第二部:闇に消えた伝説が、今動く4
二章
【封じられた魔の森と地獄大山】
〔その7.祠での一夜と、物思いに耽る夜。〕
★
煙が静まってから。 皆は改めて、‘祠’と呼ばれる洞窟の中を見た。
祠の中は、蒼い宝石を鏤めた様な壁で囲まれていた。 中の構造は、大きい洞窟と奥の小さい洞窟の二間があり。 小さい洞窟の中には、優愛・慈愛・博愛の女神フィリアーナの像が安置されていて。 その力で清められた水が湧く泉が、少し深めの水溜り程度にある。
「おぉっ、フィリアーナ様」
信仰するマクムス、システィアナ、ハクレイが祈りを捧げ。 他神信者ながら、セレイドも礼儀正しく祈りを捧げる。
その間、小さい穴の付近に座るマルヴェリータが、竈の様に石で囲んだ焚き火の灯りを頼りに、祠の内部を見回して。 青白く仄かな光りを放つ壁を見て、ウットリした。
「キレイね、まるで・・宝石みたい」
と、呟けば。
横に座るポリアも、溜め息混じりに。
「ハァ、ほ~んと。 コレって、全部サファイアとかだったりして…」
すると、二人の話を聴いていたKが。
「いやぁ、これは全て水晶だ。 ただ、チョイと特殊な技術も、使われているがな」
と。
学者のイクシオは、知識欲がそそられて。 天井などを見上げながら。
「“特殊”? 一体、どう特殊なんだ?」
と、自分達より遥かに高い知識を有する、無名の包帯男に問い返した。
熾した焚き火に、昼間の旅で拾って持って来た枯れ木をくべながらKが。
「この壁の淡い光は、〔光り苔〕の放つモノだ。」
「“光り苔”? それって、古い森や自然の土洞窟に生える、あの弱い明かりを放つ・・アレか?」
「そうだ」
「そんなっ、リーダーさんよ。 この苔を見ろ。 完全に水晶の中へ閉じ込められて居るし。 長年を放置されているんだ、生き続けられる訳が無い」
イクシオの話に、皆が頷いた。
だが、Kは全く普通のままに。
「その昔、魔法技術が隆盛を極めた、三百年以上前の“超魔法時代”。 水晶の中に光り苔を閉じ込めて、時間の経過をも閉じ込める技術があってな。 こうして今でも、夜になると苔が光りを放つ」
イクシオは、テンガロンハットを脱いで、髪の毛を乱すまま天井を仰ぎ見て。
「これが、あの失われた時代の技術…」
と、見る事に全てを注いだ。
ダグラスは、天井を見上げながら。
「“超魔法時代”は無くなっても、技術は生きてるのな。 これって、何処かでまだ造られてるモノなのか?」
と、会話に入って来た。
「いや。 もう今は、完全に失われた技術だ」
「じゃ、もう造れないんだな?」
「あぁ。 だが、この技術自体は、超魔法時代でも初期の技術。 世界でも古い古い建築物には、良く残ってるポピュラーなものだからな。 お前達が生きて戻り、冒険を続けてれば、また見るかも知れん」
「此処だけじゃ無いんだ」
其処に、祈りを終えてマクムスが戻って来る。
「この壁ならば、魔法学院の地下や。 北の大陸の西側に在る、フィリアーナ様の都〔クルスラーゲ〕に行けば、建物の一部で見られますな」
然し、魔法学院を卒業したマルヴェリータだが。 学院の地下内部は、誰でも入れない場所と知っていたので。
「流石に、マクムス様ですね。 学院の地下に、入られた事が在るのですか?」
腰を下ろすマクムスは、湯を沸かしてスープでも作ろうと思いながら。
「はい、まだ若い頃ですが…」
二人の会話に興味を持つのは、魔法学院の事を知らない者達。
その中でも、また若いダグラスが。
「魔法学院の地下って、誰でも入れないんだ」
と、聴けば。
歩き疲れから足が痛いフェレックは、そんな事も知らないのか、と。
「魔法学院は、この世界でも空間と云う間を無視して、天空に浮いている施設だ。 地上から天空に浮く施設は、ほぼ全ての学生に開放されている。 然し、地下から下は、先生や学院の統治を行う者達の世界。 学生だろうが、許可なくみだりに踏み込めば、死罪に成る事だって在るんだよっ」
と、湿布薬を布に塗り。 足に巻いて、滲みる痛みに悶える。
余りにも偉そうな物言いで。 祈りから戻ったシスティアナが、杖を伸ばしツンツンと突っついては。 怒るフェレックと、鬼の形相を見せるゲイラーが見合い。 フェレックが泣き寝入りするしがない状況が、皆の沈黙を誘った。
その直後。
ゲイラーは、天井の淡い光の壁を見て。
「あ~、早く世界を渡り歩ける、そんなチームに為りたいゼ」
と、言えば。
近くに居たダグラスも継いで。
「んだな~」
と、天井を見ていた。
すると、立ち上がったKは、一番の実力派で在るゲイラーに。
「この仕事が終われば、チーム名に箔が付くさ。 ま、成功すれば・・の話だがな」
と、言ってから。
「じゃ、薪代わりになる物を、もう少し探して来る」
それを聞いたマクムスは、心配してか。
「お一人で?」
小さく頷いたK。
「薪探しまで、足手纏いは要らないさ。 それに皆は、今日を歩くので疲れたろう?」
システィアナとゲイラーにイジメられたフェレックは、苦虫を噛み潰した様な顔で。
「フンッ、クッタクタだぜっ」
その返しを聞いたKは、
「疲れを明日に残さない様、しっかり休め」
と、彼に言った後だ。
祠の入り口まで来ると、一同へ振り返り。
「いいか、先に教えておく。 例え、モンスターが来ても、祠を覗いても、絶対に刺激だけはするなよ。 朝まで入り口に待たれても面倒だし。 祠の内部に攻撃を加えられても困る。 モンスターには、この祠の中は見えないから、安心して寝てろ」
と、言いおいて、外に出て行った。
すると各々それぞれが、食事や休む準備をする。
その中、マルヴェリータやマクムスの近くに来たイクシオは、
「なぁ。 もう少し、深く魔法学院の事などを教えてくれないか?」
と。
マルヴェリータやハクレイは、別に構わないと語ってくれた。
今、皆の居るこの〔北の大陸〕から、海を渡って東へ行くと。 〔東の大陸〕と云う、南北に長い大陸に渡る事が出来る。
この東の大陸の事は、何れまたどこかで深く語る時が来ようが…。 とにかく、ざっくりとした説明で云うと。 この東の大陸の北部に位置するのが、魔法学院自治領国“カクトノーズ”だ。
基本的に、魔法を扱う為に修行をした者、全ての学び舎と言える。
極一部、生まれながらにして魔法を扱える、天才的な‘天稟’を持つ者も居るのだが。 それも、何れまた別の機会に語るとして。
この魔法学院への入学は、魔力が在る事さえ分かれば、何歳でもいい。
だが、
“入学から十年で、絶対に卒業をしなければいけない”す
と、不思議な掟が存在する。
その十年の間で、魔法を遣える様に成るかかどうかは、本人の努力次第である
そして、魔法遣いのマルヴェリータ、キーラ、フェレックは、勿論のこと。 僧侶のシスティアナも、マクムスも、ハクレイやセレイドも、魔法学院を卒業している。
そんな、魔法を扱う者の始まりの地と成る、魔法学院の領土カクトノーズは、世界でも指折りの広さを持つ国の一つなのだか…。 学院の在る場所の地下は、学院で働く先生や統治をする政務官の生活を含め、政治の中枢で在って。 許可なく生徒は入れない。
だが、マクムスは、この国の神殿の責任者に成る時の任命で、其処に入ったらしい。 然し、その事を深く話す事は禁じられていた。
マルヴェリータは、少し不思議に思う処が在り。
“魔法学院は、誰が守っているのか?”
と、云う点だ。
ハクレイも、セレイドも、兵隊らしきものの姿は、見た事が無いと。
マクムス曰わく。
“その学院に勤める先生は、教師でも在りながら、政府としての役人でも在る”
と。
詰まり、非常時には、先生等が戦うと云うのだ。 魔法の技術の高さを知るマルヴェリータは、それで納得した。
さて、イクシオは、マクムスへ。
「マクムス様。 さっき、リーダーが言ってたが。 クルスラーゲとは、ホーチト王国の左側に位置する国のですよね」
「えぇ。 このホーチト王国が在る北の大陸は、世界で一番大きい大陸であり。 その大地を、約六カ国が分割します」
今、マクムスの云う通り。 このホーチト王国は、丁度大陸の中央に位置し。 西に、〔溝帯〕と云う、広大な砂漠の裂け目を挟み。 それから西側へ抜けると、宗教王国“クルスラーゲ”と云う国が在り。 北には、〔スタムスト自治国〕。 東には、世界最大の国土面積を持つ、〔フラストマド大王国〕が在る。
Kの先ほどの話に出て来たクルスラーゲは、国教を〔フィリアンタ教〕としている宗教国家だ。
だが、他宗教でも住めるし、信教の自由もある。 マクムスなど、他国の神殿に司祭達の総括責任者が居る国で。
“世界で一番信仰されるフィリアンタ教の総本山”
と、云えば良いか。
イクシオとマクムス達の話が弾む中。
皆が食事をしたり、語り合ったり。
冒険に持ち込める食材は、限られて来るのは仕方ないが。 そんな食事も、遣り様に因っては、なかなか色々と楽しめる物で。 野菜は、甘く無い塩系のジャムや、乾燥させた物をスープに入れたり。 肉は、塩漬けの物を干したり、燻製にした物。 他、チーズや焼き穀物などで、雑炊なども出来る。 乾燥麺(パスタが主流)も在るし。 凝る人間は、小麦粉から作ったりする者も。
「ん゛ん~、チーズ最高おぉ~」
無類のチーズ好きのダグラス。 旅にチーズは欠かさないらしい。
ゲイラーは、体格に似合った大食漢だが。 旅の間は、極力に咀嚼の回数を増やして、ゆっくり食事をする。
こんな冒険者達を見ると、定職と家柄の在る貴族の一部は、
“剣技や魔法を利用して、毎日を無為に遊ぶ閑人”
と、云う者が居る。
確かに、決まった仕事が在り、立派な家柄が在り、用意された椅子と人生が在る者からすれば、冒険者など見下す者も出て来る。
だが、それは一面しか見ていない。 一面を見て、全てを解った気に成って居る様では、それもまた無為な事を言って居るに過ぎない。
今、コールドとボンドスが、互いに話し合っている。 二人とも孤児で、居場所が無いままに乞食をしながら、旅人として流れているうちに冒険者になったとか。 生い立ちから生き方まで似ている二人は、話が合う様だ。
一方、デーベやゲイラーやダグラスも、牧場や農家の次男や三男など。 家を継ぐに値しないからと、ゆく場が無く冒険者になった。 ヘルダーも、農家の息子だが。 口が利けない事を周りが見下すので、体に障害が無い兄弟が継いだ方が良いと、冒険者に成った。
一方、見たままに近いのがフェレックで。 貴族の出身なのだとか。 然し、この気位の高さからして、何で冒険者に成ったのか。 “魔法遣い”で家柄が良いならば、魔法を遣う兵士の道も在っただろうに…。
だが、ポリアの様に飛び出す者も居るぐらいだから、それは個人の勝手気ままと云う処か。
皆、それぞれの生き様が在り。 生き方の解らない者を受け止めて来た、冒険者と云う世界。 この冒険者と云う世界が無かったら。 モンスターが存在して、魔法や武器を扱う技術は在るのに、一体何が自由な受け皿と成るのか…。
★
祠では、疲れた皆が身体を休め、雑談をしながら休息への準備をする。
だが、この危険な大地に一人で出た包帯男は、一体何をしているのか…。
時折、空を流れる小さな雲の塊が、青白く光る月を隠す。 急激な闇が訪れる時、森の中を蠢いて移動する巨大な何かは、絶命の声すら上げずして倒れた。
‐ ズシーーーーーン!!!!!!!! ‐
辺りの大きな木を薙ぎ倒して、大地に潰れた何か。
そして、雲が流れて月明かりが現れると…。
「………」
巨木ばかりが乱立する森の中、一際高い木の天辺。 指先ほどしかない木の先端部に、Kがコートを靡かせ立って居る。
彼は、光る月を見上げると。
「嫌な時期に来たな…。 あの時と同じ、お月様・・・ってか」
と、呟くと。
深い青藍の空には、頭が欠けた月が大地を見下ろしていた。
その月を眺めていたKは、自分を狙い宵闇の空を飛ぶ何かに、向く事もせず安物のナイフを投げた。
一直線に、Kに向かって飛んで来た、黒く大きな影。 然し、その影は、Kまで到達する事も無く。 殴られた様に長い首を横へ向けると、森の中へ墜落してしまう。
それが、実際には脅威の有る襲撃だったのか、それすら臭わせないKだったが。 今度は、倒れた巨大な何かを見下ろして、その動かない身体に目を細めると。
「あの時、この力が有りゃ~なぁ。 まぁ、今回の仕事に出会う事も無かったろうが………」
何を想うのか、独り言を呟いていたが。 途中で止めては、目を瞑りながら被りを振ると。
「無駄な事か・・、“たら・れば”は…」
と、また月を見上げる。
そして、
「なぁ、………………」
と、幽かな声で、何かを言った。
恐らく、ニュアンスからして、誰かの名前を二人ほど。
然し、Kの言った言葉は誰に響く事も無く、山の空気に消えて行く。
これだけ強い男でも、何かの哀愁や悲哀を抱くものなのだろうか。 寧ろ、欲すれば、全てが手に入りそうな人物だが。 彼を以てして手に入らないものとは、一体何だろうか…。
だが、また雲の一団が、月明かりが眩しいとばかりに、その姿を覆う。
そして、その雲が退けた時。 Kの姿は、其処に無かった。
消えた後には、静寂のみが在る。
然し、それも束の間の事。
次第に、森の中が騒がしくなる。 獣も唸り声が木霊し、様々な声音の争いが起こる。
巨大な何かが倒れた跡に、その騒がしき獣同士の調べが響き渡っていった…。
★
一方、祠の中。
Kが出て行って、暫く。 疲れた一同が横になったり。 もう寝そうな者や、寝てしまった者も居た。
そんな様子の中で、寝そべって微睡むダグラスだったが…。 ふと、耳慣れない音を感じた。
「ん?」
頭を上げて耳を済ませど、何も聞こえ無かったが。
(気のせいか)
と、頭を床に敷いた布へ下ろした時。
“ドン”と、微かに振動に似た音を聴く。 ハッと頭をまた上げて、
「な、ゲイラー。 外になんか居るか?」
と、頭上で壁に凭れたゲイラーに言う。
いち早く異変を感じたゲイラーは、ヘルダーが飛び起きたのを見て。
「みんな、何が在っても、大声をだすな」
と、跪いて入り口を見る。
ゲイラーの言葉で、気がまだ付いていた者が、祠の入り口を見れば…。
「モンスターか?」
起き抜けに、フェレックが言う。
その横を、警戒するヘルダーが通り過ぎて、入り口に壁伝いで近づこうとした時。
- ドスン・ドスンっ・ドスン! -
と、ハッキリとした何か地響く振動が、音と共に皆へ伝わって来た。
「シー・・」
ゲイラーが口に指を立ててから、ヘルダーに
“近づき過ぎるな”
と、ジェスチャーをする。
頷いたヘルダーは、最も中央の焚き火付近に居たセレイドの脇に屈み。
「………」
二人して頷くと、入り口を警戒する。
壁に凭れ微睡むマルヴェリータでも、振動と音で目を覚ます。
近づく音は振動にリンクしているから、誰もが足音だと解った。 さて、迫る音が祠の前まで来て、ピタリと足音が止まり、影が入り口に差した。
その影を見て、誰もが身構える。 其処へ、いきなりヌ~っと、大きな顔が現れた。
「っ!!!!!!」
見た瞬間、見た全員が出しかけた声を堪える。
祠を覗き込んだのは、大きくおぞましい顔をしたモンスターで在る。
其処へ、唯一寝ていたハクレイが身を起こして、怪物の顔を見てしまう。
「う゛!」
叫び声を上げそうになったハクレイの口を、イクシオが慌てて抑えた。
(ポリア~っ!!!!)
