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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
213/222

第三部:新たなる暫しの冒険。 3

        第三章


 【明るみに成った真実と、打開策の果てに】


〔その6.潜入、撲滅、カエルの洞窟帝国。〕



早朝、小雨は止み。 薄曇りに陽の光も見える。


だが、場所は山の奥地で、窪地の真ん中。 酷い濃霧が林を包んでいた。


その中、外へ出たミルダは、オーファーとセシルを連れる。


「うはっ、凄い濃い霧」


外に出たセシルは、立ち込める深い霧に驚いた。 となりの山小屋も、壊れた山小屋も見えない。 間近となる辺りの林は、緩やかな霧の流れの切れ間に霞む程度。


さて、バベッタの街に引き返す為、旅立とうとするミルダ達3人が出た後。 何故か、Kも出てきて。


「おい、待て」


川原に向かおうとするミルダ達を呼び止めた。


振り向いたセシルが、


「何さ」


と、用向きを問う。


「帰る前に、一つ運動でもするか?」


意味が解らないKの発言に、ミルダも、オーファーも、セシルも、口を開けずに黙る。


Kは、皆の前まで出てきて。


「今、戻る途中の川原に、デプスアオカースが一匹居る。 人の臭いに釣られ、霧に紛れて這い出てきたんだろう」


憎きモンスターの名前を聞いたミルダは、眉間に皺を寄せて。


「私が潰してやるわっ!」


と、怒りを持って川原に向かう。


「おっ、おいっ!!」


一人では危険だと慌てたオーファーは、セシルと一緒に後を追う。


「うわあああっ、もうっ! 腹立つ相手だからってっ、勢い有り過ぎっ」


そんな3人を見たKは、黙って霧に溶けた…。


走るミルダが、川の音がせせらぐ辺りまで来ると。


「あっ。 あれが、デプスアオカースっ?!!!」


霧の中、幅の狭い川を渡って来る黒い影。 霧の切れ間にスッと現れたのは、小さい家一つよりドデカイ、角を有した蛙だった。


「あぁ・・、あいは~、デ・デカい~」


遠目でもちょっと見上げる程に大きい蛙に、セシルも脱力しそうである。


奴の身体の色はやや薄い黄緑が中心に、赤や茶色の保護色と成る斑模様。 顎から下の腹に掛けては、薄まった灰色で白に近い皮膚の色だった。


まだ距離が在ると見たミルダは、目を瞑りステッキを構えて。


「魔想の力は、想像し、創造する力…。 森羅万象をも形創る、無限大の魔力よっ。 我の敵を砕く、自然の姿を成せっ! マジックライトニングっ!!!」


詠唱と共に集中して、目を開くと同時に大きくステッキを振り込んだ。 その瞬間、ステッキの先には、黒く燃える様な蟠ったエネルギーが溢れ。 迸る雷の如く宙を駆け抜けて、喰らい付く狼の如く、此方に跳び掛かろうと云うデプスアオカースに襲い掛かった。


エンチャンターでは在るが、同じ魔想魔術を遣うセシル。 その魔力の強さや精神の集中の度合いが、一瞬にして安定する様子は流石だと思う。


「凄い、集中に時間を掛けないで、あの魔法を遣うなんて…」


落雷が在ったかの様な音を立てて、デプスアオカースを四方八方より噛み付くが如く貫いた魔法の雷。 身体を走った電撃の威力に負けたのか、ヨロヨロとよろめいてドスンと裏返しに成るデプスアオカース。


「おおっ、流石にリスター・ザ・ウィッチっ!!!」


一撃でこの大きなモンスターを気絶させた、と驚くオーファーだが。


「まだよ」


その眼に純粋な黒い魔力を宿すミルダは、デプスアオカースに向けて右手を振り向けながら、指をパチンと鳴らした。


すると、その直後。


‐ バリバリバリっ! シュパーーン!!!! ‐


デプスアオカースの身体に残って光る黒い電流が、鳴らした指の音に応呼する様に。 突如として膨張し、爆発の様なスパークを起こした。


「ふぎゃあっ!!」


そのあまりの激しい音に、セシルは驚いて屈んだほど。


その体高が、オーファーの倍以上は在るデプスアオカース。 だが然し、ミルダの魔法のスパークで、その倍近くまで高く宙へと持ち上がった。


そして、


‐ ドスンッ!! ‐


鈍くも響き渡る振動を立てて、砂利が敷き詰まった地面に落ちたデプスアオカース。 その振動がオーファーにも伝り。


(かなりの重さが有るな)


と、感じた。


ひっくり返って落下したデプスアオカースは、ピクピクと動いていたが。 カッと瞳孔が開いた途端に、手足や口の中の舌がビロ~ンと伸びる。 トドメを食らって絶命したらしい。


さて、呼吸を整えるミルダを見て、オーファーはその実力が衰えてない事を知った。


(セシルの感じた事は、確かに解る。 魔想魔術の中でも、あの森羅万象を象る領域の術を呼吸をするが如く扱うとは、な。 流石に、流石に……)


〔リスター・ザ・ウィッチ〕と、現役の頃は異名と取ったミシェル、ミルダ、ミラの三姉妹。 姉のミシェルは、両方扱える上で、幻惑魔術に秀でて。 次女のミルダは、見ての通りに攻撃に特化し。 三女のミラは、幻惑・攻撃を万能に遣えると云う。


だが、この森羅万象と云う、自然の現象を魔法に再現出来るのは、中級者としても一線級の者のみが扱える。


魔想魔術は、基本が物質想像で。 小石や小型の武器を自由に生み出せる様に成れて、先ずは扱えると云え。 剣や鎌などの大型の武器を安定して生み出せれば、中級者の入り口に立てると云う処。 だが、森羅万象を司る、火や水や風などから雷やら大きな岩などを創造するには、集中力と繊細な想像力が必要だ。 攻撃魔術に才能が特化しているとは云え。 それを一瞬の集中と想像から具現化したミルダは、やはり一流の魔想魔術士なのだろう。


ミルダを先頭に、3人が霧の中で死んだデプスアオカースを見ていると。


「お~お~、派手にやっちまったな~」


ひっくり返ったデプスアオカースの脇に、何時の間にか姿を見せるK。


魔術士が3人も揃って見て居て、オーラも感じないとは…。


Kの登場に目を奪われた3人だが。


Kは、霧が煙る辺りを見て回し。


「もう、他には居ないな。 コイツも死んだし、気を付けて行けよ」


モンスターに一瞥してからゆっくりとした足取りで、Kは山小屋に向かって歩く。


街に戻ることを思い出したミルダは、デプスアオカースを睨んでから、


「解ってるわ。 こっちは、姉さんと話して上手くやるわよ」


と、Kの黒い背に言葉を掛ける。


霧に入るKは、左手を上げて応えながら消えた。


さて、Kが霧の中に去って。


「行きましょう。 急がないと」


ミルダが、2人を促す。


処が、怪訝な顔をするオーファーは、デプスアオカースの死骸を見て。


「何だか、変な言い方だったな…」


と、呟く。


歩き出そうとしたセシルは、オーファーに向かって。


「何がよ」


思案するオーファーは、セシルに顔を向けて。


「今の、ケイさんの言葉だ・・」


「ハァ? 何処が?」


「‘他には’、‘コイツも’とは、丸であのカエル以外にも、また居たようではないか」


オーファーの考えを聞いたセシルは、自身でも考えてみて。


「それってサ、全体的に・・じゃない? 洞窟の方も、含んでるのかも」


「フム…」


それでも理解し兼ねる、とオーファーが黙った時だ。


晴れた陽の光が差し込み、風が吹き込み始めた。


「陽が差して来たわ」


山合いの隙間から赤い光を浴びるミルダは、こう口にする。


だが、違う方向からの乾いた風が吹き込む時に、セシルは違った世界を見た。 それは、霧が隠そうとしていた、或る男の遣った凄絶なる芸術の世界。


「ねぇ、あれ・・・何?」


セシルの言葉に、考え込むオーファーも、太陽を見たミルダも、視線を前に戻す。


3人の眼が、風に押し流された霧の後に見えた様子に、愕然として身を固める。 ミルダが倒したデプスアオカースの向こうには、別のデプスアオカースがズタズタにされている。


だが、死んでいるモンスターは、その一種ではない。


「これって・・・全部ケイが・・やっ、遣った・・の?」


立ち竦むセシルは、そう呟くだけだが。


「まさかっ」


衝動に駆られて走るミルダは、自分の倒したデプスアオカースの近くへ。 すると、霧でまだ霞む辺り一面には、黒い影が彼方此方に横たわっている。


「嗚呼っ、そんなっ」


絶望に似た、完膚無きまでに負けを悟る事は、これまでに在ったと思って居たミルダだが…。


小川の所まで歩くオーファーは、無造作に転がるモンスターの死骸を見て。 その凄絶にしても死体の斬り裂かれた形に、ある種の恐ろしい美が在るのを感じた。


(デプスアオカース・・バジリスクの亜種・・多頭の大型ハエのモンスターまで…。 無数に転がるこの数だけのモンスターを倒せば、斡旋所でどれだけの評価を得られよう…。 それが要らないのか、あの人には・・それすら詰まらないのか?)


特にオーファーを驚かせるのは、おそらく名前が合っているならば、〔ジャックス・ビカネスフッデェ〕と云う怪物の死体だ。 真っ黒い軟体モンスターで、山の影に潜んで人を包む様に襲う。 一種の‘魔意’と思われる、悪魔に近いモンスターだと語り継がれるのだ。


〔魔意〕とは、特殊なモンスターだが。 その存在については、後日に何処かで記すとして…。


オーファーは、そのモンスターの元まで近付く。


(このモンスターは、本来は影に入った生き物を包み込んでしまう。 普通の我々では、ほぼ確実に殺される。 嗚呼っ、どうやって倒すのだ? こんな恐ろしいモンスターを、どうやってこんな…)


3人は、Kの本領の片鱗を垣間見た気がする。 これだけの事をする男が、危険を見越して我々を先に帰すと云う事は、それなりの危険が待って居ると腹を括る必要が在る。


「ミルダ。 もう行こう」


振り返ったオーファーの声に、惚けるミルダが見返して来る。


「あ・・・え?」


ミルダの前へ進むオーファーは、強面の顔を更に怖いものにし。


「我々を先に帰すことには、おそらく相当に大切な意味が在る。 今日中に、街へ近付ける様に行動せねば」


オーファーの注意からミルダの気が戻る。


「そっ、そうね。 夫と姉さんの・・」


フラフラっと立ち上がるミルダは、心配を思い出して焦るほどの様子を見せる。


後を歩くオーファーは、セシルも見て。


「セシル、気を抜くなよ。 モンスターは、帰りも居るぞ」


Kの遣った仕業で、生きた心地が消え失せたセシル。 黒いジャケットの中の背中を伝うのは、明らかな冷や汗だ。


「うん、うん…」


二度も頷いて身を翻したセシル。


三人は、来た道を戻って行く。 行きと帰りでは、下りが上りに代わるのだから。 最悪、一夜で街に戻るれるのか、無理かも知れない、と腹を括るのだった。


         ★


霧が晴れた後、陽もまた少し上がった頃。


「え、え゛っ?! コレ、み~んなケイさんが?」


デプスアオカースの巣喰う洞窟に向かおうと、川原に出たステュアートとエルレーン。 だがその目に映るのは、モンスターの墓場と化した川周り一帯。 何時に、これだけ倒したのか解らず、唖然としてしまう。


Kは、川を渡るために足場の石を探しながら。


「手前のカエルは、今朝にミルダがやった。 いやいや、流石は腕のいい魔法遣い。 デプスアオカースを一撃だったぜ」


と、川を渡り始める。


だが、エルレーンからすると、そうゆう問題では無いと思う。 恐らく普通の冒険者の全員が真っ先に思う疑問、それは…。


「そそ・そっ・そうじゃなくて、何でこんな駆け出しのチームに加わるのぉっ?」


小川の途中、石の上でモンスターの屍を見たKは。


「もう、な。 名前を売るだの、飽きたんだ。 世の中、のんびりが一番だぞ」


と、暢気な意見を返す。


だが。


「あ」


次の石に足を伸ばし掛けた所で、Kが不意に声を発すると。


「だが、時々な~。 今回みたいに厄介事を穿るんだよなぁ~。 癖っつ~か、一人に成る前からの、ある種の職業病に近いのか? チッ、気を付けナイトな~」


こんな独り言を言って、頭を掻いたK。


ステュアートは、開いた口が塞がらず。


(今・・・朝ッス)


と、内心で突っ込むのみ。


それにしても。 ステュアートも、エルレーンも、生じ刃物を武器にしている。 倒されたモンスターの近くに寄って、その斬り口の鮮やかさに驚く。 丸で岩を斬った跡へ水を掛けた様に、血が出た跡。 噴出したとは思えない。 これは、斬るスピードも然る事ながら、相手に抵抗が全く無く。 最適の角度で武器を振るっている証拠。 自分達にこの真似が出来るとは、到底思えない。


エルレーンは、思わずステュアートに。


「ねぇ、気分・・どう? あんな人のリーダーに成ってる感想…」


尋ねられたステュアートだが、その意味を良く聞き取れなかった。


「………」


黙ってしまったステュアートは、ぼんやりしてモンスターの死体を見下ろすのみ。


さて、その後。 案内のKを先頭に、川を越えて更に奥地へ。 石壁と石壁の断崖絶壁に挟まれる、狭い小道を歩いていけば。 澄んだ水が崖を流れ落ちる滝の前に出た。


近付いた滝壺は、幾らか深そうな青色で、見上げるずっと上の方から落ちている。 滝の周りは、一面砂利や大小の岩がゴロゴロしていた。


滝の前の大岩を横にしたKは、二人を見て。


「この水は、小川と同じだから飲めるぞ。 飲むなら、岩の中から直接落ちる滝の水を飲むといい。 それから、俺達が入る洞窟は、アレだ」


滝壺に向かって見て、左上に空いた洞穴を示す。


二人はそれを見上げて、穴を確認した。 流れ落ち始める滝より少し下で、滝から少し離れた左にポッカリと、結構な大きさの穴が岩の壁に空いている。 然も、人工的に作られたとみれるジグザグの上り坂が、洞窟まで行く事が出来るように岩の崖に設けられていた。


エルレーンは、その道を見上げて。


「ご丁寧に、道が有るわ」


ステュアートも、坂道を見て。


「多分、薬草採りとかの目的で元から在ったか。 兵士さんが入るために、作ったんじゃない?」


同じく坂道を見たKは、浅い滝壺縁となる水溜まりを歩きつつ。


「苔の感じやぶら下がる蔦を見るに、この上り坂はなかなか古いな」


Kが動き出した事で、二人も後を追うのだが。 後を行くエルレーンは直ぐに、驚くべきことに気付く。 歩くKの足元を見て。


(嘘っ! 水場を歩いてるのに、音が・・してない。 丸で、水の上を歩くみたいに音してないよっ!)


浅いとはいえ、水に靴が浸る中を歩くと云うのに。 Kの足音はせず、自分とステュアートのパシャパシャという音だけがしていた。


この滝壺は、滝に向かって右側に浅く広く水が溜まる。 その縁を右側に向かうと、崖から迫り出す木が影となり。 滝の左側の崖に走る亀裂から吹く風が、冷たいと感じるぐらいだった。


さて、縁を歩くKは、崖へと上る坂の入り口の手前にて。 滝壺に近い水に浸る砂利の上に、黒ずんだ塊を見て指差す。


「有った。 あれが目的の一部だ」


エルレーンとステュアートは、見合って直ぐに早歩きで向かう。 そのグシャッとした黒い塊を二人は見下ろせば。


「何コレ、ふ・・く?」


と、エルレーンが言葉を漏らす。


しゃがんだステュアートは、黒ずんだ丸い物が服の様だと解って頷く。


その二人に、Kは言う。


「直接、手で触れるな」


頷く2人で、落ちていた滝壺の汀に在る木の棒っきれで弄る。 それが兵士が着る軍服だと、2人は解った。 取れ掛かるボタンには、兵士の腕章の略章が入っていたのが見えたからである。


然し、何か白っぽくテカテカした糸を束ねた様な繊維質の物が、黒ずんだ服の表面にベッタリくっ付いている。


「この白いの、何だろ」


こう言うステュアートは、その服を丸めるテカテカした物を鎌の刃で斬ろうと。


「エルレーン退いて、斬るよ」


そんな2人の間近に来たKが、緩やかな言葉使いで。


「自前の武器では駄目だ、刃物が駄目になるぞ。 そら、ナイフやろう」


と、振り向いたステュアートにナイフを投げた。


エルレーンは、何処にでも売ってる石のナイフを見て。


「あら、安物ね」


「だから、使い捨て出来る」


ステュアートは、屈んでその粘る糸の様なモノを斬ると。


「うわっ、凄いネバネバしてる」


テカテカした白っぽい物は、ナイフにベタァ~っと絡みつく。


Kは、それを見ていながら。


「それが、デプスアオカースの胃粘液だ。 非常に強い酸で、粘着質。 奴の胃の中に一度でも入ったら最後、絶対に助からないと言うのは、その胃液の御蔭と云う訳だ」


腕を組み、斬るステュアートを見て説明する。


斬るのが難しそうと判断したエルレーンも、落ちていた木の棒を掴んで、ステュアートの手伝いをしながら。


「ねぇ、これ見て」


「何?」


「軍服以外にも、服が在るわ」


「え、どれ?」


「ほら、これって・・ローブだわ。 然も、僧侶の着る…」


背中に入る刺繍が酷く解け掛かっているが、服の背中に女神フィリアーナの姿を見た二人。


ステュアートは、Kを見返して。


「確か、ミルダさんの甥のチームには、男女の僧侶が居たって、そう言ってましたよね?」


ゆっくり頷き返すK。


グシャグシャした衣服をより分けるエルレーンは、襤褸屑の様な黒い男物のパンツを見つける。


「ね、ねっ」


「何?」


「コレ、男物じゃない?」


「う~ん。 そうみたいだね」


ステュアートが肯定する。


Kは、これから入る穴を見て。


「ミルダの甥の居たチームは、全員で六人と言ったな。 元のチームが、地元に根降ろしする四人で。 この突発的な仕事の為に、一時的な加入で二人が入ったとか。 誰でも一人ぐらいは、生きてるといいがな」


すると、棒切れを持ったままのエルレーンは、その場で立ち。


「私・・実は、ステュアート達のチームに入る前に、そのチームに入ろうとしたの」


と、トーンの落ちた声色で言う。


「えっ?!」


驚いて立つステュアート。


いまいち解せない話と思うKは、脇目でエルレーンを眺め見て。


「腕の差別で、撥ねられたのか?」


問われたエルレーンは、複雑な顔で俯くまま。


「って云うか、腕の云々よりも。 私、その前に入ってたチームを、夜逃げ同然で抜け出したからさ。 信用が出来ないって・・ね」


「な~る。 たが、貞操の危機とか有ったんだろ?」


あの最初の出会いと成る時の話は、Kも全て聞いていたらしい。 エルレーンは、がっくりと肩を落として。


「うん。 分け前の取り分が、私が一番少なくて…。 同じ様にモンスターと戦ったんだから、等分にしてって言ったらね。 裸になって、チームに貢献しろって…」


ふざけた話と思うステュアートは、厳しく難しい顔をする。


「酷いよ。 そんなの、貢献じゃ無い」


と、仲間を思い遣る。


そんな二人を見たKは、俯いているエルレーンを見て。


「ま、このチームならばセシルも居るからな、そんな事も有るまいに」


「うん。 ステュアート達が居て、スッゴく助かった」


「然し、なぁ。 その辺の事実を知って、お前さんを弾いたのか? 昨日、モンスターと戦っていた様子を窺うに。 エルレーンは、ステュアートより純粋に経験は上だ。 そのチームには、力量がもっと上の奴が居たか?」


Kにこう言われても、ステュアートは悪い顔をしない。 ステュアートは器用で在るが、まだ身体的能力で武器を扱っている域を出ていない。 だが、エルレーンの方は、明らかに剣術と云う基礎が出来て居る。 ステュアートも、それぐらいは解る。


然し、エルレーンは、ちょっとステュアートを見てから、


「多分、私より一段上の人が1人と、似たり寄ったりの腕の人が1人・・・ぐらいかな。 リーダーの甥って、リーダー面はしてたけど。 戦いは、カラキシ駄目だったって……」


「ならば、お前さんより後に加えた奴が、チームのバランスを取るのに沿っていたのか…」


Kは、こんな依頼をするのだから、腕や経験が一も二も優先されると想像した。


だが、今回の旅の最中で、ステュアート達にミルダが語った話に因れば…。


ユレトン成る人物が自分のチームへ新たに迎えたのは、エラく胸の大きい若い女性僧侶と。 もう一人は、若く口が達者な魔術士とか。


実際、ユレトン自身も学者兼魔想魔術師で在り。 チームには既に、壮年の僧侶、同じ年齢の経験豊かな女性剣士、二十代の傭兵が居たらしい。 そうなって来ると新たに加わった2人は、戦力増強と云うにはチョット以上に物足りない気もする。


(口が達者な奴と、性的に立派な女性な・・。 もしかすると確かに、あの三姉妹は行かす人選を間違えたかもな)


思案するKは、ユレトンなるリーダーが何を欲したのか、何となく解って来た。


だが、そうだとしても。


(然し、なぁ・・・。 このエルレーンだって、純粋な人間じゃ無いってだけで…)


色々と考える内に、エルレーンが夜逃げして抜け出したチームの質の悪さから、或る推測が浮かび上がった。


「なぁ、もしかしてよ。 エルレーン、お前・・・悪い噂でも流されたか?」


この瞬間、ビクンとしたエルレーンは、Kを上目使いに見る。 何で解ったのか、其処が信じられないままに。


「身体・・売り歩く流れ狼って…」


「え゛っ、え゛ぇっ?!!」


余りにも酷い噂だが。 バヘッタの街に来た日にチームを結成したので、そんな噂は全く知らなかったステュアート。 後から聞かされても、驚きが大きい。


処が、噂は下手な情報より早く流れ、時には真実の様に囁かれる事も在る。 妬みや怒り、不満が主な要因だが。 噂を作って流布する事に、ある種の生き甲斐を感じる冒険者も居るとか。


ま、急に名を馳せ始めるチームだったり。 または、ウマの合うチームを探す宙ぶらりんの冒険者には、一度や二度はヘンな噂を流される事も、一つの通るべき道に成るらしいが…。


悪い空気が流れる其処に、突然の間合いから動き始めたKが。


「あはははは…」


と、破顔して、大いに笑うではないか。


坂を上り始めるべく、歩き出したKに。


「ケっ、ケイさんっ!!!」


驚いたステュアートが、失礼だとばかりに強く声を出せば。


「あ? あぁ、悪い悪い」


手を挙げて謝るKは、更に続けて。


「エルレーンの顔ならば、人間と亜種人のどちらに入れても、一線級以上の美人になるさ。 そんな下っ端の意地汚い冒険者なんかに、安く売る身体でも無いだろうによ。 フン。 嫉妬か、不満か、随分と安く見られたモンだな、え?」


こう言われたエルレーンは、誉められてるのか、貶されて居るのか解らず、キョトンとする。


坂の入り口を進んだ辺りで立ち止まるKは、そんなエルレーンを見て。


「ステュアート達と世界を動きながら仕事を成功させて、一つソイツ等を見返してやれよ」


と、また歩き始め。


「あははは。 しっかし、遣ること成すこと詰まらん上に、言い触らす噂までも詰まらんチームだわな」


Kは、笑う。


その人を食った様な言い方は、まだ若いステュアートからすると理解に困る。


だが、恐る恐るとエルレーンを見ると…。


(あ、あれ? エルレーン・・・笑って・る?)


