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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
216/222

第三部:新たなる暫しの冒険。 6

        第七章


   【様々な依頼と過ごす日々 2】


〔その12.ひょんなきっかけより生まれた目標と、小さな依頼の数々〕



その日は、朝から早々と霧が晴れて始めて、カラッとした日差しがバベッタの街に差し込む。


ステュアート達と斡旋所に来たKは、外に鉢植えの植物を出すサリーを見て。


「何だ、鉢植えか?」


Kの声で振り返ったサリーは、元気に頷き。


「“小玉ナス”と、“紅葡萄”の苗。 昨日、行商人さんから買ったの」


その鉢植えを見たKは、


「なら…。 こっちのナスは、虫が付き易い。 二・三輪、甘い香りの花を近くに植えろ。 この辺りには、花の蜜や小さい虫を捕食する小型の蜂が居る。 害虫も一緒に駆除するぞ。 それから、こっちの葡萄は、なりは小さいが蔦はお前の今の背丈ぐらいまで伸びる。 針金や棒で蔦の絡み付く場所を作れ。 鉢からはみ出さない幅でも、高さを出してやれば意外に伸びて、多くの実を付ける」


と、云うと。


「どれ、書いて説明してやろう」


開かれたままの斡旋所に言いながら入るK。


水を遣るサリーは、大きく頷いた。


斡旋所の中に入ったKは、カウンター席前でミラと話すステュアート達をそのままにして、通路からソファー席へ。 新しく買った羽根ペンを使い、サリーにも解る範疇で、今言った説明を書いて遣るのだが…。


其処へ、ミルダが来て、紅茶の入ったグラスをテーブルに置くと。


「ねぇ」


「ん、なんだ?」


「貴方ってば、サリーに“古代魔法文字”まで教えてるの?」


尋ねるミルダの顔は、ちょっと真顔と云うか。 小さな驚きを受けた・・と、言いたそうなもの。


然し、尋ねられたKは、大した事でも無さそうに書き続けながら。


「あぁ。 あれまで読み書き出来る様になれば、大概の本とて読めるし。 古い本や学術的な固有の名称や名詞の入る本でも、綴りや発音から解るだろうから。 覚えておけば、色々と応用も利く。 無駄に共通文字の固有名詞や名称など覚えるより、広く深く基礎を覚えた方がいい」


Kが、“自分が去った後も考えて居る”、と。 そう感じるミルダは、奇妙な優しさをこの男から察して。


「あら、意外と教育お兄さんね」


と、態と突ついてみる。


だが、


「まぁな~。 養い主が、なぁ~んも考えて無いからな~」


と、言い返されたミルダは、やはり勝てないと感じながら。


「それと、昨日ね。 サリーの市民権が取れたわ。 口添え、ありがとう」


普通にしても、他の移民の市民権獲得申請が受理されるよりは、サリーの審査期間は短い。 金が有る、商売をするなどの強みも無い以上、なかなか受理されない事らしい。


「そうか、それは良かったな。 だが、俺に礼を言うよりも、お宅や上ののんびり屋の旦那が、担当者に頭を下げたみたいだ。 ジュラーディは、それを見ていたらしいぞ」


「あらっ、・・そうなの?」


「そりゃあ~そうだろうよ。 徐々に腹が重く成ったらしい・・からと、あんまり動かない二階のネ~サマに代わって。 掃除や洗濯も、サリーは手伝いしてるんだろう?」


「えぇ。 姉のこと、とっても大切にしてくれてるわ。 まるで、自分のお母さんが妊娠したみたいに…」


「それならば、サリーの身の上も知る旦那だって無碍に出来ねぇよ。 ミラと一緒にやってるらしいが。 斡旋所での動きからして、ミラよりサリーの方が手際も良さそうだ」


「あらぁ・・、全部お見通しなのね」


すると、軽く鼻で笑うKは、ステュアート達と話し終えて二階に向かうミラを一瞥し。


「つ~か。 下手すると結婚も、サリーに先越されるんじゃないか~」


「ま、ヒドい」


Kの口の悪さには、ミルダも苦笑いを重ねるしか無い。


カウンターに戻るミルダと入れ替わりで、ソファー席に来るステュアート達。


「今日のお昼の一品って、何かな~」


セシルが食いしん坊ぶりを発揮し、書いて居るKを辟易させた。


その時、二階では。


二階のカウンターにて、姉のミシェルと対面するミラが。


「姉さん、今日の追加依頼は、これだけ?」


と、新しい依頼一覧を受け取る。


渡したミシェルは、新たに来た依頼の内容が書かれた手紙を持ちながら。


「そうよ~。 それから、ミラ」


「ん?」


「今日のお昼の一品は、ちょっと酸っぱいものがいいわ~」


「はいはい」


姉妹にて、こんな遣り取りが在る。


Kに悪口を言われているなど、姉妹は全く気付いて居なかった。


さて、話を一階に戻し。


ソファー席に座るステュアート達は、メニュー表の様な依頼一覧を見る。


一方、簡単な挿し絵の入った説明書きをKより受け取るサリーは。


「ありがとう。 お昼、焼いたお菓子も追加します」


と、手伝いにカウンターへ戻る。


その後、ステュアートと女性達3人が、依頼を見ながらあ~だこ~だ言う最中。


紅茶を軽く飲んだオーファーは、Kと隣り合っては。


「ケイさん」


「ん?」


「私は、この杖が馴染むので、魔法の発動体に指輪も必要ないと思います。 然し、貴方のお陰で小金が増えた」


するとKは、軽く顔をオーファーに寄せ。


「なら、気を付けろ」


と、身を戻すではないか。


意味がスッと解らないオーファーだから、その表情も怪訝となり。


「は? それは・・スリや泥棒と云う事ですか?」


「いやいや、女だ」


Kの話に、オーファーは目を丸くして。


「私が・・ですか?」


然しKは、ゆっくりと視線を動かして、此方を見ているセシルを眺め。


「男の天敵にして好物は、やはり女が筆頭だろう。 視ろ、食い気で散財するアホが居る」


一方、オーファーもセシルを見ると。


「確かに…」


と、警戒する。


2人から言われたセシルは、ムッとした顔に成り。


「誰が盗るのよ。 色仕掛けもしないわよっ」


と、そっぽを向く。


薄笑いを浮かべたオーファーだが、またKを見て。


「処で、何か金を使う道で、面白そうな事は在りますかな?」


そう話を振られれば、大概の事は経験していそうなKだから…。


「そうさなぁ・・。 更に貯めるって気が有るならば、銀行に口座を持つのも面白い」


「ほう、冒険者協力会と人と金を二分する、独立した組織の〔世界銀行〕ですか…」


「ん」


そんな2人の話に、今度はエルレーンが加わり。


「そう言えば・・【銀行】って確か、商人と貴族と王族しか行かない場所でしょ? 冒険者が行ったって、相手にしてくれないと思うけど」


エルレーンのこの意見には、ステュアートやアンジェラが頷く。


そんな意見を受けたKは、新たに来たチームがミラやミルダに対し、何かを頼み込む様子を見ながらに。


「それが、そうでも無い。 実際、俺だって口座を持つしな」


Kの話には、ステュアート達一同が覚めた態度をする。


“ケイは、特別”


と、言わんばかりだ。


そんな仲間の態度を余所に、Kは焼いた豆の入る小袋を取り出して。


「他に、冒険者にも口座を持った奴は居る。 上位20傑に入るチームの中には、そんな奴が居るぞ」


と、二粒ほどをポリポリ。


彼の対面に座るアンジェラは、貧しい農家の出身だからか。


「その・・“口座”、と云うものは、どうしたら持てるのでしょうか?」


と、興味津々に尋ねて来る。


「ん~・・、査定基準は、その作ろうとする相手の地位や生き方なんかで変化するぞ」


と、また豆を食べたK。


其処に、少しばかり知識の有るオーファーが。


「王族や有名貴族ならば、おそらく楽に開設が可能と思う。 金が即金で払える云々より、一番はやはり信用の存在。 失うモノが大きい者ほど、開設は簡単と聞きましたな」


「その、‘信用’・・とは?」


「はい。 “口座”を悪用したりした場合、地位や名誉や権威の在る方ほどに、その失墜してしまうモノが多い」


「まぁ、そうゆう基準ですの?」


紅茶を飲むKは、口の中を空けると。


「冒険者が作るならば、大陸を渡って別の国へ行ったとしても、駆け出しの仕事なんか回されず、自由に依頼を請け負えるぐらいの知名度と。 他、口座開設金10000に、そうさなぁ…。 ま、2・30000ぐらいの保険金を払って於けば、結構カンタンに開設が可能だ」


その話を聴いていた、ステュアートの右隣に座るセシルが。


「アタシなら、ちょっと有名に成れば、絶対に早いハズ」


と、言い。


納得するステュアートも、


「なるほど、セシルって貴族だもんね」


と、反応すれば。


エルレーンは、オーファーを見返し。


「それなら、オーファーだって可能じゃない? 魔法学院の大臣さんの子供じゃない」


すると、こんな時には貴族らしさが出るのか。 セシルは、胸を張って見せ。


「オーファーとアタシなら、絶対にアタシの方が早いわ」


と、お高くとまる。


然し、こう言われると、オーファーも半眼を横目にし。


「大人の容姿を持てぬ洗濯板を、窓口の査定人が信用するかな?」


と、セシルの胸を見た。


「ヴキィーーーっ!」


ムカッとしたセシルだが。


その輪に居るKが、寄せばいいのに。


「その話の流れなら、アンジェラに胸元の丸見えになるドレスでも着せて、担当者に色仕掛けさせろよ。 担当者が野郎なら、か~なり効果が在るんじゃ~ないか?」


この瞬間、巨乳が好きなのか、オーファーはアンジェラの胸を見て。


「胸元・・丸見え…」


ボソボソと呟く彼は、この手の話に成るとその眼をギンギラにする。


ほぼ対面に居るセシルは、それを見逃さず。


「エロハゲめっ、退治じゃ!」


と、テーブルの下で脚を蹴った。


「ぬ゛ぐっ」


蹴られたオーファーは、背を丸めて痛がる。


阿保らしい様子を無視したKだが。


「他に金を使いたいってならば、一生に一度・・的な意味で。 〔カジナ・イル・ア・レイナー〕にでも参加するか?」


不思議な名前が出た事で、全員の眼がKに向く。


ステュアートは、一覧表をテーブルに起き。


「それって、何ですか?」


「ん~。 この北の大陸の最西端には、カジノなどの賭事のみで成り立つ王国が在る」


「あ~、“千の異名・愛称を持つ堕落と歓喜の国”、ですね?」


「そうだ。 あの‘バカ祭り’までは、3ヵ月ほど間が開いている。 それまで、スッカラカンにされるのを見越して、金でも貯めてみたらどうだ?」


脛をさするオーファーだが、その話には興味をそそられた。


「その祭りとは、どんなモノで?」


「なかなか派手な祭りだぞ。 カードやらルーレットやら、カジノで遊べるゲームが特別な倍率で賭ける事が可能に成ったり。 王国の神殿では、対戦の賭け事でトーナメントが行われる」


「勝ち抜きですか?」


「ま、本戦は、な」


「本戦・・、では予選も?」


「そうだ。 祭りの開催日から本戦前の数日間で、王宮神殿でやってる予選に参加して。 国の定めた規定に達すれば、本戦に出場が出来る。 正し、参加費用が一律で、一人5000シフォンは掛かるぞ」


びっくりしたエルレーンは、金額が金額と。


「5000もっ?」


「参加費用は、確かに高い。 だが、優勝すれば、それがちっぽけに思える様な賞品が貰える」


「‘ちっぽけ’って、どんな?」


と云うエルレーンに続いて、セシルも身を乗り出さんぐらいに前へ出て。


「もしかしてぇ~、バカデッカい宝石とかっ?」


興味津々と成った全員だが、Kはサラ~っと。


「そんな安モンじゃ無い。 ある時は、稀代の名剣や武器だったり。 ある時は、魔力を高めるローブや、特殊な装飾品だったり。 時には、禁断の書物だったり。 時には、高齢と成った王に世継ぎが居ない時、優勝者が女性ならば国王と結婚。 優勝者が男ならば、妾に種付けが出来るみたいな事も在ったとか」


仲間一同、


“何だか凄い”


と、だけ理解する。


セシルは、王様と結婚はイヤだと思いながら。


「とってもスッゴいのは、何となく解ったわよ。 でも、今年の賞品って、ぶっちゃけナニ?」


するとKは、斡旋所のカウンターの脇で、二階の階段の少し手前の壁を指差す。


「毎年の春先には、各賭け事の賞品が発表されンぞ」


こう聴いたステュアート達は一気に席を立って、その張り紙を見に行った。


ミラやミルダ達の脇に来て、張り紙を見るステュアート達。


そんな彼等を見たミラは、


「あら、カジナ・イル・ア・レイナーに出る気?」


と、問い掛けて来る。


オーファーは、冒険者が直接参加する争奪戦部門の内容を見ながら。


「重さを大幅に軽減する魔法の鎧とは、凄いな。 この試合、出る価値が在るぞ」


「あら、やる気? でも毎年毎年、凄い実力を持ったチームが出場するのよ? 世界でも、有名チームの20傑に入る様なチームばっかり。 悪いけど、ケイ頼みはズルいし。 ケイを外して出場するなら、実力として2年は完全に早いわよ」


すると5人の視線は、賭け事部門へ。 行われる大会は、先ずはカード。 次に、専用の盤と駒を使ったボードゲーム。 他には、持ち寄ったモンスターの牙でゴーレムを生み出し、それを戦わせる対戦試合。 他、‘ピラー’と呼ばれる指ほどの物体と、‘テイクス’と呼ばれる歪な板を使用して、ピラーをどこまで積み上げるか、と云うものを競うゲームなど。 全8部門もの大会が在る。


ステュアートは、オーファーに振り返り。


「オーファーって、このピラーを積む遊びが好きだったって、前に言ってたよね」


「‘タワー・ポルボス’だ。 まぁ、そこそこは遣れる」


「なら、これに出てみれば?」


「ふむ・・。 然し、遊んで居たのは、少し前だぞ。 今は、イリュージョンで遣るにしても、相手がなぁ…」


「ケイさんに頼めば?」


「ふむ」


一方、セシルは、カード部門の賞品が気になり。


「〔メビウスの指輪〕って、何だろう?」


と、仲間に問う。


然し、エルレーンも、アンジェラも、その指輪など知らなかった。


「ケイに聴いて来ヨッ」


各々一通り見てから、席に戻って話をする。 〔メビウスの指輪〕は、過去に女神に喩えられし女性僧侶が使ったとされる指輪で。 指輪を嵌める者に、その宿る魔力や精神から加護を得られるらしい。


