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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
204/222

第二部:闇に消えた伝説が、今動く

K篇改訂後の物です。 以前に書いた内容と、大きく変更は有りません。

      ‐ prologue ‐


クォシカの事件は、Kが解決に導いた。


彼と一時的に組んだポリアは、これでKと一緒の時間は終りだと思った。


仲間達ですら、いや・・。 Kですら、こんな未来の出来事を予測して居なかっただろう。


その、私を変えるもう一つの大仕事は、降り頻る雨の中。 斡旋所の遣いで来た男性によって、齎された。


           ‐ ポリアンヌ ‐



       一章


  【真の本物と、その他大勢】


  《その1.突発的な仕事。》



       ★


細かい雨が霧雨の様に絶え間なく降りしきる、深夜だ。 斡旋所の遣いが、受付から従業員に案内されて。 食堂の一角、バーカウンターで呑んでいたポリア達を見るなり。


「あぁ、居たっ」


と、声を出した。


“何事か”と、気を向けたポリアとマルヴェリータ。 二人は、仕切りの低い壁に、鉢植えの植物を入れて。 食堂とバーを区切る狭間から、此方を見た男を見返した。


(あれ、彼って斡旋所のマスターの所に居る…)


(受け付けでマスターの手伝いをしてる人よ)


確かに、ポリアも、マルヴェリータも、現れた男性を見知っていた。 二人が見た彼は、斡旋所の大柄なマスターの手下にて。 常にバンダナを頭に巻いている、三十代の人物と。 マスターが日雇いで遣っている、十代の若者の二人で在る


一方、斡旋所で働く二人の男達も、一度見たら忘れない美女の二人を見るなり。 ズンズンと近付いて来て。


「おいっ!! 包帯男は、一緒に居るかっ?!!」


と、問うて来た。


ポリアとマルヴェリータの前に来た二人は、頭から靴辺りまでの黒い雨具を着た姿ながら。 全身ずぶ濡れで、かなり焦った様子を見せる。 遣いの二人の顔は、今にも怒鳴りそうな程に厳しい表情をしていた。


そんな様子に、ポリア達二人の方が驚いて。


「えぇ・・、上で寝てるわ」


と、言うのが精一杯のポリア。


マルヴェリータは、グラス片手に。


「どうしたの?」


其処へ、トイレに行っていたイルガも戻り。


「斡旋所の働き手か。 こんな雨の夜更けに、なんか在ったのか?」


と、続く。


バンダナを巻いている使いの男は、案内して来た従業員に向かって。


「おいっ、包帯男の泊まる部屋を教えてくれ」


と、勢い良く迫った。


従業員の片腕に掴み掛かった様子からしてやはり、この二人はかなり焦っている。


「あ、あぁ…」


対応に困る若い従業員。


彼と目が合ったポリアは、直ぐに頷いて返した。 自分の賛否はどうでも良い、と伝えた形になる。


「でっ・では、彼方でお待ちを…」


従業員に従って、遣いで来た斡旋所の男性二人はロビーで待つとし。 ポリアへは、何も語らずのままに。 一旦、受付の方に戻って行く。 だが、受付やロビーの在る方へ行く途中で、階段を上がって行く従業員を立ち止まって目で追った。 


慌ただしい登場をした二人の男性に、ポリア達は意味が解らない。


「いきなり何よ…。 説明なし?」


やや不満げに言ったポリア。


赤いカクテルの入ったグラスに口付け、優雅に傾けたマルヴェリータは、口を離すや。


「ポリア、一緒に行く?」


と、問うた。


「ん~~、用事の相手がケイなら、彼の考慮次第・・・じゃない?」


ポリアの意見には、マルヴェリータやイルガも、直ぐに納得する。


一方で。


まだ、食堂の方にも、数名の遅く来た客が食事をしていて。 慌しい様子を醸したこっちをチラチラと見て来る。 ポリアとマルヴェリータの美貌で、その見られる間が伸びたのは、仕方ない事だろうが…。


さて、従業員がKを呼びに行ってから、少しして。


「おいおい、夜中だぞ。 寝てるのに、何事だ?」


と、包帯を顔に巻く男が現れた。


黒く襟の高いコートに、黒皮のズボン姿で現れたK。 髪は、やや前髪が長く。 眼、鼻、口、耳以外は、包帯で隠された顔。 一目で、怪しき人物のように見える。


然し、この人物は、冒険者としての知識・剣や武術の腕前・経験の幅広さは底なしで。 ポリア達も、Kの力量を把握などし切れない。


そんな、不思議な男のKだが…。


Kをバーの前で待たせ、従業員は使いの男達を呼びに行く。


眠たそうにしていたKだが。 斡旋所の働き手が来るなり、Kに近づいて耳打ちをする。


Kは、ずっと自分を見ているポリアを此処で見返した。


“Kの目つきが変わった”


と、其処で見知ったポリアは。


「行くの?」


と。


Kは、使いの男達を見てから。


「どうやら、マズイ事態らしいな。 行った方がいい」


「私達は?」


期待無しに、一応は聴いてみる。


だが…。


「いや、今夜はいい。 それより明日は、斡旋所で俺をチームから外しておいてくれ」


僅かな期待が外れたと察して、ポリアは頷くのみ。 流石に、この状況から無理矢理に、


“まだ、私がリーダーなんだから、話を聴く権利ぐらい在るわ”


なんて言うのは出来ない。


さて、Kが一緒に来てくれると為った事で。 斡旋所からの遣いの二人は、厳しかった表情が幾らか解れた様で。


「お願いします」


と、Kに頭を下げる。


だが、K本人は、やはり覚めた雰囲気のままで。


「ま、全てを判断するのは、話しを聞いてからだ。 行こう」


と、二人の男達を動かす。


Kを連れ立って、使いの男性二人は外に出た。


それを見届けたポリアは、ちょっとふてくされた表情からワイングラスを持って。


「“ケイにだけ用事”って訳ね。 今回の仕事に関しての事じゃ~無いみたい。 でも・・、話って何だろうね」


マルヴェリータは、何故か黙っていた。 あの二人の遣いが現れた時から、どうも嫌な感じがしたのである。


その時、ポリアより席を二つ離した壁際にて。 睡魔に襲われていたシスティアナが、カウンターに凭れ込み。 つまみ皿を揺らして、ワイングラスを零しそうに成った。


「わ゛っ、シっ、システィっ」


驚いたポリアだが、どうやら‘寝落ち’た様子である。 ク~ピ~と寝息を立てていたシスティアナ。


「戻った今日じゃ、疲れちゃうのも仕方ないか」


もう夜は遅いと思い。 ポリア達は、取った部屋に帰る事にした。


だが、その夜に降る雨は、一時激しく降ったりして。 その雨音は、ポリア達を深い眠りへ誘った。


そして、Kは宿へ戻って来なかった…。


         ★


そして、次の日の朝。 いや、昼が近い頃に起きたポリア達。


「ふあぁぁ~~~、良く寝たわ」


起き抜けにしては、本日は珍しく血色の良いマルヴェリータ。 もう元気なシスティアナと、先に起きて待っていたイルガを含め。 お腹を満たそうと、一階の食堂へと降りて来れば…。


‘愛想’と云うモノが、微塵も無い宿の主人がやって来て。


「オイ。 昨日に消えた包帯男の荷物は、一体どうするんだ? 背負いのバック一つだがよ。 今日中には、取りに来て欲しいんだがな」


その主人は、40過ぎの太った男だが。 どうも目つきはイヤミったらしく、言動までいい響きに聞こえない。


然し、この主人とポリアは、前に一度この宿を利用した時に、一悶着を起こしていた。 この主人は、云わば代理の主人。 雇われの身なのに、ポリアを初めて見て一目惚れしたのだろう。


“今夜、俺と一晩中仲良くするなら、永続的に宿代を割り引くぞ”


と、エラい熱量で絡まれた。


身体を売るポリアでも無いから、そこは潔癖の性質から怒声を張り上げての大ゲンカ。 相手の主人も、キツい言葉で罵倒されては、立場も在るから逆上する。 役人を呼ぶか、否かの騒ぎに成った。


ま、その喧嘩は、この宿を含めた3つの質の違う宿を束ねる商人が収めた。 問題は、マルヴェリータの存在である。 このホーチト王国最大の商人の一人で、こんな事を父親にでも知られたらとんでもない。


だが、その経験が在ってか。 一度、酷い口論をしたからと、向こうも随分な強気の言い方をする。


実の処、この宿の仮主人の起こす不手際は、それだけに留まらないが。 首をすげ替えないのには、何等かの理由が有るのだろう。


ただ、起き抜けで言われたものだから、ポリアもムスっとしてしまった。


「あ、そう。 食事が終わったら、引き払う時に持って行くわよっ」


ぶっきら棒に、嫌悪感を混ぜて言ったポリア。


Kの様な者が相手なら、殊勝な気持ちにも成り。 言動も、自然と何処か丁寧に成る事も現れるポリアだが。 この主人が相手では、彼女の素直さを引き出すのは無理で在ろう。


一緒に居たイルガも、主人の言い草に棘を感じた。 この主人、自分の宿に野菜や果実を納める相手の大商人の娘が、この脇に居るマルヴェリータと解っていないと見た。


(恐らく、言えば床に平伏す結果に成るだろうな。 以前も、宿を商う商人がマルヴェリータを見て、腰を抜かし掛けたからな)


然し、マルヴェリータは、父親を頼る様でそれを嫌ってしない。


(ま、知らぬが幸い・・か)


マルヴェリータの家だけでも、この主人には恐れ入ってしまう存在だろうが。 ポリアの家の存在は、それを超える恐れが在る。


黙ってポリアに従うイルガは、引き下がる代理主人を片目の視界にだけ入れていた。


さて。 気分も悪いが、広い食堂の一角に一同で座ったら。


「あ、帰ってきた・・」


従業員の若者がテーブル席に座るポリア達に、水挿しとグラスを出そうとしていた処で。 違う方向を見ては、そう言うものだから。


ポリア達も、一斉にロビーの方を見れば、Kが階段で上がって行く所である。


「ケイが、帰ってきたわ」


「真っ先に上ですな、お嬢様」


「うん」


ポリアとイルガの話に、マルヴェリータとシスティアナは黙ってしまう。


仕方無しに、注文を決めて従業員に言う時。 Kが置き去りにした荷物一つを手にして、下に降りてきた。


ポリア達の視線に気付いたKは、ポリア達の元に従業員と入れ替わりで来る。 近くに彼が来れば、衣服がまだ濡れていて。 包帯も、幾らか濡れていた。


「お帰り・・で、直ぐに行くの?」


ポリアから問われ、頷くK。


「あぁ。 ちと、急な仕事になりそうだ。 今夜は、協力会の館に泊まる」


と、云うなり、Kは踵を返して。


「お前達」


「?」


「もう、逢う事も有るかどうか解らんが。 ま、元気でやれ」


こう残したKは、さっさとロビーへ歩いて行く。


「え?」


あっさりし過ぎた別れに、ポリア達はポカ~ンとしてしまった。


昨夜の食事中では、Kは旅を急がずに。


“ラキームの事件がどうなるのか、それを見定める”


と、こう言っていた。


それを聴いていただけに、気の抜けた食事になった。


食事を終えて、宿を引き払う事に為ったポリア達。


外に出れば、まだ弱い雨が続いていて。 近場の古着屋に寄って、切れたり汚れたりした衣服を新調する。


「春だから、陽が出ないと肌寒いね」


今日は寒いし、風も冷たいので。 傷の目立つスカートを下取りにして、青のタイトで長い革ズボンを買い穿き。 上着も、白い長袖の物に買い換えたポリア。


イルガも、赤いスケルトンとの戦いで、切られた厚手の上着やズボンを下取りにして。 深緑色の丈夫な生地のズボンに、革のベストと襟の有る黒のシャツに改める。


システィアナは、寺院が売る新しいローブを昨夜に買ったので。 洗って使い回す下着を買い換えたのみ。


一方、マルヴェリータは、厚手の紫のローブにフードまでしているのだが。 やや冷え性の彼女は、下に着る赤いタイトなワンピースを買ったり。 下着や靴下や手袋も新調する。 マルヴェリータは、気が向くと街に居る間は、ドレスやワンピースを着るのだが。 依頼を請けるとなると、ドレスローブを纏う。


さて、衣服を改めるポリア達は、Kをチームから外す為。 古着屋の店先で、薄いマント状の雨具を手に入れた。


「さて、斡旋所に行こう」


ポリアを先頭に、斡旋所〔蒼海の天窓〕に向かう。


そして、遣って来たのは、通りのカーブの先には、波がやや荒い海と船が停泊する港を一望する事が出来る。 街の高台に在る、〔冒険者協力会ギルド依頼斡旋施設〕。 通称、“斡旋所”とか、“協力会の館”と呼ばれる所で。 冒険者達が、正規の手段で仕事を請けおえる場所で在る。


