第二部:闇に消えた伝説が、今動く3
二章
【封じられた魔の森と地獄大山】
〔その5.デビルフォレスト〕
★
次の日の朝が来た。
東の空に太陽が斜めに見えた頃、一人・・一人と起きて来て。 女将夫婦が思うより早く、冒険者全員が起きた。
「おはよう、ポリア」
「おはよう、ダグラス。 今日から頼むわよ」
「フッ、任せとけぃっ」
食堂に来た面々が、お互いで挨拶をしている。 朝食になり冒険者達は、お互いで気のついた者に水を汲み合う。 これは、冒険者達の“杯交わし”と云う行為で、普通では滅多にやらない行為だ。 起源は、良く解って無い行為だが。 チームを解体して別れる朝や、違うチームに別れる時にし始めた行為らしいが。 今では、義理堅い無頼や盗賊なども真似して、契りや絆を固める行為だと云う。
さて、Kは至って平然としつつ、黙って食事をしている。
その横で。
「お前と組むなんざ~何年ぶりか。 死ぬときは一人で逝けよ」
と、ゲイラーが言う。
彼の向かい斜めに座る、言われたフェレックだが。 彼は、鼻先で笑い。
「フン。 図体ばかりデカクても、剣の腕は進歩してんのか? お前が殺されたなら、涙なしで周りに語ってやるぜ」
と、言い返す。
語り口こそ戯れ言の様だが、何処となくトゲトゲしいニュアンスを含むのも事実。
塩を取るゲイラーが、
「お前の口の悪さは、何年経っても変わんね~な」
こう更に、言えば。
フェレックも、ビネガーの瓶を取りつつ。
「そっちこそ、な」
と、返す。
その様子が不思議に感じれたポリア。 ダグラスに話を聴けば…。 このゲイラーとフェレックの二人は、駆け出しの頃にだが。 短い一時だけ、一緒のチームに居たらしい。
然し、名声主義のフェレックと、律儀で大らかなゲイラーだ。 冒険者としての姿勢の違いが、1ヶ月で表面化し。 どちらもリーダーでは無かったのに、二人の喧嘩を機にチームが決裂したとか。
今も、この二人を観察すると。 確かに、お互いで歩み寄らない姿勢が見受けられた。
(そ~れは、面倒だわね。 ま、ケイがリーダーだから、そんな我が儘を言ってられないだろうけどさ…)
こう感じるポリアは、今のチームが最初。 マルヴェリータは、短い間だけ別のチームの者と一緒に居たらしいが。 かなり嫌な出来事が在ったらしく、話そうとしない。
“冒険者も、色々”
そのまんま、だろうか。
一方、ダグラスやポリア達は、殆ど全員から水を受けて、また返している。 コミュニケーションを取る気構えは、確かなようだ。
また、不思議な事は、ポリアが声を掛けたり、挨拶すると。 何故か誰もが蔑む様な態度をしないのだ。 実力から云うと、一番下っ端かも知れない。
然し、戯れ言で返す者、恐縮を込みで返す者も居るのだが。 その会話に、邪険なものは見えない。
食事をし終えるまで、その様子はKが見ていた…。
さて、全員が食事を終えた頃を見計らかって。
「よし、全員、出発の準備しろ。 用意が出来次第に、直ぐ出立するぞ」
全員が直ぐに部屋に帰り、支度をして出てきた。 集まった一同、長旅をする荷物だ。 一番少ないKですら、背負う袋が重みを見せて膨らんでいる。 魔術師の面々には、ちょっと重い荷物で有ろう。
Kや心得のある者は、ベルトにサイドポケットなどを着けて、重さのバランスを上手く均等化するのだが。 魔術師達は特に、重そうにして荷物を背負う。
「よし、全員が揃ったな。 では、行くぞ」
村の外れから山道へ入り。 森の中に続く獣道の様な道へと、Kが皆を誘導して行く。
然し、間伐材された林から、鬱蒼とし始める森に囲まれた野道の入り口で。
「全員、止まれ」
Kは、後ろの全員に言った。
一同が、Kを前にして止まると。
「此処からは隊列を組む。 先ず、魔法遣いは、列の中心に居てくれ。 今日は、魔法遣いが前面に出ての魔法使用は、極力避ける。 荷物が重い上、一番に長い道のりを登り上がる。 全ての戦いに於いて魔法を遣っていたら、全員がダウンする」
大剣を背負うゲイラーは、システィアナを脇にして。
「今日戦うモンスターは、俺達が当たるのか?」
と、問い掛けると。
「そうだ。 モンスターの撃退は、全て肉弾戦を中心とする」
こう、Kは言い切った。
山道を行く経験が、仕事以外では浅い者が大半。 確かに、魔法遣いに無理はさせられない。 一人がダウンすれば、付き添いと合わせ二人が、この合同チームから離れる事に成るからだ。
さて、真ん中に居るマクムスに、魔術師の皆が寄り集まる。
∴此処よりチームの行動に入る為、‘氏’を省きます。
その最中、Kがポリアを見て。
「ポリアはダグラスと共に、その無口な者ヘルダーと一緒に成れ。 そして、隊列の右側に着け」
言われたポリアは、長剣を扱うダグラスと一緒に。 細い目の、武器が解らない者ヘルダーと組まされる。
「右側ね」
確認するポリアの脇で、ダグラスはニッカリしてやる気を見せるが。
ポリアの後ろに回ったヘルダーに気付くと。
「精々、挟み撃ち食らわない様頼むわ。 “攪乱要員”さん」
と、トゲトゲしい事を言う。
(え゛? ナニ、この二人)
寧ろ、ダグラスのその言葉に、ポリアの方がドン引きした。 二人が旅の途中の東屋で見合った事を、ポリアは知らない。
然し、だ。
出発前、フェレックに言われてか。 太った僧侶ハクレイの荷物を若干受け取って。 今も、背負っている筈なのに。 ヘルダーの背筋は、ピシッとして歪まず。 重い荷物にも、全く動じていない。
Kは、次にゲイラーを見ると。
「ゲイラー。 その細剣を扱う者、コールドと。 イルガを連れて左に着け」
「よし、左だな」
ゲイラーは、槍を扱うイルガと、針の様な形状の〔細剣〕《レイピア》と云うものを扱う、中年男性のコールドと一緒に成る。
酒が好きそうな、ちょっとヤサグレた感の在る人物コールドだが。 この数日は酒を呑まずして生活した為か。 顔のむくみも取れて、笑顔が様に成って来た。
「デッカいの、宜しくな」
こうコールドがゲイラーに言えば、
「あぁ、宜しく頼む」
と、やはり大人の対応をするゲイラー。
其処へ、イルガも挨拶を入れて、三人が左側へ集まった。
さて、次にKは、巨漢の神官戦士セレイドを見付け。
「セレイド。 お前は、魔法遣い達の前に着け。 それから、狩人のお宅は、魔法遣いと一緒に。 なるべく、その真ん中に居てくれ」
剃った頭に、今日は黒い布を巻いて。 鉄槌を担ぎ上げ、上半身には鎧まで着ると云う。 ゲイラーに近い巨漢の神官セレイドは、Kの後ろに入り。
「承知した」
一方、
「私は、真ん中だな」
紳士的な語りや態度が好印象の、弓を背負う狩人のレックは、魔法遣いの中に入る。
フェレックは、マルヴェリータとの間に、レックが入って来たものだから。
「てか、魔術師じゃ無いぞ」
と、文句を垂れる。
戯言を聴く気は無いとばかりに、Kは鋭い視線を向け。
「じょっ、冗談だって!」
フェレックを恐怖のどん底に突き落とす。
首筋に刃物を当てられれば、普通は後に尾を引くものだ。
ダグラスは、馬鹿らしいと。
「学習能力が無ぇなぁ」
然し、ポリアからすると。
「ダグラスの口からソレが出るなんて、悪い冗談みたい」
と、言って。
「………」
無言ながら、ヘルダーを横へ向かせる事に。
その様子を察し見たダグラスは、明らかにヘルダーの口角が上がっていたと。
(笑いやがったな゛っ)
馬鹿にされた、と感じる。
さて、最後の残る三人を見るK。
「イクシオ、デーベ、ボンドス。 三人は、殿だ。 森から山までは、途中から道無き道を行く事に成る。 魔法遣いで遅れそうな者には、手を貸してやってくれ」
テンガロンハットを被るイクシオは、ハットに手を添えて。
「了解だ」
棘の有る鉄の棍棒を持つデーベも頷き。
「ヨッシャ、了解スた」
体調不良から回復したボンドスも、
「俺も、殿だな」
と、二人に並ぶ。
皆が動いて一団が形成されると。 Kは全員を見て。
「いいか、人数が多い分、狭い道は窮屈になる。 また、森の奥に入れば、もう道は無い。 近くに居る相手は、絶えず目で確認しておけ。 では、森に入る」
Kを先頭に、一行は森に入った。
軽い雑談を交える皆の行く道が、最初はやや幅の広い野道であったのに。 野道が狭まり、丈の低い雑草が目立つ様に成ると、いよいよ獣道に変わって行く。
また、周りの様子は、最初は林のように。 木々の間の空間が広く、周りを遠くまで見渡せたが。 徐々に木の数が増えて空間は狭まり、蔦や蔓などが密集した森の木々の枝を縛りあい。 鬱蒼とした密林地帯に変わった。
然し、木の枝の長いものを持つKは、かる~くその藪の邪魔な絡みを斬る。 刃物で切っている訳でも無いのに、蔦の絡まりが切断されて。 手繰り寄せられた枝と枝が、紐解かれる様に解放される。
その様子を見るゲイラーが。
(やっぱり、並みの徒者じゃネェ…)
一方、それはヘルダーも同じ。
(簡単にやっている。 だが、真似など無理だ)
解る者が背筋に冷や汗を流すのは、陽が入らなく成ってしまった森の冷え込みがその原因では無い。
さて、森に踏み込むに従い、薄暗くなって行く。 左側の遠きに在る山にて、日差しが遮られたのか。 それとも、針葉樹の大森林の中は、冷え込みがキツいのか。
「ハァ、妙に涼しいな…」
薄く煙る吐息を見るレックは、陽が出ているのに差し込まず。 風も無くしてヒンヤリしている森が、不気味に思えた。
すると、Kが。
「蔦はともかく。 この彼方此方に生えている白っぽい葦の草は、魔界の瘴気を吸う固有の草だ。 この辺りは既に、魔域の端っこみたいなモンだ」
「ウヒッ!」
いきなり驚いたフェレックで。 近場を歩くマルヴェリータやキーラなども、その声に驚いた。
「チョット、驚かさないでっ」
怒られるフェレックだが。
狩人のレックは、
「然し、この草が無ければ、村にまで瘴気が届いてしまう。 此処を水際として、守っている様なものだよ」
「まぁ、な」
応えたKは、特に丈夫で長い蔦を絡めて引っ張り取ったり。 枯れ枝の丁度良いものを拾い上げ、バックの一部に挟み込む。
薪やロープの代わりにするのだ。 何処で休憩するか、何処で休む事になるか。 予定は、思い通りに成らない事も在る。
さて、白っぽい葦を掻き分けながら、針葉樹の森を進む中。
ポリアが周りを見ながら、全く喋らない自分と似た背のヘルダーと並んで居て。
「ヘルダーって、武器は持たないの?」
と、話し掛ける。
確かにヘルダーは、手にも腰にも、武器らしい物を持っていなかった。
すると、
「・・・」
無言ながら拳を見せるヘルダー。
ヘルダーの近くから、太った僧侶のハクレイが。
「彼は、格闘術の使い手ですよ。 戦いになれば、その得意な得物が解ります」
と、補足説明が添えられた。
ポリアは、ヘルダーの引き締まった細身の身体を、雰囲気や手や身のこなしから納得して。
「へ~。 格闘遣いは、ケイ以外は初めて見るわ」
するとヘルダーは、Kを見る。
先頭を行く包帯男は、丸で気配も隠さないし、格闘のプロとは思えない。 ただ・・・、やはり足音がしない。 枝を踏もうが砂利を踏もうが、枯葉を踏んでも音が出ない。
「………」
ヘルダーは、Kを見て冒険者としてのタイプと云うか、スタイルの判断が出来ずに、不思議に思った。
そんな処へKが、ポリアに向かって。
「ポリア。 その男は、俗に云う“オシ”だ」
「オシって・・何?」
「口が利けないのさ」
こう聴いたポリアは、ヘルダーを見る。
すると、頷くヘルダー。
其処へ、Kが更にこう言った。
「だが、ソイツを甘く見るなよ。 武術の腕前は、お前より格段上だ。 いざ戦闘になったら、迷わずにダグラスとヘルダーの間に入れ。 お前が危ない時には、直ぐに二人が助太刀に入り易い様にな」
ポリアの居る後ろを見ないで、淡々とKは言う。 その言い方は、明らかにまだポリアを未熟視している。 聞いていたフェレックやダグラスは、ポリアの性格からして、怒りそうな印象を抱いたのだが…。
「はいは~い、アタシより強そうだから、そうしますよ~~~」
意外にも、素直に返すポリア。
不思議に思ったダグラスは、ポリアに小声で。
「珍しく、怒らないのな」
と、言ってみると。
微笑むポリアが居て。
「ケイの、あ~ゆう助言に間違いは無いわ。 第一、私の先走りは、みんなの迷惑でしょ?」
彼女へ好意を持つ分だけ、ダグラスはポリアの気性を理解しているつもりだった。 以前の彼女なら、怒って意地になっている。
(少し見ない間に、成長しとる…。 これも、あのリーダーの影響か?)
