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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
210/222

第二部:闇に消えた伝説が、今動く 7

        最終章


【出逢い在れば、別れも在り。 仕事を通して、揺れ動くそれぞれの心】


〔その12.Kの謎が残るままに、雨に誘われた村への帰還〕


          ★


その日の夜、大半の者が起きていた。


あれだけモンスターを相手に暴れたKは、隅っこで余裕そうに寝そべっている。


反対側に座っていたポリアは、そんなKが恨めしい。


(何て自由なのよ。 すべき事をして退け、後は余裕綽々と静かに寝れる・・。 う゛ーっ、こっちは解らない事だらけなのにっ)


悩ましい存在のKについて今日で解った事は、“完全無比”という事。 恐ろしい強さを持っているというだけだ。 その秘密の問い掛けの“どうして?”の謎は、殆ど何も解決していなかった。


ポリアの近くには、サーウェルスを膝枕し、ずっと看病しているオリビアが居る。


動いているのは、傷ついた者達を見回るセレイドとハクレイだ。


ぐっすりと眠っているのは、グランディス・レイヴンの重傷者と。 他、怪我をしたイルガ、ボンドス、コールドと、昼間を起きていたマクムスのみ。


他の皆は、Kの戦いぶりを聞いて、興奮から寝れないイクシオやヘルダーなど、他の皆だ。


そして、Kの神懸りな強さを目の当たりにしたポリア達は、尚更眠れそうに無い程に、あの光景が記憶に焼きついていた。


「ハァ。 薬湯・・飲もうかな」


溜め息混じりに、ポリアがそう言うと。


「俺も、飲むかな」


と、近場に居るゲイラーがボンヤリと呟く。


その隣に居るダグラスは、苦笑いを浮かべて。


「俺は、さっき飲んだんだけど・・・、もう一杯。 あの苦味、クセになりそう」


と、倣って来る。


皆、心が落ち着かないのだろう。


祠の真ん中に移動したイクシオは、横に為って居るKを見て。 つくづくと言った顔つきで。


「道理で、な。 最初に、俺達を必要無しとして、“一人で行く”って言った意味が解ったぜ」


それを聞いたフェレックは、自分が今まで反抗的な態度をして来たのに、よくも怒られずに済んでいたと思って黙っている。 キマイラだの、サイクロプスだの、デュラハーン・ロードだのを、戦い方云々を抜きに一撃必殺だのとは、理解が出来ない。


然も、チラッと壁に凭れるマルヴェリータを見ると。


(ヘルバウンドを倒すなんて、マジかよ。 俺達だって、まだ戦った事の無いモンスターだぞ…)


先を越された感じさえ受けた。 この山に来て、フェレックも見直すべきは、ポリア達の成長だ。 ついちょっと前の、駆け出しの中でも底辺にいたチームでは無い。


(場数を稼げば、俺達は直ぐに抜かされるって云うのか? チッ)


悩むべきは、ポリア達の事では無い。 寧ろ、時の掛かった自分の事で在る。


起きて居る皆、様々に考える。


Kの事は勿論だが、それよりも自分の事を…。


さて、解らない事だらけだが。 Kの事で、答えが一つ解明した事がある。 その答えを持って居たのは、ヘルダーだった。 彼は、言葉こそ話せないが、文章は書ける。 この彼が、ゴーストやアンデットモンスターを倒した、Kの金色のオーラについて教えてくれた。 それは、格闘術に関する事だ。 ヘルダーも格闘術を遣うが。 その格闘術と云うのにも、色々な技が在る。 そして、その中に、〔体気仙〕《たいきせん》と呼ばれる技が存在するのだとか。 身体の生命エネルギーを遣い、魔想魔術のようにイメージで具現化する。 そうゆう生命エネルギーを使う体術の事を、総じて〔気孔〕と云い。 その気力の流れを用いた体術の一つこそ、〔体気仙〕なんだそうな。 但し、普通のそれは、腕や足などにプロテクターを着けるのと一緒で。 防御を念頭に置いた、ダメージの軽減を重視した体術なんだそうな。 処が。 格闘武術を極限にまで極めて、この体気仙を呼吸するように無意識の域まで扱えるようになると。 その扱い方を、何と攻撃にまで利用する事が出来ると云う。 その理由は、生きている者に流れる生命エネルギーは、プラスの力であり。 ゴーストやアンデットモンスターは負の、マイナスの力。 強いどちらかの力は、弱い力を破壊する。 Kがその力を利用しているのだと、ヘルダーは教えてくれた。


然し、ヘルダーは、こうも教えた。


一般的に居る“遣い手”ぐらいの技量では、Kの遣った力には、全く足元にも。 いや、もう砂粒と大地を比べるようなモノで。 到底に太刀打ち出来る力量差では無いととも…。 Kの若さで其処まで極めた者など、聞いたことすら無いらしい。


然し、それが解ったとしても。


“普通の常識的感覚では、その実力を計れない者。 それが、K”


だとしか、解らなかった。


さて、苦い薬湯の香りだけが遊ぶ、その祠の中で。 少しばかり、静かな一時が流れた後の事だ。


怪我人を看て回っていたハクレイとセレイドが、一息吐こうと休む頃。


それまで黙っていたフェレックは、神妙な面持ちで、起きている仲間に話をし始める。


「所で、みんな。 此処で一つ、提案が在るんだが…」


座ったハクレイを始めに、イクシオ、ヘルダー、デーベは、リーダーに注目した。


デーベは、少し眠たい顔で。


「ん? どうかしたダカ?」


頷いたフェレックは、やや思い詰めた顔のままに、チームの仲間を見て。


「あぁ。 実は、今回の仕事が終わったら・・。 その・・・チームを解散しようと思う」


と…。


聴いていた仲間は勿論の事。 何の気なしに聞いていたポリアやマルヴェリータも、驚く話に眼を見張った。


そんなポリアの横では、システィアナが凭れて居て。 うつら・・うつらしている。


決断を切り出されたイクシオは、テンガロンハットを脱いで横に置くと。


「それは、フェレックが国を変えるって、事なのか?」


と、真意を問い質しに。


処が、珍しく真面目な面持ちのフェレックで在り。


「あぁ~・・、と云うか。 俺は一端、冒険者を辞めて国に帰ろうと思う。 このまま今回の仕事が成功しても。 俺には背負い切れないくらいに、チームの知名度が上がりそうだ。 それを・・維持する事が考えられない」


すると、座ったハクレイが。


「辞めて、どうするんですか?」


「家が貴族で、俺は当主を継いでいる。 家の事が気に掛かるし、それにな。 今更ながら、仕官の道を模索してみようと思ってる」


こう切り出されたイクシオは、なんだかフェレックが変わった気がした。 只、それは責める事でもないし。 人の道は、それぞれだ。


だから…。


「フェレック。 お前さんが言う意味は、良く解る。 ま、みんなも、様々な生い立ちや環境も在り。 冒険者に成った経緯だって、それぞれだ。 それも、生きる選択肢の一つかもな。 別に、俺は文句も無いぞ」


と、返した。


すると…。


「実は、俺も同じ事考えてた」


別の場所に座っていたゲイラーの声。


次々と言う話に、ポリアはビックリだ。


「ゲっ、ゲイラーまで・・、何を言い出すのよ」


一方、真横に居たダグラスは、青い洞窟の光に照らされるゲイラーを見て。


「マジ?」


尋ねられたゲイラーは、真顔で頷き。


「あぁ。 俺は、あのリーダーの様な、道を切り開くキレも無いし。 また、ポリアの様な、リーダーシップも無い。 実際の処、前から誰か別のリーダーの下でやる人間とは、自覚してたんだ…。 今回、こんなに違う世界が見れた。 いい機会だと思う」


神妙な雰囲気で言ったゲイラーは、その顔をポリアに向けると。


「でな、相談が有るんだが、ポリア」


いきなり切り出されたポリアは、見られてビクっとする。


「な・・何?」


一体、何を言い出すのか。 それが解らずに、身構えてしまうが…。


「いや、その・・何だ。 俺を、ポリアの仲間に加えてくれないか?」


起きていた一同が一気に、ガッと首を動かしてゲイラーを見た。


相談されたポリアは、キョトンとしてしまい。


「え゛、あ、マ・・マジで?」


問い返されたゲイラーは、その厳めしい顔を真面目なままにし。


「あぁ、大マジだ」


と、返して来る。


聞いていたマルヴェリータは、寝始めたシスティアナを見てから。


「その理由って、システィが居るから?」


真意を聴かれたゲイラーは、二人の美女を見てから、愛らしく寝るシスティアナを見詰めて。


「理由の一つには、それも大いに在る。 だが、俺のチームも、フェレックのチームも、このまま世界に行ったとしても、だ。 多分な、世界に出た所で・・終わりそうな気がするんだ。 寧ろ、ポリアの方が、世界に出ても羽ばたけそうな気がする」


と、真剣に言って来る。


だが、ポリア本人としては、しどろもどろに変わり。


「ゲっ、ゲ・ゲイラーっ、ちょっと待ってよっ。 私達は、貴方のチームより、ずぅっとグレードの低いチームよ。 今回だって、思い切りお荷物だし…。 ホラ、ほ・ホラ、ケイのお陰で、そう見えるんじゃない?」


別にポリアは、ゲイラーが嫌いと云う訳では無い。 だが、フェレックは、本人の性格から嫌われて居る方だが。 ゲイラーの方は、地元の冒険者達からも一目を置かれる。 そんなチームを解散し、格下のポリアのチームにリーダーのゲイラーが入ったら、周りの冒険者達は何と言うか。


また、ポリアだって、冒険者に成って一年以上を過ごし。 屯する冒険者や駆け出しの冒険者の事は解るつもりだ。


“色仕掛けで誘ったんだな”


“何で、ゲイラーみたいな実力の有る奴が、ポリアみたいな駆け出しのチームに入るんだ?”


こんな事を囁かれ、イヤミや中傷を受ける事は間違い無い。 解散と再結成の在る所に、最初に訪れる試練がこの周りの目や噂だ。


さて、困るポリアは、どうしたものかと思う。


然し、其処へダグラスも加わり。


「そうとも限らないだろう? ポリア」


と、アッサリ言って来るではないか。


ポリアも、マルヴェリータも、見合って困った。


だが、話に入って来たダグラスは、遠くを見るような瞳で天井を見上げて。


「確かに、ポリアのチームは俺達のチームより、知名度と云う点ではグレードが低い。 でもさ、前のオガートの事件から今回の一件で、知名度は一気に上がるさ」


「それはっ、・・そうかも知れないけど…」


「ポリア、細かい事を抜きにしてさ。 この東の祠に来るまでの間、あのリーダーの言葉を一番ヒントに出来たのは、ポリア達だ。 オークや他のモンスターと、オウガを分断したのも。 そして、オウガを倒した時も。 それから、昨夜にエリクサーの秘薬を飲ませる相手の選択…。 よくよく考えると、ポリアの選択に間違いは無かったと思う」


「何よ、いきなりダグラスまで…」


こう言われるポリアは、本当に困った。 これでは丸で、前にオガートの町でKから聞いた、チームの解体の話と同じではないか。


(どうしよう・・、チームの分裂じゃない)


と、思い詰める。


だが、其処へイクシオが、


「いいんじゃ~ないか、加えてもサ」


と、言って来る。


そして、イクシオはフェレックを見て。


「イイ機会だから俺は、世界を放浪して新しいチームを探してみようと思う。 いい加減な、男ばっかりのチームにも飽きた。 それに、この国では仕事が少ない」


と、イクシオは穏やかに笑った。


頷いたデーベは、眠い顔で。


「ンだばぁ、仕事が終わったらよぉ。 みんなで飲んで、後先を決めようだが」


ヘルダーは、静かに頷いた。


それぞれ男達が勝手に言って、先に寝る中で。 ポリアが、問題を抱えるのは自分だ、とばかりに。


「男って、勝手よねぇ」


諦める様な、顰めっ面をすれば。


「ま、そこがいいのかもねぇ」


と、マルヴェリータが遠い目で微笑した。


こんな二人も、語り合って直に眠りについた。


         ★


さて、明けた朝。


この山を降りる日がやって来た。 短い間だったが、濃密過ぎた一時を過ごした気分で在る。


「ん~・・なぁにぃ?」


何だか、周りがガヤガヤと煩いから、ポリアは眼を覚ました。


横に成って寝ていながら開いた眼の先には、起き出しているグランディス・レイヴンの面々が映り。 鎧を脱いでボロボロの服の姿で居るサーウェルスが、Kの前に居た。


「我々が、多大な迷惑を掛けた。 誠に・・・申し訳無い」


膝を床に着けて、土下座のサーウェルス。 


謝られるKは、黙って座っていた。


身を起こしたポリアは、マクムスに息子のデルが怒られていたり。 ミュウとオリビアが、起きた面々に助かった成り行きを説明して居るのを見て。


「ん~。 起き抜けに・・・、忙しいわね」


と、呟く。


だが、其処に思い出て来るのは、昨夜の話し合い。


(あ、‘解散’っ!)


