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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
218/222

第三部:新たなる暫しの冒険。 8

       第八章・続


    【冒険者としての覚悟を】


〔その16.斡旋所と冒険者の移り変わり。 そして、その力の代償とは、本分と言う不屈の心〕


ミラが調査に出掛け、6日後。


涼しい空気が齎す霧雨で、バベッタの街が冷めざめする日。


昨日、夜に街へと戻ったミラ。 明けた今日は、ミシェルと二階で話し合う。 この数日間の調査で、危険度の高低を場所ごとに決めて。 その場所のモンスター討伐を、難易度に見合う腕の者に斡旋すると決めた。 その依頼を作る為、都市政府や商人達にも協力を仰ぐつもりだ。


さて、本日の話合いにはもう一人、第三者が参加していた。 それは、女性の行政政務官で在る。 財政やら兵士の仕事を監督する、街の行政の決定権を持つ人物だ。 街道の安全が揺らぐとして、聖騎士より報告が上がったらしい。


“是非に、此方も話し合いへ参加を…”


と、わざわざ足労して来た政務官も、ミラの話には危機感を抱いたらしい。


“街の富裕層や貴族に声を掛けて回り、依頼に必要な費用を集めて回る”


と、云うし。 この討伐依頼には、腕のたつ兵士も参加させたいと申し出て来た。


例年の活発期だが、その中には例年に無い異常性も窺える。 バベッタと周辺の町は、経済成長が目覚ましい今で。 近々、あのイスモダルの一件で、教皇王が訪問する時だ。 街としてもモンスターの被害を出したく無いらしい。


一方、斡旋所の一階では…。


朝から忙しくするミラとミシェルだから。 ミルダとサリーは、一階でやって来る冒険者達の相手をする。


本日、この天候不順の中で、バベッタに新たなチームが来た。 女性4人に男性3人のチーム。 リーダーは〔アグナウ〕と云う、小柄でガリガリに痩せた女性の僧侶。 彼女等は、この国に初めて入ったと云う。


その一行がミルダと軽く話し合って、ソファー席に下がると。


「おはよ、マスターさん」


「お疲れ様っス、主さん」


と、声が掛かる。


次々と、若い冒険者達が入って来る。 その中には、ミラと調査に同行した者、同行しなかった者、新たに流れて来た者と、面子も様々。 紅茶や安い茶菓子を受け取って、奥の大きなテーブルに集まった冒険者達は、賑やかな遣り取りをし始める。


本日、バベッタに来たチームは、きな臭い屯する冒険者達が居らず。 こんなにも活気の在る地方の斡旋所は珍しいと、料理のメニューに似た依頼一覧を開いて見ていた。


その後、次々と冒険者達が入って来る。 中には、街に根降ろす冒険者達も来て。 ミラ達の話し合いや、新たな依頼の動向を知りに来た。


この彼等は、サリーとはもう顔馴染み。 御駄賃を貰うサリーが、笑顔を見せる。


然し、この日は、ちょっとした出来事が多い。


朝の忙しさが一段落する頃。


「おはよう御座います」


あの黒人の若い傭兵が率いるチームが、斡旋所に来た。


「あら、いらっしゃい」


声を出して、人数分の紅茶を注ごうとグラスを用意しかけたミルダへ。


「あ、紅茶は要らないです」


と、彼が言う。


「あら」


リーダーの傭兵に向き直ったミルダ。


彼は、ミルダに姿勢を正して一礼すると。


「本日、昼間の定期運行する馬車で、南部の街に移動します」


「まぁ、もう?」


「はい。 この街の斡旋所は、居心地が良過ぎて…。 少し、違う場所で頑張って来ます」


成長が著しいと、こうしてチームは他の街へと動き始める。 ミルダも、そうした経験が沢山在る。


「そう。 じゃ、暫しお別れね」


「ケイさんやステュアートさん達に、‘宜しく’と。 僕が言っていた事をお伝え下さい」


「解ったわ」


「予定では、半年ばかり南部や海岸沿いを回ってから、また戻ると思います。 その時は、また宜しくお願いします」


「良いわよ、しっかり実力を付けてらっしゃい」


「はい」


「でも、命を粗末にしちゃダメよ。 生きて居れば、やり直しも出来るんだから」


「はい」


他の街の依頼を見てみたく成ったのだろうか。 この斡旋所で出来上がったチームがまた一つ、活動を広げるべく外へ飛び出す。


それを外まで見送ったミルダだが…。


淋しさに浸る暇も無く。 中へ戻るミルダが髪を拭く最中、新たなチームが入って来た。


「マスター殿、相談が在るのだ」


ミラと一緒に調査へ向かった、無口な4人組の冒険者達が来た。 然も、地方の訛りが抜けない若い魔術師と、昨日に流れて来た神官戦士の女性を連れていて。


「マスター殿、この2人をチームへ加えたい」


と、新な仲間の加盟である。


接近戦のみの4人だったから、魔法を遣える2人が入るのは良いことだと感じたミルダ。


姉に伝えるべく、二階に上がったミルダが。 結成・加入の作業が終わったと、一階に戻って6人に言えば。 早速と彼等は、街道警備の依頼を請けて外に出て行く。 出発は明日の朝だと云うから、早々と請けたのだ。


その後、彼等が斡旋所を出て行くのと入れ違いで。 何と、チームの人数が17人と云う、ファランクスチームがやって来た。


〔ファルファガ・ファミリヌム〕と云うチームで、古い地方語の‘移動集落’を意味するらしい。


斡旋所のカウンター前にて、片目で古傷だらけの顔をした年配の男性剣士が。


「俺は、リーダーをする〔ブラハム・ハンクス〕だ。 仲間共々と厄介に成るが、見知り置きを頼む」


途中から色褪せる長い黒髪、黒い金属製の鎧や防具を身に纏うブラハム。 珍しい柄や鍔をする剣は、やや反りの在る長剣。 然し、その刀身の刃渡りは長いのに、刃と背の長さは通常の長剣に比べると半分以下。 ちょっと見た事が無い武器で或る。


彼の様子を覚えたミルダは、ブラハムの挨拶を貰って仲間の3人を見た後。


「貴方が此処に来るなんて、ちょっと予想外ね」


言われたブラハムは、ミルダほどの美女を見忘れるなど無いと。


「ん? 初対面では・・無かったか」


「まぁ、対面はして無いわよ」


「ん?」


「貴方が、まだ7人のチームだった頃。 お訊ね者の〔ニシャコブ〕と、或る街で戦ったでしょ? 夜の入りになる頃、街の人々を遠ざけながら…」


その話には、ブラハムも驚く。


「おっ、20年近く前の話ではないか。 そうか、あれを見られていたか」


「ま、相手はあの悪党だったから、私や姉もほったらかしにしたけれども…」


「それは、有り難い」


「それで、今日は挨拶だけ?」


「いや、何ぞか良い依頼が有れば・・とな」


年齢からして、もう50の大台に差し掛かると云うブラハム。 その乾いた肌の古傷は、冒険者稼業の大変さを物語る。


「今、まだ新しい依頼の査定中だから、席に用意して在る一覧表で見てみて」


「うむ、そうする」


と、ソファー席の奥に向かって行った。


日々、こうして来る者、在り。 去る者、また在り。 斡旋所は、何とも人の入れ替えが目まぐるしい。


そして、昼の直前。 色白の若い女性が率いる新たなチームが、斡旋所へとやって来た。 ミルダとカウンター越に対峙した赤毛のリーダーは、細身の方ながら金属製防具を身に着ける。


「こんちわ、マスター。 今日から一時ばかり、この街に逗留させて貰うよ。 アチキは、リーダーをするシュアーテュノ。 宜しくぅっ」


ノリの軽い挨拶を受けたミルダは、まだ若く見えるリーダーの彼女と仲間達2人を見て。


「私は、ミルダ。 姉妹でこの斡旋所を営んでるわ」


「‘姉妹’?」


「上に、姉のミシェルと妹のミラが居るの」


「ミシェル、ミルダ、ミラって、まさか・・・あっ、あの〔リ・スター・ザ・ウィッチ〕?」


「あら、まだ私達も覚えられてるのね」


こう返したミルダに、シュアーテュノは寧ろそれは謙遜だと。


「‘まだ’って・・、それは謙遜でしょうよ。 四年前まで、六年連続して冒険者の世界二十傑入りしてたじゃんっ」


こう言われ、ミルダも昔を思い出す。 仲間と一緒に、チームで冒険者をしていた時の事を…。


だが、それは過ぎ去った日々でしかない。


「引退した以上は、もう過去の話よ。 それより、貴女は・・3人だけ?」


話を切り替えると、シュアーテュノの右に立つ太った女性の大剣遣いが。


「実は、仲間2人が結婚しちゃってねぇ~。 冒険者を引退した訳ヨ」


その物言いたるや、見た目の恰幅な様子からはちょっと想像も付かない、夜の女性らしき艶めかしさの在る姐さんだ。


また、シュアーテュノの左に立つ、長身の男性剣士も。


「致し方ない義で、こう成り申した。 その話もも御座り、ちとご相談が…」


と、此方はエラく堅苦しい物言いで在る。


3人の話からしてこのチームは、〔レスペトル・フカーサス〕と云うチーム名で。 元は別のリーダーが率いていた。 だが、リーダーの女性魔術師と、途中から加わった学者が恋仲となり。 燃え上がった2人は、半年もせずして引退に。


その、リーダーをしていた女性魔術師は、色気の在る30半ば。 対して男性の学者とは、まだ浮ついた20過ぎの色男だと云う。 恋愛は構わないが、思い込みと勢いで引退は無いと、この仲間達は説得したらしいが。 障害を得て、2人の恋愛感情は燃え上がったらしい。


他人の引退の話を聴いたミルダは、自分達の引退とは真逆の様子と感じた。 自分と姉の結婚に、ミラと仲間達は納得してくれた。


然し、やや似た様にして燃え上がったのは、かなり似たり寄ったりの経緯だから。


(ハァ・・、自分の事を思うと、何だか恥ずかしいわね)


冷静に振り返ると、こう想わざる得ないミルダだが…。


さて、新たにリーダーと成った、短めの赤い癖っ毛をしたシュアーテュノは、エンチャンターで在りながら槍を扱う戦士。 今、新たな仲間を探していると云う。


彼女の仲間2人は、双方30過ぎのベテランだが。 シュアーテュノ本人は、まだ23歳。 仲間の2人は、明るい性格のシュアーテュノにリーダーを任せている。


シュアーテュノは、仲間2人と一緒にカウンター席へと座り。 今は、全く手が足りないと。


「実はぁサ。 スタムスト自治国の方で、斡旋所のマスターに相談は~したんだぁ。 だーけど、入ってくれそうな人が全く居なくて…」


シュアーテュノのこの話に、顔が横に広く目が細い、太った顔の大剣遣いブレンダも。


「危なっかしい輩ばあ~っかり、加えてくれって言うのよぉ~」


と、続け。


厳格そうな色黒の剣士ギブスは、反りの有る幅広の剣を傍らに置いて。


「拙者らは、冒険者の年齢や腕には問題を持たない。 正し、心根は問題視を致す」


と、神妙さを以て言う。


3人の冒険者の言い分は、ミルダも理解する。


「紹介は、一向に構わないわ。 だけれど後の信頼は、お互いに築かないとダメよ」


シュアーテュノは、それこそ解ってるとばかりに。


「そ~れ~は~、重々に解ってるよぉ。 ま、アチキは喧嘩っ早いトコロが在るケド。 ブレンダとギブスは、経験者なんだしサ。 仲間を見捨てる様な真似なんか、絶対にしないってぇ~」


大剣遣いのブレンダも。


「私だぁ~って、そんなに文句は無いわよぉ~」


ちょっと男っぽい雰囲気のシュアーテュノ。 話し方だけは、オネエサマみたいなブレンダ。 厳格な態度からして実直そうなギブス。 この3人と話したミルダは、


「実は、今ね。 チームを紹介して欲しいって言う人が、向こうに何人か居るの。 年齢はそれぞれだけど、会ってみる?」


と、紹介する気に成った。


「是非っ、是非是非ぃっ!」


ミルダの話に、間髪を入れずして飛び付くシュアーテュノ。


了承したミルダは、カウンターから奥へと。


シュアーテュノ達が、喉を湿らせる為に紅茶を飲めば。


「お代わり、入りますか?」


と、サリーが薬缶を持ち寄る。


シュアーテュノ達は、手伝いで働くサリーにも挨拶し。 サリーも、悪い人じゃ無いと察した。


そして、少しすると…。


「チームを探している人の中で、紹介したいのはこの3人よ」


ミルダより、中年の男性剣士トレント、中年の女性僧侶アフル、若い女性魔術師エミレヴェアが、このチームに紹介された。


紹介された3人とシュアーテュノ達3人は、話し込む為にソファーへと向かって行く。


それを眺めたミルダに、サリーが近寄って。


「あの人達、優しそう…」


意見が一緒と成ったミルダは、


「そうね」


と、返すと。


「さ~て、サリー」


「はい?」


「そろそろ、一品作りましょ」


「はい。 買って来たものを切ります」


昼間に、サリーと料理を作るミルダ。 このサリーが、日に日に下拵えの手際が良くなり。 切り方や炒めまでを手伝う。


毎日を一生懸命に生きるサリーは、今は料理が一番に楽しいらしく。 笑みすら浮かべていた。


それを一緒に居て察するミルダは、不思議と女らしい顔で居る。


案外、Kの以前に言い放った発想は、心理を得ていたらしい。


その日の午後には、シュアーテュノ達が一緒と成ってチームの再編成をしたり。


また、ミラの行った調査に参加した若者達が、流れて来た別の若者と新たにチームを結成したり。


斡旋所には、活気がずっと溢れていた…。



        ★



ステュアート達に濡れ衣が着せられそうに成ったトンデモ事件より、実に7日以上を経て。 町の浄化までしたステュアート達は、漸くバベッタの街へと戻って来れた。 その帰って来た様子は、遭難して死にかけた冒険者そのもの…。


南方より、バベッタの街へと入る坂道で。 街を支える土台の外壁と、斜面の脇より街を駆け抜けてゆく運河が見下ろせる、そんな所に立った一行。


その中で、髪の毛も埃を被った様に汚れ、レザーの衣服を擦り切らしたセシルが真っ先に。


「戻って来ましたぁ・・やった・やったよぉぉぉ…」


こんな感想を絞り出しつつ、顔を両手で覆った。


泣いている彼女を、呆れた目で窺うK。


「ちまっと日数を食っただけだろうが、大袈裟に泣くなよ」


と、面倒臭そうに言う。


だが、実感はセシルと同じエルレーン。 彼女ですら涙ぐんで。


「はふ、なんか・・半月ぐらい旅して、彷徨った感じだわ…」


と、感慨深く言う。


また、ローブが破けてボロボロのオーファーは、少し痩せた顔をし。


「上位の依頼とは、この様なものなのか、と。 今回は、骨身に理解しましたよ」


と、沁々。


オーファーの杖を借りるステュアートは、とにかく最後の報告を済ませようと。


「とにかく、ま・街に入ろうよ。 此処じゃ、邪魔になるし…」


荷馬車の往来も在る道だから、早く入ろうと片足を引き摺るのだった。


さて、今だダンマリのアンジェラ。 彼女の不満が大爆発した今回。 彼女がチームより抜けることも在る、とステュアート達は考えていた。


実際、ぶっちゃけてしまうと。 オーファーやセシルは、Kの存在よりステュアートが居たから付いて来た。 もし、ステュアートの様な人物がリーダーをして居なかったら、此処までKと一緒に居たかは解らない。


ステュアートの考えとKの存在は、ちょっと異質な関係と言えるだろう。 ま、漸く街まで戻って来たことには、確かに変わらない事実で在るが………。


さて。


街の中まで行く馬車に声を掛け、ステュアートを荷台に乗せて貰い運河沿いの大通りに入った。 斡旋所までの道が街に入ってからも長く感じたのは、今回が初めてかも知れないと実感したステュアート達。


良く晴れた青空の下、斡旋所へと入ったステュアート達。


その姿を見たミルダとミラは、


「どうしたのっ」


「ちょっと・・ボロボロじゃないっ」


と、2人してサリーと慌てる。


だが、カウンター脇から二階へと向かうKが。


「落ち着け」


と、だけ言い置き。


「ステュアート、二階に行くぞ」


オーファーに背負われたステュアートは、短く返事を返すのみ。


そして、他の冒険者達が総出で、ソファー席の間などから顔を覗かせる中。 ステュアート達は、Kを先頭にして二階へ向かった。


さあ、遂に報告の時で在る。


ステュアート達を迎えたミシェルは、真っ先にKより〔記憶の石〕を渡された。


その上で。 座ったステュアートは、


「町に行き、粗方のモンスターを倒しました」


と、浄化して来た報告をする。


心配で上がって来たミルダと一緒に並ぶミシェルは、その話に何度も驚くばかり。


「そ・其処まで、してくれたの…」


話すステュアートも、物凄く真剣な顔にて。


「ケイさんの判断ではなく・・ぼ、僕の判断にてしました。 町に残る思念は、まだっ、ま・まだ無念を持ってます。 他の依頼に僕等を回すならば、どうか・・新たに浄化の行為を。 また・・死の町にならない様に…」


と、ステュアートの本心が語られた。


町の浄化、モンスター掃討。 淡々と事を言っていたが、本心は冒険者達の所為で町が死に染まってしまい。 一方では、滅びた町の歴史と云う事実が風化する事を憂いだのだ。


また、町に入り調査をすれば、不死モンスターが完全に目覚めて徘徊する。 倒さなければ、街道に出てしまう可能性も在った。


そして、モンスターの所為から町の存在を知る冒険者が、また興味本位で町に行き。 モンスターに因って殺される事で、‘死の町’に成る事を繰り返して行くと。 実態を報告して、軽はずみな行動を止めさせる為と云う。


