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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
205/222

第二部:闇に消えた伝説が、今動く2

        一章


   【真の本物と、その他大勢】


   《その3.或る山の歴史。》



        ★


何故、急ぐのか。


何故、夜も走るのか。


馬車に乗り込む冒険者達には、理由が解らない。


だが、Kは。 夜も、途中途中で休憩を挟むのみで、全速力ではないが馬車を走らせた。 また、御者も大変だからと。 夜は、二台の馬車の御者と冒険者が交代する。 一定の規模以上の街になら、何処にでも在る〔馬屋〕。 其処から借りた馬だから、しっかり調教された軍馬でも無く。 また、全く世話をしない馬を最初から完璧に操れるのも、なかなか難しいが。 御者以外で馬を操り切る彼の様子は、彼の経験が生きたものと、皆に教える機会となる。


ポリアは、貴族の生まれで馬術は一人前だが。 一定の速さを維持しながら馳せるKには、舌を巻いた。 硬い道を選ばない配慮、馬の疲れ具合を見て、休ませる間合いや速度を緩める手間も惜しまない。 無理に押さず、急いでいた。


さて、Kは云うまでもないが。 ポリア、イルガは馬を扱えるし。 マクムスも、初心者よりは扱える。 ゲイラーも、似たり。 ボンドス、レック、イクシオも、乗馬は下手でも荷馬車は扱えた。 移動も暇な夜は、馬でも扱いながら外を眺めるのも気晴らしになる。 馬車で寝るのも、中々に熟睡は難しい。 夜中から朝方まで、誰か操る馭者の席に来ては、馬を扱える誰かと雑談する旅だ。


さて、急ぐ馬車の旅が、明けた二日目に入った。


まだ、小雨が降る街道上を走る馬車の中。 丁度、昼頃か。 遅く仮眠をとったKが起きた。 食事なぞ少なく、全く不調など見せない彼に。 また、マクムス氏が話し掛け、二人の話が始まった。


其処で二人が、かなりの深い意味で、アンダルラルクル山の話に踏み込んで行くのだが…。


ゲイラーやシスティアナに、マルヴェリータなど。 一緒に乗って居る冒険者達が、自然と気を入れて聞いてしまう様な…。 そんな内容だった。


先ず、〔アンダルラルクル〕とは、古代の言葉で〔魔域〕と云う、‘超’の付く危険な場所を意味すると云う。


古代神話の全ての始まりは、神と悪魔の遺恨を示す。 古代記〔創世神話〕と、Kしか知らない様な裏話が絡むのだが。 それは、後に別の機会を見て、記すとして。


神々と悪魔の戦いにて。 人々は神々の加護を得て、絶体絶命の状態から起死回生の連勝を繰り返し、モンスターを統べる魔王との戦いに勝利し。 そして、この世界を守り切った。


然し、悪魔が魔王を召喚した時。 この世界の大凡、大部分を魔域へと変えた。 その魔王への勝利後の数百から千年以上は、人間がモンスターを排除しながら、大地の奪還をしたと云うが…。


だが、〔悪魔の口〕《イヴィル・ゲート、カオス・ゲート》と呼ばれた。 魔界や地獄と通じる穴の生まれた場所では、闇や魔のエネルギーが混ざる暗黒の力が、常に強く強く蟠り。 悪しき魔物や、またその魔物に魅入られた人間の手に因り。 幾度となく‘悪魔の口’が拓かれ、悪魔をこの世界へと吐き出す事と成る。


また、特に戦争時の被害が多過ぎた場所では、〔悪魔の口〕を完全に閉じる事が叶わず。 極限にまで縮小化されたが、開いたままの‘悪魔の口’の広さが、何かの切っ掛けを以て広げられると共に。 穴から抜け出せる大きさの悪魔が、魔界からこの世界へと溢れ出して。 その影響を受けて、モンスターが暴れ回ると云う悪循環が生まれる。


そして、最悪はその都度に、多きな被害を近隣の町や国に与えて来た。 そんな曰く付きの歴史が在ったのだそうな。


それが、今からだいぶ昔の事。 文献や歴史書の内容からして、〔超魔法時代〕と云う。 千年前とも、数千年前とも云われる、年代の不確定な時代の最中の事だ。


北の大陸のほぼ真ん中に位置する、魔域と化したアンダルラルクル山を。 結界を作って、大連山ごと封じ。 凶悪なモンスターを中心に、外に出さない様にしてしまおうと、こう考えた夫婦が居た。 その夫婦とは、大賢者ヴォルマリフと云う、大魔法遣いの年配男性と。 その妻で、〔天司祭〕と云う大聖人のイクマリスと云う、年配女性の二人で在る。


この二人は、冒険者協力会に相談し。 時の最高峰に居た冒険者八人のチームを連れて、この山に分け入り。 激戦に次ぐ激戦を潜り抜けながら、大連山の彼方此方を回り。 結界を創り出す為に、六ヵ所の祭壇を築いたらしい。 その結界が、なんと千年以上を超える今に至るまで。 モンスターの巣窟と成っているこの山を、丸ごとに封じて来た訳だ。


この〔結界〕とは、基本的に神聖魔法の秘術である。 然し、この山に施された結界は、特別に魔想魔法の〔眩惑秘術〕が加味されて。 モンスターに、幻覚を与えると云う不思議な力を持つ。 人間ぐらいの大きさでは、その結界に掛かる幻惑魔法には届かないが。 アンダルラルクル山に生息するモンスターでも、特に大型のモンスターほどに影響を与えるのだとか。


さて、そんな強力な結界だが。 その力も、万能では無い。 年月と共に、効果は衰える。


だから結界を作った夫婦は、考えたのだ。 魔法を維持する為、魔力を込められる媒体を用意して。 数十年に一回は、選ばれし司祭が祠へ出向いて。 結界を張る力の元と成る魔力を媒体へ新たに注げる様にした。 つまり、‘偉大な’と云う者が居なくとも、祠にさえ行き魔力を注入すれば。 ‘魔界地獄’とさえ言われた山を、永久に封じて行ける様にしたので在る。


然し、それでもやはり、祠まで行く必要が在る。 その危険性は、どうしても排除が出来なかった。


ホーチト王国に、大神殿が在るのも。 王都マルタンの斡旋所には、


“常にその時に備えた依頼の準備を怠らないとする”


そんな決まりが在るのも。 全ては、その決まりを守る為に有るのだ。


そして、約5・60年に一度か。 冒険者協力会と、神々を信仰する各宗派が協力してこの結界を維持すべく。 選ばれた司祭達と、依頼を請けた冒険者チームが、祠へと向かうのだとか…。


然し、Kが云う様に、森はまだ楽にしても。 山に分け入るのは、並みの実力では無理な事。 アンダルラルクル山とマニュエル森を囲む、各国それぞれが協力会へと金を出し合い、冒険者チームを用意して。 拠点の大神殿から選ばれた司祭が、万全の準備をして祠に向かうのだが…。


やはり、病や毒の影響、モンスターの活発化などから。 時には、帰らぬ者に成ってしまうケースも多数在った。 魔王が封じられ、様々なモンスターも徘徊する山で在る。 志し半ばで亡くなった冒険者や司祭が、死霊・亡霊モンスターに変わっている。 そんな事を想像するも、この場所だからこそ容易い処だろう。


そして、何よりも…。


今回の依頼の主で在り。 一緒に同行するマクムス氏が能力が在るからと云うだけで、若くして大神殿の長になったのも。 元の理由を質せば、二十年前に魔力を込めに向かった前の大司祭が、“祠へ行く使命”を果たして戻ったトルトの村で。 怪我から毒を受け死んだからなのだ。


本来ならば、その時に行く予定だったのが、マクムス氏の筈だった。 然し、マクムス氏を大司祭として、マルタンの大神殿に据えるべく。 冒険者を辞めさせてまで、彼を手元に置いて育てていた、当時の初老の大司祭は、


“能力は、非凡にて。 信仰は、厚く。 その将来性は、疑うに非ず。 然し、まだ人が成熟して居ない”


と、初老の大司祭は、周りの者に言ったとか。


そして、


“マクムスは、まだ使命に遣わすには力不足”


と、他の意見を態と退けた。


こうして初老の大司祭は、自分が代わりに行ったのだ。 心臓の病を押してでも、若い力に後を託したのだ。 また、この時の使命に同行した冒険者チームには、何とマクムス氏の妹が参加していた。 未婚の母として、既に息子を出産していたのに。 自然魔法遣いとして、危険な旅に同行したのだ。 その決意の裏には、息子デルモントの父親が同行していた事が理由らしい。


然し、マクムス氏すら、甥デルモントの父親が誰か、知らないので在る。


さて、この時もまた。 今回と同様に、有望な冒険者チームが斡旋所に居らず。 任せるに足りるチームが、世界にも居なかった。 マクムス氏の知る朧気な情報からすると、近隣の街に志願者を募り、兵士の一団と寄せ集め的な冒険者チームで行ったらしい。


死者の推定は百人を超えたと聴く。 一体、どんな旅だったのか…。


この成功の後に、大怪我をして運ばれて戻った妹は、何故か事態を語るのを恐れた。 師事する初老の大司祭の死を知るマクムス氏より見て、妹がその様子を語らなかった理由の半分は、


“息子の父親の事に、話を踏み込ませてしまいそうだったから”


と、察せられた。


だが、もう半分は、強い恐怖体験から記憶を呼び覚ます事を恐れて居たからだと記憶する。 亡くなるまでの短い間ながら。 妹は悪夢に魘されたり、急に泣き出した事も在った。


そして、それから1年ほどして、毒と病から亡くなる妹から。 まだ物心付くかどうかの甥デルモントの後を、兄のマクムス氏は託された。


此処まで話を聴いていたマルヴェリータが。


「この話は、初めて聴きましたわ。 我が国を含め、あの危険な一帯に近い国は、そんな事にも関わっていたんですね」


すると、ゲイラーも同意見と頷く。


「護衛に冒険者が行くってのに、俺達も知らなかったぞ」


この国の地方出身のダグラスは、山も、森の実態すら知らなかったので。


「でもよ。 この話って、歴史って意味で有名な事なのか? そんな事は、ガキの頃に色々と話しをしてくれた村長だって、全く教えてくれなかったな」


処が、マクムス氏曰く。


「知らなくても、当然の事ですよ。 山に封じられた魔王の話は、情報を持つ各宗教神殿でも、緘口令を敷いて守って居るのだからね」


ゲイラーは、益々意味が全く解らずに。


「理由は? 魔王が居るなんて、国や民の行く末に関わる大問題だろう?」


すると、其処にKが口を挟む。


「アホ、良く考えろ。 魔王の存在を今に知れば、大混乱を招くだろうし。 然も、暗黒魔術や死霊魔法を用いる輩が魔王の居場所を知ったら、それこそ一大事だぞ」


「え?」


口を開いたダグラス他、ゲイラーやマルヴェリータを含め。 同乗する冒険者達の表情は、皆が同じ。


だが、この仕事に関わってしまったのだから・・、と。 マクムス氏は、こう続ける。


「如何にも、ケイさんの云う通り。 魔王の存在は、言い換えるならば究極たる破壊の力の象徴。 存在だけの情報ですら、悪用されれば一大事なのです」


マルヴェリータは、その思うままに。


「利用された過去が、もしかして・・在るのですか?」


「如何にも。 過去にも、魔王の復活を目論んだ暗黒魔法遣いが。 貴族を騙し政治に関与して、大部隊の兵士を山に差し向けた、と云う事実も有りますからね」


処が、冒険者達には、その意味がまた良く解らない。


座ったままに腕組みするダグラスが。


「何で、わざわざ兵隊さんを差し向けるんだ?」


と、言えば。


ゲイラーは、眉間にシワを寄せて。


「意味が、サッパリ解らん。 遠ざけるなら、意味も解るがな…」


と、嗄れ声で続く。


マルヴェリータすら、


「わざわざ動かしたのだから、けしかけたんでしょうけど・・」


と、真意を読めない。


其処にまた、Kが助け舟を出す様に。


「前後の説明が抜けてるゼ」


こう言ってから。


「その当時の昔は、まだ結界が無かった。 だから、国と冒険者達が結束して、度々に渡りモンスターを討伐していたんだ。 その事実を憂いだ暗黒魔法遣いは、モンスターのエサとして。 また、モンスターの元と成るモノを、危険な山に贈ったのさ。 “送り出す”の方じゃ無く、“贈り物”の方の贈るだぞ」


