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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
217/222

第三部:新たなる暫しの冒険。 7

       第八章


   【冒険者に必要なものとは…】


 〔14.アンジェラの本心と上級依頼〕



あの大剣を背負ったセドリック達が、霧の掛かる大山でモンスターと戦って、依頼と云う仕事をしていたこの日。 バベッタの街に居たステュアート達は、一体どうしていたか。


実は、この日の前日。 斡旋所に来ていたスチュアート達は、帰り際に。


“明日、朝一番に斡旋所へ来て頂戴。 折り入って、姉さんから依頼が在るの”


と、ミルダから言われていた。


こう言われたのだから、スチュアートも普段より早起きし。 朝一番に斡旋所に呼ばれてみれば…。 もう来ていた三姉妹に、サリー。 ミルダの案内にて、二階へと案内されれば…。


手足の透けた黄色い麻の服を着たミシェルは、ステュアート達を迎えると。


「皆さん、先ずは座って」


一番前のテーブルの並びに座らせた。


そして…。


「実は、ね。 この街から南方へと行く途中には、古い別れ道が在ったの」


と、説明をし始めた。


腕組みするKは、


「滅びた町〔ヤー・エセオ〕、だろ?」


と、言い返す。


ミシェルは、正にその通りと頷き。


「流石ね。 今から200年前までその別れ道の先には、独立した小さい町が在ったの。 このバベッタや南の街同様に、神聖皇国クルスラーゲには組み入らない町だった」


昔の情報を知らないオーファーは、眠い目を擦りながら。


「この街の図書館にて、大まかな地域の歴史を読みましたが…」


と、呟けば。


シャキッとしているアンジェラも。


「その町の記述は、御座いませんでしたわ」


と、後を繋ぐ。


だが、気のないKより。


「その辺りは、何れ教えてやるさ。 ま、簡単に結果を言うならば、クルスラーゲにその地域の組み込みが始まる前に滅びたんだよ」


ステュアート達も、ミシェルも、Kを見る。


すると、これまた眠そうなセシルが、


「溝帯ふきんのまぁちなんて、守るにメンド~」


と、意外に的を射た事を。


ミシェルは、其処から話の流れを受け取る様に。


「本当に、溝帯にとても近い場所だから、その町は強力な軍隊の代わりに魔法兵隊を作って、町を守ってたの」


ステュアートは、全く知らない事で。


「うわっ、強そう…」


然し、Kが。


「とにかく、話は核心だけにしろ」


すると頷き返すミシェルが。


「ま、その町は、一時に大繁殖したモンスターに因って、昔に滅ぼされたんだけど。 数年前に、‘風嵐’から放たれた竜巻に追われ、溝帯側に逃げて遭難した冒険者が居て。 荒野を彷徨っていた時に、偶然にもその町の廃墟を発見したの。 すると、その冒険者チームが南の街へと帰り、滅んだ町の情報を撒き散らしたら。 南の街では、屯する冒険者達が一攫千金を狙って、その滅んだ町に行ったみたいなの」


だが、‘滅びた町’と聴いたセシルだから。


「それで、何か出たの?」


「いいえ。 それ処か、チームに属さない冒険者が矢継ぎ早でチームを作ったり。 町を訪れるチームを唆したりして、100人を超える冒険者が町へ行って。 未だ、誰一人と帰って来て無いわ」


話を聴くと、セシルも眼が覚めて来て。


「あいや~、マジで?」


「事実よ。 特に、南の街ではそれが怖くて、本部に連絡したみたいなの。 その報告を受けた協力会は、このバベッタの街と南方の街の斡旋所に、“調査依頼を作れ”、と指示して来たわ。 でも、南方の斡旋所は、腕に見合うチームが居ないって、ね」


心配そうな顔に変わったアンジェラは、


「あの、冒険者の方々が居なく成ってから、もうどのぐらいに?」


「最後の消えたチームからだと、大体・・半年近く経つかしら…」


「まぁ、そんなに…」


こんな事では、もう驚きもしないK。


「そんなに経ってるなら、行った奴らは軒並みゴーストか、ゾンビだろうな」


エルレーンは、何でそうなるとばかりに。


「ゴーストやゾンビなのっ?」


「十中八九、そう成ってる」


「どうして解るの?」


「あの滅びた町には、悪霊が湧きやすい温床が有るからよ」


「ケイってば、そんな事まで解るの?」


「まぁな。 然し、俺が居るからだろうがよ。 溝帯側からモンスターも襲来するから、確かにその辺のチームには回せねぇが。 このステュアート達に回すとは、思い切ったな」


と、Kから見られたミシェル。


その通りとばかりに、頷いたミシェルだが…。


「でも、本当に困って、状況だけでも知りたいからなのよ」


「焦る理由は、それだけか?」


Kの眼力に、服の中処か、胸中まで見透かされた気分のミシェル。 実は、他にも不安を抱えて居た。


「いえ・・他にも、ね」


Kが見抜いた事に驚くオーファーは、Kを見ながらにミシェルへ。


「主殿、他にも心配事が?」


「えぇ、滅びた町のそれとは、また別にね」


「それは、一体…」


「この街から北西の山間地域の、更に西側に行くと。 〔トレガノトユユ地域〕って所の陥没地にも、実は不死モンスター騒ぎが在ってね…」


聴いたK、面倒臭いと言わんばかりに。


「おい、あっちもかよ」


こう言ったKの様子から此方の事も知っている、とミシェルは察した。 その海の如く広く、奈落の底のように深い彼の知識には、ほとほと降参と。


「ハァ・・、こっちも解るのね。 貴方、ホント流石だわ」


だがKは、眼で口で不満を表し。


「あの陥没地の事は、昨日や今日に始まった事じゃねぇ。 地域の中心に在る建物群を早く壊して、国の方で大規模に浄化しちまえばいいのによぉ。 手間を惜しむから、定期的にクソ面倒臭い事に成るんだよ、全く…」


ステュアートは、Kが居るから回された依頼と知り。


「それで、こんな風に朝早くからお呼び出しを…」


「他に、実力の在るチームが居ないの。 出来たら、両方とも貴方に任せるたいんだけど…」


ミシェルから見られたKは、リーダーでは無いからと。


「請けるかどうかの判断は、俺がするンじゃねぇ。 ま、請けたら仕事の半分は、俺が遣るかも知れんが…」


ステュアートは、それよりも、と。


「ケイさんを抜いた僕たちに、それを請けて大丈夫と思えますか?」


と、ミシェルへ問う。


問われたミシェルは、浮かれないステュアートには、やはり信用が於けると。


「こっちも、滅びた町がどんな状態なのか、その辺りは解らないわ。 だから先ずは、調査依頼として、貴方達に回すわね」


「‘調査依頼’ですか?」


「そう。 何せこっちのケイは、‘記憶の石’も持ってるし。 それに、逃げ帰るぐらいならば、何とか成るでしょう?」


こう聴いたステュアートは、Kに向くと。


「ケイさん、この依頼を請けてもいいですか? 名声は入りませんが、もっと経験は欲しいんです」


腕組みするKは、


「ん、構わんさ。 お前達がそうしたいならば、好きにしろ。 俺は、甘やかしはしないが、な」


と、止める様子も無い。


「ありがとうございます」


此処で、ほぼ請ける事が決定した。


処が、頷くミシェルは顔の表情を引き締め。


「請けて貰えて助かるわ。 でも、この依頼を請けた事が他の冒険者や街の住人にバレない様に、なるべく今夜か、早朝にひっそり出発して欲しいの」


と、注意を言って来た。


これには、不思議な事を言い出した・・と、エルレーンが。


「何で?」


と、素早く聞き返せば。


Kが。


「そんなの、ちょっと考えりゃ解るだろうが」


「はぁ?」


「この街の斡旋所には、屯するお荷物な奴らが殆ど居ねぇ。 それは、このミシェル達が、普通の冒険者の居易い環境を作り上げ。 また、若い奴らの相談にも乗るから、屯する奴らが騙しにくく成ったのさ」


「それが・・なに?」


「屯ばっかりする輩の稼ぐ伝は、よ。 噂を売り蒔くか、誰かを騙すか、美味い話に乗るか。 大方、それぐらいだ。 あのルミナスってバカ娘の誘いに、一部の屯する輩がホイホイと乗ったのがイイ証拠だろう?」


「まぁ、そうね…。 でも売る噂の大半は、ガセだけど…」


エルレーンも、嘗てはそれでエラい目に遭った。


Kは、“そんなの当たり前だ”、とばかりに。


「大して仕事もしねぇ輩だ。 そんなの、騙される奴が悪い」


と、一蹴してから。


「だが、もしこの街にも、あの滅びた町の噂が中途半端に伝わってりゃ~よ。 誰かチームが調査に行ったとなれば、奴らにすりゃあ~稼ぎ時。 こっそり着いて来て、金目のモノを奪ったりするさ。 モンスターがいたって、それは全てこっち任せでな」


「うわぁ・・、えげつない。 或る意味、モンスター以下だわ…」


「それに、このミシェルの判断には、それだけじゃねぇ~含みも有る」


「他にも?」


「あったり前だ。 あの滅びた町に一攫千金となるお宝が在るなんざ、行った事の在る奴なら軽々しく思わねぇよ。 町を見ただけの情報に、屯する奴らが遺跡なんだと勘違いしたんだろう」


「それって・・、金目のモノは無いって事?」


「無い事もねぇだろうが、簡単に見付かる所には無ぇさ。 こんなガセネタに近い噂を、下手な駆け出しの冒険者等に知られてみろ。 やれ、先に行った冒険者に続けだの、腕試しだのと遊びに行く」


Kの意見に、ステュアート達は黙る。 既に発見されて、冒険者達が腕試しに行く遺跡も、この世界には幾つも在る。


だが、そんな場所は冒険者が行く為に、モンスターに襲われ命を落とし。


“死体掘りが死体になる”


この例えの通りに、モンスターへ変わるのだ。


その変わったモンスターを倒しに、また後から冒険者が行く訳だから。 腕試しなのか、面倒を増やしに行ってるのか、訳が解らない結果と成る。


“そんな場所は、封印でもした方がいい”


こう云う冒険者も、中には居るほどだとか。


そして、その場所に行った事が在るのだろう。 Kは、独りで更に話を進め。


「あの滅びた町が在る場所は、溝帯を隔てる山脈の麓。 もし、冒険者が度々に行って怪我人にされたら、その先に待つ事態はウゼェぞ」


この話には、頭を抑えるミシェルも続いて。


「ホントよ、全く…。 後始末するのは、ゼ~ンブこっちなのに。 ハァ・・、頭痛の種よ」


こう言って、ステュアートを見返し。


「もしもそれが原因で街道警備兵の方々に迷惑を掛けでもしたら。 ステュアートのした寄付の事も、ぶっちゃけて無駄に成るわよ」


と、まで云うではないか。


ステュアートがあの報酬を使って、装備品を兵士へと寄付をした事は、もう仲間内だけで承知済みだ。


然し、それが無駄に成るなど、寄贈に一番不満が残るセシルは聞き捨て成らない。


「ぬ゛ぁんで・・あんな大金を使ったのにっ、それが無駄に成っちゃう訳よっ!」


すると、Kより。


「怨念を元に発生するゴーストやゾンビなんてのは、人を特に恨めしく憎むからよ。 怪我して逃げ足が遅けりゃ、どんな事に成るか解ったモンじゃ無い。 街道までモンスターを導くような・・、そんな結果に成る可能性も在る」


Kの意見を聴くステュアート達は、仲間の間で見合い。


「それは、不味い」


「それ、街道警備の兵士さんが、ヤバくない?」


「ですわね」


「ぐぬぬぅ・・、アホ共め゛ぇぇぇ…」


最も苛立って居るのは、やはりセシルだが。


一方、逃げ方までに責任も伴うと察するエルレーンは、自身の武器を見て。


「ゴーストやゾンビって、そんな危険が在るんだ…」


と、認識を改める。


一方、僧侶で在るアンジェラは、祈りを捧げながら。


「嗚呼・・この様な機会をお与え下さり、感謝を致します…」


ゴーストやゾンビなどを安らぎの旅路へと向かわせるのは、僧侶の使命の一つだから、その依頼を請ける事に感謝しているらしい。


此処でミシェルより。


「明日まで待てるなら、移動の足を用意できるかも」


するとステュアートは、街を出る事から考えながら。


「なら、出発自体を無理する必要は無いので、今日まではゆっくり休む方がいいのかな…」


明日まで余裕が在ると知るセシル。


「ぬ゛ぅ、仕方無いわ。 聖水とか、ちょっと買っておこうよ。 武器に掛けるだけでも、役立つしさぁ」


こんな建設的な事を言ってから、突発的にハッとすると。


「あ゛っ、それと干し肉っ!」


急にまた大声を出した。


その食い気には、Kも含めて全員が苦笑いやら呆れ顔を見せる。


さて、そのままこの二階にて依頼を請け。 一般人が依頼を持ち込む裏口より外へと出て行くステュアート達。


これは非常に珍しい事だ。


だが、Kは馴れているかの様に、裏側からもサッサと出て行く。


他の冒険者から見られ無い様に大通りへ出て、通りを南下して行った。


それを見送ったのは、ミシェルだけだった…。


         ★



さて、変わった一つの依頼が、またステュアート達に任された。


だが、ステュアート達には、Kと云う道案内が居る。


然し、一方の斡旋所の中では、そんな道案内の居ないミシェルが、頭を抱えていた。 また少し、お腹が目立って来たミシェルだが。 ステュアート達を見送り、二階に戻って来れば、自分の判断を自問自答するのだ。


話し声が収まったのを知り二階へと上がって来たミルダは、姉が沈んでいるのを見て。


「姉さん、あの話をしたの?」


「えぇ…」


危険の様子さえ解らない現状で、ステュアート達を行かせた。 Kが居るから、ミシェルも仕方無く決めたのだ。 Kが記憶の石を持っている事も、一つの要因だ。 ステュアート達を前にして、深刻な顔はあまり出来ないと、それなりに意識していたつもりである。


姉の心配を察するミルダは、自分が北の山間部に向かった時を思い出して。


(今回も、本当にケイ頼み・・ね)


これまで、この斡旋所の様子を見て来た。 K以外の実力の有るチームはほぼ全て、他の国に去っていた。 今年の春先で、目立つ大型モンスターは倒されたからだ。


然し、時期に因る毎年のことだが。 比較的に型の小さいモンスターの活発化で、街道警備やら商人の護衛の仕事が増えて。 若手やら堅実なチームの他。 一人の冒険者が流れ込んでいた。


だが、実際には今でも、数件の高難度依頼が残されている。 ミシェル達三姉妹からすると、Kがチームを率いているならば、それを任せたいのだが。 駆け出しから実力を付け始めたぐらいのステュアート達では、とても任せられないとして、口にも出さない。


その危険性をざっくりと言い表すならば、ポリア達がマニュエルの森やアンダルラルクル山に行った時と、ほぼ同じ。 モンスターの危険性を抜いた特殊な難易度は、その数倍と思って貰えれば良いか。


なのに、冒険者の軽はずみな行為から、危険な仕事が増える。 実に、馬鹿らしい…。


さて、ミルダは、


「姉さん。 ケイが一緒に居るから、多分は大丈夫よ。 私みたいに突っ走っちゃう者は、ステュアート達の中には居ないわ」


「・・ん、そうね…」


ミルダの一声で、気が少し楽になったミシェルなのに。


「それよりもこっちでは、ちょっと別の問題が出たわ」


「え? 別の問題って?」


顔を上げるミシェルは、間近へと来ていたミルダを見返す。


「実は、先日にホラ。 とんでもない大喧嘩した挙げ句に、バラけたチームが居たでしょ?」


「えぇ、4つのチームが、一度に解散したって話でしょ?」


「そう。 でね、そのバラけた冒険者達の一部数人が、どうやら外でいがみ合ってるらしいの」


‘外’と聴くミシェルは、また表情を曇らせて。


「まっ、本当に?」


「えぇ。 話の内容は、ケイを勧誘した事が悪い、とか。 それ以前からのリーダーなんかの遣り方が悪い・・とかね」


斡旋所ここに居るミルダ《貴女》が聴いたって事は、もしかして…」


「えぇ、お察しの通りよ。 冒険者も含めて、多数の目撃者が居たわ。 今、スタムスト自治国側の国境付近は、他のチームが集まってて。 返って一人の冒険者は、とっても少ないみたい。 だから解散しちゃった彼らも、このバベッタでチームを作りたいんじゃない?」


このミルダの話は、最も解り易い。 毎日、この斡旋所では新たなチームが出来たり、チームの組み換えが在ったりする。 こんな地方の街でもそうゆう事が熱いのは、実は他の街に行く冒険者の言う評判が良いからだ。


“あの街の主ならば、身勝手を言わなければ相談に乗る”


“あの街の斡旋所には、若手が集まっている”


“駆け出しでも請けやすい依頼が、新たに次々と出来ているから。 自力を磨くなら、あの街がイイ”


周辺の街にて、こんな話が湧いているらしいのだ。 1人や2人で炙れて居る若者や、解散と云う形にてバラけた者からすると、非常に魅力的な話と言えるだろう。


また、バベッタの街から南と西の街道で繋がる街では、街道警備を請け負う冒険者の内容が。


“最近は、バベッタの街で請ける冒険者が、一番頼り成るよ”


と、兵士の間でも話されている。


そのため、周辺の街にバベッタからチームが流れて来ると、先ずは街道警備を案内されたり。 どんな依頼の請け方をしているのか、主から聴かれたりするらしい。


そう、あのミルダやミラが、サリーと共に作った案内冊子には、成功したチームやら報酬増額を得たチームの実例が載る。


月並みだが、やはり熟練兵士の注意を聴かない者、身勝手な者、協力的じゃなく協調性が無い者が嫌われ。 特に兵士から一番嫌われるのは、旅人が襲われても見向きもしない者だ。


依頼の基本は街道警備の仕事だから、モンスターを倒すのは重要だ。 然し、その本質たる目的は、街道を行く人命を守ることに在る。


もし、モンスターに人が襲われている場合、討伐が出来ればそれに越したことはない。 だが、討伐だけするぐらいならば、旅人を助けて護ってくれた方が、兵士としては有り難い。 モンスターの退治より、被害者の方を人は気にするからだ。


また、街道警備兵の数が足りない場合。 冒険者のチームに、臨時の街道警備を頼むことも偶に在り。 このバベッタの街でも、大体ひと月《55日》に数回ほどか。


そんな依頼を紹介するミルダやミラは、信頼の出来る冒険者チームにだけ、その街道警備の依頼を回す事が在る。 何故ならば姉妹は、


“途中で会う警備隊には、挨拶と中途報告を行うようにしてね”


と、頼んでいるからだ。


戦う実力が有っても、問題はその後。 旅人は助けない、襲われた兵士も助けない、情報も共有しないでは、その言われは悪い。


過去の事例には、街道警備を請け負った冒険者達が、モンスターに襲われて居た商人を見捨て。 荷物や使用人を失ったものの、命辛々と怪我しながらも逃げ出した商人が、後から来た街道警備兵に助けられ。 商人からの訴えが役人へと上がり、依頼を請けた冒険者チームが役人から追われるハメに成った事も在る。


最近、Kに会ってから益々だが。 三姉妹は、依頼を請ける冒険者チームに云う。


“お金を払うのも、功績を評価するのも、全ては他人よ。 あなた達の個人的な考えや感覚が、その評価を決める基準じゃ無いことだけ。 それだけは、解ってね”


何も、‘よい子’を演じろとは言わないが。


“依頼の見届けをする兵士への対応や依頼の目的は考えろ”


と、云う事だ。 金を預かっているのは斡旋所だが、その金を預けるのは依頼主となる兵士達を働かせる都市政府。 兵士を助ける仕事の意味を理解して貰いたいのだ。


さて、Kを勧誘しようとしていたチームの中でも、特に曰く付きの冒険者7人は。 過去にも、請けた仕事の報酬を減額されたり。 兵士長から直接的にどやされたり。 チームの名前を落とされる罰を受けていた。


そう、今更Kを加えたぐらいで、その負の過去が消える訳では無い。


Kも、


“全て自分に仕事を丸投げする気だ”


と、彼等の魂胆を理解していたし。 また、自分が加われば、勧誘に来なかった仲間との軋轢にて、チームが後にバラけ。 その後の処理のしわ寄せが自分に集まるだろう、と鋭く察したのだ。


ま、4つのチームがバラけた事で。 ミルダやミラからするならば、


“チームに入って無い冒険者達を纏める事が容易に成った”


と、そう思うのだが…。


さて、今の様子に引っ掛かるモノを感じたミシェルは、ミルダへ。


「でも、解散の原因に成った冒険者って、普通は直ぐに移動するものだけれど。 み~んな、街に残ってるのねぇ」


「それは、多分ね。 原因に成った彼等からしたら、解散に至った元の仲間が新しいチームを作るのを、スゴく気に入らないんじゃない?」


「あ、そうゆう事ね」


「だって、斡旋所に来てる若手や、他の街から流れて来た冒険者に。 ステュアート達の事も含めて、元仲間の悪評を流してるみたいよ」


「あらっ、それは困ったわねぇ…」


姉の意見に、頷いたミルダで。 姉の前に置かれた黒革の本を見下ろし。


「ミラは、彼等を名指しで協力会へ通告したいって云うし。 あの解散劇を目の当たりにして居た、個人の若手冒険者も…。 根も葉もない悪評を他の冒険者から聴かれるから、何だか苛立ってるの。 嘘を言ってる彼等は、悪評をバラまいて逃げる気だろうけど。 この喧嘩がどうも悪い方向に行きそうで、私は気味悪いわ…」


