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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
215/222

第三部:新たなる暫しの冒険。 5

        第六章


 【バベッタの街にて、今暫く続く滞在記1】


〔その9.その後のあれこれと、事件後の初仕事。〕



ミシェル、ミルダ、ミラ、斡旋所を預かる主の三姉妹がもて余した兵士行方不明の事件は、Kが解決をした。 その日から一日を経て、イスモダル捕縛より三日目。


この日は、朝から小雨だった。


1日を宿でゆっくり過ごしたステュアート達は、斡旋所に行こうと決め。 この日の朝食を囲むテーブルにて雑談をする。 自然魔法遣いオーファーの感覚では、数日間はスッキリしない天気で、雨が中心と言う。


そして、いざ午前中から斡旋所へと行ってみれば…。


斡旋所の奥や右奥に座る冒険者達より、顔を見られる立場に為ったスチュアート達。 受付を兼ねるカウンター前の通路を挟んだ左右に在るテーブル席にて。 ステュアート達を見つけた者が居る、或るチームの内輪では。


「噂の奴等が来たぞ」


「はぁ?」


「何が?」


「ほれ、斡旋所の美人三姉妹と組んでたって云う奴等さ」


「あ、あら~」


「へぇ・・。 でも、なんか強く無さそう」


若い冒険者のチームに、そんな事を言われているステュアート達。


サリーと斡旋所内を動くミルダは、ステュアート達を見ると。


「ごめんなさい、貴方達にちょっと話が有るの。 二階へ上がって、姉さんと話して貰いたいの」


と、言うではないか。


上級依頼のみを扱う二階。 其処に上がるステュアート達を見て、朝から仕事を探す冒険者達は透かされてか、ポカ~ンとする。


(にか、いに・・行っちゃった)


(マジかよ)


(え? あのチームって、この間に結成したばかりじゃなかったっけ?)


確かに、ステュアート達は結成して半月経つかどうか・・、と云うチームだから。 チームの名前ぐらいしか知らない者が、チラホラ居る程度だった。


十日ほど前に異国より渡って来たチームの内輪では。


「うわわっ、アイツ等が二階に行っちゃったよっ」


「これは現実か?」


「ってかさ、あのチームだろう? 結成早々から色々と、駆け出しの仕事をこなした奴等って…」


「多分。 噂だと、あの包帯を顔に巻いた奴が、かなりの経験者かも知れないってサ」


「あぁ、そう言えば…。 ホーチト王国の王都に在る斡旋所で、そんな噂が在ったな」


「在った、在ったっ」


「そうだっけぇ?」


「ほらっ、凄い美人が二人の居たっ。 あ~~っと・・・そうっ! ポリアとか云うチームがっ、急に凄く成ったって話に出たじゃんっ!」


と、こんな感じで話が膨らむ。


また、入り口とは反対で。 行くには、斡旋所一階を‘コ’の字に通路を行く一番奥の席にて。 まだ、どのチームに属さない、1人や2人の冒険者達が集まる、大きな楕円形のテーブルにて。


「あのぉ・・、あの方達がされている話こと、解りますか?」


魔法遣いらしきローブ姿の女性が、隣席の僧侶姿の太った若者に問う。


すると、僧侶の太った若者は、緊張した様子にて。


「いえ。 私は、昨夜にこの街へ来たばかりでして…」


「あ、そうなんですか。 いきなりお尋ねして、スイマセン。 実は私も、先程に乗り合い馬車にて、南から…」


そんな二人に、向かい合う席より。


「あのチームは、なんか込み入った事情から主さんに協力して。 何でも難解な事件を解決する、その手助けをしたらしいよ」


と。 言ったのは、金属製の鎧やら防具で、完全武装して棍棒を担ぐ、黒人の長身なる若者だ。


すると、その話を聞きつける大人びた女性剣士が、紅茶の入ったコップを持って席を近寄せ。


「ねぇ、その話だけど。 もう少し、詳しく知らない?」


と、黒人の若者に寄った。


他のチームの話を聞くだけに留まり。 それまで知らぬ他人とどう話して良いものやら、黙って居た者達がこの話の周りに集まる。 其処には、新たなチームの芽が生まれる始まりが見えた。


更に、その者達とは別に。 斡旋所の窓側、目貫通りに沿う窓側のテーブル席に座って居た男性5人のチームの間では。


「然し、凄いな。 結成して半月足らずで、上級依頼の部屋に行ける奴らって居るのか…。 何か、四年も行けてない俺達って、何が悪いのかな」


「さぁ、な」


「それよりさ。 あの亜種人2人、スッゲェ可愛いなぁ…」


「いやいやっ、あの爆乳の僧侶の姉さんが、やはり一番だろう?」


「バカ言えっ。 亜種人の娘ってな、死ぬまであの姿なんだぞ。 150歳とか生きる者も居るのに」


「い゛っ! それなら・・俺は、蒼い鎧の剣士がいいな…」


と、不毛なる男の会話が繰り出された。


斡旋所の彼方や此方で、ステュアート達をネタに話が進む。


そのウザい話を聞くミラは、


(常に此処に居るワタシは、どーなるんじゃいっ。 若いとか、胸がデカいと、それでイイんかい゛っ!!!)


と、コップを拭く手に力が入る。


その時、買い物から帰ったサリーは、同じコップを力んで拭くミラにびっくりした。


「あ・の・・ミラさん。 お、お買い物…」


膨らんだ買い物籠を見せるのだが。


蛇が獲物に跳び掛かるかの様に、サリーへと向いたミラは。


「サリーっ、いい? 男なんて生き物は、ねぇっ…」


三十路終わりの女性から、十代に入ったばかりの若い少女へ。 人生観や人生論を含む・・らしき不満が、勢い激しく伝えられる。


その時、二階の上級依頼受付となる場所にて。 ミシェルとミルダを前にしたステュアート達の話し合いが、カウンターを挟んで始まろうとしていた。


落ち込んで居る様子の姉ミシェルと、まだ良く眠れてない様なミルダ。


ゾロっと並んだステュアート達の脇に、クッションの様な椅子へと腰掛けたKが。


「んで? 協力会よりの沙汰は?」


と、話合いの口火を切った。


頷いて反応したミシェルは、黒革の表紙をした厚い本を手にしながら。


「今回は、違反金付きだけど、厳重注意に成ったわ。 貴方の言う通り、私達3人が・・・率先して、事件解決に尽力した行動を加味しての判断だって…」


「ふ~ん、そうか。 まぁ、クビが繋がって良かったな」


他人行儀な物言いのKに対して、セシルはカウンターを挟むミシェルに。


「でもさ。 二人のダンナは、どーなるのさ。 クビ?」


それには、ミルダより。


「兵士の派遣自体は、夫達が指揮した訳では無いから。 イスモダルの様な沙汰は、一応・・無いみたい。 でも、隠蔽には・・・ね。 嫌々でも関わった部分が在るから、一般階級に降格されると思うわ」


「ありぁ・・それは大変だわ~」


すると、客観的な視点のオーファーからして。


「だが、皆殺しにされる処だった事を踏まえると、苦労は多くとも取り返せる可能性も在る。 亡くなられた兵士やサリーの母親、それに亡くなった冒険者と、犠牲の多さの方が問題だ」


その事への責任に、ミシェルやミルダも気が重いのだろう。


さて、ミシェルは本題に入るべく。


「今回は、私達の不始末の尻拭いから、モンスター退治。 そして、事件解決まで。 貴方達には、とってもお世話に成ったわね。 それで、気持ちとしては、もっと出せたら良かったんだけど…」


と、報酬の話へ切り替えた。


ミルダと2人、そこそこ重たそうな黒い袋を持ち出した。 膨らみは、やや小ぶりのスイカと同じ。


「これ、貴方達の報酬ね。 嵩ばると重いから、全部ゴールダー金貨で払うわ。 45000シフォンよ」


その結構な金額と、全てゴールダー金貨と聞いて。 Kを抜いた5人は、ビックリして固まる。


眉間をグニャグニャ動かして、黒い袋を見るセシルは。


「40000以上って・・どんな内訳ぇ?」


問われたミルダは、破棄する予定の依頼の束を持っていて。


「イスモダルより出された、山間部の調査依頼の報酬。 それから・・兵士の家族達や仲間の兵士さんが持ち寄った、捜索依頼の報酬と。 それから・・あのジュラーディ様から、事件解決に尽力した貴方達への謝礼も入ってるわ。 後は・・・そうそう、街道のモンスター退治の依頼がね、退治する前日に入ってたの。 それと、アンジェラさんを助けた報酬の他に、纏めた危険手当金ね」


黙って聞いていたKは、徐にその袋へ手を伸ばして、中に手を入れると。 金貨4枚ほど取り出し。


「ステュアート。 残りは、お前たちで使え。 アンジェラの身の回りのものや、お前たちの壊した武器なんかの新調代だ。 金の使い方を覚えるのも、冒険者の経験の一つだぞ」


すると、オーファーも同じく手を入れて、ゴールダー金貨5枚を抜いて。


「後は、皆で分けてくれ。 ステュアートやエルレーンは、武器を壊してしまったのだろう? 少しは、良い武器でも買ってみるといい」


ステュアートとエルレーンは、40000余りの金を前にして固まる。


抜き取られる金貨を見たセシルは、金貨とその金額に心沸き立ち。


「ねっ、武器とか見に行こうよっ。 アンジェラも、装備とか旅の荷物を無くしたし。 今だって、下着を穿いて無いままなんでしょ?」


「あ」


現状を言われたアンジェラは、恥ずかしそうに胸や下半身を隠す仕草をし。


そんなアンジェラを、睨む様にガン見するオーファーが居る。


(はっ、穿いて無かったかっ!)


古着のローブを貫き通しそうな視線。 それにセシルが気付くなり。


「このぉっ、ドエロ禿ェっ!」


思いっ切りの平手打ちで、“ピシャ!”とオーファーに制裁を与えた。


そして、呆れたKの脇目には、後頭部に手の平の痕を付けた禿頭の男が、反省するかの様に俯いている。


さて、報酬は渡したと、区切りを見たミシェルが。


「だけれども、これは承知して欲しいの。 貴方達の知名度は、一気に上げられないわ。 これは、ケイと私達の判断よ。 結成し立ての今で、ケイの腕がそのまま貴方達の腕と判断されれば。 それはそれで、後々破滅に成ると思うから…」


だが、もとよりステュアート達は、Kと自分達の能力の差を知る。


それだけにセシルは、


「お金くれるならば~、知名度なんてクソ食らえ~」


と、お金の入った袋を頬ずりして撫で愛でる。


ステュアートも、それは十分に承知と。


「あのカエルの穴から戻る帰りに。 ケイさんとその話をして頼んだのは、実際には僕ですから」


エルレーンもそれを知っているから、続いて頷き。


「あ~んな凄い事、私達だけじゃ出来ないもんね」


確かにその通りと、恥ずかしながらアンジェラも頷いた。


そして、ミシェルは更に。


「それからこの話は、今日や明日みたいな直ぐの、急いだ形での依頼にはならない事なんだけれど…」


と、前置きをする。


ステュアート達は、何事かとミシェルを見るし。


Kは、どーでも良さそうに横を向く。


ミシェルは、そんな彼等に。


「貴方達には、おそらくもう一度。 あのモンスターが居る山中に、斡旋所の依頼として向かって貰うかも…」


この話に、K以外の5人が驚きの顔で、言ったミシェルを見る。


だが、その直後にハッとしたアンジェラは。


「あっ。 だからケイさんは、あのモンスターの全滅を?」


と、Kに顔を向ければ。


金を仕舞ったKは、そんな事も解り切っているとばかりに。


「まぁ、な」


と、返した。


セシルは、アンジェラに。


「何? 全滅って、な゛に゛っ?」


問われたアンジェラは、セシルにと云うよりも、その場に言う雰囲気で。


「私を助けたケイさんは、ステュアートさんとエルレーンさんを逃がした後。 何故か洞窟に留まって、次々と現れるあのカエルを全て…」


「え゛っ、全部倒したの゛ぉ?」


セシルの驚きは、この二階に居るK以外の全員の驚きだ。


直接、一匹と戦ったミルダは、相手の大きさは知っている。


「全滅って、どれぐらいの数よ」


と、口走れば。


実際に洞窟の奥まで行ったエルレーンが。


「確実に、数百…。 百匹や二百じゃ・・ないわ」


数を聴けば、オーファーも、セシルも、ミシェルも、びっくりし過ぎてドン引き状態。


そして、驚くステュアートも。


“そう云えばKは、洞窟より出て来るのが遅かった”


と、あの日のことを再び思い出し。


「じゃ・・ケイさんは、あのっ、あの時に。 あのカエルの群を、全滅させたんですかっ?!」


皆から、まるで化け物でも見るかの様な、畏敬や畏怖すら滲む視線を向けられたK。 だが、この話には、さしたる興味も無さそうな様子にて。


「さぁ、全滅させたどうかは、正直な処で解らんぞ。 ただ、目に付く動いてる奴等と、親玉って言えるのは潰した」


洞窟内部の事は、行かなかったセシルやオーファーは、ステュアートとエルレーンから聞いたのみ。 それでも‘わんさか現れた’と云うのだから、それを全滅とは…。


様子を知らないセシルが。


「ケイ、まさかっ。 また行くって読んでたのっ?」


「当たり前だろうが。 そんなの、ちょっと考えれば解るだろう」


解らない皆は、黙るしか無い。


Kは、更に。


「大体よ、冒険者の話なんざ俄には信じられないってのが、大方の政府ってもんだ」


冒険者の頃の経験、身内として知る役人の気質から、ミシェルも、ミルダも、確かにその通りと頷いた。


Kは、さもアホらしいとばかりに。


「だが、よ。 行けば解るが、あんな危なっかしい洞窟だ。 半信半疑に・・とは言え、ゾロゾロと役人が行かれて、兵士みたいに殺されてみろ。 イスモダルの二の舞を演じるのが、目に見えるオチだろうが」


想像したステュアートも、


「確かに」


と、呟き。


同じオーファーも、


「よほどの遣い手か、対応の出来る人数が居なければ、まさに・・そうですな」


と、理解した。


そうなれば、更に面倒が続くとKは察し。


「そんな事に成ってみろ。 まさに、二度手間、三度手間に成る。 やれ、また助けに行け、だ。 脅威のモンスターを排除して来い、だの。 後からこっちに回されたんじゃ、阿呆らしいし手間だろう? それに、この街には、他に一流チームが居る訳じゃ在るまいし…」


Kの話は、ミシェルやミルダからすると。


“一々、貴方の仰る通りです”


こう云うしか他に無い。 ミシェルやミルダも、Kの推察には脱帽だ。


質問に答えたKは、ミシェルとミルダを見てから、ステュアートを軽く一瞥すれば。


「このステュアートは、バカらしいぐらいに真っ直ぐだからな。 お宅等のそんな前置きは、端っから要らんさ。 それより早く、街へ買い物に行かせてやれ。 胸無しツルペタ亜種人が、買い物に行きたくてウズウズしてるぞ」


身長や体格は大人でも、女性らしさは幼い少女の様なセシル。 胸に関して云うならば、下で働くサリーの方がまだ…。


話に参加しながらも、大金の入った黒い袋を撫で回していたセシルは、Kの毒口にビクッと反応。


「チョットぉっ! それって誰の事よ゛ぉっ!」


ブチ切れたセシルを、ステュアートやエルレーンが押さえるものの。


冷静に観察するオーファーは、


「ふむ。 何処を触っても、確かに大丈夫そうだな」


こんな素直な意見を言って。


「何だとぉっ、このエロ禿ぇ!!!!!」


また、セシルの平手打ちが唸りを上げる。


ドタバタ劇より余所を向くKは、


(ハゲがフルボッコされる前に、解放してやれ…)


と、怒りの火付け役と云う自覚無し。


だが、この阿呆らしい様子に、数日ぶりで笑顔を見せたミシェル。 主として幾つかの注意事項を云うと、ステュアート達を解放した。


「誰が‘ツルペタ’じゃあっ! この溢れ出る色気がっ、包帯野郎には解らんかねぇっ!」


大金の入った袋をカッ浚う様に持って、ズンズンと出て行くセシル。


一緒に後を追うのは、ステュアートやオーファーなど。 アンジェラも漸く普通に歩ける様になり始め、その後を追った。


だが、何故か其処に残ったK。 そして、ステュアート達が出て行った後。


「処で、エラく面の雰囲気が悪いな。 やっぱり、周りからの云われは悪いか?」


話を振られたミシェルは、酷く困った顔をして。


「兵士さん達のご家族からの誹謗は、仕方ないと思ってるわ。 それよりも大問題の一つは、お金」


と、溜め息の様に言う。


ミルダも、


「一気に減った分の依頼に対して、成功報酬を支払ったり。 兵士さん達のご家族に見舞金を出したりして、貯蓄金が全て消えたわ。 それから、協力会へ違反に対する罰金も在るから、もう気が滅入るばっかり…」


と、現状の説明をする。


其処でKは、背負い袋を引き寄せて。


「つ~か、この街のオークションは、斡旋所管轄か?」


黒革の手帳を置くミシェル。 立ち上がって、新たなる依頼の貼り紙を探しに棚へ向かいながら。


「この街のオークションは、主宰が商業会だから。 斡旋所も独断で行うことは出来ないわ」


然し、ミルダより。


「それでも一応、斡旋所の出品や入札の優先なんか、ちょっとは斡旋所にも我が儘を云う事は出来るけれど…」


それを聞いたKは、砂時計の様な枠の中心に、黒く光る力が蟠るモノを取り出して。


「コイツは、‘影の魂’って渾名を持つ闇の力の集合体だ。 最近では、モンスターの身体の知識が無い冒険者ばっかりだから、流通量が激減した逸品。 オークションに出せば、かなりの値が付く」


カウンター前に出されたモノを見て、駆け戻るミシェルと覗き込むミルダが釘付けと成る。


稲妻の様に、クリスタルの容器の中で浮かぶエネルギー体を見て。 ミルダは、


「もしかして、あのカエルが居た山中で?」


と、言葉だけで問えば。


「そうだ」


答えるKは、更に何かの牙と真っ黒い塊を取り出す。


「これは、“バジリスク”の亜種の奥牙と毒腺。 武器に使ったり、痺れの効果を麻酔に使ったりする。 凝固薬で固めて在るが、溶かせば使える」


ミシェルは、毎回視察に行くオークションで、薬屋の大店がコレを大量買い付けしているのを思い出し。


「今ならば、まだ高値が付くわ・・絶対、絶対…」


その外、薬草やら木の実を乾燥させたものを出したKは。


「サリーの将来は、本人が決めるべきだが。 最低限の身の回りのモノは、お前たちが見届け人として揃えてやる必要も在るだろうし。 また、何らかの教育ぐらいは、やはり受けさせるべきだろう?」


サリーの事を第一に言われれば、ミシェルやミルダも、真顔に成らざるえない。 今、サリーの市民権を貰う相談をして居るのだが。 やはりイスモダルの一件に絡んだ所為か、役職に就く判断する者の表情が渋い。 恐らく、ジュラーディの影響力を借りれば、容易いのだろうが。 夫二人の事で迷惑を掛けた手前、ミシェルやミルダもそれをしたく無かった。


幾らか金を使うだけで済むならば、其方の方が静かに済む。


何れ、Kも、ステュアート達だって、この街を去るだろう。 サリーには、自分で生きる力の芽は既に備わって居る。 問題は、それをどう育ててやるか・・、其処だけだ。


Kの配慮は、直接的にサリーへ金を遣るのでは無く。 その成長を促す遣り方をしろ、と二人に言ったも同然。


そして…。


「それから、隣の空き店舗は、よ。 前の主が、この街の将来性を見越して、この斡旋所を改築する為に無理して手に入れたモン。 それをやる気が在るならば、サッサとやった方がいい」


とも。


ミルダは、ズラリと並んだ品を前にして、Kを見ると。


「貴方、そんな事まで知ってるの?」


「まぁ、な。 前任者の主とは、ある種の腐れ縁と言ったが。 今回の一件で力を借りたジュラーディと知り合ったのも、実はその手に入れる辺りの一件からさ」


「あ゛っ、あぁ…」


納得の雰囲気を出しながら驚くミルダの横にて、ミシェルは。


「ケイ。 貴方ってば、どうしてそんなに…」


するとKは、腕組みして目を凝らすと。


「いいか。 これは、お前達が主だから、情報の一環として言うんだがな」


Kの話す態度が、明らかに変わったと2人は見合わせる。


「今の闇に蠢く裏社会の一部には、これまで裏社会を支配して来た悪党組織を破り。 新たな体制を築こうと企む一派が、何処かに居るらしい」


ミシェルは、急にKの話が曖昧に成るので。


「‘何処か’?」


「そうだ。 まだ、その実態は解らん。 だがな、斡旋所の力が街一つでも後退すれば。 そうゆう輩が裏稼業として、掟も無い仕事の遣り取りを始める。 お前たち主の居る意味は、思いの他に重いって事を覚えて於け」