説明を聴いた一同、どれかに参加してみたくなり。 セシルとエルレーンは、カード部門に出ると言い張った。


オーファーとKは、意外にもその後に話が盛り上がり。 3ヶ月後の参加を、一つの目標にした。


         ★


賭事の祭典について盛り上がって、次の日。


霧の晴れない朝から一人で斡旋所に来たK。


サリーと2人で来ていたミラは、一人のKが入った来たのを見て。


「あら、一人?」


他に、冒険者が誰も居ない斡旋所にて、カウンターに就くKは。


「それが、昨日の夕方よ。 商業施設で、行商人や仲買だけじゃ無く、街の商人も一斉に店を開く変わった市をやる、と聴いて。 “絶対に行きたい”と、アイツが騒ぎ出したんだ」


「‘アイツ’?」


温かい紅茶を陶器で出すミラが問う様に返せば。


どうでも良さそうにKは、


「セシルだよ」


と、返す。


「どうして、あの市に? 一番興味が有るのは、多分は住人と思うけど…」


「違う違う、出店やら屋台が集まるだろう?」


「えぇ」


「“買い食いの女王様”だからよ。 またバカ食いして、散財する気だ」


「あら、そ~んなに食べるの?」


「実際に見たら、お宅でも引くぞ。 あの、胸も、ケツも、主張の無い身体の何処に、毎日毎日、大量に食った栄養が行ってるやら。 その内にまた背が伸びて、ステュアートが子供に成るんじゃねぇか?」


「あら、口が悪いわね」


「いやいや、アイツの食い気は、モンスター級だよ」


そんな2人の元に、サリーが開店の仕事を終えて来る。 ケイの隣に座ると。


「あのね、ケイさん」


「ん~?」


「冒険者のお仕事って、怖い事ばっかり?」


サリーが疑問を話し掛けるのは、K以外には少ない。 ミシェルには、妊婦で雇ってくれた人と云う意味から、殆ど迷惑や手間に成る事を言わないし。 ミルダやミシェルの夫には、手間を掛ける様なことなど怖いから、ほぼ自分から口をきかないのだ。 数少ない回数だが、聴くのはミルダかミラしかない。 何でも聞こうとするのは、Kを相手にする時のみだ。


さて、紅茶を前にし、Kは在り来たりの様に。


「そうさなぁ。 モンスターだの、人間だのを相手にするからよ。 冒険者なんて、大概は危険と隣合わせだ」


「なんか、タイヘンなんだね。 この間の人みたいな冒険者って、お約束を破ったり、悪いことをしてでも有名になりたいの?」


「自力が無いバカほど、あんな真似をする」


「そうなんだ…」


こう言ったサリーは、ミラを見て。


「‘主さん’って、大変ですね」


〔ルミナス〕と云ったあの冒険者の存在は、サリーでも不思議に思うらしい。


蜂蜜の乾燥し掛けた塊が入った瓶を、スプーンで解すミラは。


「あの‘ルミナス’って娘は、ちょっとやそっとじゃ~お目に掛かれないおバカさんだけれど。 色んな意味で、悪い事をしてでも有名になろうとする輩は、いっぱい居るわよね」


と、Kを見る。


見られたKは、


“言わずと知れてる”


と、無言にて頷いた。


斡旋所で働くサリーは、冒険者の様々な面を見て居る。 正式には、何歳か解らないサリーだが。 まだ11歳か、12歳と思える少女にして。 大人の身体と精神を持った者や、形は大人でも子供のような者を見て。 まだ少女ながら、その感性を揺さぶる何かが有るらしい。


サリーを横目に見たKは、この少女の成長はどうなろうとも。 その方向性は広くして於きたく。


「だが、冒険者の中には、か~なりポンコツでも。 あんなアホな事なんか考えてなかった奴だって、ちゃんと居るぞ」


そんな冒険者はまだ見た事が無いと、サリーはKを見ては。


「そんな人・・居るの?」


「まぁ、正しく言うならば、‘居た’・・と云うべきだがな」


「どんな人?」


「名前は、何て云ったかは忘れた。 だが、当時でまだ11歳のガキだった奴だ」


此処で、ミルダとミシェルもやって来る。


サリーとKが2人に挨拶すれば、まだお腹が少し膨らんだ程度のミシェルが。


「今日は、私も下に居るわ~」


と、入れ込みの狭い席に。


だが、サリーの興味は尽きず、Kへ。


「11歳って、私ぐらい?」


「ん」


「一人だったの?」


「いや。 他に、14歳だったか、力だけは自慢の食いしん坊のデカい奴と。 16歳だが、若くして僧侶の修行を終えた近所の兄ちゃんも居た」


「3人だけ?」


「最初は、な」


「でも、どうして3人だけで?」


「その3人は、田舎の小さい町で育ち。 悪戯ばっかりしながら、冒険者に憧れる悪ガキに混じって、冒険者の真似事をしてたとさ」


「ずぅ~っと一緒のお友達で、冒険者に成ったの?」


「あぁ」


サリーが、珍しくいっぱい質問を交えて喋っていた。 三姉妹から見て、何度も見ても不思議な光景である。 Kに対するサリーの信頼は、親の代わりの様に大きい。


また、他人の事など素知らぬ顔のKだが。 サリーに対しては、ステュアート達と同様に気さくだ。


「ケイさん。 その3人の人の事、もっと教えて。 どんな姿?」


「ん~、リーダーと成った11歳のヤツは、色白のステュアートを子供っぽくした感じだな。 然も、11歳にして頭が良く、知ってる知識はかなり広いんだがな。 コイツがまた、とにかくのんびり屋のお気楽野郎でよ。 本心では、一人で冒険者になろうとしていたらしい」


「11歳なのに?」


「11歳なのに、な」


「でも、11歳でも、リーダーになれるんだね」


「そこに、年齢制限は無いからよ。 だが、周りからは相当に舐められ捲られたがな」


「うふふ…」


想像して、サリーが笑う。


微笑ましいと、三姉妹も顔が穏やかだ。


そんな様子をKは知ってか、知らずか、更に話を続けて。


「確かに、変わった奴らだった。 11歳のリーダーは、学者として。 14歳の奴は、傭兵として。 16歳は、僧侶。 3人揃って、生まれ育った町を出て、近くの街に来て斡旋所でチームを結成した」


其処へ、前に立つミルダから。


「主も、よく作らせたわね」


同意見のミラも。


「私なら、作らせないかも」


と、意見を述べた。


ミシェルも、妹達の意見に賛同するが。


そんな三姉妹を一瞥するだけのKで。


「普通なら、そう為るハズさ。 だが、言ったろ? リーダーに成った奴は、頭はイイ・・、と」


途中参加ながら、その話に興味を持ったミルダ。


「あら、ナニをしたの?」


「答えは、簡単さ。 以前から斡旋所に出されていた或る依頼を、11歳のヤツがその場で解決したのさ」


「あらら」


だが、サリーには全然わからない。


「それで、どうしたの?」


「ん。 普通、冒険者ってのは、2人以上のチームを作る規定が在る。 その規定にソイツは触れて、金を払う必要が在るならば、チームにしてくれって掛け合った」


「あ、もうお仕事を終わらせたから、チームを作ってって言ったの?」


「そう。 逆の遣り方で、チーム結成を認めさせた」


「凄いね~」


「だが、その後がなぁ~」


「後?」


「あぁ。 或るモンスター退治の依頼を、他の流れの冒険者に誘われて行ったのはいいが。 他の冒険者には、戦う途中で逃げられた挙げ句に。 なんとかやっとこさ、そのモンスターは倒したのに。 ボロボロで街に戻れば、報酬を流れの冒険者にパクられてた」


「えっ? お金、盗られちゃったの?」


「そうだ」


「かわいそう」


「見知らぬヤツと組む時は、騙されるのも警戒するのが普通だ」


「冒険者って、タイヘンだね…」


「まぁな」


其処へ、2つのチームが続けて入って来て。 その後から次々と、1人の冒険者が入って来る。


サリーは椅子から離れ、紅茶を煎れるミラの元に行った。


1人になるKの傍には、新た入って来た中年の冒険者が来て。


「少し、話をいいか?」


と。


「チームへの勧誘以外なら、な」


「いや、荒野に潜むモンスターの事なんだが…」


ミラとミルダの前で、中年の冒険者は色々と聴いて行く。 初めて見る顔で、この街で新たにチームでも探すか、作る気なのだろう。


さて、時が流れて、昼前。


買い食い女王様とステュアート達が、斡旋所に来た。


今日は3人揃う姉妹は、セシルが持ち込む大きな植物の葉に包まれた鶏肉の炒めから、他の料理を次々と摘み食い。


「姉さん、これ美味しい」


「香辛料って、何を使ってるのかしら…」


モグモグ食べるセシルは、それは全て覚えていると。 エルレーンとアンジェラは、他にも食べたものまで言い始める。


“食べ物に騒ぐ女性達に絡むほど、面倒は無い”


と、Kはステュアート等とソファー席へ。


一方、新しい依頼の一覧表を見たステュアートは、他の冒険者達が飛び付く依頼は捨てた。


そして、


〔助力願い。 時々、幽霊を見て困って居ります。 どうか、原因を探して下さい〕


と、前から残る依頼を請ける。


受理されたステュアート達は、遣る気の無いKを連れて問題の家へ。 貴族区の周辺にて、金持ちやお偉方の集まる一角に向かえば。


「うわ~」


こぢんまりした城の様な建物に、ステュアートが気圧される。


敷地を囲う鉄柵の一部、立派な門より敷地へと潜り抜け。 正面玄関前に在る石像付近で、でっぷりとした執事の中年男性と接触。


「ほぅほぅ、やっとまた冒険者の方々が来て頂けましたか。 私が、御案内致します」


と、この家の主人夫妻に引き合わせて貰う。


この家は、〔プラフラン伯爵〕と云う貴族の所有物。 面会すれば、穏和そうな老夫婦が現れ、一行を迎えてくれた。


すっかり頭も薄く成った、80歳の小柄な老人と。 細身でやや長身ながら、穏やかさが微笑みに現れる81歳の老婆と云う夫婦の取り合わせ。 正装をして居るのだが、冒険者相手でも偏った態度は無く。 非常に好感を持てる老夫婦だ。


さて、依頼の話だが…。


夫のカラオム氏より。


「実は、今年に入ってより屋敷内の彼方此方で、幽霊の目撃が相次ぎまして。 これまでも冒険者の方々にお頼みしたのですが、原因がトンと解りません」


と、本題を話てくれる。


奥さんのメライユフ氏も、老けた顔を困らせて。


「不思議なお話なのですが、一昨日も現れまして…。 前に来て頂いた冒険者の方は、浮遊する霊でも舞い込んだのでは・・と」


この話を聴いて真っ先に口を開くのが、僧侶で在るアンジェラ。


「ですが、ゴーストなどの気配は・・致しませんね。 普通、怨念にしろ、無念にしろ、悲哀にしろ、ゴーストが出るならば、その気配がうっすらと在りますから…」


一方、館に入ってからずっと、その強面を更に引き締めていたオーファーが。


「だが、チッと不自然でも在りますぞ。 この館には、全体的に魔法の波動と云いましょうか。 ‘残り香’の様なモノが漂っています」


すると、セシルも同じく。


「本当だよね。 コレ、魔想魔術に近いカンジ~」


余り感知能力に長けないエルレーンも。


「何だろ、この不思議な感じ…。 ヘンに微かな残り方してる」


すると、それまで黙って、少し離れた窓際の席に座っていたKが。


「なぁ、ちょっと込み入った事を聴いていいか」


と、口を開いた。


老夫婦が二人してKに向くと。


「この家、もしくは所有物に、ある種の‘曰く付き’がないか?」


「と・・申されますと?」


夫婦が怪訝に見合い、夫よりKへ尋ね返す。


「例えば、そうだな・・」


“借金のカタに、何かを受け取った”


“家の相続や、家の明け渡しを迫られた”


“行商人や骨董品から、珍しい品を買った”


“宝石や金品等、金目に成るモノを買った。 または、譲り受けた。 発見された”


「こんな感じの事だ」


すると老夫婦が、驚いたように互いで見合うではないか。


夫婦を見たエルレーンは、心当たりが在るのかと。


「もしかしたら、どれか当てはまるの?」


と、聴けば…。


穏和な老婆より。


「それが…」


と、言葉を濁しながら語られ始めた。


この老夫婦、貴族ながら商いもしていた。 宿屋を一つと、旅の雑貨屋。 その両方、この街に滞在する様になったステュアート達も知る店だ。


さて、事の始まりは、去年の今頃か。


贔屓にする仕入れ先が、店をたたむ事にし。 仕入れ先を無くす事のお礼として、立派な絵を貰ったそうな。


然し、その絵を巡り、骨董屋と別の貴族が話を聞きつけ、老夫婦に売れと話を持ち掛けて来た。


だが、老夫婦とも気に入った絵だし、50年近く利用した仕入れ先の貰い物を簡単に売れないと断った。


また、その後の秋頃か。


“この屋敷、非常に気に入った。 是非、売って欲しい”


と、別の商人より言い寄られた。


だが、この街に200年は住む貴族の末裔と成る老夫婦。 “それは手放せない”と断った。


そして、去年の年末。


この屋敷の裏に在る古い倉庫を改修したら、奥の床に隠し通路が見付かり。 時代的に古い装飾をした、家宝にしても遜色ない宝石類が出て来た。


すると、何処から話が流れ出たのか。 数軒の宝石商人がこの屋敷に押し掛けて来たらしい。


今は、その全ての品は倉庫では無く、頑丈な金庫に仕舞い。 寝かせていると云うのだが…。


目を呆れさせたKは、


「狙いは、完璧にそれだな」


と、勝手に確信するではないか。


だが、老夫婦にはサッパリ解らない。 小柄な夫の方が、


「一体、どうゆう事でしょうか」


と、尋ねれば…。


Kは、部屋の中より屋敷を見回す様にして。


「この、根源の様な魔力の波動は、おそらく基礎魔法の類。 現れた亡霊が青白い光に包まれていた事からして、多分はイリュージョンの産物だな」


このKの話に、ステュアート以外の4人は、


“あ゛っ”


と、驚きの声や様子を揃えた。


Kの推測だが。


「誰か、魔想魔術師か、遣い手の僧侶なり他がやっている。 これは、完全に人為的な、悪意の在る事件だ」


セシルは、魔想魔術師以外に考えられないと。


「僧侶じゃないよっ。 絶対に、魔想魔術師だよっ」


と、云うのだが。


目を細めて考えるKは。


「いや、そうとも言い切れん。 イリュージョンは、全ての魔法遣いが訓練として習う基本的な基礎魔法。 魔想魔術師だろうが、僧侶だろうが、自然魔法遣いやエンチャンターの半数は遣えるさ」


「う゛っ、そ・・そうだねぇ」


エンチャンターのセシルだが、セシルもイリュージョンは出来る。 然し、具現化の魔法語で形を為さないから、丸型だの四角だのと極々シンプルで、歪んだ図形物体を生むぐらい。 また、分裂や結合は思いの外、簡単にして退けるのだが。 高さや奥行きなど、立体化は上手く行かない。


さて、自分も扱えるだけ在り、Kの考察は深くまで及ぶ。


「小さな物品に比べ、人の姿は想像力と集中が要る。 魔想魔術師ならば、その領域は出来て当たり前だからな。 チョイと遣い慣れた奴でも、簡単に出来よう。 だが、僧侶となれば話は別、毎日の訓練が必要だ。 信仰心と慈悲や博愛など、精神と魔力の融合が基本形態だからよ。 遣れるならば、相当に訓練したハズだ」