そうさせたと思われるKの背中を見たダグラス。
だが、ポリアと同様の事は、マルヴェリータにも云える事だった。
以前のマルヴェリータは、尊敬の出来る人や、信じる人以外と会話を交わす事を嫌う素振りが有ったが。
然し、今やどうだろう。 キースやハクレイやマクムスと、普通に会話をしているではないか。
それを見ているフェレックには、信じられない光景だった。
ま、彼の場合は、それ以前の大問題が在るのだが…。 本人に、それについての自覚が有るのやら…。
さて、太陽が真上に上がり。 そろそろ昼に近づいた頃。
Kが、後ろを向く事も無く。
「もうそろそろ、道らしきモノすら無くなる。 原始の森の中を行くからな。 倒木やら枝やら、足元には気をつけろ」
その注意を証明するかの様に。 白っぽい葦が見えなくなり、背の高い針葉樹林が多く見える様になり。 倒木や傾いた木々が、彼方此方に見受けられる。 上に伸びた背の高い木々が日差しを遮り、奇妙に薄暗い。 丸で、どんよりと曇った日の朝方のように。
「もう昼間だろう? すんげ~暗いな」
ゲイラーと共に居るコールドが、上を向いて言う。
後尾では、テンガロンハットに皮のベストを着て、ベルトメイルを装着し。 左の腰には、棘付きの金属鉄線の鞭をぶら下げるイクシオも。
「何だか、不気味な暗さだな…」
と、同様の事を言った。
皆が、口々に似たような事を言う。 確かに、上を見上げれば。 針葉樹の木なのに、樹冠の辺りの枝が、何故か網の目の様に成っていて。 日差しをせき止め、森の中に陽射しが半分も入れない膜の様に成っていた。
すると、棒を持つ左手を上に向けたKが。
「この辺一帯は、〔マクシムチンパンジー〕っていう動物の縄張りだ。 奴等は、夜に寝る時。 “樹冠”と呼ぶ森の頭頂部にて、木の上の枝を結んだり、折り重ねてベットを作る。 だから、あんな風に枝が密集して、光が来なくなる」
一行は、その情報に感心した。
然し、此処でKは、意味深に顔を横へ向けると。
「そして、此処は、な。 同時に、奴等の狩場でもある」
“狩り場”
その言葉に、全員がハッとして辺りを見る。
すると、少し離れた所から、“ボオオ~”と云う唸り声が…。
上に声が響く為。 ポリアは、頭上を警戒しつつ。
「ケイ、狩りって・・・人間も?」
顔を前に戻すK。
「ま、含むな。 腹が減ってれば、尚更だ」
サラリと返す。
だが、ポリア達が見るKは、全く慌てる雰囲気が見えない。
どんどん森の間を歩いて行くに従って、“ボオオ~”という唸り声は数を増し。 共鳴して膨張する様な、そんなイメージを受ける。
「なんか・・数が増えてないか? 声の…」
コールドが言うと。
Kは、森の上を見て。
「随分、向こうも警戒してか、数を集めてるな~。 普通ならば、そろそろ襲って来てもいい頃なんだが…」
不安がるシスティアナが、可愛くも可哀想に見えるゲイラーは、
「リーダー、戦いか?」
と、聞けば。
「あぁ・・何れな。 だが、今は襲って来る気配が無い。 もしかすると、奴らめ。 面倒臭い事を考えてやがるかな?」
「“面倒臭い事”って?」
「実は、奴等は群れを作るんだがな。 かなり腹が減ってる上に、相手が強い見ると。 他の群れを呼んだり、時には大型猿の〔イビルコング〕を呼びやがるンだ。 “マクシムチンパンジー”は、体長が2歳ぐらいの子供の様だが。 “イビルコング”は、システィアナにも背が届く、大型の肉食サルだ」
「数や種が重なるのか、そりゃ~面倒だ」
ゲイラーの後に、ポリアは普通の感覚から考え。
「ムカツク相手だけど、不思議と協力してるのね」
と、少し感心した物言いをする。
然し、それを聞いたKは、
「ハハッ」
と、軽く笑うと。
「“協力”? とんでもないぞ、その受け止め方はよ」
「え? 違うの゛?」
想像の違いが驚きに変わり、語尾に出たポリア。
「今、鳴いているマクシムチンパンジーは、この森の環境下に於いては、何時も襲われて食われる側なんだ。 だから、態と自分達の声で、敵で在るイビルコングを呼び寄せて。 自分達が狙う相手を襲わせるのさ」
「はあっ?」
「相殺を狙うんだ。 上手く、コングが獲物を殺せば。 自分達が襲われる事も無く、お零れにまで預かれるからな」
Kの話では、“協力”と云う処か、嗾けているとポリアは解り。
「うわ、きっ・汚ァ~い」
「仕方ねぇサ。 これも自然の流れから云わせるならば、食うか、食われるかの、生死の世界だからな~」
そこで言うのを止めたKは、皆に手を出し立ち止まった。
「どうした?」
森の上を向いて聞くダグラスに。
「どうやら、呼び出しが成功した様だ。 イビルコングのお出ましサ」
彼は、皆に見られる中で、前方を指差した。
警戒する全員に、緊張が走った。
― ウウウウウオオオ~~~~~~!!! ―
丸で、凶暴な人の声音の様な吼え声を出し。 暗がりと成る森の中より、こげ茶色の体毛をしたゴリラの様な生き物が、数匹ほど現れた。 口元が、犬の口の様に前へと突き出て、太く長い腕に、太く短い足をする。 だが、身体の高さはポリアの腰を超えて、胸部に達しそうなほど。
「あれかよ」
と、呟くフェレックは、微かに身動ぎをした。
明らかに、ゴリラの様な姿だが。 その瞳は、遠目からでも狂った人の様で。 見ていて、背筋に悪寒が走る。
皆が、コングの姿に見入った時。 Kは、鋭い口調で。
「奴等は、もうモンスターの領域にいるバケモノだっ。 魔界の瘴気で、生態が変わってる。 手加減は一切要らない。 素早く倒せっ」
Kの話を聴いて、
「オーケーっ!!!」
「おしゃ!」
と、ダグラスとゲイラーが声を出して応じた。
それに続くポリアやイルガ達だが。
Kは振り返ると、巨漢の神官セレイドに。
「周りを警戒しろ」
殿に付くイクシオ、デーベ、ボンドスは、隊列を守るべく辺りを窺う。
Kは、ナイスミドルな容貌の狩人リックを見て。
「そっちは、上に注意しろ。 濁った黄色に光る両目が、マクシムチンパンジーだ。 やって来て居るなら、直ぐに射落としてしまえっ」
「承知した」
応えたリックは、素早く弓に矢を番た。
Kの脇や前で、散開したポリアやダグラスが、襲って来たコングと戦い始める。
「そりゃあああっ」
ダグラスは、素早い剣の振込みでコングの腕を斬り裂き。 戸惑うゴングの喉を早々と斬って倒し。 ポリアと爪で力争いをしているコングに向かう。
「このぉぉぉ…」
剣で向かえ撃ったのに、短いが鋭いツメで受け止められて、押し合いになったポリア。
一方で、一番先頭に飛び出して、コング二匹を自分に向かわせたヘルダーは。 サッと腰に両手を回すと、ス~っと何かを取り出した。 彼が両手に持つのは、一本づつの短剣の様な棒・・・、だと思った瞬間。 パッとその棒が扇型に開いた。
落ちていた木の枝を拾い上げ。 その先を短剣で斬って、先を尖らせては。 投げナイフの代わりにしていたKが。
「ほう、戦扇子か。 珍しいな」
と、言った。
そして、その同時に。 樹冠の上で隙を窺うサルに、無造作な遣り方で投げつける。
Kの意見に、仲間のフェレックがさも偉そうに。
「ヘルダーは、その辺の剣士より格段に強いぜ」
と、言った。
然し、その時だ。 殿で辺りを警戒するボンドスの後ろに、“ドサッ”と何かが落ちた。
「ムっ」
イクシオ等と辺りを警戒するボンドスは、小刻み動いている動物を振り返って見た。
(これがっ、その小型の猿か!)
濁った乳白色の混ざる黄色い眼をして、赤黒い体毛に、細く鋭い牙を持った小型のサルがソレだった。
Kとレックは、自分達の頭上に来たサルを打ち落とす。 暗い森の枝に、静かに忍び寄っているのが、小型のサルのマクシムチンパンジーだ。 炯炯と光る黄色い眼が、かなり凶暴な印象を受ける。
この時にポリアは、ダグラスの加勢を受けて押し合いから解放され。 一気にコングを突き刺して倒した。
「残りはっ」
と、見た先で。
二匹のコングの喰らい付きを、華麗に動いてかわし。 擦れ違い様にその喉笛を次々と斬り裂いて倒した、格闘家ヘルダーを見る。
「げっ」
予想もしてない様子に、ダグラスが驚き。
「わ、凄い」
ポリアも驚いた。
然し、やはり中でも一番に目を惹くのは、豪快なゲイラーだ。
「おおおりゃーっ!!!」
気合一閃、重い大剣を振り下ろし、ゴングを真っ二つに斬り倒し。 近くに居たコングも、なで斬りにして斬り飛ばす。 既に、3・4匹を倒すゲイラーは、奥から来ていたイビルコングに向かいつつ。
「まだやるかあああっ!!!!!」
と、咆哮を上げる。
「わ゛っ」
声を上げたのは、近くに居たコールド。 細剣と云う細身の剣を構えていたが、その緊張感を解くほどに驚く。 ビリビリっと、ゲイラーの声に威圧感を覚える彼だが。 その足元には、動かなくなったイビルコングが横たわる。
一方、イビルコング達は、ゲイラーのそれに怯えたのか。 進むのを止め戸惑った。
その様子を見たKは、頭上の小型ザルも見えなくなったので。 前に向かって行こうとするゲイラーに、
「ゲイラー、もういい。 無用に殺すな」
と、注意する。
歩みを止めたゲイラーは、じりじりと後退するイビルコングを見つつ。
「リーダー、残していいのか?」
汚れた手を叩くKは、もうイビルコングに気を払う様子も無く。
「あぁ、遣り過ぎると、向こうが必死になって疲れる。 これだけアッサリ撃退すれば、もう帰りも襲って来ないさ」
「解った」
ゲイラーは、イビルコングが森に逃げる背を見て、短く返した。
さて、ポリア達が倒したイビルコングは、総十体超。
Kとレックが、上から打ち落とした小型ザルは、十五匹くらいか。
その死骸すら見ないKは、出発を号して。
「もう少しで、川原に着く。 そこで、少し休憩だ」
隊列を直して、出発する事にする。
さて、マクシムチンパンジーの屍骸を見たフェレックは、歩き始めるKに。
「おいおい、リーダーさんは、前面で戦わないのかよ」
と、嫌みを言う。
処が、言われたKは、のんびりと頷き。
「面倒」
と、一言のみ。
すると、ポリアも歩き出しながら。
「こんだけの人数が居て。 最初っからKに出張られたら、こっちがトコトン恥だわ~。 せめて森を抜けるぐらいまでは、Kが居なくても行ける様じゃないとね」
同じく、マルヴェリータも。
「だわね・・。 結局の処、私達が只のお荷物で、終始に終わるんだもの」
そんな二人の美女の話に、ゲイラーが意気揚々と剣を背に仕舞って入り。
「任せろ。 山でも、リーダーの出番を無くしてやるさ」
と、自信を見せた。
然し、狩人のレックは、違った。
魔術師達の中から、先頭に出たKを見ながら、
「だが、彼の投擲は、既に凄い技術だ。 あんな木の枝で、小型とは云えサルを倒すなんて・・な」
そのサルの一匹を見下ろすフェレックは、レックが余りにも真剣に言うので。
「そんなに、マジで言うほどのモンか?」
すると、後ろから。
「当たり前だ。 じゃ~お前が木の枝を投げて、木の上のサルを落としてみろ」
と、イガイガ声がする。
聴いたフェレックなどが見返すと、後ろから来るボンドスが見えた。
この話で、一行はKを先にして立ち止まった。
狩人のレックは、木の枝で死んだ猿を見ながらに。
「確かに、見ている中では簡単にしてのけてた…。 狙いも正確、急所を確実、そして・・。 こんな耐久性の無い枝が、しっかりと身体の奥深くまで刺さっている。 その辺に落ちている木に枝を投げて、抜けないぐらいまで深く刺せる者が、此処に他で居るのかな?」
こう説明された事で、フェレックも漸くKの手練を理解し始めた。
そんな事など、サルを撃ち落とした時に思ったマルヴェリータ。 目の前で、食い入る様にサルの死骸を見詰めるフェレックに向かって。