Kを見上げるエルレーンは、何故か微笑んでいた。


「エルレーン?」


ステュアートの声に反応する様に、エルレーンも坂へと歩き出し。


「その通りよ。 あんなコ汚い奴等に、小銭で渡すほど安い身体はしてないっつ~の」


先を行くKが。


「そ~だそ~だ」


と、言えば。


更に気を大きくするエルレーンは、


「どーせ売るなら、世界最強に冒険者か、大金持ちにでもするわよ」


と。


「言えてら~言えてら~」


「フンっ! 夜の商売をする女性にも、全くモテないクセにっ。 売って欲しいなら其れなりに、大金持って来いって~のよっ!」


「確かにそ~だ」


「よしっ、決めた。 チームの名前売って、絶対にイイ男を捜して結婚するっ」


宣言をするエルレーンへ、上に登りつつKは。


「全くだ。 〔女王エルレーン様〕とか狙うか?」


「いいわね、それっ。 乗ったわっ」


と、喜び応えるエルレーン。


ポカーンとするステュアートは、エルレーンの姿を見送りながら。


「ありゃりゃ、元気になっちゃった…」


まだ若いステュアートには、彼女の心持ちが理解するのも難しいのか。


「って、僕も行かなきゃっ」


二人が先に行くのに気付いて、ステュアートもエルレーンの後を追う。


年齢からすると、まだ若いエルレーン。 そんな彼女も亜種族の女性で、然も独り身で冒険者などやっていれば、それなりに他人の汚い欲の部分を垣間見るし。 それにまた、16か、17歳より冒険者をして来て居る手前、軽い戯言で怒るほど新米でもない。


そんな彼女だが、Kのちょっとズラした冗談が単純に面白かった。 Kとステュアート達と出会ったエルレーンには、確かな転機が訪れていた。


さて、ジグザグと坂を右に左に最上段まで上がると。 最後は、なだらかな上りで滝左側面の奥へと向かう。 苔も着き、濡れているから滑りやすかった。


3人が洞窟の前に来て、中を覗き見ると…。


「グぅぅぅっ ぐ、臭い゛~」


ツーンとした異臭を嗅いだエルレーンは、反射的に鼻を摘んで顰めっ面を見せた。


「本当だ、クサっ」


ステュアートも、腕で鼻を押さえる。


洞窟の奥からかなり酷い黴臭さや酸味の利いた異臭が、冷めざめとした冷風に溶けて吹いてくるのだ。


その異臭にも平然とするKは、洞窟の幅や高さなどを見てから。


「ホレ、洞窟の奥を見ろ。 青白い茸が、彼方此方に生えてるだろう? アレだ、例の毒キノコさ」


ステュアートとエルレーンは、山小屋を出てくる前に薬を飲んだ。


「薬は飲みましたから、大丈夫です」


こう言ったステュアートだが。 彼を見て、Kは言う。


「だが、あれはあくまでも予防だ。 ぶつかったり、刺激して胞子を大量に放出させると。 それを吸っても薬との抵抗反応で、急激な頭痛を引き起こすから、十分に気を付けろ」


「あ、はいっ」


2人が頷くと、Kはエルレーンに横槍な視線を送り。


「んなら、〔女王エルレーン様〕へ近づく為に、奥へ行くとするか?」


「遣ってやるわよ。 何時か、抜けたチームの奴等を膝間付かせるわっ。 敬わせてから、この具足でも舐めさせてやるっ」


薄笑いを浮かべるK。 先頭に立って、洞窟内部に踏み込んだ。


入り口に光が差し込むのが見えるまで、それは解らなかったことだが。 洞窟の中は暗くても、毒キノコが発光茸でも在る為に、ぼんやりとした蒼白い光を鈍く放つので。 暗い闇の中でも、先を見誤る事は無かった。


然し、それでもKは、昨夜も使った光の魔法が封じられた小石を取り出し。 その内二つをエルレーンに渡して。


「それ、基本魔法は遣えるだろう? 遣えるならば、能力を錆び付かせる必要は無い」


と、促す。


受け取るエルレーンも、


「得意じゃ無いけど、〔ディスペル〕ぐらいなら」


と、呪文を唱える。


この、封じられし魔法を発動させる“解呪術魔法”(ディスペル)は、魔法の根源的基礎魔法だ。


「へぇ~。 エルレーンって、本当に魔法が遣えるんだぁ~。 凄いなぁ~」


感嘆するステュアート。


「ま~ね。 亜種人の特性だから」


と返すと一緒に、ステュアートへ光る小石を1つ渡した。


魔法の光に照らされた洞窟の中は、横幅・縦幅ともに。 川原に倒れていたデプスアオカースの大きさより、一回りは大きい幅だ。


然も、下の地面は、石が剥き出しと成っているのだが。 天井や側面には、あの壊れた山小屋に付いていたヌメヌメの粘液が、満遍なくベタベタと付いていて。 そこからニョキニョキと、青い笠をした茸が生えている。


ステュアートは、その発光する茸を眺めて。


「う~ん、見た目も毒々しいけど、眠っちゃうんだ~」


青白い茎に、ドス青い斑点がベタベタ付いたような笠の部分は、確かに毒々しい。 茎の長い物は、大人の中指程か。 だが、根元から何本も生えている茸も在る。


歩き始めるKに合わせ、2人も歩くが。 歩く途中に、ポロポロと落ちている茸を踏みたくないからか、避けて歩くエルレーンが。


「これ、朝のカエルが落としたのね。 狭い所を無理矢理に出てくるからよ。 ん゛っ、もうっ、スンゴイ一杯落としてるし…」


と、文句を垂らす。


光の小石をマントの前を留めるリングの一部に入れたステュアート。 本来は、留めた部分を隠す為、装飾した石をはめ込むガラス枠なのだが。 こんな時には実用的な事を、と試している。


その光で、緩やかに下る洞窟の奥を見ながら。


「然し、随分と奥まで掘りますねぇ~。 一匹や二匹じゃ~無いって、昨夜も聞きましたが。 こんなに奥まで、掘らなきゃいけないんですか?」


先頭を歩くKは、前を見ながらに。


「もっと奥の最深部は、実際に見ると驚くゼ。 巨大な洞窟が広がり、何百匹と奴等が居る」


ピクッとしたエルレーンは、


「なっ、何百ぅぅっ?!!」


想像以上の数に、驚いて顔が引き攣った。


「あぁ、そうだ。 例えるならば、“カエル帝国、洞窟編”って感じだな。 とにかく、ウザイくらいに居る」


冗談混じりに言うKが、余裕に見えるステュアート。


(知って、て、へ・平気なんだ・・・凄い)


その余裕そうなKは、更に続けて。


「だが、カエルだけと思い込むなよ」


と。


全く余裕は無い二人だから、身構えるぐらいに気を張り。


ステュアートが先に、


「どうしてですか?」


と、問うと。


「昔の冒険者の経験した話だと。 過去に大繁殖したカエルの洞窟が、彼方此方で繋がり巨大な迷路と化して。 その最深部は、ダロダト平原まで有ったとか」


「え゛っ?」


「ちょっとっ、それ不味いよっ」


ステュアート、エルレーンの二人は、更にただ事じゃ無いとビックリして見合う。


二人の反応は、Kとしても理解が出来る。


「ま、本当に数少ない事例だが。 ダロダト平原に棲む強力なモンスターが、その穴からたまぁ~に遣って来る事も有るらしい。 何が出るかは、奥まで行かないと解らんから。 色々な意味で、気を抜くなよ」


ステュアートも、エルレーンも、互いに見合うと頷き合う。


“Kが一緒でも気を抜くのは止めよう”


こう云う確認に成った。


「ふぅ。 ホンッと、サイっテーのカエルだわ」


とんでもなく強いモンスターの登場は、勘弁願いたいと思ったエルレーンの文句。


そんなエルレーンは、アクセサリーのイヤリングから着け外しが可能な石を外して、光の小石を入れて見る。 持って照らすと、武器も持てないと感じた。


さて、それからどのくらい歩いたか。 後ろの方へ振り返っても、もう光さえ見えないし。 地面に落ちた発光する茸の数がどんどんと少なく成る。


そんな処で、Kが止まった。


「あれ、どうしたの?」


左脇の後方を歩いて居たエルレーンは、先とKを交互に見る。


Kは、前を顎でしゃくり。


「どうやら、カエルの‘子供’《ガキ》が腹を空かせてるらしい。 俺達の匂いを嗅ぎ付けたようだ」


何かが来ると知った二人は、前に身構える。


そして、前を見ながらステュアートが、


「え゛っ?  こ・子供って・・オタマジャクシですかっ?」


と、驚く。


暗い洞窟は水の中でも無いのに、オタマジャクシが来るなど想像も出来ない。


「そんなに不思議でも無ぇぜ。 もう、後ろ足は生えてるだろうしな。 親が付けたこの洞窟内の粘液は、そんなガキの行動も自由にするのさ」


エルレーンは、固定された概念が違って来ると。


「カエルなら、カエルらしくしなさいっての゛っ」


二人が武器を握る処へ、Kは言う。


「いいか、口の中の牙が鋭く、刃物みたいになってやがる。 そして肉に喰らい付くと身体を捻るから、一瞬で喰い千切るぞ」


その言葉にエルレーンは、戦慄を覚えて震える。


「や・やだぁ~」


然し、嫌がるだけのエルレーンに対して、ステュアートは苦々しい顔をすると。


「ケイさん・・それってもしかしたら、誰かが犠牲に成ったって事ですか?」


するとKは、チラリとステュアートを見る。


ステュアートには、それが肯定する事だと解った。


「あぁっ、やっぱり…。 2・3日前の雷雨で、誰か…」


仕方無いと思いつつも、悔しいと云う表情を見せたステュアート。


エルレーンも、二人やり取りを見て。


(あ゛っ、子供が成長してるって事は、そうゆう事…)


と、意味を理解する。


そんな処へ、洞窟の奥から。


‐ キュキュッ・・キュッキュ…。 ‐


と、不気味な鳴き声がする。


ビックリするエルレーン。 洞窟内だから共鳴するので、何重にも響く。 数はどのくらいか、全く想像することも出来ない。


手をかけ直して剣を抜き払うエルレーン。


「それなら、敵討ちだわねっ」


ステュアートも鎖鎌を腰から外して。


「必ず戻るっ」


と、構えて前を見た。


Kは、ゆっくりと短剣を引き抜きながら。


「さぁ、悪いガキが来たぜ」


その話に合わせて、洞窟の奥から黒い塊が壁や天井を這って来る。


「うわっ、数が多いっ」


魔法の光が眼に当たると、青緑色に反射する無数の個体。


Kは、更に一歩前へ出て。


「いいか、お前たちは俺の討ち洩らしだけに専念しろ。 お前達に危険は、任せない約束だからな」


「ハっ・あっ!」


ステュアートが返答しようとした時、もうKの姿は消えていた。


「嘘ッ!!」


エルレーンの驚き声すら、酷く鈍い反応と言って良い。


遂に、Kの本領が残す痕跡を、二人は見る。 この洞窟の中に、一陣の刃の旋風が駆け抜けるのだ。


二人がKを眼で探して回る瞬間、何がどうなったのか。 現れたオタマジャクシの大きさは個体差が有る様だが、それは人の子供で例えると5、6歳くらいの大きさをした黒い身体のオタマジャクシ。 2人の視界が利く辺りの処で、そのオタマジャクシがバタバタと壁や天井から落ちるのだ。


「斬った処、全然・・見えないよ」


「私・・も」


唖然としそうなステュアートとエルレーンは、Kの遣った事の何一つもが見えない。


そんな固まった2人へ、奥の方より。


「ゆっくり後から追って来い。 動いてるのだけは、気をつけろ」


と、Kの声がした。


2人は見合った。 今のKの声で動き出さなければ、先には進めないと頷き合う。


「エルレーン」


「行くわっ、女王様が掛かってるのよっ」


然し、斬り裂かれたオタマジャクシの中を走り出して、2人は色々と気付く。


先ず、どのオタマジャクシも、カエルらしい後ろ足だけが生えていた。 そして、斬り裂かれて落ちてから、パックリと縦や横や斜めに斬られて割れるモンスター等。 血が出るのは、何とその後なのだ。


(ケイさんって、凄いっ! もしかして、今の現役最強なんじゃ・・)


まだ動く、深手を追っただけのオタマジャクシに、トドメを入れたステュアートは思った。


「鋭っ」


尻尾を斬られただけの個体に気合いを込めてトドメを刺すエルレーンは、引き抜いた勢いのままに剣を振り抜いて。


「やあっ!」


片足だけでも跳び掛かろうと云う個体を、流れで斬り割る。


(どうやっても足元に及ばないならっ、迷惑ぐらいは掛けないっ!)


気合いで、絶望を超える腕の差へ対抗する。 無駄でも、足掻かないよりはマシだ。


だが、2人の見るオタマジャクシの頭は、本当に鋭いギザギザの歯を有して。 この汚い唾液塗れの歯に彼方此方を噛まれたら、短い間で絶命すると解る。


また、手負いを相手にする2人は、倒されたモンスターの様子からして、どんどんとKとは離れて行くと感じた。 洞窟のかなり先へ、Kは向かって行って居るらしい。


その体液にて、新たな異臭が湧く。 Kの後を追って走る二人は、顔を歪めながらも最高の緊張感に支配されて…。 シッポだけ斬られたオタマジャクシが、凶暴な牙を白く見せて飛び込んで来るのに対し。


「させるかっ」


分銅の様な塊が付く鎖の先を、その個体の頭目掛けて投げるステュアート。


跳ね上がったその個体の頭を分銅の様な塊が打ち据えて、オタマジャクシの身体が後ろへ仰け反る時。


「貰ったぁっ、せいっ!」


素早く反応したエルレーンが、飛び込みながら斬る。 2人の連携で、オタマジャクシは動かなくなる。


また、一匹で天井をウネウネと動いて来るオタマジャクシに、ステュアートはまた。


「そらっ」


と、鎖を擲って先端の分銅で頭部を撃つ。


エルレーンは更に走って、裏返しに落ちた個体へトドメを入れる。


そうして更に先へ進む2人は、川の様に連なるモンスターの残骸を乗り越えた。


(何て数よっ)


驚くばかりのエルレーン。 この子供の分だけ、人が犠牲に成ってしまったのか。 考えるのも恐ろしい事だ。


その最中にステュアートは、鼻にまた新たな異臭を嗅ぎ取り。


「エルレーンっ、スカーフをしてっ」


「えっ?」


「モンスターが落とした茸がっ、胞子を出してるみたいっ」


「うわ゛っ、マジぃ?!」


「ケイさんの云う通りっ、濡らしたスカーフをした方がいいっ」


「わっ、わ゛っ!」


遅れて、また変わった異臭を嗅ぐエルレーンも、用意したスカーフを口に回して、また先を急ぐ。


下り坂と緩やかに平坦な道を行く二人だが、突然に行き止まりへ。


「あっ」


「わっ、行き止まりっ」


だが、エルレーンに向くステュアートが、左へ抜ける穴を発見し。


「エルレーンっ、後ろっ」


「へぇっ? あっ、こっち?」


その穴の方へ抜けると、洞窟二つが平行して、所々で壁となる内側の岩が壊れている。 幅広い穴へと抜け出れた。


今度は、その洞窟を走る2人だが。


「ステュアートっ、斬られたカエルの子供があっちこっちっ! どっちの穴に沿って行けばいいのぉっ?」


「臭いやケイさんの斬ったヤツっ。 それからっ、茸も目印だよっ!」


「茸っ? あ゛っ、茸っ!」


オタマジャクシの死骸が途切れる所で、左奥から微かな茸の発光が見えたエルレーン。 二人してその方に走ると、また別の穴へと移動する。


「な゛んでっ、こんな迷路みたいな穴をしてるのよぉっ」


走りながら文句を言うエルレーンに対して、その穴の洞窟を観察したステュアートは。


「多分っ、昨日ケイさんの言ってたっ、休眠に関係有るかもっ!」


「へぇっ?!! 何ぃ?」


「休眠っ! って、弱ってるヤツっ!」


「わ゛っ、此方にもっ、鋭っ!」


下り坂とも成れば、走る速さが増す。 走りながら話すなど、体力を使うだけだが。 それでもこのぐらいが、2人には丁度良いのか。


さて、横移動を含めて、洞窟を4本ほど走り抜いた時。


「うわあああ・・・っとっ?」


「うひゃ~ああ~~~~あ・・あら?」


ステュアートとエルレーンは、遂にとんでもなく大きな空洞に出る。 


「ひ、広いわぁ~~~」


感想を述べるエルレーンの声が、スぅ~っと遠くまで響き渡る。


ステュアートは、真上に小石の光を向けて。


「凄い・・、上が良く解らないぐらいに高い」


その後に続いて、辺りを見回したエルレーンが。


「横も、周りもだよぉ~」


「凄く・・広い感じだ・・・。 丸で、此処に町1つ、そっくり入っちゃいそうなぐらい…」


このステュアートの感想は、エルレーンにも理解が出来る。 本当に、それぐらい広そうに感じられる空洞なのだ。


そう言えば・・、


“先に来た筈の包帯男が、この何処かに居るだろう”


その存在を思い出したエルレーンは。


「あ゛~~、ケイ・・何処ぉ?」


と、Kを捜すべく声を出す。


すると、其処へ。


「真っ直ぐ前だ。 こっちに、カエルの吐いた兵士の服がゴロゴロと有る」


と、Kの声が返って来た。


その響き方や聞こえ方からして、ちょっと離れた所に居る様だ。


辺りの暗闇はとても暗い。 その支配力に恐怖感を覚えた二人だが。 互いに頷き合い、Kを捜して歩いていけば…。


「あ、居たっ」


漆黒の闇に紛れて、魔法の光だけを見たステュアートが声を出す。 スカーフを下ろした二人が光に近付くと。 デコボコした岩場が在る所に、Kが屈んで何かを見ている。


Kに近付いたステュアートが


「本当に、凄い空洞ですね」


と、声を掛けると。


下を見ながら頷いたKは、立ち上がって。


「此処が、奴等の住処さ。 今は日昼だから、穴ン中の奥で寝てるがな」


“寝ていても、近いのは嫌だ”


