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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
220/222

第三部:新たなる暫しの冒険。 10

        第九章


     【再び、かの森へ】



   {イスモダルの負債、再調査へ}


その日は、霧雨が降っていた。 バベッタの街の北側より、一台の馬車が出る。 荷馬車だが、荷台は頑強な木材と金属補強されたもので。 幌に遣う布も、撥水性に富んだモンスターの黒革。 明らかにこれは、軍事用の幌馬車である。


その中を見れば、Kとオリエスを含むステュアート達と。 他に、首から下は立派な全身鎧を着た男女の騎士2人と、剣士の姿をした役人5名。 そして、蒼く立派な生地の上着を羽織った、出で立ちからして官爵に就いていそうな50代ぐらいの男性が一人。 この人物、造りからして立派な上に、この国の紋章が装飾された上半身鎧を着て、剣も装備するのだが。 何処か、ジュラーディに似た威厳を纏う。


この一団は、兵士が本当に山中へ派遣されたのか、それを秘密裏に調べる為のものだ。


さて、幌馬車の奥に寝るKは、何も言わない。 視察団の長でバベッタ都政の法務に携わる政務官が、年配の立派な出で立ちの人物。


然も、ステュアート達と出逢えば…。


“お若い冒険者達よ、今回は行方の判らなくなった兵士達の存在を明らかにして頂き、国の者として感謝する。 我々は、視察と他の遺留品の回収が目的だ。 消えた人数に対し、発見された遺留品だけでは家族が納得せん。 これは、我が国としての確認及び、亡くなった兵士の家族の為の視察で、其方の報告に難癖を付けるものでは無い。 それだけは、どうか了解してくれい”


と、話が始まった。


この法務政務官と聖騎士達は、実戦経験が有りそうな戦える兵士を5人も連れている。 確実に、遊びの視察や調査では無い。


予定された日程は、全7日。 行きに2日。 帰りも2日。 洞窟内の捜索に2日。 周辺の捜索に1日。 全7日と云う訳だ。


今回は、神聖皇都政府の任務とし、神殿側代表として参加するオリエス。 だが、聖騎士やら兵士と、冒険者達の狭間では浮きそうな存在だ。 然も今回は、上着のローブが立派な青と白の礼服。 肩の張り出、裾周りのフィット感の確りした様子、一級の仕立てが成せる造りである。


セシルは、もう一緒に冒険をした仲間の様な彼女だから。


「その服、今は暑くない?」


「暑いよ~。 でも、今回は神殿の神官として仕事だからさ」


「貴族が王城に上がる際には、礼服を着るのと一緒~」


「ん~、そうかも」


「でも、今回も服はメチャクチャ汚れるよ」


「マジ?」


「多分。 モンスターとの戦いも、この間と同じくらいは覚悟しなきゃ成らないし。 山に入ったらその日のうちに、夜営する山小屋まではどうしても行かないと」


「何か、忙しさはこの前と同じじゃん」


二人の話し合いを脇目にする兵士や聖騎士は、地方都市バベッタの神殿とは云え、その最高位の司祭に成る一人のオリエスが、冒険者と気軽に喋っているの事に違和感を覚えた様だ。


だが、オリエスは全く気にしていない。 スチュアートやらオーファーやら、チームの面々は様子から気付いていたが。 何も言わないのは、ジュラーディより何かしらを言われているのだろうか。


だが、道半ばにて。


「誰かぁーーーっ、誰か助けてくれぇぇっ!!」


この雨の中で、助けを呼ぶ声がする。 馬車が止まって、ずぶ濡れで近寄って来るのは、まだ成人とも言えない若い男子。 出で立ちは、麻の衣服と旅の使い古した荷物。 腰には剣が在るのだが、安物の古びた印象を受ける。 恐らく、買ってからろくに手入れなどしてないのだろう。


若者は、御者の兵士に掴み掛かり。


「たっ、た、大変だっ!」


「どうした?」


「家畜を運ぶ荷馬車がモンスターに襲われたっ! 二人ばかり冒険者が向かったが、まだ成り立てみたいな若者だっ。 あれじゃ勝てる訳もないっ!」


其処に、話を聞いていたスチュアートが、幌の隙間より。


「モンスターって、沢山ですかっ?」


「解らないっ、人形(ヒトガタ)なんだっ!」


すると、スチュアート達は一斉に顔を合わせる。


真っ先にオリエスが。


「この暗黒の力って、もしかしてアレ?」


オーファーが。


「雨の所為で感じは鈍いですが、可能性は高いかと」


スチュアートは武器を持ち。


「助けに行くよ」


仲間は同じく雨の外へ。 オリエスも続く。


一番年配の政務官が、一緒に行こうと武器を腰に構える。


其処に、いつの間にか立ち上がって来たKが。


「そっちは出張るな。 姿を見られたくないんだろう?」


「だが…」


事態の深い意味を見据えた年配男性の思慮を、Kも鋭く読んでいて。


「解っているさ。 面倒な立場のソチラの事はな。 見捨てても、戦っても面倒になるのは」


と、雨具となる上着を手に幌を捲って外へ。


馬車に留まった男性へ、聖騎士の三十代と見える男性が。


「ベストレント様、冒険者の面倒は冒険者に任せれば宜しいのでは?」


彼の冷製そうな意見を受けた、政務官の年配男性だが。 その向かい合わせる顔は真剣で。


「街道の安全を守るのは、我等の仕事ではないのか?」


「今回の我々が受けた任務は、教皇王様の命より発生しています。 優先に順位があり、それを守るには犠牲も仕方ないかと」


冷たい物言いをする彼に、政務官の年配男性が失笑する。


「御主は、そう思うか?」


「はい」


「ならば、我等がこの事態を見捨てて、我等に咎めは来ないのか? イスモダルの犯した不正から派生した面倒が、我等の仕事だが。 イスモダルの犯した罪こそ、人命を見捨てた事だがな」


「我等は、任務として動くのです。 末端の事は、末端に遣らせれば良いだけです」


「そうか」


二人のやり取りは、これで終わるが。


「………」


黙る女性の聖騎士や兵士達は、このまま居ることに不満が在る様子。


その後、然して時も要さず、セシルを先頭にして馬車に戻った。


政務官が話を聴けば、かなり腐乱したゾンビと大きな蜘蛛のモンスターが居た。 助けたスチュアート達は、家畜を集めるまで手伝った。 アンジェラとオリエスは、怪我人を助けたが…。


雨に濡れた上着を叩くオーファーが。


「助ける事は当然だが、助けた相手が問題だ。 若者の冒険者と聞いたが、あれは冒険者じゃない」


雨を手拭いで拭うスチュアートも。


「身形が凄く立派でしたね」


其処へ、雨具を払ってまた奥で横になるKが。


「あの二人、隣国はスタムストの州長官の身内だな。 遣っていた武器に、西南に位置する州の略印章が彫られてた」


馬車に乗る一同が、Kを見て驚きの顔を。


セシルが近寄り。


「ぬぅわんで、二人で旅をしてるのさ」


「スタムスト自治国は、貴族社会ではない。 大商人だろうが、国の高官だろうが、国民の視線を無視できねーの。 だから、州の長官の一族でも若い内から特別扱いしない風潮が出来てきて、中には家訓や自主性で冒険者を遣らす家も在ると聞いた。 この世界の現実を見て理解するには、冒険者は都合の良い形なんだろうよ」


エルレーンが、そろそろとKに近寄り。


「死なれたら、国際的な問題に成らないの?」


「まぁ、生き死には個人の能力の問題も含むから、問題には成らないが。 助けずに放置したら、面倒になるかもな」


このやり取りに、あの冷たい意見を言った聖騎士が。


「嘘を言うなっ!! デタラメをぬかすのは、許さないぞっ」


と、吼える。


K以外の皆は、ビックリし。


「大声を出さないでよ、狭いのにっ」


オリエスが不満を言葉に出した。


だが、Kはどうでも良いらしい。


「嘘かどうかは、これから行く夜営施設で聴けよ。 あの若い娘の方が、兵士宿舎で挨拶したとか言ったぞ」


濡れたコートも無視したK。 代わってスチュアート達は、騎士より離れ布で雨を吸い取る。


そして、夜には夜営施設に着くと。 ステュアート達は、


“なるべく人目に触れて欲しくない”


と、云う理由から、兵士の泊まる施設に入った。


その夜。 あの冷たい物言いの聖騎士と、主任の政務官の男性が激しい言い合いをしていた。 声が漏れ伝わったから、かなり激しいやり取りだった様であるが。


オリエスは、こっそり女性の聖騎士と兵士長の年配男性に話を聴いた。 あの助けた若い二人は、確かにスタムスト自治国の州長官の家族との事。 教皇王がバベッタの街に来ると聴いた為、冒険者として観覧に行く途中だったとか。 母親が同じ宗派の僧侶だが、足が悪く見に行けないので。 代わりに行くと、姉弟で旅していた。


(ありゃ~、ケイちゃんの眼に狂いは無いわ~)


呆れるだけでいいのは、オリエスのみ。 調査に来た女性の聖騎士や兵士達は、助けに出なかった事を後悔する。


そんな彼等に、オリエスは。


「確かに、政治的なことを考えると、助けなかった事を悔やむのも解るわ。 でも、先ず困った人を助ける、国内の安全は守ろうとする所から始めないと、いざって時には動けないんじゃ無いの? 冒険者とか旅人とか、括りを決めてるからそ~なるのよ」


サラッと、毒を吐いてスチュアート達の元に戻る。 こんなお役所思考の者とは、同じに成りたく無いらしい。


さて、明くる朝。 濃い霧に夜営施設が包まれた。


何処に行くのか見られたくないからと、朝早くから霧に紛れて徒歩で山に入った。 グズグズした空だが、先ず最初の問題として、同行する聖騎士が代わっていた。 あの冷たい意見を言った男性ではなく、大人びた偉丈夫の男性騎士で。


山に入る時、改めて紹介された。


依頼の現場責任者は、法務部政務官のベストレントと言う年配男性だ。 彼自身も騎士で在る。 次に、偉丈夫の聖騎士は、ナダカークといい。 女性の聖騎士は、カシュワという。


先頭を行くKは、


「前は、最短経路を進んだが。 今回は雨で足場も悪く、モンスターの様子が変わっているから、迷わない経路を行く。 水分を補給する場所は少ないから、気を付けろよ」


赤茶けた土の固まった荒れ地を行く。 マギャロの糞を踏んだり、モンスターが食い散らかしたマギャロの残骸を見たりする。


「う゛~ん、こうやって見ると、マギャロも可愛そうだな」


マギャロの無惨な姿を見ると、セシルでもこう思う。


だが、朝陽が空に上がり、雲が明るくなって霧が少し晴れると。 岩や土の削られた道の少し拓けた場所で、大きな吸血ハエの群れと遭遇する。 海上で現れるモンスターの姉妹種では在るが、此方は蚊の様な剣にも似たストローを持つ。


「20匹前後は居るぞっ」


「気を付けろっ!」


口々に身構える聖騎士や兵士達だが…。


前に出るオーファーは、


「此処は、私に任せて頂こう」


と、杖を天に掲げ。


「大地を潤し、生命を育む命の水よ。 その広くも、荒々しき力を我に…。 “レイン・ジャベリン”」


唱える間に地面から浮かび上がる水滴が鋭く伸びて槍の様に成った。 オーファーがゆったりと、その杖を下ろす時。 向かって来る吸血ハエに、水滴から生まれた槍が降り注ぐ。


「ふむ」


「流石に魔法…」


「おぉ、全滅した」


兵士達の声に、聖騎士も頷き合うが。


オーファーは、吸血ハエが見えなく成ると。


「さ、先を急ごう。 あの山小屋まで、普通の山道を行くならば丸一日は掛かる。 夜までに着かねば、更にモンスターが来る。 それに、そろそろまた雨が降る」


法務政務官のベストレントは、その意見を受けて。


「行くぞ」


と、騎士や兵士に号を出した。


然し、それから吸血ハエの群れは、絶えずに襲って来る。 Kの見立てからして、今年はこのモンスターの当たり年の様だと。 吸血ハエは、卵のままに地中で眠る一定の期間が在る。 その途中で、他のモンスターに食べられたりするのだが。 この一斉孵化は、数百年に一度の周期で起こるものと云う。


そして、霧雨が降る昼間。


6度目の戦いで、50匹規模の集団と戦った最中だ。 左右を切り立った岩壁に挟まれた山道にて、ハエと戦うステュアート達。


前線にて戦うステュアートや聖騎士を見ながら、後方から助けたりするK。 本格的にステュアート達を鍛える為か、自分から前に出ない。


ステュアート達はそれを察してか、文句も言わないし異を唱えない。


使い古しを纏め売る自由市で買った安物ナイフを使い、危険な場所だけを確実に救うKだが。 オリエスやアンジェラが辺りを気にする前で、一緒に居るオーファーやセシルに。


「こりゃあ~不味いな。 一部のモンスターが、此方に気付いた。 このままだと、数百匹単位で来るぞ」


すると、オーファーも岩壁の左右上を見て。


「何と云う蠢きだ。 山が胎動するかの様だ…」


残り数匹まで減った吸血ハエを確認したKは。


「オーファー、此処をステュアート等に任せるぞ。 俺は、特に多い左側に行く。 俺が戻るまで、進みながら持ち堪えろ」


「解りました。 何時までも背中を借りてばかりには居られません。 ステュアートが成長が出来る様に、今回は命を張ります」


と、返す。


Kの肩に手を添えるオリエス。


「そー簡単に、死なせはしませんよ~」


「ま、駆け出しよりは、お前の方がマシか」


歩き左に行くKは、フワッと姿を消した。


Kが居なくなったと知るセシルからして、これは以前より楽じゃ無いと感じ。


(あの事件に関わった以上、これを乗り越えないとイケないんだっ)


ステュアートが頑張る以上は、自分も着いて行かなければ、一緒に居られ無い。


(アタシの銃は、一発一発が勝負・・使い処は、補助と救済と先制っ!)


背を合わせ戦うエルレーンと聖騎士の男性だが、その頭上を狙う吸血ハエがいる。


(させるかっ!)


魔法を発動させ、光る銃口より矢が放たれた。 一直線に飛ぶ矢は、ステュアートが逃す飛び上がった吸血ハエを刺し。 その身体をも貫いて、先に降りて来た吸血ハエを貫いた。