「理解の出来ないフェレックは、確かに頭が悪いわよね」
「うグ……」
言われて悔しくなったフェレック。 マルヴェリータに言われるのが、一番プライドに響く。
その時だ、マクムスが。
「その辺でいいでしょう。 無駄話も、存外体力を使いますよ」
と、笑って嗜める。
マルヴェリータは、ペロっと舌を出して前を向いた。
然し、既にイルガは、前の仕事のKも見ているだけに。
「ま、あんな芸当は、ケイの実力にして一片に過ぎぬ」
と、前へ。
さて、全体が歩き出す中で。 ダグラスは、ポリアに近付き。
「ポリア、腕が少し上がったな」
と、声掛ける。
だが、誉められたポリアは、寧ろ呆れて。
「助けられてちゃ、“上がって”も意味ないわよ。 ソレより・・」
と、ポリアは、無口なヘルダーに寄って。
「バトルファンって、初めて見たわ。 凄い切れ味ね」
口の利けないヘルダーは、二度頷いたのみ。
然し、ポリアが自分より、ヘルダーを誉めた事で。 ダグラスの表情は、不満全開と変わった。
然し、見下したヘルダーが、イビルコングを次々と倒した腕。 それはダグラスでも目を見張るほどだったのは・・、間違いない。
一方で、ゲイラーに、細剣遣いのコールドが寄り。
「御宅、流石に噂と違いない、凄い手並みだな。 大ザルを、その重そうな大剣で一刀両断とは」
言われたゲイラーは、素直にただ頷くと。
「大剣は、重い分だけ攻撃が遅いからな。 一撃、一撃が、全て勝負なんだ。 次の一撃より、この一撃が全てなんだよ」
初めて、この合同チームでの実践と為ったが、然し。 これぐらいの事では、お互いの力量を推し量るにはまだまだな内容だった。
さて、Kの後を行くこと、どれほどか。 次第に、右側の森が林の様になり。 そよ風が来ると感じる頃に、陽差しが眩しく感じられる様に成った。
そして、遂に。 川のせせらぎが聞こて来る。
ポリアが、その音に気付いて。
「あら、水の音がするわ」
と、言えば。
狩人のレックが。
「先ほどから、水の匂いがしていた。 川幅は大して大きくないが、綺麗な水のようだ」
と、言って返す。
まだ、川すら見えてないフェレックは、魔法遣い特有のオーラ感知で、水が有るのは察したが。 キレイかどうか、其処まで解るものかと訝しげに。
「ンな事まで、見ないウチから解るのか?」
と、レックへ投げ掛ける。
レックは、明るい右側を見て。 森の切れ間が有ると知り得ながら。
「あぁ、これだけ近くなれば、大凡に・・な」
すると、マルヴェリータも。
「それって、経験からですか?」
「あぁ、そうだよ。 或る森に、二十歳まで住んで居たからね。 モンスターにその森を襲われるまでは、平穏で水の匂いが何時もしている所に居たんだ」
何処か、懐かしむ様なレックを、Kは横目に見て。
「お宅の出身は、スタムスト自治国かい?」
と、声を掛けると。
レックは、直ぐに頷いた。
「あぁ、良く解ったな」
此処でKは、他の皆に。
「右手に、川原がある。 此処で一旦休憩だ」
言って、レックと二人して並ぶように成ると。
「スタムストは、このホーチト王国の北側に位置し。 国の左を、“魔の温床・ダロダト平原”に面し。 南西には、このマニュエルの森を持つ。 あの国は昔っから、モンスターの大規模な暴走が有った。 何より、オタクの訛りが、な」
レックは、その指摘に微笑み。
「祖国の証さ。 もう直る物じゃない」
するとKは、サラッとした物言いにて。
「直す必要ないさ」
と、言ってから、口元を微笑ませる。
さて、日の光が嬉しい程に、川原には明るい日差しが注がれていた。 川原に出た冒険者達は、背を伸ばして日光を浴びる。
「ん~、お日様は有り難いわ~」
ポリアが言い。
「お~ひさ~ま~ニッカニカ~」
伸びるシスティアナの様子に、一番デカい奴がニタニタしている。
マルヴェリータも、フードを取り。 その艶やかな髪を晒して、重い荷物を降ろす。
「ふぅ…」
ポリアとマルヴェリータは、どんな仕草も良く見える。
(チキショウ・・選りに選って、あのジョイス様と…)
苦虫を噛み潰す想いのフェレックだ。 マルヴェリータの様な女性は、捜して簡単に見付かる者でも無い。 貴族で見てくれもイイ自分に、何でマルヴェリータが靡かないのか・・と、不思議がる。
さて、他の冒険者達は陽差しを浴びると、水分を求めて川に近付く。 その川幅は、川の中の石を使えば、身体能力の高い者が二回ほどの跳躍で、対岸まで飛び越せそうだ。 そして、大小の小石や岩が河原に転がっている川縁で、昼食の支度に入った一行。
レックが火を起こす為に、簡易的な竈をゲイラーと他の者が石を運んで作った。
川の水を、金の柄杓で掬ったポリアだが。 覗けば水が赤いので。
「ケイ。 川の水が、紅茶みたいに赤いわ」
然し、構わず水を飲んだK。
「ホラ、この通りに毒味してやったぞ。 色の理由が知りたきゃ、レックに説明して貰え」
突け放す様に言われたポリアは、近場に来た紳士狩人レックを見た。
穏やかな顔をするレックは、ポリアと眼が合うと頷いて。
「その赤い色は、或る草の成分だ。 ちと渋みが有るが、ちゃんと飲める。 どれ、少し沸かしてあげよう」
「解ったわ。 じゃ、汲んで持っていく」
ポリアに水汲みを任せるレックは、ゲイラーの横に来て。 少し離れた岩に座るKを見ると。
「ゲイラー。 今回の旅は、我々にも多大な経験を得る機会と成るかも知れん。 然し、ほんに、良く出来た男だわい」
ゲイラーは、レックの視線の先に居るKを見て。
「リーダーか?」
「あぁ。 誰も持たない知識は、必要に応じて言うが。 誰かが知った知識は、時として任せる。 チームの人間模様を考えて、ああして交流の機会や接点を持たせてるんだろう。 これがホレ、あのフェレック辺りなら。 親の仇を取ったみたいに、言い触らすさ」
「な~る。 まだ若そうなのにな~」
微笑むレックは、ゲイラーを見て
「負けて居れないな、“ウチ”のリーダー」
「んだ」
と、返すゲイラーだが。
その内心では、
(寧ろ、勝てる処から知りたいゼ)
と、こう思う。
そこに、システィアナがトコトコと遣って来た。 もう、ゲイラーに人権は無い。 敬礼して、彼女を出迎える。
このひと息は、歩きに疲れてきた一行には、いい休憩になっている。
ま、マルヴェリータが、追い払っても来るフェレックの、どーでもいい自慢話にイライラしているのは・・別にして。
処が、この休憩の中で、小さな或る問題が起こる。
それは、Kとマクムスが二人で、森の事について語り合っていた処に。 神妙な面持ちをした、魔想魔術師のキーラがやって来た。 緑色のローブ姿のキーラは、Kの前に立つと。
「あ・・あの、少しいいですか」
Kは、キーラを見て頷いた。
「其処に、座りな」
右の岩の上を薦めたK。
然し、頷いたキーラは、やや大きい岩に凭れて。
「ありがとう御座います」
「どうした?」
そう問われて、躊躇いの表情を見せるキーラ。
「あ・あの、ぼっ・僕・・怖いです。 正直・・・フェレックさんみたいに・・戦えないかもしれません。 もし、みっみ・南の祠に、誰かが居たならば…。 その、僕が・・残ります」
緊張と恐怖を持って、辿々しい物言いにて心境を吐露したキーラ。
Kとマクムスは、二人して見合った。
マクムスは、仕方の無い事だと思う。 これから相手にするモンスターは、駆け出しでは難しい凶暴な種。 彼が躊躇するのも当然だし、キーラの様な者が居てもおかしくないと思える。
だから、
「なら、仕方ありませんね。 無理強いは、しませんよ」
と、マクムスは答える。
だが、Kの方は・・と云うと。
「言いたい意味は、解った。 だが、勘違いはするなよ。 誰を残すかは、その時に決める」
こう言われたキーラは、怪訝な表情にてKを見た。 何故、“それが自分では無いのか”、と不満にも似た気持ちが湧き上がる。
そのキーラの表情や無言の間から、Kは彼の気持ちを察したのだろう。 赤い色の付いた水の入った、金のカップを手にしてながら。
「もし、その祠へ行った時、大怪我をしてる奴等が居たとして。 何で、魔術師を残すんだ?」
「え?」
「治療の知識が無く、回復の魔法も遣えない奴を残して、どうするんだ?」
「あ・・」
キーラは、子供の様な事に拘った自分に気付く。
「ちょっと考えれば、その意味ぐらいは解る事だろう? それなら、システィアナやハクレイの僧侶を残す。 お前が残るべきか、否かは。 その現場の状況に因る判断だ」
「あ、す・・すいません」
慌てる様に謝るキーラを見れば、Kの言いたかった事を理解したと思えた。
「言ったはずだ、この全員がチームだと」
Kの念を押す言葉に、キーラは自分の判断が勝手な判断だと悟った。
「すっ、すいません。 身勝手でした…」
其処まで見たKは、彼より視線を彼から外すと。
「解ればいいサ」
と、言った後の直ぐに。
「それから、もう一つ忠告をしておく」
「はい?」
「ちょっとばっかり名が売れ始めたからってな、フェレックみたいな奴を手本にするな。 あんなのは、魔術師のクソだ」
ハッキリ言ったKに、キーラも、マクムスも、Kを見て驚いた。
キーラは、フェレックはさも凄い様に。
「でっでもっ、フェレックさんは、凄い魔力ですよ。 それに、高位の攻撃魔法も扱える・・」
だが、鼻先で笑ったK。
「はっ、あんなの、凄くもなんともない。 お前たちは、国を出てないから解らないだけだ。 アレぐらいの魔術師なんか、世界にゴロゴロしてるぞ」
「えっ?」
疑問で頭が一杯になるキーラは、魔法学院をなんとか卒業した方で。 正直、自分以外の魔術師を見極める事など、考えた事も無かった。
だが、マルヴェリータにしつこく絡むフェレックを見るKは。
「第一に、魔力にしても。 マルヴェリータやシスティアナの方が、潜在的に上だぞ。 只、ああして長年遣ってるから慣れて、魔力がまぁまぁ高いから扱えてるだけに過ぎん。 普通、あれぐらいの魔力が有り、10年近くも冒険者を遣ってるならば。 出来る奴は、もう世界に渡り出てるさ」
キーラは、マルタンに居る現役の冒険者の中では、渡り歩いて来る実力派のチームを外すならば。 フェレックは、実力で世界に出ようとする頃と知るので。
「で・でもっ、もう・・世界に…」
キーラから見れば、そろそろ世界に出ようとしているフェレックは、順調に来ている様に思えるのだ。
さて、その話の渦中に上がる本人は、何とかマルヴェリータの気を惹こうと、思い付く限りの自慢話をしている。 聞かされるマルヴェリータの方が、堪ったものでは無いと無視している。
そんなフェレックを遠くに見てKは言う。
「世界に出るのに、十年も掛かってるんだろう?」
「でも、それは、ゲイラーさんだって同じ事です」
キーラは、ライバルみたいな二人を引き合いに出した。 確かに、二人して、漸く他国へ飛び出せる頃に成ったのだから。
処が。
「お前なぁ、その二人を比べるなよ」
「え?」
「あのな。 ゲイラーは、アイツは性格からしてリーダー向きじゃ無い。 奴は、良いリーダーを張れる者に、これまで恵まれないだけだ。 然し、フェレックは違うぞ。 仕事の対する姿勢も、魔法をどう扱うかも、眼に見えない所で判断されてる事の現実すら解らない奴だからな」
然し、こう聴いたキーラだが、その意味が良く解らない。
「あの、ゲイラーさんと、フェレックさんには、そんなに大きな違いが有るんでしょうか?」
これは、下らない質問て感じるK。
「アホ・・、正に対極だ」
と、キッパリ言い切る。
横で聴いていたマクムスが、流石に理由が知りたく為って。
「ケイさん。 あの二人の存在は、そんなに違うモノなんでしょうか?」
と、口を挟んだ。
「あぁ、その違いは、天と地だよ」
