始まりの編:第一部:その男、伝説に消えた者。 その5
【最終章:正しき後始末の仕方】
★
その7、事実と現実を考えた動き方。
★★★
さて、明け方の早朝になって、老女将と宿に戻るK。
「うぅ・・なんでっ、なんでクォシカなんだい・・。 死ぬなら、アタシが代わりたいよ・・」
生い先短いと云う意味で、こう繰り返した老女将が宿に戻れば。 食堂に明かりを入れる女将は、Kに果汁のジュース、自分にはワインを持ち出して来る。
椅子に座った体勢から、脇目にそれを見たKは。
「おいおい、女将よ・・。 もう朝方だってのに、これから飲むンかい」
すると、力業の勢いでコルクを抜いた老女将。
「当たり前じゃないかいっ。 こんな日でも、宿は開けてなきゃいけないんだ。 酒の一杯ぐらいで、潰れるアタシじゃないよっ!」
完全なる自棄酒だと、そう察したKだが。
「そうか…」
と、のみ。
そのまま二人で、夜明けの飲み会であった。
その後に少しして、そこへポリアが起きてきた。
「あたた、・・って、あれ? 二人で、何してるの?」
「ポリア、こっち来て呑むか? 女将が、自棄酒してるゼ」
「はぁ?」
「クォシカの葬儀が、さっき終わったんだ」
女性物の普段着となる、首と背中で紐で縛る衣服一枚ながら。 スカートをなびかせ髪も結わないままの姿で、ポリアも遣って来た。
「そっか、終わっちゃたかぁ~~~」
椅子に身を投げ預ける様に座ったポリア。 今日にはこの町を出るので、酒ではなくジュースを貰い。
「・・・なんか、凄く悲しい事件ね」
体中が痛いポリアで、まだ眠いが。 クォシカの葬儀が終わったと聴くや、今までの記憶が蘇って来る。
すると、酔い始めた女将が、ポリアに。
「なんだってっ、あのラキームが生きてるんだい? え?! どうせ、クォシカがあんな森の奥に行ったのは、アイツの仕業も絡んでるんだろ?」
意外に鋭いと感じたポリアは、困った顔でKを見るが…。
解決した本人は、シレ~っとソッポを向いて居る。
だが、酒に勢いを借りる老女将は、
「ふんっ!! あんなバカは、モンスターのエサにでもしてしまえば良かったのにっ!」
と、テーブルを乱暴に叩いた。
そして、グラスを持つ手を伸ばし、老女将はテーブルに突っ伏すと。
「あああ・・・・クォシカぁぁっ! かわいそう・・・可愛そうにぃぃぃ。 嗚呼っ、か・かわ・・・・可哀想にっ、おおおお…」
と、泣き出してしまう。
その様子を見るポリアの本心は、モンスターのエサか、叩き斬ってやりたい気持ちなのだが。
然し、何故かKは黙っていた。
結局Kは、クォシカの遺体を捜す事からして、一睡もしないで居て。 朝、だいぶ過ぎた頃に起きてきた仲間の皆に。
「さて、ラキームのバカたれに挨拶してから、クォシカの墓行って。 そのまま、マルタンに戻ろう」
と、皆に云う。
ポリアは、朝方の時点で聴いていたが。
身体がガタガタのマルヴェリータは、もう一泊したかった。 なにせ、疲労やら筋肉痛で、全身がバリバリいって居る。 まだ20前半の年頃だと云うのに、‘おばあさん’みたいに腰を曲げて、ステッキを使って歩かないといけないのだ。
然し、金は払うと言ったマルヴェリータに、Kは言う。
「多分、もう一泊は無理だぞ。 こっちがしたくても、ラキームがさせないだろう。 俺達は、最悪の目撃者だからな」
その言われた意味は、ラキームの元に行ゆけば、ポリア達も理解出来た。
町の東の外れに在る、なだらかな丘の上に。 ラキームや父親のアクレイ氏の住まう屋敷が在った。
ポリアを先に立て訪ね、面通しを願うと。 大きな屋敷の一角にある、応接間に通された。
黒い、デザイン性の高いティーテーブルを前にして。 Kが、最も前の一人用ソファーに腰を降ろし。
ポリア達は、数人掛けのソファーに座った。
見回す応接室は、中々の広さで。 ソファーはどれも、上質な素材のものを使った凝った代物だ。 壁紙は、春先の植物を描いたモスグリーン調で、春らしい今にピッタリ合う部屋だ。
メイドからティーが出されて、待つこと少し。
ぞんざいな開き方でドアが開き、ラキームが入ってくるなり一同に言う。
「なんだ貴様等、まだ居たのか? 金を受け取りに、さっさとマルタンに帰れ。 クォシカの葬儀も、昨夜に終わったんだろ?」
そして、窓の前の重厚感溢れるデスクに備わった白く背凭れの高いチェアーに、ラキームは偉そうにどっかりと腰を降ろした。
そのラキームの直ぐ斜め後ろには、ガロンが立つ。 長年、悪どい冒険者をやっていただけ在り。 立つガロンは、昨日の疲れなど見せていない。 寧ろ、気持ち負けした昨日を嫌ってか、怖く鋭い視線を向けて来た。
また、葬儀の時に女性僧侶がKに教えた事が。
“名誉の負傷だっ! クォシカを助ける為、モンスターに肩を遣られた”
昨日の帰る足で寺院に来たラキームは、こう煩く喚いては疲弊して傷ついた兵士を待たせて。 我先にと、肩の治療をさせたと聴いた。
今のラキームを見ると、肩の痛みなど全く無いらしい。
「・・・」
さて、見張り立つガロンは、Kをかなり警戒している眼差しだった。
だが、そのK本人は、早く話しを終わらせる為に、早速と用件を切り出した。
「今日、此処に来た話しは、とても簡単だ。 ま、どうせクォシカの事件の事は、公にならんだろうが。 一応、関わったからには全てを知りたい。 だから、簡潔に聞く。 ラキームさんよ、御宅はクォシカを誘拐して、どうしたかったんだ?」
唐突ながら、既に粗方の事を解っている質問を投げるK。 そんな彼の様子には、ポリアとマルヴェリータは勿論、仲間達皆がギョッとしたし。 ガロンとラキームも、狐につままれた顔になった。
腕組みして座っているKを見て、ガロンとラキームは理解に苦しんでか、何度も見合った。
然し、紅茶を飲んだKは、何故か続けて。
「アンタは、クォシカに婚約を破棄されて頭に来た。 だから、誘拐しようとした訳か?」
この話は在る意味で、女性には嫌な現実へと繋がる質問と成る。 ポリア達は静かに下を向いた。
一方のラキームは、汚い光を宿した眼でKを見る。
「フン、だとしたら?」
「答えになってないな。 この仕事を協力会に頼んだのは、アンタだぞ。 森でクォシカの話した事を、憶測混じりで経過報告として話してイイなら・・、それでも構わないが? 報酬を払わせる為、部分部分で口を噤む代償だ。 最後に、事実ぐらいは言ったらどうだ?」
「ふん」
Kの思惑を聴いたラキームは、一つ鼻で笑う
其処に、ガロンから耳打ちが入る。
(協力会に成功報告をする為には、仕事の経過報告が条件です。 もし、曖昧な情報のままでは、全てを斡旋所の主に語られまする。 其処からは、斡旋所の主の気持ち次第ですが。 生真面目な主ですと、国にも話される恐れが…)