驚きの再来と共に、祠の内部を見回せば。 ゲイラーのチーム、フェレックのチーム、双方それぞれ一カ所に集まって、何か話をしている。 昨日の解散の事だろうか…。


横や隣を見回すと、システィアナはもう起きていて。 本日は歩かなければ成らないイルガの怪我を診て頷いていた。


「システィ。 イルガの腕の怪我は、どんな具合? 大丈夫?」


「あ、ポリア~。 もう、動けます~」


と、返して来るシスティアナ。


起きるイルガも、ポリアに身を正して向うと。


「お嬢様、ご心配をお掛けしました」


と、座ったままに頭を下げて来る。


幼い頃から従者のイルガだから、ポリアも心配だった。 自然と、笑顔が出て。


「無事で良かった」


と、言い返した。


さて、ポリアが起きて、マルヴェリータも起きると。


既に起きて居たKが立ち上がり。


「いいか、皆」


と、話し始める。


Kの声で、祠内の彼方此方で湧き上がっていた話声が、ピタリと止んだ。


「今日の夕方には、雨が降る。 だから、それまでには最低でも山を降りて、森へ入っておく必要が在る。 だから、一昨日までの来た道は、なぞらない。 今日で村へ帰れる様に、最短の道のりで行く」


此処で、イクシオが。


「一昨日の夜に、教えて貰った道だな?」


こう言って返せば。


「そうだ。 だが、一昨日に教えたのは、道の安全面を考慮したもの。 今日行くのは、最も短縮した直行の道のりだ。 この祠より真東へ森へ向かい。 マニュエルの森へ東から入り、そのまま南へと横断して村に戻る」


マクムスやイクシオなど、もしもの時の道のりを教わった者は、Kが様々に山の形を熟知していると察する。


さて、道を示したKは、更に。


「尚、怪我や傷の深かった者は、いざという時までは戦う必要は無いぞ。 夜の入りまでには、村に戻る予定で行く。 今日が、この危なっかしい場所を行く最後の一日だ。 皆、気を引き締めて行くぞ」


と、予定が話された。


Kの簡潔にして解り易い説明に、各自から了承の声が上がった。 そして、しっかり食事をして、旅支度をして外に出れば。 空を覆う白い雲の下を、どんよりとした鉛色の雲が、小さく千切れて流れている。


(あらら、この空模様だと、ホント降りそうね)


もう、日の光は見えない。 ポリアの見上げる空は、雲が天を覆っていた。


さて。 山を降りる隊列が組まれる。 先頭は、Kとポリアとダグラス。 右に、ミュウとイクシオとセレイド。 左に、ゲイラーとヘルダーとレック。 殿は、オリビアの魔法の効き目が奇跡的に強く、回復したサーウェルスと。 回復の早かったアリューファやデーベとなり。 他、怪我の重かったイルガやコールドなど、戦わない者や魔法使いが真ん中に配される。


然し、その中で。


「俺は、もう大丈夫だってっ」


昨夜まで微熱が出ていたボンドスが、Kへ直談判する様に言う。


然し、Kは面倒臭いとばかりに。


「もう帰るのみだ。 余計な無理は、全く要らない。 帰りは、おそらく戦闘も少ない。 何より、雨に降られる前に、少しでも早く山を降りて村に近づきたい。 アンタは、誰か怪我したら、その時に交代だ」


と、言って返す。


マクムスは、Kが全員の怪我や疲労を踏まえての現状を理解して、事態を考えて居る事は、既に承知している。


「さ、ボンドス殿、まだ肋骨がくっ付いたばかりです。 彼方のイルガ殿の様に、安静になさいませ」


と、ボンドスに声を掛ければ。


ポリアに言われて、素直に真ん中へ寄ったイルガも。


「そうじゃ、ボンドス殿。 個人的な我意で、皆に迷惑を掛けてはならん」


と、説得する。


似た様な年齢で、苦労人同士のイルガの声に。


「ん゛ん~、仕方ない」


と、ボンドスは従った。


彼が、渋々として魔法遣い達の居る、隊列の中に入った所で。


「よし、出発だ」


と、Kは直ぐに出発した。


朝、祠での話の通り。 南の祠には向かわず、山を東側から下って行く。


そして、大して進まない内に、オーク達の集団に出くわしたが。 もうオークぐらいでは、ポリア達の敵ではなかった。 連戦して戦い慣れた分、恐れも無く自然と身体が動く様に成っていた。


その戦いに於いて、Kは戦いもしないでのんびり戦況を見て居る。


「お~い、おっせーぞ~。 オークの女王様、早くシバけよ」


と、ポリアに言えば。


ポリアは、キッとKを睨んで。


「うっさい!!」


と、背を向けているオークに飛び蹴りをかます。


ダグラスは、Kの様子に呆れて。


「もう、余裕なのね。 ・・そらっ!!!」


と、ずっこけたオークにトドメを刺した。


一方、最もオークを倒すゲイラーは。


「昨日のアレで、出番は十分だろう? ドォリャア!!!」


大剣を大振りに薙払い、二匹を一撃で薙倒した。


オークを倒し終わると、Kは歩き出す。


「さて、行くぞ。 遠くには、サイクロプスの気配がしている。 完全に、こっちの存在には気付てるからな」


〔サイクロプス〕と聴いたサーウェルスやミュウなどは、瞬時に強張る凄い真顔に成った。


「戦うのか?」


サーウェルスに聞かれたKは。


「追いつかれたら、な」


と、やる気無く歩き出す。


Kの後ろに着くポリアは、先を見て。


「早く森に抜けましょう。 構ってる暇はないわ」


と、解り切った事を言う。


さて、サイクロプスの名前に、誰もが真剣な顔になった。 あの巨体は、見た者には恐ろしき脅威。 Kが居るから、直に戦う事には成らないだろうが。 それでも、好んで遭遇したくは無い。


また、山から森に抜けてしまえば。 祠を基に山へと施された結界の幻惑秘術で、こちらの存在がモンスターには解らなくなる。 そして、森に張られた障壁の結界は、外にモンスターを出さない。


この二重の結界のお蔭で、恐ろしい大型モンスターは、森の外に出られないのだ。


すんなり抜け出せるならば、断崖の側面を九十九折りに降りる場所も在るから、追い付かれる心配も無い。 だが、所々では、屯するモンスターを相手にしなければ成らない。


また、自然の脅威も、回避して行く必要が在る。


真東に向かうと、透明度の高い沼の群れを抜け。 地獄へと通じそうな、奈落の様な穴をも見た。 地面に潜む肉食の甲虫を、虫除けの煙でやり過ごし。 マニュエルの森の東側を近くにする頃。 昼前の曇り空の下で、溜まった枝や葉が石灰化して、段々池の群れ作る場所に出た。 段々と成る斜面の左右を見渡せど、黒い水の溜まる池の群ればかり。 所々に在る、池と池の境目を抜けて行く事に成った。


先頭を歩くKは、‘臭い’の立たない‘溝’《こう》となる池の群れを見ながら。


「この池の水は、絶対に飲むな。 漆やら毒素やら油などの色が混ざり合い、猛毒と同じ作用をする。 此処を抜けて、デカい草や林と成る‘密草林’を抜ければ、マニュエルの森に抜ける」


と、皆へ言った。


だが、岩場の丘に広がる池の群は、また滅多に見られない絶景とも言えた。


ポリアからして、


「普通の池なら、結構キレイかも」


と、言うのだが…。


マクムスやオリビアは、眉間にシワを寄せている。


口にしないマルヴェリータだが…。


(南側の森を移動する、微かなモンスターの存在って。 多分は、サイクロプスかしら…。 私達を追って来ているとしたら、何て執念深いのよ)


見える範囲では無いが。 離れていても微かに感じるオーラは、非常に不気味なものが在る。 出来る事ならば、さっさと森へ抜けてしまいたいのが本音だ。


マルヴェリータの近くで、池と池の間に走る斜面を降りるキーラは、顔色が悪い。


また、仲間と池の様子を話し合うフェレックは、感じる気も無いし。


“どうせ、包帯男が相手にするさ”


と、それぐらいにしか思って無いのか。


だが、サイクロプスの来る所には、決まって他のモンスターも来る。


“もしかしたら、巨大なサイクロプスの動きは、他のモンスターも獲物を探す、目印の様にも成るのではないか・・”


そう思えて来たマルヴェリータで在る。 そして、仲間やチームに助けられて進む、数名の者を軽く見てやって。


(まだ、足を引き摺る様な歩みの二人が居るし。 チームの半分は、怪我の傷が完全に回復し切って無い。 オークぐらいならまだしも、ヘルバウンドやオウガより強いモンスターは、危険だわ)


と、マルヴェリータの不安は、尽きなかった。


そして…。


一行が溝の群を抜けて。 大きさが木の様な草が密集した、密草林の中を漸く抜けそうな時だ。


隊列の右後方の彼方から、此方へ近付いて来る様な感じにて。 “ドスン・・・ドスン”と、足音の様なものが聞こえて来るではないか。


「ぐっ、来たか」


唇を噛む様な物言いをするサーウェルス。


怪我の傷が塞がっただけ、と言う身体を押して此処まで来た。 気の強そうな、赤毛の剣士アリューファは。


「ちょっとなら、アタシは走れるよ」


と、前に言う。


サーウェルス達はサイクロプスに襲われて、全滅の一歩手前に追い込まれた。 その身に滲みた恐怖心は、やはり足音だけでも蘇るらしい。


だが、先を行くKに、焦る様子は見られない。


「もう少しだ。 森は、草木の隙間から見えてる」


落ち着いた声で言う。 なだからかな斜面に生える草木の間から、濃い緑色の木が見えている、と。 前方を指差した。


音と云うより、振動が解るだけと感じたマクムスは、十分にまだ距離が在ると。


「安心なさい。 まだ、我々までは距離が在る。 恐怖で緊張して焦ると傷が開き、返って面倒に成ります」


と、Kの援護をする。


魔想魔術師デルモントの養父にて、大寺院の最高長官たる大司祭のマクムスだ。 彼が言う言葉は、Kの実力を眼にして無いサーウェルス等には、大きな安心を与える。


そして、自分達が小人にでも成ったかの様な気にさせる、大きな草の混じる林を抜けると。 あのマニュエルの森と一目で解る。 色濃い緑の針葉樹の森が、目の前の下り斜面の先に見えた。


ダグラスは、足を気にする学者で在りながら剣士と言う、中年の紳士オリバーに肩を貸す。 オリバーは、紳士用の丸型帽子を被り。 汚れた黒い礼服姿に、胸当てやプロテクターを装着する。 一目で、気品の在る紳士と思しき中年男性だ。


「あぁ、済まない」


痩せた身体の割りに、長身の筋肉質な身体をする彼は、ダグラスにすら一礼を忘れない。


「礼は、後だ。 森に抜ければ、もう大型モンスターは追って来れない」


「そ・そうなのか」


と、肩を借りるオリバーだ。


一方、ゲイラーが肩を貸すのは、ゲイラーより頭一つ低いぐらいの巨漢戦士だ。 両刃の大型戦斧を背負い、首から下の全身を包む〔プレートメイル〕なる防具を装備する。 彼は、サーウェルスの仲間の一人、ダイクス。 癖の強い髪を乱れさせ、肩や背に下ろしている。 円らな眼が若い印象を与えて来るのだが、年齢はゲイラーと似たようなもの。


「ダイクス。 お前に、肩を貸す時が来るとはな」


と、ゲイラーが言えば。


「全く、だな。 借りる日が来るとは、思わなかった」


と、酒焼けした低い声で言い返すダイクス。


この二人、どんな仲なのか。 どうやら、互いに知り合う仲の様だが…。


その横では、


「さ、イルガ。 まだ骨がくっ付いたばかりよ。 槍を杖代わりにしてる様じゃ、急斜面は大変よ」


「は。 お嬢様、スミマセン」


「礼は、後、後」


と、ポリアに肩を借りるイルガ。


ヘルダーの肩を借りるボンドスも、意地を張らない所を見ると。 やはり、まだ万全では無いのだ。


一方、気丈に振る舞おうとするアリューファだが。 マクムスに叱られて、セレイドに背負われる。 迷惑な強がりは、時を無駄にする。


此処で、Kが殿と成る様子で、皆が森へと降りるのを待つ。


然し、K以外の全員が斜面を下って、森に入った時だ。


「うわうわっ、来たあぁ~っ!」


密草林の南方より、木の様に高い草を掻き分けて、一つ目の巨人がヌ~っと姿を現した。 振り返りざまに見たポリアは、既に森へ出たが。 その威圧感に怖がる。


オリビアと共にサーウェルスは、自身が殺されそうになった巨人モンスターを改めて見て。


「恐ろしいバケモノだ・・・。 くっ、もう二度と遭いたくない」


と、苦々しく言う。


だが、一つ目の巨人が、キョロキョロとするのを見て、皆が安堵する。 その最中の事だ。 森に入る手前まで来ていたKなのに、半身の体勢でモンスターを見返した時だ。


「・・・か」


何かを小さく呟いた。


最もKと近かったゲイラーが、何かを呟いたと感じ。


「んあ? 何だって?」


と、聞き返すと…。


此方を見失った様な動きを見せる、一つ目の巨人へ身を向けたKが。


「悪い。 少し、此処で待ってろ。 直ぐに用は終わる」


と、言った。


“何事か”と、驚いたゲイラーは、


「おっ、おい゛っ」


と、声を掛けた時。


「う゛っ」


背筋に、強烈なる殺気を覚えてしまう。


(どう・したんだっ? 声が、いきなり戦う時の様に、低いものに変わったぞ!)


Kから発せられた殺気を感じて、こう察したゲイラー。


Kが本気で戦う時、その声の質感がガラッと変わる。 敵対する訳でも無い相手だとしても、背筋に緊張感が走るほどに低く成る。


それを漸く解り始めたゲイラーだから、


「戦う気だっ! どうして!!」


と、口走る。 この場で戦う理由を見付けられず、理解が出来ないからだ。


K以外の皆は、マニュエルの森に抜け。 巨大なモンスターは、完全に此方を見失っていた。 モンスター討伐だの、依頼の内容の何処にも引っ掛かって無い。 此処で戦うのは、完全に無駄な行為で在る。


「え゛!! だって、森に出たじゃんか!!」


ダグラスも、慌ててこう言うが。


Kは、脇を見るだけにして、皆に横顔を見せると。


「悪いな。 だが、アイツには借りが在るんだ」


と、斜面をまた戻り出した。


「ちょちょっ、チョット! ケイっ!!」


ポリアが声を掛ける時。 残像を現したKの姿が、フワリと消えた。


その様子を見た時に、


「な゛っ、何だとぉ!!! そ・・そんな、消える技っ?! まさかっ、〔暗殺闘武〕じゃないのかっ?!!!」


誰よりも一番に、サーウェルスが驚いた。 いや、その顔は、愕然とした様で、何か触れては成らない事を知ったのか。 強い怯えも孕んでいる様子が窺える。


だが、彼だけでは無い。 全員の顔が、Kの消える様な技能の名前を聞いて、驚きの表情を見せる。


さて、Kの姿は、去ろうとしている一つ目の巨人の、直ぐ後ろに現れている。 もう、ポリア達がハッキリ確認する事は出来ない。


消えたKの場所を凝視するサーウェルスは、驚愕と恐れを滲ませる、搾り出す様な声で。


「ば・バカなっ。 闇に暗躍する暗殺者の者が、こんな表舞台に現れるのかっ?!!」


と、独り言を吐く。


そんなサーウェルスを見るゲイラーは、畏怖に歪んだ顔のままに。


(まさか、リーダーの消える技ってのは、あの闇に語り継がれる人殺しの技ってか?)


さて、〔暗殺闘武・暗殺闘技〕とは、何か。


おそらく、知って居る者が居たとしても。 その誰もが、耳にしかした事ない話だろう。


実は、この世界には、極々少数の部族単位で秘境に隠れ住み。 暗殺を生業にする、そんな稼業の者達が居ると聴く。


“金で請け負い、人を殺す。 全く存在も現さずして、秘密裏に標的を殺す闇の住人”


と、囁かれる。


だが、その存在は、全てが噂の中だけで。 語る誰もが、その存在を見た事が無いと云う。


さて、森へ抜け出したポリア達が見る、背丈の高い草や木よりハミ出すモンスターだが。 その視界には入らない所で、Kは一つ目の巨人に向かって、あろう事か。


「おいっ!」


と、鋭い声を掛けた。


‐ ウウウ…。 ‐


高々と聳える大木の様な巨人が一喝したかの如き大声に気付いて、Kの立つ方へと振り返る。


わざわざモンスターに声を遣ったKは、包帯から覗ける眼をこれまでに無いほどの殺気でギラギラさせると。


「今から十三年前を、覚えてるかっ?!! テメェの腕に、微かに残るその傷を・・覚えてるかぁーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」


と、Kのこれまでに無い鋭い声が響いた。


その言葉だけを聴くポリアは、怪訝な顔に成る。


「十三年・・前?」


マルタンの街を出る前夜の話、荷馬車でトルトの村に向かうまでの話。 そのどちらにも、十三年前の話など出て来ては居ない筈だ。


朧気に、その事に思いが触れた時だ。


(ケイ・・・貴方、まさか…。 依頼で来た調査以外でも、この山に来た事が在るの?)