ステュアートの話を聴いたミシェルは、記憶の石の中身を査定するのに1日を貰うとした後で。


「ステュアート、それからケイさん。 実は、ちょっとした事件が有ったのよ」


短い間ながら、殺人の汚名を着せられそうになった事を知るステュアート達。


相当に頑張ったセシルは、選りに選ってそれは無いと、ステュアートにしがみついて。


「チョットっ、こんなの有りぃっ? ねぇっ、こんなの゛ぉぉっ」


と、責任転嫁をする様に問い詰める。


揺らされるステュアートは、傷が痛いと悶えて。


「せっ、せじるぅぅ、痛いぃっ…」


ビックリするミシェルとミルダが、セシルに声を掛けても収まらず。


見かねたエルレーンとオーファーが、ステュアートよりセシルを引き離し。


「止めなさいってばっ」


「お前は、怨霊か」


だが、何の落ち度も無いのに殺人の濡れ衣を着せられそうに成ったことは、まだ冒険者としての経験が浅いセシルには相当な衝撃だったらしい。


一方、そんなことすら馴れていそうで。 苦笑いしたKは、ミシェルへ。


「処で、町より発見した物品は、ステュアートの希望として、全て斡旋所管轄で資料にしたいそうだ」


申し出を聴いたミシェルは、また驚く。


「それ・・博物館に寄贈したい訳?」


「あぁ」


「いい博物館は在るけど・・・買い取り額は期待なんて…」


「金の問題じゃ無いとさ。 町の記憶や歴史を語る物品は、知識と資料と云う形にしたいらしい」


「まぁ…」


欲の無い話だと、ミシェルとミルダは返って困る。


言葉を無くした2人の姉妹に、Kは伝が在るのか。


「そっちが出来ないならば、俺が直接にヒルバロッカのポンコツに掛け合うぞ」


ステュアート達は、話が違う方向に向かい始めたと、一斉にKを見る。


だが、ミシェルとミルダも、またしても驚いた。


「ちょっとっ、あの貴族の学者さんとも知り合いなの?」


ミシェルが言うや、Kは出された紅茶のグラスを立ちながらにして持ち上げ。


「世界各国のあの手となる学者とは、大体が知り合いだ」


「んまぁ・・凄い」


「だが、俺から直に掛け合うのもいいが? そっちは、一切関わり無くでいいのか?」


「え?」


唐突な質問で、ミシェルはポカンとしてしまうが。


ハッとしたミルダが、


「姉さん、委託状ぐらい書いた方がいいんじゃない?」


と、提案。


同じくハッとするミシェルも。


「そっ、そうねっ。 あらやだ、私ったら…」


あたふたと、慌てるミシェル。


ミルダは、直ぐに行くのかと。


「まさか、その格好で行くの? ケイ以外、ボロボロじゃない」


「いや、それも在るが。 何よりも、怪我人のステュアート等の治療が先だ。 このまま足を引き摺ると後が面倒だからよ。 先ずは、〔フィリアレウル神殿〕に行く」


委任状を書くミシェルは、その神殿名を聴いて目を見張り。


「それってば、この街で最大の神殿じゃないの?」


「あぁ」


「どうして、あの神殿に?」


「ステュアート《コイツ》の怪我を、〔ニルグレス〕に治して貰う。 其処の僧侶じゃ、もう中途半端な治癒魔法しか掛からないからよ。 傷の中の折れた骨が、なかなか癒着しなのさ」


その〔ニルグレス〕なる人物の名前が出た瞬間、ミシェルとアンジェラの顔が激変。 驚愕と言うものへ変わり。


ミシェルは、思わず身重な身体ながらに立ち上がって。


「‘ニルグレス’様って、あっ、あの教皇王様の・・御師匠様の?」


問われた呆れ顔のKは、


「他に、誰が居るンだよ」


「知り合いなのぉっ?」


「腐れ縁だ」


「腐れ縁って・・あの大司祭様と?」


「はっ、大司祭なんてタダの肩書きだ。 つ~かあのスッとぼけ爺め、まだ矍鑠と生きてやがる。 80は過ぎてるのに、毎日まだ人一倍に食うらしい。 ちょっと前に様子を見に行ったら、孫のオリエスがな。 ‘ホント、卑しく見える’、と嘆いてやがったゼ」


ミシェルは、この街一番の知名度を持つ人物なので。


「チョット、あの・・手土産でもっ」


「要るか、そんなもん」


「違うわよぉっ、斡旋所からっ!」


「ケッ、今更で近付き代か?」


「そっ、そうよぉっ」


「アイツなら、質より量。 焼き菓子でもたらふく喰わせてやれ。 死ぬ前の思い出にならぁ」


「ん゛まぁっ、そんな事言って…」


Kの人脈の広さと、その付き合いの馴染み深さには、ステュアート達も苦笑いして固まる。


そして、昼間。


この街の神殿でも最大にて、一般の下級層の人も住む大居住区の中心に在るフィリアレウル大神殿へ。


Kは、神殿に仕える僧侶が休む、礼堂なる場に行けば。


「あらっ、ケイちゃん」


と、うら若い女性の声がする。


「‘ケイちゃん’っ?」


アンジェラ以外のステュアート達が驚けば、小柄ながらグラマラスな女性が現れる。 ローブではなく、白い礼服の長いスカート姿で。 長い栗色の髪を膝まで垂らす、色っぽい美人だ。


その女性を見たKは、


「オリエス、また食ってやがるな。 食った分だけ魔力なるなんざ、世界広しと云えどもテメェぐらいだ」


このフィリアンタ教の総本山と云えるクルスラーゲ国内と云うより。 世界の名だたる僧侶の中でも、


“その遣う神聖魔法の力は、10指に入るのではないか”


と、こう云われる《オリエス・マルデノク》。


そのオリエスを相手に、Kは何という口の効き方をするのか。 周りの僧侶などが、皆で苛立ちから立ち上がろうと云う雰囲気。


ステュアート等は、視線が怖いと肩身を狭くするが…。


然し、Kに抱き付かんばかりに近寄るオリエスで。


「相変わらずの口悪さ~。 お祖父ちゃんとケイちゃんって、ホント似た者同士よね~。 で? 今日は、一体どーーしたの? あっ、もしかしたら、私に逢いたくて来たぁ?」


馴れ馴れしいオリエスだが、無視に近い雰囲気のK。


「アホ、ジサマの方だ」


「お祖父ちゃん?」


「おう。 どうせお前と同様に、バカスカ食い溜めしてるンだろうからよ。 仲間の怪我でも直させ様と、な…」


これで漸く、オリエスとステュアート達が向き合う。 アンジェラは、恐れ多いと挨拶をした。


だが、アンジェラを見たオリエスは、その目を細めると。


「ケイちゃんと一緒に旅してるのに、怪我一つも治せないの?」


と、ズケズケした意見を。


初対面の対応では無い、とビックリするステュアート達で。 一方、強張る表情を示したアンジェラ。


だが、K本人は、既にそれはどうでも良さそうに。


「今時の僧侶なんざ、仕官が狙いだからな。 清廉さと勤勉さを示すのがウリだよ。 真の本分を突き詰める奴なんざ、そんなに一杯居る訳がないだろうが」


その話を聴いたオリエスも。


「ハァ、良く居る無駄な僧侶系か~。 中央にウロウロしてるタイプね~」


と、僧侶らしからぬ毒口を。


この2人の遣り取りに、アンジェラや周りの僧侶すらも強張った顔をした。


アンジェラから視線を外すオリエスは、


「ま、でもケイちゃんの言う通りよ。 お祖父ちゃんったらば、毎日毎日と食べ過ぎだからね。 丁度イイわ、チョットは魔力でも使わせて」


「や~っぱりな」


と、会話を交わす。


そしてオリエスは、Kを連れて歩き出した。


「ステュアート、エルレーン、こっちだ」


アンジェラの表情を見たステュアート達は、どうして良いやらと戸惑いながら一緒に行く。


オリエスが案内するのは、神殿の真ん中とも言える中庭。 風が入り込む回廊に左右を挟まれた中庭は、花壇の広がる庭園にて。 その中心には、小さい石造の簡素な家が有った。


「お祖父ちゃ~ん、またケイちゃんが来てくれたよ~。 お祖父ちゃん、ねぇお祖父ちゃん? あ、ま~た何か食べてるでしょっ、お祖父ちゃん」


その家の玄関前の傍には、庇が在る東屋の様な休憩場が有り。 Kは、ステュアートやエルレーンを其処に座らせた。


さて、オリエスにせっ突かれて出て来たのは、青い法衣に身を包む老人だ。 白髪が脇と後頭部に生えるのみの、かなり高齢と思しき人物。 然し、キリッとした眼、高い鼻、皺が刻まれた顔は老人ながらも、年齢以上の威厳を醸し出している。


背の高さは、エルレーンと変わらないが。 歩きもしっかりした老人は、Kを見ては手を上げた。


「ふぬ、数日ぶりかの。 オリエスの話だと、誰ぞ怪我人とな」


「おう。 パッと見は、こっちの坊主だが。 左の女も、怪我の治りが遅い」


旅の最中から今日まで、気丈にもそうは見せなかったエルレーンだが。


(うわっ、見抜かれてた…)


と、Kの眼力が怖くなる。


実は、町にてモンスターに打たれた身体の彼方此方が、治癒魔法を受けても痛みが引かなかったのだ。


2人の前へと来た老人は、ステュアートとエルレーンの身体を診て。 それから一度だけ、チラッとアンジェラを一瞥した後に。


「どれ、部分的な治癒魔法より、全身に魔法を施してしまった方が良いわえ」


ステュアートとエルレーンは、老人の強力な治癒魔法を受ける。 光に包まれた二人で、すると…。


「あ、あらら」


「うわわ、凄い。 痛みが消えちゃった」


その様子も見ないオリエスは、オーファーより値の張るケーキの包みを受け取り。


「紅茶と一緒に、みなさんで頂きましょう」


と、皆を誘った。


処が、この神殿の最高位に座するニルグレスなる老人は、治癒魔法を施すと伏せ目がちのアンジェラの前に進み出て。


「この大馬鹿者めっ! こんな事でっ、僧侶を為すなど何事かぁっ!!!!!!!!!」


と、大喝する。


老人のものとは思えない、力の在る大声で。 ビクッとするアンジェラは、心底より驚いてしまった。


仲間で在るステュアート達も、ニルグレス老人の一喝に驚き。 慌てて動こうとするのだが…。


(動くな、黙って見てろ)


と、Kが小声で言う。


立ち上がろうとしたステュアートとエルレーンの肩には、Kの手が掛かっていた。


そんな中、一喝されて硬直化したアンジェラは、びっくりして仲間を見たりするしか出来ない。


代わって、厳しい表情のニルグレスは、アンジェラに右手を向けて。


「御主が仲間へと施した治癒魔法は、既に信仰の力が薄れた紛い物じゃ! 何が在ったかは知らぬが、仲間に対して効力を発揮も出来ぬ魔法など、もう他人にすら効かぬぞっ。 この意味がっ、解るかっ?!」


と、更に怒る。


すると、涙を溢れさせたアンジェラが、遂に堰を切った様に今回の旅の不満を喋り始めた。 モンスターを楽に倒せるハズのKは動かず。 グールやレヴェナントなど、腕に余るモンスターをけしかられ。 更には、仕事に必要の無い町の浄化まで延々と…。 依頼の成功とは、この一切は関係無いし。 自分達の力量を超えた仕事を押し付けられた・・と、訴えたのだ。


貧しい農家生まれのアンジェラは、行く行くは仕官する為の経験や見識の為に冒険者に成った。 こんな命知らずの様な事を望んで無いとさえ…。


だが、その彼女の話を聞いたニルグレス老人は、更に顔を厳しくし。


「戯言を、仕官じゃとぉ? お前っ、仕官の意味を何と心得るかっ!」


ニルグレス老人の怒鳴りは、まるで天雷の一撃の如く。 その怒りは、アンジェラを心底より震え上がらせるのに十分過ぎる。


その様子を見たステュアート達は、もう口を差し挟む事が出来ずして黙るのみ。


「御主、仕官を望むと云うならば、心して聞けぃっ。 この国の北は、悪名高き伝説のダロダト平原が有り。 この国の北方は、数年の間を置きにモンスターに襲われるのだぞ。 仕官した僧侶とは、そのモンスターから国を守る力じゃぞ!」


「そ、それとこれとは…」


まだ仕官していないアンジェラだから、冒険者と務めは違うと云いたかった。


だが、ニルグレス老人は、詰め寄る一歩を踏み出し。


「馬鹿者っ!!」


と、また一喝し。


それを受けたアンジェラは、悲鳴を上げる。


「何が違うかっ! 仕官をすれば時に、僧侶隊として兵士達に随行し。 その先では、モンスターと戦う事も在れば。 兵士達を治癒し、亡くなった者の魂を鎮める事も在るのだぞっ。 命じられた任務に疑問を持って何も出来ぬでは、そんな僧侶など使えぬわっ」


「それ・・は…」


「冒険者の依頼も、仕官した後の務めも、その本質は変わらぬわっ。 何より、神の加護が薄れると云う事は、魔法を遣うことも、浄化の行動にすら疑問を持った証。 僧侶としてその事にすら疑問を持つなど、もう神の加護を得る資格すら無いのも同じじゃぞ。 解って居るのかっ?!」


叱られたアンジェラは、言い返す事も出来ずに俯く。


ニルグレス老人は、そんなアンジェラを見ては。


「あの包帯を巻いた者が一緒ならば、死ぬことも心配せずに存分と戦えたじゃろうが。 それなのに、実力も備わぬ者めがっ。 己の疑問に捕らわれ信仰の力を失わせるなど、もはや僧侶などと呼べぬわい」


ニルグレス老人の話を聴いていたセシルは、随分と厳しい事を言うと思い。


「そ・・そんなに、怒る事なのぉ?」


と、つい漏らす。


すると、顔を動かさないニルグレス老人だが。


「当たり前じゃ。 最近の仕官する僧侶は、待遇だの地位ばかりに目を向けて、僧侶の本分も解らぬ大馬鹿者ばかりじゃ! 理不尽な状況に在ろうとも、僧侶としての務めに疑問を持つなど、有っては成らぬのだ」


と、言って来る。


代わって、目や口元を呆れさせたKが。


「ま、面と身体はご立派だからよ。 イイ所の貴族にでも見初めて貰えるだろうさ」


こんな横槍を入れれば。


ニルグレス老人は、アンジェラの身体や顔を眺めてから。


「それならば、サッサと中央に行き。 役職に就く者の書記官見習いにでもなれいっ。 冒険者などして、魔法を遣う立場など成るなっ! 神聖魔法は、神に帰依し、迷いを断って人々を救う手段じゃ。 生半可な気持ちで扱えば、効果の無い薬を売り歩くイカサマ師と同じじゃからの」


決定的な事を言われ、アンジェラは泣き出した。


「そ・そんなぁぁ…」


だが、ニルグレス老人は、


「泣いて済むならば、神も魔法も要らぬぞ。 御主が仲間に施した魔法は、治癒も出来ていなければ、肉体の回復能力を高める力も失った紛いの術。 あのまま放っていたら、向こうの若者は足が利かなく成っておった」


と、真実を告げる。


「えっ?」


驚いたアンジェラは、ステュアートを見返す。


「そっ、そんな…」


衝撃を受けるアンジェラに、ニルグレス老人は困った雰囲気すら浮かべ。


「情けない。 魔法を施しておきながら、その魔法の効力を察しないとは…。 そのまま疑心暗鬼で魔法を遣っていたならば、神聖魔法が遣えなく成ったじゃろう」


「そんな…」


全身から力を抜くアンジェラ。


然し、ニルグレス老人は、更にこう云う。


「御主を窺うに、恐らく今回のその依頼が疑問の本当の原因では無い。 もっと前より、その疑心暗鬼の芽は在ったハズじゃ」


ニルグレス老人の話を聞いたステュアートは、何かに気付いて。


「もしかして、あの依頼の事?」


と、セシルを見れば。


「あっ、カエルだ。 あのカエルの依頼…」


と、セシルはエルレーンと見合う。


だが、オーファーは、Kがずいぶんと前から察していた気がする。


「ケイさん。 もしかすると、アンジェラさんの信仰心が揺らぎ始めているのを、以前から察していたのですか?」


オーファーがこう尋ねたことで、アンジェラは勢い良くKを見た。


もう2人の肩より手を離すKは、すんなり頷いた。


本心を見透かされたのかと、動揺の極みからアンジェラは、


「うっ、嘘ですっ!」


と、声を上擦らせて言うのが精一杯。


だが、Kからして。


「いや、あのカエル帝国の事件が根っ子じゃネェ。 元より、この女が僧侶に成ろうとした、その動機にその根っ子が在るンだと思うゼ」


そう聴いたセシルは、流石にそれは無いと。


「嘘だぁ・・、だ、だって…」


と、言うが。


Kは、花壇に顔を背けると。


「てか、な。 短い間でも生死を共にして、カエルに喰い殺された仲間が居たのに。 この女は、案外楽々とステュアートの仲間に入った。 僧侶を数多く見て来たが、この手合いの僧侶に多い。 僧侶の本分を持ち続ける者ならば、己の不甲斐なさに押し潰される時なのによぉ」


ステュアート達に見られるアンジェラは、顔を手で覆い黙ってしまった。


それから、Kは続けて。


「それからよ。 ビースト《妖獣》から傷を受けると、なかなかうざったい程に化膿する。 暗黒の力の産物に対して、僧侶は誰よりも敏感に成る。 だが、あの時もこのアンジェラは、ステュアートやエルレーンが怪我の痕がヒリヒリすると知っていても。 次の日に、魔法の重ね掛けすらしないし。 その怪我の痕を具に診もしなかった」


