表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
208/222

第二部:闇に消えた伝説が、今動く5

         三章


【魔界の様な山中に、Kと云う死神が舞い降りる】


〔その9.魔域に吹き荒れる一陣の嵐。 そして、今日一番の戦いへ…。〕


          ★


二十体以上は居たか、多数のモンスターを相手にした戦いの後。 怪我の治療を終えたポリア達、皆は。


「先を急ぎましょ」


こう言うポリアを軸に。 自分達以上に、多大なるモンスターを相手にしているで在ろうKを案じて、先を目指す事にする。


だが、やはりこの山や森は、恐ろしい場所で在る。 林を進む事、短い間にして。


“うお゛っ、オウガが半裂きっ”


“朝の黒い犬が、首を斬り落とされてやがる”


Kの恐ろしき手練で倒されるモンスターを見て、様々な種のモンスターが巣喰う場所と解る。


そして、目に入る木々の中でも太い木を超えたダグラスが。


「どぉわ゛ぁっ」


木の裏を見て驚いた。


「何だっ」


「どうしたっ?」


と、皆が寄れば。


其処には、システィアナと同じ背丈のキノコが、毒々しいピンク色の傘の部分をスッパリ斬られ、溶ける様に地面に潰れて死んで居るのを見た。


ダグラスの前に出たゲイラーは、白い軸の部分の下部に、足に似た突起を見つけながら。


「これも・・モンスターか?」


すると、イクシオが観察しながらも。


「話に聴いた事が或が、恐らく〔マタンゴー〕の一種だ。 凄い、生で見た」


〔マタンゴー〕は、歩行植物系のモンスターだ。 種類に因っては、傘の部分から毒やら痺れの効果を含む臭いを流し。 獲物を動けなくしてから、その身体に胞子を掛けるとか。


「秘境にしか見ない、植物系モンスターだよ」


と、興奮するイクシオ。


然し、今はゆっくりして居られない。 先を急ぐと…。


眼の良いポリアが、違和感を覚えて立ち止まる。


モンスターの気配は感じていたフェレックは、次第に辺りが薄暗く成るので。


「お゛いっ、立ち止まるナぁっ」


と、言うのだが…。


ポリアは、前方が森の様に密集しているのを見ると。


「ねぇ、何で前だけ、森みたいなの? 然も、枯れてるみたいな木が、チラホラと見えるけど…」


その話に、マクムスが反応する。


「モンスターの気配は、此処から来ているのか。 皆さん、気を付けてっ。 枯れた様な木は、実は魔樹かも知れませんよっ」


注意を促す。


「迂回をしましょう」


と、ハクレイが打診する。


皆、無駄に戦うのも、消耗が無駄に成ると了承する。


左周りで、ポリア達がその場を遠回りすると…。


「あ゛っ、森が動いてる゛っ」


木々の見える様子が、明らかに蠢いているのが解ったとポリア。


待ち伏せて居た魔樹の群れだが。 ポリア達が気付いて迂回したから、後を追うべく動き始めたらしい。 だが、魔樹の動きは、赤子の“アンヨ”の様なもの。 一々遭遇するモンスター全てを退治してられないと、迂回したポリア達。


その意向に従うダグラスだが、ザワめく後ろを見返すと。


「チェ、精力剤の元…」


と、後ろ髪を惹かれた。


年配者のレックは、何に使う気かと。


「お前さんは、まだ若いだろう? 必要無いさ」


と、言うも。


ポリアの近くだからか。


「“ギンギン”の具合がどれほどのモンか・・知りたい」


気を遣って小声で言ったダグラス。


この今時期に、そんな悠長な事を言えるのか、と感じるゲイラーだから。


「次のモンスターは、ゼ~ンブお前が相手しろ。 ギンギンより、もっと楽しいかも知れないぞ」


真剣な顔のボンドスやらセレイドは、それがイイと同調する。


皆の不満を招いたと知るダグラスは、


「ぬ゛ごぉっ。 そんなに怒らなくてもぉ…」


と、げんなり。


然し、フェレックに至っては、今なら自分が上に立てると。


「ふっ、コイツの残りの報酬は、魔樹の根っ子で払えばいい」


と、追撃する。


だが、そのやり取りに呆れ果てたマルヴェリータは、


「誰が、その根っ子を取るのよ」


と、ツッコミ返し。


「あ? い・イヤ、それは本人が…」


やり返されて、口ごもるフェレックへ、更に。


「アナタが、勝手に手伝えば」


と、こう言ったマルヴェリータ。


然し、どんどんと林を進むのに、一向にKが見えず。


「それにしても、あっちに死骸、こっちにも死骸。 やっぱり、ケイは凄すぎる」


とも、呟いた。


林の中では、見上げる様な木々を倒す硬い甲羅を持つ亀の大型モンスターすら、甲羅を真っ二つにされている。


早歩きで進む一行は、林の彼方此方に転がるモンスターの死骸を見て。 Kの底知れぬ実力を更に知る。


そして、林を行けば、またオークとスライミーの纏まりに遭う。


「しつけえぞぉっ、前等っ!!!」


怒鳴るゲイラーを始めに、武器を手にした者達がオークへと向かい。


スライミーに向かおうとしたマルヴェリータの代わりに、キーラが前に出て。


「あっ、あのっ、僕が・・スライミーをやります。 お二人は、休んで下さい」


マルヴェリータと一緒に見られたフェレックは、呆れ笑いを浮かべ。


「ほ~、そいつは有り難い」


と、蔑む笑みを浮かべる。


だが、真面目な表情のマルヴェリータは、頷き返してキーラを見ると。


「解ったわ。 でもいい、強引に唱えちゃダメよ。 しっかりと集中して、一念を持って」


こう言われたキーラは、杖を強く握り締めて。


「ハイ、遣ってみます」


と、モンスターの方に振り返る。


さて、オークとは少し別方向から、此方へと向かって来るスライミーは、続けて二体。 キーラは、モゾモゾと寄ってくるスライミーの行く手に立ち。 大きく深呼吸をして、モンスターを睨んだ。


(怖くない・怖くないっ。 こわ・・怖くない? ううん。 怖い、怖いさ・・・。 でも、もう逃げたくないんだ・・)


自分の弱さを見詰め始めたキーラは、自然と震えが緩まり集中が出来始めた。


「よしっ」


気合いを発するキーラは、ス~っと杖を持ち上げながら。


「魔想の力は、創造する想像の力・・・。 我が魔力にて具現化せよ。 敵を撃ち抜く無数の矢よっ!!」


しっかりとした詠唱で、ハッキリとした声が魔法に力を与える。 キーラの頭上に、何十もの矢が。 コールドの細剣と同じ大きさ位で、次々と現れる。


腕組みして木に寄り掛かったフェレックは、その魔法の様子を見ると。 嘲笑うように鼻で笑い。


「フン。 数は多いが、小さい矢だ」


だが、マルヴェリータは、その作られた魔法の矢を見て。


「違うわ。 コントロールされた大きさよ。 大きく作っても、小さく作っても、想像に比例するだけだから、威力は変わらないわ」


と、フェレックの意見を否定する。


目を細めたフェレックは、確かに魔力の抑制が利いて居ると、悔しさ混じりで口を噤む。


そんな、意見の違う二人の視界の中で、


「ゆけっ!!!」


キーラが鋭く命じれば、段階的に幾つかの矢は、空を走ってスライミーに襲い掛かった。 モゾモゾ動くスライミーの身体に深く刺さった矢は、鈍い光りに似た煌きで炸裂して、衝撃波を生み出す。 次々と、矢は突き刺さり。 スライミーのゼリー状の身体を弾け飛ばし。 一つ・・・また一つと、黒い核を壊してスライミーの身体を削ってゆく。


「・・・」


魔法を飛ばすキーラは、しっかり集中していて。 スライミーが倒されるまで、コントロールして矢を放ち続けた。 ポリアやゲイラー達が、オークを倒しきる前に、スライミーは魔法で倒される。 もはや原型は留めていなかった。


その様子を見たフェレックは、最後までやり切ったキーラに嫉妬する。


「チ…」


舌打ちするフェレックに、マルヴェリータが。


「無駄が多いのは、アナタの方かもね。 その内、新人に先越されるんじゃない?」


と、言われてしまった。


魔法には、初歩から最強まで、段階ランクが在る。 フェレックは、まだ其処には実力差が在るものだから。


「フン。 無駄が多いか少ないかで、全てが決まるかよ」


と、偉ぶって見せた。


だが、マルヴェリータは、全くそれを受け入れる気も無い。


「そう。 じゃ~疲れて倒れても、私は知らないわ」


こう言ったマルヴェリータは、キーラの方に向かった。


その後ろ姿を見たフェレックは、自分に心が全く向いて無いマルヴェリータの姿を見た気がする。


(チキショウっ。 何で、マルヴェリータが急に、あんなに魔法の抑制に長けたんだ? 大方、あの包帯野郎が助けたんだな…)


それぐらいは、フェレックでも理解が出来る。


魔法を唱えた後に来る虚脱感に堪えるキーラヘ近寄ったマルヴェリータ。


「大丈夫?」


「は・はい。 久しぶりに・・魔法を続けて遣ったら、酷く・つ・疲れました。 すいません、気を遣って貰って…」


木に凭れて休むキーラとマルヴェリータがやり取りをする。 その二人を見るフェレックは、それが遠い存在の様に見えた。


「あ、ポリア達も終わったみたい。 さ、先を急がないと」


マルヴェリータに声を掛けられたキーラは、集中した後に来る疲労感にて汗を掻きつつ。


「そうですね。 先に行ったリーダーは、一人で大丈夫か心配です」


そう言ったキーラに、マルヴェリータは微笑んで。


「大丈夫よ。 ケイは、尋常じゃないくらいに強いから」


「あ、そう・・ですか」


そう返すキーラが、


“まだ今一つKの事を飲み込めて無い”


そんな素振りの顔をした。


その時だった。


‐ グアアアアアアアアアーーーーーーーーッ!!!!!!!! ‐


天を揺るがし、森を震え上がらせる爆発的な声が聞こえた。


「どぅわ゛ぁっ」


「くぅっ!」


「うわああっ!」


「なっ、何だああっ?!!」


「キャっ」


「こわーーーい゛ヒィ」


空気を振動させる程の咆哮ほうこうに、皆が驚く。 とんでもない声には、強烈なるモンスターのオーラの波動が付随し。


魔術師たるフェレックは、後ろに倒れて尻餅を着き。


僧侶のシスティアナも、その場に頭を抱え込んでうずくまる。


同じくオーラを感じたハクレイは、声の方に向きながらも、後退りし。


ゲイラーとヘルダーは、皆を庇う様に前に立つが。 身体に走る本能的な恐怖感に、身動きが出来ない。


“この先は、お前たちの行ける場所じゃ無い”


見えない何かに言われて居る様な、そう感じる。


全員が恐ろしさに固まり、その咆哮の方に注目していると…。


“ズシーーーン!!!!”


と、云う振動が地面を伝って来た。


何か、巨大な物が倒れたのか。 若しくは、落ちたのか。 何にせよ、大きなモノで在ると思えた。


一同、その強い振動を感じて、更に硬直するのだが。


「ケイ・・ケイっ」


ポリアが、彼女だけが、音のした方に走り始めた。


「お゛っ、お嬢様っ!!」


「ダメだっ、ポリアっ!」


イルガとダグラスが、走り出したポリアを捕まえ様と、慌てて追って走る。


その後に、皆も導かれる様に続いた。


林の中を、ポリアを先頭に走り抜けた一同。 その間にまた、空気を揺るがす大きな唸り声は、何度も響いて来る。 そのどれもが違う質感の声。 様々なモンスターが居る事が、それだけでも判る。


(近いっ、どんどん近付いてるっ)


恐怖より、“声の場所に行けばKの真の姿が見える”、とポリアは感じる。 本能的なのか、直感的か、とにかくそう心が感じていた。


だが、どんどんと突き進むと。 その様子は、本の頁を捲り物語を読み進めるが如く変化する。 切り口に乱れの無い倒木を超えて、オークや魔樹が屍を晒して居る。 その先へ進めば、ヘルバウンドが頚を落とされ、大木に寄り掛かっていたり。 大岩みたいなモノが斬り裂かれ、黒い暗黒の身体を塵に変えながら消え失せる途中だったり。


「何だっ、このモンスターって何だっ?」


知らないモンスターを並べられている感覚のイクシオで、走りながら誰かに説明を求めてしまう。


「知るかっ。 そっ、それよりっ、何処まで走るっ!?」


フェレックが走りながら怒鳴るも。 皆は、モンスターの様々な死骸に応える余裕すらない。 誰かに惨殺されたモンスターを頼りに、一同が林の奥へと走れば…。


「わっ!!」


ビックリして立ち止まるポリア。


林のやや開けた其処には、首の無いオウガや真っ二つにされたヘルバウンドなどの死骸が、ゴロゴロと転がり。 そして、亀・獅子・山羊の頭を持って、ゲイラーが子供に思える以上の巨体を誇るモンスターの死体も在る。 見た事も無い大型モンスターの死骸が、辺り一面にゴロゴロと転がっている、そんな場所に出た。


「凄ぇ・・・、こっ、これって、全部あのリーダーが殺ったのか?」


ボンドスが独り言を云えば。


「何匹、倒してるんだ?」


コールドも、感じたままに独り言を云う。


感嘆と畏怖を感じたダグラスは、オークやエビルオクトパスなどの夥しい死骸の数に驚き。


「と・と、とんでもねぇ…。 俺達、ザコだわ」


その間近でゲイラーは、その倒されたモンスターの斬り口を見て。


「あ・嗚呼、凄い・・。 斬り口が、鮮やか過ぎるっ。 何の抵抗も無く、何の力みも無く、ただただ斬られているんだ…。 乱れも、抵抗で歪みもない、鮮やか過ぎる・・この跡は………」


ゲイラーを含め武器を扱う皆、こんなに鮮やかな傷口を初めて見る。 軽く棒っきれで触れて見れば、まるで鉋を掛けた後の木材の表面の様だ。


さて、その死骸が転がる墓場の様な光景に、ポリア達は歩みすらゆったりと。 まるで、博物館の中を見て回る様に、先へと進む。 重なる様々な唸り声が、ジワジワと周りに近くなる。 新たに、モンスターが近付いているのか。 だが、そんな事を察する事すら麻痺する感覚のまま、更に林の先へと歩いて行けば…。


「ん? あ、あっ、あ゛っ、どわわわっ!!!! なななな・なんだあっ?!!!!」


見上げる大岩のように転がっている、一つ目の巨人の頭。 その間際を歩いていたダグラスは、目玉を見てやっと気付いて、度肝を抜かれた。


「どうした?」


イクシオが応えるや、ダグラスはゲイラーよりデカい目玉を指差す。


「わ゛っ!」


「うぉ、目玉だぁっ」


皆が目玉に気付いて、逃げ腰に成ったりする。 だが、目玉は動かず、青く固そうな肌の顔は、大口を開いてそのまま。 ゲイラーが、


「死んで・る・・か」


冷や汗を掻いたセレイドも、


「らっ、らしい。 かなり強烈な暗黒のオーラを出しているが、もう生きては無い」


顔だけでも、まぁまぁな一軒屋に値する顔だけのモンスターを見て、マルヴェリータは。


「あた・ま、だけのモンスター・・なのかしら」


だが、そのモンスターの顔を見て、マクムスは驚愕といった顔に変わる。


「あ、あああっ、コレはっ!!!!! ・・ま・まっ、まさか・サイクロプスかっ?!!」


その、伝説的にのみ有名過ぎる怪物の名前に、フェレックが。


「何だとおおっ?!!! 〔サイクロプス〕って云やっ、魔界の“一つ目巨人”じゃないかぁっ!!!!」


と、吼え上げた。


古代から伝わる巨人の名前で、これ程に有名な物は他に少ない。 オウガよりも数倍大きく、凶暴で、破壊と食欲の為にしか行動しない。 魔法も、武器も、適当なものでは砂を投げる様のもの、とすら言い伝わる。 魔界で指折りの暴徒だと…。


“その毒々しい青い肌に、ドス黒く凶悪狂暴な一つ目を持ち。 前頭部には、短く太い角を生やして、肉を求めて彷徨う地獄の巨人”


伝承には、こう伝えられるのだが…。


だが、ポリアは慌てて周りを見る。 そして、何かを見つけては走った。 木々を沢山なぎ倒し倒れているサイクロプスの身体を見つけて。


「見てっ、こっちに身体があるわっ!!!」


その巨石の像の様な死体の前に集まった皆は、動かない巨人を見る。


「なっ・なな・・、こ・コレも・・ウチのリーダーが・たっ倒したの・・か?」


震える声で喋るイクシオ。


ボンドスも、冷汗を手で拭って。


「死んだのは、今みたいだ・・。 多分、そうじゃないか…」


傷から流れ出る不気味な青い血に、誰もがそう解る。


ゲイラーは、生涯見る事など叶わなそうな、最強のモンスターに入る怪物の死骸を眺めると。


(俺達が居なければ、寧ろ・・簡単な仕事だったのか? こ・こんな・・・モンスターすら…)


他の追随を許さない知識、有り得ない腕前、生きた無限大の経験を持ち。 基本魔法が遣えて、挙げ句の果てに薬の調合が匠の域。 こんな天才的な冒険者など、これまでに見た事も聞いた事も無い。 無くなった首元から、夥しい青い血がダラダラと垂れている巨人の死体。 それを見るゲイラーは、自分が足元にも近付け無いと。 絶望感と共に、冒険者としてどう生きるかを、考える気に成った。


巨人の死体を見て、皆が心を奪われていた。


その時、またもや。


‐ グオオオオオオアアアアァァァーーーーーッッッ!!!!!!!!!! ‐


極近い先から爆音の様な唸り声が響いて来て、皆驚いて膝を屈めてしまう。


片眼を瞑るほどに驚き、片耳を塞ぐポリアだが。 声の方を見ると。


「ケイも、きっとあの声の所よっ!!!」


と、また走り始める。


「おいっ、ポリアーーーっ!!!」


「チョット待てぇぇっ!!!」


「行く気かよっ!!!!」


他の皆は、ポリアの行動に驚いて躊躇ったが。 気持ちの中には、


“本当に、このモンスターの群れを倒せる者が、人間の中に居るのか?”


