第三部:新たなる暫しの冒険。 1
Kの旅立ち編の最後となる話に成ります。 スチュアート達との話をどうぞ。
‐ prologue ‐
その男は、どうして……。 宛のない旅をするのだろうか。
凄絶、強烈、喩える言葉が見つからぬほどの比類なき力を持ちながら、支配も、名声も、様々な欲も望まぬままに居る。
彼は、こう成るにして、何を得たのか。
彼は、こう成るにして、何を失ったのか。
彼は、こう成ったにして、何を探すのか。
彼は、今、何をしたいのか。
それは、誰にも解らない。
だが、新たに彼は流れて居る。
気の向くまま、足の向くまま、風の向くまま。
そして、見えない縁の呼ばれるままに…。
‐ 彼を知る知人より ‐
第零章
【泡沫となる砂漠の様子】
〔その0.灼熱の荒野に舞う死神の剣〕
青空は果てしなく、何処までも高く。 照りつける日差しは、生きるもの全てを焦がすかの様に降り注ぐ。 そして、地表では、ゴウゴウと砂嵐が吹いていた。
昼間の今。 この砂塵を巻き上げる荒野の温度は、人の体温など軽く超えるほどに暑い。
北の大陸の中央付近に位置する、古代王国ホーチト。 其処から西に陸路で進むと、広大な大地溝帯が存在する。 この溝は、広大な広さを持ち。 ホーチト王国より、その溝帯の対岸と成る神聖王国クルスラーゲまで、東西を横断する道のりは、約数百里以上。 また、溝帯南端の海から溝帯の北端までは、本の一説に因ると千里を超えると言われる。
古くから存在するこの大地溝帯は、西側と東側に別れた両国の緩衝地帯として、領有も主張されないままに今に在る。
何故、領有を主張しないのか。 それには、幾つかの理由が有った。
先ずは、この溝帯の東西と北は、標高の高い岩山が壁を生み出して、荒野や砂漠の広がる溝帯内部を檻の様に閉じ込める。 雨雲が入り込めない溝帯内部は、砂漠と荒野だけが広がる厳しい自然環境の地。 詰まり、極端に水が無い土地で在り、支配しても旨味が無いのだ。 仙人掌やアカシアなどの乾燥に強い植物が、広大で何も無い砂地や硬い土の剥き出しになる荒野に、ポツンポツンと疎らに生える程度。 もし、領地と主張して得たとしても、開拓するのにどれだけの費用と時が掛かるのか。
だが、領地としない最大の理由を語るならば。 この厳しい自然環境ながら、特定の恐ろしいモンスターの巣窟で在り。 領有を主張するならば、そのモンスターの脅威を排除する責務が発生する。 只でさえ、街を築く事すら出来ない地に討伐の手を送り込んでも、餌食が増えるだけ。
その昔にはこの大地を領有にしようと、海賊やら悪党が入り込んだが。 モンスターに因って、二度と暴れる事も出来ず皆殺しにされた。
ま、そんな厳しい自然環境とモンスターの影響から。 この溝帯を横断して旅する者は、先ず居ない。 皆、無理をしてでも金を払って船に乗り、海路を足に移動する。
さて…。
その広大な溝帯のど真ん中。 雲の姿も無い天空に、一羽のハゲワシが飛んでいる。 大きくグルリグルリと、似通った処を舞っていた。 そのハゲワシ、何か待ち望む様に舞っている。 ハゲワシの目には、その生き物の住まわない荒野を行く、黒い点が見えていたのだ。
その、ハゲワシに着けられる黒い点は、西に向かって動く人であり。 生地は薄めだが、縫い目の締まった黒いロングコートを羽織る。 砂が入らないようにと、コートの首元などはしっかりとボタン留めされて。 コートの下に着る黒シャツは、襟だけ伸ばしてコートの高い襟を越えて顎周りを隠す。 下のズボンも黒皮のもので、何処から見ても全身黒ずくめ。 その者、コートに付けたヨレヨレのフードを被り、顔がはっきりと見えない。
その人物、痩せた体つきだが。 この灼熱の荒野を行きながらも、汗を流して死にそうな雰囲気でも無い。 中身の少ない背負い袋のシワには、舞う砂塵が落ちて砂粒が酷く降り積もっていた。
砂塵が、低地で強い風に吹き上げられる中。 空を舞うハゲワシは、その者がその内に力尽きると見ていたのか。
だが、何故だろう。 何かに慌てる様に、直ぐにその場から離れていった。
一方、歩く者は真昼の暑い中で、ピタッと立ち止まった。 砂塵が、自分を中心にして吹いているのだから。
そして、
「ハァ…、詰まんねぇぞ」
と。
誰に言ったのか、淀み無い男の声だった。 このフードを被った黒ずくめの人物は、顔が見えないが男らしい。
その時だ。
- シャアアアアアアーーーーっ!!!!!!! -
突如、爆発的に蛇の威嚇音の様な大きい音が、男の真下で響いた。
刹那・・・。
いきなり荒野の大地の一部が轟音を上げながら砕けて、突き上げる様に跳ね上がった。 黒い目の怪物染みた巨大な鰐が、男を地面の中の真下から一飲みにせんと、大地を突き破って姿を現したのだ。 硬い土を空中へ、高く高くに跳ね上げて…。
他人がその光景を間近に見たならば、見上げるほどに高く飛び上がり現れた大鰐だが。 まだ、その後ろ足は地面の穴の中。 つまり、それだけ桁外れに大きいと云うのだ。 ドスンと地響きを上げて、前足が乾燥した地面に着いた時。 大鰐の怪物は、口の中に入ったと思われた黒ずくめの男の肉を味わうべく噛んだ。
然し、大鰐は久しぶりに味わう筈の血の味が、何故か口の中に広がらないので、その口の動きを止めた。
もし、逃げたハゲワシが天空から見ていたら、大鰐の頭上に立つ黒ずくめの男を見ただろう。
そして、時間は経過し。 夕日が荒野を赤く染める頃。 これまた理由は解らないが。 あの大鰐は、現れた場所にて身体を3枚に下ろされ死んでいる。 その遺体にハゲワシが何百匹と群れて、忙しく啄ばんでいた。
第一章
【新たなる出会いと冒険の記憶】
〔その1.チーム結成。〕
[神聖皇国クルスラーゲ]
一般の俗称は、‘宗教王国’、‘神聖王国’と云うが。 この国は、教皇王が治める地。 そして、慈愛・博愛・優愛の象徴である女神〔フィリアーナ〕を信仰する、“フィリアンタ教”が母体に統治される宗教国家である。
だが、他の神の信仰も自由で在り。 宗教信者が国民に多い国だ。 産業は、主に銀山・鉄鉱山を主流に、鉱物の輸出で国の経済が成り立つ。
国の南は、大海。 左は、ギャンブルで成り立つ国、通称〔グッドラック〕と面し。 右は、溝帯を閉じ込める岩山だ。 そして北は、鉱物資源の豊富な高い山脈が並ぶ。
さて、このクルスラーゲを訪れる者の玄関口となる街の一つが、〔交易都市バベッタ〕だ。 石造建築都市で、歴史的にも古い街並みが多い。 クルスラーゲの北東北に位置するスタムスト自治国より、陸路と地下道を使って来れる。
この街は、最近また発展し、人口は200万人を超えるとか。 城塞都市ながら、都市の中を何本もの運河用の水路が在り。 南の〔貿易都市スペラング〕に荷物を運ぶ、運河交易の中継都市に成っていた。
この都市の中心で、人の往来が賑やかな目貫通りは、運河と運河に挟まれた高台を、南北に約一里も伸びる。 その目貫通りは、左右に様々な商店が軒を連ねていた。
さて、今日は久しぶりにスッキリと晴れた。 この街から西や南に向かう旅人や商人などが、連日降り続いた雨から開放されて漸く旅立てると、用意に追われているのか。 目貫通りを歩く人が、普段より幾分多い。
その中、通りの南沿い。 武器屋や防具屋などが、特に多く軒を連ねる場所で、今。 3名の男女が、店と店の切れ間に設けられた、水路を見下ろせる休憩場に居た。
先ず、椅子代わりの磨かれた円筒形の石に荷を下ろす、赤い髪の若者が言う。
「ハァ~。 やっぱり武器は、どれも高いな~。 お金が無い僕じゃ、欲しいモノにも手が出ないよ」
そう語る若者は、黒い鉄製の上半身鎧を身に付ける。 背丈は、高くも無く低すぎる訳でもなし。 済んだ目、小ぶりの鼻、中々のスッキリ顔。 肌は褐色で、無駄の無いスラッとした身体つきをする。 また、左の腰には、鎖と鎌の繋がる武器をぶら下げていた。 鎌の刃渡りもやや長め、柄も市販の草刈り鎌とは違う金属製だ。
だが、ボヤいた彼へ、間近と成る石の椅子に腰掛ける女性が。
「でもさぁ、先に斡旋所へ行って、チームを結成しない? チームがバラけた以上は、早く結成して仕事しようよ」
若者にそう訴えるのは、白い肌の女性だ。 黄緑色の瞳、赤い唇、尖がった耳。 綺麗な顔立ちだが、やや勝気の性格も香る。 黒の中に蒼色が光る髪は、長く後ろに流してあった。 背丈は若者より頭半分以上は高いが、身体の華奢な感じは、まだ13・4の少女の様。 黒いジャケット、黒革の膝上スカートを穿き。 背中には、背丈の半分以上の長さがある銃が背負われている。 何処か、普通の人とは少し異なった容姿の女性であった。
また、その2人を見下ろすような大男が、水路を背にして寡黙に立っている。 ツルッ禿の頭、捻くれた唇、ニキビの痕がゴツゴツした顔。 眠たそうに瞑っていそうな目つき、団子をくつけた様な鼻。 パッと見ては、うだつが上がらないと感じる雰囲気の男性である。 右手には、汚れた木の杖を持っていて。 薄い緑のコートローブを着ていた。
赤毛の褐色肌の若者は、
「確かに、セシルの言う通りだね。 じゃ~チームの結成しよう」
と、銃を担ぐ女性に言った。
「はいはい、それでイイわ。 リーダーは、ステュアートでいいわよ」
「解った」
“ステュアート”と呼ばれた若者は、間近に居る大男にも。
「オーファー、斡旋所に行こうか」
すると寡黙そうな大男は、大らかそうに頷く。
「うむ、そうしょう」
意外にも、姿に似合わぬ澄み切った低音域の声で喋る、物腰も温和な感じの大男オーファー。
目的を一つにした3人は、人通りの多い賑やかな目貫通りを北へと、揃って歩き出して行く。 南北に伸びる目貫通りの真ん中付近。 十字路にて店の切れ間が見える左右の通りの先には、水路を越える為に石の立派な橋が架かっていた。
さて、馬車や人が激しく行き交うこの十字路の右上角には、赤い外壁で洒落た三階建ての建物が在った。 通りと面する建物の縦横軒下には、鉢植えの草花が並び。 とても親しみやすい印象の店構え。
だが、この店。 花屋でも、飲食店でも、何か専門的に売る商店でも無い。 歴とした、冒険者協力会の斡旋事務所なのだ。 店の名前は、〔水面に映える香櫨亭〕と云い。 二年前に、女性の主人へと持ち主が代わった斡旋所である。
ステュアートは、オーファーとセシルの2人を連れて、その建物の扉を潜った。
その瞬間。
「コンニチワ、コンニチワ、ノンビリシテネ」
店の入り口に置かれた鳥篭の中の九官鳥が、こんな事を言って3人を出迎える。
「うわっ・・」
九官鳥に驚いたステュアートは、入った中の向かい合って腰掛けるテーブルに、何十人と冒険者達が集まって居るのにまた驚いた。
3人は、教皇王の居るこの国の首都、“聖都クリアフロレンス”から来たのだが。 向こうの斡旋所と、屯する人数が変わらないのだ。 人口では首都の方が、このバベッタの3倍は有ると云うのに…。
斡旋所に入って左側、先まで伸びるカウンターは、20人前後の座れるストゥール席が並ぶ。
また、入って右側に背を向けて在るソファーの側面に通る通路に曲がれば、飲食店の様な向かい合わせで腰掛けれるテーブルと椅子の組み合わせが40前後。 2人席から8人席までの組み合わせで。 ざっと見積もっても、150人は入れる店内だ。
入り口よりステュアート以下3人が直進して、カウンター前のストゥール席の後ろを行く途中にて。 カウンターに立って静かにグラスを磨く女性が、ステュアート達3人に声を掛けて来た。
「いらっしゃい。 貴方方は、仕事探し?」
「あ・・・」
声に気付いたステュアートは、声を掛けて来た女性に向いて。
(うわぁ~美人だぁ…)
黒い貴婦人用のドレスを着た女性は、青い目のグラマラスな大人の女性だった。 セミロングの黒髪は、まるでシルクの様に柔らかそうで。 グラスを磨く手元の前に張り出す胸元は、男心を誘う色香が漂う。 顔や首筋の白い肌、優雅な手つきの細い手。 思わず見てしまう美女である。
其処へ、
(ゴラあ゛っ!!!)