今日の用事は、Kをメンバーから外すのみ。 次の仕事は、まだいいような気がしているポリア。


それだけ、数日前のクォシカの一件が衝撃的だったのだ。


処が、中に入るなり。 館の広い一階の壁に貼って在る、様々な依頼の張り紙を見ていた他の冒険者だったが。 その内の数名が、ポリア達に気付いた。


「おい、昨日の話って、アイツ等だろ?」


「あぁ、昨日の話しの奴らだ」


「オイオイ、ポリア達だぜ。 てか、あれって本当の話か?」


ヒソヒソ話が、彼方此方で起こっていた。 中央の円形カウンターに向かうポリア達は、様々な色眼鏡で見られる視線が痛い様な…。


(うわ~、なんか見られてるぅぅぅ…)


こうポリアが独り言の様に言えば。 横に居るマルヴェリータが。


(でしょうね。 事件を解決するまで、私達が向こうに居た側だもの)


この返しを聴いたポリアは、Kが抜けた後の事が心配になった。


さて、一階の受付事務の窓口となるサークルカウンターへ、ポリア達がやって来ると…。


「おう、どうした? 主人の話しを、アンタ達も聴く気になったって訳か?」


バンダナを巻いた男が、カウンターの内側からいきなりこう声を掛けてくるではないか。


彼しか一階に居ない場合は、館の主人の代理と云う立場であり。 一階の壁に貼ってある仕事の請負から、報酬の支払いも彼がする。


話の意味が見えないポリアは、先ずKのチームからの除名を頼んだ。


その作業が終わる頃。 また後から来た冒険者チームが居たようで、ドアが開き呼び鈴が鳴り響く。 雨音が館内に存在を教える様に聴こえ、何人かの足音がする。


すると、


「お~、ポリアじゃないか。 やっぱりそっちも、マスターに呼ばれたのか」


いきなりのドスの効いた、低くしゃがれた声がする。


ポリアは、その声に聞き覚えが有った。


「ん?」


ポリア達が見返ると、そこにはかなり大きなガタイの男性を先頭に、五・六人の男達が立っていた。 それぞれの顔は、互いに見覚えが在る。


そして、ポリアが先に。


「あら、ゲイラー」


と、筋骨隆々とした大男に呼びかけた。


「おう、元気そうだな。 聞いたぜ、オガートじゃ活躍したそうじゃないか」


嗄れた低い声をする筋骨隆々とした男を先頭に、男達が間近までやって来た。


目の前まで来た“ゲイラー”と云う大男に、ポリアは呆れや諦めを浮かべた顔をして見せて。


「事件を解決したのは、私じゃないわよ。 今、奥に居るかも知れないけど、顔に包帯を巻いた人が全部遣ったの」


黒い頑強な作りの上半身鎧を身に着け、背中には自分の背と同じ長さの大きな大剣を背負う大男のゲイラー。 彼の筋肉の素晴らしさには、頑強な体格のイルガでも“ただの子供”のようだ。


その彼が、ポリアの話を聴くと頷いた。


「おう、なるほどな。 それで、か」


と、意味深にこう言って返す。


「え?」


ポリアは、何の事かと声を発し。


マルヴェリータも、続いて。


「ケイが、どうかしたの?」


と、問うならば。


まだKを知らないゲイラーは、どうも面倒臭いと云う面持ちと変わり。


「ソイツさ。 俺達が呼ばれたヤマ(仕事)の、リーダーなんだよ。」


こう聴いたポリア達は意味が解らずに、皆で見合う中。


システィアナが、ゲイラーの前に進み出て。


「ゲ~イラ~さん、こんにちわ~」


すると、厳つい顔のゲイラーが、ピシッと起立をするかの様に立ち。


「ししし・システィ、こ・・こんにちわ」


と、緊張した顔になる。


「ゲ~イラ~さん、ケイさんは~チ~ムは作ってませんよ~」


システィアナが、のほほ~んとした物言いにて、Kの事を言うと。


大男ゲイラーは、ガッチガチに緊張した声のままに。


「ち・違うで~~~あります。 今回のヤマはぁ、ご~ど~チームのよ~であります」


と、急に可笑しな物言いをする。


ゲイラーの後ろに居る男達の中で、小型の斧を背負う中年のテッペン剥げオヤジが。


「おいおい、ゲイラー。 この嬢ちゃんに会うのは、今日で何回目だよ。 いい加減に、そろそろ慣れろや」


するとゲイラーは、敬礼したままに後ろを向き。


「ウルセエ・・・。 俺にとってのシスティの愛らしさは、神と一緒だ」


ゲイラーの話に、仲間の男達がガックリ呆れる。


近場で聞いていたポリアですら、彼のこの態度に呆れるばかり。


(アンタのバカさも、十分に神レベルだと思う)


実は、このゲイラーという男。 重量の在る大剣と云う武器を扱わせての腕は、確かなモノで。 この街に居る冒険者の中でも、三本の指に入れてもいいと言われる程だが…。 ポリア達がチームを結成した後。 在る仕事の後で、システィアナに怪我を治された一年前から。 自分の体格からすると、半分以下の少女の様なシスティアナに、ゾッコン惚れ続けている。 しかも、性格が見てくれより晩熟で、この通りなのだ。


ポリアは、このままではラチが開かないからと。 システィアナのフードを手繰り寄せて、彼の前に立つと。


「ゲイラー、話しがサッパリよ。 どうゆう事なの?」


システィアナが見えなく為った事で、ゲイラーは普通に戻り。


「それは、こっちも同じだ。 あのハゲのマスターが、お前の所に居た包帯男をリーダーにして。 俺のチームと、フェレックのチームの合同で、一仕事を遣って欲しいなんて言い出しやがる。 ポリアの成功した仕事の一件で、そうしようと思ったのかは解らんが。 相談無しで勝手に決めやがってからに、文句の一つも言いたくてな。 こうして来た訳よ」


処が、話を聴いたマルヴェリータは、腕組みして片目を吊り上げた。


「ハァ? 選りに選って、あのフェレックにですってっ?!! 呆れた。 まさか、マスターの気が触れたのかしら?」


一方のポリアは、両手を挙げてサバサバと。


「さぁ。 でも、ゲイラーのチームと合同なんて、それだけ凄い仕事なのかも」


腕組みするマルヴェリータは、態度を変えずして続けて。


「ま、一つ言える事は。 ケイのリーダーなら、誰も文句は言えないわね。 実力が、この場にいる誰よりも・・ううん。 この街の斡旋所を利用する誰よりも、全てが上で違い過ぎるわ。 あのフェレックに、ケイのリーダーなんて、凄く勿体無いわ」


この意見には、ポリアも納得の顔。


「まぁ、ね~。 ケイって、何でも出来すぎだもんね」


美人二人の言い草に、ゲイラーは少し表情を曇らせて。 堪らずに、二人の会話に割って入った。


「おいおい、随分な言われ様だな」


その後、ゲイラーの後ろに居た、若い男も前に出てきて。


「ちょっと、御二人さんよ。 幾らフェレックがあの性格だからって、言い方が酷くないか? フェレックは、確かに性格は最悪だがよ。 魔法の腕は、一人前だぞ」


新たに現れたゲイラーの仲間は、グレー掛かった髪を長く耳を隠すほどで。 見開かれた眼は、ちょっとやる気なさげで柔らかいが、なかなかに顔立ちの整った、印象的にも感じの良い青年で在る。 ポリアと同じサイズの中型剣を左の腰に佩いていて、皮の軽量鎧を膝まで身に着けている。 装備や体格からして、ポリア同様に普通の剣士に見えた。


然しポリアは、その男性を薄目に見返し。


「ダグラス。 それが、全然言い過ぎじゃないわ。 ケイをみんな知らないから、そう思うだけよ。 もし、ケイと一緒のチーム組んだら、誰も頭が上がらなくなっちゃうわよ」


“ダグラス”と呼ばれた若い男は、ややキョトンとした顔で。


「マジかよ?」


と、驚いた。


その時だ。


「おいっ! ゲイラーっ。 来たならさっさと上に上がって来いっ。 フェレック達は、もう先に来て待ってるぞ!」


二階から主人マスターの声がする。


言われたゲイラーは、上の一角にだけ在る二階を見上げて。


「ん? マスターの奴、珍しく怒ってるのか?」


剥げた大男のマスターの声が、何時もよりも強く刺々しい。 言い方が険しい事に、気を奪われた。


脇に出たダグラスも、二階を見上げ。


「用件が在って呼び出した割には、何か珍しいな」


だが、まだ若く、冒険者としての知識や経験が無い為か。 我が儘とも言える様な事を言う時が有るポリアは、マスターに叱られるのは毎度の事。


「アタシなんか、毎回怒られるか、どやされてるからなぁ。 ぶっちゃけ、な~んも思わない」


この様子に、ゲイラーのチームにも、笑いが起こった。


ちょっと和んだゲイラーのチームが、一階の右奥に在る。 “くの字”階段に向かった。


すると、此処でポリアも、カウンターで自分達の事を言っていたので。


「ね、着いて行ってみようか?」


と、仲間に言う。


マルヴェリータは、それはまた叱られる事に成りはしないかと心配し。


「ケイが抜けたら、私達に用は無いんじゃない?」


すると、怒られ慣れたポリアは、


「ま、怒られたら。 とっとと降りよう」


と、勝手に決める。


懲りないポリアに、マルヴェリータは呆れ。


「ポリアも、ホ~ントにオバカチャンね」


「う゛っ、それは言わないでよ」


Kに付けられた様な渾名に、苦々しい顔をしたポリアだが。 話だけでも聴いてみたいと思うポリアは、ゲイラーのチームの一番後ろから、こっそりと着いていった。


此処で、説明しておくと。 この事は、この斡旋所〔蒼海の天窓〕に限った事では無いが。 大きい都市の斡旋所には、前部屋と本部屋とか。 一般と上級の依頼とで、区別されて呼ばれる二つの受付が在る場合がある。


この斡旋所で言うなら、一階はさほどの難事件と思われない仕事の依頼が中心であり。 二階で請ける仕事は、難易度の高い仕事なのだ。 二階の仕事は、駆け出しのチームなどには決して回らない。 実力差で失敗されても、依頼主より協力会へ非難が出るだけだし。 死人が出るのは、協力会としても意味の無い仕事の遣らせ方なのだから。


但し、前回のポリア達が、Kを加えて遣った様に。 駆け出しの仕事だからと言って、裏をほじればとんでもない大事に繋がって居る・・なんて事も在る。


詰まり、その辺りを含めて依頼をこなせる者こそに、上級の依頼は拓かれて行く。


ま、その辺の事は、追々に綴るとして…。


この街で1年以上もチームを組むポリア達も、二階を見るのは初めてだ。 黒い木の床は、光沢が栄えている。 一階に比べると、三分の一程の間取りに、向かい合って座れる長椅子と、長いテーブルは、左右それぞれに四列ほど。 そして、この部屋の北側の壁際には、観葉植物の植木蜂に囲まれた、バーの様なカウンターが在り。 長椅子やテーブルの在る場所とは、鉄格子の仕切りで区切られて在り。 そのバーカウンターの向こうに、あの剥げた大男の主人が居た。


さて、壁に灯されたランプの明かりで、ポリア達を見るなり主人は。


「おいっ、ポリア達も来たのか? 俺は、お前たちを呼んで無いぞっ」


と、その声は鋭い。


「あは、やっぱり・・・ダメ?」


ポリアが、苦笑い顔で言う。


すると、一番カウンターに近い、右側のテーブルの列に座っていた男達の一人が、スクッと立ち上がった。


「待て、マスター。 ポリア達も一緒でいいじゃないか。 こっちは、アンタのふざけた呼び出しに、わざわざ来てやってるんだ。 駄話を聴く間くらい、極上の美人で眼の保養ぐらいさせろよ」


と。


そして、その一人の物言いに、テーブルに就く男達がドッと笑った。


その注文を付けた男は、マルヴェリータと同じ魔法遣いなのか。 刺繍の立派な、コート風の蒼いローブ姿で杖を持っている。 長い金髪がローブの背中に流れて、フードを隠すほどであった。


先に上がったゲイラー達が、その男達のテーブルと真ん中の通りの隙間を挟んだ、左のテーブルに座る。


此処で、リーダーで在るゲイラーが。


「なぁ、マスター。 今回の仕事のリーダーに成るのは、ポリアのチームに居る男なんだからよ。 仲間のポリア達も、話を聞く権利が有ると思うがな」


この意見にマスターは、鋭い視線をゲイラーに返し。


「もう今、下で除名作業をしたんだろう? それなら仲間でも無いポリア達に、用は無い。 聞かせるだけ、無駄な話だ!」


と、怒る言い方で突っぱねる。


(ねぇ、ポリア・・。 ちょっと、ヤバくない?)