そんな疑問が湧いて。 自然と、ポリアの後を追って行く。 皆、見たい衝動に突き動かされ、身体が動いていた。


そして、ポリア達は見る事に為る。 Kの、本領の断片を…。


「はぁ、はぁ、居たっ!!!」


ポリアが、Kを見つけた其処は、開けた一帯だ。 林を形成する木々が、辺り一面薙ぎ倒され。 視界がずっと向こうまで開けた、林の切れ間で或る。


ポリアの後から辿り着いた一行の、ずーっと先に。 ユラユラとコートの裾をはためかせて、Kが立っていた。


そして、Kの見ている先には、別の個体。 一つ目の巨人サイクロプスが居る。


初めて、生きた個体を見るイクシオは、見上げるままに。


「高い・・高過ぎる。 これが、サイクロプスの…」


立っている背の高さは、先程に見た死体のオウガの三倍から五倍は有るだろう。 林の若い木々より背が高くて、見上げれば林の樹冠に届いてしまいそうだ。 長い牙が口からはみ出して、ギョロギョロとした一つ目の大きいこと。 然も、そのおぞましき鬼気迫る顔も、異常にギョロギョロ動く眼も、何もかもが見る者に畏怖を与える。


だが、良く見ると…。


ダグラスは、サイクロプスの足元から周りを見て。


「此処にも、モンスターの死骸ばっかりだ…」


皆、ダグラスの話に辺りを見ると…。 此処にも、倒された無数の死骸を見る。


ポリアは、ユラユラと揺れて居る様に佇むKを見て。


「怪我・・無いみたい」


そのKは、一番長い刃渡りの短剣を持っている。 ポリアの持つ長剣と比べれば、三分の二ほどしか長さの無い短剣。 遠目に見た処に、刃毀れも歪みも無い。 普通、コレだけのモンスターを斬り払っては、有り得ない事だが。


此処で、セレイドが。


「おい、動き出したぞっ!!!」


と、サイクロプスを指差した。


“ズシーーン!!! ズシーーーン!!!”


ポリア達の身体に伝わる地響きを起こして、サイクロプスがKに向かって歩き出す。 その尋常では無い巨体故に、Kを見下ろす様は、超大男のゲイラー辺りが、まだ生後間もない子猫を見下ろす様なものだろう。


だが、


「ああっ」


「消えたああっ!!」


俄に、チームの面々が指差したりしてざわつく。 サイクロプスの影がKを覆った時、走り出したKの姿は・・消えていた。


‐ オウウオオ………。 ‐


目標を見失ったのか、サイクロプスが動きを止めた時。


「ああああああっ!!!」


「足元っ」


サイクロプスの足元に、ユラ~リとKの姿が見えた。


一方、サイクロプスのギョロギョロとした大目玉が、Kを見付けて見開くと。


‐ ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!! ‐


大地を揺るがす程の雄たけびを上げて、サイクロプスがKに掴み掛かって行く。


近付いて聴くとあまりの大声に、ポリア達は動けない。 耳を塞いで屈みながら、片眼や細めた眼で見るしかない。


その皆の鈍い視界の中で、巨大な両手で押し挟む様にKを掴んだかに見えたサイクロプスだが…。


‐ ウガガ…。 ‐


屈んだ態勢で、掴み掛かった両手を開いたサイクロプスの手の中には、Kの姿など無い。 そして、何故かサイクロプスは、そのままの体勢で動かなくなった。


「?」


「どうした?」


「う・動かない・・・ぞ?」


と、次々に口にする皆だが。


凝視するポリアは・・。


「きょっ、巨人の・かかっ・肩に、あ゛ぁっ・・・ケイが・居る」


と、呟いた。


そう、太陽に照らされる巨人の肩に、逆光の中で佇むKの姿が見えた。 


皆がKを見て、息を呑んだ。 動かないK、動かないサイクロプスに、皆の時間すら止まってしまった。


だが、其処へ。 小石すらも転がせぬ、サワっと吹いた微風にて。 音も無く、サイクロプスの首が転がり落ちた。


「………」


皆の視線が、その落下するまでを追う。 落下した首は、地面にドサッっと落ちて転がった。 それから遅れて、グラリと傾いた巨体の身体が、首の前にのめるように崩れる。


一方のKは、落ちる前に飛び退いて、地面にフワリと着地した。


処が、それからだ。 突然、サイクロプスの落ちた頭の目が、ギョロギョロっと動いた。


「わ゛っ」


「う゛っ、動いたぁっ」


ポリア達が、その出来事にビックリする。


其処で、サイクロプスの身体が苦しむ様にもがいて、ゴロンと仰向けに成ると。 そのまま地面に転がって、ピキーンと突っ伏す。


急に動くので、ポリア達は一瞬は逃げる体勢に成るが…。


痙攣するサイクロプスの身体も、眼をギョッとさせた顔も、直後に動かなくなり。 顔と身体の斬られた場所から、ドバッと噴出した青色の血が、サイクロプスの死を物語る。


「死んだ・・」


「みたっ、みたい・・だ」


「たった・倒した…」


反射的なままに喋る者も居るのだが。 見ていた全員は、夢を見ている様な気分だった。



さて、ポリア達の目の前に、全く変わりはないKが歩いて来て。


「おい、何を固まってんだ」


と、言うのだが。


誰も、声など返せない。


Kは、辺りの離れた林との境を見てから。


「そら、行くぞ。 他のモンスター共が、また寄って来る前にな」


こう言うKの雰囲気は、丸で畏怖その物の様に鋭い。 林に入る所で別れたKとですら、別人に思える程である。


だが、疑問を覚えたポリアは、震える声でKに聞く。


「ね・ねぇ、ケイ。 ああ・・アレだけ斬って・・・、何で刃毀れも無い、の?」


歩き出すKは、ポリアを見ずに。


「直接、剣で斬ってないからだ」


と、短く返す。


然し、コールドは、その理由が解らずに。


「そんな事っ、有り得ないだろうがっ!!!」


と、驚きと畏怖から、叫ぶ様な形と為る。


するとKは、ピタリと立ち止まるり。 皆へ振り向かないままに。


「足手纏いの三下が、此処まで来てから無駄口か。 フン、それなら・・・教えてやる」


Kの言葉で、空気が張り詰めた。 先ほどの戦闘の緊張感など、生温く感じるくらいの緊張度だ。 誰もが生唾を飲み、黙りこくった。


その時で在る。


‐ ガォォォーーーーーーーーーーーン!!!!!!!! ‐


Kが向く北東方向では無く、西側から獣の咆哮が飛び出して来る。


一同も、Kも、その声の方を見た。


離れた林の切れ間へと飛び出して来たのは、亀、獅子、山羊の大きな顔を持ち。 トラの様な姿の巨体を有する、大型モンスターで在る。 先程も、同じ姿のモンスターが死んでいた。


そのモンスターが、此方を狙って歩いて来る。 その様子を見て、Kは。


「いいか、アレが〔キマイラ〕だ。 魔界の暗黒魔法の暴走によって生み出された、魔界の凶獣。 異常にデカイ顔は、火炎や酸の霧のブレスを吐く。 ま、ポリアやゲイラー達には、まだまだ敵わない難敵だ」


ゆったりとした口調で話しながら、その語るトーンの歩調で歩き出す。


「だが、一々斬る度に刃毀れしてたら、此処では直に殺される。 剣なんてのは、直に斬るから刃毀れする。 剣自体で斬らなきゃいいんだ。 こんな風にな」


言葉を発するKに気付いて、向こうからもキマイラが近寄って来る。


そして、Kとキマイラの距離が、約二十歩以内と成った。 立ち止まるKは、キマイラを睨むだけだが。 キマイラの獅子の顔が、カッと口を開くと。 灼熱の炎が沸き立ち、火炎の波が吐き出された。


火が吐き出されたのを見て、ゲイラーが。


「火だっ」


と、驚き。


「灼熱のブレスっ」


と、イクシオが続く。


然し、火炎のブレスがKに届きそうになった瞬間。 剣を持つKの左手が、掬いに振り上がっていた。


「あ゛っ!!!!!!!」


一斉に皆が声を上げた。 それは、斬ったKの剣の動きは見えなかったが、斬った剣の剣圧なのか。 キマイラの噴出した火炎のブレスが、Kに届く前に真っ二つと斬り裂かれて行く。 然も、斬られるブレスは、キマイラの元まで地走る衝撃波を伴って、瞬く間に斬り裂かれて行き…。


“ズバアアアっ!”


と、轟音が上がる。


大木を上から唐竹割りにするが如く、真っ二つに斬り裂いた様な音がして。 火を吐いたキマイラは、獅子の顔から二つに斬られた。 キマイラは左右に分かれて、ドサッと微かな振動すら伴い、地面に倒れた。


鮮やかで、恐ろしい手練だ。 ゲイラーも、ダグラスも、ポリアも、他の誰も、言葉が出ない。


キマイラの残骸を見ていたKだが、皆の方を見ると。


「剣圧で斬れば、剣は傷など付かない。 解ったか?」


睨まれたコールドは、怯えや恐れ多いながらに必死で頷いた。


「なら、祠に行くぞ」


と、言うKの声がする。


さっきの林の中に消える前より、低くて心に刺さるような響きに変わっている。 これが、彼の本領なんだと誰もが思った。


歩き出した一行は、Kの恐ろしい手練と、これまでに出遭った事の無いモンスターの存在で、麻痺していたが。 実際には、疲労が溜まって来ていた。


密林の中を歩くだけで汗が滲み、黙る一同。


そんな皆の事を察するKは、林の中でモンスターの気配を先読みし。 ポリア達に手の余るモンスターは、先んじて瞬く間の一撃で斬り倒す。


だが、モンスターと戦うだけが、疲労の元と成る訳では無い。 原生林の生える山は、上りが基本で在りながら。 所々では、危険な生物を躱したり、危険な場所を迂回したりと、行く道すら平坦で安全と云う訳でも無い。


然し、陽射しが真上から西側に傾いた頃。


密林を抜け。 また、丈の短い草が生える草原の様な、段々と成る岩場に出た。 山側の左側から前方には、岩壁が存在し。 右側は、下る段々の坂や森や岩の壁が点在する様に成る。


少し歩いてマクムスは、朝に祠を出た辺りと似て居ると。


「何だか、南の祠の辺りに逆戻りした様な…」


だが、辺りを見るハクレイは、


「ですが、マニュエルの森を見下ろせる境目でも無い様ですぞ」


と、言った。


先頭を歩くKは、夕方がジワジワと迫る昼下がりの空を見上げて。


「此処は、山の中だが。 アンダルラルクル本山の一角。 夜に為れば、様々なモンスターが徘徊する。 だが、森林に比べて開けている所為か。 晴れてる時は、モンスターも少ないんだが…」


と、足を止める。


其処は、一際大きい、二股に分かれた幹を持つ大樹の前だ。


ゲイラーは、先を急ごうと。


「リーダー、どうした? どうして、立ち止まる?」


と、尋ねると。


Kは、皆に振り返った。


「この木の向こうを、岩壁沿いに直進して行けば。 程なく次の祠へと辿り着く」


納得したゲイラーは頷き。


「どうした、問題でも有るのか?」


すると、Kの眼が細くなり。


「あぁ。 然も、大問題だ」


Kの口から‘大問題’と聴いたフェレックは、オドついた表情で。


「な゛っ、何だぁ?」


左手を上げたKは、中三本の指を立てて見せて。


「問題は、三つ。 先ず、一つ目。 祠の中に、まだ人の気配がしてる」


‘気配’と聴いたポリアは、祠の方角を見て驚き。


「生きてるのねっ? みんな、まだ生きてるのねっ?」


「そうだ。 だが、次の問題が、モンスターだ」


「ケイっ、なら早くっ」


慌てるポリアに、Kが呆れて見せて。


「それだけなら、此処で立ち止まるかよ」


このやり取りの最中、近付くモンスターのオーラを察するマクムスは、


「いけない。 多方面からモンスターが…」


と、西側を見る。


この時、西側から唸り声がする。


声のした西側を見る一同。


その中で、真っ先にマルヴェリータが。


「近い。 然も・・、群れてる」


と、感じた気配を言えば。


続けて、システィアナも慌て始め。


「あわわわ…。 お空からも~、いっぱい、いっぱ~いっ」


と、空を指差した。


様々なモンスターが来ている、と一同が解るや否や。


「さっさと行ってっ、祠に逃げ込もうゼっ!」


と、フェレックが言うのだが。


Kは、まだ余裕の有る雰囲気と、キレる眼をして。


「バカ。 既に、モンスターが人の匂いを嗅ぎつけて、祠の周りに屯ってるし。 南東からは、サイクロプスやら他が、わんさか。 その上、西から山の方からは、飛竜や怪鳥がわんさかだ。 そのモンスターを、全て祠の周りに集める気か?」


「な゛ぁっ!!!!!」


モンスターの量に、全員が驚いた。


“いよいよ事態が際どく成って来た”


悟るマルヴェリータは、Kが立ち止まる意味に気付いた。


「なら、此処で手分けね」


言った彼女を見て、頷くK。


だが、皆をまた見回して。


「ただ、手分けする前に、これだけは言いたい。 祠の前にモンスターの死体を山の様に残すのは、非常に不味い。 だから、なるべく此方に、少しでも離す為に、おびき寄せろ」


と、言ったその時。


‐ ウガアアアアアアーーーーーーーーっ!!!!! ‐


先程に聴いたサイクロプスの様な、大声が響いて来る。


全員が、南西の方角を見た。


険しい顔をするポリア。


「不味い。 本当に、そんなに遠く無いわ…」


この数日で、一番に真剣な顔をするダグラスは、Kを見て。


「祠のモンスターは? 規模は?」


皆、一番知りたい事だと、Kを見る。


「厄介なオウガ・・奴が居る。 あとは、お前達でも倒せるモンスターばかりだ。 数は、オーラの纏まりからざっと四十前後か。 戦う間に嗅ぎつけて来る、追加のモンスターも含めても、五十と思っていい」