思ったステュアートは、自分の光を壁に向ければ。


「あ、本当に穴・・ってっ! 何なんですかっ、この岩壁にいっぱい空く穴は…」


そう、Kの居る辺りから先は無く。 巨大な空洞の行き当たりとなった壁を見上げて行くと・・。 壁一面にポッカリとした穴が、無数に見える。


同じく見たエルレーンも、


「え? あ・穴ぁ・・がいっぱいっ」


壁に何十、いや何百かも知れない穴が、軽石の様に空いている光景に目を奪われた。


その穴の大きさは、一つを取ってみても結構な大きさだ。


2人の後から穴を見上げるK。


「デプスアオカースは寝る時に、この穴の中の奥で寝てるのさ」


と、言ってから、自分の足元を光で照らし。


「それから、此処に兵士の衣服が有るぞ」


同じく顔を動かして確認するエルレーンだが、どの衣服もあの胃粘液に塗れているので。


「うわ~、カエルの胃液付きじゃん。 ど~やって持っていくのよ?」


尋ねられたKは、腰の水袋の1つを取ると。


「酸を中和してやればいい。 貝殻などの粉とこの山の水は、酸を中和する性質が有る。 混ぜて掛けろ」


言った流れでエルレーンに両方を渡した。


「え゛ぇっ? アタシが、ソレをやるのぉっ?」


次にKは、背負い袋から丈夫な紐を出して、ステュアートに渡すと。


「あぁ、俺はまだ遣る事が有る」


「遣る事って・・あぁ、卵の在る場所?」


「そうだ。 左奥の先に、かなり弱っちゃ居るが、人の生命波動を感じる」


「え゛っ、生きてるっ?」


「凄いっ、本当に誰か居たっ」


エルレーンとステュアートは、奇跡に近いと驚くのだが。


Kは、その姿が無惨なモノかも知れない事を考えながら。


「だから、俺が行く。 二人はコレに水を掛けて、紐で頑丈に縛って引っ張っていけ。 この塊を全部ぐらいなら、差して重くない。 半分ずつにしてゆけば、大丈夫だ」


するとステュアートは、Kの腕へ掴み掛かって。


「い・生きてるんですよね?」


と。


頷き返したKだが、ステュアートの目を見て。


「だが、いいか。 幼生、つまり俺等が来る途中で斬った子供ガキの体液の匂いがこっちの空洞に深く満ちれば、あの穴の奥に寝てる親共が起きる」


親はデプスアオカースと知る二人だから、ギョッとして無数の穴に振り返る。


Kは、そんな二人へ更に。


「気付かれるまで、もう僅かな時しか無い。 俺達の膝までその匂いが来てるから、親カエルがウジャウジャ起き出すのは、目前だ。 だから、俺の合図で何時でも逃げれる様に、この処理を早くして逃げる用意をしろ」


そのKの声は、幾分いつもより真面目な声で。


エルレーンも、ステュアートも、此処からが正念場と感じ、大きく頷いた。


2人の顔を見たKは、その身を翻しつつ。


「だが、無理はするな。 沢山のカエルが出て来て待てない様ならば、先に逃げても構わん。 怪我をされても、後々の行動に困るからな」


と、左の壁伝いに向かって行く。


急ぎ始めたエルレーンは、水袋の口を開いて。 白い紙に包まれた粉を水袋の中へ。


ステュアートは、Kが示した丸まっている黒ずんだ衣服の塊を2つ、エルレーンの足元にナイフで集めた。


水袋を振ったエルレーンは、その二つにダボダボと掛け始める。


一方、左側の壁伝いに行けば、新たな空洞へ入る穴を発見したK。


処が、其方に踏み込めば…。


(血にカビが繁殖した臭いだ・・)


と、感じるK。


黒く異臭を放つモノが、その穴の上やら下と全てに所狭しとこびり付く。


「………」


感覚を研ぎ澄まし、人の生命オーラの感触を手繰る様にして、何かが見えるまで行けば。 高さは入って来た洞窟と変わらないが。 横に大きく広がる空間に出た。 壁や天井には、カエル達の出した泡状の塊が、広がる空間に所狭しと壁を作っている場所だった。


短剣にて、行く手を阻む白い塊を斬る。 サクッと軽い音で斬れる白い壁は、既に乾燥化してしまった脱け殻の様なもの。 それでも乾燥化した白い塊の周りには、例の茸が繁殖してびっしりと…。


雨の日が続いた時に外に干せないからと、洗濯物を目一杯に部屋干しした様な・・。 そんな様子に広がる、繭の様な白い泡の塊だが。 この大半は、まだ茸の胞子を被るぐらいで、埃で汚れてもいない。 ひと月ないし、ふた月以内に出来たと思われるものばかりと見て取れた。


その一つに、眼が留まったK。


(やはり、相当な数の卵が孵ってるな…。 さっき洞窟で斬った幼生にも、数日間隔ほどの個体差が見られた。 斬った数をふまえても、犠牲は百や二百じゃ無い、何百・・・だな)


人の形に空洞化した白い塊の中には、中側だけ血が付着してカビた様子が窺える。 体内に入った幼生が腹を空かせ始めれば、我先にと餌の肉体を内側から喰うのだろう。


また、人の形に空洞化した中を調べても、指先すら残っておらず。 血が溜まると思われた足元には、共食いしたらしき幼生の一部が、カビた血のこびり付く中に残るのみ。


(喰われる瞬間は、まさに地獄だ。 兵士や冒険者達も、こうなると知ってりゃ~絶対に来なかっただろうによぉ)


下手な処刑方法より此方の方が恐ろしい、と思うまま繭の様な塊の間を進むKだが。 その一つを通り過ぎようとした時に、内側から破れた所に小石が放つ光が当たった一瞬、鈍い微かな反射を見た。


(何か在るな…)


手短に其処を調べれば、金属のペンダントが埋まっていた。 チェーンは喰い千切られて、ペンダントの本体は片側が血で汚れていた。 開いた中には、若い女性の絵が嵌め込まれていて。 恋人か、若き頃の母と思われた。


だが、直ぐに奥へと動くK。


(此処の本格的な捜索は、後回しだな。 オーラを放つ所は、意外に近い)


然し、崩れ落ちた塊を超えた先に、真新しく空洞化した塊の一つを見つけたK。


“行き過ぎる前に”


と、中をサッと覗いてみれば。


(ん?)


硬くなった白い泡状の物質に、同化した様に人の衣服が血を滲ませて残っていた。 そして、その塊のあちらこちらに、網の目のように空く隙間は、約・・拳大。 さっき倒した幼生の一番小さいものが、それくらい。 おそらくは、喰い破って出た跡だ。


(卵を含んだ泡に、人等のエサを包んで、此処にぶら下げる、か…。 以前に見たときは、仕切り壁のように何重も層を成して、その壁が幾つも奥へと繋がってたが…。 どうやら産み方は、個体より集団の単位で色々と在るらしいな)


学者故の一種の‘癖’と云うべきか。 分析をしながら、その泡の塊に取り込まれた衣服を剥ぎ取った。


その外、指輪が残っていたり。 軍服のコートの折り畳まれたものも見付かる。


(この酷い現状を知っても、あくどいヤツならば隠蔽しか考えないだろうな。 兵士や冒険者も帰らない今、長官と云う奴がやらかした事を知る生き証人は、数人と少ない筈。 あの三姉妹を見張る様子からして 恐らくそろそろ口封じが始まるだろう。 街にあの3人を返したが。 こりゃあギリギリの攻防に成るぞ)


兵士の生き証人が居ない現状は、やはり絶望的な一面も持つと。 ミルダ達3人の到着が間に合えばと思う。


先を考えながら奥へ奥へと歩いて行けば。 繭のような物がまだ隙間を作らない、白い塊で存在する個体を見つける。


(これだ、中に誰か居るぞ)


感じる生命波動は、かなり弱まっている。 だが、確かに中に閉じ込められた者は、まだ生きていた。 隙間から覗いて見える顔からして、まだ若い女性のようだ。


だが、覗いたKの眼には、別のモノも見える。 閉じ込められる女性の周りの白い塊の中に、蠢く何かが無数に居るのを…。


(本当に、こっちもギリギリの間合いだな。 泡の中の幼生も、孵る直前じゃないか。 ま、泡から出て無いんじゃ・・)


この泡の中の卵の殻をまだ破って無いと、安心し掛けたK。 だが、下まで良く見ると・・。 湿り気の在る塊の下には、殻を破った様な小さい穴がボコボコと見える。


立ち上がるKは、既に幾らかの卵が孵化したと見知った。


(既に孵化したヤツが居るならば、その個体は体内だな。 このまま連れて行ったら、幼生を斬った洞窟内の体液から出た水分で、体内の幼生を刺激する可能が在るぞ。 そうなりゃ・・・地獄だな)


体内から食い破られると云う事は、手の施し様が無い事態だ。 一瞬、考えたKだが、助ける方法はごり押し的な方法しか無い、と腹を決めて。


(仕方無い。 チョイと痛いが、死ぬよりはマシだろう。 我慢して貰うか…)


こう思うKは、左手に在る一番長い短剣を構えて、素早く一閃。 パックリと十字に塊が斬れた。


その瞬間、切れた隙間から、20半ばまでどうかと云う年頃の金髪女性が見える。 首や肩を窺うに、白いローブを纏っていた。


(僧侶・・後から加わった一人か)


更に一閃すれば、十字に斬れた繭を模る泡状の物質が斬り裂かれて壊れた。 それと一緒に、金髪女性のローブも斬れた。


「………」


前に倒れ込んで来るほぼ裸の女性をサッと受け止めれば。 白い泡に取り込まれた髪の毛などに、ウズラの卵ぐらいの半透明な卵が、ビッシリとこびり付いていた。


「何て数の卵だ。 然も、すっかり身体を為してら…」


半透明の丸い卵の中には、蠢くオタマジャクシ型の黒い幼生が居る。 長い髪を首筋辺りまで残し、バッサリ切ってしまい。 その後、残りの卵を剣で剥ぎ取り始めたK。


その時、親のカエルが眠る大空洞では。


大空洞の方に居るエルレーンとステュアートは、紐でグルグル巻いた黒ずむ衣服を引きずり。 走ってきた洞窟の出口に向かおうとしていた。


処が、


‐ ゲコ。 ゲコゲコ…。 ‐


背後の方から変な鳴き声がする。 二人同時に振り向いて、先にエルレーンが。


「何っ、今のはぁっ?!!」


「さぁっ、解りませんっ」


「いっ、今、何か鳴き声みたいの、聴こえたよね?」


「はいっ」


慌てたステュアートは、右手でマントの襟首を持って、光の小石を掲げて辺りを見ると…。


「あっ、彼処っ! 右の壁にカエルがっ!!」


「えッ?」


ビックリしたエルレーンも、少し鈍く成った光を其方に向けた。


2人の光が照らす先。 壁に穴が空いていた辺りの前に、デプスアオカースが姿を見せていた。


エルレーンは直ぐに。


「ケイっ!!!! 気付かれたっ!!!!」


と、ステュアートと二人で出口の洞窟に後退りする。


この時のKは、女性の下着すら脱がせていた。


「おいっ、起きろっ!!」


軽く女性の頬を叩く。


「う゛う゛う゛・・ううぁぁ・・・だ・れぇ?」


呻くような返事する女性は、血色の悪い蒼白い顔だ。 また、胸の大きい女性で、形といい大きさといい、中々お目に掛かれない位の立派な張りをした胸を持ち。 しなやかな白い肌の艶めかしい肉体をする女性の全身を見て、幼生の付着の有無を確かめながら。


「いいかっ、意識をしっかり持って聞け。 俺は、アンタを助けに来た」


すると、その美女が微かに頷く。


だが、Kは更に続けて。


「身体の彼方此方に、モンスターの幼生が着いてたが。 体内はどうだッ?」


するとその女性は、弱った掠れ声ながらに。


「に・・にげ・て…。 もう・・く・くちからも・・下・か・からも・・・は、入って…」


そんな絶望する美女の薄く開いた目を見返したKは、面倒臭そうに笑いかけると。


「おいおい、せっかく助けに来てみすみす見捨てるなら、最初っから助けネェよ。 それより、これから軽い衝撃を与えて苦しくなるが、助かる為に我慢しな」


話を聴いた美女は、弱く頷く。


その時、またエルレーンの声で。


「ケェェェェイっ!!!! カエルがっ、カエルがあぁっ! スンゴイいっぱい出て来たああああッ!!!!!」


と、聞こえて来る。


悲鳴の様なその声を聞いたKは、またも苦笑いし。


「女王様の声で、カエルさんが跪きに出てきたってかぁ~」


この非常時に、こんな戯言を言った瞬間。 右手を淡く光らせて、女性の顔から胸、腹、下腹部と滑らせて、下腹部で肌に密着させた。


そして、次の瞬間だ。


「そろそろ出ろ、悪ガキ共め」


淡く光るKの手から、光が消えて。 女性の身体の全身にその光が迸った。


その瞬間、ガッと眼を全開まで見開いた美女が。


「ぎゃあああああッ!!!!」


まるで斬られた様な、たぎるような声を上げる。


その大絶叫は、ステュアートやエルレーンにも届いた程。


さて、絶命する様な絶叫を上げて全身をツップさせた直ぐ後に、一転してぐったりと脱力する美女。


Kが女性をうつ伏せの体勢にすれば、呻き声が起こり。


「おう゛ぅっ! お゛っ、お゛えええっ・・・おううう………」


女性の口から汚泥のような幼生の塊が、ドバッと吐き出されて。 その後、胃液と一緒にドロドロと。 また、下半身の太股にも、ドロドロと両方の穴から流れ出た幼生が何十匹も。


背中をさすり、腹を押し込むKは。


「全部を出せ。 出さなきゃ死ねぞ。 非常時だ、醜い姿を晒しても、神だって流石に許すハズだ」


最初の嘔吐が利いたのか、咽せて咳き込むが、女性が吐かなくなって。 下半身からも出なく成った。


「よし、外で水に落として遣るよ」


酷いことを言う傍から、あの兵隊が持っていたコートに包んで腕に抱える。


(全く、また助けるのが女か。 この生き物を助けるのは、俺の宿命か?)


流石に、辟易しそうに成る事ばかりだが。 左手に短剣、右手に女性を抱えたKは、素早く引き返した。


一方、ステュアートとエルレーンは。


「どうなってのよッ!!! このカエルの群れぇっ!!!!」


空洞の至る所に空いていたカエルのネグラから、デプスアオカース《通称:カエル》がわんさかと溢れ出て来てる。 エルレーンとステュアートは、まだ小型のカエル3匹を倒し、それを盾にしたりして。 誰かを救出に向かったKを待っていた。


その倒されたカエルは、どれもが目を潰されており。 エルレーンとステュアートは、Kの注意を覚えていたようだ。


そして、新たに迫ったカエルの土手っ腹に、渾身の一撃で剣を突き込んだエルレーン。


「このぉっ!」


深々と突き刺さった剣を捻り、深手を負わせる事に成功する。


然し、身体の大きさが、昨日に戦った亀のモンスターとは桁違い。 痛みに暴れるデプスアオカースから離れようと、剣を引き抜い其処に。 水掻きの着いたカエルの手の関節が来て。


「う゛わっ」


剣で防ぐのが、やっと出来た事だ。 吹っ飛ばされてゴロゴロと地面を転がり、命懸けの気合いで立ち上がったが。 その顔には、擦り傷が何カ所も見える。


同じくステュアートも、大きなカエルの片目を奇襲から飛び込んで斬り裂き。 着地しては、倒れた別の個体の影へ逃げ込むのだが。 右肩から血を流し、頬に皮が剥けた傷を作って居た。


二人の様子と二人に迫る数十のカエルの様子からして。 ステュアートとエルレーンは、完全に苦戦している。


片目を斬られ暴れるカエル。 隙を窺うステュアートは、もう片方の眼を狙おうと試みる。


だが、其処に来たエルレーンが。


「ステュアートっ! 無理はダメぇっ」


「エルレーンっ、でもっ」


「暴れる奴らの力は、ガタいに似合うわっ! 見てっ」


歪んだ長剣を見せるエルレーンで在り。 それを見たステュアートは、片目を潰され暴れるカエルを見る。 他のカエルを蹴飛ばすほどで。 大きな目が弱点なだけ在り、狂った様に暴れていた。


二人は、このままでは不味いと、洞窟の方に逃げる事も考えた。


だが、その時だ。


‐ ギュゲエエッ!!!! ギェアアアっ!!!! ‐


いきなりだ。 カエルの断末魔と成る鳴き声が何匹も、一斉に上がった。


「何だっ?」


「今度は何よっ」


2人がその鳴き声にビックリすると、一部のカエルが宙に、横に飛ばされてバラバラに分解するではないか。


エルレーンは、その光景に。


「来たあッ!!!」


ステュアートも。


「ケイさんっ!!!!」


と、声を飛ばす。


すると、姿無きKが、声だけ飛ばし返して来る。


「逃げろっ、外に走れっ!!! 荷物だけ離さず、一度も振り向くなぁっ!!!!!!!!!」


その裂帛の気合いと合わさった声は、二人に有無を言わさぬ強さが有った。


「行こうっ、エルレーンっ!」


「解ってるっ。 女王様が、カエル如きに跪くモンですかっ!」


二人して、洞窟へ戻る辺りに置いた荷物へと走り寄り。 その服や装備品の一部を縛った紐をベルトに括って背負う。


「行くわよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」


女王様口調にて、エルレーンが先に走った。 続くステュアートも、痛む身体ながらに、全力で走る。


さて、二人が走った後を追って、カエル達は飛び跳ねる。


だが、Kの放った剣圧の刃が、その20を超えるカエル共の身体を斬り裂いた。


そして、2人を追うカエルが居なくなる其処には、金髪の美人を担ぐKの姿が現れて。


「よし、残りは掃除だな」


Kは、この広い空洞の境に現れて、後から起きて来るカエルの方に向き直った。


担がれる女性は、死に損いの顔でKの後ろからカエルの群を見て。


「にっ、にげ・ない、と…」


と、か細い声を出す。


処が、Kは…。


「フン。 後の憂いを丸々残したんじゃ~被害は消えない」


目を細める彼には、警戒しながら固まって、徐々にとにじり寄って来るカエル達を睨み付け。


「大体、御宅みたいに弱ってる生き物を、このカエル達はおろか、山のモンスター達は執拗に追いかけるんだ。 帰りは夜に成るってのに、モンスターに襲われても面倒だろう?」


すると女性は、力弱く。


「おい・・て、に・にににげ…」


と、この状態で自己犠牲と言う。


呆れたKは、包帯顔を横に向けて。


「阿呆ぅ、そんなら助けるかよ。 ま、それよりも、コイツ等にでも鎮魂歌を歌ってやんな。 心の中で構わないゼ」


こう言ったKの左手が、何時の間にか上に持ち上がっていた。 目前に迫ったカエル五匹が、舌を伸ばそうと口を開き掛けた処で、ピタリと止まるのは・・。 無論、斬られたからだ。


そう、Kは先まで解っていた。


自分達が入って来た洞窟を壊しても、このカエルは別に出入り口を幾つか設けている。 だから、洞窟を壊して出口を塞ぐのは、徒労に終わるだろう。


然も、悪事を正す事が上手く運べば、次はどうなるか。 恐らく、十中八九の割合で、この場に政府の調査と云う人の手が入るだろう。


そう成るなら。 モンスターをおめおめ残すのも、情けない話だと言える。


だから…。


Kに担がれた女性は、幽かに開いた目で、真の化け物がどちらか。 それを目の当たりにする事になる。


(おお・・神・よ。 貴女の化身が・・私の・・・目の・前に・・・居ら・れるの・・です・か?)