それを見ながら、矢を込めるセシルだが。


「オリエスとアンジェラは、右側の岩壁の上の警戒をお願い。 ケイが左側に行ったから、オーファーが戦いに集中する以上、オリエスとアンジェラが頼りだよっ」


杖を力んで握るアンジェラ。


「わっ、解ってますわ」


と、右側に気を向ける。 然し、左側の強烈な不死モンスターの気配に、完全に惑わされていた。


さて、吸血ハエを一掃した後。 ステュアートに、Kからの事を伝えるオーファー。


息を軽く乱すステュアートは、頬や髪をモンスターの血で汚し。 腫れる前に腕で拭うと。


「ケイさんが、そう云うならば・・、絶対にヤバい。 少しでも、ま、前に進もう…」


呼吸を整え荷物を背負うステュアートは、法務政務官ベストレントに。


「我々の存在に、山の中のモンスターが気付いたみたいです。 ケイさんが戻るまで、少しでも前に戦い進めますよ」


意見を聴いたベストレントは、その衣服を汚しながら。


「だが、左側に行った包帯の彼は、一人で大丈夫か?」


と、Kの行った左側を指差す。


然し、その瞬間。


「あっ」


「ん゛?」


「な、なんと…」


オリエス、オーファー、セシル、アンジェラと共に、聖騎士二人も含めて一斉に左側を向いた。


オーラで感知をするセシルは、驚愕の顔で。


「うわ、スゴ・・。 とんでもなく強いモンスターの気配が、一瞬で消し飛んだ…」


聖騎士の女性カシュワが、驚愕の表情で。


「あれ・は、彼がやっているのか? 凄まじい生命力のオーラが、爆発的に迸って…」


以前には、助けられる形でKの本領を見ているアンジェラだけに。


「ケイさんは、態と派手に戦っているんですわ。 モンスターの陽動を行っているかと」


オーファーも。


「左側は、ケイさんに任せよう。 右側のモンスターは、来るまでまだ距離が有る」


情況を知ったステュアートは。


「先に進めます。 ケイさんの気遣いを無碍にしたく有りません」


ベストレントは、その意見を呑んで先に歩き進んだ。


だが、以前にも来た岩に挟まれた道は、安易にホイホイと前には進めない。


先頭を行くステュアートの後ろには、セシル、オリエス、アンジェラ、オーファーが並び。


真ん中に立つオーファーは、厳しい顔を雨に濡らしながら。


「アンジェラさん、自然のオーラに集中しなさい。 自然のオーラが不自然に抜けた場所には、擬態する亀が居る可能が在る」


左側を見るアンジェラは、オーラを見ながら。


「あ・・はい」


雨と大地のオーラが、溢れる様に感じられるアンジェラが応える。


そして、10歩ほど歩くと、オーファーが左側の岩の出っ張りを指差し。


「ステュアート、あの出っ張った岩の裏だ」


ステュアートは鎌を左手に、鎖を右手にし。


「エルレーン、現すよ」


剣を抜いたエルレーンは、


「任せて」


と、前に出た。


立ち止まるベストレントや聖騎士達。


パッと走るステュアートは、故意にオーファーの指摘した辺りを緩急を付けて走り抜いた。


そして、岩が少し出っ張った辺りを走った時。 岩壁より、何かが剥がれてステュアートを襲う。


「あ」


「かっ、壁が・・動いた」


兵士達や聖騎士は、モンスターの出現に驚く。


一方、遅れて動き始めたエルレーンは、擬態を解くインビジブルアレコを見定め。


「鋭っ」


伸び出していた首を、切っ先で掬い斬る。


地面に着く前に斬られ、ひっくり返って落下したモンスター。 ジタバタ暴れるのも一瞬で、直ぐに死ぬ。


処が、その後。 また少し先へ行くと。


「ステュアートっ、待って…」


前に出ようとしたスチュアートに、オリエスが声を掛ける。


振り返るステュアートは、髪の毛をぐっしょり濡らしながら。


「オリエス様、どうしました?」


と、問うのだが。


返り見るオリエスやオーファー達4人は、山道を見て固まっているではないか。


「オリエス様? オーファー?」


もう一度問うと、オーファーが左右の岩壁を見ながら。


「居る・・あの亀のモンスターが…」


「何処? どの辺り?」


するとセシルが。


「そこら中・・何十匹って居るっ」


と、前方を指差した。


前に出るエルレーンは、擬態する亀の潜む岩壁を見て。


「あれからひと月もしないのに、そんな増えるのっ?」


ステュアートは、オーファーに向いて。


「オーファー、何かしらの魔法で岩壁を刺激するのは、難しいかな」


「ふむ。 短い間ならば、それも可能だ。 然し、この道長きに渡り潜むならば、限界が在る」


すると、ステュアートは躊躇もせず。


「エルレーン、聖騎士さん、兵士さん、僕が短い間の亀を現します。 大きく動かず、亀を始末して下さい」


と、分銅の付く鎖を振り回し始める。


聖騎士の男性は、


「どうする気だ? 一匹一匹、鎖でも当てる気か?」


と、問う。


だが、真上を見上げてステュアートは、


「そんな悠長は出来ませんっ。 そりゃあっ!!」


鎖を投げ上げたステュアートは、山道に迫り出す木の枝に絡ませて。


「姿を見せろっ!」


と、斜面になり始めた山道の宙を飛ぶ。


宙吊りにステュアートが移動すれば、左右の岩壁に擬態していた亀のモンスターが、次々と姿を現して山道に落下。


真っ先に見えた亀に向かうエルレーンは、


「狙い目は、首と腹よっ」


と、言い捨てる。


弱点を知った聖騎士の男性ナダカークは、抜いた剣を構え。


「行くぞ」


と、兵士達を動かした。


だが、前に移動したステュアートは、鎖をたゆませ外しながら、移動先で着地。 その場で左側の壁に左手を押し付ければ、其処には姿を現そうとした亀が居る。


「ま゛っ、・てよぉっ」


動きをゴリ押しで制するが、反対側の横や前にも亀が現れる。 右手で鎖をある程度巻き取ると、足元に近付く亀へと飛んで甲羅に飛び乗った。


「このっ!」


鎌の刃を縦にし、踏んだ衝撃で引っ込んだ首に突き入れる。


ステュアートの居る処まで道を切り開こうとするエルレーンは、背後でガンガンと甲羅を斬りつける兵士に。


「首が引っ込んだならっ、頭を使うっ。 こうやってっ!」


亀のモンスターの側面を蹴り上げ、岩壁に甲羅をぶつけた瞬間、腹を刺す。


それを見た兵士達は、慌てて亀を蹴ったり、剣でひっくり返す。


足の踏み場に困るほどの亀に、ステュアートは次々と甲羅を飛び乗り、8匹もの亀を倒した。


だが、ステュアートが動けば、間近の亀も姿を現す。 矢面に立つ形のステュアートには、腹を空かせた亀が次々と…。


6匹を倒したエルレーンは、


「ステュアートっ、もう戻って!」


と、次の亀に目標を付けるが。


亀に囲まれるステュアートは、左右の岩壁を見て。


「ダメだよっ、モンスターがこっちに、にじり寄って集まってるっ! だからっ、先へ行くっ!」


と、また鎖の分銅を木の枝に投げた。


「ステュアートっ、無茶をするなっ!」


オーファーが大声を出すのだが。 鎖を絡めたステュアートは、宙吊りから鎖を手繰って岩壁より上がり。 振り動くと右側の上へ。


「このっ、姿を現せっ! このっ!」


崖の際に立ち、山道の右側壁面を分銅で払う。


それを見たオーファーは、細かい事を言う隙は無いと。


「大地の力よっ、我の身を守る盾となれっ。 ストーン・ヘリンジっ」


自分よりも大きく、真四角な岩のブロックを生み出したオーファー。


「こう成ったら、全て擬態を解かせてやろうっ!」


2つの岩のブロックを、エルレーンの先より山道の壁にぶつけ。


「んんん…」


彼の額に血管が浮かぶと…。


「うわわっ、魔法と岩壁がくっ付いたっ」


セシルが驚いて、オーファーを覗く。


一方、眼をギラギラと凝らすオーファーは、


「行けぇいっ!」


と、杖を振り上げた。


杖の動きに合わせ、岩壁にくっ付いた魔法の岩がズズズ・・・っと動き始める。 すると、その魔法の石に削られる様に、擬態する亀が剥がされて行く。


聖騎士や兵士達は、そんな光景に感嘆すらしたが…。


崖の上に居るステュアートは、


「警戒を解かないでっ、右側からモンスターが来始めたよぉっ!」


と、叫んだ。


山道右側の岩の上は、巨石や奇岩がゴロゴロする岩の森。 地形も平らでは無く、大きく畝っていた。


その岩の森を抜けて来たのは、一体の草のモンスター。 ステュアートの体格の半分も無い、雑草の様だが。 青々とした茎からは、つるの様な腕が伸び。 その腕で獲物を絞め殺しては、死体に乗っかり根を生やす。


対峙するステュアートは、早くもヒュルヒュルと伸びる蔓の様な腕を鎌で斬り。 茎の頭頂部に咲く、緑色の花へと分銅を飛ばす。 チューリップに似た花びらに分銅が当たると、勢いを食らってモンスターはオタオタとヨロめく。


(このモンスターの弱点は、確か花の中の蕊…)


図書館で情報を漁り捲った2日間は、こうして戦いの中の経験で命が吹き込まれるのだった。


代わって、山道では。


「ふんっぬ゛っ!」


ストーン・ヘリンジの魔法で、亀のモンスターをこそぎ取ったオーファーは、その二枚のブロックを合わせてモンスターを潰す。


エルレーンは、聖騎士や兵士と道に落ちた亀を倒して回った。


大混戦を繰り広げ、何とか亀のモンスターを一掃する頃。 アンジェラは左側を見て。


「もう、大半のモンスターが消えた…」


と、呟く。


然し、セシルは、


「アンジェラっ、ケイの方はいいってばっ! 右側から、チョロチョロと迫るオーラが先っ」


「あっ、あ・・はいっ」


モンスターとの戦いと云う場数では、やはりアンジェラが少ない分だけ移ろい易い。 冒険者の経験をしようと、ユレトンのチームに入った彼女だが。 行く行くは、神殿に仕える僧侶になるべく仕官を目指していたらしいから、何もかもが珍しい事なのだろう。


だが、


「ステュアートさんが・・」


と、アンジェラが指差せば。


見上げるセシルやオーファーも。


皆が右側の壁の上を見ると、ステュアートが姿を見せ。


「みんなっ、下がって! 一際デカいのが来るっ」


と、宙に飛んで降りて来た。


「ステュアートっ」


「ステュアート無事っ?」


エルレーンとセシルの声も無視して、ステュアートは最も護らねば成らないベストレントに。


「下がってっ、もっと下がってっ!」


と、ベストレントを押した。


「おっ、落ち着けっ、何がっ」


ベストレントがステュアートに問う最中。 急速に迫るモンスターのオーラを感じて、アンジェラはエルレーンとセシルの腕を掴み。


「下がってっ、真横からこっちに突っ込んで来ますっ!」


エルレーンも、セシルも、どんどん迫るオーラを察し。


「うわわっ、そこそこデカいっ」


「下がってっ、モンスター来るっ!」


退き始めた聖騎士や兵士達を追う様に、エルレーンが最後と成って後退すれば。 突如、亀のモンスターの死骸が散乱する山道に、暗い影が差した。


その影に、一同が振り返って上を見ると…。


‐ アギャギャ… ‐


不気味な声・・いや、それは鳴き声かも知れない。 醜く腐った人の様な顔を持ち、腐った血肉をこねて人形を作った様な、汚く赤い身体の何かが見えた。


「な゛っ、何だっ?」


「ひ・とか?」


口々に云う兵士達。


然し、前に出るステュアートは、その人形の足元には、ワサワサした様に伸びる剣のに似た赤黒い葉っぱが見えているので。


「山岳地帯に生きる、魔界の植物・・〔アルニィール・クラリアル〕。 大型の〔人形〕《ひとがた》をした蕊を持つ・・モンスター」


聖騎士の一人カシュワは、オーファーを見て。


「炎ならばっ、あのモンスターを焼き払えるだろうっ?」


と、指差した。


言われたオーファーより、セシルが早く。


「こんな雨の中じゃっ、炎なんて簡単に使えないっ! 暗黒の力が支配する磁場で、神聖魔法を使えって云うのと一緒よっ」


「そ、そうかっ」


無理難題を説明して貰ったが、それでも困るのはオーファーだ。


(使えぬ訳では無いが…)


水の精霊力が劇的に強い今、火を熾した処で唱えられる魔法はかなり制限されるのだ。


二人が云う間に、アルニィール・クラリアルは根っ子で起き上がり。 崖の上に引っ込んだ・・と思いきや、いきなり山道へ飛び込んで来た。


「わ゛っ」


「きゃあっ!!」


セシルとアンジェラが驚く。


だが、ステュアートは、セシルに寄ると。


「セシル」


「え゛っ、なっ何?」


「弱点は、あの人形の蕊なんだ。 僕らが戦う間に、あの蕊を狙い撃ちして」


「あ、うん」


頷いたセシルに、ステュアートは踏み込んで見詰め。


「でも、焦ったらダメだよ。 あの長い葉っぱは、とっても固いんだ。 隙を突かないと、攻撃も難しいって…」


「・・解った」


セシルは、人の背丈より高い位置に在る異形の人形をする蕊は、魔法か、何か工夫をして攻撃する必要が在ると解る。


一方、山道に降り立ったアルニィール・クラリアルは、その土に似た色の根っ子をうねらせながら。 ステュアート達が倒した亀の死体を漁る。


だが、通せんぼうをする様子からして、此方を逃がすつもりは無いらしい。


ステュアートは、またモンスターを前に立ち。


「よし、エルレーン、行くよ」


自分の倍近いモンスターに、退ける足を抑えるエルレーン。


「いく・って・・マジ?」


「マジっ! ケイさん来るまで気張らないとっ」


走るステュアートは、突っ込むと見せてから。


「そらっ」


独楽の様に回転してから、鋭く分銅を蕊へと投げる。


だが、その分銅が人形の蕊に届くことは無い。 蕊を囲うように根っ子の上辺りから伸びる剣の様な葉っぱは、蕊を守るべく分銅を打ち払った。


其処へ、更に踏み込むステュアート。 葉っぱを切断しようと根元へと近付くが、葉っぱの大振りな動きに近付けもしない。


エルレーンも加勢して、葉っぱを打ち払う。


其処をセシルが狙い。


「顔面を打ち抜いちゃるっ」


と、狙いを定めた。


この作戦は、苦戦したが上手く行く。 見事、セシルが弱点を打ち抜いた。


モンスターの大きさに戦意を失い掛けた聖騎士や兵士達。 ベストレントは、こんな危険な調査に成ると考えて無かった。


その後、右側からは、中型の猫科を思わせるブチ色のモンスター、“ニャロゴナ”と云うモンスター数匹に襲撃される。 姿は猫でも、大きさが豹で、顔が凶暴極まりなければモンスターだ。


その後に少し歩いて、道幅が急に広がった。 左右の崖が崩落し、雨水で流されたか。


此処で、オリエスが身構え、慌てふためいたアンジェラが。


「来ますっ、また大きいのがっ」


と、右側の崖の上を指差して怯える。


身構える皆だが、地面を擦る様な音がしたと思うと…。


‐ シャーッ!!! ‐


蛇の威嚇が、大音量で聞こえたと思えば。 黒々とした鱗を濡らす三つ叉に別れた頭の大蛇が現れる。


その大蛇を見るや、オーファーが。


「不味い、猛毒の霧を吐く〔ツネレガヌアナンタ〕だっ」


セシルは、問答無用と真ん中の頭に矢を撃ち込む。


三頭のコブラの様なツネレガヌアナンタは黒い毒の霧を吐く。


一足早く、オーファーが風の力でその霧を吹き返す。


ステュアートは、風が吹く力に対して蛇のエラが受け身に成り。 大蛇の動きが緩慢になったと。


「エルレーンっ、土手っ腹だよっ」


「わっかったぁっ」


風の強さに、声が割れるエルレーンが答える。


同時に、聖騎士二人も。


「今が・攻め処だっ」


「臆するな゛っ」


二人して兵士達を奮い立たせる。


ツネレガヌアナンタと、ステュアート達に聖騎士や兵士が加わっての大乱戦。 ベストレントは、一人で僧侶二人やオーファーやセシルを守る為、小型のモンスターを迎え撃つ。


ステュアートは、噛みついて来た右側の頭の眼に分銅を飛ばし。 怯ませた処で、左眼を鎌で斬る。 その直後、大蛇の右側から背面に回っては、矢を受けて苦しむ真ん中の頭を鎖で絡めて。 一緒に回って来た兵士と鎖を引っ張った。


一方、聖騎士カシュワと兵士2人が腹の彼方此方を斬る横で。 カシュワ達へ毒の霧を吐こうとする左の頭を牽制して、斬りまくるのがエルレーンともう1人の聖騎士ナダカーク。


セシルは、その左の頭の眼や口に目掛け、何度も矢を放って潰す。


結局、流血が長引き大蛇は弱り、スチュアート達が寄って集って攻撃し死んだ。


スチュアートやエルレーンは元より、聖騎士二人や兵士も返り血を浴びる。 ベストレントは、護られる立場に居た為に浴びた量は少ない。


其処へ、


「おいおい、毒を含む血を浴びるなよ」


と、Kの声が。


彼を迎えた全員だが、濡れて居る以外に怪我も無い様子が信じられないのは兵士や騎士。 全力で戦った自分達は、もうフラフラ。 ステュアートやエルレーンも、息がとても荒いし。 魔法を維持し続けていたオーファーは、10歳老け込んだ顔に成る。


戻ったKは、抜いたままの短剣一本で軽々と大蛇を崖の上に飛ばし。


「もう後は俺がやる。 皆、この先の川で血を落とせ」


と、歩き始めた。


それからは、あのデカいカエルこと、デプスアオカースも襲って来た。 擬態する亀も居る。 ハエのモンスターが百匹近い群で来る。 然し、片鱗でも本領発揮したKの前には、為す術無し。 あらゆるモンスターが瞬殺され、ベストレントを始めとして、聖騎士や兵士達も夢を見ているかの様な…。


そして、毒を含む血を浴びた者は、ジワジワと肌に違和感を感じる。 それが雨に濡れて流れて伸びる事で、痛みが広がる様な…。


「ケイさん、なんか痛いです」


訴えるスチュアートに、Kは慌てる様子も無く。


「右の崖から来るモンスターを潰すから、所々で崖の亀裂から出る雨水で洗え。 但し、崖の上から流れる水は止せ。 それと、絶対に水を飲むなよ」


山は、その起伏などの所為か日暮れが早い。 目視の出来る間で、崖の亀裂より出る水で毒を洗い流し、装備を洗ったり。


一番に血を浴びたのは、スチュアートとエルレーンに、聖騎士カシュワと兵士3人。 装備を外して洗うのは、痛みが広がるからだ。


モンスターを倒したKは、本降りに成る雨の中で戻り。


「先を急ぐぞ。 川で、石鹸を遣って良く洗え。 女だから裸がどうだの言ってられねぇ~ぞ」


あの山小屋の手前に流れる川に到着する頃には、もう暗く成る頃。


「スチュアート、ちょっと向こうで洗って来るね」


エルレーンが、小さく別れる川の一部に向かう。


光の小石に明かりを発動させたK。


「そっちの女騎士(アンタ)、此れを持ってエルレーンと体を洗ってこい」


光の小石を渡されたカシュワ。


Kは、山小屋に体の向きを変え。


「大蛇の毒素を甘く見るな。 しっかり洗い落とさないと、毒消しの薬がしっかり効かないぞ。 薬効の在る石鹸をセシルやエルレーンが持っているから、借りて洗い落とせ」


と、歩いて行く。


スチュアートや兵士は、もう殆ど裸に成った。


大蛇の血が皮膚に染みるステュアート達は、ここの川で洗い流したが。 それでも、染みる痛みは治まらない。 装備から衣服まで、洗える限りを石鹸で洗った。


まだ2つ在る小屋の内、片方に泊まる事にしたが。


「定期的に来る冒険者や兵士の為にも、壊れた2つの山小屋も、いずれ折りを見て直そう」


と、ベストレントは言う。


だが、Kより。


「慎重に遣るこった。 材料を何処から取るにしろ、この山林はモンスターのテリトリー。 どうせ遣るんならば、ニルグレスやあのオリアスと相談し、この小屋に結界を張るぐらいしないと」


