係者か?)


実は、Kはグレゴリオに、半ば嘘を吐く様に頼んだ。 自分が戻るまでの間、ミシェル等に嘘で安心させる様に言って来たのだ。 だが、グレゴリオの眼から見て、この依頼をこなす中で起こった事態は、余り良く無いことだと感じた。


然し、だ。 冒険者として一廉の腕前に成った、と自身でも思っていたグレゴリオだが。 この数日はとても疲れた。 斡旋所に戻れば、レメロアがぐっすり眠っていて。 サリーが布製のカーディガンを掛けてくれていた。


それから、宿に入ったグレゴリオでも、一日はじっくり休む。 初めての冒険者らしい仕事をしたレメロアが、普通に歩ける様になるまで2日。 疲れがある程度まで抜けたのは、3日休んでからである。


また、神殿に厄介と成ったブラハムやセドリック達は、仲間共々に怪我を治して動き回れる様に成るだけで4日掛かった。


ま、死人やら再起不能に至る仲間を出さないだけで、高額な報酬にありつけたのだから御の字だろう。


そして、彼等がバベッタに戻って5日目。


朝もまだ霧が残る頃に、ブラハムとチームの仲間4人が先に斡旋所を訪れ、報告を改めてして報酬を受け取ると去った。


その後、完全に仲間が復活したセドリックのチームが、協力者のアターレイとエチログだけ連れて来た。 一昨日に報酬を得ていたセドリック等で、本日は新たな依頼の情報を得ようと云う訳だ。


向かい合う席の配置された窓側の中程の席に座った彼等。 サリーから紅茶を貰い、懲りてないソレガノがサリーの頬に触れ、驚いたサリーが紅茶を溢す。


「おまぇなぁぁっ」


セドリックが怒り、ソレガノは平謝りで掃除をさせられた。


ミラに呆れられたソレガノは無視され、雑談も交えて新しい依頼に向き合うセドリック達。


其処へ、レメロアとグレゴリオが来た。 午前でも陽が上がり、何か食べ物を買ってきた二人で。 ミラやサリーに挨拶すると、窓側の向かい合う席の一番奥へ。


サリーとのやり取りを手に文字を書いて見せるレメロアに、ザラ紙をあげるサリー。 新たな大陸の国に来たレメロアには、何もかもが真新しいらしい。 食べ物、文化、街の様子も。 


本日も、斡旋所に集まる冒険者達。


“チームを結成し易い”


との噂が広間ってか、新たな駆け出しの冒険者やらチームが遣って来る。


中には、以前にグレゴリオを加えようとしたチームも在り。 既に協力者として別のチームに入っていると聴くや。


「何だよっ、協力者ってよ!」


文句で返し、別の席に去る。


冒険者も過剰に増えれば、様々な者が冒険者に成る。 簡単に考えて居て、とにかく成り上がる為に近道をしようとする者も出て来る訳だ。 不満ばかりが在り、冒険者の生き方を全うする気概が無いのだ。


いや、近道を求める事は悪く無い。 問題なのは、覚悟も無く、他人任せで求める事が間違いなのだ。


例えば、Kやグレゴリオの力で有名に成ったならば、二人が去ろうものならばどうなるか。 チームの名前が独り歩きしても、そのチームに与えられた栄光に見合う力が備わらなければ、行く末は詐欺師と変わらない人生が待つだろう。


二人だけになり、レメロアが。


“迷惑を掛けて、ご免なさい”


と、サリーに貰った紙に書く。


こんなレメロアでも、


“自分が、グレゴリオの重りに成っているのではないか”


と、しっかり考えるだけの精神を持ち合わせるのだ。


だが、それを察したグレゴリオは笑った。


「私は、レメロアが荷物だとは思わない。 寧ろ、実に良い機会を得たよ」


“どうして?”


若い冒険者達を遠目に見るグレゴリオ。


「リーダーをしていた頃、こんな風に若者が考えていると知って居たが。 リーダーだから私には関係無い、と思っていた」


紅茶を一口含み、口を湿らせて。


「だが、こうした人間の中身を良く知らず、考えずに仲間を入れたりしてチームを失った。 今、新しく学ぶ時が来たのだ。 只、単に腕を磨けば、冒険者の道を貫けると思っていたがな。 スチュアート達を見て、違うと解って来た」


こう言ったグレゴリオは、レメロアに笑い。


「レメロアが重りとか、そんな事では無い。 あのケイ同様に、腕を磨けば、それに見合う精神も必要と成るのだ。 それが未熟だったから今は、私もレメロアと同じく、駆け出しなのだ」


二人して、やり取りを交わすが。 食べて幾らもしない内に、グレゴリオの腹が鳴る。


「ん゛~、あのリブなる肉の塊は、どうも旨すぎてイカン。 また、腹が減ってきた」


“近くの広場に売ってるよ。 セシルさんが言ってたけど、一番安くて美味しいって”


それを見たグレゴリオは、もう居ても立っても居られない様子から。


「うぬ、悪いレメロア。 ちょっと見てくるわい」


セシル同様に、買い食いが好きなグレゴリオ。 こうゆう処は、レメロアより子供の様だ。


セドリック等とちょっと話を交わしたグレゴリオで、もうそろそろ昼間と成り。 セドリック達も小腹を満たそうと一緒に出て行く。


そして、昼間に成り。 冒険者達が半分以上も出て行く。 昼間の一品が出来上がる直前だった。


イリュージョンで訓練を始めるレメロア。


其処へ、肉と野菜の煮込みを器に入れて持ってきたサリーが。


「うぁ~、魔法だ」


丸い球体を産み出すレメロアは、それを徐々に三角錐にしたり、四角にしたりした。 だが、まだ美しい形に成りきらない辺りは、駆け出しの魔術師らしい。 だが、それでも分裂や統合は、少ない数ながら出来る。 この若さにしては、立派と言って良い。


レメロアのイリュージョンに、奥の席へ料理を配るサリーがちょいちょい通り掛かり見る。 その時、一緒に依頼を請けたにしては、随分と後れてスチュアート達がバベッタの街へ帰った。 依頼を受けてから、14日が経過していた。


「た、たでぇまぁぁぁ…」


先頭で斡旋所のドアを蹴り開いたセシルは、挨拶よりも異変を察して騒ぐ九官鳥に挨拶しながら、パンパンに膨れた荷物を背負い持ち込む。


「ナニ、それ…」


カウンターに居たミラは、セシルがサリー並みの子供を背負ってるみたいで驚く。


いや、次々と入るスチュアート達は、行商人かと思える様子だった。 それは、アンジェラまでも、である。


最後に入るスチュアートとKで、スチュアートが。


「あ、あの、ミシェルさんに・は、話がぁぁ…」


全員の様子に呆れたミルダで、


「もういいから、直接二階に行きなさいよ」


と、階段を指差す。


“二階”


と、聴いて。


「二階に行くチームって誰だ?」


「あ、あの包帯を巻いた人のチームだ」


奥の席に居た若い冒険者達が席を立ち。 奥側の斡旋所中央に並ぶ相席のテーブルに入り込んで様子を窺う。


さて、Kを見付けたレメロアが寄って来た。


彼女を見たKは、


「レメロア、上で報告をして来る。 カウンターにでも居て待ってろ」


頷く彼女。


ミラが、スチュアートに。


「グレゴリオなら、買い食いに出たわ」


頷くスチュアートは、かなり疲れた顔をするのみだった。


二階に上がったセシルが聞いたら、ゴチャゴチャと煩い処だ。


一方、二階に居たミシェルは、妊婦をやっていてお腹が減ったのか。 甘い焼き菓子で一人、間食をしていたが。 其処へ、次々と運ばれる荷物に驚きの連続。


「え? えっ? え゛っ! 何を持って来たのよっ!!?」


姉の慌てた声に、下の階に居た妹二人とサリーが笑い合う。


そして、話はスチュアートとKが居ればいい、とセシルやアンジェラ等が下に降りて来た。


「あ゛~疲れたぁぁっ」


「かっ、肩が・・痛い」


カウンターに座るレメロアの傍に、セシルやオーファー達が来た。 居ないグレゴリオは、近くの広場に出ている出店に向かったと聴いて。


「北の大陸の料理に、舌が合ったのか…。 もう、昼だからな。 食べ物を買いに、出たらしい…」


窶れた怖い雰囲気のオーファーがこう言ったが。 頭に汗を掻きつつ、出された紅茶を飲み干した。


隣のセシルは、腹が減っているらしい。


「う゛ぅっ、リブが食べたいよぉぉぉ…。 アタシも、買い食いしたいっ」


力む彼女は、髪に溝帯間際の荒野の砂が掛かり。 紅茶の入ったグラスを握る手が、今にもグラスを割りそうに見えた。


だが、今日は皆が似たり寄ったりで。 汚れの少ないアンジェラでも、ローブに砂塵が着いている。 空腹の皆で、紅茶のお代わりをして、漸く会話が始まる。


一階は、ミラやミルダやサリーが、セドリック等の話をして会話が始まり。 腹が減って仕方ないセシルを中心に、和気藹々の話し声で涌く。 昼の一品を食べると、ミラとサリーの作る料理の腕が上達したと花が咲く。


だが、二階では…。


装備や服をボロくしたスチュアートが、ミシェルに報告をし始める。


「あの、ミシェルさん。 実は、我々も例の・・た、旅人に遭遇しました」


荷物を眺める事に気が向かうミシェル。


「あら、また居たの?」


「はい。 ですが、問題が…」


スチュアートの深刻そうな声にミシェルが顔を向ければ、其処には真剣な顔をしたスチュアートが居る。


「何、どうしたの?」


問い返すミシェルの言葉を引き締めさせた。


「それが、旅人の正体は…。 世界に広がる悪党組織の手下・・でした」


「あ・・え?」


いきなりこう言われても…。 ミシェルも理解がおっつかない。


「ケイさんが教えてくれましたが。 世界に広がる悪党組織は、それぞれ構成する者に刺青などの印を残すそうですが。 それが、旅人の体に在りました」


「そ、それで・・どうしたの?」


「気付いたケイさんが、我々に知らない形でモンスターに彼を襲わせまして。 旅人は、もう…」


「あ・え、え?」


次々と事実が伝えられて、ミシェルも頭がおっ着かない。 まさか、悪党組織が絡む案件とは思っても見なかった。


此処で、後ろに座るKが。


「悪党組織って奴は、組織立って仲間を集める。 その形跡を探し、悪党等が居たならば始末するしかない。 その面倒の為、最初はスチュアートを含めて、俺以外を帰そうとしたんだがよ。 コイツが残るって云って聞かねぇ~から、仕方ねぇ。 お前達に騒がれても困るからな。 グレゴリオとレメロアだけでも巻き込まない様に、兵士と先に帰らせた次第だ」


Kの魂胆が、此処でミシェルにも解った。


「そう云えば…。 以前にもこの街に巡らされた糸は、確か貴方が…」


「嗚呼。 今回は、溝帯の荒野に数年に一度だけ実る果実やら、ヤバい薬の原料となる植物を乱獲する目的だったらしい」


「悪党組織って、冒険者みたいな事もするの?」


「真っ当な依頼ならば、冒険者でも構わないんだろう。 だが、今回の集めてる植物の一部は、取り引きが禁止された物品だ。 バレたら、死刑だ」


「転売目的で採取しただけで、死刑…」


「そうだ。 だから、依頼主側が悪党組織を頼ったんだろうさ」


そんな薬物が在るのか、とミシェルも混乱するままに。


「で、他に誰か居た訳?」


「居た。 30人ほどの悪党の集団が、な」


「さ、30人以上も…。 でも、それだけ居たならば、何で冒険者なんかに声を?」


「おい、場所はあの溝帯だぞ。 あの場所の恐ろしさは、お前達でも想像が付くだろう?」


「あ、嗚呼…。 そうね、モンスターね」


あの溝帯に分け入って採取など、冒険者でも危険な仕事で在る。 それが、無頼の集まりとなる悪党集団では、魔法を遣える者が何人か居たとしても、人間相手の戦いとは訳が違う。 ちょっと魔法が遣える位の者が集まった処で、モンスター相手に戦うのが難しい事は。 ミラが駆け出しの冒険者達を連れたあの事態が例になろう。


また、Kが。


「それに、場所は溝帯の荒野。 悪党集団を表立って遣うと、モンスターの影響などから外部者に気付かれる。 悪党集団が居ると解れば、討伐の対象になるからだろう。 冒険者を騙してモンスターの危険を排除しながら、悪党集団が採取してたらしい」


「まぁ、何て事を…」


事態に驚きながらも怒りを覚えたミシェルは、黒革の手帳を手にするも。


「安心しろ、もう悪党集団も居ない」


「え?」


「かなり悪どい奴等で、天候の悪い日などを狙い。 一人で歩く冒険者を襲ってたらしいがな」


「冒険者を狙ってた? どっ、どいして?」


「女ならば、性欲の捌け口に成る。 誰だろうが捕まえれば、水や食糧も手に入る。 武器や防具も手に入るし。 僧侶ならば傷を治させ、魔術師ならばモンスターに戦わせる捨て鉢にするだろう」


「何て事を…」


「騙された冒険者等ら、そもそも似たような末路だった筈だ。 散らばる骨や装備品の残骸も見たが。 アンジェラが、数里離れた死のオーラを感じるほどだ。 犠牲は、数十人に上るだろうよ」


聴いて居たミシェルの顔が、ジリジリと怒りを募らせた。 どんな事が起こっていたのか、彼女でも説明から想像が行った。


だが、もう全ては終わっていた。 Kが。


「全員、モンスターの餌にしてやったさ。 セシルやオーファー達が荷物を見て嫌がった頃には、溝帯に深く踏み込んだ辺りで、奴等がモンスターに襲われてあの世に行っただろう」