世界には、悪事を金で請け負う‘闇組織’が在るとは、この姉妹2人も知っていた。 時々、悪党組織と繋がる殺人事件も、耳にするからだ。


然し、そんな蠢きは知らないと、ミルダが。


「でも、前の主からの引き継ぎでは、そんな事なんか…」


「それまでは、未確認だったからな。 だが、このバベッタの街は、まだ東側と南側に拡張の余地が在り。 中央皇都の政府も、運河の利用高に合わせて開発を考えている。 イスモダルのアホは、その命令を待てなかった能足りんだがな」


Kの話は、まさにその通り。 持続的な土地開発として、その東側と南側の土地の整備や水路開発は、毎年ジワジワと進められている。 街の住民の仕事を継続的に維持する事も目的だから、加速はさせない国の指示の元で、その意向に沿った計画で進められていた。


Kは、此処で目を細めると。


「スタムスト自治国、フラストマド大王国、ホーチト王国と見て来たが。 街を立て直したり、新たに発展させようとする場所には。 どうも根っ子が、外部の国に潜む輩が噛み付いて来て。 その辺りを隠れ蓑にし、フラつく根無しの悪党や腹黒い冒険者が、悪事に吸い寄せられてる様だ」


「それって、悪党組織がやってるんじゃ…」


「いや、悪党組織って連中は、その街に根を張るようにして情報網を築く。 だが、この新たなやり方は、まるで拠点を持たない斡旋所の様でな。 寄せ集めた悪党や冒険者を使って、悪事を働かせるのは従来の組織と一緒なんだが。 全くと言っていいほどに、仕切りが現地に居ない」


ミルダは、悪党組織の内情など知らない為、膝を伸ばす様に早く。


「‘仕切り’?」


「あぁ。 悪党組織には、呼び名は組織に因って違うんだが。 計画を遂行する司令塔として、現地にて計画の立案から進行まで、指揮をする者が居てな」


「そんな組織化されてるの? 悪党組織って、軍隊みたいじゃない…」


ミルダの意見に、Kは冷静な判断から。


「いや、実質上の組織形態は、軍隊に例えるとするならば古い形態だ」


「古いって、どの辺が?」


「命令を出す奴は、組織の上から仕事を預かるとな。 その内容に合わせて、現地の組織の息が掛かった盗賊団や凶悪な冒険者を選んで集め、頼まれた悪事を遂行する。 確かに、集まる意味では組織的だがよ。 統率と云う点では、呼び寄せる集団に因るからな。 完全に国下の元で訓練する兵士よりは、やはり劣る」


ミルダは、Kの意見と云う事で。


「そ、それならば、まだ安心よね。 この街にだって、兵士はいっぱい居るし…」


と、言い。


ミシェルも、同意と頷いた。


だが、その考えは甘いとKは。


「然し、甘く考えるのは止めろよ。 今の意見ってのは、組織力や訓練と云う意味合い、それのみを抜き出したものだ」


「え?」


姉妹は、また聞き捨て成らないとKを見る。


「経験からして言うが。 悪党組織のする事は、一般の事件とは全てが違い。 複数の盗賊団や凶悪な冒険者が相手と成るんだ。 人を殺す、破壊をする、悪事を遂行すると云う純然たる意識は、守る側より先んじて攻撃する分だけ。 恐怖を与え、混乱を招き、平常心を奪うのだから、どちらに分が在るかなど一概に言えん」


ミシェルは、夫が兵士だからか。


「なるほど、確かに・・そうね」


Kの云う意味が何となく分かった。


また、こうもKは言う。


「それと、兵士は作戦をちぃっと失敗したって、不正を働かない限りはそれなりの先も在るが。 悪党組織の方は、全く真逆。 依頼の計画遂行を根幹からダメにする様な、そんな大きな失敗じゃなくとも。 司令塔の判断一つで、集められた奴らは簡単に始末される。 そんな可能性も、向こうには常に在るんだぞ」


「え?」


見合った姉妹2人は、非常に厳しい掟に驚く。


「本当に、事実だ。 良く考えてもみろ。 悪党等ってのは、最初っから捕まるのも不味い訳だ。 そして、計画遂行が失敗した時点で、そのまま追われる者と化す。 小さな失敗は、そんな事態へ直結するとも限らない訳だからな」


「あ、あぁ…」


悪党と一般人や兵士では、その存在自体が全く違うと2人も気付く。


過去からの経験を踏まえたKは、暗殺や恐喝、そして破壊行動を平気でして退ける犯罪者側を知る為。


「現地で呼び出された悪党らの方が、始末されない為にも、高額の報酬を得る為にも、その仕事に臨む覚悟としてマジなのも当然。 その悪意や覚悟からして、兵士や役人が有利なんて、とてもとても言えないぞ」


と、語る。


闇に見えぬ悪党組織の内情を知るミシェルとミルダは、驚くべき形態と震えそうだ。


ミシェルは、思わず。


「この街にも、その根は在るの?」


だがKからすると、その質問は馬鹿げたもの。


「何をふざけた事を・・。 何処の街でも、だ」


「えっ? 何処の街・・でも」


「そうだ。 前の主が居た時に、俺は或る組織の幹部を斬った。 その影響で、情報網の瓦解は招いただろうが。 街へと張った根を、完全に取り除いた訳じゃ無ぇ」


「まさか…」


「幹部を斬っても、情報網って残るの?」


「まぁ、な。 何故ならば、組織の情報網を築くのは、組織に脅されてこの街に生きる住民の一部。 捜す事は出来るが、始末なんてし切れるものじゃない」


「何てこと…」


衝撃を受ける姉に対して、緊張感を持って話を聞き進めたいミルダ。


「その‘司令塔’って、他にどんな事をするの?」


「他にも何も無い。 ソイツが現地に来て、現地に根を張った情報網を使って情報を集め。 呼び寄せた悪党らを動かし、計画した悪事を進める。 ま、司令塔の遣り方は、個人的に変わってるがな」


「‘変わってる’?」


「そうだな・・例えば、集まった盗賊団や山賊やら冒険者等に、目標を伝えて役割分担をすると。 それである程度までは、自由にさせる司令塔も居れりゃ。 依頼された悪事遂行の企画を司令塔自身が綿密に練り上げ。 その企画に沿って駒を動かす様に、集まった奴らを緻密に動かす奴も居る。 云うなれば、戦をする将校の様な遣り方だな」


「じゃ、その未確認の新しい奴って、何が違うの?」


「ん。 それに対して、新たな遣り方の組織はよ。 その悪事を幾つかの仕事に分けて、参加する悪党らに提示し。 仕事を請けたそれぞれの集まりに任せて、後は成功するかどうか傍観する様な…。 そんな遣り方をする」


「それってまさか、依頼の仕事内容をチームから選ばせる・・みたいな?」


「そうだ」


「冒険者と一緒じゃない…」


「あぁ。 だから、とんでもない悪事を目標に、現地へと来た奴らが居ても。 傍目には、悪い集まりが勝手に悪さを企んでいる、そんな風にしか見えない。 まさに、‘暗闇’から操るって処か」


「それ、どうゆう事?」


「既存の悪党組織は、出先として司令塔を置くが。 新しい組織は、その司令塔すら居ない。 ぶっちゃけ、依頼を請ける悪党集団や冒険者達も、どんな組織が糸を引くのかも解らないまま。 金と言う現物のみで請け負ったならば、その現地で悪事を働いた奴らを捕まえたとしても。 一切組織の影すら見えないって事よ」


「じょ・冗談でしょ? そんなの、とんでもない事だわ」


ミルダの感じた恐怖は、モンスターを相手にするものと同じ様な感覚。


此処まで話したKは、こんな事を言う。


「だがよ。 強ち、想像もつかない話って訳でも無い。 何故ならば、お宅等が上の協力会にしたって。 各地に、こうした出先機関の様な斡旋所の存在が有るからこそ、その存在も認識されている。 だが、その依頼の遣り取りが、貼り紙一つとか。 姿も解らない者一人を介してとしたならば、その存在は朧気に成るハズだ」


「た、確か・・に」


「そう成れば、冒険者達に責任を持つ必要も無ぇ。 使い捨ての駒の様に、どんな事だって出来る様に成るぞ」


その話で、ミルダも言葉を失った。


この話は、理解の出来る者と出来ない者に別れる。 その感覚も察して居るKだから、


「ま、これ以上の細かい話をしても。 実際に見て無いお宅等に全て理解しろ、と言っても仕方ないが。 これから先は、冒険者協力会も、既存の悪党組織も、また違った面倒と競り合うことも有り得る」


推測の話だから、姉妹2人も、暗闇で影を探す様な感覚へ陥る。


然し、Kは。


「斡旋した奴らの事は、俺にすら解らんが。 一つ、実体験に基づく情報を与えてやろう」


ミシェルは、何の事かと。


「それって、私達の事?」


「そうだ」


「え? 何?」


「巻き込まれたこの際だから、お宅等2人だけに言うが。 ゼクとか言った殺し屋とその集まりが、既存の悪党組織の仲介も無しに、行政側のイスモダルと繋がっていた」


ミシェルとミルダは、2人してKを見て固まった。 一瞬、言葉を失った2人の内、ミルダの方が早く。


「だっ、だって、雇ったのは・・イスモダルでしょう?」


「あぁ、雇ったのは、な。 だが、イスモダルも、殺し屋集団と繋がる様な伝が、最初っから在る訳では無かった。 だから、まだ中央皇都に戻りたいと思って居ただけの頃は、ゼクなる殺し屋の集団は傍に居なかった」


話の方向が、奇妙な事となり。 ミシェルやミルダは、お化けの話を聴く様な不気味さを覚え始める。


ミシェルは、夫だってその事は知らなかった、と。


「でもっ、夫が脅された時には、もう…」


ミルダだって、夫の話を聴いて居る。


「待って、待って待ってよ。 ウチの夫だって、兵士の派遣が失敗続きだった頃から。 危険な奴らからの凶行を、イスモダルから臭わされてたわよ?」


頷いたKは、2人を見交わして。


「その通りだ。 イスモダルの話では、中央の皇都に仕事ので行き、友人に招かれた晩餐会にて。 ゼク等を斡旋する奴等から、密かに紹介されたらしい」


「向こう・・から?」


ミルダの驚きは、姉も同様。


「信じられない…」


「その紹介した奴は、仮面を被る商人らしい人物で。 貴族や役人から仲介された訳でも無いのに、近付いて来たらしい。 コイツは在る意味で、不気味と言っていいほどに気持ちの悪い事だぞ」


イスモダルの供述では。 何の伝で、イスモダルの秘めたる本音がその商人らしい人物に伝わったのか。 秘密裏に鉱山発掘を画策したイスモダルは、この囁かれた時に得た伝で、後にゼク等を雇ったと云うのだ。


ミシェルやミルダは、背筋に薄ら寒さを感じた。 欲望を嗅ぎ付けては、幽霊の様に近付いて来る組織の存在。 それは、Kの云う通りに気味悪い以外の何物でも無い。


Kは、出しっ放しの品を顎で示すと。


「この品は、お宅等にくれてやる。 だから斡旋所の運営には、これまで以上に気を使え」


斡旋所の主と云う職には、様々な責任が伴うと知る二人。


「下のミラも含め、3人も居るんだ。 知恵を使って、上手く世渡れ。 それと、サリーの事は、ある程度まで面倒見てやれよ」


これには、すんなり頷いたミルダ。


「解ってるわ。 私達の見張りに、騙されて遣われたんだから…」


「確かに、その通りだ」


頷くKは、ミシェルに。


「イスモダルは、お宅に兵士捜索の依頼を出すに当たって。 最悪、嘘がバレても良い様にと、下に居るサリーを選んだ。 途中で、もしサリーが偽り気付いたとしても。 その時は母親を人質にさえすれば、簡単に始末が出来るからだ」


「え? それって・・じゃ、サリーのお母さんって、昼夜を問わずに見張られたの?」


「あぁ、一番の不幸を引いたのは、あのサリーだ。 然も、お宅ら三姉妹が悪い、と云うよりも。 旦那の2人が悪い事をしている、とイスモダルに吹き込まれたらしい。 お宅等2人が夫に騙されてるとな、恩義を返す気持ちを出してた節が、サリーには在った様だ」


「嗚呼、何てこと…」


頭を押さえたミシェルは、何と云うべきか困る。 サリーの気持ちを逆手に取って、母親の病気と三姉妹に対する恩義を利用した、と云うのだから。


こう聞いたミルダも、改めてイスモダルに怒りが湧く。


「嗚呼っ、情け無い…。 あんなバカに騙されてたなんて、自分がイヤに成るわ…」


だが、もうイスモダルの事は終わった。 それよりも問題は、これから先の事だと思うKだから。


「街の拡張に合わせて、色々な者が街に入って来ようが。 やはり斡旋所は、冒険者の居場所で在るべきだ。 冒険者がゴミの様に利用されず、そして悪事を働かない様にする一翼は、斡旋所がある程度は持つしか無い。 その辺りも良く理解して、斡旋所の運営を続けろ。 この街は、特にこれからまだまだ発展する。 その眼、曇らせるなよ」


と、Kは立ち上がる。


Kが一階へと去った後、ミシェルとミルダは色々と話し合った。


そして、一階では…。


ミラの思い付きにて、料理を手伝うサリーが居る。 真っ当に刃物を扱った事も無いサリーだから、その食材を切る手つきもやや危なっかしい。


だが、言葉こそはある程度だが、普通に喋れるサリー。 然し、買い物のメモは、ミラが書くと云う話が出る。


Kがサリー本人に問えば、文字が余り書けないと云うので。 昼食に預かったKが、公用語の基礎を紙に書いてやった。


クセ字の強いミラは、その美しいKの字に嫉妬。 他の冒険者達が仕事を決めるまで、サリーと2人して書き取りの競争をしていた。


サリーより早く書いた、と云うミラだが。


そのクセ字を見たKは、


“大人げも無き、汚い字”


と、こう呆れた。


怒るミラは、ブツブツと文句を言う。


そんな2人の間近には、字が書ける様に成りたいと思うサリーが居て。 2人の遣り取りも聴いて無いぐらいに夢中で、文字を書く練習をする。


それをそっと傍にするKは、紅茶を共にして雨の降る外を見ていた…。


         ★


あのイスモダルの事件から七日が過ぎた。


本日は、ぐずつく天気でも、特に雨足が強く。 その所為だろうか、斡旋所には冒険者も疎らにしか来ない。


そして、ステュアート達も。 新しい依頼一覧が出来るまで、遣ることが無く暇だった。


カウンター席にて、新たな武器を腰にするステュアート。 殺傷能力の強い一品物と云う。 然も、造る工程の全てに聖水を使って鍛え上げ、刃には聖なる文字が入る上。 その素材は、白銀と並んで退魔の力が宿る鉱物を使っているらしい。


一方、これまでの一時凌ぎで買った安物の長剣を、白銀が使われた高級製品に代えたエルレーン。


両者、10000以上もする武器を買い。 プロテクターや鎧も、留め金やら修理を終えて新しい。 だから、顔を見ても何処となく嬉しそうにしていた。


また、仲間に加わったアンジェラも、新しいローブに買い替えていた。 セシルとエルレーンと三人して、下着を売る古着屋に一時入り浸ったとか。


ステュアートとオーファー曰わく。


“冒険者が、高が下着に三人で、1000シフォン以上も使うか”


と、Kに漏らしたらしい。


その日、宿で。 寝る前のベッドの上で、その愚痴を聴いたKは。


“なら、見てみりゃいいだろ? 案外、萌える様なヤツを着けてたりしてな”


と、言えば。


「………」


ステュアートも、オーファーも、何を想像したのか知らないが。 急に無口となり、布団を被ってしまうが。 次の日は、かなり寝不足にてフラフラしていた二人だった。


まぁ、見ての通りステュアート達は、金も入って幸せな限り。


然し、ミシェル達三姉妹はそうもいかない。 ま、亡くなった兵士達の家族や仲間の兵士の不満は、目下イスモダルとその雇った殺し屋集団に向いている。 斡旋所の主三姉妹も脅した事実は、予想以上に三姉妹への風当たりを弱める事と成った。


だが、そんな彼女等の心配は、ミシェルとミルダの夫の方だ。 二人の夫の内、特に不満が集中するのは、ミルダの夫となる財政政務官の方。


“イスモダルが身勝手な企みを企てようとした時、何で中央政府に言わなかったのか”


当たり前と言えば、当たり前の意見だが。 一下級政務官が急に、〔財政政務官〕と云う。 都政に使われる金の使い道を決める、最重要な役職に就いた。 その答えは、


“イスモダルが役職に見合う才能よりも、自分の駒となる者を据え置いた”


と云う感じに取られても仕方無い。


少なくとも、周りの見方はそうだ。


では、実際にはどうなのか。


今、イスモダルの代理は、ジュラーディが担当する。 事件の内容を調べるそのジュラーディの目からして、ミルダの夫の才能が世間で云う様に劣っているとは思えない。 普通に、財政政務官で在ったとしても、全く問題が無い人物と言える。


時々、そっとKと会うジュラーディは、ミルダの夫を見て知った事をこう言う。


“あの人物、本当に運が悪い。 周りの噂は、イスモダルが言いなりを置いたと言うが。 実際は、随分と違うな。 あの人物の父親は、鉱山管理の現場担当者で。 然も、鉱脈発掘に従事した経験が有った。 そして、本人は財政管理に明るく、バベッタの街の運営展望の意見書を書いていた。 イスモダルはこの意見書を見て、彼を腹心に引き込んだのだ。 発想力と計画性と現実感の在る、その才能を悪用する為にな”


と。


聴いたKは、そんな事よりも。


“才能が有っても、善悪の判断がつかないンなら役人を遣るべきじゃ無ぇだろう。 ど~して、イスモダルの言いなりに?”


“その辺りは、まだ本人が喋らない。 あの口の頑なに閉ざす様子から、何等かの強き理由は在ろうよ”


“その理由、兵士数百の命に見合うのか?”


“さぁ。 だが、イスモダルの供述からすると、彼が兵士を差し向けろとは言って無い”


“ほぅ”


“彼の父親の行った調査報告書より、モンスターの来ない安全な地域に限定し。 樵や狩人に話を聴いて、地道に場所を絞れば必ず見付かる…。 と、イスモダルに言っていたそうだ”


“なら、イスモダルの独断で、報告書の中でも危険な辺りへと兵士を送った、と?”


“ま、そう言っても良いが。 イスモダルめ、欲を掻き過ぎたのだ。 宝石の類が発見された場所に、狙いを絞ったらしい”


“宝石ぃ? この国の山脈は、鉱物の鉱山では在るが。 宝石の方はさっぱりだろう? 宝石が採れるのは、ダロダト平原の山脈だ”


“ふむ、それは真に、か?”


“ダロダト平原の山脈は、宝石の出る鉱山が多い。 あの辺りに悪魔の穴が多い理由の一つは、悪魔が宝石を好むからだ。 ジュラーディ、もしかするとよ。 その宝石ってヤツは、モンスターが持ち込んだんじゃないか?”


“モンスターが?”


“穴を掘るモンスターの一部は、口で掘る。 齧って掘り、口の中の岩や鉱物を外へと吐き出すからな。 たまたま、其処に宝石が有れば、雨に洗われて地面に残る。 その吐き出されて捨てられたモンが、調査で発見されたとか”


“その説明、今ならば納得が行く。 兵士の調査に因る経過報告では、穴を掘っても宝石など見つからなかったらしい。 偶々、発見された宝石を知り、鉱脈と勘違いしたならば。 イスモダルめ、口を濁す素振りも窺えた故に…”


“余罪、有りそうだな”


“うむ”


“見付かった宝石は、何だ?”