と、心の中でKに問い掛ける。


また、一つ目の巨人を見上げるゲイラーは、違和感を覚えている。


「なんか、あのサイクロプス・・。 これまで見た奴とは、どうも様子が違う様な…」


この感想は、何度もサイクロプスを見ていた者達の、共通のモノだろう。


返って、サーウェルス達は、今見えているサイクロプスは、自分達を追い掛けたサイクロプスと変わりないと思う。 追われたのは夕方で、モンスターの特徴をじっくり観察する余裕など無かった。


だが、イクシオは。


「確かに、山に入った二日目に見たサイクロプスとは、顔が・・いや。 肌とか、雰囲気とか、何と云うか、全体的にちょっと違う雰囲気がするな」


然し、皆が見て解るのは、そのサイクロプスの角が欠けていて。 肌の色も、青く無いと云う事。 どちらかと云うと、茶褐色に近い赤い色をしている。


だが、皆の中で一人、マクムスだけが静かに震えていた。


「嗚呼っ。 この目で、あの伝説のモンスターを見ようとは…」


と、すら言った。


マルヴェリータは、サイクロプスと似て非なるモンスターを見てから、マクムスに。


「マクムス様。 あのモンスターは、〔サイクロプス〕では無いんですか?」


と、問い掛ける。


すると、マクムスは祈る仕草をした後に。


「恐らく・・恐らくは、あれこそが巨人族の中でも最強にして、究極の個体・・・〔ギガンデス〕っ。 サイクロプスの古代種だと、思います…」


サイクロプスの上に、“古代種”が居るなど知らなかったマルヴェリータ。


「え゛っ?」


と、思わずまた巨人を見た。


その横で、巨人を見るポリアも。


「ギ・ガンデス…」


と、その名を記憶へと刻む事に成る。


マクムス曰わく。


“その悪鬼、血を吸った赤の様。 幾多の人を喰らい貪る、巨人の王”


と、一文を暗唱して。


「嗚呼、正に・・・正に、〔古代神魔闘記〕に書かれる一説の通りだ」


と、呟いた。


息子を助けに来たマクムスも、こんな伝説に名を残すモンスターを拝む事になろうとは、夢にも思わなかったろう。


見えたモンスターが、“サイクロプス”より格上の“ギガンデス”と解る時だ。 巨人ギガンデスの前に立つKは、鋭い眼で茶褐色のギガンデスを見上げていて。


「テメェのっ、その腹に在る物。 今日こそっ、返して貰うぞっ!!」


と、ギガンデスに吼える。


Kの存在を見詰めるギガンデスは、


‐ ウゴゴゴゴオオオオオオオーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!! ‐


凄まじい雄叫びを上げて、Kに掴み掛かって行く。


最も刃渡りの長い短剣を抜いていたKは、目にも止まらぬ速さで振り上げた。 その光景は、ポリア達は見えて無いが。 短剣から放たれた衝撃波は、これまでにポリア達の見たモノとは、比べ物に成らないほどに大きな白い刃で在り。


‐ ズバァ!!!!!!!!!!! ‐


と、凄まじい音が爆発する。


「うぉっ」


「何だぁっ・・て、ああああああっ!」


皆、巨木でも断ち割ったかの様な音に驚くのだが。 ダグラスが、ヘルダーと二人して、左右に分かれて行くギガンデスの頭を見た。


竹が割られる様に、真っ二つに斬られて行くギガンテス。 その真っ二つに成った音が、山中に響き渡る様に何度も木霊して行く。


新たに加わったサーウェルス達は、丸で幻想的な幻覚を見ている様だ。


「嘘・・だろう?」


呟く様に言うサーウェルスに、並ぶオリビアが。


「解ったでしょう? あの人物は、神の様な腕前を持って居るんです…」


ミュウとアリューファは、言葉無く佇み。


マクムスは、養子の息子デルモントへ。


「あの御仁が居なければ、お前達を助ける事は出来なかった。 あの通り、悪魔も、モンスターも、人間も関係無く、敵対するモノを全て断つ。 それほどの実力が無ければ、入っては成らぬ場所なのだよ。 この山とは…」


サーウェルス達は、ズシ~ンと云う振動を身体に感じながら、左右に分かれて消えたギガンデスの跡の空を見ていた。


実力を褒められた自分達は、世界でも二十の指に入るチームと自負していた。 この森や山でも、オウガ辺りなら引けも取らない。


だが、無名のKは・・どうだ。 オウガなど、丸で赤子を捻る様に倒し。 自分達が全く歯も立たないまま逃げ出した、強大で巨大なサイクロプスを一撃だ。


“自分達は、思い上がったのか。 傲る力量など、まだ無いのか…”


言葉も無く、完膚無きまでに打ちのめされた様な気だけがする。


さて、一方のKは…。


斬られて倒れたギガンデスの身体で、背丈の高い草や木々が薙ぎ倒される。 開けた場所で、後から追い付いて来たモンスターを、目にも止まらずの早技にて次々と殺すK。 その凄まじい様は、まるで悪魔か死神の如き。 根っ子で歩く魔樹と云うモンスターも、ヘルバウンドも、オウガも、為す術なく殺された。



モンスターの襲来を短い間で潰したKは、倒れたギガンデスの内臓に向かった。 様々なモンスターの骨などが、ボロボロに消化されようとしている。


だが、そんな内臓を見回していると、胃内壁の一部に赤黒く鬱血する浮腫が在る。


「これか…」


短剣で、その黒ずんだ浮腫を斬ると、つつ~っと黒い血が糸を引く様に落ちて。 その肉の中に、鈍く光る何かを見つけた。


それを、短剣で取り出すKは、


「まさか、こんな依頼で取り返せるとは・・な」


呟くと。 自分の水袋の水で、その取り出した物を洗う。


Kが洗ったのは、指輪だった。 それは、エンゲージリング等の記念仕様では無く。 神への祈りを捧げた文字の施された、普段から身に着ける装飾指輪。 白銀製で在るが、もう光沢は失われていた。


その指輪を手にして見詰めるKは、


「あの時は、俺が…。 だがこれからは、俺と夢を見よう。 ・・さん」


指輪を額に当て呟くKの口元や目元が、静かに震えていた。  最後、微かに誰かの名前を呼んだ様だったが。 それは一体、誰だったのか…。


         ★


静かに成ったまま少しの時過ぎて。 ポリア達の元に、Kが戻る。


「待たせた。 さぁ、村に戻ろう」


こう言うKの様子は、誰の目に見ても明らかに暗く。


“何かが有った”


と、確信が出来る。


そして、それからのKの雰囲気は、人を拒絶する物で。 無駄な口は、一切利かなくなった。


こうなると、ポリア達も話を掛けずらい。 無言のままに、来た時と似た森を行くことに。


今日は、マニュエルの森を霧が漂う。 高々と聳えて伸びる森の木々の中、Kの行く方にポリア達が着いて行けば。 来る時に休憩をした川の、対岸に出たポリア達。 此処までは、モンスターには一度も襲われない。


やはり、来る時のKの言った事に、間違いは無い。


「さ、休憩だ」


もう昼を過ぎた頃だろうか。 川を渡った所で、Kが言う。


皆、それぞれ休憩に入った。 


だが、休憩でも忙しいのは、僧侶達だろう。 まだ、身体の動きが悪い者全員の、体調を看なければならないからだ。


特に心配されるのは、グランディス・レイヴンの面々で、状態が酷い重体だった二人の男と紅い髪のアリューファ。 また、オウガとの戦いで大怪我をしたボンドス他、コールドやイルガ達もそうだ。


そんな光景を見ないKは、皆と離れて一人で岩に座る。


手を洗って口を漱いだポリアが、そんなKに用が在って向かった。


間近までポリアが来た時。


「何だ? 俺の事は、聞くなよ」


と、先制の一刺しを貰うポリア。


(うっ、釘を刺された)


と、そんな様な感じを受けたポリアだったが…。


「あ~、あのね。 チョット・・相談が在るの」


横目で、そんな事を言うポリアを見たKは。


「ふぅん。 ま、いいさ。 大体の予測は付くが・・・言ってみろ」


「う゛、なんで・・解るの?」


「昨日の夜中の話と、朝のゲイラーやフェレックの話からして、な」


その返しを聞いたポリアは、完全に腹を読まれてると察した。 そして、Kが座っている岩近くの岩に、自分も腰を降ろして。


(か・隠し事出来ないよ゛ぉ)


と、思いつつも、話した。


「実は・・・」


そう、ポリアがKに相談した事は、昨夜の事だ。 ぶっちゃけて、ポリアは大迷惑だ。 チームの解散の話を今日の朝にゲイラーも、フェレックも、仲間に切り出した。


ま、これだけならば、他のチームの騒動として心配すればいいだけだ。


が、話はそんな簡単では無い。


なんと。 ポリアのチームにゲイラーだけでは無く。 ダグラスと、そしてあのヘルダーが加えて欲しいと、願い出て来たのだ。


また、ゲイラーのチームに居る魔想魔術師のキーラと、狩人のレックに加え。 コールドやボンドスなどが一緒となり。 他国に渡って、違うチームを新たに結成しようとも、言い出しているらしい。


話を聴いたKは、仲良さそうに喋ってる皆を見ながら聞いていて。


語るポリアが、実に困ったと云う顔をして。


「ケイ、どうしよう・・。 私、そんなみんなが言うほどに、リーダーなんて向きじゃないよ…」


と、不安な顔で寂しがる。


こんなポリアは、マルタンの街でチームを結成した。 ゲイラーも、フェレックも、先輩の様なもので在り。 自分の影響で、特にゲイラーのチームの解散を招いた様な気がしてならないのだ。


さて、ポリアの話を聴いたKは、曇り空を見上げて。


「羽ばたきたいか? ポリア」


「え?」


唐突にこう聴き返されたポリアは、


「あ・・ん~~~~今は、良く解らないよ」


困っているポリアだ。 そんな事より、目の前の問題の方に気持ちを持って行かれていた。


すると…。


「そうか・・。 だが、俺が見るに、だ。 この場に居る奴で、最もリーダー向きの者は、ポリア。 お前だと思うがな」


「え?」


Kの話に、彼を見返したポリア。


空を見ているKは、ただ穏やかに。


「この意見に、嘘や偽りな無い。 本音で、だ」


ハッキリ言われてしまったポリアは、力が抜ける想いがした。 森の中で開けたこの河原にて、雨雲の欠片が流れる曇天を見上げて。


「そうかな。 でも、自信はナイ・・・かな」


と、呟く。


正直な気持ち、Kと居て解る事は。


“如何に、自分が未熟なのか。 世界には、凄い腕前の冒険者がゴロゴロしている。 駆け出し風情で、粋がっている暇は無い”


と、コレだ。


然し、Kは言う。


「俺が、所々で言った言葉。 それを一番に理解していたのは、お前やらマルヴェリータとシスティアナだ。 然も、オウガを倒した話も聞いたが。 ゲイラーの一人試合を止めたのも、全員で戦う事も、ポリアが指揮したんだろう?」


「あ、・・うん」


「いいか、結局の処は結果が全てだ。 俺がして欲しい指揮をしたのは、お前だ。 それに、お前の指揮に誰も逆らわなかった。 ならば、答えが其処に在る」


Kにこう諭されるポリアは、長く伸びている後ろ髪の束ねた根元を掻いて。


「だって、あん時はぁ~~~一生懸命で、大して他の事は考えて無かったし」


するとKは、鼻で笑って。


「はっ。 考えてないで出来たなら、尚更じゃないか。 それに、サーウェルスを助けると、俺が一方的に決めた後の夜。 俺は、ポリアに薬を飲む人員を決めさせた。 ミュウと云う人選は、俺の利に適ってるぜ。 まぁ、あんなに気性の激しい女とは・・思わなかったが」


あの日の、あの時の事を思い出したポリア。


「あれは、悩んだけど・・・。 ミュウさんが適任と思ったの。 武器が、白銀製だったし…」


「違うな」 


Kは、直ぐに返す。


「え?」


言われて顔をKに合わせたポリアだが。


包帯男の眼は、もう真意や悩んだその経緯を見抜いていた様で。


「ポリアの頭に在ったのは、そっちじゃ~ないだろう? それは、結果的な理由に過ぎない。 戦う必要は無かったんだ。 魔想魔術師の奴は、どうして連れて行かなかった? それから、もう一人。 アリューファは、どうしてダメだった?」


「それは・・二人とも、傷が以外に重いから…」


だが、Kの視線は、空から降りて。 やや肩身の狭そうなグランディス・レイヴンの面々を見る。


「おそらく、お前は考えた。 あの魔想魔術師の男には、父親のマクムスが居る、と。 せっかく助けて、直ぐに危ない場所に借り出すのはどうだろう・・とな」


全くその通り。 ポリアは、マクムスの居る手前、デルモントを外した。


(バレてる…)


思うだけのポリアだが。


Kは、更に。


「そして、普段から気の強いと噂されるあの女、アリューファも外した。 オリビアの事などで、俺や周りと言い争いになったら、どうしようかと悩む。 只でさえ、無理を押してリーダーを迎えに行くと為った時だ。 余りにも気性の激しい者が居ては、オリビアが孤立する恐れすら在る」


ズバッと腹の中を読まれた、と感じたポリア。


「解るんだ。 アハハハ、凄いね・・ハァ…」


こんなに丸々読まれてしまうと、自分が浅はかに思えてしまい。 ポリアは、苦し紛れと苦笑したが、最後は溜め息しか無い。


だが、普段の視線のままKは、ポリアを見て。


「いや、おそらくそれが正解さ。 これは、今と成っては憶測だが。 オリビアと行動を共にして、最後までオリビアを見放さずに。 赤子を抱えた女のオリビアを気遣い出来たのは、あの状況ならミュウだけだっただろう。 そこだ、その考え方だ、ポリア」


「え?」


「チームの戦力を考える者。 つまり、これがゲイラー辺りなら、魔法使いのデルか、戦力の補強でボンドスやアリューファを取ったろう。 もしかしたら、オリビアを連れて行かないで。 三本有った小瓶を、最も傷の深い者に飲ませたかもしれない」


これはポリアからすると、寧ろそれが正しいと思える。


だが、Kは言う。


「ポリア。 お前は、俺が言った事を曲げないと解って、最良の判断をした。 そして、その後の夜中はオリビアに起こされた時に、来るか、来ないか、その判断を彼女に任せた」