こう聴いたラキームは、冒険者達も金をすんなり得る上で。 余計な過ぎた事実を伏せる必要が在る、とそう思ったのだ。
少しの間を置いてから。
「・・ま、いいだろう。 貴様等のお陰で父上には、クォシカの遺体を取り戻した私の武勇を語れたのだからな。 そうだ、お前の言う通りさ」
この物言いにて、ポリアも、マルヴェリータも、ラキームが自分に都合良く事実をねじ曲げて、他人に言っているのを知った。 多分、自分達が去った後、勝手な話しを町に言い触らすのだろう。
語る気に成ったラキームは、メイドが出して行った紅茶を飲んでから下劣な光を眼に宿して。
「全く、あのクォシカには、ホント困ったモンだったぜ。 せっかく、俺様の嫁にしてやろうと言ってるのによ。 俺の女になれば、何の不自由もなく、可愛がられて生きて行けるのに。 親父が自殺したぐらいで、急に断りやがってっ!!」
と、机を叩いた。
然し、聴いていたKは、全く動じる様子も無く。
「それで、あのゾンビやレヴナントに成っていた冒険者を金で雇った訳か?」
Kの問いに対し、ラキームは異常者のように嬉しそうに笑い始め。
「うぷぷぷっ、そうさ~。 こうなったら、捕まえてモノにしちまえばいいと思ったのさ。 処が、金で雇ったギーシンとか言う男。 このガロンには頭が上がらないって感じだったから、大丈夫だと思ったのによぉぉ。 思いっきり裏切ってくれて、事態はサイアクだぁぜぇ~」
自分の考えが及ばなかった、とラキームは机をさらに叩き。
「ったくっ! フタ開けてみれば、なんだコリャっ?!! あのバカ共のお陰でっ、クォシカを喰い損なったゼっ!! 捕まえて、用意した離れに閉じ込めてから。 あの薄着の服をひん剥いて、泣き叫ぶクォシカを押さえ込んで。 死ぬまで喰い散らかしてやろうと、そう思ったのによぉぉぉっ!」
その、ラキームの好き勝手な言い草に、ポリアは悔しさと嫌悪感から怒りの血潮が全身に駆け巡り。 握る拳から爪を手の平に食い込ませてか、じわっと血が出た。
また、マルヴェリータの冷めた瞳が、幽霊のように生気が無くなり。 その一点を見据えてラキームを睨む様は、人を殺す事すら厭わない目つきである。
俯くイルガとシスティアナは、服をギュっと握り。 身体を駆け巡る怒りに、必死で堪えている様だった。
さて、ポリア達が何故に何も言わないのか…。
それは、予めに全員へKが言って在るからだ。
“俺は、これからラキームを罠に掛ける。 話がどう転ぼうが、どんな事があっても怒ったり騒ぐな。 それが出来そうに無いなら、面会に同席するな”
と、前以て念押しをしたのだ。
この注意をされていたものだから、誰もがラキームの悪態に堪えていた。
其処まで聴いたKは、怒る処か呆れた様子にて。
「ハァ、なるほど、そうゆうことか。 やはりクォシカは、冒険者に捕まる前に、誘拐に気付いた訳か。 それで、あの森の奥の神殿に・・」
一方のラキームは、詰まらない事だと云う素振りに変わり、ツメを弄りながら。
「せっかくのお楽しみ人生が、それで台無しさ~。 ま、別に可愛い貴族の女を見つけたし、そっちを可愛がるわ・・・。 話は以上だ。 解ったら、さっさと出て行け」
言われたKは、素直な流れのままに頷いた。
「言われなくとも。 つ~か、正直な処は、もう少し早く町に来たかった」
と、立ち上がった。
「貴様、どうゆう意味だ?」
ガロンは、Kを睨み見て言った。 余りに素っ気なく、ポリア達とは態度が違っていて。 其処に、強い違和感を覚えた。
席を立ったKは、ガロンを脇目で見て。
「クォシカが生きてりゃ、テメエ等を斬り倒して。 俺は、クォシカとめでたく結婚できたかもしれん」
この戯言に合わせ、ポリア達が立つ。
戯言を聴いたラキームは、Kを睨んで。
「キサマぁ・・・、この町史を斬るだとぉ? 国の役人に、ふざけた口を利く気かぁ?」
すると、珍しく目元や口元をにっこりして見せるK。
「いいや」
彼にしては、爽やかな物言いと言って良いほどの言動たが…。 言った後に、眼元と口元を不気味にニヤニヤさせると。
「テメェ等二人、その首をよぉ~く洗っておけな。 ギロチンで、スッパリ簡単に斬り落とし易いように…」
このKの言葉を受けて、ガロンはハッと或る事を思い出した。
(待てっ。 〔首切り刑〕は、法の中に於いて最悪の罪人に執行される処刑法だ。 貴族などが宣告される場合は、もっとも極悪非道な事例のみだぞ?)
俄仕込みながら、この国の法律を覚えた内容を思い出したガロンは。 何故に、一介の冒険者に過ぎないKの口からそれが出たのか。 その事に対して、凄まじい不安感が感じられた。
「待て。 キサマ・・・何か企んでるな?」
こう言ったガロンを、Kは何処か嘲笑うかの様な視線で睨む。
「だとしたら? 此処でアンタが、俺を斬れるのか?」
「ぐっ」
剣に手を掛ける気に成ったガロンだが、目の前に居るKの気配だけが消えた事で。 殺気に似た不穏な気配を覚えた。 今、剣を先に抜いただけで、Kに斬られるかもしれない。
そのKは、手でポリア達に“出ろ”と合図して。 彼女達を外に出させる間は、ガロンと対峙する。
「な゛っ、なんだ? ガロン? どうしたっ?」
慌てるラキームなど視線を噛み合わせる二人は、眼中に入れていない。
Kは、ポリア達が出て行ったのを察してから、左目を細めると。
「フッ、気が変わったぞ。 黙って行こうと思ったが、少し悪戯をしてやろう」
と、口元に不気味な笑みを浮かべる。
一方のガロンは、Kが目の前に居るのに、何故か気配としてその存在が感じられず。 四方八方から殺気を感じる感覚に、心底から恐怖した。
「お゛っ、おま・え・・、一体・・・何者だっ」
問われたKだが、その全身から窺える余裕は、額から汗を流すガロンとは対照的で在り。
「俺が何者か・・、そんな事を考えてる暇なんぞネェぞ」
「なにぃお?」
応えるガロンの顔は、余裕が無いなんて処では無い。 眼が血走って、緊張感や恐怖感に因ってか、戦える心境にすら無い様な感じだ。
Kは、ガロンの横で怯えるラキームを一瞥すると。
「ガロンよ。 死ぬまで此処で、そのバカと二人して怯えるがいい。 もし、後で逃げたのが解った時は、俺がキサマを直々に斬ってやろう」
此処まで言ったKは、その目を細めて下から舐め上げる横に睨むと。 その左手を広げて、ゆっくりガロンの顔の方に翳す。 そして、‘引っ掻く’様に手を動かしながら。
「ガロン。 これは‘死神’との誓いだ。 この言葉を、その薄汚い頭に刻んでおけ」
Kの仕草、その文言・・。 見聞きしたガロンの瞳が、これまでに無い程に強く、グワっと見開かれた。
(やっ、やはりこやつっ!!!!!!)