“琥珀や水晶だと記憶する。 他、瑪瑙も在ったかな”


“それは、宝石って言っちゃ~宝石だが。 瑪瑙や琥珀は、元が火山の堆積物の中にも、状況に因っては微量に存在する。 質が高いなら別だが、宝石って云うだけで食い付くには、アホの先っパシリだろうが。 あの山脈の鉱脈発掘調査は、過去から何千回と行われて来た。 微量の宝石で夢見るのは、本人の知識が浅いって云う証だな”


二人の会話は、こんなものだった。


今、新たな依頼を次々と引き受け、二階にて貼り紙を作るミシェル。 そして、斡旋所の運営で気が紛れるミルダとミラだから、三姉妹本人達は良いとしていい。


処が、三姉妹には、別の気掛かりが在った。


それは…。


人の居ない向かい合い席にて、Kと居るサリーの存在だ。 母親が死んでまだ日も浅く、必要なこと以外は余り喋らない。 お手伝い以外は、ぼんやりして外を眺めて居る事も在る。


そんなサリーが、急にガラッと様子が変わるのは、ステュアート達が来ると、だ。 手が空いて暇になれば、常にKの側に居た。


「その文字、歪んでるぞ」


Kが注意すると、サリーは直ぐに書き直す。


「早く書こうと()くから、癖字に成る。 その癖ってのは、自分の遣りやすい近道みたいなモンだから、直ぐに身に付いちまう。 だから、後から癖を直すのは、とんでもなく苦労が要るンだ。 覚え始めて、近道はするな。 先ずはゆったりと、一字一字を丁寧に書くんだ。 手紙や文章を読みやすく書ける様に成れば、もっと色々な仕事が出来る」


静かな物言いにて、Kが注意する。


安い灰色のザラ紙に、羽根ペンにて公用語の基礎文字を書き取るサリーは、緊張して力んでいた。


サリーはあの母親が死ぬ時に、壊れてしまいそうなほどのショックを受けた。 その後は、笑顔がなかなかに浮かばない。 やはり、一方的に騙されていたとは云え。


“毒とは知らずも、母親に薬を飲ませていた”


と、云う事実が或るからだろう。


寧ろ、よくもこうして毎日、斡旋所へ一緒に来て。 根無し草の様な冒険者達を前に、一生懸命働いたりして居るものだと。 ミシェル達三姉妹は、本音で感心する。


さて、本日の午後。


ミラを手伝って料理をしたサリーに。 食べ始めるKが、こう云う。


「明日、晴れたら、宿屋街の中央広場に行ってみろ。 宿の使い古した家具や寝具を払い下げして貰った店が協力して、自由市場をやるそうだ。 修理した家具や寝具でも、今のお前には贅沢品に見えるぞ」


言われてビックリするサリー。


だが、彼女に代わって、ミラがその話に反応する。


「あら、それはいいわね。 サリー。 明日、荷馬車を借りて行こうっか。 姉さんは大金が入って、喜んでたから大丈夫よ」


と、姉ミルダと見合う。


処が、サリーは一変して困った様子に成る。


「でも…」


不安げな表情で、済まなそうに呟いた。


一方、“平たい麺の煮込みが甘い”、とスプーンで切るKは。


「お前ぇ、何を遠慮してンだ。 手伝いとして、此処で働いてるんだろうが。 人前に出る仕事してるのに、そのボロっちぃ服二着の使い回しで、何時までも事足りると思うのか? 丁度いい機会だ。 この中年女三人に母性愛が出る様に、ちった~甘えろ。 そして、仕事で借りを返せ」


カウンターに立つミルダとミラは、自分達に母性愛が無いとは、と文句を言う。


それに笑うセシルは、怒りの矛先を向けられて自爆した。


紅茶を配るサリーへ、Kは更に。


「遠慮だけするなら、この斡旋所にお前の存在価値も無いだろう? 働かせて貰うならば、働ける人間に成れ。 そうすれば、恩や情にも報いる事が出来る。 遠慮だけしていたんじゃ、お前の事を誰も解らんぞ」


と、説教を垂れた。


トレイを持つサリーは、まだ難しい話に強張った顔をする。


其処へ、すぐさまKは話題を変えて、次に。


「処で、な。 このウザい三姉妹が、いい加減だから。 代わりに、お前へ教えて於いてやる。 いいか、炒める料理は、基本的に具材を似た大きさに切れ。 火の通りが均一になり、具材を入れる手順さえ守れば、ちゃんと様に成る。 見ろ、ジャガイモよりデッカく切ったキャベツの芯が、半生で固い」


フォークに刺さるキャベツの芯を見て、サリーはその通りだと頷いた。


料理の味ではなく、具材の切り方に注文を付けられて。


「はいはいっ、下手でごめんなさいねーっ」


「‘母性愛の足りない、いい加減な三姉妹’で、悪かったわね」


ミルダとミラが、明らかに不機嫌と成る。


そして、午後も。


「………」


Kの側で、文字の勉強をしていたサリー。 何かを覚える事は、今の彼女の一番の気休めらしい。


そっと見ているミルダとミラは、少女がKに守られている様な印象を受けた…。


さて、斡旋所の雰囲気は、ステュアート達の・・。 ま、厳密に言えば、Kの所為だろうが。


その様子を遅々と変えつつ在る。


例えば…。


サリーとKが居る、向かい合うソファー席。 通り更に入った、その奥では。


「では、最初の仕事は、この街道の巡回警備の補助にします」


黒人の若者が、少なく成った依頼一覧より。


〔求む、助力。 モンスター退治及び、警戒要員〕


警備隊を持つ軍部から出された依頼を請けようとしている。


実は、バベッタの街より南方へ向かう街道の溝帯側には、まだまだ鮫鷹などが出没する。 イスモダルのお陰で、兵士が652名も亡くなった。 今、次の兵士入れ替えの時まで、1ヶ月以上の間が残る。 街道警備隊は、巡回警備活動に冒険者を組み込む事を決めた。


その為、今一番の熱い依頼が、コレと云う訳だ。


そして、それを請けると決めたのは、バベッタの街で一昨日に誕生したチーム。 人数は、駆け出し六人と、別のチームに入っていた経験者二人の、計八人と云う集まり。 基本的に皆が若い為、纏まるまでには時を要しそうな集まりでは在る。


そのチームが、ミラの前へ来る。 ステュアート達は、横の入れ込みの席に引いた。


話を聴いて、依頼の受理をしたミラ。


然し、見ていたミルダは、チームの若さを心配して、ケイにそっと近付き。


(ねぇ、私達が北へ向かった、あの時みたいに。 南側でも、鮫鷹やモンスターが来るかしら)


ミルダの話にも、気のない様子のKだが。


(一々心配して、どーするよ。 成否は、それも・・まぁいい。 明日に出発ならば、鮫鷹よりも植物系のモンスターには要注意だ。 それから、自然の脅威に対しては、兵士の云う事を聴くんだな。 年配の経験者は、例え一兵卒の老人でも、必要な知識を持って居る)


Kの話を聴いたミルダは、斡旋所を出て行こうとするチームに、自分の知識も含めたアドバイスを伝えた。


一応、聴いた様な彼らだったが…。 その答えは、数日後に解るだろう。


一方、夕方前には。


「マスター、この仕事を頼む」


男女6人のチームが依頼を請けたいと、カウンターに来た。


その依頼内容は。


〔冒険者に協力を求む。 旧貴族時代の地下水路を埋め立てるに当たり、先日に調査をしたが。 浮浪者と思われる数名が、水路の彼方此方で白骨化した姿で発見された。 至急、調査願う〕


その依頼を聴いたKは、サリーの前でミラに向くと。


「その依頼は、遣り方に気を付けろ。 恐らく、骨の状態次第では、モンスターがいるぞ」


ミラ、ミルダ、冒険者達6人、他皆がKを見た。


依頼を請けるとしたチームで、オーファーよりも背が大きく、筋骨隆々たる立派な体躯をし。 金属製の鎧にて、完全武装した大剣遣いの男性が。


「‘遣り方に気を付けろ’とは、どうゆう意味だ?」


と、Kに問う。


その態度には、適当な感じが消えない様子が在るKだが。


「古い昔の水路は、地中の岩の部分を三角なり四角に削った、今の造り型とは違う構造をする」


「だから?」


「アンタみたいな大男は、水路と水路の合流点の、広い場所にしか居れねぇぞ。 それに、天然石を堀抜いた水路だからな。 下手に魔法をぶっ放して壁や天井を壊せば、上に乗っかるこの街にも損傷を与える可能性が在る」


Kの話を聴いた冒険者達は、それが事実ならば面倒な事態だと困惑。


其処まで、黙って聴いて居たミラは、


「ケイ。 モンスターがいるって、言ったけど…」


と、問えば。


「先ずは、その白骨化した遺体を見ろ。 病死なり何なりの自然死ならば、骨に汚れの痕なり腐肉なりが着いている」


「そうじゃ無かったら?」


「骨が磨かれた様に綺麗ならば、水路に潜むのはスライム系のモンスターだ。 骨に大きく齧った痕や爪の痕が残るならば、ネズミやモグラなんかのモンスターだろう」


ミルダは、水路の狭さが気になり。


「だだ入って探したんじゃ、まともに戦えないわね。 旧貴族時代の水路って、そんな風なのね…」


すると、聴いていたサリーから。


「ケイさん。 そんな時は、どうやってモンスターを退治するの?」


漸く、興味が外に向き始めたサリー。 Kならば何か妙案が有るのだろうと、聴いてみたく成った様だ。


すると、Kも腕組みして考えながら。


「そうだな…。 モンスターってのは所詮の処、腹を空かせた猛獣みたいなもの」


「うん」


「特に、水路に潜むモンスターってのは、嗅覚が発達してやがる」


「そうなんだ」


「暗い水路だから、眼は余り使えないのサ」


「ふぅ~ん」


「だから、無理に水路で戦う真似なんかしなくても、屠殺屋に行って豚や牛の内臓を貰い。 それを水路の戦える場所に置けば、待つだけでも向こうから来るだろう」


「花に来る・・虫みたいに?」


「あぁ。 それか、少しでも安全に、然も壊さない事を重視するってならば、水路の外まで誘き寄せればいい。 夕方に仕掛けて、外の出口に一晩張り付いてりゃ。 向こうからゾロゾロと、外に出て来るだろうよ。 管理する役人と相談して、謀って遣ればいい」


答えを得た様なサリーは頷いて。


「そっか、誘き出すんだね?」


「そうだ」


このやり取りを見たミラは、冒険者達に。


「受理はするわ。 但し、街への被害は認めない。 私達の住む街だから、頭もしっかり使ってやって頂戴」


と、釘を刺した。


“面倒臭い依頼を請けた”、と冒険者達は外へ出て行く。


霧の出始めた街は、もう薄暗く。 斡旋所に残っていた冒険者達も、次々と宿か何処かへ去る。


ミラとミルダは、Kに礼を言った。


「本来は、お前たち主の仕事だぞ」


敢えて小言を言ったKは、サリーに使っている羽根ペンと紙を持たせ。


「持ってろ。 明日は、広場に行けよ。 新たなものを見る眼を養え、まだまだ知る事を遠慮すんな」


ステュアート達と一緒に、宿屋へと消えるK。


片付けに移るサリーには、明らかな表情が在る。


何でKがいいのかと、笑うミラとミルダだった。


さて、明くる日。


それまで三日以上も続いた雨が、漸く止んだ。 少し蒸し暑い最中だが、青空が見えた日。


朝に起きたKは、宿内の食堂に行けども。 何時もながらに小食だ。


一方、モッサモッサ食べるセシルが居る。


その猛食ぶりを見たKは。


「お前、アンジェラみてぇによ。 胸とか、何処かに取られてるなら、その食欲も解るが。 その毎日食った分、何処に溜まってンだ?」


パンの塊を一つ食べきりそうなセシルは、ジロッとKを睨み付け。


「煩いっ。 身長と髪よっ」


「それ以上デカく成ったら、ステュアートが少年に成るぞ」


「イ゛ーだっ」


ベロを出したセシル。


引き合いに遣われたアンジェラは、‘胸ばかりしか言われない’と顔を赤らめつつ不満げだ。


一方、


“Kの云う事にも一理有る”


こう感じるエルレーンは、黙ってスープを飲みながら傍観して居た。


ステュアートは、セシルの胸でも見るのを躊躇うウブな素振り。


だが、セシルの左隣に座るオーファーが、ヤケに眠たそうにしながら。


「恐らく・・もう、膨らむ余裕も無いのだ・・・。 肉がふく…」


ボソボソと感想を云う間に、セシルの拳が側頭部へ命中。


「う゛~~~ん」


後ろに頭を反らすオーファーが、白眼を剥いてた。


殴った本人は、鼻息を荒くして。 更に、余りそうなハムの塊に手を伸ばす。


呆れ顔のKは、オーファーを揺するステュアートを眺めて居た。


そして、午前中。 ステュアート達が斡旋所へと出向けば。


「マスター。 この、岩の撤去作業って仕事を請けたい」


「マスターさん、こっちもいい?」


駆け出しの冒険者達が、あれやこれやと依頼を請けたり。


また、完了の報告に来たりしている。


忙しいカウンター席を止めて、向かい合うソファー席に座ったスチュアート達。 メニューの様な依頼一覧を見れば、内容がほぼ一新していた。


次の仕事をしたいステュアートは、全くやった事の無い仕事を選んで。


「ケイさん。 南西の植物の森へ、採取の護衛と補助って云う依頼が有るんですが…」


朝からサリーに、違う文字の一覧を渡したKは。


「何でもいい。 お前たちの経験に成るならな~」


了承を得た、と喜ぶステュアートは、それを請ける事にしたのだが・・。


その依頼を伝えらたミルダは、困った様子をして見せるも。


「う~ん・・、これねぇ…。 まぁケイが一緒だから、いいわ」


と、承諾してくれる。


だが、そのミルダ様子に、不審なモノを感じるセシル。


「ナニ? な~んか、ヤバいの?」


すると、サリーに買い物を頼むミルダは、迎えの馬車が来たからミラが一緒に行くと云うので、二人に任せると。


「この依頼、去年も有ったの。 でも、何組かのチームに頼んだんだけど。 原因不明のミミズ腫れとか、豆粒の腫れ物を作って、チームが途中で引き返してねぇ…」


‘ミミズ腫れ’、‘豆粒の腫れ物’と聴いたKは。


「最近の冒険者の行き当たりばったりな遣り方は、寧ろ自殺行為と同じアホ丸出しだな。 つ~か、その依頼人ってのは、同行するのにあたり、その辺の事情を知らんのか?」


明らかに、どうしてそう成ったか、その原因を知っている様子のK。


ミルダは、知識と経験でKには勝てないと、既に心底より察しているので。


「なかなか上手く行かない冒険者に、今年で依頼人も痺れを切らして同行するみたい。 薬師の集まりの代表と、商人の代表らしいわ」


素人が依頼の達成度に不満を持って、仕事に参加すると聴いたKは、


「いい~いい~、ステュアート等に教える過程で、向こうにも解らせる」


と、面倒な事は聴く気も無いとして。


「ステュアート」


「はい?」


「お前に教えるからな。 後で戻ったら、この能足りんの主にもしっかり伝えろよ。 俺は、帰ったら寝るからな」


「はいっ!」


するとKは、ミルダを脇目で睨み付け。


「この街の斡旋所を仕切る主なんだからよ。 冒険者より聴ける情報ぐらいは、ボケても忘れネェぐらいに覚えろよ」


と、釘まで刺す。


Kのお陰様にて、大した知識が無いと自覚し始めたミルダ。


「はいはい…」


と、低姿勢で返事する。


ブツブツと文句を言うKは、


「全く、物覚えの速さなら、サリーの方がまだマシなんじゃねぇ~か。 将来は、向こうに主を継がせろよ」


と、遠慮も無しにズケズケと。


だが、昨日も情報を貰ったミルダとミラだから、云われても仕方ないと観念している様だ。



Kとステュアート達が去った後。 数日前に、この斡旋所へと流れて来た、精力を持て余す冒険者の男等が、いそいそとカウンター席に来て。 ミルダとミラの色気や美しさを、バカみたいに誉めて来るのだが。


これまたアホらしいミルダは、適当にあしらった。


(出来ない、冴えない、何も無い輩に誉めちぎられても、こっちは恥ずかしいだけよ)


と、内心で吐き出した。


さて、良く晴れた青空の下で、街を貫く運河水路沿いの目貫通りに出たステュアート達。


セシルは、先ずどうするのかステュアートに問う。


「そいで? どーするの?」


「それは、先ず依頼人に会わないと…」


普通に歩ける様に為ったアンジェラは、もう旅も出来ると。


「‘南西の森’と書いて在りましたが。 南西に森など在りましたでしょうか。 このバベッタの周辺は、遠くまで乾燥していると思いますが…」


すると、運河を行く船の様子を、道の脇より見下ろすKが。


「その‘森’ってのは、陥没地に茂る特有の密林か。 丘の上の水が近い所に出来上がる林の事だ。 どっちも、バベッタより・・二日ぐらいは掛かる」


「まぁ、では街道より離れて行く事に成りそうですわね」


こう言ったアンジェラに、Kは目を向けずして。


「すっかり良く為って、恥も掻かずに済みそうだ。 股に違和感を抱えて歩く間は、容姿からして目立つ分。 野郎の色めき立った視線を一身に集めてたからな~」


こう言われたアンジェラは、カァーと顔を赤らめる。


然し、仲間のエルレーンも、Kの意見に一票とばかりに。


「確かに、それは言えてる。 エロそうな視線の紳士姿の男に、この四日で10回は声を掛けられたし~」


腕組みするオーファーは、ウンウンと頷いて。


「確かに、あの歩き方はみだ・・・う゛ぅん。 ゴホゴホ・・う゛んっ」


危うく、‘淫らだった’と言いかけ、激しく咳払いをして誤魔化すも。


半眼のセシルは、


「いやいや、もう言ってると同じだから。 誤魔化しは利かないって、エロハゲ」


と、オーファーに突っ込む。


アンジェラは、あのデプスアオカースの幼生に体内へと侵入されて。 喉やら下半身に傷を負った。 喉の方は、吐き出した胃液に因るものが殆どだが。 下半身の方は、入られる時に出来た傷。 魔法で直そうとしたのだが、傷が痛痒く集中が利かなかった。


そして、その痛みが引くまでの間、股を気にして歩く姿は。 まるで、女性が性欲に悶えて居る様な・・、そんな節も窺える仕草。 セシル、エルレーンと云う、亜種人の美少女二人と一緒のアンジェラに。 金の在る商人だの、貴族だの、冒険者だの、通り掛かる異性が欲情をそそられ、何度も誘われた次第。


ステュアートとオーファーは、嫌がる女性達のフォローに入ったが。


Kなどは、


“見せて説明してやれば?”