「と・・仰いますと?」
「ゲイラーは、長く流れながら色々なチームに入っていた。 今回のチームは、初めてのリーダーと聴いた」
キーラは、その通りだと。
「確かに、ゲイラーさんは、そう言ってました。 炙れた面子の寄せ集めで、今のチームを作った・・と」
その話に、頷くKが水を飲むと。
「・・それに比べて、聞く処。 あのフェレックは、ずっとチームのリーダーで在り続けているとか。 然も、今のチームで、もう4度目のチームと云うんだからよ。 チームの決裂を生んでる元凶・大元は、ほぼ確実にフェレック本人だろう」
4度と云う多さで、全てリーダーだと云う。 マクムスは、Kの指摘は的を得ていると感じた。
Kは、更に。
「下らない事に、高位の魔法を扱えると、アイツは自負してやがるがな。 そんな自分の我意の強さが、返ってチーム成長を妨げてるんだ。 ぶっちゃけてよ、こんなに滑稽な話も、なかなか少ないぜ」
と、言い切るではないか。
説明されて、マクムスの方が理解も早く。
「なるほど・・・。 それは、確かに違いがハッキリしていますな」
「全くだ。 フェレックの魔法が一体どんなものかは、実際に見てみないと、そりゃ~なんとも言えないが。 あの魔力をしてリーダーをやり続けてるのに、十年なんて時間が掛かって居る所を見る限り。 今のままじゃ~もう頭打ちだろうよ。 何よりも、奴が好むマルヴェリータこそが、そのうち一番に解るはずだ。 奴の限界を・・な」
そう言うと、腰を上げたK。
「そろそろ出立だっ。 うざったいハンターが、偵察隊を向けて来たしな」
ハッキリ言ったKの声が届き、全員がパッと立ち上がって、四方を窺い身構えた。
「相手は何所っ?」
ポリアが、鋭く聞く。
全く戦う気配の無いKは、荷物を背負いつつ。
「川の向こうだ。 魔術師がこれだけ居て、一人も気付かないとは、情けない」
マルヴェリータ、フェレック、システィアナ、僧侶ハクレイが、慌てて川の対岸に広がる森を見る。
「何処だっ、解らないぞ!」
と、フェレックは騒ぐ。
然し、マルヴェリータは、
(微かに、モンスターの気配がするけど・・。 嗚呼っ、ダメだわ。 森の木々の精霊力や、川の水の精霊力に邪魔されている)
解っていたKを見るマルヴェリータは、その余裕が何よりも羨ましく。 そして、恨めしい。
ゲイラーとポリアを軸にして、武器を扱う者達が臨戦態勢を作ろうとする。
そして、ポリアが。
「ケイっ、相手はモンスターなのっ?!」
と、尋ね返せば。
「そうだ。 向こうの森の中に、〔ストレイフ・ウルフ〕の斥候が来てる。 とにかく先を急いで、迎撃の出来る所に出るぞ」
と、彼は返すのみ。
ゲイラーは、川の向こうの森を睨み見て居ながらに。
「戦わないのか?」
指示を仰ぐも、Kは対岸の森すら見もしない。
「斥候役は、沢山いる。 目的の有る俺達は、道を反れて倒しに行くほど暇は無いし。 遠回りするだけ、体力の無駄だ」
これに、ポリアが。
「何で、襲って来ないの?」
「斥候役は、群の中でもまだ弱い個体が任される。 然も、本体と成る強い個体が近くに居ないから、無理して襲って来ないのさ」
すると、フェレックが川縁まで走り。
「ならっ、その余計な本体が来る前に、雑魚の斥候を潰すのが先じゃないのかっ」
と、いきり立つのだが。
Kは、もう消えかけた火を踏み消しながら。
「バ~カ。 お前の走りで追い付かれるほど、向こうは短絡的な奴じゃ無い。 追ったが最後、逆に距離を取って向こうが逃げる。 群れの本体に、バカを誘い込む為にな」
弓を取って矢を番えたレックは、その言葉に構えを解いた。
Kに習って、ゲイラーやポリアも火を消して、出発の準備をする。
Kから‘バカ’だ、アホ’だと云われるフェレックだが。 勝てないし、文句を垂れる暇も無いぐらいは、流石に空気から察した。
「ふぅ、もう出発かよ。 って・・・あ」
フェレックが溜め息をして、荷物の元に愚痴りながら戻る間に。 マルヴェリータが、ハクレイやシスティアナと先に行ってしまった。
自分を待たない隊列に、慌てて合流するフェレック。 ずっとリーダーで、偉そうにしていたのが染み付いている。 然し、それが全く通用しないのだから、彼も否応なしにチームの輪に交わる努力が必要だった。
ま、何処まで対応出来るのかは、疑問だが…。
さて、先に進むべく、森に戻る一行。
進む森の中は、更に倒木などが増え、もう避けては通れないほどと為った。 だから、乗り越えるしかないのだが…。
其処へ、遂に地形的な上がり下がりが加わる。
陥没した場所と、元の高さへの上り下りとなり。 それが、山に向かって次第に上がりながらと為って行く。
また、先ほどの陽差しが当たる河原は、汗ばむほどに温かかったのに。 森へ戻って進むにつれて、ジワジワと冷たい湿気が辺りを包み始めた。 倒れた木の根や枝などが、露を滴らせているし。 歩く地面も、コケ生して相当に柔らかい。
「なんだよっ、この道はっ!!!」
上がり下がりに苛立つフェレックが、大声で文句を吼え上げた。
然し、低い陥没地を自然と迂回するKより。
「無駄にデカい声を出すな。 モンスターに気付かれたら、お前一人で対処するか?」
「う゛っ」
それは困ると、喉を詰まらせたフェレック。
だが、まだ森はひたすらに続き。 フェレックは、疲れや慣れぬ進行に苛立ちを募らせる。
それでも、Kは黙って先を目指しつつ。 乗り越えるのに高さの微妙な倒木を、その手の木の枝で軽々と切ったり。 体格には見合わない足蹴で、地面へ押し倒す。
ポリアは、マルヴェリータやキーラに。
ゲイラーが、システィアナやマクムスへ。
セレイドは、ハクレイやフェレックに手を貸して、斜面を登る助けをしたり。
また、斜面の様子から隊列が乱れ、横に広がると。 Kの切断した邪魔な倒木を、もっと左右に跳ね除けたりとするゲイラーやセレイド。
その大変な進行に、またフェレックが。
「倒木と湿気ばっかりっ! 此処はっ、何なんだっ! 足が滑るしっ、ヌカルむしっ」
と、また文句を垂れる。
Kは、既に呆れてか、何も言わない。
注意を聴かない彼に呆れるリックは、一応に、と。
「恐らく、先ほどの川の本流は、この下の浅い所を細かく分かれて通っているのだろう。 地面が水分を多く含み過ぎるから、大きな木が根腐れをおこして倒れてしまうのだ」
と、説明してやるが。
「んな事はどうでもい゛いっ!!!!! はぁ、はぁ、全くっ、魔法遣いに・・こんな体力を使わせやがってっ!!!」
此方は感情を剥き出しにして文句ばかり。
ブツクサと云う文句の前に、河原の時から駄話を聞かされてマルヴェリータは、
「ホント、貴方って煩いわね。 そんなに文句ばっかり言うなら、一人で帰ればっ?」
と、冷め切った言葉や視線を添えて怒る。
「う゛」
その、完全にウザがられた冷たい迫力に、フェレックもビックリ。
(クッソォっ。 あの包帯男と行動を共にしている所為か、マルヴェリータがコワく成った気がするゼ)
端から見るフェレックは、なんと云う表現が正しいかは解らないが。 マルヴェリータが、人として強くなった気がする。
然し、周りを見ればどうだろう。 横で、白い手袋を汚しても、ゲイラーの手を借りて進むシスティアナ。 大汗を流しながら行くハクレイに、マクムス。 全く運動も出来なそうながら、黙々と息を荒げながらも進むキーラも居た。
そんな皆を見る中で、フェレックの様に我が儘を言える方が、マルヴェリータからすればどうかしている。
太ったハクレイは、もう学者のイクシオやら棍棒遣いのデーベに助けられ。
キーラは、手斧を背負うボンドスと、神官戦士セレイドに助けられている。
然し、その中でも。
「はぁ、はぁ・・」
システィアナも、息を荒くして大粒の汗を流して行く。
倒木を乗り越えたりする時に手を貸すゲイラーは、本心からすると負ぶって遣りたいが。
「みな・・さんもぉ~おんなじ・で・ですぅ~」
と、さっき言われてしまったから。 もう言えない。
だが、その頑張るシスティアナを見るゲイラーは、内心で応援しつつも。
(大汗のシスティ、嗚呼っ、なんてか・可愛いんだぁっ。 出来る事ならばっ、負ぶってあげたいっ! ・・ハッ!! し・システィを・・負んぶ? そしたら・・あ゛っ、あのぉぉぉ・・可愛らしい胸がっ、おっ、おお・俺の背中にぃぃぃっ!)
妄想に取り憑かれたゲイラーが、違う方向にフラフラと反れて行きそうで。
「おういっ!!!」
意味が解らないと目を見張ったKが、鋭い声を掛ければ。
「あ?」
気付いたゲイラーが、Kの方を向いて。
「あ、そっちか」
と、戻って来る。
然し、そのニタニタして顔が弛みきったゲイラーで在るから。 Kは、何か悪いモノでも食ったのではないかと。
「お前さ。 何で、鼻の下が伸びてるんだ? 何か、広い食いでもしたか?」
と、尋ね返す。
顔の歪みに気付いたゲイラーは、二度目の気付きにハッとして。
「な、何を言ってんだっ、い・イクぞ」
と、また違う方向へ行こうとする。
「おい゛っ! 勝手な方に行くなっ」
「あ?」
辺りを見回すゲイラーは、完全に方向感覚を失っていた。
ゲイラーの心境を朧気にだが、システィアナが元と察するポリアやレックは、ダグラスと共々に苦笑い。
(おめでたい方だ。 鼻血が出てないだけマシかもしれんが…)
黙っているセレイドは、恥ずかしくてゲイラーを見れない。
さて、森を行く事、どれほどか。 太陽の傾きが如実となり。 夕方だと解る頃、一行は背中から薄い陽差しを感じる様に成る。
詰まり、マニュエルの森から、アンダルラルクル山へと登り始めたのだ。
そして、それに伴い針葉樹が無くなり。 丈が少し低い、広葉樹林の森の中を、坂道を登る様に進む事と成り。 此処からは、枯れ葉の絨毯の上を歩く事と成る訳だが…。
Kが、
「夕日に変わる頃だが、陽差しが森に入る様に成った。 だが、森の様子が変われば、気をつける対象が変わる」
と、注意を促し。
最初は、葉っぱが九十九折りの様に成る、幹の表面がスベスベした低木を見付けると。
「この‘垂れ葉九十九’《たれはつづら》には、絶対に近付くな」
と、迂回を始める。
汗だくのポリアは、垂れる九十九折りの薄緑色をした木を見て。
「せっ・センセぇ、出来たら・・り・理由も゛ぉ~」
「その木の中には、何千匹と云う小さい天牛が居る。 蟻や蜂では無いが、群れる習性を持ち。 その木を襲う虫でも動物でも、襲って撃退する」
手の甲で汗を拭うマルヴェリータは、坂の葉っぱだらけの地面が滑り安く。
「このっ、足元は・・何とかしてほ・欲しいわ」
と、ポリアの手を借りては、近くの幹に手を掛ける。
此処でKは、午前に引き取った蔦を使い、急な斜面には手繰れる様に蔦を張る。
そして、また少し進むと、右側に太い幹の木々が生える、なだらかな坂の森と。 左側には、急な勾配で。 ポリアの背丈ほど有る、細い木々が密集した茂みの境へ来た。
Kは、迷わずに茂みの方へ入ろうとする。
「おひぃっ、ま・まてへぃっ」
息が上がって、物言いが可笑しいフェレックの声がする。
振り返るKは、
「右側の地面を魔法の光でも当てて見ろ。 行かない理由が見えるぞ」
「あっ、あんだ・と・とぉっ?」
フェレックの乱れた呼吸の合間から出る言葉より。 ヘルダーが、ポリアの肩を叩き。
「?」
振り向くポリアに、右側の陽差しが全く入らない、大木の森の入り口付近を指差したヘルダー。
ダグラスは、ヘルダーがポリアの肩を叩いたのは気に入らなかったが。 指差した方も気になり。
「ん?」
と、目を凝らした後。
「うわ゛っ、あの枯れ葉に埋まる白いのは、何かの骨だ!」
と、驚く。
茂みに入ったKからは、
「右側の森には、入るなよ~。 入ったら、助けられんぞ~」