遣り取りを聴いていたマルヴェリータは、今日の主人の怒り様は、何時もの叱りとは明らかに違っているのが解る。


(だね、退散しよう)


同じ感覚を抱いたポリアがこう言うと。


また、右のテーブルを前にして立ち上がっていた魔法遣いの男が。


「ちょい待ちだぜ、マスター。 ポリア達は、仕事に来ないのか? なら、俺等は行かないぞ」


と、言い出した。


すると遂に、主人がその我儘男に向かって本気で怒鳴る。


「フェレックぅっ!!!!! ふざけるのもいい加減にしろよ! 今回の仕事はポリア達はおろかっ、貴様等が束でも当たれるかどうか判らない大仕事なんだぁっ!!!!! この館の主人の俺をっ、本気で起こらせたいのかぁっ!!!!」


一階にまで響き渡る、凄まじい怒声である。 “フェレック”と呼ばれた魔法遣いの男は、その声の大きさ云々と云うより。 主人の気構えに驚いて、そのまま黙った。


そして、その時である。


「マスター、もういい。 今ので、コイツ等の力量の判断が出来た」


と、声が上がった。


ポリアは、Kの声にハッとした。


いや、それはポリアだけでは無い。 マスター以外のこの場に居た全員がハッとして、カウンターの横の三人掛けソファーを見た。


其処には、包帯を顔に巻いた男が優雅に足を組み、背もたれに左腕を預けて座っていたのだ。


(げっ、ゲイラーっ!!!)


ダグラスが、瞬時に小声で言う。


(あぁ・・見えなかった…)


ゲイラーは、それ以上言えなかった。 この話す二人のチームの正に目の前に、この包帯男が居たのだ。 なのに、声が聞こえるまで、全く見えていなかったのである。


また、


「お・おい・・お前、誰だ?」


Kを見てこう言ったフェレックも、今まで居たこの場に、包帯男が居たと認識していない。


まさに、誰もKの姿が見えていなかったのであった。


「おい、ケイ…」


主人は、包帯男に声で縋るような素振りだ。


処が、Kは静かな物言いで。


「いいか、マスター。 合同の仕事なんて、年でも矢鱈滅多に在るものじゃない。 依頼に対して二つ以上のチームを用意する意味は、一つのチームでは到底手に負えない仕事だからだ。 それは、それだけの危険と、仕事に対するチームの実力評価に差が在る事を意味し。 それと同時に、今すぐと云う緊急をも要するから、組む遣り方なんだ」


と、言ってから、フェレックを細めた目で見ると。


「こっちのリーダーの男は、そこが全く解ってない。 然も、愛玩動物か、飲み屋の綺麗処の代わりの様に、実力の伴わないポリア達を巻き込もうとする。 この態度を見る限り、仕事に向かっても使えない、ポリア達以上に無駄な奴らだ」


Kの話を聞いたポリアは、フェレックを見た。 自信家で、魔法の力が強いことを自負して止まない男…。 そして、


“マルヴェリータは自分にこそ相応しい女”


と、言い張って、ずっと熱を上げる一人である。


このフェレックは、まだ三十歳ぐらいのインテリ然とした長身の男性だ。 自信家らしく、傲慢気の見える鋭い眼を尖らせて、Kに怒った。


「キサマぁっ。 一体、何様だっ!! この俺様を‘無駄’呼ばわりをするだとっ!!!」


然し、フェレックが怒っても、全く恐れる気配が無いKで在り。


「フン」


と、鼻先で軽く笑ってから。


「ゴミは要らん、と云う事を前提に話してやる。 今回の、お前たちが集められた理由となる仕事ってのは、な。 此処から北北西に在る魔の森、〔マニュエルの森〕を抜けて。 モンスターの巣窟と化した山、〔アンダルラルクル〕に入り。 仕事に向かったまま行方不明になったチーム、“グランディス・レイブン”の僧侶、〔オリビア〕を救出しろと云う内容だ」


「え゛っっ?!!!!!!」


「なんだとっ?!!!!」


「・・・」


一斉に、テーブルの彼方此方から声が上がり、誰もが驚いた。


Kは、皆を見ながら続けて。


「ま、知ってる奴も居るだろうが。 オリビアとは、この主人の一人娘で。 全く、斡旋所の主人と云う立場を横に置いて、親馬鹿も甚だしい依頼を持って来やがった訳さ。 あの森や山に入る事自体が、既に命懸けなのに。 テメェ等みたいなふざけた気持ちの馬鹿をよ、遠足に行くみたいにゾロゾロと連れて行ける訳ないだろう?」


処が、ポリアは二階の中ほどまで進み、Kに切り返す様に。


「ケイっ、私達・・見てるの。 ケイを紹介された日っ、そのチームを見てる!」


そう、あの日。 マスターに呼び出されて此処に来た時。 紅い鎧を着た男をリーダーとした、チームの一団を見ているのであった。 あのチームが、その行方不明のチームなのである。


主人は、唸るように。


「そうだ。 丁度、ポリア達と入れ替わりだったな」


ポリアは、主人に向かって。


「じゃっ、サーウェルス達がしくじったの?」


「………」


主人は、何故か黙る。


剣士〔サーウェルス=オフネリット〕が率いるチーム、〔グランディス・レイブン〕は。 このホーチト王国を拠点にするチームでは、現役最強のチームだ。 そして、もう陸続きながら、左右と北の三ヵ国を跨いで冒険をしている、勇名高いチームであり。 去年は、モンスター討伐に於いて目覚ましい功績を挙げ。 国王に謁見までしている。


さて、このチームの女僧侶“オリビア”は、リーダーの大剣士サーウェルスとは恋仲で、主人の一人娘なのだ。


主人曰く。 あの日、ポリア達とKが初めて出会う時だ。 Kに、ポリア達を呼び出した旨を伝えていた為に、席を外していた主人。


その主人が居ない間に。 或る仕事の依頼を持ってきた村人と、サーウェルス達が一緒に現れた。


この村人が持って来た依頼は、内容が只の薬草探し。 然し、場所の危険性や難易度は、悪名高い魔の森である“マニュエル”に行くのだ。 道すがらに話を聴いたサーウェルス達は、


“今に森へ行ける実力を備えるチームは、自分達しか居ない”


と、自己判断し。 今、下に居るカウンターの男に事情を話し、自分達に請け負いさせたのである。


Kの話が進むと、主人の顔が益々怒りに染まり。


「全くっ! 本来なら、俺が取り仕切る域の仕事だってのに、あの馬鹿サーウェルスの奴がっ!! 大方、内容の一部にケチでも付けて、自分達を村人に売り込んだんだろうよっ。 村の貴重な薬草探しだからと、ウチのオリビアも人助けで請け負いたがったもんだからな。 下の馬鹿も、易々と請けさせちまった訳だ」


と、さもサーウェルスが悪いとばかりに言う。


其処まで聴いたポリアは、寧ろ請けるまでの流れに驚いて。


「それって、不正じゃないっ!!!!」


と、大声を上げた。


ゲイラーと云う大男も、魔法遣いのフェレックと云う男性も、これは冒険者の規約違反と感じた筈だ。


然し、Kは冷静に。


「いや、不正でもなんでもない。 他に遣れるチームが居ないから、回しただけだろう。 俺も、下の奴に聞いたが。 右から左に、受け流しをやってしまっただけさ。 この主人は娘を寝取られたからな、そのリーダーの男に嫉妬してるだけだ」


「ケッ!!」


主人は、唾すら吐きそうに言う。 この主人がサーウェルスを好んでいないのは、この都市の冒険者達の間では有名な話である。


今回の集められた理由の概要を語ったKは、その場に居る呼び出された全員を見て。


「ま、そうゆう訳だ。 甘っちょろい考え方しか出来ネェお前達じゃ、この仕事は無理。 ご苦労様、手付け金は用意させるから、それを持って行け」


と、言うと


今度は、主人に顔を向かせ。


「マスター、こんな茶番は面倒だ。 時も惜しいから、俺一人で行く」


「え゛っ、ええええっ?!!!」


主人は、“一人で行く”と云う話に驚くが。


Kに、依頼に対する焦りや恐怖は全く見えず。


「足手纏いが居ないなら、女一人を連れ帰るぐらいは、簡単に出来る」


「ほ・・本気か?」


「あぁ。 覚悟も、実力も無い雑魚を連れて行って、死人を出す真似など出来るか。 大体な、そのサーウェルスって奴のチームと。 この呼び出した二つのチームを足した比較で、同レベルの実力が在ると思ってるのか?」


「いやっ、そ・・それは…」


口ごもった主人は、Kの指摘を受けて冷静になり始めた。


半身に成ったKは、フェレックやゲイラー達を片側の目だけで見て。


「いいか、マスター。 遊び気分で仕事やってる奴らなんか、程度は子供ガキと同じだ。 少しは出来ると聞いたが、見れば剣や魔法を振り回してる曲芸の軍団だ。 こんな奴等で、あの“魔の森、魔界地獄”なんて言われる山に入れる訳が無い。 お宅の眼球が、娘の事で鈍ってるんだ。 とにかく、こいつ等を帰してしまえ。 一人で、準備してくる」


斬り付けるような鋭い言い方で、Kは主人に言う。


そのKの言い方に、遂にフェレックが怒った。


「貴様ぁぁっ!!!! 言わせておけばコケにしやがってぇっ!!!!!」


と、魔法を遣おうと杖を振り上げた一瞬だ。


「なっ!!」


カウンターの前から、Kの姿が陽炎の様に消えたではないか。 フェレックの振り上げた杖は、そこで止まった。


そして、刹那すると…。


「お前、死にてぇのか?」


別の場所からKの声がした。


「あ・あ゛ぁ…」


何と、フェレックの後ろに、Kの姿が在る。


Kの低い声で、その方へと向いた皆に眼の中。 ポリアの横のフェレックの後ろに、包帯男が居たのである。 然も、フェレックの喉元には、Kの物では無い剣が突きつけられていた。


「ケイ・・」


「あ゛っ・・俺の剣っ」


フェレックの右隣に居た男の剣が、鞘から抜かれている。 Kの遣っている剣が、それだった。


薄暗い部屋だが、主人のいるカウンター周りには、ランプが幾つも灯って有ったのに。 誰にも、Kの移動が見えなかった。 今度こそ、本当に緊張が走る。


(ダグ・・ダグラス・・・よ。 解る・・か?)


震えた声で呟く様に、ゲイラーが言うと。


(いや・い・・いや。 この男の殺気が・・、身体から感じられねえぇ)


冷汗が、全身から噴き出し始めたゲイラーやダグラス。 Kの身体からは、殺気が全く無いのに。 この部屋の四方八方から、フェレックに向けて殺気が感じられるのだ。


剣を突き付けたKは、そのままに。


「いいか。 テメェみたいな奴はな、俺から言わせれば、ポリア以下の駆け出しだ。 物事の考え方も出来てない。 自分の力や気性を抑える節度も知らない。 お前みたいな奴とチームを組むだけ、リスクが増えるだけだ。 俺の言ってる意味が、お前の頭で解るか?」


Kの声を聞く中で、ガタガタとフェレックが震えていた。 喉元に、完全に剣が食い込んで居るからだ。 下手にちょっとでも動けば、皮膚が切り裂かれる。


Kの今の姿を見たポリアは、或る理由を垣間見た気がする。


(クォシカの仕事で、あのガロンがどうしてケイを恐れたか。 今、その答えが解る・・。 絶対に、勝てる訳がない)


この場に居る全員が束に成っても、Kに掠り傷一つ負わせる事は出来ないだろう。


また、Kの動きや声に籠もる畏怖、殺気の使い方でマスターも悟る。 このKは、その辺に転がる冒険者では無いと。


「お・おいっ、此処で殺生は・・や・止めてくれ」


主人が、苦い思いを声に滲ませる。 フェレックの無謀さに、Kが怒ったと恐れたのだ。


すると、フェレックの喉から剣を離して、横の剣士の前のテーブルに置くK。


「フッ、安心しろ。 こんなバカ、殺す価値すらない。 身の程を知らな過ぎるから、黙らせただけだ」


剣が喉元から離れ、Kの出す殺気が止んだ事で。


―ガタッ―


フェレックの膝から力が抜けて、椅子に崩れた。


ポリア達や他の皆も、強烈にして命を失う様な恐怖を感じる殺気が消えて、やっと身体の強張りが解ける。


その時だ。


Kは、冷や汗を拭う主人に向かって。


「所で。 この場の人間以外にも、誰か此処に呼んだ奴が居るのか?」


と、問う。


「あ゛? そんなの・・居ねぇよ」


一息吐いた主人が言うと、Kは階段を親指で指差した。


冷たい汗を覚えた全員が、一階に行く階段を見る。 そこに、丁度システィアナと同じ、白いローブを着た男性が来ていた。


「あっ!!!」


その人物を見て驚く全員。


そして、主人が。


「マクムス大司祭様っ!!!」


と、現れた人物の名前を口走った。


其処に現れたのは、50半ばくらいの年齢と見受けられる男性だ。 持っている杖は金色で、先の装飾には、女神“フィリアーナ”の姿が。 背丈は、ポリアと同じくらいで、パッと見ても、仕草や態度や行動に至らなさの無い、しっかりした人物に見えた。


