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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
202/222

始まりの編:第一部:その男、伝説に消えた者。 その4

      第二章


 【Kの計算と始末の付け方】


       ★


その6.摩天楼に君臨する亡霊王と、その力に因って堕とされた者。


      ★★★


Kは、主と云うモンスターを倒す為に、一人で上に向かった。


一方、残されたポリア達は、不本意ながらもラキーム達と下からの捜索を行う事にした。


Kが消えて、ポリアは仲間を見た。


「じゃ、捜索しよっか。 此処でKを待ってても仕方ないし」


イルガは、マルヴェリータやシスティアナに。


「のぉ。 そんなに怯えるほどに、上の主の力は強いのか? 感じないワシには、ただ不気味というか・・。 薄気味悪い印象しかないんじゃがの」


問われたマルヴェリータは、ドレス風のローブを纏う身を、自身の両手で抱くようににして。


「とても離れているのに、凄い暗黒の力を持つ波動よ。 まるで、生きてる事自体を責められてるみたいに感じるわ・・。 だから、湖から出てきたモンスターの気配さえ、直ぐには感じられなかった…」


また、システィアナもブルブル震えて。


「う~え~のぉ~ひと、こあい~です~」


魔法遣い二人の意見を聴くイルガは、


「ふむ、余程の相手と云う事か」


と、認識した。


Kの消えた上の階を見上げるマルヴェリータは。


「正直。 上に居る主に遭ったら、私やシスティは最初に気絶するかも。 この距離で鳥肌どころか、気分が悪いもの」


聴いていたポリアは、Kがコレも頭にはいっていたのかと考えたが・・。


「とにかく、動きましょ」


「そうね。 動きたいわ」


頷いたマルヴェリータが返す。 動いた方が気が紛れる、と感じたからだ。


ラキームは、ガロンと見合ってからポリアに。


「それならば、我々は一階を見る。 真っ先に逃げるのには、それが一番いいからな。 お前達は、二階でも行け」


こんな横柄な言い方では、ポリアがまた怒るのではないかと、ガロンは思ったが…。


「丁度いいわ。 バカの面倒見なくていいんだから。 さ、上行きましょう」


珍しく、彼の横柄な物言いにポリアがドライに対応する。


然し、ラキームの性格からして、“冒険者風情が”、“高が女だ”、だと下に見ていた相手に、こんな風に言われては腹が立つ。


「バカだとっ?! この私を‘バカ’だとぉっ?!!」


こんな場所でも怒りを露わにする。


怒るラキームに、ポリアは呆れた視線を投げて。


「アナタのお父さん、聞く処に病気って云うけれどサ。 息子がこんなバカに育って、ぶっちゃけ悲しい限りよね。 成した偉業からしてとっても凄い人みたいなのに。 子供にどんな教育して来たのか、悪いけど呆れるわ。 もし、其処をしっかりやってて、アナタがこんなだとするなら。 鷹が、バカ産んだわけよね?」


随分な言われ方だ。 これは、ラキームの怒りに油を注ぐことになる。


「ふざけるなっ!!!!!! 我が父を侮辱する事はっ、誰で在ろうと許さないぞっ!!!!」


金きり声のような、奇声に近い声が響き渡る。


然し、益々呆れてしまったポリア。


「何を言ってるのよ。 一番の侮辱は、アナタの存在よ。 せっかくオガートの町の為に、シェラハと彼女のお父さんが二人して頑張ったのに。 跡を継ぐ予定の息子のアナタが、そんななんだもの。 然も、町の人に愛されたクォシカを、勝手、我が儘死に追いやって・・・。 最悪なのは、自分のやったそんな行為に恥すら感じないんだから…。 付ける薬が無いって云うか、仕様がないわ」


感じるままに、こう言い切る。 呆れる事も甚だしいとばかりに、二階へ向かって階段を上がるポリア。


マルヴェリータやシスティアナは、ラキームと口も利きたくないので。 黙ってポリアの後に続く。


処が、イルガの前に居たシェラハは、怒りに顔が歪むラキームを見て。


「アクレイ様との面会を謝絶にして、自由に遣りたい様だけど。 絶対に、そんなことさせないから・・・。 クォシカの仇は、貴方を町史にさせない事で、討ってやるんだからねっ」


こう宣言しては、彼女も二階へ行く階段を上がる。


「うぬぬぬ…」


咄嗟に言い返す言葉が見付からないラキームは、移動するポリア達を睨む。 それは、モンスターの様に怒り狂った様な、醜い眼で在った。


一緒に着く兵士達は、それぞれが微妙な表情をする。 ポリアやシェラハの云う話が、正論と感じるからだろうか。


また、そんなやり取りを見ていたガロンは、盗み見る目でラキームを見て。


(ん…。 町史に成れない様ならば、コイツに着いているのも無駄な話だな。 だが、とてつもなく危険な此処を脱して成り行きを見守るためにも、今はコイツを守らねば…)


このガロンからすれば、仕官した以上は冒険者を半ば引退したようなもので。 ラキームの出世は、自身の将来も安泰だが。 万が一にもラキームの地位が失われれば、ガロンとて金を払ってくれる宿主を失う訳だ。 然も、ラキームの警護を任務として受けている身なのに。 この一件でラキームに死なれては、自分に責任が及ぶというものである。


ま、ガロンの本心にしては、ラキームはステップの最初に過ぎない。 先々には、更なる上の地位を持つ者に取り入ろうと思っていた。


さて、突っ立っているのも無駄に感じたラキーム達は、階段脇から右の扉の奥を見に行こうとしていた。


「クソ・・。 あんな冒険者風情の女に、彼処まで侮辱されるとは・・・。 剣の腕さえなければ、俺の奴隷にしてボロボロにしてやりたいっ」


一人で苛立つラキームは、兵士の前だと云うのに憚ることもせずに口走った。


この期に及んで、なんたる一人言か…。 兵士も、ガロンも、思わず閉口してしまう。


一方で、警戒しながら二階へ向かうポリア達。 大階段から一階と二階の中間辺りに在る踊場から、左右に二階へ伸びる階段の左に上る。


鋼鉄の手摺りと壁に挟まれた、ロビーを上から見下ろせ。 まるで取り囲むような円を描く二階バルコニー通路。 手摺りが風化してか、真っ赤に錆びてはいるものの。 触っても、全くグラついてはいなかった。 中が空洞ではなく、しっかり支柱が入っているらしい。 ポリア達は、二階左側のバルコニー通路に渡った。


「しっかし、埃っぽ~い」


埃と蜘蛛の巣だらけの至る所を見回して。 空気の悪さが胸に嫌悪感を及ぼして来るのが、ポリアには嫌だった。


1階のエントランスロビーを円を描く様に見下ろせる通路だから。 成りに歩けば、ロビーを見下しながら一周してしまうが…。


手摺りの反対の壁には、部屋へ行けるドア枠が開いている。 一階の構造に合わせると。 右側の廊下には、ドアは2つ程しか開いていない。 左半分は、建物内に入って来た湖側の玄関の上辺りから、大階段の裏に掛けて七つほどの扉が存在していた。


ポリアは、一つの部屋に顔を覗き込ませた。 そのドアは、上からポリアに腰辺りまで朽ち壊れ。 下の部分は、かろうじて引っかかっている様な感じである。


「うあ~。 真っ暗…。 然も部屋の中は、グチャグチャよ。 此処から入る?」


すると、イルガも中を覗く。


「これは、酷いですな~。 戸棚が全て傾いている・・・。 然も、人が奥に入って行くゆとりがありませぬな」


「そうね。 中の倒れ掛かってる棚とか、ちょっとでも触れ様ものなら崩れ落ちそう」


二人の後ろに立つマルヴェリータが。


「中に入れないのなら、仕方ないんじゃない?」


諦めた方が良さそうな言い方をすれば。


ポリアは万一も考えて。


「一応、ちょっとでも入るわ」


イルガを退かせ、朽ち残るドアを蹴った。 埃を立てて、ドアは部屋の中へと崩れる。


「う゛っ、カぁビ臭ぁ~い…」


嫌がり手を扇にしてのポリアの一言に、腕の服で口と鼻を押さえた一同。


光の力が弱まるライトスタッフを持つポリアが、中に入って辺りを見回す。 此処は、どうやら書庫らしく。 様々な本がボロボロと成っていて、どれももう読める状態ではない。


然し、その崩れた本棚から飛び出ている本の数は、塵屑と成った紙の様子からしてかなりの量だ。 後ろを見れば、滅茶苦茶になった部屋が続き。 先の上の所から、光が薄っすらと篭れていた。


「どうやらこの部屋は書庫で、二部屋以上の広さが在るみたいね。 先の廊下に在る別の扉からも、この部屋に入れるみたいよ」


すると、部屋の入り口に立つマルヴェリータが。


「ポリア。 他に、変わった処は?」


全員が入れる間は、此処には全く無い。 ポリアとマルヴェリータが入ったら、立ち往生していまう。


「ん~、向こうから入ってみよう。 こっちは、ちょっと本棚が倒れて、それが朽ちて奥に入って行けないわ」


さて、二階でポリア達が捜索し始めていた頃…。 下では、ラキームが、ガロンや兵士を連れて、広い広間に居た。


「クソっ、あの冒険者共・・。 言いたい放題に言いやがって…」


まだ、ポリアの言った事に腹を立てている。 自分の愚かさが全く見えてない訳ではないらしいが、自分中心の考えが強く。 協調性や他人を思いやる気持ちが無い人間がこのラキームと思われる。 


先頭のガロンは、入って行くにしたがって。 左右の壁が、階段の手摺りのように下がって広がるのが、不自然に思えたのだが…。


「ほう、これは…」


広い、円形の広間に出た。 どこも埃が堆積してるが、どうやら舞踏会などを催す演芸場のような所であった。 ライトスタッフで辺りを照らしてみれば、右手には壇上となるステージもある。 そのステージを眺めてみれば、ステージ自体もかなり広い。 昔ながらの凝った演劇も、すんなり出来る広さは在る。


この場を見たラキームは、ポリア達に呆られたバカの本領を発揮して。



「ふむ、これは中々良い所ではないか。 町に戻ったら役人を遣い、後で清掃させれば住めそうなものだぞ」


この言い草に、ガロンは内心で流石に呆れ果てる。


(止めとけ、バカ殿・・・。 こんな所にお前の自由勝手で住んだら、国から叱責を受けるわ)


と、思いつつも。


「ラキーム様。 では、彼方に」


彼を左側に誘導しておいて。


次に、一人の兵士に。


「おい、ステージの上を見て来い。 我等は此処に居る」


と、指図する。


「は」


言われた兵士はステージに向かって、自分の肩ぐらいの高さと成る壇上に這い上がった。


ガロンは、周囲を他の兵士に警戒させて。 自分は、行かせた兵士の成り行きを見ていた。


上がった兵士は右に、左にとステージを行き。


「ガロン様。 左の奥に、下り階段があります」


これを聴いたガロンは、湖側の入り口の壁に沿って伸びていた廊下を思い出し。


「多分、玄関に行く廊下に、その先が当たっているはずだ。 ま、いい。 先に、この広間の隅々を見回る」


「は」


ガロンの意見を聴いた兵士は、直ぐに戻ってきた。


この間にラキームは、円形の舞踏場の周りに在る。 所謂の観覧席を見る。 一階席から三階席まで在って。 ざっと見積もっても数百人くらいは楽に入れ、席につけそうだ。 席で在ったであろう木の朽ち果てた残骸が辺りに散らばって、視るも無残な様子を呈している。


広い舞踏場や観客席を見回して。


「然し、昔の皇族とは、凄い権威が有ったのだのう…。 俺も、それくらいの権威を我が物にしてみたい」


こうラキームが呟く。


此処で気分を害されても困る・・、と彼を見ずしてガロンが。


「ですな。 ラキーム様なら町史として威光を強めれば、いずれ辿り着きましょう」


ガロンの下手なお世辞に・・、と云うかお世辞にも映らない様な言葉だが。 聴いたラキームはバカ正直に頷いて。


「うむ、その通りだ」


当然の様に返すのだ。


“流石に、今のお前では確実に無理だ”


思うだけにする兵士達。 彼等も、ラキームを見ていない。


さて、一方その頃。 最上階を目指すKは、どうしていたか…。


三階から螺旋階段で上に向かい、ひたすら上へ。 各階層に行く回廊が、螺旋階段の所々から、まるで木の枝のように伸びていく。 だがKは、階段で上しか目指さない。 ずっと走っている。 もう、4・50階以上は上がっているのに、全く息の乱れがみえない。 


(どんどん近づいているな…)


身体に感じる怨念のエネルギーは、ジワジワと強まりつつある。 黒い豹の様な軽やかさで、コートの裾をはためかせて更に上を目指した。


然し、だ。 実は、四階にて。 各階に行く魔法の床が、上下に移動する空間をKは見つけていた。 だが、その場所には肝心の床が無いのだ。 恐らくはアデオロシュが上に上げたのではないかと踏んで、今は上に走っているのだ。 


そして、この今のKを見たならば。 ガロンは、Kとは死んでも喧嘩はしないだろう。 そう・・・Kは、明かりを全く持っていない。 その理由は・・、名うての汚い冒険者だったガロンなら解るはずだ。


そして、ガロンはそれに、この時に気付くのだ。 その切っ掛けは、不思議にもラキームの馬鹿げた意見からだった。


さて、またラキームとガロン一行に目を戻す。


「ラキーム様。 どうやら此方の奥にも、廊下に通じる出入り口がありますな」


舞踏場の左奥には、客席を二分するように切れ間が在り。 その切れ間が通路として、奥の廊下に繋がっていた。


処が、だ。 ガロンの話を聴いて無いラキームは、或る事をさも妙案と考えついていて。


「のぉ、ガロンよ」


ちょっと神妙な物言いで尋ねて来たラキームに、ガロンは何事かと思い。


「は? 如何しましたか」


「うむ。 あの包帯男・・・、ケイとかいう者の事なんだが」


「は? あの男が、如何致しました?」


「いや、な。 私の家臣に出来ぬものかと・・・な」


その意見を聴いて、ガロンのあらゆる何かが停止した。


刹那ほどして。


「な゛っ、何ですとぉ?!!」


思わぬラキームの言い草に。 ガロンはバカが筋金入りを超えて、神様級に思えて来る。


あのKと言う男に嵌められて、此処に来させられた自分達。 また、今にして思えば。 ポリア達のシェラハを守る態度は、明らかな肩入れとも見受けられる。


これは詰まり。 昨日の時点で、一々クォシカの居場所をラキームに言いに来たシェラハが、今にして思えば怪しいと感じられる訳だ。 それがあのKと云う男の入れ知恵か、其処はまだ解らないが。 とにかく我々は、彼に嵌められたのだ。 その男を部下にしようなどと軽々しく思うラキームに、一種の畏怖すら覚えるガロンであった。


(このバカはっ、本気か?!!!!!!)