「なるほど。 材木は、運ぶより森から採る方が楽だが。 この危険な森では、大工に頼めば事足りるとは行かぬな」


「そうだ」


Kとベストレントが山小屋の一つに入り、火を熾して休む準備を始める。


其処へ、女性達が先に戻り。 小屋の奥に梁を利用してカーテンを作り、その裏で毒消しを塗ったり、着替えたりする。


男性陣が戻る頃。 其処から着替えて出た薄着のエルレーンは、薬をくれたKに。


「ねぇ、ケイ」


「ん?」


「あの時・・、ミルダを連れて来た時も、こんな風だったの? 確か、夜に一人で倒したって…」


火を見ながら、干し肉を炙っているK。


「そうだな、まぁ~こんなものか」


それを聴いて落胆と痛みで落ち込むエルレーンだ。


「関係しただけでこの依頼は、私達には荷が重いわ」


オリエスに後を任せるKは。


「あの斡旋所に居る冒険者じゃ、誰で在ろうと力不足だ」


アッサリ言う。


だが、その眼をベストレントに向けると。


「なぁ」


「何であろうか」


「明日は、俺と御宅の二人で辺りを捜索する。 毒を多く浴びたスチュアート等は、明日は動けない。 人選は、御宅に任せる」


ベストレントがKの脇に来て、その脇に屈む。


「毒は大丈夫なのか? 命に関わらないか?」


「毒消しは飲んだし、オリエスが居るから大丈夫だ。 魔法の毒消しと併用したから、治ることは間違いない」


「そうか、うん」


「だが、半分の者は、明日は動けない。 毒が肌に染み込んだから、急速に解毒しても一定の痛みと、その後から来る痒みや筋弛緩症状が襲う。 一日は、その症状に苦しむだろうさ」


「そうか。 では、余裕を見ているから、焦る必要はない」


「だがよ、まだ数日は雨が断続的に降るが、明日は一日止む様だ。 辺りを捜索するなら、明日に粗方を遣った方がいいぞ」


Kの話の後に、オリエスからも。


「ケイちゃんの感知は完璧だからね。 後で後悔しないでよ」


と、言葉をおい被せ、注意を重ねる。


「さて、もう少し燃やすモンでも探してくるか。 数日は滞在するからな~」


霧雨の中で外に出るK。


彼が出て行った後だ。 ベストレントがオリエスに近寄り。


「オリエス様、あの男は何者ですか?」


雨に濡れた髪を拭くオリエス。


「何者って、冒険者でしょ?」


「ですが、あの強さは桁が違ってます。 冒険者ならば、さぞ名前が通ったご仁かと」


「ジュラーディ様は、何で?」


「最高の冒険者を付けた・・と」


「ふぅん、ならばそれでいいんじゃないの? ケイちゃんは若い彼に誘われて、一時的に加入した協力者だってから」


「ですが…」


「昨日に隊から外したあの騎士サマみたいに、平気で人を見捨てたりしないから大丈夫よ。 見捨てる気が在ったならば、斡旋所の主なんか今頃は死んでるし。 イスモダルの一件に関わったりしないわよ」


聞いているスチュアート一行は、言わずにみんな頷いていた。


ベストレントは頭を振り。


「解らぬ、何故に有名に成ろうとしてないんだ…」


女性の聖騎士カシュワは、鎧を脱いで筋肉質の女性らしい肌を出していて。


「あのモンスターの斬られた痕が、脳裏より離れない・・くっ」


毒の滲みる痛みに顔を歪ませた。


男性の聖騎士ナダカークも、毒の血を浴びた頭を洗ったので、薬草の匂う液体を布で付着させながら。


「あの業は、もう達人の域を突き抜けている。 斬った痕に乱れが無いなど、彼の天才剣士と謳われるアルベルト殿でも無理だ。 然も、あの様な黄金の覇気は、誰も体現が出来ぬ。 神の領域・・そうとしか思えない」


此処で、兵士の年長者となる顔に古い怪我の痕を残した男性が、スチュアートに近寄った。


「御主、まだ駆け出しであろう?」


「は、はい…」


着替える前にとオーファーにも頼んで、全身の痛い所に薬を塗るスチュアート。 Kの事を深く尋ねられても、大した答えなど持ち合わせ無いから困ると思う。


「あんな人物を、一体どうやって仲間にした? 何か、理由が?」


「え? いや・・成り行きで…」


「成り行きだと?」


話が面倒臭くなると感じたセシルが、チーム結成の馴れ初めを簡潔に話した。 いや、あんな出会いなど簡潔である。


エルレーンとオーファーが、簡潔にこの一月ほどの間のことを語った。


年長者の兵士は、全く信じられない。


「そんな酔狂な冒険者が居るのか? 理解が及ばない…」


然し、オリエスが。


「ケイちゃんが、アタシやお爺ちゃんと知り合った過去も。 ジュラーディ様に知り合った過去も、そんな甘い経緯じゃないのよ。 多分、人の経験する高みなんて知り尽くしたから、名声とか栄誉とかどーでもイイのよ」


「どうでもイイ・・」


「私の見た所、ケイちゃんは今を楽しんでる。 寧ろ、駆け出しのチームが居る位の足手纏いを背負った方が、遣る気も出て面白いのかも…」


「どんな領域なんだ?」


悩ましい年長者の兵士。


其処に、アンジェラが。


「何より、明日の事を考えましょう。 あの毒蛇と間近で戦った皆さんは、痛みが出て居ますでしょう? この一帯を捜索するならば、誰が同行致します?」


ベストレントが、その話で頭を捻る。


焚き火前で、エルレーンに頼まれ肩に薬を塗るアンジェラ。 オリエスは、アンジェラに近寄り。


「明日、私達はどうする?」


「どちらかは、此方に残る方が良いと思います」


「後で、ジャンケンね」


「勝ったら、私がケイさんに着いて行きますよ」


アンジェラが珍しく主張し、オリエスは眼を丸くする。


「あら、魔法がまた遣える様になったら、随分とイケイケね」


「この辺りには、私の前の仲間の遺体が在るかも知れません。 何か在れば…」


「・・なるほど、ね」


薬を塗り終えたアンジェラは、兵士達の方へ行く。


「怪我の治癒が必要な方、もういらっしゃいませんか? 小さな怪我でも、甘く見ないで下さい。 化膿すると治りが悪く、命に関わりますよ」


すると、兵士の一人で、動きが俊敏な細身の男性が。


「あ、背中を診て貰えないか?」


「どうしました?」


「いや、痛痒いんだ」


彼の背中に回り、裸のままの背中を見ると。


「まぁっ、これは…」


アンジェラが驚く事で、オリエスも濡れた髪を乱して。


「どーしたの?」


僧侶二人が見る男性の背中には、掌の長さで黒い線が。


「ちょっと待って…」


其処を触れるオリエス。 兵士が痛がるのを診て。


「これは不味いわ。 昼間、戦っている最中に、植物モンスターの裂けた繊維が刺さったみたい。 完全に皮膚の中へ入っちゃってる」


聖騎士ナダカークも来て。


「これは、皮膚を斬って抉るしか無いな」


アンジェラは、直ぐに消毒薬を持ち出す為に動くが。


「ケイちゃんを待って、対処しよ。 ケイちゃんならば、魔法で直ぐに塞げる様に斬れる。 下手に繊維を取ろうとして、体内でバラバラに折れたら、筋肉や血液の動きから体内に入っちゃう」


こう言ったオリエスは、


「他に、怪我した人は居ない? 見えない処は、他人に見て貰って確かめてよ。 化膿したり、病気に成られたら困るんだからね~」


と、注意を促した。


そして、ほどなくしてKが戻る。 雨具をずぶ濡れにするKは、オリエスより話を聞くなり。


「なら、さっさと斬るか」


安物のナイフを遣い、見る者の前で全く力の掛からない様子のままに繊維に添って動かすと…。 まるで皮膚が開ける様に、美しい傷の線が出来上がった。


(あんな刃が丸くなったナイフで、どうしてこんな芸当が…)


騎士やベストレントが脱帽する前で、繊維の隅からナイフ一本でなぞり剥がす。 繊維が取り出されると、Kの作った消毒薬で傷の中を消毒するオリエスとアンジェラ。


仕事を終えたKに、布を渡すスチュアートが。


「ケイさん、ジンジンと痛いし、なんか痒いデス」


「当たり前だ。 あの毒蛇の血を浴びたんだ。 魔法を上手く使って切り抜けるとか、もっと考えろよ」


「すいません」


自分の荷物から丸薬の入る細長い銀色の筒を取り出すK。


「それ、眠剤入りの痛み止めだ。 眠れるぞ」


其処に、エルレーンも。


「アタシも、それ頂戴。 痛痒いの」


「ん」


この薬がまた、凄まじい効果だ。 痛みや痒みで眠れなそうでも、服用から然したる時を要さずに眠る。 兵士まで貰う者が現れ、次々と眠る。


そして、Kが横に成ると。


「ケイさん」


「なんだ、オーファー?」


「明日は、私とセシルとアンジェラさんが同行します」


「明日は、遺体捜索が主だ。 森の中を歩くからよ。 今日は疲れただろうから、よく眠っておけよ」


「解りました」


全員が眠り、朝までKが何度か外に出た。 オリエスやオーファーは、Kの力が一瞬だけ煌めく波動に眼を覚ましたが…。 安心すべきは、Kが自分達を起こさない事だ。


雨が止む朝方には、Kが薪をくべて寝そべった。


一夜の出来事。


だが、何度か起きたベストレントは。


(冒険者と云うも、見事な者も居るのだな。 口は悪いが、何事も先を見据えている。 ジュラーディ様が、何事も困れば相談せよ、と仰ったが。 この様な場所では、我々の方が素人も同じ。 なるほど、なるほどにうってつけの人物よ)


納得して、また横に成った。



        ★


朝、曇る空が明るくなる。


森に入るのは、ベストレントと男性騎士ナダカーク。 それから兵士の一人。 これに、オーファー、アンジェラ、セシルが加わる。


山小屋より北に分け入るKは、皆を先導しながら。


「遺体を捜すならば、モンスターを捜すのと同じこと。 自然の力の中に蟠る存在を察すればいい」


雨露に濡れる森だが、その捜索は容易でもあり。 また困難でも在る。


ま、何百人もの兵士が亡くなった訳だから…。


「ケイさん、此方の窪みに遺体が」


巨木の裏側の下がった窪みに、兵士数人分の食い散らかされた遺体が。


「よし、調べるぞ」


ベストレントが身元の判るものを捜す。 護身用の短剣に個人名を彫る兵士だから、それを頼りに三人分の遺品を纏める。


Kは、黒い粉末を持ち出し。


「オーファー、この遺体を焼くぞ。 遺骨の粉でもあれば、合同葬儀も格好が付く。 アンジェラは、この現場を浄化するんだ。 亡霊が生まれないように、な」


手だの指だのと、一部が残るのみ。 骨の格好ならば、持ち帰るのも容易い。 生身では、病気を持ち帰る可能性もある。


火を熾すK、その火を利用して遺体を燃やすオーファー。


アンジェラが聖水で浄化を試みると、聖騎士ナダカークも協力する。


骨を小瓶に納めると、その荷物を巨木の虚に隠した。 帰りに回収する為だ。


更に感知しながら進むと、鈍色の大きな蜥蜴が、遺体の残りを漁っている。


「己っ、モンスターめ゛っ」


剣士としては達人域のベストレントが、その光景に怒り飛び出そうとするも。


「待て」


Kに止められた。


「何故かっ?」


「あれは、バジリスクと言うモンスターの仲間だ。 目玉には魔力が宿り、人間などはその睨みに魅入られると石化する。 この森の中では、中等域のモンスターだ。 火薬と聖水を渡すから、回収作業を頼む」


妙な話だが、オーファーが。


「ケイさん、先に片付けてしまいますか?」


「嗚呼、此方に気付かれる前に、な」


云ったKが、茂みより消えた。


「ぬ゛」


ベストレントが驚くと。


「ベストレント様、もう前の蜥蜴は死んでます。 さ、行きましょう」


オーファーに言われて、ベストレントが前を向くと。 遺体を漁っていたモンスターが、丸で砕け散る破片の様に崩れる。


間近に迫ると、綺麗に野菜が角切りされた様になったモンスター。


「この様に凄絶なのに、何故にこうも美しいのか。 斬るとは、芸術なのか」


斬った跡を見て言うベストレントを始めに、武器を振るう者ならばそれが判るのか。 兵士も、騎士も、感嘆とすらする。


その直後、アンジェラとナダカークが、北西に顔を向けた。


「今、向こうで…」


アンジェラが呟けば。


「ん。 モンスターの蠢きが、一瞬で潰えた」


ナダカークも続く。


「ケイさんが、危険なモンスターを排除しているのだろう。 我々が一緒に戦って疲弊しては、明日も在るし、ケイさんに全ての負担がのし掛かる。 役割分担、だな」


遺体を燃やすオーファーは、燃やした後で火を維持し。


「さて、小さいモンスターは、この私が潰そう」


茂みの中より、怨念型のゾンビと黒い百足のモンスターが現れた。 炎の魔法で排除するオーファー。 毒や病気が心配な中で、雨にしっかり濡れた森は有り難い。 炎の魔法はやはり破壊力が有るだけに、こんな環境では心配が少なく使える。


Kが戻る頃には、モンスターは粗方消し炭に。 戻ったKは、残るモンスターなど無視し。


「さて、金儲けでもすっかな~」


バジリスクなるモンスターの仲間と云う、最初に斬った蜥蜴のモンスターの目玉をまた斬り。 その中に在る黒い塊を取り出した。


人より大きな団子虫のモンスターを炎で蹴散らしたオーファーが。


「ケイさん、それは?」


「この系統のモンスターの眼球には、魔力を秘めた石が出来る。 年季を経た奴ほどデカいのが出来るんだ。 値の張る魔法発動体の一つで、これだけで5000シフォンは余裕だ」


「ほう」


「さて、セシルの飯代も稼いだ事だし、次に行くか」


同行するセシルが、兵士やベストレントから見られて恥ずかしく。


「食費だ、飯代だの言うな゛っ」


炎を消すオーファーが。


「ケイさんを心配させる程に食うからだ。 人並みに出来ないのか?」


「ウルヘェっ!」


すると、アンジェラがセシルを見て。


「太らないって、イイですわね・・」


オーファーはと云うと。


「有るべき処が有るのと、無いの違い…」


アンジェラとセシルの肉体を眺めて呟くが。


その最中、セシルの銃口が向くと。


「さて、次は向こうか?」


Kの後を追って行く。


次は、死んだモンスターの残骸だ。 ケイが以前に倒した、巨木のモンスターや大きな大きな岩の形に似たゾンビ系モンスター。 その残骸の中に、食われた兵士の遺物が残る。 雨水をKの用意した粉末と混ぜて、洗う水にする。


その様々な作業の最中、モンスターの大きな肋骨の間に入るKが。


「セシル、解ってるな」


銃口を森に向けるセシルが。


「準備はオッケーっ!」


と、いきなり魔力の宿った矢を発射した。


驚く兵士やベストレントだが、木々の高みよりナダカークを狙っていた蝙蝠のモンスターが、飛び立つ直後に撃たれた。


その後、森から飛び出すモンスターを迎え撃ったセシル。


オーファーが遺体を燃やすまで守り抜く。


さて、その後に。 森を行くKが。


「セシル」


「ん~?」


「お前、矢を発射した後で集中してるか?」


「炸裂までやれるか、って事?」


「あぁ」


「ん゛~、速いからなぁ」


「いや、眼で追ってはダメだ」


「ふぃ?」


「イメージと集中で遣れ」


「イメージと・・集中?」


「魔想魔法は、別名を“イメージマジック”と云うぐらいに創造・想像力が不可欠だ。 魔力をその包銃に込めて、衝撃魔法に変化して撃つ。 魔想魔法のルーンが刻まれた銃ならば、イメージ次第では撃った矢を動かせる」


「はぁっ? そんな芸当が出来るの?」


「遣った奴は歴史上でも少ないが、挑戦すれば能力が伸ばせる可能性が在る。 エンチャンターには、エンチャンター成りの成長や応用が在る。 スチュアートと一緒に居たいならば、その努力や挑戦も忘れるな」