悪党組織が絡むなど、ミシェルでも身震いが襲う。 然も、冒険者が犠牲に成っていたと云うのだから、主の責任感も交わり、怒りのジレンマが湧くが…。


「貴方が居てくれて・・、助かったわ」


関わらずして終われた事、悪党が消えた事に安堵したミシェル。 怒りは直ぐに収まらないが、直に事を構えずに済んだ事は正直に嬉しい。 悪党組織と事を構えるなど、正直な処で嫌だ。 それ程に、悪党組織は恐ろしいのだ。


話は一通り終わった、と察するスチュアート。 自分の荷物をミシェルの脇に運ぶと。


「ミシェルさん」


「な、何?」


「仲間が運んでくれた此方のは、悪党集団が溜め込んだ密猟品です」


「あらら、まぁ…」


「ですが、僕とケイさんが運んだのは、悪党集団に殺害された冒険者の持ち物の様です」


「えっ? あら…」


「斡旋所の力で、名前の判る方だけでも家族に知らせて下さい。 10人分ほど、有ります」


「ふぅ…。 解ったわ」


「では、ケイさんから密猟品の説明を。 僕は、下に行きます。 報酬は売れてからで構いませんが、悪党組織が関わる物です。 日数が掛かっても構わないので、十分に気を遣って下さい…」


手短に経緯を話したスチュアートは、下に移動する。


物品の説明をするKだが。 毒と薬は紙一重と、毒物でも薬に遣える取り引き可能な物は持って来ていた。


昼間で、斡旋所に集まった半分以上の冒険者が出払う。 新たに手に入れたモンスターの部位の話をするセシルが、高値で売って欲しいとミラやミルダに言っていた。


下に戻ったスチュアートは、明るく振る舞う。 悪党集団の事は、Kとスチュアートしか知らない。 仲間にもこの情報は危険に成ると、二人だけで決めた。


(まさか、悪党組織に関わるなんて…)


世界に蔓延る悪党集団は、国でも手に負えないと噂だった。 今回は、Kが完全に封じてくれたが。 仕事を邪魔したとなれば、組織から狙われても可笑しくない。


笑う自分の心の内に隠す心配と秘密を、誰にも知られたくなかったスチュアート。


そんなスチュアートの身を案じる様に、仲間は明るい。 何時までも、こうでありたいとリーダーの彼は願った。


エルレーンは、レメロアの衣服を見て。


「報酬が入ったら、レメロアも服を着替えようね。 古着のお店、結構この街にも在るの。 レメロアは細いから、着れる服がいっぱい在るわよ」


紙に書くレメロア。


“お金、大丈夫?”


アンジェラは、報酬が高くなるのは解っているからか。


「大丈夫よ。 ケイさんが、いっぱい売れるものを見付けてくれたから」


其処に、オーファーが乗っかり。


「セシル、レメロアを見習え。 衣服一つにも、ちゃんと気遣いをしている。 お前、途中で保存食が無くなっただろう?」


「フン、アタシは無駄をしない女なの。 街に戻る時は、腐らせない様にぴったりナシよ」


そんな言い草に呆れるアンジェラ。


「一昨日から、私やケイさんやスチュアートさんから少しずつ貰っていたのに、ぴったりとは…」


「アンジェラっ、細かい事は気にしない」


「はいはい…」


Kが降りて来ると、スチュアートは宿に行こうと。


「グレゴリオさんが来たら、宿に行きましょうか」


降りて来たKは、サリーと挨拶を交わして紅茶を受けとる。 手短ながら、固有名詞やら難しい解釈の文字を聴くサリーに対し、Kは解りやすい解説を書いてやる。


午後の一品を全員が食べる頃、其所へグレゴリオが来て。


「おぉ、皆帰ったか」


「グレゴリオさん、今さっき戻りました」


グレゴリオの買った物を見て、セシルが騒ぐ。 無視して席を立つK。


「話は、宿に行く道すがらでいい。 いい加減、眠いぜ」


仕事の7割はKが遣ってる様な感じの今回は、確かに疲れても仕方が無い。


「リブっ、アタシもリブ買うっ!!!」


宣言するセシルの意向も込みで、宿に向かって宿泊を決めた。 宿に入り、風呂に入って早めに食事を済ませたならば。 駄話も中途半端に、スチュアート達は眠りに入る。


起きていた魔術師のレメロアは、イメージを練習するためにイリュージョンを繰り返していた。



          ★



それから数日、Kは予定が無ければ斡旋所に居て、サリーに色々と教える。 秋が来たらスチュアートは移動すると決めたので、それまではサリーもKとの触れあいを大切にしたいらしく。 二人の様子は、年の離れた兄妹の様な。


文法の基礎やら手紙の書き方まで習うサリー。 古代魔法文字は、文章となると厄介だ。 サリーでも難しい顔をしていて、苦労していると解るほどだった。


セドリックやブラハムは、新しい依頼を請けて動く。


その数日間。 防具や武器を直しに出して、報酬を待つスチュアート達。 図書館に向かって新たな情報を得たり。 運河を行く交易船の魔力水晶に、魔力を込めたりする仕事も暇潰しに成ったし。 高僧ニルグレスの頼みで、力仕事なんかやってみたり。


また、貴族ながら博物館を経営するヒルバロッカから連絡が来て、総ての物品が展示される事に成ったらしい。


ミラから聞いたKは、


「スチュアート等が行くならば、コイツ(サリー)も連れて行って構わないか?」


と、サリーを指差す。


三姉妹の小間遣いか、使用人の様に見ていた周りだが。


今日は一階に居たミシェルが。


「良いわよ。 たまには、この二人もコキ遣わないとね」


二人の妹を見て言う。


ミルダは、姉の遠回しな気遣いを察して、


「はいはい、サリーにも少しは御休みをあげないとね」


と、言うのだが。


「フン。 言われなくても、半日ぐらいはしっかり遣るわよ~」


ミラは、ふて腐れた様に言う。 ぶっちゃけ、自分も行きたいのだ。


許可が出た、とサリーを連れて行くK。 街中に出る事は在っても、貴族の地域には初めて来たサリー。 優雅に馬車で移動する貴族やら聖騎士の高官は、サリーには酷く別世界の住人に見えた。


レメロアも、サリーも、Kの傍に居て離れない。 何か言われないか、心配そうな雰囲気が窺える。


そんな二人の姿に、セシルは困惑し。


「貴族って、何だか要らない奴等に見えて来たわ。 普通の人が普通に擦れ違えない場所って、何だかな~」


そんな意見に、オーファーが。


「セシルの口からそう出るならば、お前は貴族として生きる資格が在るのかもな。 必要なモノと、不必要なモノを見分けるのだからな」


彼が珍しくセシルを誉めて、他の仲間が引いた。


だが、それでもオーファーが。


「我が父も、無駄に威厳を着ていた。 役職に与えられた権威や力は、仕事を為す為に与えられたものだ。 生きる人間に与えられたものでは無く、誰彼に偉ぶる為のモノでは無い」


その話に、アンジェラが。


「ならば、オーファーさんも役職に就く資格を御持ちですわ。 そうした意見を御持ちなんですから」


これは言われた、と笑ったオーファー。


スチュアートやセシルなどから見て、オーファーは人として立派と思って居る。 Kが、大人として判断も任せる時が在る彼だ。 寧ろ、彼を嫌にさせた父親の顔が見てみたい。


さて、Kは。


“アイツにそんなモンは要らない”


と、言った。


が、街中で高い菓子を買ったスチュアート。 ヒルバロッカの屋敷に手土産を持って行けば、あの口調で礼なんだか、蔑まれたのか解らない言葉を貰うのだ。


だが、Kに対してだけは絶対信者の様で。 初対面のサリーやグレゴリオやレメロアは、緊張と疑問ばかりが体に残ってモヤモヤする。


サリーより紙を貰ったレメロアが、


“ケイさん。 あのヒルバロッカ様って、凄いの? それとも、変わった人なの?”


と、見せて来る。


軽く笑うKで。


「疑問の全てが同居してる奴だ」


と、返される。


この説明に、サリーとレメロアが二人でゴニャゴニャした様なやり取りをする。 口と筆談だが、二人は気が合うらしい。


さて、高さがヤケに立派な博物館にて、展示された遺物を鑑賞する。 気の多いセシルは、スチュアートやエルレーンを引っ張って彷徨き回る。


だがKは、総ての物品の由来や解説を教える。 レメロアと一緒に、古い遺物を観るのが初めてのサリー。 眼を見開き未知の知識を得て興奮した。 2人が尋ね、Kが答える。 一緒に聴くオーファーやグレゴリオは、それだけで感心してまた鑑賞に没頭した。


その遺物の中の新しい目玉は、スチュアート達が回収したもの。 仕事の内容も含めて聴けば、グレゴリオはKの底知れなく深い知識に感心。


(これだけ知識が深く広い上に、あの強さ。 一体、どんな経験の積み方をしたのか…)


夕方に、斡旋所に戻るサリーはミラやミルダにお礼を言って、そのまま仕事に入る。 テーブルを掃除したり、紅茶のお代わりを注いだり。


こんなサリーだが、その日常が安穏としている訳でもない。 移民系の彼女は、顔自体は整っていても、移民の血を引いた顔の造りは北の大陸の人間とは違うと解る。 西の大陸の生まれとなるスチュアートと、魔法学院の治める国出身のオーファーとが、肌や顔付きに違いが出るのと一緒。 エルフの血を引くセシルと、エンゼルシュアなる混血のエルレーンもまた、顔付きが違うのも同じで在る。


人は、違いを見付けても気にしない者も居れば、その逆も然り。 移民系の血を引くサリーを見下す冒険者も居る。 が、サリーはそんな事を三姉妹に告げ口をしない。


だが、それを見掛けた三姉妹は怒る。 あの強烈な事件を経て家族の様な、妹の様な気持ちを持った三姉妹。 或る時だ。 冒険者よりサリーにとんでもない暴言が吐かれ、誰よりも怒ったのはミシェルである。 幻惑魔法を唱えて掛けたが、Kとサリーが止めたほど。


ミラとミルダが姉の怒りに驚いて、自分達の怒りすら忘れたほどなのだから。


処が、Kは三姉妹とは違う。 暴力に成るだの、暴言がしつこく成らない限りは放っておく。 これからも、移民のサリーには付き纏うことだ。 処世術は本人が覚えなければ成らないし、下らない事を言う人間は沢山居ると知っていた。


だからKは、教養や知識と知恵の基を成す現実を教える。


この辺りの様々な事、冒険者に教えるべき教養も、街に生きる者に必要な教養も。 自分は何れ居なくなるから、庇うばかりでは為に成らないと解っていた。


さて、防具やら武器を直しに出していて。 今のうちに衣服を整えたりしようと思い立つスチュアート達。 サリーも連れて行こうと成り、小雨の降る午前に斡旋所に行けば…。


話を聴いたミシェルも、お腹の所為でもう少し大きい服が欲しいとなり。 ブ~垂れるミルダとミラに店を任せ。 サリーも連れて、馬車で古着屋の店舗を巡る。


店の窓際、腕組みして様子を眺めるK。


(全く、人間ってのは、こうも着る服に執着が在るかね)


破けたりして、もう着替えが必要なスチュアートやグレゴリオなら解るが。 オーファーも、意外に帽子を選んでみたりして気を使っている。


これが、セシル、エルレーン、アンジェラ、ミシェル、サリー、レメロア、6人の女性とも成ると、もう時が過ぎるなど全く気にしない。


3店舗も回った後、マントの下に街のお嬢さんみたいな姿にされたレメロアと。 モロにされたサリーが出来上がる。


呆れた笑い顔を見せたK。


(はっ、はは、スゲぇな。 ま、させた方が理解してりゃいいがよ)


サリーとレメロアは、何か自分達の現状に合ってない気がするが。


斡旋所に戻れば、ミルダやミラも可愛いと騒ぐ。


(いやいや、違うだろうがよ)


口を挟むと面倒なので、言わないKだが。 サリーやレメロアは、古着でも新品を買って貰った様に心配する。


夕方、何やら話が在ると斡旋所にオリエスが来た。


「あら、サリー。 随分と可愛く成ったわね」


一緒に古着屋に行ったと聴けば、自分も誘えと喧しくなる。


色々と言われたKは、苦虫を噛む様子を目元や口元に見せて。


「何をしに来たんだ。 ミシェルに用でも在るンだろうが。 古着屋ぐらいは、一人で行けンだろうがよ」


「ん゛~っ、みんなで行くから愉しいんじゃないのっ。 ケイちゃん、今度はアタシも~」


スチュアートにまで甘えるオリエスだから、セシルが苛立ち面倒に成る。


「おい、今日は帰ろう。 もう、ウゼェ」


Kが帰ろうとすれば、オリエスが上着のコートを捕まえ。


「ねぇ~、一緒に上に行ってよぉ~」


「煩ぇ、一人で行け」


見棄てられたオリエスは、セシルと無駄な意地の張り合いをしてから二階に。


サリーとレメロアが挨拶する様子に、ミラとミルダも混じって別れの挨拶をした。


さて、あの悪党集団から奪った物品を捌く訳で、ミシェル等三姉妹も気を遣う。 売り焦る必要も無いから、人を遣って調べながら一部ずつオークションに流した。


さて、それからだが…。


装備を直したスチュアート達は、


“今一度、駆け出しの仕事が余るから遣ろう”