だがラキームは、ふざけているのか。 ガロンに気を遣う様な、そんな雰囲気を醸す言い方で更に。


「ガロンよ。 御主の下に奴を置ければ、いい働きができそうな男ではないか。 ん?」


ガロンは、本人の前で無い事を助かったと思う。 正直、Kの方が剣の腕も、頭の回転も上なのだ。 あんな者を配下にしたら、ラキームは絞首刑に最速で向かうハメになるだろう。 恐らく、多分は言ってみても了承はしまい。


だから…。


「ラキーム様、あの男は信用に置けませぬっ。 冒険者をやっているうちは、無理かと…」


これが、ガロンの言える最大のフォローであった。


「ふむ、そうか。 ま、言われてみれば、確かにそうだな。 ガロンの言う通りだ」


(当たり前だっ! このぉっ、大バカが!!!!!!!!!)


腹の中で苦虫を噛み潰す思いで、ガロンがこう思った時。


ラキームは、この時に二階でも。 ポリア達が同じことを言い合っている内容を、そのまま口にする。


「然し、不思議な男だの、あの包帯男は。 自分は明かりも持たずに、暗い上に行きおったわ。 こんな暗い中を、どうやって見えるのか…」


このラキームの言葉に、ガロンがハッとして立ち止まる。


(明かりも無く・・身のこなしが軽い。 ・・そう云えば、あらゆるモンスターの急所を・・・、あっ! まさかっ!!!!!!)


このガロンも、冒険者家業を離れてやや久しい。 冒険者をやっていたなら、直ぐに辿り着いた答えかもしれない。


(な゛っ、なんて事だっ。 この俺が、こんな事も忘れているとはぁぁぁぁぁぁぁっ。 あの男は、マズイっ・・マズイぞっ!!!!!!)


パッと振り返り、自分を眺めていたラキームを見て。


「ラキーム様っ」


と、ガロンが慌てて言った時である。


- ラキーム………。 ん? -


其処に漂って来たのは、声だ。 まだうら若い女性の声である。 微かながら、響いた感じがする。


「ん? ガロン・・・何だ? 今の声は?」


辺りを見るラキームは、ガロンの話も、女性の声も気に成った。


ラキームを見たガロンが、一緒に辺りを見回し始めて。


「ラキーム様、女の・・声ですか?」


この場に女性など居ないのだから。 ポリアかシェラハが、彼の悪口でも言ったのだろうと思ったが。


然し、また。


- ラキーム、嗚呼・・・、ラキームなのね…。 -


今度は確かにステージの方から、絹を擦るような細い音で女の声がした。


処が、この声には、ラキーム本人が聞き覚え有った。


「ん? 知ってる様な・・・声だな」


すると、兵士の一人が。


「ラキーム様、私も聞こえました。 向こうの、壇上から聞こえて来ました」


と、ラキームの後ろを指差した。


ラキームは、ガロンと見合って兵士に。


「其方は今し方、御主が見に行ったのではなかったか?」


埒が開かないと思ったガロンは、ラキームの横を行き。 また、舞踏場の中央付近にに戻った。 


「おいっ。 ラキーム様の名前を呼ぶのは、何者かっ?」


その後ろには、兵士に囲まれたラキームも続いた。 


ガロンの持つ明かりに照らされた壇上。 その右隅に、風化して壊れかかったテーブルが、ひっそりと有ったのだが…。 巡らせる光に照らされた一瞬、その上に何かが乗って居たのがチラッと見えた。


「ん? ガロン、今のは・・」


ラキームが言う。


その言葉に合わせて、ガロンが明かりを戻せば…。


「あ゛っ!! クォシカっ!!!!!!!!!」


認識した瞬間、ラキームがとんでもない大声を上げたのだった。


一方、ラキームの驚きの声は、二階に居たポリア達にも聞こえた。


埃に塗れて書庫を探索して回っていた所だった。


「え、えっ?」


驚くポリアに、通路に近かったマルヴェリータが。


「ポリアっ! 下にクォシカが居たって」


「クォシカっ、ホントに?!」


驚くのは、シェラハも同じ。


全員でロビーを見下ろせる内廊下に出て。 大階段の踊り場に向かおうと回廊に入った時だ。


「あ゛、モンスターっ!!!」


何と、Kの消えた三階からスケルトンが来ていた。 然し、不思議に思うのは、その骨の色が汚くも紅いのだ。


更に、


- う゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・。 -


ゾンビの唸り声も三階から聞こえて来て。 ポリア達が見ていた視界の中で、三階・四階の階層から、ゾンビが四体近く一階のロビーに落ちて行く。


イルガは、事態が一気に切迫したのを感じた。


「お嬢様っ!!」


イルガの声を背に受けたポリアは真っ先に、紅い血の色をして骨の所々が汚れた感じの変わったスケルトンに斬り掛かっていた。


「たぁっ!!」


身動きの素早いポリアに因る、抜刀の一撃で在る。


然し、


「えっ?」


紅いスケルトンのボロボロの剣で、その一撃がいとも簡単に防がれた。


ポリアの一撃が防がれたその様子、それを少し離れた所から見たマルヴェリータが。


「イルガっ、シェラハを!!」


彼女の視線は、一階に落ちたゾンビに向かう。 大階段の入り口を塞がれては、此方が挟み撃ちに為る。 それを阻止する為に、マルヴェリータは階段を駆け下りた。


そして、其処にラキームの。


「う゛ぎゃあああああああああああーーーーっ!!!!!!!」


と、言う大絶叫が上がった。


この声にて、戦いの幕は上がった。


「シェラハさんっ、システィの傍を離れるで無いぞっ」


ポリアの相手する紅いスケルトンが、此処へ来る途中で戦ったスケルトンとは段違いと感じたイルガ。 狭い階段ながら、下に降りたマルヴェリータの背後にこのスケルトンを行かせる訳には行かないと。


「てやぁっ!」


槍を上段に構え、回廊から階段へ走り寄り。 ポリアと剣を噛み合わせる紅いスケルトンへ、その槍を突き込んだ。



二階の階段前踊場から、ビュッと伸びたイルガの槍。 それをも簡単に避けた紅いスケルトンは、パッと階段の上に飛びのいた。


その動きを見たポリアは、イルガと並びながら。


「イルガっ、コイツ強いっ!」


「はっ」


踊り場で、ポリアとイルガで紅いスケルトンを向かえ討つ。


一方、大絶叫を上げたラキームの方は、何が在ったのか…。


時を少し戻して。 壇上のテーブルの上に、クォシカの顔が在った。 黒い髪が濡れているかのように艶やかで。 スッキリとした小顔の美しい、若い娘である。 鼻筋の通りから眼の見開かれた作りなど、確かに貴族の令嬢の様で。 女好きのラキームが彼女を見初めたのも解る良く。


「おぉっ、クォシカ! 生きて・・」


感激して近寄ろうとしたラキームだが。


「お待ち下さいっ。 あの者、ヘンです」


と、ガロンが止めた。


クォシカを睨むガロンは、肩まで見えているクォシカが、何も衣服を纏っていない白い蝋のような肌を魅せ。 更に、ネコの様な瞳を輝かせるクォシカに、異変を見た。


すると、クォシカの口元。 白い肌に美貌を生み出す為に、取って付けた様な赤々とした鮮血のような唇が、ニヤリ・・・と笑ったのが。 刹那。


「嗚呼、ラキーム・・。 私のラキーム・・・、漸く来てくれたのね」


甘やかに響く言葉を綴る口に覗ける紅い舌は、毒々しいぐらいに紅い。


彼女から話し掛けられたラキームは、幻の美女を見るかのように。


「クォシカ、逢いたかったよ・・」


すると、クォシカの口が尋常では無い裂け方で、ニパァ~・・・っと耳の近くまで一気に開かれた。


途中までは、普通に見惚れていたラキームだが。 頬まで裂けた辺りから、


「ひぃっ!!」


と、怯えてたじろいだ。


瞬間。


「モンスターだっ、気をつけろっ!!!!」


ガロンが叫んだ。


処が。 兵士も、ラキームも、いやガロンですら驚いたのは、この次の瞬間だ。


男達が見ている中で、いきなりクォシカの身体がユラユラと揺らめいたと思いきや。 ヌゥ~~~~っと、天井の闇に伸び上がって行くではないか。


「あ゛っ!!」


「ぐっ」


ラキーム達の見ているクォシカは、裸体である。 若い娘の美しい胸が、露わに成っていた。


だが、それよりも彼等が驚くのは、胸から下に伸びた身体である。 何と、長々と蛇の胴体と思える身体に変わり果てていた。 その壇上から伸び上がった高さは、見上げること大の大人の3倍以上。


「あ・あわあわあわわあああわわあわわあわわわわ…」


恐怖に口を震わせるラキームが、ワナワナと後退り。


異形の身体を、蛇が鎌首を擡げるかの様に持ち上げて。 ユラユラ揺らめくクォシカは、


「嗚呼、ラキーム。 私、アナタを待ってたわ…」


と、甘やかに囁くのだが。


その後、声をおどろおどろしく豹変させながら。


「さぁっ、私に! その血っ、肉をっ、よこしなさいっ!!!」


その声にラキームが身動ぎ。 ガロンや兵士達が身構えた時。


その不意を突く様に、観覧席から何かが飛び降りて来た。


「ハッ?!!」


気配や朽ちた椅子を蹴る音に、素早くガロンが振り向けば。 其処には、紅いスケルトンと、全身が青いゾンビが居た。


然し、更に驚く兵士達やラキームより、一番驚いたのはガロン。


「お前ぇっ、・・ギーシン!!」


その青いゾンビの男は、まだ人の時の姿をしっかり保っていた。 何故に、ガロンが驚いたのか。 いや、驚く筈で在る。 ガロンがまだ冒険者だった頃、彼の汚い仕事を手伝う元手下で。 先日は、クォシカを攫う為に雇った、悪辣な冒険者のリーダーで在った男なのだから。


だが、姿としては、確かに誰かと解る。 然し、“人間か”、と云う疑問には、誰も肯定はしないだろう。 眼球が目蓋より飛び出ていて。 顔や手の皮膚が、傷だらけでジュクジュクと化膿した様に爛れていた。 そして、ギョロギョロと左右勝手に動く眼が、ガロンに止まり。


「グヘヘヘ・・、肉・・肉くれよぉ~」


仲間の姿をしたゾンビに、こう話し掛けられたガロンは。 其処に、普通のゾンビとは明らかに違う異常を悟り。


「下がれっ、下がれ下がれ下がれっ、下がれぇぇぇぇぇぇっ!!!!! ロビーに出ぇろぉーーーーーっ!!!!」


と、喚き上げた。


その時、クォシカも壇を押してラキームに向かい始める。


「う゛ぎゃあああああああああああーーーーっ!!!!!!!」


此処で、あのラキームの大絶叫が上がったのだ。


いきなり、強敵達に囲まれたポリア達。 Kが居たさっきまでとは、形勢が全く違った。


この双方の戦いは、まるで植物の繊維を糾い織る縄の如く、絡まって流れ行く。


ポリアとイルガの二人で階段を舞台に、掛かる紅いスケルトンは普通のスケルトンと一味違う。


「そらっ!!」


槍を持つイルガがスケルトンを突いて、ポリアが斬り込む隙を作っても。 ポリアの斬り込みを開いた右手で受け止めたり。 逆に鋭く斬り返して来て、二人で防がないとシェラハやシスティアナなどが危ない。


一方、マルヴェリータがその実力発揮する。


「想像の力は、万理の力・・・。 我が魔力にて、破壊のナイフとなれっ」


杖を胸に秘めて念じれば。 頭上に現れる渦を巻いた、青白く輝くの魔想の力。 マルヴェリータが杖を振るって、その先をゾンビに向ければ。 渦から現れた魔法のナイフが、無数にゾンビに襲い掛かった。


―あ゛ぁぁっ!―


瞬時に、身体へ十数のナイフを受けたゾンビの身体に、その直後巻き起こる衝撃の爆発。 ゾンビの弱点の黒い光を引き裂いて、真っ先に一体を倒した。


一方。


舞踏場に居たガロンは、化け物と化した元仲間に斬りかかり。


「ラキーム様を守れっ。 強い奴には束で掛かれっ!!」


兵士三人が、跳び掛かってきた紅いスケルトンに向かう中。 クォシカに怯えたラキームは、一目散にロビーへ走った。


- 待てぇっ! ラキームっ!!! -


クォシカの上半身をしたモンスターが、その太い蛇の胴体をうねらせて壇も蹴散らし、ラキームの後を追った。 ロビーに向かうクォシカの蛇の胴体が、競りあがっていた左右の壁を壊す。


「うわあーーーっ!!!」


クォシカに追われる様にして、ロビーへ飛び出したラキームだが。 自分の真横をモゾモゾ歩いていたゾンビを見て。


「うぎゃああああああっ!!!!」


涙眼で大声を上げて、ロビーを走って横切り左の扉へと逃げる。


- 待てぇっ、ラキームっ!!! -


横を歩いていたゾンビと跳ね飛ばし、クォシカの姿をしたモンスターはラキームを追う。


「な・なによアレっ?!!」


クォシカの跳ね飛ばしたゾンビを魔法で倒そうとしていたマルヴェリータが、大蛇の体を持った女性の姿に驚いた。


(とにかくっ、ゾンビを先に…)


起き上がる前のゾンビを魔法で倒し、一階ロビーに落ちた他のゾンビを倒し終えた時に。


(今のあれが、クォシカ…)


ズルズルと蛇の胴体で床を這い、闇に染まる隣の部屋に入って行くモンスター。 それがクォシカとは・・。 その蛇の胴体から尻尾は、優に馬を繋いだ馬車二台の長さを超えている。


だが、その姿を二階から見かけたシェラハは、ビックリして言葉を失った。


「うっ・そ・・。 クォ・ク・・クォシカ…」


それは、あまりにも変わり果てた親友の姿であった。


また、ポリアとイルガは、紅いスケルトンと剣を交えていながらそれを見た。


「何でよっ! 何であんなにすんのよぉぉぉっ!!! 最悪じゃない!!!!!」


「お嬢様っ! 今はコヤツをっ!!」


二人は唸って、紅いスケルトンに対して力んだ。


ポリア達の誰もが、包帯男を想った。 こんな地獄絵図が在るとは、誰も思わなかったからだ。



       ★


その頃にKは、最上階に来ていた。


「着いたか…」


最上階へ向かう最後の階段は、一階の大階段と同じ様に。 真ん中を斜め上、真っ直ぐに伸び。 上がった先には、両開きの重々しく黒いドアが在る。


その階段を上がりきったKは、


(そろそろ下でも、おっ始まってる頃かな…)