マクムス氏を軸に、冒険者達がKに視線を集める。


一緒に同乗する者で、テンガロンハットに鞭や短剣を装備する。 中年の冒険者イクシオが、ゲイラーとダグラスの間から顔を出し。


「まさか・・、とは思うが。 大量の兵士をモンスターに殺させて、その死体や浮かばれない魂から、ゴーストやゾンビを生ませる為に、・・か?」


理由に気付いたゲイラーやマルヴェリータ等の冒険者達は、ギョッとした顔をしてKを見返す。


然し、全てを知って居るとでも言いたそうなKは、あくまでも冷静で。


「つ~か、良く考えてみりゃ~よ。 最もシンプルな遣り方だろう? 人間を屍にして、亡霊や死霊を生み出せば。 そのゾンビやゴーストの一部は、魔王の放つ暗黒の力や悪魔の手に因って、更に強いアンデッドモンスターに変わる。 また、屍の大半は、生息するモンスターのエサとなり。 モンスターを繁殖させる事に繋がる」


其処で、マクムス氏が瞑目して。


「最悪は、モンスターの勢力拡大から封印が破られ、魔王が復活する…」


「まぁ、な。 暗黒魔法遣いの中でも、悪魔や魔王を崇拝している奴らは。 人間や神々の作った秩序を壊そうとする。 それに狂い、欲望や破壊の衝動に傾倒するからよ。 未来だの、後先だの、考えてる様で考えて無い」


こうまで聞いたダグラスは、怒りの浮かぶ顔を見せて。


「何だそらっ! 魔王なんて復活したら、テメェが一国の王にでも成れると思うのかっ?」


と、怒鳴る。


其処には、Kも同意する。


「浅はか・・だよな。 悪魔だの魔王は、相手を利用するだけ利用し尽くして。 用が無くなれば殺すか、遊び道具にするしか考えて無いだろうに・・。 手を貸してやったからって、功績だの、義理人情なんざ~思わねえのにな」


此処でゲイラーは、マルタンの街の宿で。 ダグラスやボンドス達仲間が、Kとしていた話を思い出して。


「でも、確か。 もう魔王は、生きていないんだよな?」


尋ねられたKだから、


「もう、死んでたがな」


と、サラリとした口調で返す。


然し、これに驚くのは、


「な・なんだってっ?!!」


と、強く反応したマクムス氏だ。


揺られるKは、腕組みする姿のままに。


「でも、楽観視はするなよ。 デッカい死体は、死して尚の存在感を在り在りと云わんばかりに残していた。 また、死んだ影響から、意志は無くなったが。 瘴気も、暗黒の力も、死体からダダ漏れしていたからよ」


眉間を険しくするマクムス氏は、Kに詰め寄る様に近付き。 揺れる荷台で、バランスを崩し損ないながらも。


「見たのですか? その目で、しかと見たのですか?」


と、念を押す様に聞き返す。


“魔王が死んだ”


この話は、様々な意味でこれから先の、寺院の重要な方針に関わる事だ。


「あぁ、それだけは、間違いナシ」


Kは、事実だと肯定する。 が、然し。 更に一呼吸を置いてから。


「・・だが、何度も言うが、安心は出来ないぞ。 死体から漏れる瘴気や暗黒の力は、これからもかなりの長い間は、あの封印窟の中へ垂れ流れ続ける。 詰まり、モンスターを凶暴化させる力は、まだ消えないって事だ。 山を封じる結界は、もっと先まで必要だ。 それに、口外もしない方がいい」


一方、大司祭と云う地位を頂くマクムス氏は、魔王と云うモノの概念は解っている。


「確かに・・・、仰る通り。 神々の対局に在る存在が、魔王や大悪魔。 膨大な暗黒の力を凝縮して出来た様な身体からは、千年・・いやそれ以上に永く。 暗黒の力が溢れ出るでしょうな」


と、応える。


見ていたマルヴェリータは、二人の話から。


「じゃ、まだまだモンスターの脅威は、消えて無くならない訳ね」


と、意見を言う。


マクムス氏も、Kも、それにはスンナリ頷いた。


処が。


Kは、更に。 簡単そうな物言いにて。


「ま、否応無しに、どうしてもモンスターを壊滅状態にさせたいなら。 遣る事だけなら、多大なる犠牲を払えば出来ない事も無いが、な」


と、云うではないか。


また、驚いた顔をするマクムス氏は、


「本当ですか?」


と、話に膝を出した。


するとKは、何故か横を見る。 プラプラと揺れ動いて捲れ上がる幌を荷台の出入り口より見て。 まだ、小雨の降る外を見詰めると。


「各国の兵士達や、冒険者、神殿の僧侶なんかを軒並み集めて。 森や山に退治に行かせる。 そうだな・・、行った奴らの八割以上は死ぬな。 だが、遺体さえ絶えず回収すりゃ~よ。 モンスターの絶対数の激減は、確認に狙えるゼ」


聴いていた中で、一同が驚く程に嫌悪感を顔に現した。 中でもマルヴェリータは、人を物として見る消耗戦だと思ったから。


「そんなフザけたの、出来る訳ないじゃないっ!!!」


と、感情的に怒鳴る。


ゲイラーやダグラスなどは、結構ポリア達とは仲が良い方だ。 マルヴェリータが怒鳴るなど、男性に絡まれた時以外で見た事は無かったが。 彼女の言った事には、大賛成で在る。


すると、覚めて居るKは、ゆったりと頷いた。


「だな、俺も遣るなら賛成はしない」


ゲイラーは、感じたままに。


「なら、何で言うんだ?」


「ん~~~、だだ」


「‘だだ’?」


「超魔法時代に入る前ぐらいの昔は、そうしてモンスターを減らしていた過去があるのさ」


これは、マクムス氏でも知らない事で、愕然とした。


「そ・・そんな事が、昔に?」


「あぁ。 つ~か、さっきの話に戻るが。 そもそも、何で偉大なる二人の夫婦が、結界を張る命懸けの行動に出たのか。 その理由が、其処に在るんだ」


此方の馬車に乗る一同が、Kの話にまた食い入る様に静まり返る。


Kは、柔らかい雨音に誘われる様に、続きを語る。


「大賢者ヴォルマリフと天司祭イクマリスは、時代を駆け抜けた冒険者で在り。 二人の子供達は、魔法やら武術やらに秀でていた。 然し、親が超有名人で、自分達も努力してそれなりに成ったとしたら。 若い子供達は、モンスター討伐の大事業からは、逃れられない訳さ」


ダグラスは、何となく想像が着く気がする。


「な・なるほどな。 そうゆう訳なら、周りからも期待受けちゃうモンな。 無能なら、オッケーな気もするけど…」


ゲイラーも。


「言えてる」


と、理解した。


マルヴェリータは、なまじ家が良いものだから。


「親の影響って、否応なくだもの、ね」


そして、Kが話を繋ぐ。


「そんで、年配者と成った有名人の両親の代わりに、子供達は冒険者として無謀にも近い討伐作戦に参加してよ。 それで、その手助けにと、ヴォルマリフやイクマリスの、嘗ての仲間やその子供達なんかも、討伐作戦に相次いで参加したのさ。 然し、悪魔だの、巨人だの、ドラゴンだの、他にもえげつないモンスターがウジャウジャ居る山だ。 実の子も、仲間の一家までも亡くす結果に成った」


酷い話だと、ダグラスが。


「夢もチボウも無い結末だな」


と、しか言えず。


他の皆は、黙ってしまったが…。


マクムス氏だけは、


「もしかすると。 その結界を創ったお二人様からするならば、弔い合戦の様な意味合いも…」


Kは、ゆったりと頷いた。


「その通りだ。 子供や仲間を失っただけで、成果や意味が無いのは無情だ。 50歳を越えた二人が命を懸けた結界の設置は、弔い合戦で在り。 また、国を守る為と、モンスターを倒し平和を願う為と、な。 討伐作戦に参加した全ての者に向けた、手向けの花の様な意味合いも在ったのさ…」


マクムス氏は、過去の偉人へ尊敬と感謝と同情を感じて祈った。


だが、古い古い過去の事で、聞いた事も無い話ばかりだからか。 ゲイラーは、Kをまじまじと見て。


「リーダーは、そんな昔の事を良く知ってるな? どうやったら、そんな事を知れるんだ?」


ま、疑問に思っても、当然の様な気もする。


Kは、ジョイスに貸した他にもまだ〔記憶の石〕なる、水晶の塊を取り出して見せて。


「今から、何年前か・・記憶が曖昧だが。 遺跡調査の依頼を請けて、あの山の西側に入った事が在る。 その時、依頼者ら・・確か、何かの理由から冒険を放棄したんだ」


「逃げ出したのか?」


「多分な。 俺らは、その中の一人で、方向感が狂った奴を助ける為・・だったかな? 連山入り口の麓に在る、〔闇沼〕の一部を抜けて行ったんだ」


「なるほど」


「まぁ、流れはそんな感じだった。 それで、打ち捨てられた廃神殿に行ったんだ。 其処は、結界の中では在ったが、モンスターの巣窟に変わっててよ。 然し、神殿内部の壁画には、当時の事が画かれていたし。 その記憶を封じたこうゆう物も、幾つか見つかった」


「中の記憶を見たのか?」


「そうだ。 長い年月を経過して、封呪の魔法が途切れ。 記憶は消え始めていたが。 断片的な記憶を見るだけでも、当時の様子が解った」


その記憶とは、戦う場面だったり。 先発隊としてモンスターの群れへの突入に際し、その志願を受け付ける場面だったりで。


“溢れるモンスターにっ、故郷や街を襲われるくらいなら!”


“俺の子供や孫は、安全な国で育たせたいんだっ”


命を捨てるつもりで志願する者ばかり。 逼迫感や切実さが窺えたと云う。


「その当時の冒険者や兵士などが、自分からと志願した。 恐怖と戦いながら、襲い来るモンスターとの記憶が在ったよ」


当時を想像するダグラスは、


「ソーゼツだな。 昔の先祖さんに、初めて感謝…」


ゲイラーも、素直に頷いた。


「その経緯が無ければ、俺達も居なかったかもな」


と、さえ。


マクムス氏も、システィアナも、一番奥に居たセレイドも、同意見と祈る。


Kは、何処か遠い目をして。


「今の国の分布が出来上がっても、モンスターの襲来に怯える様な頃らしいから。 冒険者に成るのも、兵士に成るのも、そう云った脅威から国や家族を守ろうと、な。 確固たる想いが在った・・。 そうゆう時代だったらしい」


黙る誰もが、その当時の事を考える。 恐らくは、本当に壮絶な戦いだったのだろう。 そして、命懸けで未来を切り開こうとしていたと、強く感じたのだった。


Kは、実際に行くのだから語ったが。


「だが、この事を公表はされないだろう。 お前達も、生きて帰れたとしても、だ。 誰彼に構わずにペラペラと言うなよ。 魔王の遺体なんてものは、魔王を崇拝したり、悪魔を呼び出したいと思う者には、最高の利用媒体となる。 強力な魔力を持った暗黒魔術師ならば、魔王の遺体の血や肉だけでも在ればな。 極小に縮められた〔悪魔の穴〕を、最大限にまで広げられる。 悪魔なんぞに知られたら、それこそ何に利用されるやら解らんからな」


この話に、マクムスも。


「調査は必要でしょうが。 やはり、口外は控えるべきでしょうな。 世界には、我々の知らない場所も含め、イヴィル・ゲートが拓いた事が在る場所は多いとか。 閉じられた場所でも、魔王の身体の一部が在ればまた、拓かれかねません」


“知らないからこそ、平和で居られる事も在る”


そんな文句を思い出したイクシオで。


「知っちまうと、何かとひけらかしたくなる。 だが、話しが話しだ。 我慢するしか無いかぁ?」


と、ゲイラーを見た。


さて、山の歴史やらなんやらと解ると、山の実情や姿を知りたく成る。 ダグラスは、Kが山に入った事が、もっと聞きたく成った。


「なぁ、そのアンダル・・ナントカ山って、禿山なのか?」


「あ? バカ言うな。 アンダルラルクル山は、この広大な世界広しと言えど、最も大きい大陸と云うこの北の大陸でも、最大級の広さを持つ大連山。 禿げ山どころか、多彩な環境や顔を持つ千変万化の山だ」