と、話し合う。


この話に、グレゴリオやレメロアが求めるので、一時の協力者としてチームに加え。 駆け出しの依頼やら街道警備の依頼を請ける事に。


その依頼は、物探し、行方不明者の捜索、急場凌ぎに来た肉体労働や小さい仕事もやる。


一方、Kは。 駆け出しの依頼にスチュアート達が動き、街中で動く時は同行せずに。 行き詰まる時にだけ、相談に乗るなどする。


そんなある日、カラリと晴れた午前の事。


斡旋所では無く、ミラやミルダと隣の建物に入るK。 もう伽藍堂だが、中身を視たKが。


「ふん、中々に立派な建物だな」


風通しを良くする為に、窓を開けるミラが。


「2階建てで、広い地下室も在るの。 地下の更に下には、ワインセラーも在ってね。 店としては立派なものよ」


代わって、姉妹で立てた計画図を観るミルダ。


「一階は、飲食店にしたいの。 地下は、まだ予定無し。 2階は、冒険者の資料館にしたいの。 サリーが居てくれるなら頑張れると思うし、他の冒険者の役にも立つと思うし」


だが、天井の梁や床を歩いて眺めるK。


「構想は、悪くは無いな。 だが、天井も梁の一つが傷んでるし、床の下も造りが傷んでる。 先ずは大工に頼んで、改修して貰え。 外の煉瓦壁も含めしっかり直さないと、強い地震で倒壊するぞ」


解ってるミラだが。


「ん。 解ってるわ。 予定では、内部を斡旋所と繋げたいから。 でも、問題の大工がね…」


「その辺りならば、ヒルバロッカやニルグレス辺りに相談してみろ。 神殿や貴族の屋敷を相手にする大工は、手抜きを嫌うから信用度が高い」


「あら、ホント?」


「ま、俺が居なくなったら、色んな方面に相談の糸を張れよ」


「そうするわ」


隣の空き家の改装について、ミラやミルダと話し合う。 想像図と現実は異なる事が在る。 それを踏まえて指摘するKで、ミシェルより改築を任された姉妹は話し合う。


こんな日も在れば、その二日後。 まだ暑い陽気に成ると思われた朝だ。


斡旋所に来たKは、セドリックやグレゴリオと同席する。


「ケイさん、おはよう」


「ん」


ミルダとサリーが紅茶を配る最中。 カウンターに集まるスチュアートを始めにしたセシルやらオーファーに混じり、セドリックのチームの仲間達も居る。


「ね゛っ、この依頼ってさっ! 魔術師個人への依頼だよねっ!」


気合いが入り捲るセシルが、ミシェルに詰めている。


奥の大きなテーブルを拭いたミラが、タオル片手に来て。


「ね、何か煩いけど」


「ね」


ミルダも、そう思う。


呆れて紅茶を飲むKは、もう仲間を見てない。


サリーが。


「ケイさん、みんなどーしたの?」


すると、もう構うのもバカらしいとするKがサリーに。


「聞いてくれ、あの馬鹿どもの事をよ」


K、セドリック、グレゴリオの説明に由ると。


昨日、飲食店街で鉢合わせした2チームは、一緒の宿に泊まる。 大部屋2つに別れたが、食事やら風呂は一緒だった。


さて、夜の食事の時に、セシルとエルレーンが貴族の若者から口説かれた。 亜種人の愛らしさに当てられたらしい。


席に戻ったセシルとエルレーンだが、誉められて口説かれた訳だから浮かれる部分は在るだろう。 そんなセシルを、オーファーとセドリックの仲間のアターレイが冷やかした。


これまでの経過より、セシルとオーファーが言い合うのは日常茶飯事で在る。


だが、今回はアターレイが加わる事で、酒も入り次第にややこしくなる。 その内、スチュアートやらセドリックが宥める傍ら、ソレガノなどセドリックの男性仲間が余計な事を言って、意地の張り合いを加熱する。


それで、


「魔術師ならば、堂々と魔力で勝負じゃいっ!」


セシルの売り言葉に、オーファーとアターレイが即座に乗る。 


何を賭けるか、と話し合う最中。 食べた物が体の何処に行くのか、アンジェラを引き合いに出されてからかうアターレイ。 セシルとアターレイに胸をからかわれたアンジェラが、ムキになり勝負に加わる。


酒も入って話は更に過熱し、宿一泊の代金を奢る賭けに発展。


最初は乗り気じゃないエルレーンだったが。 魔法を遣えない処をからかわれて、自分の代理でレメロアを巻き込む。


セドリックの仲間達も、


“一泊が浮くならば遣ってみよう”


となり。 ジュディスやベイツィーレも参加する事に成った。


このばか騒ぎの目玉は、運河の港で毎日募集されている、船の動力に使われる魔法水晶に魔力を注入する仕事で在る。 この依頼は、注いだ魔力が色で表される。 強力な魔力を持ち熟練者ならば、かなりの量を注ぎ込める訳だ。 その依頼で、最高報酬の100シフォンを誰が取れるか、と賭けになる。


「あはは、何よそれ」


「あ~、可笑しい」


話を聞いたミルダとミラは、どんな賭けかと笑う。


然し、サリーは実に仲が良いと感じたのか。


「みんな、仲が良いんですね。 凄く楽しそう」


と、屈託なく笑うのだ。


そんなサリーを見て、Kは負けたと。


「お前ぇ、将来は大物になるぜ」


こう言っては、皆で請けるお馬鹿さん達を無視した。


一方、依頼を個人として請けたセシル達。 見届け人は、スチュアートやらエルレーンやらセドリックの仲間達だ。


やる気を満々にするセシルやアターレイ等。


斡旋所を出て行く仲間に、察するだけで横を向くK。


「浅はかな奴等め。 煩ぇから魔力を注ぎ過ぎて気絶しちまえ」


と、悪態を吐く。


本日は、実力派3人が斡旋所に残り、世界の情勢から経済などを含め、話をして時間が過ぎる。 他の冒険者から話を聴かれたりする中で、新しく流れて来た冒険者の態度が悪く。 冒険者同士で喧嘩が有ったりする。


その日の昼下がり。


「全く、人の集まる斡旋所の中だぞ」


「刃を抜いて喧嘩とは、馬鹿馬鹿しいわい」


「全くダゼ。 然も、主が悪いって何だ?」


K、グレゴリオ、セドリックが喧嘩を成敗し、斡旋所の前の通りで畳まれた冒険者達がノされている。 3人は悠々と斡旋所に戻った。


斡旋所の中で暴れられずに助かった三姉妹だから、笑顔で居る。


其処に、ヨレヨレの姿でスチュアートやらエルレーンが戻った。


「スチュアート、戻ったか」


カウンター前で、間近の向かい合う席に居たK等と会ったスチュアートは、暑さか汗だくで。


「ケイ・さん・・ど・どうも」


似たように汗だくのソレガノが、帽子を取り。


「うる・わ・しいレディー、こっ、紅茶、貰える、か」


言われたミラは、半目でサリーが紅茶を注いだグラスを出す。


一息吐いたスチュアートが、魔力を注ぐ競い合いの話をする。


駆け出しの魔術師や僧侶がよく請ける依頼だが、魔力を注ぐと気合いを入れて皆が挑戦した。 みんな頑張ったが、最初に止めたのはジュディスだ。 気合いが空回りして、一気に魔力を出し過ぎたらしい。 その後直ぐに止めたのは、アンジェラである。 二人の値段は、40シフォン。


「や~っぱりな」


と、納得のK。


Kの見立てからして、アンジェラは才能のみで遣っている。 魔力の制御だの、信仰心を集中に変えるだの考えてないから、まぁそんな処だと。


そして、次に止めたのが僧侶のベイツィーレ。 気合いが空回りし、周りが安定しているからと気負い過ぎて集中が切れた。


その後に止めたのが、レメロアだ。 毎日、イリュージョンで集中を訓練していただけ在る。 駆け出しにしては60シフォンを稼いだ。


「ほう」


「ふぅん」


Kとグレゴリオの声だ。


ミラも。


「まだ15歳なのに、大人より立派ね」


仲間の内、既に二人が辞めたと聞いたセドリックは、


「ウチの二人は未熟だ」


と、首を竦めた。


その後に少しして、セシルが汗だくで脱力した。 同時に、アターレイも。 2人に支払われたのは、80シフォン。


最後、100シフォンまで頑張れたのは、オーファーのみ。 ま、終わった後は呼吸を酷く乱して疲労困憊だった。


セシルは、エンチャンターながら魔力が優れているらしい。 アターレイは熟練者で、やはり集中力が在る。 最後まで残ったオーファーは、双方に優れているからだろう。


話から様子を推察したKは。


「こりゃ~今夜も煩ぇな」


頷くグレゴリオは、少しばかり一緒に居るからだろう。


「恐らく、セシルは自棄食いだな」


と、推測する。


2人に比べセドリックは、少し不満そうで。


「全く、遣るからにはもうちっと…」


ブツクサと文句を言う。 やはり勝負事ならば、遣るからには勝たないと気に入らない。


もうセシル達は宿に居る。 スチュアート達が運んだが、アンジェラを誰が運ぶかで男達が話し合いを長引かせ、アターレイとセシルが怒り心頭に至った。 結局、エルレーンがアンジェラに手を貸す事に成ったとか。 


K達が宿に戻ると。 アターレイからクドクド、セシルからギャーギャー言われ。 宿に泊まるセドリックの仲間が、ビックリするぐらいに凹んでいた。 セドリックの協力者のオリフォカとヤーチフは居ないが、ノリの良いエチログは居て。 中々に喧しい、飽きさせない彼等である。


夜、セシルやオーファーを始めとした魔術師達が食べる最中。 魔法を遣う上で、如何に集中が必要かと話に上がる。 Kが簡単なイリュージョンを見せて、その重要性を教えた。


Kが基本魔法を使える事に一同が驚くが。 その簡単に見せつつも、制御の行き届いたイリュージョンにまた驚く。 魔力の高さは持ち前の才能で変えられなくても、集中力と制御は訓練次第、努力次第と見せ付けられた。


また、スチュアートのチーム云々ではなく。 セドリックのチームの仲間も含め、それぞれの弱点を指摘するK。


例えば、ジュディスは馴れず、落ち着かず、集中が浅い。 セシルは、完全なる注意力散漫で日頃の努力が無い。 エルレーンは、諦めて研かないし。 ベイツィーレやアンジェラは、信仰心や慈愛の精神を集中に結び付けて無いと…。


その指摘は、セドリックやスチュアートなど、仲間だから近しい第三者として理解が行く。


Kの説法で終わりそうだったが。 セシルとオーファーとアターレイにソレガノが加わり、喧しくしながら御開きになった。



          ★



次の日、スチュアートが珍しくKに稽古を頼んだ。 街の南部に在る稽古場は、冒険者やら役人まで来る大衆の稽古場。 土間の広い稽古場が、運河と運河の間の長方形の形で作られている。 街の中を何本もの運河や水路が走るバベッタでは、象徴的に縦長の建物だ。


この日は、前日の一件が祟って魔術師達がヘタって居て休むとし。 セドリック等のチームの肉弾戦の面々も、暇を潰す為に稽古へ同行して来た。 飲み過ぎでアンドレオがダウンし、仲間の様子を見るとエチログが帰る。 一緒に来た魔術師はレメロアと、怪我が怖いとアンジェラが来た。


まだ午前も少し早い頃。 街の運河や段差の低い辺りでは、濃い霧が目立つ。 道場に行く道すがらに擦れ違うのは、仕事に向かう労働者や、役人など。 そんな仕事前の人を相手にする屋台や出店が通りの隙間に目立ち。 セシルが来たら、さぞや煩いとKやグレゴリオが笑った。


外観は長方形の道場だが、中に入ると大きい区画で三つに区切られている。 南側には、四角にも見えそうな楕円形の、立ち合いと云うか試合を出来る広さの間取りが四つ。 太い木の手摺と仕切りを兼ねた区切りを挟み。 中央の間は何の区切りも無く。 北側の場所は、木像が十数体ほど立っていた。


真ん中の土間となる広間で、先に来た冒険者風体の何人かが準備運動をしている。 頻りに体の何処かを気にする者は、仕事で怪我でも負ったのか。 中には、軽い走り込みをする少年や少女も数名。


北側の方に目を向けると。


「やぁーーーっ」


「えいっ、えいっ」


木像に、木製品の武器を打ち込む青年や少年が居る。 その稽古と云うか訓練を見守るのは、立ち姿からしてそれなりに強そうな人物。 道場に雇われた剣士だったり、本日は休みの騎士や役人が遣っているのだろう。


その証拠に。


道場に入ったスチュアート達が、Kと相手する前に体を軽く解していると。


「ん? そなた達、今日はどうした?」


女性の声がするも、スチュアートやエルレーンには、聞き覚えが在り。


「はい?」


「あ~」


セドリック達と見返せば、其処には女性兵士隊長のサニアが居る。


「あ、サニアさん、ですよね?」


兵士の格好では無く。 動きやすい麻の黒いズボンと、藍色の半袖のシャツに。 革のプロテクターを着けただけの彼女が居た。


中々に綺麗でまだ若いサニアを見たソレガノが、


「スチュアート。 街の美人と知り合いか。 私にも…」


キザに絡もうとしたが。 セドリックに脇腹を掴まれた。


(いた、い゛ぃ…)


肋骨をニギニギされて、痛みに因る冷や汗を流す。


どうしていいやら解らないスチュアート。


然し、サラッと無視したエルレーンが。


「隊長さんは、何で道場に? 朝から稽古?」


サニアは、子供達が木製の武器を持って来るのを見返し。


「道場を見守る仕事も、この街では役人や兵士の仕事だ。 様々な人間が集まる道場は、他人の目も無いと犯罪が起こったり。 また、怪我なども起こる」


「なるほど」


「それに、子供にとって冒険者の姿は善し悪しだ」


「あ、あら?」


“冒険者が、過去に何か悪い事でもやっちまったか”