何故か。 生易しい生き方をせず、人を踏み潰して生贄にし。 今日まで遣りたい様に遣って来たガロンだが。 今、全身から汗を噴き出して、震えが止まらなくなった。
固まるガロンを見捨て、ラキームなど眼中にすら入れず。 Kは部屋を出て行った。
Kが出て行く時からラキームは、ガロンにしがみついて。
「ガロンっ? どうした? 何か知ってるのか?」
このガロンの怯える姿に、ラキーム自身も恐ろしくなる。 立って、ガロンの肩を掴んで揺さぶったが…。
立ち尽くしたガロンからは、何の反応も返って来ないままだった…。
さて。 外に出たKは、既に普通のKだった。
「さて、墓に行くか」
玄関先の櫻の大木から、ハラハラと淡い桃色の櫻が舞い落ちる。 櫻の雪の中、ポリアを先頭にクォシカの墓参りに向かう事にする。 ラキームの家の敷地内を抜ける並木道の櫻は、儚げでキレイであった。
クォシカの墓参りに行く途中となる。 ラキームの言動を思い出すのか、ポリアはイライラしながら。
「ね、ケイ。 あんな事まで聴いて、一体どうするつもりなの?」
その横をヨロヨロとステッキを付いて歩くマルヴェリータは、呆れた声でポリアに。
「教えてくれないわよ。 着いて行けは、次第に解るわ」
此処でKは、マルヴェリータを見て、
「漸く、俺が解ってきたねぇ」
と、言った後。
「然し、その姿は何だかなぁ~。 歩き方が、‘おばあさん’だぜ?」
疲労と筋肉痛で、まともに歩けないマルヴェリータやシスティアナ。
「う゛、うるさいわよ」
赤面のマルヴェリータは、マルタンへの帰りも馬車で帰ると云う。
だが、一緒に歩くイルガやシスティアナも、ラキームの話しを聴いているだけに。 この会話で笑えなかった。
昼過ぎ。
五人の姿は、墓地にあった。 花束に囲まれたクォシカ一家の墓石。 春の風に乗り、辺りに咲く桜や桃の花が舞っていた。
「・・・」
Kは碑に花を手向けて。
システィアナは懸命に祈っていた。
ポリア達は、Kの言う通りに直ぐに王都マルタンへ戻るべく。 オガートの町を後にした。
マルヴェリータは、野菜を買い付けに来た馴染みの御者を見付けると。 モンスター騒ぎやらクォシカの葬儀の影響からか。 買い付けが上手く行かない馬車の隙間に、自分達を乗せる様に交渉した。
此処で、ラキームから貰った危険手当てが、モノを云う事に成る。
さて、町を去るKやポリア達を見送りに、シェラハと宿の老女将や下働きの女性達が来てくれた。 町の入り口。 大きな楡の木の下で。 シェラハは、みんなを乗せた荷馬車が消えるまで、ずっと見送ってくれた。
馬車に乗っかって街道を走り始めるなり。 Kは疲れたとさっさと寝る。
だが、疲れているのは、皆同じ。 ポリアやイルガとて全力を出し切って、筋肉痛が襲っていた。 それぞれが会話も少なく、水分補給や食事くらいしか起きない。
御者の男性は、この仕事をする中でも老練で無口な者だが。 ホーチト王国最大勢力と成る商人の、マルヴェリータの家に雇われただけ在り。 その性格や気を遣う様は、しっかりした人物だった。
何故、それが解るかと云えば。 一見すると話し上手でも無いし、何もしないようで居て。 こまめに水場に寄ったり、夜の夜営場所はちゃんと抜かりのない場所にする。
また夜だけは、Kとこの老練な男性が世界事情で話しが合えば。 様々な文化、流通事情、有名な名勝などが話題に上って。 傍目でポリア達が聴いていて、全く暇にならなかったのだ。
老人の御者は、若い頃に冒険者をやっていた経験でも在るのだろうか。
過去の自分は、‘船乗り’だったと語るその老人だが。 Kは、その辺を上手く躱しながら話を続ける。
“流石に、人と関わるやり方も玄人だ”
と、イルガに思わせたKだった。
さて、マルタンまで、普通に荷馬車なら約二日半の距離。 然し、満身創痍に近いポリア達だった為に、夕方は早め早めに休み、水分補給や休憩を多く取った事から。 着いたのは、オガートを経って4日目の朝である。
今、マルタンまですぐ其処と云う辺りに居る。 彼方此方の街道から来た荷馬車や乗用馬車が、街道に列を作っていた。
走る速度が鈍くなる中で、幌を避けて空を見るKが。
「今日は、少し雲が多いな」
この空模様と、海側から吹く風を感じて。
「あ~あ、こりゃ~今夜は、雨くせ~な」
と、続けた。
横で聞くポリアは、内心に。
(雨に、匂いは無いです)
然し、口には出さない。 Kが云うのだから、雨は降るのだろうと理解したのだ。
そして、見上げる高さまで陽が昇る頃。 マルタンの街に入る為の、巨大な城門の様な鋼鉄の扉を潜り抜けた先は・・。 海の香りが漂う、王都マルタンだった。
街に入れば、道を歩く人の多さの凄いこと。 また、通りを右往左往する馬車の数もまたひっきりなし。 賑う雑踏の雰囲気が、オガートの町とは全く違う。
そう、漸く帰って来たのだ。 仕事を請けた街に…。
マルタンの街に入って、協力会の拠点支部と成る斡旋所。 【蒼海の天窓】が在る道へ入るべく、分岐路で降ろしてもらった一行。
さて、歩いて大した距離の無い道の途中だが、斡旋所の上部が見えている処で。
“面識が在り、知るのは名前ぐらいのみ”
まぁ、それぐらいの知り合いと成る冒険者達に会うポリア達。
「よぉ、ポリア」
「おっ、マルヴェリータさんも、相変わらずお美しくいらっしゃる」
顔の良さを自負するタイプの口だけ学者と。 自然魔法と云う、マルヴェリータの遣う魔法とは違う、伊達男気取りの魔術師が混ざるチームが、わざわざ近寄って来た。
相手のチームは、9人と云う所帯の多いチームで。 生意気そうな女性の剣士、身体の大きさを威圧感に見せる重装備の大男が居る。
イルガは、そのチームが近付くなり。
(こやつ等か。 長く絡まれて、お嬢様が苛立たなければ良いが…)
と、心配した。
このチームの男達は、誰もがポリアやマルヴェリータに好意が在り。 以前から度々に誘い、徹底的に断れた経緯が在る。 最近ではその好意が空回りして、悪態を見せる様に成っていた。
気取った感じの長めな金髪をした学者の若者は、ポリアに気安く近付くと。
「姿を数日見ないと思ったら、息抜きでもしてたのか?」
そのしたり顔は、ポリアの一番嫌いなタイプだ。
然し、喋り掛けられたポリアは、
「違うわ。 チョット、仕事に行って来たの」
随分とサッパリした物言いで返す。
すると、何処か偉そうな雰囲気を纏う魔術師の男性が、マルヴェリータに近寄り。