ステュアートとエルレーンは、互いに見合うままになる。 事実で、何れ引く感覚だからと、何とも想わなかった。


顔を隠したアンジェラを見るKは、顎で彼女を指し示し。


「この女には、僧侶と云う資格が欲しいので在って。 僧侶としての勤めを、全身全霊にて全うする気が無い。 ・・いや、憧れや体裁から僧侶の技能を欲する手合いには、こんな人間はとても多い。 だから安心していいぞ、お前だけじゃ無いからよ」


その言葉は、慰めなどでは無い。 最初っから、見放している物言いだ。


休憩する場の柱に背を預けるK。


その前に出るのは、非常に悲しい顔をする余りに、顔つきが醜く見えるオーファー。


「ケイさん。 僧侶の本分とは、如何なるものなのですか? 私には、アンジェラさんが理解して居ないとは、とても思えないのですが…」


と、Kに問う。


魔術師と云う括りでは、オーファーの方が答えを知っていて当然とでも云いたいのだろうか。 何処となく、詰まらなそうにするKが。


「あのな、オーファー」


「はい?」


「魔法の世界で、魔力が在り、規定のような素質さえ満たせば、何歳でも成れるのは全ての種類に共通と思われてるがよ。 実際、人殺しをしても、娼婦でも、ガキでも、爺さんでも成れるのは、意外にも僧侶だけって知ってたか?」


「はぁ?」


Kの話に、ステュアート達が興味を惹かれ一斉に顔を向ける。


「いいか、才能の一つと云える魔力ってヤツは、意外にも遣わないまま加齢すると衰えが来る。 然も、普通ならば精神の歪みに対して、雑念だけじゃなく後悔や自責や悪意ってのも、魔想魔法や自然魔法の扱いには負担を掛けたり、その性質を変える作用が在るんだよ」


「だから魔法の修行は、なるべく若い頃が良いと?」


「そうだ。 復讐心を持っても、悪意も、若さってヤツが集中力に変えるし。 魔力が若々しいから、訓練次第では魔法を扱える」


「そんな・・ものなんですか」


「然し、な。 この神聖魔法だけは、その常識が通用しねぇ領域よ。 何故だか、お前に解るか?」


「いえ…」


「神聖魔法ってのは一見すると、確かに魔力を基本にして居る様に見えている。 だが実際はな、そんなんじゃ~無く。 一番は、その精神や信念や情が基に成る、心に左右される魔法なんだ。 それまで犯した罪には、何の関係も無い。 改心さえすれば、それで僧侶に成れる」


「あ・・はぁ?」


困惑したオーファー。 意味をイマイチ飲み込めない。


「然し、それならば・・アンジェラさんは、何の支障も…」


彼女を一瞥したKは、顔を元に戻せば。


「其処が、勘違いの原因だ」


「‘勘違い’?」


「そうだ」


セシルは、全く解らなくなり。


「ぜ~んぜんワカンナイよ」


魔法を扱う修行や勉強をしに行った者がこれとは・・と、Kも少し困った様子を顔に浮かべつつ。


「神聖魔法って云うのは、他の魔法と発祥が全く違う。 その昔、神が人を助けた時に授かった力だ」


これは、セシルやオーファーも知っていた。 だから、頷いたのだが。


「よぉ~く、考えてみろ。 その時、清廉さだの潔白さだの、そんなモノは其処に無い。 悪魔に根絶やしにされ掛かった人間が、だだ助かりたい一心に。 大切な家族や恋人や仲間を失って行く最中、絶望の中で希望を求めて必死に願った気持ちに。 一部の神が応えて慈悲を与えた時、その身に宿った力なんだ」


壮絶なる時の奇跡だと知れば、エルレーンもちょっと察し。


「限界を超えた絶体絶命の中だもの、無心に助かりたいって・・願ったから…。 純真とか、無垢とか、品行方正とか、今の僧侶が大切にするものって、確かに関係ないわね」


「そうだ。 慈悲、愛、救済に一生を捧げ、その行為には如何なる疑念も持たない。 神を信じるだけじゃ無く、恐怖することの最中ですら、命懸けで誰かを想い、救い、施す事に、疑念や疑心や戸惑いを持つ事は、僧侶の本分から外れちまうんだ」


Kの説明は全てを語ると、ニルグレス老人はアンジェラを見詰めながら。


「僧侶としての課された本分にして、依頼だの任務の難易度だの、強い誰かが遣ればいいだの在るかっ。 万が一、モンスターが夥しく襲来した時を想像してみぃっ」


“こんな事になるなんて。 自分達には手に負えない”


「そんなことなどと言っても、何も始まらんじゃろうが。 神の力は、雑念や疑念に囚われては手に出来ぬ。 魔法学院での修行で一体、何を教わったか」


と、話の後半は嘆きに近い。


さて、僧侶の本質を知るステュアート達は、何とも厳しいことだと驚く。


Kは、花壇を眺めつつ。


「僧侶は傍目に見て、魔法遣いの中でも単純明解な生き方だと思われる。 だが、解り易いな分、その極める道のりは思いの外に厳しい。 悲哀や増悪を知っても、その無情にも立ち向かう必要が在る。 生活の為だの、立身出世の為に神聖魔法を扱ったって、唱え馴れるだけで神髄なんか見えるか。 寧ろ、魔想魔術師の方がお前には似合ってら」


Kの物言いは辛辣ですら在る。


だが、僧侶の一人で在るニルグレス老人も。


「仕官がしたいならば、サッサと中央に向かう事じゃ。 馴れ合いの中で、奉仕活動の程度で魔法を遣えれば良い。 お前のような者が冒険者となって他者に魔法を施すなど、寧ろ我々からすれば迷惑じゃ。 さしずめ御主も、こんな絶望に潰されたくはなかろうが」


と、最後の一撃を。


2人から言われたアンジェラは、もう泣く気力すら失ってしまった。 涙は垂れ流しているのに、顔を手で覆うことも出来ない。


そんなアンジェラを見るステュアート達は、痛々しい彼女に何を言えば良いのか見付からない。


処が、もうアンジェラに構うことが面倒なのか。 動くKは、ニルグレス老人の脇に来て。


「処で、ニルグレスよぉ」


「ん?」


「その髭に付いてる赤いのは、鼻血か?」


「あ、何か付いてるか?」


2人して、アンジェラの事すら無視するかの様に。 日差しの方に歩きながら、場に似合わぬ雑談をし始めて。


「お前、その歳で何を食ってるよ」


「いや、年齢は関係なかろうよ。 ちと、ケチャップがな」


「朝から晩まで、なんやかんや食ってるだろうが」


「いや、そんなには…」


「ルッセェ。 それだけ魔法が遣えるンなら、ちったぁ~働け」


「おいおい、儂はもう86じゃぞ」


「僧侶の本分からすると、死ぬまでじゃないのか?」


「えぇい゛っ、頭のキレ過ぎる化け物め。 あ~だこ~だと、堅いぞい」


Kとニルグレス老人は、中庭に在る家の前に行く。


其処で、Kは話題を変えて。


「所で、ニルグレス。 南方の街道を1日ばかり下った途中から、溝帯に向かった先に在る。 昔に滅びた町の事を、アンタは知ってるか?」


「ん、ん~・・その町のことならば、聴いた事は在るぞえ」


「実は、俺達は其処に行って来たんだ」


「うほっ、あんな危なっかしい所へか。 何ぞ、依頼でも?」


「それがよぉ…」


家の軒先にて、Kから話を聴いたニルグレス老人は、顰めっ面をして頭を抱え。


「何ともまぁ、馬鹿者だらけじゃ。 行くならば、せめて街まで・・いやいや、街道まで戻ってから死ねば良いものを…。 その様に沢山の者が亡くなったならば、一度や二度の鎮魂ではイカン。 また直ぐに、ヘイトスポットが出来上がろうよ」


「まぁ、後の判断は、そっちと斡旋所で示し合わせろ。 オリエスが受け取った菓子は、斡旋所からの近付きの印だとさ」


「‘近付き’とな。 前任者のロベイラとは、悪友として色々と相談しておったが」


「新しい主は、三姉妹だ」


「噂じゃと、美人とか」


「次女と三女が、特にな」


「ふむ、それならば近々に、目の保養として行ってみるかのぉ~」


アンジェラを叱った直後に話す内容では無いと、ステュアート達はKとニルグレス老人をどう捉えて良いのか困る。


だが、Kとニルグレス老人は、アンジェラのことを捨てる様にして家の中に消えたのだった…。




〔その17.斡旋所と冒険者の移り変わり。 そして、その力の代償とは、本分と言う不屈の心。〕



さて、中庭に取り残されたステュアート達。


そんな中で、ステュアートはオーファーに。


「ねぇ、オーファー」


「ん?」


「魔法について、僕からも聴いていいかな」


「答えられることは、何でも」


「ケイさんが、今言ってたけど。 ‘復讐’とか‘悪意’って、魔法に影響するの?」


魔法学院に行って無いエルレーンも。


「それ、私も引っ掛かったわ。 だって、暗黒の魔法も在るし、悪い魔術師も居るでしょう?」


と、続く。


ちょっと前にKが背を預けた東屋の柱に、今度はオーファーが背を預けて屈むと。


「魔法は、古代から今に至るまで、専用の魔法詠唱に使う古代語を操る必要が在るのだ」


「うん」


「知ってる」


ステュアートとエルレーンが、続けて返すと。


「魔法に使われる魔力は、集中して正しく使う事で安定する。 もし、殺意や悪意や強欲の意思を持って唱えれば、人に因って様々な負担を強いられるのだとか」


「‘負担’?」


ステュアートが問えば、頷いたオーファー。


「それは、或る魔術師にすれば、魔力の異常な消耗だったり。 他の者では、異常な暴走だったり・・とな」


「へぇ~」


「暗黒魔法や死霊魔法。 黒き神々と言われた悪神や邪神を信仰して得る邪悪なる魔法は、その意思が逆に必要となる」


「魔法にも、善悪が存在するの?」


「平たく言えば、そうなるのだ」


尋ねたステュアートの後へ、エルレーンが。


「でも、唱えられなく訳じゃ無いんでしょう?」


「そうだ。 先ほどに言った負担を克服するか、無視すればいい。 あのニルグレス様の云う通り、唱え馴れさえすれば良い」


「根本的な歯止めには、意思も成らない訳ね?」


「あぁ。 然し、どんなに唱える事が出来たとしても、それは中級の領域に及ぶかどうかだろう。 高等な魔法は、精神の安定や精練を無くして、遣えるものではない」


「でも、素質として魔力の高い人は、初級の魔法でも強力な威力で発動可能でしょ?」


「其処を踏まえると、確かに悪用された場合は厄介と言わざる得ない。 感情に左右されると云う意味合いでは、全ての魔法は何等かの影響を受ける。 悪意に染まったからこそ、感情の強い偏りや起伏が爆発力を生んで、暴走〔オーバーフォース〕を使いこなせる者も出るのだから…」


オーファーが云った‘暴走’〔オーバーフォース〕は、魔法の世界では禁じ手の部類に入る。 態と魔力を制御しない侭に使い、魔法を暴走させて爆発的な威力を生み出す技だ。


だが、暴走は制御など出来ない。 どんな不足の事態を生み出すか、本人でも解らないだろう。 遣い処を間違えば、己に反動や被害が返って来る。


然し、これまでの話でも、まだ良く解らない処が在るとステュアートは、オーファーに近付き。


「それならアンジェラさんは、今回の依頼の時まで魔法が遣えていたのに、どうして突然にこうなったの?」


問われたオーファーだが。 アンジェラを前にして説明もしずらいのか。


「それは…」


と、口を濁した。


“依頼の難易度やKの行動に不満を持ったとしても。 他者を回復すること、浄化すること、・・つまりは僧侶の使命としての行為には、どんな時で在ろうとも疑念や不満を持っては成らないのだ。 然し、今回の大変な依頼の中で、自分が何故にこうしなければ成らないのか・・・・と、彼女は嫌悪を抱いてしまったのだ”


こう説明を考えるオーファーなのに、それをKのように口に出来ない。


ステュアートは、俯き黙ったオーファーへ。


「オーファー? そんなに、喋りたくないこと?」


表情を歪めるオーファーは、アンジェラに決定的なトドメを刺したくない。


(これを言ったら、もう仲間じゃ居られないのだと思う・・。 それ・だ・は…)


苦悩するオーファー。


だが、そんな彼を見てるセシルは、


「アタシ、なぁ~んとなく解った」


と。


同じくエルレーンも、


「ケイとの話を総合すれば、私も解って来たわ…」


と、続く。


ステュアートは、まだ解らないままに。


「なに? 何?」


額の掠り傷の瘡蓋を掻くエルレーンは、困った顔をして黙るセシルと見合う。


「どうしよう」


「う゛~ん」


困った2人は、呆然とするアンジェラを見る。


だが、2人が何時までも口を濁すのも、何とも気まずくなり。


エルレーンが、


「ケイの言った通りなのよ、ステュアート」


と、始め。


セシルも、やや困りながら。


「アンジェラは、ね。 ケイが動かないことを、理解する事が出来なかったワケ」


と、続く。


ステュアートは、セシルとエルレーンを交互に見る。


「うん」


セシルは、仕方ないとばかりに。


「詰まりぃ、ね。 ケイに持った疑問や不満は、依頼の目的以上のことをするステュアートにも…」


と、言えば。


続けてエルレーンも。


「それだけじゃないわ。 ケイに不満を言わないステュアートにも、私達にも、仲間に対して疑念や不満を持ったって訳よ」


と、説明をする。


その話は、ステュアートを驚かせた。


そして…。


更に何かを察したステュアートは、Kの消えた家を見る。


「もしかしたら、ケイさん。 依頼を請けた時点で・・、ううん。 アンジェラさんが仲間に加わった時点で、何時かこうなる事も在るって、解ってたのかな…。 他の人とは違って、アンジェラさんの事を随分とサバサバして見てたし…」


俯いたままのオーファーも、これまでの経過を想い返しながら。


「それは、確かだと思う」


と、肯定する。


男2人がこう云うと、セシルが。


「でも、ケイや、あのお爺さんの指摘ってサ。 ぶっちゃけ、間違ってないよね?」


アンジェラの心の傷を広げる様な話だから、オーファーやステュアートはどう返して良いやら戸惑う。


然し、エルレーンは、困った顔をしながらも。


「強ち、間違っては無いと・・思う」


「だよね」


応えたセシルは、丸い石の椅子に座ると。


「オーファーやステュアートだって、そう思うでしょ? 前に、似たような事が在ったじゃん」


黙る男2人に対して、エルレーンがセシルの脇に座り。


「前にも、そんな仕事が在ったの?」


「うん。 まだ、〔クレフ〕って云う人が、私達のリーダーだった時に」


こう言えば、ステュアートやオーファーも解らない訳が無い。


それは、去年の春先か。 他国に行っていたステュアート達は、或る斡旋所の主からの紹介で、僧侶の捜索依頼を請けた。


その依頼の内容とは。


“山間の村にて、怪我人が多数在りと報告を受け。 その治療の為に、近くの街の神殿から僧侶数名を遣わしたが、全く帰って来ない。 つい数日前、村に馬にて人を遣わしたが、その行方も不明。 冒険者の方々に、現地調査を依頼したい”


と、云うこの依頼を回されたクレフは、まだセシルが加わって日も浅く。 何か嫌な予感がすると、依頼を断り掛けた。


然し、この時の主は、おそらく何等かの不手際でも在り。 主として居続ける事が、このままでは出来なくなる様な状況だったのだろう。 エラい剣幕でクレフに怒鳴り、‘卑怯者’と詰り。


“昔のクレフは、もう居ないなっ!!!!”


