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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
219/222

第三部:新たなる暫しの冒険。 9

       第八章・続


  【僧侶の本分、そして呪われた地域】


{18.信仰の真実 その覚悟を試される地へ}



町を襲うモンスターを退治して、ステュアート達は住人達から歓迎された。 宿代の無料提供を受けて、肉も食べ放題となればセシルが大喜びする。


だが、ステュアートとエルレーンは軽く全身に打撲を負った為、2日ほど休んでから〔トレガノトユユ地域〕に行く事にした。


その暇な間、オリエスも含めた仲間達は、ステュアートの縄投げの妙技を見る。 魔法の力にて、岩を土に還すオーファーだが。 馬も牛も羊も問わず、馬上から上手に縄で捕まえるステュアートには、正に脱帽だった。


農場で働く農家までが舌を巻くステュアートの縄投げだが、全く何の行動もせずして動物達が近寄るKには負けていたか。


スチュアートは暇として、町中でトレガノトユユ地域の情勢も集めてみたが。 向こうはとても危険だからと、子供でも行かないから解らないと教えられる。


さて、明日には出立しようと云う夜、食事を終えたステュアート達。 オリエスとセシルとエルレーンが、飲み屋の女主人に誘われ飲みに行くと言い出し。 ステュアートは、動物達に別れを告げてから合流するとし。 オーファーはステュアートと一緒に行って、農家に別れを告げるとする。


だが、アンジェラだけは一人で外に出る。 向かう先は、農場脇の公園。 園内の一画には、壁の無い東屋の中にフィリアーナの石像が在るのだ。


その石像の前に平伏したアンジェラ。


「嗚呼、神よ・・。 この様な私をお許し下さい…」


祈り始めたアンジェラは、手を合わせてフィリアーナの像を見上げる。


昨夜もアンジェラは祈っていたし。 船の中でも、一人の時間を持て余しては祈っていた。


然し、今日は変化が在る。


いや、


“邪魔が入った”


と、こう云うべきか。


「お前、無駄な事をするな。 そんな事をしても、力は戻らないぞ」


アンジェラの後ろより声がする、Kのものだ。


「私がどうしようと、貴方には関係ない筈です」


口答えをしたアンジェラ。


東屋の外に立つKは、月明かりの影に消えながら。


「まぁ、それは好きにしろ。 それより、明日から同行するならば、死ぬ覚悟をしろ。 死ぬのが嫌で怖いならば、一緒に来るな」


その話は、余りに簡潔で率直過ぎる言葉。 アンジェラは、Kの声がする方に向いて。


「何故ですか?」


「オーファーとステュアートには、以前の話の折りに教えたが。 〔トレガノトユユ地域〕には、何万、いやそれを遥かに超える怨念や無念が漂っている」


「なっ、何万っ?」


数を聞いて、身の毛立つと共に声を発したアンジェラ。


処が、Kは。


「数のどうこうよりな。 僧侶の力が消えたとは云え、その力を宿した事の在る身には、猛毒を飲むに等しい場所だ」


「あ・あぁ、嗚呼…」


狼狽えるアンジェラに、Kはこう云う。


「あのオリエスは、その幾らかでも彷徨う魂を弔う為にと、腹を据えて行動しているが。 お前は、違うだろう? 無駄に祈りたいならば、此処に残れ。 モンスターも沸く場所に、この上なく危険と解っている無力な者を連れて行くなど、戦地に赤子を連れ立つ様なものだ」


Kの話に、アンジェラは激しい衝撃を受けたらしい。 手や身体が震えるほどの驚き様だ。


そんな彼女を見るKは、闇の中に留まりながら。


「お前の望みに、死は無いだろう? 家族を想うならば、生きることを考えろよ」


Kにこう言われて、アンジェラは驚く様子をそのまま態度に残しながら。


「でっ・でも・・ステュアートさん達も・も…」


喋る口がしどろもどろのアンジェラで、此処まで喋ると声が出なくなる。


然し、Kは彼女の内心を鋭く察する。


「危険なのは、ステュアート達も承知だ。 だが、少なくともステュアートは、その危険に立ち向かう気持ちは出来てる。 アイツが決めた道には、オーファーも、セシルも、命懸けで付いて行くだろう。 オリエスも、その覚悟をして付いて来たしな」


気持ちの持ちようの違いを語るKだが、


「難しく考えるな、それは生き方の違いと考えていい。 生き方とは、自分の求め向かう道でいいだろう?」


と、気遣いも見せた。


「………」


自分に有利に繋ぐ様な言葉が思い浮かばず、即ちに口から気持ちが出ないアンジェラ。 あれこれ言い訳の様な気持ちを想うことは、心の中でぐちゃぐちゃと沸き上がるのに。 それが口を出ないのは、やはり自分の中に沸き上がる言葉には、自分の我が儘に等しいものしかないと自覚するからか。


そして、宵闇の中ではKが踵を返そうとする。


が、その動きに反応するかの拍子で。


「ケイさんっ」


すがる手が言葉に代わった、と聴くだけで解るアンジェラの発した声。


その声で動きを止めたK。


「・・何だ?」


アンジェラを見ず応える。


床に膝を擦りながら、凡そ一歩ほどKへ近づいたアンジェラは、


「あのっ、どうすればっ。 私は、再び力を使えますかっ? 今一度っ!」


と、形振り構わない様子で問うた。


然し、


「………」


Kは、黙った…。


闇の中に居るKを見るアンジェラは、もうKが居ないのではないかと感じる。


「あ・・」


辺りをキョロキョロし始めたアンジェラは、Kを追いかけようと膝を上げて立ち上がる。


其所へ。


「前にも言ったがな」


突然にKが言葉を発したものだから、アンジェラはビックリしたままに固まる。


「一度でも力を失った僧侶が、再び神の加護を得るには、不信を振り払わないと無理だ。 そして、これも前にも言ったがな。 人殺しだろうが、爛れたり背徳の生活をしていたとしても、その過去を選ばない魔法は、不思議なことに神聖魔法だけだ。 問題なのは、僧侶の本分にその心身が在るか、無いか・・だ」


「どうして、そんな方が神の力を……」


「驚くことでもないだろうよ。 改心し、神の加護を得るに値する信念や愛情を持てばいいんだ。 過去の悪行を無しには出来ないが、今より先は悔いて改めることは出来る。 人生の傷などは、信仰に支障などもたらさん。 寧ろ、己が過去を悔いれば真摯で行いも定まる」


「では、悪行もない人間は、寧ろ不利と?」


「はぁ・・」


呆れた、と判る溜め息を点いたK。


「違う、そうじゃないだろが。 お前が力を失った理由は、依頼の難易度に持った不満を行いの全てに転嫁したことだ。 俺や依頼に不満を持とうがな、仲間の傷を癒すことや無念を救済することに不満を持ち込むなど、僧侶としてはあるまじきことだぞ」


「う"っ」


力を失った原因の核心を突かれ、アンジェラは己の背信とも、背教とも取れる心の姿を再確認してしまった。


「いいか、アンジェラ。 大体、お前の信仰するフィリアーナは、降臨した神では最初に人殺しをした神だと云う事も知らないだろう?」


「へぇっ? フィリ・あ・・嘘・うっ、嘘っ」


宵闇の中で、遠くに見える家灯りを眺めたK。


「フィリアーナは降臨した神の中でも、個人の人間を愛した神だ。 大した力も、権力も、知恵も持たないが。 地道で直向きに生きる男と愛し合い、神なのに妻となった。 だが、悪魔と神の戦いの後は、人間の、人間に由る統治が始まった世界。 神々しく、美しく、神と云う絶対的な立場に在るフィリアーナを、力や権力を持つ人間達が求めない訳が無い。 フィリアーナが結婚したことで、独占欲を掻き立てられた強欲な人間どもが、フィリアーナの夫を殺したんだ」


「そん・な!」


「神に由る人殺しを、美徳や敬虔さを教える宗教が教える訳があるか」


「どうしてっ、貴方がそれを知り得るのですかっ? 見た訳では無いでしょうっ」


「悪いが、薄汚い裏側の仕事を遣ってるとな、報酬に文句が言える。 俺は知識を欲したからな、禁じられた数々の文献を読めた。 お前達がどう逆立ちしても許可すら貰えない禁忌の書すら、目を通せたのさ」


「あ・ああっ、魔法学院の・・封印書庫にも入れたのですか?」


「少しは、此方の事情も察したか。 だが、それだけじゃない。 チームの名が売れた冒険者でもそうは行けない場所の廃屋や廃墟に行けば、記憶の石などが転がっている。 他人なんか知り得ない事実も、こうして知る事が出来た」


「ではっ、どうしてその叡智を他に広めないんですかっ。 貴方ならば、貴方ならば誰よりも事実を…」


「バカか、お前は。 そんな知識が在ろうが、無かろうが、冒険者が生きるには関係が無い」


「関係ない?」


「嗚呼。 例えば、今に語った話の続きだ。 夫を殺されたフィリアーナは、その内在する愛情の裏側に潜む怒りを復讐に向けた。 怒り狂ったフィリアーナは、その身を血に染めて姿を消した。 神の個人的な怨みよる人殺しは、大昔に禁忌として門外不出の事実と為った。 然し、それが今の信仰に何の関係が有るか?」


「そ、それは…」


「今でもフィリアーナは神の一人で、その慈愛と優愛の誠心はお前達と云う僧侶に力を与える。 人を殺めた事など知らなくとも、信じてその命を信仰、いや信念に捧げれば、フィリアーナも僧侶に力を与える。 信念、信仰の大前提は、他人がどうかでは無い。 己がどう在ろうとするのか、だ」


「そんな、そんなわっ、訳は…」


衝撃的な事実に、アンジェラは身震えをする。 口に手をやり、膝を震わせた。


宵闇の中で、アンジェラを視界の片隅へ入れたKは。


「神が人殺しをしたことは、過去にも例は在る。 だが、問題は其処じゃないだろう? 自然神は、その力で人の立ち入りを阻止すべく、人食い植物を造り出した。 叡知の神の施した魔法の罠に、どれ程の人間が掛かって死んだか解らんさ」


「あ・あぁ…」


「いいか、アンジェラ。 神を信仰して加護を得た以上、どんな状況下でも不信だけはご法度。 その力を再度また宿したいならば、お前が命を引き換える覚悟で信仰と向き合わなければ無理だ」


言葉を失ったアンジェラ。


「手本が欲しいならば、過去の信者を紹介してやろうか?」


「しょ、紹介?」


「頭のイイお前なら、過去の聖人で“ハロルド・スキラータ”は、知ってるだろう」


その名前は、アンジェラは直ぐに思い出せた。


「永続する鎮魂の遺碑架イヒカを生んだ、神に愛された聖人でしょ?」


「だな。 では、ハロルドが元は、数多くの人間を悪戯に殺めた極悪人だったってことは?」


信じられない話が出て、アンジェラはもう笑いそうだった。


「お前達は、大概は子供の頃から入信する。 今の神学の教えは、聖人などの一部の良い面だけを教えているがよ。 普通、“鎮魂の遺碑架”ってのは、一回こっきりの代物だ。 敬虔な信者が命を失う時ですら信仰を失わず、自己犠牲などを行った時に神の力の一部に触れるような奇蹟が起こる。 その時、肌身に身に付く武器や遺物に、その力が宿るだけだ」


「ならばっ、そんな悪人に神が力を与えるはずがっ!」


一気に興奮へ昂るアンジェラの心。


だが、Kの口調は冷めたるままに。


「だから、お前の手本と云うんだ。 お前は、背信。 向こうは、改心する前は極悪人だった。 神の意向に叛いた人間としては、在る意味で同じだろうが」


「そっ」


一緒にされたくない相手だが、聖人にされた一人。 自分の信じて来た教えに叛く者と、力を失った自分の存在が、地割れの様なジレンマを生み出す。


「ハロルドは、生まれながらに孤児でな。 人に冷たくされた過去から、幼くして強盗やひったくりに手を染めた。 青年期までは、正に極悪人の転落と云うべきか、登り詰める、そんな人生だった」