声を出しそうなのは、他の皆も同じ。 システィアナが、怖くてポリアにしがみ付く。
(大丈夫…)
抱き留めたポリアは、そう思ったが。 その胸の内では、自分自身がビビッていた。
さて、この合同チームの中でも、セレイドと並び突出したゲイラーの体格だが。 それに匹敵する大きさの顔が、祠を覗いている。 モンスターの皮膚は、青黒いもので。 眼は、瞳孔が開いていて、狂人の如き異常な光りに満ちているし。 鼻はつぶれた感じ。 そして、口は、耳元まで裂けていて、上下に鋭い刃の様な牙がはみ出していた。
恐怖心に捕らわれるフェレックが、グッと杖を構えた。
(魔法で先制の一撃を…)
瞑目し掛けたフェレックだが、
(止めろ、向こうは見えてない)
と、ダグラスが杖を引き降ろす様に抑えた。
顔を覗かせたモンスターは、入り口でクンクンと鼻を鳴らし匂いを嗅ぎつつ。 その狂気に染まる瞳を使って、祠の中を見回すのだが…。
近くに居たヘルダーとセレイドにすら、その焦点を合わせない。 どうやらKの言った通り、皆が見えていない様だった。
そして、ちょっとした合間の時を経て、スゥ~ッと徐に顔を引いた。
ヘルダーは、少しだけ入り口に近付き、外を窺う。
モンスターは、背中を見せて祠から離れて行く。
その足音が、皆にも教えた。 モンスターが、次第に遠退いて行く事を。
「ふ~」
緊張感を解く様に、ダグラスが深い溜め息を一つ。
一方、同じく安堵したフェレックは、
「もう離せっ」
と、掴まれていた杖から、ダグラスの手を振り解こうと動かした。
だが、もう掴む必要が無くなったダグラスは、先に手を放す。
「うぉっ」
思いっきり、後ろに転がるフェレック。
だが、彼が怒鳴る前に、ゲイラーが顔中に溢れた汗を拭って。
「本当に、こっちが見えて無いんだな~。 あの顔を見た時は、流石に驚いたぜ」
ポリアから離れたシスティアナも、
「ポリア~、ごわがっだですぅぅ」
と、声を出す。
ハクレイの口から手を離したイクシオは、戻って来たヘルダーを見て。
「顔だけでも、かなり大きかったな・・。 全体を見ると、我々の三倍以上は軽く有るんじゃないか?」
コクリと頷くヘルダー。 両手を左右に広げ、体の幅もかなりの物とアピールをする。
マクムスは、皆から視線を外して、また外への入り口を見て。
「こうなると、外に出たケイさんは、大丈夫でしょうか・・・。 アレほどの大型相手では、些か一人では難しいかと」
だが、真っ先にフェレックが鼻先で笑い。
「フン。 マクムス様が心配する必要も無いですよ。 何しろ、自分で行ってるんですから」
と、突け放す様な物言いをした。
だが、ポリアやマルヴェリータは、そんなヤワな人物では無いと知る。 だから、反論してやろうと、視線を彼へ向ける。
其処に、突然。
「その通りだ」
と、Kの声。
「うおあっ!」
彼の居ぬ間に、少しでもバカにしておきたかったフェレックだが。 いきなり声が聞こえた事で、飛び跳ねそうな程に驚く。 やはり、喉元に剣を付けられた恐怖が生きていた。
また、声が聞こえたと全員が、ハッと入り口を見れば。 枯木を抱えたKが、祠の中へと入って来ていた。
立ち上がったポリアは、Kの入って来た祠の入り口を指差し。
「ケイ。 い、今さっき、外にデカイ奴が・・」
と、言えば。
薪の枯木を置くKは、さも解っているとばかりに頷いた。
「あぁ、入る前に見た」
「あのデッカいのって、有名なモンスター?」
すると、弱まった焚き火の前に屈むKは、自分を見返す皆を見てから。
「前にも言ったが。 あれが、巨人の食人鬼“オウガ”だ」
「え゛っ?」
「あれがっ?」
「なんですとっ?!!」
起きた皆が次々と驚き合う。 ‘オウガ’など、世界でも秘境や古代遺跡の調査を任されるチームでもなければ、先ず出遭す事も無いモンスターだ。
だが、希少な種と云う意味では無い。 それだけ、極めて凶暴かつ限定された場所に居ると云うだけだ。
この世界には、人間が住む為としても、入り込めない恐ろしい場所が在る。
そう、此処の様に…。
Kは、持ってきた枯木を火にくべて、焚き火の前に腰を降ろす。
「太古の古代戦争から居る、巨人族の一種。 肉食で、凶暴で、知能が低く。 巨人族の中では、比較的に体格は小さい部類だが。 最も凶暴な種族の一つ。 限られた地域にて生息している、闇の狂人族とも云えるな」
と、学者らしく説明をする。
オウガの存在に恐れつつも、良く知って居ると呆れるダグラスは、外に指差して。
「でも、“覗きに来た御方”、かぁ~なりデカかったゼ? オウガってみんな、あんな風?」
「だろうな。 成人と云う言葉が相応しいか・・、それは俺も解らんが。 過去に見て来たオウガは、大体の感覚からしても。 ゲイラーの三・四倍は、優にある」
「よっ、四倍ぃっ?!!!」
数人が、大きな声で一斉に驚く。
軽く頷いたKは、更に続けて。
「だが、あのオウガですら、この山に生息するモンスターの中では、中級だ。 更に、異なる生き物では、前も話した通り。 三つの違う顔を持つ凶獣キマイラや、地獄の狂犬ヘルバウンドも居る。 更に、上に行けば…」
と、皆をゆっくり見回す。
一方、Kの話しが途中で止まった事で、‘ゴクリ’と生唾を飲む者が大半。
その中で、Kの帰還だけで、‘すっときょん’な声を出してしまったフェレックは、怯えながらもカラ意地張って。
「な・何が・・居るんだっ。 え゛?」
と、問い返すと。
火を見るKは、
「そうさ、な。 前に説明した“屍渓谷”って場所では。 ポリア達と前に受けた仕事の時、塔の天辺で出遭ったが。 〔アビレイス・インフェルノ〕って奴や、〔ジェノサイス・ホロウ〕の様な、亡霊系の最高位モンスターとか。 〔デュラハーン・ロード〕や〔デス・スカルノ〕など、死霊系の最強モンスターもウヨウヨ居る」
そのモンスターの名前を聴いただけで、フェレックはガタガタと震え上がり。
「ま・・じか?」
こう絞り出すのが精一杯。
Kは、前の仕事でも、恐ろしいモンスターをアッサリ倒したが。
それは、
“あくまでも、Kだから”
と、言い切って良い。
死霊や亡霊と云うモンスターは、高位に成ればなるほどに。 普通の武器は効かない事は勿論。 適格な攻撃をしなければ、魔法すら効果が薄く。 また、一撃で人を殺す〔デス系〕と呼ばれる魔法以下。 暗黒魔法、死霊魔法、一部の魔想魔法に加え、悪魔が遣う妖術まで扱える様に成って行く。
ぶっちゃけて終えば。 以前の仕事で、Kが倒したアデオロシュ卿のモンスターは、“成り立て”と言って良かった。
悪魔も含む高位の死霊や亡霊モンスターは、その存在が居るだけで、人に恐怖心を与える。 〔フィアーズ・コート〕《恐怖の波動・戦慄の衣》と、呼ばれる力を持ち始める。
そして、高位の死霊系、亡霊系、悪魔系と云うモンスターは。 過去に、数え切れない程の有望な冒険者チームを、“全滅”と云う地獄に叩き落として来た過去が在る。 他の冒険者チームが、その遺品や亡骸。 時には、殺したモンスターの下僕に成っている事で、全滅が確認されて来た。
今、Kが言ったモンスターは、名前を聴くだけでも震え上がって可笑しく無い、それほどのモンスターなのだ。
だから、フェレックだけでは無く。 マルヴェリータやシスティアナも、強張った顔をして硬直化している。 魔法を扱う者は、強い力の波動を感知する事が出来る様に成る。 僧侶などは、特に対照的な立場に在る存在。 悪魔や死霊や亡霊のモンスターに対しては、感知能力が高まるだけに。 返って、その力の影響をモロに受ける。 だから、高位の司祭と云う立場まで頂くマクムスですら、真剣な顔をして固まる訳だ。
が…。 細い木を先に燃やすKは、
「ま、ビビられても仕方ないが。 山の上、魔王の居た洞穴の〔地獄大洞〕と、その周辺。 また、魔王が封じられ眠っていた〔封印窟〕辺りにゆけば、〔カオス・デーモン〕やら、〔悪魔貴族〕なんかの、所謂の〔大悪魔〕何て奴らすら居る。 この山は、そうゆう場所なんだ」
と、言う。
Kの言った全てのモンスターの名前は、伝説的に伝わる最凶にして最悪のモンスター。 一体、どれだけの冒険者が、退治を試みて命を落とした話が在るか。
今、この世界に居る冒険者チームでも、そのモンスターと戦わせて勝てるチームがどれだけ居るか…。
ボンドスやリックは、聴いただけの恐ろしさで、冷汗が流れて。 手で拭いたのに、また顔に汗が流れる。 イクシオやヘルダーは、何を想像して居るのか。 思慮に耽るが、その顔は厳しい。
Kは、この際だからと。
「おい、これぐらいでビビられても、此処まで来たら困る。 今、俺が薪を拾いに行っていたのが、山中央の〔大樹海〕。 オウガやアビゴルトゥロール等の、凶悪狂暴な巨人を始めに。 様々な生物・植物・蛇竜の最高位までのモンスターが蔓延り。 その樹海中心部には、原始の森と云う特性から闇の妖精族が居る」
すると、フェレックが。
「〔闇の妖精〕っ? それってのは、あの巷に居る〔ダークエルフ〕の事かっ?」
この世界には、人間以外。 また、人間と混血と成る亜種人が居る。 その中でも、一番に有名なのは、神より生み出された妖精と人の姿を併せ持った〔エルフ〕だ。 尖った耳、白い肌、男女を問わずして美しい容姿に恵まれて、魔力に秀でた種族。
だが、エルフの血族には、〔ダークエルフ〕という。 肌が漆黒から薄い黒で染まる者が居た。 エルフとは異なる肌の為、長年に渡ってエルフからも、人間からも迫害された種族だ。
然し、マクムスが。
「フェレックさんっ、勝手な事を言ってはいけませんよっ!」
と、強く窘めた。
マクムスの怒りの声に、ポリアやマルヴェリータも、目を見張る。
其処へ、学者のイクシオから。
「今から、三十年以上も前に、各国の学者が集まって協議した。 その中で、〔ダークエルフ〕とは。 〔エルフ〕が、様々な精霊の力を感知する事が出来る中で。 闇や魔の力にも、その感知能力が及んだ事で色が変わった、と云うだけで在り。 暗黒面に力が傾倒したからでは無いと、はっきり定義付けされた。 〔ダークエルフ〕を迫害する事は、今や古い考えの人間がする事だ」
と、言うではないか。
然し、フェレックも、それがまた気に入らないのか。
「ふざけるなよっ! これまでの過去で、ダークエルフが破壊の首謀者だった事は、幾度だって在ったじゃないかっ! 今更、何で対等に扱わなくっちゃイケないんだっ」
と、言い返す。
実際、政治に深く携わって来た貴族ほど、ダークエルフを迫害する者は多い。 ダークエルフが反乱や破壊行為、国家転覆の行動を起こした事は、歴史的に観ても確かに在った。
だが、Kから。
「一番悪いのは、エルフだ。 次に悪いのが、人間だ。 一方的に迫害されるんだ、憎しみや怨みが募り、怒りから反乱だってする」
いきなり、こう言ったのだ。
さて、貴族のポリアは、小さい頃にダークエルフと遊んだ事が在るから。
「私、まだ子供の頃からね。 遊んだり・・剣術を習う事で、何人ものダークエルフの人と関わった事が在るけど。 誰一人として、そんな危険思想みたいな言動する人は、見た事が無いわ。 でも、ケイ。 どうして、エルフが悪いの? 迫害して来た人間が悪いのは、解るのだけれど」
これには、マルヴェリータも。
「それ、私も知りたいわ」
焚き火に向きながら、火を見詰めたKは、そのまま動かずに。
「元々、ダークエルフは、エルフの中でも力を強く持った者が、特別と云うより不規則に生まれた個体でしか無かった。 然し、白ばっかりの中の黒は、余計に目立って嫌われる。 基本的に、エルフは自然の精霊力に、その才能を強く持つ筈なのに。 その理が偶々にズレて、他の力の素養を持ってしまっただけだ。 だから、ダークエルフとダークエルフが結ばれると、ダークエルフしか生まれない。 それなのに、エルフがダークエルフ同士以外の結婚を認めなくした。 だから、ダークエルフの種は、エルフに戻れなく成った」
「ケイ。 それならダークエルフって、肌の黒いエルフってだけじゃない」
マルヴェリータの意見に、Kはすんなり頷く。
「そうだ」
「え? それなのに、迫害したの?」
余り感情を込めないKは、またもやすんなり。
「そ~だ」
これには、ポリアとマルヴェリータが向き合って。 先に、ポリアが。
「ど~してよ」
と。
首を傾げるKは、
「俺も、エルフの石頭は理解できん」
「石頭?」
「あぁ。 神から色や容姿を定められて作られた自分達に、色違いが生まれるなど。 その個体が呪われたか、暗黒面に導かれた悪魔の所為か、どちらかしか無い・・とよ」
この話しには、ポリアやマルヴェリータも、疑問を含め不満が湧いた。
先ず、マルヴェリータが。
「そんな杓子定規的で判断した訳?」
と、言えば。