「あの小声、聞こえてたんだ」


「俺は、地獄耳だからな。 ・・然し、マルヴェリータの言った事は、俺の考えの代弁に過ぎないが。 お前は、自分の意思を持って考えたろう。 もし、オリビアが来ないと云う選択をしたら、俺を説得する道を…」


「う・・うん」


これはポリアの、あの時の本音だ。


「それでいい」


「え? でも…」


「いや、俺がオリビアを連れて行く意味の説明をしていない中で、あの判断をしたならば、人として間違いはない。 ポリアは、人の心を最大限考慮した。 他者を思う心で真剣に考えた上で判断した事なら、ズレていても間違いではないさ」


「ケイ…」


「寧ろ、其処を外して考えると成ったら、後でどう説得をしようが。 どんな言葉で説明をした所で、もう悪い方にしか行かないだろう。 俺は、それでも構わない方法を取るが。 その考え方が出来るお前は、最もリーダーに適した人物だ」


Kにこう言われても、ポリアの心中は複雑だ。


「でも、今回は解んないよ・・。 いきなり、みんなチームに加えて欲しい、なんてさ」


己の実力を知ったポリアだ。 戦う能力だけ取れば、ゲイラーも、ヘルダーも、ダグラスだって、自分より上。 一体、どうやって行けば良いのか、想像も付かない。


処が、ポリアより視線を移すKは、ゲイラー達を見て。


「それは、み~んな、解らんさ…。 ‘答え’など、自分で決めて進んでみて、自分に返って来る事実が、その答えって奴でしかない」


「・・・」


黙ったポリアは、正にその通りだと感じた。 今の現在が、その答えの一つに当たる。


Kに、連れて行って欲しいと言った事。


18人と云う大所帯ながら、Kの指揮で此処まで来た事。


それから、今まで戦った事の無いモンスターとの戦闘と、サーウェルス達の救出。


全て、行動と判断の結果。 返って来た‘答え’だ。


Kは、黙るポリアへ。


「だが、な。 ゲイラー達も、フェレック達も、お前と同様にその‘答え’を受けた。 だが、それで感じる事は、人それぞれだ。 あの二人は、自分やチームに足りないモノを、その‘答え’を感じて、現実に踏み込んで考えたんじゃないのか? たった半月で、成長したお前達に対し、変われない自分達の有様を…」


Kの云う事は、理解の出来る事と思うポリア。 だが、まだ半人前と思う自分としては、納得しきれない顔でKを見て。


「この事に対する‘答え’は、くれないのね」


と。


すると、Kは口元を笑わせて。


「アホか。 俺は、お前じゃない。 その答えは、ポリア。 お前の心に在るさ。 街に戻るまで、素直に自分はどうしたいか。 じっくりと考えてみな。 その前に言わせるなら、この選択は腕前の問題じゃないぞ。 それは、今回の事件の発端を招いた奴等を見れば、容易に解るだろう?」 


Kの話を受けたポリアは、サーウェルス達を見て。 そして、Kの言葉を胸の中で反芻した。 すると、何だか気持ちが楽になって行く気がする。


「さて、そろそろ休憩は終わりだ。 直に、雨が降る」


「え?」


空を見上げるポリアに、Kは言った。


「あのバカ女に、それを教えとけ。 せっかく、死にかけた命を助けてやったんだ。 面倒は、あの一回で終いにさせろ」


“オリビアの事を言っている”


と、ポリアは解った。


「相変わらず、口、ワルいわねぇ~」


「仕方無い、生まれつきだ」


「ハァ、判断は一級なのになぁ~」


溜め息と共にオリビアの方へ向かって行くポリア。 その様子を黙って見送ったK。


そして、


「そろそろ出発だ。 空模様が悪い、各自で対策はしとけ」


と、のみ。


さて、再び出発しても、トルトの村まで戦闘は無かった。 来る時に襲ってきたサルやゴリラのようなモンスターは、ポリア達を見るなり逃げていった。


然し、やはりKの予想通りに、雨が降り出してしまった。 山から降りてくる瘴気の混じる霧が、まだ煙る森の中で、だ。


ポリアは、自前の携帯用の雨具と成る薄いコート状の上着は、オリビアに早々と貸した。 雨が降ると、オリビアが恐縮をするが。 荷物も大半が失ったサーウェルス達で、然も妊婦のオリビアで在る。


「私の心配をするより、自分の心配ぐらい無くしてよ。 これで流産したって、責任なんか持てないンだから」


と、辛口に言うポリア。


今更に脱がれたりしても、気遣いが無駄に成るから、うざったいだけだ。


他、ゲイラーの雨具代わりのマントは、ダイクスが。 ヘルダーの雨具は、オリバーが。 ダグラスの雨具は、アリューファが、と。 怪我の後遺症が在る者に、動ける者が貸して雨に濡れるのを抑える。


そして、夕方。 辺りがもう暗くなる頃に、ずぶ濡れの一行はトルトの村に戻った。


宿に帰って、ビショビショのK達を見た女将さんは、眼を丸くした。


「は~。 あの山に入って、誰一人欠ける事無く帰って来るとはねぇ…。 幽霊かと思ったけど、足が在るわ」


面と向かって言われたKは、


「勝手に殺すな」


と、短く返す。


だが其処へ、あの無愛想な料理をやる主人が、食堂でKを見るなり。


「おう、ちと話ある」


と、厨房に行く。


女将からタオルを借りたKは、そのまま主人の元に向かった。 厨房のカウンターを挟んでKと対峙する主人は、Kに南の方を指差して。


「なんでも、今夜か明日には、国からの馬車が来るとさ。 遣いがあった」


予定より少し遅いと感じたKだが、頷いて返し。


「そうか。 ま~、もう急ぐ必要ないしな。 此処でもうちょい金を落としてから、街に帰るか」


「ありがてぇ事だね。 出来るなら、身銭を全部置いて行ってくれや」


主人は、山賊みたいな事を言ってから、厨房内の上の棚に置いて在った手紙をカウンターに出した。 裏側を見せるに、封蝋の部分を見せて来る。


「ん、遣いの男が持ってきた。 アンタに渡せとよ」


此処で、Kが眼を細めて手紙を見た。


「解った」


手紙を取るKの後ろに、大きいタオルを持ったポリアが来て。


「オヤジさん、ご飯お願いね。 あら? ケイ、何かあったの?」


森に入る前は、作戦会議もしたこの食堂にて。


「ポリア、役人からの遣いだと。 この手紙、どう思う?」


「え? いや・どっ・どうって…」


いきなりこんな事を言われて、困るポリアだが。


Kの眼は、もう鋭い細めたものに変わっていて。


「考えろ。 ジョイスは、五日後辺りには馬車を待たせておくと、そう言ったのに。 出発から今日までと成ると、それが遅れてる」


「あ、うん」


Kは、主人から受け取った手紙を見せ。


「然も、只単に遅れるだけなら、役人を遣わして居るんだ。 こんな、封蝋した手紙は要らないハズだろう?」


其処でポリアは、ジョイスが今は、あのクォシカの事件を扱っているのを思い出し。


「まさかっ、オガートの方で、何か・・在ったとか?」


推測から頷くKは、広げた手紙を見てや。


「・・だな。 どうやら、嫌な予感が的中してるぞ」


「え? ‘嫌な予感’って・・・ど、どっ・どうゆう事?」



鋭く細めたKの眼と、ポリアの心配を持った眼がかち合う中で。


「ポリア。 ガロンの事は、まだ忘れるほど耄碌してないよな?」


〔ガロン〕と聴いたポリアは、あのガロンの顔を思い出して、怒りの形相へと表情を変え。


「誰がっ、忘れる顔なんかしてないわ!」


苛立つポリアで、Kもそれはそうだろだろうと。


「だな」


「アイツがどうした訳?」


「奴が、逃げた…」


‘逃げた’と受けたポリアは、ハッと目を見開く。


「マジ?」


「あぁ。 然も、見張りの役人を四・五人斬って、逃走したらしいぞ」


「そんなっ」


言ったポリアへ、Kはジョイスからの手紙を渡す。 Kから手紙を受け取ったポリアは、その内容を確かめた。


『 ジョイス様より、伝言です。 咎人ガロンが、此方の不手際から逃走しました。 また、取り押さえ様とする際に、兵士三名が死に、二名が負傷してしまいました。 その所為で、馬車の到着が遅れます。 誠に、申し訳ありません』


その内容を読んだポリアは、顔を歪める程に強ばらせ。


「あぁんにゃろぉ・・、何処までもっ」


と、俯いて唸るのだが。


一方のKは、口元を僅かに笑ませた。


「フッ、野郎め。 どうやら、俺の手で死にたいらしいな」


その小さな呟きを耳にする時、ポリアはゾクゾクとする殺気を感じて、ビクっと顔を上げた。 Kが今言った言葉には、本気の殺気が篭っているように感じたのだ。


「あ・あぁぁ、ケ・ケイ。 どうする気・・なの?」


だが、問われたKは、ポリアに横顔だけ見せて。


「飯だと言って、集まれる者だけ全員を食堂集めてくれ。 話が在る」


「う・うん。 解っ・た」


食堂脇の螺旋階段を上がって行くKだが。 その姿を見送るポリアは、彼が消えると慌てて全員に言いに行った。 Kが怖くて、逃げるように…。


ガロンの逃げた情報を知ったKは、モンスターを相手にする彼と変わらなかった、と。 後にポリアは、他の仲間に語った…。


         ★


そして、夕暮れの直後。


食堂に降りたマクムスは、宿の女将や主人に怪我をした村人の経過を聴いたりし。 春の寒の戻りと成る為、囲う事の出来る暖炉に火を入れて貰い。 先に降りて来たマルヴェリータやシスティアナが、オリビアやミュウと当たる。


外の雨は、春の長雨らしくシトシトと降り。 風は南風だが、涼しいくらいの空気がヒンヤリとして、雨の匂いを宿に運んで来る。


さて、荷物の一部を残していた一同だ。 武装も解いては、着替えたり身体を拭いたりして、食堂に集まった。


女将の計らいで、夜には湯殿を使わせて貰える手筈に成ったが…。


サーウェルス達のチームで、ダイクス、オリバー、アリューファ、デルモントは、山を一気に降りた事でまた体調不良と在り。 ポリアは、そのまま寝かせた。 更に、キーラ、イルガ、コールド、ボンドス、デーベ、ハクレイも、高低差の在る山道や冷たい雨の影響から、体調不良に陥っていた。


残りの十四名の皆が食堂に揃って居た所に、Kは降りてくる。


女将が料理を運ぶ頃で、ポリア達三人以外は、食べる事が先決と口を動かす。


その最中に、カウンター側に立つKは、ゆっくりとした口調で言い出した。


「皆、いいか。 食べながらでいい」


その声に、ゲイラーやヘルダーが頷いて、手を動かし始める。


水を飲むポリアの横に立ち、Kは言った。


「お前達が知っているかどうか・・、それは解らんが。 斡旋所の規定の一つに、万が一にリーダーが居なくなったり、死んだりした時の取り決めがある」


「ぶっ」


食べる前に水を・・と飲んだポリアは、話の内容に驚いた。


マルヴェリータやシスティアナはおろか、サーウェルスもKを見る。


Kは、何事も無い雰囲気で続け。


「正直、俺は知名度など欲しくない。 金も、全く要らん。 然も、チョイト急ぎで始末を着ける必要が在る用事が、先程に出来た。 だから今日、此処で、お前達と別れる」


起きて居る一同、いきなりの事で騒然とする。


「何だって?」


「おいおい・・・マジ?」


「えぇっ? いや・・そんなの在りか」


騒ぐ一同に、Kはサバサバした声音で話を続けて。


「いいか。 万一、リーダーを失っても、リーダーの代わりが居ればいいだけの話だ。 俺は、適任はポリアだと思う。 だから、ポリアに後の全てを任す。 全員、ポリアの指示に従ってくれ」


「え゛ぇっ?!!! わ・私ぃっ?」


思わず自分を指差したポリアは、全員の顔が自分に向いているのにビビッた。


だが、ポリアを無視して、Kは続ける。


「いいか、俺がこの宿から居なくなった時点で、ポリアはこの仕事のリーダーだ。 彼女の命令は、俺の命令だと思っていい」


こう言ってから、ギロッとサーウェルスを見て。


「っ?」


サーウェルスが、睨まれた事で驚くと。


「それから、助けられたチームは、仕事の内容に関わる必要人物だ。 マルタンの街に戻り、斡旋所のマスターに会うまでは、ポリアの指揮下に入って貰う。 報酬は、お前達のチームの状態に因るんだからよ。 チームの格だの、腕前や力量だのとご託宣を付けて、ふざけた真似だけはするなよ」


睨まれたサーウェルスは、一瞬にして斬られた感覚を受け。 素直に従う、と軽い礼をする。 マクムスも居る以上、そんな勝手をすれば恥曝しと成るから、助けられた身分で出来る訳も無いが…。


Kは、言いたい事を言うと。


「話は、以上だ。 寝てる奴には、後から誰かが伝えろ」


と、話を終える。


ポリアは、Kが荷物を纏めたと察してか。


「ケイ!! 勝手に決めないでよ!!!!!」


と、席を立つも。


Kは、静かに料理へと手を伸ばし。


「仕方ネェさ。 あのガロンを、みすみす逃す訳には行かない」


こんな話だから、マルヴェリータもやや慌てて。


「そんな・・。 第一、この雨の中でガロンを捜しても、見つかりっこ無いわ」


だが、空腹を満たす為に食べるKは、マルヴェリータを見返すと。


「・・捜す・必要は無い。 先回り、するだけさ。 奴の行動など、手に取るように・・解る。 明日の早朝、俺は発つ」


と、断言する。


其処へ、ゲイラーが恐る恐ると。


「どうしても・・か?」


聞いて来たゲイラーの前、ダグラスとヘルダーの間の席にKは入ると。


「悪い、これは決定事項だ。 あのガロンだけは、のさばらすには厄介な奴。 野放しにすれば、自分の野心を絶った俺やポリア達を恨み。 復讐する筈」


この話に、ポリアは仲間を見る。 マルヴェリータも、システィアナも、表情が強張った。


イクシオは、ガロンの名前を知っていて。


「〔ガロン〕って、あの悪名高い奴か? 仲間を裏切り、報酬の為なら何でも遣るって云う…」


頷いたKに、イクシオは目を見張り。


「そりゃあヤバいぞ。 あのガロンは、自分を役人に突き出そうとした冒険者等を、これまで何人も斬っては逃げて来た。 一旦雲隠れされたら、ポリア達は付け狙われる」


頷くKは、更に。


「それだけじゃネェ。 あのガロンの人脈には、他国の、地方の、薄汚い悪党などが絡む。 そんな奴らにガロンが落ち合えば、冒険者として居れ無い程の指名手配された身だ。 強盗団、野党、山賊、何だって遣る。 俺の実力を知るだけに、ガロンが先に狙うのはポリア達だ。 そうなりゃ、見た目の良すぎるポリアやマルヴェリータは、奴等にして玩ぶ獲物にしか見えない。 極悪な無頼に成るのが見えているガロンだ、今にその芽を摘むが最善だ」