と、想う。


階段を走っている間、下に向かうモンスターの気配があった。 出遭ったものは、全て倒したが。 残ったモンスターは、まだ若干多い。


(さて、さっさとこっちを片付けっかな)


仕事をする気に為ったKは、その重々しい扉を開いた。


すると、いきなり黒い空気のような風が、Kの方へ襲い掛かる様に吹いて来る。 


(お~お~、息巻いてからに。 怨念を妖気にして、ダラダラと吐き出してらぁ。 ポリア達を連れて来なくて、こりゃ~正解だ。 此処に居たら、全員が気絶してら~な)


Kは、実に平気そうだが。 重々しい空気には、‘瘴気’とか、‘妖気’と呼ばれる暗黒の力が含まれる。 人間や普通の生物の精神メンタルに、恐怖心を煽って苛む様なダメージを与える、特殊なモンスターのオーラであった。


さて、全く物怖じして居ないKは、部屋の中に入りながら。


「あら~ま~、随分とオンボロになったみたいで。 此処は・・・、謁見の部屋か?」


と、周りを見渡した。 


広い広い一間。 正面の先に、窓らしき枠が見えている。 大きいバルコニーに出るような窓だ。


そのKの右手側の奥には、どす黒く禍々しい気配を発する何かが居る。


「おいおい、せっかく来たのに。 主様は、労いの挨拶もないのかい?」


すると。


「フフフ・・、随分と口が達者な様だな」


こう言った何者かの声は、確かに威厳が漂う圧力が在る。


「ゴミよ、良く此処まで来た。 どうやら、我が下僕に変えられたい様だな。 フン・・・、ノコノコと上がって来よってからに」


何処までも他人を見下す様な喋りにて、Kを嘲笑って来る闇の中の人物。


だが、言われるKは、暗い部屋を見回しつつ。


「“上がって来よって”ったってよ。 御宅を倒さないと、この森に掛かった結界から出れないから。 その物言いは、無駄じゃネェ~の」


「フン、戯言を。 私を倒すだと? この不死身に成った私を倒すだと?」


此処でKは、やっと右を見た。 紅いチリチリとした、まるで火花を出す炎のようなエネルギーが、奇妙な形に枠を作っている。 それはどうやら、椅子に座る人の形だった。


処が。 Kの視線は、その椅子に座った人の形をした何かを、軽く一瞥しただけで。


「おいおい、待ってくれよ。 魔域の結界陣は、此処じゃないのかよ。 チッ、参ったな~」


呆れて視線を外すと、何故かいきなりKの口調が伝法になる。


その瞬間、いきなり正面の窓が独りでに開いた。 ボロボロの暗幕が風で外にはためいて行く。


「?」


あの空に蟠る、渦巻く不気味な紫色の鈍い光が部屋に差し込んで来た。


Kは、此処で再度見回した。 どうやらこの部屋は、予想通りに謁見の間のようである。 長方形の間取り。 汚れて、色の剥げが見られる蒼い壁は、昔から人気の高いマラカイトの壁細工だ。


「ほ~、向こうの壁にあるのは、大昔の画家クックの作品かよ。 こんな最上階に、古の名画伯の絵を配置するなんざ、随分な格式だこと」


Kの見て言うのは、左奥の絵だ。


だが、その逆。 右側の奥には、光を失いかけた金色で玉座が存在し。 長い総髪を後ろに流した、年配の男が居た。 優雅に足を組み、礼服の貴族が好んだガウン風の服装に、フリルの襟・袖の白いブラウスが如何にも高貴な人物と云う印象を生み出す。


「三百年・・・いや。 もっと時が経っているのに、良くその絵の画家が解ったな。 どうやら、そこらのバカじゃ無いな」


然し、一方のKは、話し掛けて来た男を気にしないままに、部屋を眺め見て。


「全く、結界陣は無い。 クォシカの遺体も無い。 チッ・・・、これは痛い。 時の浪費だぜ」


この様子を見た男は、自分を気にしていないKをギリリと睨んだ。 細長い瞳は気性が激しそうで。 面長の顔に蓄えられた髭は、豊かにして長い。 髪も髭も白くなっていて、生気が宿った色は無い。


また、今のKから感じる気配は、武術の心得など無い者と思えた。 これは或る意味、無知なバカにからかわれているようである。


「貴様、私を無視してるのか。 それとも、恐れて見れまいか」


処が、言われたKは部屋の出口、上がって来た階段に身体を向けて。


「悪ぃ、時間が惜しいんだ。 先に、結界陣を探させて貰うわ。 御宅と遊んでられない」


と、出て行こうとする。


その途端だ。


「ふざけるなっ」


玉座に座る男が、Kに苛立ち鋭い言葉遣いで言うと。 バン!、と音を立てて階段へ戻るドアが閉まった。


処が、逃げ道を塞がれたKだが。 その様子は、さして困ってもいない素振りで。


「あ~あ、面倒臭ェな~。 時代錯誤のアデオロシュじいさんと、これから遊ぶのかい?」


その素振りは、完全にバカにしている。 男・・・いや、モンスターとして蘇ったアデオロシュ十四世は、玉座より立ち上がった。


「貴様ぁっ! 私を愚弄しておいて、ヌケヌケと帰れると思っているのかぁっ!!!!」


この恐ろしい響きの怒声を聴いたKも、アデオロシュを見た。


「はぁ、愚弄? 当たり前の事を言ったまでだろう。 御宅の時代は、昔の頃に興った貴族、その存在の意味を失った時代だ。 なのに、何時までも階級格差制度が在り続ける訳が無い。 時代の流れを読めなかったのは、テメェ本人だろう?」


立ち上がったアデオロシュは、Kよりも頭一つ半以上も高い男だった。 ゆっくりとした歩みで、自分を詰ったKに近づく。


「時代だと? なんの才も持たぬ、下賤な民が横行するのがかっ?!!!」


如何にも貴族らしい、その物言いだが。


恐怖心を煽るモンスターのオーラを、全くものともしないKは。


「あぁ。 貴族とはな、神と悪魔の戦いに際し、世界の危機に人の為に戦った人物の血筋。 然し、今も昔も貴族の中に、そんな奴が何人いた? 私欲と受け継がれた権力を、さもテメェに宿った才能のように言う阿呆が。 下らない問答なんざ、面倒臭ぇ。 俺は、クォシカの遺体を捜しに来たんだ。 閉めたドア、開けてくれるか?」


と、閉まったドアを左親指で指した。


Kの話を聴いたアデオロシュは、鼻で笑ってマントを翻す。


「フン。 あの美しい娘は、私の愛妾となっておるわ。 遺体も、御主の探す結界陣の元に安置してあるわえ。 人に殺されし哀れな娘は、憎しみの権化と変わる、我の仲間に加わったわっ!!」


「殺された? 追っかけてきた冒険者に、か?」


「そうよ。 如何わしい不埒者が、その後に私へ逆らおうて死によった。 今では、我の忠実な下僕だがな」


するとKは、何処か疲れたように俯いて。


「おいおい、全く疲れる話だな~。 ここから出て、ま~た下に行って探して。 それからまた上に来て、コイツを倒す? この塔を、一体何往復すんだよ」


この独り言を聴いたアデオロシュは、Kを見てその眼をギラッと光らせる。


「私を倒す、だと? お前のような手負いがかっ? 片腹痛いわっ!!!! じっくりと痛ぶって、ズタズタに斬り殺してやろう」


此処でKは、酷く呆れた口調で。


「あのなぁ、俺は手負いじゃな。 な、それより結界陣って、何階だ?」


Kのふざけた口調に、遂にアデオロシュが爆発的に怒りだした。


「おのれぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!! 捨て置けばっ、我に対して無礼な口ばかりっ!!!! 死ねっ!!!」


彼の腰にかれていた美しい金細工の鞘に差すサーベルの柄を掴むや、Kに向かって一閃した。


抜き打ちの一撃を顔に向けられたKだが。 クルリと独楽の様に回り、紙一重でその一閃を避けたK。


「あらら~、あぶね」


サーベルを引き戻すアデオロシュは、Kの身のこなしに嘲笑う。


「ほう、運が良かったな。 だがそんな躱し方で、何時まで保つか? 我を倒して地下の結界陣に行こうなど、片腹痛いぞ」


その瞬間、Kの包帯より覗ける眼が、ギリッと細まった。


「フッ、ありがたいね。 ‘結界陣’の在る場所、教えてくれて」


と、腰から一番長い短剣を抜いた。


「むっ」


Kが短剣を抜いたのを見たアデオロシュは、Kの身体から気配が消えたのを感じて驚いた。


「貴様っ! まさか・・態と…」


言われたKは、アデオロシュの瞳を睨んで、口元で笑うと。 


「一々最初っから本領を出すなんて、底が浅いんだよ」


言ったと同時に、目にも止まらぬ身動きにて、アデオロシュに斬りかかった。


「ふっ、はっ!」


余裕を持ったKの太刀筋は、不意に駆け抜ける疾風の様で。 モンスターとして、人間を超えた力を手に入れた筈のアデオロシュが一気に防戦へ回る。


そして、下から振り上げられたKの一撃を、サーベルを側める事で辛うじて守ったアデオロシュだが。 その側めた剣をKは蹴り上げて、ガラ空きの胸に短剣で斬り込んだ。


「ぬわっ!!」


鋭い一撃を受けたアデオロシュは、後ろにドッと倒れこんだ。 完全に斬り裂かれた衣服と胸部。 だが、傷口は黒々としていて、血も出ない。


斬ったKは、窓と窓の間の壁の影にいて。 影の如く黒くなるままに。


「三百年以上も、よ。 こんな所に隠れて遊んでるから、外が解らないんだよ。 何時も何時も、御宅への対処の効かない奴ばかり来ると思ったら、大間違いだぜ」


冷たく埃だらけの床に倒れたアデオロシュは、誰かに助け起こされる様に、フワリと身体が持ち上がり体勢を戻すと。


「おのれっ!!!」


殺気を、身体から噴き出す黒いオーラに変えて。 Kに向かって斬りかかった。


だが、そのサーベルが、Kの頭に届こうとした一瞬だ。 Kの身体が、トロリと闇の中に解けて消えた。


「なにっ…」


アデオロシュのサーベルは、空を斬って完全にKを見失ってしまった。 斬った其処に、Kは居ない。


そして、アデオロシュの耳元で。


「モンスターのオッサン。 冒険者って奴を・・舐めるなよ」


聞こえて来たのは、Kの声。


だが、それは。 先ほどまでのいい加減な口調をしていた、包帯男のものでは無かった。 明らかに低く、何処までも強く透明でいて、あらゆる心を斬り殺すかの様な凄みが在った。


「………」


その声の後に、アデオロシュの声は出なかった。


―ゴトリ―


床に、アデオロシュの首が落ちた。 アデオロシュの背後には、Kが立っている。


「・・・」


黙ってKは、短剣を仕舞った。 人を斬ったのに、血すら着いていないのだ。


処が、Kはアデオロシュの前に戻って、バルコニーの外を見ると。


「おいおい、芝居なんてするな。 アンタ、そんな事する芸人じゃ~ないだろう?」


Kが語り掛けた後で、落ちたアデオロシュの首の瞳がギョロリと動いた。 彼の立ったままの身体、落ちた首が、まるで溶ける様に暗く赤々とした炎に変わっていく。


そして、ボワッと燃え上がって消えた。


「フフフ・・・。 アーッハハハハハーーっ」


この部屋中に、アデオロシュの声が響く。


「これはこれは、何という剣の腕だ。 いや、御見それしたな・・・。 さて、ではそろそろ死んでくれ、恐ろしき剣士殿。 もう、剣など我には利かんぞ」


と、アデオロシュの身体が、また玉座に現れた。


今度は、燃え上がる炎に包まれて、腰から下はボンヤリして判らない。


闇の中に居たKは、此処でアデオロシュを見た。


「ほぉ~、やっと本領発揮かい? 死体を見せて隠れてるなんて、遣り方セコいぜ」


瞳すら、炎のように燃えるアデオロシュ。 嘲笑う顔すら悪意に満ち溢れ、おぞましきモンスターだ。


「喧しいわっ。 だが、貴様もこれで終わりだっ!!!」


叫んだアデオロシュの口がカッパリ裂けて、デカい花瓶の口のように開いた。 その中は、あのゾンビのエネルギー源と云える暗黒の光が、黒々と渦を巻いて蓄積されていた。


一体、このモンスターと化した貴族が、何をしようと云うのか・・と云う処だが。 いきなり、暗黒のエネルギーが蟠る口の中に、ヌウ~っと骸骨の手が這い出して来るではないか。


その手を見たKは、眼を細めて睨みなから。


(バカの一つ覚え・・ってか?)