ミルダの心配を聴いたミシェルは、無地の紙を出し。


「ミルダ、その悪評を流してる者の名前を、此処に書いて頂戴。 隣接する斡旋所には、先に伝えておくわ」


「えぇ…」


カウンター前に腰を落としたミルダは、名前を書きながらも。


「でも、今回のバラけた冒険者の一部は、本当に内面が悪質だわ。 特に、中でも3人は、悪党に成る可能性も有ると思う」


見ているミシェルは、非常に困った顔にて。


「それは、怖いわね」


と。


だが、ミルダの心配は他に在る。


「それ自体は、個人的な事だからいいわよ」


「え?」


「問題は、ケイよ」


「ケイ?」


「そうよ」


「どうして、彼が出て来るの」


ミシェルが、少し安穏とも感じられる物言いで問えば。


短い間でも一緒に旅を共にして、あのイスモダルの一件を解決した彼を見ているミルダ。 ふざけた真似に、すごすごと泣き寝入る彼では無いと理解するから。


「だって、あんな大人数の殺し屋集団すら、一人で楽々と壊滅させるのよ? ちょっと悪意の塊ってぐらいの冒険者でも、ステュアート達や周りを潰す様な真似をされたら。 今の内に、その芽を摘むかも…」


「ケイが、彼等を始末する?」


「えぇ、そうなる可能性が在るわ。 ケイの腕だったら、何時に斬られたか解らないし。 最悪、モンスターの餌食にされれる…」


ミシェルも、ミルダの言わんとする事が、すんなりと腑に落ちるので。


「・・・」


と、黙ってしまう。


ミルダは、己の見解と思いつつも。


「姉さん、私ね。 ケイって、見た目は悪く見せてるけど。 実は、他人の業を背負ってる様に見えるの」


「ミラは、彼が大好きみたいだけど…」


「私も、その気持ちは解るわ」


「あら、二股ね」


苦笑したミルダだが、直ぐに表情を戻して横を向き。


「あの・・ケイの背中には、不思議な物悲しさが香ってる…。 強さ以上に、本質を見抜きながらも人を助けて、時には自分が手を汚すの。 そんな、・・始末屋みたいな雰囲気だから…」


一方、ミルダの感想を聴くミシェルは、顔を真面目にすると。


「でも、その悪い冒険者達を、彼の手で始末させたらダメよ。 悪いのは、身勝手をした本人達なんだから」


「そう・・そうよね」


姉の意を汲み取り、また手を動かすミルダ。


だが、良くない事ほどに、予想は当たる。


悪い者も、自分の悪さを部分的に理解する。 元仲間を追い落とすのは、直ぐに隣街に行ったぐらいでは、チームを組めないと解っているからだ。 国を変える、大陸を渡るぐらいしないと、チームも作れない。 その苦労が察して余るから、解散に至らせた元仲間が憎いのだ。


その彼等が居残り、悪評を流すなどして蠢くことは、ミシェル達三姉妹に不安を齎した…。


         ★


次の日。


夜明けが来て朝と成ると共に、住人の働き手が起きて街を移動する頃合いだ。


この時、ステュアート達は何処か。


実は、もう街を出ていた。 一緒に居るのは、何と兵士達。


これは、ミシェルがジュラーディに手配して、兵士達に途中まで送らせる様に頼んだ為だ。 南の街へと運ぶ鉱石を積む荷馬車の後ろに、一車両を追加して連れて行く。


道中が少し楽になると、ステュアート達も喜んだが。 それは、兵士達も同様。


“あの不安な場所を調べに行く”


こう聴いているので、寝るK以外のステュアート達は、警備兵の隊長から頼まれている。


「君達、是非にこの依頼を成功させて欲しい」


すると、他の年配兵士も。


「我々には、魔法を遣える者が居ない。 魔法の遣える兵隊は、中央にしか居ないからな」


隊長は、強く頷いて。


「もし、消えた冒険者がゴーストやゾンビに成っていたら、我々だけでは…」


戦い難い相手と、彼等は訴えているのだ。 ま、駐屯する軍隊の高官となる騎士は、神聖魔法を遣える聖騎士だから、全く戦えない訳では無いだろう。


然し、一般兵士が不死モンスターに対抗する手段は、聖水を武器に掛ける程度。 ゾンビの弱点を解る訳でもないし。 消えたり現れたりするゴーストを一瞬で見極め、斬る技量も無い者が大半だ。


ステュアート達は兵士達の不安を聴いて、今回の依頼の重要性が解る。


特にアンジェラは、人一倍に不安がっていた。


そして、昼過ぎには分岐点に来て、山道前で降ろされた。


赤い岩肌が露出した、なだらかながらも岩山に踏み込んで行くのが解る坂道は、舗装などされて無い地肌が剥き出し。


道案内をするKは、歩き始めつつ。


「こっちは、人が殆ど入らない自然のままだ。 蠍も出れば、肉食の甲虫も出る。 大人の腕ぐらいしか入らない穴にだけは、ノコノコと近付くなよ」


と、注意を。


ステュアート達は、互いに確認し合うほどに緊張するのだった。


さて、滅びた町〔ヤー・エセオ〕。 何で滅びたのか、とセシルがKに問えば。


原因の一つは、溝帯のモンスターの活発化と大繁盛。


「なんで、急に活発化して大繁盛ぅ~?」


文句の様な意見を云うセシル。


確かに、ステュアート達も疑問で或る。


歩くKは、もう昼下がりも過ぎて夕方に近付こうか、と云う空に雲の陰りを見つつ。


「モンスターは、数十年から数百年単位で一斉に、何故か目覚める事が有る」


「え゛ぇっ? マジ?」


「‘マジ’だぁ」


「何でっ、どしてっ、毎年毎年、いっぱい倒されてるのに゛ぃ~」


「理由は良く解らん。 だが、この世界は、周期的に精霊の力が強まったり、弱まったりしている。 その影響か、‘魔’や‘闇’の力が強まる時、モンスターはまるで暴走する様に大繁盛する」


「うひぃ、ナンですかそれぇ~」


泣きそうなセシル。


其処へ、後ろを歩くオーファーより。


「確かに、数年ごとにその力の移り変わりは、肌でも感じますな。 今、風や大地の力が強い為に、精霊の力が極まった場所ならば、私でも中級の魔法に全力を使う必要も無い…」


「だが、それを勘違いするな~」


「は? 自分の実力では無い・・。 そうゆう事で?」


「半分は、な」


「‘半分’?」


「自然に湧く精霊力が高まれば、魔法も威力が上がり唱え易くなる反面。 普通に唱えたつもりでも暴走する恐れが強くなり。 集中だけでは制御が利かない事が在る。 それにモンスターの方が、人間よりも精霊の力に順応する適応力が高い。 最近のここいらで、特に植物系のモンスターが活発化するのは、その所為でもある。 それ」


と、前方を指差したKで在り。


また、同じく前を見たステュアート達。


Kの指差した方から、向日葵を更にデカくした植物のモンスターが、根っ子を脚にして斜面を降りて来る。


ステュアートは、武器を手にして。


「目的の町に行くまえの準備運動だよっ、みんな!」


様子見とKは、近場の盛り上がった岩に肩を預けて。


「ソイツに接近でド真ん前は、喰い殺されるパターンだぞ~」


向かって行くステュアートとエルレーンは、左右に分散して挟み撃ちから葉っぱを攻撃。 セシルは、牙の生える口が在る花を狙った。


オーファーが大地の力を使い。 このモンスターの足元を攻める事で、戦いは直ぐ終わった。


モンスターを倒したステュアート達の元へ、再び歩き始めたKは。


「話の続きだが…」


と、先へ歩き始めた。


「その滅びる数年前に、町で或る事が起こったらしい」


武器に拭いを掛けながら、Kの後を一番最初に着いて行くステュアートが。


「‘或る事’?」


「その町では、町を守るのは魔法兵士団の役目。 町の経済を維持するのは商人の役目、とな。 役割が二分化してたとか。 そして、その両方に‘団長’と‘商業長’なる代表を決め。 その二人を中心に、町の繁栄が定まってた」


「つまり、その選ばれた両者の関係は、持ちつ持たれつ・・ですね?」


「その通りだ」


「では、或る事、とは?」


「その町を動かす両輪の役目を担う人事が、新しくまた選出されたって事よ」


「まさか、その二人がいがみ合った?」


「一方が、一方を・・な」


「ケイさん。 その原因は・・何です?」


ステュアートの問い掛けに、Kはアンジェラを指差した。


ステュアート達4人は、アンジェラを見る。


オーファーは、


「女性・・と云う事か」


と、呟き。


呆れたエルレーンは、


「美女を巡っての争いね。 ハァ、月並みだわ~」


と、聴く気が萎える。


すると、Kが。


「タダの美女じゃネェ。 ‘巨乳の’、美女」


と、訂正し。


一同がKを見る。


巨乳には勝てないと、セシルは苛々。


「‘美女’や‘美少女’で、十分じゃんよ゛ぉっ! アタシみたいにさっ!」


この文句に、Kがセシルを横目ながらに見て。


「ふぅん」


と、だけ。


物言いや態度に、エラい含みを感じるセシル。


「何だコノぉっ、何か文句が有るワケぇっ?! エルだってっ、アタシだってイケてるでしょうがっ!」


エルフの血を引く上で、容姿を悪く言われたんでは嫌ならしいが…。


そんな事は知らないとばかりに、話をした本人が無視する。


ステュアートは、喚くセシルを抑えつつ。


「ケッ、ケイさんっ。 何で・・其処まで?」


「前に行った時、亡霊と成ってた当事者より聴いたからな」


「そっ、それで、本当に・・いがみ合いが? ちょっとっ、セシルっ! 痛いって、叩かないでよぉっ」


苦労するステュアートを一瞥したKは、


「モンスターの扱いには、お前も大変だな。 それ、また新手だ」


と、前を指差す。


スチュアート達が前を向くと、山岳地帯を住処にする大型蠍のモンスターが二匹で遠くに現れた。


エルレーンは、まだ喚くセシルへ。


「セシルっ、ホラ、前っ、前って!」


モンスターを確認するセシルは、腕捲りの様に腕のプロテクターを直し。


「サァーソリかあっ!」


と、憂さ晴らしに。


その戦いをノンビリと傍観するKに、アンジェラは踏み込む様に近寄ると。


「もうっ、ケイさんっ! 胸の事ばっかりで、引き合いに出さないで下さいましっ」


「だが、事実だから仕方無ぇだろうよ。 比較や例えが居ると、説明がし易いのさ~」


軽口を飛ばすKは、膨れっ面のアンジェラを横目に見て。


「偶には俺も、憂さを晴らしたい。 お前さんと比べられて怒る、あのツルペタエルフの無理難題にな…」


Kが親指を向けた先に居るセシルは、最近と云うか突然に。 図書館へ行くと、薬草学や調合法を集中して読んで居る。


“胸、胸が欲しい…”


それは時に、呪いの呪文の様に、寝言で呟いていた事も…。


その現場に居合わせて、見比べられる対照的な2人。


嫌な事を助けてくれたKからされるのは、どうも腑に落ちないアンジェラ。


「もうっ」


話すだけバカらしくて、仲間の方へと歩き始めるアンジェラ。


そんなアンジェラを見送るKは、モンスターとの戦いを傍観した。


処で。 セシルとアンジェラとエルレーンは、一見すると性格に個々の食い違いは有る。 だが一方で、食の好みは近いし、異性に対する願望も近い処が有る上、その手の苦労も有るから意外と仲は良い。


だが、3人の話が食い違う事も在る。 一番分かれるのは、冒険者としての目的だろうか…。


セシルは、今の処でステュアートが居る為か。 旅の目標は、チームとして実力を付けて羽ばたく事。 貴族の家柄に、未練はほぼ無い様で。 寧ろ、容姿やら声を理由に言い寄って来る異性と結婚をさせられるぐらいならば、自分の好きな異性と居られる冒険者がイイと言う。


代わってエルレーンは、剣士としての腕を磨き、チームとして世界へと羽ばたきたい事は同じだが。 旅の中で一生涯の伴侶を見つけたならば、冒険者を止めて構わないと云う。


そして、アンジェラは、冒険者として見聞を広げ。 出来れば仕官したい・・と、こう云うのだ。 彼女は、田舎の農家育ちで在る。 然し、その実家が在るのは、この国の首都とも言える〔皇都クリアフロレンス〕の郊外の農場区域内。 最終的には、実家の在る皇都にて住み暮らし。 国に仕えながら普通の結婚をしたい・・と、理想を云う。


冒険者としての生き方は、人それぞれだが。 特にアンジェラの冒険者としての気持ちは、まるで一時的な加入者の様な。 Kと近い立ち位置と、本人は考えているらしい。


また、彼女の本音をぶっちゃけると。 Kが落ち着いてくれるならば、Kと結婚しても構わないと言った。 それは、助けられた上に裸を見られたからだろう。


この冒険者としての気構えや覚悟は、意外と冒険者人生を左右する。 中途半端な気持ちや適当な生き方は、チームが分裂する元凶に成ったりもするのだが…。


さて、蠍のモンスターを倒したステュアート達。 Kは、薬の原料に成るので、蠍の毒を幾らか貰いつつ。


「そ~れ~で、話の続きだが。 新たに交代した町を治める二人の司令塔だがよ。 片や、魔法兵士団を率いる事に成ったのは、性格も熱い美男子で、20代と云う若い青年らしく。 片や、商人や農民を率いるのは、魔法兵士団団長より10歳以上は歳上の、ゴブリンみたいに醜悪な面をした男だったらしい」


話から想像するエルレーンは、


「その醜悪な顔の男が、一方な争いの元凶って訳?」


こう言いつつも、まだ戦いの興奮も覚めやらぬ・・と額の汗を拭う。


毒を採取し終えたKは、歩くべく立ち上がりながら。


「いんや。 元凶と成ったのは、魔法兵士団の前団長の娘だ」


「巨乳の美女?」


「おうよ」


「でも、欲したのは、醜悪な顔の男でしょ?」


「そ~れが、全くの逆なんだ」


「ハィ? 美女の方が、そのブサイクさんを欲したの?」


頷いたKで、ニヤリとすると。


「男も女も、人間って生き物は時として、持ってるモノが多い奴ほど、不思議と無い物ねだりをするものさ」


「はぁ?」


話しているウチに、夕方の色が空に現れた。 植物もあまり見えない、夏だが荒涼感の滲む景色を歩くKは。


「その前団長の娘って云う美女は、魔法の力もなかなか有していたらしい。 魔法学院を卒業して町に戻った後は、魔法兵士団団長の色男と結婚すると、町の誰もが思っていた」


横を歩くエルレーンも、


「私も思った、1」


と、手を挙げれば。


「2」


と、セシルも挙手する。


「それがな~、幽霊から聴いた経緯を考えると。 俺の主観を交えるならば、どうも町の歴史が悪い所為も有ったと思える」


セシルは、全く意味が解らんと。


「にゃんで?」


「ん~。 他の街と、物流の遣り取りは在る町だったらしいが。 ヤー・エセオは危険な場所に在る所為か、斡旋所なんて在る訳も無い。 だから、冒険者もなかなか来ない、封鎖的な匂いのする町らしかった」


「ふぅん。 でもさ、こ~んな奥に在るんだもん。 それは、そ~なりそう」


「然も、町の住人の殆どが、別の住人と結婚する。 親戚が隣人に沢山居る、そんな血の近さも在ったとか」


近親婚が多いと聞くオーファーは、魔法学院でもそれは無いと。


「閉鎖され過ぎだ・・。 血が近過ぎると、虚弱体質の子が増えたりするものだ」


また、ステュアートは、或る事件を思い出して。


「その所為か知らないけど、病気で村が全滅したって、昔に父さんが言ってなぁ」


西の大陸にて、小さな村が流行り病で滅びた事を思い出したのだ。


すると、何を感じたのかセシルが。


「アタシは、バリッバリの北の大陸の人間。 ウチの家系って、少し前まで近親婚が殆どだったもん」


そのどーでも良い話だが、Kは横目にセシルを見て。


「その割には、えげつなくタフで無駄飯食らいだな。 普通なら、虚弱体質のナヨナヨした奴が出来そうだが?」


「其処っ、聞こえてるわ゛っ」


Kの、みなまで言わずに臭わせたナニかを察して怒るセシルと、笑う仲間達。


だが、セシルの様な育ちの者は、下々の一般人を見下す傾向が強いのだが。 冒険者に成ったり、異国のステュアートを好きに成る辺りからして、下らない世襲主義は嫌いな性格らしい。


(その流れからすりゃあ、癖も強くて仕方無し・・かもな)


血の似通わない2人が惹かれ合うなど、容姿や生まれからすると面白い取り合わせと思えた。


さて、Kが話の流れを元に戻した。


「話を戻すが。 そんな中に於いて、その醜悪な顔の商業長に成った男ってのは、幼い頃に町へと流れ着いた流浪の貧民だった」


セシルは、苛立ちもぶっ飛ばして。


「げっ、その身分から一代で長に成ったの?」


と、驚く。


封鎖的な町からして、何か悪い手段でも使わない限り。 流れ者が‘長’に成るなど、考えられない。


だが、Kはアッサリと。


「そうらしい」


「って事は、才能はピカイチじゃんっ」


「そ~だ~」


「んじゃ、その巨乳の美女って人も、その辺にホレた訳?」


「霊達の話を総合すると、多分な」


こう答えたKは、明らかに人の手が入った洞穴を見付けると。


「この穴は、古い昔からの湧き水を貯める場所だ。 水分補給をするのもいいし、今夜の野営は此処でもいいぞ。 どんなに頑張っても、明日1日は歩かなければならん」


その説明を聞いたステュアートは、水も確保できるし、道に近い此処で休むとした。


さて、薪の代わりと成るものを探し、辺りから拾い集める。 枯れ草、サボテンの倒れたもの。 干からびたモンスターの骨や皮すら、こんな中では燃やす材料と成る。


火を熾す頃には、もう日暮れ時に成る。 その休む最中には、話の続きが語られる訳だが…。


その商業長に成った人物は、流浪の身からコツコツと生きて来ただけ在り。 何でも力押しの様な事もせず、町の孤児も引き取って育てる人格者だった。


学院を卒業して町に戻った前魔法兵士団団長の娘は、魔法兵士団に入ったものの。 団長の求愛を受け入れずに、商業長へ想いを寄せる。


最初は、前魔法兵士団団長だった父親は、現団長のみを結婚の相手にしていたが。 娘の方は、頑として受けれなかった。


また、それから一年ほどして、商業長の男性が新たな商業ルートを開拓。 山地で取れる薬草やら鉱石を売る相手が見付かり、町の住人は商業長を篤く、深く認め始める。


町の雰囲気の変化には敏感だったのか。 前魔法兵士団団長の任を全うした父親は、遂に娘の気持ちを汲んで折れてしまう。


然し、商業長の男性は、美女が何も不細工な男と結婚する必要も無いと。 その後も常に、美女の申し込みを躱していたらしいのだが…。


町を守る任を背負う美女は、彼の引き取る孤児達と仲良くなり。 町がモンスターに襲われれば、町を守り孤児達を守る姿勢を貫く。


そんな流れの中、美女の人間としての立派さを認めて居た商業長と彼女の間に、何かを切欠にして遂に関係が生まれたのだ。 男と女は一度でも愛し合えば、第三者の引き裂きでも無いと、なかなか別れも難しい。


一方、二人が結婚に至る事で、不満なのは団長の青年で在る。


セシル曰わく。


「てか、顔がイケてる上に、魔法も立派に扱えンでしょう? 町の中じゃなくても、バベッタや南の街に居る美人でも引っ掛けられそうなんだけど…」


この意見には、Kも。


「それについては、俺もお前の意見に一票だ。 毎日毎日、モンスターが襲って来る訳じゃ無ぇし。 外に目を向けりゃ、旅人でも旅芸人でも冒険者でも、美人なんざ居るだろうよ。 そんな考えに至らないのは、町の閉鎖的な思考に染まってた証だろうぜ」


Kの意見には、他の仲間一同も同意した。


商業長と美女の結婚が済んだ後。 この地帯では、独立した拠点の同盟締結の動きが起こった。


超魔法時代も終わり、


“魔法遣いならば、強力な信頼を得られる”


と、こんな時代では無くなったのだ。


元のバベッタや南の街を治めていた貴族は、モンスターを退治する力を失い。 仕方ないので、当時の宗教皇国にすり寄ろうとしたが。 貴族達のワガママな話など通る訳が無く、交渉は大失敗。 斯くなる上は、地方の独立地域を結集し、同盟国家の設立を目論んだ訳だ。


滅びた町にも使者が来た時。 その話し合いの相手は、商業長が兵士団長を推したとか。


だが、若く強気で、人の話や立場を許容しない性格の団長だから。 貴族達との話し合いは、なかなかどうして捗らない。 其処で、やっぱり商業長にも同席を求められる運びと成ったらしい。