オウガを含んで五十とは…。


それでも、ゲイラーとダグラスは互いに見合って頷く。 そして、ゲイラーはKに真剣な顔を向けて。


「行ってくれ。 祠の周りに居るモンスターは、俺達がヤる。 せめて、ちょっとは格好つけたいからな。 リーダーが帰って来るまで、救世主気取りにさせてくれや」


ゲイラーの力強い言葉に、Kはフッと口元を微笑ませると。


「解った。 向こうは任せる」


と、言った。


が、然し。 マクムスを見ると、またキレる視線と引き締まった口元を戻し。


「いいか、確かに祠には、モンスターなど入れない。 コイツ等に、無駄な無理をさせるな。 大怪我をしたら、直ぐに祠へ避難させろ」


「はい」


「それから、システィアナとハクレイを含め、アンタも祠に急行しろ」


「はぁ?」


何事か。 マクムスは、祠の方を一瞥してから、直ぐにKを見る時。


「どうも、瀕死の奴がいる。 明らかに、死に掛けの感じだ」


「あ、はい」


歩き出すKは、一同の脇に向かいながら。


「僧侶は、今夜を寝れないと思え。 祠の結界が放つ波動が弱いから、結界を維持する魔力すら後が少ない。 その魔力を込める必要も在るから、全員、気絶する気で行け」


全てを承った、とマクムスは顔を引き締め。


「その要件は、任せて下さい。 貴方が戻るまで、手当も怠りません」


密林方向に戻る様に進んだKだが、殿しんがりのボンドスとデーベの前で立ち止まる。


「いいか。 頭を遣ってしっかり協力して戦えば、オウガ相手でも勝てる戦力が在る。 無理やヤケクソをするのではなく。 モンスターを上手に分断して、戦い抜け。 なら、死ぬなよ」


と、言った瞬間に、フワリとKが消えた。


「はっ、…」


全員が、息を呑んで驚く。 何度見ても、やはり凄い。


さて、またKと別れて戦う事に成った。


緊張感が張り詰める中で、誰が決めるとなく直ぐにポリアは、


「じゃ、先ずは私が、一人で行くわ」


と、言い出した。


いきなりの事に、ダグラスは驚いて。


「おいっ、おいポリアっ、何をっ!」


と、突っかかる様に言うも。


彼に掌を向けて制するポリアは、皆を見ると。


「聴いて。 多分、祠の周りには、オークが居るはずよ」


と。


フェレックは、


「何でっ、そんな事が解るンだっ」


誰もが思った疑問で突っ掛かる。


だが、ポリアは確信が在る様で。


「Kが言ってた事から踏まえた予想よ」


「はぁ? 予想って、ポリアが何をっ」


怒鳴りそうなフェレックだが。


ポリアを援護する様に、マルヴェリータが口を挟み。


「今日、一日中で、オークの事はそこそこ解ったわ。 女性の匂いに敏感で、女性を見ると興奮する」


「そんなのはっ、俺だってな゛ぁっ!」


フェレックが怒鳴ると。


ポリアが、強い口調にて。


「オークはっ、女性の匂い・・・。 言うのも恥かしいけど。 月に一回来る、生理の匂いを感じて、色めき立ってるみたいっ」


その話に男性陣は、ピタリと全員固まった。


ポリアは、その静まった雰囲気が気に入らなかったが。 敢えて続けて。


「祠に集まって屯してるなら、サーウェルスのチームの女性が、誰かとは別にして、生きてるって事よ」


この意見に、マクムスは頷いて。


「なるほど。 女性が全員亡くなっていたら、オークは祠の周りに居ない…」


「はい。 それにケイは、今。 “上手く分断しろ”って、そう言ったわ。 無闇やたらに、オウガの居る群れに突っ込んだら、数が多い分だけ大変だし。 祠に僧侶を急がせる為には、前に居られた突破も無理よ」


ポリアの話を聞く内に、ゲイラーはその意見を尊重したく成った。


「ポリア。 おびき寄せるって事は、待ち伏せをするって事か?」


「うん。 オークが大半なら、先に群れてるオークから迎え撃つ形でやった方が、群れに飛び込むよりマシだわ」


「リーダーは、俺達だけでも、オウガには勝てると言った。 確かに、乱戦で戦うのは難しいが、ソロに近い形でぶち当たれるなら・・勝機は有るな」


「そう。 一時、ダグラスやゲイラーには、群に当たって貰う事に成るだろうけど。 とにかく、システィやマクムス様達が、モンスターと入れ換わる様に、祠に向かえばいいでしょ?」


だが、心配しか無いイルガは、止めさせようと云う気持ちが在り在りに満ちた顔で。


「然し、お嬢様…」


と、言い縋る。


だが、この状況で、他人任せなやり方などしたく無いポリアだから。


「イルガ、ケイの話を思い出して。 オークは鼻がいいから、姿を見せるギリギリまで近づく必要は無いハズよ。 一匹でもオークが動けば、他のオークが動いて。 オークが何か動けば、戦うと合わせて他のモンスターも動くわ」


「し、然しですぞ…」


そのやり取りの後、イクシオは腹を決めた様に。


「他に策が無いなら、俺はポリアに乗る。 相手の特性も突いてるし。 おびき寄せて分断しながら祠に攻め上がるなら、上策だ」


ヘルダーも、喋れないままに頷いた。 どうやら、“ポリアに乗る”と態度で示している。


デーベも、ボンドスも、コールドも、異存は無いと続く。


ゲイラーは、


「ポリア。 おびき寄せたモンスターは、俺達が引き受けるが。 システィやマクムス様を守って行くとして、オウガはどうする?」


其処へ、マルヴェリータが。


「それについては、私に考えが有るわ」


「秘策ってヤツか?」


頷くマルヴェリータだが、マクムスやシスティアナを見ると。


「私は、オウガの動きを止める事で、多分・・動けなく為る。 でも、みんながオウガ以外のモンスターに集中する事が出来る様に、魔法で遣れるかも知れない」


マルヴェリータの真剣な眼差しは、ポリアすら久しぶりに見る。 いや、こんなに魔術師として責任を追うマルヴェリータは、初めてかも知れない。


だが。


「解った。 マルタ、その案をお願い。 私、システィやマクムス様達の護衛で、一緒に行く。 オウガさえ一時でも無力化されたら、モンスターを背後から挟み撃ちに回るわ」


これには、ヘルダーも自分を指差した。


その申し出を受けて頷くポリアは、皆を見て。


「じゃ、とにかく、おびき寄せる為に行くから。 システィやマクムス様も、事が上手くいったならば、第一に祠へ行ってね」


「解りました」


「は~い」


二人の返事を見てポリアは、皆から離れて行き。 そっと大樹の陰から向こうに回った。 歩く一歩一歩に神経を込めて、次に見える木まで近付いて行く。 そして、緊張感で胸が破れてしまいそうになりながら、次の木に辿り着くと。


(岩壁沿い・・、あの出っ張った岩壁の先ね)


ポリアの左手に、黒っぽい表面の岩壁が続く。 岩壁の上が森なので、モンスターが降りて来る事も心配だから、岩壁に沿って行けなかった。


さて、其処からまた出て、次の木の影に向かう。 そんな事を繰り返して、木伝いに七本ぐらい、木に隠れながら先に行けば…。 草むらの遠く見える所に、岩壁に穴がポッカリ開いている。


(在ったわ。 しかも・・、うわっ、うわ・・居るわ~)


祠の周りには、あのオーク達がいっぱいウロウロしている。


(凄い、ケイの言った通りだわ・・。 オークだけで、二十以上。 昼間に戦った蛇やタコも居る…)


オークの他にも、ドラコエディアが、木の木陰にとぐろを巻いて休んでいるし。 絶壁には、ウネウネとエビルオクトパスが何体も徘徊していた。


そして…。 ポリアの眼が一点に止まって、緊張感が最高潮に達する。


(い・・・居る)


祠の前に在る大樹の幹に寄り掛かり、大きな身体の怪物がグ~スカと寝ている。 その巨体、大きな顔、“オウガ”だ。 然も、昨日の夜に見かけたオウガに似ている。


今日、ポリアはモンスターを沢山見て、初めて解った。 モンスターでも、それなりに“顔”と云うべきか、微妙な違いが在るのだと知った。


今、視界の中で寝ているオウガは、耳の伸びた先が折れ曲がっていて。 また、口から伸びる牙の右側の先が、虫歯に成ったかの様に黒ずんでいる。


(あぁ、多分アイツって、昨日の夜に見たオウガだわ。 でも、大きい・・・。 ゲイラーの二倍・・ううん。 三倍は有りそう…)


じっくりと、ポリアがモンスター達の様子を窺っている時。 ゆったりと風が、南風に変わりつつあった。


‐ グゲ・・ゲググ? ‐


‐ フゴッ? ‐


ポリアに最も近い。 十歩程先のオークが、頻りに辺りの匂いを嗅ぎ始めた。


(あ・・、風の流れが変わって、気付いたみたい)


これは、余計な事もせずに事が叶ったと感じたポリアは、木の陰に成る様にソロソロと後ろに後退して行く。


‐ ゲグググっ。 -


- ゲグゲグ・・・。 -


- ッ。 ゲゲグゲッ! ‐


何体かのオークが、何やら言い合っている様な素振りになり。 その後、辺りを探す様にして匂いを嗅ぎ回り、ポリアの居た方に歩いて行く。


ポリアがある程度の距離まで下がって、また別の木の幹に隠れて窺う。 その視界の中では、嗅ぎ回り始めたオーク達が、ポリアの居た木の根元まで来て。 また、執拗に匂いを嗅ぎだした。 木陰から見ているポリアは、オークの口から透明な粘液が垂れたのを見て。


(うえええ~汚いィっ!。 でも、アレは興奮して、私に気付いたっぽいね。 よぉし、下がろう…)


後ろに退くポリアの見方は、的中した。


‐ グゲグゲグゲエエーーーーーっ!!!!! ‐


木の下で、匂いを嗅いだオークの一匹は、大声を上げる。


すると、祠の周りのオーク達が一斉に反応して、声を上げたオークの方を見た。 そして、途端に走り始めた。


ポリアの匂いを追い駆けるオークは、実際に総勢三十匹以上だ。 色めき立ったオーク等の姿に、エビルオクトパスが動き始め。 眼を覚ますドラコエディアも、祠の周りから動き出す。


一方、一定の合間を空け様子を窺ったポリアだが。 先頭で追い掛けて来るオークの後ろから、ドタバタと来るオークを確かめる。


(うわ゛ぁっ、一気に来たっ)


一人で相手に出きる数ではない。 慌てて皆の待つ大樹の元に走り始めた。


一方、二股の幹の大樹の周りに潜むダグラスやゲイラー達は、前方を注視して居る。


すると、目の良いヘルダーが岩壁の曲がる所を指差した。


「来たっ」


「戻って来たっ」


姿を現す皆に、やって来たポリアが。


「オークが来るわっ!!! みんな出てきてっ!!!!」


心配していたダグラスは、もう気が悶々としていたので。 ポリアの声を聞くなり、イルガより先に飛び出して。


「ポリアっ、でかしたっ!!!!」


と、彼女を見たが。


その直後、わらわらと来ているオークの群れに。


「うげぇっ、あんなに来てンのかよっ! フェロモン有り過ぎじゃね?」


然し、槍を立てたイルガは、真顔で。


「お嬢様の美しさは、世界共通と云う訳だ」


と、迎え撃つ構えに移る。


ゲイラーとヘルダーとセレイドは、戦わぬ僧侶達を守りつつ出た。


さて、ポリアの後ろを睨み見るマルヴェリータは、ポリアの後ろにオウガが見えなくて。


「ポリアっ、オウガはっ?!」


皆に合流したポリアは、オークの来る後ろに振り返って。


「祠の前で、まだ寝てるっ。 でも、この騒ぎだから、直に起き出すわよっ!!!!」


この間に、フェレックは杖を振り上げて。


「よし、先に来るオークの雑魚だけでも、先に片付けちまおうぜっ!!!!」


と、魔法の詠唱に入る。


無数の鎌を呼び出して、先手とばかりにオーク数匹を薙ぎ払う。 炸裂する魔法の余波で傷付けたオークも入れると、十匹は転倒したか。


次に、レックの放つ矢が次々とオークの手に刺さり、持っている棍棒を落とせば。


「行くダバっ!」


と、デーベが皆の中から左側より飛び出す。


彼のトゲが付いた棍棒が、唸りを上げてオーク二匹を次々とブっ飛ばす。 一匹は、尖った岩壁に頭部を打ち付け、もう一匹は右側の野原に転がった。


その後、


「オークは任せろっ! 早く祠に急げっ」


鋭く言ったイクシオの、生きている様な鞭捌きにより。 頬を打たれて、脚を打たれ、トゲトゲの鞭で皮膚を剥がされ裂かれたオークは、もんどりうったり、ひっくり返ったり。


飛び出すポリア、ダグラス、コールド、ゲイラーが、次々と止めを差す。


「いくぜえっ」


両手に手斧を持つボンドスは、後から来るオークの前に立ちはだかり。 斬り掛かる事で、他のオークも足止めする。


「うむ、加勢するぞっ」


「助太刀致します」


イルガと、緊張するキーラが参戦する。


一同の全力に因る応戦は、オークに不意打ちにも似た混乱を呼んだ。 群の意識は在るらしいオークだが、仲間を助けようと云う意識は薄弱な様だ。 然も、次々に先頭を行ったオークが倒されると、戦意を失い逃げようとする。 後から来たオークとぶつかったりし、ポリア達はやや一方的に戦う様相に成った。


然し、オークが八割ほどやられた所で、後から来たエビルオクトパスやドラコエディアの集団も合わさり大混戦になる。


「ウオリゃーーーーっ!!!!」


豪咆を上げるゲイラーが、オクトパスを一人で一匹を受け持ち。 弱点を狙って互角に戦えば。


その周りでは、ドラコエディアが吹く火炎ブレスに、イクシオやコールドはタジタジになって逃げ回る。


祠への道を切り開くべく、僧侶達を守るヘルダー、セレイドがドラコエディア一匹に応戦。


一方、


「せいやっ!!」


気合いを発して、ポリアが跳躍して飛び込み。 イクシオやコールドに火を吹くドラコエディアの頭に、その手の剣を突き立てて倒した。


「助かったっ」


「スマンっ」


次々に言うイクシオとコールドだが。


そのポリアを掻っ攫おうと、後から来た一匹のオークが飛び掛って押し倒した。


「きゃああっ、ちょっとっ!!!!!」


鎧の上から胸の辺りを触られたポリアは、必死でもがく。


「・・・」


ドラコエディアから視線を外したヘルダーが走り寄り、鋭い蹴りでオークの股間を蹴り上げた。


‐ グオオオオオオオオォォォ……。 ‐


股間を押さえて悶えるオークは、草村に横に転がった。


ヘルダーに助け起こされたポリアは、


「ありがとう」


と、ヘルダーに笑って言う。


頷くヘルダーは、転がったオークに向かうつもりだったが…。


それより先に、転がってるオークをクワッと睨み見たポリアが。


「キぃっサマあああぁっ! 私にした無礼を償う覚悟はっ、出来ておろうなぁぁっ!!!!!!」


貴族言葉を剥き出しにして、斬り掛かって行くではないか。


激変したポリアの余りにも激しい言葉に、


「………」


固まってキョトンとしてしまうヘルダー。


だが、セレイドの怒号を聴いて、ハッと我に返ってドラコエディアに向かう。


また、別のオクトパスを一人で相手にするダグラスは、弱点は解っているので。


「レックっ!。 タコはっ、後ろの白い足が弱点だあっ」


援護をするレックは、ダグラスの声を聴いてスッと矢を番える。


その横に、オークの第一陣の相手を終えたキーラが来た。


「ぼっ、僕も、助太刀します」


言ったキーラの顔を見たレックは、その悲壮感の様な真剣さが漂う眼差しを見て。


「その顔が出来る様に成ったか。 成長したじゃないか、よろしく頼む」


と、矢を放った。


レックが言わんとする事は、冒険者でも無ければ解らない事かも知れないが。 命懸けの戦場の様な場所に来たならば、新米などこんな顔をするのが普通だ。 モンスターは、手合わせの相手では無い。 喰われるか、倒すか、どちらかしか無い敵で在る。 “真剣”など当たり前。 それ以上に、命懸けと云うモノが在って当然なのだ。