「マジで?」


「今回、俺等が行くと予想されるルートは、一番モンスターの少ない森林地帯ルートだが。 さっきも言った通り、最も危険な西の方に行けば。 毒ガスが絶えず噴出している池群や、底なし沼などが多数に広がる〔闇沼〕と呼ばれる場所が在る」


ダグラスは、ちょっと前の話に出たと。


「リーダーは、そんなヤバい所を抜けたのかよっ」


「自然魔法で、風を生み出し。 一時的に毒のガスを飛ばしたと思う」


「はぁぁ…。 スゲェ」


「だが、毒ガスなんて、まだ甘い。 あの辺は、おぞましいモンスターの巣窟だった。 然も、その先に行けば、死霊の蠢く〔幽幻ヶ原〕って草原がある。 いっつも、瘴気を孕んだ霧が立ち込めていて。 亡霊や樹木や昆虫などのモンスターが魅せる幻覚に、一度でも堕ちたら最後。 狂いながらにして、モンスターに身体を貪られる事に成るだろう」


ダグラスやゲイラー達の飲み込む生唾の音が、荷台に響いた。


どうやら、山には幾つもの顔があるらしい。


すると、マルヴェリータは、思うままに口にする。


「ねぇ、ケイ。 山や森は、とてつもなく広大なんでしょ? それならどうして、サーウェルス達の行った方向を絞れるの?」


すると、


「あ? あぁ・・、それか」


ガラッと、Kの語る口調が切り替わった。 覚めた・・と云うか、気が無くなった・・と云うか。


「それは、簡単な推測だ。 斡旋所で、あのマスターが言ってたろ? ソイツ等の請けた仕事は、“薬草取り”だと」


「えぇ、確かに…」


「あの山の西側って場所は、動植物の育つ環境の全てが汚染されてやがる。 詰まり、生息する全ての植物が、瘴気や毒に侵されているんだ。 普通に考えろ、一般的な自然の毒ならば、少量にしたり、精製する事で薬にも成るが。 そんなモンスターも血肉に入れたらヤバい毒に、薬用効果が在る訳が無い」


「あ・・、それもそうね」


「また、行方不明に成った奴らの請けた依頼に在った薬草は、森と山の狭間辺りに在る物ばっかりだ。 それは、村から山を見て、正面から東側に掛けてのみに自生するモノだ」


流石に、経験が在る者だ。 探す薬草の生息範囲から、人が生きて行ける辺りに目星を付けている。 もし、知らずに行くならば、山を手当たり次第に探し回る事に成ろう。


山の実態が微かに見えた気がしたダグラスは、ゲイラーに。


「このリーダー無くして、出来ない仕事ヤマだな」


「山に行くだけに、な」


「おっ、上手い」


然し、誉めた相手がダグラスでは、何となく気恥ずかしいゲイラーで。


「ルッセェよ」


と、突け放し気味に成る。


処が、これにはダグラスの方がツレないと。


「誉めただろぅ?」


「お前にホメられてもな~」


「ゲイラー、何だそりゃっ」


二人の会話が、いよいよ下らなさに熱を帯びた其処へ、システィアナが入り。 ゲイラーへ。


「ゲ~イラ~さん、おじょ~ずです~」


と、誉めた瞬間。


「ダグラス、ありがとうヨっ」


親指を立てて、シブくキメたゲイラーが言って来る。


完全に、バカにされて居る気分と成ったダグラスで在り。


「ハァ~」


と、溜め息を付いた。


この場が和み掛けた処だが。 Kを見ていたマルヴェリータは、何となくだが。


(何か、クォシカの事件の時とは、熱量が違うみたい…)


行方不明と為った冒険者達を言う時のKの様子に。 多からずも、少なからず。 冷めたい感じしか見受けられない様な、そんな気がしたのだ。


だから…。


「ねぇ、ケイ? 貴方って・・その、サーウェルス達に、少し怒ってる? クォシカの事件には、あんなに率先してたのに………。 それとも、今回の仕事には、私達みたいな‘お荷物’を抱えてるから、遣りにくいとか?」


と、探る様に聞いてみる。


すると。 Kは、マクムス氏を軽く一瞥してから。


「正直な話。 本音は、助けたくも無ぇよ。 死んでモンスターに喰われてるなら、楽で有り難いと思ってる」


「!!!」


荷台に居た全員が、目を見張る程に驚いた。


Kは、皆を遠目に見るようにして続けて。


「あの一帯に広がる森や山に入るには、どの方向から入るにしても。 先ずは、モンスターの情報から分け入る地理を調べて。 必要な装備の充実を図って、万全の対処をして臨むものだ」


と語る。


ゲイラーやダグラスは、買わされた物の量や品数を思い。 それが如何に必要なのか、漠然としながらも感じる事が出来る。


Kは、更に続ける。


「何よりも、‘冒険者’として依頼を請けたからには、それだけの責任が在る。 なのに、だ。 行方不明の冒険者共と来たら、興味本位で準備もして無い上に、依頼をマスターに通させずに請けさせた」


息子の様な甥が居るだけに、マクムス氏は叱られて居る感覚になり。 重く、頷く。


「確かに、不注意過ぎる…」


するとKは、更に口調を少し鋭くして。


「だがな、俺が急いで村に向かってるのには、別の訳が在るからだ」


深刻そうに聞こえたゲイラーだから。


「な・何だ? なんか・・まっマズイ事でも?」


すると、Kの声のトーンが、少し下がった。


「行方不明のバカ共は、何でも草の知識も無いからとな。 半ば都合良い様に言いくるめて、詳しい村人を案内に連れて行った。 そして、その村人だけが大怪我して戻って来て、仕事の失敗が解ったんだが。 今やその村人が、瀕死だと云うんだ」


それを聴いたダグラスが、村人が気の毒と思って。


「そうか・・。 そりゃ~災難な…」


と、呟くと。


Kは、


「何が災難な物かっ!」


と、吐き捨てた。


その瞬間、同乗する他の冒険者達は、一喝されて震え上がる様な驚きを受け。 ビクッと、皆がKを見て身を正す。


然も、最もKの近くに居たマルヴェリータを始め、ゲイラーやマクムス氏も、一種の恐れを覚え。 無意識に少し離れたし。


システィアナなどは、ビクビクと震えて。


(あわわわ・・、ケイさんコアいでしゅう~~~)


と、ゲイラーの背中に隠れてしまう。


その、まるで斬り込む剣士の気合いが、言葉に含まれたと。 ゲイラーやダグラスなどは直ぐに解り、Kの底知れない実力の影を窺う事に成る。


さて、一同を覚めきった眼をして見るKは、こう言う。


「いいか。 お前達も、一端の冒険者を気取るなら、これだけは覚えておけ。 無関係の人間を巻き込むなら、テメェが死んでもその人間は守れ。 他人に犠牲を出しておいて、ノウノウと冒険者なんざ遣るんじゃねぇぞ」


冒険者達は、Kの逆鱗に触れたく無い為に。 無言ながら、全員が無意識に近い感覚で頷いていた。


マルヴェリータなどは、


(ケイの知識や経験の深さは、こうゆう時でも他人に迷惑を掛けない為の…)


と、素直に感じれた。


今回の依頼も、同行すると集められたゲイラーやフェレックの未熟さを知るや。 直ぐに、一人で行くと決断した。 その判断力からして、やはり超一流の冒険者らしい。


また、言ったKは、やはり山の現実を知るからだろうか。


「テメェ等の無知や至らなさ、思慮・配慮の無さを棚上げして。 あの危険極まりない場所から、戦う術も無い者を一人で逃がすだと? 助けを呼びたかったにしても、気が狂ってるとしか言い様が無いゼ」


と、吐き捨てる様に独り言を言う


ゲイラーは、自分達がこれから行く山だけに。


「一番楽な道って云うのでも、そんなにヤバいのか?」


と、尋ねて見れば。


床を見詰めるKが。


「当たり前だ。 森と山を抜けると過程して、一番楽でモンスターが少ない辺りを抜けたとしても。 村人が安全に山から降りられるなんて、広大な砂漠の砂粒一つぐらいの確立だ」


「そんな・・かよ」


「フン。 俺から言わせるなら、行方不明に成っても自業自得。 ソイツ等は、死んで当然だ。 在る意味、全てを甘く見た代償だゼ」


見限られたマクムス氏だが。 Kに言う言葉が、何も見つからない。 彼の言う事に、何一つの間違いも見いだせないからだ。


(確かに、彼の言う通りだ。 この依頼が、如何に私とマスターの我が儘か。 この彼には、全て見透かされている。 嗚呼・・、嗚呼…)


俯くマクムス氏の姿で、冒険者達の皆がその胸中を察した。


また、Kも察したのだろう。


「おそらく、生きているなら今頃は。 必要な持ち物が、何もかも足らなく為って。 どいつもこいつも、怪我から毒や病気に苦しんでるだろうよ」


と。


余りに絶望的と察したマルヴェリータは、心配をしているマクムス氏の手前から。


「ねぇ、ケイ? 貴方、サーウェルス達は生存してるって・・・思う?」


「さぁ、な」


このいい加減とも云える返しで、一同に絶望感が漂う。


が、Kはやや間を開けてから。


「だが、マスターの娘のオリビアって僧侶は、司祭並みの域まで力が在るとか。 その女が健康で在るならば・・、死なない程度には魔法で何とかしているだろうな」


希望が湧く話に、ゲイラーとシスティアナが見合ったり。 マルヴェリータとマクムス氏が、互いに頷いたり。


然し、Kはやはり現実的で。


「だが、そうだとしても、楽観視は出来ネェ~ぞ。 日数を見ても、後・・五日。 五日もすれば、ほぼ全滅だろう。 全く、何が現役でこの国一番のチームだか」


・・やはり、シメは辛辣だった。


然し、ゲイラーやダグラスも。 また、マルヴェリータなども、反論する気には成れない。


“それだけ冒険者として、Kはしっかり遣って来た中で。 経験も踏まえて、こう言っている”


と云う部分が、聴かずして解った。


だから、誰も、何も言えなかった。


この話が終わる頃。 トルトの村まで、随分と近づいた。


雨が幌に当たる音が聞こえなくなり。 そして、馬を操る御者が、幅狭と成った街道の遥か先に。 暗雲に包まれた山を隠す、暗い山林の姿を見る。


“村には、早ければ夜中に着ける”


馬を走らせる御者は、そう感じたのだった。




《その4.トルト村にて。 Kの存在感は・・・煌く星のように…。》


        ★


マルタンの街を出て、二日目の深夜。


漸く雨の上がった曇り空の下。 一行は、“マニュエルの森”への入り口であるトルトの村に入った。 やや山間部と成る中に在る村だ。 辺りは、鬱蒼とした森林地帯で、森の中の丘一帯にまばらと点在する民家には、遅い時間帯で明かりなど灯っている訳も無い。


一行は、村の中心に在る商店街に向かった。


ま、‘商店街’など、大げさだ。 飲食店と酒屋と道具屋が、地面が剥き出しのT時路の角に在るだけ。 他は、鍛冶屋とか、木材の切り出し場などの作業所が近いぐらいだろうか。


然し、此処には村で唯一の宿屋が在る。 行って見れば、ちょうど入り口のドアを閉めようとしていた。 その宿。 建物としては、オガートで最後に泊まった宿とは、比べ物に成らない程に小さい。 おそらく、離れの屋敷より少し大きい程度で。 外見は、ログハウスの様な建物で在る。


馬車が止まると直ぐに飛び降りたKは、宿の戸を軽~く叩いて。 閉めた筈のドアを半開きにして、顔を出して来た女将へ掛け合う事に。


「済まん。 飛び込みだが、長期の滞在をしたい」


「あんれま~、こんな時間にお客かい?」


ドアを開いてKを出迎えたのは、でっぷりと縦横に幅の在る、存在感の立派な体格をした中年女性だ。


然し、包帯を顔に巻いて居るK。 少し下から探る様な女将の目線が、Kの足元から頭の先までを見る。


だが、そんな事を気にして、こんな格好はしないだろう。 Kは、見られる事など構わぬままに。


「処で、女将。 先日、何人かの冒険者達が来たろ?」


「あぁ~、来た来た。 レナードを森に連れて行った人達だろう?」


「その冒険者達の救出に来た。 5日から・・10日ほど、宿を借りたい」


中年女将は、包帯顔のKを訝しげに見て。


「ほぉ~、まあ~いいけど。 で、何人だい?」


「全員で、二十名だ」


「いいよ、全員泊まれる。 飯は?」


すると、後ろから来たゲイラーが。


「是非にくれ。 何でもいいから、それなりに腹が満ちれば文句は無いゼ」


「あいよ~。 ま、とにかく中に入んな~」


ゲイラーに続いて全員が、ゾロゾロと中に。


御者の男達二人は、休まずに馬の世話に入る。 空の厩舎に馬を移動させ、この2日の疲れを癒やしてやるのだ。


さて、女将の案内から男達は、四人から五人の相部屋に別れ。 ポリア達女性は、三人の相部屋になった。


処が、部屋に背負い袋を置くKは、休む事も無くまた一階へ行く。 一階の、受付の奥に広がる大食堂にて。 各部屋へ置く水挿しなどを用意し始めた女将へ、Kが近寄り。


「女将、水をくれ。 それから、一つ聞きたい事が有る」


大きな水瓶の前に居る女将は、ぶっきら棒な雰囲気の初老の旦那と見合った。 その旦那は、この時間ながら竃の火に薪をくべて。 料理を作るべく、野菜なり保存用の肉を用意しに動くのだが…。


水を、木のコップに一杯汲んで、Kへ差し出した女将は。


「なんだい?」


と、問い返す。


水を軽く飲んだKは、


「その怪我をして戻った、“レナード”と云う村人は、今、何所に居る?」


と、残りの水をまた軽く飲んだ。


“何故?”