その遣り取りで、団長の青年は完全に拗ねてしまったのだろう。 話し合いに向かう商業長の夫婦が居ない隙を狙い、町を勝手に掌握したのだ。


其処まで聴いたエルレーンは、バカらしく呆れてしまい。


「遣ってる事って、完全にガキじゃない」


オーファーも、失笑して同意する。


処が、問題はその掌握の時。 団長側に立って応援したのは、魔法兵士団の一部と僅かな住人のみ。 大部分の住人やら兵士やらは、その行為に反対した。


その後、反対した彼等と団長一派の間では、言い争いが遂に力ずくの争いに発展する。 溝帯付近に在る町で、人間の血が流れればどうなるか。 そうモンスターを呼び寄せる結果と成って、町は滅ぼされる。


今でも、数十と云う魂だけの亡霊達は、商業長夫妻を待ち続ける者も居るとか。 そんな思念の負の感情が蟠り、ヘイトスポット《憎悪の温床・蟠り》やアンデッド《不死》モンスターを生み出す温床に為っていると云う。


歴史的経過を聴いたステュアート達は、冒険者ゆえの探求心や欲望が仇に成ると知る。


然し、遺跡探索や宝物発見は、冒険者の悲願の一つとも云えよう。 名声を上げ、実力を示し、そして金持ちに成れる可能性も在る。


だが、やはり実力が伴わない場合は、其処には常に危険ばかりが寄り添う。 その危険を振り払えないのなら、死ぬか、諦めるしか無いのだ。


さて、話も終われば、もう陽が暮れた外。 星と月が見えなければ、真っ暗闇と成るだろう。


洞窟の奥には、湧き水を貯める岩を直に掘った枠が在り。 其処から流れ出す水は、外の斜面にヒタヒタと流れている。 この水を飲みに、野生動物も来るらしく。 山岳に群れる猪鹿が、寝る前のステュアート達の前に現れた。


その、猪の様な体毛や牙と、鹿の様な身体の姿や角を有する動物を見たセシルが、


「肉だ…」


フラフラっと外へ。


食欲が怨念じみたのか、猪鹿達をビビらせた。


処が、その真夜中。


一時、ぐっすり寝ていたセシルが、トイレに起きると。


「ん・・、ん゛ん゛っ!」


隣に、何か光る物体が添い寝している。


「あひっ、あっ、ああっ」


驚いて後退りすると。


「ど~した、鼾をガーガー掻いてたろ?」


Kの声がする。


「あ゛っ!」


焚き火の明かりの方へと振り向いたセシルは、火の番をするKへと、腰の抜けたままに這いつくばって。


「あ゛あ゛あ゛、アレェッ」


セシルの声に、仲間たちも目を覚ます中。


ぼんやり火を見ていたKが。


「死んだ冒険者の魂だ。 お前を気に入り、添い寝したいとさ~」


だが、知らない中年男性の思念に添い寝されたセシルは、もう気が動転したままに。


「追い払えよ゛ぉっ! 何で添い寝させンのさっ!!!」


煩いとばかりに耳を指で塞ぐK。


「いいだろうがよ。 ナニされる訳じゃねぇ~し」


「‘ナニ’じゃなぁっい゛っ! あの口は何じゃあっ、チューしてるじゃないかぁっ!」


「感触は無い。 従って、未遂だ」


「ウルヘェ!」


セシルがブチキレる最中に、アンジェラが自分へとすり寄る幽霊を見て、困りながらも鎮魂する。


程なくして幽霊は、姿を消すのだが…。


セシルが、怒りを全身で表しながらトイレに行けば。


「うぎゃあっ! モンスターああああああああっ!!!!!!!!」


と、大声を上げる。


K以外の皆が慌てて外に飛び出せば。 水分ならば何でも舐める、乾燥地に棲む大きな蛾を見た。


ステュアートは、火の付いた葉っぱを丸めたモノを持って。


「セシル、蛾だよ、蛾」


“何で、蛾が来るのか”と、烈火の如く怒りまくるセシルに対し。 自身も用を足そうと思ったオーファーが、眠そうな顔をしながらに。


「肉の食い過ぎで、臭うのではないのか?」


と、言った傍から背中を跳び蹴りされる。


ついでに用を足すステュアート達が戻れば、一定の時を図る砂時計をひっくり返しKが寝ている。


「うぬ゛ぬ゛ぬ゛っ、この包帯野郎がぁっ!」


暴れるセシルを無視して、Kはピクリともしなかった…。


そして、次の日。 荒野を溝帯側へ向かって2日目。


朝からプリプリと苛立ち、歩き出すセシルだが。 今日は、モンスターとの連戦がステュアート達を待っていた。


真っ先に現れたのは、向日葵の姿をしたあの植物のモンスター。 一方で、地面からの丈は短いももの。 噴水を受け止める池並みに丸く大きな花を持ち。 蔦なのか、触手なのか分からない緑色の手で、ステュアート達を捕まえ様と襲って来るモンスターも。 丸く蘭科の花のような花びらが立ち上がる花の中には、鋭い棘が波打つ様に生える穴と云うか、口が在った。 このモンスターは、〔ケプロキスト〕と云うモンスターだ。 かなりタフなモンスターで在り、他のモンスターとは違って熱戦だった。


Kは、敢えてステュアート達に任せ。 自分は、鮫鷹や他の雑魚を瞬殺しながら。


「手の様な蔦も斬れない様じゃ、俺が居なくなった死んじまうぞ~」


とか。


「僧侶がボサっとするな。 引きからでも戦闘の画を見ろ。 至近で戦う仲間を助ける為、何時でも魔法を唱える気構えをしとけ。 ハラハラしてる間に、仲間が殺されるぞ」


と、野次のような助言をする。


アンジェラは、一人でモンスターにオロオロし。 Kの云わんとする意味が解らないのか、苦情を言い返したりした。


一方、率先して動くセシルだが。 ステュアートとエルレーンに向かう蔦を見て、魔法の力を纏う矢を放って邪魔するのが精一杯。


オーファーは、大地の魔法にて花を攻撃するのだが…。


「大地の魔法は、植物系には使い方を見極める必要が出る。 風か、火を上手に使え」


と、Kが。


太陽が斜めに高く上がる頃から昼前まで戦って、漸くこのモンスターを倒した。


その後、丘を越えて下り坂に差しかかる。


今度は、鮫鷹の群れ、大型の部類に入るリザード、悪魔に近い陸上のヒトデと。 次々に、様々なモンスターを相手するステュアート達。


夕方、顔を汗と土で汚すステュアートは、もうヘロヘロになりながら。


「こ、こんな・き・キツいなんて…」


汗だくのエルレーンも。


「ハァ、ハァ、一人とか・・チームで来ても、よ・よく・・切り抜け・・られた・わね」


彼女は、行方知れずと成った冒険者達の事を言っている。


そんな彼女に、歩き疲れて汗を顎から垂らすアンジェラが。


「い、いえ。 もっ、モンスターに、た・食べられて・・ます・わ」


仲間が聞き返すと、余裕で歩くKが。


「これまで襲って来たモンスターに、何人も喰われてるぞ。 特に、あのデカい花には、骨が5・6人分は残ってたからな~」


セシルは、その現状を聴いて。


「一体・・な、何人・・たどり着けてん・の、よ」


と、率直な疑問を外へ投げる。


ステュアート達は、自分達がこんな感じなのだから。 行方知れずの冒険者達は、半年も経って居るから生存など絶望と云うか、皆無と云うか。 誰一人として生きては居ないと確信する。


然も、夕方にて洞穴を見付けて、その中で休めば。 何人もの幽霊が、生きている此方の存在に呼び寄せられた。


アンジェラは、その7体ばかりの幽霊を鎮魂へ誘いて。 精魂も尽き果てたと、フラフラに成れば。


「このっ、い・依頼は、わたく・し達にはまだ・・荷が重過ぎ・・ますっ」


と、泣き言までを見せる。


そんな彼女の心情は察するオーファーだが、ステュアートからして承知で請けた。 宥める他に言葉が無く、Kを窺うのだが…。


その本人で在るKは、2人ばかりを水場へ案内する為に動いていた。


この日の夜は、来る途中で見付けた枯れ葉などを燃やすものの。 朝まで保つ量は無く。 真夜中には、真っ暗闇の中で寝た。


その真夜中は、Kがステュアート達の安全を確保してやる。 グースカピースカと、セシル以外も鼾を掻くほど。


外を見回るKは、風に吹かれて夜空の星を見上げている。


(短期間での成長は、まぁ著しいが・・な。 後は、もう1人か、2人。 ステュアート達には必要かもな~。 最も面倒クセェのは、あの僧侶サマだ…)


実力が云々より、共に成長の出来る仲間は、Kの様な者より大切な存在だ。 その出逢いが、このステュアート達にこれから在るのか…。 Kは、そんな事を考えながら、巨大な岩のモンスターを一瞬すら遅すぎる早さで真っ二つにした。


然し、アンジェラを問題視したのは、一体何故か…。





〔その15.冒険者の生き方に迷う者、在り。 街へと戻れば噂のチームへと。 迷惑と思うよりも、前を向く覚悟を〕




さて、ステュアート達が滅びた町へと向かっている行っている間。 バベッタの街では、とんでもない事が起こってしまった。


その事件は、ステュアート達がひっそりとバベッタの街を出た後。 次の日の朝で起こるのだ。


朝、まだ霧が広がる頃。 斡旋所を開いたミラとサリーが、冒険者達を迎える準備をする合間。


お湯を沸かすミラが、


「サリー。 お昼、一緒に買い出しへ行きましょう」


「はい」


「宿屋街手前の三番通りでね、今日はパンの市をやるみたいなの。 姉さん達の分を買うフリして、チーズカルフォルタ食べよ。 ね」


「はい」


少しずつ、三姉妹とも話す様に成ったサリー。


さて、ミラ達三姉妹の‘チーズ好き’は、サリーも一緒に暮らすから良く知る様に為った。 中でもミラは、1日1食はがっつりとチーズを食べる。 パイ生地やパン生地に、チーズとハムとトマトに紫蘇とパセリの塩漬けを乗せて焼く調理パンが大好物。 買い物にかこつけて、食べ歩きをしたいらしい。


処が…。


空は晴れたが、まだ霧が晴れ切らない朝。 働きに向かう住民の出勤へと動く足音がする頃なのに。 準備中の斡旋所へ、人が一気に雪崩込んで来た。


「な、何事?」


ビックリしたミラは、カウンターの中から。 同じくビックリしたサリーは、清掃するソファー席の奥から入り口を見る。


斡旋所に入って来たのは、槍を持った役人数名。 その先頭に立つ鼻髭が立派な中年男性が。


「主さん、実は昨夜に殺人事件が起こった」


「殺人って・・、被害者は冒険者?」


「そうだ」


更に驚くミラは、手を拭いて。


「誰っ?」


と、問えば。


「実は、冒険者同士の殺人は、仲間の訴えが無ければ捜査しない。 問題は、犯行を目撃したと思われる住人の女性までもが、何等かの武器にて殴打され。 頭から血を流して、現場に倒れていたのだ」


「まぁっ。 それで、犯人が冒険者なの?」


「うむ。 犯行現場の近くを通り掛かり、その住人の女性を助けたのが、何でも‘スコット’なる者で。 彼が云うには、包帯を顔に巻いた黒ずくめの者が、現場から走り去るのを見た、とな」


その話に、サリーがいち早く反応した。


「嘘っ! ケイさんはそんな事しないっ! そんな事をしなくてもっ・・」


と、云う処で。


「ちょっと待ってっ!!」


サリーより更に大声を出したミラ。 彼女は、サリーの眼を見ながら。


「そんな事が在る訳ないわっ。 その前に、亡くなったのは、一体誰っ?」


最初のミラの大声で、役人達は驚いてしまった。


隊を率いる中年男性が、非常に困った様子ながら。


「確か、〔フロンクト〕なる冒険者だ」


ミラが尋ねる間、立ち尽くすサリーは怪訝な顔をしてミラを見ている。 明らかに、自分の発言をミラ遮った・・と、そう察したのだ。


一方で、大声を出したミラも、サリーを見ながら。


「彼は、どうやって殺されたの?」


と、更に役人へと問う。


「身体の様子からして、突き落とされたらしい。 上の通りより、手摺りの柵を乗り越えて。 船着き場の在る石の渡しへ転落して、首の骨を折った様だ」


その殺され方、杜撰な逃げ方、Kの犯行とは思えないミラ。


(違う、ケイじゃないわ)


こう思い、更に。


「殺人の起こった現場って、街の何処なの?」


と、尋ねる。


「冒険者が亡くなったのは、宿屋の集まる区域より更に南へ入った、外周運河沿いだ」


「あんな所? 住人だろうと、冒険者だって用の無い場所じゃない…」


「うむ、それは此方も不自然と思っている」


役人の話を聴くミラは、他にも不自然な点が在る事を知った。 だが、状況からしてKが疑われている以上、ハッキリと無実とは断定が出来ない。


其処で、ミラは斡旋所の主として。


「捜査の情報を聴くのは悪いけど、主の一人として聴くわね。 その現場を見たって云う人は、冒険者のスコットだけ?」


「そうだ。 あの現場となる辺りは、夜になると人通りが殆ど無くなる通りだからな。 霧も掛かるから、何人もの目撃は期待が出来ない」


「それなら、尚更に可笑しい話だわね」


「何が、かね?」


「先ず、どうして冒険者のスコットが、そんな場所に行って通り掛かった訳? その民間人の女性も、どうして其処へ? 亡くなったフロンクトも、どうして? 3人があの通りへ行く理由が、どう考えても解らないわ」


「そ、それは、これから…」


「あのね、役人さん。 度々と聴いて悪いんだけど。 スコットは、今は何処?」


「いや・・話を聴いたから解放したよ。 容疑者を捕まえたら、面通しを頼んだが?」


「そう・・」


話を聴いて考えるミラ。 そして、ちょっとの間を空けてから。


「もし、スコットがこの街から逃げ出したら、彼がその事件の犯人かもね」


と、呟いた。


ミラの話に、役人の方が驚く。


「なぬ゛っ?」


驚く役人達は、ミラを見ては強張った顔をした。


「あのね、役人さん。 実は、包帯を顔に巻いた冒険者は、確かに怨みを持たれはしたけれど。 それはフロンクトじゃなくて、スコットの方に・・、なの」


「はぁっ? じゃ、じゃあ…」


「数日前に解散したチームの一人で在るスコットが、解散を強く主張した元仲間のフロンクトを恨んでたならば。 彼を突き落として、その罪を包帯をした冒険者に着せた可能性も在る・・、そうゆう事よ」


「な゛っ、なんとっ?! あ、主さんっ、もうちょっと、その経緯を詳しく窺いたいっ!」


ミラは、正に役人達が立つカウンター前にて、目の当たりにした解散劇の様子を話した。


先ず、スコットなる者は、サリーが紅茶を運ぼうとした際に足を出した若者だ。


一方、被害者のフロンクトは、スコットの居た元チームの仲間で在り。 また、スコットを名指しで非難し、チームの崩壊の責任は彼に有ると言ったのだ。


その話を聴いた鼻髭が立派な役人は、


「これは不味いっ。 至急、あの冒険者を見付けるのだっ!」


と、慌てて従う部下に言った。


さて、バタバタと役人が出て行った後。


「サリー、こっちに来て」


と、ミラが呼ぶ。


何か失敗をしたのか、と強張った顔のサリーがミラの前へ来る。


サリーが間近へと来れば、屈んだミラは彼女と真剣な視線を合わせて。


「いい、サリー。 貴女がケイの事を信じるのは、私も同じだから良く解るわ。 でも、ケイのあの怖い姿を、人を簡単に殺せる技術を、誰にも言ったらダメよ。 彼の事を理解が出来ない人には、返って疑いや疑惑を与えちゃうから…」


悲壮感の漂う様な表情のサリーは、真剣な眼のミラを見返し。 軽はずみだったと、理解したらしい。


「うん・・、ごめんなさい」


するとミラは、サリーを抱き締める。


「謝らなくていいわ。 ケイやステュアート達が見えない以上、彼等を守るのも当然よ」


と、背中をさすってから身を離して。


「でも、ケイやステュアート達は、昨日も見なかったわ。 今日は、斡旋所ここに来るかしら」


と、心配をする。


俯くサリーは、心配が不安と混ざって怖く為った。


処が、その後だ。 勢い良くドアが開き、九官鳥がお決まり文句も言う暇も無く。


「スイマセンっ」


黒人の若い傭兵が、仲間と共に血相を変えてカウンター席に齧り付き。


「ケイさんが殺人を犯したってっ、本当ですかっ?」


「あんな噂っ、嘘っぱちだよねっ? ねっ?」


「この前に解散した冒険者のスコットって人、それを見たって…」


この発言を聴いて、ハッとしたミラ。


(何てことっ、彼の狙いはコレだわっ。 嗚呼っ、ステュアート達を陥れて噂をバラ撒き。 自分達の様に解散へと至る方に道連れとして。 騒ぎの中で、自分は一人逃げる気よっ)


魂胆を察した瞬間、怒りが湧き上がって強く握り結ぶ拳を、ミラはカウンター内側に叩き付けた。


その音にビクッとする冒険者達とサリー。


だが、それから次々と冒険者達が入って来ては、噂を聴いたとミラへ問う。 奇しくも今日は、ミルダとミシェルが私用にて、斡旋所に来るのが遅い。


また、ミシェルが兵士に掛け合って、昨日の朝早くにステュアート達が街を出た。 その事を知らなかったミラは、尋ね来る冒険者達の対応に追われて大忙しになる。


そして、斡旋所の雰囲気が落ち着かないままに時が流れて、昼時が近付く頃。 ミシェルが漸く、馬車で斡旋所にやって来た。


「ミラ~、遅れてごめんなさいね~。 サリー、お手伝いありがとう」


まだ、噂を知らないミシェル。 その安穏とした物言いから、直ぐに解ったミラやサリー。


だが、怒りや不安や心配で、顔がピリつくミラ。


「姉さんっ、最悪だわ!」


と、悲鳴を上げる様に言った。


ミラの激しい物言いに、ビックリするミシェル。 目をパチパチさせて、表情が普段とは違うミラとサリーを見た。


さて、ミラの話を聴いたミシェルは、口角を緩ませてから、次第に破顔し。


「うふふふ、あのケイさんが、そんな普通の事を?」


「姉さんっ、笑い事じゃっ…」


怒鳴りそうだったミラに、右手を差し出し制止して来たミシェル。


「ミラ、とにかく落ち着きなさい」


「でもっ」


「いいから、私の話を聴きなさい」


「話? 何っ?」


「昨日も、一昨日も、貴女ったら冒険者達の相談を聴いてあげて、ずっとバタバタしてるから言いそびれちゃったけどね。 ステュアートのみんなには、或る依頼を回して在るの」


「え? い、依頼?」


それまでは苛立ちが、燃える炎の様に湧き上がっていたのに。


“依頼を回した”


と、聴いた途端、その苛立ちの炎が収束する。


サリーとミラは一回お互いに見合ってから。 ミラは、確認する様に姉を見て。


「じゃ・・昨日も、今日も彼等が来ないのは…」


「えぇ、貴女の思った通りよ」


「じゃあ、彼等は仕事に…」


「然も、昨日の朝早くには、このバベッタを旅立ったわ。 もし、スコットって冒険者が嘘を言ってなかったら、そのケイはお化けよね~」


ミラとサリーは、心配や不安が一気に抜ける思いがした。 2人してまた見合い、安堵の表情をする。


だが、そうなると…。


「嗚呼っ、もう。 スコットは、今は何処に? 噂をバラ撒いた張本人が逃げたら、もう…」


バラ撒かれた嘘の噂を、犯人の捕縛無しにどうするか。 ミラは、違う課題が出て来たと困る。


然し、其処でミシェルは、それまでの穏やかな笑みを潜めると。


「逃げたならば、逃げたでいいわよ。 此方から本部に申し立てをして、正式な‘賞金首’に成るだけだもの」


こう言って、二階へと消える。


ミラは、そんなどっしり構える姉を階段に見送って。


(やっぱり、ミルダ姉さんよりも、本当に怒ると怖いのはミシェル姉さんだわ・・。 殺人が、まだスコットの仕業って解って無いのに、もう‘賞金首’にする気なの?)