小さく怒鳴ったセシルは、ステュアートのお尻をギュッと抓る。
「イギっ!!!!」
強烈な痛みに、ステュアートはギョッと伸び上がった。
取り込む仲間を代表し、オーファーが一礼して。
「すみません。 チームの結成したいのですが」
前髪が緩やかにウェーブを描いて、目元や鼻上に触れる美人女性は。 客が態と前に居ないように間を空けた、ストゥールとストゥールの間のカウンターの内側で。 ガラスのコップを横に置くと、前のめり姿で3人を見てくる。
「わわわ…」
立派な胸の谷間がそっくり見えるので、ステュアートは驚いて顔を赤らめた。
視線のやり場に困っている、若く初々しい様子のステュアート。 その様子を見て、カウンターの内側に立つ美人は、
「キミ、可愛い子ね」
と、更にこう言った。
その様子を見たセシルの顔が、急激に不愉快なものへと変わる。
美人女性は、形相の一変するセシルを見て。
「あら、彼女? だったら、ゴメンなさいね」
処が、セシルはプイっと横を向いて。
「違うわよっ」
と、その美人を毛嫌いする様に否定した。
するとカウンター内側に立つ女性は、ステュアートに向かって。
「リーダーは、君?」
「あああ・・、ハイっ!」
慌てて返すステュアートは、ビシッと立ち直す。
美人な女性は、優雅な手つきで肘杖を付いて。
「でも、貴方達三人を見るに、本当に成り立ての初心者じゃ~無いみたい。 入ってたチームが、解散でもしちゃったの?」
「ハイ」
尋ねられるまま、バカ正直に頷くステュアート。
セシルは、ガヤガヤとしている辺りを見ながら。
「仲間の一人が、冒険者を引退したの。 他二人は、親友のチームに入りたいからって…。 リーダーが隠居したから、解散よ」
美女は、教えてくれたセシルに。
「前のチーム名とリーダーは? 座って、ゆっくり聞くわ」
ステュアートとセシルは、その話に見合う。
実は、こうゆう場合。 解散前のチームの知名度などは、これからチームを結成するに当たって、微妙な影響を与える。 然も、斡旋所の主人らしき相手が話したいというなら、こういった交流をいい加減にする訳にも行かない。
ステュアート達三人は、女性の前のストゥールに座る。
だが、オーファーだけは身体が大き過ぎて、細いストゥールには座れなかった。 だから、空いている椅子を一つ取ろうと、カウンター並びの突き当たりで。 通路先の内壁に沿う二人掛け席に向かい。 椅子が見える仕切りの中に身を入れると。
「あ、失礼…」
仕切りで見えない内側の席に、何と人が居た。 フードを被った者で、仕切り壁に凭れて寝ている様だった。
この客を隠す仕切りは、大男のオーファーより高く、折り畳みが利く簡易的なもの。 オーファーは、寝ている相手を起こさぬように、静かに椅子を取り出して仕切りを戻しておいた。
さて、先に美女と話を進めるステュアートが。
「前のチームの名前は、〔ガンダールナイツ〕《桃源郷の騎士》です」
と、言うと。
聴いた美女は、その名前に直ぐ反応して。
「まぁ、それって〔クルフ〕のチームじゃない」
と、驚いた様に見せる。
セシルは、美女に出された水入りのグラスを片手に。
「リーダーを知ってるの?」
すると、美女はしっかりと頷き返して。
「当たり前よぉ。 この斡旋所を姉妹で受け継ぐ二年前まで、私も冒険者だったわ。 〔片目のクルフ〕は、片手斧を使う勇猛な冒険者。 モンスター討伐に関する仕事の成功率は、世界でも指折りだったし」
然し、‘姉妹’と聞き。 セシルは、カウンター向かいの美女へ。
「“姉妹”って?」
と、聞き返す。
美女は、頷いて店の奥を指差した。
椅子を持って来たオーファーと一緒に、二人もその方へと振り返れば…。
窓側の並びとなるソファー席を占拠する様に、各テーブルに就く大勢の冒険者達が居て。 それぞれ各テーブルのチームから、メニューらしきものを聞いて見せられて居る美人が、何等かの対応をして居るのが見えた。
ステュアートは、カウンター内の美女と見比べて。
「似て・る」
と、呟く。
そう、カウンターに居るこの美女に、テーブル席の話を聴く女性の顔が、何処か此処か似ていた。 姉妹だというが、二人揃って良く似た美人である。 テーブル席の対応をする女性は、青いワンピース姿で。 カウンター内側に立つ美人より、気持ち背が高くて髪も長い。
椅子に座りながら見たオーファーは、カウンターの方に顔を戻すと。
「まさか、貴女方は…。 あの〔リスター・ザ・ウィッチ〕《三ツ星の魔女》ですか?」
と、問い掛ける。
カウンターの美女は、オーファーの問い掛けで微笑し。
「ご名答。 私は、三女のミラ。 向こうが、次女のミルダ。 上の上級受付が、長女のミシェルよ。 の~んびり、三人でやってるの」
セシルは、ミラを見て目を丸くする。
「“リスター・ザ・ウイッチ”って、まだやれるって噂のままに辞めた、結構有名なチームじゃない。 うわっ、てか、何で辞めたの?」
すると、ミラは笑って。
「姉さん二人が、或る出逢いから直ぐに結婚してね。 んで、それを見てたら、私も結婚したく成ったから。 この街に住むって決めて、三人で辞めちゃった」
「え゛~~~っ、“辞めちゃった”ってさぁ…。 てか、お姉さんに相手は居るの?」
話の流れで質問され返されたミラは、右手を頬に添えて上に顔を傾げる。
「一応~候補はねぇ~。 でも、なんか・・・イマイチ燃えないのよ~~~」
「ふ~ん」
目つきを細めて、疑る様な相づちを返すセシル。
“相手なんか居ないんじゃないの?”
と、内心で思う。
一方、その隣に居るステュアートは、躊躇いがちに。
「張り紙とかで募集したら・・如何です…?。 凄く集まりそうですよ、アハハ…」
と、提案。
すると、まんざらでも無いミラ。
「そうねぇ~。 それもいいかも~」
セシルは、有名なチームが解散したと知って。
「ステュアート、チャンスだよっ。 有名なチームが、リーダーも含めて幾つも解散してるンだ。 アタシ達にも、割のイイ仕事が回って来るかもっ」
希望を持って、可能性を見込む様なことを云う。
処が、だ。 その話を聞いた直後、何故だか横目変わった女主人のミラで。
「でも、そうなれば無論、競争相手は世界にも、この国にだっていっぱい居るわよ。 ミルダ姉さんが話を聞く、あの各チームだってそうだし。 それに、なんでも極最近だけどね。 凄い美女が二人居るチームが、突発的な大きい仕事を成し遂げたって噂ダシ~」
と、遠目からの注意を促して来る。
然し、そんな事に気付かないセシルは、水をグッと飲んでから。
「綺麗だけって噂なら、噂は見せ掛けね」
見てない相手で、然も容姿を誉める処が先走る噂など、全く取るに足らないと聞き流したセシル。
だが、セシルの言動をチラ見するミラは、その右手をヒラヒラさせて。
「そうでも無いわよ~。 なんでも噂に因れば、或る町で失踪した女性の関わる難事件を、死人も出さずして円満解決したっていうし。 あの有名な“グランディス・レイヴン”の面々が、モンスターの巣窟に成ってた山に行って行方不明になってたのを。 そのチームが‘合同チーム’を結成して行って、見事に死人を出さず救出して来たとかぁ。 マニュエルの森や、その先の奥に聳える山に行って帰ってきたなんて、新人でも凄腕よ」
二人の話を黙って聞いていたオーファーだが。 ミラのした最後の話の内容に驚いて、水の入ったグラスを口に運ぶを止めて。
「“マニュエルの森や奥の山”・・。 その話は、ホーチト王国の方ですか?」
「えぇ。 昨日、噂で入って来たモノよ。 ま、事実確認は、とっくに取れてるわ。 そのチームの名前は、“ホールグラス”って言うのよ」
他人の成功話など気に入らないセシルは、ツンケンした顔で。
「あっそ。 他のチームの成功なんて、どーでも良くない? それより、こっちのチーム結成を早くしてよ」
と、生意気を丸出しに言う。
其処で、ミラの眼がスッと細まった。 その鋭く成った視線で、やや横柄とも言えるセシルを見る。
「結成は、何時でも自由よ。 但し、貴方達には、クルフの時と同様の仕事は、絶対に回せないわ」
その、直前までの緩い話し方がまるで嘘のように、手の平を返して変わったミラの物言い。
一方、急に突け放されたセシルの顔は、急激に苛立つ表情へと変わって行く。 ミラの言葉に、目に、態度に、明らかな棘を感じたからだ。
「それ、どうゆうことよ…。 アタシ達に、仕事を回さないって訳?」
するとミラは、表情を覚めさせた涼やかな顔をし、3人を前にして言う。
「いい。 もう有能なリーダーが率いた貴方達のチームは、解散したの」
「だから何よっ」
「貴女、前のチームが有名だったからって、何でもかんでも優遇はされないのよ。 第一に、私達姉妹が辞めて主に成ってから、“ガンダールナイツ”のチームがこなした仕事の噂は、とっても少ないわ」
ミラのこの意見に、セシルは直ぐに反論が出来ない。 何故なら、強ち指摘は間違って無いからだ。
名の知れたチームで、十五年以上も冒険者をしていたミラ。 ステュアート達3人の中で、このままでは仕事に支障を来しそうな足手纏いが居るとすると。 それは、生意気で世間知らずのセシルと、そう判断したのだろう。
「今の貴女達の中に、もうクルフが混じって居る状態でも無いのよ。 他から引き抜きも掛からない、他の仲間からも残された3人なの。 然も、貴女やこの若い彼は、どの程度の力量が有るのかも解らないわ」
と、追撃する。
矢面に立たされて、次々と責められたセシルだが。 一緒に聞くステュアートとオーファーは、
“確かに、それは云えている”
と、ミラの話を理解する。
だが、ミラの口はまだ止まらない。 セシルを見たままに。
「それにね、セシル。 貴女みたいな態度でしか他人と接しない人に、難しい仕事を回す気には成れないわ。 たった3人しか居ない中で、貴女が足を引っ張るのが手に取るように解る。 いい、冒険者達は其処の斡旋所の扉を潜る時から既に、主人から力量を見量られてるモノなのよ」
と。
チームを結成しようと云う矢先に、主のミラから注意されたセシルは、その顔を更に苛立たせる。
「だけどっ、クルフが引退した責任は、私の責任じゃ無いっ! チームを結成するって云うだけで、何で其処まで言われなきゃなんない訳っ? スッゴいムカつくっ!」
遂に、セシルの感情がブチ切れた。
「セシルっ、落ち着こうよ、ね。 ミラさんは、3人全員に言ってるんだから…」
ステュアートが宥めるも、セシルは苛々したままにそっぽを向く。
(やれやれ・・気の強い女性とは、どうも…)
困ったオーファーは、周りからも見られて居る事を知る。 ミラの姉のミルダとやり取りして、別の出口から斡旋所を出て行く冒険者の一団も居る。
然し、オーファーには、別の事も思い浮かぶ。
(セシルは、全く解って無いが。 クルフが引退した理由の一部には、セシルのことも関係在ると思うのだがな…)
オーファーが知るクルフと云うリーダーが、ついひと月ほど前に引退を決意するまでには。 約五年ほどの間に次々と起こった出来事が絡む。
その要因を言い訳の様にすると。 先ず彼のやる気を削ぐ原因として、
“その他大勢に埋没した”
と、言って良い。
最近は、モンスター討伐を主体に請ける専門的な風を装うチームが、世界的に増えていた。
然し、その依頼の成功率や成功数が高いからと云って。 ミラの云う様に‘有能’と判断するかは、人に選る。
詰まり客観的に見れば、内容が‘討伐’と云う簡単な事だから。 戦いに熟れたとか、実力を秘めたる者には、誰でも遣れる仕事でも有る。
実は、この数十年で、冒険者の数は激増の一途を辿る。 そんな中でも、依頼の数は何処でも炙れているのに。 俗に云う“モンスター退治”と云う依頼は、何処でも取り合いに成るのだ。 モンスターを確認して、退治するだけで事足りる仕事と云うのだから。 ま、馬鹿で無ければ出来る、とそう言ってしまっても言い過ぎでは無い。
然し、冒険者の世界も、運や実力がモノを云うにしても。 経験や知識や実績が多大にモノを云うのは、他の仕事とも共通する。 ポッと出たチームが、何でもかんでも仕事を自由に回して貰える訳では無い。
では、どうして実績の在るクルフが、後から台頭して来たチームに埋没するのか。 その理由を細かく分析すると、頭脳戦に長けた者の所為と云える。
冒険者達の中では、数十年から百年の幅の間で流行るのが、頭脳的な戦略計画で在る。 冒険者達も、大まかに分けると二大勢力となる。
一つは、冒険者に憧れて世界を飛び回って、人生を冒険で埋め尽くしたい者だ。
二つ目は、冒険者として名を売り。 有名に成って、畏敬を集めたいとか。 また、偉くなりとか。 富を築き上げたい者で在る。
前者は、この物語を通じて描くことだから、敢えて細かく此処では紹介しない。 だが、後者は少々か、それ以上に厄介だ。
今、この行為は下火に成りつつ在るが。 モンスター退治やモンスター目撃報告が有る依頼のみを請け。 犠牲や被害など無視して、仕事を成功させる事を目論み。 チームの人数を最小限にして、その仕事の都度に必要な人材や頭数を加えて。 ごり押しに、仕事を成功させるのだ。 仕事の成功に於ける恩恵は、チームとリーダーと実力の有る者に、自然と向かい易い傾向が付き纏う。
“内容はどうあれ、最悪でも成功はさせる”
あの、Kが始末したガロンのやって居た事と似る。 処が、最近まで流行ったやり方は頭脳的に分析して、確実に勝てる相手やらをのみ選ぶ為。 その実力を主が測り切れ無いが、とにかく何かを遣らせてみよう。 これで回した仕事が成功すると、主もその相手に任せたく成る。
そして、数年はモンスターを選んで倒す事で実績を作り上げ。 何処かで、実力の有る流れ狼的な冒険者をチームに引き入れ、一発逆転を狙えそうな難易度の高い仕事をする。 とにかく成功率を無視して、実績の数を作り出そうと考える。
この遣り方では、モンスターの絡む一般依頼は、失敗を穴埋めする補強材。 難易度の高い仕事を失敗したり、成功と思われる形に出来ない場合は。 逆に主へ賄賂や仲間の異性をチラつかせて、不正に回して貰うなどの手を使う者が居た。
クルフと云う男は、頭は良いが真面目な人物で。 そんなやっつけ仕事も出来ないし、汚いことやら狡賢いことも出来ない。 そんなクルフは実績がモノを言って、或る時から難易度の高いモンスター退治を請ける事が増えた。 だが、難易度の高い依頼だから、相手のモンスターは強敵と成る。 その時のチームは、計七人の万能な仲間だった。
だが、頭脳的に狡賢く立ち回る他のチームの影響から。 危険度の高い仕事ばかりをしていたクルフは、或る時に同年齢の仲間となる僧侶を亡くした。
これは、一言で‘こう’と言い表せないが。 仲間で親友を失う事だけでも辛いが。 それまで自分の不備を補う者を失う事は、人生の流れが変わってしまうものだ。
その衝撃は後に、クルフとその亡くなった僧侶の関係を繋いで居た。 或る神官戦士の女性をも失う流れを生む。
そして、オーファーがクルフのチームに入ったのは、この直前だ。 不細工な顔だとして、若い綺麗な魔法遣いと入れ替えさせられたオーファー。 その様子を見ていた神官戦士の女性が、オーファーをクルフへと引き合わせてくれたのだ。
その直後に請けた依頼は、主の掻き集めた情報がいい加減で。 恐ろしい能力を秘めた、集団で生きるモンスターを相手にする事に成る。 その結果は、クルフなどを助ける為。 先に亡くなった僧侶の意志を継ぐ様に、神官戦士の女性が身体を張ってしまい。 彼女との死別と云う結果を生んだ。
家族の様な仲間二人を失ったクルフは、その後に仕事の請け方を変えようとするが。 実績と実力が伴う為に、回される依頼は裏が有るものが多く。 一人・・また一人と、怪我をした仲間が冒険者を辞めて行く。
その過程で、新たに加える若い者は、頭脳的な遣り方から炙れた者ばかり。 能力が無い訳では無い。 然し、協調性やら人間性が欠けて居る。 詰まり、チーム内での信頼やら結束力が微妙と成る。
オーファーが知るに。 最後の方の加入者と成ったセシルが来るまで。 その二・三年の間にチームで入れ替わった人数は、20人を超え。 その辺りから、
“新入りの割合が濃くなるクルフのチームに、難易度の高い仕事を回せる実力が在るのか?”