恐ろしい相手が逃げ出したと、ダグラス、ゲイラー、ヘルダーは感じた。


さて、フェレックは、最も苦労したKだけに。


「でも、マジで報酬も要らないのか?」


と、Kに尋ねる。


「あぁ、金など有ったって、使わないからな。 ま、とにかくお前達はポリアと共にマルタンに戻って、報告をしてから各自で自由にしろ。 俺が受け取る筈だった報酬は、ポリアが受け取ればいい。 助けられた奴らは、じっくりとマスターに叱られるんだな」


Kのその様子は、もう決めたとする態度。


その雰囲気を見て取ったゲイラーは。


「仕方ない。 それならば、ポリアがリーダーをするってのは、賛成だ。 以外は、システィ以外は絶対に認めないっ」


と、断言的に言う。


「えっ? あっ、チョット!」


驚くポリアは、何でゲイラーが決めるのか解らない。


然し、セレイドも。


「私も、ゲイラーに同じ。 今回の旅で迷惑しか起こさなかったサーウェルス殿や、煩いフェレック殿にされるぐらいならば、ポリア御嬢様の方が理に適う」


すると、イクシオも。


「だな、リーダーの命令だし。 俺も、それなら文句ない」


と、まるで右から左へのお役所仕事の様な倣い様。


サーウェルスやオリビアに、この状況下で異論は出せる訳も無い。


今、ポリアにリーダーを任せる話に、反対は誰も居ない。流石にフェレックですら、自分が立候補する隙など無いと解る。


必要以上の会話をしなく成るKには、ポリアも本当に困った。 今度は、いきなりKの代わりで、この大所帯のリーダーにされるのだから…。


然し、仲間のマルヴェリータは、横から小声にて。


(ねぇ、ポリア。 どうせ、街に戻るだけだし、いいんじゃないの? 誰も、文句無いって)


システィアナも、


(ポリしゃんのリ~ダ~、本決まりデェ~スっ)


と、喜ぶ。


だが、Kの後釜など責任が重大過ぎると苛立つポリアだから。


(ウルッサイ!!!! 今までの説明っ、どーーーすんのよっ!!!!!!)


仲間の様子にイライラするポリアは、Kの勝手さにもう怒りすら沸いて来た。


だが、食事を終えたKは、サッサと仮眠に移るし。


「はいよ。 全員が生きて帰って来たってなら、祝いも必要だろう?」


と、女将が酒瓶を運んで来た。


苛立つポリアは、炎に油でもブチ撒けるが如く。


(もうヤケだわっ! ベロベロに酔っ払って、ケイに絡んでやるんだからっ!)


と、我先に酒を呷る。


この辺りでは、葡萄より他の果実や穀物が穫れる為。 酒や果実酒が造られるそうな。


ポリアが、グラスに注いだ酒を一気に呷ると。


「宴会よっ! アタシより先に潰れた奴なんか、顔にイタズラして遣るんだからねっ!」


久しぶりの酒にありつけると、ゲイラーやイクシオも喜び。 レックも、ダグラスやセレイドやヘルダーと、無事に戻れた事を祝う。


さて、夜も深まれば、仮眠していたボンドスやデーベやコールドも来て。 酔っ払ったポリア達に絡まれ、愚痴を肴を酒を飲む。


マクムスは、ポリアとマルヴェリータとシスティアナが、思いの外に飲む事をこの時に知った。


真夜中まで続いた宴会は、女将や主人も加え、全員が酔い潰れるまで。


やっと、ポリア達三人が寝室に去った時。 ゲイラーやダグラスも眠気に負けて、部屋へと戻る。


そして、雨足の弱まった深夜だ。


暗い宵闇が続くのは、朝まで残りどれくらいか…。 と、そんな頃合いにて。


「グ~ス~」


「もう・・飲めねぇ…」


「ま・まだ・だ・バカ…」


「ハゲ・・光って・・・まぶ・・しいぃぃ」


短く成った蝋燭の灯る食堂には、酔い潰れたボンドスやイクシオなどが居る。 残る皆は、もう長椅子やテーブルに寝てしまっていた。 去る前に女将が、暖炉に薪を放り込んで行ったから、風邪は引きそうも無いだろうが…。


そんな光景が広がる食堂に、足音も無く二階より降りて来たK。 酔っ払った面々を見て、


(フッ。 ・・・久々に、面白い奴等とチームを組んだもんだ)


と、思う。


酔い潰れてる面々を見て、Kが微笑している。 口元が、少し嬉しそうに見えた。


だが、彼は雨の外に出て行く。 裏の出入り口から外に出たKは、右脇に葉櫻になり掛けた櫻の巨木を見る。


「………」


雨を葉や花で受けて地面へと落とす櫻を、Kがゆっくりと見上げた時。 少し強い風が、サァーっと吹いた。 ザワっと揺さぶられた枝から、雨粒と残り少ない櫻が散って、見上げるKに降り注ぐのだが…。


その時、もう包帯男は、闇夜に消えていた。




        * 最終章 *


【出逢い在れば、別れも在り。 仕事を通して、揺れ動くそれぞれの心】


〔その13.人生は、運命という時流が流れるままに。 心に舞うは名残り惜しむ春の嵐〕


          ★


残されたポリア達は、王都マルタンに戻るだけだった。


王都まで、後は戻るだけ。


だが、ポリアの胸に残った侘びしさは、一体なんなのだろうか。


消えたKは、春に吹き抜ける一陣の嵐の様で。 冒険者達の心に鮮烈な印象を残して、瞬く間に駆け抜けた。


後を受けたポリアは、新たなる冒険へと続く、見えない道の前に立つ。


         ★


その日のポリアは乗った馬車に揺られるままに、黙って手紙に目を通す。 Kが残した手紙。 もうこれで、読むのは何度目だろうか…。


窓の外からは、別の馬車の走る音がしたり。 降る雨が車体に当たる音がする。


ジョイスがわざわざに差し向けてくれた馬車は、四台。 全部が乗用の黒い車体の馬車で、八人乗りの馬車には、それぞれ自由勝手に乗り込んでいた。 Kが、金に成るとして、モンスターの角だの牙だの毒を採取していた。 その荷物まで託されてしまった。 斡旋所で借り受けた荷馬車には、皆の荷物やら貰った果物などが、その荷物と積んで在る。 その半分は、馬と御者への、ポリアからの贈り物だ。


さて、今日は遂に、マルタンへと到着する日。 連日の長雨の中で、馬車の進行も遅れては、道中だけで丸々三日間を使い。 今朝は、出立より四日目の午前で在る訳だ。 


そして…。 Kが居なくなってから、五日目と成る。


リーダーを押し付けられたポリアは、Kが消えた後。 もう一日、トルトの村で休み。 それから、馬車に皆を乗せたのだ。 迎えに来た馬車の馬も、皆も、疲れていたし。 急いでマルタンへ帰っても、Kが居る訳では無いし。 急ぐ意味は無いから、仲間の体力回復を最優先にしたので在る。


マクムスと一緒の部屋だったK。 Kからの手紙を見つけたのは、マクムスで在り。 マクムスは、その添えられた物を含め、起きたポリアに渡した次第。


トルトの村で、その手紙を見ながら休んだ一日は。 雨音に紛らせて、溜め息ばかり吐いていたポリア。


そんな彼女に、他人の声は聞こえては居なかった…。


そして、今も。


「ポリア。 手紙を何度読んでも、Kは戻って来ないわよ」


と、馬車の中で並ぶマルヴェリータの声だが。


「・・・」


それすら、ポリアの耳には入ってない様だった。


Kからの手紙の内容は、こうで在る。



『 ポリアへ


まぁ、悪くないチームだった。


手も焼かされたが、それも仕方無い。 まだ、どいつも‘ガキ’みたいなもんだからな。


だが、ガロンは放置する事は出来ん。 アイツは、関わる先々でも遺恨しか残さない奴だ。 奴を闇に紛れさせては、お前達の事を含めて、色々と心配が残る。


その総ての芽を摘むべく、俺は一足先に行く。


もう戻らないから、別れだ。


新米みたいなお前だが、いいか。 リーダーとして自分の選んだ答えは、自分と、チームの向かう道だと云う事だけは、その腹に入れとけ。


リーダーは、腕前や知識より、道を見定める事が最大の仕事だ。 仲間、依頼、仕事に関わる人間を考慮する。 それが、リーダーの本当の役目だ。


今のお前は、それだけでいい。 そうすれば仲間が、お前を助けるだろうよ。


それから……、ま~そうだな。 もし、ポリアの剣の腕とチーム名が世界に響く時。 もう一回くらいは前に現れて、チーム組んでもいいぞ。


…………さて。 俺から、お前への餞別をやろう。


一つは、今回の仕事の記憶だ。 〔記憶の石〕をくれてやる。 ジョイスにでも渡してやってくれ。 ジョイスが調べ終えた後は、それはお前達にやるから、上手く活用してみるといい。 マルヴェリータ辺りに渡して、任せてみるんだな。


それから、二つ目は、同封しておいたその碧い鱗だ。 それは、〔ブルーレイドーナ〕と云う。 あの連山の中でも、最高峰の山の頂上に棲む、〔神龍〕と呼ばれるドラゴンの鱗だ。 何となくだが。 俺よりもお前が持って居た方が、使う時が来るかもしれん。 売っても、かなりの値が付くし。 それで武器を生み出すも自由。 活用の用途は、好きにしていい。


それから、お前達がいざと云う時の為、薬を幾つか作って置いたんだが…。 意外に聞き分けが良く、使わなかった。 だから、お前に託しておこう。 用途・効能は、其々に説明を着けておいた。 売れば、まぁ金になるぞ。


俺は……。 今回、山で思い出の品を取り戻した。 この仕事やクォシカの仕事が無ければ、この品を取り戻せる機会はなかった。 その運命を俺にくれた礼とでも考え、受け取ってくれ。


さて、ポリア。 お前は、あんな立派な家柄を捨てて冒険者となり。 俺と共に、難しい依頼を二つもやり切った人間だ。 その覚悟や経験を生かして、チームの名前を、時と云う時代の河に刻んでみな。


じゃ、サラバ、だ。 - K -』


これで手紙は終わっていた。 ポリアも呆れてしまうほどの美しい文字の綴りだ。 貴族だろうが、学者だろうが、人にはクセが出る文字の綴り。 然し、お手本の様な文字の綴りに、マクムスやイクシオは驚いていた。


さて、ポリアはその貰ったアイテムの一つを、左手に持っている。 前回もKが使った、〔記憶の水晶〕だ。 見た目は、何の変哲も無い、四角い水晶の塊である。 俗称の〔記憶の石〕の方が、巷では普通の名称に成っている。


村でもう一日を休んだ時に、その水晶の中身を観たマルヴェリータ。 森に入ってからのKの見た記憶が、かい摘まんだ流れだが総てが入って居ると…。


また、もう一つのアイテムは、ポリアの右手の中。 手紙を持つ手の手中に、すっぽり納まる物だ。 菱形で、碧く煌いた宝石の様な物なのだが。 透明なその鱗の中には、静かに風が吹いている。 見ても、触っても、とても信じられない物だった。


此方は、魔術師や僧侶が見れば、凄まじい風の力を凝縮したモノと解る。 マクムスが云うに、買い手に因っては、数百万の額を出す者すら居るのではないか・・・と。


だが、今のポリアは、揺れ動く馬車に背を預けながら。 思い出すのは、ギガンデスに向かったKの姿だ。


(ねぇ、ケイ。 あの時、何を拾ったの? 貴方、あの山に、何で…)


ポリアは、Kと出逢い。 そして、去られるまでの二十日ちょっとを過ごした記憶を、何度も思い返した。


色々な場面で、ちょっと疑問に思う所は幾つか在った。 然し、何より引っ掛かるのは、サーウェルス達を救った後、帰路の途中。 あのギガンデスを見たKの様子だ。


“何故、わざわざ戻って倒さなければならなかったのか”


更に、姿は見えなかったが、“十三年前”と口走ったKの様子からして。 それまでのKがモンスターと対する様子とは、明らかに違っていたのは・・何故だろう。


(ケイ・・。 どうして、あのモンスターにだけ、執着したの?)


「ハァ…」


溜め息を吐くポリアは、一緒に乗る仲間や他の者から見られている事すら忘れ。 車窓を突く雨を見詰めた。


ポリアと一緒に乗るのは、チームの仲間の他に。 ゲイラー、ダグラス、ヘルダーと、何故かミュウ。 毎日、ポリアの乗る馬車の乗員は変わったが。 今日は、こうなった。


然し、不思議とポリアは、都度都度にリーダーとして動く。


雨足が強かった馬車の旅となる中二日は、馬車を引く馬の休息を多めにしたり。 街道に設けられた野営施設では、ジョイスの手紙を携えて、兵士の休む砦に入る。


その理由は、街道に於ける事故の有無や、逃げ出したガロンの事について尋ねる事。


そして、Kが去ってからこの五日目までのポリアに、文句を言う者は居ない。 マルヴェリータに嫌われた“或る者”一人以外は、何の問題すら無かった。


さて、馬車の一団が防御壁の一角に開かれた大門を潜り抜け、漸くマルタンの街に入る。


「嗚呼・・。 クォシカの事件から戻った時と同じ…」


と、呟くポリア。


“帰って来た”


そんな感覚が強く蘇る。


ポリア達を乗せた馬車は、午前中にマルタンに入った。 小雨の降る中、遂に馬車は斡旋所。 【蒼海の天窓】に到着。 


荷馬車は、主の指示を仰ぐが。 ジョイスの遣わした馬車は、返す手筈。 然し、ジョイスに届けるモノも在る為、一台だけは待って貰う手筈に成っていた。


が。


斡旋所の入り口前に馬車が止まって、濡れた敷地内へと降りたポリア達だが。 その目の前で、いきなり斡旋所のドアが呼び鈴を強く鳴らして、先に開いた。


「マ・マスターっ!」


声を上げたポリアの目の前に、剥げ頭のドッシリと太った大男の筈のマスターが、スッ転びそうなほどの勢いで飛び出して来たのだが…。 今は、その見る姿がだいぶ違っていた。


「ポ・ポポ・・ポリア・・・むっ・娘は? オ・オリビアはっ?」


2度も転んでからクタクタと歩いて来ては、ポリアへと縋り付く様に、石で舗装された地面へ膝を崩す主。


その顔を見れば、ろくに食事や睡眠も取ってなかったと解る。 目の回りには隈が出来、憔悴しきってゲッソリ痩けた顔は、青白く死人の様で。 あの大きく太った身体が、二回りは痩せて見えた。