と、内心で驚くミラ。


其処へ、数日前に解散したチームの中で、別の憎まれた冒険者3人が揃って斡旋所へ。


「マスター、もう噂は聴いたか?」


「ちょっと、あの包帯巻いた人が殺人犯だって…」


「マジで、マジ?」


噂をバラ撒くモンスターの様な、そんな3人が来た。


が、嫌な気分に成り掛けたミラだが…。


(この3人も、絶対にスコットの仲間とは違うって、まだ言えないわね。 それなら…)


思い付きだが、どうせ正しい話なのだから・・と。


「悪いけど、スコットに嘘をバラ撒かれて、コッチは困ってるわ」


ミラの呆れて居ると云わんばかりの物言いに、3人の冒険者達は互いに見合って怪訝と成る。


嘗てリーダーだった女性が。


「‘嘘’?」


と、聞き返すならば。


悪党の域に片足を突っ込む剣士の男性が。


「だが、スコットが嘘を言ってるって、何で解るンだよ」


ミラは、冷めた紅茶をグラスに注ぎながら。


「だって、ステュアート達は昨日、朝っぱらから依頼を請けて街を出たのよ?」


学者だと言う、何の技能も持たない若者が。


「それ、マジで?」


注いだ紅茶を腕組みして飲むミラ。


「・・えぇ。 然も、街から街道の途中までは、兵士が輸送に使う馬車に相乗りさせたみたい。 その馬車を使った兵士さんが戻れば、容疑はほぼ晴れてしまうわよ」


剣士の女性は、他の2人と驚いた顔で見合うと。


「ちょっと、もしかして…」


「この話がマジならば、フロンクトを殺ったのは…」


「間違いねぇ、スコット本人だよ」


と、言い合うではないか。


今度は、ミラより。


「あら、そんな事をアナタ達が言えるの?」


悪党に片足を突っ込みそうな剣士は、珍しく真顔にて。


「マスター、それがアイツよ。 解散した後、フロンクトに突っ掛かってて。 飲み屋では、怒号の飛び交う様な言い争いをしたけれど。 結局は、コッテンパッテンに言い負かされたのさ」


彼の後。 リーダーだった女性剣士も、後から続き。


「その後、そのお店から摘み出されてね。 アタシ等、スコットを別の飲み屋に連れて行ったんだけど。 酷く酔っ払った後に、“アイツを殺してやる”って…」


「あのバカっ、その罪をあの冒険者達に…」


こう言い合った3人は、そのまま斡旋所を出て行く。 今日は、屯する気も失せたとか。


その姿を見るミラは、目を細めて。


(彼等がスコットの仲間ならば、嘘がバレたと彼も解る筈。 そうじゃなくても、ステュアート達の濡れ衣は晴らせるわ。 残る問題は、スコットだわね…)


もう街から出てしまったのか、まだ潜伏しているのかは、解らないが。 今、此処を去った冒険者達の証言が本当ならば、飲み屋などでも証言が聴ける可能性が出て来る。 Kが犯行を出来ないと判った今は、スコットが最重要容疑者となる筈だ。


其処へ、今度はミルダが駆け込んで来る。


「みっ、ミラ・・いっ、ま、其処で…」


姉の慌て様に、ミルダも噂を知ったとミラは見た。


だが、もう慌てる必要が無い。 藤の蔦と丈夫な草で編み上げた買い物籠を手に取るミラで。


「ステュアート達の濡れ衣は、ミシェル姉さんの話で晴れたわ。 ミルダ姉さん、後をお願いね~」


「ハァ?」


びっくりの連続と、カウンター前に来るミルダだが。


「サリー、買い物に行くわよ。 チーズが、私を呼んでるわ」


コロッと変わったミラに、サリーは呆気にすら取られ。


「あ・・はい」


と、困った反応を。


代行する姉が来たとサッサと出て行くミラ。 そのミラを追いながら、ミルダを二度、三度と見返して出て行くサリー。


残されたミルダは、


「濡れ衣は・・ミシェル姉さんで? え?」


と、一人で混乱する。


入れ替わってカウンターに入るミルダだが、心の奥底より湧き上がるモヤモヤは胸中を満たし圧迫。


「姉さんっ、ミシェル姉さんっ」


「なぁに、ミルダ。 もう来たのぉ~」


「ちょっとっ、話が有るのよっ」


階段下よりミシェルを呼んで、億劫そうに来た姉に話を聴くミルダだが。


“スコットは、多分もう逃げた”


こう察して、今度はイライラし始める。


そして、噂の対処と平常業務に追われるミルダ。


ミラが戻れば、姉妹2人して小言の言い合いに。 困ったサリーは怒られるのを覚悟して、ミシェルの居る二階へと…。


サリーの話を聴いたミシェルは、ほとほと呆れたと下に降りた。


夕方前まで三姉妹とサリーは、新たなる一報を待って一階にいた。


然し、その日の夕方まで、スコット発見・捕縛の情報は、斡旋所に来なかった。


然し、Kとステュアート達の存在感は、やはり大きいとは実感する。


先ず、午後には噂を聞きつけたジュラーディが、わざわざ手の者を遣わして尋ねて来たり。 あの女性商人のウレイナ、薬師のムガスマス老人までが、わざわざ足を運んで来た。


そして夕方前には、サニアが部下を引き連れて事情を聴きに…。


チーズを食べて満足したミラは、余裕で応対したが。 ミルダは逆に、不安感に駆られた。


そして、安心したサニア達が帰るのと入れ替わりに。 斡旋所へと入って来たのは、あのセドリックのチーム。


かなり怖い顔のセドリック達も、途中で噂を聴いたと。


「ステュアート達が、人殺しをしたって本当か?」


遂に、‘ステュアート達’と成った。


ミラとミルダは、互いに見合って困り顔。


“噂に、尾鰭や背鰭の他、髭まで付いて来た”


そんな感覚だった。


ミラは、セドリック達の全員へ紅茶を出しながら。


「誰から聴いたの、そんな酷い噂」


すると、筋肉が素晴らしい女性剣士のクリューベスが。


「ほら、あの言い争って解散した、幾つかのチームの内の一人だ」


と、言うのに対して。


立ち姿も気取る細身の傭兵ソレガノは、真ん中に織り目の付いた真新しい紳士帽を被っていて。


「誰だい、それ」


と、クリューベスへ。


2人の間近に居て、ソバカスの残る顔の小柄な魔術師のジュディスが。


「あの、確か・・スコットさんとか仰る、若い魔術師の方です」


と、思い出した。


この瞬間、ミラとミルダが2人して。


「何処で!!」


と、ジュディスへ強く鋭く問い返した。


「ヒィっ!」


勢いに気圧されで、悲鳴すら上げそうに成った彼女。


さて、セドリックが間に入り、事情を説明する。


あの護衛の仕事に於いて、採取も終わりバベッタの街に戻る頃。 街までもう少しと云う、西へ向かう大街道上にて。 狩人や薬師達と歩くセドリック達は、前から来たスコットに呼び止められた。


そして、


“ステュアート達が遂に人殺しをして、殺人犯として追われているゼ。 極悪なアイツ等とは、関わり合いを絶つんだな”


と、言われたらしい。


憤慨したミルダは、その話を二階に戻ったミシェルへと持って行く。 ミシェルとミルダの話し合いにて、役人にも正式に指名手配をする依頼を出すことにした。


さて、濡れ衣だったと安堵したセドリック達は、仕事の成功を伝えた。


狩人や薬師は、そのまま帰った。 採取の内容を精査して、また報告に来ると言っていた。


もう少しで夜になろうと云う頃。 ミラは、臭う彼等へ。


「今夜は、ゆっくり休んで頂戴。 スコットが西側の街道を行ったと解って、尚のこと嬉しいわ」


キザな傭兵ソレガノは、気取った様子からミラを口説くのだが。


「ハイハイハイハイ…」


と、蝿を追い払う様にあしらわれてしまった。


仲間から、


“主を気安く口説くな”


と、叱られるソレガノ。


最後の冒険者達であるセドリック等が出て行けば。


「フゥ~、今日はもう疲れたわぁ」


カウンター内側にて、木箱に腰を預けるミラ。


サリーは、


「犯人じゃなかった。 良かった…」


と、呟いている。


ミラも、同様の気持ちで。


(ヤ~ッパリ、ケイの存在感は大き過ぎるわ。 やっかみも、一線を逸脱してるわよ…)


と、呆れてしまうほど。


こうして、バタバタした1日は過ぎ去るのだった…。



         ★


ステュアート達が滅びた町を目指して、遂に3日目。


「ダメだっ、動かないと身体が重いっ!」


苛立ったエルレーンは、ステュアートと2人してモンスターに走る。


「あのっ、お待ち下さいましっ」


走る2人にアンジェラが声を掛けた。


然し、オーファーが、


「これぐらいでは、あの2人はヘバりませんよ」


と、ステュアートの後を追う。


セシルも銃を背中より下ろして。


「溝帯に近付いとる証拠か~い゛っ! 何でこんなにモンスターが来るかねぇぇぇっ!」


と、オーファーに続いた。


昨日の激戦にて、皆が疲労している事を憂う様な意見を続けるアンジェラ。


然し、ステュアート達は、モンスターと戦う事を止めず。 Kは、大怪我をしない程度にしか、その身体を動かさない。


(嗚呼、どうしてこの方が…)


アンジェラの気持ちは、Kの様子から湧くジレンマで、不満が渦巻いて居る。


“この方が動けば、もっと楽なのに”


“この方が本気を出されさえすれば…”


昨日の今日は、鈍い疲労感や筋肉痛が一番に応える、そんな1日だろうか。 アンジェラは、Kの実力を知るだけに。


“彼が動けさえすれば、ステュアート達も、自分も、こんなに疲れる事は無いハズだ”


と、不満が湧く。


ステュアートからアンジェラは、一応の説明は受けている。


“ケイさんは、仲間だけど協力者。 基本的には、僕達が頑張って遣らないといけない”


然し、アンジェラの本音は、


“この依頼は、私達の手に余る。 ケイさんが遣れば宜しいのに…”


で、或る。


冒険者としての旅の中でこんな苦しい思いを何度もするなど、アンジェラの想像には無かった。 ぶっちゃけ、アンジェラの旅の目的とは、知識や経験を得る為だ。 いや、そうゆう風に見せる為、かも知れない。 お金の無い家に生まれたアンジェラは、何とか魔法学院を卒業したが。 魔力や信仰心云々の前に、農作業やら店の売り子として働く時間が長かった。


また、16歳を過ぎてから、急に胸が大きく成った彼女。 その所為だろうか、知り合いやら仕官した先輩から、


“仕官するならば、口利きをする”


と、僧侶見習いの頃に声を掛けられた。


然し、下心を感じてイヤになり。 実力で仕官しようと思い、その道を模索したと云う経緯では在るのだが…。


一般的に、仕官の最も近い道は、‘家柄と口利き’だ。


然し、それを抜くと最も仕官に近いのは、意外にも冒険者で在る。 国の神殿は、モンスターが湧いた時の防衛起点とも成る。 頭でっかちの神官では、戦うことも、魔法を遣うことも、実に中途半端に成る。 どの国の神殿でも、神殿の役職上位を占めるのは、意外に冒険者だった経験の有る者ばかり。


やはり、場数はモノを云うと云う処だろう。 自力の無い僧侶は、ちょっとした傷一つ治すことに苦労する。 詰まり、冒険者に一時的でも成ろうとする僧侶は、戦いを通し僧侶としての技術を磨きたいのだろう。


だが、生死を掛けるほどの事は、彼女もしたくないらしい。


引きで戦いを観るK。 無言にて、太い短剣ほども在るサボテンの棘を瞬時に投げ。 急降下し掛けた鮫鷹を撃ち落として起きながら…。


「筋肉痛を無駄に圧して戦うな~。 無駄な力が入るから、返って酷い筋肉痛になる。 気持ちを入れ、瞬時瞬時を大事にしろ~い。 斬った瞬間、それすら身体に刻まれた経験だぞ~」


神の領域へと入った男の教えは、ステュアートやらエルレーンには、まだまだ早い言葉だ。


だが、汚い血塗れの角が8本も生えるブヨブヨの怪物は、肉の塊ながらも手に成り、足になり、大口となる。 〔ベブブド・フォングェン〕は、肉を食らう死肉の悪魔。 モンスターが多い場所に湧く、


“存在意義の無い、実態と意味の無い魔物”


と、矛盾した様な説明をされる悪魔。


悪魔だが、魔界・地獄には存在せず。 この世界に来た悪魔も、このモンスターはウザがる。 その答えは、あらゆるモノをただ喰おうとするからだ。


或る、悪魔やモンスターを説明する書物には、こう記述が或る。


“あの怪物は、生命の無念が、欲望のみが、ある種の魔意に変わったのだ。 魔意は、悪魔の心と思われている。 然し、その実態を見れば、それは一つの側面なのだろう。 魔意は、あらゆる意思とも結び付けて、暗黒に堕ちるのだ”


と…。


必要の無い意思、必要の無い悪、必要の無い衝動。 その権化が死肉に宿り、肉を喰らい、生き物もモンスターも喰う化け物に堕ちたのだ。


本来、この手の悪魔には、神聖魔法が良く効く。 それなのにアンジェラは、脅えて動かなかった。


朝から出発して、モンスターと戦うこと二戦。 その日の昼過ぎには、〔ヤー・エセオ〕に辿り着いた。


直射日光の真下にて、その立派な石垣の防御壁を見上げるステュアート達。


壁の上部を見上げ観るセシルは、肩から脱力して。


「な゛っ、・・ナニさ、これ」


オーファーも、その潰れそうな眼を見開き。


「これは、城塞・・か?」


唖然とするのは、アンジェラやエルレーンも同じ。


ステュアートは、黒い要塞の様な巨大建造物を指差し。


「ケイさんっ。 こっ、これが、話に出た‘滅びた町’ですかっ?」


「あぁ。 来るまでで十分に解ったと思うが、モンスターの襲来が激しい地だからな。 超魔法時代に、魔法で石を積み上げて。 其処に人力が加わったんだろうさ」


「はぁーーっ」


納得した気分に成るステュアートは、また城壁を興味津々と見た。


町を囲う石は、大小様々に組まれているのだが。 町をドーム状に覆う幾重の石の柱は、高い空まで伸びていた。 その城壁やら隙間を持つ石の屋根やらも所々が破壊されて。 この町がモンスターに襲われた事は、一目でよく解った。


皆が、その城塞の様な囲いを見て驚く、その前に出たK。


「だが、滅びる直前の数十年は、この町の防衛も大変だっただろうよ。 外側に造られた魔術的な力の結界が、超魔法時代の終わりと共に、その力を失って崩壊したんだからよ」


ステュアート達の誰も、Kの言っている意味が解らない。


セシルは、首を傾げながら。


「‘魔法的結界’って、ナニ?」


周りを見渡すKは、半身になり。


「‘結界’とは、簡単に云うと力で力を塞ぐ技。 僧侶の結界術は、神の加護を用いる古い魔法だから、超魔法時代の以前より存在していた。 精霊魔法のその類いも、この世界を成す精霊力を扱うから同じだ」


「はぁ?」


チンプンカンプンのセシルに対して。 オーファーは、Kの言わんとする雰囲気を察する。


「まさか、魔想魔術でも、結界は作れる・・と?」


頷いて返すK。


「超魔法時代に何故、魔想魔術師だけが特別な存在に成ったのか。 その答えは、魔術に遣う特殊な言語を手に入れたからだ」


「‘特殊’、ですか?」


「あぁ。 悪魔と云う、魔力に特化した者だけが扱える言語を、人間のごく一部が使いこなせたから。 後に出る者も、扱える様に成ったのさ」


「その・・魔法の超越をしたのが、‘超魔法時代’なんですか?」


「まぁな」


肯定したKだが、直ぐに。


「然し、今更にその言語を手に入れても、もう誰も遣えやしない」


と、続ける。


魔術師の端くれとなるオーファーは、魔法の歴史だけに興味が湧き上がり。


「何故でしょうか? 何故…」


すると、この緊張感が高まる中で、Kはサバサバとしていて。


「それは、非常に簡単な問い掛けだな」


「本当にですか?」


「あぁ。 超魔法時代が始まったのは、或る時から。 そして、終わったのは或る時まで。 その始まりも、終わりも解らない」


「そんな・・」


「ま、だが超魔法が遣え、そしてその魔法に因る遺物が殆ど崩壊した。 魔界でしか使えない魔法を使える様にするには、その力を使える様にすりゃあいい」


驚く事を簡単に言うK。


セシルは、どうすればいいのか全く解らないから。


「それって、どうすればいいのっ?」


「遣り方は、推測からして二つ。 一つは、悪魔と契約し、その悪魔を身に宿す事だ」


「あ゛っ、悪魔・・・を?」


「あぁ。 一般の図書館に僅かだが残る超魔法時代の魔術師禄を紐解けば、異形の姿と化した魔術師がゾロゾロと載る。 そうした者は、悪魔を呼び出して打ち負かし、その悪魔と契約して身に宿したからだ」


「ウヘェ、そんなコアいのヤダぁ~」


「それ以外だと、方法は一つしか無い。 魔界と同じ‘地場’を生み出す結界を張り、その中で魔法を遣うことだ」


オーファーは、更に疑問が吹き出て。


「何故に、そんな結界を?」


すると、Kが首を掻いて。


「想像力が足らねぇぞ。 例えるならば、今のオーファーで自然魔法の究極魔法を使えるか?」


と、こう質問を返す。


「それは、まだ無理です」


「それを可能にするのと一緒だ」


「は? 可能・・に…。 その話から想像すれば、魔界と同じほどに魔力が溢れる場所に・・変える、・・・そうゆう事ですか?」


「そうだ。 超魔法に遣う言語で結界を生み出し、その結界で包まれた場所にて魔法を遣う。 だから、その超魔法を使えた訳だ」


すると、オーファーは身震いし。


「何と・・何と…」


そんな彼が身をすぼめる様にしたのを見たステュアート。 震えるオーファーに近寄り。


「オーファー、どうしたの?」


一人、俯き加減と成ったオーファーは、ブツブツと呟く。


「恐ろしい・・何と恐ろしい…」


「え?」


「超魔法とは、魔界の産物。 その力を、この神の生み出した世界で使えば、どんな事が起こるのか想像も出来ぬ・・」


「どうゆう事?」


「答えは、残骸に在るぞ」


「残骸って・・超魔法時代の?」


「あぁ…」


この世界には、超魔法時代の街の跡が幾つも在る。 その街の跡は、殆どが瓦礫の積もる廃墟と化していた。


オーファーは、その現状を想い。


「超魔法時代の歴史が色濃く遺る場所は、全て粉々に崩壊したのだ。 詰まり、超魔法に因る結界や魔法は、それほどに危ういモノ。 この町は、その結界の力が弱かったか、限定的なモノだったから。 おそらくは、城塞が壊れる程度だったのかも知れない」


「だから、後も人が住めた?」


頷いたオーファー。 然し、辺りを見回すと。


「この辺りには、それから200年・・いや。 300年と、長い時を経てもまだ魔力の蟠りの残り香が在る」


「凄いね、そんなに永く…」


「然し、これほどの力を人が・・、人如きが扱える訳が無いのだ」


オーファーの話を聴くステュアートは、次第に想像から。


「そっか…。 超魔法時代の終わりって、本当の滅び・・なんだね。 力を使い過ぎて、滅びが来たんだね」


「そうだ。 だから、何も遺らぬのだ。 そんな力を遣うなど、寧ろ馬鹿げている…」


魔術師のオーファーだが、やはり自然魔法を扱う為か。 理を破ったその力を想像して、人間の欲深さを感じた。


大地の上に、大繁栄を現すほどに立派な街を造り上げたのに。 それが、何かの切欠で一瞬にして粉々と成る。 全てが無駄で、全てが失われた。


神の教えを知るアンジェラは、毛嫌いする態度から。


「悪魔などの力を、思い上がって借りようとするからですわ…。 扱えると、どうして…」


処が、Kは。


「そんな他人事の様な物言いを僧侶がするのか? 神の力を、信仰心だけで借りる事は罪じゃ無いのかよ」


と、冷めた笑みを浮かべる。


アンジェラは、ドキッとする。


「ケイさんっ、それはどうゆう意味ですか? 私が、何かいけない事でもしていますか?」


「さぁ、な」


「ならば、どうしてそんな事をっ」


「それは、神の力を借りるまでの道のりを知るならば、借りていると云う事にはその代償が在ると、馬鹿でも解るハズだ。 僧侶の代償は、信じる事。 その本分の重さ、理解しているか?」


Kに言われて、アンジェラは顔を赤くし。


「そんな事っ、十分に理解していますわっ!」


「ほほぅ、ならばいいさ。 さ、ステュアート。 そろそろどうするのか決めろ」


アンジェラとKの遣り取りの意味が解らないステュアート。


然し、まだ昼間だから。


「とにかく、町に入りましょう。 町の中を調べないと」


「そうか」


サラッと返したのみのK。


だが、とんでもない危険が町に潜むことを、ステュアート達は知らなかった。 その滅びた町の中へと入れば…。


「ヒィっ!」


「ぬ゛ぅっ、これはっ!」


「あ、ああぁ…」


崩壊した壁の切れ間より踏み込もうとすれば。 セシル、オーファー、アンジェラが、3人3様に怯え始めた。


この城壁を築く壁には、鉱石を大量に含むようで。 大地の力が、内側の崩壊した町に潜む暗黒のオーラを遮断していた様だ。


「来るぞっ、ステュアート!」


「ゾンビとかじゃ無いよぉっ、もっと強い奴っ!」


「早くっ、早く倒さなければあっ!」


いきなり叫ぶ3人の中でも、アンジェラが一番に慌てている。 神聖なる力を得た彼女は、最も暗黒の力の影響を受ける。


先に町へと入ったKは、


「ん、なかなかにドス黒い気配だ。 〔グール〕、〔レヴェナント〕、怨念型の〔スケルテプユ〕に、一番強いのは・・〔エレペリホーント〕だな」


冷静に、オーラからモンスターまで限定する。


だが、青い毒の色に身体を染めるゾンビの〔レヴェナント〕だけでも、不死モンスターとしてはちょっと珍しい。


なのに、怨念を吸って緑色に変色した〔グール〕は、既に中級域のモンスターだ。


同じく、怨念を纏う骨が集まり塊と成る〔スケルテプユ〕は、戦場やら被災地と。 何十人以上の人の骨が必要となる分、その怨念の鎖を断ち切るには、それなりの力が必要なモンスターだ。


最後、〔エレペリホーント〕は、寄り集まったゴーストが、更に怨念の力を得た金色に点滅する亡霊モンスター。 普通の武器は全く利かず、神聖な力を得たとしても動き方がゴーストとは全く違う。 倒すには、仲間との連携が必要と成るだろう。