「‘仕事’ねぇ・・。 大方、農家の手伝いとか? 頭を遣う方は、サッパリの君達だから。 そんな仕事が、お似合いだと思うよ」
完全に、からかわれていたが…。
言われたマルヴェリータは、
「じゃ、イイんじゃない? 冒険者の仕事も、適材適所。 オガートの町で、色々と楽しめたわ」
二人の美女の物言いは、全く引っ掛かりが無かった。
気の強そうな女性の剣士が、ポリアに突っ掛かろうと一歩を踏み出すのだが…。
ポリアが、先んじて歩き始め。
「じゃぁ、ね。 報告して、小銭を貰わなきゃイケないから」
その姿に、立ち止まっていたKが不思議と柔らかく微笑した。 小さな成長を見て、Kも何かを感じたのだろう。
また、マルヴェリータも、システィアナと歩き始めながら。
「お疲れ様。 仕事、頑張った方がイイんじゃなくて」
と、相手に言う。
その言葉に、イルガは相手の学者の手を見て。 依頼の張り紙らしきスクロールを見付け、マルヴェリータの言った意味を知る。
(ふむ。 お嬢様も、マルヴェリータも、何か確かな成長をされた様だ…)
目の前のチームは、普段はポリア達よりもチョットだけ仕事の出来が上だから。 ポリア達よりマシな仕事を貰うだけで、直ぐに自慢して来る者達だ。
処が、男達に絡まれたポリアやマルヴェリータだが。 今までなら、異様に苛立つのが常々だったのに。 今日は、妙にからかわれても気にならなかった様だ。
手応えの無い反応しか見せないポリア達に、何か気の削がれた彼ら冒険者は。 立ち去るポリア達を、逆に消えるまで見送っていた。
イルガは、其処に何か見えない線が在る様な、そんな気がしたし。
これは、見送る彼らも、同様だったかも知れない。
さて、斡旋所と成る館の前に来た一行。 館の前から広い港を一望できる。
「なんか・・戻って来たのね」
Kと知り合う前は、見飽きた景色だったのに。 不思議と懐かしく感じたマルヴェリータが、小さく漏らした。
横に居るポリアも。
「だね。 なんか・・・半月くらい戻ってない気がしてた」
システィアナは、海や港を見て。
「ここからの~うみさんはぁ~、とお~~ってもキレイですぅ~」
イルガは、しみじみと。
「然し、実に悲しい仕事じゃったわい」
それぞれにとって、クォシカの事件が衝撃的過ぎたのだ。
だが、解決をした本人のKは。
「おいおい、まだ終わってないぞ~」
と、一人館の中に入る。
Kの姿は、ある種の独特さが在る。 円形のカウンター内から彼を見た主人が、席より直ぐ立ち上がった。
「おぉ、良く帰って来たな」
禿げ頭の巨漢主のこの態度を見たKは、カウンターに近づきながら。
「どうやら、俺達より噂の方が早かったか?」
ポリア達も後ろから来る手前で、主人はKに頷いて返し。
「あぁ。 何でもモンスター騒ぎを鎮めて、行方不明の女の遺体まで見つけたんだろ?」
「経過が解ってるなら、話は早い。 金だ」
後ろからKに追い付いたポリア達は、彼の捌けた姿に言葉が出ない。 今は、金だのと貰うキモチには、どうしても成れないのだが…。
禿げ頭の主人が、カウンターの下に在る金袋を出して。
「然し、凄いな~ポリア。 まさかとは思ったが、こんな難事件解決するたぁ~驚いた」
Kの前にイルガと一緒に出たポリアは、詰まらないと云う雰囲気を醸し出しなから。
「実際に解決したのは、後ろのケイよ。 アタシ達は、雑魚みたいなモンスターと戦っただけ」
主人は、モンスター騒ぎの噂を思い出した。
「そうか、ゾンビやスケルトンが出たって言ったな。 雑魚ってのは、他にどんなのだ?」
前に出るマルヴェリータと、ポリアが見合ってから。
ポリアが、頭を抱えながら。
「ゴースト・・ゾンビ・・と、スケルトン。 後、青いゾンビの・・レヴナントだっけ? 他、紅いスケルトン」
と、指を折って数えながら言う。
其処へ、広い部屋の中で腕組みしていたKが、間を空けず透かさずに。
「“紅いスケルトン”ってのは、正式の名前が〔ブラッディロア〕と云うんだ。 死肉を喰らう大蛇モンスターの牙から、暗黒魔法と云う呪術で生み出す。 〔ゴーレムマジック〕の産物なんだ。 覚えとけ」
と、説明が飛ぶ。
「へぇ~」
Kの説明に、感心したポリアやマルヴェリータだが。
金を小袋に入れる主人の手が、ピタリと止まり。
また、カウンターの内側に居る。 30代くらいのバンダナ姿の男も、ポリア達を見たし。
その話を少し遠巻きで聞いていた回りの冒険者達も、カウンターのポリアやマルヴェリータを見た。
大男の主人は、Kやポリアを見て。 その場に居る皆を代表する様に。
「ポリア。 お前・・嘘は言ってない・・・よな?」
疑われたポリアは、酷く面倒臭そうな顔をして。
「マスター。 報酬貰うだけなのに、嘘なんか言ってどうすんのよ」
だが、主人の顔が厳しく変わり始め。
「だがお前っ、“ブラッディロア”なんて奴を生み出せるモンスターなんか、人の住む周りに匆々居ないぞ?」
この質問を受けて、Kは呆れた様子を態度に色濃くしながら。
「アホ。 行方不明と成った娘のクォシカの魂に、〔ラミア・リベラルド〕の呪い掛けるぐらいの奴だぜ? それぐらい、訳なく出来るさ」
と、言い捨てる。
処が、主人は更にギョっとした顔でKを見ては、興奮した言葉で。
「あンだとぉっ?! お前達っ、一体どんなモンスターと戦ったんだ?!!」
この主人の態度に、ポリア達は困惑した。 どうして興奮しているのか、チョット解らない。
然し、Kはあっさりと。
「森の奥深くに隠された根城に巣食ってたのが、〔ジェノサイスホロウ〕。 城の地下で結界の魔法陣を守護していたのは、〔ガーディアンレウス〕。 全く、〔亡霊王〕だの、〔石像竜〕だの、疲れる仕事だったゼ」
この間、金を入れる筈の主人の手が、完全に止まり。 語るKを凝視している。
其処へ、不思議に思うイルガから。
「マスター殿、如何した?」
「あ゛? あ・・いや」
固まっていた主人へ、Kが。
「おい、早くしろよ。 今日は、後始末に忙しいんだ」
こう言われてハッとした主人は、Kを見返しながら。
「おっおお・・・す・すまん…」
と、手を動かす。
然し、その内心は、酷く大いに乱れていた。
(ふざっ、ふざけるなよっ! そんな凶悪なモンスターを、簡単に倒せる奴がいるのかっ?!! 連れて行ったのはっ、駆け出しでも炙れてるポリア達だぞっ)
主人は、この情報をどう捕らえていいか、全く解らない。
何故ならば。 Kの話しに出てモンスターとは、冒険者の頃に自身もなかなか有名だったこの主人自身だって、一度として戦った事が無い相手。 強敵も強敵で、名うての冒険者チームが全滅させられた話すら在るのだ。