「ん、ん・・」


考えるセシルを眺めるオーファーは、可能性と課題を見せるKに頭が下がる。


(この方には、頭が下がる)


さて、昼過ぎか。


腐った顔半分やら、内臓を食われた体の一部が残る遺体を水辺に見付けた。 6、7人の遺体だが、合わせても幼い子供の体より少ない。


「ケイ~、ヒン曲がった短剣みっけ。 凄くネバネバしてるぅ~」


セシルが呼び。


「その沼の水で洗え。 モンスターが潜んでるから、銃は放すなよ」


「え゛っ、モンスター居るの゛ぉ?」


「ウナギのモンスターだ。 デカいが、鼻っ柱の白い部分が弱点だからよ。 其処に矢の一発でも撃ち込めば、もう襲って来ねぇさ」


「はぁーい」


だが、オーファーが。


「いや、我々も水辺を遣いたいから、魔法で黙らせよう」


水の魔法は、今日ならば唱え易い。 水流を産み出したオーファーは、ウナギのモンスターを水流でもみくちゃに。 眼を回したらモンスターは、沼の底へ沈んでしまう。


遺品を洗う兵士が、堪らずに泣いていた。 亡くなった兵士が知り合いだったのか。 そんな様子を見ると、セシルはオーファーに。


(上司を選べないって、仕官も大変だね)


(だから私は、父と同じ道を歩まなかった。 間違いを間違いと言えないのは、嫌なものだ)


(ホントだ~)


二人の会話を聴くアンジェラは、何とも言えない沈んだ表情をした。


さて、次は、これまでの遺品や骨を回収しながら、山小屋の東側に回り込んで最後の一ヶ所に向かう。


一番強い死のオーラが出ている場所は、何と巨大な地蜘蛛の作った巣穴である。


K曰く。


「地蜘蛛のモンスターの仲間に入る、グラントスピアーノだ。 穴回りだけで、立派な邸宅一つはスッポリ入るし。 深さも、二階建てぐらいは納まるだろうよ」


ベストレントは、埃を被る地面の糸の蓋を見て。


「此処を捜して、遺体が出るだろうか」


「出る」


断言したKは、足下に落ちていた枯れ木を蹴った。 その木の枝が少し盛り上がる糸の蓋に落ちると…。


刹那して。


「うぉわあっ!!」


「のあっ!?」


馬鹿デッカイ蜘蛛のモンスターが、音を立てる瞬間に飛び出して来た。 驚く一同だが、Kが抜く手すら見せぬ斬撃を放ち、飛び出す途中より蜘蛛のモンスターが真っ二つに裂けて行く。


そして、体液を撒き散らして蜘蛛の巨体が地面に落ちる地響きで、また一同が驚く。


「さーて、巣穴を調べるか」


圧巻と云うか、凄業を見せられて呆ける一同だが。


「あ、さぁ、行きましょう」


馴れてるアンジェラが動き出す。


続くオーファーに、セシル。


ベストレントは、足を動かす事に気力を遣い。


「腰が抜けるかと思ったわい。 なんたる腕じゃ」


だが、巣穴に入ると。 穴の中の巣を構成する糸をスパスパ斬るKが。


「あの蜘蛛のモンスターは、管を獲物の体内に射し込んで、内部を溶かして啜る。 噛み千切る訳では無いからな、遺体は皮のみだが丸々残る。 糸に絡まった衣服は、塩で剥がせるぞ」


作業に移る皆だが、Kはセシルを呼んで外へ。 作業をする皆を守る為、近寄って来るモンスターを退治する。


「セシル、魔力を這わせた矢は、お前の手足と思え。 イメージし、発射した後も見捨てるな」


「ぬ゛ぅぅっ、手足ってさぁ…」


モンスターの死骸に、違うモンスターが寄って来た。 山小屋にも近い為、放置もウザいとある程度まで倒す。 矢を発射する度に集中して、後にまた矢を込めなければ成らない。 この忙しさに集中しろと言われても、だが。


山小屋に戻る夕方には、汗だくの上にフラフラするのはセシル。 然し、山小屋に入ると…。


「な、なんじゃ、この暗い場所は…」


スチュアートやらエルレーンなど、毒の血を浴びた皆が踞っている。


Kが後から入るなり。


「毒の後遺症だ。 浅く浴びた者は、拭うのが速い程に症状は浅いがな。 どっぷり浴びた者は、中和してもヒリヒリした痛みと、大変な痒みが一時的に襲って来る。 明日までは、まぁ~我慢するしかない。 湯に長く浸かれば、もっと軽減するんだがな。 この辺りの温泉水は、全て有害だからよ」


同行したナダカークと兵士は、ヒリヒリ感も痒みも理解している。


その中に一人で居たオリエスは、喋りたくて仕方がなかったのか。


「ケイちゃん、何してた~?」


「何だよ、疲れてるのによ」


「だってぇ、誰も喋ってくれないんだもん」


「当たり前だろうが。 遊んでんじゃねぇぞ」


処が。


「カシュワは、ど・・」


彼女を捜すナダカークは、視界に彼女が居ないと間近に居るオリエスを見る。


「今日は、触らないであげて」


言うオリエスは、布のカーテンを指差すと。


「胸やら股に毒の血が掛かれば、違う意味でムズムズする。 女だと、勘違いも生むってもんよ」


と、Kが代弁する。


同じ女性としてオリエスが。


「ケイちゃん、女心を察して」


Kはナダカークを指差し。


「フン。 それを解らん奴に教えただけだ」


似た経験が有るアンジェラは、あの時の恥ずかしさを思い出す。


(嗚呼、血を浴びなくて助かりましたわ…)


ま、毒を拭ったりしたアンジェラやオリエスも、指先や腕に少し症状が来ているが。 この残った面々ほどには、症状が来ていない。


さて、持ち帰った遺品は、20名ほど。 遺骨の全てを纏めたら、一般的な骨壷にして一杯ぐらいに。


兵士の一人は、持ち帰られた遺品の装備を見る。


「ナダカーク様、コイツは・・中央から来た奴です」


「ん。 バベッタの街に戻ってより、どの地方から来たか分けて届けさせる」


「お願いします。 家族より、安否確認の手紙が来ますから…」


「解った、解った」


其処に、魔力を使ってへばったセシルが。


「ね、ちょっと、聴いても、いい?」


ベストレントが身をセシルに向ける。


「どうした?」


「ぶっちゃけ、あの統括長官・・だっけ? イスモダルとか云うオッサン、どーなったの?」


疲れたセシルだが、やはり気に成った。 この悲惨な状況を招いた張本人のイスモダルで在る。 兵士達も、聖騎士のナダカークも黙った。


ベストレントは、チラッとKを見る。


(あの人物がジュラーディ様を動かした以上は、あの人物より…)


其処に、休む為に動くKから。


「セシル、バベッタに戻ってからにしろ。 極秘情報で教えてやる」


「ケイが云うなら、それでいいや」


納得したセシルは、仲間の方に引き下がる。


だが、兵士達はベストレントを見ている。 情報が降りてこない末端の彼等には、悪徳な役人だったイスモダルの今を知ることも出来ない。 仲間をこうした人物の今を知りたいのは、役人の末端に在る彼等でも同じである。


聖騎士ナダカークは、その情報の部分部分は知れるが、全てを知る立場に無い中間の地位。 兵士の気持ちも、黙るベストレントの気持ちも、両方が解るからじっと見守った。


だが、ベストレントは何も話さずに背を向けた。


彼に兵士が問わないのは、地位の差が違い過ぎるからで。 また、この仕事が極秘な為だろう。 宮仕えは、安定を得る代わりに我慢も必要だ。 その大変さは、これまた遣った者でなければ解らない。


Kが休む為に準備へと動く。 モンスターの肉体の一部で、とても長く燃え続ける筋を濡れた薪に巻き付ける。


スチュアートやエルレーンは、痒みから逃避したいのだろう。 オーファーやセシルに、今日の話を訊ねた。


さて、夜になり。


横になるエルレーンが。


「ねぇ、ケイ」


「何だ?」


「明日、洞窟に行くんでしょ?」


「仕事だからな」


「カエル、まだ居るかな」


「昨日や今日も見かけたんだ、居ると前提した方が気楽だろう?」


其処へ、スチュアートが入り。


「あの、雨が降りましたよね? また、あの薬を飲まなきゃいけないんですか?」


Kは、荷物を指差し。


「安心しろ、しっかり用意してあるぞ」


「うわ、また頭痛だ」


エルレーンも、ぐったりして。


「後から頭痛が来るから、ウザいのよね」


セシルとオーファーは、あの時にミルダと戻った側なので、薬の副作用を知らない。


「ね、そんな痛いの?」


「副作用か?」


あの時は、夜まで休み休み歩いた事を語るスチュアートとエルレーン。 二人は、頭痛を押して歩いた経験を思い出す。


結成より一月ほどで、とんでもない経験をしてきたと思うスチュアート達。 反省やら疑問やら、共有して解決した。 Kありきの話だが、それでもスチュアート達は成長している。


だが、その真夜中だ。


Kが、薪を外に取りに出ると。


「すまないが…」


ベストレントが、後から外に出てきた。


Kは、闇夜で辺りを眺めるままに。


「手短にしろよ」


恐縮するベストレントの表情は、見えなくても声で解る。


「実は、イスモダル様の事だが…」


「アイツの事は、ジュラーディやエロールが遣るだろう」


「や、やはり、教皇王様を・・知って?」


「さぁ、な。 イスモダルのアホは、家柄も立派ならしい。 スチュアート達に教えると、無駄に降り掛かる火の粉を増やしそうで、黙ってはいたが。 ジュラーディから聴く情報だと、クリアフロレンスに向かうならば隠せないな」


「ん、うぬ…」


Kの言わん事は、後に解ろうが。 ベストレントが唇を噛むのは、何故なのか。


「今は、今はまだ喋れぬ。 兵士や騎士の皆が知りたがるのは解る。 が、まだ言えぬのだ」


「御宅も、立場からして大変だろうが。 世界が、この数十年で劇的に開かれた。 もう、貴族だの王だのだけで、神に近い扱いをする時代じゃねぇーさ。 問題が解決したならば、寧ろ公開した方が楽じゃないか?」


「御主の言うことのが、最もかも知れん」


「洞窟に行く明日は、今日の百倍は危険かもな。 御宅に体調を崩されたり怪我されても、後が面倒だ。 さっさと休んでくれ」


「・・済まない」


此処で、


「一つ、頼む」


と、Kが言う。


「ん?」


ベストレントが前を見ると、胸に何かが当たり。


「火に、薪をくべてくれ。 どうやら、モンスターが近寄っている」


「行くのか?」


「疲れた奴を起こすと、明日に支障を来す。 面倒な仕事は、最短で遣りきるに限る」


「解った」


ベストレントが薪を受けた時、もうKの支える力は無い。


(あの人物、世界を巡って如何なる生き方をして来たのか…)


自分の及ぶものが何も見えない。 静かに戻り、囲炉裏に薪を入れた。 夏場だが、山の中は冷える。 この山小屋の在る辺りは、川沿いで洞窟なども近い分、冷え込みが強い。


(この燃える火の様に、人の道を照らし導くことも、焼き尽くす事も出来る者か…)


燃える薪を見詰めたベストレントだが、自分にはどうすることも出来ないと悟り横になるのだった。


そして、いつの間にか、Kが戻って横に成っていた。


晴れて冷えた夜だったが、明けた朝にはまた曇る。 トイレやら食事やらが始まると。


「本当に、痒みがかなり治まったな」


「ん。 薬とは、何とも便利だ」


「だが、毒には気をつけよう」


兵士達が喋っている。


一方で、鎧やら具足を付ける女性騎士のカシュワは、オリエスやアンジェラと一緒で。


「ふぅ、痒みが治まって助かった。 恥を晒す様で、居なくなりたかった」


解るアンジェラも。


「私も、以前に足の内側に怪我をしまして。 男性から勘違いされ、とても誘われましたの。 あの時は、消えてしまいたかった…」


遂に洞窟へ向かう訳だが、あの危険なキノコの存在は忘れては成らない。 Kが全員に薬を配って、準備を整えて行く。


「滝、滝が目印だよね」


エルレーンが、先行するスチュアートと話し合う。


「滝壺で、また洗う事になるかな」


「どれくらい遺品が見付かるか、だよね」


「あのカエルの体液ってさ、湿ってるとネバネバしてるくせに、乾くとガチガチだから嫌なのよね」


滝壺まで来て、断崖の坂道を見上げるスチュアートは。


「う~わ、また来ちゃった」


エルレーンも、感慨深く。


「女王の道の一歩を踏み出した場所ね」


そうして、二人に付いて行くKが。


「洞窟の中は、二人並ぶぐらいがいいだろう。 壁の青いキノコは、なるべく刺激するな。 戦闘になるまでは、刺激しないに限る」


然し、洞窟に入ると。


足下に落ちたキノコや、壁のキノコを観察するスチュアート。 松明の灯りながら。


「うわ、なんか居るっぽいよ」


「ん?」


セシルとオーファーが、同時に見上げる。


「ほら、キノコが内側に折れてるし。 滲み出した水分がまだ…」


其処に、Kが。


「どうやら、モンスターもこっちに気付いたみたいだな。 奥の方だが、蠢く気配が有る」


武器を直ぐに使える様にした一行。 長く続く洞窟内を行けば、上がり下がりをして長く行けば、洞窟の幅が広がり、天井と床を天然の石が柱の様に繋がる所まで来た。


「あ、向こうに遺体が御座います」


アンジェラとオリエスが、無念の思念が発する不のオーラを感知する。


が、次にKが。


「モンスターも、どうやら襲う気に成ったぞ。 天井を這って、蝙蝠と死出虫の姿をする奴が来る」


松明を持つスチュアートは、鉤爪の付いた引っ掻けを石の出っ張りにかけて松明を差し込む。


この準備は、スチュアート達が猶予期間に街中を回って買ったものだ。


まだモンスターを見てもない。 ナダカークは、


「何故に、モンスターの種類が判る?」


と、Kに問えば。


「フン、唾液、毛、臭い、爪痕、挙げたらキリのない証拠からだ」


こう答えるK。


剣を引き抜くナダカークを始めに、待ち構える兵士やスチュアート達。


Kは、オリエスとアンジェラに。


「今のうちに、遺品を回収するか。 オーファー、遺体を燃やすぞ。 遺品だけは、ロープに縛る」


やって来たオーファーだが。


「洞窟で、燃やすんですか?」


こんな狭い場所で、炎の魔法を遣うなど大変な事だ。


然し、Kは。


「いちいち派手に魔法を遣うだけが、魔法の在り方だと思うな。 炎の魔法を出したら、大きくするのではなく。 小さいままで燃やせる様に操るんだ」


遺品に中和する水を掛けて、ロープに縛るオリエスやアンジェラの前で。


「炎を大きくする考えを取り払え。 籠める様に、小さくしたままに強く押し込める様に魔力を操れ」


火球を産み出したオーファーは、強く燃やすには魔力で大きくする認識を持っていた。 それを無くすとは…。


炎が消え掛かる度に、


「仕切り直せ。 自然魔法は、術者の遣り様で幾らでも変化が出来る」


そして、掌の火球で骨まで焼き尽くす事になる。


「ふぅ」


脂汗を掻いたオーファーに、遺骨を回収するKが。


「今の集中の仕方を自由に出来れば、片手に出す小さい火球で、普通に唱えた火球を相殺が出来る。 見た目と威力は、比例するとは限らないって事よ」


自分の手を眺めるオーファーは、まだまだ自分が未熟練と。


(集中・・か)


二人分の遺骨を回収する間、スチュアート達は天井を這う大型の蝙蝠のモンスターと。 甲虫となる平たい体の死出虫のモンスターを相手にしていた。 蝙蝠のモンスターは、天井からぶら下がったりして鋭い爪を遣って襲って来る。 一方の死出虫のモンスターは、平たく縦長の体をし、背中は固い甲羅の板を何枚も並べ繋いだ様で。


「蝙蝠の爪は厄介だっ」


「引っ掛けられる前に、羽根や手を斬るんだっ!」


「甲虫の甲羅は固すぎる!」


「裏返すか、顔や足を狙うんだ」


天井を這うモンスターを相手にするのは、普通に構えるのでは苦しくなる。


スチュアートは、セシルに。


「蝙蝠をとにかく撃ち落として」


と、頼むと。


「エルレーン、あの虫に行くよ」


と、死出虫に向かう。


「虫ぃ?」


嫌がるエルレーンと二人して、兵士達を取り巻く様に動く死出虫のモンスターに向かう。 天井を団子虫の様に歩いて向かって来るモンスターだが、脚は六本しかない。 後ろ足を天井の岩に引っ掻け、エビ反りをして牙の生える口を近づけて来る。