そんなモンスターの存在を感じるKだが。


覚悟を決めたステュアートは。


「みんな、遣るよ。 アンデッドモンスターなら、太陽の光に当たると、動きが鈍くなるんでしょ?」


オーファーは、確かにそうだと。


「ゾンビなどは、そうだが…」


ステュアートは、Kを見ずに仲間を見て。


「アンジェラさんは、モンスターの動向を窺う事に集中して下さい。 セシルとオーファーは、僕とエルレーンの不備を補って」


後ろからの攻撃を2人に頼むステュアートは、次にエルレーンを見て。


「エルレーン、後のモンスターが合流するまでは、僕と一体一体へ一点集中して叩くよ」


此処まで来たからには、遣らねば成らぬと。 ステュアートは、リーダーとして意気込んだ。


然し、セシルが真っ先に。


「ちょっと待ってっ、ステュアートっ。 ケイが言ったヤツって、生半可なモンスターじゃないよぉっ? 調査だって…」


処が、俄にアンジェラが辺り一面を次々に見て、一際も二際も強く怯え始めた。


「あ゛ぁっ、周りの地面の中からもっ! スケルトンがっ、生まれでますわぁっ!」


陽の光が当たろうとも、この町中は暗黒の力が強く蟠っている。 大地の中より亡くなった者が、ボコボコとスケルトンとして起き上がった。


次々と噴出し始めた問題に、ステュアートが焦って口を閉ざす。


すると、Kが。


「先行して来るあのレヴェナントと、その後ろから来るグールは、言わば様子見の先陣みたいなモノだ。 周りのスケルトンは、俺が全て始末する。 お前たちは、レヴェナントとグールと戦ってみろ。 俺を引き連れる意味が、その骨身に染みるだろうよ」


と…。


こうしてステュアート達は、その場へと放置された。 Kが傍に居ても、放置されたのだ。


こんな時が来ると、ステュアートは前々から思っていた。


(僕らが遣れても、遣れなくても、何時の日かケイさんと離れる日が来る。 強く成るとかそんな事の前に、チームとして遣るか、遣らないかを決めれる様に成らないとっ)


こう思うステュアートは、アンジェラに近付いて。


「アンジェラさんっ、こっち見てっ!」


ステュアートに言われ、ビクッと彼を見返すアンジェラ。


「あ、ああ…」


声が上擦るアンジェラ。 恐怖が勝っているのだ。


アンジェラの眼を見返すステュアートは、ギュッと手を握り。


「今っ、このアンデッドを倒さなきゃ。 後から誰か来れるまで放置したら、それこそ大変だよ」


「で、でもぉっ」


「アンジェラさん。 ケイさんは、何時か居なくなる。 僕らはそれまでに、遣れる事はしなきゃ。 ケイさんが、死ぬ様な相手に僕らを当てない」


「ステュアートさん、ど・どうしても戦います・・か?」


「僕が死んだら、逃げて。 後は、ケイさんが遣るよ」


驚く様なことを口走ったステュアート。


ビックリする仲間達だが。 振り返ったステュアートは、


「先ずは、あの青いゾンビからだ…」


と、鎌を構える。


ステュアート達の向く先には、砂の葺く彼方此方に、古びて脆く成った赤い煉瓦がチラホラと見えている。 その煉瓦はおそらくだが、町中へと向かう道。 舗装されていた街路の残骸だろう。 その煉瓦を眼で追えば、廃墟の石造家屋が広がる町中が見える。 城壁より空へと伸びて、町をアーチ型の柵のように覆う岩の庇。 その影と、その庇と庇の間より入る日差しのラインがストライプに刻まれる様子が、町に差し掛かって見てとれた。


「エルレーン、行ける?」


声を掛けられたエルレーンは、既に剣を抜いている。


「行けるわよ。 女王様への階段だものっ」


「え゛っ? それ、まだ引っ張ってるの?」


「当たり前よ。 見返すまで女の執念は、怨念以上に強いのよっ」


「参ったな。 僕、足蹴にされる趣味ないよ」


と、ステュアートは走り出す。


続いて走り出すエルレーンは、


「足蹴にするのは、クズ男だけっ」


と、話に終止符を打った。


ノソリ、ノソリと近付いて来るのは、腐っていそうな身体が青く染まり。 眼だけが異様に赤黒く光る、人形ひとがたのモンスター。


ステュアートとエルレーンが向かった事で、セシルとオーファーも身構える。


「セシルよ」


「何さ」


「弱点を判るか?」


「・・ダメ。 あのレヴェナントの身体に纏わりついた怨念のオーラが邪魔で、何となく・・としか」


「仕方無い、魔法で援護するか」


銃を構えるセシルだが。


「でもさ。 大地の魔法は、アンデットには微妙でしょ?」


「うむ。 風も、期待は出来ないぞ」


「それなら、今はお陽様も出てるし、火を熾して使えば?」


「その暇を、暫しの間くれるか?」


「ケイが、ステュアートに任せた以上。 アタシも頑張ってみる」


「頼む」


2人が意見を交わす最中に、ステュアートとエルレーンがレヴェナントに近付いた。


「そらっ」


「このぉっ!」


その身体に鎌を薙るステュアート。 頭を唐竹割りに斬りつけたエルレーン。


然し、2人の斬った様は、手応えの有った様子は無い。


身体を斬ったステュアートは、刃物を刺して薙斬ったのに。 切り裂く感覚が手に伝わることは無く。


一方、エルレーンも頭部を斬ったが、骨にすら到達した手応えも無く。 奇妙な圧迫感にて、受け止められた感覚がする。


以前、あの悪党の様な冒険者だった男ガロンが、この手のモンスターと戦ったことは、記憶に新しいかも知れないが。 ガロンほどの腕で、エルレーンの剣を持ったならば、このレヴェナントも時間さえ掛ければ倒せる相手だ。


だが、剣などの刃物を振る力、速さ、角度、体勢など。 気合いや身体の動きが一体化して、その技術は高みへと向かって行く。 力圧し、手数、小手先だけの遣り方では、強いモンスターの身体を切り裂くのは、非常に難しいことなのだ。


さて、2人の攻撃を受けたレヴェナントは、ステュアートより頭二つは高い男性の姿にて。 その狂暴さを孕む目をひん剥くと、エルレーンに掴み掛かる。


レヴェナントが動き出すことで、ステュアートは左に。 エルレーンは、後方へと飛び退く。


然し、レヴェナントは不気味な声を発して、最初に狙ったエルレーンへ更に向かう。


逃げてタイミングを図るエルレーンに対し、ステュアートがレヴェナントの後ろへと回り込み、頭へ飛びかかって斬るも。 ガッ、と刃先が頭蓋骨に当たるのが精一杯。


(き・斬れないっ)


着地した時、切り裂くのを諦めたステュアートが居た。


ゾンビなどの身体は、死霊魔法か怨念と、暗黒の力が結び付いて核となり、その力が全身へと満たされる事で存続する。 その結び付いた力を押しのけて切り裂くには、その力に負けない技量が必要だった。


後ろから狙うセシルは、


「ステュアートっ! レヴェナントは、怨念が暗黒の力を吸って塊が出来る核が、動く大元だよっ。 死霊魔法の産物なら、その集まりも分かり易いけど。 怨念型は、吸い込んだ他の怨念も蟠って存在するから、アタシじゃ見分けられないっ」


距離を取るステュアートとエルレーン。


エルレーンが、


「セシル、コイツをどうしたらっ」


と、斬りつけては、直ぐに離れる。


「オーファーが、火の魔法を遣うってっ」


ステュアートとエルレーンは、武器に見合う腕に無い自分達を悔しく思う。


さて、レヴェナントの鈍い動きに助けられて、ステュアートとエルレーンは斬りつけ捲った。


セシルは、後方から矢を撃つ都度都度に2人へと声を掛け。 そして、レヴェナントの身体の肉を、魔法の炸裂にてちょこちょこと削り飛ばした。


そして、漸くオーファーが松明に火を点けると。


「破壊と消滅。 浄化と活動を司る炎よ。 我が想いに応えよ」


唱えるオーファーの目の前に、渦を巻く大火が現れた。


「行けっ、業火よ!」


オーファーがレヴェナントに杖を向ける。 渦を巻く炎の魔法が、レヴェナントに向かって空を飛ぶ蛇の様に走った。 スチュアートに向かうレヴェナントだが、その体に炎の魔法が巻き付いて行く。


だが、“高が死体”と思っていたスチュアートや皆だが。 強烈な炎を身に纏わせても尚、レヴェナントの体はジュウジュウと液体が焼ける音を上げながらも、エルレーンか、スチュアートに向かおうと動きを見せる。


その様子を見たセシルは、これで終わった・・とは思えず。 矢を装填した銃を構えたままに凝視する。


(あのレヴェナントって、やっぱり相当に強いヤツなんだ。 怨念と融合した暗黒の力が、とっても強いから…)


炎の魔法が、レヴェナントの身体を満たす暗黒の力と怨念の結び付きにて、ある種の抵抗を受けていると解る。 腐った身体に炎は効果的としても、そう簡単に燃やせる訳では無いらしい…。


震えるレヴェナントの抵抗に、ステュアートとエルレーンもじれったく。


「このぉっ」


「なんて強いっ」


頭を斬ったり、足を斬ったり。 炎に巻き付かれた上半身が動かないウチに・・と、2人はもう一心不乱に斬った。 だが、魔法の熱により深くは斬り込め無い。 このまま、レヴェナントが倒れるのは何時に成るか、セシルは不安に成った。


それから、炎の魔法がレヴェナントの両腕を焼き付くし、体を焼く頃か。 エルレーンか、ステュアートか、どちらかの刃が漸くと言う頃合いに、レヴェナントの背中の腰部に存在していた核を斬った。 うなり声を上げて、レヴェナントは滅びの道に向かう。


だが、息を荒くするステュアートとエルレーンが休む間も、呼吸を整える暇も無く。 緑色の身体が獣の様に四つん這いとなり、首の骨すら曲がる新手のゾンビが近づいて来た。


「あ゛ぁっ、はあぁぁぁぁぁぁっ!」


そのゾンビの放つ強烈な暗黒のオーラが近付くことで、もうアンジェラは涙を流して蹲る。


ステュアートとエルレーンは、アンジェラにこのモンスターを近付けるのは不味いと察し。 ニタニタとすらする、そのグールと云うモンスターへと斬り掛かる。


だが、関節が外れているのに、人間の骨の動きとは思えないグールの反撃にて。 先にステュアートが打たれ、武器を防ぎに使った割に十歩以上は弾き飛ばされた。


「ステュアートっ」


新たな炎の魔法を唱え様としたオーファーだが、吹っ飛ばされたステュアートを見て気が逸れた。


また、遠心力さえ付けて薙付けるグールの腕を、剣で受け止めたエルレーンが弾き飛ばされた。


「このぉっ、よくも2人をっ!」


セシルが怒り任せに銃を構え、グールへと魔法を纏った矢を放つ。 その矢は顔に刺さり、魔法の炸裂にて顔が真っ二つに成った。


が、グールはそれを物ともせず、セシルに向かって近付いて来た。


「あ゛っ、違うっ!! そっちじゃ無い゛っ!」


口の隅より血を垂らしたステュアートは、身を起こすと同時にまっしぐらとグールへ走った。


レヴェナントの比では無い恐怖と緊迫感を感じたオーファーは、その様子に気持ちが燃え上がり。


「炎よっ、燃ゆるその力を壁と化せっ!」


杖をセシルの前に素早く向ければ、左手に持つ松明の炎を使い切って炎の柱が壁の様に走る。


「ステュアートっ、エルレーンっ、モンスターに近付くでないぞっ! それっ! それっ!」


燃え尽きた只の棒を捨て前に出るオーファーは、杖を大きく動かし炎を輪にしながら狭める。


セシルに向かうグールは、激しく燃える火の壁に前進を止めた。


その様子にオーファーは、


(コヤツは、まだ我々が普通に相手をするモンスターではないっ)


と、モンスターの強さを実感。


「逃がさんっ、これで終いにするぞ!!」


炎の壁を輪にして、グールを包み込んだ。


一方、グールもその炎の輪より飛び出そうとするが…。


それを察したオーファーは、先んじて杖を振り上げながら。


「逃がさんっ、ぬぉぉぉぉぉぉぉっ!」


一気に炎の輪を狭め、グールをその炎て丸め込んだ。


炎を維持し、その力を増す為には、魔力も集中力も必要だ。 モンスターの身体を形成する為の根源たる暗黒の力、その抵抗を超える為、オーファーの力みは最大限に向かう。 食いしばり、額に汗を光らせ、血管を浮かせ、眼まで血走る。


そして、


‐ オオォ・・・ ‐


炎に包まれたグールが、悶えながら消し炭へと…。


「ふぅ、ふぅ、ふおぉぉ…」


魔法を維持する事が出来なく成ったオーファーは、間近でモンスターが燃えるままに力を抜いて、フラフラっと後退すると杖を杖として使う。


無数にいるモンスターなのに。 たった2匹のモンスターと戦っただけで、もうステュアート達は疲弊した。


其処へ、


「どうだ?」


と、声が。



剣を杖代わりにするエルレーンの脇から、Kが歩いて来る。


疲れたセシルが。


「見てのとぉ~り、もうヘロヘロ…」


と、云う最中に。


「いい加減にして下さいましっ!!!!!!!!!」


と、とんでもない怒鳴り声が。


ビックリするのは、セシルやオーファーなど。


一方、怒鳴ったアンジェラは、Kの方に進み出て。


「どうしてっ、貴方ならもっと簡単に倒せたハズで御座いましょうっ? こんなっ、ステュアートさん達を試す様なっ。 モンスターとはいえ、霊魂を傷付けるような事をっ?!」


と、感情任せにまくし立てる。


だが、Kの表情に微妙な変化も無く。


「お前は僧侶なのに、怯えてなぁ~んも出来なかっただろうが」


「それはっ、…」


「仕事を請けれて感謝してたクセに、力不足だと他人ごとか?」


酷く覚めたKの物言いにて、こう言い返されたアンジェラ。 その絶望的な感情の温度差、絶対的な強者と弱者と云う立場に、何か噛み付ける言葉を探すが。 心の中の何処を探しても見つからずに、口惜しむ表情を浮かべた。


一方、歩みを止めたKは、怒ったアンジェラを脇目に見返すと。


「お前さんは、神殿か、この国に仕官をする為に、適当な処の実力を磨く旅かも知れないが。 冒険者ってのは常に先が見えない、そんな旅を強いられる可能性が憑き纏う。 そして、こんな場合は魂を鎮魂する事も出来ずして、逃げ帰る必要も迫られンだ」


怒鳴り散らした割には、モンスターとも戦う事すら出来ずに、完全に全てに於いて負けたアンジェラ。 暗黒のオーラの蟠りを克服する事も出来ず、モンスターの放つ暗黒のオーラに堪える事もしないで、ザマの無いこの体たらくである。


言葉の中に嘲笑すら含みそうなKは、非常に冷静だ。


「全く、それっぐらいの気持ちしか無い奴が、怒りや憎しみに悶える無念を浄化しようなんざ、こっちからすると笑えるゼ。 命の遣り取りの中で死んで行った奴らの無念は、例え屯していた奴だって生半可じゃ~無い。 お前は、本気で僧侶したいのか? それとも、仕官がしたいだけか?」


こう語り捨てたKは、ステュアートの方へと歩き始めた。


彼方此方に擦り傷を作るステュアートとエルレーンで。


「仲間が怪我してるのに、この僧侶サマは不満を云うのが先らしいな」


皮肉も猛毒なKは、立てないステュアートの前に進む。


「どうだ、無理や思い込みの末に、見えたものは在るか?」


近付いて来るKを見返すステュアート。


「ケイさん・・スイマセン。 僕は、まだ・・・ダメみたいです」


こう言ったステュアートの前に立つKは、ボロボロの彼を見下ろし。


「まぁ、お前の実力からすると、何をしても間違いも成功も無いさ」


と、言いながらも。


「だが、アンジェラが恐怖に染まり。 お前とエルレーン、セシルとオーファーに力量の差が在る。 また、この仕事には期限も無い。 一旦は何処かに引いて、アンジェラに結界でも張らせた中で休む事も出来た」


「はい・・」


「リーダーってのは、突き進むだけじゃ無く。 仲間の様子から最良の選択を模索するのも、その役目に入る」


「はい…」


自身の思慮を含む力不足を認識するステュアート。


その姿を見るKは、スチュアートに悟らせたい事の一端を与えた感を見る。


「お前の選択の失敗は、仲間の死に繋がるかも知れん。 自分の死を引き合いに出すならば、見込みの在る事をしろ」


「は・はい…」


ガクリと頷いたのか、項垂れたのか。 気力が砕け散った様なステュアート。


Kは、滅びた町の方へと向きながら。


「ま、今のウチに、俺が居る間に失敗しとけ。 お前は他のリーダーよりは、頭がさとい。 経験と実力が伴う様に、足掻いて足掻きまくれ」


と、言い於くと。


「さ~て、面倒はサッサと潰すか。 そのポンコツ僧侶にも、本分たる仕事をさせないとな~」


“仕事をさせないと”


とは、セシルは何事かと。


「こんなアンジェラに、僧侶の仕事をさせるのぉっ?」


「あ~たり前だろうが。 オーラを探るに、ヘイトスポットも幾つか出来上がってるしよ。 冒険者の無念も、彼方此方に蟠ってやがる。 此処まで来た以上は、粗方を浄化しなけれゃなんねーだろ? 俺達は、遊びに来たンじゃ~ネェ」


精神的に安定を保てず、ぐったりしていたアンジェラは、Kの表現にビックリを越してギョッとし。


セシルは、休ませても良かったと言った本人が、逆にコキ遣う事態にげんなり。


さて、身体が痛く疲れたから、その場にどっかり座るエルレーン。 残りの亡霊やら死霊を、易々と潰し始めたKを窺いながら。


(ケイって・・やっぱり、すっ、凄いわ…。 みんなの本音や、本気の温度差まで、ちゃっ、ちゃんと見抜いてるよ・・・。 それにしても、ハァ…。 無理するステュアートは、Kの判断の中だからいいけど。 こうして見ると、アンジェラがねぇ…)


落ち着くと入れ替わりに、力が抜けてきたエルレーン。 僧侶の一割は、後に僧侶として居れなくなると、旅の中で聴いたことが在るが。 もしかしたら、アンジェラがそう成るのではないかと思う。


また、冒険者としての気構えの差が、こんな形で如実に見えた事も驚きで在るが。 ケイの様子からして、確信犯的な様子が在る。 アンジェラに、このままチームに加わるのか、否か、それを突き付けた・・と、エルレーンは察した。


神聖皇国クルスラーゲの出身で僧侶に成る者。 僧侶に成ってこの国に来る者の憧れは、大半が仕官で在ると聴く。 国に仕えれば生活も安定するし、その名誉も付いて来る。 中央の神官に成れば、もう立派なものだ。


(やっぱり、み~んな楽したいわよね。 冒険者なんて、危険ばっかりだし…)


ま、家を飛び出したオーファーの様な者、同じくセシルの様な者、ステュアートだって家を捨てた方だが。 アンジェラの様な、将来を見越した選択も馬鹿には出来ない。


だが…。


「オイ。 亡霊が、何を遊んでやがる」


モンスターを片手で、余裕綽々と掴むK。 悶える悪霊だが、黄金のオーラで握り潰された。


さて、物影、朽ちかけた家に隠れる亡霊を、片っ端から駆逐するK。


一方、まだ怯えるアンジェラから、怪我を看て貰うことに成ったステュアートだが…。


「アンジェラさん・・、僕の事は、イイ・です…」


「えっ、あ・・はぁ?」


「僧侶ならば・・可哀想と想うならっ、先ずは浄化を…。 聖水、ぜっ、全部使い切るまで…」


ステュアートの眼は、何処までも真剣だ。


僧侶として教えられた精神を持つアンジェラだが、それは一体なんなのか。


冒険者は、欲で動く。 成り上がりたいのも、名声を得たいのも、強くなりたいのも欲。


“無欲”


それは、本当に言い換えるならば、望まず、欲せず、動かない事。


例え、崇高な想いも、自己犠牲だろうが、分け与える事すら、其処には望みが在る。 希望や情熱や慈愛すら、それは意欲と言う心の蠢きがなければ成し得ない。


詰まり、其処には‘欲’が在る。


“欲”


こう言われる想いをどうゆう風にエネルギー源とし、自分を動かすのか。 それが、人々の表現を変えるだけ…。


この依頼を請けたステュアートは、出来るだけ遣れる事を遣りたいらしい。 その意志を見せ付けられたアンジェラは、僧侶としての本分を思い出させらせたのか。 ステュアートの前から立ち去り、浄化をする為に動く。


座るステュアートは、セシルに。


「セシル・・」


「ん?」


「アンジェラさんを・・」


まだ動けるセシルは、ステュアートの気持ちを理解して。


「うん」


聖水を入れた金属の細い瓶。 それを置いたバックから取り出すセシル。


エルレーンも、ステュアートも、這ってでも聖水を。


そんな彼らの姿を見るアンジェラは…。


(冒険者って、こんなに苦しく生きるのですか? 依頼をただこなせば、それで宜しいのでは?)