と、セシルを激怒させて、耳元で喚かれた。


だが、胸が大き過ぎるアンジェラの様子は、下手な夜の女性より色艶が溢れていたのも事実。 そそられる異性が居ても、不思議では無かった。


そんな駄話をしながら行くのは、依頼人の指定した場所。 同行すると云う依頼人と会う為に、このメインストリートの北。 ‘商業広場’なる市場に向かったステュアート達。


自由市場の開かれる広い敷地と屋内施設がその‘商業広場’。 商人の集まりに雇われた働き手に面会を頼むと、折しも同行する二人は来ているとか。


“お話を通しますので、少々お待ちを…”


小柄な年配女性の対応から、果物を買って食べながら待つ。


施設の周りの青空広場では、持ち込んだ商品が捌き切れずに売れ残った商人同士が、物々交換を提案していたり。 商人同士で要望や現状の情報を交換する様子が窺える。 昼間まで太陽も昇りきる手前だから、市場が閉まる前の最後の賑やかさだ。


さて、待つこと少し。


“お二階の市場にどうぞ。 お二人様、準備が出来たとのことです”


また、小柄な年配女性の連絡にて、施設の方に回ったステュアート達は、言われた通りに二階へと向かった。


広い施設内に入ると、昨日まで雨の間は此処が使われていたのだろう、と察することが出来る。 床を綺麗に掃除をする下働きやら、壁を拭く者が忙しなく働いていた。


そのだだっ広い外れの窓辺にて。 ステュアート達を待ち構えて居たのは、老人と中年女性。


先ず、髭が白くモシャモシャした老人は、既に革の鎧やらショートソードを装備した姿にて。


「何じゃ、お前さん等は。 儂は、経験豊富な冒険者を頼んだハズじゃが?」


と、早くも険悪な雰囲気を出す。


一方、長い黒髪を黒い鎧に入れた、長身になろうかと云う中年女性は。


「私は、商人のウレイナ。 此方は、薬師のムガスマスさんです。 採取に同行して頂ける方々かしら?」


と、問うて来る。


ステュアートは、リーダーとして前に立ち。


「はい。 リーダーのステュアートです。 自己紹介は道すがらに構いませんが、此方のケイさんは経験者です」


と。


紹介されたKは、やる気の無さそうな態度から。


「今の時期で南西の乾燥地帯に行くって事は、欲してるのは‘マヤハの実’や‘サルルコベツ’なんかの薬草だろう? 雨の降った後は、一番にいい条件だが。 出来るならば、もちっと早く依頼しろよ。 時期がズレる直前じゃねぇ~か」


それを聞いた老人は、片目を大きく開いて。


「フン。 漸く、少しは使い物に成る冒険者が来よったか」


と、悪態を吐いて。


隣の中年女性ウレイナは、


「でも、ね。 かれこれ3年連続で、この依頼は失敗続きなの。 時期がズレるとしても、そろそろ一定量は採取しなければ…」


と、今の現状を匂わせて来た。


その二人の話を聴いたKは、まだやる気の無い態度のままに。


「採取に行く前に、ついでとして教えてやる。 風邪の初期症状緩和として、子供にも使える薬の原料となるマヤハの実だが。 干渉薬を少なくする代わりに、〔ストイキリスの実〕か、〔ソシタの根〕で代用可能だ。 また、単なる傷に因る発熱の特効薬の原料と成るサルルコベツ草は、一緒に混ぜる薬草を変える事で類似品は作れる。 薬草分類の基本図鑑や類似薬生成法を学べば、そんな枯渇するモノでも無いぞ。 街に居座ってばっかりで、大きい首都や王都の図書館に行かないからだ」


と、歩き始める。


薬師の老人と商人の中年女性は、Kの話に耳を疑った。


そして、その二人の他に、荷馬車一台が旅の共に為った。 荷馬車の御者をするのは、年配のどっしりした感の在る男性。 その手伝いは、まだ若く何処か子供っぽい青年で在った。


街を出る前に、準備とばかりに少し店を回るKとステュアート達。


昼間には、バベッタの街を出て行く一行だった。


さて、久しぶりにステュアート達が居なく成った斡旋所。


昼過ぎにはミラが、サリーと一緒に戻った。


斡旋所内に居る冒険者達は、ざっと20人超。 斡旋所の主の好意として、軽食を作り始めたミラやミルダと、手伝うサリー。


其処へ、斡旋所のドアが開けば。


「あ、貴方・・」


と、驚いたミルダ。


昨日の夕方。 水路調査を引き受けた冒険者達のリーダーらしき、全身武装した大男が役人と現れた。 ミルダが驚いたのは、彼の顔には傷が幾つか見え。 鎧は汚れて、異臭すらするからだった。


斡旋所内に入ったのは、役人の女性。 革の鎧や長剣で武装するその女性は、やはり疲れた顔を引き締めた印象で。 鎧も汚れ、肩当てや腕当ての防具を損傷させている。


「此方、水路管理をする都政の者です」


ミルダとミラを見て、敬礼して来る女性役人。


「は・はい?」


「本日は、水路調査の依頼完了を、こうして報告に参りました」


「あら、そう。 終わったのね」


「はい」


リーダーの大男を見たミルダは、その余裕が無い表情を見て。


「他のお仲間は?」


「怪我、したんだ。 数が、5匹6匹どころじゃ無かった」


「そう。 報酬を待つなら、鎧脱いで」


「いや、明日でいい。 それより、包帯を顔に巻いたあの人物は?」


「ケイなら、依頼で仲間と旅立ったわ。 戻るまで、数日は掛かると思う」


すると、少し残念そうな顔をした彼は、入り口よりミルダへ。


「俺が、チームを代表して礼を述べたと、伝えてくれ。 後で、俺からも言う」


「‘礼’?」


「あぁ。 あの人物の忠告が無かったら、俺達は知らずに中へズカズカと入ってた。 そうしたら、全滅していたかも知れない。 誘き寄せた上で、待ち伏せしてもこの様だ。 水路の狭さだと、手分けするしか無かった。 そうすれば、襲われて逃げ惑い、分断されて喰い殺される。 その光景が、想像でも見えたよ」


「そう。 仲間は、寺院に連れて行ったの?」


「一応、な。 僧侶と魔法遣いが、一番傷が深くて。 さっき、担ぎ込んだ」


「そう、なら明日には、キッチリ用意しておくわ」


「頼む」


役人の女性と共に去ったリーダーの彼。 話では、役人にも怪我人が出たらしい。


ミラは、鍋に具材を入れながら。


「ねぇ、姉さん」


「ん?」


「南の街道警備に行った彼ら、姉さんの話を聴いていたかしらね」


器を用意するミルダの顔は、サリーでも解るほどに心配そうだった…。





〔その10.乾燥した広野を行く採取の旅〕


バベッタの街の所在地は、乾燥地帯に在る高地のど真ん中に存在する。 そして、街の郊外から街道を進んで、平野となる辺りに降りれば。 南西部は、白っぽい灰色や赤く固い大地と乾燥地帯特有の植物ばかりが目立つ、荒野に成るのだ。


さて、採取依頼を請けたステュアート達は、Kを案内人にして街道を行く。 昼間に出立したが、早々と街道を南下し。 途中の分岐点から、西側に向かう街道に入る。


乾燥した地域だが、人の往来も有れば、歴史も永く存在する。 街道を行く途中途中には、人工的に掘られた器の様な池が在り。 夜営施設には、湧き水の出る場所も整備されて、今回の旅は簡単に見えた。


然し、仕事には何にせよ、想定外・想定内の手間や面倒が存在する。 だから、仕事なのだ。 そして、目下その面倒な事とは、Kの知識に疑心暗鬼と成った薬師の老人ムガスマス氏の存在だ。


まるで、


“嘘吐きの化けの皮を剥いでやる”


と、言わんばかりに、あれこれ質問するのだが…。


応用から異端の調合まで知り尽くしたKには、タダ単に経験年数が長いだけでは、全く歯が立たない。 また、Kの技術や知識や感覚は、世界を渡り歩いた現実的な経験に基づく。 街に隠るだけの薬師とは、その全てに歴然とした違いが在るのだ。


質問し続けて疲れ果てたムガスマス老人は、途中から馬車に乗って横に成ってしまった。


西側の街道に入れば、バベッタの街に向かう冒険者や旅人や商人の荷馬車とすれ違うが。 この街道の一部は、まだ危険地帯で在り。


「うわ゛っ、モンスターだぁっ!」


「助けてくれぇっ!」


旅人や商人の声がして。 のんびり行くKを残して、ステュアート達が走って行けば。 荒野に棲む、二足歩行の大型鳥モンスター、“クジュブルン”が現れる。 飛べない鳥のモンスターだが、小さな家並みに大きい身体、羽根が無い代わりに生えた鉤爪を持つ手を有する。 肉食で、人間やら家畜が大好物。 年に数回、バベッタの街に近寄って来るとか。


オーファーの魔法の一撃から、セシルの放つ矢が急所に当たり速攻で終わる。


そして、その日の夜。


半日にも満たない旅で。 然も、夜営施設の手前より、本当の荒野へと入る計画だ。 野宿と成って食事をし終えた一行に、Kが言う。


「全員、寝る前に水を湯にして、石鹸を使い身体を拭けよ。 汗の臭いをプンプンさせてると、〔カリカトハエ〕の幼虫が舐めに来るぞ」


この荒野に生息する固有のハエ、〔カリカトハエ〕は、雌のみが吸血を行う蚊の様な生態だ。 一方、普段は乾燥を嫌って、地中に潜るハエの幼虫だが。 動物の汗の臭いに釣られて、地中より這い出て来る。 然も、その幼虫の身体の周りには、乾燥を防ぐための粘液が分泌されていて。 その粘液が動物の皮膚に触れると、ミミズ腫れを引き起こして、酷く痒く成る。


虫除けの草を買い込んだステュアート達一行は、個々に燃やして灰を作り。 それを地面に巻いて、さらなる予防をする事をKから教わってやる。


そして、明けた次の日。


皆が想定した起きる頃より早く、中年女性の商人ウレイナが連れ立った荷馬車付きの若者が。


「痒いっ、あ゛あっ!」


と、喚いて足を掻いていた。


彼は、具足を脱いで居たが。 荷馬車の上だから・・と、足を拭かなかったらしい。 陽が上がった頃、Kが彼を診てみれば。 両足を太股まで縦横無尽に舐められて、ミミズ腫れを沢山に作っていた。


その症状を見たKは、


「バッカ野郎め。 人の話をちゃんと聞かないからだ。 痒みは、腫れが引くまでは完全に治まらん。 五日から十日は、痒いと腹括れ」


消毒液と鎮痒薬を渡したが。 付けた若者は、泣いて痒がる。


その様子を見るオーファーは、


「フゥ・・頭まで布を被って正解だった。 頭をあんな風にされたら…」


と、怯える。


だが、それを想像したセシルやエルレーンなど女性三人は、笑いを堪えきれずして大爆笑した。


さて、街道の途中より荒野の内部へと入る。 サボテン等の荒野特有の植物が目立つ。


処が、午前中に。


「うわ~、綺麗な水溜まり~」


Kの脇を行くセシルが、透明な浅い水溜まりを発見するも。


それを少し離れて回避するKが。


「その水溜まりには、必要以上に近付くな。 ヤバい魚が居るからな」


と、言って寄越す。


Kの助言は絶対だと、パッと退くセシルに対して。 ‘ヤバい’の度合いが解らない為か、近付くウレイナ。


「‘ヤバい’って、どんなですか?」


と、水溜まりの前まて近付くウレイナに。


「あのっ、ケイさんの忠告は聞いた…」


と、ステュアートが言う最中だ。


水溜まりの底を見ようと屈んだウレイナへ向かって、水溜まりの中から何かが飛び出す。


「え?」


ウレイナは、自身の腕や具足に飛び付いたモノを見る。


「さ・かな?」


すると、先を歩くKは立ち止まる事も無く。


「魚に飛び付かれたら、早く払い落とせよ~。 服や防具を貫通したら、皮膚から体内まで喰い破られるからな~」


「え゛っ? 喰い破られるぅっ?」


その文言に驚いて、水溜まりから慌てて離れたウレイナ。


ビックリして近寄った年配の御者とステュアートは、ウレイナの具足やプロテクターに着いてウネウネ動く、細長い生き物を払い落とした。


固く乾いた地面に落ちた魚は、女性の小指ほどの太さ、中指ほどの長さをし。 白く柔らかい身体をして、頭は丸い。 ピチピチと云うより、コロコロと水溜まりに戻る魚。


水溜まりを超えた辺りで立ち止まったKは、ステュアート達に向き直り。


「その魚は、‘ヒリクナス’。 乾いた大地の中で眠り、雨が貯まった時にだけ現れる。 水溜まりの底力が、泥の様に柔らかく成って。 小さい穴が無数に空く場所は、気を付けろ」


と、また先に向かって歩き始める。


後を行くセシルは、間近の別の水溜まりを見れば。


「あ、こっちは泥に成ってない」


ただ固い地面が器に成った様な水溜まりと、まるで練った様な水溜まり。 確かに見比べれば、違いは一目瞭然。


然も、更に先へと歩いていると…。


その後、ちょっとした丘に上がり、高い場所に差し掛かった処で。 良く晴れた空の下、左側を見たエルレーンが。


「わ゛っ」


と、声を出す。


丘の下では、大きな水溜まりに野生のドデカい蛇が浸かっていて。 何故か、内臓などの在る体内を見せて死んでいる。


「う゛~わっ、あの水溜まり見て。 大蛇が死んでるよ」


立ち止まったKは、その大蛇を見下ろし。


「この荒野にいる‘人喰い蛇’、〔パラガノエスネーク〕だな。 運悪く、ヒリクナスの巣窟に入っちまったから、土手っ腹を喰い破られてるゼ」


先ほど、その魚に飛び付かれたウレイナは、Kに近寄り。


「あの魚は一体、どうやってあんなに皮膚や鱗をも喰い破るのですか?」


「ん。 ヒリクナスの口は、まるでワイン瓶の口の様に丸くてな。 然も、その表面がヤスリの様に、小さく固い歯が無数に円を描いている。 飛び付いた処に、吸盤の如く口で吸い付いてから。 身体をクネらせ回転する事で、あの通りに蛇の鱗も削る。 コイツには時々、モンスターでも殺される」


と、また歩き始める。


怖い動物がいると知るステュアート達は、Kの後ろに列を作る様に歩く。 Kの後ろが、一番の安全な場所に思えた。


そして、更に少し歩けば。 その身体が三方向に枝分かれするような、変わったサボテンの群生地に来る。


其処でKが止まり。


「このサボテンの周りに、根元から伸びる針金みたいな草を探せ。 その草の先端部分に付く実が、マヤハの実だ。 ただし、黒く色付いたものは避けろ。 渋みが出て、粉にすると過剰反応《今で云うアレルギー》が出る。 病人に飲ますと喉が腫れて、窒息死も在るからよ。 緑色のものを中心に集めろ」


と、皆に言う。


然し、採取をし続けていると…。


オーファー、アンジェラ、セシルは反射的に身を起こし、何故か西南側へと顔を向ける。


少し緊張感を持ったオーファーが、


「なんだ? 何か、生命のオーラが沸き立った」


と、言うと。


アンジェラも、不安を顔に現し。


「あっ、何か動物が…」


続いてセシルが、


「死んだ」


と。


Kは、全く動じない様子から。


「恐らく、〔火だるま蟻〕が、野生動物を襲ってンだろうよ」


その名前に、ウレイナとムガスマスが揃って。


「火だるま蟻っ?」


「ファイラントアンタじゃっ!」


と、驚きの声を発する。



荷馬車を操る年配の御者は、急ぎ足にてKへと近付き。


「あのっ、我々は大丈夫でしょうか?」


切羽詰まった様子に変わって尋ねたが。


「大丈夫もクソも、狩りをしてる蟻だ。 今、獲物を仕留めたらば、近付かない限りはこっちに来ねぇよ」


と、Kは素っ気ない。


不安感に駆られた依頼人やらその下働きだが。 その後、何かが襲って来る事は無かった。


夕方近くまで集めて回り、アンジェラでも入れる麻袋2つ分を集めた。


さて、残る目的はもう一つ、〔サルルコベツ〕なる草を探すのだが。 朱い空となった夕方には、小高い一枚岩の上に登った一行。


其処で、今夜は野営をするのだが。


セシルは、枯れたサボテンを見つけ、イヤイヤに岩の上まで運んで来た後で。


「ねぇ、ケイ」


火を熾したKは、


「何だ?」


と、短剣でサボテンを刺しては、火に近付けた。


「さっきの‘火だるま蟻’って、どんなの?」


セシルの質問に、オーファーやステュアートも顔を向ける。


サボテンに火が付くと、荷馬車より下ろした枯れ木を入れたK。


「この辺り特有の蟻で、全身に針が生えた大型の蟻ん子だ」


‘体に棘が生えた蟻’と聞いて、セシルは眉を顰める。


「トゲの生えたアリぃ?」


「この燃える炎の様に赤い色、人間の子供の拳に値する身体をし。 口顎、尻尾の毒針、身体の棘、どれにも毒を持つ」


「う゛ぇ、毒の完全武装化ぁ、怖いぃ」


怯えるセシルに、Kも真顔を包帯の隙間に見せて。


「冗談抜きな、本当に恐ろしい。 アレに噛まれると、傷口が化膿して酷く爛れるし。 毒針や棘に刺されると、豆粒大の腫れ物が出来る。 また、その傷口や腫れ物が、毒の所為で火傷のように激しく痛み。 その蟻自体が赤い身体をする事から、〔火だるま蟻〕と名前が付いた。 その薬師の爺さんが昼に言ったのは、この辺りの地方で呼ばれる名前さ」


「うへぇ~、流石は学者ぁ…」


脱帽と云えるセシルだが。


水の入った鉄鍋を火に掛けるKは。


「学者って言ってもな、ただ単に知識を持つだけならば、それは半人前だ。 仲間が危険に襲われ無い配慮が出来れば、まぁ~いっちょ前か。 其処を行くと俺の場合は、言うだけ言って。 聞かない奴は、そのまま無視だかな~」


「ちょっとっ、それって半人前じゃないのっ?」


「放任主義な無責任だ」


「尚に悪いじゃんっ!」


「知らん。 注意の意味を知らないバカに、何を言ったって無駄だ。 痛みで知れ」


「あいや~、恐っ」


Kの態度には、ステュアート達も苦笑い。


だが、ムガスマス老人も、商人のウレイナも、Kの知識が生きたモノで。 この案内人に逆らうのは、危険に落ちると認識。


何だかんだ言っても、ステュアート達がKを信頼する意味を知る。


然し…。


大量に買って荷馬車に吊す干し肉を、一人で貪るセシルについては。


“要注意人物”


と、皆が認識した。


焼くKは、


「おい、セシル。 お前の胃は、穴が空いてるのか? 一体、一回でどれだけのウ○コが出る? ちょっと見せてみろ」


と、本気で呆れ。


「他人にっ、そんな処を見せれるかあ゛っ!!!!!」


セシルは、馬鹿デッカい声で喚き上げた。


       ★


だが、その真夜中の事。


岩の上で寝ていた一行。 その中で、見張りとして起きて居たのが、ステュアートとセシルだが。


突然の間合いにて、Kが身を起こす。


「うわっ」


「あれ?」


驚く二人を余所に、Kは南方の彼方を見るままに。


「ステュアート、全員を起こせ」


「はい?」


「魔界の獣、〔イガロスウルフ〕が向かって来ている。 蹴散らすぞ」


“モンスターが来ている”


と、知ったステュアートとセシルは、慌てて仲間を起こした。


起こされたウレイナの下僕と成る年配男性は、馬車を岩の裏に回して隠れる。


起こされたウレイナは、ムガスマス老人を馬車に向かわせ。 自分も戦うつもりで、岩の前の下に降りる。


同じく岩の下に降りるオーファーは、禍々しい闇の力を持った気配を感じ始めて。


「近い、何と強い暗黒の力だ…」


短剣を抜いて居るKは、前を見ながらに。


「‘イガロスウルフ’は、完全なる魔界の生物。 繁殖はしないが、魔意やゴーストの様に、生物の思念や怨念が主体で生まれる」


「ケイさん。 それは、極自然に生まれるので?」


「いやぁ、冗談は止せよ。 誰かが故意に、魔術で生み出したんだ。 妖術の一つに在る〔ビーストマジック〕《妖獣召喚魔法》と同じく。 暗黒魔法に因る産物さ」


「‘暗黒魔法’っ」


悪魔や死霊呪術師が扱う、闇と魔の力を使う魔法と知ったオーファーは、近付いて来る禍々しい気配に警戒しながら。


「それは、由々しき事だ。 よし、視界を確保しよう」


と、その手の杖を持ち上げ。


「熱意の如く燃え、突き進む意欲の如し火の力よ。 我の気持ちに応え、今その光を招く力と成らん」


詠唱と共に、その杖を空に向ける。


岩の上で銃器を構えるセシルは、アンジェラと共に居たが。


「あれ、焚き火が何か…」


弱く燃えていた火が、風も無いのにユラユラと南にそよいだ、と思った直後。 いきなり、ボワーっと激しい音を立てて、焚き火の火が飛び出し。 Kの頭上に、塊の如く燃え移る。