「後ろ足を狙おうっ、落とせば裏返るって!」


「解ったぁ!」


二人が飛び上がる様に攻撃すれば、何とか届きそうになったり、失敗したり。


一方、魔力を纏わせる矢を射つセシルは。


「コゥモリぃぃっ、岩の柱に隠れるな゛っ」


兵士が交戦して相手にするモンスターも動く。 それを狙うのだから、止まっている的を射つのとは訳が違う。


そして、一匹の蝙蝠がアンジェラやオリエスの方に行った。


だが、直ぐにKがナイフで撃ち落とした。


落ちた蝙蝠に驚いたオリエス。


「しっかり仕事しなさいよっ」


高位の司祭に叱られ、兵士達も躍起に成った。


代わって、二人の騎士は安定している。 背丈が高い二人は、寧ろ剣が長すぎる。 柄を短く持って戦う為、殺傷力が落ちているが。


「落ちたモンスターは、確実に倒せっ!」


「石の柱を登らせては成りませんよっ」


乱戦状態に成りながらも、次から次に来るモンスターを倒す。 掠り傷など気にしてられない。 防具が傷付くなら無視でいい。


そして、最後の死出虫を下に落とし、兵士やエルレーンが集る様に止めを入れる。


スチュアートは松明を片手で取り上げ、忙しく天井や洞窟の先を見る。


「一応っ、モンスターは見えません!」


手当てに僧侶の二人が動く。


Kが松明を片手に洞窟の先へ。 それに続くのは、ベストレントと騎士二人やセシル。


オリエスとアンジェラが手当てをする間、オーファーやスチュアートなどは護る為に近くに居て、灯りで兵士を照らす。


その時だ。 兵士の中でもやや若い方に入る、瞳の大きい金髪の壮年男性が。


「何で、あの人が戦わないんだろう…」


やはり、Kの技量がこう思わせるのだろう。


その彼の傷を消毒し魔法で塞ぎ、化膿止めの塗り薬を持ち出すアンジェラが。


「貴方は、それでいいのですか?」


と。


「何だ?」


兵士の男性は、年下のアンジェラを見る。


薬を塗るアンジェラは、つい先日までの自分が目の前に居る様だ。


「貴方は戦わず、只の荷物持ちでいいのですか? 亡くなった兵士の方々は、貴方の仲間であり。 起こった事件は、政府の方が起こしたのでしょう?」


と、兵士を見返す。


「・・・」


黙る兵士に、あの年配兵士が。


「その若い僧侶さんの言う意味、お前に解るか?」


兵士達は、この三人に顔を釘付けにされる。


「ですが、隊長。 我らよりも、ずっと強いあの包帯男ならば、もっと簡単に…」


「馬鹿者がっ! 我々の調査がモンスターなどで不十分と成っては困るからと、只単に冒険者を用心棒にするならば、騎士様や我々が呼ばれる必要も無いわいっ」


叱り付ける年配兵士は、周りの兵士も見て。


「この調査は、この先、この地へ兵士が赴く事も考えた計画なのだ。 彼らの様な冒険者は、何時までも一ヶ所に居ない。 その様な考え方に此方が染まれば、この場所でモンスターが湧いた時だ、冒険者が居なければ何も出来なくなるぞ。 我々は、経験の先駆けなのだ。 我々が死なずに戦う知識を持つ為に、斡旋所が冒険者を遣わした。 いざ、我々だけでモンスターと戦う事を考えた時、何の実践的経験がなくては立ち行かぬぞ」


疑問を呈した金髪の兵士が俯いた。


薬を塗り終えたアンジェラが、兵士をじっと見詰め。


「国の不正を正すのは、偉い方の仕事。 国を護るのは貴殿方、兵士の皆さんの仕事でしょう? この御仕事を冒険者に任せるだけで、皆様は立ち向かわずに終るならば、貴殿方兵士など必要ないのではありませんか?」


「・・・」


Kは教えるだけで、考える事を相手に任せるのみ。 だが、アンジェラはまた違う。


「この亡くなった方々の姿を、家族や政府に照すのは私達じゃありませんよ。 貴殿方、兵士の皆さんや政府の方ではありませんか? 戦う事も、亡くなった兵士さんの為。 ケイさんが協力するのは、生きて皆さんが無念と罪を・・持ち帰る為です」


其処で、年配兵士は剣を手に立ち上がり。


「我々の与えられた仕事だ」


話の終りを見たオリエス。


「意味が解らないわ~。 自分勝手をしない限り、確実に成功する仕事なのにねぇ。 寧ろ、少しでも功績を残そうとか、前向きに気合い入らないのかしら~」


と、Kの後を追う。


別の見ていた兵士の一人は、


「死なないで済むんだ、俺は遣ってやるぞ。 あのイスモダルのせいで、こんなに仲間が死だ。 その遺骨や遺品は、我々が取り戻すんだっ!」


と、力む。


すると、別の小柄な兵士も。


「アイツ等の家族に約束したんだ、俺も戦う。 モンスターが消えない限り、俺達兵士はモンスターと戦うんだ。 この経験は、必ずものにする」


だが、猶予は無い。


「おいっ、こっちに大量の骨が在るぞ」


ベストレントの声がして、兵士は全員が洞窟の奥に。


最後に行くアンジェラに、エルレーンが並び歩き。


「自分のちょっと前の姿を見るって、どんな感じ?」


「エルレーン、苛めないで下さいまし…」


「ちょっとはイイじゃん。 怪我が治りきらないで困ったんだよ。 アタシも、スチュアートも」


「うぅん」


頭を抱えるアンジェラ。 事実だから仕方がないが、もう少し熱りが冷めてからにして欲しかった。


だが、洞窟の奥に向かうと、無惨な遺体が残骸として残る。 遺品も無い遺体で、兵士と解るのは千切れた軍服からだ。


次から次に、洞窟を行き兵士の残骸を見付ける。


そして、遂にあの広大な空洞化した場所へ。


「あのカエルだ!」


「まだ小さい固体っ、アタシ達でも倒せるよ」


スチュアートとエルレーンを先頭にし、デカいカエルと戦う。 Kが手を出さずに、騎士二人とスチュアート達が連携して翻弄する。


その戦いを見ていたアンジェラとオリエス。 辺りの気配に注意を配り、カエルの幼体で在るオタマジャクシが、カエルに成り掛けたか固体が来ると兵士に教える。


オーファーは、遺体を燃やす事に集中していた。


其処へ、Kが来て。


「スチュアート、カエルの始末は任せるぞ」


「はいっ!」


「弱点や注意点を知ったんだ、怪我なんか易々とするなよ」


「はいっ!」


スチュアートの返事を聴くKは、オリエスに松明を渡し。


「オリエス、ちょっと此処を任せる。 アンジェラを借りるぞ」


と、指でアンジェラを呼びながら向かって左へ。


「アンジェラ、行って。 今のケイちゃん、ちょこっとマジだよ」


「え?」


闇に消えるKの背と、オリエスを交互に見たアンジェラは、一気に緊張の糸を張り詰めた。


Kは、光の小石を光らせたらしい。 洞窟の奥に、光が灯る。 警戒しながらアンジェラが向かうと…。


「あ、此処は…」


洞窟の横穴が部屋の様に感じたアンジェラは、此処が自分が閉じ込められていた場所と解る。


「ケイさん?」


中に入ると。


「アンジェラ、これも一つの決着だろうよ。 俺が潰してもいいが、どうする?」


Kの姿が光で見える。 その脇にアンジェラが進み。


「何でしょうか」


一点を見詰めるK。


直ぐに、アンジェラも幽かな不死のオーラを感じた。 この洞窟に溢れ返る死者の無念などとは少し違う、ゾンビやゴーストの放つオーラだ。


そして、Kと同じ場所を見ると…。


「あっ!!」


同じく見ているK。


「燃やすのも、斬るのも在りだがな。 一番は…」


話す途中で、アンジェラがKの手に手を掛ける。


「いえ、わっ・私が…」


「なら、任せる。 このまま放置すれば、融合体の不死モンスターが産まれちまう」


「はい…」


光で照らされた場所には、カエルのモンスターが作り出した泡の壁が残る。 その泡の中には、首だけ残った者が居て、その顔が震える。 ゾンビの誕生、と云うべきか。 無念と暗黒の力がこうゆう不死モンスターを生み出し、そんなモンスターが集まる事で遺体の融合系モンスターが産まれる。


アンジェラの仲間だった傭兵の男性の顔が、不死モンスターに変異していた。


(もう、完全に・・変異して…)


亡霊の様な存在ならば、レクイエムを唱えて浄化も出来ようが。 このゾンビの姿に成ったら、神聖魔法で塵にした方が早い。 裁きの鉄槌を生み出し、それを触れさせる。


(僧侶の勤め、僧侶の信仰と信念、何よりも無念や憎しみや悲しみから産まれる不死者を癒し、天に召す…)


疑問や意欲や欲望。 人間で在る以上は沸き上がるもの。 それが有っても、信念を歪ませては成らない。


力を取り戻したアンジェラは、嘗ての仲間を灰にした。 残る指先や骨の一部も…。


「モンスター化したのは、この遺体だけだが。 この穴は、遺体の残骸だらけだ。 一体、どれだけ犠牲に成ったかな」


刃渡りの一番長い短剣を抜いたKは、塵に変わった仲間に祈りを捧げるアンジェラを置いて前へ。


(こっちの洞窟は天井が低いだけに、此処で燃やすのは不味いな)


このカエルの泡は、乾燥すると蜂の巣の様に硬く軽い。 火をつければ、ちょっとぐらい湿っぽくとも燃えるだろう。 が、天井が低いだけに、炎はぶつかった場所から横に向かう。 一ヶ所に火をつければ、この洞窟の泡全てに燃え移るだろう。


(どうせ燃やしても、遺体や骨が半焼けでオーファーに灰にさせる事になろう。 手短に済ませるならば、切り出して向こうで燃やすか…)


丸で紙でも斬るかの如く、遺体の繋がれた鎖を解き放つ為、泡を斬るK。


祈り終えたアンジェラは、横穴から出る。 カエルのモンスターが倒され、怪我をした騎士のナダカークの手当てをオリエスがしていた。


「あの、向こうにも御遺体が…」


エルレーンは、以前の事を思いだし。


「向こうって、アンジェラが居た所でしょ?」


「は、はい…」


スチュアートも。


「もしかして、カエルの巣が在った方?」


「多分ね」


答えたエルレーンは、またアンジェラに。


「遺体、燃やすの?」


「泡より、ケイさんが御遺体を…」


一方、大きな穴の先には、カエル達が塒にしていた穴が在る。 その方を見に行ったセシルは、高い穴を眺め。


(この穴の一つ一つに、あのカエルが…)


その全てを倒したK。


(どー遣ったら近付けるんだかね)


カエルの死骸すら、見ての通りに無くなった。 あちこちに散らかる排泄物や遺体の残骸の残骸。 汚物と変わらないが、その汚物をも掃除する何かが居るらしい。 小さいワームの群が、汚物の中に蠢いていた。


セシルの方にスチュアートが来る。


「セシル、もう大丈夫かな」


「うん、こっちにはもう何も居ないみたい。 でも、まだ洞窟には先が在るみたいだよ」


「ケイさんも、そっちは未知だからって心配してた」


広大な洞穴の一角には、カエルの体に丁度良い大きな穴が在る。


さて、Kの行った横穴では、兵士が遺体の一部を捕らえたままの泡を広い方に引き摺る。


切り出すKに、ベストレントが近く。


「此処は、巣穴か?」


「自分で出した泡に生きた獲物を閉じ込め、一緒に産卵するんだ。 孵化した幼体は、泡の中を動いて獲物の体内に入り。 成長と共に食い殺す」


「だから、泡に閉じ込められた遺体が、一部しか無いのか」


「相当な数の幼体が孵化した筈だ。 俺等が倒したので全てとは、思わないことだな」


「恐ろしいモンスターだ…」


「街の警備隊のサニアとか云う女に聴いてみろ」


「ん? 何をだ?」


「バベッタの街の地下にも、これとは別だが、危険なモンスターが現れたぞ」


「何だと?」


「溝帯側から来たモンスター、だがな」


「一度、大規模にモンスターの討伐行動を計画する必要が在るか?」


「柔軟に対応しろよ。 前線にでる兵士や冒険者の話で、必要か、不必要か、判断も出来よう」


「ん、そうだな」


「御宅の国には、兵士の他に聖騎士が居る。 遊ばせてないで、少しは遣えよ」


「確かに、これはそう言われても仕方がない」


脳から目玉、舌などまで食い抜かれた兵士の遺体を見て、ベストレントも背筋が震え上がった。


遺体を燃やすオーファーは、次から次に来る遺体に目が回りそうだ。


(魔法で遺体を燃やすのが、案外・・金に成りそうだ)


この間に、天井を蠢くオーラを感じたセシルと、騎士二人。


「天井に何か居るな」


暗い天井が見えないナダカークは、余り多くないが天井を動く気配に警戒する。


「一発なんか撃ち込んでみようっか」


セシルが銃に魔力を送り、銃口が青白く光る。


其処に、Kが出てきて。


「スライム系のモンスターだ。 降りて来た奴だけ倒せ。 大した数じゃ…」


喋って居る其処へ、今度は。


‐ ズズズ…、ズズズ… ‐


洞窟を這う音がする。


エルレーンは、奥の洞窟の穴の方を睨み。


「向こうから」


歩くKは、出会い頭で薙ぎ倒そうと思ったが…。


Kの持つ光の小石に照らされた其処には、ヌゥ~~~っと白濁した色の肌をした蛇らしき生き物が。


「モンスターだっ」


「モンスターが来たぞっ!」


兵士や騎士が騒ぐ。


処が、だ。


「いいっ! 皆は、天井のスライムだけ倒せ」


Kがこう言うではないか。


聖騎士カシュワは、Kの脇に来て。


「だがっ、あんな大きな…」


見上げないと顔が見えず、顔の側面に黒く短い髭が生えているその生物。


皆が緊張し、遺体を燃やしたオーファーが魔法を維持し。


「ケイさん、魔法で…」


然し、振り返ったK。


「いやいや、アイツの狙いはソレだ」


と、短剣の切っ先を何かに向ける。


皆が見るのは、デプスオアカースの死骸。


「雨が降った所為か、珍しい~のが出てきたゼ」


白い大蛇の生き物を知っているらしいKは、


「オーファー、壁際を伝って来るスライムを倒せ。 アイツは、コイツをくれてやれば消える」


と、カエルの巨体に短剣を刺し。


「おい、これが欲しいんだろ? 今、出来上がったばっかりだが、欲しいなら持って行け」


喋りながら軽々と持ち上げ、ヒュッと投げ飛ばした。


この時、壁を降りて来る黒ずんだ灰色のスライムが何匹も。


その双方を見て、行動を決めかねる皆だ。


だが、カエルの体が洞窟の床を跳ねて大蛇の前転がると、円らな眼をした大蛇はカエルの死骸を咥え、来た道へと引き返し始める。


その様子を確認したKは、


「それ、スライムを早く倒せ。 あのスライムは強酸性の体液を持つ。 普通に武器で攻撃すると、刃を傷めるから気を付けろ」


と、洞窟の奥の捜索に向かってしまった。


Kが遣る気に成らないと、オーファーも気が抜けてしまい。


「ならば・・、さっさとスライムを倒すかな」


炎の魔法を遣い、10匹前後のスライムを倒しに掛かる。


「核を撃ち抜くわ」


セシルも加わり、二人でスライムを駆逐した。


戦いが終ると、Kが奥より。


「オーファー、最後の仕上げに奥の入り口を塞ぐぞ。 面倒な入り口や出口を塞ぐ」


意外にモンスターとの戦いが少ない捜索だ。


洞窟の先は別の茂みに繋がり、岩山の向こう側になる。 Kが穴を剣撃で崩落させ、洞窟を塞いでしまう事にする。


だが、作業はこれで終わりではない。 洞窟から出る頃には、ロープに縛った兵士の遺品が解けて来る。


夕方の薄暗い中で、スチュアートが頭を抱える。


「あ~あ、やっぱりロープが駄目に成った」


何てことはないと、Kが中和剤の粉を出して。


「それ、滝の水で洗え。 中和するまでは、直に手で触るな。 何のために、革手袋を用意させた?」


スチュアートとエルレーンは、この作業の経験が在る。


「スチュアート、遣るよ」


「はぁ~い。 手が痒く成るからイヤだけど、しょうがないね」


「仕事~仕事~」


スチュアートとエルレーンが遣る事を真似する兵士や聖騎士。


疲れ果てたオーファーを休ませるKは、セシルに警戒を任せて薬草の採取をしていた。


日が暮れる頃には、ポツポツと来た雨が小雨に変わる。


鳥の鳴き声でも警戒する皆。


すっかり暗く成った中で、帰る一行。


周りを警戒するセシルだが。


「ねぇ、ケイ」


「何だ?」


「さっき、洞窟で見逃した蛇って、ナニさ」


「アイツは、パールーパスチャングと云う、大型の両生類だ」


「“両生類”って、モンスターじゃないの?」


「いんや」


其処に、オリエスより。


「御目目、円で可愛かった」


皆、“マジか”、と彼女を見たが。


Kも。


「アイツは、死肉しか喰わん。 短期間であのデカいカエルの遺体が略無くなっていたが、アイツが喰ってたとはね」


スチュアートは、先程を思い出し。


「珍しいって、言ってましたね」


「アイツ、死肉を喰らうからよ。 モンスターに間違われ、一緒に退治されちまうんだ。 モンスターの遺体を食べて、その負の力を浄化する数少ない生き物なのによ。 成りがデカいから、勘違いされる」