依頼に生死を掛け続ける意義が、アンジェラには見いだせない。


さて、僧侶の努めとして、彼女は鎮魂を行う。 然し、恐怖に気持ちが落ち着かず、想いが定まらずに苦労する。


アンジェラの求める経験と、ステュアートの求める経験の違いは何か。 曖昧だが、2人の姿勢はハッキリ違う。


だが、アンジェラの思う事が不真面目かと言えば、そうでも無い。 こなせばイイのだから、そうすれば良い。 街道に最悪被害が出ようが、彼等の責任には無い。


然し、それから3日間。 アンジェラは鎮魂を続けさせられた。


ステュアート達は体力を取り戻すと、出来る限りモンスターと戦う。 人間がこんな場所に入り込んだ事で、溝帯側からも、この町の周囲一帯からも、モンスターが集まって来る。


ステュアートが遣ると決めれば、Kが動き、仲間が動く。


この恐ろしい地に来ても、セシルやらオーファーは戯れ言を重ね。 ステュアートやエルレーンは、駄話を織り交ぜて話を続ける。


アンジェラ以外、不満は出さない。


いや、不満と云うよりは、モンスターを倒し、怪我を負いながらも。 更に何かを知ろうとして、命を懸ける冒険に意義や意味を見出して居る、そんな様子すら在った。


不必要な事をするステュアート達と、それを遣らされている態度のアンジェラは、混ざり切らない水と油の手前だが。 彼女も、Kを得たステュアートが何かを探し求めているのだけは、強く察した。


結果、大まかな浄化までして、この仕事を終えた。 K無しでは到底に成し得ない事だったが。 して終えたので在った…。



         ★


ステュアート達に殺人容疑が掛かって、それが濡れ衣と解ってから2日した朝。


「ふぅ~、珍しく‘通り雨’ねぇ」


暇なのか、朝から一階にいるミシェルは、雨雲が流れる様に南へと流れる外をカウンター内側より眺める。


竈に火を熾して、お湯を作るミラも空を眺めて。


「雲の流れが、凄く速いわ。 もしかしたら、‘風嵐’が近い処で起こってるのかも」


「あら、アレから離れた竜巻が来ると、街に被害が出るからイヤねぇ。 ケイなら、潰せそうなのに…」


「姉さん、ケイに面倒を頼み過ぎてな~い?」


「あらあら、ケイの事を心配するなんて、ね」


姉妹2人がカウンターで話す間、ミルダとサリーが各テーブルの掃除を終えて。 一人の冒険者が集まる大テーブルを拭く最中。


赤い襟の在るシャツに白いズボン姿のミルダは、サリーを見て。


「サリー」


「はい?」


「今日のお昼、香辛料の効いた煮込みでも作ろうと思うの」


「はい」


「雨の中だけど、一緒に馬車で買い物に出ましょうか」


「解りました」


と、其処で。 サリーにそっと近付くミルダは、小声にて。


「ね、ミラって、何処で買い食いしてるの? お昼、買い物から戻って来ると、ヤケに機嫌が良いじゃない」


聴かれたサリーは、全て知るだけに。


「あ、あぁ…」


言って良いものか、どうか、困ってしまう。


だが、最近は依頼の数、その済まされる数が好調で、あの一件で発生した違反金の支払いの目処も見える今。 金額は安いが、ミラが色々と楽しむ様に買い物をしている。 ‘買う’に依存して居るのでは無く、一般人としての‘買い物のし方’を楽しみ始めた感じだ。


サリーは、そんなミラの気持ちを知って居るからだろう。


「ミラさん、お隣の建物をお店にしたいらしいです。 その時のお勉強とか…」


「あら、随分と楽しそうね。 私抜きで…」


「そっれは・・ミルダさんは、こっちの一階の…」


「え? ミラの想定って、私が一階の仕切りな訳?」


「あ・・ん~」


説明してみて、更に返事に困るサリー。


サリーでは埒が開かないとミルダは、スクッと立ち上がるなり。


「ちょっとミラ、ミラぁ?」


「なぁに、姉さん」


と、毎日のお決まり行事が始まる。


さて、ミラとミルダが隣の廃屋をどうするか、色々と話し合って行く。 改装して、斡旋所と繋げることは一緒の意見だが。 ミラは、可愛い茶屋を遣りたいと云うのに対して、ミルダはもっとちゃんとした飲食店にしたいらしい。 あ~でもないこうでもないと、2人の意見交換は白熱してゆく。


妹2人の喧々囂々たる意見の遣り取りを、おっとりとした雰囲気にて見ていたミシェルだが。 脇に来たサリーへ、


「サリー」


「はい?」


「このお馬鹿さん2人は、ちょっと放っておきましょう。 さ、お湯が沸いたわ。 紅茶の葉、出して頂戴」


「はぁい」


冒険者達を迎える準備を、今日はこの2人が整えた。


その後。 まだ朝も薄暗く嵐の様な雨の中で、セドリック等のチームがやって来た。


「よぉ、凄い雨だぞ」


セドリックの声と雨音にて、言い合っていた姉妹も開店の時が来たと気付く。


「あらっ、ミルダ姉さん」


「こっ、紅茶・・」


気が戻って言い合う2人に、ミシェルは椅子に座りながら菓子を取り出しつつ。


「もうサリーと一緒に作ったわ。 ケイの意見じゃ無いけど、将来はサリーに主代行を頼もうかしらね」


ミシェルの意見に、2人は負けたと紅茶を人数分注ぐ。


さて、セドリック等を改めて迎えたミルダは、或る事を思い。


「あ、ねぇ、あなた達。 一つ、紹介する依頼をしてみない?」


カウンター前の一席に、腰を預けるセドリック。 ミラの出す紅茶を入れたタンブラーを受け取ると。


「依頼? どんな内容だ?」


こう問い返したセドリックの右脇には、中年のちょっと色気が強い女性が居る。 少し垂れ目がちの目つきだが、一目惚れを誘う艶っぽさが在った。 髪は、コートに入れて隠れているが、黒髪の艶は漆の様にしっとり感をもつ。 この女性が、アターレイ。 今日は、モスグリーンの女性用コートを羽織っていた。


ミルダが、敢えてセドリックに回そうとした依頼とは。 以前、ステュアート達が請けた、商工会と薬師達から出されたものと同じだ。 南西部の荒野に採集へ行く、あの依頼の再度出されたもの。


ステュアート達が行った事を知るセドリックは、


「これは、なかなか面白いぞ。 あの仕事の経過を書いた冊子を見て、行きたいとは思ったんだ」


と、やる気を見せる。


一方、カウンター席に座る魔術師ジュディスは。


「あ、あの・・ステュアートさん達に、その御依頼を回さないのですか?」


ミラは、姉の出した乾燥菓子を皿に置いて出しつつ。


「ステュアート達はケイが居るから、ちょっと別件を・・ね」


「あ、そうなんですか…」


「それに、北西の霧山にも行った貴方達ならば、戦う戦力に問題は無いわ。 問題は、商人や薬師の方と折り合いをやってくれる人選ね」


格好をつける器用な傭兵ソレガノは、また新しい白い帽子を被りつつ。


「私はまだご挨拶をして無いが。 そのチームに、手柄や名声では先を行かれているらしい。 セドリック、どれ、一つ請けようじゃないか。 彼らより、もっと良い評価を出してやる」


と、ミラに流し目を贈る。


ミラは、最もニガテなタイプだと。 絶妙のタイミングで目を逸らしながら、


「遣れるものならば、遣ってみなさい。 評価が彼等以上ならば、報酬に色を付けるわよ」


「ふむ、それならば・・是非に、貴女の愛を添えて欲しい…」


ソレガノのキザな台詞に、セドリック以外の仲間が引いた。


最も付き合いが長い年長者のアンドレオは、セドリックへ向いて。


「セドリック」


「ん?」


「バカやアホを治す薬など、この世に在るわけ無いが。 鎮静化する薬ぐらいならば、あのケイに頼めるじゃろ? このバカを黙らせる為に、今度会ったら一回相談してみよう」


「ふむ…」


本気で考える素振りを見せたセドリック。


ソレガノは、薬とは心外と。


「こらっ、其処っ。 私に薬など必要ないっ」


力んでこう主張する。


だが、アターレイが彼を脇目にし。


「だけど、思春期の娘から年配の熟女まで、手広く口説くのは病気じゃなくて? いざって時の責任を取る意味で、下半身を不能にするお薬ぐらい作って貰ったら?」


アターレイのこの意見に、他の仲間一同が納得の声を上げた。


さて、ミシェルも了承して、セドリック達はその依頼を請けて行く。


その後、ちまちまと斡旋所を訪れる冒険者達。 若い冒険者達が中心となり、こんな日でも新たなチームが出来上がる。


然し、新たに流れて来た冒険者の中に、何と若い魔術師の男女が6人も居る。 この偏りを気にしたミルダは、あの喧嘩の末に解散したチームの中で、まだ居残る中年の男性剣士と女性僧侶をカウンターへと呼ぶ。


一人は、実直にして真面目過ぎる剣士トラストに。


「ねぇ、トラスト。 ちょっと、頼まれて欲しい事が在るの」


長身だが、顔が田舎者丸出しのトラストは、気を引き締める態度から。


「私に、何かご用か?」


「実は、あっちで屯する若い冒険者達、魔術師が6人も居るのよ」


「知っている。 話を聴いていると、皆が魔法学院を卒業したばかりの様だな」


「えぇ」


「それで?」


トラストの脇に、年配の女性僧侶アフルも来る。


2人を見たミルダは、


“面子が揃った”


と、ばかりに。


「アフルも来たし、2人に頼みたいのはね。 最近、この街に来たチームで、〔クルーニョルドス〕って4人組が居るの。 向こうのソファー席に居るんだけど…」


ミルダの視線の先には、男女の剣士や傭兵ばかり。 肉弾戦が得意な者が集まる4人が、無口に依頼の一覧を見ていた。


トラストとアフルが見て確認すると、ミルダは更に話を続けて。


「実は、北に向かう街道では、警備隊に冒険者が協力する依頼のお陰で、一定の安全は保たれてるけどね。 最近、溝帯側から新たなモンスターの群れが来始めてるらしく。 兵士さんから、一斉に掃討する討伐行動の依頼が来たのよ」


聞くトラストは、大量の鮫鷹などが死んだ事を思い出して。


「然し、半月ほど前か。 千を超える鮫鷹が、冒険者に退治されたハズでは?」


「あ~それだけじゃダメダメ。 溝帯の内側に居るモンスターを含めたら、鮫鷹の千なんてね。 砂漠の砂を両手で掬ったぐらいよ」


「そう、か…」


穏やかな微笑みを絶やさない僧侶アフルは、年配女性ながら三つ編みの髪を真後ろへ一本に垂らした姿にて。


「マスターは、私達に何を頼みたいのです?」


「ん。 私、あの4人のチームに、若い魔術師達と僧侶を合わせて、調査と簡単な討伐行動をお願いしたいのよ。 若いコには、経験を。 あのチームには、もっとその・・コミュニケーションをして欲しい訳」


「そう致しますと。 私とトラストさんには、その・・見守りを?」


「えぇ。 若いコは、ノリでチームを組むと惨事に成りやすいし。 あの4人は、依頼に沿う戦力が整わずに困ってる。 何も、討伐の成功は望まないけど。 新しく動く切欠は、どちらにも与えたいの」


「ふむ」


「なるほど」


アフルとトラストへ、更に地元の根卸しをする数名も加えると言う。


また、この依頼には、商工会より荷馬車の貸し出しと、食料の提供が在り。 兵士からは、御者兼視察として一人派遣されて来る。 予定は、3日限定の討伐行動で、その指揮にはミラが同行するのだ。 出発予定は、明後日である。


2人は、ミラが行くと聴いて。


先にトラストが。


「ミラ殿も行くならば、是非に同行しよう。 我々のチームの解散やら殺人事件で、主殿達には大迷惑を掛けた。 その償いになろう」


一方、アフルは若い冒険者達の方を見て。


「彼等の新たな門出の助けに成るならば、それは宜しい事で。 怪我人を助ける為にも、御一緒致します」


一人で居る冒険者の中では、一番の経験者2人が了承した事で。 聴いていたミラも、話すミルダも、双方に分かれて声を掛けた。 ミラは、4人のチームへ。 ミルダは、若い冒険者達に。


その依頼についての話し合いが、後から揃って大きいテーブルにて行われた。 4人のチーム、トラストとアフル、ミラと。 駆け出しの冒険者達9人。 駆け出しの冒険者達は、魔術師達5人、僧侶が2人、狩人1人に傭兵が1人。


ミシェルは、それをミルダとミラに任せ。 自身は、サリーとカウンターに。 後から来る冒険者達へ、紅茶を出したり雑談したり。


夕方、雨と風の影響から珍しく霧が出ない街中では、依頼を請けた冒険者達が出て行く。 今回の討伐依頼を持ち寄った商工会と街の政府が出した金で、タダ宿が提供されたからだ。


その後。 出て行く彼等との入れ替わりで、あの黒人の若い傭兵がリーダーをするチームが、また外見を汚して兵士と来た。


彼等は、街の外側を警備するあのサニアが率いる巡回兵士と共に、街の外側のモンスターの様子を視察する、その依頼を請けたのだ。


処が、見回りだけのハズが、荒野を闊歩する小型の龍種〔ハロルデァ〕と云うモンスターと交戦。 その戦いが長引いて、数は少ないが鮫鷹の群れまで呼び寄せてしまった。


一緒に来た兵士は、


「今回、彼等のお陰で兵士に重傷者も出ず、見回りも終わりました。 サニア隊長より、仕事の成功報告と共に、感謝のお言葉を添えよと。 報告に同行して来ました」


兵士の礼儀正しい挨拶は、まだ居残る冒険者達も見ている。


(礼を貰ってるぞ)


(前に、違反した若い女の冒険者にマスターが言ってたのって、こうゆう事なのね)


(俺たち、まだ感謝まで貰った事無いな)


(回を重ねて、慣れるしか無いか…)


つい先日、新たに結成したチームの中で、こんな遣り取りが有る。 良い手本が、此処に在った。


ま、主をする三姉妹も、Kとステュアート達ばかりに優先して、変わった依頼を回す訳にも行かない。 今、居る冒険者達を活用し、また彼等を出来るように育てる必要も在る。


大抵の斡旋所では、冒険者達に大体を丸投げだが。 この三姉妹は、面倒を見る気質が強い。 だが、慎重に話を重ねて居る様子からして、心配もしているのだろう。


今回の調査にミラが同行するのは、彼女の目でモンスターの様子を見た後で。 この討伐を一般への依頼とする予定だからだった。


若い冒険者達が集まるのは、斡旋所としては有り難いことだが。 何にせよ、良し悪しは必ず在る。


ミシェル以下三姉妹の危惧は、冒険者達が死に急ぐこと。 紙切れの右から左へ、は嫌と云う事だった…。



         ★



ステュアート達が滅びた町の浄化をして回りながら、荒野に滞在すること4日が過ぎた。


この間のステュアート達は、様々なモンスターとの連戦で、ギリギリの戦いを強いられた。 Kが適当に手を抜き傍観する為、そう成ったのである。


この日、足を引きずり加減で動くステュアート。 昨日、町へと侵入して来たモンスターと戦う中で、骨を折るぐらいの大怪我をした所為だ。


絶叫を上げた彼に、治癒魔法を施すアンジェラが発狂する様に。


“もう嫌だ”


と、悲鳴を上げた。


だが、傍観するKからして。


“仲間の怪我程度で一々冷静さを失ってたらよ、僧侶なんてお荷物か役立たずだろうが。 他人を当てにして、本気で僧侶を遣る気が無ぇンなら。 その人一倍に目立つ面と身体で、中央の偉ぶる高司祭でも誑し込んで。 出世を狙うか、結婚したほうが、ずぅ~っと楽に暮らせるぞ~”


仲間の大怪我もさて置く様に、こんな野次を貰った。


そんなKを、涙目で睨み返すアンジェラ。 Kの行動は異常者だとさえ思った。


だが、魔法で骨が幾らか癒着したステュアートは、その怪我を押しても仲間の元に出た。 Kが適当に守ってやる中でも、セシルやらエルレーンやらへ声を掛けたりする。


アンジェラは、どうして皆がKに不満を持たないのか。 それが不思議で仕方無い。


が、声を出すステュアートと、黙々と疲弊しきるまで戦うオーファー等のその姿には、もう冒険者としての生き方を貫く姿勢が見えていた。


そして、セシルやエルレーンは、そんな2人に触発されて行く。 この女性2人も、ギリギリの命懸けと云う戦いの最中。 次々と対処に移る反応が忙しく、無心へと入れ代わる瞬間。 冒険者として、本物に成ろうとする段階に踏み込むのだった。


エルレーンは、自然と無駄なく力を込めて剣を振るう時。 明らかにそれまでとは違う、‘断ち切る’感触を覚える。


セシルは、次々と魔法を纏わせて矢を放つ時。 集中して瞬間的な魔法の遣い方を、無意識にしようとしていた。


ステュアートが怪我をしたのは、必要性の無い無理をした為である。 Kは、敢えてギリギリまで手を出さなかった。


アンジェラを抜く4人は、自分達の実力が変わるその片鱗の微かな手応えを感じて。 疲弊しようが、怪我をしようが、アンジェラの様に文句など言わない。


寧ろ、他人の所為にして、ことを考える暇が無い。


“どうして、戦えて勝ったのか?”


“何故、怪我をしたのか?”


“無理と思っていた事が出来た…”


手応えと疑問は、冒険者が力量を身に付ける入り口。 其処を幾度とくぐり抜けて、考えるから先に進めるのだ。


だが、何故か。 それをアンジェラへ説明しなかったK。 そして、戯言のみを発したKが、彼女に課した問い掛けは、一体何だったのか。


ま、その答えは、今暫く横に置くとして…。


ヘイトスポットの浄化と、亡霊などの掃討が粗方終わったこの日。 澄み切った青空の下、去る前の調査を朝から開始するステュアート達。


町の南西の城塞に走る亀裂より、中へと入るステュアート達。 住宅区域なのか、舗装されていたような道の残骸を辿れば、庭も在ったらしい石造建築の家々の密集地に入る。


この日のステュアートは、オーファーに背負われて居ながら。


「うわ・・改めて見ると・・・年月を経た感じだ・ね」


満身創痍で痛みが在る為に、話し方が途切れ途切れと成るステュアート。


そんな彼の感想は、オーファーやエルレーン等も同じで在る。


昔ながらの丸い外観をした家々は、倒壊したものも数多い。 その様子は、上より踏み潰されたようなものも在れば、横から強い力が加わったらしきものも在る。 半壊、部分倒壊の家も目立つ中、半壊した土塀をかい潜って、まだ壊れず残る家の一つの中へ入って見れば…。


松明を持つKが先頭で入ると。


「先に来た誰かが、此処に潜んだらしいな」


セシルも、エルレーンも、散乱した荷物や食糧の残骸を見て。 町に入った冒険者が、モンスターから逃げ惑って来た様子を想像する。


腕の骨を痛めたエルレーンは、右手で今は剣を振れないが。 家の中の壁に走った、モンスターの爪痕らしきものを指で触り。


(襲われたんだ・・)


と、察し。


コートやらレザースーツを傷物にするセシルは、風化してか表面がギザギザする壁に、誰かの衣服の一部が擦り切れて残る残骸を見て。


(追い詰められた・・みたい)


想像も容易く出来る、窮地に追い込まれた様子の痕跡を見た。


俯くアンジェラは、黙って何にも言わないが。


ステュアートを背負うオーファーは、出入り口の壁の壊れた部分に、暗黒魔法の残り香のような波動を感じる。


(内側から、外側に向かって魔法が…。 血痕も無い様子からして、荷物も置き去りにして逃げた・・・か)


こうして家々を巡るも、200年以上前に滅びた町だ。 家具やら何やらなどは、使い物の云々前に原形を留めておらず。 衣服も既に塵と化して、触れればボロボロになる。 そんな家具やら衣類やらが、分かり易く散らかっていた。 逃げ惑う冒険者等は町に閉じ込められて逃げ回り、こうした家屋の影に逃げ込んでは。 モンスターに見付かり、また逃げたのだろう。


そんな住宅区域を抜けて町の中心に向かえば。 現存すれば、さぞかし立派だったと思しき、大きな噴水の壊れたモノが在り。 その周りの開けた辺りは、おそらく広場か、公園で在ろうと推察がつく。


Kは、其処から北東を指差して。


「こっちは、町の住民の作った畑だった土地が広がっている。 拓かれた部分が少なそうな町だったからな~。 商では、食糧なんか得るなど難しい事だったはずだ。 だから、町の住民の糧を作る為の畑だろうよ」


実際に、戦いやら浄化の為に行ったセシルは、畑の方を見ては怯え。


「い゛っ、いいよ・・。 あっちは、捜索なんかしたくなぁひぃ~」


横目でそれを窺ったKだが。


「だろうよ。 野菜や果物の代わりに、今は骨だのモンスターの死骸が散乱してる。 屍の畑なんざ、誰も視たかないわな」


背負われたステュアートは、


「ほか・・は?」


と、声を絞り出すと。


「ん。 南西方面は、狭い区域にやや高い建物が密集して広がる。 工房や商店が集まり。 中心には、商業の長に与えられる家の残骸が在るぞ。 一方、北西の広い区域は、おそらく魔法兵士団の特別区らしい。 戸建ての広い庭付きの家々と、大きな通りの先には、滅びて尚も立派な構えの屋敷が在る」