「そんな人に、な、何故・・神が」


アンジェラの信仰心が粉々に成りそうな心の内から、呻き声の様に疑問が搾り出る。


「その答えは、簡単なことさ」


「かんたん・って、いい加減な…」


「いや、本当に在り来たりな話だ。 ハロルドは、或る女に出逢い改心したんだからな」


「信じられないっ」


感情が乱れるアンジェラに、Kは今どきの僧侶らしいモノを見た。


(人間として、全くガキだな。 ま、知ってどうなるか、どっちに転がるかだけは見届けてはやるか)


以前の彼ならば、こんな感情は沸かなかっただろう。 ジョイスが今のKを見たら、腰を抜かすかも知れないが。


「ハロルドが野党の頭目となり、恐れられた絶頂期だ。 小さな村で行われた祭りを襲い、金から食い物から女を奪って来たんだがよ。 その奪って来た女の中に、ハロルドより歳上となる盲目の僧侶が居た。 ハロルドは、暴力が全てと信じる絶頂期だから、盲目で逃げることすら子供の様だったその僧侶に、嘗て無い嗜虐心を駆り立てられた。 そして、その僧侶をなぶる日が始まった」


「僧侶を・・なぶるって、あ、悪魔じゃありませんかっ」


「そうだ。 ハロルドは、その僧侶を自分の女にし、毎日毎日その肉体をなぶっては、神へ祈る彼女を言葉で罵倒し、信仰心を棄てる様に迫ったのさ。 時には、暴力、時には人質を使ってな」


「ひ・どい…」


「だが、僧侶の女は乱暴を受け入れ、残虐をするハロルドを諭し続けた。 それこそ、何年も・・な」


「何年もっ、そんな酷いことを?」


「だが、俺からするならば、もうその何年が返って異常と云える」


「当たり前じゃ有りませんかっ! な・何年もですよ!?」


「馬鹿、考え方が違うぞ」


「はぁっ?」


「ハロルドは、何十人と云う悪人を集めた頭目だ。 そんな僧侶の女の替えなんぞ、拐えば幾らでも手に入る。 その女を殺し、次々にとっかえひっかえしても構わない」


「え?」


「ハロルドからしてその僧侶は、心の琴線に触れる何かしらの要素を持っていた人間だったのだろう。 そして、背信を迫る内に、知らずと愛したのさ」


「な゛っ、何を馬鹿なことをっ!」


「だが、事実だ」


「嘘ですっ! そんなのは嘘っ」


「お前が信じるか否かは、お前の勝手だ。 好きにするがいい。 だが、ハロルドが知らず知らずに変わったのは、明らかなことだ。 それまでは、自分が身体を味わった女など平気で手下にくれてやり。 奴隷に成らない女など平気で惨殺していた人間だった。 だが、初めてハロルドがその僧侶を所有し、事態は少しずつ変化した」


「変化・・」


「ハロルドは、その僧侶の女以外を抱かなくなっていった。 その僧侶を他の手下が触れることを拒絶し、何年も生かし続けた。 それまで、人間など自分を満たすモノとしか見なかったハロルドが、初めて自分の思い通りに出来ないモノを知った・・。 まぁ、そう言っていい。 そして、とうとうハロルドの集団も壊滅させられる時が来た。 冒険者と役人が、野党の集まりを討伐して回った」


「当たり前でしょうっ?」


「まぁ、な。 だが、過去に何度も討伐されそうになったハロルドだが、その度に相手を惨殺をして切り抜けた。 だが、その時ばかりは内通者が出て、全てを捨てて逃げるしかなかった。 それなのにハロルドは、意外な行動に出る。 逃げる際に、金でも武器でも手下でもない、その僧侶を抱えて逃げたのさ。 足手纏いになり、自身も大怪我をした状態だ。 盲目の僧侶なんか連れる暇など無いし、人質を取るより単身で逃げた方が、ハロルドならば難なく逃げおうせただろう」


「何もかも、酷い、酷すぎますわ」


「だが、其処が別れ道だった」


「“別れ道”?」


「そうだ。 僧侶を連れて逃げて逃げ続けたハロルドは、怪我の出血から遂に気を失う。 その時、ハロルドは自分の最後を覚った」


Kの話を聞いていたアンジェラは、その瞬間に察した。


「嗚呼、嗚呼…。 もしかして・・たっ、助けた…」


「あぁ。 ハロルドに何年も奴隷同然にされた僧侶だが。 同時に、そこまで生かされたことも理解していた。 病気に為れば薬を与えられ、食を断っても食べさせられた。 愛を知らないハロルドだが、固執と云うべき執着からだがな、僧侶を生かし続けたのさ。 僧侶は、絶望的な中でもその運命に従い、何故かハロルドを助けた」


「信じられません、私には・・信じられ…」


「お前の気持ちは、この世の略全ての人間と同じかも知れん。 助ける方が異常と言われても不思議じゃ無いな。 だが、女は助け、ハロルドは助けられた」


信じられないのだろう、頭を振り話を拒否するかの様なアンジェラだ。


それでも、Kは続ける。


「異常な話だろうが、それがハロルドの転機だ。 女に助けられたハロルドは、劇的に変わった。 奴は人を殺せなくなり、その女を連れて彷徨う旅人になる」


Kの語る内容は、アンジェラを惚けさせるに足りた。


さて、助かったハロルドは、顔を隠して冒険者に成る。 女性僧侶の薬代と日々を生きる糧のみを稼ぐ生活を生きた。


が、そんな生活も一年とせず終りが訪れる。 遂に、病弱な女性僧侶が死期を迎えたのだ。


その時のハロルドの哀しみ様は、何百と云う人間を無慈悲に殺害した者には不釣り合いかも知れない。 衰え、息もか細くなる彼女を看病し、自分の寝食も忘れ絶望に咽び泣くのだから。


だが、命の終りが来た。 ハロルドが此までに沢山の人の命を奪った時と同じだ。 その、死に逝く淵に際し、彼女はハロルドに言った。


“こんな弱い自分を愛し、求めて、死を哀れんでくれるならば、その心を信仰に向けて欲しい”


と。


無力に泣き、女性僧侶の痩せた体にすがり付いて泣くハロルドは、幽かに伝わる声で云われた。


ハロルドの人生が、崩れる様に変わる瞬間が来た。 心の拠り所を失ったハロルドは、ぼろ雑巾の様に神殿へ向かう。 そして、彼女の葬儀を頼み込む。


そのままハロルドは、信仰と云う路に倒れ込んだ。 アンジェラには信じられないだろうが、ハロルドは信仰と云うものに入ったのだ。


「アンジェラ、お前は不公平に思うだろうな。 ハロルドの様な者が信仰の道に入って、然も僧侶に成れることを」


「・・・」


唇を噛むほどに拳に力を込めて、立ち尽くすアンジェラからその答えが見える。


「だが、お前の考え方が食い違ってるのは、その不公平の考え方だ。 神を信じ、信仰と教えに基づき救いの道を行くのに、過去はどうでもいいのさ。 その答えは、今のお前が実証しているだろう? 何一つ、非難を浴びる様な罪を犯した訳ではないのに、信仰から外れた思考を持っただけで加護を失った」


「う、うぅ…」


顔を手で覆うアンジェラは、理解するからこそ悲しい。


「ハロルドとお前の違いは、沢山ある。 ハロルドは、己の罪と常に向かい合って生きた。 それからは名前を隠さずに生きたハロルドは、憎しみを時に触れ返された。 時には石を投げられ、また夜に通り魔に襲われる様に刺された事だってある。 ハロルドが最後を迎える前には、片眼を失い、脚を引き摺り、片腕が無かった」


「ケイさん、それは・・復讐されたからですか?」


「あぁ」


「それでも、信仰を・捨てなかったのですか…」


「そうじゃなければ、永久的に存続する“鎮魂の遺碑架”を遺せるか?」


「…………」


返せる言葉が無く、啜り泣くアンジェラ。


「ハロルドは、背負った罪と憎しみの反動に因りてボロボロとなり。 最後は、モンスターと戦い死んだ。 だが、お前はどうだ?」


「わた・しは…」


「あのカエルの化物に喰われる所を俺に助けられ、望むままにスチュアートのチームに迎えられた。 今も魔法を遣えなくなったのに、スチュアート達から見棄てられずにこうして居座れる。 スチュアートも、オーファーも、信仰の加護を失ったお前をチームから外したら、後が大変だと解っているからだ」


黙るアンジェラに、Kは言う。


「お前、どんだけ果報者だ? ハロルドに比べれば、恵まれ過ぎてるぜ。 不条理や不平等なんてのは、当たり前で自然と存在するもんだ。 その“不”を取り除いてふんぞり返るなんてのは、有る意味からすりゃ思い上がってんだ。 信じれる“道”を見付けたならば、信念ぐらいは曲げずに、勘違いせず歩み抜け。 冒険者の道も、信仰の道も、お前が思うほどに甘か無いぞ」


その場に、石像の様に固まったアンジェラ。


後は、本人が考えることと、音もなく立ち去るK。


祈ることすら出来なく成ったアンジェラは、涙も枯れた。 魔法の中でも一番扱える者が多いのは、神聖魔法と云って良いかも知れない。 が、神聖魔法ほど奥が深いものも、無いかも知れない。 魔法を扱えなくなる者が多いのも、実は僧侶がダントツだ。 信仰心とは何か、アンジェラは一人考える…。


一方、所が代わって農場の一角では。


Kとアンジェラの関わりなど知らないスチュアートは、農家の集まりが在ると聴いて、オーファーと向かった。


処で。 これは、スチュアートとオーファーが、農家の集会所に向かう道すがらの話だ。


「オーファー、明日から依頼の本筋に戻るけどさ」


と、夜空に瞬く星を観てスチュアートが言う。


二人が歩くのは、小さい農園みたいな土地を持った農家が点在する辺り。 夏の虫が鳴いて、手にする灯りのランプに蛾などの虫が集まる。


「ん。 一体どんな所か、な」


「それより、ちょっと心配事が在るんだよね」


弱音でも在るのか、スチュアートの声が沈んだ。


「どうした? 怪我がまだ治らないのか? それとも、アンジェラさんの事か?」


農場を守る時に負った怪我は、オリエスの魔法で完璧に治った。 また、アンジェラの事は心配だが、Kも一緒に居るから出来る所まで本人の意思を尊重したい。 スチュアートの心配は、他にも在る。


「実は、ミシェルさんにケイさんが居るからって回された依頼の事なんだけど…」


「今、請けている依頼の事か?」


「うん」


「何が心配なのだ?」


「それがね…」


前を見る様になったスチュアートの持つランプに、でっかいカブトムシが飛来して来た。 ワインなどの果実酒の甘い匂いに誘われたか。 それを一瞥したオーファー。


スチュアートは、船に乗る前に、Kに云われたと言う。


“今回は、オリエスも居るから余計な詮索はしない。 だが、次からは依頼を請ける際には、主にしっかり色々と聴けよ”


ちょっと意見の真意が見えないオーファー。


「ケイさんは、何故にその様な事を?」


「うん。 それがね。 トレガノトユユ地域って、けっこう広いんだって」


「‘地域’などと云うのだから、或る一帯を指すのだろうな」


「うん。 でね、その何処に居るかも、名前や姿も解らないモンスター退治なんて、トレガノトユユ地域がどんな所か知らないで依頼を出しているみたいだ・・って」


「ふむ、なるほどな。 確かに、ケイさんの仰るのも頷ける」


「オーファーも、そう思う?」


「云われてみれば、だがな」


「そっか。 ・・んでね。 依頼には、特殊条件が有って」


「‘特殊条件’?」


「うん。 冒険で発見した遺物は、全て依頼主に差し出すって…」


「何だか、墓荒らしや王廟の盗掘に行くみたいだな」


オーファーがこう言うと、スチュアートが。


「ケイさんも、同じことを言ってた」


「ん…、依頼自体が訝しげに見えて来たな」


「だから、僕も依頼についての情報をさ、町とか船で集めてみた」


「ほう、で?」


「トレガノトユユ地域は、とんでもなく危ない場所だから、地元の人は誰も行かないって。 それから、モンスターの襲来が有ったなんて事は、これから行く北側に関して云えば、最近は無いって…」


「なるほど、それは益々怪しいな」


「でしょ? 恐らくケイさんは、オリエス様が行きたいって言わなければ、この依頼についてもっと早い段階で疑問にしたと思う。 でも、目的が幾つか重なって、言わなかったみたい」


「ふむ。 益々、トレガノトユユ地域がどんな所か、気になって来た」


「ね、オーファー」


「ん?」


「これは、ケイさんが居なく成った後の話に成るんだろう‘たられば’だけどさ」


「ん」


「僕が死ぬ時は、セシルやエルレーンも一緒に逃げて欲しい」


この願いを受けて、スチュアートを見たオーファー。


この時、集会所が見えて来て居る。


(しっかりしたリーダーとは、やはりこう皆が思うんだろうか。 昔、クルフにも云われた気がするな)


月並みな返しは言わなかったオーファー。


“ならば、私が死にそうならば逃げてくれるか?”