「魔想の力よ、その多き飛礫で我が敵を討て」


キーラの頭上に、マルヴェリータが先ほど放ったのと同じ、飛礫の集まりが現れる。 マルヴェリータに比べると、数は少ないが。 集中してるのか、形はしっかりと成している。


「行けっ」


キーラの魔法は、オクトパスの急所を狙ったり。 イクシオやコールドに向かう、新手のドラゴエディアの火球を粉砕したり。 ゲイラーに襲い掛かるオクトパスの触手を魔法で攻撃したり…。 魔法と云う攻撃を、防御や補助に上手く使い始めている。


独り善がりな魔法を遣うフェレックと比べると、この扱い方は万能だ。


だが、実は…。


サイクロプスを倒した後の事。 Kと一緒に、此方まで来る途中の事だ。


小休止した時、キーラが魔法を遣えたと聴いて。 マルヴェリータとボンドスとマクムスが、キーラを交え話をしていた。


Kの存在を聴いたキーラは、マルヴェリータの注意が彼からの発信と聴いて。


“ケイさん。 マルヴェリータさんの意見を聴いて、魔法をしっかり遣えました。 昨日、河原で貴方が言った事、少し解って来ました”


と、彼にお礼を述べた。


するとKは、キーラにこう言ったのだ。


“いいか、攻撃魔法ってのはな。 一見すると、敵となる相手を攻撃するだけに見える。 だが、遣い方の次第では、補助や防御にも成る。 敵の攻撃を防ぎ、敵の行動を制する事で。 戦う者を助けたり、優勢に導く事も可能なんだ。 様々な魔法をどう上手く遣って、如何にチームを支えるか。 本人の遣い方と目の付け所が、戦いの結果に繋がる。 この事を覚えておけ”


こう言われた…。


その話を聴いたキーラは、考えた。 今、マクムスなど僧侶が、祠に助けに行きたいのだ。 然し、そうなれば此処には、いざという時の癒し手が減る。 仲間が如何に長く戦えるか、仲間の手数を如何に減らさないのか。 モンスターを倒し切るまで、守る魔法の遣い方に切り替えてみた。 


この行動は、予想以上の成果を出す。


魔法と矢の補助でオクトパスを倒したダグラスは、振り返るなりに汗だくの顔にて。


「キーラっ、お前ぇぇっ! 遣ればデキんじゃねーかっ!! もっと早く遣れっ、今更なんてカッコ良すぎるぞっ」


と、誉める憎まれ口をくれる。


ドラコエディアを倒すイクシオは、魔法の援護が在ってこそと。


「行けっ! マクムス様っ、祠に行ってくれっ!!」


と、僧侶を送り出す。


オークにトドメを遣ったポリアは、


「マクムス様、さっ」


と、誘導して先行し始める。


頷くマクムスだが。


「皆さんっ、死んではいけませんよっ!! 怪我をしたならば、無理せずに祠へっ!」


と、戦う皆に言う。


ヘルダーは、左の岩壁側に。 セレイドは、右側の茂みや段々の坂へと沿う方に立ち。 僧侶達を囲う様に、マルヴェリータを殿にして祠へ向かう。


一緒に行くマルヴェリータを一瞥したフェレックは、


(オウガ相手に考え? 玉砕せずに、どうする気だぁっ? チッ、一緒に行きたいが、この状況じゃそれも無理かっ)


左側の岩壁から、新手のエビルオクトパスが来た。 勝手に着いて行って、残る方に戦力が残らなければ。 怪我人や死人が出れば、フェレックは完全に嫌われる。


「このぉっ、モンスター共めっ! 後から後からワラワラとぉっ!!」


苛立つフェレックは、また魔法を撃つ準備に入った。


さて、ゲイラー達にモンスターを任せ、先に行くポリア達。 祠へと向かえば、まだ来る途中のオーク二匹に出遭す。 ポリアが、ヘルダーがそれぞれオークに向かい、セレイドどマルヴェリータが僧侶を守って、オークと距離を取る。


素早いポリアとヘルダーは、一緒に戦うと相性が悪く無い。 ポリアに襲い掛かったオークを、ポリアが迎え撃って右側に回り込む様に一匹を斬り払えば。 興奮するオークが、ポリアに夢中と成る為に。 無理せず左側の背後から回るヘルダーは、舞う様に斬って急所の首を攻めて倒す。


直ぐにオークを終わらせ、曲がりを持つ岩壁沿いに祠へと。 そして、祠の入り口が見えた時だ。


「はっ」


ポリアが、真っ先に身構える。 祠の前方で寝ていたオウガは、既に起きていて。 戦う一行の存在に感づいたらしい。 此方に向かって来ているのが見えた。


「うわわ~、きょじんさんです~」


昨夜の事を覚えて居るのだろう。 システィアナが怯え。


「なんと、今、来たか」


寝ていて欲しいと云う願いが叶わなかったと、マクムスも目を細めて睨み付けた。


避けては通れないと覚悟したのか。 これまでで最も厳しい顔をしたヘルダーが、オウガに向かおうとした瞬間。


「待って」


と、マルヴェリータが留める。


もう猶予の無い時だから、


「………」


鋭い目つきのヘルダーが、麗しき美女を見た。


だが、同じくヘルダーを見返すマルヴェリータは、安物では無いデザイン性の高いステッキを握り締め。


「私が、アイツの動きを一旦止めるから。 ポリア達は、左右や後ろから敵が来ないようにして」


こう言ったマルヴェリータは、マクムスやシスティアナやハクレイを見て。


「いい、私の魔法が成功したら。 オウガは、一時的に眼が見えなくなるわ。 その隙に、祠に走って。 チャンスは、この一回よ」


と、続けた。


皆の前に出るマルヴェリータは、瞑目して神経を集中させ始めた。


このマルヴェリータは、まだKの言う様に、本気に成ったばかりの新米に近い。 あのジョイスの様な、大魔導師では無い。 そうなると・・。 オウガなど強敵相手には、有効な放てる魔法に限りが出て来るのも仕方が無い。 モタモタして仲間とオウガの戦いに為れば、怪我人は必死なのだ。 だからこれまでとは性質の違う、特殊魔法に挑戦しようと云うのであった。


マルヴェリータの意図が解らないマクムスは、緊張して。


「マルヴェリータさん。 貴女は、一体何を?」


だが、集中するマルヴェリータは、何も答えず。 オウガの方に、目を瞑って向いていた。 瞳を閉じて、両腕を交差させて、小指と中指だけ立てて神経を集中する。


(確か、ジョイスさまの得意分野・・・魔想魔術の真髄の入り口の魔法は、幻想呪術…)


マルヴェリータの気持ちが、グッと一点に集中する。 そして、カァっと眼を見開いた。


「創造せし幻惑の力は、想像されし意思の力。 彼の者に魔想の幻を魅せよ。 “ミラージュミラー・カレイドスコープ”」


唱え進めるマルヴェリータの周りに、一瞬だけ紫色の電流の様なモノが光ると。 何と、マルヴェリータの瞳が紫色のオーラを宿す。


その魔力の蟠りを感じるマクムスは、魔法が放たれると一歩引いた。


システィアナは、初めて見るマルヴェリータの様子に驚き。


(あわわわ…。 マルタしゃんがぁ~、紫のお姉さんに成ってましゅ~)


その、妖しき紫色のオーラを纏ったマルヴェリータは、此方に近付いて来たオウガに杖を向けると。


「さぁ、惑わせなさい」


と、艶やかな声音で命じる。


刹那。


マルヴェリータの杖から紫色の煙が醸し立ち。 その煙がヒュルヒュルと伸びる先から、妖しく村社会に光る蛇が現れる。


「うわっ」


いきなり蛇が現れたので、ハクレイが驚いた。


マルヴェリータのステッキより現れ出し紫色に光る蛇は、素早く空をうねって走る。 見ていた皆の追う先は、オウガの両目。 恐ろしい形相の、特に怖く見えた両目に向かっては、ピタリと這う様に飛び着いたではないか。 それはまるで、勢い良く濡れタオルを投げつけた様なもの。


すると、


‐ グオオオっ!! オオガガアアアっ!! ‐


俄にオウガは唸り声を上げて、眼を擦ったり、目蓋を腕で拭ってみる仕草をし出した。


一方、魔法を放ったマルヴェリータは、その場にガクリと膝を着く。 息を荒くして大粒の汗を噴出し、グッタリと脱力してしまう。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・い・・行って…」


僧侶のマクムスだが、彼はマルヴェリータの遣った魔法を見た事がある。 だから、それだけに知っていた。 その魔法の最も難しさを…。


「然しっ、キミも、もう動けないだろう? こんな高等魔術を使って、さ…」


マルヴェリータの肩を担ごうとするマクムスは、


「ハクレイ。 彼女と一緒に、祠に向かいます」


と、助けを求めた。


ハクレイは、慌てて驚き。


「あ・・あっ、は・ハイ」


と、担ぐ手助けをする。


マルヴェリータも連れて行くのだと見て、安心したシスティアナは、直ぐに。


「では~さきにアナさんにいきます~」


と、言う。


そんなシスティアナに、マクムスは頷くと。 マルヴェリータを担ぎ上げた体勢から、後ろで新手のオークを防ぐセレイドへ。


「マルヴェリータさんの幻視の術で、オウガを止めていますっ!!! 早くっ、他のモンスターを倒してっ!!!! 我々は先に、祠に向かっていますっ」


「おう!!」


オークを鉄槌でブン殴ったセレイドが、鋭くも短く応える。


ポリアは、マルヴェリータとマクムスの所に来て。


「祠まで着いて行くわ。 マルタ、無茶したわね」


マルヴェリータは、意識は朦朧としていたが。


「フッ…」


と、口元を微笑ませた。


オウガの脅威が去った訳では無いが、魔法に因り足止めは出来た。  オウガは、眼が見えない事に恐怖を感じたのか、闇雲に暴れ出した。 見当違いの方向に暴れ出したからいいが。 逆に言えば、不規則過ぎて近づけない。


‐ ウガアアアっ! ‐


殴った先の木の幹がへし折れて、蹴っ飛ばす岩を転がした。


その様子を見たポリアは、祠がもう目と鼻の先だと。


「ヘルダー、セレイド、先に残りのモンスターをっ。 オウガには、全員で当たらなきゃっ」


「うぬっ、承知した!」


ポリアの言う事は最もだと、セレイドは踵を返して行く。


「………」


頷いたヘルダーだが、近づき難い暴れるオウガを見る。


(確かに、このままでは近付き憎い。 それに、リーダーならともかく、他の我々が一人で当たるモンスターでも無い)


目の前のオウガを捨てて、他のモンスターに向かって行くべく。 戻る形で、セレイドの後を追う。


また、争う声からして、ジワジワと後方で戦うゲイラー達が、此方に近付いていると解る二人だった。


さて、祠に近づいたシスティアナだが。 祠の向こう木の陰から、突然に現れたオークに驚いた。


「わわわわ~。 ブーさんだぁ~~~」


飛び出して来たオークは、驚くシスティアナに飛びつくも。 ヨォっと飛び退くことで、アッサリかわされた。


「やっぱり居たっ」


これは想定していたポリアは、システィアナに向いて背中を見せるオークを、その手の剣で一刀の下にバッサリ。


「あやや~、ポリア~あ~り~がと」


安穏とした物言いのシスティアナに、焦るポリアが。


「早く行ってっ」


「は~い」


祠の中に、システィアナが入る。


続けて、マルヴェリータを抱えたハクレイとマクムスも、ポリアに見守られ祠の中に。


「あ~あ~あ~生きてましゅ~」


祠に入ったシスティアナは、祠の中に横たわってる冒険者達を見つけたのだった。


「あ・だっ・・だぁれ?」


祠の入り口から入って降った先。 広がる洞窟の壁に、汚れた白いローブ姿の女性が、壁に凭れて座っていた。 声に気付いて、システィアナを見て言った声は、非常にか細い物である。


「オリビアさま~、助けにきましたよ~」


システィアナは、その大人びた女性を覗き込む。


「あ・・あああ・・・、たっ・助けが………」


埃と汚れでローブを黒くしている女性が、弱々しい喜びの声を発した。


其処に、マルヴェリータを担いで来たマクムスとハクレイが入って来ると同時に。


「皆、生きているかっ?! 助けに来たぞっ!!!」


と、マクムスの声。


祠の奥に寝かされた冒険者達の中で、汚れた黒っぽいのローブ姿の男が。


「と・とう・・さ・・・ん」


と、声に成らない声で呟いた。


壁に凭れる様に座らされたマルヴェリータは、腰の布袋にソロソロと手を伸ばして、袋の上に手を置くと。


「ふ・ふうじられし・・・ちから・よ・・あ・・明かりを………」


其処には、Kから今朝に貰っていた。 あの明かりの魔法を閉じ込めた、小石程の水晶が入っていた。 マルヴェリータの袋が急激に光り、気付いたハクレイが近寄ると。


「ふく・ろ・・に、あ・・明かりの・・・」


“見れば解る”


と、頷くハクレイは、小袋を拾い上げながら。


「解りました、ありがとう。 さ、貴女はもう休みなさい」


頷いたマルヴェリータは、眠る様に気を失った。


さて、マクムス達僧侶が祠を見て回れば、驚くべき事に全員が生きていた。


ただ…。


「嗚呼、どうした事だ。 リーダーの男性が居ない…」


全員を見たハクレイが、難しい顔付きで言った。


さて、一方。 外のポリアは、皆が祠に入ったのを見届けると。


(よし、後は外のモンスターっ)


気合いを込めて覚悟し、戦いの中に戻って行く。


戦いの騒ぎに、またオークやら大蜘蛛のモンスターが、岩壁の上から新たに現れていた。


「あ・危ないっ」


「新手が来ているっ」


「数は少ないがっ、蜘蛛のモンスターが居るぞっ!」


と、声が飛び交う。


その中でも大蜘蛛は、身体の大きさがゲイラーより一回りも、二回りも大きく。 毒々しい赤紫色の体には、毒蜘蛛特有の様な毛が生えている。


其処へ、モンスターを挟み撃ちにする様に、モンスターの背後から戻ったヘルダーとセレイドは、オークやエビルオクトパスの第二陣と戦い。 後から来たポリアは、ゲイラーの背後に回った蜘蛛に近寄って。


「はっ、えいっ」


水平の斬りで毛を飛ばしてから、回し斬りにて、後ろ足の細い一本を切断し。 パッと飛び退いた。


代わって、ゲイラーだが。 自身が当たる最後のオーク二匹を、斬り上げから撫で斬りに、とした時。 ポリアと背中を近くして。


「戻ったか、ありがとよっ」


大蜘蛛を睨むポリアは、事後報告と。


「えぇ。 マクムス様達は、無事に祠に辿り着いたわ。 勿論、システィも、ね」


最高の安心材料を貰い、ニッカリ頷くゲイラーは、オークの死を確認したのか。 大蜘蛛に向いて。


「よしっ、さっさとコイツを片付けようか」


と、意気込む。


処が、ポリアは警戒を強めた声で。


「コイツは、安易に近付いて攻撃してはダメよっ。 森を来る途中のケイの話に有った、体液にまで毒を含む〔猛毒蜘蛛〕だわ」


「あ・・、じゃどうする?」


牽制しながら話す二人の下に、少し窶れた感じのフェレックがやって来て。


「コイツは、俺に任せろぉっ。 向こうで、オジン共が苦戦してるぜぇ」


二人の見たフェレックは、やや息の上がった疲労に滲む顔。


ゲイラーは大剣を突き出して、大蜘蛛を牽制し。 踏み込んで来た足をまた一本斬り落としてから、身を離して。


「疲れてるな~大将」


掠り傷の有る顔をニヤっとさせて、フェレックを見た。


すると、しゃかりきに無理をしたフェレックは、杖をガバッと振り上げて。


「うるせえっ」


と、言葉でやり返した。


そして、魔法を唱える準備に入るフェレック。 頭上に、幾つもの魔法で出来た剣を生み出しては、動きの鈍った大蜘蛛に突き刺した。


だが、Kが言った通り。 この大蜘蛛の体液が、実は猛毒なのだ。 ゲイラーやポリアは、噴き出す前に距離を置いたが。 疲れていたフェレックは、魔法に集中し過ぎて、距離が幾分に近かった。 魔法が炸裂して、大蜘蛛の身体を突き破る。 その飛び散った赤紫色の体液が、フェレックの腕に飛び付いた。