其処まで聴くと、セシルも同情心が湧き。


「何か、不憫だ」


Kは、セシルを脇目に。


「同じ大食いでも、お前より役に立つ」


毒を吐かれ、セシルはプイッと他所を向いた。


が、山小屋間近の大木の下を通った時だ。 光の小石を持つKが、足元に落ちた緑色の葉っぱを拾い上げる。


「・・チッ。 こりぁ、うぜぇな」


呟いたKは、上を見上げる。


その様子を見る全員、或る種の危機感を抱いた。


さて、山小屋に戻ったのは夜更け。 昨日より二日で遺体捜索の粗方を終えた。


集まった遺骨は、壺にして4つ。 遺品も多数に成った。


兵士も、騎士も、スチュアート達も疲れていた。


が、火を熾すKが。


「疲れているのを承知で言うが。 明日、帰るべく街道の夜営施設まで向かう。 最短を行くが、雨の中を行く事になるからな。 寝れる様に、薬を飲むのも有りだ」


眠る前の全員が、帰りの為に準備する。 朝から歩くとなれば、仮眠の様なものになると考えた。


次の日の朝から、雨が本降りで在る。 時折、焚き付ける様な雨足になる。


K曰く。


“夜営施設まで、歩く事に集中しろ”


雨の中に出るスチュアート達。 近くを流れる川が増水すると、一時的に動けなくなる。


雨の中に出たKに、兵士の一人が。


「こんな雨の中に出るのか?」


と、不満を言った。


疲れて居る全員だから、これは総意に近い。 だが、雨具を被ったKの目が、西側に向かい。


「この大雨だと、俺達が通って来た道が水路の様になる。 この雨脚だと、夜を待たずに山小屋前までは水が溜まるだろう」


「だからどうした? 休めばいい。 日程に余裕が有るんだからな」


「そうしたいのは山々だ。 だが、水が溜まると、どうもウザい生物が湧きそうだ」


「“ウザい生物”?」


「局地域に生きる昆虫の部類に入る蚋だ。 死肉でも生きた肉でも食う奴で、洪水に落ちる卵が流れ溜まった場所で孵化し、水の中を泳ぎながら獲物に食らい付く。 その食欲は、モンスターと変わらないほどに旺盛で、狂暴だ。 数日で羽化したら、生存するのは極一時。 一時処か、半日も生きられない」


「そんな生き物が?」


「そら、其処の水溜まりを見てみろ」


山小屋の手前、川の近くの水溜まりだが。 皆が下を覗けば、白い麦粒大の白いものがプカプカ浮いている。


「これは?」


問う兵士だが、歩きながらも水溜まりにはその白いものが浮いているのが不思議だった。


「それが、蚋の卵だ。 木の葉に産み付けられた卵が、一定以上の大雨に当たると、こうして落ちてくる」


「これが…」


「卵の大半は、他の生物の餌になるんだが。 残った奴がまた餌を獲て、産卵に到る」


歩くスチュアートは、遺品を背負い直しながら。


「虫除けや薬で、どうにか成らないんですか?」


「短期間しか生きられ無い分、食欲が強すぎる為に死ぬ恐怖が無い。 虫除けぐらいじゃ、決して逃げないし。 何よりも、噛まれること自体が一大事なんだ。 コイツが居ないならば、一日をゆっくりしたさ」


雨が酷いので、もう足下が濡れたのが苛立つセシル。


「ねぇ、噛まれるとど~なるの?」


「噛まれた時は、小さい穴が開くだけだ。 だが、その唾液が酷い酸性で、徐々にその噛まれた穴が爛れて拳大の穴に成る」


「ぬ゛ぅわーんでよっ! 骨まで見えちゃうじゃん」


「見えるな。 然も、略全ての固体が異病を持つしよ」


「い゛っ、異病ぉ?!」


「一日、此処で休む事も考えたが。 卵が

多いと面倒臭い。 兵士でもお前らでも噛まれたら、背負う誰かが必要で帰路が長引く」


いよいよベストレントも警戒する。


「この虫は、何処にでも居るのか?」


「‘局地’と言ったろ? この無数に在る白い卵の中で、普通ならば産卵が可能なのは数匹だ。 同じ木に卵を産まない習性が在り。 孵化してから餌を食べて蛹になり、羽化をして交尾して、最後に産卵場所を探す。 この間に、大方が共食いやら他のものに喰われて死ぬ。 この行動で、広大な森の中を移動している」


「なるほど…」


変わった生態をする虫に、興味も湧けば恐怖も湧く。


「然し、短い命の癖に狂暴と云うか、凶悪な虫だ」


オーファーが呟く。


さて、岩の壁に挟まれた道は、もう水の流れる水道に変わり始めていた。 Kが岩を切り裂き、岩の上に上がればモンスターの的に成る。


巨木が枯れた、青黒い幹のモンスターの襲来を皮切りに。 虻やら蝿のモンスターが次々と群れて来る。 Kが対応し、マギャロの群を悪戯に殺そうとしていた三ツ又頭の大蛇を八つ裂きにした。


最短だが、険しい道を行くK以外の誰もが、歩いて行くだけで大変だ。 雨、足場の悪さ、モンスターなどに因る緊張の連続、怪我と、もう彼(K)の後を行くだけで精一杯なのだ。


夕方前には、夜営施設に到着した。 予定より早い帰りで、行動が失敗したかと思った兵士も居たが。 遺品と遺骨が地下の霊安室にもたらされると、泣き出す兵士が何人も出た。


兵士の夜営施設の霊安室にて、ベストレントはK達に。


「馬車を手配する、明日には街へ戻る。 忙しいが、街で休んで貰えるか?」


一緒に居るスチュアートは、それで構わないと。 ぶっちゃけ、全員がヘトヘトで在る。


処が、Kは。


「今日は、あの虫の所為で無理した。 だが、早く帰れたならば、明日も雨だから休んでも構わないぞ。 兵士や騎士やみんな疲れて居る。 なんなら、戻るのは俺とアンタだけでいい。 ジュラーディに報告すりゃいいんだからな」


「ケイさん、自分は…」


言い掛けたスチュアートへ、Kは少し横を向き。


「隠そうとするならば、上手く隠せる様になれ。 山に入った日に、足と肩を痛めただろう? 洞窟で戦った際に、顔を歪めてたな」


言い当てられたスチュアートは、ビックリしてから困り顔に顰めた。


だが、Kはベストレントに。


「コイツだけじゃ無い。 兵士も、御宅も、俺以外の全員が体を痛めてる」


と、ベストレントの左手首を指差した。


見透かされた事に負けた顔のベストレント。


「貴方の眼は、何も誤魔化せない」


ベストレントだけでは無く、付き添った騎士二人も驚くし。 オーファーやセシルですら、足を見て苦笑したり。


だが、成果を早く持ち帰り、教皇王が来るまでに準備をしたいベストレントだ。


「お言葉に甘え、私と貴方で構わない」


「安心しろ、こんな事も在ろうかと、大体の経緯は記憶の石に入れて在る。 本人が確かめたいってなら教皇王も見えるし、側近でも可能だろうよ」


「済まない」


そして、全員が霊安室の地下室より上に。


だが、最後まで残るKが、スチュアートの背中を掴んでいて…。


二人きりに成った。


「スチュアート、その椅子に座れ」


祈りの待ちに使う椅子に、指を向けたK。


「はい…」


据わったスチュアートの前にKが立ち。


「お前、本心としてアンジェラをどう思ってる?」


「え?」


Kの眼とスチュアートの眼が、ガッチリ噛み合った。


「ケイさん、どうもこうも…」


「お前は、明らかに傷や毒の影響が長引く状態だった。 なのに、アンジェラに治療を頼まなかった」


「それは…」


「本心から信じられないのか?」


「ちっ、違いますよ」


ムキに返すスチュアートの様子からして、今のKの言葉は心外だったらしい。


だが、Kの問い掛けは更に。


「理由は、アンジェラの為か?」


また、Kに言い当てられたスチュアート。 ビックリしたが、直ぐに頭を垂れる。


一息吐くKは、並べられた骨壺を眺めると。


「お前みたいな優しい奴は、相手の事を考える。 だがな、遣り方を間違うと・・失敗も在る」


スチュアートは、まだ解らないのだろう。


「間違ってますか?」


「間違ってるな」


簡単に言い返されて、スチュアートは…。


「・・解りません」


「なら、こう言ったらどうだ? お前がアンジェラを気遣い我慢し、もしも体に支障を来したら。 冒険者が続けられなく成った、としたら」


「それは…」


Kの云わんとする事が、スチュアートにも伝わったらしい。


其処で。


「馬鹿が。 頼れ」


「そうするべきですか?」


「嗚呼。 お前が、アンジェラを信じているならな。 怪我を魔法で塞いでも、回復の次第は魔法だけじゃねぇ。 傷口の具合、骨の折れ方、処置の仕方と様々だ」


「はい…」


「傷口も、魔法で塞いでも開くことはまま在るし。 骨折も繋げたとしても、また離れる事も在る。 その治療を頼む事に間違いは無いし、何度も治療して僧侶は医術の端くれを知るんだ」


まだ若いスチュアート。 アンジェラと云う人物に対し、リーダーとして気を遣うが。 やはり、まだ人生経験の少なさが災いして、自分なりに負担を掛けない様にする事が一番と思い込んでいる様だが。


「アンジェラが魔法を遣えなくなった事に気を遣って、お前が我慢した末に障害を負うと。 その後悔から発する自責の念がアンジェラにのし掛かる」


「た、確かに、そうですね」


「仲間として迎え入れたならな、時には抱き付く位に迷惑を掛けるモンだ」


「‘抱き付く’って・・」


「フン。 あれだけの巨乳のアンジェラだ、天国かも知れねぇぞ」


「けっ、ケイさんっ!」


顔を真っ赤にするスチュアート。


笑ったKだが、また少し真顔になり。


「魔法をまた扱える様に成ったからこそ、そんな気兼ねは逆効果だ」


「………」


俯くスチュアートは、どうも悩んで居る。


「どうした、頼るのが怖いか?」


「って言うか・・。 アンジェラさんは、ケイさんと同じく一時的な加入者です。 頼りきっては、その…」


「別れが重荷に成るってか?」


「はい…」


「そんな小難しく先を考えるな。 どんな人間だろうが、人間の行動の全てを理解し、制するなど無理だ。 長かろうが、短いとしても、仲間にしたらしっかり迎え入れ、別れには快く行かせてやれ」


「ケイさん、僕はまだ子供みたいなものですよぉ~」


すると、Kがスチュアートの痛めた肩を軽く後ろから叩き。


「痛っ」


「俺を迎え入れた事が、運の尽きと思え。 短い間に、煮込むみたいにシゴいてやるよ」


「そっ、そんなぁ、ケイさんに近付くなんて、短期間じゃ無理ですよ」


「馬鹿、俺に成るなんて誰も無理だ。 その逆も然り。 お前は、お前なりに成るだけだ」


「はぁ?」


理解に苦しむスチュアート。


「俺なんぞ、立派なリーダーからは程遠い人間だ。 さ、休むぞ」


と、踵を返すKだが。


「ついでに言って置くが、お前達は明日は動けないぞ」


「へぇ?」


Kの背中を見たスチュアートは、いよいよ何の事だか解らない。


「怪我を押した今日の疲れも出るが、短い間に無理をした疲れも重なる。 明日辺りから、熱が出るだろう。 体があの森の様な場所に慣れて無いから、モンスターの毒を無理矢理に中和させた反動が今頃から出てくる」


「え?」


「明日一日は、オリエスとアンジェラに診て貰うんだな」


この一連の話を、仲間の皆はオリエスも含めて聴いていた。 Kが来ると知り、階段から慌てて上がる仲間達。


しっかり隠れたつもりだが。


「俺に隠せると思ってるのか~」


上がるKは、気配から察していて。


後から上がるスチュアートは、アンジェラに捕まった。 怪我の事で、治療を受けながら我慢の事を叱られたのである。


ま、Kから言わせるならば、聖騎士は神聖魔法が遣えるのだから、自分で治せ・・と云う処だ。


だが、騎士の二人も、痛めたのが足だ。 戦うのが前提で休めなかった中、魔法を掛けても痛めるのは目に見えていた。


じっくり明日は休むとして、皆が休む為に動く。 調査に行った兵士は、駐屯する兵士から話を聴かれる。 極秘な調査だが、死んだ兵士の数が多いし、調査任務より外された騎士が相当に不満をぶちまけたらしい。 秘密が秘密でなくなっている。


一方で、また溝帯よりモンスターが襲来しているらしい。 街道を警備する兵士や冒険者は、溝帯側となる山の道に回って警備活動をしているらしい。


噂や話を交わす兵士達。


雨音が眠りを誘発し、Kの薬のお陰でスチュアート達は早々に眠る。 本日の強行な旅は、それだけ疲れるものだった。


そして、明くる朝。 Kとベストレントが馬車で去るのだが。 アンジェラとオリエスを抜く面々は、高熱を出して伏せる事になる。 Kは、薬は渡しておくが。


“発熱ってのは、生物が病気や変調に対する抵抗反応だ。 何でもかんでも解熱すりゃいいってもんじゃない。 昼間は、多少しんどくとも横になって休んどけ。 夕方にでも、解熱薬を飲めばいい。”


と、言っていたとか。



        ★



予定より早く夕方の入りに、ジュラーディの前に法務部政務官ベストレントとKが二人して揃う。


「もう、戻ったのか」


驚いたジュラーディも、この早い帰還で失敗を考えた。


だが、ベストレントより遺骨や遺品を呈示され、もう疑いの余地が無いと云った感じになる。


高熱を発するベストレントを下がらせたジュラーディは、Kと二人きりに。


椅子にドカッと座ったK。


「どうだ? これで少しは頑張れるか?」


イスモダルの座っていた長官席より立つジュラーディは、Kの方に来て。


「大変、助かる。 イスモダルは皇都に移送されたが。 親族が連座を恐れてか冤罪だと訴え、裁判や調査行動の妨害や阻害工作をしていてな。 御主の出した記憶の石の内容が凄すぎて、返って擬装疑惑も出た。 だが、このダメ押しは、もう阻害など出来ぬ。 然も、商人などからも証拠・証言が取れた」


「やはり、俺が斬っちまった方が楽だったか?」


「いや、国の不始末を御主に拭わせる訳には行かぬよ」


「気にするな、ジュラーディ」


もう外は夕方で。 雨が小雨に成る暗い中。


顔を訝しげにジュラーディは、窓の前で外を眺めながら。


「いや、それよりも困った事が在るのだ、ケイよ」


「ん?」


「実は、冒険者の事だ」


「ん? 誰の事だ?」


冒険者の事で困るならば、普通はミシェル達に言う筈だ。 それを此処で言うとは、ちょっと気になるK。


「最近、この街に来たと云う冒険者に、‘ルミナス’なる冒険者が居るとか」


「ほぉ、ルカ=ラハードの孫娘だな」


Kの脳裏に、話にだけ聞いた違反行為をした女性冒険者が浮かんだ。


「その娘、何でもフラストマド大王国の大貴族の末裔とか」


「ジュラーディ、それは間違いない。 大貴族にして、大商人の孫娘だ」


「何と」


「で? その娘がどうした?」


「うむ、どうやら密偵の報告では、御主達の命を狙い始めたらしい」


「ほぅ」


この話を聴いたKの眼が、ギラリと細まる。


その眼光を脇目に視たジュラーディは、Kが危険な気配に包まれた事を察して。


(これは、この男に任せた方が良いな…)


ジュラーディの眼を見返したKも。


「この案件は俺によこせ、な? ジュラーディ」


「任せて良いか?」


「嗚呼。 そっちが絡めば、国際問題に成るだろう? 冒険者のイザコザなんぞ、此方に任せておけよ」


「斬る、か?」


後始末が必要かと察したジュラーディは、単刀直入に聴いた。


口元を不気味に微笑ませたK。


「いや。 冒険者らしくしてやるだけよ」


「冒険者・・らしく?」


「それよりも、ジュラーディ。 その話を詳しく教えろ」


「あ、あぁ…」


Kとジュラーディの話は、夜の入りまでには終る。 Kの平静の顔を剥ぎ取り、悪魔たる顔を見た時。 どうなるかは、決まっていた。


さて、このバベッタの街の宿屋街に向かうと、周りより一際立派な宿が何軒か見える。 その中でも他の区域から見ても一目瞭然な建物が在る。 【搭幻境】なる地方語の宿、‘タールフイルフォミナージュ’なる宿だ。 魔法の光でライトアップされた塔型の宿が幾つも見える場所がそうだ。 貴族や商人を主に、金を持った旅客を相手にする宿で、一泊が大部屋の最低300シフォンからと云う。