と、感じた様子の女将は、顎で北東をしゃくり。


「森の方に向かって、丘に上がった処に在る神殿さ。 今日の昼に、傷口が腐り出血が酷かったらしいからね。 手を尽くす薬師の爺さんや僧侶様が、もうダメかもしれないってさ。 何でも、魔法が効き難いって言ってたね」


すると、残りの水を呷るKで。


「・・丘の上か。 助かる」


コップを返したKは、そう言って出て行こうとする。


其処へ、直接食堂へと来る螺旋階段を降りて来たマクムス氏も丁度、今の話を聞いていて。


「ケイさん。 それでしたら、私も同行いたしましょう」


「好きにしてくれ」


同行を許したKとマクムス氏が、揃って外に出て行った。


その背を見届けた女将は、初老の樵の様なガッチリ体型の旦那に。


「父ちゃん。 あの二人・・何だろな」


「さぁ、な。 だけんど…」


と、向きを変えた旦那さんは、やや声のトーンを落とし。


「レナードを連れ出した奴なんか、助けなんでエェよ」


と、呟いた。


やはり、村人でも意見は…。


さて、宿に着いた数名の冒険者は、馬車の揺れと寝不足でダウンした。 食事などすれば、そのまま吐くだろう。


部屋に行って荷物を置いたポリア達三人は、空腹を満たそうと降りて来た。


上着のドレスローブを脱ぎ、赤いタイトなワンピース姿のマルヴェリータが、呆れた口調でポリアに云う。


「全く、デカい口を叩いてた割りに、フェレックも情け無いわ。 これぐらいの旅で、目を回すなんてね」


すると、何だか酷く疲れて居る様子のポリアは。


「嫌々、ぶっちゃけ、最初っからダウンして欲しかったわ。 あーだこーだ、煩いんだもん。 でも、Kの予想は、やっぱり大当たりよ」


「あら、何が?」


「ダウンしたのは、フェレックだけじゃ無いの。 キーラって魔法遣いの彼も、完全にダウンね。 死んだ人みたいな顔で、ゾンビみたいに部屋へ入っていったわ」


複数人の者が、馬車酔いと知るマルヴェリータ。


「それじゃ、Kの言う通りね。 もし、明日に強引な予定を立てて森に入っても、体調不良で半分は倒れるわ」


さて、ポリア達を含め、食事をしたい者が次々と降りて来る。


テーブルに就く冒険者達へ、女将は牛乳や山羊乳を出しながら。


「もう夜遅いから、パンが固いのは許しとくれ」


冒険者は、依頼に因っては長旅となり。 ゲイラーなどは、経験からカビそうなパンを食べる事も在るので。


「そんな事は、気にしなくていいゼ。 こちとら、夜分遅くに来てるんだ。 有るもので、充分だ」


すると、降りてきた冒険者達は、皆が頷く。


だが、止せばいいのにシスティアナが。


「ゲ~イラ~さん。 カチカチパンを~千切りましょ~」


と、言うと…。


「はいっ! ゲイラーっ、千切りますっ!!」


胸に手を当てる軍隊式敬礼をするゲイラーが、四角いパンをムンズと掴み。 力任せに引き千切り始める。


隣に居たダグラスは、それを見て驚く。


「どぅあ゛っ!! バカっ、ゲイラー止めっ!」


その声に、皆がゲイラーを見れば。 半分、四分の一、より更に小さくパンを引き千切って行くではないか。


粉後にされると察したポリア。


「デカブツっ! パンが小麦粉に戻るわ゛よぉ!! 止めっ、止めてぇっ!!!!!」


冒険者達が束になり、ゲイラーと格闘する事に成る。


そして…。


顔に抓られた痕をいっぱい残すゲイラーは、運ばて来た料理をしずしずと食べるのみ。


他の皆は、紐の様なパンを摘み、スープに入れたりしながら、ブツクサと文句を垂れる。


そんな中で、滅入る様な顔をするダグラスは、僅かに噛めるパンを齧りながら。


「しっかし、俺も頭がフラフラしてる。 馬車に揺れながら二日って、ケッコーキツいな」


ゲイラーも、何となく世界が揺れつつ在り。


「リーダーの言う事は、そのままだったな。 四・五人、グロッキーだ」


「あぁ。 あのリーダーは、その辺は抜かりね~な」


其処へ、テーブルの向かいからシスティアナが眠い眼で、ゲイラーに対し。


「ゲイラ~さ~ん」


と、言った瞬間。


長い間、馬車に乗って居た皆だ。 身体が鈍った様になり、大なり小なり酔う様な気怠さに襲われている一同。


そう、それはゲイラーも同じなのに、いきなりキリリ顔を引き締めたゲイラー。


「どうした? システィ?」


「マクムス様と~ケイさんはぁ~、どうしたんですかぁ~?」


すると、外にトイレへと出たゲイラーは、神殿に行く二人を見ていて。 裏口から入り、女将に話を聴いていたので。


「おぉ。 二人なら、怪我して戻って来た村人を見舞いに行ったぞ」


「そ~ですか~。 わたしも~いきたかったで~す」


こう言うシスティアナだが、何処かフラ~フラ~としている。 一番タフそうに眠れていたが…。 やはり、身体に旅の影響が出ていたのだ。


だから、ゲイラーは言う。


「うむ、僧侶で在るシスティの気持ちは、最もな事だ。 だが、今のシスティは、フラフラだぞ。 そんな様子では、行っても返って迷惑になってしまうかもしれない。 明日まで休んでから、行ってみたらどうだ? その時は、一緒に着いて行くぞ」


「は~い」


「うんうん、システィは賢い」


こう言われたシスティアナは、ポリアを見て。


「ポ~リ~ア~、ほめられた~。 ポリアは~、お~ば~・・むぐ」


システィアナに最後まで言わさずして、ポリアが口を塞いだ。


「い゛っ、言うなっ」


Kに付けられた、渾名に成りそうなフレーズだが。 システィアナより丸々出さずにしたポリア。


処が、彼女の向かいに座るマルヴェリータが、何故か悪戯っ子の様にニヤリと笑うと。


もがくシスティアナを捕まえているポリアが、敢えてマルヴェリータを見ないままに。


「言うなよ。 ・・・心に留めてよね」


と、低い声を使って言う。


一種の‘念押し’を頂いたマルヴェリータは、他人の前の彼女には珍しくニッコリし。


「あらあら、ポリア。 ケイと組んでから、察知が鋭くなったわね」


「フン!」


いきり立つポリアは、システィアナにも強烈な口止めをする。


ダグラス達は、面白いと笑っていたが。


ゲイラーのみは…。


(も・もがくシスティ・・とっても可愛い…)


と、気持ち悪い顔をしていた。


結局、食事が終わるまで部屋から降りて来ないのは、旅の序盤を喚きまくって居た魔術師フェレックと、若い魔術師のキーラ。 そして、システィアナと同じ神を信仰する、太った中年男性のハクレイと云う僧侶と。 細剣レイピアを扱う剣士コールドと云う男。 そして、手斧を背負うボンドスが、体調不良でダウンしてしまった。


一方で、イルガや学者のイクシオも。 また、その他、ガタいこそ立派なデーベやセレイドすら、軽い頭痛や怠さを持っている。 それは彼らだけでは無く、ポリア達も同じ事。


だから…。


食事を終えたポリア達は、他愛無い雑談と共にお湯を女将から貰い。 食後、Kが教えてくれた薬草を煎じた薬湯(お茶と似た煮汁)を飲む。


「う゛げぇ~・・苦ぇなこりゃ~」


濃いめに煎れたダグラスは、舌が麻痺しそうになった。


それを見て笑うポリアが、


「格好付けて、長く茹でるからよ」


と、ツッコミ。


横で頂くマルヴェリータは、苦さに顔を顰めて。


「い・一日では、一杯で十分だわ…」


と、呟いた。


その横で。 半分寝ながら飲んで居るシスティアナだが。


その様子を見て、ゲイラーは至って真顔のままに。


「イイ・・、神だ」


と。


近くで聞くセレイドは、普段のゲイラーで無い様子に、何やらむず痒くなって来て。


「御主の顔で、それを言うでない。 変態に見えるぞ」


すると、ゲイラーがセレイドに。


「顔の事で、そっちが人の事を言えるか」


と、言い返す。


ダグラスは、そんな二人をアホらしく見ていて。


(オッサンとコワモテの争いだ~)


巻き込まれたく無いから、首を竦めて反対方向を向く。


ゲイラーのチームは、戦い以外の事は、相談して多数決に成る事も多い分。 チームの仲は悪く無い様だ。


その様子を、他の面々が一緒に見て。 チームの垣根を超えて笑いながら、薬湯の苦味や渋みに愚痴を交わし。 また、チームが馴染む事に成る。


さて、薬湯を飲み終えた面々は、世話をしてくれた女将夫婦に礼を言って寝る事にする。


然し、システィアナの身体をベットへと運ぶ、ゲイラーの嬉しいやら恐れ多いやらと思う顔の歪み様は。 一緒に見るポリアやマルヴェリータには、滑稽なお芝居を見ているような感じで笑えた。


これは、Kが教えた事。


“今回に限って言う。 酒やタバコは、極力控えろ。 体臭が強くなり、危険な虫や鳥や動物を引き寄せる。 仕事が成功した後、存分に楽しめ”


冒険者は往々にして、酒飲みが多い。 ゲイラーやダグラスに加え、男達の面々のみならず。 ポリア達も、以前に記した様に呑む方だが。 やはり、命懸けの仕事と解っている手前では、誰もが手を出さなかった。