“お前以外に、誰がリーダーを出来る”


思えば、言い返す台詞など幾らでも思い付く。


だが、リーダーに課せられた責任は、自覚する者ほどに重いらしい。 スチュアート、そして以前のクルフも知るオーファー。 仲間を死なせる悲しみは、リーダーと言う責任者には味わいたくない事だ。


また、オーファーにだから言えるのかも知れない。 セシル辺りでは、彼女に喚かれて終るだろう。 エルレーンも、スチュアートを叱るだろう。


黙ったオーファー。


黙ったスチュアート。


掃いて棄てる程に居る冒険者だが、常に生死が付き纏う冒険者稼業。 バベッタの街でチームを結成してから一月経つかどうかだが、もう何十人と冒険者が死んでいる。 Kが居るだけ、自分達は恵まれているとオーファーは思うし。 スチュアートは、それも一入だろう。


何れ、Kは離れて行く。 スチュアートが一人立ちすれば、今度はスチュアートが全てを背負うのだろうか……。


さて、集会場に向かうと。


「お~、スチュアート。 夜にど~したよ」


「あれま、スチュアートだ」


農家の夫婦達に迎えられる。 モンスターを退治したスチュアート達は、農家の皆から仲間に近い印象を持たれていた。


「さ、座って飲みなさい」


椅子にコップにワインが用意される。 明日に出発する旨を伝えるのだが、サヨナラの夜会と飲む事に成った。


社交性の高いスチュアートは農家の皆も好かれるらしい。 別れ際となる夜だが、モンスターの事、冒険者としての事、聴かれ答え、呑んで喋る。 あっと云う間に時は過ぎて、真夜中まで呑んでしまった…。



          ★



明けた次の日。


北に向かう荷馬車で、途中の分岐路まで乗せると云うオジサンが居る。 有り難いと、二日酔いの大半の面々が喜んだ。


その中に、何故かアンジェラの姿も在った。 朝、セシルやエルレーンに何か説得されたらしいが。 アンジェラが着いてきたのは、どうしてだろうか。


馬車に乗り込む時には、もうKは何も言わない。 スチュアートが言わないのだから、自分からしゃしゃり出ることはしない。


荷台の荷物の木箱に寝るKへ、オリエスがそっと近寄り。


(ねぇ)


(何だ?)


(神の加護を失った彼女を、危険な場所に連れて行っていいの?)


(リーダーではない俺が考える問題じゃねぇ。 あの女には、これから行く場所がどんな所か既に説明したし、スチュアートも知ってて言わないんだ)


(でも、今のままじゃ行ったら死ぬよ)


(選び、受け入れた道だ。 成るようにしか成らん)


(冷た~)


(お前こそ、人の心配をしている場合か? あんな所に、僧侶の身で行こうなんてよ)


(誰も行かなきゃ、何も変わらないわよぉーっ)


(ふん、どいつもこいつも物好きめ…)


やや薄曇りとなるも陽射しの在る空の下。 草刈りされて踏み固められる、整備の行き届いた街道を昼下がりまで荷馬車で進む。


そして、空の7割をややどんよりした雲が支配する様に成った頃か。 北東方面に向かう道と、北・北西方面に向かう道の分岐点にて。


「さよなら~」


馬を操る年配の農夫婦に別れを告げて、一行は北に向かう道に入った。


この辺りは、広大な草原と本当に疎らな木々が点々と見えるだけだが。


「ケイさん、何やらモンスターの気配が…」


起伏だけは凸凹と目立つ草原の窪地から、暗黒のエネルギーが感じられるとオーファーは警戒する。


全く警戒する様子も見えないK。


「ここ辺りになると、街道を歩く機会は陽が出てる時しか無い。 もうトレガノトユユ地域の影響が及んでいてな、この広大な地域の窪地の穴や日陰には、死霊や亡霊のモンスターが潜んでいたりする。 行って見れば解るが、魔界の下等な悪魔などの影響を受けたモンスターも潜む」


「なんと、もう…」


「中心の陥没した場所に行くには、最短の場所を選んでも丸々2日ぐらいは何処かで夜を遣り過ごす必要が在るから、日射しが無くなったら戦う事を覚悟しろ」


Kの話に、オリエスから。


「でも、運河沿いの山岳や麓の方に、村や町は在るんだよね?」


「在る」


「そっちは、どうしてるの?」


「ここから北の村や町は、全て運河沿いに作られている。 流通の基本は、船に因る交易だ。 街道はこの通りに在るが、旅や流通に使うのは、運河沿いを行く本街道。 この俺達が歩いているのは、もう放置された旧街道になる」


「んじゃ、私達の他に人は居ない?」


「まぁ、普通の街道に比べたら、居ないに等しいか。 物好きだったり、道を間違えたり、近道を急ぐ為に無理をするぐらいしか使われ無いだろうよ」


スチュアート達は、街道を観察する。 良く見れば、歩いて進むごとに街道の状態が悪くなる。 街道縁の雑草は伸び放題、道の地面が何かの影響から抉れていたり。


先を見たセシルが。


「ねぇ、倒木が道に…」


横倒しに成った倒木が、道に半分ほど入っている。


「本当だ」


応えるスチュアート。


だが、問題は近付くことで解る。


倒木を間近にして見るオーファーは、その朽ちた様子、朽ちた木が分解されて土に変わるのを見て。


「この倒木は、もう長く放置されているのだな。 腐った幹が分解されて、一部が土に還り始めている」


これも自然と解っているKだからか。


「人が使う道ならば、自然と整備され形が保たれる。 だが、使われず放置されれば、こうして自然に還るのみさ。 当たり前の光景だがな、トレガノトユユ地域は暗黒の力が強すぎる所為で、その還元される自然がなかなか働かない」


一体、どんな所なのか、スチュアート達は想像し難い。


だが、アンジェラは肩を竦めて凍えているかの様に。


「アンジェラ、どしたの?」


問い掛けるセシル。


歩くKが。


「もう、呪われた地域に渦巻く暗黒のオーラが影響を及ぼす端っこに来ている。 なまじ僧侶なんて者だから、反対の力を宿した体には影響が出るのさ。 な、オリエス」


話を振られたオリエスは、丈の長い雑草を折って手に持ちながらも、平気そうな顔をして。


「そ~かしら~」


と、雑草をヒラヒラ動かす。


だが、エルレーンは、オリエスの唇の色づきが悪く見え。


(ルージュを付けてるけど、血色が悪く成って栄えてない。 余裕そうに草を握ってる手も、なんか緊張してるみたい…)


午前中のオリエスとは、何となく雰囲気が変わっている。


既にその雰囲気を察していたK。


「強がるのは構わんが、死なれちゃスチュアートの評判にケチが付く。 引き際ぐらいは、見極めろよ」


其処で辺りが薄暗くなり、Kが天を仰ぐ。


「それ、陽が隠れた。 もう、この場所すら安全じゃねぇ」


この話を聞いたセシルは、暗黒のエネルギーが大きく動き始めた事を察して。


「何か来るよっ!!」


オリエスとセシルが同時に言う。


身構えるスチュアートやエルレーンなど。 アンジェラは警戒して顔を強張らせる。


だが、立ち止まるだけのKで。


「ほれ、悪鬼のブュブュヌが這い出して来た」


曇り空の下、遠く遠く草原の凸凹となる窪地の中から黒い何かが這い出して来る。


「遠目で解らん」


オーファーが、黒い塊が小さく見えて確認が出来ない。


処が、皆を他所にして歩き出すKで。


「先に進むぞ。 ブュブュヌぐらい、近付いたら迎え撃て」


スチュアートは、何て事を言うのか・・と驚いたが。


Kの後ろを着いて行く皆。 道を進むにつれて、現れた黒い塊がじわりじわり…。 そして進んでいると漸く、その姿がスチュアートに確認が出来ると。


「あれが、ブュブュヌ…」


黒い肉の塊が、薄汚く蠢く。 肉の周囲の縁より、鋭い爪を有する醜くも剛なる手が何本も生えていた。 手で自分を支え、跳ねて、近付いて来る。 肉の塊の中に、歪に生える鋭い牙がはみ出ている。


焦る素振りも無いKは、全く警戒する様子も無く。


「ブュブュヌは、ゾンビの様な死霊だがな。 その体を動かすのは、暗黒のエネルギーだけでは無く。 魔界や暗黒の力が漂う場所に産まれる、魔意の千切れた一部を持っている。 生命を喰らう欲望しか無いみたいだが、生命を求めてこうして寄って来る」


近付いて来るブュブュヌは、大きさが7・8歳の子供ぐらい。 眼や鼻は無く、青黒く血が腐ったかの様な肉の塊に、8本から10数の手が生えるモンスターだった。


「キモいっ」


迫られる圧迫感にセシルが怯え、北側から迫るブュブュヌ3匹に銃で魔力を纏わせた矢を撃ち込む。 2匹を貫き、魔想魔法特有の炸裂を生んで3匹目も巻き込む。


それに対してKは、何も言わずに歩く。


ブュブュヌがもう肉眼でハッキリ見える時には、オーファーが大地の魔法で蹴散らしたり、セシルが6本目の矢を撃ち込むなどし。 交戦が目前となる。


其処で、Kが。


「もうそろそろ、トレガノトユユ地域に向かう為、本当に廃された街道に入る。 ブュブュヌ何ぞ、雑魚以下の雑魚になる。 どれ、少し潰すか」


Kが遣る気に成る事で、スチュアートとエルレーンが間近に迫るブュブュヌに走る。


20体ほどのブュブュヌを相手にするスチュアート達。 オリエスも加わり、裁きの鉄槌でブュブュヌを蹴散らす。


この間、何も出来ないアンジェラだが。 その身体には、暗黒の力が纏わり着く。 神聖なる力を宿した僧侶は、そのオーラを強く感受してか…。


(う゛ぅ、気持ちが悪い…)


嘔吐きそうになる。 魔法が遣えない為、怯えるだけのアンジェラだったが。 此処で、彼女は自分の服の裾に違和感を覚えた。


(だ・れ?)