続いてポリアも、
「信じられない。 人間だって、色んな肌の人が居るのに…」
と、続く。
二人の美女の意見には、す~んなり、ゆ~っくりと頷くK。
「俺も、ド~カン」
と、二人に同意。
だが、更に。
「然し、始末に負えん話だが・・。 神から作られたエルフが、そう云うし。 悪魔も、迫害されたダークエルフを手先とするため、甘い誘惑で利用したものだからよ。 人間は、エルフを信じて、反乱を起こすとする悪魔側の者として確信し。 今日まで、ダークエルフを迫害して来た訳サ」
其処まで聞いたダグラスは、酷く可哀想な気持ちに成り。
「何時かも解らない大昔から、そんな風に決め付けられたのか? それって、マジで酷くないか? つ~か、逆ギレから反乱も、当たり前な気がする」
またも、頷くK。
「全くだ。 ・・てかよ。 ダークエルフって種は、エルフみたいな気位の高い社会性が無いからサ。 迫害ナシに育つと、温厚にして穏やかな奴らば~っかりなんだ。 然も、特に女が生まれる確率が9割で、皆が美人で体も素晴らしい。 迫害するより、男からすると大切にすべきと思うがね。 ワガママでピーチクパーチク煩い女より、よっぽど可愛い女が生まれるゼ」
と、言ってしまう。
ポリアとマルヴェリータは、目を細め。
「あら、ケイからすると、人間の女性を迫害したいみたいね」
「ケイぃぃぃっ、ピーチクパーチクって、誰の事よ゛っ」
と、二人からのお叱りが飛ぶ。
シレ~っと横を向いたKだが。
イクシオは、その話しからも何かを読み取り。
「そうか。 人間の作る裏の犯罪組織が、ダークエルフの女性を奴隷化する為。 学者達の出した結論は間違いと、暗殺活動が活発化した事が在った。 それもこれも、金蔓のダークエルフに、正しい認識を与えない為か。 そうか・・何て事だよ」
と…。
ダークエルフは、常に一般的な地位より下に在る。 また、ダークエルフが何をされても、一般的の社会では問題視はされ難い。 だから、人間社会の悪い者は、ダークエルフを奴隷化しようとする。 人間で遣ると大変だが、ダークエルフなら対策もされないからだ。
一方、この山の事が知りたいゲイラーで。
「なぁ、そのダークエルフが、樹海中心部に居るのか?」
と、話しを元へ引き戻した。
問われたKは、鉄鍋の小さいもので、湯を沸かし始めるままに。
「バカを云うな。 おぞましいモンスターの巣窟の中で、そんな種族が生き抜けるか。 地上、樹海の森の中、空中と、全ての層にモンスターが居る。 ダークエルフの街が在っても、直ぐに全滅させられるよ」
「あ? だが、妖精族が居るって…」
「居るのは、モンスターの部類だ。 神より〔天使〕と云う使者の形で生み出されながら、悪魔に魅入られモンスターと化した様々な天使。 その中でも、堕落、狂気、破壊、殺戮の思想に染まった奴らが居る。 その天使達が、小悪魔やら暗黒側の妖精族を下僕に変え。 樹海のモンスターすら寄せ付けない、強固なテリトリーを築いている。 〔背を向け祈りし者・ボォハルプ=ヴォーカー〕、〔血を浴びて笑う憤怒の妖精・ニャルハラソルス〕とか。 人間の住む場所に出られたら、街一つが数日間で〔死の都〕に変わる様な。 そんな奴らばっかりだ」
ゲイラーやダグラスなどは、名前すら知らないモンスターだから、イマイチに良く理解が出来ない。
だが、一人だけ一番に衝撃を受けたのは、大司祭のマクムスで在る。 クタクタと、その場に崩れて両手を床に着くと。
「な・なんと、なんと云う事だ…。 私は・・私は、そんなモンスターの棲む場に・・・、皆さんを招いたのか…」
こう言って、その体裁すらかなぐり捨て、後悔をし始める。 知識が在る分だけ、驚異も察する。
周りの皆は、高い地位に座るマクムスがこう成る事で、少しずつモンスターの恐ろしさを感じていった
湯の様子を見ているKは、皆を見ずのまま。
「ま、そんな最悪の奴と戦う気は、こっちも更々無い。 最小限のリスクで遣るしかない戦力だ。 予想して、半数の奴等が半殺し手前で帰れる様には、考えてる。 死なれちゃ~面倒だからよ」
その物言いは、明らかにそれ以外の事はやる気も無いと、そう言って居る。
だが、こう言う・・この包帯男が。 誰しもが、凄く余裕が有る様に見えるのは、何故だろう。
黙る者達の中からゲイラーは、水を水筒から飲んで。
「ま、出来たら・・明日で決着付けてぇ~な」
と、呟いた。
ダグラスも、震える声を宥めつつ。
「だ・だな・・。 死ぬのは、無しだぜ・・。 みんな纏めて」
と、搾り出す。
一方のKは、一人で食事をする準備をしながら。
「さ、明日が本番だ。 無駄話もこれまで、さっさと寝ろ。 寝れそうもネェなら、寝る前に誘眠効果の有る薬湯でも飲んどけ。 ビビッて漏らしても、グ~スカピ~スカと寝られるぞ」
と、皆へ言ってから。
己の持ち込んだ仕事の無謀さを思い知って、責任の重さに苛むマクムスを見ると。
「オイ。 山のモンスターの恐ろしさは、前にも説明したハズだろぉ? 今更、悩むのは止めにしろ」
マクムスと云う人物に対しての物言いとして、これは失礼を超えて非礼だが。
「はい、申し訳ありません」
と、マクムスが言うのだ。
「………………」
皆、何もフォローなど出来ない。
誰もが、包帯男の指示に従って寝た。
ポリアやマルヴェリータも寝たかったから、薬湯を飲んだ。 誰もが、苦い薬効の有る薬湯の苦味が、今は少し恋しく成った…。
〔その8.魔域〕
★
朝は、何時もと変わらない。 まるで当たり前の様に、普通に遣って来る。 それを感じられるのは、まだ生きているから。 それだけだろう。
さて、白む様な鈍い光が、祠の入り口から中に差し込んで来る。
「ん・・ん? あさぁ?」
気が付いたポリアは、身を起こした。
周りを見れば、自分に寄り添うシスティアナや、近場でフェレックに背を向けるマルヴェリータを含め、皆がまだ寝ていた。
処が、全体を見回した後に、一点で顔が止まる。
「? アレ、ケイが居ない…」
そう、起きて祠の中を見回せど、Kの姿は何処にも無い。
「ううん・・」
色っぽい声で、マルヴェリータも起きた。
「ポリア・・お早う」
「マルタ、おはよ。 でも、ケイが居ないわ」
「え・・?」
眠い眼のマルヴェリータが、ボ~っと小さな火の熾きを見た。
その時だ。
‐ グアアアアアアーーーーーーっ!!!!!!! ‐
いきなり近くで、獣の雄たけびが上がった。
「うわっ」
「何だぁっ?!!!!!」
「何事ですっ?」
「うひゃーーーっ!!!!!」
個々に誰もが驚いて、眠気すらすっ飛ぶほどに早く飛び起きた。
その中でも、まだ鎧すら着て無いポリアが、剣を片手にして一早く立ち上がり。
「外からだわっ」
と、祠の外へ。
「おいっ、ポリア!」
「ちょっとっ、ポリアっ!」
ダグラスとマルヴェリータが、飛び出すポリアを見て驚いた。
さて、真っ先に外へ飛び出してみると、辺りには霧より薄い靄が漂い。 東の空が赤く霞んで見える。
昨夜のオウガの存在も在るからか、祠の出入り口から大きく飛び出さずして、辺りを窺うポリアだったが…。
「あっ!!! ケイっ!!!!」
祠の前から数十歩は離れた先で。 昨夜に登って来た坂の斜面手前に、靄の切れ間からKが見える。
然し、その場所から少し離れた斜面の縁の前方には、像の様な大きさをしたモンスターが居る。
驚いて立ち止まったポリアの後ろへ、武器だけを手に次々と一同が飛び出して来て、Kとモンスターの様子を見付ける。
‐ ガルルル…。 ‐
犬の様に唸るモンスターの身体は、墨の様で。 身体の高さが、ポリアよりもず~っと高く。 その外見は、まさに犬の様な姿で在る。 また、瞳は火の様に真っ赤と燃えるような光沢を持ち、口からはモクモクと煙が上がっていた。
「だあっ!!! 何だバっ、あのモンスターっ!!!!」
こう驚くデーベに、ゲイラーやイクシオが。
「そんな事っ!!」
「言ってる場合かよっ!!!!」
と、走り出した。
その時である。 モンスターがグッと身を屈める様にした後。 いきなり轟音の吠え声と共に、口を開いて火球を吐き出した。 飛び出した火の玉は、Kを余裕で飲み込みそうな大きさで在り。 かなりのスピードで、佇むKに向かっていく。
処が、その状態にも関わらず、その場から微動だにしないK。
走るポリアは、その事に驚いて。
「ケェェェェェーーーーイッ!!!!!!!」
彼の名前を叫び上げて、走る速度を上げた。
(ダメっ、ぶつかるぅっ!!!!)
と、思ったポリア。
いや、見ていた全員が、‘ぶつかる’と思った時。 フッと、Kの姿が霧の様に消えた。
「何だとォっ?!!」
同じく走ったダグラス、ゲイラー、フェレック、ヘルダーにポリアを加えた皆は、Kが見えなくなったのに驚いて立ち止まる。
「嘘っ?!!」
途中で止まったポリアが、Kを捜そうとした。
刹那。
‐ ギャァァァァーーーーーッ!!!!!!!! ‐
断末魔の悲鳴と感じる声が上がり。
「うおっ」
「なぬっ」
声が湧き上がったモンスターの方に、驚いた皆が顔を向けた。
全員の視界に映るものは、その巨体をグラリと横に倒して、坂道の下に転げて消えるモンスターで或る。
そして、K自身は、モンスターの居た場所に立っていた。
立ち止まったポリア達は、何が起こったのか解らないままに立ち尽くした。
一方、ポリア達を見つけたKは、赤い陽に背を染めながら。 のんびりとした足取りで、其方へと歩いて来る。
間近に来た包帯男に向って、フェレックは緊張しながらも、確かめる様に。
「な・何が・・あった?」
愚問の様な事を問われたK。 包帯から覗ける少し鋭い瞳で、ゲイラーやフェレックを見ると…。
「いや、別に」
「べっ、別にぃ? 何でっ、モンスターと戦ってンだっ?」
「フゥ」
溜め息を吐くKは、黒い犬のモンスターが転げ落ちた斜面を一瞥すると。
「あのな、幾ら魔法の加護に護られた祠でも、人の匂いまでは完璧に消せる訳が無い。 昨夜は、汗や体臭の臭いに釣られて、ダニや蚊が来てただろう? それと同じだ」
自分の慢心からだが、蚊に刺されそうだったフェレックだから。
「“同じ”っ? モンスターが、臭いで来るってかっ?」
「そうだ。 臭いを頼りに、モンスターがこの祠の前に集まっていたって訳さ。 ま、大半が汗臭い男達で、その上に18人も居れば・・、まぁ当たり前か」
ダグラスは、モンスターの転がった先を指差して。
「だから、危険を排除する為に、全部・・倒したと?」
「まぁ、それも倒した理由の一つだ。 だが、理由の大半は、別に在る」
「別?」
「他に何がっ」
と、割り込んで来るフェレック。
フェレックの声が煩い、とKは感じたのか。
「今、丘の下にでもモンスターの死体を転がしておきゃ、腹を空かせたモンスターが喰いに来る。 死臭の方が、人間の体臭より遥かに強いに決まってる。 出立までの、いい眼くらましに為るだろうよ」
と、話すトーンがダレる。
フェレックは、話すKの口調から察し。
「てか、何匹居たんだっ?」
「一々数えるか。 知りたきゃ、其処から下を覗け」
こうフェレックに言ったKは、祠の前に居る他の皆へ。
「さ、皆起きたなら食事を済ませて、出発の準備をしろ」
と、声を掛ける。
平然と言った彼は、一人で祠へと。
皆が見るKの姿に、怪我した様子も無ければ、戦い疲れた雰囲気も無い。
さて、フェレックとダグラスは、何よりも急いで走り出す。 倒されたモンスターの姿を見に行ったのだ。
後には、ゲイラーも、ヘルダーも、ポリアも着いて行く。
坂の上から見下ろした二人の眼下には、今倒された大きな黒い犬のモンスターの他に。 あの昨日現れた、“オウガ”と呼ばれた怪物の姿も見えた。
ダグラスが、
「見ろ。 アレって、昨日に見た〔オウガ〕だろう?」
と、指差して言えば。
フェレックは、違うモンスターを指差して。
「てか、ありゃ~何だ? 風も無いのに、枝や根をクネクネと動かしてる木だぞ。 それに、一角のトラみたいな奴も居る」
話す二人の背後に、ゲイラーやポリア達三人も来た。
皆が見下ろす視界には、モンスターが10を軽く超える数で、何体か折り重なる様に倒されていた。 見下ろすゲイラーは、信じられる光景じゃない。
「やっぱり、あの男は凄い。 俺達が知らないだけで、凄腕なんだ」
ダグラスも。
「マジだぜ。 あんなデカい犬のモンスターも、一撃みたいだったしな」
「あぁ・・。 だが、俺にはどうやって斬ったのか、全く解らねぇ…」
するとフェレックは、去るKを見返して。
「つーかよ。 斬る所はおろか、移動も見えなかった・・。 悔しいがっ、俺等とは実力が違いすぎる…」
と、唇を噛み締めた。
だが、ポリアやゲイラーなどの四人からすると、
“悔しがるほどに、お前は強く無いだろう?”