と斡旋所の主も疑う様に成る。 その為、他の頭脳的に動くチームと同じ域に落とされて行った。
そんな要因は、オーファーよりも先に元々からチームに居るクルフの仲間と、新しく入る若い者との実力や経験の差が大き過ぎた事だろう。 クルフの遣り方では、自分自身の命が危ういと知れば自然と新参者は抜けて行くし。 逆に、仲間としてクルフを慕う若手は、オーファーを境にして実力差が出るから、死んだり怪我したりして消える。 オーファーの加わる前の一年幾らから加わってからの三年近くで。 人間関係からクルフ本人が精神を疲弊させたのは、紛れも無い事実。
そして、トドメに近い事をしたのは、実はセシルなのだ。
さて、今から一年半ほど前か。 或る斡旋所にて、チームから爪弾きにされて居る若者が居た。
“駆け出しのクセに生意気なっ! 大人しくリーダーの云うことを聴けっ!”
然し、怒鳴られていた若者は、その斡旋所のマスターに或る事実を語っていた。
斡旋所のマスターは、その若者の言う話は捨て置けないと。 若者の居るチームに、事態の調査をすると言い渡す。 その若者こそ、西の大陸より渡って来た駆け出しのステュアート。
結局、ステュアートの居たチームは、リーダーが強気に解散を云って。 そのまま、リーダーだった男が夜逃げしてしまうことに成る。
だが、その一連の様子を見ていたクルフは、オーファーにステュアートを気に入ったと。 そして、ステュアートをチームに加えたクルフは、オーファーと共に彼を育てようとする。
それから、ひと月ほどした頃に。 と或る斡旋所にて、ステュアートが知り合ったとセシルを連れて来た。
セシルは、女性にしては背が高く。 純粋な‘人間種’ではなく、‘亜種人’と云う別の人種の血が混じる。 尖った耳や鼻は、正にその血統の現れなのだ。 そしてクルフは、二十歳以上の年齢差ながら、久しぶりにセシルへ恋をしたのだ。
だが、此処まで綴った話の内容からして、クルフが巧みにセシルを誘う様な事が無かったのは、御解り頂けるかも知れない。
一方、セシルの方はミラ同様に。 純粋で若者の雰囲気を丸出しにするステュアートに靡いていた。
その後のクルフ本人は、セシルを優遇したくなりながら。 反面で、本心を明らかにする事も、ステュアートやオーファーを蔑ろにする様な差別も出来ず。 悶々として、一年以上を過ごす。
そして、或る出来事が起こる。 新たに請ける依頼を巡って、途中から入った仲間三人とセシルが、真っ向から対立したのだ。
或る大商人の出した依頼と、突発的に起こったモンスター退治。 途中から加わった三人は、大商人の依頼を請けて。 大商人との知り合い関係を欲した。 大商人などと知り合えば、輸送する商品の護衛など安定した収入を得れて。 尚且つ、チームの名前も拡散が狙えると。
確かに、手堅く楽で賢い選択だ。 それを取っても、文句は無い。 賢く上手に立ち回って何が悪いか、そう云う話だ。
が。 セシルは、冒険者として有名には成りたい方だが。 情には左右されやすいし、助けを求めて来た村人を見捨てられない。
クルフは、
“緊急性の低い大商人の案件は後回しにして、先に突発的で急ぐ必要が在る依頼を優先しよう”
と、仲間を提案する。
処が、その緊急性の高い突発的の依頼は、危険性に見合う報酬では無く。 その異議を立てる3人は、何か心中に企みが在りそうと。 オーファーは、気味悪かった。
また、何故だかその時は解らなかったが。 異議を立てる3人は、セシルを毛嫌いしていて。 今から考えると、
“セシルやステュアートをチームから外そうと画策したのでは?”
と、感じることも出来た。
その時、クルフに素直に従うのは、オーファーとステュアートで。 クルフに横槍を入れても、赦されていたのはセシルだからだ。 疎外感か、はたまたセシルへの嫉妬か。 彼等3人の真意は、未だに解らない。
だが、その3人とセシルの喧嘩腰による遣り取りは、丸一日続く。
性格からして、オーファーとステュアートは、金に困らない時だったし。 クルフの意見も在ると云うことから、セシルの側に加担した。
こうなると板挟みに成るのは、やはり決定権を持つリーダーのクルフ本人。 クルフは、セシルを隠れて好いているが。 一方で、戦力として、仲間として、3人を蔑ろにしたく無いから、その時の心中たるや心苦しくて仕方なかったハズだ。
遂に、二日目に突入したその言い合い。
其処に一石を投じたのは、斡旋所の主だ。 村人を助けに行くならば、報酬の割り増しを申し出た。 これで話は丸く収まる・・かに見えた。
然し、その反論した3人は、その日の夜にチームを抜けると言い張り。 大商人の依頼を請けないならば、自分等は行かないと言い始める。
結局、その3人を抜いて。 丁度、街へ流れて来た別の2人を新たに加入し。 その突発的な依頼を成功させたクルフ。
大変な仕事では在ったが。 ステュアートとセシルはこの時に初めて、複数のモンスターを相手にして、丸二日を休み休み戦い抜き。 最後の一日で、モンスターの現れた原因を絶ったと云う、貴重な経験をした。
無論、街に戻った後は、報酬を山分けした。
其処へ知らされる話は、強引にチームから抜けて大商人の依頼を請けた3人の事。 彼等は、街に屯する一癖も二癖も在る冒険者達と組んだ。 処が、組んだ冒険者達が仕事の最中、有り得ない様な悪さをして逃げ為に。 仲間だった彼等3人も依頼を大失敗した上に、街から夜逃げした事を知るのだった。
街に戻ったその日の夜。
とにかく仕事の成功を喜ぶ事にしようと、祝杯とばかりに飲み屋で酒を飲む皆。
だが、酒が入ると人は開放的に成り、胸の内に秘めた感情を出すことが在る。 その時のセシルは、自分に気持ちを合わせてくれて居たとステュアートを誉めて。 煮え切らなかったクルフに、返って突っかかった。
ステュアートは、クルフがセシルを好きだとは知らないが。 リーダーとしてのクルフの立場は、十分に理解していたので。 セシルを窘めるぐらいにクルフをフォローして、オーファーと楽しく呑んだ。
後から加わった2人は、仕事の疲れから飲み途中で宿に消える。
時は、真夜中。
セシルも、何かの憂さを晴らす様に、ベロンベロンに酔っ払った。
一方、言いたい放題にされたクルフも、酒の影響も手伝い。 やはり何処かで男の部分が目覚めたのだろう。 ステュアートとオーファーが、酒を酌みながら話し相手をする夜の女性話し掛けられて、その女性と酔っ払って話し込む隙に。 クルフは、セシルに胸の内を吐き出した。
だが、今の3人を見れば、どう成ったのかは想像も容易いだろう。 セシルは、年齢差の在る異性からの好意を、気持ち悪いと一蹴した。
その次の日、クルフの様子がおかしかったのは、オーファーも知っていた。
それから、数日後。
同じ街の同じ斡旋所にて、次の仕事を紹介された。 また、モンスター退治が内容だ。 然し、その行った場所にて、相手は大型の部類に入るモンスターが一匹と。 そのおこぼれに預かろうとする小型のモンスター数匹が相手であった。
いざ、現地に向かってモンスターを見つけて戦いに入ると。 大型を相手にする要は、自分一人と云う展開に成るクルフ。 ステュアートやら新参者2人は、小型のモンスター数匹だけで手一杯に成る。 オーファーとセシルは、後方からの支援をした。
その戦いの中に於いて、仲間を庇って大怪我をしたクルフ。 大木に叩き付けられた影響から古傷も開いて。 何度も傷が開いた事も在る場所だから、魔法の回復効果が薄かった。
近くの街に向かって入院から数日して、神殿の僧侶から最後通告を受けたクルフ。 心身の疲労が重なっていたのは、確かに事実だろう。 体力の限界を感じるクルフは、引退を決めた。
然し、此処でも一悶着が起きる。 今度は、新参者2人と、クルフの間で起こった。
新参者2人の主張は、
“チームからクルフが抜ける”
と云う形での引退を薦めて来た。
だが、それはチームを他人に託す事に成る。 そして、チームがそれまで築いた知名度を誰かが受け継ぐと云うことなのだ。
オーファーがリーダーに成るならば、それでも構わないとクルフは言う。
然し、新参者の2人は、自分達のどちらかが成ると言い張った。
また、オーファーは、ステュアートならいいと言って。 自分は絶対に成らないとする。
其処に、止せばいいものを。 セシルが割り込んで、絶対にステュアートだと…。
その四者間の溝は埋まらないまま、数日を経た。
ステュアート本人は、クルフが引退するのだから。 自分で創ったチームをクルフがどうしようと、クルフの自由とした。
ステュアートの意見を聴いたクルフは、最後の仲間一同の前で、2人の新参者の意見を退け。 オーファーに後を託すと、チームを解散した。
クルフ最後の仕事は、スタムスト自治国の南部で請けた仕事だった。 東の大陸に在る故郷に帰ると決めたクルフを、国境付近までわざわざ見送ったステュアート達。
その後、街に戻ってみれば。 新参者の仲間2人が置き手紙を残して、サッサとフラストマド大王国に移動した事を知る。 手紙には、
“今日に出逢った友人の冒険者と再出発する為、大きい街に出る”
と、云う旨が綴って在った。
だが、周りに居た屯する冒険者からは、
“よぉ、クルフのチームが解散したんだって? 売れてるチーム名だから、奴らも靡いたんだろうよ。 一からの再出発なんて、面倒臭ぇよな。 何せ世界には、チームが溢れてらぁ”
と、告げ口を貰った。
それから半月。 スタムスト自治国で、何処かのチームに入ろうとしたステュアート達だが。 地方都市では、地元に生活基盤を持つ〔根降ろし〕と呼ばれる冒険者や。 斡旋所に屯する冒険者達に因り、他のチームに入る事を邪魔されて爪弾きにされ。 駆け出しの仕事にすら加えて貰えなかった。
屯する冒険者達は、クルフの様なチームに加われて居たステュアート達に、ある種の嫉妬をして。 また、新しく活躍する場を得るのが、ぶっちゃけて癪に触ったのだろう。 裏に回って陰口を言ったり。 出来もしないのに、自分達を流れて来たチームに売り込んだり。
地方の都市など、閉鎖的な雰囲気が強い所ほど、この手の嫌がらせは多い。
数日に一度は、セシルが彼等と喧嘩をする始末で。 遂にステュアートは、或る決心する。 神聖皇国クルスラーゲにてチームを結成し、何とか地道にやって行こう、と。
オーファーも、セシルも、その方がスッキリしていてイイと了承した。
だが、やはりまだ若くして気質が尖るセシルは、面倒を生む元凶に成る。 そう感じるオーファーは、ステュアートがこれからも苦労しそうだと。 今、むくれたセシルを見ていた。
一方、セシルを宥めていたステュアートは、湧いた疑問は聴いておこうと、ミラに。
「でも、駆け出しの仕事なら、僕達でも請けれますよね?」
と。
処が、セシルの自由過ぎる態度が、ミラを完全に逆撫でしたのか。 腕組みして、覚めた眼を変えず。
「それは、一向に構わないわよ。 でも、草むしりや害虫駆除を、貴方達が遣れるの?」
「‘一般依頼’を請けさせてくれるならば、出来る事から覚えます」
と、ステュアートは返す。
だが、またムカムカしたセシルは、
「‘草むしり’や‘害虫駆除’って、冒険者の仕事なの? 薬草採取も依頼されない斡旋所なんて、信用が無いんじゃないのっ?」
と、喧嘩腰を全く直そうともしない。
流石に、これでは決まるものも決まらないと感じるオーファーは、
“少し黙れ”
と、言う気に成った。
が、口の速さは、ミラの方が上。
「‘薬草採取’の依頼は、沢山在るわ。 でも、私から見た所、狩人や学者なんかの知識を持つ仲間すら居ないじゃない。 薬草探しだって、適当でイイって訳じゃないの。 知識も経験も無い人に、こっちだって任せられないわよ」
コテンパテンに言い返されたセシルは、いよいよ反論の余地が無くなった。
反論の無いことを察したミラは、セシルを黙らせ様と。
「主は、チームの戦力も見抜いて、仕事を斡旋するの。 一応こっちも信用第一で、依頼主から依頼を請け負ってるんだから。 失敗すれば、それだけ斡旋所に負担がのし掛かるのよ。 そう成らないチームに任せたいのが、こっちのホンネっ。 貴女に、それが解るっ?」
完全に蔑まれたと感じたセシルは、食い掛かる様な目でミラを睨み。
「それって、私達に実力が何にも無いって事っ?」
「そうね」
「な゛んでよっ! 前のチームに居た時に、モンスター退治だって五回や十回は遣って来てるしっ! 薬草採取の依頼だってっ、何回も請けたっ!」
「あら、そう」
「手が足らないってなら地元の狩人を雇ったり、新たに人数を加えれば済む話じゃない゛っ!! アンタっ、一体何なのよぉっ!! チーム結成するのも悪いみたいじゃんっ!!!!!」
セシルの不満が、更に爆発した。 ま、要領よく遣る気が在るならば、セシルの反論は最もだ。
然し、そんな怒りに身を焦がすセシルを、一方では完全に斜めから見下げたミラ。
「都合のイイ事を言うのは、此処では止めなさい」
「はぁっ?!」
「正直、クルフのチームで、エンチャンターや鎖鎌の若い子の噂は聞かなかったわ。 こっちのオーファーの存在は、少しぐらいの判断材料にしてもいいけどね。 貴女みたいな人が居るチームに、こっちも誰かを紹介したりする気分に成れないわ。 信頼感も、協調性も、任せられそうな安心感も、期待感も持てないの」
「な゛っ、何よそれっ! アンタの我が儘じゃないっ!」
「そうよ。 そっちの身勝手が通用しないってだけ。 チーム結成は、受け付けるわ。 でも、最初から、クルフがリーダーの時と同じで、自由に仕事を請けたいなんて思わないでね。 冒険者の世界って、そんなに甘くないわよ。 お互い、感情の在る人間が関わるんだから」