魔法が使えるオーファーは、腕組みをして。


「然し、犯人をどう探し、それをどうやって暴くか…」


仲間の話を聴いたステュアートは、老夫婦へ向いて。


「あの、その幽霊って、頻繁に出現するんですか?」


と、問えば。


Kも。


「お宅等の内側に、常に居るヤツが犯人ならば。 幽霊が現れるのは、夜な夜なでもイイ筈だ。 定期的でも、不定期でも、現れる時に相違点みたいなものはないか?」


質問された老婆は、少し首を傾げ。


「どうゆう事・・でしょうか?」


「詰まり、幽霊が現れる時にだけ、この屋敷に来る者。 逆に、幽霊が現れる時にだけ、この屋敷に居ない者。 そうゆう変わった事は、ないか?」


Kは、解り易く話を噛み砕いてやる。


すると老夫婦の顔がまた、見る見るうちに驚きへ変わった…。


それから、1日が経った夜中で在る。


下向きの薄目の如き形の月が、ぼんやり青白く光って照らす夜空の下。 プラフラン伯爵邸からそっと抜け出る、奇妙な人影が在る。 テラスから庭に出て、屋敷の側面に回ると。 その影なる人は、三階の窓を見上げた。


その者は、何色か解らないローブを纏い。 フードも被って、全く誰か解らないが。


「さぁ~て、今夜も怖がって頂きますかな…」


フードに隠れきれぬ口元には、気味悪い笑みを浮かべたそのローブの人物。


「むっ」


腕を交差させて胸に組み、少し俯き加減になれば。 その人物の前には、青白い光に包まれた、口惜しげに嘆く女性の幽霊が浮かび上がった。 そして、その女性の幽霊は、フワフワとゆっくり蠢いて、窓をすり抜けて屋敷の中に入って行く…。


だが、其処で。


その集中する人物の真横には、既にKが立って居て。


「おい、も~ちっとはイイ女を生み出せよ」


と、声まで掛ける。


「はっ」


まさか、他人がこの場所に現れるとは、思っても無いその人物。 集中する構えを解いて、左脇のKを見た瞬間。


今度は、目の前の一階廊下の窓が、ガバッと勢い良く開いて。


「わ゛っ!!」


セシルとステュアートが、揃って声を出す。


「ヒィィ!」


この人物、誰かを驚かす気だっただろうに。 驚いたのは、自分だった。


捕まったのは、老夫婦の主治医をする医者の手伝いをする僧侶。 まだ30を過ぎたばかりの見目も立派な、寺院に所属する人物だった。


さて、そのまま夜中に引っ立てられて、役人へと突き出されたその青年僧侶だが。 役人に質問をされると態度を一変させて、知らぬ存ぜぬの一点張り。


相手が僧侶なだけに、宗教国家の役人はステュアート達を疑い始めた。


其処でKは、その役人達に。


「誰か、信頼の於ける僧侶なり、魔法遣いを呼べ。 証拠を与えてやろう」


直ぐに、夜勤番と成る政務官付きの職員僧侶が呼ばれ。


「それ、‘記憶の石’だ。 一部始終、俺の見た光景が入ってるぞ」


と、Kが菱形の水晶を手渡す。


オールドアイテムでも、ポピュラーな記憶の石。 だが、それは見付かる頻度が、オールドアイテムの中でも一番と云うだけ。 光の小石の様に、手軽なアイテムな訳が無い。


突き出された僧侶は、それを見て仰天。


「げぇっ、‘記憶の石’ぃっ? そんなっ、バカな゛っ?!」


だが、石の中に入る記憶を見れば、幽霊を生み出した様子の全てが入っている。


職員の僧侶より問い詰められた青年の僧侶は、観念して頼まれた事を自白。 依頼主は、貴族と骨董品屋と宝石商人より、と。


Kは、度肝を抜かれて固まっている役人に。


「依頼した奴らも俺達に任せるか? 俺は、ジュラーディにも顔が利く。 アイツでも叩き起こして、直に調べさせるか」


と、嗜虐性を孕んだ笑みを見せた。


青年の僧侶の嘘も見抜けず、ジュラーディの様な超高官に事が知れたら…。


慌てた役人は、泣きそうな顔で人を集め。 朝方には、その三方の計5名が捕縛された。


経過など、この事実から言わずもがな。 プラフラン伯爵の屋敷、絵、宝石類を欲した三者協力の悪だくみだ。


一方、取り調べが終わるまで仮眠したステュアート達は、昼過ぎに斡旋所へ。 ミラとミルダに報告すれば。


ミラは、紅茶をグラスに注ぎながら。


「あらら、あの依頼って魔法遣いの仕業だったの。 魔法を悪用するなんて、許せないわ」


報酬を用意したミルダは、


「僧侶が遣るって、何だか胡散臭いわ」


と、2500シフォンをステュアートに渡す。


カウンター席に並ぶステュアート達。 Kは、ソファー席で寝ている。


金を受け取るステュアートは、ソファー席のKを指差し。


「それ、ケイさんも同じ意見です。 役人さんに、余罪を調べろって言いましたもん」


それを聴いて、ミラは即座に。


「さすがねぇ~」


と、カウンター席に紅茶を出した。


一方、記憶の石の中身を見るミルダは。


「ん~、確かに上手く出来てる幽霊だけど・・。 この依頼ってね、あなた達の前にも3つのチームが請けたのよ。 1チームぐらい、察しても良かったと思うわ。 魔力の残渣は、魔法遣いならば、僧侶も魔想魔術師も無いハズだもの…」


と、ボヤキ始めた。


一方、昼下がりの間延びしたような一時を、窓よりボンヤリと外を見て感じるミラは。


「ハァ・・。 なんか、イイ感じの男が居ないから、イリュージョンで造ってみようかな~」


と、一人でボヤく。


すると、横に成っているKが。


「アホ、そんなの止めとけ。 願望が反映して、如実に好きな奴を作れるから。 倒錯の世界に浸って、逆に婚期を逃すぞ~」


と、正しい注意を言う。


だが、言い方よりバカにされた感のミラは、冷めた紅茶をグラスにぶっかける様に注ぐと。 自身の足でズンズンと歩き、Kの傍に紅茶を運ぶと。


「誰かさんでもっ、相手に成ってくれないかしらね゛ぇーーーっ!!」


と、喚き、溢すことも厭わず、“ガン!”、と置いて行く。


耳に響くと、Kは身を起こし。


「ウルセェなぁ。 これだから中年の女は、色々と面倒なんだよ」


と、彼もまたボヤく。


怒れるミラと覚めたミルダが、小さい意見の食い違いから言い合いを始めて。 ステュアート達は眠いので、コソコソとKと一緒に斡旋所を退散。


斡旋所では、報告に来る他のチームや集まる冒険者達に対して、ピリピリする姉妹だけを残した。


妹達の騒ぎに、姉のミシェルまで降りて来て。 おっとりとした姉の対応と、覚めた妹の対応と、ムカムカする末の妹の対応と云う。 達成の報告やら、依頼を請け負うチームは、相手を選べずに大変困った…。


         ★


幽霊事件の2日後。


どんよりした曇り空の下、朝から斡旋所に来たKとステュアート達。


白いブラウスに赤いスカート姿で、カウンター内側に立つミルダが。


「いらっしゃい」


と、言った後に。


「ケイ」


と、奥を指差した。


カウンター席の端側の、ソファー席や奥の大テーブルと成る相席へ行く通路の先。 突き当たりの向かい合わせたソファー席には、大男の冒険者が率いるチームが来て居た。


(治った・・か)


人数が6人に戻り。 ソバカスの残る小柄な女性魔術師が、Kを仲間から教えられて立った。


ステュアート達が、カウンター席の横に在る入れ込みの様な、向かい合う狭い席に入れば。


Kが助けた女性魔術師を先頭に、チームが揃ってやって来て。


「ありがとうございます。 助かりました」


と、小柄な女性魔術師が礼を述べて来る。


Kは、大男のチーム一同を見て返し。


「仲間の怪我が治るまで、全く依頼もやって無いんだろう? 新しい依頼がわんさか来てンだ。 どんどん請けて、稼ぐんだな」


薄く笑う大男のリーダーは、大きく頷いて。


「あぁ、無論そのつもりさ。 だが、請けて街を離れる前にもう一度、礼を言わせてくれ。 仲間を助けてくれて、感謝する」


するとKは、ステュアートの首根っこを掴み。


「うわぁぁっ」


と、ステュアートが声を発するままを引き立たせて。


「それなら、礼はコイツに言え」


「え?」


Kとステュアートが見合い。


詰まらなそうに見せるKは、


「コイツが、俺をチームに入れなかったら、こんなに長くバベッタに居なかったろう。 引き合わせたのは、コイツだ」


と、付け加える。


引き合わされたステュアートは、Kの代わりに彼等から挨拶を受ける。


解放されて、カウンター席に座ったKに紅茶を持ち寄ったサリーは、


(身代わりにしたでしょ?)


と、小声で言う。


出される前、先んじて紅茶のグラスをトレイより取り上げたKは。


(何事も経験だ)


と、小声で返した。


さて、大男の率いるチームは、仲間も揃った手始めに街道警備の同行依頼を請ける。


彼らがそれを請けて出て行ってから。


「ケイさんっ! 僕を便利扱いしてるでしょっ!」


と、ステュアートに睨まれた。


「悪い悪い。 やる気が有るなら、次の依頼でも決めてくれ」


体の良い使われ方をされて、ステュアートはまた経験に成りそうな依頼を探す。


そして、エルレーンとオーファーが。


「これは」


「これ…」


と、二人同時に指差したのは。


〔調査依頼。 何卒、洞窟を調査されたし。 場所は、バベッタの東の外である〕


その依頼を見たセシルは、


「う゛~ん。 前の採取依頼で、穴には入ったしぃ~。 今回は、イヤ・・かなぁ~~」


と、か~るくゴネてみる。


また、アンジェラも。


「カエルの洞窟で・・死にかけましたから、暗い所は…」


と、同じくゴネてみるのだが。


だが、二人して見せた苦手の素振りに、何故かニヤリとしたKが。


「よし、次はそれで行こうゼ。 穴に冒険者がビビってりゃ、モンスターも隠れ場所が増えて喜びやがる」


セシルとアンジェラは、ゴネて裏目に出たと。


「あちゃ~」


「あふ」


二人揃って、頭を抱えた。


一方、ミルダは。


「あらっ、これを請けてくれるの? 嬉しいっ、直ぐに受理するわ」


明らかに、先に請けたチームが失敗した様子を丸出しにする。


決めたステュアートだが、そのミルダの態度を見て。


(僕達は、残り物の処理担当みたい…)


主の都合の良い形で、依頼を請けているらしい。


そして昼前には、さっさと斡旋所を出た。


先ずは先立つものを、と。 道具屋を巡り、カンテラや固形の油を補充。 ロープに飲み水なども買って、準備は万端。 Kの意見の元、ステュアート達一行は先ず、行政神殿へ。 其処で、依頼主にて街の保全を担当する巡回兵隊の隊長に面会。


「依頼を出した、隊長のサニアだ」


現れたのは、鍛え抜いた細身の身体をした短めな髪型をする金髪の女性。 繋ぎ仕様の軍服を着ていて、現場主義が雰囲気に溢れている。


だが・・。


「ふむ」


オーファーが小さく言って、身を正した程に。 雰囲気からして格好の良い、美顔な女性で在る。


さて、ステュアートが前に出て、


「先に、色々と事情を聴いて於きたいんですが…」


「構わない。 今回まで、5つのチームが請けたらしいが。 行く前に、私へ話を聴きに来たのは、そなた達が初めてだ」


サニアの案内にて、部屋の一角に在る簡単な長椅子と木の長テーブルに就いた一行。


ステュアートは、先ずは・・と。


「あの、穴が空いていると不味いんですか?」


「うむ。 バベッタの街は、元は巨石の土台が礎となり。 また、長い間に地震やモンスターの襲来で、何度も街を修繕して来た。 場所に因っては、穴が開けられては土台の崩壊を招く恐れも在る」


「それは、不味いですねぇ」


「何よりモンスターの仕業ならば、安全の為にも即刻、何とかしなければ成らない」


ステュアートより先に、セシルが。


「それなら、そっちでも調査をしないの?」


「したさ。 然し、穴が複雑で、行った我々や冒険者達は、その穴が崩落して怪我をして引き返したのだ」


「ほ、崩落くぅ?!」


驚くセシルの心理は、K以外の全員共有か。 エルレーンは、


「もう崩落して穴が埋まったならば、入れないじゃない?」


「いや、穴はまだ空いている。 穴の中は、一部が亀裂や岩の隙間と繋がっていて、どれが何なのか解らないのだ。 入った場所は、この街の土台は土台だが。 少し出っ張った部分だから、崩落した事は問題ないらしい。 然し、不自然にまぁるい穴は、どうも看過できない」


話を聴くオーファーから。


「処で、その穴の中に冒険者や兵士が入ってまでも、モンスターの確認が出来なかったのかな」


「ん。 穴に入ってみたが、確認は出来なかった。 が、モンスターが居るかも知れない予兆は在った」


「ほう」


「実は、昨年のことだ。 街の保全を見回る我々が、隊を引き連れて定期巡回をした時に。 その不可思議な穴を発見した訳だが、一緒に変わった排泄物と野生動物の死骸を発見した」


話を聴くステュアートは、情報を紙に話を書きながら。


「‘排泄物’と‘死骸’と言いましたが。 何かしらの特徴など、有りますか?」


記憶を辿るサニアは、ウェーブの強い髪を触りながら。


「先ず、あの奇妙な排泄物は、吐き出した胃液の様だった…」


「ドロドロっとしていたんですか?」


「そう、その通りだ。 然も、やや粘着した感じもあった」


「なるほど」


「それから、動物の死骸も不可解だった」


「と・・言いますと?」


「ちょっと気持ち悪いのだが。 まるで、丸呑みされて齧られた様に・・な。 圧縮された後に、残骸が落ちた様な…。 そんな残り方をしていた死骸だった」


「つまり、肉体の一部ですよね?」


「血や目玉などだ…」


その話から想像して、身震いするのは女性達。


「う゛ぅっ、なんかコアいっ」


両手を身体に側め、震えるセシル。


「ん゛~、想像したくない。 でも、野生の肉食獣の食い残しとは、明らかにちょっと違うね」


エルレーンは、モンスターでもなかなか大きい相手だと思う。


アンジェラに至っては、あのデカいカエルのモンスターに、一度は呑み込まれた経験から。


「う゛~ん、口の中はイヤですわ~」


と、言ってから。


「あの、この辺りに出没するモンスターで、思い当たる種は?」


サニアに問う。


「いや、鋭い牙を持つモンスターは、幾度も見たし、戦った。 だが、普通ならば、もっと残骸が汚かったり。 肉片や骨などの残存物が、グチャグチャしているのだが。 去年に発見された痕跡は、零れた血だまりの中に、歯や目玉や砕けた骨や割れた蹄など。 肉片が少ないのは、私の知るモンスターや野生動物の痕跡とは、明らかに違う…」


すると、黙っていたKが目を細めつつ。


「ん・・まさか、その未確認のモンスターは、‘キンキノメスナ’・・・じゃないだろうな…」


と、呟く。


ステュアート達とサニアは、Kに注目。


間近のアンジェラが。


「それは・・モンスターなのですか?」


と、問えば。


考えるKは、姿をそのままに。


「溝帯の山間部の地中に潜む、ワームの一種となるモンスターだ」


‘ワーム’と聞いたセシルは、急に膨れっ面と変わり。


「ワ゛ーム゛ぅっ? 何でっ、そんな長くてウネウネしたヤツなのよ゛ぉっ! ワームや゛だっ、ワームや゛だあっ!」


煩いセシルを無視するかの様に、ステュアートはKに。


「ケイさん。 そのワームって、強いですか?」


と、問う中。


“ワームや゛だっ、ワーム大嫌いっ!”