Kは、この意味を知っているらしい。


だが、躯の姿をした手の次に、ズズズ・・・と暗黒のエネルギーの中から湧き上がって来たのは、ズタボロの黒いフードを被った骸骨の顔だ。 スケルトンの様な、ただの頭蓋骨では無い。 青黒い炎を宿す眼、ギザギザに鋭い爪の様な歯、短い角を生やす異形の姿をする。 それは、まるで死神か悪魔の様な躯が、口から這い出てこようとしているのだ。


その躯のモンスターが上半身まで身を乗り出した時にKは、サッと腰にコートの下に左手を入れると。


「それ、待ってたゼ」


と、何かを投げた。


“ヒュッ”と、空気を斬った音が走る。 Kが投げたのは、白い柄、白い刀身のナイフである。 ナイフは、現れ出そうとしている躯の化け物と一緒に、アデオロシュの口を貫いた。


そして、更には。 そのアデオロシュの身体ごと後ろに吹き飛ばすかの如く、瞬く間に彼と躯の化け物を引きずったではないか。


辺りは、薄暗い闇が支配する部屋の中。 “ドス”と云う音を立てて飛ばされたアデオロシュは、玉座後方の壁にナイフにで釘付けにされたのだった。


壁に釘付けと成ったアデオロシュは、直ぐに壁から離れようとするも…。


「ンガ・・・ぬ゛っ・・ぬげんぞぉぉぉぉ…」


アデオロシュが壁より離れようとせども、ナイフが刺さって体が動かない。 そして、刺された躯の化け物は、刺された場所から異様な白い煙を上げ始め。 のた打ち回るように、狂い苦しみ出した。


同じ場所に佇むKは、アデオロシュに一瞥すると。


「あばよ、昔のバカ殿。 こっちは忙しいんだ」


相手を見下げる様な言葉を言う。


そして、アデオロシュとは反対の、絵の飾られた壁に向かう。


「う゛ががががががああああ・・・」


Kの背後では、今度は急にアデオロシュが苦しみ出した。 それはおそらく、ナイフが煌々と白い光を発し始めて。 口の中に渦巻く暗黒のエネルギーを、その刺さった所から吸収し出し所為の様なのだが…。


「きぎざまあ゛あぁぁっ! ごっご・・ごれはぁぁ・・なああんんだっ!!!」


声が割れて、身の毛がよだつような耳障りな声。


すると、歩みを止めたKは、軽く横顔をアデオロシュに向けると。


「ソイツは、鎮魂の遺碑架イヒカ。 昔から、僧侶が真摯に生涯を神に捧げつつ生きた時。 どんな死の淵で在ろうとも、死ぬ間際の一瞬に神を見ると云う。 その安らぎの心が、時として肌身離さない遺品に神懸かる力を宿す事が在る。 その遺品は、清らかな退魔の力を持ち。 あらゆる亡霊や亡者を、その宿った力で静めるんだ」


こう説明してから、アデオロシュに振り向く。


Kの視界の中で。 全身から煙を上げて、暗い炎が消えかかるアデオロシュの姿が在った。 身体中がブルブルと振るえ、明らかに何かに苦しんでいた。


ナイフに暗黒のエネルギーを吸い取られてか、干からびて行くアデオロシュ。


「もうじき、楽になる。 憎しみに狂い遺って、これ以上家名を辱めるな。 滅びる時は、人は自分から滅ぶさ。 じゃ、な」


Kの置き台詞に、アデオロシュの眼が屈辱で染まる。


「お゛・・にょぉぉぉれ゛ぇ…」


アデオロシュは、そう言った直後。 瞬間的に全身が埃のように色褪せて砕け、ナイフを残して床に崩れ落ちた。 その跡に、ボロボロの服が主たる埃を隠す様に、その上に舞い降りる。


其処まで見届けたKは。


「やっと、消えたか。 魔法床陣は、こっちか?」


玉座の左後方。 アデオロシュが滅びたと同時に、部屋の奥で魔法の力が湧くのを感じる。 壁際に向かえば、古びた回転式の隠し扉が在り。 其処を抜けると、六角形の狭い部屋が在った。


「やっぱり、自分の元に上げてやがったな」


Kの見下ろす先には、表面に何やら難しい文字が画かれている、円形の床が在る。 文字の部分が、蒼・緑・赤・黄色と光っては消え、光っては消えるのだ。 おそらくこれが、彼の言っていた〔魔法床陣〕と云うものらしい。


「さて、もう一仕事だな」


床に乗って、やや中心のボコッと出ている丸い突起をKが踏むと…。 彼を乗せた丸い床は、ス~っと音も無く下に降りていく。


然し、Kの云う‘一仕事’とは、何なのか。


       ★


さて、Kがアデオロシュの変化したモンスターを倒すまでから、今まで。 下の階で戦うポリア達はどうしていたか。


先ずは、渦中の当の本人ラキームは、どうしていたのか。


あの、広いエントランスロビーを横切って、飛び込む様に入った暗い部屋をクォシカに追われて。 ボロボロの木や鉄屑の何かを蹴っ飛ばし、逃げ回ったラキーム。


厨房だの、応接室だの、サロンだのと。 暗い中で走り回った彼は、二階への幅狭い階段を見つけた。 後ろより、木屑や鉄くずを勢い凄まじく飛ばす音がして、モンスターと変わったクォシカが迫る。


(に゛っ、にか・二階ぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!)


焦った彼は、慌てて這いずりながら二階に駆け上がった。 先に上がって捜索していたポリア達が元に居た、あの書庫に逃げ込んで。 崩れた本の残骸を乗り越え、ロビーを見下ろせるバルコニー通路と云える、内廊下に出た。


この時、下のロビーでは、マルヴェリータとシスティアナが。 一方の三階から四階に向かう階段では、狭間となる階段を利用してモンスターを堰止める様に。 ポリアとイルガが、協力してモンスターと戦っている。


それを見たラキームは、モンスターを避けるように廊下を半周して。 ガロン達が戦う舞踏場の観客席二階に出ると、右往左往して走り回るうちに。 三階への階段を発見して、其方に逃げ込んだのだ。


そして、今。 倒れ掛かった棚の下に入って、ジッと息を殺して隠れる。


(やややややややばばばばばいいいいいぃ!!!!!!!!!)


恐怖に震えるラキームの居る其処は、真っ暗な部屋の中であり。 ボロボロの木の塵が、床一面に散らかっている。


ラキームの脳裏に、戦う気など毛頭も無い。 ガロンも、誰も、どうでもいい。 自分さえ助かれば、他はどうでもいい事でしかない。


また、クォシカの変わり果てた姿に然り。 無数のゾンビに然り。 紅いスケルトンや普通のスケルトン等々。 そのどれも怖くて怖くて、ラキームはズボンを濡らしていた。


だが、息を殺して隠れる彼の耳に。


―ズル・・ズル・・ズルズル・・・ズルズルズル・・・―


遠くで、クォシカの蛇の胴体が床を這う音がする。


(あわあわあわわわわわわわわわわ・・きききききたたたたたたたた…)


怯えるラキームの耳に、クォシカの声がする。


「ラキーム・・・何処? ラキーム・・・私の恨めしい男。 ラキーム・・・私の憎む全てっ! ラキームっ、何所に居るのっ?!!!!!」


彼女の怒りに狂う声を聞くラキームは、


(あわああわわわわわ…)


と、慌て出す。


そして、更に身を隠せる様にと、こっそりと這い出して。 大きな棚の引き出しに隠れた。


すると…。


“バキ・・バキバキバキっ!!”


と、木の折れる音がしたり。


“グシャーーンッ! バァーーーン!!”


と、壁に叩き付けられた棚が、壊れる音が鳴り響く。


その音は、まだずっと離れた場所からだ。 


「何所っ?! 何所に居るのっ、ラキームっ!!!」


自分を捜すクォシカの声が、部屋中に響いた。


(ちがっ、違う゛っ!!!! あれはクォシカの声じゃなぁいっ!)


こんな風に叫ぶクォシカを、ラキームは今まで見た事が無い。 脳裏では、“別人じゃないか!”、とすら思った。


だが、壊される棚の音は、どんどんと自分に近付いて来る。


(誰かっ、誰か助けてっ! 私はっ、ワタシはぁ町史に成るンだぁぞぉぉぉっ!!!!!!)


震えている間に、彼の潜む棚まで後少しの距離へと棚が壊される音が来ていた。


(死にたくないっ、死にたくないいいっ!!!、死にたくないいいいいいいっっっ!!!!!!)


彼が必死に縋る様に思う中で、ラキームの居た棚が持ち上がった。


(あ゛っ)


身体の存在感覚が浮くことで無くなり、思い切り飛ばされたのだった。


“グワッシャーーーーーン!!!”


もの凄い音を立てて、ラキームを入れた木の棚は壁に叩きつけられた。


「うわああああっ!!!」


弾けるボロい木の棚ごと壁に当たるラキームは、逆さで壁伝えに床に落ちる。


「んっ?!!」


声を聴いたクォシカは、投げつけた棚の方を睨み付け。


「ラキームっ、其処にいるのねっ!」


砕けた屑の上に落ちたラキームは、


「あわわあわわわわあわわ…」


情けない声を出して這い、無我夢中のまま立ち上がって、足を縺れさせながらも光の方へ。 行って見れば、またロビーを見下ろせる円形の内廊下に出た。


「たっ、たたたすけてくれっ!!」


埃だらけの乱れた髪も、顔も、服装も含め、実に哀れな姿だ。


そして、その後からクォシカが、木の破片を蹴散らかして。


「待てっ、ラキームっ!!」


と、追って来た。


この時は、まだKがアデオロシュを倒す前で。 ポリア達も、三階とロビーに分かれて死にもの狂いの攻防をする。 そんな彼等が、同じ三階に居るラキームに気付く訳がなかった。 武器を噛み合わせる音、魔法の炸裂する音と、叫び声が交錯していたのだから…


ポリアやイルガが、モンスターと戦うのを見たラキームは。


(わ゛っ、こっちにもモンスターがいる゛ぅ!)


戦う気が全く無い彼だ。 ポリアやイルガの相手するモンスターが来たらと考えると、自身で口を押さえながら。 直ぐ近くの部屋へ、一目散に逃げ込む。


(くっ! 何処も彼処もっ)


崩れた棚の残害を見て、苛立ちを超えて憤慨した。


然し、クォシカが追って来ている事は承知している。 残害の上を乗り越えて、奥の暗い廊下に抜け逃げ回る。


一方、ラキームしか敵視してないクォシカは、ポリアやイルガを見てもそれを無視。 ラキームの逃げた後を追う。


だが、何分に蛇の胴体が太く。 散乱したゴミなどを蹴散らす分、小回りが利かず遅れてしまう。


その間に、ラキームは遂に土台部分の最上階か。 四階へ走り。 また、近くの部屋に逃げ込んだ。


だが、遂にこの時だ。


棚や何処の残害を蹴散らしていたクォシカは、自分の身体に漲るラキームへの憎悪がやや薄れ。 眩暈を一瞬だけ覚えてから、ハッとした。 身体から急に力が抜ける感覚を覚え。 ラキームを追うのを止めて、Kの向かった上を見た。


「アデオロシュ様が・・・死んだ? そんな、馬鹿なっ」


彼女が、それを感じたと同時に。


「あっ」


「まぁっ」


マルヴェリータとシスティアナが、魔法でロビーにまた落ちたゾンビを全て倒した時。 身体に感じる重々しい恐怖の圧力が、急に軽くなっていくのを感じた。


「ポリアっ! ケイがっ、上の主を倒したわっ!!」


上を向いて言ったマルヴェリータの腕は、服の一部が肩から袖まで切られて。 白い肌が露わになり、少し引っ掻き傷が浮かんでいた。 また、魔法を連続して遣った所為だろう。 顔にも疲労感が浮かんでいるし、その身体でする息も荒い。


「解ったわ!!」


三階にて。 イルガと共に、紅いスケルトンを中心に。 普通のスケルトンやゾンビも相手にしていたポリアが、力んで応えた。


また、イルガは自身の渾身の突きで、紅いスケルトンが突き飛ばされたのを見た。 今までは、軽々と受け止められていたのに…。


「お嬢様っ! どうやら主が倒されて、モンスターが弱まりましたぞっ!!」


顔や、腕や、太股に掠り傷の在るポリアは、荒い息遣いながら。


「よしっ、イルガ! 一気にいくわよっ!!」


「はっ」


勇躍したポリアが、踊り掛かって剣を振れば。 その剣撃を防げない紅きスケルトンが、また飛ばされて階段にぶつかった。


(よしっ、手応え有るわっ)


“これなら勝てるっ!”


ポリアは、全力を傾けモンスターを倒そうと決めた。


さて、マルヴェリータとシスティアナから少し離れ。 大階段の裏に隠れていたシェラハは、必死にクォシカを捜していた。


(主が倒された? クォシカっ、クォシカ何処?! もうっ、暴れなくていいのよ!)


モンスターの存在が、彼女を此処に押し留めている。 然し、右から左からロビーを伺い、彼女なりに必死でクォシカを捜していた。


一方。


「聞こえたかっ、主が死んだぞっ!!」


叫ぶガロンも、‘レヴナント’と云うモンスターにされた。 元仲間のギーシンと、一進一退の攻防を強いられていた。


一緒の兵士三人は、紅いスケルトンに防戦一方であり。 兵士の一人は、足を斬られ引きずっていた。


然し、モンスターと化したクォシカが、ロビーへの出入り口の壁を壊した事で。 逃げようにも、もう逃げる暇が無かったのだが。


「このっ」


ガロンの鋭い一撃が、ギーシンの顔を口から横に斬った。


「あ゛~ん? おかお・・がぁ~、さ~け~たぁ~」


耳の後ろまで斬り込まれたので、顔の上唇から上が後頭部に向かって、後ろにもげ返っても良さそうなくらいに斬られているのに。 ギーシンは、ガロンに襲い掛かる。 顔が、口より上が異常に揺さぶれるままに、だ。


(チっ、やはり魔法じゃないと倒せぬか!)


魔法の遣えるマルヴェリータやシスティアナに、このギーシンを任せたいガロンだが。


それをしたくともロビーへの出入り口は、モンスターと化したクォシカが壊して、瓦礫により塞がっている。


これが、冒険者の頃のガロン一人なら。 今頃は兵士も、ラキームも見捨てて、奥から一人で逃げ出して居るだろう。


然し、今は契約として町史に雇われの身。 今、此処で逃げ出したら、この兵士達は殺される。 ラキームを見捨て一人生き残れば、それなりの理由を説明しないと町史アクレイ以下、国には言い訳が立たない。


(冒険者の頃の様には、中々いかぬわ!)


言葉に成らずも、唸るガロン。


そして、最もむず痒いのは、ラキームを捜せずに居る事。


(あのバカ殿の事を、冒険者の輩が助ける余裕が在るか・・。 クォシカがあの姿では、見捨てられても仕方ないっ!)


こう心配するガロンだが。 実際にラキームの姿は、ポリア達にも見えてはいなかった。


だが、逃げ回っていたラキームも、ポリア達が活気付いて。


“ケイが主を倒した”


との声に。


「たっ、倒した? ホントかっ?!! かっ帰れるのかっ?!!」


と、下に降りる道を探し始めた。


劇的に、下で戦う者の勢いが逆転した。 その瞬間が来た。


       ★


それは、時としては短い間だった。


Kが上に消え。 モンスターと下でポリア達が戦う。


そして、Kがアデオロシュを倒し。 ポリア達が逆転の機を得る。


それは、1日にすれば昼下がりの短い間。 然し、濃密で、命懸けの時を駆け抜ける事となる。


さて、助けを求めるラキームの声に、上を見ていたクォシカは反応した。


- う゛っ・・逃がすかっ、ラキーム!! -


アデオロシュが滅びた事が、モンスターと化した彼女にどんな影響を及ぼしたのか。 先ず解るのは、見た目で在る。 四階に向かう階段を見つけて上るクォシカだが。 その蛇の胴体が細まって、クォシカの胸部と同じ太さになっていた。 明らかに一回りは、全長が縮んでいた。


一方、逃げ回ったラキームは、四階でまたクォシカに追い回されていながら。 まだ下に向かう途中のスケルトンに遭遇。


「どぅあ゛ぁぁぁぁぁっ!! だれっ、誰かぁぁぁぁぁぁぁ…」


腰に在る立派な造りの剣を抜く事も無く。 情けない声を上げては、また別の方へと逃げ回る。


処が、必死な者は必死なだけに、無能でも何とかしようとはする。


クォシカとかくれんぼをし、追いかけっこをしている中で、動きの鈍ったスケルトンの隙を見つけたラキーム。


「おわああああっ!!!!!」


気でも狂ったかの様な叫びを上げながら廊下の手摺り前ぶつかって肋骨を引っ掛けたスケルトンを、大腿骨から掬って突き落とす。


処が。 その場の手摺りを乗り越えた先は、ロビーの大階段脇が見下ろせる。


だから、その結果は…。


“カシャーーーーン!!!”