脚の脹ら脛辺りに、触られている感じを持った。 恐る恐るだが、見下ろして見ると。


「あ・・」


見下ろしたままに、身が固まるアンジェラ。 其処には、血みどろの赤子が抱き付いているのだ。


スチュアート達の戦いを眺めているKより。


「僧侶のお前さんだからな、亡霊も好むらしい」


赤子の霊を見下ろすままのアンジェラだが、その臍の緒すら着いたままの赤子の霊が驚きで。


「こっ・この霊はっ、どうして血まみれなのですか? 然も、臍の緒が…」


この話で、Kが赤子の霊を見る。


「良く観ろよ。 その赤子の背中を」


言われたアンジェラが赤子の霊の身体を観察すれば・・。


「あぁっ、嘘…」


驚くと共に、咄嗟の身動きから霊に向かい屈んだ。


「ど、どうして、刃物の…」


男の子らしき赤子の脇腹に、短剣の様な刺し傷がハッキリと見える。


アンジェラの姿に、Kは何故か説明を重ねる。


「この辺りは、既に過去の惨劇が及んだ所なんだろうよ。 歴代の教皇王の中でも、唯一正式に弾劾された奴が、悪党を遣って人を襲わせたんだ。 この赤子は、襲撃を受けた際に産まれちまったらしいな。 その場を悪党に見付かり、赤子は邪魔だからと股から引き摺り出されて殺害されたんだろうよ。 今は、母親を探す哀れな亡霊に成り果てたらしい」


聴くのだけでも嫌な史実が、霊として見える。 赤子に膝を折り近付くアンジェラは、その凄惨過ぎる事実に涙が溢れ。


「おぉ、可愛そうに・・、可愛そう…。 嗚呼、嗚呼・・嗚呼っ、神よ、この哀れな赤子が見えましょうか。 死して母親に抱かれなかった慈しみを欲する、この赤子の霊が見えましょうか。 慈しみ、愛をお与えになるフィリアーナ様よ。 どうか、この赤子にそのお力で安らぎを…」


自分の衣服に掴み掛かり、胸元へと這い上がろうとする赤子の霊。 アンジェラは、その赤子を抱きすくめるままに。


「神よ、この私の背信は、罪として受け入れましょう。 ですが、この赤子の霊は救いを求めております。 どうか、どうか、その御慈悲を賜り物ください。 この魂に御慈悲を、御慈悲を…」


脇目にKが眺める中で、赤子の霊がアンジェラに襲い掛かる。


「いけないっ」


魂に呪い着こうとする赤子の霊に、オリエスが驚いた。


が。


「止せ、助けるな」


と、Kが制す。


「加護を失った僧侶だよっ? 助けなきゃ呪い殺されるっ!」


慌てるオリエスがアンジェラに動こうとすると。


「止めろ」


「ケイちゃん、何で止めるの?」


「俺は、アンジェラに来たら死ぬと伝えた。 その覚悟くらいはしているさ」


「だからって!」


声が大きくなるオリエスだが。


「オリエス、冷静になれ。 ほれ」


顎で示すK。


「何がっ? ・・が…、が?」


アンジェラを呪い殺そうと、亡霊の姿が如実に現れる赤子。 だが、アンジェラの体には、とても薄いのだが白いオーラが現れ始めている。


「神よ、神よ・・この赤子に御慈悲を、このまま彷徨うのは哀れで御座います。 どうか、そのお力をっ、そのお力をこの哀れな赤子に…」


亡霊の姿に変わる赤子の霊を、アンジェラは抱き締める。 頬を擦り寄せ、頭を撫で、背中を擦る。 アンジェラを包もうとした赤子の霊だが、次第に落ち着くのか元の小さな霊の姿に戻る。 アンジェラの胸元に擦り寄り、乳房の温もりを味わう様に手を、顔を動かす霊が、アンジェラの体に湧いた白いオーラに包まれた。


だが、赤子の霊が光に包まれるのと同時に、アンジェラは息を止める様に気を失う。


まだブュブュヌとスチュアート等が戦うのだが。


「ふん。 まだ、完全に神様から見捨てられた訳じゃなさそうだな」


Kは、後から後から来るブュブュヌの方に歩き始める。


気を失うアンジェラが、魂を天秤に掛けたとオリエスでも解る。


「ケイちゃん、こうなるって解ってたのっ?」


「いや。 死んだら死んだで、お前が居るだろう?」


これは荒療治なのか、オリエスでもKの真意が読めない。


(一瞬、魂が呪いに絡められそうだったのに…)


驚きしか無いオリエスだった。



         ★



「はっ、赤ちゃんはっ?」


飛び起きたアンジェラは、慌てて辺りを見回した。 左側には、焚き火が在り。 右側には、暗い壁が見える。


「良く眠る女だな、足手纏いで気楽なもんだ」


Kの声に向けば、左側の焚き火の向こう側に彼が居た。


「あの、あの赤ちゃんは…」


焚き火に枯木をくべるKが。


「ん」


と、空を指差す。


「召されたのですか?」


「らしいな。 だが、その代償は、お前の胸に残ってるぞ」


自身の胸に手を置くアンジェラ。


(少し、息苦しい様な…)


「お前の魂に呪い着こうとしたからな、心臓の辺りに痣が出来ているだろう。 数日は残るだけだが、この先に行くのも大変だ。 今なら、お前は引き返せるが・・どうするんだ?」


胸の前を押さえるアンジェラは、他の皆が見えないと。


「スチュアートさんや、み・皆さんは?」


「今、また襲って来たモンスターと戦っている。 ゾンビやスケルトンやらゴーストと、この前の滅びた都市と変わらないな」


「ケイさん、あんな魂が、他にも・・沢山いるのでしょうか」


「お前みたいに哀れんでたら、命が幾つ在っても足りねぇよ。 さて、アイツ等も疲れて来てるから、そろそろ手伝うか」


腰を上げたKに、アンジェラが。


「生きます。 出来る所まで…」


アンジェラを見下ろすKは、覚めた眼差しを変えず。


「好きにしろ。 説明はしたんだ、後は勝手に…」


言うKに、アンジェラは更に。


「解ってます。 死んだら、亡骸だけは故郷にお願いします」


そんなアンジェラを見るKだが、呆れが収まらない。


「ば~か、スチュアートがそうさせないだろうよ」


こう言って、外に出て行く。


この場を見たアンジェラは、漸く何処かの煉瓦を使った小屋の様な場所と解って来た。


「う゛っ」


立ち上がろうとすると、胸が苦しくなる。 呼吸が浅く、心臓に軋む様な痛みが走った。


霊の憎しみや悲しみを受け入れたアンジェラは、その障りを痛みとして受けた。


(こんな霊が溢れ返る場所が、どうして放置されているのでしょうか。 僧侶は、霊の安寧も助けるものでは…)


自分が教わった僧侶としての、信仰の基本に従うならば、こんな霊の彷徨う場所など領内に在っては成らない気がする。


(スチュアートさん達は、た、だいしょう・・ぶ…)


どっちが心配されているのか、アンジェラは解っているのか。 だが、こんな場所に来てしまった上、自分の我が儘を受け入れたスチュアートやオーファー達には感謝をしている。 その彼等がまだ戦っていると云うのだ。


心配されて、我が儘も聞いて貰った。 然も、自分は何も役立て無い。 その事実は、アンジェラにも自覚を持たせたらしい。


フラフラする足取りのアンジェラが外に出ると、宵闇の中で坂道を登る。 手を使い草の生えた辺りまで上がれば、少し離れた宵闇に灯りが見えた。


(あの光は、まっ、魔法の光だわ)


杖を地に突いて急ぎ向かえば、光の魔法を封じた小石をオリエスが持ち。 ゾンビやスケルトンと戦って居るスチュアート達が居た。


「あっ、あ、あの…」


オリエスに声を掛けたアンジェラに、驚いて振り返ったのはオリエス。


「何で居るのよっ」


「しし、心配・・で」


「バっカじゃないのっ!? 一番心配なのは、貴女でしょっ! 亡霊に呪われ掛かったのに、こんな所に来てどうするのよっ!?」


「ごめ・んなさい」


とんちんかんなことをするアンジェラに、苛立つオリエス。


「ケイちゃんも向こうに行っちゃったし、仕方ないっ」


自分が守るしか無いと腹を括るオリエス。


(お爺ちゃんが生半可な場所じゃ無いって言ってたけど、本当に凄い場所だわ)


世間一般の情報として以上の話として、この場所のことを聞いていたオリエス。


“僧侶が生半可な覚悟で行ける場所ではない。 これまで、多数の僧侶が命を落とした”


この国の中でも、僧侶には最も危険な場所と伝わるのが、トレガノトユユ地域なのだ。


神聖魔法を遣う僧侶が治める国の中で、こんな場所など有り得ないと思われる。 だが、産み出したのは僧侶の最高峰に居た過去の人物だ。 その余りにも残虐な行為が災いし、覚悟の無い僧侶が踏み込めない場所に成った。 過去にも幾度と浄化が行われたが、未だ中心地に浄化の手が届いた事は1度も無いらしい。


アンジェラが来てから程なく、スチュアート達が引き上げて来た。


「ダメぇ、も~ダメだぁー」


疲れて泣きごとを言うセシルは、光の範囲内でヨタヨタしている。


「しっかりしろ、まだ終われないかも知れないぞ」


声からしてオーファーだろう。


「でも、何て、所よっ。 こんな所に私達が来るのが、ま、間違いじゃない?」


エルレーンの声がして。


「ふぅ、ふぅ、ケイさんはヤッパリ、すご・い。 レヴ・ナントを一撃だ」


「スチュアートっ、化け物と比べちゃダメ…」


四人がオリエスの居る場所まで戻ると。


「え゛っ、アンジェラっ?」


真っ先に言ったセシルを皮切りに、皆がアンジェラが居ることに驚いた。


さて、Kに加勢するなど無理な話なので、一旦は夜営する場所に戻る事に。 帰ることで解るが、夜営の場所は窪地に作られた廃屋だ。 恐らくは、猟師が造った小屋らしいが。 この呪われた地域にして、夥しいモンスターの所為でか捨てられたのかも知れない。


一部が壊れた小屋に雪崩れ込んだスチュアート達。 顔に薄い傷を幾つも付ける四人で、戦っている間は乱戦状態だったのが解る。


オリエスが皆の傷を診るのだが、セシルは顔色の悪いアンジェラを気遣い。


「アンジェラ、胸を押さえてるけど大丈夫?」


「え、あぁ・・少し、暗黒の力に障りました。 でも、明日には動けるか・・と」


「いきなりムチャしないでいいよ。 じゃないと、ホント死んじゃうよ~」


エルレーンもその話に被せ。


「冗談抜きで、アンジェラ。 貴女の死体なんて、私は見たくないよ」


グダァ~っとする。


説明で聞くトレガノトユユ地域と、体験するこの場所は違う。 恐ろしさも、忙しさも。


セシル、オーファー、エルレーンは、能力に差があれどオーラを感知する事が出来る。 この場所で、感じる暗黒のオーラは強い。 それを鋭く感知する僧侶ならば、恐怖を感じても不思議ではない。 まして、魔法が使えないのであれば、身を守ることが出来ず。 このまま先に進めば、道半ばで恐怖に心を殺される。


スチュアートも含め、もうアンジェラは来るべきでは無いと思う。 Kが何も言わず、スチュアートやオーファーは、アンジェラの気持ちを汲んできたが。 セシルやエルレーンが思う様に、皆がその限界がこの辺りだと思うのだ。


然し、アンジェラはまだ帰ろうとしない。


心配されるアンジェラは、自分がオリエスの様に成らなけれいけないと自覚する。


(自分が、僧侶として何を忘れたのか、漸く・・思い知らされましたわ。 哀れな赤子の魂すら救えないのに、何が僧侶…。 嗚呼、この命を捧げれば、大勢の哀れな魂を救えるのでしょうか…)


今も、アンジェラの耳には亡霊の叫び声が聞こえる。 この地で起こった想像を絶する惨劇の犠牲者の声が、僧侶という身ゆえに聞こえるのだろうか。 親子の逃げる声、追いかけられる女性たちの声、逃げ惑う子供の声も。 老夫婦が、どうしてか何人もの子供を連れて逃げるのだが、悪党に捕まって殺害される。 何が起きたのか、見えなくても大凡が解りそうな嘆きや叫びの声。 その声に包まれていると、非力な自分の身が呪わしくなる。


震えるアンジェラは、片手で頭を押さえるオーファーが見えて。


「オーファーさん、だい・じょうぶ?」


「あ、少し頭が、少し・・」


魔法を使い、その上に暗黒の力場が強く、もう瘴気の影響も強い。 体力や精神力を消耗しているだけに、体に障っているようだ。


「頭痛薬・・たしか…」


少し朦朧とするアンジェラだが、戦う者が倒れては他に負担が回るのは解っている。 とても素直な思考だけが回り、もう他人の世話を焼く事に無心で動いた。


先ず、少ない干し肉で空腹だけを満たすオーファーが、薬の作用で眠りに落ちる。 次に、スチュアートが続くように眠り。 セシルも、エルレーンも同じく疲れて眠りこける。


仲間の世話が終わると、アンジェラは顔面蒼白なのに。


「あ、お・・オリエス様も…」


確かに疲れては居る。 だが、アンジェラよりは元気なオリエスだ。


「倒れた貴女に心配されるほどじゃないわ」


「あ、これは・・すみません」


謝るアンジェラは、確かにフラフラしている。


一方、オリエスは逞しく、何かでも食べようと食糧を荷物より出しながら。


「貴女も早く休みなさいよ。 また倒れられたら、こっちが迷惑よ」


「すみません…」


謝るしかしないアンジェラに、オリエスが干し肉を削ぎながら。


「皇都に行って神官に成るって云うんなら、そんなペコペコしてたら無理よ。 向こうでは、教皇王様以下側近の他は、何かなりの欲を持った奴らがわんさか居るんだからね。 アンタみたいに見た目や肉体に優れた女性なんて、性欲の捌け口として、見てくれの良い伴侶狙いの男にいい様にされるのがオチ」