ポリアは、マスターの顔を覗き込んで。


「大丈夫、ちゃんと生きてるわ」


と、微笑んだ。


「はっ、はあっ」


言葉を理解するまで、一瞬多く時を要した後。 グッと息を呑んだマスターの耳に、


「お父さんっ」


と、オリビアの声が届く。


パッと声の方を向いたマスターの眼の中に、馬車を降りて来た娘の・・オリビアの姿が移った。


「あ゛っ! あああ・・お゛おおおぉぉ……」


大きく厳つい顔をするマスターだが。 その目から涙をボロボロ流して、大きい両手で顔を覆った。


オリビアも流石に、父親の全ての建前を捨てた男の泣き姿に、居た堪れなくなって。 小走りで急いでは、父親の目の前へやって来た。


「ごめんなさいっ、お父さん…」


謝るオリビアを前にして。


「い・いぎてたぁっ、おおっ、生きていた・・。 オリビア・・オリビアがあっ…」


マスターは、心と身体の奥底より搾り出す様に咽び叫ぶ。


「お父さん…」


雨の中、こんなに弱った姿を父親が自分に見せるのは、おそらく初めてだったのだろうと思うオリビア。 自分の身勝手さが身に滲みて解り、父親に抱き寄った。


マスターは、涙でクシャクシャになった顔で娘を見て。


「お前はぁっ、私の宝だ。 死んでたら・・死んでたら死のうかと、死のうかと・・思っていた・・・。 お゛おぉ、生きて・・お前の母さんに・・・約束したのに・・・、守れなかったらどうしようかと。 おぉ・・良かった。 生きてて・・・良かった…」


「ごめんなさい・・ごめんなさい、お父さんっ」


オリビアが、感ずるまま父親に抱きついたのは。 オリビアがまだ幼くして、母を亡くした時に見た。 たった一夜だけの弱弱しい父親の姿が、記憶の奥底より呼び覚まされて。 今再び、此処で重なったからだ。 父は、変わらない父のままだった。


また、その光景を見ていたサーウェルスが、自分の不甲斐無さに横を向いて。


「俺は・・なんと……」


今日の今まで、互いの親などに祝福されなくても・・と、オリビアと二人で語り合った自分は。 結局は、他人の心内を知らなかったのだと、切に思い知らされる。


ポリアは、マスターとオリビアの前に屈んだ。


「マスター。 とにかく、中に入って話しましょう。 実はね、オリビアのお腹には、赤ちゃんが居るの」


“赤ちゃん”と聞いたマスターは、大口を開けて驚いた。


「な゛ぁ・・何だって…」


父親から見られるオリビアは、頷いて。


「ごめんなさい、報告が遅れました。 サーウェルスとの子供よ」


感情が言葉に成らないままに、口をパクパクさせるマスターだが。


其処に近寄ったサーウェルスが謝り。


「事実です。 済まない」


その言葉を受けたマスターは、娘を見ていたが…。 どんどん穏やかな瞳になって。


「そうか・・そうか・・・。 じゃ、雨は身体に悪いな・・。 中に、入ろう…」


と、よろめきながら立ち上がる。


オリビアも、サーウェルスも、マスターが怒鳴るかと思ったが。 予想外で、すんなりと受け入れた。


館の中には、数組の冒険者達が居るだけだった。 長雨と仕事の少なさで、他の冒険者達はどうしたのか…。


然し、今。 ゾロゾロと入って来たポリアやマスター達に気付いて、その冒険者達が見返してくる。 中にはサーウェルス達も居るから、興味がそそられるのも無理は無い。


周りに見られながら、一行は二階に上がって。 カウンターを挟む形で対峙すると、マスターに仕事の報告をした。


先ず、Kの離脱を聞いて、マスターは感慨深く。


「そうか・・。 もしかしたら、初めからこうする予定だったのかもな・・・。 掟には、仕事の達成時に居ない者の名は、成果に加えられないのを知ってだろう。 不思議な奴だ」


そして、仕事の成功と及び、Kが都度都度に渡って採取した。 薬草やモンスターの使える部位とか、山で発見した鉱石や宝石の原石を諸々と提出。


その物品を見たマスターは、少し前まで泣いた目をギョロギョロさせ。


「な゛っ、何だこの逸品揃いはっ」


対峙するポリアは、Kからの言伝をそのまま伝える。


「今回の緊急依頼で、マスターが斡旋所の全財産を出すって、Kに頼み込んだんでしょ? Kは、そんな事をすれば、マスターが斡旋所を私物化したと思われるって…」


「アイツ、其処まで読んでたのか」


「だから、相応とまでは行かないけど。 オークションとかで売れる物品との交換となれば、どうとでも誤魔化しが利くだろうって…」


ポリアとマスターの話に、フェレックが入り。


「まぁ、宝石の原石以外は、微妙そうだがな~」


と、云うのだが…。


マスターの眼は、既に斡旋所の主たる者の眼に変わりつつ在る。


「お前だけは、斡旋所で働けんぞ」


と、返して来る。


ポリアは、物品を見てから。


「あの場所ならではの物だから、そこそこはお金に成るのね?」


マスターは、長剣ほどの長さが在る角を持ち上げて見ると。


「コイツは、闇の一角獣の角だ。 この角から掘り出される彫刻品やら装飾品は、一級品として高値が付く」


その他、モンスターの部位を見て。


「薬草は、貴重薬の原料や高級食材。 モンスターの部位は、加工品の高級原料。 宝石の原石も、透明度が高く。 カットの仕方で、高値になるぞ~」


と、喜び始める。


ゲイラーは、ワナワナしているフェレックへ。


「お前、目利きまで負けたな」


「ウルセェっ」


と、遣り取りするが。


「ポリアっ、早く俺達の事も言えっ」


苛立って催促する。


何事かと、マスターがポリアを見れば。


フェレックとゲイラーの、それぞれチーム解散を申し出した。


「あ? お前達・・辞めるのかよ」


ポカーンとしたマスターの顔が、憔悴したタコの様である。


ポリアは、マスターに続けて。


「マスター、それでね。 ゲイラーとダグラスとヘルダーが、私のチームに入りたいって言うの。 だから、チームに追加申請もするわ」


「あ?」


と、マスターは、ポリアとゲイラー達を見てから。


「何だってえぇっ?!!」


今度は、マスターも顎が外れるくらいに驚いて声を上げた。


ポリアは、何とも言え無い渋い顔をしながら。


「ゲイラー達がね、急に言い出したの。 ま、ゴタゴタしちゃうから、今でなくていいわ。 明日に、もう一度来るから。 面倒は、その時でも構わないわ」


と、焦っては無い事を示す。


だが、この道もそこそこ長くやって来たマスターは、とにかく話は聴いたと。


「あ、わ・解った。 全部、解った。 フェレックとゲイラーのチームの解散。 三人を、ポリアのチームへの追加。 うん・・・全部やっておこう。 んじゃ、ポリア」


「ん? 何?」


「お前が、リーダーだからな。 代行として、‘K’《アイツ》の受け取る筈だった報酬を、お前が受け取れや」


と、言い。


カウンターの右奥へ向かうと、小振りながらギッシリと何かが詰まった。 皮袋を持って来て、窓口からカウンター側に置いた。


「そら。 全部で、三十ガラッドほど入ってる」


と、報酬を出して来た。


然し、フェレックが思わず大声で。


「さっ、三十ガラッドお゛おおっ?!!!!!」


と、言った。


そして、この二階に集まった皆に、ざわめきが起こった。 〔ガラッド〕は、この世界に流通する硬貨の中でも、最高に高額と成る通貨だ。 その材料の全て金か銀と、宝石から造られた記念硬貨で。 造られた年代の古い逸品は、〔古代メダリオン〕とも言われる。 一枚の値段すら、たった一枚で数万シフォン以上。 それが三十などと言ったら、恐ろしい値段になるだろう。


ポリアも、その額の高さに驚いたが…。


(でも、あんな危険な場所に行かせられる上。 Kの遣った仕事を考えると、妥当かもしれない)


と、妙に納得もする。


「・・そう。 んじゃ、有り難く受け取っておくわ」


と、その皮袋を受け取った。


“金が手に入った”、とポリアは振り返って一同を見ると。


「今日は、部屋も、酒代も、私が全て奢るわ。 みんな、一番高い宿で行こうね」


と、笑って言う。


この合同チームにも、遂に別れが来たと、一同は感じる。


すっかり元気に成ったボンドスは、ニッカリ笑って。


「いいねぇ。 最後ぐらいは、ドンチャン行こうぜ」


ダグラスも、親指立てて。


「大賛成だ」


神官で在るセレイドも、


「神とリーダーの懐に、感謝します」


と、乗り気に祈る。


仲間の声を貰うポリアは、マクムスやサーウェルスのチームの面々を見て。


「マムクス様も、サーウェルス達も、最後だから一緒して。 最初で最後。 合同チームとしての仕事の成功と、全員の生還を祝って」


生死を共にしたマクムスは、穏やかに微笑んで。


「お受けいたしますよ。 冒険者の身、最後の一日を楽しませて貰います」


と、了承。


サーウェルスも、すんなり頷いた。


「恩人の誘いだ。 受けない訳には行くまい」


この流れを感じるオリビアは、マスターで在る父親を見て。


「お父さん。 お父さんも、来て」


と。


これには、全員がマスターを見た。


皆から見られてマスターは、


「………」


無言ながら一同を見た後に。 ギリっと、顰めっ面へ表情を変えると。


「あぁ・・・、斡旋所の主として、父親として、説教してやるわいっ!」


と、サーウェルス達を睨んだ。


その顔は、普段のふてぶてしいマスターの顔だ。


すると。


「如何にも。 主人、私も参加いたします」


と、同意したマクムス。


その視線は、息子の顔を横目に見て居る。


息子のデルは、バツが悪そうな顔をするのだが…。


その輪の中に、フェレックまで本気の顔をして加わると。


「そりゃ~いい。 是非、俺も加わりたいね。 こうなった経緯の説明を含めて、たらふく嫌味を吐いてやるっ」


と、腕を捲り上げる。


実は、ポリアに切られた腕の傷が、まだ生々しい彼だ。 嫌味をぶつける相手は、助けた相手だろうと云う事らしい。


ゲイラーは、合同チームの仲間を見て。


「合同チーム別れの最後だっ。 死ぬ気で飲み尽くせよっ」


「おおっ!!!!」


皆が大声を上げた。


その仲間を見たポリアは、笑ってマルヴェリータに。


「予約の口添え、お願いね~」


マルヴェリータも、実に嬉しそうな笑みを浮かべ。


「いいわよ~。 有り得ないぐらいに、騒いでやるわ」


と、腕組みして言った。


そして、いきなり破顔させて笑うと。


「そうだ。 ジョイス様も・・呼んでみようかしら」


と、口にする。


ポリアも、馬車まで出してくれたし。 Kの事で尋ねたい事も在るから、と。


「よし、じゃ~〔記憶の石〕を渡す時に、誘ってみよっ」


と、云う事に成った。


昼間と成った頃。 宿屋街へと向かった一同は、超豪華宿をマルヴェリータの口添えで抑える。 それから皆を降ろしたポリア達四人は、馬車を返す名目でジョイスに会いに行く事に。


ポリアは、マルヴェリータ達の仲間四人に残こる身銭を使って、一行のボロボロと成った衣服を改めさせた。 礼服などは必要無いが、せめて破れた物では無い様にしたかった。


ま、何せ此方には、マクムスと云う超有名人が居る。 後の事は、マクムスに任せ。 ポリア達は、ジョイスへと面会に向かった。


折しも、ジョイスは屋敷に居た。 あのK曰く、“ゴミ屋敷”にて。 ボサボサ頭で現れたジョイスは、寝ていた所だったらしい。


「や~、御揃いで・・・あれ?」


皆を見て、Kが居ない事に気付いた。


屋敷の中へ入る事を辞退したポリアは、庇の在る庭のテラスにて。


「実は…」


と、Kが一人で、ガロンを追った事を伝える。


その事実を聞くと、ジョイスの顔がチョット覚めたモノに変わり。


「あ~ぁ、馬鹿な奴だなぁ~。 この世界で、最悪最強の刺客を敵に回したんだぁな~。 これは、捜索の必要も無いかなぁ」


と、独り言を呟いた。


その上で、飲み会の誘いを打診すると…。


「うはっ、行きますっ! 冒険の話が聴きたいですよぉ」


と、来る気が満々と成る。


“Kが、刺客と成った”


この事実でジョイスは、ガロンの事を考える気を捨てたらしい。


だが、外で待って居る間。 二度ほど、‘ゴミ屋敷’で強い振動が在った様だった。


少しの間を於いて支度をして来たジョイスの顔に、痣らしきモノが見えた事には、ポリアは絶対に触れなかった。


妙に元気なジョイスを連れて、昼下がりの宿に向かったポリア達だが…。


さて、立派な城風の本館を持つ宿では、流石に二十五人を超える冒険者を泊めるのは躊躇われる。 其処で、別館と成る‘離れ’に案内された一行。 三階建ての美しい庭を有する屋敷で、マルヴェリータの家柄に配慮された形だ。


そんな訳で。


「うほほ~い、これはスッゲ~ぜ」


ボンドスと相部屋のダグラスは、真っ白なカーテンに、真っ白なベットとシーツ、純白の部屋の内装に興奮していた。


一緒のボンドスは、こんなに綺麗な部屋は初めてだった。


「なんと言うか・・。 まるで新築の家みてぇだな~」


と、感歎する。


だが、武器を置いたボンドスは、庭を眺めるダグラスに。


「然し、お前はゲイラーやあの無口と一緒に行くとは、な」


と、言われる。


ボンドスを見返すダグラスは、希望に満ちた顔をする。


「解らないが、スゲぇ~~ワクワクするんだよ。 何だか、すっごく」


そんなダグラスを見るボンドスは、とても楽しく成った。 仲間が、今までに無い程に何かを求め、冒険者と云う生き方を走る様子が嬉しい。


だが、不思議なのは…。


(ん・・だが、この不安の匂いは、一体なんだ? ダグラスは、ポリアを好いているし。 ゲイラーと一緒に、それこそ何処までも行けるだろうに…)


ボンドスが嫌うのは、己の見て来た経験が鳴らす、不協和音の様な不安の鐘で在る。 このボンドスは、四十歳まで生きて来た今だが。 その人生は、子供の頃から苦労ばかりを重ねる。 流民、日雇い、下働きをしていた少年期の頃の楽しみは、冒険者を見る、知る、聴く、そんな事だった。


そして、身体も出来上がって武器を手に冒険者と成ったのは、二十歳前後の頃。 然し、子供の頃から彼方此方の流れた先の街にて、興味を持って斡旋所に居ては。 冒険者の様々な姿を見て来たボンドスは、次第に‘勘’とも言えるものを感じる様に成る。