人間の10倍の体積は持つモンスターを相手に、その安い短剣一つで危なげなど全く無く倒し尽くすK。


朦朧とする意識下でも、美女の眼にその様子は焼き付いた。


そして、肉の塊と化して散乱するカエル。 無慈悲に、簡単に、また徹底的に。 起きたカエルを片っ端から皆殺しにした悪魔の様な男は、動く個体を見なく成った最後に、何故か大空洞の奥に向かう。


担がれる美女は、何故に奥へ向かうのか、その理由が解らなかったが…。


大空洞の一番奥に向かえば、其処には一際も二際も大きな、自分では動けないぐらいの大きなカエルが居た。


その個体を見たKは、


「や~っぱり、居たか。 古い洞窟が幾つも見えたから、居ると思ったゼ」


巨大なカエルは、Kに向かって大木の様な舌を延ばしたり。 胃酸を霧の様に吹いたり。 魔界の魔法か、黒い闇の力を現し飛ばす。 これまで倒された個体より、戦闘能力が別格の個体だった。


だが、Kはそんなドデカいカエルも、一振りで始末した。


カエルの洞窟帝国は、包帯男の出現で壊滅と成った。


         ★


さて、頃合いは昼時か。


外へ脱出したエルレーンとステュアートは、坂も下って滝の水が浅く溜まる辺りに来た。


「ハァ、ハァ、ハァ」


「ヒィっ、ヒィっ」


呼吸が乱れ、喉が壊れそうな二人。 エルレーンの長剣は、歪んで壊れ。 ステュアートの鎖鎌も刃毀れは酷く、鎖の連結があちこちで歪み真っ直ぐに成らない。


滝の水で顔を洗う二人は、水を飲んでから水辺より離れてヘタり込む。


「たす・か・・た」


ステュアートの絞り出した言葉は、本当に真正直な本音だろう。


それから二人が、ヘタって待つ事どれくらいか。 太陽が真上から少し傾き始めた頃。


「お~い、生きてるか?」


安穏とさえ聞こえる様なKの声がして、二人はそっちを見る。


数百匹のカエルを潰して来たとは、その様子から全く思えない。 女性を抱えて来たKは、気が抜ける二人を見ながら。


「どうだ、ちょっとは戦えたか?」


頷いたステュアートは、痛む腕を押さえる。


然し、此処でKはいきなりに、抱える女性からコートを外した。


「え゛っ? わ゛っわ!」


かなり立派な胸が露わとなって、ステュアートは慌てて岩壁の方に向く。


だが、驚くのはエルレーンも一緒。


「あ・あのぉ…」


突然のことで、言葉が上手く出ないのだが。 Kは水に女性を浸して、その下半身に手を入れる…。


「まだ、弱って動けない幼生が、何匹か残ってる。 体内に残して置くと、死んで皮膚が破けたら毒の体液が出て、この女の体内を毒すんだよ」


そんな説明など、遣っている卑猥さに勝てる訳も無く。


「うわっ、うわ゛~」


驚いて見ているエルレーンの前に、一匹・・二匹とオタマジャクシ姿の幼生を投げるK。


自分が捕まっていたら、こうなったのかと思うと。


(羞恥も、な~んも無いわ。 でも・・ケイって、女性の身体の扱いにも…)


顔を赤らめて見ているエルレーンの前で、五匹目の幼生を取り出したK。


「よし、さっき出した時に傷付いた体内は、時間を掛けるか。 後でテメェの魔法で治して貰うとするか」


この発言にて、エルレーンもその美女の事を思い出す。


「あっ、この人だ。 私より都合がイイって、ミルダ達の甥の人に選ばれたの。 確か・・アン・・・アンジェラ・・そう、アンジェラだわ」


濡れた女性の裸に、ゴワゴワしたコートをまた掛けるK。


「ほぉ、選定の決め手は、この無駄にデカい胸か、それとも人間ってトコか・・。 だが、今にしてみれば、こう成らなくて良かったんじゃ~ないか?」


アンジェラなる人間の美女を見て、何度も頷いたエルレーン。 カエルの幼生に体内へ入られるよりは、この今の方がまだ楽と思えた。


だが、その女性を担いだKは、背を向けて居るステュアートと、此方に向いて居るエルレーンを見て。


「エルレーン、ステュアート、今日はまだ休めないぞ。 このまま街道まで、一気に下山する」


もう疲弊した2人なのに、Kは下山を決めた。


2人は、事態がそれだけ暗中模索と云うか、目処の立たない処に在ると察する。 痛む身体を圧して、2人もKに続いた。


半日を待たず、目的を成功させて帰るK達。 この素早い行動は、好転に繋がるのか…。




〔その7.策謀と反撃の目立たない攻防。〕


ステュアート、エルレーン、Kとは、別行動と成ったミルダ達。 朝早くに出立した3人は、モンスターに遭遇する事も無く、斜面の登りを午前中で越した。 それから昼に差し掛かる頃には、マギャロの居たあの丘まで。 水だけ補給すると、息も絶え絶えと云う有り様ながら、休憩も少なくまた歩き出す。


Kは、早朝にミルダ達へ言った。


“夕方までにあの街道脇の夜営施設に着けば、割高でも定期運行の乗り合い馬車に間に合うだろう。 それから間に合わなくとも、金を積めば夜間行も了承する荷馬車が居るかも知れん。 とにかく、命懸けの気合いで、早くあの施設に向かえ”


その目的は、至極簡単な話。 バベッタの街に最短の日にちで帰る為だ。


そして、Kの考えを受けたセシルは、珍しく文句も言わずして汗だくになりながら、前を目指して歩いて居る。


道中、オーファーが。


“珍しく、文句も無いな”


と、云うも。


“人命が掛かってるし。 ミルダのお姉さんって、身重なんでしょ? お父さんを殺されたら、可哀想じゃん”


と、ややぶっきらぼうに返して来た。


人は、大変な時に見せる言動で、意外にも簡単にその側面を見せる。 セシルのそんな様子は、ミルダには頼もしい限りだ。


そして、夕方をまだ前にして、3人は夜営施設に辿り着く。


早々と着いた。 通り掛かる荷馬車に声を掛け捲ると、若い娘と老爺の2人が操る馬車が有り。 バベッタには直接行かないものの、その数里手前の別れ道までならば。 荷台が空いた為、飛ばしても構わないと言ってくれた。


バベッタの街へ流れる川を北に登れば、十数里の処に村より町に似合う集落が在る。 北から流れてくる水路が作る運河を守る為に、百数十年ほど前に開墾された集落だ。 水路を補修したり、水の流れを管理する守り役だったりと。 昔に任命を受けた役人一家が、大きな船着き場の在るこの辺りに移住したのが、その起源と云う。 今でも、交代で常に数百の兵士が駐屯、50人の警察役人や検閲役人が駐在し。 この集落の労働者の九割が、水路や運河を守る仕事に従事する。


その集落へは、バベッタの街から向かうとすると。 北に向かう街道を数里行くと、その集落に向かう分岐点が在る。 老爺は、その分岐点までなら乗せても構わないと言ってくれたわけだ。


話を聞いたセシルは、直接行かないならば、残りの歩きが面倒と思う。


然し、オーファーは、セシルにコソッと…。


(いやいや、これは好都合だ。 門番の兵士には姿を見せて、ケイさん達と別れた事を隠す嘘を吐かねばならない。 ならば、我々が急いで戻った事を悟られぬ様にする為にも、荷馬車が一緒に居ては面倒ではないか)


(あ、そっか)


昼下がりから夕方までの短い間に、この馬車を見付けられたのは運が良かった。 3人は、柴《薪の細枝》や発酵食品を売って来て、今は空に近い幌馬車へ乗り込み。 バベッタの街に向かったのだった。


その道中、幌の掛かる荷台の上で。 純情で素朴な娘を相手に、休みながらも緊張してか、大した話も出来ない3人は、つたない世間話をしてしまった。


そんな無駄なのか解らない話だが、待つ時間を費やすには使えた。 陽が暮れて、何時しか夜も更け始める頃には。 安い油で灯るカンテラ一つをぶら下げた荷馬車は、バベッタまで数里と云う分岐点に来た。


其処で下ろして貰ったミルダは、オーファーとセシルからも集めた金1500シフォンを老爺へと渡した。


「ちょっ、ちょっと待ったっ」


運賃にしては法外に入る金額に、老爺は驚いたが。


急ぐミルダは、


「いいのよ。 街に帰れば、それなりの報酬が入るから。 それより、頑張ってくれたお馬さんに、少しは労いも込めてイイ餌をやって頂戴」


と…。


無理に疲弊させた馬三頭の労力を加味した分と、こう言って持たせて見送る。


馬車を行かせた3人は、人気の無くなった道を先へと急ぐ事にする。


そして、深夜の入り頃。 緊急事態が起こらぬ限り、常に開かれるバベッタの北門へ、ミルダ、オーファー、セシルが入った。 Kと別れてから殆ど休み無しで、丸半日以上も進み続けて来た結果だ。


歩く最中に、夫の身を案じて焦ったミルダ。 夫だけじゃなく、姉のミシェル夫婦の事も関わるのだから、もう周りが見えていない様子だった。


そんな彼女に不安を覚えたオーファーは、門を潜る前に一旦止まらせて。 そして、Kの言葉を復唱する。


“いいか、門番に決して焦る姿を見せるな。 悪事を悟ったと云う処すらも、絶対に見せるな。 門を潜る処から、全ての戦いは始まっているぞ”


Kが先に行かせた3人に、冷静を促す為に残した言葉の一つだ。 ミルダの事は、常に兵士から監視されているとKは言った。 だから、


“焦ったり、おかしいと見て取れる様子を見せるな”


と、念押しした。


そして、その読みは的中する。


3人が、バベッタの街へと入る為、片側のみ開かれた門を潜ろうとすれば…。


「おい、そこの3人、ちょっと待て」


と、声が掛かる。


それは、‘案の定’と云うべきだろう。 篝火の明かりで、街に入る者全ての顔や姿を確認する衛兵がミルダを見て、狙いを付けた様に近付いて来た。


街手前でオーファーに、懇々と冷静な判断を説かれたミルダは、衛兵の男を見る姿から嫌々にして。


「なぁによ。 何か問題でも在ったの?」


すると、一昨日とは違う衛兵は、ミルダを訝しげに見て。


「俺は、一昨日にも貴女を見たが。 その時は、確か6人だったろう? 残りの冒険者は、どうしたのだ?」


この瞬間にミルダは、Kの予想が的中していると察する。 だから、至極眠たそうな顔をして。


「他の面子なら、戻るのは明日か、明後日よ。 モンスター退治は、ほぼ完璧に終わったけど。 駆け出し混じりだったから、半分が怪我したの」


「怪我・・。 そんな仲間を貴女方3人は、ほっぽりだして来たのか?」


「ちょっと、人聞きの悪い事を言わないでよ。 お金と食料は、一応渡して来たの。 お人好しの僧侶に小銭を渡して、傷を治して貰ってるわよ。 今頃は、無駄にバカスカ食べて、馬鹿の一つ覚えみたいな鼾でも掻いてるんじゃない?」


ミルダに聴いて説明を貰った衛兵だが、何故か更に突っ込んで来て。


「それは、何処で?」


「スタムスト側に向かう地下道前の、あの夜営施設よ」


「だが、何故に置いて来るのだ?」


このしつこい詮索には、ミルダも本気で苛立ち。


「アナタっ、アタシを馬鹿にしてるのっ!?」


「いやっ、誰もそんな…」


その衛兵へ迫るミルダは、目を細めて苛立ちを露わに。


「私はねぇっ、斡旋所の主をしてるのっ! 本来ならばっ、こんな三下の面倒なんか見ない立場っ!」


「あっ、あ・・そっ・そうなのか?」


「私の姉さんの夫はっ、アンタ達を束ねる部隊長よねっ? 何でっ、街道にモンスターが出たってのにっ、そっちが率先して討伐行動を遣らないのよ゛ぉっ!」


「いや、それは・・突発的な出来事で、此方も色々と手が・・足りないからだ」


「モンスターを倒した痕跡は、噂にも成ってない訳ぇっ?」


「いっ、いやいやっ。 街道を来た商人や旅人が、其方の行いを誉めていた。 さ・流石に、腕が・・在ると」


ミルダは、これもKの遣った事の賜物と、今は存分に利用させて貰おうと考えて…。


「それを遣った8割がっ、この主の私なのにっ! 何でっ、何時までも下らない詮索を受けるのよっ!!! 早く帰って、シャワーを浴びたいのにっ!」


役人のトップは、イスモダルだ。 彼への怒りを此方に転嫁させ、怒りまくし立てるミルダ。


すると、目視にて見張りをする、‘見張り場’と云うべき建物の内側より。 この詮索する兵士より、幾分か年上の中年男性の衛兵が現れて。


「おい、我々の代わりに頑張った、言わば功労者だぞ。 何時まで御引き留めするんだ」


と、窘める声を掛けて来た。


ミルダに責め返されて、タジタジの衛兵。 其処で、‘もういいだろう’、と云わんばかりに。


「ごっ、ご苦労様です。 夜間の事にて、つい失礼を。 どうぞ、ゆっくり休んで下さい」


と、通してくれた。


オーファーも、セシルも、迫真の演技だと感じる。


さて、街に入ったミルダは2人を連れて、斡旋所では無く、住まいに向かった。


この街の南東部には、兵舎から役人の宿舎が在る。 ミルダの夫は、街の政治を預かる高官。 その姉ミシェルの夫も、街に駐屯する兵士を束ねる高官だ。 2人の夫にはそれぞれに戸建ての一棟が与えられて、隣り合う家に住んで居る。 ミラは、その別宅の離れを勝手に使っていた。


然し、魔法を遣える3人は、霧の街でも後ろに気を配った。 実際、朧気にしか解らない事だったが、尾行が着いて居た。


然し、途中で撒かなかったのは、此方が尾行に気付いていると、相手に悟られ無い為で在る。 Kの話を総合すれば、そうゆう風に今はすべきとミルダやオーファーは判断した。


そして、その自宅の敷地へと入ったミルダは、オーファーとセシルに。


(悪いけど、外で見張りを頼める? 気付かないフリして、話が終わるまで近付けて欲しく無いの)


オーファーは、いよいよ本題に入ると。


(解った。 だが、ケイさんの読みが当たっていても、貴女の姉や妹を暴走させては成らないぞ。 これは確かに、慎重さも必要な心理戦だ)


ミルダは、しっかり頷いて返す。


そして、小さい庭を持つ二つの戸建ての間に入ったミルダは、先ずミラを尋ねた。


「姉さん? え?」


もう戻ったのか、と外に出たミラ。 離れの小屋の前で、顔を合わせる次女と三女。


ミラを前にしたミルダは、囁く様な声音にて。


「ミラ、前以て言うけど、絶対に声を大きくしないでね」


と、前置きをする。


その話し方に違和感を覚えるミラは、辺りを軽く見て探ってから、同じくヒソヒソ声にて。


「何? どうしたの?」


「実は、ユレトンの事なんだけど。 その事は、ケイに預けて来たわ」


「えっ? 預けたって、だ・だって…」


彼等のチームを捜す事を依頼にしたのだから、それを他人任せにするとは・・と、驚くミラ。


それも重々承知のミルダは、真剣な顔でこう言う。


「それよりも今は、私とミシェル姉さんの事が一番の気掛かりなの」


「はぁ?」


「ミラ。 全ての話は、ミシェル姉さんの家でするわ。 だから、コルディフを連れて来て頂戴。 大切な話が在るから、そう言って…」


確かに苛烈な一面も有るものの、平時は一番に冷静な真ん中の姉ミルダ。 心配性で、何事も考え過ぎる長女のミシェルや、感情の起伏がマチマチな自分の見守り役だ。 その姉が、こんなにも真剣な顔をして居る事で、ミラも次第に。


“洞窟に向かう間に、何かが在った”


と、察する。


「ミラ。 外には、セシルとオーファーが居るけど。 2人は、尾行して来た誰かを素知らぬ振りして、そっと見張りをしてるから。 邪魔をしない様に裏口から入って、裏口から連れ出してね」


「わっ、解った・・・」


さて、ミラに使いを頼むミルダは、裏口からミシェルの家に入る。 そして、歯を磨いて居た姉と顔を合わせるなり、口に指を宛てて黙らせると。 他人に話を聞かれる事の無い、屋敷の中の真ん中に設けられた客間へ向かう。


さて、ミルダの話で、不審ながらも夫を連れて来たミシェル。 また、ミルダの夫を連れて来たミラと、全員がその部屋に揃う。


するとミルダは、オーファーとセシルを面倒臭そうに振る舞いながら屋敷招き入れ。 窓の有る居間と、ミシェルが歯を磨いていた食堂に待たせる。 こうすれば、二人を無視して誰も侵入が出来ない。


そして、遂に身内だけを交えて、ミルダは真実を追及する話をし始めた。 先ず、K達とのこの2日間の事を全て話せば。 ミシェルも、ミラも、その飛び抜けた洞察力や技量に絶句。


また、ミルダの話がイスモダルの事に及べば、2人の夫も絶句する。 夫婦でも、仕事の事は全て話せない。 どっちにも、口に出来ない領域が在るからだ。


然し、その夫婦両方の領域に、統括長官イスモダルの力が伸びて居ようとは…。


2人の夫は、長官のイスモダルが、ミシェルやミルダに極秘依頼の事やら事情の口止めやらと、捜索依頼の揉み消しを計った事を知らなかったし。


一方では、妻のミシェルやミルダも、夫2人が口止めに自殺しろとイスモダルに脅され。 ご丁寧に毒まで渡されていた事を全く知らなかった。 夫2人は、都市総括長官イスモダルから直々に、自決用の毒を預かっていた。 そして、こう言われていた。


“良いか、両名。 冒険者の調査依頼が済み次第に。 この下書きの内容の遺書と共に、双方揃って自決しろ。 それが出来ないなら、ミシェルの腹に居る赤子とミラを此方に人質として寄越せ。 赤子は、一生の人質だ。 ミラは、俺の愛人として可愛がってやる”


統括長官イスモダルはこう言って、妻の安全を保証すると夫2人を追い込んでいたのだ。


2人の夫の話を総合すると、長官イスモダルの計画とは、こうだ。


先ず、極秘に未確認の情報を得た為に。 兵士達を調査に行かせた北の岩山に、兵士捜索としての捜索依頼を斡旋所に出したが。 冒険者達の捜索にも関わらず、兵士達が岩山に行ったと云う物証は何も無かった、とする。


そして、次に。


本当の出来事の流れからすると、これはかなり歪曲した内容だが。


“一部の兵士が、失踪した”


と、イスモダル自ら街の議会へ情報を公開する。


次に、都市議会へ兵士捜索の議題をイスモダルが提案した直後。 何故か、その理由は解らないままに、街道警備隊の隊長と財務政務官が自殺をし。 その知らせを受けたイスモダルは、両方の家を捜索させる。


すると、2人がイスモダルへ宛てた遺書が発見される。


然し、この遺書は当然の事ながら、イスモダルが自ら創った偽りの遺書だ。 2人がその下書きをなぞる事で、筆跡と云う証拠能力を伴った既成事実が生み出される、とこうゆう訳だ。


その後は、もうイスモダルの遣りたい放題と云う処。 その遺書を街の議会にて公開し、内部調査を実行する。


その結果。 財務政務官が私利私欲に駆られて、義理の兄弟と成った街道警備隊の隊長を唆し。


“西の溝帯へ行く途中に眠る、と長年噂される山賊の宝探しに、兵隊を使った”


と云うイスモダルの創った嘘が、事実として明らかに成ったと触れ回る。


最終結論としては、


“長官イスモダルが命じた、街周辺の安全調査を2人が利用した。 非常に悪質な犯罪、とでっち上げる”


と、こうゆう筋書きらしい。


だから今、バベッタ都市内では。


“行方不明に成った”


“何の調査をして居るのか、議会の人も解らない”


と、家族が騒ぐ行方不明の兵士達の事について。 イスモダルは誰の相談も無く、広報・相談部なる部署を通し。


“街の政治に於ける、重要な任務を遂行中で在る”


と、これだけしか発言していない。


処が、これが普通ならば。 任務に就く兵士の仕事内容とは、都市行政の議会で其れなりに議論するのが当たり前で在る。


然し、実際はその議論もせずに、長官のイスモダルは密かに4度も派兵している。 私欲に因る独断と専横の末の行動だから、寧ろ議会になど通せる議題ですら無いのだ。


そんな勝手の行為と知りながら遣って、結果はざまぁ無いこの現状だ。


それから、議会に関わる他の政務官や役人が、兵士の家族から相談された役人より、この話を聞きつけていて。


“議会で議題にも上がらず、行方不明の事案について話し合いもしてないのに。 長官のイスモダルが広報部を通し、そんな勝手な話をしたんだ?”