「あ、はぁ…」


生返事を返すアンジェラの間に、パンも出すオリエス。 見た目、才能、2拍子が揃ったオリエスだ。 僧侶として神殿に入ってから、どれだけ男性から誘われたか。 まだ若いのに、いや、まだ若いから…。 今だって、結婚の申込みも有るし、家柄や役職をチラつかされる事も在る。 偉く成るだけが頭に有ったならば、今頃オリエスも貴族の誰かと結婚しているだろう。


「ケイちゃんの言う通り、僧侶だって人間。 欲望からは逃れられない。 でも、僧侶としての信念から外れなければ、浮気をしようが、金儲けをしようが、神聖魔法は遣えるんだよ。 でも、癒す対象や頼り頼られる仲間に疑念や憎悪を持っちゃったら、信仰の基本的な信念に反する。 大体、何でケイちゃんの居るチームなんかに入ったのよ。 彼は、或る意味、神と悪魔の融合体みたいなもんよ」


「確かに、そうですね…」


お湯を器に流し、塩漬けの乾燥野菜を入れて飲むアンジェラだ。


弱弱しいアンジェラを、オリエスはマジマジと見返すと。


「このまま着いてきたら、貴女はホント死んじゃうよ?」


同じ僧侶だから、このまま着いて来た場合の結末が想像できる。


ズバっと言われたアンジェラだが。


「でも・・この嘆きを聞いたら…、逃げれません」


アンジェラのか細い声で吐き出された気持ち。 オリエスも、暗い外の方に顔をやる。


「気持ちは、解るわよ…」


同じ僧侶で、経験も実力も上のオリエスである。 この風の様に聞こえて来る嘆きの嵐は、耳を塞いでも防げるものではない。 また、僧侶の教えを受けた者には、この場所はその魂を震わせる場所でもある。


(フゥ・・、ケイちゃんが、普通に死ねるって言った意味が解ったわ。 此処は、一回や二回でどうこうなる場所じゃない)


そのままボ~っとするオリエスだが、何時の間にか自分が眠いと思えば。


(寝たわね)


蹲る様にアンジェラが寝る。 恐らく、肉体の痛みを癒そうと疲れに負けたのだろう。 ま、少しでも寝れるならば、歩ける様にぐらいは回復して欲しい。


だが、Kを待つオリエスも何時しかウトウトし、睡魔に負けて眠る。 攻撃に回復と魔法を遣い続けたのは、此処最近では久しい彼女。 この暗黒の力場に支配された中では、緊張と重圧から疲労が付き纏う。 眠れる薬を飲んだが、効果覿面だった。


そして、朝方だ。


「あ゛??」


跳び起きるスチュアート。


「よく寝てたな」


Kの声である。


周りを見たスチュアートは、焚火が小さく成っている事に気付いて。


「ケイさん、もう朝ですか?」


薪代わりとなる枯草の纏められたモノをくべたK。


「既に明け方だ。 東の空が明るいぞ」


「あわわ、スイマセン」


包帯の隙間に見える口元に、微笑みを浮かべたK。


「謝るのは、どんな冒険にも最後まで保つ実力を付けてからにしろ。 今日はまだ晴れるから、もう少し進むぞ」


「はいぃっ!」


スチュアートの声に、他の仲間も次々と起きる。


「ぐはぁ、寝すぎたぁぁぁ」


オリエスも、Kを待てずして寝たから慌てる。


だが、Kは疲れも見せず。


「オリエス、お前とセシルの鼾が煩くて寝れなかったぞ」


「うう゛んっ、そんな事を言っちゃイヤっ!」


そこで、寝ぼけながら最後にセシルが起きて。


「ねぇ、ウルサイぃ~」


先に起きたオーファーが。


「お前が言うか」


と、突っ込んだ。


起きたアンジェラは、疲れや痛みを隠しているのか解らないが。 それなりに動け、食事もしっかり取った。


セシル、エルレーンは元より、遂にオーファーもアンジェラを心配した。


が、スチュアートは、アンジェラが来るならば、任せるとする。 Kも放任している。 アンジェラが帰らない気ならば、何を言っても無駄である。


さて、陽が草原を照らすと供に外へ出ると、辺りの草原の彼方此方に剥げた痕跡が。 スチュアート達が戦った痕跡で、粉の残る所はスケルトンが散った場所だ。


街道の荒れ果てた名残の様な道が残る草原には、丈が腰より低い草が生い茂る。 真夏に入る時期で、日差しは強い。 然し、所々に太い蔦の植物が生え、それが絡み合いちょっとした建物に似た塊を作る。


歩くスチュアート一行は、相変わらず凸凹の起伏が彼方此方に見える草原を行く。


その雑草の中には、ゾンビが居たり。 ゴーストが蟠っていた。


さて、戦うスチュアート達。 処が、オーファーやセシルは、魔法を遣うにも不思議な重圧感を感じた。


これが、僧侶となると。


「えっ? ん゛っ、はっ?」


何が聴こえるのか、アンジェラは彼方へ此方と向く。


オリエスですら、時々嫌がる素振りを見せる。


殺害された人間の嘆きや叫びが聴こえるのは、想像以上に心労を及ぼすらしい。


スチュアートは、悲壮な顔をするアンジェラを気にしながら。


「ケイさん、この辺りがトレガノトユユ地域なんですよね?」


モンスターを排除すると、前しか見てないK。


「だな。 一番の中心地は、此処からまだ数十里は在る先だ」


「え゛っ? 数十里っ!?」


その距離にビックリしたスチュアートや仲間。


だが、Kは。


「この地域の何処に居るとも解らないモンスター退治と調査なんて、一介の冒険者チームに任す依頼じゃねぇーよ。 オリエスの意志と依頼を同時に済ませるならば、寧ろこの少し先に行けば十分だ」


「ケイさん、意味が解りません」


「あのな、過去の大虐殺だけでもン十万って人間が死んでるだ。 この北の北方要塞の歴史と合わせりゃ、累積した死者なんざ何百万を超える。 ダロダト平原やアンダルラルクル山、その他の大激戦地と変わらん場所なんだ」


「あ、はい」


「この面子でこの先の中心地に行くのは、自殺するのと変わらない。 この前の滅びた都市とは、危険の度合いが比較に成らない」


「え、・・えぇっ?」


「あのバカ三姉妹にも、オリエスにも解らせてやる為に案内してるがな。 お前達、半分は死ぬ覚悟をしろ。 この地域は、それだけ危険だ」


Kの話で、全員が押し黙る。


「オリエス、アンジェラ、お前達には聴こえてるだろう? これから向かう先の、地獄より来る死への誘いがよ」


黙りこくるアンジェラは、唇が青ざめて震えている。 震える肩や手を体に押さえ付けて、必死に我慢をしていた。


暗黒のオーラをビリビリと感じるオリエスは、


「ケイちゃん、私とケイちゃんだけで良くない?」


と、言うのだが。


「バ~カ、自分を過信するとは、千年早いゼ。 アンジェラが着いて来るから、この先の場所まで案内するんだよ。 お前一人ならば、もっと楽な場所で終らせてるさ」


Kの言い草は、オリエスですら駆け出しの様である。


歩く先、暗黒のオーラに由ってゾンビが集まり肥大化した、死肉の塊のモンスターが現れる。


顔を歪めたオリエス。


「デッド・クランチス? こんな所で、こんなモンスターが…」


見ているだけのKだが。


「中心地に向かって行けば行くほどに、暗黒のオーラが激烈なまでに強まる様に感じる場所だからな。 真昼でも、不死モンスターが闊歩してる訳だ」


今回は、オリエスが裁きの鉄槌を唱えて直ぐに倒した。


一撃とは、スチュアート達も驚いた。


だが、Kは表情一つ変えず。


「オリエス、アレ一匹にマジに成る様で、この先に進める資格が有るなんて思うなよ」


「はい?」


「昨日、一夜で俺がどれだけのモンスターを潰したと思ってンだ? お前達が相手にしたモンスターを1に例えるならば、その数は数百を超える。 お前が一人で来た処で、ニルグレスと最高の冒険者チームを雇ったって、この幾らか先の場所に行くのが限界だ」


「あ・・あのぉ~?」


「中心の地まで行きたいってならば、先ずはこの先の場所で力を示せ。 中心の地まで行けます・・ってな」


皆が、Kの言っている意味が解らなかった。


が、昼過ぎには、その意味が解る。


遠くに、滅んだらしい頃の建物の瓦礫が見えて来たが。


アンジェラを見るセシルは、もうフラフラでブッ倒れそうな彼女を見て。


「ケイっ、もう無理だって!」


一方、顔に冷や汗をびっしょり浮かせるオリエスも、少し肩で息をし始めている。


「ケイさん、オリエス様も危険では?」


オーファーが打診するも、Kは。


「二人揃えば、レクイエムを歌って守る事も出来るだろうが。 自分の身すら守ることを考えず、仲間なんか守れるか。 冒険の際は、行く場に応じて環境が変わる。 その対処が出来なきゃ、死ぬぞ」


以前、ポリアとの冒険でKが使わせたレクイエムは、鎮魂歌で在るが。 その使い方は葬儀や浄化の時だけではなく、応用も。


「でも、ケイちゃん。 アンジェラは…」


オリエスが言うのは、アンジェラの現状だろう。


然し、Kは全く気にもせず。


「散々説明したのに、ノコノコと着いて来たんだ。 本人も、その覚悟で来たんだろうよ。 なぁ、アンジェラ?」


Kの振り返らない問い掛けに、杖を握り締めたアンジェラがか細い声でレクイエムを呟き出した。 それは、一人で唱える独唱歌の様な。


彼女の覚悟を知る一行で、行くの辞める様に説得するのは、オリエスやオーファーだが。


すると、心配するスチュアート達は、必死に前を向くアンジェラを見る事になる。 建物が近付くにつれ、アンジェラのレクイエムがたどたどしくなるが…。


「オリエス、アンジェラを殺すか?」


Kがこう言えば、オリエスは自棄っぱちの様にアンジェラの前に入り、レクイエムを歌ってしまう。 オリエスの方が、司祭で在るだけに僧侶としての能力が在る。 オリエスのレクイエムで、アンジェラは守られる様になり。 二人のレクイエムは、斉唱の様になって行く。


そして、Kは以前に言ってた事をまた繰り返した。


「信じろ。 仲間が居るならば、大切に想う信念が在るならば、信じる事により、慈しむ事により、捧げる気持ちが在るならば。 生は、死よりも強い。 自分一人が弱くとも、共に歩む誰かが居れば助け合えも出来る。 レクイエムは、斉唱して心を合わせる事で、更に違う使い方も出来る」


Kが云う間に、アンジェラとオリエスを包む様にし、淡く白いカーテンが。 暗黒のオーラに反発する、光の加護だ。


そして、間近に見えて来たのは、煉瓦や石造りの建物が数棟残るだけの場所。 老朽化して半壊すれども、その闇には何やら蠢く影が…。


建物の一つを前にして、Kが。


「この場所は過去、荷馬車や旅人が身を寄せたら北側の中継地点だった。 恐らく、遡る大昔には、盗賊や悪党に襲われた場所の一つだろうな」


この説明は、僧侶の二人には不要だ。 既に、亡霊として闇に潜む人々に女性多数や僧侶など冒険者、兵士も数人が霊体として見えている。


僧侶たる二人は、レクイエムを唱えるままにその建物に近付いた。 明るい昼下がりなのに、救いを求めてか、命を憎んでか、亡霊達がオリエスとアンジェラに纏わり付く。


スチュアート達が固唾を飲んで見守る中で、レクイエムの歌に怨みを解かされ召される魂が一つ・・一つと。


「わ゛っ、魂が光った」


驚くセシル。


以前にも見たが、怨念が晴れて成仏する魂は、安らぎの中に在る。 その、浄化・救済の様は、何度見ても温かい気持ちを与えてくれる。


10数名の魂が消えても、他の建物にはまだ大勢の亡者が居る。 Kは、モンスターを瞬殺する代わりに、鎮魂を二人に任せたが…。


夕方、この辺りに彷徨う全て亡者の半分も助けられずに、二人は気を失う。


憎しみや嘆きが強く、暗黒のオーラと結び付く霊魂はもう悪霊だ。 ゴーストとは少し違うが、浄化するにしても場所が悪すぎた。


倒れた二人を救うKは、聖水を使って亡者を退け。 ‘光の雫’と言う魔法アイテムを使って、一部の亡者を天に召す。


が、今回は此処までだった。


オリエスですら、アッサリ倒れる。 いや、僧侶ならばもう気を失っても可笑しくは無い場所なのだ。 オーラを感知するだけでも、オーファーやセシルが震えるほど。 トレガノトユユ地域の中心へ向かうには、もっと違う意味の準備が必要だったのだ。