そんな風にも感じたエルレーンやソレガノ達。


其処に、Kが来て。


「モンスター相手に好き勝手する戦い方は、一つ垣根を越えれば人にも向けられる。 まだ幼い内に学ぶならば、只単に強さを求める形じゃ無く。 正しい意志の籠った剣術を学ぶ方が良い。 応用や喧嘩殺法は、後からでも遅くねぇ~からな」


振り返ったサニアは、Kを見て。


「あ、そ・その通りだ」


エルレーンやスチュアートは、そのKが云う意味を良く解らない。 人を傷付けないのと、剣術は違う様に思えた。


だが、グレゴリオより。


「うむ、真にそうだな。 強さを求めるのみの教え方は、人品が未熟な子供では勘違いをしてしまう事も在る。 先ずは、体を鍛えて我慢や礼儀など、人の道に沿う術から学ぶ方が良い」


心配を先に説明されたサニアは、話す事が無くなって。


「そっ、その通りだ。 剣術に然り、武術は、己を鍛えて身を守り。 勝ち負けだけでは無く、他と自らを知る術で在ると知らなければ…」


子供達が素振りをしたり、組手をする。 その様子を眺めるKで。


「応用の利いた剣術と、歪んだり荒くれたクセの付いた剣術は違うモノだ。 強さを履き違えない様に、しっかり教えてやるこったな」


こう言った後、サッと振り返り仕切りの丸太を越えて、南側の誰も居ない試合の間に入る。


「さて、スチュアート。 先ずは、一番に甘ったるいお前だ」


壁に掛かる武器で、刃を殺した長剣を手にするK。


「あ、はいっ」


慌てて丸太の仕切りを潜り、自前の武器で立ち向かうスチュアート。 相手がKだから、攻撃が掠るなど無い訳だが…。


いざ、稽古を始めれば、分銅を重しにして鎖を飛ばすスチュアートだが。


「無闇過ぎる」


軽々と、皆に解るほどに緩やかに動いて弾き返すK。


“とにかく強くなりたい”


その気持ちが無謀になり、Kへ飛び掛かるスチュアートだが。 その彼が振るう鎌を、剣の先で引っ掛ける様に払うKで。 自分の力を返され、土間の床にスッ転ぶスチュアート。


最初の立ち位置から略動いて無いK。


「スチュアート。 お前は、生じ身体能力が高いだけに、間合いも見測らず、出会い頭の出たとこ勝負だ。 そんな遣り方では、ちょっと強いモンスターを相手にしたり。 己より技量が上の者には、全く歯が立たんぞ」


早くも衣服を汚し、顔や髪まで土を着けるスチュアート。 体勢を立て直し、今度は剣に鎖を絡めようと狙って飛ばす。 だが、剣で鎖を絡めたKは、引こうとしたスチュアートを逆に引き摺り倒してしまう。


それからも、間合いの取り方から詰め方まで、悉く駄目出しされたスチュアート。 ソレガノやらエルレーンが苦笑いしている短時間で、ボコボコのヘトヘトに成った。


完全に子供扱いされたスチュアート。 然し、武器の扱いはまだ素人に思えるも。 Kの云う通りに、身動きは俊敏で筋は悪くないと傍観者の幾らかは思う。


一方。 その様子を眺めるセドリックとグレゴリオは、並んで居て。


「ケイは、全て見切ってるな」


と、セドリックが言えば。


「うむ。 只弾くのでは無く。 想定される様々な状態をケイは言っているらしい。 あの人物、戦いの様子を画いているかの様だ」


其処へ、勇む様にクリューベスが来て。


「なぁ、セドリック」


「何だ?」


「アタシも、手合わせを願い出て構わないよな」


彼女の性格からして、手合わせしたくて堪らなく成ったのが見え見えだ。


「遣ってみろよ。 スチュアートは、もうヘロヘロだ。 あれぐらいじゃ、ケイも来た意味が無いだろう」


短い間に、あちっへこっちへとスッ転んだり飛ばされたスチュアートは、遂に壁際で動けなくなる。


「アンジェラ。 軽く魔法を施してやれ」


Kに言われずとも、慌てて近付くアンジェラ。


「ケイさん、少しは手加減を…」


苦言を呈されても、軽い微笑を浮かべるだけのK。 “手加減”など、沢山遣っている。


其処へ。


「ケイっ、私も」


「アタシがっ」


Kの指導を視てウズウズしていたエルレーンと、セドリックのチームのクリューベスが、二人で声を出した。


振り返りもしないK。


「2人一緒に来い。 ちっとは保つだろう」


鎧を着てない2人して、自前の真剣を抜く。


「やぁーっ!」


素早さや技巧で攻めるエルレーンだが。 いつの間にか振り返ったKに驚くだけで隙が生まれ、生半可に繰り出す突きを軽く弾かれるままに横へスッ飛ぶ。


「次は、アタシだっ」


女ながらに力も有り、総合力で攻めるクリューベス。


然し、Kが眼を軽く凝らすと。


「あ」


“斬られた”と思い、動きが止まる。


其処へ、立ち上がったエルレーンが飛び掛かる。


「あ、あぁっ」


その勢いを借りて、クリューベスが斬りかかるも。


「うわっ」


「きゃっ」


Kの受け返す剣撃で、弾き返されて土間に転がった。


それから、何度か剣を交える最中。


「エルレーン。 対峙して勢いに任せっきりにし、いざ見合ったら斬る迄に間合いを計り過ぎる。 相手に暇を与えるほど、お前は強いか?」


エルレーンの振るまいの無駄を指摘し。


クリューベスに至っては、


「お前は、常に死ぬ気かっ。 乱雑な攻撃の姿勢をとり、何も見てないぞ」


と、指摘するK。


ヤル気充分と手合わせを願い出た二人の女性だ。 然し、何をするもKに先を見抜かれた様に仕返される。 立ち上がって剣を構える度に余裕を失い、何に責付かれるのか、モンスター相手より悲壮な顔をして立ち向かう。


その様子を眺めるソレガノは、スチュアートの時の様には笑えない。 見ているうちに、女性2人へのKの注意が、まるで己に言われて居る様に思えて来た。


(マジか、マジかよ。 この包帯男、スゲェ~強いぞ。 いや、強いだけじゃ…)


2人が終わったら、軽く手合わせをして貰おうなどと考えたさっきだが。 今は、もう何も言えずに黙るのみ。


誰で在ろうが、手合わせする事で本人に何が足らないか、それを如実に、鏡の様に見せて来るK。 己の弱さや足りないものを知りたい者も居れば、そうでは無い者も居る。 ソレガノは、自分の足りない何かを知るのが怖くなる。


そんな彼の横に居てハラハラするレメロア。 解る様に動いて手解きをするKが、本当に剣士として剣術のなんたるかを解って居ると思った。


アンジェラに魔法を施して貰い、土間に座り込むスチュアート。


(やっ・ぱり、ケイさんは・・す・凄い…。 ぼっ、僕・になにがた、足らないのか、ハッキリ・・見せてくれた)


闇雲に武器を扱うだけの自分の姿を、Kと手合わせして知るスチュアート。 少しは戦い慣れて強く成った気はしていたが、本当に只単に“慣れた”だけだったらしい。


そのKの相手する様子を見ていたのは、一緒に来た皆だけではない。


遠目に、斡旋所に集まる冒険者達の2・3人も来ている。


「おい、あれは仲間割れ、か?」


「違うでしょ。 手合わせ、じゃない?」


「って云うかさ、アイツ等ってまだまだ素人みたいじゃんか」


「はぁ? そう思うなら、後でアンタも相手して貰ってみたら? 多分、欠点がボロクソに見付かっちゃうわ」


「ンだとぉ?」


「怒る前に、よぉ~く見てみろ。 あの包帯男、完璧に2人を見切ってる。 お前や俺で、あの女2人を同時に相手して敵うと思うか?」


「そ~そ~、目の付け所が間違ってるわよ」


真ん中の広間越しに、こう言って居る冒険者達。


一方で、サニアも見ている。 子供達は、呆けてしまった。


(強い。 完璧に見切って、更に斬らずして斬っている。 やはり、あの包帯男はかなりの手練れだ。 モンスターを相手にしたら、どれ程の実力を見せるのか…)


やはり、子供に教える様になって、また違う剣の道も見えて来たサニア。 そんな自分だから、Kの言う意味が幾らか解る。 解るだけに、Kの強さが解る。 自分がKと戦うならば、何を注意されて、何を見せられるのか。 今にも武器を手にして、彼に手合わせしたい自分と。 また、自分の知らない欠点を見せられる恐怖に、顔を背けたい自分が居ることを察するサニア。


だが、女性2人がKに気圧されて必死に飛び掛かる様子は、徐々に集まる兵士や騎士の男性には笑い物。


「何だ、あれは。 下手な手習いか」


「女が、ヒーヒー言ってるゼ」


「おい、子供も居る此処で、そんな表現は慎めよ」


「気取るな。 お前だって、笑って言ってるゼ」


「それは、あんな様子を見せるのが悪いサ。 ま、亜種人の女は悪く無い」


こんな下世話な話がされたり。


また、立派な鎧を着ける若い娘と年配男性が並び。


「父上、冒険者とは、あの程度なんですね」


「いや、あの包帯をする男が強すぎるのだ」


「? “強すぎる”、ですか」


「そうだ。 2人掛かりにさせても、真に、見事に攻撃を打ち返している。 然も、それ」


年配男性は、Kが行く、と見せ掛ける一瞬を見逃さない。


「あの、一瞬だけ“向かう”と見せ掛ける時に。 あの娘達は、“本気なら斬られた”と解る」


「そうなのですか?」


「うむ。 “斬られた”と解る先に、自分の欠点を如実に指摘されるからな。 焦り、戸惑い、悩みなどが入り交じり、混乱して落ち着きを失う」


「それでは、稽古になりますまい」


鼻に掛ける様な物言いをする娘だが。


腕組みする年配男性は。


「違うぞ。 普段、我々が余裕を持たせるのは、それが訓練と思って遣っているからだ。 本当に、悪人やらモンスターを相手にすれば、そんな甘い余裕など此方にはくれないぞ。 あの包帯をする男は、その現実の戦闘を想定して相手をしている。 我々が普段に行う訓練なぞ、当にする時期を過ぎていると云う事だ。 恐らく、私もあの人物には、全く歯が立つまいな」


解る少数派、解らない多数派。 この様子を見て笑うものは、見世物の様な感じがする。 だが、解る者には、サニアと似た想いが湧く。


さて、一瞬も見逃さない様に、稽古を凝視するグレゴリオが。


「恐怖を克服することは、勢い任せでも無ければ、単なる馴れでも無い。 覚悟と云うか、しっかりした意思が必要だ」


これに、セドリックが両手を動かし。


「何が本人の成長を邪魔してるか、ケイは解ってるみたいだな。 ぐっ、俺は、俺は何が足りないか?」


無意識か、既に大剣を握り締める。


セドリックが次に行く、と察したグレゴリオだが。 自分もKと手合わせしたいとウズウズしていて。


「御主、行くのか」


と、ソレガノに尋ねた。


グレゴリオの鋭い眼光を向けられて。


「いや、俺は…」


Kの様子を見て、器用ながら武器を絞れないソレガノは、稽古を遠慮する。 もう諦めたのだ。


目の前では、構える剣を振り切る事も出来ずに、剣を払われ、土間にまたスッ転ぶエルレーンとクリューベスが居た。


「あぁ・・っ」


剣を握り締めるが、立てないクリューベス。


完全にへばったエルレーンは、息を激しく乱し。


「もう、も・・ダメ…」


女性2人は、立てない。


「ケイさん。 ですから手加減を…」


慌てるアンジェラ。


だが、ニヤリとしたK。


「疲れた最中でも、慈愛の心を集中に替えるいい訓練だろ。 僧侶として、お前にも丁度いい試練だ」


“自分は関係無い”


と、思うアンジェラだが。


「次に…」


「私が…」


居ても立っても居られなくなったセドリックとグレゴリオが、同時に前へ。


微笑するKだ。


「二人纏めて来い。 少しはマシな筈だろう?」


その様子に、ソレガノは背筋を震え上がる。


(マジで、マジ? セドリック1人じゃ無く、あのオッサンも同時に?)


セドリックやソレガノは、東の大陸の様子も知っている。 あのグレゴリオは、薙刀遣いでは有名な武人だ。 10年近く経つが、あのグレゴリオは、槍では名を馳せるクラークなる冒険者と、水の国の国王の面前で試合をしている。 その時は、クラークなる人物が勝ったらしい。


然し、クラークと試合をするまでに、騎士や兵士長など14人もの相手を負かしたグレゴリオ。 水の国の国王が、冒険者だったその2人を同時に召し抱えたい、とその場で言ったとか。


ま、その2人は冒険者を続けている。 また、“エンジェル・スターズ”と云うチームを組む槍遣いのクラークは、〔双槍のクラーク〕・〔駿(瞬)貫、豪突、槍の猛者クラーク〕と謳われ、今も冒険者の実力在るチーム20傑に入る。


そんなクラークと激戦を遣ったグレゴリオを、セドリックと同時に相手すると云うのだ。 Kに、女性2人を相手にした時と今には、何の変化も無い。


Kを挟む様に、グレゴリオとセドリックが立つ。 2人して使うのは、自前の武器だ。


何時しか、稽古に来ていた冒険者に役人や騎士も、遠巻きに見学する。 若者や子供も居た。


「どうした? 冒険者同士の遺恨の果たし合いか」


「違う。 手合わせらしい」


「手合わせって、周りが釘付けだぞ」


「当たり前だ。 あの包帯を顔に巻いた男、見たことが無い実力者だ」


最初から見ていた壮年の男性に、後から来たやや年配の男性が訊ねた話。


その少し横には、冒険者の女性と男性が並び。


「なぁ、ウィクリー。 確か、アルベルトが包帯を顔に巻いた男を捜してた、以前にそう言ってたよな?」


「えぇ。 あの人に間違いないわ」


「確か、ポリアとか云う美人の居たチームに、ちょっとばかり入ってた…。 だったか?」


「そう。 こんな所に、居た」


周りが眺め、遠巻きに話し合う中で。 自前の大剣を遣うセドリックの本気の斬り込みを、いとも簡単に受け流すK。


「なるほど、これは一廉だ」


と、鍛え抜かれた技量を観る。


だが。


「うぉっ」


打ち合った剣を払い除けるKの仕草だけで、セドリックが体勢を大きく崩した。


其所へ、静かに突きを見舞うグレゴリオだが。


何時の間にか振り返ったKが、長剣の中程で薙刀の切っ先を受け止めていた。


(なんとっ!?)


