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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
214/222

第三部:新たなる暫しの冒険。 4

       第五章


 【死神と断罪の使徒の協奏曲】


〔その8.断罪は正しき方法で。 逃れようとする者は、死神の手で〕



朝、乾いた風の影響か、普段より早く霧も晴れ始めて、青空が広がっていた。


ごく一部の者にだけ、衝撃が走ったが。 街中に目を向けると、働く人々が出勤にと動き始め。 朝から開く飲食店街や公園の屋台などには、働きに行く前の腹拵えをする人々が来ては、何処かへと消えて行く。


その頃合い。 斡旋所には、ステュアート達が泊まっていた。 ソファー席に寝ていたセシルは、掛けていたマントを外してヌゥ~っと起きる。


「もう、朝ぁ?」


カウンター席には、先に起きて居たステュアートとオーファーが並んで座り。


「そうだよ」


「鼾の大きさは、相変わらずだな」


と、続けて口にする。


鼾の事をまた言われたセシルだが、Kの姿を見ないので。


「ケイは、まだ帰ってないんだね」


昨夜から待って居るステュアートは、温かい紅茶を飲みながら。


「うん。 まだ、帰ってないよ」


と。


昨日の一件で、相当に疲れたのか。 エルレーンは、まだ寝息を立てている。


そんな緩やかな流れの斡旋所だが。 その前の通りでは、既に労働者の通勤模様が見えていた。 雑踏さえ聞こえるが、ミラ、サリー、アンジェラは、三階の一室で眠ったままだ。


カウンター席に座ったセシルに、紅茶の入ったポットを寄越すオーファーが。


「この静かな朝は、嵐の前の静けさの様だ。 今日から数日は、あの三姉妹殿も大変だろうな」


昨夜に使ったコップへ、そのまま紅茶を注ぐセシルは。


「でも、ケイが居なかったらさ。 ミラ達って、マジで始末モノ?」


だが、オーファーの隣に座っているステュアートが。


「そう成らない為に、頑張ったんじゃないかな? 主をクビに成ったとしても、始末モノは無いと思うよ」


「ふぅ~ん」


3人が紅茶を飲む間に、馬車にてミシェルとミルダが来た。


「な゛っ、ナニよコレっ」


「あらぁ~~」


荒らされた斡旋所に2人の姉妹も驚き。 ステュアート達3人から、昨夜の出来事の話を聞く。 話がサリーの母親の事になり、母親を殺害されて保管された遺体を見れば。 サリーに降りかかった不幸に2人も非常に悲しんだ。


街でも被害者が出たと知ったミルダは、サリーの家の貧しさは察していたので。


「姉さん」


「ん?」


「私は、これから葬儀の準備をするわ。 ユレトン達の鎮魂の儀と一緒に、サリーのお母さんも埋葬して貰う」


と、言い出した。


涙を隠さないミシェルは、サリーでは市民権も無いので葬儀も出来ないと。


「そうね。 お金は気にしなくていいから、お昼過ぎには出来る様にして。 私達も、直に主では居られないかも知れないから…」


「そうね、解ったわ」


答えたミルダは、止めて置いた馬車を使って去って行く。


さて、残ったミシェルの話では、2人の夫も早朝には呼び出されたと云う。 そろそろ街の中心に在る行政神殿なる場所では、黒幕に対する追求が始まるとの事だった…。


         ★


バベッタの中央北側には、街の外からでも見れるほどに高い塔型の建物を持った、堂々たる神殿風の建物が在る。 そして建物の正面向には、噴水を持つ白き広場が在る。 広場は、南に真っ直ぐ通りが伸びていて。 東西には、運河を挟んで橋が架かり、別の通りと繋いでいる。


街が動き始める朝の今時ともなれば、その三方向より人が集まって来る。 立派に仕立てられた白いローブだったり。 白い繋ぎの様な、軍服にも似た服に身を包む役人達が、神殿風の堂々たる建物へと向かって来る。


神殿風の建物の入り口には、真ん前の広場へ向かって扇状に広がって行く階段が在り。 真珠色の横幅がとても広い二十段ほど階段を、やって来た役人達は上って行くのだ。


この国に勤める役人は、魔法を遣えなくとも宗教信仰者が殆ど。 国の法や教育基準が宗教なので、制服もフィリアーナ神の刺繍入りである。


今、黒塗りの小さな馬車が、正面階段前の隅に乗り付ける。 その馬車より降りた者へ、徒歩にて来た役人が挨拶をしていた。


朝陽に照らされて、見目麗しきこの行政神殿の立派な階段前は、石畳の道路と成っていた。 徒歩で此処に来るのは、大半がその役職も低い一般業務に携わる者ばかり。 偉く成れば公用・私用の馬車に乗り。 この石畳の階段前まで乗り付けるのだ。


だが、やはり都市行政の中心を担う様な大物は、階段中央に堂々と乗り付けるのも格好が付こうが。 其処まで行かぬ者が乗り付け、更に上役の馬車を妨げては格好が付かない。


そして、今また。 幅広い階段の中央の噴水を真横とした辺りに、白い車体をし、白い馬4頭が引く馬車が停車した。 車体には、女神フィリアーナの姿が描かれ、車体の屋根には、平和と清らかさのシンボルと云う聖なる鳥が舞うデザイン。


その立派な馬車を見ただけで、階段を上がろうとした役人達が、近付くのも恐れ多いと距離を取る。


その純白の馬車を操る御者の大男が馬車の運転席から降りて、車体のドアを開けば。


「ウム、ご苦労」


高貴な者が好む絹地のローブを纏った、中々に背が高い初老を超えた男性が降りてくる。


御者の大男は、女神の刺繍の入る赤いガウンのような上着を手にし、その男性の後ろから着させてから。 彼の右手に王冠を象った装飾の杖を持たせ、首から服の胸元にネックレスを掛ける。


そして、


「旦那様、行ってらっしゃいませ」


と、頭を下げた。


その如何にも立派そうな年配男性は、御者を見もせずに。


「うむ、馬車を頼む」


と、階段を上がり始めた。


そして、馬車より距離を置いた役人達が、その男性の姿を見れば…。


「これは、イスモダル様。 おはようございます」


「イスモダル様、おはようございます」


「イスモダル様、ご機嫌麗しゅうにございます」


と、次々に挨拶をするではないか。


中には、片膝を下に着けて挨拶をする者まで居る。


それに対するこの立派な姿の男性は、


「うむ。 皆、出勤ご苦労。 良い晴れの日じゃな、ご苦労」


と、軽い物言いにて返すのみ。


他の役人の姿とは、明らかに違うこの人物こそ。 周りの役人が言う通り、都市統括長官のイスモダルその人だった。


やはり、流石と云うか。 バベッタの街を治める行政の頂点に立つ人物。 灰色の眉は太く、鋭い瞳は如何なる者も平伏してしまいそうな、強い光を湛えている。 伸ばされた髭の白さの割に、まだガッシリとした体型からして。 精力と云うか、その肉体や精神に衰えも少ないらしい。


それから、この宗教皇国クルスラーゲの中にて。 その手に持たれた白銀で造られた杖は、統括長官の証。 然し、纏う衣服は礼服ならば問題が無いのだが。 刺繍の立派で細やかな赤い上掛けといい、首に掛けられたネックレスは、ダイヤを鏤めた女神の姿を象る物だ。