と、声がする。
ポリアは、Kの言う事に間違いナシと。
「危険は回避っ、茂みに突入じゃいっ!」
いきり立って、Kの後を追う。
先頭で入ったKは、茂みの中の細い木々に蔦を回し。 ちょこちょこと纏めて、手摺りの代わりにする。
ポリアの後から茂みへと入ったゲイラーとセレイドの二人で、茂みを抜ける穴は拡大。 後が、少し楽と成る。
茂みの森を抜け出した先は、地面に半ば埋る岩の目立つなだらかな斜面に、ヒョロ~ッと伸びる木々が疎らに広がる場所へ。
そして、岩から染み出る水を見て。
「黒か。 こりゃ温泉の湯には使えるんだがなぁ~」
ボヤくのみで斜面を上がるKは、全く疲れもナシ。
流石に、ポリアですら息が上がる。 マルヴェリータやシスティアナは、もう“ハァ、ハァ”の繰り返しだ。
山羊の如き軽やかな足取りのKは、
「この斜面の上で休憩して、さっきのモンスターを迎え撃つぞ。 これぐらいで根を上げる様じゃ、世界に出るなんざ~止めちまえ」
と、軽口も一緒に。
これには、ポリアが目を凝らし。
「遣ってやるわよっ! みんな、まだまだーっ!!」
その掛け声に、疲れきったフェレックは馬鹿馬鹿しいと、息を荒げる。
然し、
「フンッ! 元より、まだまだ遣れらぁっ!」
と、ゲイラーが応呼。
そんなゲイラーへ、システィアナが。
「ゲ~イ、ラ~さん、お・お~元気ですぅ~」
と、言うものだから。
何かに目覚めたゲイラーは、
「野郎共っ、生きて仕事をやり遂げる為にも、ポリアなんかに負けるなよぉっ」
と、訳の解らない号令を。
意味不明な盛り上がりに、ダグラスは目が点となり。
「アホじゃ。 あのバカは・・アホじゃ」
こう言って、登り始めた。
レックは、ちゃんとKがロープ代わりに蔦を垂らして行くのを見て居る。
「では、蔦やロープを手繰ろうか」
マルヴェリータやキーラに、存在を教えた。
さて、その岩場の多い斜面を登る一行は、夕日と変わる陽差しを背に受けながら、森の切れ間に有る丘のような、そんな野原に出た。
登った斜面から左側を見れば、少し行った遠くに森が見えている。
そして、斜面から登った東側からは、轟々と水の流れる音がした。
ポリアが音を頼りに崖っぷちまで行けば。
「うわ~、川だわ」
後から来たダグラスも、、“ゴウゴウ”と聞こえる水の流れる音を見に来て。 断崖絶壁の下を流れる、流れの速い急流の川を見た。
ゲイラーも来て。
「高さが有るから、細く見えるが。 ありゃ~さっき休憩をした川より、三倍は幅が有るな。 然も、かなり流れの激しい川だぞ」
だが、フェレックやキーラを含めて、魔法遣いは皆が地面へ膝を付く。 汗を地面に雫として落とし、両手で身体を支えながら空気を貪る。
「ダメだっ、も゛ぉ~~~イヤだっ!」
地面へ寝転んで、地表を覆うのみの草が生える地面を叩くフェレック。
さて、無造作に突き出した石に腰掛けるK。
「ガタガタと煩ぇ、さっさと休め。 祠までは、もう少し有る」
と、ぞんざいな口調をするだけ。
水袋と云う、水棲生物の皮などを乾かして作られた水筒を腰より外して口を漱ぐゲイラー。
「ふぅ、生き返る」
水と一緒に、細かく砕いた岩塩も舐めるゲイラーやボンドス。 水分と塩分は、旅には欠かせない物だ。
さて、皆が休む中。 森を睨む様に見て居るのは、レックとマクムス。
先に、レックが。
「森の奥に、ジワジワと殺気が集まって来て居るな。 まだ、少し遠い様だが・・、狙いは我々だ」
息を荒げているフェレックは、自分の仲間では無いからと。
「狩人だからって、適当な事を言うなっ」
ほぼ、八つ当たり的な言い掛かりで在る。
然し、マクムスも、立って森を見詰めながら。
「微かだが、森の方々から気配が来て居る。 我々が狙われているのは、間違いないですな」
レックは、森の向こうを見て。
「はい、何か嫌な殺気を覚えます。 コレは、獲物を窺う獣の気配ですな・・」
二人の遣り取りを見たゲイラーは、Kに。
「リーダー。 その狼ってのは、モンスターなのか?」
森に背すら向けて居るKだが。
「あぁ、その通りだ。 元々は、魔界との結びつきの強い処に居た、モンスターの成れの果てだ。 一匹の、“シルバーデビル”と呼ばれる雄のボスと。 “ファイター”と云う、狩り専門を担う戦闘部隊。 そして、“シーカー”と呼ばれる、斥候と奇襲を担う部隊からなる、一団とも云うべき群れを作っている」
身を起こしたフェレックは、更に水を飲みつつ。
「む、‘群れ’って、・・数は?」
「そうさな~、ざっくりと云うならは、百から二百くらいか」
「ぶっ!!! ゴホっ、おっ・・おい!!!! この疲れた様子の俺達でっ、そんなに相手出来るかっ!!!」
今回にして、怒鳴るフェレックの気持ちは、皆も同じ気持ちだ。
額をローブの袖で拭うマルヴェリータは、疲れた顔を困らせ。
「聞きたく無い、凄い数ね」
処が、Kは、
「ま~な」
以外にも、短絡的と云うに近い様子で頷く。
疲れる皆を見たマクムスは、その心中を察しながら。
「ケイ殿。 全滅まで、遣るのですか?」
この問い掛けで、Kが空の彼方を見て。
「いや。 最初から来るシーカーを入れて、二十か・・三十も遣れば大丈夫だろう」
「それは、どうしてですか?」
「モンスターとて、群れる奴等が何よりも嫌うのが、群れの絶対数が減る事だ。 何故ならば、奴等もこの森や山では、捕食する連鎖の頂点に君臨するバケモノの、単なる餌の一部に過ぎない。 群れて、勢力を守っているから、狩り如きで全滅までは決して遣らない。 短期決戦で、シーカーとファイターをある程度の数さえ倒してしまえば。 親玉のシルバーデビルは、絶対に出て来ないさ」
然し、それでも二十匹から三十匹と知るイルガだから。 真剣なる険しい顔つきで。
「して、大きさは?」
「斥候のシーカーは、大型の犬ぐらいだ。 ファイターに成るとデカい個体は、背丈はポリア並み、体長はゲイラーの背丈に近く。 シルバーデビルに至っては、体高も、体長も、その三倍前後ぐらいだな」
「ファイターでも、かなりデカいの」
さて、学者のイクシオは、聞けば聞くほどに興味が湧いて。
「帰りの心配も有る。 ボスは、本当に倒さなくていいのか?」
「一回でも撃退してしまえば、同じ奴には帰りだって余程の変化がなければ襲って来ないサ。 この森の奴等は、山のモンスターの餌的な存在だからな。 一度でも遣られた相手には、まぁ向かって来ない」
狩人のレックは、森の生物の特徴と頷いて。
「なるほど。 習性が故に、対処も利くという処か。 全部を相手にするのは、流石にな…」
レックの考えを聞いたKは、空の彼方の先に光始めた星を見詰め。
「ま~、そんな処だな。 だが、二百を相手にするならば、やり方を変えるだけだ。 今回は、別に難しく考えず、普通に遣るだけさ」
と、言い返した。
ポリアやゲイラー達は、
“二百を相手にする方法って?”
と、思う。
だが、Kは腰を上げると、前方の北側となる森を見て。
「さ~て、今日の最後となる戦いが近いぞ。 お前達、そろそろ準備をしろ」
戦闘が迫ることを教える。
疲労感が滲む身体を押して、全員がKの方に向いた。 ポリアも、ゲイラーも、ヘルダーも、ダグラスも…。 武器を扱う者は、皆が得物を手にする。
Kは、肉眼で確認の出来る辺りの森が、微かに揺れ動き始めたのを見定め。
「魔法遣いは、セレイド以外の全員は下がれ。 戦う者の荷物を忘れるな」
マクムスは、我先にとセレイドとレックの荷を引き摺る。
「どうした? もう来るのか?」
針の様な形状の細剣を引き抜くコールドが、緊張した声で聴いた。
先の森を見据えるK。
「集まって来たゼ。 どうやらボスも居るな~。 ざっと、今は五十匹くらいか」
Kの話に、全員が森を見て身構える。
口元に不敵な笑みを浮かべて、殺気立つ森を見ながらKは続ける。
「ストレイフ・ウルフは、通称が“呪われし森の門番”。 コイツ等すら撃退も出来ないなら、森から奥の山に入る資格は、無い」
森へ、一歩・・一歩と、距離を詰めるポリア達。 魔法遣いとの距離を開いて置かなければ、もしもの時は大変で或る。
「俺は、魔法遣いとの間に入る。 俺から先には行かせないから、安心して噛み殺されてもイイぞ」
Kの悪い冗談に、ゲイラーやダグラスが苦笑いする。
ポリア達が、Kと並ぶ辺りに進むと。
「イクシオとセレイドは、魔法遣い斜め左側。 側面の森を守れ。 シーカーが、三匹ほど回り込んでる。 出て来たら、手加減など無しで倒せ」
鞭を束ねるままに持つイクシオは、大きな鉄槌を担ぐセレイドと見合い。 頷き合って、Kの左側の森に張る。
それを見届けもしないK。
「他は、俺より二十歩以上前で、ウルフを迎え撃て。 レックは、俺と後方支援だ」
こう言う間も、森を騒がせる動きは近付いて来る。
そして。
「さ、来るぞっ!!」
鋭く、早く、聴き易いトーンで言うK。
ポリア達が、一気に前衛の間合いへと軽く走り込んだ時だ。 前の森の中から、鈍く青白い光が見えた。
「来いっ!!」
剣を抜いて、言ったダグラスの一言で。 全員が、その手の武器を構えた。
それと同時に。
‐ ワオオオオーーーーンン! ‐
森の奥より、一際デカい咆哮がして。 森の枝や茂みを破り、六匹の灰色の毛をした狼が、ポリア達の前へと飛び出して来た。
「さぁ、今日の大一番だ」
眼を鋭く細くしたKは、大型犬ほどの狼を見て言った…。
【その6.森から山へ。 激闘の幕開け】
★
K以外の全員が、流々と汗を零しながら進行して、森と山の狭間までやって来た。
然し、束の間の休憩を挟んで、森の番人と呼ばれる狼との戦いが始まった。 数で圧倒しようと、次々襲って来る狼のモンスターと戦う一同。
果たして、Kの本領は発揮されるのだろうか…。
★
北へ向かう森から飛び出して来るのは、灰色の体毛に太やかな尻尾を持つ、まるで大型犬と同じ大きさの、“ストレイフ・ウルフ”の斥候だ。 “シーカー”と、辞書では呼ばれる個体で。 濁った青白く凶暴な瞳をして、特徴的な長く剥き出す犬歯を見せる。 だが、これでも一番小さい個体と云うシーカーは、次々と森から現れた。
「うおおおらァァァっ!!!」
気合いが、号砲と成るゲイラー。 彼の大剣が空気を切る唸りを上げて、飛び掛かって来た狼を一刀の下に斬り倒した。
彼の両サイドには、片手用の斧を左右両手に構えたボンドスと。 棘の付いた棍棒を構える、立派な体格をしたデーベが居る。
代わって、先頭に出た紅一点のポリアは、Kの指摘を守って、ダグラスとヘルダーの間に入る。
長槍を構えたイルガは、ボンドスと、細剣を抜いたコールドの間に居た。
「それっ、だあぁっ!!」
二段に突くイルガの槍が、コールドに斬り付けられて避けまわるシーカーを横から突き倒した。
‐ ギャワンっ! ‐
突き刺さった槍の刃先が、突き刺した勢いで深々と入る。 捻りを槍に加え、森へ飛ば仕返すイルガ。
其処に、
「助かったっ」
と、コールドが言う。
然し、次のシーカーへ、頷くイルガの目が向かう事で。 同じく、次のシーカーに向かうコールド。
一方、デーベが、棍棒で一匹を返り討ちにし。 ヘルダーが、自分の前に来たシーカーを倒す。
その乱戦に近い中で。 ピュっと宙を走った弓矢が、ポリアと戦うシーカーの背中に刺さって、飛び掛かろうとする動きを止めた所で。
「たああっ!!」
隙を見つけたとポリアは、半ばがむしゃらに踏み込んで斬り掛かった。 ドサッと倒れたシーカーの様子を見てから、
「助かるわっ!!」
と、レックに声を掛ける。
然し、其処で直ぐの間も無く、ポリアの前に三匹のシーカーが飛び出してきた。
茂みを破る音で、
「ハッ」
ポリアが驚き振り返った時。
“ドンっ・ドン!”