主人より、〔マクムス〕と呼ばれた男が、


「みなさん、失礼いたします」


と、全員に挨拶をする。


その挨拶に合わせ、ハッと気付いた様に。 システィアナ、フェレックのチームの太った僧侶男と、ゲイラーのチームの紅い神官服を着た男が。 慌てて立ち上がったりして、神の祈りの様な挨拶を返す。


主人も、態々カウンターからテーブルの方に出てきて。


「大司祭様。 一体、どう為されました?」


すると、やや呆れた態度に変わるKが。


「おいおい、そりゃあ~愚問になるぞ、マスター。 おそらくこの人物の話の用件は、アンタと一緒だよ」


「え?」


と、主人がKに聞き返すと。


マルヴェリータが、ハッと何かに気付いて。


「そうだわっ。 サーウェルスの処の魔法遣いデルモントは、大司祭さまの甥よ」


主人は、その事実を思い出して。


「嗚呼、そうか。 甥子さんの…」


マクムス氏は、主人の前まで来ると頭を下げた。


「良く、お解かりで。 そう、その事をお頼みに参りました」


マクムス大司祭は、金貨にて一万シフォンという大金を持っては、此処へ救出依頼を創りに来たのであった。 サーウェルスのチーム全員の、生死の確認と。 遺体・怪我人の回収である。


マクムスの話を聴く為に、全員が席へ就き。 Kはソファーに座って、主人とマクムス氏の話を聞くだけであった。


主人とマクムス大司祭は、後ろのテーブルに就き。 ゲイラーやフェレック達に囲まれて、依頼を話した。


さて、娘の救出をKに頼む予定だった主人は、マクムス氏に現状の難しさを語り。


「大司祭様。 今や、サーウェルス達に敵うチームは、残念ながらこの国には居りませぬ。 然し、事態は猶予が御座いません」


「はい。 誠に・・その通り…」


「本来ならば、“冒険の仕事で死んだものは致し方無し”、とするのが冒険者の世界の慣わしですが…。 私も、娘の身の上が心配であります故。 そうゆう訳に、行かせられません。 ですから今、向こうに座るケイという人物に、救出を頼んでいます」


「ほう…」


マクムス氏が、眼を瞑っている包帯男を見た。


「彼なら、それが出来ると?」


「はい。 今や、彼だけが森や山に行った経験のある人物。 合同チームを組織して、彼にリーダーを任せる以外に、方法は無いと思っています」


すると、マクムス氏は立ち上がった。 そして、皆の見る中でKの前まで歩いて来ると。


「私は、神官の身ながら、甥を亡き妹より引き受け、長年に渡り育ててまいりました。 恥ずかしながら、これでも父性としての情もある一人の人間です。 どうか、私の甥を助けてくださいませんでしょうか」


こう言うと、その場で膝を折り。


「せめて、遺体だけでも………。 義理の息子でも、モンスターのままに放置したくは有りません。 例え、今の職を離れる事になっても構いません。 もし、救出の手が足りぬのならば、及ばずながら私も行かせて頂きます」


と、見も知らぬKに土下座をしたのである。


彼は、この街最大の宗教神殿にて、最高長官の座に就く人物なのだ。


「マクムスさま~~~おいたわしや…」


その姿に心打たれたのか、システィアナが涙ぐんで、Kの前に来ると。


「ケイさ~ん、私からも~おねがいします~」


と、マクムスに続いて土下座する。


そこに、太った僧侶と、紅い神官服を着た大男も来て。 先に、白い神官服の太った男性が。


「私からもお、願い致します。 この仕事の為ならば、チームから離れる事も、謗りも受けまする。 どうか・・どうか・・・お力を」


後を追って、赤い神官服の大男も。


「信ずる神は違えど、私もお供いたします。 この身、使ってください」


この僧侶達の姿に、立って聴いていたポリアが。


「ケイ、どうにか成らない? 戦う事は駆け出しだけど。 怪我人運んだり、出来る事が在るなら私も行くわ」


と、イルガを驚かせた。


「お゛、お嬢様っ」


然し、その気概を感じた他の冒険者も、行くなら・・と気を張った。


さて、此処まで眼を瞑ったKが、態度はやや横柄なままに。


「この仕事のリスクは、人生の終焉すらも含む。 つまりは、“死”に直結だ。 本気で行くと云うならば、その辺のモンスターと戦う危険の百倍・・。 それぐらいの危険を覚悟して貰わないと、おそらく出来ないぞ」


すると、ゲイラーが。


「俺は、合同チームを作るってなら、行くぞ。 チームを解体して、来たい奴だけでもいいと思う」


と、ダグラス達仲間を驚かせても。


「俺は、アンタの実力を見たい。 どうせ、今までも命懸けだったからな。 戦いで死ぬ覚悟は、既に出来てる。 アンタみたいな人がリーダーなら、俺は文句は無い」


「ゲイラー、本気か? お前、此処まで来て解体って?」


フェレックが、気狂いを見るように言う。


ゲイラーとフェレックの作った両チームは、もうこの国の冒険者の間では有名だ。


“もうそろそろ、他国にどんどん出て行こうか”


と、互いに考えていた。


確かに、フェレックの驚きも当然と云える。 チームを解散してしまうと、新たにチームを創ったとしても、今の力量と同じ仕事を回して貰える可能性は、激減するだろう。


だが、その覚悟を聞いたダグラスも、ゲイラーに続き。


「そのチームを作るってなら、俺も行く。 人生懸けて、冒険者になったんだ。 死ぬことは厭わない。 ま、死ぬ気も無いけどね」


その時だ。 今まで目を閉じていたKが、サッと瞳を開いた瞬間。


(?!!)


その場に居る全員の中に、風が駆けた感覚が走った。 室内だから、風は起こりえないが。 身体を貫く電流の様な、ある種の衝撃だった。


誰もが黙り。 生唾を飲んだ。


鋭い視線を持つKは、静かな雰囲気を保ったままに。


「全員、その場に立て」


威厳が、俄にその声に籠もる。


皆が、その場に立った。 先程のフェレックへの手練を見て居る皆だ。 誰も口答えせず、マクムス大司祭も立った。


それを見て、Kは。


「では、依頼を請けて、合同チームを組織する。 参加意思の有る者は、此処に残れ。 実力、経験を問わない。 命を懸けれる、その気持ちの有る者だけ残れ。 気持ちの有る者は、席に就け。 無い者は、即刻去れ」


その言葉を聞いて、即座に反応した者が…。


「あら、先越された?」


と、マルヴェリータが座る。


「おっ、お嬢様っ?!!! マルヴェリータまでっ!!!」


イルガの驚く声も、二人には聞こえていないのか。 真っ先に、席に就いたポリアとマルヴェリータ。


その直後。 ポリアとマルヴェリータを皆が見た時に。 システィアナも、トコトコと席に。 続いて、二人の神官の男性も座る。


イルガなんぞ、ポリアを見捨てる事が出来ずに慌てて座った次第。


それに続き。 マクムス氏も、ゲイラーも、ダグラスも、席に着く。


ゲイラーのチームの、禿げた頭をして斧を背負う男も座り。 その同時に、フェレックのチームの、武器も、杖も持たない無口な男性が座った。


フェレックは、睨み付ける様にKを見据えて。


「俺様の実力が子供騙しかどうか、旅で見せてやるっ」


と、席に。


結局、全員が座った。


Kは、座った一同を見て、


「もう二度と、意思の確かめはしない」


と、言いおいて。


「おい、マスター。 紙と筆を用意しろ」


いきなり主人へ、Kはそう言う。


「あ? 紙? 筆? なんだ? 制約書でも書くのか?」


するとKは、首を傾げて斡旋所の主たる主人を横目に見ては。


「阿呆ぅ、お勉強だ」


「はぁ?」


‘勉強’の言葉に、全員が驚いた。


皆の前に進み出ると、Kは仁王立ちし。


「時間が無いから早くしろ」


紙や筆を持つ者は、自分から用意し。 主人が慌てて用意した紙や筆が、無い者へ行き渡ると…。


腕組みするKは、全員を鋭い眼で見回し。


「いいか。 これから言う物は、旅に必ず持ち込むようにして欲しい。 マニュエルの森は、まだいいが。 アンダルラルクル山に入ると、様々な危険が多い」


ゲイラーは、‘危険’=‘モンスター’だがら。


「モンスターだろ?」


「だけじゃ無い。 危険の中でも、持ち込みの道具で防げる危険が在る。 それは、毒や病気だ。 先ず、モンスターの大概が、爪や牙に毒を持ち。 山に住む吸血生物の全てが、何らかの強烈な病気を媒介している。 これから言う物は、それに関わる物だ」


「げっ、マジかよ」


話を聞けば、事が事だ。 驚くダグラスを筆頭に、全員がKが言う事をメモった。


「これから仕事が終わるまでは、全員で一つのチームになって貰う。 持ち寄った物の効能や使用説明をするから、仲間、自分のいざと云う時の対処にしろ。 中には、食して免疫を高める物もあるから、しっかり覚えろ」


Kの説明を聴くポリアは、説明の手順と云うべき内容が、順序良く上手い事に驚いた。


(う゛ぅ、ズッゴク完璧な説明をしてくれてるぅ! まったく、どんな頭してんのよっ。 冒険者育成学校とか、創ったらどうよっ)


それは、明らかな僻みであった。


説明を終えたKは、


「先に、基本報酬を配る。 各自で買い物の足しにしてくれ。 明日の早朝に、北北西の村のトルトに出発する。 村までは、馬車で二日。 着いて次の一日は、休養する。 天候やモンスター等の支障が無いならば、四日目から森に入る。 この行動に際し、焦りや勝手は厳禁。 仕事の計画についての詳細は、三日目の休養日の夜に話す。 以上、解散」


話を聞いた主人は、一日の休養が気になった。


「おい、一日も休むのか?」


腕組みしているKは、主人を見ずして頷く。


「当たり前だ。 トルトまで二日で行くには、馬車でほぼ全力だ。 揺れる荷台では、ゆっくり休むにも休めんし。 また、緊張も在る。 強引に行けば、この人数なら必ず誰かは体調不良も起こし。 そんな奴を連れて森に入れば、事態は更に悪化する。 俺がリーダーで在る以上、無駄な無理。 必要のない行動はさせない。 死体掘りが死体に成るリスクを、何で犯せようか」


この、雨が降る天気が、まだ続きそうな現状だ。 それも踏まえて、この包帯男は全てを含んで考えて居る事が、この説明で薄々と解り出す。


(この男に任せるしかないな。 今の俺は、焦ってダメだ。 俺の感覚を押し付けたなら、全滅だ。 助けに行く側の万全が、何よりも大切だ・・)


こう察した主人は、もうどうのこうのと言うのを止めた。


また、立ち上がるマクムス氏も、


「流石ですね。 話を聞いている内に、何とか落ち着いてきましたよ。 冒険は、もう二十年は遣っていませんが。 義理の息子共々、宜しくお願い致します」


と、頭を下げて、引き返して行った。


ダグラスは、メモの内容を見て。


「リーダー。 アンタ、良くこの全部を覚えてるな・・。 ヤバい、忘れそうだ・・・俺」


ダグラスの顰めっ面に、ゲイラーが。


「お前の頭は、石か何かで出来てるんだろう? 俺でも、覚えられるぞ」


「チッ。 筋肉バカに言われちまった」


と、二人して笑いを取る。


Kの講義に冒険者達が引き締まり。 もう微々たる一体感が現れ始めていた。


ポリアやマルヴェリータは、Kの立派な講義を聞いた手前。


「ね、ポリア」


「ん?」


「この様子をジョイス様が見たら、どう思うかしら」


「ぷっ」


軽く吹いたポリア。


「それは~ちょっと見てみたいかな」


Kに頭の上がらないジョイスに、こんな光景を見せたなら。 彼は、何と云うのだろうか。


戦っても、語らせても、率いても良いなど。 普通の冒険者にそうは居ない。 改めて、Kの非凡さが解るポリア達。


いや、それだけでは無い。


“彼と一緒なら、生きて帰れる”


そう、直感した。


さて、突発的にして、普通では有り得ない依頼が舞い込んだ。 Kの真価が、もっと解るのか。


そんな、凄い冒険が始まる予感がした…。



  《その2.前夜は明るく、旅は雨。》


         ★


世界には、並みの冒険者を近寄せ付けない危険な場所が、知られて無い場所を含めて沢山在る。


その中でも、神と悪魔が戦った古戦場の一つとしても有名な山、〔アンダルラルクル山〕と。 その周辺地域の〔マニュエルの森〕と云う大森林は。


“用も無く立ち入る場所では無い。 死にたくなければ、決して入るな。 ‘勇気’と‘無謀’は、紙一重の様な位置に在る言葉だが。 その境を理解出来るか、出来ないかは、生死を分かつ”


と、言われて来た。


この辺りが危険とは、冒険者の誰でも知っている。 然し、どんな所かを知っている者は、誰も居なかった。


ポリア達は知らないが。 もし、ジョイス辺りからより話を聴けば…。


“この山や森は、北の大陸の中心近くに在り。 過去には、その地下資源から土地を求め、モンスター討伐をして手に入れようとした国も在り。 度々に渡り、遠征も行われたが…”


と、過去の話も聴けただろう。


今現在、ホーチト王国から北に行く道は何本も在れど。 マニュエルの森を回避する道しか無い。


詰まり、過去に行われた全ての侵略行動は、無駄に終わったのだ。


そんな漠然と危険な感じがする場所へ、ポリア達は行く事に成った。


然し、Kが、彼が居なかったら、どうなっていたか。 マクムス氏の存在は、変えられない。


“助ける”


この行為に対する気持ちだけを持ち上げ。 無知に粋がって己達の力量も見定められず、森や山に向かったかもしれない。


Kが居るのと、居ないのとの違いが解るのは、生きて帰って来れた時だろうか…。


さて、Kの講義は終わった。 金を受け取った一同が、


“明日、また斡旋所に集まる”


と、して。 雨が続く中、Kから色々と教えを受けた冒険者達は、必要な物を買い揃えた。


然し、普段の買い物とは、基本的に旅の必需品を買い足すぐらいしかしない皆。 Kに言われた通りに買えば、普段の軽い荷物が倍以上に成る。


“本当に、これが必要なのか?”