まるで扱き下ろされたような感覚に、怒りが湧き上がるセシル。 睨む目や握る拳からしても、気性の激しい性格ならしい。
ミラとセシルの睨み合いは、終わる様子を見せない。 ステュアートは、どうして良いやらと頭を抱えた。
処が、其処に。 ミラの姉が居る方の通路側から、
「ね、ちょっとミラ。 端から見てると、主人からケンカを吹っ掛けてるみたいよ。 あんまり強く叱ったら、相手も可哀想だわ」
と、綺麗な女性の声がする。
その声に、ミラやステュアート達が振り向けば。 ソファー席の最も手前側に近い場所に、やや背の高い女性が立っている。 青い上半身鎧に、白い膝宛、具足をし。 左の腰には、黒い柄、鞘の長剣が佩かれていた。
相手を見たミラは、鈍い笑顔に変わり。
「なんだ、エルレーンじゃない。 何か用?」
ミラから“エルレーン”と呼ばれる女性は、セシルの隣に来ると。
「用は有るけどね。 それよりも、マスターがチーム結成に文句つけても、仕方無いでしょ?」
彼女の話に、この場の雰囲気が変わって行く。
また、ミラも流石に言い過ぎたと、冷静さを取り戻した。
「ま、そうね」
「どうせこのままじゃ、大した仕事を回せないのは同じ。 もっと的確な、アドバイスをあげなさいよ。 自分個人の不満をぶつけてるだけで、忠告にすら成ってない言い草よ」
そう語るエルレーンの脇に、お手伝いで働く女の子が遣って来て。 紅茶を入れたグラスを置いた。 素朴な印象の少女はステュアート達の後ろから回って、横からカウンターに入ると。 トレイに新たなグラスを乗せて、その中に紅茶を注ぎ込んで。 今度は、屯する冒険者等が居るテーブル席の方に、危なげ無く運んでいった。
この紅茶は、とても安い茶葉で作るので、金は取らずタダである。 そんな紅茶をダシにして、休憩だの相談がてら、ミラやミルダの見物に訪れる冒険者も居る。
“美人姉妹の顔を拝めると、斡旋所の話が他の街でも聞こえている”
と、噂が立つほどだ。
さて、主のミラに対して忠告したエルレーンは、セシルの隣に座った。
ステュアートは、雰囲気を一変してくれたエルレーンに挨拶する。
「どうも、ありがとうございます。 あの・・ステュアートです」
然し、ステュアートも、オーファーも。 新たに現れたエルレーンが純粋な人間では無い事を、その顔から直ぐに理解する。 乳白色の瞳、黒い髪、蝋燭の蝋のような白い肌。 小顔で愛らしさも滲むエルレーンだが、尖り鼻で奇妙な印象の女性だ。 決して、悪い顔では無いが…。
隣に来たエルレーンを見て、セシルは。
「貴女・・・もしかして、〔エンゼルシュア〕?」
また、尋ねられたエルレーンは、すんなり頷いて。
「えぇ、そうよ。 貴女は、〔エルファレイム〕ね」
と、問いかけに対し了承しては、問い返す。
今度は、セシルも頷き返した。
〔エンゼルシュア〕も、〔エルファレイム〕も、この世界に住む亜種人の系統である。
この世界に生きる人種の中には、“エルフ”(自然の精霊人種)と呼ばれる民と。 “エンゼリア”(天使の落とし子)、と呼ばれる民が居る。 どちらも、人の様な姿をした者達で在りながら。 一部、人とは違う容姿と異能に長けた者だ。
この亜種人と呼ばれる種族も、元々は同種族のみの‘里’と云う集落で暮らして居たが。 長い年月を経る中で、違う亜種人と結ばれたり、普通の人と結ばれたりして。 異種人の里や人間の創った街に移住したのが、エンゼルシュアやエルファレイムだ。 見た目は、人と少し違うが。 もう人間の世界に溶け込んだ種族である。
さて、この種族には、別の特徴が在り。 違う人種と結ばれた場合、非常に女性の出生率が高くなる傾向が在る。 そして、人間と結婚して出産すると、その子供は死ぬまで見た目が二十歳ぐらいのままで老化しない。 耳や鼻が尖るとか、体型には個性的な部分が現れるのだが。 一方で、見た目が可愛らしいままで在るとか、甘く若々しい声が特徴と成る。 その為、この混血と成った女性の殆どが、人間の男性と結婚するのである。 姿形が幼い女性が好きな男性に、こよなく愛されるらしい。
その証拠は、エルレーンとセシルを見れば解る。
さて、急に現れた形のエルレーンは、座った席からステュアートに顔を見せて。
「ね、関わり合ったついでに、モノは相談なんだケド。 チームを結成するなら、私も加えてくれない?」
と、スチュアート達にいきなり申し込んで来る。
唐突な話の展開に、
「はあ?」
と、セシルもポカ~ンとするし。
ステュアートも。
「えっ、あ~………ええッ?」
長い間を取ってから、急に理解して驚く。
聞いていたミラは、呆れた笑顔をそのままに。
「エルレーン、貴女ってば・・・。 この間に加わったチームを、また抜けたの?」
すると、ミラに向かってエルレーンが膨れ顔を向ける。
「当たり前よっ。 男ばっかりのチームに入った御蔭で、嫌がらせば~っか。 ちょっとでも酔っ払うと、“喘ぎ声を出せ~”とか。 “見た目が変わんないのって、イイね~”とか。 も~ヤラシイ嫌味ば~っかり。 あんなチーム、こっちから願い下げ」
と、愚痴り出す。
処が其処に、セシルも何故か同調して頷き。
「ホ~ント、あ~ゆ~男ってば、マジでキモイっ!」
2人の意見を知ったステュアートは、オーファーと見合う。
「僕達も・・一応は男だよね」
「ステュアート、気にするな。 気にすると、面倒だ…」
そう言ったオーファーは、新たに出された紅茶を飲む。
セシルは、ステュアートに向くと。
「ステュアート、この人も入れようよ。 どうせ3人じゃ、やっぱり手が足りないでしょ?」
「えッ? ああああ・・うん。 僕は、別に構わないよ」
直ぐにオーファーも。
「自分も、左に同じ」
と、同意。
皆から了承されたエルレーンは、顔を綻ばせて。
「良かった~。 長く居させて貰えそうなチームを、ず~っと捜してたのよ~」
その後にオーファーが、ミラに尋ねた。
「所で、横の仕切り席の内側に座っているのは、何方ですか?」
「え?」
と、縦に畳める仕切りを見たミラ。
「あ、あぁ。 黒いフードの人?」
「はい」
ステュアート達3人は、揃って頷いたオーファーを見る。
「フードの人? 誰、それ?」
と、セシルが聞けば。
オーファーは横を向いて、自分が椅子を持ってきた仕切りの中を指差したのだ。
ミラは、木と厚紙で作られた壁の様な、花柄模様の仕切りを見て。
「あの黒ずくめの人、今朝に街へ来たみたいよ。 でも、凄い土埃を服に付けてね。 全く、大地溝帯でも渡って来たのかしら…」
と、右手を頬に当てて傾げるが。
いきなり、エルレーンが笑い出す。
「アハハハ、ミラったら…。 そんな事、絶対に在る訳無いでしょう」
と、そう言い切った。
その話に、返って興味が湧いたセシルは、エルレーンを見て。
「え、何で?」
大笑いしたエルレーンは、涙さえ浮ぶ目を指で擦って。
「だって…。 今の溝帯って、乾燥季の真っ只中よ。 水気は極限まで無いし。 ホーチト王国から歩いて来るのに、最短でも10日以上は確実に掛かるわ。 空を飛んででもしなきゃ、どんな人間でも死んじゃうわよ~」
「ふぅん、そ~なんだ」
「それだけじゃ無いわ。 今の溝帯には、“テザードアルゲリーター”って云う巨大砂漠鰐が異常に大発生しててね。 溝帯内部の一部に住む原住民ですら、キャラバンの行き来が出来ないって集落を捨てたとか聴いたし」
この話で、ミラも思い出したようだ。
「あっ、あ~そうだわね。 確か、溝帯に住む部族が全滅を逃れて、クルスラーゲやホーチト王国に逃げ込んだって…。 じゃ~砂塵を被ってたけど、溝帯を渡って来た訳じゃ無いのね」
そのやり取りを聞くオーファーは、真偽はどうかと気になってか。 話し合う女性二人から視線を外して、また仕切りを見る。
然し、その時だ。
「あ」
何故か彼が、小さな声を出した。
その声を聞いたミラが顔を動かせば、噂に成ったフードを被った黒ずくめの人物がなんと、仕切りの前に立っているのを見た。
「あらら、起きちゃった?」
急に立って居た黒ずくめの人物は、徐にフードを取った。
瞬間。
「わっ!!」
「キャっ!!!」
セシルとエルレーンが、驚いて声を上げる。
ステュアートも、相手を見てギョッとしたし。
ミラは、驚きから返って声を出せなかった。
店の中の冒険者達も、声に反応してカウンターに向いた。
何故に、ステュアート達が驚いたか。 それは、立っていた男の顔は、包帯だらけ。 包帯の覆面をして居る。 そう、仕切りの中で寝ていた人物は、Kだった。
「あれだけ喚けば、誰だって起きる。 それより俺の話するのはいいが。 マスター、紅茶のお替りくれないか?」
言われたミラは、其処に在る拭いたばかりのガラスコップに、冷めた紅茶の入る薬缶を急いで傾け注ぎ。
「はっ、ハイっ」
と、カウンターに置いた。
そのコップを取るKは、オーファーを見て。
「アンタ、俺を加えると言ってたが。 本気か?」
と、一口含む。
「あっ、いや・・なっ、仲間が・・・良ければ…」
音も無く立っていたKに、オーファーも完全に驚いて肝を潰してしまった。 話す言葉が、途切れ途切れと成る。
Kの視線は、ステュアート達へ向いた。
「ひっ」
眼が合ったセシルは、慌てふためくままにステュアートへとしがみ付く。
次に眼が合ったステュアートは、ドキンドキンする鼓動をそのままに。
「あああののぉ、いっ、い・一緒にチーム・・じゃなかった。 あっ・いや・仕事、ややや・やりませんか…」
と、何とか話を切り出した。
髪が目や鼻に凭れるKの頭髪には、赤い土埃がまだ薄っすらと掛かっている。 耳の脇に伸びたモミアゲにも土埃が。 そんなKは、グラスの紅茶を飲んで、カウンターにグラスを置くと。
「あぁ、チームを組む事に異論は無い。 ただ、お宅らに一つ忠告をしよう」
‘忠告’と聞いたステュアートは、何か気に障ったのかとビクッとして。
「ハイっ、な・なんでしょうかっ?!」
と、背筋を伸ばす。
Kは、包帯から覗く目で、生意気そうなセシルを見ながら。
「知った間柄だけじゃ無い者同士でのチームの組み始めは、返って駆け出しの仕事からやるのが一番だ。 お互いに知れて慣れてない者同士なら、それぞれどんな特徴があるか。 一つか、二つでも仕事をして見れば、直ぐに解るぞ」
「あ、はぁぁぁぁぁ…」
セシルも、エルレーンも、普通の忠告と知って安心してか脱力する。
確かに、いきなり顔を包帯で巻いた怪しい男が現れたら、驚くのも無理は無い話だ。
一番に緊張したステュアートは、ガクリと気抜けして項垂れた。
ステュアートは、Kを含む五人でチームを結成する事にした。 最初にKが自己紹介をする。
「俺は、‘ケイ’と呼んでくれ。 学者として冒険者をやってるが、薬師の技能も在る」
次は、剣士のエルレーンが。
「私は、エルレーン。 見ての通りに剣士よ。 一応、魔力や精霊の力は、感知する事が出来る。 けど、魔法を発動する事は出来ないし。 感知能力も、とっても弱いわ」
鎖鎌を使う戦士のステュアートは、
「僕は、戦士のステュアートです。 使い易い鎖鎌を遣ってますが。 細剣なんかもそこそこ遣えます」
次に、セシルが。
「アタシは、エンチャンター。 武器は、このガンよ」
と、脇に置いた銃を触って言う。
Kは、セシルの脇に置かれた長い銃を見て。
「随分と銃身が長いな。 破壊力重視か?」
「うわ、良く解ったわね。 ま、矢を込めてから魔法を発動させて撃つから、連発なんか出来ないけど。 そこそこ太い木でも、一撃でへし折るわよ」
セシルが銃を指差して言えば、Kとエルレーンが。
「ほ~」
「へ~」
と、感心して見せる。
此処で、〔エンチャンター〕とは何か。 エンチャンターは、魔法を放つのではなく。 武器に宿して戦う特殊な魔法戦士だ。 人や亜種人には、魔法に遣う古代ルーンに対して、拒否反応を示す体質の者が居る。 魔法を発動して、自由に扱えないのだが。 ‘纏わせる’と云う要領で、魔法を武器に宿して殺傷力を増す事が可能だ。
然し、魔法を発動するにも、精神的な魔力を使う為に。 素早く動いて重たい武器を持つと、体力と精神力を激しく消耗してしまう為。 主に弓やナイフなどの投擲・発射武器を扱う者が、エンチャンターには多い。 セシルの様な破壊力重視のエンチャンターは、なかなか稀である。
そして、最後に残るのは、オーファーだが。
「私は、自然魔法遣いのオーファー・カーンです。 以後、よろしくお願い致します」
と、自己紹介をする。
すると、頬杖をしたKは、オーファーを見て。
「珍しいな。 僧侶や魔想魔術以外の魔道士は、ちょいと久しぶりだ」
この話にオーファーは、静かに頷いた。
セシルは、エルレーンに。
「ね、何で珍しいの?」
と、尋ねる。
‘エルフ’に然り、他の亜種人種族に然り。 亜種人は、大概が自然魔法に対して才能が在り。 セシルも自然の精霊力には、そこそこ鋭い感知能力が備わって居た。
然し、一方で。 ‘エンゼリア’、と云う種族の血が混じるエルレーンだが。 彼女の魔力は、僧侶の得る神の加護に偏る。 おそらく、彼女はまだ気付いてないのだろうが。 彼女の才能は、感知能力では無く。 別の方向性を持って居るのかも知れない。
さて、魔法遣いの事を良くは知らないエルレーンも。
「さぁ…。 確かに、魔想魔術師に比べたら、自然魔法遣いは少ないと思うけど・・ねぇ」
其処へ、Kから亜種人の血を引く2人に対して。
「お前、魔法の教育を受ける時、訓練以外は寝ていたのか?」
エルレーンは、魔法学院にすら行ってないと言い返す。