大階段の物陰から辺りを窺いクォシカを捜すシェラハの横に、いきなりスケルトンが降って来ると云う事態に成る。


「きゃーーーーーっ!!!!」


床にぶつかったスケルトンの折れた骨、手放したボロボロの剣が飛んで来てしまい。 それにシェラハは驚いて、大階段の裏からスケルトンの落ちた前方へと飛び出してしまう。


この一瞬は、全ての事に於いて不測の事態だった。


ポリアとイルガの二人が、紅いスケルトンを追い詰め骨を砕き。


システィアナが、別のゾンビを〔裁きの鉄槌〕と云う魔法で、消滅させる。


また、ガロン達の戦う方で、兵士の悲鳴を気にしたマルヴェリータが。 クォシカの潰した入り口を開くべく、疲労困憊の身で制御した〔魔法の飛礫〕を生み出し。 瓦礫にぶつけて、出入り口を部分なりにも開いた処なのだ。


其処に、シェラハの悲鳴で在る。


階段で戦うポリアやイルガも、その手を止め。


マルヴェリータやシスティアナも、シェラハの姿を求めて気を散らせてしまった。


さて、この不測の事態に、更に新たな出来事が重なる。


マルヴェリータが魔法で開けた、風穴の様な一角から。


「たす・け・・てくで…」


辿々しい声を発し、足を怪我した兵士が頭からロビーへと乗り越え落ちる。


「あわわわ、タイヘンですぅ!」


頭や身体からも、斬られた傷で血を流している兵士を見て。 僧侶のシスティアナは、大慌てで兵士に走り寄り。 モンスターが居ないロビー正面入り口の左側へ、彼を引き摺る事にする。


マルヴェリータは、モンスターが後から出て来てしまうと思い。


「シェラハっ、に・逃げなさいっ!! 早くっ」


と、武器を手放したスケルトンに、魔法を遣う決意をする。


処が、其処へ。


「ぐっ、来るなっ! ギーシンよっ」


ガロンの苦し紛れの声がして。


「ん゛ーっ、ん゛ーっ」


力み、兵士を引き摺るシスティアナが、二・三歩ほど兵士を引き摺った後に。 ガロンが飛び出して来るのだ。


「は?」


受け身から立て膝で体勢を取ったガロンは、額から髪を汗で塗れさせながらも。 杖を構えたマルヴェリータと数歩の間隔を空け、互いに見合う形となった。


その途端で在る。


「おいっ、コイツを浄化しろっ!!」


自分が乗り越えて来た穴から、ヌゥ~~~と這い出て来るギーシンを指差したガロン。


「コイッ・・って、レヴナントっ」


青い体色のゾンビを見て、マルヴェリータも思わず身構えを変えた。


「魔法を遣うにはっ、兵士とシスティが近い・・」


唱える直前までの集中をしながらも、まだレヴナントの出て来た辺りからとても近いシスティアナと兵士。


「くっ、手が掛かるっ!」


ギーシンの変化したレヴナントが、立ち上がったと同時に。 其処へ走り込むガロンは、低い体勢から伸び上がる様にしてレヴナントの左足大腿部を斬り上げた。


鋭い剣筋は、レヴナントの革製の膝当てを付けた太股を断ち切った。


いや・・・、かに見えた。


グラリと身体を前のめりにしたレヴナントだが、骨を断って無い為に。 不格好な体勢ながらも、倒れずして残る。


マルヴェリータは、危険なレヴナントを倒せば。 ガロンが、スケルトンに行けると感じた。


「もうっ、いいわっ、退いてっ! シェラハっ、モンスターが消えたらっ、外へ出なさいっ!!!!!」


こう叫ぶマルヴェリータは、魔法の集中に入る。


然し、驚きと恐怖から、膝がわらって動けないシェラハ。


一方、ガロンは魔法が来ると解り。 自分が出て来た隣への入り口より右に走って、兵士を引き摺るシスティアナの方に寄った。


「遅いっ、早く助けろっ!」


苛立ちを露わに、兵士の怪我した足を自分の足て押し蹴る様に跳ね上げる。


「あわ゛っ!」


酷い乱暴をすると、システィアナが更に慌てる時。


「魔想の力よっ! 衝撃の剣を生めっ、そして我が敵を打ち破れっ!!」


集中をしたつもりのマルヴェリータだが。 明らかにシェラハを助ける為、強引に魔法を発動させる。 マルヴェリータの頭上に、マルヴェリータよりも大きい、青白い半透明な剣が現れた。


(くぅっ、ケイの・・云う通り・だわ…)


強引に生み出した魔法は、制御の利く力では無い。 杖を持ち上げ、狙いを澄ます処では無く。 精神的疲労から保つ事が出来ないマルヴェリータは、思いっ切り杖を振り込むが精一杯だった。


然し、Kが才能を認めていただけは在る。 疾風の如く勢いで宙を走る魔法の剣は、レヴナントを正面から突き刺して、そのままの勢いを持ってふっ飛ばし。 舞踏場の部屋へと壁を壊し、瓦礫とレヴナントごと一緒に、部屋の中に押し込んだ。 


(何と云う、魔法の力技だっ)


驚いたガロンが、崩れた壁が埃を上げたので。 様子を窺おうと、近づこうとする。


その時だ。


“シュバーーン!!!”


更なる埃を吹き上げ、空気を振動させるほどの衝撃音が響く。


「おおっ!」


破壊力と衝撃波の強さに、彼にして珍しく驚くガロン。


そんな彼へ、無駄に力を遣い過ぎたマルヴェリータが。 ステッキに縋る様に跪きながら。


「はっ、早く・・シェラハを…」


と、力の抜けた口調で搾り出すマルヴェリータ。


だが、ガロンが見上げた上の四階から、


「ガローーーーーンっ!!!! 私は、此処だっ!!! 助けてくれっ!!!!」


と、ラキームの声が響いた。


息遣いの荒いマルヴェリータを、ガロンは見ずに。


「モンスターの討伐とあの娘の護衛は、お前達の請けた仕事だ。 私は、己の請けた任務として、ラキーム様を守らねば成らぬ」


と、言った。


「ぐっ」


マルヴェリータが朦朧とした眼差しで睨む中で、シェラハを無視して大階段に向かうガロン。 武器も持たないスケルトン如き、ガロンの腕ならば瞬殺が出来たハズだ。


一方のシェラハも、立ち上がって逃げようとしたものの。 マルヴェリータの魔法を受けたレヴナントが飛び込んだ壁の崩落がガラッと小さく在り。 その音にまた驚いて、腰が抜けてしまった。


「あ・あぁぁぁ…」


震える彼女だが、‘ガシャ’っと云う音を聴いて後ろを振り返れば、“カシャ・カシャン”と耳障りな音を立て、スケルトンがバランス悪くも歩き始める。


「シェ・・シェラハっ、に゛ぃ・・に・逃げてぇぇぇぇ…」


搾る様な声で言うマルヴェリータに。 膝がわらうシェラハだが、スケルトンから逃げるように。 マルヴェリータの方へ這って寄る。


「マ・・マルヴェリータさ・ささん・・」


この時、大階段を駆け上がったガロンは、二階に到達しようかと云う時。


壁際の通路へと隠れたシスティアナは、治療に専念していた。 ショック状態に成り掛けとなった兵士は、かなり危険な状態だった。


この時のポリアは、刃向かって来る紅いスケルトンの肋骨、右大腿骨、右腕の骨をヘシ折った所で。


「マルタっ!!! 二人で離れてっ!!!」


と、三階から大声を出す。


代わりに入ったイルガは、紅いスケルトンの肋骨に槍を突き込んで動きを止めた。


其処へ。 刹那して走って来たガロンが、階段に押し付けられている赤いスケルトンの頭蓋骨を、その手の剣で掬い斬りに切断した。


「ふんっ、半人前が!」


そう言ったガロンは、ラキームを助ける為に四階へ向かう踊り場に。


ガロンが来たと見たラキームも、クォシカから逃げ回るのを止めて、内廊下を回ってガロンへ向かって走った。


この時、ラキームを追い掛けていたクォシカの眼や耳が、モンスターの時とは違った感覚に変わる。


(今の声は、シェラハ・・、シェラハ? ハッ、・・・シェラハ!)


アデオロシュが滅びた影響だろう。 クォシカの脳裏に渦巻く、憎しみや怨みの執念が薄まり。 本当の彼女の記憶が蘇る。 ポリアが叫んだ〔シェラハ〕と云う名前で、親友の顔から記憶までが蘇ったのだ。 ラキームを追う事も捨て、手摺りに飛び付いたクォシカ。 下へ動くポリアを見付けてロビーを見下ろせば。


(あれは・・・シェラハっ?!)


黒髪の美女と落ち合い。 スケルトンが迫る中、美女を支えて逃げようとしているシェラハを見る。


一方。 ガロンと入れ替わり、ポリアがロビーに走り。 ガロンを睨んだ眼を離したイルガも、ポリアを追って走ろうとしていた。


この時にロビーでは。 スケルトンが、グワシャン、グワシャンと歪な音を立てながら。 大階段の脇より出て来て、シェラハとマルヴェリータに向かって歩いていた。


疲労困憊の上に、精神的な脱力感の激しいマルヴェリータだが。 自分の元に来たシェラハだけでも何とか逃がそうと。


「そ・外にっ、で・・出な・さい・・」


彼女を押し退け、逃がそうとするが。 その力すら入らない。


一緒のシェラハは、マルヴェリータを庇うように立ち。


「ダメっ! クォシカ以外の犠牲はっ、もう誰もいらないわっ!!!!!!」


と、大声を発する。


彼女なりに声で身を奮い立たせ、マルヴェリータを支え立たせようと…。


四階では、駆け上がったガロンが、まだ隠れていた普通のスケルトンを見付け。 その剣技で腕、足と断ち割り。


ポリアが、一階へ降りる大階段上の踊場まで来た。


(ポリア!)


(マルタっ!)


質は違えど、絶世の美女と絶世の麗人が見合う。


“これなら助かる”


二人の女性は、そう確信した。


だが、ガロンがスケルトンの頭蓋骨を突いて壊し。 スケルトンを蹴倒す時。


そして、ポリアが二つ飛ばし、三つ飛ばしと階段を飛び跳ね降りて。 ロビーに立った瞬間だ。


舞踏場の兵士二人が、遂に堪え切れなくなり。 紅いスケルトンに圧されながら、マルヴェリータの壊した壁の穴からロビーに続けて飛び出して来た。


「ぐっ、強い」


「硬すぎるっ」


弱った筈の紅いスケルトンに、二人は防戦一方のままに斬り込まれ。 兵士二人は、転げ回る様に大階段のまん前まで。


丁度降りたポリアは、真ん前を新たな紅いスケルトンに阻まれた。


「チョットっ!!!!」


助けに行く進行を阻害され、ポリアは全身で怒ったが。 


「ウルサイっ!!」


「お前達のあっ、相手だぁぁっ」


逃げ腰に成った兵士は、紅いスケルトンをポリアに預けるように。 壊れ掛けのスケルトンも見てから、大階段の方へ。


其処へ、ラキームが。


「お前達っ、上だっ! 私はっ、上に居るぞっ!!!!!」


と、云うものだから。


「上だっ」


「ラキーム様をっ」


兵士の二人して階段を走る。


「え゛? 何でっ!!」


予想を覆す事態に陥ったポリアだが。 紅いスケルトンが、いきなり自分へ向いたので。 身構えるしかないから、マルヴェリータとシェラハに向かえない。


「退けぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」


培った貴族口調だが。 この切羽詰まった焦りから獣の様な咆哮ほうこうを上げ、紅いスケルトンに斬りかかるポリア。


この時、シェラハとマルヴェリータに近付いたスケルトンが、掴み掛かろうと片手を上げ。 ボロボロでギザギザした歯を開き、マルヴェリータを庇うシェラハに襲い掛かろうとした。


「シェラハっ!!!!」


渾身の力で叫んだマルヴェリータをシェラハが庇って、スケルトンの前に立ちはだかった。


手摺りから、声に危険を感じたガロンが見下ろした。


“あれは殺られるっ”


経験上の感覚から、殺されると思った。


処が、その時である。


スケルトンの後ろに、クォシカが降り立った。 ポリアの前に紅いスケルトンが出た時に、四階より蛇の尻尾を手摺りに絡ませながら、急ぎ降りて来たのであった。


一方、真後ろで“ドスン”と云う音がして。 シェラハに、後半歩まで迫ったスケルトンが、後ろを向いた瞬間。 クォシカの両手に伸びる細い剣の様なツメ10本が、凄まじい速さで振るわれた。


「あ゛っ!」


「なぬっ?」


紅いスケルトンと剣を交えたポリア、手摺りより下を見下ろしていたガロンも、全く想像を超えた出来事が起こった事で。 二人して声を上げた。


クォシカのツメに掬われたスケルトンは、そのボロボロの骨組みの身体を三つにバラしながら。 二階の廊下や手摺りへと、飛ばされた。


スケルトンが消えた後。


「………」


マルヴェリータを庇ったシェラハは、クォシカと眼が合った。


「クォシカ・・、貴女・た・助けて・・・くれたの?」


親友に再会する事が出来て、シェラハが涙を浮かべる。


だが、モンスターの姿に変わったクォシカの顔は、苦痛に歪んだ顔ながら。


「シェラハ・・・。 どうして、危険な此処に来たのっ?」


今にも大声で泣きそうなシェラハは、クォシカに寄って。


「どうしてってっ! あっ・貴女を迎えに・・迎えに来たに、決まってるじゃないっ」


覚悟を述べたシェラハは、死体のクォシカを見る以上の衝撃を受けたが。 それでも、親友に逢えた事が嬉しい。


然し、


「酷い・・。 こっ・こんな姿なんて・・・どうして? どうしてっ、何も悪くない貴女がっ?!!! あの夜、何が有ったの?!」


強く問われたクォシカは、シェラハが自分を心配して来てくれた事を、その様子から察した。


「シェラハ、私ね。 二ヶ月前に、ラキームの差し向けた人たちに、家で捕まりそうになったの」


「嗚呼っ、やっぱり・・」


シェラハは、Kの言った推理がそのまま当たっていたと解る。


此処で、走り降りて来たイルガは、ポリアと鎬を削る様に刃を噛み合わせる紅いスケルトンに突撃した。


‘ガツン!’