雨が弱まった夜の入り、この建物より一台の馬車が飲食店街に向けて走り出した。 馬車は、基本的な三人乗り馬車に比べると、三倍以上は長い。 車体の表面は、街灯に当たると桃色に何とか見えるので、日差しの下で見ると栄えるピンク色なのだろう。 花と鳥らしき絵柄も入る、デザイン的に個性的だ。 その車内の最も前には、横向きのシートが在り。 其処に、どっかりと女性が一人で座り。 彼女から車体後部を見渡す左右に、冒険者らしい装いの女性が数名座っていた。


サイドシートの左側、折り畳んだ槍を傍らにする赤毛短髪の色白女性が。


「ルミナス様、あのお考えは実行致しますか?」


と、正面の横広なシートに座る女性に言う。


丸い窓より入る街灯が照らす女性は、確かに斡旋所で違反通告を受けたルミナスなる女性だ。 神官ながら剣を使う戦士でもあるらしい。 出で立ちの鎧が絢爛な反面、露出が過度で。 このルミナスが余程の身体能力を持たない限り、モンスターを相手に戦うには不向きな気がする。 腕組みし、足を優雅に組むルミナスが。


「当たり前でしょ? 斡旋所の主と一般の冒険者風情にコケにされて、このまま逃げるのは我慢できない。 仕返しはさせて頂くわ」


平然と言うルミナスだ。


だが、このルミナスは何をしたのだろうか。 ま、一応は派手に冒険者規律に違反をし、個人的に依頼を請ける様な真似をしたのは事実である。


では、あの違反までして請けた依頼は、現実にどうなったのか。 即答すると、見事なまでに失敗したのである。


この経過は、とても強硬的に行われた。 地元でも立派な店を構えた商人より直接会って引き受け、金を使って炙れた冒険者やチームを引き込んだ。 冒険者なのかすら解らないが、金に眼が眩み着いて来た者を含め、38人と云う大所帯で目的地に向かった。 だが、向かう道半ばも届かぬ所で、ルミナス達以外は全滅した。


もっと詳しく述べると。 モンスターや危険な生物の情報も仕入れない上、誰もが準備も中途半端で向かった。 モンスターに誰かが殺される間に、モンスターを攻撃する様な消耗戦を繰り広げ。 旅から半日で、リーダーのルミナスには異論や文句が続出。 仕方なく、法外な報酬を払うと嘘を云っては納得させたが。 その日の夜には脱走しようとした者が出て、ルミナスが斬って捨てた。 斡旋所に情報が漏れたく無い為に、ルミナスも斬ったのだが。 こうなっては、金以外に繋がりも無く、したがって信頼も、情も無い。 一日で11人が死亡。 2日目には手強いモンスターを相手にし、鮫鷹の群れも呼び寄せて死に物狂いの戦いに成る。 もうこのままでは全滅すると察したルミナスは、チームの仲間以外を見捨ててモンスターの餌にした。 自分たち以外の冒険者を見殺して逃げたのである。


こんな体たらくでは、まぁ噂の拡散など出来るものではない。


処が、だ。 この話には、更なる続きがある。 バベッタの街に戻ったルミナスは、祖父の力を使おうと考えた。 依頼を他の街の斡旋所に持って行き、有能な冒険者チームを募り成功させようと云うのだ。 この手法は、これまでも使った。 然し、ルミナス達の功績は、何処にも無い終り方が多い。 従って、名声の拡散はされないままと云う現状が続いているのだ。


金を使い、今度こそ貢献度まで買おうと思っていたルミナス。 ミシェル達三姉妹は、まだ主を任されてから日が浅いと知っていて。 他の街の玄人な主よりは騙せるのではないか、と考え。 依頼を出していた商人に計画を持ち掛けるつもりで面会した。


が、彼女の大誤算は、この依頼主の商人の本性で在る。 表向きこそ個人の経営者を装っていた商人だが、その実体はあのラヴェトルフ・エーリクリュナの腹心だった。


依頼を直接引き受けたルミナスは、情報収集をしなかったから知らなかったが。 斡旋所の張り紙や噂などで、ルミナスのチームが違反者として斡旋所からマークされた。 また、斡旋所の主でも在るミシェルは、人を遣ってルミナスに依頼を任せた商人の素性も調べ始めた。 この2つを知る悪徳商人ラヴェトルフは、ルミナスを自宅に呼び寄せた。


依頼を達成する手法の構想を考えたルミナスだが。 まさか、本当の依頼主が、冒険者協力会と諍いを起こした人物とは。 こんな事になるとは、ルミナスも思ってもみなかった。


ラヴェトルフに呼ばれ、失敗の責任を追及される事に成った。 依頼をしくじった事よりも、斡旋所を通じた依頼をぶち壊され、主から眼を付けられたなど恥晒しで面子を潰されたと見たらしい。


其処で、ルミナスは依頼を達成して失敗を雪ぐと言ったが、ラヴェトルフからはもう依頼などどうでも良いと言われてしまう。 そして、失敗の代償に持ち掛けられた交換条件は、仲間で美青年の様に見える男装の学者をラヴェトルフへ譲り渡す事だ。 ラヴェトルフの好みで在る容姿をしていた為に、同性・小児性愛の性癖を持つ彼女に眼を付けられた。


本日中に答えを出せとラヴェトルフに脅され、屋敷から出されたルミナス。 だが、相手の勝手にされるのが大嫌いなルミナスは、プライドを傷付けられたと怒り狂った。 そして、その譲る条件の仲間に毒を盛らせると云う、とんでもない非常手段に出た。


極悪な商人と、自分勝手が絶対の人間。 そんな在る種の同じ側の人間の喧嘩など、誰も得はしない。 だが、自尊心を傷付けられたルミナス。 仲間を譲るフリをして、ラヴェトルフの毒殺を命じた。 然し、ラヴェトルフ一人を殺害するならば、まだ悪いヤツが相殺して減るだけだから良い。 然し、巻き添えを食ったメイドや使用人からすると、正直な処、最悪だ。 メイドとして屋敷に入った彼女の存在が、外部に解らない内に遣れと命令したが。 仲間の彼女は、初めての事ながら良くやり遂げたと思う。 ラヴェトルフが食べるもののみならず、飲料水や酒にまで毒を入れ。 生き延びそうな者は、直接飲ませたのが功を奏した。 


そして、問題はルミナス本人に戻る。 派手な出で立ちが目撃されているし、ラヴェトルフの腹心なる商人も行方不明。 ラヴェトルフが毒殺されたら、全てが明るみになると思ったのか。 腹心の商人は直ぐに姿を消した。


今、ルミナスがこの街に身を隠して滞在する理由は、怒りを抑えられないからだ。 対象は、斡旋所の主をする三姉妹とスチュアート達。 ・・いや、スチュアートと、Kだ。 どうにかして、主の三姉妹と二人を殺したいと、負けたままでは気に食わないと言うのだ。 なまじ金が有るからと、こうなってはKに近いバケモノだ。 炙れた冒険者に話を持ち掛けては、主の三姉妹にバレるとも考え。 あのゼクの様な暗殺を請け負う者を探し、金で手配をしている。 ルミナスには、何人か定期的に会う祖父の手下が居り。 相談すれば、なんでも云う事を聞いてくれるのだ。


今、飲食店に向かうルミナスは、目的地の店まで宿屋の馬車を使ったのだが。


「あの二人を殺して、一旦はこの街を離れるわ。 三姉妹のブタ主は、後で復讐する。 いいわね?」


絶対的な権力をひけらかすルミナスに、仲間の女性たちは黙って頷いた。 どの女性も、冒険者として他のチームに属していたが、ルミナスの金の力に魅入られチームを変えた者。 金の力で自由に出来る様子が、絶対的に見えたのだ。 確かに、ルミナスは殺すとしたら殺す。 奪うとしたら奪う。 ある種、カリスマ的な魅力が在る様に見えるのだろうか。 馬車が向かったのは、広い敷地を持つ飲食店。 その離れを予約したルミナスは、浴びる様に酒を飲む。 其処に、包帯男が来たことなど知らずに…。


真夜中まで飲み食いし、泥酔したルミナス達。 不思議なのは、酒を飲まない僧侶や学者の女性まで悪酔いしたこと。 店の従業員が肩を貸し、馬車に乗せられたルミナス達は、そのまま闇夜の中に消えてゆく。 宿屋街を通り抜け、街の南西方面から外に出た。


街道に出た馬車は、一路南へ走った。 途中に在る最初の分岐路を越えた後に、本街道は南西方面に蛇行して危険な地帯を迂回するのだが。 この街から来た馬車は、危険な旧街道を進む。


3頭の白馬を走らせるのは、黒いフードをすっぽり被った雨具を着た人物。 馬車に備わるランプの弱い明かりで判るのは、風にはためくフードの下より白いものがチラチラと見えている事ぐらい。


「………」


明らかに、宿から馬車を操って出た馭者では無かった。



         ★



そして、明くる朝。 溝帯を閉ざす山の先に朝陽が見える頃、漸く雲の多い空にも晴れ間が見える。


それでもルミナス達は起きない。


馬車が走る道は、溝帯側の山道に入り込んでいる。 溝帯の麓に向かう道は、遣われなくなったが残っている。 その道の全てを把握する者は、もう何処にも居ないとすら言われるが…。


陽の光が、大地を上から照らす頃。 雲がだいぶ過ぎ去り、青空が六割を占めた。


「おい」


ルミナスは頭を蹴られた。


「い・痛つつ…」


酷い頭痛がして、意識が朦朧とする。 身を起こしたルミナスに山の冷えた風が吹きつけて、土埃の香りを届けた。


「ヴっ・・何だ?」


口に入った土を唾で吐き出し身を起こすルミナスは、見渡す景色に混乱が来た。


「あ、・・此処は、何処?」


「見れば解かるだろうが。 此処は、溝帯の山近くだ」


男の声が聞こえ、ルミナスが声の方を向くと。


「あっ、貴様は…」


包帯を顔に巻くK。 憎らしい相手が目の前に。


「貴様ぁっ、何処に消えていた!!」


怒鳴られたKだが、全くの無表情。


馬車も無く、仲間が四方の地面に転がっている。 一人起きたルミナスは、


「起きろっ! みんな起きろ!!」


と、怒鳴る。


その声に、背が高い色黒な傭兵の女性が唸る様な声を。


それを見たKは、もう放置しても構わないと思ったのか。


「ルカの孫娘だったな。 此処からバベッタの街まで戻れたら、直に相手をしてやろう。 俺に喧嘩を売れるなら、簡単な事だと思うぜ」


云われたルミナスは、先に仕掛けられた事が理解できず、もう怒りが腹の底から噴き出して来る。


「ヴっ…」


怒鳴りたかった彼女だが。 フワッとKが視界から消えて、言葉をぶつける相手が居なくなった。


「何処だっ? おいっ、何処に居るぅっ?!」


喚く彼女の声で、仲間が次々と目を覚ます。


ルミナスを地獄へと招待したKは、少し離れた場所の水場に待たせた白馬の元へ。


「よしよし、街に帰るか。 こんな場所まで連れて来て、お前たちには迷惑だったな」


馬を労うKの耳に、遠くで吠えるルミナスの声がする。 然し、宿屋の飼う馬だ。 ルミナスの声など全く気にしていなかった。 馬車を引いた三頭の馬の、一番大らかにしている馬に乗るKで。 馬具も無しに首を触って歩ませ始めた。 馬蹄の音は、大地の所為で慎ましやかだ。 叫ぶルミナスを見捨てて、Kは一路南西側、真横に向かう。


さて、一方のルミナスだ。 仲間を起こしては。


「あの包帯男が来たっ。 我々を攫い、こんな処に放置したぞっ! どうする? どうする?!」


頭が痛い仲間たち。 場所も把握していない中で、いきなり問われても困る。


仲間の学者である女性は、鎧などを置いて来た。 凛々しい顔をして、若い見た目からして印象は非常に良い。 貴族が狩猟などで着る絹地の黒い半そで胴長の上着に、黒く固い生地の七分丈ズボンを穿いている。 護身用の短剣やら、最低限の必需品が入るサイドパックは腰に在ると知り。


「ルミナスさま・・、太陽を」


「え?」


「太陽の動きは大きく変わりません。 此処が溝帯の何処かならば、西か、北西を目指せば、街道には辿り着けるかと…」


「そ、そうか」


高そうな水晶の付いたスッテキの杖を持つ僧侶の女性は、とても愛らしい顔立ちだ。


「いきなり、こんな処に?」


周りを見て、街ではないと動揺を見せる。


槍遣いの色白な傭兵、大剣を遣う色黒な傭兵、魔想魔術師の麗人、学者の彼女、僧侶の愛らしい女性、細目で髪がかなり長い魔術師風体の女性、これにルミナスを加えたのが、【スカーレット・アフィリウェフ】と云うチームである。


が。


あのKが、殺るか、殺られるかの状況で、すんなり帰れる場所に連れて行くだろうか。


勿論、否だ。


溝帯の中でも、最も街道に近い外側ながら危険な場所が在る。 大きな岩石が転がる場所の奥で、この場所は絶対に通るべきではない言われる。 その南側にルミナスを放置したKは、無慈悲だ。 彼女達の力量で戻れるのは、絶対に無理と判断する。


ルミナス達が歩き始めて、然して時も要さず。


「ルミナス様っ、お気をつけ下さい!」


傭兵の一人、色白な女性がルミナスを庇う態勢で注意を呼び掛ける。


「何だ?」


周りを見たルミナスは、何が起こったのか解らない。


だが、傭兵の女性は、まだ少し雨に濡れた地面の彼方此方がモコモコと動くのを指摘。 歩きながら注視していれば、間近の盛り上がる地面から虫が這い出て来るのだ。


「何だ、只の虫か?」


虫と知って軽んじたルミナス。


然し、この虫が恐ろしい虫だと、ルミナス達は知らなかった。 これでも、一度は溝帯に来ているのに、だ。


毒々しく血みどろ色の体をした虫は、大人の女性の親指ぐらいの細長い胴体をする。 長い後ろ足、細長い体、小さくても鋭い顎を持ち。 ヒュっヒュと、素早い動きを見せる。 これは、ハンミョウなる昆虫の一種だ。 この地域に棲む固有種で、肉食で、素早い動きから生き物の体に忍び寄り、小さくとも立派な顎で肉を噛み切るのである。


「わっ!」


真っ先に噛まれたのは、露出の多いルミナス。 酒を飲み、汗を掻いた。 体臭の匂いすら敏感に嗅ぎ付けるこの昆虫は、この溝帯に住む特有の虫だ。


「痛いっ、何だこの虫はっ」


噛まれたルミナスは、慌てて背中を払う。 体に這い上がって来る虫で、立ち止まっては襲われるだけだ。


「走ろうっ、撒くんだ!」


学者の女性も、足元が靴より脛まで素足だから虫に集られる。


一目散に走り出すルミナス達だが、このハンミョウなる虫は動きが早い。 走ったからと中々振り切れるものでは無く。 足の遅い僧侶の女性は、厚手のローブの中に次々と虫が入り。


「痛いぃぃぃっ!! 助けてっ、痛いですっ!」


愛らしい顔を歪め、体の彼方此方を噛まれて地面に倒れ込んだ。


「嫌ぁぁぁぁっ。 痛いっ! 痛いよぉ! きゃぁっ、いぎゃぁぁぁぁぁぁっ!」


転がった彼女の体に、虫が群れて集る。 激しく暴れるもどんどんたかる虫で、一呼吸、一呼吸する毎に白いローブが視えなくなる。 滲みだす血の臭いがして、更に集る虫。 彼女の姿が見えなくなり、虫に噛まれる事を怖れたルミナス達は、もう構わずに逃げた。


夏の日差しが、ルミナス達を汗だくにする。 一人の仲間を見捨てる事で、何とか虫の襲撃を振り切ると。


「はぁ、はぁ、はぁ、お・おのれぇ・・あの・ほ・包帯・男…。 ダリスの・か・仇は・・討つ」


息荒く、呼吸するルミナス。 背中やお腹、足の彼方此方を虫に噛まれた。 体に着く虫を払い落とし、怒り任せに踏みつけるのだが動きが早く。 生息域を離れたのか、去ってゆく。


脚を中心に咬まれ血だらけにする、学者である女性は辺りを見回す。 大きな岩石に阻まれて走った為、更に溝帯側に向かってしまった事を察する。


「こ、此処は、もう溝帯の山・・中ですね。 北西に向け、あ・歩きましょう」


歩き出すルミナス達だが、岩の隙間より何かが出て来ることに魔術師の二人が気付く。


「ダメだ、我々はまた囲まれている」


「どうしましょうっ。 何かが蠢いていますっ!」


方や、やや男っぽい話し方。 方や、弱弱しい物言いをする。 男っぽい話し方は、魔想魔術師の女性だ。 青い絹地のローブを着ながら、ステッキを片手に立ち振る舞いが様になる。 弱弱しい物言いをするのは、眼の細い杖を持つ女性。 胸が立派で、動き易いゆとりの有るドレス風の衣服。 身振りからして女性らしく、弱弱しい姿も男性の気持ちを昂らせる処が在る。