それを見ていたのは、別のモンスターを警戒しながら近場に居たポリアだ。


「あわわわっ、バカっ!!!!」


「あ?」


魔法を唱えてフラフラのフェレックに、慌てて近寄ったポリアは。


「体液が毒だってっ、森の中でケイが言ってたでしょっ!!!!!!」


「あ゛っ、や、やべぇ…」


フェレックは、もう力の無い様子で座り込む。


「おい、おいっ、しっかりしろっ」


驚いたゲイラーも近寄って、二人でローブの腕を切り裂いて捨てたのだが。


「あ゛あ゛っ、いでえ゛ええええっ!!!!!」


突然、フェレックが絶叫を上げた。 毒の一部は、強烈な酸も含む。 皮膚に付着してしまったから、皮膚の表面を溶かし始めたのだ。


焦るポリアは、ゲイラーに直ぐ顔を向けて。


「ゲイラー、セレイドさんを呼んでっ」


ゲイラーは、痛みに苦しみ出したフェレックに驚いて、ポリアと傷を交互に見て狼狽した。


焦るポリアは、もう一度。


「早くううううっ!!!!!!!!」


「ああっ」


慌ててゲイラーが立ち上がり、最後のオウガ以外のモンスターと戦うセレイドを呼ぶ。


ポリアは、セレイドが気付いたのを見て、ゲイラーに向って。


「ゲイラーっ、セレイドさんと代わって。 そろそろオウガに遣ったマルタの魔法が解けるわ。 見て、闇雲に暴れていたのが、変わって来てる」


「何?」


ゲイラーは、言われてオウガを見る。


その視界に入ったオウガは、眼を擦ったり、拭ったりしては、此方の戦う者達を見てまた眼を擦る。 一見すれば、まだ見えて居ない様に感じられる。 だが、見る方向が、今までと違う。 動いているものに向って居た。 明らかに、見え始めているのだと解った。


「チッ、もうかっ」


ゲイラーは、大剣を手にオウガに走って行こうと・・。


チラッと見たポリアは、ゲイラーの気持ちに気付いて、鋭く激しく。


「一人で戦っちゃダメっ!!!!!! ケイの言う事を思い出してっ!!!!」


向かおうとしたゲイラーは、その場に立ち止まった。


「そんな! 今更っ、じゃどうするんだっ!!!!」


危険性を認識するから、苛立つゲイラー。


「私に考えあるからっ。 早く後二匹のモンスターを排除してっ」


其処にやって来たセレイドが、大声で言い合うポリアやゲイラーを見ながら。


「どうした、何か在ったのか?」


こう問い掛ける流れで、腕を押さえて激しく痛がるフェレックを確認する。


「おっ、おい、どうした?」


と、フェレックへ。


ポリアは、悠長な時間は無いので、剣を地面に落とすと腰からナイフを取り出し。 フェレックを見て。


「かなり痛いけど、最善の方法でいくからね」


フェレックは痛がりながら頷き。 セレイドは、そんな二人を見る。


すると、いきなりだ。 ポリアは、フェレックを斬った…。


「うぎゃあああああっ!!!!!!!」


フェレックの大絶叫が上がる。


「はっ、なんだ?」


「あ、あ?」


尋常では無い大絶叫で、皆がフェレックを見る。


「おいっ、なにするんだっ!!!!」


ポリアのした事には、セレイドも驚いた。


何故ならば地面には、フェレックの皮膚が、薄皮ながら切り取られて落ちている。 薄っすらと、肉も…。


真剣な眼差しのポリアは、セレイドを見て。


「毒よっ。 毒液に触れた皮膚を剥いだの。 セレイドさん、直ぐに魔法で傷を塞いで」


セレイドは、頷きつつも。 事態を理解するのに、一瞬だけ戸惑った。


振ってナイフを仕舞ったポリアは、剣を手に拾いながら。


“力を合わせれば、オウガでも勝てる戦力だ”


とのKの言葉を、心の中で反芻した。


‐ シギャーーっ!!! ‐


暴れるドラコエディアの動きを、イクシオが鞭で絡め封じて。 ボンドスとゲイラーが、斬って倒し。


最後のモンスターのエビルオクトパスは、ダグラスとヘルダーが挟み撃ちにして倒した。


戦って居た皆の元に遣って来たポリアは、戦い終えた皆を見る。


イルガは、ダランとした腕を垂らし、怪我だらけのコールドと支え合っていた。


剥げ頭に引っ掻き傷の有るボンドスは、大きく息をしながら。 引き摺る足と、肩を抑える。 骨折していたのに、無理したのだ。


また、イルガやコールドやボンドスに混じり。 気合いを張って一番奮戦していたデーベが、棍棒を杖代わりにしている。


そして、考えながら魔法を遣っていたキーラも、失神の寸前の状態で在る。


実は、キーラのやっていた魔法の遣い方は、神経も、魔力も、人一倍に使う。


「はぁ、はぁ…」


杖を頼りにへたり込むキーラは、もう身動きすら出来ない。


そして、フェレックなどは、寝転がって腕の痛みにジタバタして居る。


怪我人の様子を見たポリアは、自分の周りに集まる動ける者を見て。


「戦える者だけで、オウガをやりましょう」


と、言った。


ポリアの周りに集まったのは、ゲイラー、ダグラス、レック、セレイド、イクシオ、ヘルダーの六名。


レックは、腕や顔に掠り傷の在る顔で。


「どうやってだ? みんなで、束になってか?」


首を左右に振るポリアは、レックに真剣な眼差しで見返すと。


「レックさんはっ、オウガの眼を射抜いて」


レックは、驚いてポリア見るが。 その意味を理解して、力強く頷く。


次にポリアは、ヘルダーとダグラスに近寄って。


「オウガの眼をレックさんが射抜いたら。 私と一緒に、オウガの足を斬って」


ヘルダーとダグラスは、足を攻めると聴いて、二人も役割を理解して頷いた。


そしてポリアは、最後にゲイラーへ向くと。


「ゲイラー。 オウガの体勢が崩れたら、その大剣で心臓を狙って。 一気に、一撃を狙って!」


役割分担をすると解ったゲイラーは、オウガを見て頷く。


其処へ、


「お・・俺は?」


顔や足に切り傷のあるイクシオが、肩で息しながらポリアに声を掛けた。


彼を見たポリアは、


「あのね、出来れば・・あのオウガを、尻餅つかせたいの。 ゲイラーが、心臓を突き刺せるように…」


こう聴いたイクシオは、汚れの混じる汗を流しながら頷いて。


「なるほど、オーケー。 それなら、俺でもやれるかもしれん」


と、返して来た。


こうして、仲間の役割を決めたポリアは、目を擦りながらも自分達を見て来るオウガを見返し。


「みんなっ。 此処に居ないケイは、もっと多くの、もっと凄いモンスター倒してる。 せめて、あのオウガくらいは倒さないと、チーム名に箔がついても格好つかないわっ」


ダグラスは、剣を持つ手に最後の気力を込めて、大きく息を整えながら。


「あぁ、やってやるさっ」


と、意気込む。


ポリアは、気合を高める面々を見回して、その時を感じると。 サッと、レックを見て。


「お願いっ、やってっ!」


言われたレックは、狩人らしい狙いすます目でオウガを見据え。


「解ったっ! 皆、行くぞっ」


と、踏み込んで矢を番えた。


レックの動きに合わせ、集中し協力してオウガに立ち向かうべく。 ゲイラー以外が一気に動いて、オウガを囲う為に展開して行く。


鞭の先に、鉤の付いた登山用のロープの、短い残りを縛り付けた物を手にするイクシオは、オウガの後ろに回るように走り。


ポリアとダグラスは、オウガの右に。 ヘルダーは、反対の左へ。


その時だ。 目を擦るのをオウガは止めて、ゲイラーとレックを見た。


‐ ウガァ…。 ‐


焦点がハッキリとして。 そう、見えたのだ。


だが、狙い澄ましたレックは、その目を狙って矢を放つ。


(まだだっ、見えては困るっ!)


放たれた矢は、‘ヒュっ’と風を切り。 二人を見たオウガの左眼に飛び込み、グサリと刺さる。


‐ アガアアアアっ!!!! -


矢が飛び込んで来たオウガは、いきなりの事に驚いた。 左目に刺さった矢を引き抜く。 不気味な色の血が、ダラダラと溢れる様に流れ出た。


直ぐ様、レックが次の矢を番えて、オウガの右目を狙う。


その最中、オウガの左右に着いたポリア、ダグラスとヘルダーが、頷き合って左右からオウガの足に襲い掛かる。 だが、体の大きいオウガだ。 ポリアの背丈ですら、まだ膝にも達しない。


「うおりゃああっ!!!」


ダグラスが脹脛に斬り込めば、青緑色の血飛沫が飛ぶ。


然し、


‐ ウガアアっ!! ウガッ!!! ‐


眼を、足を、と傷付けられたオウガは、その痛みに怒り。 また、見えない時に戻っては、闇雲に暴れ出す。


「うぉっ、ちょっ待てっ」


暴れる足の不規則さには、ダグラスも無様に転がってでも逃げるしか無い。


其処へ、走り込むポリアが、向こう脛を斬る。


この時、同時に。 ヘルダーが、オウガの地面に着こうした左足に向かい、アキレス腱の辺りを斬った。


‐ ガア゛ッ! ‐


喚いたオウガの巨体が、足元からグラッと揺らいのだが。 直ぐに、オウガの跳ね上げた左足の踵が、追撃しようとしたヘルダーに掠り。 蹴飛ばされる形で、後ろへと吹っ飛ばされてしまう。


「ヘルダーっ!!」


それをハッキリ見たダグラスが、カッとなり。


「チキショウめっ、このっ!!!!」


感情のままにオウガの右へ全力疾走して、全力の突きで剣を深々とアキレス腱に差し込んだ。


同じくポリアも走り抜ける形で、ヘルダーの斬った左のアキレス腱の血の出ている所に近付き、再度斬る。


すると遂に、オウガもバランスを崩して前屈みと成り、両膝を地面に着こうとした時。


「違うっ、そっちじゃねぇぇぇっ!!!!」


喚くイクシオ。 オウガが、ガクンと膝を崩す時に、胸を軽く反ったオウガの首に、その手の鞭を飛ばす。


イクシオの見立ては、限界の中で研ぎ澄まされた感覚が齎す、‘読み’が当たっていた。 そう、鞭だけだったら、全然長さが足らなかっただろう。 然し、特殊な植物の繊維を編み込んだ、登山や壁越え用の〔鉤付きロープ〕を結び付けた事で、オウガの太い首にまで届いた。 そして、ヒュルっと回って絡まった鞭の手応えを感じると。


「うおおおおおおおおおっ!」


渾身の力で、後ろに引こうとするイクシオ。


その彼へ、


「加勢するっ」


と、神官戦士のセレイドが加わった。


「一気に引くぜえええええっ!!!!!!!!!」


「応ぉっ!!」


二人掛りで、オウガをグィっと引っ張った。


‐ アガアっ!! ‐


首を絞められて引っ張られたオウガは、その首に手を回そうとするが…。


「させないわぁっ!!!!!」


声を割らす程に叫ぶポリアは、オウガの大きな左腕を斬り付ける。


それに続いてレックは、矢をオウガの開いた口に放ち。


自棄クソのダグラスは、更に足を斬る。


細かい痛みを立て続けに食らって、オウガも混乱したのか。 ドスンと、地面に尻餅を着いた。


この姿を確認したポリアは、全身の力を振り絞って。


「ゲイラアアアアアーーーーーーーッ!!!!!!!!!!」


と、吼え上げた。


そのタイミングは、正にドンピシャだった。


大剣をやや上向きで、脇に構える体勢のままに。


「解ってらああああああああああああーーーーーーー!!!!!!!」


応える様に吼えるゲイラーは、オウガの心臓を目掛けて渾身の〔突進突き〕で飛び込んだ。


“ドスっ!!!”


辺りに、突き刺さる音が響いた。


その瞬間、オウガはまだ見える右目をこれ以上開けないほどに見開いて。


‐ ギギャアアアアアアアアアーーーーーーっ!!!!!!!!!! ‐


と、凄まじい大声を爆発させる。


その後、周りに居る誰もが。 叫び上げたままの格好と成るオウガと、刺したままに固まるゲイラーを見つめた。


すると、グラリとオウガの身体が後ろに倒れた。 “ドスン”と地響きを立てて、最後のモンスターのオウガは倒された。


「はぁ・はぁ・・はあああああああ…」


大きく息を吐くポリアは、膝を崩して脱力した。 限界を超えて緊張したのが緩み、疲労が津波の様に襲って来たのだ。


その時だ。


「やったあああああっ!!!!!!!」


大声を上げて、ダグラスが全身で喜んだ。


イクシオも、大の字寝転がって。


「オウガ・・た・倒した・・・ぞ」


と、達成感に浸る。


疲れたポリアの横に、少し引き摺る様な歩みにて、ヘルダーがやって来た。


ポリアは、オウガに蹴られたのを思い出し。 彼を見上げて。


「ねぇ、だっ、大丈夫?」


と、問い掛ける。


腹を抑えているが、鈍い笑みを浮かべてヘルダーは、ちゃんと頷く。 そして、遣っていた鉄扇子をポリアに見せた。


「あああ・・凄い」


それを見て、驚くポリア。 二枚重ねてオウガの蹴りを防いだ鉄扇子が、ボコンと凹んでいるのだ。


だが、戦扇子を見せたままのヘルダーは、


“これが無かったら、死んでいた”


と、天を指差した。


一方、ゲイラーは、オウガの体から剣を引き抜いて。


「良く倒せたもんだ………」


と、独り言を言ってから。


「ポリア。 いい作戦だった」


手を上げて応えるポリアは、ボンドスがよろめいて居るのを見て、立ち上がり。


「さ、今のうちに、祠へ行きましょう。 みんなで、出来る者が手当てを。 ボンドス、肩を貸すわ」


と、全員を気遣う。


すると、ゲイラーが先に向かい。


「いや。 ボンドスには、俺で十分だ。 不細工に美人の肩は、身体に悪い」


と、ボンドスの身体を支えた。


ゲイラーに支えられるボンドスは、苦痛に顔を歪ませながらも笑って。


「ちぇ。 せっかくの・・チャンスなのに・・・、馬鹿リーダー。 あははって、いでで…」


それを見て笑うポリアだが、腕を押さえて来るフェレックに。


「ゴメン。 いきなり斬って」


言われたフェレックは、イライラした顔で。


「ウルセェっ!!! いきなりでっ、死ぬかと思ったぜっ!!!」


と、怒鳴るも。


「ふ、フン。 で、でもまぁ、毒で死ぬよりマシだから、感謝してやるぜえっ!!!! いでででで・・・チッ」


と、怒鳴って自爆する。


身を起こしたイクシオは、フラフラの身体ながら。


「おう・・おう、無駄口が出るだけ、まっ、マシだぜ。 フェレックよ」


イクシオに噛み付くフェレックだが、痛みの走る腕に涙を流す。


近場に居たセレイドは、


「毒で痛むのに、良くもまぁ怒鳴る事だ。 余り興奮すると、塞がった傷が開くぞ」


と、呆れてしまう。


無事を知るポリアは、イルガとコールドの間に入って、祠についていく。


「イルガ・・大丈夫?」


片腕や片足に肋骨も、完全に折れているイルガ。 コールドも、デーベも、ボンドスも、皆がこのイルガに庇われたのだ。 イルガは、人を守る事に徹して戦っていた。


「大丈夫です・・お嬢様……。 お嬢様さ・さえ無事なら、このイルガめは…」


すると、疲れている筈のポリアなのに、優しい顔をすると。


「バカ。 い~い、イルガ。 私が、イルガの老後を看るんだからね。 死じゃ~駄目よ。 それに、まだまだ冒険するんだからねっ」


苦笑のイルガは、色々と言ってくれるポリアを見て。


「は・はあっ、有り難き幸せです・・」


と、のみ。


だが、この二人以外の全員は、ポリアに対して内心に驚いていた。 気品や優しさも、然ることながら。 状況を見て、リーダーシップをしっかり取る事が出来るなんて…。


さて、やっとK以外の全員で、生きて祠に入る事が出来た。


「おぉっ、これはみなさん。 仕事を増やしましたな」


怪我だらけの皆を見て、マクムスが嬉しそうに言った。 皆、生きていたからだろう。


怪我をするゲイラーは、〔グランディス・レイヴン〕のリーダーで在る、自分と同じ大剣士サーウェルス以外がちゃんと生きているに驚いた。


“半数は、死体でもおかしく無い”