と、感情的に焚き付けて来た。


その時、過剰反応したのがこのセシルと、もう一人の仲間である。 主と仲間が喧嘩する事で、クレフも返って断るに断れない状況に…。


仕方無く、その依頼を請けた訳だが。 問題の村に行くと、既に村が全滅していた。 肉食アブの集団が飛来していて、僧侶の一団も犠牲と成っていた。


そのモンスターを討伐し、調査依頼を終えた後。 主の面子を保ったクレフは、多額の報酬を貰ったが。 仕事の成功と報酬を喜んだのは、セシル他仲間のみ。 クレフとステュアートは、どうも浮かない顔のままだった。


それを思い出したセシルは、立ち上がってアンジェラの前に来た。


「ねぇ、アンジェラ。 仕官のために冒険者で経験を積むって、言ってる意味は解るけどサ。 無謀な事も無く簡単に行くって、本当に思った?」


セシルの問い掛けで、顔を上げるアンジェラ。


エルレーンも、この際だからと。


「アンジェラも、この国の出身でしょ? 聖騎士とか兵士と一緒に、僧侶だって討伐行動には一緒に行くでしょ? それで被害が多くて人が亡くなるから、冒険者に協力依頼が回って来る時が在るわ。 それは解らない事じゃ無いと思うの。 だから、率直に聴くけど。 アンジェラって、どうして僧侶に成ったの?」


志願の成り立ちを問われたアンジェラは、震えた唇からもぞもぞとした口調で話す。


何度も記すが、貧しい農場区域にて生まれ育ったアンジェラ。 アンジェラの下の兄弟二人は、田舎出身にしては頭の出来が良く。 幼くしても、他国の学習院に入っているのだとか。 その兄弟二人が卒業するまで、まだ10年近い歳月が掛かろうが。 学習院でも質の高い教育を受けると成れば、掛かる費用もそのウチに更にバカに成らなくなる。 それを知ったアンジェラは、仕官して生活を安定させたいと云うのだ。 そして、身体だの顔だけ注目されがちのアンジェラは、もう既に女としての意味合いから、仕官の口の誘いを受けていた。 だが、そんな生き方などしたく無いから、冒険者として経験を得ようとしたのだと云う。


そんな彼女の話を聴いたセシルは、


“正に、ケイの云う通りだ”


と、感じた。


だから…。


「ねぇ、アンジェラ。 ぶっちゃけ、冒険者の経験なんてサ。 そんなに仕官の経験には、結び付かないンじゃ~ないかな」


エルレーンも、全く同じ意見で。


「本当に仕官したいのなら、やっぱりケイやあのお爺さんの云う通り。 何かの役職の下っ端の所に入った方が早いよ」


エルレーンの言葉に、アンジェラは同じ女性二人を見交わす。


「冒険者だって、役人だってね、才能が秀でてないと、地位を昇るも何かの強みが必要に成るわ。 例えば、お金とか・・家柄とか・・名誉とか。 その辺りのコネが無くて、自分の強みの容姿を生かさないならば。 それなりの努力や地道さは、絶対に必要だと思うわ」


ハッキリ、こう言う女性の2人。 言葉無く黙るのではなく、言うか、否か。 この二者択一で悩む男2人に対して、やはり女性は率直と云うか直情と云うべきか。 然し、人と人の交わりでは、言うべき事は言わなければ成らない時は侭にある。 Kの様に、それを解り切り過ぎるのは怖いが。 今、セシルとエルレーンの行動は、躊躇するステュアートやオーファーよりも、在る意味では親身とも云えるのだろう。


そして、セシルが更に。


「そう思わない? ね、アンジェラ。 その個人的な疑いで、せ~っかく身に付いた魔法を唱えられも出来なくなっちゃったらサ。 今度は、仕官だって無理になっちゃうよ」


エルレーンも。


「そうよ。 冒険者の経験に固執する必要なんて、無いと思う。 下働きでも何でも仕事をして、普通の仕事として一つ一つ認めて貰う方がイイわよ」


もう覚悟を持ち始めるセシルは、エルレーンの後に。


「アタシは、もうステュアートに付いてくって決めてるからサ。 ステュアートが遣るって言ったら、全力で遣るけど。 ぶっちゃけ、アンジェラの言う事の全ても間違いって訳じゃ無いヨ。 でも、ケイの力を借りて、腕の違う依頼をする以上。 アタシ達がボ~っとケイに全て任せてちゃ、ケイと組んだ意味は無いよ。 ステュアートは、その意味を探して無理してる」


と、ステュアートを見る。


返って内心を読まれたステュアートは、無理をした自分が本心を説明して無い気さえして来た。 チームに加える前にKの強さを見たアンジェラには、多くを語らずとも理解を得られると踏んで軽い説明だけをしたが。 今、アンジェラに何と言えば自分の気持ちが伝わるのか、考えて倦ねる。


だが・・。


「然し…」


先に口を開いたのは、オーファーで在る。


アンジェラを含む女性陣も、オーファーに向いた。


このオーファーは、異性としてアンジェラを見ている一面は在ったが…。 重々しく口を開いたオーファーは、俯くままに。


「この世界を何年も旅して来たが。 ケイさんほどの冒険者は、他に誰一人として見た事が無い。 あの腕ならば、世界最高の冒険者に登り詰めるなど、実に容易い事…」


オーファーの言う話は、全員の共通で在る。 Kならば、一人で最高峰に上れると感じた。


「だが、ケイさんを見ていると、そんな事すら小事の様だ。 我々がどう足掻いても、あの方の足元に近付く事すら・・無理と思われる」


こう言ったオーファーは、漸くアンジェラを見ると。


「だが、アンジェラさん。 こんな巡り合わせは、我々にとって一生に一度の・・千載一遇の機会だ。 そこらに溢れる冒険者とは違う経験を得る、神の巡り合わせとも取れる。 ステュアートの失敗も、ケイさんが居る間ならば死には成らない。 だからこそ私も、ステュアートには無理もして構わないと・・。 彼任せでも何も得ないのか、そうじゃ無いのか。 その行動には、後から意味が付いて来ると思われます」


“神の巡り合わせ”


こう言ったオーファーの思いは、ステュアートには良く解る。 Kの様な者など、何処を探して二人目を見付けられようか。 あの結成の時にオーファーが、一人仕切りの向こうで休んでいたKのことを問い。 彼を誘うと言った瞬間に伸びた、違う一つの道。 その道に入った時から、何時でもKは消えて良かった。


だが・・、まだ彼は居る。


そう、Kと巡り合わせたえにしの繋がった道は、まだ先が在る。 この一時をどう過ごすかは、運命が別れる処とステュアートは理解する。 斡旋所の主をする父親を通して、冒険者をいっぱい見たステュアートだが。 一度も見た事が無い冒険者、それがKだった…。


だから、ステュアートも。


「アンジェラさん、今回は無理させてごめんなさい。 でも、アンジェラさんが居てくれて、本当に助かったよ」


と、本心のままに話を始めた。


「だけど、アンジェラさんの夢や希望を奪う権利は、僕にだって無いです。 だから、アンジェラさんの気持ち次第で、お別れしましょう。 このまま魔法が完全に遣えなく成ったら、アンジェラさんのこれまでが全部、無駄に成ります。 但し、今回の依頼の報酬までは、しっかり受け取って下さい」


セシル、エルレーン、ステュアートは、アンジェラの意志に添う形で抜ける方が良いと見た。


処が、一方のオーファーは。


「だが、チームを抜けるかどうかの意志決定は、アンジェラさん本人がすべきだ。 このまま抜けたとしても、魔法の効力が成さないならば、もう僧侶としては生きて行けぬ」


オーファーの話に、セシルが早く反応し。


「でっ、でもサ。 このまま居ても、アンジェラが元に戻る可能性って、どうよ。 それならば、実家にでも戻ってサ。 ゆ~っくり、落ち着くとかした方が良いんじゃないかナ」


と、意見を返す。


それでも、オーファーの表情はなかなか厳しいもので。


「いや、それは少し違うぞ」


「へぇ? 何でぇ?」


「ケイさんが、先ほどに言っただろう? アンジェラさんの僧侶と云う力を得るに対する根本的な間違いの原因は、成ろうとしたその動機に在る、と…」


「あっ、そっか」


「このまま仕官が出来たとしても、・・いや。 アンジェラさんならば、官職組織の下部へ入ることは容易いと見える。 こうゆう方は、官僚タイプには好まれるからだ」


貴族の家に生まれたセシルは、家柄や見て来た貴族社会の様子より。


「そ~れは、分かり易いネ」


「うむ。 然し、依然として国家の体制は、男の社会性が強い。 その最中さなか、アンジェラさんが僧侶として他の女性より贔屓にされたり、異性より好まれたりするだろう。 その都度都度で同じ疑問に捕らわれていては、僧侶の務めに純粋な意志を保てるかは、難しいだろう」


「う゛~ん、それはそうだね」


「今ならば、ケイさんがあの滅びた町で何故に、アンジェラさんを彼処まで遣い込んだのか。 その意味が何となく解る。 自分の内面やしている事の現実を、言わずに突き詰めて見せたのだ」


それはまどろっこしいと感じるセシル。


「先に言えばいいじゃんよ~」


「言って解るのは、単純なお前ぐらいだ」


この言い方に、スゴく引っ掛かったセシル。


「ぬ゛ぉっ、褒めてるのか、貶されてるのかぁっ」


「両方だ」


「う゛ぅ~、馬鹿にされてンの? 褒められてるの?」


イラつくセシルだが、エルレーンはオーファーへ。


「だったら、アンジェラはどうすればイイの?」


「どうもこうも無い。 この先も僧侶の道を選ぶならば、先ず疑念や疑心を取り払う必要が在ろう」


「でも、仕官がしたいのよ」


「仕官がしたいならば、僧侶だけと云う縛りは無い。 あのご老体が仰る通り、秘書官や文官見習いとして入れば良い。 僧侶として貫くのか、仕官がしたいのか、其処を見極める必要が最優先だ」


「でも、それならば尚更に、チームを抜けてじっくり考える時間が必要じゃない?」


「仕官をするならば、それも良いのだ。 だが、僧侶の身を貫くと云うならば、先ず僧侶としての己を取り戻さねば成らぬ。 神殿に仕えるなり、僧侶として活動するなり、何らかの形にてその本分に迫る精神を取り戻さねば…」


「それが、チームに居る事と、どう関係するのよ」


「良く考えてみろ。 能力を為さない魔法しか遣えぬ僧侶を、誰が雇うか。 また、仲間にするか」


「あ・・」


「事は、アンジェラさんの問題だが、決めるのも彼女だ。 このまま放り出しては、仲間を見捨てた事と同じではないか」


「ま、そうね」


オーファーは、Kが入った家を見て。


「然し、恐ろしいお人だ、ケイさんは。 アンジェラさんのちょっとした行動から内面を察して、やがてぶつかる壁にこんな遣り方で蹴込むとは…」


すると、セシルが。


「アンジェラの前で云うのは、チョット気が引けるけどサ。 僧侶って、亡霊とか亡者を鎮める事に対して、使命みたいなやる気を出す割には。 その戦いに率先しない人は、結構居るよネ」


ステュアート、オーファーは、その話をした意味が解る。 以前、まだ前のチームで居た頃。


“ゴーストが出た”


と、斡旋所に駆け込んだ僧侶が、何処かのチームに退治を依頼しろとは言ったが。 自分が率先して行う事を避けていた事が在った。


僧侶らしい者は、何処にでも居る様に見えるが。 実際に僧侶としての本分を貫く者は、どれくらい居るのか。 幸運の女神を信仰する僧侶は、一攫千金を夢見る者も居る。 戦いの女神を信仰する者の中には、他の神を信仰する者を見下す者も居る。 自然神、知識神、海洋神、豊穣神と、信仰される神々は幾多在れ。 その神々の教えや本分を理解して貫く者は、多いのか、少ないのか…。


さて、チームとして重要な話をしている時に、突然だ。


「アホかっ。 お前の頭の中はビョーキだ、病気っ」


「ケェイちゃんっ、いい~でしょう?」


「ウルセェ。 リーダーは、俺じゃ無ぇっ」


言葉尻に苛立ちすら窺えるKが、オリエスと言ったあの女性僧侶と出て来る。


ステュアート一同が、Kと彼女へ視線を送れば。 オリエスを嫌う様に庭へと出て来たKが。


「おい、ステュアート。 もう次に行くぞ」


と、唐突な事を…。


何の事かとびっくりしたステュアートは、身をKへ歩ませて。


「あ・・はい?」


そんなステュアートを見て、話がすっかり途切れてると察したKは、余所見をして他人ごとの様に。


「お前ぇ…。 町で見つけ出した遺物を博物館に提供して、その管理を学者に任せると、自分から云ったんだろうが」


「あ゛っ、そうだったっ!」


Kに言われて、今更に自分の言い出した事に気付くステュアート。


そんな遣り取りから、また移動するとなり。 アンジェラがまだ立てもしない状況から、何とも気の重いオーファー。


「あ、あの・・ケイさん」


と、彼が声を掛ければ。


然し、Kは。


“もう全ては過ぎた事だ”


と、言わんばかりに背を向けて来て。


「知らん。 アンジェラの事は、本人とお前達でやれ」


言う事を先読みされたオーファーは、勝てる要素が無いと困惑。


だが、Kは更に。


「甘やかすのも、守るのも好きにしろ。 但し、俺は死なない程度に地獄へ突き落とすからな」


と、セシルやエルレーンですら困る物言いをして。


「全く、どいつもこいつも…」


と、先に外へと去って行く。


Kから置き去りにされたステュアート達。


処が、ステュアートの前にオリエスが来ると。


「ね、リーダーって、君?」


「あっ、はいっ」


偉い僧侶と聴いて、ステュアートも直立して返事をすれば。


オリエスは、ステュアートの肩に両手を掛けて。


「ねぇ、次の依頼なんだけどぉ」


「ハィ?」


「私も連れてって、ね?」


てんで方向違いの話が来て、ステュアートは頭が回らずにキョトンとし。


エルレーンとオーファーは、


“一体、何がどうなった”


と、2人して見合う。


話が二転三転する様子にアンジェラは、その目がオリエスに焦点を合わせて、気が抜けて行く。 こんな高位の僧侶が同行するとなれば、自分なと存在が無いに等しい。


本当に、一体、何がどうなったのか。 ステュアート達には、オリエスの言う意味が解らなかった。


ただ、シンプルに。 ステュアートの肩へと触れるオリエスがとんでもなく気安くて。 苛立つセシルが、返って皆の印象に残った…。



         ★



昼を過ぎて、貴族の住む貴族区域へと向かうKとステュアート達。 運河に掛かる橋を渡り、運河に挟まれた高台の通りを行き、また別の運河に架かる橋を渡ると云うことを繰り返す。


チームとして一緒にアンジェラも居るのだが。 飛び交う質問は、オリエスの事。


ステュアートに馴れ馴れしいとムカムカするセシルが。


「ケェェイ゛ッ! あのオリエスって女はっ、いったぁい何なのサぁっ!!」


その不満に取り合うのもアホらしいK。


「知らねぇ。 アホに付き合うな、バカに成るぞ」


と、訳の解らない返しをするのみ。


一方、色仕掛けっぽい念押しまで貰ったステュアートは、オリエスがエラくしつこかったと。


「あのぉ・・、ケイさん? オリエス様なんて、加えてイイんでしょーーか」


「知らねぇ、お前の好きにしろ」


そのKの態度が、無責任と感じるオーファー。


「ですが、話はケイさんから…」


話す間に、貴族区域に入る煉瓦の街路に入った。 白い馬体の馬を四頭も使う、立派な赤い車体の馬車を避けるK。 煉瓦敷きの街路上だが、他人の目と言える公園で話す貴婦人のお喋り。 Kは、それすら見捨てて。


「アイツが来たいって言うのは、何も俺が目的って訳じゃ~無ぇさ。 次に紹介されるで在ろう依頼の行く先が、アイツの琴線に触れたんだろう」


「‘琴線’・・・ですか?」


「フン。 祖父のニルグレスは、俺等の行った滅びた町に行くと云うし。 あの2人、実際には血の繋がりも無ぇクセして、遣ること為すこと似てやがるゼ」


そんなKの戯言に似た語りは、ステュアートの琴線を揺るがすに足りる。


「じゃ、ケイさん。 オリエス様は、本当に本気で、其処に行きたいんですね?」


この返しは、Kには実に馬鹿らしい。


「はっ。 一々それを気にするお前のお人好しも、金に為れば御の字なのにな。 別に、俺達が行った後々で、勝手に本人の都合で行かせりゃいいだろうに…」


「でも、ケイさんと一緒が、オリエス様にしても一番の安全でしょ?」


この返しはステュアートに一本取られた、とKはもうイヤだとばかりに。


「お前ぇぇぇ。 将来は、か~なりウザいリーダーに成るゼ」


と、唸る。


だが、オリエスの態度が気に入らないセシルは。


「アタシはイヤだっ! それなら魔法が遣えなくたってっ、アンジェラの方が千倍マシっ! ヤダっ、絶対にイーヤっ!」


この世にて、嫉妬ほどにウザいモノは無い。 何も言わないKは、もう関知したく無かったのだ。


さて、立派な家ばかりが広がる、貴族区域の一等地に踏み込んで行くステュアート達。 ドレスを着た貴婦人やら、立派な格好の子供ばかりが居て。 ステュアート達は、寧ろ異質な存在と言えようが…。


然し、そんな景観の広がる貴族区域にて、Kが案内したのは。


“奇抜”


その文字を屋敷にしたとして、どれぐらいの形が在るのだろう。 色、形、窓やら煙突やら屋根の様子も、想像では自由だが。


「ネェ・・このヘンなのって・・・家?」


古めかしい家の彼方此方をグシャっと集めた様な、残骸にも似た大きなモノ。 それを指差して聴くセシルに、Kも屋敷を眺めつつ。


「ん~~~‘家’と胸を張るのは、建てた家主だけだろうな。 古いモノ好きのヒルバロッカは、古い屋敷を取り壊すと話を聴けば、誰かが言わなくてもその建物に現れる」


「え゛っ? じゃあ、その古い屋敷の一部を買って、コレ?」


「これを見て、周りの住民は街の外観が崩れる、とヤツに文句を云うらしいが。 創る本人は、そんな住民にこう云うらしい」


“古き歴史を語り、偉ぶる貴族が。 古きモノの集まりを馬鹿にするのか?”