{19.不本意な帰還。 だが、謎は残り、遂にあの依頼が遣って来た}



そして、6日後。


バベッタの街の斡旋所に、K一人が入った。


「あら、・・って、あらっ?」


紅茶を煮出して冷ましたものを、グラスに注ぎ入れ掛けたミラが手を止める。


「ねぇっ、何で一人なのよ」


二階に直行で向かうKが、


「零れてるぞ」


と、言葉だけをよこす。


「ミラさんっ、紅茶!」


グラスから溢れる紅茶に、サリーが驚いて布巾を持ち寄る。 サリーの言葉遣いが、随分とはっきりして来てる。 会話としても、一般公用語を話し馴れて来たみたいだ。


一人、二階に上がったKだが。 其処には、暑いからと冷やした寒天に蜂蜜を掛けたものを食べている途中のミシェルが居る。


「あら、ケイさん一人・・だけ?」


ミシェルの前まで来たKは、頷くと記憶の石を二つほど取りだし。


「スチュアート達の行動のあらましだ。 アイツ等は、二・三日は動くのも無理だろう。 報酬の話は、復帰してからにしてくれ」


記憶の石とKを交互に見交わすミシェル。


「は、はぁ…」


「俺は下で一息吐くが、居ない間に何か在ったか?」


寒天を球状にしたデザートを横に置くミシェル。


「細かい事は後回しにするけれど。 先ずは、北の洞窟内の再調査が来たわ。 教皇王様より直々に、再調査の命令が在ったみたい」


せせら笑いを浮かべたKで。


「当たり前だろうな。 兵士が数百人も死んで、都市を統括する頭が斡旋所に脅しを掛けて、挙げ句に不正だものな」


「ジュラーディ様も、同じことを…」


「他は?」


「意味が解らない事が多いの。 義祖母が、どうして悪党を呼んだのか解らず終い。 取り調べの最中に心臓の発作で倒れて、そのまま亡くなったから…」


「高齢に見えた。 逮捕に因る心労は重い重圧だったってか」


「恐らく…。 それと、あの女性商人の殺害は、新しく雇われたメイドが犯人みたい」


「メイド・・な」


「でも、そのメイドがどうして雇われたのか、そして何処に行ったのか、良く解らないの。 然も、一番の不審な情報が、殺害された女性商人の元に、あのルミナスとか云った冒険者が尋ねてたみたい」


「ルカ=ラハードの孫って女か」


「えぇ」


「そりぁ、ちょいと不気味な話に成って来た・・か」


「でしょう?」


頷いたKは、ミシェルに。


「御宅に、一つ聴きたい」


「何?」


「今回のこの依頼、出所は調べたか?」


「‘出所’って・・、依頼主の事?」


「そうだ」


Kが可笑しな事を言い出した、とミシェルは思った。


だが、Kの包帯より覗かせる眼は真面目そのもの。


「依頼を聴いた時点で、どうも引っ掛かったんだがな。 トレガノトユユ地域に居る特定されないモンスター退治なんて、どうも奇妙な話だ。 お前、主として依頼者の素性はしっかり探れ」


寒天の入った器をカウンター内に置くミシェル。


「話が見えないんだけど…」


と、困惑。


「なら聴くが。 この依頼は、クルスラーゲの国や政府から出されたものか?」


「違うわ。 街に住む商人の方からよ」


「理由は?」


「はぁ?」


ミシェルの安穏とした様子に、Kは頭痛がして来そうで。


「トレガノトユユ地域は広大だ。 その何処に居るとも解らないモンスター退治なんぞ、どうして依頼に成りえたんだ?」


「あ、あぁ…、確か…」


依頼の契約書の束を探るミシェル。


「商人さんからの話だと、確か・・他の街に出したけれども達成されなかったとか、何とか…」


とんでもなく曖昧な話に、Kはふざけているのではないかと思えて来て。


「何だそれは。 その商人は、僧侶か何かか? それとも、廃れた街道でも使って、新しい交易でも始めたいのか?」


契約書を見付けたミシェルは、依頼内容を黙読しながら。


「理由は・・モンスターが危険だから、だそうよ」


「ならば、間近の町や村の商人か」


「いいえ、この街在住」


疑問しかない、理解や納得が得られない話に、Kはキナ臭さを確信する。


「ミシェル、その出所と成った商人の事を調べろ。 この依頼は、裏が在る」


「どうして?」


「スチュアートが町や船で噂を聴き回ったが。 トレガノトユユ地域からモンスターが襲来して被害が出た、…なんて最近は無いと証言していた。 然も、トレガノトユユ地域に向かう最中、近々廃れた街道を馬車が使った形跡も無かった」


「あらら、何か可笑しいわね」


「そう云えば、この依頼には特殊条件が添えられてたな」


「えぇ。 冒険で得た遺物は、全て依頼主に渡すことよ」


此処で、Kが腕組みする。


「スチュアートにもちょっと言ったが、なんで遺物が在ると依頼主は思ったんだ?」


「う~ん、何だか訳が解らないわね」


「アホ、その悩むのが遅すぎる。 いいから、調べろ」


「わ、解ったわ」


Kが疑いを持つなど、ミシェルからすると不気味に思えて仕方が無い。 元冒険者などの住人や役人で、ミシェルの手足として働いてくれる者が居る。 金を使って、調べて貰う事にする。


其所へ、ドタドタと足音がすると思えば、並々と注がれた紅茶のグラスを持ったミラがやって来て。


「おいおいっ、零れてるぞ」


Kが言うのだが、紅茶が零れたなど気にして無いミラは、真剣な顔でグラスを突き出すなりに。


「スチュアート達はどうしたのっ」


と。


もう面倒臭くて溜め息が出るK。


「ハァ、落ち着け。 アイツ等は、オリエスと神殿に行ってる」


「な゛んでっ、一緒に来ないのっ!」


「無理だ、無理」


ボタボタと零れる紅茶が、苛立ちで震えるミラの気持ちを現していた。


その頃か。 オリエスの所属する神殿前に荷馬車が到着していて。 ドサッと、荷台から煉瓦敷きの路面に落ちたのは、腰が上がらないセシルであり。 続いて落ちるのは、禿げ頭からしてオーファーらしい。


二人は、人の往来が多い通りにて、トカゲの様に路上を這いつくばりながら、神殿への階段を上がりつつ。


必死の形相となるセシルが。


「うぬ、ぬぬぬ…。 けっ、ケイめぇぇぇ、一人・であ・斡旋所に・・行きやがってぇぇぇ…」


すると、一足遅く階段を上がるオーファーが。


「われ、われは、あ・しで纏い・・なのだ…」


「グソぅっ、何が、なんでも、・・ゆ、有能に・・なっちゃるぞぉ!」


「嗚呼・・頭に、陽射しが、痛い…」


「ゲ~ハ~、ばん・ざい…」


「ふ・ふん、ツルツルだ・から、階段も、の・上りやすそうだ、な」


「ぬっ、ぬぁ~におぉ…」


不毛なるやり取りをする二人の後、荷台より降りて来たのは、オリエスとアンジェラだ。 この二人も、何故だか腰砕けして這う這うの体である。


「ケイ・ちゃんっ、一人で・・行ったぁ~」


先を行くオリエスに、後から路上を続くアンジェラが。


「すぅ・スチュアート・・さん達は、しん・じられますが。 あ・あの方だけは、む・り、かも…」


階段に真新しい杖を持ちながら差し掛かると、胸が立派なオリエスは苦労する。 更に立派なアンジェラは、それも上乗せだ。


手を止めたオリエスは、埃と汗だくの顔でアンジェラに。


「そんな・・ことを言うと、また・・魔法が、つ、遣えなくなる・わ・よ…」


胸を階段に擦って、乳房が痛いアンジェラ。


「わか、わかっ・てます・・の」


同じ所まで来た二人は、お互いに見合う。


「全然、ダメだった…」


真剣な顔で言うオリエス。


頷くアンジェラで。


「また、い・行きましょう…」


僧侶としての信念が、二人を結び付けたのか。


笑うオリエスは、這いつくばり。


「ヴ~、お婆ちゃんみたい゛ぃ…」


依然も、似た経験を持つアンジェラは。


「私は、こ、これで、二度目ですわ…」


と、神殿へ。


さて、最後に荷馬車から落ちるのは、K以外の皆の荷物と・・。


「お、重い…」


落ちる様に降りたエルレーンと。


「暑いし・・重いし、たる・怠い・し…」


最後にスチュアート。


街で一番大きい神殿の前で、往来や祈りに来る人の多い場所でこの有り様。


荷物が無くなったと、子供の様に小さい老人が手綱を操り馬を出す。 その去る方向と入れ替わる様にし、数名の者が神殿の前に来ると。


「スチュアート・・か?」


聞き覚えの在る声に、動かすのも労力と首を巡らせるスチュアートは、あの大柄な冒険者セドリック達を見る。


「あ、あ~、ど・どうも~」


「おいおい、何をしてるんだ?」


近寄ったセドリックは、路上にヘタリ込んだスチュアートとエルレーンに力を貸す。


「すいま・せん。 仕事から、か、帰ったんですが、見ての・ボロです」


「そんなにキツい依頼だったのか?」


仲間が荷物を持ってやり、スチュアート達一行は神殿に入れた。


オリエスを含め、一行はニルグレスの手に掛かる。 ベットに運ばれる過程で、オリエスは祖父に事実を語る。 あの場所は、定期的に向かっては、浄化を進めなければ成らない場所だと云う事を…。


「お祖父ちゃん、ご、ご免なさい・・。 あの場所のこと、甘く・・視てたわ」


「何を言うか。 命を捨てず、よく戻った・・戻った」


眠るまで、オリエスは祖父に冒険の様子を語り続けた。 如何に危険で、如何に悲しい場所か、と。


スチュアート達が復帰するまで、この神殿が宿に代わった。


一方で。


スチュアート達が復帰するまで、Kはのんびりしていた。 斡旋所に来て、サリーの相談やミラ達の相談に乗る。 何回も来る依頼に関して、危険な生物に関する情報、自然現象に関する情報を小冊子に載せるが。 その内容にも、Kが解りやすい内容を載せる様に助言をする。


最近では、昼に出す一品の料理も味がマシになり、金の無い冒険者はこれで昼を遣り過ごす者も。


スチュアート達が来ないまま、2日が過ぎた日。


情報にと冒険の成功例を纏めた小冊子の中身を、一つ一つ書き留める事で文字と文章の勉強をしようとするサリーが。 自分で買ったザラ紙に、内容を書き出していると。


「お前、頭がいいな」


脇よりKが。 少しでも解りやすくしようと、書き分けるサリーを誉めている。


「ムっ、私なんか誉めて貰ったことないわ」


ミラが無駄な嫉妬を妬く。


呆れるしかないミシェルは、新たな冒険者チームの対応に重い体を動かす。


居ないミルダは、死んだ義理の母の葬儀の後始末に回っていた。


さて、5日も経てチーム全員が揃うスチュアート達。 その中でも3日目には復活したスチュアートが、報告を兼ねて斡旋所に来た。


二階に居たミシェルに会うや、


“今回は、コテンパテンにされたみたいね”


こう言われ。


“いえ、毎回です”


と、素直に返したスチュアート。


生きて帰って来たが、もうKに全てを任せて逃げて来た様なものである。


只、ミシェルも困ったのは。


“トレガノトユユ地域って、一帯全てが暗黒地帯なのね。 これは、時を掛けて持久戦で浄化して行くしかないわ。 こんな酷い場所って、知らなかった”


“自分も、です。 オリエス様ですら、想像が甘かったって…”


大変な案件に手を付けたと頭を抱えるミシェルで、スチュアートに色々と質問を重ねた。


一応、Kが近寄るモンスターを薙ぎ倒した。 片っ端から・・、そんな感じだ。 この地域に近い街道でモンスターが出た訳だが、モンスターの正体に関する情報は無い。 Kが倒したモンスターで、依頼の成功は成立すると報酬が出された。