セシルは喚き上げる。


待機部屋の奥に居る街の警備隊が、煩くて困るとセシルを見る。


一部の男性は、エルレーンとアンジェラに目を奪われるが…。


セシルの喚きは、更にボルテージを上げて行く。


ステュアートは、どうにか話を聞こうとするも、嫌がるセシルが煩く。


“い゛や゛だっ!”


と、拒否を連呼したセシルだが。


その直後。


「い゛っう゛!」


急に、顎を下からKに掴まれた。


一方、掴んだKは、セシルの噛み合わせた歯を右手で開き見せる。


「いいか、コイツの、この丈夫な歯を見ろ」


サニアも含めたステュアート達は、セシルの丈夫そうな歯と歯茎を見る。


目を細めるKは、セシルの唇を捻ったりしながら。


「このクソ丈夫な歯と歯茎を、ざっくりと10倍以上に想像しろ。 そんな頭部を持ち、荷馬車二台以上の長さを誇るのが、キンキノメスナだ。 溝帯の地下に生息し、広域に渡ってモグラの様に穴を掘る。 溝帯で死滅させられた巨大鰐の主なエサだが。 コイツ、つまりキンキノメスナは、鮫鷹や植物のモンスターを喰う」


と、セシルの口を開いたり、閉じたり。


無理やりさせられるものだから、ジタバタと暴れるセシル。


その口を見るステュアート達一同は、


「まぁ、恐ろしい…」


と、呟くアンジェラを皮切りに。


「ふむ、齧られたら一溜まりも無いな」


オーファーは、しみじみと言い。


「もし行くとしたら、穴の中での戦いだから。 こっちも、色々と大変かもよ?」


と、エルレーンが続く。


サニアは、セシルの口を見詰め。


「モンスターだとすると・・、これは一大事だな」


セシルの自由を奪うKは、ステュアートに。


「ステュアート、煩いからコイツを縛れ。 キンキノメスナを誘き寄せるエサにするぞ」


この意見を聴いて真っ先に動き始めたのは、誰でもないオーファー。


「同じ丈夫な歯を持つ者同士、遭えば気が合うやも知れぬ」


と、買った縄を持ち出す。


その前に身を乗り出して、苦笑いするステュアート。


「ケイさん、もうその辺で許してあげて下さい」


「それからオーファーも、悪ノリだよ」


と、2人を軽く窘める。


セシルの顎より手を離したK。


「とにかく、その穴に潜るぞ。 キンキノメスナは、ほぼ反射的に獲物へ喰らい付く。 そんなのが群れて巣を作ってたら、この街は滅ぶ」


‘滅ぶ’と聴いて、サニアは目を見開き。 周りの警備兵もビックリして、Kを見る。


口をさするセシルも無視し、ステュアートはKの前に踏み込み。


「群れるんですか?」


「あぁ。 万が一、バベッタの街の地下水路層まで穴を掘ってた場合。 地下水路を見回る役人は、確実に餌食に成る。 それが運河や水路に出れば、街の表面まで直ぐだ。 街に群れが出て来たら、このバベッタの街が滅ぶぞ」


それを聞くサニアは、一気に緊張し始め。


「それは駄目だっ。 我々も中に…」


と、慌て始める。


然し、そんな彼女を脇目に見たKが。


「来なくていい、怪我されちゃ面倒が増える」


と、慌てるサニアを制する。


そして、ステュアートに。


「いいか、溝帯まで長々キンキノメスナを追うのは、実にアホらしいし。 キンキノメスナを全滅させるなんて、数日では到底に無理だ」


「はい」


「俺達が遣る事は、穴を捜索してヤツが居るなら始末し。 このオーファーに、掘った穴を塞がせる。 キンキノメスナってのは、通り道を作った奴さえ始末して、その穴を塞いでしまえば。 新たに穴を作るのは稀な、そんな生態をする」


遣り方を聞いたステュアートは、オーファーに。


「穴なんて塞げるの?」


と、問えば。


オーファーは、軽く胸を張り。


「自然の地面ならば、造作もない」


エルレーンやアンジェラは、


“そんな事が簡単に出来るのか”


と、驚いた。


さて、Kはサニアへ。


「心配ならば、兵隊を集めて穴の周りを調べろ。 他にも穴がないか、少し広域的に見回れ。 他に穴が在ったら、一つを塞ぐだけじゃダメだからな」


「あ、あぁ」


困るサニアは、兵隊達の元へ。


さて、ちょっとの間で支度を整えたサニア達。 だが、その装備品は、使い古した装備品だ。 手入れはしているようだが、刃毀れを治して研ぎ過ぎた槍の刃は、随分と細くなり。 折れた杖を何度も繋ぎ治したのか、刃の向かう先が歪む。 また、革の鎧とてクセが付いて、綻びが目立つモノも…。


他の冒険者達の話でも、街道警備隊の装備品のショボさやボロさが話に上がる。 冒険者に比べたら、安定した収入だが安く。 また、兵士の任務は、時にはとても危険だ。


ステュアートは、その様子を窺うと。


(ケイさん、兵隊さんって大変ですね。 装備品も、勝手に新調するのも出来ないし…)


(今回は、俺達が本体に当たるんだ。 その心配は、生きて戻ってからにしろ)


(そうですね)


さて…。


街から一旦南へと下り、迂回する形で街を支える岩山東部の崖下に回る。 夕方前には、その問題と為った穴を見ることに成る。 バベッタの街を支える大きな岩山の東側。 緩やかな登り坂と成った乾いた大地に来て、穴を見つけた。


セシルは、その穴と云うより洞窟を見て。


「オーファーでも楽々に歩けそうじゃん。 デッカ…」


セシルの云う通り。 やや横に広く丸い穴が、岩山の壁面にポッカリと…。


太陽の光がまだ在る中で、ランタンに火を入れたステュアートとオーファー。


準備を終えたステュアートは、サニアへと向けば。


「では、我々は穴へ。 周りの捜索は、其方で頼みます」


緊張感を持ったサニアは、


「解った。 そっちも、怪我などするな。 では」


こう言って、守備隊の兵士を十数人ほどを集め。 二手に分けると、周囲の間近に他の穴がないかを確認に向かった。


兵隊を見送ったKは、


「さて、何が出るやら…」


と、先頭で穴の中に入って行く。


ステュアート達の入り込んだ穴は、直ぐにちょっと縦穴となり、それを降りると。 今度は、ぐるり東側、溝帯に向かう横穴と成る。


運動は得意なセシルは、少し不得意そうなアンジェラが縦穴を降りる事に手を貸すが。


「アン・ジェラ・・重いぃ…」


降りたアンジェラは、以前にはKからも言われたので。


「もう・・解ってますよぉ」


と、恥ずかしがる。


一方、先に縄ナシで降りたKは、軽く呆れた様子を見せると。


「その胸とケツだけで、どれだけ重いんだかな。 寝てる時に顔へ乗られたら、多分は窒息死だ」


その戯れ言の状況をどう想像したのか。 カァーっと顔を赤らめるアンジェラは、顔を手で覆う。


「そんな…」


然し、オーファーから見て、恥ずかしがるアンジェラの何と可愛らしい事か。


だが、言い出しっぺのKは、さっさと切り替えて穴の方を見ると。


「この穴、まだまだ下ってやがる。 空気に冷たさを孕む処からして、地上にもどるのは日またぎになるかもな…」


と、歩き始めた。


それから、なだらかに下る穴を行く。 そして、だいぶ歩いた処で、固い岩盤に開く太い亀裂に当たる。 斜めにバリッと、巨大な爪で引き裂かれた様な亀裂だ。


そして、その亀裂より吹き抜けて来る風は、K以外の皆をヒヤッとさせる寒めざめしいもの。


その亀裂を抜けると、急に歪な自然洞窟の開けた場所に出る。


「広いな~」


カンテラを持つステュアートは、ゴツゴツとした足元よりも。 前に続く空洞の感を照らす。


一方、先頭に立つKが。


「どうやらこの空洞が、眼くらましに成ったな…」


カンテラを持つオーファーは、アンジェラとエルレーンを近くにする後方より。


「それは、依頼を断念したチームのことですか?」


「あぁ、この左側のあの崩落した穴は、自然の亀裂だ。 右側の穴も、崩落している」


その右側の穴を照らすステュアート。


「うわ~、本当に崩落した穴だ…」


カンテラで照らさずとも、場所を言い当てるKに。 ステュアートは、凄いとしか言えない。


だが、広い空洞を歩くKは呆れた感情を目付きに宿し。


「この左側の穴も、只の亀裂だ。 次の左の穴も、同じく亀裂だ。 この空洞に来るまで不自然に丸い穴を抜けて来て、こんな亀裂の穴が続く道だって思うのかよ」


歩く毒舌人間は、次々と崩落した穴を察しながら毒吐くと。


「此処だ、この右側の穴だ」


ステュアートは、どちら側も壁まで距離が有るので、自分から小走りで行き。 壁まで辿り着いて、丸い穴を見付ける。


「ケイさんっ、有りましたっ! 下穴ですっ」


更に、地下へ向かっていた丸い穴。 然も、天井も床も綺麗に均された様で。 明らかにこれも天然の穴では無かった。 縦穴には、ロープを垂らして降りて行く訳だが。 その壁に刻まれた小さい凹凸は、何の模様か。


そして、底に着いてから、更にクネクネと穴を下って行く。


それから随分と下に下った後。


「ハァ・・寒い」


アンジェラが、白い息を吐いて言う。


エルレーンやセシルも、ガクッと下がった寒さにマントを羽織ったほど。


その後、ステュアート達は、とんでもなく大きな洞窟に抜け出した。


ステュアートは、ランタンを高く掲げれども、天井が見えないと。


「うわ゛ぁ~~~~広いなぁ…」


その後ろで、オーラを感じるオーファーは、冷たい風が吹く大空洞を見回し。


「これは、風穴だ…。 然も、何処かで氷穴とも繋がっている…」


と、オーラを察した感想を言えば。


ステュアートより前に進み出たKが、注意にして。


「感受の方向性の順位が逆だぞ、オーファー。 南、南南西、東、北東…」


その話を聞くオーファーは、ハッとして。


「ステュアートっ、モンスターだ。 1、2・・5・・8、9体っ」


‘モンスター’と聴いて、ランタンを置くステュアート。


「オーファーっ。 この前みたく、火を輪っかに出来るっ?」


「いや、この場は大地と風の精霊力が強い。 生み出せるのは、やや大きい火の玉ぐらいだ」


「それでもいいよ、視界が利けば問題無いっ」


了承したオーファーが、出来る力で火の玉を生み出す最中。


げんなりするセシルは、イヤイヤに矢を込めながら。


「ハフ・・、キモいのイヤイヤだぁ…」


と、塞ぎ込む。


其処へ、既に臨戦態勢に成るオーファーが、


「セシルっ、間近まで迫るぞっ」


と、言うのだが…。


「はいは~い」


やる気ナシのセシルが、大筒の銃をどっこらしょと云わんばかりに構える。


処が、火の玉の照らす範囲内に、何か引き摺るような音がした・・、と思いきや。


現れたモノを見た瞬間、セシルは驚愕と云う表情へ変わり、銃の構えまで解いて。


「うげぇ・・あれナニさっ?!!」


と、モンスターを見上げる。


蛇が鎌首を擡げる様に、頭を上げて出て来た幼虫か、線虫の様なモンスター。 見上げる様な高さ、大の大人が三人は横並びに成る幅の胴体。 然も、Kの云う通り、顔には丈夫な歯茎剥き出しの歯しか見えない。


だが、セシルの視線が注がれているのは、明らかに歯より上。


おののき出すセシルは、ワームの頭に指を向け。


「ケイっ、あれっ、あれってな゛に゛ぃっ?!!」


洞窟内に木霊するその声を煩く思うKは、既に短剣を抜いていて。


「‘ナニ’って、見りゃ解るだろうが。 あれは、キンキノメスナの脳だ」


だが、セシルが言いたいのは、そんな事では無い。


「何でっ、スケスケで見えてンよ゛ぉっ!!!!!」


気持ち悪さから口を押さえるアンジェラも、その光景に気味悪さを感じている。


そう、不思議な事だが。 キンキノメスナなるモンスターの頭部は、スケスケの状態だ。


然も、全体が見えると…。


セシルは、泣き顔になり。


「ぬわんでぇ、何で・・内臓とかまで見えてるの゛ぉぉぉ…」


現れたワームは、腹側が汚い乳白色の皮膚だが。 背側は、柔らかく透明な状態で、内臓が丸見えなのだ。


だが、最もやる気の無さそうなKが。


「ご託宣はイイ、早く始末するぞ。 穴を塞いで戻らないと、明日になる」


言った後、ワームに向かって右側へ歩き始めて。 キンキノメスナなるモンスターは、真っ二つに割れた。


然し、その後は、Kを抜いた面々にて、キンキノメスナと戦う事に成る。 次に現れた個体は、最初の個体よりちょっと小さい個体だが・・。


ステュアートは、


「エルレーンっ、右から攻めるよ!」


「解ったっ、私は左からっ!」


二人して、左右より分かれてキンキノメスナの胴体に迫る。


処が、キンキノメスナの身体に斬り込む二人だが・・。 そのブヨブヨした身体の表面は、走って斬る勢いを殺す。 薙付ける斬り方では、思う様に斬り裂けない。


「何よっ、コイツの身体っ」


エルレーンが驚けば、


「エルレーンっ、上っ、上っ!」


と、ステュアートが慌てる。


真上から、エルレーンを狙って喰らい付くキンキノメスナ。 そのデカい口が開かれ、


「うわ゛ぁっ!」


と、声を上げて逃げるエルレーン。


ギリギリの間合いから逃げるエルレーンに対し。 がら空きの脇腹を攻撃するステュアート。 然し、鎌で刺したり、突き立てたりするものの、大して食い込まない。


困った二人だが。 セシルが頭を狙い澄まして矢を放つ。 すると、透明なゼリー状の皮膚が、一部だけ魔法の炸裂で壊れた。


それを見たセシルは、


「もうチョイ待ってっ! 身体に矢を打ち込んでみるからっ」


と、言う。


一方、暴れ始めたキンキノメスナの動きに、“逃げの一手”と動き回るステュアートとエルレーン。


「エルレーンっ、身体の表面っ、壊れるまでっ、待とうっ!」


走るままの呼吸と喋りで、話がぶつ切れるステュアート。


「うっ、うんっ!」


その内、セシルは魔法の矢。 アンジェラも、神聖なる裁きの鉄槌の魔法を遣い。 魔法の力で、キンキノメスナのゼリー状の表皮を砕く。


弾力性と柔軟性を併せ持つ、かなり異色な質感の表皮を持つキンキノメスナだが。 その表皮が剥がれ、内臓や血管を武器で攻撃されると、流石に弱って行く。


Kが、残り7体を倒して穴を見回る間、ステュアート達は暴れる様に戦っては、漸く一体を討ち倒した。 戦いの最後は、オーファーが火球を頭に打ち込んで終わる。


そして…。


「ハーハーハー…」


「ハァ、ハァ、ハァ…」


動き回ったステュアートとエルレーンは、軽い怪我や極度の緊張感からヘタり込む。 寒いこの穴で、汗塗れとなり空気を貪った。


同時に、セシルとアンジェラも、魔法を撃ち過ぎてか。 二人して背を合わせては、地面へと座り込む。


「ハァ~」


「ふぃぃ…」


「疲れましたわ・・。 洞窟は、き・キライです…」


「おっ、同じくぅ~」


疲れた一同の元へ、Kが戻り。


「オーファー。 此処からは、お前の出番だ」


辺りを警戒していたオーファーは、


「戻りながら、穴を塞ぐ訳ですな?」


と、計画の再確認をするのだが…。


Kは、首を左右へ動かしながら。


「いや、それだけじゃ~“やっつけ仕事”に成る」


「‘やっつけ’?」


「既に、キンキノメスナの通り道が、街の近くの此処まで出来上がってる。 それをある程度は塞がないと、何年もしない内にまた奴等が来る」


「では、どうします?」


「俺が、その辺に突き出してる岩を斬って穴に押し込んでから、それを破壊する。 オーファーは、その後に出来るだけ穴を塞げ。 魔力より、集中力が要る作業だ。 終わるまでヘバるなよ」