それで以て、続く彼の説明に因ると…。
自然魔法遣いは、自然の精霊力と魔力を結び、自然の力に沿った魔法を遣うのである。 例えば、相手の足場が岩なら、地割れを起こしたり。 雨の日なら、凄まじい集中豪雨を局地的に降らせたり。 風の強く吹く場なら、カマイタチを起こしたりと…。 様々な自然現象を、相手の居る極小範囲で起こす魔法遣いなのだ。 そして、高度な魔法に至ると、天地の助けを借りずに天災を起こす魔法まで在るとか。
処が、この自然魔法は、自然の中に溶け込む‘精霊力’と云う力を鋭く感じる能力が無ければ、扱う事が出来ないと云う前提を持つ。 魔術師が持つ‘オーラ’感知とは違い、魔力を精霊力に同化させる能力が必要なのだ。 課せられる条件が、魔力以上に限定される為に。 人間だと先天的にその適性を持つ者が少ない為。 自然と扱う術者が少ない事に成る。
因みに、魔想魔術と神聖魔法は、扱える者がとても多いのだが。 この自然魔術師の存在する割合は、魔想魔術師や僧侶などの神聖魔法と、世界的な割合の比例で約70:1ほどになると云われる。
また、更に扱う者の数が低いのは、〔精霊魔法遣い〕で。 その対比率は、少ないと云う自然魔術師との対比で、50:1と非常に少ない。
細かい話の後で、チーム結成が成された。 リーダーは、ステュアートで全員一致。 チームの名前は、“コスモラファイア”(たゆたう炎の意)で決まった。
〔その2.新チーム結成。 依頼を先ずはやってみよう。〕
ステュアート達は、蒼い鎧を着る異種人の剣士エルレーンと。 顔を包帯で隠すKを加えて、遂にチームを作った。
さて、そうなると次は、依頼を請ける事に成る訳だが…。
ミラが仕事の斡旋をすると云う事で、K曰く。
「な~んでもイイ」
と、ステュアートに丸投げ。
エルレーンも、
「私も、最初は何でもいいわ」
と、言って寄越す。
これは、リーダー経験の無いステュアートには、一番難解な返答だ。
さて、時は昼過ぎ。 ミラからサンドイッチの差し入れと一緒に、メニューの様な冊子が渡される。
「ハイ。 コレが、貴方達にでも回せる仕事の一覧表よ」
冊子の様なモノを受け取ったステュアートは、青空の絵が描かれた表紙を見ると。 “一般依頼一覧”と、書かれている。
紅茶のグラスを傾けるKは、口の中を空けると。
「全く、料理のメニューかよ。 それに、各席のテーブルの上に、一つずつ置いてあるからな~。 窓から見たんじゃ、とても斡旋所とは思えねぇゼ」
処が、ミラはにこやかに笑って。
「うふ。 でも、ウケ狙いじゃないわよ。 斡旋所って、女性や若いコには入り難い雰囲気があるでしょ? 私や姉さんは、それを払拭したくて、ね」
サンドイッチを片手にするセシルは、花の多い店内を見て。
「ま~可愛らしい店内だけどね~。 こう~何て云うの。 “仕事したい”って気分には、ちょっと成り難い場でも在るな~」
セシルの意見の通りに、店内は正しく可愛い飲食店か、茶屋である。
さて、とにかく身銭が少ない為、メニューを開いて依頼を見るステュアート。
「う~ん…。 何だか、一杯在りますねぇ~」
エルレーンは、サンドイッチに齧り付いて。
「どんなの・・ムグムグ、アンの?」
すると、ステュアートが読む内容として。
『子犬が居なくなりました。 白黒で耳の大きい大型犬の子犬です。 探して下さい』
『私、頭は良いのですが…。 物覚えが悪いので、更に頭を良くする魔法を掛けて下さいっ!』
『ウチの主人が、他で女を作っている様なので。 冒険者の方々で尾行し、それを確かめてくれませんか?』
その依頼にKは、傾けようとした紅茶の入るグラスを一旦止めて。
「生々しいなぁ~、おそらく不倫か? 全く甘くない、‘プリンちゃん’だゼ」
と、軽口を叩く。
ミラを含めて笑いそうになったり、食べていたモノを吹き出しそうになったり。
咳したステュアートは、それから幾つか続けて読んだ。 どれも、冒険者の仕事とは思えない。
が、
『私・・周りには隠し事なんですが…。 実は、“痔”なんです。 良く効く薬など有ったら、探して頂けませんか。 近所には知られたくないので、内密に御願いしたい。 御代は、即金で1500シフォン出します』
と、云う依頼が在った。
聞き終えたオーファーは、静かにお尻を摩る。
一方、戦闘要素が無い依頼と思えたセシルは、詰まらなそうに。
「ウッザ、医者にイケ~」
と、切り捨てた。
だが、その後からKが。
「おい、それを請けよう。 高が‘痔’の薬を渡して、1500シフォンだぜ。 オイシイ依頼だぞ」
だが、‘痔’に引っ掛かるセシルは、とても嫌な顔して。
「え゛ぇ~? そんなの面倒だよぉ~。 大体、‘痔’に効く薬なんて、アタシは知らないわよ~」
然し、Kは見える口元を笑わせて。
「俺は学者で、薬の調合も出来るって言ったろ~」
だがオーファーは、薬など持ち合わせていない自分達なので。
「そうなると、薬の原料を取りに行くのですか?」
と、問うた。
皆、Kに顔を向けて、遣りようを聞く体勢へ。
紅茶をまた含んだKは、喉を動かしながら首を左右に振って。
「安ければ、大体150シフォンぐらいで原料が買える。 然も、この街で」
と、店の床に右手の中指を向けた。
ステュアート達全員はおろか、ミラですらKに視線を止めている。
やり方が見えないミラは、口元を引き攣らせて。
「ホント、150シフォンで? それなら、ボっ・ボロ儲けじゃないよ…」
斡旋所を預かる者として、インチキや不正は困るので疑うまま目を細める。
美味い話だと言ったKは、大きくゆっくり頷く。
「んだ。 ま、薬に精通してないと、この遣り方はムズイがな。 大体、この手のアホな依頼ってのは、然るべき身分の在る輩が周りに知られない様にしたいって、そんな身勝手なヤマだ。 プライドを保つ為だから、アホみたいに礼金を弾む。 全く、バカ様の御陰様って処よ」
Kの意見を聞いたステュアートは、確かに美味しい仕事かも知れないので、試しに請けてみる事にした。
ミラに申請して、受理の手続きを踏んで昼下がりの午後に外へ。
「ん~。 空気が気持ちいいな~」
と、伸びるステュアート。
「そうね。 昨日まで、この辺りは連日大雨だったものね」
と、エルレーン。
オーファーやセシルも、2人の意見に同意する。
然し、Kだけは横を向いて、
「こっちは、土埃一色だ」
と、ボソッと呟いてから。
「さて、先ずは薬を作る。 手早く薬屋でも回ろうか」
一同はKと共に、また目抜き通りを歩き出した。
さて…。 ステュアート達が去った後の事。
斡旋所の中では、ミラがカウンターを拭いていた。 ステュアート達の皿やコップを下げて。
其処へ、テーブルの方に屯していた男ばかりチームが、ノコノコとカウンターの方へやって来た。 その男達の面構えたるや、どいつもこいつも一癖や二癖有りそうな雰囲気の奴ばかり。
その中でも、ニタニタした口に見える歯が隙間だらけの、汚い鎧を纏って槍を担ぐ男が言う。
「ミラ、やかましい連中が、俺達の特等席のカウンターを占拠してたな~」
その横に居る。 痩せた身体に、革製のボロいプロテクターを着けた男も。
「うへへ、ミラの顔が見たくなって、来ちゃったぜぇ」
と、カウンター席に座って来た。
毎日毎日、暗くなるまで斡旋所に入り浸り。 自分や姉の様子を盗み見る輩共で在る。
(お前達は、それ以上に醜いわよ。 一瞬で、何処か遠くに失せて欲しいわ)
気持ち悪さを覚えるミラは、内心でそう思いながらも。
「あら、意外にそ~でも無いわ。 久しぶりに、色々と面白かったわ」
セシルとあれだけの言い合いをしたクセに、面白かったとは…。
男達5人はカウンターに揃って腰掛け、そのままミラに絡み出した。
さて、カウンターの横の奥に、二階へ上がる階段が在る。 木造の階段で。 左右の挟む壁は、白いマーガレット柄の壁紙だ。 今、其処から足音がして。
「ミラ・・ミラっ、居るっ?」
と、声が。
「姉さん、どうかした?」
声を返せば、ミラより頭一つは背の低い、スレンダーな女性が降りてくる。 紫のドレスに、背中に掛かるくらいの黒髪が美しい。 だが、次女のミルダや三女のミラより、ソバカスの痕が残る目元や低い鼻と。 顔の一部の造りは似ていても、どうもミラやミルダほどの美人ではない。
“何か用か”
姉の声から感じたミラは、ウザい男達にグラスで紅茶を出しながら。
「何? 姉さん、何か在った?」
長女のミシェルは、この斡旋所の一番の主。 話を邪魔しては、ミラが苛立つと男達も黙る。
姉が何も言わずに、膝が階段に見えたまま。 仕方無いのでカウンターの階段側に寄ったミラの視界にまで、姉のミシェルは下りて来た。 ミラの見る姉は、少し動揺したような顔をする。
「姉さん・・どうしたの? 何だか、顔色が悪いわよ」
然し、姉のミシェルは、ミラとミルダを二階へと呼んだ。 呼ばれた2人は、姉の後を着いて行く。
三姉妹が揃う二階は、横に長いテーブルが三列と。 其処に置かれた椅子が並ぶ、一階とは雰囲気の違う部屋だった。 薄い緑色の壁には、花が咲き乱れる園の絵が描かれ。 壁際に並ぶ小物も女性らしく、魔術師の庵の様な雰囲気が在った。
さて、姉のミシェルは、手伝いに来ている少女に下の番を頼んで行かせると。
「ミラ、ミルダ、良く聞いて頂戴。 実は、たった今、ホーチト王国の国境都市から来た情報なんだけどね」
斡旋所の主のみが書き込みを許される黒い表紙の本を開き、ミシェルは2人に在る文章を見せた。
すると、
「え"っ!!」
「ホントっ?!!」
ミルダも、ミラも、内容を見て驚くしか無い。 其処には、こう在る。
[必読連絡]
‐ 此方、ホーチト王国領内、モーンブルクの斡旋所より。
最近、溝帯の内部で大繁盛する巨大鰐“テザードアルゲリーター”について、冒険者協力会本部より掃討の意向が有りましたが。
近日、調査に行かせた冒険者チームより、新たな情報が在り。
それは、テザードアルゲリーターが何者かの手に因って、そのほぼ全てに近い大多数が掃討された模様。
調査に向かったチーム、〔スカイスクレイバー〕に因れば。 穴から這い出したテザードアルゲリーターが、数里間隔でズタズタに斬り裂かれて居ると。
然も、その斬った痕は、並の腕では無い痕跡とか。
また、同チームの魔術師に因る‘遠視’の魔法にて、そのテザードアルゲリーターの他の残骸が、遥か彼方の其方まで向かって居ると…。
もし、この所行をした者が解ったならば、話を聴いて御一報を。 依頼を立てた報酬額を、其方から支払う様に依頼致します。
では、これにて失礼…。
モーンブルク斡旋所より。‐
[終]
モーンブルクの斡旋所より来た内容は、以上の様なもの。
だが、あの灼熱の溝帯地帯に行き。 巨木並みの身体をしたテザードアルゲリーターをほぼ殲滅するなど、誰彼と出来る事では無い。 いや、現在進行形で、世界を行く優秀な冒険者チームの上位20傑に選ばれたチームで在っても、この成果の半分が出来れば最高だろう。
然も、モーンブルクで依頼を請けたチームは、現役世界最高のチームと名高い“スカイスクレイバー”。 そのチームのリーダーで、‘天才剣士’と謳われる人物が驚く傷痕とは…。
心当たりの無いミシェルは、ミルダと話す。
だが、何故かミラには、直ぐに顔の浮かぶ人物が居た。
(まさか、まさかね…。 でも、可能が在るのは、恐らくさっきの…)
と、Kを思い出した。
この事件と共に、ホーチト王国領内では、もう一つの驚愕事件が在った。 それは、逃亡したお訊ね者のガロンが、凄絶なる処刑を受けた事だ。
ポリア達ならば、誰が遣ったのか瞬時に理解しただろう。
然し、Kの名前を出した処で、彼にも迷惑だろうと云う結論に達するだろう。
謎の事件は、こうして闇雲になるのか…。
★
斡旋所に走った衝撃など、依頼に向けて動くKに付いて行くステュアート達には、全く解らない事だが。
さて、Kを先頭に街の目抜き通りを北に向かって、食料品や薬を売っている店が多く並ぶ場所へ。
Kは直ぐに何軒か見回った。 そして、買わずに外に出て来ると。 店と店の切れ間の川を下に見下ろせる所に来る。
するとオーファーは、道の方に向く。
その様子に気付くKは、オーファーに。
「ん? オーファーは、高所恐怖症か?」
無言のオーファーは、頷いただけ。
実は、この見下ろせる運河が、思いの外に凄い下なのだ。 多分、落下防止の石の格子となる手摺りから、下の運河までは五階建ての屋敷がまるまる入るほど下だ。 この目抜き通りや居住区や宿屋街などは、運河の増水にも影響を受けない様に高く作られている。
「あぁ。 ま~いいや」
と、Kはステュアート達を見て。
「安くていい材料を買うのに、ざっと120シフォン。 俺が身銭の60を出す。 他、誰か60を」
と、手を出し。 自分の身銭を手の平に乗せた。
ステュアートは、何とも言いがたい顔でKを見て。
「ケイさん、まさか…それが全財産?」
呆れられたKは、全く普通に。
「おうよ。 文句有るか? ビンボー人に、文句あるか?」
と、開き直る。
余りにも少ない身銭に、皆が呆れて反論も出ない。
「んじゃ~ハイ。 アタシが、30」
と、セシルが出せば。
エルレーンも。
「じゃ、私も30」
額が揃った、とKは頷く。
「よし、これでいい。 さ、買いに行くぞ」
この時に一瞬、皆は騙されていそうな気持ちにも成ったが。 Kは店をコロコロ替えて、アレコレと五種類の薬の原料を買い集めた。
材料が揃えば、人の往来の中で目に付いた飲食店に入り。
「お湯、貰ってくれ」
と、Kが言う。