この人物、外見にも相当に金を使い、己の価値を高めようとしている。


さて、都市統括長官イスモダルは、いつも通りに登庁して。 皆より慇懃なる挨拶を貰い、軽い挨拶を返しながらゆっくりと。 そして、自己顕示欲を満たしながら、階段を上がって行く。


そんな彼の内心では。


(フム。 今日も晴れやかな日よ。 今日こそは、朗報を聞けるだろうかな。 せっかく、あの2人の清い殉死の弔いを、この我自身が手筈で整えているのだ…。 行方不明の兵士について、周りからあれやこれやと不満や疑問が噴き出して来た。 そろそろ・・、いや。 早急に死んで貰わなければな)


無論、イスモダルの思う2人とは、ミシェルとミルダの夫の事。 だが、調査依頼をしたのに、一向にその報告がミシェルより来ない。 その事に不安を感じて、五日ほど前より2人には自殺を仄めかして来た。


だが、


“ミルダが冒険者達の仕事を不自然に手伝い、街の外に出た”


と、聴けば。


(まさか、何やら企んで居るのでは在るまいな)


猜疑心の強いイスモダルは、ちょっとした変化にも敏感に反応する。 手遅れに成るぐらいならば、先んじて手を打つ性格だから、2人の夫へ更に強く自殺を迫った。


そして、ミルダが帰ったと報告を受けたのは、あの夜から明けた朝方。 登庁した2人を呼びつけ、厳しく言葉をまくし立てて迫り。 ミシェル達3姉妹の事を脅迫のダシに脅し込んで、午前中で家へと追い返した。


“早く死ね”


こんな別れの言葉で、2人を部屋から追い払ったのだ。


イスモダルの算段では、2人が死ねば斡旋所に調べを突っ込ませ。 サリーに渡した毒で、彼女を捕まえ投獄し。 拷問した後々には、3姉妹へ冤罪を吹っかける手筈が整って居る。


然も、自殺した2人を自分で弔って、惜しい人物等を亡くしたとして於きながら。 その後に不正を働いたと暴き。 その調べ上げた手柄を自分のものにしようと云う、そんな目論見が在るのだ。


(こうなって見れば、派兵した兵士が全滅して貰って助かった。 生き証人が激減したのだから、モンスターに褒美を取らせたほどよの)


こんな事まで思うイスモダルは、正面入り口から施設内へと入り。 天井がとても高く、内部も広いエントランスを抜けて行く間も、静かに礼伏す役人達の間を抜けて行く。


イスモダルの仕事場は、神殿中央部の天井に伸びた塔型の建物中央に在る長官室。 その長官室が在る五階までは、資料館脇の魔法昇降陣と云う物で上がって行く。 〔魔法床陣・魔法昇降陣〕は、以前の話にて。 アデオロシュ城の中を上下で移動出来た乗り物の事。 この魔方陣は、イスモダル専用である。 


その陣の入り口に来たイスモダルは、途中から従って来た者を返し。 石の壁とステンドグラスに囲まれた、丸く白い床の上に上がると、入り口の扉を閉めた。 ステンドグラスは、窓の役割をして。 陽の光を丁度良い明るさにて取り込むもの。


(さて、現状はどうなって居るかな)


ミシェルとミルダの夫2人が自殺したと予想しながら、昇りの文字が刻まれた辺りを踏もうとするのだが…。


イスモダル1人しか居ない筈のこの内部に。 何時の間にか、黒装束姿で覆面をした顔の解らない男が現れた。 イスモダルの背後に、上から飛び下りて来て、片膝を着いたのだ。


一方、イスモダルも高位の司祭。 背後に人の生命オーラが感じられたと解ると、顔を少しだけ後ろに動かして。


「〔ゼク〕、か?」


イスモダルがこう声を出せば。


「はい」


と、黒装束の男は返事を返す。


昇りの文字を踏んだイスモダルは、ゆっくり上がる中でステンドグラスを見ながら。


「こんな時にどうした? この施設内まで来るとは…」


黒装束の男は、そのままの体勢で。


「それが、昨夜より部下達からの連絡が、ぷっつりと途絶えました」


こう聞いたイスモダルは、パッと床の一部を踏んで床の上がる動きを止めると。 ‘ゼク’と言った黒装束の男へと振り返り。


「なぬ? 今、何と言った?」


「小娘の母親は、私が直に始末致しましたが。 斡旋所を襲撃した者達が戻らず、小娘が何処にも居ないのです。 また、斡旋所には冒険者が詰め、周りに見たことも無い役人らしき者が巡回をして居ります」


ゼクなる者の話に、イスモダルの態度は激変。 余裕を失い、焦りを態度に現して。


「お前の部下は、あれほど居た部下は如何したのだ。 大体、どうして斡旋所に向かわせる事に成った? 小娘は母親共々、自宅で殺す手筈では無かったのかっ?」


「それが、昨夜に消えた配下の者の話ですが。 昨日の夕方に、怪我人を背負う冒険者が数名ばかり、斡旋所に戻りまして。 その情報が入った時に不穏に思い、見張りを遣いましたが。 どうやらその見張りとの繋がりが、何処かで切られたらしいのです」


「き・切られた? 殺し屋集団の手先が、冒険者風情にかっ?」


「繋がりが不通となる現状では、恐らくは…」


「うぬぬぬ・・」


苛立つイスモダルへ、ゼクなる者は報告を続け。


「問題なのは、私の腹心を含む2人が斡旋所に向かいましたが、その方とも。 また、3姉妹の尾行をしていた手の者まで、ぷっつりと行方が知れなく成ったのです」


「な゛っ、何とっ?」


「イスモダル様、驚きは最もですが。 あの3姉妹も、夫の2人を連れて行方を眩ませた模様で。 昨夜は、自宅にも戻って居りません」


「ゼクっ。 よもやまさか、此方の企みが暴かれたのかっ?」


「それは、まだハッキリとは解りませんが。 どうやら我々の存在に気付いたのは、間違い無いと思います。 二十数名の部下が、その後も見張りに向かわせると消える始末。 状況を私が確認に動く間に、捜索されて逃げるしか無い形に追い込まれたものと考えます」


イスモダルの顔が、一段と険しい物に変わり。


「なっ、なんとぉ・・。 お前の部下を捕まえる冒険者が、居たと申すのかっ?」


「は、どうやらそのようです。 それから、未確認の情報ですと。 やはり例のミルダなる3姉妹の一人と冒険者達は、依頼で街道のモンスター退治に向かった様では無いと、そう思います」


「なんじゃと?」


「それとなく人を遣い、旅人や冒険者に話を聴かせた筋に因りますれば。 確かに街道沿いに出没したモンスターは、奴らめが街を出た日に退治した模様。 然しながら、北の地下通路前の夜営施設に居た彼らに、怪我人など存在せず。 また、次の日の早朝には、消える様に出立したとか。 その目的は、恐らくは北東の洞窟に向かう為と」


この話は、イスモダルの思考を混乱へと突き落とす内容だ。 密かにでも北東の洞窟へと向かう事は、イスモダルの出した依頼の内容に沿う。 だが、怪我人も居ないとは、一昨日の真夜中に戻ったミルダの話とは食い違う。