硬い音を立てて突き飛ばされた紅いスケルトンが、グラグラっと後退した時。


「もういいっ!」


吼えたポリアが、その紅い頭蓋骨へ渾身の突きを見舞った。


ポリアの持つ剣は、特殊な白銀を鍛える過程で、特別な技術を用いている。 魔法が無くとも、暗黒の力を打ち破る霊力の様な加護を持つのだ。 乾いた音を上げて、紅いスケルトンの頭蓋骨が壊される。 黒く蟠る暗黒のエネルギーが、拡散する様に撒き散らされた。


「ハァ、ハァ、ハァ、・・ハァァ…」


大きく呼吸したポリアは、その鋭い視線をクォシカに向ける。


クォシカとシェラハも、戦い抜いたポリアを見返した。


ポリアは、疲れや緊張を憤りに変えて。


「ぜっ、ぜ・全部っ、ケイの予想通りじゃないっ! 貴女の家のタンスが・・荒っぽい壊されてたのも。 悪い奴らが・・・あ・貴女の逃げ出して形跡を調べた跡・・だったのねっ?」


然し、シェラハは、話の続きが気になって。


「クォシカ。 貴女、捕まる前に逃げ出せたなら、どうしてこんな恐ろしい森なんかにっ」


モンスターの身体を持つクォシカは、酷く悔しそうな顔をして。


「隠れてた・・つもりだったけど。 見付かるのが怖くて、逃げると次第に追われる様に成って…。 なんとか必死に、森を彷徨う内に此処まで来てしまったの。 でも、私は結局、死んだ。 そして、此処の城主のアデオロシュと云う人に、モンスターにされたわ」


「ひっ、酷い・・」


シェラハの瞳から涙が落ちる。 その時のクォシカの身の上を想像しただけで、涙が止まらない。


此処まで語るクォシカは、また何か湧き上がる衝動に目眩し。 微睡むかの様な眼を、カッと開くと。 四階のラキームとガロンを見た。


「ラキームっ! ガロンっ!!! 貴方達の差し向けた人達は、私を捕らえて辱めようとしたわっ!!!! 挙げ句に、私を遠くの国に売り飛ばす気だった…」


己の悪行をバラされている為に。 ポリア達からも、非難の視線を向けられるラキームとガロン。


流石、悪行を重ねて流れ回ったガロンだ。 ふてぶてしく、クォシカ達を睨み返す。


だが、ラキームは、兵士や他人に聴かれるのが嫌なのか。


「ウルサイっ! もっ、モンスターが嘯くなぁっ!」


と、喚き返す。


そんな二人を更に見返すクォシカは、猫の眼の様に変わる瞳を紫色に染めて。


「この城で捕まり、激しく抵抗した私をっ。 リーダーの男が殴りつけて、私は・・・胸に木の尖った先が刺さって死んだっ!!!!!!!! 全て、全てっ、貴方達の所為よっ!」


やはり、クォシカの身に起こった事態は、Kの想像通りであった。


「何よ、コレ・・・。 サイテーじゃないよぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」


捜せと仕事を依頼しておいて、この現実は何か。 町の政治を司る者が色欲を金で勝手にしようとして、こんな事態を招いただけだ。


なまじ貴族と云う家柄出身のポリアが、薄汚い事実に限界を感じてか。 怒りに身を任せ、絶叫を上げてギリッと二人を睨んだ。


一度、切っ先を突き付けられたラキームは、ガロンの横に隠れてオロオロし。


「う・うるさいっ、うるさいっ! うるさーーーーーーーいっ!!!! 俺はっ、奴らにクォシカを捕らえて来いと、そう言ったんだっ!! そうだ、そそそそ・・そいつ等がっ、勝手な事したのが悪いんだっ!!! 俺の責任じゃ無ぁーーーーーーーいっ!!!!!」


混乱するままに、こう奇声を上げた。


ロビーから塔型の階層まで吹き抜けのこの空間に。 喚くラキームの言動が、高らかに響き渡った。


彼の言動は、何所までも自分本位なモノだ。


“モンスターと一緒に、斬り捨ててやりたいっ”


そんな衝動に駆られるポリア。


だが、クォシカを睨むガロンは、軽く顎を差し向けると。


「クォシカよ、拐かす人員を間違ったわい。 確かに哀れだが、それも運命だ。 世の中、死ぬ奴など腐るほどおる。 不運だったと、諦めて貰おうか」


(人に仕える身として、こんな事に手を貸しておき)


“不運だった”


(と、それだけで片付けられるとは…)


同じく仕える身として、ガロンに怒りを覚えたイルガ。


「なんという事だ・・・。 それでも御主っ、主君を持つ役人かぁぁぁっ!!!!!! 恥を知れいっ!!」


汗と疲労の滲むイルガだが。 あまりの汚らしさに、怒りが湧き上がり。 彼にしては、いつもにない大声を上げる。


クォシカは、言動から今の様子を見て、このポリア達が敵では無い事が解り。 他のモンスターも消え、シェラハに危険が及ばないと察すると。


「ラキーム。 それに、ガロンっ」


ズルリ・・ズルリと、大階段へ向かい始めるクォシカ。


「貴方達のお陰で、私はこんな呪いを掛けられた。 もう・・、人に戻れないっ」


クォシカの話に、ポリア達は衝撃を受ける。


だが、クォシカは蛇の様な胴体を動かし、大階段を上がりながら。


「それ以上にっ! アデオロシュ様を倒されたら、貴方達だけを呪う呪術が暴走するわ。 次第に、私は意識すら失って野蛮化し、全ての人を憎んでしまう。 最終的には、人としての思いも、思い出も無くすわ・・。 だからっ!!!!」


と、階段を上る速度を上げた


そして、二階の階段を登った所で、手摺りからラキームとガロンを見ると。


「死になさいっ!!!! 私と一緒にっ、死になさいっ!!!!」


その強烈な怨みの籠もる声を聞くシェラハは、その声にクォシカの慟哭を聞いた。


「こんな・・・こんな事って…」


もう立てないマルヴェリータだが。 跪きながらステッキに縋りつつ、ガロンとラキームを見上げて。


「ふっ、ふ・二人して、クォシカに殺されればいいんだわ・・」


薄汚い男の悪行に、悲しい言葉を吐いた。


其処へ、システィアナが現れる。 フラフラになって、ポリアの方に歩いて来た。 兵士の傷が、予想以上に深かったのだ。 全力で魔法を遣ったのだろう。 唇が、血色を失っていた。


そんなシスティアナを心配したイルガは、慌てて彼女を支えに走る。


「システィっ、アンタどうしたのっ」


イルガに支えられるシスティアナだが。 その顔は、泣き顔で。


「グズッ、ウエェェン、ポリア~。 さいて~です~、泣きたいですぅ。 ケイさん・・・ケイさんは~、何所でぇすかぁぁぁぁ…」


「シ・・システィ?」


Kを捜すシスティアナの姿に、驚いたポリア。 システィアナは、のほほんとしている外見だが。 信頼する者以外を頼る事など、決してしない節が在る。 Kに何が出来るのか、と思うのだ。


さて、マルヴェリータの横に来たシスティアナは、三階を目指すクォシカを見て。


「〔復讐の女蛇〕《ラミア・リベラルド》のノロイですぅよぉ。 呪術の下法で・・、ラミアされたら、もう元に戻せませぇん」


呪術の事をシスティアナが知っているのだと、ポリアは彼女の顔を覗いて。


「システィ。 クォシカが言った事って、ホント・・なの?」


「はぁい。 魂を呪いの力で、あんな風にモンスターにするんですぅ。 死んでも、魂が浄化されません。 永劫に、呪いが魂をくるしめますぅぅ」


説明するシスティアナは、その悲しさを知る余りにか、涙を床にポトポトと落とす。


マルヴェリータは、ガロンとラキームを見て。


「男なんて・・・男なんて最低よおおおっ」


疲労から朦朧として、普段の様に出ない彼女の低い声。 自分の経験した悔しさと連動してか、憎しみが篭っていた。


仲間の嘆きを受けたポリアの眼にも、クォシカに対する同情が沸いて、涙が溢れた。


シェラハなど、もうその場に泣き崩れている。


さて、アデオロシュが倒された所為なのか、人の意識や記憶を持ちながらも。 憎しみや怒りに身を焦がすクォシカ。


三階から四階に向かう処で、ラキームがクォシカを恐れ出し。


「ががっ、ガロンっ!」


叫ぶ。


クォシカを見たガロンは、明らかにその全長が小さく成っていると。


「おいっ、最後の一仕事だっ! ラキーム様を守り通せぇっ」


兵士に言いながらクォシカを迎え撃つべく歩く。


踊場に居た二人の兵士が、先に階段を降りてクォシカを迎え撃った。


「死にたく無ければ、退きなさいっ!!!! 殺したいのは、ガロンとラキームぅよぉ!!!」


兵士二人に阻まれたクォシカは、相手を威嚇してツメを振るう。


「させるかぁっ!!!」


左右のツメを、二人の兵士が片方ずつ防いぐのだが。 やはり、モンスターと化した彼女の執念は、弱ってもまだ強い。


「うわぁっ」


「ぐぁっ」


捻り払われた力に負け、兵士二人が踊場に押し返される。


其処へ、ガロンが来て。


「モンスターに手加減などせんぞぉっ」


その手の剣を遣い、兵士二人の助太刀に入る。 やはり、Kでも認めたガロンの剣術だ。 兵士二人が困ったツメを、一人で同等に打ち払う。


それを見た兵士は、ガロンと一緒なら勝てると。 果敢にまた立ち向かうのであった。


一方、下のポリア達だが。 システィアナも立ってられないほどで、マルヴェリータも同様だ。 疲れているのは、イルガも同様だが。 彼の見るポリアも、大粒の汗を顎から落として。 肩を動かし、身体で息をしている。 顔や衣服の一部も切られ、太股には細かい掠り傷や切り傷が幾つも見えた・・。


「お嬢様、如何いたしますか?」


伺いを立てながら、怪我の具合を気にするイルガだが。


「イルガは、みんなを守って。 私、ケイを捜して来る」


「はぁ? ケイを・・ですか?」


頷いたポリアは、真剣な眼差しで。


「ケイなら・・、彼ならクォシカを助けられるかも・・・。 残念だけど、私達じゃクォシカを救えない」


すると、泣いているシスティアナも、涙ながらに頷いた。


「そ~ですぅ。 ケイさんなら~、なにかしってるかもです~」


これには、シェラハすら顔を上げる。 唯一、頼れるのはあの包帯男のみと感じたのだ。


その時。 マルヴェリータだけは、息荒くポリアに。


「お・・男に、出来るの? あ・あん・・あんな目にしか、女を出来ない男たちに…」


「マルタ…」


此処まで汚い男達を見たポリアは、マルヴェリータが男を信用出来ないと言いたそうなその言葉に、絶望を感じる。 


だが、縋るシェラハは、ポリアに訴えた。


「とにかく、あの人を捜して下さいっ。 クォシカを・・・、このままじゃクォシカを救えないっ」


彼女の本心からの頼みを聞いて、ポリアは決心する様に頷いた。


だが、その時。


「ギャーーーっ!!!」


階段の方から、クォシカの滾るような声が上がった。


声に驚いたポリア達が、その方を見た時。


「あ゛っ!!」


クォシカの身体が、大階段から転落して転がって来た。 階段に激しく身体を打ち付けて、ロビーまで落ちてくる。


「クォシカっ!!!」


シェラハがビックリして、彼女へ近寄ろうとする。


然し、クォシカは蛇の胴体で身体を持ち上げつつ、尻尾の先をその間振り回し。 シェラハを寄せ付けずに、低い声で。


「こっ、来ないで!」


「クォシカっ、だってっ!」


「来ないでっ!! も・もう、記憶が・・消えそう・・・なの」


ユラユラと揺れ動いているクォシカは、大階段の踊り場まで降りて来ていたガロンを睨みつつ。 


「わた・・し、しぇらは・・・ころし・・たくない…」


クォシカの声が、奇妙にブレて来た。 クォシカ本来の綺麗な声では無い、不気味な声である。


それを見たガロンは、何が起ったか察する。


「フン。 主が死んで、制御する者を失った訳か。 狂って親友を殺す前に、望み通り殺してやる」


残虐な光をその目に宿し、クォシカへと非情にも斬りかかるガロン。


それを見下ろすラキーム。 彼の居る所で、ヨロヨロの兵士一人が守り。 もう一人の兵士は、剣を杖にする格好で床に片膝を崩している。


「う゛ぅっ、ガロンっ!」


怒り任せで、ガロンを迎え撃つクォシカだが。 その左手のツメが、四本も折られており。 胴体には、斬られた傷から青緑の血が流れていた。


「そらっ! はぁっ!!」


やはり、ガロンは流石に腕が立つ。 クォシカの攻撃を避けては、胴体を更に斬り払う。 また血のような体液が飛び散り、クォシカが苦しそうに顔を歪める。


苦しむクォシカを見て、シェラハは焦る。


「やめてっ!! もうやめてっ!!!」


と、彼女が叫ぶ。


この時、ポリア達も、シェラハも、時間が緩んだ様にその一瞬を見た。


彼女が泣き叫ぶ中でも、ツメを避けたガロンは、クォシカの尻尾の先を斬った。


その痛みから、‘ギャッ’と叫び高く伸び上がったクォシカ。


此処でガロンは、最大の隙をクォシカに見付ける。 斬り抜けた所から、振り返り様。 床から自分の胸の高さとなる、クォシカの蛇の胴体の辺りを、斜めに掬い斬り上げた。


「ウギャアアアアアーーーーーっ!!!!!」


ポリア達の耳をツンザく様なクォシカの大絶叫が、広いエントランスロビーに響き渡る。


「あ゛っ」


斬り離れたクォシカの身体が、ポリアとシェラハの前に叩き付けられる様に落ちた。 離れた蛇の下の胴体から尻尾が、ガロンの周りでバタバタと動き暴れて血を撒き散す。


その時だ、四階よりラキームが。


「ガロンっ! 化け物と為ったクォシカを殺せっ!! 醜い化け物と為った女に、用は無いわっ!! この先の邪魔だ!!!!!!」


この命令を聴いたガロンが、口元にニヤリと下衆な笑いを作り。


「はいっ! 心得ておりますともっ」


そう応え、床に倒れたクォシカを見たガロンの眼に、今までに無いほどに強い。 残虐で、殺気立った光が浮かんだ。


虫の息と言って良いクォシカは、痛みや苦しみに染まる顔でラキームを睨み上げる。


然し、胴体部分から垂れ流された体液の多さに。 彼女の負ったダメージは、かなり大きいのだろう。 身体を揺らして息を荒げ、人の姿のか細い腕で立ち上がろうとするも・・。 胴体が半分無いままでは、身を擡げる事も出来ない様子だった。 


一方、此処まで見せ付けられたポリアは、もう我慢の限界だ。 クォシカを殺させない為に、ガロンに斬り掛かろうと剣を握り締めて睨む。


ポリアに背を向けていたガロンも、その殺気に気付いて。 半身に成って、ポリアを牽制するべく睨んだ。


だが、我慢が成らないのは、イルガも一緒。 システィアナを背後に隠す様に離すと、ポリアに合わせるつもりで槍を握り締めた。


このままでは、クォシカはガロンに殺される。 ポリアは、もう仕事を棄てる気だった。


「………」


一方のガロンも、自分の睨みを物ともしないポリアとイルガは、怒りからもう冒険者としても仕事を放棄したと思う。


(バカ者がっ! 情に流されて、規約違反するつもりかっ?)