で、5日が経過した今日だが…。


「はぁ~、体が重い」


冒険者の報告やらなんやらと話を聞き終えたミシェルが、膨らんで来たお腹を抱えて一階カウンターの席を立つ。


「姉さん、食べ過ぎとか」


「え~~~、太ってはないのよ~」


姉妹の話を聞いたサリーは、Kに向くと。


「もう、安定期なんだって」


「だろうな。 だがよ、二人同時に抱えてンだから、重いはずだぜ」


「え? 赤ちゃんって、二人なの?」


「ん。 然も、珍しいことに男と女だ。 産まれたら、当分は世話に大変だ」


ビックリしたまま固まるサリー。


「ご飯・・どーしよう」


面白い心配をしたサリー。


「メシよりも、洗濯とか子守りとか、大変だぞ」


ぼやくKで、サリーが子育てに必要なものを知りたがる。 月並みに必要なものを言ったKだが。 何がどれくらい必要なのか解らずに、サリーは頭を悩ませた。


長閑な昼前に、サリーが買い物に行くと云うので、ミルダかミラが付き添うと云うが。 この姉妹は、無駄買いがど~こ~~で言い合う事に。 其処で、珍しくKが付き合うと先に外へ。


で、出で行く際にサリーがミラに近寄り、小声で何か言うと手紙を渡した。


「えっ? サリーっ…」


真意を聞こうとしたミラだが、其処へ声が掛かる。


短い時を経て。 奥の新米冒険者のチーム結成の相談に乗ったミラが、一息吐く為にカウンターに戻り。


「姉さん、サリーが居なく成ってから見てって、手紙。 何かしら」


「はぁ? ヤダ、置き手紙?」


「何か、ミシェル姉さんに関係が在るって…」


姉妹二人して手紙を見る。 Kが双子の存在を仄めかしたと知るや、姉妹の二人して驚き。


「双子…」


「姉さん、気付かなかったの?」


二人の視線が、座って一息吐くミシェルのお腹に…。


その後、斡旋所に戻ったKに、ミシェルがかぶり付く。


「ね゛っ、双子なのっ?」


これには、寧ろKの方が驚きだ。


「お前、魔女なんて呼ばれてた割りに、双子のオーラも解らんのか?」


「判る訳ないでしょっ! 貴方っ、妊婦を遣ってみなさいよっ!?」


「嗚呼、解った解った…」


怒鳴り返されては、Kもウザいと。


「とにかく、安心しろ。 オーラの様子からして、かなり安定してる。 冬までには、双子が産まれるさ」


買ったものをバスケットで持ち帰ったサリーが、昼だからと冒険者達が出て行くのを見送ってから。


「ミシェルさん」


「ナニ?」


「お名前って、もう考えるの?」


「あ゛、名前っ!」


二人分なんて考えてなかったから、ミシェルはカウンターで悩み始める。


ミラとサリーが料理を作るのだが、ミシェルは羽根ペンと紙を前にしてアレコレと思案の世界に行ってしまう。 父親と二人で考えようか、二人で一人ずつ考えようかなど、ミシェルも双子と聞いて焦っている様だ。


さて、午後にスチュアート達が揃うだけではなく、何故か今回もオリエスまでも来た。


二階に上がったミシェルは、揃った一同を見て。


「やっと、全員が揃ったわね~」


何やら紙を取りだし、黒革の本まで用意する。


Kだけは、後ろの席で優雅に脚を組んで座る。 他の全員は、ミシェルの前に揃って座る。


「皆さん、前に少し臭わせたけど、遂にあの依頼が正式に来たの。 また、貴方達に回すわね~」


オリエスだけは、話が見えず。


「何の事?」


スチュアートは、オリエスを見て。


「ミシェルさん、オリエス様も行かないといけないんですか?」


紙を見て確認を行うミシェルが。


「斡旋所に来た依頼だけど、命令者は教皇王様だし。 実務的責任者は、都市統括を代行されている弾劾総務官のジュラーディ様。 この任務には、冒険者の貴方方の他に、聖騎士様が同行するから。 司祭であるオリエス様は、本職の管轄内の御仕事になるの。 嫌ならば、ニルグレス様に頼もうかなぁ~~~って思ってるのよ。 行く場所が場所だし、亡くなったのは兵士だしね」


この話の内容ならば、オリエスには想像がしやすい。


「なに、統括長官が捕まった一件って、スチュアート達が絡んでたの?」


後ろより。


「解決したのが、俺達だ。 ジュラーディを引っ張り出したのは、俺」


Kを反り見て、スチュアートに顔を戻すオリエス。


「う゛~わ。 じゃ、北の山に行くって事ね」


頷き返すスチュアート。


「その通りです。 問題は、モンスターの様子です」


「てか、北の山岳地帯って、森の方がモンスターもうじゃうじゃ居るのよ」


後ろより。


「然も、今は動きも活発。 この間に俺達が行って暴れたから、モンスターも洞窟周りに移動しているかもな。 死骸が目当てで移動するモンスターは、他の大型モンスターを呼ぶし。 暗黒のエネルギーに偏った特定のモンスターは、死んだモンスターの発する不死のエネルギーに引き寄せられることも在る。 大勢の兵士が亡くなった上に、モンスターの棲みかだ。 既に、死体の一部は亡霊や死霊モンスターに変異していても可笑しくない」


皆、Kの言う事で顔が引き締まる。


ミシェルは、機密事項として秘匿されている事も、K達だけには言って構わないと聞いているので。


「本当は、ね。 本当の処、ジュラーディ様が直々に同行したかったらしいわ。 でも、約10数日後には、教皇王様がこの街に来るらしいの」


「え゛っ、教皇王様が・・自ら・・・ですか?」


驚くスチュアートと仲間達。 オリエスも、まだ知らない話である。


「そう。 それでまでの短い間に、あの方も色々としなければ成らないから。 今回の依頼は、中央皇都より来た聖騎士の方と。 この街の都政に関わる方々を連れて、案内して欲しいって、ね」


「あ、はぁ…」


其処だけ、生返事を返すステュアート。


「あらあら、どうしたの?」


「い、いえ、その…」


ステュアートは、Kが居たからこそ帰って来れたが。 行くのも帰るのも、楽な旅では無いと説明。


「お偉い方々に来て頂くのは、手っ取り早いとは思いますが…」


ステュアートの心配を察するミシェルは、コロコロと笑って手をヒラヒラさせると。


「大丈夫よ~。 ジュラーディ様だって、その辺は御理解されてるわ~」


「出発は、何時です?」


「え~っと、3日後の昼前よ。 今日か明日にでも、御面会してみて~」


「あ、はい」


「ジュラーディ様に面会を通せば、後は向こう任せでも大丈夫よ。 ウフフ…」


「ハァ…」


「我が儘な視察官ならば、ケイさんに任せたら~。 モンスターの口の中に頭でも入れれば、大人しく成って言いなりかもよ~」


とんでもない物言いに、ステュアートも驚き。


(無理、無理無理無理無理…)


と、話だけ受け取って一階へ。


処が、Kはニヤリとする。


それを見たスチュアートはギョッとする。 Kのこの笑いは、嫌な気しかしない。


「ケイさん、遣んなくていいですよ」


「ふん、聞き分けが良ければ、遣らないさ」


皆、この話に。


(悪けりゃ遣るんだ…)


と、思った。


思うだけだが…。


依頼についての注意点を聞いたスチュアートは、Kを連れてバベッタの政治施設へ。 あの行政神殿に向かえば、ジュラーディの代わりに女性騎士と面会する。


さて、女性騎士も調査には同行するが、この依頼の主任としてではなく。 またこの依頼は、調査が終わり教皇王に報告し、そのあらましを一般へ知らせるまでは秘密にしたいと言われた。


夕方に外へ出たスチュアート達へ、唐突にKは言う。


「そろそろ色んな意味を踏まえ、この街で請ける仕事も限りが見えて来た。 さぁ、少しは自分達で準備してみろ」


こう言われて、ガチガチに成るスチュアート。


「は、はいっ!?」


危険で秘匿性の高い依頼だから、うっかり喋らない様に気を付けたい。


それからは、Kは自由にし。 スチュアート達は、自分達だけで準備を行う。


3日後の朝まで、スチュアート達はバタバタする事に成った。


が、その前に。


2日目の昼頃か、スチュアート達は居ない斡旋所にて。


「知らねぇ。 必要な情報は、この小冊子に載ってる。 俺がスチュアートに教えた事だ、俺が必要な訳じゃねぇ~だろ」


新しくバベッタに来た冒険者達が、Kを引き抜こうとしていた。 採取依頼の案件だが、成功例は幾つも挙がり。 情報も全て小冊子に載せて在る。


髪型も肌の手入れもスッキリした三十路の男性魔術師は、長い髪に理知的な印象ながら不満を露にし。


「偉そうな事を言うな。 何が凄腕だ」


知らん顔のK。


「俺は、自分のことを凄腕なんて言った事はないが? 噂を丸飲みして、楽をしようなんて腹の方が気に食わねぇーよ」


「何ぃおっ?」


苛立つ男性魔術師は、今にも杖を振り回しそうだ。


「アラン、無理強いするなって」


「恥掻くからさ、もう何かしら依頼だけ請けて終ろうよ」


「アラン、少し落ち着こう」


こう仲間が声を掛けるから、魔術師の男性は別の席に移動する。 この6人のチームに紅茶を配ったサリーは、Kの所で。


(腕がイイって大変だね)


と、言って下がる。


処が、だ。 二階よりミシェルが降りて来て、Kと眼が合うと手招きする。


(何か有ったな)


彼女の表情で察したKは、立ち上がって二階へと。


それを見たアランなるチームの若い男性剣士が。


「やっぱり、普通の冒険者じゃ無いんだ。 一人で二階に呼ばれるなんて、並みの冒険者じゃ無いや」


大人びた女性で、僧侶の姿をした人物も。


「他のチームの協力者を為さる方を、相手の意思も聴かずに引き抜こうなんて真似がいけませんのよ」


だが、リーダーをする魔術師の男性は、イライラした様子で。


「ハッ。 二階で逢い引きでもしてんだろうよ。 腹にガキが居る女が、昼間から節操も無ぇ」


と、悪態を続ける。


その言い草を聴いて、ミラも、ミルダもムッとした顔をした。


さて、何故にKが上に呼ばれたかと言うと。


「はぁ、夏に妊婦は怠いわ」


カウンター前の椅子に座るミシェルは、ソファに座ったKに。


「貴方の危惧したあの話、やっぱり裏が有ったわ」


「トレガノトユユ地域の一件か?」


「そ」


ミシェルが人を使って調べると、依頼をした商人とは、どうも毒殺されたラヴェトルフなる商人の腹心らしいと解った。


あのラヴェトルフの腹心に成る商人は、ルミナスの一件に関わる人物を含め、既に四散してこの街には居ない。 従って、依頼料金を残して消えた訳だ。


が、この一件、どうもこの街だけの話では無いらしい。 南の街でも、中央皇都でも、他の街でも依頼が寄せられていた。


其処まで聞いたKが。


「ラヴェトルフの名前が関わるとはね。 まぁ、もう死んだからいいがよ。 だが、他の街でもとは、ちょっと気になる話だ」


ミシェルも頷く。


「然も、他の街の依頼は、ラヴェトルフとは関係無いみたい」


良く解らない話だ。 Kは面倒臭そうに。


「何だ? 今更に、あの地域の浄化をしようなんて殊勝な心掛けが流行り始めたか?」


と、嫌味な言い方をしてみせる。


ミシェルは、紙を眺めて。


「まさか、そんな事ならば私が協力したい位よ」


「なら、なんであの地域の依頼が?」


「それが、発端は皇都クリアフロレンスの北側に位置する街からみたい」


「トレガノトユユ地域の南側か?」


「そう…」


ミシェルの話を纏めると、こうゆう事だ。


今から遡ること、二年程前。 この地域に大きな地震が在り。 建物の倒壊や火事で街の人が亡くなり。 その死のオーラに反応して、トレガノトユユ地域のモンスターが引き寄せられた。 街に近付くモンスターの討伐には、国の神聖騎士団を始めとする僧侶団。 また、依頼として冒険者も参加し、少なからず犠牲が出ている。