さて、明日の休憩日は、一体どんな日に成るのだろうか…。


         ★


さて、明けて次の日。


起きた面々が外に出れば、雲は多いが晴れていた。


朝の陽もだいぶ高い位置に見える頃。 全員が起きて、食堂に集まって居る。


然し、その様子は真っ二つに別れていた。 前夜に薬湯を飲んでいた皆は、疲労が無く誰もが元気で。 その気になれば、森に入れそうで在る。


一方、代わって。 宿に着くなり直ぐに寝たフェレック達は、重く気怠い様子で、眼の下に隈が出来ている。


顔色の良いマルヴェリータに、気分が如何にも悪そうなフェレックが。


「随分・・元気そうじゃないか…」


今日はフリーだからか。 前日の赤いワンピース姿で、腕組しているマルヴェリータ。


「貴方、ケイの言ってた事、もう忘れたの? 持って来た乾燥の薬草は、食事と一緒にお湯で煮出して飲むと。 疲労回復の効果が有るって…」


「夜、飲んだのか?」


「見なさい。 ポリアも、ゲイラー達も、飲んだ人にそんな顔の人居ないわよ」


周りを見るフェレックは、正しく様子が二分化していると解り。


「く・そぉぉ…」


よっぽど気分が悪いのだろうと。 フェレックのチームで、テンガロンハットに鞭を装備し。 旅人か、遺跡を巡る学者の様な仲間のイクシオが、一応の注意と。


「フェレック。 食事が喉に入らなくても、今日は薬湯を薄めてでも飲めよ」


マルヴェリータも、倒れられては面倒くさいから。


「お仲間サンの言う通り、飲んだ方がいいわよ」


ゲッソリして居るフェレックは、鈍く頷いて。


「今、飲む・・」


そんな彼へ、マルヴェリータは更に注意とし。


「長く煮出すと苦いから、仲間に手伝って貰いなさいよ。 長く煮出したら、返って吐くわよ」


頷くフェレックは、先に飲んでいる仲間のハクレイと云う僧侶の元に行く。


代わって、顔を洗ってから外の様子を見て来たポリアは。 裏口から食堂に来ると、一緒の部屋にKとマクムス氏を含むダグラスに近寄り。


「ねぇ、ダグラス。 ケイとマクムス様は?」


すると、ゲイラーや体調不良のボンドスを含む仲間と、それを話し合っていた彼だから。


「いや、それがまだ戻ってないんだ」


そう聞いたポリアは、顔色を沈ませて。


「最悪・・・かな」


と、呟いた。


意味を察したダグラスも、後味の悪い渋い顔をして返す。


処が。


食材の仕入れなどから、朝も遅くして。 女将や旦那さんが急いで作った食事を、集まった一同でも食べれる者だけで取ろうとする頃に。 何と、一足先に、か。 マクムス氏が宿へと戻って来た。


「あ~、マクムスさま~」


入って来る彼を最初に見つけたシスティアナの声で。


「マクムス様」


と、フラフラしたハクレイが。


「大司祭様」


と、異教の神官セレイドが反応。


システィアナを先頭にして、三人が立ち上がり。 戻って来たマクムス氏を迎えた。


「皆さん、お揃いで。 今、戻りました」


だが、システィアナが、憔悴した顔色のマクムス氏に。


「お顔のいろが~悪いです~」


自身が体調不良のハクレイも、異教の神官で在るセレイドも、同じく心配するのだが…。


マクムス氏は、憔悴しながらも笑顔になり。


「いやいや、ただ疲れているだけです。 気分としては、瀕死の村人が助かったのだから。 寧ろ、ホッとして安堵してしまい、返って疲労感が強く成ったのですよ」


と、言う。


近くに座って居たポリアは、その話に驚いて。


「えっ? もう駄目と聴きましたが。 助かったんですか?」


すると、やはり疲れて居たのだろう。 マクムス氏は、ポリアの前の席に来て座ると。


「すみません、水を一杯」


これには丁度、自身が水を欲していたマルヴェリータが、コップに注いだものを持っていたので。


「どうぞ」


と、差し出した。


軽い礼と共に受け取るマクムス氏は、グゥーっと飲み干すと。


「嗚呼・・、ありがとう」


コップをマルヴェリータへ。


そして、


「実は、確かに危なかったですが。 ケイ殿が、〔奇跡の妙薬〕《エリクサー》の原料を殆ど持っていてね」


これには、食事に向かう一同が固まった。


皆を代表する様に、ダグラスが。


「エリクサーって、あのエリクサーで・・スか?」


彼が驚くのも、無理は無い。 〔奇跡の妙薬〕《エリクサー・エクリサー》は、売られる事の無い幻の薬の代名詞だった。


ゆっくり頷くマクムス氏は、自身でもまだ興奮を残す様な、神妙さを纏いながら。


「はい。 そして、神殿には、その足りない素材の穴埋めに使える薬草が、少量ながら在りましてな。 薬師で在るケイ殿が、見事に調合したのです」


此処でポリアが、驚くままに。


「あ゛っ、ケイって薬師でも在るって…。 でも、そんな不完全なモノを揃えて、あのエリクサーを調合するって出来るの?」


また、Kの隠されていた能力の発揮で在る。


マルヴェリータからもう一杯の水を貰うマクムス氏は、何処か空を見る様に成ると。


「いやいや、なんとも素晴らしい手際でしたよ。 調合法レシピなど全く必要とせずに、慌てたり覚束ない様子も無く。 まるで、独りでに薬が出来上がる様な…。 僧侶と云う立場から、薬師の方の作業は良く眼にしますが。 あの方、既に昔居た天才の薬師の様でした」


話を聞くゲイラーは、


「エリクサーを使うと、怪我も立ちどころに治るんですか」


と、尋ねる。


“エクリサーを使えば、死人すら蘇る”


この話は、冒険者達の間の共有知識と言って良い。 噂が、そう為っていた。


だが、頭を左右に振ったマクムス氏は、軽く水を飲んでから。


「完璧な物の〔エクリサー〕では無く、擬似品の〔エリクサー〕ですからな。 其処までの効力は、有りませんよ」


「“擬似品”ですか?」


「私も、細かい事は解りません。 然し、ケイ殿が仰るには、完全な材料を元に生み出される薬は、〔エクリサー〕とし。 一部の不完全ながら、擬似的な効能を持つものを、〔エリクサー〕と云うらしいのですよ」


「ほぉ・・、薬の事は全く知らないから。 こうゆう話は・・、為に成る」


ゲイラーは、ダグラス達と見合って頷き合った。


そして、それはポリア達も一緒。


Kの話では、エクリサーも、エリクサーも、原料集めに至難を極める為に。 作れる者が僅かしか居らず。 また、知識も無い薬師が多い為に、名前からして混同すると云う。


マクムス氏は、話を続け。


「ですが、擬似品とは云え、奇跡の妙薬です。 怪我の回復の最大なる妨げに為っていた、異質な病気と毒が、エリクサーの効果で消え失せました。 好機と見た私は、強い回復の魔法を全力で重ねて施しました」


「なるほど、それで助かった訳か。 流石に、大司祭様だけ在る…」


僧侶と云えども、その魔法の力の差は細部で如実と成る。 回復の魔法で、傷を癒やす初歩的な術以外にも。 特殊な回復魔法は幾つも在り。 酷い傷口を完全に塞ぐには、かなり強い魔法か、初歩的な術を何度も重ねて施す必要が在る。 また、女将の話からして、“瀕死”で“傷口が腐った”と云うのだから。 それを完全に癒やして傷口を塞ぐには、システィアナやハクレイの様な僧侶では難しい。


やはり、流浪の時期が有ったゲイラーは、冒険者の世界で揉まれたのだろう。 その違いを話だけで察したのだ。


また、マクムス氏自身も。


「確かに、酷い傷でした。 見た瞬間に、私ですら…」


“これはダメだ。 治す手だてが無い”


「と、感じました。 ですが、彼は消毒したナイフで、毒に侵された肉を薄く削ぎ。 エリクサーのお陰で、体内を侵す毒や病気が消えました。 酷い傷でも、漸くそれを塞いでしまえたのです。 異質な毒と病さえ無ければ、後は神殿に居る僧侶や、この村に居る薬師さんでも対応出来ますから。 もう大丈夫ですよ」


体調不良で食事もままならないフェレックだが。 その話をテーブルの中ほどに居て、聴いて居た。


“必要な素材を集めるだけでも、名うての冒険者が一生懸かってどうか…”


とさえ云われるのが、〔奇跡の妙薬〕のエクリサーだ。 なのに、その素材の殆どを持ってたと聞いて、彼は腰が抜けそうだった。


「一体、な・何モンなんだよ…」


殺されそうに成った自分だが、更に勝てない要素を知る。 然も、まるで無名の様なKだから、負けたと更に追い討ちを食らった感じに成る。


そして、其処にK本人が戻って来た。


「ケイっ」


間近に居たマルヴェリータが、驚いて名前を呼んだ。


気付いた全員は、包帯男を見る。


人知れずして、偉業を成した包帯男。


『エクリサーの材料を集める』


『エリクサーを作る』


この二つは、どちらも偉業として讃えられる事。 例え、それが擬似品でも、普通なら十分に自慢材料だ。


然し、その本人は…。


「あぁ~、眠い」


欠伸をして入って来た彼に、ポリアが真っ先に水を汲んで差し出し。


「お疲れさま」


と、一言添える。


コップを受け取るKは。


「ありゃ~ホントに危なかった。 多分、俺達の到着が朝方までずれていたら、確実に死んでたな」


水を飲むマクムス氏も。


「如何にも。 神の御加護としか、言いようの無い間合いでした」


さて、Kとマクムス氏の二人が揃い、俄に食堂が騒がしく成る。


そんな処に、裏口から女将夫婦が入って来た。 外で何かの作業をしていたのだろう。


先に入った旦那さんは、“冒険者達が煩い”と、倉庫代わりの奥に引っ込んで行く。 こんな静かな山間の村では、一気に二十人も余所者が来れば、“大勢”と云って差し支えない。 人に慣れない人間ならば、喧しくも思えるだろう。


一方の女将は、昨夜に出て行ったKとマクムス氏を見たものだから。 二人に近付いて行き。


「どうだった? 酷いモンだったろう?」


と、敢えて声を掛ける。


“他の冒険者の遣った事だが、結末がヒドい。 少しは、考えて欲しい”


と、そう言いたげに、二人へ声を掛けて来たのだが…。


朗報に歓喜するポリアが。


「女将さんっ、助かったって! ケイとマクムス様が、怪我した村の人を助けたって!!」


喜びのポリアの声に女将は、目を見開いてKとマクムス氏を交互に見た。


そして、調理場の奥の倉庫から旦那さんも顔を出した。


デカい体格の女将だが、まるで目をパチクリする様子ながら。


「レナードは・・・助かったのかい?」


すると、もう覚めた様な態度をするKが。


「あぁ、まぁな。 順調にいけば、今夜辺りには意識が戻るんじゃ~ないか?」


すると、女将の顔が見る見る明るくなった。 昨日までは、ポリアに対してさえ訝しげだったのに。


「アンタっ」


旦那さんの顔を見て、大声を出すと。


頷く旦那さんは、厳つい顔のままながら。


「夜は、任せろ。 村の最高の食材で、飯食わせたるがよ」


こんな山間の村では、やはり村人も親戚に近い間柄か。 涙を浮かべて女将が。


「嗚呼、なんて事だい。 こんな嬉しい事、何年ぶりか。 これで、今日からミーナも、泣かずに済むってもんだよ~」


と。


腹が減ったKとマクムス氏は、寝る前にと席に着きながら。


「そう言えば・・、うわ言でその名前を口にしていた様な…」


と、マクムス氏が言えば。


細かく成ったパンを摘み見たKが、マクムス氏の話の流れに頷くも…。


「こりゃ、ナンだ?」


と、ゲイラーに問う。


ゲイラーの左右に居るダグラスやセレイドは、済まなそうに俯くが…。


その細かいパンを鷲掴むゲイラーは、


「見ての通り、パンだ」


と、口に頬張る。


こう成るに至る経過が恥ずかしいダグラスは、


(フェレックより、お前がケイに始末されろ)


と、思った。


下らないので、その流れは無視するポリアが。


「女将さん。 ミーナさんて、助かった人の奥さん?」


涙を拭う女将曰く。


「レナードの、大事な・・大事な、一人娘さ~。 今、十二歳になったばかりなんだよぉ~。 怪我してからはもう毎日毎日、看病しながら泣いてね~。 今は、近くの町に運ぶ荷馬車に乗って行って、泊り掛けで薬の買出しに行ってるのさ」


すると、噛み応えがほぼ無いパンをスープに幾らか入れたKが。


「そうか・・、娘か」


呟いたが。


「だが、帰って来たらビックリするゼ。 痛みや苦しみから解放されて、疲れて寝てるからな。 知らないままに見たら、死んだみたいに見える」


と、悪い冗談を続ける。


これには、


「ケイっ、それはないでしょ~が!」


と、ポリアが叱り。


「フッ」


怒られたKは、鈍く笑った。


ゆっくりと食事を終えるとKは、薬湯をマクムス氏と二人して呑んで。 宿の主人へ何かを伝えると、


“夜まで休む事にする”