薙刀の刃に、平衡して長剣の刃を噛ませたK。 こんな小さい幅を噛み合わせて突きを受け止めるなど、誰が簡単に出来ようか。


グレゴリオを見据えるK。


「歴戦で学ぶ腕は、曇りも少ないな。 御宅の技量、確かに一級だ」


と、払い除ける。


「くっ」


“払われる”と覚悟したグレゴリオが力むが。 まるで力ごとあしらわれるかの様に、剣を外される時に薙刀が払われた。


グレゴリオとセドリックは、Kを挟んで眼を合わせる。


“2人懸かりだ”


全く相手に成ってない、そう理解し。 互いに撃ち込むのも在り、と確かめ合った瞬間で在る。


それからKは、二人の攻撃を次から次に打ち払う。 攻撃させているのは余裕だからだろうが、その2人の隙を突いてまた行くと見せ掛ける。


だが、只の見せ掛けでは無い。 セドリックも、グレゴリオも、その時に斬られたと判る。


「す、凄ぇ…」


完全に呑まれるソレガノ。 セドリックとグレゴリオが無意識に連携する攻撃が鋭く、固唾を飲む程に引き込まれ。 また、その攻撃を完璧な間合いで受け止めて、隙を観るなりに行くと見せ掛けるK。


ボコボコになって疲れたのに、その様子に食い入って観るスチュアートやエルレーン等。


技量の果てしなき差を観たと解るクリューベス。


(この包帯の男は、こんなに強い人物なのか。 セドリックが、足元にも及ばないなんて…)


誰の目に観ても、Kが余裕を持っているのは判る。 攻撃をし返さないのは、するほどの事では無いと言っている様だと。


そして、どれほど2人の攻撃が有っただろうか。 セドリックとグレゴリオの鋭く研ぎ澄まされた一撃が、同時にKへ向かう。 ハラハラと見守るレメロアが、同時の攻撃に息を呑んだ。


(あっ、一緒にっ!)


だが、その一瞬の後。 周りの見ている者が、口を開けた。 二人の武器が切っ先で噛み合い、それをKが長剣一本で押さえ付ける様に受け止めていた。


「………」


「………」


セドリックとグレゴリオが、武器と双方で見合う。 少しばかり、セドリックの大剣の入り込みが甘く。 グレゴリオの薙刀の刃が深く入った。


二人を見ないKで。


「それ、グレゴリオの方が、少しばかり間合いを詰めてるぞ。 セドリック、踏み込みが間に合わず、焦り浅くしたな」


二人が武器を引くや、セドリックのジレンマを帯びて力んだ突きがKへ。 それをクルリと躱すと、セドリックの武器に身を預けるKが居て。


「無闇やたらに力むな、しっかり見据えろ」


己の足らないものを見せられた様で、力任せに大剣を引くセドリック。


然し、一瞬前に一歩前へ出るKに、今度はグレゴリオが素早く斬り込み、返し斬りを見舞うも。


「先を読むのは大層だが、一撃で倒せない攻撃は無意味だぞ」


最初を躱し、返す一撃をさも簡単に打ち払うKが言う。


遠巻きにする男性の中で。 先程に女性2人の様子を笑った2人が。


「あの包帯男、何者だ?」


「さっ、さあ~。 冒険者、だろ?」


「冒険者ならば、名前が知られた奴だろうよ。 それが知りたい」


「俺が解るかよ」


Kが相手にする2人の実力が高い所為で。 誰の眼を以てしても、Kの強さが解る。


サニアに稽古をして貰って居た少年や少女が、サニアに近寄って手を繋いだり。 また、彼女の衣服の裾を握る。 こんな10歳前後の少年少女でも、その強さを肌で感じて畏怖を覚えているのだ。


見ているサニアですら、見入ってしまい視線を外せない。


「おい、遊ぶ余裕がお前に在るか?」


とか。


「それは、余計だ」


と、セドリックやグレゴリオの攻撃に、無駄を見て指摘するK。


セドリックとグレゴリオの腕は、もうこの場に居る誰の力量をも超えている。 それが、完全に子供扱いにされている。


また、2人の攻撃が同時にKへ向かうが。 振り下ろされる2人の武器がKに入る前に、軽々と剣を振り上げたKの一撃で2人の武器が跳ね返される。


「ぐぁっ」


「ぬ゛っ」


手が痺れた衝撃を受けた2人。


包帯の間に見せる口元を崩すK。


「それぐらいで冒険者の一流に成った気じゃ、まだまだ、だーぞ」


セドリックも、グレゴリオも、何度もモンスターと戦った様な疲労を味わう。 だが、まだ全く突き抜けた感じもしない。 倒れるまで遣ってやると、二人してKへと立ち向かった。


「あれは、何かの見世物だろうか」


休みだからと、稽古に来ていた壮年の騎士が呟く。


彼よりやや年配となる別の騎士は。


「あの攻撃が見世物ならば、金を払ってでも3人纏めて兵士に雇いたい」


見ていた他の兵士やら冒険者は、セドリックとグレゴリオが疲れ果てるまで見ていたが。 誰も手合わせを申し出ない。


そして、昼を回った頃か。


「のあっ」


先に、疲弊しきったグレゴリオがフッ飛ばされた。


そして、その直後にはセドリックもブッ飛ばされた。


まだ残暑が残る。 止まらない汗、土にまみれた2人が起き上がれない。


セドリックを見返したKが。


「少しは、自分が見えたか?」


と、彼は全く汗すら掻いてない。


頷くセドリックは、


「あ・あり、が・たい」


全てを込めて、跪くままに言ったセドリック。


固唾を呑む稽古は、終わりを見せる・・かと思うと。


「おいっ、貴様!」


若い女性の声がする。


皆が見れば、先程に父と2人して来ていた、実に品の在るが、生意気そうな黒髪の少女が丸太の仕切りを乗り越え。


「私と勝負だ」


訓練用の刃を殺した剣を構える。


其処は、ソレガノとレメロアの真横だった。


父親の年配男性が、娘の無謀さに驚いて止めさせ様とする同時に。


「なら、死ね」


Kが言った。


その言葉に、スチュアートやらセドリックがギョッとした。


が、其処にKはもう居ない。


見ていた100人を軽く超える者も、立っていたKを見失った。


そして、


「………」


生意気に剣を構えた少女が、ガタガタと震え上がる。 端正な顔がワナワナと歪み、剣を握る手が強張り、綺麗な長い黒髪が俄に総毛立つ様に乱れた。


彼女の背後に現れて居たKで。


「人を侮るなんてな、お前には1000年早い」


と、レメロアの背後に歩き出す。


周りの皆が少女を見る時に、彼女の構えた剣の刃が6分割されて土間に落ちた。


壁に剣を戻すKで、


「サニア」


と、彼女に何かを投げた。


「あっ、あっ」


慌てて体で受け止める様に、投げられた何かを受け取るサニア。


彼女を脇目に見たKは。


「剣を壊した代金だ。 傷んだ武器も目立つ、数本は新調が出来るだろうよ」


言われて見たサニアの手には、金貨が4枚ほど重なっていた。


(どう・やってな、投げたんだ?)


4枚の金貨は散らばることもなく、ちゃんと一つに成っていた。


手合わせが終わったKに、一緒に来ていたレメロアが近付き。


“どうして、自分のチームを持たないの?”


と、興奮して土間に指で書いて伝える。


「さぁ、な。 俺は、リーダー向きじゃねぇさ」


と、言葉で残した。


Kは、歩いて道場を出る去り際。


「スチュアート、俺は斡旋所に居るぞ」


腰砕けで生まれたての仔馬みたいなスチュアート。


「あい」


然し、レメロアだけは手を払いながらKに着いて行く。


疲れたセドリック達は、そのまま宿に引き返す事になる。 勝てないとしても、一撃ぐらいは有効な攻撃を入れられると思った。 が、夢物語だった。


さて、セドリックの間際に来たグレゴリオは、まだ震えた手で剣を握る少女に。


「少し、外で陽に当たるが良かろう。 体を温めれば、落ち着きが出る」


丸太の仕切りを乗り越えて来た父親も、娘の手より剣の柄を外して。


「その方が良い」


こう言ってからグレゴリオに。


「娘が、お仲間に御迷惑を」


「いやいや、少しばかり仕置きが効き過ぎましたな」


父親は、上半身に綺麗な緑色の鎧を着る娘を抱え、そして外へ出て行く。


その様子を眺めるセドリックは、腰を下ろしたままに。


「“仕置き”か。 はぁぁ、おっそろしいゼ」


同じく、見送るグレゴリオも。


「うむ。 まさに、見えぬが斬ったな」


2人が言うのは、切断された剣の事ではない。


その間近に立つソレガノが。


「見りゃ解る。 剣は斬れてる」


彼の発言に、セドリックとグレゴリオが2人して見返した。


セドリックが、


「お前、本気か?」


と、問い掛ける。


ソレガノは、何を言うのかと。


「だって、剣が…」


切断された剣を指差した。


これには、グレゴリオの方が苦笑い。


「なるほどな。 御主は、立ち合わずにして正解だ」


だが、セドリックは困り顔で。


「いやいや、立ち合って根性を叩き直して貰いたいゼ」


こう言うと、自前の剣を便りに立ち上がった。


2人の言う意味が解らないソレガノだから。


「セドリック、そりゃーどうゆう意味だ」


「自分に問え。 スチュアートだって、俺だってそうしてる」


「意味が解らないっ」


だが、スチュアート、エルレーン、クリューベスは、もうヘトヘトで在る。 最も派手に転がされたスチュアートは、杖か何か無しに歩けないほど。 笑うセドリックが背負ってやる。


一方、外側から見ていた皆の中で。


「見ろ、あの切断された剣を。 刃を殺した剣で、あんな綺麗に切断が出来るか?」


「つ~か、あの包帯男の使ってた剣を見てみよう」


3人の男達がKの使っていた剣を見たが。 派手に壊れた風にも見えず、真新しく刀身が傷付いた様子も無い。


「あの大男と薙刀のオッサン、本当に打ち合わせたのか? 新しい傷の跡すら無いゼ」


「でも、あの剣は切断されたぞ」


こんなやり取りも在れば。


「さぁ、少し休もうか」


体が強張ってしまった少女や少年に、休憩を促すサニアへ。


「サニア、少しいいか」


金髪の若い男性が来た。


「これは、聖騎士のエドニー様、何か?」


「君は、あの包帯を巻いた人物を知っている様に見えたが。 あの人物、時折に行政神殿にも姿を見せる。 一体、何者なのだ?」


いきなり問われても、サニアとて知っている事は少ない。


「かなり有能な冒険者と思われます。 以前に、この街の地下に危険なモンスターが来ましたが。 それを排除してくれたのか、あの人物の居るチームです。 斡旋所の主も、便りにしているとか…」


「そ、そうか…」


金髪の男性は、去ったKの後を見て。


(消えた、確かに消えた。 見えなかったのか、魔法でも遣ったのか。 どちらにしろ、只者などと云う実力ではないぞ)


理解も出来ない強さに、恐怖を抱く彼。


いや、Kに恐ろしさを感じるのは、彼だけでは無い。


年配の、グレーヘアとなる男性が、父親に外に連れ出された若い女性を眺める。


その脇に、紅い髪をした青年が来て。


「生意気が祟りましたね。 アイリスも無茶をしたなぁ~」


今、漸く泣き出した少女を知っているらしい青年。


だが、隣のグレーヘアの男性は、実に真面目な表情で。


「いいや、無茶をしただけでは無いぞ」


「伯父上、何がです?」


腕を組み、父親に泣き付く少女に顎を向けた年配男性は。


「あの包帯男、剣を切断したと思われる一瞬。 凄まじい殺気を放ったと感じた」


「“殺気”・・ですか」


「そうだ。 一瞬過ぎて、私もそうとしか言えない。 が、剣を切断した一瞬すら見えなかったが。 迸る様な殺気の爆発は、私の心も恐ろしさで震えた」


「・・はぁ」


生返事の青年に、伯父なる年配男性が。


「あんな人物が人を殺害したら、我々では太刀打ちも出来んぞ。 怖い、実に怖いな…」


伯父が言う意味がイマイチ解らない青年だ。


「そんなに怖いんですかね」


形振り構わぬままに、泣きじゃくる少女を眺め。 腑に落ちない意見を反芻した青年だった。


さて、斡旋所に向かう途中で公園に寄り、屋台で適当に買い。 それを持って斡旋所に入ったKとレメロア。 2人だけ迎えたミラやミルダは、Kが皆に稽古を付けたと聞いて驚くばかり。


「ね、みんな死んでなかった?」


ミラに聴かれたレメロアは、


“クタクタに成ってた”


と、手に書いて見せる。


レメロアに、自身のザラ紙を渡すサリー。


「使って、手が汚れちゃうよ」


彼女が安いザラ紙に書いた最初の言葉は、


“有難う”


である。


2人の様子を見ていた姉妹は、


(サリーとレメロアって、歳が少し近いからやり取りし易いのかな)


ミラが、ミルダに囁く。


(かもね)