と、そんな呆れ顔をフェレックに向ける。
さて、此処に長居をしても、今はしょうがないと。 ポリアを始めに皆が立ち上がり。 そして、祠へと戻って行くが…。
その途中にて、一人佇むのはイクシオだ。 祠の西側を見て、固まっている。
フェレックは、イクシオに並びながら。
「何を・・お゛ぉぉぉ…」
と、突然に驚き出す。
何をやってるのか、と思うポリアが、そのフェレックの脇に並び。
「なぁ~にを言って・・、はぁっ?」
彼女も、また…。 目の前に広がる光景を見て、その眼を限界まで見開く。
ダグラス、ヘルダー、ゲイラーの三人も、固まったポリアに釣られて西側を向けば…。
「げぇっ!」
「!!!!!」
「のぉっ!」
三者三様に驚く。
西側の先、靄の晴れ間には、樹齢数百年は軽く超えそうな大木が、八つ裂きにされながら散らばっている。
その光景に釘付けと成るダグラスが。
「デッ・・デケェ」
と、呟くが。
その様子に違わぬ大きさのデカい根っ子が、ひっくり返って裏側を見せては、クネクネと根っ子の末端を動かしていた。
ポリアは、その根っ子だけの大きさを見詰め。
「ウソ、これ・・本物の・こっ、光景?」
と、脱力すらする程に気を抜かして言えば。
ポリアの後ろに居るゲイラーは、切断されて丘の方に倒れる、黒く枯れた様な巨木の幹を指差し。
「み・みき・幹が・・あんなデ・ででっ、デッカいんだ。 そりゃあ、ねっ、根っ子だって、貴族のバカデカい屋敷ぐれぇ・は、あ・有るだろうよ」
と、応え返す。
権力や財力を持つ貴族や商人などが住まう様な。 数階建てに及ぶ大屋敷と見間違おうか、と云う程の根っ子が動くのを見て、ダグラスはKの話を思い出す。
「な゛っ、なぁ・・ゲイラー?」
「・・あ・あ?」
「アレって・・さ。 ま・前に、リーダーが言っていた…」
「あっ、あぁ・・。 間違い無い、デカい・・・魔樹」
ヘルダーとイクシオは、無言ながらに頷く。
その流れで、ポリアも以前の話しを思い出すと。
「た~しかに、あ~んなのを燃やしたらぁ~、大火事だわねぇ…」
と、フェレックを脇目に見た。
Kに呆れられた事を、その流れから嫌でも思い出すフェレックだから。
「そっ、その眼を止めろっ! じゃくっ、弱点はっ、白い根っ子だろっ?!」
と、混乱と気恥ずかしさの混じるままに、祠へ向かう。
Kの事で、また驚いたポリアだが。 ゲイラーを見ると。
「あら、覚えてらしたわ」
と、普段の気の強さも無くして、悪戯っぽく笑う。
頷くゲイラーだが、それは意地が悪いと苦笑い。 ヘルダーも、同じく苦笑いする。
だが、この光景は有り得ないと、もう一度見た三人だが。 悠長にする暇は無いと、フェレックの後を追って祠へ。
ポリアの移動を察したダグラスは、遅れない様にと。
「イクシオ、もう行こう」
と、言うと。
完全に呆気に取られ、巨木のモンスターの残骸を見ていたイクシオは、頷きながらも。
「どうやったら、あんな雲に届きそうな高さの木を、ズタズタに出来るんだ? 何処か信じられ無かったが・・、ホンモノの凄腕だ…」
と、呟く。
その意見には、ダグラスも酷く納得。
「確かに、俺達が全滅しても、リーダーだけは生き残りそうだ」
こう言って、イクシオと二人祠へと向かった。
さて、Kが戻った祠では、急速に食事やら出発の準備を皆が整え始める。
その間、時折。 外からモンスターの足音や、唸り声が聞こえて来る。
だが、皆は何よりも、急にKが怖くなった。 その存在感や強さに慣れているのは、元からの面々ポリア達と、マクムスぐらいだろう。
フェレックは、恐れ多い上にどう接して良いか解らない。
ダグラスやゲイラーなど他の者は、話しをしたいが。 直接に聴く勇気が出ないので、ポリアやマルヴェリータの話に乗っかろうと、待つ事にする。
その中でもイクシオは、昨夜の話の続きを知りたくて仕方ないらしい。 何処かそわそわして、野菜の煮汁をチマチマ飲みつつKを見る。
そんな雰囲気の中。 先ず、ポリアがKに。
「ケイの腕なら、鋼鉄でも真っ二つね」
と、話を切り出してから。
「ねぇ、処で。 あの祠の西側に転がってたデッカい奴。 アレも、裏側に白い根っ子が?」
残りの枯れ木を使って、竈代わりの場所に火を維持するKが。
「一応、な」
と、短く返す。
だが、それでは情報が少な過ぎると。
「‘一応’って、何? もしかして、とんでもな~く、デッカいとか?」
すると、何故かKは、白ける様に横を向く。
そんなKを見て、ポリアも何か感じるモノが有る。
「あ~、ケイ。 貴方・・何かを隠してるでしょ?」
と、尋問する様に突っ込んだ。
横を向いたままのKは、
「大した事じゃ無い」
と、はぐらかすも。
そのKの様子に、座って煮汁を飲むマルヴェリータも、彼へ身を乗り出す様にして。
「ケイ。 女の勘を侮ったらダメよ」
と、含みの在る微笑を見せた。
すると、珍しくKが負ける様に俯き。
「フゥ~。 その勘を、仕事に生かせネェ~のか?」
と、言うではないか。
ポリアは、ニタニタと笑い。
「“勘”を、研いでる途中よ」
まるで勝ち誇った様に言い返す。
少し、げんなりするKだが。 サイドパックから、黒くそこそこ長いモノを取り出して見せる。
ダグラスは、形状や雰囲気から。
「ゲイラーのイチモツみたいだな」
と、呟くモノだから。
ポリアとマルヴェリータが、冷ややかな視線をくれる。
一方、一番近場に居たマクムスが、黒く変色する根っ子らしき物体を見ながら。
「ケイ殿。 そんなモノを、一体どうするおつもりで?」
尋ねられたKは、ニヤリと口を動かすと。
「コイツは、もう色が変わってるがよ。 〔魔樹〕の仲間の弱点は、全て或る特定の薬の材料でな。 ま、一般の魔樹の弱点と成る根っ子は、男女を問わない精力剤だ」
〔精力剤〕と聞いたダグラスは、ニタッとしながら腕を股関に置くと。 縦に何度も動かしながら。
「ギンギン?」
と、意味深に問い返す。
全く、女性を気にしてないKは、すんなり頷いて。
「萎えて勃たない老人でも、たちどころに二日は・・な」
その絶大な効力に、
「ワァ~オ」
と、若者らしい反応をダグラス。
男の不粋さを見せられては、拒絶反応的な顔をするポリアやマルヴェリータだが。
そんな二人に、Kは黒光りするソレを見せると。
「だが、コイツは、扱う者によりけりだが。 究極の麻薬にして、究極の痛み止めに成る。 正しい者が用いれば、不治の病で痛みに嘆き悲しむ者すら救える」
と、説明してやる。
ポリアも、マルヴェリータも、システィアナも、黒光りして萎えた男根みたいなソレを見て。 如何にも半信半疑の顔をして見せるのだが…。
然し、マクムスだけは、即座に眉間を険しくさせ。
「ですが、悪い者が扱えば…」
と、懸念を呈する。
薬物を違法に流す者、または中毒者の一部行動は、何でも御座れで歯止めや際限が無く。 常に悪い結果しか招かない。
確かに、僧侶として見るに。 その中毒者を預かったり、死者の葬儀を行ったりするのだから。 立場が違うマクムスとしては、薬の材料でも嫌悪感しか持てないのだろう。
然し、全く悪びれも見せないKは、サイドパックにソレをしまい込んで。
「だから、街に戻ったら俺が、さっさと調合する。 知り合いの医者に流して、礼金をガッポリ・・な」
「ん゛ん、貴方と云う人は…」
Kの自由で善悪を完璧に泳ぎ回る生き方は、完全なる戒律で生きるマクムスにして見ると、理解し切るのは難しいと感じた。 また、村でも神の如き技術を見せられては、彼に注意をするだけの言葉が見当たらない。
マクムスが、見逃すかの様に黙った。
その会話の流れから、遂に自分の入り込める間を見つけたと、イクシオが。
「なぁ、それよりサ、昨夜の話の続きなんだが…。 この山のまだ語って無い場所には、どんな光景が広がっているンだ?」
と、疑問を呈した。
学者で在るイクシオが、昨夜からその話を聴きたかったらしいと。 Kは、言動から理解する。
「全く・・学者ってのも、因果なモンだ。 行かない場所まで、全て知りたがる。 ・・・ま、知り過ぎた俺が、それを言えた義理じゃないか」
自分で、身も蓋も無い様な事を言うと。
「いいか、旅の準備を進めながら聴けよ。 俺は、遅れても先に行くからな」
こう言えば、皆は食べながら頷いた。
K、曰わく。 まだ語って無い、〔八獄〕の残り二つは、此方から見ると山の向こう側。 詰まり、北側に在る。
その一つとは、〔襲撃峡谷〕と云い。 真北よりやや東側の麓から、連山中央へと通り。 最終的には、西側の〔幽幻ヶ原〕や〔闇沼〕へと抜ける道で在る。
その場所は、黒ずんた石膏の様な、ツルツルした表面の切り立った断崖に左右を挟まれる。 峡谷の干上がったモノだ。 小さな穴の空く細い道は、ゲイラーとセレイドが並んだら、システィアナでもすれ違えないほど狭い場所も多い。
然し、その場所が、何故に〔八獄〕の一つに選ばれるのか。 その理由は、名称に含まれている。
この谷は、嘗て貪欲なワームのモンスターに因り。 地面の深い場所まで届く穴が、峡谷全体へ無数に開けられた。 水が貯まらなく成った事で、鳥、飛竜、蛇竜、スライムなど、新たなモンスターの巣窟と化した為。 足を踏み込んだが、最後。 〔幽幻ヶ原〕へと抜けるまで、休む間もなくモンスターから襲撃を受けるのだと云う。
ポリアは、上を見上げて天井を見ると。
「何百何千ってモンスターに、上から横から襲われるってワケね。 行きたくな~い」
近くに居るシスティアナも、
「な~いでぇす」
と、怖がった。
だが、Kは。
「襲われる様子は、そんな感じだが。 ポリア、桁が違ってるぞ」
「へぇ?」
「“何百万”だ」
その話に、ポリアが固まる。
そして、他の冒険者も、手を、口を止めた。
一人、ゆっくり煮汁を啜るKは、口の中を空けると。
「怪鳥や蛇竜や飛竜だけで、数万の域に居る処へ。 その上に、峡谷の岩壁の表面や内部に潜むスライムとか、ワームの類がわんさか居るんだ」
と、補足する。
“何百万”に、自分の耳を疑ったポリア。 鎧を着る前の、上着の胸元を開けた状態ながら、Kへ四つん這いの格好でにじり寄り。 張りの在る立派な胸元を、見下ろすKへ丸見えにさせては。
「あの・・先生。 そんなヤバい所を、ど~やって切り抜けるの?」
こう尋ねる。 勝ち気なポリアにしても、恐ろしさが半分。 また、方法など思い浮かばない、と言う気持ちが半分なのだろう。
“聴くのも間抜けな”
そんな様子を顔に窺わせながら、探る様に尋ねた。 Kに、これまでもバカにされて来たポリアだが、その知識や強さには純然と尊敬している。 貴族生まれの性質と若さで、気の強い彼女でも、時にはこんな事に成るらしい。
だが、そんなポリアを見て、ニヤリと笑うK。
「そうだなぁ~。 ダメもとで、お前とマルヴェリータの色仕掛け・・ってのを試すか?」
と、敢えてソコを見る。
Kの解り易い視線から、自分の胸元を見たポリアは、
「わ゛っ」
恥ずかしそうに急ぎ立ち。 顔を赤らめ、Kに背中を向けてから。
「それって・・きっ効き目が在るワケ?」
と、つっけんどんに返す。
前を向くKは、軽く首を竦めると。
「案外、美味しそうに喰ってくれるかも知れないゼ」
と、嘲笑に近い笑みを浮かべる。
ダグラスやフェレックは、見えるだけでも羨ましいと思うが…。
学者のイクシオは、
「然し、そんな膨大な数のモンスターが、良く生きて居るものだ」
と、学者らしい事を言う。
「まぁな。 だが、あの辺りの生存競争の熾烈さは、確かに尋常な域に無い。 だから、モンスターも様々に、その生態を変えて居る」
「例えば?」
「そうだな、語るとキリが無いが。 特に珍しいのは、待ち伏せ型のスライムだろう。 限られた少ない栄養で、十年や二十年を軽く生きるしな」
「ヒョェ~、二十年って」
びっくりするダグラスに、ゲイラーが呆れた顔を向けると。
「お前なんか、半日食わないとウルサいものな」
と、空腹嫌いを突く。
「ルッセェよ」
口を尖らせたダグラスだが。
その様子を無視して、現実的な対処を知りたいのは、マクムス。
「ケイ殿。 して、実際の対処は、如何にして?」
と、問い掛けた。
野菜の煮汁を啜るKは、
「まぁ、幾つかは…。 一つは、解りやすい。 襲って来る奴を、・・片っ端から薙ぎ倒す…」
と、口の空く合間合間に言う。
潜むモンスターの数を聴いた後だけに、マクムスは、
「はぁ? 本気ですか」
と、顔を険しくする。
サバサバしたKは、啜る手を止めると。
「まぁ、連山中央まで保つチームは、殆ど居ないだろうが・・な」
と、遅い追加を付けた。
自殺行為の対処と知るマクムスだから、呆れに軽い困惑を交えた顔をすると。
「ケイ殿。 貴方を基準にした様な無理を言われても…」
だが、全く悪びれて無いK。
「だが、セオリーなやり方としても、全く戦わないやり方など無い。 先に、生肉やら動物を持ち込んで、峡谷の中腹から上部に棲む飛竜や蛇竜をおびき寄せ。 そいつを定期的に倒しては、ワームやスライムのエサにして切り抜けるのが、常套手段の一つに成るか」
「なるほど、数の多いモンスターとの戦闘を、それで避ける訳ですな?」
「あぁ。 だが、巨大飛竜や、大型の鳥を倒す以外では、戦う回数は100では収まらないぞ」
「そっ、そんなに…」
「当たり前だ。 世界に居る冒険者チームでも、成功率や成果や力量から協力会が最高20傑を選んで、順位を出すが。 上位10傑に入るぐらいの力量が無ければ、切り抜けるのは難しい。 普通に考えるなら、行く方がどうかしている」
「た・確かに…」
聴いた自分が、バカを見た気に成るマクムス。
一方、煮汁の塩気が足りないのか、岩塩の粒を口に含めたK。 煮汁を啜って溶かしながら飲むこと、三度ほどしてから。
「それから、雨が降って居る時だけは絶対に、峡谷へ踏み込んではいけない」
とも付け加えて言う。
速記で書いていたイクシオは、その手を止めると。
「ん? 雨なら、モンスターも活動が鈍るし、人間の体臭も抑えられる。 峡谷に水が溜まらないならば、寧ろ狙い目じゃないか?」
と、考える。
すると、妙にゆっくりと頷き返したK。
「普通は、まぁ・・そうなんだが、よ。 この峡谷に関しては、それが命取りに成る」
「と・・云うと?」
「あの峡谷の岩壁の奥には、所々に小型モンスターの潜む巣が在る。 その潜むモンスターの中でも、蛭の〔ペロヘロカナム〕。 トンボの様な長い腹部を持つ、蜘蛛に似た〔アフマガリア〕ってのが居る。 雨を利用して、集団的に狩りをする奴らで。 飛竜や蛇竜の小型な奴は、コイツ等を怖がって雨の時は姿を消すんだ」
話に興味を惹かれた為、Kに向き直るポリアは、
「そんなに怖いの、ソイツ等って」
と、また膝を出した。
「当たり前だ。 蛭の〔ペロヘロカナム〕は、半透明で濡れた岩壁が保護色に成る。 岩を登る時には、自身の臭いや這う音を雨で消すし。 時には、岩壁の表面を流れる雨水に乗り、足元まで流れて来るんだぞ? 気付かない間に、濡れた岩壁の表面の全てが奴って、そんな事も在る」
「う゛、ウジャウジャ系は、確かに嫌だわぁ~」
「それに、それだけじゃ無い」
「は?」
「〔ペロヘロカナム〕は、獲物の皮膚まで来ると。 鋭い角の様に合わせた歯で、体内へ身体を食い込ませ。 其処から、血を吸い出して行く。 一匹の傷ですら、激痛を伴うのに。 全身を襲われたら…」
と、Kに見返されるポリア。
彼女でも、‘どうなるか’は、想像に容易い。
「う゛~わっ、サイアク! もういいわ、その話ぃ」
綺麗な顔を顰めさせ、話の続きを嫌がった。
煮汁を飲み干したKは。
「……。 更に、蜘蛛に似た〔アフマガリア〕は、雨の時に成ると巣穴から出て来て、飛ぶんだ」
食事を終えたマルヴェリータは、ポリアの横に来て。
「飛ぶって・・、蝶みたいに?」
「いやいや、下から見ると綿毛みたいだ。 飛び降りるんだよ」
「雨の中を?」
「そうだ。 〔アフマガリア〕は、身体が軽くてよ。 その足に、産毛みたいな細く柔らかい毛が生えている。 晴れた日に飛んだら、峡谷を吹く風に舞い上げられちまうサ。 然し、雨の日は違う。 毛に雨が絡んで重く成るから、丁度イイみたいだな」
「見た目は、雨に混じる綿毛・・・ねぇ」
「だが、〔アフマガリア〕に噛み付かれたら、もう最後だ。 神経毒で呼吸も出来なく成って、直に死ぬ。 その後は、死体に集られて、骨まて齧られて終わる」
絶世の美人二人は、嫌な話しに頭を抱える。
すると、その場を立つKは、湧き水の方に向かう中で。
「それで、もう片方の8獄となる場所は、北北西の高地と成る台地に広がる〔亡却古都〕だ」
と、言って水を汲んで来る。
Kは、生まれが良いのか、趣味人なのか。 紅茶にも様々な拘りが在る様だ。 然も、基本的な煎れ方に拘らず、香りの変化を演出する。