だが、仕事は成功している。 モンスター騒ぎをポリア達が鎮めたと、もっと早く街に来た商人などが、自慢げに話していたとか。
また、解決に関わったのが、美女のポリアとマルヴェリータの居るチームと、解り易い付属がくっ付いていた。
「ほら・・、や・約束通りの五千シフォン」
ぶっちゃけ、払っている主人は話が本当ならば。 強敵を倒した追加報酬を払う必要が在る、とそう感じる。
いや、本当にそんな強敵を野放しにすれば、町や村が直ぐに滅ぼされる。 冒険者達が、そうゆう危機を救ったならば、別途の追加報酬を払うのは名誉も混じる義務なのだ。
然し、受け取るポリアを見たKは、困惑する主人に。
「話が嘘だと思うなら、明日にでも〔ジョイス〕に聞け。 俺はこれから、ジョイスのアホの所に行くからよ」
混乱している主人は、聞いたことが有る名前だと。
「ジョイス・・、ん? 聴いたことあるが、・・・誰だったか?」
一方、其処へ。 俄にワナワナし始めたマルヴェリータが、声を震わせてながら。
「ケっ、ケ・ケイ? まさかっ、そのジョイスって・・・。 我が国ホーチト王国の、宮廷魔術師総師団長の・・じょ・ジョイス様?」
だが、出口に向くKは、主人やマルヴェリータに見られながら。
「他に、誰が居るんだよ」
「ひぇっ!」
とんでもない偉い人物の名前が出た、と驚いたマルヴェリータだが。
「ったく、七・八年前の駆け出しの時は、モンスター見ただけでビビって気絶しかけてたジョイスが。 今は、宮廷魔術師のトップたぁ~な、偉い身分に成ったもんだゼ」
と、言うと歩き始め。
「じゃな、お世話様」
主人に一言を残す。
さて、ポリアは辺りを見る。 駆け出しの冒険者達が、俄に騒ぎ始めていた。 倒したモンスターの事と、偉大な魔術師の存在で。 噂が起こり始める。
今までは、ポリアが向こう側だったのに…。
周りを窺うポリアに、イルガは。
「お嬢様、ケイが出て行きますぞ」
「え? あ、あぁ、うん」
Kの後に、さっさと続いていたシスティアナが、ドアを開けて此方を待っている。
Kは、もう外に出ていた。
さて、急いで外に出たポリアは、Kに。
「ねぇっ。 なんか、館の中が凄くなっていたわよ」
然し、そんな事などKにはどうでもいいのか。
「捨て置け」
と、素っ気無い。
煩い邪魔が無くなった処で、マルヴェリータは半信半疑の面持ちで。
「ケイ。 貴方は、本当に、ジョイス様を知ってるの?」
「・・まぁ、後始末までなら構わないか」
と、呟くKは。
「疑うなら、着いてくるか? ジョイスのゴミ屋敷に」
「え?」
突然の切り返しで、こう提案されたマルヴェリータは、ポリアと見合う。
だが、言ったKは、包帯の隙間に見える表情を‘面倒臭い’と云わんモノに変えながら。
「アイツは、昔っから片付けられない男だからよ。 屋敷ン中は、それこそ足の踏み場も少ない。 それでもいいなら、来るか? だが、本の津波に呑まれも、俺に文句言うなよ」
この話に、間髪入れずして。
「イクっ!」
飛び付く勢いで、ポリアが言った。
そして、Kに着いて行く事にしたポリア達。
細い路地を抜け大通りを戻って、マルタンの街を貫く最大の大通りに出ると。 そのまま、ひたすらに王城の方に歩き出して行くK。
この王都マルタンは、首都と王都を兼ねた街。 最も賑わう商業中心地から、北東に見える王城までなかなかの道のりがある。
歩き始めたポリア達は、雲が多い空の下を行く。 石造・煉瓦・木造の建築物が、道で区切られた敷地に所狭しと並ぶ商業区域を抜け出せば。 広大で、緑の豊かな植物園が在る、大広場へと入る。
この一帯のど真ん中に来ると。 女神像が掲げる杖から出す噴水をベンチが囲む、【緑の女神広場】が中心で。 この広場の斜め四方には、温室公園、野原公園、花園、林間公園の四区に分かれる中枢と成る。
Kは、女神広場まで来ると。
「何時に来ても、この広場の周りには屋台が溢れてら」
後ろに着くポリアは、既に野菜と肉を串に巻いて。 甘辛いタレを付け、香ばしく焼き上げた物を買っている。
「味も、サイコーっ」
杖を脇に側め、串を左右の手に持つシスティアナは、モゴモゴと口を動かし空腹を満たす事に夢中だ。
一方、甘い麩菓子を買ったマルヴェリータ。 串を持つ手まで優雅に見えるのは、その美貌や振る舞いのお陰だが。
「訪れる時期に合わせて、四季折々の草花が楽しめるこの辺りは、外国にも有名みたいね。 ポリアは、子供の頃に此処へ来て、思い切り迷子に成ったって」
Kは、向かう東側の左を見ると。
「こっちの温室公園は、鉢植えの迷路みたいだしな。 代わって、右側の花園は擂り鉢状の散歩道に成ってるし。 初めて来る時は、そりゃあ迷うだろうよ」
「あら、やっぱり見て回ったのね」
「俺は、薬師の技能が有るからな。 植物は、全て見て回るのが癖だ」
「‘癖’?」
「様々な樹木や草花には、毒性と薬効が在る。 毒性とて、弱めて使えば薬と変わり。 薬効も、正しく扱えなければ、毒に変わる。 匂い、色、味を確かめ、的確に調合しないと。 非常に面倒臭い事と成るのが、薬草の世界だ」
「む゛ず・・かしそう」
眉を顰めるマルヴェリータ。
然し、人の流れを見るKは、
「薬師は、その難しい部分を五感で察するんだ。 有る意味、それだけ身体を蝕む事と引き換えにして、生み出された歴史も在るって事よ」
「・・・」
Kを見詰めるマルヴェリータは、こんな大人らしい冒険者を初めて見た気がする。
(私達があしらわれる訳ね。 培ってる経験の域が、全然違う気がするわ…)
今回の冒険と云うか、依頼を経て感じた事は。 本物とそれ以外の差だった様な、そんな感じがしたマルヴェリータ。
さて、王城の正面前から伸びる大通りは、街を貫く大通りと成り。 この大公園の真ん中をも、通り抜けている。
今、春の陽気がまだ続いていて。 何種類も蝶が舞い、蜜蜂が花に止まっていたりする。 広い広い公園を抜ける間は、そんなのどかな様子を見て歩く一同。
その後、行政区に入ると、その景色は一変。 兵士が出入りする大きな宿舎や、日々に訓練する広場が現れたり。 各行政詰め所など、夥しい数の建物が王城に向かって波状方に区画正しく整理されて並ぶ。
此処へ来ると、歩道と車道が段違いで区分けされる。 また、大人の膝辺りまで高い歩道を歩くのは、繋ぎの制服に身を包む兵士や色違いの制服を着る役人達と成る。
ポリアは、辺りを見回すと。
「この辺りって、な~んか来る度に堅苦しく感じるのよね~」