と、疑惑が生まれている。


議会を通す予定すら無い兵士の任務についての話を、どうしてイスモダルが勝手にしたのか。 兵士の家族から問われても、それを答えられない側からすると。 不満や疑惑を生む結果を招く、お粗末な様と成る訳だ。


もし此処へ、教皇王や大臣などの視察が来ると成ったら…。 そして、家族が行方不明に成って困った市民が、中央より来た権力者に嘆願でもすれば・・、さぁどうなるか。


中央より真偽を正す調査の手が入れば、長官イスモダルとて追求されるだろう。 そうなれば、ミシェルやミルダの夫と云う生き証人も居る今では、本当のことを秘密にはして於けなくなる。


だから今の内に、


“事実と虚実のすげ替え”


と云う意味で、ミシェルとミルダの夫を悪人に仕立て上げ。 疑惑と不満をそっちに向け、事を有耶無耶にしてしまう気なのだ。


ほぼ全ての事実を知った長女ミシェルは、まだ産まれても無い子供を人質に差し出せと聞いて。


「おっ、おのれぇぇぇ…」


歯が軋む程に怒り、良いように騙されたと悔しがる。


また、


“愛人に寄越せ”


と、モノ扱いされたミラは、無言ながらに手を握り締めて肩を震わせる。


ミシェルとミラの姉妹は、煌めく様な黄色と燃え上がる様な赤と云う。 個人特有となる魔力のオーラを目に宿した。


遂に、リスター・ザ・ウィッチ3人の怒りに、火が灯った瞬間で在る。 この3姉妹、本当にブチ切れた時はかなり危険な3姉妹だと。 冒険者時代は、有名な噂だった。


だが、先に冷静さを取り戻したミルダは、2人に対して説得する。


「ミシェル姉さん、ミラも、今はその怒りで暴走しないで。 ケイ・・あの包帯男は、私達の想像を遥かに超えた経験を積む冒険者よ。 直に彼が、消えた兵士の証拠をこっちに持って来るわ」


考えもしない計画を知ったミシェルとミラは、ミルダを見返して話を聴いて来る。


ミルダは、Kの推測や指摘や計算が、これまで全て当たっている事を言う。


そして、その上で。


「ケイの心配は、今の2人の事も予想してる。 確かに、彼の指摘の通りだわ。 私達が怒りから身勝手に事を起こせば、権力を全て握る相手の思う壺よ。 その対策も、ケイはしっかり考え有るから。 とにかく今は、2人も一緒に黙って堪えて」


だが、ミシェルのお腹には、大切な子供が居る。 そして、父親の命も懸かるのだから、怒りも一入。


ミラも、自分と家族の命をむざむざイスモダルに預けるなど、出来よう筈も無く。 打ち震える怒りに、身を染める。


今度は、ミルダが必死に、姉と妹の2人を宥める番だった。 その光景は、ミルダが行くと聞かなかった時とは逆で在る。


さて、それから暫くして、漸く姉と妹を落ち着かせたミルダは、真夜中にセシルとオーファーを追い出す。 金を渡して、さも厄介払いするかの様に…。


一方、そんな2人を外まで送るミシェルとミラは、ミルダの非礼を詫びる。


その様子を見た追跡者は、何を思ったのだろうか…。



         ★



そして、一夜が明けた次の日。


Kの指定した宿に、先ずは何も言わずして泊まった2人だが。 朝を迎えてセシルとオーファーは、直ぐに動き出す。


セシルは、斡旋所に向かうとして。


「外を堂々と行くからね」


と、1人で霧の煙る外に。


心配したオーファーだが、今はKから言われた事を最優先にすべく。 受付のカウンターにて、オーファーは若い働き手に。


「宿のご亭主に、折り入って話が在るのだが・・」


と、軽いチップを渡す。


すると、従業員の詰める部屋から、オーファーよりも目つきの鋭い大男が現れる。


「冒険者、俺に何ぞ?」


オーファーは何も言わずに、Kからの手紙を差し出した。


その手紙を読む大男は、冒頭を過ぎる辺りで目をギョッとさせて、食い入る様に全てを読み終えると。


「此方へ。 道の後ろは、こっちの手の者が面倒をみます」


と、態度からして大きく変わってしまった。


内心にて、本気で驚くオーファーだが。


「では、御手数をかけます」


と、その案内に従う。


宿の裏口から抜け出すオーファーは、黒人の偉丈夫なる働き手にて案内され、違う建物を経て裏路地に。


一方、オーファーの後から着いて来る若い色黒の働き手は、途中で黒人の働き手と合図してから消えた。


そして、黒人の偉丈夫に案内されて…。


(此処か)


遣って来たのは、都市の北部に在る寂れた一角。 行政区の裏側に回ると其処は、閑古鳥に纏わり憑かれたような光景が広がる。 寂れて人も居ない、枯葉などがそのまま積もる狭い路地ばかりになる。


案内して来た黒人の偉丈夫は、


「この柵に沿った路地を行け。 そうすれば、目的の場所に行ける。 我々は、尾行の者を追い払う」


と、ハッキリ言うではないか。


途中までは、人の多い行政区も通って来たオーファーだ。 路地にも人が大勢居たので、尾行には気付かず。


「誰か居たのか?」


と、黒人の偉丈夫に問えば。


「後ろを着いて来る筈の一人が、まだ見えない。 おそらく、尾行と追いかけ合いをしている」


「そうか・・、大変に助かった。 関わった皆さんに、礼を述べる。 有り難う」


すると黒人の偉丈夫は、背を向けて来ながらに。


「いや、前回はこの国の国難と、この街の一大事を救われた。 あの者には、此方も命を懸けて返す義理が在る。 それだけだ…」


去って行く黒人の偉丈夫に、オーファーを釘付けと成り。


(‘国難’? ‘一大事’? 過去にケイさんは、この国で一体何をしたのだ?)


Kの過去の事に関しては、驚くべき事だらけだが。 このまま、立ち尽くしてばかりも居られない。 黒人の偉丈夫に示された道を行けば、汚れた白い石で出来た小屋のような建物があるでは無いか。


「………」


黙って見るオーファーの視界の中には、丸い形状の屋根の下。 受付の窓が開いていて、その内側にはグースカと、鼾を立てて眠り扱けている汚い役人の姿が。


困ったオーファーだが。 その男の前に行き、Kに言われた通りに。


「失礼、‘堕ちて来たナイフ’を見つけたので、置いていきます」


こう言うと、錆びたナイフを腰より抜き出し、眠り扱ける男の前に置いた。


だが、近付いた時に良く見れば、髭も伸び放題の酒臭い、50絡みの垢染みた男がその眠る人物。


(ケイさん。 本当に、これでいいのか?)


様々な疑問を内側に抱えたオーファーは、不安を増してその場を去った。


だが…。


オーファーが去ってから、身なりもパッとしないずぼらな男は、寝ぼけ眼を擦るように起きた。 そして、錆びた鞘の短剣を引き抜いて、その柄に仕舞われた紙を読んだ後。 目をギラッと細めてから、それらを懐に仕舞った。


不思議な事にその人物は、まだ午前中だと云うのにも関わらず。 窓口を閉めて、何処かへ消えて行くのだ。


彼は一体、何者なのか。


何故、Kとこの人物が知り合いらしいのか…。


それから、Kが救った国難とは?


此処に来て、Kの存在は謎を呼ぶばかりだ。


さて、此処でセシルの向かった、もう一方の展開が在る斡旋所に目を移そう。


何時もの様に斡旋所を開いた3姉妹は、手伝いの少女も迎えて普段通りの行動をする。


開店と同時にセシルもやって来て。 ミルダには嫌われ、ミラとは意地の張り合いをする・・の、だが…。


密かに、三人三様で斡旋所を窺う。


Kは、ミルダ達3人を送り出すに当たって、こうも言って来た。


“いいか。 ミルダ達3姉妹の事を衛兵が見張ると云う事は、必ず身近に密通者がいる。 圧力の遣り方からして、それは冒険者だけとは限らないぞ。 ひっそりと見つけておけるなら、見つけておけ。 只、大元の相手に知られるくらいなら、何もするな。 俺等が戻ってからでもいい”


一体、どうしてそう思うのか、ミルダにもさっぱりと解らない。


そして、Kは全て考えるに中り、一つの注文も付けた。 その注文の内容とは…。


斡旋所の二階。 ミシェルが、何時も控えるカウンターに居る。


誰でも入れる訳では無い二階は、上級依頼受付の場所。 今、此処に入れるクラスの冒険者チームは、バヘッタの街に居なかった。


Kの言い渡した事を受けて、カウンターの内側にてミルダとミシェルが、或る事に関して打ち合わせする。


心配が顔に出ているミシェルは、黒革の本に記入をして。


「ミルダ・・本当に、コレでいいの?」


と、妹に問う。


ミシェルの顔は、蒼褪めてさえ居る。


一方、Kの指示に従う気持ちしか無いミルダは、もうその覚悟が出来ていた。


「えぇ、それで良いわ。 どうせ全てが暴かれるならば、一つくらい過ちは減らしておくべきよ」


ミルダの意志の堅さを知って、姉のミシェルも決意する。 主の承諾を示すサインを入れて、契約の完了をした。


さて、Kがミルダに言ったのは、何だったのか。


それは、行方不明に成っている兵士に対して、本当に正式な捜索依頼を設ける事だ。


然も、その依頼人とは、イスモダルでは無い。 兵士の家族や知人から来ている依頼を1つに束ねて、ミルダ達が請け負った、と変更する事なのだ。


長官イスモダルが、密かに依頼した兵士捜索依頼でも無い。 兵士捜索に向かわせた、冒険者達の捜索でも無い。


こうすれば、Kが見つけて来た物が尚更に意味を持つのだ。 都市の市民の誰もが、行方不明になった兵士達が山に行ったとは、まだ誰一人と知らない。 何せ、調査の名目で山に向かわせたのは、計4回。 だが、全ては長官イスモダルの独断での事。 こっそりと地下の非常用脱出水路を使っているので、関係者以外の誰も知らなかった。


では、何故にKは、こんな事をさせたのか。


実は、二手に別れる前の晩の時。 Kはミルダに、イスモダルの言った事を全て教えろ、と聞き込んで来た。


此方が喋れば、様々な事を察して先を読むKの思考に、ミルダはもう完膚無きまでに負けたと姉へ語る。


長官イスモダルは、密かにミシェルに面会を求めて。 依頼を出す事や家族の捜索嘆願を握り潰す事以外にも、こんな事を言った。


“良いか、お前たちの夫を無罪放免にしたいならば、だ。 仕事より戻った冒険者達には、‘何の証拠も無かった’、と証言させろ”


姉に脅しを掛けて来た事も、ミルダは語った。


その辺りまで凡その事を聞いたKは、長官イスモダルの手口を読み切った。 だがらそれを逆手に取り、‘証拠は有る’としてしまう事を狙ったのだ。


依頼と云う形の仕事にすれば、その依頼が有った事が証拠として、斡旋所の主人が持つ黒革の書類に載る事も計算に入れている。


さて、ミシェルとミルダが、その変更をした昼頃。


斡旋所の二階と一階を繋ぐ階段を、こっそりと這う様に忍び。 下から二階を覗く、お手伝いの少女が居た。 ミシェルとミルダの遣り取りを、どうにか聞こうとしたのだが・・。


突然、彼女の肩をセシルが掴んで、驚いた彼女の口を抑えて上に押し上げる。


急な二人の出現に、ミルダやミシェルもびっくりだ。


「まあっ、ど・どうしたの?」


問うて来たミシェルに対して、もがく少女の身体を拘束するセシルは。


「盗み聞きよ」


と、返すと。


セシルは、少女の顔を横から覗き。


「斡旋所で働いてるなら、此処の階お話は聞いちゃいけないの、絶対に知ってるでしょうに」 


内通者が居ると指摘されたミルダは、少女を見て。


「サリー・・ま、まさか貴女がっ?」


「うううう・・ウムムンヌウウ…」


嫌がりもがく少女に、強張った顔をするミシェルは、ステッキを持って近づく。


「サリー、真偽が解るまで、少し寝て貰うわよ」


黄色く光るミシェルの目は、少女を驚愕させるに十分だった。 蛇に睨まれる蛙の如く、ビクッと固まった少女に、意識昏倒の魔法を遣ったミシェル。


気を失った少女を受け止めたセシルは、ロープで縛り。 ミシェルの案内で、三階の奥に少女を仕舞った。


それから昼過ぎに成ると、斡旋所をミラとセシルに任せ。 自宅の屋敷へと戻って行くミシェルとミルダ。


二人の一番の心配は、長官イスモダルに責められている夫の存在。


Kも、


“夫に罪を被せる企みならば・・。 ミルダ、お宅が帰ってからは、その要求が一段と強く成る可能性は在る。 俺達が証拠を持ち帰るまで、失いたくなければ絶対に自決を阻止しろ。 その役割は、俺じゃ無いぞ”


と、言った。


一抹の懐疑的な想いが、ミシェルとミルダに無かった訳では無い。 だが、毒薬は既に渡されていた事実は、2人を慌てさせるに事足りる。


そして、昼下がり。


ミルダとミシェルの旦那が、屋敷に2人して帰って来た。 憔悴した2人は、ミシェルとミルダが居ると知らず、自決をしようと毒薬を探す。 街の中央に在る政府庁舎に出向いた際に、ミルダの帰りを聞いたイスモダルから、自殺を強く念押しされたのだ。


毒薬を探す夫を見た2人の姉妹は、夫の自殺を留めると共に。


(凄いっ、こんな事まで読んでるっ!!)


Kの予感が、悉く的中したことに驚くばかり。


2人の夫は、妻を守り、義妹のミラを守りたいが為に自殺を申し出る。


然し、此処まで未然に防いで、誰がみすみすに自殺させようか。 斡旋所の主として、前任者より引き継いだモノ、伝、物品は多い。 ミシェルは、ミルダと2人して夫を匿うべく、独自の伝を遣って手を回し始めた。 斡旋所の主の権限は、統括長官とて邪魔は出来ない部分が在る。


こうして、予想された不安要因は、ギリギリの処で均衡を保つように摘まれた。


         ★


一方、証拠を回収したKとステュアート達は、一体どうしていたか。 バベッタの街の流れと此方の流れは、糾える縄の様に表裏一体。 此方の動き次第では、ミルダ達の行動も無駄に終わる、と云って良い。


さて、昨日の昼過ぎより、手負いの3人を抱えた旅立ちを決めたKだが。 夜遅くまで掛かっても、無理を押して街道に到達した。


然し、その途中では、やはり手負いの3人の臭いを嗅いでか、モンスターがチョロチョロと出て来た。


ま、Kが居るのだから、その始末は手間取ることも無かった。


助けた僧侶のアンジェラは、Kに抱えられて居たから眠ってしまったが。 怪我をしたステュアートとエルレーンにとっては、苦しい旅路だった筈だろう。


その証拠に、2人は息が上がっても文句や泣き言を言わなかったが。 来る時にも立ち寄った、あの街道沿いに在る夜営施設に到着して。


“もう休めるっ”


となった2人は食事も忘れ、倒れる様にして眠る。 Kの渡した痛み止めが効いた所為か、疲労困憊だったかは、定かでは無いが…。


そして、夜が明けた、同じく今日。


朝になり、Kは乗り合い馬車の様子を見に行った。


一方、短い余裕を無駄にしない様にと、夜営施設を利用した他の冒険者を尋ね回り。 僧侶を見つけては、治癒魔法を掛けて貰うステュアートとエルレーンの2人。


数人ばかり尋ね回った僧侶の中で、お人好しな太った僧侶の男性が居た。 その人物、アンジェラと同じ神を信仰する人物で。 汚いコートにくるまれたアンジェラを案じ。


“良ければ、私の古いローブをあげよう。 僧侶は、信仰する神から肌身を長く離すものでは無いから”


と、譲ってくれた。


エルレーンは、それを50シフォンで買い取り。 ステュアートに壁を作って貰って、アンジェラに着せる。


然し、豊満が過ぎる胸を持った美女のアンジェラが、怪我をして身動きが取れないとも成ると。 下世話な冒険者や商人の格好の的と成る。 それに気付いた2人は、目を離す事もなかなか出来ず。 Kが戻るまで食事もしなかった。


これは、無意味な余談になろうが。 街道を行く旅は、世界的に見れば随分と安全に成った。


然し、依然として人攫いも居れば、山賊や盗賊も一向に減らない。


また、さすらう旅や思う様に行かない冒険者稼業にて、その人心を堕とす者も少なくない。 女性の冒険者の一人旅は、存外に危険な事も多いのだ。


その根源的な理由を探れば、人間の持つ様々な衝動が関係するのは、否定の出来ない現実だ。 男女が居る以上、性的な衝動に然り。 生き残る為、より楽に思える事をするのも、正に衝動的だろう。


だが、男性の性的な衝動を、一括りに‘動物’と云うならば、それは身勝手な言い訳と云えるだろう。 何せ、人間も動物と云って理由にするならば、動物らしく命懸けで子育てまで考えるのが当然。 然し、一方的な欲望のみの押し付けは、ただ単に快楽と衝動を散らす事に過ぎない。


一方、完全にその全てを否定する事が出来るか、と云うならば。 それもまた難しい処だ。 本能的な衝動が無くして、動物と云う行動など有り得ない。 然も其処には、我慢と云う制御も求められているならば。 確かに本人の思考や内面の成熟度に、その制御も委ねられる。


もし、心正しい仲間が居るならば。


もし、制御する意味を教える誰かが、人生の何処かに居たならば。


もし、‘愛する’と‘一方的にぶつける’には、お互いに人間と云う感情を持った生き物で在るならば、其処には果てしない溝が在ると知るならば。


“所詮は、動物。 されど、心在る動物”


その意味を知るならば、遣っていい事と遣ってはいけない事に、完璧では無いにせよ、自ずと幾らかばかりの答えを出せる様な気もする。


アンジェラを見守るエルレーンやステュアートをからかって居た者も居れば。 仲間のそんな態度を嫌って、叱る者や止めさせる者も居る。


人間が成熟して成長する様子は、ごちゃごちゃした人間模様の中にも、ハッキリと見て取れるのだ。


そして、朝靄も晴れて来た今。 イヤらしいニタり顔をした中年男の商人が、東屋の外側から中を覗き。 エルレーンやステュアートに、金の入っていそうな麻袋をチラつかせながらに、こう云って来た。


「なぁ、お2人さん。 その美人の僧侶さん、怪我をしてるンだって?」


と…。


間近で顔を合わせたエルレーンは、目つきや言葉に薄気味悪さを感じて。


「気を遣ってくれなくて、ケッコーよ。 乗り合い馬車で、バベッタに戻るから」


その行商人らしき中年男は、アンジェラの肌や身体を舐め回すかの様に見ては。


「そいつは、残念だなぁ~。 スタムスト側に行くってならば、その女だけタダで運んでやってもイイのによぉ~」


其処でワザと、金の入った袋を低い壁にぶつけて来る。


その様子は、


“金が欲しいってならば、その女と引き換えに幾らでも交渉するよ”


口には出さないが、態度でそう言っていた。


ステュアートは、取り合わない様に無視したが…。


この手の男には、過去の出来事から辟易しているエルレーン。 目を細め、刃傷沙汰も厭わないほどに険しい眼をした。


が、その時だ。


「おや、運んでくれる上に金まで付くなら、是非にアタイを乗せておくれよ」


野太い声ながら、それは女性の様な声音で在る。


ステュアートとエルレーンは、誰かと少し驚いて其方を向いた。 また、金をチラつかせる行商人も、イラッとした顔をして其方に向くのだが…。


“相手にしている女が違う”


そう苛立った中年男の行商人は、凶暴さを孕む目や言葉で相手を威圧しようと思った。 いや、反射的に追い払おうとしたのだろう。


だが…。


金を持った行商人らしき中年男は、目の前に居る‘巨漢’ならぬ‘大女’に身動ぎした。


「てめ・・・あ、な゛っ何だってぇ?」


その行商人らしき中年男がビックリするのも、相手を見れば無理も無いだろう。 現れた女性の身の丈は、エルレーンより身体半分より高く。 太股の太さは、細いKやステュアートの胴回りより太いし。 腕だって、肩口の付け根はガッシリして太いのに、肌に見えるは立派な筋肉。 ドデカい斧を背負って、短くした槍を片手にする、完全武装のデカい女性冒険者は、あのデプスアオカースにも似た顔を中年男に近付けて。


「乗っけてくれて、お金も貰えるってならばサ。 アタイが、イ~イ思いをさせてやってもいいよ。 な、ど~だい、お兄さん」


怪物じみた色気を食らって、行商人らしき中年男の悪意が消し炭の如く消滅させられた。 頬摺りしそうな程に近付く大女のニタり顔には、中年男の方が毒気を抜かれ呆けてしまい。


「い、いや・・止めとく。 流石に、おっ、お宅さんじゃ~馬が・・悲鳴を上げるよ」


強く返せない為、言葉を濁した遠まわしの拒否を口にして。 鍋を掛ける竈へと逃げる中年男だが。


大女の冒険者は、その男性の後を着いて行き。 恐ろしさまでの圧力も以て、自分の押し売りをする。


“敵と味方が、同時に来た”


と、そんな印象のエルレーンは、ステュアートに見返り。


「あの人、仲間に成ってくんないかな? セシルも、絶対に気に入るよ」


と、笑って言った。


処が、その間に実は、困った事態が発生していた。 夜営施設の外側の馬場ばばにて。 乗り合いの定期運行する幌馬車が、原因不明の形で壊された。 その馬車は、バベッタの街へ向かうハズだったものだ。


因みに‘馬場’とは、馬を休ませたり待機させる馬屋を含めた用地の事で在る。 世界の物流の基礎は、陸路は馬車で海路は船となる。 行商人や乗用馬車は、街や集落を発展させるのには必要不可欠な存在。 街道沿いの夜営施設には、規模の差はあれども、ほぼ確実に馬場は存在する。


さて、その壊される現場を目撃したKは、その馬車を壊した曲者を追った。


逃げる様に、溝帯側の丘の影へと行ったその曲者。 追っかけた上に問い質せば、毒を塗った長剣にて斬り掛かられる始末。 捕まえて知る事を吐かせたKは、暗殺やら諜報活動を金で請ける集団の存在を知った。


(この野郎め、あわよくば俺達を暗殺しに来やがったな?)