「ゼクっ、この不思議な不一致は、一体何じゃっ? 怪我人は居らぬのに、何故に一部の冒険者が洞窟へ向かった? 調査したならば、私にその報告が来ないのは、何故に…」


ゼクは、その答えらしきものが在ると。


「これは、私の推測ですが。 3姉妹めは、此方を陥れようと考えて居ると思います」


「な゛っ、何じゃとぉ?」


「恐らくは、自殺に臆した夫のどちらかが妻に経緯を喋り。 此方の企みを知ったものかと…」


するとイスモダルは、ゼクなる者へと踏み寄り。


「ゼク、ならばあの行動の意味はっ? 一体何故にっ、冒険者を洞窟へ向かわせたのじゃっ」


「イスモダル様。 その答えも、聞き込んだ話に有ると思います」


「早く言えっ」


「実は、後より戻った冒険者達は、酷く弱った女を1人と。 異臭のする黒い何かの塊を幾つか、夜営施設に持ち込んで居ります」


「‘女’に、‘異臭のする黒い何かの塊’…」


「は。 予想からして、“弱った女”とは、依頼で向かわせた冒険者の生き残り。 “黒い何かの塊”とは、既に喰い殺された兵士達の遺留品ではないかと…」


ゼクの推測を交えた話を聞いたイスモダルは、ミシェル達3姉妹が謀ったと察した。


「それでは、私の念押した話と違うではないかっ!!! モンスターの討伐だけで、兵士の行方は解らなかったとする筈がっ」


「はい。 向こうは、その生き証人やら証拠を用い、中央の大臣にでも掛け合う手筈かと」


ゼクの予想は、イスモダルの最も恐れている事。


「うぬぬ・・あの姉妹達めぇぇぇ。 私を甘く見て、反抗しよったかっ?!!!」


怒り心頭したイスモダルは、先ほどまで皆に高潔そうに見せていた顔を憎悪に染める。


「イスモダル様、この後は如何致しますか?」


ゼクなる男が問えば、イスモダルはゼクを見下ろして。


「よし、お前たちは一度、何処かに隠れておれ。 今日、あの姉妹の旦那両名の役職を解き。 私が直に、目の前で自決に追い込む。 その後にお前達は斡旋所へ張り込み、あの3姉妹の行方を追え。 何としてでも捜し出し、奇襲でも人質でもいい。 使える手を用い、必ず捕まえるのだ」


「は」


応えたゼクに、イスモダルは顔を近付け。


「良いか、冒険者など幾ら殺しても構わない。 だが、絶対に3姉妹だけは殺すなぁっ」


「はっ」


ゼクに念押しをしたイスモダルは、身を上げてステンドグラスを見ると。


「見て居れぇ・・あの3姉妹めっ!!! 獄中に居る穢らわしい悪党共に、その身全てを散々に嬲り尽くさせて。 その後に、地獄に堕ちたような殺させ方で、ジワリジワリと死に追いやってやるわっ」


裏切らた怒りに狂うイスモダルの姿は、悪魔に近い。 これが仮も、都政を預かる聖職者の貌であろうか…。


然し、殺し屋集団を雇う所からして、計画の残忍さや身勝手極まりない様子は、寧ろ納得の行く姿とも云えようか。


だが、やはりKの存在は大き過ぎる。 ゼクの手下をあの後も、捜して捕まえ回って居たのだ。


その所為か、イスモダルとゼクは、一部誤った読みをした。


そして、遂にその時がやって来る…。


五階の廊下へとイスモダルが着いて降りた時。 ゼクはサッと物陰へ姿を消した。


「・・・」


ゼクの姿が無いと確認したイスモダルは、素早い足取りで専用の通路を歩き、長官室の前に来る。


すると、イスモダル御付の秘書官である美女2人が、長官室のドアを開けるべく左右に分かれて持ちながら。


「おはようございます、イスモダル様」


「中で、お客様がお待ちです」


と、木製のドアを片方ずつ2人で開く。


然し、立ち止まるイスモダル。


(はて、客? 今日は、誰も来ない筈だが…)


と、怪訝な顔をして、やや遅れた間合いから歩み出して部屋の中に入る。


豪勢な刺繍の施された絨毯の上を歩き、高い書物が収められた戸棚の前へ来たイスモダルは、自分のデスクが在る方へと向くと。


「あっ、おっ、お前達ッ!!!」


と、大仰に驚いた。


三段の階段を上がった先の高みに、イスモダルのデスクは存在するのだが。 その階段を上がった所には、黒い礼服を着た男性が敢然と立っていて。 その人物の左右には、跪いてミシェルとミルダの夫2人も控えている。


だが、イスモダルが驚くのは、部屋の壁際・窓際には、剣を佩いた全身鎧に武装する騎士の男女数名が現れて居り。 自分の後ろにも、騎士が入って来て扉を閉めさせる。


(これ・は、何ごと・・・か)


自分を包囲するかの如く、騎士が配置に着いたのだ。


こうなるとイスモダルは、流石に狼狽した。 その様子をそのままにして、階段の上に立っている見知らぬ男性に向かい。


「きっ、貴様っ!!! 私はっ、統括長官のイスモダルなるぞッ!! 我が部屋の中でっ、何をしておるかっ!!!」


と、怒り声を上げた。


激しい口調にて問われた黒い礼服の男は、イスモダルを眺め下ろし、落ち着いた声にて。


「そうか。 登庁ご苦労だ、イスモダル。 私は、弾劾総務官のジュラーディと申す」


「弾劾っ、な゛あにぃっ?!!」


“弾劾総務官”


この名前に、イスモダルの顔が驚愕のものへと変わった。


(そんなっ、バカなっ!!)


真っ向から否定しようと、改めて相手をしっかりと見れば。 黒い礼服の全面には、悪魔を足蹴にする女神フィリアーナの姿が刺繍されている。 その独特な存在感を醸す女神の柄は、法務などの特別な職務に在る者のみに許される刺繍だった。


弾劾総務官のジュラーディは、イスモダルを見下ろして。


「統括長官イスモダルよ。 お主、己の私腹を肥やす為に、密かに新たな鉱山の発見を目指して、北の危険な山中へと兵士達を派遣したそうだな。 それが還らぬと、何度も次々と派遣した上に。 手に負えぬと察すれば隠蔽しようなど、最も重き大罪に当る。 それだけにのみ成らず、その行方不明の罪を逃れようと、この街道警備隊隊長と財務政務官に罪を擦り付けて自殺せよとは、何たる所業だっ!!!」


“全てが暴かれた”


と、悟ったイスモダルは、


「ああああああ…」


狼狽の極みに達し、声を出しながらワナワナと震えて脅え出した。


一方のジュラーディは、睨む瞳を光らせて。


「然も、貴様。 冒険者協力会の斡旋所に脅しを掛けて、証拠を隠滅しようとしたり。 その斡旋所で働いている少女を抱き込む為に。 少女の母親の病弱な身体を餌に、嘘の薬を渡して買収するなど、汚らわしい輩にも程があるっ」


「そっ、それはは・・私では・・・」


この期に及んで、罪を逃れようとするのか、言い訳の前口上を洩らしたイスモダル。


その態度を征しようと、ジュラーディもトドメを刺すべく。


「イスモダルっ! 今更に言い訳などするなっ!」


鋭い言葉を遣い。


「はぁっ」


息を呑ませてイスモダルを黙らせた。


ジュラーディは、その高みより階段を一歩踏み降りて。


「昨日、斡旋所の手伝いの娘に渡され薬が、病人には取り分け危険な毒で在るにも関わらず。 お前の雇った殺し屋が、母親を直に殺害したわっ!!! この罪、決して逃れられると思うなよ。 既に殺し屋の手下共は、此方に身柄が在るのでな」