「・・だとよ」


「う゛~ん゛」


悩むセシルは、その意見に対する正直な感想として。


「‘限度’って無いの゛ぉ?」


「俺は、お前に一票だ」


賛同と同時に歩き始めたKに、付いて行くステュアート達。


だが、その屋敷を訪ねると。


「ご主人様に、何か御用でしょうか?」


金髪で、若く美しいメイドが出迎えてくれる。


が、Kは。


「そのご主人様のアホは、今は何処だ。 博物館に展示する品の交渉に来た」


と、ズケズケ言う。


Kの毒口に、メイドは困った顔をして。


「あ、あの…」


然し、本人が居ないと話が進まないと感じたKは、分厚い鋼鉄が縁や支柱に使われた扉が開かれたエントランスに向けて。


「ヒルバロッカっ!!!!!」


と、気迫の籠もった一声を。


「ひっ」


「ひゃっ」


「うわっ」


ステュアート達も、メイドの彼女も、Kの一声にバシッと衝撃を受けた様に驚く。


メイドが入り口で怯んだ其処を、木製の床のロビーへとズカズカと踏み込むK。 モンスターを退治する冒険者の絵が嵌ったロビーだが。 その床の絵とは、かなり古い平面的な画風で在った。


知り合いとはいえ無礼な形で勝手に入ったKを、困って見るステュアート。


「あ~の~、ケイさん?」


と、声を掛ければ。


「ステュアート、主はこっちだ」


自身の右側を指差したKは、勝手にロビーの奥に在る待合い用ソファーに向かい。 薦められもしないのに腰掛けた。


「え?」


Kの自由過ぎる行動に、ステュアートは更に困惑。


だが、其処へ。


「ありゃあ~、パーフェクト様ぁ。 今日は、どんな用向きで?」


Kを‘パーフェクト’と呼びつつロビーに現れたのは、白髪が爆発した様な頭髪の小柄な人物。 衣服は、女性用の黒いブラウスと、礼服としてのフェルトの様な生地の白いズボンだが。 その出で立ちは、子供が大人の服を着ている様子をそのままと云う風である。


Kは、ステュアート達に背を向け、自分に喋ったその小柄な人物へ。


「ヒルバロッカ。 俺は、今は‘K’《ケイ》と名乗ってる。 捨てた昔の名前は、記憶から捨て去れ」


小柄な白髪の人物は、男女の区別が付きにくい中性的で、且つ高齢者の様な声で。


「何と、まぁ~。 〔パーフェクト〕と名乗って居た頃の家業を辞めちゃったンですか。 どうやら、更にお強く成ったのですな。 いやいや、仰せの通りにケイ様と…」


一々‘様’の付くヒルバロッカの喋りは、Kを軽く辟易させた。


「‘様々’要らん」


頼み事を持ち込む側の対応とは思えないK。


「まぁ、いい。 それより、俺が入ってるチームのリーダーが、何とも御立派な事によ。 滅びた町で見つけ出した遺物を、歴史的な資料として展示して欲しいとさ。 金にあざとい貴族よりは、お前が適任と思うから紹介する。 玄関先に居るから、ゆっくりと話し合え」


と、全くの上から放任的な物言いにて打診した。


その白髪で小柄なヒルバロッカなる人物は、このKの話にてステュアートの方に向く。


一方、ヒルバロッカと云う人物を見たステュアートは、そのちぐはぐな顔の様子に言葉を失ってしまった。


何故ならば。


ヒルバロッカと云う人物は、顔が美しい艶やかな色白の肌をして。 鼻も高めで、丸顔の愛らしい少女の面影が在るのに。 一方で驚くのは、その目と口。 左右の眼に厚みの有るモノクルを着け。 右目は、ギョロギョロと動く異様さを放ち。 左目は、スッキリとした切れ長の形。 其処へ来て口は、閉まりきらない唇が寸足らずと云う有り様だ。


ステュアートの他、皆がヒルバロッカなる人物に視線を向ける中。 メイドの女性が、


「あ、あの・・ご主人様、如何・い、致しましょう」


と、問えば。


「クリアディーン、其方の方々とお話し合いをします。 御用意をなさい」


と、真っ当な貴族の口調にて命令したヒルバロッカ。


「はい、御用意を致します」


メイドのクリアディーンは、こう返事してステュアート達に。


「では、此方へどうぞ」


優雅に脚を組んでKは、黙りを決め込んでいた。


さて、この継ぎ接ぎだらけの外観をした屋敷に招かれたステュアート達。 あのヘンテコを超えた外側と真逆にて、屋敷内は温かみの在る様子をする。 木の古びて尚手入れされた味わいは、居心地の良さを生んでいた。


ロビーを左に抜けると、白黒のチェック柄の廊下を行き。 左側の応接室に案内されたステュアート達。 8~10人は就ける楕円形のテーブルに、


「御自由にどうぞ」


と、言われたのだ。


そして、待つこと少しすると。 支給用の台車を押して来たクリアディーンにて、紅茶やら茶菓子が出された。 空腹に触発されて、ステュアート達は菓子に夢中と成る。 紅茶のお代わりと共に、茶菓子がケーキに変わる頃か。


「はいはい、待たせたね」


ヒルバロッカと云う人物が入って来て、ステュアートの話をちゃんと聴いてくれた。


テーブルに出された品々を見て、ヒルバロッカなる人物は。


「ステュアートさんとやら」


「はい」


「この品々、オークションに出せば何百万とも、一千万を超える値が付くだろうよ。 貴方だけではなく、お仲間を含めて遊んで暮らせるよ」


「ヒルバロッカ様、僕達はまだKさんが雲の上の存在です。 そんな大金を手に入れれば、もう冒険者として進めなくなります。 それに、これはあの滅びた町のもの。 所有するならば、敬意を払える形が望ましいです」


「ふぅん。 今時の若い坊やにしては、随分としっかりして為さるね」


此処で、セシルが。


「お婆さんって、ケイと知り合いなんだ」


と、云うと。


ヒルバロッカの目が鋭くなり。


「エルフの血を引く小娘、私はまだこれでも43だよ。 ‘お婆さん’なんて、見た目で決め付けるでない」


「あ゛」


驚くセシルだが、隣のオーファーがセシルの頭を抑えては下げ。


「大変に申し訳ない。 貴族の世間知らず故、失礼を致しました」


オーファーの態度から、ヒルバロッカも表情を戻し。


「其方の殿方は、見た目より中身がしっかりしていなさるね」


と、この話を済ますと。


「但し、お前さん達。 ケイ様には、失礼を致すな。 あの方は、今でこそあの様だが。 その少し前は、闇の社会や組織を震え上がらせた最強の万能者で在り。 また、その気さえ有れば、一国の王とも成れる才能が有る。 お前さん方など、本来は同じ席にも並ぶに値せぬからな。 よくよく、覚えておくが良い」


こんな釘を刺してから、赤茶色の上質な布に包まれた何かを出し。


「後は、斡旋所と此方が話を合わせよう。 これは、この私の博物館を選んでくれた気持ちの代金だ。 ケイ様に不必要な負担を掛けぬ様に、其方で等分して処用に使いなさい」


とんでもない崇拝だ、とステュアート達は言葉を失うほどに驚いた。


その後、エントランスに戻ったステュアート達は、Kが居ない事に気付く。


その日は、そのままKは戻らなかった。





〔その17.突然走った激震と、次の依頼。〕



さて、小さくも大きな激震がスチュアート達に走ったのは、それから2日後のこと。


斡旋所にて働くミルダの元に、なんと夫のコルディフが直に来た事だ。 渋みの在る理知的な長身の年配男性で、黒い紋章入りの礼服を纏う。


いきなり入って来た夫に、ミルダは不意を突かれ。


「あなっ、アナタ…」


と、呼ぶのが精一杯。


だが、普段は冷静沈着にて寡黙なるコルディフが、この時は珍しく狼狽した様子にて。


「ミルダっ、あっ、あの顔に包帯を巻いた冒険者は、君の知る者か?」


「え? あ・・あ、ケイ? 私達を助けてくれた人よ」


すると、コルディフがミルダの前へと、カウンターの内側に回って来て。


「義祖母が・・逮捕された」


その話を聴いた瞬間、ミルダの眼の焦点が夫から離れた。


「ま、まさか…」


こう呟いたミルダへ、コルディフが。


「君が脅されていたと、斡旋所を脅していたと…」


夫の話にミルダは、夫以上に狼狽える。


「ち・ちが・ちち…」


「だが、一緒に逮捕されたカルプロートと云う商人が、そう語ったと…。 ジュラーディ様が直で役人を動かしたから、私ではもうどうする事も出来ない。 そのっ、ケイとか云う御仁に会えないか? 義祖母の事を弁明する機会を…」


夫が言う話が、その耳に入らなかったミルダ。 心にのし掛かった或る圧力が、スーっと抜けて行く。


(ま・さか・・・私の為に? ミラや、サリーの為に・・、だったらっ、嗚呼…)


混乱を来すミルダ。


一方、突然の事で、ミラやサリーは固まったままだ。


冒険者達も、‘何事か’とカウンターを見る。


だが、この突然の騒ぎは、短い間しか続かなかった…。


この間、ステュアート達は、怪我の治癒と体力回復に勤めて。 バヘッタに戻ってから5日は、斡旋所に現れ無かった。 実は、神殿と繋がりの在る医療宿舎に居て、宿屋街には行かなかった。


そして、真夏の青空が広がるその日。 ステュアート達が漸く斡旋所に現れた。


朝、霧が晴れた後に現れたステュアート達を見るなりに。


「ねぇっ、ケイはっ?!!」


鋭いミルダの一声。 ジリジリと3日もステュアート達を待って居たミルダの気持ちが、その鋭い一声に乗ったのだ。


入り口付近で固まるステュアート達。


「それが・・、まだ~合流が出来ません」


ステュアートがこう応えれば、セシルも続いて。


「良く解んないよ。 私達がヒルバロッカさんの元に居た時、役人さんがケイを尋ねて来たって」


オーファーも、その後に続き。


「取り次いだメイドの話では、何かとんでもない事が起きたみたいだぞ」


“とんでもない事”


こう言われたが、それは当事者の一人で在るミルダも同じこと。


「・・解ってるわ。 私の夫の義祖母と知らない商人が、斡旋所の主で在る私を・・脅したから…」


理由を聴いたステュアート達は、本当にとんでもない事だと知る。


何だか大変な事が起こってると解ったセシルが、


「ね゛っ、ステュアート! これって、またヤバ~い感じ?」


と、言えば。


ミルダを見るオーファーが。


「一体、何の話だ? まさか、あのイスモダルとか云ったか。 統括なる大物の他に、何か面倒事が起こっていたのか?」


尋ね返されたミルダは、もうモヤモヤした不安や疑問しか湧き上がって来ない。


(どうゆう事よ。 一体、どうして…)


混乱するミルダだが、或る胸の‘つかえ’は取れた。 然し、夫の混乱は最高に達して、ミルダも落ち着かない。


この、突発的な異変が起こった5日間の事は、あの不思議な人物とも云える‘ユレトン’なる男性に繋がる。 だから、この街をステュアート達が離れる事と成った後に。 最後の話として綴るとする。


さて、ミルダとミラが落ち着かないまま、ステュアート達もソワソワしてしまい。 アンジェラは、自分がどうすべきか迷っていて無口だし。 依頼の一覧を見たりしたが、昼まで斡旋所に居れ無かった。


そして、この日が過ぎて…。


新たな依頼がステュアート達に紹介される日は、渦中の中心に居るKの登場からだ。


曇り空の朝。 濃い霧がバヘッタの街を包む。


鉢植えの野菜を窓の外に出したサリーだが。


「飼い主がイイのか、育ちが早いな」


Kの声がして、サリーが素早く振り返る。


困惑・・心配・・不安と、モヤモヤした感情を持ったサリーが振り返った時、前にKは居ず。 ドアが閉まった音がした。


(中に入ったっ)


こう察したサリーが、慌ててドアを開くと。


「ケイっ、説明してよっ! どうして義理の祖母が捕まる訳っ?」


大声を上げるミルダ。


だが、カウンター席の真ん中に座ったKは。


「悪いな。 今回の一件は、俺とジュラーディとカルプロートの関わる事件だ。 関係の無いそっちには、深い理由を語れない」


「なっ、何でっ?」


「過去のカルプロートの事件には、俺とジュラーディ以外は全く関知して無いからだ」


こう言ったKは、苛立って居るミルダに対し。


「過去の事件との関わりが無いなら、捕まったとしても直ぐに釈放される筈だ。 つ~か、寧ろカルプロートみたいな極悪人に、何でお宅の旦那の義祖母が関わるんだ?」


「それはっ…」


尋ね返されたミルダは、グッと言葉を詰まらせる。 ミラを見たり、俯いたりと、ミルダの態度は明らかに変だった。


一方、紅茶を出すミラから。


「その、‘カルプロート’って商人は、そんなに極悪人なの?」


紅茶の入ったタンブラーを受け取るKは、頷くのもウザいと見せて。


「カルプロートは、元々冒険者でな。 斡旋所に屯する薄汚い輩より百倍に程度が悪い奴だった。 噂をバラまく傍ら、噂を買い漁り。 脅せるネタを仕入れりゃ、斡旋所の主ですら強請ったクズだ。 然し、一体、何処から大金を手に入れたか、何時の間にか商人に成り代わってよ。 強請る相手を冒険者から、商人や貴族に変えたらしい」


と、ミラに説明した後で。


「ミルダ。 義理の祖母ばあさんの逮捕は聴いたが。 何で、カルプロートと付き合いが? ジュラーディは、その祖母ばあさんがお前達を脅したと、かなりイライラしていたぞ」


Kに尋ねられたミルダは、返す言葉が無く。


「どう・・し・て、ジュラーディ様が・・・斡旋所の事を…」


そのミルダの語りに、Kは呆れ果てた。


「全く、この主をする女達は、国家と冒険者協力会の間柄を知らな過ぎるな」


と、独り言をすると。


「あのな、国の住人が斡旋所を脅したとなれば、冒険者協力会の本部と成るアハフ自治領の頭と関係悪化を招くだろうが」


ミラは、それは良く心得ていると。


「確かに…」


「それに、この宗教皇国は昔から、冒険者協力会とは対等ながらも一方で、深い付き合いをして来た。 冒険者を遣い、モンスターの討伐を共闘して達成した過去が延々と在る」


「それは、今だってそうよ」


「なら、解るだろうが。 悪魔の沸く大地と隣り合わせのこの国で、斡旋所に集まる冒険者もまた必要な戦力だ。 その斡旋所を住人が脅すなど、国としても在っちゃ~為らん事よ」


確かに、その通りとミラも困惑。


Kは、軽く紅茶を飲んだ後で。


「取り調べの途中経過は聴いた俺にも、カルプロートとお宅の義理の祖母ばあさんの関わりが不明だ」


と、ミルダを見返す。


こう返されてミルダは、もう無口に成る事しか出来ない。 脅された事を隠して居た手前、自分を棚上げして問い続ける事が出来なくなった。


さて、ジュラーディの元より一人で、斡旋所に来たK。 目的は、ステュアート達と合流する為だが…。


Kが来た事を知るミシェルは、先ずK一人だけでもと二階へ呼ぶ。 ミシェルとKが、ミシェルの座る最前列のカウンター前で対峙して座った。 やはり話は、ミルダの夫コルディフの義理の祖母となるアーリアンテリウ。 通称‘アーリア様’の逮捕から尋ねたが。 Kは、ジュラーディの管轄だから口に出来ない、とした。


「ケイさん。 詰まり、貴方とジュラーディ様が過去に関わった事件に、そのカルプロートって云う商人の方が関係している訳ね」


「ざっくり言えば、そのまんまだ」


「では、どうしてアーリア様まで?」


「ジュラーディの話では、カルプロートをこの街に呼び寄せたのが、その祖母ばあさまらしい」


「はぁ?」


「そんな尋ね方されても、俺も理由は知らん。 カルプロートなんぞ呼び寄せた理由は、その祖母ばあさましか解らんだろうが」


「それは、・・そうね」


「ま、斡旋所に関わる一情報からして、ミルダを脅したらしい」


「まぁっ、ミルダを?」


「内容までは知らんが、斡旋所を各街に配置する今の状態は、この国と冒険者協力会が結んだ事に基づく。 街の貴族が斡旋所の主を脅したと知り、ジュラーディもあのイスモダルの事件やら、過去の一件が在るから苛立ってな。 カルプロートは、もう死刑確定だ」


「何て、早い処置…」


「明日か・・明後日には、カルプロートの移送が行われるだろうよ」


「まぁ…」


此処でKは、目を細めてミシェルを見返すと。


「以前、そのアーリアなる老婆が、霧の中の早朝にも関わらず、ミルダを尋ねて来てたのを見たが。 あれが、その一件に関わってるんじゃないか?」


「あ、・まっ、まぁ…」


問われたミシェルの態度は、何らかの理由の一部を知っていそうな様子。


その彼女の雰囲気より、Kはそれを察したが。


「余計な事には、こっちも関わらんが。 無駄な義理や心情に捕らわれると、思いも寄らない大事に成る。 主の立場を、お前達も甘く見るな」


と、だけで結ぶ。


この一件には、もう話し込む余地が見えないミシェルは、次の話に移った。


「それから、ヒルバロッカ様からお話が在ったわ」


「遺物の事ならば、そっちと上手くやれ。 ステュアート達は、既に金を受け取った様だし。 もう済んだ事だ」


ドライなKの意見だが、ミシェルはそんな乾いたモノでも無いと。


「でも、博物館に寄贈では無く、貸し出し契約だから。 毎月、お金も発生するのよ?」


「アホ。 斡旋所の運営のみならず、冒険者への手当金の水増しなんかにも使えようが。 より良い成果を見せたチームの割増にでも使え。 怪我をすると金が掛かるのは、昔から当たり前の事だが。 チームの頭数が多いなど、報酬額が適切でも金が不足する事は起こる。 余る金、新たな収入の発生は、上手く使い回して社会へと散らすんだ。 冒険者が悪い事に手を染めたりしないようにな、斡旋所が寄りどころと成るにも金が必要だろうがよ。 大体、国だの街だって、余裕綽々と街道警備の依頼を作ってる訳じゃ無いだろう?」


「・・そうね。 違約金を返し終わったら、斡旋所の改築以外にも何か考えてみるわ」


「ま、好きに遣れ」


然し、ミシェルにはまだ話したい事が在り。


「それと、ニルグレス様とオリエス様の事なんだけど…」


その二人の名前が出れば、Kも見える顔の部分をウザいと見せて。


「あの二人め、馬鹿真面目に、僧侶の務めを果たす気か…」


と、独り言を。


ミシェルは、何の事か解らないままに。


「ニルグレス様は、あの滅びた町に行きたいから、同行するチームを紹介して欲しいと依頼して来たし。 オリエス様は、使い物に成らないアンジェラさんの代わりに、貴方の居るチームに入って一時を遊びたいって…」


処が、Kは余所見をしつつ。


「遊びな訳が無い。 あの二人は、僧侶としての信仰心や信念には、金剛石並みの芯柱が入ってる様なものさ。 中央に行けば、それこそ地位に似合った仕事をする以外は、適当に遊んで暮らせる二人だろうによ。 全く、地位を昇り詰めて尚、魂の救済をしたいんだろうさ」


と、語る。


「‘魂の救済’?」


「地位の仕事の合間を使って、彷徨える魂を救う気なんだろう。 あの二人は、街で死ぬ無縁の死者を密かに、寺院裏の葬儀場で鎮魂してる。 金も取らず、貧富の差など無視してな。 忙しいハズのクセに、己の時間など僧侶の本分の様に生きて、それをそう見せない。 中央に行けばイイものを、地方の細部に、この発展する街の闇に、信仰と包容の手を入れる気なんだろう」