返したミルダは、Kに近付き。


「あら、イイ匂い」


「この斡旋所で、こんな匂いが漂うのは何時だろな」


Kとレメロアの食べるものを、少し貰うミラとサリー。


「これ、醤油の入ったタレを使ってる」


舌で感じるサリーだが。


「豆かな、実かな…」


悩む。


Kは、肉の塊を切りながら。


「実だ。 “ワップラム”と云う、木の実を使った醤油だ。 椚や椎の実を使った醤油で、産地はスタムスト自治国だろう」


直ぐに書くサリーで。


「ケイさん、ありがとう」


「おう。 主に期待は持てないからな、お前に教えとく」


ミラやミルダは、Kには勝てないと苦笑い。


この頃。 スチュアート達も宿に帰る。 セドリックに背負われたスチュアートは、休んでいたセシルなど皆から笑われた。


仲良く、稽古の様子を話すが。 動いて腹が減った皆だから、外に昼を食べに出た。


また、話を斡旋所に戻そう。


本日は冒険者達が殆ど居ない。 スチュアートが駆け出しの依頼をこなしたので、熱い依頼の街道警備を請けられないチームが、駆け出しの依頼を持って行ったのだ。


周りに手が掛からないので、カウンターの内からミルダが身を少し乗りだし。


「処で、あの持ち込まれた薬草や果実なんだけど…」


「漸く売れたか?」


「ん~、まぁ半分ぐらいは。 モンスターの部位は、今夜に取り引きが行われるんだけど。 薬草や木の実だと唯一、売却停止に成ったのがブランプランの実なの」


「そんなに欲する奴が居るのか」


「姉さんの話だと、8人位の商人が入札停止を申し入れたみたい」


紅茶を飲むKは。


「他の新たな入札競争者が無く。 特定多数の入札者で値段が釣り上げられない場合は、出品されたものを等分可能な場合に於いて入札停止が可能・・だったな」


聴いたミルダは、良く知ってるとばかりに。


「何でも良く知ってるわね。 ケイ、貴方が主をやればいいのに…」


「やる気は無い。 したがって、遣らん」


すると、レメロアが。


“どうゆう事ですか?”


と、書いて出す。


説明に困ったミルダが、Kに手を差し出す。


仕方ないと思うK。


「いいか、普通の競りだと、出品されたものを一人の入札者が競り落とすまで続く。 だが、出品されたものが一定の量を持ち、また入札する者が何人かに絞られていた、としよう」


ザラ紙に簡略化した模式図を書いて説明するK。 レメロアも、サリーも、食い入る様に眺める。


「出品されたものが、入札し続ける現時点での人数で分けられる場合。 入札停止を求めた者以外の全員が、最高額の呈示をした者と同等の金を払えると言った場合にのみ。 出品者にその旨を伝えて許可されれば、其処で取引が成立する仕組みだ」


難しい説明だが、図解したお陰で二人は理解した様だ。


“出品者が、拒否したら?”


“入札停止を出した人達が、仲間で示し会わせたら?”


“お金を出せない人が居て、出品物が余ったら?”


サリーとレメロアから、Kに疑問が出される。


然し、その全ての疑問に対し、明確な説明をして返すK。


様子を見ている姉妹の方が、その説明に着いて行けなそうで在り。


「ちょっ、ちょっと待ってよ。 今の説明、もうちょい解りやすくして」


と、話の進みを巻き戻そうとする。


呆れた眼をするKで。


「もうオバサンで頭が回らないんじゃないか?」


こうなると、ミルダとミラが鬼になる時が来た。


喚く二人を無視しながら、Kはサリーとレメロアに入札のアレコレを教えてやった。


さて、喚く二人の妹の声が煩いと、ミシェルが下へ来た。


「あらら、ケイさん居たの」


Kが居るので、競りの様子やら入札金額を語り。 協議の結果、7人で品物を分割することを認めるかどうか相談する。 金額は、十分な金だが。 問題は、商品の行方である。 ミシェルとKとスチュアートしか知らないが、悪党組織が絡んだ物品だから判断は慎重にしたい。 今、人を遣って少し調べを入れてるとか。


また、ミシェルより。


「処で、あのバジリスクの仲間の瞳の石なんだけど…」


「売れたか?」


「それが、冒険者協力会の本部から、指定された斡旋所に輸送してくれって」


「依頼の品物だったか」


「みたい。 向こうの依頼主が、倍額でも欲しいって」


まま有る事らしく、Kは経験が在り。


「欲しいって云うなら、売れ。 斡旋所同士のやり取りなんだ、少しは貸しを作れ。 あの一件で、協力会に悪い印象を持たれたんだ。 早めに汚名を雪ぐのは、悪い事じゃ無いだろうさ。 その、腹の子供の為にも、な」


複雑な事情が頭を巡るが、生きて行くならばそれも仕方ない。


「そうね。 そうさせて貰うわ」


「売れた金は、兵士達の家族の慰謝料に使え」


「ん、はぁ…」


急な話に、ミシェルのみならずミラやミルダもKを見る。


「スチュアートがな。 あの森に向かったのは、亡くなった兵士や冒険者が居た事が理由だから。 経験を得た事が報酬だから、と俺にそう託した」


「いいの?」


「薬草や果実で稼げるんだ。 余る分は世間に還元するさ」


「何だか、ごめんなさい」


謝るミシェルを、サリーが見詰めている。 あの事件は、ずっと着いて回るのだ…。 と、若いながらに思うのだ。


そして、出された砂糖漬けの果実を摘まんだKが。


「多くの人間が金を持つ方が、世間一般の商業は回るし。 街にしてみれば、この形も悪くはないだろう」


と、砂糖漬けの果実を口に入れ、紅茶と味わうと。


「…バカな上役の欲望で、死んだ兵士の家族は・・これからも生きて行かなければならん。 死の憎しみは根深いが、それ以上に・面倒なのは、生活難から来る恨みや妬み。 教皇王から一時金は出されるが、斡旋所からも出れば風当たりも和らぐだろう。 …金ってのは、使い方次第で攻めも守りも出来る。 稼いで安心するだけじゃないって事よ。 ジュラーディに持って行けば、一時金として配布してくれるさ」


ミシェルは、ガクっと頷くだけ。


だが、サリーは…。


(教皇王様の御説明を聴いて、ミシェルさんも泣いてた…。 兵士のおとうさんやおかあさんから、怒鳴られた…。 謝っても、謝っても、許して貰えない事って在るんだ…)


自分も母親の事で嘘を信じ、母親を失う事になった。 嘘を言った相手を許せないが。 それ以上に悲しいのは、自分が嘘を信じてミシェル達三姉妹の事を疑ったことだ。 利用されていた訳だし、悪い人の為に三姉妹を監視していた。


今、身重なミシェルの世話役の様に成って来たサリー。 教皇王が行政神殿で行った儀式や公開説明に、ミシェルと一緒に立ち会った。 説明を受けた後、兵士の遺族の一部から不満をぶつけられた。 謝り続けるミシェルの姿を、彼女も一生涯忘れないだろう。


その後、請けた依頼の報告をしに冒険者達が来たり。 新たな依頼を探す冒険者達が、三姉妹に相談する。


後ろの席に移動するKとレメロア。 言葉は発せられないレメロアだが、頭の中で強く思う様に唱える事て魔法を発動させる。 そんなレメロアには、イメージの訓練が重要だ。 イリュージョンを始めるレメロアだが。


Kは、


「いいか、魔法の制御は魔力の消耗を抑える。 成りは小さくとも制御がしっかりすれば、半分以下の大きさ、半分以下の魔力で、見た目に唱えたふうの魔法より強い魔法を産み出せる。 想像を疎かにせず、集中と制御を乱さない事が大切だ」


と、自らイリュージョンの基本魔法をして見せ。


「先ず、寸分違わず、姿や形も違わないイメージの鮮明な物を造れ」


ワイングラスのイリュージョンを産み出したKは、そのグラスを皿に変えたり、壺にしたり。 また、グラスに戻して、2つにしたり、5つにしたりした後。


「分割や統合や変化が出来る様に成ったら次は、大きさを変えてみる事だ。 特に、縮小はいい訓練になる。 大きくするとイメージが曖昧になり、イリュージョンが乱れる。 また、縮小して行くと、小さくするまま形を維持するだけで難しく。 開放するイメージが、大きくする事とすれば。 小さくするには、抑えて行く事に成る」


親指大までワイングラスを小さくしたKに、レメロアはもう驚きを見せる。


ワイングラスを目の高さまで浮かべたKは、ワイングラスを回転させて様々な角度にしながら。


「こうして見て歪みや乱れが無いイリュージョンは、制御と集中が出来ている。 己の集中や制御を見定める目処になるだろう」


そして、レメロアだけでなく、主の三姉妹や報告に来た冒険者達を驚かせるのは…。


「それから、イメージを研くと、こうすることも可能だ」


イリュージョンで産み出したワイングラスに、分裂させると共に色を着ける。


「おい、あれを観ろ」


「色が着いてる…」


形を再現する以上に、色を着けるのは魔想魔法としても難しい。 自然現象の色を最初から持つ、自然魔法や精霊魔法は関係無いが。 想像で産み出す魔想魔法は、基本的に色など関係無い。  だからこそ、色を付けると云う想像は集中と制御が必要で、高等な訓練の遣り方と成る。 この訓練は、学院でも教えない。 卒業が出来るまでに、絶対に出来ない領域だからだ。


一つ一つのグラスの色を変えるなど、三姉妹でもおいそれとは出来ない。


7色に、次々とグラスの色を変えるKで。


「色を着けるのは、想像を膨らませる。 豊かな想像力は、創造性を高め魔法の威力を上げる。 お前は、その才能が長けている様に見えるから、ある程度の訓練に慣れたら挑戦してみるといい」


何度も強く頷くレメロアは、またイリュージョンの魔法をし始める。


其処へ、仕事を終らせたサリーが来て、レメロアのするイリュージョンの魔法を見てKと話す。


「ケイさん、魔法が遣えるんだね」


「イリュージョンは、“基本魔法”と言ってな。 魔法の基礎訓練を受けて扱える様になれば、誰でも遣える様になる」


「私でも、遣えるの?」


サリーの問い掛けに、Kは首を巡らせて。


「お前は、遣えるかも知れないな。 その素養は有るかも知れない」


「ホント?」


サリーへ、魔法学院で行われる訓練の様子を教えたK。 大変そうと理解したサリーだが、全く出来そうもないとは思って無い。 彼女は、魔法の初期修行の苛酷な経験を超える、生半可ではない実体験が在る。 魂を揺さぶる体験は、魔法の基本訓練に通じるものが在る。


さて、夕方に成り。


主としての仕事を落ち着かせたミシェルが、二人の妹とサリーに閉店を任せると。


「ケイさん、ちょっといい?」


と、席に来た。


レメロアが気を利かせ、下に潜り込んでKの隣に座る。


二人を前に対峙したミシェルは、サリーに紅茶を貰うと。


「あのね、ケイさん。 この際だから、貴方をもう少し便利遣いしていいかしら」


改まる彼女に、Kは何でもない様子から。


「俺が去る前に、潰せる不安要素を無くしたいってか?」


「えぇ」


「詰まり、“裂け目”絡みだな?」


「オリエス様から話を聴いたのだけれど、また冒険者が頼まれたみたい」


「良く判ったな」


「今回は、生存者が居たの」


「そいつは、どうした?」


「もう、亡くなったそうよ」


「・・で?」


「それでね。 スタムスト自治国の首都の斡旋所に報告が行って。 向こうの主が協力会本部に相談したみたい」


「ほう、本部に、な」


協力会本部は、斡旋所の総本山だ。 斡旋所の主の相談も請けるし、時には命令を発する事も在る。 その組織形体は普通だが、力は隠然たるものが在る。 冒険者協力会が治めるアハフ自治国は、冒険者が住まう国。 いざ戦いに成れば、国の軍隊を凌駕する魔法遣いやら多数の兵団を持ち。 暗殺を行う手練れが沢山居るとか。 どの国とも基本的に良好な中立関係を保つ。


「手に追えないならば、向こうから人が出向して来るみたいだけど。 このクルスラーゲの首都の斡旋所を預かる主さんは、私達の責任で解決して欲しいって…」


「だろうな」


思惑を理解するのか、Kはすんなりこう言って紅茶を含む。


基本的に、斡旋所とは半独立系の運営・運用を主の主体で任されている。 難しい案件だろうが、それは変わらない。 アハフ自治国より応援が出向する場合は、世界的に大変な惨事が起こったとか。 モンスターの討伐等で、国家間で要請が有ったりしないと普通は無い。 また、国の首都の斡旋所を預かる主は、国内の斡旋所の主を認めるにもサインする。 自分が認めた斡旋所の主が力不足からと、アハフ自治国に助けを求めるのは心情として嫌なものだ。


Kは、もう夜に成る窓の外を眺め、ランプを垂らす車体の馬車が行くのを見送りつつ。


「んで? どうしたい?」


「私としては、スチュアート達だけじゃ無理だと思ってる」


「当たり前だ。 トレガノトユユ地域に、あんな新人みたいなチームを行かそうなんて、俺が居ないなら殺人だせ?」


「ごめんなさい」


謝ったミシェルだが、直ぐに。


「でも、経験や情報も無いと、次もそうなるわ。 だから、オリエス様に協力を仰いだ上で、セドリックのチームも連れて行って欲しいの」


「新人よりは、少しばかり使えるチームを添えるってか」


「えぇ、今なら貴方とグレゴリオの協力も得られるし…」


「まぁ、あのオッサンみたいな実力が揃ったチームが望ましい」


「報酬額は、30000よ」


「金云々も必要だがな。 どうせ行くならば、上級依頼に採取の依頼が在るだろう? 潰せる奴を俺が遣ってやるから、その情報を用意しとけ」


「解ったわ」


「それから、荷馬車二台もな。 採取の荷物も運ぶのが億劫だが、あんな場所に行ったならばスチュアート達は潰れるゼ」


「貴方は、仕事の先が見えてるみたいね」


「ん・・だがよ、それよりな」


こう言ってミシェルを見据えたK。


彼の鋭い眼差しに、ミシェルは背を伸ばす。


「何?」


「2つ、言っておく」


Kが言うに合わせて、この斡旋所の中に残る女性が彼に注目する。 ミルダやミラは勿論だが、サリーやレメロアまで。


「ん、何?」


「一つは、セドリックに言って措け。 この協力依頼には、名声の有無は一切関わらないと。 俺が関わっての依頼に名声をどうこうしたいならば、自分達で全て遣りきるぐらいの姿勢が必要だとな」