Kの言わんとする事を、解った様で解らないオーファー。


そしてKは、次にステュアートへ。


「ステュアート」


「は、はぁ、はい?」


「お前、アンジェラに怪我を看て貰ってから、一人で一旦地上に戻り。 モンスターの掃討は終わった、とサニアに伝えろ。 帰らない事にビビって、ヘンな行動を起こされても困る。 労力を使った分、このモンスターにはそれなりに返して貰う。 少し、時間が欲しいんだ」


Kの話に、疲れた一行は首を傾げた。


さて、広い風穴内の彼方此方に突き出る岩を造作も無く斬って。 それをキンキノメスナの開けた穴へ、小さい岩にして転がすK。


硬い硬い岩をまるでステーキでも斬るが如く。 細かく分解するKの手練は、オーファーも改めて見て呆れるほど。


だが、岩で穴が埋まると。


「オーファー、感知の及ぶ限界までキッチリ塞げ。 お前の塞ぐ加減が、次の襲撃までの時を稼ぐ礎に成る」


“とんでもない事を任された”、とオーファーは眉を凝らした。 魔法にて、大地の力を借りる事をする訳だが。 攻撃する行動とは逆の事をする。 魔力を使うより、集中して塞ぐのだ。 然も、出来る限り、穴の奥までを…。


確認の出来る危険視される穴は、全部で6つ。 それを塞ぐ頃には、報告に行ったステュアートが戻り。 女性3人は、マントを被って寝息を立てていた。


そして、全ての穴を塞いだ後、フラフラのオーファーが蹲る。


一方、Kは…。


「よし、キンキノメスナの身体から、セシルのメシ代でも徴収するか」


と、ナイフを取り出した。



目を覚ましたセシルと、疲れているステュアートの前で。 キンキノメスナの奥歯で、一際に色が灰色の歯を斬って外す。 そこそこデカい岩の様だが。


その歯を試しに抱えたステュアートは、


「ウワッ、軽いっ!」


と、疲れた体でも抱えられる事にびっくりする。


さて、9匹全部の奥歯を2つずつ外したKは、御決まりの説明に入る。


「キンキノメスナの奥歯は、硬く丈夫な割りには、思いの外に軽い。 この素材は、主に武器だとハンマーやメイスの先に用いられ。 歯一つで、200から350シフォンで取引される」


セシルは、意外に一個の単価が高いと思い。


「一個を真ん中の300にしても、5400っ? げっ、美味いっ」


だが、目付きを細めたKはニヤリとして。


「だがこれは、ほんの手付け金だ。 キンキノメスナは、その生息区域に因っては、更に美味くてな…」


真っ先に、自分が真っ二つにした個体の方に移動し。 晒された胎内を見ては、手の中に納まる石ころの詰まった臓器を見ると。


「コイツは、キンキノメスナが喰った岩の一部だ。 岩の一部は、体液の不純物を濾す濾過の為に使うらしい。 だが、その岩の中には、時に…」


ナイフで、使えない丸まった石を弾いて行くのだが。 その内の一つで、手を留めると。


「ホレ、お宝を発見だ」


セシルは、緑色の体液に浸かった青緑色の石を見て、ランタンを近付けつつ。


「キレ~な石ぃ~」


と、云うと。


石を確認するKは頷くまま。


「当たり前だ。 これは、溝帯付近の山の地下が主な産地となる、‘蒼翡翠’って云う宝石だ」


「え゛っ、宝石っ?」


「この純度で、この大きさならば。 加工するまでも無く、5000以上は軽い」


「ウッヒャアッ!」


騒ぐセシルの声で、目を覚ましたエルレーンも遣って来る。


「なぁ~にを騒いでるの」


「エルっ、宝石っ、宝石だよっ!」


「ほう・・せき? 宝石・・・宝石っ?」


キャッキャ云う2人と共に、Kはモンスターの遺体を漁った。 5匹目で、ピンクサファイアの原石。 7匹目で、緑がかった貴重なオパール。 8匹目では、ダイヤモンド。 9匹目では、ルビーの原石まで見付かる。


見付かったのは大小合わせた宝石5つ、原石でも取引価格の平均で80000シフォンは超える。


涎モノの宝石を見て、セシルは一個欲しいと要求するが…。


ステュアートは。


「セシル、それはダ~メ。 ミラさんやミルダさんに掛け合って、ミシェルさんの方で捌いて貰う。 斡旋所の御墨付きが有れば、オークションや仲買の人も対等にしてくれるからね」


「何でっ、何で何で何でっ!」


喚くセシル。


然し、律儀だが手堅いステュアートの意見に、Kは目を細めて。


「流石は、斡旋所の主の息子だな。 取引に於ける最低限の現実も知ってるか」


頷いたステュアート。


「はい。 父の居た斡旋所で、こんな事が在りました。 冒険者が仕事中に宝石を見つけ出したからって、宝石を持ち込んだんです。 でも、実際には採掘鉱山から勝手に持ち込んで来て。 父が、出所の不明な宝石は扱わないって言ったら、彼等は自分で売ると…。 然し、後日に成って、それが国の指定した鉱山より持ち出されたモノと解り。 その人物達は、お訊ね者に…」


お訊ね者と聴いたセシルは、


「ゲッ、拾ったモノでも?」


と、二人に聴き返せば。


Kが。


「場所に因る。 採掘の始まってる鉱山は、完全にダメだ」


と、言えば。


「ふぃぃ、此処は大丈夫だぁ~」


セシルは、安堵するのだが。


だが、ステュアートは真面目で。


「それでも、モンスターが居たのは街の下だから。 貰うならば、一部にしないと」


ステュアートの物言いを聴いたKは、何かもうステュアートの考えに任せて構わないと感じて。


「あの三姉妹ならば、手数料と利益を差し引いた分をこっちに回すだろうよ。 ン万シフォンの使い道は、お前が決めろ」


すると、宝石を預かるステュアートは、横で煩いセシルを無視し。


「それならば…」


と、一番小さい宝石を差し出し。


「ケイさん。 これは、ケイさんが持って居て下さい。 ケイさんならば、これを何処でも売れるでしょう?」


「ふむ」


「後は、僕の自由にさせて下さい」


「解った」


煩いセシルは別に、二人の間で不思議な取引が成立した。


エルレーンは、これまでの面倒やら、これからの面倒も含め。 Kと一緒に居る間の様々な感謝や礼を、その一つに込めた遣り取りと察する。


(このチームって、ステュアートのお陰で、イイ集まりに成るわね…)


そんなこんなで…。


地上に脱出したのは、オーファーを一休みさせてから。 何と、丸一日以上も洞窟内に居て。 斡旋所に戻ったのは、次の日の夕方だった。


さて、斡旋所に向かえば、丁度ミシェルが帰ろうとする頃。 他の冒険者達も去り、最後のチームが依頼を請けた直後だった。


斡旋所に入ったステュアート達は、依頼を請けた他のチームと入れ替わり。


一方、汚れた顔のステュアート達を見たミラとミルダは、目を丸くし。


「どーしたの?」


「大丈夫だった?」


と。


サリーも、帰って来た姿にホッとした顔をするのだが…。


Kは、全てをステュアートに任せて、ソファー席に座る。


慌てて全員分の紅茶をグラスに注いだサリーは、直ぐに配る。


さて、キンキノメスナの歯を此処まで運ぶには、兵士から荷馬車を借りた。 モンスターの報告、穴を埋めた報告の後で。 ステュアートは、ミルダとミラへ。


「外の馬車に、キンキノメスナの奥歯が18個在ります。 それから、キンキノメスナの胎内から、少量の宝石が出ました。 これ全て、斡旋所を通して捌いて欲しいんですが…」


と、相談する。


「あら」


宝石を見たミラは、その4つの原石に瞳を輝かせた。


一方、ミルダは仕事が増えた、と。


「姉さん、ミシェル姉さん。 帰る前に、ちょっとコレっ」


二階よりミシェルも降りて来て、その話を共有し。


「へぇ、モンスターの歯に、宝石ね。 明日、オークションの開催が在るから、出品してみましょう」


と、言った。


この日は、これまでとして。 物品を斡旋所の倉庫へ運んでから、荷馬車を兵士の元に返した。


夜分遅くに宿へ入ったステュアート達も、明日一日をゆっくりとするとした。


         ★


街の地下の穴の奥底に現れたモンスターを退治して、2日後。


朝。


「おはよ…」


声を出して、宿一階の飲食店に来たステュアートは、長椅子とテーブル席が広がるフロアに来て立ち止まった。


先に来たエルレーンとアンジェラは、観葉植物の影に隠れて或る場所を覗いている。


ステュアートは、二人が見ている方を見て固まった。 宿の飲食店に入ったKに、他の冒険者達が絡んで居たのだ。


「なぁ、あのヘチンクリンな奴らだけ、アンタの助力を得られるなんて不公平だろ」


「そうだ。 俺達のチームにも入って、名前を売る手伝いをしてくれよ」


「あのね。 貴方にずぅーっと一緒に居てって言う訳じゃないの。 一回・・ううん、二回ぐらいは手伝ってよ」


何人もの冒険者達が、Kを囲んで勧誘を掛けて居た。


だが、向かい合うソファー席に座ってぼんやりとするKは、


「下らねぇ事を云う暇が有れば、依頼を請けてこなす事を積み重ねろよ。 俺を入れたってな、今のお前らには、主の三姉妹も信用はしねぇよ」


と、呆れた物言いをする。


然し、


「どうして?」


「そんな訳ないわ」


「いや、絶対に信用する」


「そうだ」


「狡いぞ」


勝手な意見を並べる彼等。


その口々にする冒険者達を、Kは横目にして。


「お前達は、俺が砂を被ってこの街に来た時、斡旋所の中に居ただろう? 俺がミラに言って席を借りた時、‘流れ狼のゴミくず’と言っただろうが」


こう指摘すれば。


「それは…」


「違うっ! それはっ、アンタの実力を知らなかったからだよっ」


「そうさっ」


「だって、貴方みたいに何でも出来る冒険者が一人なんて、普通じゃ考えられないものっ」


その後に続く、彼等の下らない言い訳。 然し、それを聴く耳がアホくさいKで。


「いい加減にしろよ、テメェ等。 雁首揃えて、まだチームを結成して無いステュアート達を、後から来る他の奴らをコケにしてただろうが? あ?」


Kの指摘で、彼等が次の言葉を呑んだ。 この幾つかのチームにバラけて居る彼等が、この今にわざわざ集まって来た処からして。 Kを引き抜こうと言い合っていたのは、前々からと思える。


だが、この者達が率いる幾つかのチームは、ミラやミルダも頭を悩ませる面倒なチームで在る。 依頼の遣り方も中途半端で、仲間内の結束力が低く。 喧嘩も日常茶飯事のことだ。


Kは、黙った彼等をジロッと一瞥すると。


「俺がどんな人間か、それを知らずとも仲間に入れて。 俺にリーダーを任せずとも、ステュアート達は足掻いて、毎回の依頼へ全力を尽くす。 まともな噂も立たないお前らと、ステュアート達を一緒にするな。 反吐が出る」


スッパリ、Kは言い切った。


こんな風に言われては、冒険者達も腹が立つのだろう。


「俺達とあのアンタの仲間と、何が違うンだっ。 実力が低い、一般の冒険者だろうがっ」


「そうよ。 いえ、貴方を外したら、私達の方が上よっ」


「そうだな、5年以上もチームを組んで、それなりに仕事をこなしてる。 必要なのは、起爆剤だ」


彼等の身勝手な物言いに、Kの口は呆れた笑みが漏れた。


「誰が、上だってぇ? 他のチームに死者が出りゃ、ビビって同じ依頼を尻窄みし。 金に成ると聴きゃ、若手のチームを隠れて脅しす。 挙げ句の果てにお前らと来たら、若い奴らをチームに加えた後。 ちょっとでもモンスターにビビると、街に戻ってから袋叩きに責めて、その後簡単に切り捨てただろうが」


Kの話に、8人ぐらいの冒険者達が言葉を失う。


更に、そんな彼等へKは冷めきった目を巡らせながら。


「俺頼みで、名前を売るってぇ? 頭も、中身も、空か腐ってるか知らねぇが。 お前達、寝ぼけた事を並べるな。 これだけは断言してやる。 お前達は、ステュアート達より、他のどのチームより下だ。 経験を重ねた風に装ってるが、若い奴一人も面倒見れないバカに、俺と組んでチーム名を上げる資格は無ぇ。 逆に、死期を早めるだけだ。 散れ、その面に不味くてメシも食えねぇ」


舌戦で冒険者達を蹴散らしたKは、水を飲んで口を噤む。


話が噛み合わないと冒険者達も察してか、口惜しげに去る。


その様子を見ていたステュアート。


(ケイさん、ご迷惑かけます…)