曲者の始末を付けたKだが・・。


(チッ、馬車を壊されたのは、チョット不味いゼ)


夜営施設へ、困りながら戻ったKは、まだ出立しない荷馬車を持つ商人に、バヘッタまで乗せてくれるか聴いて回る。


然し、包帯を顔に巻いた男を見て、何人もの商人は訝しく思ったか、断られた。


処が。


「アタシのボロ馬車でいいんならば、乗せてやってもいいよ」


日焼けした肌に着古した上下の上着とスカートを穿いた初老の女性が、ついでにと引き受けてくれた。


その馬車は、何と岩塩を運ぶ大型馬車。 馬5頭で引く、形は古いが頑丈な荷馬車だった。


Kは、幌の付いた荷馬車の中に、ロープを張ってハンモックを作り。 其処へアンジェラを乗せて。 自分たち3人は、四角くく切り出された岩塩の上に筵を引いて座る。


そのまま水場などに立ち寄りながら、休憩を挟んでバヘッタの街へ。 到着は、昼下がりの終わり頃だ。 魔法で回復をして貰っても、怪我をしたステュアートとエルレーン。 2人を抱えての歩き旅ならば、到着が夜も遅くに成って居た事だろう。


さて、その馬車で街に入った3人は、門番をする衛兵にも見咎められる事も無かった。


そして遂に、斡旋所へK達も戻る…。


アンジェラを抱えたKと2人は、オーファーとセシルの待つ斡旋所に戻る。


「ステュアートっ、エルっ、お帰り!」


1日半ぶりに会うセシルは、ステュアートに頬摺りをする。


帰って来たKに、オーファーが。


「言われた事は、今の処は何とか。 内通者は、手伝いの少女でして。 例の手紙は、指定の場所へ…」


了解する様に頷くKは、ミラへ。


「お宅の甥っ子のチームの生き証人だ。 弱っちゃ~居るが、話は出来るゼ」


遂に決着へ向かって行動すべき、と察するミラ。 夕方も近付こうと云う頃。 新たに結成したチームが、依頼を一つ持って帰った後。 “丁度、誰も居なくなった”、とミラは斡旋所を早々と閉めた。


カウンター席に座らされたアンジェラは、エルレーンに支えられて。


「マスター・・・ユレトンさんは、あ・あの・・大きなカエルに・・呑まれ・したわ」


“甥っ子が喰われた”


と聴くミラは、解っていても力が抜ける。


「嗚呼・・やっぱり」


Kは、其処に冒険者の遺留品を出して。


「ざっくりと探して見つかったのは、この一部だ」


遺留品を見るミラは、フィリアーナの刺繍が解け掛かる汚れたローブを見て。


「これ、ユレトンの仲間の・・」


その明らかにボロボロのローブに、セシルは思わず。


「これで解るの?」


と、問い掛けるのだが。


然し、その手にするローブの襟首を触るミラ。 縫い目の少し荒い、不器用な裁縫の痕を見て。


「このローブのフードと襟首・・縫って繋げだのは、私…」


「へぇっ?」


ミラの話では、ユレトンの相談役だった僧侶ヘドウィックは、ミラ達3姉妹のチームに居た嘗ての一人。


3姉妹が冒険者を引退して、結婚したミシェルとミルダだが。 ミルダの義理の弟と成ったユレトンが、生意気にも我が儘からチームを結成した際。 3姉妹のチームに居た僧侶ヘドウィックと女性剣士メドレーフェが、其処へ加わったとか。


ヘドウィックとメドレーフェは、ユレトンの我が儘をいなしながら三年もチームを組んで居た。


然し、ミラは。


「やっぱり、焦るべきじゃ無かったっ! イスモダルの圧力に、屈しなければ…」


絶望感に堕ちるミラだが。 ステュアートが持ち込んだ、その兵士の衣服や装備を見て。


「姉さんは、ハッキリした事は言わなかったけど。 一体、何人の兵士が行かされたの? 百人? 二百?」


涙に濡れて、化粧もしてないミラが辛そうに見える。 今朝は、朝から忙しかったのだろうと云う事ぐらいは、紅茶を飲んで外を眺めるKでも解る。


「さぁ、な。 だが、新たに孵った子供の数を考えると、何百人は間違いない。 親の腹を満たして、尚且つ子供までを大量に繁殖させてた。 今回、俺達がもし行かなかったら、また爆発的な繁殖を招く可能性も有ったぞ」


それを聞いて顔を抑えたミラは、


「私達3人は、主失格だわ…。 この兵士さんや行かせた冒険者チームに、どんな償いも…」


と、1人で懺悔をする。


そんなミラの様子に、ステュアート達も言葉は無い。


だが、Kだけは違う。


「アホぅ、泣いてる場合か。 早くこの一件に始末を着けて、家族に知らせる必要も有る。 それから巻き込まれた斡旋所として、真相を明るみにし。 事実を本部に報告して、沙汰を仰ぐ事も必要だろうが。 今は、感傷に浸る時じゃ無ぇぞ」


Kのこの物言いは、流石に厳しいと感じるステュアートが。


「ケイさん、この状況でそんな事を言わなくても…」


この優しさは、正にステュアートだけのもの。 エルレーンやセシルも、気持ちはステュアートに近い。


だが、やはり修羅場を潜った場数の違いか。 Kは、冷めた視線をステュアートに返すと。


「甘い事を云うな、ステュアート。 中途半端にしても、この一件が最悪の処へ堕ちるのを、俺が関わって未然に暴かなければ。 今頃この3姉妹の一件は、イスモダル側から協力会本部へと伝わって。 事件の首謀者が夫の仕業と決め付けられての後ならば、3姉妹揃ってこの国の法に照らし合わせての刑死か。 斡旋所本部の判断にて、暗殺される可能性も在るんだぞ」


聴いたステュアート達全員が、‘暗殺’の件でビックリする。


セシルは、ミラを見てからKに顔を戻し。


「マジで?」


甘い認識の皆に、軽い溜め息を吐いたK。


「全く・・。 いいか、斡旋所の主ってのは、斡旋所の運営を任される傍ら。 それを私利私欲に利用したら、それだけでも暗殺ものだ」


ステュアートは、父親が斡旋所の主をする事から。


「それは解りますが。 でも、今回は…」


「バカ。 それは、今の俺達が、この事件の裏を知ってるからそう思うんだ。 第一、この下らネェ計画を画策した奴を暴いて、ミラ達主側から事を正さなければ。 どっちみち、厳しい沙汰は免れネェぞ? お前らは一体、何を甘く考えてやがるんだ?」


Kの思考は、やはり群を抜いていた。 こう言っても、ステュアート達は微妙な表情で互いに見合うのみ。


“全部を言わなきゃダメか”


呆れと面倒臭さを噛み締めるKは、口を開いた。


「あのな、何よりも不味いのが、ミシェルがイスモダルの脅しに、一度は屈している事だ。 このままミラ達が手をこまねき、全てを国の主導で事件を解決されてみろ」


“国の権威に負けて、勝手な規定違反をした。 然も、夫婦や姉妹がそれに加担した”


「と、こうなれば、協力会は掟を破ったと黙っちゃない」


聞いていたセシルは、ミラを見て。


「何で、そんな風に成っちゃうのサ。 だっ、だって、脅されたんだよ?」


「脅され様が、騙され様が、そんな事はどうだっていい。 古来より協力会は、国と協力はして来ても、国の権威には屈しない姿勢を貫いて来た。 だから、街に在る斡旋所ですら、掟を守る間は半独立が認められてるんだ。 現実を見ろ。 所詮は、夫の保身の為にミシェルは屈して、ミルダも同じく。 ミラは、実情を把握し切って無いままに、事態の悪化を招いてやがっただろうが」


厳しい意見だが、オーファーは理解が行くと。


「確かに…」


Kは、泣き顔を強ばらせるミラを見て。


「最悪の沙汰を逃れる為には、このミラ達3姉妹も事件の解決に一役、いや。 裏方ながら全面協力をして、協力会は中立にて脅しには屈しない、そうゆう行動を見せる必要が在る」


ステュアートは、自分達が証拠品を持って来ただけでは、まだダメなのかと。


「でも、僕達は危険を冒してまで、この証拠品を持ち帰りましたよ。 これで事件が解決すれば、言い訳に成るんじゃ…」


すると、Kは首を左右に動かして。


「それだけじゃ生温い。 大体、今回は最悪まで行かないにせよ。 実情も、現場の危険性すら知らずに、イスモダルの依頼であの穴に行かされた他のチームら。 それから、イスモダルの欲望から犠牲に成った兵士は、一体どうなる?」


確かに、犠牲は多過ぎると。 ステュアート達は、返す言葉も無い。


そんな皆へ、Kは言う。


「一度でも屈した事実が在る以上、それを自分達から覆して反撃した…。 それぐらいの事実が無ければ、協力会も厳しい沙汰を曲げる事はしないぞ? テメェ等の立たされた立場も考えず、泣いて済むと考えるなら、俺は手を貸さんぞ」


と…。


生易しい事を一蹴するKの話は、誰も反論が出来ない。


また、姉2人の夫の自殺まで阻止して貰ったミラは、この期に及んで文句も無い。


「ごめんなさい・・まだ遣るべき事は、多いわね」


「当たり前だ。 お前たちだけを救う為に、俺は危険を冒した訳じゃねぇ。 偉い奴の断罪は他人任せでも構わんが、自分の遣った罪ぐらいは見据えろ」


ガクガクと、動かされた様に頷くミラ。


さて、アンジェラより更に話を聞けば。 アンジェラは、怪我をしたメドレーフェと云う女性剣士を連れて、一度はあの洞窟より逃げ出した。


然し、山小屋で休む真夜中に、デプスアオカースの襲撃に遭う。


彼女アンジェラだけでも逃がそうと、メドレーフェはデプスアオカースと戦って、舌の一撃を食らって絶命する。


逃げ出せなかったアンジェラは、デプスアオカースの舌に捕まって、あの穴に連れられた。 この艶めかしい肉体と大人びた印象の美女アンジェラだが。 その実年齢は、まだ23歳。 冒険者としてまだ駆け出しの彼女が、仲間を目前で殺されてしまった為。 モンスターに囲まれて一人、身動きが取れなかったしても不思議は無い。


そして、モンスターの臭い口の中で、気を失ってしまったアンジェラが、漸く気が付いた時に。 彼女の身体は、もう泡の中だった。


それから、動けないままに、薄暗い中で助けを呼ぶと。 アンジェラの声に反応したのは、アンジェラと一緒に一時的に加入した魔想魔術師の若者の声。 それから、ユレトンの作ったチームに最初から入っていた、傭兵の男性の声で在る。


身動きが取れないと知る3人は、


“時は違えども、同じくして捕まった”


と、知る。


だが、それから日数にして、どれくらい経過した時なのか。 茸の薄青い発光しか無い、暗い洞窟だった為に。 その経過は良く解らないのだが。 先ず、アンジェラの後ろに居た傭兵の男性が、茸の胞子が湿気に反応して撒かれた後に。


“う゛ぎゃっ! あ゛がががっ! ギャアアアアアっ!!!!!!”


突然、とんでもない悲鳴を上げた。


洞窟内に何度も木霊した絶叫は、アンジェラの絶望に向かう気持ちに拍車を掛けた事は間違いない。


そして、アンジェラの斜め前方に居た魔術師の若者も、それは同様で。


“アンジェラっ、何が在ったんだっ? おいっ、茸の胞子で眠る前にっ、頼むから教えてくれぇっ!!!!!!”


と、言って来る。


同じく知りたいアンジェラも、持てる力の限りに問い掛けたのだが。 幾ら声を掛けても、耳を澄まして声を聞こうとしても、返事が全く帰って来ない。


その後、一時的に茸の毒素から昏睡したのだが。


ふと目覚めれば、何が鳴き声の様な物音が聞こえて、血の臭いが漂っていた。


その事で、


“彼は、もう絶命したのだ”


と、アンジェラは察する。


何が起こったのか解らないままに、死への恐怖だけが全身に募った…。


そして、それから半日も経過して無いだろう・・、と思える間隔にて。 次に、魔想魔術師の若者が突然、


“う゛ぇっ、はぶぐっ、な゛っんだぁぁぁぁぁぁっ?! なん・・から・だ・のっ、なっ、なかに゛ぃぃっ”


と、こんな事を言い出した。


何が在ったのか、アンジェラは彼へ何度も問い掛ける。 だが、先に聞いた傭兵の男性と同じく、身の毛がよだつ絶叫を上げ、絶命したらしき彼。 静寂に包まれたアンジェラにも、その答えが解る時が目前に迫っていた。



仲間の二人が静かに成って、差ほどに時を要さずして。 自分を包む白い塊の中に、何かしらの卵が成長していると知り。 その後、身体に何やらが這いずり回って、口や下の穴に入り込まれた時。


“嗚呼っ、内部から食べられるっ”


と、朧気に理解した。


そう、茸の毒素に眠らされ、麻痺する間に自分が幼生のエサにされた事を知るのだった。 だから、まさか誰かが助けに来てくれるなど、予想もして無かった。


一方、それを聞いて居たミラだが。 ユレトンの仲間達が非常に苦しんで死んだ、と知るのは辛過ぎる。


話が終わった頃は、既に暮れなずむ夕方だった。 街の外は、毎日の恒例か。 霧が発生して、もう靄の処では無い。


その時だ。


“コンコン”


カーテンを掛けられて閉まった斡旋所の入り口を、誰かが叩く音がする。


「誰よ・・こんな時にっ」


涙声のミラは、本日はもう開かないとする看板を出して在り。 冒険者ならば、裏口を叩くと思って居た。


そんな彼女に、Kが。


「恐らく、俺への客だ」


と。


「え?」


Kを見返すミラに、脇目を返したKが。


「オーファーの便りが、或る人物に届いたのさ」


皆は、Kとオーファーを見交わす。


そんな疑問ばかりが滲む視線に晒されたKは、二度目のノックがした入り口を見て。


「ミラ、中に入れてやってくれ」


「あ、あっ、えぇ…」


慌ててミラがドアに回り、魔法で鍵を開けて戸を開いてみれば。


「あっ」


と、小さく驚いてしまった。


ミラの目の前、辺りが霧で霞むその中に。 黒く襟の高い、貴族の好む服の様な礼服に身を包んだ。 見た目の歳は、50絡みと思われる偉丈夫が立っていた。 髪型をオールバックに堂々とした姿は、‘威厳’と云う言葉をそのまま纏っている様な存在感だ。


その男性に驚き、身を引くミラ。


また、そのミラの動きに合わせ、斡旋所の中へと足を踏み入れる謎の人物。


そして、斡旋所の中に入り切った時。


「包帯男が居るのは、此処かな?」


と、謎の人物は、重い男声を出した。


見られて問われたミラは、またもや驚いて。


「えっ? あっ、・・えぇ」


と、Kを見た。


眉間に皺の寄った謎の黒い礼服の男性は、そのKを見る成りに僅かだが顔を緩ませて。


「やはり、貴方か。 お久しぶりですな」


腕組みしていたKも、入って来た彼を見て頷き。


「あぁ、だな。 だが、悪いが昔話の暇は無い。 どうやらアンタの出番だぜ」


すると、その謎の人物も頷いて、Kの前に歩み寄りつつ。


「どうやら、その様だな」


Kは、テーブル席に向かう狭間の通りに広げた、回収した衣服を首で指し示し。


「北東の山間部に在るモンスターの巣に、冒険者達を探しに行ったらな。 警備兵士隊の服や装備品が、ゴロゴロと出て来た。 どうやら街道警備隊長と財務政務官が、その辺りの事情を知ってるらしい」


「なるほど」


「ついでに言えば、そのミラと云う女に、姉が2人居るんだが。 その警備隊長と政務官は、姉2人の旦那それぞれだとよ」


Kが、謎の黒い礼服の男性に説明する間。 その人物を見るオーファーは、密かに目を見張った。


(この人物は、朝の時の・・。 あの、酔っ払った受付役人ではないか)


そう、朝に短剣を届けた相手だ。 今はかなり凛々しい格好だが。 決して見間違えない顔である。


Kの話を聞いて、アンジェラと云う生き証人も見て。 それから、証拠の品をまじまじと観察したその謎の人物。


他の皆全員が同じ思いだろうが、直情なセシルらしい。 彼が一体何者で、何処の誰か全く解らないので、Kに近寄り。


(ね、あの人って誰サ)


と、聴いてみる。


するとKは、ステュアート達を見回し。


「この男の存在は、こっちからベラベラ喋るべきじゃ無いが。 〔弾劾総務官〕と云う役職に就く、ジュラーディだ」


ステュアートは、証拠品を検める男性を眺めながら。


「弾劾・・総務官」


と、呟いた。


Kのざっくりした説明では…。


教皇王直属の隠密組織に当たる〔弾劾総務部〕は、各都市や町などを数年単位で定期的に巡回し。 一般の役人を装っては、権力者の横暴や不正に目を光らせるのだとか。 前教皇王は女性で、この弾劾総務官を置かず。 数十年の間は、不在の役職でも在ったと云う。


さて、証拠品を具に検める弾劾総務官ジュラーディは、


「なるほど・・。 コレは正しく、この都市の警備隊の軍服…」


と、呟いた。


そんなジュラーディへ、Kも様子を伺うべく。


「少しは、そっちにも噂や情報が入ってたのか?」


「実は、非常に薄い情報だけだった。 部下の補助官から回って来た話では、何でも現地在住の兵隊が80人近くも、理由無きまま行方不明と聞いていた」


「だが、ジュラーディよ。 巣窟に居たモンスターのガキの数から、卵を産みつける産卵場の様子からして、兵隊100人ぐらいじゃ収まらない光景だったぞ」


すると、証拠品より顔を動かしたジュラーディは、Kを見返し。


「今、長官イスモダルが組織する兵隊の配置と、実際に回って居る兵隊の交代の勤務内容は食い違う。 特に切り詰めた交代は、この街の門番やら巡回警備をする兵隊。 それから、街道巡回警備隊だ」


「切り詰めた頭数は、どの位か解るか?」


「恐らく、街の警備隊が100人。 街道巡回警備隊は、凡そ200。 他、町や村など大きな街や街道から離隔する集落に向かわせる兵隊も、50から80…」


「詰まり、400人近い兵隊が行方不明って事か?」


と、Kが問うと。


証拠品に目を戻すジュラーディは、厳しい視線を落とし。


「確認が全く出来ない噂ならば、町や村に呼び掛けさせて。 自由参加から来た若者や、職無し、宿無し、そうゆう者も消えている」


「そうか。 全く知らない場所に行くから、案内人や行軍補助に雇う一時の雑兵だな?」


「うむ」


Kは、ジュラーディへ。


「こっちの冒険者側は、協力を惜しまない。 アンタが直ぐに弾劾へ取り掛かれる様に、裏方として手伝おう」


このKの物言いを聞いたジュラーディは、またKを見返すと。


「流石は、貴方だな。 その様子だと、私が居ない場合の遣りようも考慮されて居たらしい」


「フン、当たり前だ。 アンタが居ない事も睨んで、公に騒ぐ手筈も整えておいた。 が、居る今回は、アンタに全て任せる」


ジュラーディはKを見て、軽く目礼すると。


「有り難い事だ。 我が国の不正を、我々で正せるのだから」


こう言ったジュラーディは、証拠品を再度見下ろし。


「では、明日にもう一度、此方に使いを伺わせ。 これらの証拠品を頂くとします。 今は、街道警備隊隊長や財務政務官に話を聞く方が先だ…」


すると、腕組みを解いたKは、


「なら、少し待て。 この斡旋所を見張る向こうの狗を、先に捕まえやろう。 繋ぎの手が切れれば、此方を窺う奴らが来る筈。 俺が、直に相手してやる」


と、外に。


Kの姿は、まるで手段を選ばない悪魔。


ステュアート達は誰も、何も言えない。


そして、程なく。


「そら、3人も居たぞ」


戻って来たKは、顔つきからしてならず者風の白眼を剥く男達を。 服を数珠繋ぎの様に縛って、引きずって来た。


セシルは、その男達を見下ろして。


「うわっ、うわうわうわ…」


間近に立つオーファーは、霧でオーラが感じられ無い中だが。


「1人ぐらいは居ると思っていたが。 3人も…」


ジュラーディも来て、全員が曲者を見下ろす中。


曲者をテーブル席に向かう通路へと引っ張ったKは、離したその場からミラを見て。


「ミラ」


と、声を掛ける。


「えっ? あっ、何?」


「この数からして、万が一も考えろ。 ジュラーディを案内しながら、護衛に行け。 それから、エルレーン以外の皆もだ」


ビックリする意見を聞いたセシルは、Kに。


「ケイは、斡旋所で・・敵が来るのを待つ・・・の?」


「あぁ」


頷いたKは、上を見上げ。


「それから少しばかり、盗み聞きしていた娘を調べてみる。 只単に、金の為で探って居た様には見えないからな。 動けないアンジェラとこの阿呆どもの見張りに、エルレーンだけ残ってくれればいいさ」