そう思った者は多かったが…。


その日の夜。 ポリアとゲイラーのチームは、同じ宿に泊まった。


フェレックのチームは、先にフェレックが能書きを垂れて、彼が仲間を連れさっさと行ってしまったので。 敢えて誘いはしなかった。


何より、マルヴェリータがフェレックを嫌った事も在る。 


宿泊先と成る其処は、マルタンの街の宿屋でも、指折りの最高級宿。 城の様な本店と、屋敷と成る離れが在る宿だ。


こんな宿、マルヴェリータが口利きしたから、冒険者風情でも泊まれるのであって。 普通なら冒険者など、世界的に有名なチームでもないと泊めて貰えない様な。 それ程のランクの宿である。


これは、Kが。


“もしかしなくても、この仕事で死ぬかもしれん。 最後になるやもしれないから、いい宿に泊まったらどうだ?”


と、ポリアに言ったからだ。


この宿は一泊で、最も安い部屋を一人で借りても三百シフォンから。 マルヴェリータの家は、個人的な私室も持つので。 三人部屋を相部屋として、一部屋500シフォンを払って泊まる事にした。


最低300シフォンと言ったが。 この金額は、一般庶民で一家五人家族の、約半月(25日前後)の生活費に等しい。 この世界は、ひと月が55日在るので。 ポリア達の泊まった三人部屋一つが、月の生活費に相当する。


処で。 宿の値段の千差万別たる模様は、泊まる人間の性格とその懐事情に因る。


例えば、貴族や商人は、気位の高い者ほど凝った高い宿を選ぶ。


一方、旅人や冒険者は、宿が‘我が家’の様なもの。 安い宿は、素泊まりで一泊15シフォンと云う、多人数の寝るだけの所から。 大衆的な宿としては、100シフォン以下の物まで。 宿は、そのサービスとして、飲食の出来る場所を備えたり。 湯殿とか、温泉を用意する。 それでも、25シフォン辺りから、湯殿で身体を洗える宿も在るし。 部屋が広いとか、食事が美味しいとか、可愛い案内係りが居るとか…。


ま、選ぶ人それぞれで在る。


さて、総勢十一名で泊まったK達は、個室の会食場を貸しきっていた。


会食場と成る大部屋は、見るからに広く立派で。 天井には、煌びやかなシャンデリアがぶら下がり。 壁には、絵やら武器が飾られて。 その空いた隙間には、様々な色の入ったガラスのランプ。 通称〔グラスランプ〕なるものに、火が灯って明るさを保っている。


また、別に目を移せば。 金糸の刺繍の入った白いカーテンと、そのカーテンが掛かる窓の枠の細工も美しく。 部屋の内装は、白と金色に包まれるイメージで。 長方形の長い食台の表面にも、透かしで入れた蝶の舞う絵を見る事が出来る。


そんな豪華絢爛な部屋にて。 長方形の食台の右側には、ポリア達が陣取り。 左側には、ゲイラーのチームが居る。 そして、今。 ポリアやマルヴェリータは、或る問題にの直面していだ。


その問題は…。


「ゲ~イラ~さん、えんりょは~いりませ~んよ」


「はい、死ぬまで食べますっ」


巨漢ゲイラーと、仲間のシスティアナが向かい合い。 二人の訳が解らない、ゆる~い雰囲気が、長い食台の真ん中から左右を分けていた。


(食い過ぎで、死んでしまえっ! ム゛ゥ・・ケイが見えない゛)


ポリアが右を向くと、いつものキャラでは無いゲイラーの姿が見えて。 もっとも観たいKが見えずに不満が湧く。


同じくマルヴェリータも、Kが一番左側に居て。 ゲイラーの仲間と成るダグラス等と話しているので。 Kの話が聞けずに居るのが、どうも歯痒い。


(は~、詰まらないわ・・・)


マルヴェリータから少し離れた横には、緑のローブを纏った魔法使いのキーラが居る。 マルヴェリータよりやや低い背の、あどけなさが容姿や雰囲気に残る青年だ。 顔はのんびりした印象で、短い短髪をする。 また、眼が大きくて、鼻が低く。 お世辞にも‘イイ男’とは言えないが。 嘘を吐く様な性格にも思えない。


一方。 ポリア達とは反対側。 テーブルの端の方に就くKの右には、剣士ダグラス。 左には、斧を背負っていた、剥げ頭の中年戦士ボンドスが居て。 Kの右前には、紅い神官服を纏った、ゲイラーに近い背丈の大男セレイドが居て。 その左前には、スラリとした体格の初老に近い印象を受ける男性。 レック(本名パチョレック、略して‘レック’)が、背筋を伸ばして座って居た。


夕食の風景が此処に在る。 その様子を描く中で、ゲイラーの仲間を紹介して於こう。


斡旋所での遣り取りからして、前に出るタイプの剣士ダグラスの姿は、若々しい顔立ち整ったイイ男で。 壁に立て掛けて在る得物からして、ポリアと同じ剣士だ。


次に、今は、傍らに置いているのだが。 片手で扱える手斧を背負い、半袖のヨレた厚手の皮製の上着を着ていて。 頭の天辺が剥げた、イルガと似た訝しげな印象の色黒男がボンドスである。 人相も良くないが、顔のふてぶてしさは、嫌味というよりも苦労人と云った感じの印象を受ける人物だ。


また、ゲイラーに然り、このボンドスに然り。 得意分野を現す職種から云うと、〔傭兵・戦士〕と云う部類だ。 この、‘カテゴリー’と言ってしまうと、本当に確立された職業の様だが。 区別の一つとして定着したこの者達は、基本的に得意な得物は在るが。 他にも、戦う技術を持ち合わせて居る事が多い。


例えば、ゲイラーは大剣が得物だが。 他に、格闘や棒術やハンマーを遣える。


また、ボンドスも、今は手斧だが。 嘗ては、剣や棍棒を扱っていた一時が在る。


〔傭兵〕・〔戦士〕と自ら云う者は、武器を幾つか扱えると言って居ると理解して良いのだ。


そんな中から行くと、何をする者なのか分かり難いのは、中年の紳士的な人物のレックだろうか。 彼は、スラリとした均等の取れた体格で、背もKよりやや高い。 乱れない様に真ん中分けにした髪は、やや灰色掛かっている。 黒の皮ズボンに、着古した感の在る白い皮のハーフコートと。 洗い晒しの草臥れた感の見える、襟の付いたシャツを着ていて。 ‘渋み’、というか。 ‘苦味’の効いたナイスミドルが、彼だった。 只、彼はちょっと変わっていて。 その得意な武器が、弓なのだ。 〔狩人〕・〔レンジャー〕と云う職種の彼は、狩りを始めに薬草にも知識が在る。 サバイバルの達人と云えば良いか。 その能力は、何れ発揮される時に書き表す事に成ろう。


そして、次に。


ゲイラー並の高い背をして、筋骨隆々としたガッチリした体格の紅い神官服を着た男、セレイド。 今は、スキンヘッドを晒しているのだが。 外では、布を帽子代わりにして、赤色が基調の〔神官衣〕と呼ばれる、見た目の造りがコートに近いローブを纏い。 大型の重量感が在る、“鉄槌”なるハンマーを持つ。 彼の特徴的な部分は、その“神官衣”と呼ばれる上着の‘背’、で在ろうか。 其処には、金の刺繍にて。 右手に長い槍、左手には中型剣を持ち、全身鎧に兜を装着した、うら若き女性の戦士が画かれる事だ。 このセレイド、先程に斡旋所にて。 マクムス氏に礼を尽くしたり、協力を惜しまないと言ったが。 同じく、


“信仰する神は違えども”


こう言っていたが。 彼が信仰する神とは、世界で信者数が四番目に多い、“アテネ=セリティウス”。 別名を、“戦陣に吹き荒れる疾風のごとき戦女神”とも云われる。 この神を信仰する冒険者は、ほぼ全員が武器も扱える。 大抵が、力と正義を象徴する為、ハンマーや棍棒(メイス)等だが、中には剣を扱う小数派も存在するらしい。 〔戦う神官〕と云うスタイルが、この宗派の不文律で在る。


長々と説明したが、浚うと。 傭兵ゲイラーをチームのリーダーとして。 剣士ダグラス、神官戦士セレイド、戦士ボンドス、狩人のレック、魔想魔術師のキーラを含めた彼等6人が、〔パワー・オブ・ドーン〕と云うチームだ。 このチームは、モンスター退治の仕事に於いて、今回の依頼にて行方不明と成った、サーウェルスのチームに次いで。 この国では、確実な実績を有する現役チームだった。


さて、Kを含む食台左側の話題は、仕事に関しての山や森が中心になった。


ダグラスは、見た目はチャラチャラした雰囲気が在るが。 意外に情に厚く、弱い立場の者には優しい男だ。 然も、あまり人との間に壁を作らない。


そんな訳で…。


「なぁ、リーダーさんよ」


話掛けられたKは揚げたパンを片手に、砂糖か蜂蜜を選びながら。


「ん?」


「その、サーウェルス達の行った山ってサ。 何で、モンスターの巣窟に成ったんだ? 確かに、古の神話に在る、〔神と悪魔の古代戦争の跡地〕、だとは聞いたが…。 もう、何万年とか、おっそろしく大昔の話なんだろう?」


「あぁ、あの山は、な。 古代の、神と悪魔の戦争に於いて、〔悪魔の口〕と呼ばれる魔界との通り道が拓かれて。 そして、魔界の支配者達と言える〔魔王〕が召喚された場所の一つだ」


神官戦士セレイドは、鶏肉のソテーを切る手が止まりっ放しのままに。


「魔王が召喚された場所は、一つでは無いと魔法学院で教わりました。 然し、あんな山にその場所が? 今では、言い伝えを越えて、“只の逸話”と聴いたのだが…」


すると、


「まぁ~ったく、何もしたく無いからか。 “臭いモノに蓋”をしたいってか? 視ても無いクセして、何でも封印すりゃ~イイってモンでも無ェぞ。 学院め、他国には干渉しない姿勢を、教育にもぶっ込んでるな」


と、Kが伝法な物言いにて独り言を言う。


そして、セレイドも見ないままに。


「あの“マニュエルの森”に、“アンダルラルクル山”は。 その古の戦いの際には、最大級の激戦地にして。 連山の中でも東側の最高峰の山ってのは、負かされた魔王が地中深くへと封じ込められた。 そうゆう場所なんだ」


「え゛ぇ、封印された・・ってサ。 それだけなのかよ」


ダグラスの話に、ゲイラーより左側の面々が耳を傾ける。


一方、語るKは、己の食事のペースを守りながら。


「まぁ、な。 先ず、古代の戦争を語る時に、“ 神々が・神の力を用いて”って言うがよ。 実際には、滅ぼされそうに成った人に、悲哀や慈悲を感じ持った神々の極一部が降臨して、手を貸したに過ぎない。 実際に

魔王と戦ったのは、神々の加護を得た人々だ。 今にしてもその人間達は英雄だが。 やはり人間だからな、力不足で完全には魔王を倒せなかったのさ。 だから、封印をした」


こう言った後に、ゆっくりとスープを一口した後、Kはまた続けて。


「ぶっちゃけて、封印されたとは云えよ。 生きた魔王が地中に居るんだ。 常に、魔王の放つ〔瘴気〕《しょうき》が、地上の彼方此方へ噴き出し、所々で渦巻いていて。 古代戦争の時に縮小化されたが、閉じる事まで出来なかった‘悪魔の口’の存在が。 魔界からモンスターを常に呼び寄せてしまう原因に成り。 そして、今も続いている」