と、説明。


オーファーは、チラッとステュアートを見ては。


「其方が、因縁となった団長の?」


「あぁ。 俺も、前は全てを見回した訳じゃないが。 地下から地上にかけ、かなり複雑な構造をした建物だ」


ステュアートは、Kに両方の様子を記憶の石に収めたいと依頼。 先に、北西の魔法兵士団の住居に向かう、とKは即決する。


黙るアンジェラは、その光景が不思議でならない。 Kさえ本気を出せば、こんなボロボロに皆が陥る事は無かった。


(どうして、どうしてっ! この方を見込んだ御依頼ならば、私達が命を懸ける必要などっ。 解りません、解りませんわ………)


不満を胸に膨らませる彼女は、セシルやエルレーンの心配する声も入らない。


さて、北西の区域に踏み込めば。 屋根がタイル貼りの、住居区域の家より構えも立派な四角い家々が見える


その、明らかに造りがしっかりした家を見て、セシルは、


「うわうわっ、入って来た所の住宅とは、ゼーンゼン違うじゃんっ」


と、差別化を目の当たりにし。


同じくエルレーンも。


「魔法兵士団に入るってことは、完全なエリートコースって訳なのね。 こんな立派な家が、庭付きで与えられるなんて…」


倒壊して無い家に入るセシルは、家族の肖像画の痕跡などを見付けては。


「なんか、扱いが貴族みたいだね~」


其処へ、Kから。


「世界に溢れかえる‘貴族’と云う存在の起源は、悪魔と戦い人々を率いた英雄や勇者に与えられたものだ。 冒険者の起源も、国が興って尚も蔓延るモンスターを倒す為、永住を捨てて彷徨い、戦い続けた集団に在る」


知らなかった事に、ステュアート達が驚き。


「ぼう・けんしゃ・・って、気楽に成るモンじゃ…」


と、呟き。


頷いたオーファーも、感想は同じと。


「成るにして、それなりの覚悟と、しっかりとした人格が本来は必要なものなのだな」


こう続けた。


一方、セシルは頭を抱え。


「うぬぅ…」


エルレーンが、大通りに出るセシルを窺い。


「どした?」


「いやぁ~・・・今のアタシ達貴族に、そんな覚悟の在る人がどんだけ居るかな~~~なんて…」


この意見には、苦笑いしか出ないエルレーン。


「前に、首輪を着けて愛人に成るなら、飽きるまで空腹にはさせない・・ってね。 そこそこの大金を出した、バカ貴族が居たわよ」


「ぬ゛ぉーーーっ! 貴族の面汚しめ゛ぇぇぇっ!!」


旅の途中でそんな貴族を見たら、矢を打ち込んでやると息巻くセシル。


処が、兵士団長の屋敷を目の当たりにしたセシルは、その怪しく複雑な城の様な外観に。


「な・・ナニ、あのケッタイな屋敷…」


城壁から伸びる庇のストライプの影が掛かる、複雑にしてスッキリ感の全く無い怪しい屋敷。


それを見て、エルレーンも。


「屋敷の所々の高さは違うし・・・。 纏わり付くみたいな~あの上下に成る外階段は、何なわけ? 右半分は、お城みたいな造りなのに、左側は屋敷みたい。 統一感ナシ、清潔感もナシ。 性格の悪そうな建物だわぁ」


と、感想を添える。


この表現は、Kですら。


“的を射たり”


の納得で在る。


「思い付きで、その時の時の団長が建て増しした感が在る。 外でコレだ、中はもっとだぞ」


セシルとエルレーンが揃って。


「え゛ぇっ?!!」


と、驚いた。


頷くKも、2人と似た思いだったのか。 そんなKの主導で、廃墟と化した団長の館のその中を捜索をする。


Kが光の小石まで出したから、セシルとエルレーンが2人して発動させる。 真っ暗闇に支配された館は、高低差と錯覚と陰影を使い、複雑に入り組む様子が窺えた。


改めて中を見るKは、


“何等かの秘密か、団長の座を狙う存在が居たか…。 この複雑な造りは、明らかに脅威や敵意の存在を示す。 モンスターならば、違う遣り方をする筈だ”


と、学者らしい分析をする。


セシルからすれば。


「見難い、探し難い、解り難い…。 地下って、まさか人でも閉じ込めてたんじゃ…」


「かも、な。 男が権力を持つと、欲しいモノを総て抱え込みたくなる。 金、女、趣味…」


「キモチ悪いっ」


さて、その捜索の最中のことだ。 オブジェの一つとして青いガラス玉が、食堂に置いて在った。 皆はスルーしたが、Kはその石を指差して。


「トラップグラスだ。 中身は、丸い水晶だぞ」


エルレーンが青いガラス玉を持てば、置かれた下側が開く構造をしていて。 その中身は、確かに丸い水晶なのだが…。


「本当に、水晶だわ」


見詰めるエルレーンへ、


「エルレーン。 それは、記憶の石だ。 中身を見てみろ」


と、Kが更に教えて来る。


「え゛っ、これが・・オールドアイテムの…」


セシルと2人して、中身の記憶を見てみるエルレーン。 だが、もう記憶が消えていた。


その後、屋敷を回ると、ガラスで填め殺しにされた絵を発見。


K曰わく。


“超魔法時代期に持て囃された、塗り潰し作風の大家、ベールカローの作品だな。 他の古い作家と比べると、作品が今にも残る作家だが。 これはおそらく、未公開の作品だからよ。 一般の取引値で・・10万以上。 マニアなら、その五倍は出す”


と。


その他、宝物庫も発見。 中身は殆ど無く、仕舞われた武器や衣服はボロボロ。 服の装飾に使われていた、カフスやベルトに嵌っていた宝石を幾つか入手した。


その宝物庫のめちゃくちゃな様子を見たセシルは、力んでイライラし。


「こんな大事な所で戦うなよ゛ぉっ! モッタイナイっ!!」


命懸けの最中のことだろうと、ステュアートは苦笑い。 オーファーは、呆れ顔に成る。


さて、地下の隅々まで見て回った後。 地下階段を上がって中庭へ。 どうやら、女性を住まわせる小部屋が在る庭で。 そのスッチャカメッチャカの部屋を探せば…。


細長く、外側の色落ちが目立つ木箱を探し出したKが。


「これは、今日一のお宝になるかも・・だな」


それは宝石箱らしく。 開けば、ネックレスとブレスレットとサークレットと指輪が在り。 その周りには様々な形に加工された、多種多様な宝石が在る。


横から覗くエルレーンは、その身に付ける四点のアクセサリーを見るまま。


「スゴっ、この指輪とブレスレットは、多分プラチナだわ。 ネックレスとサークレットは、純金みたい…」


小石から放たれる魔法の光で、同じく見るKが。


「全て、一級品のモノホンだ。 然も、過去に廃れた〔チェンジパーツジュエリー〕の一式だぞ」


宝石と云うだけで、人一倍に興奮するセシル。 Kの抱き付き。


「センセェっ、それってなぁ~に~」


気色悪い甘えた声に、目を細め引くKだが。


「その昔、王族を中心に持て囃されたアクセサリーの類だ。 ブレスレットやネックレスとは別に、目玉となる宝石を自由に付け替える事が出来る仕様なんだよ。 ホレ、アクセサリーをよく見ろ。 宝石を嵌め込む、専用の窪みが在るだろう?」


「ほ・ホントだぁっ!」


背負われたステュアートは、その話で色めき立ったセシルやエルレーンの方に。


「それ・・値打ちも凄い・て、ですよね」


立ち上がったKは、目の毒と箱を閉じ。


「歴史的な価値観を含めたら、莫大な金に成る。 アクセサリーとしてだけでも、100万は軽く超える」


これには、アンジェラも含めて皆が驚愕。


その全ては、一級品の宝と同じ。 こんな物品を持ち歩けば、夜な夜な悪等から狙われる恐れが有るし。 今回の調査の主体は、街が出した依頼。 調査とした以上、発見物についての所有権は、向こうも主張するだろう。


「物品は・・街に、あ、預けましょう。 博物館なんかで、この辺りの・・歴史と一緒にすれば。 全て・・皆が共有・できます」


ステュアートと云う若者の精神は、親と周囲の環境から立派に育ったらしい。 歴史や知識を世界的な財産として、皆に知り理解する権利が在ると云うのだ。


発見した以上、所有権は冒険者に在ると喚くセシルを余所に。 Kは、ステュアートを見返すと。


「ステュアート。 お前こそ学者にでも成れよ。 下手な知ったか学者より、ずっとマシな学者に成るぞ」


だが、背負われているステュアートは、弱った笑みでKを見て。


「あはっ、ははは・・。 でも、ケイさんには・・・一生勝てませんからね」


他を探す為、物品を抱えて庭へ出る一行。


欲しがるセシルに、エルレーンは手を焼く。


そんなセシルに、ステュアートが。


“セシル、これはこの滅びた町の物だよ。 この所為で、冒険者が来てモンスターの蔓延る町に変わったんだから。 こんな身分に合わない高価なモノ、持たない方がいいよ。 それより、こうしたモノを調査依頼で全部持ち出して、この町に宝の存在を無くさないと。 また、次々とひっそり来る冒険者の所為で、また死人の町に変わっちゃう”


似たような説明を先にKがしたのに、ステュアートの説明ではすんなり納得したセシル。


呆れ顔からせせら笑いすらするKとエルレーン。


“完全な夫婦仲だ”


“言えてるわ”


“今後、寝る部屋は一緒でイイぞ”


“え゛ーっ、セシルが子供でも身ごもったら、引退じゃない?”


先行して駄話をする2人からして、ステュアートとセシルは似合い過ぎる。


その後、装飾剣やら年代物の壺を発見して、この屋敷の調査は終了。 次に、商業の中心区域へと。


まだ残る工房を見て回るステュアート達は、もう廃炉となる焼き場や埃塗れの朽ちた工具の残骸に。 町が滅びた時間を新たに見る。


丸一日を掛け、夜まで町を見回って。 様々な遺物を拾い集めた。


この夜は、燃やせる物が在る町中で休む事にする。


火を熾し、その火で暖まる一行。 荒野は、昼と夜の寒暖の差が激しい。


Kの転がして来た噴水池を構成した石に座り、自分を背負っていたオーファーの肩を揉むステュアート。


食糧が足らないと、チマチマ干し肉を噛み潰すセシル。 座り方は、女座りで在るが。


「う゛ぅ、マギャロでも食いたい…」


と、またマギャロに引かれそうな事を云う。


終始俯くアンジェラを、オーファーは密かに心配したが。 今の彼女には、誰の心配も目に入らない。


今、Kは居ない。 燃やすモノを集めに行った。


そんな中、火を見詰めるエルレーンが。


「ぶっちゃけ、今回の依頼は為に成ったなぁ…」


そんな事を云う彼女を見るセシルも。


「アタシも…」


エルレーンは、まだ剣を握れ無い右手だが。 そんな手を見詰めると。


「無我夢中で戦ってる時、自然と間合いを見計らって、今まで感じたことの無い手応えを感じたわ。 全部じゃなくて、無論のこと時々だけど…」


セシルも、小麦粉を練ったモノをカリカリに焼けた、パンに近いものを手にすると。


「魔想魔法って、じっくりイメージするって思ってた~。 でも、一瞬一瞬の集中とイメージだけでも、それなり発動するって解ったわ。 ユルユルで魔法を遣ってたら、ぜーったいに解らない境地だわよ~」


スープらしきに仕立てた塩味の汁を、ステュアートと分けるオーファー。


「私も、似たような事を感じたぞ。 我々が必死に成るような戦いを、あのケイさんはどれだけ潜り抜けたやらな…」


だが、火を見たステュアートは、少し遠い眼をして。


「僕が、早足させたんだよ」


と。


仲間に見られたステュアートだが、そのまま火を見詰め続けて。


「ケイさんに、ミルダさん達を助けて貰った時から、次々と腕に合わない依頼を請け続けちゃった。 今回の依頼が回ったのだって、本当に無謀過ぎる事だったんだ…」


その一点に於いて、同じ思いだったオーファー。


「そうか、そうゆう事か…」


2人して納得するが、セシルは解らないから。


「ナニ、ナニナニが?」


オーファーは、塩味の汁を飲んでは。


「詰まり、リーダーを任されたステュアートが、出来る限りのことを望んだのだ」


「うん」


「だが、ケイさんが一人でそれをやったとしても、もうステュアート等我々が関わらない形には出来ぬ」


「うんうん」


「今ですら、ケイさんを引き抜く輩が出る傍ら、一方では我々のチームには注目も集まっている」


「ふぅん」


「依頼をこなした実績は、もう変わらぬ。 ケイさんが抜けた後、他の街に行けば…」


「あ゛、下手するとこんな難易度の依頼を回されるかもぉ」


“漸く同じ考えの処に近づいた”


と、頷いたオーファー。


「そうゆう事よ。 ケイさんは、何時そうなっても良いように、この依頼にて我々に機会を与えた」


「ふぅいぃ…」


其処へ、エルレーンが。


「難易度の云々じゃなくても、依頼を深く掘り下げた場合には、どんな困難が待ってるか~。 遣るだけてイイって思っても、ミルダのことみたいに、アンジェラ達ことみたいに。 何か突発的な事態にぶち当たって、もし手を出すとしたら・・・生半可なことじゃ~こっちが死ぬもの。 ケイって、よく先々まで見通してる気がするわ」


其処へ、またステュアートが。


「ケイさんの力を借りるって、やっぱり凄いことだよ。 でも、その代償はやっぱり在るんだ。 ケイさんが居なくなる前に、ちょっとでも出来るように成らないと…」


然し、エルレーンからして。


「まぁ、ね。 でもさ、ステュアート」


「ん?」


「その怪我は、絶対に無駄な怪我よ」


「あ・・・やっぱり?」


「当たり前でしょ? 幾らセシルとアンジェラにモンスターが向いたからって。 無理やりにリーダーが、真ん前に飛び出すからよ。 注意を促せば、セシルが矢を撃てたわ」


その意見には、オーファー同意見と頷いた。


「あの間合いならば、ステュアートが盾に成るべき切迫した距離には無い。 確かに、無駄な行為だった」


「やっぱりかぁ…。 僕が出張ったから、僕自身が危なくなってこのザマだもんな…」


一方、口に出さないが、身体中がまだ痛いエルレーン。 然し、今は遣り切った感覚に包まれていて。


「ま、と~に~か~く、後の話はサ。 街まで生き抜いてからにしよう。 まだ、3日・・ううん。 4日は、あのモンスターだらけの荒野を歩くでしょう?」


傷痕だらけのセシルは。


「う゛ぅ、ケイが居なく成った後は、毎回こんなかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。 自力と、美味しいモノが欲しいぃぃぃぃぃぃ」


その喚く姿が化け物じみるセシルに、オーファーは身を離し。


「貴様、妖気が出ているぞ。 この場の力に、当てられた訳では在るまいな…」


「ルッサイっ! 毎日毎日、亡霊やら死霊やらモンスターやらと戦えばっ、こんな風に成るンじゃーーーい゛っ!」


だが、Kの加減した参加には、誰も文句は言わない。 不満が有るのは、黙って居るアンジェラのみだ。 この数日、毎夜ヘバるまで色々と働かされた彼女は。


『モンスターの討伐ぐらいはして欲しい』


とKに文句を重ねた。


今、仲間の話を黙って聴く彼女の胸中は、とても複雑だった…。



         ★



さて、場所をバベッタの街へと変えて、この同日の朝。


良く晴れた空の下。 バベッタの街より、ミラの連れた冒険者達が荷馬車に乗り込み、街から北へと出て行く。


調査討伐の参加冒険者は、総勢21名。 仮のチームとして、特殊依頼に当たる事例だが。 若い冒険者達は、緊張感に固まる者も居れば、全く逆に良く喋る者も…。


一番大型と成る荷馬車の運転席に、御者と並んで座るミラ 。 白く長いスカーフを頭に巻いて、コルセット型の女性用の黒いブラウスの様な上着と。 タイトで足元より膝近くまてスリットの入る、柔らかい材料の黒ズボンを穿いていた。 杖は無く、指輪を嵌めている。


ミラの隣に居るのは、女性だが兵士らしき格好の御者だ。


ミラは、その御者の彼女へ。


「アンナさん」


「はい?」


「最初の目的地は?」


「はい。 北西の運河沿いと成る町へ向かう分岐路より、東に入って少しの所です」


「もしかして、あの深い裂け目の辺り?」


「そうです。 報告では、マギャロの群れが襲われた形跡が在り。 その数は、数十に登るかと…」


「マギャロって、こっちにも来るのね」


「最近、とっても良く見掛けます。 北東の山で、繁殖し過ぎた所為かも知れません」


この意見を受けたミラは、人間が襲われる前の餌食となるマギャロだから。


「こんな言い方は、マギャロには悪いけど。 増えてくれる事に越した事はないわ。 居なく為られるより、ずぅ~っとマシ」


馬を操る若い兵士のアンナは、笑って返し。


「でも私は、マギャロって好きですよ。 大人しくて、可愛らしいです」


「あら、あの醜い鳥が?」


「はい」


今日は、本当に良く晴れている。 快晴だが、風が普段とは違う向きの為に涼しい。 日差しは夏だが、風が北風だった。


荷馬車の荷台では、剣士トラストと僧侶アフルが2人並び。 真ん中より奥にて、幌側の縁に居る。


アフルは、フードを被りながら。


「天気も良く、旅には支障が無さそうですね」


「えぇ、その様ですな」


「トラストさんは、あの解散したチームにずっと?」


「いえ。 少し前のこと。 偶々、彼等がモンスターと戦う場所に出くわしまして。 一緒に戦っていて、後に勧誘されました」


「なるほど。 此方側の街道は、この時期は危ないのですね」


アフルのその話の流れに、トラストも乗っかる。


「貴女は、あのチームにずっと?」


「いえ。 別の魔術師の方と一緒に、途中から加わったのです」


「ほう」


「一緒だった魔術師の若い女性は、何故か途中で抜けてしまいました」


「それは、報酬の取り分などで?」


「いえ、別の不満だと思われます」


「なるほど…」


淡々として話し合う2人。 冒険者としての生活が長い為か、無駄に多くを聴いたりせずとも察するお互いだ。


その2人の前では、4・5人の若い冒険者達が喋っていた。


「なぁ、初めての依頼がこんな形に成るなんて、ちょっと驚きじゃないか?」


「そうね。 でも、主さんには感謝しないと」


「だよねぇ~、経験も得られるし。 お金も貰えるしサ~」


「ンだけどサ。 鮫鷹ってモンスターだバ、空を舞うんだろが?」


「みたいだ」


「結構な数で群れるらしいわ」


「オラ達みたいな魔術師サは、魔法を放てるからいいだけンど。 武器を手にする冒険者さんバ、ど~するんだバな」


「あら、魔法が万能って、タダの思い込みよ」


「だろうな」


「唱えるまでの集中とか~、発動までに時を要するかんな~。 動きながら発動したり飛ばすって、俺たちじゃまだ無理だし…」


「近接の攻撃と中距離の魔法って、協力次第では何でも出来そうだよ」


「あら、そんな間合いを、貴方が確保なんて出来るかしら~」


「ウフフ。 私達、まだチームも組んだ事の無い、‘駆け出し’ですよ~」


17歳から22歳までの魔術師達。 戦闘の経験も無い者ばかりだから、こんな様子も仕方ない。


その遣り取りを見る中年剣士のトラストは。


「主殿は、なかなかに人を見ているのだな。 確かに、こんな無知の若者が集まっていても、冒険者として旅立つのは大変だ」


アフルも微笑みながら。


「それでも、生きる為の知恵や経験は必要です。 あの姉妹のマスターは、態と調査を作ったかも知れませんよ」


「‘態と’、か」


呟いたトラストは、気を引き締めた。 トラストも駆け出しの頃、まだ駆け出し同士の冒険者のみでチームを作った。 和気藹々としていたが、僅か4日でチームは解散する。


(仲良しと至っても、いざという時は…)


当時、初仕事でモンスター退治を請けたが。 仲間が3人も喰い殺されて。 怯えた者が、更に怯えた者へと責任転嫁し、いがみ合って別れた。 苦い体験だった…。


さて、初日の昼頃。 街道の分岐路より荒野へ入り。 昼下がりには、目的地へ。 雨に浸蝕され、風で削られた大地が段々と登り、奈落の様な裂け目まで登る手前にて。


涼しい風を受け降り立つミラは、辺りのオーラを感じて。


「群れてるわ。 向こうに一つ、山側に一つ…」


その2つは、かなりの数の群れと察するミラ。


然も、左側より嫌な気配がして。


「向こうからも、モンスターが来てるわね」


指差したミラに習い、冒険者達が一斉に其方へ。


すると、視力の良い狩人の若い男性が。


「微かに見えてます。 植物の様な・・花が大きく、背丈もそこそこ高い」


彼の情報を得たミラは、嫌なモンスターを想像する。


「ヒマワリの姿をしたモンスターや、花が低い位置に在って池みたいに大きい個体のモンスターは厄介なのよ」


狩人の若者は、小さい影ながらに目視で確認。


「あの黄色い花は・・ヒマワリかな?」


「こんな処で、もう…」


ミラが相手を嫌がると、4人のチームのリーダーをする朴訥な大男が。


「そのモンスターは、此方が引き受けよう」


その進言を聴いたミラだが。


「それは構わないけど。 真正面から近接攻撃するのは、殺して貰いに行く様なものよ。 左右から手分けして、死角を攻めて頂戴」


「ふむ、解った」


長刀の刃がやや長い、そんな得物を携えた彼が歩き出せば。 その脇や後ろを、仲間の剣士やら斧を遣う傭兵やらが着いて行く。


其処で、一人の女性がミラの前に進み。


「マスターさん。 私も、あの方々と一緒に行きますわ。 魔法ならば、真正面からでも距離を取れば宜しいのでしょう?」


若い魔術師達の中でも、一番冷静に見せている長身の女性魔術師が言う。 陽の光に当たると、緋色が栄える黒髪を長くし、コート風の上着の背中に入れている。 黒いブラウスと帯を巻いた様なスカートなのか、ズボンなのか解らない出で立ち。 左手には、水晶の玉が付いたステッキを持つ。