分厚い木の扉を、思いっ切り拳で殴り付ける様な、鈍い衝撃音がした。
新たなシーカーの襲来に驚くポリアの視界では、ポリアに近い場所へ現れたシーカー二匹が。 ナイフを双方共に眉間へ受けて、森へと飛ばされて行く。
「・・・」
瞬間的に、脅威と救済が立て続けに起こり。 ポリアの状況判断が追い付かずして、彼女は一瞬固まってしまう。
其処へ、後ろから。
「礼など後だっ!! 前を見ていろっ、死にたいかぁっ!!!!!!」
と、鋭く響くKの声。
ビクンと震えて我に返ったポリアは、残りの一匹と成ったシーカーに、慌てふためくままに向かう。
その応援に行こうとするヘルダーだが。
「っ!」
茂みを割り、またも新手が一匹現れてしまい。 其方を相手にするしか無い彼は、ポリアに向かえなかった。
この時、戦う前衛と、様子を窺う魔術師達の居る後衛の間にて。 戦況を見定めるKは、全員の戦う様を冷静な眼差しで見詰めている。
その目を左側へと動かせば…。 皆が岩場の斜面を登って、開けた此処まで来た場所から。 この開けた場所の側面を舐める様に、北北西の左側の側面辺りにて。 森を迂回して、冒険者達を奇襲しようと来たシーカーが。 鞭を遣う学者イクシオと、デカい鉄槌を持つ神官戦士セレイドに待ち伏せされていた。
待ってましたとイクシオが、小刻みに手首のスナップを利かせては、
「そら、そら、そらァっ」
と、先ずシーカーの周りを鞭で牽制。
鞭の素早くも、間を空けない動きから、シーカーも飛び掛かりを牽制されて、戸惑うのみ。
その隙は、イクシオに決着の機を教える様なもの。 鉄線を撓めた鞭を、其処から鋭く振り込み。 シーカーの右足を、強かに打ち据えたイクシオ。
‐ キャイン゛! ‐
毛を剥ぐほどに打った鞭の痛みに、シーカーが思いっきりヨロめいた。
其処へ、側面からセレイドが突っ込み。
「フン!!!」
鉄の大型ハンマーを、突っ込む勢いも乗せて薙ぎ払った。
強撃を食らったシーカーは、吹っ飛ばされるままに森の中まで飛んで行く。
他チームのイクシオとセレイドだが。 互いの役割分担を見極めた、と二人して頷き合う。
然し、茂みが揺れ動き、新手が飛び出して来た時。 二人は、素早く対処に身構えた。
そして、皆が戦い始めてから短時間にて、二十匹以上のシーカーが次々と倒された。
すると、どうした事か。 イルガの前に居た一匹のシーカーが、森の茂み前まで飛び退いては、突然に。
‐ ウオォォォォーーーーーーーーッ。 ‐
何かを請う様な、突き上げる様な遠吠えを上げる。
そんなシーカーの様子を見たKは。
「さぁ、これからが本戦だ。 ファイターが来るぞっ!」
と、鋭い声を出して注意を促す。
一方、一匹のシーカーが吠えた事で、何故か他の生き残りも戦いから離れ。 そして、森の中へと逃げて行く。
もう、肩で息をするポリアが、
「退い・た?」
と、言えば。
ヘルダーも、ダグラスも、森を睨み付けながら頷く。
細かい掠り傷を膝に持つデーベは、
「何気に、エラく嫌な感じがするダガよ」
と、逃げた事に不安を吐いた。
ゲイラーは、茂みの奥の森が揺れ動く様子が、シーカーの時より強く成ったと見て。
「気ィ抜くな。 森の揺らぎが、今さっきよりデカいぞ」
と、言い放った。
その、直後だ。
‐ ガオオオオオーーーーーン!!! ‐
森の中から上がる、新たな吠え声。
Kの後ろの後衛に下がった魔術師達の中で、ビビるフェレックが身動ぎし。
「声がっ、かっ、変わったぁっ!」
だが、
“そんな事は、聞けば解る”
と、マルヴェリータは思ったが。
反面、
(威圧感の有る、強い雄たけび・・)
と、心配して身構える。
その緊張感が張り詰めた場所へ。 森の茂みを破り割る様な凄い勢いで、前衛の皆の前へと大きな黒い塊が飛び出して来る。
「うわっ」
「デっ、デカいっ」
「マジ・・だ」
前線の者から、次々と声が上がった。
その中でも、ポリア、ダグラス、イルガ、コールドは、現れた新手を前にして。 生物の持つ基本的と云うか、潜在的な防御本能が働いたのか。 思わず身を少し退かせていた。
「こ・・こ・怖い…」
相手と顔を見合わせる様に対峙したポリアが、そのシーカーとは比べ物に成らない体格のファイターを見て、こう漏らす。
新たに現れたモンスターの大きな身体は、シーカーがまだ弱い個体だと納得させる。 草原や藪に潜む、大人の虎の様な身体をして。 黒く汚い体毛が色濃く、身体の高さがポリアの胸部か、首辺りと近い。
だが、何よりも怖いのは、ギラギラと滾る様な殺意と食欲を秘めた、凶暴な瞳である。
(これが、“ファイター”。 狩り専門の…)
完全に自分を獲物と見るその眼光で、恐ろしさが先行してしまったポリア。
そして、彼女の怯え・・それは、ダグラスやコールドなども同じ事。
ギラギラした瞳は、野生のソレを超えた異常な残虐性を湛え。 剣の様な犬歯の長さは、下手なダガーなどの刃渡りを軽く超えるからだ。
前衛が、現れた四体のファイターを前にして、思わず固まってしまう時。
(これはいけないっ)
攻めが後手に回るのを心配したレックは、先手とばかりに番ていた矢を放った。 弓矢が空を走って、今にも動きそうなファイターの体に刺さったが。 突き刺さらないまま、地面へと落ちる。
「くっ、硬いな」
皆が身構えから牽制へと動く其処で、落ちた矢を見据えて呟くレック。
同じくそれを見てゲイラーは、我先にと。
「ビビるなっ!」
と、声を上げて大きく一歩踏み込む。
離れたヘルダーと二人だけ、一番前へ出て前衛の線を横に保つ彼が、最も近い所に居た一匹を引き受けつつ。
「数は少ないっ、組んで戦えっ!! 一人で無理はするなっ!!」
とも、注意を促す。
これは、Kが昨日に言っていた注意の復唱。 今こそ、団結して戦う時だと、大声で言った。
ゲイラーの声で、恐怖心に呑まれて堪るかと、ダグラスは牽制にすら動けないポリアに寄り。
ヘルダーが、一人で一匹を受け持つべく。 一匹へ、静かに踏み込む。
ボンドスは、一人で一匹を受け持ったゲイラーを気にしつつも。
(このデカさは、もうゲイラー以外は無理だ)
こう思うから、自分も含めて危なっかしいと、コールドとイルガに寄った。
また、前衛の中間に居るデーベは、ゲイラーとヘルダーの間に居て。 二人の間合いに合わせて、ファイターを牽制する事にした。
真っ先に動き始めたゲイラーは、これぐらいのモンスターを相手にする戦いでの恐怖は、流石に克服しているらしい。
「どりゃあっ!!」
威圧する勢いで斬り掛かり、斬り込みを避けられても。
「そらあぁぁっ!!!」
と、躱したファイターの方へ更に、剣を大きく薙ぎ払う。
一方、弱そうな者を品定めするファイターの視線を察し、それを嫌ったヘルダー。 彼は、ポリアやダグラスへ、二匹同時に近くさせない様。 踏み込んだファイターへ、我先にと躍り掛かり。 ファイターの一匹を押し込んで、二人から距離を離して。 自分から追い掛ける形で肉迫すると、戦扇子を振るい耳を斬った。
ゲイラーとヘルダーの動く様子を見たデーベは、二匹が寄り合う場所に踏み込むと。
「いくぞぉっ! でぃやあっ!!」
独特な言い回しの掛け声と共に、ゲイラーに近付けないファイターに棍棒を振り込んで。 その長く太い尻尾を叩く。
この時、漸く前線の皆とファイターの戦いが始まったと、レックが窺う。
Kは、戦況を見て居ながらに。
「ファイターは、体毛が太く硬く、表皮も見た通り厚い。 だが、耳や眼に、口の周りから中と、喉は柔らかい」
と、レックに助言した。
そして、話す流れから無駄なく動き。 イルガの前で身構えたファイターに、ナイフを投げつけた。 Kの使って居るナイフは、使い古しの物を束で売る。 二束三文の安い、石製ナイフだ。
暴れるファイターの動きに、タジタジと成るイルガやボンドス。 コールドの細剣では、固い身体の表皮は、突く以外では効果が薄いのだ。
処が、イルガとボンドスを左右に分かつ様に、間へ飛び掛かったファイターの側頭部へ。 空を走ったナイフが飛び込み、“ドン”と音を立てて突き刺さる。
― ギャオンっ!!!! ―
悲鳴を上げたファイターの身体が、その衝撃で森へと転がり消えて行く。
息も吐かせぬ一瞬の事に、ハッとして驚くボンドスやイルガ達三人。
そんな彼等に、後ろからKが。
「余所見は後だっ! 次が来る、気を抜くなっ!!!」
ハッとする三人が、周りを確かめると。
ゲイラーが、ファイターの喉笛を掬い上げの一閃で切断し。 ヘルダーは、低い体勢でファイターの喉元に入ると、戦扇子で斬り抜けて行く。
これで、早々に三匹が倒された。
だが、其処にKの新たな声で。
「更に四匹だ!! 次々と来るぞっ!!」
森へ身構える面々の前へ、ポリア、ゲイラー、イルガの前に、新手のファイターが四匹ほど現れた。
「チィッ、負けてられっかああああっ!!!!」
両手に片手斧二振りを持ち、破れかぶれの気合いを発するボンドスは、イルガの前に居た一匹のファイターに向かう。
その後ろから、イルガとコールドも続いた。
その時。
「えい゛っ! たあ゛ーーーっ!!!」
突きから気合一閃の斬り払いを躱されて。 ファイターが、自分の側面と為ったポリア。
そのポリアに気の取られたファイターの喉笛を、脇から飛び込んで切断したダグラス。
その隙を見たポリアは、勝つ為の一心からなりふり構わない全力の突き込みで。
「え゛ぇいっ!!!」
と、ファイターの眉間を剣で突いた。
炯炯と光って獲物を狙うファイターの瞳の焦点が、急速に合わなくなる。
これで、間近のファイターは全て終わった・・と、そう思ったダグラス。 誰かが持て余す別の個体を探そうと、ゲイラーの方を見た。
処が。
「危ないぞっ!! ポリア殿っ!」
鋭く、慌てたレックの声がした。
「ハッ」
今、倒した目の前のファイターに、全神経を注いでいたポリアだから。 左前方に、誰も相手に向えなかった一匹のファイターが、ソッと忍び寄る様に回り込んでいた事には、気付けなかったのである。
言葉と同時にレックが放った矢が、回り込んだファイターの耳に刺さった。 これで、牽制には為った。 倒したファイターから、ポリアが剣を引き抜く時間は出来た。
だが、矢が刺さって、白濁した黒っぽい血が流れ出る耳など、ファイターは気にせずに。 ポリアへ、喰らい掛かる様に口を開いて、飛び掛かって来る。
「うわああっ!!」
目の前に、鋭い牙が襲って来るように見えて、無我夢中で剣を出し受け止めたポリアだが。
「う゛っ、ぐぅぅ・・」
完全に差し込まれた形で受け止める為、力が入りきらないのか。 グイグイと押し込まれた。
「ポリアっ!!!」
マルヴェリータとダグラスの、咄嗟的に出た声が交錯する。
上から圧し掛かる様に、鋭い牙で噛み付いて来たファイター。
その長い上顎の牙を、横にした剣でかち合う様に受け止めたポリアだったが…。
激しくうなり声を出して、剣との噛み合いを外す様な動きをして、下顎の犬歯を動かすファイター。 その下顎の短い牙を掠め、腕の皮膚を薄く切られたポリアは、痛みと恐怖で根気負けしそうに成る。
(ヤバ・い・・よぉっ)
奥歯を噛んで堪えるポリアの顔の正面には、生臭い息を出すファイターの口の中が見えている。
然し、真っ先に動いたダグラスが、ポリアを助けようとした時。 その前に何と、新たなファイターが茂みを割って飛び出して来た。
「どけええええええっ!!!!!!!」
怒声を張り上げたダグラスは、己の後先も考えずして、行く手を塞ぐファイターへ斬り込んだ。
それと同時に、
(ハッ、お嬢様っ?!!)
飛び交う声を聞いたイルガも、ポリアを見た。
ポリアを見た冒険者達は、彼女を襲ったファイターが一気に殺そうと狙いを定め。
‐ ヴガアアアッ!!!!!! ‐
強く吠えて暴れるままに、体重と力でポリア押し倒そうと伸び上がったのを瞳に映す。
(殺られるっ!!!!)
力負けしたと思ったポリアは、そう感じた。 時が止まる程に強く、そう感じた。
だが…。
“ドスン!”
何か、凄く勢いの有る何かが、激しくぶち当たる様な音と。 同じ勢いで、何かが突き刺さる様な音がする。
(・・え?)
今、ポリアの耳に聞こえた音の衝撃は、ファイターの牙と剣を合わせる自分にも、振動として伝わった。
そう、それ程の衝撃を伴った鈍い音が、確かにしたのだ。
そして、ポリアを見た皆は、不思議な光景を見た。
ポリアを殺そうとしたファイターは、緩やかな動きで、その大きな身体がポリアの右側へと流れて行く。
一方のポリアも、自分に圧し掛かったファイターの力と体重が、スゥ~っと抜けて行くと共に。 襲われた勢いに因って崩された体勢のままに、後ろへと尻餅を突く様に倒れてしまう。
一体、何が起こったのか…。
その答えは、ポリアに圧し掛かろうと伸び上がった筈のファイターを見れば解る。
「・・・あ」
手を地面に着いたポリアが、倒れたファイターの頭部を確認する事が出来た時。 その側頭部に、石製のナイフが深々と刺さっているのを見た。 ファイターは、その一撃で絶命したのだ。
唖然とする魔法遣い一同は、Kを見た。
だが、強度も微妙なナイフ一本で、ポリアの窮地を救ったKだが。 彼は、もう視線を動かし。
「・・・」
無言のままに、ダグラスやゲイラーの方を見て、ファイターとの戦いを見詰めている。
助けられたと解って、ポリアは慌てた様子でKを見返したが。 此方に注視している素振りは、全く無かった。
(ぐぅっ・・、なんて強さなのよっ!!!)
剣を手にして直ぐに立ち上がるポリアは、ダグラスの戦っているファイターに向くと。 腕や膝に出来た怪我の痛みすら忘れて剣を握り直し、声を上げて走り込んだ。
だが、その内心は、大声を上げて泣いていた。 自分の不甲斐無さが悔しくて、前衛の誰より足手纏いもいい所。 斬り込む為に声を張り上げたのは、実際に泣く訳には行かないからだった。
処が。 レックの横で、ポリアを見ずしてKは、
「フッ。 漸く・・恐怖に勝ったか?」
と、呟くではないか。
彼に近いマルヴェリータは、それを聞いて驚いた。
(まさか、態とやってるのっ?)