こう聞いたイスモダルの眼は、血管まで見て解るほどに見開かれた。 消えたゼクの手下の行方が、まさか弾劾総務官の元とは、思いにも因らなかったイスモダル。 己の権威が全て、跡形も無く崩れ落ちる音が聞こえて。 震える身体で、顔で、騎士達やミシェルとミルダの夫達の顔を見るのだが…。


「………」


もう誰もが昨日までの様に、自分へ敬服した感情を今の全身の何処にも宿して居なかった。 今先ほどに登庁して来た時の威厳は、泡のように無へ帰した。


力尽きた様に膝を崩したイスモダルの身柄を、ジュラーディの命で騎士達が抑えた。


表の断罪は、ジュラーディの手に因って行われる様だった。


         ★


イスモダルが、ジュラーディの手に因って捕まる頃。


斡旋所は、冒険者では無く。 行方不明と成った兵士達の家族や、非番の仲間の兵士達で埋め尽くされた。


ミシェル達3姉妹は、夫2人から聴いた話を交えて。 順序立てて経緯を話した。 捜索に派遣された兵士達は全滅し。 調査に出した冒険者達も、アンジェラ1人を残して全滅。 イスモダルの腹心だったミルダの夫が不本意にも、金策の手段を問われて鉱山の発掘を言ってしまった為に、事態が起こったと告げた。


兵士の家族からは、3姉妹への怒りも起こったが。 何よりも全滅と聴いた家族や仲間の兵士達の嘆き様は、斡旋所を異様な空気へと変えた。


ジュラーディは、イスモダルを捕らえた後。 中央政府に事の次第を伝え、教皇王かその周りの大臣の承認を得て。 全滅した兵士達の鎮魂の儀と追悼式を行うと考えていた事も伝えられた。


まだ太陽が真上に来ない午前中。 遺族や兵士達が街に散って行った。


斡旋所一階の片隅にて、隠れる様にして座って居たステュアート達とアンジェラ。


セシルは、最後の嘆く家族を見送りながら。


「みんな、凄い泣いてたね」


と、力無い。


頷いたオーファーは、


「家族だけでなく。 兵士も、寝食や行動を共にすれば、その付き合いたるや我々と同じ。 仲間と云うか、家族を殺された様なものだ」


と、その心情を察した後、憮然とした顔付きに変わりながら。


「然し、統括長官とやらめ。 計画が漏れぬ様にと、ミシェル殿やミルダ殿の夫へ、妻等3人の命を狙わせると脅していたとはな。 この数日の間で知れた以上に、腹の奥底より黒い輩だった」


と、憤りも見せた。


その彼の横では、サリーを抱いて座るアンジェラが居て。 彼女は、鎮魂の祈りを呟いている。 サリーの母親だけでは無く、亡くなった者の全てを想って居るのだろう。


その皆の中で、壁へと頭を預けてぼんやりするのは、エルレーンだ。 朝もギリギリまで寝ていた彼女も、スッキリしない終わりだと、身体以上に気が重いらしく。


「ハァ・・。 ケッコー色々と頑張ったのにね。 犠牲が多過ぎるから、終わっても喜べないよね…」


その意見に頷いたステュアートは、悪党を追って消えたKの事を考える。


(ケイさん、今頃は何してるんだろう…)


此処に居ない包帯男は、昨夜の真夜中から消えていた。


ま、もう今回の事件は、こちら側の出来る事として、ほぼ解決しているので。 此処に彼が居なければならない必要性は、無いのだが。 まだリーダーとして自信が身に付かないステュアートからすると、Kが居ないのは寂しく思う。


そして、説明を終えて一息吐いたミシェルから、


「ステュアートさん。 皆さん、此方に来て下さい」


と、カウンターに呼ばれた。


ミルダやミラほど綺麗では無いミシェルだが。 やはり年長者故の、大人としての成熟した雰囲気は持って居る。 姉として生きた40年以上は、この大変な状況でも何か、しっかりとした芯を持っている様に見えた。


「ステュアートさん、ちょっと悪いんだけどね。 サリーのお母さんの葬儀の間、誰か2人ぐらい此処で、留守番をして欲しいの。 斡旋所の窓も壊されちゃったし、修理は午後からだって言われちゃったから…」


「はい、いいですよ。 僕とオーファーが残ります」


「ごめんなさい、ありがとうね」


「いえ。 ですが、エルレーンとアンジェラさんは、其方に同行して構いませんか? 本当ならば、ケイさんが一番だと思うんですが。 今は、此処に居ないので…」


ステュアートの申し出を聞いたミシェルは、赤く充血した眼を拭って。


「有り難いわ。 少しでもこの一件に関わった方が来てくれれば・・。 サリーを助けようとしてくれた人ならば、誰でも嬉しい…」


このミシェルは、妹達に内緒で一度だけ。 一度だけ、サリーの母親と会って居た。 痩せた母親は、あの薬を飲まされる前から床に伏せがちで。 サリーを働かせる事を教えると、ミシェルに何度も頭を下げたと云う。


そして、迎えが来て。 ミシェル達3姉妹とサリーに加え、エルレーンにアンジェラが葬儀へと向かった。


戸締まりをして、斡旋所内に入ったステュアート、オーファー、セシルの3人。


悪党等を捕まえた事や、サリーの母親の遺体を内に入れた事で。 斡旋所の床にはシミが残り、血や汚れを拭き取る為の薬液の臭いが残る。


ガラ~ンとした斡旋所の静かな様子に、ぼんやりするセシルは。 Kと初めて会った時に、彼が寝ていた入れ込みの様な席に座って、前のめりに伏せて紅茶を間近に寄せていた。


誰も、何も話さない、無言の間が少し流れた後。 カウンター席にて、ステュアートと並んで座るオーファーは、ふと。


「そう云えば…」


「ん? どうしたの、オーファー」


「あのアンジェラさんが居たチームの事だが」


「うん?」


ステュアートが聴く気を傾ければ、オーファーは更に。


「チームのリーダーをしていた者、〔ユレトン〕とか云ったか」


「あぁ、ミルダさんの義弟さんでしょ?」


「そうだ。 彼以外の亡くなった面々の葬儀もすると、ミシェル殿は言ったが…。 何故、肉親の葬儀を抜くのだろうか」


すると、セシルが身を起こして。


「そ~言えば、ミルダは‘義弟’《おとうと》って云うのに。 ミシェルやミラは、‘甥’って…」


すると、その食い違いに何かを感じたステュアートが。


「それは、僕達の考える問題じゃ無いよ」


オーファーとセシルも、その通りと思った。 ハッキリしない処には、何等かの意味が在るとは感じたが。 それを他人がどうこう言ってみても、何かが変わるものでは無い。


必要とならば、疑問や謎が近寄って来る筈だから…。


         ★


イスモダルは、ジュラーディの手に渡った。


また、犯罪の実行犯で在るゼクの仲間達は、半分以上がジュラーディの側に引き渡されたのだが…。


朝、イスモダルの元を去ったゼクは、隠していたマントを羽織って街中に向かう。 残り数名の手下を動かして、斡旋所やサリーの家を見張らせていた。


(隠れる前に、出来るだけの情報は集めておくか。 あの3姉妹の主に手を貸した冒険者達は、どの道に殺して仕舞わなければ…)


ゼクは、暗殺者と云う殺し屋の専門を担う一家に生まれた。 小さい頃から、暗殺者の家業を叩き込まれる事に成る訳だが…。 暗殺者の一族は、血族家業で他人は入れない。 また、大金を貰って豪遊したりもしなければ、掟に従って自由に殺人も出来ない。