さて、まだチロチロと燃える熾きに、金の器を掛けて湯を沸かすKが語るには…。
アンダルラルクル山の向こう側の、北側から北西に掛かる台地には。 森と丘陵地に広がる形で、打ち捨てられた大神殿と街の跡が存在すると云う。
この街は、まだ超魔法時代に入る前。 人間が山や森から来るモンスターに、周辺の街が襲われる事も想定されたので。 最前線の防衛基地として建設された、凄く古い古都らしい。 地上部の神殿は、結界を張る軸に成り。 他にも、多数の防衛基地の砦を持っていたとか。
この話しに、ゲイラーはKの馬車でした話を思い出して。
「そんな昔から、この山や森のモンスターと戦っていたのか。 正に、戦だ」
デーベやレックは、今も昔もモンスターの襲来が有れば、街や村が滅ぶと語り合う。
さて、その間から続くKの話だが。 その街は、地下に大規模な地下都市が広がっていて。 嘗ては、数千を超える兵士や、応援に来た冒険者チームが生活する場所で。 その人口を賄う基盤の商業も存在していたらしい。
全く知らない事実にマクムスは、
「その街には、もう人などは…」
と、問う。
Kは、沸き始めた水を見ながら。
「居る訳ネェよ。 何せ其処は、もうモンスターの巣窟と化している」
と、真っ黒な茶葉をお湯に落とす。
其処に、マクムスより先に、イクシオが。
「その都市が滅んだのは、棄てられたって事なのか? やはり、モンスターの勢力が…」
こう問われたKだが、煮出した紅茶を木のコップに移すのみ。
また、システィアナも、紅茶を飲もうとして居るので。 Kは、新しく湯を沸かすのを手伝う中。
「その街は、棄てられたのでは無く。 完全に滅びたんだ。 厳密に言葉を選ぶならば、亡ぼされた・・、そう云うべきか」
「“亡ぼされた”? モンスターに、か?」
「他に、要因は無いさ」
すると、考察するマクムスは鋭く。
「然し、不思議な話しですな」
と、食器を片付ける作業に移る。
マクムスへ、僧侶のハクレイが。
「マクムス様。 一体、何がでしょうか?」
「いえ、ね。 其処まで街を築き上げ、地下都市まで造った。 モンスターへ対する迎撃体勢が、完全に出来上がって居た様な…」
「なるほど、確かに途中で滅ぼされた、とならば普通の様な…」
「はい。 都市としての姿も、それなりに遺っている様な話ですし」
その話の合間に、ダグラスやゲイラーも、ヘルダー他も旅の準備に入るべく、耳は貸しても手を動かし始めた。
湯を見るKは、システィアナが更に水を汲んで来たので。 “其処に置いて欲しい”と、指差しながら。
「流石に、その読みは鋭いな」
と、だけ。
ポリアは、もう食器を拭いたので。 後は、鎧を着て準備をするだけ、と云う処までしようと手を動かしながら。
「ケイ。 そんな立派な街が落とされるって、何か凄い魔法でも撃ち込まれたとか?」
だが、マルヴェリータは、
「ポリア、そんな凄い魔法が撃ち込まれたら、地下の街が半壊するわよ」
「あ、そっか」
と、二人の話に。
少しでも絡みたいフェレックが。
「ビョーキ、なんじゃないか。 ‘異病’なんて、ヤバい病気が在るんだろう?」
その答えに、マクムスも理解を示した。
予想が出揃ったと感じたダグラスは、実際の答えが有るのか、と。
「リーダー、実際は?」
と、Kに話を振り戻す。
紅茶を作るKは、システィアナのコップに注ぎ込んでから。
「“疑心暗鬼”に因る、“同士討ち”の殺戮だ」
簡潔な答えが述べられ、システィアナ以下、全員が手を止める。
紅茶の香りを感じるKは、ゆっくりと一口を啜ると。
「地下の奥に封印された霊体の記憶に因れば、だ。 高位の悪魔が女に化けて、娼婦として潜り込んだらしい。 そして、自分を求める男を誘惑の魔法で魅了し。 その後、様々な手段を使って、兵士達を疑心暗鬼に追い込んだみたいだ」
〔悪魔〕と聴いたマクムスは、眉間を険しくして俯く。
「心理的に内部から崩壊させたのですか・・。 如何にも、悪魔の好みそうなやり方ですね」
僧侶のハクレイは、まだ悪魔を見た事が無いらしく。
「その魔法に掛かると、そんな風に操れるんですか?」
「恐らく、暗黒魔法か、妖術かと思います。 〔魅了〕の魔法に掛かれば、男性は性欲や狂暴性や支配欲が暴走し。 女性が掛かれば、性欲の他に物欲や・・自己顕示欲が暴走する…」
モンスター退治に定評の在るゲイラーだが。 チームの面々を含め、レック以外は、まだ悪魔を見た事が無い為。
「悪魔って、そうゆう攻撃もするのか」
と、レックの経験を聴く。
紅茶を飲むKは、再度湯を沸かしながら。
「記憶からするとな。 悪魔が紛れ込んだ事を僧侶が察知して。 討伐の応援に来ていた冒険者達が、僧侶に協力して捜したらしい・・。 だが、それを邪魔するかの様に、不審な毒殺が立て続けに起こり。 孤立した街だから、外部との接触も限定される。 悪魔の仕組んだ罠に、ジワジワと兵士が堕ちて。 次第に、兵士が互いに殺し合いを始めた・・とよ」
だが、兵士の日々を知るポリアは、
「毎日、あんなに厳しい訓練を受けているのに?」
と、尋ね返す。
が。
「ポリア。 訓練で全てが乗り越えられるほど、現実は甘く無いゼ」
「でも…」
「想定する訓練は、人間の出来る範囲内。 悪魔のやり方は、訓練など全く関係ない。 毒に疑心暗鬼と成り、悪魔の美しい女を取り合う。 鍛える事で押さえ込まれた欲望が、一気に解放される時。 既に、悪魔の術中に堕ちてるのさ」
「うわ・・最悪だわ」
「確かに、最悪の末路だ。 狂った男共が、女を奪い合って仲間を殺し。 毒に恐怖した者が、食料を燃やして、水を汚す。 其処へ、亡霊や悪魔やモンスターがやって来る。 外からの脅威を排除する事も出来ない程に、結束力が瓦解した時。 一人も逃げ出せず、モンスターに街を乗っ取られたらしい」
皆、言葉も無く、手を動かす事にする。
アンダルラルクル山の〔八獄〕は、文字通りに地獄の八カ所だった。
此処は、正に・・〔魔域〕だった。
★
まだ、早朝の頃、皆が準備を終えた。 Kは、外に一人出て、辺りを窺ってから。
「よし、行くぞ」
と、祠内に声を掛ける。
緊張して、外に出た一行。 改めて見る空は、千切れ雲が流れ。 同じ目線より、ほんの少しだけ高く陽が上がる程度だった。
やはり、モンスターの転がっていった坂の下からは、モンスターの唸り声や、いがみ争う声がしている。 見たくも無いが、食べ物を巡って争っているのだろうか。
短い雑草が茂るこの辺りだが。 西側の先には、あの大きな樹木のモンスターの残骸の先に、森の一部分が見えている。
さて、すっかり靄が晴れたとマクムスは、岩壁より東側を見ると。
「向かうのは、此方ですか」
と、Kに問う。
頷いて返したKは、岩壁沿いに歩き始めながら。
「左の岩壁と、右の斜面の間は、常に幅に余裕が在る訳では無い。 いざという時、仲間との間隔が詰まり過ぎない様に、各自考えて進行しろ。 岩壁の上からは、モンスターが出て来る事も良く在る。 岩壁に寄って行くのは、なるべく控えろよ」
と、注意を添えた。
マルヴェリータは、フェレックに覚めた眼を向けると。
「話に夢中で、危険に疎く成るから、真横に居ないでね」
釘を刺されたフェレックの憤る顔に、イクシオやデーベが、お悔やみの様な茶化しを言う。
そして、祠を出たKと一行は、東側に向かって歩き始めた。 岩壁に沿って東回りに行くと。 右側の急斜面の下に広がるマニュエルの森の木々が、徐々に眼下へ離れて行くと成る様に見える。
歩くポリア達の感覚から、なだらかな坂や段々と成る道を歩くので。
“山を登って居るらしい”
と、感じる。
然し、歩き始める事、少しして。 やや横の幅が広い道半ばにして、何故かKが立ち止まった。
真後ろを行くゲイラーは、隣のヘルダーとダグラス二人一緒に緊張して。
「モンスターか?」
と、問う。
前を指差すK。
「あぁ、ちまっと面倒な奴だ」
と、返して来た。
全員が前を見ると、左側の岩壁より、何か蠢く塊が、這う様にズルズルと降り来た。
「いよいよ、今日の一発目かぁ?」
武器を手にするダグラスが言う。
然し、ヘルダーの肩越しに、そのモンスターを見るイクシオが。
「チョイ待て。 あれは、〔スライム〕の類じゃないか?」
すると、
「え゛?」
「そりゃあ厄介だな」
ダグラス、ゲイラーと、二人が続けて反応する。
岩壁を降りて来た物体が、二十数歩の近くまで来て。 それが、ヘドロの塊の様な、スライムのモンスターだと解った。 こげ茶色のプルプルした身体が、動く度に波打っている。 地面からの高さは、ポリアの背丈と同等。 幅は、ゲイラーが手を広げた程度の岩に近い姿。 地面に付着する身体が、モゾモゾと動く。
Kは、全く慌てる様子も無いままに。
「〔スライミー〕《軟体液化怪物》の一種だが。 コイツのしぶとい原因は、弱点と成る核が四つもある。 然も、一気に行かないと、酸のガスを出し始めるって云う面倒な奴だ」
すると、荷物を置いたフェレックがKの前に進み出て。
「フンっ。 俺様が、魔法で一気に終わらせてやらあぁっ!!!」
と、杖を振り上げる。
任せる様に、二歩ほど引いたK。
「創造の力は、想像にあり。 我が敵を滅する刃となれっ!!」
魔法を発動させる為に、呪文と一般的に呼ばれる古代語を唱えるフェレック。 半透明で青白く光る大鎌が、彼の頭上に幾つも現れた。
「ゆけっ!」
声を出したフェレックが、女神のレリーフが嵌る杖を振り込めば。 驚くべきスピードで、現れた大鎌の魔法が飛んでいく。
その様子を見たダグラスが、
「終わるかな?」
と、呟く時。
魔法の鎌が、スライミーの波打つゼリー状の身体に突き刺さり。 それを見たフェレックは、鋭く。
「弾ぜろっ」
と、杖を跳ね上げれば。
‐ シュパーーーン! ‐
炸裂する衝撃音と共に、魔法が壊れて衝撃波を生み出す。 壊れる瞬間の魔想魔法は、激しい破壊の衝撃波を生む。 その力に因り、モンスターの体液が飛び散り。 次々と襲い掛かる魔法の鎌で、スライミーは動けないまま、その場でどんどん小さくなっていった。
そして、岩の様なモンスターの身体が、Kの膝より下まで削られた頃。 最後の魔法の鎌が突き刺さって炸裂する力に因り、黒い‘石ころ’の様な核を壊すと。 スライミーはその場にドロ~っと解けて、跡形も無く右側の崖へと流れ消えた。
モンスターを倒した事で、フェレックも不敵な笑みを浮かべる。
「フン、私の力を持ってすれば、こんなもんだ」
と、無駄な台詞も忘れない。
道が開けたと、Kはフェレックの肩に手をやって。
「上出来」
と、脇を抜けて歩き出す。
ダグラスや、ゲイラーも。
「流石だ、のぉ~」
「魔法は、こう見ると楽だな」
続けて言いながら、Kの後を追う。
フェレックは、自分がしゃしゃり出た割に。
「もっとイイ労いは無いのかっ」
と、不満を吐いては、荷物を持ってきたヘルダーから受け取り。 彼の後を行く。
イクシオが、ハクレイが、機嫌を損ね過ぎない程度に持ち上げる。
然し、ポリアとシスティアナに肩を並べるマルヴェリータだけは、ポツリと。
「ケイって、怖い人…」
と。
それを聴いたポリアは、マルヴェリータを見ると。
「一応、あんな奴にでも、誉めるのも必要って事?」
「違うわ。 仕事に必要が無いって決めたら、本人に必要な事すら言わないって事よ」
「はぁ?」
ポリアは、マルヴェリータの言いたい事が解らない。
一方、マルヴェリータは、システィアナを見て。
「私やシスティには、前の仕事で魔法の扱い方から集中の必要性まで、あんなに強く印象付けるまで言って来たのに…」
と、フェレックを見て。
「アレじゃ~フェレックは、次の祠までは持たないわ」
と、呟く様に囁いた。
その話を、セレイドやマクムスと並んで、マルヴェリータの前に居たキーラが聴いた。
「え? 今・・・何て言いました?」
キーラに見返されたマルヴェリータは、細めた眼差しでフェレックを見ると。
「無駄に、魔力を使い過ぎてる・・。 今のフェレックの実力だったら、今の五分の一の魔力で、同じ威力の魔法が撃てるわ」
こう言って返す。
「あ・・? そんな…」
驚いたキーラは、マルヴェリータとフェレックを交互に見た。 マルヴェリータの言ってる意味が、彼にはサッパリ解らない。
だが、マルヴェリータは、それ以上を言うのを止める。 何故なら、これ見よがしにとフェレックが、後ろを振り向いて格好を着けるからだ。
呆れたマルヴェリータに、バカらしいポリア。
システィアナに至っては、
「オモイッコミ、ハゲシーモンスターで~す」
と、小声で言う始末。
“口が悪い”と、マクムスは困った笑みを浮かべたが…。
キーラには、強い疑問が残る事と成った。
さて、東の空に、漸く陽が登って見える。 既に、南の祠までで、小さい山ほどの高さが有ったらしい。 斜め上に見上げる様に成ると、随分と冷ややかだった空気が、幾分か暖かくなり始めた。
さて、歩き始めたのも、束の間。
Kが、また立ち止まる。 其処は、岩壁がグ~ッと左側に離れて、開けた場所。 休憩には、もってこいの場所の様だったが…。
「さて、雑魚が群れて、こっちに来てるな」
Kの察知に、フェレック以下魔術師達が、離れた岩壁の上を見た。
すると、ガサガサと音がしたと思えば、崖と成る岩壁の先。 カーブを描いて見えなくなる手前の先に、崖の上から動く何かが飛び降りて来る。
それを睨み見るゲイラーは、
「複数居るな」
と。
Kは、前へゆっくり歩き始めると。
「此方のニオイを嗅ぎ付けて来たのは、凡そ3種類。 土色の肌をして、太った少年ぐらいの身体をした、魔界の〔亜種人オーク〕。 蛇と蜥蜴の間の様な身体をするのが、〔蛇竜種のドラコエディア〕。 もう一匹は、陸棲のタコ、〔エビルオクトパス〕だ」
武器を手にしたダグラスは、Kを見て。
「さっきみたいな、面倒な奴じゃ無いよな?」
先んずるKは、
「お前達に、全て任せたい処だが。 昼間までに、次の祠までは距離を詰めておく必要が在る。 先に、こっちへ突っ込んで来るオークを、全員で早く倒せ。 後の二匹は、先を急ぐ意味と体力の無駄遣いを控える為に、仕方ないから俺が引き受ける」
と、言った。
全員が、Kの話を理解した時。 既にKは、軽く走り始めていた。
「おっ、おいっ」
ゲイラーが、どうする気だと思う時。 先に走るKは、土色の肌をして、豚みたいな顔をするモンスターの頭上を飛び越え。 此方に向かって来る一匹の頭を蹴飛ばし、前のめりに転ばした。
モンスターとの距離は、既に走って十五歩どうかまで来ている。 前のめりに転ぶモンスターの隙だらけの姿に、ダグラスは先手必勝と意気込む。
「行くぜえぇっ!!」
既に抜刀していた長剣を片手に、皆より先陣を切るべく走った。
その姿にポリアは、Kの意思を理解しているので。
「システィ。 マクムス様やハクレイさんも、極力下がって怪我しないで下さいね」
と、前に。
デーベとイクシオは、魔法遣いや僧侶を守るべく動かない。
“行方不明と成った冒険者達を捜す”
これが仕事の目的だ。 怪我して居るのか、死んで居るのか解らない今。 僧侶の怪我は、一番に困る事。
マクムスも、それが良く解って居るので。
「気を付けてっ、仕事をなるべく増やさないで下さい」
と、ポリアの言葉に、軽いやり返しで応えた。
さて、先頭を行くダグラスが、戦闘に入った。
‐ グゲェ、グゲェ。 ‐
気味の悪い鳴き声を発するのは、人間の十二・三歳に当たる子供ぐらいの大きさをして。 猪か豚と、人を混ぜた間の様な、そんな姿のモンスターだ。
このモンスターは、〔オーク〕と呼ばれる。 非常に好色で、人間を含めた亜種人の女性を攫っていく性質を持つ。 裸で毛むくじゃら、片手には木から削り出して作った棍棒の様な武器を持っている。
先に行ったKと、ダグラスの間。 詰まり、皆の前に居るのは、四体の群れで在る。
真っ先につんのめったオークに、ダグラスは飛び掛かって剣を背中へ突き刺した。
‐ グギャア! ‐
オークの断末魔の声が上がる。
仲間がやられたと驚いて、ダグラスに向く二匹のオークだが。 ヘルダーとゲイラーが、ダグラスの左右からその二匹を押し返す様に攻める。
力と速さで攻められたオーク二匹は、アワアワと防戦と成り。
最後の一匹は、ダグラスを見るのだが…。
‐ フゴッ。 ‐
いきなり、前へ走り始めたではないか。
先手必勝を決めたダグラスは、その残るオークを睨む予定だったのに…。
「あら」
マニュエルの森を見下ろせる崖側を見れば、其処にオークは居なかった。
「はぁっ?」
慌てて見回せば、ポリアとオークが戦う間合いに居る。
「おい゛っ」
“お前の相手は、この俺だっ”
と、言いたかったが…。
「更に追加だっ! 報酬分ぐらいは働けよっ!!」
と、Kの声がする。
(新手っ?)