実は、この様な事は、この一回では無い。 Kの経験や腕が凄いと解ると、まるで名剣か勲章の様なモノの様に、安易にKの力を借りたがる馬鹿が現れる。


時には、チームで押し掛けて来たり。 時には、モノや異性をダシにして来たり。


然し、チームの名前を売ると云う意味を、こうゆう輩は全く理解していない。 実力が伴わずして名前が有名に成れば、次に回って来る依頼をこなせるとは限らない。


大体、Kの遣り方を見れば解るが。 Kが一人で危険にぶち当たる時でも、他は安全にのうのうとして居られる・・なんて訳でも無い。 寧ろ、そんな時が一番危険で在る。


一方のステュアート達は、結束力も高く、ステュアート本人を仲間が支えるし。 ステュアート本人も、仲間を信頼する。


もし、この言い寄る彼等のチームにKが入ったとしても、Kの見れない処でどんな有り様に成るか。 下手をすれば、強いモンスターが一匹でも来れば、分裂して自滅するだろう。


Kが口で言って蹴散らすのは、或る意味の見方からすると彼の温情かも知れない。 悪魔の様な彼が力を貸せば、彼等をモンスターに皆殺しにもさせる事も造作にもない。 それをしないのだから、まだ彼等は運が良かった。


さて、すごすごと云うよりは、憤慨して怒り去るその冒険者達。 そんな彼等を無視して、別の入り口から席に向かうのは、何とセシル。 周りの客からして、Kの居る席は重々しい空気を出して居るのに…。


「ね゛ぇ、ケイぃ」


来るなりにKの対面へと座り、泣きべそをかく物言いにて縋り付いた。


「何だ?」


「どーしたら、アンジェラみたくオッパイが大きくなる゛ぅ?」


下らない勧誘から下らない質問と、話が変わる。


完全に呆れたKは、レザージャケットの上からセシルの胸を見て。


「あのな、毎日毎日よ。 人の三倍は軽く食うクセして、全く膨らみすら来ねぇんだ。 無理なんだよ、ム~リ~」


だが、対面の席に座るセシルは、前のめりに迫り。


「‘爆乳成長剤’とか、お薬ナイのぉ?」


「有るかぁ、そんなモン。 そんなのが有ったら、俺が高値で売り回る」


「うえ゛~~~んっ!」


「大体、朝っぱらから何でその話だよ。 もう諦める話だろうが」


「だってぇ、昨日の夜にさぁ。 アンジェラと二人してお風呂に入ったら、子供の客に‘私と同じ’って…。 8歳の子供だよぉぉぉ?」


余りの話に、目を左手で隠すKは肩を揺する。


「あ゛っ、笑ったなぁっ! エリクサーやエクリサーは作れて、爆乳成長剤は無理なダメ薬師っ」


エリクサーを作れれば、薬師にこれ以上の経験は無い。 それを‘ダメ薬師’とは…。


手を顔から外したKは、言い掛かりに付き合いきれないと。


「ウルセェっ。 そんな薬が欲しけりゃ、材料とレシピを持って来いっ」


飲食店のど真ん中の席にて、こんな遣り取りを平気でする。 恥ずかしいから苦笑いするステュアート達は、出るに出れないのだが…。


其処へ、次にオーファーが遣って来る。 俯き加減で、妙に神妙だ。 そして、テーブル脇まで来ると。


「ツルツルのハーフエルフよ、ちょっと退いて貰おう。 私も、ケイさんにご相談が在るのだ」


と、言い出す。


Kは、オーファーから相談とは、何事かと思うが。


「‘ツルツル’って云うなっ! 一応はっ、引っ掛かる場所も在るんだぞっ」


「そんなモノ、男の胸と変わらん」


「ウキーっ!」


Kの前で、朝から話す内容では無い、下世話な話が乱舞してから…。


セシルの引っ掻き傷が目立つオーファーを、Kもどう見て良いか解らず。 引き気味に見る。


その前で、神妙なるオーファーは、


「実は・・私は、‘毛’が欲しいんですが…」


と、いきなり切り出して来る。


Kとセシルは、二人してオーファーの頭を見る。


Kが、先に。


「いや、それは~~俺でも、無理だ…」


こう言えば。


セシルも、ピカピカの頭を見詰めつつ。


「諦めて無かったんだ…」


だが、泪目に成りそうなオーファーは、自身のスキンヘッドを指差し。


「こっちは、16歳の頃に諦めいますぞっ」


Kとセシルは、オーファーの頭と顔を交互に見ながら。


「あ?」


「16歳って、早っ」


と、反応すれば。


オーファーは、座った態勢から下半身を指差して。


「こっち、此方の毛が欲しいのです」


その表現に、Kとセシルが固まった。


そして、辺りを見回したKは、やや小声になり。


「そんなに薄いのか? ステュアートなんか、あの小柄にしてモジャモジャしてるじゃないか」


Kの話に、セシルがビックリ。


「ウソっ! ステュアートって、下の方そんな濃いの? あ、そう云えばアンジェラも…」


セシルの話に、Kとオーファーが素早く反応。


「ほう・・」


Kは、微妙に目を細め。


オーファーに至っては、


「濃いのかっ?」


と、一気に興奮。


勝手に個人的な事へ話が及び、アンジェラとステュアートが大慌てで席に向かう。 毛の話は、慌てて席に就く二人に因って強引に火消しされ。 不完全燃焼のまま、朝食と成った。


時折、先に朝食を終える客が、まだ盗み聞きし足りなそうな視線を寄越しながら、先に出て行くことも在る。


その視線を無視して、オーファーとセシルの小競り合いは続いた。


さて、なかなか忙しない朝を過ごした一行は、晴れた空の広がる街に出た。


「オーファーっ、セシルも! 恥ずかしい事ばっかりしないでよっ。 この宿、値段の割に洗濯付きなのにっ! 次に来る時が、恥ずかしいじゃんっ」


怒るステュアートに、二人は謝る。


そして、賑やかなまま斡旋所に来た。


処が、一行が中に入ると…。


「ねぇっ。 何で私達は、コレを請けれないのぉっ?」


「そうだっ、もうひと月《55日》以上も、この斡旋所で依頼を沢山請けてるぞっ!」


「ねぇ、あの包帯巻いた人に、何を助けられたか知らないけど。 差別なんかしないでよっ」


「そうだっ、あの包帯男を抜けばっ、あんな底辺の駆け出し5人の集まりなんか、モノにも成らないだろうがっ!」


4つのチームから、リーダー他を含め7人がカウンターに集まり。 ミラやミルダへ、酷い興奮状態で迫って居る。


其処へ、ステュアート達が来た。 ステュアート達は、針の眼差しを当てられる。


一方、ステュアート達を見たミラは、階段の方を指差し。


「あ、二階に上がって。 この前のアレ、もう受け取れるから…」


“二階に上がって”


この文言に、カウンター前に集まった7人。 その直ぐ間近のソファー席に集まる仲間達が、一気に殺気立った。


「ふざけんな゛っ!」


「横暴だっ、違反だっ!」


「何で俺達よりも若いガキがっ、二階へ行けるんだよっ」


と、声が上がる。


「わ゛っ、何よぉ…」


ビックリするセシルに、怯えるアンジェラ。 見境無い言い掛かりにエルレーンは、非常に顔が険しくなり。 オーファーは、魔法も辞さないほどに目を凝らす。


が…。


「ウルセェっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


野太い声で、大喝が斡旋所内に轟いた。


K以外の冒険者達は、皆が身を強ばらせた。


ソファー席の奥で、一人の冒険者が立ち上がる。 大剣と云う大型の武器を背負った、顔馴染みに成って来たリーダーの大男だ。


その人物は、ゆっくりとカウンターに近寄れば。


「駆け出しでゴミは、一体どっちだぁ?」


真っ先に、金髪の大人びた女性リーダーを睨むと。


「お前は確か、15歳の若い魔法遣いを仲間にして、街道警備の依頼を請けた後。 その新人がビビって魔法を撃てなかったからって、ソイツに成果が挙がらない失敗を擦り付けたよな。 仲間が他に5人も居てっ、今更に新人頼みだったのかっ!」


大男に怒鳴られた彼女は、それだけで意気消沈となる。


大男の大剣を背負った彼は、次に若く粋がったロングヘアの魔術師のリーダーを見ると。


「お前は、仲間の美人の意見で、モンスター討伐の依頼を中途半端に終えた後。 街道でモンスターに襲われた旅人を見捨て、サッサと帰ったらしな。 俺達が街道警備を請けた時、その旅人を手遅れながら助けたが。 親を殺された少年は、お前等だけは絶対に忘れないと言ってたぞっ」


今、その美人と云う仲間からも見捨てられた彼は、駆け出しの若い仲間をかき集めたチームのリーダーだが。 反論もせず、俯く姿に力は無い。


大男は、次に端正な顔の30代と見えた剣士に。


「テメェ。 2ヶ月前、商人の護衛を請けたクセして。 その娘に手を出した上に、その娘にチームの名前の拡散を約束させたってな。 その時、商人の遣う荷馬車の馬が盗まれたってのに、その娘と逢い引きして泥棒を逃がしたんだろう? 基本的な仕事を全う出来ねぇ奴が、他のチームをコケにするとはな。 どの面下げて、喚いてやがるっ?」


致命的な失態を蒸し返された、端正な顔のリーダーは、


「そっ、それとこれとはっ、ははっ、話が別だぁっ」


と、しどろもどろに言い返すが。


彼の仲間は、恥ずかしいと俯いてしまう。


大男は、睨み眼を更に鋭くして。


「話が違うだぁっ?」


と、ステュアート等に指を向け。


「請けた依頼人から、礼や報酬の増額を貰うこのチームと。 チーム名の拡散が頓挫して、商人の娘を見限ったお前のチームが、同じ台に立てるかっ!」


ド迫力の声と、恥曝しな事実に。 端正な顔のリーダーは、返す言葉も無く俯いた。


最後に大男は、キツい目つきの女性魔術師を見返すと。


「お前は、この中でも一番のクズだよな」


「何がよっ」


「色仕掛けで、腕の有るヤツを何人も引き抜いた割には、3年も経ってまだチーム名すら響きやしねぇ」


「そ、それはっ」


言い返そうとする女性魔術師に、大男は短く。


「有る」


と、話を遮り。


「お前が仲間を引き抜いたチーム達は、新たに若手を入れて。 ホーチト王国でも、フラストマド大王国でも、地道に依頼をこなして動いてるぞ。 上澄みを啜る様に、何人も引き抜いてダメなヤツが。 その包帯男の眼に適ったチームを愚弄するなんざ、滑稽が過ぎて与太話だぜ」


目つきの鋭い女性魔術師は、唇を噛んで大男を睨み返す。 だが、その眼は負け犬の眼だ。 言葉を返せない彼女からして、その話は事実なのだろう。


大男は、4つのチームを黙らせると。


「主に脅しを掛けるより、主に頼られるぐれぇに成ってみろっ! 違反だぁ? ロクすっぽに仕事も出来ねぇ輩共がっ、誰に偉そうな口を利いてやがるっ!」


その大男のリーダーを見る遠巻きの冒険者の中には、あの黒人の若き傭兵が居て。


「僕も、あんな冒険者に成りたいな…」


と、本音を漏らす。


今も、彼と共にチームに居る仲間は、


「何時か、成れるさ」


「俺達を見捨てないキミだ、大丈夫だよ」


と、本音を掛ける。


一方、傍観して居た他のチームのリーダーの一人が。


「下らない茶番は、もう終わったか? こっちは、主に依頼を請ける相談がしたいんだ。 言い負かされたならば、早く散ってくれないか」


と、敗者を蔑む。


その様子を見ていたKは、ぼんやりと。


「貸しを・・返された感じだな。 ま、バカには、アレぐらいに圧しが利くのも必要か」


と、独り言を呟くと。


「さ、ステュアート。 二階に上がって、サッサと話を着けて来い。 こっちは、下で依頼でも眺めてるからよ」


「あ、はっ、はい…」


気まずい雰囲気の中で、ステュアートは一人で二階へと。


ソファー席に向かう通路に立つKは、言い負かされたチームの中でも、睨み返えして来る半分ほどの冒険者達を見返し。


「俺が、云々で一流に成れるなら、その他大勢のお前等は必要が無い。 基本的な依頼すら、感謝もされない遣り方しか出来ねぇなら。 俺で名前を売った後の依頼は、非難と不満しか残せねぇぞ。 羨む暇が在るならば、違うことが出来らぁな」


こう言ってKは、4チームの座るソファー席の間を抜ける。 そして、通路の真ん中辺りとなる席に座った彼は、奥に入って仕切りに背を預けるのだった。


一方、この煩かった4チームの汚点は、ミルダが他にも多数を知っていた。 それを並べる前に、大男の話だけで撃沈したのだから。


(このチームにケイを入れたって、何の意味も無いわねぇ…)


こう感じながら、紅茶をグラスに注いだ。


それを運ぶサリーは、ピリピリとした雰囲気の中で、K達の座ったまで運ぶ。


その途中で、4つのチームの内の痩せた魔法遣いの若者が、通路に足を伸ばした。 明らかに、サリーの進路を邪魔をしたのだ。


サリーの後を行こうとしたセシルは、その足を見て。


「アタシ達より腕がど~こ~の前に、アンタ達って自分の恥を曝してない?」


足を伸ばした事を知る仲間でも、常識や良識が有る者が。


「お前なぁっ、ガキみたいな事は止めろっ」


「テメェ、俺達に恥を掻かせる気か?」


仲間から睨まれ、嫌々に足を引く若者。


紅茶を運ぶサリーは、後から来るセシルやオーファーを待つ。


セシル、アンジェラ、エルレーンが通り、オーファーはカウンター席に留まった。 ステュアートが戻る時を案じたのだ。


さて、一方。 二階に上がったステュアートは…。


二階に行くと、ミシェルが書き物をしていて。


「あら、ステュアート。 下が騒がしかったわねぇ~」


おっとりした物言いにて、ミシェルが言った。


一階のカウンターとは違い、加工装飾の質感を重視したカウンターに向かうステュアート。


「すみません、ちょっと諍いが…」


すると、ミシェルがニコニコして。


「あらあら、早くも成り上る時の洗礼ね~。 私達も有名になり始めた頃、有られもない噂を流されたわ~」


「あぁ・・僕達には早過ぎますよ」


カウンター前に来たステュアートは、内装が微妙に変わっていると。


「少し、置くモノを変えたんですね」


「そうなの。 ほら、悪い人が三階から入り込んだ時に、二階のモノを触ったの。 それが気持ち悪くて、ミルダが一部を入れ替えたのよ~」


頷いたステュアートは、カウンター前のクッションみたいなデザインの椅子に座り。


「総額、どれほどに成りました?」


と、ミシェルへ問う。


ミシェルは、この前の超高額報酬の時の倍に匹敵する二袋を見下ろし。


「キンキノメスナの歯って、高騰してたみたいよ。 私達が吊り上げる事も無く、18本で20000に達したわ。 それから、ケイさんの見立ては確かだわ~。 あの宝石、純度も高いし、ビビや傷も少ないからってね。 或る女性鑑定士と老人の宝石屋を営む方が、それはそれは欲しがってねぇ。 最後まで、競り落とそうと頑張ったから…」