と、思っていたからだった…。




〔その10.愛の愚行と、Kの選択〕


         ★


ポリア達とオウガの、短くも命懸けの死闘が終わって、暫く。 祠の外が暗く成り掛けていた。


それでも、まだ僧侶で在るマクムス、システィアナ、ハクレイ、セレイドは、祠の中で怪我人達の治療に追われている。


消える前にKの言った通り。 冒険者チーム〔グランディス・レイブン〕の男二人。 剣士のオリバーと大戦斧遣いの戦士ダイクスは、正に死に掛けだった。 肉体の骨が、十数ヶ所も折られていて。 然も、黴菌が傷口から入り込んで、もう全身が青黒く浮腫んでいた。


「本当に、ケイの言う通りだわ・・・。 薬も大して持ち合わせて居ないのを、オリビアが一人で保たせていたみたい」


怪我の治療に立ち会ったポリアが、外の様子を窺いに行って戻って来たゲイラーに言った。


「そうか。 生きるといいがな…」


懸命な手当てが続く様子を見て、ゲイラーは本音を呟く。


心配そうな顔をするポリアは、


「処で、ゲイラー。 ケイは、まだ居なかったのね?」


と、問うと。


汚れた顔からして疲労の色が強いゲイラーは、無言で頷いた。


其処に。


「大丈夫さ。 あんな強えぇ~冒険者が、むざむざ殺される訳が無い。 多分、早く掃除が終わってしまったから、適当に暇でも潰してるのさ」


と、イクシオが言う。


彼は、壁際にどっかりと座り。 自身の怪我の治療を終えて、水を飲んでいる。 トレードマークのテンガロンハットは、祠の中だが被ったままに。 鎧やら上着のベストなどを脱いで、下着のシャツ姿だ。


何も言えないポリアは、黙って自分の疲れも省みずに。 システィアナの手伝いに行こうとした。


その時だ。


「おい~ス。 暇潰しから帰ったゼ」


と、Kの声がする。


起きている全員が、声のした祠の入り口を見た。


「あ、生きてた…」


自分の前を歩く包帯男を見て、ゲイラーは驚きの眼差しで眺める。


ポリアはKに歩み寄り、彼の全身を見て。


「無事・・・みたいね」


まだ、余裕の窺えるKは、皮の袋を背より下ろすと。


「ホラよ」


と、ポリアに差出した。


皮袋を見て、ポリアは。


「コレ、何?」


「お前が聴いたんだろう? 例の、村が依頼した草。 薬草だ」


「あっ、・・」


すっかり忘れていた事を、受け取った事で思い出し、驚くポリア。


一方、ゲイラーも驚いて。


「ついでに、探してたのか?」


「当たり前だ。 暗くなる前の方がいいからな」


軽く言って退けるK。


防具を外した姿が、汚れも相まってボロボロのボンドスだが。 それを細めた眼で見ては、小声で。


「スゲェ。 すっかり忘れてたぜ」


と、呟く。


明かりの魔法の込められた小石の光と、光ゴケに全体が照らされる祠の様子を見るKは。


「どうやら、祠に居る全員は生きてるみたいだな」


彼の後ろに着くゲイラーは、頷きながらも。


「あぁ。 だが、一人だけ居ない。 リーダーのサーウェルスだ」


‘居ない’と聴いたKは、口元を歪ませて。


「阿呆が、何所に行ったんだ?」


と、独り言の様な事を。


依頼の根幹と成る、助けに来たチームの全員が居ない事を知り。 明らかに、倒臭そうな様子を見せる彼だった。


その時だ。


「も・もっと、奥・・です」


か細い声がする。


手当てをする以外の者が、小さい声で言ったオリビアを見た。


動けるポリアとゲイラーが、彼女の前に行き、顔を覗き込む様に屈んだ。


そして、先にゲイラーが。


「奥? 更に先の祠かよ?」


と、尋ねると。


‘そうだ’と、頷くオリビア。


“更に奥”と聞いたポリアは、ギョッと驚いて。


「な゛っ、何で?!!」


「わ・私達を、この・・祠に逃がすため。 と・とても大きい・・一つ眼の巨人に、お・おっ、襲われたの・・」


ポリアとゲイラーは、互いに見合い。 ポリアは、昼間に見た相手故に。


「サイクロプスよ、きっと。 サーウェルス達なら、オウガぐらいは倒せるわ」


「あぁ、一つ眼って言うんだ、恐らくそうだ」


と、ゲイラーも同感だった。


オリビアは、絞るような声で。


「サーウェルスが・・助からない・なら、わ、私・は・・此処に・・の・残り・・・ます」


と、言うではないか。


この期に及んで、この我が儘を見たゲイラーは、睨むぐらいの顔に変わり。


「ふざけるなっ。 アンタ等のお陰で、俺等も、斡旋所のマスターのオヤジさんも、マクムス様も、どれだけの苦労と心配と迷惑を掛けて、此処まで来たと思ってるんだっ!」


と、言うのだが。


叱られたオリビアなのに、頑なな眼差しで。


「イヤ・・そんな・の。 あい・してるも・・の…」


と、聞き入れる事を拒否する。


この時、ポリアは或る事に気付く。


「ねえ、オリビアさん。 もしかして・・・お腹に子供居るの?」


と。 女の勘だが、オリビアの身体を見ている内にそう感じたのだ。


すると、オリビアの顔が驚いた顔に変わった。 そして、横を向く。


だが、驚くのは、ゲイラーも一緒。


「マジか、ポリア?」


尋ねられたポリアは、オリビアの様子を見て頷くだけだが…。


(やっぱり・・。 なんか、お腹の膨らみがヘンだと思ったのよ…)


実は、先程の事。 祠に居た倒れる女性の介抱を、ポリアとシスティアナがした。 すると、昼間の予想通り。 寝たきりの若い女性二人は、下着が血で汚れていた。 だが、オリビアはそうでもない。 だから、何となく不思議に思っていたのだ。 だが、目立つ程の膨らみでは、決してない。 ほんの少しなのだ。


ポリアとゲイラーが見る手前で、オリビアはお腹を守る様に身を丸くすると。


「イヤ、別れるなんて・・絶対に・イヤ。 サーウェルスと結婚するって・・決めたんだもの…」


と、呟く。


その気持ちを聞くゲイラーは、更に怒った顔で。


「ふざけるなっ! アンタ、男の為に・・、自分と子供の命も捨てるのかよっ!! それでも僧侶かよっ」


と、怒鳴りつけた。


涙を浮かべて震えながら横を向くオリビアは、そのまま話を拒絶するかの様な様子。


だが、ゲイラーの言っている意味は、ポリアも良く解る。 だから…。


「そうよ。 お腹の子供・・・絶対にマスターも大切にするわ。 此処で二人を置いて来たら、マスター・・ううん。 お父さんは、気が狂うわよ」


するとオリビアは、啜り泣きながらサーウェルスの事を悲しみ出す。 名前を繰り返してはどうして戻って来ないのか、と子供みたいな駄々を言い出した。


ポリアも、ゲイラーも、二人で見合い、困った。 どうしていいか、解らなくなったのだ。


掛ける言葉が見付からないから、


(少し、放っておくか)


と、ゲイラーが小声を発し。


(うん。 決断を私達が迫って、どんな返事が出たとしても。 彼女を連れて帰るのは、決定よ)


と、ポリア。


(その通りだな)


と、ゲイラーは頷くのみ、だったが…。


その時だ。


「クックックッ・・・アハハハハハ」


いきなり、Kが笑い出した。


起きている全員が、腕組みして笑う包帯男を見る。


「ちょっと、ケイ」


困った顔をするポリアは、戸惑う言い方をしながら彼を見る。


笑いを止めても、完全に他人を嘲笑う様な視線を絶やさないKは、オリビアの前に来て。


「アンタ等は、リーダーも含めて、随分とふざけたチームだな。 仕事は中途半端。 人の迷惑を顧みず、村人を強引に道案内にした上に、瀕死にしてほったらかし。 挙句の果てに、親や周りに大迷惑を掛けて、こんな冒険者を借り出させる事態を招いた。 それなのに、その上のトドメに、誰か居ないと死ぬってか? 気狂いだ、気狂い。 片腹いてえな」


と、オリビアを見てコキ下ろす。


言いたい放題と感じるオリビアは、睨む瞳をKに向けた。


その反抗的な視線を貰うKは、呆れ笑いを浮かべる。


「おうおう、テメェ等のしくじりを棚上げして、叱られたら睨むってか。 それで、良く神の加護って奴が受けれるモンだ」


Kから徹底的に詰られるオリビアは、返す言葉も無く横を向く。 何故なら、実際にその通りだからだ。 反論の余地など、全く無い。


だが、Kの追撃は、全く緩まない。


「お前なんぞな、幾ら能力が有ろうが、僧侶の風上には決して置けネェよ」


と、言い捨る。


そして、


「フン、このバカ娘め」


見捨てる様に言って、斜に構えてから。


「コイツ、自分の父親が自殺覚悟で居るって事を、まだ解らネェらしい。 そうだな、置き去り結構って言うなら、それもイイか。 死にたいこのバカを此処に置いて行って、一家心中でもして貰うかぁ」


と、言い切った。


その辛辣な言い方には、聞いていた皆が驚いた。 ポリアは、非常に困った顔をするし。 ゲイラーも、流石に悪い印象を持ったが…。


「お・おとう・・さん。 う゛っ、う・・ううう…」


と、オリビアが泣き出した。


ま、自分の父親の事だ。 誰より自分が、一番に良く解る。 このポリア達を、どんな想いで派遣したか…。


斡旋所の主は、冒険者達に強い権限を持つ立場に居る。 然し、それは規則を守る為に在る。 その権利や権力を私物として、勝手な利己的とも言える仕事を作れば。 それは、私物化と混同されても仕方がない。


そして、斡旋所の主は、半独立に匹敵する権限が在る反面。 私物化したり、悪い者と手を組んだと判ると。 その食らう罰則も、生半可では無いのだ。 その罰則として一般で知られるのは、普通で無期投獄。 程度が悪いと、死刑。 其処に一族が絡めは、問答無用で連坐的に抹殺される。


だが、泣いたオリビアは、


「サーウェルスがぁっ、さ・・サーウェルスがぁ居なきゃあ・・いや・・・いやなのよ…」


と、子供の様に呻く。


ポリアの見る限り、このままでは連れ帰っても、後がどうなるやら…。


すると、オリビアを脇目に見下して居たKが。


「そんなに、男一人で死ぬ気が在るってなら、いいだろう。 明日、俺が捜しに行ってやる」


起きている全員が、Kを見た。 更に奥へと捜しに行くなど、危険が増えるだけだ。 それに、ぶっちゃけ今日の激戦で、皆は良く解った。 この場所は、自分達にはまだ荷が重過ぎる程に、危険が溢れていると。


だからポリアは、驚いてKに近寄って。


「ちょっと待って、本気なの?」


一方、涙眼のオリビアは、Kを見上げた。 縋る様な、助けを乞う様なものだ。


だが、K本人は・・と言えば。 ギラリと瞳を細めて、モンスターと戦う時の様に鋭く光らせると。


「その行く条件は、一つ。 オリビア。 明日は、お前にも着いて来て貰うぞ」


と。


弱ったオリビアとKを交互に見るゲイラーは、最後にKを見て。


「それは、無理じゃないか? この状態だぞ」


と、オリビアを指差す。


だが、怖いほどに鋭い視線をオリビアに向けているKは。


「だから、だ。 この山が、本当にどんな所か、どれだけ恐ろしいか。 腕も乏しいテメェ等の軽はずみが招いた意味を含め、その辺りをこのバカ娘から通じて解らせてやる。 ポリアやゲイラーが、どれだけ命張ったか。 今度は、このバカ娘が命懸けて、その事を知る番だ」


と、言うので在る。


然し、無理だと思うポリア。 立てもしないオリビアを指差して。


「こんな状態じゃ、絶対に無理よっ。 明日まで休んだからって、立てる体になんか成らないわよ」


Kに、現実を訴えてみる。 折角、今、現状が安定し始めたのに、更に悪化させる様な事は、絶対にしたく無い。


処が、其処で。


「ご託宣は要らん」


と、言ったK。


そして、腰のベルトに着けた皮製の入れ物から、薬品を入れる金属製の細長い、〔薬包瓶〕を取り出した。


「そら、三本ある。 一つは、オリビア。 一つは、マルヴェリータ。 もう一つは、グランディスの中で、健康状態の一番いい奴に飲ませろ」


と、説明を添えてポリアに差し出した。


ポリアは、その薬包瓶を受け取って。


「これは?」


「‘エリクサー’手前のモノに、代用物で類似させた薬だ。 飲ませて今夜を寝かせれば、明日にはかなり良くなる。 マルヴェリータに飲ませるのは、ジョイスに手土産を持たせる為の、言わば‘見物人’代わりだな」


こう言って薄く笑うKは、水を飲みに行った。


薬を渡されたポリアだが…。


(薬が在るからって…)


Kの云った事は、正気の沙汰とは思えない判断である。 妊婦を連れて捜しに行くなど、彼無しならポリアは喰って掛かる処だ。


事態を憂うゲイラーは、ポリアと見合って。


「おい、マジで飲ますのか?」


と、問い掛けて来る。


然し、Kと組んで、Kの遣り方を見て来たポリアだ。 あの男にして、みすみすオリビアとお腹の赤子を殺す様な真似はしないだろうと判断。 薬方瓶からオリビアに視線を移すポリアは、不安一杯だが。


「しか・・ないわ。 リーダーの、ケイの考えだもの…」


と、苦汁を含ませた。


が、直ぐに。


「それに」


と、屈んでオリビアを睨み見たポリア。


オリビアも、何事かとポリアを見返す。


ポリアは、薬包瓶の一本を右手に取りながら。


「‘死ぬ’なんて、命を懸ける気が在るなら。 そのバカげた覚悟の結果と、此処まで来た私達の苦労を、確かに見て貰いたいわ」


「だが、ポリア。 この先は、オウガよりヤバい化け物だらけだぞっ?」


「そんな事を言っても、もう仕方ないわ。 何よりも、勝手な行動でこの事態を招いた人達に。 ケイが遂に、本気になったのよ。 明日のケイは、多分・・本当のバケモノに成るわ。 この仕事を捨てる気なんて、ケイにはさらさら無いわよ」


ゲイラーは、今まででも十分凄いのに。


「今以上・・ってか?」


ゲイラーを見返すポリアは、ゆっくり頷いた。


聴いていたダグラスも、近くでこの二人を見てから、戻って来たKを見て。


「俺も、その・・着いて行っていいのかな?」


と、尋ねた。


其処へ、奥の水飲み場から戻るとKは、ざっと場を見回して。


「今から、明日の事を伝えておく。 寝てるのには、後から誰か伝えてくれ」


大事な話だと察したマクムスも、横に成るイルガも、Kの方を向いた。


「ポリア、ゲイラー、ダグラス、マルヴェリータ、システィアナ。 お前達は明日、俺と行動を共にして貰う」


名前の挙がったダグラスは、ガッツポーズをして喜ぶ。


Kは、更に。


「ヘルダー、イクシオ、マクムス、セレイド、レックは、明日で我々が戻らない場合。 明後日の朝には、動ける様になるであろう全員を連れて、雨が降る前に山を降りる役目を言い渡す。 後で、レック、マクムス、イクシオ、ヘルダーには、帰り道を教えておく。 話は、以上だ」