神に仕えるセレイドが、非常に険しい真剣な顔で。


「眠る魔王か・・。 確かに、我々で倒せる相手では無いな」


Kは、“当然だろう”とばかりに頷く・・、が。


「だろうな。 でも、もう死んでたぞ」


食事の流れで、サラッと言ったK。


聴いたダグラスは、


「何が?」


と、釣られた様に尋ね返せば…。


皿の一部に出した蜂蜜に、揚げパンの先を付けるKは。


「決まってンだろう~が。 魔王だよ、封印された魔王」


その答えを聞くなりに。


「なぁっ、なにっ?!」


「マジでかっ?!!」


セレイドとダグラスが、次々に鋭く声を上げて。 ボンドスやレックも、次の皿に始め様としていた食事の手をビタっと止めた。


低いイガイガ声で、ボンドスが探る様に。


「魔王が死んだって・・、それは寿命か?」


と、聴くと。


「フッ」


軽く失笑したK。


「嫌々、魔王って存在はな、殺されない限り寿命なんて無ェよ。 神と魔王は、既に精神と精霊の力のみで存在する究極なモノ。 寿命なんざ、有る訳が無い」


この話に、神官のセレイドが。


「それはそうだが。 何で死んだのだ?」


と、身を乗り出さんばかりに聴いて来た。 死んだ理由が知りたいのだろう。 封印されているとは云え、魔王などと云う究極の存在に、一体誰が勝てるのか。 其処が知りたかった。


やはり、神を信仰する者にとって、魔王や悪魔と亡霊や死霊モンスターは、絶対的な敵となる相手だ。 亡霊や死霊は、鎮めるべき者だが。 魔王や悪魔は、モンスターの総大将。 それが死んだなど、簡単に信じられるものでは無い。


一方、食事をゆったりと続けるKは、


「何年前だったかな・・、病気の所為で忘れたが。 噂にすら成らないままに、魔王は倒された」


「た・倒された。 手負いにされて封印されたとしても、魔王を倒す…。 一体、誰が………」


独り言を呟くセレイド。


其処へ、またダグラスが代わって入って来て。


「じゃ~山には、もう魔王は居ないんだな? それって、仕事も楽に成るって事だよな?」


と、安心材料を得た気に。


然し、Kは呆れの見える半眼をすると。


「アホな事を言うな。 魔王自体は、確かに倒されて居ないがよ。 元より封印されて、とんでもなく永ぁ~い時を、あの山ン中に居続けたンだゼ? 今も、魔王の遺体から強烈な瘴気と闇や魔と云う暗黒のエネルギーが、延々と垂れ流れ続けてる」


「い゛っ、死んだのに?」


「言っただろう? 魔王や神ってのは、膨大な精霊力の凝縮された塊みたいなもの。 倒されても、その肉体が残る限り。 その身体に宿る力を解放させ続けるんだ」


「何つぅ~~厄介なっ」


「あのなぁ~、それぐらいの力も無いのに、どうやって他の生命を生み出したり。 創造する事が出来ンだよ」


「そ・そうか。 そんなに、凄い存在なのね」


完全に想像を絶したダグラスは、話に負けて食事に向く。 理解が行かなくて、逃げ出した様な感じで在る。


然し、神官のセレイドは、


「詰まり、半永久的では無いが。 死んだ影響から、魔王の力が一気に漏れていると?」


話の飲み込みが良い分だけ、Kはセレイドにパンを持つ指を向けて。


「その通り。 で、その影響から、魔界のモンスターを“悪魔の口”から呼び寄せる。 魔王が召喚されて、魔界との通り道が出来ちまったからな~。 おそらく、後・・ン千年ぐらいは、あんなまんま・・だろうな」


「ゲェっ、倒されてるのに、後ン千年も?」


また、ダグラスが驚く。 性格からして、直情な方らしい。


「魔王の身体は、暗黒の力の純粋なる塊と言ってイイ。 倒したとしても、その力が失われるまでは、悠久なる時が必要だ」


言ったKだが。 すぐ、食台に置かれた高級ワインを見詰めると。


「だが、それでも有限サ。 それに比べたら、俺も含めてだが。 絶え間なく同じ事を繰り返す、人間の幼稚さと人間臭さと来たら・・。 フッ、これは止めとくか」


スープを啜るKに、ダグラスは固まった。


(ポリアの言ってた意味が、何となく解って来た。 この男・・徒者じゃ無ェ…)


悪魔の王の魔王と、人間の醜い部分を比較する考えに達するなど。 それなりの経験や見識が無ければ、すんなり出て来はしない筈で在る。


一方、神官のセレイドは、顔に血管を浮かび上がらせ。


「その話とは、何所で聞いたのだ?」


と、Kに問う。


セレイドからするならば、噂話の真偽が気になったのだろう。


が。


「聞いたんじゃない。 前に俺達が、チームで山の奥深くまで入った時。 山の山頂付近から入れる洞窟から、知らずして〔封印窟〕と呼ばれる洞窟の中に入って見たんだ」


“見た”


Kの答えに、セレイドの眼が凝視に変わる。


だが、Kにしては、それはどうでもいい事なのか。


「てか、オッデレ~たよ。 魔王の死体の、デッケーのなんの。 ざっと見積もって、アンタ等のリーダーの十倍以上は有ったゼ」


Kの居たチームは、そんなに奥地まで入れると云う事は。 チームの何れか誰もが、かなりの実力を有した者達だと思い。


「リーダーっ、アンタの居たチームの名前は?」


するとKは、スープを啜ってから。


「それが、忘れた。 病気のお陰で、記憶の微妙な・・思い出の部分が抜けてるンだ」


こう聴いたダゲラスは、何ともむず痒い。


「オイオイっ、そりゃ~ないっしょ~よ!」


「だって、マジだもの」


其処へ、矢継ぎ早の様な間合いで、Kにゆっくり問おうとするボンドスが。


「然しっ、よ。 な、何だってまた・・・その洞窟に?」


スプーンを手に、思い出す素振りに成るK。


「確か・・・、ブルーレイドーナの様子を調査だったような…」


聞いていた全員の手が止まり、Kを見た。


ダグラスは、目が点になり。


「み・・見たの? ヤツ…」


「あぁ。 確か、丁度・・子供が居たな」


「ふぅ~~~。 あのドラゴンの調査って、どんなチームだったんだ? 有り得ね~」


此処まで聴いたダグラスは、もうKの過去に呆れるしかない。


今、Kの口から出た、〔ブルーレイドーナ〕とは。 実は、或る生き物の別名である。 本当の名前は、〔ジュエルスカイドラゴン〕という、神の生み出した龍なのだ。 云い伝わる話だと、身体の大きさだけで町くらいは覆う、と云われ。 一度怒れば、暴風雨を巻き起こし雨雲を呼び、招雷すら落として回る神の如き生き物。 その姿を見るだけでも、命懸けだろうに。 その調査とは…。


一緒に、此処まで聞いていたレックが、何処か神妙な面持ちとなり。


「なるほど、昼間にポリアが言っていた意味が解った。 確かに、我々など様な者のリーダーには、勿体無いな…。 それこそ、今の“スカイスクレイバー”にだって入れる」


と、呟く様に言えば。


その話を耳に入れたダグラスは、


「より上かも・・だぜ。 アソコには、奴らも行ってないべさ」


と、繋げる。


今、ダグラス達の話に出た、〔スカイスクレイバー〕《摩天楼》と云う名前。 これは、現役の世界最高と名声を誇る冒険者チームの名前だ。 リーダーは、“絶世の美男の剣士”と謳われる男、“アルベルト=トルネード”。


今や、彼らの立ち寄る国では、


“彼を会食に招かない王は居ない”


と、さえ聞くほどだ。


話のデカさに呆れたボンドスは、自分よりずっと若そうなKに。


「なぁ、リーダーさんよ」


と、‘さん’付けした。


「ん?」


「もし、この仕事が終わったら。 その後は、また一人旅かい?」


尋ねられたKは、何の気ない素振りで頷く。


「あぁ。 もう、仲間とべったりで、彼方此方と行くのはうんざりだ。 このアホ臭い依頼が終わったら、金貰って旅に流れる。 云わば、記憶を取り戻すのんびり旅・・って処かな」


然し、ダグラスは聞き捨て成らないと、Kにズィっと顔を近づけて。


「勿体無いぃぃ~。 その知識や経験で、世界で一番の有名なチームを作ったらど~なのさ?」


だが、打診されたKの顔は、覚めて行く。


「そんな事に対する興味が無い。 それなら、流れ狼を遣ってる方が、ギリギリ感あって面白い」


「マジっすか、信じられん」


Kの全てを羨むダグラスは、二十三歳の若者だ。 世界に名を馳せるチームを求めて、その情熱が止まない。


自分のチームのリーダーをするゲイラーと二人、似た地域に在る故郷の田舎育ち。 一年半ほど前に、偶然だが。 四つ年上の独りで居たゲイラーに逢って、二人で頑張ろうと今のチームを結成した。


さて、仲間のボンドスやレックは、その時の立ち上げ当初からのメンバーで在る。


そして、半年前に。 女性の僧侶がイイと、セレイドを外したがったチームから彼を引き抜き。 同じ頃、怪我から商人に成ると抜けた魔術師の仲間の代わりに、魔法学院を卒業して来たキーラも一緒に加えた。


男だらけで、年齢もバラバラながら。 ゲイラーの腕とダグラスの明るさに、チームが纏まり。 モンスター討伐依頼の成功率が高く。 ボンドスも、レックも、セレイドも、信頼を以てこのチームに居ついている。


然し、レックやボンドスは、もう冒険者の生活が10年を超えて来るが。 どの面々も、K程の知識は聞いたことが無い。 キーラは、まだ新米から抜け出せず、まだまだだが。 他の五人は、実力や経験の面から、Kの底知れぬ実力を薄々に感じている。 何より、先ずKは足音がしない。 足音を自由に出し消し出来るなんぞ、普通の冒険者を万人集めても、出来る者は一人として居ない。


また、一見するといい加減そうに見えて、辺りの事を誰よりも早く察知している。 そして、見た人物や起きている物事に応じての推理力も、他の追随を許さない。 この様子は、買い物の時で十分に見て解る。 店の規模や品揃えを見て、大体の品数の蓄積の様子を読み取り。 買う店を替える様に、ポリア達へ教えたのだ。


その指摘は、我先にと買うフェレック達のチームの後で。 試しにと、ゲイラーが店に入って解った。 売る品の量を、急に渋り始めたのだ。


黙って見抜き、話を聴く者へそっと打診をする。 その短い間の一瞬を切り取り、見たゲイラー達だからか。 ダグラスとゲイラーが、いち早くKに従う姿勢を見せている。


何よりゲイラーなどは、経験や生きた知識の大切さは、その冒険者人生から良く良く知っている。 それこそ、ポリアの二の舞は、最初の駆け出しの頃を生きた時点で、さっさと卒業しているのだ。 実力は有るゲイラーだが、田舎出と馬鹿にされたり。 人間性の欠落したチームに一時加入して、醜い報酬の分け合い等で人を観てきた。


これは、冒険者の人生が長いボンドスやレックも、同様で在る。


だから、セレイドの存在を受け入れたし、キーラを一人前にしようと外さない。 ダグラスは、そんなゲイラーやボンドス達と云う仲間を見て、少しずつ見識を養って来た。


だが、何者にも、弱点は在るものだ。 ダグラスは、女性に酷く甘く。 ボンドスは、酒に甘い。 レックは、自制心が利いて居る反面、何事にも慎重過ぎる部分が在る。 新米のキーラに至っては、特に弱点だらけ。 臆病な上に、自分からの積極性が無いので。 チームでも、最も役立たずに成ってしまう。


そして、大問題にしても構わないのは…。


先程から、ポリアやマルヴェリータを苛々させたデカイ奴は、弱点の‘のほほん娘’に心酔状態。


「ゲ~イラ~さん。 ほっぺに~、ソ~スがついてますよ~」


「おおっ!! 気付かなかった! 流石はシスティ、ありがとうありがとう」


「えへへ~」


片や二十歳。 片や二十七歳であるのに、どんな会話だろう。


この光景は、既に見知って居ると、イルガも全く見て居ない。


一方、普段のゲイラーでは無いから、キーラは驚きキョトンとしている。


この、声まで一々デっカい壁の影響で、ポリア達はKの話が聞けないものだから。 ワインをがぶ飲みして、ウジウジと腐っていた。


さて、食事を終えると、Kやレックなどが早々に寝てしまい。 ダラダラと遅いポリア達ですら、深夜に成る前には寝た。


外に降る雨音は、シトシトと穏やかで在り。 なんとも心地の良い、自然の子守唄であった…。


         ★


夜が明けた次の日も、Kの予想通りに雨だった。 どんよりとした空は、暗く鉛色で。 重く重く空に垂れ込めている。


K達が、早朝の人通りもまばらな通りを来て、斡旋所の【蒼海の天窓】に来て見れば。 もう其処には、二台の荷馬車が用意されていた。


Kは、二台の馬車の馬を見て。


「ほほう、これは良い馬だ。 まだ若いの二頭と、やや年寄りの組み合わせか。 良い判断してる」


Kの言っている意味が解らないポリアが、横目に彼を見て。


「何で、それがイイ組み合わせなのよ?」


と、言うのだが。


馬を撫でるKは、答えない。


すると、其処へ。


「馬は、若い馬だけだとね。 いざと云う時に、臆病な気質からバラけてしまう。 馬車などを多頭で引く場合に先頭と成る馬は、やや年の行った経験の在る馬がいいのだよ。 然も、経験の多い馬は、来た道を忘れない。 万が一の時も、近くの町にでも引き返すからね」