Kが、態とギリギリの処で助けていると、彼女は察したのだ。 マルヴェリータの眼に映る包帯男は、余裕すら持って前衛の戦いを監視している。
そして、
「ゲイラーっ、ヘルダーっ、ボンドスっ、前から新手が一匹づつ来るぞっ」
次のファイターの出現を言い、戦況を見ているK。
その中でもゲイラーとヘルダーは、次々と相手にするファイターを倒している。 やはり実力では突出していると、Kの読み通りの実力を発揮していた。
さて、フェレックは、マルヴェリータに。
「なぁ、アイツさ。 何時、ポリアの相手するモンスターに、あのナイフを投げたんだ?」
と、聴いて来る。
問われたマルヴェリータは、黙ったままに何も言わない。 食い入る様に、Kの背後を見ている。 彼女は、フェレックを無視している訳では無い。 答えられないから、黙っているのだ。
正直な話。 魔法遣い達は、Kも含めて前を見ているのだが。 ポリアを救ったナイフを投げる一瞬は、素早すぎて見えてない。 ‘投げた’と解るのは、その方向に手を差し向けた格好を見た時だ。
さて、ゲイラーとヘルダーが、新たに現れた三匹目のファイターに向かった。
巨漢の豪剣士ゲイラーは、流石に噂に違わない力量を備えていた。 相手に攻撃のチャンスを与えず、協力して来るデーベの動きも把握して、大剣の圧力でファイターを攻めて斬り倒す。 また、苦し紛れのファイターから噛み付かれたとしても。 その長い犬歯の間に、態と剣を挟ませると。 自慢の怪力で、ファイターを軽々と振り飛ばすのだ。
その間近にて棍棒を扱うデーベは、ゲイラーとヘルダーの間に入ると。 その大柄な見た目にも関わらず、二人の補助に回る。 ファイターの狙いを、どちらかに集中させない様にも動くのだ。 そして時には、注意の削がれたファイターの身体に隙を突いて、その立派な棍棒を振るい込む。
代わって、ダグラスやポリアが、1匹以上のファイターを相手にしない様に。 最も森へ近く踏み込むヘルダーも、新たに現れた三匹目のファイターと戦っていた。
然し、このヘルダーは、豪快で力業の目立つゲイラーとは、正に対照的だ。 素早く動いて、ファイターの攻撃範囲から外れると。 死角から一気に肉薄して、相手の機動力の元と成る足や眼を斬り裂いて行く。 相手がヘルダーに照準を合わせ様と狼狽える中、丸でヘルダーが踊っているかのようにして、ファイターは倒れていくのだ。
さて、ヘルダーやゲイラーは、Kを抜いた中では頭一つ以上の力量が突出した存在だが…。
「うごおおおっ?!!!」
「だあぁっ?!!!」
「げっ?!!」
いきなり、こんな驚きの声が次々と上がった。
声の出所は、ゲイラーの近く。
矢を番えるレックは、狙いを定めるも困る。
この流れは、森から新たに現れて突進して来たファイターに、不意を突かれたボンドス、イルガ、コールドの三人が居て。 慌てる三人の相手をするファイターが二匹と成り。 レックも判断が着かなかったのだ。
三人は、それまで相手にしていたファイターを、この時まだ倒していなかった。
だが、そこそこの深手は負わせたので。
“一気に攻め掛かろう”
三人でそう呼吸を合わせようとしていた最中に、新手のファイターから不意を突かれて襲われたものだから、これは堪ったものでは無い。
「気をつけろっ」
「無理するなっ」
掛け声を出しながら、三人がファイターから離れたり、飛び退いたり。
その様子を見ていたKは、
(一匹との戦いに集中し過ぎて、俺の声が聞こえて無かった・・か?)
こう察した。
実際、動き回っていて、とにかく倒す事に必死過ぎて。 三人共に、Kの声が聞こえて居なかったらしい。
所が、この飛び出して来た新手のファイターが、そのまま勢いを保ち。 魔法遣い達の居る方へと、一直線に向って突き進んで来る。
「あ゛っ」
「まずいっ」
「ちィィっ!!」
驚いたボンドス達三人だが。 その様子を見て、更に驚いて慌て出した。
だが、控えて居るのは、他でも無いKで在る。
「こっちに来るか」
こう言ったKは、前へと踏み込んで下手投げのスローイングから、まだ余るナイフを一本投げた。
その横では、ポリアに加勢して矢を放った後。 後方支援で、ゲイラーやヘルダーに加勢していたリックが居る。
「こっちに…」
ファイターが来ると知った彼は、次の矢を背中の矢筒から抜く時に。 その不思議な行動をするKを見た。
「?」
そして、レックがナイフを追う視界の中で。 Kの手より離れたナイフは、地面すれすれに横の回転で飛んで行く。
だが、驚くべきは、その後だ。 投げられ飛ぶナイフは、K達の方向に向かって走って来るファイターへと向かい。 その顔の下まで来た所で、何とクイッと天に向けて跳ね上がったではないか。
「え゛っ?」
雰囲気で何かを察し、振り返って見たイクシオと。
「何ィィっ」
驚くフェレックの声が上がり。
他に見ていた誰もが、息を呑んだ。
さて、走り込んで来たファイターの身体は、直ぐに歩くように止まる。 ナイフの跳ね上がった場所に、自分の顔を落とし。 首なしと為った身体は、少し進んだ所で左に傾いて倒れた。
見ている者の一人を除いて、何が起こったのか解らない。
然し、マクムスだけは、Kを見て鳥肌が湧き立つ。
「何と・あっ、あれは、ダ・ダンシング・・・ダガーの・・妙技!!」
畏怖を感じた顔は、誰にも隠せ無い。 驚くべき神業に、マクムスも感歎したのだ。
一方で、どっちのファイターに向かうべきか、心底から慌てて困ったボンドス達だが。 いきなり現れたファイターが、Kのナイフであっさり倒されたのを見て。
「いい゛っ、今だっ! コイツに掛かれっ!!!」
手負いの倒していないファイターに、ボンドスが声を上擦らせながら、我先にと襲い掛かった。
「おうぅっ!!!」
此処が勝機と察したイルガも、ボンドスに応じて突進に入る。
その最中コールドは、一人で手負いのファイターを牽制していたが。 二人の声に勇躍して、ファイターの顔に斬り掛かった。
その様子も含めて、眺めるKは。
「ん~、後続のファイターが、来るのを止めたな」
その話を聞くレックは、確かめる様に森を見る。
(動きが、止まった…)
二人の見立て通り、もう現れなくなったファイター達。
こうなれば、今、相手にする個体に集中が出来る。 前線の戦いにも、次々と決着が着き始めた。
「このおおおーーーっ!!!」
全力で駆け抜けたポリアの斬り抜けが、ダグラスに襲い掛かろうと後ろ足だけで伸び上がったファイターの心臓を、深々と斬り裂けば。
「ナイスっ、ポリアっ!!」
ダグラスの声が上がり。 彼の剣が、着地する前のファイターの喉笛を斬った。
一方、ボンドス達の声で、イマイチ相手に集中が出来なかったゲイラーとヘルダーだったが。
(今の内に、目の前の奴を)
と、二人もそれぞれのファイターへ向き合う。
先に、噛み付きを許すゲイラーだが。 ファイターの上顎の牙の間に、大剣を入れ噛ませてからの力業で、ファイターを地面へとねじ伏せる。
転がって起き上がるファイターだが、其処へもうゲイラーが走り始めていた。
流石に、顎の力が適わないと悟るファイターは、逃げ腰と成るのだが。
其処へ、ゲイラーが突進の勢いを乗せた斬り上げで、ファイターの半身を唐竹割りに斬り裂いてしまった。 斬られたファイターは、森に飛ばされてしまう。
また、その間にヘルダーは、ファイターの噛み付きを躱した後。 手を地面に着かないままに、側転の様な飛び越えをして、ファイターの片目を戦扇子で斬り。 また、ファイターへ肉迫すれば、慌てたファイターが無理矢理に噛み付いて来た。
(終いだ)
口に出さない彼の気合いは、ファイターの左側に飛び抜ける時。 ファイターの左前足関節下を骨の一部ごと斬り裂く。
‐ ギィャッ! ‐
痛みに吠えてよろめくファイターの左側、首の側面に。 ヘルダーの舞い踊る様に振り込まれた戦扇子が、トドメを入れる。
ゲイラーとヘルダーが、互いの相手にするファイターを倒したのは、ほぼ同時。
この直後、ボンドス、イルガ、コールドに、デーベを加えた四人が、ファイターを四方から攻めて倒した。
こうして、森からの襲撃は終わりを迎える。
「終わったかっ」
「まだ来るかっ?」
「チキショウっ、まだかっ?」
次々と声が上がる中で、Kは森の中の気配を探って。
「どうやら、向こうも諦めたようだ。 一番デカイ気配が、東へと遠ざかって行く」
この声に、ポリアはドッと緊張から開放されて、膝をクタクタと崩した。
「はぁ、はぁ、はぁ・・おわ・終わった…」
シーカーとの戦いから、ポリアは死に物狂いの気持ちだった。 今までの冒険者としての戦いで、こんなにも死を意識して張り詰めたのは、あのクォシカの事で戦った時も含めて、2度目と成る。
然し、今回は、入り口でこの様とは…。
Kは、僧侶のシスティアナ達を見て。
「怪我を直ぐに塞いでやってくれ。 消毒を忘れるな、既に黴菌が入ってるぞ」
マクムス、システィアナ、ハクレイに、前衛側面に居たセレイドも、戦った者達の所に行った。
治療の様子を見ているKに、恐る恐るとフェレックが近寄った。
「お・お前・・何者なんだ? ダンシング・ダガーなんて、なんで扱えるんだっ?」
詰まらい質問だと思うK。
どうでも良さそうな素振りで、フェレックを半身に見返すと。
「悪いが、お前より日々の努力をして来たからよ」
と、だけ。
言われたフェレックは、神業を見せられて返す言葉が見当たらない。
さて。
「大丈夫? ポリア~?」
魔法を遣う時に成ると、妙に口調がハッキリするシスティアナは、ポリアの怪我を治す。
「あ・ありがとう・・システィ…」
腕、顔、太股に、牙や爪に因る切り傷が在り。 長袖や長ズボンが裂けて、血で染まっていた。
そんなポリアの元に、
「ポリア、随分と気合が入ったな~」
浅い傷を股に見せるダグラスが、疲れを浮かべた笑みで言って来た。
「ハァ、・・まあね」
こう言ったポリアは、Kを見た。 包帯男は、ウザいフェレックから離れて、のんびりと荷物の前に居る。
だが…。 ポリアは、忘れられない。
(凄かった・・、あの、ナイフの衝撃…)
今も、手に伝わるナイフの衝撃。 ファイターの牙に剣を合わせていただけなのに、“ズドン!”と突き刺さる衝撃が在り在りと解る。
戦いが終われば、誰もがKを見ずには居られなかった。
「・・・」
一方、口の利けないヘルダーが、使えるナイフを抜いて、Kに持って行こうとしたが…。
(抜けないし・・、壊れている)
どれも安物なのか、深々と刺さっていながら衝撃で壊れていた。
だが、幾ら安物で、石製だとしても。 それ成りには、耐久性が有る筈なのだ。 それが突き刺さって壊れるのは、ファイターの皮膚が硬い上に、ナイフが強烈な衝撃でぶつかった証。
モンスターに刺さる壊れたナイフ。 それを黙って食い入る様に見ていたヘルダーの元に、大剣を担いだゲイラーが近寄って来た。
「刺さったナイフは、全部壊れてるな」
すると、壊れたナイフを引っ張り出そうとするヘルダーだが、全く引き抜けない事を見せた。
その様子を見たゲイラーは、一つ頷くと。
「どうやら、リーダーの能力の片鱗が、現れたかな」
ヘルダーは、抜けないナイフの柄を持って、静かに頷いた。
そんな二人に近寄ったマクムスが、二人の身体に目立つ怪我は無いかと診ながらに。
「最後の一匹を倒す時、彼はダンシング・ダガーの技を遣いました。 あの人物の手練は、手練れ処ではありませんね」
その話を聞いたゲイラーは、ポカーンとして。
「あの・・な、投げるダガーが、生きてるみたいに・・・飛び上がる方向を変えるという技か?」
頷いて肯定するマクムスも、自身の眼で見ていても、今だ信じられないといった表情だ。
「えぇ。 その技を扱える者の噂を私が聞いたのは、もう三十年以上前の事です。 大盗賊の頭だった女性が遣えたと、噂から聞きました。 然し、まさか・・。 この歳で、語り草の妙技を眼にするとは・・・。 世界は、まだまだ広いですな~」
こう感嘆としたマクムスは。
「さ、お二人。 傷は有りませんかな?」
方々で治療が始まり。 手の空く魔術師は、僧侶の手伝いに向かう。
動かないKは、少し休む時間を無言で設けていた。
怪我を塞いで貰うダグラスやポリアは、改めて近づいて来たレックに礼を述べ。
受ける紳士のレックは、微笑んで。
「いやいや、無事でなによりだ」
と、までは表情を保ったが。
倒されたモンスターを見て、その表情を顰めると。
「然し、山の前。 森でこんな激戦とは・・な。 明日は、一番の激戦が予想されるとか。 一体、どうなるやら、少し怖いな」
と、不安を吐露する。
その話を聞いたポリアは、Kを見て。
「多分、ケイがもっと凄くなりますよ。 まだ、最前線に来てないし・・」
ポリアの意見を受けて、レックは夕方の空を見ている包帯男を見てから。
「彼も、剣術が?」
「斡旋所でフェレックが斬られそうになったのを、レックさんも見たでしょ?」
「あ、あぁ、そうだったな」
「ケイは、剣も、格闘も、基本魔法も扱えます」
「ふむ、基本魔法まで・・。 なんと万能な人物か。 斡旋所の主の娘一人なら、自分一人でも捜せると言った事。 おそらく、嘘では無いな」
ダグラスも、ポリアも、それが解るから、Kを見た。 底知れぬ実力を秘めた彼は、明日はどう変わるのか…。