ゼクは生まれながらにして、暗殺者としての肉体的な素質は備えていた。


だがその精神は、暗殺者の家業に向いて居なかった。


“金を儲けて何が悪い”


“殺したいだけ殺して何が悪い”


そんな風に思った少年期に、大転機が訪れる。 自分の父親と一族の有力者が、軒並み殺されたのだ。 殺した相手は解らないが、いきなりゼクは自由の身に成った。 一族の女達が残る里にて、仇を討つとする素振りにて油断させ、不意打ちから一族の残りを殺して回った。 自分の血族を平気で手に掛け、他の子供まで殺したのだ。


隠れ里に在った金品を奪い完全に自由を得たゼクは、中途半端以下ながら人殺しの腕を使って世渡りをし始めた。 大金を引き替えにして、人殺しを請け負う傍ら。 その金で、仲間を養う様に成った。 これまで三十年近い殺伐とした人生の中で、殺めた相手の数など五百は軽く超える。 今回のイスモダルの様に、悪辣な計画に噛むのも当たり前。


そして、こそ泥から人殺しまで、気に入った者を仲間に引き入れて来た。 仕事の過程の中で、手下にする仲間が死ぬ事で。 その減った分を都度都度に補っている訳だが。 仕事が成功を納めれば、すんなり街から消えて。 見付かり役人に追われそうな時は、雇い主と手下数名を斬って散らかし。 共倒れの形を作って逃げた事も、一度や二度では無い。


このゼクも玄人では在るが、本当に強い一流の冒険者や剣術の達人を相手にすれば、真っ当に渡り合って勝てる腕は無い。 自由を得たゼクだが、本質的な力量は磨かれないままに来た。


Kが、ゼクの手下を見て言った言葉は、ゼクの部下の遣り方を謗りである。


だが、生来の気性か、負けっぱなしは好かない。 イスモダルがどうなろうと、ゼクの本心からすると知った事では無いが。 自分達を邪魔した相手は、殺すべきだと思っている。


いや、そうしなければ、次の仕事に相当な影響を及ぼすからだ。


それと、ゼクとイスモダルは、第三者の仲介をへて協力する。 その仲介をする第三者に無能と思われては、ゼクも商売が上がったり処では無く。 下手をすれば、向こうの判断だけで殺され兼ねない。


その為にも、斡旋所の主をする3姉妹と手伝いの娘。 そして、主の3姉妹に手を貸した冒険者達だけは、殺すと決めていた。


さて、バベッタの街の南部には、まるで虫食いの様に隔離された一角が在る。 貧しい貧民達や流民が流れ着く、とても静かなスラムだ。


その成り立ちを辿れば、このバベッタの街がクルスラーゲの領土に入る前に。 街に流れ着いた流民が、勝手に切り出した岩を持ち込み。 狭い区画に密集する形で、一間と成る家々を作ったのだ。


フードを被ったゼクが、その集落へと入るが。 浮浪者と変わらない者が、絶望と手を繋ぐ様にして無言のままに歩く姿がチラ・・ホラ…。 真四角な家が集合するそのスラムの中を歩いても、気力の無い誰が、ゼクの姿を見ているのだろう。


このスラム街は、政府の手が全く及ばない。 悪党組織も、こんな生気の無い場所を無視するほど。 また、病気が出ても、高い壁に一部を囲われていて、誰にも気付かれ無い。


“救済などは、神殿に仕える僧侶が気を向けた時”


と云う奇跡を願うしか無いのだ。


そんな場所だから殺人も普通に起きるし、餓死者や病死者も珍しくは無い。 そんな死体は、誰彼が知らず知らずに片付けるが。 埋葬などする場所が無いから、永らくされて無いし。 運河にも、水路にも、その手の死体は流れないから。 下手をすれば、鴉や野良犬や野良猫の餌にでも成っているやも知れない。


そんなスラムを歩くゼクは、気掛かりが膨れ上がっている。


(ナライジャは、ガキを見つけただろうか。 やはり、あの3姉妹が匿ったか?)


このスラムの東部の外れに、サリーの家が在る。 昨夜、毒と云う回りくどい手を止めて、ゼクは直接的に母親を殺した。


だが、情報を得ようと隠れ家に向かったが。 3姉妹の見張り、2人の夫の見張り、サリーの見張りを任せた手下の数人からは全く連絡が来ない、と待機する仲間から言われた。


急ぎ、新たに三方へと様子見を出せば。 街道警備隊の隊長と財務政務官も含め、3姉妹まで行方知れずと情報が…。


その話に驚いたゼクは、あの禿頭の腹心が斡旋所に居ない事を心配して。 自ら斡旋所に向かったのだが。 既に、覆面をした知らぬ誰かの手が回り、斡旋所を守っていると知る。 下手に其処で戦えば、もうイスモダルと会うなど大変になる訳だ。 状況をイスモダルに報告し、対応を仰ごうと探りも入れずに身を引く。 この時は、ジュラーディの腹心と成る達人の者が、斡旋所や3姉妹の自宅を見守る処だった。


真夜中に隠れ家へ戻ったゼクは、計画した全てが頓挫したと苛立った。 そして、自分の手の内でも最も信頼し、友人に近い男性ナライジャを、サリーの家の見張りへと遣り。 他の残った仲間の内、5人を伴って街中の捜索へ回した。 行方の解らない仲間は、何処かに逃げたと思ったのだ。


然し、幾ら立ち回り先を調べても、仲間の誰1人として見付からない。


痺れを切らしたゼクは、暗躍する謎の者の素性を確かめ様としたが。 街中を警戒する見回りの兵士が、何故か増強されていて。 思う様に動けなかった。


そして、今朝方。 隠れ家に戻ると、三名のみ手下が戻り。


“斡旋所の周りにて、仲間が数人捕まった。 襲撃に失敗した副頭も、見張りの者も全部”


と、情報を得る。


“見えない一派が、此方の存在に気付いた”


そう知ったゼクは無理を承知で、行政神殿に出向き。 イスモダルへ直に面会をする事を決めたのだった…。


そして、今。


サリーの家へと向かうゼクは、内心にかなり焦っている。


(クソっ、こんな事は初めてだっ。 仕事として、依頼に係わる重要な誰か、一人でも出来るだけ早く殺してしまわなければ…)


始末する相手の数すら把握して無い、今。 当初から狙う者の誰でもいいから、急いで誰か始末しなけば。


“この先の目処が一向に立たない”


と、云う思いだ。


処が。 サリーの家を目前にしたゼクは、その足をピタリと止めた。


(ん? 俺は、昨夜に踏み込んだ時、戸を全開にした筈だが…)


と、辺りの気配を探る。


今、視界に入れたサリーの家には、入り口に薄い板っぱの戸が立っていた。 昨夜に侵入したゼクは、それを全開にし。 身を起こしたサリーの母親の胸を刺して、この家から立ち去ったのだが。 今は、何故か半分まで閉まっていた。


その様子を不審に感じるゼクは、サリーの家の間近と成る空き家へと入る。 出入り口一つ、窓一つの狭い一間の家は、殺風景な岩壁と。 風で吹き込んだゴミが、四隅に集まるのみ。


だが、その空き家の壁を見て。


(ナライジャは、確かに居たな…)