ミシェルには、この意味が解る。


「解ったわ。 貴方の手を煩わせる以上、それは横に置いて貰う」


頷いたKは、ミルダを一瞥してから。


「もう一つは、お前の旦那の事だ」


「夫の事?」


「そうだ」


Kの話が身内に及び、ミルダも見詰めて来る。


Kは、レメロアの使っていたザラ紙をミシェルの前に移動させ。 最初に書いたサリーへの感謝の言葉を指差すと。


「お前の夫も、ミルダの夫も、今は一番辛い時期だ。 無用な配慮や気休めより、胸の内に在る感謝だけは、言葉にして伝えて措けよ」


いきなり、冒険者の話とは違う内輪の話に入った。 ミラは驚くし、サリーやレメロアはKを見て、


“何でこんな事を云うのか”


と、見詰める。


そんな風に見られても、Kは真面目な話をする口調を続け。


「ジュラーディが言うが、御宅等の旦那は随分と真面目らしい。 そんな男ってのは、不正を行った事に自責の念が強い。 思い詰めさせると、急にバカな真似をする事も在る。 口に出さないだけに、内心が周りに解らないからな。 傍に居る者が解らない内に、変な覚悟を持たれる」


夫の話を出され、ミシェルとミルダの主としての顔が剥がれた。 二人して、妻と云う女性の顔に成る。


レメロアにザラ紙を返すと。


「男ってのは女と違って、強く見えて弱い。 今はまだ堪えられても、何かの拍子に踏ん張ってる強さがへし折れる事も在る。 然し、感謝や愛情なんかの心の栄養が有れば、意外に柔軟にも成れる。 全ての元凶と云えるイスモダルも、また面倒の種だった甥やババアが死んだんだ。 邪魔が減った今ならば生きて償い、また生き抜く事で見える未来も在る」


Kの話は、Kの口から出る事が意外に思える。 然し、サリーやレメロアに対するKは、人として差別したり見下したりせず同等に接し。 個々の良さを見詰めて、伸ばそうと手を差し出す。 人を軽々しく殺せるのに、人を活かすもする不思議な存在だ。


ミシェルのお腹を指差すK。


「お前の腹に宿った命の光から、旦那の目を背けさせるな」


また、ミルダを指差す。


「どんな過程を経ようが、一緒に歩む伴侶の存在を忘れさせるな。 男と女は、結婚すると運命の共同体みたいで、忘れがちに成るがよ。 惚れた相手同士って云う、絆が在るんだ。 近い場所に居るからって、当たり前にし過ぎるな」


すると、黙って聴いて居たレメロアが。


“ケイさんは、好きな人が居たの?”


と、書いて見せる。


問われたKは、何とも柔い表情を包帯の隙間に見せた。


「過去だが、居たさ。 自分自身の所為で、ダメに成ったがな~」


“ケイさん、優しいのにね”


こうレメロアが書くと、Kも自虐的に笑い。


「“優しい”だけなら、良かったのにな…」


と、席を立つ。


黙る三姉妹を残し、斡旋所から出るK。 サリーと御別れを伝え合うレメロアは、


“また、明日ね”


これを書いたザラ紙を渡した。


斡旋所に残された様な三姉妹の中で、ミラは残るコップを片付け始める。


「結婚もしてないケイに、なんか言われちゃったわね」


この今の空気を流したくて、姉達に言った。


が、俯くままのミシェルが。


「結婚はしてない・・かも知れないけれど…」


と、呟けば。


手を動かし始めたミルダが。


「心底、愛した女性(ひと)は居たのかも。 でも、愛を壊したから、次が見えないのかもね」


年上の女性達がこう云うと、サリーはドアを見る。


(ケイさんの、愛したひと…)


サリーはとても気に成った。 Kが愛した女性とは、どんな人物だったのか。


どうして、誰も愛さずに流浪しているのか…。



         ★



その日の朝は、バベッタの街の全体が濃い霧に包まれていた。 空も曇り空で、流れる風はややヒンヤリ冷たい。


濃霧の中で、スチュアートのチームとセドリックのチームが斡旋所に向かう。 集まりの右側の端に居るセドリックが、集まりの左端に居るアターレイが見えない程に濃い霧で在る。


霧に霞むKより話を聞いたセドリック。


「それじゃ、ケイ。 その“大地の裂け目”に、俺達も行くって話か?」


「そうだ。 請けるも請けないも、お前達の自由。 報酬は高いが、危険度はそれ以上と思え。 甘ったれた採取依頼と思うと、痛い目に遭う」


難易度の高さが心配に成るジュディスは、アンジェラや仲間のベイツィーレと見合うが。 霧の所為で表情までは良く見えない。


セドリックの真後ろに居るアンドレオより。


「危険って、俺達は隣の山に行ったぞ」


だが、Kはせせら笑いを浮かべ。


「あの山の一番安全な場所に入ったぐらいじゃ、お話にもならねぇ。 “悪魔の棲む山”と恐れられるアンダルラルクルに行くのと同じだ」


ビクッと、K以外の全員が立ち止まる。


「なんだってぇ?」


「ひぇぇぇ…」


「いや、それはぶっちゃけ無理だろ?」


通行人を避けたKが振り向き。


「だから、俺が同行するんだ。 まぁ、死なない程度にはボロボロになるだろうが。 スチュアート以外にも、いい経験に成るだろう。 一応、怪我を見越してオリエスも話を通したみたいだ」


すると、セドリックが真剣な面構えに変わり。


「よし、話を聴く」


驚くソレガノから。


「マジか?」


「当たり前だ。 居場所が狭くて、チームの名前も広がってない内に世界に出た俺達だが。 上へ登る為に何が必要なのか教えてくれるってならば、それに着いて行くさ」


彼が請けると云えば、もう決まったも同然である。 斡旋所に入り準備をしているミラに話をすれば、招かれるのは2階。 これ迄に経験の無い高額報酬の依頼の説明を受けるセドリック達。


が、スチュアート達と控えるKが。


「セドリック。 お前のチームに居る協力者の内、その魔術師を抜いた三人はどうしている」


最近は、ずっと一緒に居るアターレイだが。 オリフォカ、ヤーチフ、エチログの三人が今日も居ない。


「あの3人は、随時協力者と云う訳じゃない。 金が無くなったら来るさ」


「今回は、報酬がかなりの額に成る。 誘えばいいだろうに」


「一応、そのつもりなんだが…」


口を濁すセドリックの様子からして、Kは何か在ると察していた。


さて、今回ばかりはすんなり旅立ち、とは行かない。 スチュアート達とセドリック達が依頼を請けると決まれば、Kはそのまま2階を借りて。


「それ、此処に居る全員、紙と筆を取れ」


以前のポリアの時に続き、冒険者K先生の登場だ。


「これから云うのは、絶対に必要となる薬だ。 各自持ってないと、色々とメンドーに成るぞ」


その話の最中に、パシッと膝を叩いたアンドレオ。


「チッ、蚊だ」


血を吸われていたが。


斜に構えたKが、アンドレオに。


「風呂嫌いな御宅は、酒が好きだから尚更に蚊に狙われる。 体臭がキツいと、蚊などの吸血生物は敏感に反応し、寄って来る。 病気になりやすく、血を吸われた場所が傷に成れば尚更だ」


これは、以前からアンドレオに付きまとう。


「解った、風呂ぐらい入るって」


「得に、足は綺麗にしろ。 足の臭いは、蚊やダニを凶暴にさせる要因だ」


「足ぃ?」


困るアンドレオだが、足の臭いはグレゴリオも気に成る。


「足、足か…」


見た目より体臭が無いスチュアート。 セシルが彼の腕を捕まえ。


「スチュアートは、綺麗だもんね~」


「まぁ、そうだね」


後ろのエルレーンから。


「意外に、セシルの方が臭かったりして」


「ぬぅわにぉ~っ!」


煩い前と違い、アンジェラと並んで座るレメロアが。


“私、ニオイますか?”


こう書いた紙を恥ずかしそうにアンジェラへ見せる。


「大丈夫です。 今は、毎日御風呂へ入ってますから、レメロアさんはニオイませんよ」


ホッとするレメロア。


Kは次々と薬の名前を教えて、大体の相場や効能を教える。


様々な薬のアレコレから病気に対する注意を示すK。 彼の持つ知識の広さには、誰もが驚く。


「さて、後はお前達に任せる。 二日後の朝までに、総てを買い揃えろ。 重い荷物に成るだろうから、馬車も用意させる」


そして、更に。


「セシル。 食い物ばっかり買うなよ」


名指しされたセシルだから。


「ガルルっ、煩いんじゃーっ!」


スチュアートの腕を引っ張り、我先にと下へ降りるセシル。


後を行くエルレーンとオーファーが笑いながら続き。 グレゴリオとレメロアとアンジェラは、呆れたり笑ったりして行く。


様々な薬の名前を教え、それを揃えてからの旅立ちとしたK。 物を買い揃えるのも、冒険者としての経験に繋がる。


だが、出立まで余裕が在るままに、仲の良い仲間同士で行けば…。


霧が大分に晴れた街中で。


「スチュアート。 何か新しいもの売ってるよ」


「セシル、あれは出店だよ」


「いい匂いがする」


この2人にグレゴリオも加わり。


「うむ、良い匂いだな」


グレゴリオとセシルが匂いに釣られ、ホイホイと買い食いに動き。


近場の店で薬の値段を見るスチュアート達は、相場より高い値段の薬ばかりで。


困るレメロアの横で、エルレーンが店の主人に。


「この薬、見るからに余る位に在るけれど、向こうの店より40シフォン以上も高いよね」


こう値切り始めた。


だが、薬自体を仕入れてる業者は、足元も見れない。 取引をする仕入れ先の値段が元に成るから、薬師直卸しの店の様には行かないのだ。


アンジェラとレメロアとスチュアートを引っ張り、エルレーンは別の店の並びに向かう。


セシルとグレゴリオは、もうスチュアート達に任せっぱなしだ。


一方、代わってセドリック達。


セドリックが宿屋街と商店街の狭間の橋で。


「レイ、ソレガノ、先に行って買っててくれ。 俺は、オリフォカ達に会って来る」


自分も1人で動き回る時は、セドリックに迷惑を掛けるアターレイだから。


「解ったわ。 細々した買い物に成りそうだから、色々買ってるわ」


ソレガノは、通りを行く若い娘を眺めながら。


「これはこれで、意外に楽しそうだ。 では、先に行こうか」


こう言って率先するかの様に街中へ。 ジュディスやベイツィーレは、セドリックに着いて行くか考えたが。


「俺1人でいいぞ。 どうせ3人に話を聴くだけだからな」


こう言って、先に宿屋街へ。


この街に来たセドリックは、柄の悪い者が宿屋から出る頃と解っていて。 雰囲気から圧しに弱そうで、絡まれ易いジュディスやベイツィーレを寄せ付けなかった。 冒険者の優男や若い女性は、奴等からすると集りの目印みたいなものである。


仕方無く、アターレイの方に向かうジュディスやベイツィーレ。 眠そうなアンドレオは、


「大丈夫だよ。 お前らより、セドリックは解っている」


と、仲間を促す。


然し、ジュディスが心配するのも強ち間違いとも言えない。 難しい仕事ならば、経験が豊富で戦うことも神聖魔法も扱えるオリフォカは、実に便りに成るし。 また、オリフォカ達が抱える病気のリーダーなる人物も、金が在れば尚に助かる筈だ。


また、オリフォカは頑なな気性を持ち。 ヤーチフは無口で会話を好まない。 エチログは社交的な方だが、自分の中身を晒け出す事は無く。 その話に移ると、急に無口となったりする。 仲間として入るのが遅く、馴染むのに時を要したジュディスだが。 此方の3人とは良く話した方なので、セドリック1人が行くの事に心配が沸き立った。


セドリックの姿は、隙間狭しと乱雑に配された建物の隙間に消える。


彼を見失ったジュディスで、仲間に促され商業区の中心部へ向かった。


一方、仲間と別れたセドリックは、基本のサービスが素泊まりだけの宿が集まる密集地に向かう。 商業区にほど近い宿から出てくる者は、駆け出しの冒険者などや旅人が目立ち。 雰囲気からして危険を感じるものではない。


だが、最も安い素泊まりだけの宿が密集する辺りに近付くと…。


(チッ、デカブツだ)


(止めとけ。 アイツは、強い)


目付きの悪い、汚い防具や衣服のならず者みたいな冒険者が、宿屋の集まる場所の水場でセドリックを眺める。


見てみぬ振りをするセドリックだが。


(この街は、この手の奴等には居心地が悪いだろう。 あの三姉妹の創る斡旋所の雰囲気に、あんな奴等は馴染めない。 屯していても、主達が真面目だからな。 噂を売り買いすれば、主達が目を付ける。 今は一体、何をして生きているやら…)