ジュラーディは、この斡旋所を見張る敵の眼が消えた事を考慮し。


「ならば、ミラとやら。 姉2人の元に、案内を願おう。 全て話を聞いて、此方が動く」


遂に、こうゆう形へ成ったのか、と思うミラは、全てを明らかにする必要が在ると覚悟して。


「解ったわ。 じゃ、今すぐに出ましょう」


と、外へ。


ジュラーディの後ろからは、ステュアート、セシル、オーファーが出て行く。


一行が出て行くとKは、見張り役の曲者等をロープで括る。


そして、


「よし。 三階から微かに聞こえてるが。 暴れてるお嬢ちゃんを、此方へと連れて来るか」


アンジェラに寄り添うエルレーンは、あのサリーと云った手伝いの女の子と知り。


「本当に、あの子は内通者なのかな。 そんな風には、見えないけど…」


この意見を聞いたKは、呆れた笑みをエルレーンに返し。


「エルレーンよ。 そんな事を言ってる内は、悪党の事は解らんゼ?」


「どおして?」


「悪党って云うのは、頭のイイ奴ら程に人の弱みへ付け入り。 そして、嘘と真を入り交えて相手を騙す」


ムッとした顔をしたエルレーンは、感じて思ったままに。


「薄汚い奴らって事ね」


「そうだ。 それに、な。 内通者なんてのは、意のままになりゃ~いいんだ。 手の内にちゃんと引き込む必要も無ェ。 或る意味、蜥蜴の尻尾より簡単に切れる駒。 そんな処よ、内通者なんてのはな」


こう言ったKは、上の階に上がって行く。


そんな姿を見るエルレーンは、ボソッと。


「どれだけ、裏切られて来たの?」


間近に居るアンジェラは、


「え?」


と、エルレーンを見る。


Kの行った後を見るエルレーンは、何処か悲しい顔だ。


「あんな意見、人に裏切られなきゃ言えないよ。 裏切る側と裏切られる側を理解するなんて、どんな経験を積んでるんだろう…」


確かにそうかも知れない、とアンジェラは思う。


だが、もしKが少女を調べる事を後回しにしたならば、どんな結果に成って居たか…。


いや、それは無い事だから、余計な事は要らない。


さて、Kが上に向かって直ぐ。


「離せっ、離せ離せ離せ離せ離せ離せぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!!」


斡旋所にて、ミラやミルダの手伝いに働く、サリーと云う少女の声が響く。


ランプの灯りが灯る斡旋所内は、もう夜の闇に包まれていた。


一階にまで縛られた少女を連れて来たKは、エルレーンとアンジェラの見ている前で。


「話が終わるまで、簡単に離せるか」


「何でっ? 何にも悪いことはしてないもんっ!」


「アホか、お前。 もし、誰かの差し金で上級依頼の部屋を探ったならば、事と次第に因ったら殺されても仕方無ぇぞ」


「え゛っ?!!」


‘殺されても仕方ない’とは、少女も全く知らなかったのか。


Kは、少女を縛る縄の余りを柱に巻きながら。


「斡旋所の上級依頼を受け付ける部屋は、主の絶対的な領域。 他人に聴かれたら不味い話や、絶対に秘密を守らなければ成らない・・、そんな内容の話も在るんだぞ」


と、少女を柱に縛る。


「そ・そんな…」


驚く少女は、まだ10歳を過ぎたばかりの背丈。 12歳と言っているが、もしかすると年齢を偽っている可能性も在る。 真面目そうな印象の落ち着いた顔付きを普段はする、長い黒髪をした容姿で。 厚手の赤いオーバーオール風の繋ぎに、チェック柄と成る着古した長袖シャツを着て居た。


“殺されても仕方無い”


とは・・。 知らなかった事とは云え、言われて本当にビックリする少女。


その少女の目の前に屈むKは。


「お前、盗み聞きを頼まれた奴らに、何て言われて手伝う事にしたんだ? 然も今日は、危なっかしい薬まで持ちやがってよ…」


と、少女の上着の腰脇ポケットに手を入れた。


その途端に少女は、新たに驚いて。


「止めてっ! 嫌っ、取らないでっ!!」


嫌がる少女のポケットより、白い三角折りにされた薬包紙を取り出したK。


‘取るな’、‘触るな’と喚く少女の必死さは、エルレーンやアンジェラには心苦しい光景だ。


だが、薬包紙を広げるKは、その白い顆粒状の薬を見てから。


「おい、こんな毒物を何に使う気だった? 言えっ」


と、鋭く少女に問い掛ける。


だが、一方で。 予想もしてない言葉が出て、


「ど・・どく?」


喚くのもピタッと止まり、そのまま固まる少女サリー。 泣いて喚く顔が、お面の様に強張ってしまった。


だが、毒物と聞いたエルレーンは、サリーを見て異様な組み合わせと感じ。


「サリー、良く聴いて。 そのお兄さんは、凄く優秀な薬師だよ。 何で、毒なんか持ってるの?」


と、聴いてみる。


すると、俄に顔をクシャクシャにして泣き出すサリーは、


「違うっ! これは毒なんかじゃ無いっ!! お母さんのお薬だもんっ! イスモダル様がっ、密告したらくれるって! お母さんっ、一回は元気に成ったんだもんっ!!」


と、こう喚き立てるではないか。


その話を聞いたエルレーンは、


“1回は元気に成った”


と云う、其処に注目し。


「じゃ・・薬?」


間近に居るアンジェラと見合って、確認を得ようと2人でKを見た。


だが、同じ箇所に注目したKが。


「‘薬’だぁ? 馬鹿、そりゃあヤバいぞっ」


今度は彼が驚いて、少女に近付く。 腰を落として視線を合わせるままに、喚く少女の肩を掴むと。


「おいっ、元気に成ったのは、いつ頃だ?」


軽く揺すって、真剣に問い掛けた。


そして、問い続ける。


「何度、コイツを飲ませた? もう、食事もしなのいか? まさか、水も飲まなくなったか?」


「あ・・」


喚くのを止めて、サリーはKを見る。


だが、Kには何かが解っているらしい。


「この薬は、効果が半日ぐらいだろう? だが、効果が切れると、幻覚を見てうつ病みたく成ったり、突然に怖がって逆上するだろうっ? えっ、どうだっ? 今はどの辺りだっ?!」


と、問い掛けるのだ。


この短い間にエルレーンとアンジェラは、明らかに奇妙な光景を見る事と成った。 Kが次々と問うごとに、サリーが段階を経る様子にして、どんどんと動かなく成る。


(何? どうした・・の?)


Kの問い掛けが終わる時。 サリーの涙眼がKを見返して、ジッと止まって居た。


そして…。


「ど・どして、わかる・・の? お母さんの・・今がっ、なん・で? 何で・・・解るのっ?」


と、Kに問い返すではないか。


問われたKは、サリーの話で何かを察したのだろ。 屈む体勢から余所を向き。


「何て事だ。 チッ、汚ぇやり方しやがるっ。 水も飲まねぇならば、もう末期症状だぞ…」


こう唸った。


その様子に、何か緊急的な危険を感じたエルレーン。


「ケイ、ちょっと・・。 それって、どうゆう事よ?」


立ち上がるKは、手にした薬包紙を睨み付け。


「この薬はな、この辺りの乾燥地に生える仙人掌の根と、南部の森林に生える芥子の実から作る、一種の混合麻薬だ」


「えっ?」


‘麻薬’と聞いたエルレーンの驚きは、相当なもの。 無論、アンジェラや少女サリーも、それは同じ。


エルレーンは、咄嗟の感覚にて。


「でっ・でもっ! 1回は、元気に成ったって…」


それを聞いて、苦々しく目元を険しくしたK。


「あぁ。 少量でも飲めば、確かに最初は一日寝ないでも動くからよ。 傍目には、元気に見えるのさ。 だが、この薬の恐ろしい処は、たった一回で依存症に落ちる程の副作用だ」


「え゛っ? たった・・い、一回で?」


「この薬が禁制品に成った理由が、正に其処だ。 薬が切れると頭痛や関節痛を伴い、精神的な不安感をも煽るからよ。 その様々な症状を抑えたくて、また逃げたいから常用する様に成る」


「それって、最後は・・」


エルレーンの予想を含めた中途半端な言葉。


Kは、こっちを見上げる少女サリーに、その険しい目を向けると。


「何度か服用すると、不安感が強くなり、被害妄想が起こる。 その後は薬が切れる度に幻覚症状が出て、暴れる様に成る。 そうなる頃には、完全に食欲が消え失せてるだろう。 そして、もう手の施しようの無い末期には、水も飲みたく無くなる…」


すると、幽かに震えているサリーが。


「そう・・なっちゃったら?」


「最後だな」


「さ・さいご?」


「薬の毒素で痩せ切った体は、既に脱水症状を起こしてるのに。 食べる意欲も、飲む意欲も消え。 幻覚が怖くて動けなく為る」


サリーは、薬でそう成ったのだから、別の薬が在れば・・そう思ったのだろう。


「じゃっ、他のお薬はっ? どくなら、お薬で・・消せないの?」


子供でなくても、この発想は出て来るだろう。


だがKは、首を左右に動かして。


「残念だが、そうなったらもう何の薬も効か無ぇ。 奇跡の妙薬すら、弱りきった身体には劇物と成る。 身体に、薬を吸い込む力が無くなるのさ」


絶望的な話に、エルレーンも思わず。


「だったらっ! 他に手が無いならっ、どうすればいいのっ?!!」


顔を少しだけ横に向けたKの口からは、


「痛みと心的疲労に苦しみながら、死を待つしか無い。 だから、作り方すらも禁忌とされたんだ」


「そん・・な…」


薬を持ち上げたKは、それをエルレーンに見せ。


「これは、薬師が作った代物じゃ無い。 技術も、混ぜ合わせる容量も、何もかもへったくれのない。 ただ強引に製法を真似た、クズの様なもの。 濃度が高過ぎるから、半年なんて要らねぇ。 病人ならば、半月も飲めば死に至る」


最悪の事実を告げられた少女サリーは、罪悪感や恐怖心などが頭を染める。


「そんなっ、そ・・んなぁっ!!! お母さんの・・お母さんのっ、今の状態だわ…。 あっ、あ゛ああああああっ!! うっ・嘘だった・・病気の身体に効くなんてっ、全部全部っ、嘘だったぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!! う゛わ゛ぁーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


斡旋所の中に、少女の絶叫が木霊する。 一人の年端もゆかない少女の身体から、これだけの慟哭が溢れようとは…。 サリーは壊れてしまったかの様に、強く、大きく泣き出した。


実際、正にKの言ったままの症状で、母親は徐々に痩せていった。 常に貰える薬は、一日一回分。 だが、最近は薬の効力が切れる夕方を過ぎると、母親は酷く脅えて暴れるのだ。


サリーの泣き声に、エルレーンは強く唇を噛む。


「惨い・・、遣り方が穢すぎるよっ!」


だが、サリーを見下ろしたKは。


「なぁ、エルレーンよ」


「なによ゛っ?」


「この一連の事件を操った長官ってのは、そんな言葉も生温い奴だぞ」


Kの覚めた声に因る話で、


“もしかして、まだ何か在るのか?”


と、エルレーンは怖く成る。


「どうゆう事? まだ、何か…」


頷いたKは、サリーを見詰めながら。


「どうやら黒幕の野郎は、今日で全てを終わらせる気だったらしい」


「何よ、それっ。 全てって、何を?」


「良く考えてみりゃ、確かに可笑しい」


「はぁ?」


「これまで、俺達が滞在して居た間に、サリーからこの薬の匂いを嗅いだ事は無かった。 おそらく、現物を仕舞わせるか。 毎日、サリーが戻ってから渡して居たんだろう」


「そ、それが・・何?」


其処でKは、エルレーンの方に横顔を見せると。


「良く考えてみろ。 何で、サリーが今日に限って薬を持ってる?」


「あ、そう・・言われると、何でだろう…」


「今回は、態と仕事に出る前か、斡旋所に着く手前で渡したからさ」


「あ、なるほど。 って・・確かにそうかも知れないけど。 でも・・、どうして?」


「おそらく、向こうの筋書きはこんな感じだ。 ミルダが俺達と街の外へ出たりして、向こうも不安に煽られた。 だから、今日の午前中で帰って来たミルダと姉の旦那が、更に脅されたとミラが言ってたろ?」


「あ、うん。 ミシェルの知り合いを通じて来た手紙で、確かそんな事を言ってたけど…」


「そう、2人の旦那が自殺すりゃ、もう向こうの思い通りだった。 不正を死んだ2人に擦り付け、この斡旋所に役人の手を入れる。 其処で見付かるのが、麻薬を持ったサリーだ」


此処まで説明されると、エルレーンでも朧気に理解し。


「あ゛っ、それなら・・ミラやミルダも…」


「あぁ。 3姉妹を捕まえる言い掛かりのネタが、其処で完成さ」


「何て・・、遣り方が穢いのよ…」


ムカっ腹の立つエルレーン。


然し、話は終わらないとKは続け。


「後は、禁制品の薬と解った処で、ミラやミルダ達を全員捕まえれば。 全ては、向こうの用意した意向に沿う裁きに持って行ける。 完全に、闇へ葬る気だったらしい」


仮にもこの宗教国の権力者ながら、遣り方や考え方が汚いと云うか、穢らわしいにもほどが在ると。 そう思うエルレーンの腸は、もう煮えくり返るほどに苛立ったのだ。


「ケイっ、絶対的にぶっ潰せるんだよねっ?!! こんな酷い奴らっ、生きてる価値無いよっ!!」


感情の赴くままに、力んで吠えた。


するとKは、何故か泣き続けるサリーに近付く。 そして、彼女の縄を解いて、エルレーンの元に連れて来ると。


「当たり前だ。 そして、繋ぎが切れて情報が来ない事に痺れを切らした馬鹿が、ごり押しの手段に出やがった」


「へぇ? なっ、何てっ?」


問い返すエルレーンの言葉と、ガラスの割れる音が起こったのは、ほぼ同時だった。


異常を知らせる音にエルレーンが驚いて、


「ちょっとっ、何っ?」


と、その場へ問う。


そんな彼女に、サリーを寄越すKは。


「いいか、この娘とアンジェラを守れよ」


と、こう言った。


(‘守る’って)


言葉に違和感を感じたエルレーンが、物音のした斡旋所のテーブル席の奥へ振り返れば。 カウンター席とは反対側の奥に、口元を覆う様に布を巻いた黒装束の男が2人、破った窓から入り込んで居た。


「あれって誰よっ!」


只ならぬ怪しさに、エルレーンは新しい剣の柄に手を掛けた。 斡旋所に来る途中で、安物の剣を行き当たりばったりで買ったのだ。


各テーブル席に向かう為に、テーブル席に挟まれた通路の入り口まで歩いたKは。


「おそらく、サリーを始末する為の殺し屋、だな」


淡々と、物静かな語りにて言う。


“サリーを始末する殺し屋”


こう聞いたアンジェラは、サリーが狙われていると驚き。


「だっ、だ・駄目ぇ」


満身創痍の身ながらに、サリーを抱き寄せた。


だが、通路に立つKの口元は、場違いな含みの窺える笑みを見せた。


「こりゃ~好都合だゼ。 捜そうと思ってたそっちから、尻尾を出してくれるとはなぁ」


このKの声に合わせる様に、二階の階段から下りて来た人物が。


エルレーン達3人が、其方を素早く振り返って見れば。 奥に現れた2人と同じく、黒装束姿をした禿頭の大男が降りて来た。 オーファーよりも頭半分か、それ以上も高く。 サリーの存在を捜す目つきは、凶暴な異常性がギラギラとしている。


びっくりしたサリーは、


「おっ、外に…」


と、エルレーンを見上げる。


だが、Kが。


「外で待ち伏せを食ったら、どーする気だ。 い~から、其処に居ろぉい」


と、笑みを浮かべたままのいい加減な口調で言った。


禿頭の大男は、一階の奥に現れた2人の男を見て。


「いいか、今回は此方も手数が少ない。 2人だけで、この全員を殺せ。 それが終わったら、居なくなった主と冒険者を追うぞ」


と、命令する。


然し、それを聞いたKが、ジロリと片目だけで大男を見て。


「フッ、俺を殺るってぇ? 笑わせるな、薄汚ぇ暗殺者崩れがよぉ。 道も究められずに、楽な道へと逃げた雑魚が」


こう言った瞬間、エルレーン達3人の目の前からKが消えた。


まるで見えない壁が突然に現れたかの様に、一瞬で消えたKにサリーが目を丸くする。


その直後。


「う゛ぎゃあああああっ!!!!!」


また突然に、禿頭の大男が絶叫を上げた。


エルレーン達3人が、カウンター脇に下りてきた禿頭の大男をパッと見ると。 あろう事か、店の天井に大男はぶっ飛ばされ張り付いた後に。 貼り紙でも剥がすかの如く、ベロ~ンと天井から離れて床へ落ちる。


「うわわわ…」


その光景を見たサリーは、怖そうな大男が一瞬で倒された事に惚けてしまう。


だが、こんな事を予想もして無かったのは、挟み撃ちする為に奥から飛び込んだ2人の曲者だ。


「ぬっ!!!」


「副頭っ!」


一階奥の2人の男は短い声を出すぐらいで、その場を動けなかった。


それは、Kの姿が何処にも見えなかったから。 曲者2人の視界の中、命令した禿頭の大男の腕や足が、在らぬ方向に曲がって動かない。


そして、何時の間にか。 禿頭の大男の向こうに、背中を見せたKが佇んで居るのが見えた。


そんなモンスターの様なKに、曲者2人は怖れる余りに解り易く警戒する様子を見せて。 引き抜いたショートソードを構えるのだが…。


禿頭の大男の向こうの階段前で、曲者2人に背中を見せるKは。


「全く、ありがてぇ事だ。 どうやら殺し屋の残りは、お前等だけみたいだな?」


と、曲者2人の方に振り向いて。


「ちょっと殺しを覚えたぐらいの雑魚が、俺達を殺してから向こうに行くってぇ?」


禿頭の大男を踏みつけ、乗り越えて。 曲者2人の方に近付いて来ながら。


「余計な事をベ~ラベラと言ってくれて、こっちは感謝だがよ」


2人の殺し屋は、エルレーン達の居る前に留まるKに、嘗て無い畏怖を感じる。


だから、


「おいっ、とにかく目的をっ」


「あっ、ああっ、ガキかっ?」


「あぁ、女のどっちでも人質にすればっ、アイツも手出しは出来ないっ!」


と。


実に、間抜けな2人だ。 エルレーンやアンジェラを盾に取ろう、と宣言して。 互いに見合うのだから。


だが、相手はこのK。 そんな余裕が、何処に有るものか。 曲者2人が、再度目標を確認した瞬間だ。


「おい。 先ずは、俺が先だろう?」


と、Kの姿が幾重にもブレ出した。


「くっ、化け物かっ」


「とにかくっ、外へっ」


動きに自由を求め、窓から外に出ようと振り返った2人だが。


「よぉ」


2人の目の前に、テーブルの上に屈みながら乗るK姿が。


「あ゛っ」


「何だとっ?」


完全に度肝を抜かれた2人は、その場で身動きも出来なく成った。


「どっ、どど・どうして…」


「こ・こんな・・バカなっ」


驚く曲者2人が、呻くように言う。 いや、瞬時に回り込んで居たKは、確かに恐ろしく怖い。


だが、2人が動けなく成ったのは、それだけが理由では無いのだ。 今、人間のモノとは思えない強烈な殺気を孕むKの気配が、前方のKのみ成らず。 後ろ、横、天井と、四方八方から感じられる。 それを例えるならば、この店の至る所に、Kが何十人も居る様な感覚だった…。


その恐怖は、サリーやアンジェラも、2人を守るエルレーンも感じれる。 自分達に向かっているモノではなくとも、人間の動物的な本能が恐怖するのだ。


そして、その恐ろしさに固まる女性3人の見ている中で。 殺し屋の2人が泣きべそを掻く様な、そんな姿にて助けを懇願する時。 何をどうされたのか、曲者2人がその場に倒れてしまうのだった。


(す・すすす・・すご・いぃ…)


Kを相手にした殺し屋達に、一瞬だけ同情したエルレーン。 自分なら直ぐに武器を捨てて、逆らわずに投降するだろう。


さて、2人の男達が倒れた傍に、Kが立っている。 Kは、気絶した2人を半身にて見下ろし。


「俺に喧嘩を売る以上は、感情すら死滅する覚悟をしろい。 …って、気絶しちまったか」


殺し屋の恐怖が去ると、カウンター席にエルレーンが凭れ掛かる。


「こっ、腰が・・抜けた」


凶悪なモンスターですら震え上がらせるKに、殺し屋風情が勝てる訳が無い。 その凄絶な恐ろしさと強さに、味方のエルレーンでも怯えるほど。


だがKは、そんなエルレーンに奥から。


「エルレーン。 アンジェラを連れて、三階に隠れてろ」


と、言うのだ。


「へぇ? 三階って・・何でぇ?」


「斡旋所は、この奴らの脅威から離れた。 だが、そのサリーの家は別だ」


こう言われたサリーは、


“何で家が?”