と、ゼクは思う。


その理由は、彼特有の痕跡を見たからだ。 背が高く、痩せた姿ながら、もみ上げを伸ばす個性的なナライジャ。 酒や薬を好まないのに、噛み煙草が好きな三十路男。 ナライジャがまるで印しを残す様にして、噛み煙草を壁や柱に吐くのは、若い頃からの癖だが。 このサリーの家の目前に在る空き家には、その吹き掛けられた噛み煙草の残害がハッキリと残っていた。


此処にナライジャが居ないと知るゼクは、何やら嫌な感じがする。


(ナライジャならば、ガキ一人を殺るぐらい訳もない。 殺したならば、戻って来る筈だ)


既に、その始末を付けたかだけを確かめ様と、ゼクはサリーの家を覗こうと思った。


だが、胸中にザワめく不安感は、ゼクには気味悪くて仕方ない。


“血の臭いが微かにするのは、昨夜に自分が、サリーの母親を殺したからだ”


そう、それだけだと、確かめたく成った。


処が…。


半開きとなっている、入り口の板っぱの戸。 その前に踏み込もうとする瞬間、サリーの家の中を見ていたゼクの眼に人の足が映る。


(足? 然も、具足を履いてる・・、いやっ! あれはナライジャの具足だっ)


中にナライジャが居ると知ったゼクは、その板の戸を横に押し開いた。


すると…。


サリーの家の北側には、母親の伏せていたベッドが在る。 だが、ベッドと言っても、古びた木箱を半分に切り。 それを六個、二列に並べただけのもの。 ベッドと言えるのは、上に掛かったペラペラの麻布が在るから、辛うじて言えるのみ。 その布の半分は、血に染まっている。


そんな粗末なベッドの真ん中辺りへ凭れ掛かる様にして、ナライジャが床に座っていた。 背筋を伸ばした状態で、ぼんやりと薄目を開くままに。


(どうした、ナライジャ? 傷は、見えない様だが…)


外観の感想を心に言ったゼクは、ナライジャの向かって左側に立つと。


「おい、ナライジャ」


声を掛けながら、彼の肩に手を置いた。 ポンと、ナライジャの肩に手が乗る。


その瞬間だった。 彼の首がポロッと、前に転げ落ち始めて。 触れた肩より胸部が、奥の北側にヌルッとずれて行く。


「な゛っ」


小さく発したゼクの声が、薄暗い部屋に吸い込まれて消えて行く。


“誰がこんな事を”


続けてこの言葉しか浮かばないゼクは、逃げる気持ちが無意識に現れ出たのか。 ザッと後ろに一歩を引いた。


(何だ・・これは…)


いや、ナライジャの死体自体に、ゼクは脅えた訳では無い。 死体など、これまでに腐るほど見て来たゼクだ。 人の生き死になど、驚く事に入らない。 血生臭いことも、気持ち悪いとは思わない。


だが、然し…。 自分の全身へ湧き上がる違和感は、彼の思考を乱す。


普通、人を殺す事を目的とするならば、最も簡単かつ手間の掛からない遣り方を目指す。 切り刻んだり、酷く損壊すると云う事は、


“死に至らす”


と、云う目的だけが前提に有らず。


“血を見たい。 恨みや怒りを晴らしたい。 苦痛の顔が見たい。 切り刻みたい。 奪いたい…”


等々、こう云った個人的な感情や嗜好が先行するからこそ、必要以上に傷付けたりするのだ。 詰まり、‘殺す’事へ個人的に意味合いを持たせると、そうゆう事にも成る。


今、ナライジャの身体は、バラバラだ。 革の鎧、腰宛て、具足すらもそのままに、ぶつ切りにされた様に成っていた。


ゼクを怯えさせるのは、ナライジャの死では無い。 ナライジャの身体の在り方、斬られ方に在る。


(何てっ、何と云う手練だ・・。 斬り口に乱れも無く、血が飛沫いた痕跡も無ぇ・・・。 この仕業は、殺し屋でも、暗殺者でも、仇討ちでも、快楽殺人でも無ぇ。 恐ろしい化け物の仕業だっ!)


ゼクほどに人を殺して来ると、他者が遣った死体を見ても解る事が多い。


だが、この様な遺体は初めてだ。


然し、初めてだからこそ、この遺体はとてつもなく恐ろしい。


(これほどの腕ならば、何もこんな風にする必要も無ぇハズだ。 恐らくは、脅して座らせた瞬間に、ナライジャをそのまま斬ったんだ)


然も、ナライジャの身体はスッパリと切断されているのに、後ろに凭れ掛かるベッドは、何処も切れていない。


何故、こんな事をしたのか。 ゼクならば、朧気に予想が着く。


(これは、只の処刑じゃ無ぇぞっ。 見せる為に・・後から来る誰かに見せて…)


こう思えば、自然と答えが導かれる。


“様子を見に来た誰かを罠に、この部屋と云う蜘蛛の巣に嵌める為だ”


と、気付く時。


「残りは、お前だけだぞ」


ゼクの真後ろから、男の声がした。


その声にゼクの魂は、ギュッと鷲掴みにされた様な。 全身から恐怖する時が、遂に彼にも遣って来た。


(殺られる゛っ!)


瞬時にこう察したゼクは、振り向くこともせずに外へと飛び出した…。


この日は、今回の事件に関わる誰もが、長い長い1日と感じただろう。 関わった者も。 狙われた者も。 そして、罪を犯した側にも。


さて、バベッタの街の最も西側には、運河とは違う細い川幅の水路が在る。 ‘侵入禁止’と成っていて、街の郊外に在る農場へと水を引く水路だ。


然し、この街の水路は、水害を考慮して高く創られた街より、ずっと下を通る為。 運河以外の水路は、所々が地下の様に橋の下や建物の下を抜ける。 詰まり水路の所々は、‘死角’と成っていた。


午前中に、ゼクはサリーの家から逃げ出した訳だが。 夕方、バベッタの都市内を流れる西側の水路の影となる場所に、あの黒装束の男ゼクの姿が見える。 石で整備された水路縁には、点検などの目的から通路が在る。 その通路に、彼は存在していた。


スラムより逃げ出してから今まで、時は十分に在っただろうに。 彼は、まだこの街から逃げ出して居なかった。 それ処か、覆面が斬られ顔が見えている。 猿のような顔で、鼻が上向き、丸い輪郭の年齢が解らないと思われる男。 それが、ゼクだ。


「ハァ、ハァ、ハァ…」


大きく肩で息をし、顔は悲壮感の滲む汗塗れ。 右手が手首から無いし。 血が、立つ川縁の通路上に滴る。 服の一部か、止血の為に手首を巻いているが。 こんなに息が荒いようでは、それも意味無く命に係わるだろう。