声の方へと振り向くダグラスは、更に五体のオークが降りてきたのを見た。
デーベ、ボンドス、イクシオは、魔法遣いの守りにと留まり。 イルガとコールドとセレイドは、前の応援に来る。
先ずはポリアの応援と、ダグラスは思うが。
「更に、二匹追加だっ」
と、Kの声がしては…。
(チキショウっ)
右手に剣を引っさげたまま、前に走るダグラスだった。
さて、獣人オークもまた、人間を敵視している魔界の住人だ。 亜種人と云う括りなのは、人間の様に二足歩行だから・・、と言うだけに過ぎない気がする。
木の棍棒を片手に、襲い掛かって来るオークと。 ポリアも、剣を合わせて戦う。
「このっ」
剣を振り込んだポリアは、オークの棍棒と数合を打ち合い、そのまま力比べに成る。
然し、流石に怪物だけあって。 その腕力は、体格の成りには思いの外強く。 力の分だけ負けたポリアは、グイグイと押された。
また、
‐ フゴッっ、フゴフゴッ! ‐
女のポリアが相手だからか、鼻息荒く興奮していて。 尖った豚っ鼻をヌメヌメと湿らせ、牙の生える口からは、ダラダラと涎まで垂らし始めた。
イクシオとデーベは、これは不味いと感じたが。
マルヴェリータは、ポリアの後ろ数歩まで進み出た。
「ポリアっ、魔法を行くわっ」
と、鋭く言う。
味方の援護を知るポリアは、オークの興奮する目を睨むと。
「魔想の力よ」
と、マルヴェリータの詠唱に合わせて。
「キモいっ」
言ったポリアは、サッとオークの棍棒と噛み合う剣を外して、左足を軸に旋回するが如く逃げてしまう。
‐ ゲッゲ!! ‐
バランスを崩して、ポリアの居た辺りへと進み出たオーク。
その同時に、
「衝撃の鉄槌となれっ!!」
このマルヴェリータの声に応じて、頭上に現れた魔法の大槌。
‐ グ・ゲ? ‐
倒れまいと、踏み留まったオークの目の前には。 冷たい視線を自分に向け、杖を振り上げた絶世の美女が見えた。
オークの目は、マルヴェリータしか見えて無いが。 マルヴェリータは、思いっ切り杖を横殴りに振り下ろす。
‐ フゴッ。 ‐
短い蹄の在る足を前に踏み出したオークの脇腹に、青白い魔法の大槌が振り込まれた。
‐ グッ、ギャアアアアアアアっ!!!!!!!!! ‐
瞬く間の一瞬でブッ飛ばされたオークは、そのままマニュエルの森へと落下して行く。
そして、マルヴェリータは、グッと力んで魔法をまだ存続させると。
「ウザいのよっ!」
と、左側の岩壁に魔法を投げつける。
「わ゛っ」
と、驚くフェレック。
然し、魔法の大槌が飛ぶ方を見返したポリア達は、高い岩壁の上より忍び降りて来ていた。 まるで、蛇に足が生えた様なモンスターを目にする。
実は、岩に擬態していたモンスターの波動を、マクムスが察知して。 何処に居るのかと、探し始め様としていた時でも有った。
その蛇の様なモンスターへ、杖を向けて睨むマルヴェリータ。 放物線を描く様に飛んだ大槌だが、マルヴェリータの狙いに合わせて曲がり。 そのモンスターにぶつかった。
‐ シギャアッ! ‐
岩壁に突き刺さる様に表面を砕き、モンスターの胴体を押さえつける魔法の大槌。
その様子を見るマルヴェリータの眼は、鮮やかな紫の魔力を湛えていて。
「消えてっ!」
杖を弾く様に振り上げたマルヴェリータが、鋭く言えば。 魔法の大槌は、その姿を壊して炸裂する。 魔法の美しくも激しい炸裂音が響き。 断末魔の咆哮を上げたモンスターは、削れた岩壁より地面へ落ちる。
其処でマルヴェリータは、大きく深呼吸をした。
「ふぅ~~~、上出来」
ポリアは、モンスターの二匹に跨って魔法を使うなど、これまでで初めて見たので。
「あっらぁぁ・・。 マルタ、凄い」
すると、珍しく不敵に微笑んたマルヴェリータ。
「誰かさんの、お・か・げ、よ」
と、前を見た。
ポリアとシスティアナは、一発で誰かさんは‘K’と解る。
一方で、見ていたマクムスが、マルヴェリータを見て目を細めると。
「ほう・・、成る程」
と、眉を寄せて感心した。
また、近くに居るキーラも、酷く驚いた表情をしていた。
(マルヴェリータさんって、僕と少ししか年が違わないのに…)
だが、震えていたキーラは、良く見えていないのだ。 マルヴェリータの魔法が、見た目にだけ凄い訳では無い事を。
その“凄さ”と云うべきか。 大変な変化を遂げていた事を、マクムスと同じくフェレックは知る。
(な・なんて・・無駄が無い。 マルヴェリータはっ、こんなにも集中が出来る様に成って居たのか?!!)
と、愕然とすらする想いに成る。
これは、魔法を扱う者ならば、他人が魔法を放つ時にでも。 見えないながらに、使用者の魔力が身体の表面に浮き出る、その気配を感じれる。
以前に、Kが言っていたが…。
“集中をせずして悪戯に魔力を遣ったり、焦って強引に強力な魔法を遣えば。 その溢れ出る魔力は、大きく膨張して、急激に収縮する。 然し、逆にしっかりと集中して、心を強く保つ中で魔法を扱えるならば。 魔力の制御が行き届いて、膨張と収縮の幅は小さく成る”
その様子は、魔法の扱い方に慣れれば慣れるほどに、他人の様子でも直ぐに解るのだ。
そう、マルヴェリータは、前のクォシカの事件の時。 今までに経験の無い程に、何体ものモンスターを相手に戦って。 かなり限界まで追い込まれはしたが。 そのギリギリの戦いに於いて、集中の仕方をある程度だが会得したのだ。
然し、辛口のKから言わせれば、今のマルヴェリータですら中途半端で在るが・・。 元々が、下手な卒業したての魔術師より、ずっといい加減に遣って居たマルヴェリータ。 だからこの進歩の度合いは、目覚しい物が有ると、ハッキリ言える。
「マルタっ、私の出番が無いわ゛よっ」
まだ、満足に一体も倒せてないポリアは、そう言って。 ゲイラーやダグラスの行った先へと、走って向かう。
さて、前線では、ゲイラーとヘルダーを軸にして、次々と降りて来たオークを倒して居た。
最後のオーク戦に間に合うポリアは、イルガと槍を持ち合って押し合いをするオークに。
「後ろがっ、がら空きっ!」
と、斬り込んだ。
ポリアの到着で、オークは興奮して行動が更に粗く成る。 ヘルダーとゲイラーが、互いに三匹目を斬り倒す時。 ダグラス、コールド、セレイドが、それぞれに相手をするオークを倒した。
さて、オークを倒しきったポリア達は、死骸が臭いを放つ前にと、倒されたオークの上を越えてKの方に向かった。
「あ」
先に向かったポリアが、声を立ち止まる。 Kは、更に多くのモンスターを相手にし、もう倒していた。
「うわっ、早い…」
と、ポリアは呟く。
後から追って来たマルヴェリータやマクムス達だが。 中でもイクシオが、一匹のモンスターを見て近付くと。
「向こうの壁際で倒されたのは、コイツだな」
と、屈んで観察する。
そのモンスターは、鮮やかな緑色の鱗が、見る角度に因って黄色から黄緑色や、濃い緑色に煌めき。 一見すると、蛇に鉤爪の在る四肢が生えた様な、そんなモンスターで在る。
じっくり観察するイクシオに、近寄るマルヴェリータ。 自分が倒したモンスターを、一応は見て於きたいと感じたからだ。
Kの説明では、このトカゲの様な面構えながら、大蛇くらいに長い蛇の様なモンスターは、〔ドラゴエディア〕と云うらしい。 その名前の通り。 頭部には、二本の角を持ち。 両鼻の脇には、ダグラスやポリアの持つ長剣に匹敵するぐらいの髭も在る、所謂の〔竜〕《ドラゴン》なのだ。 深いグリーン色の身体ながら、擬態能力を持って。 獰猛な瞳は、生きていれば炯炯と白く光るらしい。
だが、ポリアが気に成るのは…。
「ねぇ、ケイ」
「あ?」
「こっちのドロドロっとした、灰色の物体ってナニ? キモチ悪いけど、スライミーの仲間ぁ?」
杖とは別の棒きれを持つシスティアナが、ツンツンと突ついてるのが、ポリアの聴いたソレだ。 液体の様に見えるのだが、動かすとプルンプルンしている。
実は、この不気味な物体こそ、戦う前のKの話に出て来た。 陸棲タコのモンスター、〔エビルオクトパス〕の残骸で在る。
ポリアが、突く事に夢中と成りそうなシスティアナを、自分で羽交い締めにして止めさせる間。 Kの言う説明だと。
Kを背後にして、丸で“骨抜き”の様に地面に潰れて、ドロドロした汚泥の様に成っているが。 長い触手をクネクネさせて地面を歩き、毒々しい斑点模様の紫色をしたタコの姿をしているらしい。 だが、身体の体高は、ゲイラーよりやや高く。 足が9本も在り。 足の一本一本が太く、ゲイラーの太股並みにある上に、なかなかの長さも在ると云う。
Kの周りに死するドラコエディアは、三枚に卸されて。 エビルオクトパスは、ベロベロ、ドロドロに為っている。
その死骸すら見ないKは、
「さ、先へ進むぞ。 休憩は、歩きながら、だ」
聴いたダグラスは、呆気に取られて。
「だって・・・さ」
と、ゲイラーを脇目に見れば。
「あぁ」
見られたゲイラーは、淡白に返してそのまま歩き出した。
だが、フェレックは、かなりフテ腐れた顔をすると。
「“歩きながらの休憩”って、矛盾してるだろっ。 こんなに開けた場所に来たってのに…」
と、ボヤき出した。
だが、其処にマルヴェリータが。
「アナタ。 死骸の間近で休憩したいの? 次々とモンスターが襲って来て、逃げながらに成ったらどうする訳?」
「む゛ぐぅ」
こう言って呆れたマルヴェリータは、ポリアやマクムスと一緒に行ってしまう。
後に続いたシスティアナは、
「あ~たま~のな~かが~ス~ッカラカン」
と、毒を吐く。
ポリアが小さい声で言った小言の復唱で在る。
不満を言ったフェレックと、まだ新米の域から抜け出れないキーラは、その意味を考えもしないが。
皆、前に進むしがないと、足を前に出す。
Kは、自分の行動を理解する様に成長し始めたポリアとマルヴェリータを見ないが。
(基本的、ま~っしろに近い冒険者の経験だからな~。 ま、吸収がイイだけでも、バカよりはマシか…)
と、思うのみ。
短い草とまばらな木が生える、草原の様な景色が広がり。 片側には、見下ろす様に見渡せるマニュエルの森が、ずっと遠くまで眺められる。 そんな場所を上がる、なだらかな坂道も、変わることが無く続く。
そして、それから暫くは、モンスターとの遭遇はオークが大半。 エビルオクトパスは、常にKが瞬殺していた。 皆が見る時には、Kがオクトパスの背後に居て。 オクトパスは、デロデロに潰れてしまった後。
そして、戦いが終われば、怪我のある者が居る時だけ止まり。 そうで無ければ、歩く。 水も歩きながら飲むし、腹が空いても歩いて何かを齧る。
だが、連戦するオークは、このメンバーと頭数からすれば、単体や少数では雑魚。 何れの戦いも、短い間で切り抜いた。
さて、それは昼を前にしての事。 今まで、マニュエルの森を見下ろせる崖を脇に、戦いながら坂を歩いて来た一行。
処が、下り坂と成る前の辺りで、Kが祠に向かう為に・・と。 左にずっと続いていた岩壁を上ろうと、皆に言った。
南の祠が有った所での岩壁の高さは、見上げなければ崖の上は見えなかったのに。 今は、ポリアの脇の下ぐらい。 ポリアなら、一人でも上れる。
片手も必要とせずに、軽く飛び上がって崖を上ったKは、先に林の手前を見回って来る。
一方、運動が苦手な者が居るチームは、先に上がったポリアとダグラスが手を貸し。 ゲイラーやセレイドが下から持ち上げると云う具合にて。 全員を上に上げる事に成る。
最後のゲイラーやセレイドには、段差も腰辺りと成るから、手を使って飛び上がるだけで良かった。
大岩が幾つも無造作に転がり、草むらが広がる林の前と成る場所にて。 下の一部が地面に埋もれる、大きな大きな岩の影で。
「目標と為る東の祠までは、もう歩く道のりも半分も無い。 ここいらで一旦、休憩しよう」
と、一同に言う。
漸く休憩かと、喜ぶフェレックが。
「お~、やっと休める」
と、別の岩の影に向かう。
僧侶ハクレイは、林を前にして。 微風でも揺れ動く木々を見る。
「何回も襲われますと・・。 風で揺れ動く木々や枝の音すら怖いですな」
これまで、モンスターを相手にして、果敢に戦って来たポリアも。
「うん、緊張するわ…」
其処へ、コールドも加わり。
「いっくら倒しても、此処だとキリが無さそうだ」
休める事で、皆に会話が出た。
Kを囲んで、離れずに皆が休む。
その中でポリアが、Kに疑問を投げる。
「ねぇ、ケイ。 祠まで、あとどれくらい?」
「そうだな・・。 道のりとしては、もう三分の二ぐらいまで来た」
「じゃ、もう一踏ん張りね」
「あぁ」
と、此処までは、すんなり会話が進んだ。
然し、Kがその後に、少し考える様な視線をすると。
「・・だが、な。 ちょっと気になる事が、実は一つだけある・・」
こう言ったKを、座る全員が見た。
齧り掛けの固いパンを片手に、ダグラスは探る様にKへ。
「な・なんか、悪い・・感じで?」
と、聴き返す。
Kの実力を見せ付けられては、全ての事はKを頼りとしたくなる。
「ん~、さっきから、妙に気に為っていたんだが・・な。 普通、オークって奴は、巣こそ集落だが。 基本的に、単独行動なんだ。 それが今日は、常に何匹も纏まってる。 もしかして、何かを捜しているんじゃ~ないか・・とな」
「‘何か’って・・・ナニ?」
「オークって奴は、凄い好色で。 人間の女性を含め、亜種人の女性には眼がない。 基本的にこの世界でオークは、雄しか生まれないからな」
「マジ?」
「あぁ。 魔界や魔界と同じ条件と成る結界の中などでは、どっちも生まれるそうだが。 此方の世界だと、亜種人を含め女性を攫って繁殖する…」
男一同は、ポリアやマルヴェリータを見る。 勿論、ゲイラーは、システィアナを…。
イライラしたポリアは、オークの顔を思い出し。
「あんにゃろぉ~。 モンスターの変態ヤローね」
と、殺気すら窺える程に憤るポリア。
また、
「全く、勝手に、一方的に好かれるのも辛いわ」
と、艶やかに言うマルヴェリータ。
その近くで座るシスティアナに居たっては。
「イヤイヤでぇすぅぅ。 ブーさんとは、結婚したくないです~」
と、嫌がっていた。
が、例によって。
(嗚呼っ、可愛いっ。 嗚呼・・なんて可愛いんだぁぁぁぁぁぁぁっ! 俺が・・・結婚したいっ)
そのシスティアナの姿を見て、妄想を企てる不毛な男の顔は、予想以上に気持ち悪い。
ふと見たKが。
(な゛っ、何だコイツ。 何でか、時々・・気持ち悪いな…)
と、そう思う。
仲間も手が付けられないと云う、気持ち悪いゲイラー。 彼から眼を剃らしたKは。
「確か、ポリア達三人だけじゃ無く。 行方不明のチームにも、二人か、三人ほど。 女性が居たよな」
この話を聴いたダグラスは、直ぐに頷くと、指折りしながら。
「あぁ、斡旋所のマスターの娘で、シスターの〔オリビア〕だろ。 あと、気の強い盗賊上がりの“アリューファ”が居る。 それから、学者で、〔ムーンワッシャー〕《三日月のブーメラン》を持つ“ミュウ”。 確か、この三人が女だよ」
ダグラスの話を聴いたKは、腕組して。
「もしかしたら・・・。 あの匂いが、オーク達を元気にさせてるのかもな。 もう月末だし…」
と、ポリアとマルヴェリータを見る。
見られた二人も、Kを見返して。
ポリアが、先に。
「確かに、女性の匂いは増えたものね。 なら、オークも色めき立つかも」
と、呆れる。
これに対して、マルヴェリータは困惑した。
(え? 月末で、女性のって、まさか・・アレ?)