と、Kを見るし。


「家?」


と、サリーを見たエルレーンも聞き返すし。


喋るのが辛いアンジェラも、Kを見返す。


気を失った2人の殺し屋の手先を、特殊な縛り方で動けなくしながらにKは言う。


「今日、サリーが斡旋所に来る間でこの薬を貰ったならば。 サリーを始末する気って訳だ。 そうなったら、向こうの最も面倒な残りモノは、生きて居る母親だ」


然しサリーには、母親がどうして関係するのか解らない。


「お母さんは、何にも知らないよっ」


ま、こんな真面目な少女だ。 悪党などの狡猾で凶悪な精神など、理解すら難しいかも知れない。


然し、Kは違う。


「お前、ガキだから仕方無いにしても、甘いぞ」


「どうしてっ?」


「お前が受け取っていたあの麻薬は、作る知識すらもう廃れてる。 滋養強壮薬とか何とか嘘にしても、貧民の一家が手に入れられるなんざ、絶対に出来ない代物なんだ。 もし、母親をほったらかしにして、幻覚症状などから警察役人に捕まってみろ。 様子が可笑しいと家を調べられたりして、その服用していた薬が判明したら大事に成る。 今日、お前を始末するならば、一緒に母親も始末するさ」


「え゛っ」


驚くサリー、アンジェラ、エルレーン。


パッと、外へ出て行こうとするサリーだが。


「待ってっ!」


咄嗟に反応したエルレーンが、その服の肩口を掴む。


「離してっ! 帰らなきゃっ、お母さんがっ!!」


爆発的に湧き上がる不安感や恐怖心は、少女の心を一方へ突っ走らせる。


喚くサリーを、エルレーンが引き戻すと。


「いい加減にしな゛っ!」


腹から全力で怒鳴るエルレーンに、サリーもビックリして固まる。


エルレーンは、サリーの目を見て。


「たった今っ、こんなヤバい奴らに襲われたんだよっ?!! お母さんを1人で見に行ってもっ、2人揃って殺されるだけっ! 悪い奴らの思い通りに成って、どうするのっ!」


泣いて、泣いて、泣いて、喚いて、恐怖して、不安感に責められるサリーは、その顔をくしゃくしゃにし。


「だってっ、私にはもう・・お母さんしかっ、家族が居ないもんっ!」


だが、エルレーンには解る。 心配を口にした以上は、Kが動く・・と。


「行くな、って言ってない。 サリー、あのお兄さんと行きなさい」


泣き出したサリーが、泣きじゃくって。


「うぅっ、行って・・くれるのぉ?」


「大丈夫、絶対に行くよ。 私とこのお姉さんに、隠れてろって言ったでしょ、今」


縛り付けが終わったKが、カウンターの方に向かって来る。 その動きのままに入り口のドアまで来て。


「行くぞ」


と、言う。


その行動は早く、言葉は時として簡潔だが。 思慮は深く、先を見通す闇色の男。


サリーが、後ろからKを見上げると。


「案内しろ。 お前ぐらい、俺が守り通す」


“母親を助けに行けるっ!”


Kを見て、こう解ったサリーは。


「うんっ」


緊張と、行くしかないと思う真剣な眼差しをして頷き。 何度拭いた解らない手の甲でまた涙を拭いて、霧の立ち込める夜の外へと出るのだった。


外に出たKは、サリーを抱えて消えた。 向かったのは、街でも貧民が多く住まうスラム街で在る。


さて、Kは間に合うのか…。


         ★


Kとサリーが消えた後。 2人に成ったエルレーンとアンジェラ。


「ハァ~…。 昨日と今日だけで、仕事を10回ぐらいした気分…」


次々と起こる事に緊張し過ぎてか、もう身体が重く感じるエルレーン。


「ほん・と、に」


か細い声で言ったアンジェラも、同じく疲れた。 殺し屋の居た緊張感から解放されると、倒れた男が其処に居るのに、もう眠気に支配されそうなのだ。


エルレーンは念には念を入れるべく、斡旋所の外を窺えば。 通りの向こうから人の声は聞こえるものの、夜も更け始めたと察した。


そして、中に戻るとドアを閉めて。 掛けられるだけ、カーテンを割れた窓に引いてから。


「それじゃ、隠れて居ようっか」


と、アンジェラに言った。


目蓋の重いアンジェラも、ストゥールを利用して身を正せる。


そのアンジェラの肩を担ぐエルレーン。


「ありがとう…」


か細い声で、礼を言うアンジェラだが。


見返すエルレーンは。


「てかっ、さ」


「は、い?」


「アンジェラって、決して太ってる訳じゃ無いけど。 骨太だから、ケッコー重いわ゛っ」


「ま・・」


顔を困らせるアンジェラは、確かに背丈が普通の男性より高い事が困りものだった。 Kは軽々と抱き上げてくれたから、その事を忘れていた。


然し、危険を一緒にする間柄に成れば、エルレーンも余計な気遣いをせず。 二階への階段前まで行くと、アンジェラに。


「特に、そのデッカい胸。 出来るなら半分ばかり、セシルにあげたら? 向こうはツルッツルで、困ってるし」


と、言ってから笑う。


口の悪い冗談と察するアンジェラは、苦笑いを返した。


処が、2人が一緒になって、階段の一段目へ足を上げた時。


突然、また入り口のドアが開かれて。


「わっ、わ゛ーーーっ!」


と、セシルの声がする。


何事かと、エルレーンとアンジェラが振り返って見れば。 其処に、ミラも入って来て。


「え? え゛っ?! ちょっとっ、何よコレって・・なんな訳ぇっ?」


文句を言いながら、エルレーンとアンジェラを見返して来た。


ステュアート達とミラが、何と戻って来たのだ。


皆を見たエルレーンは、漸く安心が出来ると。


「う゛~、助かった…」


こう言って、アンジェラを階段に座らせた。


さて、斡旋所の窓を壊され、ムカムカしたミラ。 エルレーンに踏み寄り。


「ちょっとっ! これは一体っ、何なのよ!」



と、禿頭の大男の手を知らずにを踏んで問うて来る。


「わ゛っ、人っ」


気付いて飛び退く、そんなミラを見返すエルレーンだが。 サリーの事を思うからか、怒ったり笑ったり出来ず。


「実はね、ミラ」


「何よっ、これは誰っ?」


「その禿頭の大男と、奥の床に転がってる2人は、貴女達3姉妹とお手伝いのサリーを狙って来た、殺し屋達だよ」


“命を狙われた”


そうと知るミラは、禿頭のヒクヒクする大男を見下ろした。 然し、こう言われても一部が解せないから。


「どうして、仲間のサリーまで? あの子は、向こうの仲間でしょ?」


思い返すのも嫌な事実に、エルレーンの顔はまた一段と虚しさに染まり。


「サリーは、長官のイスモダルから騙されてたみたい」


「‘騙されてた’?」


「えぇ…。 ぶっちゃけ、貴女達の事をイスモダルがどう言ってたかは、正直な処で良く解らない。 でも、盗み聞きした目的は、病気のお母さんに効く薬欲しさだった」


「病気? 病気・・病気…」


ミラはサリーの母親が病気と聞いて、怒りの火に冷や水を掛けられた様に、ブスブスと沈んで行くのだが…。


「でも、ね、ミラ。 話は、そんな簡単なモノじゃ無かったわよ」


「それって・・何? 結局の処、薬は貰えて無かったの?」


問い返されたエルレーンは、さっき知った事実から湧き上がった憤りが、また再燃する様な無念を感じる。 軽く、その唇を噛んだ後。


「ケイが、サリーの持ってた薬を観て、それは・・身を滅ぼす麻薬の類だって…」


「え?」


自分の耳を疑ったミラは、エルレーンの前に屈んだ。


「エルレーン・・今、何て? ま、まやっ、麻薬?」


「うん。 一回使っただけでも、心身を蝕む酷い麻薬みたいで。 昔に、依存症に成る確率がほぼ確実の薬だから、世界的に禁制品に成った薬みたい」


「そ、そんな・・。 冗談でしょっ?」


とんでもない事態に成った、とエルレーンに聞き返すのだが。


エルレーンは、殺し屋まで送られたこの事態は、Kの推測を確実なものにしている・・と。


「それが・・・ケイが、さ。 その薬を服用し続けた場合の・・ほら、後遺症・・って云うのかな。 悪く成って行く様子を次々に聴いたら、サリーの様子からして、もう・・手遅れの末期みたいだった…」


事態の重さを知るミラは、びっくりして立ち上がる。


「ちょっと待ってっ、ちょ、ちょっと待って…。 でもっ、ケイは、これまでも斡旋所に来てたわよ? 何で、今日に限ってサリーが、そんな薬を持ち歩いてるのよっ」


「それが、ケイの読みだとね。 向こうも、ミラ達の動きが不審だから、一気にカタを着けに出たんじゃないか・・って」


「は、はぁ?」


「ミシェルとミルダの旦那さんが、さっさと死んじゃえば・・さ。 役職に就く役人の自殺なんて、普通に考えても異常だから。 おそらく、自殺の知らせを聞いたら、イスモダルの息が掛かった兵士とかが、調べに来るじゃん?」


「死ねば、死ねばでしょっ?」


苛立つミラは、事実ならば穢らしいにも例を見ないと、真偽がどうかを知りたくて質す。


エルレーンも、その気持ちは良く解るが。 この殺し屋が、既にその真偽を証明する事に入ると。


「死ねば、遺書から嘘がでっち上げられて。 妻が働く斡旋所にも、手入れが出来るよ、ミラ。 その時、サリーがそんな薬を持ってたら、貴女達3姉妹にも難癖が着けられる…」


Kの読みを聞いて、ミラは大方を悟る。 俯き、黙るが。 次第に肩を震わせると…。


「・・じゃないわよ」


と、何かを言った。


一方、半分しか聞き取れ無かった皆は、ミラを見る。


すると、グワッと顔を上げたミラは、その眼に魔力のオーラを沸き立たせて。


「調子に乗るのもっ、大概にしなさいよぉぉぉぉぉっ!! 殺してやるっ。 イスモダルもっ、コイツ等も、みんな殺してやるっ!!!!!」


このミラは、魔法の発動体を指輪にして、常に嵌めていた。 もう動けない禿頭の大男を見下ろして、怒り狂った顔つきのミラは。


「魔想の力はっ、想いの力ああぁっ! 我の怒りに応えっ…」


ブチ切れたミラに、エルレーンもビックリ。


「ダメっ、ミラぁっ!」


それに反応するように、ステュアートも、セシルも、ビックリして駆け寄る。


「ミラさんっ」


「それはっ、ダメだよぉっ!!」


ミラの魔法の詠唱を止めるべく、皆がミラを押さえつける。


然し、サリーが抱いた悲しみと怒りと絶望の一部を共感したミラは、もう狂った様に。


「離せぇっ!! 殺すっ、コイツ等全員を殺してやるう゛ぅっ! 何が長官だっ! クソ野郎どもめぇっ! 男なんてっ、男なんてぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


普段は、色っぽく女性らしいミラが。 怒りで激変し、獣の様な声を出した。


カウンター内側にて、魔法を唱えようとするミラが暴れ。


それを抑えようとするステュアートも、セシルも、オーファーまでもがカウンターに入るから。 ぶつかって戸棚が開き、皿やコップが床へと落ちる。


だが、ミシェルやミルダも、サリーが内通者だった事にショックを受けていた。 そして、このミラの態度を見れば、如何に3姉妹の人間関係の中でも、少女サリーの存在がとても近い位置に在ると解る。


だが、今はまだ不正を暴き出しても、決着が着いて無い。 何が重要な決め手に成るのか、それすら解らないステュアート達だから。 悪党らを殺されても困るし、ミラを人殺しにさせる訳にも行かない。 夜に成ると閑静な斡旋所とその周りの中で、怒号や悲鳴に似た説得が続いた。


そして・・、真夜中。


「失礼・・ん?」


弾劾総務官のジュラーディが、信用の於ける兵士達を連れて来た。 だが、めちゃくちゃに成った斡旋所内を見て。 それから、カウンター周りにて疲労困憊と云った様子の一同を見ると、短い間で何が有ったのかと驚いたのだ。


彼に気付くステュアートは、Kが居ないので…。


「あ、あの・・殺し屋が…」


ジュラーディは、斡旋所が襲撃されたと知り。


「大丈夫か? 包帯男は、如何した?」


其処へ、ヘトヘトのセシルが、ストゥールより縛られた悪党らを指差して。


「悪い奴らは、ケイがもう無力にしちゃった。 アタシ達を疲れさせたのは、こっちのミラ」


「なぬ?」


「あ゛~、話すと長いんだけど…」


セシルとエルレーンで、ジュラーディに短い間の騒動を語る。


だが、薄汚いやり方を知ったジュラーディは、目を細めて倒れる曲者や殺し屋を見ると。


「・・その怒りと悲しみ、この私に預けてくれ。 この一連の犯人等には、裁きを受けさせる。 絶対に、許さん」


そして、彼は兵士達に命じ、悪党らを全員回収させる。


だが、ジュラーディだけは、斡旋所に居残った。


さて、ミラをストゥールに座らせたステュアート達は、喉もカラカラなので。 安い茶葉しか無いが、紅茶を作る。 落として割った皿やコップを片付け、その支度をするのだが。


「う゛っ、う゛ぅぅぅ・・、可哀想なサリー…。 どうして・・こんな事に巻き込まれたの…」


髪の毛を振り乱し、ドレスローブの胸元を開けさせるミラ。 その今生でも有り得ないほどに募った怒りに、全力を使うほどだったらしい。


だがそんな時に、また扉が開かれた。


一同が入り口のドアを見返すと…。


「さっ、サリー…」


思わず、見えた少女の名を呼んだミラ。


だが、サリーを見た全員は、その頬やら衣服が血だらけと見て。


エルレーンは、


「ちょっとっ、怪我っ?」


と、大声を出す。


だが、悲壮感に染まった顔を俯かせるサリーは、弱々しく首を振って否定すると。 斡旋所のドアを大きく開いた。


皆、その静かなサリーの動きに、沈痛な雰囲気を醸すと感じて黙る。


そんな斡旋所内に、包帯の一部を血に染めたKが、誰かを抱えて入って来た。


竈では、薬缶が湯気を上げて居る。


その間近に立つオーファーも、その横に居るステュアートも、驚いたままで固まった。


嘗てステュアートとKが出逢った席に並んで座るエルレーンとセシルは、その手を口に宛てがった。


Kが抱えるのは、庶民以下の者が着る麻の服。 茶色のゴワゴワした服で、着古しても馴染み切らないもの。 それでも、一応は女性用と、ワンピース型に仕立てて在るのだが。 その衣服が黒く成るほどに、血に染まって居た。


入って来たKは、


「急いだが、間に合わなかった。 俺達が着く少し前に、刺客が来たらしい」


ミラの座る席の一つ奥、セシルの近くの席より立ち上がり。 Kの前へと進み出たジュラーディは、ガリガリに痩せ細った老女の様な女性の遺体を見下ろし。


「これが、この娘の母親か?」


頷いたKは、珍しく優しい眼をその遺体に向けて。


「あぁ、何処の世間に出しても恥の無い。 肝っ玉の座った、立派な母親さ」


「‘肝っ玉’?」


この痩せ細った女性では、何も出来ない気がしたジュラーディだが。


その疑問を感じ取るKは、その遺体の女性を見続けて。


「この母親。 娘に渡された薬が麻薬と、飲む前から刺客の野郎に知らされていたそうだ」


「何?」


その話に、驚くのも無理は無い。 ジュラーディだけでは無く、ステュアート達も驚いた。


ジュラーディは、既に亡くなった女性を見て。


「知っていて、服用したのか?」


「あぁ。 娘が飲ませる途中で、計画も終わらぬウチに麻薬と気付けば、其処で内通者を失うだろう? だから相手は、念には念を、とな。 母親に、娘の命を天秤に掛けさせる様に。 母親が死ぬまで、計画が終わるまで、薬が毒物じゃないと騙し続ける様に脅したのさ」


「な゛っ、何と・・卑劣なぁっ」


冷静沈着な印象のジュラーディが、初めて拳を握り締めた。


然し、Kは顔色を変えないで。


「本当に、苦しかったろうに。 毒と解って、薬を飲むのも怖かったろうによ。 だが、それでも娘を守る為ならば・・と、その命を懸けて騙し通した。 そんな・・立派な母親さ。 こんな母親に恵まれて、サリーは一部分では恵まれてた」


だがセシルにすれば、ボロボロにされて殺されたのだから、それは無いと。


「そんなっ、そんなの・・恵まれてるって・・・言えないよぉぉ…」


だが、斡旋所に入ったKは、テーブルに母親を横たわらせて。


「だが、サリーの命を守った。 生きている時は短くとも、守るべきを守り通し、伝えるべき事を伝えた。 見ろ、こんな酷ぇ目に遭わされたってのに、娘の安全を知って安らいだ顔をしてる。 その生き様を見てやりゃあ、他に何が必要か」


人間の生き死にすら見抜くKに、セシルは何も言い返せない。


そしてKは、またサリーの元に戻ると。


「母親の最後の説教を、死ぬまで忘れるな」


その頭を撫でた。


そして、Kは動き闇夜の外へ向いたままに。


「ジュラーディ。 俺は、サリーの母親を殺した奴を捕まえる。 だが、生死に注文を付けるなよ。 長官は生かして渡すんだ、それで十分だろう?」


こう言ったKはまるで溶ける様に、霧に煙る街の闇へと消えて行った。


そのKの言葉を受け取ったジュラーディも、また。 サリーの元に歩み寄って。


「弱みを突かれた上に騙されたならば、此方も君を罪にも問えんな。 良き母親を持てると云う事は、幸せ者の筈なのに…。 それを、こんな形で奪われるとは・・な。 サリーとやら、実に惜しい人物を亡くされた。 その仇は、私が幾らか晴らそう」


こう言った彼もまた、サリーの頭を撫でる。


ジュラーディもまた、K同様に外へ出て行く。 そうと知るセシルは、その黒いマントを背負う背中に。


「絶対、仇を討ってよね゛っ! ダメだったら、裸で土下座させてやるんだからっ」


Kよりは怖くないジュラーディに、大変な口を利いた。


一方のジュラーディは、振り返らずに。


「罪を逃れようとするならば、私が斬る。 調べも粗方付いたし、証拠や証人も居る。 言い訳するならば、死んだ兵士の衣服を食わせるまでよ」


と、此方もなかなかと思える事を言って、闇夜に出て行く。


さて。


母親の死に目に会えたらしいサリーが、ドアノブを離すと歩いて入って来る。 そして、ミラの前に来ると。 膝を折って床に座り、ミラへ頭を下げるではないか。


「ミラさん、ごめんなさい。 私、だ、・・騙されてま・した。 どんな罰でも、受け入れます…」


サリーの謝罪を見たミラは、そのどうしようも無い悲しみに包まれて。


「い・・いいのよ、サリー」


ミラも床に座り込んで、最悪の結末を迎えてしまった少女を抱き締める。


「ごめんなさい、ごめんな゛さいぃぃ・・ごめんな・わ゛ぁーーーっ」


母親の死を知りつつも、遺体を運ぶまではと我慢していたのだろう。 ミラに許され泣き始めたサリーの、その小さい背中。 その背中を撫でるミラは、こんな小さい背中の子が、母親の為と騙されて、あんな冷静に自分達の事を探って居たのかと。


(思えばサリーは、流れ者としてこの街に来た・・。 病気のお母さんを抱えて、この街に来てたのね。 嗚呼、嗚呼っ、やっぱり・・一度は強引にでも、家を訪ねるべきだった…)


一度は思い立ちながらも、不安から止めた事を悔やんだミラ。


実は、冒険者のと或る出来事からの成り行きで、サリーは斡旋所に連れて来られた。


サリーは、どうしてもお金を稼ぐ必要が在る、と危険を冒したのだ。


その話を聴いた長女のミシェルが、手伝いとしてサリーを雇ったのである。


だが、ミルダやミラは、野良猫や野良犬を拾う様なものと、姉に反対したが…。


それでも、しっかりと働き続けるサリーの様子に、2人も何時しか妹の様な感覚を抱いていた。


これまでミラとサリーは、あまりじっくり話す事も少なかったが。 負い目を背負った流浪の家族は、過去を話したがらない。 今、サリーの事を抱き締めてミラは、一つ深くサリーを感じていた。


周りで見るセシルやエルレーンが、涙でぐしゃぐしゃなのはヘンかも知れない。


一方、後は決着が着くまで、警戒するのみと落ち着くステュアートとオーファー。


通り沿いの窓側に移動したステュアートは、竈の火を火掻き棒で落としながら。


「ねぇ、オーファー」


「何だ?」


「ケイさん、相当に怒ってたよね?」


「うむ。 怒らせた相手は、生易しい死に方など出来ないだろうな」


「でも、とっても凄い人だな~。 僕には、とても真似が出来ないよ」


「こら、ステュアート」


「ん?」


「ケイさんのする事の全てを真似するなど、誰彼と出来る事では無い。 ケイさんの云う‘学ぶ’とは、その出来る事や出来ない事を見極めて。 ステュアートが目指す道を見付けろ、と言う事だ」


「オーファーまで、深い事を言わないでよ。 深いのは、ケイさんだけで十分だってば」


其処で、特に泣きじゃくって居るセシルを一瞥したオーファーは。


(ケイ殿が居ないならば、私以外に誰が深い事を言えようかな…)


口にしないが、こう言いたいオーファー。


極限の緊張を強いられたアンジェラは、古着のローブ姿のままに眠る。


この厄介な事件も、漸く過渡期を迎えようとしていた。


そして、断罪は始まる…。

御愛読、有難う御座います。 次回は、6月の10日前後を予定しています。

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