そのゼクの剥く瞳の中。 彼の少し先には、包帯を顔に巻いた男、Kが居る。


「なっ・何が望みだっ?! 俺のっい・命かっ?!!」


これまで人の命を平気で奪い、時として絶望するまで追い込む様な事を平気でやって来たゼクだが。 今は、脅えを声に滲ませて、震える口でKに問う。


すると、横向きに佇む姿から、冷めた目でゼクを見据えるK。


「俺の・・願い? それは、違うなぁ。 お前が、どっちを選択するか、それだけだ」


ギロリと光るKの瞳は、完全にゼクを捉えている。 逃がす気など、雫ほども無い。


その眼光にビクっとして、更に後退りしたゼク。


「お・俺の選択・・だと?」


Kの姿は、ユラ~リ・・ユラ~リと川面に映るが。 直に見ると、その姿は動いていない。


「そうだ。 雇い主の長官と一緒に、楽に刑死するのか。 逃げて、俺から地獄の苦しみを味合わされるか…。 死神の誓いだ、好きな方を選べ。 お前の殺し方は…」


ゼクを見てKは、以前にガロンへも言った言葉を口にする。 更に、逃げた場合の殺し方まで宣告するのだ。


Kの話す内容に、ゼクの顔が震えて絶命したかの如く強張り、死相に似た絶望が満ち溢れた。


「嗚呼っ、ああああそれはぁぁ・・・死神の呪いぃぃぃっ!」


その瞬間、ガクリとゼクの膝が落ちる。 ゼクの身体から、逃げる事はおろか、生きることを望む気力の全てが消えた。


Kは、ナライジャを始末して。 既に、他の動き回っていた手下も、狩り終えていた。


そして…。


その日の夜の入り頃か。 ヨロヨロとした歩みにて、行政神殿に赴いたゼクの姿が在る。


彼を捕縛した騎士は、一階で仕事をしているジュラーディの前に、ゼクを引っ立てた。


弾劾総務官ジュラーディは、改めてゼクを前にすると。


「ほう、殺し屋なのに、出頭して来おったとな。 御主ほどの者ならば、一人でも逃げようと思えば、逃げおうせたのではないか?」


こう尋ねられるゼクの顔は、質問を嫌う様な嫌悪感を現していた。


「お前達にとって、表沙汰に役人などへ捕まって刑死とは、一番の恥だろうに?」


こう質問を続けたジュラーディ。 殺し屋なのに出頭とは、非常に珍しいと興味をそそられたのだ。


問われたゼクの目には、殺し屋としての冷徹な目は無かった。 脅えるままの声で、ゼクは言う。


「‘死神の呪い’を吐かれてっ、そんな事も出来るかっ!! お前の雇った包帯顔の所為で、自殺すら許されぬ身に成ったわっ! ・・どうせ死ぬなら、楽なほうがいい…」


ジュラーディを相手に、ゼクはそう言った。


誰がこのゼクを出頭させたのか、ジュラーディはそれを理解すると、それ以上は何も問わなかった。


その夜にゼクは、裁きの下で刑死した。


この時既に、イスモダルが全て自白し始め、ゼクを生かす必要が無い上に。 手早い刑の実行で、関係者に安心を齎す為の即断即決と云うことだろう。


然しながら、一流の殺し屋にすら絶望を与えると云う、Kの行う“死神の呪い”とは…。 それほどまでに恐ろしいのだろうか。


大きな謎が、極々一部の者の心に残った。


         ★


こうして、イスモダルも、ゼク等も捕まった。


後の問題は、生き抜く方の模様だろう。


さて、時を少しばかり戻して、昼下がりも終わる頃…。


葬儀の一切を終えようとしていた、ミシェル達三姉妹とサリーやエルレーン達2人だが。 3姉妹の彼女達には、まだ休まる事は許されず。 午後からも、様々な事が起り始める。


街の中央を南北に走る通りの南寄りに在る、小さいフィリアーナ神殿にて。 鎮魂の儀から追悼の儀まで、簡略化葬儀の一切を行った。


この神殿を訪れる前に、貸し服屋で喪服に身を包んだ全員。 参列者は、この6人の他には誰も居ないので。 静かに、滞り無く終わる予定だった。


処が、神殿内での鎮魂の儀を終えた後、庭にて行う追悼の儀の途中にて。


「喪主のミシェル様、ちょっとお話が…」


1人1人、死者や死体の代わりと成る遺品の前で、祈りを捧げながら追悼する〔敬愛の時〕の直前で、男性僧侶より庭で呼ばれたミシェル。


「何?」


その僧侶に従って行けば、ジュラーディより迎えの使者が来ていた。 イスモダル捕縛の知らせと共に、公的な事情聴取をすると云う旨が伝えられた。


参列者の先頭に居るミルダに会うミシェルは、後を彼女に任せ。 向こうの迎えの馬車にて、夫の居る行政神殿へ。


一緒に参列するエルレーンとアンジェラは、それだけで不安と成った。


(やっぱり、主の仕事は辞めるのかな)


そう呟いたエルレーン。


聞いたアンジェラは、


(半分独立した斡旋所の主の職とは、重い責任が在っての事ですのね。 私たち冒険者は、自分達やチームの事のみを考えて居ますが。 少しはケイさんの様に、相手の事情も知るべきかも知れませんね)


(確かにねぇ…)


そう思うエルレーンだが。 自分とチームの事で精一杯と云うのが、正直な今だ。


だが、追悼の儀の最後に設けられた〔献花の時〕も終えて。 埋葬も終わって、‘さぁ帰ろう’と云う頃。


石のタイルが床となる神殿の正門前にて、正面に回された馬車に向かう一行だが。 東側の一般住民の住居が広がる方面より、黒い杖を突いた足の悪そうな老婆が、年齢の割に派手で赤い礼服姿をしてやって来る。


それを真っ先に見つけたミラは、


「姉さん、あれ・・」


と、ミルダの肩に触れて教えた。


「え?」


神殿前には、横に長い広場が在る。 その広場前を大急ぎで、此方に一直線で向かって来る老婆。


その姿を見たミルダが、突然の間合いから。


「ミラ、先にみんなで帰って」


と、言い出した。


「はぁ?」


ミルダと老婆を見交わすエルレーンは、


“一体、何が?”


と、思ったが…。


老婆の方へと立ち止まるミルダへ、ミラは解って居るとばかりに。


「姉さん、私達は歩いて帰るから。 馬車は、姉さんが使って」


とまで、云うではないか。


そしてサリーの手を引いては、


「サリー、向こう通りまで歩くわね」


と、隣の通りへと渡る橋に向きを変えたミラ。


その急な方向転換に、エルレーンは歩きが辛そうなアンジェラも居るので。


「ミラ。 それなら、馬車で待てば…」


待つぐらいは出来る、と意見するも。


何故か、皆をミルダより引き離そうとする様に、橋へと歩くミラは。


「橋を渡って直ぐに、‘乗り付け馬車’が有るわ」


と、細かい説明を省いて来る。


有料で人を運ぶ馬車を俗称で、‘乗り付け馬車’と云うのだが。 無理に金を出してまで、何故にそうなるのか理由が解らないエルレーン。


一方、歩くのがまだぎこちないアンジェラだが。


(エルレーンさん、色々と御事情が有りそうですわ)


と、耳打ちして来た。


だが、それは見て直ぐに解るエルレーン。 命懸けの面倒も切り抜けたこの際に、些細な迷惑や秘密を知った処で、差して驚きもしないと思い。 股を気にしながら歩くアンジェラを追って歩く途中にて、ミルダの方へと振り向いた。


すると、ミルダと老婆が近い幅にて会い。


「お前ぇっ、一体これはどうゆう事よっ!」


嗄れた老婆の怒声が、広場に集まる鳩を散らかした。


老婆へと頭を下げるミルダが居て。 そのミルダの身体を杖で突いた老婆が居る。 その2人が放つ異様な空気が、入道雲の様に辺りへと湧き上がったのを感じたエルレーン。


(なるほど。 これは他人に見せても、知人には見られたくないわ)