「立派な方なのね。 二人して…」


「だが、な。 それを、下には教えないんだ、あの二人は。 苦労の知る処は、その辺りに見える」


「え? 教えない・・の?」


「‘本分’は、己で知るもの。 己で求め、そして貫くべきもの。 教わり学ぶのではなく、思い立って信じることで理解し。 それを生きて揺らぎ、悩み、惑う先、まだ残る思いの中に本分が在るならば、本物に成って行く。 頑固とは違い、固執と云うものではない。 その境地に至る時、神聖魔法の究極にも手を触れる事が出来る・・・とさ」


ニルグレス老人が言った言葉を聴いたミシェルは、その心が軋む。 その境地へと至る苦労や苦悩は、如何なるものか解らないからだ。


「ケイさんの知り合いは、大人物ばっかりね」


「本人達は、成りたくて成った訳じゃない。 生きてきた先が、その場だっただけだろうよ」


「ふぅ~、それを聴いちゃうと・・。 次に紹介する依頼って、トレガノトユユ地域の陥没地帯なんだけど。 やっぱり、オリエス様を同行させてね。 寧ろ、アンジェラにはその方がイイかも」


「はぁ・・。 お宅も、お人好しだなぁ」


呆れるKに対し、微笑むミシェル。


「貴方みたいな毒気の強い保護者が居る以上、分かり易い手本も必要だわ。 苛めてばかりじゃ、育たないわよ」


「はっ、酷ぇ言い草だな。 カエルに殺される前に、命まで助けてやってるのによ」


「その後、地に叩き付けたんでしょ? 自分の中の闇や間違いを見せる為に」


「つ~か、浄化が出来ると祈っておいて、力が及ばないからと他人任せがあるか。 考えや覚悟が甘いんだよ。 中途半端な己も理解しないならば、冒険者なんぞ遣るなって話だ」


「き・厳しいわねぇ…」


「俺も、ステュアートと一緒じゃないならば、こんな事もしないがな。 ステュアートは、冒険者として生きる事にもう気持ちを決めている。 俺が去った後でこの問題が噴出すれば、それは命取りだ。 面倒を看ると一時なりにも加わった以上、俺のやり方で色々と教えてやるさ」


「ハァ・・。 貴方なりって、怖い・・怖いわ…」


こう怯えるミシェルだが。 Kとミシェルが一緒に、階段の方に注意が逸れた。


「ど~やら、来たみたいね」


「あぁ。 ちったぁ~迷いは晴れたか知らねぇが。 次の場所に行ったら、僧侶の身は更に危険に晒される。 ビビって嫌がるぐらいならば、ぶっちゃけ抜けてくれた方が有り難い」


「それって、本人の為・・。 そうでしょう?」


「フン。 まぁ、‘無駄な絶望’、そんなモノがこの世に在るとするならば、尚更そうだろうな」


Kとミシェルの話が終わると。 足音の束が二階へと上がるなり。


「あ゛っ、居たぁっ!」


と、セシルの声がする。


(ほぼ俺は、モンスターだな)


思うに留めたKは、ミシェルを顎で示し。


「新たな依頼が待ってると。 それから、オリエスが同行するのは、もう決定してるみたいだぞ~」


「ゲェ」


びっくりしたセシルは、ダッシュしてミシェルの前に。


「何でぇっ、あんな偉い人は要らないじゃんっ!」


と、喰い付くも。


ミシェルは、年下の子供を見る目をして。


「ダ~メ、決定よ」


拳を作って地団駄を踏むセシル。


「納得がイカンッ! ヤダっ、ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダ…」


連呼するセシルに、Kは詰まらないと言いたげな目を向けて。


「そんなにステュアートが大事なら、今夜からでも宿の部屋を一緒にしろ」


「え?」


ピタッと口を止めるセシル。


Kは、別の方を向いて。


「身体で繋ぎ止めりゃ~済む話だろうが。 ツルペタだからって、女じゃない訳じゃ無ぇ」


一気に淫らな話と変わり、セシルとステュアートは2人して顔を赤らめると。


「ケイさんっ!」


「ちょっとぉっ!」


と、2人してKに言った後。


「どうしてそう成るんですかあっ!」


「今すぐ出来るかぁっ!!」


と、2人同時に吼えた。


だが、Kはサバサバと。


「ヤる気が有るか、無いかの違いだろうが。 ガキじゃあるまいし…」


どうでも良さそうなKの口の身勝手さには、聴いていたミシェルですら苦笑いする。


処が、Kの経験や眼力の恐ろしさを、この後にミシェルやステュアート達はまた目の当たりにする。


依頼の話し合いが一通り終わり。 ミシェルを伴ったKとステュアート達が、一階に降りた処へ。


ミルダとミラを相手に、警察役人が話をしていた。


「・・・と云う訳なのだが。 最近、斡旋所を訪れる冒険者の中で、流れの怪しい者は居ないか」


話の相手をする姉妹は、冒険者の中で胡散臭い者は見ない為か。


「姉さん」


「さぁ、見ないわ…」


と、2人して短い遣り取りをするのみ。


其処へ、ミシェルが降りて。


「あら、どうしたの?」


2人も姉を見返して、先にミラが。


「姉さん、話し合いは終わったのね」


と。


ミルダは、Kを見て不安感がぶり返し。


「事件だって…」


と、中途半端に言い止める。


一方、警察役人の数名は、顔に包帯を巻いたKを見て。


「た・隊長」


「あの男…」


と、小声を発した。


然し、中年の立派な体格の隊長は、若い下級の役人達をチラ見し。


「云うな、彼は違う」


と、小声で制す。


“ジュラーディ様の周りに、包帯を顔に巻いた冒険者在り。 その者は、ジュラーディ様の深い知人なり”


この噂は、警察役人の一部ではもう有名だ。 それのみならずKの事は、兵士や巡回の任に就く者の中で知れている。


昼も近付く頃。 サリーも間近に居る処で、Kは昼の一品に与りたいと云うセシルの食い気に呆れて居たが。


体格の良い隊長は、姉のミシェルを見返すと。


「実は、貴族区域の外側に広がる商人の居住地にて、奇っ怪な殺人事件が起きましてな。 “薔薇の公邸”と呼ばれた古邸宅にて、当主が殺された。 金が持ち逃げされていたので、恐らくは悪党や身を崩した冒険者の類が犯人と思うのだ」


と、二度目の説明をした。


その話を聴いたKは、目を細める。


「おい、そんな訳は無いだろう。 それは、恐らく見せ掛けだな」


Kが口を挟んだ事で、その場の全員がKを見返した。


ミシェルは、Kが云うので。


「どおして、そうなるの?」


Kは、役人の隊長を見据え。


「今のあの屋敷の持ち主は、‘ラヴェトルフ’とか云った、商人の女主人だった筈」


警察役人の隊長は、正にその女主人が殺されたので。


「その女性が、被害者だ」


「あの女主人には、達人となる女の剣士が仕え。 女のみ数名の、護衛用人隊が着いていただろう?」


「よ、良く知っていますな」


驚くのは、指摘を受けた警察役人の隊長。 ちょっと間を空けながらも、話を続け。


「その・・女達も、毒殺されてましてな。 生き証人が居ないのだ…」


するとKは、警察役人の隊長へ。


「金以外は、全て持ち去られたのか?」


「は?」


「ラヴェトルフは、商人にして美術品が美男子と二大好物。 金に糸目も付けず、大量の美術品や宝石類を持っていただろう?」


「い、いやいやっ、それは全く手付かずだ」


「悪党なら、金より価値の有るそれを狙わない訳が無い。 それに、あのラヴェトルフの組織した護衛用人隊が毒殺されたならば、毒を一斉に盛れる状態に居合わせられる者が犯人だ」


この指摘は、警察役人の隊長をハッとさせた。


(毒を飲まされたにしては、護衛用人が一同に死するのは不思議か。 賊の押し込みにしては、争った形跡が少ないのもヘンと云える。 上司の見立ての鵜呑みは、間違った捜査をするかもな)


思い直す隊長へ、Kは言う。


「近隣の者への目撃情報の聞き込み、店への聞き込みを徹底しろ。 それから、ラヴェトルフがあの屋敷を手に入れた経緯は、前々から曰わくが在ると噂されてたろう。 調べるならば、その辺りから遣れ」


命令された様な警察役人の隊長。


「よく・・存じてるな」


この問い掛けには、すんなり頷いたK。


「あの女主人は、この斡旋所の前任者とは犬猿の仲でな。 この街で幅を利かせる為、ラヴェトルフは斡旋所と特殊な契約を結ぼうと迫り。 冒険者協力会と決別され、あの女主人の依頼は絶対に請けない決まりが出来た」


と、語り。


主のミシェルは、


「あ゛っ」


と、声を出すとKに。


「商人のエーリクリュナっ」


Kは、ミシェルに横目だけ向けて頷いて返し。


「〔エーリクリュナ〕は、ラヴェトルフの姓だ」


ビックリするミシェルは、前任者からの言伝を思い出す。


“エーリクリュナの依頼は、決して請けるな。 あの商人は、斡旋所と敵対した”


と、話を受けたのだ。


ミシェルの顔で、警察役人の隊長もKの話が事実と理解したらしい。


「その様子からして、方々に遺恨を残して居そうな商人の様だ。 犯人像を絞らず、情報集めを手広く優先致すとしよう。 主殿お三方、何か情報が在るならば、是非に此方まで。 失礼致す」


警察役人の隊長は、こう言い残して部下を引き連れて行った。


Kの知識の広さは、ミシェル達三姉妹を驚かせる。


が、斡旋所の出す昼の一品の為に、その買い物に付き合って買い食いをすると言い出したセシルには。


“食い過ぎて死んでしまえ”


と、Kが呆れ果てた。



         ★



依頼を請けた日より1日を置いて、街を薄暗くする雲が早く流れる朝。 ステュアート達はオリエスを伴って、北門より外へ出た。


本日より、ステュアート達の出で立ちが少し変わった。 安い古着屋にて、下着から衣服を買い換えたのだ。 ステュアートは、プロテクターの下は黒いシャツと青いズボンとなり。 エルレーンは、白い上下の服の上に鎧やらを纏う。 アンジェラは全く変化は無いが。 オーファーのコート風ローブが藍色に変わり。 セシルの黒革のジャケットが新しくなり、下のズボンも長ズボンに成る。 肌の露出が少なくなり、暑さより虫除けに重きを置いているのだろう。


一方、Kと並んで居るオリエスは、薄い青の聖職者用のコートを羽織り。 その下には、白いブラウスとスリットの入るロングスカートを穿く。


「ケイちゃん、な~んで馬車を借りなかったの」


杖を持たず、ブレスレットの発動体をするオリエスが、Kに不満を言うが。


「アホか。 街より街道の分岐点で北西に入り。 その後は運河を船で上がってから、途中で降りて徒歩。 馬車なんぞ借りたって、途中が面倒なだけだ」


「ふぅん、そうなのね」


「楽に行きたいなら、後にすればいいだろうが」


「後回しなんて、あの人達も可哀想じゃない」


「ケッ、クソ爺と似てやがるゼ」


「仕方ないでしょ~、お祖父ちゃんなんだから~」


まだ若々しいオリエスは、20過ぎたばかりのセシルと変わらない。 8歳で僧侶になった逸材らしいが、雰囲気は若い女性が僧侶をしているだけ。 アンジェラと全く変わらない様に見えた。


然し、アンジェラはまだ沈んでいる。 驚くべきは、本当に神聖魔法が遣えなく成ったこと。 祈りより唱えても、魔法の輝きが現れなく成った。


(迷いと・・疑心が…)


今も、アンジェラの心は、猜疑心の様なものに囚われていた。 信じることより、モヤが掛かった内心が晴れない。 心の何処かで自分の落ち度を探しながら、自分に間違いは無いと想う。 アンジェラ自身、その不確かで根拠の無い自信が何処から出て来るのか、理解が行かなく驚いている。


さて、初日の旅は気楽なもの。 街道を行き、分岐点より北西へ。 バベッタより斜め左に向かって行けば、夕方前に小さな町に着いた。 運河水系を守る役割を担った町には、守備隊の兵士が数百人体制で配属され。 運河の警備やら通行の見張りをする。


そして、今日はこの町の小さい宿にて泊まる訳だが…。


オリエスは、宿を決めるなりに。


「ケイちゃん、町を探索しようよ。 ね?」


と、Kにせがむ。


「ステュアートでも連れて行けよ」


「だってぇ~、キープされてるじゃん」


猛犬の如く、ステュアートの前に居るセシルを指差したオリエス。


仕方ないと呆れたKは、彼女の後を着いて出て行く。 それに同行するのは、エルレーンのみ。


ステュアートは、町の人やら船着き場にて情報収集をするとした。


その夜、宿の川沿いに張り出したテラスにて、川魚と山菜中心の夕食を頂くステュアート達。 猛食をするセシルは、もう見慣れた光景だが。 優雅な手つきにて、軽々とステュアートらの倍は食べるオリエス。


「ハァ~~~」


ビックリするステュアートやオーファー。


だが、そんな彼等の前にて、月明かりとランプの灯りの下。


「ぬ゛ぅわ~、これは美味しいっ。 ね、ケイちゃん」


「多く喰わなくても、味は解ろうがよ」


「いっぱい食べるのも、楽しみのウ~チ」


Kを彼氏の様にして、食事を楽しむオリエスだった。


然し、食べて疲れたオリエスは、大あくびをして早々と寝る。 Kは、モンスターの気配がすると、オーファーと2人で外へ。 ステュアートも、後を遅れて着いて行く。


其処で、残るのは女性達。


「う~~~ん、デキるな」


紅茶を片手に、オリエスと食べた量を競い合った気分のセシル。


だが、同じく紅茶の入ったグラスを片手にしながら、雲の間から自分を照らす月明かりをグラスに入れたエルレーンから。


「セシルは、タダの大飯喰らい。 向こうは、消費した分だけ摂取してるの」


「エル、それってど~ゆう事よ」


目を細め、エルレーンを見返すセシルだが。


呆れ顔と成ったエルレーン。


「あのオリエス様、この町に来たら真っ先に神殿へ行って。 モンスターと戦って死んだ兵士の鎮魂をして。 その後は兵舎に行って、怪我人の兵士20人以上を治癒してた」


その話を聴いて驚くのは、セシルよりもアンジェラだ。


(僧侶の・・ほ、本分を…)


一見するチャラけた様子ではなく、何を成すのか。 迷い、うがって、魔法すら遣えなく成った自分と、成すべき事を見定めて動くオリエスの差は、とてつもなく大きい。


(あぁ・・嗚呼…)


更に、更に、迷いの中に落ちてしまいそうな気がするアンジェラ。 自分だけ、周りから取り残されている様な感覚に居る。


然し、オリエスの参加に気負うのは、アンジェラだけでは無い。 エルレーンは、月明かりを透かし輝くグラスを手に。


「ふぅ・・、ケイが二人に増えたみたいよね。 ステュアートなんか、意外にガッチガチに緊張してるし・・・。 一体、トレガノトユユ地域って、どんな所なのよ」


黙るアンジェラだが、セシルは眉間にシワを作り。


「うむむむ・・、僧侶が来たがるんだから、この間の滅びた町と同じような場所なんじゃ~」


「なるほど、それは云えるわね」


エルレーンとセシルのもそもそした話は続き。 テラス席には、新たに偉ぶりそうな小柄の商人が入って来る。


さて、亜種人の美少女と美人に加えて、ガタイの立派な美人のアンジェラと云う組み合わせは、男性の目を惹く。 仲間の男性が居ない所で、金をエサに誘われた女性達3人。 商人の目当ては、どうやらセシルだったが。 気を悪くして3人は、部屋へと一足先に下がった。


別部屋のオリエスは、既に灯りも落としていた。


一方、町の外の気配を探りに向かったKとオーファー。 その後には、ステュアートも付いて来ていた。


町の外は、やや草が疎らに広がる原野が広がる。 川沿いには、家畜などを放牧する牧場が在るのだが…。


町の外へ出たオーファーは、遠くの方。 北北東方面より、微かにざわめく様なモンスターの気配を知り。


「此方に来る気配では無い・・な」


すると、Kが月を見上げて。


「恐らく、モンスターと誰かが戦ってるのさ。 襲われたのか、挑んだのかは解らんが…」


「然し、この感覚ですと・・数里内ですな」


「あぁ。 然も、モンスター側が不利らしい」


運河の上流方向にて、モンスターのざわめきを感じるオーファーだが。 確かに、Kの察する通り。


(ケイさんの云う通りだな…)


二人の遣り取りを聴くステュアートは、助けに行くのを検討するのは止めた。


“冒険者だから、モンスターとの戦いは自己責任でもある”


父親から教わった掟の様な教訓。 冒険者がモンスターに手を出したならば、それは自分達で解決しなければならない事。


一方、そんな冒険者を助けるならば、仲間を含めて危険を肩代わりする気持ちが必要だ。 ステュアートの我が儘に、K頼みの無謀は身勝手が過ぎると考える。


(僕達も斡旋所から依頼を回されてる。 無闇に疲弊する様な事は…)


オリエスを連れて居る手前、ステュアートの考えが軽はずみには成らないか。 まだ若いステュアートは、新たな状況に踏み込んで考える事に縛られ始めた。


だが、この様なことは、どんな人間にも訪れること。 ステュアートも、タダの駆け出しのチームの様でも、そうじゃない所まで駆け足で来てしまったのだ。


さて、オーファーとKが町に引き上げる。 ステュアートも一緒。 部屋に戻って寝るのだが、モンスターと戦っていた冒険者達のことで。 ステュアートは眠りが浅く、夜中に何度か起きた…。