起きて居る全員が、Kを見ていた。


中でもイクシオは、帽子を被り直すや。


「引き受けた。 だが、なるだけ明日中に帰って来てくれ。 俺は、リーダーに従う」


すると、


「俺もだ」


と、ボンドスが言った。


動けるヘルダーは、Kの前に出て軽く頭を下げた。 彼なりの了承らしい。


唯一、マクムスだけは難しい顔ながら。


「承りました」


と、のみ。


一方のシスティアナは、疲れた顔を嬉しそうに綻ばせ。


「わ~い、つれていって~も~らえ~ます~」


と、喜んでいる。


その様子を見るポリアは、


“システィアナが、随分とKを信じている”


と、感じた。


システィアナとて、事態はしっかり把握をしているハズ。 オリビアを連れて行く事にも、全く反対は無いらしい。


そして、自分も…。


「解ったわ。 明日は、ケイとね」


頷くKは。


「あぁ。 それから、明日は次の祠まで、最短の道を行くぞ」


「‘最短’って?」


「村で説明しただろう? 此処から北に在る、〔屍渓谷〕を横断する。 だからポリア、薬を飲ませる奴の選択は、良く考えろ」


Kの返答を聴いたポリアは、ギョッとした。


「マジ?」


然し、Kは短く。


「二度も言わせるな」


と、問い掛けを切り捨ててから。


「それから、そのバカ娘にも、行く場所の事を説明しておけ。 いきなりで驚かれて、流産されても困るからな」


と、付け加えて来た。


然し、ポリアと一緒に聞いていたゲイラーは、とんでもない場所を行くと知っただけに。


「おいっ、なら別のっ」


と、Kに言い掛ける。


だが、その彼を、ポリアが遮った。


「いいから、もう決定よ」


ポリアに腕を掴まれたゲイラーは、酷く困惑する。


「おい、いいのかよっ」


厳しい顔をするゲイラーが、ポリアに問う。


然し、Kは奥の壁の近くに向かい、焚き火の前に座った。 そして、一人黙る。


一方のポリアは、システィアナと二人で、オリビアとマルヴェリータを起こして、渡された薬を飲ませた。


その後、ヤキモキする男性達を他所に。 “グランディス・レイヴン”の面子を見たポリア。


(え~っと、先ず・・瀕死だった二人は、絶対に無理ね。 ‘考えろ’だから・・、ただ単に連れて行ける人じゃない。 戦える人・・って云うか、オリビアと一緒に…)


疲れて居る中で、一生懸命に成って考えるポリアは、瀕死のダイクスとオリバーの二人を早々と外した。


そして、マクムスの養子で在る、魔想魔術師のデルを見た。 目鼻立ちの整った、まだ若い青年だ。 特殊な病気、〔異病〕《いびょう》に罹っていて。 明日に連れて行っていい人物とは、到底に思えなかった。


(魔術師は、マルタが居るし。 彼を強引に連れて行くのは、マクムス様にも悪い)


こうして、男性を全員外したポリアは、次に女性の一人を見る。


「う゛ぅん・・」


疲労と病気で苦しんでいた、大人と云う印象が強い女性。 名前を‘ミュウ’と言い。 学者らしいが、体つきがスラッと無駄な肉のない身体は引き締まっている。 長い睫毛にしても、男っぽい印象も併せ持つ顔付きで。 首筋に纏わる灰色の髪だけが、唯一女らしいと感じさせた。


(この人、武器は?)


そう思うポリアは、失礼して。 彼女の腰に在る、手に収まりそうな丸い皮鞘を見た。 珍しい飛び道具。 三日月型のブーメランが、其処には入っていた。 外側は、鋭く刃のように尖っている。 然も、白銀の武器で、ゴーストの様な実体が無いモンスターにも、この武器ならば攻撃が出来る。


最後に、もう一人の女性を見た。 寝ている顔の雰囲気からして、勝気な印象を受ける若い女性で在る。 赤い髪、きれ長い眼と褐色の肌が特徴的な、なかなかの美人だ。 名前は、“アリューファ”と云うらしい。 然し、その彼女の武器を見ると…。 剣の刃が、針の様に細く伸びる細剣。 コールドと同じ武器を持っていた。 普通の鋼鉄製で、然も刃毀れが激しい。


(怪我が酷かったこのアリューファさんに薬を飲ませても、明日で戦える程に回復するとは思えない。 それなら、毒が比較的回っていなかった、ミュウさんが一番ね)


考え抜いたポリアは、彼女に秘薬を飲ませる事にした。 チラリとKを見たが、全くコチラを見る気配すら無く。 既に寝ているようだ。


ミュウを起こし、中指ほどの小瓶に入った薬を飲ませた。


さて、ゲイラー達は、何故にKがこうしたのか、その意味が解らない。 一番重症の、助けた二人の男と。 ボンドスか、イルガにでも飲ませる方が、普通から考えて妥当だと思うのだが…。 ゲイラーは、もう引き上げる事しか頭になかったからだろう。


さて、治療や魔法と動いていたシスティアナと、色々な手伝いに動いていたポリアだが。 外が完全に暗くなった頃に、マクムスが近付き。


「お二人は、明日があります。 もうそろそろ、お休みなさい」


と、言って来る。


正直、戦っての後で手伝いをしていたポリアだから、もうクタクタだったのは事実。


其処へ、


「ポリア、もういいよ。 な、休め」


と、ダグラスも言う。


「うん・・」


返事をしたポリアは、マルヴェリータの近くに行き。 システィアナと二人して座る。


座ったポリアだが、祠の中は静かで在る。 話し声を立てるのも、憚られる程だ。


(ケイ以外のチーム自体が、満身創痍だわ…)


巡らせる視界に入る皆、疲れた顔をしていた。 特に魔法を遣った者達は、グッタリして寝ている。 精神的疲労は、予想以上に辛いらしい。 また、怪我をした者を見れば。 イルガやボンドスも、治癒魔法と薬湯で痛みが引いたのか。 既にウトウトとして居る。 そして、助けた“グランディス・レイヴン”の一行も、全員が薬で眠っていた。


夜は、まだこれからだが。 明日も動くと云うのなら、少しでも長く休まなければならない。


然し、不安は多い。 夜の暗闇と静寂は、真実をそっと置いて行くらしい。


“休まなければ成らない”


目的の為、求められる仕事の様な行動が其処に在るのだが…。


動かず、喋らないと、頭の中には不安だけが湧いて出る。


そして。


(ハァ、もう・・寝てる。 明日、一体どうする気なんだろう…)


気になって見たKは、もう動かない。 仕方無く、ポリアもマルヴェリータの横に腰を下ろして、システィアナと二人で軽い食事をし。 沸かされたお湯を使い、薬湯を飲んだ。


もう、ミュウとオリビアには、この薬湯は飲ませて在る。


(嗚呼、苦…)


薬湯は、何度味わっても苦い。


だが、それ以上に心苦しいのは、オリビアを連れて行く事。 信じれるのは、Kの底無しとも言える能力のみ。


(大丈夫・・大丈夫・・・。 全ては、明日で解る)


Kが、必要な事を、必要な時にしか言わない事は、これまでの経験から先刻承知だった。 眼を瞑って、心に言い聞かせた。


だが、一つだけ安心を得る事が在る。


(フゥ・・。 サーウェルスの事は、様子が解らないから心配だけど。 この祠に居る全員の無事は、何とか安定したわね)


これだ。 今、とにかく一安心が出来る、一つだけの事実。


壁に背を付け、横に成って目を瞑るポリア。 薬湯に含まれる催眠効果は、疲れに相まって効き目が抜群で在る。


(明日は、今日以上に・・)


考えている内に、ポリアは眠った………。


さて、眠ってから、どのくらいの時間が過ぎた頃だろうか。


「ん゛・・ん?」


肩を揺り動かされて、ポリアは気付いた。 重たい目蓋を開いた其処には、オリビアの顔が在り。 横に成っている自分の顔を、少し強張った表情で覗き込んでいる。


「起こして・・・ごめんなさい」


こう謝る彼女の言葉遣いが、先ほどよりハッキリしている。


「ん~・・いいのよ。 それより、どうしたの?」


身を起こながらこう返したポリアは、祠の状況を一望して見た。 起きているのは、看病をしているマクムスぐらいで。 他、皆はぐっすりと寝ている。


さて、話をしたいらしいオリビアは、ポリアの横に座ると。


「明日・・、サーウェルスを助けに行ってくれるって、本当なの?」


と、密やかに言って来る。


オリビアに尋ねられたポリアは、ちょっと複雑な気持ちに成りながらも。


「えぇ、ケイが言ったんだから、本当よ」


助けに行く者を選別したのだから、行くのは決定事項だ。


だが、それが寧ろ、無駄と云うか。 危険を招くと思っているポリア。 然も、最初の予定では、〔屍渓谷〕を回避すると云っていたのに…。 急な予定を立てたと思いきや、妊婦の僧侶を連れて横断するなどと言い出したから。 正直、驚き以上に、不安と恐怖で落ち着けない。


然し、それをまだ知らないオリビアだから。


「ありがとう・・ありがとう。 嗚呼、感謝いたします」


と、祈る様に言って来る。


複雑な気持ちのポリアが見るオリビアのその容姿は、随分と大人びていて。 年増に見えるというより、マルヴェリータと同じく魅力的に見える。 恐らく、年齢的にもまだ若く、二十半ばを一つか、二つ過ぎた辺りか。 碧い瞳やローブより覗ける赤い髪と、斡旋所の主人には似ていない容姿。 おそらく、母親似なのだろう。 印象深い清楚感と、優しい顔立ち。 オリビアは、斡旋所の主人が唯一自慢する娘であった。


この容姿からして、あの斡旋所の主も可愛くて仕方ないのだろうが…。


だが、打って変わってのポリアは、オリビアの肩を触って。


「でも、そんなに嬉しく簡単な話じゃないわよ。 いいえ、寧ろ貴女には・・・、最悪の危険が待ってるわ」


ポリアの話に、オリビアの顔がみるみると強張る。


「え? どうして・・ですの?」


何か、騙されてしまったかの様な・・。 そんな気持ちに変わるオリビア。


一方のポリアは、真剣な眼差しをして。


「明日に行く場所では、どんな事が有ったとしても、貴女がしっかりしないと。 そうでなければ、お腹の子供が先に・・・死ぬかもしれない」


「え゛っ?」


小さく、強く、驚くオリビアは、自分のお腹を見て手を置く。


ポリアは一旦Kを見てから、またオリビアを見て。


「明日、サーウェルスを捜しに行く道はね。 遥か昔に在った古代戦争では、悪魔や魔王と人々が戦った激戦地だ、って・・。 広大な川の中には、水では無く。 嘗て魔王の魔法に因って死んだ、夥しい兵士達の屍ばかりが敷き詰まってる。 そして、この山や森の中でも、最も危険極まりない場所、〔八獄〕の一つ。 〔屍渓谷〕と、伝われる場所よ」


「しか・ば・・ね」


口に手を当てて驚くオリビアは、想像するだけで恐ろしいと云う顔に成る。


だが、ポリアは、まだ云うべき事が在ると。


「僧侶の貴女は、自身でも知っての通り。 その怨念の力を、モロに感受してしまう。 下手したら、サーウェルスを助ける前に貴女が死んでしまったり。 そうでないとしても・・・流産してしまうかも」


全く望んで無い結果が、至る結末の一つに在ると知るオリビアは、恐れを感じてお腹を両手で触った。


そんな彼女に、ポリアは決心して。


「オリビアさん。 その・・夕方の貴女の発言は、覚悟として見れば愛の篭った言葉だけど。 命懸けでこの一件に関わって、此処まで助けに来た周りから見れば、悲しく鬱陶しい発言よ」


と、ハッキリ言った。


今なら、オリビアも幾分か冷静だ。 自分が助けに行きたいと云う話が、どうゆう結果を生むのか。 それを考える余裕が在ると、ポリアも思っての次第である。


その推測は、確かに的を外しては無い。


(嗚呼、私は・・何と罪深い事を…。 そんな危険な場所に行く事は、折角・・此処まで助けに来て下さった皆さんに、更に危ない橋を渡れ、と…)


そう、助けに行く者が何人居ようと、その全員を死に晒す結果と成りうる事だ。


黙ったオリビアに、ポリアは顔を覗き込む様にして。


「あっちで寝てるケイは、私達の知らない凄腕よ。 一人で、貴女達を追い詰めたサイクロプスですら、一刀の下に瞬殺する事が出来る」


オリビアは、また違う意味で驚く。 あんなに巨大で、強大な恐ろしいモンスターを、一人で瞬殺など信じれ無い。


だが、ポリアには、もっと違う言いたい事が在り。


「けど・・。 幾ら強くたって、貴女のお腹の子供までは、守れないわ。 だから、明日、行くか行かないか。 貴女がハッキリ決めて。 別に貴女が行かなくても、ケイはサーウェルスを助けに行くと思うの。 ・・ケイは、言った事を途中で曲げる様な、卑怯者では無いから…」


するとオリビアは、体を震わせて涙を流しながら。


「この森の事・・何も知らなかった…。 聞いた事・・・伝わってる事が、全てだと思ったわ。 でもっ、この森は地獄よっ。 サーウェルスにも、途中で戻りましょうって・・言ったの。 でも、オウガや数々の魔物に襲われて、仲間が毒や病気で倒れて…。 村の人に助けを呼ばせる為に、私が一人で行かせた・・・。 何もかも、私達の失態だわ…」


と、既に解り切っている事を言う。


ポリアは、どう言って良いのか、若い自分には解らないと困った。


その時だ。


「えぇ、そうね。 その通り、よ」


いきなり、マルヴェリータの声がする。


声にハッとしたポリアは、隣のマルヴェリータを見て。


「マルタ、起きたの?」


眼を開らくマルヴェリータは、身を起こすと壁に凭れ。


「えぇ。 くっだらない懺悔のお陰で、起きちゃったわ」


こう言ってから、オリビアを見て。


「私達、貴女のお父さんで在る斡旋所の主と、向こうに居るマクムス様に動かされて、此処まで来たわ。 でも、それは理由とするならば、半分でしか無いわよ」


と、覚めた口調で言う。


言われたオリビアも、冒険者の稼業に身を置く者だから。 その理由は解ると、涙ながらに頷いて。


「えぇ、こんな緊急依頼は、報酬も高いし。 それに・・わ・私達を助ければ・・チーム名の知名度だって・・」


在り来たりに解る様な事を、解っているかの様に並べる。


処が、マルヴェリータは、オリビアの話を遮って。

「違うわ。 見くびらないで」


と、言った。


「?」


喋るのを止めたオリビアは、麗しきマルヴェリータを見る。


そのマルヴェリータの視線は、既にKを見て。


「彼。 ケイが居たから、此処まで来たのよ。 こんな悪魔も棲む地獄に、報酬やチームの知名度を上げる為に来るのは、貴女達みたいな何も知らないバカよ」


その言葉は、オリビアの胸に刺さる。


だが、マルヴェリータは更に。


「ケイは、此処がどんな場所か、私達に前もって教えたわ。 それでも、あのリーダーが居る限り、生きて還れると踏んだから来たの。 貴女のお父さんが、この男なら娘を助けれると思った彼を、みんな見たくて来たのよ」


オリビアは、横に為って動かないKを見る。


「そんなに・・・強いんですか?」


頷いて反応するポリア。


「まともな力量じゃないわね。 ケイが居ないなら、私達はモンスターに加えて・・病気や毒で死んでいたわ。 確かに、ケイの実力がどれだけあるのか・・・知りたい。 でも、未だに限界は見えてないわ。 もう大型モンスターや巨人族を、百は優に相手してるのに。 見ての通り、怪我すらない」


オリビアは、自分達のこの姿。 ポリアや他の冒険者達の様子と比べ、全く異質な程に余裕なKを見詰める。


そんな彼女に、マルヴェリータは言う。


「明日、ケイは否応なしに、貴女を地獄へと連れて行くわ。 貴女の愛の気持ちが、どれだけバカげた事か。 また、どうゆう場所に向かわせる事になったのか、否応無しに見せ付ける筈」


そう聞いたオリビアが、生唾を飲む。


マルヴェリータは、更に続けて。


「そして、サーウェルスに逢わせるわ。 それが、最悪の結果で逢うのか、それとも最良の結果で逢うのか。 運命は、全く解らない。 でも、受け止めるのは、貴女の心構え次第よ。 どの結果にしても、引き金を引いたのはオリビア、貴女だから。 後悔は、しない様にしてね」


こう言ったマルヴェリータは。


「ハァ・・まだ眠いわ」


と、締め括る。


そして、マルヴェリータは水袋から一口水を飲んで、また横に成って眼を閉じる。


「マルタ・・」


聴いていたポリアは、Kの意図をマルヴェリータが一番悟っていると感じた。


すると、オリビアは。


「私も、寝ます。 明日・・・必ず一緒に行きます。 私達の至らなさから出た事。 そして、私の我儘に道連れになるのでしたら、逃げる訳には参りません。 サーウェルスを、見つけるためにも…」


と、また自分の居た場所に戻った。


その姿を見送るポリアは、正直な処で複雑な心境だ。


(明日、本当に流産したりしたら、どうするのよっ。 命って、そんなに軽いの?)