向かい合うテーブル席に就いた五人。 窓側に座ったKは、器用にお湯で草を煎じたり、実を潰したり、三種類の草を煎じてから、二種類の砕いた粉を入れると…。
ジッと経過を観ていたセシルが、小さく。
「あっ」
と、声を上げた。
店で借りたマドラーでかき混ぜる液体が、一気にドロ~っとして行く。
「おし、出来上がり」
そう言ったKは、半透明のドロドロした液体を、安物と云う蓋の有る白い陶器に入れた。
其処まで見たステュアートは、とても不思議そうにして。
「ケイさん、それが・・・薬ですか?」
一仕事を終えたKは、一杯3シフォンもしない冷めたハーブティーを飲んで。
「あぁ」
「飲み薬じゃなくて、塗り薬なんですね」
「まぁな。 痔ってのは、出来る要因に体質もあるがよ。 基本的な原因の一つは、患部となる肌の不衛生だ。 体質と云う観点から推測するならば多分は、依頼主ってのは酒好きの汗っかきか、丸々太った男の可能性が在る」
「え゛っ! 相手を見ないでも、そんな事が解るんですか?」
「いやいや、大方の相場だ。 だが、他にも要因は幾つか有る。 例えば、用を足してから拭く時に、唾を使う奴とかも成り易い。 食事を観点にすれば、辛い物好きや・・肉食などの偏りすぎた食生活も要因の一つ」
「へぇ~」
「酒のみにも多い傾向も在るがな。 女だって、出産を機に痔に成る場合が在る」
その話に、
「え゛っ?」
と、様々に驚く一同。
平然とするKは、窓の外を眺めながら。
「便を出したり、出産する時の気張る行為で、痔に成る可能性が在るのさ。 とにかく、出来てしまったら薬を塗って、患部を綺麗に維持するべし」
話を聞いていたエルレーンは、Kを細めた目で見て。
「ケイって、お医者様みたいねぇ~。 病気でも治せそう」
こう言われたKは、皆を見返すと。
「ま、病気のモノにも因るがな。 治す金は取らんが、薬の材料くらいは自己負担で頼む」
ステュアート達4人は、Kを見て手を胸に当てる。 軍隊式の敬礼で在った。
「リョーカイ」
ただ、其処からKも首を捻る。
「だがよ。 この依頼人の変わってる処は、受け渡しのし方だな。 外部で会えば済むことだと思うのに、何で一々に誰かを繋ぐ必要が在るンだか…」
そう、Kが疑問に思うのも、確かに最もな事だ。 この仕事の変わった所は、クライアントに会うその仕様だった。
全員分の飲み物を買ったステュアートは、自身の温かい紅茶を飲みながら。
「然し、直接に家で会って薬を渡せないって…、どうゆう事なんだろう」
斡旋所に伝えられた指定の手順は、
“と或る店に行け”
と云う。
冷たいハーブティーを飲むオーファーは、もう渡すだけと云う事だから。
「悪く考えるのは、薬も出来たこの際に辞めよう。 後は、渡すだけなのだからな」
“それもそうだ”
皆の意見が合って。 店を出た5名は、と或る目抜き通りの南方に店を構えた宝石商に入り。 一昔前の貴族っぽく髭や髪の毛をカールさせた、ヒョロ細い身体に奇抜な服装をしたピエール氏に面会。
先頭に立つステュアートが、
「アイーン様に仕事を頼まれた者です。 妙薬が出来ました」
と、告げれば。
小指を立てて、クネクネと身体を動かしやって来たピエール氏。
「あらぁん、お薬が出来たのねぇ~ん。 いいわぁ~、アイーン様にぃ~連絡しちゃうっ」
気色悪い彼は、小指を立てて腰をクネクネ振って、店の奥に消えてゆく。
珍獣でも見た気に成るセシル。 呆れた顔で。
「率直に、スゴくキモイ・・。 何、アレ」
その横に立つKは、もう彼を見ない。
「関わり合いたくない人種だ。 いざって時は、オーファーに相手してもらうか」
仲間は一斉に、突っ立つオーファーを見上げる。
鼻水を垂らしたオーファーは、
「嫌だ…」
と、蒼褪めた顔をする。
さて、戻って来たピエール氏は、ステュアートに愛想の良い顔でウィンクしながら近寄って。
「お~ま~た~せ~。 アイーン様は、今夜のぉ~深夜に、お薬を受け取るってよぉ~。 場所はぁ~貴族地区の、テ・ン・シ・の、公園ですって~~~」
エルレーンも、セシルも、余りの気色悪さに突っ込みも出ない。
その最中、いつの間にか一人早く出入り口に居たK。
「行こう。 先に宿でも探そうか」
すると、逃げる様に皆が外に出る。
往来の激しい目貫通りに戻った其処で。
「ん、リーダー」
ステュアートに、薬の入った容器を渡すK。
「えっ? あああ・・ハイ」
素直に受け取ったステュアートだが。
Kは、ステュアートを見ずに顔を顰め。
「“一日に二回、患部に塗れ”、と言え…。 なんか、クライアントに会いたくない気がしてきた。 もしや、痔の原因は・・・最悪の方向かもなぁ~」
と、意味深なことを言う。
ステュアートは、容器とKを交互に見て。
「えっ、え"っ?!! ケイさんっ、どうゆうことっ?!!」
然し、Kは口にするのもイヤそうに歩き出す。
怖く成ったステュアートは、他の仲間にも尋ねるのだが。
その答えは、深夜になって解った…。
その日の夜。 急激に下がる気温と水の温度差で、大量の霧に包まれる都市内。 都市の北東には、貴族が住み暮らすモダンな貴族地区がある。 その地区の入り口は、蔦を絡ませた鉄格子の仕切り壁があり。 地区に入って直ぐの右手に、天使の石像が噴水を出している公園がある。
ステュアート以下、全員にて其処で待っていると。
もう、どの家も寝静まる深夜に、街灯の灯りが油切れ寸前でチカチカしている中。 霧の中より馬蹄の音がする。
「え? 馬車?」
次第に車輪の回る音もするので、セシルが貴族地区の中に進む石畳の道路を見て言った。
「然し、凄い霧だわ。 なんにも見えない」
辺りの見通しも利かないぐらいに立ち込める霧に、エルレーンは不安を覗かせた。
一方、霧の中から響く馬車の音は、どんどん近づいて来て…。
「どぉ・どどお…」
屈強な体格の御者が、馬車を5人の前に止める。 真紅の色をした車体に、白き鳩の絵が施された馬車。 車体のラインも流暢でデザイン性が高く、規格外の滑らかな器型は、金が掛かっていそうな様子が見て窺える馬車だ。
御者の男が降りて、車体のドアを開けば。 シルクハットに黒マントを羽織り、丸い眼鏡を掛けた長身の紳士が下りて来た。 整髪された髪型や髭、白く化粧をして顔色を良く見せている。 明らかに古い貴族の習慣に拘るタイプだ、とKは見抜いて視線を外した。
その貴族らしき人物は、先頭に立つステュアートの前に来て。
「私が、依頼者だ。 例の薬は、持っているかね?」
ステュアートは、おずおずと更に前へ出て。
「あ・あのぉ・・、これです。 いっ一日に2回・・塗って下さい」
と、薬の入った容器を差し出す。
紳士はそれを受け取って容器の中身を見た後に、それを御者に渡したのだが。 何故か、ステュアートを見るとジッと見詰め続ける。
「………」
セシルやエルレーンと云う女性から見るに、その貴族らしい紳士とは。 中々に渋みの利いた、ダンディな印象の人物なのだが…。
紳士がステュアートを見詰めること少しして、唐突に。
「君、この後に予定が無いなら、このまま馬車に乗って我が屋敷に来ないかね」
こう言いながらステュアートの頬を触れて、優しく撫でるのだ。
「え"っ?!!! ぼっ、ぼ・僕だけ・・ですか?」
驚くステュアート。
対する紳士は、甘い目線でステュアートを見下ろしながら頷いた。
ステュアートは、全身で貞操の危機を感じて。
「いいいっ、いえっ。 もっ、も・もう眠いのでっ、宿に戻りますッ!!」
と、逃げるように身を引く。
また、セシルとエルレーンは、Kが嫌がった事態の意味が解って蒼褪める。
先に予想し、本人を見て答えを察したKは、終始に亘り反対側を見ていた。
さて、馬車に紳士が乗り込もうと云う様子を見たオーファーは、何故かホッとして。
(良かった、顔が悪くて…。 悪くても得する事も、時には在るのだな)
と、胸を撫で下ろした。
御者に因って開かれドアの前で、馬車の足場へと片足を掛ける紳士は、其処でステュアートへと振り向けば。
「今回は、機会が無く残念だ。 だが、もし生活に困ったり、お腹が減ったらならば、あの宝石商に来なさい。 決して、悪いようにはしないよ」
と言ってから、馬車に乗り込んで行く。
5人が何も言えず、黙った中。 御者が操る馬車が向きを変えて、来た道を戻っていく。
するとKは、下らないモノを見たと辟易した様子にて。
「やはり最悪の方向か。 正に、ヘンタイ紳士だゼ」
と、やっと前を向いた。
然し、誘われたステュアートは、いきなりKに掴み掛かった。
「ケイさんっ、絶対に知ってたでしょっ?! 僕にお誘い来るってっ、昼間っから悟ってたでしょっ?!!」
と、怒る彼は、涙目である。
「アハハハハハ…」
その通りだから、半笑いして流すKだった。
★
次の日。
朝、斜めに高く陽が上がってから、一行が斡旋所へ出向けば。
「あら、いらっしゃい。 依頼人から、受け取りの承諾が来てるわよ」
と、ミラが言って来た。
昨日の深夜に薬を渡してから、次の日にはもう承諾が来る。 そんなに即効性なのかと、ステュアート一同がKを見直す。
ミラは、用意していた1500シフォンの報酬を出して。 受け取ったステュアートは、全員で等分した。
さて、昨夜の宿代でスッカラカンに成った懐も、これで少しは膨れたと。 ステュアートは、次なる仕事を探す。
ミラは、ウザい屯する奴らを嫌い。 カウンター席を5人に薦めた。
ミラの目の前で、次なる仕事の選択に入るステュアート。
「う~ん」
斡旋所カウンターにて、考え込むステュアート。 手にはメニューの様な依頼リストが在る。
「どれどれ」
「ナニナニ」
ステュアートの左右から、依頼リストを覗き込むセシルとエルレーン。
「ふぁ~」
包帯を顔に巻いた冒険者Kは、昨夜に風呂に入ってサッパリした。 衣服も綺麗に叩かれていて、オーファーと二人でのんびり安い紅茶をシバく。
そのKに、オーファーが。
「ケイさん、昨日の噂ですがね」
溝帯に大発生した巨大鰐が、何者かに退治された話しをすれば。
「ほぉ~。 溝帯のワニさんを粗方殲滅ねぇ。 そりゃあ~凄い冒険者も居たもんだ」
と、他人ごとの様に言うK。
然し、カウンターに立つミラは、Kを見て横目にして。
「何処の冒険者かしらぁ~。 無償でモンスター退治なんて、と~~ってもカッコいい。 目の前に居たら、キスしちゃいたいわ」
と、色っぽく言う。
処が。 ミラなど見ずに通りを眺めるKは、紅茶のお替りを要求して。
「だが、‘倒した’って言ったってよ。 親を倒しただけじゃ~意味が無いぞ」
奇妙な話に、ミラは紅茶を注ぐ手を止め。
「それって、どうゆう意味?」
「砂漠や荒野に住まう巨大鰐ってヤツは、な。 地中深くに卵を産んで、雨が降る時に合わせて孵化しやがる。 確か・・数年前、溝帯に珍しく纏まった雨が降ったって云うからなぁ。 その時に卵から孵ってデカく成った個体なら、既にまた産卵してるハズ。 その元を断たなきゃ、溝帯の平和はたったの十数年だけさ」
初めて知る事に、オーファーは紅茶を飲む手を止めたまま。
「そうなんですか?」
Kは、冷めた紅茶をミラから受け取って。
「あぁ、溝帯の事を書いた本では、そうなってる。 実際、巨大鰐が溝帯に現れ出したのも、数十年ぶりの大雨の後だってからな」
初めて知る事に、オーファーは頻りに感心。
ミラも、
「確かに、その通りね」
と。
Kの言う通り。 乾燥した溝帯に、数十年ぶりに大雨が降った。 数年前の出来事だが、溝帯内部の山岳の縁に住む部族が。 大雨の影響から咲いた不思議な植物を持ち込んだと、噂が立った事を思い出す。 姉と一緒に、まだ冒険者として活動していた頃のことだった。
Kは、話の区切りとして。
「ま、その死んだって云う鰐の掘った穴から地下に入って、地中深くの卵を全て壊さなきゃ~よ。 取り戻した平和も、所詮は仮初めだ」
その解説を聞いていたミラは、感心した顔で。
「貴方って、随分と色んな事を知ってるのね。 その辺の薀蓄学者より、知識が深いわ」
と、褒めた。
其処に、ステュアートが。
「ケイさん、オーファー。 報酬は決して高く無いけど、結婚指輪を無くした奥さんの、指輪捜索依頼があります。 やってみませんか?」
席をズラして顔を出すオーファーは、先に頷き。
「うむ、やろう。 結婚指輪か…。 それは、無くしたままでは心苦しいな」
するとKも、グラスを置いて。
「仕方ない、探してやるか」
と、動く支度をする。
セシルとエルレーンは、ミラに依頼受理の申し立てを。
「結婚指輪ね~。 無くす方がどうかしてるわ」
作業をするミラは、冷めた言い方を。
処が、止せばいいものを。 セシルは、女性と云う意味合いでの自分の身を棚上げで。
「相手を探して、未だ見つからない誰かさんには、とお~い話よねぇ~」
と、嫌みの効いたトゲを吐く。
それを感じ取ったミラは、スッとセシルを睨む。
不穏な空気を感じたKは、出入り口に向かいつつ。
「おいお~い、面倒はヤメレ」
と、窘める。
だが、昨日の一件が在るからか。 ミラとセシルは、どうもウマが合わない。 睨み合い、火花を散らす。
急に空気が悪く成ったと、ステュアートはアワアワしながらそれを見ている。
下らないと思うオーファーは、テーブル席から注がれる夥しい視線を感じて。
(は、恥ずかしかぁ~~~)
と、瞑目して顔を赤らめつつ、静かにKの方に歩いて行く。
Kは、来たオーファーに。
「全く、オンナって生き物は、ど~してこうもメンドイかね~」
と、呆れ口調で言った後、外に出る。
オーファーは、エルレーンとステュアートの仲裁を受けながらも、睨み合って居る2人にげんなりした。
(この街に居る間は、ずっとこうなのか?)