と、思う。


脇目で、ポリア達と睨み合ういながらも。 問題のクォシカさえ殺せば事は終わると感じて、右手の剣を握り直す。


ポリア達とガロンの間に、爆発的な勢いで緊張感が湧き上がり。 その度合いは、高まり天井知らずの様に…。


‘一触即発’


と、言って良い。


何か、砂粒ほどのショックが起こる時。 その戦いの火蓋が切られ様か、と云うほどに張り詰める緊張感。


四階のラキームも、もがくクォシカより。 ポリア達とガロンが見合うのが怖くなる。


緊張が、この広いエントランスロビーいっぱいに張り詰めた時だ。


「ふ~、間に合ったか?」


クォシカ以外は、みんなの聞き覚えの在る声がした。


全員が、湖前の正面玄関の壁と左右平行に伸びる廊下の、右から出てきた包帯男を見た。


「ケイっ!!!!!!!」


ポリア、イルガ、マルヴェリータの声が、一気に重なった。


異常な殺気と緊張感に支配されたロビーに、ヒョコッと現れた感じのKだが。 その腕には、クォシカを抱いていた。


シェラハが、それに気付いて。


「あのっ、それ・・クォシカですか?」


素朴な桃色のワンピースの服は、血と埃で汚れて黒ずんでいる。 ピクリともしない彼女は、血色の無い表情だが。 傍目に見ると、まるで気絶しているような感じである。


Kは、玄関前にクォシカの遺体を横にしながら。


「いや~、結界を存続させる魔方陣の所に、クォシカの遺体も隠して在ったが。 其処に、面倒なゴーレムモンスターを住まわせやがってよ。 結界壊して遺体を取り返すまで、手間ばっかりだったゼ」


緊張感を解くKの登場に、隙を見つけたと。 ガロンの眼が、立ち上がれないクォシカにギロリと向いた。


処が、その時だ。


「もういいぞ、オッサン。 余計なマネ、するンじゃネェぞ」


それは、現れた時とは少し違い。 低いトーンで、Kの声がする。


その声を背中に受けた瞬間だ。


(ハッ!!!!!!!)


ビクンと、身を震わせたガロン。 人殺しも、モンスターとの戦いでも、臆さずして戦う彼が、言い知れぬ殺気を感じで身震いしたのだ。 今のKの言葉に、魂をギュっと掴まれる想いが恐怖となり、身体に痺れのような衝撃が走る。


「・・・」


恐る恐る、振り返ったガロン。


だが、視界に居るKは、クォシカの遺体を寝かせ終わった所であった。


其処へ、


「ガロンっ!!! 何をしているっ。 早く、早く化け物を殺さぬかっ!!!!」


と、四階からラキームが叫ぶ。


だが、Kに釘付けと成ったガロンは…。


(きっ・き・・斬れぬっ。 俺の身体がっ、やや・奴を怖がっている!)


今の一言を受けて、ガロンの心に恐怖が居座った。 完全に、クォシカに向けた気力が、戦わずして削ぎ落とされたのだ。


立ち上がったKは、‘殺せ殺せ’と煩く喚くラキームを見上げ。 床に手を付いた、モンスターのクォシカに向かって歩きながら。


「其処のお前、ウルサイよ」


と、指差す様な動きを。


向けられたと見たラキームは、一人で地団駄を踏む程に怒り。


「きさ・・うぎゃっ!!!!!!!!!!!!!」


怒声を吐こうとした時、Kが軽く投げた壁の破片が、彼の肩に当たって激痛が走ったのだ。 その場にうずくまり、痛みに悶えだすラキーム。


ポリア達の居る方に来たKは、此方を見て固まるガロンの肩にポンと手を乗せて。


「どけ、死にたいか?」


小声で囁けば。


「わ・・解った」


怯える顔に汗を浮べ、素直に頷くガロン。


その様子を凝視していたポリアは、その流れに理解がいかなかった。


(アイツ、一体・・どうしたの?)


ガロンは、Kが現れるまで。 自分とイルガを睨みつつも、余裕さえあって。 残虐味の宿る顔をした時、顔が黒ずんで怖いくらいだった。


なのに。 今は、顔中に冷汗を掻き始め、肩やマントの裾を窺うに、震えているのではないかとさえ思える。


こんな事、自分や味方の者では、絶対に出来ない事だと感じた。


さて、不意の来訪者と云う感じにやって来たKは、大階段の方に去るガロンを見送ってから。 床に這い蹲るクォシカの前に近寄った。


「悪いな。 助けに来るのが、チッと遅くなった。 然し、随分と斬られたな、大丈夫か?」


と、穏やかな声を掛けて、クォシカの目の前に屈んだ。


この時、白い蝋の様なクォシカの肌が、心なしか肌色に変わってきた。


だが、Kに話し掛けられたクォシカは、彼に怯えるというより。 女性らしく恥ずかしいような素振りで、横を向き。


「こ・来ないで…」


小さい拒絶を示す。


だが、透かさずスッと手を動かしたK。


「あ」


シェラハ、ポリア、マルヴェリータに加えて。 何と、クォシカの声が一緒に重なった。


それは、横向いたクォシカの頬に、Kの左手が添えられて。 自分に向かせたからである。


「何も、恥じる必要は無い。 キミは、何も悪い事はしてないさ。 さ、両親の所に帰ろうか」


そのクォシカに語り掛けるKの声は、ポリア達にも優しく響く、穏やかな声だった。


だが、クォシカが涙ぐんで。


「出来ない・・出来ないわっ」


こう拒絶する。 蛇の胴体を持つ、自身の身体を見れないクォシカ。 もう呪いで絶望的と知ってか、その拒絶が強まったのだ。


そんなクォシカを見下ろすKだが、全く絶望する様子も無く。


「大丈夫。 もう大丈夫さ。 ほら、遺体も持って来たしな。 後は、キミが天に召されないと」


この語るKに、俯いて床に向くクォシカは、声を震わせながら。


「無理・・無理よっ。 呪いが・・この蛇の呪いがっ!」


絶望するクォシカは、冷たい床を叩いた。


するとKは、両手でクォシカの頬を触れて持ち上げ。 自分の顔を近づけた。


「・・・」


Kの不思議と優しく見開かれた瞳と、クォシカの悲しみに染まった瞳が逢う。


「あのな、クォシカ。 キミは、実際には呪われちゃいない。 だから、大丈夫なんだよ」


「え? 呪われ・てない・・・って?」


自分の思う事と逆の事を言われ、クォシカの身が少し起き上がる。


クォシカを見詰めるKは、全く不安感を持たない様子のままだ。


「先ず、キミの心の中に有るアデオロシュの言葉を、消してみるといい」


このKの言う事が、クォシカにはおろか。 近場で聴くポリア達ですら、全然理解がいかない。


「ど・どうゆう・・こと?」


辿々しい声で、Kに問うクォシカ。


一方のKは、穏やかな物言いを崩さず。


「“復讐の女蛇”《ラミア・リベラルド》って呪術はな。 本来は、死んだ時に誰かを憎み怨んだ魂にしか、効かない魔法なんだ。 あの亡霊王と変わったアデオロシュは、キミに中途半端な呪いを掛けた」


クォシカは、震えて小さく顔を左右に・・。


「ちが・違うわ。 私は、あの・・ラキームやガロンが…」


処がKは、クォシカを見て頷き。


「確かに、そうだ。 アデオロシュは、キミに呪われた身体を与えて、死体を見せて。 “憎しみ、怨むしかない”、こう言ったんだろう? 違うか?」


「は・はい・・」


Kの言った事を、素直に肯定するクォシカが居る。


その彼女を見詰めるシェラハは、


「違う・・。 クォシカ、ちょっと前の顔じゃ無い…」


と。


ポリアも、マルヴェリータも、シェラハが言う話を聞いて、確かめる様にクォシカを見る。


「ポリ・・ア?」


「うん、違う。 目の色も、声も、表情も、人間の…」


あれだけラキームとガロンを怨み。 そして、怒り狂っていたクォシカだったのに。 Kと話す間に、彼女の雰囲気が変わっていた。


その事を既に見越したのか。 Kは、恐れて困惑する彼女に。


「だが、今はどうだ?」


「え? い・・ま?」


「そう、今の気持ちを感じてみると、憎いか?」


問われたクォシカは、自分に気持ちに怒りや憎しみを問う。 すると、その瞬間に眼が大きく見開かれた。


(わたし・・、憎くない)


だが、ガロンに斬られるまで、ラキームが自分を殺せと言った時まで、確かに憎かった。 怨んで、怒りと絶望感に支配されていたのだ。


だが。


「ど・どうして? 私・・にくく・・ない」


クォシカの心に広がっていた、怒りや憎しみの心。 今の今まで、狂うぐらいだった怒りが、何故かスゥ~っと消えていた。 心に噴出していた憎悪が、嘘の様に消えている。


自分で自分が解らなく成る彼女は、不思議と自分を理解する人物。 包帯を巻いたKに、その眼の焦点を合わせた。


見詰めるKは、口元や眼を微笑ませて。


「だろう? あのアデオロシュは、モンスターに変えた後のキミに‘憎い’と思わせて、不完全な呪いを成立させたんだ。 だが、キミが一瞬でも憎しみを忘れた時、呪いは呪いで無くなる。 さ、立とうか」


説明したKは、クォシカを抱き寄せる様に両腕を抱えた。


持ち上げられる格好に成りそうなクォシカは、


「たっ・立てないわっ」


と、慌てる。


実際、蛇の胴体はガロンに斬られた。 斬られて残る胴体は、もう立てる長さに無い。 胸から下がそんな姿なのに、立てる訳が無いとポリア達でも思う。


だが、Kは気にもしていない。


「もう、蛇の身体は要らないさ。 キミの魂は、既に呪いから開放されてる。 さ、ゆっくり、行くぞ」


優しい、ゆっくりとしたKの声に。 クォシカは、頷きながらも不安げな顔で頷く。


すると…。


「あっ! ・・え? う・うそ・・・どうして?」


ポリア達の見ている中。 何と、クォシカの身体が、蛇の胴体から抜け出た。 一糸纏わぬ、産まれたままの姿のクォシカが、Kに支えられて立ち上がったのだ。


「ほ・ホント・・に…」


「た・・立った」


余りの衝撃で、ポリアも、マルヴェリータも、夢を見ているのではないかと。 目を奪われた。


さて、蛇の胴体より抜け出した自分の身体を、何度も見るクォシカは。 立ったと同時に、美しくキラキラと輝き出した。


「な、もう大丈夫さ」


こう言うKを、クォシカは優しい笑顔で見返し、涙を流し微笑む。


「ありがとう。 私・・私っ、憎くない。 誰も・・憎くないわっ」


彼女を見るKは、軽く一つ頷く。


「あぁ。 キミは、酷い形で死ぬ時ですら、誰も呪わなかった。 だからこうして、呪いの呪術から開放されてる。 地下で遺体を見た瞬間に、大丈夫と思ったよ」


「え・・、どうして?」


Kは、横にした遺体を指差して。


「本来、あの呪いを掛けられた者はな。 憎悪や怨念と呪術が応じた所為から、遺体の顔が酷く変わってしまう。 だが、キミの姿は、見ての通りにそのまんま。 あれは、心が呪いに掛かってなかった、その証さ」


自分の遺体をちょっと遠目に見てから、再びKを見るクォシカ。


「ありがとう・・、本当に・・ありがとう…」


その瞳から、更に涙が溢れて行く。 光る涙を零すクォシカは、魂が人に戻ったのだ。


「さ、光に任せて。 このまま、穏やかに…」


Kが言うと。


クォシカは、Kを見詰めながら更に近寄る。


「貴方は、誰? お名前を教えてください・・」


「ケイ。 詰まらん冒険者さ」


するとクォシカは、Kの顔に両手を伸ばす。


「ケイさん。 貴方は、私の恩人ね」


と、包帯の巻かれた頬を摩る。


その手つきは、まるで愛おしい人の温もりを感じる様なものだ。


ポリアも、マルヴェリータも、シェラハも、システィアナも。 年頃の女性だけ在り、その様子が少し恥ずかしくも、羨ましくも見える。


だが、Kは、


「フッ、醜い恩人だな」


と、口元を笑わせると。


「キレイ。 ケイさん、貴方のその瞳は・・・凄く・・綺麗よ」


と、クォシカは、少し浮き始めた身体を近付ける様に。 自分とKの額を合わせる。


「嗚呼・・。 生きて・・・生きて逢いたかった」


こう言ったクォシカが、Kに抱きついた。


抱きつかれたKは、彼女に語り掛ける様な小さい声で。


「ちょっと、遅かったな。 済まない、生きてるウチに助けてやれず」


と、囁きながらクォシカを抱きしめてやる。


その姿は、見ているポリア達には、恋人の様に見えた。 まるで、理想の恋人の様に…。


涙を流すクォシカだが、その表情は穏やかに微笑んでいて。


(嗚呼・・貴方は、大切な人を・・・過去に失ったのね)


と、囁き返した。


この言葉は、ポリア達には聞き取れないくらいに小さな声。


頷いたKの仕草は、ほのかに淋しいモノだった。


「可哀想に…」


Kの背中を撫でるクォシカ。


「ありがとう、よ」


素直に返すKに、少し身体を離したクォシカは、本来の慈愛が溢れる表情で微笑んで。


「ケイさん。 私が消えるまで・・・抱いていてくれますか?」


「あぁ。 構わない」


返事を聴いたクォシカは、Kに軽くキスをして。


「ありがとう・・・。 最後はせめて、女として死にたかったの…」


と、クォシカはKに強く抱きつく。


「優しい・・・、温かい…」


愛せる相手の温もりや存在を感じて、愛おしく呟くクォシカ。 次第に、その身体が強く光ってゆく。


そして、


「あっ」


シェラハが嬉しく見ている中で。 クォシカの光る身体から、ポツリ・・ポツリ・・と、光の粒が浮いては。 空中へと・・、上に上って消えていく。


クォシカの魂が、天に召されるのだと。 システィアナが言う時に。


(悲しまないで。 貴方は、きっと大丈夫・・・。 貴方にも、幸せは訪れる。 でも私の、世界で一番の王子様だから…。 忘れないで・・・ね、私の事…)