次の日。 朝、早めに起きる一行だが、見るからにステュアート一人が寝不足の様子。


「あら~、どーしたの?」


オリエスに訪ねられても、苦笑いしか出来ないステュアート。


セシルを除いて、軽い食事をした一行だが。 いざ、船に乗れば…。


川面より飛沫を上げて、魔法の源となる魔力を動力源として動く、運河に合わせた小型に成ろう貨物旅客船が運河を遡る。 高さは立派な黒い船体の船は、幅の広い運河を遡上して行く。 町を出で遡る運河は、遡上に合わせて川幅を広げる。 その川幅の最大幅は、港の在った町の幅よりも広く感じるほど。 この町へと流れる水の一部は、地下空洞を使ってバベッタの街や、別の用途に使う為に迂回されるとか。


太陽の光を浴びる甲板には、荷物が迷路を作る様に積まれていて。 船尾の一段高い望遠台では、冒険者や旅人やら商人が集まり。 椅子やら手摺りに凭れ景色を眺める。 運河の対岸の左右は、一見するに原野だが。 野生生物も見られ、あのマギャロの黄色い体色をした小さい群れも見えたし。 大空を群れる大型の雁が見えたり。


親子で行商をするややみすぼらしい格好の父と子は、他の客と同様にそんな自然の風景を見て、他愛ない会話を重ねていた。


だが、日差しの暖かさに辺りを見るステュアートは、寝不足が祟ってかコクリコクリと眠りに誘われる。


さて、周りの人々を気にしながら、オーファーは木製ベンチに座るKに問う。


「ケイさん。 目的地の〔トレガノトユユ地域〕とは、どの辺りに在るのでしょうか」


夏だが、雪解け水や湧き上がる地下水を集めた運河の水上は、非常に涼しく過ごし易い。 デカい鼾を掻くボロ着の商人を反対側に見るKは、脚を組み直して前を見れば。


「〔トレガノトユユ地域〕は、常に霧に包まれた大山より南西に向かった場所に在る。 広大なる段々の丘陵地の真ん中と成る、擂り鉢の底の様な地域だ」


「今も、街や集落が在るのですか?」


すると、首をゆったり左右に振るKは口を開き。


「だが、今は廃墟と自然しか無い場所だが、その昔は違った」


「違った…」


「〔トレガノトユユ地域〕は、その広大な地域の全てを示す。 然し、その地域の彼方此方には、嘗て十数を超える町や村や点在し。 その地域の中心となる陥没地帯は、肥沃な土壌と豊富な水源が在った」


「それは、人間にとって魅力的ですね」


「あぁ。 と~ぜん、人間も定住していたさ。 この神聖皇国の古くからの領内で、最初は薬草が育つ地域だから保有地だった」


「皇国直轄の?」


「らしい」


「それが、どうして今は放置に?」


「‘超魔法時代’の最中でも、この宗教皇国はその力を欲しなかった一国と云うがな。 ぶっちゃけ、強力な魔法の力を欲して、対モンスターに関しては遣っていた。 そんな頃だ。 推定で、今から千年を超える遥か昔、この地域を欲した或る聖職公爵が居た」


「‘聖職公爵’・・。 確か、この国の特殊な貴族ですね?」


「まぁ、そうだが。 ‘聖職公爵’ってのは、教皇王の血縁の内で。 然も、大司祭や大司教と云う、極めて特殊な役職をした者にのみ、三代だけ名乗れる名誉爵位だ」


「かなり特別な地位ですな」


「ま、その辺は別の機会に話すが…。 エケペッチ・ナルローフ公爵は、そんな聖職公爵だった。 父親が大司教だった彼は、北部に横たわる大山脈の最西端にて。 鉱物を採掘する公共事業の管理も任され、裕福なる生活が約束されていた」


「何とも、親の・・・いや」


言い掛けては途中で止め、苦笑いをするオーファー。


Kは、彼の父親のことを察して。


「フッ」


と、失笑を。


だが、オーファーも笑われては困り。


「いやいや、私のことは…」


太陽の下、不敵な笑みを見せたKと、困り顔のオーファーが見合った。


然し、それも短い間のみで…。


前を見たKは、


「その昔、エケペッチ・ナルローフ57世こと、ジャックス・エケペッチ・ナルローフは、真の聖職者を貫こうと決めた。 息子に役職を譲り、退位する時の教皇王に〔トレガノトユユ地域〕の領地を願い出た」


「話が、見えません」


「それが、始まりだ」


「‘始まり’?」


「歴史だ」


「今に至る?」


「そうだ」


「では、滅びの・・始めですか?」


「その時、ジャックス卿は私財の大半を注いで、〔トレガノトユユ地域〕に町を作った。 〔アリガハーフゥラ〕と云う町だ。 古代語の直訳から〔平等の世界〕と名付けられた町で、ジャックス卿は其処で世界的な人道的許容地を作った」


「‘人道的許容地’? それは一体・・何か、意図でも?」


「意図と云うよりは、当時の時代背景が絡む」


「時代背景・・。 然し、時は超魔法時代、謎の大昔のことなのでしょう? 一体、何が?」


「つ~か、な。 幾ら魔法が強力に成っても、魔法では太刀打ち出来ない脅威の一つが、今でも恐ろしい流行病だった。 然も、モンスターの媒介する異病と重なり、当時の北の大陸の各国で猛威を振るい。 この宗教皇国では、甚大な被害を齎した後20年くらいの時。 然も、当時は世界のあっちこっちで戦争も起こっていた。 そんな頃だからとジャックス卿は、国民に拘らずあらゆる人を町に、集落に移住させ。 耕作や薬草栽培を教えて、一緒に信仰を教えた」


金が有ると云うことが前提でも、なかなか出来る事では無いと知るオーファー。


「それはそれは、立派な方ですな」


「まぁ、真似の出来る奴は少ないな」


「では、その人々がモンスターに襲われてしまったのですか?」


「ん~~。 いや」


「違う?」


「ま、其処が、この歴史のうざってぇ所か」


「‘うざったい’? どうして・・です?」


「〔トレガノトユユ地域〕の領主と成ったジャックス卿の行いは、病気やモンスターに嫌気を起こしたこの国に、改める形で立て直しの気持ちを促した。 そして、それから数百年の時が流れるまで、何代に渡ってエケペッチ・ナルローフ家は、〔トレガノトユユ地域〕に居た。 君臨ではなく、本当に地域と一緒に根付いた」


「ふむ。 よく、何代も続きましたね」


「つ~か、その継承が出来るように、気持ちの在る者を養子にしたからだ」


「何と・・血に拘らなかった…」


貴族や皇族が、血族に拘らない世代交代をしたとは・・。 驚くオーファーだったが。


緑色の美しい鶴が飛ぶのを見上げたKは、少し遠い目をすれば。


「だが、その辺りに腐った輩が目を向けたのも、紛れもない事実だ」


話がヘンに成って来た、とオーファーは。


「はい?」


「エケペッチ・ナルローフ家の本筋から捨てられた分家の貴族達は、そんな継承を許したくは無い」


「あ、あぁ・・其方ですか」


オーファーは、貴族の昔話で有りがちな話に成ったと思った。


「それだけじゃねぇ。 鉱石採掘場の管理権に始まり、〔トレガノトユユ地域〕で栽培される薬草や野菜に、放牧で飼育された良質の肉など。 その産物から発生する利益は、もう一大商業と見て良かった。 だが、それは全て孤児院の運営や、移民系住人達の生活や富を支える力に成る」


「恩恵から外れた一族からすると、腹立たしい以外のなにものでも無い・・。 そうゆう訳ですか…」


「あぁ。 そんでもって其処に、この国最大の汚点として有名な、大バカ野郎が関わる」


「‘大バカ野郎’・・」


「キールブカサタハオース=テモフォル・ヤリサハタ。 俗には、〔キールブルス教皇王〕だ」


その教皇王の名前を聴けば、オーファーも驚き。


「あ、あの人物の時とは・・。 確か、歴代の教皇王の中で、唯一の破戒をした。 教皇王のまま、‘破門の刑’を受けた方と聴いています」


「その通りだ。 教皇王のクセして、自分の愛人群を作り上げたり。 勝手に教えの解釈をねじ曲げ、領土拡大を狙って紛争に加担したり。 自分の贅沢の為だけに、湯水の如く税金を使った教皇王だ」


「では、ケイさん。 その後はどう成ったのですか?」


「ど~もこ~も。 先ず、分家のアホが揃って本家の在り方に異議を唱え、そのバカ野郎に‘剥奪提案書’を提出。 賄賂と〔トレガノトユユ地域〕の住人の美女を全て献上する約束で、バカ教皇王はその提案書を飲み込んだ」


「何たる・・愚行。 分かり易くバカですな」


眉間にシワを寄せたオーファーは、口の悪いことを無視してこう返す。


「いやいや、こんなのは入り口よ。 〔トレガノトユユ地域〕のエケペッチ・ナルローフ家は、何時かこんな時が来ると解っていた。 だから、マーケット・ハーナスやホーチト王国に永住権を得て、第2、第3の移住場所を確保していた」


「先見の明が在りますな。 賢い…」


「然し、そ~ゆ~処をぶっ壊すのが、悪意や欲望のおぞましい処サ」


「と、仰いますと?」


「性欲の権化だったバカ教皇王は、住人達がさっさと移動し始めたことを知り、烈火の如く怒り狂ってな。 当時は、もう内戦状態に在ったスタムスト自治国だが。 その国内側の国境を荒らす盗賊や悪党の集団全てに通じ、逃げる住人を捉えて女以外を殺せと命じた」


「な゛っ、何と・・。 それでも教皇王かっ」


小さく吐き捨てたオーファーの感情は、真っ当な人間性を示している。


そんなオーファーを軽く見上げたKは、ほろ苦く笑みすら浮かべ。


「善悪や清濁の判断が出来るならば、先ず其処まで遣らないサ」


と、顔を前に向ければ。


「その結果、奇妙な事が起こる」


こう繋ぐ。


Kの語り口を聴くオーファーは、ムカムカする胸の内からか。


「嫌な気しかしませんな」


「いや、本当にどうしようもない話だ。 盗賊や悪党の集団が異国へ去ろうとする住民達を殺す・・と兵士や旅人等から報告が来る度に、バカ教皇王はこう言ったらしい」


“我が国の極悪人が、辺境にて暴れて居る。 彼等は、神に叛逆したのだ”


「とな。 そして、一方では」


“今、この国は大変な時で或る。 国の為に働く事は国事で在るのに、仕事を放り出しては成らぬ。 国民は、神の導き・・。 即ち、教皇王で在る私の言葉に従うのだ”


「と。 そして、移動する住民を救出する事も無く、差し出された女を吟味して受け取っていた。 な、訳が解らんだろう?」


「は、はい…」


「こんな馬鹿げてる話の末に、過去の例でも稀な大殺戮が行われた。 悪党や盗賊が女を捕まえれば、一人いくらの金で教皇王側と取引が成立し。 教皇王が要らないと言った女は、ぜ~んぶ悪党等の慰め者行き。 また、移民の血が入る男の住人は要らないと教皇王がしたから、悪党等はもう遣りたい放題だった」


其処まで聴いたオーファーは、憤怒の表情を口や眼じりに浮かべて。


「過ぎ去った事ながら、人間の二面性の極致を見る様です。 移民や孤児を受け入れて、大発展させたその貴族が光ならば。 それを滅ぼした教皇王は、正に・・闇」


「んだな。 まぁ、人間なんざ、元より清濁の混在する生き物だ。 清らかな事や正しい事に意義を見出す者も居れば、その反対も然り。 そして、その度合いも個人的で千差万別。 基準なんて在って無い様なモノ。 色んな奴が、色々と出て来るンだろうよ」


「ケイさん。 貴方ほどに解り、割り切れるのも怖いですよ」


「フッ」


「それで、その後はどうなったんですか?」


「解るだろう? 大問題が否応無しに発覚した」


「‘否応無しに’・・とは、誰かが公に?」


「あぁ。 正し、公にしたのはモンスターだがな」


「え? モンスターが・・告発?」


「さっきも言ったが。 バカ教皇王が有名に成った時代は、また流行病で死者が膨大に出た世界で。 モンスターの一大活発化と重なって、死霊系や怨念系のモンスターが異常に発生した異変が絡む頃だった」


「大変な時代ですな。 どうしてそんな教皇王が選ばれたのか、是非に理由が知りたいです」


「フッ。 然も、そのバカ教皇王が酒色に耽る最中ですら、この国の北方に横たわる大山脈地帯の境界では、結界の力を借りながらも守る為。 この国が保持していた7割を超える軍勢が、活発化したモンスターの侵入を防ぐ戦いをしていた」


「そ・・そんな大事の時に、そんな強欲な教皇王が…」


「呆れて笑える話だが、事実だ。 そして、何万もの移民系住人達を殺した所為で、結界の内側でも不死系モンスターが大発生し。 その暗黒の力の匂いを嗅ぎ付け、北方のダロダト平原に現れた悪魔をも呼び寄せた」


「バカらしい・・、信じられないほどにバカらしい…。 然も、その負の連鎖の根元が、神を信仰する人間とは…」


唸るオーファーは、その主要人物が貴族と教皇王と云うのが、皮肉過ぎて馬鹿らしく成った。


「では、そのモンスターを討伐する過程から、教皇王が大虐殺を行った事が明るみに?」


「あぁ。 然も、人攫い、盗賊、悪党等と、悪意の欲望に満ちた輩に襲われたトレガノトユユ地域に在る集落や大小の街などは、大量の血が流れて呪われた。 ヘイトスポットが出来やすく、常に亡霊が彷徨うからよ。 この間に行った山ン中の町の比に成らない、嘆きと憎悪が満ち溢れてる」


「酷い・・惨すぎる」


「そんな、国の汚点は別に。 哀しい亡霊が蔓延るから、あのオリエスのバカは来たがったんだ。 一つでも二つでも、可哀想な亡霊を鎮める為に・・な」


「なるほど…」


流石に、こうまで話が進めば、オーファーもオリエスとアンジェラの差が更に解る。


(僧侶とは、信仰と行いの正しさと魔力が、成長の勤しみに成ると思っていたが。 実際は、純粋にどう在るか、其処を踏まえなければ成らないのか・・。 これは存外、我々の様な魔術師より、厳しい道を行くのかも知れない…)


僧侶の本質を察するオーファーは、まだ沈んで居るアンジェラの背を見た。 彼女がどうするのか、答えを出すまではなるべく見守って遣りたい。


一方、硬い焼き菓子を齧るセシルとオリエスは、皮肉混じりに会話しつつも。 雄大な景色を見て、エルレーンと共に和んでいた。


一方、陽が更に上がって来ると、ステュアートが鼾を掻いて熟睡に堕ちていた…。



         ★



他の船とすれ違って、運河を遡上する1日半。 次の日の昼下がりには、霧に包まれた大山と‘大地の牙’とか、色々と呼ばれた裂け目の西側に在る町に着いたステュアート達。


“アビポの町”


古びた木製のアーチに書かれた町の名前を見上げたステュアート。


然し、町中に入ると…。


「あっ」


アンジェラが顔を上げる。


Kは、町の或る一点を見詰め。


「どーやら、昨夜にでもモンスターが来たか?」


と、感じられるオーラよりこう言った。


ビックリするステュアートは、オーファーに。


「どっちっ、どっちっ?!」


ステュアートの気性を知るオーファーだから、


「こっちだ」


と、案内を買って出る。


オリエスは、そんなステュアートの様子から。


「あら~、いいダンナ候補ね」


と、腰をセシルの腰にぶつける。


カッと顔を赤らめるセシルで。


「飛躍が早いんじゃっ」


「じゃ、既成事実を作る為に、今夜から一緒に寝ちゃえば?」


Kと同じ事を言われて、セシルは顔を真っ赤にする。


先を歩くKは、せせら笑いを浮かべた。


町中の奥に行けば、国有化された一大酪農地帯が広がっていた。 食用の家畜、軍用・運搬用の馬や犀、繁殖用の子供まで大規模飼育をする。 牧場を幾つもの区割りして、町の住人が管理人として国に雇われているのだ。


ステュアートとオーファーの2人を先頭に、長閑な町のメインストリートと成る宿屋や飲食店の前を通り抜ける一行。 旅人や行商人が、荷馬車などを預けたり。 小さな商店の店主らと、道端で商いの話をし始めたりする光景が見える。


然し、そんな道を抜けて行けば、町の食糧を賄う畑と牧場が見えて来る。 住人達は、そんな農場の彼方此方に家を構えて居るらしい。


さて、農地の間に走る小道の処で、数人の農夫や農婦が話し合っていた。


其処へ、ステュアートが向かう。


「あのっ、僕たちは冒険者ですがっ。 モンスターのオーラがすると、仲間が云うんですが…」


その後、夕方。


三階建ての木造宿屋の一階、別棟と繋がる広々とした食堂にステュアート達が居る。 この人数にしては、多量の料理を大型テーブルに並べながら。


脚を組み座るKは、自分で頼んだ料理を自分達で運ぶ仕様のこの食堂にて。


「さて、明日はどーするんだ?」


と、ステュアートへ問う。


町の現状を知ったステュアートは、焼きたてのパンがパリパリ云う音を、自身で持って来たバスケットより聞きながら。


「家畜を狙うモンスターと、薬草や果樹を狙うモンスターが来るって言いました。 先ずは、この町の問題を無くしたいです。 今夜、少し見回ってみようかと…」


「そうか」


サラッと返すKに対して、オリエスはやる気が在ると頷いて。


「それならば、私も協力するわ。 まだ、町の住人に犠牲が少ないみたいだから、遣るなら今のうちよ」


早くも食べ始めたセシルは、口の中のものを飲み込んで。


「ん・・ふぅ。 通り掛かった誼だし、見捨てて戻る町が無くなったら後悔する。 絶対、優先はすべきだね」


そんな彼女の横に座り、ワインを注ぐエルレーンが仲間を見て。


「やる気マンマンね」


と、オリエスの分も注いだ。


この町に飛来するモンスターは、大型の肉食バッタ、〔マルハイブーク〕と。 草や木を齧り尽くす、胴体が丸太の如く太いミミズの〔デナ・ヨガタ〕。 日光が苦手なモンスターで、夜な夜なやって来ると云う。 モンスターのことは、ステュアートが聴いた話からKが見当を付けた。