さて、この指輪を見つける仕事は、ステュアート達に任された。 貴族の奥様の依頼と云うので、昨夜の衝撃が冷めないままに、また貴族区に来た。
ステュアートは、昨夜のあの紳士と鉢合わせしたく無い為。 オーファーの影に隠れて居た。
さて、依頼人の屋敷に入って、初老マダムに説明を受けて直ぐに。
Kは、
「多分、指輪はアレの中だ」
と、見つけた。
「あら・・まぁ、こんな所に…」
室内の観葉植物の水差しの中に落としていたのだ。
「奥さん。 アンタ、この指輪を外した時に、恐らくだが酔ってたろ? 旦那が死んで、一人が寂しいのは解るが。 夜に植物へ、こんなに水をやったらいけない。 根腐れするぞ。 あ~あ~、鉢植えのどれも、水がヒタヒタだぜ」
“育ててるんだか、水責めで虐待してるんだが解らない”
と感じるK。
そして、立派な居間の内装を見回すと。
「この部屋を見るからに、相当金が在りそうだ。 生活に余裕が有るんだろうから、新しい趣味や楽しみでも見つけな」
と、そう言って締めくくる。
指輪を見つけたので、仕事は終わり。 解決の報告に依頼者から一筆を貰った一行は、屋敷の敷地から出て来る。
屋敷から出て庭を歩く中で、エルレーンがKに。
「良く解ったわね~」
Kは、ズボンに両手を入れながら。
「あぁ、先に昼の水遣り観てたが。 鉢の下の受け皿が、前に遣った水で一杯になって零れてたし。 指輪は、痩せてブカブカだって言うしな~。 決め手は、水差しの水が動く度に、ヘンな鈍い音してた。 話に因ると、旦那を亡くしてから毎日酒だけ呑んで、旦那の残した観葉植物見てるとか。 近くに有ると踏んだら、在った。 然も、凄い間近に、な」
感心するステュアートは、まじまじとKを見て。
「ケイさんって、仕事慣れしてますね。 見習います」
と、言う。
片やKは、素晴らしい陽気の太陽を見上げて。
「違うだろ~。 習うより慣れろ。 回数こなして慣れろ」
ステュアートは、益々感心して。
「あ、ハイっ」
と、子分の様に返した。
早々と斡旋所に戻り、カウンターに屯する冒険者を尻目にし。 本日、二回目の報酬を貰う事に成った。
其処で、癖の有る男達の一人が、ステュアートやセシルを見て。
「儲けてるねぇ~、懐が暖かいかぁ?」
と、狡猾な光を眼に宿した。
それを見たミラが、
「ちょっと、止めなさい。 他人の金なんか奪ったら、この斡旋所から追い出すわよ」
と、窘める。
屯する薄汚い冒険者達は、まるで示し合わせた様にゲラゲラと笑う。
ミラも、オーファーも、エルレーンも、
“明らかに、この男達から目を付けられた”
と、察した。
斡旋所で屯する冒険者は、ある種の悪党と同じ輩が居る。 他の駆け出し冒険者より、身銭を脅し取ったり。 下手すると、活躍し始めた若手を怪我させて、“新人潰し”をするのだ。
酷い輩は、ガロンの様な事をするし。 野党崩れの様な冒険者は、闇討ちなどもする。
屯する悪い冒険者に目を付けられた冒険者の話は、ありふれているが。 何一つも良い話は無いのだ…。
そして、小さな或る事件は、その夜に起きる。
だが、次の日に成って判明した事は、その事件の残り香の様な一端のみである。
明けた次の日。 前日と同じ朝、ステュアート達が斡旋所に揃って出向いた時。
「失礼しま~す」
斡旋所のドアを開いて中に入ったステュアートは、九官鳥の繰り返す話を聴く。
一方、カウンター席を拭いていた次女のミルダが、エルレーンとセシルを見て。
「あら、貴女達っ」
と、小さく驚く。
エルレーンとセシルは、何をした訳でも無いのに。 ミラでは無く、ミルダから声を掛けられて。
「え?」
「はぁ?」
と、中途半端な返事を…。
最後に入るKは、九官鳥を見るステュアートとオーファーを見ず。 席を前に立ち止まったセシルやエルレーンも無視し。
「おい、紅茶くれ」
と、席の一つに座った。
だが、カウンターの内側に入る、ミラよりも真面目そうな美人のミルダは…。
「ねぇ、昨日の事なんだけど」
グラスに紅茶を注ぎながら、声を掛けて来た。
ミルダとはっきりした面識の無いエルレーンも、セシルも、互いに見合ってから。
「何?」
「‘昨日’がどうかした?」
と、席に就く。
紅茶を出すミルダは、そのミラより一つ低い魅力的な声にて。
「実は、昨夜に。 何時もウチに入り浸るチームが、夜逃げしたみたいなの。 見張りの兵士から、姉の方に連絡が来たし・・。 貴女達、昨日の昼間に絡まれたみたいだけど、何かした?」
変な話を振られたと、セシルは眉を顰め。
「昨日の、此処に居たあのオッサン達の事なら、アタシ達は知~らない。 だって昨日は、報酬を受け取って此処を出た後。 前の目貫通りをあちこち動いて、武器や防具を見て回ったし」
セシルの後、エルレーンも。
「そう。 その後は、ケイが薬やら道具の事を教えてくれるから。 冒険に使う必需品とか、常備薬とか、保存食の豆知識を聞いて、店を点々と巡ったわ」
二人の話を聞いたミルダは、後から来るステュアートとオーファーへ。
「夜は?」
席に就く二人の中で、先にオーファーが。
「さぁ。 夕暮れから霧が出て来たので、我々はその足で宿屋に。 湯を使え、店内で食事も出来る宿に入ったので。 外に出て居ないから、その冒険者達のことは解らない」
ステュアートは、ミルダの顔色を窺いながら。
「あの人達が街を去ると、何か不味いンですか?」
「いえ、彼等が去るだけならば、何の問題も無いの。 寧ろ、私達はその方が有り難いから…」
セシルは、まだ話が見えない、と。
「じゃ~何でそんなに聴くの?」
朝に買い込んだ食材を使い、何かを作り始めるミルダ。
「実は、他に冒険者を狙った強盗が起きてたみたいでね。 襲われた冒険者等は、数日前に神殿病院へ入ったの。 昨日になって、あの冒険者達が突然に夜逃げしたって聞いたから。 ついてっきり、貴女達も狙われたのかも・・って、そう思っちゃったの。 ごめんなさいね」
幾分か冒険者稼業の長いオーファーは、その話を聞くと。
「だが、我々が無事と云う事は、他に犠牲と成った誰かが居る可能性が・・。 そう云う事に成りますな」
其処まで黙っていたKが。
「掃き溜めの雑魚が逃げ出したぐらいで、あーだこーだ言ったって仕方ねぇ。 面倒が減ったんだ、真相が解るまで喜びゃいいだろう」
と、大胆なことを言う。
皆、その通りと思い。
セシルは、
「仕事を探すんでしょ」
と、ステュアートにメニューの様な依頼一覧を出すのだった。
★
だが、その頃…。
バベッタの街から遠く離れた、街道からも離れた岩場にて。 昨日まで斡旋所に屯していたあの冒険者達が、モンスターに襲われて居る。
「くっ、く・来るな゛っ!」
「ひい゛ぃっ!」
「痛い゛ぃぃっ! 止めろぉ!!」
岩場が広がる山地にて。 6人の冒険者らしき男達を襲うのは、彼等の怪我から血の臭いを感じ取った〔鮫鷹〕だ。
鮫鷹は、モンスターとしての知名度からすると、大して珍しいものでは無い。 大きさは、鷲や鷹と似たり寄ったり。 その顔は、鮫の様な姿をして、特徴的な大口と鋭い歯を持つ。 だが、最も恐れられる習性が、数十や数百の大群で飛来し、獲物を骨まで食い尽くす処だ。
さて、北の大陸の溝帯を囲う山岳部には、この鮫鷹の生息地が多く。 周辺に位置する国としては、毎年に定期的な討伐を行う。 ま、協力依頼やら討伐依頼を受ける斡旋所としては、適当に冒険者達を働かせるイイ仕事でも在り。 軍部と良い関係を築けると、主は有り難い。
然し、その周辺の街道を利用する旅人などは、鮫鷹なれど注意を怠らない。
“怪我をした場合には、素早く止血しろ。 大怪我をしたらば、直ぐに魔法で傷口を塞げ。 さもないと、血の臭いを数十里先からでも嗅ぎ付けて、次々と奴らは襲って来る”
こんな教訓を言い合って、非常に警戒する。 旅人、商人、旅芸人に冒険者も含む。
さて、では・・。
ステュアートやセシルに絡んだ彼等が、何故に此処でモンスターに襲われて居るのだろうか。
その原因は、昨夜の夕方に起こった出来事に在る。
昨日の夕方。 バベッタの街に、毎日恒例の如く霧の出始めた。 行き交う人の姿も、間近まで来ないと解らない視界となった目抜き通り。
報酬が一日中に二度も入ったから、ちょっとイイ宿を探そうとするステュアート達は、街の東部に広がる宿屋街へ移る。
その時、彼等を待ち伏せて居たこの冒険者達は、絡もうとする矢先にKと鉢合わせした。
“テメェ等、死神に喧嘩を売るのか?”
足音も立てずに、彼等へと近寄り。 殺気を自由に表したり消したり出来る上。 暗殺者の遣う技能を見せられた彼等は、命がらがらに逃げ出した。
この時にKは、彼等に或る目印を付けた。 そして、密かに知り合いに尾行させたのだ。
この流れを頭から掻い摘むと。
二度目の報酬を得たステュアート達が、店を見て回ろうと斡旋所を出た後。 尾行に秀でた屯する冒険者が、仲間を残して一人で斡旋所を出て行った。
だが、相手がこのKだ。 ちょっと得意げに成る冒険者の尾行に、気付かない訳が無い。 斡旋所を出てから武器や防具の店を回って居る時に、既にこの冒険者の尾行に気付いていた。
(薄汚い輩が、俺を狙うとはイイ度胸だ)
完全に、返り討ちにする気に成った。
だから先ずは、
“冒険者としての知識を教える”
とステュアート達を連れて店を回りながら。 途中で、かねてから昵懇の店に入り。 或る計画を伝え、尾行を依頼した。
すると、元は冒険者をして居た知人から。
“最近、冒険者が冒険者らしい奴に襲われる、ちょっとフザけた事件が在りまして。 この間に襲われた冒険者は、痺れ薬を使った武器での怪我から死んでます。 遣るなら、役人に突き出しましょうか?”