「ひぃっ!」


ビックリしたセシルだが。


一方、炎の大玉を作ったオーファーは、杖を回して炎をリング状にする。


「さぁっ、これで幾らか視界も利くだろう。 闇の眷族ならば、容赦は要らぬ」


と、南方を睨み付ける。


ステュアートも、エルレーンも、その炎の光で赤黒い光を放つ眼を見る。


迎撃の構えは整ったと察するKは、


「ステュアートとエルレーンの武器ならば、ヤツでも難なく斬れる。 精霊の加護が無い武器ならば、アンジェラに光の加護を受けろ。 セシルっ、食った分だけ働けよっ」


と、姿を消した。


人一倍に干し肉を食べたセシルだから、


「解ってるわよっ」


間近に迫った一匹へ、先制の一撃とばかりに魔法を纏った矢を撃った。


ステュアートに向かった赤黒い光を放つ眼の間に、青白く輝く矢が突き刺さる。


瞬間、


「ギャァァっ!」


吠えるのと叫ぶの間の様な、不気味な声がした。


そして、転がって来たモンスターは、炎の光の届く処に来た。


その正体を見たエルレーンは、


「はいっ? 身体が人間んっ?」


と、衝撃を受ける。


眉間に矢を受けて死んだのは、薄汚い黒毛をした狼の顔。 だが、その身体は、体毛は非常に濃いのだが。 体格は4、5歳の子供の様で在る。


新手の眼がまた見える最中、遠くで黄金の光が迸る。


アンジェラは、デプスアオカースの洞窟で見た。 自分の体内を浄化した光と思い出し。


「あの力は、ケイさんの生命波動っ」


Kが最前線にて、真っ先に戦い始めたと知るステュアートは、間近に迫ったイガロスウルフの眼を目標に走り始め。


「遣るぞぉっ」


エルレーンも反応して。


「ついでに、試し斬りだからねっ」


宵闇から炎の灯りの中へ、飛び出すが如く来たイガロスウルフに、鎌の一撃を見舞ったステュアート。


悲鳴が上がって、跳び退いた闇に迫るエルレーンは、掬い斬りにてトドメを入れた。


「流石っ」


エルレーンを誉めたステュアートは、脇に回り込もうと云う眼を見付けて、そっちに走る。


「まだまだぁっ!」


炎の灯りの中に後退したエルレーンは、真正面から突っ込んで来るイガロスウルフに備えた。


一方、宵闇の向こうでは、次々と黄金の光が炸裂。 大量に向かって来るイガロスウルフを、Kか次々と潰しているようだ。


さて、話をステュアート達に戻し。 真正面から突っ込んで来たイガロスウルフに、鋭い突きの一撃を見舞うエルレーン。 だが、少し狙いがズレて、胸部の左側上を刺したのみ。


其処に、


「加勢するっ」


と、ウレイナが来て斬った。


が・・。


「はぁっ?」


ヌルリとした液体でも斬ったかの様に、イガロスウルフの身体をすり抜けた剣。


刺した切っ先を捻りながら抜いて、袈裟斬りにトドメを入れたエルレーンは、ビックリの表情からウレイナへ。


「ケイの話を聞いて無かったのっ? 普通の武器が利かないから、アンジェラに光の加護を貰ってっ!」


「あ゛、あぁっ、ごめんなさいっ」


慌てて戻るウレイナへ向かって、新たなイガロスウルフが闇より出でる。


「うわっ、待ったぁ!」


咄嗟の間合いにて、大きく踏み込んで斬ったエルレーン。 イガロスウルフの左腕を斬れて、転がった相手に走ると更なる一撃を入れる。


そのエルレーンを狙ったイガロスウルフは、セシルが二の矢を放って撃退。


一方、脇に回り込もうした、二匹のイガロスウルフ。 それを一人で相手にするステュアートは、翻弄する様に動くモンスターに困り。


「そっちがその気なら、僕も奥の手だかんねっ」


先ず、鎌を一匹に投げ付けて、突き刺し手負いにすると。 鎖を持って大きく振り回し、距離を取る二匹目にぶつける。


‐ ギャイイインっ! ‐


悲鳴を上げた二匹目をそのままに、鎖を二回テンポ良く引いて、勢いを操り鎌を宙へと上げるステュアートは、手負いの一匹に向かって飛び掛かりながら、宙で鎌を持つと踊り掛かる。


なかなかどうして、武器を上手に扱うステュアート。 彼が鎖鎌を好むのは、幼少期から牛や馬の世話で、縄を使っていたからだ。 投げ縄からして、大人顔負けに扱いが上手かった。


回り込もうとした二匹にトドメを刺したステュアートは、エルレーンの方に戻りつつ。


「セシルっ、周囲に気を配ってよぉっ!」


「解ってるぅ~、矢を込めてる最中よ」


セシルの返しを貰って、エルレーンの元に向かえば。


「剣が光った!」


と、声を出すウレイナが居る。


エルレーンの助太刀に入ったステュアートは、灯りの中に入った一匹を斬ってから。


「エルレーン、あの人ってビミョー?」


頷いて返すエルレーン。


「手解きは、多分受けてる。 でも、実戦は乏しいと思うわ」


「解った。 注意しないとね」


二人は、遣って来たウレイナを交えて、更に来るイガロスウルフを迎え撃った。


さて、戦いを続けてイガロスウルフを10体以上も倒した後。


炎の灯りを維持するオーファーは。


「ん? ケイさんの気配が、消えた…」


前方に、イガロスウルフのオーラも無くなって。 迸るKのオーラも消えたままと成った。


全く帰って来る気配もしない闇を見て、ウレイナはジワジワと不安感が募り。


「包帯さん、戻って来ないわよっ?」


と、ステュアートに言う。


だが、Kの異常な強さを知るステュアート達は、寧ろ怪我したならば近くに居ると思う。


岩の上から眺めるセシルは、宵闇を窺いつつ。


「心配しなくていいよ、怪我とかじゃ無いから。 ケイ、ずーっと向こうに行っちゃった」


「え?」


先に行ったと知るウレイナが、セシルの方に振り向くと。


アンジェラが、いきなり前を指差し。


「まぁっ、凄い力が・・・」


そう、爆発するような迸る力が、一瞬だけ凄まじい波動を生む。


そして、それから待つこと少しして。


「お~い、怪我人は居るか~」


ゆったりとした声を出して、Kが戻って来る。


オーファーは、既に魔法の炎を消して居たが。 松明代わりに、枯れたサボテンに火を付け立てていた。


そのオーファーは、Kの一部に禍々しい闇の力を感じ。


「ケイさん、右手に何を…」


岩の前に立てられた松明の前に来たKは、真っ黒く一部から何か雫が滴るモノを持ち上げる。


「ノーマルデーモンのアホが、俺達を殺そうとしたらしい。 形は雑魚だが、この手の羽根は高く売れる」


と、蝙蝠と鴉の間の様な羽根を持ち上げる。


「ヒェっ」



いきなり持ち上げるものだから、セシルはびっくり。 暗黒の力を保つ羽根には、アンジェラも眉間にシワを寄せる。


だが、その羽根の根元を火で炙るKは、安く買った塩をその羽根の根元に付ける。


「ふふふ、2日ぐらい干せば、い~いカンジに成るぜぇ」


そろそろ夜も白もうか、と云う頃合いなのに。 Kは元気で、悪魔の羽根を干物にする。


その様子に呆れ果て、寝る気に成ったセシルは寝袋に入りながら。


「ケイに遭ったら、悪魔も、モンスターも、ま~るで金蔓だわ」


一方、僧侶のアンジェラは、そのKの様子に酷く困惑した顔をして。


「嗚呼、悪魔の身体をも、商品として利用とは…」


その身体は、艶めかしく立派だが。 考え方は非常に純粋と云うか、真面目なアンジェラ。 Kの行いに、その真っ直ぐな信念が揺らがされて居るらしい。


一方、Kに口答えなどしないステュアート達は、


「ちょっとでも、寝るわ」


「寝るに限るな」


「寝ま~す」


エルレーン、オーファー、ステュアートは、すんなり寝袋に入った。


Kの能力は、言わずしてさるものだが。 そのモンスターの身体に対する、利口過ぎるほどの知識。


戦いの興奮より気が立って寝るに寝れないウレイナは、


「それに、どんな利用法が在るの?」


と、質問し。


「コイツかぁ?」


Kが語る、良し悪し両方の使い道を聞いて。


(この人・・悪魔? それとも・・天才?)


と、更に混乱するので在る。


一方、荷馬車に寝るムガスマス老人は、


「知識や知恵だけでは無く、戦いも一流とはのぉ…。 昨日、喧嘩をした自分が恥ずかしいわい」


と、呟いた。


御者をする年配者は、


“Kとステュアート達が居れば、この旅は安全だ”


と、理解する。


こうして、一夜の短い間に起こった襲撃は、完全勝利にて終わった。


ステュアート、エルレーンの怪我は、さしたる事も無く。 アンジェラの魔法と治療にて、少しヒリヒリする程度だった。


       ★


さて、明けた朝。


少し遅く起きたステュアート達は、Kより言われて怪我の様子を確かめる。 妖獣より受ける傷は、侮ると後に響くとか。 痒み等の違和感は有ったスチュアートやエルレーンで、アンジェラに魔法の重ね掛けを頼んだ。


その後、食事をするとKに促されて旅立った一行。 


一枚岩から歩いて程なくの所に、奈落の様に陥没した大穴が在る。 底には、周りの広野とは全く違う、生い茂った森が・・・無い。


セシルは、大きな穴を見下ろして。


「ケ~イっ、‘森’なんて無いよぉっ」


段々に削れながら、歪な螺旋階段を築く様に断崖が穴の中へ。 処が、その穴の一部には、斜めに内側へと切れ込む様な、巨大な空洞が空いていた。


Kは、その黒い影となる空洞を指差し。


「バベッタの街よりも、こっちは乾燥化が進んでる。 森が在るのは、あの穴の中だ」


「え゛ーっ、これを降りるのぉっ?」


段々と降る断崖を見下ろして驚くセシル。 この深い穴を降りると云うのは、相当な苦労だ。


「サルルコベツ草ってヤツは、ちょっと変わった草でな。 固有のカビの上に、その根を張るんだ」


「はぁ?」


「世界には、‘腐森林’と呼ばれる、全てが腐った森が在る。 非常に変わった自然形態で、世界広しと言えども数カ所にしか存在しない」


「なに、其処って森が丸々腐ってる訳ぇ?」


「あぁ」


ステュアートは、それを想像する事が出来ず。


「オーファー。 森が腐るって、どんなの?」


「さぁ、全体像は良く解らないな。 ま、以前に一度だけ迷い混んだことは在るのだが…」


すると、ロープを用意するKは、穴の一部を眺めつつ。


「この穴の奥は、腐森林では無い。 だが、固有の植物が生える、非常に極まった場所だ。 湿っぽい穴に、カビと云う生き物が植物を生やす苗床に為ってる。 行けば、意外に楽しいぞ」


学者の性格なのか、なかなか行けない場所に行ける事が楽しいらしい。


その断崖を降りるだけで、昼近くまで掛かると云う。 馬車は降りられないので、ムガスマス老人、アンジェラ、オーファーは残り。 近くに在る丘の上の林にて採取を、と手分けする事に成った。


さて、降りる事に成ったステュアート達は、ロープを使ってKが近道を作る。 だが、近道と云う事は、高い宙を使って省略すると云うこと。


「これは高いな~」


言うステュアートは、差して怖がらずに。 斜めに断崖を三段ほど飛ばす形に掛かったロープを、大きく丈夫な緑色の葉っぱ一枚で滑る。


処が。 セシル、エルレーン、ウレイナはその高さを見て、三人して震え上がった。


先に降り立ったKは、


「ほら、早くしろ。 置いて行くぞ~。 依頼内容に於ける報酬は、持って帰る量に比例するンだ。 依頼人、請負人、ビビってる暇は無いゼ」


と、ハッパを掛ける。


その横に立つステュアートも。


「これを請けたいって最初に言ったのっ、エルレーンとセシルだよね゛っ。 ウレイナさんっ、必要な知識が欲しいなら、怖がったらダメだってっ」


と、Kと同じく言う。


三人の女性は、仕方無いと泣く泣く滑ったが…。


なんと、それから四回も似たように、空中を滑空する。


“繊維が非常に丈夫で、油の出る大きな葉っぱをKが買ったのは、この為か”


と、理解したセシルとエルレーン。


今更に、


“もっと早く理由を聴けば良かった”


と、泣いたセシルだった。


然し、最下層の断崖より、ロープを使って底まで降りれば…。


セシルは、巨大な口が開く様な、そんな大きな穴を前にし。


「うひゃ~、コレに入るのぉ? 巨人に食べられるみたいじゃん」


と。


Kは、驚く皆へ。


「少し息苦しいが、口に布を当てて後ろに縛った後。 水で湿らせたスカーフを二重に巻け。 内部は涼しいが、空気をそのまま吸い続けるのは、恐ろしく危険だぞ」


と、皆へ教える。


太陽が真上に上がり、光が当たるから気持ち良い。 荒野では、痛いくらいの日差しが。 この穴の下では、何とも丁度良い。


底の壁際の一部から流れる水を使って、入る準備を終えた一行。


それを見たKは、ゆったりと歩いて洞窟内へ。


エルレーン、セシルには、光の小石が渡された。


「その光が消えるまでしか入らん。 この洞窟内は、長く留まれは人も屍に成る」


Kは、皆に緊張感を持つよう促したのだ。


さて、Kを先頭にして、後から三人が光を頼りに入る。


その洞窟内では…。


「わ゛っ、蛇っ」


天井を這う、真っ白く長い生物を発見したセシル。


Kは、それを見ずに。


「あれは、この洞窟固有のミミズだ」


「はぁ・・メメズぅ」


セシルの砕けた言い方に、エルレーンは反応するのも面倒と無視。


一方、こんな場所は初めて来る、商人のウレイナ。


「サルルコベツ草って、こんな処に?」


頷くして見ないKは、


「もっと遠く、4日ほど掛けて行くと、採取場として有名な穴の群が在る。 その奥ならば、微量と云う取れ高の代わりに、‘楽な場所’と云えるだろう」


と。


この話を聴いたウレイナは、


「私達が量を欲した結果・・ね」


と、返せば。


「まぁ、な」


その通り、と返すKだが。 更に、


「だが、一番の繁殖地は、余りにも危険だから別にして。 この辺りに開く空洞の幾つかは、絶好の採取場所だ。 遣り方や採る量さえ見極めれば、ほぼ毎年来たって同じ量が採れる」


と、言う。


「なるほど…」


無駄に採り尽くす事を避けながら、一方で安定した量を得る心構えを聴いたウレイナは、流石に一流の薬師だと思った。


それから、更に奥へと進む内に、洞窟の奥が仄かに明るくなる。 然も、赤や青や黄色と云う、七色のぼんやりした光が見えて…。


エルレーンは、その光が緩やかに蠢いていると気付く。


「ネェ、ケェ~イ?」


「何だ? 気持ち悪い言い方だな」


「それより、何で・・あの光って揺らいでるの?」


「あぁ、アレか」


「そうっ、ア゛レ゛っ」


これ以上は、知らないままに怖い目に遭う気は無い、とするエルレーンの問い掛けだ。


「あの、うっすら光るのは、光苔の類だ」


「‘ヒカリゴケ’?」


「そうだ。 固有のカビや土壌で、その光る色を変えて行く光苔だが。 その苔を食べる虫が、何処にでも必ず居るモンだ」


「ムシぃっ?!」


驚くエルレーンとセシルやウレイナ。 やはり女性だから、虫は好かないらしい。


「大丈夫だ。 こっちから攻撃しない限り、襲っちゃ来ねぇ~よ」


「てか、ムシ自体がキ・ラ・イっ、なんですけどぉっ?」


エルレーンの意見に、セシルとウレイナも頷く。


「知るか。 その環境の生態系を嫌ったって、異物はこっちだ。 邪魔者が先住者を嫌ってどーする」


一撃で不満を蹴っ飛ばされた。


然し、その光の放つ処に行けば…。


「う゛わぁっ、デッカいゴキブリぃっ!」


ウレイナは、自身と似たような大きさのゴキブリが動いて、戦える割りには女らしく驚く。 ステュアートに抱き付く様にしがみ付いて、セシルを怒らせるだが…。


目の周りや下腹部に、発光器官を持つゴキブリやハエや玉虫など。 光苔を食べて居る、のんびりした種がほとんど。 近寄っても、魔法の光を向けない限りは、全く逃げない。


然し、Kは更に奥へ。


光苔の蔓延る場所を過ぎると。 今度は、真っ黒いカビが生える場所に来る。 カビが茎を伸ばし、人の頭大と成るタンポポの綿毛の様な胞子を作る森。


そんなカビの根元には、この場所まで来て死んでしまった生き物の死骸が、黒ずんで腐りながら。 また、カビの苗床と成っていた。


「ウヘェェ、この黒いのコアい゛ぃっ」


“死の森に来た”、と。 この場の全てを嫌がるセシルだが。


Kは、


「このカビの森が、この先の場所を守っている。 このカビには、殆どの生き物が殺されるからな」


と。


その説明に、ギョッとした一行。


だが、Kは胞子の間を抜けながら。



「安心しろ。 その胞子は、目に見える程に大きい。 布を二重に巻けば、絶対に入らない。 然も、水分に吸着されるさ」


だが、危険な胞子と聞いては、ステュアート達も緊張して。 まるで人混みをコソコソと逃げ惑うように、身体を横にして躱す。


さて、その危険なカビの先まで抜けると…。 洞窟の先が、うっすら明るく為って来た。


セシルは、緑色の光を見て。


「何の・・光? つ~か、植物のオーラが…」


先頭を行くKは、


「行けば分かる」


と、だけ。


その光の方に抜けると、其処はだだっ広い空間に出た。 空洞化しているのだが、岩の空より光がキラキラと降り注ぎ。 昼間の様に明るい場所で在る。


これまでが真っ暗闇の中を来たから、真っ先に目が行くのは天井。 天井が輝いて見え、幻想的な空間を作っている。


エルレーンは、上を見ながらKに。


「これ・・・な・に?」


と、問うた。


Kは、水溜まりの中に根を伸ばす様にして生える、クローバーの様な葉っぱをした植物を眺めつつ。



「この辺りは、古い昔は火山の影響が頻繁に遭った場所だ。 深い地層には、溶岩が固まって出来上がった、特殊なガラス層が在る。 地上に空いた小さい穴から差し込む陽の光が、不純物の無くなったガラス層を通るみたいで。 こんな風に、光が差し込む場所が出来上がるとさ」


「ほぇ~~~」


「ふぁ~~~」


セシルも、エルレーンも、天井から降る光に感動している。


処が。



「この陽の光が差し込むのは、日昼だけだ。 早く作業を終えないと、明日まで作業が長引くぞ」


二人は、漸く仕事に意識が戻る。


ウレイナは、Kに。


「処で、サルルコベツ草は?」


するとKは、目の前に生える草を眺めつつ。


「目の前に在るぞ」


その返しの途端、前へと向くウレイナだが。



「はぁ? コレの何処が、サルルコベツ草なのよ」


と、文句の様な事を言った。


ステュアート達三人の目前に見えるのは、緑色のデカいクローバーだ。


処が、Kは目を細めると、ウレイナを見返し。


「アンタ、その様子だと。 サルルコベツ草のゲンナマを、実際に見た事が無ェな」


事実をズバッと言い当てられて、気を抜かれるウレイナ。


「そっ、それは・・・、束ねられた・・細長い茎を…」


ウレイナの返しに、またもや呆れ顔に変わるK。


「此処のは、光のお蔭で太く成長してるが。 これが、本来のサルルコベツ草だ。 その辺に在る洞窟の入り口にチョロチョロ生えている細いのは、サルルコベツ草の姉妹種だぞ」


「あ・あら・・・まぁ」


彼女の再認識を見捨てたKは、ステュアートに向いて。


「ステュアート」


「はい?」


「茎の長い奴を選んで、下の根が張ってる水に浸らない様に切れ。 エルレーンやセシルを手伝わせ、葉っぱを落とし。 用意した布を壁際に広げて、立て掛けるように置け」


「はい、解りました」


「いいか、この根が張る薄い水溜まりに、茎を絶対に付けるな。 カビが着いて、持ち帰る途中で腐り始めるぞ」


「はいっ」


「リョ~カイ」


セシルやエルレーンも、陽が出ている内しか明るくないと解れば。 その時間も長く無いと解る。


植物の繊維で編んだ布を壁際の地面に敷いて。 せっせ、せっせと太い茎を運ぶ。



普通のクローバーなら、しゃがんで指で摘めるが。 このサルルコベツ草は、根元から葉っぱまでの背丈が、ステュアートと同じぐらい。 太さは、皆の腕ぐらいは在る。 重過ぎるとは、セシルでも言えないが。 ブロック型の煉瓦数枚に値う重さに匹敵するから、何本も運べば重労働に成る。


さて、水より上の辺りから切って、葉っぱを落とし10本単位で包み込んで、三束作る。 Kは、一人で一束。 後は、ステュアート達4人で、一束を担ぐ形に運び出す。


が、この作業の最も不思議な処は、洞窟の外へと出た所に在る。 洞窟の外に出る頃には、すっかり薄暗く為っていた。


Kは、荷を下ろすと。


「よし、此処からが肝心な仕上げだ。 全員、あの水場に行って、足と髪を洗え。 水溜まりの中のカビと、黒カビの胞子を洗い落とせ」


ステュアートだけじゃない。 ウレイナも、セシルも、エルレーンも、上まで帰ると思っていた。


Kの話に困ったウレイナは、


「でも、上に…」


と意見を云うが。


皆の運んだサルルコベツ草三本を、一つに束ねるKだが。


「俺は、注意をしたぞ。 後で身体を壊したり、足の皮が剥がれ落ちても知らんからな」


それは、誰の注意でも無い、Kの注意だ。


「わっ、わ゛っ!」


慌てたセシルを皮切りに、他の三人も驚いて。 岩から染み出す水が池に成る場所へ、一直線に走って行く。 そこで髪を洗い、具足を脱いで足と具足を洗う。 必死になるから、全身ずぶ濡れと成った。