Kが、ハッキリ口に出さないのは、出さなくてもいい事か。 口に出すのも控えたい事か。
さて、林を伺っていたKは、皆が食事を終えたのを見計らって。
「よし、先に行こうか」
と、声を掛ける。
荷物を持って立ち上がるイクシオだが。
「これから先は、林の中だ。 俺の得意な得物が、自由に振り回せるかな」
と、ボヤく。
茂みや森の他、洞窟の中や建物の中では、鞭が意外に使いづらいのだ。
デーベは、棍棒を振るって。
「気合サ、入れッデぇ」
と、やる気を見せる。
だが、林に入った所で直ぐに。
「ん? 不味い・・・か?」
と、立ち止まるK。
木々の間隔が広い林の中を見て、何かを窺うK。 済まして、何かを感じているようだ。
マクムスやマルヴェリータも、森を窺うのだが。
中でもマクムスは、
(このK《人物》は、何者なのだろうか。 森の奥に広がる原始の森のオーラの中で、微かに蠢くモンスターの位置が解る? 私ですら、ボンヤリとしか解らないのに…)
と、Kの能力を空恐ろしく思う。
片や、マルヴェリータは、と言うと。
(森の植物の息づく力に、モンスターの気配が…。 やっぱり、ケイは凄いわ。 私も、日々に暇を訓練に回さなきゃ…)
と、こう思う。
さて、Kが立ち止まった事で、ポリアなど肉弾戦の冒険者は、武器を抜く者すら居る。
中でも真っ先に抜いたダグラスは、もう剣を片手に構えている。
「どうした? モンスターか?」
イクシオは、鞭を振るえるこの辺りならば、まだ実力が発揮できると。
「出来れば、この辺りで迎え撃ちたい…。 この辺りなら、まだ鞭が振るえる」
それは、ゲイラーやセレイドも一緒。 大型の武器ほどに、周りを気にしなければ成らない。
また、イルガも。
「この辺りなら、まだ槍も大丈夫だが…」
森を睨むKは、凡その方角も込みで顎を前に遣ると。
「察する気配からして、先行して来る大半は・・オークや人食いダコだ。 この皆が強力すれば、俺無しでも倒せる。 これに関しての問題は、無いな・・。 だが、来るモンスターの中間から向こうには、〔オウガ〕や〔キマイラ〕の気配もある」
その話を聴いたポリアは、
「オウガやキマイラって! 私達で勝てる・・かな」
と、心配する。
オウガやキマイラやヘルバウンドなど、初歩的な依頼では絶対に遭わないモンスターだ。 経験の無いポリアは、Kに聴いたのだが。
Kは、何処かいい加減な素振りを見せて。
「バカ云うな。 そんなモンスターの群にお前たちを戦わせたら、助けられる命を救うどころじゃない」
ゲイラーは、Kの読みに逆らう気はさらさらもない。
「なら、俺等は先行して来るオークや、その他だな?」
「そうだ。 俺が、一人で先行して、危険なモンスター等を倒しに掛かるから。 皆は、モンスターが見えたら戦い、俺の行った方に進行してくれ」
するとフェレックは、戦う事に対する恐怖が在るからか。
「逃げられ無いのかっ? 集団にぶち当たるなんて、自殺行為かもしれないぞ」
「それが、そうも行かないぞ。 最悪な事にモンスターの一部は、どうも祠の在る方から来てる。 逃げれないし、オークって奴は嗅覚の鋭いモンスターだからな。 ポリアやマルヴェリータやシスティアナを抱え、汗などの体臭を放つ我々だ。 逃げ回ったって、隠れきれない。 戦って、日暮れまでに切り抜けるしかないな」
Kの読み通り、やはり今日に激戦が起こるらしい。
皆の中に、これまでに無い緊張感が張り詰める。
ポリアは、昨日の夜に見た“オウガ”だけには、遭いたくなかった。
「ケイ。 私達だけでも大丈夫よね?」
「あぁ、この面子なら、十分に勝てる相手だ。 ただ、数が多い。 無理して前に進みながら、窮屈な戦いをしなくていい。 広く戦える所を選べ」
Kは、そう言って林の奥に走り出した。 木々の間に入って、姿が消えた。
「消えた…」
驚くコールドやイクシオ。 遠くに消えたのでは無く、離れて行く途中で、フワッと見えなくなる。
「ハァ・・何度見ても、見てる前だから凄いわよね…」
ポリアも、言葉はそれくらい。 驚き、それしかない。
そこに、マルヴェリータが来て。
「ねぇ、ポリア…」
と、何かを耳打ちする。
その内容は、こんな所で聴く話では無い物だから。
「マルタっ! こんな時にっ、一体何を聞くのよぉっ」
と、赤面するポリア。
だが、マルヴェリータは、いたって真面目な顔をしていて。
「ポリア、ヘンな意味じゃないわよ。 ホラ、さっきのKが言った、モンスターの話」
「え?」
「オークの話の時。 女性特有の、月末の匂いって…」
此処まで説明されると、ポリアも意味にパッと気付いて。
「あ・ああっ、アタシは、トルトの村で…」
マルヴェリータも頷いて。
「私も、着いた夜よ」
その流れからポリアは、或る事に気付いてパッと頷く。
「もしかして、生きてる? まだ・・近くで?」
ポリアの様子を見たマルヴェリータも、顔と顔を突き合わせながら頷いて。
「かもっ」
そんな美女二人の会話を、囲んで見ている男達。 とても気になったダグラスは、そんな二人に向かって。
「どうしたよ。 なぁ、何の話?」
と、尋ねるし。
“生きている”と云う部分を軸に、美女二人の話には、男性陣も興味津々。
だが、女性の話なだけに、ポリアがキィっと睨み付け。
「男はウルサイっ!!!」
斬り付ける様に言うので、マクムス以外の全員が驚いて。
「ハイっ」
と、姿を正す。
言ったポリアだが、林の向こうが揺れ出したのを見て。
「来たわっ!」
と、指を差した。
ポリアの声に、一同は振り返る。
オークが来ると解って居るから、ポリアも鋭く睨む眼に殺気を満たし。
「さぁっ、ヘンタイ共をボッコボコにしてやるんだからっ!! みんなっ、行くわよっ!!!」
と、号令を掛ける。
勢いに釣られて、男達は一斉に。
「おーーっ!!!!」
と、声を上げた。
★
Kが消えた。
最も強い者は、ポリア達を凶悪なモンスターにぶち当たらせたくないから、先に向かった。
マクムスの見立てでは、逆にポリア達が手こずる程度の相手を当たらせ。 祠までの道を切り開く時を借り、Kが先行して危ないモンスターを潰す。 Kの思惑は、そうだと…。
そして、皆の見える林の先が揺れ動き、
‐ グゲ。 グエ、グエ………。 ‐
林の奥からオークの一団が五・六匹ほど姿を見せた。
それを確認したマルヴェリータは、みんなの前に出て。
「先制で蹴散らすわっ!!」
と、美しい黒髪を靡かせる。
「魔想の力よっ。 無数の飛礫となりて、我が敵を撃ち抜いてっ!!」
杖を振り上げたマルヴェリータの頭上に、夥しい小石の粒のような飛礫が現れる。 やはり半透明で青白い光の塊ながら、姿形はしっかりと小石を象っていた。
「行ってっ」
鋭く声を発して杖を振り込めば、数十と云う飛礫の一部がオークに飛ぶ。
一方、此方へと向かって来るオーク達だが、魔法の飛礫を受けて、もんどりうって転び。 身体に食い込んだ飛礫が炸裂する事で、その衝撃に沈んで行く。 現れた最初のオーク達は、マルヴェリータの魔法だけで倒された。
だが、Kが‘群れ’と言った意味は、此処から如実と成る。
林の先からは、オークの声がしている。 直に、複数のオークが来るのだろう。
が・・。
マクムスが、俄に辺りを見回す。
また、マルヴェリータが、
「モンスターがっ、間近に来たわっ」
と、皆に教える。
見えないのにこう言われて、ダグラスやゲイラーも身構え。
「何処だっ」
「解らないぞっ」
と、探し始めた。
此処でポリアは、睨み付ける林の中で。 木漏れ日に光る或る木の表面が、違和感を感じる程に‘盛り上がる’と見付け。
「イクシオさんっ、前方の木の幹っ!!」
木に指を差しながら言ったポリアのこの声。
鞭を垂らし身構えていたイクシオは、それを見聞きすると、大きく鞭を振るった。 問題の木を打つ鞭だが。 明らかに変わった音がして、何かキラキラした物すら剥がれ飛ぶ。
その直後。
‐ シャーーーッ! ‐
蛇の様な威嚇の音を吐いて、ドラコエディアが擬態を解いて姿を見せる。
だが、その姿を見たイクシオは、鱗の色がどんより暗い感じがして。 これまで見た個体より、ずっと大きい相手と察した。
近くに居たコールドが、イクシオの脇に来て。
「やってしまおうっ」
と、意気込むのだが。
引いて距離を取るイクシオは、真剣極まりない眼をすると。
「気を付けろ。 コイツ、恐らくは長寿種だ」
地面にスルスルと降りてきたドラコエディアは、胴回りだけでポリアの身体周りより上。 体長は、ゲイラーの倍以上在る。
イクシオの左側に来て、ドラコエディアを動かさない様に、鉄棍棒で牽制するデーベ。
「イクシオ、長寿種っつ~のは、何ぞいか?」
「モンスターも、長年に生きると成長する。 このドラコエディアは、長寿種に成ると火を吹くと聴いた」
「厄介者めっ。 早速、やっつけるぞい」
イクシオ達三人は、このドラコエディアを倒すべく。 もう少し開けた右側に押し込もうと、囲う様に散開した。
また、今度はヘルダーが、何かに気付いた。 ポリアとダグラスの間に走り、二人の肩を触って。
「え?」
「ん?」
と、視線を向けさせると。
「………」
無言ながら、林の前方左上を指差した。
ポリアとダグラスは、その方を見れば。
ギョッとしたポリアは、
「ゲイラーっ、セレイドさんっ、上っ!」
ダグラスも、
「タコが二匹っ!」
エビルオクトパスと云う陸棲のタコのモンスターが、太い木の幹に張り付いては、裏側を降りて来ようとする。
ポリアは、
「やるわよっ!!」
と、オクトパスに向かう。
「よっしゃ!!」
ダグラスも応呼して、一緒にオクトパスへ向かう。
その様子に、二人だけでは荷が重いと見たゲイラー。
「タコに行くっ。 フェレックっ、魔法の支援を期待してるぜっ!!!」
と、頷いたヘルダーと一緒に、オクトパスへ向かった。
「フン、言われなくても…」
その二人の後方に居たフェレックは、不敵に返した。
さて、Kが居なく成れば、年長者にして経験や知識の在るマクムスは、激戦を予測して。
「みなさんっ、無理だけはいけませんよっ!!!」
と、声を張る。
助ける一行の生存も視野に入れ、激戦を予想したKだから。 僧侶には、攻撃魔法の抑制を言っておいた。 だから、システィアナも、ハクレイも、マクムスも支援に徹して下がっている。
さて、マルヴェリータは、
「フェレック。 エビルオクトパスの方は、私が加勢するから。 オークやドラコエディアは、貴方に任せるわ」
と、ポリアの後方支援に行く。
「ま゛っ、マルヴェリータ!」
一緒に戦うと、名前を呼んだフェレックだが…。
林の向こうから、また数体の群れでオークが来る。
「チッ、さっきより数が多いかっ? チキショウっ、ブタめぇっ!」
いきり立つフェレックは、ドラコエディアとオークの群れに気を傾けた。
同時に。
「向こうは、我々が行こう」
群れで来たオークを見たイルガの声に。
「よし」
「心得た」
「うむ。 この乱戦に、オークを合流させては面倒だ」
ボンドス、セレイド、レックが、次々と言って同調する。
ポリア達は、後方から行くマルヴェリータを含め。 左の林の先の開けた場所に、エビルオクトパスを追い立てる様に攻め込む。
一方、鞭で地面を打つイクシオと、デーベやコールドは。 右手の開けた場所に、ドラコエディアを押し込んだ。
一方、走るイルガ、セレイド、ボンドスを先に。 弓を番て後を行くリックは、オークとの差を詰めて居る。
フェレックは、下がったマクムス達を確認すると。
(よぉ~しっ、さっさとブタを片付けて、マルヴェリータの応援に行ってやる。 マルヴェリータを助けるのは、ジョイス様じゃ無いっ。 この俺だっ!)
意気込むフェレックは、右側前方に向かって歩き始めた。
然し、そんなフェレックの視界の片隅に、突っ立っている者の姿が…。
(ん?)
怯えて動けないのは、キーラだった。 杖を両手で握り締めながら、膝を笑わせていて。 動く処か、ゲイラーや仲間達を見る事もしない。
それに気付いたフェレックは、キーラを睨んだ。
「何だ、お前。 此処まで来て、動けないぐらいに怖いのか?」
フェレックの言葉に、冷や汗だらけの顔を見せるキーラは、無言で何も返さない。
「フッ、使えない奴だ」
鼻で笑って歩きながら、更に。
「ゲイラーも、可愛そうな奴だな。 唯一の魔法を使える仲間が、こんなんじゃな」
と、毒づいた。
然し、更に新手のオークが、前方よりやや右側からやって来た。
「チッ、新手かよっ」
のんびりできないと悟るフェレックは、早歩きでイルガ達の居る方に向かった。
だが、その場に突っ立ったキーラは、震えるままに下を向いた。
(くそぅ、・・う・動かないよぉっ・・・。 か・身体が・・動かない………)
モンスターを見ただけで、恐怖に足が竦む。 魔法を唱える処では無く、頭の中が逃げたいと一色に染まる
だが今は、キーラを構える者は、誰も居ない。
さて、戦い始めた皆。
「そりぁっ!!」
イルガの槍が、先陣を切ってオークを突いて。 引き抜き様に、横のオークの背中を殴り付ける。 刺されたオークには、コールドが留めを刺しに向かい。 背中を打たれてバランスを崩したオークに、ボンドスの両手に持つ斧が襲い掛かった。
一方、ドラコエディアの方では。
「そらっ、そらっ!」
振り込んで伸びた鞭を引く事で、不規則な動きを加え攻撃するイクシオ。
然し、そんな鞭を身体をくねらせて見事に躱すドラコエディアの動きは、トカゲと云うより蛇に近い。
‐ シャアアアッ。 ‐
威嚇の音と共に長い髭を撓らせて、イクシオの鞭に、逆に絡めて来るドラコエディア。
「オッ、とっ!」
鞭と髭が絡まれ合う事で、イクシオも体勢を崩し損なって動きが止まる。
引っ張り合いが始まる中、共に戦って居たコールドだが。 自分を牽制しては、暴れる様に動く尻尾と格闘していた。
「くっ、このっ」
細剣の様な細い剣では、ドラコエディアの鱗を斬って剥ぐのは難しい。 突いて刺せれば良いのだが…。
(くっ、これは難しいっ!)