「もしかして、総額10万を超えたんですか?」


「えぇ」


「それならば、僕達の報酬は10000シフォンでいいです。 その代わり、残りのお金の使い道を指定したいんですが…」


「あら、それでイイの?」


「はい。 ケイさんには、もう承諾を取って有ります」


「そう。 それで、どうしたいの?」


「実は…」


ステュアートの使い道を聴いたミシェルは、ちょっとビックリした顔で。


「貴方、若い割にはしっかりしてるのねぇ…。 ケイさんが一緒に居る理由が、何となく解るわ~」


「それで・・大丈夫でしょうか?」


「いいわよ。 私とミルダも、夫の事では彼方へ迷惑を掛けたし。 それならば、少しは罪滅ぼしに成るわ~」


「じゃ、お願いします」


「はいはい。 じゃ~10000シフォンね~」


お金を受け取るステュアートに、ミシェルは。


「お店の指定は在る? 無ければ、信用の於ける店へ幾つか散らすけど」


「それは、お任せします。 我々は、この街では新参者ですから、其処は斡旋所の顔を立てて下さい」


流石、斡旋所の主の息子。 主の付き合いや建て前やと、色々と察している。


「そう言って貰えるなら、助かるわ。 お店に掛け合って、色々と都合を付けるわね」


「ありがとうございます」


然し、此処でミシェルが、顔を少し真顔にすると。


「実は、ね。 近々、あなた達を含めて、幾つかのチームに極秘依頼を回そうと思ってるの」


ステュアートは、緊張の度合いを一気に高め。 その顔も引き締めて。


「それは、どんな話ですか?」


「この話は、貴方にだけするけど。 チームの面々以外には、他言しないでね」


「はい」


「最近、色々と噂が回って、或る場所に人が行ったの。 でも、全く誰一人も帰ってなくて、南の街で斡旋所から冒険者が調査に行ったら、その行く途中でモンスターに変わってたの」


「詰まり・・ゴースト退治?」


「ま、表向きは・・ね」


「‘表向き’?」


「問題は、その場所の調査よ。 但し、生半可な場所じゃ無いから、私達も躊躇してるの」


「そんな場所が・・・。 まるで、北の山中みたいだ…」


「あ、ミルダと行った場所?」


「はい」


「そうね、そうなるかもね」


「確かに、大変だ…」


「だから、ケイの居る貴方々に最初として、行って貰いたいの」


「なるほど…」


「でも、今日や明日じゃ無いわ。 五日ほど、雑用を済ませてからお伝えするわ。 その事が或るから、あんまり遠出はしないでね」


「はい」


了承したステュアートは、金を持って立ち上がった。


だが、一階に降りると…。


「ネイヴァンっ、サクリアっ、考え直してよっ」


「煩いっ、こんな恥ばっかり掻いて、恥ずかしくないお前になんかに付いて行けるかっ!」


「全くだ。 以前から、抜けようとは思ったが。 こんな馬鹿馬鹿しい事は、もう沢山だっ」


ステュアートの視界の中で、殺伐とした空気が溢れ。 カウンター前には、先程に喚いていたチームの仲間まで集まる。


その状況にビックリするステュアートだが、オーファーが来て。


「ステュアート、皆の居る席に行くぞ」


と、小声で。


「う・・うん」


ソソッと内側を通れば、言い合いは外の路上でも起こっていた。


話し合いを落ち着かせようと、ミラが声を掛けているのだが。 仲間内での言い合いは、そんな言葉の水では鎮火も出来ないほどに燃え上がる。


凄まじい物言いで言い合う彼らの背後を通れば、いきなりステュアートの胸ぐらが掴まれて。


「お゛いっ、テメェの所為だぞっ!!」


と、怒鳴られた。


「あ、僕は…」


何事かと、息を呑むステュアート。


その魔法遣いの若者の手を、オーファーが払い退けようとするのだが…。


「貴様ぁっ!」


別の言い合う剣士の女性が、魔法遣いの若者の胸ぐらを掴み寄せ。


「わ゛っ」


急に離されたステュアートは、通路へとヨロめいた。


オーファーとステュアートが見る中で、女性剣士が若い魔法遣いに。


「お前等のっ、そうゆう態度がっ! これまでの障害に成ったんでしょうがっ!! アタシがキレてるのはっ、こっちじゃ無いっ! アンタやリーダーの方っ!」


すると、他のチームの間でも。


「あの包帯男の言う通りだっ。 下らない行為で、チームの名前を地に下げているって云うのに、我々の声は全く無視だ。 こんなのは、チームでは無いっ」


と、ミラに向いて。


「済まないが、もう無理なんだ。 俺は、チームから抜ける。 手続きを頼むっ」


「私もっ、同じだ。 我慢して来たが、もう限界だ…」


そんな彼等の様子を見て、立ち竦むステュアート。


オーファーは、手招きするセシルやエルレーンを見て、一つ頷いた。


「さ、ステュアート…」


「うっ、うん…」


席に向かうステュアートだが、分裂の危機を迎えたチームを見る事を止められない。


席に来たステュアートは、


「凄い・・ですね」


と、漏らすと。


目を瞑るKが。


「ステュアート、その眼でよぉ~く見ておけ。 チームのリーダーだからと、我が儘や身勝手を重ねれば。 何時か、こんな風に分裂する。 汚い真似も、程々にしろって事だ」


「・・はい」


「チームが壊れる時は様々だがな。 所詮は、チームも人の作ったモノだからよ。 信頼とか、絆とか、金とか物とか、心の繋がりが切れた時だ」



Kの語る話で、ステュアートだけでは無い。 オーファーも、言い争う彼等を見る。


(クルフ殿も、絆が事切れたと想うたのか…。 ステュアートとセシルは、それぞれ違うと云うのに…)


思い出すことは、大人びたクルフも人間だった・・と云う事。 ま、年を食った者の恋愛感情は、焦りなり気負いなり、若者の頃とは違う心持ちも含まれるから仕方ないが。 セシルに告白したクルフは、人の心がいざという時に読めなかったのだ。


さて、長々と言い争って痴態を晒した彼等は、結局バラバラに成ってしまった。 別れる仲間の言う話は、ステュアートやKのどうこうでは無かった。 これまでの溜まった鬱憤が吹き出したらしい。


夕方、騒動の火元となる者達が、全て去った。 チームは解体、仲間らしい雰囲気は一つ残さず、憎しみすら溢れさせて彼等は去った。


それを見ていた他のチームや個人の冒険者達は、バラバラに成る者の醜さを見た。 だが、誰にでも、どのチームにも起こりうる。


ソファー席の在る通路の行き当たり、角席に居た大男の大剣士は、仲間に云う。


「仲間ってのは、立派な鎖のように繋がってみえて。 その繋ぎ目は、腐ることも有る‘生物’なんだ。 人間の性根を腐らせれば、真っ当な心と腐った心の絆って鎖は・・劣化する。 俺が駆け出しの時に入ったチームは、一人の女で瓦解した」


「‘瓦解’?」


「そうだ。 ある時、旅の夜中の山中で、若い女が半裸で倒れていた。 20半ばの女だが、エラく綺麗って云うか、艶めかしい女でよ。 リーダーと魔術師の仲間が、その女に欲情をそそられたのさ。 僧侶の姉さんが介抱した後、朦朧としていたその女を担ぎ出して。 二人して…」


仲間には、二人の女性が居た彼等のチーム。 その話に、Kから傷を治して貰った魔法遣いの小柄な若い女性も、嫌な話だと顔を逸らすのであった。


一方、気の強そうな女性剣士は。


「それで、どうなった?」


「どうもこうも…。 女の様子を窺いに来た学者の年配男と僧侶の姉さんが、助けた女が居ないって騒ぎ。 俺ともう一人、途中で加わったドワーフのオッサンも起きて探し回った。 その所為か、リーダーと魔術師の男は、犯した事が怖く成ったンだろうよ。 その女の首を絞めやがった」


「本当に?」


ガックリと、頷いた大男。


「その後は、ひでぇ成り行きだ。 首を絞めた所を僧侶の姉さんに見付かって。 犯した二人と、僧侶と学者の二人の罵り合いが始まった。 然も、魔法遣いの方が、二人を黙らせる為に魔法を、な…」


黙って聴いていた仲間の一人が、大男に身を近付け。


「リーダーは、とうしたんだ?」


先程、30人近い冒険者達を言い負かした彼なのに、力の抜けた彼は…。


「俺は、ドワーフのオッサンとは、手分けしていた。 だが、凄い声が聞こえて駆け付ければ、其処には片腕を斬られた魔術師が居た。 先に駆け付けたドワーフのオッサンが、魔法で二人を眠らせ様とした魔術師の腕を斬ったんだ。 それからは、もうムチャクチャだった。 俺が女を背負い、魔法で傷を塞いだ魔術師とリーダーは、ドワーフのオッサンが縛った。 その後、夜間を通して朝まで歩いて・・街道警備の兵士に発見されてよ。 そのまま、街まで…」


この大男が、まだ17歳の頃の出来事だと云う。


その後、大男やドワーフの彼等は解放されたが。 女性を犯した二人は、悪質だと処刑される。 他にも余罪があり、罪の擦り付け合いの末に余罪を吐いたのだ。


問題は、残された4人の冒険者。 冒険者に嫌悪感を抱いた女性僧侶は、寺院に入ってしまう。 男性の学者は、別のチームから声を掛けられた。 ドワーフの男性は、東の大陸から離れたいと船で去る。


結局、一人で残されたこの大男の男性は、そのまま東の大陸に残り。 自分のチームを持てると思えるまでの間。 あっちこっちのチームに入り、様々な経験を積んだのだと…。


その話は、さして大声では無い。 だが、静まった斡旋所では、彼方此方に聞こえてしまう。


さて、仲間が色々と考える事となり、大男のリーダーは立ち上がると。 通りを歩いて来て、ステュアート達の前で立ち止まり。


「お前の所為じゃない。 だが、この事態は覚えて於いたほうがいい。 自分の馬鹿さが解らないヤツは、成果を出すヤツのイイ部分だけを求める」


疲れたステュアートは、頷き返すのみ。


だが、大男はKを見て。


「ま、そっちには、その男が居るからな。 要らぬ世話か」


と、笑った。


その話の中でも、目を瞑るKだが。


「だが、根に持つヤツとそうじゃ無いヤツが、これで篩いに掛けられた。 問題は、この後よ。 我意に凝り固まった奴は、必ず憂さを晴らそうとする。 俺達に来るならばイイが、言い負かしたそっちに行く可能性も有る。 凝り固まった奴らは、5人と居ないだろうが。 ま、気を付けろ」


その話に、大男は顔を引き締める。


「そうか・・、そうだな」


ステュアートは、巻き込んでしまったと感じ。


「すいません。 ごめんなさい…」


だが、大男は仲間を見返すと。


「仲間の命は、大切だ。 それを助けられた以上、その相手を見捨てたらば、・・俺も向こう側に行く。 それだけは、どうしても嫌なんだ…」


大男のリーダーは、カウンター前に来ると。


「悪いンだが、依頼を請けたい」


「えっ?」


驚いたミラは、ハッとしておたおたしながら。


「どっ、どれ?」


「北西の極まった山間部に、採取へ行きたい狩人達の護衛だ」


「あ、あぁ・・これね」


「明日、狩人達に会うが。 今日に請けて大丈夫か?」


「え~、構わないわよ。 話の繋ぎは、西側の大通りの薬草専門店、‘パラカッタリ’って場所に行って。 狩人達の元締めが、話をしてくれるわ」


と、簡単な詳細を書いた紙を出す。


それを受け取る大男は、


「依頼をこなすのが、一番の気を紛らわす薬だ」


と、後から来た仲間と合流するが。


其処へ、Kが。


「一つ、忠告して於く。 山間部の奥に入って、もし紫掛かった灰色の人を見ても、決して攻撃はするな。 〔スローグスロクサリ〕は、太古より生きる秘境の住人。 見た目は化け物みたいだが、戦闘を好む奴らじゃ無い」


その話には、Kに助けられた魔術師で、小柄な女性がテーブルに来る。


「その種族は、昔から居るんですか?」


「あぁ。 人間の歴史を描いた古代戦争の話の中で、エルフよりも、エンゼリアよりも先に、悪魔と戦う人を助けた異種人族の一つ。 東の大陸の森には、密かに隠れ住む〔天狼族〕が居るんだが。 その種族と同じで、見た目がモンスターみたいだ。 だが、非常に穏和で、怪我をして居る人は見捨てない。 古代魔法語を話せるならば、会話も可能だが。 ま、触らずに放って於いてやれ」


「姿は?」


「キミと似た体格の、紫掛かった灰色の皮膚をして。 長く伸ばしっ放しの髪と、背中に樹木を生やす。 目が緑色に光るから、ちょっと不気味だがな」


「なるほど・・、解りました。 もし見掛けても、手出しはしません」


「おう、それを聴いて安心だ」


目を瞑るKだが、そう返す。


大男のリーダーは、


「情報、ありがとうよ」


と、声だけで斡旋所を去った。


冒険者達の生き様は、不思議な縁だ。 我もあれば、欲も、色も在る。 だから、身勝手も生まれれば、その行き違いから迷惑も掛かる。


が然し。 その一つ気を遣うことで、その間には鎖が生まれる。


不思議で、見えない鎖だが。 その繋がりは、何かにまた繋がって行く…。



         ★



その日は、様々な事が在った日。 小さな事では或るが、彼等の事を語って於こう。


漸く、と云うだろうが。


ステュアート達とは、数日ほど遅れてバベッタの街に来て。 意欲的に依頼をこなすチームが居る。 大柄な身体にしては、目は切れ長で精悍な顔をし、〔大剣〕と云う大型の剣を背負う完全武装した彼と、そのチームだ。


さて、或る日。 乾燥した大地を馬連れで歩く彼等は、15人と云う大所帯。 この中の7人は、バベッタの街で狩人や薬師をする者。 年配と云うより高齢者と言える者から、年配《この世界で約40歳》に入り始めた男女達。


では、他の8人は誰か。


いや、間違い無く格好は冒険者で在る。


大剣を背負う精悍な大男は、チーム〔セルアリダ・ガノフォー〕を率いるリーダー。 名前はセドリック、年齢は29。


セドリックより頭一つ低く、筋骨隆々たる大女に入るのは、焼けたのか薄い褐色の肌にして、椰子やしの葉を束ねた様な黒髪をする女性剣士のクリューベス。 見た目は性格がキツそうで怖いが、年齢はまだ23歳。


次に、のほほ~んとさえしている様な、おっとりとする魔術師の少女の様な彼女。 Kに助けられた、ソバカスがまだ残る彼女は、ジュディス。 年齢は、20を過ぎたばかりらしい。


一方、容姿が端麗で優男ながら、背中には杖を持つ初老《この世界では、大体50歳過ぎ》の男性を描いた白いローブを着る若者。 彼の名前は、〔ベイツィーレ〕。 ジュディスと一緒に、地下水路のモンスター退場にて怪我をした。 知識・万化の神を信仰する26歳。