一緒に行くと知り、ミラはサバサバとした様子にて。


「構わないわよ。 ただ、仲間に魔法を当てる様なヘマはしないでね」


と、注意を返した。


若い女性魔術師は、頷き返す流れで。


「顔と成る花だけを狙います」


そんな彼女を見て緊張感を増すのは、他の若い魔術師達。


だが、ジワジワと近付きつつ在る鮫鷹の群れ。 ミラは、若い魔術師達へ。


「ホラ、緊張だけしてちゃダメよ。 こんな合間こそ、モンスターの存在をオーラから感じなさい」


ミラに言われ、慌てて感じ始めた彼等。


然し、このオーラ感知とは、個人差の激しい才能で。 見え方にも統一性は無い。


例えば。


自然界の精霊の力が強く見えていて、その中に虫食いの様にモンスターが見える者。


また、精霊の力が煌めきの様に見えていて。 モンスターは、どす黒く光って見えるとか。


変わった者では、モンスターのみが波紋の様に見えて居る者も…。


大まかに見える場合は、感知能力に才能が無いか。 もしくは、その能力の磨きが足りないか。


さて、若い魔術師達の中には、ぼんやりとしか見えてない者も居て。


「あっちと・・こっちかな?」


「ちげぇだぞ。 あっちと、こっちぞな」


「厳密に言えば~、東北東と、東南だよ」


そんな彼等の周りでは、以前に違反者の通報に来た地元の根卸しとなる冒険者達も居た。


(ミラったら、こんな若い子ばっかり…)


夫婦で店を営む魔術師の妻の方が、遠足みたいな雰囲気が抜けない魔術師達を見て、不安を夫へと呟けば。


(だが、違反者に着いて行かれる様な事も困るだろうし。 こんな彼等だけでチームを組めば、その行く末は目に見えている。 主として、経験を見せたいのだろう)


(優しい限りだわ)


(ま、稼ぎにも成るから、そう言うなよ)


夫婦がヒソヒソと話をする間。 武装した初老剣士と、槍を持った若い傭兵が並ぶ。


初老の剣士は、スラッとした身体に黒い鎧を着て、渋みの溢れる顔をそっと隠すが如くテンガロンハットを被り。


「若者、緊張してるか?」


太い身体だが、筋肉質のガッチリとした大柄の槍を持つ若者へ一声を掛ければ。


「はい。 正直、鮫鷹と戦うのは初めてです」


鋼の全身鎧に、鳥の頭部を模した金属製の兜を被る彼が返す。


初老の剣士は、その若者の雰囲気から。


「長柄の武器が得意らしいが、鮫鷹は追って倒せるモンスターじゃない。 向かって来る処をどう倒すか、それが重要だ」


「あ、はい」


「魔術師が多いから、撃ち落としは向こうに任せろ。 怪我をして飛ぶ個体や、向かって来る個体にのみ集中していい」


「はい」


「調査だから、討伐本位の仕事じゃない。 怪我するだけ、馬鹿を見るぞ」


仕事に慣れた剣士の男性に言われ、若者は気負う余りに困った。


そして、若い魔術師達を挟み、反対に居る者達へ代わって。 狩人の若々しい青年は、年増の中年女性と成る狩人と並んでいる。


「いよいよ、群れとの戦いだよ。 矢は、補充が利くかい?」


唇が厚く、細目の年増となる女性狩人。


並ぶ若い狩人は、金髪が長い中々の美男。


「矢尻の換えや木の枝は、荷馬車に在ります」


「そうかい。 鮫鷹は群れる分、動きが素早く数が多いから狙いは意外と難しい。 魔術師達の撃ち漏らしや、攻撃に移る個体を狙うとイイさ。 怪我人を出さない事が、長丁場と成る依頼のコツさ」


「はい」


話が重なりそうこうする内に、東南の方角に空を飛んで来た黒い影の群れが現れる。


ミラは何よりも先手必勝と、若者達が怯える間を与えることを嫌ってか。


「見てなさいっ」


短い詠唱から大剣並みの大きさとなる魔法の剣を生み出し、魔法の届くギリギリの距離まで飛ばした。 鮫鷹の群れに突っ込ませ、剣が一人勝手に暴れているかの様に振り回し。 最後には炸裂させて、鮫鷹の群れを二割は削った。


夫婦の魔術師2人も、ミラに続いて飛礫の魔法で更に数を減らす。


そんな年配者3人に触発されてだろう。 大柄で田舎言葉が抜けない四角顔の若者が。


「魔想の力は・・・想像から創造する力だバ。 ワレの敵を砕く飛礫と成れっぺっ」


初の対モンスターと云う割には、形は成した魔法が出来上がる。


「い゛っ、いくどぉぉぉ・・それぇっ!」


魔法を受けた後、また集団に戻りながら近くへと来た鮫鷹に、彼は杖を振り向けた。


その飛んで行った飛礫が、数匹の鮫鷹を撃ち落とす。


然し、見ているミラは、


「飛ばした後も気を抜かないっ! 炸裂は、自分で行いなさい。 魔法の崩壊に任せては、威力が半減してしまうわよ」


と、注意を飛ばす。


これに、残りの魔術師達も魔法の詠唱に移る。


代わって、槍を持つ傭兵の若者へ、テンガロンハットを被る初老剣士が。


「さぁ、俺たちも前に出るぞ。 魔法を喰らって弱ったヤツ、急降下して来るヤツに的を絞れっ」


「了解ですっ」


また、既に矢をつがえて引き絞る狩人の2人。 射的圏内に入る鮫鷹へ、次々と矢を射る。


年増の女性狩人は、ツバメの様に翻った鮫鷹も見事に射抜く。 反応射撃には、相当な自信を持つのだろう。


然し、若者の方は指の間にそれぞれ三本の矢を挟み、正確に狙って次々と射る。 ‘連射’とか、‘連狙射撃’などと云う技能で。 熟練者は、これを動きながら行える。


夕方、鮫鷹150匹ほどの群れが、全て潰された。 群れ2つで、250から300超。


辺りを見回すミラは、


「近場のモンスターは、ざっとこれだけね。 倒した群れに、またモンスターが群がるだろうけど。 時間は稼げるわ」


兵士で御者の女性は、鮫鷹の塁を築く死骸を見て。


「流石に、冒険者ですね。 こんな群れを、短い間に…」


夜営施設に向かって貰うミラは、この女性と肩を並べると。


「もっと危険な場所に行けば、この程度の戦いが何度も続いたりするわ」


「それは、溝帯の方ですか?」


「例えるならば、溝帯もその一つだけど。 世界には、こんな危ない場所が沢山在るのよ」


「なるほど…」


ミラの後ろからは、既にバテている魔術師達が続く。 魔法を集中して数発ほど発動させただけで、精神力を消耗して疲労困憊の様子。


さて、植物のモンスターを倒した4人と女性魔術師は、既に馬車へ引いていた。 2人ほどか、怪我をしたのだ。


荷馬車に乗り込む冒険者達は、もう一仕事を終えた状態で在る。


だが明日は、この様な場所を二カ所も回り。 モンスターが目立つならば、数を減らす行動に移る。 この若者たちが多い面子で、乗り切れるのか…。


ミラ達一行は、街道の途中に在る砦脇の夜営施設へと。 御者の女性兵士は、荷馬車を簡易的に作られた厩舎に連れて行った。


此方の夜営施設は、円形の東屋の様な石造のもの。 疲れた魔術師達は、床を掃く気力も無く寝てしまう者が多数。


食事やら雑談をする余裕が在るのは、やはり経験者を中心で在る。 怪我をしたチームの2人も、魔法で塞いで貰った後は、床を掃くなどに動いていた。


戦いに参加したトラスト、怪我人を診たアフルだが。 2人は寧ろ余裕を持って、旅の経験を交えて若者達と接するのだった。


この日の夜は、ステュアート達の方も、ミラ達の方も。 離れては居るのだが、誠に静かなるままに終わって行くと思われた。


が、


“旅に、危険は付き物”


こう云うのは、世界の常。


そんな事態に成ったのは、安全な場所に居たはずのミラ達で・・。


一行が寝静まった真夜中。 一人の怪我をした商人が、街道から兵士の休む砦へと駆け込んで来た。


「大変だあっ! もっ、モンスターがっ、出たぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


街道にモンスターが出るのは、全く不思議では無い。 無いのだが…。


モンスターと云う事で、兵士より起こされたミラ達。 疲弊して潰れた魔術師達以外で、兵士と一緒に現場へと向かう。


処が、何故か向かうのは、溝帯とは逆の西側。


“駆け込んで来た商人は、何処を通って来たのだろう”


と。 おそらく兵士達も、冒険者達も、驚き首を傾げたことだろう。


さて、街道より西へと逸れて、道無き荒野に入り。 松明やら魔法の光で照らしながら急ぎ、その先で見えたモノとは…。


暗夜の荒野を蠢き、何かに向かって動く大きな大きなモンスターの姿。


そのモンスターを見て、ミラはその眼を最大まで見開く。


「う、ウソぉ…。 な゛っ、何で・・このモンスターがっ?」


その彼女の周りでは、一緒に付いて来た冒険者達が、相手の大きさに腰を抜かし掛ける。


「で・デカいっ」


「あ、あ・・アレは、何っ?」


と、口々に云う。


また、一緒に来た兵士達は、その大木の上のような位置に在る、馬鹿デカい頭の様な花を見上げ。


“とても戦える相手では無い”


と、怯えて逃げ腰と成った。


ミラ達の前に居るのは、樹齢数百年は経た大木のような高さの緑色の太い茎を持ち。 とても高い位置に、楕円形の黒い花の縁取りを持つ中には、醜悪なる人の顔のような表情を持つ異形と云える植物のモンスターだ。 然も、太い茎の所々より伸びる、長く太い蔦か触手は、大蛇でも蠢いているかのようで。 地面に目を移せば、枯れ木の根っ子の様な足を持つ。


兵士達や冒険者達は、そのデカいモンスターに戦意を喪失。


「デカ過ぎるっ」


「見ろっ、荷馬車を襲ってるぞっ!」


「馬が逃げて行くのに、あのモンスターは何を襲ってるんだっ?」


その根っ子付近の横の幅だけで、ミラ達が乗っていた荷馬車の数台分に相当する。 然し、肉食と云う訳では無いらしい。 二台の荷馬車を壊しながら、触手らしき蔦の腕を使って、壊した荷馬車から何かを掴んで、高い位置に在る馬鹿デカい顔の花へと運んでいた。


「デカいぞ、何てデカいモンスターだ…」


4人のチームのリーダーが、珍しく口を開いて呟けば。


何かに気付いたミラは、一緒に来た兵士達を束ねる兵士長の男性へと駆け寄る。


「ねぇっ、チョット! あのっ、駆け込んだ商人を捕まえてっ!!」


顎髭を切り揃える短髪の兵士長は、今のこの状況下で、それはどうゆう意味かと。


「何故だっ?!!」


「あのモンスターは、西側の霧に包まれた山の奥に隠れた、巨大な古代洞窟に潜むモンスターなの。 あのモンスターが好むのは、その洞窟に生える大きなキノコ」


「キノコぉっ?」


「でもっ、そのキノコってね。 幻覚とか快楽を引き立たせる、ある種の毒薬の原料なのよっ!」


「なぬ゛ぅっ?」


「ホラっ、見てっ!」


その馬鹿デカい植物のモンスターを指差したミラ。


「あのモンスターがっ、蔦の様な触手で食べてるでしょっ?! 赤や黄色の傘をした、大きなキノコをっ!!!」


彼女が指輪から発する魔法の光にて、それを照らせば。 同じく見て確認した兵士長。


「と云う事はっ、あの駆け込んで来た商人は・・・違法な植物採取の犯人かぁっ?!」


と、驚いた。


このデカいモンスターと戦える戦力が、今は無いと察するミラ。


「あのキノコを食べれば、あのモンスターは此処から去るわ。 下手に攻撃して刺激すれば、全滅覚悟の戦いに成るっ!」


「た・確かに…」


「モンスターより、商人の方が危険だわっ。 何の為に、あんな危険なキノコを採取してたのか…」


「うぬ゛ぬ・・、我々を謀りよったかぁっ!」


これは一大事と、砦へ引き返す事にした兵士長とミラ。 冒険者と兵士達が揃って引き返せば。 砦では、残った兵士数名が倒れていた。


「こっこれはっ、なんじゃあっ?」


血を吐いて動かない兵士達の姿に、モンスターを見た以上の様で驚く兵士長。


現場を観察するミラは、床に割れたカップから立ち上る、気持ちが悪いぐらいに甘く香る臭いに…。


「商人を捜してっ」


と、冒険者達を動かす。


然し、駆け込んで来た商人は、何処にも見当たらず。 倒れた兵士達は、皆が死んだ。


また、厩舎では、御者の女性兵士アンナが頭から血を流して倒れていて。 然も、早馬に使う馬一頭が消えていた。


その状況よりミラの推測から。


“兵士が、商人より事情を聞こうとしたが。 何かを言い訳に、商人が毒薬を混ぜた紅茶を作ったのだろう。 それを飲んだ兵士達は、次々と倒れてしまい。 逃げる商人は、馬番をしていた彼女を何かで殴り倒し。 馬を奪って逃げ出した”


と、こう考える。


怒りに駆られた兵士長は残る荷馬車の馬二頭を使って、バベッタと北の国境前の夜営施設に通達をする。


朝、女性兵士アンナが目覚め無い為に、徒歩で近場の目的地に向かったミラと冒険者達。


まだ、涼しい風が吹く為、汗は殆ど掻かないものの。


(久しぶりに歩くと、膝に堪えるわ…)


膝に鈍い痛みが走るとは、やはり冒険者として身体が鈍って来ていると実感。


午前中には、モンスター目撃報告の多い場所へとやって来た冒険者達。 鮫鷹の代わりに、人喰い植物やらゾンビやらと、彼方此方に蠢くモンスターをざっくり討伐した。


若い僧侶の一人をアンナの看病に残して来た為。 この辺りの調査は浅くに留めて、ミラは次の場所へ。


次の場所は、荒野の陥没地に水が溜まる辺り。 野生生物も水飲み場にするから、モンスターも集まり安いのだが…。


昼過ぎに、この場所へと到着したミラは、その水飲み場周辺の地面を見て。


「あらイヤだ。 これ、〔ホタバノスパイダー〕が巣喰ってるじゃないっ」


知らない名前のモンスターだから、他の冒険者達がミラの回りに集まる。


〔ホタバノスパイダー〕は、毒蜘蛛のモンスターの中でも、ちょっと異質な存在だ。 基本的には、溝帯の北部。 北の大陸中央北部に在る、スタムスト自治国の南部周辺に湧くモンスターなのだが…。


ミラは、中年の女性狩人に、


「ほら、大地の彼方此方に、ボコボコと浮き上がる地面の丸い部分。 どれでもイイから、一つを弓で撃ってみて」


と、頼む。


「射ればいいのかい?」


「えぇ。 但し、私の前に出ないで」


彼女は、首を傾げながら、最も手前の一つを射た。


だが、矢が地面の丸い盛り上がりに突き刺さった瞬間。 ボコっと音を立てて、盛り上がりが蓋の如く開いた。


「わ゛っ」


「ヒィっ!」


若い冒険者達が、驚きと同時に悲鳴を上げた。


処が、悲鳴は更に続く。


何故ならば、身体が長細くも、大男よりも大きな腹部を持つ大蜘蛛が、空いた穴より這い出て来たからだ。


ミラは魔法を唱えて、その大蜘蛛を攻撃。 細長い足を三本失ってヨロめく大蜘蛛は、別の大蜘蛛の潜む蓋に乗っかって、別の個体に襲われてしまった。


怯える若者達の視界の中で、モンスター同士の共食いが起こる。 穴から飛び出し、下より仲間へと食い付いた大蜘蛛は、同じ仲間の蜘蛛を持ち上げ。 ぷっくり膨らむ腹より糸を出し、その蜘蛛をぐるぐる巻きにする。


その様子に、若い冒険者達は何も言えず固まる。


一方、魔法遣いの夫婦の夫の方が。


「ミラ、この盛り上がった蓋の下には、全て蜘蛛が入っているのかい?」


「間違い無いわ。 オーラの様子からしても、ほぼ全てに潜んでる」


妻の方は、大地の盛り上がりを指差し。


「これ全て・・潰すの?」


「まさか、そんな事をしたら、蜘蛛が一斉に這い出して来るわよ」


「え゛っ? こっ、この穴、全部から?」


「魔法や戦う振動が伝われば、次第に誘い出て来る。 誘き出して倒したとしても、昼過ぎの今からじゃ10か20で手一杯。 この辺りに巣喰ってるのを全部なんて、とても私達じゃ無理よ」


一応、ものは経験と一匹二匹ほど倒すとしたが…。


「想像より出よっ、けっ、剣よぉぉぉっ」


一人の若者は、魔法を発動するも大きさを制御できず。


また、別の若者は、狙いを誤り大地に魔法を打ち込んだ。


魔法を若者達が放てば、魔法を唱える事だけに集中し過ぎて、一点集中も利かない。 炸裂する衝撃に因る振動が地面へと伝わり、次々と大蜘蛛を地上へと晒す結果になる。


初老剣士は、誘い出した一匹二匹を、数名の冒険者達と相手するだけで手一杯。


「ミラっ! こりゃあヤバいぞっ!」


と、調査の域を超えてると心配した。


全く、試しに1・2匹を倒す想定が。 魔法のお陰で、連鎖的に17匹も倒す事に成った。


その大半を倒したミラは、疲労感は見せても、泣き言一つも言わず。 今、10匹辺りまで倒す間、一緒に倒すことに着いて来た、2人の若い魔術師を左右にヘタらせて居ながらに。


「冒険者に、想定外は常に付いて回るわ。 チームとして動く様に成ったら、疲れた・・じゃ死ぬかも知れないわよ」


と、冒険者稼業の厳しさを語る。


処が、熟練者と云える夫婦の魔術師ですら、もうヘトヘトで地面に座っている。 立って構え続けれたのは、ミラ以外だと狩人の2人と他トラスト等3名のみ。 その他は座ったり、寝転んで疲れきっていた。


ま、何とか怪我人は出さずに済んだが。 残る問題は、夜営施設までの帰路。 荷馬車が無いから、夜更けまで掛かって一行は戻った。


夜営施設に戻れば、あの女性兵士アンナが目を覚ましていた。 頭の外部には怪我が在ったが、幸運にも内出血はしていなかった様だ。


然し、一方では。


地下の一室には、5名の遺体が安置されている。 既に、鎮魂の儀も終えて、目や口には塩が詰められている。


また、バベッタより緊急として駆け付けた聖騎士と、率いた兵士の一団も居て。 若い御者の交代も、その中に居た。


この砦脇の夜営施設に戻り次第、気を失うほど疲れたと云う魔術師達。 その様子見や怪我人の治癒をする僧侶も、2人に戻ったとは云え大変だが。


砦に呼ばれたミラは、中年の堂々たる男性聖騎士から。


「モンスターの様子は、如何なものか?」


と、質問を受ける。


「活発期だから、例年通りよ。 ただ、普段は見ないモンスターまで出て来てるから、警戒態勢は引き上げも検討していいかも」


「ふむ」


「街道から外れる時は、命の保証はしない・・・。 それぐらいは、言っても差し支えないと思うわ」


「むぅ、そうか…」


「溝帯の中の異常発生が顕著化してるのかも…」


「ふぅ、モンスターに、殺しに、悪徳商人の逃亡…。 問題が手を繋いで来るみたいだ」


頭を悩ませる聖騎士は、ミラへ。


「怪我をした御者の交代も連れて参った。 調査は、是非に頼む」


「えぇ、そのつもりよ」


「それと、国境前の夜営施設に向かうならば、後一つ。 見回る場所を追加して欲しい」


「何処?」


「北西の荒野だ」


この話に、ミラはピンと来る何かが在り。


「もしかしたら、行方不明に成った兵士の?」


「あ、あぁ…」


ハッキリと返すのを一瞬だけ躊躇った聖騎士の態度から、近々に極秘依頼が来ると察したミラ。


(遂に、来るのね)


モンスターの活発期にあの岩山に入ると云う事は、それだけ危険も付きまとうのだ。


ミラは、心配を隠しなから。


「何処まで調べて来ればいいの?」


「深入りは、しなくて良い。 街道に影響を及ぼしそうな距離で良い」


「今回は調査だから、経験を積ませる為に若手を連れて来たの。 だから、正直な処。 深入りはもとより、大々的な討伐は出来ないわ。 内容に因っては、戻って直ぐに討伐依頼は作るけど。 其方からも、依頼の有無を話し合って下さいな」


「あぁ・・、解った」


こう会話を交わしたミラは、サッサと夜営施設に戻る。


そのミラを見た兵士の間では、エラい美人が来ているとヒソヒソ話が湧いた。

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