大人びた男性の声が、ポリアへと届いて来た。


声を辿るポリア達が、その方へと顔を向けて見てみれば。 黒い防水製のコートに身を包んだマクムス氏が、フェレックのチームに居た太った神官と一緒に来ていた。


ポリアを始め、全員がマクムス氏と挨拶をし。


その後、Kが彼の前に進み出ると。


「長旅になる、その気構えは持ってくれ」


一方のマクムス氏は、Kに対して礼儀正しく頷いて。


「えぇ、解って居ります。 昨日、副神官長に理由を伝え、代理をお願いしてきました」


「そうか、ならいい」


このKは、誰にも謙らない。


さて、どっちの荷馬車へと乗ろうか、ポリア達が決めていると。 其処へ、フェレック達も直ぐに来た。


3つのチームと、Kと、マクムス氏が、二台の馬車にバラけて乗り込んだ。


小雨が続く中、斡旋所の主人が出て来ていて。


「娘を頼む」


と、Kに。


頷くだけのKは、御者に出発を命じた。


二台の馬車は、街の北門に向かう。 まるで、王城の大門のような鉄の門の前で、馬車は兵士に止められた。 然も、通りのど真ん中で、だ。


荷馬車の荷台に掛かる幌の側面から、窓口の様に顔を出したKは。 何か有ったのかと、止めた兵士に尋ねると


「リーダー、僕だよ」


聞き慣れた声と共に、紅い馬車が横に着けて来た。 車体の窓から、ホーチト王国の宮廷魔術師団の長を預かるジョイスが、馬車からヒョコッと顔を見せる。


「何だ。 誰かと思えば、ジョイスか」


素っ気無い態度のKとは裏腹に。 ゲイラーやフェレックなどは、偉い大人物が登場した事で、本当に驚いて馬車から降りたほどだ。


ジョイスは、真面目な顔でKに。


「リーダー、一緒に行けなくてごめん。 一昨日の事件が、色々と動きそうだから。 言い出しっぺの僕が、此処を勝手に離れられない」


ラキームの一件の全てを知るKだけに。


「フン、そんな事は百も承知さ。 それより、ラキームとガロンの一件は、しっかり頼むぞ。 特にガロンは、剣術も達つが。 悪知恵も一級品。 逃げられない内に、サッサと捕まえるこったな」


「うん、解った」


こう言ったジョイスは、


「それと、一応ね。 リーダー達が下山してくるって言ってた、五日後辺りから。 トルトの村に、三・四日ほど荷馬車を手配させるよ。 助けた人が居たならば、二台じゃ足らないでしょ? 寝かせながら乗せる為に、数は多い方がいいし」


「おう、助かる」


「じゃ、気をつけて。 マルヴェリータにも言っておいて」


降りていたマルヴェリータは、ハッとしてジョイスに。


「大丈夫ですよ。 ジョイス様」


と、声を掛ける。


降りていたマルヴェリータに、ジョイスは驚いた。


さて、一緒に降りて、一々こっちに注目している者達にKは呆れて。


「濡れて風邪ひくぞ、早く乗れ。 長話する時は無い」


ジョイスは、マルヴェリータに向かって。


「リーダーの言う事に、一つの間違いも無い。 しっかり話を聞いて、サーウェルス達を助けてくれ。 それから・・・、君達も死ぬな」


頷いたマルヴェリータは、馬車に乗り込んで行く。


それを窓口から見ていて、Kがジョイスに。


「お前・・・本気か?」


するとジョイスは、にこやかにKを流し目に見て。


「預けたの、誰ですか? 死なせたら、永遠に怨むよ~」


妙な事を頼まれた気分に成るKだ。


「ケッ、そんな気なら、後で助けに来い。 ボンクラの白馬王子めっ」


ジョイスの合図で、兵士が道を譲る。


降りた者がまた乗ったのを見て、Kは御者に出発を打診する。 冒険者達を乗せた荷馬車は、二台続けて走り出していく。


ジョイスは、荷馬車が消えるまで見送っていた。


さて、Kの乗り込む馬車の中。


ホーチト王国の祭儀には、ほぼ全て出席するマクムス氏が。


「貴方は、あのジョイス殿とも、お知り合いなのですか?」


既に旅モードに入るKは、腕組みして眼を瞑りながら。


「あぁ、ま~ね」


一緒の馬車に乗り込んだマルヴェリータが。


“ケイは、ジョイス様が冒険者だった頃に、一時だけ本当にリーダーだったのです”


と、事実を告げた。


マクムス氏は、


「なるほど、流石に…」


と、納得する。


然し、一緒に聴いたダグラスとゲイラーは、ポカーンとして。


「人脈も・・鬼じゃないっすか」


「俺も、そう思う…」


一方、もう一台の荷馬車に乗っているポリアは、フェレック達から煩い質問責めに遭っていた。


「おい゛っ、ポリア! 何でぇ…、あのジョイス様が来てるんだっ?」


「ポリアっ、ジョイス様とマルヴェリータの、あの様子は一体何だっ?」


「ポリアっ、あのケイッて奴はっ、一体何者なんだぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」


特に、フェレックが狂うぐらいに煩い。


(う゛ぐぅ、煩いよ゛ぉ~)


イルガと二人して、耳を塞いで寝たフリをしたポリアであった。


さて、3つのチームを合わせて、総勢十八名は荷馬車へと乗り込み。 北北西の山間部に在る、トルトの村に向かってひた走る。


Kの希望通りに走る為。 午前の休憩は、水のみ場で馬を休める一時のみ。


荷台の車体の中は、広い板間の様に成っていた。 其処へ、乱雑に皆が入って座るのだ。 背中、肩が触れ合いそうな距離に、それぞれ冒険者達が集まっている。 だから、どうしても暇だと、誰かと話したくなるのだ。


然し、小雨が続く中を走り続けて、途中で休憩を挟み。 また走るままに、昼間を過ぎる頃。


ポリアの乗る荷馬車の方は、マルヴェリータに恋慕するバカ以外。 話す事も無くなれば、次第に黙る者が増えて行く。 そして、二台の馬車の様子は、Kの居る馬車と、ポリアの居る馬車では、全く正反対の様子に成る。


やはり、


“危険極まりない”


と、こう云い伝う場所に行くのだ。 二台の馬車の中でも、仕事に対する緊張感がジワリジワリと、走る中で広がって行く。


処が、流石にKだけは落ち着いたもので。 ダグラスやゲイラーとは、目を瞑りながらも暇つぶしの雑談はする。 そして、話す相手がマクムス氏と代わると、同乗する周りの者を、聴く事に身を入らせ黙らせる。


Kには、実際に見た経験が在り。


マクムス氏も、元は冒険者の経験が在り。 また、このホーチト王国の最大神殿にて、最高の位で有る大司祭に就く。 その為に、否応無しに身に付く経験と情報が在る。


二人の話は、先ず世界の冒険者模様から始まり。 次第に、世界の国情勢を経て。 やはり最終的には、“アンダルラルクル山”の話と至る。 二人が話すそれは、この国に生まれ居るマルヴェリータも含め、冒険者達が余り知らないものから、全く知らない内容だった。


さて、初日の荷馬車の中。 Kとマクムス氏の話は、アンダルラルクル山を取り巻く、今の周辺国の現状や。 最近のモンスターの動向に対する、周辺国の模様を語り合う辺りで終わった。


然し、ポリアの方は、と云うと…。


フェレックが感情的に成り過ぎてか、気持ちを和やかにする事が出来ない分。 黙るしか無い者が多く、乗り物酔いをし始める者が出る。 午前の休憩の辺りで、Kの乗る荷馬車の方に乗る全員が、酔い止めの丸薬を飲んだのに対し。 ポリアの乗る馬車の方は、朝の時点で乗る前に飲んだポリアとイルガのみ。


フェレックは、休憩に入る成り。 苛立ちを抑えながら、マルヴェリータに執拗な質問をして嫌われる。


ポリアは、ダグラスからKとマクムス氏の話を聴いて、乗る馬車を間違えたと頻りに嘆いた。 だからポリアは、Kに馬車の乗り換えを要望したが。


“お前は、全くオバカチャンが治らないなぁ。 ポリア、フェレックのバカに仕切られたら、向こうの荷台に乗り込む奴は、軒並みダウンする。 お前が向こうに乗る意味が、実は在るんだ。 我慢して乗ってろ”


と、叱られる。


ブー垂れたポリアは、午前中で限界と嘆きまくる。


処が、昼間を過ぎてまだ小雨が続く中、午後に二回目の休憩を挟んだ時だ。 ポリアの乗る馬車の方で、フェレックも含めた数人が喋らなく成る。 ぐったりするフェレック達を見て、ポリアはイルガと二人して話を聴けば。 フェレックも、乗り物酔いをする他の者も、誰も薬を飲んでない事が解る。


(バカだわ。 ケイは、酔い止めの予防薬を教えたのに。 フェレックや他の人は、処方薬と間違えてる…)


仕方無しに、Kへその話をすると。


“死なない程度にほっとけ。 マジで死にそうなら、俺に教えろ”


と、彼は云うのみ。


(う゛ぅ、完全に手下扱いだぁ~)


と、ポリアは嘆いた。


そして、初日の夕方。 街道の分岐点に作られた、横に長い東屋の施設にて。


「おう゛ぇっ! おえ゛ぇぇぇ…」


雨の中、草むらで吐くのは、フェレック。 朝こそは、ポリアに喚き散らしていたが。 一回目の休憩の後、苛々を募らせて悶々としていたのが、裏目に出たらしい。


然し、一緒に乗っていた若い魔想魔術師のキーラも、ポリアから酔い止めの丸薬を取り出して貰う中で。


「馬車・・って・・・よ・・う゛ぷぷ」


フラフラして、東屋の中の腰掛けに座っていたのに。 喋る事で、吐き気が上がって来たらしい。


「あちゃ~」


ポリアが困る中、口を押さえて東屋の裏の草むらへ行くキーラ。


また、イルガに背中を摩られているのは、酒が好きそうな、丸顔の中年オヤジと云う風貌で。 碧眼、団子鼻、額に8つも乱れ黒子が在る人物。 彼が、フェレックのチームに居る、〔剣士コールド〕だ。 上半身には、鉄の鎧を着ていて。 背丈は、イルガより頭一つ以上高い、短髪の者。 右の腰には細剣(レイピア)いて。 左の腰には、ポリアやダグラスと同じ中剣を佩いている。 仲間の話では、フェレックの様な我が儘気質のリーダーにも、彼が一番上手く付き合っているらしい。


が、今は見ての通りに、乗り物酔いでダウンした。


一方、同じくポリアと同乗した、太った中年僧侶のハクレイも同じ。 魔法の発動体となる木の杖を本当に杖代わりとして、東屋の壁際に在る腰掛けに座り。 のっぺり顔を青白くさせ、潰れ目、低い鼻、分厚い唇をする顔を、下に向けている。 酔い止めを飲む為に、吐き気の治まりを待つのだが…。


「えぅ・・おっ・おぅ…」


と、吐き気を現し続けている。


その近くで、手斧ハンドアクスを傍らに。 東屋の冷たい石の床に横たわるのは、てっぺん禿頭のボンドス。 フェレックの煩い様子に、苛立ちを募らせ怒っていたが。 乗り物酔いまで一緒に感染うつったと、荷馬車で呻いていたが。


「あ゛~、あ゛~、う・・う゛…」


今は、もうまともに喋れない。 この様子では、彼も何時に吐くやら…。


そして、ポリアと一緒に乗っていた、紳士的な中年男性のレックは。 このボンドスとハクレイの世話を焼く。 弓を背にして、皮のベスト状の軽いプロテクターを装着する彼だが。