使い込んだ金属の上半身鎧に、部分当ての防具を着け、十字槍を背負う。 ボサボサの髪や無精ひげを生やす、セドリックより頭二つは低い屈強なる中年男性は、名前を〔アンドレオ〕と云う、37歳。


最後、セドリックやクリューベスと比べて小柄と云うか、細身の身体にて。 羽根付きの赤い帽子を被り、ベストの様に黒い革の鎧を纏い、部分当ての防具を腕や膝に着けながらも。 ニヤけた顔ながら、雰囲気が中性的な人物が居る。 彼は、不思議な傭兵のソレガノ。 年齢は、セドリックと同じ29。


では、一緒に居る固太りな体格にて、後ろと脇だけ刈り上げた頭髪の剣士と。 若くノリの軽そうな、青み掛かった上半身鎧を着て、剣を腰にする二人は誰だろうか。


固太りな体格の若者は、剣士だが狩人の技能も齧るヤーチフ22歳。


ノリの軽そうな雰囲気にて葉っぱを噛むのは、エチログと云う24歳。


セドリックは、この他にオリフォカと云う神官戦士と、女性で艶やかな中年の魔術師アターレイが知り合いだ。


このセドリックのチームと、彼と行動を共にする4人には、奇妙な関係が在る。


セドリックがチームを結成したのは、3年ほど前。 その時のメンバーは、駆け出しだった優男の僧侶ベイツィーレと、むさ苦しい戦士のアンドレオのみ。


アンドレオは、まだ別のチームに加わって居たセドリックと一緒だった頃からの仲間で。


“世界を見たい”


と、別の大陸に行く決意をしたセドリックに着いて来たのだ。


最初、3人から始まったセドリックのチーム。


処が、結成して3ケ月ほどした頃。 報酬を巡り、等分を嫌がったリーダーと、大激論をしたクリューベスが居て。 たった100シフォンを投げつけられて、彼女はチームを外された。 その理不尽に怒り狂ったクリューベスだが、そんな彼女を見たセドリックは、


“あのままじゃ~あの女は、捨てられたチームに潰される”


と、感じ。 彼女に声を掛けてチームに入れた。


クリューベスは、この経緯も在るからだろうが。 セドリックに対する信頼は、非常に篤い。


一方、チーム結成から半年以上が過ぎて。 街から街に行く途中で出逢ったのは、魔術師のジュディス。 一人で旅をして居た処、モンスターに襲われて居た旅人を見つけた彼女。 旅人に混じって戦う彼女ごと、通り掛かったセドリック達は救い。 魔術師を求めていた事も在り、彼女を誘って仲間と成った。


一方、1年以上も経ってから加わったのは、変わった傭兵のソレガノ。 女性の多いチームに居たソレガノは、仲間の女性3人と男女の関係となり。 その女性3人が掴み合いの喧嘩の後に、意気投合してソレガノを責め立てた。 呆れたソレガノだったが、許す気の無い彼女達からチームを外されてしまい。 捨てられた猫が拾われる様に、セドリックのチームへ。


だが、彼が不思議な傭兵と云えるのは、一般的な傭兵稼業と比べて差して力持ちでも無い半面。 鞭、弓、細剣、投げナイフ、スピア、棒を扱う器用さが在り。 然も、ジュディスやベイツィーレより魔法の付加を貰い。 肉弾戦で戦う仲間達の手助けに入ったり、魔術師や僧侶を守ったりと。 役割分担を見抜いて上手に立ち回る、そんな状況判断に優れている。 リーダーのセドリックは戦いに集中できるので、それが非常に有り難いと思っている。 だが、好戦的なクリューベスやアンドレオは、彼にはもっと前に出て戦って欲しいと考える処が在った。


そして、チームに属さないヤーチフとエチログや、今回の仕事に同行していない二人の冒険者。 このチームに属さないものの、セドリックらと行動を共にする冒険者4人には、それぞれ事情が有った。


神官戦士オリフォカ、剣士ヤーチフとエチログは、元々属するチームのリーダーと成る女性が病となり。 その女性の治療費を稼ぐ為、彼方此方のチームに声を掛けては、一時加入を繰り返していた。 然し、半年ほど前か。 報酬の分け前を巡り、口論の果てに見捨てられた3人。 それを見たセドリック達と知り合い。 信用の於ける彼等にくっ付いては、こうして仲間に加わり手助けをする。


一方、女魔術師アターレイは、元はセドリックの所属していたチームの仲間だった。 アンドレオより前に一緒だった、別のチームなのだが。 彼女は、とある目的が有ってセドリックと行動を共にし。 仕事で数が必要な時は力に成ることも有る代わりに。 時には、数日を超えて居なくなると云う行動をする。


この不思議な集団が、セドリックの仲間だ。 セドリックの周りの面々が入れ代わるのは、この集団の所為で在る。


さて、乾いた白い大地を行くセドリック達だが。 バベッタの街から北西に離れて、3日。 モンスターを二度退けていて、怪我人も無く旅は順調だった。


そして、遂に到達するのは…。


ノリの軽そうな笑みを浮かべた顔付きのエチログは、目前に見えた霧に包まれた山を前にし。


「周りが晴れッてるのに、此処だけ曇っチるね~」


ちょっと聞き取り難い、奇妙な物言いをする彼は、方言の物言いが抜けない所為。


その隣に来たヤーチフも山を見ては、


「全くだな。 山の周りは、非常に乾燥しているのに。 此処だけは、霧が咽ぶようだ」


と、やや詩人の様な感想を言った。 このヤーチフは、見た目の太っちょ姿からは印象が湧かないほどに、滑舌の良い大人びた声音で在る。


案内をする狩人二人が引き連れる馬の並び。 その先頭より二番目に居る高齢者となる薬師の老婆は、器用に鞍の上で座って居ながらに。


「ホッホッホッ、確かに、知らん方には珍しかろうよ。 あの霧はな、間近となる脇の広大な大地の裂け目が出す、雨雲の如き蒸気がぶつかる所為じゃてのぉ。 まぁ、そのお陰様よのぉ。 周りのハゲ山とはちごうて、薬草やら山菜を、たぁ~んと生やすんじゃよぉ」


その老婆の近くに立っていたセドリックは、まだ夏の陽気で或る空を見上げ。


(此処らはもう山の一部とは云え、まだ季節は夏。 こんな霧では、湿気と汗でびしょ濡れに成るな…)


と、思いながら。


「さ、早く山に入って、採取を始めよう。 これから3日間の採取だが、この霧は視界を塞ぐ。 標高の低い森には、モンスターも居るって云うならば。 採取も、迅速にしよう」


狩人や薬師達も、その言葉に応じて馬を動かす。


この山は、南部から緩やかに登りとなり、標高差に合わせて様々な草花を生やすとか。 その豊かな生態系に合わせて、薬草や毒草が生えるらしいのだ。


霧が山を包む様に立ちこめ、雲が山頂で渦を巻く。 その霧に包まれた山へと、セドリック達は狩人や薬師を守りながら入って行った。


霧に抱かれながら山へと入れば、先ずは丈の短い草の生い茂った地に入るが。 その歩くのも束の間、密草林の中へと入る事に。 “密草林”とは、大木などは一本も無い。 背丈は、大男のセドリックより少し高いぐらいで、幹の太さは大人の一般女性の腕ほどしか無い木々と、蔦科や羊歯科の植物が、薄い霧の中に乱立して、鬱蒼とした密林の様な景観を築く場所の俗称だ。


だが、その密草林に入って、狩人の指示に従って分け入れば。 噴水や砂場も有する様な大きめの公園が、丸々すっぽり収まりそうな…。 サークル状に開けた場所へ出たではないか。


狩人の一人で色黒の年配女性は、この部分ハゲの様な場所にて。


「此処で、敵を待つわ。 恐らく、直ぐに襲って来るとおも…」


と、彼女が言い終える前に。


‐ キキキ…、キキキ… ‐


音域は低いトーンだが、妙に耳へと残る奇妙な音が茂みの中より木霊して来る。


狩人や薬師は、直ぐに身構え。


「来るぞ、君らを雇った目的の相手が…」


セドリック達は、次々と武器を抜く。


草木が無い開けたこの場所の少し先の、茂みの上部が動く音にて。 セドリックは、戦う相手がもう近いと察し。


「近いぞ。 蠢いているのは、地面か?」


その時、ジュディスが左側に向き直り。


「クリューベスっ、前っ!」


辺りを見ていた筋肉が素晴らしい女性剣士クリューベスは、急激に木々の間を疾走する音を聴き。


「そりゃあっ!」


視界の先に重なる枝の奥が揺れた事で反応し、下段に付けた剣を斜めに、前へ一歩踏み込みながら振り上げた。


(手応えが有った)


と、クリューベスは口角を片方上げる。


すると、飛び出して来た何かを切り裂いた。 バサッと音がし、木々の枝に引っ掛かるモノが在り。 それは、イタチの様な毛の生えた身体と、蛇に似た頭を持つ生物。 〔ウシュトピヌ〕と言うモンスターで、数十匹単位で密草林を動くとか。 この雲霧に包まれた山の低地に生息して、迷い込んで来た動物を喰らうらしい。


優男の僧侶ベイツィーレは、ヤーチスとエチログの前を指差し。


「くっ、くるぅっ、次々とっ!」


協力者の二人も。


「解ったぁっ」


「よしっ」


茂みの動きに警戒して、飛び出して来たウシュトピヌを直ぐに倒す。


実は、ミルダやミラは言わなかったが。 この仕事には、或る制約が有った。


“チームの人数が、最低6人以上が望ましく。 武器を手に戦える冒険者が多ければ、此方も安心が出来る”


と、云うものだ。


ウシュトピヌの動きの速さと、この密林の中での戦い。 魔法の詠唱に時間を取られれば、至近戦は大変だ。 だが、武器を手に戦える者が多い事で、セドリック達は雇い主側からも信用を得た様だ。



植物を細かくして穴に引き込み、甘い茸を栽培するモグラが作る円形のハゲ地で。 セドリック達は、一時の間を戦い続けていた…。



        ★



一方、これは街の片隅の出来事。


地下洞窟のワームが討伐されてから、丸4日が経過したこの日。


街を保全する任務に就く警備兵達。 それを束ねる下級兵士長サニアは、この日も15人の警備兵を率いて、街の外周を見回りをして来た。 夕方、行政神殿の東側に在る‘待機・控え室’に戻ると。


先頭で入ったサニアは、中に立って居る人物を見るなり。


「あっ」


と、驚き。


「全隊、窓側に整列っ」


このサニアの声で、兵士達は次々と部屋に入るなりに。 中で立つ全身鎧を着た大柄な女性を見ると、慌てて並びだす。


15人の兵士が並ぶと、サニアはドア間近の左側に立ち。


「ご苦労様です、聖騎士リグアナフ様。 此度は、何か御用でしょうか?」


褐色の肌にして紅色の唇をする黒髪の大柄女性は、その長身の立派な身体で重い鎧を着るままに。


「皆、楽にしてくれ」


彼女は兵士を見てそう云うと。 次に、サニアを見て、


「今回は、地下に潜むモンスターを、冒険者を遣って立派に始末したとか。 これからも、与えられた職務を正しく遂行してくれたまえ」


と、誉めの気持ちを言葉にして贈ると。


「さて、今日に此処へ来たのは、冒険者協力会の支部と云う斡旋所より。 街道警備隊並びに、皆のバベッタ保全警備隊に、共に協力する事も多いと云う事で。 今回のみだが、寄付が在った」


此方が常に力を借りている立ち位置だ。 サニアは、冒険者協力会からの‘寄付’と、こう聴いて驚いた。


「冒険者から、我々に・・ですか?」


神聖魔法も扱える騎士の聖騎士リグアナフは、ゆっくりと頷き。


「その寄付は、もう隣の更衣室に運んで在る。 全員、粗末にしない様に。 では、私はこれで失礼する」


と、彼女は付き人の護衛と去って行く。


さて、聖騎士リグアナフが去って、サニアは他の兵士達と更衣室へ。 更衣室とは、装備品を保管する場所とも云えるが…。


その部屋に入れば、古い木造のテーブルの上には、真新しい革の鎧が、長剣が、槍が在った。


「隊長っ」


「凄いっ」


驚いたサニアの前で、兵士達が鎧や武器に集まる。


その中、老人兵士が手紙に気付き。


「サニア隊長、これが…」


手紙を受け取るサニアは、中身を黙読する。


其処には、


『今回のワーム騒動の実入りを含めて、幾つかの仕事で得たモンスターの部位などの売却からこの装備品を購入した』


と、都市統括政府よりの依頼で得た物品より出た利益の一部で購入した旨が書いて在った。


然し、サニアにしてみれば。


(そう言えば、あのステュアートなる若者のチームは、途中でモンスター討伐の報告を・・・。 なるほど、モンスターでも売り物に成るとはな…)


不思議な事も有ると、薄く笑った彼女。


だが、造りのしっかりした長剣を女性兵士がサニアに持ち寄り。


「隊長、これ。 隊長にも、こんな剣が…」


一振り2000シフォン以上しそうな剣を見せられて、サニアも顔が綻んだ。


ステュアートがミシェルへと申し出た事は、装備品の寄付だ。 冒険者だから、大金を得るなど実力次第。 だが、個人が幾ら儲けた処で、それは使い切れ無いし。 また、Kが居たからこう成っているが、Kが居なく成ってしまったら…。


ステュアートは、Kを得て試される。 ステュアートは、その事を理解し始めていた。 また、Kも自由にする。 ステュアートを試しているのか、それとも勝手気ままな自由なのか。


然し、判断を任せるKと、その判断を困りながらもするステュアート。


この二人は、不思議な組合せと言えた。


一方、本日の昼間には、街道警備兵にも同様に装備品が届いた。 ま、此方の方が人数からして規模が上なので、分配された装備品は多い。


その中でも、片刃のサーベル《軍剣》と長槍は、純度は低いが精霊銀を使った一品で。 受け取った警備兵達を歓喜させた。


午後から警備に出発する警備兵の隊と組む冒険者達は、エラく対応の良い兵士達に驚いたほどだった…。


然し、小さな不満が出たのは、冒険者と絡まない守備兵士達。 格は、守備兵士の方が上なので、持ち込まれた装備品を独り占めしたかった。


だが、配布を受け付けたのは、なんとあのジュラーディ。 弾劾総務官より、双方の警備兵に分配せよと言われてしまい、何一つと手を付けられなかった。


ま、装備品の新調が近々に在った守備兵士だから、それまで奪うのは聞こえに悪い。 指揮官クラスの聖騎士も出て来たから、文句も内輪のみと成っていた。


スチュアートの様な冒険者は、希な冒険者と云える。 だが、スチュアート自身、Kが居たからこそ金が儲けられたと自覚している。 だからこそ、こんな使い方をしたのだろう。 Kがそうさせた訳ではなく、Kの存在を受けたスチュアートの意思。 これもまた、この二人が出会って仲間になった故のこと。 その様子を見る主の三姉妹は、このままKとスチュアート達が一緒に居ればいいのに…と、思ってしまった。

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