と、階段へ消えた。


そして、マクムス氏とKが休んだ後だ。


Kの凄さが完全に解って来たので。 ゲイラーやフェレックのチームが、ポリア達を囲み。 そもそもの発端に成るクォシカの事件を、根掘り葉掘りと聴いて来た。


話すポリア達は、ラキームの本性は語っても良かったが。 やはり、国の王族を含めた暗部に触れると感じたので、部分部分は隠して話した。


ま、推理をする処を始めに。 戦ったモンスターとか、クォシカを助ける様子とか、回想をしてゲイラーやフェレック達に語って聞かせる。


また、そう成ると。 マルタンを旅立つ前夜の、Kとダグラス達の話とか。 荷馬車に揺られこの村に来るまでの、Kの乗っていた荷台での間の話が、知らない者から欲しがられる。


結果、


“Kは、病気に成る前は、とんでもない実力を持つ冒険者だった”


と、結論に至る。


さて、その話が一段落する夕方の入り。


先ず、一時ばかり居なかった旦那さんが、宿に戻って来るなり。


「母ちゃんっ、母ちゃん!」


と、初めて大声を出す。


一方、ベットメイクを終えて、水汲みだの薪割りをしていた女将が戻り。


「父ちゃん、どうだった?」


「た・たまげた。 レナードのあの大怪我が、キレイサッパリ無くなってた。 寝返りまで打って、まるで怪我なんか無かったみたいだ」


と、話し合う。


それを見たマルヴェリータは、


「ケイだけは、怒らせない様にするわ。 それで、万一の時に助けて貰えないのは、イヤ過ぎる…」


すると、話の途中で仮眠に消えたフェレックやらキーラやらが居たが。 フェレックの座っていた席を見たダグラスが。


「なら、この席に居たアホは、もう駄目だろ。 ・・ま、別にイイけどさ」


こう言って、皆の笑いを誘った。


処が、女将と旦那さんが、裏口から外に出た直後の事。 其処へ、お客が現れた。


「あの・・すみません」


宿の通りに面した入り口から、こんな声が。


冒険者一同、その女の子の声の方を見ると…。


「此処に、包帯を顔に巻いた方と。 とても高位の司祭様が居ると、聞いたのですが…」


こう話しながら入って来たのは、黒い髪が膝まで伸びた。 純朴な印象を受ける、可愛らしい女の子であった。


最も近い場所に居たのは、紳士的な性格が滲み出ている、狩人の格好をしたレックで。


「その二人なら、今は疲れて上に行き、寝てるぞ」


Kへの用は何なのかと思って、席を立ったポリアが少女に近付いて。


「包帯を顔に巻いた人、ケイに用なの?」


と、問い掛けた。


然し、‘絶世の麗人’と言って良いポリアの気品や美しさに、少女が目を奪われる中。


ゲイラーが、


「もしかすると、ケイとマクムス様が助けた村人の、娘さんじゃ~ないのか?」


と、思い付きから言うと。


女の子は、冒険者一同を見て頷いた。


「はい・・、そうです。 あの・ち、父を助けて頂いたお礼・・・言いたくて…」


今度は、マルヴェリータが立ち上がり。 その女の子の前に行って微笑む。


「なら、代わりに聞いておくわ。 お父さんが助かって、良かったわね」


「は・はい」


返事をしながらも、まるで女神ヴィーナスの様に美しいマルヴェリータに、少女はまた見惚れてしまってから。


「あっ、あの・・コレ…」


何かにハッと気付いて、おずおずとした様子で麻の小袋を差し出す少女。


「ん? これ、何?」


「あの、お金は無いんですが・・。 ウチの畑で取れた果物で、つ・作った物です。 今日、出来上がったばかりで・・せめて…」


包みを受け取るマルヴェリータは、何時もとは違った素直な笑みを浮べ。


「彼に渡しておくわ。 お父さんを助けた事は、気にしないでね。 元は、私達と同じ同業者が、アナタのお父さんを森なんかに連れて行ったから・・。 だから、治せるなら治すのは、当然よ」


「ありがとう・・ございます」


そこに、ポリアも加わって。


「ね、ミーナさんだっけ」


「あ・・」


此方も、またカッコイい美人だと、ミーナは改めて驚いてしまってから。


「・・はい」


「お父さんが怪我した事だけど。 確か、森や山に生える薬草が、色々と必要だったのよね? もし、名前だけでも知ってるなら、教えてくれる?」


その会話の遣り取りを見ていた冒険者の中でも。 ぐったりするボンドスは、てっぺん禿げの頭を触りながら。


「お~い、ポリア。 そんな薬草なんて聞いてよぉ、お前さんに・・解るのかぁ?」


と。


処が。 彼を見ないままにポリアは。


「解りそうな人が、上に居るでしょ。 多分、ケイも同じ事するわ。 この後、直ぐに似たような依頼を回されても、斡旋所だって困るでしょう?」


「あ、ちげえねぇ」


ボンドスに代わってゲイラーが、伝法な口調で言いながら頷く。


ま、此処にフェレックが居たならば。


“んなこと言ったってよ。 やるか、普通・・”


と、お人よしにも程があると言うだろうが…。


知る名前だけ教えたミーナは、冒険者一同に御礼を言っては、また父親の居る神殿へと帰って行く。


見送りに出たポリアとマルヴェリータ。 夕日を背に受けて去って行くミーナを見て、ポリアは感じるままに。


「やっぱり、ケイって凄いわ…。 悲しみを救える力が在るって、良いわね」


一方、腕組みするマルヴェリータが。


「だから、独りなのかもね」


と、意見を返す。


ポリアとマルヴェリータは、ミーナが消えるまで見送りながら話を重ねた…。


         ★


さて、春の夕日は暮れなずむ。 暮れそうで暮れない、一時の黄昏。 その時の長さに、日々を生きる者は、春ならではの一抹の哀愁を感じる。


然し、山間の村と云う場所故に、


“一足、お先に”


と、暗くなった夜の入り。


水を求めて起きて来たマクムス氏の後に、Kも続いて起きて来た。


彼を見たマルヴェリータが、来た娘さんのお礼と贈り物を渡す。


受け取った包帯男は、袋の中を見て。


「お、おぉっ、おおおっ、これはいいモン貰った」


と、意外に嬉しそうである。


興味をそそられたシスティアナが、Kの横に立ち。


「なんですかぁ~?」


「飴だ。 この手の飴は、値段が高いし、なかなか手に入らない。 明日、歩きながら食べるか」


と、言った。


‘飴’と聞いたダグラスは、羨ましげで。


「いいなあ~、くれ」


頷くKは、サバサバ口調に変わりながら。


「明日な」


悔しがるダグラスに、ゲイラーが何か言ったが。


この世界で、飴は作るのが楽な砂糖だけの物と。 果物の果汁を加えた物とでは、掛かる手間暇から値段が三倍以上も違う。 少女ミーナが持って来たのは、野いちごと柑橘類の飴で。 これが街に出回ると、安売りしてくれる物では無くなる。


こう見えてKはかなりの甘党だし。 飴は、男女問わずして好まれる、非常に日持ちもする携帯食でも在った。


此処で、仮眠したフェレックも起きて来る。 さっきのグッタリ状態よりは、幾分か動ける様に成っていた。


一方、マクムス氏は、子供が来たと聞いて。 自身も引き取った義理の息子が居るので、村人を助けれた事に安心した。


「良かった・・本当に良かった」


ポリアやマルヴェリータも。 いや、皆が同じ想いで、聴いて無いのはフェレックぐらいだ。


さて、昼間に寝る前のKは、厨房に居る旦那さんに一つ注文をした。 旦那さんは、無言ながら頷いて了承して居た。


それから少しして。 外を散歩がてら見てきた男達も、皆が宿へ戻り。 全員が食堂に揃った。


もう空はすっかり晴れて、星が瞬いて夜の帳が降りている頃だ。


片側に四人掛け、向かい合って八人掛けの長テーブルが、八列ある食堂の中央テーブルに。 宿の旦那が、Kより頼まれた物を大皿に盛って、ドンと出した。


冒険者の全員が見た物とは、ジュージューと焼き音を立てる豚肉の塊焼きだ。 腹周り、丸々一頭分の塊で。 その肉の周りには、緑の生野菜がふんだんに盛られていた。


「美味そう・・・っすね。 リーダー?」


と、ダグラスが言えば。


隣にて頷くのは、ゲイラーだ。


腕組みしていたデーベも、正にその通りと同意した。


また、テンガロンハットに革ベストを着る、鞭遣いで学者の男イクシオも頷く。


「でわ、早速」


肉の塊の皿近くに居る男達が、焼き音に食欲を誘われてナイフとフォークを構えた。


“いざ、争奪戦の始まり”


そんな感じだったが…。


真っ先に伸ばされたダグラスの手が、肉へと届く手前で。


Kが透かさずに、その手を払い。


「待て。 お預け」


手を伸ばした男達が、途中で固まり止める中。 手を払われたダグラスは、薄眼でKを見ると。


「犬か、俺等は…」


と、小さい声を出した。


その瞬間である。 ゲイラーが、固まったダグラスへ、自身の左手の平を差し出した。


ダグラスは、その手を細めた眼で睨むと。


「何の真似?」


Kを見ているゲイラーは、サラリとした口調にて。


「お手」


意味をハッキリ言われ、


「ガルルル…」


犬の威嚇の真似をしたダグラスが、そのナイフを持つ手の側面で、ゲイラーの手を払おうとする。


然し、サッと引いたゲイラーだから。 完全に空を切って、肘を後ろの柱にぶつけたダグラス。


「ぬ゛ぐぅぅぅ…」


周りから失笑が上がるのだが。 Kは、全く無視。


然し、フェレックは、


「あの犬を柱に繋ごうか」


と、悪態が出て。


場に、ドッと笑いが出た。


Kは、痛むダグラスを脇目にして。


「話が終わったら、食べていい」


と、言うと。


Kは自分から料理へ寄り、全員を肉の方に集中させると。


「いいか。 明日からの我々が辿る行動進路についての話をする。 先ず、この肉の塊が、“アンダルラルクル山”。 そして、周りの野菜が“マニュエルの森”と、仮定して思ってくれ」


この話に、全員の顔が引き締まった。


一同の気が集まったと感じたKは、赤と黒と黄色のパプリカに。 白いブロッコリーが添えて在るのを持ち。


「黒は、北。 白が、西。 赤が南で、黄色が東と。 分かり易くする為に、方角とする」


と、皿の各端に置いた。


そして、皿の方角から見て、肉の塊からすると南南東の付近の辺りに、石のスプーンを凭れさせながら。


「先ず、此処が、我々の居る村の位置だ。 そして…」


次に、細い串に玉ねぎの皮を旗代わりにして、細糸で縛った物を取り上げ。 焼ける肉の彼方此方、六ヵ所に次々と刺した。


「この、旗の有る場所が、避難も可能な祠の有る場所だ」


見る皆の中、ゲイラー曰く。


「なんとも解り易い」


Kは、説明を続け。


「明日、我々は出発と同時に、近くの森の入り口から山道に入り。 一直線に森を抜けて、北に向かう」


そのまま行けば、山の南に在る祠にぶつかるのは、誰もが解った。


ポリアは、その皿を見る限り、迷う感じもしないと思って。


「行く道は、こう見ると楽ね」


「こうした見た目は、な。 だが、実際の森は、一筋縄じゃ行かない。 磁石が利かない上、似たような景色が続く。 しかも、森の地形が起伏して波打っているから、以外に迷い易い」


急に心配になったダグラスだから。


「うひぃ。 リーダーよぉ、迷わないでよぉぉぉ」


「ま、経験者ならではの目印が有る。 それから、方向音痴のポリアと一緒にするな」


やり玉に挙げられたポリアは、


「どうせ、私は方向オンチよ…」


と、ムクレた。 なんか嫌な方向ばかりに引き合いに出されているのが、なんともトゲトゲしいと思う。


「さて、一日目に歩く道のりが一番長いから、確実に疲れるだろう。 祠に着いたら、しっかりと休んでくれ」


一同、しっかり頷く。


それを見たKは、更に続ける。


「そして、次の日だ。 この南の祠を出て、東の迂回ルートで次の祠に向かう。 おそらく此処が、最大の激戦と成る予想がされる。 現れるモンスターは、山の上に居る奴らに比べたら、だいぶ雑魚に当たるが。 数は多く、醜悪なる亜人オーク。 蛇龍ドラゴエディア、他にスライムの類も居る。 連戦がほぼ確実だから、オウガ辺りに遭わない事を祈れ」