色々と、むしゃくしゃしそうになる。


その時だ。


「あの、チョット宜しいですか?」


静かにやって来たマクムスが、ポリアに声を掛けた。


「えっ?」


考え込んでいた処にいきなりで、ポリアは驚いた。


だが、見返すマクムスの顔は、疲労も有るからか、とても真面目な表情だった。


「あ・・・ハイ」


返事をしたポリアは、そっと立ち上がり。 マクムスの呼ばれるままに、奥のフィリアーナの石像が在る、小洞窟の方に移動する。


光苔が、水晶の中で淡くも美しく、青い光を放つ中で…。 誘ったポリアと対峙したマクムスは、小声で。


「実は………」


と、或る事実を語る。


その話の内容を聞いたポリアは、ハッとして身を動かし、Kの方を見た。


全てをポリアに話したマクムスは、最後に。


「彼に、全てお任せしていいと思いますよ。 では、私はこれで…」


マクムスが去ってもポリアは、Kの方から眼が離せなかった。


(一体、何処まで…)


マクムスの話を全て聞いたポリアは、素直にKの考えが腑に落ちた。 だから、悩まずに寝る事にする。


その夜は、実に静かな夜だった。


モンスターが忍び寄る気配もなく。 誠に、誠に、静かな夜だった…。


          ★


訪れた朝は、祠に吹き込む風と共に注がれた、柔らかい光によって知らされた。


「ん? ううん・・あさ?」


起きたポリアは、背伸びをして洞窟内を見回してみた。


マクムスが休み。 代わって、セレイドとハクレイが起きて、看病に動いていた。


然し、まだ寝ている者が多い中で。 外から、誰かの声が小さく聞こえて来た。


(あら、外? だ・・誰?)


洞窟内をもう一度見回せば、Kとオリビアとミュウの姿が、何故か見えなかった。


(話し合い?)


外に出なければ成らない理由は、一体何なのかと。 立ち上がって、外に向かってみると…。


「冗談じゃないわよっ。 そんな恐ろしい所へ、身重のオリビアを連れて行くですってぇっ?!! 貴方っ、気は確かぁ?!!!」


凄い剣幕で怒鳴るのは、女性のハスキーな声だった。


自分達が、やっとこさ倒したオウガだが。 昨日、その‘オウガ’が寝ていた大樹にポリアは凭れて、その様子を見た。


「………」


黙って立っているKに、あの秘薬を飲ませた女性で学者のミュウが、食って掛かっている。 身のこなしの素早いミュウは、学者でもあるが。 どちらかと云うと、薬師やら狩人の技能が長けた者だ。 草の知識や薬の調合も出来る、サバイバル技能を有した飛び道具遣い、と云った処。


さて、怒鳴られているKは、黙って腕組みして聞き流している。


呆れたポリアは、空を見る。 今日は、風が幾分か強く、空は曇りがち。 Kの予想通り、明日には雨でも降りそうな様子。


さて、顔を戻すポリアの見る中。 オリビアは、ミュウを説得していて。 ミュウは、オリビアの身体とお腹の子を心配している様子。


然し、昨日のあの苦労で。 今日に、この様子はチョット見たくない。 そのまま、ポリアは少し成り行きを見ていたが…。


怒鳴るミュウは、全くの一方的で。 もう一人の気の強い女性、〔アリューファ〕と間違えたか、と思う。


「ミュウ、お願いだから一緒に来て! サーウェルスを助けないと・・」


必死に縋る様に、オリビアが言えば。


「解ってるっ!!!! 代わりにっ、私が行くわっ! だから貴女はっ、此処に残って! お腹の子供に、もしもの事があったらどうするのよっ!!!!」


と、ミュウは、憤慨任せに言い返す。


見ての通り、解り易い平行線の様だ。


眺めるポリアの見た処、Kは本心を言う気も無いのだろうが。 昨夜にマクムスの言った事が事実なら、この言い争いは只の茶番だ。


多分、Kは反省を促す意味も込めて、事実を黙っているのだろう。


だが、もうそろそろ皆を起こして、助けに行かなきゃいけないのだから・・・、だから。


「ケイ、いい加減に事実を教えてあげれば?」


と、言って見る。


オリビアとミュウがパッと、声を発したポリアを振り返って見た。


然し、黙っていたKは、実に詰まらなそうな態度を見せると。


「何だ、知ってたのか? 大方、マクムスの大先生が教えたか」


その通り、とポリアは頷いて。



「えぇ。 それに、見てて時の無駄だし。 茶番だから・・・詰まらないわ」


ポリアの意見を聴いたKは、正にその通りと呆れて頷き返す。


「全くだ。 朝に起されて、そのままコレだ。 礼も言わなきゃ、反省も無い。 癪だからな、黙って様かと思ったが…。 解ってるなら、ポリア、お前に任す。 俺は、腹が減った」


そう言って、Kは祠に向かう。


「チョットっ!!!!」


まだ話は終わって無い、とミュウが大声を出す。


話を預けられたポリアは、なんだか気が抜けて。


「ねぇ、ウルサイわ。 折角、此処に陣取ってたモンスターを倒して、静かにした祠の前なのに。 また、モンスターを呼び寄せたいの?」


この危険極まりない場所だから、感情的に成って居るミュウですら。


「うぐっ・・」


と、言葉を詰まらせる。


この状況でもなければ、冒険者として格下のポリアなど、返って言いたい放題に言い返される処だが…。


何時までも、此処で言い合いをする暇も無いと、ポリアも解っているから。


「悪いけど、怒鳴るぐらいに元気なら、呼び寄せたモンスターは、自分で責任を持ってよ」


と、追加する。


学者のミュウは、Kが祠に去ってしまった為。 完全に、怒りの矛先を見失う。


さて、一方のオリビアは、ポリアに向かって。


「あの人も、貴女も、何を言ってるの? 何を知ってるの?」


尋ねられたポリアは、ボンヤリ虚空を見ると。


「昨日・・私達が助けに来た時。 オリビアさんのお腹に居た赤ちゃんは、ほぼ死ぬ所だった・・って、マクムス様が」


「えっ?!」


驚くオリビアは、息を呑み。 衝撃を受けたミュウは、オリビアのお腹を見る。


それでも、ポリアは続けて…。


「マクムス様も、その事を昨日のあの時に伝えたら、貴女オリビアが狂ってしまうかもしれないから。 村に帰ってから言おうと、そう思ったみたい」


絶望的な事実だ。 オリビアも、ミュウも、震えて愕然となった。 今にも泣きそうなオリビアに、顔を強張らせるミュウ。


だが、固まる二人が勘違いして騒ぎ出す前に、とポリアは。


「でも、安心して。 今は、ちゃんと生きてるわ。 自分でも、今なら解るハズよ」


ミュウは、オリビアを見て。


「生きてるのね? まだ・・生きてるのね?」


生命の弱くも、小さな波動を感じるオリビアは、ミュウに頷いた。 そして、ポリアを見返すと。


「助かったのね? 私が、生きているから…」


「違うわ」


「え?」


「昨日、ケイが飲ませた、〔エリクサー〕のお陰よ」


すると、ミュウは目を見開いて。


「〔エリクサー〕? エリクサーって、類似品よっ?」


‘解ってる’と、頷いたポリア。


「貴女達が、助けを呼ぶ為に逃がした村人も、病気と毒と大怪我で、死ぬ寸前だったわ」


この話に、オリビアは顔を強ばらせる。 自分が、“助けを呼んで欲しい”と一人で行かせたのだから…。


「でも、その村人も、ケイが〔エクリサー〕の類似品の〔エリクサー〕を作り上げ、マクムス様と協力して助けた。 ケイの薬師としての技能は、天才的みたいで。 彼の作り上げたエリクサーのお陰で、オリビアさんのお腹に居る赤ちゃんも、息を吹き返す様に、生き返ったって…」


ミュウは、自身が薬師の技能を有するだけに。


「そっ、そ・そんなバカなっ。 一般に出回った〔エクリサー〕の調合書は、既に失われたって・・。 調べるには、国の秘密秘蔵書や、魔法学院の隠蔽図書館にでも行かなければ…」


だが、知らないミュウが、作れる者にケチを付けるのが馬鹿らしいと感じるポリアは。


「貴女が知らなくても、ケイは知ってるみたいよ。 だから、自由自在に、エリクサーを作れる」


「そんな・・そんな・・・バカな事…」


生じ技能が有るだけに、ミュウには衝撃的な様だが。


「それより、問題はサーウェルスの方…」


オリビアも、ミュウも、サーウェルスの名前を出したポリアを、また緊張の眼差しで見る。


オリビアは、緊張した震える声で。


「どどっ、どうゆう事? サーウェルスが、ど・・どうか?」


木に凭れるポリアは、オリビアに珍しく冷めた眼を向けた。


「生きてるか、死んでるかは、行って見ないと解らないわ。 ただ、マクムス様は、こう仰った」


“愛する子を宿した僧侶の癒しの力は、熟練の司祭の力を超える”


「って。 もし、虫の息でも、サーウェルスが生きているならば。 オリビアさんが居るなら、強い癒しの力で傷を癒せると…」


オリビアとミュウの二人は、祠へと去ったKの後を眼で追った。


二人が意味を理解したと感じるポリアは、


「もし、サーウェルスを捜すにしても、明日には此処を出て村に還らないと…。 明後日から、この辺り一帯に雨が降るらしいの。 雨に混じって動く、とんでもなく危険な生物も居るし。 太陽が出なかったら、亡霊や死霊までが、この辺りにも出るそうよ。 誰も失わず安全に戻る為には、今日中にサーウェルスを見つけないと…。 Kが決めた道は、恐らくは最短で最善の行動よ」


その話の間。 空に雲が現れ、風向きも昨日とまでは違う。 その事を察し始めたミュウは、幾らか理解が行くのか。 反論もせずに眉間を険しくした。


此処で、祠に戻りつつポリアは。


「一応、助けて貰ってるんだからさ。 少しは言う事を聞いた方がいいわよ」


と、言い置いた。


だが、ポリアの正直な気持ちは、


(自分で言ってよ。 面倒臭いでしょ…)


と、胸の内に出すのみ。


さて、祠の中に戻ったKは、行くメンバーを起こした。


サーウェルスを捜索するのは、ダグラス、ゲイラー、システィアナ、ポリア、マルヴェリータ、オリビア、ミュウの七名と、Kを含む八人がメンバーである。


ま、煩く成るので、ほぼ全員が起きる事と成り。


起きたマルヴェリータは、秘薬のお陰でピンピンしている身体を動かしながら、


「でも、流石はエリクサー、流石はケイね。 スゴい効き目だわ。 疲労感も、何も残って無いし。 お肌も、イイ感じだし」


と、ご満悦である。


一方、目が覚めてしまったフェレックだが。 頭と腕は痛いし、気怠いし、筋肉痛だし、体調自体がよろしくない。


「くそぉぉっ、そんなイイモノが有ったなら、俺に飲ませれば良かったじゃないか…」


と、一人で唸っている。


ま、こんなお馬鹿を誰も構わないが。


さて、同じく目を覚ましたイルガは、Kに。


「お嬢様を頼む」


と、包帯だらけの体で頭を下げる。


頷きもしないKだが、昨日のポリアの行動を聴いた為に。


「ポリアなら、大丈夫だろ~。 こんな面倒臭いお嬢様は、そう簡単に死にやしないさ。 なぁ? “オークの女王様”、よ」


と、近場に居るポリアへ話を振る。


すると、昨日の押し倒された一件も在るだけに。 俄か、ムカムカした顔へ変貌するポリア。


「だ・れ・がっ!! あんな奴らの‘女王’なのよっ! 土下座されても、荷物持ちにすらしてやらないわっ!」


と、怒って返す。


すると、マルヴェリータは、含み笑いを浮かべて頷き。


「あらあら、怒る必要も無いんじゃない? オークの王子サマに押し倒されて、添い寝したものねぇ。 あれは、凄かったわ~」


その場に居なかったKは、その事実は初耳と。


「ほぉ~、オークになぁ。 良かったじゃないか、ポリア。 お前みたいな女でも、ドップリ愛してくれる種族がいるのか。 幸せなこった」


このKの意見に、マルヴェリータとシスティアナが、感慨深く同時に頷いた。


「う゛うぅ・・、お~の~れぇ~…」


言われ放題と成ったポリアの顔が、みるみるうちに憤怒へと変わり。


傍目から見るダグラスは、その豹変して行く姿を目の当たりにして。


(もう・・その辺にしてくれよ…)


と、嘆くのみ。


その隣で、ボソボソとパンを齧るゲイラーは、ポリアから人選の理由を聞かされて。


(言われても、どうせ直ぐには信じられないから、全てを言わないだけ・・か。 な~んでも、お見通しなんだな~。 でも、ず~っとリーダーに成られたく無い人物だ)


知れば知るほどに、Kの事が尚更に怖くなった。


さて、食事を終えた一行は、残る面々に後を託して外に出た。 キーラとフェレックには、結界を存続させる為に。 マクムスより教わって、水晶体に魔力を込める事も言い付けた。


喚くフェレックに、皆が怒るのは面白い光景だった。


処が…。 いざ出発と成った直後である。


「あ゛」


祠から出た所で、驚くゲイラー。 いきなり、此方へ向かって来るオウガを見たからだ。


然し、その後に。


「あらっ?!!」


と、驚くミュウ。


彼女の目の前に居たハズのKが、忽然と居なくなったのに気付いた時。 オウガの体が、グラリと前に倒れて地響きを立てる。


その様子に目を見張ったのは、オリビアとミュウ。 倒れたオウガの背後に、Kの姿が見えていた。


「は・早いぜ、大将」


ダグラスが、自分達の出番の無さに呆れる。


倒れた後に一瞬だけ、激しくもがいて死んだオウガだが。 それをも見ず、Kは。


「今日のポリア達は、オリビアの護衛だ。 お前たちには、後で腕試しもさせてやる。 だが、まぁそれまでは、オリビアを守って着いて来ればいい。 どうしても相手にしたいってなら、雑魚だけでいい。 下手に怪我して貰っては、道中が困る」


そう言ってKは、祠から北東方向へ。 段々と成る岩場の下り坂を降りて行く。


その姿を見るミュウは、横に来たゲイラーへ。


「ちょ・ち・ちょっと、みぇ・見えなかった。 斬った所も・・・斬りに行く瞬間すら…」


同じ事は、既に通り過ぎたゲイラーだ。


「あぁ、だから言ったろう? 俺等が理解を出来る域じゃ無い」


と、のみ。


オリビアは、


「この山に来ても、まだ余裕が有る訳が解りました。 さぞ、名前の知れた方ですのね」


と、察した様に言う。


然し、一緒に歩くポリアは、首を左右に動かし。


「ムカツクぐらいに、全く知らないわ。 自分の名前も、病気に成る前のチーム名も、覚えてないって…」


その返しを聞いたオリビアとミュウは、


(そんな事、在り得ない)


と、二人で見合った。


そして、まだ行方不明と成って居る、オリビア達のリーダー。 サーウェルスの捜索が始まる。


今日のKは、どんな様子を見せるのか。 不謹慎かも知れないが。 ポリア達の心は、サーウェルスの生存の有無よりも、其方に有った様な気がしていた…。

御愛読、有難う御座います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