噂に聞いたセドリックも、まさか斡旋所に楯突くバカが居て。 自前で依頼主より仕事を請けたなどとは驚きだ。 そう、Kに因り死の旅へ蹴り出されたルミナスの一件で在る。


実は、ルミナスが屯組の冒険者達を軒並みに引き連れたお陰で、半月ばかりは屯組らしい冒険者は街中でも目に付かなかった。 が、世界を流れる屯組に属する冒険者が居て。 特に北の大陸を彷徨く輩が、空き地を見付ける様にバベッタの街に流れて来た。


処が。 あのミシェル等三姉妹の運営する斡旋所は、悪どい屯組の冒険者には居心地の悪い場所だ。 下手にサリーを脅そうものならば、ミシェル等三姉妹が激怒して追い出されるし。 若い駆け出しの冒険者へ主側から進んで相談に乗る行為からして、他の斡旋所ではあまり見掛けない。  自分達がカモとする駆け出しの冒険者に、主が正しい冒険者の導きを促しているのだから。 下手に自分達が利用しようとすれば、返って目立ってしまう。


もし、これで依頼を請けて彼等を見棄て様ものならば、戻る自分には責任が及びそう思える。


以前、ポリアとKが一緒の時に、ガロンと云う冒険者の存在が在ったが。 あのガロンは、生業の様に遣っていた為にお訊ね者だったが。 今も当たり前の様に、屯する冒険者が駆け出しの冒険者を募り、俄なチームを結成するなど珍しくない。 リーダーがそうならば、そのチームに結束など有る様に見せて無いのも同然。 依頼の成否は、一つの分かれ目だが。 仕事の途中から成否の後まで、様々な形に分けられる流れが在る。


ま、その流れの最悪は、駆け出しの冒険者を見棄てたり、殺したり、モンスターに嗾けるなどして死に至らしめ。 自分は飄々と逃げ帰った体を演じ、報酬を独り占めする形だ。


ミシェル等三姉妹は、嘗ては冒険者として。 また、今は主としてその事実を知る。 彼女達はそれが嫌いだから、屯する冒険者とカモにされる駆け出しの冒険者の間に立ち。 無謀な事が起きない様にしている訳だ。


Kは、それも一つと黙っている。


然し、アンドレオなどの古いタイプの冒険者からすれば。


“そうゆう危険や危ない橋を渡っても生き残る奴が強くなる。 最初っからチームでぬくぬくと成長が出来るなんてごくごく一部だ”


と云う。


アターレイは、一人で協力者として渡り歩いて居る。 自分の貞操も含め、命からがらの経験も重ねて今になる。 彼女の実力は、危険と隣り合わせで磨かれた。 ・・こう言えなくも無いのだ。


無論、黙るKなどその危ない橋を軽々と飛び越え。 騙す側を捩じ伏せて報酬を得る事も可能。 彼の様に実力を持つ為には、悪どい冒険者の存在も無視が出来ないと感じられるセドリックだ。


普通、どの街にも屯組の冒険者など空気の様に居て、目に余るも通り越して同然の如く同居する。


だが、今のバベッタは、それが異質に成っている。 毎日、斡旋所に顔を出す屯組の者は居る。 だが、昼間など短い間に去る。 居心地も悪いし、空気や雰囲気が彼を許容しないからだ。


この街に屯組が来ても、今は居たたまれずに数日で去る傾向に在り。 旨い噂を漁る輩は、金目の生業が見付からない為に。 駆け出しの冒険者や旅人を見付けては、人気の無い場所で絡んでは金品を奪うらしい。 斡旋所では、三姉妹がそんな冒険者を捕まえて役人に訴える仕事を作るだろう。 益々、流れて来た屯組の冒険者は、斡旋所に居着けないらしい。


これは、セドリックから状況について聴かれたK曰く。


“あまりにも綺麗な場所には、悪い輩は勿論だが。 チームに居着けない屯する奴等も居られない。 もう少し、広く浅く許容範囲を持ってもいい気はするがな”


だとか。


その言わんとする意味は、セドリックには良く解る。 が、まだ若いジュディスや真面目なベイツィーレは、屯組の殆ど居ない斡旋所が居心地の良い場所と喜んでいる。


これは、スチュアート達にも言えよう。 他の斡旋所に居れば、肉体の魅力が溢れるアンジェラを始めに。 亜種人のセシルやエルレーンは、屯する冒険者からして絡み甲斐の有る塊。 変な絡まれがあまり無いこの街の斡旋所は、正に天国と言える。


この街から去れば、この汚い光を眼に宿す冒険者とも肩を、袖を掠めて行かなければ成らない。 それを考えると、このバベッタの街の斡旋所と言う姿は、良いのか、悪いのか。


ま、斡旋所の成す様とは、運営する主の存在で千差万別。 こんな斡旋所が在っても、間違いではないともセドリックは感じた。 


処が、別のある時に、犯罪を犯す冒険者からこの話題が出た時には。


“まぁ、都合の良い落とし処なんて無い話だ。 普通の冒険者には、奴等を許容すればイイ話だが。 屯する輩にすれば、とんでもない変化を強いる事になる。 変わる気が無いから屯してるんだ、無理強いする必要も無い。 この斡旋所では、これが当たり前と思えりゃイイのさ。 全部の斡旋所が同じなんて、詰まらねぇだろ?”


こうも言っていた。 冒険者は選ぶ自由を得て遣っている。 斡旋所に合わせるか、合わせず去るか。 それもまた自由だ。


さて、共同の水場から近い歪な三角形の宿屋に入るセドリック。


「御客さん、まだ朝だよ」


人生に草臥れた感じの大女となる働き手が、狭いカウンターの受付で斜めに此方を見ては言って来る。


「いや、2階に知り合いが居る。 会いたいが、入っていいか?」


クセの強い赤髪を乱したままの女の働き手は、服もやや乱したままに。


「勝手にしな。 面倒は、勘弁だよ」


こうゆう宿屋の主や働き手の女性は、金や相手次第で体も開く。 身銭の少ない冒険者などは、流れる人生でこうゆう女性を相手に性欲を散らす事も在る。 そうゆう経験が豊富なだけに、見た目を外せば若い者は溺れてしまう事も在る。


「悪いな」


彼女が店主なのか、働き手なのかは解らないが。 セドリックは建て着けの悪い床をギシギシ鳴らして階段へ。 木造の薄暗い店内だ。 2階に上がっても、体躯の立派なセドリック一人で余幅は無い廊下。 最初の部屋は、入り口のドアの隅の一部が壊れている。


その先のドアに差し掛かると、ドアが開いて。


「………」


衣服を乱す女性が、香水の匂いを溢れさせて出てきた。 やや重い瞼に、露出の強い衣服の胸元から乳房が今にも肌蹴りそうで。 口紅が押し広がった様子からして、夜の女性と直ぐ解る。


身を横にして彼女を避け、先に進むセドリック。 嘗て駆け出しの2・3年、こんな女性が男性の相手をする隣の部屋等に泊まったりした。 セドリックは、大柄だが精悍な顔付きで女性からの受けは良し悪し。 逞しい男性を好む女性から誘われ、性欲の暴れを抑えられずに交わった事も。 だから見馴れていて、今更に眼を奪われる事も無い。


だが、部屋から出た女性は。


「………」


無言で、セドリックの背中をジッと眺めてから一階へ。 彼女達も、金で相手をする男性と好みの男性は違うのだろう。


さて、3階の階段前を過ぎた突き当たりのドアの前に来て、ドアをノックしたセドリック。


「誰か」


オリフォカの声がする。


「オリフォカ、俺だ」


「セドリックか」


直ぐに鍵代わりの仕えの何かを退かす音がして、ドアが開くなりに。


「お、セドリック」


神官戦士にしては、やさぐれた感の強いオリフォカが現れた。


「オリフォカ、仕事の話が在る。 外で話せるか」


「わざわざに来たなら、一筋縄の話では無さそうだな」


「おう。 そうだ」


「よし、解った」


ドアが閉まったが。 然したる時も要さずに、オリフォカとエチログが出てきた。 二人を伴うセドリックは、あの目付きの悪い冒険者が居た水場に来る。 今、彼等も消えていた。


「セドリック、話は?」


顔を洗うオリフォカが問う。


「実は、俺達がこれ迄に請けた事も無い、上級依頼が打診された」


使い古した手拭いで顔を拭くオリフォカが、その手を止める。


「本当か?」


「あぁ。 前に話した、スチュアート達のチームに居る、ケイが居る事を前提条件で回す依頼だそうだ。 危険度は、この国の北の山間部や、大陸中央部に広がるマニュエルの森に分け入ると同じ」


話を聴くオリフォカの顔は、普段の余裕が消し飛んだものに変わる。


「そんな危険な…」


「だが、基本報酬が30000。 それから、こなせる者が居ない為に放置されていた採取依頼の幾つかも組み込まれた。 全て成功させれば、1チームにつき60000。 他に採取が出来れば、出来高に追加報酬が発生する」


オリフォカとエチログは、とんでもない大口の話に言葉が無い。


辺りを見回して、声が大きく成らない様に気を遣うセドリック。


「報酬が高いだけに、危険度は未知の領域。 出来るならば、オリフォカ達3人も参加して欲しい。 オリフォカ達も入り用な身の上だろうし、此方も手数が多い方が助かる」


セドリックと対面で近付くオリフォカ。


「もう、請けたのか」


「あのケイと一緒に、高みの経験を得られるならば。 死なないで帰れる確率が非常に高く、上に突き抜けられる応えが得られるかも知れない。 ま、名声の拡散は、今回はナシだが。 それでも、俺は行きたくて請けた」


「ん、ん…」


唐突にとんでもない話をされて、オリフォカは言葉を詰まらせる。


話はしたセドリックだから。


「ま、考えてみてくれ。 俺達は、エチログが知る宿に連泊している。 参加する気が有るならば、連絡をくれ。 今回は、下準備が色々と必要で。 出発は、明後日の午前。 下準備として、薬や装備品も揃える必要が在る。 明日の午前ぐらいまでに、決めて貰えると助かる」


「あ、あ・・解った」


即答が出来なかったオリフォカ。


セドリックからして、その気持ちが解らない訳でも無い。 難易度から場所にして、長い旅路に成るのは明白だ。 病気と云うリーダーの人物を抱えるオリフォカ達だから、どう参加するか話し合いたい筈と感じたのだ。


オリフォカとエチログに別れを告げて、商業区に戻るセドリック。


(話はしたが、さて・・な。 長旅に成れば、オリフォカ達も色々と気苦労も増える。 どうなるか…)


商業区に戻ると、自分の仲間より目立つセシルやグレゴリオを先に発見。 買い食いをしている2人が、何をしているのかと笑うと。 安い店を見付けたスチュアート達に会う。


仲間より先に、スチュアート達から話を聴くセドリック。 やはりKと一緒に居るだけ在り、スチュアートやエルレーンは店を探すのが上手いし。 値切りも臆さない。


(先に、情報を貰うか。 ジュディスやベイツィーレには、スチュアート達と一緒に成って貰いたいゼ)


大人びたセドリックは、余りゴチャゴチャ言わない方だが。 仲間の皆、アターレイ以外が直情過ぎて面倒が掛かる。


「スチュアート、他に安い店の話も頼む」


「はい。 この薬は…」


店の場所を聴いていれば、チームの仲間に見付けられた。 Kの話の相場より高い店ばかりと嘆く仲間に、店の情報を回す。


セシルとグレゴリオが、レメロアやアンジェラやアターレイ等に食べ物の余計な情報を与える。


「旨そうだな、どの出店だよ」


クリューベスが乗り気と成って、見掛けたセドリックが。


「ベス。 買い物が先だ」


「セドリック、あの出店ぐらいはイイだろう?」


余裕を与えられただけに、余計な事に眼が行く。


一方、スチュアートも。


「セシル、早く買い物に行くよ。 買い揃えたら、また図書館に行きたいんだから」


「アウアウ」


口に物を入れて返事するから、こんな感じに成る。


呆れたオーファーにして。


「セシルよ、お前は貴族の娘だろう。 少しは慎め」


然し、話を右から左のセシル。


もう諦めたいスチュアートは、セドリックに。


「セドリックさん、夕方に港へ行ってみますね」


「運河の、か」


「はい。 運賃なんかも、少し聴いてみます」


「あ、そうだな」


バベッタの街からは、先ずは船旅と成る。 セドリックは、まだ運河の船事情を全く知らない。


「解った、夜にあの宿で落ち合う」


「では、自分達は馬に与える岩塩とか、虫除けの煙りの方を見回って来ます。 前にケイさんと回った店で、ちょっと頑張ってみます」


「逞しいな。 流石、あのケイの弟子だ」


笑うスチュアートは、セシルとグレゴリオに催促を促した。


仲間と合流したセドリック。


「よし、店を回るぞ。 ベイツィーレ、アンドレオも、全部は他人任せにするなよ」


腹が減ったらしいアンドレオは、出店に向かったクリューベスを見ている。


「先に、何か喰わないか」


「ちょっと、腹が膨れたら眠くなるアンタじゃない。 先に、買い物を少ししてからよ」


経験豊富なアターレイから言われ、アンドレオもバレバレと首を竦める。 買い食いしながらも、必要な薬を買うセドリック達。 こんな入念な下準備は初めてだから、アンドレオなどはまだ意味の真意を理解して居ないのだろう。


夕方まで街を動き回った2チームは、夜にKと合流して本日の様子を話す結果と成った。


準備に二日を要する。 馬車の手配も在るし、馬車を積める船はこのバベッタの街から出る船が空いているからだ。 旅の流れの話をするセドリックは、オリフォカ達に話をした事をKに告げた。

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[良い点] お年玉w [一言] あけましておめでとうございます。 去年から継続して読めてうれしいです。 リメイク?でもそろそろ新しい旅立ちが示唆されていますが、 魅力的な新キャラも出てきてますし、つづ…
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