「テルミー、キュア、何が…」


二人の仲間にルミナスが尋ねる間に、岩の下や裏から何かが姿を現す。


「何だ?」


驚くルミナス達だが、現れたのは小動物らしい。 くすんだ灰色の小柄な生き物は、大きさからして赤子に近い。 よく見れば、くすむ灰色の体は、サルの様に体毛の覆われたもの。 姿かたちから動きまで、猿と見て間違いは無いのだが。 問題は、その顔である。


「あれは、何だ?」


戸惑いすら持ったルミナスだが、仲間から。


「ルミナス様、逃げましょう!」


「装備もままなりませんっ、早く」


腕を掴まれ、動かされるままに逃げるルミナス。


処が、やはりルミナス達は獲物の様だ。 猿の体をした小動物だが、ルミナス等が動くと、合わせて岩の上を跳んで追い掛けて来る。


さて、ルミナスが驚いた小動物の顔は、カエルの様に頭が尖るのだが。 口は蛇よりも大きく開き、鑢の様な歯が口の中に一杯広がっている。 岩より飛び掛かって来るその動物を、殿に成る傭兵の槍遣いの女性が斬り払って落とす。


逃げながら魔法を唱えるテルミーと云った魔想魔術師だが、集中がままならずに発動した魔法が云う事を利かない。 動物から反れて、岩にぶつかる魔法は炸裂もせずに消えた。


ルミナスも、学者の女性も、武器を抜いて動物を追い散らそうとする。


だが、その数が5匹や10匹ではない。 遠くから向かってくるのも合わせるならば、100匹を超えそうなのだ。


そして、遂に。


「きゃぁぁっ」


小さい声が上がり、逃げる集団の中でも前を行っていたキュアなる女性が立ち止まった。 自然魔法を遣う彼女だが、後ろから迫りくる動物に気が行っていた。 前の岩陰から飛び跳ねた動物に気付かなかったらしい。 ポンと抱き着かれた彼女が前を見た時、アングリと開いた小動物の口が、エラを広げた魚か何かの様に自分に覆い被さる瞬間だったのだ。


ドサッと地面に倒れるキュア。


「あっ、キュア」


仲間が倒れたと、ルミナスが立ち止まる時。


「うげぇぇぇっ!!」


小動物に食いつかれたキュアの首が在らぬ方向へ曲がり、喰い付かれる首の辺りより血がジワ~っと溢れ出て来る。 もがくキュアが小動物を両手て掴み、ジタバタと暴れるが…。


「ルミナス様っ、早く!」


傭兵の色白な女性が、ルミナスの腕を掴んで走り出す。 手を離すキュアは、痙攣だけするままに小動物に集られた。 手、足の先に、小動物が呑み込むように食い付く。


逃げながら見ていたルミナスの眼に、頭を呑み込んだ小動物が、髪の毛を呑み込まずに引き摺りながら岩影に向かうのが見えた。


(ああっ、あた・頭を…)


何が起こったか、推測するのも怖い事が起こったと感じる。


キュアを捨てて逃げるルミナスだが、その逃げた方向は更に溝帯の方に。 然も、距離を置く為に逃げる途中で。


走るテルミーは、蒼い眼を凝らして前を向く。 その眼に、何かが素早く飛び込んで来た。


「わぁっ」


予期せぬ一撃に片目を押さえて、すっ転ぶまま後ろに倒れる。


「テルミーっ!」


「どうしたのっ?」


立ち止まるルミナス達。


仲間の前で、ジタバタと激しく暴れるテルミー。


「いぎゃぁぁぁっ!!!、痛いっ、うぎゃあああああああ!!!!」


片目を両手で押さえるテルミーの指の隙間、押さえる目の外へ血があふれ出して来た。


「テルミーっ、何が在ったぁっ?!」


暴れるテルミーへ飛びつく学者の女性だが、急激にテルミーの動きがおかしくなり。


「ヴっ、ぶぅぅ…」


力が抜けて押さえる手を外し、横たわる様に変わったテルミーで。 痙攣する彼女の顔を見たルミナスは、


「うわぁ!」


驚いて腰を抜かす。


「こっ、これは・・」


学者の彼女も、その見える光景に膝が震えた。


テルミーなる女性の眼には、芋虫に似た薄緑色の生物が喰い付いていた。 大きさは、大人の拳ぐらい。 既に右目を喰らった様で、ずんぐりした体は目の中に食い込んでいる。 そして、薄緑色の体の中には、テルミーの眼球の大半が丸々呑み込まれていた。


「ルミナス様、もうテルミーはダメです。 この虫に、脳まで食い破られています」


短い間に、もう三人の仲間を失ったルミナスだ。


「うぬぬぬ・・、何だ此処はぁぁぁっ!」


理不尽な出来事の連続で仲間が減り、然も溝帯に取り残される事に怒り。 辺りに向かって怒鳴り散らすルミナスだが。 眼が良い学者の女性は、地面をヨジヨジと此方に向かって来る何かを見つける。


「怒る暇は無い様です。 テルミーを殺した生き物が、彼方此方から我々を狙っています」


まだ、逃げるしかないルミナス達。 然も、北西に逃げようとするのだが、飛びつくワーム型の生き物がウヨウヨしていて、迂回しようとすればするほどに溝帯の山側に入り込む。


逃げる間、刻一刻と太陽が真上に上がる。 日差しが照り付け、雨の水分が蒸発し、ムワ~っと蒸して汗が止まらない。 三人の仲間を失い、ルミナスは走り疲れてしまった。


小石がゴロゴロと絨毯の様に転がる斜面に来たルミナスは、北西方面は奇妙にサラサラした赤い砂地に見える。


「何処か、水場が在れば良いのだが…」


全身に汗を流すルミナス。 様々な要因で喉が渇き、もう足取りがフラついていた。 赤い砂地の方には行きたくないルミナスだが、学者の女性は北西を目指して離れて行く。 遠目でも、街道が見えれば願ったりだ。


「クリス、そっちは暑そうだ」


ルミナスが言う。


だが、学者の女性クリスは、湖の様に広がる赤い砂地の方に斜面を下りながら。


「街道が・・見えれば、助かりま・す。 見てきます」


歩みが覚束なく成っていたのは、クリスも同じ。 だが、これぐらいの出来事ならば、スチュアート達の方がマシに動けよう。 


だが、クリスが心配になるからか、岩影と成る所でルミナス達三人が立ち止まって眺めていると。 赤い砂地の湖へ足を踏み込ませたクリスが、


「ぎゃっ!」


と。 短い一声を残し、消えたクリス。


「クリス・・クリスっ!!」


瞬く間の出来事に、もうルミナス達も何が何だか解らない。


ちょっとの間、三人が見ていると。 赤い砂が見上げる様に吹き上がり、ヌゥゥ~~~っと何やら蛇の頭の様なモノが見えた。


“クリスを喰ったのは、アレだ”


三人がそう思った後だ。 頭と思える何かが、此方に目を向ける。


「不味い・・」


「逃げようっ!」


慌ててその場より逃げるルミナス達三人。


一方、赤い砂地の湖より何かが這い出して来る。


三人が遠く尾根の様な坂の向こうへと逃げた頃。 三人の居た辺りに来たのは、蛇の様に長い首を持った赤い体の亀だ。 大きさは、立派な屋敷を一撃で潰しそうな大岩一つと変わらない。 口の周りには、砂と赤い液体が混じるモノがべったり付いていた。


峠を走り抜けた様な疲労感にルミナスは襲われ、もう走れないとへたり込む。 体で息をし、落ちる汗も少なく、もう限界が迫っていた。


「あ・アーデゥ、ファルタ、ぶ・・無事?」


傭兵として、大剣を背負う色黒女性がアーデゥ。 槍を扱う色白女性が、ファルタ。 似たような二人だが血縁は無く。 チームの一員として名前が登録されないファルタは、ルミナスの付き人。 名前を登録しないのは、汚い事に手を染める時に面倒が起こらないようにするためだ。


「ルミナス様、此処…」


汗を腕で拭うファルタは、見覚えの在る場所に目を見開く。


ルミナスも前を向くと。


「お、おぉ…」


大きなサボテンが枯れた間近に、四角い大岩。 荒地の様だが、見覚えが在るのは以前に来た場所と似ていたのだ。


アーデゥは、記憶を頼りに一方を指さし。


「たし・か、向こうが・・街道のほうです」


ルミナスも、確かにそうだと。


「そうだ、そうだ…」


三人の疲労度合いは、もうピークと云えようが。 足場は斜面。 石ころだらけ。 右は山なり、左は急な斜面。 フラつく足で、手を付く事も致し方ない。


そんな所へ、数匹の鮫鷹が。


「こんな時にぃっ」


「ルミナス様っ、数は少ないです!」


高が数匹の鮫鷹。 然し、鮫鷹も群が少ないのか、なかなか襲って来ない。


ルミナス達は、とにかくバベッタの街に向かおうと街道に出たいが為に、夕方が近付く空の下で先を急ぐ。


だが、やはり鮫鷹が気になるのか、その進みは遅い。 追われる身の様な3人、その最中で先頭を急ぐアーデゥが、斜面の先に水溜まりを見付けた。


「みず、水ですっ」


渇ききった喉に、水はもう天の恵みに見えた。 鮫鷹も気にせず慌てて這う様に斜面を下るアーデゥを、後から周りを警戒しながらルミナスがヨロヨロとついて行き。 殿となるファルタは、鮫鷹や後方を警戒しながらだ。


もう水しか見えず慌てて斜面から転げ、アーデゥが全身から水溜まりに落ちた。


「みず、み、んんん」


水に浸りながら水を飲むアーデゥ。


「あの・ば、馬鹿。 水を・・よ、ごすな」


ファルタが不快に感じて苛立つ。


同じく、ルミナスも。


「あ、アーデゥの馬鹿っ、体を洗い出したっ」


二人も水分を補給したい。 浅い水溜まりで体を洗われたら、汚くなるのは当然だ。


ファルタは、ルミナスに水を飲ませる為に。


「洗うなアーデゥっ。 底の汚れが舞い上がるではないかっ!」


苛立ちから怒鳴り付ける。


だが、近付くにつれて、アーデゥが体を洗っているのではなく。 アーデゥがもがき、暴れていると二人も解った。 更に近づけば、遠くからでは解らないくぐもった声で、“痛い、助けて”と言い出し、立ち上がる事も出来ずにいる。


「アーデゥっ、どうしたのっ?」


ルミナスが近付くと、水溜まりが赤く染まり始めたではないか。


「ファルタっ」


「はいっ」


二人して水溜まりに近付こうとするが、何かを見付けたファルタが。


「ルミナス様っ、これ以上はダメですっ」


と、彼女を制した。


「ファルタっ、アーデゥを助けないと」


アーデゥを見るファルタは、厳しい表情をし。


「もう無理ですっ」


と、ルミナスに言った後に。


「あれが、噂のヒリクナスか…」


アーデゥの顔、喉、腕や腹、体に、白い紐の様な何かが無数に張り付いていた。 以前、Kとスチュアートの旅にて、この奇妙な魚について説明したかと思う。 


「いぎゃああああっ!!!! 助けてっ、痛いっ!! ルミナスさまぁっ、助けてくださいぃっ!」


詰まった声で叫ぶアーデゥだが、水溜まりが真っ赤に染まる。 もがくアーデゥの勢いが急激に弱まって行く。


「ルミナス様、アーデゥは・・もうダメです。 ヒリクナスに、全身を喰われてい、います。 回復の手立てが無いので、諦めましょう」


「くそぉっ、何だこれはぁ…」


西側を見るファルタは、赤く固い土に水溜まりが点々と。 遠くには、大蛇が見える。


(くっ、荒野の大蛇か。 此方が見付かっては、二人で逃げるのも難しい…)


街道へ向け西側を行くのは、どうも危険と思えたファルタ。 近くの別の水溜まりから、汚いが金属の具足で水を汲み喉を潤す。


一息吐けたが、景色を眺めるファルタは。


「ルミナス様、この様子からしますと。 あの先程の場所は、似た別の場所の様な気がします」


仙人掌と岩が有っただけで、似た景色だから知っていた、と勘違いしたらしいことを匂わす。


汚れた顔に流れる汗を拭うルミナス。


「かも、知れないな」


「遠くに見える大蛇に見付かっては、逃げ切れるとも解りません。 もう少し、北に向かって迂回しましょう」


「また、迂回か」


「スミマセン。 ですが、二人では…」


一息吐いて、怒りが沸き上がるルミナス。


「殺す、絶対に殺してやるぞ。 あの包帯男めぇぇっ、仲間の仇…」


唇を噛むルミナス。


このルミナスの悔しさが、仲間を失った事に対して純粋に発したものならば、まだ立派とも言える。 だが、その本心は、やはり歪んでいた。


(金と時を要して、やっと様になる仲間を揃えたと云うのにぃぃっ。 仲間の装備費、維持費に、どれだけ金を使ったと思うっ!)


プライドが高く、見てくれを必要以上に気にするルミナス。 女だけのチームに揃えたのも、女性だけのチームで最高峰に登り詰めた前例が無いと聴いたからだ。 仲間の武器を高く立派なものにしたのも、名声を得た時の事を想定したからだ。


(また、あっちこっちのチームから引き抜くしかない…)


チームの信頼など、金で買えると思っているルミナス。 問題は、自分の好むチームに面子を揃えるまでが大変と云うこと。


(あの包帯男が仲間になれば、それはそれで良いが。 この屈辱は、忘れられん…)


実は、冒険者として旅立った当初の頃。 やはり血は争えないのか、ルミナスは祖父と同じことをしようとした。 金で有名なチームを買収し、自分の作るチームに入れると云う事だ。 だが、そんな事をして有名になれるほど、世の中は甘く無い。 リーダーの存在は、チームの生死を含む舵取りを握っているのだ。 ルミナスの様な分らず屋の自分本意に、経験もなくリーダーが務まるならば、世界にもっと一流の冒険者チームが溢れているだろう。


その証拠に。 一度、地元や国内では、まぁまぁ有名に成ったチームを率いれた。 が、ルミナスの無知と検討違いの方針から道を誤り、率いれた仲間を全滅させている。 その事実は、金を使って握り潰したが。 難易度の高い依頼は自分一人に無理と、ルミナスは骨身から味合わされた。


(どうにかして、どうにかして有名にならなきゃいけないのに…)


無い物ねだりから気が可笑しい祖父にして、血を引く孫娘も狂気に染まっている。 莫大な遺産に眼が眩み、彼女に正常な判断など無理だろう。


だから、Kと云う怪物に喧嘩を売ったのだ。


そして、夜が迫りつつ在る。


荒野の斜面を行く二人。 水溜まりの広がる赤い大地を迂回したら、其処は谷間に成る。 夕日になれば、谷間はもう薄暗い。危険な毒虫や鮫鷹に気を配りながら進むと。


「ルミナス様、そろそろ夜です」


ファルタが云うと、震えが背筋に走るルミナス。


「ファルタ、此処は大丈夫だろうか」


「如何致しましたか?」


「寒気がするのだ。 気持ちが悪いと云うか、不気味に思える」


危険な目に連続して遭っているから、感覚が敏感に成ったのだろうとファルタは思った。


が、谷間を抜けると夜の帷が空の8割を占めていた。 久し振りに星空が見えて、一日の疲労が二人に襲い掛かった。


「疲れたな、ファルタ…」


「はい」


そう言い合う時、二人は洞穴がアチコチに空く場所に来ていた。 二人が現れると、闇に染まる穴から何かが這い出して来た。


「うわっ、ファルタ!」


「ルミナス様? あぁっ!!」


夜の闇の中で、二人に襲い掛かる真っ黒な何か。 押し倒されたルミナスとファルタは、真っ黒の何かに喉や口から全身の彼方此方を噛み付かれ、泣き叫ぶ余裕も無く二人が動かなく成った。


その後、獣が狩った獲物を食べる様な音が、夜通し辺りに聴こえていた。


二人は、もう動く事は無い…。


さて、所が代わって、バベッタの街では。


夕方に、白い馬三頭だけが急に戻って来た。 兵士が馬を保護し持ち主を探せば、有名な高級宿屋の持ち馬だった。 ルミナス達の存在は、内々の秘密にされていて。 宿屋も、居なくなったルミナス達の事を話そうかどうか迷い、今は黙っている。


ルミナスの行方が解らないならば、金で冒険者の最高峰に登り詰めようとした者が居たなど、直ぐに忘れ去られるだろう。


Kの口から真相が語られる事は無い。 ジュラーディも、一切を闇に葬る。 この一件は、これで全てが終わるのだった。


………。


明くる朝。 ルミナスが襲われた場所には、砂利と固い土に大量の血の跡や食い散らされた肉片が在るだけ。 そして、空洞化した衣服やら装備品が散乱し、鮫鷹が集まり始めた。

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