と、報告を受ける。
だが、冒険者同士のいざこざに、役人は余り関心が無い事も在り。 その捜査すらしてない現状を知ると。
“いや、冒険者らしい死に場所を用意してやろう”
Kは、妖しい目付きをしてこう言い切った。
尾行を頼まれた者は、Kが怒ったと知る。
“生業を辞めても、死神はやはり死神。 敵に回したら、その命が代償と成る”
と、察する。
さて、ステュアート達を襲おうとした冒険者達は、尾行をした細身の小男を含めて6人だ。 Kに掴まれた時に、2人が変わった匂いを付けられた。
然し、Kの心配として、他に仲間が居た時に面倒が残る。 だからワザと脅して、知り合いに尾行させたのだ。
その後、ステュアート達と宿に居る間に、尾行をした知人がそっとやって来て、Kに情報を寄越す。
Kに驚いた屯する冒険者達が、飲み屋や宿屋へ逃げず。
“誰も居ない廃屋へ逃げ込んで、誰かに買い物を頼んだ”
と聞いて。
“こりゃあ、今夜に逃げ出すな”
と、Kは察した。
その推測は、ズバリ当たっていた。 Kの技能や存在もそうだが。 斡旋所の主で或るミラ達に、顔や名前を覚えられたステュアート一行。 それを金目的から襲う事を考えた時点で、この冒険者達は街から逃げ出すつもりだった。
また、彼等は亜種人を見下していて。 セシルとエルレーンを散々に弄んでから、殺して去ろうと考えていたぐらい。 詰まり、ステュアート達男性は、殺して構わないとすら考えて居た。
が、まさか襲撃失敗で逃げ出すとは、誰も考えて無かった筈だ。 一旦、廃屋に潜伏した彼等は、仲間が旅に必要な者を買って来ると。 夜中までジッとして潜む。
この夜は、ステュアート達男3人で一部屋に入る。 部屋の角のベッドに入ったKは、真夜中に宿を抜け出した。
そして、バヘッタの街が霧に煙る夜中になり。 廃屋に潜んで居た冒険者達も、遂に動き始めた。
だが、Kが尾行をしているなど、彼等は微塵も気付かない。 逃げるしか考えて無い彼等は、北門へと急いだ。 真夜中に出ると云うので、門番にも問われる。
“仲間が、帰って来ないんだ。 捜しに行かせてくれ”
咄嗟の事でも、冒険者らしい言い訳をする辺りに。 彼等は、悪さの常習犯と察せられた。
処が、街より少し離れた処にて。 霧も晴れた宵闇から。
“おい、死神から簡単に逃げれると思うな”
と、Kが姿を現す。
逃げ惑った彼等を襲ったK。 殺さない程度に、深手を負わせて血を流させる。
“徹底的に逃げるんだな。 その流した血を追って、狩りを楽しんでやる”
Kの更なる脅迫を受けた冒険者達は、その言葉に怯えて命からがらに逃げた。 血を流しながら、朝まで逃げた。 休んでも、心が安まらず。 小さな物音すら恐怖で、血が止まるまで待てなかった。
でも、Kは追う気などさらさら無い。 ある種の‘呪い’を掛けた。 言葉に因る、‘恐怖’と云う呪縛を掛けただけなのだ…。
それに、Kは言った。
“冒険者らしい死に場所を用意してやろう”
と。
逃げる事しか考えて無い彼等は、山地を隠れ隠れ行く。 朝方には、数匹の鮫鷹に襲われた冒険者達は、血を流しながらに戦った。 怪我さえ無ければ、鮫鷹の数匹ぐらい何でも無かったかも知れない。
だが、怪我をしている彼等だ。 一匹を倒す間に、二匹が飛来。 五匹を倒して先へと逃げれば、向かって来て居た二十匹に遭遇する始末。
次第に、倒して逃げるしか道が無くなる。 やり過ごそうとすれば、次々と現れて増える鮫鷹に、挟み撃ちされる。
嘗て、彼等が鮫鷹の様にして、弱い立場の冒険者達を狩りしていたが。 その暴挙も、此処までらしい。 ま、最後はモンスターを相手に、戦い抜いて死ねるのだ。 冒険者の最後として、これは本望の筈である。
この屯していた冒険者達は、過去に幾つかの人殺しもしている。 死神には、その罪が丸見えだ。
薄汚い輩が集まり、それこそ冒険者なのか。 冒険者と言い張る、ただの悪党なのか解らない。 冒険者として生きるのを止めたなら、余計な事をすべきでは無い。 冒険者の中には、時として恐ろしく強い者が居るのだから…。
彼等の最後など、誰も知らない。 知らせない。 そして、Kは無視をした。
★
さて、斡旋所に話を戻そう。
「う゛~~~ん。 ‘草むしり’みたいな依頼も無いですね」
仕事の内容が、どれもクセが有りそうで。 ステュアートは、決めかねて居る。
ダラダラするKは、
「やってみたいヤツを請けろ。 遣り方ぐらい、教えてやるよ」
と、余裕で在る。
すると、エルレーンが一つを指差し。
「これ、やって貰おうよ」
その依頼内容は、畑の害虫駆除である。
セシルは、‘害虫駆除’などやった事など無い。
「エル、こんな事をアタシ達で出来るぅ?」
その様子を見るオーファーは、Kに向き。
「異論が噴出して居るが?」
そう話を振られたKだが。
「殺人だのを解決しろって云うんじゃ無いんだ。 自然の摂理の異常を直せって云うだけだろう?」
Kの余裕の物言いに、セシルは素早く反応。
「これっ! これにするっ」
と、言い張った。
セシルの気合いでステュアートが請けたのは、バベッタの城塞の外に有る農業地、〔ベジタガーデン〕《専用農業地》に発生した害虫駆除だ。
其処へ向かう通りの最中。 良く晴れる空を見上げるセシルやエルレーンは…。
「ま~ったく、害虫駆除って、どぉ~すんのよ」
「ホ~ント」
ちんぷんかんぷんのエルレーンとセシルは、決めたクセして最初からやる気なし。
一緒に歩くKは、手順を教えてやる。
「いいか、害虫駆除ってのは、まずは現状調査からだ。 畑やその周辺の調査から始める」
5人でバベッタの外、西側の農地にやって来た。 区画整地された農地は、一面にキャベツなどの野菜を主に栽培がされているのだが…。
畑を見に来た役人と共に、畑を見回してKは呆れ果てた顔をし。
「おい゛っ、お~~~い゛っ、何だこれはっ。 全く知識が無ぇ遣り方だ。 畔道や野原まで、全て草取ってやがるっ」
ステュアートは、見て整然としていていいと思う。
「何がいけないんです?」
Kは、呆れて畑を指差し。
「いいか、基本的にな。 雑草より人の食べる野菜の方が、虫にも美味しいんだ。 栄養豊富な土を山から持ってきて、肥料をやり土を肥やすから、尚更に野菜の育ちもいい。 こんな所だ、害虫だって食う物が野菜しか無いし。 人が植えてやってるんだから、そりゃ~この畑に在る野菜を食うわさ」
「なるほど、目の前に餌が有るのと一緒ですね」
Kは、耕された畑を見ながら。
「そうだ。 そして、一番の問題は。 その害虫を食べる虫の住み場が、この畑の周りの何処にも全く無ぇ。 これじゃ~どう転んでも、害虫天国になる筈だぜ。 敵が居ないんだ、そりゃ~増えるってよ」
ステュアート達5人に付き添って来た、農場管理をする役人と、農作業に携わるオッサンは。
「な~るほど。 最近、食糧の自給率を上げようって、バベッタの政策で畑を始めたんだが」
「出来るだけ収穫量を多くしようと、整地し過ぎたのかぁ」
と、2人して云う。
Kは、植えたばかりの野菜の苗を見て。
「あ~あ、蝶々の幼虫や蟻巻きなんかが、一杯ついてら…」
と、害虫の遣りたい放題の現状を見る。
広い農地を見て回ったKは、バベッタに戻り。 農家の人達を連れて、何故か図書館に。 街の中央に、都市政府の建物内に有るというので。 其処に向かった。
施設内で、本を何冊か取り出して来たKは、農家達に害虫駆除する益虫の存在と。 また、害虫を守る蟻のライフスタイルを教える。 害虫を守る蟻の巣穴は、薬草と灰汁などを使って駆除し。 益虫を山から取ってきて、畑の間近で生活させる環境を整えて。 農家がそのバランスを保つようにと、知識指導する。
この今、なにせ農薬など無ければ、魔法で・・とも行かない。 そして、手っ取り早く毒を使った過去の悲劇を語り。 この害虫駆除の問題は、如何に毎日の積み重ねが大切かを解いた。
その様子を見るステュアート達は、本当に学者らしい学者を始めて見たと感心。 改めて、本の凄さが今さら解った。
本は、全て魔法による自動書記の複製品が主流で、値段が高い。 若いうちに本を沢山読む人口は、極めて少ないのだ。
この日から数日は、近くの野原まで益虫を取りに行って。 夕方前に畑へ放したり。 蟻の巣を塩と虫避けの草の汁を散布していたりと。 冒険者とは全く違う日を送る。
毎夜ごと、違う宿を取れば。 セシルも、エルレーンも、足が筋肉痛と浮腫みでパンパンだ。
食堂でテーブルを囲う中。 ワインを飲みながら、エルレーンが。
「うう…、冒険者じゃないわ。 これじゃ農家よぉ~」
と、Kをジト目で見る。
だが、Kは何事にしても精通しているのか。 苦労もしてない雰囲気で。
「フン。 カッコいい冒険者なんざ、実に下らないな。 どんな依頼もこなせる冒険者は、何処の地に行っても食い逸れしない。 しぶとく、どんな仕事も当たり前に出来るのが最高だ。 それに、これを選んだのは、お前たちだ」
セシルは、汚れて擦り傷だらけの手を見せて。
「お肌が荒れちゃうわよぉ~」
と、泣き言を。
だが、食欲が増したオーファーは、肉を切りながら。
「それも青春だ。 ま、有名になっても、いちいち仕事を選んでたら突発の仕事に対応が出来ない。 私はケイと組んでから、日々が充実しているから嫌とは思わない。 寧ろ、何もかもがいい勉強だ。 冒険者を引退したら、農家も悪く無い」
文句を言った女性2人は、全く嫌がる処か、久しぶりにいい顔をしているオーファーとステュアートが居るだけに、文句も言い切れない。
ステュアートは、終始Kの言っていた事をメモしたり。 自分で何でもやろうと、率先する。
こうゆう作業を嫌がるセシルの家は、なんと貴族だ。 下級貴族ながら、上級貴族と対等に仕事する家柄とかで。 セシル本人がプライドを高く持つのも、それで頷ける。
また、エルレーンは、冒険者同士の結婚で生まれた。 親は、別の国の街に永住して、商人の所に手伝いで働きに出ているとか。
そして、無骨感の強いオーファーの家は、なんと魔法学院が自治する国〔カクトノーズ〕で、国政に携わる大臣の職に就いているのだそうな。 人付き合いの下手なオーファーは、魔法の才能は十分だが。 付き合いだの、馴れ合いのそれが嫌で冒険者になったらしい。
最後に、ステュアートは、今やその大地の半分で内戦状態と成っている西の大陸から来た。 父親は、若い頃は冒険者だったらしく。 今では、或る都市の斡旋所で、主人をしているらしい。
呑んで喋れば、ホロホロと過去が出る。 Kは、無難に話を右に左に受け流して、終始に亘り聞き手に回っていた。
さて、それから毎日、益虫を捕まえたり、益虫の住む環境を作ってみたり。 益虫がとても食べつくせない害虫一杯な苗を抜いたり。 色々と対策をしてみる。
その間、様々な消毒液の作り方をKが教えた。 灰汁は、草の汁と混ぜて使えば効果が高いし。 草を燃やした煙も、一部の害虫を追い払う効果が有る。
更に、問題は蚊や蠅の発生。 病気を媒介する蚊や蠅は、それを発生させる環境も在り。 また、その幼虫から成虫までを食べる、特定の虫の存在が在った。
また、冒険者ながら一緒に汗を流すその働きは、農場管理をする役人の好意を呼び。 途中から宿代がタダに成る。
そして、七日後。 畑の害虫は、確かに激減していた。
雨が降るその日。 ステュアート以下全員は、斡旋所で農家の人達と挨拶をして仕事終了。 報酬以外で、農家の人達が持ち寄った食材で、ミラとミルダの手作りでお昼を馳走になった。
農家の人達が斡旋所より帰った後。 ミラの居るカウンター前で、セシルが。
「ま、感謝されるのは、悪く無いわね。 報酬も2500出たし。 少ない気もするけど、文句は言わないわ」
その彼女の物言いに、K、ステュアート、オーファー、ミラは。
(思いっきり文句を言ってる気がするが…)
と、思った。
エルレーンは、紅茶の入ったグラスを見て。
「ま、報酬に見合った仕事したんだから、いい運動したってことにしとくわ~」
2人の言動には、やはり農業に対する不満が在るのか。 自分達が誰の育てた食物を食べて居るのか、何処まで解って居るやら…。
そんなに人を呆れて眺めたミラは、紅茶のお代わりが入ったグラスをKに出すと。
「依頼、お疲れ様。 特に貴方には、私達姉妹から感謝を贈るわ」
と。
Kの後ろでは、薄暗い店内にランプの灯りを入れる次女ミルダが、上に手を伸ばす仕草に。 座る男の冒険者が、鼻の下をダラ~ンと伸ばしている。 やはり、手を伸ばす様子は、脇が無防備に成るからなのか。 今にも手を出して突き出た胸を触りそうな、そんな下品さの漂う顔をしていた。
その様子を見ながら、オーファーが。
「ケイ殿は、主に感謝されるような事をしたかな?」
話を振られたKは、
「さぁな」
記憶に無いとばかりに、肩だけ竦めて見せる。
そんなKを見て、ミラは微笑み。
「パッと出た様な貴方達が、どんな依頼でも遣って退けるから。 仕事を選ぶことしかしなかった他の駆け出しチームが、色々と未知の仕事を遣る気になってね。 見て、何時ものような屯してる様子が、ほぼ無くなって来たわ」
ミラの話で、K以外のステュアート達が振り返って店内を見るに。 確かに、屯していた大半の冒険者達が、この雨でも店に殆ど居ない。 こんなにガラ~ンとした斡旋所も、初めて見るから珍しい。
そして、次の仕事を探そうとしたステュアートが。
「本当だぁ~。 安い駆け出しのやる仕事が、メニューに少ない。 う~ん、次の仕事、どうしよう…」
と、仕事の依頼メニューを見て悩む。
全く見向きもしないKは、本降り手前の外をガラス窓越しに見て。
「大体な。 駆け出しの仕事は、要領や知識や経験さえあれば、短時間で少ない人数でも儲かるんだよ。 何でもバカの一つ覚えみたく、デカい仕事を狙って遣ればいいってモンじゃ~ない。 人に感謝される仕事の仕方すれば、確実にいい噂が流れる。 有名に成るのは早くは無い。 だが、確実でブレない進み方なんだよ」
聞いているオーファーが、感心してKを見る。
「うむ、地に足が付いていますな」
コップを拭きつつ、ミラも感心した顔つきで。
「あら、深い…」
セシルは、エルレーンと見合って。
「実証されてるから、反論出来ないよぉ。 ううう…」
「だわね~。 今更、凄いと思うわ。 たった十日で、もう一人1000シフォン近く稼いでるし…」
Kは、昼を馳走になって動きたくないのか。
「ステュアート、のんびり選べ。 今日は、動きたくねぇ~」
セシルも、腹を摩って。
「同じです~。 リーダー」
エルレーンも、手を挙げて。
「ワチきも~」
そんな時だ。 二階から、ミラの姉のミシェルが下りて来た。
「ミラ、ミルダ、ちょっといい」
声を掛けられたミラは、カウンター前の一同に笑顔を見せて。
「ゆっくりしてね」
と、二階の階段に向かう。
二階の階段に上がる途中で、三姉妹がヒソヒソ話をする。
その時のKは、背凭れにダラ~ンとして頭を後ろに反らせ。 靴も脱いで足を椅子に上げて、雨音に耳を傾けていたのだが…。
三姉妹の話の最中に、バッと顔を上げ。
「おいっ。 お前等っ、そりゃマズイぞっ!!」
と、いきなりの鋭い声を掛ける。
斡旋所の中に、その声が響いた。
御愛読、有難う御座います。 少し長い話に成りますが、改訂版のKを楽しんで下さい。