その名前に、一同が驚き。


「オウガっ」


「オウガだとっ?」


「あのオウガ…」



強敵の名前が出た事で、フェレックは肉の塊を見る。 右回りでは無く、左回りも在る訳だから。 捜すのに手分けをしないのか、と思い。


「捜す方向は、そっちでだけでいいのか? 西側は?」


だが、ゲイラーが、Kの話を馬車で聞いていたので。


「そっちは、さっき言ったろう? 来る馬車の中で、リーダーから話しに聞いたがよ。 毒ガスを充満させてる沼や、底無し沼や池の群れだとよ。 リーダーの経験の話からしても、そっちに行ってたら即死じゃないか?」


“良く話を聴いていた”


と、頷くK。


「その通りだ。 それにこっちには、メモに載る薬草が一つも無い。 全て、こっちの東側だ。 それと付け加えて、朝方に神殿の老僧に聞いたが。 村人は、薬草に最も近いルートの東から森に入る為、冒険者達と早朝に別ルートへ迂回して森に入っている。 つまり、だ。 我々は、南の祠から東周りで、遭難した冒険者達が逃げ込んで居ると思われる、祠三つを回る」


だが、フェレックは解せない。


「なんで、同じルートで行かないんだ?」


「あ~、それはな。 実は、傷ついて戻った村人は、一つだけ薬草を握って帰ってきたのさ。 その薬草は、マニュエルの森には絶対に無いものだ」


「そうか。 って事は、山まで行ったから、森には居ないってか?」


Kは、その通りと指を向けてから。


「もし、行方不明の冒険者等が、森に居るならば。 聞く実力からして、毒や病気に侵されて様が、誰かは戻って来れるチームだ」


此処で、疑問が湧いたポリアは、Kに。


「ケイ。 貴方の推測からだと、サーウェルス達はどうして山奥に?」


「そうだ・・な。 恐らく、山に分け入ってから、立て続けにモンスターから襲われた可能性が強い。 追い立てられれば、逃げ込める先は祠しか無い。 そうなると、東の祠、北北東の祠。 そして、俺達が初日に行く南の祠・・。 力量やモンスターの質も考えると、その三つの祠のどれかに逃げ込んだ可能性が強い。 それは、確かだと思う」


その全く淀みない話から、恐らくその通りだろうと感じたポリア。


「先生、理解しました」


と、殊勝な返しをする。


然し、此処でKが、何故か黙ったまま皆を射る様な眼で見ると。


「・・・だが、問題は、だ。 このチームで夜に着く時。 山で凶暴化したモンスターに遭遇した場合、勝てるかどうか…」


モンスターの一部の名前を聞いた全員が、ピタッと黙った。


そんな緊張感に支配された一同を見回して、Kは言う。


「俺は、言った筈だ。 無駄な無理も、必要ない行動も取らない。 全員を生かして、見回る事を第一にする。 南からのルートが、一番山に入ってから祠に近く、安全なルートだ」


然し、心配が尽きないダグラスは、東の祠までの環境が気に成った。


「南の祠から其処までって、どんな・・感じなんだ?」


「南の祠から東の祠までは、段々と成る草原に、木々がまばらと植わる原野みたいな所が続く。 只、どんどん行けば行く程に、山を登るから。 マニュエルの森とは、落差が生じて行く。 だから森には、滑落以外では逃げられない。 後ろの退路をモンスターに塞がれたら、挟み撃ちされても、戦って道を切り開くしかない」


全員が、更なる緊張感に支配される。 長旅や森などを、モンスター討伐で長期に滞在する事など在るが。 極まった場所で戦う事は、ちょっとした油断が命取りに成ると解る。


今度は、マクムス氏が。


「では、北北東の祠までは、どんな?」


すると、Kが虚空を見る。


「実に・・そっちへ行くのは、最悪の場合だと思ってくれ」


眉間を険しくしたマクムス氏。


「最悪・・ですか?」


「あぁ。 この、北北東の祠は、山の中腹に在る。 また、6つ在る祠の中でも、最も標高の高い場所に在る」


「詰まり、モンスターを掻き分けて行く必要が…」


「お察しの通りだ。 此処に行くには、どうあっても難所を選んで行くしかない。 多分、俺が守って行けるのは、十人以下。 行くときは、人を選ぶ」


「其処はもう、森や林では無いのかね?」


「東の祠周辺から、西に向かって広大な大森林地帯へと成る。 其処は山奥だが、連山の中枢に向かう森は、沈下してゆく枯れたカルデラ。 其処は、山との高低差から傍目には見えないが、実は夥しい数や種のモンスターの住処だ」


「どんなモンスターが?」


「挙げたら、キリがない。 地獄の野犬ヘルバウンド。 毒を出すスライムのケドムヘーベ。 巨大な魔樹、ユリノドラフエなど」


此処で、ポリアがKに。


「センセー、〔魔樹〕って何ですか?」


横を向くK、やや呆れ。


「魔樹も知らネェ~のかよ」


と、呟く。


其処に、ダグラスが。


「ゲイラーみたいな背丈ぐらいの、枯れた木みたいな奴だ。 土から出た枯れた根っ子で、コソコソ歩いて近付いて来てはよ。 獲物を後ろから不意打ちする様に、倒れて押し潰す」


ポリアは、陰険なモンスターだと理解し。


「木なのに、ヘンタイな奴ね」


その意見を聞く、横を向くままのKは、


(モンスターに、ヘンタイもクソも在るかぁっ)


と、更に無知さ加減がバカらしいと思う。


然し、フェレックが。


「だが、魔樹は硬い。 魔法でズタズタにするとか、炎で燃やすしか無い」


と、こう付け加える。


この話を聞いているKの方が、堪えられず恥ずかしくなり。


「もういい。 お前等の知識の無さは、良く解った。 倒し方は、俺がその都度に教える。 それか、俺のやり方を見て覚えろ」


と、話を遣り取りを止めさせる。


だが、言った事には、結構な自信が有ったフェレックだから。


「何が間違いだ。 魔樹の倒し方は、正にそうだろう?」


然し、左手の指で頭を抱えるK。


「あのな・・。 ほぼ全ての魔樹は、根っ子の方をひっくり返すと、白い根っ子が一本だけ在るから。 ソイツを切断すれば、それで倒せる。 燃やすって言われてもな、山火事を起こされても、面倒なだけだぞ」


弱点を突く倒し方を聞くフェレックは、目を凝らしてKを見返し。


「本当か?」


すると、Kも失笑すら浮かべ。


「こんな初歩的な事で嘘を言うほど、俺は暇人じゃ~無い。 それに、ここいらに棲息する魔樹の仲間は、樹齢にして五十年以上の巨木に成長するヤツばかりだ。 チンケな炎じゃ、枝すら焼けないぞ」


そして、脱線した流れを取り戻すべく。


「・・従って、南の祠から真北を目指す道も、東の祠から左の西側に行くのも、お前等には命取りだから行かない」


すると、本題の答えを欲したマクムス氏より。


「では、北北東に行く道は、どんなものなのですか?」


と、湧いた疑問をそのまま口にした。


Kは、頷くと肉の塊へ更に近付き。 東側の、やや南方向に立てられたら旗を指差し。


「一応、二つ在る。 一つは、東の祠から山の中を真北に移動して。 干上がった河の跡を渡ってから、右回りに向かうルートだ」


と、肉の塊で説明する。


そのルートは、連山の最高峰とも云うべき、最も東側の山の頭頂部に向かって少し登ってから。 東の祠からすると、山の向こう側に近い、右回りに向かう道らしい。


「もう一つは、東の祠から山の側面を迂回する様に歩いて、北北東のマニュエルの森との境目まで一旦また降りて。 その先の霧が常に漂う岩場まで行ってから、急斜面と成る坂道を、北北東の祠に向かって登り目指すルートだ」


その道は、東の祠からわざわざまた降りる様に、山の縁を迂回して北北東のマニュエルの森まで来て。 其処から、更に少し北上してから、また山を登る形で北北東の祠へと行くルートで在る。


肉の塊を見て明らかに、先のルートが近いと解った一同。


然し、マクムス氏は、敢えてKに。


「どちらが、近道なんでしょうか」


すると、当然の様に。


「見ての通り、先に説明したルートだ。 干上がった河を行く方が、道のりは三分の一ほどで済む」


「では、其方を行くのですね?」


“一応の確認”と、マクムス氏は聴く。


処が、肉の塊を見下ろすKは。


「まぁ、・・どうしても行くと成ったら、迂回の道を、だな」


と、彼は言った。


皆、Kを見て固まった。


ちょっと驚き、それから怪訝な顔と変わるマクムス氏。


“危険を潜り抜けてから、時間を掛けて迂回とは?”


こう言おうとする。


だが、Kが徐にナイフを手にして、肉の塊の一番上に刺すと。 そのナイフを親指と人差し指で摘み、ツツ~と北北東の祠の手前まで切りながら。


「この・・・、今切った辺りにな。 〔アンダルラルクルの八獄〕と、そう呼ばれる難所の一つが在る」


覗き込んだゲイラーは、眉を険しくして。


「最短で行くなら、それを横断する必要が出て来るな」


「正に、その通りだ」


肯定するKに、ポリアから。


「ねぇ、ケイ。 〔八獄〕ってさ。 さっき、みんなが言ってたけど…。 “ナントカ沼”とか言ってたのが、そう?」


「あぁ、そうだ」


「そんなに危険な場所が一杯在るのに、サーウェルス達が…」


思わず言い掛け、マクムス氏の前だからと口を噤む。


然し、最悪の結果としても、マクムス氏はその場所の情報が知りたいので。


「ケイさん。 その場所とは、一体どんな場所なんですか」


と、問う。


〔八獄〕と聴けば、何か危ない場所なのだろうと、黙りこくるポリアやゲイラー達。


皆の沈黙が、腕組みして立つKには、一種の‘覚悟’に見えた。


「そうだな・・。 大まかでいいから、想像してくれ。 見た実感としてだ。 河の幅が・・ざっと、この宿が百軒ぐらい在る、大河が存在するとしてくれ」


のっけの話で、目を丸くしたダグラスが。


「ひゃ・百軒って、デっカイ河だな…。」


みんなが、それだけでも想像が難しい。


なのに…。


「その大河の周辺は、直ぐに霧に包まれる。 だが、それは眼くらまし。 その場所の恐ろしさとは、大河の中が全て、骨で埋め尽くされている」


Kの話を聞きながら、河幅に驚いて喋っていた者も。 そして、聞いていた者も、時間が止まった様に成る。 そして、また次第に互いが互いで見合う。


ゲイラーは、


「ホネ・・? あの、俺等の身体の中に在る、骨か?」


と、確かめる様にKへと聴く。


しっかり、一つ頷くK。


「そうだ。 此処こそ、神と悪魔の戦った古戦場にして、夥しい者が亡くなった。 〔屍渓谷〕《しかばねけいこく》と云う場所だ。 この話は、古代の文献に出るんだが…」


“魔王を倒す為に、山に向かった兵士や魔法遣いと云う、戦人の群れが。 魔王の放った地獄の劫火で、瞬時に、骨と成るまで焼き殺された。”


「と、書かれ。 実際、その骨が大河を埋め尽くすほどに遺る、最悪の戦場の一つ。 地獄の劫火に冒された躯が、暗黒の力に呪われ続けている為か。 絶えず、永久に、死霊モンスターを生み出す、ある種の子宮と成っている」


“大河を埋め尽くす骨”


こう聴いたゲイラーは、恐ろしい場所だと想像し。


「魔王の劫火・・な」


その横では、怖いと直感したダグラスが震える素振りをする。


二人を見たKは、話を続け。


「河の周辺は、見た目は薄くも、実際は濃度の高い瘴気(しょうき)を含む霧が、常に立ち込めていてな。 知らない奴が行ったとしたら、その河に入った事を知る時は、足場の骨を踏んだ時だ」