大通りの段の下と成る真ん中は、黒い乗用馬車がひっきりなしで行き交う。
Kは、左側の壁の向こうに、隊列を組んで槍の集団訓練する新米兵士を眺めながら。
「こっちはこっちで、働く者が多いからな。 ま、活気はあるが・・。 やはり、“規律の中に生きる場所”、と云う雰囲気が強いよな」
「確かにね~。 こっちには、久しぶりに来たけど。 ウチの国と同様に、その手の雰囲気に溢れてるわ」
ポリアが周りを見てこう口にする。 ポリアの家柄からすると、他国も含めてそうゆう雰囲気を理解するらしい。
処が。 ポリアとマルヴェリータの美貌は、こんな所でも人目を引く。 歩いている兵士や役人が、明らかに立ち止まって目を奪われていた。
然も、兵士の訓練が行われていた広い施設を過ぎた頃。 黒塗りの常用馬車が、いきなり皆の少し手前横で停まり。 車体脇の窓が開く。
通り過ぎの真横で、髭を持った初老の紳士が顔を出しては。
「失礼だが。 貴女は、ミス・マルヴェリータ?」
声を掛けられたので、Kも含めて立ち止まる一同。 マルヴェリータも、父親の仕事が在る手前。
「はい、そうですが」
と、一応は壁を見せずに対応した。
髭から頭髪までキチンとした紳士風体の初老男性は、高そうな礼服やスカーフネクタイをした姿ながら。
「おぉ。 やはり、トルメイニ氏のご令嬢で有りましたか。 私、お父上の知人です。 お見知りおきを」
マルヴェリータにとって、一番イヤな紹介のされ方なのだが。
「それは、わざわざ立ち止まってのご挨拶、ありがとうございます」
と、差し障りの無い礼儀を返した。
その初老男性は、わざわざポリアにのみ挨拶を付けて。 窓を閉めると、馬車を走らせ行ってしまう。
馬車が行ってから、Kが流し目の様な視線からマルヴェリータを見て。
「流石に、この国一番の商人だものな。 トルメイニ氏は」
だが、この手の話はウンザリと、横を向くマルヴェリータ。
「関係無いわ。 だって、私が家督を継ぐ訳じゃないもの」
と、詰まらなそうにする。
だが、歩き出したKは。
「‘関係無い’とスッパリ言えるほど、無関係な訳ないだろうが。 お前さんと結婚すれば、政界にも、商業界にも幅が利く。 野心家や強欲な者からすれば、なまじに絶世の美人なお前さんだ。 無限の価値が在る宝石の様で、嫌がっても放っておかないさ」
自分の存在の一番イヤな部分を指摘されたマルヴェリータは、何も言えず黙った。
似たり寄ったりの存在で在るポリアは、話題を変えようと。
「ね~、ケイ。 ジョイス様の家ってまだなの?」
と、話し掛ける。
だが、その時だ。
数歩歩いた先でKが何と、通りを擦れ違うように近づいて来た、紅い車体の馬車を見るなり。 いきなり馬車の前に、ポ~ンと段差を降りて出た。
「う゛わっ!」
唐突な行動に、ポリアが驚き。
「どうっ、どうどうっ」
紅い車体の馬車を動かす御者が、慌てて馬を止めた。
何とか馬が止まった時に、
「こらっ、危ないではないかっ!!」
御者の横に座る、紋章の入った高官らしき服装をする男が、Kに向かって怒った。
だが、彼をKは気にしていない。
「おい、ジョイス。 この忙しいときに、何所へ行くんだ? テメェ、また本屋巡りかっ?」
Kは、馬車に直接言う様に喋ったのだ。
「え゛?」
「はぁ?」
ポリアとマルヴェリータが見合って、また馬車を見る。
一方、御者の脇で席を立つ高官の男が
「こらっ、貴様!! 通りすがりの分際で、ジョイス様を呼び捨てにするとはっ! うぬぬっ、何たる輩だ!!!」
と、更に苛立ち怒鳴りつける。
其処で、
「ん~~?」
馬車の窓からボサッとした頭の男性が、のんびりとした動きにて顔を出して来る。
だが、Kを見るなりに、顔の表情を明るくさせて。
「あ~っ、リーダーっだ!!」
と、驚くではないか。
高官服装をする操作席の男性は、馬車から顔を出す男性を乗り出す様に見て。
「ジョイス様っ、此方は・・お知り合いでしょうか?」
と、尋ねると。
顔を出す青年の様な男性は。
「うん。 私の、実の師匠だ。 今、降りる」
それを聞いたポリアとマルヴェリータは、二人してビックリした顔を向かい合わせ。
「しっ、師匠ぉ?!!」
と、声を合わせる。
さて、馬車の前に居たKだが、歩道側に降りるジョイスなる人物の元に行くなり。 まだ降りきらぬジョイス氏の頭を、“ペシっ”っと左手で叩く。
「アイタっ!」
つんのめって出て来るジョイス氏で在り。
ポリアもマルヴェリータも、その行動にとんでもなく驚いて。
「ちょっ、ちっちょっとっ!!」
と、声を掛け。
御者の隣に立つ高官の男性も、相当に驚いて。
「きっ、キサマぁっ!!!」
と、怒鳴る。
だが、Kの前に立ったジョイスは、何故か腰が低くて。
「リ~ダぁ~、怒らないでよぉ~。 ちゃんと、待ってたじゃ~ん」
その口調は、友人の頭が上がらない相手にする様子。
対するKは、かなり呆れた口調で。
「お前が、俺に、この話しを持ち掛けたンだろうがっ。 モンスター騒ぎまで起こったつ~のに、俺任せで安心してやがったな。 斡旋所に話も通さネェで、タラ~ンと読書と研究ばっかりしてたんだろうがっ!」
‘ジョイス’と云う男性は、Kよりも頭一つは高い背丈で。 見れば、まだ30前後の知的な優男風のイイ顔をしている。
然し、その身分の肩書きは、王にすら伺い無しで謁見する事が可能なハズなのだが…。
今は、Kにピシッと敬礼して。
「そんな~事は有りませ~ん。 ちゃんと、待ってました。 ハイ、仕事して待ってました」
と、解り易い言い訳をする。
対するKは、完全に辟易した様子にて。
「はっ! お前の性格の粗方を知ってる俺が、そんな話を信じるかっ」
取り付く島も無い態度をされたジョイスは、いよいよKに縋って。
「リィ~ダぁ~、マジですってぇぇぇ~」
と、子供の泣き落とし状態へ突入。
「ルッせぇっ! 話が在るんだっ、さっさとテメェの屋敷に行くぞっ。 ポンコツ魔術師が」
Kの話に、動ける要素を見たのか。
「ははぁーっ。 馬車にお乗りく~だ~さ~い~」
自分の乗っていた馬車の扉を素早い立ち直りから開き、Kを誘導したジョイスと云う男性。
マルヴェリータは家柄からか、王国主催の記念パーティーには幾度も呼ばれた事が在る。 その席にて、このジョイスを何度も見掛けた。
“ホーチト王国、宮廷魔術師総師団長ジョイス=クライムスレイ”
その肩書きを持ち、それとなく国王を警護した時の彼の威厳は・・・、今の何処にも無い。
(ケイ・・、貴方って何者なの?)