その同じテーブルの中で、野菜の炒めものから自分の取り皿へと料理を移動するオーファーが。


「然し、モンスターは何処から来て居るのでしょうか。 町の住人達は、遥か東側の亀裂より来ていると言いましたが…」


パンを余裕で千切るKは、澄ましガーリックバターに軽く付けながら。


「その通りだろうよ」


と、口に運ぶ。


一同の視線がKに集まると、Kは実態を語った。


以前、あの大男の冒険者セドリックの率いるチームが、霧に包まれた大山に依頼で向かった事は記憶に新しいだろう。 そして、その霧を齎す水分は、大地の裂け目より来ているとも綴った。


その裂け目とは、大地の大変動とか。 悪魔が大荒れした際に出来たとか云う。 横幅最大100里以上、南北に伸びる長さは500里とも800里以上と言われ。 裂け目ながら、怪物の牙が生えた口が突き出した様な岩盤が残り。 裂け目の中は洞窟の様に、薄暗く湿気に満ちた部分も多い。


処が、この裂け目には変わった特徴が在り。 裂け目内部の彼方此方には、幾つもの間欠泉が噴き出したり。 熱泉の溜まる沼が点在するらしい。 この湯気や水分が大量の水蒸気を生み出し、吹き込む風の流れが山に注いで霧を生み出しているのだ。


そして、この裂け目とは、古来よりモンスターも多く棲む場所で。 その影響からか、多くの危険な生物も生息する。 そんな環境からだろうか、一部のモンスターや生物は、亀裂内部の地面に穴を掘り潜む。 その穴が時折、町の近くに繋がって。 今回の様な事態を引き起こすのだとか。


話を聴いたオーファーは、豚肉の甘辛い炒めを皿に取りつつ。


「詰まり、モンスターを倒すだけではなく。 その穴を見付け、塞がなければ成らないのか」


と、総括すれば。


エルレーンが、ナイフとフォークを両手に取ると同時に。


「モンスターが二種類居て、来る場所が別々ならば。 二カ所を探さないといけないかもね」


と、食べ始める。


一方、考えることが先行し、料理を皿に移すのが遅いステュアートは、パンを幾らかの塊に裂きながら。


「でも、倒した後で探すなら、夜の早いうちから探す為に移動した方がいいのかな」


と、漏らす。


処が、パンを齧った後のKより。


「来る方角が解ってるならば、待ち伏せればいいだろうよ。 バッタは飛来するが、もう一方は這って来る。 このチームには、魔法を扱える奴がゴロゴロしてるんだ。 牧場の柵の外に椅子でも置いて、ゆったり待ったって大丈夫だろうよ」


そんなKの余裕は、まだ若いステュアート達には無い。


「ケイちゃん、チョー余裕ね」


「眠たい事件だ」


オリエスの言葉に、ぞんざいな態度で応えるK。


其処へ、


「済まないが、ちょっといいか…」


と、男性のガラガラ声がする。


K以外の一同が声の方を見れば、何れも40代から50代と見れる男女4人が立っている。 皆、使い古した革の鎧や鉄の上半身鎧を着て、見るからに完全武装と云う感じだが。 その下に着ている衣服は、農作業に向かう農夫などの姿そのもの。


「あ・・はい?」


何事か、と席を立ったステュアートだが。


「ステュアート。 生活の掛かった住人も、モンスターの討伐に参加したいそうだ。 町の外で戦うならば、地の利も取れるぞ」


Kの指摘に、ステュアートはKと男女4人を交互に見ては驚き。


「え? え? え・・え゛っ?」


それで…。


その住人達男女4人を加え、テーブルを囲む事に成ったステュアート達。 宿屋の旦那、武器や道具を売る店の女主人など。 4人は、町の住人達で在る。


そんな彼らの話では、住人達の中で元冒険者の経験が在る者達が、モンスターを退治しようと自警団を作ったのだが。 バッタは飛来する上に、攻撃しようしても牛や馬を奪われた後、彼等の頭上を飛び越えて楽々逃げてしまうし。 ミミズのモンスターは身体が太く、体当たりを食らえば大男ですら軽々と飛ばされる。 然も、どちらのモンスターも、5匹10匹ではなく、何十匹と押し寄せるらしい。


話を聴いたステュアートは、Kへ向いて。


「ケイさん。 セシルと2人だけで、バッタをどうにか出来ませんか?」


相談されたKは、オーファーを視界に入れ。


「ミミズは、大地の力で壁を造ればイイってか?」


オーファーは、正にそうしようと考えていた。


「数にも因りますが、ある程度ならば対処も出来るかと…」


暖かいジャガイモのスープを片手に、Kはぼんやり空を見て。


「〔デナ・ヨガタ〕は、意外に嗅覚が鋭くてな。 ハーブの強い匂いは何てこと無いンだが、特定の悪臭を嫌うんだ。 この辺りならば、排便臭を放つ“ガツカラ草”の実を絞って汁を撒けば、臭いに戸惑って混乱するぞ」


食事をするエルレーン、セシル、オリエスは、‘排便臭’と聴いてげんなり。


「言うかねぇ~」


「想像しちゃったわ゛」


「ケイちゃんっ」


だが、言われて謝るKでは無い。


「メシなんて、これからもいっぱい食うだろうが。 一回くらい不味くたって、死にゃ~しねぇよ」


すると、真面目な性格のステュアートは、


「ケイさん、バッタも呼び寄せられませんか?」


と、真顔で相談すると。


「バカ。 そんなもん、獲物にされてる牛や馬の5、6頭を、一番外側の柵に繋いでとけ」


「ケイさん。 農家さん達は、心配なんですよ」


「フン。 〔マルハイブーク〕の500や1000匹、大したこと無ぇ」


「ハァ…」


一人で余裕綽々とするKには、ステュアートも勝てる言葉が見付からないと呆れた。


住人達4人とステュアートの話し合いにて、今夜からモンスターを掃討すべく待ち伏せる計画と相成り。 住人達は、他の自警団の仲間や兵士にも声を掛けるとした。


旅の脚休めも無いままに、流れから力を貸す事に成ったステュアート達。


その様子を見るアンジェラは、何も出来なく成った自分の愚かさを恥じるばかりだった…。


その夜。


牧場の区域の最も東側にて。 柵の際に繋がれた牛や馬だが、柵に腰掛けるKは木の枝をナイフで削っている。


Kの実力を知らない住人達は、酷く心配そうにステュアート達へ何度も話し掛けて来たが………。


Kが何者なのかすら解らないし。 おびき寄せる為に連れて来たが、もうかなりの家畜は食べられてしまった。 これ以上、エサにされたくは無いのは当然だろう。


さて、夜半頃。 山の冷たい空気が、この辺りにまで来る頃か。


農場の一角に篝火を20ほど作り、待ち構えるステュアート達や住人達の中で。 セシルとオーファーとオリエスが、東北東を見上げる。


「来たっぽい」


「うむ」


「ありゃ~、結構な数だわ」


今夜も、バッタのモンスターが先に来た様だ。


大筒の銃を構えたセシルは、星空の光を遮る黒い影に狙いを付けた。 彼女の瞳が、独特のオーラの光を放つ。


(ケイが居るんだから、思いっきりやってやるっ)


魔法を纏わせた矢を、その影の進行先に打ち込んだ。 青白い魔法の力を受けた矢は、二階建ての家の屋根に届く影に突っ込んだ。


「当たったっ! でも死んだとは限らないよっ」


言ったセシル。


身構えたステュアート達や他の武装した住人達。


その直後、ドサッと落ちた影は、篝火の近くにてその姿を現した。


「わ゛っ」


見て驚いたステュアート。 頭の尖ったバッタのモンスター、〔マルハイブーク〕。 黒光りする頭部は、‘精霊蝗’と云える容姿。 だが、その口元は鋭い鎌の様な印象を受け、長い後ろ脚には剣の様な棘が見える。


(こんなバッタが居るなんて…)


驚きつつも、手にする鎌で傷付いたモンスターへ跳び掛かった。


ステュアートの応援にと、別の太った農夫もハンマーで襲い掛かる。


離れた所に立つ武装した住人達も、見たモンスターからと動こうとした。


が。


何の前触れも無く、そんな彼らの周りにドサッ、ドサッドサッと、何かが落ちる音がする。


エルレーンとオーファーを含む者達数名が、その音に驚き篝火の灯りで見れば。 バッタのモンスターらしき身体の一部が、灯りの中に入って見える。


「とっ、トドメっ」


「気を付けろっ」


「無理するなっ」


声を掛け合って襲い掛かったのだが…。


どのバッタも頭を何かで貫かれ、即死状態でヒクヒクするのみ。


“一体、何がどうなった?”


不可解さに困惑する住人達。


だが、エルレーンとオーファーは、それがKの仕業だと解る。


(やっぱり、ケイは徒者じゃない)


(バッタは、ケイさんに任せて構わぬな)


と、視線を交わしてやり取り。


其処へ、篝火の中央に居るオリエスより。


「何か来たわっ。 モゾモゾ動いて、地中から出て来た!」


遂に、ミミズのモンスターも現れたらしいが。 此方も、兵士の小隊が応援に駆け付けて来た。


「モンスターの掃討っ、我等も助太刀しますっ!」


戦力が増した事を察するオーファーは、篝火の元に置いた悪臭を放つ木製バケツを拾い上げ。


「では、果樹園や畑に行かせぬ様にしますか」


と、住人達と頷き合い。


手負いのバッタを倒したステュアートも、篝火の一つに走り。


「ミミズに備えてっ!」


と、声を飛ばした。


時は真夜中へと成る頃。 毒々しく赤い色合いの大型ミミズが、群を成して現れた。 地面を這いずる音が、不気味なまでに辺りへ木霊するほど。 然し、悪臭を放つ木の実の搾り汁をぶっかけると、それだけで混乱して散り散りになる。


「逃がすなっ」


「全部潰せっ!」


悪臭漂う中で、モンスターを掃討する形と成ったステュアート達。 然し、それでも相手はモンスター。 純粋な力は、確実に相手が勝る。 気負い任せに近付く兵士や住人が吹っ飛ばされたり、その丸い口に生えた鋭い歯で怪我を負う。


オリエスは、そんな彼らの面倒を一手に看て。 神聖魔法にて、応急処置をする。


この戦いでも、Kは前に出なかった。 飛来するバッタを、セシルの撃った個体以外を悉く撃ち落としたが。 前に出る事は無い。


それでも…。


ミミズのモンスターに、年配の農夫が押し潰されそうに成った時。 何かが宙を飛び、ミミズのモンスターを貫いてしまう。


「手負いと侮るな、混乱したからと見くびるな。 命懸けになれば、あらゆる生き物は牙を向く。 モンスターならば、その脅威も一入だ。 無駄に慌てて、面倒を増やすなよ」


夜の薄暗い闇の中より、Kの声がする。


身を起こす元冒険者の農夫は、誰に助けられたのかを察した。


(あの・・包帯男か)


ステュアート達が総じてKに任せ、不安を見せない意味がこれで解る。


町の住人達の話で、後から後からと兵士が来た。 非番や警備の終わった役人も。 農業に打撃を受けることは、この町の死活問題だからか。 何時しか、町の戦力総出の様に成ったが…。


夜中も半ばを過ぎる頃には、ミミズのモンスターも倒し尽くし。 バッタのモンスターは、もう空に見えなかった。


さて、モンスターの遺体を残すのは、他のモンスターを呼び寄せる事に成る。 町の住人達は、手押し車や荷馬車を使う。 兵士や役人までもが、悪臭立ち込める中でも手伝った。


その様子より解るのは、農業がこの町にとって如何に重要な産業か、で。 町を守る兵士や役人も、その意味を理解しているかと云う事。


一方、柵より降りたKが。


「オーファー、詰めに入るぞ」


「は?」


「モンスターの這い出た穴を塞ぐんだ。 位置は、大体だが解った」


「あ、はい」


戦いで、それをすっかり忘れていたオーファー。 魔法を制御し、補助の様に使い分けていたから、集中力に苦心していたのだ。


後を住人達や他に任せ、ステュアート達は朝方まで穴を探した。 穴を見付けては、Kと共に塞ぐオーファー。


Kは、デカい空洞化した穴を見付けると、剣より放つ衝撃波で崩落させて塞ぐ。 その遣り方は、何度見ても感嘆や驚きしか出ないステュアート達だが。


戦いの極めつけが、この後に来ようとは…。 誰も予想して居なかった。


ステュアート達が穴を塞ぎ終える頃。 凄まじい暗黒のパワーとも云えるオーラを放つ個体が、一直線に空の彼方より飛んで来た。


オリエスを含めた魔術師達が、白む空を見上げた時に。 どす黒いオーラを纏う何かが、地面へと地響きを立てて降り立った。


「うわあああっ!」


「何だっ?!!!」


ステュアート達が驚きおののく。 オリエスですら、自身の身体にビリビリと走る負のオーラに、冷や汗を溢れさせた。


現れた怪物は、大邸宅一つに相当する巨体を持ち。 身体の前面には、牙だらけの大口のみを有し、顔すら無い。 背中には、立派な水車の帆を超える二枚の黒い翼を生やし、太い四肢は巨木の幹の如く。 だが、何よりも目を引くのは、黒く長い尻尾の先に在る、怪物の顔と思しきボロボロの物体。


そんな巨体のモンスターを前にし、逃げ腰に成ったステュアート達。 処が、そんな皆の前に、フワッと現れたのがKだ。


「ほう、珍しいヤツが現れたな」


こう呟くと。


「ステュアート。 コイツは、巨大な亀裂の走る裂け目に棲むモンスターだ。 〔ナルガダナ・テゥホナッチ〕と云い、分類としては悪名高い“悪怪物”《おかいぶつ》に属する」


その説明を聴いて、オーファーやオリエスは汗すら浮かぶ顔を驚かせる。


(悪怪物だとっ?)


(これがっ、悪魔と血を分けた魔界の古生物…)


悪怪物は、謎に満ちた悪意の塊の様なモンスターだ。 一説には、悪魔の兄弟とも説かれ。 地獄・魔界でも、悪魔に継ぐ実力を有する強力なモンスターと云う。


そんなモンスターを前にして、ステュアート達は身動きも出来ない。


然し、Kだけは違った。


「大量のモンスターが殺された臭いに、ホイホイとおびき寄せられたか? 亀裂に潜んでりゃ、死ななかったものをよぉ」


不敵に笑う目や口からして、この恐ろしいモンスターすら怖がる様子も無し。


そんなKを見ているステュアート達は、Kの身体より黄金のオーラが煌めくのを見る。


「また・・光った」


「あの力が出ると、私たちに来る暗黒のオーラも薄らぐ」


「神々しいまでの生命オーラだ。 あれは、一体…」


口々に云うステュアート達へ、オリエスが。


「ケイは、〔体気仙〕《たいきせん》と呼ばれる気功術を含めた体術を会得してるみたい。 本来は、身体の一部に纏わせて、防御に使う技みたいなんだけど。 彼の場合はその力が強烈で、覇気バトルオーラと混ぜる事すら可能みたい」


驚くセシルは、オリエスに向いて。


「それって、凄い事なんでしょ?」


「凄いも何も・・。 他に、あれだけの技を自由に扱えた冒険者なんて、誰一人として居ないわ」


「うわっ、うわ~~~ケイって英雄に成れるじゃんっ」


前を見た2人は、ズタズタにされゆくモンスターを見る。 朝陽が彼方にうっすら見えた時に、現れたデカブツは血肉の汚泥と化した。


「さぁ~て、帰るか。 身体に染み付いた臭いを、早く落とさないとな~」


そんな状態じゃ無いステュアート達だが、脅威が消えたと云う開放感は得られた。


「ケイちゃんっ、何であんなモンスターが居るの゛ぉっ」


悪怪物にビビるオリエスが、歩き出すKの後を追う。


「北東側に広がる亀裂の中は、モンスターの巣窟だ。 悪魔も潜む場所だからな、悪怪物ぐらい居るさ。 この国を守る結界の力の中だが、神殿が無い町は守護結界も無いからな。 夜に成れば雑魚も暴れられるし、あのデカブツ級のヤツなら難なく出て来れる」


「中央皇都とその周辺だけは、かなり安全って訳?」


「要だから、仕方ないだろうが」


「う゛~ん」


差別化と思うオリエス。


然し、歩き出すKは、そんな彼女に。


「一人クサくて居るなら、今日から離れて生きろよ」


「あ゛っ」


置いて行かれと、慌ててKの後に着いて行くオリエス。


「ウ○コ臭いのイヤっ」


言ったオリエスと平行するセシル。


「ヒャヒャ、ウ○コ臭い僧侶サマだね」


「あら、黒い服の貴女の方が、見た目からしてウ○コじゃなくて?」


「ウキィーっ! アタシの何処がウ○コよっ!」


「ウ○コのハーフエルフね」


「ウガアアアっ!」


いい歳をした美女と美少女が、‘ウ○コ’と言い合う様は馬鹿らしい。 嘲笑いを浮かべるKで、


(恥ずかしい奴らだ・・。 黙れ、バカ)


と、歩くのみ。


一方、2人の仲裁に入ったステュアートだが。


“どっちがウ○コ臭いか、ステュアート決めて”


と、云われ出し。


「どっちがって…」


どっちも臭いし、自分も臭いステュアートだから答えも出ず。 女性2人の不毛なる言い争いは、宿まで延々続いたのだった…。

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