クォシカのそう語る声が、Kの心に響いて。


(フッ)


やるせなくも、受け入れる様にKは笑った。


その直後だった。


「あっ!!」


驚くポリアの声がする。


クォシカの全身が、光の粒と成って。 Kを包み込むかの様に姿を消し。 そして、空中に向かって上がっては、見上げる辺りで消えて行った…。


最後の光の粒が、Kの頭上で消えた時。 Kは、ゆっくりと閉じていた瞳を開いた。


「キレイだった」


呟くと。 徐にポリアを見ては、悪戯っ子のように口元を笑わせて。


「チェっ、惜しかったな~。 生きてりゃ結婚だった。 あの美人とさ」


こう言われたポリアは、Kが凄く不思議な男に見えた。 涙の浮ぶ、呆れ笑いの顔で、


「バ~カ。 一緒に、あの世へ逝っちゃえば?」


呆れる様に言ったつもりのポリアだったが。 その本音を云うと、少しだけクォシカに嫉妬していたのかもしれない。


さて、クォシカすら助けたKは、大階段の途中となる踊場にしゃがむガロンを見て。


「おい、全部終わったぜ。 テメエの仲間は、自分で連れて行けよ」


こう言い残し。 一人さっさと、クォシカの遺体に向かって行く。



ステッキを頼りに、よろめきながら立ち上がったマルヴェリータは。 シェラハとポリアに支えられて。


「全く・・見せ付けてくれるわね。 美女が、四人も居る前で・・」


と、みんなを見る。


彼女を見返す皆のその顔は、微笑みが浮んでいた。


「です~。 やぁ~っぱり~、ケイさんすご~いですぅ」


クォシカを助けたと、フラフラして居るシスティアナは、嬉しそうに笑っていた。


一方、屈んで見ていたガロンは。 近くまで肩を痛がるラキームが、泣いて降りて来ているのも無視して。


「ありゃ・・ホンモノだ。 遣り合わなくて、正解だ」


と。 正直、こんな事態を解決してしまう冒険者など、世界広しと言えどそうそう滅多に居る者では無い。


さて、全員で出た外は、夕方の晴れ空だ。 あの不気味だった暗雲も晴れ。 妖しく紫の光に光っていた空が、今は綺麗な茜空。


マルヴェリータを支えるポリアだが。


「二ヶ月前に死んだのに・・、キレイね」


と、Kの腕の中のクォシカを見る。


システィアナを背負うイルガも、


「本当に、ですな」


と。


歩き始めるKは、夕日に染まる空を見ながら。


「呪いの影響で、この辺りの全ての時が止まってたのさ。 だが、今日中に埋葬してやらないとな」


その話を聴いたシェラハは、強く頷いて。


「私に任せて下さい。 全て、私が町に帰って、手配します」


森を町へと帰る景色は、来た時とは全く違っていた。 呪われた森も無く。 腐った湖も、嘘のように綺麗で。 これも、結界が消えた所為か。 公孫樹の新緑が夕日に照らされて、紅葉したように黄色く見えた。


クォシカが愛した公孫樹の森が、本来の姿を取り戻したのだった…。


      ★


長年平和だったオガートの町に、フッと湧いて降り懸かろうとした全ての驚異は、終わった。


オガートの町を飲み込まんとしたモンスターと、変異アデオロシュ候は滅び。 ラミアに変えられたクォシカは呪いから解き放たれて、天に召された。


クォシカの亡骸と共に町へ戻るKとポリア達は、最後の後始末に向かうのみで在る。


       ★


夜の手前ぐらいか、Kが最短で街に向かう方向を選び森を抜ければ。 夕陽に赤く染まる町に帰ったポリア達は、シェラハとKに全てを任せて、先に宿へと戻った。


マルヴェリータも、システィアナも、魔法の遣い過ぎで、もう精神力の限界を超えていた。 早く休ませなければ、完全に呼吸が止まる程に気絶してしまう。


宿の入り口から、受付の在るロビーへと。 Kやシェラハ以外の、ポリア達全員で入った時。 心配していてくれた老女将が、見るなり嬉しそうに迎えてくれた。


「おやっ! アンタ達っ、戻って来たんだねっ?!」


先頭に立つポリアは、情け無い姿の仲間で、ちょっと苦笑いしながら。


「ただいま、女将さん」


この時のポリアは老女将の顔を見て、無事に生きて生還したと感じ。 本当に、ホッとした…。


ぐったりしたマルヴェリータは、ポリアの肩に支えられている。


だが、老女将はKが居ない事に気付いて。


「処で、あの・・包帯男はどうしたい? ま・まさか…」


嫌な想像が湧いたのか、老女将が言葉を詰まらせるも。


「大丈夫じゃよ。 ケイは、クォシカの遺体を抱え、シェラハさんの家に持って行っている」


システィアナを背負うイルガは、Kが生きていると説明すると。


「え゛っ! クっ・ククク・・クォシカだってぇっ?!!!」


“失踪していて欲しい”


それは、願いでも有ったのだ。 多分、町の人全員の…。 そう、クォシカの自由を信じての。


然し、クォシカの事を話すと、ラキームのムカつく面まで思い出すポリアは、腹に湧き上がる苛立ちを飲み込み。


「女将さん、話は後でするわ。 先ず、魔法を沢山遣ったマルタとシスティを休またいの」


「あああ…。 早く部屋に運びなよ。 着替えのローブぐらいなら、幾らでも使って構わないからさ」


「ありがとう、女将さん」


「バカ。 礼を言いたいのは、こっちだよ。 さ、早く運んでおやり」


老女将は、他の客も居る中で。 何か出来る用意はないかと、一人で慌ただしく考えてくれる。


一方、寝かせる為に、宿の中に二人を連れて行って。 二人をポリアが着替えさせ、ベットに寝かせてから。 もう一度、老女将の元に行こうと、ポリアが部屋を出る時だ。


顔を少し擡げたマルヴェリータは、低く短く。


「ポ・リア・・」


幽かな声だが、ポリアは気付いた。


「ん? マルタ、どうしたの?」


ポリアが目の前に来ると、マルヴェリータは潰れそうな眼で。


「夜・・声を掛けて・・・。 クォ・シカの葬儀・・・出る」


と。


だがポリアは、自分でも気を抜いたら倒れそうな疲労なのに。 魔法を遣い過ぎているマルヴェリータが、ちょっと寝たぐらいでは立てる訳が無いと解ってた。


「マルタ、無理しちゃダメよ。 明日、町を出る前に、お墓にお花をあげていこう。 葬儀には、Kが居れば大丈夫。 クォシカを助けた彼が居れば、十分よ」


その意見を聴いたマルヴェリータは、静かに瞳を瞑って頷いて。


「そうね・・・ホント・・変わった男………」


最後の呟きからそのまま、寝息に変わっていた。


マルヴェリータの寝顔を見て安心したポリアは、下に降りた。


イルガすらも休ませ、一人食堂にて。 ポリアが、老女将にクォシカの遺体発見を含めて、あらましを説明をするが。 Kに言われた通り、ラキームの悪行には触れなかった。


何故か、Kが堅く、‘言うな’と、口止めをしたのである。


一方、暮れなずむ町の、中心に在る噴水広場でも。 クォシカの亡骸を抱えたKとシェラハが通った事で、町の人も野菜の取引どころでは無くなった。


葬儀の準備を急ぎだす人。


棺桶を作ろうと言う人々。


クォシカの死を悼むあまりに、泣いてしまう人…。


クォシカと云う女性が、町の人の心に如何に強く残っていたか。 その様子を見れば、良く解る。


さて、Kとシェラハは、役人の詰め所にて。 警備隊長から馬車を借り受けて、シェラハの家に行った。


シェラハの家の前まで乗り付け、馬車を止めた隊長。


その到着が知らされたのか、馬車の元に屋敷から飛び出して来たコルテウ氏が駆け寄る。


荷台から降りたシェラハ。


娘を見たコルテウ氏は、シェラハへと走り寄り。


「シェラハっ! 嗚呼っ、無事だったかっ!!」


「お父様っ!!」


強く抱き合った二人の親子。 然し、シェラハは直ぐに身を少し離して、父にクォシカの亡骸の事を告げる。


驚いて荷台に飛び付いたコルテウ氏は、眠る様なクォシカの亡骸を見て。


「お゛おっ、・・・なんと・・。 何と云う事か…」


クォシカの遺体を見ての、コルテウ氏の涙は。 娘の親友として、クォシカを見守ってきた。 正に父性の情が溢れていたもので。


その姿を見たKは、クォシカの遺体を二人に託し。


「葬儀の時は、呼んでくれ。 俺が、一応は冒険者の代表として、出席する。 多分、ポリア達は疲れきっていて、今夜は起き上がれないだろうから」


コルテウ氏は、娘が是非と頭を下げたのを見て。


「解りました。 私と娘が、葬儀を取り仕切ります。 誰にも邪魔はさせませんので、是非、出席して下さい」


その言動に、コルテウ氏の真摯な気持ちを垣間見たKは、シェラハを見ると。


「シェラハ。 コルテウ氏には、全てを語ってやってくれ。 ただ、外には口外してはいけないぞ。 ラキームの事は、放っておけ。 奴には、いずれに裁きが下る」


Kの鋭い視線を持った話に、シェラハは何かを感じ。


「解りました」


と、だけ。


その返事を聴いたKは、荷台から馬車の御者席を切り離した警備隊長の横に戻った。


荷台を置いた馬車が、町の中心に戻って行く。 シェラハは、それを消えるまで見送っていた。


(ケイさん。 貴方は一体、ラキームの事をどうするの? 貴方なら、きっと…)


不安という訳ではないが、先が見えなくて心がおぼつかない感じがしたシェラハだった。


さて、Kが宿に戻った時。 辺りは、夜になったばかりだ。


食堂にて、老いた女将の泣き顔を見たKは。


「う~わっ。 皴が歪んで、ゾンビみたいぞ」


と、いい加減な言って、老女将に怒られた。


この時既に、ポリアも、イルガも、Kを待てずに寝てしまったとか。


食堂の椅子に座ったKは、運ばれたポテトのスライス揚げを齧りつつ。


「まぁ、そんなトコだろうな~。 明日までは、まぁ~ず誰も動けないサ。 全員、お疲れだった」


然し、支給する老女将の見るKは、大して疲れてもいない様子。


然し、睡魔に潰れる直前のポリアは、この老女将に言った。


“ケイが、とんでもなく強いモンスターの主を倒したのよ。 そうじゃなかったら、私達がゾンビに成る所だったわ”


と、言っていた。


(こんな包帯男が、ねぇ~・・・。 人は見かけに由らないものだねぇ~)


と、ご飯の用意をする。


Kは、食事後に果物のジュースで、シェラハの来訪をのんびりと待っていた。


そのシェラハが遣って来たのは、もう夜更けに近い頃。


「お、来たか」


黒の女性用礼服に着替えたシェラハは、何だか大人びた女性らしく見える。


シェラハの姿を見たKは、グッと果汁を呷ると。


「変な言い方だが、似合ってるな。 全く、なんて事の成り行きか」


シェラハと会話を交わしたKは、ポリアだけに試しに声を掛けてやろうと思ったが。 それも止めた。


ポリアは、寝潰れる前に老女将へ言ったらしい。


“出席は、ケイだけで十分。 クォシカを助けて、クォシカの魂に愛されたのは、ケイなんだから…”


と。


宿を出たKは、シェラハの案内で噴水広場に。


噴水公園では、彼方此方の入り口に篝火が焚かれ。 広場には、随分な人数の人が集まっていた。 老若男女、家族で来ている者が大半だった。


丘の上に在る寺院から、以前のゾンビが現れた時に居た女僧侶が来ていて。 彼女が、クォシカの葬儀を取り仕切った。


Kは、シェラハの計らいで、コルテウ氏やシェラハと同じ席にて、参列する人達の姿を見ていた。


さて、葬儀が始まる直前の時。 町の人の中には、ラキームに雇われているKの参列や、葬儀の主催席に着くのを問題視する声を上げた人が居たらしい。


ま、ラキームの悪行を思えば、それは当たり前の事だろう。


だが、シェラハがそれを一蹴した。


“冒険者の方々を、ラキームの事で悪く云う事は許しません。 森の奥から来たモンスターを倒し。 私達と一緒に、公孫樹の森の奥へ行って、モンスターの主まで倒してくれた方々です”


こうシェラハに言われては、誰も言い返せなくなる。


だが、その後にシェラハは、最後にこう付け加える。


“みんな、あの冒険者さん達だけは、悪く言わないで。 クォシカの遺体を見付けてくれたのも。 森の奥に居た怖いモンスターに怪物へと姿を変えられたクォシカを、魂ごと救ってくれたのも・・あの人達だから…”


そして、クォシカに代わってと、シェラハが頭を下げたので。 驚いた町の人は、文句を言うのを止めた。


だが・・それは、そうだろう。 あの、幸せそうだったクォシカの魂を、目の前で見せられたら…。


さて、深夜まで続いた、僧侶の行う葬儀だが。 ラキームは、やはり現れなかった。


ま、あの森の奥に在った神殿城にて。 あれだけクォシカに追い回されて、走り回ってクタクタだったラキームだから。


然も、Kの投げた壁の破片が、肩にぶつかった痛みを。 帰りに兵士に支えられながら、ウジウジと言うラキームだったが。 自分の遣った、卑劣な行いを悔いる事も無く。 そのうざったい姿を見ていたシェラハからすれば、もし来たら、追い返してやろうかと思ってた。


さて、祈りや鎮魂歌を歌う僧侶の行う葬儀には、町の動ける全員が来た。 泣く、知り合いの女性や若者。 宿の老女将や警備隊長以下の役人も参加していた。


町の北に在る共同墓地には、クォシカの両親の墓があり。 クォシカも、そこに埋葬されることになる。


僧侶の行う葬儀が終わると、個人個人で花を手向けたりする儀式が行われる。 思い出を遺体に語り掛け、花や絵を棺に入れながら故人を偲ぶのだ。


その儀式まで終わる頃は、空に星空が美しくも。 遠くの東の空には、白む夜明けが見えていた。


全てを見届けたKは、思う。


(これだけ人に愛された者を、あの馬鹿は無惨にも奪ったのか…。 薄汚れた過去しか無い俺が思うのも何だが・・、救いは無ぇな)


人々の様子を見るシェラハは、追悼する人にクォシカの代理として礼を示し続けていた…。

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