そう察したエルレーンは、明らかに重大な事情が在ると解った。


一方、老婆の声で振り向いたサリーは、ミルダの事をとても心配そうに見る。


手を引くミラは、少し眼が鋭くなり、怖い顔付きに成っていた…。


こうしてミシェルに続き、ミルダまで外した4人は、少額にて人を運ぶ馬車屋に入り。 向かい合い席の馬車を借りて、それに乗り込む。


馬車に乗ったサリーは、窓からミルダを見て、残した事を心配する。


だがミラは、何処か苛立ちすら見え隠れする表情にて。


「大丈夫よ、サリー。 あの話し合いはね、姉さんの家の事だから。 私や周りも、簡単には口出しが出来ないの」


と、言い訳する。


せっかく、サリーの母親と元仲間やユレトンのチームの仲間を弔った直後なのに。 その悼む空気を奪う様な出来事で、馬車内は気軽に喋れる雰囲気ではなくなった。


それから貸し服屋へ戻り、4人は着替えて。 先に済ませたい二つ三つの支払いが有ると、ミラの注文から店を回って終わらせた。


そんな雑用に追われていれば、次第に陽が傾いて夕方が近付く頃。 斡旋所に戻ったミラは、入り口に集まる冒険者達に捕まる。


「ね~、成功報告をしたいんだけど~」


「こっちもだ~」


「何か、依頼を探したいんだが…」


数十人と集まる冒険者達が待ち構えていて、斡旋所を開けばステュアート達が居る。


ステュアートは、治った窓を指差して。


「三階と一階、両方とも窓の修理が終わりました。 御代は、自分が建て替えて起きましたよ」


と。


余計な気を遣わせないステュアートに、ミラは微笑み。


「あら、ありがとう。 お礼に、代金とキスでも添えようかしら」


と、セシルを怒らせる事を言うのだが…。


斡旋所に戻った主は、ミラのみ。 彼女は冒険者達を相手に、大忙しと成った。 屯しない冒険者達が、50人を超えて入って来る。 200人ぐらいは入れる斡旋所だが、忙しなさに二階より九官鳥を降ろす暇も無いぐらい。


その忙しさの中、カウンター席を空けて横の席に引いたステュアート達は、黙ってエプロンを掛けて手伝うサリーを見る。


(あの娘、心が強いね…)


その行動力に、本気で感心したセシル。


確かに、この年齢にしては立派だと、頷いた他の4人。


昨夜からさっきまで、ずっと泣いて居て、赤く腫れた眼をするのに。 忙しく冒険者達へ対応するミラの周りで、紅茶を作り。 温かいものを陶器のコップで席に運び、順番を欲する冒険者達のチームそれぞれに、手書きの順番を書いた紙を待たす。


斡旋所が襲撃されたらしい事も。 ミラ達三姉妹が、或る事件に関わって居た事も。 冒険者の一部には、既に噂が流れていた。


そんな後の今。 待合う冒険者達も気を遣うように、ヒソヒソとしか話さない。


そのまま空が暗くなる頃まで、対応に追われたミラ。


最後のチームを送り出してから。


「はぁっ、もうっ。 忙しくて、泣く暇も有りゃしないわ」


そんな彼女へ、黙って働いていたサリーが紅茶をグラスで渡す。


「ありがとう。 ご苦労様ね、サリー」


頷き返すのみのサリーの頭を撫でたミラは、グッと紅茶を飲み始めた。


其処へ、入り口のドアが開かれる。


“今度は誰っ”


と、相手を見たミラだが…。


「あ」


グラスを口より離せば、短い声を出すのみ。


ステュアート達は、やっと戻った包帯顔の男を見た。


「ケイさん」


「ケイ」


「やっと帰って来た」


包帯を新しくしたKは、もう他に客の居ない斡旋所内を見回すと。


「イスモダルも、奴が雇った殺し屋達も、全て捕縛された。 事件は、ジュラーディが始末を着ける」


こう言ってミラを見る。


びっくりしたミラは、慌てる様を見せながら。


「こっ、こっちも、行かされた兵士達の家族へのせつ・説明とか、サリーのお母さんの葬儀とか、色々・・終わったわ」


「そうか。 ま、協力会から沙汰が在るまで、斡旋所の運営に邁進してろ。 俺らには、もう出来る事も無い」


乾いた意見を言ったKに、サリーが冷めた紅茶の入ったグラスを持って来た。


「気が利くな」


コップを受け取って一気に呷ったKは、そのグラスをトレイに返すなりに。


「・・さて、ステュアート。 今夜は、もう宿に下がろう」


すると、席を立ったステュアートが。


「ケイさん、あの…」


「ん?」


「さっき、チームにアンジェラさんを加えました。 僧侶の居ない僕達には、有り難いと受けました」


それを聞いたKは、


「好きにしろ。 リーダーはお前だ」


と、ミラに何かを投げてから外へ出て行く。


慌てるステュアート達は、Kの投げた紙らしきものを受け取ったミラに、挨拶して霧の出始めた街へと出て行く。


そして、2人きりと成った斡旋所内。 閉める準備と掃除したミラとサリー。


手を動かして居るミラは、


「サリー、今日から私の家に来ない?」


と、グラスを拭きながら言う。


昨夜にガラスを割られた奥を箒で掃いてゴミを集めていたサリーは、びっくりしてミラを見返す。


するとミラは、何か紙の様なモノを見せて。


「他の悪い人を捕まえる為に、ケイがサリーの家で暴れちゃったみたい。 それから役人さんが入ったから、戻っても入れないって。 だから、私の家に来ない?」


「でも・・」


この先がどうなるか、サリーも全く解らない。 ミシェル達3姉妹が、斡旋所の主を引退せざるえない場合。 ミシェルやミルダの夫も、どうなるか解らないのだ。 そんな処へ自分が加われば、負担が増えるだけ。


すると、そんなサリーの心配を察したのか、ミラは言う。


「実はね、私達3人も、もう帰る家は無いの」


「え? ミラさん達も?」


「そ。 家の家督は、兄貴が継いじゃっててね。 冒険者みたいなどこ吹く風の者は、もう家族じゃ無いって・・言われちゃってるの」


「・・・」


黙るサリーへ、ミラは笑う。


「別に、悲観なんてしてないのよ。 実は、この斡旋所の隣の空き家、元々は店だったンだけど。 前の斡旋所の主が権利を手に入れてて、今は私達のものなの。 主の職がダメならば、其処を飲食店にして再出発したい~って、私は姉さん達に言ってたの。 サリーは良く気が利くし、働き者だし、一緒に働いてくれるならば、いいお手伝いに成るな~ってね」


「ミラさん…」


「お母さんのお墓、この街に作るんなら。 サリーも、この街に身を置ける様にしないと。 ちゃんとした働き場が無いと、永住権も申請が出来ないのよ。 大人の世界ってね、スッゴく形式張って、アホみたいに面倒なんだからね」


ミラの話を聞いて居るサリーは、頭が酷く混乱した。 この、人から人に受け継がれる好意や運命の変化に、自分はどう溶け込めば良いのか。 流民として来たこれまでとは、全てが変わる様な思いだった…。


だが、帰っても入れないのでは、家が他に無いのも同じ。 斡旋所を閉めたミラに連れられて、サリーはミラの住む離れに向かった。


帰れば、既にミルダは戻って居た。


姉妹2人揃ってムシャクシャすると、2人がバカみたいに料理を作り。 サリーは生まれて初めて、お腹いっぱいに食べた。


不安は、それぞれに在る。


然し、生きる以上は今日を、明日にと生活するしか無いのだった…。


サリーは、ミラ達3姉妹の元に身を寄せる事にした。

御愛読、有難う御座います。 次回は、6月下旬を予定しています。

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