この勘に似たものは、中々に当たる。 ゲイラーと組んだ時ですら、


(長く組んでも、別れは在るな)


と、察したほどだ。


だが、それを口にして、‘やる気’を削ぐ様な事をしないのは、ダグラスが仲間だからだろう。


さて、この部屋の隣。 別室では、フェレックがヘルダーと相部屋で。



「フン、まあまあの部屋だな。 手入れが行き届いてる」


と、フェレックが言えば。


無言のヘルダーは、頷きながら部屋の中を見回してる。


荷物を置いたフェレックは、水挿しからコップに水を注いで持つと。 部屋を見回すヘルダーの姿を見て。


「ヘルダー。 ポリア達と一緒に、頑張れよ」


と、言葉を投げる。


思いがけない言葉に振り向いたヘルダーは、フェレックの素直な顔をまともに見た気がする。


「世界に名前が響いたら、家に招いて豪華なフルコースを食べさせてやるぜ」


と、笑うフェレック。


その顔は、一緒のチームと成っていた頃では見た事の無い。 大人びた顔をしていた。


「………」


無言ながらヘルダーは、頷いて拳を握った。


ニヤリとして頷いたフェレックは、水を呷って空にする。 今や、ローブを脱ぎ捨て、既に貴族風のコートや襟の在るシャツを上に着て。 灰色の皮ズボンを穿く彼は、冒険者を捨てた様だ。


ヘルダーとフェレックの行く道が、此処で分かつ事に成る。


一方で、二階の角部屋と成る一室にて。 レックと同室になったキーラは、素晴らしい部屋に目を丸くし。


「レックさん、綺麗な部屋ですねぇぇ。 初めて見ますよ、こんな部屋」


と、心なしか興奮気味だ。


然し、その話には、レックも同意見だ。


「ホントだなぁ。 こんな部屋は、二度と泊まれないかもな」


キーラは、穏やかな声のレックに向かうと。


「明日からは、宜しくお願いしますね」


「おぉ、こちらこそだ。 ボンドスやデーベも来るからな。 船の上で、チームの名前でも考えようか」


「はい」


こう言うレックは、キーラの成長に内心で喜びを感じていた。 あの弱弱しい感じだったキーラは、今は落ち着きが出始めている。 今回の仕事が、彼を含めて皆に与えた影響は、計り知れないモノが在るのだろう。


新しいコート風の、赤と黒のストライプとなるローブを纏うキーラは、部屋を見回して内装品を見る。


レックは、水を飲んでから、ゆったりと応接セットのソファーに座る。


(上質な皮を使っているな。 一泊が480シフォンと云うのも、やはりな…)


触れて感じれる事を、知る事に変える。 新たなチームを創る時は、経験と同じぐらいに、新たな気持ちの切り替えが必要だ。 頭ごなしに経験・年齢の序列を押し付けは、全く無意味。 とにかく、チームとして纏まる事が必要と成るからだ。


この二人を含めて、一体どんなチームを創るのだろうか…。


さて、この二人から、三つ隣の別室では。


廊下に立つ斡旋所のマスターが、開いたドアから部屋に顔を突っ込み。


「いいかぁっ! お前たちの結婚をっ、認めた訳じゃないぞぉっ!! 部屋割りがっ、こうなったのが悪いんだからなっ!!!」


“バタン!!!!”


怒鳴り散らしたマスターが、勢い強く閉じたドアの部屋は。 サーウェルスとオリビアに宛がわれた部屋だ。


厳ついマスターの顔が消えると。


「フゥ・・・。 当分、怒られっ放しだな」


こう言ったサーウェルスは、苦笑い顔だ。 子供が出来たとしても、環境が激変する訳では無いらしい。


だが、オリビアは俯いて。


「サーウェルス・・ごめんなさい。 でも、お父さんは、素直じゃないだけよ」


と、言うと。


サーウェルスは、全く嫌な顔をせず。


「あぁ、解ってるさ。 それに、今回は俺に全責任がある・・・。 いくら怒られても、仕方無いさ」


見詰め合う二人の時間は、静かに過ぎる。


その日の夕暮れ時。


‘離れ’の中に在るパーティーホールにて、一同が集まった。 豪華絢爛・美麗優美な、円形のダンスホールを模したなフロアは、流離う冒険者達にはどう見ても場違いの場所だ。


然し、今日だけは別か。


輝く大きなシャンデリアと、壁掛けランプの明かりが昼間の様に部屋を明るくする中で。 豪勢な料理が円卓の上に並び溢れ、酒もたっぷり用意されていた。


剣も、鎧も外した姿のポリアは、幾分令嬢っぽい格好となって。 大きい絵の掛けられた壁、上手かみてを背にして立ち全員を見た。


全員も、ポリアを見る。


「仕事は、今日で終わり。 明日からは、みんなそれぞれの道に別れるわ。 だから、仕事の成功と、全員無事に帰還した事。 そして、サーウェルス達が生きて返った事、全部含めて祝福しよう。 みんな、お疲れさま~。 カンパ~イ!」


と、片手に持ったグラスを持ち上げる。


「カンパーーーイ!!!」


一斉にグラスが鳴り合い、皆が飲めや喋れのパーティーになった。


真っ先にマスターは、早速オリビアと居るサーウェルスへ、ズイっとにじり寄って。


「いいかぁっ!!! オリビアとその子供にぃぃっ、後ろ指なんぞ差される様な生き方やっ! 悲しませる様な生き方をしやがったらぁぁぁっ、只でおかねえぞおおっ!!!! 解ったかあっ!!! 大体なあぁっ…」


と、説教が始まり。


別のテーブルの一角では、ゲイラーが、システィアナの横にて。


「システィ、何か取ろうか? ハム? お野菜?」


と、借りて来たネコ状態に至り。


ダグラスは、強気の女性剣士アリューファを誘うと。 イクシオやコールドと一緒に語らい。 合同チームの別れを惜しんで、この数日を振り返る。


また、窓側では、ワインを持つマルヴェリータとジョイスがペアで佇み。 飲みながら、今回の仕事の内容を話す。


「実は、ジョイス様。 オウガと戦うに当たり、なんとか〔幻視の呪術〕を遣ってみたの」


「ほおぉ、頑張りましたねぇ」


「でも、何度も・・は無理ですわ。 一回唱えただけで、もう立っても居られなくて…」


「ふむ。 魅惑や幻惑の秘術は、適性と基本が全てなんです。 精神の集中力と共に、イメージを繊細に細部まで構想する事が大事です・・云々」


二人は、魔想魔術の難しい話に至る。


一方、マルヴェリータと話す機会を奪われたフェレックは、デーベとレックとキーラを交えて。 これからの冒険者としての希望や旅の話を交す。


そして、合同チームのリーダーとしての役目を終えたポリアは、すっかり復調したイルガやヘルダーと、素晴らしい料理をあれこれと選んで食べる事に。


口の利けないヘルダーは、ポリアに頭を下げる。 そして、身振り手振りで、ポリアに言いたい意味を伝えようとしていた。


「うん、これからは宜しくね。 私も、足手纏いにならない様に、一生懸命に頑張るわ」


イルガも、ヘルダーの格闘術には一目も二目も置いた。


「うむ、ワシも、まだまだ見習いますわい。 これからは、お互い頑張ろう」


と。


一緒に戦った間だからか、打ち解けやすい。


一方、マクムスとハクレイは、セレイドやサーウェルスのチームの面々と飲みながら、様々な雑談をしている。 その話題は、訪れた山や森の事だ。


もう、誰もKの事は、深く口にしなく為って行く。 これは、冒険者の掟と云うか、風習だ。


“仕事に最後まで居なかった者の評価は、しない”


まさに、斡旋所のマスターが言ったソレである。


まだ、窓の外には、小雨ながらに降る雨が見えている。 外は、春の嵐を名残り惜しむかの様に、風が妙に強かった。


明日には、別れる皆だ。 今宵は一緒に居る最後だと、全力で楽しんでいた…。


そして、それから二日後の昼だ。 ジョイスを通じて、逃げたガロンがなんと、国境都市モーンブルクにて。 首を斬られた死体で発見されたと、聞かされたポリア達だった…。





      - epilogue -


{極悪すら消し潰す、闇黒の死神が現れる}



それは、ポリア達がパーティーをして、深夜まで楽しんでいた頃。


ホーチト王国の西側に在る国境都市、モーンブルクにて。 今の頃合いは、雨が断続的に降り。 海が近い此処では、霧を伴う生暖かい風が海から吹いている。 ホーチト王国の海岸国境都市モーンブルクは、国境都市としては歴史の在る街だ。


さて、街への入り口となる正門の一つ、東側にて。 門の内部に造られた、見張りの衛兵が詰める東屋の様な箱型の見張り場が在る。 真夜中の今、その見張り場の近くにて、街の外となる木の陰には………。


「ハァハァハァ…」


荒い息をした男が隠れている。


殺気立つ鋭い眼光を放って男・・いや。 逃亡者と成ったガロンが窺うのは、街の出入り口となる門の、その右側の壁の中に嵌る形で造られた見張り場だ。 夜も遅くなった頃となれば、見張りに立つ衛兵として仕事に就く兵士が居て当たり前。 モーンブルクへ入りたいガロンとしては、門を守って警備する兵士の動向を窺って居る訳だ。 今、二人居る兵士は、安物の短槍に皮の胸当てを基本装備としている。


「………」


ギラギラした彼の瞳は、まるで野獣の様で。 顔の周りは黒い液体で汚れ。 乱れた髪も、衣服も、濡れた上に泥などでかなり汚れている。


実は、オガートの町を脱走してから、追っ手とな成る兵士から逃れる為に。 どぶの中や森など道無き道の中を通り。 殺した動物の生肉を齧って、此処まで何とか生き伸びて来た。


(捕まるかっ、捕まって堪るかぁっ!。 逃げて・・逃げて・逃げて逃げ延びてっ!! いつかアイツ等を殺してやるッ!!!!!!!!)


復讐心をたぎらせるガロンの脳裏に在るのは、ポリア達の顔。


(あの包帯男にだけは、どう考えても勝てそうにないがっ。 あの女共さえ人質に取ればっ、勝機も有るっ!!!)


と、本気で思っている。


このガロンが、サイクロプスすら瞬殺するKの事を知れば、絶対に近付かないと心に決めただろうが…。 とにかく今は、逃げてほとぼりが冷めるのを待つ方が、先決と思っていた。


然し、もう指名手配された身だ。 逃げる為には、国外へと逃げる必要が在る。 その為には、どうしてもこの街へ入り、悪い知り合いの手を借りる必要が在ると考えていた。


だが、此処まで逃げて来たままに山の中でも横断して。 ホーチト王国の国外へと脱出する事の方が、ずっと安全そうだし。 逃げ切れるのは確実と、思われそうな筈だが…。


実際は、そんな甘い事では無い。 それをガロンも知るから、此処に居る。


ホーチト王国の西側に広がる大自然の先は、何処を行こうがモンスターや毒虫や猛獣等の危険が付き纏う。 騎士が主導で各地の山狩りが行われても、逃げ回るガロンが見つからなかったのは、かなり危険な地帯をなぞる様に来たからだが。 流石の彼でも、これ以上は無理と森を出て来た。


また、ガロンの逃走について。 兵士や警備の役人は、人の通行が多い東側を重点に追っ手を差し向けた。 死ぬ危険が高い、その全く逆を突いたガロンだから、まだ手薄の西側を来れた次第で在る。


(よし、見回りの巡回兵との確認作業は、当分無いな。 街に戻った巡回兵も、随分と離れただろう…)


辺りを窺っていたガロンは、遂に行動を越そうと思い立つ。 そして、拳ぐらいの石くれを掴んで、街を囲う外壁に沿う様にして設けられた水路へ、門へと架かる橋から外側と成る辺りに投げ込んだ。


“ドブン”と、音が立って。


「ん? 何の音だ?」


「おい、見に行くぞ」


「いや、一人で…」


「大丈夫だ。 この風雨で、夜中に来る旅人や冒険者も居ない。 そら、早く行くぞ」


二人の兵士は、門の外に出て来た。


そして、ガロンの見ている中で、整備された水路の方へと降りる階段へ。


(よしっ、今の内に殺し・・・イヤ、今の内に街へ、だな)


兵士二人を殺して、川に突き落とそうと思ったが。 必ず確認作業に来る定期巡回の見張りが来ては、後々が面倒と思い。 コッソリと門を潜った。


門を潜ったガロンは、左右対象の街路樹の並木を持つ、煉瓦舗装された道の右側を歩く。 道の右側には、もう店仕舞いをした店が並ぶ。


(人の居る繁華街に出るまでは、少しでも影や闇に紛れて…)


このモーンブルクは国境都市で、整備の進んだモダン都市。 街中の中心地から外へ向かう通りは、どれも煉瓦で舗装された道で。 道の両脇は、石やレンガで造られた建物が区画正しく並ぶ。 道並みには、等間隔で植樹がされており、道幅も広く洗練された都市だ。


やや小雨の中、海上から齎される霧の掛かった街中は、ガロンには好都合の闇を用意する。 人気の無い通りを行き、静かに中心地へと向かった。


さて、此処まで来たガロンは、どうしようと云うのだろうか。 こんな街に来ても、この都市を抜けた先は国境の外とは云え、緩衝地帯と成るだけだ。


ホーチト王国から西側に向かえば、システィアナやマクムスが信仰する宗教の総本山。 〔神聖自治国クルスラーゲ〕が存在する。 然し、ホーチト王国から神聖自治国クルスラーゲまでの道は、必ずと言って良いほどに‘海路’。 詰まりは、船での渡航だ。 金が無いならば、作ってでも海路だ。


その理由は、このモーンブルクを超えた先に広がる緩衝地帯に在る。 ホーチト王国と神聖自治国クルスラーゲの狭間には、東西南北の数千里に及ぶ広大な乾燥地が広がるのだ。 ‘溝帯’と云う大地の裂け目と成った場所だが。 巨大山脈で、海と成る南以外をぐるっと囲まれたこの緩衝地帯は、モンスターの一大生息地で在り。 歩いて渡るには、危険が多過ぎると言われ。 まだ、陸路が確立された試しが無い。


ま、この地の事は、折々に語るとして…。


警戒しながら人気の無い通りを行くガロンは、逃げ切りを図る算段を立てていた。


(今夜は、怪しまれるから、国境側にはもう出れないだろう。 とにかく、何処か安い宿にでも入り、夜をやり過ごして。 大勢の人が出入りする時間に合わせて、知り合いに会おう。 乗船の手配さえ押さえれば、この街から船に潜り込んで逃げれる)


と、こう思っていた。


そして、街の中心へ、宿が在る商業区域に向かう。 その過程で、宵闇に紛れながらコソコソと公園に入るガロン。


(衣服が汚れて居るのは、仕方の無いにしても。 やはり臭うから、顔ぐらいは洗うか…)