こう云った惨劇が起こると、或る業界が色めき立つ。 “死体漁り”、“遺品集め”、“剥ぎ取り”と呼ばれる者達だ。 詰まり、死体の装備品を集めて金にする者達の事で在る。


こんなことを生業にする者は、


“稼ぎに成る”


と情報が回るや集まって来る。 金の有る者は、安く冒険者を雇う程だ。


が、今から半年ほど前か。 昨年の冬が訪れる頃。 雪に閉ざされる前に稼ぎを狙った“学者の調査”と偽った者が居て。 この街に来た冒険者達に夜な夜な話し掛けては、腕試しと称し戦いが起こった草原に誘ったのだ。


後に、その街の斡旋所が聴いた話では。


“冬になると雪が積り、冒険者への依頼なんてのは雪掻きだの駆け出しの依頼が多くなる。 そんな時期でも旨い依頼を請ける為には、ある程度の知名度が必要さ。 この街で手っ取り早く知名度を挙げたいならば、北東の草原で亡くなった兵士や聖騎士様の遺体を回収することよ。 なんせ、何十人って亡くなった。 死体の一部はモンスターに変わったからよ、あの辺りで遺体回収の依頼を請けて回収すりゃ~主の覚えも一発さ”


と、言われた誘いの‘あらまし’がこんな感じだったとか。


そして、意気込んだ2つのチームが、その依頼を請けて向かったらしい。 また、目撃の情報では、その剥ぎ取り稼業の人物が馬車を借りて街を出た。


この結果は、結論から言って散々だった。 片方のチームがモンスターに殺害され、もう片方のチームは地震により出来た地下道で戦い崩落に巻き込まれる。


だが、これで儲けたのが剥ぎ取り稼業の人物だ。 新しく死んだ冒険者より遺品を奪い、また崩落とは関係の無い地下道で古い遺骨を発見。 その人物が持っていた遺品の中より、もうボロボロだが手紙を回収して来た。


そして、今回の不思議な依頼は、この手紙に因り巻き起こる。 剥ぎ取り稼業の人物が自身で学者と名乗る癖に、街の高名な学者へとボロボロの紙切れを持ち込んだ。 その古い手紙の僅かに解読が出来る部分を読み解くと、どうやら‘ミラージュ・ラグジュアリー’なるものに関わると云う。


この情報を得た高名な学者は、自ら金を出して斡旋所に依頼を出した。 雪がちらつき始めた頃に、何度もその草原地域に向かって遺体を探し回ったらしい。 だが、確かに昔の惨劇で亡くなった者の遺骨は、僅かに回収は出来たものの。 謎の暗号染みた用語に関わる遺品は見付からなかった。


そして、冒険者に依頼を回して血眼に探せば、何等かのお宝が眠る・・的な推測が生まれる。 そして、斡旋所で屯する、ろくでもない冒険者等が、情報として金と交換にばら蒔いて行く。


すると、今年の春から雪が溶ける頃からか。


“トレガノトユユ地域の草原に向かい、歴史調査をしたい”


“亡くなった兵士や騎士や冒険者の遺体を回収し、手厚く弔いたい”


などと、貴族やら商人が依頼を出して来たとか。


だが、場所はあのトレガノトユユ地域で在る。 暗黒の力場が支配する場所は、僧侶だからと安易に向かえる訳がなく。 行けば犠牲が出る程に、モンスターが街寄りに移動している。 腕の有る冒険者でもない限り、無事で帰れるとは思えない。


其処で、その街の斡旋所が。


“トレガノトユユ地域の依頼は、未熟なチームには回さない。 また、遺体回収の依頼も、政府指導の案件以外は一時期見送る”


と、張り紙を出した。


これには、トレガノトユユ地域の遺品を探したい貴族や商人側からすると困る。


それからだ、皇都の斡旋所に、この手の依頼が出されたのは。


然し、皇都の斡旋所の主は、或る種の曲者で。 素早く情報収集を行うと、逆に依頼主へ依頼の本意について追求をした。 本意から遺体回収がしたいのか、否か、について。


腹の中は、どいつもこいつも強欲が渦巻く。 古代の秘宝や技術は、現代に於いて権威や栄誉を高めるもの。 それを欲するので有るならば、要求する金額も主としては変えたい。


皇都の斡旋所の主が賢くも鋭く動いた事で、貴族や商人は地方の斡旋所に目を向けた。 ・・と、こうゆう経緯が在る。


ミシェルが語る話を聴いたKは、せせら笑いを浮かべ。


「頭の悪い奴等ってのは、バカでしか無いな。 俺が主なら、財産を依頼料金に吸い出してやる処だゼ」


然し、ミシェルからして疑問なのは。


「ねぇ、この貴族や商人の方が血眼に成る遺品って、何の事なの?」


「簡単に言い表すならば、今の‘魔鏡手法’だな」


「ナニそれ」


「鏡や硝子や水晶に絵を刻み、光を当てて投影する技術のことだ」


「それって、‘影絵’みたいなもの?」


「基本的な技術とするならば、影絵も含まれる。 だが、鏡に絵を彫り込むのは、古代の情報隠しだ。 文字や絵を硝子の中に隠し、限られた者にのみ見せる秘密文章みたいなものさ」


Kの話に引き込まれて、膝を出すミシェル。


「あら、ちょっと興味が湧いて来たわ」


「超魔法時代には、それに宝石類が加わって装飾品にのしあがった」


「‘装飾品’に?」


「発見された数が殆ど無いが。 古い文献を探ると、宝石類の裏側に絵を彫り。 それをペンダントや指環やイヤリングに填めて、その裏側から光の魔法を封じた小石を当て込み絵を浮かび上がらせる」


「あら、なんかステキかも」


「だが、かなり難しい技術って書いて有ったぞ」


「そうなの?」


「翡翠やらダイヤモンドは、硬いからいいがよ。 他の宝石類に成ると、硬度が低いから下手に彫り込むと罅が入る。 また、宝石の純度に因っては、浮き上がらせる角度なんかも関わるからな、技術的に大変らしい」


「職人芸ね」


「超魔法時代の後期には、魔法で宝石の中に記憶を閉じ込めて浮かび上がらせる技術も出来たがな。 宝石に彫り込む技術の方が難しく、その出来映えに由り値段が付かない遺産に成る」


話に引き込まれたミシェルは、


「ね、ケイさんは観た事在るの」


と。


「どちらの物も、片手で数える程だがな」


「あら、凄い。 何処に行ったら見れるの?」


「手っ取り早く観たいならば、魔法学院自治領カクトノーズの博物館に行けば、高い見学料を払えばどちらも見れる」


「あら、そうなの?」


「但し、あの手の博物館に在るのは、壊れた一部さ。 本物の完全なる品は、古代魔法遺跡となる建造物の奥や。 王族や大貴族の邸を片っ端から探して回るとか、超魔法時代の崩壊した遺跡や建造物跡を探すなどしかない」


「なんか大変そうね」


「それ、この前。 ヒルバロッカにスチュアートが寄贈した、中身を交換可能な宝石の類いも、その珍しい秘宝に入る」


「あ、そうっ。 そう云えば、ヒルバロッカ様から多額の使用料が入ったわ。 あの宝石類と絵、かなり大変なものらしいわね」


「この街で、バカたっかい宿に向かう貴族の旅客は、大方があの見学だろうよ。 昨日、斡旋所からスチュアート達の様子見に行った帰り、ヒルバロッカの博物館に行ったら騒ぎに成ってた」


「何で?」


「あの宝石類を売れと、商人が喚いていた」


「んまぁ~、無いものねだりをする子供みたい」


「近々、押し込み強盗でも起こりそうだ」


「物騒な事を言わないでよ」


「嫌々、金の有るバカほどに、アホな事しかしない」


Kがこう言うと、ミシェルも段々と心配に成って来た。


「でも、そうなると、ヒルバロッカ様は大丈夫かしら…」


ミシェルの心配を聴いたKだが、その様子に緊張感はなく。


「気にするな。 ヒルバロッカの博物館や館は、難攻不落の城みたいなものだからな。 下手に忍び込めば、良くて捕まり役人行き。 悪ければ、死んでそのまま。 一生、遺体すら陽の目を見ない」


「何よそれ、怖い」


「冗談は言って無い。 ヒルバロッカは公平で理性的だが、敵対する相手には冷酷無情と変わる。 アイツを相手にして喧嘩するってならば、死ぬ覚悟が必要だ」


「・・ほ、本当に?」


「ま、キレるのは、強欲で傲慢な相手に、だけだがな」


「私は、喧嘩しないわ。 絶対に、しない」


「それが賢明だな」


「でも、そうなると。 この手の案件は、凍結した方がいいかしら」


トレガノトユユ地域に向けた案件は、頭痛の種とミシェルは思う。


Kも。


「遺品のどうこうが絡む理由は、凍結でも構わないんじゃないか? それとも、俺がモンスターを討伐した辺りのみ情報を流すとかよ」


「あら、どうして?」


「安全だと思えば、バカな依頼を出す輩がホイホイと行くだろうぜ」


「行くでしょうよ、それは絶対に」


「あの辺りは、町や村からも遠いからな、バカが行って死のうが迷惑も少ない。 行ったバカが戻らなきゃ、腕の有るチームで調べりゃいい。 アホな依頼を出す輩が少なく成れば、こんな騒ぎも鎮火するだろうさ」


「え? まさか、モンスターに始末を頼むの?」


「依頼を出す方が、最もモンスターらしい。 相殺させて生き残った一方を叩けばいいんだ。 手間が省けるだろ?」


なんて事を云うのか、絶句したミシェル。


(流石だわ。 あのイスモダルや暗殺者集団を壊滅させるだけ在りますわね)


自分などまだまだ生温いと感じるミシェル。 Kが本気で怒ったら、もう手が付けられないと思った。


さて。


「処で、北東の裂け目の事なんだけど…」


「“大地の牙”、“死界タラヌゥ・ロブホアヤ”か?」


「古い名前を幾つも・・、本当に良く知ってるわね?」


「大概の情報は、本の中に有る」


「そうね。 私も、最近に読んで知ったわ。 で、タラヌゥ・ロブホアヤに関わる話なんだけど…」


ミシェルとKの話は、夕方まで続いた。 ミラやミルダが、時折に紅茶だの菓子を持って来るが。 二人の仕事や依頼に関する話は終わりが見えなかった。


夕方、二階から降りて来たKに、サリーが何やら聴いていた。


その彼の恩恵に預かる者は、恩恵を認識して理解する者だけの様だ。


Kが斡旋所を去った後に。


「ど、どうも~」


「帰って来れたぁぁぁ…」


数名の冒険者が中に入った。 別の薬草採取依頼を請けたチームで、2人ばかり怪我が目立つ。


「マスター、報告、いいかな?」


成功の内容を書いた一筆を出した若い女性冒険者は、以前にこの斡旋所で仲間を増やしたシュアーテュノなる赤毛の戦士。 チーム名はレスペトル・フカーサスと云ったか。


大柄な女性僧侶を抱える黒い剣士のギブスが。


「主殿、あの小冊子は非常に役立ち申した。 あの情報が無ければ、我々は死んでいたかも知れぬ。 感謝を致す」


衣服や装備が汚れて酷い彼等だが、補足依頼的な薬草や物品も持ち帰っていた。


精査するミラは、チームの誰もが怪我だけで済んだ様子から。


「こっちも、嘘を載せてる訳じゃ無いわ。 でも、情報を有効に活用が出来たならば、載せておいた価値が有るってことよね」


何度も頷くシュアーテュノ。


「あの情報を頼りに、薬師さんに解毒剤を作って貰ったの。 マジ、助かった~」


最近では、Kのお陰か薬草の見分け方を覚えて来たミラ。


「報告は受けたわ。 基本報酬は渡せるけれど、追加依頼の方は街の商会に通してからになるわよ」


「とりあえず、それでイイよぉ」


金を貰ったシュアーテュノは、皆で等分し斡旋所を出て行く。 その足で神殿に行き、怪我を治して貰うのだろう。


さて、もうそろそろ斡旋所が閉まる頃合い。 鉢植えの野菜を軒下に移動させるサリーは、少し涼しい風を頬に受ける。


(もう少ししたら、ケイさん達も旅立って行くのかな…)


秋の足音を感じて、サリーは夕陽を眺めた。

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