脱力感と困惑で、マルヴェリータは立ち尽くした。
その後、結局ジョイスの据え膳上げ膳の謝りで。 Kを含めたポリア達もその馬車に乗って、ジョイスの屋敷へと折り返して戻る事になる。
馬車の中。 キリリと姿勢を正したジョイスは、確かに立派な風格が薫り。
「こんにちわ、ポリアと申します」
と、ポリアがぎこちなく挨拶すれば。
「ご丁寧に、宮廷魔術師の団長を預かるジョイスです」
明らかに、正しい姿勢から頭を下げるジョイス。
「ちょちょっと、私達なんかに頭など下げないで下さいっ」
今は、一介の冒険者と決めている手前、慌てるポリアだが…。
脚を組んで腕組みして座るKは、呆れた様子をまだ見せるままに。
「ポリア、先に言っておく。 コイツに、そんな遠慮は要らネェ~ぞ」
と、言うと。
「お前ぇ、またネコ被ってやがるな」
また、ジョイスの頭を叩くK。
「う゛痛てっ! リ~ダ~、仕事上の建前も要るって~」
Kに対しては、ジョイスが何故か途端に弱々しくなる。
二人を見るマルヴェリータは、ジョイスとKの関係に興味深々となった。
「あの、ジョイス様。 私は、魔想魔術師のマルヴェリータと申します。 その・・商人トルメイニの娘と云えば、御解りに成りましょうか」
‘トルメイニ’の名前で、ジョイスもしっかりとマルヴェリータを見た。
「嗚呼、貴女は見た記憶が有りますね。 確か・・二年ほど前の、王の誕生パーティー・・・だったかな?」
「はい。 お見知りおき、ありがとうございます」
話を切り出す為の挨拶が通った、とマルヴェリータは一礼から頭を上げるなり。
「あの…。 ジョイス様は、此方のケイをご存知なのですか?」
すると、ジョイスは穏やかに笑って。
「知ってるも何も。 リ~ダ~は、私が最初に入ったチームの、リ~ダ~だもの」
こう言ったジョイスは、昔の良い思い出でも思い返す様に。
「いや~、いい思い出だぁ~。 あの、一生懸命に冒険した頃…」
と、如何にも感慨深いと云わんばかりのジョイス。
然し、その前では、口元をワナワナさせるKが居て。
「ほぉぉぉぉ・・。 モンスターを初めて見た瞬間に、泡吹いて気絶して。 二回目のモンスターと戦う時では、魔術師の誰でも知ってる魔法を、全く違う魔法に間違って唱えるし。 挙句に、混浴の在る温泉宿で興奮から一人でパニくって、女風呂に裸で突入したお前の日々が。 そぉ~んなに一生懸命だったのか?」
Kの話が出た途端、ジョイスはビックリしてKを見る。
一方、周りで聴いていたポリア達は、
「へ?」
「はぁ?」
「ほう」
「ふひょ~」
と。 ポリア、マルヴェリータ、イルガ、システィアナが、次々と眼を細めてジョイスを見る。
その4つの視線に気付く優男は、焦りから大慌てでKに縋り。
「リーダーっ! それだけはっ、言ってはいけませんっ!!」
と、言い訳を振り撒くのだ。
シレ~っとするKは、詰まらないとばかりに横を向く。
言い訳の断片から解る事は。 七年以上前にKとジョイスは、一年近くチームで一緒に居たらしい。
その後、Kは一人でチームを抜けて。 そのチームは解散した。
Kに仲間を預けられたジョイスは、残った仲間と新しいチームを組んだ。
“ライアットウィング”
今から3年ほど前まで、世界を駆け抜けたチーム。 ジョイスがリーダーをしていた、超有名チームである。
実はこう見えて、ジョイスの魔想魔法は世界五指に入ると謳われる。 特に、幻術や魔想魔術の補助魔法に掛けては、世界一とも、二だとも…。
何故か、急に冒険者の引退と云うか、活動休止をした時。 この国の宮廷魔術師の下っ端として仕官することを条件に、魔術師師団へ入ったのだが。 やはり、その腕が良過ぎる為、逆に閑職のこの地位に据えられたと云われる。
一見、自由気ままの様な雰囲気のジョイスだが。 その知性と正義感は、並の思いでは無い。 だから王に土下座されて、この地位に入った。
さて、下らない話しは、この辺りで立ち消えに終わった。
そう、ラキームの素行調査をKに依頼したのは、実はこのジョイスであった。 その大元と成る事の始まりは、二ヶ月前。 クォシカの失踪前にまで遡る事に成る。
何とあのラキームは、他にも色々と問題を起こしていたのだ。
その原因と成ったのは、まだクォシカが生存していた頃。 オガートの町に、野菜の取り引きに来ていた或る商人が。 同じく、マルタンから取り引きに来ていた別の商人の娘に、しつこくちょっかいを出していたラキームに対して、勇敢にも叱責をしたのだ。
当時の事を知る者の話では、その時のラキームは昼間からかなり酒に酔っていたらしく。 叱責をした商人に対して言い掛かりで返した上に、腰の剣を抜いたらしい。
其処まで聴いたポリアは、簡単に想像が出来てか。
「あんにゃろ~っ、そんな事まで・・。 アタシが剣を突き付けた時は、抜く処か腰を抜かしてたのに…」
ポリアの呻きを聴いても解る通り。 酒に酔った上、相手が商人だから暴力に訴えたのだろう。
さて。 その場は、ラキームの付き人らしき剣士が抑えたと云う。 恐らくは、ガロンが抑えたのだろう。
処が、だ。
その商人はそれから二日後に、何故か死体となってしまった。 オガートから半日と離れていない、畑の中で遺体が見付かった。
その遺体は、発見した農家より知らせを受けた街道警備の兵士や騎士が検めたが。 その斜め一閃の乱れが少ない斬られ方からして、相当な遣い手の仕業だと思われた。
イルガは、眉間を険しくさせ。
「斬ったのは、あのガロンですな。 そうなれば、命令は・・間違い無く町史代理のラキーム…」
この意見に、Kは。
「それで確定だ。 その事件が有った日の夜中、町の外に出て行く馬蹄の音がしたと、な。 だが、町の出入り口を見張る役人は、知らぬ存ぜぬ。 金が回って、口を噤んだんだろうよ」
ポリアは、町を出立する前のラキームを思い出し。
「アイツ・・、本当にあの町史さんの息子なの? どうやったら、あんな奴が育つのよっ」
と、苛立った。
確かに、ポリアがこう思うのも無理は無いが…。
ポリアが依頼を受ける15日程前か。 放浪からKがこの国へとぶらりと立ち寄り。 情報交換と顔見せを思い、知人のジョイスを尋ねてみると。 密かにこの事を別の役人から相談され、対処に困っていたジョイスを見る事と成る。
Kに会ったジョイスは、証拠も無しに自分が動けないと。 Kに、ラキームの素行調査の依頼をした。
ポリアと知り合う10日ほど前に、オガートの町へとKが向かい。 その事件を調べてみたら、代わって出て来た新しい情報が。 あの、失踪したクォシカの事件だと云う。
此処で、一行はジョイスの屋敷に着いたので。 話しは、一時中断した。
まるで、森の中に家を建てた様な…。 そんな印象を受ける、ジョイスの屋敷の周り。
Kは、芝の敷かれた庭の前から森に囲まれた館を見て。
「お前は、野人か」
と、呟く始末。
二階建てながら、奥行きもある大きな屋敷。 白い石壁の外見を見るには、ステキな家とポリア達は褒めたのだが。
「ちょっと散らかってるけど、どうぞ~」
ジョイスが先頭に立ち、玄関を潜ると…。
「あ、あのぉ~~~」
ポリアも、マルヴェリータも、眼が点に成る。
それも仕方ない。 玄関のロビーから、もう人一人が横に成って歩くスペースを残して。 本や、研究とやらにでも使っていそうな素材が、壁や塔を作っていた。
また、良く良く観察すると。 本の上に、脱ぎ捨てた服が在ったり。 ジョイスと同等の長さをした、何やらモンスターの角みたいなものが、本の塔と塔の間に入っていたりする。
そのを見て、マルヴェリータは頭を抱え。
「“片付けられない”んじゃないわ。 これは・・・片付ける気が無いのよ」
頭痛がする思いと成る。
マルヴェリータの知る限り、このジョイスはこう見えてモテる。 実際に、貴族や商人の噂に因れば。 彼に持ち掛けられる見合いの話しは、毎月毎月でも半端な数では無いとか。
だが、この様子では、噂通りにその気が無いのか。 彼の結婚は、今すぐと云うには難しいだろう。
さて。 本や物品で出来上がった、ウネる迷路をなんとか抜けると。 ソファーやテーブルが見え隠れする、リビングらしき場所に来る。
「さ、どうぞ。 楽にして」
ジョイスにこう言われても
「………」
周りを執拗に見るポリア達は、返す言葉が出てこない…。
当たり前で或る。 ソファーの四方を、本や訝しげな物品の壁や塔が囲んでいる。 その高さだって、ジョイス自身の背丈より高い。 これは、かなりの圧迫感が在る。
然も、座れば背後にそれが来るのだ。
さっさとソファーに座るKだが。
「アホぅ。 最初っからゆったり出来ンのは、お前ぐらいなモンだ。 後ろに、不安定な本の山が聳えているのに。 オチオチ背凭れに寄っ掛かる事も出来ね~よ」
Kの指摘は、正にその通りと思うポリア達は、本の塔や壁を刺激しない様に。 静かに、そ~っとソファーに座る事にした。
「え゛ぇ~、酷い言われ様だなぁ。 僕は、毎日此処に住んでるんだよぉ~」
こう言いながら、更に奥へと向かうジョイス。
向かいに在る筈の窓すら、このヘンテコな壁に隠されて。 天井から吊された水晶玉に、光の魔法が勝手に点くのを見上げたKが。
「テメェを基準にすんな、テメェをよ」
さて、ジョイスがお茶を入れる間、Kは皆に。
「いいか、デカイ声を出すな。 本の雪崩が、四方八方から襲って来るぞ」
恐る恐る、周りを見るポリア達。
中でもポリアは、固そうな分厚い書籍の塔を眺めては。
「これ・・た、倒れるの?」
「前に来た時。 ポリア達に会う、半日前だが。 向こうに行ったあのバカが、事件を聴いては大声上げやがってな。 この一帯が、軒並み崩れた」
「ふっ、ふふ」
珍しく、イルガが笑っている。 顔は、かなり引き攣っていた。
さて、魔法にて運ばれる紅茶のカップが、皆へと回り。
形は整ったと思うKは、ジョイスに。
「ホレ」
と、何かを渡す。
「はいはいは~い」
蜂蜜漬けの葡萄を一つ頬張ったジョイスは、真四角な拳大の水晶を受け取った。
処が、それを見たマルヴェリータは、ガタンと席を立つ程に驚いて。
「えぇっ?!! もしかしてっ、〔記憶の石〕《メモリアリー・ジュエル》ですかっ!!」
その、美女が大声を上げたその時。 離れた隣の部屋で、
“ズズズズ~~~~~ン!!!!!!!!”
と、地響きを伴う音がする。
「あ」
「あ~あ」
ジョイスとKが、そっちに向いて声を出した。
音の方を見て。
「え?」
と、マルヴェリータが口を抑えたが。
瞑目するKは。
「完全に、崩れたな・・・山一つ」
と、言えば。
「うん・・確実っス」
と、投げ遣りのジョイス。
「ご・ごめんなさい」
口に手を当てたままに、マルヴェリータが謝る。
「いいのさ~。 どうせ、ゴミ屋敷だから・・あはは~」
やけっぱちの様に、笑って大仰な身振りをするジョイス。
然し、周りの壁や塔も振動するのを見るポリアは。
(動くな゛っ)
と、本の塔を睨んで警戒に全神経を注いだのだった。
ヤケクソの様に、高笑うジョイスだったが。 クリスタルを手に、眼を瞑る。
水を打った様に静まり返って行くリビングで、ポリアはマルヴェリータに小声で。
(ね、‘記憶の石’って、何?)