誰もが空恐ろしいと黙り。 僧侶や神官の者は、とても歩けたものでは無いと顔を歪める。


僧侶が恐れる理由は、Kも良く解る。


「闇と魔の力が、強い場所だからな。 気力をしっかり張り詰めないと、高位の僧侶ですら動けなくなるぞ」


“骨の河”を想像するポリアは、それだけで身の毛がよだつと。


「僧侶じゃ無くても、ふ・普通でも・・おかしくなりそうね」


と、感想を漏らし。


その話に、気分がまだ悪いボンドスやキーラは、滅入る様に頭を抱える。


そして、Kも。


「・・だな。 俺も、此処に行くのは、ぶっちゃけて気が引ける」


と、簡単に言ってくれる。


然し、其処へマルヴェリータが。


「そんな恐ろしい場所なんて、僧侶だけじゃない。 私達、魔法遣いだって気絶してしまうわ。 オーラの感受性と云う部分では、魔術師だって強く影響を受ける…」


怖がり震えるダグラスが、


「迂回・・迂回で決定だ。 そんな所に行ったら、流石のサーウェルス達も生きて無ェってよ」


と、思わず言ってしまう。


だが、険しい顔のフェレックが。


「バ~カ。 遺体の回収も、仕事の内容に含まれる。 其処に在ったら、回収はアウトだっ」


一同が、ゾッとする光景を想像しただけで、尻込みする事に。


その中で、テンガロンハットを被るイクシオが。


「リーダーさんよ」


「ん?」


「その・・〔屍渓谷〕って云ったか」


「あぁ」


「その場以外の、〔八獄〕って呼ばれた場所ってのは、他にどんな場所が在るんだ?」


こう問われて、何故か黙るK。


ビビって居る一同の中でも、弓を傍らに置く紳士風体の狩人のレックが。


「此処まで来たら、語らずとも地獄を味わう。 どうせだ、ケイ殿。 全て話しては如何か?」


「・・ま、“知らない”と文句を言われても面倒だな」


一人、そう納得するKは肉の塊の前で、湯気も上がらなく成った肉の塊を“斜に構えて”見下ろすと。


「ハッキリ言って、〔八獄〕ってのは。 この広大なアンダルラルクル山の中でも、最もオッソロしい場所を抜き出しに過ぎない。 先ず、森を抜いたこの連山の地域だけで、ホーチト王国以上の土地が在ると云われる、アンダルラルクル山だ」


それを聞いただけで、皆が目を見張ったり、驚いたり。


その中でも、太った僧侶のハクレイが。


「そんなに、広域な山地なんですか…」


と、まだ少し弱った声で小さく呟く。


その様子は、怯えながら驚いている様だが。 その後にKをチラ見した姿には、何処と無く聴きたく成る、と云う雰囲気も覗けた。 やはり、僧侶で在るからか、亡者の居る場所の事を知りたいと思うのか。


「さて、この全域が危険極まりない場所なのは、基本的な現実だ。 然し、その中でも特に、極まってモンスターの種に偏りが在り。 その数の多さや、ヤバいぐらいに危険性が高過ぎる場所が、俗に言われて名勝地の様に成った〔八獄〕。 〔襲撃峡谷〕、〔亡却古都〕、〔闇沼〕、〔幽幻ヶ原〕、〔屍渓谷〕、〔大樹海〕、〔竜巣〕、〔地獄洞穴〕。 この八つが、最も危険な場所と成る」


此処で、甥と云う義理の息子を助けに来たマクムス氏は、まるで絶望する様な顔で。


「〔屍渓谷〕とは、何故に‘渓谷’と? そんなに蛇行したり、急流の同様に深く掘り下がった場所も在るのですか? 河幅を聴くと、真っ直ぐな大河に聞こえますが?」


「まぁ、さっきの説明なら、そう思うだろうが。 この場所を横断するってだけなら、河口を行くのが一番最短で。 また、この面子を連れて行くとしたら・・と考えると、無難な場所を選ぶ事に成るンだから。 河口の説明だけじゃ、河全体の様子など全く解らないわな」


Kの話を聞いた神官にして、重い武器も扱える戦士のセレイドが。


「リーダーよ。 貴方は、もしやそんな危ない場所を見て来れたのか?」


と、驚く様に言えば。


フェレックの仲間のイクシオが、


「そんな危ない渓谷を遡上する意味なんか、普通じゃ有り得ない」


と、続けた。


だが、Kの態度は、怯える皆とは違い。 何処までも、覚めていると云うか、冷静で居て。


「祠を回るだけなら、遡上の必要なんてネェさ。 然し、〔竜巣〕や、〔地獄洞穴〕に行くには、〔屍渓谷〕を遡上する様に登るのが、一番早く解り易い。 だから、行くと解るが。 登れば登るほどに蛇行した河の対岸が、鋭く切り立った崖だったりするんだ」


するとポリアは、その気になる一カ所に気を向けた。


「センセー、〔竜巣〕って、ドラゴンがウジャウジャ居るとか?」


「違う。 〔竜巣〕は、風の神竜で在るブルーレイドーナの巣だ」


「ブルーレイドーナっ」


「あのブルーレイドーナかっ」


一同が、〔ブルーレイドーナ〕の名前を聞いては、また大いに驚く。


驚く皆の中からフェレックは、


“過去には、人の居る街を襲った事も在る”


と、云い伝われるドラゴンの名前だけに。


「ソイツは、過去に街を幾つか滅ぼしたって云う、あの‘悪竜’か?」


と、問う。


だが、フェレックの物言いを聞いたKは、何処となく詰まらなそうな態度をして首筋をさすり。


「人間に仇を為した、と云う事だけでよ。 相手をそのまま‘悪’とするのが、人間の一番に悪いクセだ」


Kの言い方は、フェレックの言い方と温度差が在る。


「何だ、それは?」


フェレックは、直ぐ様に聞き返す。


「お前、頭が悪過ぎるぞ」


「何がだ?」


「今、ブルーレイドーナが街を襲うか? 何故、原因が向こうにしか無いと、そう想う?」


「それっ・は…」


言葉を詰まらせるフェレック。 言い返すだけの情報を持ち合わせないのだ。


すると、一人で沈んだ様に成るマクムス氏が。


「その昔…」


と、突然の様に口を開く。


皆が、マクムス氏を見ると。


「嘗て、我々の先祖が、“人は万物”と傲り。 地上に在る、あらゆる力を欲した時があります。 そして、ブルーレイドーナの子供を攫い。 その風の力を我が物にしようと、殺めた…。 そんな過去が、実は在るのですよ」


と、重々しく語る。


「‘殺めた’って、・・ゲェっ!」


流石に、自己中心的で自信家のフェレックでも、それは恐れ多い。 気のフレた行為だと、認識と同時に驚いた。


襲われる経緯を知るゲイラーは、眉間を険しくして。


「正に、‘代償’・・だな。 バカは、嘆き悲しむぐらいの痛みを持たないと、遣った大罪の意味が解らないってヤツだ」


皆、人間の歴史に刻まれた負の罪を知る。


だが、やはりKだけは、サバサバした様子にて。


「そんな事で、一々凹むな。 人間の遣って来た罪は、善なる行いと同じぐらいに深く。 そして、ド汚い。 権力を持ったバカ、ちょっとばかり人を超えたと自負したバカ、無知で我が儘なバカ、自分の想いに傾倒して現実が見えないバカ。 色んなバカが、常に沢山居る」


と、言ってから。


「なぁ? 大司祭様よ」


話を振られたマクムス氏は、今回の依頼もまた、危険を省みない‘自殺行為’と悟る。


「そう・です・・な」


沈むマクムス氏が黙り、その様子を迎え一同が黙った。


この沈黙は、Kにキリの良さを見せる。


「・・その他の場所は、旅の途中で教えよう。 とにかく、明日から我々は、そうゆう危険な場所が在る山へ、仕方無く向かう事に成る。 モンスターとの激戦も、容易に想像する事が出来るほどだ。 死んでも、泣くなよ」


皆、緊張感を保って、冷めた肉の塊を見る。


皆の雰囲気を読んだKは、覚悟は持っただろうと思い。 本当に必要な話を、と。


「ついでに、これも本題だが。 戦いの中で、傷ついた場合は無理するな。 直ぐに下がり、僧侶の手当てを受けろ。 全員が皆をチームと思って、全て行動する事が大切だ」


こう聴いたシスティアナは、マルヴェリータとポリアの手をキュッと握る。


(システィ…)


ポリアとマルヴェリータが、少し冷たいシスティアナの手を感じる。 多分、緊張感と恐怖を覚えているのだろうと、直ぐに解った。


然し、自分達も同じ。 システィアナの不安を和らげるだけの、体温と云う温もりが在ったかどうかは、解らない。


だが、そっと握り返した力には、


“一緒に生きて、戻ろう”


と、真摯な気持ちは込めたつもりだ。


さて、此処まで話をして来たKは、最後に。


「尚、大怪我をして、途中で祠に残さなければならない場合。 傷を塞いだ後は、一緒に誰かを残す。 それは、実力ではなく、安心を優先する。 だから、個々に相手を決め合ってもいいぞ。 それから、お開きにする前にもう一度。 薬や持ち物の効能を復唱をするから、再度確認してくれ」


と、Kは薬の効能確認をざっくり語り始める。


然し、全ては前に書いた一同だ。 早速、ゲイラーの周りでは、皆がもうチームと成り始めているのか。 ゲイラーのチームのセレイドが、フェレックのチームのイクシオに残るのを頼んでいたり。 ポリアに、ダグラスが残る役を買ってやろうと。 纏まりが、結束に変わりつつ在る。


その様子を見て、


(これが、本物のリーダーなのか。 俺には、こんなリーダーは無理・・かな)


と、ゲイラーは想う。


今、Kに対しては、尊敬の念さえ感じていた。 自分に、その要素が在るか。 強さを示す以上に、仲間の安全や依頼・旅・状況を見て。 現状を把握して、的確な指示をする司令塔とは、自分が成れないと想う。


そんな風に考え込むゲイラーの元に、システィアナがトコトコと来て。


「ゲ~イラ~さん」


「おぉ! システィ、どうした?」


「わたしがぁ~けがし~たら。 ゲイラ~さんが、のこってく~れま~すかぁ~?」


大変重要な質問をされた気分のゲイラーは、直立して敬礼し。


「はぁっ、ゲイラー残りますっぅ」


と、言って返す。


一方、視界の目の前に、筋肉の壁が突然現れてしまい。 フェレックは、語るKが見えず。


「デケーのっ、座れっつ~のォっ!」


と、怒鳴った。


・・が、効果は無かった。


その中で、マルヴェリータは、ポリアに。


「残ってくれる?」


すると、ポリアも。


「お互い様々よ。 どうせ、足を引っ張りそうなの、この中じゃ~私達が一番なんだもん」


「だわね」


別のテーブルでは、手斧を背負う禿頭のボンドスが、似た様な年頃のイルガに。


「なぁ、アンタ。 俺の時は、残ってくれるか?」


イルガは、Kが居るから安心が出来る。


「いいぞ」


すると、ボンドスも。


「アンタの時は、俺が残る」


「心得た」


と、約束し合う。


さて、皆が大体の確認をする頃。 復唱を終えたKは、宿の旦那さんに合図して。 待たせた料理を女将に運んで貰いながら。


「さ、明日からは気が抜けない。 しっかり食って、しっかり寝ろ」


こうして、夜の食事が始まった。


山に見立てた肉の塊は、実は2つ在り。 冷えた肉を温め直す間に、熱々のもう一方が出され。 肉好きを喜ばせる。


そして、何だかんだといっても、やはり冒険を求めた者同士。 話に花も咲けば、色んな話が飛び交った。 酒を控えるのが惜しかったが、今回はそれで迷惑を掛ける訳には行かない。


更け行く夜の空に、星が輝きを増し始めた頃合。 全員が薬湯と云う苦いお茶をシメにして、眠りに就いた。


いよいよ、森に入る時が迫った。 明日からは、誰一人として気の抜けない場所に踏み込む。 先に入ったチームの一行は、生きているのか。 それが、何よりの気がかりであった…。

御愛読、有難う御座います。


続きは、4月20日頃に。

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― 新着の感想 ―
[一言] お帰りなさい!そして更新ありがとうございます…! 最近悲しいこと続きでしたが久しぶりにウキウキできました また最初から読み直します
[一言] 嘘かと思いました。もう、続きを諦めてました。 帰ってきてくれたのですね。嬉しいです。最高です。 しかも大量のボッリュームで、読み応えもバッチリです。 有難うございます。 素晴らしい世界をあり…
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