口の周りの無精髭を汚すのは、鹿だの鼠だの、捕まえた動物の血。 流石に臭って、蚊や蠅が付き纏っていた。


ガロンが背負う痩せた皮袋の荷物は、逃走時に持って出た物では無い。 逃げ回る途中で、付き人の居る旅人を襲ったのだ。 絵描きか、画材道具を持って居たが、そんな物は捨てた。 一振りで背中を斬ったから、死んだ筈だ。 無論、付き人も同じ様なもので在る。


旅の携帯品として使われる粉の石鹸を使い、顔や頭を洗うガロンは、五日ぶりにこんな事をする。 噴水の水で洗い流せば、少しは気分も晴れた。


そして、其処から繁華街に入る。 巡回兵や警備役人の巡回を恐れなければ、住宅街に向かって押し込みの強盗を働き。 衣服の替えやら金を奪う処だが。 手配書きが回って居る場合は、早々と宿に隠れる必要が在る。


何故ならば…。


〔手配書き〕が回ると、先ずは斡旋所、飲み屋、宿屋に回るだけだが。 住宅街は巡回が強化されるので、今はおいそれと近付けない、と感じたガロン。


その公園から路地裏と成る脇道へと入り。 街灯の他、店の明かりが疎らに見える、街の中心地まで来ると。 朝まで比較的に賑やかな、歓楽街に向かった。


だが、裏路地は、店の真裏に成ると物置に近い。 空き箱や空瓶を蹴り損なうガロンは、イライラして大通りへ。 だが其処は、ランプの街灯が等間隔で並ぶメインの通り。 眠らない街の一角で、飲み明かせる店が幾つも並び、ドアを開いている。


俯き加減のガロンは、直ぐに数人の酔っ払いと擦れ違った。 冒険者らしく、男女が酒気を吐いて楽しそうで在る。


また、声を聞いてチラ見するガロンの目には、店の前にて客引きをする女性の姿も在る。 雨が小雨と為って、今の内に・・と、出て来たのだろう。 肩や背がガラ空きで、胸元も丸見えの客引き嬢が、黄色い声や甘い声で客を誘っている。


だが、ガロンが探すのは、女の客引きの居ないひっそりとした店だ。 地方の飲食店の一部には、安宿を併設して飲み客を泊める所が在る。 ガロンは、そうゆう店を探していた。 そう言った店は、裏に回ると如何わしい店でも在り。 実は、こっそりと女と泊まれる店なのだが…。


処が。 そんな店を物色していたガロンに、突然だ。


「おい」


と、耳に聞き覚えの在る声が響いた。


(あ゛?!!!!)


ギョッとして、歩みを止めたガロン。 その声の主を忘れる訳も無い。 まばらに客が往来する通りで、慌て驚く様に振り返った。


「な・・?」


街灯や店から漏れる明かりが、霧で霞んで行く通りを照らすが。 見える視界に、あの包帯男は居ない。


そんな緊張感を持つガロンに、


「ねぇ、オジサンっ」


と、女性の声が近付いて来て、いきなり腕を掴まれたガロン。


その感触へ驚くままにバッと激しく右に振りかぶった視界には、返ってビックリした若い‘客引き嬢’が立っていた。


「どうしたのさ・・。 ネェ、ちょっとでもイイから、この店で飲んで行かないかい?」


彫りの深い顔をした艶っぽい客引き嬢は、長い髪をしっとりとさせながら、美人局的な流し目を寄越して来る。


だが、包帯男・・Kの声を聴いた時点で、極度の緊張感から冷汗が全身へと溢れ。 洗った上に雨に濡れた前髪に、汗が混じり許容度を超えたのだろう。 顔に張り付いた髪からは、雫が垂れて顎へと流れて行く。 前髪から流れるその一部が、目の辺りにまで来たから、ガロンは手でそれを拭った。


然し、額に当てた手を横に動かし、一瞬だけ塞がった視界がまた開けた時。


(あ゛っ!!!)


心臓の鼓動が脈打ったと同調して、驚くままにギョッと見開いた瞳に映ったのは、此処に居る筈の無い男の姿。 脈打った心臓が再び動くまでの一瞬が、まるで永久に凍り付いてしまったと感じたガロンは、


「………」


放つ言葉すら失い、口を開けっ放しにした。 ま、それもそうだろう。 自分の眼の前に居る客引き嬢の後ろ。 飲み屋の入り口付近に、何とあの包帯を顔に撒い男のKが、ユラ~リ、ユラ~リ・・と、揺さぶられる様に立っていたのだから…。


(俺・はっ、幻覚を見ているのかっ?!)


と、混乱を極めるガロンへ。


「ねぇ、飲んで行かないの?」


と、客引き嬢が甘えた時。


包帯男を見るガロンの視界が、客引き嬢で塞がり。 慌てるガロンは、爆発的に怒って。


「ウルサイっ!!!!」


と、感情任せで客引き嬢を撥ね退ける。


「キャアっ!!!」


突き飛ばされて濡れた路上に倒れた女に、ガロンは眼もくれず。 全神経を総動員する様に前を確かめたが・・・、包帯男は其処に居なかった。


(クソ!!!!! どうなってるんだっ!!!!)


混乱しながらも、逃げる事を思い出すガロンは、踵を返すと慌てて大通りを先に進み出す。


「このバカヤロおおおっ!!!!!」


突き飛ばされて倒れた客引き嬢が、ガロンの背に罵る声を吐く。


その声を聴いた通りを行く人々が、ガロンと起き上がる女性を見交すが…。


然し、冷静さを失った焦るガロンには、他人の目や女性の声など、それすら耳や気に入らない。


さて、それからのガロンは、自分が逃亡者とは思えないほどに挙動不審と成る。 酔っ払いや通りを行く男女が、異様な面持ちのガロンを見て行過ぎる。


(何だ、あの男)


(気持ち悪い顔だわ)


(ムカつく目付きだな)


(気にしないで、向こうに行きましょ)


(どっかで呑み直すか)


(そうね)


数日の逃亡生活で、鎧を含め衣服はかなり汚れている。 極限に近い毎日だったから、汗や汚れなどから臭っても居た。 そして、そんな中を数日も切り抜けて来たから、顔だって憔悴して居るだろうし。 その原動力はポリア達を憎しむ事だから、顔つきが怖かったかもしれない。


然し、だ。


霧が風に運ばれる真夜中の街。 見た目や臭いで、道行く人々全員がガロンを見るなど、有り得ようか。


ガロンは、自分で自分が解らないらしい。 キョロキョロと辺りを見回して、独り言すら発して居る自分の姿を…。


然し・・、実際はどうなのだろうか。 ガロンの見るこのモーンブルクの街中と、通りを行く他の通行人の見えているものに、何の違いも無いならば。 それは、明らかにガロンが可笑しいのだ。


だが、もし其処に違いが有るとするならば…。


そう、一般の疎らな通行人は、ガロンしか見て無い。


然し、ガロンは違う。 客引き嬢の近くでは、包帯を顔に巻いた黒尽くめの男、Kを見た。


そう、見た筈なのだ。


そして、また…。


宿屋街の方に逃げ様とすれば、通りを行く人の中に包帯を巻いた男が居て。 肩を掠める様な形で擦れ違う。


「あっ」


驚いたガロンは、パッと立ち止まって振り返るが・・然し。


(い゛っ、いっ・今・・居ただろう?!!!)


見た、確かに見たのだ。 だが、目で再確認をしようとすると、既に居ないのだ。


Kと思しき者の姿を見失ったガロンは、辺りを窺いながらも、何がなんだか解らなくなって。 次第に恐怖心を煽られて、逃げようと早足で道を抜けようとするも…。


いきなり、肩を叩かれて、


「よお」


と、Kらしき者から言われたり。


振り返った真後ろから、耳元に。


「俺から逃げ切れると、本気で思ってるのか?」


と、同じ声を掛けられる。


その声の主をガロンは忘れもしない。 オガートの町で会った、包帯男のKのもの。 絶対に、そうなのだ。


先へ急ごうとする度に、死角から声を掛けられ。


(何処だっ?)


と、Kを捜し。


だが、姿を確認する事が出来ないのだ。 また先を急ごうとすると、足を小突かれ。


(本当に居るのかっ?!)


と、周りを急ぎ返り見るも・・居ない。


その後も、足早に去ろうとする前に、肩を叩かれたり。


(何処に居るっ?)


と、横を見た瞬間に頭を叩かれたり。


こんな様子のガロンだから、この真夜中に人目を惹くのだ。 ガロンが一人でクルクル回ったり。 勢いよく走り出した先で急に、独りでに驚いたりするのだ。 その場にKの存在を見ない通行人だから、挙動不審というか、怪しい人物にガロン思えて仕方が無い。


「おい、さっきからアイツは、何やってンだぁ?」


「さぁ、頭が可笑しいンだろうさぁ~」


ほろ酔いの冒険者風体の男二人が、ガロンの脇を通り過ぎながらこう言っている。


だが、ガロン自身は・・、と云うと。 周りの通行人とは、明らかに違う。 幾度となくKの姿を見失っては、存在だけが匂い。 捜して見ると、何所にも居ないと云う事を繰り返して居るのだった…。 そんな事を短い間に何度も繰り返す内に、ガロンの方が本当に可笑しく成った。


「う゛わ゛ああああああああーーーーっ!!!!!!」


恐怖と不可解に因り追い詰められて、発狂する様に悲鳴を上げ走って行く。 相手も居ない中で悲鳴と云う、異様な声を出しながら歓楽街を走り抜けて、宿屋街に逃げて行くガロン。


その声や行動にびっくりした通行客は、時々居る頭のおかしい者を見る様な目で、ガロンの走る姿を見送った。


さて、街灯のランプは、歓楽街以外の場所では特定の交差点を除き。 深夜を過ぎた頃にはゆっくり消える様に、注入された油が調節してある。 ガロンが走って来た、宿屋街の外れで港へと向かう通りは、もうランプの明かりが消えていた。


そして。


「ハア、ハア、ハア…」


“持てる力の限り”、と云う全力で走って来たガロンは、暗がりの中に宿屋がズラリと並ぶ通りより一本外れた。 左側が外壁と成る通りのど真ん中で、息切れする様に立ち止まった。 今、風がやや強く吹いてくる。 通りの右側に並ぶ宿の殆どの部屋は、明かりも無く。 この暗い通りに漏れる光は、無に等しい。


(ま、ま、捲いた・・か?)


声が聞こえなく成った…、と前のめりに空気を貪るガロンは、こう思うのだが。


処が、既にその前の闇には、人らしき動く者が居て…。


「苦しいなぁ~」


と、ガロンの方に歩み寄って来た。


ガロンの耳に、またKの声が響いた。


「んあっ?!!」


声に衝撃を受けて前を向くと、自分の左側から後ろに回り込む様な歩みにて、コツ・コツ・・と靴音がしながら。


「許せネェ・・なぁ~」


と、Kの声がする。


どうしても視界に姿を捉えられない、声だけの存在にガロンは焦る。


「ぐっ!!」


奥歯を砕くぐらいの勢いで歯を噛み締め、戦う覚悟を決めて剣の柄を握り、勢いよく振り返れど。 其処には、Kの姿など見えない。


(またかぁっ!)

こんな事を繰り返せばジリジリと神経がすり減って、いよいよ限界が来た・・と、云う処で。 今度は、自分の真後ろから。 然も、凄く近い処から。


「お前に、俺が殺れるか?」


威圧感の在る、恐ろしい響きの声がした。


怯える様にギョッと目を見開いたガロンが、また声の方へと振り向いた時。 いきなり喉元に、何かが飛び込んだ。


「おぶぶぶーーぅっ!!!」


ガロンの感覚からすれば、それは恐らく‘拳’だろう。 喉を殴られ息を半分飲み込む形で噎せ返り、声に成らないままで呻いたガロン。 苦しくて呼吸が出来ずに、その場へクタクタと屈む。


(うげぇぇぇ…。 だっ・だ・・れぇ…)


蹲る目の前には、金属補強されたブーツの様な靴が見える。


「うぐぐぐ…」


震える顔に在る怯えたガロンの瞳が、必死に相手を確認しようと上向きとなれば。 其処には、横の宿屋に一室だけ灯った弱い明かりに照らされて、細めた眼をした包帯顔が見えた。


何故、Kが此処に居るのか。 ガロンには、さっぱり理解が出来ない。 だが、呼吸が困難と成ったガロンの耳には、Kの声がはっきりと流れ込んで来る。


「お前、逃げる際に役人も殺したって、な。 全く、ど~にも救い様が無いぜ。 こうなった以上は、約束通りにしてやろう。 クォシカの分も含めて、十回は死んだ気にさせてやる」


ガロンの眼が、その言葉にギョッとした瞬間。


Kは、その右足を軽々と跳ね上げた。 足の甲に掬い上げられたガロンの身体が、フワリと空中に持ち上がる。 難なくガロンを蹴り上げたKは、ガロンの喉を左手で掴んだ。


ギリギリと首を掴み絞られて、


「うげぇっ、ぶぷぅ…」


苦しくなるガロンは、必死にもがく。


一方、装備品まで含めたガロンの重い筈の身体を片手一本だけで掴むKは、ガロンの顔を涼やかに見て。


「暴れられるのは、煩いな」


と、呟く様に言ったと同時に


“ビクン!!!”


と、ガロンの身体が震えた。


「ごあががが…」


篭る声は苦しげなのに、両腕は動けないのか、ダラリと垂れ下がる。 左右の腕の骨が、関節で外されたらしい。


Kは、ガロンの喉を掴むままに。


「さぁ、ガロン。 そろそろ逝こうか。 俺が直々に、お前を地獄に案内してやろう」


と、霧の煙る宵闇へと消えて行った…。



          ★


後に、ポリアが聴いた話だが…。


ホーチト王国の国内でガロンを捜索する兵士達は、血眼だったと云う。


然し、ポリア達とのパーティーより朝帰りしたジョイスは、その足で登城し。 任命を受けた騎士や将校に面会すると、こう言った。


“もう、ガロンを無理やりに捜さなくて結構です。 彼は、既に死んで居ます。 恐らく、何処か人目の付く所で、死体が発見されるでしょう。 国内の各街や街道を巡回して下さい。 予想からして五日以内には、死体が見付かると思いますよ”


と。


だが、在る意味の罪人と云う裏切り者で在り。 国内でも尊敬を集める町史の経歴に、息子共々に泥を塗ったのだ。 普段はジョイスへ一目置いてくれた騎士や将校は、珍しく言葉で刃向かった。


然し、モーンブルクの街へとガロンが忍び込んでから、次の日の朝。


旅客が乗り降りする港の一角にて。 木造の倉庫が密集する一角で、ガロンの死体が見つかった。


その死体を見つけたのは、現役での世界最高の冒険者と云われた者達だった…。


{第二部 完}

御愛読有難う御座います。 これにて、Kとポリアの始まりの物語が終わりとなります。 次も、K編を掲載します。

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