その間にKは、上から落下した植物の枯れ葉や枝などを集め。 火を付けて、燃やし始めた。


「濡れた全身から防具を乾かせ。 少し、此処で休憩するぞ」


鎧や膝宛などのプロテクターまで外し、それを洗ったステュアート達。


だが、Kが頭と足を洗う頃には…。


「スースー」


「ううん…」


炎の前に輪を作り、静かな寝息を立てるステュアートとウレイナ。


一方、


「うふ、うふふ…。 お肉・・お肉の・キャタマリ・・・食べたひぃ…」


「もう・・食べ・ら・れ無い…。 セシルぅぅ・・・セシ・・ルぅ…」


ニタニタしながら寝るセシルと、非常に魘されているエルレーン。


何と、4人が揃って眠りに着いた。


その様子を見たKは、


「や~っぱりな」


こう言うと…。 何故か一人で具足を乾かせば、更に枯れ葉や枯れサボテンをくべて火を強めると。 サルルコベツ草の束を抱えて、岩壁を跳び登る。


その頃。


空には、弓月が見える。 引き絞った弓を天に向けた様な月が、青白く光っていた。


その光の下、大穴の傍では、オーファーとアンジェラを有する5人が居た。


穴を見下ろすアンジェラは、微かに見える明るい場所を指差して。


「オーファーさん、あの小さい明かりは…」


「微かだが、炎のオーラが見えます。 おそらくは、焚き火かと」


「まぁ、皆さんは、下でお休みに?」


「さぁ、ケイさんの判断でしょうな」


「なるほど」


其処へ、ムガスマス老人が来て。



「御主らの仲間の包帯男は、素晴らしい知識を持つ者だな。 まさか、本物・・原種のサルルコベツ草を採りに行くとは…」


穴を見ていた二人が、喋ったムガスマス老人に向いた時だ。


「ん? どうした、こんな穴の縁に並んで」


と、Kの声がした。


話をしていた三人は、前を見てびっくり。 Kが一人で、何かを担いで来た。


オーファーは、辺りを見て。


「一人・・ですか?」


と、尋ねると。


少し先に、焚き火と共に見える荷馬車へ向かうKが。


「あぁ。 ステュアート等は、下の底で鼾を掻いてるゼ」


アンジェラは、思わず。


「どっ、どうして…」


「ん?」


三人の前で立ち止まるKは、担ぐモノを動かし。


「そりゃ~この、サルルコベツ草の影響だからだ」


「はぁ?」


「サルルコベツ草を使った薬を飲むとな。 熱を出そうが、痛かろうが、よっぽどじゃ無い限りは良く眠れる。 其処が、最高の効能だ。 薬の効果として、疲労や苦痛を和らげて眠りを促すのサ」


「は・はぁ」


生返事のアンジェラは、イマイチ理解が行かない。


Kは、軽く月を見上げると。


「昨日は、モンスターの所為で睡眠が少なく。 今日は、良く動いて働いた。 サルルコベツ草の汁気を浴びながらの作業だったから、疲れと共に効果が出て眠っちまった訳だ」



オーファーは、下の仲間が寝ている最中と知り。 穴を見ながら、


「置いて来たのですか?」


と、心配するのだが。


「安眠を妨害して、どーするよ。 それに、コイツと引き換えに、余ってる薪を取りに来た。 お前らも上で、今夜はよぉく眠っとけ。 明日は長く歩くし、帰りの一時が〔風嵐〕に成るぞ」


こう言って荷馬車へと向かったKは、荷台に茎の束を置いて。 代わりに、これまで来る途中で拾った枯れ木一つを持った。


そして、穴に戻る前、焚き火を守る年配の御者を見ると。


「明日、昼過ぎから夕方まで、‘風嵐’が来る処を行く。 馬には、水と塩をしっかり与えて、干し草を多めに食わせろ。 途中、休憩が出来ないかも知れないぞ」


冒険者如きとも云えるKの注意だが。 御者をする年配者は、しっかり了承したと。


「はい、解りました。 処で、ウレイナ様はご無事でしょうか」


「安心しろ。 グースカピースカと、よ~く寝てる」


そう言って、Kは穴に帰った。


御者の年配者は、直ぐに干し草を下ろし始める。


何せ、若い手伝いがまだ痒みに悶えて、全く使えない。 流石は、長く仕える者だけ在る。 その仕事の速さは、手際が良かった。


そして、次の日。


「おい、そろそろ起きろ」


頬を摘まれて、若干強制的に起こされたセシル。


「はっ? えっ? 何で寝てるのぉっ?!」


暗い内に、次々と起こされたステュアート達は、皆がぼんやりする。 Kより、サルルコベツ草の副作用で眠った事を知り。 食事も少なくして、上に登り始めた。


流石に、降る時の様には行かない。 Kとステュアートが、早々と高い段に上がり。 女性らは、ロープを使って上に登る。


そうするウチに朝陽が昇り、青空が広がる頃。 ステュアート達は、漸く地上に戻れた。


だが、Kは休憩も入れず。


「よし、少し先の岩場まで、このまま歩くぞ」


と、出立を促した。


「え゛ぇ~、一休みぃぃ」


不満を言うセシル。


ウレイナも、少し身体が怠い為、疲れた顔をKに向ける。


然し、荷物を馬車に乗せるKは、


「これから昼過ぎ来る〔風嵐〕前は、朝から必ず‘火だるま蟻’が動く」


と。


ステュアートも、セシルも、他の皆もKを注視した。


Kは、大穴の西側を指差し。


「ホレ、穴の向こうに見える、あの高い塔みたいなのは、火だるま蟻の蟻塚だ。 そして、あの塚の回りに見える赤い模様は、動き始めた火だるま蟻だ」


と、教えて来る。


‘疲れた’と文句を繰り返そうとしたセシルも、‘火だるま蟻’と聞いて。 蟻塚を見ると、本当に動き始めたと知りビックリ。


「行こうっ、早く離れよぉっ」


と、マジ顔でKより馬車より先んじる。


遠くにて、カサカサと蟻の動く音がして。 馬ですら危険を察知したらしく、離れるまでは興奮気味だった。


そして、岩場の影にて、昼前に休憩を挟んだ頃か。 次第に、空が黒い雲に覆われ始め、風が強くなって来た。


その後、昼間に出立して。 街道を目指し、荒野を行けば。 前も見えなく成るほどに、視界が悪くなる訳では無いのだが。 四方の遠くに竜巻が幾つも見える、風の嵐と成った。


スチュアート達が呑まれたのは、‘竜巻’では無い。 様々な方向から強風が吹き荒れ、‘風の波’に揉まれる様な印象、体感で在る。



その最中を行くオーファーは、


“吹き荒れる風のオーラで、何も解らない。 方角感覚すら狂う”


と、恐れた声で、ステュアートに呟いた。


そんな中を風に飛ばされない様にと、ゆっくり進む一行。


一方で、遠くで次第に太く成長した無数の竜巻は、ステュアート達を狙って来た鮫鷹や植物のモンスターも。 また、まだ干上がり切らない水溜まりの水も。 通る処で触れるモノ全てを巻き上げて行く。


皆、この異様な現象が、怖くて怖くて仕方が無いのだが…。


行くと決めたKは、風の向きや様子から、次の竜巻が来る道まで予測。 そして夕方には、風嵐の中を通り抜け。 街道付近のサボテン密集地に辿り着いた。


ウレイナは、僅かに震えながらも。


「これっ、が・・噂の風嵐…。 もう少し・・軽いものを想像してたわ」


と、呟く。


「フアアア・・いぎた心地がしなかったよぉ…」


泣きそうなセシルの感想は、K以外全員の気持ちだ。


また、ムガスマス老人ですら。


「彼方より、何度も見た風嵐じゃが。 その中を通るのは、生まれて初めてじゃ。 じゃが、風嵐に驚き逃げ惑う動物を、火だるま蟻が襲うのは定説。 立ち止まって居れば、襲われた。 ふむ、なんとも大変な経験じゃわい」


と、Kの背中を見た。


普通の経験者ぐらいでは、到底に成し得ない事をした包帯男のKだが。 凄さすら意識して見せずに。


「もう少し、先まで行くぞ」


と、これのみ。


その後、もう少し歩いて街道に入り。 夜営施設まで歩いて、漸く今日は休む。


他の冒険者や旅人は、


“風嵐を抜けて来た”


と、云うステュアート達に。


“相当に運が良かったんだ”


“気狂いの沙汰としか思えない”


と呟く。


風嵐は、強風が縦横無尽に吹き荒れて、竜巻が何十本も出来ては、荒野を勝手にうねり歩く。 陽も見れず、方向感覚すら狂うと云われ居るのに。 その中を歩くなど、尋常なことでは無いのだ。


だが、何と言われ様とも助かった。


今回の冒険は、こうして後は帰るだけと成った…。


明けた朝、腹が減ったと云うセシルの食欲には、偉業をして退けるKも理解が出来ないとボヤく。


何故か、保護者の様に謝るステュアートが、ウレイナやムガスマス老人には、立派な青年に見えたのだった。




〔その11.仕事の後のゆったりとした日々その1。〕


そして、明けた次の日。


朝から出発した一行は、昼下がりにバベッタの街へ戻った。


さて、曇りの多い昼下がり。


バベッタの斡旋所にて。 ミラとミルダは、黒い悪魔の羽根と云う物体を片方ずつ持ち。


扱いに困り果てるミラが、


「で、戦利品と証拠品として」


と、その羽根を見れば。


ミルダも、後を繋ぐ様に。


「その魔獣を生み出した悪魔も倒して、コレを…」


と、同じく羽根を見る。


カウンター席と通路を挟んだ向かいのソファー席にて、Kは黙って横になっている。


サリーは、


“ステュアート達に何かを振る舞う”


と、言ったミラを手伝い。 野菜や肉を揃え、丁寧に切っていた。


ステュアートやセシルは、採取までの経緯を全て語る。 商人のウレイナとムガスマス老人は、斡旋所に立ち寄ると。


“採取された品物を査定して、明日か明後日には報告をします”


“うむ、有意義な旅じゃった。 ちょいと、待ってくれ。 お前さん方の素晴らしい働き、然と商会や薬師達に説明しようぞ”


と、ミラやミルダに伝えた。


馬車と共に、二人は北側のあの施設に去った。


去り際、Kはウレイナに言った。


“足がピリピリするだろう? 風呂に入って、しっかり石鹸で洗え。 あのカビがいた水溜まりを、決して甘く見るな”


と、忠告する。


実際、ウレイナだけでは無く。 一緒に行ったステュアートやセシルやエルレーンも、ピリピリとしていた。 ウレイナとムガスマス老人は、身体を休める為、早々に引き上げる。


一方、その後に話を聞くミルダは、


“地下洞窟へ採取に行った”


こう聞くのも初めてだったし。 ‘風嵐’の中を通り抜けて来た、と聞いて。


「良く生きて帰ったわねっ?」


と、驚く。


次第に、ミラやサリーも話へ引き込まれ、食事の後は少し談笑した。


さて、報告を終えたステュアート達は、食事を頂き一通り喋ると。 昼下がりには、宿へと引いた。 実際、旅と度重なる緊張などで疲れていたのだ。


一方、ミラやミルダも、午後は他の冒険者達の相談やら報告を聞くので、多忙と成りそうな雰囲気が在った。


実際、ステュアート達が去った後、他のチームの成功報告を聞いたり。 チーム結成について、色々と相談を受けた。


街を去るチームや人も有らば、来るチームや人も有る。 日暮れまで、斡旋所は賑わっていた。


そして、次の日。


一夜明けた朝は、どんよりとした雲が掛かり。 空気も北西の暖かい風を伴って居る。 生暖かい空気が、霧を消させずに留まらせた。


朝、斡旋所の開店直後に来たステュアート達。 冒険者が誰も居ない店内にて。


ミラが、サリーの傍に居るKへ。


「そう言えば、ケイ」


「ん?」


「旧貴族時代の水路調査を請けたチームのリーダーが、貴方にお礼を言って居たわ」


「やはり、モンスターが居たか」


「えぇ、それも5、6匹なんてものじゃ無かったって…。 仲間は全員、怪我して寺院に行ったみたい。 一昨日は、揃って来てたわ」


「はっ、怪我が深いならば、しっかり治療しろよ。 深手を負ったならば、たった数日でホイホイと歩けるか?」


と、Kが指摘する。


ステュアート達は、ミラを見ると。 その顔は、本当に不安げで。


「魔法遣いの女の子、顔色が悪かったわ。 昨日、斡旋所に来なかったのは、その所為かもね」


「モンスターの牙だの、角だの、爪や棘に遣られた場合は、消毒をしっかりして異物を取り除かないと。 経過次第では、命取りに成るぞ」


ミラは、その意味を良く知る。


「傷口を魔法で塞ぐと、中は解らなくなるわ。 ちょっとでも化膿する要因を残せば、後から腫れたりするものね」


二人が話す合間に、ミシェルとミルダが馬車で来た。


「あら、来てたの?」


ミルダは、ステュアート達を見て笑う。


一方、最後に入って来たミシェルは、Kを見るなりに駆け寄る。


「ケイさん、ちょっとご相談が…」


そのマジな目を見たKは、ピンと来るものが在り。


「‘悪魔の羽根’の事か?」


ソファー席の前に来たミシェルは、頷いて屈むと。


「あの羽根、3000シフォンで何とか成らない?」


「ほぉ、随分とイイ売り主が見付かったか?」


「それが、協力会の本部が在るアハフ自治領の幹部が、アレを欲しがってるの。 譲るならば、違反金を減らしてもイイって言うの」


この話に、Kは含みの在る眼を向け。


「3000に、貸し1だぞ」


「乗りますっ」


お腹に赤子の宿るミシェルだが、目下最大の障壁と云うべき違反金の軽減が出来ると。 嬉しそうに二階へ向かう。


そして、報酬とは別に。 ゴールダー金貨にて3000シフォンがスチュアートへ支払われた。


6人で500ずつ分けるステュアートは、まだ前の大金の残りも余る為。


「ケイさんって、やっぱり凄いですね。 お金が増える一方だ…」


処が、買い食い大好きのセシルは、チーム一番の浪費家だから。


「うぬぬ、食費に追い付かない…」


こう呟くと、目下一番に金の貯まるオーファーを恨めしそう見た。


ジドっとした視線を向けられたオーファーは、慌てて金貨を閉まった。


さて、それからは、のんびりとした時間が流れた。 やって来る冒険者も少なく、仕事を探す為に屯する者も少なく。 南北に向かう街道警備の仕事を請けるチームがチラホラ。 簡単な仕事だと思って居るのか、請けるチームは皆、和気藹々としていた。


処が、昼前。


Kの教えた事や旅の経験を、ステュアートやセシルよりカウンターで教えて貰うミラと。 文字を書く練習をするサリーが、Kの居るソファー席に居る時。


入り口が開くと、一人の冒険者が入って来た。 コップや食器を拭いて居たミルダは、見覚えの在る黒人の若者を見て。


「あら…」


完全武装した鎧を一部歪ませた黒人の若者は、ミルダの前へと斡旋所に入って来て。


「覚えてますか、チーム“タルボゥケベレック”のリーダー、アルフォロメルです」


駆け出し6人と、別のチームから離れた2人が組んだ、結成し立てのチームのリーダーだ。


紅茶をグラスに注いだミルダは、カウンターに置いて。


「大丈夫だった? 他の皆は?」


すると、空いているカウンターに座るアルフォロメルは、その紅茶を一気に呷ってから。


「3人・・亡くなりました」


聴いたステュアート達も、ミルダやミラも驚く。


ミラは、彼の脇に移動して。


「どうして?」


グラスを掴んだままのアルフォロメルは、


「主さんの・・指摘通りですっ。 雨から晴天に変わって、植物のモンスターが・・血を求めて来ました」


ミラとミルダは、ソファーで横に成るKを見た。 まさに、彼の指摘が当たった。


アルフォロメルの話では、行きの途中で植物のモンスターに遭遇。 兵士達に包囲させて戦う最中、鮫鷹まで現れた。


鮫鷹の数匹は、槍を持った兵士達が相手をしたが。 戦う声に反応したのか、植物のモンスターが後から後から、計4匹も来た。


さて、連戦と成った訳だが。 その内3匹は、さして強くも無かった。 処が、中間に来た一匹は、花の部分に大きな口を持った、見た目は色合いが不気味な向日葵の様なモンスターで。 その大きさも、人の三倍は軽く超えると云う様子。


時々だが、目撃例の報告されるモンスターだと、ミラは姉へ。


「姉さん、“カピライヴスタワー”だわ」


「向日葵みたいなヤツって云ったら、この辺りじゃヤツしかいないわ」


意外に、この辺りでは被害を出す植物モンスターの一種で。 遭遇したならば、


“魔法遣いが居るならば、遠距離から仕留めるに限る”


と、云われる。


黒人の若者の話は続き。 そのモンスターに、先輩風を吹かせていた30歳前の女性剣士が、思いっ切り頭から喰われた。


チームには、魔術師が3人も居たが。 モンスターと戦うにしても、実際には技術云々だけでは無く。 恐怖を払拭して、精神を集中する必要が在る。 然し、駆け出しが6人で、内3人が魔法遣い。 仲間を目の前で喰い殺されて、精神を安定させるのも難しい。


結局、肉弾戦主体にて、そのモンスターは倒した。


だが、更なる問題が、その後に出た。 怪我をした兵士の手当てに、僧侶の若者が頑張った。 処が、夜中にカリカトハエの幼虫に、身体を舐められたのだ。


彼等が同行した警備隊にも、老練なる相談役の兵士が居て。 その人物からは、危険生物の注意を受けていたチームだが。 魔法を使った疲労にて、僧侶の彼の思考力が低下していたのが原因だろう。


そして、次の日。


痒くて痒くて仕方ない僧侶の彼は、フラフラしていてスッ転ぶ。 その時、最悪な事に水溜まりへと…。


ステュアート達の時でも、Kは水溜まりに気を付けろと言った。 そう、まさにあの大蛇すら喰い殺した、小さい魚の“ヒリクナス”に襲われたのだ。 喉を、顔を、足を、手を、何十と云うヒリクナスに飛び付かれ。 その彼を助けようとした兵士とチームの仲間の一人も、ヒリクナスに襲われた。


警備隊やチームは、僧侶を助けようとした二人を助けるのが精一杯。 僧侶の若者は、ヒリクナスの餌に成った。


その後、巡回警備の折り返し地点で在る、南方の都市に着いて。 一泊の間に、亡くなった二人を弔った。


だが、その帰り。


バベッタの街へと折り返し出発して、最初の夜。 夜営施設に泊まった一行。 然し、朝方に成っても、神官戦士の男性が戻って来ない。


“用を足しに消えたままだ”


朝方に皆で、彼を探しに出れば。 少し施設から離れ所で見付かったのは、彼の血と思われる血だまりと、その中に浸る肉片や目玉…。


“何かに襲われた”


それだけが解った。


モンスターや危険な野生生物には、活動の時期に因り、増減とムラが在る。 今は、特に活発な時期で、然も数が多いらしい。


其処へ、横になって居るKから。


「若い兵士にも、おそらく言われる注意だが…」


突然の話で、聞いて居た皆が驚いた。


然し、Kは話を続け。


「“小さい穴の様な洞窟の近くには絶対に近付くな”、と言われ無かったか?」


黒人の若者は、急な話だが。


「まぁ・・年配の兵士さんから…」


起きないKは、彼を見ないままに。



「人も入れない穴の中には、肉食の甲虫が潜む。 人の汗や尿の臭いに敏感で、嗅ぎ付けると集団で襲って来る。 用を足すならば、なるべく夜営施設の間近ですべきだったな」


黒人の若者は、仲間を喰い殺した犯人を知って。


「スイマセン。 こんな危険な依頼とは、思いませんでした」


と、絶望感を滲ませる。


すると、Kは更に。


「最近の冒険者ってのは、ちょっとした仕事だと直ぐに、直接現場へと向かう。 だが、大抵の場所は、誰も知らない秘境とかじゃない。 場所を知るに図書館に行くとか、警備の仕事ならば兵士に聴くとか、情報収集と云う下準備も出来るのに。 もっぱら遣る下準備は、持ち物の点検ぐらいだ」