さて、治療が進んで、皆が喋り始めた頃。
Kは、
(頃合だな)
と、思い。
空が茜色に染まる開けた場所にて。
「そろそろ、祠に向けて出発しよう。 あと少しで、南の祠だ」
早く休みたい皆が、疲れながらも準備した。
★
さて、祠を目指して、一同は出発した。 茂みに入ったまま密度の濃い森に入って、直ぐになだらかな下りになる。
其処から、マルヴェリータが、キーラが、フェレックが、重い荷物を誰かに預け。 明かりの魔法を杖に宿す。
光を頼りに木を見たポリアは、先ほど戦ったモンスターの体液を見て。
「傷付いた奴、向こうに逃げたんだ」
と、東側を見た。
さて、森を動くKは、
「全体的に、左側へ寄れ。 目印に折った枝より、左側に迂回しろ~」
と、云うではないか。
ポリアやマルヴェリータやシスティアナは、Kに言われたら直ぐに行動する。
然し、我が儘なフェレックは、
「何で、迂回スンだよぉっ」
と、木の枝にぶつかるのを嫌がる。
が…。
「小型の肉食芋虫に、身体中を食い破られたいなら、勝手にしろよ」
と、注意を云うK。
「ヒェッ!」
慌てて迂回するフェレックに、ボンドスがイラっとして。
「お前よりデキる者を疑う、その頭を食って貰え。 響く様な声を出すな、バカ者」
すると、狩人のレックも。
「声を響かせると、悲鳴と感じたモンスターがやって来るぞ」
と、付け加えた。
さて、下りの傾斜が、平坦と成る森にて。 ゲイラーやセレイドの様な巨漢が二十人居て、それが手を繋いで一周も出来なそうな、巨木が目立ち始める。
ポリアは、見上げる上が既に傘と感じる木を見て。
「デッかい木…」
と、呟くのみ。
然し、Kは。 何故か、巨木の幹の近くを歩かずに。
「此処からは、一列に慣れ。 この木の幹周りには、“瘤落とし”と云う、〔オトシブミ〕の虫が居る。 下手に近づくと、固い糞を頭に落とされて。 高さの在る所から落ちる糞だと、頭が割れるぞ」
ポリアは、‘糞’と聞いて。
「キッタないわね、ソイツも肉食ぅ?」
「糞を落とすのが、奴らの狩りの仕方だ」
「イヤな狩り方」
だが、Kの後を行き。 巨木と巨木の枝が交わる狭間を行くと。
‐ ガサガサ…。 ‐
巨木の枝が揺れ始めた。
「お゛っ、おいっ!」
不安感を最大まで上げて感じたフェレック。
ビックリしたシスティアナが、ゲイラーの後ろに隠れ。
ゲイラーが、疲労感ゼロの凛々しい顔をする。
然し、Kは歩みを止めず。
「いいから、前を見て着いて来い」
と、言ってから。
‐ ボトっ、ボトボトボト…。 ‐
何かが落下する音が、彼方此方で聞こえる様に成ると。
「“瘤落とし”の奴め、無理矢理やってるな…」
さて、何かが落下する音が、驟雨の様に煩く為った。
然し、差ほどの道のりも無く、その森を抜けきると、緩やかな傾斜で上り坂と成る。
倒木などが、全く無くなり。 木々の間隔も、上り坂を行くほどに幾分か広がってゆく。
だが…。
祠手前の草原で、急角度の上り坂に変わった。 K以外は、皆が這って歩く様になる。
ポリアは、余りの角度に驚いて。
「ケ・ケイっ! こ、この道ってっ、ありな゛訳ぇぇぇぇぇ?」
普通に歩く包帯男は、余裕で頷いて。
「アリアリ。 この斜面を登れば、目的の祠だ」
気分的には、壁を登って居る様なポリア。
皆も、こんなハードな坂道が在るとは聴いて無いと、文句を言いたい気分の者が大多数。
だが、そんな中。
「お・お坂サンでぇすぅ~~~。 こぉ~んな、キュウキュウなのは~、は・はじめて・・ですぅ~」
話す合間に、ゼ~ハ~ゼ~ハ~言いながら、暢気な事を言うシスティアナ。
傍で聞くポリアは、何が嬉しいのかとシスティアナを睨んで。
「観光じゃっ、無いの・よ゛ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
と、いきり立って登る。
処が、システィアナの左に居るゲイラーは、急な斜面を登る為に大汗を掻いてるのに。 何故か、力む顔がニタニタと幸せそうで。
その顔を見れるコールドは、気味の悪い顔にバカらしく成り。
(恋は、盲目か。 ・・いや、アホか)
と、思うのみ。
さて、漸く丘の上まで上った時は、もう星が空に輝き。 西の空に、ほんのり赤い色が残るだけだった。
暗くなった中、ゼーハー言って、全員が上った上の林の中で空気を貪る。
一方で、全く呼吸が乱れていないK。
「もう、我々の正面には、南の祠が在る。 どれ」
と、ベルトの脇に括るサイドポケットから、何かを出した。
フラフラしたダグラスが、Kの横に居て。
「こっ、こ・今度は、な・なんだ?」
処が、Kは答えず。 小さく何かを呟くと…。
「おあっ、な・なんだよっ!!」
いきなりKの手中が光り始めた事に、ダグラスは大仰な態度で驚いた。
また、少し遠めからそれを見て、フェレックが。
「あ・明かりの魔法・・・だとぉ?」
何故、魔想魔法が現れたのか、その出来事に驚いてしまう。
Kは、手の平を開くと。
「コイツは、〔明かりの魔法〕を閉じ込めた、水晶の粒だ。 一つ、他の皆の為に持ってろ」
と、指先ほどのマメ粒くらいで、煌々と光る水晶の粒を貰い受けるダグラス。
「うぉ~~~、光ってるぅ~~~」
不思議なアイテムに、歓喜したダグラス。
ボンドスやデーベも、彼へ近付き。
「本当だ」
「いやいや、便利なモンも在るモンだわな~」
と、珍しそうに見る。
光る石を持ったKは、ダグラスの周りに居る者を見て。
「これから、虫除けを祠で焚くから。 合図したら全員、早く祠に入って虫除けの匂いを服に付けてくれ。 モンスターは祠へ入れないが、病気を持つ吸血生物は別の話だ」
皆にそう言うと、Kは前に行った。
ダグラスは手の光を持ち上げ、明かりで辺りを照らせば。 Kの行く先には、切り立った崖の壁が見え。 そこには、ぽっかりと洞窟の入り口らしき暗闇が見える。
「あれが祠か」
と、呟くゲイラーだが。
その近くに立つマクムスが、少し高揚した口調で。
「何と、素晴らしい力だ。 フィリアーナ様の息吹を、あの洞窟より感じます」
ゲイラーは、マクムスを見てから、また祠を見て。
「ふ~ん、そうなのか」
と、解った様な、解らない様な返事を返した。
すると其処へ、トコトコとシスティアナが来て、直立不動と成るゲイラーの横にて。
「ど~くつの中から~、やさしい~~~ちからが、い~っぱい、い~~~っぱい、あふれてますぅ~。 フィリア~ナ様のむねにぃ~、いだかれるかんじですぅ~」
と、云うではないか。
その隣で、ピシッと立ったゲイラーは、システィアナをまじまじと見て。
「む・胸に・・、い・抱かれる・・・で~ありますか?」
と、敬礼。
「そ~ですぅ~」
と、システィアナは嬉しそうに応えるものの。
赤面するゲイラーは、システィアナの胸を見て固まっている。
その光景を見て、ポリアは拳を作り。
「あの変態バカデカ男、モンスターの餌にしてやろうかしら」
と、殺気を込めて言う。
だが、マルヴェリータの方はと云うと、その厳つい顔やガタいの大きさと、反対の様な堅い様子に呆れて。
「本当に、男も色々ねぇ~」
と、フェレックを見る。
“重いっ、眠いっ、腹減った!”
と、仲間に喚く彼の方を、先にモンスターへと差し出したいくらい。
無口で顔は不細工だが、ヘルダーなどの方がよっぽど好感を持てる。
待ちに入り、皆が祠を窺う。
すると、祠からモクモクと煙が上がって来た。
それを見て、ダグラスが。
「お、どうやら焚いたみたいだな。 行こう」
と、荷物を片手に洞窟へ向かう。
然し、フェレックとて冒険者。 虫除けの煙の匂いぐらいは、使った事も在るから知っている。
「ケっ。 何だって、あんな渋く臭い上、煙たいのを身体に浴びないといけね~んだよ」
と、呟いて立ち止まった。
其処に、Kの声が洞窟からして。
「もういいぞ。 少し息苦しいが、我慢しろ」
洞窟に近寄った中で、最初に入ったのはマルヴェリータなど女性三人。 入り口で、既に虫除けの煙りが目に染みるマルヴェリータだが。
「ケイの言う事だから、仕方が無いわね。 帰ったら、思いっきり温泉へ浸かりたいわ」
と、入り。
同じ気持ちのポリアも、
「だわね」
と、後に続きながら。
「ま、でもさ。 虫に刺されて死ぬよりマシだわよ」
背に腹は変えられないと言う。
その後に続いて入るシスティアナに至っては。
「ケムケムさん、モクモクしてます~。 燻製さんが出来ちゃいま~す」
と、喜んで入る始末。
その姿を見たダグラスは、流石に幼稚過ぎると呆れて、振り返ってゲイラーを見るなり。
「アレが、良い訳?」
と、顎だけしゃくり向ける。
然し、もう虜のゲイラーは、何故か感慨深く頷いて。
「嗚呼、何て純真なんだ。 やはり、システィは女神…」
と、後を追って入って行く。
馬鹿らし過ぎる為に、せせら笑いのダグラスは、ボンドスやイルガと見合って。
「ありゃあ、盲目か?」
と、言うも。
首を傾げたボンドスは、呆れて果て。
「いや、只のバカだ」
と、洞窟へ。
その後に続くイルガに至っては。
「一緒に居るだけで幸せとは、似合い過ぎじゃわい」
と、入って行く。
首を竦めたダグラスは、明かりを持ちながら入り口を照らし。 後に続くマクムスやハクレイを通し。 セレイドとデーベとヘルダーを通した後。 レック、キーラ、イクシオ、コールドと確認して。
「フェレック、先に入るぞ~」
と、彼以外の最後の三人と揃って中に。
大人三人は手を横にして並べる程の、広い祠の入り口。
その口を潜らないのは、結局フェレックのみ。
「ケ、臭いって解ってて、中に入れっか」
洞窟から出る煙が無くなるのを、外で待とうとした彼だったが…。
― ブ~ン、ブ~~ン、ブ~~~ン。 ―
何か、聞き覚えのある羽音が、複数聞こえて来る。
「ん?」
音の方へと振り返ると。 空中に浮かんで、何か黒い影が坂の向こうから近づいて来る。
「なんだぁ?」
もう夜のが辺りを染めると云う中で、もっと良く眼を凝らすと。 自分の周りのそこら中に、黒い物体が浮んでいる。
「我が思い、昼間の如き明かりを」
魔法を唱えたフェレック。 杖の先に象られた女神のレリーフから、パーっと明るい光が出て…。
「うわわわ゛っ!!! なっ・なんだあああああっ!!!!!!」
いきなり、とんでもない大声を出したフェレック。 その空中に浮ぶモノを見て、驚いたのだ。 なんと、自分の顔と同じか、それ以上の大きい蚊が居た。 然も、もう辺りに十数匹くらいは集まっている。
「わっ、わ゛ぁっ! くっ、ぐるなああっ!!」
近寄って来る蚊に目掛け、光る杖を振り回す。 その途端に、集中が切れて杖の光が消えた。
其処に。
「おい、何してるんだ? 早く入れよ」
と、Kの声する。
そして、洞窟の前を明るい光の粒が照らす。
Kの後ろには、ゲイラーとシスティアナも居た。
フェレックは、杖を振り回して暴れながら。
「こっ、コイツ等はぁっ、なああなんだあああっ?」
と、Kの方に下がる。
大慌てのフェレックだが。
洞窟の前に出たKは、通常の蚊の大きさからすると、尋常では無い蚊を見て。
「斡旋所での俺の話、お前は聴いて無かったのか?」
と、Kが言うと。
慌てるフェレックが、
“何だって?”
と、返す前に。
「聴いて~無かったのかぁ~」
と、システィアナが復唱する。
洞窟前まで来たフェレックは、システィアナに睨み付けをするも。
その後ろに来たゲイラーが鬼の形相と成るので、ビックリしてたじろいだ。
流石に、虫除けと云うだけ有る。 大きい蚊は、煙りがまだ漂う入り口付近に来ると、逃げる様に離れて行く。
その蚊の様子を見ながら、Kはフェレックに。
「コイツは、〔病運び〕って渾名の蚊だ。 何種類もの〔異病〕《いびょう》と呼ばれる、モンスター由来の病気を持ってる。 採取依頼に付き合わされた村人が、神聖魔法が効かずに死に掛けたのも。 コイツに刺されたからだ」
と、再度の説明をした。
〔異病〕とは、モンスターが持つ魔界の病気や、モンスターの体内で飼われる病気だ。 その病気に因る致死率は、非常に高く。 過去、何度も大都市などに齎され、夥しい死者を出した経緯が在る。
「うっ、う゛うわわわわっ、それを早く言えぇぇーーーっ」
一番厄介なモノが相手と、大急ぎで祠に駆け込んで行くフェレック。
その後ろ姿を見送ったKは、外の周りを光で見て。 祠へと寄って来たのは、蚊だけでは無い事を察する。 地面には、拳くらいのダニや、吸血蝉がにじり寄っていた。
然も、夜空の彼方には、吸血蝙蝠まで飛んで来ている。
「チッ。 普通は、こうゆう面倒を避ける為にも、冬の入りに来るモンなのによ…。 虫が一番に腹減ってるこの時期に来るなんざ~、知ってるだけにアホのする事だぜ」
と、嘆いて祠に戻った。
その後で、洞窟前に立つシスティアナは、何故かダグラスに渡されていた光の小石を持っていて。 空中を飛ぶ大きい蚊を見ると。
「ホ~ントに、おーきいですぅ~。 これぞ、“デッ蚊”です~」
と、意味不明な事を言ってから、キャッキャ言いながらKの後を戻る。
最後に残るゲイラーは、顎に手を添えて真顔と成り考え込むと。
「“デッカ”・・”デッ蚊”・・・。 フフッ、面白い」
と、祠の中に戻った行った。
御愛読、有難う御座います。 次は、20日に続きを掲載する予定です。