焦るコールドは、ジタバタと踏み込んだり、慌てて引く動きを繰り返す。 ドラコエディアの長い胴体の半分近くが、上下左右に暴れるだけでは無く。 伸縮まで加え、不規則に動き回る。
然し、コールドが尻尾への攻撃を止めれば、ドラコエディアはイクシオに集中して襲い掛かるだろう。
また、一緒に来たデーベだが。 彼は、新たに背後から現れたオーク二匹に、その注意を削がれていた。
イクシオとドラコエディアが、絡まった鞭と髭で引っ張り合う。 だが、相手はモンスターだ。 学者のイクシオでは、ゲイラーやセレイドの様には行かない。 ドラコエディアが四肢を使って踏ん張り頭を引けば、長身なる彼がズルズルと引き摺られ始める。
(チッ、鞭が解けネェェェっ)
鞭の棘が鱗と噛み合い、二本の髭に絡み取られては、イクシオ側から外すのは困難。
処が、ドラコエディアの方も、また変わった動きをし始める。 身体では無く、髭でイクシオを引きずり始めたのだ。
力むのが精一杯のイクシオは、それに気付けない。
だが、どうした事か。 ドラコエディアの閉じている口から、俄に煙が漂い出す。
三方の戦いを、注意深く見ていたマクムスだが。 ドラコエディアの方より、微かな火のオーラを感じる。
(何だっ?)
パッと、ドラコエディアとイクシオの様子を見たマクムスが、黒く煙りが漂う一瞬を見て。
「いけないっ、火炎ブレスだっ!!!」
と、叫んだ。
マルヴェリータも、フェレックも、目の前の敵を相手にして解らない。
マクムスは、誰か阻止に動けないかと、イクシオと一緒に戦う誰かを捜す。
然し、デーベはオークを追い立て、ドラコエディアより離れ。 コールドは、鋭く伸びた尻尾を避ける事で、体勢を崩し地面に転がる。
(あ゛っ、いけないっ)
開けていた場所で、ハクレイやシスティアナを守る様に居たマクムスだが。 このままではイクシオが危ないと、其方に走ろうとする。
だが、誰より先に動いたのは…。
不審な炎の力を感じて、ドラコエディアを見たキーラが居る。 彼は、炎の力を感じる事には、取り分け感受性が強かったのか。 不気味に煙を漂わせるドラコエディアには、何かしらの意味が在ると彼でも解った。
(僕はっ、僕はっ! 何の為にっ、魔法を学んだんだっ!! 仲間でっ、い・い゛っ、居てくれるゲイラーさんにっ、何かっ、何か返さなきゃっ、いけないのにい゛っ!)
今の状況、フェレックの言葉、昨日のKの話を思い出し。 自分の中で、葛藤していた恐怖を断ち切るように、半ばヤケクソでも力強くガッと眼を開いた。
「動けぇっ、身体あ゛っ! 僕だってっ、仲間だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
恐怖に竦み、身体を固めた自縛の鎖を千切り放つ様にして、杖を振り上げたキーラの声が上がる。
「うおおっ?」
何事かと、驚くイクシオだが。
彼の前で、ドラコエディアの口が開いた時。 口の中は、燃え滾る炎の壺と化して居て。 その中から、拳大ほどの火の玉が湧き上がる。
「やべえっ!!」
焦るイクシオだが、其処に。
「イクシオさんっ、魔法を避けてえぇぇっ!!!!」
と、キーラの声がする。
鞭を握るイクシオは、その手を支点にして、仰けに反るようにして後ろに倒れた。
一方、イクシオが身を反らせる時。
「剣の刃と化し魔想の力よっ、我が敵を貫けえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
と、魔法を発したキーラ。
ドラコエディアの口の中に、次々と出来上がった火球が。 後ろに反れて行くイクシオの眼に、全く見えなく成った後。 反り返って彼が見えたのは、青白い魔法の剣を作り出したキーラの姿だ。
イクシオが一瞬だけ見た魔法は、しっかりと形は出来ていた。
「い゛っけぇっ!」
がむしゃらに、キーラが杖を振り下ろす時。 ドラコエディアも、火球を吐き出そうとする時だった。
創り出された魔法の剣が放たれた。 剣の大きさは、然程に大きくはないが。 しっかりと具現化されていた。
‐ シギャアアアアっ!!! ‐
湧き上がった火球を、前に身体を押し出す様にして、纏めて吐き出したドラコエディア。
だが。 飛び出した火の玉を、空宙でキーラの魔法の剣が粉砕して散らす。 そして、ドラコエディアの開いた口の中に、魔法の剣が飛び込んだ。
‐ シィ!!! ‐
短く叫ぶ声と共に、ドラコエディアは魔法の剣を飲み込んでしまう。
「熱っ、うぉっとと・・と?」
地面に倒れたイクシオが、降って来た火の粒を払ったり。 地面を転んで逃げたコールドが、ドラコエディアを見た時。 ドラコエディアは、ピタリと置物の彫刻の如く止まる。
その場に向かおうとしたマクムスも、踏み出した二歩目を出した処で固まった。
刹那…。
魔法が炸裂する衝撃音が、ドラコエディアの体内で鳴り響くのと同時に。
‐ シギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!! ‐
前足を持ち上げ、天に昇りそうな程に伸び上がるドラコエディアの大絶叫が、辺りに爆発した。
「うおおおっ」
「のわあぁっ」
間近で見たイクシオとコールドは、暴れ出したドラコエディアから慌てて離れた。
大絶叫をした後、鳴き声を繰り返しながら、とぐろを巻く様に激しく悶えるドラコエディア。 然し、それは急速に弱まり、ぐったりして動かなくなった。
そこまでを見てから、転がった体勢から立ち上がるイクシオ。 近場に転がったテンガロンハットを拾うと、鞭を拾いに行きながらキーラに向って。
「助かったぜ。 有難うよ」
震える様に頷いたキーラだが、直ぐに自分の手を見て。
「思わず・・う・動いた…」
と、襲って来る脱力感に膝を崩しながら呟いた。
さて、この間にも、次々と林の奥から現れるオーク。
一人で、新手も入れて四匹と相手をしていたデーベだが。 其処に、コールドやイクシオも加勢入る。
顔に掠り傷、腕に血を流すデーベだが。
「形勢逆転・・だばな」
と、オークの中に突っ込んだ。
イクシオの方といい、イルガの方といい。 オークの数が多い為に、戦いは続いていたが。 確実に撃破していた。
寧ろ、苦戦を強いられるのは、エビルオクトパスに向かったポリア達だ。
その問題は、エビルオクトパスの身体自体に原因が在る。 先ず、長い触手を振り回して来るので、中々どうして身体に切り込めない。
「このぉっ!!!」
勢い良くポリアが肉薄して、斬り込みから掬いに斬り返し。 オクトパスの二本の足を切断したのに。
「うわぁぁっ!」
攻撃範囲に来たと、他の足がポリアに襲い掛かった。 逃げる間を失うポリアが剣で防ぐが、二本も弾き返せば、体勢がグラグラだ。 オクトパスの残りの足は、一緒に戦うダグラスやヘルダーが
“攻撃はさせじ”
とばかりに斬り払う。
隙を見て飛び退くポリアは、
「ありがとうっ」
と、云えば。
ダグラスとヘルダーは、頷き返すのみ。
足を斬ったポリアなのに、その表情は頗る苦しい。 それが、苦戦する理由の二つ目。 ポリアやダグラスやヘルダーが、次々と斬り払ったオクトパスの触手と云う足だが。 斬った足は、直ぐに新しく生えてくる。
ポリア達より、林の木を三本ほど離して。 一人で一匹と戦うゲイラーは、
「全く、なんて身体してやがるっ。 先に行ったリーダーは、よく瞬殺できたもんだっ。 ちきしょうめっ!!!」
と、唸った。
彼の長い大剣で、モンスターの側面から飛び込み、足四本を一気に斬った。 飛んだ足が、辺りでバタバタと動く。 然し、残った足の二本が、直ぐに襲い掛かって来て。 剣で防いだゲイラーだが、彼の巨体が弾き飛ばされる。
「うおおおおおっ」
なんとか地面を転がって、受身を取るゲイラー。
ゲイラーの方に、ダグラスが加勢に向かい。 ヘルダーは、自分達の相手にするオクトパスを誘導しようと、後ろに回り込もうとする。
息が上がっているポリアは、魔法を補助として撃とうとすれど。 乱戦に近い上、身体まで再生するから、どうしたものかと躊躇するマルヴェリータを見る。
(マルタの魔法・・何とか・・・生かせないかな)
勝つ方法を模索するポリアは、またオクトパスを見る。
其処で、Kが言った言葉を思い出す。
“俺の遣り方を見て覚えろ”
祠から昼の休憩まで、何度も襲撃された。 最初の襲撃は、Kが先行して離れたが。 その後の襲撃では、Kも近くに居た。
(そういえば・・・ケイって。 コイツを倒した時、後ろに回り込んで・・立ってた様な…)
Kが斬る処など、ポリアには見える訳も無い。 だが、倒した直後は、見覚えて居る。 ポリアは、改めてエビルオクトパスと云うモンスターを、短い間だが観察した。
すると…。
(あれ? な・んで?)
ヘルダーに回り込まれそうになるオクトパスは、木の後ろに下がろうとする。 また、ゲイラーとダグラスを相手にするオクトパスも、絶えず正面か側面を向ける様にして。 回り込まれない様にしている。
(何? 後ろは、イヤ・・なの? でも、足は均等に八本って、アレ? 確か・・・ケイってば、九本って言ってなかった?)
改めてもう一度、二匹のオクトパスを見比べて居ると。 振り回す触手に迫られ、後方に逃げたダグラスが。 その場から近いからと、またヘルダーに加勢する。 すると、ゲイラーにノソノソと向かう、もう一匹のオクトパスの姿が、ポリアには横向きで見えた。
その時、
(あ゛っ)
と、目を見開くポリア。
何と、白い九本目の足が、ゲイラーに向く身体の裏側で。 足と足の間からチロチロと動いているのが、良く見えたのだ。
(まさか、ケイが回り込んでたのって…。 アレが、まさか弱点だからっ?!!)
そうと気付いたポリアは、ダグラスとヘルダーが、オクトパスの一匹に襲い掛かっている中で。
(よしっ)
と、振り返ってマルヴェリータを見る。
一方、ポリアが動かない事で、怪我でもしたのでは・・と、心配したマルヴェリータだが。 ポリアと眼が合った時。
(魔法、アイツに)
ポリアの目配せを受け、一緒に見るのはゲイラーの方。
再び見て来るポリアに、頷いて返したマルヴェリータは、左側に移動して。
「魔想の力よ・・、剣の姿と成り変わり。 我が敵を撃てっ!!」
と、魔法を生み出す。
そして、しっかり集中して具現化すると。
「行ってっ」
と、放つ。
だが、何の意味が有って、魔法を撃つのかは解らない。 戦いが始まってから何回も、ブヨブヨしたオクトパスの身体に形を変えた魔法を撃ち込んだが。 炸裂して破れた身体が、直ぐに修復されてしまう。 だからマルヴェリータも、無駄な魔力の浪費を抑えるべく、様子を見ていたのだ。
さて、マルヴェリータの放った魔法の剣は、ゲイラーへにじり寄ろうとするオクトパスの、一際丸い頭に突き刺さり。 炸裂する衝撃で、その頭に穴を開けた。 スカスカの空洞の頭の中が、穴の所為で丸見えと成る。
ゲイラーに気を取られた上に、魔法の影響から再生する為に、動きの鈍ったオクトパス。
其処に走り込んだポリアは、オクトパスの身体の裏側に回り込み。 地面に着く身体の内側より伸びた、突起物の様な白い足を斬り払った。
「えいっ!!」
斬って直ぐ、パッと飛び退いたポリアと、オクトパスに迫られたゲイラーの間で。 白い足を斬られたオクトパスは、急激にブルブルと痙攣し始める。
「ん? どっ・どうしたんだっ?!」
驚くゲイラーの前で、オクトパスは午前中にKが倒した様に、ベタ~っと地面に伸びて潰れていく。
弱点を悟ったポリアは、もう一匹と戦うダグラスとヘルダーに。
「背後の白い足っ!!! コイツの急所だわっ!!!」
それを聴いたダグラスは、ニヤリと笑って。
「オーケーっ」
一方のヘルダーも、微笑んで頷いた。
言ったポリアも、取って返す様に二人へ加勢し。 三人で、三方からオクトパスに斬り込む。
ダグラスが、ポリアが、オクトパスの足を先だけでもと、斬って飛ばす。
その中で、正面から向ったヘルダーが、突き出された足二本を華麗に躱すと。 タコの突き出た口を足場に、ポーンと頭上を飛び越えて、見事な跳躍から背後に着地。 振り返り様、揺れ動く白い足を斬った。
手こずったオクトパスが死んだ事で、ゲイラーも含めた全員が、前方から来るオークに向かう。
加勢するポリアは、フェレックを見て近付くと。
「下がってっ。 オークだけなら、こっちで十分よっ」
魔法を連発したフェレックは、やや息が荒く疲れている。
「ふ・フンっ、遅い・・ぞぉっ!」
疲れて来たフェレックは、下がる時まで口が悪い。
然し、入れ替わりに前へ来たのは、何とマルヴェリータ。 精神的な疲労は、ジワジワ来ていたが。 まだ遣れるし、怪我人を少なくしようと考えていた為だ。
戦える皆が、オークを殲滅するまで戦う。
そして、
「終わったど!!!」
最後のオークを倒しきって、ボンドスが声を上げると。
ポリアは、潰れるタコを見ずして。
「怪我の手当てを急いでっ!」
僧侶に声を掛けた。
マクムス、システィアナ、ハクレイが、セレイドと一緒に怪我の手当てに回った。
イルガは、ボンドスやレックを庇って、オークの棍棒にて腕の骨を折り。 イクシオは、さっきのドラコエディアの火球を魔法で粉砕した時に、顔や腕に飛び散る火で火傷を負ったのだ。
改めて怪我を見るキーラは、イクシオに謝った。
「すいません。 無我夢中で・・ギリギリに…」
だが、イクシオは。
「いやいや、あの火の玉をまともに食らってたら、俺はもう動けなかったろう。 コレなら、まだ十分に動ける。 格段の違いさ」
と、腕を動かして見せてから、キーラに笑って返す。
一方、マクムスの魔法で、完全に腕の骨がくっ付いたイルガ。
「流石に、流石に。 大司祭様とも成れば、魔法の効力も違う。 痛みまで引いた」
治癒の魔法を施したマクムスは、そんなイルガに真面目な顔で。
「無理に力みを込めて激しく動かせば、また離れます。 無理をしないで下さい」
と、言った。
さて、ダグラスと一緒にゲイラーは、立ち尽くしているキーラに近寄り。
「魔法、撃てたか」
「あっ」
ゲイラーとダグラスを前にして、固く成るキーラ。
ハクレイの治療を受けるコールドが。
「なかなかの見物だったゼ。 あの蛇野郎が、魔法を丸呑みした様はよ」
すると、ダグラスが。
「チッ、見たかったな。 キーラ、どうせなら仲間の前でやれよ」
と、言うと。
コールドが、
「今は、俺達が“仲間”だろうがっ」
こう言われては、確かにそうだとニタ笑いするダグラス。
その様子を含め、仮のチームの存在意義を感じるゲイラーは想った。
(荒療治だが。 生きて帰れたら・・この旅は、俺達の中で凄い事に成る)
と、強く感じた。
だが、此処に居る皆、先に行ったKが気に成った。
1日と云う短い間に、これだけのモンスターを相手にする必要が在る。
奥に行ったKは、どうなって居るのか。
“魔域”と云う呼ばれたこの場所は、外縁だけでこのモンスター数。 山の中に踏み込んだ時、そのモンスターの顔触れは・・どう変わるのだろうか…。
御愛読、有難う御座います。 次回は、4月終わりから5月の始めを予定しています。