黒人の若者は、まさにその通りだと。


「はい…」


「知り得た知識は、現場で見て、触れる事でより生きた経験に変わる。 その辺の事をな、その経験からでも頭に叩き込め。 悲劇も、長い時間で見れば経験だ。 その悲劇体験を生かせないまま同じ轍を踏むならば、同じ悲劇をこれからも繰り返すだろうよ」


と、Kは締め括る。


ミラやミルダは、確かにこの若者のみならず。 最近の冒険者の成否の分かれ目は、情報や知識を知ろうとしない辺りも在る、とそう感じた。


だが、Kの追い討ちは無理だと、ミルダは…。


「昨日、貴方のチームの護衛について一緒に行った警備隊の隊長さんからは、成功との一報は貰ったの。 今、報酬を貰って行く?」


主として最低限の仕事をする事に留めた。 今は、慰めも逆効果に成る様な気がしたのだ。


頷いて、報酬を受け取る黒人の若者。 肩を落として霧の外に出て行く彼は、これからどう成長するのだろうか。


さて、悲しい話に、ステュアート達も沈んだ。 K抜きで仕事を請けていたならば、今頃は一体、何度の危険な目に遭っただろうか。 それを考えると、流石に自分達が果報者に思える。


その後、午後を迎えて、小雨模様と成った頃に。 商人のウレイナが、ムガスマス老人と二人して斡旋所に来た。


「今回は、非常に有意義で為に成る採取でした」


「左様。 何よりも、多種多様な薬草を取れた故に、成功報酬を増額した」


「有能なる冒険者と行動を共に出来たこと、非常に嬉しく思うわ」


と、基本報酬の倍額が置かれた。


斡旋所にも、


“良いチームを紹介して貰えた”


と、礼金が置かれた。


更に金が増えた、とステュアート達は、2日ばかり図書館やら街巡りをしようと成る。


一方、Kはパスしていた。


そして、金を受け取ったステュアート達は、早速街中を歩いて商店を見て回ると出て行く。 宿は決めて在り、今夜までの宿泊料金を前払いしていたから、Kとは宿で夜に落ち合うとしたのだ。


それから緩やかに夕方前が訪れる、ややどっちつかずと云う頃。 晴れていたとしても、傾き始めた陽差しが一部の水路に入らなく成る頃合いだ。


この様に成れば、雨でも霧が出るバベッタの街だから。 霧が出る前に街で働く者の一部は、作業を急ぐ必要が有る。


この小雨模様の最中、斡旋所前の通りより水路を眺め下ろせば…。


「ほらっ、ぼやっとすんな。 そろそろ夕方だぞ」


と、下働きを急かす声や。


「霧の出る前に出発するぞぉっ! 乗るなら早くしてくれよぉーっ!」


と、乗船客に声を出す船頭や船長も居る。


一部の水路に仕掛けた水車を利用し、荷揚げを行う者も忙しなくなり。


“毎夜来る霧が、そろそろかな”


と、通行人も感じ始める訳だ。


そんな最中、静かに成った斡旋所では、残る依頼の美味い部分を頂こうと。 流れて来た冒険者達や、長く街に居着く冒険者達が依頼を請けて行った。


中に残るKはサリーを間近にして、ソファーに寝ている。


サリーは、漸く一揃え覚えた字で、今日1日の出来事を日記に書いてみる。


窓から入る陽が暗くなろうとして、


「サリー、ランプを灯すわ」


と、ミラが言った。


その時だ。


斡旋所のドアが開いて、九官鳥が喋ると。


「あ、居た」


「帰ってた」


と、男性二人の声がする。


そして、オーファーよりも背の高い、背中に大剣と云う武器を背負った者が。


「失礼、ちょっといいか」


と、Kに声を掛けた。


その声を聴いて、珍しくKが起き上がると。


「礼は、ミラから聴いた。 それより、仲間が一人足らないな」


と、返す。


ミルダとミラは、気配や足音だけて気付いたと察する。


そう、古い地下水道の調査依頼を請けたチームが、また此処に現れたのだが。 このチームの中で、最も女性らしい小柄な魔法遣いが居ない。


リーダーの大男の脇に立つ、固太りな体格の槍と手斧を背負う若者は。


「ジュディスは、寺院だ。 昨日、傷口が痛むって云うから、連れて行った」


すると、目を細めてチームを見上げるKが。


「怪我は、どの辺りだ? 腹部か」


大男のリーダーが、


「腰と下腹部の間の少し上だ」


と、答えると。


Kは席を立ち上がり。


「寺院に二日以上も入ってから、またその後も出入りする様じゃ~病気か化膿だ。 どれ、その寺院に案内しろ。 助言したついでに、様子を診てやる」


大男のチームは、Kの話に一同が驚く。


然し、ミルダがいち早く。


「そのケイは、‘超’の付く凄腕の薬師でも在るの。 取り返しが付かなく成る前に、診て貰いなさい」


と、また助言した。


驚いた大男のチームだが。 そのチーム中でも、男勝りに筋肉が在る女性剣士が。


「南東のフィリアンタ寺院だ。 私が案内する」


と、先陣を切った。


その後、夜に成るまでミラとミルダが斡旋所に残り。 身重なミシェルは、サリーに任せて帰らせた姉妹。


そのままKは、斡旋所に戻らなかった…。


そして、明くる朝。


斡旋所を開こうと、サリーとミラが二人して馬車で来た。 斡旋所に入った二人は、九官鳥を下に下ろして世話をしたり、竈に火を入れたりしていると…。


「失礼する」


そろそろ聞き慣れ始めた、野太い男性の声がした。


ミラとサリーが入り口を見れば、昨日も来た大男のリーダーと仲間達が揃って入って来た。


昨日からずっと、その後を心配して居たミラだから。


「どうだったの?」


と、尋ねる。



すると、大男のリーダーは、男勝りな女性剣士を意味深に見るのだ。


その女性剣士が、


「かなり傷口の中が化膿して、胡桃ぐらいの膿が二つ出来ていた。 あのケイなる人物が傷口を切り開き、膿や汚れた肉を削いでくれた。 神聖魔法が、その後に効き易く成って。 傷口は、三日ほどでほぼ塞がるだろう、と僧侶が…」


「助かったのね?」


「あぁ・・、消毒の仕方まで教えられた」


ミラは、死人が出なくて良かったと。


「これで、また貸しが増えたわね」


そう言って、出来たての紅茶をタンブラーに近い、陶器のコップに入れて出す。


すると、大男のリーダーが。


「あの人物は、神か悪魔だ。 ジュディスの怪我を見るなりに、躊躇いも無く傷口を開いた。 だが、その傷口は・・血も噴き出さず。 恐ろしいまでに美しい斬り口だった…。 あんな仕業、この世界に二人と出来る者など居ない…」


彼の仲間達も、絶望的な腕の差を見て力を無くす。


だが、オマケ付きと焼き菓子を出すミラは、そんな彼等を見て。


「それが解るようならば、あなた達もまだまだ努力や勉強をする余地が有るんじゃないの? まさか、今のその程度の腕前で、もう一流に成った気だった訳ぇ?」


「い、いや・・」


「それはない…」


「多分、無い・・と思う」


次々と呟く彼等に、ミラは若き日の自分を重ねながら。


「私に比べたら、あなた達はまだ若いわ~。 一流に成る可能性は、十分に残ってるわよ。 他じゃ見れない技能や腕前を見せられたならば、其処からまた学びなさい。 こっちは、冒険者達に諦められたら、商売上がったりなのよ~」


と。


ミラの話を聴いて、彼等は斡旋所の奥に引っ込む。 助かった仲間が戻るまでの間は、彼等にも考える猶予が有る。 次の依頼に向けて、何をすべきか考えるはずだ。


さて、ミルダやミシェルも来て、昼時に近付く頃。


「おはようございます」


斡旋所のドアを潜って来たのは、黒人の若者が率いる冒険者チームだ。 3人もの死者を出したチームだから、ミルダやミラは、


“解散も有る”


と、本気で考えた。


後から来たミルダは、ステュアート達も居ないので。


「あら、カウンターに座る?」


と、声を掛ける。


すると…。


「いえ、仲間を募りに来ました。 まだ、諦められないので…」


黒人のリーダーをする若者が、引け目がちにこう言った。


その、まだ冒険者に縋り付く彼の顔を見て。


(まだ、やれそうね)


と、姉妹も判断する。


奥の長いテーブルに向かった彼のチームは、まだ一人で居る冒険者達に迎えられた。


ミラも、ミルダも、それとなく其方を注視する。


他の一人の若者達や、流れて来た冒険者達と、事実上は半ば失敗の仕事話が始まっていた。


処が、その直後。


「マスター、ちょっと相談が在るんだけど」


と、カウンターに声が掛かった。


姉妹が前を見れば、〔ルミナス〕と云う、神官剣士がリーダーで。 女傑じみた雰囲気の冒険者6人と云う、目を引くチームが遣って来た。 この女性ばかりのチーム名は、〔スカーレット・アヒィリウェフ〕。


然し、このチームは、ミラやミルダからして、ちょっと不気味なチームだ。 何故ならば、先月から街に来ていたが。 斡旋所に顔を見せるのは、数日に一度ぐらいの割合にて。 ガツガツと依頼を請ける事もしない割には、生活に困った素振りは無く。 また、ミシェルより黒革の本を借りて調べれど、そのチームの目立った特徴や成績が見えて来ないのだ。


処が今日は、このチームが早々と斡旋所に来て、仕事を熱心に探している。


その様子を見た姉妹は、珍しく感じていたが…。


一方、‘僧侶’、と云うよりは、片目にモノクルを嵌める金髪の美女剣士ルミナスは、或る依頼を目にしてカウンターへ来た。


買い物から帰ったばかりのミラは、料理に就かせて。 ミルダが、ルミナスの対応する。


「何かしら」


ミルダの前に来たルミナスは、〔戦女神アテネセリティウス〕を信仰する。 詰まりは、神聖魔法も遣いながら剣士と云う、ある種の異色な冒険者。


然し、冒険者と云う割には、その肌の露出は多く。 腕、胸元、ヘソ周り、膝と、防具と云うか部分的なプロテクター以外、下着以外に何を纏っているのか解らない。 また、腰に佩く剣は、白銀製の中でも高級そうな装飾性が強い逸品。 その武器に見合うだけの名声は、ミルダも知らない。


ミルダとカウンター越しに対面するルミナスは、


「この依頼、私達に回して下さい」


と、メニューの様な一覧表を開いて指差した。


「どれどれ」


覗き込む其処には、


〔求む、採取依頼。 東部溝帯側の丘を越えた先、溝帯を閉じ込める大山脈壁の麓には。 高級な傷薬や妙薬にも使う草や実が生り。 時期が外れる前に、その採取をして来て欲しい〕


との内容。


(これ、今日入ったばかりの…)


ステュアート達が居るならば、Kも居るから回そうか、と姉妹が考えた依頼だった。


考えるミルダに、ルミナスは目を細めて。


「何か、異論が御在りですこと?」


と、問うて来る。


依頼主の説明では、採取して来て欲しい草や実は、依頼主で在る街でも三本指に入る大商人が直に説明するとか。


(ステュアート達にのみ特殊な依頼を回してると、公平性には欠ける事に成るわね。 ただ、溝帯側に近付くだけ、難易度は高い依頼。 果たして、このチームに任せてイイのかしら…)


判断に困るミルダは、ルミナスに。


「貴女、確か・・前も、その前も、討伐依頼ばかり請けたわよね」


「えぇ」


「この採取依頼は、三年前にも在ったけど。 溝帯に近付く分だけ危険性も高い、難易度は上級依頼と変わりないわ。 然も、採取する草や実は、そこいらに居る学者じゃ知らない代物。 請けたとして、成功させる自信は在るの?」


すると、ルミナスは不敵な笑みを浮かべて。


「全ての依頼なんて、誰が遣ろうと。 完全無欠に絶対成功なんて、約束されませんわ」


と、やや見下す様に微笑んで来る。


その、揚げ足を取るような話は、ミルダを覚めさせる。


「そんな解り切ってる一般論を聴く為の質問じゃないわよ。 請けるならば、どれだけの準備や行動を起こすかって、こっちは聴いてるの。 今の曖昧な返答じゃ、この大切な依頼は回せないわ」


と、完成に作り物の笑みを見せたミルダ。


そのミルダを見て、表情がピリッと険しく成ったルミナス。


「地方の一主が、随分と偉そうな事を言うのね」


一冒険者の分際で、彼女も随分と偉そうな口を利く。


然し、ミルダはその様子から、このルミナスを含めたチームの底が知れたと感じ。


「そのイチ主でも、判断材料の乏しいチームには、それなりの仕事しか回せないって事よ。 どうしても請けたいならば、貴女も請けた街道警備の依頼で、私達が感じて知る最高評価ぐらい出して欲しいわ」


ルミナスの生意気な物言いに対して、ミルダも覚めた物言いにて言い返した。


ルミナスは、探る様に目を細めて。


「‘最高評価’? そんなモノが、高が警備の依頼に在るの?」


と、疑問を呈して来る。


一方、受理する気は無い、と云う意味では無いが。 まだ料理も出来上がらないのに、一品料理を入れる皿を出す作業に移るミルダは。


「10日ほど前に街道警備を請けた冒険者達は、幾度も来るモンスターを退けながら。 途中で兵士とも連携して、モンスターに襲われる旅人を何人も救ったわ。 私が同行した或るチームは、鮫鷹を1日で千匹以上も駆逐したし」


「1日でっ、千?」


「あら、驚かれても困るわよ。 他にだって、街道警備隊から感謝付きで、報酬増額を申し入れて来た事例は幾つも在るわ。 せめて、それぐらいに出来る・・と印象付けて。 それならば、この依頼を回しても構わないわよ」


ミルダの記憶として、先月ぐらいから来ていたルミナスのチームだが。 その仕事に於いての報告以外に、出来・不出来に関する噂が無い事に違和感を覚える。


実際、ステュアート達などは、Kが居るからと云うことだから。 成功しても、噂の拡散は一切行って無い。


だが、昨日を見れば解る通り。 出来るチームとは、噂を拡散をせずとも、依頼主から信頼を集める事が出来る。


また、Kの存在を抜いたとしても、駆け出しにしてはステュアート達の頑張りは立派だ。 Kに良くついて行くし。 デプスアオカースの巣窟にて、形は小さいとは云え若い個体を倒している。 今回の依頼でも、Kの云う事を聴いて無事に依頼を終えた事は、一定の評価に値する。


然し、評価するに値するチームは、何もステュアート達だけでは無い。 地下水道のモンスター退治を終えた彼等にも、街の役人から感謝が来ていた。


また、あの黒人の若者達のチームにすら、街道警備隊の兵士より死人への悼みを貰う。


処がこのルミナスのチームには、そう云った生きた話が付いて来ない無いのだ。


さて、ミルダの判断を聴いたルミナスだが。 ゆっくりとした変化ながら、何処となく勝ちを確信する笑みを浮かべると。


「それなら、此方もそれなりの事をして差し上げよう。 力ずくでも、その依頼を請けるとしましょう」


と、言い於いて。


「みんな、行きますわよ」


と、仲間を外へと誘った。


“力ずくでも請ける”


こう言われたミルダは、不安に駆り立てられる。 ルミナス達が通りに出るや、


「ミラ、サリー、一階を任せるわね。 ちょっと、姉さんに会って来るわ」


と、前掛けを外しに掛かる。


ミルダの不安を察したミラだから、炒め料理を皿によそおいながら。


「ど~ぞ、一階は任せてよ」


言いながら、サリーと見合った。


Kに言われた通りに、具材を均等に切って作った炒め料理。 文句を言った本人が居ないのが、何とも歯痒い限りで在る。


「ありがとう、助かるわ」


前掛けを外して棚に置くと、二階へと急いで上がるミルダ。


二階に上がれば、姉が依頼の内容を精査して居る最中で在る。


「姉さん、ちょっとイイ?」


「あら、ミルダ。 美味しそうな匂いだから、私も一皿欲しいわ」


普段は、こんな安穏ともするミシェル。 お腹が少しずつ目立ち始めて、動くのが億劫らしい。


だが、ミルダはそれどころではない。


「ねぇ、今ね…」


ルミナスとの一切を話す。


すると、ミシェルが困り顔と成り。


「あら~、それは大変だわね。 ルミナスって、恐らく噂の彼女だわ」


「‘噂の’って、何?」


「あのね…」


ミシェルから聴いた話は、ミルダを呆れさせるほどに面倒臭い話だ。


ルミナスなる冒険者は、


“ストュールミナシアス・チカロスフロス・クャリツル”


と、云う。


その形式ばった名前からして、超名門貴族と血が繋がる世界有数の大商人の一族だ。


では、何でそんな大商人の娘が冒険者なんぞ遣って居るのか、と云うと…。


ルミナスの祖父は、世界でも名の通った商人で在り。 その若き日は、世界に名が轟く二大剣士に憧れ。 また、その二人の内に剣神皇エルオレウは、世界最高の商人オートネイル家の当主でも在る。 その聞こえに憧れたらしく、家の財力で船を持ちながら冒険者をしていた。


道楽と言えば、確かに道楽だ。 が、生まれながらにして、金と権力と名声を手に入れたが。 二大剣士の様な、超一流の冒険者と云う華々しさが無い、と感じたらしい。 だから、冒険者ばかりして居られず、正式に家督を継いだ後。 正妻と愛人のそれぞれに、30余人もの子供を作ったが。 その子供達に、彼はこう言った。


“私は、冒険者として超一流に成った、と云う偉業が家に欲しい。 だから、私の跡目を継ぎたければ、冒険者として成功して見せぃっ。 その為の支援ならば、一切不自由にはさせん”


正に、金持ちの異常な夢としか言い様の無い話だ。


処が、冒険者の依頼とは、有名に成る為ならば身体を張る必要が在る。 金で名声が買えて超一流に成れるならば、今頃はそんな冒険者が彼方此方に居るハズだろう。


そう、名前も聞かない子供達は、軒並み、み~んな冒険者として失敗したので或る。


処が、その子供達の中から孫に生まれたルミナスは、神聖魔法を扱える様に、若くして魔法学院へと入学した。 然も、剣士と僧侶と云う二刀流。 こんな逸材らしき者を、祖父と成る人物が放って於く訳が無い。


愛人の子が、愛人に産ませたルミナスだが。 今は、祖父の期待を背負って、各地にて好き放題に遣っているらしい。


この話は、フラストマド大王国と云う、世界で一番の影響力を持つ大国にて。 その国最大の街にミシェルが行き、斡旋所の主よりルミナスの噂を聴いていたからだ。


ルミナスとその祖父の話は、斡旋所でも語り草と成る話らしく。 その斡旋所の主は、かなり詳しく経緯を知っていた。


“ミシェル様、主同士と云う事で助言を得たいと仰るのならば、一つ変わり種のチームを挙げましょう。 ルミナスなる若い女性が、リーダーをするチームが在ります”


“ルミナス?”


“はい。 このチームは、傍目には立派に見えるチームですが。 女性のみ集められたその中身は、金でかき集められた継ぎ接ぎの布と同じ”


“まぁ、チームをお金で作ったのですか?”