(オールド・レア・アイテムの一つよ。 基本魔法に成る〔解呪〕の魔法を受けると、肌身離さず持っている人物の、見たままの映像を記憶する事が出来るの。 記憶の出来る長さは、普通の大きさの石だと長くて二日ぐらいって聞くわ。 〔解呪〕と〔封呪〕の呪文で、記憶する時を自分で決められるの)
(へぇ~、便利~。 そんなアイテムが、今も在るのね)
(えぇ。 でも今の魔法技術では、とても造れないアイテムだそうよ)
この情報を得たポリアは、あの最後の旅立ちの日。 ラキームに、どうして事件の真相を言わせたのか。 その理由が解った。
さて、瞑目して黙る中、ジョイスの顔が見ている他人にも解るくらいに、どんどん険しいモノに変わった。
そして、紅茶が・・湯気を余り上げなくなった頃。
「リーダー。 これは、どうやら捨て置けないね。 この証言が在る以上は、王にこの事実を言わなくては・・」
と、ジョイスが眼を開けた。
Kは、静かに頷くと。
「最後に笑うラキームの面を見たか?」
「うん」
「あの笑う面、死んだ曽祖父に当たるクソジジイにそっくりだ。 全く、血は争えないゼ」
「そうか。 リーダーは、あの5年前の事件の・・・当事者だもんね」
「まぁな」
この話からすると、ジョイスもKの知っていた情報の、全てを知る人物で在る様だった。
ポリアは、ラキームのこれからが、Kのお陰で台無しになるのだと悟った。
然し、ジョイスは不思議そうにKを見ると。
「でも、リーダーも変わったね。 既に殺された女性の魂を救うなんて、僕とは大違いだ」
ジョイスのこの物言いには、ポリア達も不思議な感じがした。
まるで、
“昔とは大違い”
と、言っている様だ。
然し、Kの態度はサバサバしている。
「はっ、生きてりゃ人も変わるさ。 お前だって、過去の一件で強気に出なかったのは、不幸にしたい訳じゃ~ないからだろう? ただ、運が悪かったのさ…」
二人の語り合う姿が、少し侘しいモノになった。 その様子を、ポリア達は確かに見た。
何故か、俯いたジョイスが。
「うん・・・。 コレ、預かるね」
「あぁ、早く処理しちまいな。 遅々としてたら、ラキームの親父が死ぬぞ。 息子の取り返しが付かない不祥事だ。 下手すると、処理する前に事がバレる。 お前が早急に動けば、王の心の痛みも少なくて済むんじゃ~ないか?」
Kの指摘を受けるジョイスは、
“やはり適わない”
と、ばかりに笑い。
「はいはい、流石な読みですよ~。 リーダーは、頭がイイ」
然し、此処で止せばいいのに。 Kは、そんな下手に出るジョイスを睨むと。
「こんな事は、本来は国が遣る事だ。 お前が、頭悪いんだ」
「クぅ~、リーダーには一生勝てないなぁ」
「アホか。 お前に負ける様なら、もう墓に入るしか無いゼ」
「うわ。 酷い言い方だな~」
こんな感じにて、二人の下らない言い合いが始まった。
この時、ポリアは聴きたい事がジョイスに在り。
「あの・・」
と、声掛けるのだが…。
ジョイスとKは、またどうでもイイ様な言い合いを始め。
「大体、お前って奴はなぁ~…」
「いや、りぃ~だ~はさぁ・・」
その遣り取りの最中だが、ポリアはどうしても聞きたいので。
「すいませんが・・」
だが、二人の掛け合いは、益々エスカレート。
何度も声を掛けるのに、全く入る余地が無い二人の話し合い。 次第にイライラっとしたポリアは、遂に本気になって。
「ちょっとっ!!!!」
と、勢い良く机を叩いた。
その瞬間、Kとジョイスが止まって。
「あ」
「え?」
同時に、周りの壁や塔が、グラグラと揺れ動いた。
そして、地震並みの振動と雪崩のような音と共に。
「うわっぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!」
ジョイスの屋敷から皆の大絶叫が上がった。
それから少しして、
「ふぃぃぃ…」
痣だらけのジョイスが、山に戻った周りを見て溜め息を吐く。
Kは、元に戻っただけのソファーの周りを見て。
「お前ぇよ。 魔法で元に戻せるなら、全部片付けろよ」
と、言って見る。
然し、ジョイス自身は、全く悪びれて無い態度を見せる。
「い~や、コレを片付ける権限は、僕の奥さんになる人だけしか無いのサ~」
「はぁ~?」
ジョイスは、赤く成ったデコを摩りつつ、何度も一人勝手に納得している。
目の前で言われるポリア達は、痣だらけでワナワナしていた。
皆の中で、Kだけが全く何の乱れも無い。
さて、ジョイスは、改めてポリアに。
「で? お話はなぁに? キレイな剣士さん」
と、笑ってお世辞も込めた。
然し、男の優しい態度に抵抗が在るポリアは、腕組み引き攣る口元を隠さずに。
「と・こ・ろ・でっ、アデオロシュ様の城は、如何に?」
するとジョイスは、Kの反応を見てから。
「そうだね~。 ラキーム氏の事の処理後。 王国の学者と魔術師に、長期的な調査をさせるよ。 無論、王に申し上げて、亡骸は丁寧に葬らせてもらう。 これ以上、悪霊や亡霊のモンスターになられても困るし」
それを聞いて、ポリアはホッとした。
「それを聴けて、安心したわ。 Kから歴史を聞いて、なんか人事の様に思えなかったから…」
此処でKは、立ち上がった。
「さて、通すべき所に話は通った。 後は、然るべき処が、然るべき処置をすりゃ~いい」
ポリアも、
「そうね。 冒険者の出来る事は、もう終わったモンね」
と。
イルガは、立ち上がりながら。
「だが、ラキームのお父上や町の町史の後釜が気に成りまするな。 出来るならば、シェラハさんのお父上にでも、町史に成って頂きたい」
理想を語るイルガだが、そんな事が起こる事は無いと思う。 民衆にも政治は開かれていても、基本的には絶対王政の根本が残るのだから。
さて、廊下に向かうと、‘物の壁’の影響で暗く成っていたが。 外に出れば、既に夕方になっていて。 空模様は、薄暗い雨雲が一面を支配している。
ジョイスも、ラキームの事を政務官と話し合う為。 K達と一緒に外へ出た。
Kは、
“馬蹄の音が絶えずしている。 この間近には、馬場や訓練厩舎でも在るのか”
と、この屋敷の前方に振り返る。
すると、屋敷の前方で。 道を挟んだ向かいが、王国の馬車が止めてある駐車場だった。 あの紅い馬車は、ジョイス専用車らしい。
「お前、便利な立地の屋敷を借りたな~」
現状を知るKは、ジョイスの屋敷の乱れる原因は、この直ぐに出掛けられる立地の良さと知る。
「うん。 思い立ったら直ぐに、本を買いに行ける様にして貰った」
ジョイスが、すんなり認めて言うなり。
「おいおい。 それは、もう‘私的流用’じゃね~か」
Kの指摘に、ポリア達の方がまたジョイスに呆れた。
さて、此処から歩くと、商業地域までは遠いと思い。 ポリア達を馬車に乗せて、街の中心部まで送るように計らってくれたジョイス。
処が、馬車に乗る前。
マルヴェリータは、ジョイスに近付いて。
「ジョイス様、一つ・・・お伺いしてもよろしいですか?」
「ん? なんだい?」
マルヴェリータは、一瞬躊躇うように下を向いてから。
「私・・・魔術師として、仲間を助ける知識を持ちません。 たまにお伺いして、色んなお話を聞かせて頂けませんか? 今回の依頼の中で、Kを見て・・・そう思ったんです」
ジョイスは、マルヴェリータの後ろに立つ。 最後に残るKを見た。
見られたKは、もう暗い空を眺めて居ながらに。
「ジョイス、真面目な話。 このお嬢さんは、魔術師としての普通の知識すら薄い。 その実態は、魔術師になる目的が、普通の皆と違っているからだ。 ぶっちゃけると、学院を卒業し立ての駆け出しと、寸分も変わらない。 ・・・、いや。 一部の知識に関しては、それ以下だぞ」
Kの話を聴いてジョイスは、美女マルヴェリータをまじまじと見ると。
「リーダーの指摘は、常に正しい。 そうゆう事ならば、何時でも訪ねて来ていいよ。 もし、冒険や仕事で手に余るような事や、知らない事には知識を貸してあげよう」
その返事を貰うマルヴェリータは、ホッとしたように笑った。
「ありがとうございます」
礼を受けるジョイスは、初めてマルヴェリータがキレイと思えた。
「うん」
短く返した、それだけだったが…。
(以前から何度か、見掛けた事の在るお嬢さんだったけど。 美しさが、刃物の様に強いとすら思えるような、冷めたモノだったのになぁ)
今のホッとした笑顔は、とても無防備で良かったと感じるジョイス。
マルヴェリータが乗った後。 馬車に乗る前にKは、ジョイスに寄って。
「なら、‘お守り’は代わったぜ」
と、残して馬車に乗った。
(お守りっスか)
ジョイスは、その言葉で様々なものを納得した。 何故にKが、此処までポリア達を連れて来たのかの意味を…。
こうして、全ては終わる。
Kとポリア達が別れて、全ては終わる。
Kも、ポリア達も、そのつもりだった。
明日には、斡旋所に向かい。 Kのチーム離脱を行い。 そして、Kは離れて行く。
お別れと解ったからこそ、Kを連れてまた。 マルヴェリータの知る飲食店で、軽い贅沢をしようとポリアが言い出す。
食事の間、Kのこれからを聴いたポリア達。
別れたKは、
“ラキームの後始末を見届けた後。 一人で、西側にでも流れ様かと思ってる。”
と、こう言っていた。
そして、食事の後はバーの在る宿に入った一行。
酒を呑まないKは、風呂に入ってから寝てしまう。
一方、バーで飲み始めたポリア達は、後から来る客が濡れて居るので。 Kの予想通りに、雨が降って来たと知った。
だが、全ては更ける夜に一変した。
霧雨が煙る夜更けに、その飛び込みの来訪者が来た事で。 事態は、一変するのだった…。
{第一部・完}
Kとポリアの始まりの物語、序章の前半が終わりました。
エターナルの次話の掲載後、古い話を幾らか削除して行きます。 改訂した話を掲載する作業です。
御愛読、有難う御座います。(  ̄人 ̄)