「少し、長めの休憩をするそうだ。 何とか、酔い止めを飲んでくれ。 昨日に、ケイは“予防薬”と教えてくれたのに。 何故、丸薬を飲まなかったのだ」


と、ボンドスとハクレイへ。


言われた二人は、頷いているのか。 吐きそうなのか、良く分からない。


さて、東屋の入り口にて、雨雲を見上げる巨漢が居る。


「ふぅぅ。 コラ~まだまだ、小雨模様が続きそうだワイ」


野太い声でこう云うのは、フェレックのチームに居るデーベだ。 10代の若い頃は、そこそこ生意気盛りを過ごして来た・・的な。 若くて厳つい、然し兄貴分みたいな風貌なのだ。 柄物のバンダナを頭に巻いて、伸び放題の雑草みたいな頭を纏め。 Kより頭二つは身長の高い、ガッチリした体格である。 荷物には、鋼の胸当てや籠手や腰宛を外し括り着けている彼だが。 一目で他人の目を惹く、立派な棍棒を持つ。 黒い鉄の棍棒は、持つ柄の上となる柄先から次第に太くなり始め。 途中から、ゲイラーやセレイドの太い腕ぐらいに成る。 そして、その長さも、Kやダグラスの身長に相当。 更に、太く成りきった中ほどから先端までには、無数のギザギザした棘を持っている。 こんな物で殴られるのは、モンスターでも真っ平御免かもしれない。


今、東屋の真ん中辺りで、のんびり腰掛けに座って居るKは、ポリアの乗っていた馬車の面々を見て。


「バカ共が。 ポリアがそうした様に、何で事前に酔い止めを飲まないんだ?」


“着ける薬が無い”、と云わんばかりに呆れる。 朝のフェレックの様子に引っ張られたのだろうが。 それでも、注意した話を良く聴いて無い証で在る。


そんなKの前に、何者かが進み出た。


「?」


前を見たKの視界には、耳が隠れる程の黒髪に、細長い眼、やや右曲がりの潰れた印象を受ける鼻をし。 薄い唇に、少しほおのエラが目につく、のっぺり顔をしたやや細身の男性が立つ。


実は、これがフェレックのチームに居る、〔ヘルダー〕と云う人物の印象である。 その冒険者としての姿も、また他の者とは少し変わっていた。 服は、腰から前後に‘前掛け’が付いている、繋ぎの様な黒い全身服で。 生地は、厚手の丈夫な物だ。 そして、胸には鋼鉄の細いチェーンを編んで作られた、軽さを追求した胸当てを着けている。


「何だ?」


フェレック等を見下した口調を変えず、Kが問う。


すると、これまで飲食以外は、全く口は開かないヘルダーが。


「・・・」


口を利かないままに、身振りや手振りで何かを訴える。


すると、首を動かして脇を向くK。


「“使うのを渋った”だぁ? バカ云うな、俺は予防薬と言っただろうが」


すると、またヘルダーと云う男性が、身振り手振りで何かを訴え掛ける。


脇目の片隅にて、それを見たKは、


「駄目だ。 トルトの村に行くのは、遅らせない。 なぁ~に、吐き切れば落ち着く」


と、言い切った。


Kとヘルダーの間に、会話が成立していた。


其処へ、


「アンタ、〔ジェスチャーサイン〕まで解るのか」


なかなかの滑舌がハッキリした、男性の低く耳当たりの良い声がする。


Kの前で、ヘルダーの右側に来たのは、学者のイクシオ。 無精髭の在る顔だが、やや大きめの金眼、鼻筋の通った鷲鼻、理知的な雰囲気も漂う切れ者顔の人物で在る。 然し、やはり彼のトレードマークは、その黒みの強い栗毛色をした天然の癖っ毛を隠す、〔テンガロンハット〕だろうか。 また、ハーネスの様な帯を肩へと通し、黒いベルト状の帯を纏う様なものを身に付けている。 これは、帯鎧〔ベルトメイル〕と云う、れっきとした鎧の一種。 ベルト状の帯の中には、薄い鉄板が入り。 身動きをなるべく邪魔せずに、防御を高める装備品で在る。


ポケットの多く付いた皮ベストに、青い生地の長ズボンを穿くイクシオが。


「リーダーさんよ。 ヘルダーの言ってるのが、良く解ったな?」


だが、Kは全く言動に変化も見せず。


「〔ジェスチャーサイン〕は、元々の起源が戦いの中で使われた合図から来ている。 こっちの男は、口が利けないんだろうよ」


と、ヘルダーをチラ見した。


イクシオは、ヘルダーを見てから、またKを見て。


「解ってたのか」


「まぁな」


すると、ダグラスもやって来て。


「リーダー。 口が利けないってさ、この先・・色々と大変じゃないか?」


と、言うのだが…。


「ま、会話が出来ないと云う意味では、チィっと大変かもな」


こう言ったKなのだが。 ダグラスを見ると、更に。


「だが、俺を抜いた面子では、ゲイラーか、この男か、だ」


この言っている意味が分からないダグラス。


「何がよ」


すると、Kの眼が細まる。


「決まっているだろうが、戦う腕だ」


Kの話に、ダグラスは固まる。


(“戦う・・”って、はぁ?)


思わず、ヘルダーを見るダグラスだ。 見る限り、武器を持っている様に見えない。 フェレックの話では、攪乱要員と聞いていた。


この時、ヘルダーもダグラスを見返す。


二人が、確実にお互いを品定めした。


然し、先に視線を外すのは、ヘルダーだ。


その、素っ気ないヘルダーの態度に、ダグラスは無性に対抗意識が芽生える。


気分の悪い冒険者等を見るKだが。


「ダグラス。 ポリアもそうだが、余所見をするなよ。 ゲイラーやヘルダーに比べたら、まだまだなんだからな」


ブッスリと、釘を刺された感じのダグラス。 流石に、ガッとヘルダーを睨んだが…。


「リーダー、ちょっと来てくれ」


ゲイラーが、Kを呼びに来た。


「ど~した?」


「向こうに、旅の途中の冒険者が居るんだが。 幽霊が出るって、震えてる」


「はっ。 ゴースト如き、マクムスの司祭サマか、システィアナに任せろよ」


と、腰を上げる。


これに合わせて、ヘルダーとイクシオも、自分たちのリーダーで在るフェレックの方に。


「ったく、高が荷馬車で乗り物酔いとはねぇ」


フェレックの性格からして、口を開けば文句を吐くのみと。 イクシオは、面倒臭そうに言う。


ヘルダーは、頷いて肯定して返すのみ。


その背を見送るダグラスは、眉間を険しくして。


(喋る事も出来ない奴だぞ。 武器だって持ってない、逃げ回り要員だろうがっ。 何で、ゲイラーと同じなんだよっ!)


苛立つダグラスは、ポリアの元に行こうとしたが…。 見ればポリアは、キーラの世話を焼いていた。 然も、レックや巨漢のデーベと話しながら。


(何か、俺って…)


取り残された感を覚え、淋しくなる。 暇なの・・みたいな態度で、ゲイラーの処に行く。


呼ばれたKがゲイラーより話を聴けば。 問題の幽霊騒ぎとは、道が全く違う、別れ道の先の廃屋だとか。


Kは、直ぐ近くだからと、その冒険者に案内させる事に。


寄り道をすると聴いて、ゲイラーは驚いた。


「あ、大丈夫か?」


すると、Kは。


「心配なぞ要らん。 夜に成って帰って来ないなら、マクムス氏をポリアの馬車の方に乗せ。 ポリア主導で村に行かせろ。 あのゲロ吐きの奴らは、全員連れて行けよ。 早く休ませる必要が在るからな。 宿の手配さえすればいい」


ゲイラーは、それよりも。


「だが、何でポリアなんだ?」


すると、やって来たダグラスを一緒に前にするKが。


「そんなの、今のポリアを見れば解るだろうが」


と、男女の冒険者らしき二人を促す。


Kに言われて、ダグラスとゲイラーは振り返った。 二人の視界では、ポリアを中心に冒険者達が集まっていた。 システィアナやマルヴェリータも行き。 マクムス氏が、気分を悪くした者を診るのだが。 ポリアは、フェレックのチームやら、ゲイラーのチームと一緒に。 何やかんやと、色々話し合っている。


普段、言い寄って来る男性には、強く一線を引く彼女だが…。 一方で、他人を気遣ったり、和やかに話す輪の中では、まるで軸に成る様な存在感が在る。 自然とデーベやイクシオと、個性的な武器の話をしながらも。 一方では、システィアナやレックより、他の者の容態を聴いたり。 マクムス氏とは、


“最悪の場合は、どうしたら良いか”


と、相談したり。


そして、水袋を集め、水を調達すると云う態度のヘルダーが居て。 イクシオが代弁すると、気分を悪くしている者の方を気遣う。


彼女は、こうゆう状態が初めてらしく、その様子にぎこちなさや、慌てる様子も見受けられる。 然し、またそうする彼女を軸に、周りが動いたり、助けたり。


突っ立つゲイラーだが…。


「ま、突っ立ってる俺よりは、ポリアの方がずっと無難か。 あのリーダー、人物眼も凄そうだ。 全く、何者なんだか…」


と、Kの意向を伝えに行く。


ダグラスは、ポリアを見てまた取り残される。


(ポリア主導…)


ダグラスが知る限り、ゲイラーのチームの皆も、フェレックのチームの皆も、ポリア達を買うのは容姿だけ。 実力が在るなど、感じても居なかったハズだったが…。


ゲイラーからの話を聞いて、ポリアからは。


「はぁ? 私が率いる? 訳解んないわよっ。 ケイは? 居ない? 何よそれっ」


こんな声がするも。


兄貴分の様なデーベが。


「スタこと、気にすンなや。 フェレックもあげな通りだ。 片方の馬車ば行かせるつ~ならよ。 お前さんがリードすりゃエエがよ」


と、言い。


イクシオも、


「確かに、フェレックも死んでるし。 ポリアは、馬も操れるンだろう? 片方を先に行かすなら、ポリアが仕切ればいい。 あのリーダーが云うんだ、文句も無い」


と、気にしてない。


ポリア本人は、物凄い不満顔をして。


「何か、押し付けられてるカンジ~」


と、ブツクサ云うのだが。


狩人にして、薬草や薬にもそこそこ知識が在るレックも。


「なぁに、仕方無ければ、私やマクムス様が同行する。 その時のポリアは、リーダー代行をしてくれればいい。 ゲイラーは、戦う事は一級だが、状況を察する感覚は普通だ。 ポリアでも、十分に務まる」


と、こう言う。


確かに、ゲイラーもその通りと。


「悪かったな、普通でよ」


と、突っかかるも…。


「ゲ~イ~ラ~さ~ん、お手手を~貸してく~だ~さ~い~」


システィアナの声が聞こえた瞬間。


「はぁっ!! ゲイラー行きますっ!!!!!」


と、バカみたいな大声を出す。


その声に驚いて、ハクレイが。


「うぷっ、ぷぷ…」


吐き気が上がって来て、東屋の裏に口を押さえて急ぐ。


それに慌てるポリアは、同じくゲイラーの声に驚いたので。


「このデカブツバカっ、そのまま逝ってしまえっ!」


ポリアが怒るのも、無理は無い。 床で横に成っていたボンドスも、吐いて戻って来たキーラも、声に驚いてまた吐いたのだから…。


マルヴェリータは、寒いからローブをしっかり着てフードまて被りつつ。


「確かに、片方を行かせるなら、ポリアの方が無難かもね。 ゲイラーよりは…」


と、面倒臭そうに目を細めて、システィアナに従うデカブツを見る。


周りに居る面々は、それが一番と頷いた。


然し、Kは意外と早く戻り。


“人殺しの現場に、ゴーストが湧いた”


夕暮れ時の薄暗い中で、こう云うだけ。


小雨の中で、東屋からわざわざ出迎えて聴いたポリアが、


「ゴーストは?」


と、一緒に東屋へ向かいながら問う。


「あ? 高がゴーストだぞ。 ま、遺体に聖水をぶっかけて来たぐらいか」


「ぶっ、ぶっかけてた・・って…」


そんなアバウトでいいのか、とポリアが思うのだが。


「大丈夫だ。 穴に埋めて来たからよ」


と、Kはアッサリ。


東屋に入る辺りで立ち止まったポリアは、腕組みすると。


「動くのはイイけどサ~。 ケイって、意外て荒っぽいよね。 大丈夫って確信が在るんだろうけど、もうチョコっと優しく出来ないの?」


非難を向けられたKだが、東屋に戻り腰掛けに座る。


「フン。 そう思うなら、お前がデキる様に成るこった」


と、まるで他人ごとの様に言うのだ。


「う゛ぅ、辛辣だよぉ」


口の言い合いすら全く勝てる要素が見えないと、ポリアは頭を押さえた。


処が、服の濡れた事も無視する様にKが。


「陽が落ち切ったら、出発する。 ゲロ吐き共は、薬を飲んだのか」


と、これまた辛辣だった。


結局、暮れてから皆を乗せた荷馬車が出立した。 同じ面子で乗り込む馬車の荷台は、非常に暗くて、フェレック等の呻き声が不気味だった…。


同乗したポリアは、そう感じる事に成る。


Kの予想では、トルトの村へは、明日の夜中に着くとの事だった。

御愛読、有難う御座います。 新型肺炎の影響も在るので、暇潰しに成る様に、5月までにはこの話を完結にしたいと思います。

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