“そうです。 そして、名を挙げそうな依頼を見付ければ、金の力にモノを言わせて遣ります”


“お金の力で・・・ですか”


“はい。 時には、斡旋所に居る炙れた冒険者達をかき集めたり。 時には、依頼主を買収して、依頼を斡旋させ。 出来てもいないのに、金で成功させた様に装います”


“まぁ”


“この様に、悪知恵の働く冒険者は、遣り方も様々。 噂の拡散は、慎重に行いなさいませ。 噂は、生きていれば必ず耳に入ります。 その噂の入り道を、よくよく考えておやりなさい”


と、最初のルミナスと祖父の経緯も教えてくれた…。


或る用事で、フラストマド大王国の王都に行った帰り。 まだ主に成り立てだった頃に、世話に成った大都市の主の話を聴きに行った時の事だった。


さて、姉ミシェルの話を聴いたミルダは、それで先が読めた。


「嗚呼、そんな立派な家の名前を背負うならば、商人としての箔をチラ付かせて。 依頼主に斡旋の口添えを頼むわ、きっと…」


ミシェルも、全く同じ事を考えて。


「ミルダ、依頼主の口添えが在ったならば、請けさせてあげなさい。 但し、依頼主の口添えですから、斡旋所の手が離れて、責任は一切無い事だけは呑ませてね」


「解ったわ、姉さん。 そうする…」


ミルダは、悩ましい冒険者の存在に頭を抱えつつ。 下に降りて、作った一品料理を姉に持ってまた上がった。


その料理を食べるミシェルは、モゴモゴと食べながら。


「あら、・・ミラったら・・・腕を上げたわね」


と、料理を誉めたのだった。


さて、昼下がりも過ぎる頃。


妙に空の雲行きが怪しくなる中、予想通りにルミナスが委任状を持って来た。


その中身を読んだミルダは、紙と羽根ペンをカウンターに出し。


「話は解ったわ。 但し、貴女と依頼主が勝手に契約した以上は、貴女もその責任をちゃんと負いなさい」


処が、ルミナスは、ミルダの云う意味が解らないのか。


「何を意味の解らないことを言ってますの? 私は、推薦を貰っただけでしてよ」


と、言い訳をした。


だが、ミルダは委任状を開いて。


「斡旋所を通して依頼をする場合は、どのチームに任せるかとか、その依頼の成功についてとか、色々とこっちが責任を負うの。 でも、この委任状はね。 依頼主が貴女へ、直接に仕事を依頼した、と明記して在るわ。 この内容ならば、この依頼に斡旋所は一切関わる必要も無いの」


ミルダの説明に、ルミナスは驚き。


「そ・そんな・・また…」


と、口走った。


その一言を聞き逃さないミラ。


「あ~らら、今回みたいな事を、他の斡旋所でも遣ってたのね。 ま、依頼は請けてイイわよ。 但し、斡旋所を通さない依頼に成るから、違反は確実。 その違反に目を瞑る代わりに、貴女方がどうなろうと自己責任で対処する、と一筆書いてサインしてね」


ミラが説明したので、ミルダは腕組みし。 斜に構えて成り行きを見る。


こんな事、やたら滅多に起こる事では無い。 他の冒険者すら注目する中で、ルミナスは目つきを険しくした。


「・・解ったわ」


一筆書いたルミナスに、ミルダは金の入った黒い上質な袋を出すと。


「今の一筆を以て、斡旋所はこの依頼を受けないとします。 この15000シフォンは、報酬を含めた依頼料金。 貴女、自分の責任で依頼主に返し。 成功したならば、依頼主から直に報酬を貰って頂戴ね」


非常に、とても珍しい事が起こって。 斡旋所に居る60名近い冒険者達の視線が、カウンター前の一点に集まった。


一方、金の入った袋を見詰めるのは、ルミナス達だ。


「何よ・・それ。 斡旋所から請けなきゃっ、冒険者協力会の公認の噂がっ」


憤ったルミナスに、ミルダは怖い眼を向けて。


「協力会は、お金の力で屈するほどに甘く無いわよ。 私達は、穏便なこの方法を使ってあげたけど。 協力会に帰依してる主ならば、協力会に貴女を名指しで訴えるわ」


「訴え・・る? だったら何よっ!」


苛立ったルミナスだが。


「貴女が、暗殺の対象に成りますよ」


其処に、全くの第三者となる声がした。


ミルダやミラやサリーも、一部の冒険者達も入り口を見ると。 其処には、何とステュアート達が居て。 先頭に立つステュアートが、ルミナスを見て。


「僕の父も、別の国で斡旋所の主をしています。 冒険者協力会の規定で、依頼主と冒険者のみの遣り取りは禁じ手。 身勝手に噂をバラ撒こうものならば、暗殺の対象になります」


云われたルミナスは、ステュアートを見返し。


「な、何で、それぐらいで暗殺の対象に…」


一方、中に入るステュアート達の中には、どうしてかKが居ない。


然し、カウンター近くのソファー席に入るステュアートは。


「‘それぐらい’って、随分と簡単に言いますね。 その噂の正確さで、腕を見込まれて行くのに…」


「だって・・名声が欲しいのよ。 どうしても、どうしてもっ!」


大きい声を出したルミナスに、普段はあんなに温厚なステュアートが、睨む眼差しを向けて。


「斡旋所の流す噂は、ある種の証明書。 その噂を偽れば、嘘の噂を頼りにして斡旋所の主は依頼を回す事になります。 腕に見合わない依頼を回して、末に失敗ばかりされては。 斡旋所は依頼主から、一般の世間からの信用を失い。 その最後は、冒険者に回す依頼も無くなる。 依頼主が依頼を冒険者へと勝手に回す様になれば、その依頼を回す事に責任も無くなり。 悪い方ならば、報酬だってちゃんと払わなくなる。 冒険者の自由を奪い、目的の為ならば命を軽んずる、悪党組織の様な事が起こりますよ」


真剣なステュアートの様子は、ルミナスの我が儘とぶつかる強さが在る。


だが、この一件をステュアート達に関わらせるのは、余り良くないと感じたミルダ。


だから…。


「彼の言う通り。 冒険者協力会は、協力会の掟を破る違反者を赦さないの。 さ、一筆は貰ったから、その依頼とお金を依頼主に持ち帰って。 後は、貴女と依頼主だけで遣って頂戴」


一方、ミラも。


「現場に行くのは、何時行ったって一向に構わないけど。 危険に陥っても、依頼を出されたとしても救出依頼は、絶対に作らないからね。 違反者を救出するのは、私達も出来ないから」


依頼が有っても作らないと云う件には、ルミナスの顔が一段と険しくなる。


だが、ミラの話に絡めトドメと、ミルダが。


「さっき、貴女が言った通りよ。 私達は、地方の一主に過ぎないから。 協力会をこれ以上裏切れないわ。 違反に対する補助は、一切する事が出来ないの。 ごめんなさいね」


と、出口へと手で促す。


物凄く悔しそうな顔をして、お金の入った袋を掴むルミナスは仲間と共に外へ出て行く。


すると、冒険者達のざわめきが始まった。


この日のKは、弾劾総務官ジュラーディに呼ばれ、こっそりと行政神殿に出向いていた。 その為、この話は夜に、ステュアート達から聴く事に成る。


一方、自分から依頼主の元へと出向いて、委任状まで書かせたルミナスはどうしたか。


そして、最も顕著と云うべき異変は、夜に飲み屋だの飲食店をさ迷う一部の冒険者達が、不穏な者の勧誘を受けた事だった…。



       ★


次の日。


朝から一人で斡旋所に来たKは、晴れない霧の中で不思議な光景を見る。


(あれは、ミルダ・・な)


斡旋所の外に出たミルダが、喪服を着た老婆と共に歩いて行く。


Kには、その取り合わせが気味悪く見えた。 何となくだが、直感的に気味悪く見えたのだ。


(まだ、兵士の事や旦那のことで、苦労が絶えないってか?)


兵士の家族よりネチネチと嫌みでも言われているのか、と考えてみて。 二人が、斡旋所の東隣の使われて無い飲食店に入るのを見て。


(ふん…)


一応、様子を覗いて見る事に。


使われて無い飲食店の壁と隣の壁が近付いた、側面の細い隙間に回り込んで。 壊れた窓に耳を近付けてみる。


すると、嗄れた老婆の声にて。


「お前とコルディフはっ、ウチの疫病神だよっ! お前とコルディフが死んで、ユレトンが生き残れば良かったのにっ! こんな事ならば、お前の妹に惚れてたユレトンを当主にして、お前の妹でも手込めにさせてやるんだったっ!」


女性同士の話にしては、随分と過激な内容だとKは感じる。


(ユレトン・・な。 甥なんだか、義弟なんだか、解らなかった奴だろう? 話したこの姉妹も悪いが、本人が自分から行きたいと、ミラ達に打診したハズだがな…)


ミルダの義弟と云うユレトンは、不思議な立ち位置に居る存在と言える。


先ず、ミルダやミラは、


“兄のコルディフとは、ちょっと年の離れた弟…”


と、こう云うのだが。


実際には、周りの噂からして、20歳以上は離れているとか。


また、ミルダの夫で在るコルディフの元には、降って湧いたみたいに現れたらしい。


いや、嘘では無い。


昨日、行政神殿にて。 経過を教えてくれたジュラーディが、こう云うのだ。


“のう、ケイ”


“ん?”


“10歳を過ぎた子供が突然、隣人の家族に加わるなど在るか?”


と。


Kは、これまでの経験から。


“養子とか、両親の隠し子とか、色々と事情が在るンじゃ~ねぇの?”


と、気にしなかった。


だが、ユレトンの事を少し突っ込んで調べたジュラーディ。


“コルディフは、親の素性から全てハッキリしていたが。 死亡した冒険者ユレトンなる者の素性は、その突然に現れるまでサッパリだ”


“ジュラーディよ”


“ん?”


“お前、何でミルダの旦那に拘る?”


“うむ。 あのコルディフなる人物、イスモダルの命令に逆らう事も無く、上手く説き伏せながら舵取りしようとしていた”


“ほう”


“だが、最初にイスモダルへ貸しを作る切欠は、弟のユレトンなる者よ”


“・・・”


初めて、Kが気を向けた。


ジュラーディは続け。


“最初、ユレトンなる者を、街の行政の一員にしようとな。 兄と言ったコルディフは、珍しく口利きをしたらしい。 だが、コルディフが裏に手を回したのは、この弟の件のみと言える”


“だが、能力主義から外れるゼ? 親族が偉いと行政に食い込めるなんざ、権力社会の悪癖だな”


“うむ、確かにな。 だが、ユレトンなる者は、働く場ではいい加減でな。 苦情が上がり、それはイスモダルまで届いた”


“それで?”


“コルディフは、何とかしようとしたが。 ユレトンなる者、上司を殴る暴行を働いた上。 気に入った女性の同僚と交際し、懐妊させたのだ”


“普通ならば、落ち着き処だろうが”


“いや、相手は結婚を強く望んでいたらしいが。 ユレトンなる者は、遊びだと言い張り。 事態を収める為、役人を離れて一般人に…”


“仕方ねぇな。 ま、女問題で、俺に文句云う資格は無いからよ”


Kの自虐的な物言いに、ジュラーディは苦笑いを出したのみ。 然し、調べはもっと進んでいた。 ジュラーディは、顔を元に戻すと。


“だがな、ユレトンなる者は、それからも色々と問題を起こしている。 コルディフがその対処に対し、罪に成らない様に苦心惨憺する事へ。 片腕の不祥事は困る、とイスモダルも手を貸していた訳だ”


“そこまでして、手を貸してやる必要が在るのか?”


“ふむ、其処が解らん。 コルディフの悪評は、ほぼ全て弟と云うユレトンの存在に由来する。 ユレトンの事で貸しを作らなければ、イスモダルの片腕として居続け、責任を共にする必要も無かっただろうな”


“ん~”


“ケイ、あの主をする三姉妹より、どうにかその辺りを聞き出せないものか”


“ジュラーディ、止めとけ。 今更、それを暴いてどうするよ。 もう、イスモダルも捕まってるんだぞ”


余計な事に首を突っ込んだ方のKが、ジュラーディにこう言う。


然し、ジュラーディは、


“イスモダルの告白で、あのユレトンなる者には隠された余罪が在る。 コルディフ殿も知らぬ余罪がな”


“今回の一件と関係が?”


“と、云うより。 イスモダルが、それを利用していたフシが在る”


“何? それは、マジか?”


“証拠や確証は、まだ無い。 だが、それに関わる証言が出始めている”


“全部、明らかにするのは構わんが。 ミルダの夫は、自殺でもし兼ねないな”


“ふむ。 だが、皇都よりは、余罪を含め全て明らかにせよ、とな”


“ほぉ、面倒くせぇ話だな。 解ってる罪だけでも、もう死刑だろうによ”


“まぁ、そうさな。 然し、法治の下として悪事を暴くならば。 ‘殺せば済む’、とは行かぬよ。 悪事に関わった輩が、他にも居るのだからな”


“まぁ、な”


“ケイ”


“ん?”


“コルディフ殿と一緒に成った女性を含め、主の三姉妹が。 片や‘義弟’だの、片や‘甥’と言い分けて居る実態といい。 やはり、出生からして、あのユレトンなる者は可笑しい。 悪いが、私は明らかに成るまで調べるぞ”


ジュラーディは、ハッキリと言った。


昨日のそれで、今日のこの様子。 Kは、一体どうすべきか。 それを探る為にも…。


霧が晴れない曇り空の下。 去る老婆を見送るミルダの立つ、その路地に向かう。


「あ、あら…」


急にKが見えたので、ミルダの顔が驚いた。 酷く狼狽える心を隠す様な、そんな浮ついた顔をする。


「よぉ」


と、声を出したKも。


「ん?」


杖を突いた老婆の背中を見付ける素振りを現して。


「おいおい、斡旋所に喪服の婆さんが来るのか?」


ミルダは、話からKが今来た、と察した。


「あ・・違うの。 あの人は、コルディフの祖母なの」


「なぁる。 処で、もう開いてるのか?」


話がスッと代わる事で、ミルダの表情がホッとし。


「もっ、もう開いてるわよ。 昨日、ちょっと珍しい事が在ったから…」


と、入り口に向かう。


後を行くKも、ステュアート達から聴いていた。


「あ~、依頼解消な。 ルカ=ラハードの道楽にも、困ったもんだ」


斡旋所の入り口を開いたミルダは、Kを先に通そうとしながら。


「‘ルカ=ラハード’?」


と、聞き返す。


中に入るKは、


「ルミナスとか云う小娘の、祖父だ。 以前、その道楽が過ぎて、冒険者協力会と諍いなり。 冒険者協力会の治めるアハフ自治領のトップと、野郎の居る国のトップが話し合いをして。 その諍いを内々に収めた・・そんな経緯が有る」


知らない話で、中に居たミラも。


「ちょっと、何の話?」


ミルダ、ミラ、サリーの居る前だが、Kはアッサリ。


「あの、昨日の騒動を起こした娘の祖父は、金で勝手に自分の噂を流そうとした張本人」


紅茶を出すミラは、二代に渡ってと驚く。


「あんな事、祖父の頃からやってたの?」


呆れ顔のKは、頷いてカウンター席に座り。


「地道にコツコツやるのがウザったいから、冒険者協力会公認の噂にすり替えようとして。 世界同時に、屯する冒険者に大金を掴ませ、噂をバンバン流した」


ミルダは、金の無駄遣いだと。


「そんなに金を使って、名声を得ても。 実際、仕事はしてないんでしょ? 無駄遣いでしか無いんじゃない?」


「まぁ、な。 名声を上げて、上級依頼でも最高難易度の依頼を請けようとした」


ミラは、遣り方が信じられないと。


「どうやって成功させるの? チームを雇うとか?」


この答えに、Kは指を向けて。


「その通りだ。 同時、有名なチームに片っ端から声を掛けてな」


「でも、それって・・変じゃない?」


と、ミラが言えば。


コップをカウンター裏の場所に並べるミルダも。


「そうね。 有名に成るのは、そのチームだもの」


紅茶を含み、Kは思い返すのもアホらしいと。


「一時的に、チームを解散して。 自分をリーダーにした、新たなチームを結成しろって事よ」


「・・・」


ミラとミルダは、余りの暴挙だと言葉が無く。 見合った処で、短く一時固まった。


すると、皿を仕舞ったサリーが、Kの脇に来て。


「その人、悲しい人ですね。 一緒に頑張ってくれる人、居ないんですね」


素朴な少女の言葉に、Kは頷いた。


「お前の云う通りだ。 金だけで雇われたなら、仲間意識も無いから命も張れねぇ。 一流まで上り詰めた経験や苦労や功績を、金を積まれたからって捨てるアホはそう居ない」


こう言ってKは、新たな文字の一覧を書いた紙を出して。


「そら、新しい文字だ。 これを覚えれば、本も大体が読める」


と、渡す。


ニッコリしたサリーは、


「ありがとう、ケイさん」


と、最近買ったらしい服のポケットに入れる。


さて、今日の昼間に作る料理を考えるミラは、買うものを選び始めた。


だが、カウンター越しにミルダを見たKは、


「だが、これからは気を付けろよ」


と、言葉を掛ける。


「何、それ」


「金の有る奴ほど、ろくな事をしない。 斡旋所から弾かれた小娘も、危険を冒さずに依頼を為す気ならば。 第三者を雇ったりするぞ」


「それ・・冒険者を?」


「当たり前だ。 行くのは、あの溝帯付近だぞ」


「そう・・ね」


そして、後から来た若い大男の剣士が。


「マスター、昨日の夜。 溝帯って場所の近くに行こうって、声を掛けられたんだが…」


Kの不安が的中する様に、こんな話が…。


ミルダが、その彼に話を聴く間。


更に、地元で根降ろしする、30代から40代の冒険者数名が来て。


学者で在り、狩人の女性が。


「ミルダ、大変よ。 誰か、違反をしているわ」


剣士で、飲み屋を営む男性も。


「昨日、ウチの店に見知らぬ男が来てよ。 パルチフやモンゴメリーとか、炙れた一人狼を仕事に誘って行った」


また、魔術師同士で道具屋を営む夫婦も。


「私や夫は、魔術師の経験を買いたいって、大金を積んで勧誘して来たの」


その夫も。


“斡旋所を通さない依頼なんか、一切請けない”


「って言ったら、舌打ちして出て行ったよ」


この一連の話から、数人の男が金を持ち。 冒険者だった者や街に根降ろしする冒険者を勧誘したと解る。


ミルダは、これは不味い方向に成ったと思ったが…。


Kは、


「安心しろ。 おそらく、もう現地に向かってるさ」


と、事も無げに。


眉間にシワを寄せたミルダは、怒り心頭と云う顔で。


「こんな事っ、許せる訳ないでしょっ」


声を荒げるのだが。


覚めているKは、好物になりそうな豆を袋ごと取り出すと。


「張り紙一つ、入り口に貼っとけ」


「えっ?」


“バベッタの斡旋所は、施設外での勧誘は行わない。 第三者の勝手な勧誘に行く者には、一切の責任を持たない”


「とな」


ミルダは、自体はそんなものでは収まらないと。


「たったそれだけっ?」


と、怒鳴る様に言うと。


ゆっくり頷くのみのK。


「冒険者は、駆け出しだろうが、未熟だろうが、成熟していようが、その行動の基本は全て、自己責任だ。 冒険者協力会の掟は、何処の斡旋所でも貼って在る。 それを守れない奴と、守れる奴を線引きする機会だ。 必要な優しさも在るが、不必要な気遣いは無用と示せ。 金は必要だが、手を汚せば切ると、分かり易く示せ」


Kの意見に、珍しく朝っぱらから斡旋所に来た根降ろしの冒険者も。


「ミルダ、この人の云う通りだ」


「そうよ、下手に感情的に成って関われば、あなた達の責任に成るわ」


「そうだな。 この斡旋所は、他に比べて主の冒険者に対する待遇がいい。 やはり、違反に対する一線は、分かり易く引いて示すべきだ」


「うん、ミラ、ミルダも。 夫の言う通りだとも思うわ」


斡旋所の中では、若い冒険者達やチーム達が、その成り行きを見守る。


すると、ミラが。


「姉さん、ミシェル姉さんに書いて貰うわ」


すると、ミルダも。


「そうね・・お願いして来て」


と、言った。


そして、昼前には張り紙が出された。


晴れてから来る冒険者達は、張り紙を見て首を傾げる。


或るチームは、その張り紙を見て。


「こんな違反するか?」


「ないない」


「てかさ、協力会から暗殺対象にされるよ」


と、笑い飛ばす。


また、初めて来た冒険者チームも、張り紙を見て。


「この意味は、何だろか」


「さぁ、違反者が出たみたいな」


「どんな成り行きだ?」


「それより、今頃は処罰されてるかもね」


と、斡旋所に入って来る。


一方、今日からは、


〇商人の作る商隊の護衛14件。


〇街道警備の補助の延長25日。


〇地下水道調査に因る護衛


と、新たな依頼が入る。


依頼が増えた事で、まだ一人や二人の冒険者達の間でも、チーム結成が促され。 依頼を次々と請けるチームが現れる。


一方、ミルダやミラはあの事件以来、様々なチームの依頼をこなした状況を聴いて。 其処から聴いた色々な情報を、瓦版か日記の様に書き上げ。 それを閉じた冊子を作る。


初めて依頼を請けるチームも、何度も請けるチームも、出没するモンスターや危険生物の事を知る手掛かりに成るからだ。


この数日で、この冊子は跡が付くほど捲られた。 挿し絵まで書いたので、読み易いと云う噂だ。


特殊な違反も在ったが、それでもこの1日も何だかんだと過ぎて行くのだった…。

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